【完結】僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我 (たあたん)
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番外編
EPISODE 25.5 開け!お誕生日会 1/3


ってわけで出久の誕生日ネタ。思ったより長くなったので前日談パートだけフライング投稿することにしました。3/3は15日きっかりに出せるようがんばります。

ラインでのやりとり描写があったりしますが、番外編ってことで大目に見てください。本編ではやらないと思います…ぶっちゃけ照れがすごいので。

本当は読まなくても問題ない話にしたかったんですが、本筋にかかわってくる展開もありますすみません。具体的には上鳴くんと親しくなったこととか。まあ本編でも説明文は入れるつもりではありますが。

なんだかんだ言いましたが、番外編なので終始ユルいです。箸休めにどうぞ。


 その発端は、なんてことのない、極めて些細な会話だった。

 

 

「ハァ……なんか一年があっという間だなぁ……」

 

 7月に入って一週間が経過した、夏の昼下がり。冷房のよく効いたポレポレの店内で、皿洗いに勤しむ麗日お茶子の口から漏れたのがそんなひと言だった。

 

「ね、デクくんも思ったことない?」

 

 彼女がそう声をかけたのは、カウンター席に座って新聞記事の切り抜きに勤しむ青年――緑谷出久。鋏の切っ先に目線を下ろしたまま、彼は小さく笑った。

 

「うーん……ある、かな」

「そっか!だよねだよねっ、デクくんも思うよね!」

 

 同意というには曖昧なものだったというのに、ぱあっと笑顔を浮かべるお茶子。比して表情がころころ変わりやすい自覚はある出久だが、お茶子もなかなかだと思う。そこが彼女の魅力なのだろう、とも――自分はともかく。

 

「でも、なんでなんだろうねえ?不思議やわあ」

「そうだね……」うなずきつつ、「聞きかじっただけなんだけど、"ジャネーの法則"っていうのがあるらしいよ」

「じゃ、ねー……?」

「うん。なんかね、0歳から20歳までと、20歳から80歳までって、体感の経過時間は一緒なんだってさ」

「えぇ!?」オーバーリアクション。「じゃ、じゃあ、あっという間におばあちゃんやん……デクくんもおじいちゃん……」

「ア、ハハハ……」

 

 おじいちゃんになった自分はともかく、おばあちゃんになったお茶子を想像するのはさすがに憚られる。切り取った記事をアルバムに貼りつけながら、出久は苦笑するほかなかった。

 

「なんでそんなんなるんかな……?やっぱり日々のワクワク感?」

「じゃないかなぁ……子供のときって何もかも新鮮だしさ。いまより色んなことを純粋に楽しめてたと思うし」

「そっか……」

 

 大人になるにつれ人は現実を知り、適応する。その中に溶け込んでいく。純粋な輝きは毒され、濁ってしまうのだ。それはヒーローであろうと、"表向き"無個性の学生であろうと変わらないのかもしれない。

 

「でも、どうしたのいきなり?」

「!、あぁうん。そういえば今年ももう後半戦だなーって思って。私って誕生日が年末なんだけど、そのとき成人祝いで初めてお酒飲んだのがついこの間な気がしちゃって……」

「そっか……なんかわかるなぁ。ていうか、麗日さんの誕生日って年末だったんだね」

「そだよ、12月27日!」

「ほんとに年末だね……。覚えておくよ」

「ヨロシク!そういうデクくんの誕生日っていつなの?」

「僕?僕はね……」

 

 考え込む出久。すぐに日付が出てこない。でも自分も昨年成人したわけで、誕生日の近い心操人使と一緒に初アルコールを酌み交わしたことを覚えている。意外と心操が簡単に酔っ払ってしまい、介抱する羽目になったりとひと波乱もあった。心操の誕生日が7月1日で、自分はそれより少しあとだから――

 

「……7月、15日」

「えッ!?来週やん!?」

「そ、そうだね……アハハ。すっかり忘れてたや」

 

 お茶子が絶句している。以前心操や桜子にも同じ反応をされた。そんなに自分は常識から外れているのだろうか?

 

「も~ッ、あんまりだよデクくん!危うくスルーするとこだったじゃん!私が訊かなかったらどうするつもりだったん!?」

「どうするって……別にどうもしないよ。もう祝ってもらう歳でもないし……」

「……それ、私にも刺さっとる」

「あっごっごめん!……でも、ほんとに無頓着でさ、そういうの。あまり、慣れてないから」

「デクくん……」

 

 慣れていない――なぜか。訊くまでもなく、お茶子はもう知っていた。

 

 孤独だったのだ、彼は。無論母親や、海外に赴任している父親は祝ってくれただろう。でもそれ以外には、いなかった。"無個性"の出久はずっと、誕生日であろうとなかろうと、省みられることもなく過ごしていたのかもしれない。

 

 ただ、無個性であるというだけで。

 

(そんなん……おかしい)

 

 本当はもっと早く、そんな社会の歪みを疑わねばならなかったはずだ。ヒーローとして、苦しんでいる人々のことを想うのならば。

 とはいえ、いまの自分に何ができるのかもわからない。そんな大きな壁に挑もうとするには、自分はまだ目の前のことに囚われすぎている。

 

 目の前のこと――そう、目の前のことだ。いま少しさみしそうな表情で俯いているこの青年を、笑顔にすることからはじめよう。お茶子は決心した。

 と、そのとき、店の扉がからんころんと音をたてて開いた。反射的に立ち上がりかけるふたりだったが、

 

「ただいマンモス~!」

「あ……おかえりなさい、おやっさん」

 

 おやっさん――この店のマスターであるナイスミドルだ。四十代半ばにしてはやや老けぎみだが、人好きする笑みをたたえた顔立ちと時代錯誤なギャグが若者に対しても気安い印象を与えてくれる。

 

「んん?なんだふたりとも、辛気臭い顔しちゃって。あ、もしや男と女のラブゲームの真っ最中だったか?ごめんね、おやっさんシリアスブレイカーだから……」

「ち、違いますよもう!――それよりマスター、お願いあるんですけどいいですか?」

「ん、なんだしょ?」

 

 カウンターを飛び出し、おやっさんのところへ駆け寄っていくお茶子。なんだろうと出久がその背中を見つめていると、彼女は想定外のことを言い放った。

 

「お誕生日会やりたいですッ、デクくんの!!」

「へぁッ!?」

 

 出久の驚愕ボイスは、このときは無視されてしまった。

 

「お誕生日……そうか、もうすぐそうか!――やるって、ここで?」

「ここでです!雄英の同級生呼べるだけ呼んで!」

「おっ、ヒーロー大集合!?そりゃいいなぁ、そんなら当日は貸切にしちゃおっか!」

「ありがとうございます!」

「ちょちょちょ、ちょっ!」

 

 勝手に話が進んでいくさまを見て、呆けている場合ではないと出久は慌てて割って入っていった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ麗日さんっ!そ、そんな誕生日会だなんて……しかも同級生の人たちって……」

「ええやん、デクくんヒーロー大好きでしょ?あ、もしかして苦手な人いたりするのかな……爆豪くん以外で」

「かっちゃんは大前提なんだね……。い、いや大好きだから余計無理なんだよっ、心臓もたないって!ましてみんな忙しいだろうに、僕なんかのために……」

「もうッ、なんですぐ"僕なんか"とか言うかなぁ!?デクくんだからやりたいんじゃん!」

「そう言ってくれるのは……嬉しいけど……」

「デクくんに会ってみたいって人、結構多いんだよ!ラインでデクくんの話題出すと、みんな超食いつきいいし」

「えっ、僕のこと話してるの!?」

「そりゃまあ、私の………だし……」肝心なところは誤魔化しつつ、「私だけじゃなくて轟くんとかもね!だからみんな、もう、デクくんのこと赤の他人だとは思ってないんだよ!」

「麗日さん……」

 

 出久の心が、揺れはじめる。お茶子や焦凍――そして幼なじみが、苦楽をともにしてきた人たち。ヒーローという肩書き以上に、そんな日々を乗り越えてきた人たちに、会ってみたいと思った。

 

「いいじゃないの、出久」

 

 おやっさんの手が、肩に置かれる。

 

「慣れてないからしんどいって思うのもわかるけど、これからのおまえの人生考えたら、慣れていったほうがいいぞ絶対!」

「どういう……ことですか?」

「おまえを好きになる人がどんどん増えてくってこと!いままではおまえも周りも子供だったから噛み合わなかったかもしれないけど、どんどん大人になってくんだから」

 

 "無個性"は、緑谷出久という人間のファクターではなくなる――少なくとも、いまここで出久と向かい合っているふたりにとってはそうだった。

 

「それにホラ……ヒーローが大量来店したとなりゃウチとしてもホクホクなわけで!」

 

 がくっ。

 

「マスターってばもー!なぜにお金の話付け加えちゃうかなあ!?」

「重要よそこは!それにこいつ、何言ったって結局恐縮しちゃうんだから。ウィンウィンウィンなんだって教えといたほうがいいの!」

 

 わあわあと漫才のような口論をはじめるおやっさんとお茶子。置いてけぼりの出久。

 然してもはや、お誕生日会の決行は確定的なものになってしまったらしかった。

 

 

 

 

 

――雄英高校A組 ライングループ

 

 

おちゃこ:ってわけで、デクくんお誕生日会の出欠をとりたいと思いまーす!

 

轟焦凍:出る。

 

おちゃこ:返信はやっ笑

 

切島鋭児郎:もちろん出るぜ!

 

切島鋭児郎:緑谷とはだいぶ前からダチだしな!

 

飯田天哉:未確認生命体の動向次第だが、出席するつもりだ。俺も彼とは知らない仲ではないからな!

 

ツユ:ケロ、私もよ。

 

ツユ:久しぶりに緑谷ちゃんとお話したいわ。

 

KYOKA:こうして見ると顔広いな緑谷さんって……

 

KYOKA:せっかくだしウチらも参加にしといて

 

でんぴ☆:ファッ!?キョーカちゃん別の男に目移りしちゃった感じ!?

 

でんぴ☆:電気ウェイっちゃう~

 

KYOKA:勝手にウェイってろ

 

でんぴ☆:( ´・ω・`)

 

KYOKA:つーかあんたは会いたくないわけ?

 

でんぴ☆:超会いたい!

 

でんぴ☆:爆豪の幼なじみとかマジウケるwww

 

Hanta Sero:おまえたまに確実に死にに行くよな

 

Hanta Sero:俺も行きてーけどご存じ自由の国にいるんで

 

Hanta Sero:緑谷さんによろしく言っといてくれ

 

みな@Pinky:あたしのぶんもおねがいー!in福岡

 

おちゃこ:おけ!

 

八百万百:遅くなって申し訳ございません。

 

八百万百:わたくしも是非緑谷さんにお会いしてみたいですわ。

 

みねた:おれもイク

 

おちゃこ:ヤオモモも出席ね!

 

おちゃこ:って峰田くんはやっ!

 

みな@Pinky:ヤオモモ来た途端だねw

 

ツユ:私思ったことはなんでも言っちゃうの。

 

ツユ:「イク」がカタカナなのには何か意味があるのかしら?

 

みねた: ( ´_ゝ`)

 

おちゃこ:……サイテー

 

轟焦凍:そういうとこだぞ峰田。

 

みねた:ウルセェ!イケメンに何がわかる!?

 

轟焦凍:わからねえ。けど思いやることはできる。

 

轟焦凍:って、緑谷が言ってた。

 

飯田天哉:良いことを言うな緑谷くん!

 

 

――……。

 

 

 いったんスマホを机に置いて、お茶子はほっとひと息ついた。

 現時点で参加を表明したのは九名(自分含む)。職業柄、急遽参加できなくなる者が出ることを鑑みても上々な数字ではなかろうか。瀬呂や芦戸がそうであるように、物理的に出席が困難な者も多いのだから。

 

 クラスの半数近くが出久に会いたいと出てきたとなれば、成功と言ってよいだろう――そう思いつつ、お茶子はあるひとりの名前を追っていた。

 彼こそ、お茶子にとっては一番参加してもらいたい――このお誕生日会の核となる人物。なのだが、おそらく返信を待っていては未来永劫やりとりができない。そういう相手だ。

 

 意を決したお茶子は、その人物の電話番号を呼び出した。説得なら文字列より生のことばに限る。もっとも彼女は、お世辞にもそうしたスキルに長けているとは言い難いのだが――

 

 ともあれ暫しコール音が続き……お茶子が身体を揺すりはじめたくらいになって、プツッと音が響いた。『……アァ』と不機嫌な声が電話口から漏れる。

 

「もしもーし、麗日です~」

『……なんの用だ』

 

 いきなりこれ。まったくの通常運転である。ゆえにお茶子はまったく気にしない。

 

「ライン見……てないよね。あのねえ、実はかくかくしかじかなんだけど……爆豪くんも――」

『殺すぞ』

「いきなりそれ!?」

 

 前言撤回。この男、まだまだ予想を越えてくれるらしい。

 

「ちょっ、せめて交渉挟んだうえでにしてよぉ!」

『どうせ結論は一緒なんだから時間節約してやってんだろーが。ありがたく思えやカス』

「えぇ……」

 

 絶句しかかるお茶子だったが、ぶんぶんと頭を振って自分を奮起させた。プルスウルトラだ、プルスウルトラ――

 

「爆豪くんさぁ……わかってないでしょ」

『ア゛?何がだ』

「みんなデクくんに興味あるのはもちろんだけど……"かっちゃん"についても知りたくてしょーがないんだよ?」

『……!』

 

 振る舞いによらず聡い勝己は、そのひと言だけで意味を察したらしい。ぐぐぐ、と唸るのがわかる。

 

「そっかそっかぁ、爆豪くん来ないんじゃあデクくんから昔のコト聞き放題だぁ!いやはや楽しみですなぁ」

『テメッ……欠片も麗らかじゃねえな』

「言われ慣れてますー」

 

 ふふん、と鼻を鳴らすお茶子。彼女は勝利を確信していた。だが、まだまだ甘かったと言わざるをえない――高1の体育祭のときと同じだ。

 

『……ハッ。ンなモン、事前にあのクソナード脅しときゃ済む話だろ』

「うっ……そう来るか」

『浅ぇわ丸顔。――用はそんだけだな、切るぞ』

「ちょっ、もう……昔色々やったんか知らんけど、せっかくまた会えたんだからがっつり仲良くしたらええやん!爆豪くんのいくじなし!!」

 

 一縷の望みをかけて放った捨て台詞は……結局、意味をなさなかった。

 ツーツーツーと虚しい電子音が響くなか、お茶子は独り大きな溜息を吐き出す。

 

「うまくいかないなぁ……切島くんならもう少し……そっか切島くんに言ってもらえばよかったやん!?なんでいま気づくかなぁ私ってほんとアホ!!」

 

 クッションを抱えてバタバタ転げ回るお茶子。――その切島鋭児郎がたかだか十日ほど前、もっと重大な事案について勝己を説得していたことを、彼女は知るよしもないのだった。

 

 



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EPISODE 25.5 開け!お誕生日会 2/3

 一週間は何事もなく過ぎ、出久21歳の誕生日である7月15日を迎えた。

 誕生日会は午後六時開始。とはいえその時間まで悶々としているのも精神的に厳しいものがあり、出久は会場準備を手伝うという名目で午後四時過ぎにはポレポレに来てしまっていた。

 

(はぁ……緊張するなぁ……)

 

 メットを脱ぐと同時に、溜息をつく。さすがに現時点で店内にいるのはおやっさんとお茶子くらいだろうが、それが二時間後には十人近いヒーローに埋め尽くされるのだ。そこで自分は"主役"などという恐れ多いにも程がある肩書を背負うことになる。素直に喜んでいられないのも当然だった。

 

「大丈夫、出久くん?」

「あ……うん」

 

 気遣うように訊いてきたのは、タンデムシートに座っていた沢渡桜子。

 さらに、

 

「気が進まないのか?」

 

 もうひとり――自前のバイクを運転してきた、心操人使。

 彼女らが同行しているのは言うまでもなく、出久の誕生日会に出席するためだ。

 

「そういうわけじゃないんだけど、やっぱり相手はヒーローだし……失礼があったらどうしようとか、色々考えちゃって」

 

 すると桜子と心操、ふたり揃ってぷっと噴き出した。

 

「わっ、笑わないでよ!僕は本気で……」

「わ、わからなくはないけど……」

「別に目上の人間じゃないんだからさ……ふつうにしてりゃいいんじゃないの。大体、今日来る面子の半分はもう知り合いなんだろ?」

「そう、だけど……」

「じゃあ気にすることないじゃん。ぶっちゃけオタク丸出しで迫っても引かない……むしろウェルカムな奴ばっかだと思うよ」

「そ、そっか……それなら、まあ」

 

 それならよかったと、出久の肩は少しだけほぐれた。自分のことだ、ヒーローたちに囲まれるとなれば鼻血が出るくらい大興奮してしまいかねない。

 

「それにしても、ごめんねふたりとも。付き合ってもらっちゃって……しかもこんな早くから」

「別にいいよどうせヒマだし。それにこの前の俺の誕生日、おごってもらったしな」

「私も、せっかく出久くんの誕生日なんだからお祝いしたいもん。その代わり、私の誕生日もお願いね!」

「う、うん。……ほんとに、いつもありがとう」

 

 改まって言うと、ふたりは顔を見合わせたあと……また、くすりと笑う。今度はおだやかな微笑だったから、出久も抗議はしなかった。

 

 

――さて、店内に入ると「おっ、来たか一同!」という朗らかなおやっさんの出迎えが待っていた。

 

「こんにちは。今日はお世話になります、おやっさん」

「オーケーオーケー。にしてもアレだね、この三人組ってのもチョベリグな絵面だねえ。青い三角定規みたいで!」

 

 青い三角定規――約40年前の名作ドラマの主題歌でスマッシュヒットを飛ばしたフォークグループだが、三人とも当然のごとく元ネタがわからずスルーした。

 

「それよりおやっさん、まだ他に誰も来てないんですか?」

「それより……。いや、お茶子ちゃんがいまバースデーケーキ買いに行ってるよ。あともうひとり、彼がトイレに――」

 

 そこまで言いかけたところで、化粧室の扉がギィ、と音をたてて開いた。現れた青年の姿を目の当たりにして……出久たちは、一瞬硬直してしまった。

 

「おっ、緑谷、来てたのか。沢渡さんに心操も」

 

 こともなげに言う青年の名は、轟焦凍。痛々しい左目周囲の火傷痕を加味しても、涼やかな美貌をもつ青年――なのだが、

 

「ブッ!」堪らず噴き出す。「と、轟くん……その恰好……っ」

 

 服装自体はいつものシンプルなもので、おかしなところはどこにもない。

 その上から"本日の主役"とでかでか書かれたたすきを身につけ、頭に煌びやかなコーン型の帽子を被ってさえいなければ。

 

「あぁ、これか。お誕生日会ではこれを身につけるのがマナーだとおやっさんに教わった」

「ブフッ!」

 

 心操が後ろを向いて背中を震わせている。あと何かひとつ駄目押しがあれば爆笑してしまいそうだ。キャラ崩壊の危機である。

 

「あ、あのさ轟……冷静に考えてみろよ……。あんた、本日の主役か……?」

「?、いや、主役は緑谷――!、確かにおかしいな……」

「気づきましょうよ……。マスターも轟さんからかったら駄目ですよ……本気にしちゃうんだから」

「いやぁ、ショートさん面白いんだもん!」

 

 からからと笑うおやっさん。大真面目な顔で「これ結構気に入ったんだけどな……」とぼやく焦凍。完全に平時であるためか、いつにも増してボケボケしている"平和の象徴"の後継者、兼"超人"アギト――ついひと月ほど前まで彼が怪物と化していたことを知っている出久は、ただただ力なく笑うほかない。

 が、気の抜けた雰囲気もそこまでだった。出久の携帯電話がポケットの中で振動をはじめたのだ。――幼なじみからの着信によって。

 

「――轟くん」

「!、……ああ」

 

 呼びかければ察したのか、焦凍が表情を引き締めてうなずく。それを見届けたうえで、出久は電話をとった。

 

「もしもし。……うん……うん、わかった。轟くんも一緒だから大丈夫。じゃあまた、現場で」通話を終え、「皆ごめん。僕たち、ちょっと急用が……」

「えぇっ?本日の主役ふたりがいなくなっちゃったらパーティーどうすんだよぉ!?」

「だから、轟は主役じゃないですって」きっぱり否定しつつ、「急用じゃしょうがないけど……戻ってこられないなら連絡くらいは入れろよ」

「――うん!」

 

 力強くうなずいた出久は、グッと親指を立ててみせた。サムズアップ。少し前に失われかけていた笑顔もより頼もしく輝いているように、心操には感じられた。

 

「じゃあ行こう轟くん!」

「おう」

「……あ、たすきと帽子は外していってね」

「そうか、悪ぃ」

 

 ふたり揃って飛び出していく。この中で唯一、事情を明確に把握している桜子は、とにかく彼らが無事に帰ってくることだけを望んだ。誕生日を祝うことならいつだってできる。

 ……のだが、入れ違いに帰ってきた主催者からすれば、事情を知らない以上そうもいかないわけで。

 

「戻りましたー!」

「あら、おかえりお茶子ちゃん」

「ただいま!――さっき出てったのってデクくんと轟くんですよね?どうしたんですか?」

「あぁ……実はかくかくしかじかで……」

 

 おやっさんが気まずそうに事情を説明すると、お茶子は一瞬フリーズしたあと、へなへなと崩れ落ちた。ケーキ入りのビニール袋がかさりと音をたてる。

 

「うそやん……なんでよりによって……」

「……まあ、気持ちはわかるけどな」

 

 宥める声に、お茶子はぱっと顔を上げた。

 

「あっ、心操くん来てたんだ……。いま気づいたわ」

「……あぁそう。大概だなあんたも」

 

 心操が参加することは当然お茶子も既知である。"彼女"についても。

 

「ってことは、そっちの方は……」

「あ、はい。――はじめまして、沢渡桜子です」

「う、麗日お茶子です……はじめまして……」

 

 型通りの挨拶のあと、なぜかじぃっと桜子を凝視するお茶子。桜子が訝しげに首を傾げるのと、せっかくもたげた頭がまた重力に負けるのが同時だった。

 

(あかん、負けとる……!)

 

 重力にではない――桜子に。美貌、スタイル、知性。どれをとっても自分より勝っているとお茶子には思えてしまった。これほどの女性と親しくしておきながら、出久は恋愛に昇華させるつもりがないというのか?それほどまでに恋愛事に免疫がないのか、意外やああ見えて理想が高いのか。

 それともまさかまさかの、女性に興味がない?ありえない話ではない……かもしれない。前に遊びに行ったときも、出久は口を開けば「かっちゃんは」「かっちゃんが」「かっちゃんの」だった。そのときのお茶子は勝己の話題にノリノリで乗っかっていて、まったく違和感を覚えなかったのだが。あのふたりの特殊すぎる関係性を鑑みると、余計に信憑性が増してきて――

 

(いやいやいやいや!それはさすがに排除しよう……そうしよう)

 

 でなければキリがない。お茶子はいったん同性愛者説を忘れることにした。

 

 ともかく。お茶子にとり、思わぬ苦境であることに違いはない。

 だが、

 

(でも……そう簡単にあきらめない……。ヒーローなんだから……!)

 

 これもまた、プルスウルトラ。あっさり奮起したお茶子は、立ち上がると同時に桜子の手をがしっと掴んだ。

 

「これからよろしくお願いします!できれば色々教えてくださいっ、デクくんのこととか!!」

「え?あ、うん、私でよければ」

 

 お茶子としては挑戦状のつもりでもあったのだが……幸か不幸か桜子はどこまでも大人の女性であった。ことばどおりの目的は達成できそうだが。

 その逸る姿を傍らで見つめる心操はというと、

 

(難敵だぞ、麗日……)

 

 桜子も、出久本人も。双方とそれなりに長く付き合っているがために、彼はふたりの関係性について造詣が深いのだった。

 

 

 

 

 

 ポレポレを飛び出して約一時間、出久と焦凍は呼び出しを受けた現場にようやくたどり着いていた。

 

「!、あれか……」

 

 野次馬が集う向こうに、黄色い規制テープと彼らを押しとどめる警察官の姿が見える。さらにその向こうからは、この超常社会においては半ば日常と化している騒擾が響く。そういう連絡があった以上、それはグロンギによるものなのだと出久も焦凍も信じて疑わなかったのだが。

 

「緑谷くん、轟くん!」

「!」

 

 妙に発音の角張った声に振り返れば、そこには元々良い体格をさらに大きく見せるフルアーマーのヒーロー・インゲニウム――本名・飯田天哉――の姿があって。

 彼に手招きされ、呼ばれたふたりは人目を忍んで駆け寄っていった。

 

「すまないふたりとも、爆豪くんから連絡したんだろう?」

「謝られることじゃないよ。未確認生命体が出たなら、僕らだって――」

「あ、いや……そうではなくてだな………」

「?」

 

 妙に歯切れの悪い飯田。そもそもグロンギがすぐそこで暴れているなら、ここで悠長に話している場合ではないと思うのだが。

 と、

 

「ンだテメェら、来たのかよ」

「!、かっちゃん……」

 

 相変わらず不機嫌極まりない表情で現れるヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己。それはいつものことなのだが、「来たのかよ」とは――

 

「来たのかっておまえ……おまえが連絡してきたんだろ」

 

 苦笑する出久に代わって至極まっとうな突っ込みを入れる焦凍。いくら傍若無人な勝己でももっともだと思ったのか、舌打ちひとつかましたうえで事情を説明した。

 

「結論から言や、誤認だった」

「誤認?未確認生命体じゃなかったってこと?」

「あぁ……めんどくせーから詳しくはコイツから聞け」

「……なんだか釈然としないが。いま暴れているのは、未確認生命体ではなくヴィランのようなんだ。駆けつけたヒーローや警官隊に対し未確認生命体を自称していて、実際容貌もそれらしい異形型だったがために、我々に出動要請がかかったという流れでな……」

「そ、そうだったんだ……。でも、鎮圧はまだなんだよね?」

「ああ。……考えていることは手に取るようにわかるが、対ヴィラン戦闘にプロヒーローではないきみを参加させるわけにはいかないぞ」

 

 きっぱりと宣言され、先手を打たれた形の出久は悄然と黙り込むほかなかった。36号事件のあと改めてきちんと対面し、友人と呼べる関係にまで親しくなった飯田であるが、線引きをなあなあにするつもりはないらしい。それが彼の良いところなのだが。

 

「それに、きみたちの力を借りるまでもなさそうだ。地区担当のヒーローたちだけで鎮圧可能、我々は撤収してよいという指示も出ている。――きみの誕生日会には問題なく出席できそうだ」

「そ、そっか……。ありがとう、忙しいのにわざわざ」

「何、気にすることはない!きみはもう大切な友人だ、その友人の誕生日を祝うのは当然のことだ!」

 

 友人――少しは慣れたつもりでいたが、やはりその二文字を向けられることには胸が詰まるものがあった。すぐ目と鼻の先でまだヴィランが暴れていることを思い出して、どうにか表情だけは取り繕う。

 

「それはともかく爆豪くん、きみはどうして出席しないんだ?何か予定があるわけでもないんだろう?」

「!」

 

 出久が目線を移すと、お互い様だったのか勝己と目が合った。なぜかじろりと睨みつけられる。

 

「行くわきゃねーだろアホか。ンなクソみてぇな集い」

「く、クソみたいとはなんだ!?緑谷くんはきみの幼なじみだろう、少しは祝う気持ちを持ちたまえ!」

「違うぞ飯田。こいつ、本当は祝いたくてしょうがねえんだ」

「ハァ!?」

「へぁ!?」

 

 素っ頓狂な声をあげる凹凸幼なじみコンビを意に介することなく、焦凍は眉ひとつ動かさず続ける。

 

「でも案外みみっちくて人目気にする性格だから、人前じゃ素直になれねえんだよ。そのせいで十年も緑谷のこといじめたり挙げ句に自殺教唆かましたり、損な性分なんだ。せめて俺たちくらい、わかってやらなきゃ可哀想だろ」

「そ、そうだったのか……確かにきみは振る舞いのわりに人情味があるものな!しかしいくら幼かったとはいえ、自殺教唆は許されないぞ!きちんと謝罪はしたのか!?していないのならいまこの場でしたまえ!さあ!」

「………」

「ちょちょちょ、ちょっ!?」

 

 慌てた出久は、小声で焦凍に喰ってかかった。

 

「何言ってくれちゃってるの轟くん!?ここでかっちゃん怒らせてなんの得があるんだよ!?」

「怒らせる……?なんでだ、俺はただ、」

「……まさか、素でやってるの?」

「素ってのがよくわかんねえけど、多分そうだ」

 

(ま、マジでか轟くん……)

 

 出久は率直にそう思った。自分も無自覚に勝己を怒らせてしまうことばかりだが、さすがにここまで客観的にみて挑発めいたことばを吐いたことはそうそうない……と思う。

 飯田も飯田でお坊ちゃん的おとぼけが発動しているのか、余計に火に油を注いでいるありさまだ。――これはまずい。

 

 わなわな震えていた勝己。その震えが一瞬ぴたりと止まり、

 

 

「テメェら全員死ねぇええええええっ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 爆破。焦凍が咄嗟に氷壁をつくり出したことで実害は免れた。

 

「なっ、なんてことをするんだ爆豪くん!?」

「危ねえだろ」

「ウルセェ防いでんじゃねえよ……!殺す、マジで殺す……!」

 

 獣じみた吐息とともに迫りくる勝己。このままだと二度目の爆破が執行されかねない。出久は心臓をバクバクさせながらこのボマーを宥めにかかった。

 

「おっおっおっ落ち着いてかっちゃん!近くに人いっぱいいるから!これ以上暴れるとまずいって――」

「――じゃあ緑谷、先戻ってるぞ」

「!!?」

 

 なんて!?――振り返ると、焦凍と飯田が仲良く立ち去ろうとしていた。

 

「ちょっ……ねえ僕きみたち怒らせるようなことしたかなあ!?ねえ!?」

 

 無論そうではなく、むしろ焦凍も飯田も出久に気を遣ってくれたのだが……悲しいかなずれている。徹底的に。

 

「………」

「……ア、ハハハハ……。じゃ、じゃあ僕も、お暇しようかなあなんて……」

 

 ぴたりと静かになった勝己のほうを振り向くこともなく――というか振り向けない――ぎこちない足取りで去ろうとする出久。しかし次の瞬間、

 

「!?、ぐえっ」

 

 不意に首に力がかかり、後ろに引きずられる。悶絶しかかる出久。Tシャツの上から羽織っている半袖パーカーのフードを思いきり引っ張られたのだと理解するのに、数秒を要した。

 

「な、なにすんだよぉ……」

「別に」

「別にってアナタ……」

 

 特に理由もなく他人様の首を責めるのか。まあいまに始まったことではないのだが。

 

(まあ、いいけど……)

 

 焦凍の言はさすがに誇張しすぎにしても、勝己なりに自分を想ってくれていることはもうわかっている。勝己の言動に振り回されて、一喜一憂する必要は、もうない。

 

「え、っと……行っていいかな、僕……?」

 

 もしかするとまだ何か話したいことがあるのかもしれない。そう感じて尋ねると、

 

「……嬉しいかよ」

「えっ?」

「連中に祝ってもらえて嬉しいかって訊いてる」

 

 さっきとは打って変わって、凪いだ表情で尋ねてくる勝己。前言、一部撤回。やはり彼の機微をうかがうのは難しい。まだまだ振り回されはしそうだった。

 

「うん、嬉しいよ」

 

 それでも出久は、素直に純な思いを伝えた。

 

「いままで僕の誕生日を祝ってくれる人なんて、お母さんと父さんくらいしかいなかったから。あ、大学入ってからは別だけどね」

「……当てつけかよ」わずかに目がきつくなる。

「違うよ。……かっちゃんも、4歳の誕生日までは祝ってくれてたよね」

「!、………」

 

 勝己の思いを知ってから、出久は昔のことを振り返ることが増えていた。"4歳の誕生日"――それもまた、そうして思い出した記憶のひとつ。

 個性が出ずに鬱ぎ込んでいた出久に、勝己は当時子供たちの間で大人気だったオールマイトチョコをひとつくれた。「こせいがあろうがなかろうがデクはデクだろ!」ということばとともに。

 いまならそれが、不器用な気遣いから出たものなのだとわかる。でも幼い出久には到底受け入れることができず、せっかく勝己がくれたチョコを突っ返してしまったのだ。勝己は当然激怒して……それ以降、彼が誕生日に何かをくれることはなくなった。

 

 

「……覚えてねぇわ、ンなモン」

「……そっか」

 

 それでもいい。出来事そのものは忘却の彼方にあったとしても、そのときの想いは失われたわけではない。いまだから、それもわかる。

 

「もういい。早よ行けや」

「うん。……またね、かっちゃん」

「……あぁ」

 

 ぶっきらぼうながらもはっきりと応答がある。それだけで、出久には十分だった。

 




やっとヒロイン同士を対面させられた……。

麗日さんをサゲるつもりはまったくないですが、やっぱり桜子さんの大人の美女っぷりはライダーヒロインでも群を抜いてると思います。


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EPISODE 25.5 開け!お誕生日会 3/3

流石に全員は出せなかった……。今後出番なさそうな人(青山くんとか)を積極的に出したかったんですけど、イベント消化と人数調整の結果このメンバーに。峰田は意地。

あと出番があることが(ほぼ)確定してるのは尾白くんくらいです。あとの面子のファンにはごめんなさいしたい。


 出久たちがポレポレに戻ったときには、誕生日会開始時刻を回っていた。店の駐車場も車やバイクで埋まっていて、既に相当数が集まっているのがわかる。

 

「少し遅くなってしまったか……。この様子だと全員揃っているかもしれないな」

 

 飯田のことばに、出久はごくりと唾を呑み込む。

 

「ど、どうしようまた緊張してきちゃった……」

「そんな緊張することねえだろ。おまえだってクウガなんだから、実質的には同じようなもんだ」

「そうかもしれないけど、そういう理屈じゃなくて……」

「緊張するのはいいが緑谷くん、竦んでいても仕方がないだろう!プルスウルトラ、しよう!」

「プルスウルトラ……うん、プルスウルトラ……!」

 

 「プルスウルトラァ!!」と叫びながら、勢いよくポレポレの扉を開け放つ出久。傍から見るとちょっと危ない感じが出てしまっていると、雄英OBふたりは感じたのだが。

 

「あっ、デクくんおかえり!」

 

 迎えることばを放ったのは麗日お茶子。彼女、そして元々いたおやっさん、桜子、心操のほかに――

 

「おっ、来たな緑谷!」

「待ってたわ、緑谷ちゃん」

 

 面識のある切島、蛙吹を筆頭に、雄英OB、OGのヒーローたちが次々と立ち上がる。

 

「お初にお目にかかります緑谷さん、わたくし八百万百と申します。以後お見知りおきを」

「俺、峰田実、ヨロシク!早速だが緑谷、好きな女体のタイプを教えてくれ!!」

「あんた初対面の人相手に……。耳郎響香です。で、こいつがバ……上鳴電気」

「響香おまえ、いまバカミナリって言おうとしたろ!?俺言うほどバカじゃねえからな!?そこんとこよろしくな緑谷!」

 

 早速なんだか個性豊かな四人衆に囲まれてしまい、出久の緊張はマキシマムにぶり返してしまった。

 

「ひゃひゃひゃいっ、よよよよろしくおねがいしゃしゅっ」

「ギャハハハ!話にゃ聞いてたけどすげーテンパり方だな!おまえあの爆発さん太郎の幼なじみなんだろ?俺らともフツーに仲良くしようぜー」

「爆発……さん太郎……!?」

 

 誰を指しているかは明白だが、あの悪鬼羅刹を相手にそんないじり方ができるとは。やはり恐るべし雄英。

 そんな出久の所感をよそに、上鳴は「俺のことも"でんちゃん"って呼んでいいぜ!」なんてのたまい、肩まで組んでくる。相手が同性なのにもかかわらず出久は顔を真っ赤にした。当然、相手がプロヒーローだからというだけなのだが、悲しいかなお茶子にかの疑惑を思い出させてしまうのだった。

 

「――上鳴、その辺にしとけ。緑谷が困ってる」

「!」

 

 出久の後ろからひょこりと現れた焦凍の姿を認めて、一同、一瞬固まった。

 そして、

 

「――ひっさしぶりだな轟ィ!!行方不明になったときはマジで心配したぜ!」

「電話にくらいは出てほしかったわ、轟ちゃん」

「悪ぃ、色々迷惑かけた」

 

 出久のことに軸足は置きつつ、焦凍にも絡んでいく同級生の面々。

 とりわけ、彼女は――

 

「ほら、百」

「!、………」

 

 耳郎に促され、比較的控えめだった八百万が進み出てくる。さすがに空気を読んだ切島たちが引き、彼女は焦凍と一対一で向かいあうことになった。

 

「……お久しぶりです、轟さん」

「……ああ」

 

 それきり、互いにことばが出てこない。言いたいことはたくさんあるのに、複雑に絡みあう感情がそれを形とすることを許してくれないのだ。

 だが……だからこそ焦凍が、声をあげた。

 

「――ごめんな」

「……!」

 

 あらゆる言い訳の前に、まずそれだけは言わなければと思った。

 目を見開いた八百万は……その想いの奔流を抑えて、笑みを浮かべる。

 

「いいんです……ここにこうして、いてくださるだけで……」

「八百万……」

 

「おかえりなさい、轟さん」

「……ただいま」

 

 これからは好きなだけ、ことばをかわしあうことができる。だからいまのふたりには、それだけで十分だった。

 

――ただひとり、峰田実だけは「めでたしめでたし」からは程遠い表情を浮かべているのだが。

 

「なんだよイケメンがよォ……そんななんでもねえふうにヤオヨロッパイを掻っ攫ってくのかよォ……!」

「峰田おまえ、さすがに空気読めってー。一応はこう、感動的な空気だったんだからさ」

 

 上鳴が笑いながら窘めるが、これがかえって火に油を注ぐ結果となった。

 

「ウルセェよバカミナリ!!おまえだけは仲間だと思ってたのに、ちゃっかりリア充になりやがって……この裏切者がぁ!!」

「裏切者っておまえ、そんなヴィラン堕ちしたみたいな言い方……」

「似たようなもんだ!これが終わったあとだってどうせ、耳郎と一発しっぽりイクんだろブベラッ!!?」

 

 蛙吹の舌の一撃が決まった。

 

「初対面の人がいる前で……さすがに目に余るわ、峰田ちゃん」

「う゛ぅぅぅぅ……チクショウ、チクショウ……!」

「……なんかごめんな、峰田。今度カワイイ娘紹介してやるから……」

「――マジで!?」

 

 早速、復活を遂げる峰田。問題はあるにせよ、湿っぽい空気を吹き飛ばしてくれたのは間違いなかった。

 

「あ、ハハハ……気を取り直して、パーティーはじめよっか!デクくんもほら、席座って!緊張しちゃうだろうから、最初は心操くんと沢渡さんの隣でいいかな?」

「う、うん。ありがとう麗日さん」

 

 カウンター席の真ん中に案内され、座る。お茶子、そしておやっさんの店主としての挨拶を皮切りに、ついに出久の誕生日会が開始された。まず皆から出久へのプレゼント贈呈――これは事前に相談して決めたらしく、それぞれのヒーローネームと本名が併記されたサイン色紙。「高価なものだとデクくん受け取ってくれないと思って!」とはお茶子の言。そのとおりなのだが、そもそも彼女の資力ではどだい不可能なのだった。

 

「あっ、ありがとうみんな……!一生大事にするよ、でも九人分もどこに飾っておけばいいだろう、アパートも実家もそんなにスペースないし、なら厳重に保管しておくべきだろうかでも目につくところに置いておきたいしああどうしよう悩ましいなぁぁぁぁ!!」

 

 恒例のブツブツが始まった出久に対し、

 

「緑谷……さすがにみんな引いてる」

 

 そういう心操も、少しだけ引いていた。

 

 

 次いで欠席した面々からのメッセージ――勝己を除いて全員が送ってきた――をお茶子が読み上げ、出久を感涙させたあと、ポレポレオリジナルパーティーカレーに皆で舌鼓を打ち。その間隙を縫って出久を取り囲んでの歓談が続く。約一名、懲りずに桜子を口説こうとして撃沈してしまった者もいたが。

 

「モテモテだな、緑谷」

「……からかわないでよ、心操くん。大体、きみだって結構絡まれてるじゃないか」

「まあな。そういう連中なんだよ、こいつら」

 

 そういう連中――もしも自分が雄英に入学できていたら、そのひとりになれていたのだろうかと出久は思う。たとえば焦凍ではなく、ヘドロ事件の直前に邂逅した自分が、オールマイトからワン・フォー・オールを継承していたら。

 

(いや……やっぱりやめよう)

 

 そんな「もしも」を考えたところで仕方がない。右に進むか左に進むか、たったそれだけの選択でも世界は変わる。無限に枝分かれする可能性のひとつに、ことさらかかずらっても仕方がないのだ。大切なのはいまを生きること、そして未来を自分の責任で選びとっていくこと。

 ふと視線を感じて、出久は右隣を振り返った。――そこに座る桜子と視線が交錯する。彼女は目を細めて笑っている。

 

(そうだ、)

 

 もしもヒーローになれていたら。心操はともかく、桜子とこうして親しくなることはなかったかもしれない。この出会いはヒーローになれなかった、でも生きることをあきらめず、身の丈に合った生き方を一生懸命してきたがゆえに勝ち取ったものだ。それでもヒーローとなった彼らに出会えたことも……幼なじみと、再会できたことも。

 出久がその事実を噛みしめていると、再び心操から「緑谷」と声がかかった。

 

「ん、なに?」

「いや……フードの中、何か入ってるぞ」

「えっ?」

 

 「取っていいか」と尋ねられたのでうなずき再び後ろを向くと、心操の手がフードの中から何かを取り上げた。

 

「オールマイト、チョコ……?」

「へっ?」

 

 慌てて振り向いて見遣ると、確かにそれはあの懐かしき輝く笑顔に包まれた直方体だった。

 様子に気づいた一同も寄り集まってくる。

 

「うお、オールマイトチョコじゃねえか。懐かしい!」

「ケロ……確かこれ、再販しているのよね。でも、どうして緑谷ちゃんのフードから出てくるのかしら?」

「!、電気……アンタか」

「は!?違ぇよ!いきなりンな悪戯しねえよ、渡すんならフツーに渡すし!」

 

 だが、上鳴にはいまにして思えば怪しい行動があった。ガチガチに緊張している出久を引き寄せ、肩を組んだ。その際さりげなく差し入れることは可能ではないか。――焦凍がそれを指摘したせいで、皆の疑いの目が突きつけられる。

 だが、

 

「――違う、上鳴くんじゃないよ」

「え?」

「緑谷!」

 

 救けに来たヒーローを見るような目を向けてくる上鳴に苦笑しつつ、

 

「多分、ここに来る前から入ってたんだ」

「心当たりあるの?」桜子が訊く。

「……うん」

 

 オールマイトチョコ――4歳の誕生日、彼が自分に贈ろうとして果たせなかったもの。

 

(覚えてないなんて………かっちゃんの、うそつき)

 

 批難のことばは、己の胸の中で柔らかく響く。出久はそっとチョコを手で包み、胸に当てた。勝己のぬくもりが、まだ残っているような気がして。

 

「!、もしかして緑谷くん、それはばくごむぐっ」

「……飯田、気づいても言わねえほうがいいやつだ。俺にもわかる」

 

 飯田の口を押さえた焦凍。ふと切島と目が合う。苦笑いしているところを見るに、彼もまた察したらしい。さすがは相棒である。

 

「にしても、バイク乗ってきたのによく落とさなかったな」

「うん……」

 

 どこかで落ちて、出久が気づかなかったら。それまでだと、勝己は思ったのかもしれない。――それもまた、彼らしい。

 

「出久」おやっさんが声をかけてくる。「せっかくだしそのチョコ、ケーキに乗せてやろうか?」

「あ……そうですね。お願いします」

 

 皆、カレーもあらかた食べ終わり、酒も飲み――そろそろこの誕生日会の要に移行する頃合いとなっていた。

 買ってきたホールケーキに、オールマイトチョコが乗ったものが出される。「砂藤くんが来られたらケーキも頼めたんだけどね~」とはお茶子の言。確かに彼はお菓子作りを趣味と公言していて、動画サイトでもそれにちなんだ公式配信を行っている。朴訥でマッチョなビジュアルとは裏腹に女性ファンが多いのもそのためだ。

 

「じゃあ皆さん、一曲ヨロシク!」

 

 おやっさんが懐かしのラジカセの再生ボタンを押すと、幼少以来の軽快な音楽が流れ出す。

 「Happy Birthday to you」――出久に向けられる祝福の詞。自分はいま、こんなにもたくさんの人と出会うことができた。

 

(あぁ、僕はこんなにも、)

 

(こんなにも……幸せだ)

 

 

「――誕生日、おめでとう!!」

 

 響く、声。その中にここにいないもうひとりの声色も混ざっているように思われて、出久は笑う。

 

 

 そして彼は――灯火揺らめく21本の蝋燭を、思いっきり吹き消したのだった。

 




――Happy Birthday、デク!


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EPISODE 46.5. 紅白頭はトラウトサーモンの夢を見るか? 1/3


当初の年越し番外編のお話候補

①原作時空にここのデクが飛ばされる話
②五代くんと共演する話
③ピ…マゼンタの悪魔がやってくる話
④???「平成ライダーなど認めん!!」


なのにどうしてこうなった…。


 

――某県 九郎ヶ岳遺跡

 

 かつてグロンギたちが眠っていたこの地は厳重に封鎖され、一部の研究者等を除いては立ち入りを禁じられていた。

 しかしながら、そこからは既にすべてのグロンギが甦り、現代に解き放たれて久しい。ゆえにもう、何事も起きるはずがない……と、思いきや。

 

 仲間たちに後れること9ヶ月弱――目覚めるはずのなかった"幻のグロンギ"が、突如として覚醒を遂げたのだった。

 

……だった?

 

 

 

 

 

 大晦日。

 

 言わずと知れた1年の終わりである。年明け――元旦を含めた正月三が日と合わせて、一般企業や官公庁などは休みとなるところが多い。すべてが、と言い切れないのが、日本という国の悲しい性かもしれない。

 

 それはともかく、いかに年末年始と言えども完全休眠状態となるわけにはいかない職種もある。

 

――たとえば、彼らのような。

 

 

「大晦日だな、爆豪くん!」

 

 警視庁内の廊下にて、そんな揚々とした声をあげたのは――ターボヒーロー・インゲニウムこと、飯田天哉。分厚い筋肉をまとった身体をかっちりとしたスーツに包み、すれ違う人ひとりひとりに「おはようございます!!」と元気よく挨拶するその姿は、ヒーローとしてもそうだが警察官としても違和感がなく、模範的である。

 

 一方でその隣を歩く男はというと、同じくスーツ姿ではあるがネクタイも結んでいない着崩した恰好で、目つきも鋭くまっすぐ前を睨みすえている。彼は間違っても警察官になど見えず、どちらかといえば連行されてきたチンピラのようである。ただ彼――爆豪勝己もまた、インゲニウム以上の実力派若手ヒーロー"爆心地"であることは間違いない。

 飯田の大晦日コメントに対し、

 

「わかりきったこと言うなクソメガネ、だからなんだってんだ」

 

 この調子である。

 

「……常日頃思っていることだが、きみの口汚さは本当に改善されないな」呆れつつも、「まあそれは置いておくとして……きみはお正月、ご実家に帰省するつもりはないのかい?」

「……逆に訊くけどなクソメガネ。ブラコンのテメェも帰んねえのに、俺がそうすると思うんか?」

「ぼ、俺はブラコンではない!ただ兄を尊敬し、かくありたいと背中を追い続けているだけだ!!」

「ブラコンじゃねえか」

 

 そう評しているのは何も、"口汚い"自分ばかりではないのだ。轟焦凍のようなボケボケした奴を除けば、かつてのクラスメイトの大半が勝己に同調することだろう。

 

「まったく……そんなことを言っていると、またお母様が押し掛けてくるぞ」

「ヤなこと思い出させんなカス」

 

 彼らには大晦日も、正月もありはしない。1年365日、蔓延り続ける悪と戦う、彼らの人生は常在戦場なのである――

 

 

 

 

 

 一方、一度はそんなヒーローになる夢をあきらめながら……グロンギと戦う数奇な運命を自ら選びとった無個性の青年、緑谷出久。

 

 表向きはふつうの学生であるゆえ、彼の日常はそこまで苛酷なものではない。ただ学生ゆえにたっぷりある時間を活かしてトレーニングに充てているおかげで、身体つきは童顔に似合わない程度には引き締まってきている。あわよくば憧れの"平和の象徴"オールマイトのようになりたいと口にしたところ、友人たちが口を揃えて「その童顔でオールマイトの身体はヤバい」と反対してきたのはつい最近のことである。出久だって好きで童顔に生まれたわけではないのだが。

 

 それはともかく。

 本日の彼は戦いやトレーニングを一時的なり忘れ、1年最後の日をとことん楽しむ予定だった。戦友であり、何より親友でもある青年とともに。

 

「心操くん!」

 

 待ち合わせ場所で己の愛車に寄りかかっていた心操人使のもとへ、手を振りながら駆け寄っていく。彼は自分と違って長身で、さらに藤色の髪を逆立てているので、多少の人混みなら簡単に見つけることができる。

 

 若者らしくスマホを弄って時間を潰していた心操は、出久の姿を認めると薄く笑って迎えてくれた。

 

「おー、緑谷。早かったな」

「いやいや心操くんこそ……お待たせ。朝ごはんもう食べた?」

「実はまだ」

「やっぱり?僕もそうなんだよね」

「じゃあどっかその辺で食ってくか」

「うん!」

 

 久々にプライベートで、ふたりきりで出かけることにした彼ら。クウガとG3――ともに未確認生命体に立ち向かう"仮面ライダー"の称号をもつ者同士であることは、ひとまず忘れようと合意していた。

 気の合う友人同士として振る舞うことも、ときには大切なのである――

 

 

 

 

 

 仮面ライダーといえば、彼もそのひとりである。

 

「ふぁ……」

 

 左右くっきり分かたれた紅白頭をニット帽で隠し、オッドアイと火傷痕をサングラスで誤魔化し、マスクで端正な顔立ちを覆い……完全武装をしている割には、まったく無防備にも程がある欠伸っぷりである。

 

 彼の名は、轟焦凍。かつてのNo.2ヒーロー・エンデヴァーの息子であり、かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトの後継者という、稀有な重責をいくつも背負い――そしてまた、それゆえに"仮面ライダー"へと"進化"した青年である。

 

 ただ今日の彼は、そうした重荷をいったん置いてきたかのように浮つきぎみだった。その脳内を占めている単語はただひとつ。

 

「蕎麦……」

 

 そう、大晦日といえば蕎麦――年越し蕎麦である。

 思わず口に出してつぶやいてしまうくらい、焦凍はかの粉の集合体に焦がれていた。冷たい蕎麦は彼の何よりの好物なのだ。

 

 そしてなんと、今年の彼は自ら手打ち蕎麦にチャレンジしようと心に決めていた。同居人のグラントリノこと空彦老人の勧めもあってのことだが、焦凍自身、以前からやってみたい気持ちはあったのだ。実行に移すだけの心の余裕がなかっただけで。

 

――前置きが長くなったが、彼はそのための買い出しに出ている真っ最中だった。どうせなら素材も自分で直接選びたいなどと、殊勝なこだわりを発揮してみたのである。いかに好物に対してとはいえ、彼がそんな辨えをもっているかはやや疑問ではあるが。

 

 空彦老人によってはじめてのおつかいよろしく送り出され、揚々と街を歩く焦凍だが……どういうわけか、先ほどから眠気が襲ってくる。昨日はやや激しめのトレーニングをしたから、そのせいかもしれないが。

 

 ふぁ、ともうひとつ欠伸をこぼしたそのとき――前方から、群衆の悲鳴が響いた。

 

「!」

 

 その瞬間、彼の表情は戦士らしく引き締まったものへと早変わりする。彼は仮面ライダーであると同時に、プロヒーロー・ショートでもある。悲鳴の原因たる存在がなんであれ、無視するなどありえない。

 

 走り出す焦凍。しかし現場にたどり着いた彼が目の当たりにしたのは、あまりといえばあまりに予想外の光景だった。

 仰向けに倒れ伏す人々……とだけ書けば、惨劇の痕のようだが。実際には彼らは傷ひとつなく生きており、口から何かをはみ出させてうめいているだけだった。

 

「大丈夫ですか!?――こいつは、一体……」

 

 近くにいた男性の口から、物体Xを引っ張り出す。それはやや黄みがかった赤色をしていて、黒い皮がくっついている。手触りはぬめっとしているが不気味さはなく、むしろ食欲をそそる――

 

「……これ、鮭か?」

「ん、ゴホゴホッ、うぷっ」

「!、一体何があったんだ?」

 

 男はふくれた腹をさすりながら、かすれた声で答えようとする。そのとき、

 

 

「シャーッケッケッケッケ!!」

「!?」

 

 突如として響くふざけた笑い声。と同時に、太陽を背に降り立つ異形のシルエット。魚の骨のような頭部に、鮭の切り身を彷彿とさせるサーモンピンクの四肢。極めつけに、首から胸元まで大量の赤い球体を抱えている。

 

「オレは超古代より甦ったグロンギのひとり、ベ・サモーン・ギ!突然出てきてナンだが……愚かなるリントどもよ、大晦日にはシャケを食え~!!」

「……なんだおまえ」

 

 "グロンギ"という固有名詞が聞こえなかったわけではないし、特異なビジュアルながら腹部には特徴的なベルトのバックルも確認できる。

 が、腑に落ちなかった。死柄木弔によりほとんどが"整理"されたいま、こんな奴が残っていたなんて――

 

「シャーッケッケッケッケ!!そこのおまえ!」

「!」

「お忍び芸能人みたいに気取ったカッコをしてらっしゃるが、蕎麦の匂いは誤魔化せていないぞ!!蕎麦なんかよりも鮭を食え~!!」

 

 勢い込んで大ジャンプ――なぜか腰を捻っている――したかと思えば、鮭の切り身を投げつけてくるサモーン。そこでようやく焦凍がマスクをしていることに思い至ったのか、しきりに「マスクを取れ~!」と叫んでいる。まあ、従うわけがない。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に"右"を発動し、落ちてきた鮭を生成した氷で呑み込む。焦凍のつくり出す純な半透明の氷山の中に、濃いサーモンピンクの塊がいくつも浮かんでいる光景はシュールのひと言である。

 

「ああッ、冷凍されてしまった~!!鮮度が落ちてしまう~!!」

「……鮭はおせちでなら食うが、大晦日には食わねえ」

「ふざけるなよッ!!」なぜかキレるサモーン。「正月のみならず大晦日にも食え!主食主菜副菜デザート、ことごとく鮭を食え!!」

「大晦日には蕎麦だ!!――変、……身ッ!!」

 

 跳躍する焦凍。腹部から現れたオルタリングが光を放ち、彼の全身を包み込む。雲ひとつない青空をバックに、黄金・蒼・赤の三色に彩られた超人戦士が登場した。

 

「シャケッ!?その姿はもしやアギト!?」

「正解、だッ!!」

 

 そのまま急降下し、拳を叩きつける。「トロサーモンッ!?」という悲鳴だかなんだかよくわからないことを叫んだサモーンは、吹っ飛ばされて地面を転がった。同時に、辺り一面に大量のイクラがこぼれ落ちる。

 

「ああっ、大事なイクラちゃんが……!児童虐待反対!!」

「イクラは児童じゃねえだろ。……つーかおまえ、ずっとふざけてんな。本当にグロンギか?」

「お恥ずかしながら!!」

 

 即答。外見上の特徴も合致しているのは先に述べたとおりだが、それでも焦凍の脳内から疑念が消えないのも無理はない。

 

「グロンギだってんなら、なんで皆に鮭を食わせる?」

「ハァァァァ~!!?そんなの美味しいからに決まってるに決まってるだろバカチンがァ!!」

 

 イラッときた焦凍――アギトは、ワン・フォー・オール"フルカウル"を発動させてサモーンに再び迫った。ふざけた奴だが、グロンギはグロンギ。血生臭くはないが、生臭い被害を撒き散らそうとしていることには変わりない。ならば、これしかない――

 

「KILAUEA……SMAAASHッ!!」

「シャケケケケッ!そんなパンチ、オレには効かシャケェッ!!?」

 

 火炎を纏ったパンチが直撃、サモーンは"く"の字になってぶっ飛んだ。「ゴロゴロゴロ~!」と自分で叫んでいる。

 

「う、ウグググゥ……お見事ォ!!」

「……そりゃどうも」

「だがしかぁ~し!!」跳び跳ねるように起きるサモーン。「その程度の攻撃では、せいぜい生サーモンが炙りサーモンになる程度のダメージしか受けないのだ!!」

「………」

 

 こいつ、常時ふざけている割には硬い――焦凍は少しばかり焦りを覚えた。頑丈さをタテにゴリ押ししてくる敵は厄介だ、その前に決着をつけなければ。

 キックの構えをとろうとするアギト。しかし溜めの途中で、サモーンが待ったをかけた。

 

「次はこっちのターンだ、喰らえッ!!」

「!」

 

「 氷 頭 な ま す !!」

「は?」

 

 耳慣れない固有名詞に、ぽかんとしてしまうアギト。次の瞬間、周囲の景色が変わった。

 

「うおっ!?な、なんだこれ……?」

 

 そこはボウルの中だった。足下には鮭が敷き詰められており……そのぬめりで、彼はつるんと転んでしまった。すぐさま態勢を立て直そうとするも、このときを狙って"脅威"は牙を剥いたのだ。

 

 いきなり頭上から降り注ぐ白い粉。それは尋常でなくしょっぱかった。

 

「し、塩かこれ!?」

 

 と思ったら、今度はややとろみのある液体を浴びせられる。

 

「ぶはっ!?す、酸っぺえ……ぉえっ」

 

 思わずえずくアギト。彼は酸っぱいものがダメだった。お弁当に入っている梅干しは周りのご飯ごと避けるタイプである。

 

 甚大な(?)ダメージを受けた彼は、気づけばもとの場所に倒れ伏していた。身体に塩や先ほどの液体――お酢のようだ――はかかっていない。どうやら幻覚を見せられていたらしい。

 

「シャーッケッケッケッケ!!見たか、鮭料理の真髄!!」

「く……っ」

 

 この敵、ふざけているばかりでなく普通とは違う――焦凍はそう強く思い知らされた。グロンギは皆、純粋なパワーと頑丈さの他には対応する動植物のもつ特徴、その殺傷力を強化した能力をもっている――ズ・ゴオマ・グの吸血や、ゴ・ザザル・バの強酸性の体液などがわかりやすい――。少なくともあんなわけのわからない幻覚を見せる能力が鮭にあるだろうか、あるはずがない。

 

「シャケシャケ、次はどうしてくれよう?ムニエルか、鮭茶漬けか?それともシンプルに焼き鮭か!?うう~ん、悩ましい!」

「ッ、舐めやがって……!」

 

 1週間前、第46号との戦いを思い出す。最初の敗北で重傷を負った自分は、結局リベンジに臨むことができなかった。行くなと懇願する父の手を振り払うことができず……クウガ=緑谷出久が46号を、鷹野藍と森塚駿の警察コンビが47号を倒したと、のちに病室で聞かされて終わり。

 これが"平和の象徴"を継ぐ者の現実なのだと思うと悔しいし、みじめでもあった。それなのに、轟炎司の息子であることを選んだことを後悔していない自分もいて――

 

(俺はもう……負けられねえ……!)

 

 拳に力を込めて、立ち上がる。相対するサモーンはというと、

 

「ンンン~決めた!シンプル・イズ・ベスト!!ここは焼き鮭を大根おろしとポン酢でいただこう!!」

「テメェ……」"左"が燃え上がる。「焼き鮭になんのはテ「焼き鮭になんのはテメェだ!!」!?」

 

 いきなり罵声が被ったかと思えば、どこからともなく漆黒の影が飛び込んでくる。それはサモーンの頭上をとったかと思えば、

 

――BOOOOOM!!

 

 発破。直撃。サモーンはまたしても綺麗に吹っ飛んだ。

 

「あじゃぱッ!?」

「ふん……」

 

「!、爆豪……」

 

 爆豪勝己――戦友ということばで片付けるにはあまりに深い因縁を結んだ男が、援軍に現れた。

 

「おいコラ半分野郎ッ、こんなシャケのバケモンに遊ばれてんじゃねえよ!テメェの蕎麦への愛情はその程度か!?」

「お、おぉ……いや、悪ィ」

 

 焦凍はやや戸惑いがちに応じた。振り向きざまに怒鳴りつけてくるのはいつものことだが、なんだか今日の叱咤は方向性がズレているような気がする。それを指摘すると爆ギレされそうだったので黙っていたが。

 

 と、サモーンがそそくさと立ち上がった。

 

「ヒグマみたいなリントが襲いかかってきた!このままじゃオレが喰われちゃう!?」

「誰がヒグマだゴラァ!!」キレる勝己。

「イヤァアアア、イクラだけは、この子たちだけは……と見せかけてドーン!!」

 

 身体に抱えたイクラを庇うしぐさを見せたかと思えば、そのひとつを毟りとって投げつけてくる。勝己たちの目前で地面にぶつかってバウンドするや、それは弾けて大量の赤い液体を噴出した。

 

「ッ!」

「爆豪!」

 

 アギトが咄嗟に氷山をつくり出して防壁としたことで、飛散した液体が勝己にかかることは避けられた。

 

――しかしその向こう側では、既にベ・サモーン・ギはのうのうと逃げおおせているのだった……。

 

 

 



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EPISODE 46.5. 紅白頭はトラウトサーモンの夢を見るか? 2/3

本当はサモーン決着まで入れたかったんですが尺が…。

タイムリー?なことにジオウはアギト回でしたね。ここの心操くんもオムロンみたいな感じで将来的にはG3部隊の隊長とかやってくれるといいなと思います。
ショートくんは……ヒーローを引退してそば屋「安木杜」を開店するENDで(大嘘)




 アギト――轟焦凍との遭遇戦からたった数分、街の大型スクリーンにあのベ・サモーン・ギの姿が映し出されていた。

 

『おいリントども、貴様らはなぜ大晦日に蕎麦を食うのだ!?いや大晦日に限った話ではない!クリスマスはチキンだし節分に至っては恵方巻などという何を巻いてるんだかよくわからんものを食っている!!サーモン巻きならわかるけど!!』

 

 スクリーン越しに熱弁を振るうサモーン。興奮した彼はさらにこんなことを言い出した。

 

『今年から大晦日は鮭を食え!年越し蕎麦改めて年越し鮭、刺身も可とする!!この命令に違反したとオレがみなしたリントには、問答無用で嫌がらせしまくってやるのでよく覚えておくように!!ゴホン、それでは皆さまよいお年を!除夜の鐘!ゴーン、ゴーン、カルロス――』

 

 映像が途切れるスクリーン。呆気にとられた様子の人々の口には、いつの間にか鮭が詰め込まれていた――

 

 

 

 

 

「あのシャケ野郎のばらまいたシャケの分析結果が出た。その辺に売ってる切り身と成分が100パー一致、まごうことなきシャケだとよ」

 

 なんやかんやあって、爆豪勝己がそう告げた。彼は当たり前のように言っているが……焦凍としては、戸惑うほかない。

 

「まごうことなきって……あいつの身体から分離したモンだぞ。毒素とかねえのか?」

「ない」即答。「実際、無理矢理食わされた連中にも満腹で動けない以上の実害は出てねえんだと」

「そんなわけ……」

 

 否定しかかった焦凍だったが、口をつぐんだ。否定するに足る証拠は何ひとつないのだ。何よりもはや超能力の域に達している自分の勘が、あの切り身やイクラに危険性がないことを告げていた。

 

「ま、人命に害がなかろうがはた迷惑なことには変わりねえ。さっきの放送で奴が言ってたことにしてもだ」

「!」

 

 サモーンのことばを思い出す。――大晦日には蕎麦でなく鮭を食え。これに違反したとみなした者には問答無用で嫌がらせをしてやる……。

 

「まさか……!」

 

 刹那、焦凍は走り出していた。

 

 

――彼の覚えた、嫌な予感は的中してしまった。

 すぐ近所にある、お気に入りの蕎麦屋。年中無休なばかりか出前もしてくれるので、あまり大手を振って出歩けない焦凍にとっては実にありがたい店だった。当然、味も保証できる。

 

 それが、ひどい有り様だった。

 

 自信のこもった筆遣いで書かれた"蕎麦"の看板の上に下手くそな字で"鮭"と書かれた半紙が貼りつけられ、ガラス越しに見える店内のテーブルひとつひとつ、その中央に鮭の切り身が突き刺さっている。何より惨いのが、外まで漂ってくる魚特有の生臭さだった。

 

「これは……こんな……」

 

 焦凍、そして追いついてきた勝己が唖然としていると、店内から千鳥足で人影が出てきた。白い割烹着……店主だ。そのままへたり込んでしまったのを見て、駆け寄るふたり。

 

「ご主人、何があったんですか!?」

「あぁ……実は……」

 

 半ばうわごとのように、店主は語りはじめた。――あれはたった十数分前のこと。

 

 大晦日ということで、"年越しキャンペーン"と銘打って特別態勢で営業していたこの蕎麦屋は、それが災いしてかサモーンに目をつけられてしまったらしい。

 いきなり来店したかの鮭怪人は、

 

「営業中のところいきなり押し入ってナンだが、大晦日に蕎麦を売るな、食べるな!!没収だ~!!」

 

 そんなことをのたまって客席の蕎麦をことごとく没収、それに飽き足らず厨房にまで侵入して調理前の蕎麦やそば粉に至るまで奪っていったのだという。

 その代わりに、

 

「大晦日にはシャケを売れ、そして食え!!」

 

 そうのたまって、鮭をばらまいて帰った――

 

「だからもう……鮭を売るしかないんですぅ……」

 

 店主の話を聞き終えたふたりは、揃ってあんぐり口を開けるほかなかった。よくよく見れば、レジの横にはパック詰めにされた切り身が破格の値段で並べられている。これに関しては、元々丁寧にパッキングされていたらしい。サモーンの妙な律儀さを垣間見た気がした――

 

 

 

 

 

 被害に遭ったのはその蕎麦屋だけではなかった。都内全域で蕎麦を扱う店――料理店に限らずスーパーマーケットなどに至るまで――において、次々に同様の被害が発生したのだ。

 

 やはり近所の業務用スーパーで、年越し蕎麦コーナーが年越し"鮭"に無理矢理書き換えられているのを目の当たりにして、焦凍はそれを思い知った。

 

「もはや怨念だな、こりゃ」

 

 呆れたようにつぶやく勝己。一方で焦凍の抱えた憤懣は、既に沸点を越えようとしていた。

 

「あの鮭野郎……、絶対許さねえ……!」

 

 握り拳を壁に叩きつけんばかりに震わせて、飛び出していこうとする焦凍。そんな彼の背に、「おい」と声がかかった。

 

「どうする気だ?」

「……おまえにンなこと訊かれるとは思わなかったよ」

 

 まどろっこしいのは嫌いなはずなのだ、この男は。余程相手を追い詰めたいという意志が働いているならともかく。

 

「あいつを倒して……大晦日に蕎麦を取り戻すに決まってる!」

「……ふぅん」つまらなさそうに鼻を鳴らし、「あいつをぶちのめしゃ、それでいいんか?」

「……何が言いてえ?」

 

 普段の彼らしからぬ妙に落ち着いた物腰で、勝己は応えた。

 

「あのグロンギは曲がりなりにも鮭を愛してンだ、だから蕎麦を駆逐してでも俺らに食わせたがってる。はた迷惑にも程があるとはいえな」

「だから……なんだってんだ」

「それを無理矢理力で押さえつけて、テメェは納得できんのか?あのシャケの亡霊野郎にテメェの大好きな蕎麦を認めさせてやりてえとは思わねえんか?」

「そんな、こと」

 

 そんなことどうでもいいとは出任せでも口にできないような想いが、確かに焦凍の胸のうちにあった。力で勝つだけじゃ、何かが足りない――自分ですら完全には自覚していないその気持ち、勝己にはお見通しということか。

 

「……けど、どうすりゃいいんだ。蕎麦の素晴らしさを認めさせるなんっつったって――」

「轟。――テメェは、蕎麦の"4つのたて"を知ってっか?」

 

 またしても唐突な問いかけだが……もはや戸惑うこともなく、焦凍は即答した。

 

「ああ……美味い蕎麦の極意だ」

 

 獲れたて。挽きたて。打ちたて。そして……茹でたて。

 

「その4つを兼ね備えた最高の蕎麦を、奴に食わせる。――轟焦凍、おまえの手で打つんだ」

「俺、が……」

 

 もとより今日は、自ら蕎麦を打つつもりでいた。しかし"最高の蕎麦"だなどと――

 

 果たして自分にできるだろうか。背負った使命の重さに、自ずと両手が震える。

 

「轟」

 

 落ち着いた声が、再び名を呼んだ。

 

「おまえ、蕎麦を愛してんだろ。だったら大丈夫だ」

 

「おまえは、最高の蕎麦を打てる」

「!」

 

 確信のこもったそのことばは……焦凍の身体に、電撃が奔るような衝撃を与えた。他ならぬ爆豪勝己が、自分にそう言ってくれている。その事実が、どんなにか頼もしい。

 ただひとつだけ、問題があった。サモーンがあちこちでやりたい放題やっているせいで、蕎麦粉が手に入らないのだ。こればかりは焦凍の気持ちひとつでどうにかなるものではなくて。

 

――この瞬間を待ち構えていたかのように、"彼"はやってきた。

 

「"獲れたて"ならば、ここにあるぞ」

「!!」

 

 唐突に姿を現したのは、焦凍の左半身と同じ赤髪と碧眼をもつ、筋骨隆々とした壮年の男。似ていないようで、焦凍との深い血縁を感じさせる容姿をしている――

 

「親父……どうしてここに」

「フン……どうでもよかろう、そんなことは」

 

 つれない態度は相変わらずだったが、焦凍の父・エンデヴァーこと轟炎司は妙にそわそわした様子。その手におさまった紙袋に、自ずと視線が注がれる。

 

「産地直送、獲れたての蕎麦粉だ。おまえが手打ち蕎麦に挑戦すると聞いたので取り寄せてみた」

「!、な、なんで……」

 

 よりによってこの男がそんなことを……いやしかし、いまとなっては脈絡のない行動とも言いきれないのだ。戦場に散って英雄となることよりも、その誇りを捨ててでも生きていてほしいと……ごくふつうの親と変わらぬ想いをもってしまった、いまのこの男ならば。

 

 そのことについて、当然思うところはある。何を今さらという反発心は言うに及ばず、相手のスタンスがここまで極端に変わるとどう接すればいいかわからなくなるのだ。母につらく当たるのは論外だが、自分に対しては少しつっけんどんなくらいでいてくれたほうが気が楽だったのに。

 懊悩する焦凍。ふと勝己の顔を見ると、それはもう愉しくて仕方なさそうなにやけ面を晒していた。つい今しがた「おまえなら大丈夫だ」と激励してくれた男と同一人とは思えない……が、これはこれで彼の――おそらく幼少期からの――地の性分なのだから是非もない。

 

 ひとつ溜息をついた焦凍は、その紙袋に手を伸ばすことを選んだ。

 

「……背に腹は変えられねえ。これは有り難くもらっとく……けど、俺らがここにいるってどうしてわかったんだ?」

「そういうことを訊くものではない、馬に蹴られるぞ」

 

 なんだそりゃ、と思ったが……確かにそんな些末なことを、いま気にしている場合ではない。"獲れたて"というある意味一番の難条件を父が達成してくれた以上……あとの3つをどうすべきかは、言うまでもない。

 

「爆豪、親父。今日に限っては、俺はヒーロー・ショートでもなければ、仮面ライダーアギトでもねえ」

 

「今日の俺は……蕎麦打ち職人、轟焦凍だ!!」

 

 涼やかな焦凍の双眸に、灼熱の炎が燃えさかる。「それでこそ俺の息子だ」と満足げにうなずいて、エンデヴァーは颯爽と去っていった――

 

 

 

 

 

 ベ・サモーン・ギによるやりたい放題は続いていた。店という店から蕎麦は消え、代わりに鮭で埋め尽くされる。過剰に供給された鮭は値崩れを起こし、水産分野の企業の株価にまで打撃を与えていた。

 

 実体経済にまで影響を及ぼしながら、サモーンは大晦日の街を練り歩く。

 

「シャーッケッケッケッケ!年越しジャケは確実に浸透しつつある……あとは全国の蕎麦栽培農家をシャケ漁に出せば、オレのゲゲルは成功だァ~――ムゥ!!?」

 

 途端、いずこからか漂ってくる蕎麦の香り……それも強烈な。サモーンの心は怒りに燃えあがり、その香りのもとを断とうと身体が勝手に動き出す。まるで遡上する鮭のように、リバーサイドを疾走する――

 

――やがて彼は、視線の先にひとつ屋台を捉えた。あれから芳しい蕎麦の香りが漂っている!サモーンはたまらず「コラ~!!」と叫んだ。

 

「大晦日に蕎麦を作るなとあれほど言ったダロ~!!?この屋台をサーモン専門にぎり寿司を出す屋台に改装してや「ウルセェ!!」シャケッ!?」

 

 いきなり横からぶっ飛ばされ、サモーンは「ゴロゴロゴロ~!」と(口で言いながら)地面を転がった。天を仰ぐその視界に、悪鬼羅刹のような顔面が飛び込んでくる。

 

「きッ、キサマはあのときのォ!?」

「おーおー、いきなり営業妨害たぁふてェ野郎だな」

 

 口を三日月型に裂いて笑う爆ギレヒーロー・爆心地こと爆豪勝己。さらに、

 

「やっぱり来たな、待ってたぞ」

「!」

 

 屋台からひょこりと顔を出した割烹着の男。その恰好に不似合いな左目の周囲の火傷痕は、サモーンの記憶に刻み込まれていた。

 

「あ、アギト……!罠だったのかァ!?」

 

 そう結論付けるのも当然か、と焦凍は思った。実際、この鮭怪人の一本釣りには成功した――ここから勝己と組んで袋叩きにすれば、倒すことなど容易いとさえ信じられる。

 だが、それだけでは……力で勝つだけでは足りないのだと、勝己が教えてくれた。だから、俺は――

 

「誘き出したのは事実だ。でも、おまえをぶちのめすつもりはねえ」

「バンザドゥ!?」

「俺の目的はただひとつ、」ここで思いきり空気を吸い込み、「おまえに……蕎麦をご馳走することだ!!」

「……ハ、ハイィィィ~!!?」

 

 一瞬硬直したあと、飛び上がって驚愕を露にするサモーン。色々と狂った言動の主であるが、そんな怪人ですらびっくらこくような発言ということだろう、まあ自分でもそう思うが。

 

「サモーン……だったな。おまえはやたらシャケを推すが、蕎麦を食ったことはあるか?」

「あるシャケ……ワケあるかそんなモン、オレはシャケ一筋ウン万年!浮気はダメダメ文[ピー]砲が怖いもの!!」

「そうか、シャケしか食ったことねえんだな。道理で説得力の欠片も感じねえわけだ」

「アアン!!?」

 

 恫喝的な態度を示すサモーンだが、そういう振る舞いにかけては人類最強クラスの爆ギレヒーローに睨まれ口をつぐんだ。

 フッと柔らかな笑みを浮かべて、焦凍は続ける。

 

「俺はこのうえなく蕎麦が好きだし、一番美味いと思ってるが……ご飯やパンも食うし、なんならシャケだって好きだ。蕎麦とは違う良さがあるからな」

 

 逆もまた然り。鮭とは違う良さが蕎麦にはある。サモーンに、それを認めさせる――

 

「サモーン、俺の打った蕎麦を食べてくれ。そして美味いと思えたら、おとなしくお縄につけ」

「シャケケケッ……見かけどおりおめでたい頭だなァ!!もしオレが、美味いって言わなかったら?」

「そのときは……煮るなり焼くなり、おまえの好きにしろ」

 

 断言する焦凍。それを聞いて、サモーンはほくそ笑んだ。鮭以外のものを美味いだなどと、自分は絶対に思わない。

 

「シャーッケッケッケッケ!!いざ――」

「――勝負ッ!!」

 

 

 遂に、轟焦凍とベ・サモーン・ギの決戦が幕を開けた。

 父より受け取った蕎麦粉をボウルに入れ、繊細な手つきで捏ねる焦凍。椅子にふんぞり返って座るサモーン。最初は嘲笑混じりに焦凍を眺めていたが、蕎麦粉が塊となり、それを麺棒で引き伸ばしはじめたあたりで様子が変わった。

 

「ム……?」

「………」

 

 笑うのをやめたサモーンを横目で見つつ、勝己は逆に唇をゆがめた。いまの焦凍が醸し出す職人の気迫が、この怪人にも伝わっている――

 

 蕎麦粉の塊を程よく引き伸ばしたところで、専用の包丁を使って刻んでいく。乱れのないリズムが耳に心地よい。音ばかりでなく、形となった麺の一本一本もその太さ、長さに乱れがない。

 刻んだ麺を沸騰させた湯に差し、粉を落とすと同時にさっと茹でる。ちょうどいいところで引き揚げると、今度は冷水に入れてよく冷ます。

 そして冷やした麺を、ざるに盛りつける――

 

「む、ムダな動きがない……!?」

「それが職人っつーもんだ」

「職人……」

 

 サモーンがその名詞を復唱していると――すべての用意を整えた焦凍が、す、と完成品を差し出してきた。

 

「お待ちどおさま。――さあ、食べてくれ」

「シャケ!……じゃない、応!」

 

 蕎麦に蕎麦つゆ、そして刻んだねぎにわさび。まったく奇をてらっていない、シンプルなざるそばである。

 くんくんと鼻を――どこが鼻なのかはともかく――動かしたサモーンは、再び「ム……!?」と声をあげた。

 

「これは、海の香り……!?」

 

 そばつゆから漂うその香りに、思わず懐かしい思いに駆られるサモーン。狙いどおりだとばかりに、焦凍は笑みを浮かべた。

 

「出汁に鰹節と昆布を使ってみた。シャケじゃなくて悪ィな」

「……ま、まあいい。どうせシャケ料理じゃないなら同じこと!」

 

 「いただきます!」と威勢よく叫んで、サモーンは箸で麺を掬いあげた。鰹節の香るつゆにゆっくりと浸し、

 

 巨大にも程がある口に、放り込んだ。

 

「………」

 

 サモーンの口が咀嚼のために動くのを認めて……焦凍は、ごくりと喉を鳴らした。自分なりの最高の蕎麦、その味はいかに――

 

「……ム、」

 

「ムムム……?」

 

「ムムム――!!?」

 

 気がつけばサモーンは、日本海のど真ん中にダイブしていた。沈む身体を波が揺すり、泳ぐ大小の魚が群がり、戯れてくる。

 

(あぁ……愛しの日本海……!)

 

 

「ゴロゴロゴロ~!」

 

 再びサモーンは地面を転がっていた。蕎麦に浸っている隙に攻撃を受けたわけではない。純然たる、蕎麦への衝撃でこうなってしまった――

 

「な、なんだこれは……。シャケとは違う……違うけどぉ……!」

「美味ェだろ?」

「うん!――あっ」

 

 うっかりうなずいてしまったサモーン。しかし無理もないことなのだ、だって……美味い。美味すぎる。

 

「4つのたてが揃った蕎麦は、まさに究極……」

 

 しみじみとつぶやく勝己。明らかに口調がおかしいことなど、もう焦凍は気にしなかった。

 

「サモーン、負けを認めるな?」

「う……うぅ……」

「もう、みんなに無理矢理シャケを食わせたりしねぇな?」

「うぅぅぅぅぅ――!!」

 

 地面にうずくまったまま、唸り続けるサモーン。美味かった、確かに。きっとこれ以外にも世の中に美味いものはたくさんあって、リントはそれらを日々楽しんでいる。

 だけど、だけどオレは――

 

「――やっぱり、認めぇえええんッ!!」

 

 地面に思いきり拳を叩きつけて、サモーンは憤然と立ち上がった。

 

「365日のうち364日はシャケじゃなくてもいいッ!けれども今日だけは、この大晦日だけは、やっぱりシャケの日にしてほしいんだよォオオオオ――ッ!!」

「な……おまえ……!?」

 

 「シャケを食え~!!」と従来の主張を繰り返しながら、飛びかかってくるサモーン。身構える焦凍、爆破の姿勢をとる勝己。――しかし彼らが手出しすることはなかった。

 

 鮮やかに跳躍する青と銀のマシンが、サモーンに激突したからだ。

 

「マリネッ!?」

 

 「ズザザザザ~!!」と(やっぱり叫びながら)地面を滑走するサモーン。途中で文字どおり尻に火がついてしまい、ようやく静止してからも喚き悶えている。

 そして同時に、かのマシンも着地した。操るライダーはというと……渋いデザインのマシンを台無しにしかねないような、ショッキングピンクの法被を着ていて。

 

「かっちゃん、轟くん!」

「!、緑谷……」

 

 戦友、緑谷出久。さらに、

 

「俺もいるぞ」

 

 次いでオートバイで駆けつけてきたのは、心操人使……なのだが、こちらも同じ法被を着ている。

 

「遅くなってごめん!」

「……それはいいが、お前らその恰好は?」

「アイドルヒーロー軍団アッカンベー48の大晦日生ライブ用ヒーローコスチューム風応援衣装さ!」

「俺たちのようなヒーローオタクにとって最高の舞台なんだ」

「そ、そうか」

 

 そんなグループがいたのも出久たちにそんな趣味があったのも初耳だったし、どこからどう見てもその恰好はヒーローコスチューム風ではないと思ったが……いちいちツッコんでいるとキリがないのでいったん流すことにした焦凍。いま専心すべきは、サモーンのこと。

 

「轟くん、どうすればいい?」

 

 出久がまっすぐ見上げてくる。色々な意味で直視に堪えがたいと思ったが……焦凍は、逸らすことなく見つめ返した。

 

「あいつを……倒す。力を貸してくれ、ふたりとも」

「「――おうッ!!」」

 

 ライブのテンションを引きずっているふたりだった。

 

 



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EPISODE 46.5. 紅白頭はトラウトサーモンの夢を見るか? 3/3


収拾がつかなくなった。


 

 やはりなんやかんやあって、戦場はいつの間にかどこぞの採石場に移動していた。

 

 入口付近に駐車されたGトレーラー。そこからG3の鎧を纏い、メットだけ小脇に抱えた心操人使が出てきて、既に並んで待っていた焦凍と出久の隣に進んだ。彼らと数メートルの距離で対峙するサモーン。

 そしてなぜかここにも運ばれてきた屋台で、割り箸を片手にざるそばを睨みつけている勝己。

 

 彼が割り箸を割ると同時に、3人の戦士は動いた。

 

「――変身ッ!!」

 

 出久のアークルが光を放ち、彼はクウガ・マイティフォームに。

 

「G3、装着!」

 

 メットを被り、装着シークエンスを完了させる心操。トレーラー内で完了させろと言ってはいけない。

 

 そして、

 

「変……、――身ッ!!」

 

 オルタリングが光を放ち、焦凍の身体を包み込む。彼もまた、アギトへと"進化"を遂げた。

 

 

 ひゅう、と北風が吹きすさぶ。対峙を続ける3人の仮面ライダーと、グロンギ怪人。

 

「……いただきます」

 

 両手を合わせた勝己が、ざるそばをすすりはじめる。――それが、戦闘開始の合図となった。

 

「喰らえェイクラ爆弾!!」

 

 身体に付着したイクラをちぎっては投げ、ちぎっては投げてくるサモーン。"爆弾"の名称に違わずそれらは接地と同時に爆発を起こす。

 

「ッ!」

 

 地面を転がり、爆炎を避ける3人。先陣を切って反撃に動いたのは、G3だった。

 

「そんな攻撃で……――今度はこっちの番だ!!」

 

 すかさず"GM-01 スコーピオン"を構え、弾丸を発射する。それらは正確にサモーンのイクラを捉えることに成功していた。ぶしゅうと音を立てて、割れていく半透明の赤玉たち。

 

「ああっ、イクラが!?未来のシャケちゃんたちが壊れていくぅ!!」

「次はおまえ自身だ」

「何ィ!?」

 

 スコーピオンの銃口に専用のアタッチメントを取り付け、

 

「"GG-02 サラマンダー"――発射ッ!!」

 

 グレネードランチャーが火を噴き、サモーンを直撃する。「ぎゃわらばッ!?」という悲鳴とともに、彼は大きく吹っ飛ばされた。

 

「ぐぐぅぅ……まだまだぁ……!」

「なら、次は僕の番だ!」クウガが跳躍する。「マイティ、キック!――うぉりゃあぁッ!!」

 

 クウガの必殺キックが炸裂し、後方へ押しやられるサモーン。しかし彼は倒れない。踏みとどまり、踏ん張っている。

 

「さあ轟くん、とどめだ!」

「決めろ、轟」

「……ああ!」

 

 万感の思いを押し殺し、構えるアギト。母より受け継いだ"右"の冷気、父より受け継いだ"左"の燃焼、

 

 そして師より受け継いだ"ワン・フォー・オール"を、すべて同時に発動する。黄金の角が、陽光を浴びて光を放った。

 

「はぁああああ……――ッ!」

 

 そして、跳躍。両足に、すべての力を集中させる――

 

「ライダー……トライシュート――ッ!!」

 

 最大の一撃が、サモーンの胸元を捉えた。火炎が、氷雪が、光の粒子が辺り一面に散らばり……その身を、打ち砕いた。

 

「う、ウゴォォォォ……!」

「………」

 

 絶壁に叩きつけられ、うめくサモーン。やがて彼は、かすれた声を発した。

 

「どうせ、爆発するなら……シャケを食べすぎてパンパンになった腹に……なぜか飛んできたキツツキが、激突してくれればよかったァ……!」

「……サモーン」

「アスタキサンチン、ポクポクチーン……!」

 

 そのことばを、辞世の句として。サモーンの身体がゆっくりと前のめりに倒れ込んでいく――そして、

 

「成仏!!」――そんな叫び声とともに、大爆発が起きた。

 

「………」

 

 大量の焼け焦げた鮭が辺り一面に降りそそぐ。その光景を見つめて立ち尽くすアギト、そしてクウガにG3。ざるそばをすすり終え、「ごちそうさまでした」と手を合わせる爆豪勝己。

 

(サモーン……おまえとは、わかりあえる気がした)

 

 心の底から、焦凍はそう思った。結果はこのとおりだったが。自分は対話のスキルが致命的に欠落していると彼は自覚していた。それがあればもっと、という思いにも駆られる。

 俯く焦凍……と、見下ろした地面に、びちゃりと音をたてて何かが落下してきた。ビチビチと跳ね回る元気なそれは――鮭。爆炎に呑み込まれずに済んだのだろう、鮭の稚魚だった。

 

 

 

 

 

 数分後。付近を流れる河川に、焦凍はかの稚魚を放流していた。

 

「達者でな……サモーンJr.」

 

 下流に向かって泳ぎはじめるサモーンJr.。彼(彼女?)が荒海に出て、立派な鮭になるまで生き残ることができれば……あるいはサモーンの望んだように、食卓に並ぶ日が来るかもしれない。

 

 せせらぎを聴きながら流水を見つめていると、背後から「ショート!」と呼ぶ声がかかった。

 振り返ればそこには、仲間たちの姿があって。

 

「みんな……」

「ショート!」

「ショート」

「ショートォ!!」

 

 下の名前と響きのまったく同じヒーローネーム。友人たちにそう呼ばれるのは、呼び捨てにされているようでなんだかこそばゆい。下の名前で呼び捨てにするのなんて、家族を除けばグラントリノくらい――

 

「ショート、」

 

「……しょうと」

 

 

「起きんか焦凍ぉ!!」

 

 刹那、世界がぐるりと回転して――

 

 

「はっ!?」

 

 友人たちの声がいきなり老人のそれに変わったかと思えば、野山の風光明媚な風景が慣れ親しんだ自宅の天井へと様変わりしていた。

 

「ったく、ようやっと起きたか。もう夕方だぞ」

「……ぐらん、とりの」

 

 「午後まるまる寝おって」と、呆れきった様子の老人――グラントリノ。そのひと言でようやく、焦凍は記憶を手繰り寄せはじめた。今日は朝から買い出しに出て、帰宅してから蕎麦を打って――

 

――……シャケは?

 

「シャケぇ?」ばっちり口に出していたようだ。「何言っとんだ、寝ぼけとんのか?」

「寝ぼけ……」

 

 蕎麦打ちに専心した午前。爆睡してしまった午後。――ここから導き出される、答はひとつ。

 

 

「……なんつー夢だ」

 

 

 

 

 

 1年最後の日没が訪れた。

 

 喫茶ポレポレの扉には"CLOSED"のプレートが掛けられていたが、施錠はされておらず、店内には灯りがついていた。正月を迎えるための装飾も店の周囲に施されており、営業していなくとも賑々しさを振り撒いている。

 

 バイクを飛ばして店の前に到着した焦凍は、その明るい雰囲気を感じとってほっと息をついた。常連と言えるほど通いつめていない自分のことも、ここはいつだって歓迎してくれる。

 

 紙袋を抱えてドアを開けると、からんころんというカウベルの音とともにエキゾチックな装いの店内が視界に飛び込んでくる。スパイスの香りが、鼻腔をくすぐる。

 

「あ、轟くん!」

 

 カウンター席に座って談笑していたふたりの青年が、立ち上がって迎え入れてくれた。先ほどまで夢の中でダイカツヤクだった、緑谷出久と心操人使だ。

 

「わり、遅くなった。腹減っちまっただろ」

「うー……まあね」

「いい蕎麦は打てたのか?」

 

 「もちろんだ」と、サムズアップで応える。無表情のまま。心操が軽く噴き出し、出久がくすりと笑う。そういう反応にももう慣れた。

 

「ちょっと途中でスーパーに寄っててな、遅れちまった。つーわけで、これ」

「刺身?気がきくな」

「でも……なぜにサーモン?」

 

 焦凍が買ってきた刺身はサーモンづくしセットだった。こういうときは色々な種類の盛り合わせを買ってくるほうがポピュラーなので、不思議がられるのも無理はないが。

 

「ちょっと……供養してやりたい奴がいてな。さっき俺の夢に出てきたシャケの怪人で、とにかくシャケを食べてほしがってた」

「???」

 

 「なに言ってんだこいつ」みたいな表情をふたりが浮かべるのも無理はない。ただ、焦凍はあくまでも本気だった。自分の頭の中にしか存在しないもの、それでも夢の世界で感じたことは幻ではない。

 

「……轟、ひとつだけいいか?」

「なんだ、心操?」

「シャケっつってたけど……これ、トラウトサーモンだぞ?」

「?」

 

 首を傾げる焦凍に対し、心操はやけに優しい声で「ググってみろよ」と告げる。言われた焦凍ばかりか、出久までそんな行動をとりはじめた、なぜか……は考えるまでもないが。

 そして――ふたりの「あっ」という声が重なる。液晶ディスプレイには、揃って"ニジマス"の文字が躍っていた。

 

「な?」なぜかどや顔の心操。

「シャケじゃ……ねえのか……」

 

 夜空のお星様となったサモーンが、「コラ~!!」と喚いている姿が目に浮かび、焦凍はがっくり項垂れた。

 

「とッ、轟くん!」出久が慌てた声を発する。「な、なんかよくわかんないけど、元気出しなよ!ほら、お蕎麦食べよう?僕らお腹ぺっこぺこだしさ!ね、心操くん?」

「だな、今日くらい楽しくいこうぜ。せっかくおやっさんが特別に貸してくれてるんだしさ」

 

 休業している今日この日、出久たちが自由に出入りを許されているのはひとえにおやっさんの厚意によるものだ。ちなみにそのおやっさんがいまどこにいるかというと、遥か海を渡った南アジアはネパール連邦民主共和国。急に冒険の虫が湧き出したとかで、つい先日急遽旅立っていった。身代わりにと、妖しげな笑顔を浮かべたプリクラを店のすべての座席に残して。

 閑話休題。

 

「……そうだな」ふっと微笑む焦凍。「すぐ準備する、待っててくれ」

「うん!」

 

 また、先ほどの夢を思い出す。サモーンを唸らせたように、このふたりにも……と思う。現実の自分には、"究極の蕎麦"と言えるほどのものを打てる技術はないけれど、それでも――

 

(……がんばれ、俺)

 

 

 しばらくして。

 

「おぉ~……」

 

 目の前に供されたざるそばを見下ろして、出久と心操は揃って感嘆の声を漏らしていた。焦凍お手製の蕎麦が目の前にある。店頭に出しても遜色ない外観と香り。肝心な味のほうであるが、果たして――

 

「んっ!」

 

 早速口をつけた出久が喉から声を発する。焦凍はびくっと肩を揺らした。

 その過敏さに苦笑しつつ、

 

「すごく美味しいよ、轟くん!」

「!、ほ、本当か?……心操はどうだ?」

「……まあ、腹空かして待ってる甲斐はあったかな」

 

 言いようは違うが、それは彼らの性格の違いによるものであって……ふたりとも、本心から「美味しい」と思ってくれていることが伝わってきた。個性を使ったわけでもないのに、胸のあたりが温かくなるのは気のせいだろうか。

 

「……そう言ってもらえて嬉しい。ありがとな、ふたりとも」

 

 

――焦凍は、思う。自分は蕎麦が好きで、皆にもその美味しさをもっと知ってもらいたい。

 

 けれど何より、彼らの……大切な人たちの笑顔をこうして見られることが、何よりうれしい。

 

(……おまえたちに出会えて、よかった)

 

 この風景を守るために、これからも戦い続けよう――人間として、ヒーローとして……アギトとして。

 

 

 そうして"仮面ライダー"と呼ばれる彼らの激動の1年は、穏やかに終わりを告げようとしていた――

 

 

 

 

 

 

『シャーケッケッケッケ!!イイ話っぽく締めようとしても、そうはイカの金目鯛!!』

「!?」

 

 つけていなかったはずのテレビから、突如として響いた声――それは果たして、夢か現実か?

 

 

 年越しは、未だ遠い……のかもしれない。

 

 

To be Continued……?

 

 





サモーンの存在が正夢になったのか(予知夢?)、それとも轟くんがまだお昼寝中なのかは皆さんのご想像にお任せいたしやす。



次回より最終章に入ります。

残り5話……あと少しお付き合いくださいませ。


ちなみに最終話のタイトルだけは既に決定しています。
どんなものになるか……ヒントはEPISODE 1!


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本編
EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン 1/3


Pixiv連載版からプロローグをカットしました。
作品あらすじで大体説明できちゃったので。

そんな見切り発車っぷりですがどうぞお付き合いくださいませ。


 有史以前、その遥か古代。ひとりの青年が、異形の怪人たちと対峙していた。

 

――……!

 青年が何かを叫び、構えをとる。するとたちまち、その姿が怪人たちと同様の異形に変わる。

 異形と、異形。人間を遥かに超越する力と力が――ぶつかりあう。

 クワガタのような二本角をもつ赤い異形が、先陣を切って突っ込んできた蜘蛛に似た怪人に蹴りを見舞う。途端に怪人は、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 その一部始終を目の当たりにして、後から続く怪人たちが一瞬怯む。その隙を突く形で――異形の戦士は、その姿を変えた。鎧と瞳が、赤から青へ。さらには長さ一メートルを超える長大な棍棒を手にする。次に突進してきた飛蝗の怪人をその棒で叩き伏せ――やはり、打ち倒した。

 戦士の無双はまだ終わらない。身軽な青から堅牢な鎧をもつ紫へと変身し、なおも向かってくる敵を剣でばったばったと斬り伏せていく。恐れをなして逃げ出した敵に対しては緑色の身体に変身、正確無比なボウガンによる射撃で撃ち抜いていく。

 

 一方的な蹂躙と掃討。それが済むと、戦士は再び赤い身体に戻った。残るは、あと一体。闇の中で浮かび上がるそのシルエットは、戦士と寸分違わぬものだった。ただ、角が四本であることを除いて。

 "それ"が放つ気迫は、それまでの怪人たちとは比較にならない。しかし、戦士は躊躇うことなく走り出す。その足下で、炎が爆ぜる。戦士が歩を進めていくごとに、炎はさらに勢いを増して燃え上がった。そして、

 

――ウオオオオッ!

 雄叫びとともに、戦士は遂に炎を纏った蹴りを放つ。対峙する異形は、拳を振り上げてそれを迎え撃ち、

 

 次の瞬間、辺り一面が閃光に覆い尽くされた。戦士も、黒い異形も、斃れた怪人たちも、何もかもを光が呑み込んでいく。耳を劈くような激しい爆発音と地響きだけが、その中心で起こる激突の一端を知らせている。

 

 やがて、音が止み、同時に光が収まっていく。露わになったその地は、見る影もないほどの荒野と化していた。

 それだけではない。ついいままでそこで戦っていたはずの異形たちの姿が、跡形もなく消えうせていた。痕跡すらなく、まるで彼らの存在が夢幻であったかのように。

 

 ただ、そうでないことを、その場に残された巨大な棺が示していた。どこからともなく現れた少女の手が、棺を静かに撫でた。そこに眠る者を労い、慈しむかのように。

 

 

 

 それから、悠久の時が経ち。棺は積もり積もった地層に埋もれ、怪人たちもろとも人々の記憶から消え去っていった。やがて"個性"が発現し、人々があの異形たちのような能力や姿を得る時代が訪れてもなお、彼らの存在は、決して思い起こされることはない――

 

 

 

――――そのはず、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷出久は城南大学法学部に在籍する学生である。もさもさした緑がかった黒髪、卵のような楕円形の大きな瞳とそばかす以外には特徴の薄い地味な顔立ち、同年代のちょうど平均あたりであろう背丈――強いて言うなら授業態度が良好であるくらいの、ごくごくふつうの青年であった。

 

 唯一、ふつうでないとすれば――"無個性"であることくらいか。

 架空が現実に。人々が"個性"と呼ばれる超能力をもつことが当然となった現代社会において、それは悪い意味で"特殊"であった。そのせいで彼は周囲から卑下される少年時代を過ごさねばならなかったし……夢すらも、捨てなければならなかった。

 

 その、一方で。

 

――ヒーロー爆心地、お手柄!連続爆弾魔を見事確保!

――元同級生に聞いてみた。ナンバーワン若手ヒーロー・爆心地の素顔に迫る!

――エンデヴァー、電撃復帰のウラに愛息・ショートの失踪……

 

 そこまで読んだところで、小さく溜息をついて、出久はスマートフォンをジーンズのポケットにしまい込んだ。なんとなく気になって、暇つぶしと言い訳して目を通したヒーローニュース。日本で活動しているヒーローは数多いるというのに、記事のバックナンバーには"爆心地"なる物騒な名前の若手ヒーローが頻繁に登場している。その名を見る度に、出久は複雑な思いにとらわれる。自分があきらめた夢を、彼は――

 

「――いーずくくん!」

「!」

 

 物思いから我に返って、出久は顔を上げた。ブルーのジャケットに白いボトムスといういでたちに、ボブにした茶髪が健康的な美貌の女性が、にっこりと笑いながらこちらに歩いてくる。異性慣れしていない出久は、それだけで緊張を強いられてしまうのだった。

 

「お待たせ!明日用の資料まとめるのに時間かかっちゃって……」

「い、いや、全然待ってないよ!僕もさっきまで講義で、いま来たとこなんで、うん……」

 

 出久が挙動不審になってしまっても、彼女は「そっか。お疲れ様!」と笑ってねぎらってくれる。それだけで、憂鬱な気分など吹き飛んでしまうのだった。

 

 

 

 

 沢渡桜子。城南大学考古学研究室に所属する、いわゆる大学院生である。出久より年上で、法学部生である彼とは本来接点をもたないはずだった。そんなふたりが出会ったのは、互いに数合わせとして参加した合同コンパの場において。場慣れしていないこともあってうまく溶け込めない出久と、そうではないもののあまり積極的に楽しもうという気の起きなかった桜子。輪に入れない、あえて入らなかったふたりがその外でことばを交わしあうのは不自然なことではなかった。

 そうして会話してみると、不思議なくらいに互いの印象は良好なものとなっていった。出久からすれば彼女の分け隔てのない明るい口調と態度はとても魅力的なものと映ったし、桜子も出久のころころと変わる表情、幼子のような大きな双眸の中心に輝く、純な翠の瞳が気に入っていた。――何より、ふたりとも数年前に引退した伝説のヒーロー・オールマイトのファンであることが大きかった。その場でふたりは連絡先を交換し、その後も親しい関係を継続させていくことに躊躇いはないのだった。

 

 

 いま桜子は、出久の真後ろに座っていた。お腹に回した腕に少し力をこめると、その肩がぴくりと震えるのがわかる。フルフェイスのヘルメットを被っていなければ、きっとその赤らんだ頬も見えるのに――彼がオートバイの運転中であることを、少しばかり残念に思った。

 年上の異性が背中に密着する感触を忘れるためか、出久はよりいっそう運転に集中することにしたようだった。おとなしそうな出久がバイクなんて似合わない、と当初は断じた桜子だったが、彼の性格が滲み出た穏やかなハンドリングは、下手な乗り物よりずっと心地がよかった。

 

 そのうちふたりを乗せたオートバイは、車通りの多い国道を抜け、小高い丘を上っていく。やがてその頂にたどりついたところで、出久はゆっくりとブレーキを握った。

 そこには都市の喧騒とは離れた閑静な住宅街があって、はずれに公園がある。昼間は子供たちの遊び場ともなっているが、陽が落ちればそこも静寂に覆われる。大学生特有の華美な賑やかさを好まぬふたりにとって、ずいぶんと落ち着けるスポットなのだった。

 

「ふー……」

 

 出久がベンチに腰掛けてひと息ついていると、傍らから缶コーヒーを差し出される。

 

「出久くんも飲むでしょ?」

「うん、あ、でも……」

 

 財布を取り出そうとして、その掌に缶コーヒーを滑り込まされる。

 

「いいのいいの、ここまで連れてきてもらったんだし。そもそも私のほうがおねーさんだしね」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「よろしい!」

 

 実のところ身体が冷えていたので、この心遣いはありがたかった。もう春先とはいえ、夜にオートバイで受ける風はずいぶんと冷たいのだ。

 ふたりで並んでコーヒーで喉を潤したあと、どちらからともなく口を開く。今日何があったかとか、何を食べたかとか、オールマイトのことだとか。他愛のない話題が続く。

 話題のとぎれ目。不意に、出久が訊いた。

 

「沢渡さん、今日、元気ないね」

「え、そ、そう?」

 

 桜子は表向きいつもどおりの朗らかな振る舞いに徹しているが、出久は知っている。慰めてほしいと露骨に態度で示さずとも、この公園を選ぶときの多くは、何かを抱えているときなのだ。

 それに出久はもう、心当たりをもっていた。

 

「やっぱり、発掘調査、行きたかった?」

「……まあ、ね」

 

 曖昧に首肯する。

 桜子の所属する城南大学考古学研究室はいま、首都圏某所にある九郎ヶ岳にて、地殻変動によって出現した古代遺跡の発掘調査を行っている。考古学者の卵である桜子も当然、実地調査への参加を望んでいた。しかし修士一年目の彼女の希望は通らず、専ら研究室で現地から送られてくる古代文字の解読を任されていた。

 

「解読も大切な仕事だし、仕方ないのはわかってるんだけど……なんかモチベーションが上がらなくてね。こんなことで腐ってる場合じゃないとは思うんだけど……」

「………」

 

 出久は暫し、相槌を打つだけにとどめていた。彼女の話にひと区切りついてから、慎重にことばを選び出す。

 

「そういう気持ちになることは、誰だってあるんじゃないかな。僕もヒーローニュースとか見てると、子供のころみたいに純粋な憧れだけじゃなくて……嫉妬、しちゃうことだってあるし」特に、爆心地に対しては――とは、流石に言わなかった。「だから、思いっきり悔しがったっていいと思う。大切なのは、その気持ちを一番ためになるように活かすことじゃないかな……。うまく、言えないけど」

「……うん」

 

 明確な解決策というわけではない。出久だって、そんな自信をもって言っているつもりはないのだろう。

 しかし、彼に何か言ってもらえるだけで、心のもやもやがすっと晴れるのだ。いつだってそうだった。出久のことばには、そういう不思議な力がある。

 

「ありがと。ちょっとだけすっきりした」

「ほ、ほんと?ごっ、ごめんね、僕、修士のこととか、考古学のことは全然わかんないから、こんな一般論しか言えなくて……」

「もー、大丈夫だって。出久くんはもう少し自分に自信もちなさい!」

「いや、でも僕、無個性だし……」

「個性なんて関係ないの!いい?遺跡に埋もれているような古代の人たちはみんな個性なんてもってなかった、それでも叡智を駆使して立派な文明を築いてきたの!あなたはその叡智を受け継ぐ男なのよ!」

「あ、あははは……」

 

 悪い癖が出た、と出久は思った。桜子は本当に気立てのいい女性だが、学問の道を選んだだけあって些か暴走ぎみなところがある。もっとも出久も人のことは言えなくて、だからこそ意気投合した部分もあるのだが。

 

 

 そんな小さな波乱はあれ、ふたりは間違いなく平穏の中にいた。同時刻、九郎ヶ岳で惨劇が起き――それがさらなる悪夢の呼び水となろうとしていることなど、知るよしもなかった。

 

 

 

 

 




一話につき5000文字程度が読みやすい&コンスタントに投稿できるかと思い、分割していますがいかがでしょうか?

ご意見、誤字脱字文法的におかしな箇所、ご感想等々ありましたらぜひ!


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EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン 2/3

かっちゃん&切島くん登場
ルーキーにもかかわらずふたりだけで行動してるのは御都合です


 

 枕元で、鳴り響く着信音。

 とぎれることのないそれに、眠っていた出久の意識は、強制的に覚醒を促された。

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛……ッ、誰……?」

 

 ほとんど寝た気がしない。時計を確認すると、案の定というべきか、就寝から三時間ほどしか経っていなかった。ゆうべはあのあと、アパートに愛車を置いてから、桜子とともに近くの居酒屋で夜中まで一緒に呑んでいたのだ。

 今日の講義は午後だけなので、まだ寝ていられる。にもかかわらず睡眠を邪魔されたことに出久は苛立ちを覚えていたが、端末に表示された名前を認めた途端、その感情は一気に吹き飛んだ。

 

「ん、沢渡、さん……?」

 

 代わりに、怪訝な気持ちにとらわれる。桜子は研究に没頭するあまり何徹もして平然としている女傑だから、既に起床していることはおかしな話ではない。だが、出久がまだ寝ている可能性を考慮せず電話をかけてくるような無遠慮な女性ではないはずだ。

 であれば、電話してこざるをえないような事態に陥っているのだろうか。眠い目をこすって、出久は起き上がって受信へと指を滑らせた。

 

「――もしもし?」

『あっ、もしもし出久くん?ごめんね、まだ寝てたよね?』

「うん、まあ……それより、何かあったの?」

 

 予想どおり、桜子の声は切迫していた。同時に、どこか憔悴しているようにも聞こえる。ちょっとしたトラブルに巻き込まれた程度の話では済まないのではないか。

 その予感は、的中してしまった。

 

『いまね、大学に来てるんだけど、大変なことになってて……。研究室の、その、九郎ヶ岳の調査団のメンバーが、みんな――亡くなった、って……』

「え……?」

『それで、警察の人もたくさん来てて……!ねえ、どうしよう出久くん……!』

 

 電話の向こうの女性は、冷静でいられなくなっている。当然だろう。身近な人間を一気に数人なくしたというのだから。自分まで取り乱している場合ではないと、出久は息を整えて、言った。

 

「落ち着いて。とりあえず僕もすぐそっちに行くから、ね?」

『……うん。じゃあ、待ってる』

 

 桜子との通話が切れるや、出久は有言実行とばかりに即座に動き出した。寝癖も整えず、適当に着替えて部屋を出、バイクに跨がった。昨晩のアルコールが抜けているか、気にしている余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 城南大学は、首都・東京は文京区に立地する百年以上の歴史を誇る名門私立大学である。立地やその広大な敷地、学部の枠にとらわれず自由な学びを推奨する校風から大変人気は高く、また卒業後の進路も官僚から芸能界まで幅広い。

 文学部史学科、考古学研究室の入った棟は、その敷地の片隅、木々に囲まれた自然の中に位置している。華やかさはないが、歴史と伝統を感じさせるその佇まいが、史学を志す学生には好評だった。

 いま、棟の内外では、学生や職員らが不穏な様子でことばをかわしあっている。その理由を知っている出久は、彼らに目もくれず研究室への道程をひた走った。

 

「沢渡さんっ!」

 

 研究室の扉を開け放つと同時に、そう叫ぶ。部屋の中にいたふたり組のスーツ姿の男たちが怪訝そうに眉をひそめ、名を呼ばれた当の本人は安堵の表情を浮かべている。

 

「出久くん……っ、ありがとう、来てくれて……」

「ううん……大、丈夫?」

 

 そう訊くと、桜子は小さく頷いた。相変わらず顔は青いが。

 と、男の片割れが歩み寄ってきた。睨まれている、と一瞬思ったが、どうも単に目つきがよくないだけらしい。

 

「失礼ですが、あなたは?研究室の関係者の方ですか?」

「あ、……っと、沢渡さんの個人的な友人で……緑谷といいます」

 

 そう名乗った直後、桜子が「警察の人」と耳打ちしてきた。薄々勘づいてはいたが、やはり調査団の面々は、何らかの事件か事故に巻き込まれたらしい。

 

「あの、調査団の皆さんは……どうして亡くなられたんですか?」

 

 出久が訊くと、刑事は相棒にちらりと目配せした。彼がうなずくのを確認して、口を開く。

 

「はっきりした死因はまだわかっていませんが……全員、ほぼ即死の状態でした。死亡推定時刻、遺跡周辺で落雷や小規模な山崩れが確認されていまして、現在関連を捜査中です」

「……事故、ってことですか?」

 

 出久にはそうとしか聞こえなかったのだが――刑事はなぜか、首肯しようとはしない。

 怪訝に思っていると、不意に、彼の携帯が鳴った。

 

「はい林。――はい、はい……は?いや、しかし……わかりました。ではすぐにお連れします。はい、失礼いたします。――沢渡さん、」通話を終えて早々、桜子に声をかける。「これから、署にご同行願えませんか」

「え、どうして……ですか?」

 

 ご同行、と言われると、刑事ドラマの知識から半ば容疑者扱いされているように感じてしまってか、桜子の表情が曇る。

 彼女を安心させるように、刑事は気持ち優しい声で説明した。

 

「お預けしたいものがあるそうです。遺跡から回収された出土品のようですが……すみません、とにかくあなたをお連れするようにと」

「……そういうことでしたら」

「――あっ、あの!僕も、同行させてもらっていいですか?」

 

 出久が咄嗟にそう声をあげた。精神的支柱、などと言うとおこがましいが、親しい人間が一緒にいるだけでも少しは気持ちを和らげることができるのではないか――そう考えたのだ。

 刑事たちは渋るそぶりを見せたが、桜子からも「お願いします」と頼み込まれ、渋々了承したのだった。

 

 

 ここで桜子と行動をともにしたことが、一度は定まったはずの出久の運命を、大きく狂わせることになる――無論この時点で彼は、まだそんな予感すら抱いていないのだが。

 

 

 

 

 

 ヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己は苛立っていた。もっとも、彼は全人類の中でも気短においてトップクラスに入る青年なので、それ自体はまったく珍しいことではない。巷では"爆ギレヒーロー"などという、彼のヒーローネームと個性にちなんだ二つ名をつけられているくらいである。

 

 苛立ちをもたらす原因は、すべて目の前の光景にあった。ビルの屋上に、男が立っている。春先にもかかわらず分厚いコートを纏い、フードを目深に被っている――そんな恰好だけでも不審者だが、ヒーローや警官たちが彼と対峙している最大の理由は、その周囲に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣にあった。その巣に、数人の一般市民が捕らえられているのである。

 ビルを取り囲んだ警官隊が先ほどから何度も説得を試みているが、男はまったく応じる様子を見せない。しかしそれ以外に何をするでもないため、手を出すこともできず、膠着状態に陥ってしまっている――

「チッ……」

 

 何度目になるかわからない舌打ちをこぼしたとき、

 

「バクゴー!」

 

 背後からファミリーネームを呼ぶ声とともに、殆ど上半身を晒したコスチュームと逆立った真っ赤な髪が特徴的な青年が走ってくる。――烈怒頼雄斗(レッドライオット)こと、切島鋭児郎。勝己と同じ事務所に所属するヒーローであり、また高校時代からの友人でもある。

 その友人を、勝己はいきなりぎろりと睨みつけた。

 

「このクソ髪ッ、いい加減ヒーローネームで呼べっつってんだろうが!」

「あ、わ、わりぃ……ついクセで。つーか、そういうおめぇだってクソ髪って呼ぶじゃねーか!」

「俺のは単なる罵倒だボケ。――それより、照会結果は?」

 

 納得いかない様子ながら、切島は淀みなく答える。

 

「似たような個性の持ち主は何人かヒットしたけど、全員所在の確認がとれてる」

「……あの(ヴィラン)正体不明(アンノウン)っつーわけか」

「おう。しっかし、どういうつもりなんだろうな……なんの要求もしてこないなんて」

 

 警察が説得をあきらめ強硬手段に打って出るか、敵が攻撃ないし捕らえた人々に危害を加えるか、それまでヒーローである自分たちは身動きがとれない。勝己の苛立ちはますます深まっていく。それを宥めるのも自分の仕事だと、切島は半ば達観していたのだが。

 

 しかし、意外に早く状況は動いた。誰しもが、予想だにしないかたちで。

 

「ゴソゴソ、ザジレス、ゾ……」

 

 男が何かを呟いた、次の瞬間――その身体に、変化が起きた。

 四肢がずるずると伸び、腕などは地面につかんばかりになる。それだけではない、その肌の色が、薄緑色へと変色していく。

 

「……!?」

「なんだ、あいつ……!?」

 

 ヒーローたちが呆然とするなか、男はどんどん人間離れした姿に"変身"する。そして、極めつけに、

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

 咆哮とともにコートが破り捨てられ、その正体が、露わになった。

 

――まるで、蜘蛛のようだ。勝己は頭の片隅の冷静な部分で、そう評価した。同時に。あまりに人間離れしていながら、人間の型を残した姿、

 

「ボン、ズ・グムン・バ、ンパザゾ、リソ」

 

 そのつぶやきは、拾われることなく。それでも残酷に、異形は手の甲に生えた鋭い爪を振り上げた。

 

「――!」

 

 息を呑む間も、なかった。

 

 異形が爪で空気を薙いだ次の瞬間、巣に捕らわれた人々の胴体から鮮血が噴き出した。彼らは何が起きたのかわからないと言いたげな表情を浮かべ、痛みを感じる間もなく絶命した。

 

「あ、あいつ……っ!」

 

 隣で切島が拳を握る。勝己も警官隊も、なんの躊躇いもなく殺人に及んだ異形には戦慄を隠せないでいる。

 その隙を突き、異形はビルから跳躍した。慌てた警官隊が発砲し、胴体に銃弾がめり込む。にもかかわらず、異形は怯む様子すら見せない。銃弾がぽろぽろと地面にこぼれ落ちる。――ただの敵ではない。そう判断するのに、時間はかからなかった。

 無論、彼が現代の人類とは異なる超常の存在――グロンギのズ・グムン・バであることまでは、推測が及ぶはずもなかったが。

 

「ッ、クソ髪ィ!!」

「おうよッ!!」

 

 いずれにせよ、警官隊では対抗できない。ならばと、ヒーローふたりが動いた。切島が自身の個性を発動、全身の皮膚を硬化させて警官を庇いに入る。ほぼ同時に、グムンの爪が、彼の腕に突きたてられた。

 

「ぐっ!?」

「……!」

 

 切島の表情が苦痛に歪む。ふつうの刃物では傷をつけるどころか一発で折れてしまうところ、グムンの爪は見事に切り裂いていたのである。もっともグムンも、その程度のダメージしか与えられなかったことに驚愕した様子ではあったが。

 

「チッ、下がってろ!」

 

 切島を後方に下げ、勝己が前面に出る。グムンの追撃を許さないとばかりに――自身の個性、"爆破"を、その顔面にぶちかました。いっさい手加減はしていない、常人相手ならそれこそ頭が吹き飛びかねない威力をぶつけたつもりだった。いや、実際そうだったのだ。

 しかし、駄目だった。グムンの顔面が焼け焦げたのもつかの間、表皮がぼろりと崩れ落ち、元通りの傷ひとつない皮膚が姿を現す。

 

「う、うそだろ、バクゴーのマジ爆破が効かねえなんて……」

「っ、クソが……!」

 

 ヒーローたちが焦燥に駆られる一方で、グムンもまた、彼らの能力に驚いている様子だった。

 

「ボンバヂバサゾ、ヅバゲスジョグビバダダドパ……バパダダ、バロ、"リント"――!」その瞬間、彼は唐突に振り向き、「ボンベザギパ、"クウガ"……!」

 

 不可思議な言語で何事かを呟くと、長い脚をバネにして跳躍、再びビルの屋上に舞い戻った。そして、

 

「ゴラゲダヂパ、ギズ、セバス!」

 

 ビルからビルへ飛び移り、逃走を開始する。

 

「ッ、待ちやがれ!!」

「あっ、おい、バクゴー!?」

 

 切島が引き留めようとするのも間に合わず、勝己は大地を蹴って跳躍する。いくら鍛えているとはいえ、彼のジャンプ力は常人の域を出ない。――"個性"を使わなければ。

 跳躍と同時に、地面に向かって両手から爆破を起こす。その衝撃で身体が高く打ち上げられる。重力に引かれて墜落を始める前に、また爆破。それによって、勝己は実質的に空を飛ぶことだってできる――

 グムンを追って飛翔を続けながら、勝己はその様子に不可解なものを覚えていた。

 

(こいつ、どこを目指してやがる……?)

 

 自分たちに恐れをなして逃げ出したなどと、慢心した考えはもっていなかった。いま向かっている方向――その先に、目の前の怪人は、何かを察知している。一体、何が待ち受けているというのか――勝己には、量りかねていた。

 

 




ご意見、誤字脱字文法的におかしな箇所、感想等々お待ちしています!


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EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン 3/3

白のクウガ・グローイングフォーム登場!…で引き

どうでもいいけどグローイングフォームっておデブに見えます
首から下はマイティーフォームと色が違うだけなはずなんですが



 勝己がズ・グムン・バと名乗る怪人を追っているのと時を同じくして、出久と桜子は九郎ヶ岳周辺を管轄する警視庁黒水署を訪れていた。

 

「………」

 

 ほとんどことばを失った状態の桜子。その顔色は、研究室で刑事に囲まれていたときにもまして青くなっている。無理もないことだと、出久は思った。

 

 到着早々、ふたりは視聴覚室に案内され、とある映像を見せられた。九郎ヶ岳遺跡に残された、調査団所有のビデオカメラに記録されていた映像である。

 それは、あまりに凄惨なものだった。石室内に安置された石棺が、ひっくり返され――奥から、禍々しい異形のシルエットが姿を現したのだ。

 逃げまどう調査団の面々を、異形は暗がりの中で抹殺していく。断末魔と何かが潰れる音が断続的に響く。その中にあって、異形はベルトのような形状の装飾品を拾い上げ、

 

――クウガ……!

 ぞっとするような低い声とともに、地面に叩きつけた。

 その後も虐殺は続き、最後に異形が去っていったところで映像は途切れていた。調査団の面々と直接の面識がなく、男である出久すらあまりの酷さに目を背けたほどなのだ。中止を求めることもなく、最後まで見届けた桜子は、それだけ気丈な女だった。

 

「沢渡さん……今日はもう、帰って休んだほうがいいよ。僕、送ってくからさ」

 

 出久がそう気遣うが、意外にも桜子はかぶりを振った。

 

「ううん……研究室に行くわ。託された"これ"の古代文字、解読しなくちゃ……」

 

 桜子の視線が、アタッシェケースに滑る。その中にしまわれているのは――映像の中で異形が叩きつけていた、ベルト状の装飾品であった。

 

「そのベルト、一体なんなんだろうね?石棺に葬られていたミイラが身につけてたって、刑事さんは言ってたけど……」

 

 実物を見せられた瞬間、単なるアクセサリーの類ではないと、直感的に出久はそう思った。バックルに埋め込まれた漆黒の宝石を目にした途端、なんだか吸い込まれそうな錯覚を覚えたのだ。

 

「解読してみないと、なんとも言えないわ。……ただ、側面に書かれた古代文字だけは、わかったかもしれない」

「え、なんて書いてあったの?」

「……"力"」

 

 力――それはかつて、出久が渇望していたものだった。それさえあれば、自分だってヒーローになれるのに。

 

「……力、か」

「出久くん?」

「ううん……なんでもない」

 

 もう、そんな日々は遠い思い出でしかない。それに、"力"と言ったって、まだ個性もなかった時代の古代人たちの書き残したものだ。きっと実用的な意味ではないのだろう。出久は一瞬浮かびあがってきた、幼い憧憬の情を振り払った。

 

「研究室なら、僕も行くよ。いまはひとりにならないほうがいい。……まあ、コーヒー淹れるくらいしかできないんだけどね」

「……ありがと。十分助かるわ、出久くん、コーヒー淹れるの上手だし」

「あははは……別に、ふつうだと思うけどなあ」

 

 冗談を言えるくらいには、桜子の気分も浮上したようだった。よかった。出久はほっと胸を撫でおろした。

 

 しかし――彼らにもまた、魔の手が迫っていた。

 

「……リヅベダ」

 

 警察署を出、歩くふたりの頭上――建物の屋上から、人の形をした怪物が、四肢を使ってゆっくりと這い下りてくる。ふたりはそれに気づかない。しかし、その怪物――ズ・グムン・バは、蜘蛛に似た瞳でじっと彼らを狙い澄ましている。

 そして、

 

「ゴパシザ、クウガ――シャアァァッ!!」

 

 ついにグムンは壁を離れ、ふたりの背中と一気に距離を詰めていく。ふたりはまだ気づかない。いや、いま気づいたとしても、もう――

――刹那、横っ面から放たれた爆撃が、グムンを吹き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

 背後数メートルの爆音・爆風、これには流石に気づかないわけもない。ぎょっと振り向いたふたり――とりわけ桜子は、地面を転がるグムンの姿を目の当たりにして「ひっ」と息を呑んだ。

 出久だって、寸分あれば何かしらの声をあげていただろう。だが、彼の驚愕は、爆撃の仕掛け人を認識した途端、さらに深まることとなった。

 

「ッ、追いかけっこは終わりだ、このバケモンが……!」

「――!」

 

 桜子が「爆心地」と、そのヒーローの名を呟く。しかし、出久は違った。

 

「かっ、ちゃん……」

 

 彼が呼んだのは――本名・爆豪勝己をもじった、幼いころのあだ名だった。

 それを耳にした勝己も、はっとした様子でこちらに視線を向ける。覆面から覗く紅い瞳が、ゆっくりと見開かれていくのがわかった。

 

「……デク?」

 

 まるで、時間が停まったように。対照的な色をしたふたりの瞳が、交錯する。

 

 しかし現実には、彼らの周囲をめぐる時は容赦なく動いていた。勝己の隙を突き、グムンが口から糸を吐き出した。

 

「ッ!?」

「かっちゃん!?」

 

 勝己の両腕がぐるぐる巻きに拘束され、身動きがとれなくなる。勝己の顔が焦燥に歪むが、グムンは彼に対しそれ以上の攻撃を加えようとはしなかった。

 なぜなら、

 

「シャアァァッ!」

「!」

 

 グムンは執拗に桜子を狙っていたのだ。再びその殺意に晒された彼女は、足がすくんで身動きがとれない。いや、仮に俊敏に逃げ出したとしても、グムンの人間離れした速さには敵うわけがない。

 

「沢渡さん――!」

 

(このままじゃ、沢渡さんが……)

 

(でも、僕なんかに何ができる……?)

 

(僕には、何もできなかったじゃないか……。あのときだって、僕はかっちゃんを見殺しにした……)

 

(僕は、しょせん何もできない無個性のデクなんだ。まして、あんな化け物が相手じゃ、何も――)

 

 グムンの爪が頭上に振り下ろされ、死の恐怖に耐えかねた桜子は、目を固く瞑った。

 

 

 

――刹那、肉が裂け、血飛沫が飛び散る音が響き渡った。

 しかし、その惨たらしい音に反し、桜子の身体にはいつまで経っても痛みも何も襲ってはこない。怪訝な思いとともに、恐る恐る目を開けた桜子が目の当たりにしたのは……いっそ、自分がそうされたほうがよかったと思わざるをえない光景だった。

 

 出久の、背中。たったそれだけのことだった。たったそれだけなのに、息が詰まり、足先から全身が冷えきっていく。だって血飛沫は、出久の身体から際限なく噴き出しているのだから。

 

「ッ、……」

 

 声にならないうめき声とともに、出久は血の海に倒れ伏した。

 

「いやぁあああああっ、出久くん――っ!!」

「デ、ク……」

 

 桜子の悲鳴。勝己もまた、呆然とその光景を見つめていた。

 

「フン……ザボグ」

「……!」

 

 爪に付着した血を意に介することもなく、グムンは再び桜子に迫ろうとする。だが、唐突にその進軍は止まった。

 脚を、出久の手が掴んでいたのだ。深傷を負ってもなお、桜子にだけは、危害を加えさせないために。

 

「さわ、たりさ……逃げ、……ッ」

「リントゴドビグッ!!」

「がっ!?は、ぐ……っ」

 

 邪魔された怒りをぶつけるかのごとく、グムンは出久を蹴りつけ、裂かれた腹を踏みにじる。骨が軋み、激痛が全身を襲うが、出久はもう絶叫することもできなかった。

 

「ギベ――」

 

 グムンが彼にとどめを刺そうとしたとき、その頭上に、黒い影が差した。

 次の瞬間、爆発。グムンはまたしても吹っ飛ばされる。

 

「……ッ!」

「この……ッ、化け物が……!」

 

 ヒーロー・爆心地の――勝己の声は、怒りに震えていた。いつものようにがなりたてるのではなく、低められ、かすれてすらいる。それは、力なき市民を、目の前にいながら守れなかったやりきれなさか。それとも、

 

 いずれにせよ、勝己はその激情のままに個性を振るった。怯んだグムンは桜子を襲うことをあきらめ、この場を離れていく。当然、全力でそのあとを追っていく勝己。

 桜子の目の前から脅威は去ったが……悪夢のような現実は、その場に残されたままだった。

 

「――出久くんッ、出久くん!!」

 

 アタッシェケースをその場に放り出し、桜子は仰向けに倒れた出久のもとへ駆け寄った。

 

「出久くん……っ」

「さわ、たりさん……ごほっ、ゴハッ!」

 

 出久の口から、ごぼりと赤黒い塊が吐き出される。内臓まで、致命的な損傷を負ってしまっている――素人である桜子にも、それがわかった。わかってしまった。

 

「いや、いやぁ……っ」

 

 パニックを起こした桜子は、ただ、嗚咽することしかできずにいる。そんな彼女の顔をぼやける視界に捉えながら、出久は生まれてはじめて感じる強い達成感に満たされていた。

 

「よかっ、た……沢渡さん……無事で………」

「そん、な……」

 

 これでいいんだ。なしえることが見つからない、無個性の自分の命を、他人の命を守るために使うことができた。まるでヒーローになったようではないか。

 惜しむらくは、目の前の女性にこんな顔をさせてしまっていること、故郷に残してきた母に究極の親不孝をしてしまうこと。――そして、ヒーローとなった幼なじみの記憶に、救えなかった人間として刻まれてしまうこと。

 

(悪いこと、しちゃったな……あやまら、ないと………)

 

 だが、それはもう不可能だろう。痛みはなく、ただ真冬の雪山のような極寒が全身を包んでいる。意識が急速に遠のいていく。

 訪れる"死"に抵抗する気力はもうなく、出久は眠気に身を委ねて瞼を閉じようとする。

 

――そのとき、ふと、アタッシェケースが目に入った。桜子が落とした衝撃で口が開き、ベルト状の装飾品が露わになっている。

 

 刹那、出久の意識は現世に引き戻された。ベルトの石を目の当たりにした瞬間、鮮烈な、不可思議なイメージが、頭に叩きつけられたのだ。

 それは――ひとりの青年が、異形の戦士へと姿を変える光景だった。真っ赤な瞳、真っ赤な鎧を光らせ、先ほどの怪物たちと死闘を繰り広げている。その腰には、あのベルトがあった。

 

 そして不意に、頭の中に声が響く。淡々とした、女性の声が。

 

――心清く、身体健やかなるもの、これを身につけよ。さらば戦士***とならん。

「……!」

 

 出久は、悟った。もう余計なことを考える思考力も失われているぶん、かえって素直に、純粋に。

 

("力"……そうか………)

 

 きっとこのベルトが、自分に力を与えてくれる。たった一回の使いきりで終わらない、何度も、大勢の、人々を救けられるだけの力を。ずっと、欲しかったものを。

 

 だったら、まだ死ねない。最後の力を振り絞って、出久はベルトに向かって手を伸ばした。

 

「出久、くん……?どうしたの……?」

「あ、あぁ……うぅ……」

 

 意志を伝えたくとも、声がかすれて、ことばが出ない。……だめだ。このままでは、届かない。せっかく、自分にもできることが見つかったかもしれないのに――

 だが、運命は、出久を見捨ててはいなかった。桜子が、恐る恐る訊いてきたのだ。

 

「……ベル、ト?」

「!」

 

 出久は、力を振り絞って首を縦に振った。困惑した様子ながらも、桜子はそれに従う。

 彼女の手からベルトを受け取り、

 

「――――!」

 

 全身全霊の力をこめて、裂けた腹部にそれを叩きつけた。

 

「が、」

 

 刹那、

 

「ぐぁ、あ、ああああアアアア――ッ!?」

 

 全身を襲う激痛と身を焦がすような灼熱に、出久は絶叫した。

 

 そして、桜子も。

 

「いっ、いやぁあああああ!!」

 

 彼女の悲鳴は、恐怖と驚愕からくるものだった。出久が苦しんでいるから、それだけではない。ベルトは、出久の身体に触れた途端、侵入を開始したのである。臓器(なかみ)をぐちゃぐちゃにかき分けて。

 

「グァ、ア、がぁああああ――!」

 

 わめき、転がりまわる出久。想像を絶する痛みと苦しみの中で、しかし出久は思った。こんな苦痛がなんだ、このまま終わるくらいなら――何より、自分以外の誰かが傷つくくらいなら。

 

(僕は……(みんな)を守りたい………!)

 

 その瞬間、緑谷出久の肉体から、眩い閃光があふれ出した。

 

 

 

 

 

 

黒水署から出動した警官隊を背後に従えながら、爆豪勝己は怒りにまかせた猛攻を続けていた。

 

「死ね、死ねッ、死ねぇ――ッ!!」

 

 マグマのように、とめどなく怒りがあふれ出してくる。プロヒーローとなって数年、民間人を目の前で死なせてしまったことはこれが初めてではない。そのときだって自分の不甲斐なさに怒りを覚えたし、しばらく無力感に苛まれもした。

 だが、ここまで憎悪を抑えられず、暴れても暴れても止まれないこんな状態になったのは、初めてのことだった。何なんだ、これは。そのときと一体何が違う?

――本当は、気づいていた。違う、唯一の点。救けられなかった相手が幼なじみ(デク)であること。

 

 勝己の猛爆に苛立ったグムンが、ぐるると唸り声をあげる。

 

「ボギヅ……グドドグギギ……!」

「グギグギ言ってんじゃねえええッ!!」

 

 右の大振り、からの爆破。全身が黒焦げになったグムンが吹っ飛んでいくが、表皮はすぐに再生していく。やはり、さほど怯んでもいない。

 それどころか、グムンは糸を吐き出して電柱に巻きつけると、一気に勢いを殺して着地。さらに、

 

「ヌゥゥゥッ、――ギベェェ!!」

「!」

 

 太く硬い鋼のような糸の締めつけでもって、電柱を根元からぼっきりと折り――勝己目がけて、投げつけた。

 

「ッ!」

 

 電柱ごとき、爆破で――実際にそれを実行した次の瞬間、勝己は怪人に出し抜かれたことに気づいた。

 グムンは電柱から寸分遅れて跳躍し……勝己の背後の、警官隊に襲いかかったのだ。

 

「う、撃てっ!」

 

 おののく彼らは一斉に銃弾を撃ち込むが、グムンの身体に跳ね返されることは既に証明済みであった。

 

「く、そが……っ!」

 

 救けなければ。しかし、グムンのスピードには追いつけない。出久に続いて、彼らまで、俺は救えないのか――

 そのとき、だった。

 

 疾風が、勝己の傍らを吹き抜けていったのは。

 

(……な、に?)

 

 振り返った勝己が目の当たりにしたのは、白と黒で構成された、人間大の影。それがグムンへと飛びかかり、地面へと突き落としている。

 その静止とともに、勝己は影のディテールを捉えた。白い甲冑に、黒いボディー、真っ赤な目。額から伸びた、一対の短い角。あれは、人間?ヒーローコスチュームをまとったヒーロー?いや、こんなヒーローは知らない。それに、コスチュームにしては、全身があまりに生々しい質感に覆われていた。

 

(なんなんだ、こいつは……?)

 

 グムン――蜘蛛の怪物と同類か?だが、だとするならなぜ、警官隊を庇うように飛び出してきた?

「ゴラゲパ……」飛び退いたグムンが首を傾げる。「ゴン、ギソギバ、サザパバンザ?」

「………」

 

 白き異形の戦士は答えず、ファイティングポーズをとる。だが、勝己は気づいた。その姿勢はまったくなっていない、素人のそれだ。しかも、脚がわずかに震えている。

 その姿に、勝己は遠い記憶を呼び覚ました。

 

――これ以上は、僕が許さゃなへぞ……!

 無個性のくせに、そうやって自分の前に立ちはだかった、幼なじみの姿。

 

 そして、

 

「う、ウォオオオオオッ!!」

 

 怪物に向かっていく瞬間に発した雄叫びまでもが、もういないはずの彼の姿を、勝己の瞳に映し出していた。

 

 

 

 

 

つづく

 

 




麗日さん「 ゜(゜´Д`゜)゜ウワァァァン 」
かっちゃん「うるせーぞ丸顔!騒いでんじゃねえ!!」
麗日さん「だってデクくんが、私のデクくんがァァァ!!しょっぱなから年上美女といい雰囲気になってるぅぅぅ!!私というものがありながらァァァァ!!!」
かっちゃん「この話ン中じゃテメーとデクは面識ねえからな。テメーはアイツにとっちゃしょせんモブヒーローPだ」
麗日さん「Pて!そんな後ろのほうなん!?……まあええわ、私もきっと次回には登場して『頑張れって感じのデク』イベントでフラグがブツブツブツ……」
かっちゃん「テメーの出番はまだ先だ」
麗日さん「!?、ゲボロロロロロ……」
かっちゃん「吐くな」


次回
EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ

かっちゃん「さらに!」
麗日さん「向こうへ!」

かっちゃん&麗日さん「「プルスウルトラァァァ!!」」



ご意見、誤字脱字その他感想等々、お待ちしております!


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EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ 1/4

2話目にして早速文字数が激増するという愚挙。
グムンとの戦闘描写が回想&テキトーなのはすいません。
合成が…(オダジョー談)なヘリをカットするとあんまり書くことがなかったのでげす。



 

 ズ・グムン・バが街で凶行に及んだ、その日の夜のこと。さらなる災厄が、文字通り牙を剥こうとしていた。

 飛来したそれは、蝙蝠のようなシルエットをもっていた。同時に、筋肉質な四肢はヒトの特徴を表している。人間離れしていながら、人間らしくもある。そのどっちつかずの姿が、純然たる獣以上におぞましかった。――"彼"は個体名を"ズ・ゴオマ・グ"と言った。

 

 もっとも……彼にとって獲物でしかない者たちが、その名を知ることは永遠にないだろうが。

 

「ヅギパ、ガギヅバ……」

 

 携帯端末で通話しながら歩く女性を見つけたゴオマは、そう呟き――潜んでいた路地裏から、翼を広げて飛び出した。女性は通話に夢中で、己に忍び寄る影に気づかない。

 そのために――目の前に彼が現れた瞬間、驚くことすらかなわなかった。

 

 声を出す間もなく、女性はゴオマによって路地裏に引きずりこまれ……二度と、出てくることはなかった。

 

 

 

 

 

 ワンルームアパートの一室。そのベッドの上に、朝日に照らされた男の屍が転がっていた。

 

 いや――よくよく見れば、それは死んでなどいない。すう、すうと規則正しい呼吸に合わせて、うつ伏せ姿勢のために露わになった背中がわずかに上下している。

 屍のように見えてしまったのは、青年が呼吸のほかに身じろぎひとつしないこと。それに、明らかに寝間着としては不自然な、着の身着のままで横たわっているせいだ。靴だけは脱いでいるのが、唯一の救いか。

 

 そんな生ける死体のすぐ傍らに、地味な風貌の青年に不釣り合いな、美しい女性が座っている。彼女は机にノートブックを置き、液晶を難しい表情で睨みつけていた。

 

「はぁ……」

 

 溜息をつきつつ、コーヒーを口にする。砂糖もシロップもいっさい入っていない苦い液体が舌を刺激し、脳を活性化させる。そのあと、またキーボードを叩く。そんなルーティーンを何度かくり返していると、

 

「ん、んんん……っ」

「!」

 

 寝息しか漏らさなかった喉が、ようやくというべきか唸り声を漏らす。女性がちらりと目線を上げるのと、青年がうっすらと目を開ける――覚醒する――のと、同時だった。

 

「………」

「おはよう、出久くん」

 

 起きぬけの挨拶を、ぼんやりと聞いていた青年――緑谷出久であったが、やがて思考が鮮明になると、

 

「うわぁあああああっ、さっ、沢渡さんんんん!!?なんで――ッ!?」

 

 どしーん。

 バランスを崩し、出久は盛大にベッドから転がり落ちた。桜子が「大丈夫?」と、心のこもらない口調で訊く。

 

「痛ててて……ま、まあ……。ってか、なんでここにいるの!?」

 

 桜子を部屋に上げたことは何度かあるが、合鍵などは渡していない。一体、どうやって上がり込んだというのか?

 

 答えは極めてシンプルだった。

 

「だって鍵、開いてたんだもん」

「え……マジ?」

「マジ」

 

 やってしまった。疲労困憊の極みだったせいで、ドアの開閉までがせいぜいだったらしい。"らしい"というのも、帰宅時の記憶が曖昧だから。

 出久がちょっとだけ落胆していると、桜子がいきなり詰め寄ってきた。堰を切ったようにまくしたててくる。

 

「それより、本当に心配したのよ!?あれからどれだけ連絡しても返信ないし、電話にも出ないし……心配してここに来てみたら、そのままのカッコでベッドに倒れてるし!死んでるのかと思って口から心臓が飛び出しそうになったわよ!!」

「う、ご、ごめん……。えっと――」端末で日付と時刻を確認する。「18時間も寝てたのか、僕……。ほんとごめん、心配かけちゃって……」

 

 申し訳なさそうに肩をすぼめる出久を前に、桜子は力なく溜息をついた。

 

「こっちは眠れなかったわよ……。いきなり変なのに襲われて、出久くん、私を庇って……あんなことになっちゃって……」

 

 蜘蛛の怪人――ズ・グムン・バの攻撃から桜子を庇い、出久は致命傷を負った。本当なら今ごろ、出久は霊安室の住人となっていたはずだ。

 

――あのベルトを、身につけていなければ。

 

「まあでも、なんとか死なずに済んだしさ……」

「気楽すぎ!」ぴしゃりと撥ねのけられる。「その代わり、あんな姿に変身しちゃったのよ!?そのまま出久くんじゃなくなっちゃうんじゃないかと思って、ほんとに不安だったんだから!」

 

 "あんな姿"――出久は、昨日のことを思い起こしていた。

 

 

 

 ベルトを体内に取り込んだ出久は、イメージで見た、あの異形の戦士に似た姿へと変身したのだ。違ったのは、鎧の色が赤ではなく白だったこと、二本の角が、半分ほどの長さしかなかったこと。

 それでも全身に漲る力を感じ、勝己たちとグムンの戦闘のさなかに割り込んだところまではよかった。この力があれば、自分はヒーローになれる。あの怪人だって、倒せる――

 

 

 そんな目論見は、あっさりと潰えた。

 

 殴っても、敵は怯まない。

 

 蹴りを直撃させても、敵はせせら笑っている。

 

 戸惑っているうちに出久はグムンの糸に左腕を絡めとられ、ビルの屋上まで投げ飛ばされた。

 

『ぐっ!?あっ、あぁ……っ!』

 

 叩きつけられ、全身に激痛が走る。――痛み。戦うための身体になっても、そのリアルな感触だけは避けられるものではなかった。

 それでも自分を奮い立たせ、出久は追ってきたグムンと必死に組みあった。敵の攻撃をぎりぎりのところで避け、殴る、殴る、殴る!それは傍から見れば、まるで小学生の喧嘩のような、まったくなっていない戦いぶりだった。

 

『ゾンデギゾバ、クウガッ!!』

 

 こちらの殴打はほとんど効き目がないのに、グムンの反撃には吹っ飛ばされ、視界に星が散る。

 

『ゴパシザ……』

『……ッ』

 

 出久の脳裏に、あきらめがよぎる。こんなはずじゃなかったのに。この力さえあれば、怪物を撃退して、みんなを守ることができると思っていたのに――

 

 だが、そんな彼に意外な救いの手が差し伸べられた。――もっとも、当人は救けたという意識など微塵もないだろうが。

 

『オラァアアアアッ!!』

 

 咆哮とともに、飛翔してきた爆心地――勝己が、グムンに不意討ちの爆破をかましたのだ。

 

『グオォッ!?』

 

 最大級の威力のそれをまともに受け、全身黒焦げになってグムンはビルとビルの隙間に転落していった。

 追尾すべく、すぐさま下を覗きこんだ勝己だったが――やがて、盛大に舌打ちを漏らした。風になびく蜘蛛の糸だけを残して、グムンは忽然と姿を消していたのである。

 

『クソが……』

 

 つぶやく勝己は、ゆっくりと、こちらを振り向いた。かっちゃん、と呼びかけて、出久ははっとする。自分はいま、異形の姿をしている。そのことに思い至るとむしろ、嫌な予感がよぎった。

 

 そして、それは的中する。

 

『テメェもアイツの仲間か……』

『へぁ!?ちっ、ちが――』

『死ね化け物がァァッ!!』

『ヒィイイっ!!?』

 

 鬼神のごとき表情で迫る勝己は、自分の知る少年時代のそれとはまったく比較にならないほど恐ろしいもので。出久は弁解もできず、脱兎のごとくその場を逃げ出すことしかできないのだった。

 

 

 

「………」

 

 回想からいまこの瞬間に意識を戻した出久は、気遣わしげな桜子の視線に気づいて、慌てて笑顔をつくった。

 

「ま、まあ、なんとか逃げ延びてさ、ほっとひと息ついたらもとに戻れたし……。たぶん、自由に変わったり戻ったりできるんじゃないかな」

「それはまあ、不幸中の幸いだけど……。でも出久くん、これからも変身して、戦うつもりなの?」

「………」

 

 答えは、沈黙。

 てっきり肯定が返ってくるものと思っていた桜子は、怪訝な表情を浮かべた。出久がヒーローオタクであり、中学3年生という、決して幼いとはいえない年齢になるまでヒーローを夢見ていたことは知っていた。そのヒーローに比肩するだけの力をもった以上、彼ならばそれを使わないはずがないと思ったのだが。

 

 

 出久の脳裏に浮かぶのは、昨日の"負け戦"ばかりではなかった。

 

 

 幼なじみを見捨て、夢に背を向けた、過去。そんなものが、彼の心を縛っていた。

 

 

 

 

 

 都心の一等地に、とある実力派ベテランヒーローを長とするヒーロー事務所が存在している。規模自体はさほど大きくないながら、優秀なヒーローばかりを集めたこの事務所に、爆心地こと爆豪勝己、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎も所属していた。

 ふたりがこの事務所に所属することを決めた最大の理由は、少数精鋭であるがゆえに即戦力として扱ってもらえることだった。大規模なヒーロー事務所の多くは、デビューして四、五年は先輩ヒーローの相棒(サイドキック)として補佐に徹することになる。本格的に売り出してもらえるのはその先だ。勝己は、そんなのんびりとしたキャリア形成に甘んじるつもりはさらさらなかった。できるだけ早く独立して、かつての平和の象徴・オールマイトをも超えるトップヒーローになる。その野望は、少年時代から変わっていないのだった。

 

 それに比べればひどく些末なことに、いまの彼はとらわれていた。――昨日遭遇した、二体の怪物。そのうち、あとから出現した一体のこと。

 その立ち振る舞いは、同じ怪物であってもグムンのそれより遥かに人間臭かった。そして、震えながら、それでも自身より強力な敵に立ち向かおうとする姿。それは幼き日の幼なじみを思い出させるものであった。――戦場で数年ぶりの再会を遂げた、幼なじみに。

 

 大学生になった幼なじみ――緑谷出久は、かつてと驚くほど変わっていなかった。地味で頼りなさげなその風貌も、他人のためなら、平気で己の身を投げ出す自己犠牲も。その結果、彼は、グムンに身体を引き裂かれ――

 

 勝己が白い怪物と出久とを重ね合わせ、疑念へと昇華させているのは、実のところそこに一因があった。戦闘終了ののち、勝己はすぐさま出久の斃れた現場へ舞い戻った。そこには多量の血痕こそ残されてはいたものの、出久の姿はなかった。近隣の病院や救急へも問い合わせたが、緑谷出久という青年が運び込まれたという事実は確認できず。

 

 もしも、なんらかの方法で出久が奴らと同じような怪物と化す力を身につけて、生き延びたのだとしたら?ひと晩かけて考え出した仮説に、勝己は絶対の自信をもっていた。無論、証拠はまだ何もないが。

 

 

「バクゴー、なに考えてんだ?」

 

 隣からかかる声に、勝己は意識を引き戻した。素っ気なく「なんでもねえ」と答える。

 

 いま、勝己は事務所の社用車の助手席に背を預けている状態だった。運転は切島が担当している。警察からの要請を受け、彼らは現場へと向かう真っ最中だった。

 

「にしてもよぉ」不意に切島が口を尖らせる。「なんか納得いかねーよな、あの怪物が"(ヴィラン)"扱いなんて」

 

 今朝、出勤して早々、所長を介して告げられた警察の要請を思い出す。昨日の事件を引き起こした存在は、正体不明の敵と表向きには断定すると決定された。直接戦闘を行った自分たちにも、口裏を合わせてほしい――

 

 もっとも、あくまで表向きの話。秘密裏には、既に敵とは別の名が与えられていた。

 

「結局、"未確認生命体"第1号も第2号も逃亡して行方知れずだ。んなワケわかんねえ化け物が二匹も潜んでるなんて知れたら、どんなパニックになるかわかったもんじゃない。同じ大量殺人でも、敵が起こした事件ならいつものことで済む」

「……まあ、確かにな。俺の硬化も破られちまうし、おまえに爆破されてもすぐ回復されちまうし……。色々規格外だったもんな」

 

 切島が大きな溜息を吐き出す。そして、

 

「"アイツ"だったら、あんな化け物だろうがブッ飛ばせたんだろうな……」

 

 そんなつぶやきが漏れた次の瞬間、勝己は切島の左肩を思いきり殴りつけていた。

 

「痛でっ、あ、ぶっ!?あぶねーなっ、何すんだよ!事故るとこだったろ!?」

「ウルセェ!!アイツの話すんじゃねえ胸くそわりィわ!!」

 

 倍以上の声量で怒鳴り返され、切島は悄々と黙り込むことしかできなかった。"彼"の話題が勝己の逆鱗に触れることを知っていたのに、うっかり口にしてしまった自分の落ち度だと思った。

 勝己はなおも苛々している。こうなってしまった以上は、一刻も早く現場にたどり着いてしまいたいところだが。

 

 そんな切島の願望とは裏腹に、勝己は思わぬ要求を口にした。

 

「次、左」

「は?いや、現場はこのまま直進だって……」

「いいから曲がれやカス」

 

 親友(ぼうくん)の手前勝手な物言いに、本来は対等な関係であるはずの切島は逆らえず、ハンドルを左に切った。学生時代より圧倒的に色々と気を揉むことも増え、ハタチそこそこの若さで胃薬を手放せなくなりつつある彼だが――いちばんの問題は、そんな境遇から離脱する気は当分起きそうにないことであった。

 




デクくんがグローイングになってしまった理由が五代くんとは変わりました。
ヒーロー志望&意外と好戦的(だと勝手に思ってる)なデクくんなので、あくまで暴力をふるうことをよしとしない五代くんが赤になれなかった理由をそのまま持ってくるのは不自然な気がしたのです。

そして不憫な切島くん…。高校時代は派閥メンバーがいましたし、A組はみんな何だかんだでかっちゃんを理解してくれていたのでさほど苦労はありませんでした。しかしプロになっても相変わらず唯我独尊を貫くかっちゃんをひとりで支えるのは一筋縄ではいかないでしょう。彼の剛毛も20年後にはどうなっているかわかりません(笑)
まあそんな感じで、レギュラーキャラでないからこそちょっと濃いめに描写してみました。


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EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ 2/4

ヒロアカアニメ2期終了&ライダー(と戦隊)は枠移動と少しさみしいことが続いておりますですね……


かっちゃんとの会話シーンだけで5000文字埋まっちまいました。
1話目に比べてどんどん描写が濃くなっていく……僕の悪い癖……


 

 シャワーを浴び、切り裂かれて血のついた服から着替えた出久。彼はというと、

 

「♪~」

 

 なぜか、カレーを煮込んでいた。焦げ茶色のどろっとした液体に野菜や豚肉が沈み、それらとスパイスの香りが混ざりあって絶妙なハーモニーを奏でていた。昨日から何も受け容れていない胃が、先ほどからぐるぐると音をたてている。唾液もこぼれそうになる。

 

 それが出来上がると、あらかじめ炊いておいた白飯とともにふたつの皿に盛りつけ、キッチンからリビングルームへと運んだ。

 

「できたよ」

「ん、ありがと」

 

 桜子がノートパソコンを閉じる。朝食としてはかなり重めだが、彼女は特に何も言わない。彼女も彼女で、昨日は食事をしていなかった。それどころではなかったのだ。

 

「色々ありましたけど……いったん忘れて、食べよっか」

「ま……そうね」

 

「「じゃ、いただきまー……」」

 

 

――ピンポーン

 

 鳴り響く、インターホン。その軽快な音が、室内に白けた雰囲気を形成した。

 

「だ、誰だろ?こんな時間に……」

「警察、かも」

「!、ま、まさか……」冷や汗が流れる。「そんなわけないよ……変身するところももとに戻るところも、沢渡さん以外には見られてないし……」

 

 半ば自分に言い聞かせるように出久が反論した直後、またしてもインターホンが鳴った。それも一度ではなく、二度、三度……数えきれないくらい、何度も。連続で。

 いくら警察でもこんな嫌がらせのような鳴らし方はすまい。だとすると何者なのか、余計不安になるわけだが、万一宅配などだったらいけないので、出久は渋々玄関へと向かった。

 

「誰だよ、もう……」

 

 愚痴りながら、覗き穴から外を見遣り――次の瞬間、出久は元々大きな瞳を、いっぱいに見開いていた。

 

 抜けるような白い肌に、天めがけて尖った薄い金髪。全身の印象に儚い印象を受けたところで、今度は鮮烈な紅い双眸が飛び込んでくる。吊り上がったそれは、内面の烈しさをそのまま浮き立たせていた。

 

(か、かっちゃん……!?)

 

「なん、で……」

 

 昨日向けられた鬼神のような表情を思い出し、ひとりでに脚が震え出す。でなくても、彼とともに過ごした少年時代は本当に幼いころを除いて暗澹たるものだった。散々暴力を振るわれ、無個性であることを馬鹿にされ、虐げられた。中3の春――"ヘドロ事件"まで、それは続いた。

 事件のあと、勝己はそれまでが嘘のように出久には絡んでこなくなった。ヒーローになるという分不相応な夢を捨てた無個性の少年など、彼にとってはもはやいじめる価値もないモブでしかなかったのだろう。そうして勝己は雄英高校、出久は公立の進学校に進んで、それきり交流はいっさいなくなった。彼はいまでは若手トップヒーロー、雲の上の存在だ。

 

 それがなぜ、いま、扉越しの目の前に仁王立ちしているのだろう?

 

 思考の海に沈んでいた出久は、思いきり扉を殴りつけられる音で我に返った。ひとりでに身体がすくみあがる。

 

「いるんだろ、開けろやデクゥ!!さっきからブツブツブツブツ声がうるせえんだよォ!!」

「!!」

 

 やってしもた、と出久は思った。昔からあれこれ考え込んでいると勝手に独り言として漏れ出てしまう悪癖があるのだが、よりによってそれが発動してしまったらしい。

 

「ちょっと、なんなの一体?」

 

 怒声を聞きつけた桜子が怪訝な面持ちでやってくる。

 出久は考えた。部屋にいることがバレてしまった以上、勝己があきらめて帰ることはないだろう。下手すると扉を爆破で吹っ飛ばされかねない。そんなことになったら桜子にも迷惑がかかる。勝己もなんだかんだできちんとヒーローをやっているようだから、まさか危害までは加えないだろうが――

 

 いずれにせよ、無視もできないと、出久は恐る恐るドアを開けた。

 

「………」

「こ、これは……どうも……」

 

 間近で相対するその姿は、中学時代よりも、そしてテレビやスマートフォンのディスプレイ越しに見るよりも圧倒的に迫力があった。背丈は出久よりひと回り大きいし、事務所の支給品なのだろうロゴ入りのミリタリージャケット、及びヒーローコスチュームに包まれた上半身は厚く盛り上がっている。自分と同い年の男だと、彼のことを知らなければ信じられなかっただろう。

 

「ば、爆心地?なんで、どういうこと?」

 

 桜子が困惑している。実のところ、彼女には勝己が幼なじみであることを伝えていなかった。それを明かしたら、きっと、勝己から受けた仕打ちの数々も話さねばならなくなる。そうしたら桜子は出久のために怒ってくれるだろう。それが嫌だった。まるで、告げ口しているみたいで。

 

 そんな出久のなけなしのプライドなどお構いなしに、勝己は死刑宣告を下した。

 

「ちょっとツラ貸せや」

「う、うん……」

 

 不安そうな桜子に力ない笑顔を向けたあと、出久は勝己について部屋を出た。というより、半ば引きずり出されたのだった。

 

 

 

 

「ひ、久し、ぶり、だね……」

「………」

「元気だった……って、元気に決まってるよね……アハハ、何言ってんだろ僕……」

「………」

 

 冷や汗をかきながら、出久はひたすらに心にもないことばを紡いでいた。そうでもしないと、一歩前を歩く男から絶え間なく発せられるプレッシャーに、押しつぶされてしまいそうだったのである。

 それに対して、勝己はいっこうに口を開かない。眉間に皺を寄せたまま黙りこくっている。大津波の直前、波が一気に引いていくあの現象を連想して、出久は背筋の凍る思いだった。

 

 やがて、人気のないアパートの裏手、ゴミ捨て場前までやってきて、勝己は歩を止めた。自分の意志とは関係なく、出久も停止した。足が攣りそうになる。

 

「デク。俺から言いてえこと、訊きてえことは色々ある」

「は、はい」

「だからその前に、いみじくもテメェの抱いているであろう疑問に答えてやる。ありがたく思え」

 

 相変わらずの物言いである。小学校高学年からヘドロ事件の前まで、機嫌がいいときの勝己はこんなだった。上から目線の、施し。

 もっともそれを断ったり無碍にすると機嫌は急降下し、一気に大魔王と化す。嫌というほど身にしみている出久は、一も二もなく「ありがとうございます」と心にもない礼を述べた。

 

「ひとつ、なんで俺がテメェの住処を知ってるか。昨日あのあと、おばさんに連絡して聞き出した」

「………」

 

 うすうす予想できていた事実に、出久は内心嘆息する。

 

「ふたつ、なんでわざわざおばさんに連絡したか。言っとくが住所聞き出すのは電話かけてから思いついたことだ」

「……?」

 

 首を傾げる出久に――勝己は、無機質な声音で自らの問いをぶつけた。

 

 

「テメェ、なんで生きてる?」

「……へ?」

 

 一瞬、呆気にとられてしまう。瞬間的に思い出したのは、ヘドロ事件のあったあの日、勝己にぶつけられたひと言。

 

――来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!

 

「………」

 

 別に、根にもっているわけではない。ヒーロー志望にあるまじき酷いことばだとは思うし、一歩間違えば自殺教唆になりかねないが……出久がそんなことをするわけがないとわかってそう言ったに決まっている。出久は結構図太いのである、昔から。

 

 が、当然というべきか、勝己は生きていることを責めるためにそんなことばを吐いたのではない――純然たる、疑問だ。

 

「テメェは昨日、あの蜘蛛みてえな怪物に殺されたはずだ」

「……!」

 

 そうだ。自分は桜子を庇って致命傷を負わされた。息を引き取っていないにしても、生死の境をさまよっているはずだ。こんなふうにふつうに生活しているのはどう考えてもおかしい。

 

「病院に運ばれてもいねえんだろ。おばさん、何も知らねえでのほほんとしてたんだからな。重傷なら家族に連絡が行くはずだ」

「………」

「どうやって一日で治した?教えろや」

「そ、それは……その………」

 

 出久は嘘やごまかしが極めて下手だった。こうして問い詰められると、目を泳がせてしどろもどろになってしまう。勝己はそれを知っていた。

 そして、疑念を確信へと変えようとしていた。

 

「さすがは怪物ってわけか。あの蜘蛛野郎も、テメェも」

「!?」

 

 出久が弾かれたように顔を上げる。血の気が引いて真っ青になっていた。ああ、やはり、こいつだったのか――

 

「……やっぱりな。テメェが未確認生命体第2号か」

「みかく、にん……?」

 

 聞き慣れないことばに出久は訝しげな表情を浮かべるが、勝己はそれにまで応えてやるつもりは毛頭なかった。とにかく話を進めたかったのだ。

 

「どうしてそうなった?」

 

 出久が無個性なのは重々承知している。実は元からもっていて、ずっと隠し通してきた――嘘のつけない出久に、そんな芸当ができるわけがない。それに、あとから自然に、あんな姿に変身する個性が芽生えるとも思えない。それらの可能性は最初から排除して、勝己は出久の答えを待った。

 

 しらを切るには、相手は確信をもちすぎている。それを悟って、出久はぽつぽつと説明をはじめた。

 

「……九郎ヶ岳遺跡の件、知ってるかな」

「ああ……確か、テメェの大学の調査団が全員死んだんだったな」

 

 事件事故についての情報は、ヒーローである以上イヤでも耳に入ってくる。

 

「さっき部屋にいた彼女……沢渡桜子さんも大学の考古学研究室の人でね。昨日、遺跡から出土したベルトみたいな装飾品を預かってたんだ。そのベルトを、身につけたら――」

 

 身体の中に、入っていった。そして鮮やかな色を取り戻したベルトを中心に、出久は"変身"した――

 

 勝己は絶句した。にわかには信じがたいことだった。だが、出久が嘘をついていないことも間違いはないようだった。

 

 しかし、勝己の当惑はすぐにおさまった。出久の、独り言に近いつぶやきによって。

 

「イメージを見せられたんだ、誰かがあの姿に変身して、怪物たちと戦う姿……。僕にも、それを求められた気がした……。"おまえが、(みんな)を守れ"って……」

「――!」

 

 

 次の瞬間、出久は、思いきり胸倉を掴み上げられていた。

 

「!?、か、かっちゃん……?」

「……ヒーロー気取りか、一般市民」

「……!」

 

 "一般市民"――"デク"や"クソナード"に比べれば、淡々とした"事実"でしかない呼称。しかし、出久は悟った。それがかつてのような単なる罵倒には、おさまらないことばであるのだと。

 

「あの程度の力で、"人を守る"だァ!?調子こいてんじゃねえぞ!!」

 

 反論は、できなかった。変身したって、出久はグムン相手に太刀打ちできなかったのだ。それがすべてだった。

 

「……っ」

 

 出久が歯を食いしばった、そのとき。

 

 

「何してるのよっ!?」

 

 鋭い女性の声が飛んでくる。ふたり揃って顔を向けると、険しい表情を浮かべた桜子が駆け寄ってくるところだった。

 

「沢渡さん……」

「出久くん、大丈夫?――ちょっと、どういうつもりなんですか!?ヒーローが一般市民に暴力振るうなんて!」

 

 桜子に詰め寄られた勝己は、意外にも反論することもなく胸倉から手を放した。身体にかかる力がなくなり、出久は思わずつんのめりそうになる。

 

「うわ、っとと……、ち、違うんだ、沢渡さん」

「違うって……何が?」桜子が訝しげな表情を向けてくる。

「実は、かっちゃ……彼は僕の幼なじみで……」

「幼なじみ!?何それ……聞いてないんだけど……」

 

 桜子が怪訝な思いをさらに深めるのは当然だった。ヒーローオタクの出久が、ヒーローと幼なじみであることを明かさないなんて不自然だった。

 もっとも、彼女は聡明である。爆心地の普段の行状といまの不穏な様子から、ふたりの関係がそう良好なものではないことを、察してしまっていた。

 

 桜子が睨みつければ、勝己も負けじと睨み返す。一触即発。勝己はともかく、桜子の普段は見せない迫力ある姿に出久が戦慄いていると、赤髪の青年が割り込んできた。

 

「ちょっ……バクゴー、おめぇ何してんだよ!?」

「あっ、烈怒頼雄斗……」

 

 烈怒頼雄斗――切島は勝己を押しのけると、出久と桜子に向かって申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。そして相棒へと向き直り、

 

「ったく、おめぇそんなだから支持率上がんねーんだよ……。つーか、いい加減急がねーと大目玉喰らっちまうぜ?重要度高い案件なのわかってんだろー?」

「……チッ」

 

 切島の正論に怒りも萎えたのか、ひとつ舌打ちだけすると勝己はこちらに背を向けてさっさと歩き出してしまった。

 

「っと……おふたりとも、爆心地がすんませんした。あれでいいところもあるんで、今回は大目に見てやってください」

「あ、まあ……はい」

「ありがとうございまっす!じゃ、急ぎますんで、それじゃ!」

 

 もう一度大きく頭を下げ、切島も勝己のあとを追って走っていく。「早よしろカス!」という勝己の怒鳴り声が遅れて聞こえてきた。理不尽である。

 

 切島のとりなしむなしく、桜子の怒りは収まることはなかった。

 

「なんなのあれ!?爆心地が俺様で売ってるのは知ってたけど……あんな人じゃ、幼なじみだって隠したくなるのも当然よね」

「そういうわけじゃ……」

 言いかけて、勝己との関係を明かさなかった理由を思い出す。

(……いや、そういうわけなのか?)

 

 なんにせよ、自分はもう関わりあいになるべきではないのかもしれない。勝己だって、それを望んでいるに決まっている。

 

 

 だが、だとしたら、自分の得た力は――

 

 

 

 

(このベルトはどうして、僕を選んだんだろう)

 

 

 

 

 




この話のかっちゃんはプロ&成人済みで高校入学時よりは幾分か冷静にモノを見られるので、デク=クウガを知ったところで「俺を騙してたのか!!」とはなりません。ただし別の方向でキレます。

そして一条さんとは違って良好な関係を築けそうにない桜子&かっちゃん、ふたりの関係がどう転がるかは作者にもわかりません。

それではまた次回……


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EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ 3/4

一応2話を全部書き終えたんですが、結果1話のおよそ1.6倍というとんでもねえ分量になっちまいました……4/4は相当長くなりそうですが、みんなだいすき教会のシーンなのでどうぞお慈悲を……

さて、やや唐突ですが今回から別作品のキャラクターが登場します。
『Occultic;Nine』より森塚駿刑事(26)です。『クウガ』の性質上刑事が必要になるのと好きなキャラクターであることから登場させてみました。『クウガ』でいうと桜井刑事のポジションに近いかな~、と思います。まったく関係ない作品ということで抵抗のある方やそもそも知らないという方もいらっしゃると思いますが、実質オリキャラだと思ってこちらもお慈悲(ry
ちなみに現場の刑事としてはもうひとり女性刑事が登場する予定です(こちらはDCDクウガの世界の八代藍を主なモデルにしたオリキャラになります)。

合同捜査本部長は保須署長にしようかと思ってるんですがどうですかね?原作の松倉本部長が警備部長(=警視監)だったことを考えると階級的に厳しいかなあ?

[追記]足立区南千住→荒川区南千住に修正
お恥ずかしい限りです。かっちゃんに怒鳴られてきます。



 

――荒川区南千住 サン・マルコ教会

 

 教会の前に建つ、聖母マリア像。その慈しむような視線の先には、いま、パトカーが何台も停車し、物々しい空気に包まれていた。

 集う野次馬たちは、ざわめきながら規制線の向こうを窺っていたが――勝己と切島が現れると、彼らの関心はそちらへと向かった。

 

「爆心地と烈怒頼雄斗だ!」

 

 野次馬たちがさらに騒がしくなる。勝己は露骨に舌打ちした。目的は規制線の向こう側、となると嫌でも彼らの間をくぐり抜けていかねばならない。

 集団心理というのは厄介なもので、恥も恐れも相当軽減させてしまう。結果、

 

「爆心地!こっち向いて~!」

「握手!握手!!」

 

 この調子である。「うるっせえクソモブども!!」と怒鳴りつけても、なかなか引く様子はない。一方で切島は苦笑いを浮かべながらも、握手程度の要望にはきちんと応じている。むろん彼自身の性格もあるが、一番の目的はやはり勝己への反感を少しでも和らげることであった。

 

 ともあれ、四苦八苦しながらも、ふたりはようやく野次馬衆を切り抜け、規制線をくぐった。切島がひときわ小柄な背中に向かって声をかける。

 

「森塚刑事!」

 

 そう呼ばれた男は、くるりと身体ごと振り向いた。小柄な体躯どおり、その顔立ちもひどく子供っぽい。学ランかブレザーを着せれば中学生でも通るだろう。少なくとも、明るいクリーム色のスーツにソフト帽という気取ったいでだちはあまり似合っていない。

 

 彼の名は、森塚駿。切島に呼ばれたとおり、警視庁捜査一課に所属する正真正銘の刑事であった。風貌からは想像もつかないが、勝己や切島より五つも年長である。

 

「おっ、待ってたよおふたりさん。遅かったね?」

「いや、まあ……アハハ……」

 

 笑って誤魔化す切島を尻目に、勝己は仏頂面のまま言い放った。

 

「わざわざ俺らを呼んだっつーことは、ただの殺人事件じゃないんでしょう?」

「もちろん」頭ひとつぶん大きい勝己に見下ろされても、森塚はあっけらかんと応じる。「ホトケさんの死因なんだけどねえ、どうも妙なんだ」

「妙?」

「うん。恐らく失血死……なんだけど、ご覧のとおり血痕はいっさい残ってない。しかも遺体はミイラのように干からびていた」

「全身の血を吸われた、ってことっすか?」

「恐らくね。遺体の首筋には噛まれたような傷痕があった。歯型は人間より少し大きい程度。しかも、それがひと晩に五人だ!」

 

 少なくとも、動物の仕業ではない。あるいは敵による個性犯罪の可能性も否定はできないが……そんな"日常茶飯事"であれば、わざわざヒーローを現場検証に付き合わせる刑事はいない。

 

未確認生命体(昨日の連中)、って可能性はない?」

「!」

 

 やはりか。ヒーローふたりは揃って表情を硬くした。

 森塚に責めるようなそぶりはまったくないが、あの怪物たちによる殺人だとしたら、奴らをみすみす逃がしてしまった責任は当然重い。

 

 もっとも、

 

「いや……俺が見た限り、第1号は違うと思います」切島が断言する。「殺し方もそうですけど、口の形状が人間とは全然違いましたし……」

「ふむ……。――爆心地、きみは第2号とも遭遇したんだったね?そっちはどうかな?」

「……違います、絶対に」

「ほほう?」

 

 断言する勝己の様子に不可解なものを覚えたのだろう、森塚のどんぐり眼が鋭く光る。――が、

 

「ま、きみらがそう言うならそうなんだろうね」

 

 あえて、追及はしなかった。

 

「しかしねー……そうなると、やっぱり敵の犯行ということになるか――」

 

 

 

「――あるいは……"第3号"」

 

 

 

 

 

「………」

 

 慄然とするヒーローたちの姿を、教会の窓からじっと見つめる男の姿があった。祭服を身に纏ってはいるものの、その瞳は冷たく、人のぬくもりというものを欠片も感じさせない。異様なまでの肌の白さ、全身から発せられる獣の覇気。明らかに、常人からはかけ離れている。

 曇天から時折差し込む太陽光を露骨に嫌悪しながら、彼は、独りつぶやいた。

 

「ギジャバビゴギン、グスジャヅサザ……」

 

 

 

 

 

 太陽が東から南の頂、そして西の地平線へと沈んでいく。世界が宵闇に包まれた頃、出久は動き出していた。といっても、ベルトのせいで夜行性になったわけではない。

 夜から、九郎ヶ岳遺跡発掘調査団のリーダーであり、桜子の恩師でもある夏目幸吉教授の通夜が営まれることになっていた。出久は、その式場まで彼女を送ることにしたのだ。

 

 一昨日同様に桜子を後ろに乗せ、オートバイを走らせていると、背後からサイレンが聞こえてきた。やがて、一台、二台、三台と、警視庁のパトカーが出久たちを追い抜いていく。最後に、唯一ランプもなく、サイレンを鳴らしていない黒い車両。ふとそちらに顔を向けた出久の目は、助手席に座る男を捉えた。

 

「かっちゃん……!?」

 

 険しい表情で前方を睨みつける爆心地――爆豪勝己の姿。特徴的なコスチュームの覆面まで装着していたから間違いない。

 

「………」

「出久くん、どうしたの?」

 

 背後から桜子が問いかけてくる。出久は俯き、ぶんぶんと頭を振ったあと――バイクを、路肩に停車させた。

 

「ごめん沢渡さん、ちょっとそこの喫茶店で待ってて」

「へっ?な、なんで?」

「すぐ戻るから!」

 

 困惑する桜子をその場に置き去りにして、出久は再びオートバイを発進させた。パトカーの集団(+一台)を追って、アクセルを踏む。一瞬目の当たりにした勝己の様子には、戦場へ赴かんとする凄まじい気迫が感じられた。昨日の今日、ならば、あるいは――

 

 そうではなく、自分の出る幕などないことを、出久は祈った。しかし、超古代の力が彼を突き動かす以上、その予感は的中してしまうのだった。

 

 

 

 

 死体、死体、死体。

 

 警官の制服を着た死体が、あちこちに倒れ伏している。それらはことごとく干からびてミイラのようになっており、首筋に穿たれた穴からわずかに残された体液を流出させていた。

 

 もはや肉塊とすら呼びがたい干物の前で、蝙蝠の怪人が、鋭い牙を剥き出しにして嗤っていた。

 

「カカカカカッ……、ラズギヂザ」

 

 つぶやきながら、体表を軽く手で払う。と、皮膚にめり込んだ銃弾がことごとくこぼれ落ちた。痛みなど、欠片も感じていないようであった。

 

 コウモリ種怪人――ズ・ゴオマ・グ。確認されている限り三体目の未確認生命体。常人を遥かに超える力をもつ彼に立ち向かえるとすれば――彼ら、しかいない。

 

「ビダバ」

「……!」

 

 駆けつけた、ふたりのヒーロー。――爆心地に、烈怒頼雄斗。

 

「バクゴー、アイツって……」

「……やっぱりな」

 

 未確認生命体。ならば、自分たちがやるしかない。警官隊はもちろん、デクにも、手出しはさせない――

 

「とっとと片付けんぞ!!」

「おうっ!!」

 

 まず切島が、敵めがけて走り出す。同時に、個性を発動――全身の皮膚が、岩石のごとく硬化していく。生半可な硬化では未確認生命体相手に通用しないことは既に学習している。ゆえに、

 

「最初っからクライマックスでいくぜ……、――"烈怒頼雄斗(レッドライオット) 安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)"!!」

 

 全身からギシギシと軋むような音を発しながら、切島の肉体はさらに硬く、鋭く研ぎ澄まされていく。3分しか持続しない、彼の切り札だ。

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

 雄叫びをあげながら、最"硬"の状態と化した切島が、勢いよく拳を振り下ろす。ゴオマはそこでようやく、相手がふつうの人間ではないと気づいたようだが……もう、遅い。

 

――ドグシャアッ!!

 

 凄まじい轟音とともに、拳を脳天に叩きつけられたゴオマの全身がコンクリートにめり込む。相手が人間なら、ほぼ間違いなく即死しているような一撃だ。相手が十人以上もの人間を殺戮している怪物だと思えば、それを叩き込むことに躊躇いはなかった。

 

 そして、未確認生命体が、それだけで倒せるとも思っていなかった。なにせ、銃弾を通さない高い防御力に加え、爆破で黒焦げにしてもすぐ全快してしまう異様な回復力の持ち主だ。ダメージを与えたところで油断せず、回復される前にとどめを刺さなければ。

 

 ゆえに、勝己は既に飛んでいた。

 

「"榴弾砲(ハウザー)"――」

 

 

「――"着弾(インパクト)"ッ!!」

 

 上空に向かって爆破を起こし、一気に急降下――その勢いのまま、最大威力を浴びせかける!

 

 次の瞬間、あたり一面に轟音と、爆発の副産物たる熱風がまき散らされる。ちょうど駆けつけた出久も、それらをもろに体感する羽目になった。

 

「……ッ、すご……っ」

 

 フルフェイスのヘルメットを被っているおかげで、顔は保護されているが……そのために出久は、ふたりのヒーローの戦いざまをはっきり認識する羽目になった。

 怪物を相手に、一歩も退くことなく。一分の隙もない猛攻を成し遂げた。まだデビューして数年のルーキーでありながら、そこには躊躇いも未熟さもない。

 

 これが、"本物"だ。

 

(やっぱり、僕なんかの出る幕は……)

 

 超古代の"力"を受け継いだところで、自分などではしょせん付け焼き刃、宝の持ち腐れなのだ。変身した自分より、彼らヒーローのほうが――強い。

 

 しかし、無力感に浸るのはまだ早かった。

 

 煙が晴れたとき、そこには確かに、見るも無残な状態になったゴオマが倒れ伏していた。粉々に砕けたコンクリートにめり込み、ぴくりとも動かない。傍目には完全に息絶えたように見えた、が、

 

「ウグゥ……グェアッ!!」

「!?」

 

 奇怪なうめき声とともに、ゴオマは一気呵成に復活を遂げた。不意打ちの拳が近くにいた切島に迫る。彼は咄嗟に硬化させた腕で胴体を庇うが、トンを超える威力のためにあっさりと吹き飛ばされた。

 

「ぐぁっ!?」

「切島っ!」

「ボソグ、ボソギデジャス……!」

「!」

 

 破壊された部位を急速に回復しながら、怒りに燃えるゴオマは次の標的を勝己に定めた。血に染まった牙を剥き出しにしながら、ゆっくりと迫っていく。

 

「っ、ン、の――ッ!!」

 

 切羽詰まった勝己が掌を突き出すが、本気になったゴオマの攻撃はそれより速かった。

 

「ガアァッ!」

 

 腕を掴み、捻りあげ、爆破を封じる。単純な力比べとなれば、ゴオマに圧倒的に分があった。

 

「ぐっ、クソ、がぁ……!」

「――!」

 

 このままじゃ、かっちゃんが殺される――そう直感した瞬間、出久の身体は勝手に動いていた。

 

「やめろぉおおおおっ!」

「!」

 

 声に反応して、ゴオマがこちらを向く。その顔面を、出久は思いきり殴りつけていた。

 

「グッ!?」

 

 小さなうめき声とともに、怯んだゴオマが勝己から離れる。その隙を逃さず、出久は勢いよく飛びかかった。

 

「デク――!?」

 

 驚愕とともに発せられた声は、最後まで絞り出されることなく凍りついた。

 

 拳が、腕が、脚が、胴体が、緑谷出久のそれから急激に変化していく。漆黒の皮膚と、純白の鎧。

 

 そして最後に、首から上――頭部までもが変わる。二本の短い角と、白銀の牙、もとの彼とは対照的な、朱色の瞳。

 

「変わっ、た……」

 

 出久が、未確認生命体第2号へ。――わかっていたことだ。本人だって、認めていたのだから。

 しかし、直接変化するところを目撃して、驚愕せずにはいられなかったのだ。ひょろこい無個性の幼なじみと、甲虫に似た異形の戦士。勝己の脳内で、そのふたつが、いまになってようやく完全に結びついたのだった。

 

 出久の変化した異形の戦士は、ゴオマの顔や胴体を殴り、蹴り、後退させていく。ゴオマは反撃もできない。やがて鳩尾のあたりに拳がめり込み、怪物はうめき声をあげながらその場に片膝をついた。

 

「やっ、やった……!」

 

 拳を構えたまま、異形が出久の声で歓喜の声をあげる。自分の力が通用した――そう確信したのだろう。

 

 だが、傍観者と化していたために、状況を冷静に観察できた勝己にはすぐわかった。ゴオマは、ダメージを受けてなどいない。ただ、自分たちと同じ異形がどれほどの力をもつか、試していただけだ。

 その証拠に、

 

「マンヂデデンパ――」

「……!?」

 

 何事かをつぶやきながら、ゴオマがゆらりと立ち上がる。その不穏な様子に、出久が態勢を固めようとしたときには……遅かった。

 

「ボググスンザジョッ!!」

「がッ!?」

 

 顔面や胴体、殴った箇所をことごとく殴り返され、出久は吹っ飛ばされた。そのまま頭から地面に叩きつけられ、出久の視界に星が散った。

 その戦意喪失を感知したのだろう、ベルトの中心部から光が失われ、出久の全身がもとの人間のものへと戻っていく。

 

「ぐ、ぁ……っ」

 

 意識が朦朧としているのだろう、出久は仰向けに倒れたまま身動きできずにいる。その姿を見下ろしながら、ゴオマは、ゆっくり腕を振り上げる。――昨日の光景が、フラッシュバックする。

 

 気づいたときには、勝己はゴオマに体当たりを仕掛けていた。

 

「ッ、ジャラザ!!」

 

 当然ゴオマは吹き飛ぶこともなく、その拳が勝己の胴体を捉える。ヒーローコスチュームを纏っていても、その衝撃は殺しきれるものではなく。

 

「ぐ……ッ!」

 

 激痛に意識を刈り取られそうになるも、勝己は踏ん張った。歯を食いしばりながら、腕を突き出す。

 

閃光(スタン)(グレネード)――!!」

 

 

 宵闇を、閃光が吹き飛ばした。その場に居合わせた者の視界が完全に光に覆い尽くされ、一寸先すらもわからくなる。

 それを浴びせかけられたゴオマも、怪物といえどそれは同じだった。――いや、彼の場合、視覚を奪われる以上の深刻なダメージを受けていた。

 

「ギャアァァァァッ!!?」

 

 蝙蝠の能力を引き継いでいるゆえ、その弱点までもより色濃いかたちで抱えてしまった。――ゴオマは、光に弱いのだ。

 

 恐慌をきたしたゴオマは、翼を広げてその場から逃走を開始した。勝己は当然逃がすまいと羽音の方向に爆破を仕掛けるが、ダメージのせいで最大威力は出ない。

 

 結局、光がおさまり、辺りに闇が戻ったときには、ゴオマの姿はもうどこにもなかった。

 

「……ッ、く、そ、が………」

 

 危難が去ったことで気が抜け、脳がはっきりと肉体の損傷を認識する。勝己は堪らずその場に座り込んだ。激痛のために、五感がぼやける。そのまま何も起こらなければ、きっと彼は気を失っていただろう。

 

 しかし、

 

 

「かっ、ちゃん……大、丈夫……!?」

「……!」

 

 わずかに回復した出久が、気遣うことばとともににじり寄ってくる。その瞬間、勝己の脳裏にまた、幼い日の幻像が現れた。

 

 

――大丈夫?たてる?

 

 吊り橋から川に転落してしまった勝己に手を差し伸べる、幼き日の出久。何もできないムコセーのデクが、なんでもできる自分を、救けようとする。

 

 そんなのが、許されるわけがなかった。だって、

 

 

「――ざけんなッ!!」

「!?」

 

 気がつけば勝己は、痛みも忘れて出久の胸ぐらを掴んでいた。出久の喉から、ひゅ、と空しい音が漏れる。

 

「俺ぁ言ったよなデク……あの程度の力で調子こくな、ってよォ……!」

「ご、ごめ……ちがうんだかっちゃん、聞いて……っ」

「違くなんかねえ!!テメェは昔っからそうだ、何もできねークセに、無個性のクセに、自分の身の程をわきまえねえ!!テメェみたいな奴が一番害悪なんだよ!!」

「……ッ」

 

 "害悪"とまで言われても、出久は反論してこない。――その余地はあるはずなのだ。実際、出久が救けに入らなければ、勝己は命を落としていたかもしれないのだから。

 だが、出久はそれを主張しない。理不尽にも俯いて耐えるだけ。そうさせた原因の殆どが少年時代の自分の言行にあるとわかっていても、勝己には許すことができなかった。

 

「いいか、俺らは命がけでヒーローやってんだ、ガキみてぇな夢物語で成り立つ世界じゃねえんだよ。テメェみたいに力も覚悟もねぇ奴は、大人しく守られてりゃいいんだ!!」

 

 そこまで言いきって、勝己は手を放した。身体が主張する痛みを押し殺しながら、歩き出す。

 その瞬間――吐き捨てるように、言い放った。

 

「中途半端に関わんな……――一般市民」

「――っ!」

 

 そのまま、自分同様に傷ついた切島を救け起こして、足を引きずりながら去っていく。その背中を見送りながら、出久は立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 




デクくん、三度目(四度目?)の挫折……

かっちゃん&切島くんペアの全力でゴオマすら倒せないのはどうかという声もあると思います。ただ、原作からしてグロンギのみなさんは殺傷能力以上に防御力と回復力がとんでもない印象がありまして、そこをクローズアップさせた結果こうなりました。一応ふたりは防御にまでは破れているわけですが、即死にまでは至らなかったため回復されてしまったという……それゆえクウガの力が必要になってくるわけですな

次回、いよいよ赤のクウガ登場です!前書きのとおりもう書き上げてはいますので、近々投稿できると思います。お楽しみに!


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EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ 4/4

夢の日曜朝8時投稿。予約投稿って便利ですよね


お気に入り100件超えありがとうございます!!ホントは前回の時点で書くべきだったんでしょうが、すっかり忘れてしまい……大変失礼いたしました

さて、いよいよマイティフォームの登場です!クウガとしては避けて通れないというか、序盤最大のみどころである炎の教会……きちんと描けているかドキドキです。あと言うほど長くならなくてよかったです(笑)



 自分と同じベルトを巻いた青年が、右腕を突き出し、構えをとる。次の瞬間、その姿は異形へと変わる。自分が変身した白い戦士に、よく似た異形へと。

 

――似ている。そう、よく似ているのだ。だが決してイコールではない。脳裏に浮かんだその姿は……赤に、染まっていた。

 

 

「ちょっと出久くん、一体何やってたの!?」

 

 喫茶店の入口前にオートバイを停めて早々、そう声をあげながら桜子が駆け寄ってきた。その表情には、理由も告げずに置いていかれた怒りがにじんでいたが……同時に、ある程度見当がついているようでもあった。

 

「まさか、戦ったの……!?」

「……うん」

「そんな……」

 

「でも……駄目だった」

 

「え……?」

 

 メットを脱いだ出久の瞳の翠は、暗く濁っていた。

 

「やっぱり、通用しなかったんだ、あいつらには……。僕は、何もできなかった……ちゃんとした姿にすら、なれなかった……」

「ちゃんとした、姿……?」

「イメージで見た戦士は、赤い身体をしてた。僕も、白じゃなくて……本当は赤にならなきゃいけなかったんだ……」

「出久くん……」

 

――中途半端に関わんな。

 

 勝己のことばが、脳裏に焼きついて離れない。それがすべてなのかもしれない。

 

 力も覚悟もない自分では、真の英雄(ヒーロー)にはなれない。中途半端な存在にしかなれない。それだけの、ことだった。

 

 

 

 

 

 約束どおり、出久は桜子を通夜会場まで連れていった。夏目教授とかかわりも面識もない学生であること、服装も場にふさわしくないことを鑑みて、出久は外で待っていることを選んだ。

 通夜や葬儀というものには、何度か参列したことがある。そのすべては、ほぼ人生をまっとうしたと言っていい老人のもの。遺族は悲しみに暮れつつも、それが天命なのだと受け入れているようだった。

 

 だが、夏目教授はまだ若い、桜子によれば妻と中学生の娘もいるとのことだった。突然、夫・父を奪われた彼女たちの悲しみは、いかほどのものだろうか。

 

 出久の思いに、同調するかのように。セーラー服を着た少女が、式場の外に飛び出してきた。

 彼女は立ち止まると、その背を塀に押しつけ、そのまま力なく座り込んだ。嗚咽が、漏れ聞こえる。瞳からは、大粒の涙。

 

「おとう……さん……っ」

「……!」

 

 出久は、悟った。この少女こそ、夏目教授の娘なのだと。

 

 

 大切な人を突然、理不尽に奪われて、悲しみに暮れる少女。あの怪物たちがのさばる限り、そうした人々はこれからも増え続けるだろう。

 奴らを止められるはずの力。そんな力を、自分は無為に眠らせておくつもりになっていたのか?

(僕は……一体何をやってんだ………!)

 

 もっと強くなりたい。ヒーローになりたい。人を――命だけではない、笑顔だって守れるような……オールマイトのような、最高のヒーローに。

 

 

――中途半端に関わんな。

 

 再び、勝己のことばが浮かぶ。それでも、出久の瞳に宿った炎はもう、失われることはなかった。

 

「わかったよ……かっちゃん……。僕はもう、"中途半端には"関わらない……!」

 

 

 

 

 

 それからおよそ十時間近くが経過した夜明け前、爆豪勝己はひとりサン・マルコ教会の前にいた。その紅い瞳は、爛々と教会の建物を睨みつけている。

 

 勝己はなんとしてでも未確認生命体第3号――ズ・ゴオマ・グを潰すつもりだった。そのために、受け身でいるつもりはさらさらなかった。

 夜のうちに、勝己は警視庁の森塚を訪ね、半ば脅すかたちで警察内の情報を手に入れた。――目撃証言などを総合すると、第3号の潜伏場所はここサン・マルコ教会ではないかと推測される。この教会の神父とも連絡がとれない状態であることが、その可能性をさらに強めていた。

 

 警察では突入部隊の編成が進められているが、勝己はそれを待たない。警察は、足手まといにしかならない。これ以上いらぬ犠牲を出すくらいなら、自分ひとりで――

 と、携帯端末がぶるりと振動した。ディスプレイに表示された名前を見て、小さく溜息をついてから、勝己は通話を選択した。

 

『あっ、出た……おいバクゴー、オメーいまどこにいんだよ!?森塚刑事からさっき連絡があったぞ、オメーが3号のこと訊きに来た、って……』

 

 切島の声が、耳に刺さる。うるさいとは思いつつも、勝己は舌打ちまではしなかった。森塚が彼に連絡することだって、予想の範疇だ。

 

『まさかオメー……ひとりで3号とやりあうつもりじゃねえよな?』

「………」

 

 沈黙を是と捉えたのだろう、相手の声がいっそう大きくなる。

 

『死ぬ気かよ!?いくらオメーだって、あんな怪物相手にサシでなんて無茶だ!待ってろ、すぐ俺もそっちに……』

「来んな。怪我人はいらねえ」

 

 一昨日・昨日と立て続けにダメージを受け、タフな切島も流石に万全とはいえない状態だった。だから勝己は、あえて切島にも声をかけなかったのだ。

 しかし切島は納得しない。なぜなら、

 

『バカっ、オメーだって怪我人だろうが!!』

 

 勝己もまた、ゴオマの攻撃を胴体に受けていた。命にかかわるものではないが、戦闘を行っていい状態ではないのは同じ。

 

 だが、それでも。

 

「アレとは俺ひとりでケリをつける。それが一番合理的だと判断した。……だから、余計なことはすんな」

『ばく――』

 

 なおも切島が言い募ろうとするのを、通話を断つことで一方的に打ち切った。そして、ジャケットをその場に脱ぎ捨て、教会の裏に回った。文字通り、敵の裏をかくためだ。

 

(3号がいるなら、裏口か何かを侵入経路にするはずだ)

 

 いくら怪物といえど、流石に正面の扉から堂々と出入りはすまい。道路に面している以上、夜だとしても目立ちすぎる。同時に、怪物である以上、裏から入ってきちんと鍵をしめる習慣があるとも思えない。勝己はそう推測した。

 

 万一どちらかが外れても、最悪、個性を利用して鍵を壊すつもりだったが――その必要はなかった。どちらも的中したからだ。

 

 

 ニヤリと笑ったあと――勝己は、教会内に突入した。間髪入れずに、

 

閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 爆破。教会内が、眩い閃光に覆われる。

 ゴオマが光に弱いことには、既に勝己も気づいていた。それゆえ、彼は単独での勝負に出たのだ。閃光弾で行動不能にしたあと、全力の爆破をこれでもかと浴びせかけて始末する。シンプルどころかゴリ押しに近いやり方だが、強力な個性がそれを可能にしてくれる――勝己はそう自信をもっていた。

 

 やがて光が収まり、蝋燭の光のみに照らされた薄暗い全景が露わになる。その片隅に芋虫のように転がる影を認めた勝己は、全速力で走り出した。

 

「ハハハハハハッ、死ねぇえええッ!!」

 

 至近距離にまで迫り――渾身の爆破を、仕掛ける!

 

 

「ヌゥウウウウンッ!!」

「!?」

 

 背後から迫る殺気に気づき、振り向いた次の瞬間、勝己は胴体に凄まじい衝撃を受け、大きく吹き飛ばされていた。

 

「がぁっ!?」

 

 勝己の身体が燭台に激突し、床に叩きつけられる。落下した蝋燭の灯火がカーテンに燃え移り、教会を炎の色に染め上げた。

 

 しかし、そのようなことを気にしている余裕は勝己にはなかった。――最悪の想定外が、起こったのだ。

 

「ラダ、ガダダバ」

「!、テ、メェ……っ」

 

 薄緑色の、異常に長く細い四肢をもつ、蜘蛛に似た異形。未確認生命体第1号――ズ・グムン・バ。

 一昨日の戦闘では逃走を許したことから、生存しているであろうことはわかっていた。だが、なぜここにいる?まさか、勝己がゴオマを倒しにやってくることを見越して?

 考えても仕方がない。だって現実に、グムンは目の前にいるのだ。そして、

 

「ゴラゲ、ジョブロ……ドググゾロ……」

「……!」

 

 ふらつきながらも、ゴオマがゆらりと立ち上がる。彼はグムンと何かことばを交わしているようだった。未知の言語であるがゆえに、勝己には内容はわからない。だが、最悪なことに、何か合意に達してくれてしまったらしい。

 

「ゴセパ、ジビガブ……」

「ヂパロサグ……ボギヅンヂパ、グラゴグザ……!」

「……クソが、」

 

 いくら勝己であっても、命の危機を覚えざるをえない状況。だが、それはあきらめと同義ではない。

 

「上ッ等、じゃねぇか……!」

 

 燃え広がる炎を背に、勝己はゆらりと立ち上がった。アドレナリンが放出されているのか、痛みは消えうせている。――最低でも、相討ちには持ち込む。そのつもりでいた。

 

「オラァァァッ!!」

「!」

 

 両手から爆破を起こしながら、勝己は跳ぶ。いきなり相手から迫られ、虚を突かれた様子の二体めがけて――それらを、お見舞いした。

 

「グォッ!?」

「ガッ!?」

 

 怯んだ隙を見て、二発目。しかし立て続けに喰らうほど、グムンもゴオマも鈍くはなかった。前者は蜘蛛の糸を噴出して、後者は翼を広げて宙に浮き上がる。

 そして、

 

「ボソグゥッ!!」

「っ!」

 

 猛スピードで急降下。彼らもまた、肉を切らせて骨を断つつもりなのだろう。いや、肉すら切れるかわからない。

 だが、それでもやるしかない。いよいよ覚悟を決めつつも、勝己は最後の一撃を放つつもりでいた。

 

 

 その瞬間、

 

 

 正面の扉が開かれるとともに、オートバイが突入してきた。

 

「!?」

 

 勝己ばかりでなく、グムン・ゴオマの動きが停止する。その間に、オートバイは段差によってバランスを崩し、ライダーを投げ出したあとに炎の中へ突っ込んでいった。炎とガソリンが反応し、大爆発が起きる。独特の臭気が辺り一面に広がると、それを嫌った未確認生命体は咄嗟に距離をとった。

 

 その隙に、ライダーが勝己に駆け寄っていく。メットを脱ぎ捨てて露わになったその顔を目の当たりにして、勝己は驚愕した。

 

「かっちゃん……!」

「デク!?」

 

 グムンとの遭遇以上の衝撃に、一瞬身体が動かなかった。しかし、彼がここに来た理由――考えうるそれは、ひとつしかない。勝己の全身を、激情が支配した。

 

「~~ッ、テメェッ、何しに来やがった!?」

 

 瞋恚のままに胸倉に伸ばされた手を――出久は、振り払った。

 

「な……っ!?」

 

 勝己は呆気にとられた。――そこでようやく気づいた。出久の表情から、怯えが消えうせていることに。

 

「――かっちゃん。僕、決めたんだ」

 

 

「こんな奴らのせいで、人が死ぬ……誰かが傷つく……。――やっぱり僕は、それを見て見ぬふりなんてできない!受け継いだこの力で、ひとりでも多くの人の笑顔を守れるならっ、僕は、戦う!!」

「……!」

 

 炎に照らされたその表情かおは、勝己の知る緑谷出久ではなくなっていた。

 

「だから――」

 

 両腕を、力強く広げる。

 

「見ててくれ、僕の―――変身ッ!!」

 

 その瞬間、出久の腹部に、銀色のベルトが現れる。中心の宝玉の輝きが、以前より明らかに強く、確かなものとなっている。炎よりも濃い、赤。

 

 ベルトに手をかざし、右腕を突き出す。――イメージで見た古代の戦士と、同じ構え。

 

 右腕を右前方へと動かしきったあと、勢いよく左腰に拳を落とし、そこにあるベルトの起動スイッチを――力強く、押し込む。

 

 そして、

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 雄叫びとともに、出久は二体の未確認生命体に飛びかかっていく。当然、グムンもゴオマも応戦するが、次の瞬間驚くべきことが起こった。

 

「はっ!」

「ガッ!?」

「でやぁッ!」

「グォッ!?」

 

 個性攻撃すら防ぐ強固な肉体をもつ異形たちが、出久の殴打や蹴りに苦痛を覚えている。勝己は気づいた。ベルトは既に、出久の肉体を内部から作りかえつつあるのだと。

 

 変化が、体表面にも現れる。腕が、脚が、黒い皮膚に覆われる。さらに胴体には、宝玉の色と同じ真っ赤な鎧。

 最後に残った顔もまた、黒い装甲が覆い隠し――

 

 戦士は、完全なる姿へと"変身"を遂げた。

 

 勝己は驚愕した。鎧や手・足首の装甲など、白かった部分が、ことごとく真っ赤に染まっている。建物中を包みはじめた炎のせいでは、決してない。それに、二本の角も倍の長さに伸び、天に突き出していた。

 

「うぉりゃあッ!!」

 

 戦士の拳に顔面をつぶされ、ゴオマがなすすべもなく吹っ飛ぶ。怯んだグムンも、慌てて距離をとり、

 

「ガバブバダダバ……"クウガ"……!」

「……!」

 

 その瞬間、変身を遂げた出久の脳裏に、再び、あの無機質な女性の声が響いた。

 

――心清く、身体健やかなるもの、これを身につけよ。さらば戦士"クウガ"とならん。

 

 

「"クウガ"……。そうか、"クウガ"か……!」

 

 クウガ――それが自分に与えられた、戦士として……否、ヒーローとしての名。

 で、あるならば。その名にふさわしいことを、為さなければならない。

 

「ボソグッ!!」

 

 グムンが飛びかかってくる。出久――赤のクウガはもはや震えることもなく、それを迎え撃った。爪の一撃を受け止め、膝蹴りを見舞う。グムンは痛ましいうめき声とともに、身体をくの字に折った。クウガはさらに、その背中に肘打ちを叩き込んだ。

 

(戦える……いや、戦うんだ!(みんな)の笑顔を、守るために!)

 

 その強い想いだけが、彼を突き動かしている。だからこそ、彼は昨日までとは比べものにならないくらい強かった。

 勝己からみれば、戦い方そのものは相変わらず稚拙。しかし、それでも敵を圧倒するには十分だった。拳も、蹴りも、着実にグムンを追い詰めている――

 だが、敵はグムン一体ではなかった。立ち直ったゴオマが、翼を広げてクウガに襲いかかろうとしていた。

 

「デクっ!!」

「!」

 

 殆ど反射的に、勝己は幼なじみのあだ名を呼んでいた。機敏に反応したクウガが、咄嗟にその場を転がる。ゴオマの一撃は、むなしく空を切った。

 

「~~ッ、リントグ、ジョベギバラベゾ!!」

 

 クウガへの攻撃を邪魔され、激怒したゴオマが矛先を勝己に変えた。勝己は当然応戦しようとしているが、わずかに動きが鈍い。痛みが、ここにきて彼を蝕みつつあった。

 

「ッ、かっちゃ――!」

「ジョゴリゾグスバッ!」

「!?、ぐぁっ!」

 

 隙を突かれた。グムンの吐き出した糸がクウガの胴体を拘束し、締め上げる。さらにはグムンの屈強な腕が糸を引っ張り、クウガをその場に引き倒した。

 

「く、う……っ!」

「ドゾレザァ……!」

 

 手の甲から生えた爪がぐぐ、と音をたてて伸びていく。その鋭い先端が急所を貫けば、いくらクウガの身体でもひとたまりもないだろう。

 だが、あきらめるつもりはなかった。

 

(僕は……守る――!)

 

 そのためなら……こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 

「う………おぉぉぉぉッ!!」

「!?」

 

 クウガが、吼える。咆哮とともに、その全身に力が漲っていく。

 そして、真綿のように太く、鋼のように固いグムンの糸が、ばらばらに引き裂かれた。

 

「バンザド!?」

「でやぁッ!!」

「グボァッ!?」

 

 驚愕するグムンは、次の瞬間クウガのストレートパンチを顔面に受けて吹っ飛ばされた。

 

「グ、フゥ……!」

「――!」

 

 そしてクウガは――半ば本能に突き動かされるように、跳んでいた。

 

「お、りゃあぁぁぁッ!!」

 

 立ち上がろうとするグムンの胸に、右足を、叩き込む!

 それがただの蹴りでないことを、彼は感じとっていた。右脚を伝う、身を焦がすような灼熱。

 

 そしてそれは、ほどなくして証明された。グムンが苦しみ出す。同時に、蹴りの命中した箇所に、不可思議な紋様が現れたのだ。

 

「グァ……ボソ、グ……グッ、ジャ、デ、デジャス……!」

「……?」

 

 一体、何が起ころうとしているのか。苦悶の声をあげながら、紋様から下腹部に向かって亀裂が走っていく。

 それが、ベルト状の装飾品に到達した瞬間――

「ボソギデジャス……クウガァァァァ――!!」

 

 そこを中心に爆発が起き――グムンの全身が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「ッ!?」

 

 想定外の威力に、自らの行為でありながら驚愕する。いま発揮された力は一体なんなのか?蹴りを喰らったグムンの胸には、紋様――恐らくは古代文字――が浮かび上がっていた。あれがグムンを爆散へと導いたのだろうか?

 クウガの姿でありながら、いつもの癖でブツブツと考察を始めてしまう出久だったが――刹那、背後から響いた凄まじい轟音によって、思考は強引に中断された。

 

「!、かっちゃんっ!」

 

 ゴオマは勝己に襲いかかっていた。まさか、その猛攻に耐えかね、遂に勝己が吹き飛ばされたのか――

 そんな予想は、思いっきり裏切られることとなった。

 

 そこには教会の外まで吹っ飛ばされた黒焦げの蝙蝠男と、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちする黒づくめのヒーローの姿があったのだから。

 

「おいコラ、蝙蝠野郎……。怪物のくせにその程度かよ……?」

「ダ……ダババ……」

「ア゛ア゛ン゛!?」

「ヒィッ!」

 

 勝己が掌から爆発を起こせば、それだけで満身創痍のゴオマはびくりと震えた。――超人的な力をもった未確認生命体は、間違いなく、ひとりの青年に恐れをなしていた。

 

(ボンゴセグ……リントゴドビビ……!?)

 

 グムンを殺したのはクウガ。それに対して、自分は人間に殺されようとしている。屈辱だった。しかしそれ以上に、勝己が恐ろしくてたまらなかった。

 

「さあ……終わりだ……!」

 

 勝己が最大最後の一撃を放とうとしたその瞬間――東の地平線に現れつつあった太陽の光が、教会に達した。

 

「グアァッ!?」

 

 その光に悶絶するゴオマ。もはや環境すらも自らに味方しないことを悟った彼が選んだのは、

 

「ゴッ……ゴドゲデギソ~!!」

 

 逃亡だった。皮膜に覆われた翼をいっぱいに広げ、上空へと舞い上がる。

 

「!、テメェ、待ちやがれ――!」

 

 当然、勝己は逃がすまいと仕掛けるが――時速120キロの飛行速度を誇るゴオマは、まだ薄暗い西の空めがけて全力で逃げていった。

 

「クソ……また逃げやがった……」

 

(ま……マジでか、かっちゃん……)

 

 直接の要因ではないとはいえ、未確認生命体相手に二度も敗走を強いた――雄英時代から常にトップクラスに君臨し続けてきた男は伊達ではないと、出久は改めて思い知らされた。

 しかし、

 

「っ、ぐ……」

「!」

 

 戦いが終わって気が緩み、全身のあげはじめた悲鳴にまでは耐えられなかったらしい。勝己はその場に膝をついた。倒れかかる身体を、クウガが咄嗟に抱きとめる。

 

「かっちゃん、大丈夫!?」

「っ、……る、せぇ。テメェにこれ以上、救けられて……たまるか……」

「………」

 

 何もできない無個性のデク。無個性でなくなったから、覚悟を決めたから――たったそれだけのことで、長年積み上げてきた評価を易々と覆してくれることなどないのだろう。わかっている。

 

(それでも、)

 

「かっちゃん……僕、中途半端はしない。ちゃんと関わるよ。だって僕はもう――"クウガ"、なんだから」

 

 その決意だけは、曲げることなく。

 赤の英雄は勝己の身体を抱え、燃えさかる教会から夜明けの街へと、姿を消したのだった。

 

 

 

つづく

 

 

 

 






切島「バクゴーの野郎、無茶しやがって!緑谷が来なかったらどうなってたことか……」
瀬呂「切島、その怒りは次回にとっとけ!つーわけで予告!」
上鳴「ウェイ!」
瀬呂「緑谷を戦わせたくない爆豪は、単身第3号を追う!」
切島「また単独行動すんの!?」
上鳴「ウェイ!」
瀬呂「しかし、未確認生命体は一匹ではなかった!爆豪大ピンチ!!」
切島「言わんこっちゃない!」
上鳴「ウェイ……」
瀬呂「そのとき爆豪の前に現れる、バラのタトゥの美女……」
上鳴「ウェウェイ!?」
瀬呂「妖艶な薔薇の色香に惑わされた爆豪は理性を失い、野獣のように女に襲いかかり……!」
切島「そんな18禁展開あんのこのハナシ!?」(※ありません)
瀬呂「一方その頃、緑谷はネコ娘とにゃんにゃんしていた」
切島「どいつもこいつも!」
上鳴「ウェイィィ……!」
瀬呂「心配ない。その結果緑谷は警察に包囲される」
切島「あぁぁ淫行条例ィ!」
瀬呂「そんな感じで次回!」

EPISODE 3. エンカウンター

切島「さっ、さらに向こうへ!」
3人「「「プルスウルトラァァァ!!」」」

瀬呂「……俺らの出番もプルスウルトラ~」
上鳴「 ウェ―(0w0)―イ!!」ライトニングブラストー
切島「……どんまい」


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EPISODE 3. エンカウンター 1/3

ゲーマドライバーとドラゴナイトハンターZガシャットを買っちゃいました。飼い犬の前でガッチャーンガッシュー繰り返してたら叱られました、犬にorz
しかももうすぐ変神パッドも届いて心はすっかりエグゼイドです。放送が終わってから熱のピークがくるとはね……※ビルドも好きです、まだなじんでないだけで

まあそんな楽しい平成ライダーシリーズを17年半見続けるきっかけとなったクウガEPISODE 3、開始です!元々違うサブタイトルだったんですが、アニメ2期最終回から拝借しました。実際デクもかっちゃんも、もっといえば人類が本格的にグロンギの脅威に遭遇することになるのです…
???「ゲゲルゾ、ザジレスゾ」

[修正]
×そして、第4号――緑谷出久は、
○そして、第2号――緑谷出久は、

この時点でかっちゃんが赤のクウガ=4号って知ってるのはおかしいので修正しました
他にもなんかあったらご指摘ください(丸投げ)



『見ててくれ、僕の―――変身ッ!!』

 

 脳裏に揺らめく炎の中で、幼なじみの声が響く。

 

 ゆっくりと瞼を開いた爆豪勝己の視界に飛び込んできたのは、真新しい白い天井だった。

 茫洋とした意識のまま、左に首を傾ける。窓からは太陽光がさんさんと降り注ぎ、白いベッドがさらにあかるく照らされている。同時に、近づいてくる救急車のサイレンの音。

 

――ここは、病院か。

 

 勝己がそう認識したのとほぼ同時に、右隣から声がかかった。

 

「目ぇ醒めたか、バクゴー」

「!」

 

 咄嗟に顔を向ければ、そこには見慣れた尖った赤髪。本調子でない視覚には、ちかちかしてかなわないと思った。

 

「きり、しま……」

「ったく、オメーってヤツは!」いきなりどやしつけてくる。「心配したんだぞマジで!慌てて駆けつけてみりゃあ教会が燃えてるし……中から黒焦げになった死体が出てきたときには心臓止まるかと思ったぜ」

「……死体?」

 

 心当たりがなかった。第1号(グムン)は粉々に爆発四散しているし、第3号(ゴオマ)は逃げ去っている。

 そして、第2号――緑谷出久は、

 

(結局、救けられたのか……アイツに……)

 

 オートバイごと教会に飛び込んできた出久の表情には、決意と覚悟とが鮮明に刻まれていた。そして彼は、変身の構えをとり――真っ赤な鎧と瞳をもつ、異形の戦士となった。

 

「………」

「ちゃんとした身元確認はまだだけど、どうもあの教会の神父だったみたいだな。第3号が潜伏先にしてたわけだから、侵入されて、殺されちまったんじゃないかって……バクゴー、聞いてっか?」

「……聞いてる」素っ気なくそう答えて、ベッドから立ち上がる。「それ以上は移動しながら聞く」

「は?移動って……どこ行くんだ?」

「いったん事務所に戻る。ここ二日は動いてばっかだったろ、少し情報を整理しねえとな」

「マジかよ……」

 

 切島は絶句した。確かに勝己(ついでに自分も)の手傷は、この病院の医師がもつ治癒の個性で回復してはいる。だが、そのことばどおり二日間動きっぱなしであったにもかかわらず、少し休息をとろうという考えがあってもよさそうなもの。一応、事件はひと段落したのだから。

 もっとも、怪我という口実もない以上、頑迷な勝己をベッドに縛りつけておくだけの理屈を切島はもたない。溜息をつきながらも、事務所に勝己を連れて戻る旨を連絡し、ともに病室を出た。

 

 エレベーターに乗ったところで、勝己がみずから問いをぶつけてくる。

 

「……そういや、俺はどこで見つかった?」

「へ?」

「どっかで見つかって、意識がないから病院に運んだんだろうが」

 

 燃えさかる教会での戦いから、病院で目覚めるまでの経緯。切島が見つけてくれたのだと、勝己は思い込んでいたのだが。

 

「いや……病院(ここ)から事務所に連絡あったんだよ。オメーを収容したって」

「あ?」

「119番があったらしいぜ。匿名で……つーかいまどき公衆電話で。だから通報したのが誰かはわかんねえ」

「……そうかよ」

 

 それ以上追及することはせず、勝己は黙り込んだ。そもそも追及する必要もなかったのだ。

 

――通報したのは、緑谷出久だ。勝己は、そう確信していた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、数時間前に赤い炎の戦士と化して怪物たちと激突した緑谷青年はというと、

 

「……ふあぁぁぁぁ」

 

 キャンパス内を徘徊しながら、青空に向かって大きなあくびを見せつけていた。

 眠気の原因は、まさしくその戦闘だった。時間帯が夜明けであったのはもちろんのこと、異形への変身と不慣れな戦闘の相乗効果で体力はごっそりと削られている。これまでひと晩徹夜するくらいわけもなかったのだが、いまはとにかく身体が休息を求めているようだった。

 

(講義で寝ないようにしなきゃ……)

 

 居眠りどころか講義中スマホをいじりっぱなしの学生も多い中、そんな決心をするあたり、出久は優等生である。ただクソナードなだけではない。

 そんな彼はいま、考古学研究室の入っている棟に向かっていた。法学部生の彼にとって、本来必要的に訪れることはなかったのだが。――"クウガ"となったいま、そういうわけにはいかない。

 

 

 薄暗い廊下を進み、やがて大きな木製の扉の前にたどり着く。この古びた伝統をにおわせるつくりが、ふだん自分が講義を受けている新設の棟とのギャップを与えてくる。一昨日訪れたときは緊急だったためになんとも思わなかったが、やはり、緊張はする。

 とはいえ、こんなところに突っ立っていたら不審者だ。意を決した出久は、勢いこんで扉をノックした。中から「どうぞ」と女性の声が返ってくる。

 

 扉を開けると、研究室の全景が視界に飛び込んできた。その中に存在する人間は、返答してきた女性のみ。

 

「おはよう、沢渡さん」

 

 そう声をかけると、パソコンにかじりついていた桜子は弾かれるように顔を上げた。

 

「出久くんっ、大丈夫なの?さっきまで戦ってたのに、ふつうに大学来て……」

「え、あ、うん、平気だよ。まあ、すんごい眠いけど、サボるのはよくないし……」

 

 あはは、と苦笑する出久を前に、桜子は気取られぬよう小さく溜息をついた。同時に、昨晩のことを思い出す。

 通夜が終わって再び合流したときから、出久の様子は明らかに違っていた。戦う覚悟を、固めた。そういう表情をしていた。

 そして、明け方に戦いに赴いた彼は、不完全な白ではなく、遂に完全な赤い戦士へと変身を遂げたのだ。超古代のベルトがその覚悟を認め、出久に力を与えた――

 

 出久が望んだからこその、変身。しかし桜子は、それを手放しで祝福してやる気にはなれなかった。――彼女の知る緑谷出久は、無個性で頼りないけど常に他人を思いやる、ただそれだけの青年だった。

 

 

「ところで、今日ここに来た理由(わけ)なんだけど……」

 

 出久がおずおずと切り出す。桜子はあまり乗り気でない表情を見せつけながらも、彼を手招きした。気が進まずとも、研究者の卵として己が研究を放棄するわけにはいかない。

 

「先に言っとくけど、そんなに実のある情報はまだないわよ」

「それは……そうだよね、まだ2日も経ってないもんね」

 

 未確認生命体と遭遇し、ベルトを身につけてクウガとなってからまだその程度しか経過していない。しかし、体内にあるベルトは驚くほど違和感なく馴染んでいる。出久はそっと、腹に手を触れた。

 

 

――この場で出久が得られた情報は、戦士の名が"クウガ"であること(既知)、ベルトが"アークル"と名づけられていること。そして、九郎ヶ岳遺跡の石棺に書かれていた古代文字が、あの異形たちの復活を警告するような内容となっていたこと。

 

 その三つだけではあったが……古代文字の解読が進めば、力の使い方、敵の素性なども判明しそうだということはわかった。

 

「あと、必要なのは……」出久は考える。「まず僕自身、いくらクウガの力が強力でも、器である僕が貧弱ナードのままじゃ宝の持ち腐れなのは一緒だ、使いこなせるようになるにはまず身体を鍛えて……でも筋肉つけるだけじゃダメだな、格闘技術なんかも並行して磨いていかないと……ガンヘッドが主催してるマーシャルアーツ・クラブに参加してみるか……」

 

 ブツブツブツブツ。なおも出久の論考は続く。

 

「あとは……そうだ、移動手段!奴らの出現地点が遠くだった場合、どうしても自由に使える車両が必要になるな、変身すれば脚力も上がるだろうけど、目立つし体力も使う、ああでも、バイクお釈迦になっちゃったんだよな……新しく買う?いやそんなお金ないだろ、バイトのシフト増やしてもたかが知れてるし……っていうかまだローン残ってるし……ああどうしよう……」

「……出久くん、」

「それ以前に、奴らが現れたことをどうやって知る?あれだけ派手に暴れてたのに全然話題になってないってことは、恐らく情報管制が敷かれてるんだろう、せいぜいかっちゃんたちの動きをツイッターで追うのが精一杯だ……でもそれだとほぼ間違いなく出遅れる……」

 

 ブツブツブツブツブツブツブツ。思考の泥沼にハマっていく出久にしびれを切らした桜子は、彼の脇腹を摘まんで、抓りあげた。

 

「ひうっ!?」くすぐったさと痛みの同時攻撃で、意識を引き戻される。

「出久くん……何度も言ってるけど、それ人前でやらないほうがいいよ」

「……ごめんなさい」

「まあ私はもう慣れたけど。あと、そろそろ講義始まるんじゃない?」

「!」

 

 腕時計で時間を確認した出久は、挨拶もそこそこに荷物をもって走り出した。普段と変わらぬ姿。それを見送って、桜子は密かに胸を撫でおろすのだった。

 

 

 

 

 

「爆心地と烈怒頼雄斗、ただいま戻りましたッ!」

 

 所属するヒーロー事務所の会議室、所長を始めとする先輩ヒーローたちの視線を一挙に集めた状態で、切島は声を張り上げた。彼は些か緊張気味であった。彼らの目には労いもあるが、どちらかというと非難のいろが濃い。もっとも、それが向けられているのは自分ではなく、隣で堂々としている相棒のようだったが。

 

「ご苦労さま、ふたりとも」所長が穏やかに切り出す。「爆心地、調子はどうだい?」

「万全です」即座に切り返す。

 

「そうか、それはよかった。……だが、」所長の声色がわずかに変わった。「無断での単独行動はウチのルール違反だよ」

「………」

「ヒーローとしてルールを守れないのは致命的だ。いくらきみが、傍若無人なキャラクターを個性にしているといってもね」

 

 所長のことばは簡潔だが的確で、穏健でありながら厳しいものでもあった。

 それに対して、

 

「処分は覚悟してます」

「!、バクゴー……」

 

 勝己は反論しない。自身のとった行動が非難されうるものだとはわかっていた。それでも選びとったのは自分だ。まして、リスクに見合った成果を挙げられてすらいない――第1号撃破は出久の功績だ――。もう大人である以上、責任の取り方くらいは身につけているつもりだ。

 

「まっ、待ってください!」耐えられなくなった切島が声をあげる。「止められなかった自分も監督不行き届きっつーか……とにかく、責任は自分にもあります!だから――」

「余計なこと言うな、クソ髪」

「――確かに、そうやって甘やかすきみの責任でもあるね、烈怒頼雄斗」

「うっ……」

 

 所長だけならいざ知らず、勝己からも挟み撃ちで攻撃を受ける羽目になり、たじろぐ切島。それを見てくすりと笑うのだから、この所長も人が悪い。

 と、眼鏡にパンツスーツ姿のいかにも優秀そうな女性秘書が、所長に「お時間が」と耳打ちした。興をそがれた様子ながら彼は頷き、

 

「まあいいや、処分のことはあとで考えようか。これから大事な会議だからね、――未確認生命体についての」

「!」

 

 未確認生命体――この二日でもはや因縁めいたことばと化したそれに、ふたりの表情は自ずから引き締まる。

 促されて座り、置かれていた資料に目を通す。まず目に飛び込んできたのはふたつの円グラフだった。

 

「ご覧いただいているページの上半分の円グラフは、先ほど警視庁から送られてきた、未確認生命体第1号の血液成分に関する分析結果です」秘書が淀みなく説明する。

「もう結果出たのかよ、速えな……」切島がつぶやく。

「それに対して、下が、第1号のそれにもっとも近い生物の血液成分となっています」再び、秘書。

 

 所長がふむ、と顎に手をやる。

 

「確かにそっくりだね。確か第1号は蜘蛛によく似ていたそうだけど――烈怒頼雄斗、爆心地?」

「あっ、はい!」

「……はい」

「じゃあ、これは蜘蛛の血、ってことかな?」

「よろしいですか」所属ヒーローのひとりが挙手する。所長の許諾を得ると、彼は私見を述べはじめた。「これは蜘蛛の血ではないと思われます。グラフには赤血球が含まれていますが、蜘蛛に赤血球はありませんので」

 

 そういえば、彼は科学的知識にも秀でたヒーローだったな、と勝己は思い起こした。彼にとってヒーローは基本的に、自分のライバルになるか、そうでないかの二種類しかない。例外は切島をはじめとする雄英で三年間苦楽をともにした友人たちくらいだ――なれ合う気は毛頭ないが――。その先輩ヒーローは救助が専門なので、すぐれた頭脳について評価はしていてもそれほど強い関心をもったことはなかった。相手もそのようだが。

 

「なるほど……。それじゃ一体、何の生物の血なんだ?」

 

 目配せを受けた秘書が――重々しく、口を開いた。

 

「これは……人間の血です」

「……!」

 

 会議室に集ったヒーローたちが、にわかにざわつきはじめる。人間――つまりは未確認生命体は、やはり人間だったのか?

 勝己は再び、出久のことを思い出していた。彼は正真正銘の人間、それが遺跡から出土したというベルトの力で異形へと変身した。ということは、奴らも――

 

 じっと瞑目していた勝己は、所長のよく通る声で目を開けた。

 

「人間、ね。でも血液成分が似ているというだけで、同じ人間だと決まったわけじゃないだろう。仮に人間だったとしてもだ、強力な敵として、我々ヒーローが全力を挙げて対処しなければならないのは変わりない。――被害者は何名だったかな?」

「警察関係者を合わせて、27名です」

「ということだ」

 

 このたった二日間で、それだけの罪なき人々が殺害されている。人間であろうがなかろうが、彼らヒーローが戦うべき相手であることに変わりはないのだ。

 

「そこで、いま現在確認されている未確認……矛盾しているようだけどね、未確認生命体について、もう一度皆に目を通してもらいたい。じゃあ、始めて」

「はい」

 

 スクリーンに、先ほど話題に挙がっていた蜘蛛の異形の姿が映し出される。

 

「まず第1号。一昨日出現し、市民6名を殺害。本日午前5時ごろ、サン・マルコ教会にて第4号との争いの末に倒されたようです」

 

 秘書の説明に、どこからか「仲間割れか」とつぶやきが漏れる。勝己は顔を顰めたが、それに気づいたのは切島だけだった。

 

 蜘蛛男と入れ替わりに、白い鎧と朱色の大きな双眼が特徴の異形が映し出される。

 

「これが第2号。殺人に類する行為は確認されていません。第1号とは、腹部の装飾品の形状が異なっています」

「………」

「次に、第3号と第4号。前者は夜間にのみ活動し、市民6名と警官3名を殺害、なおも逃走中です。実際に交戦した爆心地からの報告によると、光を苦手としていることが推測されます。そして、第4号ですが――」

 

 第4号――真っ赤な目と鎧の、炎を思わせる戦士。出久の変身した、クウガだ。

 

「第4号は第2号と酷似していますが、体色が赤く、頭部の形状も若干異なるようです。これも殺人行為は行っていないようです」

「同一の存在である可能性も考えられますね」

「現在、警察が検証中です」

 

 現状はっきりと明らかになっているのは、その四(三)体。しかし、存在しているのがそれだけとは、限らなかった。

 

「そして、九郎ヶ岳遺跡で城南大学考古学研究室調査団を全員殺害した、謎の影――警察はこれを"第0号"として扱うようです」

「時系列的には、こいつが一番最初に出現した未確認生命体だね」所長が補足する。

「ええ。――その他、まだ真偽は確認されていませんが、都内各所での異形の怪人の目撃情報がSNS等に挙がっています」

 

 ヒーローたちが険しい表情を浮かべて沈黙する。その顔をぐるりと見回しながら、所長は一段低い声で告げた。

 

「関東管区警察局からの通達を伝える。報道管制は継続、民間人やマスコミ等に説明を求められた場合、あくまで(ヴィラン)として対処。極力秘密裏に、全力を挙げて未確認生命体を捜索、発見次第……」

 

 その次のことばを、勝己は悟っていた。机の下に隠された拳に、いっぱいに力がこもる。

 

 

「―――処分せよ」

 

 

 爪が掌に食い込み、鋭い痛みが走った。

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 パパン

緑谷 出久/Izuku Midoriya
個性?:クウガ
年齢:20歳
誕生日:7月15日
身長:172cm
血液型:O型
好きなもの:カツ丼・アルバイト先の喫茶店のカレーとコーヒー
個性詳細:
身体に埋め込んだベルト・アークルの力で、クワガタを象った古代の超戦士・クウガに変身できるぞ!ただし肉体や精神が十全に戦える状態でない場合、不完全な白い姿(グローイングフォーム)になってしまう!
現状変身できるのは赤の戦士(マイティフォーム)のみだが、他にも青、紫、緑の三種類があるらしい!また、封印された禁断の形態も……!?※フォームごとの詳細なスペックはキャラクター紹介・クウガ編にて
備考:城南大学法学部3年生。筋金入りのヒーローオタク(昔ほどではないが……)。心配性な引子ママから週1回必ず電話がかかってくるぞ!   

作者所感:
言わずと知れた我らがすじんこう。身長が高1かっちゃんと同じなのは皮肉。正史のヒーローデクはもっと育ってると思います。




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EPISODE 3. エンカウンター 2/3

なんとかメビオのゲゲル開始までぶち込もうとしたらちょっと長くなったのと、場面転換がやたら多くなりました。ざっくり分けると出久パート、勝己パート、グロンギパートが入れ替わり立ち代わり出てくる感じです。

メビオの殺戮シーンはややグロ色強めなので、心臓の弱い方は要注意!


 

 街中を、ひとりの大男が闊歩していた。

 明らかにサイズの小さい革のベストを腕に通しただけで殆ど晒された上半身は筋骨隆々としており、まるでどこぞのレスラーのようである。そして左の二の腕には、犀をモチーフにした黒いタトゥ。風体だけでも通行人が遠巻きにするのは当然なのだが、恐れられているのは何より、その不機嫌極まりないことがひと目でわかる剣呑な表情だった。

 

「ブガギ……ブガブデダラサン……!」

 

 謎の言語を呟く男は、時折鼻と口を手で押さえ、ゴホゴホと咳をしている。その睨みつけるような視線は、道路を絶えず往来する車の群れに向けられていた。

 

「ガギヅサンゲキバ……ボパギデ、ジャソグバ!」

 

 いよいよ我慢の限界に達したらしい男が、握り拳を固めた瞬間、

 

 唐突に向かい風が吹き、彼の頬に真っ赤な物体が付着する。

 首を傾げながらそれを毟り取り、掌に乗せた途端、男の表情が変わった。――それは、薔薇の花片だった。

 

「バギギバ、ン、ゲゲル……。ギボヂヂソギギダバ、リントゾロ!」

 

 声高に叫んで、男はいずこかへ去っていった。ほどなくして警察発表の不審者情報に記載されることになるのだが、未確認生命体の出現に忙殺されている警察やヒーローたちに顧みられるのは暫くあとのことになった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己は考えていた。ひとりの若者としての私心をできるだけ抑制し、ヒーロー・爆心地として。

 

 警察側からの通達。これは極めて妥当なものと考える(もう少し穏健な思考の人間なら、やや乱暴だと批判するかもしれない。しかし、勝己にそこまで要求するのは酷である)。

 少なくとも、人間に害意をもっているであろう第3号やその仲間たちに対しては、自分もそのように臨むことに迷いはない。だが、第2号および第4号――クウガは。

 

(アイツは、人間だ。……ただの民間人の、学生だ)

 

 その民間人の命が、彼の愛するヒーローたちの手によって、奪われるかもしれない。敵ですら、よほど手のつけられない凶悪犯罪者でもない限り、ヒーローに生殺与奪の権利はないというのに。

 

 クウガがふつうの青年であることを知っている自分が、このまま彼を見殺しにしていいだろうか。――そんなはずはない。ヒーローである以上、人の命は守らねばならない。それが、大嫌いな幼なじみであっても。

 

(あんたならそうするんだろう、オールマイト)

 

 憧れたヒーローを、超えると誓ったのだ。それが正しいと思ってしまったなら、もう曲げてはならない。突き進むほか、ない。

 

 

 ならば、緑谷出久を戦わせない――変身させないためには、何が必要か。答えは容易かった、そして勝己の希求するヒーロー像とも合致していた。

 

 意志を固めた勝己は、事務所から与えられた任務を果たすべく行動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 その勝己の幼なじみはというと、三限に渡る講義を乗りきってようやくひと息ついたところだった。

 

「ハアァァァ~………なんとか、寝ずに済んだ……」

 

 とはいえ、体力的にはもう限界に近い。現在時刻は14時半。今日のアルバイトは18時からだから、まだ時間には余裕がある。少し行儀は悪いが、図書館の休憩スペースで昼寝でもしていこうか。そう考えて立ち上がった矢先、

 

「緑谷、」

 

 背後からかかる感情を押し殺したような声に振り向くと、出久よりひと回り背の高い紫髪の青年がこちらに小さく手を振っていた。目の下にはくっきりと隈が刻まれ、自分などよりよほど寝不足に見える。そうでないことを、出久はよく知っていたが。

 

「心操くん!」

「よう、おつかれ」

 

 心操人使――大学における、出久のあまり多くはない友人のひとりである。大学生ともなると流石に無個性だからと表立って馬鹿にしてくる者もいないが、出久のほうもすっかり内向的な性格ができあがってしまっているから、やはり恒常的に交流のある人間は少ない。

 その点、心操は自身の個性へのコンプレックスという、ある種出久と似通った影のある青年だった。

 

 その個性は、"洗脳"。

 彼のことばに返答した者は頭にモヤがかかったようになり、言いなりになってしまう(無論、心操にその気がなければ発動しない)。いくらでも悪用の途が思いつく個性は、他人をして"敵向き"と評されてきた。それゆえ心操も心操で友人は多くはないし、他者に積極的に絡んでいくこともしない。ただ、出久だけは例外にしてくれているようだった。こちらにまったく警戒心がないと、信頼してくれているからだろうか。そうだったら嬉しいな、と、出久は思った。

 

「バイトまで時間あるだろ、どっかで時間つぶさないか?」

「え、あー……」本当は少し寝ておきたいのだが、それで断るのもなんだか気が引ける。

「……なんか疲れてるみたいだな。無理しなくていいよ」

「いや、その……あっ」

 

 そういえば、と、出久はあることに思い至った。

 

「ねえ心操くん。確かきみ、ガンヘッドのマーシャルアーツ・クラブに通ってるんだよね?」

「ああ……まあな」

 

 心操はかつてヒーローを目指し、雄英高校に在籍していた。といっても、幼なじみたちのいたヒーロー科ではなく、滑り止めの普通科だったそうだが。ヒーロー科への編入を頑なに目指しながらも、結局限界を悟り、己の個性を活かしやすいだろう警察官に志望を変更したらしい。身体を鍛えているのもその一環なのだろう。

 ヒーローを夢見ながら挫折した――そんな境遇までも、出久と共通している。もっとも、次善の目標をはっきり見定めて努力している心操は、未だ将来展望を描けない自分などよりよほど立派だと、出久は思っているのだが。

 

「それがどうかしたのか?」

「実は、僕も参加してみたいな、って思ってて。よかったら、どんな感じなのか教えてもらえないかなー、って……」

「いいけど……なんか唐突だな。あぁ、おまえも警察官目指すことにしたとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……。ほ、ほら、最近色々物騒だし。自分の身くらいは自分で守りたいんだ」

 

 クウガのことは、いくら友人といえど打ち明けられない。それゆえの当たり障りのない嘘だが、出久は内心緊張していた。精神系の個性を扱うだけあって、心操は他人の心理に敏い。隠しごとをしていると、見抜かれてしまうかもしれない――

 

 しかし、そんな心配をよそに、

 

「……ふぅん。まあ、ヘンな怪物の噂まであるもんな」皮肉にも、深くかかわった事件が嘘を補強してくれたらしい。「わかった、教えてやるよ。話だけじゃあれだし、実践もしてみるか?」

「えっ、いいの!?」

「軽くだけどな。素人相手は俺も怖いし」

「うん。ありがとう、心操くん!」

 

 出久が心から感謝を述べると、心操ははにかんだように、笑った。

 

 

 

 

 

 街中を、ひとりの青年が闊歩していた。

 マフラーに前を大きく寛げたライダースーツ、パンツ、枯木色で統一された奇抜な服装に、パーマのかかったような無造作な頭髪。目つきは鋭く、何ものも寄せつけない一匹狼的な雰囲気を醸し出している。あてどもなくさまよっている様子の彼は、不意に立ち止まり、屈み込んだ。――地面に落ちていた十円玉を、拾い上げる。

 

「……?」

 

 道を歩きながら、目の当たりにしてきた光景を思い出す。この薄っぺらい金属の塊は、頻繁に人と人との間で受け渡しが行われていた。

 そういうものなのかと思った青年は、すれ違う人々に対して拾ったそれを突然差し出した。いきなりのことに通行人はぎょっとし、慌てて逃げていく。これをもらうと喜ぶのではないのか?青年は首を傾げる。

 

 そんな不思議ちゃん的な行動も、彼のもとに赤い薔薇の花片が舞い降りてくるまでだった。それを手にした途端、彼の瞳が冷たく細められる。

 

「ダボギリザバ……」

 

 かの怪物たちと同じ言語を口にして、青年は今度こそ明確な目的地をもって去るのだった。

 

 

 

 

 爆心地こと爆豪勝己は、単身パトロールを行っていた。人気の少ない、化外の者が身を隠しやすい場所を脳内にピックアップしつつ、鋭く視線を滑らせる。

 いつだって彼は活動中に気を抜くことはない。だが、今日のそれは特に異質だった。「爆心地だ!」と騒ぎたてそうな人々も、その鬼気迫る様子に気圧されてか遠巻きに見ている程度。そのほうが都合はいい。未確認生命体を、一刻も早く、捜し出さねばならないのだから。

 

 と、事務所特製ジャンパーのポケットにしまった端末がブルルと振動を開始した。発信者の名前を確認して、またか、と溜息をつく。

 それでも無視するという選択肢はなかった。というか、こちらが出ない限り相手は絶対にあきらめないだろう。延々バイブレーションをお供にしなければならないのはストレスだった。

 

「……んだよ」通話をタップして、不機嫌な声で応じる。

 

 それに対し、

 

『あ、あぁ、わりぃバクゴー。……どうだ、そっち?』

「まだなんもねえわ。ぜってぇ今日中に見つけるけどな」

 

 特に第3号は、昼間のうちに発見して始末したい――勝己はそう考えていた。

 

「用はそんだけか?切るぞ」

『あっ、ちょ、ちょい待ち!……2号と4号のことなんだけど、おまえ、どう思ってんだ?』

「……どうって、何がだ」

『いや……あいつらだけ、他のとはなんか異質だろ?人殺しは一切しねえで、自分の仲間ばっか襲って。しかも、結果的にそれで救けられたヤツも多いわけだし……俺らも含めて』

「………」

 

 一度目は、警官隊。二度目は、勝己と切島――切島自身は気絶していたせいで覚えていないようだが――。三度目は、勝己。2、4号の正体を知らずとも、誰かしらを危機から救う形になっていることは少し考えればわかることだ。実際切島は、それを偶然の産物として処理するつもりはないようであった。

 

 が、

 

「仮にそうだとして、証明できんのか?」

 

 スピーカーの向こうで、切島が声を詰まらせるのがわかった。

 

「証明できなきゃ覆しようもねえ、アレが奴らと同じ害獣だって評価はな。だから、んなことどうだっていい」

『……そうだな、わかった』

 

 いやに切島が素直に引いたので、勝己はそのまま通話を打ち切った。小さく溜息をつく。

 

 そう。クウガが害獣でないことを証明するには、緑谷出久の正体を――少なくとも警察上層部に対して――明らかにしなければならない。だが、それには様々なリスクが伴うことは言うまでもない。少なくとも、出久がふつうの大学生として生活することは難しくなるだろう。だから、それは最初から頭にない。デクは、デクのままでいい――

 

(奴らは絶対、俺の手で潰す……!)

 

 そう意気込んで再び歩き出した矢先、勝己はすれ違った女性に肩をぶつけてしまった。香水でもつけているのだろうか、薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

 

「……失礼」 

 

 そう言って、勝己は軽く会釈した。学生時代ならいざ知らず、なんの縁もゆかりもない相手に「どこ見てんだコラァ!?」とはならない。なんだかんだ、彼にもヒーローとして最低限の良識というものはあった。

 しかし女性は、不快そうに顔をしかめ、

 

「……ギジャバビゴギザ」

「――!」

 

 つぶやかれたことばは、日本語ではなく。しかし、この三日間で既に聞き慣れていた。

 

「おいあんた、いま何つった?」

「………」

「もっかい言ってみろや、なあ?」

 

 尋問となると、途端に素のガラの悪さが露わになる。ふつうの女性ならその威圧感に号泣してしまいかねないところだが、額に白いバラのタトゥのある女は、眉ひとつ動かさない。業を煮やした勝己がその肩に手を伸ばそうとした瞬間、

 

 細腕からは信じられないほどのパワーで勝己を突き飛ばし、女はその場から逃走を開始した。

 

「ッ、待てやゴルアァァァァッ!!」

 

 当然のごとく爆ギレした勝己は、爆破を起こし、文字通りの爆速ターボで女を追跡する。しかし、女の周囲では薔薇の花片が絶えず舞い上がり、それが女の姿を何重にも撹乱する。どうやら幻惑作用があるらしいと勝己は踏んだ。問題は、それが個性なのか、あるいは――

 

 

 ただ、潜伏する未確認生命体を捕捉する重大な手がかりを見つけたかもしれない。そんな確信だけが、胸の中に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 同時刻。勝己がバラのタトゥの女と遭遇した地点から1キロも離れていない場所に、ひとりの少女が立っていた。年齢は十代後半くらいだろうか。漆黒の衣に、漆黒のショートパンツ。指輪や首飾り、イヤリングまでことごとく真っ黒で統一している。ショートパンツから覗く白い太腿のコントラストがまぶしい。なにを考えているのか読めないよどんだ瞳で、行きかう人々を観察している。

 

「おーい、ネーちゃん」

「……?」

 

 と、ふたり組の男が、彼女に声をかけた。いかにも粋がった佇まいに、軽薄なふるまい。だが本物の荒事までは経験していないだろうことが雰囲気でわかる。――要は、いわゆる"チンピラ"という人種である。

 

「すごいカッコしてんね、春先っつっても寒くないの?」

「そんなキレーな生脚晒しちゃってさあ、誘ってると思われちゃうよ?」

 

 表向き気遣うような、しかし確実になにかを期待したことばとともに、男たちは少女に近寄っていく。それでも少女は不思議そうな表情を浮かべ、その場にとどまっている。男たちの期待が、ますます膨らむ。

 

「……おっ、」男の片割れが、少女の太腿を見て何かに気づいた。「ネーちゃん、タトゥなんか入れてんの?」

 

 少女の左の太腿には、ネコ科の動物を模ったであろう黒いタトゥが刻まれていた。虎やライオンにしてはデフォルメが効き過ぎている、豹かジャガーではないだろうかと、男たちは思った。

 が、そんなことはどうでもいい。男たちにとって重要なのは、少女がタトゥを身体に刻んでいること。自分たちの同類であると分類できるからだ。

 

 男の片割れが少女の前にしゃがみ込み、

 

「へえぇ、か~わいいねぇ」

 

 太腿のタトゥを、ぺちぺちと指で叩く。じゃれるようなしぐさ。――しかしその瞬間、茫洋としていた少女の瞳に殺意が宿り、

 

 

 男の意識は、永遠に途絶えた。己の死因が少女の膝蹴りに顎どころか頭蓋骨まで砕かれ、中の脳味噌まで潰されるという凄惨なものだなどと、知ることはないだろう。

 

「へ……?」

 

 空高く打ち上げられ、そして地面に叩きつけられたツレ()()()肉塊を呆然と眺めながら、男の片割れが間抜けな声を発する。あまりに突然の惨事を処理できていないのだろう。

 だが、それはまぎれもない現実だった。肉塊の頭部は、血と脳漿に濡れ、それだけならまだしも、眼球が飛び出たおぞましい状態でこちらに傾いている。それと目があった瞬間、男の身体はようやく恐怖を認識した。

 

「ヒッ、ヒィイイイイッ!!?」

 

 悲鳴をあげ、男はその場から逃げ出そうとする。化け物、死ぬ、化け物に殺される――そんな現実から逃げ出すために、全速力で走る、

 

 しかし、ほどなくして、その足は止まった。男は背中から胸にかけてずしりと何かがのしかかるような衝撃を感じ、反射的に立ち止まってしまったのだ。

 何が、起きたのか。おもむろに視線を落とした男は、自身の胸から、何か黒いものが生えていることに気づいた。最初はなんだかわからなかったが、よくよく見れば、それは手のように見える。黒く太い五本の指、その先端の爪は、鋭く尖り――

 

――赤黒く、染まっていた。

 

「は、ぁ……?」

「………」

 

 再び呆ける男。しかしその状態は長く続かない。ぐり、と手首が捻られたかと思うと、手が勢いよく男の胸から抜かれていく。既に心臓を破壊したそれは、そのまま背中から抜けていった。

 

「がぶっ、ごへぇあァッ!?」

 

 鼻や口から鮮血を決壊させながら、白目を剥いた男は棒のようにその場に倒れ伏した。しばらくピクピクと痙攣を続ける身体に、漆黒の肌をもつ豹の怪人が語りかける。

 

「ジョソボデ。ガギションギゲギザ、パセサン、ゲゲルン」

 

 謎の、言語。――少女が変身した豹の異形。彼女もまたグロンギのひとり、ヒョウ種怪人"ズ・メビオ・ダ"だった。

 

 メビオは手首に巻いた銀色の腕輪、そこに通した珠玉をふたつ移動させると、つまらなそうに溜息をついた。

 

「ザグ……ガド、バギンググシギドパパンビン……。ボセゼパ、ググビゴパデデギラグ」

 

 どうやら、容易くふたりの人間を殺害できてしまったことが不満らしい。もっと殺し甲斐のある人間は、いないものか――

 

 そして彼女は、道路を走る四輪の鉄の塊に目をつけた。窓ガラス越しに、人が乗っているのが見える。少なくとも、ふつうの人間を遥かに上回る速度で、走行している――

 

「ガセビグスバ」

 

 メビオがわずかに態勢を低くし――

 

 次の瞬間、その場に残像のみを残し、彼女は姿を消した。

 

 

「♪~」

 

 大音量で音楽をかけ、リズムに合わせて身体を揺らす運転手の男。前の車との車間距離が開いていることもあって、彼の車は制限速度をややオーバーしているのだが……そのことへの罪悪感はあまりないようであった。

 そんな彼の横を、不意に、黒い影が追い抜いていった。怪訝に思って顔を傾けた男だが、そこにはなんの姿もない。目の錯覚か何かだったらしい、そうだろう、時速60キロの速さを追い抜いていくことなど早々あるわけもないのだ。

 

 気を取り直して、顔を戻した男は、前方を走っていたはずの車が停止しているのを見て慌ててブレーキを踏んだ。しかし間に合わず、速度を殺しきれぬうちに追突してしまう。衝撃が車体を襲い、ハンドルに顔を叩きつけられる。

 

「ぐぇっ、て、えぇ……」

 

 痛い。が、それで済んだだけ幸いかもしれない。一体何ごとかと額を押さえながら顔を上げる。窓ガラス越しに、前方の車の内部が伺われる。なぜか、フロントガラスが砕けているようだった。しかも、赤黒い飛沫があちこちに飛んでいる。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 車を出て様子を確認すべきか。そう考えた男が、シートベルトを外すために身を屈めた瞬間――不意に、凹んだボンネットにずしんと衝撃が走った。慌てて顔を上げた男が見たのは……豹に似た、異形の怪人だった。

 あっと声をあげる間もなく、怪人――メビオは爪を一閃、粉々にガラスを破壊した。反射的に顔を庇う男。自ら視界を塞いだ男は、残された聴覚で彼女のことばを聞いた。

 

「ゴラゲグ、ズゴゴビンレザ」

 

 そのことばの意味を理解するより早く、彼は永遠に思考の手段を失った。

 

 

 

 手に付着した血液をべろりと舐めあげながら、メビオは満足げにつぶやく。

 

「ボセバサ、グボギパダボギレゴグザ」

 

 まだまだ、車はそこかしこを走っている。メビオは事切れた男のことなど次の瞬間には忘れ、ターゲットめがけて再び走り出す。

 

 

――虐殺が、はじまろうとしていた。

 

 




メビオ人間体を「少女」と表記しましたが、外見年齢的には出久よりちょっと下くらいなイメージです(18、9くらい?)。原作メビオは演者さんが女子レスラーだったこともあってゴツかったのに対し、漫画版はロリだったり五代との交流があったりで人気が高いみたいですね。前者のほうが好きな自分は少数派かな?演者の白鳥女史はひと言もしゃべってないのでアレですけど……
ザイン、バヅー、バラ姐さんはほぼそのまんまですが、今後原典とは違うイメージにするグロンギがいるかもしれません。


それはさておき、出久の大学での友人として、心操くんが登場しました。元々モブ友人として書いていて、あとから差し替えるなど完全に思いつきです。天啓を得たと言ってもいいです。
好きなキャラなので活躍させたいですが、クウガ原作にないポジションなのでどう絡められるかまだ不透明という。なんかいいアイデアあったら教えてほちぃ!


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EPISODE 3. エンカウンター 3/3

 

 バラのタトゥの女の追跡を続ける爆豪勝己は、やがて人気のない廃墟にたどりついていた。既に空は薄暗く、不気味なよどんだ空気が辺り一面を覆っている。だが、敵のアジトへの突入経験などもある勝己は、ものともせずに内部へ足を踏み入れた。

 

 と、次の瞬間、

 

「ヌゥウウウンッ!!」

 男の唸り声。次いで、鈍い打突音。

「グェアッ!?」

 それを受けただろう、男の悲鳴も。

 

「……!」

 

 リンチか何かが行われているのだろうか。先ほどのバラのタトゥの女と関係があるかはわからないが、とにかく放ってはおけない。

 

 音の方向へ足音をたてぬよう進み、壁越しに状況をうかがう。窓のない暗がりの中に、ふたつの人影か見えた。一方はほとんど半裸の屈強な男、もう一方は黒衣に身を包んだ不健康そうな痩身の男で、前者が後者を殴り、踏みつけ、痛めつけている。ほとんど抵抗もできないようだった。

 

「……チッ」

 

 勝己は小さく舌打ちを漏らした。双方見るからに怪しい風体だが、未確認生命体とは断定できない。仮にそうではなかった――少なくともやられている側が人間だった――場合、ヒーローとして放置するわけにはいかないのだ。

 

(しょうがねえ、また閃光弾で……)

 

 ひとまず相手の目をつぶし、反応を見る。そう決断して構えた勝己は、次の瞬間、背後に殺気が走る。

 

「――!」

 

 振り返ろうとするも、遅い。目の前に脚が迫ったかと思うと、彼は勢いよく蹴り飛ばされていた。

 

「がッ、ぁっ!?」

 

 全身に激痛が走り、なすすべなく地面を転がる。常人なら意識を飛ばしてもおかしくないところ、彼の強靭な心身がかろうじてそれを防いだ。

 

「ッ、テ、メェ……!」

「ボギヅ、ダズザバ」

 

 枯木色のライダースーツの男が、先ほどまで自分がいた位置に立っている。こいつに蹴られたのだと認識するのに、時間はいらなかった。

 と、当然勝己に気づいた屈強な男が、痩せ男の首根っこを掴まえたまま、声をあげる。

 

「バヅー、バンザゴギヅパ?」

「ゴセグギスバ」

 

 当たり前のようにかわされる、日本語に発音の似た、しかし意味のわからない謎の言語による会話。先ほどのバラのタトゥの女――さらには、これまで遭遇した二体の未確認生命体が操っていたものと、よく似ている。

 

(いや、同じだ。やっぱり、こいつらは……)

 

 勝己が確信に至ったそのとき、顔の腫れあがった痩身の男が、目を剥いて叫んだ。

 

「ゴラゲッ、ジョブロゴセ、ンラゲビボボボボド!!」

「!」

 

 同様の未知の言語で叫んだ男は、一瞬にしてその姿を変える。背中から皮膜の張った翼が生え、その衣服もろとも身体が茶色く変色していく。口は大きく裂け、歯はすべてナイフのように鋭く尖る。――コウモリ種怪人、ズ・ゴオマ・グ。

 

「!?、3号……!」

「ボンゾボゴボソグゥゥゥ!!」

 

 絶叫とともに、ゴオマが勝己に襲いかかる。襲いかかる爪、牙。それに対し、膝を折ったままの勝己がとったのは、

 

 

「――閃光弾」

 

 慌てず騒がず、というべきか。廃墟を、光に呑み込ませたのである。

 人間の姿のままの男ふたりは、視界をつぶされるだけで済んだ。だが、もはや言うまでもなかろう、ゴオマは蝙蝠の特性をもっており、ゆえに光に弱い。

 

「ギャアアアアアッ!!?」

 

 ゴオマは跳ね飛ばされ、水揚げされた魚のように地面をのたうちまわる。なんと学習しないヤツなのだろう、呆れた勝己は、ふんと鼻を鳴らした。

 だが、敵は一体ではない。残る男たちは、ほとんどダメージを受けている様子はない。一時的に封じられた視界も、既に回復しつつあるようだった。

 

「ビガラ……バンバンザ、ゴンヂバサパ?」

「ゾンドグビ、リントバ?」

「……チッ。日本語喋れや」

 

 手から軽く爆破を起こし、威嚇する。

 

「かかってくるか、尻尾巻いて逃げ出すか……選べや、化け物どもが!!」

 

 ことばの具体的な意味は理解できずとも、ニュアンスは伝わったらしい。男たちの目に殺気が宿る。じりじりと、距離を詰めてくる。

 またしても、2対1。ゴオマが復帰してくれば3対1になりかねないから、教会のときより状況は悪い。だが、みすみす殺されてやるつもりはない。若手トップヒーローの意地を、化け物どもに見せつける――少なくとも、気概だけなら毛先ほども負けてはいない。

 

 少しばかりたじろぎながら、それでもゴオマ同様に怪人としての姿を晒そうとしていた男たち。しかし、次の瞬間、

 

 

「ジャレソ」

 

 冷たく静謐な、それでいてよく通る女の声が、廃墟に響き渡った。

 

「……!」男たちが動きを止め、背後を振り返る。勝己もつられてそちらに視線を向ける。

 

 そして、声の主が現れる。黒々とした長髪を靡かせる、漆黒のドレスと赤い薔薇の装束を纏った美女。額には、白いバラのタトゥがあしらわれている。勝己は、思わず息を呑んだ。

 

 女は冷たい瞳で一同を見回し、

 

「グゼビザジラデデギス、グ、メビオンゲゲル」

 

 つぶやくようにそう言うと、女は立ち上がろうとしているゴオマの頭をハイヒールで思いきり踏み潰した。

 

「ギャッ!?」悲鳴とともに、ゴオマが地面とサンドイッチにされる。

 

「ザバサ、ガギデビグスバ。ボギヅンジョグビ、バシダブ、ガスラギ」

「………」

 

 女は脅しつけるようなことばを吐いたのだろう、男たちが渋々勝己から離れ、女のもとに集っていく。

 

「ギブゾ」

「ッ、待てやテメェ!!」

 

 去ろうとする彼女らを、勝己が黙って見送るわけもない。リーダー格のように見える女に対して爆破を仕掛けようとするも、女はちらりと彼を一瞥し、

 

 

 その手から、大量の薔薇の花片を浴びせかけた。

 

「ッ!?」

 

 避ける間もなく、勝己の全身が花片に包まれる。爆風ですべて吹き飛ばそうとするも、呼吸をした途端にむせ返るような香りが嗅覚を、次いで全身を痺れさせた。

 

「が、あ……ッ」

 

 やられた。そう思ったときには、勝己の身体はもう地面に崩れていた。這いつくばる彼に、頭上から冷たいことばがかかる。

 

「……愚か、リント」

「………!」

 

 そう言い残して、女はゴオマ、そして仲間なのであろう男ふたりを率いて去っていく。遠ざかっていく足音を聞きながら、勝己は屈辱とともに不可解な思いに駆られていた。――女は、ひと言ではあるが、日本語を発したのだ。

 あの女は、未確認生命体の中でどのような立場にあるのか。なぜ、自分の命を奪わなかったのか。様々な疑念が去来するなか、やがて痺れが脳まで達し、勝己はそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

――アラームに似た耳障りな音が、どこからか響く。そのために不快な思いに囚われながらも、勝己は目を覚ました。

 つい先ほどまで起こっていたことを、一瞬のうちに思い出す。そのわりに憤激もせずに音の出処である携帯に素直に手を伸ばしたのは、まだそうした感情を司る部位に痺れが残っていたからか。

 

 いずれにせよ、電話をとった勝己。発信者は確認しなかったが、結局予想通りの相手だった。

 

『バクゴー、今、平気か!?』

「……また、テメェか」

 

 よほど切羽詰まっているのか、勝己の声に覇気がないことに対するリアクションはない。あるいは、気づいていないのかもしれない。

 それも無理はないと、即座に思い知らされた。

 

『第5号が現れたんだ!』

「――!」

 

 第5号――新たな未確認生命体。それだけでも勝己の脳は急激にフル稼働へと向かう。しかも、彼にとってはさらに最悪の情報が、相棒によってもたらされる。

 

『もうすげえ被害が出てる、すぐ来てくれ!場所は文京区の……茗荷谷駅のすぐ近くだ!』

「なッ……」

 

 茗荷谷駅……確か、城南大学のキャンパスの最寄り駅だったと記憶している。未確認生命体のナンバリングに入れられた幼なじみの顔を思い出して、勝己は絶句した。今日は平日、大学生である以上、平日だからといって登校しているかはわからないが、あるいは――

 

(もし、アイツが出くわしたら……!)

 

 恐れていた事態が、現実のものとなるかもしれない。まだ重い身体を引きずり、勝己は走り出した。

 

 

 

 

 

「やばっ、すっかり遅くなっちゃった……!」

 

 緑谷出久が城南大学を出たとき、腕時計の短針は既に6を指そうとしていた。軽く心操から教わるつもりが、ふたりして想像以上に熱中してしまい、気づけばこんな時間になってしまっていた。自分もそうだが、心操も案外熱くなりやすい。友人の新たな一面を知った出久だった。

 

(ためになった……。やっぱりすごいな、心操くんは)

 

 とはいえ、である。喫茶店のアルバイトにはもう間違いなく遅刻だ。マスターは厳しい人ではないが、完全に自己都合だから申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 せめて、できるだけ急いで、誠意をもって謝罪しなければ。そんな思考のままに茗荷谷駅までたどり着いたそのとき、不意に、背中がぞわりと粟立った。

 

「……!?」

 

 自分個人に向けられているわけではない、しかし尋常なものでない殺意が、確実に近くに在る。腹の中でアークルが蠢き、出久にそれを伝えているようだった。

 こんな感覚は、未だかつてない。だから、気のせいかもしれない。

 

 それでも出久は、アークルの叫びを無視することはできなかった。「マスター、ごめんなさい」と頭の中で土下座しつつ、踵を返し、予感の指し示す方向へと全速力で走った。筑波大学東京キャンパスに面した通りを駆け抜け、東京都道436号小石川西巣鴨線に出る。

 

 

 そこで見たのは、あまりに想像を絶する光景だった。

 

 破壊され、横転した車。辺り一面に飛び散る血飛沫。その主であろう男が、運転席から這いずり出したような姿勢で倒れていた。出久が、咄嗟に駆け寄る。

 

「――大丈夫ですか!?」

 

 声をかけ、身体を揺さぶるが、反応はない。それどころか、触れた掌に、冷たく濡れた感触。

 

「……!?」

 

 目を凝らしてみれば――掌が、べっとりと赤黒く染まっていた。血。宵闇のために気づけなかったが、男の身体からは、絶えずそんなものが流れ出していたのだ。

 辺りに目を向ければ、横転した車のドライバーたちはみな同じ状況にあるようだった。半ば潰れかけた運転席で、ぴくりとも動きはしない。

 

「ッ、くそ……!」

 

 出久は男だった肉塊を静かに横たえ直すと、再び立ち上がり、走り出した。恐れがないわけではなかった。しかし、クウガとして戦う決意を固めた身――義憤のほうが、圧倒的に勝っている。

 男の身体はまだ温かかった。この惨劇をもたらした張本人は、そう遠くには行っていないはず。見つけ出して、これ以上の殺戮を阻んでみせる。

 

 もしも張本人ことズ・メビオ・ダの能力を熟知していれば、そんな推測はできず、あきらめるほかなかったかもしれない。しかし、今回に限っては、結果的に的中していた。メビオはまだ、この近辺で殺人を続けていたのだから。

 

 ひた走る出久の前に、突然フラフラと人影が飛び出してきた。ぎょっとして一瞬身構える出久だったが……それは、恐怖のあまり顔を歪ませた若い男性だった。あちこちに傷を負い、血を流している。

 

「た、たすけ、て……」

「大丈夫ですか!?一体、何が……」

 

 その瞬間、出久は気づいた。男の背後から、何か、黒いかたまりが迫ってくる。そこに血に似た赤い輝きを認めた瞬間、出久は何かに突き動かされるように跳んでいた。

 

「危ないッ!!」

「!?」

 

 男を咄嗟にその場に押し倒し、自分もまた地面に伏せる。一秒も経たないうちに疾風が旋毛のあたりを薙ぎ、そして、ここに来るきっかけとなった殺意が、再び顕現した。――通算五体目の未確認生命体、ズ・メビオ・ダと、出久は遭遇したのだ。

 

「ッ、この――!」

 

 躊躇うことなく、出久はメビオに突進を仕掛けた。それが虚を突いた形となったのだろう、メビオは避けず、出久に動きを阻まれる結果となった。

 

「逃げてッ、早く!!」

「あ、で、でも……」

「いいから!!」

 

 念を押すように叫ぶと、良心の呵責から解放された男は、脱兎のごとくその場から逃げ去っていく。

 出久がほっと胸を撫でおろしたところで、遂にメビオが出久を振り払った。地面に背中から叩きつけられ、一瞬、呼吸ができなくなる。

 

「く、ぁ……ッ」

「………」

 

 怒りを押し殺したような唸り声を喉から発しながら、ゆっくりと迫るメビオ。完全に出久に標的を移し、嬲り殺しにしてやろうという魂胆か。本来なら自身の命の灯火が消えゆく真っ最中であることを自覚せねばならないところ。しかし出久に限っては、その必要はなかった。なぜなら、

 

「――――!」

 

 仰向けになった姿勢のまま、出久は、腹に両手をかざした。眩い光が放たれ、メビオは思わずその歩みを止める。

 その隙を突いて、彼は立ち上がっていた。ついいままで衣服以外何もなかった腹部に、銀色のベルトが巻かれている。その中心には、メビオの瞳にも勝る、赤い輝き。

 

 構えをとった右腕を突き出し、出久は、叫んだ。

 

 

「――変身ッ!!」

 

 その瞬間から、出久の肉体は変化を開始する。何かを察したメビオが襲いかかってくるが、すんでのところで回避し、カウンターパンチを叩き込む。拳の先から黒く染まり、手の甲や手首に赤い装甲が出現する。

 

「で、やぁッ!」

「グッ!」

 

 そして、蹴り。メビオが怯む中で、下半身もまた漆黒の皮膚に変わる。四肢を包む変化が胴体、そして頭部にまで達し――

 

 

 出久は真っ赤な装甲・複眼と漆黒の皮膚、黄金の二本角をもつ異形の戦士――クウガ・マイティフォームへと変身を遂げた。

 

「!、クウガ……」

 

 忌々しげにその名を呟き、唸るメビオ。対峙するクウガは、拳を握ってファイティングポーズをとる。

 

 距離をとったまま、クウガに変身した出久は慎重にメビオの動きを見定める。心操にマーシャルアーツの手ほどきを受けたとはいえ、まだ自分は素人。下手に突っ込むより相手の出方を窺ったほうがいい。心操からも、そうアドバイスを受けたばかりだ。

 気短な性分のメビオは、宿敵がなかなか仕掛けてこないことに業を煮やしてか、即座に飛びかかってきた。姿勢を低くしてからの、筋骨隆々とした脚による跳躍。豹に似た外見に違わぬすばやい動作は、クウガに強力なプレッシャーを与えることに成功していた。

 

「ブサゲッ!!」

 

 放たれる跳び蹴り。そのスピードに視認からの回避は困難だと悟ったクウガは、敵の狙いであろう胴体を咄嗟に腕で庇う。

 

――ドガァッ!!

 

「ぐ……ッ」

 

 衝撃に、クウガの身体が数十センチ後退させられる。蹴りを受け止めた両腕がビリビリと痺れ、彼は思わず呻いた。

 

(こんなの、まともに喰らったら……)

 

 おののいていると、気をよくしたメビオはさらなる攻撃を仕掛けてくる。かろうじてそれは躱しつつ、すれ違いざまに脇腹に肘打ちを叩き込む。一瞬よろけるメビオ。その隙を突こうとするクウガの追撃から逃げ、彼女は大きく距離をとった。

 

 再び、睨みあい。このまま膠着状態が続くかと思われたそのとき、彼方から危機感を煽るサイレンの音と、眩しい光が複数、こちらに向かってきた。

 わずかに視線をそちらに移したクウガは、その主がパトカーであることを知った。一台ではない、当然数えるゆとりはないが、十台前後いるのではないかと思われた。

 

 数メートル先に停車したパトカーの群れから、次々に警察官が飛び出してくる。制服警官と、スーツを着た刑事たちが半々。彼らは一斉に拳銃を抜き、

 

「………!」

 

 メビオと、クウガ。その両方に、銃口を向けた。

 

 二十代後半くらいの若い女性刑事が、無線をとる。

 

「こちら鷹野。第5号を茗荷谷駅付近で発見、第4号と交戦中の模様。発砲の許可を」

『二匹か……いいだろう、発砲を許可する。ヒーローが到着するまで、なんとしても足止めせよ』

「了解しました」

 

 発砲が許可されたということは、すなわち射殺もやむをえないと考えられているということ。第5号――メビオは当然としても、第4号――クウガまで。殺人を犯していなかろうが、結果的に何人もの人間の命を救っていようが、そんなことは関係ない。同じ未確認生命体としてナンバリングされている以上、彼もまた排除対象でしかない。勝己の危惧が、完全に的中してしまった――

 

「……ッ」

 

 そんなことは、知るよしもなく。

 

 クウガ――緑谷出久はただ、自らへ向けられる敵意と銃口に、戸惑うことしかできないのだった。

 

 

 

つづく

 

 





飯田弟「はいッ、次回予告を担当させていただくことになったッ、ターボヒーロー・インゲニウム(2代目)こと飯田天哉と申しますッ!あ、(2代目)は正式名称ではなく、兄から受け継いだ名前であるからして……」
飯田兄「天哉、その調子だと自己紹介で終わっちゃうぞ」
飯田弟「はっ、兄さん!?……失礼しました、えー、警官隊に銃口を向けられ戸惑う緑谷くん。彼は第5号ともども射殺されてしまうのか!?」
飯田兄「ヒーローも来るとなると大ピンチだな。爆心地が間に合うといいけど」
飯田弟「そうだね兄さん!しかし第5号はとにかく俊足だ、ここはやはりターボヒーローの二つ名を兄さんより受け継いだ俺の出番ということだな!」
飯田兄「うーんそれはどうかなー。信頼できる消息筋からの情報によると、第5号の最高速度は時速270キロにまで達するらしいぞ。レシプロバーストでも追いつくのは難しいんじゃないか?」
飯田弟「うぐっ……だ、だとしても、ヒーローとして目の前の脅威に尻込みはできない!ぼ、俺は俺の全力を尽くすまでだ!」
飯田兄「おう、流石は俺の弟だ!熱いなコレ、燃えてキター!!」
飯田弟「それは天晴(たかはる)兄さん※のほうの口癖だぞ天晴(てんせい)兄さん!」
飯田兄「単細胞がトップギアだぜ!!」
飯田弟「兄さーーーーーん!!!」

EPISODE 4. TRY&CHASE!

飯田兄「さらに!」
飯田弟「向こうへ!」

飯田弟「プルスウ飯田兄「トライチェイサー!!」

飯田弟「……トライチェイサーとは一体?」
飯田兄「まだナイショだ」


※手裏剣戦隊ニンニンジャーのアカニンジャー・伊賀崎天晴(たかはる)。めっちゃダンスのうまい女子高生の妹・風花がいる。バカ。


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EPISODE 4. TRY&CHASE! 1/4

警視総監……
一体誰岡弘、なんだ……?


 両手の指では数えきれないほどの赤いランプの群れが、道路のある一ヶ所を円形状に取り囲んでいる。

 その中心に、シルエットだけは人型の、しかし明らかに人間とは違う異形の姿があった。二体。どちらも未確認生命体と呼ばれ、それぞれ4号・5号とナンバリングされている。しかし前者がまぎれもなく人間であることを、銃口を向ける警官たちは知ることはなかった。

 

(なん、で?)

 

 緑谷出久は困惑していた。銃口は目の前の怪物ばかりでなく、自分にまで向けられている。そこでふと、勝己のことばを思い出した。

 

――テメェが未確認生命体第2号か、

 

(未確認生命体……!じゃあ、僕も……)

 

 答えにたどり着くのは容易かった。しかし動揺も、この切迫した状況も消えてなくなるわけではない。

 

 一方でメビオは、向けられた銃口ではなく、その主たちである警官に興味を示したらしかった。標的として。

 

「ジャデデジャス……――ボソグ!!」

「――!」

 

 まったく怯むことなく警官隊に襲いかかろうとするメビオ。我に返ったクウガは、咄嗟に彼女の背後から飛びかかり、その大柄な身体を羽交い締めにした。

 

「クウガ……!ジャラゾ、グスバ!!」

「く……っ、に、逃げ――」

 

 警官の武装では、この人外の怪には太刀打ちできない。ヒーローたちですらそうだったのだから。それを知っているクウガが大声で訴えかけようとするが、メビオの殺気に恐れをなした警官隊が一歩先んじた。

 

「撃てッ!!」

 

 号令とともに、一斉に引き金が引かれ、無数の銃弾がクウガとメビオ両方に喰らいつく。肩や腕、終いには眉間すら直撃を受け、命の危機を感じたクウガだったが、堅牢な皮膚と鎧の前にはわずかな痒みがはしる程度であった。精神的なショックを受けたことに変わりはないが。

 一方で、メビオも胴体などに受けた銃弾に対しては平然としていた。硬質の漆黒の皮膚はいとも容易く銃弾を弾き返す。しかし、銃弾の一発が左目に着弾した瞬間、彼女の余裕は消え失せた。

 

「グアァァァァァァッ!!?」

 

 複眼がガラスに似た透明な装甲で保護されているクウガと異なり、メビオの赤い瞳はさほど人間と変わらぬつくりをしていた。それゆえ、銃弾の直撃には耐えられなかったらしい。絶叫とともに鮮血が飛び散る。信じられない力でクウガを払いのけると、メビオはその場に片膝をついた。

 

「!、第5号、負傷した模様!」

「効いてる……。――射撃を継続!私たち警察の力を見せつけるんだ!」

 

 警察は意気が上がっている様子。それは当然クウガにも差し向けられる。銃弾に傷つくような弱点はないから大丈夫、と胸を張れるほど変身者の出久はクウガの肉体への信頼をまだもてておらず、自分も同じ目に遭わされるのではないかという恐怖が襲ってきた。

 

(このままじゃ……でも、逃げるわけには……)

 

 逆上したメビオが警官隊に牙を剥くかもしれない状態で、逃げることなどできない。それはヒーローのすることではない。なんとか、この場からメビオを引き離さなければ。

 しかし、彼の想像以上にメビオの受けたダメージは甚大だったようだ。左目を押さえたままよろよろと立ち上がった彼女は、悔しげな唸り声をあげながらその場から跳躍。警官隊の一翼を跳び越えて逃走を開始した。重傷を負っているにもかかわらず、メビオの足の速さは尋常なものではない。そのスピードに、警官たちは圧倒されている様子だった。

 

「ッ、待て!!」

 

 その隙を突いて、クウガもまた警官隊を突破、メビオを追いすがって走る。背後から「逃がすな、撃て!」という女性の叫び声とともに、銃弾が飛んでくる。背中に鉛玉が弾ける感触を受けながら、彼はこれが逃走であることを否定できないと自覚した。マイティフォームの脚力では、万全でないメビオの半分の速度も出せないのだから。

 

 

 

 

 

――警視庁 警視総監室

 

「♪~」

 

 初老の体格の良い男性が、手動のグラインダーでコーヒー豆を挽いている。軽快なポップスを口ずさみ、どこか踊るような手つきで。その所作とは裏腹に、制服の左胸に標された階級章は、彼がまぎれもなくこの部屋の主であることを示している。

 挽き潰しきった豆をサーバーに投入した警視庁トップは、ゆっくり、もどかしくなるほどに少しずつ熱湯を投入しながら、「おいしくなあれ……おいしくなあれ……ありがとう……ありがとう……」とできあがっていくコーヒーに声をかける。傍から見ると異様な光景であるが、本人は至って真剣な様子。

 

 暫しそんなことを続け、やがてコーヒーが完成しようとした瞬間、警視総監室の扉がノックされる。アポイントメントの時刻きっかり。計算どおりだと笑みを浮かべながら、男は「どうぞ」と扉に向かって声をかけた。

 「失礼します」と応じて、ふたりの男が入室してくる。揃って背広姿だが、容貌に関しては両極端と言ってよい。一方は、三十代そこそこのとりたてて特徴のない、強いて言うなら警官らしいがっちりした体格の男性。もう一方は……体格は似たようなものだが、首から上が犬の男性。犬っぽい顔であるとか、そういう比喩ではない。犬そのものである。その質感はあまりに生々しく、とても被りものとは思えない。

 

 実際、被りものなどではなく、それはれっきとした彼の本物の頭だった。個性は、何も爆豪勝己の爆破や切島鋭児郎の硬化などのように瞬間的に発動されるものばかりではない。生まれつき肉体の一部が人間本来の形から変質し、超パワーを扱えるようになっている場合もある。そういったタイプはそのものズバリ"異形型"と呼ばれる。イカロスのような翼が背中から生えていたり肌がピンクだの緑だのという容貌の人間がそこかしこにいるこの"個性"社会において、頭が犬そっくりであるくらいどうということはないのだ。伸びたマズルが時折食事の邪魔になるくらいで。

 閑話休題。

 

「待っていたよ、おふたりさん。ソファにでも掛けて、コーヒーを飲んでいきたまえ。きみたちが来る時間を見越して淹れていたんだ、ハッハッハッハ」

 

 「またか」と辟易しつつも、宮仕えの身のふたりに断る途はなかった。まあ、実際彼の淹れるコーヒーは舌が踊るくらいに美味い。彼らは言われたとおりにコーヒーを押しいただくことにした。

 

「こだわってますね、相変わらず」

「……少々熱いワン」

「ハッハッハッハ、猫舌ならぬ犬舌というやつかね。まあ、熱さの問題は時間が解決してくれるとして、そろそろ本題に入ろうか――面構警視長、塚内警視」

 

 警視総監のことばに、両名は揃って居住まいを正す。そして、上位者である犬顔の面構がすっぱりと切り出した。

 

「お時間をいただいたのは他でもありません、未確認生命体関連事件合同捜査本部の人選のことでお訊きしたいことがありますワン」

「人選?」総監がやや大袈裟に首を傾げる。「きみたちに一任したはずだが?」

「それは()()()()捜査員の話でしょう」

 

 塚内警視の発言には、相手が鶴のひと声で自分を更迭できるだけの身の上であるという畏怖はなかった。

 

「招聘するヒーローについては、総監、あなたが自らお決めになられたと聞いています」

「そうだよ。時間がない中で一生懸命考えて、良いメンバーを選んだつもりなんだけどね。まとめ役のエンデヴァーに、若手で実力・人柄ともに申し分ない2代目インゲニウム、そのインゲニウム以上の実績と未確認生命体との数度の交戦経験をもつ爆心地、それから――」

「その爆心地ですワン」再び面構が口を開く。「人格や協調性に難があるとはいえ、実力や未確認生命体とのかかわりを総監が重視されたことは理解しております。ただ、"TRCS"まで彼に与えるというのは解せないワン」

「TRCSは技術の粋を集めて造りあげたワンオフ機です。マスコミに騒がれるなんて陳腐なことは言いたくありませんが、ひとりのヒーローに委ねてしまうのは尋常ではない。まして、爆心地では性能を引き出しきれないでしょう。ハイスピードに慣れたインゲニウムならまだしも」再び、塚内。

 

 瞑目して部下たちの意見を聞いていた総監は、目を開けると不意に立ち上がった。そのまま彼らに背を向け、窓辺に寄る。首都のビル群の灯りが、ぽつぽつと宵闇の中に光る。その中には一般市民も(ヴィラン)も、そしていまや未確認生命体も息をひそめている。突飛な行動をとりながらも、彼はその首都の治安維持を使命とする警視庁トップとしての責務を自覚していた。

 

「確かに、爆心地があれの性能を100パーセント引き出すのは難しいだろうね。彼の才能と努力を鑑みれば、時間さえ与えれば別かもしれないが」

「現状、その時間がないことは総監ご自身、一番よくご存じのはずです」

 

 実際、未確認生命体の出現からたった三日で捜査本部の設置を指示したのは、警視総監その人なのだから。流石に本部長就任まではあきらめたようだが。

 

 いずれにせよ、彼の意向はもう固まっていた。

 

「面構くん、塚内くん。僕はね、彼には別のことを期待しているんだ」

「別のこと、とは?」

「そのうちわかるさ、これから爆心地の上司となるきみたちになら。――そうだろう、面構捜査本部長、塚内管理官?」

 

 人好きする笑みとともに煙に巻かれて、ふたりの警察官は嘆息するほかなかった。

 

 

「……本郷警視総監、あなたという方は」

 

 

 

 

 

 メビオを追跡する、という名目で逃走し、警官隊を巻いたクウガ。しかし何事もなかったかのように出久の姿に戻り街に溶け込むためには、駆けつけた増援の警官、さらにはヒーローたち、その誰ひとりにも気づかれずにこのエリアを離脱する必要がある。自分にそれができるとは、とても思えない出久だった。

 

(なんで、こんなことに……)

 

 自分はただ、人を守ろうとして戦っただけなのに。別に、表立って称賛を得たいわけではない。ヒーローの資格をもっていない自分がああして戦うことは認められていないし、そうした見地からの非難であれば受ける覚悟はできていた。

 

 だが、殺人狂の怪物たちと、姿が似通っているというだけで同一視され、銃を向けられる。まだ大人というには未熟ないち大学生にとって、それが理不尽に思えるのは致し方のないことであった。

 幸いなのは、真のヒーローは理不尽に負けることなく正義を貫くものだと、彼が知っていたことか。

 

「ッ、そんなこと、考えてるときじゃない……。あいつを、見つけ出さないと!」

 

 負傷していても、いままでの未確認生命体の回復力を鑑みれば恐らく時を置かずして復活し、行動を再開するだろう。そうなればきっと、また多くの命が奪われる。それで誰かが傷つくことに比べれば、銃弾に抉られる心の痛みがなんだというのだ。

 

「よし――」

 

 意気込んで、くるりと踵を返したときだった。そこには人の姿があった。筋肉質な上半身を晒したコスチュームに、逆立った赤い頭髪。ややぽかんとした表情で、こちらを凝視している。

 

「………」

「あ……レ――」

 

 

「烈怒、頼雄斗……!?」

 

 烈怒頼雄斗――切島鋭児郎。出久は絶望的な気持ちにとらわれた。勝己の相棒、つまりは彼に隣に立つことを認められた実力派ヒーローに、見つかってしまうなんて。

 

「に、逃げ……いやだめだ、他にもたくさんヒーローや警察が周りを警戒してる、ヒーローに囲まれたりしたら最悪だ、変身を解かない限りきっと攻撃されまくる……でも変身を解いたりしたら身元が割れる……!」

 

 ヒーローを前に思考の海に沈んでしまう未確認生命体第4号。「お、おい」と切島が声をかけるが、彼の暴走はそうそう止まらないのだった。

 

「じゃあ、烈怒頼雄斗をどうにかするしかないのか!?いやいやいくら自分の身を守るためとはいえ敵でもない人、しかもヒーローを攻撃するなんてありえない!そんなことしたら名実ともにあの怪物たちと同じになっちまうじゃないか!つまり、退かず、戦わず、戦わせずの三原則……よし、そうと決まれば――!」

 

 

 次の瞬間、彼の意志によってアークルの中心から光が失せた。クウガの鎧や皮膚が音をたてて萎縮し、もとの青年――緑谷出久の肉体と、纏っていた衣服とを還す。クウガのそれとは対照的なゆで卵型の翠の瞳が、切島を見据えた。

 

「あっ、アンタ、あのときの……!」

 

 昨日の朝、勝己がわざわざ訪ねていって恫喝していた学生風の青年だ。相棒の行動がいくらなんでも特異だったために、切島はその顔をよく覚えていた。まさか彼が、4号だったとは。

 その4号ことクウガに変身していた出久は、ずい、と切島に向かって一歩を踏み出した。いくら自分より背が低く、ひょろく見える相手でも脅威は感じる。切島は思わず身構えたのだが、

 

 出久はいきなり、その場に膝をつき、さらには深々と背中を折った。

 

「お願いしますッ、見逃してください!!」

「は、え、ええっ!?」

 

 まさかの土下座。ある意味、全力の攻撃を受けるよりも切島には衝撃的だった。

 

「ぼ、僕っ、未確認生命体ってことになっちゃってるみたいですけどっ、もとはただの大学生なんです!人に危害を加える気はありません!むしろ、僕は人を……みんなの笑顔を守りたいんだ!!だから、ここで捕まったり、まして殺されるわけにはいかない!!僕は――」

 

 出久は必死に、自分の気持ちをまっすぐに訴えた。暴力で解決するわけにいかないなら、ことばで理解してもらうほかないと思ったのだ。同じ人間同士、まして勝己と友でいられる切島なら、きっとわかりあえる――

 

 そんな期待は、いちおう叶えられたらしい。

 

「わ、わかった、わかったから、とりあえず立てって!ほら!」

 

 切島は慌てつつ、出久をそのように宥めたのである。少なくとも害獣とみなした相手への対応ではなかった。

 

 請うたとおりに出久が立ち上がったので、ふうと溜息をつきつつ、切島は周囲に気を配った。ヒーローや警察たちが躍起になって未確認生命体を捜索していることが音だけでわかる。もしもこんなところを見つかったら、自分はともかく出久が疑いをかけられることは想像に難くない。

 

「ここを離れねえか?近くに車を駐めてる、アンタの面は割れてねえから車に乗っちまえば見つかりようもないはずだ。――あ、まあ、俺のことが信用できれば、だけど……」

「……!」

 

 信用してもらう立場の自分が、ヒーローである彼を信用するもしないもない。出久はぶんぶんと頷いていた。

 

 

 

――数分後

 

 乗用車の助手席にて、出久は身を強張らせていた。

 

(まさか、ヒーローの運転する車に乗せてもらえるなんて……)

 

 ヒーローといえど車の運転に特別なことなど何もなく、事実上は単に同い年の青年がハンドルを握っているというだけなのだが。それでも、ヒーローと密室でふたりきり、という状況にあるわけで。

 

 ちらちらとその横顔を窺っていると、不意に切島が、前を向いたまま声をかけてきた。

 

「なあ」

「ひゃっ、ハイ!?」

 

 声が上擦ってしまう。失笑されないかと危惧した出久だったが、切島は特に表情を変えることはなかった。

 

「アンタ、名前なんていうんだ?4号、って呼ぶのは流石にあれだし……」

 

 情報をとりたい、という意図もないではないのだろうが、後半は間違いなく本音のようだった。嘘や建前は不得手なところが勝己と共通していて、それでいて実直さと愛想が勝己と対照的な人当たりの良さを構成している。同質性と、異質性。その両方を兼ね備えているからこそ、勝己とうまくやれているのかもしれない。出久は漠然とそう推考しつつ、質問に応じた。

 

「えっと……緑谷、出久です」

「緑谷さん、か」

「呼び捨てでいいですよ。――切島さん、僕と同い年でしょう」

「へっ、同い年?アンタもう成人してんの!?」

「今年の七月で21になります」

「そ、そうだったのか……悪い、見た目が、その、若いから……」

 

 若いというか、この場合幼いというのが正確だろう。やはり、嘘は下手なようである。

 

「えっと……そんなら、緑谷って呼ばせてもらうわ。他にいくつか質問させてもらってもいいか?」

「あ、はい、どうぞ」

 

 やや固くなりながら応諾すると、切島はフッと笑って「おまえもタメ口でいいのに」と言ってくれた。頑なに断るほうが非礼に思えて、うなずく。

 

「緑谷は、爆豪とどういう関係なんだ?」

「へっ?」

「アパートの前で胸ぐら掴まれてたろ。それ以外にも、あいつの2号と4号へのこだわりとか……気になるところは色々あって」

 

 肉体派のヒーローではあっても、雄英を卒業しているだけあって洞察力は鋭いらしい。

 

「かっちゃん……勝己くんとは、幼なじみで……中学校まで一緒だったんだ」

「!、そう、だったのか……。中学までの話、あいつ全然しねえからなあ……――卒業したあともやりとりしてたのか?」

 

 かぶりを振る。

 

「いや、全然。幼なじみって言っても、かっちゃん、むしろ僕のこと嫌ってたし……。――あの蜘蛛みたいなやつが現れた日、偶然再会したんだ。それで………」

 

 出久はクウガに変身し、勝己はそのことに勘づいた。それがアパートでの抜き差しならない状況に繋がったのだと知って、ようやく切島は腑に落ちたと思えた。

 

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 パパン

マイティフォーム
身長:約2m
体重:99kg
パンチ力:3t
キック力:10t
ジャンプ力:ひと跳び15m
走力:100mを5.2秒
必殺技:マイティキック
能力詳細:
パワーとスピードのバランスがとれたクウガの基本形態。武器をもたない代わりにパンチやキックといった格闘戦を得意とする。とにかく汎用性が高く、その名のとおりオールマイティに戦えるぞ!フォーム選びに迷ったらとりあえずコレだ!(器用貧乏とか言ってはいけない!)
格闘型・名前がマイティなのがオールマイトを連想させる一方、炎のごとき赤はエンデヴァーを思わせる、出久にとっては夢のようなフォームだったりもするぞ!



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EPISODE 4. TRY&CHASE! 2/4

これにて切島くんはしばらくバイバイ

全然関係ないですが、最近幻想水滸伝シリーズをプレイ中なので面構署長がアツイです。あふれるコボルト感……でも常闇くんを見る限り首から下は普通のおじさんなんだろうか?


 鮮血が、滴り落ちる。

 

 その脚力で追跡から逃げおおせた豹の未確認生命体は、薄暗い地下道に身を潜めていた。壁に背をつけて座り込み、しきりに唸り声をあげている。

 

 ズ・メビオ・ダにとり、返り血を浴びることはあれ、自らが血を流すのは久方ぶりの経験であった。まして、瞳という重大な器官に風穴を開けられたことなど、初めてのこと。

 

「ガンリント、ゾロ……ババサズ、ジビガギデジャス……!」

 

 ぼたぼたと垂れてコンクリートを汚す血と、その中心に居座る弾丸。それを何度も踏みつけ、粉々にすると、彼女は夜空に向かって獣の咆哮をあげた。

 

 

 

 

 

 良いやつだったな、と、切島鋭児郎は出久のことを評価していた。

 

 話が弾んでしまったこともあり、中途半端なところで降ろすよりはと彼は出久をアルバイト先の喫茶店近くまで送っていった。ヒーローをタクシー代わりにするなんてと恐縮しきりだった彼はいかにも小市民的だったが、ただ温和なだけでないことは"みんなの笑顔を守りたい"ということばから十分に伝わってきた。あれは決してでまかせではないと、切島は思った。

 

(さて、と)

 

 

 事務所に戻ると、眉を吊り上げた相棒が地下駐車場で待ち受けていた。ここに来るまでに連絡をとった結果の産物なので驚きはないが、苦笑しつつ駐めた車から降りる。

 

「わり、待たせた」

「……ああ、散々待ったぜ。電話で話しゃあいいものを、勿体ぶりやがってこの野郎……」

 

 ここに戻るまでに切島は勝己に連絡し、4号を保護した旨を伝えたのだ。当然、勝己は物凄い剣幕で説明を求めてきたのだが、

 

「悪かったって……電話だと、万一盗聴でもされてたらマズいだろ?」

 

 詳細をやりとりすれば、"4号=緑谷出久"にも触れざるをえない。それが外部に漏れることは、彼のためにも絶対に避けなければならないと思った。

 

 実際、勝己も頭では理解しているのだろう。それ以上は食ってかかってこない。

 その代わりに、絞り出すような低い声で切り出した。

 

「……見たんか、あいつの正体」

「……見たよ。――緑谷出久、オメーの幼なじみなんだってな」

 

 予想はできていたのだろう、勝己は驚くことなく、ただ渋面をつくって目を伏せただけだった。

 

「正直さ、妙だとは思ってたんだ。2号と4号の話題が出たときのオメーの態度」

 

 何度も自分たちを救っているから――ただそれだけではないように、切島は当初から感じていた。

 それに、

 

「オメー、昼間俺が電話で2号と4号のことどう思ってるか訊いたとき、言ってたろ」

 

――証明できなきゃ覆しようもねえ、アレが奴らと同じ害獣だって評価はな。

 

「……それがなんだってんだ?」

「俺、二匹いる前提で話してたんだぜ。同一個体説も出てたとはいえ……オメー、確信もって"アレ"っつってたろ?だから、2号と4号が同じヤツだって知ってる……つまり、変身する前の姿を知ってるんじゃないかって、そう思った」

 

 「それが同い年の学生で、オメーの幼なじみだとは思わなかったけどな」と続けて、切島は苦笑した。この男は馬鹿ではないと、勝己は改めて認めざるをえなかった。

 

「そのこと、他には」

「あ?ああ、もちろん話してねえし、話すつもりもねえよ。このことは胸にしまっとく……ああでも、現場で会ったりしたら、あいつが警察とか他のヒーローから攻撃されないようにそれとなくサポートしてやるつもりではあるけどさ」

「……そうかよ」

 

 渋面をつくったまま、勝己は踵を返した。切島の説明に十分納得できたのだろうか。とてもそうは思えない雰囲気だが、それにしては何も追及してこないのが解せなかった。彼らしくない。

 それともうひとつ、切島には疑問があった。

 

「なあ、爆豪!オメー、あいつのこと嫌ってたらしいけどさ、一体どうしてなんだ?あいつ、すげぇ良いヤツじゃねえか!元々無個性で、ヒーローの夢あきらめて、それでも偶然手に入れた力をみんなの笑顔を守るために使おうって思ってるヤツなんだぜ?」

 

 そんな青年をどうして否定できるのか、切島にはわからなかった。でも、勝己の内面には切島にも踏み込むことを許さない鬱屈とした何かがあって、雄英で出逢うまでに体験したことで得たもの、失ったものがそこにあるのだろうと思っていた。いままで、親友として安易に触れるまいと心していたが、幼なじみだという元・無個性の青年と出会って、ことばをかわして、その一端を垣間見たような気がした。

 

 出逢ってちょうど五年。もう、知ってもいいのではないか。ただの友人であるだけではなく、戦友として、相棒として、ずっとともに駆け抜けてきた日々を思えば。

 

――だが、勝己は、

 

「……テメェにはわからねえ」

 

 ただそれだけ、吐き捨てるように呟くと、そのまま事務所の中へと消えていった。無言の拒絶を、背中で語って。

 

「爆豪……」

 

 彼なりに友情を感じてくれていると、切島は信じている。それでも最後の一線だけは許されないことが、寂しいと思った。

 

 

 

 切島を置いて事務所に戻った勝己は、報告を行うために足を運んだ所長室で、予想だにしない命令を受けることとなった。

 

「合同捜査本部……?」

「そうだ。翌々日付けで正式に発足するらしい。爆心地、きみにも参加要請が来ている」

 

 未確認生命体事件合同捜査本部――所長の説明によると、収まるどころか激化しつつある未確認生命体による事件に迅速かつ的確に対応すべく、警視庁の警察官と、全国から招聘されたヒーローが未確認生命体対策専門チームとして編成されるのだという。

 ヒーロー側の候補者のひとりとして、自らが選ばれた――確かに予想外ではあったが、なってみれば理由は推察できた。自分の実力には絶対的な自信があるし、それを抜きにしても未確認生命体との戦闘経験は文句なく全ヒーローの中でもナンバーワン。それを買われた、ということなのだろう。

 

 ただ、勝己がすぐに納得できたのはここまでだった。所長の伝達には続きがあった。

 

「参加は当然任意だ、断ることもできる。ただ、参加の暁にはきみに新型白バイの試作機を使用させるとのことだ」

「新型白バイの、試作機?」

「ああ。詳細なスペックまでは知らないが、最新型の試作機だからね。コストを考慮せず最先端の技術を詰め込んだと聞く。なかなか面白そうじゃあないか」

 

 所長は目を輝かせて手許の資料を眺め回している。彼が単車オタクだと勝己は初めて知った。

 

 ともあれ。

 そこまで厚遇される理由は読めないが、全体として悪くない話だと思った。彼の頭の中はいまやほとんど未確認生命体と、緑谷出久のことで占められている。それでもヒーローという職業上、管轄外の未確認生命体事件にかかわるのは難しいし、他の敵への対処もしなければならない。合同捜査本部に所属し、対未確認生命体に専念できるなら、これ以上のことはないと思った。

 

「受けていいね?」

 

 勝己の表情から大体を察したのだろう、所長が確認というかたちで問うてくる。

 

 それを裏切ることなく、勝己は躊躇なく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 かりそめの平穏が降りた夜が明け、太陽が東の空に輝く朝が訪れる。

 

 東向きに窓があるために、朝日がよく降り注ぐワンルームアパートの一室にて。ひとりの青年が、洗面台で顔を洗っていた。緑がかった癖毛と、やたら大きな卵形の翠眼。エメラルドカラーは美しいといえば美しいが、この個性社会においては特徴とまでは言い難い。ごく平凡な風貌。

 彼――緑谷出久は、そんな自分がクウガという異形の戦士へと変身し、同じく異形の殺人者たちと戦う宿命を背負った存在であることを、四日目にして日常のものとして受け容れつつあった。

 

(とはいえ、昨日は大変だった……)

 

 寝不足の状態で講義を乗り切り、そのままノリで心操から三時間もマーシャルアーツの手ほどきを受け、慌ててアルバイト先の喫茶店に向かえば未確認生命体と遭遇し。変身して戦いはじめた途端、警官隊に囲まれて危うく射殺されかけた。

 

(結局、めちゃくちゃ遅刻だったし……)

 

 不幸中の幸い、茗荷谷駅近くで騒ぎがあったことはマスターも知っていたようで――未知の怪物ではなく、敵の起こした事件としてだが――、それに巻き込まれかけたと思われたのだろう、彼は怒るどころか出久を心配してくれた。確かに虚偽ではないのだが、やはり罪悪感は募る。

 

 ただ、良いこともあった。烈怒頼雄斗――切島鋭児郎という理解者を得ることができた。積極的な協力にまで至るかは微妙なところだが、少なくとも彼がいる現場なら昨夜のような攻撃を受けるリスクは軽減されるだろう。何より、ヒーローに理解者がいるというのは、その事実だけで非常に心強い。

 

 

「……よし!」

 

 精神的なよりどころを得た出久は、身支度を整えて家を出た。向かう先は、大学……ではなく。

 彼は今日一日を、昨夜は結局逃がしてしまった第5号――ズ・メビオ・ダの捜索に費やすつもりでいた。大学を休むことに躊躇がないではなかったが、自分が勉学に励んでいるうちに誰かが襲われることがあるとしたら、それらは秤にかけるまでもない。一応、一緒にとっている講義に関しては、あとで心操に教えてもらえるよう頼んである。快諾してくれた友人にはあとでお礼をしなければと、出久は固く心に決めていた。

 

 

 

 

 

 同時刻。珍しくヒーローコスチュームと事務所のジャンパーの組み合わせではなく、グレーを基調とした背広といういでたちに身を包んだ爆豪勝己が、警視庁を訪れていた。

 合同捜査本部の正式な発足は翌日。しかし、迅速に活動を開始するためには事前に準備しておかなければならないことが山ほどある。まして、ヒーローと警察官という、本来職掌の異なる者たちが連携することになるのだから。

 

 メンバーの顔合わせなどもあるのだろうか。警察側には顔見知りの塚内警視や森塚巡査の名も記されていた。ヒーロー側は、直接面識のない者がほとんどながら、雄英時代のクラスメイトの名がひとつ発見できた。風貌も振る舞いもくそ真面目そのものの委員長タイプ――実際、クラス委員だった――の青年で、勝己との相性は推して知るべし、であるが。

 それと、

 

(あの野郎の親父、か)

 

 恐らくヒーローたちの元老的な役割を期待されたのだろう、ベテランヒーロー"エンデヴァー"の名前。その息子のことでまたひとつ鬱屈を抱える羽目になっている勝己は、複雑な思いにとらわれていた。

 

 

「――爆豪くん!」

「!」

 

 呼び声に我に返ると、ロビーの片隅で体格の良い背広姿の男性が「こっちこっち!」と手を振っている。彼と予め待ち合わせていたことを思い出し、勝己はそちらへ足を向けた。

 

「おはよう、爆豪くん。ようこそ警視庁へ、歓迎するよ」

「……ども」

 

 学生時代、教師にはため口だった勝己だが、最低限の礼儀は弁えている。憮然とした会釈で済ませてしまうのだから、いち社会人としてはおよそ不足であるとしか言えないが。

 もっとも、彼――塚内直正はそうしたことが気に障ったりはしないようで、年齢の割には若い顔立ちに笑みを貼りつけたままだ。勝己がもっととげとげしかった頃からの顔見知りだから、というのもあるかもしれない。

 

「まともに顔を合わせるのは敵連合の件の後始末以来か。積もる話もあるけど……時間もないからね。"プレゼント"のところに案内するよ」

 

 

 プレゼント――昨夜、事務所に届いていた資料を何度も読み返し、どのようなものかは既に把握している。白バイの最新鋭機の試作機、ということになっているそれは、量産型としてはおよそ採用しがたい高スペックと特殊機能を与えられていることがよくわかった。

 だからこそ、疑問が湧く。

 

「どうして、俺なんすか?」

 

 昨夜からずっと考えていて、結局答えが出なかった。二輪の免許は当然とっているが、普段の移動は自動車が主で、バイクの扱いにさほど精通しているわけではない。そりゃ才能マンと呼ばれるくらいなんでもこなせる能力はあるが、バイクに限ればもっと適任がいそうなものだった。

 適性でないなら、物で釣る魂胆か?いや、そうまでしなければ自分が断ると思われていたとは考えにくい。実際、未確認生命体への対処は、彼の中では最優先課題なのだから。仮に出久のことがなかったとしても、それは変わるまい。

 

 だが、知ってのとおり塚内はその答えを持ち合わせてはいない。だから特に隠しだてすることもなく、いまの彼にできる最大限の回答を返した。

 

「残念ながら、私にも理由はわからない。この件は総監のねじ込み……失礼、意向が強く働いていてね。私のような中間管理職は黙って言うことを聞くしかないんだ、ハハッ」

 

 警視総監の?勝己の疑念は、ますます深まる。そこまでいくと何か政治的な意図があるのだろうか。ならば、有能で実直な警察官として評価され、叩き上げながら40歳にして警視階級で本庁に勤務している塚内ですら与り知らぬというのも納得はできるが。

 

 そうした難しい方向に思考をもっていってしまったために、勝己はそれ以上の推理を放棄してしまった。若いうえに人間関係に極めてドライ、現場にしか興味がない彼に、上層で行われる謀を読み解けというほうが無理な話だった。

 

 それに、軌道修正のうえでの再検討を行う間もなく、試作機のある保管庫にたどり着いた。

 

「あれだ」塚内が"それ"を指さす。「ま、資料は送ってるからわかるかな」

 

 従来の白バイと異なり、丸みのまったくない鋭角的なデザイン。某とかいうトライアルマシンをモデルにデザインされたと資料にはあったが、確かに白バイというよりはそちらに近い形状をしている。いち官僚機構である警察において、よくここまでの革新が実現したものだ、と珍しく勝己は殊勝なことを考えていた。

 

 

「トライチェイサー、きみのマシンだ」

 

 

 狭い保管庫に、塚内警視の声が反響した。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 パパン

「ボン、ズ・グムン・バ、ンパザゾ、リソ(このズ・グムン・バの技を見ろ)」

クモ種怪人 ズ・グムン・バ/未確認生命体第1号
登場話:EPISODE 1. 緑谷出久:リユニオン~EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ
身長:198cm
体重:196kg
能力:鋼鉄以上の硬度をもつ糸を口から吐き出す
   垂直な壁を易々と登る身体能力
活動記録:
復活後、いち早く行動を開始し、コート姿の男の姿となって都内に潜伏。正体を現すと手の甲から生えた爪で蜘蛛の巣に捕らえた市民を殺害した。ヒーロー・爆心地や烈怒頼雄斗との戦闘では怯みつつも猛攻に耐えきり、一瞬にして全快する驚異的な回復力を見せつけた。その後、現れた未確認生命体第2号(白のクウガ・グローイングフォーム)を圧倒するも、爆心地の不意討ちを受け撤退。
その後は第3号(コウモリ種怪人 ズ・ゴオマ・グ)とともにサン・マルコ教会に潜伏し、突入してきた爆心地を殺害しようと試みるも、第4号(赤のクウガ・マイティフォーム)に阻まれ、最期はそのキックを受けて爆死した。

作者所感:
記念すべき平成ライダー初の怪人というありがたい称号をもつお方。後年のディスパイダーやスパイダーアンデッド、タランチュラアンデッドなどに比べるとビジュアル的にはあんまりな感じ……本編と特別篇で微妙に声変わりしていたのはなぜ?


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EPISODE 4. TRY&CHASE! 3/4

水曜の夕方の投稿後、UA&お気に入りの伸びが物凄いことになっており、率直に驚いております。ちょうど投票してくださった方が5名になって調整平均がついたことくらいしか心当たりがないんですが……やっぱりそのあたりが理由なんでしょうかね?詳しい方おられましたら是非教えてください
ともあれ読んでくださる方が増えたぶん反響も大きくなっていて嬉しい限りです。がんばって書き進めていきたいと思います

[ワン・フォー・オールについて]
複数の方から質問いただいたのでここに付記しておきます
まず、きちんと登場はさせる予定です。後継者も既に決定しています

ただ、ワン・フォー・オールの扱い方には賛否両論あるかもしれません。多くは語れませんが原作のクウガにはなかった展開になりますし、思いきりオリジナル設定が入ります。また、後継者についても登場当初は原作とかけ離れた行動をする可能性があります
読者の皆様にはぜひクウガとワン・フォー・オールを対等に並び立たせるための展開としてご理解いただけたら嬉しいです。もちろん物語として破綻しないように相当気合入れて書いていきます

長くなりましたが、登場はまだだいぶ先の話です。全部ボツってオチもありえるので(笑)、「どうせロクでもないこと考えてんだろうなー」と軽く流していただいて、本編のほうお楽しみくださいマセマセ


 心操人使は二限目から講義に出席する予定だった。昨夜の茗荷谷駅付近で発生した事件のために、大学付近の道路はパトカーが行き交い物々しい空気に包まれている。そもそも、昨日からして帰宅時には大変だったのだ。駅のそばの都道で敵が大暴れしたとなれば、電車はしばらく動かなくなる。結局自宅についたのは深夜だった。

 

 緑谷は大丈夫だったんだろうか。昨夜、今日の講義の件で連絡をもらったときにも訊いてみたのだが、遅刻はしたもののアルバイト先には無事たどり着けたと返ってきた。ゆっくり帰った自分より二本は早い電車に乗っていただろうから、それで助かったのかもしれない。なんにせよ、友人が事件に巻き込まれずに済んでよかった、と思う。洗脳の個性を原因とする少年期の不遇のために、斜に構えたような振る舞いが固着してしまってはいるが、それでも心操は友だち思いな青年だった。

 

 それにしても、

 

(ここ数日、敵の動きが妙に活発だな……)

 

 しかも、起きる事件はことごとく大量殺人。事件の前後には異形の怪物が目撃されたという風聞もある。いまは一般人ではあるが、雄英に在籍していた頃はヒーローを目指して独学し、プロヒーローであった教師陣ともかかわりの深かった心操である。何かきな臭いものを感じていた。

 

(久々に相澤先生に連絡してみるか?情報管制が敷かれてんなら、収穫はなさそうだけど)

 

 雄英時代、担任教師よりも親しかったヒーロー科担当のプロヒーローを思い浮かべる。彼には非常によくしてもらったし、猫好きという共通する趣味もあって話も合ったのだが、かといって彼の担当していた生徒たちにはあまり良い思い出がなかった。特に、いま若手のトップヒーローとして活躍している爆心地こと爆豪勝己。ああいう傲岸不遜な手合いは、露骨に遠巻きにしてくる人間並みに心操の苦手とするところだった。もっとも、それはわりとふつうの感性であろうが。

 

 そのルックスだけはすぐれた容貌を思い出しながら視線を滑らせると、不意に、脳裏に浮かんだのと同じ薄い金髪のツンツン頭が目に飛び込んできた。

 

「……は?」

 

 思わぬことに心操が呆気にとられているうちに、ツンツン頭の持ち主は考古学研究室のある棟に消えていった。

 

「いまの……爆豪、か……?」

 

 後ろ姿しか見ていないし、背広だったし、よく似た別人ではないか。そう割りきって忘れ去るには、心操の記憶と目にした姿があまりに合致しすぎていた。

 

 

 

 心操の目は正しかった。ヒーロー側のメンバーがまだ揃わず、特にすることもなくなり時間の空きができた勝己は、トライチェイサーの試運転がてら城南大学考古学研究室を訪れていた。ある女性に会うために。

 

 木製の扉をノックして研究室に入ると、目当ての女性はPCに向かってキーボードを叩いていた。それが勝己の顔を見た途端、指の動きが止まる。表情が、強張る。

 

「爆心地……!?一体、何しに来たんですか!?」

 

 いちおう最低限の礼儀を保ってはいるが、敵意に満ちあふれた歓迎のことば。嫌われたものだと勝己は思ったが、こういう正直な態度は不快ではなかった。

 

「デクは?」

「……出久くんなら、今日は来てません。別に毎日ここに来るわけじゃないので」

「そうすか」

 

 鉢合わせでもしようものなら、今度こそ釘を刺してやろうと思っていたのだが。今日は別にそれが目的ではない。

 

「デクの手に入れたあの力について、あんたの意見が聞きたい。そう思ってここに来た」

「私の、意見……?」

「あの力は、古代遺跡から出土したベルトがもたらしたものなんだろう。だったら、あんた以外にアレを研究してる人間はもういねえ」

「………」

 

 確かに、調査団の全滅もあり、あの遺跡関係の研究を行っているのは現状自分しかいない。勝己が何をどういう意図で聞き出したいのかは不透明だが、彼がヒーローとして未知の脅威と戦っていることだけは間違いない。自分の個人的な好悪で口を噤むことは、研究者の卵として正しくないと思った。

 

「一体、何をお話しすれば?」

「現状わかってること、全部」

「え、ぜ、全部!?」

 

 せっかく取り繕ったのに、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。勝己はさも当然だとばかりに胸を張っている。やっぱりこの人は好きになれないと、桜子は切実に思った。

 とはいえ、いまの時点ではわかっていることは少ないのも事実。それを踏まえているなら、言い方はともかくさほど無茶な要望ではない。溜息を皮切りに、彼女は昨日出久に話したことをそのまま教示した。

 

「……ふぅん」勝己が鼻を鳴らす。「じゃあ、あのベルトも怪物どもも、古代に存在していたものってわけか」

「ええ。ここからは私の推測でしかないですけど……ベルトは、あの怪物たちに対抗するために、古代人たちが創り出したものじゃないかと」

「そんなことができたって言うんすか、古代人に?」

 

 とんでもないオーバーテクノロジーである。人間を後天的に異形へと変身させる。現代においては、敵連合が似たような技術をもっていたが……その産物は"脳無"と呼ばれる自我のない殺戮マシーンである。出久は一度変身しても自分の意志でもとの姿に戻ることができているし、その人格も……大きくは、変わっていない。

 

「もちろん、力の源は人工的なものではないと思います。具体的なことは解読を進めなければわかりませんけど……古代人たちは、何か、それを加工して力を引き出す技術をもっていたんでしょう」

「……じゃあ、そうだったとして。そうやって創り出したベルトを、そいつらは誰かに使わせたのか」

「ええ。棺に眠っていたミイラ……恐らくは、古代人の中で、選ばれた戦士」

「………」

 

 その古代人の何者かが、異形の戦士"クウガ"となり、怪物たちをなんらかの方法で封じていった。

 だが、そうなると、

 

「どうしていまは、デクがその力を使ってる?」

「……それは、」

 

 押し黙る桜子。彼女も、そこまでの答えを持ち合わせてはいないのだろう。そうなったきっかけを思えば、成り行きというより他にないのだから。

 その回答を潔くあきらめた勝己は、小さく溜息をついて、質問を変えることにした。

 

「じゃあ、あの力を受け継ぐにはどうしたらいいと思う?」

「え?」

「アイツじゃない別の人間に、ベルトを移す方法。それがあれば……」

 

 出久はまた、ただの学生に戻る。使命感に駆られて戦いに出てくる必要なんて、なくなる――

 

 その問いに、桜子が何か返そうとしたそのとき――携帯が、ぶるりと振動した。

 

「……失礼」

 

 そう謝罪を述べてから、着信を承る。相手は塚内警視だった。世間話をするときのような軽さが声にない。

 

『未確認生命体第5号が行動を再開した。現在地は文京区本郷付近だ、大至急向かってほしい』

「!、了解」

 

 本郷なら、この城南大学のほとんど目と鼻の先。警官隊とヒーローに追われながら、負傷したメビオは遠くに逃げずこの周辺に身を潜めていたらしい。なんとも大胆なことだ。

 

 通話を終えて研究室を辞そうとすると、背後から「あの」と桜子の声がかかった。

 

「私、正直あなたのことは好きになれそうもありません。出久くんのこと"デク"なんて呼んだり……他にも色々、いじめに近いことをしてきたんじゃないですか?」

「………」

 

 否定は、できない。あだ名をつけただけでなく、散々彼を罵倒してきたし、ときには暴力を振るうこともあった。だが、罪悪感はない。全部アイツが悪いのだと、そう思っていた。思って、いたかった。

 しかし、勝己にそうした心情の吐露は求められなかった。桜子のことばには続きがあった。

 

「でも……ひとつだけ、共通点があります」

「……共通点?」

「出久くんを……これ以上、戦わせたくない、って……」

「!」

 

 立ち上がった桜子は、勝己の前に歩み寄ってきた。そして、頭を下げる。

 

「もし出久くんがまた戦おうとしたら、止めてあげてください。じゃないと出久くん、無茶するから……。自分のことなんて放り出して、突っ走っちゃうんですよね」

「………」

「そこだけは信じてますから。……お願い、します」

 

 言われなくとも、そうするつもりだ。だが、わざわざそんなふうにすげなく応じることはせず、勝己は小さく頷いただけだった。そして戦場へと向かうべく、研究室を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 出久は文京区内をぐるぐる歩き回っていた。片手にスマホ。時折その画面を睨みつつ、辺りをきょろきょろと眺め回している姿は、当人の冴えない風貌もあって田舎から出てきたばかりのおのぼりさんのようである。

 

「見つかんないな……」

 

 ズ・メビオ・ダ捜索はいまのところ不振だった。SNSで怪物の目撃情報なども参照しているのだが、有力なものは出てきていない。ずいぶん遠くに逃げてしまったのか、あるいはまだ人気のない場所に潜んでいるのか――

 

「前者だとすると、難しいな……。やっぱり、徒歩だと限界が――」

 

 バイクは無理でも、せめて自転車でも用意すべきか。

 立ち止まってブツブツと考え込んでいた出久だったが、次の瞬間、腹の中で何かがドクンと疼いた。

 

「ッ!?」

 

 これは、昨夜と同じ感覚。――対峙し、退治すべき敵の気配を、腹の中のアークルが教えてくれているのだ。

 そしてその察知能力の正確さは、ほとんど時を同じくして向かいから響いてきたサイレンの音で証明された。

 

――来る!

 

 ここで止めてやらねばと、少年の面影の濃い青年は勇ましくも身構えたのであるが、

 

 

 刹那、頬をビュンと疾風が薙ぎ、視界の隅を黒い塊が横切っていった。

 

「え、あ……」

 

 振り向けば、迎え撃とうと思っていた()()は既に豆粒ほどの大きさにまで遠ざかってしまっている。出久が思わず呆けているうちに、さらにサイレンを鳴らす白バイが駆け抜けていく。

 

「こちらハドソン07。未確認生命体第5号は本郷三丁目交差点を湯島方面に向かって逃走中、しかし、は、速すぎます!これでは――」

 

 ロストするのも時間の問題。そう思った白バイ隊員は応援を要請しようとしたのだが……そのために、前方への注意が疎かになってしまった。サイレンを鳴らしているのだからという、警官特有の油断もあったのかもしれない。

 

 はっと顔を上げたとき、目の前の交差点に、大型トラックが進入してきていた。

 

「うわあああっ!?」

 

 悲鳴をあげた隊員は、咄嗟にハンドルを右に大きく切る。そのおかげで辛うじて衝突は避けられたのだが、制御を失った車体は、彼を乗せたままスーパーマーケットの店先に突撃していった。

 衝突。轟音。悲鳴。慌ててあとを追ってきた出久は、その一部始終を目の当たりにすることとなった。

 

「ちょっ……だっ、大丈夫ですか!?」

 

 店先に出ていた屋台を破壊したうえにその中に頭から突っ込んだ白バイ隊員。出久が咄嗟に救けに入るが、不幸中の幸い、彼に大きな怪我はないようであった。すぐそばには、倒れた白バイと外れたメット。

 このままでは、未確認生命体を再び逃がしてしまう。出久はある意味、クウガとして戦う並みに重大な決断をしようとしていた。

 

(ごめん、母さん……。あなたの息子は完っ全に犯罪者です……!)

 

 だが、やらねばならない。他に手はない。

 意を決した出久は、咄嗟にメットを拾って頭に被ると、白バイを起こして跨がった。そして、突然のことに困惑している白バイ隊員にひと言。

 

「これ、借ります!」

 

 了承を得られないことは明白だったので、出久は言うが早いかアクセル全開、メビオの逃走した方向目がけてマシンを発進させた。我に返ったらしい白バイ隊員の制止の声が、あっという間に遠ざかっていく。

 

 白バイ強奪。一部を除いて正体が明らかになっていないクウガとしての行動と異なり、今回のそれは緑谷出久として実行したことだ。あとあとどんな理屈をつけようが、叱責では済むまい。逮捕、退学、報道――現実味ある最悪の未来が頭をよぎる。

 だが、放っておけば殺戮を続けるであろう未確認生命体を止めるのは、クウガとして何よりも優先すべき責務なのだと思った。実際、九郎ヶ岳遺跡に葬られていたミイラは、アークルを巻いたまま眠りについたのだ。彼もまた、戦士であること以外すべてをなげうったのではないか。

 

(それなら僕だって……警察に捕まるくらい……!)

 

 だが、その覚悟とは裏腹に、いくらスピードを上げても前方のメビオとの距離はまったく縮まらない。それどころか、どんどん引き離されていく。――速すぎるのだ、メビオが。

 

 このままでは見失う。どうにもならない現実に、出久は歯を食いしばるしかない――

 

 

 

 一方、爆豪勝己もまた、メビオの足跡を追ってトライチェイサーを走らせていた。

 現在普及している白バイとはまったく格の違うワンオフ機。それを思うままに操っているように見えて、勝己はその実あまり機嫌がよくなかった。

 

 多少ツーリングした程度で実戦に駆り出されてしまったために、まだ高い性能を完全に引き出せるほどに把握できていない。単純にスピードだけを追求するにしても、トライチェイサーの最高速度である時速300キロを出すには、勝己の身体がついていかない。爆速ターボとは勝手が違うし、そもそもスピードがそれとは比較にならないのだ。

 

「ッ、こんなもん宝の持ち腐れじゃねえか、クソが……」

 

 それでも傍目には相当なスピードでマシンを走らせながら、勝己は毒づいた。トライアルテクニックを存分に発揮するためには、時速300キロに耐えられるより強靭な肉体が必要だ。それが、あるとすれば――

 

 勝己がある発想に至ったそのとき、前方を走る白バイが目に入った。メビオを追跡しているのは自分だけではないのだから、それ自体にはなんの不思議もない。だが、妙なことに、ライダーは隊員の制服を身に纏ってはいない。どこにでも売っていそうな量産品のパーカーを身に着けた、あまり体格のよくない青年のようだった。

 

 その背中を、勝己は見過ごすことができなかった。

 

(まさか――!)

 

 スピードをさらに上げて白バイを追い越す。瞬間的に見えた横顔は、予想どおりのもので。勝己の胸に奔流が巻き起こる。

 

 烈しい想いのままに、勝己は強引に車体を白バイの前方に滑り込ませ、急停車させることに成功した。

 

「ッ!?」

「……何してやがる、クソナード」

 

 漆黒のヘルメットが脱ぎ捨てられ、露わになる紅い瞳。主の血の気の多さそのままのそれに射すくめられ、翠の瞳が動揺する。

 

「かっ、ちゃん……」

 

 出久と、勝己。

 

 こうしている間にも遠ざかる怪物のことすら、頭から抜け落ちてしまうほどに。その一瞬は、ふたりだけのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 ドググ

爆豪勝己/Katsuki Bakugo
個性:爆破
年齢:20歳
誕生日:4月20日
身長:184cm
血液型:A型
好きなもの:辛い食べ物全般・登山
個性詳細:
変異した掌の汗腺からニトロのようなものを分泌し、自由に着火して爆発させることができる。汗腺が開く夏は爆発的に強いが冬はスロースターター!にもかかわらずヒーロースーツは露出多め、10~5月の活動は上着必須だ!
ほとんどデメリットなく爆発的な威力を発揮できる、本気でぶちこめばグロンギも黒焦げだ!そんなもんヴィランとはいえ人間に向けたらどう考えてもヤバイ気がするけど、いまのところ死者は出てないことから彼が意外に冷静なことがうかがえるぞ!
備考:
同期のヒーローの中では恐らくナンバーワンの実力を誇る。ただ支持率に関しては低空飛行ぎみ、熱狂的な信者とアンチの数がトントン、そんな通称『爆ギレヒーロー』。また、当人はある理由からナンバーワンとして扱われることに納得していないようだ。「クソを下水で煮込んだような性格」と高校時代は揶揄されていたが、雄英時代の悲喜こもごもとヒーローとしての経験を積んでいくらかマシになった。社会人なので敬語も使えないこともなくなくなくなくないぞ!

作者所感:クウガにおける一条さんポジションということで、出久とW主人公のつもりで書いてます。なまじ頭がいいだけに何を考えているかわからない、でもわかってあげたいと思わせる、そんなキャラ。


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EPISODE 4. TRY&CHASE! 4/4

一万字超えちゃった\(^o^)/


今回に原作の副題をつけるなら「デクvsかっちゃん」であり「爆豪勝己:オリジン」でもあり…かっちゃんの出久に対する気持ちは一応わかりやすいところに落ち着けましたが、それでも内訳でいうと今回の半分を費やしました。出久も出久で一度あきらめさせられたがゆえに屈折してますしね…。これ以上複雑にしようとすると井上脚本みたいになっちゃうよ!

前半に入れ込み過ぎたので後半のメビオとの決戦パート(飯田vsメビオ含む)はやや駆け足気味です。描写のバランスは今後の課題ですね…がんばります

それはそうと総合評価が1000pt超えました!ここまで読んで楽しんでいただけてほんとに嬉しいです。これからもよろしくお願いします!






 無線による連携で、警官隊はズ・メビオ・ダの包囲に成功していた。四方八方の道路を何台ものパトカーで塞ぐことによって、彼女の脱出を不可能としている。十数名の警官と、一匹の怪物。ボディの大部分には拳銃が通用しないとはいえ、昨夜左目を負傷させた実績がある。そうした弱点を集中攻撃すれば、射殺できるのではないか。

 

 ようやく見出した希望に奮起していた彼らは、

 

 ひとり残らず、もの言わぬ骸と化していた。俯した頭部からはことごとく左目が抉り出されている。

 やはり手に付着した鮮血をべろりと舐めあげていると、再びパトカーのサイレンが耳に入ってくる。メビオはそれを脅威とは認識していない。むしろ、獲物が自分たちから集まってきてくれるのだ。こんなに楽なことはないと思っていた。

 

「――メビオ」

「!」

 

 そのとき背後から女性の声が響き、動き出そうとしていたメビオはその場に縫いつけられたかのように動きを止めた。

 次の瞬間、まるでテレポーテーションでも行ったかのように、薔薇の花弁の嵐とともに女が現れる。額に、薔薇をかたどったタトゥが刻まれている。

 

「バ、ビバ、ジョグバ?」不愉快さを隠そうともせず、メビオが訊きただす。

 

 それに対してバラのタトゥの女は、怪物と怪物が屠った死体の山に微塵も心動かされた様子なく、言い放つ。

 

「バゼ、グゼパゼバグンドギバギ?」

「!」

 

 そのことばに、メビオははっとした様子で自身の左手首を見やる。腕輪に通した銀色の珠玉、昨夜を最後に動かしていない。それは彼女にとって、致命的な失敗だった。左目の復讐にこだわりすぎるあまり、頭に血が昇ってしまった――

 

「ッ、ラザザ!」吼える。「ガドギブグジバン、ゴセザベガセダジュグヅンザ!!」

「………」

 

 強情にそう宣言すると、メビオは女の頭上を跳び越え、サイレン音の方向へと走り去っていった。

 

 それを見送りつつ、バラのタトゥの女は、

 

「……ジャザシザレザバ、ゼパ、ズ」

 

 呆れた様子でそう呟くと、薔薇の花弁に包まれて忽然と姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己によって、強引にメビオ追跡を中断させられた緑谷出久。

 彼はその勝己によって、建物の壁に背中を叩きつけられていた。

 

「………」

「痛……ッ、な、何す――」

 

 何すんだ、と抗議の声をあげようとした出久は、ゆっくりと迫る勝己の表情を見て凍りついた。

 

 凪いでいる。いつものような烈しい感情は表れておらず、レッドというよりはブラッドカラーと呼ぶほかない紅い瞳も、表面的には穏やかにみえる。

 しかし、出久は知っていた。この男は常に怒っている。しかし激情のマグマをどろどろと流し続けているのであって、結果的にすべてを呑み込むような噴火を抑制するかたちとなっている。彼はふだん、きちんと感情をコントロールしているのだ。

 だが、いまの状態はそれがない。意図的にコントロールを放棄してしまっている。そうして、あふれんばかりのマグマを噴火させようとしているのだ。幼少期から少年期にかけて、ずいぶん彼の怒りを買ってきた出久だが、こんな姿は数えるほどしか見たことがなかった。

 

「デク。テメェ、あの白バイは一体どうした?」声まで落ち着いている。

「ど、どう、って、それは………」

 

 落ちてたから拾いました、なんて言い訳が通用しないのは明白だった。

 

「奪ったんだな?乗ってた奴が5号に襲われたかコケたかして、その隙に」

 

 案の定、勝己はまるでどこかで見ていたかのようにほとんど正確に察知している。出久は否応なしに頷くほかなかった。

 

「……何考えてやがる。頭にクソでも詰めてやがんのか、テメェは」低く唸るような声の罵倒だ。「俺以外のヒーローや警察に捕まったら、どうするつもりだった?」

「どうするって……」

「どう言い訳すんだ、"怪物を退治したくて"、それとも"遊び半分で"か?どっちにしても逮捕は免れねえな。テメェは前科(もん)だ」

 

 そんなこと、わかっている。心の中で母に何度も謝って、そのうえで実行したことだ。仮にそうなったとて、覚悟の上だ。

 しかし、出久が予想の範疇としていたのはそこまでだった。

 

「人間の姿で見つかるぶんにはまだマシだ。万一変身するところを見られたらどうする?テメェは一生まともな人間としては扱われなくなる。いや、その場で殺されて終いかもな。警察……いや、テメェの大好きなヒーローによ」

「……!」

 

 ごくりと、出久は唾を呑んだ。実際に昨夜、警官隊の銃撃を受けているのだ。ヒーローたちがどうして同じように攻撃してこないはずがあろうか。自分はいま、憧れのヒーローたちにまで敵視されている――

 

 出久が明らかに動揺したのを見て、勝己は深い溜息を吐き出した。そして、彼にしては長い躊躇を経て、低い声で切り出す。

 

「……デク、今回限りだ。テメェのために忠告してやる」

「な、に……?」

 

 出久のため――確かに彼自身の言うとおり、彼の発言にそんな枕詞がつくことは未だかつてなかった。勝己としても、まったく不本意なことなのだろうが。

 

「その力、俺によこせ」

「……ッ」

 

 やっぱりか。壁に押しつけられたまま、出久は唇を噛んだ。

 

「テメェだって遺跡のミイラからベルトを受け継いだんだろうが。テメェが戦う気をなくせば、そいつは別の宿主を探すだろう。腹ん中で腐ってくのはごめんだろうからな、そいつも」

「………」

 

 噛んで言い含めるようにことばを紡ぐが、出久は納得できない様子で俯いたままだ。頭が沸騰しそうになるのを、勝己は懸命に堪えた。

 

「……俺じゃ嫌だってんなら、別の奴でもいい。烈怒頼雄斗とか、インゲニウムとか」

 

 切島は既に出久と悪くない出会いを果たしているし、インゲニウムこと飯田天哉も、出久からすれば人格的に信頼のおける男だろう。

 勝己はここまで、最大限の譲歩をしてやったつもりだった。できるだけ冷静に喋ってやったし、次善の案まで提案してやった。あとは出久が、どう出るか――

 

 やがて、出久は絞り出すように、

 

「……確かに僕なんかより、ヒーローの誰かに使ってもらったほうがいいのかもしれない……この力は……」

「じゃあ――」

「ッ、でもやっぱり……それは、できない……」ぶるぶると脚を震わせながらも、きっぱりと言い放つ。「僕はもう決めたんだ、"僕が(みんな)の笑顔を守る"って……。それを、この力は認めてくれたんだ……っ」

 

 だから出久は、赤い戦士になれた。かつて捨てざるをえなかった夢を、もう一度拾いあげることができたのだ。

 

「だからもう、僕はあきらめたくない……()()()()みたいに……」

「――!」

「ごめん、かっちゃ――」

 

 出久が最後まで言い終わらないうちに。勝己は、彼の頬を殴り飛ばしていた。

 

「ぐッ!?」

 

 頭と背中を壁にしたたかに打ちつけ、出久はうめき声をあげながらその場に崩れそうになる。しかし勝己はそれを許さず、胸ぐらを思いきり掴みあげた。

 

「……テメェは、やっぱり()()なんかよ」

「う……か、っちゃ……」

「誰もテメェの救けなんか求めちゃいねえのに、誰にでも救いの手を差し伸べようとして。振り払っても振り払ってもテメェは、変わろうとしなかった」

 

 怒鳴って、脅して、殴って。どんなに勝己が心を砕いて手の届かない夢を捨てさせようとしても、出久はあきらめようとはしなかった。"ワンチャンダイブ"――自殺教唆すら、意味をなさず。

 その転機が、"ヘドロ事件"だった。オールマイトが逃がしてしまったヘドロの敵に、中学生だった勝己が囚われたあのとき。それを目の当たりにした出久は、結局尻尾を巻いて逃げ出した。そうしてようやく、現実を知った。勝己ははからずも、自分の命を賭けることで幼なじみに夢をあきらめさせたのだ。

 

 それなのに、偶然力を手に入れてしまったせいで、こいつは――

 

「人の笑顔を守るため、だ?――ふざけんじゃねえッ、テメェのそれは昔ッから、自分のためだろ!?」

「……!」

「何もできねえでただ手を差し伸べてもらえるのを待ってる、テメェは自分がそんな人間だって認められねえだけだ!――デク、テメェが本当に救けたいのは他人じゃねえ、テメェ自身だろうが!!」

 

 あふれ出る激情に任せて、勝己は叫んでいた。幼き日、川に転落した自分に出久が手を差し伸べたとき。ヘドロ事件のあと、ヒーローをあきらめたことを告げられたとき。出久がズ・グムン・バの手で致命傷を負ったとき。――決意のことばとともに、赤い戦士に変身したとき。あらゆる光景が、心をぐちゃぐちゃにかき回す。

 

 

 勝己の心が感情のやり場を失ってさまよっていると、不意に出久がぽつりと呟いた。

 

「……何が悪いんだよ」

 

 我に返る勝己。――目の前の翠が、まるで激情が伝染したかのように荒れている。

 

 

「自分を救けたいと思って!!何が悪いんだよ!?そんなの当たり前じゃないか、自分を見殺しにしたまま生きていくなんてそんなの、死んでるのと何も変わらないのに!!」

 

「ねえかっちゃん、きみにわかるの?ずっと憧れ続けてきた人たちに自分を否定されるみじめさが。現実に何ひとつできなくて、きみたちの言うとおりだったって認めるしかなかったみじめさが。あいつさえいなければよかったのにって、憧れを呪うように生きてくしかなかった僕のみじめさが!最初からなんでも持ってたきみに、何も持ってない僕の何がわかるんだよ!?」

 

 縋りつくように、喰らいつく。餓死寸前の獣のようなこの幼なじみを、勝己は知らない。しかし間違いなく、これは幼なじみの緑谷出久だ。出久がずっと、抱え込んできたものなのだ。

 

 それがわかっても、勝己には許せなかった。この馬鹿は、なんでも持っている人間は何ひとつみじめな思いなどしないと勘違いしている。

 

「わかんねえよンなもん!!」吼え返す。「テメェこそ、俺の何がわかるってんだ!?俺がずっと満ち足りてたとでも思ってんのか!?俺だってなァ、テメェのせいで散々みじめな思いしてきたわ!!テメェさえいなけりゃもっと楽に生きられたのにって、俺が何度思ったと思ってる!!」

「ッ、だったら、僕のことなんか最初っから相手にしなけりゃよかったじゃないか!僕がなるべく避けるようにしてても、きみのほうから絡んできたくせに!!」

「それは――!」

 

 感情を剥き出しにして叫びかけて、勝己は不意に冷静さを取り戻した。自分はいま、なんと言おうとした?

 

 そもそも、出久の言うとおりなのだ。無個性のくせにヒーローになりたいと、ろくな努力もせずのたまっている奴。そんなの、馬鹿だと嘲って視界に入れなければ済む話だったのだ。

 それができなかったのは、あの日手を差し伸べたこの男に、どうしようもないくらい腹が立ったから。あれがきっと原点(オリジン)だ。

 

 なら、どうして腹が立った?

 

――いっちゃんすごくねえくせに、ヒーロー面するから。

 

 ヒーロー"面"?いや、違う。

 

 緑谷出久は間違いなく、その心根からヒーローそのものだったのだ。沢渡桜子の言ったとおり、誰かを救けるためなら、自分のことなんて放り出して突っ走る――そうしなければいられない人間として、生まれてきてしまった。

 それがいかに危ういことか。平和の象徴たるオールマイトですら生死の境をさまよう大怪我を負ったほどだ。――無個性の、弱っちい出久がどうなるか……幼い勝己はきっと、気づいていたのだ。

 

 だから、やめさせたかった。でも理を尽くして真摯に出久を説得するには、勝己はあまりに幼く、また不器用で。

 

――どうしてわからねえんだよ、出久……!!

 

 心の奥底で、幼い自分が悲鳴のように叫んでいる。ああ、そうか。そうだったのか。

 

 

 自分はただ、出久を守りたかっただけだったんだ。

 

「……ッ」

 

 勝己はもう、激情を保てなかった。胸ぐらを掴んでいた手が力を失い、だらんと垂れ下がる。

 出久はそれを怪訝な表情で見たが――そのとき、幼なじみの相剋に終止符を打つかのごとく、トライチェイサーの無線が鳴り響いた。

 

『全者に連絡。未確認生命体第5号は本郷通りから方向を西に変え、外堀通りから青梅街道に入り現在多摩市付近を逃走中、現在までに人的被害23名、車両被害11台、繰り返す――』

「……!」

 

 自分たちがここで言い争っている間に、メビオは殺戮を進めている。ふたりは揃って愕然とした。

 

「ッ、……かっちゃん、僕は――」

 

 やっぱり、行かなきゃ。出久の決意はまったく揺らいでいないようだった。いや、あの炎の教会で赤い戦士に変身したときから、彼の心は固まっていた。

 

 彼はもう、何もできない無個性のデクではなく――戦士、クウガなのだ。勝己は血がにじむくらいに拳を強く握りしめて……そして、ふっと力を抜いた。

 

「――デク!!」

 

 再び白バイに跨がろうとしている出久に、怒鳴り声を浴びせる。そればかりはもう癖になっているのか、彼はびくっと身体を揺らした。

 

「テメェ言ったよな、"中途半端はしない"って。フツーの白バイでそれができんのか?追いつけもしねえのに」

「!、それは……」

 

 確かに駆けつけたところで、逃げられてしまったらそれで終わりだ。追いかけるだけでまともに戦いに持ち込めないなんて、それこそ"中途半端"。反論の余地もなく、出久は唇を噛む。

 

 次の瞬間、勝己は思わぬことを言い放った。

 

「こっち、使え」

「……へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。理解に時間を要した出久に構うことなく、勝己はさらに続けた。

 

「トライチェイサー、最新型の白バイの試作機だ。とりあえず時速300キロまで出せる」

「さ、300キロって!?ちょっと……」

「他にも色々機能はあるらしいが、それはあとで教える。これで5号に追いつけ……そんで、ぶち殺せ」

「かっちゃん……」

 

 ようやく出久は、勝己の意図を完全に理解した。未確認生命体との戦闘を、止めるどころか、託してくれたのだ――彼は。

 信じられない思いでいる出久に痺れを切らしたように、勝己は言い募る。

 

「どうすんだ。やんのか、やらねえのか」

「や、やる!やるよ!」

 

 慌てて走り、トライチェイサーに跨がる。機能よりも聞きたいことは山ほどあったが……いまは封印することにした。

 

 両手を腹部にかざし、アークルを体内から顕現させる。突き出した右腕に力をこめながら、構えをとり――

 

「――変身ッ!!」

 

 アークルの起動スイッチを、押し込む!

 途端に、出久の肉体は赤い戦士――クウガ・マイティフォームへと変身を遂げた。

 

「調布ICから中央自動車道に追い込む手筈になってる。捕捉したらソッコーケリつけろ。死んだら殺す。――以上」

 

 簡潔でつっけんどんな伝達と、物騒ながら、彼なりに搾り出したのだろう激励のことば。それを胸に刻み込みながら、赤い戦士は深く頷いた。

 そしてグリップを力いっぱい回し、トライチェイサーとともにリスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

――中央自動車道 調布IC付近

 

 ズ・メビオ・ダは逃走を続けていた。もっとも逃げ一辺倒ではなく、進行方向から現れるパトカーを逐一潰しながらである。いまもちょうどボンネットに跳び乗り、フロントガラスを破壊して運転席の警官の左目を貫こうとしているところだった。

 

「――待てッ、未確認生命体!」

「!」

 

 勇ましい青年の声が響き、メビオはその殺人行為を中断する。振り向いた彼女が見たのは、重騎兵のような白いフルアーマーを纏ったヒーローだった。

 

「バンザ、ゴラゲパ?」

 

 問いかけるメビオ。残念ながら彼女らの言語は通じず、かのヒーローは一方的に宣言する。

 

「それ以上の殺戮はこの俺、ターボヒーロー・インゲニウムが許さん!兄から受け継いだこの名にかけて、貴様を止めさせてもらう!!」

 

 口上を流し見ていたメビオは、彼――インゲニウムの脚が絶えず唸り声をあげていることに気がついた。彼もまた、脚への絶大な自信においては自分と共通しているのだろう。それを認め、だからこそ自身の実力を見せつけてやろうと思った。

 

「ギギザソグ……ショグヅザ!」

 

 ボンネットから勢いよく跳躍し、頭上から踵落としを見舞う。インゲニウムは持ち前のスピードで、辛うじてそれを躱してみせた。

 

「ジャスバ……」

 

 メビオは感心しているようだったが、当のインゲニウム――飯田天哉は、パワーとスピードを併せ持つ敵の攻撃に圧倒されていた。

 

(なんという力だ、僕の実力では……いや、だとしても――!)

 

 先ほど述べたとおり、これ以上の殺戮を許すわけにはいかない。ヒーローである自分が、止めなければならないのだ。

 

「いちかばちか……決めさせてもらう!トルクオーバー――」

 

 ドルルル、と、ふくらはぎのエンジンが激しく駆動する。飯田自身もゆっくりと背中を屈め、姿勢を低くした。

 そして、

 

「――レシプロ、バーストッ!!」

 

 一瞬にして、トルクの回転数が限界まで上昇する。その瞬間、飯田天哉は文字どおり疾風怒濤となって、メビオに突進を仕掛けた。

 

「ッ!?」

 

 突然のことに対応できず、直撃こそ避けたものの吹っ飛ばされるメビオ。逆に言えば、掠っただけで未確認生命体を跳ね飛ばす威力とスピード。爆豪勝己ともあろうものがクウガの後継者として提示するだけの実力が、彼にはあった。

 

 一方でメビオは即座に態勢を立て直し、

 

「ザジャギバ……ザグ、ゴギヅベスババ……ビ、パダギンゾンビ!」

「!」

 

 未知の言語で捲したてたかと思うと、メビオは飯田に背を向けて逃走を再開した。一瞬呆気にとられた飯田だが、すぐさま追跡を開始する。

 

「待て!!」

 

 叫びながら、彼は焦燥に駆られていた。敵のトップスピードは時速270キロ、レシプロバーストよりも速い。

 

 それに、何より――

 

「――ッ!?」

 

 発動から十秒ほどが経過した瞬間、ふくらはぎのそれが煙を噴いた。エンストを起こしたのだ。

 

「しまっ――」

 

 ハイスピードから急にゼロになれば、どうなるかは目に見えている。彼の大柄な身体はまるでミサイルのように空高く打ち上げられ……直後、道路へと墜落を開始した。自分よりも脚の速い敵を目の当たりにし、冷静さを欠いてしまった結果の、極めて初歩的なミス。

 

(なんたるザマだ……!)

 

 兜の中で飯田は唇を噛むが、現実に路面はもう目前に迫っている。ヒーロースーツのおかげで致命傷にはならないだろうが、怪我は免れない。この場はもう、戦えなくなる――

 

 そのとき不意に、馬の嘶きのようなエンジン音が耳に飛び込んできた。それが何か分析する間もなく、胴体にずしんと衝撃が走る。だが、身体のどこも地面には接していない。浮いたままなのだ、落下速度がゼロになったにもかかわらず。

 

「……?」

 

 何者かが、自分を受け止めている?恐る恐る顔を上げた飯田が見たのは、モノトーンのトライアルマシンと――それに跨がる、鮮烈な赤い複眼の異形。

 

「な、な――!」

 

(未確認生命体、第4号!?)

 

 自分を間一髪救けた相手が未確認生命体であることも忘れ、混乱した飯田はクウガの腕の中から転がり落ちた。それに対して、

 

「あっ、だ、大丈夫ですかインゲニウム!?」

「!!??」

 

 混乱は混沌へと進む。その異形の容貌からは想像もつかない優しい声音と口調。冷酷なモンスターそのものだった5号とは、あまりに違いすぎていると思った。

 飯田の心中を知ってか知らずか、クウガは一瞬前方に目をやったあと、再び向き直って言った。

 

「任せてください。5号は、僕が必ず!」

「な、なんだって!?きみは、一体――」

 

 この場で、疑問への答えが示されることはなかった。クウガは右手に握ったスロットルを思いきり捻り、自らの駆るトライチェイサーを急発進させた。

 遠ざかっていく背中は、殺人狂の怪物のものではなく。むしろヒーローのそれに近いと、飯田は感じていた。

 

 

 

 

 

 高速道路を疾走するズ・メビオ・ダ。彼女は現代に甦って以来最高の高揚感を味わっていた。インゲニウムすら撒いたいま、封鎖されたここは文字どおり彼女の独擅場なのだ。地上を走るあらゆるものの中で、自分は一番速い。何ものも自分に追いつけはしない。そう思い込んでいた。

 そんなときだった。背後から、エンジンの駆動音が聞こえてきたのは。

 性懲りもなく追いかけてきたのか。余裕綽々で振り向いたメビオは、次の瞬間色を失う羽目になった。

 

「クウガ……!?」

 

 トライチェイサーに乗ったクウガが、追跡してくる。それはいい。しかしなぜ、彼はこちらとの距離を着実に詰めてきているのか。誰より速いはずの自分より、速いというのか?

 

(ダババ……ゴンバザズパバギ!!)

 

 現実を受け入れられないメビオは、さらにスピードを上げようと脚に力をこめる。しかし、彼女は既にトップスピードを維持している。それ以上は望むべくもない。――トライチェイサーのほうが速いのだ、圧倒的に。

 そしていよいよ数メートルの距離まで詰まったとき――クウガは、突飛な行動に打って出た。スピードを保ったまま前輪を持ち上げ、それをメビオの頭上に振り下ろしたのだ。

 

「ウギャアッ!?」

 

 痛々しいうめき声とともに、メビオは転倒、半ば叩きつけられるように地面を転がっていく。それを見たクウガは、ブレーキを強く握った。時速300キロからの急停車は、尾部から自動的にパラシュートが射出されることで為された。これだけの無茶なトライアルが予め想定されていることが、この試作機の最大の強みだった。

 

「グ……クウガ……ジョブロ……!」

「………」

 

 ゆっくりと路面を踏みしめるように、マシンから降りるクウガ。対してメビオはかろうじて立っているような状態だった。もはや、趨勢は決したと言っていい。

 しかしメビオはそれを認めない。剥き出しのプライドとともに跳躍、クウガに襲いかかろうとする。だが、満身創痍の彼女の攻撃は、クウガの動体視力をもってすればあまりに緩慢に映った。

 再び、右足が熱を帯びてくる。決着のとき。直感した彼はおもむろに姿勢を低く、下半身に力をこめる。

 

「ギベェェェェッ!!」

「――!」

 

 振り下ろされる爪を、寸前で躱し。直後に着地したメビオが振り向いた瞬間に、クウガは回し蹴りを腹部に打ち込んでいた。

 

「ガ……!?」

「ッ、お、りゃあッ!!」

 

 苦痛に呻くメビオを、そのまま殴り飛ばす。吹き飛ぶその身体に件の紋様が浮かび、放射状のヒビがベルトのバックルに向かって伸びていく。それが、到達した瞬間――

 

「グアァァァァ――ッ!!」

 

 断末魔の絶叫とともに爆発、その胴体、四肢、頭部――何もかもが爆風によって吹き飛ばされていった。

 

「……ッ」

 

 熱風とともに破裂したメビオの破片が身体を掠り、彼は息を呑んだ。あれだけ頑丈な未確認生命体すらも、粉々にしてしまう――まるでオールマイトのようだと思った。破壊力だけなら。自分の何もかもがオールマイトに匹敵すると思えるほど、流石に自惚れてはいない。

 

 気を取り直したクウガは、この場を離れるべくトライチェイサーのもとに向かおうとする。しかし、一瞬の遅れが仇となった。背後から、パトカーのサイレン音が響いてきたのだ。

 数秒もしないうちに現れた複数のパトカーは困惑するクウガの目前で急停車、中から拳銃を構えた刑事たちが姿を現す。

 

「第4号……!おまえがなぜTRCSを!?」

 

 女性刑事が、憎々しげに詰問してくる。当然クウガは口を噤むほかない。

 

「鷹野警部補、どうしますか?我々の任務は5号の――」

「4も5も一緒よ、まずはこいつを排除するわ」

「……!」

 

 再び向けられる拳銃。彼女たちに発砲への躊躇がないことは、昨夜の戦闘で思い知っている。やはり、逃げるしかないのか。そうして"逃走中の未確認生命体"として、扱われ続けるのか。

 

 彼が拳を握りしめたそのとき、

 

「待てッ、撃つな!!」

「!」

 

 炎のような烈しさをにじませる、青年の制止の声。それとともに刑事たちの前に立ち塞がったのは――

 

(かっちゃん!?)

 

「爆心地……!?」

 

 奇しくも驚愕という意味では、対峙する者たちの感情は一致していた。

 

「どういうつもり?そこをどきなさい!」

「それはできねえな」

「ッ、どけ!」

 

 業を煮やした鷹野警部補は、なんと4号を庇う爆心地にまで銃口を向けた。流石にまずいと思った部下の刑事たちが止めようとするが……その必要はなかった。

 

「お待ちを――――ッ!!」

 

 特徴の大声とともに全速力で駆けつけてきたのは……インゲニウムこと、飯田天哉。彼は呆気にとられる勝己の隣に並び立つと、両手を大げさに広げて叫んだ。

 

「警察の皆さん方!第4号への攻撃は、このインゲニウムに免じて中止していただきたい!」

「な……!?」

「クソメガネ、テメェ……」

「爆豪くん、きみがどういうつもりで第4号を庇うのかは知らないが……俺は彼に救けられた身だ!彼が奴らと同じ怪物だなどとは思えない、だから撃たせてはならないと考えている!」

 

 他人を救おうという志を同じくする者に、銃弾を浴びせるわけにはいかない。飯田はやや石頭ではあっても、ものごとを公平に見る目をもつ男だった。

 しかし、どうしようもなく石頭なのもまた事実であり。

 

「だがしかし!」いきなり振り返り、「第4号、ヒーロー登録をしていないきみを正規のヒーローである俺が黙認するわけにはいかない!速やかに警察に出頭して身元を明らかにしたまえ!!」

「へぁ!?」

 

 切島同様にこのまま見逃してくれるものとばかり思っていたクウガは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。一方で勝己は盛大に溜息をついた。こういう男なのだ、この元同級生は。

 

「勇気が出ないか!?気持ちは理解する、実際こうして銃を向けられたりすればな……」

「い、いや、その……」

「よしわかった、俺が付き添ってあげよう!さあ、来たまえ!」

 

 話を勝手に進め、挙げ句の果てにクウガを追いつめていく飯田。これはまずいと思った勝己は、すかさず彼を羽交い締めにした。

 

「!?、な、何をする爆豪くん!放したまえ!!」

「チッ、おいデ……テメェ!5号はぶっ殺したんだな!?」

「アッハイ……」

「だったらとっとと去ねや!どうなっても知らねえぞ!!」

 

 こればかりは反論の余地なしとみた出久は、居合わせた全員に深々とお辞儀をしたあと、トライチェイサーを発進させた。

 

「あっ、待ちなさ――」

「――待ちたまえッ、4号くーーーん!!」

「………」

 

 面倒くせぇのと同僚にされちまった。これからのことを思って、勝己は頭を抱えたくなった。

 

 

 そんな幼なじみの憂鬱を背に受けながら、異形のライダーは地平線の彼方へ去ってゆくのだった――

 

 

 

つづく

 

 

 




桜子「沢渡桜子です。未確認生命体を二体倒した出久くん、これからずっとクウガとしてやってく気みたい。私は戦ってほしくなんかないんだけど……。ていうか、止めてくれるはずだった爆心地はあの子にバイクまであげちゃうし、もう最悪!解読なんかしなきゃよかった……なんて思ってたら、第6号が出現!?だめ出久くん、赤いクウガじゃ6号のジャンプ力には敵わない!そんなとき、ベルトの霊石が青く光って……!?」

EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース

桜子「プルスウルトラなんてしなくていい!ふつうの男の子のままでいて、出久くん……」


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EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース 1/3

なるべくヒロアカっぽいサブタイを志向してるんですけども
なかなかこう、いいのが出てこないすねぇ…
3話の「エンカウンター」みたいなシリアス寄りならいいですけど、人がいっぱい死んでるのに「いいぞガンバレ飯田くん」みたいなのはマズイですし、そもそも自力じゃ思いつかねーですし
カッコイイのだけでなく、なんならちょっとふざけた感じのサブタイを次々思いつける堀越先生はスゴイと思います、はい





 休館中の水族館。大小の水棲生物らの独擅場と化したその空間に、複数の男女の姿があった。枯木色のライダースーツを纏ったアフロヘアーの男や、黒と赤のドレス姿の美女など――いずれも奇抜な恰好をしており、とても水族館の職員とは思えない。

 実際、彼らは職員ではない。それどころか、人間ですらなく――

 

「ズガギバギバロ、メビオ」ライダースーツの男――ズ・バヅー・バが毒づく。「ガセギビンゲゲル、ゾ、ブシガゼビバギドパ」

 

 ドレス姿の――額にバラのタトゥを印した女は、そのことばに眉ひとつ動かさない。鋭い爪状の装飾が施された指輪を撫でながら、彼に目をやることすらなく言い放つ。

 

「ゴラゲンダンザ、バヅー」

「!」

 

 目の色を変えて、バヅーは立ち上がった。と同時に、その全身が歪み出す。枯木色のライダースーツと素肌の境界が失われ、筋肉質なキチン質の肉体に。とりわけ下半身の変化は顕著で、上半身よりも長く細く、まるで飛蝗の脚のような形状と化している。首から上も飛蝗に似た、触覚のある頭部に変貌している。――"ような"ではなく、彼は本当に飛蝗の特性をもつ怪人だった。白いマフラーが首元でたなびく。

 

 2m超も背丈のある異形に対して、バラのタトゥの女はなんの躊躇もなく歩み寄っていく。そして、

 

「ドググビヂゼ、バギングバギンビンザ」

 

 頷くバヅー。それを認めると、女は指輪の爪を彼のベルトのバックルに押しつけ、く、と捻る。なんらかのエネルギーが注入され、バヅーの姿が一瞬歪む。

 

 その直後、バヅーの背後から声がかかった。

 

「バギングバギンビンザゾ!?」

 

 黒づくめの男の声。それに対してバヅーは、振り向くこともせず「サブショグザ」と啖呵を切ってみせた。そして、その場から去ってゆくのだった。

 恨めしげにそれを見送った黒づくめの男――既に警察・ヒーロー界隈で"未確認生命体第3号"と呼称されているズ・ゴオマ・グ。彼は算盤のような備品を机に置くと、ニヤニヤと卑しく笑いながら女に歩み寄っていく。

 

「ヅギパ、ゴセザ――」

 

 最後まで言い切ることはできなかった。ゴオマは女に殴り飛ばされ、あまつさえ俯した頭をハイヒールで踏みつけられたのだ。

 

「グェェ……」

「馬鹿が」

 

 日本語でゴオマを罵り、女は唇を歪めて嗤った――

 

 

 

 

 

 爆豪勝己は珍しくテレビに釘付けになっていた。映し出される、朝の情報番組。政治や事件からグルメまで多彩な話題を普段提供しているそれは、この日はほとんどワンイシューでもちきりになっていた。

 

――未確認生命体。警察とヒーローでのみ共有されていた(ヴィラン)とは異なる怪物の情報が、事件の長期化を鑑みて公表されることとなった。警察官も含め50名以上の死者を出した一連の事件。それが未知の怪物たちによるものと明らかになり、報道も過熱しているようだ。事務所に大量の記者が押しかけて大変なことになっていると、切島から今朝方に連絡があったばかりだった。

 

 勝己はあまりマスコミが好きではない。むしろヒーローの中では一、二を争うマスコミ嫌いとして知られている。元々自分の目で見たもの以外信用しない性格だというのもあるが、高校時代のあるできごとがそれに拍車を掛けていた。できればひと言も彼らとは口をききたくなく、いままでは相棒にすべて押しつけていたのだが……別れ別れになった以上、それもできない。

 

(チッ……面倒くせぇ)

 

 小さく溜息をつきつつ、勝己はスプーンをカレーのルーの中に沈めた。掬い上げて舌に乗せると、ピリッとした香辛料の辛みが口の中に広がる。

 

「どう?美味しい?」

 

 カウンター越しに正面に立つ小柄な中年男性が問いかけてくる。勝己は躊躇うことなく「美味いっす」と応じた。偽らざる本音だった。

 

「そうかいそうかい、そりゃよかった!爆心地さんは辛いものが好きってなんかで見たもんでねえ、普通のポレポレカレーより気持ち辛口にしてみたんだよ!」

「そうすか。ありがとうございます」

「やっぱりね、カレーは辛いほうが美味しいよねえ。"カレー"は"辛ぇ"ほうが美味しい、わかる?」

「………」

 

 この喫茶店――"ポレポレ"というらしい――のマスターは、そう言ってひとりで笑っている。勝己は呆れてことばも出ない。あまりにコテコテすぎて不快感すらもたらさないのが救いか。

 

「まあ、それはそれとして。来ないねえあいつ。いつもは朝早くても遅刻なんかする奴じゃないんだけどねえ」

 

 そうだろうな、と勝己は内心思った。こうして待ちぼうけている"あいつ"は、小中学生の頃から一貫して無遅刻無欠席――流石に病欠はあったが――を貫いてきた男だ。そこだけは率直に認めている。

 

 と、勝己を退屈させないようにと思ったのか、マスターがさらに話しかけてきた。

 

「そういや爆心地さんはさあ、登山も趣味なんだっけ?」

「ええ」

「実は僕も趣味でねえ、登山……っていうか冒険?特に海外の名のある山は大体登ってるのよ、たとえばそう……チョモラ()()とか!」

「そうなん――……?」

 

 違和感を覚えた勝己が思わずカレーから顔を上げるも、マスターは構わず話し続ける。

 

「いやあチョモラマンは大変だったなぁ。ほら、あの写真」壁に掛けてある山の風景写真を指差しつつ、「英語だとエベレストなんだけど、結構いるよね、()()ベストなんて言う人。いなかった?」

「………」

「それとも、周りはチョモラマンが主流だった感じかな?」

「……いや、別に」

 

 いままでに会ったことのないタイプの人間である。面白いといえば面白いが、厄介といえば厄介。どう対応したものか勝己が思案していると、からんころんという音とともに背後の扉から入店してくる者があった。

 

「す、すいませんっ、遅くなっちゃって……!」

 

 慌てた、やや甲高い青年の声。目当てのそれに勝己が反射的に振り向けば、彼はその場で硬直した。

 

「……やっと来やがったか」

「え、か、かっちゃ……な、ナズェに……?」

 

 パニックでも起こしているのか、口が回っていない。顔を赤くしたり青くしたり、おろおろとしている出久をカレーを食べつつ見物していると、マスターがカウンターから出てきて出久の肩を叩いた。

 

「出久、おまえな……」

「ハッ!?あ、おお、おやっさん、すいません、寝坊してしまって……」

「おまえが?珍しいな……いや、とりあえずいいんだよそんなことは!どうして言わなかったんだよ、あの爆心地と幼なじみだったなんてさあ」

「へぁ!?」

 

 青年――緑谷出久の怪物を見るような目が勝己に向くが、当の本人はふいと目を逸らして残りのカレーに専念することにしたようだった。

 仕方なしに、出久はマスターに訊くことにした。

 

「あの……彼は一体、なぜここに?」

「ん、なんか大事な用があるらしいけど。そういうわけだからおまえ、今日は休みでいいよ」

「へあっ!?」二度目である。「いや、困りますって!」

「大丈夫、ちゃんと時間給は出すからさあ」

「そういうわけには……ってか、そうじゃなくて!」

「心配いらないって!プライスレスなものを爆心地からいただくから!」

 

 出久の主張を最後まで聞くことなく、マスターはちょうどカレーを食べ終わった勝己のもとに歩み寄っていく。ふた言三言ことばをかわしたあと、マスターが色紙とペンを持ってきた。勝己はまごつくことなく流れるように何かを書いていく。

 

(さ、サイン……?)

 

 出久が呆気にとられているうちに書き終わったのだろう、勝己がおもむろに立ち上がる。代金とサインをまとめて渡すと、固まって動けない出久のもとへやってきて――敵まがいの悪辣な笑みを浮かべてみせた。

 

「ヒィ……」

「また来てちょうだいねー!」

 

 マスターのことばに頷くと、勝己は出久の首根っこを引きずって外に連れ出したのだった。

 

 

「変わった人だな、ここのマスター」

「!、う、うん……そうなんだよね……あ、駄洒落とかギャグとか言ってなかった?」

「言ってた。"カレーが辛ぇ"と、チョモラマン」

「あぁー……」

 

 説明しなくてもわかるらしい。出久はしきりに頷いている。

 

「こういうとこでテメェが働いてるなんてな」

「うーん……僕も不思議なんだけどね、大学入りたての頃に偶然ここ見つけて、カレーとコーヒーがすごくおいしくて。通いつめてるうちに、いつの間にかこうなっちゃって……」

「……ふぅん」

 

 興味なさげに鼻を鳴らしていると、出久が「……あの、」と切り出してきた。

 

「今日は、何しに?っていうか僕のバイト先、どうやって知ったの?」

「後半の質問には答えてやる。切島に聞いた。今日は土曜だから早くからバイトに出てくると思って待ってた。――以上」

「な、なるほど……でも僕のアパート知ってるんだから、そっちに来ればよかったのに」

「テメェの部屋訪ねるとか気色わりぃわ。二度とやりたかねえ」

「そ、ソウデスカ……」

 

 推理力は流石だが、動機があまりに酷すぎる――と、出久は切実に思った。

 

「えっと、前半は……?」

「それは自分で考えてみろや、ナードくん?」

「うっ……」

 

 そちらのほうが肝心なのに、と出久は思ったが、だからこそ勝己は試しているのだろう。昔に比べればずいぶん微笑ましい意地悪だが、厄介なことには変わりない。

 懸命に考え込んだあと、

 

「……トライチェイサーを取り返しに来た、とか?」

 

 駐めてあるトライチェイサーの漆黒の車体――マトリクス機能によって、白バイ仕様からカラーリングを変えてある――を見遣りながら、恐る恐る訊いた。あの場は勝己にもそう命じられたので逃げ出してしまったが、本来メビオを倒した時点で返しているべきものだったのだ。勝己の私物ならまだしも、これは警察の備品なのだから。

 しかし勝己は一瞬目を丸くした。すぐにまた意地悪な笑みを浮かべてみせたが。

 

「ほぉ?ワンオフ機手に入れてはしゃいでやがるかと思ったが、少しはわかってるみてぇじゃねえか、自分の立場」

「そりゃ、まあ……っていうか、違うの?その言い方だと」

「……移動手段は要るだろ。今後も戦うならな」

「!、かっちゃん……」

 

 昨日自分に戦いを委ねてくれたのは、一時の気の迷いなどではなかったのだ。出久の胸に熱いものがこみ上げる。

 

「チッ、勘違いすんなよ。俺が認めたのは"クウガ"の力であってテメェじゃねえ。テメェがテコでも手放さねぇっつーから妥協してやってんだ、クソナードが」

「あ、アハハ……」

 

 "妥協"などと口にしている時点で、本来それと最も縁遠い男の口実としては論外だと思うのだが。指摘するわけにもいかず、出久は乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 

「ほれ、とっとと当ててみせろや」

「え、えっと……事件!……なわけないよね、だったらこんなまったりしてられないだろうし……。えー、あー、ぼっ、僕の顔が見たくなったとか!?」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、これが地雷であることは発言した瞬間に悟ってしまった。勝己の表情から笑みが消え失せ、眉間の皺が一段と濃くなる。

 

「……テメェ死にたいんだってなァ。望みどおりにしてやろうか?」

「アッアッアッ、ごめんなさい許してください!」

「……クソボケナードが。面倒くせぇから言うわ」

 

 最初からそうしろよ、と思ったのだが、当然口にできるわけもなく。出久は身を縮こまらせて勝己の答えを待った。

 そして、

 

「――デク。テメェを病院に連れていく」

「……病、院?」

 

 

 

 

 

 沢渡桜子は憂鬱に沈んでいた。一応研究室には出てきて、PCの前に座ってはいるが、もはや自分以外に取り組む者のない古代文字の解読も進める気が起きない。やらなければならないのは、わかっているのだけれども。

 

(どうして変身なんかしちゃったのよ……出久くん)

 

 公表されたばかりの未確認生命体関連の報道を見る限り、彼が変身した未確認生命体第4号ことクウガはまたしても戦い、第5号を相手に勝利を収めたようだった。

 しかし、そんな彼に対して好意的な報道は少ない。ごく一部では"ヴィジランテ"――無免許のヒーローなのではないかという意見もあったが、多くは警察の公表に従い、単なる仲間割れ、同族殺しとして扱うようだった。それゆえにむしろ他の未確認生命体よりも激しい闘争本能を有しているのだとすら言われていて、桜子は憤慨した。確かに緑谷出久はかつてヒーローに憧れていたが、誰にでも優しく、人の痛みがわかる青年だ。それがただの闘う獣であるかのように言われて、どんなにか悔しいか。

 

 やっぱり、出久は戦うべきではない。一刻も早く説得して、やめさせなければ。そう決心した桜子は、今日彼が朝からバイトであることを思い出し、ポレポレに電話をかけた。

 

『は~い、オリエンタルな味と香りの喫茶ポレポレです!ご予約ですか?あっ、まことに申し訳ないんですけど、都合により本日は出前はできませんだみつお!』

「……あの、もしもし。沢渡桜子ですけど」

『あっ、桜子ちゃんか!もしかして出久?』

 

 わかってくれているなら話は早い。と、思ったのだが……。

 

『あ~惜しいなぁ!ついいまだよ、いま!ヒーローの爆心地とねえ、いっしょに出てった!』

「えっ、爆心地と!?」

 

 桜子の驚きを曲解したのだろう、マスターは嬉しそうに続ける。

 

『いやあ、出久の奴ね、爆心地と幼なじみだったらしいんだよ!桜子ちゃん、聞いてた?』

「……え、ええ、まあ。それで、ふたりはどこに?」

『ああ、なんか関東医大病院に行くとか言ってたねえ。誰かのお見舞いかね?そのせいでワンオペになっちゃったけどさあ、引き換えに爆心地からサイン貰っちゃって。今度見においでよ桜子ちゃんも』

 

 失礼ながら後半は適当に応対して、早々と電話を切った。今度は出久の携帯にかけてみるのだが、繋がらない。件のバイクにでも乗って移動中なのだろうか。

 

「………」

 

 桜子は一度決めたらすぐに行動に移す女性だった。出久から折り返し電話がかかってくるのを待つことなく、彼女は関東医大病院へと向かったのだった。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ドググ

コウモリ種怪人 ズ・ゴオマ・グ/未確認生命体第3号

「カカカカカッ……、ラズギヂザ(まずい血だ)」

登場話:EPISODE 2. 緑谷出久:クウガ~
身長:206cm
体重:167kg
能力:120km/hでの飛行
   鋭い牙による吸血
   (弱点)光に異常に弱い
活動記録:
未確認生命体第1号(クモ種怪人 ズ・グムン・バ)同様、復活後いち早く行動を開始する。荒川区南千住にあるサン・マルコ教会に侵入して神父を殺害、成りすまして潜伏し、夜になると街に出て通行人の血を吸い尽くして殺害していた。交戦した警官3名を殺害したあと、遭遇した爆心地&烈怒頼雄斗、および第2号(白のクウガ・グローイングフォーム)を圧倒するも、爆心地の放った閃光弾に恐慌をきたし逃走する。
その後教会に突入してきた爆心地を第1号とともに襲うも、第4号(赤のクウガ・マイティフォーム)の参戦によって第1号が倒され、自身も爆心地の猛攻に恐れをなして逃げ去った。
その後はバラのタトゥの女と行動をともにしているようだが、ことあるごとに逆鱗に触れて顔面をハイヒールで踏みにじられるなど、手酷い扱いを受けているようだ。

作者所感:
ネットではクウガにおけるネタキャラ認定を受けているお方。とはいえ当時幼児だった作者は普通に怖かったので、「人を殺す怪人」としては破綻してないと思います。演者の藤王氏の怪演もポイント
原作では非業の最期を遂げましたが、拙作ではどうなっていくかひとつの楽しみにしていただけたらと思います


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EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース 2/3

今日のニチアサはドラゴンづくし!
ビルドは仮面ライダークローズ登場でキュウレンジャーはリュウコマンダーことショウ司令の主役回です!

…惜しかった。今日3/3投稿できればなあと悔しい思いでいっぱいです


――関東医大病院

 

 検査衣に着替えさせられた出久は、CTスキャンにかかっていた。その様子を窓越しに、ふたりの男が見つめている。ひとりは背広姿の若い青年――ヒーロー爆心地こと、爆豪勝己。もうひとりは、30歳くらいの白衣の男。彼は名前を椿秀一といい、ここ関東医大病院に勤務する監察医であった。

 

「オイオイオイ、なんだよこれ」椿が呆気にとられたように毒づく。「せっかく監察医務院の嘱託から戻って脳無だなんだバケモンから解放されたと思ったのによ、今度は俺をこんな危ない奴の仲間にするつもりかよ」

「………」

 

 発言だけ聞けば極めて無神経だが、出久には聞こえないよう声をひそめてはいるし、精神(なかみ)でいえばこの男のほうがだいぶ危ない。ゆえに勝己は一旦受け流した。

 しかし、次の発言は看過できるものではなかった。

 

「そもそも俺は死体の解剖専門だぞ。それを無理に病院の設備借りて見てやったら……思わず解剖してじっくり見たくなるくらいとんでもないぜ」

「……どういうことっすか?」

「同じなんだよ。例の奴らと」

「……!」

 

 勝己が二の句を継げずにいると、検査を終えた出久が戻ってきた。最後の部分は聞こえていたのだろう、「同じって?」と、恐る恐る椿に尋ねる。

 

「科警研から回してもらった未確認生命体第1号の体組織と同じ特徴が、きみの身体にも現れている。具体的には、腹部の装飾品から全身に特殊な神経組織が伸びていて、また筋肉組織も発達してる……って感じだな」

「ああ、なるほど……やっぱりすごく強くなってるんですね」

「吞気か、テメェは」

 

 勝己がすかさず突っ込みを入れる。笑いを噛み殺しつつ、椿は続けた。

 

「特に右脚の変化は著しい。心当たりはあるか?」

「あ、はい。戦ってるとき、右脚が熱くなることがあって……そこで蹴りを入れると、奴ら爆発するみたいなんです」

「そういや、1号も5号も爆死してたんだったな。それも超古代のオーバーテクノロジーのなせるわざ、ってわけか」

「だと思います。ただ、古代の戦士はあいつらを封印してただけみたいで、だからこそ甦っちゃったわけで……違いはなんなんですかね?」

「それを俺に聞かれてもな……まあ、奴らの死体や遺留品を調べていけば追々わかるかもしれないが」

 

 会話を遮るように、勝己は声を張り上げた。

 

「それより、こいつの身体に悪影響はないんすか?」

「!」

 

 出久がはっとする。椿はふいと目を逸らした。「いまのところはな」――明らかに、含みのある口調だった。

 

「腹部の異物から伸びた神経組織、それがきみの意志に応じてなんらかの信号を発し、身体を急激に変化させるんだろう。いまはまだいいが、もしそれが脳にまで達すれば、最悪の場合――」

 

 

「――奴らと同じ、戦うためだけの生物兵器になる」

「……!」

 

 出久は、ことばを失っている。勝己もまた、かつて敵連合が使役していた脳無の姿を思い起こし、拳を握り締めるほかなかった。

 

 

「………」

 

 椿に暇を告げて、幼なじみのふたりは関東医大を出た。出久も勝己も、ひと言も発しない。"戦うためだけの生物兵器"――そのことばが、頭の中をずっとぐるぐる回っている。

 

 やがて沈黙を破ったのは、勝己のほうだった。

 

「気持ちは変わんねえのか」

「え……?」

「心まで人間じゃなくなるとしても、テメェの気持ちは変わんねえのかって訊いてる」

 

 声音は穏やかだった。昨日の、怒りを押し殺したような声とも違う。単身赴任をしていた父親がたまに実家に帰ってきて、自分に話しかけてくるときも、こんなふうだったと思う。

 

「……怖いよ、正直」

「………」

 

 だから、それはまごうことなき本音だった。緑谷出久という存在がなくなる。人の笑顔のために戦えるヒーローですらなくなるかもしれない。そうだとしたら自分は、なんのために力を得たのだろう。

 だけれども、

 

「でもやっぱり、僕の気持ちは変わらない。戦うよ、これからも」

「………」

「それにさ、」安心させるように微笑む。「お腹のこれは、僕の心に応えて力を発揮してくれるんだ。"人の笑顔を守りたい"って気持ちを強くもって戦ってる限り、きっと、そんなふうにはならない」

 

 出久がそっと腹を撫でる。そのしぐさを勝己は暫し複雑な面持ちで見つめていたが、やがて「そうかよ」とだけ呟いた。結果的にその決意を受け入れてしまったのだから、自分は。

 

「あっ、もうお昼だけど……どうする?どこか寄ってく?」

「……ア゛ァ?何ちゃっかり仲良くしようとしてんだ、テメェ」

「えっ!?いや、ほら、一応はこう、いっしょに戦わせてもらえるわけですし……どうせなら……」

「調子こいてっとベルトむしり取んぞ」

 

 ふたりが傍から見れば気の抜けた会話を繰り広げながらそれぞれ車とバイクに乗ろうとしたそのとき、突然、女性の声がかかった。

 

「どうして簡単にそんな気持ちになれるのよ!?」

「ッ!?」

 

 ぎょっとして振り向いた出久が見たのは――よく見知った、女性の姿。

 

「………」

「さ、沢渡さん……?」

 

 なぜここに――出久が訊くより早く、桜子が詰問してくる。

 

「出久くん。何よ、そのバイク?」

「あ、ええっと……これは……」

 

 出久が目を泳がせていると、

 

「警察の秘密の試作車です。俺がそいつに渡しました」

「え!?」

「かっちゃん……」

 

 憮然とした様子ながら、勝己がきっぱりと宣言した。当然、桜子の怒りは彼に向かう。

 

「どうしてそんなことになっちゃったんですか!?私、止めてって言ったのに!」

「………」

 

 勝己は何も言い返さない。なんの抵抗もせず、詰め寄ってくる桜子の前で目を伏せて立ち尽くしている。

 だめだ、彼ひとりを悪者にしてはいけない。咄嗟にそう思った出久は、横から「沢渡さん!」と割り込んだ。

 

「僕がクウガとして戦うことで、たくさんの人を救けられるんだ。僕はそうしたいんだ」

「そんな……だからって、出久くんが命まで賭けることないじゃない!」

 

 現代にはヒーローが飽和状態になるくらいたくさんいる。なのに、どうして一般市民でしかない出久が最も危険な戦いに身を投じなければならないのか。――それがやりたいことだなんて、悲しすぎる。

 

「憧れちゃったんだから、しょうがないじゃないか……わかってよ、沢渡さん」

「……ッ」

 

 一瞬泣きそうに顔を歪めた桜子は、出久をキッと睨みつけると、「帰る!」と宣言した。出久の「送るよ」という気遣いにも耳を貸さず。

 

 立ち去っていく桜子。それを見送る勝己の表情には、わずかに罪悪感めいたものが滲んでいる。出久は幼少期の彼を思い出した。その頃から彼は傍若無人だったが、自分がした約束を破ることだけはしなかったのだ。

 

「……俺は捜査本部に戻る。何かあったら連絡する」

「あ、うん……」

 

 車に乗り込もうとする勝己。はっとした出久は、慌てて彼に声をかけた。

 

「あっ、あのさ、かっちゃん!」

「……ンだよ」

「沢渡さんのこと……僕なんかより全然頭がよくて、ものごとがよく見えてて、やるべきことをきちんとやってくれる人だから。その……嫌いにならないであげてほしいんだ」

「………」

 

 勝己は暫し、ドアに手をかけたまま沈黙していたが……やがて車に乗り込むと、そのまま去っていってしまった。是、と捉えていいのだろうか。

 

 いずれにせよ、出久はひとつ悩みを抱える羽目になった。理解なくして、協力は得られない。これから戦い続けていくためには、間違いなく桜子の力が必要になるのだ。

 いかにして彼女を説得するか――そればかりに思考を囚われていた出久には、いま別れた幼なじみがいかほど危うい立場に置かれているか、想像だにしていないのだった。

 

 

 

 

 

 警視庁に戻った勝己は、未確認生命体関連事件合同捜査本部の管理職ふたりに対して弁明を強いられていた。

 

「とんでもないことをしてくれたな……爆心地?」

 

 捜査本部長となった犬頭の面構警視長が、呆れたように言い放つ。彼の手許には一枚の写真があった。――トライチェイサーを駆り、疾走するクウガの姿。

 

「しかも、鷹野警部補からの報告によれば、きみは第4号を庇ったそうじゃないか。――らしくないな、正直」

 

 塚内警視のひと言。反論はなかった。らしくない行動をとったことは、自分自身が一番よくわかっている。

 

「それなりの理由があっての行動なのは我々も理解する。しかし、詳しい説明がなければ協力はできないワン」

「話してくれ、爆心地」

 

 詳しい説明――第4号が何者であるかも含めて、ということだろう。

 彼らが信頼に足る人間であることは、勝己もわかっている。一瞬、出久のことを話してしまおうかとも思った。しかし実直な警察官である彼らは、だからこそ得た情報を自分たちだけで握りつぶしたりはしないだろう。やはり、だめだ。信頼できるからこそ、話すことができない――

 だから、決然とした口調で言い放った。

 

「4号のことは、俺に一任してもらえませんか」

 

 警察官ふたりが渋い表情で視線をかわす。

 

「……きみが警察官だったら懲戒ものの発言だと、わかっているのか?」

 

 塚内が脅しつけるようなことを言うが、それでも折れない。

 

「あいつは人間に危害を加えていない。それに、これから加えようとすることもありません。……万一そんなことになれば、俺が抹殺します。だから――」

 

 

「――お願い、します」

 

 そう言って、勝己は地面に平行になるほどに背を折った。彼がこんなふうに謝罪や懇願をする姿は、これまでそれなりに親交のあった塚内ですら初めて見るもの。話せないなら、せめて、頭を下げることで最低限の誠意を示さなければならない――勝己なりの矜持だった。

 

 面食らったふたりの警察官が、再び目配せしあう。面構が頷くのを確認して、塚内は口を開いた。

 

「実はつい一時間ほど前、同じように深々頭を下げてきた男がいたよ」

「……は?」

 

 怪訝な表情を浮かべた勝己に対して、塚内はニッコリと笑みを浮かべてその男のフルネームを告げた。――"飯田天哉"。

 

「……!」

「彼もやはり、4号についてきみに託すよう請うてきたんだ。自分も4号に救けられたからと、きみの判断を擁護してもいた」

 

 飯田が、そんなことを。確かに彼は救けられたからと出久を庇ってはいたが、同時に出頭するよう促してもいた。なんなら抗議のひとつくらい受けると思っていたのに、まさか説得もなしに支持を得ることになろうとは。

 

「ま、我々も若手スターに次々頭を下げさせるのは本意じゃないんだ。――ね、本部長?」

「うむ。……4号の件については是認しがたいが、きみが詳しい報告を拒むというのなら仕方ない。きみの責任と能力の範囲で、好きにやるといいワン」

 

 是認はしないが、黙認はする。そんなに4号を守りたいなら、ひとりでなんとかしてみせろ。突き放された形ではあるが……それが組織人たる彼らの精一杯の温情であるとわからないほど、勝己は子供ではなかった。

 もう一度深々と頭を垂れると、勝己はその場を立ち去ったのだった。

 

「………」

 

 一方、残されたふたり。彼らは、勝己や飯田にも伝えていない事実を抱えていた。

 

「爆豪くんにはああ言いましたが……2号と4号が抹殺対象から外れるのは時間の問題でしょうね」

「うむ……――TRCSの捜索命令が下りてこないという話、聞いたか?」

「いえ。でも、驚きはないですね……正直」

 

 警察の最新鋭機、それも極秘の試作機が未確認生命体に奪取されたとなれば、血眼になって捜すのが常道ではないか。しかし実際には、まるでそんなもの最初からなかったかのように黙殺されている。上層部の保身だとすれば、あまりにお粗末すぎるやり方だが。

 

「総監がおっしゃっていた"別の期待"とは、そういうことだったのか……?しかし、彼と4号にそこまでの信頼関係があることをどうやって?」

「……あまり詮索しないほうが、身のためだと思うワン」

 

 あの独特のダンディな笑い声を思い出し、ふたりの中年男は揃って溜息をついた。

 

 

 

 

 

 解放された勝己が合同捜査本部の割り当てられた会議室に入ると、まず大仰なしぐさで出迎えてくれたのはかつての同級生だった。本人はそんなつもりはないのだろうが、やたら良い体格とその動きのせいで奇妙な圧迫感がある。勝己は盛大に舌打ちを漏らしたが、様式美だと思われているのか容易く流されてしまった。

 

「……ンだクソメガネ、俺の前に立つなや」

「相変わらずきみは口が悪いな!それより、大丈夫だったのかい?」

「じゃなきゃここに来ねーわ」

「それもそうか!いやはや、良かった……未確認生命体と戦っていくにあたり、きみの力は必要不可欠だからな!これから力を合わせて、市民の安寧を守っていこう!」

 

 四角四面にそう言って、飯田は手を差し出してきた。勝己が応じないことはわかっているだろうに。

 あえて握手して驚かせてやろうかとも一瞬考えたが、すぐに却下した。それよりも、訊くべきことがある。

 

「……聞いたぞ。テメェも頭下げに来たって」

「!、ああ……第4号は間違いなくこちら側の存在だと俺は判断したからな。当然のことをしたまでだ」

「だが、テメェはアイツを突き出す気だったろうが。俺に任せて本当にいいのか?」

「うむ……そこは俺も葛藤があった……」

 

 第4号を認めるということはすなわち、法律違反を見て見ぬふりするということ。それは彼の理想とするヒーローではない。天哉は悩みに悩んだ。ヒーローを引退して久しい兄・天晴に相談しようかとも思ったが、結局一人前のヒーローとして葛藤し続けることを選択し、そしてひとりで結論を出したのだ。

 

「何より大事なのは、ひとつでも多くの人命を救うことだ!そのためなら……いまは、仕方あるまい……!」

「飯田……」

「ただ、事件解決の暁には、ぜひ自分から出頭してもらいたいと思っているがな!爆豪くんも是非、彼にそう伝えてくれたまえ!」

「……考えとくわ」

 

 相変わらずの男だ、と思う。いかにも水と油の対照的な性格で、それゆえ学生時代はぶつかることも多かったが……模範的なヒーローたろうとする固い信念は、三年の間で知り尽くしている。

 

「そういうわけで爆豪くん、改めてよろしく頼む!」またしても手を差し出してくる。

「テメェマジでしつけーな……どんだけ握手してーんだよ」

「幸先のよいスタートを切るためには重要だろう!それにほら、俺たちは出会い方が残念であったからして……」

 

「――おふたりさーん、そろそろよろしいですかー?」

「!」

 

 いきなり下方から声がかかり、ふたりはぎょっとして反射的に視線を下げた。飯田の胸くらいまでしか背丈のない童顔の刑事が、人を喰ったような笑みを浮かべてふたりを見上げている。

 

「やっほう」

「これは森塚巡査!大変失礼いたしました!!」

「うーん、あんまりデカい声で巡査呼ばわりはやめてほしいんだけどなー、銭形気分が萎えちゃうからさあ」

 

 いい歳の大人とは思えない――外見からしてそうなのだが――放言。それは勝己にも向けられる。

 

「そういや爆心地、4号氏にトライチェイサーあげちゃったんだって?いやはや思いきったことをしますなぁ」

「他人事みたいに言うんすね」

「そういうわけじゃないですけど……あの場ではね、その判断は間違ってなかったわけですし?」

 

 トライチェイサーを手に入れたクウガは見事にズ・メビオ・ダを倒し、それ以上の死傷者の発生を食い止めた。人命を第一に、という観点からみれば、彼のような意見を持つ者が警察内にいるのもおかしくはなかった。

 

「ま、開発に携わってた経験もある僕といたしましては、4号氏が大事にしてくれることを祈るばかりだね」

「森塚じゅ……刑事も携わってらしたのですか?確か、捜査一課に所属されていたのでは……」

「うん、だからほんの一時期だけね。個性の関係で」

「そうでしたか」

 

 一般の警察官には現場での個性使用が原則認められていないとはいえ、使用資格を取得して日常業務に役立てる者は数多くいる。森塚の個性はまだ見たことがなかったが、開発に資するものなのだろう。

 と、森塚がひとつ咳払いをして背筋を伸ばした。ここからが本題だという予感がして、勝己と飯田は揃って居住まいを正す。

 

「さて、与太話はこの辺にして。ちょっと不穏な空気が漂ってますよ、わが帝都は」

「何か起きたんですか?」

「起きてる、が正しいかもね。――昼ごろから港区と品川区で墜落事故が多発してる。わかってるだけで九件だ」

「!」

 

 そんな狭い地域で、たった二時間ほどの間に?確かに事故にしてはあまりに不自然だ。事件、だとすれば――

 

「もちろん、敵による連続殺人という線もあるけどね」

「……そうは思ってないんだろ、あんたは」

 

 「バレたか」と悪戯っぽく笑う。

 

「ま、着替えて準備はしといてくれよ。まだヒーロー組は揃わないし、きみたちが主戦力になるからよろしくね」

「はい!」

「わかってます」

 

 「よろしい」と頷いて、森塚はソフト帽を被りながら会議室を出ていった。既に出払っている刑事たち同様、捜査に加わるのだろう。

 自分たちも出動態勢を整えるべく、勝己と飯田はヒーロースーツを携えて更衣室に向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

――杉並区 阿佐ヶ谷

 

 その警官は、自転車に乗って定期パトロールを行っていた。慣れ親しんだ街は平穏を保っているものの、その平穏の影で未確認生命体が暗躍している可能性もある。彼のような末端の警官まで、いまや厳戒態勢を強いて警邏に当たっていた。

 そんな彼が、とあるビルの前を通り過ぎた次の瞬間、

 

 背後から、質量のあるものがコンクリートと激突する音が響いた。

「!?」

 ぎょっとした警官は、自転車を止めて反射的に振り返る。そこで見たものは、半ば身がつぶれ、体液をまき散らした人型の肉塊だった。

 警察官という職業柄そういったものに多少の耐性がある男は、()()のもとに慌てて駆け寄っていく。「大丈夫か!?」と声をかけるが、当然反応はない。無線で応援を呼びながら、ふと視線をビルの上にやったそのとき……もうひとつ、人影がダイブしてきた。

 

「な……!?」

 

 まさか、集団自殺?あるいは無理心中か何かか?瞬時にそう推測した警官は、直後信じられないものを見た。

 飛び降りてきたふたり目の男は……驚くべきことに、着地に成功したのだ。さも当然であるかのように、乱れた枯木色のライダースーツを整え直している。

 

「バギング、ドググゲギド」

 

 謎のことばを呟き、ブレスレットの珠玉をひとつ動かす。愉しげな笑みが、口許に浮かぶ。

 

「……!」

 

 警官は思い出した。伝えられていた、未確認生命体の特徴。人間の姿に擬態してはいても、日本語と似て非なる謎の言語で会話をすること――

 

「おっ、おまえ、未確認生命体か!?」

 

 詰問とともに、携行していた拳銃を引き抜き、安全装置を外して銃口を向ける。いままでなら、敵の疑いがある人物に対してだっていきなりこんな過激なまねはしなかったが。

 

 一方、銃口を突きつけられた青年は、まったく動じる様子がない。それどころか、

 

「チョグドギギ。ゴラゲグバギング、グシギビンレザ」

 

 青年の身体が一瞬歪み、瞬く間に飛蝗に似た異形の怪人へと変貌する。バッタ種怪人ズ・バヅー・バ――彼は、目の前の警官を27人目の獲物と定めたのだった。

 

 




椿先生は代替キャラが見つからなかったのでそのまま入れました
脳無の解剖など敵連合絡みの業務に携わっていたためにかっちゃんとも顔見知りになった…と思ってやってください


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EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース 3/3

ビルドのサブタイがアチョーだったので次回6話のサブタイもアチョーにしてみたんですが
結果的に5話にもアチョーが波及してダブルミーニングがトリプルミーニングになりました

アチョーで思い出しましたがシャーマンキングの李白竜が好きでした


 沢渡桜子の憂鬱は深まっていた。出久を説得しに行った結果、彼の予想以上の決意の固さを思い知らされてしまった。

 

(何が、憧れちゃったんだからしょうがない、よ……)

 

 かつてヒーローに憧れていた子供なんて、星の数ほどいるだろう。多くは大人になるにつれ、憧れは憧れでしかないと割りきって身の丈に合った生き方をする。出久だって一度はそれを選んだはずだ。それが、あの日心細いからと同行してもらって、そして未確認生命体に襲われてしまったばかりに。力を手に入れてしまったばかりに――

 だが、力を得た出久が間違ったことをしているかといえばそうではない。ヒーローたちでも対処しきれない怪物を、一撃で吹き飛ばしうる力。人の笑顔を守るためにそれを使うというのは、人として間違ってはいないのだ。だから勝己もトライチェイサーを渡したのだろう。

 だが、間違っていないからと、どうして出久がそんな重責を負わねばならないのか。他人のためなら自分を捨て石にしてもいいと思っているように見える出久だから、なおさら平穏の中に生きていてほしかった。

 

 懊悩を抱えながら、自室でテレビをぼんやり眺めていた桜子。不意に、テーブルの上に置いた携帯が振動する。メッセージが浮かんだのを見て、小さく溜息をついた。――送信者は、緑谷出久。

 

『電話しても大丈夫?』

 

「………」

 

 この時機に、電話をしてくる用事。午前中の出来事がある以上、そのことで話したいに決まっている。だが、出久はやや性急すぎた。桜子の気持ちは当時からまったく冷えていないのだから。

 

 

 結局、暫く待っても返信はなく。出久は小さく溜息をついた。

 

(どうしよう……)

 

 せめて話に応じてくれれば、頭の中でこねくり回した自分なりの考えを伝えられると思うのだが。完全にチャンネルを閉ざされてしまえば、出久にはもう打つ手がない。

 ここまでコミュニケーションをとることに躍起になったのは、彼の人生において恐らく初めてのことだった。――それゆえ、どうしていいかわからない。恋愛とはいかないまでも、異性との交流の経験がもっとあれば違ったのだろうか。同性の友人すら高校まで満足にできなかった出久にとって、女子と親しくするなんて夢のまた夢。桜子との出会いは人生で二番目の奇跡だったのだ(一番はクウガの力を得たこと)。

 女性経験が豊富な人間なら、妙案をくれるかもしれない。身近にそうした人間は――いた、一応。出久が"おやっさん"と呼ぶ、ポレポレのマスターだ。そう自称する割にいい歳して独身なので信憑性には疑問符がつくが。

 ちょうどいい、午前の穴埋めもある。そこでおやっさんのアドバイスを――クウガのことは伏せて――求めてみよう。そう決心してトライチェイサーに跨がった直後、携帯が鳴った。タイミングがタイミングだ、桜子が応じてくれたと信じて表情を輝かせた出久だったが、

 

「え、かっちゃん……?」

 

 勝己からの発信。「何かあったら連絡する」という彼のことばを思い出した出久は、笑みを消して即座に出た。

 

「もしも――」

『奴らが出た、杉並区阿佐ヶ谷だ』

 

 もしもし、すら言わせず、切迫した口調が耳に響く。内容が内容であるから抗議の気持ちはない。

 

「……わかった、すぐに向かう!」

 

 手短にそう応じて通話を終えると、出久は阿佐ヶ谷に向かって即座にトライチェイサーを発進させた。交通量のある都道であるから、人目を憚ってすぐに変身はできない。それでも暫し走っていると、トンネルに差し掛かった。運の良いことに、周囲の車の流れは途切れている。――いましかない。

 

「――変身ッ!」

 

 出久が叫び、顕現したアークルの中心が赤い輝きを放つ。と同時に、トライチェイサーがトンネル内に入った。

 

 やがて、その車体が再び姿を現したとき。ライダーの姿は、緑谷出久から赤き異形の戦士――クウガ・マイティフォームへと変わっていた。さらにはその車体も、先ほどまでの漆黒から黄金と赤を基調とする派手な色合いへと変化している。マシンの色彩を変更できるマトリクス機能によって、クウガ自身とカラーリングを共通のものとした"ゴールドヘッド"だ。

 バイクともども劇的な変貌を遂げた古代の英雄は、アクセルを力強く振り絞り、疾風迅雷のごとく戦場へと走るのだった。

 

 

 

 

 

 ズ・バヅー・バは苛立っていた。

 27人目の獲物として選んだ警察官。その抵抗を力でねじ伏せ、ビルの屋上へと連れて行き――突き落とす。そうして彼をもの言わぬ肉塊に変えるつもりだった。

 しかし、現実はそうはならなかった。墜落した警官は地面に接触した途端、軽快な音とともにバウンドしたのだ。そうしてどこも傷つくことなく、一命を取り留めた。

 何度かそんなことを繰り返し、無意味と見るや撲殺を試みたのだが、それも無駄だった。

 

「残念だったな、化け物め!」警官が叫ぶ。「俺の個性は"軟体化"!全身を軟らかくすることで衝撃を殺せるんだ、だから殴ろうが突き落とそうが意味はないぞ!!」

「……ゴグバ。ジャザシヂバグバ、リント」

 

 復活してからの数日で、様々な人間と接触したバヅーは少しではあるが日本語を解するようになっていた。現代人たちの得た力も。ゆえに、この人間の能力は自分とは相性が悪いことがわかった。

 

 しかしそんなもの、さしたる問題ではなかった。

 

 バヅーは放たれる銃弾にも怯まず一気に距離を詰めると、警官の手から拳銃を弾き飛ばし、その首に手を伸ばした。彼は咄嗟に個性を発動する。力をこめると、軟らかくなった肉が掌から逃げる。それも構わず、バヅーは思いきり力を込めた。

 

「かっ、あ……!」

 

 警官が、苦痛に呻く。骨まで軟らかくなっている以上、強い圧力が加わっても砕かれることはない。だが、気管が圧迫されていることに変わりはない。――窒息。それだけは、避けられぬ運命であった。

 

「ガンダダダバ……ザグ、――ゴパシザ」

 

 いよいよ警官の意識が途絶えようとした瞬間、

 

 エンジンの嘶きとともに現れた黄金のトライチェイサーが、バヅーのみを弾き飛ばした。

 

「グワッ!?」

 

 呻き声とともに、バヅーが地面を転がる。トライチェイサーを下りたクウガはその隙を突き、蹲って咳き込んでいる警官を救け起こした。

 

「大丈夫ですか?」

「!?、よ、4号……?」

 

 警官は当惑こそすれ、恐怖はあまりない様子。4号――クウガが一切人を傷つけず、未確認生命体のみを相手としていると知っていたからか。

 

「ジョグジャブ、ビダバクウガ!」

「!」

 

 早くも復活したバヅーの歓迎の声が飛んでくる。

 

「キョグギンジャンママ、ズ・バヅー・バザ。――ボギ!!」

 

 指で招くようなしぐさを見せつつ、バヅーは近くの二階建てのビルの屋上へと跳躍した。誘われている――察しつつも、逃げるわけにはいかないとクウガはあとを追って跳んだ。

 着地した途端、バヅーの跳び蹴りが飛んでくる。ある程度予測していたクウガは咄嗟に回避、肩のアーマーに掠っただけで済んだ。衝撃はあったが、痛みは大したことはない。怯むことなく、反撃に身を低くした状態からの上段蹴りを繰り出す。これは見事にバヅーの胴体を捉え、彼をふらつかせることに成功した。

 

(ッ、いまので決めてれば……)

 

 咄嗟すぎて、一撃必殺の意識をもてなかったのが惜しかった。右脚が熱くならず、バヅーの胴体に紋は浮かんでいない。今度こそと意気込んだ矢先、バヅーは後ろに退き――そして、再び跳んだ。今度は、より高いビルへ。

 

「!?」

「ゾグギダ、クウガ!!」

 

 容易く飛び移るのに成功したバヅーは、縁に右脚をかけてこちらを見下ろしている。かっとなったクウガは、すぐさまあとを追って跳ぼうとするが……その高さと距離は、即座に冷静さを取り戻さざるをえないもので。

 

(い、いくらなんでも遠すぎる……!)

 

 クウガに変身することで、確かにジャンプ力も強化はされている。そうでなければ、この2階建てビルの屋上にだってたどり着けなかっただろう。

 しかし、それでもあの高さには到達できない。試したわけではないが、アークルがそう訴えかけているように思えてならなかった。

 

 結局、彼が選んだのは、

 

「――ッ!」

 

 助走をつけての跳躍。10メートル、15メートル、あとわずか――

 

――というところで、落下が始まった。咄嗟に非常階段の縁を掴んで一旦勢いを殺し、再び落下する。そのおかげで、かろうじてまともに着地ができたが。

 

「ッ、だめか……。もっと、跳べたら……!」

 

 口惜しさをこめて見上げる先では、バヅーがさも落胆したように肩を落としている。かと思えば、その場からなんの躊躇もなく跳躍、再びクウガに跳び蹴りを仕掛けてきた。今度は躱しきれず、胸の装甲で受け止めるほかない。身体が思いきり後ろに吹っ飛び、仰向けに倒れ込む。装甲が分厚いとはいえ、痛手を受けたことは間違いなかった。

 しかし、それ以上の追撃はない。バヅーは再び腕組みをして、口を開閉させた。

 

「ガバギビガラビ、キョグリパバギ」

「何……!?」

「ザジャブガ、ゴビバセ!」

 

 挑発なのか、何かを促しているのか――当然訊けるわけもなく、バヅーは再び高層ビルの屋上へ戻っていった。

 

「……ッ」

 

 何か、何かあるはずだ。あそこへたどり着く方法が。自分が超古代から受け継いだ力は、それすらできずに敗れ去るしかないような、そんな中途半端なものではないはずだ。

 

「跳ぶんだ、もっと高く……!」

 

 その意志を現実のものとすべく、姿勢を低くし、脚に力をこめる。もっと、高く。他の一切を、それこそ敵のことすら排除して、一心にそれだけを望む。

 

――新たな主の望みを、アークルは聞き届けた。

 中心に宿る霊石が発光し始める。その光の色は赤ではなく……青。

 

「――!」

 

 行ける。直感的にそう思った彼は、迷うことなく跳んだ。霊石を皮切りに、全身を青い光が覆う。光とともに、クウガは見事ビルの屋上にまでたどり着いたのだった。

 

 着地し、ゆっくりと立ち上がったクウガは、身体が遥かに軽くなったような感覚を覚えていた。――それは、錯覚などではなく。

 手、胴体の装甲が視界に入って、彼は初めて異変に気づいた。

 

「青くなってる……!?」

 

 装甲ばかりでなく、瞳の色も。赤かった部分はことごとく青へと変わっている。ただ色が変わっただけではない、筋肉質だったボディは、まるでマラソンランナーのようなほっそりとしたものとなっていた。

 

――ドラゴンフォーム。クウガの、もうひとつの形態(アナザー・フォーム)だった。

 

 その姿を目の当たりにしたバヅーは、

 

「ゴグザ、ゴンガゴグギギ――!」

 

 嬉しそうに声を昂ぶらせながら、クウガ目がけて飛びかかる。クウガはそれを流れるように回避、さらに放たれたハイキックをもすんでのところで躱すと、構えた拳を次々胴体に叩き込んだ。

 

「……フン!」

「ッ!?」

 

 直撃にもかかわらず、バヅーは怯んだ様子を見せない。お返しとばかりに掌打を胴体に叩き込んでくる。

 

「ぐあっ!?」

 

 本気の一撃でないことは一目瞭然だったのに、激痛にも近い痛みがクウガを襲う。装甲が薄く、身体も細くなっているせいか、間違いなく防御力が低下しているようだった。いや、それだけではなく。

 

(打撃力も、弱くなってるのか……!)

 

 格闘では、明らかに不利。しかし白い身体(グローイングフォーム)のときのように、ただマイティフォームの下位互換になってしまったわけではない。

 

「ボギ!」

 

 再び誘うようなしぐさを見せて、バヅーがさらに高いビルへと跳ぶ。赤のときでは、明らかに届かない高さと距離。しかし、考えているとおりなら――

 その可能性を信じ、バヅーを追って跳躍する。すると案の定、なんの苦労もなく追いつくことができた。

 

「やっぱりだ。ジャンプ力、いやきっと敏捷性そのものが増してるんだ!」

 

 ジャンプ力と、スピード。一方でパワーは不足している。何か補う方法があれば――

 

 

 だが、それを考えている猶予もなく。バヅーが再び襲いかかる。跳躍、からのキック。この姿で受けたら致命傷にもなりかねないと予感して、焦ったクウガは咄嗟にその場を転がった。

 しかし、着地したバヅーはいよいよ本気になっていた。すかさずクウガの首に手を伸ばして締め上げる。呻くクウガが苦し紛れに放った拳をも拘束して完全にその身体を支配下に置き――

 

 

 そしてクウガは、空中へと投げ飛ばされた。

 

 

つづく

 

 




青山「ボンソワール、青山優雅だよ☆緑谷が(物理的に)ブルーになってマドモアゼル沢渡も(心理的に)ブルーに……しかも緑谷はビルから突き落とされちゃったから次回はちょっと大変だ☆どうすれば青くなっちゃった緑谷が6号に勝てるのか、碑文にそのヒントがあるとボクは読んだけどみんなはどうかな?コレはマドモアゼル沢渡の協力が必要不可欠だね☆説得ならいつでも承るよ☆」

EPISODE 6. 吼えよドラゴン

青山「次回も、さらにキラキラが止められないよ☆」


※今週末から2週間ほど海外へ行くため音信不通になります
次回アップは最速で12/6です。向こうでどれくらい執筆時間がとれるかわからないのでもっと遅くなるかもしれません
ご迷惑おかけしますがご容赦ください


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EPISODE 6. 吼えよドラゴン 1/4

無事帰ってまいりました。思ったより書く時間がとれたのでガンガン投稿していきたいと思いまして、前言撤回して早めにアップ

2/4は水曜18時
3/4は土曜19時半
4/4は日曜8時

に予約をセットしましたのでご参考までに


 未確認生命体第6号――ズ・バヅー・バとの戦闘のさなか、身軽な青の戦士ドラゴンフォームへと変身を遂げたクウガ。しかしスピードでは勝ろうともパワーで及ばず、肉弾戦では不利な状況に陥り――

 

――そして彼は、バヅーによってビルの屋上から投げ飛ばされたのだった。

 

 

「ッ!?」

 

 90キログラムしかないドラゴンフォームの身体は、いとも容易くビルの屋上から投げ出される。そんな状態では態勢を整えることができるわけもなく、彼は地面に叩きつけられた。

 

「か……っ、あ……!」

 

 暫し呼吸ができなくなるほどの激痛が走る。びくびくと全身が痙攣し、意識が飛びそうになった。――それをかろうじてこらえたのは、気を失えば確実に殺されるから。

 だが、彼にできたのはそこまでだった。もはや、身体に力が入らない。立ち上がることもできそうにない。

 

 その様子を見下ろしていたバヅーは、

 

「クウガパ、ジョパブバダダバ……」

 

 露骨に落胆のことばを口にすると、ビルから跳躍、クウガの顎を蹴り飛ばした。

 

「かッ……」

 

 衝撃のまま、仰向けに倒れ込む。脳が激しくシェイクされ、いよいよ彼はまともに動けなくなった。

 

「ゴパシザ!」

「ぐ、あぁ……ッ」

 

 何度も胴体を踏みつけられ、首を掴まれて絞めあげられる。今度こそ意識が薄れる。そんななかでうっすらと耳に入ってきたのは、パトカーのサイレン音だった。

 彼らのすぐそばまで駆けつけてきたパトカー。その搭乗者は警察官ではなかった。

 

「……!」

「!、爆豪くん、あれは……」

 

 爆心地とインゲニウム――爆豪勝己と飯田天哉。捜査本部の一員となった彼らは、パトカーの使用も許可されていた。それで真っ先に駆けつけてきたわけだが。

 

「第4号なのか?しかし、なぜ青いんだ……?」

 

 呆気にとられた様子で飯田が呟く。それを訊きたいのは、勝己とて同じだった。

 が、考えているゆとりはない。クウガは見るからに追いつめられている状況だった。気を取り直した飯田が他の捜査員らに通信しようとしたときには、勝己は既に走り出していた。

 

「オラァアアアアッ!!」

「!?」

 

 クウガを害することしか頭になかったバヅーは、不意打ちの爆破によって呆気なく吹き飛ばされた。解放されたクウガが、力なくその場に倒れ伏す。

 

「ッ、ビガラ、ガンドビン……」

 

 焼け爛れた身体の一部を修復させつつ、バヅーは勝己を見て何ごとかを呟く。それにはなんら応じることなく、勝己はただ烈火のごとき猛攻を繰り出していく。

 元々烈しい彼の性情を知っている飯田ですら、それは尋常でないと感じるもので。

 

(爆豪くん、怒っているのか……?やはり、彼を傷つけられたから?)

 

 倒れたクウガを介抱しつつ、飯田は暫し戦況を見守るほかなかった。しかし守勢に回っていたバヅーが一瞬の隙を突いてビルの屋上へと跳躍すると、状況が変わった。

 

「ギベッ、リント!!」

「!」

 

 一旦姿を消したかと思えば、再び降下してジャンプキックを仕掛けてくる。それを目の当たりにした飯田は、咄嗟に勝己を庇いに入った。

 

「やらせるものか――ッ!」

 

 エンジンを嘶かせながら駆け抜け、迫りくるバヅーにストレートパンチを放つ。それは直撃には至らないまでも、キックの軌道を変えることには成功した。

 

「ッ、ビガラ……」

「我々ヒーローを舐めてもらっては困る!」

 

 堂々と宣言する飯田。一方で「余計なことしやがって」と毒づく勝己だが、彼と協力することに異論はないらしい。ふたりのヒーローと一体の怪物が対峙する――そんな構図が出来上がる。

 

「フン、リントグ……。ラドレデゴサバサ、ダダビヅンデジャス」

 

 ヒーローふたりにもたじろぐことなく、バヅーは挑発するようなことばを吐く。彼は目の前のヒーローたちばかりでなく、その背後で虫の息になっているクウガにもとどめを刺すつもりでいる――勝己も飯田もそう思ったし、実際バヅーはそのつもりだった。

 

 しかし、

 

「――!」

 

 首元の白いマフラーが風にたなびいた途端、バヅーは唐突にゲホゲホと咳き込んだ。不快そうに何かから顔を背ける。

 

「チッ……ブガギバ」

「あ?」

「ギボヂヂソギギダバ」

 

 突然様子の変わったバヅーを怪訝な面持ちで見ていたふたりは、次の瞬間驚愕した。彼はそのまま踵を返すと、ビルの上へと跳躍したのだ。

 

「逃げる気か!?」

「ッ、ざけんなコラァ!!」

 

 激昂した勝己が爆破を仕掛けようとするが、いくらなんでも上空20メートル超のビルの屋上にまでは届かない。ならばと爆速ターボで追おうとするが、それは飯田によって制止された。

 

「!?、放せやテメェ!なんのつもりだ!?」

「落ち着け、奴は俺が追う!彼を放置しておくわけにもいかないだろう!」

「……ッ」

 

 クウガ――出久は自力で動けないくらいに衰弱してしまっている。このまま置いていって、捜査員らに発見されればどうなるかわからない。射殺対象からはまだ外されていないのだから。

 それに、彼の正体を知らない自分が介抱するよりはと、飯田は考えたのだ。

 

「……チッ、」舌打ちは、不承不承ながら勝己に反論の意志がないことを示していて。「逃がすんじゃねえぞ」

「わかっている。では!」

 

 言うが早いか、飯田は全速力で走り出し、バヅーを追った。それを見届けたあと、勝己もまた即座にクウガに駆け寄る。

 

「デク!!」

「かっ……ちゃん……」

 

 かろうじて意識はある。こちらの認識もできているようだ。だが、勝己が来たことで緊張の糸が切れてしまったのか、アークルは遂に光を失った。青い身体が一瞬白を経由し、緑谷出久のそれに戻る。

 

「おい、何やられてんだこのクソボケカス!オラ立て、戦えねえならとっととこの場離れんぞ!」

 

 バヅーの跳躍力とこれまでの殺人方法から推察するに、彼もまた高所から突き落とされたのだと容易にわかった。クウガの身体でもそれは相当の深傷だろう。見た目にわからないだけで、もしかしたら致命傷にも及んでいるのかもしれない。

 まともに歩けない出久をおぶって車の後部座席に乗せ、勝己はアクセルを踏んだ。目的地は定まっている。――病院、それも出久の身体のことを知る医師がいる病院だ。

 

(クソが……)

 

 サイレンを鳴らしてパトカーをかっ飛ばしながら、勝己は無性に苛立っていた。ヒーローである自分が幼なじみのお守り役をさせられていること、いくら速くとも地上を走るしかない飯田ではバヅーを捕捉できないであろうこと――受け入れやすい言い分はいくらでも思い立つ。

 

 しかし一番の理由、心の芯から湧きたつものはそうではないのだと、勝己は既に知ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 浅い眠りから覚めた沢渡桜子が机から顔を上げると、空はすっかり暗くなっていた。元々憂鬱だって気持ちがさらに沈み、彼女は小さく溜息をつく。

 スマートフォンを手にとり――出久からのメッセージを確認する。連絡していいかと訊いてきたのを最後に、彼からのコンタクトはない。なんとなく胸がざわつくのに従って"未確認生命体"と検索してみると、品川・港・杉並の各区に第6号が出現したというニュースがあった。第4号も。双方逃走中となっているが、出久がいまどうしているのか、そのワードだけでは掴めない。

 

 こちらから連絡するのはやはり抵抗がある。まだ出久の気持ちを認めたくはないのだ。しかし、彼の安否は気にかかる。

 葛藤を抱きながら、桜子はゆっくりと通話に指を伸ばしていく。それがいよいよ触れるかという瞬間、

 

 唐突に画面が変わり、着信音とともに発信者の名前が表示された。それは、まさしくいまかけようと思っていた相手で。

 自分からかけようとしていた以上、かかってきたものに出ることに躊躇う必要はなかった。

 

「もしもし……」

 

 しかし、返ってきたのは、

 

『……爆豪です』

「え……爆心地……?」

 

 どうして出久の携帯で勝己がかけてくるのか。その疑問を桜子が発するより勝己が先んじた。

 

『いま碑文を解読し終えている範囲で、"青い戦士"って記述はありませんでしたか』

「青い、戦士……?」

『実は、デクの奴が――』

 

 勝己から、出久が戦いのさなかに青い戦士に変身したと聞かされ、桜子は絶句した。変わったこと自体というよりは、その結果がどうなったのか――

 

『かなりのダメージを受けて、いま関東医大にいます』

「……!」

 

 予感はしていた、しかしあってほしくはなかった最悪の事実。それを知った桜子は、一分もしないうちに自宅を飛び出していた。

 

 

 

 

 

 桜子が関東医大病院にたどり着いたのは一時間近くが経過したときのことだった。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 息も絶え絶えで薄暗いエントランスに駆け込む。ここまでで新たな連絡は来ていない。最悪の事態にはなっていないということなのだろうが、楽観はできなかった。早く出久のもとへ行って、自分の目で状態を確かめなければ――

 

「あれ、沢渡さん?」

「!」

 

 不意にかかった声は、桜子を驚愕させるに十分すぎるもので。

 

「い、出久くん……!?」

「えーっと……ど、どうも……」

 

 親しくなっても相変わらずぎこちない会釈だが、そこに言及する余裕はいまの桜子にはなかった。

 

「かっちゃんが電話したんでしょ?困っちゃうよね、人のスマホ勝手に……」

「そうだけど……それより大丈夫なの!?身体は……」

「あ、うん。わざわざ来てくれたのにごめんね、僕、明日も朝からバイト入れちゃっててさ……もう帰らないとなんだ」

「……いいよ、元気なら」

 

 桜子がか細い声でそう応じると、出久は「ほんとごめん、かっちゃんが送ってくれると思うから!」と念を押して小走りぎみにエントランスから飛び出していった。

 それを見送っていると、背後からふたつの足音が走ってくる。――勝己と、椿医師だった。

 

「デクは!?」

「え、いま……」

 

 外に視線を戻すと、ちょうどトライチェイサーに跨がった出久が走り去っていくところだった。エンジン音があっという間に遠ざかっていく。「あのバカが」と、勝己が沈痛な声で毒づいた。

 怪訝な面持ちの桜子に対し、椿がことの真相を説明した。

 

「……全身打撲、本当なら死んでてもおかしくないような状態だったんですよ。強化された身体のおかげで幸い命に別状はありませんし、回復も速いでしょうが……それでもいまのところは全治一ヶ月くらいの怪我には間違いないはずです」

「!、そんなに……?」

 

 実際、ちょうどこのとき、停止したトライチェイサーの上で出久は苦痛に耐えていたのだが、桜子がそれを知るよしもない。

 

「……すいませんでした」

 

 椿が奥に引っ込み、ふたりきりになったところで、勝己は率直にそう言って頭を下げた。絶対に謝罪などしないと思っていたヒーローの行為に、桜子は目を丸くする。

 

「結局、あんたの言ってたとおりになっちまった」

「………」

 

 だがそれでも、桜子は受け入れきれない。だって、わかっていたんじゃないのか。出久が他人のために命を捨てるような男だと、ある意味ただの仲良しよりずっと根深い関係にある彼が知らないはずがないのだから。

 

 と、桜子の気持ちを見透かしたのだろう、顔を上げた勝己がとんでもないことを口にした。

 

「――鍵付きの地下室に鎖で繋いで監禁する」

「え……?」

 

 人気がないとはいえ病院の待合で、いきなりなんて物騒なことを言うのか。流石に桜子も呆気にとられたが、

 

「あんた、誰かをそうしたいと思ったことあるか?」

「ないですそんなの……――あるんですか?」

「俺はある」

「……出久くんを?」

「ああ」あっさりと肯く。「あいつは言ってもききやしねえし、殴っても爆破してもその場はビビるが意地でも改めねえ。一見おとなしくて従順そうで、実は信じられねえくらい意固地で頑固なのは……あんたも知ってるだろ」

 

 クウガのことを抜きにしても、思い当たるふしはあった。普段の自己主張は少ないが、出久の心の中には彼なりの核心があるようで、そこに触れるような事物については妥協を許さないのだ。

 

「だから、いっそのことそうしちまえばいちいち手を患わされずに済むと思った。……思って終わりだったけどな。実行すりゃ犯罪者だし、そもそも地下室なんて家になかったし」

「………」

 

 桜子がなんともいえない表情で沈黙しているのを見て、勝己は小さく溜息をついた。余計なことを喋りすぎたと思ったらしい。

 

「とにかく、それくらいやらなきゃあいつは止められない。力をもっちまった以上、たったひとりでも突っ走ってくんだ」

 

 あのとき逃げ出したくせに――いや、逃げ出したから尚更なのかもしれない。そうして一度捨てた夢を再び拾い上げた以上、出久にはもう逃げ出せる場所はないのだ。

 

「俺はヒーローだ。相手が誰であれ、救けるためなら最善を尽くす……自分の気持ちを殺してでも。どんなに力があろうが、そうしなきゃならないときが必ずある――嫌んなるくらい学んできたことだ」

 

 要するに、勝己はあきらめたのだ。出久をこの戦いから退かせることを。引き換えに彼は高いプライドを抑え込んで、互いに遺恨まみれの幼なじみを支えると決めた。――そのことに、桜子はようやく気づいた。

 

「……すいません、長居させちまって。送ります」

「いえ……ひとりで帰れます」

 

 しかしまだ、勝己の気遣いに甘える気にはなれなかった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 グシギ

沢渡 桜子/Sakurako Sawatari
個性:不明
年齢:23歳
誕生日:10月30日
身長:161cm
血液型:B型
好きなもの:徹夜・ブラックコーヒー
備考:
城南大学大学院修士課程、考古学研究室所属。古代文字の解読を進めて出久をサポートしてくれる……はずだが本人は未だ乗り気でない。それもすべて出久を心配するがゆえだ!こんな気立てのいい大人の美女に想われて出久も隅に置けないぞ!しかし実のところは友達以上恋人未満くらいの関係だとか……ヒトヲオチョクッテルトブットバズゾ(#0M0)

作者所感:
原作から設定を変えなかったため出久よりおねーさんになりました。元々特撮ヒロイン勢の中でもわりと大人なのでよかったんじゃないかと。童顔の出久と並べるとちょっとおねショタっぽくなりそう……あと地味に麗日さんと髪型が被ってることに最近気づきました
個性はすいません、思いつきませんでした。今後何かすごいのが出るかもしれないし、何もなく終わるかもしれないし……あ、個性:徹夜?


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EPISODE 6. 吼えよドラゴン 2/4

今回はちょっと短めです。1/4とほぼ連続投稿なのでゆるして


 未確認生命体ことグロンギたちは、水族館から移動し、再び廃墟を拠点としていた。どこからか盗んできたのだろう小さなテーブルや椅子を部屋に置き、そこで酒盛りをしている。バラのタトゥの女はひと言もことばを発しないが、筋骨隆々の大男と黒づくめの小男は並んで酒を飲みながらあれこれ雑談している。独特の言語であること、恰好が奇抜すぎることに目を瞑れば、ありふれた若者たちの姿。――彼らが異形の殺人者たちであるとは、とても思えない。

 

 そこに、ライダースーツの男――ズ・バヅー・バが戻ってきた。薄暗がりでもわかる、勝ち誇ったような表情を浮かべている。

 

「ゾセブサギジャダダ?」

 

 大男の問いに、バヅーは右手を掲げてみせた。親指以外をすべて立て、"4"を形作っている。それが"4人"を意味するのでないことは明らかだった。

 

「バギングズゴゴビンバ……」

 

 大男は納得したように頷き、黒づくめのズ・ゴオマ・グは憎々しげに顔をしかめると思いきり酒を煽った。

 同時に、バラのタトゥの女が口を開く。

 

「ザグガド、パパンビヂザ。ルボグゼパバギゾロ、リント」

「フン、バンベギバギ」バヅーが鼻を鳴らす。「ガギダビパ、ゴセパ"メ・バヅー・バ"ザ」

 

 何かを確信したように言い放ち、興奮した様子で自らも酒瓶に手を伸ばすバヅー。バラのタトゥの女が向ける冷たい視線に、彼が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝。まだ太陽の昇りきらない時間帯から登庁した勝己は、同じく既に出勤していた捜査本部の鷹野警部補とともに昨日の戦闘の現場へ向かうことになった。

 その際、こんなことを言われもしたが。

 

上層部(うえ)がどう考えてるか知らないけど、私は4号を認めるつもりはないわ。何か妙な動きを見せれば即刻排除する」

「………」

 

 勝己はあえて喰ってかかったりはしなかった。正体を知らなければ、その意図だってわからない。いまは未確認生命体相手にのみ振るわれている力が、いつ人類に向けられるか恐れるのは当然なのだ。森塚のように寛容な人間が現時点で多数派を占めないのは、組織としてむしろ健全なあり方だと思った。

 

――クウガのことは別にして、いまは捜査本部の同僚として協力して捜査にあたらねばならない。また、第6号が突如逃走を図ったことについて勝己も鷹野も疑念を共有していた。

 

 現場に到着して、車から降りる。つい半日前が嘘のような、穏やかな静寂がそこにはあった。

 

「あなたとインゲニウム相手に意気軒昂だった6号が、突然咳き込んで逃げたって言ってたわね」確認するように、鷹野。

「ええ」肯く勝己。

 

 考え込む鷹野。咳き込んで、という部分に引っかかりを覚えているようだ。確かにそこは、奴が逃亡を選んだ理由として重大なファクターになると勝己も思っている。

 相手は人外の怪であるから一概には言えないが、自分たちに仮託して考えれば、咳き込むのは有害な――たとえば煙草などの――煙を吸ってしまったときなど。だとすると――

 

「あれかもしれないわ」

 

 そう言って鷹野が指差した先、そこには工場の排気筒が存在し、風にまかせて白煙を振りまいていた。

 

 

 

 

 

――城南大学

 

 平日と比較して明らかに閑散としたキャンパスに、沢渡桜子の姿があった。

 

「………」

 

 向かう先は当然、考古学研究室。しかしその足取りは重い。昨夜、勝己が語ったことを咀嚼すれば、出久を死なせたくないなら彼の力になるしかないという結論になる。だが、まだそれを認めたくない自分がどうしようもなくいてしまうのだ。

 古代文字の解読を進めるべきだと頭ではわかっていて、そのためにキャンパスまでやってきた。しかし、実行に移したくない――

 

 逡巡し、遂には立ち止まってしまったそのとき、背後から低い声がかかった。

 

「――沢渡さん?」

「!」

 

 振り返ると、背の高い逆立った紫髪の青年がやや遠慮がちな面持ちでそこに立っている。出久の友人である彼とは、桜子も面識があった。

 

「心操くん……」

「……ども。朝飯、食べました?」

「まだだけど……」

 

 桜子がそう答えると、「ご一緒しませんか」と誘いをかけてきた。彼の個性と同時に人柄も認知している桜子は、素直に応じることにしたのだった。

 

 

 学内のカフェテリアは休業中だったので、ふたりは結局キャンパスすぐそばのチェーン展開しているカフェに移動した。それぞれ適当にコーヒーと軽食を注文し、窓際の席に座る。

 口火を切ったのは、意外にも桜子のほうだった。

 

「今日、どうしたの?日曜日なのに」

 

 研究上必要なら平日も休日も関係ない桜子に対し、学部生の心操に日曜の講義があるはずがないと思った。

 そうした質問が飛んでくることは想定済みだったのか、心操は淀みなく答える。

 

「終日予定もなくて暇なんで、法律科目の復習でもと思って図書館に。警察官採用試験でも必須なんで」

「そう……偉いね」

 

 それは偽らざる本音だった。心操はまだ三年生になったばかりで、試験本番までは一年以上の猶予がある。それをいまから備えておこうという態度は本当に立派だと思った。

 比べて、自分は――

 

「そういう沢渡さんは、研究ですか?この前あんなことがあったばかりなのに、修士って大変なんですね」

「あったから余計よ。それにまあ、好きでやってることだから……でも……」

 

 そこまで言ってはっとした桜子は、心操が訝しむでもなく先を静かに待っていることに気づいた。他人の機微に敏感な彼は最初から桜子の沈んだ様子に気づいて、それで誘いをかけてきたのだろう。

 誰とも共有できない懊悩を、この際彼と共有してしまいたい気持ちはある。だが、当然出久がクウガ、未確認生命体第4号であることを暴露してしまうわけにはいかない。

 

 迷った末、桜子は、

 

「……ねえ心操くん。もし、友達が危ないこと……それでもやらなくちゃならないことをしてたら、どうする?」

「危ないけどやらなくちゃならないこと?……ヒーローとか?」

 

 やはり元ヒーロー志望、冷めているように見えて真っ先に出てくるのはやはりヒーローである。

 

「元々はヒーローじゃないただの民間人なのに、人知れず敵と戦ってるとか……たとえばだけど」

「……わりと特殊な状況っすね。そうだな……」

 

 少し考えこんだあと、

 

「ふつう、止めるんじゃないのかな。だって、いくらすごい個性をもってたとしても、そいつは民間人なわけでしょう。世の中ヒーローだらけなんだから、そいつが危ない目に遭う必要なんかないと思うし」

「そう……よね……」

「――でも、」心操のことばには続きがあった。「それでもそいつが本気でやりたがってるなら、結局認めるしかないと思います。そのうえで、できるだけ助けになってやるしかないんじゃないですか」

「………」

 

 やはり、そうか。心操はヒーローを渇望し挫折した雄英高校の三年間で、多くの悲喜こもごもを経験している。彼にとって挫折は無駄なものではなく、揺らがぬ心の強さという果実をもたらしてくれる大いなる糧だったのだ。

 桜子には、その強さが羨ましかった。

 

「沢渡さんはどうなんですか?」

「私は……――頭では、そうしなきゃってわかってる。でも、だめなの。逃げてるのよ、自分だけ……」

 

 出久は言わずもがなだし、彼の幼なじみである勝己もまた、様々な葛藤を乗り越えて戦っている。皆が、自分にできることを精一杯やり遂げようと努力しているのだ。それなのに、自分だけ逃げたいなんて思っている――

 

 そんな桜子の自己嫌悪に、心操は、

 

「……いいんじゃないかな、そう思ったって」

「え……」

「俺だって、逃げたいと思わないなんて言ってないですし。ただ結局、ふつうに考えて、ふつうにやることやればいいんだって……それだけです」

 

 ふつうに考えて、ふつうにやる――心操にとって、それを基に出しうる結論が"友を支える"なのだろう。

 

 ならば、桜子は、

 

 

「――心操くん、私もう行くね。これ、話聞いてくれたお礼も入ってるから」

 

 そう言って桜子がふたりぶんのコーヒー代を差し出すと、心操はフッと笑ってそれを受け取った。

 

「じゃ、おことばに甘えておきます」

「うん。ありがとっ、心操くんも勉強がんばって!」

 

 慌ただしく走り出す桜子。目的地はただひとつ――考古学研究室だ。

 

 




心操くんが今んとこみのりっちポジションになってて草生えます。登場タイミングからして……


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EPISODE 6. 吼えよドラゴン 3/4

鷹野警部補はディケイド・クウガの世界に登場した八代刑事をモデルにしてます。なので下の名前は"藍"です
20代後半のイメージだったんですが演者の佐藤寛子さんは当時まだ23歳くらいだったという……これは……陳情、だな……

[追記]
駿速さんの最高時速をコッソリ修正しました。やっぱり元ネタに合わせようかと…


 警視庁では未確認生命体関連事件合同捜査本部の捜査会議が行われていた。ヒーローと警察官が向かい合うようにして座る会議室において、未確認生命体第6号(ズ・バヅー・バ)の凶行を止めるための重大な情報がもたらされたのである。

 

「工場の煙?」

 

 報告を聞いた管理官の塚内警視が、確認するように声をあげる。説明役を務める鷹野警部補は、それに対してはっきりと頷いた。

 

「はい。爆心地によれば、第6号は逃走の直前、突然咳き込むようなしぐさを見せたとのことです」

「そういえば、確かにそうだった……」飯田がポンと手を叩く。

「確認したところ、当時の風向きは北西でした。現場を基点とすると、このように――」プロジェクターに簡単なシミュレーションマップが表示される。「工場はちょうど北西にあります」

「なるほどね。しかし、それだけでは……」

 

 6号が煙を嫌ったという確たる証拠にはならない――塚内はそう釘を刺そうとしたが、ここで森塚が手を挙げた。

 

「ハイハイ、僕も手伝わされ……お手伝いして調べたんですよ。これまでの6号の関与が疑われる墜落死の現場の、当時の風向き」

 

 森塚によれば――調査した25件のうち、18件の現場は近隣の工場からみて風上にある。残り7件についても工場が半径数キロ圏内にないゆえの"保留"であり、総合すると工場の煙を避ける形になっているのはほぼ確定的である。

 

「ふむ……爆心地、きみはどう考える?」

 

 刑事らの分析をじっと聞いていた勝己は、意見を求められるやラグなく口を開いた。

 

「あんときの奴の様子からみても間違いないと思います。連中は超古代から甦ってきた可能性がある、汚れた空気はなるべく吸いたくないと考えられる」

「銃弾も爆破も大して気にとめないくせにねえ。図太いんだかナイーブなんだか」

 

 森塚に「私語をするな」と注意しつつ、塚内は鷹野に続きを促した。ここからが本題だ。

 

「説に従い、本日の風向きから出現予測地点の絞り込みを行いました。昨日、最も多くの被害者が出た杉並区に限定すれば――このようになります」

 

 狭められた出現予測地点が表示される。その表示を――本部長は、信頼することにしたようだった。

 

「よし、杉並区の該当範囲、また周辺区を中心に、所轄署と協力して警戒を行うことにする。鷹野警部補、森塚巡査、爆心地の三名は杉並へ。インゲニウムと気谷巡査部長は品川・港区を……」

 

 面構警視長の命令により散会、ヒーローと捜査員らはそれぞれの担当区域へ向かうべく動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 それから一時間ほどした頃、文京区の喫茶店・ポレポレのカウンター席にて、緑谷出久はひとり悩んでいた。

 

「なんで青くなっちゃったんだろう……」

 

 置いてある醤油の蓋を横目で見つつ、ぽつりと呟く。蓋の色が青いとか、そんな程度の低い話ではなかった。

 

「確かに赤のままじゃ勝てなかったけど……結局青も青でパワー負けしちゃうし……」

 

 パワーで優位に立てるマイティフォームでは、あの跳躍力には対応できない。かといってジャンプ・スピードで互角のドラゴンフォームでは、ほとんどパンチやキックといった打撃が通用しないのだ。あちらを立てればこちらが立たず。戦闘中にも思ったが、せめて不足したパワーを補う手段がないと、後者は相当使いどころが限られてしまう――

 

 と、野菜の入った段ボール箱を抱えたおやっさんが二階から下りてきた。

 

「どうした出久、悩みごとか?」

「あっ、おやっさん……」

 

 段ボールをカウンターの上に置くと、彼はすかさず醤油とソース、ふたつの小瓶を手にとる。出久はそれをただ眺めるばかりだ。

 

「ま、やっぱり醤油はね、日本料理なら大概合いますよ。これにしときゃほぼ間違いなしだよね」赤い蓋の小瓶を掲げつつ言ったあと、「でもソースにはソースの良さがある!カレーにかけるならやっぱりソースのほうが主流だしねえ」今度は青い蓋の小瓶を掲げて、である。

 

「おやっさん……」出久は溜息をつきつつ、「それ、逆です」

 

 おやっさんは取り違えていた。赤がソース、青が醤油である。もっともポレポレのことはすべて知り尽くしている彼だから、本当に間違えたのではなく道化を演じたのだろう。予め用意していたらしき「()()()か」という駄洒落も含めて。

 

 実際、彼の言動のおかげで出久の心は随分と解れた。

 

「でもありがとう、おかげでちょっと気が楽になりました」

「そうかそうか!んじゃ、楽になったついでに外掃いてこい。昨日のぶんも働きなサイケデリック!」

「はーい」

 

 苦笑しつつ店の外に出て、箒とちりとりを持って掃除に着手する。ちょうど春の半ばということで、桜をはじめ散った無数の花片がそこかしこに沈んでいる。いささかもったいない気もするのだが、悲しいかな花も地に落ちれば景観を損ねるものとなってしまうということか。

 ともかく、給金をもらう身の出久は、人の道に外れた行為でもない限りやれと言われたらやるしかないのである。心の中でごめんと謝りつつ箒を地につけた、ほとんどその瞬間だった。――そばに駐めてあるトライチェイサーの無線がひとりでに起動したのである。

 

『鷹野より杉並3、そちらの状況は?』

『こちら杉並3、現在のところ異常は――』

「!」

 

 警察の無線のやりとりを傍受しているのだということはすぐにわかった。このマシンは元々、白バイの試作機なのだから。

 そしてその内容が、未確認生命体の再出現に備えたものであることも容易に想像がつく。出久は自然、聞き耳を立てていた。この偶然の先で、何かが起こるのではないか――そんな予感がしたのだ。

 

 そしてそれは見事に的中した。一分もしないうちに、所轄側の警官の様子が途端に慌ただしくなったのだ。何ごとかを問う鷹野警部補に対し、

 

『桃井四丁目付近に、6号らしき影を発見!』

「……!」

 

 やっぱりか。腹の中で、どくんと何かが熱く疼いたような気がした。

 居ても立ってもいられなくなった出久は「ごめんなさいおやっさん」と声に出して叫ぶと、その場に箒とちりとりを放ち、トライチェイサーを発進させたのだった。

 

 

 

 

 

 考古学研究室に戻った桜子は、自身のデスクトップで解読作業を行っていた。青い戦士――そのワードから連想できることばを検索にかけていく。青、空、海――直接関係のありそうなものはヒットしない。暫し停滞して悩んだ桜子だったが、そこで海から"水"という単語を着想した。早速検索にかけてみると、

 

「!、これだわ……」

 

 青い――水の戦士の、真の戦い方。早速それを伝えるべく、桜子は出久の携帯に連絡しようとする。しかし、いくら待っても出る様子がない。出久は携帯の入ったカバンをポレポレの休憩室に置き去りにしていたのである。逸った桜子は次に勝己にも電話をかけてみるが、こちらも電源が入っていない状態だった。

 よもやと思いテレビをつければ――朝の情報番組が、未確認生命体の出現を伝える緊急報道に取って代わられていた。やはり出久も勝己も戦いに赴いているのか。

 

「井荻……!」

 

 伝えられた出現地域を聞いた瞬間には、桜子は考古学研究室を飛び出していた。キャンパスを出口目がけてまっすぐ駆け抜ける途上で、再びの心操とぶつかりかけた。

 

「ッ……沢渡さん?どうしたんですか?」

「!、心操くん、バイク借りていい!?」

「は?」

「私、どうしてもいますぐ行かなきゃいけない場所があるの!」

 

 井荻駅の属する西武新宿線は未確認生命体出現によって現在運行を見合わせているそうだし、周辺の道路も封鎖されていることが予想できる。しかし、バイクを使えば――

 

 桜子の必死の懇願を聞いた心操は、小さく溜息をつき、

 

「……いいですけど、沢渡さんふだん俺のみたいな大型のに乗らないでしょ。危ないですよ」

「わかってるけど――」

「――俺がお供しますよ。なんか関係あるんでしょ、さっきの話と」

「え、でも……」

 

 「いいんです」と心操は笑った。

 

「俺のバイクあなたに貸したなんて知れたら、緑谷に怒られちゃいますし」

「心操くん……」

「それにほら、タクシー代をもうもらってますから」

 

 喫茶店で桜子が奢ったぶん、それを指しているのだろう。

 

――なんであれ、心操の心遣いが胸に染みた。

 

「ありがとう、心操くん……お願いしていい?」

「ええ。ちなみに、どこに行けば?」

「えっと、井荻なんだけど……」

「井荻って……」一転、困惑した表情を浮かべる。「いま、未確認生命体が出てるんじゃ?」

「うん……もしあれなら、やっぱり……」

「……いや、尚更ひとりじゃ行かせられないですよ」

 

 結局心操は理由を深く追及せず、躊躇いもせず、桜子を自身のマシンのもとに誘ってくれたのだった。

 

 

 

 

 

 桜子からの電話に出なかった勝己は、ちょうどバヅーを発見、戦闘に入ろうとしていたところだった。

 バヅーは既に、先行して交戦していた警官数名を死傷させている。もはや様子見をしている猶予もないと、勝己は例によって全力で挑みかかっていた。

 

榴弾砲(ハウザー)――着弾(インパクト)ッ!!」

 

 最大限の殺意をこめた爆破が放たれる。それは爆風だけでも凄まじいもので、直撃を避けたはずのバヅーの身体が大きく吹っ飛ばされた。

 

「オラァ、40人殺した威勢はどーしたよバッタ野郎がァ!!」

「チッ……クウガジョ、シジャバ、バギザバ」

 

 人間といえど侮れるものではない――それは理解したバヅーだったが、それでも退くつもりはない。むしろリスキーな獲物だからこそ、必ず狩ると意気込んでいた。

 

「ハッ!」

 

 掛け声とともに空高く跳躍、付近の建造物の屋上に着地すると、即座に降下してジャンプキックを放ってくる。勝己は間一髪でそれを躱し、やはり爆破で反撃。こちらは直撃だったが、しかし一瞬表皮が黒焦げになっただけで即座に回復されてしまった。

 睨み合う勝己とバヅー。――実はこのとき、後者をライフル銃のスコープ越しに狙う女の姿が付近のビルの屋上にあった。

 

「こちら鷹野、これより第6号を狙撃する。できるだけ奴の動きを押さえて」

 

 無線機から、勝己の耳に装着された骨伝導型イヤホンへと伝達する鷹野警部補。"了解"の意を示す舌打ちが返ってくるのを確認して、自身の個性を発動させた。スコープを覗く瞳に、猛禽類のごとき光が宿る。

 

――鷹野藍。個性、"ホークアイ"。視力が人間の限界まで強化され、キロメートル単位で離れた場所にある物体のディテールを観察したり、あるいはその動きをスローモーションで捉えて次の行動を予測することもできる。この個性は狙撃部隊や警備畑において、元々の高い洞察力と相俟って十全に活かされ、ノンキャリアである彼女が20代で警部補にまで昇進するのに一役買った。

 

 己が個性を駆使し、一撃必殺のヘッドショットを狙う。ライフルも通常のものではなく、通常の銃火器に耐えるような異形型敵の鎮圧などに使用されている特注品だ。殺害できるかは別にして、これでダメージを与えられなかったら末代までの恥だと彼女は心していた。

 幸いにして、勝己は襲ってくるバヅーを最小限の動きでいなし、照準がつけやすいように配慮している。ただの傍若無人なワンマンかと思っていたが、任務を完遂するために必要な協調ができないわけではないらしい。ヒーロー爆心地に対する評価をわずかに上方修正しつつ、鷹野は慎重に的を絞り、

 

 そして、引き金を引いた。一瞬の烈しい銃声のあと、放たれた弾丸がスコープの中心――バヅーの頭部に吸い込まれていく。

 その直撃を受けた瞬間、バヅーは声を出すこともできずに大きく吹っ飛び、建物の壁に激突した。大量の粉塵にその姿が隠れる。

 

「………」

 

 これで倒せた――とは、誰も思っていない。通常の拳銃の弾丸を容易く弾き返す全身だ、強力なライフルをもってしても完全に貫通させるまではいくまい。

 そしてそれは現実のものとなった。粉塵が散るとともに、バヅーがおもむろに立ち上がってきたのだ。ただ、ノーダメージというわけではなく、身体がふらついている。軽い脳震盪を起こしているようだ。鷹野の面目は無事に保たれた。

 

「ッ、バンバンザ……ギラボバ?」

 

 戸惑いぎみに呟かれたことばの意味は、勝己にも理解することができた。それゆえに、

 

「知りたきゃ地獄で調べろやぁ!!」

 

 罵詈雑言とともに、爆破を顔面にぶち込む。バヅーは顔を黒焦げにして再び建物の壁に自らの背中の形を刻み込むのだった。

 

 いける、勝己はそう確信していた。未だ決定打こそ与えられてはいないものの、自身の爆破と鷹野の狙撃で着実にバヅーの体力を削ることができている。長期戦になればなったで飯田たちも参戦してくるだろう。これなら――

 

 が、流石に形勢不利を見てとるやバヅーは方針を転換した。動けるようになるや否や跳躍、そのままビルの上に飛び移ってしまったのだ。

 

「ッ、テメェまた逃げる気か!!」

 

 当然、勝己も鷹野もバヅーを逃がすつもりはない。だが、爆速ターボもホークアイも、ビルからビルに縦横無尽に飛び移って逃げる敵までは捕捉しきれないのだ。

 万事休すかと思われたそのとき、一台のパトカーが現れ、運転席から小柄な刑事が姿を現した。

 

「おっと、ゲロマズな状況みたいだね」

「!、森塚刑事……」

「ここは僕も働かんとね……――とうッ!」

 

 被っていたソフト帽を天に投げつけ、同時に自身も跳躍する。その瞬間、彼の身体は光に包まれ、

 

 イエローを基調とした、オフロードマシンへと変形した。

 

『さあ、乗りたまえ爆心地!』

「………」

 

 流石の勝己も一瞬呆気にとられる森塚駿の個性は――"駿速(レーザーターボ)"。肉体をバイクに変形させることで、最高時速278キロでの走行を可能とする。飯田の"エンジン"の変則型と言ってもいい個性だった。

 ともあれ、これで爆速ターボよりも安定したハイスピードで追跡できる。勝己は躊躇なく森塚の変身したバイクに跨がり、走り出した。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 グシギ

ヒョウ種怪人 ズ・メビオ・ダ/未確認生命体第5号

「ゴギヅベスババ……ビ、パダギンゾンビ!(私の本気に……追いつけるかな!)」

登場話:EPISODE 3. エンカウンター~EPISODE 4. TRY&CHASE!
身長:203cm
体重:172kg
能力:270km/hでの走行
   鋭い爪による引き裂き
活動記録:
人間体は黒を基調とした衣装に身を包んだ十代後半の無口な少女。その姿で文京区茗荷谷駅付近に現れ、絡んできたチンピラ2名を惨殺したのを皮切りに、都道を走行する車両を襲撃する。その際未確認生命体第4号(赤のクウガ・マイティフォーム)と遭遇し交戦するも、駆けつけた警官隊の銃撃を受けて左眼を負傷。逃走して区内に潜伏する。
翌日再出現し、自らを傷つけた警官隊を執拗に殺戮、駆けつけたターボヒーロー・インゲニウムですら追いつけないスピードで逃走を図るが、中央自動車道にて警察の新型白バイの試作機"トライチェイサー"を爆心地より譲り受けた4号に追いつかれ、その体当たりを受けて深傷を負う。それでも執念で4号に襲いかかろうとしたところで、そのキックを腹部に受けて爆死した。

作者所感:
作者のライダー初怪人が彼女。当時アンパンマンくらいしかヒーローもの?を見たことがなかった作者にヤンキーを蹴り殺す衝撃的なシーンを見せてくれたお方。その恐怖で一旦リタイアしたので4話はリアルタイムで見てません。5話で復帰したらクウガがかっこいいバイクに乗ってたりしました。ディケイド・アギトの世界ではアントロードに惨殺されてたり、美人なのに色々と不憫……




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EPISODE 6. 吼えよドラゴン 4/4

心操くんほんとすき
こういう思いつきで登場させることにしたキャラが活躍したり重要な役割を果たしたりする傾向が強いです、自分の作品



 本能の赴くままに、緑谷出久はトライチェイサーを走らせていた。

 走行中もマシンが警察無線を傍受してくれるおかげで、バヅーの現在位置は相当正確に掴めている。あとは、アークルの胎動に従ってその姿を見つけ出すだけ。

 

 避難勧告&外出規制によって人気のなくなった道路を走り続けていると、不意に進行方向のビルの屋上に飛蝗に似たシルエットが現れた。――バヅーだ。しきりに周囲を見回している。次に飛び移るビルを物色しているのだろうか、こちらに気づいた様子はない。

 出久はトライチェイサーを路肩に停車させると、即座に変身の構えをとった。腹部にアークルが顕現する。

 

「――変身ッ!」

 

 叫ぶと同時に、ベルトの中心――霊石が青い光を発する。途端に出久の皮膚は漆黒に変化し、胴体には薄い青の装甲が現れた。クワガタに似た頭部の巨大な複眼もまた、青く発色する。

 

「!、いきなり青か……」

 

 初めての事態――ドラゴンフォームへの変身自体昨日が初めてなのだが――に戸惑う。しかし、即座にバヅーに追いつけるジャンプ力とスピードを彼が望んでいたことは事実だ。その希望に、アークルはきちんと応えてくれたらしい。

 「よし」と気合を入れて意気込んだクウガは、バヅーのいるビルの屋上目がけて跳躍した。ひと跳びで身体が高く舞い上がり、一瞬にして目的地に到達する。

 

「!?、クウガ――」

「はぁッ!」

 

 虚を突いての飛び蹴り。しかし右脚が熱くなるあの感覚が念じても来ない。それでもパンチよりは多少ましだったのか、バヅーは怯んだ様子で数歩後退した。

 この姿は、そもそもキックでとどめを刺すようにできていないのかもしれない。赤に戻らなければ敵を倒せないのか、それともやはり別の方法があるのか。

 ともかく、この姿でまともに殴り合いはできない。学習した出久は、拳を握らずにカンフーのような構えをとった。中身は素人である以上、本当に"ような"でしかないが。

 

「ボンゾボゴ、ドゾレゾガギデジャス!」

 

 襲いくるバヅー。とにかくその攻撃を喰らわないことに意識を集中する。幸い動きが相当スピーディーになっているため、それは容易くはあった。受け流しつつ、掌打でその身を押しやる。

 

「ッ!」

 

 ダメージはなく、バヅーは再び距離を詰めてきて攻撃を繰り出してくる。再び躱す、ジャブを入れる。再び攻撃が――その繰り返し。

 

(だめだ、このままじゃ……)

 

 徐々に焦りが滲んでくる。確かにダメージは受けずに済んではいるが、こちらもまったくと言っていいほどダメージを与えられていない。しかも、こちらは一発でも喰らえば致命傷になりかねないのだ。

 ここは赤に戻って戦うべきか。念じれば戻れるのか。しかし戻ったところで敵が他のビルに飛び移ったら追いかけられなくなってしまう。彼が思考の海に沈みかけたところで、バヅーの蹴りが目の前に迫った。

 

「!、うぐッ!?」

 

 咄嗟に腕で防ぐものの、筋力の貧弱になった細腕はその威力に悲鳴をあげる。よろよろと後退したクウガは、これ以上の追撃を避けるべく一旦自ら地上に飛び降りるしかなかった。

 

「……ッ」

「フン、ゾンデギゾバクウガ!」

 

 頭上でバヅーが勝ち誇っている。悔しさに拳を握りしめる異形の戦士は、しかし勝利を掴むための糸口を掴めずにいた。

 

(わからない……どうすればいいんだ……!?)

 

 

 

 

 

 心操人使の運転する大型バイクは、後部に沢渡桜子を乗せて井荻に向かって飛ばしていた。

 杉並区に入り、暫く走り続けていると、前方にパトカーの赤いランプが複数見えた。その前を制服警官らが固めている。

 

「検問……じゃないな、封鎖か」

 

 独り言のように呟くと、腹に回された桜子の腕にぎゅっと力がこもるのがわかる。交通規制が行われているであろうことは、未確認生命体の出現情報が出た時点で読めたことのはずだ。――自分も含めて。

 

(マズいんだけどな……一応警察官志望だし)

 

 だが、ここまで来て止まれる心操ではなかった。友人の大切な人が、何かを為すために助けを必要としているのだ。自分がその助けになれるなら、その後の人生と秤にかけることはしない。ヒーローになるという夢をあきらめたって、憧れまでも捨てたわけではないのだから。

 

「そのまましっかり掴まっててくださいよ」

 

 だから心操は、止まるよう促す警官たちの合図に反して、スロットルを思いきり捻った。

 バイクはスピードを上げ、予想外の事態に混乱する警官たちのど真ん中を突っ切っていく。「止まれぇ!」という慌てた声に対して、心操は、

 

「緊急車両です」

 

 あっけらかんと、そう言ってのけた。

 

「心操くん……」

「すいません。でも、止まるわけにはいかないでしょう?」

 

 一刻も早く"彼"のもとにたどり着き、そして伝えねばならない。詳しい事情は知らずとも、桜子の心情をよく理解したがうえの行動だった。――自分にも大きなリスクがあるとわかっていて、彼はそれを選びとったのだ。

 

「あなたも……やっぱり、()()なんだね……」

「何か言いましたか?」

「ううん、なんでもない。――このまま、お願い!」

 

 封鎖のおかげで道路には通行人も車両もない。さらにスピードを上げ、杉並区内の閉鎖区域を爆走する。

 

 と、遥か前方に青い影が転がってくるのが目に入った。心操は咄嗟にブレーキパッドを捻り、マシンを減速させる。

 

「ッ、あれは……」

 

 見覚えのある異形。それが未確認生命体第4号であると気づくのに、時間はかからなかった。

 4号――クウガはよろけながらも態勢を立て直し、次いで現れた第6号――ズ・バヅー・バの攻撃を回避する。しかし後者が前者を圧倒していることは、まだ状況を把握しきれていない心操にも容易く読めた。青いクウガの反撃はほとんど効いていないのに、バヅーの攻撃は掠っただけでダメージをもたらしている。

 クウガが人間を襲わず、殺人を行う同族ばかりと戦っているという情報をもっている心操は、一瞬どうすべきか迷った。どこか既視感のある挙動で必死に戦っているクウガ。できることなら助力してやりたい、という気持ちがよぎる。しかし自分にそれができるだろうか。未確認生命体という怪物相手に、自分の洗脳の個性が通用するかはわからない。万が一効果がなければ、自分ばかりか桜子まで危険に晒してしまう――

 

 しかしその桜子が、予想外の行動に出た。

 怪物たちに恐れをなして逃げ出すどころか、むしろその戦場へ走り出そうとするではないか。これには驚愕した心操は、慌ててその腕を掴んだ。

 

「何してんだっ、沢渡さん!!」

 

 

「――何してんだっ、沢渡さん!!」

「!?」

 

 聞き覚えのある声で、聞き覚えのある名前が叫ばれ、クウガはぎょっとした。その方向に咄嗟に顔を向ければ、予想とおりのひと組の男女の姿。

 

(沢渡さんに、心操くん!?なんでこんなところに……!)

 

 いや、理由なんてどうでもいい。早くこの場から離れさせなければ。

 しかし、彼が叫ぶより寸分早く、桜子の声が響いた。

 

「――水の心の戦士!」

「えっ……」

「長きものを手にして敵を薙ぎ払え!」

 

 一瞬、呆けてしまう。桜子のすぐ後ろにいる心操も、ただただ困惑しているようだった。

 しかし、

 

「わかった!?」

 

 その問いを訊いて、クウガは悟った。彼女が言ったのは、恐らく解読した碑文の一部。水の心の戦士――つまりはこの姿(ドラゴンフォーム)の戦法を教えてくれたのだ。

 

「長きもの……ぐぁっ!?」

 

 次の瞬間バヅーのラリアットを喰らい、クウガは大きく吹っ飛ばされた。しかしその先で金属製の手すりが目に入って、遂にすべてを理解した。

 

「――そうか!」

 

 勝機を見出したクウガは即座に立ち上がり、その手すりを思いきり蹴り上げる。力が弱いとはいってもその威力は3トン、常人の比ではない。結果、固定されていた手すりは天高く舞い上がり、そしてクウガの手許へと移った。

 棒術をイメージしてそれを振り回すと、一瞬掌がかあっと熱くなる。その熱が手すりに伝わり、形状を一瞬大きく歪めた。

 

 そして、身体と同色の青い棒状の武器へと変化した。"来たれ、海原に眠る水龍の棒よ"――古代文字でそう記されている。名を、"ドラゴンロッド"。

 

「よし……!」

 

 突進してくるバヅーに対し、ロッドを思いきり叩きつける。1メートル超の長さがあるそれはリーチも長く、反撃を受けない位置からの攻撃が可能だった。しかも、打撃力は十全にあるようで、パンチやキックでは怯まなかったバヅーが呻き声をあげた。

 

「グゥ……ッ」

(効いてる……!)

 

 このチャンスを逃してはならない。そう判断したクウガは、攻撃の手を緩めることなくバヅーを叩き伏せた。ドラゴンフォームのスピードに乗って自由自在に跳ねる棒。その先端に顔を、胸を、脚を叩かれ、バヅーは着実に体力を奪われていく。もはや、形勢は完全に逆転していた。

 

「あれが……4号……」

 

 流麗なその姿に、心操は目を奪われていた。躍動する青い瞳の奥には、何かを守ろうとする強い想いが宿っているように感じる。もしも友人の緑谷がヒーローになったら、きっとこんなふうに戦うのではないか。

 そういえば、桜子はクウガに何事かを伝えていた。それが目的でこの危険地帯に突撃したのか。――彼女は、何かとても重大な事実を知っているのではないか。

 

 心操がそれを口に出して尋ねようとしたとき、背後からバイクのブレーキの音が響いてきた。振り返った彼が見たのは、黄色い車体の明らかに市販ではないオフロードマシンと、それを操る爆弾魔(ボマー)のようなコスチュームのヒーロー――

 そのヒーロー――爆心地こと爆豪勝己はふたりの姿を認めた途端、血相を変えて駆け寄ってくる。

「沢渡さん――に、テメェ普通科の……心操、か?」

「……覚えてたのか、俺の名前」

 

 クラスメイトですらなかなか覚えず、独自につけたあだ名――殆ど悪口――で呼んでいた男に覚えられているのは、かなり意外で。同時にやや複雑な気分でもあった。

 しかし、勝己の関心はすぐに逸れた。ドラゴンロッドを操りバヅーを圧倒するクウガ、彼もやはりその姿に釘付けになっているようだった。――ついでにバイクから元に戻った森塚も。

 

「えっ、民間人……避難……あっ、4号と6号もいるし……っていうかこの人ら、爆心地の知り合い?」

「………」

「無視ですか……。まあいいや、こんがらがってきたしひとまず4号氏を応援しよっと。よんごー!がんばえー!」

 

 いい歳の成人男性――見た目は未成年とはいえ――の気の抜けた応援が届いたのか否か、クウガは遂に最大最後の一撃を放とうとしていた。ロッドを振り回しながら空高く跳躍。そして、降下とともに、

 

「――おりゃあッ!!」

 

 バヅーの胸ど真ん中に、ロッドの先端による打突を喰らわせることに成功した。

 

「ウグッ……ガッ……!」

 

 苦悶の声をあげるバヅー。その胸には、マイティフォームのキックのときと同様の古代文字が浮かび、腹部に向かって放射状のヒビを走らせていく。バヅーは抵抗するかのように必死にもがくが、もう取り返しはつかない。ヒビはあっという間にバックルまで到達し――

 

 そして、大爆発を起こした。頑丈かつ異様なまでの回復力をもつはずの肉体は一瞬にして粉々に粉砕され、四方八方に破片が散っていく。ズ・バヅー・バという存在は、この世界から完全に消滅したのだ。

 

「………」

 

 そのさまを見つめながら、クウガはおもむろにロッドを下ろした。そして大きく息を吐く。――手から、白煙が噴き出ている。

 

(……デク、)

(出久くん……)

 

 勝己も桜子も、本当はその名を呼びたかった。しかし心操と森塚がこの場にいるから、それもできない。

 そのうちに、彼はゆっくりとふたりを振り向いた。表情のないその瞳。しかし海原のような深い青が、何かを訴えかけている。特に、桜子に対して。

 それに応えてやらねばならないと思った。緑谷出久という優しい青年の友人として。何よりこれから先、ともに戦っていく仲間として。

 

 だから桜子は胸元で、かすかに、本当にかすかにだが、握った拳から親指を立ててみせた。サムズアップ。出久の戦いに、最大級の労いを与えたのだ。

 それを目の当たりにしたクウガは暫し呆然としていたが……やがて、自らもサムズアップを向けてみせた。ありがとう、沢渡さん。そのことばを口では伝えられない代わりに。

 

 

 もう出久は逃げられない、逃げる気もない。だからこそ、前へ進む彼を全力で支える。

 その決断の果てに何が待っているのか――抜けるような青空だけが、それを知っているような気がした。

 

 

つづく

 

 





砂藤「遂に俺たちが次回予告を担当だ!」
障子「早くも、だな」
口田「――、―――」
砂藤「次回出てくる未確認はあのムキムキ野郎!大変だ緑谷、赤も青も奴の筋肉には太刀打ちできねーぞ!」
障子「対抗手段はひとつしかないな」
砂藤「おう、筋肉だ!いまの緑谷には筋肉が足りねえ!」
口田「――、―――?」
障子「こうなったら我々筋肉同盟※が緑谷を鍛えるべく登場して……」
口田「――!――、―――!」
障子「……何、紫のクウガ?」

EPISODE 7. 無差別級デスマッチ

砂藤「さらに!」
障子「向こうへ!」
口田「―――、――――!!」


砂藤「あっ、"アイツ"がポレポレの前で行き倒れてるぞ!」
障子「嵐の予感だな……」
口田「――……」

※作者オヌヌメの某ヒロアカ二次創作のネタです。ああいう神作品を書けるようになりたいと思いつつ障子ん(精進)……


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EPISODE 7. 無差別級デスマッチ 1/3

登場グロンギの順番が変わりました
メ組の皆さんも結構変わることになるんじゃないでしょうか


 雨の降りしきる深夜の住宅街。人気のないその一角を、少女が傘も差さずに歩いている。

 

「………」

 

 十代後半から20歳くらいであろうか、やや小柄でかわいらしい顔立ちは、きちんとした身なりで渋谷や原宿のような若者の多い街を歩けば相当数の異性から声をかけられてもおかしくない魅力を醸し出している。

 しかしながら、いまの彼女に声をかけるのは……せいぜい、警邏中の警官くらいかもしれない。雨ざらしで、ほとんど生気のない表情でふらふらと歩く。時折お腹を庇うように手をやるのは、胃腸の具合でも悪いのだろうか。

 

 そのうちに彼女は、灯りの消えた喫茶店の前にたどり着いた。一縷の望みをかけて扉を叩くが、中から反応はない。既に"CLOSED"と掛けられている以上、そもそももはや反応を返すべき人間もいないのだろう。

 そこで彼女は限界を迎えた。扉を叩く手から力が抜け、ずるずると滑り落ちる。もっけの幸い、そこに屋根があったおかげでこれ以上雨に打たれずに済んだものの、それでも彼女はずぶ濡れの状態でそこで行き倒れているのだった。

 

 

 

 

 

 それから数時間が経過して、街に朝が訪れた。深夜に降っていた雨が嘘のように朝日がまぶしい。

 その陽光をきらきらと反射する濡れた路を、規則正しいペースで走り続けるふたりの青年の姿があった。緑谷出久と心操人使――かつてヒーローに憧れながら挫折し、しかしそれに代わるものへと目を向けつつある、そんな城南大学の学生たちである。

 揃ってやや息はあがっているが、どちらも速度を緩める気配はない。ふたりの表情を見るに、昂ぶる競争心がそうさせているのだろうか――

 

 結局彼らはそこから一時間近くも走り続け、へとへとになった状態でスタート地点の城南大学に帰り着いた。

 

 

「緑谷おまえ、意外と体力あるじゃん」

 

 シャワーを浴びて再び合流したあと、朝食をとりながら心操はそう呟いた。そのひと言に、出久は照れくさそうに頬を掻く。

 

「そ、そうかな……そんなことないと思うけど」

「それはビギナーを振り落とせなかった俺へのイヤミに聞こえるんだけど?」

「!、いや、あ、ごめ、そんなつもりじゃ……」

 

 顔を青くしておろおろしている出久を観察しながら、心操はくすりと笑みを漏らした。

 

「……冗談だよ、わかってるって」

「はぁ……結構いじわるだよね、心操くんって……」

「おまえにくらいだよ」

 

 実際、出久にはついからかいたくなってしまう雰囲気がある。年齢より幼い容貌やそれ相応の背丈、ころころと変わる豊かな表情――大学生としてはやたら初心で純粋なのも心操からすれば新鮮に感じる。友人であることに間違いはないが、むしろ弟のように感じてしまうことが多々あるのだ。互いにひとりっ子なのだが。

 

 そんな出久がいっしょにマーシャルアーツをやりたいと言うので、心操はガンヘッド主催のマーシャルアーツ・クラブへの入会を世話してやり、さらに基礎体力をつけるために朝の走り込みにも誘ってやることにした。出久はほとんど毎日、今日のように早くからバイトがある日でも必ず出てくる。元々真面目な男であることは知っていたが、ここまでのひたむきさがあるとは。

 

――最近物騒だから、自分の身くらいは自分で守りたいんだ。

 

 確かに未確認生命体なる危険な怪物たちが突如現れ、それに乗じた敵の犯罪も増えつつある。だから理由としてはまっとうだ。

 だが、本当にそれだけだろうか。ふつうの護身術ならともかく、マーシャルアーツである。ここまで必死にそれを学ぼうとしているのには、もっと深い理由があるのではないかと思った。が――

 

「そういや、おまえがそこまで頑張ってるのって、やっぱり沢渡さんと……アレだから?」

 

 他人の心のうちにずかずか踏み込むのをよしとしない心操は、そんな訊き方をするのが精々だった。もっとも、それですら出久は口に含んだ水を噴き出しそうになっているのだが。

 

「い、いや、それは……」

「違うのか?」

「た、確かに沢渡さんを守れるに越したことはないけど……僕、別に沢渡さんとそんな、特別な関係ってわけじゃないし……」

「なっちゃえばいいのに」

「なろうと思ってなれるもんじゃないよ!?大体、僕なんかじゃ沢渡さんとは全然釣り合わないよ……あんな頭がよくて、優しくて、き、きれいな人となんか……」

「……ベタ褒めじゃん」

 

 大体、釣り合わないなんてこともないと思うのだが。無個性ゆえに、出久は自己評価が低すぎるきらいがある。気持ちはわからないではなかったが、どちらかというと敬遠される人間だった心操とは、また少し違う精神構造のようだった。

 

 それは、ともかく。

 沢渡桜子の名を出したことで、心操は一週間前のできごとを思い出した。彼女は未確認生命体第4号のもとに駆けつけ、何か助言を与えていた。その助言をもとに4号は手すりを武器へと変え、6号を倒すことに成功したのである。

 桜子は、4号と繋がっている――それは間違いない。一部ではヴィジランテのひとりとも言われる彼と、彼女は知己なのだ。だが心操は上述したような性格のため、彼女を追及することができなかった。

 

「なあ緑谷……おまえ、沢渡さんから――」

「――あっ、やばっ……!」

 

 桜子の秘密を知っているか否か、それを尋ねようとしたそのとき、出久は腕時計を見ながら慌てた様子で立ち上がった。

 

「ごめん、今日そういえばおやっさん買い出しで、仕込み頼まれてて……もう行かなくちゃっ!」

「あ、ああ」

 

 放り込んだパンで頬をリスのようにしながら、出久は足早に去っていく。その後ろ姿を見つめながら、心操は何か、もやもやしたものが頭の片隅に現れるのを感じていた。いままで生きてきて、初めての感覚だった。

 

 

 

 

 

 東京某所にある廃工場。かつては工員で賑わっていた建物内もいまや人の姿はなく、ただ土煙ばかりに覆われている……はずだった。

 

「ヌウゥンッ!!」

「グガァッ!」

 

 焦げ茶色の隆々とした肉体に、鼻に鋭い一本角をもつ犀に似た怪人。そして漆黒に近い濃紺の、丸々としたボディをもつ鯨に似た怪人。その二体が、工場のど真ん中で激突している。

 

「ゴドセギベッ!」

 

 鯨怪人が頭頂部の噴気孔から勢いよく液体を噴射する。それを浴びた犀怪人は呻き声をあげ、ずりずりと後退させられる。液体――潮は通常の鯨のそれの何十倍もの高圧であり、生身の人間であれば一瞬で全身を粉々にされてもおかしくはなかった。

 しかし鯨怪人以上の屈強な身体をもつ犀怪人相手には、せいぜい数歩ぶん後退させる程度の効果しかもたらさなかった。やがてその水圧に適応した犀怪人は、潮の奔流に立ち向かって前進を始めた。

 

「バンザド……!?」

「グルル……!ボデガビンパザビ、ダジョスバッ!!」

 

 唸り声をあげながら、遂に犀怪人は走り出した。もはや潮吹きの意味はないと知った鯨怪人はそれを中止し、己の拳で勝負を決めようとする。犀怪人の顔面目がけて、拳を突き出す――

 

 次の瞬間、()()()()拳が、鯨怪人の顎を捉えていた。

 

「―――」

 

 声を発することもできず、鯨怪人は数メートルも打ち上げられ――そして、地面に叩きつけられた。その身体は縮んでいき、肥満体の若い男性の――白目を剥いて気絶した――姿を露わにした。

 

「フン……――リダバ、ゴセグガギキョグザ!」

 

 犀怪人が声高に何かを宣言すると同時に、彼の背後の暗がりから女が姿を現した。漆黒のドレスと赤いファーを纏った冷たい美貌の女だ。額に白いバラのタトゥが刻まれている。

 彼女は無感情な瞳で鯨怪人だった男を一瞥したあと、犀怪人のもとに歩み寄った。そして、銀色の腕輪を差し出す。

 

「ゴラゲグガギゴザ……ズンゲゲルパ」

「ガガ。ボギヅサン、ヅンラゼリゲデジャス、ズンギジゾバ!」

 

 バラのタトゥの女はそれには答えず、指輪に付属した爪状の装飾を犀怪人のバックルに突き刺し――回した。何かが注ぎ込まれる音とともに、怪人の姿が一瞬歪む。

 そして爪が離れると同時に、犀怪人もまた人間の姿をとった。大柄な点は鯨怪人と同じだが、全身を覆うのは脂肪ではなく筋肉だ。腕は丸太のように固く太く、ほとんど裸の上半身では胸板が厚く隆起している。

 

「クウガロリントロ、ラドレデゴセグダダビヅヅギデジャス!――ボン、ズ・ザイン・ダガバ!!」

 

 サイ種怪人ズ・ザイン・ダ。彼はいよいよ、己の力を誇示すべく行動を開始した――

 

 

 

 

 

 漆黒のトライチェイサーをかっ飛ばした――あくまで制限速度以内で――出久は、かろうじて遅刻にならない時間にポレポレにたどり着いた。

 

「ハァ~……危ないとこだった……」

 

 マスターであるおやっさんが朝から買い出しに出ているため、本日のカレーの仕込みと開店準備は自分に任されている。前者は特に時間がかかるため、出久はここに来るまで本当に焦っていた。ひとつのことに夢中になると他が頭からすっぽ抜けてしまうこの性質は、大人としては致命的かもしれないと思った。

 

 バイクを店の裏手に駐め、予め渡されている合鍵を手に表へ回る。――ポレポレは開店前から行列ができるような人気店ではなく、むしろどちらかというと知る人ぞ知る隠れた迷……もとい名店である。ゆえに出久は、まさか夜中から開店をじっと待っている者がいるだなんて思いもしなかった。いや、正確には待っていたわけではなく――

 

「――うわぁっ!?」

 

 その姿を認めた瞬間、出久は驚きのあまり素っ頓狂な声を発してしまった。思わず仰け反りかけながら、脳味噌をフル回転させて状況の把握に努めようとする。――そうしてようやく、玄関前に女性がうつぶせに倒れていると認識できた。

 

「えっ、ちょっ……大丈夫ですかっ!?」

 

 大変な事態だと思い至って、出久は慌てて女性のもとに駆け寄った。病気か、事件に巻き込まれたのか、そもそも生きているのか、救急車を呼ぶべきか――思考の濁流が頭の中で暴れ回る。にもかかわらず、その身に触れようとして頬をポッと染めてしまうあたり、彼のチェリーっぷりは筋金入りである。

 幸いというべきか、女性には息があった。意識が朦朧としているのか、「うぅ……」とか細いうめき声をあげながら、ごろりと仰向けになった。

 

「!」

 

 その瞬間、出久ははっとした。そのどことなく彼と共通点のある幼げな顔立ちを、どこかで見たことがあったからだ。すれ違った、などというものではない。恐らくこちらが一方的に――

 

「もしかしてこの人……"ウラビティ"?」

 

 ウラビティ――若手の女性ヒーローで、勝己たちの雄英高校時代の同級生だったと記憶している。"無重力(ゼロ・グラビティ)"という触れた物質の引力を無効化する個性で、主に救助を中心に活動しているヒーローのはずだが。

 

「な、なんでこんなところで倒れて……?」

 

 近隣で事件が起きた様子はないし、見たところ外傷もないようだが……急病という可能性もある。

 

「とっ、とりあえず救急車を……」

 

 ようやくその発想に至って、出久が携帯を取り出そうとしたそのとき――足下で、落雷のような音が響いた。

 

「え……」

「……な、か……」

「!、な、何?」

 

 ウラビティが何ごとかを口にする。失礼を承知で彼女の口許に耳を寄せた出久が聞いたのは、

 

「おなか、すいた……」

「……はい?」

 

 

 …………。

 

 

 彼が暫しフリーズしてしまったのも、致し方ないことであった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己は不機嫌だった。

 

 警視庁未確認生命体関連事件捜査本部では、ちょうど朝の定例会議が終わったところだった。未確認生命体についての情報をメンバー間で共有しつつ、意見交換を行う。特に未確認生命体の潜伏地――いわゆるアジトの発見については喫緊の課題だった。それも含めて事件が起きてからの対応ばかりでなく、未然に防ぐための方策を練るべきだ――本日より捜査本部に参加したヒーローから、そういう意見が出たのだ。

 それはいい。勝己もまったく同意見だ。ただ、それを表明したヒーローというのが問題だった。

 

――元ナンバーワンヒーロー、エンデヴァー。"ヘルフレイム"という強力な火炎の個性をもつヒーロー歴約三十年のベテランヒーローであり――勝己の雄英時代の同級生、轟焦凍の父親でもある。焦凍の卒業&デビューに合わせてヒーローを一時引退したものの、彼が謎の失踪を遂げてからほどなくして復帰した。息子のことで思うところがあったのだろう、と世間では噂されている。

 

 彼が捜査本部の一員として招聘されたのは、そのキャリアと実力、そして他のヒーローと一線を画すネームバリューが理由だろう。実際、いま声をかけられているヒーローたちは、例外なく憧憬を多分に含んだ視線を彼に向けている。ナンバーワンの称号はそれだけの価値をもつものなのだ。()()()()()()()()()()()()()

 

 と、エンデヴァーが隣の飯田に声をかけた。

 

「きみはインゲニウム……確か兄の名を継いだんだったな」

「はっ、はい!」

「きみには息子が世話になった。名に恥じぬ活躍、これからも期待している」

「いえ、とっ、焦凍くんにはこちらこそ……。ご期待に沿えるよういっそう努力いたします!!」

「うむ」

 

 飯田が直角に背を折る。それを区切りと捉えたのか、エンデヴァーはくるりと踵を返してこちらを見た。しかし勝己は皆がそうしていたように立ち上がることはせず、どっかり座り込んだままだ。むしろ会議中より姿勢が悪くなっている。

 

「爆心地」

「………」

 

 勝己がほとんど無視に近い反応でも、エンデヴァーの表情はさして変わらない。いや、変わりようがないのだ。こちらに視線を向けた時点で、彼の表情はほぼ最大限険しいものだったのだから。

 

「私が参加するまでにずいぶん好き勝手をやったようだな。未確認生命体にTRCSを譲渡するとは、一体何を考えている?」

「……アンタに対して説明する義務はねえ」

 

 勝己がつっけんどんに突き放す。「爆豪くん!」と飯田が非難を送ってくるが、そんなものはこの場では黙殺した。

 

 エンデヴァーは溜息をつきつつ、

 

「ルーキーのトップと持ち上げられて調子に乗っているようだが……もしも焦凍が健在なら、ここに座っていたのはきみではなくあいつだっただろうな」

 

 プライドの高い若手トップヒーローに対し、これ以上ない挑発。だが勝己も負けてはいない。キレたりはせず、ふんと鼻を鳴らして応戦する。

 

「そのことばはそっくりそのまま返すぜ。オールマイトが健在なら、警察もアンタに用はなかったはずだ」

「ッ、爆豪くん!いい加減にしろ!!」

 

 いい加減痺れをきらした飯田が勝己に詰め寄る。大声を出したために、ふたりのヒーローの静かな相剋に気づかずにいた一部ヒーローや刑事たちも何ごとかとこちらを見遣ってくる。他人の視線など気にしない勝己は一歩も退くつもりはなかったが、流石に熟した大人というべきか、エンデヴァーがこの場は折れた。

 

「……まあ、過ぎたことはいいだろう。せいぜいその減らず口に見合うだけの働きをするんだな」

 

 そんな捨て台詞を吐き、扉に向かって歩き出す。飯田が「どちらへ?」と尋ねると、

 

警察庁(となり)に行ってくる。いまの刑事局長とは顔馴染みなのでな」

 

 一同を威圧するようなことを言い放ち、颯爽と去っていったのだった。

 その背中を見送ったあと、飯田は肩をいからせて勝己に詰め寄った。

 

「爆豪くん……!気持ちは理解できなくもないが、ベテランヒーローに向かってあの態度はないだろう!?」

「うるせえ、ベテランだからなんだってんだ。大体、先に突っかかってきたのは向こうだろうが」

「それはそうだが……。だとしても、捜査にかかわりない部分で対立するのは全体の統制に悪影響を及ぼす。そのとき不利になるのは、キャリアの浅いきみのほうだぞ……」

 

 飯田は、雄英入学時のように四角四面な性格ゆえ叱責しているのではなかった。厳しい学生生活をともにし、これからもともに戦っていくことになった仲間の、立場というものを気遣っているのだ。切島がしていたようなその場その場での巧みなフォローは自分の性格上望むべくもないから、こうして普段から自分を律するよう忠告していくほかない。

 しかし、聞き入れたのかそうでないのか、勝己は不機嫌に溜息をつくとエンデヴァーに続いて出て行ってしまった。溜息をつきたいのはこっちだ、と飯田は真剣に思った。

 

 と、一部始終を見ていた森塚刑事がひょこひょこと近寄ってきた。

 

「いやはや、修羅場でしたなぁ~。エンデヴァーも爆心地も敵を作りやすいヒーローなのは知ってたけど、まさか当人同士が敵対してるとは」

「……敵対、ということばが適切かはわかりませんが」

「まあ、意気投合してないことは確かだろ?それにしても、ねえ……なんであんなことになっちゃってるのやら」

 

 顎に手をやり、演技がかったしぐさで考え込む森塚。刑事なだけあって彼は情報通だし推理力もあるが、流石に個々のヒーローの相関関係、その根にあるものまで即座に看破することはできないようだ。

 

 無論、飯田は知っていた。――すべては五年前の初夏、雄英高校一年目の体育祭の日から始まっていたのだ。

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 ドググ

ドラゴンフォーム
身長:約2m
体重:90kg
パンチ力:1t
キック力:3t
ジャンプ力:ひと跳び30m以上
走力:100mを2秒
武器:ドラゴンロッド
必殺技:スプラッシュドラゴン
能力詳細:
スピードやジャンプ力、瞬発力に特化したクウガの特殊形態。流水を想起させる青い複眼と鎧が特徴的だぞ!
上記の長所を得た代わりに、パワーが著しく低下してしまっている。マイティに比べて身体つきも細くなってしまっているから一目瞭然だ。体格に限れば変身前をいちばん忠実に反映した形態かもしれない!
戦闘能力の不足はクウガ固有の"モーフィングパワー"によって"長き物"を変換して作る専用武器"ドラゴンロッド"で補うぞ。縦横無尽の棒術でグロンギなんてボッコボコだ!アチョー!


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EPISODE 7. 無差別級デスマッチ 2/3

ようつべ配信のBLACK RXを見てたんですが、光太郎がBLACK初期に比べて明らかにムキムキになってました。ライダーの戦いはドリームプランばりにハードだってことですよね
ここの出久もムキムキになれるのだろうか…

[修正]
地の文での麗日さんの呼び名を「お茶子」に直しました


――茨城県 山間部

 

 閑散とした山道を、一台のトラックが走行していた。その他に車両も、さらには通行人もいない。注意すべきことといえば、せいぜい野生動物の飛び出しくらい。ゆえにドライバーの男は油断していた。外がそうなのだから、ましてこの車内は聖域だと、そう信じきっていたのだ。

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃とともに、視界がぐるりと回転するまでは。

 

 何が起きたかわからなかった。考えようにも、脳まで激しくシェイクされているために何ひとつ思考できない。男は混乱の極みにあった。

 もしも通行人がそこにいれば、なんらかの外力によってトラックが横転、いや道路上を何回転もさせられる光景を目撃することになっていただろう。

 

 結局、トラックは自力で回転を止めるはできず、コンクリートの山肌に激突することでようやく静止した。

 

「う……うぅ……」

 

 物がぐちゃぐちゃに散乱し、半ば潰れかけた車内で、それでも男は生きていた。かろうじて開いた瞼、ぼやけた視界に、大柄な影が差す。

 あぁ、よかった。人などいないと思ったが、早速助けが来てくれた。薄れゆく意識の中で、男はほっと胸を撫でおろしていた。

 

 その胸を、影が生やした鋭い一本角が貫き。男の意識は、永遠に刈りとられることとなった。

 

「………」

 

 動かなくなった男を見下ろす影――ズ・ザイン・ダ。彼は屋根に飛び移ると、己の拳をもってトラックを亡骸もろとも徹底的に叩き潰した。

 それでも怒りがおさまらないのか、スクラップを蹴り飛ばし――吼える。

 

「ボンバロボ……グデデゴセ、グザバギ、ギデジャス!!」

 

 

 その叫びがこだましてから一時間ほどのち、入れ替わるように山にはサイレンの音が鳴り響いていた。原型をとどめないスクラップの周囲に数台のパトカーが駐まり、周囲を制服警官や刑事、鑑識員らが慌ただしく動き回っている。

 

「酷でぇな、こりゃ……」

 

 スクラップの中を覗き込みながら、ベテランの年かさの刑事は思わずそう呟いていた。長いキャリアの中で惨殺死体も散々見てきたが、目の前の光景はその中でも五本の指に入る凄惨なものだった。

 

「ここまで完璧にぺしゃんこにされちまってるっつーことは、個性犯罪か、あるいは……」

 

 彼が独り可能性を探っていたとき、背後から若い刑事が駆け寄ってきた。

 

「主任、数キロ先の麓でも同様の事件が!」

「何?――目撃者は!?」

 

 麓なら、ここよりは交通量も人通りも多い。目撃者がいるのではないか。彼の推測は当たっていた。

 

「ええ、犯人から逃げ延びた生存者が。話によると、犯人は極めて大柄で……異形の姿をしていたと」

「異形型の個性か?」

「いえ。あちらの捜査員に記憶を読み取る個性の者がおりまして、その生存者の記憶を読みとったところ……未確認生命体の可能性が」

「未確認生命体、だと……!?」

 

 遭遇の経験はないかの刑事も、その名前は当然耳にしていた。ヴィランたち以上に凶悪で強力な怪物、そんなものが突如として現れ、人間を襲っているのだ。知らないわけがなかった。

 が、

 

「奴らは都内にしか現れないんじゃなかったのか?」

「それは……」

「……いや、移動してきた可能性も十分ありうるか。確か警視庁に捜査本部が設置されてたはずだ、応援を要請しよう」

 

 その判断は極めて迅速だと、客観的には評価されるべきだろう。しかし既に、未確認生命体――ズ・ザイン・ダによる犠牲者は十数人に上っていた。

 

 

 

 

 

 事件現場からおよそ70キロメートル離れた喫茶店・ポレポレには、開店前にもかかわらず鬼のようにカレーを貪り食う少女の姿があった。その細身のどこにそんな量が入るのかと問いただしたくなる食いっぷりである。顔はお餅のごとき丸顔であるが。

 それをカウンターの中から見るエプロン姿の青年はというと、ゆで卵型の瞳を見開いて釘付けになっている。時折ルーの入った鍋に視線をやりつつ。

 

 ほどなくして少女は大盛りのカレーをごはん粒ひとつ残さず平らげ、ふうう、と深く息をついた。たまらず青年――緑谷出久が尋ねる。

 

「え、えっと……おいし、かったですか?」

 

 相手が異性で、しかもヒーロー。緊張のために、自ずから声がぼそぼそとしたものとなってしまう。そのせいか、相手の反応はない。もう一度声をかけ直そうとした瞬間、急に彼女は顔を上げた。

 

「うわっ!?」

「……おいしかった」

「は、はい?」

 

 出久は気づいた。彼女の大きな瞳には、なぜか涙がいっぱいに溜まっている。

 

「こんなおいしいもの食べたん何年ぶり、いや生まれて初めてかもしれへんわぁ……!」

「そ、そんなに!?いや、確かにここのカレーはすごくおいしいけども……」

 

 流石に誇張しすぎではないかと思ったのだが、彼女はきらきらした瞳で鍋を凝視している。そこに無言の圧力を感じとった出久は、やむをえずおたまに手を伸ばしたのだった。

 

 

――数分後

 

 もう一杯完食してようやく落ち着いた少女は、今度はカウンターに額をこすりつけんばかりの勢いで頭を下げた。

 

「ホントにっ、おいしかったです!ごちそうさまでした!!」

「い、いえいえ、ヒーローにお褒めいただいて光栄です……」

「!、私がヒーローだって知っとるん!?」

 

 びっくりしたような少女――ヒーロー・ウラビティの問いに、むしろ出久のほうがびっくりしてしまった。

 

「そりゃもちろん!ウラビティ…さん、個性は触れたものの引力をゼロにする"無重力(ゼロ・グラビティ)"、レスキューヒーロー・ブレイバー事務所所属で、えーと本名は麗日……麗日、お茶子さんですよね」

「お、おぉ……ってか、本名まで!?」

「あっ」

 

 我に返った出久は焦った。ヒーローは基本的に本名までは公開していない――ネット上などで流れてしまうことは多々あるが――。それを知っているとなると、色々な意味でのあらぬ疑いがかかってしまうと思ったのだ。

 

「いや、ほらあの、雄英体育祭見てまして!毎年最終種目まで残られてて、活躍されてたので……」

「あ、ああなるほど……そうですよね!ごめんなさい、変な反応してもうて!」

「い、いえ気にしないでください!僕、ヒーローオタクというか、人からすると知りすぎってくらい知っちゃってるみたいなので……」

 

 最後のほうの言い訳は蚊の鳴くような声になってしまったのか、聞き取ってもらえなかったらしい。唐突に自分の顔をバシバシ叩くと、お茶子は手袋をはめた右手を差し出してきた。

 

「え~っと、一応改めて……麗日お茶子です、ヒーローやってます。よろしく!」

「あ、はい……緑谷出久です」顔を赤くしながら右手を握りつつ、「城南大学に通ってます」

「えっ、大学生なん!?」

 

 再びびっくりした様子のお茶子。そういう反応には慣れている出久は「見えないですよね」と苦笑しつつ、実年齢を告げようとしたのだが、

 

「待った、当てさせて!」

「へ、あ、はい……?」

「んーと、んーと……たぶん3年生ってとこやな!」

「!、よ、よくわかりましたね!?確かに3年生ですけど……」

「ふふん、やっぱりね。私もほら、幼く見られがちやから……あえて1、2年生は外してみたんよ。ってかすごいね城南大学なんて、めちゃ秀才やん!」

「なるほど……いや、まったくもってそんな……」

 

 出久が秀才かどうかはともかく。確かにお茶子はお茶子で幼く見える。少なくとも、実年齢を知らなければ成人しているとは信じがたいだろう。自分と並んで歩いたら高校生のカップルにも見えそうだ……なんてその光景を想像しかけて、出久は頭が沸騰しそうになった。

 

「そっかぁ、同い年か……あ、そんならお互い敬語やめへん?ってか、私はもうやめちゃってるけど……」

「あ、僕は全然……――じゃあ、そう、しよっか……」

 

 そういえばこの前、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎ともこんな会話をしたなと思い出しつつ。そのときよりぎこちなくなってしまうのを出久は自覚していた。

 

 その修正に努めつつ、ずっと疑問だったことを口にする。

 

「えっと、訊いていいかな?なんでここで行き倒れてたのか……」

 

 いまの様子を見ていれば、怪我や病気が原因でないことは一目瞭然である。お腹が空いていた、というのもまた同じ。倒れるくらい空いていたというのだろうか……ヒーローが?

 

「実は……」麗日は目を伏せて、「最近、ちゃんとしたもん食べれてなくて……」

「えっ……忙しかったとか?」

 

 首を振る。

 

「わ、笑わないんでほしいんやけど……」

「笑わないよ、絶対」

「ありがとう。……実は、おか――」

 

 お茶子がそのわけを語ろうとした途端、からんころんという音とともに扉が開いた。反射的に会話が中断される。

 

 入ってきたのは、40代半ばから後半の男性。両手をパンパンのレジ袋でいっぱいにしている。出久は彼が"おやっさん"ことこのポレポレのマスターであると当然知っていたし、お茶子にもすぐそれがわかった。

 

「いやー買った買った。バーゲンとはいえちょっと買い杉良太郎……あれ?」お茶子に気づき首を傾げる。「なんだ出久、もうお客さん入れちまったのか?っていうかどこかで見たことあるなあ、その美女……」

「あ、実はですね――」

 

 彼女がヒーロー・ウラビティであること、空腹のあまり玄関に倒れていたこと、カレーを食べさせてあげたことを話すと、おやっさんは「ありゃりゃ」と気の抜けた声をあげた。

 

「そりゃ災難だったねえ。ダメだよヒーローが食事疎かにしちゃ、身体が資本なんだ唐沢寿明……こりゃちょっと新しすぎるか」

「新しすぎるってことはないと思いますけど……」

「面目ないです……」

 

 ふたりがそれぞれ別のところに反応を示している――と、不意に出久の携帯が振動した。発信者の名前を確認した出久の表情が変わる。すっかり麗日を自分のペースに巻き込んでいるおやっさんに「ちょっとすいません」と断りつつ、カウンターの隅に移動し、

 

「――もしもし」

『7号が出た。場所は茨城県、常総市新石下だ』

「わかった」

 

 あまりに簡潔で事務的すぎるやりとり。もっと詳しく聞き出したい部分がないではなかったが、電話ではこんなものだと出久も割りきった。向こうもこちらも、悠長に電話で話していられない状況にある。

 通話を終えると、出久は「すいません、急用ができました!」と思いきり頭を下げ、呆気にとられるふたりに背を向けて店を飛び出した。ほどなくして、バイクの走行音が遠ざかっていく。

 

「二度目だこりゃ……いや三度目か?」

「え、そうなんですか?」

「そうなんだよ、しかもこの一週間で。事情訊いてもはぐらかすし。なんかよくないことにかかわってなきゃいいけどねえ……」

「………」

 

 電話で呼び出されて、何を置いても駆けつける――ヒーローならばよくあることだが、一般市民がそうする必要に迫られているとなると確かに"よくないこと"に巻き込まれている可能性を思わざるをえない。お茶子は少しだけ出久のことが心配になった。自分にそんな資格はないと戒めながらも。

 

 と、出久に連動したわけではないだろうが、今度は彼女の携帯も鳴った。確認すると、所属事務所の先輩ヒーローの名前が表示されている。今日はオフ、にもかかわらず連絡してくるということは――

 

 予感は当たった。所属ヒーローを総動員しての救助活動――となれば、オフだからと安穏としてはいられない。

 

「すいません。私ももう行かないと」

「お仕事?大変だねえ、がんばってね」

 

 その優しいことばが胸に沁みる――が、それを噛みしめたまま去るわけにはいかない事情もあって。

 

「あ、あの……カレー二杯もいただいちゃったんですけど……実は私、いま持ち合わせがなくて……」

「ありゃ、そうなの。まあその可愛さに免じてねえ、出世払い+サインで勘弁してもいいよぉ」

「いやそういうわけには……。また今度来たときにまとめてお支払いしますんで、とりあえず――」所属事務所などが記された名刺を渡す。「ほんっとにごめんなさい!では!」

 

 本当なら皿洗いでもして返したいところだったが、いまは急がねばならない。麗日は慌ただしく店を飛び出していった。

 

「……色々抱えてるねえ、最近の若人は」

 

 つぶやきつつ、ひとまず買い込んだブツの収納から本日の仕事を始めることにしたおやっさんであった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 ズゴゴ

切島 鋭児郎/Eijiro Kirishima
個性:硬化
年齢:20歳
誕生日:10月16日
身長:178cm
血液型:O型
好きなもの:硬派なもの・肉
個性詳細:
硬くなる。とにかく硬くなる!全身バリカタになる!!もちろん一部だけ硬くすることもできるぞ!(下ネタじゃないよ!)持続時間は連続一時間(学生時代より伸びた)。切れてもひと呼吸置けばまた使えるぞ!隙をカバーできれば実質無制限だ!
一見地味で単純だけれども、だからこそ守るも攻めるも万能な実はスゴい個性だ。しかし本作では1話から早々、敵の強力さを表すために破られてしまっている。ありがちな展開に本人はだいぶ不満を抱えているものと推測される。まことに申し訳ございません!
備考:
ヒーローネーム"烈怒頼雄斗(レッドライオット)"。"爆心地"こと爆豪勝己とは雄英高校の同級生であり、卒業後も彼と同じ事務所に所属するなど行動をともにしている。「"あの"爆豪の隣に立つことを認められた男」と一部からは畏敬の念をこめてあだ名されている。しかし傍若無人な相棒のために気苦労は絶えない。胃痛と引き替えにフォロー・調整力を得た苦労人だ!支持層は幅広いが特に社会の荒波に揉まれたオジサンが多く、当人としては複雑だぞ!
爆心地に結構ぞんざいに扱われても仔犬のようについていく姿、インタビューなどで端々からにじみ出る好き好きオーラなどから、巷ではM疑惑が持ち上がっているとかいないとか。

作者所感:
なんかもう……色々まぶしいです。ただの熱血馬鹿かと思いきや気配りもできるし分け隔てないし、かっちゃんに信頼されるのもわかる気がします。過去を見る限り男気に関してはつくってる部分もあるんでしょうが、あの良い人っぷりはつくれないだろうと……まぶしすぎてせっかく話しかけてくれてもかえって遠ざけてしまいそうです、作者は
クウガ原作で言うと亀山巡査ポジションで、残念ながら捜査本部入りは果たせませんでしたが、今後出番あるといいなぁ……と思ってます

2話1/4のあとがきでストレスに晒される切島くんの頭髪に触れた際、中年かっちゃんがミスをした中年えいじろーを「この○ゲー!!」と罵倒する姿が浮かんだのはここだけの話……



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EPISODE 7. 無差別級デスマッチ 3/3

夜中に剣の最終回を観てました。剣崎の決意、始の覚悟……天然ネタてんこもりの作品ですけどそれぞれの選択があまりに切なかったです
特に、ラストシーンで剣崎の幻を見た瞬間の始の笑みがまた……
平成ライダーは基本どれも好きなんですけど、あえて順位づけするとしたら第3位に来ますね(1位クウガ、2位W、同率3位でオーズ)。当然オススメ作品ですがもしこれから観ようという方がいたら、1クール目は気合で一気に観ることをオススメします(笑)

あえてヒロアカと絡めるとしたら、出久闇堕ち系で

ナンバーワンヒーローとなったかっちゃん「ヴィランはすべて倒した、おまえが最後だ……デク!!」
人体実験の果てにジョーカー(っぽい怪物)と化したデク「僕ときみは、戦うことでしか分かり合えない!!」

とかどうですかね?ちなみにオチはない


 出久に未確認生命体の出現を告げた張本人であるヒーロー・爆心地こと爆豪勝己は、自らパトカーを駆って現場へと向かっていた。

 その間、茨城県警からの情報が次々に無線を通してもたらされる。それによると、常総市に出現した未確認生命体第7号はつくば市上郷に移動、県警の警官隊によって包囲されているとのことだった。

 だが、それは勝己たち捜査本部の面々に欠片ほどの安堵すら与えはしない。なぜなら、

 

『こ、こちら茨城02!応援はまだですか!?もう生存者は――ぎゃあぁぁぁぁッ!?』

「……ッ」

 

 車内に響く断末魔に、勝己はハンドルを握る手に力を込める。と同時に、今度は『爆豪くん!』と呼びかける声が無線から飛んできた。

 

『まずいぞこのままでは!一刻も早く第7号を――』

「うっせえぞクソメガネ!ンなこと言われなくてもわかってんだよ!!」吼えつつ、「あと三分で現着する!」

 

 宣言どおり、勝己の乗るパトカーは三分きっかりで現場――上郷のガード下に現れた。

 降り立った勝己が目の当たりにしたのは、凄惨な光景。ひしゃげた十数台のパトカーと、同様に表現するほかない斃れた警官たち。

 しかしその中で、まだわずかながら蠢く生存者がひとりだけいた。他からいったん意識を外して、彼のもとに駆け寄っていく。

 

「ッ、おい!」

「ば、くし……ち……?」

「ああそうだ。もう大丈夫だ、すぐに救助が来る」

 

 安心させるべく努めて落ち着いた声でそう告げると、虫の息の警官はかすかに微笑んだ。しかし彼はもう、自らの死期を悟っていて。

 

「7、ご……は……田倉、方面に、と……そ……」

「――!」

 

 最後まで警官としての職責を果たしきると――彼は、殉職した。蘇生を試みることは……しなかった。その右半身は、ほとんどつぶれてしまっていた。

 

「……クソが!」

 

 激発しそうになる気持ちをどうにかそれだけで堪えて、勝己はパトカーに戻った。すぐさま無線機を手にとり――白バイの最新試作機・トライチェイサーへと通信する。

 

 

『――デク!』

「!」

 

 トライチェイサーを疾走させることに意識を集中させていた出久は、その通信で我に返った。彼の返答を待つまでもなく、勝己は早口で続ける。

 

『7号は上郷から田倉方面に逃走した。間にでかい工場がある、トラックも出入りしてるはずだ』

 

 つまりは、行きがかりでそこを襲う確率が高いということ。

 

「わかった、そこに行ってみる!」

『急げ。俺はこっちに応援が着き次第向かう』

「うん!」

 

 スロットルをさらに強く引き絞り、出久は疾走する――

 

 

 

 

 

――勝己の推測は的中した。

 

 7号ごとズ・ザイン・ダは逃走――彼自身に逃げているつもりは毛頭ないが――の途上でその工場を発見、大型トラックが入っていくのを見て標的と定めたのだ。

 

 人間体のまま大型トラックを半壊させて機能停止に追い込むと、飽き足らず工員たちを襲いはじめた。

 

「フッー、フッー……!」

 

 鼻息荒く目を血走らせ、丸太のようなその腕のパワーでただがむしゃらに目についたものを壊していく。人間の姿をしていても、彼は人間ではなかった。まるで野獣。その理不尽な脅威を前にしては、逃避か、死に物狂いの抵抗かしかない。

 

「こ、この……!」

 

 後者を選んだ工員のひとりが、己の――土や砂利から岩を創造する――個性でもってザインに攻撃を仕掛ける。全身全霊をこめて巨大な岩をつくり、それを操って脳天から落とす。ふつうの人間が相手なら、一瞬にして頭蓋骨が粉砕され、それどころか頭部のパーツがぐしゃぐしゃにつぶれてしまうだろう。いくら格闘家のような目の前の男であろうと――

 

 しかし、

 

「ヌウゥゥゥンッ!!」

「!?」

 

 落下してきた岩に、ザインは己の拳をぶつけた。粉砕されたのは岩のほうだった。破片がぱらぱらと散発的に落下し、粉塵がその屈強な身体を汚す。

 

「ば、化け物……」

 

 そう、彼はようやく知った。グロンギであるザインは、野獣などという生易しいものではない。化け物…怪物なのだ。

 

「ギギ、ゾキョグザ……!」

「ヒィ……」

 

 迫り来る化け物。逃げたいのに、脚が震えて動かない。――殺される。脳裏に走馬灯がよぎる――

 

「ギベ――」

 

 ザインが宣告するのと、バイクのいななきが響くのがほとんど同時だった。出久の駆る漆黒のトライチェイサーが、工場に飛び込んできたのだ。間一髪、間に合った。

 

「うおおおお――ッ!」

 

 ()()が人間の姿をしていようと、出久は構わず突進していった。あの男が7号――霊石が、そんな直感をもたらしたのだ。

 流石にバイクの突撃は想定しておらず、ザインは跳ね飛ばされた。同時にその場に急停車すると、出久はかの工員に向かって叫ぶ。

 

「逃げてください!」

「あ、う、うわぁあああっ!?」

 

 わけもわからず、ようやく呪縛から解放された工員が脱兎のごとく逃げ出していく。それを見届けた出久は、安堵もあって油断してしまった。

 

 そのために次の瞬間、トライチェイサーもろとも吹っ飛ばされる羽目になった。

 

「がッ!?」

 

 重量のあるトライチェイサーが先に落下し、ガシャンと耳障りな音をたてる。次いで出久自身の身体も墜ち、地面に接触した直後、骨が軋むような凄まじい激痛が襲ってきた。呼吸すらままならなくなる。

 

「かっ、は……うぐ……」

「――ゴラゲグバギンググシギド……ゲギド、ビンレザ!!」

 

 拳骨を鳴らし、何かを叫びながら、ザインはその巨体で出久に突撃してくる。再び体当たりを受けてしまえば、いくらアークルの力で強化されてはいても、まだまだ貧弱な出久の身体は恐らく耐えきれない。戦うどころではなく、最悪、再起不能になってしまう――

 

(ッ、うご……け……!)

 

 悲鳴をあげる身体を叱咤して、出久は半ば転がるように横に跳んだ。刹那、ザインが奥のフェンスを突き破るようにして工場内に突入していく。パイプが破壊され、白いガスがそこかしこから噴出する。

 

「……ッ」

 

 ザインの姿が視界から消えたことで気持ちが弛みかける。そんな自分をもう一度叱咤し、出久は立ち上がった。腹部に両手をかざし、アークルを顕現させる。そのまま右手を突き出す構えをとり、

 

「――変身ッ!!」

 

 その身がわずかに膨張し、漆黒の皮膚と赤い鎧をもつ異形の戦士――クウガ・マイティフォームへと変貌する。全身が完全に戦うための姿に変わったことで痛みも鳴りをひそめ、彼はふう、と深く息をついた。

 それとほぼ同時に、乱暴にフェンスの残骸を蹴り飛ばしながら再び姿を現すザイン。立ちはだかるクウガの姿を認めた途端、目の色が変わる。

 

「!、クウガ……ザダダサゴセロザ!――グオォアァァァッ!!」

 

 咆哮とともに、その身体が変貌していく。巨体がさらに大きく、皮膚は硬質なものへと。鼻先からは鋭く尖った一本角が生え出でる。

 

「ゴラゲゾボソギ、デバゾガゲデジャスン――ズ・ザイン・ダァ!!」

「ッ!」

 

 人間体のときよりさらに凄まじい勢いで突進してくるサイ種怪人ズ・ザイン・ダ。既に心の準備をしていたはずのクウガは、そのあまりの激しさにわずかに腰が引けてしまう。――だが、逃げるわけにはいかないのだ。

 ザインの突進をぎりぎりのところで躱し、すかさず回し蹴りを叩き込む。ザインは一瞬怯んだ様子を見せたものの、すぐさま態勢を立て直して跳びかかってきた。

 

「ヌウゥゥゥンッ!」

「ぐッ……こ、の……!」

 

 左手で角を掴んで受け止め、肘打ちを何度もその背に見舞う。しかしまったく効いた様子もなく、ザインはずりずりとクウガの身体を押しやっていく。そのうえで、ふたつの巨大な手が腰を掴み、

 

 思いきり、投げ飛ばした。

 

「うぐっ!?」

 

 地面に叩きつけられ、背中に走る衝撃が先ほどまでの痛みを呼び起こす。

 よろよろと立ち上がりながらも――彼は、わずかに後ずさった。

 

「ッ、パワーが、違いすぎる……」

 

 赤のままでは勝てない、そう思った。6号――バヅーのときと同じ、いやそれ以上の危機感だった。ザインのあまりの巨体、その指先にまで漲る凄まじい力。

 ザインは足下の砂を蹴り、いまにも再度の突撃を敢行しようとしている。もはや、迷っている猶予はない。

 

「――ッ!」

 

 意を決し、クウガの姿であるにもかかわらず、再び変身の構えをとる。すると、アークルの中心の色が赤から青へと変わり、流水を模したであろう音が流れはじめた。四肢がほっそりと引き締まり、赤い鎧が溶けるように消えて薄い青の鎧へと変わる。瞳も同じく色を変え、

 

 赤き炎の戦士・マイティフォームから、跳躍力と俊敏性に長けた青き水の戦士・ドラゴンフォームへの変身が遂げられた。

 

「はッ!」

 

 と同時に地面を蹴って跳躍、ザインの突進を易々と躱し、工場の屋根へと飛び移る。そこには留まらず飛び降りると、その首元に手刀を叩き込み、再び離脱――地形を最大限活用し、敵を幻惑しながら同じことを繰り返していく。

 ザインの動きは鈍くそもそも追いかけてこようという発想すらないようだから、この戦術は間違いではない――と、出久は思った。

 が、それは最適解であることとイコールではない。バヅー戦でもそうだったが、相手にほとんどダメージを与えられていないのだ。ドラゴンフォームの低い攻撃力では、ザインに膝をつかせることはかなわない――

 

(でも、手立てはある!)

 

 彼は既に知っている。ドラゴンフォームには、その減退したパワーを補うための武器がある。ザインがいきり立ちつつも油断もしつつあるいま、その一撃を叩き込むことができれば――

 

(……あれだ!)

 

 地面に落ちた長い木の枝。複眼でそれを捉えたクウガは、わずかに着地点をずらしてそれを拾いにかかった。そうしてまた屋根に戻ると、手にした枝を勢いよく振り回し――

 

 刹那、枝が一瞬ぐにゃりと歪み、焦げ茶色の身がドラゴンフォームのそれと同じ青へと変わった。一メートル超の全長を誇る水龍の棒――ドラゴンロッド。それをさらに振り回しつつ、眼下にいるザインを見据える。

 

「――ボギ!」

 

 それに気づいていないわけでもないだろうに、ザインは胸を突き出し、己が筋肉を誇示するような態勢をとる。――どくりと心臓が嫌な鼓動の刻み方をしたような気がしたが、もはや後には退けなかった。

 

「ッ、うおりゃあッ!!」

 

 その場から勢いよく跳躍して更なる高高度へと到達、ザインの脳天に、力いっぱいロッドを振り下ろす――

 

 

「ヌゥンッ!!」

「――!?」

 

 嫌な予感が、的中してしまった。ザインの巨大な左手が、ものの見事にロッドの先端を掌に納めていた。

 

「ッ、く、う……!」

「……ギソゾ、ラヂガゲダバ」

 

 ザインが何ごとかを呟く。次に飛んでくるのは間違いなく拳なのだから、その時点でロッドを捨てて距離をとればよかったのだ。

 しかしクウガはそうしなかった。何とかこれを叩きつければ、倒せる――そんな焦りのあまり、意地になってしまったのだ。

 

 それが命取りとなった。ロッドを拘束した左手はそのままに、右拳でクウガの胴体を思いきり殴りつける。

 

「が――ッ」

 

 凄まじい衝撃が全身に奔り、ドラゴンフォームの身軽なボディはいとも容易く跳ね飛ばされる。そのまま工場内の段ボールの山に突っ込み、大量の粉塵に汚される。

 

「く、あ……うああ……ッ」

 

 胴体を中心に全身を激痛が襲う。鎧の中心は完全に凹んでしまっており、もはや防護機能は完全に失われているだろう。

 痛みのせいでまとまらない思考を懸命にかき集めて、彼は必死に考える。このまま殺されないために、とりうる手段を。

 

(ッ、赤に戻る……でも、こんな状態じゃ……)

 

 青の身体で受けたダメージが大きすぎて、赤に戻ったところでまともに戦えるとは思えなかった。かといって青のままでも勝てるわけがない。万事休す。

 しかし殺されない、自分が生き残るための手段というならば、ひとつだけある――

 

(……逃げ、る?)

 

 この場から逃げ出す。パワーはあるが鈍いザインなら、満身創痍の状態でも簡単に引き離すことができるだろう。簡単な話だ。

 だけれども、

 

(そんなの、もういやだ……!)

 

 ここで逃げ出せば、自分はまたあの頃と同じ、何もできない無個性のデクに戻ることになる。ヒーローとはほど遠い、ヴィランに堕ちることすらかなわない、どうしようもない自分に。

 何より、デクという呪いをかけた幼なじみが、自分を殺してまでこの戦いを託してくれた――その事実を裏切りたくない。独りよがりだとは自覚しているけれども、出久の胸はそんな思いでいっぱいになっていた。

 

「――ヅギグドゾレザァ!!」

「……ッ!」

 

 獲物を追いかけてきたザインが、顔面の角を突き出して襲いかかってくる。拳や体当たりではなく鋭い角ということは、これでとどめを――文字どおり――刺そうというつもりなのだろう。

 だが、クウガの足は動かない。ダメージが大きいせいでもなければ、恐怖に震えて動かせないわけでもない。――逃げたくない。その気持ちの強さが、彼をその場に釘付けにしていた。

 

(このままじゃだめなんだ……。あいつにも負けない強いパワーを、身体を……!)

 

 もっと跳べたら。そう願った結果、ドラゴンフォームが覚醒したように。今度は、パワーに特化した姿を。

 

(僕に、くれ――!)

 

 ザインが目前に迫り、戦士がそう強く願ったとき。

 

 霊石が紫の光を放ち、ほとんど同時にザインの角が突き立てられた――

 

「ヌゥッ!?」

 

 角があえなく弾かれ、よろよろと後退する。困惑しながら顔を上げたザインの目に飛び込んできたのは、ドラゴンフォームの薄い身体ではなかった。

 

 膨れ上がっている。四肢は一転、逞しい筋肉を纏い、ザインにも負けない力強さを表している。

 さらに、胴体。当然、筋肉質になっているであろうそこは、マイティフォームすら凌ぐ分厚く堅牢な銀と紫の鎧に覆われていた。

 

「これって……!」

 

 己の変化に気づいたクウガ。その声音には、当惑よりむしろ歓喜があふれていて。

 

「よし……!」

 

 握り拳を固め、迎撃の構えをとるクウガ――"タイタンフォーム"。大地の巨人の名を借りた戦士はいま、血塗れた魔獣と真っ向から対峙している。

 

「ボゾルドボソザ!ウグオアァァァッ!!」

 

 咆哮とともに再び突撃する魔獣――ズ・ザイン・ダ。その拳が振りかぶられるのと、クウガ第三の形態の拳が突き出されるのがほとんど同時。

 

 果てしなく続くデスマッチ。勝者として残るは、果たしてどちらか――

 

 

つづく

 




お茶子「やった!ついに私の出番や!!」
ガンヘッド「おめでとう!ここの緑谷くんは僕の弟子でもあるし、ふたりが仲良くなってくれたら嬉しいな」
お茶子「!、わ、私としても仲良くなりたいけど桜子さんが既にいてはるし……桜子さん私より美人だしスタイルもいいし水着グラビアとか出しとるし!」
ガンヘッド「(友達として、って意味だったんだけどな……。あと水着は中の人の話じゃ?)…大丈夫だよ~。きみにはまた違う魅力があるもん。天真爛漫な可愛らしい感じは彼とよくお似合いだと思うよ?」
お茶子「またまたそんな~エヘヘヘヘ」
ガンヘッド「分かりやすい反応だねぇ~。ところで次回はどんなお話になるのかな?」
お茶子「あっはい!え~次回は……

EPISODE 8. デッドオアマッスル

"メ集団"現る!?
タイタンフォームvsズ・ザイン・ダ 第2R!
出久vs勝己も 第2R!?

の三本と……私、麗日お茶子の悩みでお送りするよ!」
ガンヘッド「ヒーローって大変だもんね。それでもスマイル第一でがんばろう!――ってわけで!」
お茶子「はい!さらに向こうへ!」

お茶子&ガンヘッド「「プルスウルトラー!!」」


ガンヘッド「次回も見てね~」バイバイ


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EPISODE 8. デッドオアマッスル 1/4

イブに男3人で熱い(平ジェネFINALの余韻的な意味で)夜を過ごす予定


 

 未確認生命体第7号――ズ・ザイン・ダの凄まじいパワーの前に、追いつめられる戦士クウガ。それに匹敵する力を求めた彼は、銀と紫の逞しき戦士、タイタンフォームへと変身を遂げる。その堅牢な鎧、ひと回り太くなった四肢を信じ、彼はザインとのデスマッチに臨む――

 

 

「………」

 

 異形たる者たちの演じる肉弾戦。その様子をじっと見物する複数の影があった。

 ショートカットの美女に、ふたりの男、ひとりの少年。まとまりのない取り合わせの四人は、しかしいくつか共通点があった。まずひとつは、いずれも街では見かけないような、奇異な服装をしているということ。しかも、腕や手の甲などに生物を模したタトゥが刻まれている。

 そしてもうひとつは、

 

「ババババダボギゴグザバ、ザイン」

「ザベドガンラシ、ガゴンゼスド……ジバンギセビバチャチャグジョ?」

「ゴセパパサゲスバ」

「………」

 

 いずれも、日本語とは似て非なることばで会話している。――彼女らがザインの同族……グロンギの一員であることを如実に示していた。

 

「ザグ……()()()()()()、クウガ……」

 

 唯一日本語でつぶやいた女の視線は、ただクウガのみを射抜いていた。

 

 

「うおおおッ!!」

 

 雄叫びをあげながらザインを殴りつけるクウガ・タイタンフォーム。その拳が顔面を打ち、ザインは「グワァ!?」と声をあげてよろける。――この形態のパンチ力は、マイティフォームの二倍を優に超える。いくら全身鋼鉄のようなザインであっても、ノーダメージというわけにはいかなかった。

 しかし、その防御力が侮れないのもまた事実。ザインはすぐに立ち直ると、お返しとばかりにラリアットを見舞おうとする。

 

「ッ!?」

 

 思わず一歩退いてしまうクウガ。それでも即座に態勢を立て直し、再び攻撃を仕掛ける。だが今度の攻撃は腰が入っておらず、さほどの効果をもたらすことはなかった。

 一進一退の勝負が続く。戦況はほぼ互角。しかしながら、変身する出久に当初感じていたような高揚感はなかった。

 

(ッ、う、動きにくい……!)

 

 先ほどまで身軽なドラゴンフォームの姿をとっていたことも影響しているのだろうが、あまりに身体が……というより鎧が重かった。敵の攻撃が掠ったくらいではびくともしないとはいえ、思いどおりに動けないことは出久の心に恐怖を生み出していく。

 

 それでも、パワーと防御力に長けたこの形態で戦うしかない。そうしてクウガとザインの果てしなき肉弾戦が続くなか、リングであるこの工場内にサイレンの音が複数近づいてきた。

 

「!、あれは……」

 

 先駆けて現れたパトカー。その運転席から飛び出したのは、ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己。異形と化した幼なじみの戦いを見やる彼の心境を見透かすかのように、次いで現れた大柄なヒーローがつぶやいた。

 

「また姿を変えたようだな、第4号は」

「!」

 

 すぐ後ろを追ってきたパトカーに乗っていたのは、エンデヴァーだったらしい。運転手を務めたのだろう鷹野警部補が無線で連絡をとっている。彼女はともかく、言い争って間もないベテランヒーローの登場に苦虫を噛みつぶす勝己。

 そんな彼の情念など一顧だにせず、エンデヴァーは言い募る。

 

「あの姿……パワーに特化した姿か。だが――」

 

「――逃げているな」

「……!」

 

 そのひと言に、勝己ははっとする。一見がむしゃらに殴り合っているように見える二体。ザインは確かに殴られることにほとんど無頓着のようだが……クウガは、そうではなかった。相手の拳が迫る度、わずかに腰が引けてしまっている。そのせいでカウンターの威力が殺されてしまっているようだった。

 

「チッ、あのボケが!」

 

 見ていられなくなった勝己は、爆速ターボの構えで参戦しようとする。しかし、

 

「待て、爆心地。ここは私が行く」

「あ?何言ってんだ、あんたは――」

 

 勝己の声などもう耳に入っていないようだった。エンデヴァーは一歩進み出――刹那、全身に火炎を漲らせる。"ヘルフレイム"――炎を扱う個性の中でも、最強クラスに位置付けられている。彼が繰り上がりとはいえナンバーワンの座に上りつめた最大の所以だ。

 

「!」

 

 そんな猛火が至近距離で発生して、目の前の敵だけに意識を集中していた異形たちは、流石に彼の存在に気づいた。クウガなどは「エンデヴァー!?」と声をあげ、反射的に腕で顔を庇っている。

 そんな挙動すらもまったく無視して、ベテランヒーローは己が力を振るった。放たれた獄炎は、ザインにのみ向かっていった。

 

「グオアァッ!?」

 

 一瞬にして火だるまになり、転げ回るザイン。対して、クウガはわずかに火の粉を浴びるだけで済んだ。

 

「ガ、ガヅギ、ガヅギ……――ゴボセェェッ!!」

 

 全身の皮膚を焼き尽くされる苦痛はその軒昂な戦意を喪失させるだけの効能をもたらした。炎上しながら、それでもザインは逃走を開始する。この工場のすぐそばには崖があり、下は川になっていた。そこに飛び込んだのだ。

 

「ふん、逃げるか。――鷹野警部補、応援を流域の捜索に充てるよう提案する」

「はっ!」

 

 ヒーローの"提案"を承った鷹野が、その旨を無線で伝達する。いますぐ飛び込めば自分たちでも捕捉できる。そうしなかったのは言うまでもない、彼自身も勝己も水場ではほとんど機能しない個性だからだ。

 単純な戦闘能力だけでなく、冷静沈着な判断力もすぐれているところを見せつける。それに、ヒーローと警察の関係性を尊重する抜け目のなさも。

 弱点などない――あくまでヒーローとしては――ように見えるエンデヴァー。しかしいまの彼には致命的な弱点があることを、既に勝己は知っていた。

 

「!、ぐ……」

 

 突然左肩を押さえ、その場に片膝をつくエンデヴァー。その表情が、苦しげに歪む。

 

「エンデヴァー!?」

「チッ……だから言わんこっちゃねえ」

「ッ、黙……れ。きみなどに心配されるような、ことでは……」

 

 立ち上がろうとするエンデヴァー。その烈しい炎の瞳に射すくめられ、クウガははっと我に返った。憧れの"平和の象徴"オールマイトに次ぐヒーローの敵意を浴びて、恐怖に似た、しかしそれとは異なる感情が身体を震わせる。

 そんな彼の様子に気づいた勝己は、一見エンデヴァーと同じように睨みつけながらも、無言で顎をしゃくった。その先には、倒れたままのトライチェイサーが放置されている。

 

「……ッ」

 

 クウガはその姿を赤に戻すと、トライチェイサーに向かって駆けた。車体を起こして跨がると、即座に発進させる――

 

「ッ、待ちなさい!TRCSを……!」

 

 遠ざかる背中に鷹野が拳銃を向ける。反射的に制止しようとした勝己だったが、それよりエンデヴァーが先んじた。

 

「……やめたほうがいい、警部補」

「!、しかし……」

「焦らずとも奴はまた必ず現れる。貴重な弾丸一発、きみほどの刑事が無駄撃ちすることもあるまい」

「……了解しました」

 

 エンデヴァーの声はすっかり元の調子に戻っていた。手助けもなく颯爽と立ち上がると、鷹野の端末で下を流れる小貝川の周辺マップを確認、早くも捜索班の配置を検討している。

 

「………」

 

 先ほどの変調などまるでなかったかのような平然とした様子。しかし勝己は知っていた。それこそが、エンデヴァーが一時引退を決意した最大の原因であるのだと。

 

 

 

 

 

――同時刻、つくば市内

 

 行動開始からたった数時間で数十人を虐殺した、ズ・ザイン・ダの残した爪痕は大きかった。

 トンネル内は、横転したトレーラー、それに巻き込まれた車両などが玉突き事故を起こし、凄惨な二次被害を発生させていた。潰れた車に閉じ込められた者、逆に投げ出されて下敷きになってしまった者――大勢の被害者の苦痛の呻き声にあふれている。

 

 しかし、それだけではない。既に現着し、救助活動に従事する人々の姿もある。地元の消防隊及びレスキューヒーローチームの面々だ。

 地元だけではない、大規模な災害となったこの案件には、都内に拠点を置くブレイバー事務所の所属ヒーローたちも総動員されていた。これは地元の事務所の所長とブレイバーが高校時代の同級生であることによる。

 召集されたウラビティこと麗日お茶子もまた、この場で忙しく走り回っていた。

 

「もう大丈夫です、いまどかしますから!」

 

 車の下敷きになった男性にそう声をかけ、指の肉球で車に触れる。すると、まるで無重力下のように車が浮き上がってしまった。――彼女に触れられたものは、皆、無重力と同じ状態となるのだ。

 車が浮き上がっている間に救助隊が駆けつけ、男性を担架に乗せて運んでいく。周囲から人が離れたところで、個性を解除――

 

「……ふう」

 

 そんなことを何度も繰り返し、彼女は深い溜息をついた。幸いキャパオーバーによる吐き気はまだ催していないが、間違いなく疲労は蓄積しつつある。

 しかし、

 

「ウラビティ、休むのは全員救出してからにしろ!次はこっちだ!」

「!、はっ、はい!」

 

 先輩ヒーローの叱責が飛んでくる。はっと我に返ったお茶子は流れる汗を乱暴に拭い、再び駆け出した。

 

 

 

 

 

――城南大学 考古学研究室

 

 沢渡桜子は気もそぞろだった。

 

 研究室内に設置されたテレビ。そこに映されているのは本来この時間に放送されている昼のワイドショーではなく、未確認生命体出現を伝える報道番組。茨城県内に出没した第7号の動向をリアルタイムで伝え続けている。

 茨城県と文京区にある城南大学は隣接しているとはいえかなりの距離があり、7号ことザインが近場に出没する可能性はひとまずないと言っていい。

 にもかかわらず彼女が気を揉んでいるのは、友人以上の関係にある年下の青年・緑谷出久が未確認生命体第4号――クウガであり、つい先ほどまでザインと交戦していたことが明らかになっているからだ。

 

 いまはどちらも逃走中とのことだが、それ以上の具体的な状況は知るすべもない。出久が無事なのか知りたいのはもちろんのこと……一刻も早く、伝えたいことがあった。

 

 と、そんな彼女の願望に応えるように、遂に電話が鳴った。弾かれたようにスマートフォンをデスクからぶんどる。発信者は――緑谷出久!

 

『あ……もしもし』

「もしもしっ、大丈夫!?7号と戦ったんでしょう?」

 

 出久の戦いを応援し、またサポートしていくと決めたとはいえ、心配なものは心配だった。もっとも、こうして自力で連絡してくる以上、それほどの大怪我にはなっていなかろうが。

 

『うん、一応無事かな……ただ、奴はすごく強くて。赤でも青でも敵わなくて――それで、今度は銀、いやあれは紫なのか……?』またブツブツと始まりかける。

「あーもう、なんでもいいから!」

 

 桜子が軽く叱りつけると、出久ははっと我に返ったらしい。「すいません!」と謎の空を切る音とともに謝罪のことばを叫ぶと、気を取り直して続けた。

 

『えっと、また違う姿に変身したんだ!パワーがすごくて、鎧も分厚くて、その代わり動きも鈍い……って感じの姿なんだけど、解読でそれっぽいのが出てないかな……と思って』

「!、ちょうどよかった……。実はそれらしい解読結果が出てて、早く報せたかったの」

『ほんと!?』

「早速読むね、いい?」

『うん』

 

――解読結果を伝える……と、出久は暫し沈黙していたが、

 

『……ありがとう。なんとなく戦い方が見えてきたよ』

「それならよかった。……でも、無理しないでね?」

『はは……なるべくがんばるよ。それじゃ、また』

 

 ぷつっ、と音が鳴り。電話を置いた桜子は、深々と溜息をついた。新たな形態のとるべき戦法がわかれば、きっとクウガは勝てる。――出久は、生きて返ってくる。

 

「それなら、徹夜した甲斐もあるってもんよね……」

 

 スマートフォンの隣に置かれた栄養ドリンクの瓶を眺め、桜子がしみじみつぶやいていると、研究室の大きな扉が突然開かれた。

 現れたのは190センチ近い長身の、白皙の青年だった。人なつこい笑みが顔に浮かんでいる。

 

「Bonjour、桜子サン」

「あっ、ジャン先生」

 

 ジャン・ミッシェル・ソレル――考古学研究室に籍を置く若きフランス人講師である。

 

「また徹夜デスカ?お肌に悪いヨ」

「あはは……大丈夫です、若いから」

 

 ところで、と桜子は話を切り替える。

 

「発掘調査のほう、何か出ましたか?」

 

 ジャンはいま、九郎ヶ岳遺跡周辺の発掘調査を担当していた。遺跡、とひと口に言っても、そう呼ぶべきものは周辺地域に点在している。何も起こっていなければ夏目教授ら調査団が引き続き行っていたであろう調査、それを事件当時休暇で母国に一時帰国していたジャンが引き継いだのである。

 

 桜子の質問に対し、意を得たりとばかりにジャンがにやりと笑う。

 

「それがネ、トンデモナイもの、ドンドン出てきてマスヨ」

「とんでもないもの?」

「Oui!」

 

 

――その一方、桜子から解読結果を聞いた出久はというと、

 

「……はぁ~」

 

 溜息とともに、ずるずると石段に座り込んだ。彼は一旦逃走したのち、道中にあった鄙びた神社で休憩をとることにしたのだ。

 正直に言って、疲労困憊だった。流石に第6号――ズ・バヅー・バにビルから突き落とされたあとのような辛さはないが、全身に鈍い痛みが残ったままだ。

 

 無論、いつまでもここで燃え尽きているつもりはない。第7号発見の報が入れば、即座に動き出すつもりだ。そこで、紫――複眼とアークルの色からそう判断した――の戦士の、真なる戦法で挑む。

 

「……"切り裂く"かぁ」

 

――邪悪なるものあらば、鋼の鎧を身につけ、地割れのごとく邪悪を切り裂く戦士あり。

 

 桜子の口から語られた碑文。切り裂く、ということは、武器は恐らく剣なのだろうが。

 

「剣……斬る、突き刺す……」下唇に手をやる。「あいつは恐らく自分から突っ込んでくる……だけどあの重い身体で、その猛攻をかいくぐるなんて、僕にできるのか……?」

 

 ザインの突進はそれこそ本物の犀のような烈しさ。文字どおり猪突猛進ゆえ、隙を見つけることは難しくはないだろうが……そこからこちらの攻撃に繋げることが自分にできるのだろうか?

 古代の戦士は、きっとそれをしていた。クウガの力にもそれだけのポテンシャルはある。――だが出久は、そこまでの自信がもてなかった。他ならぬ、自分自身に。

 

「……ッ」

 

 そんなことで、苦悩している場合でないのはわかっている。だが、それでも――

 

 

「――あれ、緑谷……さん?」

「!」

 

 心なしか力ない、それでもかわいらしい女性の声。はっと顔を上げた出久の前に立っていたのは、ボディラインの出る特徴的なヒーロースーツに身を包んだ女性で。

 

「麗日……さん?」

 

 一日のうちで二度目の、予想だにしない邂逅だった。

 



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EPISODE 8. デッドオアマッスル 2/4

先に言い訳しておきますが、冒頭のグロンギサイドの部分は書いたとき酒が入ってました
ビランニキのキャラ付けがかなり厄介なことになっちまいました



 幾多の惨劇をもたらし、エンデヴァーのヘルフレイムに全身を灼かれて川に飛び込んだ未確認生命体第7号――ズ・ザイン・ダ。

 

「リントグ……!」

 

 人間体に戻った彼の火傷は、未だ完全に癒えてはいなかった。とはいえ、一時火だるまと化していたことを考えれば、圧倒的に早い治癒であると言わざるをえない。

 いずれにせよ、万全の状態でないことは確か。そのために彼は、川から上がってすぐのトンネルに身を潜め、休息をとっていた。ヒーローや警察官らに、今度は自分が標的にされているなどとは思いもしない。仮に知ったとて、返り討ちにしてやると意気軒昂になるだけだろうが。

 

 しかし、弱った彼を狙うのは人間たちばかりではなかった。

 

「――カアァァァァッ!!」

「!?」

 

 突如として、翼を広げて襲いかかる黒い影。俊敏でないうえに、気を緩めていたザインは躱すことができず、胸元にその直撃を受けた。皮膚が裂け、噴き出した血飛沫が飛び散る。

 

「グゥ……ッ、ゴラゲパ……」

「カカカカカ……!」

 

 不気味な笑い声をあげるシルエット。ザインにとって、彼は同族だった。――コウモリ種怪人、ズ・ゴオマ・グ。

 彼は鋭い歯を剥き出しにし、言い放つ。

 

「ゴセビジョボゲゾ、ゲゲルンベンシ!!」

「……ズザベダボドゾ!」

 

 ザインの額にめきりと青筋が浮かぶ。次の瞬間には、その身体は犀怪人のそれへと変貌していた。

 

「カカカァッ!!」

 

 標的が怪人体に変わったことにも臆さず、ゴオマは再び飛翔して襲いかかる。"権利"をかけて、彼は極めて勇敢だった。

 

――しかし、蓋を開けてみればそれは蛮勇であったと言わざるをえない。パワーで圧倒的に水をあけられている相手、それでも挑むならせめて得意の高高度からのダイブアタックを封じられるトンネル内を選ぶべきではなかった。もっとも、蝙蝠怪人である彼に陽光に晒される白昼の屋外活動はほとんど不可能。

 

 夜まで待てない愚かさが、最大の敗因だった。

 

「ヌゥッ!」

「!?」

 

 ヒットアンドアウェイの戦法で挑むというゴオマの作戦は、一瞬にして破られた。すれ違いざまに爪を突き立てる代わりに、ザインに足首を掴まれてしまったのだ。

 そのままザインはぐるぐると身体を回転させはじめる。――ジャイアントスイング。物凄い勢いで視界が回り、ゴオマにはもうなすすべもない。

 

 そしてザインが手を放した瞬間、彼はトンネルの外まで放り出されていた。

 

「!?、ウギャアアアアッ!!」

 

 曇り空からわずかに差し込む陽光ですら、その身体には猛毒となる。その場でのたうち回り、悶え苦しむゴオマ。地面に這いつくばりながら、なんとかトンネルの中へ戻ろうとするが、

 

「――ギャッ!?」

 

 剥き出しになった背中が、漆黒のハイヒールに踏みつけられる。さらにぐりぐりと踏みにじられると、限界を迎えたゴオマの肉体が縮んでいく。黒いコートを纏った、肌の真っ白な不健康そうな男の姿が露わとなった。

 

「……バカが」

「ギィッ、ガ、アアア……ジュ、ジュスギデブセェ……!」

 

 彼が必死に訴えるのは――バラのタトゥの女。彼女はザインに目をやり、

 

「ダギギダボドパバガゴグザバ、ビズパ」

「……!」

 

 頷きかけたザインは、彼女の背後から四つの人影が現れるのに気づき目を見開いた。

 

「ゴラゲダヂパ……」

「ジガギズシザバ、ザイン」

「ヘヘヘヘッ、バヅバギギザソ?」

 

 山道にもかかわらずウエットスーツのような服装の男が、下卑た笑みを浮かべながらザインのもとへ歩み寄っていく。鮮血の流れ出す裂けた胸に顔を寄せると、

 

 がぶりと、噛みついた。

 

 現代人の感覚でいえば、奇矯のひと言ですら片付けきれない異様な行為。いくら親しい友人であっても、出会い頭にいきなりこんな行動をとれば通報されても文句は言えまい。

 しかし、背後で見物するバラのタトゥの女らどころか、傷口に歯を差し入れられたザインすらも驚きも怒りもしない。彼――メ・ビラン・ギが血を前に平静ではいられなくなることをよく知っていたからだ。

 

「……ゴソゴソジャレソ、ビラン」

 

 ザインがそう言って、ビランはようやく口を離した。唇についた血を残さず舐めとり、厭らしく笑う。

 そして、

 

「ザジャブガガデデボギビメ、ザイン!」

 

 そのことばを、背後で見守る者たちのひとり――とりわけ少年のグロンギは冷笑したが、ザインはそんなもの一顧だにしない。深く頷き、踵を返して歩き出した。トンネルの向こうからサイレンの音が響きはじめている。まずはそれを標的とし、殺人を再開するつもりだった。

 

 

 

 

 

「そうだったんだ……大変、だったね」

 

 炭酸飲料の缶を手に、緑谷出久はしみじみとそうつぶやいた。

 

 山中の寂れた神社でヒーロー・ウラビティこと麗日お茶子と再会した出久は、彼女がつい先ほどまで7号事件による二次災害被害者の救助に当たっていたこと、ロストした7号が再びそうした事案を引き起こす可能性を考慮し、この周辺を離れられないこと等を聞き出したのだ。

 ヒーローとはいえ、合同捜査本部の人間でない彼女と未確認生命体の事件が原因でまた顔を合わせることになるとは。数奇なものだと思った。

 

 しかし、そう考えたのはお茶子も同じだったようで、

 

「ってか、緑谷さんはどうしてここにいるん?7号まだこの辺にいるみたいやし、危ないよ!」

「えっ、あっ……」

 

 そう言われればそうだ。東京の大学に通っていて、地元がこの辺りというわけでもない。それなのに未確認生命体が出ている地域にわざわざ来るなんて、不自然を通り越して奇々怪々に思われても仕方がない。……いや、ヴィジランテ説が巷で支持を得始めている4号と、結びつけられてしまうかもしれない。

 切島がそうだったように、お茶子も真摯に説得すればわかってくれるかもしれない。……だが、そうでない可能性がゼロでないことが怖かった。

 

「えっ……と……」目を泳がせつつ、「とっ、友達が、この辺に住んでて!ちょっと強引なやつで、無理矢理遊びに来させられちゃったんだよね……参っちゃうよね、こんなときに……」

 

 必死に絞り出した、慣れない虚言。いくら救助専門とはいえ、ヒーロー相手にそんなものが通用するだろうか。心拍数に合わせて荒くなる息を、出久は懸命に抑え込んだ。

 が、お茶子は意外にも、

 

「そっか……色々あるんやね、緑谷さん()……」

「え……?」

 

 隣に座るお茶子に目をやって、出久はようやく気がついた。その表情に、色濃い翳が差していることに。

 

「麗日……さん?」

「………」

「何か、あったの?」

 

 訊いてしまってからはっとした。何かあったって、あったに決まっている。ヒーローの仕事は外から見ると華やかそうだけれども、たぶん他のどんな仕事より心をすり減らすことだらけだ。

 

「ごっごめん!そんなの、僕みたいなヒーローオタクなんかに話すようなことじゃないよね!?」

「へっ!?いや、そんなこと全然思っとらんよ!?」

 

 お茶子は慌てた。一瞬、頑なな自分に気分を損ねた出久なりの嫌味なのかと思ったが、そうでないことはブツブツと自分の無神経さを呪う姿を見れば一目瞭然であった。

 

(そんな卑屈にならんでも……)

 

 出久が無神経だなんて感じたことはない――むしろ人一倍気を遣うタイプに見える――し、ヒーローオタクであることが悪いとも思っていないのだが。

 なんにせよ、その一挙一動に毒気を抜かれてしまったお茶子は、口を噤むよりも語ることを選んだ。

 

「……緑谷さん、私がヒーローになったわけって知ってる?」

「えっ?」

 

 出久からすれば唐突な質問、困惑するのも無理はないとお茶子は思った。"知っている"という答えが返ってこないであろうことも。

 

 だが、

 

「……"お金のため"だっけ」

「!?」

 

 お茶子が弾かれたように顔を上げると、何を勘違いしたのか出久はまたおろおろとしはじめた。

 

「あっ、そ、それだと語弊があるよね!またしても無神経でっ、ごめんなさい!」

「もう、いいっていいって!無神経なんかじゃないし、間違ってないよ!」

 

 そう、間違ってなどいない。

 麗日お茶子がヒーローを目指した一番の理由は、たくさんの金銭を得るためなのだから。

 もっとも、確かにその言い方だと彼女が欲得ずくな女性であるようにとられかねない。実際には、ほとんどそんなことはなく。

 

 お茶子の生家は建設会社を経営している。が、長らく続いた不景気や昨今の公共事業削減の風潮などもあって経営は芳しくなく、裕福な暮らしというものを未だかつて体験したことがない。元々ヒーローに憧れていたお茶子は、その夢をあきらめて実家に就職することも考えていた――彼女の個性なら当然コスト削減ができる――のだが、それは父に断られてしまった。自分の夢を叶えてくれたほうが、よほど嬉しい――と。

 

 だからヒーローとしてお金をたくさん稼いで、両親に楽をさせてやりたい。それを誓って、彼女はここまで来た。

 

「――だったっけ……確か」

「す、すごい……オタクって言ってもよくそこまで……」

「あはは……確か一昨年のヒーローマガジン春の増刊号の新人ヒーロー特集にそう書いてあったなあ、と」

 

 頭を掻きながらそう言い訳すると、お茶子は笑った。

 

「ほんま嬉しいわ。私みたいな有象無象のことまでそんな詳しく知ってくれてるなんて」

「有象無象なんて、そんなこと――」

「……あるよ」

「え……?」

 

 気づけば、お茶子の表情からは再び笑みが消えてしまっていた。

 

「そんなこと、あるよ」

「………」

 

 出久がことばを失っていると、お茶子は独り言のように、ぽつりぽつりとつぶやきはじめた。

 

「私ね、自分がちゃんとヒーローできてる気、未だにせえへんのよ。先輩たちサポートするのが精一杯で、それですら失敗して怒られてばっかで……一線級で活躍してる同期もいっぱいおるのに」

「それは……でも……」

 

 確かに勝己や飯田のように、事務所や先輩に頼らずとも一人前に活躍できている若手もいる。だが、それはほんの一握りだ。三年目なら、まだまだそんなものなのではないか。

 出久はそう思ったが、まだ社会に出てすらいない身の自分がそんな偉そうなことを言えるのか自問自答するあまり、結局口を噤んでしまった。仮に言ったとて、お茶子の心には響かなかっただろう。

 

「私は事務所の中でも一番新人やし、まだまだ下積みが必要なのもわかっとる。……でも、のんびりもしてられないんよ」

 

 お茶子が焦る理由――それがヒーローの給与体系にあることを、出久は知っていた。

 

「……やっぱり、お金?」

「うん。私たちのお給料って歩合制やから……」

 

 歩合制――活躍に応じて専門機関で相当報酬が決定され、直接支払われる。活動が一切なければ収入はゼロだし、華々しい貢献があれば一般のサラリーマンの目玉が飛び出すような金額が舞い込んでくる。であるからヒーローは、巷では"最も平均年収があてにならない国家公務員"だと言われることもあるのだ。

 

「でも、下っ端でお茶汲みばかりやってるようなヒーローが評価なんてしてもらえるわけないやん?お給料なんて雀の涙で、それでも仕送りだけはやめたくなくて、そしたらアルバイトしても全然首が回らんくて……」

「!、もしかして、空腹であそこに倒れてたのって……」

「そ。食事も切り詰めないとだめなくらいなんよ、いま」

 

 出久は絶句した。お茶子がそこまで追い詰められていたなんて。

 

「甘い世界じゃないのはわかってるつもりだった。億万長者になれるのは一握りだっていうのも。でも……やっぱり私、甘かったんかな……」

「………」

「ずっとヒーローになりたかったはずなのに……夢叶えた自分に、誇りをもてない自分がいるんよ。こんなんやったら、父ちゃんの会社入っとくべきだったのかも、なんて………」

 

 膝を抱えて独白し続けたお茶子は、そこでようやく我に返ったらしい。顔がさっと青ざめる。

 

「あ……ご、ごめん……!せっかく応援してくれてる人相手になんてこと言ってるんだろ、私!」

「麗日さ――」

「ごめんっ、本っ当にごめんなさい!……やっぱり私、ヒーロー失格だ」

 

 

「そんなことないよ!!」

「!?」

 

 おとなしいと思っていた青年の突然の大声に、お茶子は鬱々とした気分を一瞬忘れるくらいに吃驚した。

 

「弱音なんていくらでも吐けばいいじゃないか、同い年の男の前でくらい。子供じゃないんだから、ヒーローにだって泣きたいときがあることくらいわかってるよ!」

「……でも、」

「いいんだよ、つらいときや悲しいときは素直に吐き出したって!確かに本当は、そうするべき相手は僕じゃないかもしれない。生まれたばかりの赤ちゃんがなかなか泣かないと、お母さんもお父さんも心配で頭がどうかしそうになるんだって。僕のときがそうだったって、親からよく聞かされたよ。だからきみは、それだけ心配してくれる人の前で泣かなきゃダメだ」

 

 親というものは、子供がどんなに虚勢を張って強がっていようが、なんでもお見通しなのだ。出久が泣きたいとき、母は何も言わなかったけれど、やっぱり泣きそうな顔をしていた気がする。

 

「それともうひとつ。いまの自分にまだ誇りをもてないとしても……夢が叶うまで必死に努力してきた、そんないままでの自分のことは、誇ってあげてほしいな」

「緑谷、さん……」

 

 麗日は目をいっぱいに見開いてこちらを見つめている。……夢をあきらめた身の自分が、結局ずいぶん偉そうなことを言ってしまった気がする。熱した気持ちが冷めてくると、途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

(な、何カッコつけてんだ僕は……!?クサすぎるだろいくらなんでも……。ああどうしよう、絶対引かれた……)

 

 出久が頭を抱えて身もだえていると、噛みしめるように沈黙していたお茶子は、

 

「……緑谷さんも、たくさんそういう思いしてきたんやね」

「へ……?」

「すごく辛い思いしてきたり、大きな挫折を味わった人ってね、大体どっちかなんだって。他人に攻撃的になるか、すごく優しくなるか……緑谷さんの優しさって、それな気がするなあ」

「……僕は、そんな」

 

 力がないくせにヒーローになるんだと夢を見ておきながら、力がないことを言い訳にして何もしなかった。――無個性だったこと以外は自業自得。そんなの、挫折でもなんでもない。ただの弱さだ。

 それでも、お茶子は嬉しそうに笑った。

 

「とにかく、緑谷さんのおかげでもうちょっとがんばってみる気になれたわ。ありがとね!」

「……どう、いたしまして」

 

 彼女を勇気づけられたのだったら、それでいいのかもしれない。出久は初めて、他人に「泣いてもいい」と言える自分がほんの少しだけ誇らしいと思えた。

 

「あ、全然話変わるけど、緑谷さんが特に好きなヒーローって誰なん?」

「んん……特に、って言われるとやっぱりオールマイトかな?」

「あー、やっぱりそうなんだ!オールマイトはほんとにすごかったもんねぇ……」

 

 和やかな会話。しかしそれは長くは続かない。

 出久の携帯が懐で振動し、主に着信を知らせたためだ。

 

「あ……ちょっとごめん」

「うん」

 

 少しお茶子から離れ、受話する。開口一番、やや不機嫌な青年の声が耳許で響いた。

 

『デク、テメェどこにいる?』

「えっと、さっきの工場から東に1キロくらいのところで、小さい神社があるんだけど……」

『……あァ、そんな近くか』

「えっ?」

 

 訊き返そうとしたときには、既に電話が切れていた。怪訝に思った出久が道路を見渡していると、ほどなく黒塗りの覆面パトカーが迫ってきた。それはトライチェイサーの隣に停車し、

 

「デク!」

「かっちゃん!」

 

 ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己が姿を現す。7号捜索の間隙を縫って捜しに来てくれたのだろうか。

 

「こんなとこで何やってんだ、とっとと連絡よこせや」

「あ、ごめん心配かけちゃ「ア゛ァ?誰がァ、誰の心配をしたってェ?」ヒッ……」

 

 出久が後ずさりしていると、

 

「え、爆豪くん……?」

「!」

 

 あ、そういえば。出久がふたりの関係を思い出すのと同時に、勝己もまたその紅い目を見開いた。

 

「麗日……」

「うっそ、超久しぶりやん!なんで……あ、そっか、確か未確認生命体事件の合同捜査本部にいるんやったね、いま」

「……ああ。テメェも仕事みてぇだな」

「そうなんよー、ひと段落したとこだけどね」

 

 雄英でともに三年間を過ごしてきただけあって、お茶子はもちろん勝己の声音も心なしかほぐれている。出久には、それが少し羨ましく思えた。

 

「ってか、デクとかかっちゃんとか……ふたりって一体どういう関係なん?」

「あっ、うん……幼なじみなんだ。中学までいっしょで」

「マジで!?」お茶子はただただ吃驚している。「世間って案外狭いねぇ……」

「あはは……」

 

 確かに。切島や飯田との出会いは戦いのさなかであったから必然であったともいえるが、お茶子の場合はそうではなかった。東京という同じ都市で生活しているとはいえ、この出会いは奇跡的かもしれない――

 

「おい」

 

 そんな出久の感傷を、幼なじみが遮った。

 

「時間がねえ、行くぞ」

「あ……うん」

 

 7号が再び現れたのだろうか。その割には落ち着いているが――考え込んでいるうちに勝己が歩き出してしまったので、出久は慌ててあとに続いた。

 

「ごめん、麗日さん。えっと……もしよかったら、またお店に来てね!」

「う、うん。気をつけて……?」

「麗日さんもね!」

 

 さっさとパトカーを発進させた勝己に続き、出久もトライチェイサーのスロットルを捻った。

 彼の性情からはやや意外に感じる漆黒のオフロードマシンが、勇ましい唸り声をあげて遠ざかっていく。

 

「………」

 

 その背中を見つめながら――お茶子は、ある決心をした。

 

 




キャラクター紹介・リント編 ズガギ

飯田 天哉/Ten-ya Iida
個性:エンジン
年齢:20歳
誕生日:8月22日
身長:188cm
血液型:A型
好きなもの:ビーフシチュー・ハガ○ン
個性詳細:
物凄く足が速い!ふくらはぎのエンジンが唸りをあげると、なんと50mを3秒で走ることができるぞ!エンジンなので当然燃料は必要だが、オレンジジュースなので身体にもやさしい!炭酸系はエンストするのでNGだ!
またギアチェンジも可能であらゆる局面に対処可能(どうやらマニュアル派のようだ!)。
超人級の速さなのは確かだが、新幹線並みの未確認生命体第5号ことズ・メビオ・ダには流石に追いつけなかったし、クウガと比較するとドラゴンフォームどころかマイティフォームより遅い……。マジの超人には及ばないということか……残念無念!
備考:
ヒーローネーム"インゲニウム"。ある事件で重傷を負い引退した兄から受け継いだ名だ。ビジュアルどおりくそがつくほど真面目な性格で、その真面目さはフキダシを四角くしてしまうほど。名を継いだことからわかるように兄を尊敬しており、兄のような模範的ヒーローたらんと日々心がけている。かっちゃんとは水と油……のはずがいまとなっては結構いいコンビかもしれない!
科警研でやりたい放題やっている雄英サポート科OGの女性とは、微妙(意味深)な関係だとか……?

作者所感:
ライダー'sスペックがとんでもねーせいで肝心の個性がたいしたことない感じになってるのはもう……慙愧に堪えないとはまさにこのこと。件のOGになんとかしてもらうしかないですね

心操くんすきすきばっか言ってますがこの方も結構好きです。登場時はちょっと嫌味なやつかと思いましたが、出久と仲良くなってからお坊ちゃんらしい抜けたところや案外融通のきく一面が発掘されていってどんどんいいキャラになりましたね。
好きなもの欄の"ハガ○ン"こと鋼の○金術師は当然原作には書いてるわけないですが、これは上鳴あたりに薦められて読んでみたらドハマリした……という裏設定をつけてます。面白いのは言わずもがな、兄弟の絆が中心の作品ですしね。原作派かアニメ1期派かまでは考えてません。本編でもたぶん活かされません!

本作の世界線では出久が雄英にいないので、轟くんとはお互い唯一の親友だったんじゃないでしょうか。麗日さんは異性だからちょっと距離感変わるだろうし……


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EPISODE 8. デッドオアマッスル 3/4

平ジェネFINAL観ました。名作でしたね。各ライダーのキャラを活かした展開が多くてどのライダーのファンも満足できる内容だったと思いますが、やっぱり特にオーズはすごく良かったです。これから見に行く方はアンクの最後の表情に注目してみてください。

そして一緒にいった心理学部の友人とデク&かっちゃんの関係性について議論しました。心理学の観点で目から鱗なアドバイスをもらえた気がします。この作品で活かせるかな…活かせるといいな……


「……やられたね」

「……ええ」

 

 河岸の山道に、沈痛な面持ちで立ち尽くすふたりの青年――ヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉と、警視庁刑事・森塚駿。大人と子供ほどの身長差がある彼らの見る光景はまったく同じもの――ぐしゃぐしゃになった鉄塊だった。モノトーンのカラーリングが、それがつい数十分前までパトカーだったことを主張している。

 

 鉄塊に混ぜ込まれた肉塊に手を合わせたあと、森塚はガードレールから身を乗り出して下を覗き込んだ。

 

「7号はかんっぜんに行方不明か……ルパンばりに逃げるねぇあいつら」

「こんなときまでそのような……一刻も早く7号を見つけ出さなければ!これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないでしょう!?」

 

 背丈ばかりか体格でも圧倒的に勝る飯田に詰め寄られ、森塚は「ひー」と演技がかった怯え声を発する。

 

「ま、まあまあ、そう肩肘張らずにさあ……。一応県内のトラックは運転自粛させてるし、焦らず対策考えようよ。要するに、人里に下ろさなきゃいいわけですし」

「それはそうですが……」

 

 こんなときまで飄々としている森塚に飯田が頭を悩ませていると、徐にサイレン音が近づいてきた。ほどなくして、一台のパトカーが現れる。

 

「!、あれは……」

「おー、鷹野さん」

 

 停車したパトカーの運転席から鷹野警部補が舞い降りる。同じ刑事でも森塚とは異なり、彼女の表情は険しかった。

 

「7号は!?」

「……いえ、我々が駆けつけたときにはもう」

「エンデヴァーのヘルフレイムでも短時間活動を停滞させるのが精一杯とはね……あれ、そういえばエンデヴァーはどうしたんです?」

 

 鷹野のパトカーを覗き込みながら、森塚。飯田もそういえばと思った。鷹野はエンデヴァーを伴って行動していたはずだ。

 

「彼なら病院に送り届けたわ。塚内管理官の命令でね」

「病院って……なんで?」

「……そうでしたか」

 

 首を傾げる森塚に対し、どこか予期していたような様子の飯田。――勝己だけでなく、彼も知っていたのだ。エンデヴァーがもう、長く戦える身体でないことを。

 

(轟くん……こんな大事に、きみはどこで何をやってるんだ……!?)

 

 彼がヒーローとしてあったなら。エンデヴァーが傷ついた身体を押して戦うことはきっとなかったし、何より4号ひとりに頼らずに殺戮を止めることができていただろう。

 しかし、そんな彼を失った責任は自分にもある。友人である自分が、もっと彼の力になってやれていれば――

 

 もはや、すべては過去のこと。いまは目の前の使命を果たすしかないのだと自分に言い聞かせながら、飯田天哉は拳を強く握りしめていた。

 

 

 

 

 

 トライチェイサーを駆る緑谷出久は、怪訝な思いにとらわれていた。

 

 彼はいま、目の前を走る黒塗りの自動車を追いかけている。幼なじみの爆豪勝己が運転している車だ。

 

(かっちゃん、どこに向かってるんだろう……?)

 

 「ついてこい」と言われおとなしく従ってはいるが、行き先をいっこうに告げてこないのが解せない。7号を発見したならお茶子から離れた時点で無線で伝えてくるだろうし、他の目的地があるにせよ――

 

 そのうちに車両は造成地に入っていく。舗装されていない砂利道に車体がぐらついているのに対し、高性能なオフロードマシンであるトライチェイサーはまったくものともしていない。流石だ、なんて出久が感心していると、岩肌のそばで車両が停車した。出久も慌ててブレーキを捻る。

 運転席から降り立った勝己が、軽く伸びをしながらつぶやいた。

 

「ここならいいだろ」

「あの……かっちゃん?」

 

 ここに一体なんの用事があるのか、さすがに訊かずにいられなくなった出久。しかし、応答の代わりに返ってきたのは、

 

「デク、変身しろ」

「えっ!?」

「さっきのクソ鎧のやつにだ」

「いや、ちょっと……な、なんで?」

 

 見たところここにはかのグロンギの影も形もない。ゆえにその問いが発せられるのは当然のことであった。

 頭の回転が速い勝己がそれをわかっていないはずがない。だが、わかったうえでこう言うのだ。

 

「いいから早よしろ」

「……ッ」

 

 そう凄まれれば、出久はもう従わざるをえない。これ以上ごねれば爆破が待っているに決まっているのだから。

 仕方なく、出久は変身の構えをとり、

 

「……変身!」

 

 アークルの中心の霊石が紫色に発光し、出久の全身がふた回りも巨大化する。筋肉で膨れあがった胴体を覆うように分厚い鎧が現れ、

 

 出久はクウガ・タイタンフォームへの変身を完了した。

 

「………」

「あ、あの……かっちゃん……」

 

 じろじろと全身眺め回してくる勝己。とにかく居心地が悪い。

 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。ふう、と小さく溜息をつくと、勝己は思わぬことを言い放ったのだ。

 

「よし。デク、俺と戦え」

「……え?」

 

 こんなときに一体何を言っているのか。あるいは、自分が彼の意図をきちんと受け取れていないだけか。

 

――直後、勝己が地面を蹴って襲いかかってきたために、自分の耳も理解力も至って問題ないことがわかってしまった。

 

「オラァッ、死ねぇぇ!!」

「うわぁっ!?」

 

 目の前に突き出された掌。烈しい爆発を起こされ、ぎょっとしたクウガは思わず尻もちをついてしまった。

 

「ななな、な……ッ、何すんだよ、かっちゃん!?」

「ウルセェ!戦えっつっただろうがあああ!!」

 

 理由も語らず、勝己は鬼の形相で爆破をぶち込んでくる。情けなく地面を転がって躱しながら、出久は必死に幼なじみの暴挙の理由を分析しようとする。

 

(な、なんか怒らせるようなことしたっけ?あいつ逃がしちゃったから?そのあと連絡しなかったから?いや、もしかして何もかも?僕がクウガであること自体やっぱり許せなくなったとか!?)

 

 いくら考えてもわからない。そもそも、出久には昔から勝己の心がまったく読めなかった。きちんと読めていたなら、そもそもあんなに関係が拗れることはなかっただろう。

 

 思考をめぐらせている間にも、勝己はどんどん爆炎とともに迫ってくる。鈍いこの形態では避けきれない。ひとまず青になろうかと考えはじめたそのとき、それを見透かすかのように彼は叫んだ。

 

「姿変えんなやッ、意味ねえだろうが!!」

「ハァ!?」

「理不尽だと思うんならよォ……逃げてねえで向かってこいやクソナードォ!!」

「……ッ」

 

 "理不尽"――いましていることがそうなのだと、勝己自身よく理解している。ならばこの行動は、感情にまかせたものではないということか。

 

「ッ、知らないぞ、どうなっても……!」

 

 態勢を立て直し、言われたままに向かっていこうとするクウガ。瞬発力はどん底レベルでも、まっすぐ前進するぶんにはこの姿でも常人より遥かに速い。マッシブな巨体が闘気をまとって迫ってくるのだから、流石の勝己も本能的に恐れをなして退がるのではないか。

 

「――甘えんだよ、テメェは」

「ッ!?」

 

 勝己が跳躍し、目の前から消える。クウガが声をあげる間もなく急降下、そして――

 

榴弾砲(ハウザー)着弾(インパクト)ッ!!」

 

 最大出力の爆破が、彼に浴びせかけられた。

 

「うああっ!?」

 

 恐れをなしたのはクウガのほうだった。横に跳んで躱そうとして、重い身体を制御できずにバランスを崩して地面にダイブする。砂利が銀と紫の鎧を汚した。

 

「く、そぉ……!」

 

 直撃はぎりぎり避けたし、頑丈になった身体のおかげでほとんどダメージはない。だが、こうして地べたに這いつくばっている現況は――彼に、敗北感を与えるに十分すぎた。

 

(ッ、どうすりゃ……いいんだ……!?)

 

 思わず砂利を握りしめるクウガの頭上から、勝己の冷徹な声が飛ぶ。

 

「弱ぇな、テメェは。()()()()と変わっちゃいねえ」

「……!」

 

 それがいつを指しているのか、出久には一瞬でわかった。人質になった幼なじみを見捨て逃げ出した、僕はヒーローになれないと思い知ったあの少年の日。

 

「ち、違う……僕はもう、あのときとは――」

「力を手に入れたからか?――テメェのそのへっぴり腰の戦い方で、クウガの力ァ活かせてるって?」

 

 「笑わせんな」と、勝己は冷笑する。

 

「いくら強い力もってようが、自分の力を信じられねえヤツは弱ぇんだよ。自分も信用できねえ弱っちい人間に他人が救えると思うんか、テメェは!?」

「……ッ」

 

 そうさせたのはきみじゃないか。――しかしそれを差し引いても、勝己のことばは正しいと出久には思えた。

 

(そうだ……。自分の心も救えない人間に、誰かを救えるわけがない……!)

 

 みんなの笑顔を守りたい――その想いを、かなえられる力。その力によって自分はいま、かつて憧れたヒーローのごとき屈強な肉体を手にしている。

 この腕を、脚を、鎧を――"筋肉"を、信じる!

 

 徐に立ち上がった紫のクウガは、再び幼なじみめがけて前進を開始した。ただし、今度は走らない。どっしりと、地面を踏みしめるようにして歩を進める。

 

「オラァッ!!」

 

 容赦ない爆破も、再び。やはり反射的に避けようとする身体を、出久は懸命に制した。力を、信じる――そう決めたがゆえ。鋼鉄と筋肉の鎧がきっと、すべての攻撃を受け止めてくれる――

 

 実際、タイタンフォームの身体にはそれだけのポテンシャルがあった。ダイナマイトの爆発を至近で受けようと、その鎧には傷ひとつつかない。鎧に守られていない部分とて、それに次ぐ防御力をもつ。――そもそも、敵の攻撃から逃げる必要自体なかったのだ。すべて受け止め、突き進めばいい。

 

「ハッ……クソ固ぇじゃねぇか……」

「………」

 

 本気の爆破を浴びせかけようとも迫ってくるタイタンフォームを前に、勝己は不敵に笑う。

 

「見せてみろやデク、テメェの……本気をよぉ!!」

「!」

 

 顔面を掴まんばかりに突き出した掌から――最大級の爆破を放つ。出久に限らず、ふつうの人間なら必ず反射的に避けてしまうであろう顔めがけての一撃。

 それでも彼は、

 

(逃げるな……突き進めッ!!)

 

 視界を覆う閃光と火炎にも怯むことなく、拳を突き出した。7トンにも及ぶ威力のパンチに、疾風が巻き起こる。

 

「………」

「………」

 

 暫し、沈黙が続く。勝己の掌と、クウガの拳。互いが互いの目前に凶器をつきつけている。

 やがて我慢がきかなくなったのは、異形ゆえ表情のまったくない鋼鉄の戦士のほうで。

 

「――これで、いいんだよね……かっちゃん……?」

「……自分で考えろや、クソボケナード」

 

 冷たく突き放した物言い。しかしそこに失望の色はない。勝己なりの肯定のことばなのだろうと思うと、急に身体から力が抜けた。

 

「ありがとう、って言いたいけど……やり方が乱暴だよかっちゃん……」

「うるせえ、ベルトむしり取んぞ」

「そのフレーズ前にも聞いた……」

 

 ともかく、欠けていたピースはこれで完全に埋まった。桜子の解読結果と合わせて、もうタイタンフォームは完璧に使いこなせる――

 

 と、そのときだった。クウガが出久の姿に戻ろうとしていたちょうどその瞬間に、勝己の覆面パトカーの無線が鳴ったのである。

 

「!」

 

 疲労など微塵も見せず、颯爽と駆けていく勝己。クウガもまたトライチェイサーのパネルを操作し、無線を傍受することにした。

 

『こちらインゲニウム!爆心地、応答してくれ!』

「俺だ。見つかったんか?」

『いや……』

 

 否定しておきながら切迫する飯田が告げたのは、思わぬ状況の変転だった。

 

『第7号を誘き出すためのトラックを借り受けられないか、近隣のレンタカーの店舗に協力を要請していたんだが……そのうちのひとつから"ブレイバー事務所所属ヒーロー・ウラビティ"を名乗る女性がトラックを借りていったという情報を貰ったんだ』

「!、あいつが……!?どういうこった、そりゃあ!?」

『ぼ、俺に訊かないでくれたまえ!無論なりすましの可能性もゼロではないが、話を聞く限り外見的特徴なども一致しているし……』

「……もういい、間違いなくあいつだ。それで、そのトラックはどこにいる?」

『あ、ああ。聞き込みによると――』

 

 飯田からトラックの推定現在地を聞き出し、通信を打ち切ると、勝己はちらりとクウガに目配せした。すべて聞いていたことを示すべく、力強くうなずく。

 そして暗証番号を打ち込んでトライチェイサーをゴールドヘッドへと変身させると、勝己に先んじてフルスロットルで出陣した。

 

(麗日さん……!)

 

 彼女が見せたあの笑顔。必ず、守ってみせる――

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ズゴゴ

バッタ種怪人 ズ・バヅー・バ/未確認生命体第6号

「キョグギンジャンママ、ズ・バヅー・バザ(驚異のジャンパー、ズ・バヅー・バだ)」

登場話:
EPISODE 3. エンカウンター
EPISODE 5. 沢渡桜子:ブルース~EPISODE 6.吼えよドラゴン
身長:204cm
体重:185kg
能力:発達した筋肉が生み出す跳躍力
  (ひと跳び25m)
  ※総合的に高い身体能力を誇る
活動記録:
人間体は枯木色のライダースーツを纏った青年。未確認生命体第1号(クモ種怪人 ズ・グムン・バ)や第3号(コウモリ種怪人 ズ・ゴオマ・グ)のように復活直後から殺人を行うことはなく、人間体の姿で都内を徘徊する。その際、硬貨に興味を示していた。
第5号(ヒョウ種怪人 ズ・メビオ・ダ)の死の翌日、ついに行動を開始。品川区から杉並区までを移動しながら人々を墜落死させる殺人行為を実行した。杉並区阿佐ヶ谷にて第4号(赤のクウガ・マイティフォーム)と交戦、赤から青に変身して戸惑う彼を高層ビルの屋上から突き落とし追い詰めるも、爆心地とインゲニウムに妨害され、さらに工場の煙を嫌って一時撤退する。
翌日、再び杉並区内に出現。警官4名を殺害するものの、付近を警戒中だった爆心地らと交戦。その烈しい攻撃に怯んで逃走するも、第4号(青のクウガ・ドラゴンフォーム)に遭遇。戦い方を見出した彼にロッドで叩きのめされ、爆死した。

作者所感:
バッタモチーフにマフラー……警視総監が反応したこと間違いなしの姿でしょう。幸か不幸か出てきませんでしたが。
初めてのマイティでは勝てない強敵でしたが、力押しではなく己の特性を活かせるフィールドを選んで戦える知能もあるようで。マジで獣に近い他のズ族とは一線を画していると思います。のちのジャモルなどに比べると殺害人数も段違いですし。
双子のアニキとの格差は一体……。


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EPISODE 8. デッドオアマッスル 4/4

祝・お気に入り893件!
平成ライダーファンなら893といえば言うまでもなくあの方とわかるでしょう。クウガにもがっつり関わってらっしゃるので祝ってみました。

さて、当然ながらこれが年内最後の投稿になります。
来年は春から社会人になるので色々と大変な年になりそうですが(前厄だし)
完走までがんばるぞ~!




 ヒーロー・ウラビティこと麗日お茶子はトラックを走らせていた。畑や水田に囲まれたのどかな景色を抜け、舗装されていない獣道へと入っていく。

 暑くもないのにひとすじ汗をこぼしながら、お茶子は思う。

 

(7号は絶対、私が抑えたる……!)

 

 勝己や飯田ですら倒すことはできない怪物だ、自分の個性で正面きって戦えるとは思っていない。だが、時間稼ぎくらいならできる。――これ以上一般市民にも警官にも犠牲を出さないための、彼女の独断だった。

 

 このあたりなら。そう判断し、トラックを停車させる。周囲に目を配りつつ、スマートフォンを手にとった。

 

「……うわ」

 

 百件近くの着信が表示され、お茶子は思わず顔をしかめていた。相手がどんな気持ちでかけてきているのかを想像すると、さすがに申し訳ない気持ちも湧く。

 だがもう、後戻りはできない。お茶子は着信履歴の中から――ほとんどが事務所系で埋まっている――ふたりの同級生の名を探り出し……少しの逡巡ののち、"爆豪勝己"の名をタップした。

 

 

「――!」

 

 お茶子の乗るトラックを追って覆面パトカーを走らせる勝己は、スマートフォンと接続されているカーナビにお茶子の名が表示されるのを見て目を剥いた。乱暴な手つきで受話を押し、ほとんど同時に叫ぶ。

 

「丸顔テメェッ、何考えてやがんだコラァ!!」

『――ッ』

 

 スピーカーの向こうで息を詰まらせる微かな声。思いっきり怒鳴り散らしてやったのだから当然だろう。

 が、向こうはすぐに気を取り直したようで、

 

『も、もっともな怒りだとは思うよ!でも私――あぁもうっ、やっぱ釈明はあと!爆豪くん、4号に連絡とれるんやろ?』

「……チッ」

 

 一から十まで言われずとも、お茶子が4号を呼んでほしいと考えていることはわかる。自分でなくあの幼なじみが頼みにされていることは凄まじく腹立たしかったが、それで臍を曲げるほど、勝己はもう子供ではない。

 

「……あとでその餅みてえな顔面、煎餅になるまで爆破してやるから覚悟しとけよ」

『ひっひどい!女の子相手に――きゃあっ!?』

「!?」

 

 突然の悲鳴。と同時に耳をつんざくような轟音が響く。

 

「麗日、どうした!?おい、麗日ッ!!」

 

 呼びかけるが、応答はない。なんらかの衝撃で、あちら側から通話が切れてしまったようだった。

 

「っ、クソが……」無線に切り替え、「デク!!」

 

 

「っ、う……」

 

 突然の強い衝撃に車体がシェイクされたのち、お茶子はどうにか立ち直った。揺さぶられたせいで吐き気を催している。それどころか、シートベルトを締めていなければフロントガラスに突っ込んで血まみれで投げ出されていたかもしれない。

 一体何が起きたのか――前を向いた瞬間には、それがわかった。車の目の前に、筋骨隆々の大男が立ち塞がっていたのだ。

 

(!、この人……)

 

 いや、ヒトではない。その血走った獣のような目を見た途端、お茶子は瞬間的にそれを察知した。

 

「ヅギンゲロボザ……グオォアァァァッ!!」

 

 そして、その身体が大きく変貌する。サイ種怪人、ズ・ザイン・ダ――

 

 お茶子が対応するより、ザインのほうが一歩先んじた。フロントガラスに飛びかかり、鼻から生えた一本角を突き立てる。

 

「きゃあっ!?」

 

 ガラスが粉々に砕け散り、車内にも降り注ぐ。もはや安全地帯でないことを悟ったお茶子は即座にドアを開け、車外へとダイブした。

 

「……ッ」

 

 ザインと距離をとりつつ、格闘の構えをとる。脚が震えそうになるのを懸命にこらえながらも、お茶子は目の前の異形を睨みすえた。

 

「来るなら来いッ、バケモン!!そんな人殺しがしたいなら、まずこのウラビティを殺ってみぃやッ!!」

「………」

 

 そのことばに応えるかのように、ザインは足下の砂を蹴り、突撃の姿勢を見せている。――自分の命が風前の灯火であることを自覚しながら、それでもヒーロー・ウラビティは不敵に笑っていた。

 

 

 

 

 

 疾走するトライチェイサー。それを駆るクウガ――緑谷出久の焦燥は、さらに深まっていた。

 

(ッ、間に合ってくれ……!)

 

 勝己からの無線。どういう意図かは不明だが、お茶子はとにかくザイン誘き出しを単独で実行し、その結果いまこのとき襲われているかもしれない。

 彼女はヒーローだ。である以上は、確かに、一般市民の命を守るためその命を懸けるべきときがあるかもしれない。

 

 でも、だからといって――

 

「……!」

 

 いよいよトラックの推定位置に接近したそのとき、クウガの複眼がふたつの影を捉えた。特徴的なヒーロースーツを纏った小柄な女性と、犀に似た筋骨隆々の異形――

 

「麗日さん、7号……!」

 

 麗日お茶子と7号――ズ・ザイン・ダが、格闘を繰り広げている。いや、格闘といえば聞こえはいいが、実質的にはザインの猛攻をお茶子が体格を活かしてうまく躱しているにすぎない。彼女は己が個性で敵を浮かせてしまい、攻撃の勢いを殺ごうと考えていたのだが――少しでも触れれば吹き飛ばされてしまいそうなパワーに、個性を発動させることすらままならない状態のようだった。

 

「ッ、はぁ……はぁ……っ」

 

 常人の数十倍にまで強化されたクウガの聴覚が、お茶子の荒ぶった呼吸をとらえる。体力も限界なのだろう。一方で、ザインの獣のような突撃にまったく衰えはない。――もう、時間の問題か。

 

(やらせるか……!間に合え、間に合え――ッ!!)

 

 クウガがスロットルを壊れる寸前まで引き絞るのと、お茶子の足がもつれるのがほとんど同時。バランスを崩したお茶子の胴体に、ザインの角が――

 

 

「麗日さんッ!!」

「――!」

 

 その声にお茶子が顔を上げたときには、弾丸のごときホイールの一撃がザインを弾き飛ばしていて。

 砂塵を巻き起こしながら、黄金と赤に彩られた鋼鉄の馬・トライチェイサーがその場に停車した。

 

「………」

「4号……き、来てくれはったんや……」

 

 クウガの姿を認めて安堵したのか、へなへなとその場に崩れかかるお茶子。自分の存在が、恐怖でなく恃みの対象とされている。それが嬉しくないといえば嘘になる。

 

――だからこそ、全力で。いま自分に、できることを。

 

「うらら……ウラビティ」

「!」

 

 4号に名を呼ばれた――その事実に、お茶子は目を見開く。

 

「下がってて。――あいつは、僕が倒す」

「4号……さん……」

 

 いまの自分になら、それができる。ゆっくりとトライチェイサーから降り立ったクウガは、グリップ兼特殊警棒"トライアクセラー"をスロットルから引き抜いた。

 

――邪悪なるものあらば、鋼の鎧を身につけ、地割れのごとく邪悪を切り裂く戦士あり。

 

 いつかのように、脳裏に声が響く。その声にしたがって、剣で敵に切りつけるイメージを描く。

 すると、右手に掴んだトライアクセラーが一瞬熱を帯び――刹那、その姿を大きく変える。タイタンフォームと同じ紫の大剣、"タイタンソード"。鋭く伸びた刃先が、鈍い光を放つ。

 

「クウガァ……!」

「………」

 

 早くも態勢を立て直し、憎々しげにこちらを睨むザイン。それを受け止めるクウガは、至って静謐。――あふれる感情はすべて、剣を握る拳にこめて。

 

「行くぞ……!」

 

 ゆっくりと、歩き出す。その逞しい背中には、自分の知るどんなヒーローにもない強さと弱さが同居しているようにお茶子には思われた。でも、それを感じるのは初めてではない――

 

 と、サイレンとともに覆面パトカーが突入してくる。その運転席から件の同級生が飛び降りてきたことで、お茶子は我に返った。

 

「ば、爆豪くん……」

「麗日テメェコラァ……」

 

 悪鬼羅刹のようなその表情。宣言どおり顔面を煎餅にされることを覚悟したお茶子だったが……流石に状況を考慮してか、彼は低く唸るような声で問い詰めてくるだけだった。

 

「……どういうつもりだ。もっと他にやりようあっただろうが」

「………」

 

 まっとうな疑問だと思った。同時に、その声音に不器用な気遣いが含まれていることも。

 だから怒鳴られても、呆れられても、本当のことを言おうと思った。

 

「これやったら、もう誰かが犠牲になることもない……そう思ったら、身体が勝手に動いてた。気づいたらトラックに乗ってたんよ」

「………」

「爆豪くんたちに任せといても、結果は同じだったかもしれない。でもそんときは、そんなことすらも考えられんくて……ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げるお茶子は、自らのしたことの危うさ、拙さを自覚しつつあるのだろう。顔色がみるみるうちに青くなっている。

 しかし、その瞳にひとつだけ浮かばぬものがある。――後悔。最もヒーローらしからぬ、それでいて最もヒーローらしい自らの行為を、彼女は一生恥じ入ることはないのだろう。

 

「……この、クソ馬鹿野郎()が」

 

 やり場のない感情を得た勝己がにらみつけた先では、クウガ・タイタンフォームとズ・ザイン・ダがいよいよ激突しようとしている。

 

「――ヌウゥゥゥンッ!!」

 

 先手必勝とばかりにラリアットをかますザイン。常人がまともに受ければその瞬間に四肢がちぎれ、ひしゃげた肉塊となるであろう一撃。そんなものが迫ってくるのだ、元はただの学生でしかない出久が、避けたいと思わないはずがない。

 しかし、彼は湧き起こる恐怖に耐える。耐えて前進を続ける。

 

(僕はもう逃げない……この"筋肉"を、信じるッ!)

 

 直後、ザインのボディがクウガに激突する。戦いを見守るお茶子の、悲鳴にも近い声が響く。

 しかし、それに見合った悲劇が起こることはなかった。四肢がもげるどころか吹き飛ばされることすらなく、クウガはその場にとどまってみせていたのだから。

 そして、

 

「――はぁッ!!」

 

 勇ましい声とともに、空いた左拳でザインの顔面を思いきり殴りつける。グォ、と低いうめき声をあげ、その巨体がよろよろと後退する。だが、決定的なダメージではない。即座に態勢を立て直そうとするザイン。

 そうはさせじと、クウガはその腹部に膝蹴りを叩き込んだ。

 

「グガッ!?」

「……!」

 

 硬く鍛え上げられた腹筋の奥で、何かが砕ける感触。それは決して気持ちのいいものではなかった。相手を痛めつけ、ゆっくりと死に追い込んでゆく――その残酷な行為を、しかし唯一無二の仮面の英雄としてやり遂げなければならない。

 剣を握る拳に、いっぱいに力がこもる。その一方で、ザインは血反吐を吐きながら、一本角を振りかざして距離を詰めてくる。追い詰められていると自覚しているのか、そうではないのか――いずれにせよ、決着をつけるつもりなのだ。

 

 だからクウガは、全身全霊でそれに応えた。

 

「ウオオオオオオオッ!!」

「うおぉりゃあぁぁッ!!」

 

 ふたつの雄叫び、次いで肉を貫く鈍い音が、辺り一面に響き渡る。

 

「………」

 

 密着した状態で硬直する、ふたつの異形。勝利を得たのはどちらなのか。位置の関係でクウガの背中しか見ることのできない勝己とお茶子は、固唾を呑んで見守るほかない。

 

「……ッ」

 

 ザインの角を見事に鎧で受け止めきったクウガ。

 そして、

 

「グオ……」

 

 殴打で傷ついた腹部を、タイタンソードで貫かれた――ズ・ザイン・ダ。

 

「グオッ、オッ、グアァァァ……!」

 

 刃が喰らいついた箇所に、封印の紋様が浮かんでいる。いかに絶大な回復力を誇るグロンギの怪人であれ、こうなればもはや助かるすべはない。紋様からヒビが下腹部、そしてベルトのバックルへと走り――

 

「ウグゥゥゥッ……――グオアァァァァァッ!!」

 

 雄叫びにも似た断末魔とともに、遂にザインの身体から爆発が起きた。筋骨隆々の肉体も、自慢の一本角も、何もかもが一瞬にしてばらばらに吹き飛ばされていく。

 

「……!」

 

 爆炎に呑み込まれたクウガを目の当たりにして、お茶子は息を呑み、勝己はただ静かに見守り続ける。そして炎が収まれば、そこには堂々と立つ銀と黒の背姿が残されていた。勝利を噛みしめるかのように、大きな背中が動く。深いため息が吐き出される。

 やがて振り返った彼は、鋒が血に濡れた剣とともにこちらへ戻ってくる。紫の複眼が一瞬お茶子へ向けられたものの――どこか気まずげに逸らされ、その身はトライチェイサーへと跨がった。

 

「あ……」

 

 このまま、彼を去らせてはいけない。わけもなく、お茶子はそう思った。

 

「4号さん!」

「――!」

 

 感情のしまい込まれた無機質な瞳が、再び、弾かれたように向けられる。

 

 

「救けてくれて………ありがとう……!」

 

 そのことばに、目の前の異形は暫し呆然としているようだった。顔に表情が浮かぶことのなく、それゆえどんな感情が湧き起こっているのか判別しにくい。しかしその大きな手が震えはじめたことに、お茶子は気づいた。

 やがてその震えを抑えながら、彼は徐に親指を立てた。お茶子が精いっぱい述べた感謝のことばに、応えてみせるかのように。

 

 そしてソードから戻したトライアクセラーをグリップに押し込み、クウガはマシンを発進させた。獣道の彼方に、白銀と黄金の陽炎が消えていく。

 

 お茶子は悟った。未確認生命体第4号――彼は完成された全知全能の守護神でもなければ、まして闘争本能のままに同族殺しを続ける戦闘マシーンでもない。弱さを抱えながら、それでも他者を守るべく強くあろうとする、そんなひとりの人間なのだと。

 だからこそ、きちんとお礼を言えてよかった。これでもう、このあとどんな代償が待ち受けていたとしても、後悔する必要はない――

 

「おい」

「!」

 

 はっと振り向くと、そこには凄絶な笑みを浮かべたヒーロー・爆心地が。

 

「さぁて、麗日……。俺の言ったこと、忘れてねえよなァ……?」

「えっ、あっ、う……な、ナニカ、オッシャッテマシタッケ……?」

 

 三日月型に持ち上がった唇が、ゆっくりと四文字を紡ぐ。――せ・ん・べ・い。

 

 前言撤回。この瞬間だけは、時計の針を戻したいと思うのもむべなるかな。

 

「ヒィイイイイッ、か、勘弁してやもおぉぉぉッ!?」

「待ちやがれ丸顔コラアァァァァ!!」

 

 

 その鬼ごっこは、飯田や森塚たちが到着するまで続けられたという……。

 

 

 

 

 

 警察(+勝己と飯田)に絞られ、所属しているブレイバー事務所にはもっと絞られ、絞りカスになったお茶子が解放されたのは深夜も深夜になってからだった。

 

「ハァ……」

 

 丸二十四時間前と同じように、ふらつきながら夜道を歩く。時間もそうだし、何より心身ともに疲労困憊の状態だから本当はタクシーを使うべきなのだろうが――そうしない理由は、もはや語るまでもあるまい。

 

(……流石に、しんどいなあ)

 

 絞りカスにされたのは自業自得であるし、何より第4号という正体不明の異形のヒーローの戦いに励まされもしたのだけれども。この寂しい暗闇の途に、帰り着いても誰も迎えてはくれないであろうひとり暮らしの狭いアパートに、くじけそうになる気持ちを堪えられそうもない――

 

 

――いいんだよ、つらいときや悲しいときは素直に吐き出したって!

 

――きみは、それだけ心配してくれる人の前で泣かなきゃダメだ。

 

「……ッ」

 

 今日出会ったばかりの同い年の青年の、優しくもまっすぐなことばが脳裏に響く。――立ち止まったお茶子はバッグから携帯電話を取り出すと、"実家"と登録した番号へ発信した。

 もう家族は熟睡しているであろう時間帯、最悪出てくれないだろうとも思った。朝になって、気づいて折り返しかけてきてくれれば御の字だとも――

 

 それなのに、たった数回のコール音のあと、電話口から聞こえてきたのは母の声で。

 

『もしもし、お茶子?』

「あ……母、ちゃん……ごめんな、こんな遅くに……」

 

 声が震えてしまう。それに気づかない母ではなかった。

 

『ええよ、そんなん。何かあったん?』

「………」

『話してごらん。母ちゃんと父ちゃんは、いつでもあんたの味方なんやから』

 

 電話越しの声は、コードブックから選び出された合成音でしかない。それなのに、こんなにも優しく耳に響くのはなぜだろう。

 堪えきれなくなったお茶子はしゃくりあげながら、声を詰まらせながら、ひとりで抱えてきたものを告げた。

 

『かあ、ちゃん……私……私……ッ、実はね――』

 

 

 

 

 

 数日後。開店前のポレポレに出勤した出久を出迎えたのは、マスターであるおやっさんだけではなかった。

 

「あ、おはよう!」

「おは……え、麗日、さん……?」

 

 麗日お茶子。朗らかな笑みを浮かべた彼女は、なぜかおやっさんの隣――つまりはカウンターの中にいて。

 

「実はね、ここでバイトさせてもらうことになったんよ」

「え!?」

「へへ、いいだろぉ?」お茶子の肩にセクハラぎみに手を置きつつ、「ウチはこう、やっぱり華やかさが足りないからねえ。可愛い子、しかもヒーローに働かせてくれなんて頼まれたらもう採用するしか内藤やす子!」おやっさんの発言。

 

 お茶子がここにいる理由はわかった。しかしここで働きたいと思った理由がわからない。出久が困惑を隠せずにいると、お茶子が歩み寄ってきて、

 

「あのね、実は私……やめたんよ」

「え……!?」

 

 まさか、事務所を?あの独断専行が、それだけ重い罪になったのか?それともやっぱり、ヒーローでいたくなくなって?

 

 顔面蒼白になりかける出久。しかしそれは性質の悪い倒置法でしかなかった。

 

「仕送り!」

「しおく……あっ、なんだ……仕送りか……」

「そ。とはいえ、あのあと無茶しちゃってなあ……しばらく謹慎になっちゃったんよ。その間当然給料ゼロやし、バイト増やさなきゃ~てなって……そんときに、ここしかない!って思ってさ!」

「な、なるほど……」納得はできた、一応。「そういうことなら、これからよろしくね」

「うん、こちらこそよろしくね――デクくん!」

「えっ!?デク、って……」

 

 出久が素っ頓狂な声をあげると、お茶子はこてんと首を傾げた。

 

「あれ、名前で呼ばれるのイヤやった?」

「そ、そんなことないけど……そうじゃなくて、僕の名前、出久なんだけど……」

「えっ!?だって爆豪くんがそう呼んどったから……」

「あれはあだ名だよ……思いっきり蔑称というか……」

 

 しかも、最初にきちんと自己紹介したはずなのに。あのあと色々あったせいで忘れてしまい、勝己の呼び方に上書きされてしまったのかもしれないが――

 

「そ、そうだったんだ……ごめんっ!」

「いや、気にしなくていいよ、全然!」

「でも……あ、でもさ!」不意にお茶子は笑顔を浮かべ、「"デク"って……"頑張れ"って感じでなんか好きだ、私!」

「!!!」

 

 好きだ、好きだ、好きだ――

 

「――デクです!」

 

 嗚呼、コペルニクス的転回。

 

「……甘酸っぱいねえ、いつの時代の若人も」

 

 相変わらずじじくさいことを独りごちながら、おやっさんは本日のポレポレカレーを味見するのだった。

 

「うーん、辛ぇ」

 

 

つづく

 

 

 




蛙吹「ケロ、次回予告よ」
峰田「チックショオオオオオなんだよ緑谷のヤツゥゥゥゥ!!表向き一般人のくせして両手に花じゃねえかよ、主人公だからってよォ!?俺なんてヒーローになってもモテてねえのによぉぉぉぉ!!」
蛙吹「違うわ峰田ちゃん。緑谷ちゃんは主人公だからモテるんじゃない、男女関係なく、下心なしに他人の気持ちに向き合ってあげられるから主人公なのだし、モテるのよ」
峰田「なんだよそれェ、エロ漫画の主人公は主人公じゃねーとでも言うつもりかよ梅雨ちゃあん!?」
蛙吹「ケロ……緑谷ちゃんは少年漫画の主人公だもの。……次回私は三つ目のお花になれるかしら?」
峰田「!、そうか、次回出てくるのはあのピラニア怪人だもんな!水中戦じゃ不利だぞ、どうする緑谷、爆豪!?」

EPISODE 9. 血漑戦線

峰田「あぁ、鷹野警部補とプルスウルトラしてえなぁ……」
蛙吹「ヘッドショット不可避ね峰田ちゃん」


皆様、よいお年を!


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EPISODE 9. 血漑戦線 1/3

あけましておめでたふございます!またしてもひとつクウガが遠くなってしまいましたが、拙作では現役でがんばりますよー!

新年一発目ということで(?)、ひとまずは平和な展開となっております
とはいえ三分割なので、次から血生臭くなっていくことは確か…(今のテレビじゃ)見せられないよ!


「じゃ、俺らの今後の活躍と無事を祈念しまして!」

 

 

「「「「「かんぱ~い!!」」」」」

 

 カン、と小気味よい音を立て、黄金の液体が揺らめくジョッキをぶつけあう――

 

 

 居酒屋にて、切島鋭児郎は旧交を温めていた。相手は雄英時代のクラスメイト――上鳴電気・瀬呂範太・芦戸三奈・耳郎響香の四人。当時、とりわけ親しく付き合っていた面々である。

 

「ひっさしぶりだよなあ、この面子で集まるのも」

 

 早速ビールをぐびぐび飲み干しつつ、こういう席の開幕としてはありがちな台詞を吐く上鳴。会話のボルテージを上げるべく、切島は努めて調子よく「確かになあ!」と応じた。

 

「芦戸は福岡だもんな。瀬呂なんか日本にすらいないし」

「まあな。結構面白いぞ、アメリカも」

「いちばん地味だったのにいちばんハデに動いたよねえ、いざデビューしたら!」

「オイ」

 

 学生時代は皆同じ目標に向かい、文字どおり同じ釜の飯を食ってプロヒーローへの途を歩んできた。無事卒業し、デビューして二年、短いようで長い月日はそれぞれの途を大きく枝分かれさせている。自分のように都市部で活動する者、地方に軸足を置いた者、国外に飛び出した者――決して多くはないクラスメイトたちだが、それぞれにそれぞれの現況がある。

 その中にはひとり、最も将来を嘱望されながら姿を消した者もいる。この中の誰とも特別親しいわけではなかったが、それでもかけがえのない仲間であることに変わりはない。彼の失踪を止められなかったことを思うと、いつも胸が締めつけられるような思いに駆られる。

 

 そんな切島の郷愁をよそに、上鳴が相変わらず陽気にしゃべり続けている。

 

「東京いたってそうしょっちゅうは遊べねえしなー、オフ合わせにくいし。なっ、キョーカちゃん?」

「その呼び方キモいからやめろ。……まあそういう仕事だしね、ヒーローって」

「その点切島はいいよね~!事務所一緒なんだもん爆豪と!」

「あー……一応コンビでやらせてもらってるしな」

「あの爆発さん太郎とコンビでよくハゲねえよなー。でもアイツ、いまはアレだっけ?未確認の捜査本部?」

「そりゃこの集まりにも来ないよな。ただでさえノリ悪いんだし」

 

 盛り上がりから一転、どこか湿っぽい雰囲気になる一同。三年間付き合ってきたわけであるから、彼らは勝己の残念すぎる性格を嫌というくらいによく知っている。一方で、短所を補って余りある長所の数々もよく存じている。だから勝己のことが大好きなのだった。

 

「未確認か……いまんとこ俺も耳郎も遭遇したことはねえけどさー。切島は何回か戦ったんだろ?」

「おう。……正直やべえよあいつら。殺傷能力も防御力もとんでもねえ。それでも、俺とか爆豪がそれこそ殺すつもりでぶちかませばダメージは与えられっけど……すぐ全快されちまう。何より回復力が一番厄介だな」

「ふぅん……そういえば爆豪の奴、4号とコネがあるって風の噂で聞いたけど……そこんとこどうなの?」

「あ……」一瞬、口ごもる。「いや……俺も詳しくは教えてもらってねえっつーか……」

 

 一応、嘘は言っていない。切島が4号の正体を知ったことについて、勝己はなんら関与していないのだから。

 

「にしても、爆豪はどこでそんなコネ見つけてきたんだろうな。出会い頭で爆殺してもおかしくなさそうなのに」

「フフフ、ここは名探偵デンキの出番のようだな!」

「すっこんでろ」

 

 耳郎の冷たい突っ込みにも怯まず、名探偵デンキは己の推理を披露する。

 

「爆豪が切島にも言わずにそんなコネつくれるわけがねえ。つまりは元から知り合いだった……つまりは俺らの同級生!ズバリ、4号の正体は轟、なんてどうよ!?」

「あー……」

 

 上鳴にしては一応無難な推理ではある。しかし、

 

「だったら切島にまで頑なに秘密にしてるのは変じゃない?」

「あっ、そこはほら、あいつって読めねえとこあるし……俺ら凡人には……」

「んなこと言い出したら推理になんないじゃん。……でも、元々の知り合いっていうのはありうるかも。高校んときじゃなくて、たとえば小中学校の幼なじみとか」

「……!」

 

 鋭すぎますよ耳郎さん。切島は切実にそう思った。

 この流れは非常によろしくない。もちろん彼らだけで緑谷出久という個人にまでたどり着くことはないだろうが、自分に疑惑の矛先が向けば終わりである。この四人を相手に隠し通せる自信はなかった。

 と、幸いというべきか、芦戸が話を上手い具合に脱線させてくれた。

 

「ハァ、爆豪が来ればそういう話もできたのになー……あのことも直接問い詰めたかったしぃー」

「あのこと?――ああ、梅雨ちゃんの件?」

「そ。梅雨ちゃん今年から東京(こっち)に拠点移したでしょ?」

 

 蛙吹梅雨――この場にはいないが、彼女もまた雄英時代の同級生。"蛙"――そのものズバリである――という異形型の個性を活かし、現在はフリーで水難救助や海賊行為の取り締まりを国や自治体から請け負っているはずだが。

 そのヒーローとしての活動エリアの違いから、東京にいても勝己が彼女と再会することはないだろう。切島はそう考えていた。――まさかこの翌日、彼女が勝己どころか出久とまでも邂逅を遂げることになるなどと、予想できるはずがないのだった。

 

 

 

 

 

――翌日 文京区・ポレポレ

 

 おやっさんことポレポレのマスターは、新人女子店員から差し出されたクッキーに舌鼓を打っていた。

 

「んっ、うまい!これならね、ウチで出すコーヒーのおつまみにできるよ」

「ホンマですか!?」

「ホンマホンマ、本間千代子!!」

 

 おやっさんの時代錯誤なギャグを無視し、「よかったぁ~」と嬉しそうに笑う女子店員。――彼女の名は麗日お茶子、本業は災害救助を専門とするプロヒーローである。ゆえあっていまは謹慎中であり、食い扶持を確保するためにここで働いている。

 そう解説すると仕事に対してネガティブな印象を受けるが、彼女は違っていた。二杯のカレーの恩とばかりに実によく働く。ただ言われた仕事をするばかりでなく、新メニューのアイデアなどもバンバン出しまくる。このクッキーも彼女が考案した手作り品だ。

 

「その感じすごくイイよ~お茶子ちゃん。店のことマスターよりも考えてるその感じ!その点出久はさあ、真面目は真面目なんだけども――」

 

 噂をすれば影、というべきか、おやっさんの口から"出久"の名が飛び出した途端、からんころんと音をたてて扉が開かれる。現れたのは当然、

 

「おはようございます!」

「おう、おは横山やすし!」

「おはようデクくん!」

 

 緑谷出久――城南大学法学部に在籍する学生であり、ポレポレの店員としての勤務歴はお茶子よりも圧倒的に長い。ついでに言うならヒーローオタク。ただそれだけの地味な青年である――表向きは。

 

「あれ、何してるんですか?」

「ん~?いまねえ、おまえの悪口言ってたとこ!」

「へぁ!?」

「ちょっ、私は言ってませんよ!?」

 

 出久があからさまにショックを受けるのを目の当たりにして、お茶子は慌てて「ホントだって!」と言い募る。おやっさんは愉快そうに笑っている。

 

「マスターってばもう!――あ、デクくん、よかったらこれ!」

「へ……あ、え、クッキー?」

「うん。お店の新メニューにどうかと思って焼いてみたんよ」

「えっ、手作り!?」

「もちろん。……あ、もしかしてそういうの苦手?」

「い、いいいやそそそそそそんなことないよ!ぼっぼぼっ僕なんかがそんな女の子の手作りのクッキーを食べさせてもらえるなんてそんな恐れ多くてですね!」

「うわッ、すっごいブサイクな顔んなっとる!そのネガティブスイッチの入り加減もようわからへんし!」

 「いいから食べて!」とクッキーの入った包みをほっぺたに押しつけられ、出久はむぐぐ、となりながらもひとつ摘まされた。

 

「んむ、ん……あっ、美味しい!」

「ホンマ!?」

「ホンマホンマ、本間千代子!!」

「えぇ……」

 

 この男、手遅れだ――お茶子は少しだけ悲しい気持ちになった。いい職場だと思うのだが、これが伝染するとするなら早めに見切りをつけるべきなのかもしれない――

 

 しかも、

 

「これ、沢渡さんにもあげていいかな?」

「え……沢渡、さん……?」

「うん。あっ、沢渡桜子さんって言って、大学の考古学研究室の人でね、すごくお世話になってるんだ」

「これがまた美人でねえ、大人の魅力ムンムンというか。全盛期の桜田淳子を思い出すねえ……」

「………」

「……あ、あれ?」

 

 なぜかムッとするお茶子。そういう意味では確かに出久は無神経だったのかもしれない。もっとも、気持ちが曇る理由をよくわかっていないのは、このときは当人も同じだったのだが。

 

 

 

 

 

 ポレポレである意味不穏(?)な朝が過ぎる一方、警視庁では未確認生命体関連事件捜査本部の定例会議が行われていた。

 

 捜査本部のNo.2であり、実質的な取りまとめを行う塚内管理官が発言する。

 

「これまでの捜査で、未確認生命体には、ひとつの場所に集まるという習性が確認された。その点から、彼らにも一定の仲間意識があるといえるだろう。ただ、不可解なのは――」

「――連中がなんでほぼ単独行動してるか、ですか?」

 

 森塚巡査の発言。したり顔の彼をじろりと睨みつけつつも、塚内は叱責よりその発言を活かすことを選択した。

 

「……そうだ。奴らが本能のままに殺人を繰り返しているだけならば、一斉に出てきてあちこちで虐殺を始めないのは不自然だ。逆に、かつての敵連合のように大きな目的があるとすれば、統一された組織行動をとらないのが解せない」

「………」

 

 確かに、一匹ずつ現れては、無差別に――第7号などはトラックばかり狙っていたが――何十名か殺害し、そこで第4号に妨害され倒される。組織としても獣の群れとしても、やっていることは中途半端でしかない。

 皆が悩む中、インゲニウムこと飯田天哉が挙手をした。

 

「どうぞ」

「はいっ、ありがとうございます!えー……爆豪く、爆心地が遭遇した奴らのリーダー格の存在を考えれば、奴らは一定程度組織付けされていると考えるべきかと!」

「……"B1号"か」

 

 B1号――額に白いバラのタトゥをもつ、謎の女。怪人体への変化が認められないものの、その言動から未確認生命体の同族あるいは協力者と認められる存在。警察ではそれを"B群"としてナンバリング、呼称している。

 

「B1号は、確か日本語を話してもいたんだったな?」

「ええ。片言っすけど」

 

 首肯しつつ、爆心地こと爆豪勝己が発言を続けた。

 

「俺があの女と遭遇したとき、そこには3、6、7号がいました。奴らは俺に対して殺意をもっていた。が、B1号は明らかにそれを制止し、咎めている様子だった。俺に対して奴らが手心を加えたとは思えない」

「つまり、奴らの殺人行為にもなんらかの理由があり、制限がかけられているということね」確認するように、鷹野。

「俺はそう思ってます」

「私も同意見です!」

 

 刑事やヒーローたちの意見を受けて――塚内が、再び口を開いた。

 

「未確認生命体が組織化され、また殺人行為についても特定の個体を除いて行ってはならないというルールがある……確かにその可能性はあるだろうね。それが現状、我々の付け入る隙になっていることも確かだ」

 

 「だが」と、塚内は一段声を低くする。

 

「7号事件までで、犠牲者は既に139名にも及んでいる。このまま黙って被害者を増やすわけにはいかない。――そこでだ、以前エンデヴァーから提案のあった敵アジトの捜索について、本格的に執り行うこととなった」

「!」

 

 本格的に――これまでのように、所轄署による都内各地の警邏にはとどまらないオペレーションを行うということ。捜索と銘打ってはいるが、最終目標はアジトに集う未確認生命体の殲滅だ。捜査員・ヒーローたちの間に緊張が走る。

 

「その作戦を実行するにあたって、面構本部長がアジト探索に有効な個性をもつ捜査員を臨時で引っ張ってきてくれるそうなんだが……」

 

 後半部分を微妙に濁しつつ、ちら、と腕時計を確認する塚内。はっきりと明言はしないが、予定より遅れているのだろう。

 と、ちょうどそのタイミングで会議室の扉が開かれた。隙間から特徴的な犬のマズルが覗く。

 

「すまない、遅くなった」

「お、噂をすればの本部長……あれ?」

 

 「分裂してる!」――森塚の叫びは内容だけだとまったく理解不能だが、目の前の光景を共有する捜査員・ヒーローたちは正直なところまったく同じ感想を抱いていた。犬頭の面構本部長の後ろから、同じく犬頭の男が現れたからだ。飯田などは一瞬目の錯覚を疑いでもしたのか、眼鏡を外して盛んに目をこすっていたが……よくよく見れば耳の形も顔立ちもまったく異なるので、彼がまぎれもない別人?なのだとわかる。

 

「分裂も繁殖もしてない。――紹介しよう、"猟犬(ハウンド)部隊"の柴崎巡査だワン」

「柴崎です!ワオ~~ン!!」

 

 遠吠えが部屋中に反響する。半ば呆然と彼を凝視する者、訝しげに視線を交わしあう者――反応は様々だが、総じてポジティブなものとは言い難い。

 そこで、塚内が助け船を出した。

 

「彼らが従来の警察犬を凌ぐ成果を挙げていることは、今さら確認するまでもないことだろう」

 

 猟犬部隊――柴崎のような"犬"系の異形型個性をもつ警察官によって構成された、面構の主導で設立したチームである。犬頭の人間たちは程度の差はあれ皆鋭い嗅覚をもつ。それでいて知能は常人にまったく劣らないのだから、警察犬以上の活躍ができるのは当然の帰結であろう。もっとも、元々多くない異形型の、そのまた犬系に隊員が限定される以上、完全に取って代わるにはまだまだ長い年月を要するであろうが。

 閑話休題。

 

「本作戦においては、彼らの協力を仰ぐことにした。そこで柴崎くんを派遣してもらったんだ」

「つまり、奴らの匂いを嗅ぎ分けて追跡すると?」

「その通りです!」柴崎の元気のいい声が響く。「オレ……自分はこの作戦のための訓練を一週間前から行い、奴らの放つ特殊なフェロモンを嗅ぎ分けることができるようになりましたワン!!」

「ほう……それならさほど時間をかけずにアジトまでたどり着けそうだな」エンデヴァーがうなずく。

 

 皆が納得したところで、再び塚内が口を開く。

 

「森塚くん……それとインゲニウム、彼とともに捜索を任せたい。先んじて奴らが事件を起こす可能性も考慮すると、全員で出払うわけにもいかないからね」

「りょーかい!」

「はい!――ただ、ある程度範囲は絞るべきかと思うのですが……」

「勿論だ。ここ数日目撃例が増えている品川、太田、目黒区を中心に頼む」

「わかりました!」

「うん。で、拠点が発見された場合の対処方法だが……いくらこれだけヒーローがいるとはいえ、敵も複数いる可能性が高い。正面衝突は危険だ。そこで、科警研にも協力してもらっている」

 

 科警研――科学警察研究所。その名を聞いた途端、飯田が微妙に表情を強張らせたのを勝己は見逃さなかった。

 

「第6号が工場の排煙に拒否反応を示したこと、第7号がトラックの排ガスを嫌悪している様子だったことなどから、それらの成分を濃縮した特殊ガス弾を開発してもらった。残念ながら実物はまだ届いていない……が、二時間後にはここに届く予定だ。それまでに各自、資料を確認しておいてほしい。――何か質問は?」

 

 挙手は、ない。それを確認したのち、面構本部長が口を開いた。

 

「言うまでもないことだが、捜査には地道な積み重ねが必要だ。総員、未確認生命体の発見と鎮圧に向けて力を尽くしてほしい――私からは以上だワン」

 

 そのひと言で、会議は散会となった。

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 グシギ

タイタンフォーム
身長:約2m
体重:111kg
パンチ力:7t
キック力:10t
ジャンプ力:ひと跳び10m
走力:100mを7.2秒
武器:タイタンソード
必殺技:カラミティタイタン
能力詳細:
腕力がモノスゴく強化されたクウガの特殊形態。よりマッシブで筋肉質になったボディの上から銀地に紫ラインの分厚い鎧を纏っている。基本色がどちらなのかわかりづらいが複眼とモーフィンクリスタルの色を見よう!紫だ!!
とにかくパワーが大幅に強化され、そのおかげで大剣であるタイタンソードを軽々と扱うことができるぞ!反面瞬発力はまったくと言っていいほどないが、まっすぐ走るだけならインゲニウムよりちょい遅くらい!どういう戦法をとるかはキミ……じゃなくて変身者次第だ。出久は敵の攻撃を避けずに突き進む紙一重の戦法を選んだぞ!デッドオアマッスル!!


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EPISODE 9. 血漑戦線 2/3

"ビラン"と"ヴィラン"……

ややこしいんぢゃあ!


 品川区の一角にある倉庫街。運送業者以外出入りする者のないこの地のある倉庫内に、業者とは思えない異装の若者たちの姿があった。

 

「………」

 

 そのうちのひとり――十数色で構成された奇抜なストライプシャツに身を包んだ十代前半の少年。彼は塗装の剥げた古いポータブルラジオにイヤホンを繋ぎつつ、何かをブツブツとつぶやいていた。

 

「バビゾギデギス、ガルメ?」

 

 その背後から、大柄な青年が声をかける。色の濃いサングラスに長い茶髪、網状に素肌を露出させた黒いタンクトップを纏っている。やはり、奇抜な服装だ。

 問われた"ガルメ"と呼ばれた少年は、イヤホンを片方外し、男に差し出した。見よう見まねで耳に差すと、淡々とした女性の声が聞こえてくる。

 

『一連の殺人事件を起こしている未確認生命体について、警視庁は公式に、人間とは異なる未知の生命体であると……』

「……ミ、カ、ク、ニン、セイメイタイ。ゴセダヂン、ボドザダダバ」

「そうだよ」日本語で応じるガルメ。「いまのリントのほうが、よっぽど未確認な姿してる気がするけど。羽生えてたり」

「???」

 

 首を傾げる大男。日本語がよく理解できていないのだ。ガルメは小さく溜息をついた。

 

「バヂス……アンタもいい加減、リントのことば覚えなよ。こうやって情報もとれて面白いのに」

「????」やっぱり伝わっていない。

 

 ガルメがもうひとつ溜息をついていると、倉庫の入口方向から複数の足音が迫ってきた。顔を上げてみれば、ふたりの女の姿。一方はショートカットに男勝りな服装、もう一方は長い黒髪に漆黒のドレスに薔薇のファーと、服装は対照的だが、どちらも別種の美しさ、気高さを醸し出している。その後ろからコバンザメのようにくっついてくる黒づくめの痩身の男など、自動的に意識の外に追いやられてしまうほどには。

 

 ドレスの――バラのタトゥの女が、淡々とした口調でつぶやく。

 

「ザジレスゾ」

 

 そして、もうひとりの女も、

 

「ビランパ、ゾグギダ?」

 

 また質問を受けたガルメは、億劫そうに倉庫の奥めがけて顎をしゃくってみせた。そこにはもうひとり、ウエットスーツの男の姿があって。

 

 彼は素手で生肉を引っ掴んでは、おいしそうに食いちぎっていた。かと思えば、残骸を半ば焦げた角のような物体の前に置いている。

 

「グラギバ……ザイン?」

「――ビラン、」

「!」

 

 呼びかけられて、ビランは初めて彼女らの来訪に気づいたようだった。

 

「バンザゴセパ?」

「リントの真似事だってさ」代わってガルメが答える。「くよう?とか言うらしいよ。意味わかんないけど」

「………」

 

 親しかった者を悼み、死後の冥福を祈る――彼らグロンギにはない文化のようだった。実際、それを実行していたビラン自身も、既に関心をバラのタトゥの女に移してしまっていて。

 

「ゴセン、ダンザバ!?」

「ゴグザ」

 

 ニヤリとゆがんだ笑みを浮かべるビラン。黒づくめの男――ゴオマの差し出すボードのような物体を引ったくると、何やらくねった線を書きはじめた。

 

「バギングバギング、ドググ……バギングドググ、ビンザバ」

「二日で……180人か」

 

 確認するようにつぶやいたバラのタトゥの女が、珠玉がいくつもついた腕輪を差し出した。それを受け取ったビランの姿が歪み――青緑色のぬめった肌をもつ、ピラニアに似た怪人の姿に変身した。その腹部に出現した銀色のバックルに、女は指輪についた爪を突き刺す。一瞬、ビランの顔に不可思議な交流が奔る。

 

 それが収まるや、人間体に戻ったビランは倉庫から去っていった。その際にボードを押しつけられたゴオマは忌々しげに背姿を見送ったあと、バラのタトゥの女に詰め寄っていく。

 

「ゴセパ、ゴセパギヅ!?」

「………」

 

 もはや女は体罰すら与えなかった。彼のことばを無視し、背を向ける。怒りに握り拳を震わせるゴオマだったが、次の瞬間背後に殺気を覚え、振り返る――

 

――そこには、カメレオンに似た怪人が立っていた。

 

「ギャッ!?」

 

 その怪人が伸ばした舌に顔面を叩かれ、ゴオマは剥き出しの鉄柱にしたたかに打ちつけられた。

 

「いい加減黙れよ。お前らにはもう"ゲゲル"の権利はないんだからさぁ」

「グ、アァ……」

 

 自身のバックルを指で叩きながら、カメレオン怪人――メ・ガルメ・レはせせら笑う。

 

「"ズ"から"メ"……時代は移ったんだよ。ふふふふふっ、アハハハハハッ!」

 

 

 

 

 

 ポレポレでのお勤めを終え、午後から講義の入っていた出久は城南大学を訪れていた。少し時間に余裕があるということで、考古学研究室にまで足を運ぶ。

 

「失礼しまーす……」

「あ、いらっしゃい出久くん」

 

 年上の友人・沢渡桜子が笑顔で迎えてくれる。相変わらずというべきか、彼女以外の研究生や教員の姿はない。

 

「今日はバイト、朝から?」

「うん、さっきまでやってきたとこだよ。――あ、それでね、麗日さんからクッキーもらったんだけど……」

 

 包みを差し出すと、桜子は「ありがと」とクールに受け取った。――のだが、お腹がぐう、と音をたてている。

 

「……お昼、もしかしてまだ?」

「お昼どころか日付変わってからなんにも食べてないですー」

「す、スミマセン。お忙しい……んですか?」

「お忙しいですよー。出久くんご所望の古代文字の解読の他に、本業の修士論文……"古代アッシリア文字に関する発生論的考察"も進めないといけないし、二足のわらじ履いてる状態だもん」

「重ね重ねすみません……」

 

 さすがにつらく当たりすぎたと思ったのか、 力なく落とされた出久の肩を、桜子はポンポンと叩いた。

 

「ごめんごめん、私は大丈夫だから。実際に命かけて戦ってる出久くんに比べれば、座ってパソコンいじってるだけだしねっ」

「沢渡さん……ありがとう、本当に……」

「どういたしまして。……とはいえ、解読があまり進んでないのもまた事実なのよねえ」

 

 がくっ。クッキーを貪る桜子を前に、出久は再び肩を落とさざるをえなかった。

 

「まあ、その代わりと言っちゃあれなんだけど……九郎ヶ岳でジャン先生が進めてる発掘のほうは、色々出てきてるみたいよ」

「ああ……アークルと同年代の破片だっけ?」

「そう、かなりの数。それでもまだ全部じゃないみたいなの。中には古代文字らしき紋様が刻まれてるのもあって、解読、正直どこから手をつけようか迷ってるのよ」

「……そっか、」

 

 暗に意見を求められている――そう判断した出久は、口許に手をやってつぶやいた。

 

「個人的には、クウガ自体の能力を優先して調べてもらえると嬉しいかな……」

「どうして?」

「うん、僕の推測でしかないんだけど、もうひとつくらい変身できる形態がありそうな気がするんだ。たとえば空を飛ぶような敵が出てきたりしたら、赤や紫どころか青でも厳しいと思うし。そうだな……飛び道具を使うような形態があるんじゃないかと思うんだよね」

「な、なるほど……」

 

 やはり、伊達にノートをつけていたようなヒーローオタクではない。桜子は内心そう思った。出久は出久なりに、いつも様々な事態を想定、シミュレートしているのだろう。ヒーローより研究者向きじゃないか、と思う今日このごろである。

 

 ともあれ、

 

「わかった、じゃあそういう碑文が出てこないか探ってみる」

「ありがとう!――それじゃ僕、そろそろ行くね」

「うん」

 

 次の講義は心操とともに受ける予定なのだ、急がなければ。

 去ろうとした出久の背中に、再び桜子の声がかかる。

 

「ん、どうしたの?」

「えっと……このクッキー、麗日さんからもらったって言ってたけど……」

「うん。手作りなんだってさ」

「!、そ、そう……。もしかして、ちょっと怒ってなかった?」

「えっ!?な、なんでそれを……」

 

 図星だったようである。桜子は溜息をつきつつ、出久をシッシッと手で追い払った。

 

「……もうよろしい。行きなさい」

「アッハイ……失礼、しました」

 

 おっかなびっくり立ち去る出久を見送りつつ――桜子は肩をすくめた。

 

(ニブいのも考えものよね……出久くんの場合、事情が事情なんだけど)

 

 無個性の彼は、小中高と恋愛どころではなかったことが容易に推測できる。それゆえ奥手になってしまったのだろうことも。

 だがせめて、親しくなった異性の発するサインを自力で察知する能力、そして何よりもう少し自己評価が高ければ。自分たちの関係ももう少し違ったものになっていただろうにと、思わずにはいられない桜子であった。

 

 

 

 

 

 快晴の下の荒川流域は陽光をきらきらと反射して美しかった。白いかもめが飛びかい、その中心にはやはり白い遊覧船が漂っている。

 平和。実に平和な風景。その船上――甲板にて、景色には目もくれず、一心不乱に肉を喰らう男の姿があった。

 噛みちぎる度に血しぶきが跳ね、甲板も男の身体も汚す。そんなもの彼は気にとめない。なぜなら、

 

 刹那、ざばんと音をたて、男は躊躇なく川に飛び込んだ。――どんなに汚れたとて、水中で洗い流してしまえば済む話ということだ。

 

 そうして彼――メ・ビラン・ギの"ゲゲル"開始を祝うオープニングパーティーは幕を閉じた。参加者は皆、主役に全身の肉を食い散らかされ、もの言わぬ骸と化してしまっていた――

 

――から、ほどなくして。

 

 偶然、流域をパトロール中だった水難ヒーローたちが、その異変を発見して遊覧船に乗り込んでいた。

 

「これは……こんなことが……」

 

 まだ若いとはいえ、よく訓練され、現場においても絶望的な状況というものには慣れたはずのヒーロー。そんな彼女ですら思わず呆然としてしまうほど、甲板の上は凄惨たるありさまだった。

 流血の海と、死体の山。言うまでもなく、その"死体"というのは人間たち。その全身にはメ・ビラン・ギの餌とされた痕がくっきり残されており、もはや生存者はいないことがひと目でわかる――わかってしまう。

 

 しかしながら、ひと目見ただけでは彼らを殺した凶器が何かはわからない。彼女は一番近くに崩れ落ちている肉塊の前に屈み込むと、その傷痕をじっくりと観察しはじめた。

 

「ケロ……」

 

 それはまぎれもない驚愕の声だった。

 彼女がそう漏らすのとほぼ時を同じくして、「フロッピー!」とその名を呼ぶ声が、船室内から響く。

 従って下りていくと、内部も甲板にひけをとらない惨状が広がっていた。その奥――操舵室から、同僚の水難ヒーローが手招きしている。床を埋め尽くす死体を避けるようにして、彼女は進んでいった。

 

「どうしたの?」

「この船の監視カメラの映像が残ってた。……とんでもないぞ、こりゃあ」

「……ええ」

 

 よく日焼けした同僚の顔色は心なしか青い。既にある程度察しのついている彼女にとり、その心情は察するに余りあった。

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 確認のことばののち、船室内を映した映像が再生される。右上に表示された時刻表示は数十分前、その時点ではまだ皆生きていて、外ののどかな風景を楽しんでいたことがうかがえる。

 が、ある時点でそれが一変した。ひとりの女性が悲鳴をあげたかと思うと、人々は我先にと一目散に逃げ出していく。何かから。

 その"何か"は人々を追うようにしてすぐに姿を現した。二本の足で床を踏みしめるそのシルエットは、ほぼ人間のもの。でありながらディテールはむしろ魚――ピラニアにそっくりだった。醜く裂けた口には、鋭い牙が見え隠れしている。

 

「この怪人、どう思う?異形型のヴィラン……じゃ、ないよな」

 

 異形型にも彼女自身のように身体の一部が異形であるものもいれば、面構警視長のように獣人と形容すべき容姿のものもいる。……が、それにしてもその姿、そして人々を次々切り裂き、噛み殺す躊躇のなさはあまりに怪物じみていた。

 そういった存在がいまや社会に潜伏していることは、彼女らも承知していた。

 

「――未確認生命体。私はそう思うわ」

「ッ、やっぱりか……。きみ、確か同級生が未確認事件の捜査本部にいるんだったよな?連絡はとれるのか?」

「ケロ、そちらは任せておいてちょうだい。あなたはここをお願い」

「わかった。その子たちが来るまで無理しちゃダメだぞ――"フロッピー"」

「ケロ」

 

 水難ヒーロー・フロッピー。彼女は本名を蛙吹梅雨といった。雄英高校出身の若手ヒーロー――もはや言うまでもなく、勝己や飯田の同級生である。

 

 

 

 

 

 品川区内を、一台のオフロードマシンが走行していた。黄と黒をメインカラーとする目をひくマシンである。目をひく、といえば何より、そのマシンのフロントにはSDのような大きな瞳があしらわれていることか。

 このバイクは、マシンであってマシンでない。れっきとした生命体……もっといえば人間だ。警視庁巡査・森塚駿刑事が、自らの個性"駿速(レーザーターボ)"によって変身した姿なのである。

 

『まさかふたりぶんの男のケツ圧を感じる羽目になるとはねー。仕事とはいえ複雑な気分でありますよ森塚捜査官といたしましては』

 

 車体のどこからともなくそんな声を発する森塚。ともに拠点探索を行う飯田・柴崎を念頭においての発言なのであるが、前者の反応はというと、

 

「?、血圧を測る機能もついてらっしゃるのですか?」

 

 この調子である。その飯田の腰にしっかり手を回している柴崎は、くんくんと鼻を動かすことに夢中で森塚のぼやきなど聞こえていない様子であった。

 

『……ナンテコッタイ』

 

 肩をすくめたくとも、身体の構造が激変してしまっているからそれもできない。ならば走行に集中するほかないかと森塚が思い直した矢先、飯田のスマートフォンが着信を告げた。

 

「!、すみません、少し停車を」

『えぇ?しょうがないなあ……』

 

 マシンがゆっくりと減速し、路肩に停車する。

 

「……蛙吹くん?」

 

 表示された相手の名を、飯田は思わずぽつりとつぶやいていた。かつての同級生。やりとりはそれなりにあるが、相手の都合を慮らずにいきなり電話をかけてくるようなことはない。――それだけの事情があるのだと瞬間的に察知して、彼は電話に出た。

 

「もしもし、飯田です」

『ケロ。お久しぶり、飯田ちゃん』

 

 その少しとぼけたような声色も、学生時代から変わっていない。しかし常よりも緊迫感がにじんでいることに気づかぬほど浅い関係ではなかった。

 

「久しぶりだな、本当に!――いきなりで悪いが、何かあったのかい?」

『ケロ、さすがに察しがいいわね。実は――』事情を明かし、『飯田ちゃん、出動をお願いできないかしら?』

「うむ……そうしたいのは山々だが……」

 

 ちょうどそのとき、背後の柴崎が「ワン!」と吠えた。

 

「捉えました!奴らの匂いだワン!!」

「!、……わかった、蛙吹くん。俺は別命あるから行けないが、とにかく捜査本部には伝えておく。すぐに人員を向かわせてくれるはずだ」

『そう……ありがとう、飯田ちゃん』

「いや、こちらこそ連絡ありがとう。言うまでもないと思うが、くれぐれもひとりで無茶をしないでくれ。――では!」

 

 電話を切るや、森塚が声をかけてくる。

 

『どしたの?』

「同級生の蛙吹くん……フロッピーからの連絡だったのですが、荒川流域に未確認生命体が出現したとのことで」

『……マジかこのタイミングで。僕らの動きが読まれてるみたいでイヤんなるね』

「……ええ」

 

 珍しく森塚の声に感情がにじんでいる。それに同意しつつ、飯田は今度はインカムをオンにした。感情は抑え、いまは目の前の事件に対処していくしかないのだ。

 



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EPISODE 9. 血漑戦線 3/3

梅雨ちゃんの中の人(悠木碧さん)が出久のオーディションを受けていたことを最近知りました
確かに出久は風貌的に一昔前なら女性声優でも違和感はないですが…悠木デクも見て、というか聞いてみたかった…

あまり関係ないですが麗日さんの中の佐倉綾音さんは「新幹線変形ロボ シンカリオン」で主役になりましたね。あまり男の子をやるイメージがなかったのでキャスト確認してびっくりしました。少年ボイスだと折笠愛さんが好きです(唐突)I`s cafeが休業してしまったのが悲しい…




 出久は大教室で講義を受けていた。3年生ともなるとほとんどキャンパスに出てこない者もいたりするのだが、そこは真面目な緑谷出久、卒業要件からはずいぶん余裕をもって単位を取得し、きちんと講義にも参加している。

 隣に座る心操人使も、実のところ似たような性質の持ち主だった。外見や個性からダウナーな人間だと誤解されがちな心操青年だが、本性は至って真面目でまっすぐな優等生である。ただ個性で苦労した経験があるというだけで、出久と親しくなったのではない。

 

 その心操からしても、出久の講義の受け方はすこしやりすぎな感があった。ブツブツつぶやく癖が発動せぬよう左手で口を押さえながら、ペンを握る右手は絶えず動いている。教員の板書がそこまで多いわけではなく……講義内容を通じて自分で思いついたことなどをことごとく書き込んでいるのだった。白い頁はもうまっ黒けである。

 

(そういう意味ではめちゃくちゃ個性的なんだよな、緑谷って……)

 

 良い意味で。どんなときでも、何に対しても手を抜かない出久の生き方は器用だとは思えないけれども、だからこそ尊敬もしていた。

 自分もかくありたいと思いつつ、このままではオーバーヒートしてしまう心配もあったので、心操は友人の腕をちょんちょんとつついた。

 

「!、な、何かな……?」

「いや。おまえ今日四限までだろ?俺、これ終わったら図書館で待ってるからさ、予定ないならどこかいかないか?」

「あ、うん、僕は全然――」

 

 小声でのやりとり。出久が応諾しかけたそのとき、ポケットの中のスマートフォンがぶるると振動した。継続的なそれに渋々取り出し、液晶を確認した瞬間――その表情がにわかに険しくなる。

 

「あ……ごめん心操くん……僕、ちょっと」

「……急用か?」

「う、うん。ごめん、またあとで」

 

 言うが早いか、出久はリュックサックにノートや筆記用具を放り込み、それを抱えて教室を飛び出していった。途中退室――出席をとるような授業では禁忌だが、そうでなかったことが幸いした。

 それに、しても。

 

「………」

 

 なんとはなしに出久の手許を目で追ってしまったために、見えてしまった画面。――発信者の名は、"爆豪勝己"と書かれていて。

 

(爆豪って、あの爆豪、だよな……)

 

 そうそう同姓同名がいるとも思えない。何より数週間前、未確認生命体第6号の一件で、出久の友人である沢渡桜子と彼が知己であることが判明したばかりだ。それは彼女が九郎ヶ岳遺跡にまつわる古代文字を解読していること、未確認生命体がその古代文明に関係した存在であることを説明されて一応納得できた――桜子が第4号とも面識がある様子なのは未だ解せないが――。

 

 だが、考古学研究室とはなんの関係もない出久とも知り合いだというのか?それも、このように急な呼び出しが行われるほどの?

 

 考えてもわからない。――しかし桜子ばかりでなく出久も大きな秘密を抱えているように感じられて、心操はそのあとの授業がほとんど頭に入らなかった。

 

 

 一方、教室を飛び出して早々、出久は電話を承っていた。

 

「もしもし――」

『早よ出ろやカス!!』いきなりの怒声である。

「ッ、しょうがないだろ授業中だったんだから……!」反論しつつ、「奴ら、だよね!?」

『チッ……そうだ。荒川を下ってた遊覧船の客と船員が全員やられた。敵は川を逃げてやがる』

「川……じゃあ、とにかく流域に出たほうがいいよね?」

『ああ。いま水難ヒーローが行方を追ってる。行き先がわかり次第無線で連絡すっから、バイク降りんじゃねえぞ』

「わかった!」

 

 全力疾走していたおかげもあって、電話を切るころにはトライチェイサーのもとにたどり着いていた。すかさずメットを被り、エンジンをかける。

 

(荒川、荒川……!)

 

 ひと口に荒川といっても、その実は埼玉・山梨・長野の三県に跨がる甲武信ヶ岳から東京湾までを繋ぐ長大な流れである。いま流域に向かう以外に出久にできるのは、その水難ヒーローができるだけ早く未確認生命体の行方を掴んでくれるよう祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

――さいたま市浦和区内 荒川

 

 川の流れを小舟が漂っていた。船上では釣り人らしき男たちが三人、流れに向けて釣り糸を垂らしている。

 

「釣れないねぇ……」

「釣れませんねぇ……」

 

 どこかのんびりとしたぼやき。別にノルマがあるわけではない。これはただの趣味であり、こうして気心の知れた男だけで釣りに興じていること自体が彼らの息抜きになっているのである。

 

――いくら物騒な世の中とはいえ……まさか数メートルの目と鼻の先で、水中から自分たちの命を狙う者がいようなどと気づけるわけもない。しかしながらメ・ビラン・ギの牙は、間違いなくすぐそばに迫っていて。

 

「――うおっ、かかった!?」

 

 突然、男のひとりが声をあげる。糸はきつく張り詰め、彼自身の身体も川に引きずり込まれそうになる。仲間が慌てて背中を支えた。

 

「おっ、こりゃ大物かな?」

「たぶん、な……ッ!」

 

 彼らは知らなかった。かかったのは確かに大物だったが、求めるものとはほど遠い――むしろ、招かれざる客であったことを。

 三人がかりで全力で引っ張り続け、やがて現れたのは青緑色に光る頭部。男たちが一瞬呆けるのも無理はなかった。それは魚でありながら、人のかたちを――否、人でありながら魚の形をしていた。

 

「シャアァァァァッ!!」

「!?」

 

 疑似餌を容易く噛みつぶし、牙を剥くそれ――ビランに男たちは恐慌をきたした。小さなボートはあっさり転覆し、彼らは川に投げ出される。ビランが迫る。もはや三つの命は、風前の灯火――

 

「――!」

 

 そのとき、突然ビランの様子が変わった。目の前の男たちのことなど忘れてしまったかのように彼方へ視線を向けると、再びずぶずぶと水中へ沈んでゆく。

 

「……?」

 

 一体、いまのはなんだったのか。呆然とする男たちの前に、ビランが現れることは二度となかった。

 

 

 ちょうどそのとき、付近の河川敷で架橋工事が行われていた。その作業員のひとりが、ミスをしてしまい軽い怪我を負う。腕から血が流れ、数滴、ぽたぽたと川に落ちる。

 

「痛ててて……くそっ……」

 

 毒づきながら、彼が応急処置のため下がろうとしたとき、背後からざばあと音が響く。反射的に振り返った彼の目の前に、ピラニア怪人の牙が迫った――

 

 

 

 

 

「近づいてきましたワン!!」

 

 品川区内を疾走する駿速(レーザーターボ)。その騎上で柴崎が叫ぶ。

 

「森塚刑事、この先は確か……」

『うん。もしかするともしかするね、これは!』

 

 道路が狭くなってくる。既に人通りはほとんどないが、エンジン音を標的に聞きつけられる危険なども考慮し、森塚はゆっくりと自身を減速させる。

 

――そして、

 

「!、ここッ、ここだワン!!」

「!」

 

 停止するマシン。飯田と柴崎は揃ってそれから降り、目の前の倉庫をねめつけた。

 

「この中に、奴らが……」

「濃いニオイがプンプン漂ってきてます、間違いないワン!」

『よーし、じゃあ柴ちゃんのお鼻を信じて……とうっ!』

 

 マシンが光に包まれ、一瞬にしてもとの森塚の姿に戻る。すかさず彼はインカムをオンにし、

 

「こちら森塚、ターゲットを特定。場所は品川区八潮――」

 

 

 

 

 

 メ・ビラン・ギによる虐殺が続いていた。

 既に所轄の警察官や地区担当のヒーローが現着し、生き残った作業員を避難させたうえで応戦している。戦うすべをもたないに等しい作業員らを蹂躙されるよりは、犠牲を少なく抑えることができている。

 

――逆に言えば、ヒーローや警察の共同戦線をもってしてもビランとまともにやりあうことはできず。確実に死を賜っているということだった。

 

「ッ、この野郎、許さんぞ!!」

 

 十数人目の警官の首を噛みちぎったビランに向かって、巨躯のヒーローが躍りかかっていく。かつての平和の象徴"オールマイト"をリスペクトしているらしい肉体派のヒーローだ。その巨大な拳は、あらゆる敵を戦闘不能へと追い込んできた――

 

 が、捉える前に、怪人の姿はそこからかき消えていた。

 

「ゴゴギバ」

「な、に……?」

 

 ビランは既に彼の背後にいた。不意打ちを警戒し即座に振り向こうとするがもう遅い。次の瞬間、その全身から血しぶきが噴出した。

 

「え……?」

 

 ビランの手首に生えたカッターは見事に頸動脈などをかき切っていた。ヒーローは痛みを感じることすらないまま、棒のようにその場に倒れ伏した。

 

「ボセゼバギング、ゲヅン、ゲギド」腕輪の珠玉を動かしつつ、つぶやく。

 

「あ、あ……」

「!」

 

 まだだ。まだ獲物はいた。先ほどから情けなく立ちすくんでいる、まだ少年の面影を色濃く残した新米ヒーロー。先に立ち向かっていったベテランたちがことごとく返り討ちに遭うのを目の当たりにして、彼は戦意を喪失してしまっていた。

 

「バギング、ゲギドビンザバ……」

「ひ……」

 

 己を次の標的と見定めたらしい怪物が、ゆっくりと迫ってくる。逃げ出そうとして、足がもつれてその場に尻もちをついてしまった。

 

「お、おかあ、さ――」

「――ギベッ!!」

 

 嬲るようにゆっくりと迫っていたビランが、遂に跳躍した。もはや彼にできるのは、目をぎゅっと瞑って身を縮めることだけ。涙が押し出され、こぼれ落ちる――

 

 そのときだった。鋼の馬のいななきが響き、何かを跳ね飛ばす音が耳に飛び込んできたのは。

 

「……?」

 

 反射的に顔を上げたヒーローが見たのは、黄金と赤に彩られたトライアルマシン、そして鮮烈な赤い異形の戦士――

 

「4、号……?」

 

 異形――未確認生命体第4号は、颯爽とマシンから降り立った。彼を庇うように前面に出、川に落ちた怪物と対峙している。

 

(ヒー……ロー……)

 

 自分もそう呼ばれる職業に就いていることすら一瞬忘れてしまうほどに、そう思った。

 4号――クウガはちらりと大きな赤い複眼で一瞥すると、

 

「かっ……爆心地、彼を!」

 

 そう声をあげた。えっ、と思う間もなく、腕を掴まれて立ち上がらされる。

 

「オラ立て、離れるぞ」

「あっ……爆、心地……」

 

 ヒーロー・爆心地。若手ながら並み居るヒーローの中でも実力派で、過激派――そんな彼が、未確認生命体と連携しているなんて。

 4号は、そんな彼ですら仲間として認めるほどの存在だというのか?

 

 考えているうちに半ば強引に引きずられ、戦場から遠ざけられる。その過程でようやく我に返った青年は、震える声で問いかけた。

 

「あ、あの人……は……?」

「………」

 

 その問いの意味を理解しつつも、

 

「……ただの、馬鹿だ」

 

 吐き捨てるように、勝己はそう言った。ヒーローとしての爆心地しか知らないかの青年に、その心情が読みとれるばずがなかった。

 

 

―― 一方で、

 

「ウガアァァァッ!!」

「!」

 

 勝己たちが離れたことにクウガがひと息つく間もなく、激昂して襲いかかるメ・ビラン・ギ。その手首のカッターによる一撃をいなし、牽制のジャブを腹部に放つ。

 

「ウグッ」

 

 その一撃で怯み、数歩後退するビラン。さほど頑丈な相手ではない――そう判断したクウガは、さらに力をこめた蹴りを放つ。マイティフォームのキックは、封印の力を抜きとしても決定打となりうるだけの威力がある。

 が、古代にもクウガとの対戦経験があるビランはそのことを知っていた。それゆえになんとしても喰らうまいと、すんでのところで地面を蹴ったのだ。

 

「ッ!?」

 

 いや、ビランはただ逃げるために跳んだのではない。そのまま川に飛び込んだかと思えば、目にも止まらぬ速さで飛び出し、クウガにすれ違いざまの攻撃を仕掛ける。

 

「ぐあっ!?」

 

 カッターの一撃によろめきながらも、反撃を繰り出そうとするクウガ。しかし拳を突き出したときにはもう、ビランの姿はどこにもない。かと思えば、再び衝撃。

 

(ッ、速い……!)

 

 魚人とでもいうべき外見に反し、地上においてもそのスピードはマイティフォームを遥かに上回っている。――スピードに対抗するなら、ドラゴンフォーム。しかし彼は二の足を踏んでいた。

 

「……ッ」

 

 ここまでの攻撃で、既に胴を守る装甲があちこち切り裂かれている。防御力に欠ける青で、万一この一撃を喰らったら――ズ・ザイン・ダとの初対決での失敗を繰り返したくはなかった。

 ならば、紫――タイタンフォームか。いやまだ早い。もう少し赤で様子を見よう。方針を決めたところで、再び殺気が迫る。

 

 狙っても、当たらない。そう思ったときにはもう、身体が大ぶりに動いていた。予感した方向に向かって、思いきり回し蹴りを放つ。

 

「ガハァッ!?」

 

 運がよかったというべきか、その一撃が見事命中した。ビランの身体が砂埃にまみれて地面に転がる。しめたと思ったクウガは、その胴体に向かって踵落としを見舞った。が、それは受け止められ、態勢を崩されてしまう。

 立ち上がったビランはさらなる攻撃に出た。すかさずクウガの懐に潜り込み、胴体に噛みついたのだ。

 

「うっ、ぐ、あぁ……!?」

 

 生体鎧であるそれは神経が通っている。致命傷からは守ってくれるが、牙に砕かれる度に脳に想像を絶するような痛みが走る。反射的に顎を殴りつけたおかげでビランは後退したが、クウガは片膝をつかざるをえないほどのダメージを受けてしまっていた。

 

「ッ、ぐ……」

 

――だめだ、やはり姿を変えるしかない。スピードに対応できずとも、敵の攻撃をものともしない形態に。

 決心したクウガは、再び変身の構えをとった。霊石の色が赤から紫に変わり、地響きのような音が響きはじめる。

 

「ドゾレザァッ!!」

 

 再び迫るビランが、カッターを振り下ろす――それが肩に到達するときにはもう、その姿は大きく変容していた。

 

「バビッ!?」

「………」

 

 マイティよりひとまわり分厚い筋肉と、鋼鉄の鎧。大地の戦士――タイタンフォームだ。

 ビランの腕を振り払ったクウガは、その拳を思いきり突き出した。7トンにも及ぶ威力のパンチをまともに受け、ビランは吹っ飛ばされ、浅瀬へ転がっていく。

 その隙に周囲を見回すが、手近に剣に変えられそうなものはない。トライチェイサーは遠く、アクセラーを取りに戻っている隙に逃げられてしまうかもしれなかった。

 

――ならば。クウガは素手のまま突き進んだ。紫のパワーでビランをノックアウトし、すかさず赤に戻って必殺キックを叩き込む。それが変身者である出久の計画だ。

 

 たじろいだ様子のビランは、ダメージも大きかったのか、先ほどまでより緩慢な動きで後退していく。クウガは水飛沫をあげて浅瀬に飛び込むと、さらに拳を叩き込んだ。ビランがさらにうめき声をあげる。

 

(動きにくいけど……いける!)

 

 敵を防戦一方に追い込み、彼は気をよくしていた。後退していく敵を追い、ずんずんと深みに入っていく。それが罠だとも知らずに。

 ちょうどそのとき、避難にひと段落つけた勝己が戻ってきた。戦闘の様子を認めた次の瞬間、彼はその紅い瞳をいっぱいに見開いていて。

 

「――デクっ、テメェ何やってる!?」

「!?」

 

 反射的に振り返るクウガに向かって、なおも叫ぶ。

 

「そっから上がれ!!そいつは――」

 

 

 もう、遅かった。ビランの姿が水中に消えた。反応の鈍くなったクウガの脚に噛みつき、バランスを崩させると、そのまま水中に引きずり込んだ。――出久は当然知らなかったが、このあたりは急激に水深が大きくなっていた。そうした地形を利用して、ビランは敵を己のフィールドに引きずり込むつもりだったのだ。

 

「デクッ、クソが!!」

 

 咄嗟に駆け込み、水中に向かって爆破を仕掛ける勝己。しかし反応はない。ふたつの異形の気配はもう、その場からかき消えていた。

 

「ッ、デク――――!!」

 

 

 幼なじみを呼ばう慟哭のような叫びが、荒川の凪ぎに反響しつづけていた。

 

 

つづく

 




飯田「なんということだ、緑谷くんがまたしてもピンチに……はっ、失礼しました!早くも二度目の次回予告を担当させていただきます飯田天哉です!!」
???「ウフフフfFFF、どうやら私のドッ可愛いベイビーちゃんの出番のようですね」
飯田「きっ、きみは発目くん!?まさかきみにも出番があるというのか!?」
発目「ウフフフfFFFF、これからドンドン皆さんをサポートしていきますよ~」
飯田「まさかのレギュラー!?くッ、だが確かにサポートは必須……次回はどうサポートしてくれるんだ?」
発目「それはヒミツです!ヒントは水中戦!蛙吹さんも大活躍ですよ~」
飯田「そうか!緑谷くんに爆豪くん、蛙吹くんにきみと、異なる立場の面々がスクラムを組んでの戦いとなりそうだな!俺は別行動になってしまうのがつくづく惜しい……!」

EPISODE 10. ディープ・アライアンス!

飯田「せーのっ……さらに向こうへ、プルスウ発目「私のドッ可愛いベイビーちゃんをよろしく!」やっぱり協調性ゼロだな!!?」


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EPISODE 10. ディープ・アライアンス! 1/4

声優さんたちのラジオをヒロアカキャラの楽屋風景だと思い込んで聴くと面白いです
「○○なんスけど~」的なしゃべりの多い後輩キャラデクくん、おっとりした感じのかっちゃん、ちゃきちゃきしてる麗日さん、ハイテンション轟くん…などなど

過去キンとおとやんの人が肩組んで写真撮ってるやつとか、役と素のギャップみたいなのが好きです多分




 強敵メ・ビラン・ギの凄まじい殺傷力に対抗すべく、タイタンフォームに変身したクウガ。その超パワーによってビランを圧倒するものの……罠に嵌まり、荒川の深みに引きずり込まれてしまった。

 

「デク――――!」

 

 勝己の声は、出久に届くことはない――

 

 

「がッ、ごはっ……ア……!」

 

 ビランに文字どおり脚を引っ張られ、川底に沈んでいくクウガ。状況もさることながら、タイタンフォームを選んでしまったことが災いした。重い身体はもがけばもがくほど、当人の意志とは反対方向に沈もうとする。

 そもそもクウガは、水中で長く活動できない。呼吸ができないからだ。いくら強化された超人の肉体であっても、万能ではない――

 

(まず……い……このまま、じゃ……)

 

 懸命に蹴り落とそうとしても、ビランは巧みに避け、逆にカッターや牙で鎧に守られていない皮膚を引き裂かれてしまう。いよいよ苦しみが最大限になり、脳が悲鳴をあげる。

 

――次の瞬間、フッと苦痛が消え失せた。脳に一気に靄がかかり、視界が明滅する。

 

(あ……)

 

 危険を訴えかける頭の中の声が響かなくなるのを感じながら……意識が、途絶えた。

 

 一方で、ビランは勝利を確信していた。ピラニアの特性をもつ彼はエラと肺の両方をその身に備え、水中でも無限に活動できる。このままクウガが完全にエネルギーを失って変身が解け、もとの出久青年の姿に戻ったところでその血肉を喰らい尽くすつもりだった。

 それが実行されるのも時間の問題――というところで、どこからかモーターボートが接近してくる。エンジンの音……次いで、何か重量のあるものが飛び込んでくる音。

 

 振り返ったビランが見たのは、目の前に迫る鋼鉄のうろくずの群れだった。

 

「グオアァッ!?」

 

 体表面と接触した瞬間、それらは水中にもかかわらず大爆発を起こす。水の嵐を巻き起こしながらビランの身体が吹き飛ぶ。だが、まだだ。第二群が容赦なく喰らいついてくる。慌てて潜水して躱したビランだったが……どう見ても生物には見えないそれらは、まるで意志をもっているかのようにあとを追ってきた。

 

「バンザド……グワアァァッ!?」

 

 さらに吹き飛ばされるビラン。――彼に知るよしもないが、それは人間社会において"魚雷"と呼ばれる武器だった。小型とはいえ本来対人用ではないそれの雨あられを浴びせかけられ……彼は、撤退を選ぶほかなかった。

 

「………」

 

 その主は、ビランを深追いはしない。彼女の目的はかの怪物の抹殺ではなかった。水中を力なく漂う異形の戦士のもとへ泳ぎ寄ると、その身体を抱えこむ。そして潜水用バックパックのエンジンを全開にして、モーターボートへ戻っていった。

 

 

 

 

 

 同時刻。品川区八潮の倉庫前は複数のパトカー、警官に包囲され、物々しい空気に包まれていた。

 

「くんくん、クンクン」

 

 その中で唯一の犬頭である柴崎巡査が、さかんに鼻を動かしている。目の前の倉庫が未確認生命体のアジトであることを看破したのはまぎれもなく彼だ。険しい表情で閉じられたシャッターを睨みつつも、飯田はその功を称えた。

 

「ここまで早く発見できるとは……さすがです、柴崎さん」

「お褒めに預かり光栄だワン。でも、もとはと言えばオレたちに活躍の場をつくってくれた面構さんのおかげなんだワン」

「そうですね……あの方は、本当に――」

 

 同じく犬頭の本部長の顔を飯田がしみじみ思い浮かべていると、もう一台パトカーが入ってきた。運転席から鷹野警部補、助手席からエンデヴァーが降りてくる。

 

「ご苦労、インゲニウム。柴崎巡査も」

「お疲れ様です。……身体のほうは大事ないのですか?」

 

 第7号――ズ・ザイン・ダとの戦闘によって、彼が短時間の戦闘も厳しい身体となってしまっていることが明らかになっている。それゆえ飯田はそうことばをかけたのだが、

 

「ふん、戦えないわけではない。が……心配してくれるというなら、私が手出しせずに済むだけの活躍を見せてほしいものだな。特に焦凍の親友だったきみには」

「!、……勿論です」

「………」

 

 会話を横で聞いていた鷹野は一瞬気遣わしげな表情を見せたものの、すぐに刑事の顔に切り替え、前方で倉庫の様子をうかがう森塚のもとへ駆け寄っていった。

 

「森塚」

「おっ、鷹野さん。準備状況はどんな感じですか?」

「ヒーローは爆心地を除いてまもなく全員こちらに現着する。あとは、例の爆弾待ちね……」

「りょーかい。じゃ、こっちからもひとつ」

「?」

 

 飄々とした森塚の声が、わずかに低められる。

 

「さっき裏手から中年男性の遺体が発見されました。調べたらあの倉庫の社長、昨日から連絡がとれない状態だったそうで」

「……中の奴らに殺されたということ?」

「その可能性が大ですね。死因は失血死、肉をあちこち食いちぎられていたんで、おそらくは――」

「いま暴れている奴――第8号か……」

 

 活動中の8号がいるなら、他にも未確認生命体が集っている可能性は十分にある。きっと、B1号も。

 なんとしてもここで決着をつける――刑事とヒーローたちの決意をよそに、倉庫は不気味なくらいに静まりかえっていた。

 

 

 

 

 

 緑谷出久の意識が浮上したとき、最初に感じたのは強烈な喉の渇きだった。本能的に水を求めて目を開けると、低い木造の天井が薄暗い視界に飛び込んできた。

 

(ここ、は……?)

 

「目、醒めたかしら?」

「ッ!?」

 

 聞き覚えのない声に、出久は弾かれたように勢いよく身を起こし――

 

「!?、あ、い゙ッ、痛ぁ……ッ!」

 

 全身が悲鳴をあげる。そこでようやく、自分がほとんど何も身につけておらず、服の代わりにガーゼや包帯に覆われていることに気がついた。

 

「ケロ、動かないほうがいいわ。あなたの全身、パックリ切り裂かれているんだもの」

 

 半分涙目で痛みをこらえながら、出久は声の主をようやく見つけ出した。蛙を思わせる特徴的な顔立ち、大きな黒い瞳と目が合う。ぎょろっとしてはいるが、不気味さはあまりなく、愛らしさのほうが先に立つ。

 声はともかく、容貌には見覚えがあった。

 

「あなたは……フロッピー……?」

「ケロ、よくご存知ね。もしかして、爆豪ちゃんから聞いたのかしら?」

「いや、そういうわけでは……えっ、あ――」

 

 自分と勝己の関係を知っている?ということは、まさか自分の正体も?

 いや、そう考えるほうが自然だ。メ・ビラン・ギによって水中深くに引きずり込まれ、酸欠で意識を失った。その後の詳しい経緯はわからないが、とにかく水難ヒーローである彼女によって救け出され、ここに運ばれたのだろう。その過程で変身が解け、第4号が自分であると露呈してしまった――

 

 出久が顔を青くしていると、彼女は安心させるように口角を上げた。

 

「心配しなくても、あなたをどうこうしようというつもりはないわ。あなたが人を襲わず、むしろ未確認生命体から守っていること……何より、あの爆豪ちゃんがあなたを守ろうとしていること。十分、信用に値するもの」

「フロッピー……」

「お茶子ちゃんのことも守ってくれたそうね。友達として、お礼を言うわ」

 

 「ありがとう」と、頭を下げられる。

 まず去来したのは、驚き――次いで、胸がきゅっと詰まるような感覚だった。それは苦しみでも、痛みでもない。他人に認められたくて戦っているのではないけれども、認められているという事実が嬉しくないはずがなかった。

 

「改めて……初めまして、フロッピーこと蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

「……緑谷、出久です。世間じゃ、第4号って呼ばれてるみたいですけど……」

 

 差し伸べられた手を握り返そうとして……出久は、自分がいまほとんど丸裸であることを思い出した。

 

「~~ッ」

「あら、どうしたの?」

「い、いや、その……この治療も、あすっ、梅雨ちゃんが……?」

「もちろんそうよ。誰かに手伝ってもらうわけにはいかなかったもの」

「そう……ですよね……」

 

 顔を真っ赤にしている出久を見て、ようやく彼の心情に思い至ったのだろう。蛙吹はくすりと笑った。

 

「気にすることはないわ。仕事柄、見慣れているもの」

「そりゃそうだろうけど……」

 

 蛙吹はそうかもしれないが、出久はそうではない。男女混合でプールや海水浴という、大学生ならありがちな経験も皆無なのだから。

 しかし、そんなことで詰めていても仕方がない。出久は勧められたミネラルウォーターのペットボトルに口をつけると、改まって問いかけた。

 

「あの……未確認生命体は、どうなったの?」

 

 蛙吹の表情が引き締まる。

 

「同僚や水上警察が追ってくれているけれど、まだ行方はわかっていないわ。いまのところ事件も起きていないのが不幸中の幸いではあるけれど……」

「……そう」

 

 またしても、一度で倒すことができなかった。それどころかこうして救けてもらっていなければ、自分の命がなかったかもしれない。――未熟すぎる、あまりにも。

 

(もっと、強くならなきゃ……)

 

 でなければたくさんの人を、その笑顔を守ることなんてできない。出久の苦悩を知ってか知らずか、蛙吹が「そういえば」と口にした。

 

「実は、アナタが目を醒ます前に爆豪ちゃんに連絡しておいたの。それで二、三アナタのことも聞かせてもらったわ」

「あっ、じゃあ、僕らが幼なじみってことも?」

「ええ。とっても不思議ね、人と人との縁って」

「あはは……確かに」

 

 未確認生命体第4号の正体が、爆豪勝己の幼なじみ――彼女たちからすれば、運命の悪戯を思うのも無理はなかろう。自分だって、まさかヒーローを――勝己の背中を追うことすらあきらめて六年、彼に背中を任せて戦うことになるとは思ってもみなかったけれども。

 

「爆豪ちゃんが来るまでもう少し時間があるし、幼なじみの緑谷ちゃんに訊いてもいいかしら?」

「う、うん、いいけど……」

「中学までの爆豪ちゃん、どんな感じだったのかしら?」

「どんなって……――うん、そうだな……」

 

「……いやな奴だったよ、正直。僕、元々は無個性だったんだけど、やっぱりヒーローになりたくて……それが気に入らなかったみたいで、ずいぶんひどくいじめられたよ」

「ケロ……そうだったの」

 

 蛙吹が気遣わしげな表情を浮かべるが……今さら同情を引きたいわけでも、告げ口したいわけでもなかった。

 

「でも……それ以上にすごい人なんだ。一時期は恨んだこともあったけど……結局僕にとってはオールマイトと並んで、永遠に変わらない憧れだと思う」

「……そうね、爆豪ちゃんって、周りにそう思わせる力があるのよね。性格はお世辞にもよくないけれど……でも、少し大人になったと思わない?」

「あっ、確かに。昔のかっちゃんだったら、天地がひっくり返っても僕をサポートなんてしてくれなかっただろうし」

 

 やはり雄英の三年間は、いままで孤高の帝王だった彼をそれだけでいられなくするものだったのだろう。その日々があったから、彼は本当にヒーローになれた――

 

「……羨ましいな、なんか」

「ケロ?」

「成長していくかっちゃんを、僕もそばで見てたかったな……」

 

 そこまで独りごちて……出久は、はっとした。顔に急速に熱が集まっていく。

 

「あっ、いや、その……忘れて、クダサイ……」

「どうして?その気持ちよくわかるもの、何も恥ずかしがることなんてないわ」

「ご理解、感謝、シマス……」

「ふふふ」

 

 そのあとも暫し和やかな会話を続けていると……不意に、小屋の戸を叩く音が強く響いた。

 

「ケロ、来たかしら」

 

 玄関へ駆け寄ってゆき、「誰?」と問いかける蛙吹。問いを待っていたかのように、即座に「俺だ」というぶっきらぼうな声が返ってくる。

 

「開いてるわ、どうぞ」

 

 蛙吹がそう告げるや、勢いよく戸が開かれた。漆黒のコスチュームと、真白い肌のコントラストが目に飛び込んでくる。――爆豪勝己だ。

 

「………」

「………」

 

 ふたりの間に一瞬、奇妙な沈黙が生まれる。出久があれっと思ったときにはもう、蛙吹のほうが口を開いていたが。

 

「直接会うのは卒業式以来ね、爆豪ちゃん」

「……そうだったかもな」

 

 ぶっきらぼうに応じつつ、勝己は唐突に出久をねめつけた。ニィ、と口角が上がる。それが幼なじみの生存を喜ぶ笑みでないことは明らかで。

 

「デクテメェコラァ……」

「ヒッ……」

「あんな魚野郎の罠にまんまと引っかかりやがってよォ……テメェの頭は魚類以下か?プランクトンか?アァン!?」

「う、うぅ……」

 

 こればかりは返すことばもない。出久は黙ってうつむくほかなかった。

 が、

 

「素直じゃないわね爆豪ちゃん。電話じゃあんなに心配してたのに」

「へぁ!?」「ア゛ァン゛!?」声がシンクロする。「俺がいつこのクソナードを心配してるなんつった!?」

「ケロ、言われなくても雰囲気でわかるわ。いいわね、幼なじみって」

「……ッ」

 

 勝己がぷるぷると震えている。これはやばい、出久は切実にそう思った。蛙吹の明け透けな物言いに、勝己の脆すぎる堪忍袋の緒が切れてしまう――

 

 と、思いきや。勝己はふうぅ、と大きな溜息をつくと、自ら怒りを鎮めたようだった。

 

「クソが……デク、行くぞ。さっさと服着ろ」

「あ、うん……」

 

 気を遣ったわけでは決してなく、さっさと話を切り上げたかったらしい。まだ何も解決していないことを考えれば当然ではあるが。

 出久が立ち上がろうとすると、蛙吹が「待って」と、打って変わって焦った様子で制止してきた。

 

「どうしたの?」

「まだ動いたらだめよ、ひどい怪我なんだから。応急処置は一応したけれど、もう少し安静にして、そのあと病院できちんと診てもらったほうがいいわ」

「あ、あぁ、そっか……」

 

 話をしているうちに、すっかり忘れてしまっていた。なぜなら、

 

「もう大丈夫だよ。痛くなくなったし」

「そんなはずないわ!実際、さっきだって――」

 

 言い募る蛙吹。実際に見せたほうが早いと思って、出久は胸のガーゼに指をかけた。べり、と音をたてて、それが剥がされる。

 

「……!」

 

 蛙吹が息を呑むのがわかった。――隠されていた傷痕はもう、ほとんど塞がっていたのだ。

 

「お腹のベルト……あ、それが力の源なんだけど、こうして傷を早く治してくれたりもするみたいなんだ。だから、大丈夫」

「………」

「でもありがとう、心配してくれて」

 

 へらりと笑う出久の表情に、異形の面影はない。まだ幼さの残る、やさしい顔立ち。それを目の当たりにした勝己の顔が一瞬歪んだのを、蛙吹は見逃さなかった。

 が、彼は即座にそれを取り繕うと、

 

「……早よしろ」

「あ、うん、ごめん」

 

 感情を押し殺した声で命じて、出久に背を向けた。そのまま小屋を出ていこうとして――不意に、蛙吹の横で立ち止まる。

 

「さっき話した件、頼んだぞ」

「ケロ、わかってるわ。その代わり、"約束"は守ってちょうだい?」

「……チッ」

 

 忌々しげに舌打ちしながらも、勝己は小さくうなずいた。そして小屋から出て行ったのだった。

 ほどなくして、出久も服を着終えた。

 

「僕も行くね。救けてくれて本当にありがとう、あすっ……つ、梅雨ちゃん」

「ケロ、どういたしまして。あと、呼びにくいようなら緑谷ちゃんのペースで構わないわ」

「う、う~ん……でもなるべく努力するよ。じゃあ、また……いつか」

「ええ、またね」

 

 勝己のあとを追い、去っていく出久。その背中を見送りつつ――蛙吹は、その"いつか"がすぐに訪れることを確信していた。

 

 




キャラクター紹介・リント編 ギブグ

心操 人使/Hitoshi Shinso
個性:洗脳
年齢:20歳
誕生日:7月1日
身長:185cm
血液型:AB型
好きなもの:猫・ツーリング
個性詳細:
文字どおり、他人を洗脳してしまう能力(ただし相手が心操のことばに反応することが条件)。洗脳スイッチのオンオフは心操の意のままだが、操った相手に一定以上の衝撃(ダメージ)が加わると強制解除されるので要注意だ!また受け答えのできない相手には当然効かないぞ!
精神作用型なので絵面は地味だが、洗脳に成功すればなんでもさせられるヤバイ個性だ。それゆえヴィラン向きと評されることも多いが……大丈夫、心操はダウナーに見えて熱いハートの持ち主!悪用なんてするわけがないぞ!(友人I.M.さんより)
備考:
城南大学法学部3年生。雄英高校普通科卒。かつてはヒーローを目指していたが、現在は警察官志望。一度夢破れても腐らず次の目標に向かって身体を鍛え、勉学に励む努力家だ!
外見&個性は近づきがたい感じだが、話してみると真面目でひたむきでしかも優しいときて、実は男女問わず隠れファンが大勢いるとか!?

作者所感:
作者お気に入りキャラ。主人公除くといちばん好きかもしれない子だったりします。斜に構えているけれど実はまっすぐな熱血漢……戦隊でいうとブラックタイプ?まあそういうブラックって実はそんないなかったりもしますが……。
趣味は原作のサイクリングから発展した形。出久とは「1年生の語学のクラスが一緒で交流をもつ→お互いの趣味嗜好や境遇が似通っていることがわかってさらに親しくなる」って感じで現在に至ると考えてます。出久がバイクに乗るようになったのも心操くんの影響でしょう。
お互い尊重、尊敬しあう理想的な友人関係ですが……心操くんが出久の秘密に気づきはじめたことでそれがどのように変わっていくのか、そして努力が報われる日は来るのか……まけるな心操くん!



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EPISODE 10. ディープ・アライアンス! 2/4

17年前のちょうど今日、クウガが最終回を迎えました。
2000~01と2017~18は日付と曜日が合致するので、去年から今年にかけては「今日は第○号が出現する日だな~とずまりすとこ」とか考えながら生きてます


 出久は漆黒の覆面パトカーの助手席に乗せられた。走る車両。その運転手は淡々とした表情でハンドルを握っている。

 

(普段の運転は意外と穏やかなんだよな、かっちゃんって……)

 

 そんなことを密かに思っていると、唐突に血の色をした瞳がこちらに向けられて、

 

「……なんかクソ余計なこと考えてやがるな、テメェ」

「!?、なんでわかっ……あ、いや、そんなことは……」

「テメェが静かなときは大体そうなんだよ、モジャ髪アフロにすんぞクソナードが死ね」

「そこまで言われるようなことしたんでしょうか……」

 

 なぜこうもお見通しなのか。こちらは全然なのに。

 忸怩たる思いを誤魔化すかのように、出久は努めて声を張り上げた。

 

「あっ、そ、そういえば、トライチェイサーは?あそこに置きっ放し……だよね?」

「いや。切島に言って、これから行くとこに運ばせてある」

「えっ、切島くんに!?」

「おぉ」

 

 何か文句でもあるのか、とばかりの首肯。さすがにこれには出久もあきれた。

 

「……同級生のヒーローにパシリまがいのことさせるの、世界中見渡してもきみくらいだと思うよ。百歩譲って大御所が新人サイドキックにやらせるなら……わからなくもないけど」

「フン」

 

 自分が何を言っても勝己は反省しないし、何より切島も断らないのだろう。彼の苦労を偲ぶほかない。いや、あとで僕からお礼くらいしなければ――出久は決心した。

 ひとまず切島のことは隅に置いて、もうひとつ。

 

「ところで、"これから行くとこ"って……?」

「……あァ、そういや言ってなかったか」

 

 怠そうに溜息をつきつつ、勝己はその行き先を告げた。

 

 

「――"科警研"だ」

 

 

 

 

 

 一方、品川区八潮の某倉庫。

 

 その内部を根城としていた未確認生命体――グロンギたちも、警察やヒーローたちに周りを囲まれていることに気づきつつあった。

 

「バンバンザ、ガギヅサパ?」

 

 小窓から外を覗いていたバヂスが、苛立ちを露わにしながら独りごちる。攻め込んでくるでもなく、何かを待っているかのように包囲が続いている状況。彼には外の人間たちの思考が読めないのだった。

 他のグロンギたちはというと、

 

「ギバギ、バゼパバダダ?」

 

 腕組みしつつ、台に腰掛けたショートカットの女が訝しげに首を傾げる。

 答えたのは、バラのタトゥの女で。

 

「パセサンビゴギゾ、ゴパセダンザソグ」

「リントゾロビ、ゴンバボドグ?」

「リントも無能じゃないってことだよねぇ」愉快そうにガルメ。「前とは違うよ、あいつらも。……ガゴビガギグ、ガシゴグザ」

「………」

 

 ゴオマは沈黙していたが、その手は時々ぷるぷると震えていた。気持ちが逸る。太陽さえ出ていなければ、外に飛び出していって皆殺しにしてやるのに――

 

 

 いずれにせよ、グロンギたちは外の人間たちを脅威とは感じていなかった。彼らがなんの対策もとらずにいるうち、遂に作戦の準備が整っていた。

 到着したいかめしい装甲車から、専用防護服を纏った隊員たちが降りてくる。それを認めた飯田が、やや緊張した面持ちでつぶやく。

 

「いよいよ、ですね……」

「うん。……終わらせたいところだね、なんとしても」

 

 珍しく森塚も冗談めかした態度をとらない。これが決戦となるかもしれない――いや、しなければならないのだ。張り詰めた空気が、場を支配する。

 

 特殊ガス弾を手にした隊員たちが、先んじて倉庫の前へ走る。ガス弾の安全装置を解除すると、わずかに開いたシャッターの隙間から、それらを力いっぱい投げ入れた。

 床を滑っていくガス弾の群れは、ほどなくして奥にいるグロンギたちのもとにまで到達し、

 

「?」

「バンザ……?」

 

 訝しむ彼らの眼下で――爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 科学警察研究所(通称:科警研)は千葉県柏市に所在する警察庁の附属機関である。科学捜査・犯罪防止・交通警察に関する研究・実験を行うとともに、警察内外の関係機関から依頼された証拠物等の科学的鑑識・検査を行うことを主な任務としている。

 そんな、警察組織となんらかかわりない人間であればおよそ訪れることのない施設に、緑谷出久はいま足を踏み入れていた。

 

「………」

 

 すたすた歩いていく勝己のあとを、出久は黙って追いかける。そうするよりほかにないのだが……すれ違う所員の視線があまりに痛い。スーツでも着ていればまだしも、私服では逆立ちしたって社会人には見えないのだから、彼は。

 ひたすらプレッシャーに耐えながら歩くこと数分、とある扉の前でようやく勝己が立ち止まる。出久はぎょっとした。

 

「か、かっちゃん……これは一体……?」

「………」

 

 彼が呆気にとられるのも無理はなかった。白い無機質な扉が、大量の規制テープその他もろもろが貼りつけられて変わり果てた姿と化している。"KEEP OUT""関係者以外立ち入り禁止""近寄るな キケン"――最早カオスの領域だが、とにかくこの扉の向こうが伏魔殿なのだろうことは容易く想像がつく。

 

 出久とは対照的に、勝己は至って平静だった。理由は単純明快、予想がついていたからだろう。伏魔殿の主は、勝己と旧知の仲なのだから。

 

(とはいえ大丈夫なのか、これ……?)

 

 出久の心配をよそに、勝己は扉をノックするや勢いよくそれを押し開けた。ノックの意味があまりない。

 部屋の中は薄暗かった。金属製の棚に怪しげな薬品やら機材が大量に置かれている。さらに壁は意味不明なメモの群れで埋め尽くされている。元々は官公庁らしく無味乾燥とした部屋であったことが推察されるのだが、いまでは訪れる者に凄まじい圧迫感を与える、ダンジョンのごとき空間に様変わりしていた。

 

「う、うわぁ……」

「テメェの部屋もこんなだったろ」

「さすがにここまでじゃなかったよ……いまはちゃんと片付けてるし」

 

 それに、出久のオタク部屋とこれはまた様相が異なる。不気味。マッドサイエンティストが根城にしていそうだ――

 

 そんなことを内心思いつつ、ふと視線を感じて視線を滑らせる――と、棚越しにぎらぎらと輝く一対の黄金が浮かび上がっていて。

 

「うわぁっ!?」

「!」

 

 幼なじみの悲鳴に、反射的に振り向く勝己。彼もまた黄金の双眸を認めたが……出久のように、驚いたりはしなかった。

 

「いるなら声かけろや発明女」

「ウフフfFFF、ご挨拶ですねぇ……」

 

 "発明女"と呼ばれた女性が、棚の向こうからヌッと出てくる。額にかけた大きなゴーグルに羽織った白衣、科学者……というよりは勝己の言うとおり発明家のテイストが強いかもしれない。それは彼女の個性(常用の意味での)としてなんら問題はないが、初心な出久には白衣の下がボディラインの出るタンクトップ一枚というのが非常にまずかった。胴の真ん中から少し上の、突き出したふたつの果実を直視できない。

 そんな彼の挙動不審ぶりを一切気に留めることなく、彼女はさらに衝撃的なことを言い放った。

 

「おや爆豪さん、ひょっとしてこの人が4号ですか?」

「!?」

「だから連れてきたんだろうが」

 

 出久は彼女のプロポーションどころではなくなった。正体を知られている――しかも口ぶりから言って、勝己が教えた?

 

「ちょっ、かっちゃん!どうして僕のこと……!?」

「こいつの協力を得るために必要だったからだ。なんか文句あっか」

「いや、わかるけど……せめて本人にひと言あったらなあと……ハイ」

 

 最後のほうはほとんど消え入ってしまった。無論、勝己も明らかにする相手はきちんと選んでくれているのだろうが。

 一方、発明女史はどこまでもマイペースであった。白衣のポケットをごそごそとやっている。

 

「えっと、名刺、名刺……あった。――ハイこちら、どうぞ」

「えっあっ」

 

 半ば強引に名刺を押しつけられる。"科学警察研究所総務部付特別研究員 発目明"と印字されている。なんだかよくわからない肩書きである。

 

「えっと……発目、さん?」

「ですです!今後ともよろしく4号さん!」

「アハハ……緑谷出久です、一応……」

 

 本日二度目の自己紹介であるが、蛙吹のときとはテンションが違いすぎて困惑するほかない。未変身とはいえ未確認生命体第4号が目の前にいることになんの拒否反応も示さないあたり、ヒーローである彼女と同等以上に肝が据わっていることは間違いないだろうが。

 

 と、案の定ここで勝己が口を挟んだ。

 

「んなことより、例のもんは?」

「もちろん用意してありますとも!いきなり連絡してきて『いまから行くからよこせ』だなんて、まったく相変わらず傍若無人ですね~爆豪さんは」

「言ってろ」

 

 ことばこそ愚痴ながらしっかり笑みをたたえた発目は、自身のデスクに戻ると何やら乱雑に置かれた段ボールのひとつをがさごそ漁りはじめた。ややあって、抱えるようにして黒光りする巨大なオブジェクトを取り出してくる。出久は目を瞠った。

 

「それって……」

「ウフフフfFFFF!私のドッ可愛いベイビーちゃん……"潜れるくんバトルタイプ・試作品バージョン"です!!水中戦にどうぞ!」

 

 成人男性の胴体ほどあるそれは亀の甲羅のような形をしている。付属品として酸素ボンベ、エンジン、なんだか物騒な砲口……などなど。一見とんでも装備だが、出久には見覚えがあった。

 

「あっこれ知ってる!最近、いろんな水難ヒーローが装備してるよね!」

「おぉご存知でしたか!」発目の声が一段大きくなる。「船舶相手でも戦える威力とスピードが売りでして、海賊ヴィラン対策にお困りのヒーローの皆さんにはボッコボコご愛顧いただいてますよ!救助専門の方にもレスキュータイプを!!」

「ボッコボコって擬音はどうかと思うけど……なるほどそうか、船を相手にできるスペックがあるなら未確認生命体を相手にしても……フロッピーはこれであいつを撃退して僕を救けてくれたのか……ん?かっちゃんが僕を連れてこれを受け取りに来たってことはつまり……?」

「……クソうぜぇ」毒づきつつ、「テメェがこれ着てあのピラニア野郎とやりあうんだよ」

「あ、やっぱり……」

 

 相手が水中を得意なフィールドとするなら、こちらはそれ以上に適応して正面からぶつかるまで。実に単純明快である。

 

「実は皆さんご利用の潜れるくんは意図的にスペック落としてまして、御しきれないとかで。しかし4号さんの超人的ボディならこちらのオリジンベイビーちゃんでも十分使いこなせるでしょう!」

「う~ん……ど、どうかな……」

「ご心配なく、操作はカンタン親切設計ですから!バイク運転できるなら無問題ですよ!まあ説明書お渡ししときますから、あとでゆっくり読んでみてください」

「は、ハイ」

 

 捲したてられると、うなずかざるをえない。製作者本人が言うのだから信憑性はあるといえばあるが。

 出久に対して熱弁を振るったあと、発目はぎょろりと勝己に照準を合わせた。

 

「これでご依頼は果たしましたよ爆豪さん。約束どおり、今後4号さんをいつでもお借りしていいんですよね!?」

「おぉ、好きにしろ」

「へぁ!?ちょっ……」

 

 お借りしていい……いつでも。またしてもとんでもない約束が当人の頭越しに結ばれている。さすがに激怒してもおかしくない。"当人"が緑谷出久でなければ。

 

「あ、あのさ……僕にも人権というものがあるわけでして……ちゃんと日本国憲法で保障されている……」

「おぉ、だから嫌なら拒否ればいい。その代わり俺ぁテメェのこと上に報告すっけどな」

「か、かっちゃん……きみって人は……」

 

 昔の勝己なら「テメェに人権なんざねえ」と怒鳴ってきただろうに。蛙吹の言うとおり確かに大人になっている……悪い意味でも。

 肩を落とす出久に対し――フォローする意図があるのかは怪しいものだが、発目が朗らかに笑いかけてくる。

 

「安心してください。四六時中拘束して人体実験を繰り返したりなど、そんな非人道的なことはいたしません!」

「えぇ……」

 

 まったく安心できない。一体自分に何をさせるつもりなのか、せめて聞き出して心の準備くらいはさせてほしかったのに、勝己が会話を打ち切ってしまったためにそれすらかなわなかった。

 

 

 帰路は発目から受け取った"潜れるくん"の箱を台車に載せて運ぶことになった。来たときよりさらに視線が痛い。出久は嘆息を禁じえなかった。

 その意味を誤解したのか、勝己は珍しくややばつの悪そうな声を向けてきた。

 

「……心配せんでも、あいつはああ見えて最低限の良識は持ってる。テメェに危害を加えるようなことはしねぇよ」

「そう……うん、そうだよね。わかってるよ」

 

 出久がうなずくと、「クソ強引だけどな」と付け加え、勝己はほんのわずかに唇をゆがめた。そこに見え隠れするものが、やはり羨ましく思われる。

 それを押し殺して、

 

「……そういえば、未確認生命体はどうなったんだろう?まだ見つからないのかな?」

「連絡来ねえっつーことはな。荒川は関東圏内ほぼ全域配備が完了してる、事件の報告もねえ以上、十中八九人間体になって地上に潜伏してんだろ。魚雷でやられてるしな」

「そっか……。でも、なるべく僕らが見つけてすぐ戦えるようにしたいよね。この前の麗日さんじゃないけど、おびき出すとかして……なんかいい方法はないものだろうか……」

「テメェに言われんでも考えてあるわ」

「ほんと!?」

 

 勝己がうなずきかけたそのとき、彼のスマートフォンが振動した。素早くそれを取り出し、スピーカーホンに設定したうえで「椿先生だ」と相手の名を告げてきた。おまえも横で聞け、ということなのだろうと思い、耳を寄せる。

 

「はい、爆豪」

『おう。相変わらずぶっきらぼうな声だな、せっかくの完璧なビジュアルが勿体ないぞ?』いきなりこれである。

 

 勝己はもはや癖になっている舌打ちを放ち、

 

「ンなことより解剖の結果、出たんでしょう?」

『……ああ。おまえの要望どおり、浦和の架橋工事の作業員の遺体から解剖した。まず死因は失血死、全身に噛みちぎられたり切り裂かれた痕が大量にある。いまんとこ全員形状は一致してる、おまえの言ってた8号の牙や腕のカッターでやられたんだろうな』

「………」

 

 横で聞いている出久が密かに拳を握りしめるなか、椿の報告が続く。

 

『で、その中のひとりに……あったよ。おまえの推測どおり、8号によるものでない傷がな』

「!」

『その傷は生前にできたもの……断定はできないが、8号に襲われる前に負ったと考えても不自然じゃない。ま、俺から言えるのはそれくらいだな』

「……ども、ありがとうございます」

 

 きちんと礼を言ってから、勝己は電話を切った。"勝己の推測"というのが一体なんなのか、出久には当然わからない。

 

「どういうこと?8号に襲われる前に負った傷、って……」

「あぁ。8号はあの場所に現れる前、付近にいた釣り人を狙ってた。それが突然、何かに吸い寄せられるように標的を変えた。――何に吸い寄せられたと思う?」

「え……えー、と……」

 

 作業員のひとりが負った傷――それがヒントということなのだろう。顎に指を当てて、出久は考えた。

 

「傷……って、切り傷、だよね?」

「そうだ」

「ってことは……――そうか……血、かな?」

 

 「正解」と、勝己はニヤリと笑う。

 

「これで奴をおびき出せる。俺は準備があっから、テメェは先にあいつと合流しろ」

「え、あいつって?」

「決まってンだろ」

 

 告げられた名に、出久がただでさえ丸い翠眼をさらに丸くする。それに対して、勝己の笑みはますます深まった。

 




かっちゃんと発目さんがもし恋愛関係になったら、爆豪×発目……


略して"爆発"ですね!


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EPISODE 10. ディープ・アライアンス! 3/4

ちゃんと投稿時刻設定したはずなのに即時アップされて焦りました。数十秒で消しましたが、もしご覧になった方いらっしゃいましたら混乱させてしまい申し訳ありませんでした


元々猫派でしたが犬飼い始めたらもう猫には戻れなさそうです
実家から都内に戻ろうとしていると察して泣き(not鳴き)出したり
逆に実家に帰ると、尻尾ブンブンですよ犬、状態だったり

まだ若くて元気いっぱいですが、この調子で長生きしてほしいもんです


ガス弾が倉庫に投げ込まれ、暫しの時間が経過した。

 

「そろそろ薬が効いてくる頃合いか……出てくる気配はないわね」腕時計を確認し、鷹野。

「あっちにも効いちゃってるみたいですけど」こちらは森塚。

 

 彼が指し示したのは、そばで待機していた柴崎だった。涙目でゲホゲホと咳き込んでいる。

 

「ウゥ~、臭い……もう限界だワン……」

「やはり猟犬(ハウンド)の鼻にこれは厳しいか……。先に戻っていただくべきなのでは?」

「そうね……」

 

 手近な警官に命じ、柴崎をパトカーに乗せて先に帰庁してもらうことにした。それを見届けたところで、エンデヴァーが声をあげる。

 

「タイムリミットだ。もう突入すべきだろう」

「………」

 

 突入……それは最終手段だった。未確認生命体に一定以上の知能が認められる以上、その巣に足を踏み入れることには危険が伴う。ガス弾には炙り出しの期待もあったのだ。無論、主は標的の弱体化であるから、それが想定以上に効果を発揮していればなんの問題もないのだが。

 鷹野が逡巡していると、エンデヴァーはさらに強い調子で発破をかける。

 

「鷹野警部補、現場指揮官はきみだ。きみには決断する義務がある」

 

 そんなこと、彼女にだってわかっている。自分はこの場にいる警察官やヒーロー、全員の命を預かっている。だから躊躇が生まれるのだ。

 無論、エンデヴァーほどのベテランがそんな当然の心情を汲みとれないはずがない。だが、それでも言うのだ。――その決断を彼女に後悔させるような結末を、迎えさせるつもりは毛頭ない。

 

 彼の強い意志に説得されて、遂に鷹野は決意を固めた。

 

「……総員、突入用意!」

 

 女指揮官の号令を受けて、警察官もヒーローも一斉に動き出した。唯一の出入り口である倉庫のシャッター前に陣取り……ひと呼吸ののちに、それを押し上げた。

 

「突入ッ!」

 

 一斉に倉庫内に飛び込んでいくヒーローと警察官たち。指揮官である鷹野は最後に足を踏み入れたのだが、

 

「――!?」

 

 一瞬、何者かがすぐ横をすれ違ったような気配があった。反射的に振り返るが、そこにはなんの姿も影もない。気のせいだったか。

 意識を倉庫内に引き戻す。意気軒昂で戦闘態勢をとっていた部隊の面々は……いまや、一転して困惑に包まれていた。

 

 いないのだ、誰も。

 

「どうなっている……?」

「逃げたというのか?しかし、どうやって……」

 

 疑問をつぶやきつつ、飯田は盛大に顔を顰めていた。グロンギの姿はなくとも、その痕跡は鮮明に残されている。床に転がったマネキンの首、生肉の破片、台の上に置かれた硬貨の束――用途不明の、禍々しい形状をしたボードのような物体。

 

「なんて悪趣味な……」

 

 と、そのときだった。奥に進んでいた森塚の声が響く。

 

「鷹野さ~んッ!!」

「どうしたの!?」

 

 すぐさま駆けつける鷹野、飯田とエンデヴァーもあとに続く。待ち受けていた森塚が「これじゃないですか?」と指差すのは、床――そこには梯子のかかった地下への風穴が開いていた。そばに蓋らしきものが転がっている。

 

「奴ら、ここから逃げたのか……」

「……追うべきですかね?」

「推奨はせん。内部構造もわからないうえに……追いつく頃にはガス弾の効果も切れているだろう」

「………」

 

 鷹野が俯くのを認めて、エンデヴァーは淡々とした声で続けた。

 

「犠牲はなく、奴らの遺留物を獲得できた。……いまは、それで良しとするほかあるまい」

 

 

――彼らは知らなかった。この倉庫内に潜伏していた五体のグロンギのうち、この地下道から逃げたのは四体だけだったことを。

 

 

 同時刻。一台のパトカーが警視庁へ向けて走っていた。

 信号待ちで停車したところで、助手席に座る犬頭――柴崎巡査がつぶやく。

 

「皆大丈夫かな、気になるワン……」

「ハハハ……」運転担当の警官が苦笑する。「帰ってから確認するしかないですよ。いま連絡して聞くわけにもいきませんし」

「クゥーン……」

 

 首から上は犬でも、彼もまたまぎれもない立派な警官だ。正面切って戦うことはできずとも、現場で自分の従事した作戦の顛末を見届けたかったのだろう。その気持ちは、運転手に選ばれたためにお役御免となってしまった若い青年警官にもよくわかった。

 

 そのうちに、信号が再び青に変わる。それを確認してアクセルを踏みかけた瞬間、

 

「!、――ワンッ、ワンワン、ワン!!」

「!?」

 

 突然、激しく吠えはじめた柴崎。驚きのあまり警官は咄嗟にブレーキを踏んでしまった。パトカーががくんと揺れる。幹線道路でなく、後ろに車が続いていなかったことが不幸中の幸いだった。

 

「なっ……ど、どうしたんですか!?」

「未確認生命体のニオイだワン!」

「ええっ、どこに……」

 

 咄嗟に車の外に出、周囲を見回すが、それらしい影はない。だが、柴崎の鍛えられた嗅覚に誤りはないだろう。一体どこに――

 

「ワウゥッ!?」

「!」

 

 悲鳴のような柴崎の声に振り向いた彼が見たのは、ダークグリーンの体色をもつ、レプティリアンのような異形の怪人であった。その手が柴崎の首を絞め、身体を浮き上がらせている。

 異形――メ・ガルメ・レは、その不気味な風貌とは裏腹の、まだ変声を迎えていない少年のような声を発した。

 

「やあコンニチハ、犬のおまわりさん。オレたちのアジト見つけたのって、アンタでしょ?見た目どおり鼻がきくんだね~」

 

 まるで親しい友人に話しかけるような、朗らかな口調。それとは裏腹に、ガルメの手にはどんどん力がこもっていく。柴崎はもはや声も出せず、必死にもがき続けている。まずい、このままでは。青年警官は咄嗟にホルスターに手をかけ、携帯した拳銃を引き抜こうとする。

 それを見逃すガルメではなかった。

 

「がッ!?」

 

 ガルメの舌が瞬時に伸び、頬を叩く。その衝撃になすすべもなく吹っ飛ばされ、地面に頭を強く打った警官はそのまま意識を失った。

 そして、柴崎もまた。

 

「ガッ、アウ、ウグ……ッ」

 

 既に身体が痙攣しはじめ、口吻の端から泡を噴いている。それでもなお、ガルメは手の力を強めていく。

 

「ほんと、リントも変わったよねぇ。こんなオレたちみたいなのがそこらじゅういて、あんな武器まで作って。楽しませてもらったけど……ちょっとイラついちゃった」

 

 

 

「だからさあ――――ギベ」

 

 何かが折れる、音がした。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己の推測どおり、メ・ビラン・ギは人間体に戻り、地上に潜伏していた。地べたに座り込み、時折痛みに顔をしかめている。船舶すら損傷させる魚雷の連射を喰らったダメージは、いくらグロンギといえどそう容易く癒えるものではなかった。

 そこに、複数の人影が姿を現す。――バラのタトゥの女に率いられた、グロンギの一団だ。

 

「バビゾ、ジャグンゼギス?」

「………」

 

 彼女の問いに、ビランはふいと目を逸らす。リントにやられたなどと、堂々と明かせるわけがない。

 その弱った様子に、ゴオマが食いついた。

 

「ゴセグバ、パデデジャソグバ!?」

 

 詰め寄るゴオマの手が、ビランの腕輪に伸びる。身構えるビランだが、彼自身が抵抗するまでもなかった。

 

「!?、ウギャッ!」

 

 バラのタトゥの女に張り飛ばされ、情けなく地面を転がる。蝙蝠傘が放り出され、陽光を浴びたゴオマはまたしても悶絶する羽目になった。

 

「ボシバギゴドボザ……」嘲りつつ、「ボヂサロ、ガジドゾジャサセダ、ビ、リント」

「バンザド?」

「ドドゾグ、バブバダダ」

 

 それを聞いて、ビランは忌々しげに顔を顰める。同時に腕輪を見せつけ、自身の"成果"をアピールすることも忘れない。

 

「ボセパ、ジュグボグザソグ?」

 

 バラのタトゥの女がうなずくのを見て、ニヤリと笑う。しかしすぐに何かに気づいたような挙動を見せ、

 

「……ガルメパ、ゾグギダ?ジャサセダボバ?」

「パバサン」バヂスが答える。「バンダンビ、パジャサ、セバギド、ゴログガバ」

 

 彼らは逃走に同行していないガルメの行方を気にかけているようだった。もっとも、それは"関心"の域を出ない。彼らにとり、仲間の生き死にはそれほど重要なことではないのだ。ただガルメはいち早く日本語を覚え、ぺらぺらと饒舌にしゃべる面白い奴だから、早々に脱落するのは少し残念――その程度のこと。

 もっとも、そうした感情を抱く必要すらないのはご存知のとおりであるが。

 

「オレならここだけど?」

「!」

 

 挙がっている当人の声が聞こえたかと思うと、ガルメは皆の前に姿を現した。唐突な出現であるにもかかわらず、仲間たちに驚きはない。

 怪人体のままだったその身体が縮み、人間の少年のそれに戻る。ニコニコと人好きする笑みを浮かべながら、彼は輪の中に入ってきた。

 

「何をしていた?」ショートカットの女が日本語で問いただす。

「いや、ちょっとね」

 

 誤魔化しつつ、内心舌を出していたガルメは、バラのタトゥの女がこちらを冷たく見下ろしていることに気づいて身を縮めた。自分は"ルール違反"をやってしまった。バレたら最悪、蝙蝠傘の下で小さくなっている黒づくめと同じ目に遭うかもしれない――そうはされない自信はあったが。

 

「それよりビラン、ちゃっちゃとゲゲル進めろよ。――ジバン、バブバスジョ?」

「……フン、パバデデギス。リデギソ!」

 

 まだ傷の癒えていないビランは、しかし仲間の催促を受けて動き出した。その牙は血に求めている。――その性質を弱点として突かれるとは、思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 千葉県柏市にある科警研からトライチェイサーを走らせた出久は、四〇分ほどかけて江東区に入っていた。荒川河川敷にある公園までたどり着くと、待ち合わせていた女性がこちらに手を振っているのが見えた。

 入口付近に停車し、潜れるくんの入ったケースを抱えて彼女のもとへ駆け寄っていく。

 

「あすっ……つ、梅雨ちゃん!」

 

 彼女――ヒーロー・フロッピーこと蛙吹梅雨は、微笑とともに出久を迎えてくれた。その落ち着いた雰囲気は、発目明という強烈すぎるキャラクターに触れて疲弊した精神を癒やすのにひと役買った。

 

「こんにちは。二時間ぶりくらいかしら?」

「こ、こんにちは。そうだね……まさかこんな早く再会するなんて思ってもみなかったけど……あっ、いや、すごく嬉しいんだよ!?嬉しいけど、やっぱりヒーローオタクとしては緊張が先立つといいますか……」

「ケロ、それで私のことも知ってたのね。私も嬉しいわ、どうもありがとう」

「……ど、どう、いたしまして」

 

 女の子にお礼を言われるというのは、やはりまだ慣れない。顔を赤くする出久だが、ゴホゴホと咳払いをして気を取り直した。

 

「あすっ、梅雨ちゃ……いや、フロッピー!」

 

 出久の様子が変わったことに気づき、蛙吹も居住まいを正す。

 

「さっきは一方的に救けてもらったけど……今度は一緒に戦わせてほしい。みんなの笑顔を、守るために」

「みんなの、笑顔……」

 

 ついいままで露わにしていたナード的振る舞いから一転、出久の表情には決然とした凛々しさが宿っている。変身の解ける瞬間を目撃しながら正直出久と第4号を同一視できなかった蛙吹だが、いま初めて、彼が本当にあの異形の戦士なのだと実感したのだった。

 

「……ええ。頼りにしてるわ、緑谷ちゃん……――私も呼び方を変えたほうがいいかしら?」

「あっ、じゃあ、"クウガ"って呼んでもらえると嬉しいかな……」

「クウガ?」

「うん。本当の名前なんだ、あの姿の」

 

 あの姿の――ということは、厳密には爆心地や自分のフロッピーといったヒーローネームとは異なるのだろうが。

 しかし、その名が彼の英雄的行為を象徴するものであることに変わりはない。蛙吹は深くうなずいた。

 

「わかったわ。よろしくね、クウガ」

「あ……」

 

 再び、手を差し出される。一度目のときは、自らの恰好のせいでうまく応対できなかったけれども。

 

「ケロ、今度は大丈夫よね?」

「……うん」

 

 少しばかり逡巡したあと、出久はその手をしっかりと握りしめた。彼女とはこれから肩を並べて戦う。仲間……いや、戦友となる相手なのだ、性別なんて関係ない。――そう言い聞かせないと顔に際限なく熱が集ってきそうなのが実情であるわけだが。

 提携(アライアンス)の儀式を終え、勝己から言い渡された作戦内容を伝達する。作戦といっても、それは至ってシンプルなもの。科警研で調達した人工血液を撒きながら、勝己が小型艇で荒川を航行。血の臭いにつられてビランが現れたところをふたりが挟み撃ちにし、攻撃を仕掛ける――それだけだ。

 

「ケロ……とはいえ、どこで釣れるかは神のみぞ知る、ってところかしらね。私たちが臨機応変に動かないと爆豪ちゃんが危険だわ」

 

 そう。この作戦において、勝己は独りで行動することになる。ビランの襲撃を受けた際、出久たちとの距離があればあるほど長時間狭い船上での戦いを強いられるのだ。

 

「なるべくかっちゃんのすぐ横をバイクで並走する。そこは僕に任せて」

「オーケー、あなたの腕の見せどころね」

「が、がんばるよ……他に何か質問あるかな?」

「大丈夫よ」

 

 そこでいったん会話を切り上げ、それぞれ"潜れるくん"の用意を行っていると――不意に、トライチェイサーの無線が鳴った。

 

「!」

 

 蛙吹に目配せして、ともにマシンへと駆け寄る。

 すぐさま、勝己の声が響いた。

 

『こっちの準備は終わった、これから川に出る。そっちも用意できてんだろうな?』

「なんとかね……すぐ行くよ」

「爆豪ちゃん、無理はしないでね」蛙吹が横から声をかける。

『……おぉ』

 

 ぶっきらぼうながら、応じる声が返ってくる。それを最後に通信が切れた。これ以上ことばはいらない、ということなのだろう。

 

「よし……――!」

 

 勇みだった出久は、自らの腹部に両手をかざした。そこから銀色のベルト――アークルが、染み出るようにして顕現する。

 既に慣れ親しみはじめた、右腕を前方に突き出す構えをとり、

 

「変身ッ!!」

 

 中央部の霊石が青き輝きを放ち、流水を模した起動音とともに出久の肉体が変化していく。

 蛙吹が見守るなか――出久は、クウガ・ドラゴンフォームへと変身を遂げた。

 

「ケロ……」

「行こう、フロッピー」

「……ええ!」

 

 動き出すふたり。――いよいよ、作戦開始だ。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ズガギ

サイ種怪人 ズ・ザイン・ダ/未確認生命体第7号※1

「ゴラゲゾボソギ、デバゾガゲデジャスン――ズ・ザイン・ダァ!!(おまえを殺して、ズ・ザイン・ダの名をあげてやる!!)」

「ガンムラタ、ギデデ、ダブゲビ、ザデデ、ゴセンザン!!(村田さん、俺のファンだって言ってたくせに!!)」※2

登場話:
EPISODE 3. エンカウンター
EPISODE 6. 吼えよドラゴン
EPISODE 7. 無差別級デスマッチ~EPISODE 8.デッドオアマッスル

身長:211cm
体重:246kg
能力:強靭な筋肉によるパワー
   硬質な皮膚による防御力
活動記録:
人間体はほぼ半裸の筋骨隆々の大男。未確認生命体第5号(ヒョウ種怪人 ズ・メビオ・ダ)の行動開始と時を同じくして姿を現す。車の排ガスなどの臭いを嫌悪している様子がみられた。
第6号(バッタ種怪人 ズ・バヅー・バ)が倒されたのち、ズ集団同士のバトルを制して行動を開始。茨城県の山間部はじめ各地でトラックを襲撃したほか、警官隊を全滅させ、計34人を殺害する。その後、県内の工場にて駆けつけた第4号と交戦、圧倒的パワーでねじ伏せるも4号が紫に変身しパワー勝負において互角となる。直後駆けつけたエンデヴァーのヘルフレイムを浴びて逃走。
火傷が癒えたのち行動を再開し、捜索班の警官をパトカーもろとも押し潰したあとトラックでおびき出しを敢行したヒーロー・ウラビティを襲撃するが、再び紫の4号が現れ、その剣に貫かれ爆死した。

作者所感:
原作と行動はほぼ同じでしたが、正式なゲゲルができた&倒され方が変わったお方。あとビランともわりと仲よさげになってます。
原作でもやってることは殺人ですし怖いは怖いんですが、子供心にあまり悪人に思えませんでした。思うに、なんか仲間に理不尽に責められてるっぽいこと&動物的本能のままに動いてるっぽいこと&演者の良い人感がにじみ出てしまっていること……あたりが原因ですかね。実際超全集のスタッフインタビューなど、演者の野上彰さん(プロレスラー)のことは色々な人が「良い人だった」と評していたり。グロンギの役者さんは良い人が多いみたいですが。

※1 原作では第22号。ゲゲル参加権を剥奪され、メ集団が行動を開始したあとに警察に認知されたため。
※2 楽屋ネタ短編「乙彼」より。 野上さんのファンを公言していた桜子さん役の村田さんにライジング桜子キックをかまされたことに対する心の叫び。


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EPISODE 10. ディープ・アライアンス! 4/4

昔書いてた半オリジナル戦隊の設定集を見返してたんですが、デクくんっぽい性格のレッドとかっちゃんっぽい性格のブラックの身長がまるまる一緒でびっくりしました(166cmと172cm)
設定作ったのは4年前なので多分まだ連載始まってない、少なくとも全然ヒロアカのこと知らない時期のはずなんですが…

ちょっと運命的なものを感じましたまる


 面構警視長と塚内警視は、品川区のとある病院の霊安室にいた。

 

「………」

「………」

 

 沈痛な面持ちで見下ろす先には、白布をかけられて眠る警察官の姿があった。顔のそれからはみ出るふさふさとした体毛が、彼も面構と同じ犬頭の異形型だったことを示している。

 

「柴崎……」

 

 彼の生前の呼び名をつぶやく上司の背中を前に、塚内はやりきれない思いに駆られた。面構は猟犬部隊の設立者として、階級の分け隔てなく隊員たちと親しく交わり、信頼関係を築いていたと聞く。若い柴崎も例外ではなかったはずだ。

 沈黙の中で、背後からわずかに光が差し込む。振り返るとほんの少しだけ扉が開かれ、そこから坊ちゃん刈りの童顔刑事が覗きこんでいた。

 

 

 面構をその場に残し、塚内はその若い刑事――森塚とともに場所を移動した。いずれにせよ、霊安室の前で事務的な話はしにくい。

 

「とりあえず現場は鷹野さんとエンデヴァーがまとめてくれてます。鷹野さん、内心じゃ相当堪えてるみたいですけど」

「………」

 

 それは、そうだろう。鷹野には現場の指揮を任せてあった。柴崎を先に警視庁に帰す判断を下したのも彼女だ。無論、それが誤りであったと糾弾するのは結果論でしかない。未確認生命体があの場にいた捜査員やヒーローではなく、わざわざ柴崎を追って手にかけるなどと誰が想定できるだろうか。

 そしていまは、彼女の精神状態のみにかかずらっていることはできない。

 

「"念写"の結果は出たのか?」

 

 この病院には、塚内たちに先んじて"念写"の個性をもつ捜査官が呼ばれていた。柴崎とともに襲われたもうひとりの警官――幸い彼は命に別条なかった――の記憶を読み取り、当時の状況を映像として森塚に見せたのだ。

 

「あとでご覧になると思うんで端折ってお伝えしますけど……ふたりを襲ったのは爬虫類っぽい未確認でした」

「爬虫類?ということは、第8号じゃないのか?」

「はい。柴ちゃ……柴崎巡査の死因も8号被害者とは異なりますし」

「8号以外の未確認生命体が殺人を行ったと……」

 

 そうなると、これまでの仮説が根底から覆ることにもなりかねないが。

 

「しかし、彼のほうは軽傷で済んでいるよな?」

「ええ。映像見た限り、未確認は彼には明らか手加減してました。やっぱり標的は柴崎巡査で、それ以外の殺人は避けたかったんじゃないかと思います」

「そうか……そこは今後の検討課題だな。あと、何か気になった点は?」

 

 訊くと、森塚が人差し指と中指を立てる。無論それはピースサインではなく、

 

「とりあえずふたつですかね。ひとつは未確認がどこから現れたかわからない点。柴崎巡査が車内で匂いに反応、ふたりが車外に出て周囲を確認していたとき、四方どこにも奴の姿はなかった。それが突然、柴崎巡査の目の前に現れた」

「なるほど……もうひとつは?」

「日本語をしゃべっていた点です、それもめちゃくちゃ流暢な」

「!」

 

 B1号――バラのタトゥの女が片言の日本語を口にしたという報告は上がっているし、未確認生命体たちも謎の言語で会話、ないし人間に対して話しかけるそぶりも見せている。だが、性質としては動物に近いと考えられていた彼らの中に、そこまで進歩的な者が存在しているとは。

 しかし価値観の違いが決定的である以上、塚内の胸に去来したのは強い危機感だった。

 

(もしも、奴らが人間社会に完全に溶け込んだら……)

 

 超古代からの長い眠りが醒めて、まだひと月も経過していない。それだけの短期間で完璧に言語を習得できたというなら、数ヶ月、数年と潜伏した個体はどうなるのだろうか。人々の営みに触れて、改心してくれる――そんな楽観的な展望は微塵も抱けなかったし、目の前にいる子供のような外見の部下もまったく同感の表情を浮かべていた。

 

 

 そのころ、面構も霊安室をあとにしようとしていた。柴崎の殉職は、己の感情だけで処理できるものではない。立場ある者として、組織人として、やらねばならない業務がたくさんある。――何より長がいつまでも情に駆られていては、下の者たちに示しがつかない。

 廊下に出ると同時に本部長の顔に戻ろうとしていた面構は、待ち構えていた大柄な青年にいきなり出くわして虚を突かれた。

 

「インゲニウム……なぜここに?」

「森塚刑事に無理を言って、同行させていただきました」

「……そうか」

 

 上司として本当は叱責するべきなのだろうが、まだ本部長に戻りきれていない面構にはそう応じるのが精一杯だった。何より青年の拳は、絶えず震えていて。

 

 刹那、彼が勢いよく頭を下げた。背中が折れてしまいそうなほどに、深々と。

 

「すみませんでした……柴崎さんがこんなことになってしまったのは……自分の、責任です……!」

「……どういうことだ?」

 

 飯田は震える声で打ち明けた。柴崎を先に戻らせるよう進言したのは、他ならぬ自分なのだと。

 

「僕があのとき、あのようなことを言わなければ……。本当に、申し訳ありませんでした……!」

「……インゲニウム、」その肩に手を置きつつ、「それはきみが気に病むことじゃない。無論、鷹野警部補もな。ふつうに考えて、非戦闘員である柴崎を先に戻らせるのは当然の判断だワン。……もっと言うなら、私と塚内管理官のミスだな。アジトを発見した時点で柴崎を戻すよう事前に決定しておくべきだった。それなら未確認生命体に追いつかれることもなかっただろう」

「ですが……!」

「――天哉くん」

 

 なおも言い募ろうとした飯田だったが、唐突に本名を口にされたことで口を噤まざるをえなくなった。そう呼ばれるのは、久しく五年ぶりのことだった。

 

「……柴崎は、同郷の出身でな。先輩である私に憧れたとかで、自ら猟犬部隊を志願して部下になってくれたやつだった。人柄は良いし、能力もある……本当は適切じゃないんだが、正直特別に目をかけていた部分もあったんだワン」

「………」

 

 その気持ちはよくわかった。たった数時間の関係、ほとんど事務的な会話しかしていないが……それでも柴崎の人柄を微笑ましく、快く思ったのだ――飯田も。

 

「そういう未来ある若者に先に逝かれるほど、やりきれないことはないワン。……私に線香くらいあげてくれよ、きみは」

 

 何かをこらえたような微笑みを浮かべてそう言うと、面構は歩き出した。遠ざかる背中に……飯田はもう一度、深々と礼をした。

 

 

 

 

 

 その頃、爆心地とフロッピー、そしてクウガによる共同作戦が開始されていた。

 夕焼けに照らされた荒川の流れを、爆心地こと爆豪勝己の乗るモーターボートが航行している。尾部には人工血液のタンクが設置され、水中に向かってそれらを流し込んでいた。仮説が正しければ、かの未確認生命体は数滴の血を嗅ぎつける。必ずこの船を見つけ出し、襲いかかってくるだろう。

 

(とっとと喰いついてこいや、ピラニア野郎)

 

 一方、青のクウガは川に沿った道路をトライチェイサーで並走している。後部に、フロッピーこと蛙吹梅雨を同乗させて。

 いまは作戦中だ、余計な会話は緊張感を削ぐことになるからすべきでない――そう考えていた出久だったが、未だターゲットの現れる気配がないことから、どうしても言っておきたかったことを口にした。

 

「フロッピー……その、素人の僕がこんなこと言うのもどうかと思うんだけど……」

「ケロ、何かしら?」

「無理は、しないでほしいんだ。率直に言って、僕を盾に使うくらいの気持ちでいてもらって構わない」

 

 クウガの肉体なら、ビランの攻撃を受けても致命傷にはならない。最も装甲の薄いドラゴンフォームであっても。

 蛙吹はそうではない。いくらヒーローで水中適性のある異形型といっても、身体の耐久力は常人のそれでしかないのだ。ビランの牙に噛みつかれたら、ひとたまりもない――

 

 だから彼の念押しは合理的であるように思えた。しかしながら、

 

(……こういうところ、なのかしらね)

 

 並走するモーターボートをちら、と横目で見ながら、蛙吹は異形の戦士に応答する。

 

「ありがとう。でも、水中戦の経験は私のほうが上よ。足は引っ張らないから安心してちょうだい」

「!、あ、足引っ張るだなんてそんな……そんなつもりは……」

「ケロ、わかってるわ。――きっちりサポートしてみせるから安心してちょうだい。この言い方ならいいかしら?」

「う、うん……こちらこそ、足引っ張らないようガンバリマス……」

 

 しゅん、としなだれる背中は、緑谷出久としてはともかくクウガのそれだと違和感が大きい。変身後の姿に関係なく、彼の性根はなんら変わらない証左なのだろうが。

 が、それもわずかの間のことだった。急にはっと声をあげたかと思うと、彼はトライチェイサーを急停車させたのだ。

 

「ケロッ!?……どうしたの?」

「あいつだ……近くにいる!」

「わかるの?」

「ベルトが教えてくれるんだ、間違いない!」

 

 その確信のこもった言動を、信用するほかないと思った。

 

「なら、行きましょう」

「うん!」

 

 

 彼の直感は間違いなく正しかった。彼らが潜水用意を開始してからほどなくして、勝己の操縦するモーターボートが不自然な揺れに襲われたのだ。

 

「ッ!」

 

 転覆せぬよう懸命に姿勢制御をしつつ、勝己は確信していた。何かに取りつかれた。その"何か"がターゲットであることは、間違いない――

 直後、ざばあと音をたて、ターゲット――メ・ビラン・ギが姿を現した。

 

「エモノ、ダァ……!」

「!」日本語に面食らいつつも、「獲物はテメェだピラニア野郎!!」

 

 飛びかかってくるビランの攻撃を躱し、

 

閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 掌からの爆裂は強烈な閃光を放つ。目の前のヒーローについてなんら情報をもたないビランにとって、それは完全な不意打ちだった。

 

「グゥアッ!?」

 

 目を一時的につぶされたビランはうめき声をあげ、よろけながらも闇雲にカッターを振るう。勝己は咄嗟に腕を引いたものの、カッターの先端が二の腕に掠り、白皙から赤い液体が噴き出した。

 

「……ッ」

 

 鋭い痛みが駆け上る。しかしその程度のことは、むしろ彼の戦意を昂ぶらせる材料にしかならない。

 

「ウッゼェな……消えろやピラニア野郎ッ!!」

 

 勝己は本気で、それこそこの場で殺すつもりで次の爆破を放った。視力の回復しきっていないビランはまともにその一撃を浴び、吹っ飛ばされて船から落下した。

 

「チッ……仕留め損ねた」

 

 無論、ビランを仕留めるところまでは彼の任務ではない。舌打ちしつつも操縦桿を握り、勝己は最大速度でその場から離脱した。

 

 

 水中に落下したビランは、この場を離れていくモーターボートをなおも追おうとしていた。ただの獲物を超えて、爆豪勝己個人への執着はいまの一部始終で激しくなった。リントごときが、よくも――

 

 そうして頭に血が上っていたこと、モーターボートのエンジン音に聴覚が占められていたことから、ビランは本当の脅威の接近に気づくことができなかった。

 

「!?、グギャアァッ!!?」

 

 即座に、気づかされる羽目になった。背中に着弾した魚雷によって。

 

「ラダ、ボセバ……!」

 

 振り返ったビランの前に現れたのは、潜水用バックパック――"潜れるくん・試作品バージョン"を装備した青の戦士。

 

「クウガァ……!」

「………」

 

 こちらを睨みつける青い複眼。見慣れないものを背負ってはいても、それを見分けられぬはずがなかった。

 怒れるビランは、彼に標的を変えた。全速力で襲いかかろうと向かっていく。クウガは逃げもしなければ、積極的に応戦もしない。もうひとりの伏兵の姿を、ターゲット越しに捉えていたから。

 "彼女"がやはり潜れるくんから魚雷を発射する。流石にその音にはビランも気づいた。しかし振り返ったときにはもう遅い。身体ごとそうしたことで、今度は胸のど真ん中で魚雷が爆発した。

 

「ガアァッ!?」

 

 そこにはヒーロー・フロッピーこと蛙吹梅雨の姿があった。クウガとフロッピー――ふたりの連携によって、ビランは挟み撃ちにされたのだ。

 

「グ、グウゥ……ッ」

 

 彼はさすがに冷静さを取り戻した。これ以上の魚雷を喰らいたくはない。しかし記憶によれば、あれは避けても追ってくる。ならば、その発射口をつぶすしかない――

 

「グガアァァァァッ!!」

「!」

 

 ビランはそのまま蛙吹に向かって突撃した。装備品は立派でも、彼女はしょせん生身の人間。己が牙やカッターが直撃すれば、ひとたまりもない。

 

(行かせるか!)

 

 そんなことを、彼が許すわけがない。リミッターの外れたエンジンを駆動させ、一気にビランとの距離を詰める。彼が再びこちらに向くより早く接触を遂げると、思いきり羽交い締めにした。

 

「ガァッ、ザバゲェ!!」

「……ッ!」

 

 ドラゴンフォームのパワーでは、そう長くはもたず振り払われる。そうなる前に、さらに。

 

(フロッピー!)

 

 蛙吹と視線が交錯する。感情の表れない瞳で、それでも訴えかける。

 青年の想いを、彼女は感じとった。ビランのボディをロックオン、そして――

 

――ありったけの魚雷を、発射した。

 

 それとほぼ同時にビランはクウガを振り払うことに成功したが、発射を許した時点でもはや手遅れ。

 

「ガッ、グァ、グワアァァァァ!?」

 

 逃げ出そうとしたところに全身に鋼鉄のシャワーを浴び、ビランは悶えに悶える。爆発によって焼け焦げる皮膚の回復が追いつかない。

 だが、蛙吹の攻撃もここまで。いまので魚雷は撃ち尽くした。あとは――

 

(これで……終わりだっ!!)

 

 至近距離を保つクウガが、彼女のそれよりさらに高威力の魚雷を発射した。次の瞬間、水面に激しい飛沫が上がる。

 

 

「ガァ……グ、ウゥ……ッ」

 

 それでもまだ、かろうじてビランには息があった。河川敷に上がり、コンクリートの地面を這いずる。だが、

 

「グッ、グゼグ……ゴセン、グゼグ……!」

 

 魚雷の集中攻撃は、常人より遥かに堅牢なグロンギの肉体すら破壊するものだった。ビランの右肘から先、あの鋭いカッターの生えた右腕が……なくなっていた。

 想像を絶する痛みと精神的ショックに、ビランは這う這うの体で逃走を図ろうとする。しかし次の瞬間、青い残像がその頭上を飛び越した。

 

「逃がさない……おまえは、ここで倒す!」

 

 バックパックをパージしたクウガが、勇ましく叫ぶ。――右腕がちぎれ、苦痛にうめくビランの姿を哀れに思わないといえば嘘になる。しかしここでそんな気持ちに流されれば、対価はもっと多くの人々の命かもしれない。傷つき苦しんでいようが……倒すべき、敵は敵。

 

「グウゥ……ボソ、グ……ボソグゥゥゥ!!」

「!」

 

 何よりビランは、満身創痍でなおクウガを殺そうと向かってくる。残った隻腕のカッターを振りかぶる。が、ドラゴンフォームのスピードをもってすれば、それを躱すのは容易い。クウガは瞬時に跳躍、一旦ビランと距離をとると、偶然そこに落ちていた木の枝を見逃さず拾い上げた。

 クウガのモーフィングパワーが作用し、枝はたちまち変化――ドラゴンロッドとなった。

 

「とどめだッ、――うおおおおおッ!!」

「!」

 

 ロッドを勢いよく回転させたあと、再び高く跳躍――

 

――上空三〇メートルからの急降下とともに、ロッドの先端を勢いよく突き出した。

 

「ガ……ッ!?」

 

 胸にその直撃を受け、ビランの身体が一瞬硬直する。そのまま強く押し出すと、怪物はその場にがくんと膝をついた。胸には、"封印"を意味する古代文字――

 

「ギ、ジャザ……ゴセ、ゲゲルゾ……」

「………」

「ボソグ、ロドド……ボソ……――グワアァァァァァッ!?」

 

 古代文字から走るヒビが、遂にバックルに到達。これまでのグロンギと同じように、ビランの身体は大爆発を起こした。全身の破片があちこちに飛び散っていく。

 

「……、ふう――ッ」

 

 勝利を悟った戦士は、大きく息をついた。犠牲になった71人を忘れてはならないけれども、それ以上は防げた。――"何もできない無個性のデク"のままだったら失われたかもしれない誰かの笑顔を、守ることができたのだ。

 

(クウガになって……よかった)

 

 このときは、心からそう思った。

 

 

 

 

 

 三人が再び合流したときには、既に夕陽も西の地平線へと沈んだあとだった。

 

「お見事だったわ、緑谷ちゃん。犠牲をあれ以上出さずに済んだのは、間違いなくあなたのおかげよ」

 

 幼なじみの同級生だった女性ヒーローの賞賛を受けて、出久は顔を赤らめる。

 

「い、いやそんなこと……。あすっ…つ、梅雨ちゃんとかっちゃんががんばってくれたおかげだよ。僕ひとりじゃ、きっとあいつには勝てなかった」

 

 「ありがとう、本当に」――その微笑には、かつてヒーローに憧れていた少年の面影が色濃く残っていて。何かひとつが違っていれば、この笑顔をもっと早く見られたのかもしれない。ふと、そう思った。

 

 と、少し離れた場所で電話を受けていた勝己が戻ってきた。その表情は、街灯を背にしているために暗く、よく窺えない。

 

「あ、電話、なんだったの?」

「………」一瞬、躊躇いのような沈黙のあと、「こっちの状況を報告した。飯田たちが来るから、テメェはもう帰れ」

「そっか……うん、わかったよ」

 

 飯田はじめ捜査本部の面々はクウガに対して好意的になりつつはあるが、それでも公的な認識としては未確認生命体第4号――緑谷出久という正体を明かすには、まだ時期尚早だと思った。

 

「じゃあ僕、行くね」

「ええ」

「本当にありがとう、あすっ……梅雨ちゃん。僕も精一杯がんばるから、梅雨ちゃんも……いやそんな言い方おこがましいか、なんて言えばいいんだろうか、う~ん……」

「ケロ、その言い方で大丈夫よ」

「そ、そっか。じゃあ今度こそ……またいつか!」

「ええ、またね」

 

 暇を告げた出久は、その童顔をヘルメットで覆い隠すと、漆黒のトライチェイサーを駆って去っていった。

 

「………」

 

 残されるふたり。途端に下りた沈黙の帳を破ったのは、蛙吹だった。

 

「さっきの電話、本当にこっちの状況を報告しただけ?」

「……何が言いてえ」

 

 その言い方の時点で、誤魔化せるとは思っていないのだろう。

 

「ケロ、無理に聞き出すつもりはないわ。機密ということもあるでしょうし」

 

 いくら三年間苦楽をともにした絆があっても、話せないことはある。これからどんどん増えていく。それが大人になるということなのだから。

 しかし勝己は、いたずらにその範囲を広げるつもりはなかった。

 

「……詳しい経緯は省くが、こっちの捜査員がひとりやられた。8号とは別の未確認に」

「!、……そう、だったの」

 

 蛙吹はそれ以上何も言えなかった。人が死んだという事実に、どんなことばも虚飾にしかならない。

 

 同時に、ひとつ疑問が湧く。

 

「緑谷ちゃんには、どうして伝えなかったの?」

「………」小さく溜息をついてから、「……あいつにはかかわりのねえ案件だ、あっちのことは。伝えてどうこうなるもんでもねえだろうが」

 

 確かに、そのとおりだ。でも蛙吹は、それだけだとは思わなかった。

 

「爆豪ちゃん……あなた、」

「……ンだよ」

「切島ちゃんの性格、少しうつったんじゃないかしら?長く一緒にいすぎて」

「は?」

 

 しばらく呆気にとられたような表情を浮かべていた勝己だったが、今度は盛大に溜息をついた。

 

「バカ言ってんじゃねえぞ」

「ふふ。――ケロ、そろそろ私も戻るわ。同僚がうずうずしてるようだし。またね、爆豪ちゃん。飯田ちゃんによろしく」

「……あぁ」

 

 なんの未練もないかのように、くるりと踵を返して去っていく。

 

「またな、梅雨……ちゃん」

「!」

 

 蛙吹が振り返ったときにはもう、彼もこちらに背を向けていた。お互いにそれ以上、ことばはいらなかった。

 

 

つづく

 




塚内「未確認生命体関連事件合同捜査本部、管理官の塚内直正です。あいつらに殺された被害者は今回までで211人。こんな事件、一刻も早く解決しなきゃならない――俺たち警察官はそうやって前を向き続けるしかないんだよな。でも、遺族は?大切な人を理不尽に奪われた怒りや哀しみ、憎しみ……それをどこに、誰に、何に向ければいいんだろう?」

EPISODE 11. 少女M

塚内「プルス・ウルトラ!……なんて、歳とると簡単に言えなくなるもんさ。それを笑顔で言えちまうのが、ヒーローってやつなんだろうな……」


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EPISODE 11. 少女M 1/3

お気に入りがなんと1000件を突破しました!バーも相変わらずマイティのように真っ赤っ赤で本当に嬉しいです!皆さん応援ありがとうございます!!
大晦日に893で祝って間もないのがアレですが

4ケタともなると…こう、迫力が段違いな気がします(錯乱)


 未確認生命体第4号ことクウガは、何もない空間に向かって拳を振るっていた。漆黒のそれが突き出される度、狭い密室に旋風が巻き起こる。

 

「はッ……く、はぁッ!!」

 

 その荒ぶった息づかい、時折見せる敵の攻撃を防ぐような動作は、戦闘訓練にしてはあまりに真に迫りすぎている。それもそのはず、ヘッドギアを装着した彼の視界には、かつて敵連合が使役していた()人・"脳無"の姿が映っていた。

 

「くっ……で、やあッ!!」

 

 リアルな幻影と懸命に戦うクウガ。しかし必殺の跳び蹴りをぶつけ、目の前の脳無が吹き飛んだところで、唐突にその姿がかき消えた。グロンギたちのように爆発したわけでもなく、フッと消え去ったのである。

 

「あ、あれ……」

『お疲れさまでした、緑谷さん。これにてシミュレーションしゅーりょーですっ!』

 

 インカム越しに、有無を言わせぬ無駄に明るい声が響く。どっと疲労感を覚えながら、ヘッドギアを外すとともに彼は変身を解いた。

 すっきりした本来の視界のど真ん中に、防護ガラス越しにサムズアップを見せつける白衣の女性が映る。その姿を認めて、青年は乾いた笑みを浮かべるほかなかった。

 

 

「いや~今日はありがとうございました緑谷さん!おかげでい~いデータがとれましたよぉ!!」

「は…ハハ……それはどうも……」

 

 握手した手をぶんぶん振り回されると、いくら初心な彼でも照れるどころではない。相変わらず白衣の下は露出度が高いので、そこからはなるべく目を逸らすが。

 

 

――そもそも、緑谷出久がなぜ幻もといバーチャルの脳無と戦う羽目になったのか。それはいま現在やたら上機嫌な彼女、発目明たっての頼みによるものだった。

 そもそも彼女は"総務部付特別研究員"という肩書きからわかるように、本業を別にもちながらスカウトされた人間である。警察上層部肝いりの新プロジェクトの開発担当として、奇抜ながら質の高いヒーロー向けサポートアイテムを次々生み出してきた実績が見込まれたのだ。

 

 そのプロジェクトを完遂するために、クウガの戦闘データが必要――ということで、出久は時間をつくって科警研に通ってはバーチャル脳無と戦い、事件が発生すれば未確認生命体と死闘を繰り広げる日々を送っている。もとはいち学生であることを思えばかなりハードだが、当の本人は満更でもない。マーシャル・アーツの教練と並んでよい戦闘訓練になっているし、何より市民を守るためのプロジェクトに貢献できるというのが嬉しかった。

 

(ヒーローも警察も、こういう裏方の人たちも……みんな一生懸命がんばってくれてるんだ。僕もがんばらないと!)

 

 発目と別れ、そう意気込みながら科警研を出る。トライチェイサーに跨がろうとしたとき、電話が鳴った。発信者は――沢渡桜子。"裏方の人たち"の中では、最も出久と親しい女性だ。

 

「はい、もしもし」

『もしもし。おはよう出久くん、起きてた?』

「あはは……バリバリ起きてた。いま科警研出るとこだったんだ。さっきまで発目さんの研究に協力してて」

『そっかそっか、お疲れさま。疲れついでで悪いんだけど……これから大学来られる?』

「あ、うん、大丈夫だよ。じゃあ一時間後くらいに行くね」

『わかった。コーヒー補充して待ってる』

 

 そんなやりとりで通話を終えたあと、出久は改めてトライチェイサーのグリップを捻り、城南大学へ向け走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 都内某所。休園中の植物園に、ふたりの男の姿があった。

 ひとりは長い茶髪にサングラス、メッシュのタンクトップという恰好の大男。もうひとりは、グラデーションの派手なストライプシャツを纏い、額にゴーグルをかけた推定年齢十代前半の少年。揃って奇抜な装いである。

 不審な取り合わせのふたりは花々に囲まれた温室内の地べたに座り込み、携帯ゲームに興じていた。

 

「あっ、バヂス違うって!そっちじゃねえ、左だ左!ちょっ、なんで割り込んでくんだよ!?」

「???」

 

 少年の慌てた怒声に、バヂスと呼ばれた男はうまく対応できない。結局その操作の拙さが原因となって、ほどなくふたりのゲーム機の液晶に"GAME OVER"の文字が躍り出た。

 

「……ラベダ」

「ハァ~……」少年が溜息をつきながらゲーム機を放り出す。「やっぱオレらに協力プレイは無理かぁ……」

 

 他のゲームにしようかと少年がズボンのポケットを物色していると、不意にむせ返るような薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

 ほとんど同時に顔を上げたふたりが見たのは、白い薔薇のタトゥを額に印した美女の姿だった。続いて、右腕にカマキリを模ったタトゥの美女、黒づくめのコートの男がやってくる。

 

「ザジレスゾ、バヂス」

「!」

 

 バラのタトゥの女のことばに、バヂスは弾かれるようにして立ち上がった。手放されたゲーム機がゴトリと音をたてて地面に転がった。それを拾いつつ、少年――ガルメが不服そうな表情を見せる。

 

「チェッ……ほんとならオレ、ビランの次にやれてるはずだったのに」

「自業自得だろう」ショートカットの女が冷たく突き放す。「ゴラゲパ、スススギザンゾギダンザバサバ」

「だからぁ、あんな犬頭がまさかリントだとは思わなかったんだって!」

「リゲグギダボドゾ……――いずれにせよ、おまえのゲゲルはしばらくお預けだな」

 

 ガルメと女が不毛なやりとりを繰り広げている間に、バヂスは黒づくめの男――ゴオマから算盤のようなボードを受け取っていた。

 

「ガダサギ、ギドドゾバ……」

「バンビンビグス?」

「ウム……」珠を弾きながら、「バギングズゴゴ、ジバンゼバギング、バギングパパンド……バギング、ズガギビンザ」

「うわっ、いろいろ中途半端!」

 

 ガルメが冷やかすが、相変わらず日本語の理解があまり進んでいないバヂスに対して挑発の効果は見込めなかった。

 

――いずれにせよ、次はこの大男……メ・バヂス・バによる殺人劇が始まる。標的たる人々が誰ひとり気づくことないままに、その幕が上がったのだった。

 

 

 

 

 

 警視庁の小視聴覚室に、ふたりの若いヒーローの姿があった。

 

「………」

 

 爆心地とインゲニウム。彼らが渋い表情でともに見つめるのは、プロジェクターに映し出された凄惨な映像。巨大な漆黒の影が、悲鳴をあげて逃げまどう人々を容赦なく蹂躙し、殺戮する。

 そして、ベルト状の装飾品を思いきり振り上げ、

 

――クウガ……!

 

 そのとき、不意にインゲニウム――飯田天哉が、ぽつりとつぶやいた。

 

「……第0号。現状、この映像以外に何も手がかりがないとは……」

 

 一番初めに人類の前に姿を現した未確認生命体――それが第0号だ。そしてそれは恐らく、偶然ではなかった。

 

「遺跡の南東にある滝の近くに、集団の墓みてぇなモンが見つかった。そこから奴らが甦った。いや……恐らく0号に復活させられた」

「……二百体以上も、か」

 

 調査により、既に未確認生命体の封じられていた場所は発見されている。――最低でも二百体を超える未確認生命体がそこから復活したことが、確実となってしまっていた。

 

「奴らの復活から一ヶ月弱……その間確認された未確認生命体が第2,4号を除いて十二体。そのうち我々の手で倒したのは一体のみ……」

「アレは倒したうちに入んねーだろ。いきなし自爆したんだからよ」

「ああそのとおりだ!不甲斐なさすぎるっ、あまりにも!!」

「………」

 

 結局、先日のアジトへの突入作戦も、数々の遺留品と引き換えに捜査員一名の犠牲を出して終わった。成果と代償を思えば、失敗と言わざるをえない。

 飯田が歯を食いしばるなか、映像はいよいよクライマックスを迎える――というところで、背後の扉が開いた。

 

「おふたりさーん」

「!」

 

 振り向けば、そこには小柄な人影。顔は影になっていてわからないが、シルエットで十分判別できた。

 

「森塚刑事……おはよう、ございます」

「うん、おはよ。0号のヤツか……ヤなスナッフフィルムだよね、マジで」

「……なんか用すか?」

 

 やや不機嫌な声で――いつものことだが――勝己は訊いた。軽薄な態度をとる青年ではあるが、人の気持ちを慮らずに茶化すような人間でないことは間違いない。

 実際彼がここに来たのは、重大な要件があったからだった。

 

「出動要請だ。確定はしてないけど、奴らの起こした事件かもって」

「!、了解しました。爆豪くん、行こう!」

「るせぇな、耳許ででかい声出すなやメガネかち割んぞ」

 

 もとの純白に戻ったプロジェクターに背を向け、ふたりのヒーローは動き出した。

 

 

――のだが。

 

 会議室の前にたどり着いたとき、彼らは応接スペースに気になる人影を認めた。

 ひとりはこの捜査本部のNo.2である塚内直正警視。向かい合うように座り、何かを懸命に訴えている彼と同年代の女性には見覚えがなかった。無論、その隣に座る中学生くらいの少女も。どことなく顔立ちが似ていることから、ふたりが母娘であることくらいは想像がついたが。

 

「ありゃ……まだいるよ」森塚が小声で毒づく。

「あの方たちは?」

「まさしくさっききみらが観てた、0号被害者……城南大学の夏目教授の奥さんと娘さんだよ。0号の捜査、早く進めてくれってさ」

 

 「お気持ちはわかるけどねえ」とつぶやきつつ、森塚は辟易したような表情を浮かべている。その捜査を迅速に進めるために、うちの管理官を長時間拘束するのはやめてほしい――そういう気持ちなのだろう。あいにく今日はトップの面構本部長が出張で不在だから、尚更だ。

 と、真摯な表情で未亡人の主張に耳を傾けていた塚内が、勝己らに気づくや「あ」とこれみよがしに声をあげた。

 

「ちょうどよかった。彼……爆心地は考古学研究室の担当の方と面識があります」

「は?」

 

 いきなり矢面に立たされて呆気にとられる勝己のもとにすたすたと歩み寄ってくると、塚内は困ったような笑みを浮かべて耳打ちしてきた。

 

「えっとね、彼女たちは夏目教授の――」

「それは僕が説明いたしゃしたー」森塚が小声で割り込む。

「なら話は早いな。おふたりが持ってきた教授の遺品に、九郎ヶ岳からの出土品らしきものがあってね。それを研究室に持っていってもらうのに、きみに同行してもらいたいんだ」

「ア゛ァ!?なんで俺、が……」

 

 声を荒らげかけた勝己は、夏目母娘がこちらを不安げな表情で窺っているのを見て口を噤まざるをえなくなった。

 その隙を突き、塚内はさらに畳みかけてくる。

 

「研究室の、確か……沢渡さんか、彼女とパイプがあるのはきみだけだろう?4号ともそうだし。だったらきみに話を通してもらうのが一番手っ取り早い。分析結果も直接聞けるしな」

「ッ、未確認は!?」

「まだ捕捉できてないから、すぐにすぐ戦闘という状況じゃない。無論、進展があればその都度連絡させる」

「~~ッ」

 

 勝己はぎりぎりと歯を食いしばったが、目の前の男に頑なに逆らうとあとあと厄介なことになりそうだった。――何より、未亡人と父を喪った娘……ふたりの女性のどこか縋るような視線を捨て置くことはできそうもなかった。仮にそうしようとすれば、飯田が「ヒーローとしてふさわしくないぞ爆豪くん!!」とでもどやしつけてきただろうが。

 

 

――そうして数分後。母娘を後部座席に乗せ、勝己は覆面パトカーを運転していた。

 

「………」

 

 仏頂面で運転手を務める若手実力派ヒーローに対し、背後から未亡人がおずおずと、

 

「あの……すみません、お手間をとらせてしまって」

「……謝んないでください。今さらンなことされてもどうにもならないんで」

 

 申し訳ないと思うなら、あの場できっぱり遠慮してほしかったものだ。さすがにそこまでは言わないが、よほど鈍い人間でもない限り伝わるニュアンスだった。実際、彼女は「そうですね……すみません」ともう一度謝罪のことばを述べたきり黙りこんでしまった。

 

「………」

 

 再びの沈黙の中、バックミラー越しに睨みつける少女の瞳が目に入った。いまの態度が気に入らない――それだけでないことは容易に察しがつく。

 

 ゆえに勝己は気づかないふりをして、運転に集中することにした。

 

 




キャラクター紹介・リント編 ゲヅン

麗日 お茶子/Ochako Uraraka
個性:無重力(ゼロ・グラビティ)
年齢:20歳
誕生日:12月27日
身長:158cm
血液型:B型
好きなもの:星空・和食(特におもち。食べること全般好き)
個性詳細:
触れたものの引力を無効化……つまり無重力下と同じ状態にすることができるぞ!人でも物でも対象は問わないが、数や重さには許容値がある。それを超えるとオロロロロロ……。自分自身も浮かせられるけど、負担が大きくやっぱりオロロロロ……。とはいえ高校時代から続けてきた訓練、何より吐いたらもったいない精神のおかげで嘔吐することは劇的に減っているぞ!
レスキューヒーローなので主に瓦礫などの除去に役立っているが、工夫によっては戦闘でも十分に活躍できる、かなりポテンシャルの高い個性だ!

備考:
ヒーローネーム"ウラビティ"。都内に拠点を置くレスキューヒーロー・ブレイバー事務所に所属している。
わりとヒーローらしからぬほんわかした性格だが、良くも悪くも男っぽい一面も。特に料理は無骨。あと家庭の事情から貧乏性&おカネにうるさいところも。
そんな彼女だが根は純粋!出久のことばに励まされ、彼を慕ってポレポレでアルバイトを始めた!慕って、のレベルは日々上昇中……果たして!?

作者所感:
原作の正ヒロインちゃん。またの名をゲロイン……銀魂の神楽との共演が待たれますね。
梅雨ちゃんもそうなんですけど、良くも悪くも裏表ないところがいいなーと思います。ヒロインなんだけど、男友達っぽさもあるというか。出久と並んでるとすごい癒されるんだなあ……。


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EPISODE 11. 少女M 2/3

ほぼ原作第7話(傷心)が元になってる本エピソード

シーン再現のために何度も細かく細かく観返していると「アレ?」って部分がところどころ出てきたりしますね
一番気になったのはp.m.00:22事件発生→五代&一条科警研で連絡を受ける→p.m.00:37事件発生、その場に駆けつけて戦闘開始、と15分で千葉県柏市から葛飾区まで移動してたことです
…いや、そもそも事件発生から通報→一条さんに伝わるまでどんなに迅速でも数分はかかるでしょうから、10分弱で移動したことになるのか。クウガとトライチェイサーの最高速度ならギリギリ可能かもしれませんが、パトカーの一条さんが同行していた&五代が駆けつけた時点でまだ変身前だった、などを考えるとちょっと無理がある気がします

細かいところまで行き届いてる作品なだけあって、こういうことがあるとかえって目についてしまうわけですが……18年間そんなことには気づかないくらいオモシロイ!とフォローしてみるテスト(死語)


 品川区東大井のとあるビルの裏手。そこが事件現場だった。

 飯田天哉が森塚らとともに到着したときには、既に遺体にブルーシートがかけられていた。その横には倒れた自転車。被害者は自転車に乗った状態で急襲されたのだろうか――瞬時にそんな推測が浮かんだ。

 彼とともに手を合わせてから、しゃがみこむ。と、そばにいた鑑識員が「ここを見てください」と促してきた。

 

「頭頂から入った何かが心臓を一瞬のうちに通過した挙げ句、大腿部から抜けています。つまり、頭から脚に……ほぼ垂直に」

「垂直……しかし、一体何が抜けたと?」

「まだなんとも……。少なくとも弾丸のようなものは見つかっていません」

 

 つまり、飛行能力の個性をもったヴィランによる銃撃などではない――それゆえ未確認生命体事件の可能性ありと判断されているのだろう。目撃情報などもいっさいなく、いずれも確定とはいえないのが歯がゆいところだった。

 

「空飛ぶ未確認……だとしたら、ゲロ厄介だね。高度にもよるけど」

「……ええ」

 

 ふたりが難しい顔で空を見上げていると、別の鑑識員が何かを発見したようだった。意識を地上に戻して、駆け寄る。

 

「どうしました!?」

「いや、この穴なんですが……」

 

 遺体のすぐ横。固いアスファルトの地面に、指二本ほどの直径の穴が開いている。まったく不自然……とも、言いきれないものだが。

 

「森塚刑事、」

「うん。とりあえず、鷹野さんに見てもらおう」

 

 この穴の中に、被害者を殺した"何か"の手がかりがあるかもしれない――ほどなくして、鷹野警部補の"ホークアイ"によりその予感は現実のものとなった。

 

 

 

 

 

 そのころ、まだ事件発生の報に接していない出久は城南大学考古学研究室にてひと息ついていた。ほろ苦いインスタントコーヒーを流し込みつつ、道中買ってきたドーナツの甘みを楽しむ。朝から戦いに明け暮れ、疲れた身体にはこれ以上ない薬となりそうであった。

 と、横から桜子が尋ねてくる。

 

「私ももらっていいの、これ?」

「ん、もちろん。さすがにひとりじゃ食べきれないよ、こんなに」

「そう?いまの調子だと出久くん、全部食べ尽くしそうな勢いだけど」

「そ、そうかな……アハハ。最近すぐお腹すくんだよね……今日も朝ごはんしっかり食べてきたんだけど」

 

 とりあえずプレーンシュガーのドーナツを摘まみつつ……それはそうだろう、と桜子は思った。毎日未確認生命体が出現するわけでないにしても、彼はマーシャルアーツ・クラブの教練に科警研でのデータ採取と毎日戦っている状態である。他にも心操と一緒にランニングやウェイトトレーニングにも励んでいるようだし、エネルギーの消費量は尋常でないに決まっている。

 ただ、

 

「ある程度計算して食べないとだめだよ、出久くん。動いてるうちはいいけど、仕事始めて動く機会なくなると途端に太ってくる人多いみたい。消費カロリーが減ってるのに摂取カロリー据え置きじゃ、当然なんだけどね」

「うっ……」

 

 自分の成長とともに母も横に育ってしまったことを思い出し、出久は渋面をつくった。何個か目のドーナツへ伸ばした手が自ずから止まる。

 

「……あとはこれ、研究室の皆さんで分けて」

「じゃ、ありがたく♪ところで、そろそろ本題入る?」

「う、うん、そうだね。解読のほう、何か出たの?」

 

 研究室に呼ぶということは、そういうことなのだと思った。実際、桜子はこくんとうなずき、

 

「出ましたよー、ゴールデンウィーク返上でやってる甲斐があったってもんよ」

「それはどうも……いつも助かってマス」

「どーいたしまして。オホン、えー、解読完了したのはとりあえず一個かな。出久くん待望のクウガの新しい形態について」

「!、ほんと!?」

 

 彼女の使用しているデスクトップに誘われる。最後のひと口をもっしゃもっしゃと咀嚼しながら、出久は液晶を覗きこんだ。

 

「どんなの?」

「ちょっと待ってね……あった、これこれ」

 

――邪悪なるものあらば、その姿を彼方より知りて、疾風のごとく邪悪を射抜く戦士あり。

 

「射抜く、戦士……」

「前に出久くんが言ってたとおり、飛び道具を武器にした形態じゃないかな。弓矢とか」

「……なるほど、」出久はさらに考える。「ひと口に飛び道具っていっても武器の性質によって戦い方は変わってくるよな、ガンガン連射できるのか一発必中タイプなのか……前者なら多少力任せでもいいけど後者だとすると難しいぞ、そもそも彼方より知りてってことは感覚がより強化されてそうだ、それだけ神経使うってなるとここぞってときじゃないと使いにくそうだけど……待てよ、飛び道具ってなると何変形させりゃいいんだ銃とかか、かっちゃんや警察の人から借りられれば……でもそう簡単に貸してくれるとは思えないし特にかっちゃん、とんでもない交換条件突きつけられそうな……水鉄砲でも持ち歩くしかないか、見栄え悪すぎな感もあるけどそんなこと気にするのもどうかと思うし……ブツブツブツブツ」

 

 また始まった、と桜子は思ったが、今回は止めなかった。碑文の少ないヒントから自分なりに戦い方を見極めているのだ、いつまた実戦となるかわからない以上、自由にさせてやるほかあるまい――

 

 が、ほどなくしてそれは別の要因によって阻害されることとなった。扉がドンドンと強めにノックされたために、出久は我に返らざるをえなくなった。

 扉が開き現れたのは、

 

「あれ……かっちゃん?」

 

 ノーネクタイの背広姿という、刑事――それもマル暴を思わせるいでたちの爆豪勝己。彼は幼なじみの姿を認めた途端、露骨に眉を顰めてチッと舌打ちをした。出久は苦笑しつつ、それが勝己語の「おはよう」なのだと解釈することにした。

 しかし、客人は彼だけではなかった。

 

「……失礼します」

「………」

「!、あ、夏目先生の……」

 

 桜子には見覚えのある母娘。彼女たちもまた、夫(父)の通夜に参列してくれた桜子のことは記憶しているようだった。

 

「その節はどうも」

「い、いえっ、どうぞ……あっ、すみません散らかってて!」

 

 やや慌てぎみに、桜子は資料のレジュメや書籍で散らかった丸テーブルを片付け出した。出久も積極的に手伝う。まったくその気がなかった勝己は、すぐそばに立っていたことが災いして本を押しつけられてしまった。桜子相手にはどうも強く出られず、勝己は渋々出久と共同作業をする羽目になった。

 ほどなく片付け作業が終わり、夏目母娘は椅子に腰掛けた。――陰鬱な雰囲気が、場を包み込む。彼女たちは大切な家族を失って間もなく、そんな人たちに出久も桜子もかけることばをもたない。

 ただ、出久は、

 

(この娘……)

 

 あの通夜のときのことを、忘れるはずがなかった。外で待っていた出久。そこに飛び出してきた少女。――彼女が見せた、涙。

 それを目の当たりにして、もう誰かの涙を見たくない――みんなの笑顔を守るんだと、そう誓ったのだ。

 

 出久がその一部始終を回想していると、不意に少女が顔を上げた。視線が交錯する。出久はぎくりとしたが、目を逸らすのも年長者としてどうかと思い慌てて「こっ、こんにちは」と声をかける。が、返ってきたのは小さな会釈だけだった。

 

「あっ、その貝、きれいだ……ね?」

「……ありがとう、ございます」

 

 大切そうに身につけた桜色の貝をちりばめたミサンガを褒めると、ようやく少しだけ表情がほぐれる。出久はほっと胸を撫でおろした。

 

 と、その横で桜子が母のほうに問いかける。

 

「あの……今日はどうされたんですか?というか、どうして爆心地と?」

「こちらへ伺う前に警視庁の捜査本部のほうへお願いをしに参りまして。第0号の捜査のことで」

「あぁ……」

「それで、爆心地さんにはお忙しいなか送っていただいて。沢渡さんとはお知り合いだとか?」

「えっ、ええ……まあ、一応」

 

 今度は桜子と勝己の間に微妙な空気が漂う。後者はともかく、前者のわだかまりはまだ完全に解消しきれたわけではないのだった。

 

「実は、主人の遺品を整理していたら、出土品らしきものが出てきまして……――実加、」

 

 実加と呼ばれた少女が、抱えていた小箱をテーブルに置き、開いた。現れたものに、出久は思わず目を見開く。

 

「これ、って……」

 

 それは金属器らしき五角形の塊だった。しかし、その中心には鮮やかなエメラルドグリーンの宝石のようなものが埋め込まれている。目の当たりにした瞬間、出久は下腹部の奥がどくんと疼き、熱をもつような錯覚に襲われた。

 一方、桜子もまたそのオブジェクトに既視感があるようだった。

 

「あ……これ、九郎ヶ岳の!」

「はい。もし皆さんの研究に必要なものでしたらいけないと思って……お役に立ちますでしょうか?」

 

 なぜか出久のほうに視線を移して訊いてくる。まさか「ここの人間じゃないのでわかりません」とも言えず、出久はぶんぶんうなずくほかなかった。

 その光景を傍観していた勝己が、ようやく声をあげた。

 

「……捜査本部としては、これまでの出土品と合わせて早急に調査を願いたい、そうです」

「あぁ、はい……。えっと、じゃあ担当者を呼んできま――」

 

 桜子がこの部屋を出る必要はなかった。その"担当者"が、タイミングよく入室してきた。

 

「オハヨウゴザイマス」

「ジャン先生!えっと、こちらが現在発掘調査を担当してるジャン・ミッシェル・ソレル先生です!」

 

 現れた背の高い白人男性をそう紹介する桜子。ジャン本人は状況が把握できておらずきょとん顔である。

 そこに、さらに実加が駆け寄る。

 

「あの、これ!」

「What?――!」ジャンの目の色が変わる。「コレ、ひょっとして九郎ヶ岳ノ!?」

「は、はい、父の遺品から……」

「オウ、夏目教授の娘サンだネ!発掘終わってワンパーツだけ出てこなくテ困ってたヨ!コレ出てきたらモー最高、スバラシーネ!アレ、無事完成するネェ!」

 

 思わぬ"発掘"がよほど嬉しかったのか、声のトーンが一段上がっている。文字どおり最後のワンピースが揃わず苦労していたジャンだから、それを知っている桜子には理解できる反応ではあったのだが、

 

「ちょっと、ジャン先生……」

 

 彼の歓喜は、さすがに場違いな反応と言わざるをえない。小声で窘められても、少年の性質を色濃く残すこのフランス人学者は止まらない。

 

「コレホントニ大発掘ヨ!学会デ発表したらボク世界じゅうで有名人、ソレくらいスゴイものヨ、コレ――」

 

 興奮しながら小箱へ手を伸ばすジャン。そのとき、

 

「触らないでっ!」

 

 激しい拒絶のことばとともに、実加が後ろに退いた。自分に対して向けられたわけでもないのに、出久は冷えた空気にぶるりと身を震わせる。

 

「どうして?どうしてそんな、何もなかったみたいな言い方するの?未確認生命体の何か手がかりになるかもって思ったのに……みんなそんなのどうでもいいみたいに!」

「そんなことないよ!」

 

 桜子が宥めようとするが、一度爆発してしまった激情はもう収まらない。

 

「捜査本部だってっ、0号のこと全然調べてくれないじゃない!」

 

 その矛先は、今度は勝己に向けられた。切れ長の紅い瞳を睨みすえる。

 目を逸らす、気まずげに。ふつうの大人なら、どうしてもそういう反応になるところだろう。だが勝己はそうではない。まっすぐ睨み返し、ふつうの大人なら思ったとて絶対口にはしないことを躊躇なく言い放つ。

 

「当たり前だろうが、ンなもん」

「――」

 

 空気が、凍りつく。実加本人もまた、信じられないという表情で絶句していた。

 それでも構わず、勝己は続ける。

 

「未確認はいま二日に一匹のペースで現れてる。そのたび何十人も死んでんだぞ。あれきり行方もわからねえ0号の捜査に人員つぎ込む余裕なんかねえんだよ」

「そんな……!」

「ンなご不満なら"ヒーローの皆さん、どうか0号を倒してください"って涙ながらに訴える動画でもネットにあげたらどうだ?乗ってくるヒーローもいるだろうよ、なんせ名を売りてえ奴らは腐るほどいる。ま、その程度の連中がしゃしゃり出てきたところで成果が上がるとは到底思えねえけどな」

 

 冷酷なことばを演説のようにすらすらと言いきると、勝己はぴたりと黙りこくった。反論があるなら受けつけてやる、とばかりに。警察官も、ヒーローにも犠牲が出ている――未確認生命体のニュースに敏感になっている実加が、そのことを知らないはずはない。ゆえに、理のある反論などできようはずもない……。

 でも、理屈ではなくとも、父を理不尽に亡くした少女の感情がそう簡単に納得できるわけがないのだ。

 

「お父さんは……」

 

 

「お父さんは、死んだのにっ!」

 

 涙ながらにそう叫ぶと、実加は扉を押し開けて走り去っていく。我に返った母――倫子があとを追おうとするが、そのときにはもう少女の姿は廊下にはなかった。

 

「……ッ」

 

 また、実加の涙を目の当たりにしてしまった。しかもそれを直接的にもたらしたのは、ヒーローであるはずの幼なじみ。呆然としていた出久の心が、ふつふつと煮えたぎってくる――

 

「っ、かっちゃん……!」

 

 出久が抗議をしようと詰め寄る。しかしそれより先に、ぱしんと乾いた音が響く。

 

「え……?」

「……!?」

 

 勝己の真正面に、桜子が立っている。そのきれいな右手の形そのままに、勝己の白い頬が赤く色づいていた。

 

「なんでああいうこと平気で言えちゃうわけ!?信じらんない!!」

 

 桜子の怒声が室内に響き渡る。叩かれた張本人である勝己はもちろん、出久もジャンも夏目倫子も、唖然とその姿を見つめていることしかできない。

 奇妙な静寂に包まれた室内に、不意に携帯の電子音が鳴り響く。それは勝己の背広のポケットを音源としていた。彼は呆然としたままそれを取り出し、

 

「……俺だ」

「………」

 

 電話越しの声から察するに、相手はどうやら彼の同級生ヒーロー――インゲニウムこと飯田天哉のようだった。「あぁ」「おぉ」「そうか」――しばらくそんな相槌を続けたあと、勝己は「わかった」とだけ告げて電話を切った。

 

「ふうー……」海より深い溜息をつくと、「……デク、来い」

「!、う、うん」

 

 自分だけ外に連れ出される。その理由はひとつしかない。

 

「奴ら?どこ?」

「事件現場は複数だ、距離も相当離れてる。やった奴の目撃情報は一切ねえ……空を飛ぶ未確認らしいからな」

「空を飛ぶ……」

 

 出久がその部分を復唱していると、勝己の携帯が再び鳴った。今度はメールだ。

 

「……見ろ」

「!」

 

 画面を見せつけてくる。そこにはメールが添付された画像が映し出されていた。巨大な針のような物体。隣には比較用なのか腕時計が置かれているが、長さ太さともにそれより巨大な代物だった。

 

「被害者のすぐそば……アスファルトの下から出てきたらしい。これが凶器だ」

「こんなものが……」

「頭から入った針が脳を傷つけると同時に、猛毒成分を浸透させて完全に機能を停止させる、数ミリ秒の間にそれを為したのち、大腿部から抜けたと思われる……」勝己がメールを読み上げる。「だとよ」

 

 ヴィランの個性としては、あまりに凶悪すぎる。蜂の能力をもった未確認生命体――と、出久は考えた。

 

「針の放たれた高度は千から二千メートルの間だ。デク、青でそこまで跳べるか?」

「えっ!?……い、いや、さすがにそこまでは」

 

 そこまでいくと、"跳ぶ"というより"飛ぶ"になってくる。できる範囲でドラゴンフォームの能力を試行してみたこともあるが、十階建てビルの屋上くらいまでがせいぜいだった。

 勝己も駄目もとで訊いただけらしく、鼻を鳴らしながら「そうかよ」とだけ返す。

 

「ただ……」

「あ?」

「さっき沢渡さんに聞いたんだ。クウガのもうひとつの形態、やっぱり飛び道具を使うみたいだって。それで、その、お願いがあるんだけど……」

「……言ってみろ」

 

 一応、聞くだけ聞いてやるという態度の勝己。先ほどの一件で不機嫌なこともあり、表情はいつにも増して険しいが。

 それでももう後戻りはできないと、出久は思いきって両手を合わせた。

 

「籠手を片方、貸してほしいんだ。遠距離からの爆破に使ってるわけだし、銃とか弓矢とかに変形させるイメージがしやすいと思うんだ、だから……」

 

 お願いします、と出久が頭を下げようとした瞬間――上着の襟をぐい、と引っ張られた。見開かれた血のいろの眼が、間近に迫る。

 

「……言ってる意味わかってんのか、テメェ」

「……ッ」

 

 わかっている。――出久の頼みは、仮に聞き入れられれば勝己の戦力を大きく削ぐものにほかならない。無論、籠手がなくとも爆破自体はできるし、そもそも片方だけだ。戦えなくなるわけではない。

 

 だが、出久が戦士となったように、勝己もまた戦士――ヒーローだ。戦うための力を自ら奉呈しろと言われて、はいそうですかと受容できるはずがない。ただでさえ彼はいま、エベレストより高いプライドを抑えて、色々なことを堪えて生きているのだから。

 

「わかってる……でも、わからないことだらけなんだ、まだ……。だから少しでも、未確認を倒せる確率を上げたいんだ……!頼む、かっちゃん……!」

「………」

「も、もちろんタダでとは言わないから……ッ」

 

 駄目押しに放ったひと言だったが、意外にもそれで出久は解放された。かなり乱暴に押しやられ、床に尻餅をつく結果にはなってしまったが。

 

「い、痛つつ……」

「……調子に乗りやがって、クソナードの分際で」

 

 こめかみを引きつらせながらそう吐き捨てると、かの爆ギレヒーローは出久に背中を向けた。――了承してくれた……と捉えていいのだろうか。

 

「おいデク、"タダでとは言わない"……っつったよな?」

「へぁ!?あ、は、ハイ……言いました……」

 

 そこを認めなければ話が振り出しに戻ってしまうので、出久はうなずくほかなかった。

 

「な、何かしてほしいこととか……あり、ますか……?僕にできることならなんでも……」

「……少し考えさせろ」

「あ、うん、わかっ――」

「テメェのキン○マ片方消し飛ばす以外に思いつかねえからな……いまは」

「」

 

 聞き間違いだろうか。そう思いたかったけれども、出久の脳はあいにくはっきりそのつぶやきを認識していて。それが冗談ではないことも。

 色々と思うところ、言いたいことはあったが、ただひとつ。

 

(こんなヒーロー、見たことない!)

 

 

 無論、悪い意味で。

 




第8号(ピラニア種怪人 メ・ビラン・ギ)と第14号(ハチ種怪人 メ・バヂス・バ)の間に倒されたグロンギ達↓

第9号(アンコウ種怪人 メ・アゴン・ギ)
→マイティフォームに倒される
第10号(ムカデ種怪人 メ・ムガド・バ)
→爆心地らと交戦中、突如爆発(自爆?)
第11号(ゴキブリ種怪人 メ・ゴリギ・バ)
→ドラゴンフォームに倒される
第12号(アリクイ種怪人 メ・アグリ・ダ)
→マイティフォームに倒される
第13号(エビ種怪人 メ・ゾエビ・ギ)
→タイタンフォームに倒される

原作の未登場ズ組は全員生存してるので、どっかで出番がある…かも(グジルは登場済みですが)


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EPISODE 11. 少女M 3/3

ひらパーのビルドショーの動画観ました
クウガ&アギトの再現度が・・・ヤベーイ!!
特にクウガは小説版も踏まえていたり、脚本のマニア度がヤバかったどす


――大田区 a.m.11:37

 

――世田谷区 a.m.11:52

 

――中野区 p.m.00:07

 

――北区 p.m.00:22

 

 

 懸命な捜査をあざ笑うかのように、さらに四度の事件が上記の地点・時刻で発生していた。

 

「こんな次々離れた場所で……」

 

 北区の事件現場に向けてトライチェイサーを走らせながら、出久は唇を噛んだ。事件発生の間隔はきっかり十五分――その間目撃者はゼロ。勝己の言ったとおり、上空数千メートルを飛行しているのだとしたら発見できるはずもない。このままでは自分たちも、敵の移動に振り回されるばかりになる……。

 

『デク!』

「!」

 

 前を走る勝己からの通信。

 

「どうしたの?」

『目的地変えんぞ』

「えっ……敵の位置わかったの?」

『あぁ、事件現場は螺旋状に規則的に広がってんだ。地図見てて気づいた』

「!、そっか、じゃあ……」

 

 次の事件現場の予測がついた。バイクと車両は揃ってぐるりとUターン、全力疾走でそこへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 城南大学を飛び出した夏目実加は、とある公園内に設置された公衆電話ボックスの中にいた。

 1,1,0を順に押し、コールする。一拍置いて、何ごとかを尋ねる警察官の声が響いてくる。少女は淡々と答えた。

 

「合同捜査本部の人に伝えてください。第0号の捜査を早く進めてくれないと……あたし、死ぬかも!」

 

 相手の返事を待たず、受話器を叩きつける。そのまま実加はどこへともなく走り出した。――彼女は、姿を消したのだ。

 

 

 

 

 

――葛飾区 p.m.00:37

 

 路上を歩いていた男性が、巨大な針に脳天を貫かれ、短い断末魔とともに地面に倒れ伏す。

 ハチ種怪人 メ・バヂス・バが地上に降り立ったときにはもう、その身に生あるものとしての意識はなかった。

 

「……ククッ」

 

 笑いを噛み殺しながら、スズメバチに似た怪人は腕輪の珠玉をひとつ動かす。そんな異形に対し、臆することなく声をかける者があった。

 

「ジュンチョ、グザバ……」

「!」

 

 いや、臆するわけがないのだ。声をかけた黒づくめの男は異形の同族、その蝙蝠傘が示すとおり、コウモリ種怪人 ズ・ゴオマ・グなのだから。

 彼は表向きバヂスを褒めながら、その実羨ましそうに腕輪に視線を注いでいる。権利さえ与えられれば、自分だって同じことができる――そう信じて疑わないのだろう。

 だからバヂスは、はっきりと言ってやった。

 

「フン……ゴラゲサドパヂバグ」

「!、……ッ」

 

 ゴオマの顔が憎々しげに歪む。その表情を横目で眺めながら、バヂスは最高の気分でいた。そして"ゲゲル"が成功すれば、自分はさらに強くなれる――

 

 そんな夢想とともに、腕輪が吹っ飛ばされた。

 

「!?」

 

 同時に、手首のあたりに灼けつくような感覚。攻撃を受けたことを瞬時に悟ったバヂスがその方向へ顔を向けると、そこには黒のコスチュームと白皙がコントラストを織りなす青年――ヒーロー・爆心地の姿。

 

「ビガラ……!」

 

 "成果"を台無しにされた憤怒と恥辱に、バヂスは彼に向かっていこうとする。だが生憎、彼は本丸ではなかった。

 

「――変身ッ!!」

「!?」

 

 勇ましく響く声に振り向いたバヂスが見たのは、エメラルドグリーンの双眸に戦意を漲らせた青年が駆け込んでくる姿だった。

 その瞳が、たちまち赤い巨大な複眼に覆い隠される。その異形と化した姿は、バヂスにとって忘れえぬもので。

 

「クウガ……!」

「お、りゃあッ!」

 

 赤のクウガはその姿を現して早々、跳躍とともに思いきり殴りつけてきた。顔面に拳がクリーンヒットし、バヂスの身体は後方に吹っ飛ぶ。

 だが、倒れるまでには至らない。クウガにとってそれはむしろ好都合だった。さらに距離を詰め、今度は回し蹴りを見舞う。十トンもの威力があるそれの直撃は、屈強な肉体をもつバヂスの体力をごっそりと削りとった。

 

(いける……!)

 

 クウガの変身者たる緑谷出久は、度重なる教練と実戦を経て自らの戦闘センスが飛躍的に磨かれていることを悟った。身体がまったく思い描いたとおりに動く。

 

 一方、その姿に複雑な感情渦巻く爆心地こと爆豪勝己は、別の標的に目をつけていた。ゴオマが密かに地に落ちた腕輪を回収しようと走っている。もっとも、密かにというのは当人がそのつもりというだけで、揺れる蝙蝠傘のせいでバレバレというほかないのだが。

 

「オラァッ、久しぶりだなコウモリ野郎がァ!!」

「!?、ギャアッ!」

 

 威嚇程度の爆破により傘を吹っ飛ばされ、ゴオマは悲鳴をあげて地面を転がった。爆破そのものというより、日光に晒されたことが原因。

 そのために、生命の危機を覚えた彼は本能的に怪人体を現した。だが反撃も逃亡も許すつもりはない。一気に畳みかけるべく、勝己は両腕を振り上げた。

 

榴弾砲(ハウザー)「かっちゃん!」ッ!?」

 

 いきなり切羽詰まった呼び声が響く。反射的に行動をキャンセルする羽目になった勝己が見たのは、翅を振動させて空へ昇っていくバヂスと、捕らえようと手を伸ばすも届かずにいるクウガの姿。

 

「籠手、お願い!」

「ッ、テメ……!」

 

 ゴオマは日陰に逃げ込み、いまにも飛び去ろうとしている。籠手を外して投げ渡している間に、ほぼ間違いなく逃げられてしまう。

 だが、現行で殺人を行っているのはバヂスのほう。どちらを優先して倒さねばならないのか――勝己は瞬時に、その答えを出すほかなかった。

 

「~~ッ、クソがっ!!」

 

 左の籠手を取り外すと、勝己は力いっぱいクウガに向かって投げつけた。それでも彼は難なくキャッチしてみせる――本来の出久とは比較にならない能力が腹立たしかった。失敗されたらされたで爆ギレしていただろうが。

 

「チッ、絶対(ぜってぇ)逃がすなよ!両玉失いたくなかったらなァ!!」

「ふ、増えてる!?っていうか、やっぱりヒーローの言うことじゃないって!」

 

 それが実行されるかどうかは別にしても、絶対に逃がすわけにはいかないのは同じこと。クウガは敵の逃げた空を見上げ、一度大きく胸を上下させた。

 

("射抜く戦士"……変われ、僕……!)

 

 籠手を握りしめ、強く念じる。と、アークルの根を張る腹部がどくどくと疼いてくるのがわかる。彼の視界には映っていないが、いまベルトの中心・モーフィンクリスタルは赤と緑に点滅を繰り返していた。

 やがてその点滅が激しくなり、疾風吹きすさぶに似た音が響きはじめる。それに合わせて赤い装甲が消失し、緑色のそれに変わる。複眼の色も、同じグリーンに。

 

 そうしてクウガは、いまの変身者と同じ緑の戦士――"ペガサスフォーム"へとさらなる変身を遂げたのだ。

 

「――!、う、……ッ」

 

 途端に、全身の感覚が鋭敏になる。遥か彼方の景色や音――ふつうなら感じるはずのないものが、すべて彼の脳に流れこんできたのだ。

 

「くっ、あ……ぁ……!」

 

 そのことばでは言い尽くせない未体験の感覚に、クウガは戸惑いながら片膝をついた。脳味噌が膨れ上がる錯覚。このままでは破裂してしまうと思った。

 だけれども、

 

(負けて、たまるか……ッ)

 

 予想はできていたこと。それゆえ出久は、完全に倒れることなく踏みとどまった。勝己にさらに自分を殺させてまで使おうとしている力――使いこなせないなんて許されない。勝己もそうだろうが、何より出久自身が。

 

 彼は再び深呼吸を繰り返し、乱れた精神を鎮め目的を果たすことだけに精神を集中させた。すると徐々に余計な音や景色がシャットアウトされ、クリアで空っぽな意識だけが残る。消えていく音の中で、ただひとつ――

 

――羽音。

 

「!」

 

 緑のクウガはその優れた聴覚で、それを捉えることに成功した。反射的に顔を上げれば、ぐんぐん上昇していくバヂスの姿がまるで目の前にいるかのようにくっきりと見える。

 

「よし……!」

 

 いける、これなら。クウガは籠手を構え、それを遠隔武器として扱うイメージを思い描く。自分、というより、どうしても勝己がそうしている姿が浮かんでしまうが。

 しかし使用者のイメージが別人であっても、モーフィングパワーは問題なく作動した。籠手がぐにゃりと歪み、丸みを帯びたボディがシャープに尖っていく。持ち手とトリガー、そして銃口が形成されていく――

 

 そのとき、バチッと音をたて、脳裏に火花が散った。

 

「え……?」

 

 一瞬、何が起きたのかよくわからなかった。しかし次の瞬間、その火花は奇妙な映像を鮮明に生み出した。

 奇怪な、甲虫のような形をした飛行物体。巨大な牙と翅をもつそれが迫りくる光景が、まるで過去のフラッシュバックのようにクウガの頭を支配する。

 

「うぐっ、あ……!?」

 

 感覚を不随意に甲虫に覆い尽くされたクウガは、堪らず武器になりかけた物体を取り落とした。モーフィングパワーの供給が途切れたために、それはたちまちもとの籠手に戻ってしまう。

 

「あ、がぁ、あああああ……ッ!」

 

 ついに耐えきれなくなり、彼は頭を抱えながら地面に倒れた。鋭敏になりすぎた感覚にパンク寸前だった脳は、突如襲い来た甲虫の幻に限界を迎えたのだ。

 

「デク、どうした!?デクっ!!」

 

 当然、勝己には何らかの異常が起きたという以上の認識はできない。ゆえに大声で問いただすが、クウガはのたうちまわり、苦しむばかり。

 その光景を見ているのは、勝己ばかりではなかった。

 

「チョグギグパスゴグザバ……」

 

 上空に逃げていたメ・バヂス・バ。そのまま逃走を図るつもりだった彼は、しかしクウガの自爆を目の当たりにしてその方針を変えた。右腕をちら、と見、まだ毒針が生成途中であることを確認する。

 

「バサダ……――シャアァァァァッ!!」

 

 鋭く尖る爪を振りかざしながら、急降下を開始する。狙うは憎き戦士クウガの首、ただひとつ。

 

 

 緑谷出久の命は、風前の灯火と化そうとしていた――

 

 

つづく

 

 

 




デク「じっじっじっじっじっ次回予告!」
かっちゃん「どもんなウゼェ」
デク「しょ、しょうがないじゃないか初担当だよ!?みんながうまく回してくれたのに主人公の僕が失敗したら最悪だしなんか気の利いたことしゃべらないとって思うんだけど僕の口はそんななめらかに回らないと思うし僕もうどうしたらいいのか」ブツブツブツ
かっちゃん「捲したてんなウゼェ。つーかテメェ、あれだけ言ったのに何失敗してやがんだコラ」
デク「あっ、そ、それは……飛んでる虫みたいなのが、頭の中にパッと……」
かっちゃん「……チッ、そいつの正体がわかんのはまだ先か」
デク「それよりかっちゃん、僕としては大学を飛び出した夏目実加さんの行方が気にかかるよ!……彼女の気持ち、僕、少しわかるような気がするんだ。誰も何もしてくれない、わかってくれないって、そういう怒りとかつらさとか……だから、寄り添ってあげたいんだ!」
かっちゃん「……そうかよ」

EPISODE 12. 遺されたもの

デク「さらに!」
かっちゃん「向こうへ!」

デク&かっちゃん「「プルス・ウルトラァァァァ!!」」

かっちゃん「なんで息ピッタリなんだ殺すぞクソカス!!」
デク「理不尽!!」


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EPISODE 12. 遺されたもの 1/4

(比較的)和やかにつけ険悪につけ、デク&かっちゃんの会話シーンがいちばん書いててノレる

そんな作者です


 ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己の閃きによりメ・バヂス・バの犯行現場を突き止め、戦いを挑んだ緑谷出久――クウガ。空へ逃げようとするバヂスを仕留めるべく、彼は射抜く戦士"ペガサスフォーム"へと変身、その超感覚を制御しようとしていた。

 しかし突然脳裏に飛び込んできた巨大な甲虫の幻が、彼を窮地へと追いつめる――

 

 

「シャアァァァァッ!!」

 

 苦悶するクウガ目がけて急降下、その首を獲ろうとするメ・バヂス・バ。彼が勝利を確信したとき――強烈な爆風が、その軌道を強引に変えた。

 

「シャッ!?」

 

 吹っ飛ばされながらもすぐさま態勢を立て直し、数メートル離れた地点に着地するバヂス。彼を阻んだのは言うまでもない、咄嗟に割って入った勝己だ。

 

「よォハチ野郎……コウモリ野郎のぶんまでテメェがサンドバッグになってくれや……!」

「………」

 

 ことばの意味はあまり理解できないバヂスだが、目の前の男がとにかく不機嫌の極みにいることはわかった。その鬱憤を爆破という形で自分にぶつけようとしていることも。

 バヂスのほうも、彼には借りがある。命の次に大事な腕輪を吹っ飛ばされたという借りが。それを晴らすため、ここにとどまって戦う――そういう選択肢も当然思い浮かんではいたのだが。

 

「……ザジャブ、バゲサバギド」

「ア゛?」

「ギボヂヂソギギダバ」

 

 何ごとかを言い放ったかと思うと、バヂスは再び翅を広げて上昇を開始した。仕掛けてくるものと確信していた勝己は一瞬面食らったが、

 

「逃げんなゴルアァァァァァッ!!」

 

 当然、激昂しながら上空目がけて爆発を起こす。その爆風はかろうじてバヂスの下半身に届き、表皮を焦がすことには成功した。だがそれは、彼の逃走を阻むには至らなかった。

 

「だぁあああああッ、クソが――ッ!!」

 

 青空へ溶けていく怪物を見上げながら、勝己は絶叫するしかない。そして敵が姿を消した以上、怒りの矛先もひとつしか――

 

「っ、ゲホッ、ゲホッ、うッ、うえ゛ぇぇぇぇ……っ」

 

 嘔吐くクウガはペガサスフォームの姿を保てず、白――グローイングフォームへと退化していた。身体がさらに収縮し、もとの緑谷青年の姿へと戻る。その横に転がる籠手が視界に入った次の瞬間、勝己は彼に掴みかかっていた。

 

「テメェクソナードっ、あんだけ大口叩いてこのザマか、ア゛ァ!?」

「……あ、う、ごめ」

「ごめんで済むならヒーローいらねえんだよ、テメェのせいで結局3号も14号も逃がしちまったんだぞ!!どう落とし前つけんだコラ!?」

 

 身体をぐいぐい揺さぶって怒鳴りつけているうちに、勝己の頭はほんの少しだけ冷えてきた。出久が力なく咳き込むばかりなのも、それに拍車をかける。

 

「……一度は制御できかけてたじゃねえか。何が起きた?」

「ッ、はぁ、はぁ、……ふう」呼吸を整えたあと、「急に、変なイメージ、が……」

「変なイメージだぁ?」

「う、ん。飛んでる甲虫、みたいな……」

「………」

 

 わけのわからないことを。そう思うと同時に、だからこそ信用できる部分もあった。ただの慢心による失敗なら、こんな拙い言い訳はすまい。

 

「……チッ、少し休んだら関東医大行くぞ。異常がないか調べる」

「うん……。ありがと、心配、してくれて……」

「ア゛ァ?寝ぼけたこと言ってんな、失敗の責任、テメェでとらせるために決まってんだろうが」

「う、ん……」

 

 か細い声でうなずいたのを最後に、出久の瞼が落ちた。くたりと身体から力が抜ける。体力の限界を迎え、眠りに落ちたらしい。

 

「……チッ」

 

 もうひとつ舌打ちをして、勝己は幼なじみを抱き起こした。肩を貸し、自身の乗ってきた覆面パトカーまで運んでやる。傍目に見れば献身的な姿だが、それにしてはあまりに表情が険しかった。

 

 

 

 

 

 撤退に成功した――してしまった――バヂスとゴオマは、ともにアジトとなっている植物園に帰還していた。勝己の爆破による火傷をバヂスがものともしていない一方で、身体を直接害されていないはずのゴオマはなぜか顔の半分に火傷を負っている。太陽光を浴びたダメージは爆破のそれより大きいのだった。

 

「あっ、おかえりバヂス。休憩にでも来たの?ずいぶんな余裕ッスねー」

 

 冷やかすガルメを無視し、バヂスは指輪の爪を磨いているバラのタトゥの女のもとへ歩み寄る。腕輪の消え失せた左腕を彼女に見せた。

 

「グゼパグバブバダダ。ゾググセダギギ?」

「……バビグガダダ?」

「ガギヅ、ビジャラガセダ」

「!?」

 

 責任転嫁をされたゴオマは反論しようとするが、それより早く怪人体に変化したガルメの舌に張り飛ばされた。二度目である。

 一方、バラのタトゥの女は小さく溜息をつき、

 

「ザンベンザ、グジャシバ、ゴギザ」

「………」

 

 最悪よりはまし、という返答に、バヂスはサングラスのブリッジ越しに眉を顰める。が、彼はこの女の裁定に従うほかない立場だった。差し出された新しい腕輪を受け取り、早急にゲゲルを再開するほかない。

 と、そのとき、不意に彼は遅れを取り戻すための奇策を閃いた。

 

「ゴセ、ボソグゾクウガ。ゴセゾバギンググシギビグス。ゾグザ?」

「……ジャデデリソ」

 

 許可を得たことに気をよくしたバヂスは、ニヤリと笑みを浮かべて去っていった。「いってらっしゃーい」とにこやかに見送ったガルメ――人間体に戻っている――は……その姿が温室内から消えるや、フンと鼻を鳴らした。

 

「クウガを27って……サービスしすぎじゃね?いくらコイツの落ち度だっつってもさー」

「ダギバビ……いまのクウガにそこまでの価値があるとは思えんな」ショートカットの女が同調する。

 

 バラのタトゥの女は何も答えない。――だがその美しい唇は、ひそかに歪められていた。

 

 

 

 

 

 関東医大病院の診察室のうちのひとつで、男ふたりがぴったり身を寄せあっていた。

 

「相変わらずそそるヤツだな……おまえ」

「そ、そそりますか……」

 

 会話だけを抜き出すと、極めて妖しい雰囲気。何か子供には見せられない行為が始まりそうにも見えるが、ぎりぎりそうではなかった。――ふたりが見つめていたのはお互いではなく、貼りつけられたレントゲン写真だったのだから。

 

「緑になったら、色々とすごく感じたって言ってたな?」

 

 医師の椿秀一が耳許で尋ねてくる。出久は背筋がぞわぞわするのを堪えつつ、

 

「はい、確かにすごい色々見えて聞こえて。一応、制御はできかけたんですけど……」

「そのぶんエネルギーを大量消費するんだろうな。おまえ自身も相当消耗したんだろうが、腹ン中の石はもっとだ。器質変化を起こして、輝きを失ったようになってる」

 

 それはレントゲン写真からもわかる。出久の腹部には、霊石のかたちがはっきり映し出されているのだ。

 

「しかし、気になるな。突然飛び込んできたっていう甲虫の幻。――身体、もっと詳しく調べてみるか?」

「いっ、いやぁ……そういう性質のものじゃない気がするので。それより、もう使いものにならない……ってわけじゃ、ないですよね?」

 

 出久としては当然、そこが一番気にかかるところだった。二度と変身できない……そんなことになれば、もうグロンギと戦うことなどできなくなる。それだけではない、奴らと戦うために古代から呼び覚まされた力を、自分が潰してしまったことになるのだから。

 幸い、それは杞憂だった。

 

「いや、石の状態は回復傾向にある。二時間もあればもとに戻るだろう、まあそれまで変身はお預けだがな」

「うぅ、微妙に長い……」安堵と落胆の混じった溜息をつきつつ、「緑にも制限時間があるってことだよな……」

「おう、それは見極めといたほうがいいな。どれくらいで白に戻ったんだ?」

「えっと、確か……」

 

「――五〇秒、きっかりだ」

「!」

 

 隣室での電話を終えた勝己が、戻ってくるなり仏頂面でそう言った。ちゃんと数えてくれてたのか、という驚きもありつつ、

 

「あ、電話、なんだったの?」

「………」

 

 即答は、なかった。やや視線が俯きがちになる。話すのを躊躇っている――グロンギの犯行に関する情報であればすぐに話すだろう。それができない……出久に話したくないことだとすると、思い浮かぶのはひとつ。

 

「もしかして……夏目実加さんのこと?」

「――!」

 

 一瞬目を見開いたあと、みるみるうちに表情を険しくしていく勝己。デクに思考を読まれたことが口惜しい――つまり、図星ということだろう。

 

「誰だ、夏目実加って?あっ、もしかしてアレか、爆豪のコレか?」

「………」

 

 椿の空気を読めない茶化しは、さすがの出久も黙殺した。事情をいっさい知らない以上、勘違いするのも是非なくはあるのだが。

 是非もない、といえば。勝己もそういう気持ちになったのか、徐に口を開いた。

 

「……警視庁に電話があったらしい。0号の捜査進めなけりゃ、死ぬかもしれない……って」

「……!」

「!、もしかしてその娘……0号被害者の夏目教授の娘さん、か?」

「……はい」さすがにこれにはうなずく。

 

――お父さんは、死んだのにっ!

 

 茶化している場合ではないと察した椿が黙り込むと同時に、出久はあのとき覚えた怒りが再燃するのを感じていた。勝己の放った、冷たい正論。それが自殺を仄めかさせるほどにまで実加を追いつめたのだと思った。

 

「……かっちゃん、僕らで彼女を捜そう」

「あ゛?」

「沢渡さんも言ってたけど……あの場であんなこと、言うべきじゃなかったよ。責任もって捜し出して、きちんと謝るべきだと……僕は思う」

 

 まっすぐ目を見上げて、臆することなく出久はそう主張した。"捜そう"を除けば、あのあとすぐからずっと考えていたことだった。それどころではなかったし、籠手を借りる負い目もあったから言い出せなかっただけで。

 

 それに対する勝己の反応も、予想どおりの範疇ではあった。――血のいろをした双眼がかっと見開かれ、その周囲にビキビキと血管が浮かびあがっていく。

 そして、

 

「……テメェは、なんだ」

「え……?」

 

 その静かなつぶやきだけは、出久の予想にはなく。

 それゆえ次の瞬間、出久はまた胸ぐらを掴みあげられ、そのまま押しやられて壁に叩きつけられていた。

 

「痛……ッ」

「なんなんだテメェは、ア゛ァ!?」声を震わせて怒鳴る。「ンな偉そうに意見できる立場か!?人に戦闘中断させてまで籠手差し出させた挙げ句、みすみす14号も逃がしたようなクソ無能が!!」

「ッ、だからそれはごめん……っ、だけど、それとこれとは話が違うだろ!?」

「別じゃねェんだよ……どんなに取り繕おうがそうやって犠牲は増えてくんだ、優先順位つけなきゃ救えるモンも救えねえ。当事者ンなったくせに、テメェはンなこともわかんねえのか!?」

「わかってるよ!!だからって、あんな言い方する必要なかったって言ってんだよ!あんなヴィランまがいの言い方して、あの娘傷つけて……そんなのヒーローのやることじゃないだろ!?」

「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせえんだよ!!わかってねえだろうが、テメェのどこがわかってんだ!?本当にわかってたらなァ、何度も何度も何度も敵取り逃がしてヘラヘラなんかしてられねぇんだよ!!」

「僕がいつヘラヘラなんてしたんだよ!?」

 

 あぁ、まずい。出久のまだ冷静な部分がそう警笛を鳴らしたが、もう止まれないことを自覚するだけだった。

 

「だいたいっ、きみは昔っからそうだ!!平気で他人(ひと)のこと傷つけて……!ヒーローになるための努力は人一倍できるくせにっ、なんで他人の気持ちはわかろうともしないんだよ!?」

 

「そんなのっ、未確認生命体(あいつら)と何も変わらないじゃないかっ!!」

「――!」

 

 ぐいぐい揺さぶる手が、そう怒鳴った瞬間ぴたりと止まった。憤懣に満ちた表情が、一瞬無機質な、いっさいの感情の抜け落ちたものに変わり……やがて、唇だけが三日月型に裂けていく。

 

「……そういや、4号はまだ排除対象に入ってたなァ」

「は?何、言――」

 

「表、出ろや」

「!?」

 

(マジかこいつ……!?)

 

 まさか、やり合おうというのか。口と対照的にその目はまったく笑っておらず、冗談でないことは明らかだった。

 さすがに出久は少し焦ったが……それでも、己を止めるには至れず。

 

「そうやってすぐ暴力に訴える……!いいよ、そっちがその気なら僕だって――!」

 

 そのときだった。ふたりの顔と顔の隙間に、いきなり先の尖った物体が差し入れられた。先端からぽたりと液体がこぼれ落ちる――注射器だ。

 

「……いい加減にしとかんと、鎮静剤打つぞ」

「………」

「ここは病院だ。敷地内で騒がれるのは困るが、怪我人出されるのはもっと困る。……わかるよな、ハタチ越えた大人だもんな?」

 

 アラサー医師の凄みに圧され、21歳と20歳の幼なじみふたりは先ほどまでの勢いが嘘のように黙り込むしかなかった。彼らを交互に見て、椿はふう、と溜息をつく。

 

「だいたい緑谷、さっき二時間変身できないって言っただろ?いまのおまえはただの学生同然、ヒーロー相手にケンカなんて無茶もいいとこだぞ」

「……そうでした」

 

 変身できない状態での力関係は、中学のころまでのそれと変わらない。――いや、勝己が雄英の三年間を乗り越えてきている以上、差はもっと広がっているだろう。

 

(変身できなきゃ、何もできない無個性のデクのまま……か)

 

 わかっていた、つもりだったけれど。改めて実感すると、無個性を宣告されたあのときから胸の奥に渦を巻いている、どろりと滞留したものの存在を自覚せざるをえなくなる。出久はそっと唇を噛みしめながら、シャツの襟を整え直した。三度も掴まれ引っ張られて、少しよれてしまったような気がする。

 

「……僕だけでも捜しに行ってくる。どうせしばらく変身できないんだし」

「勝手にしろや」

 

 冷たく突き放す声は、実加に対して向けられたそれと何も変わっていない。自分のことばなんて、この男には届かない。それも、わかっていたけれど。

 

(かっちゃんの、馬鹿野郎……!)

 

 去り際、心のうちでの罵倒は、当然幼なじみには届かない。出久は椿にだけ会釈をして、そのまま立ち去った。足音が遠ざかっていく。

 それが聞こえなくなったところで、勝己も立ち上がる。すかさず椿が訊いた。

 

「おまえはどうすんだ?」

「14号を捜します。ひとつアテがあるんで」

「そうか。ま、がんばれよ」

「……ども」

 

 無愛想ではあるがきちんと頭は下げて、勝己もまた去っていく。

 その背中を見送りながら、椿はフッと二度目の溜息をついた。

 

「……ま、毒をもって毒を制すってこともあるしな」

 

 




キャラクター紹介・リント編 ゲギド

鷹野 藍/Ai Takano
個性:ホークアイ
年齢:28歳
誕生日:2月17日
身長:165cm
血液型:O型
好きなもの:ビール・バイオ○ザード
個性詳細:
視力を上昇させ、文字どおり鷹の目のごとくターゲットを捜し出すことができる個性だ。さらに一点に絞れば遠くにあるもののディテールを観察したり、動きをスローモーションで捉えたりすることもできるぞ!その目は何ものも見逃さない、ただし副作用として使用後に頭痛が襲ってくる。発動時間が長ければ長いほどそれは激しくなるので要注意だ!大好きなビールを飲みすぎた次の日なんかはゲロインと化すこともあったり……そんなヤツばっかかこの世界!?

備考:
警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部所属の警部補。捜査本部発足前は警備部に所属していた。若くして警部補にまで昇進しているだけあって優秀な能力の持ち主だが、生真面目でキツい性格なのが難点!セクハラなぞしようものならどんな目に遭わされるかわかったもんじゃないぞ!
未確認生命体第4号(クウガ)のことも当初は他の未確認生命体と同様、脅威として認識していたが……。

作者所感:
いつだったかまえがきで書きましたが、DCDクウガの世界の八代の姐さんがモデルになったキャラです。階級が高いだけあって会議で説明役を務めたり現場で指揮をしたり……実はこの世界における一条さんは彼女なのかも?
個性が発目さんと被ったのは……正直に白状すると発目さんの個性を忘れてたせいです。でも、切島&鉄哲のように個性が被ることはこの世界ではざらにあるでしょうし、似た個性でも職業によって活用方法が大きく変わってくるというのを示せたかな~、と。
若いエリートということで、もっと推していきたいキャラだったりします(実質オリキャラなのでほどほどに……)。


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EPISODE 12. 遺されたもの 2/4

短くまとまってしまったのでそのぶんスピード投稿
水曜は通常通りアップします


 文京区は住宅街の一角にある喫茶店・ポレポレ。スワヒリ語で"ゆっくり行こう"を意味する名に違わず、ランチタイムを過ぎた店内にはのんびりとした時間が過ぎていた。

 

「ハァ……」

 

 カウンター席に座ってマスターの淹れたハーブティーを飲みながら、店員の麗日お茶子――本業はヒーローである――は深い溜息をついた。忙しさが去ったゆえの安堵……だけでないことは、濃い物憂げないろから明らかで。

 それを聞き咎めたマスター――緑谷出久からはおやっさんと呼ばれている――は、「なんだよぉ」と唇を尖らせた。

 

「お茶子ちゃんねえ……溜息なんかついてると、男が逃げちゃうよ?」

「それ初耳です、"幸せが~"ならよく聞きますけど……。ってか、因果関係が逆なんですよもー……」

「わかってるよ、出久だろ?あいつも最近忙しいみたいだからねぇ」

 

 お茶子は最近、この店での同僚となった出久とあまり顔を合わせていなかった。お茶子自身はまだ謹慎が解けていないこともあってほぼ毎日フルタイムで働いているのだが、出久はずいぶん忙しいらしく週一,二回、それも忙しい時間に顔を出すくらいである。ゆっくり話をするゆとりもない。

 

「ハァ……」

「セカンド溜息……。お茶子ちゃんさぁ、出久のこと、そんなに好きなの?」

「ブッ!!」

 

 おやっさんとしては何気なく訊いたつもりだったのに、お茶子は口に含んだハーブティーを勢いよく噴出した。

 

「いや……昭和か!」

「あっ、す、すみま、ってか、だってそんな……好き、なんて……」

「好きじゃないの?」

「いや、その……わかんないけどっ、とにかく仲良くなりたいんですっ!デクくんのこと、もっと知りたいっていうか……」

「……ほほう」

 

 この娘はなんと純情なんだろう、と、父親ほどの年齢のマスターは内心微笑ましく思った。出久もそうだが、恋愛に限らず他人との関係において擦れたところがない。ふたりともそれぞれつらい思いや苦労を重ねてきているにもかかわらず。

 汚れてしまったカウンターテーブルを布巾で拭きながら、おやっさんは人生の先輩としてアドバイスをすることにした。

 

「ま、恋愛ってのはね、受け身でいすぎてもダメなわけですよ。オとしたい相手がいるならこまめに連絡したりいっしょに遊んだり、そうやってお互い遠慮のない関係築いていかナイトキャップ!」

「だ、だから恋愛ってわけでは……それに、デクくん忙しいのに、誘ったら迷惑になるかもしれへんし……」

「大丈夫だって!あいつが何してるのかは知らないよ?知らないけどさあ、女の子の誘い迷惑がるような野暮なヤツじゃないって!」

「そやけど……桜子さんって人ともしおつきあいしてるんなら……」

「いや、その心配はない!あのふたりはいいお友達、おやっさんが保証する!」

「うぅ~……」

 

 もっとも、出久に積極性があれば、お茶子の言ったとおりの関係になっていたかもしれないが――ふたりを知る彼は密かにそう思ったが、内心にとどめた。

 そして最後のひと押しをすべく、懐から二枚のチケットを取り出す。

 

「あっ忘れてた。出久が観たがってたヒーロー映画がいま公開中なんだけど……ちょうど割引券が二枚あってなあこのとーり」

「!」

「おやっさんもこう見えて忙しいし、これ有効活用してくれる若者がいると嬉しいなあ……なーんつって」

 

 「百二〇パーあいつも喜ぶぞ」とか言いながら、割引券をテーブルに置く。お茶子はやや躊躇いながらも……押しいただくようにして、それを受け取った。

 

「あ、ありがとうマスター……!マスターはやっぱり最高のおやっさんやわぁ!!」

「ハッハッハッハ、尊敬しなさい崇め奉りなさい」

「いやそこまではせえへんけど……そうと決まったら早速、デクくんに声かけてみる!」

 

 いそいそとスマートフォンを取り出すお茶子に目を細めながら……おやっさんは、ぽつりとひと言。

 

「おやっさんの春はいつ来るのかねえ……?」

 

 

 

 

 

 お茶子が想いを寄せる緑谷出久はというと、別の少女のことで頭をいっぱいにしながらトライチェイサーを走らせていた。そこに浮ついた気持ちは微塵もない。バイザーから覗く童顔は、険しく顰められている。

 

(実加さん……一体どこに……)

 

 正直なところ、手がかりはまったくないに等しかった。ほとんど啖呵を切るように飛び出してきてしまった以上、見つけられませんでしたでは勝己に嘲われても仕方がない。それでも実加が保護されれば自分ひとりが情けないで済むが、万が一のことがあったら――

 

「……ッ」

 

 やっぱり、独力で捜索なんて無理がある。少女の行き先の手がかりをもっているとしたら……まだ研究室にいるであろう、彼女の母親か。

 少し考えた出久は、マシンを路肩に停車させた。母親――夏目倫子とともにいるであろう桜子に連絡をとるつもりだった。

 懐からスマートフォンを取り出した出久は、まず麗日お茶子からのメッセージを目にすることになった。

 

「麗日さん……え、映画?ふたりで!?うわぁ、マジかこれ……マジなのか!?いやいやいやぁ……」

 

 思わぬ誘いにテンパる緑谷青年だったが、すぐにぶんぶんと首を振った。いまはそれどころではない。

 

「ごめん麗日さん、いったん保留ということで……えっと……」

 

 申し訳ない気持ちを抑えて未読のままにしておくと、出久は改めて電話をタップしようとしたのだが、

 

「!、かっちゃん……?」

 

 爆豪勝己の名前から送られたショートメール。先ほどあんな別れ方をしたばかりで、どうしたというのだろう。まさか謝罪の気持ちをしたためたわけではなかろうが。

 怪訝な思いでそれを開いた出久は、予想外の内容に目を見開く羽目になった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己は関東医大を出たあと、科警研に直行した。あらかじめ連絡しておいたおかげで、到着するなり旧知の発目明が出迎えてくれた。

 

「14号を追跡する手段、でしたっけ?」

 

 発目の復唱にうなずきつつ、

 

「一度は奴の螺旋移動を見抜いて捕捉できたが、そうなると動きを変えてくるかもしれねえからな。奴らも馬鹿じゃない」

「ええ、ええ、わかりますとも。事前にご連絡いただきましたから、大急ぎで用意しておきましたよ~せっかちな爆豪さんのために!」

「せっかちは余計だクソが」

 

 毒づきつつ、発目の研究室に入る。相変わらずの悪の科学者テイストの空間を抜けると、散らかった彼女の机に大きな受信機のようなものが置かれているのが目に入った。

 

「こいつか?」

「はい!逃げた第3号が飛行に際して出す超音波が偶然気象台にキャッチされていたことをヒントに、こちらで作ったものだそうです!私のベイビーちゃんではないので性能は保証できかねますが」

「テメェほんと正直だな……。まあ奴の移動速度を考えりゃ、大体の行き先が掴めるくらいでもいい。とにかく、これは借りとく」

 

 メ・バヂス・バも飛行の際に翅の振動から超音波を発生させていた、緑になったときにそれを聞き取ったと出久が言っていた。現状行方知れずになっているが、いつまた行動を開始するかわからない。急がねば――

 

 と、不意に電話が鳴った。当然相手を確認した勝己だったが……刹那、容赦なく拒否を選んだ。

 

「おや、出なくてよろしいんですか?」

「いい、迷惑電話だ」

 

 フン、と鼻を鳴らしつつ。発目の声援を背に、勝己は科警研を辞したのだった。

 

 

 

 

 

 夏目実加は既に、出久の独力では発見できない場所にいた。――千葉県富津市にある、佐貫町駅。その駅舎を出てすぐのバス停に、少女は佇んでいた。

 その表情に浮かび出た心の傷痕は、わずかも癒えていない。時間が癒してくれるというが、ある日突然父を奪われた哀しみが、一ヶ月弱程度で癒されるはずがない。それに何より、彼女の負った傷は哀しみによるものだけではなく。

 

 桜貝のミサンガをぎゅっと握りしめながら、彼女はやってきたバスに乗り込んだ。

 

 




五代と違って出久がポレポレを生活拠点にしてないので、うかうかしてるとポレポレのシーンがなくなる=麗日さんの出番がなくなるという罠
原作に比べて唐突な感もありますが、おやっさんに出茶を促成栽培してもらうことにしました。カップル成立なるかは神の味噌汁


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EPISODE 12. 遺されたもの 3/4

バレンタイン?バンザゴセパ




 城南大学考古学研究室は、数時間にわたり重苦しい雰囲気に包まれていた。娘の安否を気遣いながら、入れ違いになることを恐れて身動きのとれない夏目倫子。そんな彼女に、娘の出奔の原因をつくってしまった外国人講師がおずおずとコーヒーを差し出す。

 

「ゴメンナサイ……ボクがはしゃいだばっかりに……」

「いえ……」

 

 倫子は怒っていなかった。ジャンの態度は確かに場にそぐわぬものだが、彼に悪意はないことは疑いなかった。豊かな知的好奇心を刺激するものに出会うと、空気を読むどころではなくなる――同じ学者であった夫にも、そういうところがあった。それを知っていたし、愛してもいた。だから許容することができた。幼い実加は、そうではなかったけれど。

 

「大丈夫ですよ」

 

 学者の卵である桜子が、きっぱりと断言する。

 

「出久くんから――ほら、」

 

 桜子が見せたスマートフォンの画面には、出久からついいましがた送られてきたメッセージが映し出されていた。実加は必ず連れ帰る、だから安心してほしいという旨が、愛用のオールマイトのスタンプとともに。

 

「出久くん、絶対に裏切らない子だから。だから、大丈夫」

 

 三つ年下の青年への絶対的な信頼を口にしながら、桜子はパソコンへ向かった。戦えない自分にもできることがある。出久のために、出久が願うみんなの笑顔のために、いまはそれをしよう――

 

 

 

 

 

 実加を捜す出久が湾岸道路を疾走する一方、勝己もまた第14号――メ・バヂス・バを追って覆面パトカーを走らせていた。車内には科警研で受け取った超音波探知機が取りつけられ、ナビに発生源の位置情報が表示されるしくみとなっている。

 

「………」

 

 先ほどから時折反応が現れては消えている。まだ距離があるせいか、捕捉しきれていないようだ。だが勝己には次の犯行現場に心当たりがあった。

 

 

 同時刻。勝己のいる地点から一キロほど先にあるショッピングモールに、家族連れの姿があった。無論ゴールデンウィークである、家族連れなんて星の数ほどいる。若い夫婦に幼いひとり息子、買い物袋や玩具の箱を抱えながら楽しそうに話す姿は、微笑ましくはあるがありふれたもの。

 

――にもかかわらず彼らを取り上げたのは、彼らの頭上およそ二千メートル離れた空の上に、その命を奪い去ろうと企む死神が息をひそめていたからだ。

 死神は蜂のタトゥが入った右手を眼下へ向けている。手首から生え出づる長大な毒針が、いまにも発射されようとしている――

 

 そんなことにも気づかず駐車場を歩いていた家族の眼前に、サイレンを鳴らしながら一台の覆面パトカーが走り込んできた。

 何事かと身構える三人。しかし運転席から飛び降りてきた青年の姿を認めた途端、男の子が嬉しそうな声をあげた。

 

「あっ、爆心地だ!」

 

 爆心地――爆豪勝己。彼は焦燥に駆られていた。外に出ているのは現状この家族だけ。バヂスはこの上空にいる。彼らの命が、危ない――!

 

「ッ、伏せろっ!!」

 

 叫ぶとともに、勝己は彼らの頭上目がけて籠手を構えていた。ぎょっとした両親が子を守るように地面に伏せる。それと同時に、勢いよくニトロの汗を起爆させ、

 

 落下する毒針もろとも、爆炎が空気を灼いた。

 

「……ッ」

 

 三人はぶるぶると震えている。突如理不尽に襲ってきた恐怖。しかしそれを示すことができているのは、生きている証拠だ。内心ほっと胸を撫でおろしつつ、表向き強い口調で問いかける。

 

「怪我は!?」

「あ、ありませんけど……」父親がキッと顔を上げ、「な、なんなんですかこれは一体!?」

 

 睨みつけられ、詰問される。目の前に脅威が迫っていたことに気づきすらしていないのだから仕方がない。

 だが、この騒ぎを聞きつけて人が集まりはじめている。どう誤解されようが構わない勝己だったが、まだバヂスが上空にいるかもしれない状況下で、人々を危険に晒すわけにはいかなかった。

 

「この上空に未確認生命体第14号がいるっ!!屋内に避難しろ!!」

「!」

 

 爆心地が未確認生命体事件捜査本部の一員であると認知されていることも手伝い、それを聞いた人々は一目散にモール内に走り込んでいく。残された親子を助け起こし、

 

「あんたらも早く行け」

「あっ、は、はいぃっ!」

 

 袋や玩具の箱を放り出し、彼らも逃げ去っていく。唯一その場に残った勝己は、上空を鋭く睨みつけた。しかしそこにあるのは美しい青と白のコントラストばかりで、蜂に似た異物の存在は豆粒ほども知覚できない。

 

「っ、クソが……」

 

 毒づきつつ、勝己は考える。奴の殺人行為はきっかり十五分おき。クウガとの戦闘でいっさい毒針を使おうとしなかったことから考えても、連射がきかず、装填にそれくらいかかるのだろう。――となれば既に頭上にはおらず、移動を開始している可能性が高い。

 こちらから攻撃はできないにしても、逃がしてたまるか。生来の負けん気の強さで、勝己は再び車に乗り込み、バヂスの追跡を開始した。

 

 

 一方、勝己の想像どおりその場から即座に移動を開始したバヂスは、早くも次なる標的を発見していた。

 

「クウガァ……!」

 

 眼下の湾岸道路をバイクでひた走る、クウガ――緑谷出久の姿。ただ古代からの因縁があるにとどまらない、いまとなっては特別な獲物だった。

 

「ギビビビバギンググシギザ……」

 

 舌舐めずりしつつ、右手を確認する。先ほど発射したばかりの針は当然まだ生成されていない。こんなことなら、あそこで撃たなければよかったと思いつつ、

 

「ザグガド……グボギンギボヂザバ……」

 

 邪悪なつぶやきとともに、彼は出久を追って動き出した。

 

 

 

 

 

 彷徨を続けてきた夏目実加は、富津の海岸にたどり着いていた。寄せては引くコバルトの波の音だけが響き続けるなか、彼女は、ひとりたたずむ。

 

――実加!

 

 不意に、懐かしい呼び声が耳に飛び込んでくる。反射的に振り向いた実加が目にしたのは、白昼夢のような温かい、日だまりの記憶。

 

 亡き父が、手招きをしている。幼い自分が、嬉しそうに駆け寄っていく。

 

――ほら、見てごらん。こんなにかわいくてきれいな貝殻もあるよ。

 

――昔の人はね、こういうきれいな貝を首飾りにしたんだよ。

 

 優しく慈しむような声で、父が教えてくれる。それを聞いて嬉しそうに貝殻を眺める幼き日の自分にオーバーラップするように、実加は自身の身につけたミサンガを見下ろした。

 

「人がひとり死ぬなんて……どうでもいいことかな……?」

 

 未確認生命体に殺された人々の、たった数百分の一。特別なのは、ただ最初の犠牲者であったということだけ。頭では、それがわかっている。爆心地を始めとする捜査本部の人々がこれ以上の犠牲を出さないために心を砕いていて、後ろを振り返ってなどいられないことも。

 でも、やっぱり――

 

 ふと、父のまぼろしと視線が交錯する。あっと思った実加だったが、彼の表情は翳ってよく見えない。

 

 辛抱ならなくなった実加が一歩を踏み出そうとしたとき――そのまぼろしは、波にさらわれるかのように消え去っていった。

 

「おとう……さん……」

 

 ひとりぼっち。父はもう、記憶の中にしかいない。記憶の中からしか、笑いかけてはくれない。――ただそれだけ、たったそれだけのことなのだ。それでも世界は、何ごともなく回り続けている。

 

「どうでもいい……よね……」

 

 

「――そんなこと、ないよ」

「!」

 

 独り言のつもりのつぶやきに応答があって、実加はぎょっとした。今度は記憶の呼び声ではなかった。振り返った先にははっきりとした輪郭をもつ、童顔の青年の姿があったのだから。

 

「……やあ」

 

 驚きのあまり声も出せない少女に対し、はにかむように青年――緑谷出久は微笑んだ。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ギブグ

ピラニア種怪人 メ・ビラン・ギ/未確認生命体第8号※

「ボセゼバギング、ゲヅン、ゲギド(これで71)」

登場話:
EPISODE 8. デッドオアマッスル
EPISODE 9. 血漑戦線~EPISODE 10. ディープ・アライアンス!

身長:196cm
体重:188kg
能力:一秒間に二百回開閉する顎と鋭い牙
   鉄板を易々と切り裂く腕のカッター
活動記録:
未確認生命体第7号(サイ種怪人 ズ・ザイン・ダ)の行動開始と時を同じくして出現した、より上位と思われる集団のひとり。仲間を激励したり供養をするなど情に篤いようにも見えるが、本性は冷酷残忍。
自らの行動開始後はピラニアの特性を活かして荒川流域に潜み、遊覧船や架橋工事現場などを襲撃して駆けつけたヒーロー・警官も含め71人を殺害。第4号との戦闘においては赤をスピードで圧倒し、圧倒的なパワーで押してくる紫を水中に引きずり込んで殺害しようとしたが、フロッピーの魚雷攻撃を不意打ちで受けて逃げ去る。
その後仲間の煽りもあって行動を再開するものの、血の匂いに惹かれる習性を利用されて爆心地の立てた作戦に引っ掛かり、4号とフロッピーから魚雷の雨あられを喰らい、最後は右腕を失った状態で青の4号のロッドの一撃を受けて爆死した。

作者所感:
殺し方がエグい……。ドラゴンフォームのパンチで怯んでるのを見るに耐久力は紙っぽいですね。46.5話に再登場した際の振る舞いは愛嬌がありました。

※原作では第23号。


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EPISODE 12. 遺されたもの 4/4

時間ができて筆が進みまくってるのでアップ回数を増やしてます。春からはこうはいかなくなる・・・だから早めに話を進めておこうとそういう魂胆どす


今更ながらキョウリュウジャーが復活してて草生えました。しかも「ブレイブ」って共通点があるだけのソシャゲの会社がお金を出してくれてなぜか6人全員集まるという・・・こんなブレイブなことはないですね
戦隊の中でも一番ハマった作品なんですが、中でもラッキューロと空蝉丸が好きでした。こやつらのグッズは今でも大事に持ってます


 ざざん、ざざんと、白波の打ち寄せる音が響く。

 

 

「やあ」

 

 青年の宝石のような大きな翠眼が、やわらかく細められる。それを実加が目の当たりにするのは、これで二度目だった。

 

「どうして……」

 

 そのつぶやきは、客観的にみても当然のものだった。富津のこの海岸は、幼いころ父に連れられて訪れた地。今日はじめて出会ったばかりの青年が知るはずがない。母に訊いたという可能性も、ありえなくはなかったが。

 

「その貝、この辺でとれるものだから」

「……!」

「……って、かっちゃんに聞いたんだ」

 

 かっちゃん?その幼さを想起させる呼び名から具体的な人物を形作れず、実加は首を傾げる。

 「あぁ」と声をあげた緑谷青年は、頭を掻きながら言い直した。

 

「爆心地、ね」

 

 

 およそ半刻前、爆心地こと爆豪勝己から送られたショートメール。そこには実加の所在に心当たりある旨が書かれていた。この、富津の海岸。なぜ此処を指したかも。

 

――あの子の持ってた貝殻を、そこで拾ったことがある。

 

 

「かっちゃんね、小さいころこのあたりに旅行に来たことがあるんだって。僕も今日初めて知ったよ……幼なじみなのにね」

「幼なじみ……?」

「うん。とは言っても、世間一般が想像するような親しい関係ではないから……無理もないんだけどさ」

「………」

 

 細められたままの翠眼に一抹の寂しさが宿るのを、実加は見逃さなかった。

 

「僕ね、無個性なんだ」

 

 唐突な告白だった。実加がまず、そのことばの意味をよく噛み砕くことに手間を費やさねばならぬくらいには。

 

「4歳の誕生日までにね、個性が出なかったの。それで病院で診てもらったら……足の小指の関節が二本ある、だから個性は永遠に出ないだろう、って」

「……そう、なんですか」

「うん。ショックだったなぁ……人生最初の挫折だったよ。僕、ヒーローになりたかったから。それもオールマイトみたいな。"もう大丈夫、僕が来た!"……ってね」

 

 オールマイト。いまはもういない、平和の象徴。彼が表舞台から姿を消したとき実加はまだ幼かったし、ヒーローというものに人並み程度の関心しかもっていなかったから、ただ"すごいヒーロー"という程度の認識しかなかった。引退直後からそれまで息をひそめていたヴィランたちが待ってましたとばかりに社会をかき乱しはじめて、初めてそれだけ重大な存在だったのだと理解したけれども。

 

「かっちゃんは……彼は、そうじゃなかった。知ってると思うけどね。本当にヒーローになれるだけのものをもってる彼からしたら、何もないくせに夢だけはいっちょまえの僕なんかと仲良くできるわけがないんだ。――"デク"。何もできない無個性の木偶の坊。僕、名前がそう読めるから……そんなふうに、呼ばれるようになった」

「……ひどい人、ですね」

「うん、そうだね」

 

 苦い思い出を吐き出しておきながら、応じる声は不思議と落ち着いていた。

 

「かっちゃんのそういうところは、いまもあまり変わってない。気に入らないと思えばすぐに悪態つくし、自分が正しいと思えば誰かを傷つけてでもそれを実行する。……でも、それでもかっちゃんはヒーローなんだ。"俺は強い、だから全部守ってやる"――単純だけど、その気持ちだけは人一倍強いんだ、きっと。だから……」

「………」

 

 その瞬間、はっと我に返った様子で、出久は眉をふにゃりと下げて微笑んだ。

 

「……だからって、許せるわけないよね。あんなふうに言われてさ」

 

 許してあげて、とは言わない。彼もまた遺恨があるから、恨んでいるから――その割には、爆心地のことを語る瞳は楽しそうで、嬉しそうで。実加はこの青年のことがよくわからなくなった。

 不意に出久が落ちていた石を拾い上げ、それを海に向かって投げる。ばちゃん、と、水が弾かれる音が耳に飛び込んでくる。

 

「水切り、やったことある?」

「……いえ」

「そっか。僕はね、小さいころによくやったんだ、かっちゃんたちといっしょに。かっちゃんは七連チャン、簡単にできるようになったけど……僕はいまみたいに全然で。馬鹿にされて、嘲われて……悔しかったなぁ」

 

 また思い出話か、と思いきや。

 

「ね、いまなら七連チャン、できると思う?」

「え、……無理、だよ」

 

 出久の能力を侮っているわけではない。潮風が吹きすさび、波がたっているこの海原に、石が七度も跳ねてくれるとは思えなかった。

 出久は「そう思うよね」とうなずきながら、再び石を拾い上げ――円盤投げのような姿勢から、投げつけた。

 

 ばちゃん、ばちゃん、ばちゃんばちゃんばちゃん、ばちゃん――

 

 

――ばちゃん。

 

「……!」

 

 実加が目を見開くのと、出久が「よっしゃ!」と小さくガッツポーズをするのがほぼ同時だった。

 

「信じて!」

「!」

 

 青年の瞳が、またやわらかく細められる。

 

「みんな、やるときはちゃんとやってくれるよ。かっちゃんだって……そのときが来たら、絶対に。僕が保証するよ」

「………」

「そしてきみにもいつか、何かやるときが来ると思う。お父さんもきっと、それを楽しみに見守ってくれてるよ」

 

 実加はじっと、その深い光をたたえたエメラルドグリーンを見つめた。そして、ふと思った。"そのとき"は来たのだろうか。何もできない無個性のデクと呼ばれて、自分を何もない人間だと言った、この青年にも。

 だが、無邪気にぐう、と伸びをする彼の姿を見ていると、それを訊ねる気は萎んでしまった。そんなことをせず、ただこの人とふたり、しばらく波の音を聴いていたい――十四年間生きてきて、少女ははじめてそう思った。

 

 

 

 だが、平和な時間は長くは続かない。

 海を見つめるふたりの頭上では、蜂の魔人が、虎視眈々と"そのとき"を待っているのだから。

 

「ガドグボギザ……ラデデソジョ」

 

 その右手首には、鋭い針がぎらりと輝いている。もうすぐ生成が完了する。クウガの、最期だ――

 

 一方で、勝己もまたメ・バヂス・バの翅の発する超音波を追って急行していた。

 

(富津の海岸……奴の狙いは……!)

 

 理由なんていくらでも考えつく。――バヂスは、クウガ……緑谷出久を狙っている。先ほどの襲撃からもう十分以上が経過している。急がなければ。

 

 海岸線を視線でたどっていた勝己は、遂にふたつの人影を見つけ出した。その場で急ブレーキを踏み込み、ほとんどラグなく車両から飛び降りる。

 

「デク……!」

 

 

「――デクっ!!」

「!」

 

 鬼気迫る呼び声に、波の音に浸っていた出久はぎょっと振り返った。視界に飛び込んできたのは、全速力で駆けつけてくる幼なじみの姿。

 

「かっちゃん!?」

「14号がいる!!」

「!、えっ……」

「狙われてんのはテメェだ、デクっ!!」

「……!」

 

 飛び込んできた勝己は、突然のことに困惑して身動きとれずにいる実加を躊躇なく抱きかかえ、覆いかぶさった。大柄な身体に、少女はすっぽりと包み込まれてしまう。

 実加は、彼が守ってくれる――瞬時にそう確信した出久は、視線を上空に向けた。距離にして二キロも先、いくら障害物がないといっても肉眼では捉えることができない。

 だが……緑の姿なら。

 

 意を決した出久は、腹部に力強く両手をかざした。既に二時間が経過しているゆえに、元通りの鮮やかさを取り戻したアークルが顕現する。

 上空の敵を挑発するかのように、いつもより上向きに右手を突き出し、

 

「――変身ッ!!」

 

 疾風が、吹きすさぶ。緑谷出久の姿が、砂塵のむこうに消える。砂埃に実加がたまらず瞼を閉じ、そして再び開いたとき、

 

 風の止んだそこに出久の姿はなく……漆黒の皮膚と緑の鎧・複眼をもつ、異形の戦士がたたずんでいた。

 

(4、号……?)

 

 未確認生命体第4号。その正体は不明だが、とにかく同じ未確認生命体と呼ばれる怪物たちを倒す存在。だが実加は、彼の正体というものをはっきり認識せざるをえなかった。無個性だと言っていたあの青年が――

 驚きのあまり声も出せない実加とは対照的に、変身を見届けた勝己は冷静だった。今度は躊躇いなく片方の籠手を取り外し、緑の4号に向かって投げつける。4号――クウガはそれをがっちりと掴みとった。

 

――邪悪なるものあらば、その姿を彼方より知りて、疾風のごとく邪悪を射抜く戦士あり。

 

 桜子の解読してくれた碑文が、彼女とは別の無機質な女性の声で脳裏に流れる。腕から手に熱が通い、それが勝己の籠手に流れこんでいくのがわかる。

 そのとき、再びあの甲虫の幻が現れる。だが、今度は耐えられた。また"彼"が現れることは、予想がついていたから。

 

(きみが何ものか知らないけど……いまは邪魔しないでくれ)

 

(僕はあいつを倒さなきゃならないんだ。この、クウガの力で)

 

 出久の説得が通じたのか、甲虫の姿が徐々にフェードアウトしていく。もう何も阻むものはない。精神を研ぎ澄ませば、またすべてがクリアになる感覚。

 籠手が変形した疾風の弓矢――ペガサスボウガンを構えながら、微動だにしないクウガ。勝己も実加も、その背姿を見守ることしかできない。もはやすべては彼に託されているのだから。

 

 全身全霊で神経を研ぎ澄まして十数秒――やがてその聴覚が、蜂の羽音に似た音波を捉えた。

 

「!」

 

 咄嗟にその方角へ視線を向けたクウガ。聴覚同様に常人の数千倍まで強化された視覚は、上空二千メートルに滞空するメ・バヂス・バの姿を鮮明に映し出した。

 バヂスはこちらに右手を向け――毒針を射出した。物凄い速度で飛来する針。それを躱すことなど、いくらクウガとてできるわけがない――

 

――緑で、なければ。

 

「ふっ」

 

 彼は確かに回避はしなかった。そんな、万一にも勝己や実加に危害が及ぶふるまいをする必要自体なかったのだ。人差し指と中指の間で針を掴まえ、その場に捨て去る。勝己ですら感嘆の溜息をこぼしそうになるほどの神業だった。

 そして、その針を捨てる動作すら流れの一環にすぎない。クウガはその場に片膝をつきながらボウガン尾部のトリガーを引き伸ばした。黄金の弦が絞られ、銃口に空気が装填される。

 

「――はぁッ!」

 

 引き金を引くことで、圧縮された空気弾を……撃ち出す。そのスピードは、バヂスの毒針などとは比べものにならない。

 

「ギアァッ!?」

 

 その身が一瞬にして貫かれ、バヂスは短い悲鳴をあげる。ただ空気弾に身体を食い破られただけなら、グロンギ特有の超回復力でものともしなかったかもしれない。だが、その空気弾にはアマダムから供給された封印エネルギーがこめられている。刻印が宿ったが最後……もはやバヂスに、生きながらえるすべはない。

 

「ギイィィィ、グガッ、グアァァァァ……!?」

 

 うめき声をあげながら、態勢を保てなくなったバヂスは墜落していく。エネルギーの流入に耐えきれずバックルが真っ二つに割れ、そこから爆発が起きる。

 衝撃に引きちぎれたバヂスの全身が、燃えさかりながら次々海へ落下していく。やがて爆炎は水平線にかき消され、もはやその存在の痕跡はこの世界から消えうせたのだった。

 

「………」

 

 息をつきながら、構えていたボウガンをやおら下ろすクウガ・ペガサスフォーム。その複眼が、ゆっくりと実加に向けられる。かたちは大きく変容しているが、同じ緑――宝石のような煌めきは、本来の彼と変わっていないように思われた。

 

 

 

 

 

 深い蒼の広がる海原が、橙に染まりつつある。

 白昼から昏い夜の隙間、刹那の夕焼けのもとに、三つの人影がたたずんでいた。

 

「はぁ……くたびれた……」

 

 そのうちのひとつ――もとの姿に戻った緑谷出久が、力ないつぶやきとともに砂浜に座り込む。監視台に背を預け、いまにもまどろみに落ちてしまいそうだ。その疲労に見合う戦果を挙げたゆえか、爆豪勝己もその姿に文句はつけなかった。

 いや……それ以前に、彼にはもっとやるべきことがあったのだ。出久を見つめる夏目実加のもとに歩み寄り、その姿をじっと見下ろす。

 

「………」

 

 紅い瞳に射抜かれた少女は、怯えを含んだ表情でそれと向き合わねばならなかった。目の前のヒーローは、自分に何を言いたいのだろう。捜索に手間取らされたことに対する怒りをぶつけられるのだろうか、それとも。

 

 

「……悪かった」

「……!」

 

 鍛えられたその背を、勝己は折った。

 

「あんときは、言いすぎた。すまなかった」

 

 言い訳ひとつせず、それをはっきり己が罪と認めつつも。

 

「だが、やっぱり0号をいますぐどうこうはできねえ。……こいつの力借りて一体一体倒してくのがやっとだ、情けねえ話だけどな」

「………」

 

 実加がそっと目を伏せる。そこには抑えきれない落胆が浮かんではいるけれども、逆にいえばそれを超えたところは抑制しようとしているということ。――何を言ったのかは知らないが、自分がたどり着く前の出久のことばが胸にあるのだろうか。

 

 己の思いはすべて押し殺して、勝己はヒーロー・爆心地としてのことばを続けた。

 

「それでも、」

 

「奴らのいいようにはさせねえ。俺が……俺たちが必ずぶっ潰す。だからその日を、もう少しだけ待っててほしい」

 

 実加は気づいた。怒りと冷たさばかりがにじんでいると思った紅い瞳が、かすかに濡れていることに。――彼の幼なじみのことばが、いまなら理解できる気がする。

 

「わたし、も……」気づけば、ぽつりとことばを紡いでいた。「ごめん、なさい……ごめんなさい……っ」

 

「守ってくれて……ありがとう……」

「……おぉ」

 

 小さくうなずく勝己の口許がほのかにほころんだのを、出久は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「かっちゃん」

 

 しゃくり上げる実加が覆面パトカーの後部座席に乗せられたところで、出久は勝己を呼び止めた。

 

「ンだよ」

 

 素っ気ない応答。「まだ何か文句があるのか」と言外に含んでいると、出久は感じた。

 先ほどのことばを聞いて、文句などあるわけがない。むしろ、

 

「実加さんの居場所の心当たり、教えてくれてありがとう。あと……ごめん。僕も、言いすぎた」

「………」

 

 「気にすんな」なんて返ってくるとは思わなかったけれども。それでも出久は頭を垂れた。

 やがて、

 

「頭上げろや」

「!」

 

 思わぬことばにぱっと顔を上げた出久を待っていたのは、強烈なでこぴんの洗礼だった。

 

「ッ、痛だっ!?」

「バカが、クソナードの分際で俺に意見してる時点で"言いすぎ"なんだよ。それ以上でも以下でもねえ」

 

 「フン」と鼻を鳴らし、勝己は運転席のドアに手をかけた。ことばもなく出久はその背中を見つめていたのだが、

 

「……それに、俺が謝った意味がなくなるだろうが」

「えっ」

「じゃあな」

 

 質問の猶予も与えずさっさと運転席に乗り込もうとして、勝己はいったん「あ」という声とともに停止した。そして、

 

「籠手の対価、あの店のカレー百食で手ェ打ってやってもいい」

「!」

 

 それだけ言って、今度こそ乗り込んで扉を閉めた。ほどなくエンジンの駆動音とともに、車両が発進していく。

 

「かっちゃん……」

 

 「謝った意味がなくなる」――そのひと言の意味はよくわからなかった。

 でも……それでもいいかと、思えた。ポレポレカレー百食――都合の良い解釈かもしれないが、それは食事をともにしてもいいというサインともとれなくはない。たった六年前、いまの実加と同じ年齢だったあのころの関係から、勝己は踏みだそうとしてくれている――少なくとも、それははっきりと伝わってきた。

 

 フッと頬をほころばせた出久は、自身もトライチェイサーを発進させた。今日はしっかりと休もう。いつとも知れぬ次なる戦いで、勝己を裏切ることがないように。

 

 

――そういえば、あの甲虫の幻は一体なんだったのだろう。

 

 ふと胸に浮かんで、いったんしまうことにした疑問。

 

 九郎ヶ岳から発掘された無数の破片と、実加がもたらした翠の輝石。

 それらが出会ったそのとき、幻は現実のものとなって現れる――このときはまだ、知るよしもないのだった。

 

 

つづく

 

 





光己さん「次回予告ですわよ引子さん!」
引子ママ「はわわわ……わ、私に務まるかしら……」
光己さん「大丈夫ようちのバカと出久くんにできたんだから!ってわけで次回からは新章突入、"ふたりはママキュア"編スタートよ!プルスウルトラ~!」
引子ママ「いきなりウソはやめましょう!?その時点で務まってないから!」
光己さん「すいません、テヘッ。でも私たちが作品乗っ取れば、引子さんの心労も減るんじゃないかと思って~」
引子ママ「うう……確かにとても心配だわ……。いくら勝己くんや桜子さんたちが助けてくれるとはいっても、出久があんな怖い怪物と戦うなんて……あぁっ、出久ぅぅぅぅぅぅぅ!!」
光己さん「引子さん!こんな作者のために、これ以上引子さんの涙は見たくない!(中略)だから見ててください、私の!上京!!」

EPISODE 13. 来襲

引子ママ「さっさらに!」
光己さん「向こうへ!」

Wママ「「プルスウルトラ~!!」」

???『カディル・サキナム・ター』
引子ママ「!?」
光己さん「変なのキター!!」


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EPISODE 13. 来襲 1/3

一日と経たずに次話投稿するのは地味に初めてな気がします

南光太郎こと倉田てつをさんがオーナーを務めるビリーザキッド東陽町店に行ってまいりました。残念ながらてつをはご不在でしたが、BLACKの等身大像の前で変身ポーズをとって記念撮影したり、BLACKステーキ2,250円をいただいたり大満足でした
前に感想への返信で「ゴルゴム、クライシスと戦い抜いたあとのデクRXがワンフォーオールも継承してやりたい放題やる話書きたい」みたいなことを言ってましたが、そのうち短編程度でサクッと書くかもしれないです。まだRX観終わってないのでそのあとになると思いますが

ところで皆さんはBLACKとRXどっち派ですか?
作者はBLACKです。完成度の高いデザインとライダーパンチ&キックのみという地味さがいい味出してると思います。変身の拳ギリギリも最高峰だと思いますし
でも光太郎の性格的にはRXのほうが爽やかで親しみがもてるんですよねえ……結局甲乙つけがたいです


――城南大学 

 

 日中は学生らでにぎわうキャンパス内も、月すら沈む深夜となると人気は極めて希薄となり、闇に閉ざされたようになる。

 考古学研究室の入った棟も例外ではない――と思いきや。要の研究室には、まばらだが人の姿があった。もはや言うまでもないだろうが、院生のひとり・沢渡桜子その人である。

 

 彼女はいま、九郎ヶ岳遺跡にまつわる古代文字の研究を急ピッチで進めていた。徹夜上等で。コーヒーメーカーは既に空になっており、デスクには何本もの栄養ドリンクの瓶が置かれている。

 平時ならいち院生にすぎない彼女がそこまでの負担を強いられることはなかっただろう。しかし、約一ヶ月前の九郎ヶ岳の惨劇で大学の調査団が全滅……未確認生命体――"グロンギ"と呼ばれる種族が現代に甦ってしまった。そんな状況下において、奴らと戦う手がかりとなる古代文字の解読は急務であった。まして先頭で命を懸けているのは、友人たる年下の青年なのだから。

 

「………」

 

 静寂のなかで、一心不乱にキーボードを叩き続ける音だけが響く。しかしある瞬間、それが不意に止んだ。

 

「甲虫の姿をかたどりし……う~ん……」

 

 液晶を睨みつつ、首を傾げる。――古代リントの使用していた文字には表音と表意の二種類があるのだが、クウガのアークルや武器をはじめとするアイテムの多くには後者が使われている。それらは複数の意味をもつ場合があり、明らかに文意にそぐわなければ良いのだが、どの意味をとっても成立してしまう場合が厄介だった。いまがまさしくそれだ。

 

「ふぁ……」

 

 いったん集中が切れてしまうと、途端にあくびが漏れ出してくる。身体にのしかかる疲労をようやく自覚した桜子は、背後にある窓を開放することにした。五月上旬の涼やかな夜風が部屋に吹き込み、気分をリフレッシュさせてくれる。栄養ドリンクやカフェインよりよほど健康的かもしれない――と、一瞬思った。徹夜をしている時点で健康も何もあったものではないのだが。

 解釈の段階になると、こんな時間にひとりで悩んでいればいいというものでもないのかもしれない。少し頭が冷えた桜子は今日はもう帰宅することにした。明日――日付的には今日だが――からまた心機一転がんばろうと決心して。

 

 そんな彼女が窓を閉じようとした瞬間、

 

 建物を、激しい揺れが襲った。

 

「きゃっ!?」

 

 つんのめって危うく転落してしまいそうになった桜子は、咄嗟にその場にしゃがみ込むことで難を逃れた。しかし揺れはまだ続いている。地震――いや、それにしては妙な揺れ方だ。いったん収まったかと思えば、短い激震が起こり――誰かが人為的に揺らしているような……。

 ヴィランの襲撃?あるいはまさか、未確認生命体?それらの可能性が頭をよぎった直後、揺れはようやく完全に収まった。

 

「なん……なの……?」

 

 様々な思いがめぐるなか、開口一番つぶやかれたのがそれだった。どこかで警報器が鳴っている。下手に動かず、ここに身をひそめているべきなのだろうか――そんなふうに考えていると、

 

 開け放ったままの窓の外から、ガラスが粉々に砕け散る音が響いた。

 

「!?」

 

 これには興味が勝ってしまった桜子は、窓から身を乗り出していた。その途端、目に飛び込んできたのは――夜空へと舞い上がる、巨大な影。

 

「あれは……まさか……!?」

 

 そのシルエットは、沢渡桜子にとってはっきり記憶に残ったものだった。――甲虫。

 夜空に溶けた影のなかで、中心を彩る翠の鮮明な輝きだけが、鮮やかに残されていた。

 

 

 

 

 

 それから数時間後――静岡県折寺市。城南大学のある東京都文京区から約百キロ強離れたこの街のある家宅で、ひとりの女性が出かけようとしていた。出勤にしてはかなり早い時間、心なしかわくわくした表情。どこか小旅行にでも行くのだろうか。

 

「あれ、光己さんもう出かけるの?」

 

 玄関で靴を履く女性の背中に、眼鏡に無精髭の男性が声をかける。見るからに気の強そうな女性に比べると、穏和な雰囲気。親子……というほど歳は離れていないが、夫婦としてはやや女性の外見が若すぎるようにも思われる。男性は四〇代半ばくらいだが、女性は肌つやでみれば二〇代そこそこでも通用する外見だ。雰囲気はずいぶん落ち着いているが。

――正解は後者、しかも実年齢は四つ違いなので、ごくごく一般的な関係性なのだった。

 

「善は急げって言うでしょ。それに日帰りなんだから、のんびりしてらんないもん」

「まあ、そうだね……」男が眉をふにゃりと下げる。「でも不安だな……未確認生命体が出現するかもしれないし。万が一、光己さんが巻き込まれたらと思うと……」

「へー、そんなこと言ったらウチのバカ息子はどうなるのかしら?」女性がニヤリと笑う。

「いっいや、そりゃ心配だよ!できればそんな危ない仕事やめてこっちに戻ってきてほしいけど……無理だろうなぁ……」

「無理でしょうね」

「ハァ……せめて今日、会えるといいね」

 

 しみじみつぶやく夫に、妻はグッと親指を立ててみせた。そして、

 

「じゃ、行ってくる」

 

 困ったような微笑みを浮かべた夫に見送られ、妻は家を出た。掛かった表札には"爆豪"と記されている。

 

「……あ」

 

 不意に立ち止まった爆豪光己は、バッグからスマートフォンを取り出した。

 

「いまのうちに引子さんにラインしておこうっと。……やだわ、物忘れの心配しなきゃならんお年頃」

 

 

 

 

 

 さらに数時間後、警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部。

 

「さて……皆もう聞き及んでいることと思うが、本日深夜、城南大学から例の破片群が消失するという事件が起きたワン」

 

 本部長である面構犬嗣のことばに、捜査員・ヒーローたちの表情が引き締まる。

 

「正確には、"飛び去った"というべきだろうが」

「ええ」管理官の塚内直正が引き継ぐ。「九郎ヶ岳遺跡付近から出土した破片群は、その後発掘調査を担当した城南大学考古学研究室によって復元作業が行われていた。昨日、それが終了したばかりだったそうだ」

 

 一同は手許の資料に目を落とした。城南大学考古学研究室から借り受けてきたそれらには、復元された破片群本来の姿があった。

 

「甲虫……」

 

 それを見たヒーロー・爆心地――爆豪勝己が、ぽつりとそうつぶやいた。彼の様子の変化に気づいたインゲニウムこと飯田天哉が、小声で囁く。

 

「爆豪くん、どうかしたのか?」

「……なんでもねえ」

 

 勝己が目を伏せたために、飯田も「そうか」と返すほかなかった。

 その間にも、話は進められていく。

 

「この破片群……仮に"未確認飛行体"と呼称することになったが、その行き先は目下不明だ。しかし定点カメラの映像や目撃情報などを総合するに、東京周辺にとどまっている可能性が高いと思われる」

「……しかし、」鷹野警部補がつぶやく。「意志をもって動いているのだとしたら、目的は一体……」

「未確認生命体のように、我々を襲うつもりかもしれんな」これはエンデヴァー。

 

 その可能性を否定できる者は、いまここにはいなかった。沈黙の場をやおら見回したあと、面構が厳かな声で言う。

 

「エンデヴァーの言うとおり、いつ万一のことが起きてもおかしくない。また、それに連動して未確認生命体が出現することも十分に考えられる。引き続き警戒を怠らないよう、皆、頼むワン」

 

 

 

 

 

「生命体の次は飛行体とはねー……あーヤダヤダ。おかげで今期のアニメ全然消化できないよ、わが城のHDDもいっぱいいっぱいですし。早く完成してくんないかなー例のプロジェクト」

 

 捜査会議終了後、廊下を歩きつつ森塚巡査がこぼす。彼は重度のアニメオタクだったが、その趣味は現職と相性が悪いのだった。

 それも、ふつうならちょっとした愚痴として適当に受け流されるべきものなのだが、

 

「仕方ないでしょう、我々の行動ひとつひとつが市民の命を握っているのですから!そのことは森塚刑事もご承知のはずです」

 

 やや怒った調子で、隣を歩く飯田がきっぱりとそう言いきった。彼のほうが六つも年少なのだが、身長では圧倒的に勝っている。ゆえに威圧感は凄まじかった。

 その威圧感をさらりとかわしつつ、

 

「わかってますって。一応誇りをもってやってるからねぇ僕も、憧れから選んだ仕事ですし?」

「憧れ……ですか?」

「そ。"バッカモーン!!"ってね」

「??、サザエさんのお父上はサラリーマンだったと記憶しているのですが……」

「そ……そっちじゃない。そっちじゃないよ飯田クンよォ……」

 

 ふたりがそんなやりとりを繰り広げる一方で。

 

「………」

 

 巡り合わせでそばを歩いていた勝己はひとり考え込んでいた。デク……緑谷出久が見たという飛翔する甲虫の幻。無論、あの幼なじみの頭の中を覗けるわけもないが、もし同一のものだとしたら。未確認飛行体は、出久の前に現れるのではないか。あるいは、害意をもって――

 

 そこまでで、彼は自身の思考を乱暴に打ち切った。

 

(なんで毎日毎日アイツのツラ思い浮かべてんだ俺はッ、クソが……!)

 

 勝手に苛立ち、鼻息が荒くなる勝己。先ほどからずっと様子を気にしていた飯田が、それに気づかないはずもなく。

 

「爆豪くん……どうかしたのか?」

「ア゛?……何がだよ」

「いや、未確認飛行体のことで気がかりがあるようだから。何かあるなら話してくれ」

「………」

 

 一瞬、口を噤もうかとも思った。が……クウガの正体が明らかにならない範囲でなら、彼らにくらいは伝えてもいいだろうと思い直し、口を開く。

 

「4号の野郎が、緑ンなったとき甲虫の幻を見たっつってた。それを思い出しただけだ」

「!、そうだったのか……」

「へー」

 

 そのことが如何様な意味をもつのか。勝己以上にじっくり考えこみはじめた飯田――対照的に、何か言いたげな目つきで見上げてくる森塚。

 

「……なんすか?」

「いやぁ。そろそろ僕らにくらい紹介してくれてもいいんじゃないかなー、と。4号氏のこと」

 

 言い方は冗談めかしているが、その瞳は刑事らしい獰猛な輝きをたたえている。来たか、と勝己は思った。

 

「ね、飯田くんもさ、そう思うっしょ?」

「!、それは……」

 

 同意を求められた飯田は、複雑そうな表情を浮かべた。ちら、と向けられた視線には、逡巡がありありと見てとれる。

 きっと、本心は森塚と同じなのだろう。飯田だって、露骨に隠しごとを続けられて愉快であるわけがないのだ。――同時に、勝己を信頼して万事任せたいとも思っている。少なくとも、それで結果が出ているうちは。

 

 勝己も正直、話してしまいたい気持ちはあった。実際、蛙吹や発目にはやむを得ずとはいえ知らせてある。彼らにもそうしてしまえば、自分があの幼なじみの保護者めいたことをする必要もなくなる――

 

「……あいつは――」

 

 気づけばことばが滑り出していた。しまったと思っても、一度飛び出したものはそう簡単には止まらない。強固な意志があれば別だが、迷いがある以上、そのまま――

 

――というところで、不意にスマートフォンが振動した。着信だ。

 

「………」

 

 はからずも他力によって止まることができた勝己は、内心わずかに安堵しながら携帯を取り出したのだが……発信者の名を認めた途端、そんな感情は一気に吹っ飛んだ。

 

「……爆豪くん?」

 

 「誰からだい?」と今度は遠慮なく訊いてくる飯田を射殺さんばかりに睨んだあと、勝己はそそくさと廊下の片隅に移動した。ほとんど壁に頭をくっつけるようにして、

 

「……なんの用だクソババア」

 

 開口一番、そう言い放つ。小声なので威圧感のかけらもないが。

 それに対し、

 

『ハタチ過ぎて妙齢の女性をクソババア呼ばわりなんて礼儀がなってないわね、親の顔が見てみたいわ!』

「あんたとあんたの旦那だろうが!なんでかけてきやがったマジで!?」

 

 電話の相手は爆豪光己。――勝己の、母親だ。

 

「……こっちは仕事中なんだよ。用事あんならラインしろや」

『あんたあんまりライン見ないでしょうが、一日二日経たないと既読もつかないし。通知オフにしてるんじゃないでしょうね?』

「………」

 

 図星であった。

 

『まあいいわ。お母さんね、いま東京駅にいるの』

「……は?」

 

 東京駅――上京してきたというのか?母親が?

 

「なんで……」

『なんでってそりゃあ、たまには息子の元気な顔見たいし?ほんとはお父さんも来たかったんだけど、仕事じゃしょうがないからねぇ……』

「………」

『そういうわけで、もし時間つくれるならお昼でも一緒にどう?お母さん行ってみたいお店があるんだけど――』

 

「帰れ」

 

 その冷たく突き放すことばは、驚くほどすっと飛び出した。

 

『どうして?』

「どうしてもクソもねえだろ、東京(こっち)には未確認生命体がいるんだぞ!?ンなくだらねえ理由でのこのこ出てくんじゃねえよクソババア!!」

『ハァ!?くだらないとはなんだこのバカ息子!!』母親もまったく負けていない。『そんな親心のわからない子だとは思わなかった……。いいわよ、別にあんただけに会いに来たわけじゃないし!(あっち)とよろしくさせてもらうから』

「ッ、勝手にしろ!」

 

 半ば自棄に叫んで、勝己は乱暴に電話を打ち切った。"(あっち)"が誰を指しているのか……それを気にかける精神的余裕はなかった。

 

「……クソがっ!!」

 

 衝動的に壁を殴りつけそうになったが、飯田が「やめたまえ!」と制止してきたためにそれすらできない。苛立ちがますます募る。

 

「さっきの電話……もしかしてお母様かい?」

「……だったらなんだよ」

「やはりお母様相手にあの物言いはよくないと……いや、そんなことより、もしかしてこちらに出てらっしゃったのか?そんな様子だったが……」

「……チッ」

 

 聞かれてしまった以上は是非もないと、勝己は「そうだよ」と不承不承うなずいた。

 

「そうか……それは困ったことになったな……」

「冗談じゃねえわクソが……」

 

 ひとつ舌打ちをして、勝己は再び歩き出した。飯田が慌てて呼び止める。

 

「まっ待ちたまえ!どうするんだ、お母様のことは……」

「どうもこうもねえだろ。いちいち構ってられっかよ、仕事だ仕事」

「いや、しかし……」

「くどい」

 

 吐き捨て、去る勝己。確かにヒーロー……それ以前に社会人として、不幸があったわけでもないのに目の前の職務より母親を優先はできない。その点、間違いなく正論ではあるのだが。

 

「こいつぁなかなか……不器用なこって」

 

 森塚のつぶやきを聞いて、やはりこの人は大人だと認識せざるをえない飯田天哉なのだった。

 




キャラクター紹介・クウガ編 ズゴゴ

ペガサスフォーム
身長:約2m
体重:99kg
パンチ力:1t
キック力:3t
ジャンプ力:ひと跳び15m
走力:100mを5.2秒
武器:ペガサスボウガン
必殺技:ブラストペガサス
能力:
全身の感覚が飛躍的に強化されたクウガの特殊形態。なんと常人の数千倍!赤外線や紫外線の視認や、人間の可聴域にない超音波を聴くことなんかもできるぞ!
ただし格闘能力は大きく減退(右腕のパワーコントロールリングによる補強でようやくドラゴンフォームと同程度)しているほか、エネルギー消費の激しさから五〇秒しか変身していられない。この制限時間を超えるとグローイングフォームに戻ってしまい、その後二時間変身が不可能になってしまう。
そのため遠距離からのペガサスボウガンによる射撃で確実に敵を射抜く、全神経を集中した一発必中短期決戦の戦闘スタイルが求められるぞ!
基本カラーは緑!緑谷出久の緑と覚えてくださぁぁーーい!!


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EPISODE 13. 来襲 2/3

爆豪ママ結構好きです。かっちゃんそっくりなのでそういう目では見れませんが好きです

ふと思ったんですが、引子ママと彼女の性格が逆だったら息子たちはどう育ってたか気になります。かっちゃんは良くも悪くもあまり変わらなさそうですが出久はマザコンになりそう……一人っ子だし……


 緑谷出久は城南大学にいた。この日は講義が入っているからいずれにせよ来る予定ではあったのだが、到着するなり彼が急行したのは考古学研究室。

 

 そして彼はいま、つい数時間前まで件の破片群が保管された一室の前で、呆然と立ち尽くしていた。

 

「うそ、だろ……これ……」

 

 目の前の光景が信じられない。無理もない――だってあるはずの部屋が、消失しているのだ。ドア一枚の向こう側が、断崖絶壁のように外へ通じてしまっている。

 

「あの破片群が飛び去ったあとには、こうなってたの」

 

 彼とは異なり、淡々と告げる沢渡桜子。しかし彼女が冷静でいられるのは、この光景を見るのが初めてではないからだ。

 

「どういうことなの?そいつが全部壊した……って、わけでもないんでしょ?」

 

 ()()()()から戻りつつ、質問する。壊したとすれば、崩壊した部屋の残骸が地上にあるはず。そうしたものはガラス片以外存在していなかったというのだ。

 だが、何より気になるのは。

 

「甲虫……。やっぱり、僕が見た幻と同じものなんだろうか……」

 

 緑のクウガ――ペガサスフォームに変身した際に脳裏に浮かんだそれは、戦闘中や日常生活では現れなくなったものの、その後毎日のように睡眠中、夢の中に現れていた。安眠妨害、というほど鮮烈でもないため、既に出久は慣れつつあったのだが。

 

「確かなことは言えないけど、そうかもしれない。――見て」

 

 研究室に入って早々、桜子のデスクに案内される。用意周到というべきか、画面には既に彼女の見せたいものが表示されていた。

 

「これなんだけどね。"甲虫の姿をかたどりしもの"……」

 

 件の破片群に刻まれていた碑文の解読結果。いや、結果とは言いがたいかもしれない。まだ、完全ではないのだ。

 

「うわ、いっぱいあるなぁ……」

「そうなのよ。なかなか絞り込めなくて……一応この、"馬のごとく守る"が無難な訳かな~とは思うんだけど」

「うーん、まあ確かに……あ、」画面を指差し、「でも、こっちでもよさそうじゃない?ほら、この"馬の鎧"ってやつ」

 

 リントの使用する表意文字において、"守る"と"鎧"は同じものだった。

 

「でもそこが"馬の鎧"だとすると……"馬の鎧となる(しもべ)"ってこと?」

「うん」

 

 桜子がぷっと噴き出す。

 

「虫がどうやって馬の鎧になるのよ?」

「それは……ほら、身体を変形させる個性とかだっていまはあるんだし。それにクウガ自体そういう芸当ができるわけで……――ダメかな?」

「ダメじゃないけど……。それじゃ一応、馬の鎧ってことにしとく?」

「うん!なんにしてもさ、悪いやつじゃなさそうでよかったよ」

 

 ともに戦う仲間。それが増えるというのは、やはり出久にとっては嬉しいことなのだろう。その翠が生き生きと輝いている。

 と、ここで不意に出久の携帯が鳴った。発信者を確認した彼が、「あれ」と声をあげる。

 

「知らない番号だ……。誰だろう?」

「間違い電話じゃないの?」

「今どきあまりない気がするけどなぁそういうの……相手も携帯だし」

 

 まあ間違い電話なら間違い電話で、そう教えてあげればいい話だ。出久は特に躊躇うことなく、それを承った。

 

「はいもしもし、緑谷ですけど」

 

 上述の意図からか、"緑谷"をやや強調した出久。しかし次の瞬間、彼の様子が一変した。「えっ!?」と声をあげたかと思うと、身ぶりからして慌てた様子で「あっおっお久しぶりです!」だとか「どうしたんですかいきなり?」だとか、とにかく驚愕が前面に出たことばを発している。具体的な内容から察するに、古い知人のようだ、それも目上の。

 桜子が相手の正体を推察していると、出久がさっきよりひときわ大きな声で「ええっ!?」と仰け反った。

 

「東京に!?なんで……あ、あぁ、そういう、いや……わかりますけど……。あ、はい、お昼くらいならなんとか……わかりました、じゃあ茗荷谷駅で」

 

 何か待ち合わせをしたらしき会話で通話を締めると、出久はふうううう、と腹の底から吐き出すような溜息ひとつ。

 

「……ごめん沢渡さん。こんなときに悪いんだけど……僕、行かないと」

「あ、うん、私は全然大丈夫だけど……誰なの?」

「えっと、実はですね――」

 

 出久の口から明らかにされたその正体に、桜子も思わず「ええっ」と声をあげてしまった。

 

 

 

 

 

――三鷹市内 某所

 

 人目につかない雑木林の中に、風景に溶け込んでいるとは言いがたい大型トラックが駐められている。

 

「ギギザソガダサギ、ギゴセンバサザ」

 

 そのトラックの側部をバンバン叩きながら日本語と似て非なることばを発するのは、初夏を迎えんとする季節に逆行するかのように厚手のコートを纏い、目深にフードをかぶった小男。整っているとは言いがたい下卑た顔つきに、瞳だけが飢えた獣のようにぎらぎら輝いている。見るからに危険な風体――それこそ、彼が古代より復活した異形の殺人者・グロンギの一員であることの証左だった。

 

 それに対し、十歳そこそこの少年が臆することなく声をかける。彼もまた、グロンギのひとりであったから。

 

「へえ、アンタにしては考えたね。リントの道具使うなんて」

 

 日本語。さらにもうひとり、ショートカットの女が、

 

「しかし、リントどもも力をもっている。容易くはないぞ」

「ヘヘヘ……わかって、ル。一瞬、デ、仕留めル」

 

 たどたどしい日本語でそう応じると、男はトラックの運転席に乗り込んだ。エンジンがかかったかと思うと、かなり乱暴なアクセラレーションで発進していく。それと入れ違うように、バラのタトゥの女、そして蝙蝠傘の男――ズ・ゴオマ・グが現れる。

 

「ギャリドは行ったようだな」

「うん。いつの間にかあんなの操れるようになってるなんて、あいつもやるよね。――ねえ、ゴオマ?」

「!」

 

 少年――メ・ガルメ・レの瞳が、嘲るように細められる。当然強い反感を抱いたゴオマだったが、それを行動に表すことはできなかった。この子供の怪人体の舌には、何度も吹っ飛ばされているがゆえに。

 だが、同時に興味も湧いた。"ゲゲル"を開始したかの男――メ・ギャリド・ギは、リントの道具をどのように扱って殺人に及ぶのか……。

 

 

 

 

 

「あっ、出久くーーん!!」

 

 茗荷谷の駅前にトライチェイサーを駐めて待っていた出久は、親しげに呼びかける女性の声にぱっと顔を上げた。

 行きかう人混みの中から、ひときわ肌の白い女性が飛び出してくる。大ぶりに手を振りながら。出久はぎこちなくはにかみつつ、小さく手を振り返した。

 

「ひっさしぶりー出久くん!」

「アハハ……お久しぶりです――光己さん」

 

 爆豪勝己の母・光己――彼女こそ、出久を呼び出した張本人だった。

 

「もう五、六年ぶりだっけ?立派になったわねぇ、ちゃんと都会の大学生って感じ!」

「そ、そうですか?」

「うん。でも良い意味でそこまで変わってなくて、おばさん的にはひと安心かな~。ひと昔前のビジュアル系みたいになってたらどーしようかと思ったもん」

「アハハ……」

 

 胸に軽くパンチをかまされて、出久は苦笑いを浮かべた。赤ん坊のころから出久のことを知っているためか、この女性はかなり気安い態度で接してくる。彼女の息子よりよほど友達らしい対応なのではないか。

 

「でも、ほんとびっくりしましたよ僕のスマホに連絡あるなんて。母さんから番号聞いたんですか?」

「うん。引子さんも来たがってたけど、パートの都合とかもあってねー……何より万が一にも危ない目に遭わせるわけにはいかないし!」

「いや、それは光己さんも一緒なんじゃ……。かっちゃん、何も言わなかったんですか?」

「言った。バリバリ罵詈雑言ぶつけてきやがったわよあのバカ息子!"んなくだらねえ理由でのこのこ出てくんじゃねえよクソババア!"ですって。失礼しちゃうわ、ったく」

「あ、アハハ……かっちゃんらしいなぁ」

 

 くだらねえ理由、であるかはともかく。

 

「でも、危ないですよ本当に。未確認生命体、いつどこに出てくるかわかりませんし……」

「うーん、そう素直に気遣ってもらうと考えちゃうわねぇ……」本当に考えこんだあと、「じゃあこうしましょ!これから出久くんの働いてるっていうお店でゆっくりランチして、そしたらそのまま帰るわ。それなら危ないこともないでしょう?」

 

 確かに、あちこち移動しないのであれば、いますぐ帰らせるのと同じことかもしれない。万一遭遇する事態になったとしても、自分がそばについていれば守ることはできる。その場合、クウガの正体が露呈はしてしまうが……。

 

「う~ん……まあ、そういうことなら……」結局了承し、「じゃあ、早速向かいましょうか」

「オーケー!……それにしてもそのバイク、カッチョいいわねぇ。出久くんがバイクなんて、ちょっと不思議な感じ」

「自分でもそう思います。大学でできた友達に影響されて乗るようになったんですよね。便利だし、ツーリングなんかも楽しいですよ」

「ふーん、いいじゃない。そんじゃ堪能させてもらおっかな、出久くんのライテク!」

「ハハ……五分もかからないですけどね、店まで」

 

 なんだかこそばゆいものもありつつ。出久は後ろに光己を乗せ、マシンを嘶かせたのだった。

 

 

 

 

 

――同時刻 三鷹市下連雀

 

 緊急通報を受け、未確認生命体関連事件合同捜査本部の捜査員らが現着していた。

 

 その事件現場は歩道上だった。巨大なタイヤ痕があちこちに残され、その周囲に血痕と思しきものがにじんでいる。

 

「下手な個性犯罪よりエッグイなぁ……こりゃ」

 

 露骨に顔を顰め、森塚がつぶやく。事故、にしてもあまりに悲惨。そもそも事故なら、こんなふうに何度も轢き直したような痕が残るわけがない。――まるで人間を轢く感触を楽しんでいるようだ、と飯田は怒りとともに思った。

 同時に、疑問がひとつ。

 

「しかし、これがどうして奴らの犯行だと判断されたのでしょうか?従来の個性犯罪的な手口とは異なりすぎているように思えますが」

「――簡単なことよ」

 

 飯田らが振り向くと、所轄の捜査員から報告を受けていた鷹野が戻ってきたところだった。

 

「逃げた通行人を追ってトラックを飛び出したコートの男が、異形の姿に変身した。聞き慣れない言語をしゃべってもいたそうよ」

「なるほど……。しかし、奴らが車の運転など……」

「………」

 

 流暢な日本語を操る個体、車の運転を習得した個体――古代人であるグロンギが、徐々に現代人である我々に近づいている。その事実を予感しない者は、この場にはいなかった。

 




ギャリドが第18号なので、15~17号をご紹介↓

第15号(トカゲ種怪人 メ・ガーゲ・レ)
→マイティフォームに倒される
第16号(カエル種怪人 メ・ガエラ・レ)
→ドラゴンフォームに倒される
第17号(シマウマ種怪人 メ・ジュウマ・ダ)
→マイティフォームに倒される

ガエラ戦では再びの梅雨ちゃん、ジュウマ戦では飯田くんと森塚さんが活躍したとかしてないとか
その模様が見たい方は指定の口座に1000万振り込んでくだちゃい。パンペーラ購入及びビートチェイサー(ブルーライン)への改造資金に充てます


……マジでいつかは欲しいなぁ、ビートチェイサー


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EPISODE 13. 来襲 3/3

バックします

 バ ッ ク し ま す

  バ ッ ク し ま す


 ランチタイムを迎えたポレポレはそれなりの混み具合だった。ウェイトレス役の麗日お茶子が注文を承り、運び、おやっさんことマスターがてきぱきと調理を進めていく。"ゆっくり行こう"と銘打ってはいるが、働くときはきびきび働くのが彼のモットーなのだった。

 

 と、そこに新たな客が入ってくる。「いらっ社員食堂~!」とコテコテのオヤジギャグで迎えたおやっさんだったが、すぐに「あれ」と声をあげた。

 

「出久ぅ!」

「!」お盆を運んでいたお茶子が物凄い勢いで振り向く。その瞳は猛禽類のようだった。

 

「こんにちは」

「おう、今日おまえシフト入れてたっけ?まあこのとおり大繁盛大吟醸ってな状況だから、手伝ってくれるって言うなら大歓迎よ」

「あーいや……すいません。今日はお昼食べに来たんです、お客さん連れて」

 

 そこで出久の背中からひょこっと光己が顔を出す。それを見たお茶子が「あぁっ!」と駆け寄ってきた。

 

「爆豪くんのお母さん!?」

「あらっ、お茶子ちゃん。久しぶりね~、元気だった?」

「はい!お母さんこそ全然お変わりなく……ホンマお若いわぁ」

「ウフフフフン、褒めても何も出ないわよ~」

 

 置いてけぼりになっているおやっさんをひとまず放置して、カウンター席に通される。

 ようやく人間関係を整理できた彼が、そこでようやく口を開いた。

 

「爆豪くん……ってことはアレか、爆心地のお母さん?確かにそっくりだけど……お若いねえ!お姉さんの間違いじゃないんですか?」

「アラヤダ、マスターまでお上手!出久くん、本当にすてきなお店で働いてるのね」

「アハハ……まあ、そうですね」

 

 否定する気はまったくない。が、光己をヒーロー・爆心地の母親と知って"若い"と心から思わない者はいないだろう。"グリセリン"の個性のおかげで40歳を過ぎても皮膚が瑞々しいのだ、彼女は。その白皙は息子にも受け継がれているのだが。

 揃ってポレポレカレーとエスプレッソを注文するや、早速とばかりに光己が話しかけてきた。

 

「どう、大学生活は?楽しくやってる……な~んて、訊くまでもなさそうだけど」

「あ、はい、すごく楽しいですよ。勉強も好きなことができるし……僕、ヒーロー法のゼミ入ってるんですけど、ヒーローの意義と権限がどう変化してきたかとか、改正の歴史と時代背景を追ってるだけでもおもしろくて。ゼミの友達からは"史学科の人みたい"なんて言われちゃったりとか……」

「うんうん」

「あ、その史学科にも友達がいるんですよ。年上で、もう大学院生なんですけど、沢渡桜子さんっていう……」

「え、女の子!?」

「は、はい。ぼっ僕なんかが女の人と、って感じですけど……ほんとによくしてもらってて。あと、研究とか徹夜でがんばっちゃったり……すごい人なんです」

「へ~、そりゃ気が合うわけね。その娘が彼女さん?」

「へぁ!?ちっちちっ違いますよ!?ぼっぼぼっ僕なんかがそんな………と、友達です、大切な」

 

 どもりながらもそう言いきると、耳をそばだてていたお茶子がふうう、と溜息をついた。安堵とも落胆ともとれる、微妙ないろである。

 それを聞き逃した出久は、半ば強引に話を引き戻した。

 

「でっ、え、えっと……僕がバイク乗るきっかけになった友達が、心操人使くんっていう雄英出身の子で……」

「あっ、その子知ってるかも!確か洗脳の個性持ってる子よね」

 

 「1年生のときの体育祭でトーナメントまで残ってたから記憶に残ってるわ」と光己。心操がヒーローを目指していた、その頃の奮闘を覚えている人は間違いなくいるのだ。

 

「その心操くんもすごく優しい人なんです、ちょっと無愛想ではあるけど。バイクのこともそうだし、他にもマーシャルアーツとか身体の鍛え方とか、色々教えてくれて。心操くん、いまは警察官目指してるんですけど……ほんとにがんばってて。友達ってだけじゃなくて、ほんとに尊敬できる……なんていうか、師匠、みたいなところもあるのかな」

「へえ……」ひとしきりうなずいたあと、「ほんとにいい大学生活送ってるのね、出久くん」

「はい、それはもう!」

 

 出久がぱあっと目を輝かせて笑う。会うこと自体久しぶりだが、こんな表情を見るのはもっと久しぶりだ、と光己は思った。中学に上がったころから、出久は常に何かを誤魔化したような愛想笑いしか向けてくれなくなった。幼少のころはいつも、こんな笑顔を見せてくれたのに。

 その原因ははっきりしている。浮かび上がってきた苦い思いを出されたエスプレッソで上塗りして、光己は努めて笑顔を保った。

 

「ふふ……出久くんがそんなに楽しそうなんだもん、引子さんも呼び戻せないわけよね。電話でそういう話してるんでしょ?」

「ええ、まあ」

「でも、たまには帰って元気な顔見せてあげなさいよ。出久くんのことが心配でしょうがないのは相変わらずなんだから」

「……そう、ですね」曖昧にうなずきつつ、「光己さんは、いいんですか?かっちゃんに会わなくて……」

 

 出久もいまは東京を離れられない立場だが、勝己はヒーローになってからずっとそうだろう。この親子のことだ、自分のように頻繁に電話などしないだろうし。

 

「ま、しょうがないわよ」あっけらかんと言いきる。「あいつはそういうヤツだし。それに、殺しても死なないでしょうしね」

「ハハ………」

 

 そんなわけはないのだが、本当にそう思えてくるから恐ろしい。

 と、ここでおやっさんが「お待ちどおさま」とポレポレカレーを出してきた。調理に集中しつつもしっかり聞いていたのだろう、会話に割り込んでくる。

 

「そうは言ってもねお母さん、ここで待ってりゃ会えるかもしれませんよ息子さんに!」

「?、どうしてですか?」

「だってホラ、あのとおり!」

 

 おやっさんが指差した壁には、来店した有名人のサインが飾られている。その中にある"爆心地"という滑らかな文字を見つけて、光己は彼と同じ紅い瞳を見開いた。

 

「あら……あいつもこのお店、来たことがあるの?」

「ええ。なんか出久に用事があったみたいでねぇ」

「!」

 

 光己がびっくりしたように出久を見る。

 繋ぐようにお茶子が、

 

「デクくん、爆豪くんと幼なじみなんだもんねぇ。前にもふたりで一緒に行動しとったし」

「……そう、なの?」

「え、えっと……まあ、ハイ。偶然再会して色々あって、なんだかんだ交流が続いてるんですけど……」

 

 ことさら否定するのもおかしいと思い、ルーにスプーンを沈めつつ、うなずく。同時に、驚かれるのも当然だと思った。中学生のころ、自分と勝己の関係は最悪と言ってよかった。そのまま出久は公立の進学校、勝己は雄英高校に進んで別れて、それきりになるはずだった。でもグロンギの復活、そして出久がクウガの力の継承者となったことで――

 

「あっそういえば、前に引子さんが言ってたわ……ウチのから出久くんの住所訊かれたって……」

 

 クウガになった翌日のことだろう。その日のことは出久もよく覚えている。

 

「いいよね、幼なじみって。お互いのことなんでもわかってるって感じでさ!」

 

 何も知らないお茶子が羨ましそうに言う。――幼なじみという単語から思い浮かべる関係性は、一般にはそうだろう。出久だって、そうありたかったけれど。

 

「……かっちゃんは、すごい人だからなぁ」

「……?」

 

 吐き出されたことばは、お茶子には理解しがたいものだっただろう。当然だ、会話としてはまったく繋がっていない。

 それでも、光己には伝わったらしい。気遣わしげな表情を浮かべ、

 

「出久くん……あなた、勝己のこと――」

 

 そのなんらかの問いが終わらないうちに、出久の携帯が振動した。電話には敏感になっている出久が、手早くそれを取り出す。

 

(――かっちゃん!)

 

 噂をすれば、というべきか。だが、爆豪勝己が私的な用事で電話してくることはまずない。自分相手に限らず、勝己はそもそもそういうことをほとんどしない人間だ。

 電話をとると、案の定、

 

『18号が出た。いま幕張方面にトラックで逃走中だ』

「トラック……?」

『殺人の道具にしてやがる。とにかく、来い』

「……わかった!」

 

 通話が途切れるや、出久はすごい勢いで残ったカレーを掻き込みはじめた。三人が何事かと見つめている。一分もしないうちに食べ終えると、

 

「ごちそうさまでしたっ、僕、行かないと……!」

「え……」

「おう、気をつケロヨン!」既に慣れたおやっさんがわかりにくいオヤジギャグとともに送り出してくれる。

「はい!あ、麗日さん、」

「!」

「映画、明日なら大丈夫だと思うから。それじゃ!」

 

 そう言ってサムズアップをしてみせると、出久は店を飛び出していった。寸分遅れてお茶子がポッと頬を染めて「う……うん……」とうなずいたのだが、それを受け取る相手はいないのだった。

 

 

 

 

 

 "それ"は、森の中に身をひそめていた。他の、自らよりずいぶん体格の小さな昆虫たちと同じように。

 ただ、彼らとの違いがひとつだけあった。彼らはそこを生活の場とし、そこで一生を過ごそうとしている。だが"それ"は違った。明確な目的をもち、来るべき時に備えている。すべては、わが主のために。

 

『――!』

 

 主が、動き出した。それを敏感に感じとった"それ"は、翅を広げて森の中から飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

『バックします。バックします。バックします。バックします……』

 

 

 周囲に自らの行動を伝える、無機質な女性の声。本来安全を図るためのものであるそれとともに……トラックは、通行人を躊躇なく轢き潰していた。

 

「ヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒ……!」

 

 運転席に座る厚着に包まった小男は、下卑た笑い声とともに犯行を重ねていく。故意であることは言うまでもなく、ホイールの下で肉体が潰れる感触を愉しんでいる様子なのは明白だった。

 そして彼は、目ざとくさらなる標的を見つけた。逃げまどう通行人の女性たち。その恐怖に染まった表情が、彼の身体に電撃が奔るような快楽を与える。

 

「そう、ダ、その顔……!」

 

 日本語で独りつぶやきながら、トラックを後進させる男。本能のまま標的を追いかけているように見せて、その実、的確に袋小路に追い込もうとしていた。

 

「ゴセンゲバババサ、パビゲサセバギ……!」

 

 血にまみれた車輪の上で、メ・ギャリド・ギは笑った。

 

 

 

 

 

 出久の操るトライチェイサーは東京を出、千葉市内を疾走していた。そこに全車への警察無線が入る。

 

『犯行に使われた大型トラックのナンバーが判明した。"品川110 ね 36―85"、繰り返す……』

「!」

 

 相手はトラック、特定するのは難しい――頭を悩ませていた出久にとり、この情報は貴重だった。トライチェイサーを貸してくれている勝己には、やはり感謝するほかない――

 

「よし……っ」

 

 意を決した出久は、コントロールパネルに暗証番号を打ち込んだ。それと同時に、ぐっと臍のあたりに力をこめ、

 

「――変身ッ!!」

 

 そこからアークルが出現し、赤い光を放つとともに出久をクウガ・マイティフォームへと変身させた。

 同時にマトリクス機能により、漆黒のトライチェイサーが大きく変色する。黄金のカウルに、赤と銀のボディという派手な色合いへ。車体には、戦士クウガを表す古代文字が描かれている。

 

 戦闘態勢を整えた古代ヒーローは、ほどなくして幹線道路の渋滞に突入した。それでもバイクであることを活かし、車と車の間をすり抜けて進んでいく。ガラス越しに、人々が釘付けになっているのがわかる。

 が、クウガが通過して数十秒、彼らは別のものに目を奪われることとなった。――巨大な、飛翔する甲虫のようなシルエット。それがクウガを追いかけるように飛んでいく。

 

 当然クウガはまだそれに気づかない。渋滞を抜け、走行を続けていると、

 

「――!」

 

 対向車線を、大型トラックが走っていく。運転手は明らかに不似合いな厚着の男。ナンバーは……完全には確認できなかったが、無線で聞いたそれと似た数列だったように思われた。

 

「あれか……!?」

 

 咄嗟にマシンを反転させ、トラックを追う。向こうも速度制限なんて守ってはいないが、こちらはそれ以上のスピードが出せる。追いつくのは時間の問題であるように思われた。

 が、そこで彼にとっては予想外の遭遇が起きた。真正面から突然、巨大な甲虫が迫ってきたのだ。

 

「うわっ!?」

 

 咄嗟に頭を伏せ、辛うじて衝突を防ぐ。「いまのは、まさか」――そう思ってわずかに後方に視線を滑らせると、甲虫もまたぐるりと旋回してあとを追ってくるところだった。

 

『カディル・サキナム・ター』

「……?な、なんだ……?」

 

 頭上にぴったりとくっついて、何か言語めいた音声を発する甲虫。クウガがただただ困惑していると、さらに驚くべきことが起きた。

 甲虫の身体が真っ二つに割れ、さらに内部を露出しながら迫ってきたのだ。

 

「う、うわあぁっ!?」

 

 グロテスク!一瞬そんな感想を抱いた出久だったが、それどころではなくなった。その"割れ"た甲虫はなんとトライチェイサーに覆いかぶさってきたのだ。ボディの一部が強制的に変形させられ、甲虫――"ゴウラム"と融合する。

 

「!、これは……」

 

 ゴウラムが、トライチェイサーの強化パーツの役割を果たしている。――"トライゴウラム"、さながらそう呼ぶべき姿。

 

(馬の鎧って、これか!)

 

 やはり自分の解釈が正しかった。この甲虫は、"馬の鎧となる僕"だったのだ。

 

『シェンク・ゾ・ター』

 

 ゴウラムが再び話しかけてくる。正確に翻訳することは当然できないが、なんとなく言いたいことはわかった。

 

「……うん、行こう!」

 

 疾走するトライゴウラム。巨大化した車両は安定し、スピードはさらに上昇していく。それを阻むものは何もない。

 

 やがて、前方に大型トラックが見えてきた。複眼を凝らしてナンバーを確認する。――間違いない!

 

 一方、トラックを運転するメ・ギャリド・ギもまた、サイドミラーに映る姿からクウガの追跡に気づいていた。

 

「……!」

 

 力いっぱいブレーキを踏み、その場に急停車する。車両がガタガタと揺れるが、その程度はものともしない。

 

「ヅヅギデジャス、クウガァ!!」

 

 ヒステリックに叫びながら、ギアをバックに入れる。『バックします、バックします、バックします』――

 

 背中から突撃してくるトラック。みるみるうちに縮んでいく距離。

 

「……ッ」

 

 激突か、回避か。クウガの選択は――

 

 

つづく

 

 

 




常闇「黒影、今回は俺たちが担当することになったらしい」
黒影『アイヨ!』
常闇「緑谷のもとに飛来した甲虫はゴウラムというのか。主の心のうちに従っていつでも馳せ参じ、矛にも盾にも馬の鎧にもなる忠実な相棒……緑谷にもそんな存在ができるとはな」
黒影『オレと踏陰を見習うといいゼ!』
常闇「そうだな、無論俺たちも負けてはいられない。……ところで爆豪、もう大人なのだから、母君はいたわるべきだ」
黒影「爆豪のカーチャン、キレイだけどそっくりすぎ!怖ぇヨ!?」

EPISODE 14. TRY&GO-ROUND!

常闇「緑谷、爆豪……止まるんじゃないぞ……」
黒影『急にどうしタ!?』
常闇「……言わなければならない気がした」


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EPISODE 14. TRY&GO-ROUND! 1/4

前回はネタを優先したので書けませんでしたが、UAが10万を突破しました!皆さんありがとうございます!!
1クールが終了しここから話も動いていきますよーお楽しみに!!


 未確認生命体第18号――メ・ギャリド・ギを追跡するクウガ。そこに未確認飛行体――装甲機ゴウラムが飛来した。

 トライチェイサーにゴウラムが融合したスーパーマシン"トライゴウラム"を駆り、いよいよギャリドに追いつかんとするが――

 

「……ッ」

 

 バックで迫る大型トラックを前に――クウガは、回避を選んだ。

 咄嗟に車体を右に傾け、すれすれのところで激突を避けて距離をとる。そこまではよかったのだが、

 

「――!?」

 

 ブレーキをかけたわけでもないのに、トライゴウラムがいきなり停車してしまった。正面のライトが消えうせる。エンジンそのものが働かなくなったようだった。

 

「どうしたんだよ、一体……!?」

 

 必死に再起動を試みるが、マシンはまったく応えてくれない。四苦八苦しているうちに、再び無機質な『バックします』が迫ってくる。

 

「くそッ、動けッ、動けよ!!」

 

 焦りは募るが、状況は何も変わらない――

 

 と、そこに黒塗りの覆面パトカーがサイレンとともに駆けつけてきた。運転席から下りてきたのは車両と同じ漆黒のコスチュームを纏った白皙のヒーローで。

 

「デク……!?」

 

 爆心地――爆豪勝己。クウガの搭乗するマシンの変貌に困惑しないはずがなかったが、それ以上に状況が状況だった。原因は不明だが、マシンが動かず追い詰められているのは明白。だが、自分が援護するにはもう遅い。

 勝己もまた焦ったが――くぐり抜けた修羅場の多さゆえに、命を守るための判断は迅速だった。

 

「デクッ、青だ!跳べ!!」

「!」

 

 はっと顔を上げるクウガ。相手がマシンであっても、見捨てることに抵抗感をもつ――そのことまで勝己は織り込み済みだった。

 

「このっ、ボケ!!死にてぇのか!?」

「……ッ」

 

 死――ことばにしてはっきりそれを突きつけられたことで、彼は決断するほかなかった。トラックがセンチメートル単位にまで接近したその瞬間、クウガの姿が赤から青へと変わった。同時に高く跳躍、その場からの離脱にぎりぎりのところで成功した。

 残されたトライゴウラムはトラックの後進に巻き込まれ、押しやられていく。あらゆる工事機材を薙ぎ倒しながらそれでも進み続け……飛び散る火花を浴びると同時に、ようやく停車した。クウガ・ドラゴンフォームが目の前に着地したことで、ギャリドは自身の目論見が外れたことを理解したのだった。

 

「イギギギギギィ……ッ!」

 

 奇怪な唸り声をあげながら、ギャリドは激しくハンドルの中央を叩いた。クラクションが鳴り響くが、それを狙ったわけではない。ただ癇癪を起こしているだけだ。

 そのわずかな無駄が彼の命取りになった。はっと我に返ったとき、トラックの側面から火炎を伴った爆心地が迫っていたのだ。

 

「炙り――」

 

 

「――出したらァッ!!」

 

 放たれた爆裂が助手席側のドアを吹っ飛ばし、それには飽き足らず運転席側のドアをも吹っ飛ばす。当然、そこに座っていたギャリドともども。

 

「ウギャアッ!!?」

 

 地面に叩きつけられ、ごろごろと転がる小男。その身体が一気に肥大化し、胴にチェーンを巻いた怪人に変貌する。その姿はヤドカリに似ていた。

 

「ギギギィ……!」唸りながら立ち上がり、「ゴセパガブランゲババゾロヅゴドボ、メ・ギャリド・ギザ~!!」

「日本語しゃべれやッ、――榴弾砲・着弾(ハウザー・インパクト)ッ!!」

 

 爆風を利用して飛翔――から、自由落下とともに最大威力の爆破を浴びせかける。腕から生えた鋏状の突起で防ごうとはしたようだが、なすすべなく表皮を灼かれて弾き飛ばされた。

 

「ウ……ウググググ……ッ」

 

 グロンギの回復力からすれば、それは致命的なダメージではない。……しかしながら、何かに身を潜めていないと気の休まらない性質であるギャリドにとり、生身でこの悪鬼羅刹のようなリントと戦うことは元々気が進まない。まして皮膚を焦がされたとなれば、完全に戦意を喪失してしまうのも無理からぬことだった。

 

「ウググ……ビゲス、グ、バヂザ!」

 

 ギャリドは躊躇なく勝己に背中を向け、走り出した。

 

「………」

 

 第3号――ズ・ゴオマ・グのように空を飛べるわけでもなく、トラックも失い、自力で走って逃げるしかないのである。それでも常人よりは速いが、勝己の爆速ターボの前に逃げられるわけもない――

 

――が、あえて勝己は手出しをせず。ここにいた()()()()()に対して怒声を飛ばした。

 

「何突っ立ってんだクソナードっ!あとはテメェの仕事だろうが!」

「!?、あぁ、う、うん!」

 

 はっと我に返ったらしいクウガが、ようやく動いた。すぐそばに架けられていたコーンバーを蹴り上げ、己が手に掴みとる。

 コーンバーにモーフィングパワーが作用し、忽ち鮮やかな青に彩られた"ドラゴンロッド"へと変わった。

 

 それを携え、青のクウガは跳ぶ。その高い跳躍力で、容易くギャリドの頭上を飛び越す。いきなり目の前に宿敵が現れ、走り込んできたギャリドはぎょっとするばかりで対処もできない。そこを突いた。

 

「お、りゃあッ!!」

「グギャァッ!?」

 

 脛にロッドの一撃を喰らい、減速できていなかったギャリドは大きくバランスを崩した。その図体が宙に投げ出され、勢いよく一斗缶の山に突撃していく。

 

 その衝撃で一斗缶に内蔵されたオイルがあふれ出し、

 

 次の瞬間、耳を劈くような轟音とともに大爆発が起きた。その熱風を浴び、クウガはたまらず「……ッ」と声を漏らす。

 しかしそこには、間違いなく安堵のいろも含まれていて。

 

 

 

 

 

「――こちら爆心地。新港の港ガス工業で未確認生命体第4号が第18号を撃破した。現場検証のため応援願う、以上」

 

 ぶっきらぼうな無線連絡を追えると、勝己は未だ白煙漂う工事機材の山に目をやった。そこには、マシンを懸命に引っ張り出そうとする幼なじみの姿があって。

 

「……どうだ?」

「よいしょ、っと!……すごい、無傷みたいだ」

「………」

 

 幼なじみの目は木偶ではないようだった。勝己の目から見ても、大型トラックに引きずり倒されたはずのトライゴウラムはまったく傷ひとつついていない。

 が、それよりも、

 

「このくっついてんのが、例の甲虫だっつーのか?」

 

 珍しく困惑を表して、勝己はそうごちた。資料で見たそれとは形状が大きく変わっているし、何よりトライチェイサーと融合して別のマシンになってしまうなんて。

 それに対し、

 

「うん。沢渡さんの解読によれば……"馬の鎧"らしいんだ」

「馬の鎧ィ?」

「この甲虫は……えーと、かっちゃんの同級生で"ツクヨミ"ってヒーローがいるでしょ?彼の個性の"黒影(ダークシャドウ)"みたいなものらしいんだ、クウガにとって」

「……常闇か」

 

 ツクヨミこと常闇踏陰と黒影、クウガとゴウラム。主従の外見の類似性という意味では、似ていなくもないが。

 

「にしたって、TRCSが馬かよ」

「まあ、古代にバイクはないからね……」

「わーっとるわカス。つーか迂闊に触んなや、危険がないって決まったわけでもねえだろうが」

「いや、でも……」カウルを指差し、「ここにクウガのマークも入ってるし……」

「そういうことじゃねえ。……テメェはンとに、ところどころで吞気だな」

 

 呆れたように溜息を吐き出すと、勝己はスマートフォンを手にとった。誰かに電話をかけている。

 

「爆豪だ、急で悪いがそっちで調べてほしいもんがある。……ああ、例の未確認飛行体だ、聞いてはいんだろ。デクんとこに飛んできてTRCSにくっついてる。本部通すと面倒だから、そっちで内々に話通しとけ。……ア゛?だからデク貸してやってんだろうが、そんくらい協力しろやクソカス!」

 

 「いいからやっとけよ」と一方的に言い捨てて、勝己は電話を切った。もう相手に届かないとはいえ、さらに舌打ちまでするガラの悪さである。

 

「え、えっと……誰に電話したの?」

「あ゛?発目だよ。なんにせよ調べる必要はあんだろ、それ」

 

 それは出久としても望むところだが、仮にも手間をかけさせるのだからあの言い方はないだろうと思った。もっとも発目明という女性は良くも悪くも超のつくマイペースで人の都合を鑑みないところがあるから、案外これくらいでちょうどいいのかもしれないが。

 ともあれ、自分から小言めいたことを言っても勝己の機嫌を激しく損ねるだけなので、出久はそのことについては意思表示をしなかった。だが、別の気がかりもあって。

 

「でも、大丈夫なの?現場から勝手に持ち出したりして……」

「テメェにTRCS(アレ)使わせてる時点で今さらだろ」

「そうだけど……」

 

 警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部の所属とはなっているが、勝己はあくまでヒーローであって警察官ではないから、捜査官としての権限には当然違いがある。少なくとも、重要な証拠品を勝手に持ち去るのは――その先が科警研とはいえ――越権行為になるのではないか。法学部生らしく出久はそんな懸念を表明したのだが、「ウゼェ」のひと言でかわされてしまった。

 

「余計な心配してねえで、テメェは全部俺に任せときゃいいんだよ」

「!、かっちゃん……」

 

 いまのひと言は、なんだか昔の面倒見がよくてカッコよかった幼なじみの面影が色濃く出ていたような気がする。当の勝己に自覚はないらしく、次の瞬間には「んだその顔キメェ」と罵倒が飛んできたのだった。

 




キャラクター紹介・リント編 バギン

森塚 駿/Shun Moritsuka
個性:駿速(レーザーターボ)
年齢:26歳
誕生日:9月3日
身長:156cm
血液型:B型
好きなもの:銭形警部・オタクカルチャー全般(特にカードゲーム)
個性詳細:
自身の肉体をバイクに変形させることができるぞ!それもそんじょそこらのとは違うスーパーバイク、最高時速278kmで道路も荒野もスイスイだ!ボディも頑丈だしその他パーツも超高性能、バイカーには垂涎の的……なようだが当人の性格・風貌を反映してか見た目がオモチャっぽいのが玉に瑕!いい大人が乗るにはちょっと恥ずかしいデザインかもしれない!?(カウルにはSDのような目玉がついてるぞ!)
自走もできるが本気を出すにはライダーの存在が重要になってくる、腕に覚えのあるヤツは大歓迎!でもオッサンはお断り、ハンドル操作をロックしちゃうぞ!これぞ哀しき男の性である。

備考:
警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部所属の刑事・巡査。背が低く(長身のインゲニウムと並ぶとヤバイ!差が!)童顔で振る舞いもおちゃらけているが、実は若くして本庁捜査一課に配属されていたエリートだったりする。一時期は個性を活かしてトライチェイサーの開発にも力を貸していたようだ。
実は「ルパン三世」に登場する銭形警部の大ファンであり、刑事になったのもそれが理由だったりする!それに限らずオタクであり、休日はカードショップに出没して子ども相手に大人げなく鬼畜戦法をかます姿が目撃されている!どーしようもないにじゅうろくさいだ!

作者所感:
志倉千代丸先生の知る人ぞ知る超常科学NVL「Occultic;Nine」からもってきたキャラクター(そちらでは武蔵野警察署所属でした)。こういうトリックスター的なキャラが好きで入れたんですが、拙作では恐らく裏の顔は特にないと思います……たぶん、きっと。
個性はもう言うまでもないと思いますが、モロに仮面ライダーレーザーLv.2です。アニメ放送とエグゼイド1クールがかぶってたんですが、内心色々抱えながら嘘の多いおちゃらけた言動で永夢を翻弄していた、その頃の貴利矢さんとなんとなく重なってて、名前が"駿"なので思い切りました。名字との関係がないのが痛いところ。
鷹野さんとの刑事コンビを当初想定してたんですが、実際には飯田くんとの凸凹コンビが確立しつつある……なかなか構想どおりには進まぬものです。


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EPISODE 14. TRY&GO-ROUND! 2/4

デク「こんなぁ↑こんないっぱいのヒーローに……誰が囲まれると思いまっか……」



――幕張 犯行現場

 

 ヒーロー・爆心地からの連絡を受け、捜査本部の面々はこの場を所轄に任せて新港に向かう準備をしているところだった。

 

「トラックなんて使ってくるから一時はどーなるかと思いましたけど、案外あっさり片付きましたね」

 

 自身の乗ってきたシルバーの覆面パトカーの前でぐう、と伸びをしながら、森塚。彼の表情にはことばどおり露骨な安堵が滲み出ている。

 そんな小さな後輩の背姿を前に、鷹野警部補は露骨に顔を顰めた。

 

「そんな言い方はやめなさい、少なからず犠牲が出てるのよ。大体、私たちはまた何もできなかったんだし……」

 

 後半は特に、彼女にとっての懸案事項であるようだった。以前の第14号もそうだったが、今回も未確認生命体に相対すらできていない。後追いで犯行現場を回っているうちに、第4号が倒してしまった――

 

「まあわかりますけどね。インゲニウムなんてスゲー複雑そうなリアクションでしたし」一応理解は示しつつ、「僕らは僕らの最善を尽くすしかないんじゃないですか?たとえばそう……いっそ開き直って、4号氏のサポートに回るとか!これは胸熱展開ですよ~」

「………」

 

 てっきり文句が出るかと思った森塚だったが、意外にも鷹野は何も言わない。噛みしめるような表情が印象的だった。

 やがて、

 

「……まあ、これ以上は酒でも飲みながらにしましょう。これなら今日は飲みに行けそうだし」

「え゛……アニメ、消化……」

「……私の酒はアニメに劣るってぇの?」

「いやぁ……じゃあお付き合いしますよ、ハイ」

 

 いくら美女であっても、こういう先輩とはやりにくい――切実にそう思う森塚なのだった。

 

 

 

 

 

 ところ代わって、人混みの極みとでもいうべき新宿駅構内。

 その中心で、やや目立つ恰好の男女が密会していた。片や漆黒のドレスに真紅のファーを纏った美女に、片や黒づくめのコートの病的な男。取り合わせも奇妙といえば奇妙だった。もっとも都心部、異形型の通行人も多いなかで、服装だけでは"目をひく"とまではいかないのが実情ではあったが。

 

「空を飛ぶ、アレが出たか」バラのタトゥの女が先んじて口を開く。

「そんな、ニ、すごイ、モノなのカ?」

 

 片言の日本語でゴオマが訊ねる。彼は空を飛ぶグロンギでありながら、超古代においてゴウラムと直接相対したことはなかった。ゴウラムが出てくるまでもなく、ペガサスボウガンで撃ち墜とされて封印されてしまったのだ。

 バラのタトゥの女はうなずきつつも、仲間のことに話題を変えた。

 

「それより、ギャリドはどうした?」

「……戻らな、イ」

「………」

 

 やはり、クウガとの戦闘で倒されたか。だとしても彼女はなんの感慨も抱くこともなかったが……ゴオマは違うようだった。忸怩たる表情を浮かべている。

 彼がギャリドに個人的な親しみを覚えているとは思えなかった。そもそもグロンギという種族のほとんどはそういう感情をもたない。メ・ビラン・ギはそれに近いことをしていたが、それとて自分の"ゲゲル"に比べれば遥かに些末なことのようだった。

 

 と、なれば――彼女はゴオマの心のうちを瞬時に見抜いていた。

 

「おまえも興味をもっていたか、リントの道具を利用するギャリドのやり方に」

「!」

 

 図星のようだった。

 

「リントを学ぶことは悪くない……まして、おまえのような"ズ"が生き残ろうと思うのならばな」

「……!」

「だが……次のムセギジャジャはもう決まっている。――"ギノガ"を呼べ」

 

 そう言い残すと、バラのタトゥの女は踵を返して去っていった。ゴオマはその姿が雑踏に消えるまで見送ったあと、やはり命令を遂行すべくその場を去ったのだった。

 

 

 

 

 

 トライゴウラムが運搬されるに合わせて、緑谷出久と爆豪勝己は科警研を訪れていた。待ち構えていた発目明によって、たどり着くなり半ば強引に彼女の研究室に連行されてしまったのだが。

 

「まったくもう、大変だったんですよぉ爆豪さん!ああいうの調べる担当は全然違う部署なんですから」

 

 プロジェクトに関わっている他の職員にも協力してもらい、なんとか協力を取りつけることができた、と発目。常に危ない笑みを絶やさない彼女が珍しく本気で疲弊した表情を浮かべている。そういう根回しのようなことは、彼女にとっては発明で何徹もするよりよほどきつかったのだろう。

 

 文句をぶつけられた勝己が「フン」と鼻を鳴らして冷たくあしらうばかりなので、代わって出久が両手を合わせた。

 

「ごっ、ごめんね発目さん、苦労かけちゃって……!でも本当に助かったよ、ありがとう」

「……ま、いいでしょう。私としてもこう、なかなか興味深い研究材料ですしねウフfFF!」

 

 早くも元の調子に戻った発目がカタカタとキーボードを叩く。と、トライゴウラムの調査が行われている実験室の映像が表示された。車体のあちこちにコードが繋がれ、種々の計器とつながっている。文系の出久にとってはドラマなどでしか見ない光景だった。

 

「ただいま非破壊検査をやってます。そのデータがここにも届くようにしといたんですよ~ウフフfF」

「ひ、ひはかい……?」

「ググれカス」

 

 出久をあしらいつつ、ふぅ、と溜息をついた勝己は発目に対して「本庁に戻る」と告げた。

 

「え、かっちゃん帰っちゃうの?」

「俺がここにいてもしょうがねえだろ。つーかテメェは帰らねえのかよ」

「あ、うん、やっぱり気になるし……」

「そーかよ。ま、好きにしろや」

 

 もしかして送っていってくれるつもりでいたのか、と出久は気づいたが、無駄に火に油を注ぐだけなので口にはしなかった。

 

「えっと、じゃあねかっちゃ――あっ、そ、そうだ、」

「?、ンだよ」

「忘れるとこだった……。あのね、光己さんのことなんだけど――」

「!、……あのババア、テメェんとこに行ったんか?」

「う、うん。とりあえずポレポレで一緒にお昼食べたんだけど……あれから三時間近く経ってるし、どうしたかな……確認してみようか?」

「……テメェですんのは勝手だが、俺は知りたくもねぇ。もしまだこっちにいやがるようなら、とっとと帰れっつっとけ」

「そ、そう……相変わらずだね、きみたち……」

 

 そのことばはほとんど無視して、勝己は足早に去っていった。

 

「……事件も解決したんだし、ちょっとくらい会ってあげればいいと思うんだけどな。発目さんはどう思う?」

「どーなんですかねぇ。まあ人生色々、親子関係も色々ですからねぇ」

「ハハ……な、なるほど……」

 

 一理あるといえばあるが、はぐらかされたような気がしなくもない。この女史はそういうことには立ち入るつもりがないようであった。

 ならばと、出久も話題を切り替えることにした。

 

「ところでバイクのことなんだけど、すぐ近くで見ることってできないかな?」

「?、どうしてです?」

「バイクっていうか、くっついてる甲虫なんだけど……すぐそばで見れば、何かわかりそうな気がするんだ。お腹の中の石が教えてくれるかもしれないし」

「ふむふむ……おっしゃりたいことはわかりました。私とセットで入ればなんとかなると思います、多少難色を示されるかもわかりませんがココは押しきってみせましょう!」

「た、助かりますっ!……っとと、その前に電話しとかないと」

 

 光己に――その前に、桜子に。ゴウラムのことを早く報告しておかなくては。

 

「あっ、もしもし沢渡さん?いまって研究室?うん、実はね――」

 

 

「――え、"馬の鎧"が?」

 

 出久から「例の甲虫……"馬の鎧"が現れた」という報告を受けて、沢渡桜子は思わず大きな声をあげてしまった。しかもそれがトライチェイサーに融合したというのだから。

 

「それ、本当……?くっついちゃったって、どんな感じになってるの?」

『あぁ……なんて言うかな、完全に別のバイクになっちゃったみたいなんだ。あとで画像送るよ』ところで、と続く。『解読のほう、何か新しいの出てないかな?』

「うん、出てる出てる!えっとね……その甲虫はリントにとって、神の遣いだったみたい」

『ってことは……ありがたいもの、ってこと?』

「まあそういうことね」

『そっか!そうだといいなって思ってたんだ』

「ふふ……あとね、甲虫の名前っぽいのも出てきたよ。――"ゴウラム"って言うみたい」

『ゴウラム……ゴウラムか、なるほど』

 

 明るい声の「ありがとう」を聞いて、桜子は通話を終えた。ともあれひと安心とほっとひと息ついていると、フランス人講師のジャン・ミッシェル・ソレルが入室してきた。

 

「あ、お帰りなさいジャン先生 」

「………」

 

 返答はない。その表情はまるで大切な人を亡くしてきたかのように暗く沈んでいる。その理由は、桜子にも察しがついた。

 

――彼もまた約束していた。バヂスをクウガが撃破したあと、勝己に連れられて城南大学に戻ってきた夏目実加に。お父さんの遺志は自分たちが継ぐ、その研究を必ず役立ててみせる……と。

 ゴウラムを失ってしまったことで、その約束を守れなくなってしまった。ジャンはそう思っている。

 

 その憂鬱を払拭してあげるために、桜子は電話口の出久よろしく明るい声をあげた。

 

「元気出してください、ジャン先生。例の破片、無事回収されていま科警研にあるって」

「ホントデスカ!?」ぱっとその表情が切り替わる。「無くなってなかったんデスネ……ヨカッタ……」

 

 こちらもこちらで反応がわかりやすい――彼と出久が地味に親しい理由がわかった桜子だった。

 

 

 

 

 

 電話を終えて、出久は発目とともに実験室に移動した。彼女の言うとおり関係者ではない出久が入室することには強い難色を示されたのだが、これまた言うとおり出久をクウガだと明かすことなく押しきってくれた。有言実行――ヒーローの基本中の基本たる心構えであるが、発明家である彼女にもそれが身についているようである。あくまで己の関心が第一の理由であることはこの際ご愛嬌だろう。

 

「よし、写真を撮って……と」

 

 実験室に入って早々、トライゴウラム目がけてスマートフォンを向けた。電話で言ったとおり、桜子に画像を送る――それを実行するためというのも無論あるが、何よりきちんと記録に残しておきたかったのだ。いつまでこの状態が保たれるかもわからないから。

 

「おっ、いいですねえ~緑谷さん。あとで私のタブレットにも送ってください!」

「えっ、うん、いいけど……発目さんは自分でデータもってるんじゃないの?」

「それは業務用ですからねえ……プライベートの端末にコピーしたら怒られちゃいますし。緑谷さんから送ってもらうならセーフです!」

「う~ん、それはセーフなんだろうか……。まあ気持ちはわかるけどね」

 

 自分がこうして撮影していても制止はされないようだし、そういうことにしておこう――ひとまず自分を納得させつつ、改まって出久は訊いた。

 

「ところでどう思う?このバイク……」

「そうですねぇ……正直私の専門からは微妙に外れるので難しいことは言えませんが、科学的反応にせよ生物学的現象にせよかなりムチャなことが起きてるのは確かでしょうね。もうTRCSからして面影がほとんどなくなっちゃってますし。別の車種ですよもはや」

「確かに……パンペーラがV-MAXになったくらい違うよね」

 

 具体的な車種については完全に専門外だったらしく、これは完全にスルーされてしまった。心操だったら同意してくれたのだろうが。

 

「それにしても大丈夫なんですかねぇ、ここまで変形しちゃって。虫さんが剥がれたら最悪動かなくなっちゃうかもしれませんよ?」

 

 発目が珍しく真剣な表情でそんな懸念を口にする。確かにそれは、ふつうなら憂慮すべきことであったかもしれないが。

 

「いや、それは大丈夫……だと思う」

「どうしてです?」

「ほら、クウガの武器も近い形とか性質のものを変化させて戦うわけじゃない?紫の剣に変えたトライチェイサーのグリップとか、緑の弓にしたかっちゃんの籠手とか……僕が変身を解けばもとの形に戻って、問題なく使えてるからさ」

「つまり、TRCSももとに戻ると?」

「うん」

 

 うなずきつつ、いったんマシンから離れようとした出久だったが……段差に引っ掛かって少しつんのめってしまった。幸い転倒するほどではなかったが、その際、手が車体に触れてしまった。ほんの少しではあるが。

 

――だがその瞬間、驚くべきことが起きた。尾部に融合したゴウラムの霊石がわずかに光を放ち、種々の計器に表示された数値が激変を見せたのだ。それは出久が触れている間のみの現象であった。

 

「いまのは!?」

 

 解析を行っていた研究員たちが一様に驚きの表情を見せる。そのまま視線が出久に集中し、彼は同様の驚き以上に妙な緊張を強いられたのだった。

 



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EPISODE 14. TRY&GO-ROUND! 3/4

知れ!(緑谷と爆豪の)昔の話 part2


かっちゃんママの語り中心なのでハデに展開が動くのを見たい方はちょい退屈かもしれない今回

息子がいじめまがいのことをしててこういう女性がだんまりでいるわけないよね(ましてよく知ってる幼なじみの子に)と思って親たちの対策というか行動にも触れました
しっかしめんどくせぇ息子たちやでホンマ。こやつらの拗れをクローズアップしようとすると文字数かかるかかる。さすがに作者も多少は学習してるので2話とか4話よりは抑えられてますが


 ランチタイムを過ぎ、客足の落ち着いたポレポレは再びゆったりとした空気に包まれていた。

 

「いやあ、お茶子ちゃんが入ってからやっぱり男性客が増えたよね。出久はマダム層のハートがっちりだし、あとはインスタフライ……もといインスタ映えをアッピルしてナウでヤングなレディーを呼び込めばもう怖いものナシだね、ウン」

 

 食器をてきぱき洗いながら、おやっさんが歌うような調子でつらつらとつぶやく。窓際の客席を拭いているお茶子には届かない声量だから独り言かと思いきや、まだカウンター席に女性客が座っていた。

 

「あら、やっぱり出久くんって私くらいの世代に人気あるのね」

「まあそりゃ、出久ってああいうヤツだからねぇ。今年のバレンタインも常連のご婦人方にこれでもかってくらい高いのもらってましたよ、本人は梨元ばりに恐縮しきりでしたけど。おやっさんは血糖値がどうとか言われて何ももらえなかったのに……」ぶつくさ言っていたかと思えば、ぱっと表情を切り替え、「あっ、コーヒーおかわりいかがです?」

「じゃあいただくわ。すみませんねえ、結局もう三時間も居座っちゃってて」

「いやいや、ウチは"ゆっくり行こう"がモットー……ってか店名ですから。ゆっくりしてってくださいよ、へへへ」

 

 「未確認も出てることだしねえ」とつぶやきながらおやっさんがコーヒーを淹れていると、拭き作業を終えたお茶子が戻ってきた。

 

「ってか、私も聞きたいなぁデクくんと爆豪くんの昔の話!マスターばっかずるいわ!」

「なんだヨ、おやっさんだってちゃんと忙しくしてたぞ!」

 

 雇い主からの抗議を無視し、お茶子はさりげなく光己の隣に座った。

 

「あ、そうだ。ちょうどおやつの時間やし、ついでにオリジナルケーキもどうですか?私の提案で入れたんですよ~」

「そうねぇ……じゃあいただこうかしら」

「よっしゃ!マスター、ケーキふたつ!」

「自分が食べたかったんかい!まあいいけどさぁ、他にお客さんもいないし……」

 

 金銭にシビアなだけあって商売上手だと思ったら、食欲が勝っただけらしい。若い子だからしょうがない、とおやっさんは自分を納得させたが。

 注文を終えると、お茶子は改めて光己ににじり寄った。

 

「で、で、でっ!教えてくださいよ色々~」

「そうねぇ……何から話したらいいかな」

「じゃあまず、デクくんが小さいころどんな子だったかとか!お母さん、よく知ってるんですよね?」

 

 同級生の母親に同級生のことではなくいきなりその幼なじみのことを訊く――なかなか大胆なやり口だったが、光己も特に面食らうことはなかった。

 

「もちろんよ~く知ってるわよ。出久くんはねぇ……ひと言で言うなら、素直ですごく優しい子だったわ。会うといつも目を輝かせて『かっちゃんのママ!』って抱きついてきて……。ウチのはほら、昔から『やめろやババア!』って感じだったから、ほんとにかわいかったのよ出久くん」

「あ~ええなあデクくん……昔はそんな感じだったんだ……。爆豪くんはあんまり変わってない感じですね!」

「あたしに対してはね。外では結構違ったのよ、ガキ大将で感じで、みんなをぐいぐい引っ張ってくのが好きで……出久くんのこともあちこち連れ回してたっけかな」

 

 幼いころの勝己は何かと言うと「いずく、いずく」で、出久も誘われると嬉しそうにあとをついてまわっていた。親分子分のようではあったが、あの頃のふたりは本当に楽しそうだった。

 

「確かに爆豪くん、高校じゃ孤高の人って感じだったもんなぁ……。でもやっぱええなあ幼なじみ!ふたりって中学まで一緒だったんですよね、大きくなってからはどうだったんですか?」

「!、それは……」

 

 光己がことばに詰まっていると、カウンターの中からケーキとコーヒーが順々に差し出された。

 

「ま、込み入った話の前に舌を癒してくださいよ」

「あ、はい……。じゃあいただきましょうか」

 

 コーヒーの苦みで喉をとがらせてから、ケーキのかけらを口にする。やわらかな甘みが舌の上から広がって、一度緊張した味覚がふっと弛緩するのがわかった。

 

「あ、おいしい……。なんて言うかこう、優しい味ね」

「でしょでしょ?甘党の人、そうでもない人、どっちにも楽しんでもらえる味にしたんですよ~。ね、マスター?」

「そうなんですよぉ~」

 

 楽しそうにうなずきあっているふたり。――来てすぐから思っていたことだが、この店はやっぱり雰囲気が良い。マスターやお茶子、そして出久の人柄がうまく混ざりあって、にじみ出ているようだ。

 

 ひとしきりケーキに舌鼓を打って、半分ほどの大きさになったところで光己はいったんフォークを置いた。コーヒーに口をつける。甘さに舌が慣れていたせいか、最初より苦みが強まったように感じた。

 そして彼女は、再び口を開いた。

 

「……あの子たちは、ね。その頃がピークだったのよ」

「え、疎遠になっちゃったんですか?」

「それだけならよかった……っていうか、しょうがなかったんだけどね。誰と仲良くするかなんて自由だし。でも勝己はまあ、親の贔屓目を抜きにしてもすごい個性が出て、逆に出久くんは無個性で……。それでもヒーローになりたがってた出久くんに、勝己は酷いことをするようになったの。"デク"って呼ぶようになったのもその頃からね」

「そんな……」お茶子が絶句する。

 

 それでも小さいうちは、正直深刻に捉えてはいなかった。勝己がそういうことをするたびに本気で叱って、謝りに行って……そのうちに年月が経てば勝己も成長して、馬鹿なことはしなくなるだろう。そんなふうに思っていたし、実際に中学に上がる頃にはふたりは縁遠い存在になったと思っていた。寂しいことではあるけれども、お互い不愉快な思いをするくらいならそのほうがいいと。

 

 でも、それは誤りだった。ふたりが何も語らなくなっただけで、そうした歪な関係は決して途切れることなく続いていたのだ。よりエスカレートした形で。

 

「あいつ、あたしたちにわからないようにやってたのよ。出久くんもそれを、誰にも打ち明けようとしなくて……だからわかったときにはほんとにショックだったし、頭を抱えたわ。育て方を間違えたとも思った」

「それで……どうしたんですか?」

 

 お茶子が恐る恐る先を促してくる。初めのわくわくした表情はすっかり消えうせているが、それでも自分から訊いた手前、耳を塞ぐわけにはいかないと思っているのか。

 

「ダンナと引子さん……出久くんのお母さんとも話しあって、お互い引っ越したうえで、別の学校に転校させようってことになったの。子供らには伏せてね。でも……結局なしになっちゃった」

「どうして、ですか?」

「ある日出久くんが訪ねてきたのよ、勝己がいないときを見計らって。それで、言われたの」

 

――僕らのことは、このままにしておいてください。

 

――かっちゃんのそばにいられれば、僕はヒーローになれる気がするんだ。だから……。

 

 

「……きっと出久くんにとってはね、勝己は憧れで、希望だったのよ。だからどんなつらい目に遭っても、引き離されたくない……勝己への恨み言ひとつ言わずにそればかり訴えてきたわ。引子さんにも同じことを言ったみたい。出久くんってああ見えてすごく頑固だから、私たちがどう説得しても譲らなくて、結局もう少し様子を見ましょうってことになったの」

「デクくん……でも、どうして爆豪くんはそんな……」

 

 お茶子には不可解でならなかった。自分の知っている爆豪勝己は確かに誰に対しても攻撃的で、相手が格下であれなんであれ手を抜くことはしなかった。だが、抵抗できない相手を殊更いたぶり、足を引っ張って喜んでいるような男ではなかったはずだ。だからこそ彼の周囲にはいつだって切島はじめ人がいたし、A組の仲間として受け入れられてきたのだから。

 

「一度だけ聞いたことがあるわ、まだ5歳か6歳のとき。『そんなに出久くんが嫌いなら無理に関わることない』って言ってやったのよ、そうしたら……」

 

 

――きらいじゃ、ねーよ。

 

――ヒーローってのはな、わるいヤツとたたかうしごとなんだよ。デクはどんくせーしムコセーだし、そんなヤツがヒーローになったらあぶねーだろ。だからあいつはおれのうしろでまもられてりゃいい!それをおしえてやってんだ!!

 

 

「……勝己が出久くんをどう思ってるか、ちゃんと話したのは後にも先にもそのときだけ。だから、ずっとそのままの気持ちでいたかはわからないけどね……」

「でも、もしずっとそう思ってたんなら……」お茶子が拳を握りしめる。「どうして、素直にそれを伝えてあげなかったんだろう……。そうすれば爆豪くんもデクくんも、つらい思いしないで済んだかもしれないのに――」

 

 と、不思議と沈黙を保っていたおやっさんが口を開いた。

 

「人間ってのは、不合理な生き物だからねぇ。大切なのに足蹴にしたり、傷つけたり……多かれ少なかれそういうことをしちゃうもんだよ。まして爆心地は不器用なうえ、何ごとにも手ぇ抜けない子みたいだし……ま、おやっさんはちょこっとしか話したことないけどさ」

「そんなん……さびしすぎるわ……」

 

 お茶子が泣きそうな顔をする。出久への同情、勝己への非難――それらもきっと含まれてはいるのだろう。でもほんの一部でしかなくて、きっと、

 

「……ありがとね、お茶子ちゃん」

 

 まっすぐ彼女のほうを向いて、光己は頭を下げた。

 

「あなたたち雄英の人たちは皆、勝己の深いところまで見てくれてる。あいつがちゃんとヒーローになれたのはあなたたちのおかげだわ。……本当に、ありがとうね」

「いっ、いやそんなっ、私なんか全然……。相澤先生とか切島くんあたりはそうかもしれへんけど……」

「ふふっ、まあそのふたりには特に頭が上がらないけどね。でもお茶子ちゃん、いまは出久くんの友達でもあるわけだし……ふたりのこと、見ててあげてほしいの。子供の頃もさ、お茶子ちゃんみたいな子がいればもうちょっと違ったと思うから」

「おっ、責任重大だぞ~」

 

 おやっさんに冷やかされて、お茶子は唇を尖らせた。

 

「やめてよもうっ、マスターってば……。でもあのふたり、そんなことがあったのになんでまた付き合うことにしたんだろ?」

「う~ん、お母さん的にもそこは不思議なのよねぇ……。あいつらが仲良く連絡先交換してる姿とか想像もつかないし……」

 

 あれこれ悩む一同だが、答は出ない。緑谷出久がクウガであり、グロンギから人々を守るためにふたりは手を組んでいる――それが最大のピースである以上、正解が出るはずもないのであった。

 

 

 

 

 

 ポレポレでそんなやりとりが行われているとはつゆ知らない勝己は、その頃警視庁に戻っていた。未確認飛行体"ゴウラム"について、流石に回収した事実まで隠し立てしておくわけにはいかなかったのだ。

 

「飛行体、回収したらしいね」

 

 冷やし中華を啜りながらつぶやかれた塚内のことばに、勝己は面食らいながらも小さくうなずくほかなかった。

 

「バカにしちゃいかんよ爆豪くん、科警研に運びこんでおいて我々に情報が届かないなんてことはない。ま、わかってたから報告に来たんだろ?」

 

 そう、伝わること自体は覚悟していた。が、ここまで早いとは思っていなかった。警察という組織を舐めていたということか――

 

「それはそれとして……あれは一体なんなんだ?話せる範囲でいいから教えてくれ」

 

 再び冷やし中華を啜る塚内――今度は刻んだキュウリに卵も添えて。たたき上げらしい気安さに、勝己は肩の力が自然抜けていくのがわかった。

 

「……4号のために超古代で生み出された武器。ツクヨミの"黒影(ダークシャドウ)"みたいなもんだと、あいつは言ってました」

「なるほど、それで彼のところに飛来したってわけか」

「ええ」

「ふむ……――で、きみはどうしたいの」

「………」

 

 明快さに欠ける問いではあったが、その意味するところははっきりしていた。ことばとして明確にさせるのは、勝己の役目だった。

 

「……アレも俺に預けてほしい、4号と同じように」

「………」

 

 ふう、と、塚内がため息を吐き出す。

 

「確かに4号はきみと協力し、人々を守ることに力を尽くしてくれている。きみの言ったことは正しかった。だが……危険がないと判断できないうちは、面構さんも僕も是とは言えないな」

「……じゃあ、判断できたら?」

「それなら保護も考慮せざるを得ないだろうな。――ごちそうさま」

 

 冷やし中華を食べ終えた塚内がジャケットを手に立ち上がる。勝己はその動作を見つめていることしかできない。

 

「お先。きみもちゃんと食べていけよ、ヒーローは身体が資本なんだから」

「言われんでもわかってます」

 

 フッと笑うと、塚内は去っていった。食堂で話すなんてと最初は思っていた勝己だったが、執務室で本部長と管理官に睨まれるよりリラックスして頼めたのは間違いない。面構が警察庁に出かけていなければこんなことはなかっただろうが。

 塚内のことばに従うわけではないが、勝己も注文した辛味噌ラーメンを啜ることにした。少し冷めてしまっているが、味は悪くない。

 

 

――それを食べ終わるのと時を同じくして、携帯が鳴った。液晶に"飯田天哉"の名が表示されている。

 

『もしもし、爆豪くんか!?』

「いちいち訊くなや。どうした?」

『第18号がトラックを強奪して逃走した!』

「ッ!?」

 

 ほとんど椅子を蹴るようにして勝己は立ち上がった。それだけ衝撃が大きかったのだ。

 

「何言ってんだ。奴はデ……4号が、」

『仕留めきれていなかったんだ!爆発に乗じてマンホールから逃げた可能性が高い!』

「ッ、クソが……!」

 

 あのときの爆発は、ギャリドの身体から起きたものではなかったのだ。そうと誤認してしまったために、死んだものと信じて疑わなかった。自分の落ち度だ――

 

『とにかく俺たちは奴の行方を追う!4号くんへの連絡は任せるぞ、いいか?』

「……あぁ」

『頼むぞ!ではッ!!』

 

 通話が切れるや、勝己は食堂を飛び出した。と同時に、発信履歴から4号の人間としての名前を捜し出す。――誰も彼も、何より自分があの青年を頼みの綱にしている状況。そのことに忸怩たる思いはあったけれども、躊躇っているわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 緑谷出久はまだ科警研にいた。実験室にて、研究員らの見守るなかでトライゴウラムに手を触れている――今度は意図的に。

 その行為が不思議な現象をもたらしているのだ。ゴウラムの霊石が絶えず輝き、計器に表示された数値がどんどん上昇していく――

 

「やっぱり不思議なもんですねぇ……あなたが触れていると組織全体が活性化していくようです」

「みたいだね……。やっぱり、お腹の中の石が力を与えてるのかもしれない」

 

 そしてゴウラムのもつ輝石。それも恐らく霊石"アマダム"と同質のものなのだろうと出久は思っていた。超古代において、クウガを支援するために造られた"神の遣い"である以上は――

 

 と、そのとき携帯が鳴った。取り出してみると、

 

「あ、かっちゃん……」

 

 どうしたんだろう、まさかもう新たなグロンギが動き出した?

 流石にそれはなかろうと思いつつ……とにかく聞いてみなければわからないと、出久はすぐさま電話に出た。

 

「もしもし、どうしたの――」

『――18号が生きてやがった』

「えっ、18号が!?」

 

 その声に発目もこちらを見たが、それを気にしている余裕はなかった。

 

「なんで……倒したはずじゃ……」

『倒せてなかったっつーことだ。トラックを奪って既に犯行に及んでる。亀戸で5人殺られた』

「ッ、そんな……」

 

 固く拳を握りしめるほかなかった。あのとき、もっと確実にとどめを刺していれば、その5人は――

 

『後悔しても始まんねえだろ』

 

 出久の思いを察した電話口の声は、意外にも責めたてるものではなかった。

 

『今度こそきっちり殺るしかねえんだ、これ以上を出したくねえならな』

「……そう、だね。18号の現在地は?」

『墨田区両国だ』

「わかった」

 

 通話を終え――出久は即座に発目に詰め寄った。彼女が一瞬びくっと肩を震わせるほどの勢いで。

 

「発目さん、ここに白バイとか置いてない!?」

「え、あるはありますけども……流石にそうそう持ち出せませんよ」

「頼むよ……人の命が懸かってるんだ!」

「緑谷さん……」

 

 発目が困り顔でいると……思わぬことが起きた。

 傍らのトライゴウラム、そのアマダムがいっそう激しい光を放ったのだ。そうかと思えば、繋がれたコードの数々がことごとく引きちぎれた。計器類がショートし、飛び散る火花にそばにいた研究員らが逃げまどう。

 

 そうしてトライゴウラムは、再起動(リブート)した。

 

「あ、エンジンが……」

「直ったのか……!ごめん発目さん、もう大丈夫みたいだ!」

「え、ちょっ……」

 

 メットを被り、マシンに跨がる。皆が制止できない状態であるのをいいことに、出久はそのままスロットルを捻った。――走り出す。

 

 発目も含めた研究員らがそれを呆然と見送るなか、「高いんだぞこの機械……」と誰ともなくつぶやく声が漏れたのだった。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ゲヅン

ハチ種怪人 メ・バヂス・バ/未確認生命体第14号

「ゴラゲサドパヂバグ(お前らとは違う)」

登場話:
EPISODE 8. デッドオアマッスル~EPISODE 10. ディープ・アライアンス!
EPISODE 11. 少女M~EPISODE 12. 遺されたもの

身長:207cm
体重:145kg
能力:高度2000mの飛行能力
   右手首から射出する毒針
   ※装填に15分かかる
活動記録:
未確認生命体第7号(サイ種怪人 ズ・ザイン・ダ)の行動開始と時を同じくして出現した、より上位と思われる集団のひとり。人間体は長い茶髪にサングラス、メッシュのタンクトップを着た大男。メ・ガルメ・レと親しくゲームに興じていることもあったが、あまり細かいことを気にしない性格であるゆえか日本語は習得しなかった。
"ゲゲル"においては毒針で人間を射抜いて殺害していたが、移動の法則性を見破られ第4号と爆心地に捕捉される。一度は緑になった4号の不調により撤退に成功したものの、次なる殺人は爆心地に阻まれ、標的を4号こと緑谷出久に変える。しかし緑の形態を完全に制御した彼に毒針を見切られ、反撃に放たれたボウガンの一撃を喰らって海に墜落、そのさなかに爆死した。

作者所感:
人間体の風貌で遊んだんですけど特にツッコミがなかったことに安堵半分残念半分でいます。ムキムキに見える割に体重が少なめなのは下半身が貧弱だから……?
真面目にこやつの話をすると、ゲーム版の「キィーエェーヤァー!」って奇声をよく真似してました。人間体がニンジャイエロー・セイカイだと知ったのはずいぶんあとになってから、ついたあだ名は「不正解」。
拙作ではガルメきゅんといいコンビでしたが死亡により早々に解散!残念!

「ゴラゲサドパヂバグ」と言っていたわりに、実は殺害人数がズ組に比べても圧倒的に少なかったりします。ちまちま毒針出すよりクロウロードみたいな頭突き殺法でもやったほうが早いんじゃ……?


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EPISODE 14. TRY&GO-ROUND! 4/4

ギャリドの死にざまは鉄血のオルフェンズのイオク様をモデルにしました
淫がモーホー…もとい因果応報です


 科警研を飛び出し、疾走するトライゴウラム。エンジンはもちろんのこと、その他のシステムもすべて問題なく復旧している。当然、無線も。

 

『デク。奴は国道14号を西に移動してる、浅草橋で待ち伏せしろ』

「わかったよ、かっちゃん!」

 

 勢いこんで了承し――「変身!!」と叫ぶ。出久の身体が一瞬にして変化し、クウガ・マイティフォームのそれに変わる。

 クウガはさらにスロットルを強く捻り、超速で浅草橋へと向かう――

 

 

 

 

 

 メ・ギャリド・ギの操る大型トラックは、台東区内を暴走していた。無法の極みのごとき走りに比して、ギャリド自身の機嫌はあまりよくなかった……というより、焦っていた。トラック強奪からすぐに5人殺せたはいいが、それ以上は警戒中のヒーロー・警官隊にことごとく阻まれてしまっている。

 

「ザジャブボソガバギド……ラビガパ、ベゲ……」

 

 苛々とハンドルを指で叩いていたヤドカリ怪人は、やがてサイドミラーに映る奇妙な影に気づいた。宵闇に鮮烈な輝きを放つ黄色い車体。あれは――

 

「クウガ……ギジャ、ヂバグ!?」

 

 それはクウガとそのマシン――ではなかった。黄色を基調とした車体、何より特徴的なのはカウル部にひときわ輝くSDチックな瞳。

 

――"駿速(レーザーターボ)"。捜査本部所属の刑事・森塚駿が個性で変身した姿だ。

 

『よ~しッ、18号捕捉!』

 

 そして彼に跨がるライダーは、

 

「森塚、あと四キロ減速!振り落とさないでよ!」

『わかってますって鷹野さん!』

 

 鷹野警部補。彼女は走行するバイクの上で、無謀にも両手でライフルを構えていた。その切れ長の瞳が猛禽類のごとき光を放つ。彼女もまた個性――"ホークアイ"を発動させたのだ。

 そして、

 

「ふ――ッ!!」

 

 引き金が引かれ、砲口から鉛の塊が放出される。それは回転を続けるタイヤを撃ち貫き、一瞬にしてパンクさせることに成功した。

 さらに、間髪入れずにもう一発。後輪が完全に使いものにならなくなったトラックは、ガタガタと車体を揺らしながら停車した。

 

「よし、離脱よ!」

『りょーかいッ、爆走!激走!独走!暴走!ってね!!』

 

 テンションとともにスピードも上げた駿速が、動けなくなったトラックの横をすり抜けて走り去っていく。

 

「ギギギギィッ、ガギヅサァ……!」

 

 癇癪を起こすギャリドだったが、彼にとっての悪夢はこれからだった。

 遠ざかっていく駿速とすれ違うようにして、前方からひとまわり巨大なマシンの影。カウル部にはSDの瞳……ではなく、"戦士"を表す古代文字。ライダーは黒いボディ、真っ赤な眼。あれは――

 

「ボンゾボゴ、クウガ!?」

 

 迫りくるクウガとトライゴウラム。減速するどころか、ますますスピードを上げていく。

 ちょうどそのとき現場に到着した勝己は、驚愕とともにその光景を見つめていた。

 

「あいつ、突っ込む気か……!?」

 

 そのとおり――だが、ただ突っ込むのではない。前部の牙状のパーツがさらに巨大化し、熱を、火炎を纏う。根元から開いたそれが、トラックの車体をくわえ込み――

 

――容易く、持ち上げた。

 

「バンザボセパ!?バンザボセパ!?」

 

 車内でわめくギャリド。しかしもう遅い、牙から伝わる熱は、アマダムから伝わったもの。そこには封印のエネルギーも込められている。牙はその溢れるパワーでトラックの車体をひしゃげ、潰しながら、着実にエネルギーを流しこんでいく。

 

「ウギッ、ギィ……!?ギアァァァァ……!?」

「………」

 

 ギャリドが苦悶の声をあげ、のたうちまわっている。車内がどんどん潰されていくことに、封印エネルギーが全身を蝕むことに恐怖している。やがてその手が、クウガのほうへと弱々しく伸ばされて。

 

「タ……スケテ……クレェ……!」

「……!」

 

 救けを求める声、手。ヒーローであるならば、相手が誰であれ絶対に見殺しにしてはいけない――いままではそう思っていたけれども、

 

 

「……無理だよ」

 

 緑谷出久は、それを曲げることを選択した。

 刹那、牙が完全にトラックをスクラップにする。もろとも潰されたギャリドの身体はほどなくして爆発を起こし、鋼鉄ともども四散したのだった。

 

「………」

 

 爆風を至近距離で浴びたにもかかわらず、トライゴウラムは無傷だった。その巨大な車体に守られたクウガも。

 おもむろにマシンから降り立ったクウガは、暫し爆炎の前に立ち尽くしていたのだが、

 

「デク!」

「!」

 

 勝己の呼びかけに我に返ったように振り向いた。異形の顔に表情はないが、肩から力が抜けるさまは見ていてわかった。

 

「かっちゃん……やったよ、今度こそ」

「……おぉ」

 

 それは間違いないだろう。勝己もまた、ギャリドが潰れていくさまをその目に焼きつけていたから。

 

「……デク、」

 

 変身を解かぬまま立ち尽くす幼なじみにことばをかけようとしたときだった。――トライゴウラムが、鈍い光を放ったのは。

 

「!?」

 

 ぎょっとするふたりを前に、化石色に戻ったその身がぼろぼろと剥がれ落ちていく。すっかり元どおりの形に戻ったトライチェイサーが現れた。

 

「えっ、な、なんで……!?」

「……科警研に逆戻りだな」

 

 ふたりが破片を呆然と見つめていると、

 

「爆心地!」

 

 鷹野と駿速が戻ってきた。ある程度離れたところに停車すると、駿速が森塚の姿に戻る。軽く腰をさすっている。

 

「バッチリ仕留めたみたいだねぇ、さすが4号氏!」

「え……あ、あぁ、どうも……」

 

 まさか刑事からそんな気安いことばをかけられるとは思っておらず、クウガは面食らいながら頭をかくほかなかった。が、

 

「………」

「……!」

 

 森塚とは対照的に、鷹野が険しい表情でこちらをねめつけている。彼女には何度か銃を向けられている――そのことを思い出したクウガは自然後ずさりしてしまうのだが、

 

「森塚、帰るわよ」

「え~もうちょっと~」

「……かわいくないっての」

 

 銃を向けられるどころか、以前のように「トライチェイサーを返せ」と迫られることすらなく。後輩を引き連れ、鷹野は去っていった。

 

(……認められてきた、のかな)

 

 蛙吹とともに戦ったときも思ったが。それが目的ではないにせよ、認められ頼りにされるというのはやはり嬉しい。それだけ自分が人を守れているということだから。

 と、感慨に浸っていたクウガの背中を、勝己が思いきり蹴り飛ばした。

 

「う゛わっ!?なっ、かっちゃん、何す……」

「ウドの大木みてーに突っ立ってんじゃねえよ邪魔くせぇ」

「ウドの大木……」

 

 確かに勝己よりも圧倒的に長身にはなってしまうが、クウガの姿だと。

 

「もう用もねえだろ、とっとと帰れや」

「う、うん……わかったよ」破片を踏まないように注意しつつ、トライチェイサーに跨がる。「あ、そうだかっちゃん、」

「ア゛?」

「光己さん、8時半の新幹線で帰るって。僕、見送りに行くけど……」

「あっそ。好きにしろや」

 

 最後まで言いきらせないよう被せて、勝己はシッシッと追い払うようなしぐさをする。出久としても一応伝えるだけのつもりだったので、それ以上食い下がるつもりはなかった。仮にそうしていたら爆破をかまされただろうが。

 

 

 

 

 

――東京駅

 

「ハァ~、全然動いてないわりにすごく楽しい一日だったわ。ふたりとも、ありがとね!」

 

 幼なじみないし同級生の親に笑顔で礼を述べられて、出久もお茶子も揃って恐縮しきりだった。

 

「い、いやそんな、こっちこそいろんな話聞かせてもらって……」

「僕に至ってはほとんど離脱してましたし……」

「細かいことは気にしないの!あたしが楽しかったって言ってるんだから」

「アハハ……」

 

 こういう物言いを聞くと、やはりあの青年と親子なのだと実感する。受ける印象はまったく異なるが。

 

「じゃ、そろそろ行くけど……。――出久くん、」

「?、はい」

「……ううん、なんでもない。身体と、あと未確認生命体にも気をつけて、元気にやるのよ。お茶子ちゃんもね」

「はい!」

「お母さんもお元気で!」

 

 別れの挨拶を済ませ、光己は手を振りながら改札の向こうに消えていった。それを見届けてから、

 

「僕らも帰ろっか。送ってくよ」

「え!?わっ悪いよ、デクくん疲れてるみたいやし……ココロノジュンビデキテナイシ……」

「え?」

「ななななんでもない、なんでもないよ!……あのさ、デクくん」

「なに?」

「爆豪くんのこと……さ、恨んで、ないの?」

「……!」

 

 元々大きな瞳をさらに見開く出久。それが一瞬、地を舐めるように伏せられたあと、

 

「……光己さんに聞いたの?僕とかっちゃんの、昔のこと」

「う、うん……。ごめんね、勝手に……最初はただ、ふたりの思い出話とか聞こうと思っただけなんやけど……」

「いや……うん、そうだよね」

 

 あれだけの長時間入り浸っていたのだ。そういう話をしていても何ら不思議ではない。

 俯いたまま、出久は率直に答えた。

 

「……あったよ、恨んだこと」

「………」

「結局、ヒーローになるって夢をあきらめてさ、僕には本当に何もなくなっちゃって。そうしたらぽっかり空いた穴の底から、それまで抑えつけてきたどろどろしたものが溢れてくるんだ。……あいつさえいなければよかったのに。そうすればあんなつらい目に遭わずに済んだかもしれないのに。何より……こんなふうにかなわない夢を見ずに、もっと早くから分相応な生き方ができたかもしれないのに……って」

 

 "ヘドロ事件"のあと、勝己といっさい関わらなくなって――友達と呼べるほどではなかったけれども、ふつうに話くらいはできる相手が何人かできたりもした。無個性のくせにヒーローになるなんて分不相応な夢をもっていなければ、爆豪勝己との歪んだ()がなければ。もっと早くから、折り合いをつけて生きることができたかもしれない――

 

「でも、」

 

 

「やっぱり、僕の中にかっちゃんはいるんだ。どうしようもなくいちゃうんだ。強くてカッコよくて、唯一無二の……ヒーローとして」

 

「だからせめて、精一杯の自分でいたいんだ。かっちゃんにも胸を張れる……ほどではないかもしれないけど、恨んで、嫉んで生きていくよりはずっと、憧れに近い生き方だと思うから」

「デクくん……」

 

 吐露を終えた出久は、へらりとした笑みを顔に貼りつけた。そこには幾ばくかの寂寥めいたものも浮かんでいたけれども。

 

「ごめん……なんか、色々。どの口が言うんだって感じかもしれないけど、幻滅しないでほしいな、かっちゃんのこと。きみが三年間見てきたのも、本当のかっちゃんだと思うから」

「……うん、わかっとる。ねえデクくん、」

「ん、」

「爆豪くんの中にも、さ。ずっといるんだと思うよ……デクくんが」

「……僕が?」

「うん」

 

 出久は暫し考え込んだあと、

 

 

「そうだったら、いいね」

 

 

 ごちるようにそう言って、力なく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 また発目に連絡してゴウラムの破片回収を済ませた爆豪勝己だったが、彼の仕事はまだ終わっていなかった。

 

「………」

 

 

 珍しく淡々とした表情でPCのキーボードを叩く勝己。彼は報告書の作成を行っていた。そうした事務仕事も社会人である以上避けられないのである――まして彼は唯一4号と接触し、その動向を把握しているのだから。

 作業を続けていた勝己は、ふと腕時計を確認した。そのまま暫し考え込んでいたのだが……やがて、スマートフォンを取り出し――

 

 

――同時刻 東海道新幹線内

 

 過ぎゆく夜景をぼんやりと見つめながら今日一日を回想していた光己は、そばに置いたスマートフォンが振動するのに気づいた。

 電話。家で帰りを待っている夫からだろうか――そんな予想をたてていた彼女は表示された名前に驚き、次いでほんの少しだけ口許をほころばせた。

 

 デッキに出て、電話を受ける。聞こえてきたのは静寂だったのだが、光己は不審には思わなかった。

 

「もしもーし?」

 

 こちらが声をあげると、ようやく相手の声が響いてくる。「……おぉ」という、発信者とは思えないか細い声だったが。

 

「なぁ~に、どうしたの?」猫なで声を出す。「もしかして、やっぱりママが恋しくなっちゃった?今ごろ遅いわよ~もう新幹線乗っちゃったモン」

『ハッ、寝言は寝て言えや。ヒーローはンなヒマじゃねぇんだよ』

「ふ~ん、そう。だったらこんなことしてるヒマもないんじゃない?」

『あぁ、まったくだわ』

「でしょ」

 

 暫し、沈黙が流れる。それを破ったのは、発信者のほう。

 

『……じゃあな』

「うん、おやすみ」

 

 通話が、切れる。――傍から見れば、互いにあまりにも素っ気ないやりとり。

 

 この母子は、それでよかった。それだけで十分だったのだ。その証拠に、互いの口許にはやわらかな笑みが浮かんでいたのだった――

 

 

つづく




RG「はいこんにちは、リカバリーガールだよ。ヒロアカあるある?言いたかないよ別に。それより、クウガの緑谷もなかなかケガが多いようだね、あたしの知ってる緑谷よりはマシとはいえ。しかし緑谷といい俊典といい、若い子はどうしてこう死に急ごうとするのかねぇ?あたしみたいにいつ死んでもいいような年寄りになると命が惜しくなるっていうのに。難儀なもんさね」

EPISODE 15. 死命

RG「プルスウルトラは結構だけど……三途の川は、渡るんじゃないよ」


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EPISODE 15. 死命 1/3

本日から七日間連続うpという自分にできるだけの無理をしてみたいと思います
こんなことができるのも今だけなんだぜ……働きたくねぇぜ……


 朝の城南大学・体育館。その一角で、ふたりの青年が対峙していた。

 

「来い、緑谷」

「うん。――よしっ、いくよ心操くん!」

 

 心操人使の腕――正確には腕につけた防具――に向かって、緑谷出久は勢いよく右脚を振り上げる。それらが接触を遂げた瞬間、鋭い音が室内に響き渡った。

 

「いいぞ。腰入れて、もう一回」

「うんっ、――はッ!」

 

 再び脚が振り上げられる。鋭い音。もう一度。さらにもう一度。さらに――

 

 体育会系の学生でにぎわってくる頃まで、彼らの日課となりつつあるマーシャルアーツの自主練が続けられたのだった。

 

 

 

「お待たせ心操くん!」

「ん、」

 

 出久がシャワールームから出てくる頃には、心操はもう私服に着替え終えていた。それを見た出久もいそいそと自分の着替えを取り出している。

 

「今日はやけに長風呂だったな」

「えっ、あ、う、うん、そうだね……ごめん」

「いや別にいいけどさ。……つーか、まだ腕がビリビリする」

 

 ショック吸収にすぐれた防具できっちり受け止めたにもかかわらず。心操は軽く腕をさすった。

 

「おまえどんどん上手くなってくな、まだ始めて一ヶ月そこらとは思えない」

「そう、かな?」

「うん。もう俺なんかじゃ相手にならないかもな」

 

 わざと自分を卑下してそう言うと、出久はあわあわと両手を振った。タオル一枚のまま。

 

「そっ、そんなことないよ!?やっぱりこう、経験の差が歴然というか……」

「その差もすぐ埋まりそうな感じだけどな。それなりに身体もできてきたみたいだし……。とはいえ、とりあえず服着れば?」

「あっごっごめん、お見苦しい姿を……」

 

 出久は慌てて下着に脚を通しはじめた。そのさまをじろじろ見ているのもどうかと思い、心操はその間スマートフォンで暇つぶしをしていたのだが。

 

 

「ところでさ、心操くん」

「ん?」

 

 呼びかけられて再び視線を向けたときには、出久はもう着替え終えていた。

 

「この服……おかしいところとかないかな?」

「?、いやそれは別に……さっきまで着てた謎文字Tシャツはおかしいけど。なんで?」

「いや、その……」

 

 ポッと頬を染めるさまは、人の機微に敏い心操が事情を察するに十分だった。

 

「もしかして……デート?」

「!、で、でっ……いや、デートというか、その……」ゴホゴホと咳払いをして、「麗日さんと……今日、映画観に行こうってことになってて。もし変な恰好だったら失礼だし……」

「麗日……そうか、いまおまえんとこの店でバイトしてるんだっけ」

「うん」

 

 出久が麗日お茶子と親しくなったと聞いたときは、珍しく本気で驚いてしまったものだ。爆豪勝己も幼なじみだというし、雄英に在籍していなかった身でありながらなぜここまで雄英に縁があるのだろう、こいつは。

 それはともかく、

 

「緑谷って……麗日とそうなのか?沢渡さん、なんて言ってるんだ?」

「いっいや違うよたぶんっ、まあ友達としては好かれてると思いたいけど……さすがに。沢渡さんは……『よかったね』って」

「……ふぅん」

 

 なんだか釈然としないものを感じたが、桜子には桜子の考えがあるだろうからとあまり深く考えないことにした。精神的には同年代の中でもかなり成熟した部類に入ると自覚している心操だが、三つ年上の彼女はもっと大人だ。

 

「それで長風呂だったのか。ま、いいんじゃないの。あんたも少しは女を知ったほうがいいだろうし」

「女を知るって……心操くんだって彼女いないじゃないか」

「いまはいないけど昔はいたし」

「それ、いたことない人の常套句だって聞いたことあるよ……」

「ほんとにいたっての。……まあ中学んときだけど」

「ちゅ、中学!」

 

 

 

 

 

 第18号事件が昨晩終息し、かりそめの平穏を取り戻した都内。ヴィランによる個性犯罪は続発するものの、飽和さえしているヒーローたちによりそれは未然ないしエスカレートしないうちに解決されている。敵連合が壊滅したいま、大規模な犯罪はピークから減少傾向にあることは間違いない。"平和の象徴"がいなくとも――

 

――だが、その中にあっても。超古代から甦った彼らは暗躍を続けている。ただただ、人の命を奪うという形で。

 

 

「………」

 

 よく晴れた正午前にあっても陽光が届かず、薄暗い路地裏。建物の室外機が設置され蒸し暑くもある。そこを不似合いな恰好の青年が歩いている。長身だが痩躯、白銀の長髪に薄化粧を施した優美な顔立ち――服装も相俟って中性的、いや女性的な雰囲気を纏っている。歩き方も極めてゆったりとしている。

 

 本来、彼のような人間がこのような場所を通るべきではなかった。このような場所には、表を堂々と歩けないようなそれ相応の者たちが息を潜めているのだから。

 

「オイ、おまえェ」

 

 青年の前に、突如異形のふたり組が現れた。長身の彼よりやや大柄で筋骨隆々。それぞれ牛と虎に似た獣人とでも呼ぶべき風貌である。無論この世界においてそういう分類はなく、単に"異形型"の個性持ちでしかないのだが。

 

「ココはよォ、オレたちのシマなんだけどォ?誰の許可得て通ろうとしてんだァ?」

「置いてくモン置いてくなら見逃してやらんこともないぜェ、わかるよナァ……オカマ野郎?」

 

 下卑たことば。いや、その表情から何から、すべてが下劣そのものと言うほかない。彼らはヴィランと呼ぶにもあまりに程度の低い存在で。

 それでもこの青年のような人畜無害な存在にとっては脅威――と、思いきや。

 

「………」

 

 彼は至って無表情を保っていた。ただ冷たくふたりのチンピラを見つめている。それは当然逆鱗に触れるものだった。

 

「ンだテメェ、なんとか言えやコラァ!!」

 

 虎男が青年の襟首を掴み威圧した――その瞬間、

 

 青年は虎男の背中に腕を回して抱き寄せ……その唇に、噛みつくようなキスをした。

 

「……!?」

 

 虎男も隣で見ていた牛男も、この青年がそのような行動に出るとは予想だにしていなかった。いくら相手がそういう性嗜好の持ち主らしい外見であるとて、こんな状況で。

 

 しかし牛男はともかく、虎男の思考はそれまでだった。青年の口を介して何か粉塵のようなものが体内に侵入してくる、その感覚を最後に――

 

 青年が虎男を解放する。たちまち彼はがくりと膝をつき……そのままうつぶせに、アスファルトに倒れ伏した。

 

「え……お、おいっ!?」

 

 牛男が慌ててその身体を抱き起こそうとする。しかし虎男は呆然としたような表情のままぴくりとも動かない。そして、ゆるく開かれたままの口腔は――

 

 

――歯までどろどろに融け、腐っていた。

 

「な、な……ッ!?」

 

 牛男はもはや恐慌に近い混乱をきたしていた。――死んだ?なぜ?あの青年のキスが原因で?

 

 刹那、牛男は脇腹を蹴られ、情けなく地面を転がった。

 

「ぃぎ……っ!?」

「………」

 

 仰向けにされた牛男に、青年がのしかかってくる。妖艶ですらある笑みを浮かべ、ゆっくりと唇をなぞりながら。

 

 そして彼は――優雅に、宣言した。

 

「バギング、ドググビンレ」

 

 

 

 

 

 少しゆっくりしたあと心操と別れた出久は、駐車場の一角に駐めてあるトライチェイサーに跨がろうとしていたところだった。これからポレポレへ向かい、午前中シフトに入っているお茶子と合流する。そのままお昼をポレポレで食べて、午後に映画館へ向かう――というプランである。そのあと彼女を乗せて軽くツーリングのようなこともして、良い時間になったらそれなりに洒落たところで夕食をともにして――なんて考えていながら、良くも悪くも下心はない。少なくともそこから先のミッドナイト――18禁ヒーローに非ず――についてはノープランな20歳であった。

 

「よし……っ、と」

 

 ともあれエンジンを掛け、メットを被ろうとしたそのとき。携帯が鳴った。麗日さんかな、と思いきや。

 

「!」

 

 発信者の名を認めた出久は、瞬間的に表情を険しくして電話に出た。――相手の名は、爆豪勝己。

 

「……もしもし」

『19号が行動を開始した。新宿四ッ谷だ』

「四ッ谷だね、わかった」

 

 時間にして数秒。極めてシンプルなやりとりのあと……少し迷って、出久はポレポレの番号を呼び出した。

 

 

――同時刻 ポレポレ

 

「♪~」

 

 麗日お茶子はご機嫌で働いていた。鼻歌を歌いながら踊るように客席に注文を運び、空いた席を拭き清めている。その様子を苦笑混じりに眺めていたおやっさんがひと言。

 

「浮かれてるねぇ……お茶子ちゃん」

「えぇ?そんなことないですよぉ~♪」

 

 いやいや、誰がどう見ても浮かれている。事実、ランチ中のお客さん方も皆、どこか生温かい目で彼女を見ているのだから。

 

「まあいいけどさぁ……おやっさんの魅力に気づいてくれる娘も来てくれないもんかねぇ」

 

 年齢的に犯罪すれすれな希望をのたまいながらおやっさんが独りごちていると、店の電話が鳴った。

 

「あ、私出ます!」すかさずお茶子が受話器をとり、「はい、オリエンタルな味と香りの……あ、デクくん?」

 

 相手は出久だった。受話器の向こうから申し訳なさそうな声が響いてくる。

 

『麗日さん……あの、ごめん……。今日なんだけど、実は急用が入っちゃって……』

「!、そう、なん……?」

『うん……本当にごめん!』

「い、いやええよ、急用ならしょうがないもん……」

『ごめん……あ、でも、もしかしたら一、二時間で片付くかもしれないから!』

「そっか!私は何時からでも大丈夫だよ、映画も最悪レイトショーとかあるし。無理なら別日でもいいからね!」

『うん。とにかく終わったら連絡するよ、それじゃまたね!』

「うん、また!」

 

 電話が切れ――憚る相手のいなくなったお茶子は、へなへなとカウンターの椅子に座り込んだ。盛大に溜息をつく。

 

「何、出久のヤツまた急用?」

「……みたいですー。早く終わったらまた連絡するとは言ってくれたんですけど……」

「まあアイツは嘘はつかないだろうしねぇ、急用がなんなのかは気になるけども」

「詮索できませんもん……。ハァ、午後どーしよっかなー……」

「……人手は欲してるよ?」

「欲してますか。じゃーデクくんから連絡くるまで働いちゃおっかな!」

 

 気を取り直したお茶子は、逸る気持ちを抑えるべく再び精力的に働き出したのだった。

 

 

 

 

 

 お茶子への連絡を終えて、出久は新宿区内へとトライチェイサーを走らせた。都心も都心なだけあり、車も歩行者もあちこちで行き交っている。この近辺にグロンギが潜伏しているとは思えない。

 

「……ッ」

 

 だからこそ、出久は焦った。早く見つけ出して倒さなければ、この人たちも。

 と、そのとき、

 

「……!」

 

 どくんと、腹の中でアマダムが疼いた。倒すべき、敵。すぐそばにいる。

 

 出久はマシンをその導くほうへ向けた。ガード下の通りに入る――と、傍らの歩道に、倒れている人の姿を発見した。咄嗟にマシンを路肩に停車させ、駆け寄る。

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

 見たところ外傷はない……が、呼びかけに対する反応もまったくない。そして、わずかな腐臭。

 

「!、これは……」

 

 ゆるく開いたままの口内が腐り、歯までボロボロになっていることに出久は気づいた。その腐食が、こうして見ている間にも進んでいく様子も。

 

「何が――ッ!」

 

 再び、あの感覚。反射的に振り向いた出久の前に、あの中性的な美青年が迫っていた。

 青年はそのまま出久に抱きついてきて、

 

「う゛わっ!?」

 

 珍しく嫌悪感丸出しの声とともに、出久は青年を思いきり突き飛ばした。細身がフェンスに叩きつけられ……刹那、ぐにゃりと歪む。忽ち肌色の、キノコにも似た不気味な怪人へと変化した。腹部の装飾品が、彼がグロンギであることを示している。――キノコ種怪人 メ・ギノガ・デ。

 

「ゴラゲゼバギング、ドググドドググビンレザ……ハハハッ」

「………」

 

 グロンギのことば。明確な意味はわからないが……自分を獲物と見定め、殺害を宣告していることは間違いなかった。

 だが……そうはさせない。自分だけではない、他の誰もこれ以上、殺させはしない――

 

 だから、

 

「――変身ッ!!」

 

 腹部に手をかざしてアークルを顕現させ、構えをとり。中心部のモーフィンクリスタルが、赤い輝きを放つ。

 そして出久の全身は一瞬にして変貌、クウガ・マイティフォームと化した。

 

「クウガ……!?」

 

 途端にギノガは余裕を失ってしまった。嬉々として襲いかかってきたこれまでのグロンギたちとは対照的に、慌てて逃げ出そうとしている。

 拍子抜けしかけた出久だが、当然逃がすつもりはない。すかさず跳躍して逃走方向へ回り込み、立ちすくむギノガの腹部にストレートを叩き込む。

 

「アッ!?」

 

 悲鳴をあげるギノガ。その顔面にさらにもう一発。打たれた部分がひしゃげ、血が噴き出る。

 ひたすら拳を叩き込むクウガに対し、このグロンギは呻き、おののきながら逃げまどうことしかできない。――こいつ、弱い。出久はそう確信した。

 

(これなら、いまこの場で倒して……!)

 

 ここで終わらせてしまえば、電話でお茶子に言ったとおり一時間程度の遅れで済ませることができる。彼女との約束を、守れる。

 強く念じると、また右脚が熱くなってくるのがわかる。その膨大なエネルギーを叩き込むべく、クウガは回し蹴りを見舞おうとし、

 

 躱されてしまった。わずかに態勢が崩れたところに、いきなりギノガが抱きついてきて、

 

「――!?」

 

 突然の口づけ。引き剥がすより早く、ギノガの小さな口から胞子状の粉塵が放出されて、

 

 

「かッ……ア……!?」

 

 途端に体内から絶叫のごとき激痛が奔り、クウガは全身を痙攣させた。毒のようなものを、注入された――被害者たちを殺したのと同じ。そんな思考すら、たちまち保てなくなる。

 クウガがその場に膝をつくのを見計らって、ボロボロになったギノガは這う這うの体で逃げ出す。半ば本能的に立ち上がり、あとを追おうとしたクウガだったが……そこで、限界が訪れた。

 

 倒れたその身体が赤から白に変色し、角が半分ほどにまで縮む。それでもなお苦痛はひどくなる一方、彼は絶えず全身を痙攣させ、声なき声で悲鳴をあげ続けた。

 

 

――そして爆豪勝己が現場に到着したときには、クウガの姿は緑谷出久のそれに戻っていた。

 

「デクっ!?」

 

 その尋常でない様子に気づいた勝己が、鬼気迫る様相で駆け寄っていく。抱き起こす。身体の痙攣は延々続き、卵型の眼球は血走って真っ赤になっていた。

 

「デク、おいデクっ!!……デク――ッ!!」

 

 必死に呼びかけ続ける勝己。しかし目の前の幼なじみはもう、受け答えができる状態にはなかった……。




キャラクター紹介・リント編 バギンドパパン

塚内 直正/Naomasa Tsukauchi
個性:???
年齢:41歳
誕生日:4月4日
身長:180cm
好きなもの:野球・正直者

備考:
警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部のNo.2であり、捜査指揮を行う管理官・警視。かつては敵連合関連事件合同捜査本部で彼らの痕跡を追っていた、合同捜査本部に縁のある男だ!無論優秀な分析力とプロファイリング能力あってのことだぞ!
なんとオールマイトとは親しい仲であり、彼の抱えていた秘密を知る数少ない人間でもあるとか……。

作者所感:
オールマイトの友人・仲間であること以外かなり謎の多い人ですね。個性が明かされていなかったり目が笑っていなかったりで内通者(黒霧)疑惑がかかっててドキドキしてます。万が一原作でそういう展開になってしまっても「ifだから……」で納得してあげてくださいお願いします。
それはさておき、今作では警部から昇進してます。福井もとい照井竜と同じ階級ですが、彼のように赤いレザージャケットを着て現場にやって来たりはしません。もちろんライダーに変身したりも……しない、かな……?ちなみに現実ではノンキャリアが40歳までに警視になるのはほぼ不可能みたいです。でも相棒の角田課長なんかは30そこそこで既に課長でしたし、現実より柔軟なんだってことでひとつ(何せ総監が元ヒーローだし)。
ガタイがいいので森塚さんのように少年っぽくは見えませんが、風貌はかなり若いですね。四十路過ぎてもまったく老けてないんじゃないかと思ってます。


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EPISODE 15. 死命 2/3

緑谷出久
攻略難度:☆☆☆☆☆

全ルート攻略の隠れた障害になるのがコイツ!優しいしウブだから楽ちんかと思いきや実は全キャラで一番ハッピーエンドを見辛いぞ!
人間としてまっとうな選択肢を選べば親密度は上がるので友達になるのはカンタンだ。しかし愛情度は極めて上昇し辛い!プレゼントをあげようがデートに誘おうが肩に寄り掛かろうがなかなかそういう目で見てくれないし、やっと愛情度が高まってきたかと思うとそれまでのほのぼのが一転、バックボーンにまつわる鬱展開に突入……明らかにバッドエンド一直線に思えるストーリーが続くが、あきらめずアタックし続けるとやがて光明が見えてくるのでがんばろう!
ただし終盤は少しでも選択肢をミスると 死 ぬ 。緑谷死すでガチなバッドエンドである!その地雷っぷりにユーザーからは「かっちゃんのほうがまだマシ(攻略しやすい)」との声を多数いただいてます!!


「私のヒロインアカデミア♡」攻略の際には是非参考にしてください(大嘘)
ちなみに他に☆5つなのはオールマイトとグラントリノだけです。特に後者はランダムで「誰だ君は!?」が発動して親密度&愛情度がリセットされるうえ、うまく仲良くなっても寿命ENDに引っ掛かる可能性がある鬼畜仕様となっております


 沢渡桜子はいつもどおり考古学研究室で古代文字の解読にあたっていた。馬の鎧となるクウガの僕・ゴウラム――その存在理由を示すもの以外にも、その身にはたくさんの碑文が刻まれている。一刻も早くその全貌を明らかにすることこそ、自分の責務だと思っていた。

 それにしても、

 

(出久くん、デートかぁ……)

 

 本人は頑として認めていなかったが、誘ったお茶子のほうが明らかに好意をもっている様子な以上、デートと言うほかないだろう。その事実に思うところがないではなかったが……何より出久とそういう関係になる難しさは、彼女自身がよく知っている。お茶子にとっての試練はまだこれからだと、桜子は未だ直接面識のない新米ヒーロー(謹慎中)に思いを馳せた。

 そうしてインスタントコーヒーを啜っていると、携帯が鳴った。液晶に"爆豪勝己"の名が表示されている。それだけで胸騒ぎを覚えながら、桜子は電話をとった。

 

「もしもし……どうしたんですか?」

『……落ち着いて聞いてくれ。デクの奴が――』

 

 勝己から告げられた事実に、桜子はスマートフォンを取り落としそうになった。

 

「出久くんが……!?」

『いまから関東医大の椿医師ンとこに運びます。ただ、俺は現場を離れられねえ……だから、』

「……わかり、ました。すぐ関東医大に向かいます」

『……頼みます』

 

 通話はそれだけだった。勝己の声は終始平静を装っていたが……最後の頼むというひと言だけは震えているように、桜子には思われた。

 勝己の思いに心を寄せるのはあとだ。桜子はとりあえず手近な手荷物だけ抱えて研究室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 その頃、椿秀一医師は洒落たイタリアンレストランでランチの真っ最中だった。当然ひとりではなく、美女を伴って。平日はややマッドなドクターである彼も、休日はこのように社会的地位と恵まれた容貌を最大限に活かしたプレイボーイなのであった。

 

「どう、イケてるだろこの店?」

 

 椿の問いかけに、向かいでパスタに舌鼓を打つ女性はうんうんとうなずく。

 

「うん、いい味してる♪」

 

 それに対し、

 

「きみはいい鎖骨をしてる」

「さ、鎖骨……?」

 

 女性は流石に困惑を隠しきれていない……が、椿は意を介さない。

 

「ああ、鎖骨だ。鎖骨だけじゃない、脛骨のカーブも素晴らしい」

「へ、へぇ……変なの」

 

 明らかに引かれている……のだが、椿はそんなことには気づかず。むしろ「うまく口説けた」と悦に入っている。彼にとっては自然に滑り出した、偽らざる本音だったからだ。私生活でもマッドなのは変わらないのだった。

 と、そこに携帯が鳴った。やはり相手は爆豪勝己だ。

 

「……なんの用だ、こんなときに」

 

 やや不機嫌に通話を受けた椿であったが……「デクが敵にやられた」という報告を受けて、やはり取るものも取りあえず飛び出していった――

 

 

 

 

 

 桜子に宣言したとおり、勝己は現場を離れることができずにいた。捜査本部の面々でもいの一番に駆けつけたヒーローとして、他の捜査員・ヒーローらに状況を説明、また引き続き捜査にあたっていた。

 

「またがらりとやり口変わったねー、今度のヤツは。状況からいってガイシャの死因は毒物だろうけど、どういう類のものかが掴めない」

 

 コツコツと万年筆で手帳を叩きながら、森塚がごちている。口腔から恐らく体内――臓器まで、一瞬にして腐食させる。とにかく凶悪な毒物であることに違いはない。

 だが、それがいかなる性質をもつものなのか――当然追及し、解明する必要はある。あるいはウィークポイントも掴めるかもしれないから。

 

「これは……」

 

 と、傍らにしゃがみ込んでいた鷹野が何かに気づいたような声をあげた。

 

「どうしたんです?」

「これ、見える?」

 

 鷹野が被害者の遺留品であろう落ちていた眼鏡を差し出してくる。ふたりがかなり目を凝らして、ようやくレンズにふつうの汚れとは異なる粒子状の物体が付着しているのがわかった。

 

「おー、流石ホークアイ……」

「……これは?」

「見ただけじゃわからないわね。科警研で分析してもらいましょう」

 

 そのことばに、勝己は「なら俺が」と手を挙げようとした。置き去りにされているトライチェイサー、これが回収されてしまう前に自ら乗って科警研へ行き、発目明に預ける好機だと思った。4号の正体をよく知る彼女のもとにあれば、復帰し次第また出久に渡すことができる――

 

 が、声を出しかけた勝己に先んじて、「では自分が持っていきましょう!」と威勢の良い声をあげた者がいた。捜査本部でそんな人間はひとりしかいない――インゲニウムこと飯田天哉である。

 

「なぜあなたが?」

 

 鷹野が怪訝そうに訊く。勝己のような思惑でもなければ、同じ警察組織の人間が持っていくほうが自然だ。ヒーローはやはり戦闘が本分なのだから。

 つまり飯田には飯田の、別の思惑があるということだ。

 

「ひとつ、別の用事がありまして。……よろしいでしょうか?」

「まあ、そういうことなら。頼むわね」

 

 証拠品を受け取り、相変わらず大ぶりな動きで車に戻っていこうとする飯田。こうなれば是非もないと、勝己はわずかな逡巡ののちに彼を呼び止めた。

 

「?、どうした、爆豪くん?」

「……科警研行くなら、あれ乗ってけ」

 

 勝己が顎をしゃくった先に漆黒のトライチェイサーがあるわけだが……飯田は首をひねった。

 

「あのバイクは?」

「TRCS」

「!、そ、そうか言われてみれば……。真っ黒だからまったくわからなかったぞ」

(……それが目的だからな)

 

 そのためのマトリクス機能である。地味な色合いにしておけば、クウガの乗るあの派手なゴールドヘッドと同一車両には見えないから。見る人が見ればすぐ看破されてしまうだろうが。

 

「しかし……TRCSがここにあるということは、4号くんは既に戦ったのか?どこに行ったんだ?」

「!、………」

 

 当然の疑問。なのだが、勝己は現時点でそれに答えるつもりはなかった。

 

「……いいから早よ行け。グズグズすんなや」

「!、あ、ああ……そうだな。マシンは発目くんに預ければいいのか?」

「ああ」

「わかった」

 

 表情から何かを察したのか、飯田はあまり詮索しないでくれた。勝己の意図もきちんと読んでくれている。やはりあの濃厚な三年間の重みというものはあると実感せざるを得ない。

 

「……ッ」

 

 とにかく、自分にできることは一刻も早く19号――ギノガを見つけ出し、倒すことしかない。出久のことを強引に頭の片隅に追いやった勝己は、じめじめとした温風を吹きつけてくる室外機を鋭く睨みつけた。

 

 

 

 

 

 関東医大病院に一台の担架が運び込まれていく。そこに乗せられているのは――緑谷出久。双眸は見開かれたまま、呼吸器をつけられ、時折身体を痙攣させている。かろうじて命は繋ぎとめているが、これまでのように快方へ向かっている様子は微塵もない。予断を許さない状態のままだった。

 

 と、ちょうどそこに大急ぎで駆けつけてきた椿医師が遭遇した。出久の姿を認めるや、大急ぎで走り寄り、救急隊員に訊いた。

 

「バイタルは!?」

「発汗が著しく瞳孔は縮小、意識レベルは200です!」

 

 つまり、ふつうのやりとりどころか反射すらほとんど機能していない状態――担架とともに走りながら、椿は顔を顰める。

 

「ッ、緑谷……!」

 

 出久の手を強く握りながら、椿は「大丈夫、必ず救けてやるからな」と何度も繰り返し続けた。まるで自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

――千葉県柏市 科学警察研究所

 

 実験室のひとつに、巨大な甲虫の像が安置されている。中心の翠の鉱石だけが鮮やかな輝きを放っているそれは、昨日東京の空を飛翔、さらにはトライチェイサーと合体してギャリド打倒にひと役買ったあの装甲機と同一の存在とは思えない。

 しかし現実に、この文字どおりの遺物こそゴウラムなのである。研究員一同その組成を余すことなく分析し、可能ならもとの姿に戻してやりたいと考えてはいたのだが……有効な方策が思い浮かばないのが実情であった。

 

「困ったなこれは……何をどうすればいいのか」

 

 ああでもないこうでもないと議論をかわす研究員たちを尻目に、ゴウラムを360°眺め回す若い女史の姿があった。――発目明。あるプロジェクトを任されている客員研究員である。

 元々研究畑ではなく、あくまで開発者――ヒーロー用のサポートアイテムの開発を生業としてきた女性なだけに、この場は完全アウェーなのだが、そんなことはまったく意に介していない。また、他の研究員たちも本来なら持て余すところなのだが――

 

「やっぱり昨日の彼かな……発目くん、知り合いなんだろう?」

「緑谷さんのことですか?ええ、故あって!」

「彼がこれに触ったら計器が反応しましたしね……。彼、まさかと思うけど……」

「お待ちを!」

「!?」

 

 いきなり発目が大声を出したものだから、研究員たちは息を呑むほかなかった。

 

「詮索なさらないほうが身のためかと。何されるかわかりませんよ……爆心地に!」

「ば、爆心地に?」

 

 あの悪鬼羅刹のごとき表情と笑い声は、彼らもよく知るところであった。ゆえに困惑していると、扉が遠慮がちにノックされて。

 

「失礼いたします!」

 

 そんな威勢の良い声とともに入室してきたのは、発目のよく知るヒーローの青年で。

 

「!、飯田さん……」

「………」

 

 吃驚した様子の発目をなんとも言えない表情で一瞥すると、飯田は同じく呆気にとられている研究員たちに四角張って声をかけた。

 

「発目研究員がこちらにいるとお聞きして参りました!少しの間彼女と話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「え、あ、ええ……よろしいです」

 

 そもそもゴウラムについては、彼女は「後学のため」と称して物見に来ているだけだから、彼らからすれば何時間借りっぱなしにされようが構わないのだった。

 

 

――と、いうわけで。

 

「突然すまないな、発目くん。いま発生している未確認生命体第19号事件の証拠品を届ける役目を請け負ってここに来たんだが……実はきみに話があってな」

「私にお話……ですか。珍しいですね、飯田さんのほうからそんな」

「そうだな……否定はしないが」

 

 雄英時代――発目は飯田にとり、ある意味因縁の相手だった。1年生の体育祭で無断で彼女(とその"ベイビーちゃん"たち)の宣伝道具にされて以来、どうにも苦手意識をもってしまっていた。それでもヒーロー志望にとりサポート科の支援は必要不可欠、その関係は切っても切れないものだったのだが、近年は発目が科警研に招聘されていることもあり顔を合わせていなかった。マイペースな発目も彼に苦手に思われていることは自覚していたので、もう会うこともないと思っていたのだが。

 

「それで、話というのは――」

「!、はい」

「うん、きみが担当している例のプロジェクトのことなんだが、あとどのくらいで完成しそうなんだ?」

「そうですねぇ、完成の意味合いにもよりますけど……使いものになるというだけでしたら、今月中にはそうなるかと。無論そこから調整を行う必要があるので、正式な配備はだいぶ先になるとは思いますが」

「そうか」

「まあでも、配備されれば未確認生命体と戦っていくうえでも役立つこと間違いなしですからね!大急ぎでがんばってますよウフフfFFF!」

 

 ことさら明るい声でそう言うと、再び「そうか」とうなずく飯田の表情が少しばかりほぐれた。それも一瞬のことで、次の瞬間にはきりりとしたいつもの顔に戻っていたのだが。

 

「当然、"候補者"の選定も進めているんだろう?」

「ええ、やはり実戦データを集める必要がありますから。それが何か――」

「その中に、俺も入れてはもらえないだろうか?」

 

 ほとんど被せるように放たれたことばは、発目を驚かせるに十分だった。

 

「飯田さん、それは……」

「無理は承知だ、きみの一存で決められるものでないことも。……だが、いまのままではいけないんだ。4号くんや爆豪くんに頼りきりで、何もできないいまの僕では……」

「いや、その……なかなか選定も難航してますし、ヒーローであるあなたが名乗り出てくださるのはありがたい話ではありますけど……。つまりは実験台になるということですよ?もしかしたら危険もあるかもしれませんし……」

 

 そのように扱われたことが遺恨となっているのではなかったか。ゆえに発目は訊いたのだが、

 

「わかっている」飯田はまっすぐ彼女を見つめ、「僕はヒーローだ。市民の安寧を守るためなら命のひとつやふたつ……いやひとつしかないけども、とにかくきみに預けてやるさ!」

「飯田さん……」

 

 飯田は再び笑みを浮かべた。先ほど一瞬見せた柔和なものとも違う、迷いのかけらもない誠の笑顔。それを目の当たりにして、発目の腹も固まった。

 

「……わかりました、私からあなたのことを推薦してみましょう!私のドッ可愛いベイビー、信頼のおける人にお預けできるに越したことはないですからねぇウフフfF!!」

「そうこなくては!……おっと忘れるところだった。発目くん、爆豪くんからTRCSを預かってきたぞ。なんでもきみのところに置いておいてほしいとか」

「?、TRCSを?みど……4号さんはどうしたんです?」

「いや、ぼ、俺も詳しくはわからないが……」

 

 彼の身に何かあったのか――そんな予感はあったのだが、ふたりとも予感に沈んでいるだけの暇はないのだった。

 

 

 

 

 

 出久はICU――集中治療室に入れられていた。意識も未だ戻っておらず、予断を許さない状況は続いている。

 

「――以上のような状況ですが、希望は捨てないでください」

 

 椿の説明に、駆けつけた沢渡桜子は深刻な表情でうなずく。その手がわずかに震えているのを、彼は見逃さなかった。

 

「あの……出久くんのところ、ついててあげてもいいですか?」

「ええ。あ、でも、中には入れないので……」

「わかってます。……すみません、」

 

 会釈とともに桜子が席を立ったあと、椿もまた奥に引っ込んだ。備え付けの電話を手にとる。

 

「――爆豪か?あぁ、さっき検査が終わったところだ」

 

 結果はどうだったのか、淡々と尋ねる声が返ってくる。動揺はないように聞こえる――表面上は。

 その問いに直接は答えず、

 

「被害者の解剖結果は聞いてるか?」

『いや、』

「特定不明の毒素のために、全員内臓が腐食、半ば融解してる。現場から搬送する途中に身体が崩れ落ちたという報告もある」

『!、……デクは、』

 

 出久の肉体が腐り落ちる……その光景を想像してしまったのだろう、努めて平静を保っていた勝己の声が明らかに震えるのがわかった。

 

「いや、たぶん例の石の力だろう、白血球の数が通常の二〇倍にまで増えて毒素に対抗してる。だからいまのところ体内の腐食は食い止められてる」

『そう……っすか』わずかに安堵が滲む。

「ああ。とはいえ、緑谷の腹の中の石はこれまでにない変わり様だ。これまでにも何度か変化は見られたが、今回はそれが回復する兆しが見られない」

『ッ、……助かるんすか?』

「……正直、楽観はできない。いま俺に言えるのはそれくらいだ」

 

 電話を介しているゆえに、勝己がどんな表情でこの残酷なことばを聞いているのかはわからない。でも受話器越しに耳に当てられるその息遣いは、様々な想いの奔流に揺れ動いているように、椿には思われた。

 やがて、絞り出すように、

 

『……デクに、伝えてもらえますか』

「ああ……なんだ?」

 

 

――踏み倒しやがったらぶっ殺す。

 

 籠手の借りをポレポレカレー百食で返す――未だ果たされていない約束。それを知らない椿は当然怪訝に思ったが、勝己の意を汲んで「わかった」と了承したのだった。

 

 



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EPISODE 15. 死命 3/3

死命
1 死ぬべき命
2 死ぬか生きるか。死ぬか生きるかの急所。「―を決する・制する」

お恥ずかしながら初めてこの言葉を知ったのは相棒でした
よく使われてるのは2の方っぽいですが、今話はどちらの意味も込めてるつもりであります


 人間体に戻ったメ・ギノガ・デは地下道に身を潜めていた。その顔には痛々しい内出血の痕が残されている。クウガに殴られたダメージは、打たれ弱い彼にとり短時間で癒えるものではなかった。

 だが、ギノガの同族は彼に対して思いやりをもってはくれなかった。――もっとも、彼らがそうした感情をもつのは自分自身に対してだけなのだが。

 

「休んでいると、時間がなくなるぞ」

「!」

 

 いつもの面子を引き連れて現れたバラのタトゥの女が冷たく言い放つ。さらに、

 

「相変わらずキョジャブダギギヅザベ?」ガルメが言う。

「情けない奴」これはショートカットの女――メ・ガリマ・バ。

 

 そしてなお激昂も奮起も見せないギノガを目の当たりにして、遂に"彼"も動いた。

 

「バゲ!」ゴオマがギノガの腕輪を掴む。「ゴセグジャス!!」

 

 彼らにとって命と同等の価値をもつ腕輪。それを奪いとられそうになった瞬間、ギノガの姿が一瞬にしてあの不気味な怪人のそれに変わる。

 ぎょっとしているゴオマを強引に抱き寄せ、その唇を奪い――"何か"を注入した。

 

「ウ゛エ゛エェェェッ……!!?」

 

 悶絶し、その場に倒れ込むゴオマ。腐臭のする吐瀉物を地面にまき散らしのたうち回る。クウガや被害者たちに比べればかなり手加減はされているのだが、ギノガより格下の彼にとっては甚大なダメージだった。

 皆が呆気にとられるなかで――ガルメなどは「うわぁ……」と嫌悪を露骨に声に表している――、ギノガはひとり勝ち誇る。

 

「僕のこの力で、あのクウガがもうすぐ死ぬんだよ?だからこれからはもっと楽に、もっとたくさんのリントを殺せるようになる。きっと、すごく楽しいよ?」

「……リントにはヒーローとかいう連中もいますけど?実際ビランたちもかなり邪魔されてたし。あんまり舐めないほうがいいんじゃないかな~なんて……」

 

 ガリマの背後に隠れたガルメが遠慮がちに忠告するが、ギノガはふんと鼻を鳴らした。どんな強大な力をもっていようが、この"死の口吻"ひとつで綺麗に終わらせることができる。それに――

 

 虚弱体質に隠された自らの真価に思いを馳せるギノガ。彼の脳内において、その前途は未だ洋々たるものでしかなかった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己への連絡を終えた椿秀一は、その足で出久のいる集中治療室へ向かった。そこにはひとり、出久を心配そうに見守る沢渡桜子の姿があって。

 

「沢渡さん……」

 

 そんな彼女を気遣うように、椿は声をかけたのだが、

 

「椿先生。出久くん、いまもこうして戦ってるんですよね。みんなの笑顔を守るために、って」

「!、ええ……」

 

 椿をまっすぐ見上げる桜子の瞳は、先ほどとは打って変わって凛としていた。

 

「決めました。私、研究室に戻ります」

「え、でも……」

「出久くんのお腹の中の石について、碑文のどこかにヒントが隠されてると思うんです。私は私の場所で、出久くんの助けになろうと思います」

「沢渡さん……」

 

 桜子は一礼すると、しっかりとした足取りで出久の前から去っていった。出久が危機的状況にあるからこそ、自分はいつもどおりでいなければならない。そうと決断することは、非常につらいことではないのか。

 それでも彼女は、たったひとりで選びとった。

 

「……いい仲間に囲まれてんじゃねえか、おまえ」

 

 ベッドの上で孤独な戦いを続ける出久にそう声をかけると、椿も自分にできる最大限のことをするために踵を返したのだった。

 

 

 

 

 

 勝己は鷹野、森塚とともに第19号――ギノガの捜索を続けていた。表面上、冷静さを保ちながら。

 

「またしても行方くらまされちゃいましたね」いつもの調子で森塚。「なんかこう、奴はココに現れる!ってな具合の手がかりはないもんかねぇ……まあンな簡単に出てきたら僕らはもっとホワイトな暮らしができるわけですけど」

「森塚、うるさい」

「……静かだとかえって集中できないんスよ僕。わりとマジで」

 

 勉強をするにも、テレビがついていたり家族が横でしゃべっていたり、そういう環境のほうが取り組みやすい子供だったのだ、森塚駿という男は。よってそんな本音を述べつつ、ちらりとバックミラー越しに黒いコスチュームの白皙の男を見やる。

 勝己がこのような無駄話に乗ってこないのはいつものことではある。が、今日はその"いつも"ともどことなく様子が異なるように思われた。覆面とともに纏った刺々しさの中に、焦燥が見え隠れしているような――

 

(まあ、どうせ4号絡みだろーけど)

 

 昨日の今日でもあるしと、森塚はあえて何も訊かないことにしたのだが。ちょうどそこで勝己に電話がかかってきたため、いずれにせよ会話にすらならなかっただろう。

 

「……おぉ」

『もしもし、飯田です』相手は科警研にいる飯田天哉だった。『例の眼鏡に付着していたものの分析結果なんだが……極めて毒性の強い胞子であることがわかった』

「胞子?」

『そうだ、恐らくキノコの能力をもつ未確認生命体だろう。それで、ここからが重要なんだが……』

 

 飯田からその胞子についての情報を得て、勝己は通話を打ち切った。すかさず助手席の鷹野が声をかけてくる。

 

「インゲニウムから?分析結果が出たのね」

「ええ、奴はキノコの胞子を吐き出してるらしい。で、そいつは35℃から40℃の間の温度と60%程度の湿度で活性化する……だそうです」

「要するに暑くてじめじめした場所が好きってわけか」

「ならこれまでの犯行現場も……でもじめじめはともかく、暑さのほうは一概には言えないわね。日の当たらない路地裏なんかもあるし」

 

 そういう場所は当然気温は低い――自然条件のみ考慮するなら確かにそうなのだが、

 

「……いや、恐らく条件は満たしてたはずです」

「?」

 

 勝己が「ん」と側方を指し示す。そこには大量のエアコンの室外機が並んでいて。

 

「あっ、そうか!」森塚が手を叩く。

「いままでの現場も傍らに室外機があったわね、そういえば」

 

 これまでの犯行はすべて新宿区内で行われている。新宿でそう行った場所をしらみつぶしに潰していけば、あるいは――

 

 

――そうしておよそ一時間弱。鷹野の手配により、区内某所に集合した捜査本部の面々に応援とともにガスマスクが届けられた。さらに警察側の捜査員には、フルオートの改造ライフルとプラスチック特殊ガス弾も。後者はアジト突入作戦において使用されたガス弾の成分を二百倍に濃縮・小型化した科警研の力作である。

 

「総員、ガスマスクの装着とガス弾の装填を確認!」鷹野が声を張る。「散開して19号を追跡します!」

 

 捜査員とヒーローとがツーマンセルを組み、応援で派遣されてきた機動隊が数名付き従う。そのようにして作られた班が次々に出現予想箇所へ潜っていく。

 最後までそれを見届けた鷹野は、隣に残したヒーロー爆心地に声をかけた。

 

「護衛、しっかり頼むわよ」

「フン、アンタや他の連中が殺られる前に、奴を殺っちまえばいい話だろうが」

「……まあ、それで構わないわ」

 

 とにかく、ここで必ず19号――ギノガを討つ。可能な限り犠牲を出すことなく。

 

(デク……)

 

 関東医大にいる幼なじみのことで嫌な胸騒ぎを覚えながらも、勝己もまた動き出した。

 

 

 

 

 

 その関東医大では、椿が出久を救うために精力的に動いていた。片手でキーボードを叩いて処置方法を探りながら、もう片方の手で受話器をとり、都内の病院に勤務する解毒の個性をもつ医療関係者にここへ来てもらえないかを要請していく。いかなる猛毒でも対応できるレベルの個性の持ち主は貴重であり、いくら医療機関といえどどこにでもいるものではないし……いたとしても他の病院に出張できる余裕はない場合が多い。

 

 だがそれでも、彼はあきらめるわけにはいかなかった。そうした願いが通じたのか、十数件目の病院でようやく色よい返事をもらうことができた。

 

「そうですか、ありがとうございます!はい、ではお待ちしております」

 

 受話器を置き、深く溜息をつく。これで出久を救う算段がついたと、椿は心底安堵していた。

 と、そのとき、静まったばかりの備え付けの電話が鳴った。即座にとった椿の耳に飛び込んできたのは、

 

『椿先生!――――緑谷出久(患者)さんが急変です!!』

「な……!?」

 

 一瞬目の前が真っ暗になるほどの動揺に襲われた椿は、それでも出久のいる集中治療室へ急行するほかなかった。

 

 

 

 

 

 ギノガ捜索が続く。

 

 先頭を行くインゲニウムこと飯田天哉――科警研から大急ぎで戻ってきた――と森塚が、曲がり角の先を睨むように見やる。そこにターゲットの影がないことを確認、後ろに続く機動隊にハンドサインで合図して進む。狭い通路のため一列になり、ひとり、またひとりと入っていくのだが、

 

「――ッ!?」

 

 最後尾の隊員がいきなり首根っこを何者かに掴まれ、引きずり戻される。彼を壁に叩きつけたのは、長い銀髪に女性的ないでたちの美青年で――

 

「……フフフッ」

 

 青年は隊員のガスマスクを引き剥がして微笑み……キノコに似た異形の怪人、メ・ギノガ・デへと変身した。

 隊員を押さえつけたまま、ギノガは唇を近づけていく。猛毒の胞子が注入され、彼が20人目の犠牲者になってしまう――と思われたそのとき、

 

「ガッ!?」

 

 横っ腹に凄まじい衝撃と熱を受け、ギノガは大きく吹っ飛ばされた。

 

「グッ、ウウ……!?」

 

 倒れ込んだギノガの脇腹に風穴が開き、そこから煙のようなガスが漏れ出している。

 それを放った主が、ライフルを構えたまま声をあげた。

 

「――自分からノコノコ出てくるとはね。手間が省けたよ」

 

 森塚駿――少年のような容姿とそれに違わぬ口調と裏腹に、その双眸は鋭く細められている。

 そんな彼の隣にフルアーマーのヒーローが並んだ。

 

「森塚刑事、ここは一気に!」

「もちろん。――総員、撃てっ!!」

 

 危うく殺されそうになった隊員のみ後方へ下がり、付き従う機動隊が一斉にライフルから特殊ガス弾を発射する。それらの半分以上がギノガの身体を食い破り、彼に苦痛を与える。

 

「アァッ、ウゥ……!」

 

 銃弾そのものというより、やはりガスの成分によるダメージが甚大だった。彼らグロンギが嫌悪する排気ガスなどをさらに濃縮した、現代人でも耐えがたいそれらが直接体内に広がるのだから。

 しかし、それでも決定打にはならない。ガス弾だけでは、やはり致命傷は与えられないらしい――

 

「ならばッ、とどめは自分が!!」

 

 ふくらはぎのエンジンを唸らせ、果敢にも飯田が突撃しようとする。狭い路地だから縦横無尽にとはいかないが、正面からスピードの乗った蹴撃を浴びせるつもりだった。

 しかし……彼が動くより寸分早く、ギノガが予想外の行動に打って出た。

 

 口づけを介さず、空気中に直接己の胞子を放出したのである。それも大量に。

 

「ッ!?」

「やばっ……退避だ!インゲニウム、きみも!!」

 

 森塚が焦りを露わにして叫ぶ。ガスマスクをつけているのだから大丈夫……とはならない。万が一経皮吸収されてしまったら、直接吸引せずとも死に至るのだから――

 

 とそのとき、黒白の影が彼らの前に降り立ち、

 

「ンな暑ぃのが好きならよォ――」

 

 

「――()ぃの、くれてやらァっ!!」

 

 その"影"が、巨大な手榴弾から飛び出した両手で爆破を起こす。一度ではなく、何度も何度も。

 その爆風を浴びた胞子は、彼らにとっての適温を遥かに超えた灼熱に耐えきれずにことごとく死滅していく。当然、その向こうまで届くことなく。

 

「……ッ、」

 

 こんなものかとかのヒーローが爆破をやめたときには、胞子も……ギノガの姿もなかった。

 

「ッ、クソが……」

「逃げられてしまったか……。――だが良いところに来てくれた、助かったよ爆豪くん」

 

 飯田が礼を述べるが、ガスマスク越しの勝己の表情は晴れない。

 と、彼を同行させていた鷹野も駆けつけてくる。

 

「森塚、19号は!?」

「ッ、胞子まき散らして逃げました。でもまだ近くにいるはずです」

「なら追うわよ、なんとしてもここで……倒す!!」

 

 鷹野のことばに反対の意を述べる者はいない、いるはずがない。彼女と勝己が合流し、即座にギノガ追跡が再開された――

 

 

 

 

 

 椿が集中治療室に駆けつけると、ベッドに寝かされた出久は意識のないまま胴体を痙攣させ、苦しそうに呻いている。その額に、脂汗が滲む。

 

「緑谷……!」

 

 ぎょっとしながら、椿はとにかく応急処置に及ぼうとした。あと少し、あと少しだけもたせることができれば、出久の体内にある毒を除去して――

 

 そのとき、

 

 

 急変を知らせる計器の警告音が、突然「ピー……」という平坦なものへと変わった。

 

「……?」

 

 その意味が一瞬理解できず、椿は呆けたまま計器のほうを仰ぎ見た。心拍数を表す線がなだらかに続いていく。それはつまり、ゼロを示していて。

 

「みどり……や………」

 

 呼びかけに応えない出久は、もはや苦しみすら知覚することなく。ただ安らかに、そこに"ある"だけだった。

 

 

 

つづく

 




EPISODE 16. 英雄の眠り


『戦士の瞼の下、大いなる瞳現れても、汝涙することなかれ』


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EPISODE 16. 英雄の眠り 1/4

2000年当時、五代の心停止を目の当たりにしてギャン泣きした作者に母が放った一言→「大丈夫来週には生き返るよ、主人公死んだら番組終わっちゃうし(笑)」


もっと何かなかったのか母よ……



――城南大学 考古学研究室

 

 室内に夕陽が差し込むなか、沢渡桜子は独り碑文の解読を続けていた。医学的なことばや命にまつわる意味をもつ古代文字、それらを含む碑文を捜していく。すべては、出久を救けるため――

 

 と、そのとき、不意にガシャンという落下音が響き渡った。はっとその方向を見た桜子の目に映ったのは、床に落ちたマグカップ。かつての"平和の象徴"オールマイトが描かれたそれは、この研究室に頻繁に訪れるようになった出久が普段使いにしているものだ。駆け寄って拾い上げてみるとそれは、オールマイトの顔のあたりにヒビが入ってしまっていた。

 

「出久くん……?」

 

 襲いくる胸騒ぎ。それを煽るかのように外では突風が吹きすさび、絶えず木の葉を揺らし、窓を叩いていた。

 

 

 

 

 

 一方、関東医大病院。静かに横たわる緑谷出久の周囲で、椿秀一をはじめとする医師・看護師らが決死の表情で動き回っていた。

 

「特定不能の毒物によると思われる心停止だ!フェニレフリン0.5静脈注射(じょうちゅう)!!」指示を飛ばしつつ、「馬鹿野郎おまえ、死なせねぇぞ……!」

 

 そう言って、椿は心臓マッサージを行う。だが出久の応答はなく、返ってくるのはスタッフの「変化ありません!」という切羽詰まった声のみ。

 焦燥を押し殺してさらなる指示を出しながら――椿は、叫んだ。

 

「緑谷――ッ!!」

 

 

 

 

 

――新宿区内

 

 未確認生命体第19号――メ・ギノガ・デの追跡を続けていた合同捜査本部の面々であったが、その姿を捉えることはついにかなわず、一度拠点としている場所で合流することとなった。

 

 総員を集めたうえでパトカーのボンネットに新宿周辺の地図を広げ、鷹野警部補が状況を説明する。

 

「管内の各署員、自ら隊員を総動員して捜索にあたってもらっていますが、現在のところ19号の行方は掴めていません」

「………」

 

 全員、難しい表情で黙り込むほかない。無論、それはあきらめたことと同義ではないが。

 

「範囲を広げて、地下水路なども視野に入れて捜索を続けたいと思います。――では、よろしくお願いします」

 

 捜索を再開すべく一同散っていく。引き続き鷹野と行動をともにするため留まって籠手のコンディションを確認していた勝己の耳に、こんな会話が飛び込んできた。

 

「4号、そういえば出てこなかったな」

「あぁそうか……珍しいこともあるもんですね」

 

「……ッ」

 

 4号、クウガ――緑谷出久。正確には一度ギノガと戦っているはずだが、いまこのとき出てこられるわけがないのだ。だって、あいつは……。

 

「爆心地」

「!」

 

 はっと我に返ると、鷹野が厳しい表情でこちらを見ている。

 

「大丈夫?急ぐわよ」

「……っス」

 

 ことば少なにうなずいて、覆面パトの助手席に乗り込む。運転席の鷹野がギアをドライブに入れようとするや、無線が鳴った。

 

『警ら中の新宿署員が、制止を無視して逃走する不審者を発見、第19号の可能性あり。至急応援を願う。場所は大久保3丁目』

「!」

 

 要請を受け、周囲の車両が次々に大久保3丁目へ向けて発進していく。鷹野と勝己の乗るそれもまた、例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 関東医大病院・集中治療室では懸命な蘇生作業が続けられていた。

 

「先生、準備できました!」

 

 看護師から電気的除細動――いわゆる"電気ショック"の用意ができたと告げられ、椿は即座に受け取った機器を出久の胸に当てる。3,2,1、そして、

 

 出久の身体が電気によって大きく痙攣し、ベッドの上で跳ねる。だが、

 

「戻りません!!」

 

 看護師の悲鳴のような声が響く。ショックによる一瞬の揺らぎがあっただけで、心拍数のグラフは平行線を辿ったままだ。

 

「ッ、もう一度!」

 

 手による心臓マッサージを行いつつ、椿は叫ぶ。あきらめるわけにはいかないのだ。だって、こいつは――

 

 ほどなくして再び電気ショックが行われ、やはり出久の身体が跳ねる。しかしそれきりだ。力なく投げ出された四肢も、固く閉じられた瞼も、ぴくりとも動くことはない。

 

「まだ駄目なのか……ッ、もう一度だ!!」

 

 スタッフのひとりが「先生、もう……」と制止の声を発するが、椿は聞こえないふりをした。聞こえないふりをして、眼下の青年に対して必死に呼びかける。

 

「おまえが死んだらどうなる?あんときみたいに無理してでも笑ってみせろよっ!!おい――おいッ!!」

 

 出久が重傷を負い、初めて運び込まれてきた第6号事件のとき。想像を絶する苦痛に苛まれていたはずなのに、それでも「もう大丈夫です」と笑ってみせていた。みんなの笑顔を守れるヒーローであるために、笑うことができる男のはずだ――この青年は。だったら、いまだって。

 

 だが、椿の願いをよそに。緑谷出久の魂はもう、この容れ物には留まっていないようにすら思われた。

 

 

 

 

 

 落日を迎え、夜の闇に覆われた新宿の街。周辺地域には避難及び外出禁止勧告が出され、日常なら帰宅の途についているサラリーマンなどの姿もまったくない。さながらゴーストタウンと化していた。

 

 そんな街の片隅に、物々しい装いの一団の姿があった。十五名ほどの人員は皆ガスマスクを装着している。そのうち約半分はスーツや警察官の制服を纏ったうえでライフルを携行しており、もう半分はそれぞれ千差万別のコスチュームに身を包んでいる。警察官と、ヒーロー――ギノガ捜索を続ける、未確認生命体関連事件合同捜査本部の面々である。

 遊歩道を進む一行は、やがて先頭を行く鷹野警部補の合図によって一斉に立ち止まった。彼女が顎をしゃくる先に段ボールで作った雨よけがあり、その下で毛布が蠢いている。唸り声のようなものをあげながら。

 

 再び鷹野の合図があり、一行は前進を再開した。今度は足音を立てぬようゆっくりと、慎重に。そうして全員で段ボールの周囲を取り囲む。彼らに気づいた様子はなく、毛布のかたまりは蠢き続けている。

 

「………」

 

 捜査員らがライフルを向け、ヒーローたちが身構える。臨戦態勢が整ったところで……覚悟を決めた鷹野が銃身を毛布に引っかけ――剥いだ。

 

「!?、あァ……?」

「……!」

 

 そこにいたのは、ごろりと横になった中年男性。みすぼらしい服装で、頭髪や髭が伸び放題となっている。恐らく、決まった家をもたない種類の人間……少なくとも、ギノガではない。

 

「誤認か……」

 

 ガスマスクの一団に囲まれ唖然とするホームレスを前に、脱力する鷹野。彼女に代わって、ターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉がガスマスクを外したうえで背筋をきれいに折る。

 

「失礼いたしました、我々は警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部の者です!この周辺には未確認生命体が潜伏しており大変危険です、すぐに安全な場所への避難をお願いします!!」

 

 馬鹿丁寧ながら有無を言わせぬ飯田のことばに、ホームレスは半ば呆気にとられたままぶんぶんと首を縦に振った。――彼にかかずらっているわけにもいかず、一行は自分たちを奮起させながら前進を続けるほかなかった。

 

 

 

 

 

 心停止から二時間以上が経過してもなお、蘇生作業は続けられていた。

 

「……ッ」

 

 いや正確には、それを行っているのは椿秀一ひとりであった。懸命に心臓マッサージを続ける彼を取り囲むようにして、看護師たちが俯いている。

 

「先生……」

「ッ、……」

「――先生っ!」

 

 ほとんど激するような制止の声に、出久の胸に当てられた椿の手はついに、ずるずると力なく離れていった。

 

「………」

 

 ひとりが呼吸器を外すのを見届けて、椿は出久の瞼を押し開いてライトを当てた。両目とも瞳孔が開ききり、光に対する反応はない。エメラルドグリーンにはもう、あの子供のような純粋な輝きはなかった。

 深い溜息を吐き出したあと、

 

「……あとの処置は俺がやる。皆、ありがとう」

 

 臨終を告げる医師のことばを受け、皆、順次退室していく。ひとり残された椿は、暫し緑谷出久"だったもの"の前に立ち尽くしていた。

 

「緑谷……」

 

 緑谷出久は、死んだ。戦士からはかけ離れたあの優しい笑顔をもう、彼自身も含め誰ひとりとして見ることはできない。――自分はその現実を受け容れられず、ただいたずらに骸を辱めていたにすぎないのか。慟哭すらできず、椿は項垂れるほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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EPISODE 16. 英雄の眠り 2/4

本エピソードは雰囲気を重視してあとがきのキャラクター紹介をお休みしていますが、今回は流れを阻害すると思って本文から弾いたボツ会話のみご紹介
じゃないとおやっさん→心操くんの呼び方がイミフです


 緑谷出久のアルバイト先であった文京区の喫茶店ポレポレは、ピークは過ぎたとはいえ夕食どきの後半戦ということでそれなりの賑わいを見せていた。

 

「はい、エビフライカレーとポレポレカレーですね!かしこまりました!」

 

 本来昼までの勤務予定であった麗日お茶子は、注文を承るなど未だ忙しく働き詰めていた。お客様に対しては曇りのない笑顔を浮かべて応対するが、注文内容を伝えにマスターの前に来るや隠しきれない哀愁を漂わせている。

 

「お茶子ちゃん、顔、顔!」

「ハッ!?す、すいませんマスター……」

「いや……まあ気持ちはわかるけどねぇ。何してんだかねぇ出久の奴は」

 

 本当は今日、お茶子は出久とふたりで映画を観に行く予定だった。だが出久が急用ということで、引き続き働きながらその連絡を待ち続けている状態なのだ。

 

(デクくん、一、二時間で終わるかもって言っとったのに……)

 

 実際にはもう八時間以上が経過している。無論、一、二時間というのは可能性の話でしかないことは理解している。結局今日は無理となってしまう公算が大きいこともわかっていた。――だが、無理なら無理という連絡くらいは夜までに来ると思っていたのだ。現実には店の電話にも、お茶子の携帯にもなんの連絡もない。

 

 気持ちを慮ってか、おやっさんは努めて明るい声で彼女を宥める。

 

「ま、よっぽど忙しいんだと思うよ?出久がなんのフォローもしないなんて考えられないし。あいつはそりゃもう気ィ遣うぞー、今度会うときに慰謝料包んできてもおかしくないくらい」

「慰謝料て……」

 

 流石にそれは冗談だろうが、本当にお詫びの品くらいは持参してきそうだ――なんてお茶子が考えていると、新たな客が来店した。

 

「……ども」

「いらっしゃーい……って、おー、ハリーくんじゃないの」

「あっ、いらっしゃ――」

 

 ハリーくんというから外国人の常連客でも来店したのかと思ったお茶子は、その姿を見て別の意味で驚愕する羽目になった。

 

「って、し、心操くんやん!?」

「麗日……」

 

 彼――心操人使もお茶子の姿を認めてやや意外そうな表情を浮かべていたが、そのままおやっさんに促されてカウンター席に座った。

 

「へへへ、久しぶりだねぇ来てくれるの。この時間だと……今日はがっつり夕食?それとも食後のデザートタイムかな?」

「夕食で。エッグカレー大盛りとシェフのおまかせサラダください」

「はいは~い!今日もがっつり行くねぇ、やっぱり毎日鍛えてんの?」

「まあ日によりますけど……一応それなりには」

「そっかそっか、偉いねぇ……あ、食後のケーキサービスしちゃうから、出久の大親友の誼ってことで!」

「……大親友かはわかりませんけど。じゃあおことばに甘えて、いただきます」

 

 そんなやりとりもありつつ。ひと段落したところで、心操はふぅ、と息をついている。旧友……ともいえない、かといってただの同窓生とも片付けにくい彼にどう声をかけたものかお茶子は思案したのだが、結局当たり障りのない調子で臨むことにした。

 

「久しぶり……やね。元気だった?」

「まぁそこそこ。あんたのほうは色々大変だったみたいだな」

「あ、うん、ちょっと無茶して謹慎くらっちゃって……もうすぐ明けるけどね。デクくんに聞いたん?」

「そんなとこ。あんたもどうせ緑谷から色々聞いてるだろ、俺のこと」

「まぁねぇ。昨日なんかもベタ褒めしとったよ、心操くんのこと。"すごく優しくて、がんばってて、僕の師匠みたいな人なんだ"~って」

「……あぁそう」

 

 ふい、とそっぽを向く心操だったが、その頬がほんのり赤くなっている。羞恥もあるだろうが、やはり満更でもないのだろう。

 

「はいお茶子ちゃん、エビフライカレーとポレポレカレーね。ハリーくんはごめんね、もうちょっと待ってテネシー川流域開発公社!」

「は~い!」

「はい……なんか懐かしいですねそれ、受験思い出します」

「でしょでしょ!」

 

 お茶子がカレーの盆をテーブル席に運んでいると、背後からふたりの楽しそうなやりとりが聞こえてくる。といってもしゃべっているのはほとんどおやっさんなのだが、心操も退屈はしていない様子だった。

 なんとなくその会話に混ざりたくて、運び終えたお茶子はやや急ぎ足でカウンターに戻ったのだが、

 

「……そういえばあんた、今日緑谷とデートじゃなかったのか?」

 

 いきなりの不意討ちに、お茶子は心底動揺した。

 

「!?、で、でででデート……いやそんなんちゃうくて、遊びにいこうって誘わしてもらっただけであって!」

 

 あわあわと両手を振って否定する。形相といい、今朝の出久そっくりである。

 

「なんか出久に急用ができちゃったんだよ」おやっさんが口を挟む。「それで未だになんも音沙汰ないから、おかしいな~って話してたとこなの」

「……そうなんですか。11時過ぎまで一緒にいましたけど、そんな様子なかったけどな……俺と別れたすぐあとか」

「うん。11時半くらいやったかなぁ、連絡来たの」

「ふぅん……」

 

 相槌を打ちつつ、心操はスマートフォンを操作した。お茶子がさりげなく画面を覗き込もうとするが、

 

「……なに当たり前の顔して覗いてんの。あんた遠慮なさすぎ」

「あっ、ご、ごめん!なんか心当たりあるのかな~って……」

「いや……俺のほうになんか連絡来てないかと思って。何もなかったけど」

「そっか……」

 

 落胆するお茶子。――結局彼女からは見えなかったのだが、心操は通話アプリもメールボックスも開いてはいなかった。彼が見ていたのは、新生新聞ネット版に正午頃に掲載された速報記事。未確認生命体第19号の出現を伝えるものであった。

 

 

 

 

 

 結局、ギノガ発見はかなわなかった。

 

 その後の殺人行為も確認されないことから、負傷したうえに胞子を吐き尽くしたこともあって暫くは出てこられないのだろう――そういう結論が出され、捜査本部の面々は警戒を所轄に任せて一度作戦を練り直すことになった。

 爆豪勝己もまた、警視庁へ戻るべく自身に割り当てられた覆面パトに乗り込んだのだが、エンジンをかけようかというタイミングで携帯が鳴った。

 

――椿 秀一

 

 そう表示されている。心臓のあたりをどろりとした液体が侵していくような錯覚にとらわれながら、勝己はそれをとった。

 そして、

 

 

『……午後7時44分、死亡を確認した』

 

――…………。

 

『それで……緑谷のご家族のことなんだが、』

 

 そちらには自分から伝えておく、と勝己は告げた。椿はそれに対して「頼む」と。伝達。事務的な、淡々とした会話――表向きは。

 

「………」

 

 通話を終えた勝己は、そのまま電話帳を開いた。先月電話したきりの緑谷家の番号を捜し出す。団地の、一室。そこで母親は、ひとり息子に思いを馳せながら夜を過ごしているのだろう。たったひとりで。

 勝己が連絡すれば、彼女はきっと喜ぶ。息子を虐めていた相手だというのに、まるでずっと仲の良い幼なじみであったかのようにことばをかけてくれるのだ。

 そんな彼女に、勝己は息子の死という残酷な真実を突きつけなければならない。彼女が知っているかはわからないが、よりにもよってかつて出久に自殺教唆までした自分が。

 

「……ッ」

 

 それでも、自分がやらねばならぬこと。爆豪勝己は誰を傷つけてでもそれができる男のはずだった。だが、今回ばかりは例外だった。指が震える。息子のことで苦悩し続けていたあの弱くも善良な女性を、絶望のどん底に突き落とさねばならないことを思うと。

 

 躊躇いながら、しかし己が指を発信に伸ばそうとしたそのとき――不意に車両の扉が外側からノックされて、勝己は我に返った。

 振り返ると、窓越しに飯田が覗き込んでいる。ふうぅ、と深い溜息をついてから、扉を開けて路面に降り立つ。

 

「……ンだよ」

「いや、なんだか思いつめている様子だったから……」

「………」

「やっぱり、4号くんに何かあったんじゃないのか?」

 

 「TRCSの件といい」と、飯田は言い募る。彼はこれまでの経緯ゆえ、既に確信しているのだ。――誤魔化せないと、思った。

 

「……もういねえ」

「……何?」

「あいつは……4号は、もういねえ」

 

 はっきり口にしてしまえば、その現実が改めて背にのしかかってくる。勝己は固く拳を握りしめて……震わせた。

 明確な単語ではなくとも、"もういない"ということば、何よりその打ちひしがれた様子を目の当たりにして、飯田が事実を正確に悟れないはずがなかった。

 

「そん、な……」

「……まだ、他の連中には言うな」

「なッ、だが……!」

「頼む……飯田、」

「……ッ」

 

 勝己が「頼む」なんてことばを吐くことは滅多にない。それだけ彼は追い込まれている――いまはせめて、同級生である自分が無条件の味方でいてやらねばならないと、飯田は思った。

 

「ならば……僕たちは………」

「………」

「俺たちが、彼のぶんまで頑張らなければな……」

 

 それだけが唯一絞り出せたことばだった。小さくうなずく勝己に「ではまた本庁で会おう」と念押しするように言い含めると、飯田は踵を返した。自分を救ってくれた第4号――結局彼に何ひとつ恩を返せなかったという、どうしようもない無力感に苛まれながら。

 

 

 

 

 

 一方、出久を看取った椿も、勝己への連絡を終えて憔悴に耐えきれずにいた。――見聞きしたこと……それを他人に伝えること。そうして人の精神というものは現実を明確に現実と認識するらしい。

 せめて、もう少し出久の身体が耐えてくれれば。あるいは解毒の個性の持ち主がもっと早く見つかっていれば。そんなIFを考えて……余計にやりきれない気持ちになった。無駄なのだ、そんなもの。

 

 暫し項垂れたあと、椿は緩慢な動作で電話機に手を伸ばした。出久の死を報告しなければならない相手は彼の母親だけではない。もうひとり、"彼女"にも――

 

 ちょうどそのタイミングで、電話がけたたましく鳴り響いた。予感めいたものもあり、打って変わって俊敏に受話器を手にとる。

 

「はい、椿。……あぁ、いまこちらからお電話差し上げようと思っていたところです。ええ、実は――」

 

 事実を伝えると、相手はことばを失ったようだった。受け止めきれない、当然だろう――と、思いきや。

 

『でも私、まだ信じます』

「えっ……」

 

 動揺とはほど遠い毅然とした口調で、彼女――沢渡桜子はそう言いきった。

 

『初めて未確認生命体に遭遇したとき、出久くんは私を庇って致命傷を負いました。本当だったらあの子は、そのまま死んでしまっていたかもしれない……でもそうはならなかった。あのベルトがあったから……』

「………」

『ベルトが出久くんのお腹に入っていって、無個性の出久くんが異形の戦士になって。信じられないことだったけど……でも現実です。それからだって信じられないくらい傷ついてても、信じられないくらい笑って乗り越えてきた出久くんだから。だから、きっとまだ……』

「沢渡さん……」

 

 椿が何も言えずにいると――桜子はさらに、意外なことを口にした。

 

『だから、お訊きしてもいいですか?』

「!、なんですか?」

『解読結果でわからない部分があるんです。何かの暗号みたいで……それがなんとなく医学的な感じがして、もしかしたら出久くんを救けるヒントになるんじゃないかと思うんです』

「どんな暗号ですかッ?」

 

 一縷の希望。藁にも縋る思いで、椿は尋ねる。

 

『――"戦士の瞼の下、大いなる瞳現れても、汝涙することなかれ"……』

「瞼の下、大きな瞳……」医師として、思い当たるふしはあった。「瞳孔の散大か?」

『心当たり、ありますか?』

「はい。我々は通常、瞳孔の散大で死亡を確認します」

『じゃあ、そうなっても涙するなってことは……』

「!、まさか……」

 

 

「まさか、生き返るってのか……?」

 

 

 




<おまけ>おやっさん→心操くんの呼び名についてのボツ会話(ポレポレのシーンのあとに挿入ください)

麗日「ところで……"ハリー"って何?」
心操「あぁ……俺、下の名前"人使"って言うんだけど」
麗日「うん、人使くん」
心操「なんでいま呼んだのか知らないけど……昔"植木等(ひとし)"ってコメディアンがいて、その人の別名義が"ハリー植木"だったんだって。つまり、"ヒトシ"繋がり」
麗日「えぇ……いや植木等は聞いたことあるけどさ、スーダラ節とか……そんな繋がり、わかる人おるん……?」
心操「俺に言われてもな」


"ひとし"と言えば真っ先に思いついたのはまっちゃんだったんですが、おやっさんはもっと古い世代推しだと思ってこの方をチョイスしました。スーダラ節しか知らないので色々調べましたです。


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EPISODE 16. 英雄の眠り 3/4

しかし本エピソード、出久がしゃべってくれないせいか全体として短めです
4/4の戦闘シーンは原作に比べてたっぷりとれたのでまあ良いかと自分を納得させつつ3/4ドゾ~


 夜も深まった資材置き場に、四つの人影があった。女性のものがふたつ、痩身の男のものがひとつ、少年がひとつ――もはや詳しく語るまでもないだろう、グロンギの面々である。

 

「クウガは倒せタ、が、ウェ、ゲホッ、ゲホッ!……ギノガはもう、ダメだナァ」

 

 痩身の男――ゴオマがゲホゲホと咳き込みながら毒づく。ギノガの死の口づけを受けたダメージは、あれから数時間が経過したいまでも完全には癒えていないのだった。

 それに対し、相変わらず携帯ゲームに興じるガルメが、

 

「そうなりゃ世話ないんだよねぇ」

「……バビ?」

「奴は打たれるほど強くなる……伊達に"メ"なのではないということだ」

 

 やすりで爪を削るガリマの忌々しげなことばを受けて、ゴオマは憮然と黙り込むほかなかった。ギノガが"権利"を放棄すれば、それが自分に回ってくるかもしれない――そう思ったのだが。

 

「ま、好きにやらせりゃいいんじゃねーの、クウガも始末してくれたわけだし。……キモイから時間切れであいつも死んでくれりゃ最高っスけどー」

「クウガめ……情けない。まあいい、ヒーローとやらの手並み、期待させてもらうとしよう」

 

 クウガの死を確信し、ギノガのあとに待っているであろう己が"ゲゲル"に思いを馳せる一同。

 

「……クウガは、そう簡単に終わるかな?」

 

 小声で呟かれたバラのタトゥの女のことばは、降り始めた雨音にかき消され、彼らに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 出久が生き返るかもしれない――桜子からの連絡でそんな光明を見出した椿は、彼の遺体が安置されたままの集中治療室に足を向けていた。本当なら今頃は霊安室に移されていたところ、椿が強硬に抑えたのだ。一部始終を見ていたスタッフや他の医師からは精神状態を心配されてしまったが、とにかく暫くの猶予は与えられた。

 魂の消えうせた骸は朽ちていくだけだ。出久もその例には漏れない。――だが、もしもベルトの……霊石"アマダム"によるなんらかのトリックがあるのだとしたら。むしろ、快復の兆しがあるのではないかと思われた。

 

「………」

 

 室内に入り、横たわる出久と再び対面する。彼は身じろぎひとつせず、固く瞼を閉じたままだ。血の気の引いた頬は青白い。見た目には、やはり死人のそれとしか思えないが。

 

 椿は恐る恐る出久の首元に手を伸ばした。顎の下にそれを差し入れ、手の甲をぐっと押しつける――

 

「……!?」

 

 椿は、思わず息を呑んだ。――温かいのだ。

 既に死亡が確認されて数時間が経過している以上、生前にあった熱の残滓など残っているはずがない。ただのモノとして、この室内の気温と同程度の冷えた感触しか与えないだろうに。出久の身体は、むしろ死亡確認時よりも熱をもっているように感ぜられた。

 

「緑谷、おまえ……」

 

 掛けられた布団を剥ぐと、今度は出久の腹部に手を当てる。そこに埋め込まれた霊石が、やはり何か――

 

――と、不意に部屋備えつけの電話が鳴った。よもやと思った椿は、素早く動いて受話器をとった。相手はやはり沢渡桜子で。

 

「どうしました?」

『碑文の他の部分に、さっきのものに似た警告文みたいなものがあったんです』再び碑文を読み上げはじめる。『"戦士の瞼の下、大いなる瞳になりしとき、何人もその眠りを妨げるなかれ"……戦士がたとえ死んだように見えても、誰も何もするなってことでしょうか』

「!、だとしたら、俺がやったことはかえってまずかったってことか……?」

 

 霊石が蘇生措置を行っているのだとしたら。電気ショックはむしろ、それに不具合をもたらしてしまったのでは――そんな懸念が頭をよぎる。

 だがそれでも、わずかに差し込みつつあった光明が、より鮮明になっていくように思われた。

 

「そうだ、緑谷の体温が上がっているようなんです」

『本当ですか!?』桜子の声にも希望がにじむ。

「ええ、とにかく暫くこのままにしておいてみます。……じゃあ!」

 

 受話器を置き、ひとつ息をつく。そのうえで、再び出久に視線を向ける。

 

「緑谷……ちゃんと帰ってこいよ。信じてるからな……」

 

 最後にそれだけ言い残して、椿は集中治療室をあとにした。――去り際、部屋の灯りを点したうえで。

 

 

 

 

 

――板橋区 深夜

 

 日付が変わって暫くが経過した深夜の街路も、ここが都市の一角である以上完全に眠ってしまうことはない。陽気な音楽とともに踊り狂うストリートダンサー、カップル、飲み会終わりの酔っ払いサラリーマンなど、多種多様な人々が行きかっている。

 

「新宿じゃあ大変みたいだねぇ、未確認でぇ……」

 

 酔っ払いの片割れがそんな発言をする。それに対しもう一方が「みたいだねぇ」と応じる。同じ都内であるにもかかわらず彼らは完全に他人事だった。それも無理からぬこと、未確認生命体は基本的に一度に一体しか現れない。出現地域内ならまだしも、そこから多少離れたところで偶然にも遭遇してしまうなんてこと、考えもしない。人は自らが実感するかたちで脅威に直面しない限り、どんな恐ろしい事件であっても他人事でしかないのだ、所詮。

 

 

――だから、彼らはただ運が悪かっただけだ。新宿に潜んでいるはずの第19号、メ・ギノガ・デがこの板橋区にまで移動してきていて、彼らを既に標的と見定めていたなんて。

 

「こっちも大変になるよ」

「へ……?」

 

 背後からの声に振り向いた酔っ払いたちが見たのは、白い長髪を赤い帽子で覆った男とも女ともつかぬ風貌の人間――声色からして男なのだろうが――。彼は妖しげな微笑みを浮かべると、ふっと吹きかけるように息を吐き出し、

 

「!?、う゛ぇ――……ッ」

 

 忽ち酔っ払いたちは、呼吸困難のようになってその場に昏倒する。いや、彼らだけではない。ダンサーたちをはじめ、その場に居合わせた人々はすべて、短い断末魔とともに倒れ伏していく。彼らは一様に体内が腐食し、絶命していた。

 

「……フフッ」

 

 自らが築いた死体の山を歩きながら、彼は……ギノガは妖艶に笑う。銀のブレスレットに填めた珠玉を、次々に移動させながら。

 

 

 

 

 

 一方、警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部もまた眠ってはいなかった。朗々とついた灯りのもとで捜査員らが慌ただしく動き回り、会話をしている。彼らはいま、次なるギノガの出現地点を予測しているところだった。

 

「西新宿の高層ビル群のあたりは室外機も多いし、可能性は高いんじゃないか?」

「いやでも、室外機だけに限っていいものかどうか……」

「やり方を変えてくることも考えられますしね」

「なんにせよ朝までに決着つけないとまずいぞ、あの辺りの稼働を完全に止めることなんてできないからな……」

 

 こんな調子で、検討に検討が重ねられていく。爆豪勝己も一応参加はしていたが……いつも以上にことば少なだった。彼が心情を押し殺していることもあって、その様子に気づく者はいなかったのだが――ひとりを除いて。

 

(爆豪くん……)

 

 彼――飯田天哉だけは、勝己が何を思いつめているのかを吐露されている。だがあれ以上、なんと声をかけていいのかもわからない。こんなとき彼の親友であり相棒でもあった切島鋭児郎なら、多少なりともその心を癒すようなことばを吐き出せるのだろうか。……そこまで考えて、「自分はそんな出来の良い人間ではない」と思い直した。唯一の親友である男にすら、自分は何もしてやれなかったのだから。

 

 飯田の憂鬱をよそに、勝己はかかってきた電話に出たところだった。――相手は科警研の発目明だ。

 

『TRCSの整備、簡単にですがやっておきましたよ~』

「ヘンな魔改造とかしてねぇだろうな?」

『……あのですね爆豪さん。私もヒマじゃないんですよ、だからこんな時間まで缶詰めになってるわけでして……。ハァ、眠気がすっと吹っ飛ぶようなおクスリが欲しいです……』

「何キメようとしてんだカス」

『ウフfF、冗談です冗談。――ところでずっと気になってたんですが、緑谷さんはどうしたんです?結局なんの音沙汰もないですけど』

「!、……あぁ」

 

 そういえば、発目にはまだ話していなかった。いま話すべきか、時を改めるべきか――再び葛藤が生まれる。昨夜からずっと自分らしくない躊躇ばかりだと思った。出久の母親にも、未だ連絡できていないままだ。

 

『爆豪さん?』

 

 発目が怪訝そうな声を発したそのとき、捜査本部の設置された会議室に飛び込んでくる姿があった。――塚内管理官だ。

 

「皆、聞いてくれ。板橋で19号によると思われる事件が発生した」

「!?」

「板橋!?新宿じゃないんですかッ?」

 

 皆一様に驚愕を見せるが、次の瞬間には慌ただしく出動しはじめた。どこに移動していようが、それが現実である以上は対応するほかない。勝己もまた例外ではなかった。

 

「事件だ。切るぞ」

『あっはい。そうだ、なにやら成分二倍の超強化ガス弾ができたらしいですよ。19号、仕留められるといいですね!』

「いいですねじゃねえ、やるんだよ。――じゃあな」

 

 今度こそ電話を切ると、勝己もまた走り出した。待っていても出久は来ない、であれば自分たちが本来の役目を果たすだけ――このときは、そう思うほかなかった。

 

 

 



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EPISODE 16. 英雄の眠り 4/4

七日間連続投稿、ラスト!!

霊石の不思議な力により復活へと向かう出久、果たして彼は目覚めるのだろうか!?そして4号のいない戦場で、ヒーローたちはどのようにグロンギに立ち向かうのか!?……なEPISODE 16 結編でございます~


――未だ、ベッドの上で眠り続ける出久。しかしその体内では、確実に変化が起きていた。朽ちていく……否。青白かったその頬は再び血色を取り戻しつつある。

 

 やがて、腹の上で組まれた手――力のこもらないはずの指が、ぴくりと動いて。

 

 

 

 

 

 河川にほど近い、板橋区内の某高架下。いつもなら早朝独特の穏やかな静寂に包まれているはずのそこは、このとき戦塵と銃声、そして人々の阿鼻叫喚の声で満たされていた。

 

 次々と拳銃の引き金を引いていくガスマスク姿の警官たち。その中心には、撃ち込まれる弾丸などものともせずに目の前にいる警官をパトカーに叩きつけるキノコ怪人の姿。――メ・ギノガ・デ。そのボディは昨日よりひと回りマッシブになっており、頭部は赤く色づいている。

 

「こ、こいつ――ッ!」

 

 増強型個性をもつ大柄な警官が後ろから押さえつけにかかるが、あっさり振り払われ足と地面に頭をサンドイッチにされる。血と脳漿とが、石と石の隙間を流れ落ちていった。

 

 独自の殺人技すら使うことなく、暴力のみで警官隊を蹂躙していくギノガ。すわ全滅かというところで駆けつけた捜査本部の面々も、その変わりように少なからず衝撃を受けていた。

 

「マジかよアレ……本当に19号か?」

「胞子も使わずにここまで……」

「……ッ」

 

 歯を噛み鳴らしながらも早速爆心地――勝己が爆発とともに突撃を敢行しようとしたところで、もう一台パトカーが入ってきた。運転手は捜査員のひとり、大きなアタッシェケースを抱えている。

 

「科警研からガス弾をお持ちしました!」

「!」

「ナイスタイミングっ!」

 

 森塚がガッツポーズをとる。彼と鷹野がアタッシェケースに入ったマガジンを受け取り、ライフルに装填する。

 

「よ~し……」

「見てなさい!」

 

 こちらに突き進んでくるギノガに銃口を向け――放つ!

 胴体に吸い込まれていった弾丸はその体表面に食い込み小規模な爆発を起こす。濃縮されたガスが一斉に流れ出す。さらに一発、二発――昨日までのギノガなら、もはや行動不能に陥っていたことだろう。

 

――昨日まで、なら。

 

「……!」

 

 ギノガは一応、その歩みを止めた。だが鬱陶しげにガスの漏れ出す胸元を払うようなしぐさを見せただけだ。まったくダメージを受けた様子はない。

 

「ログボンバロボパビ……ババギジョ」

 

 嘲るようなことばを放ったかと思うと、フッと指を口許に当て……満を持してとばかりに、胞子を放った。

 ガス状のそれに包み込まれた警官たちが、苦悶しながらその場にばたばたと昏倒していく。ガスマスクで防護しているにもかかわらず――

 

 それらは空気の流れに従い、漂いながら勝己たちにも襲いかからんとする――

 

「ッ、退避――」

「――もう遅ぇわッ!!」

 

 逃げても逃げきれない。そう判断した勝己が賭けに出た。両手から大規模な爆発を起こし、その爆炎を胞子の群れに仕向ける。昨日はこれで殺菌できた。本体が強化されているいまは――

 

 その賭けは結果的に成功した。実際、胞子もある程度強靭になってはいたものの、流石に高温の爆炎に灼かれて耐えきれるほどではなかったのだ。

 だが、ひと安心というわけにはいかなかった。だってギノガはまだ、そこに立っているのだから。

 

「ラザザジョ」

 

 さらに胞子を吐き出す。広がっていく群れ。勝己は後退しながらも爆破を続けるが、次第に処理が間に合わなくなっていく。

 

(ッ、クソが……!)

 

 この男の心に、あきらめの四文字は浮かびはしない。だが、現実として限界の二文字は存在する。このままでは、ほどなく爆破を逃れた胞子が到達し――

 

 

「――"ヘルフレイム"」

「!」

 

 突如背後から現れた劫火が、勝己の周囲に迫る胞子群を一瞬にして焼き尽くした。当然、勝己自身を傷つけることなく。

 

「苦戦しているようだな」

「!、エンデヴァー……」

 

 まったく薄くなる気配のない尖った赤髪に、炎を全身に纏った壮年の大男――捜査本部所属ヒーローのリーダー格として君臨するベテランヒーロー・エンデヴァー。

 彼が現場に現れたことに、一同驚きを隠さずにはいられない。なぜなら、

 

「大丈夫なのですか?炎を使用しても……」

 

 彼にはかつて負った古傷があった。個性を使用するたびに疼き、場合によっては激痛に苛まれる。それは彼に一度は引退を決意させたうえ、復帰して捜査本部に所属しているいまもなお、相談役のような役割と引き替えに戦場から離されている最大の理由となっていた。

 

 が、エンデヴァーはそうした心配を一蹴する。

 

「短時間なら問題ない。私の個性を活用できる相手だ、指をくわえて見ているわけにもいかんだろう」

 

 つまりは、短時間で決着をつける――齢50を過ぎてもまったく衰えることのない気迫に、20代そこそこの飯田らは圧倒されるほかない。

 ただ、結果的に並び立つことになった勝己だけは、その例外だったが。

 

「ハッ、ジジイが粋がりやがって。しゃしゃり出てくんなや」

 

 父親より年長の相手に対し容赦ない罵詈雑言を浴びせる。が、エンデヴァーはまったく顔色を変えずに言い返す。

 

「ならばあのまま無様にやられていたほうがよかったか?減らず口は状況を見て叩くんだな」

「……チッ、倒れて足引っ張んなよ」

「それはこちらの台詞だ」

 

 剣呑なことばの応酬を繰り返しているうちに、ギノガは再び胞子を噴きつけてくる。

 

「ッ!」

 

 すかさず口を閉じたふたりが、己が個性で応戦する。爆炎が、劫火が、迫りくる胞子を呑み込み、灰燼へと帰す。彼らはひと言もことばをかわすことなく、しかし最大限効率的に処理を行っていた。

 

「おぉやるねぇ……流石似たもの同士」

 

 森塚はそんな感想を小声で述べていたが、飯田はまた違うものを見ていた。犬猿の仲である勝己と見事な連携を為すエンデヴァーの背中に、彼の息子の姿を幻視したのだ。彼の息子と勝己の仲もまた良好とはいえなかったが、まれに協力して戦う際にはやはり文句のつけどころのない連携を見せていたことを思い出す。徹底的に競いあいながらも、互いの能力を最大限に高めあう――それができるふたりだった。

 

(轟くん……)

 

 飯田の感傷をよそに、掃討が続く。ヒーローに限界が来るか、ギノガが胞子を吐き尽くすか――というとき、状況が動いた。ギノガが胞子を吐くのを止めたのだ。

 

「!」

 

 尽きた!いまのギノガは格闘にも強い、その隙を逃がしてはならない。勝己もエンデヴァーも、ここで一気に攻めこもうと一歩を踏み出した。

――だが、それはギノガの策の一環だったのだ。彼は足下に倒れた警官を掴みあげると、ふたり目がけて投げつけてきたのだ。片手で。

 

「ッ!?」

 

 その警官の肉体がもうモノでしかないとわかっていても、反射的に個性を発動させようとする動きは鈍ってしまう。結局エンデヴァーがそれを受け止める羽目になったのだが、

 

「ッ、ぐぅ……!」

 

 一瞬の停滞、そして60キロ以上はある肉塊を受け止めたことが身体に古傷の存在を思い出させたのだろう、エンデヴァーがうめき声をあげてその場に崩れる。

 

「エンデヴァ――」

「ゴパシザジョ」

「!」

 

 差した影。ギノガがパトカーの上に跳び上がり、こちらを見下ろしている。――そもそも胞子は尽きていなかった。ようやく勝己はそのことに思い至ったが、もう遅い。

 

 ゆっくりと手を口許に当てるギノガの眼下で、勝己は歯噛みしながらも、せめて最大最後の爆破をぶつけようと身構える――が、

 

 不意に、ギノガが硬直した。視線は勝己ではなく、飯田たちも飛び越えたさらにその背後に向けられている。

 そして、

 

「ギビデダボ……"クウガ"……?」

「――!」

 

 勝己が振り返るまでもなく。ビュンと右半身に疾風が吹きつけたかと思うと、それをもたらした黒白のかたまりがギノガを吹っ飛ばした。

 

 パトカーの向こうで、ギノガのうめき声が聞こえる。やがて彼()が立ち上がり――遂に、全貌が明らかになった。

 ギノガを後ろから羽交い締めにしている、漆黒の皮膚と純白の鎧、そして短い二本角をもつ異形の戦士。――クウガの未完成形態、グローイングフォームだ。

 

「ッ、2号か……?」

 

 片膝をついたままのエンデヴァーが声をあげる。それに対し、

 

「いや……白い4号だ」

 

 ごちるように応えながら、勝己はあまり驚いてはいなかった。実のところ、ここに向かう途上に椿から連絡を受けていたのだ。彼が目を醒ました――と。

 

 一同が見守るなか、白のクウガは突然のことに動揺するギノガを容赦なく攻めたてていく。パトカーのボンネットに穴が開くほど強く叩きつけ、かと思えば引きずりあげて思いきり顔面を殴りつける。胞子を使う暇を与えないつもりのようだった。

 が、減退したグローイングフォームのパワーでは、初撃の猛攻で決定打を与えるには至らなかった。頭部を掴んで窓ガラスにぶち込んだところまではよかったものの、それが結果的にギノガの怒りを買ってしまったらしい。逆に腕を掴まれ引き寄せられたかと思うと、胴体に膝蹴りを叩き込まれる。「うっ」とクウガが呻いたところで、今度は顔面にストレートをかまされ、白の身体は堪らず吹っ飛ばされた。

 

「………」

 

 地に倒れたクウガへ、とどめを刺すべく迫るギノガ。――捜査本部の面々に背を向けている。「援護を」……誰しもがそう思ったが、中でも勝己よりも迅速に動いたのが、かのターボヒーローだった。

 

「――ッ!」

「インゲニウム!?」

 

 レシプロバースト。切り札を発動させ、飯田は一気にギノガとの距離を詰めていく。

 

「僕だって――」

「!」

 

 迫る疾風に気づいたギノガが振り返るが、もう遅い。

 

「――指をくわえて、見ていられるものかぁぁぁッ!!」

 

 大柄な身体にスピードの乗った蹴り――爪先が見事にギノガの頭部を捉えた。身構える暇すらなかったギノガは、その体重が比較的軽いこともあって先ほどの宿敵よろしく吹っ飛ばされる。

 

 着地したターボヒーローは、唸るふくらはぎのエンジンに負けぬ大声で勇ましく叫んだ。

 

「貴様らの敵は、4号()だけではないッ!!」

「~~ッ」

 

 日本語を解するだけの知能をもつギノガは、その宣戦布告を受け取って憤慨したらしい。苛立たしげな声をあげながら、飯田に標的を変える。が、昨日のようにクウガを戦闘不能にまで追い込んでいるわけでもなく。

 

 不屈の闘志で立ち上がってきたクウガに飛びかかられ、飯田たちから引き離される。そのまま戦場を移し、高架下から太陽の照りつける河川敷へ。雑草の生い茂る急な土手を、彼らはもつれあいながら転がっていく。

 河岸ぎりぎりまで転がったところで、先に立ち上がったのはクウガだった。遅れて身体を起こそうとしているギノガに向かって、跳躍からの渾身のパンチを放つ。その直撃を顔面に受けて、またギノガは地面にダイブした。

 

――いまだ。クウガはそう確信した。下手に時間をかけて隙を見せれば、また胞子を吐きつけてくるかもしれない。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。

 だから――全力で跳んだ。右脚に熱が伝わっていく。その灼熱が集束した足裏を、ギノガの胴体に叩き込む!

 

「ガァッ!?」

 

 短いうめき声とともに、ギノガが倒れる。その胸元には封印の古代文字が現れている……のだが、それはあちこちが欠けた不完全なものだった。

 案の定、

 

「ボンバロボ……!」

 

 ギノガがぐっと身体に力を込めると、その文字がかき消えていく。やはりか……悔しさを覚えつつも、まったく予想できないことではなかった。不完全な白では、赤と同じようにはいかないと。

 だからたじろぐことなく、クウガは再び跳んだ。また同じ位置に必殺キックを放つ。ギノガが再び倒れる。

 

「ッ、ラザビババギジョ……!」

 

 また消えてしまう。だがクウガは、その朱色の複眼で捉えていた。封印の文字が、一度目よりは確かな形になっていた。

 二度でだめなら、もう一度。何度でも。絶対にあきらめるつもりはない――

 

 そんな戦士の闘志に応えるように――装甲よろしく白に染まっていた足首の"レッグコントロールオーブ"が、赤い輝きを放った。

 力が湧き出してくる。それを鮮明に感じとったクウガは、変身の際に似た構えをとり――走り出した。全力で駆けてギノガとの距離を詰め、跳ぶ。そして、三度目の蹴りを――叩き込むッ!

 

「グワアァァッ!?」

 

 これまでよりも痛々しいうめき声とともに、ギノガの身体が大きく宙を舞う。そのまま川に落ちた彼は、立ち上がろうとするも再び倒れる。浮かんだ古代文字は、なんら欠けることのない望月のごとく。

 放射性のヒビが、胴から腹部のバックルへと奔っていく。もはや取り返しのつかない"死"への予感のなかで、ギノガは恨み言を叫ぶほかなかった。

 

「ジュスガバギィッ、クウガァァァァ――!」

 

 刹那、大爆発。爆炎とともにギノガの全身は粉々に千切れ飛び、水没していく。残ったのは静寂と、クウガの右足に残る熱の残滓だけ。

 ふと視線を感じて、彼は振り向く。――土手の上に、かの紅い瞳のヒーローの姿があった。じっとこちらを見下ろす彼の前で……クウガは、変身を解いた。

 

「………」

 

 寝癖がついたのかいつにも増してぼさぼさの髪、エメラルドグリーンの双眸に、頬のそばかす――何より、昔から勝己を平常心でいられなくさせるその笑顔。間違えようもない、正真正銘の緑谷出久だ。生きている、出久なのだ。

 

「デ……」

 

 何かを言いかけたかと思えば。次の瞬間、勝己は悪鬼羅刹のごとき表情とともにその場で爆破を起こしはじめた。出久の笑顔がヒッと引き攣る。

 

「うわっ、な、何、かっちゃん!?」

「………」BOBOBOBOBOッ!!爆破がひたすら続く。

「おこっ、怒ってるの!?せめてなんか言って!?死ねとかぶっ殺すでいいから!!」

 

 出久があわわと顔を青くしたところで、勝己はようやく爆破をやめた。そのままくるりと踵を返す。そして、

 

 

「――遅ぇわ、カス」

「!」

 

 つぶやかれたことばは、かろうじて出久の耳に入っていた。しばらく呆気にとられていた出久だったが……やがてその表情に笑顔を取り戻すと、先を行く勝己の背を追いかけて走り出した。

 

「かっちゃん、え~と……お、おはよう!」

「何がおはようだクソナードが。寄るなゾンビ臭ぇ」

「ぞ、ゾンビじゃないよちゃんと生きてるし!」

「ウゼェ、死んどけ」

「ぼっ、僕は死にません!」

「じゃあ殺すわ。つーか似てねぇし」

 

 相変わらず容赦のない勝己のことば。――それらを紡ぐ声色に、ほんのわずかに滲んだ感情に、このときばかりは甘えてもいいだろうかと出久は思った。

 

 

つづく

 

 




ロン毛「えっ、俺らが担当なの?」
刈り上げ「モブだぞ俺ら……。覚えてない読者のために自己紹介すると中学時代カツキの取り巻きやってたモンです、ヨロシク」

ロン毛「えー……なんつーか、緑谷復活おめでとう……?」
刈り上げ「カツキも嬉しそうで何よりだわ。こんなこと言ったら半殺しにされっけど」
ロン毛「つーわけで次回、幼なじみスタンプラリー開催?関東医大、考古学研究室、ポレポレ、科警研などをふたりで回りまっす!カツキの横でブツブツやったり物真似したりもしちゃったりなんかして……緑谷の奴」
刈り上げ「……やっぱスゲー丸くなったなカツキ。ちなみにちゃんと(?)バトルもあるぞ」

EPISODE 17. なんでもない日

ロン毛「さっさらに……」(小声)
刈り上げ「向こうへ……」(小声)

ロン刈り「「プルスウルトラー……」」(超小声)

ロン毛「……恥っず、これ恥っず!」
刈り上げ「やっぱ向いてねぇわ俺ら、こーいうの……」


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EPISODE 17. なんでもない日 1/4

さて、実はまだあったギノガ編エピローグ……クウガ視聴済みの方は当然ご存知でしょうけども
残酷描写は少ないですがグロ描写はとても多いお話です。う゛え゛~ッ、おぞましい!!(天野河リュウセイさん並感)


本エピソードを今週一杯でアップしたら来週一週間はお休みさせていただこうかと思います。理由はクウガ放送時もゴルフで一週空いたから……ってのもなくはないんですが、次回から新要素がグワッと出てくるのでしっかり構想を練りたいのと、そして活動報告に書いたとおりBLACK&BLACK RXとのクロスオーバー作品「超・世紀王デク」も執筆したいからです
そちらは原作沿いかつ頭空っぽで読める割と対照的な作風でいこうと思ってますのでよろしくお願いします!もちろんこちらの更新もというかこちらをメインに続けていきますよ~!!


 黒塗りの四輪が、爽やかな朝の空気を薙いで走っていく。

 

「………」

 

 穏やかな運転とは裏腹に、ハンドルを握る運転手の青年は至極仏頂面を浮かべている。せっかくの美形が台無し……と言われればそうなのだが、この表情が彼の対外的なデフォルトなのだからどうしようもない。烈しさの塊のような紅い瞳のおかげで、それはそれでサマになっているのが救いである。

 

 その一方で、助手席に座る青年。幼くも平凡な顔立ちに対照的な翠の瞳。その表情をころころ変えながら、誰かと電話中である。

 

「――うん、うん……そうだね、じゃあお昼に。いやっ、ごめんね本当に!……うん、じゃあまた」

 

 通話を切り、かの青年がふう、と安堵の溜息をつく。ようやくこれで静かになる――かと思いきや。

 

「あ、そうだかっちゃん、」

「……ンだコラ」

「僕のこと、母さんに連絡しちゃったりとか……した?」

 

 彼――緑谷出久は、つい数時間前まで死んだと思われていた。未確認生命体第19号――メ・ギノガ・デの猛毒の胞子によって、確かにあらゆる生命反応が失われたのだ。それが不死鳥のごとき復活を遂げ、つい先ほどそのギノガにリベンジを果たしたばかりだった。

 だからもし自分の死が母に伝わっていたらば、かなり厄介なことになる。母の憔悴・絶望を想像するだけで居たたまれないが、それ以上に「生き返りました」なんて報告しようものなら、彼女の小さな心臓はそれこそ耐えきれないかもしれない。そんなことで母を喪いたくはなかった。

 戦々恐々とする出久だったが、それは杞憂に終わった。

 

「してねェわ、まだ」

「!、そ、そっか……」

 

 露骨にほっとした様子の出久。「よかったぁ……」なんて小声でつぶやいているのを見て、勝己も少しだけ凪いだ気持ちになった。死にかけるどころか一度は死んだにもかかわらず、出久はそんなそぶりをまったく見せない。ただ時折漂ってくる病院の匂いが、彼が数時間前までそこにいたことを証明しているけれど。

 

 だが、せっかく人が落ち着いているにもかかわらず、この幼なじみはそれをかき乱そうとするわけで。

 

「ねえ、かっちゃん」

「ア゛ァ!?」

 

 しつこく話しかけられて、一度目は堪えた勝己も今度こそは思いきり凄んだ。

 

「それはどおォしてもしねぇとならない話か?ア゛!?」

「いっいえっ、そうでもないです……」

「だったら話しかけんなクソウゼェ」

 

 そう吐き捨てると、出久はしゅんとした様子で口を噤んだ。病み上がりだからといって態度を変えてやるつもりはさらさらなかったし、実際にそうしていた――あくまで主観では。

 そうして車内が静かになったので、勝己は運転に集中しようと試みたのであるが、それはかりそめの平和であって。

 

「やっぱり赤いクウガから他の色に変わるとき、何も言わないと締まらないんだよな、変身するタイミングもうまく掴めないし……でもなんて言ったらいいんだろう、ふつうに"変身"……いやでもクウガになるのと一緒じゃ芸がないし……とはいえ全然違う台詞にするのもなんか違うような……"変身"に何かくっつける?何をつけたらいいだろうか……あっ、"大変身"――なんかしっくりこないな、う~ん……"スーパー変身"……なんか安っぽい……スーパーじゃなくてハイパーのほうが……あっ、"ハイパー大変身"なんてどうだろう………」

 

 ブツブツブツブツ。今度は溢れる思考がそのまま形になるというとんでもない悪癖が発動した。仮に運転手がごく一般的な懐の持ち主であろうと迷惑がるであろうそれは、勝己に対しては導火線を火炎放射器で燃やすに等しい凶行であって。

 

――BOOOOM!!

 

「う゛お゛ッ!?」

 

 眼前で小規模な爆破をかまされて、出久はようやく我に返ったらしい。シートに身体をぴったりくっつけ、肩を強張らせている。

 

「テメェは俺をイラつかせることにかけて だ け は天才だな、オォコラァ……」

「うぅ……ご、ごめん………」

「チッ……次しゃべったら喉潰す、完膚なきまでに潰す」

「ア、ハハハ………」

 

 引きつった笑顔とともに、出久は今度こそ黙り込んだ。ようやく静穏が訪れる。何も話さない、なるべく考えもしない――そう自分を戒めていたのだが、

 

「――"超変身"」

「へっ?」

「……でいいだろ、めんどくせぇ」

 

 独り言のようなつぶやきだったが、出久は聞き逃さなかった。

 

「超、変身………」

 

 シンプルさでいえば"大変身"とあまり変わらないが、変身した姿からさらに変身するという意味ではより違和感がないように思われた。

 

「超変身……そうだね、じゃあそれでいくことにするよ!ありがと、かっちゃ――」

 

――BOOOOM!!

 

「えぇッ、ななな、なんでェ!?」

「次しゃべったら喉潰すっつったよなァ?」

(理不尽すぎる!!)

 

 この男は一体僕をどうしたいのか。そんなことを訊けば本当に有言実行されかねないので、出久はひたすらにこの密室の時間が過ぎるのを待つほかないのだった。

 

 

 

――そうしておよそ三〇分後の午前九時過ぎ。ふたりは関東医大病院にいた。うっかり口を開いてしまったせいで出久が喉を潰され、治療の必要ができたわけではない。もとより目的地はここだったのだ。

 

 検査衣に着替え、出久は検査を受けた。目覚めたあとはそんな時間がなかったというのもあるが、ある程度時間が経過し、身体の状態がどのように変化しているかをチェックする意味合いもある。

 そして、その結果が出た。

 

「――もう完全にもとの状態に戻ってる。驚くべき回復力だ」

 

 徹夜明けとは思えない爽やかな笑顔の椿医師にそう告げられ、出久はほっと胸をなで下ろした。体調は万全も万全だと感じているが、やはり明確な形でそれが示されると安心する。

 

 一方、傍らで様子を窺っていた勝己は、もっともな問いを椿にぶつけた。

 

「結局、なんでこいつは生き返ったんすか?」

「あぁ……正確には緑谷を仮死状態にすることで、19号によってもたらされた毒の影響を排除したってとこだな」

「仮死……状態?――ひゃッ!?」

 

 首を傾げる出久は、いきなり腹をぐわっと掴まれ、弾みで椅子ごと倒れかけた。

 それに対するリアクションはいっさいなしで、医師は続けた。

 

「こン中の石ははじめ白血球を増やして毒に対抗しようとしたものの、その毒が人間の平熱の範囲内で一番繁殖することに気づいて……だったらッ、」今度はいきなり手を握られ、なぜか腕相撲の取り組み開始。「体温を下げてッ……一気に毒を死滅ッ!……させるッ!……判断をしたわけだ!」

「ハァ、ハァ……なるほど……」

「ハァ、フゥ……チッ、緑谷おまえ……昨夜も思ったが結構仕上がってきてるな……チクショウ……」

「何に対するチクショウなんですか……」

 

 真剣勝負になってしまったがゆえに揃って顔真っ赤のふたりを冷たく睨めつつ、勝己はさらに訊く。

 

「この石はなんなんすか?沢渡さんは人工的なものじゃない可能性があるって言ってましたけど」

「う~む、そう言われてもな……。俺にわかるのは、この石が医学的にどういう意味をもつかってことだけだ」

「……そうすか。なら碑文の解読頼みだな……」

 

 つぶやいたかと思うと、勝己はすっと椅子から立ち上がった。次の目的地が定まったのだろう。それがどこなのか考えるまでもなかったので、ほとんど反射的に出久も追随した。

 

「じゃあ僕らはそろそろ。先生、本当にありがとうございました」

「いや、大したことはしてないさ。――礼と言っちゃナンだが、ひとつだけ教えてほしいことがある」

「?、な、なんでしょうか?」

 

 やけに怖い顔で椿が迫ってくるので、出久はごくりと唾を呑み込んだ。

 

「沢渡さんの、ことなんだが……」

「は、はい」

「彼女、――」

 

 

「――いま、フリーか?」

「へぁッ?」

 

 表情と問いの落差があまりにも大きすぎて、出久は目を点にしてしまった。それにも構わず、この男は執拗に言い募る。

 

「どうなんだ、なぁ?」

「えっ、えっと……たぶん、そうだと思いますけど……」

「そうかぁ!」

 

 途端にこの男は嬉しそうな笑みを浮かべる。何を考えているか丸わかりだ。勝己が蔑むような視線を向けている。

 

「アンタ……」

「なッ、なんだその目は!?言っとくけどなぁ、俺ァおまえらのせいでフラれたんだぞ!?」

「ぼ、僕らのせい??」

 

 笑顔から一転、今度は憤慨する椿。――フラれたのはそれだけが原因ではないのだが、そもそも恋人の存在自体初耳だった出久たちには知る由もないことであった。

 

「く、ぅううううう……ッ、れいッ、麗子ちゃあん……!」

「あ、あの……」

「……ほっとけ、行くぞデク」

「うん……」

 

 デスクに突っ伏してさめざめ泣くアラサー監察医を放置して、幼なじみコンビは関東医大病院をあとにしたのだった。

 

 

 

 

 

――板橋区内 荒川流域

 

 

 "荒川"という名に反して凪いだ水面に、三人の釣り人が糸を垂らしている。

 

「釣れないねぇ……」

「釣れませんねぇ……」

 

 どこかで聞いたようなぼやき。実は彼ら、ちょうど三週間前にもこの荒川で釣りに興じていた。その際に未確認生命体第8号――メ・ビラン・ギに襲われかけ危うく命を落とすところだったのだが、特にトラウマなどにはなっていない様子である。

 

 暫しそうして釣り糸を垂らし続けていた男たちであるが、やがてそのうちのひとりが「うわっ!?」と声をあげてのけぞった。

 

「何?かかった!?」

「あぁー……いや違う、すまん、手かと思った」

「手ぇ?」

「ほら、あれ」

 

 彼が指差した先――対岸とのちょうど中間地点のあたりに、木に引っ掛かったオブジェクトが漂っている。確かに手の形のようには見えるが――

 

「手袋ぉ?」

「うわぁ、不気味ですねぇ」

「手袋だけどさぁ、なんかヤだよねああいうの。場所、移動しない?」

「そうしましょうか」

「どうせここじゃ釣れないしねぇ……」

 

 いそいそと撤収の準備を開始する一同。――その何気ない判断が、結果的にまたしても彼らを命拾いさせることとなる。

 

 いずれにせよ……そこに浮かんでいたものは手袋などではなく。白布がかかっていたためにそのように見えただけの、正真正銘の腐りかけた手の残骸であった。クウガによって倒された未確認生命体第19号――メ・ギノガ・デの……。

 

 

 

 

 

 沢渡桜子はそわそわしていた。

 ところは城南大学・考古学研究室。先ほど連絡があり、これから客人を迎える予定になっているのである。そろそろ彼らが到着する頃合い……なのだが、まだ現れる様子はない。

 腕時計をちらちら確認しつつ、部屋の中を歩き回ること数分――ようやく扉がノックされた。

 

「!、はーい!」

 

 ぱあっと表情を輝かせ、桜子は研究室の戸を引いた。そこには()()予想どおりと言うべきか、ノーネクタイの背広姿に着替えた爆ギレヒーローが仏頂面で立っていて。

 

「……ども」

「どうも……あの、出久くんは?」

 

 半分、というのは、つまり出久の姿が見当たらなかったからだ。彼が無事に蘇生したことは椿医師、ひいては本人からも連絡を受けているから、疑いようはないわけであるが――

 

 と、開けていない側の扉の陰から、勝己よりひと回り小さな人型が飛び出してきて。

 

「扉の陰から~ッ、僕が来たッ!!」

 

 しーん。空気が冷え込む。

 

「……何しとんだ、テメェは」勝己が冷たくツッコむ。

「い、いやその、たまにはこういうのもアリかな~と……」

「出久くん……お酒呑んでる?」

「いやそんなまさか……」

「だってそんなテンションの出久くん、相当酔ってるときしか見られないもん」

 

 桜子のことばに、出久は「アハハ」と苦笑を浮かべた。

 

「目が覚めてから、なんかすごく気分が良いんだ。お腹の中の石が、毒のついでに悪いもの全部除去してくれたのかも」

「何よそれ……」桜子がむくれる。「こっちはまた徹夜で悪いもの溜め込んでるってのに!」

「あわわわっ、ごめん!ほんとごめんっ、僕のために色々調べてくれたんだよねッ!?」

「そうよ、まったくもう!」

 

 ごめんなさいごめんなさいと、出久は赤べこのごとく頭の上下をひたすらに繰り返している。それでいて、エメラルドグリーンの瞳が時折おずおずと顔を見上げてくるのだ。そんな表情を見せられるだけで、怒る気もまったく失せてしまう。

 

「ハァ……まあ、元気そうで何よりだわ」

「!、う、うん……」

 

 顔を上げた出久に向かって、桜子は温かな微笑みを投げかけて。

 

「おかえり、出久くん」

「!」

 

 目を丸くしていた出久もまた、やがてその双眸を三日月型に細めて。

 

 

「――――ただいま!」

 

 

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 ズガギ

グローイングフォーム
身長:190cm
体重:90kg
パンチ力:1t
キック力:10t
ジャンプ力:ひと跳び10m
走力:100mを7.2秒
必殺技:グローイングキック
能力詳細:
エネルギーや闘志が不足している場合に変身してしまうクウガの不完全形態。マイティフォームに似た姿をしているがボディの装甲は白く、頭部の角も未発達なのだ。そのため脳の組成変化がうまく行えず、力を使いこなすことができないぞ!
常人よりは遥かに強力なので一応グロンギ怪人と戦えないこともないが、低スペックなので苦戦は避けられない!必殺技のグローイングキックも封印の古代文字が不完全なのでうまく決まらないが、メ・ギノガ・デ戦においては逆にエネルギーが回復していったため最終的にマイティキックを放つことができた。まさしくグローイング!がんばれがんばれって感じのデク!!


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EPISODE 17. なんでもない日 2/4

生まれて初めて腰痛というものに牙を剥かれています
出久をリスペクトして筋トレしてたらこれだよ!!

そういや「爆豪勝己:オリジン」でオールマイトの弾丸ヒップアタックを腰に喰らった出久はその後大丈夫なんだろうか……?


 無事の再会を祝いあったのち、三人は丸テーブルに腰掛けてひと息ついた。インスタントコーヒーを啜る。出されたのが自身の愛用しているオールマイトのマグカップでないことを出久は当然不審に思ったのだが、自分の仮死と時を同じくしてひとりでに落ちて割れてしまったのだと聞き、吃驚した。実際にはアマダムによる計画的な偽装死だったとわかってはいるが……結果的に不吉な知らせではなかったわけだから、つまりは身代わりになってくれたのかもしれない――などと、殊勝なことを思ったりもして。

 

 不在のジャン先生が戻ってきたら"修復"の個性で直してくれるというので出久が気持ちそわそわしていると、勝己が問いを切り出した。内容はやはり、関東医大では解明しきれなかった出久の腹の中の霊石――"アマダム"のことで。

 それに対する桜子の答えは、

 

「アマダムが古代リント族にとって神聖視されたものであることは間違いないと思います。ただ、その全貌はなかなか……碑文にもほとんど記述がなくて」

「えっ、大切なものなのに書いてないの?」出久が訊く。

「っていうより、恐れ多いものとして遠回しに、それこそ暗号のように書かれてるんだと思う。出久くんが生き返るって可能性を見出せた文が、ちょうどそんな感じだったし」

「……なるほど」

 

 揃って考え込む幼なじみコンビ。隣り合って座っているせいもあるのか、そのしぐさがまた妙にシンクロしている。無論、当人らは無自覚なのだろうが。

 出久はともかく勝己がそれに気づくと面倒なことになると思ったので、さりげなく桜子は話題を変えることにした。

 

「そういえば、ゴウラムにもアマダムと同じものが埋め込まれてるみたい」

「!、あっ、もしかしてアレかな?緑色の……」

「たぶんね。――ちょっと見て、」

 

 席を立って自身のデスクに向かうと、ふたりもそれに従ってついてきた。

 

「えっとね……これこれ。"神の使いは戦士のしもべ。戦士の想いを実らしめん"……」碑文を読み上げつつ、「ふたつのアマダムを媒介にして、ゴウラムはクウガ……つまりは出久くんの意志を読みとって動くのよ」

「なるほど……でもやっぱり、しもべっていうのはなぁ……」

「片言隻句なんざどうでもいいだろうが。敵じゃねぇって事実だろ、重要なンは」

 

 桜子もこのときばかりは勝己のことばが正論だと思ったが、出久の気持ちも理解できるので助け舟を出すことにした。

 

「"他者の意志に従うもの"……そういう意味合いの古代文字を便宜上しもべって訳してるだけだから、出久くんとしては相棒とか仲間とか、そういう解釈でもいいんじゃない?」

「相棒か……。そうだね、そう考えることにするよ」

 

 いずれにせよ、ゴウラムが頼もしい味方であることはこれで確定した。この前は"馬の鎧"としてその力を借りたが、別の協力方法も模索できそうだ。それに一応言語らしきものも話せるようだから、こちらが理解さえできればアマダムを介してでないきちんとしたコミュニケーションもとりうるかもしれない。出久はわくわくした気持ちになった。

 

 

 一応は満足のいく収穫があったということで、ほどなくふたりは研究室を辞した。出久としてはもう少しゆっくりしてもよかったのだが、まだ行かなければならない場所もあったのだ。

 そうしてともにキャンパス内を歩いていると、来たとき以上にすれ違う学生たちの視線が突き刺さる。出久は相当な居心地の悪さを感じたが……それが自分ではなく、一歩前を歩く幼なじみに向けられたものであると理解していて。

 

「あ、あのさかっちゃん」

「ア゛?気安く話しかけんなっつったろうが」

「いやそうなんだけどさ……やっぱり最低限の変装は必要だったんじゃないかな……?」

 

 今さら言うまでもなく、勝己はヒーローである。それも良くも悪くも知名度の高い若手スター・爆心地。雄英時代、それ以前から有名人になってしまっている勝己だから、いくらヒーロースーツ姿でないにせよ同年代の学生たちが気づかないわけがないのである。

 が、

 

「ケッ。なんでこの俺がンなコソコソしなきゃなんねえんだよアホらしい」

「いやこの俺だから言ってるんじゃないか……。それに僕が困るんだよ、知り合いに見られたらあとで質問攻めだよ僕……」

 

 出久がブツブツとごちている間にも、勝己はこちらを見やる群衆を鋭くひと睨み、さらに写真を撮ろうとスマホを向けている学生には男女問わず「何撮ってんだゴラァ!!いい歳こいて肖像権も知らねえのかカス!!」と一喝?している。

 

 まあまあ勉強はできる地味なオタク学生というポジションをどう守っていくべきか思案していると、不意に背後から「緑谷」と声がかかった。穏やかだが秘めたる強い意志を感じさせる低い声――よく親しんだそれは、

 

「!、心操くん……」

「よう」

 

 心操人使。出久にとってはおよそ丸一日ぶりに再会する友人である。

 

「今日、講義は?」

「あ……っと、ごめん、ちょっと行かなきゃいけないところがあって……」

「わかった、ノートとっとく」

「あ、ありがとう!本当、いつも恩に着ます……」

「いいよ別に、撮って画像送るだけだし。それよりおまえ、すっぽかしたんだって?麗日とのデート」

「!、だからデートじゃ……ってか、なんで心操くんが知ってるの!?」

 

 出久が話さなければ、あとは麗日から聞いた以外ないが。同窓生とはいえヒーロー科だった彼女と普通科だった心操に親交はないので、そういう発想は及びもつかないのだろう。

 

「昨夜、晩メシ食いにポレポレに行ったんだ。そうしたら麗日がいて……おまえと出かけるって話だったのに妙だと思って、聞き出したんだ」

「そ、そうだったんだ……。うん、ちょっと昨日も急用がね……」

「へぇ……。――ところで、なんで爆豪はここにいるんだ?」

「!」

 

 出久はどきっとした。急用云々と言い訳して、それで勝己と行動をともにしているとなれば理由は自ずと限られてくる。

 それを察したのか、単に足止めを喰らって苛立っているのか、勝己の表情がきつくなる。

 

「テメェに関係あんのかよ?洗脳野郎」

「!、ちょっ、かっちゃん……!」

 

 そんな呼び方はないだろう、と思ったのだが、心操は意外にもせせら笑うように唇をゆがめただけだった。

 

「この前は言えてたじゃん、俺の名前。ま、あんたにどう呼ばれようが構わないけどさ」

「………」

「わかってるよ、沢渡さんのとこだろ。幼なじみの緑谷にあの人との橋渡し役やらせてるとか?」

「!、う、うん、そうなんだよ!僕、奇しくも両方と知り合いだし、こう……話しやすい雰囲気を作るというかなんというかその、」

 

 心操の推測が都合の良いものだったので、出久は慌ててそれを肯定した。嘘をつくのは気が引けたが、その程度に思っていてもらえるのが一番ありがたかった。

 「やっぱりそうか」と彼が納得したところで出久がほっと胸をなで下ろしていると、今度は一転、

 

「そういや、4号はまた大活躍だったみたいだな」

「ッ!?」

 

 いきなり口を突いて出た"4号"の名に、気を緩めかけていた出久は跳び上がりそうになってしまった。

 

「あの人……なのかわかんないけど、すごいよな。職業ヒーローでもないのに、他の未確認相手にがむしゃらに戦りあってさ。警察官志望としてはあやからないとって思うよ、ほんとに」

「う、うん、そうだね……」

「な。――ところで緑谷はさ、4号って普段何してる奴だと思う?」

「へっ!?な、何って……わからないよ、そんなの……」

「そりゃわかるわけないじゃん、知り合いでもあるまいに。どう思うかって訊いてるだけ」

「それは……その………」

 

 そろそろ出久の精神は限界だった。ひとりでに目が泳いでしまう。対して心操の瞳はまったく凪いでいて、その奥にひそむ感情は読み取れない。一体どういうつもりでこんなことを訊いているのか。ただの雑談なのか、それとも――

 

 

「世間話ならあとにしろや」

「!」

 

 冷淡な物言いで、勝己が割って入った。

 

「こいつにはまだ用があんだよ。テメェはせいぜい学生らしくオトモダチとウェイウェイやってろ、こっちの時間浪費させんじゃねえ」

「かっちゃん……」

「ウェイウェイね……そういうの得意じゃないんだよな、俺」茶化しつつ、「わかったよ。邪魔して悪かったな」

 

 少しだけ寂しそうな笑みをフッと浮かべると、心操は「じゃあまた今度な」と出久にことばをかけて去っていった。――罪悪感と焦燥とが、自ずから生まれる。

 

「チッ……とっとと行くぞ」

「ッ、かっちゃん……ああいう言い方、お願いだからやめてよ……。僕に対してはいいけど、せめて僕の友達には………」

 

 思えば勝己は昔からそうだった。幼い時分も無個性だからといって露骨に蔑んだり無視してくる者ばかりでなく、出久にもふつうに接してくれる同級生は少数だがいた。幼い頃のこの男は、そういう子に対してもひどい言動を繰り返した。"緑谷とちょっとでも仲良くすると爆豪にいじめられる"――となれば、差別意識のない子たちまでも出久に近寄らなくなる。ヘドロ事件のあとそれがなくなって、初めて出久はコミュニティの片隅も片隅に入れてもらえるようになった。そこからさらに努力して、ようやく友達と呼べる存在ができたというのに――

 

 そういう仄暗い気持ちを察したのか、歩き出した勝己がいきなり立ち止まった。また理不尽に逆ギレされるのか、そう思った出久は反射的に身構えたのだが、

 

「……テメェがどうとか関係ねえんだよ。いまのは俺とあいつの話だ」

 

 思わぬことばに、今度は怪訝な思いにとらわれるほかなかった。

 

「どういう、こと?」

「………」

 

 溜息をついて、再び勝己が歩き出す。しかし、問いかけをまったく無視するつもりもないようであった。

 

「――"時間は有限、合理的に使え"。俺らの担任が口癖みてぇに言ってたことばだ」

「………」

 

 いつの担任か、とは訊かなかった。勝己が「俺"ら"」と形容するとき、それは十中八九雄英高校のときに決まっている。

 

「ヒーロー科への編入を狙ってた頃、あいつも先生にあれこれ相談して、教わってたらしいからな。それが身についてないわけねえんだよ」

「……そっ、か」

 

 かろうじて、そう返すのが精一杯だった。――明らかに良好な関係ではない勝己と心操も、恩師を介して間接的にではあるが通じあうものをもっている。

 

(三年って……大きいなぁ)

 

 自分が同じような毎日を繰り返してきた三年間で、彼らは大きく成長している。勝己ももう「出久と仲良くしているからつらく当たる」なんて低次元にはいないのだ、当たり前だが。

 それが自分にとってもありがたいことだと理解しつつも、ほんの少しだけ切ない気持ちになる出久だった。

 

 

 

 

 

 川の流れに従って、ゆっくりと漂うギノガの腕。死体の一部というだけであるはずのそれは、しかし確実に変化を続けていた。その一部が醜く膨れあがり、時折ぐにゅぐにゅと蠢いている。まるでその内部に、何かを孕んでいるかのように。

 

 河岸にて、その光景を淡々と見つめている三人組の姿があった。例の釣り人たちではない。ショートカットの凛とした美女に十代前半くらいの生意気そうな少年、そして蝙蝠傘を差した全身黒づくめの病的な男。――グロンギである彼女らにとって、気色悪くはあれ驚くべきものではなかったのだ。

 

「うわっ、まだ粘ってるよギノガの奴」少年――ガルメが毒づく。「結局クウガも生き返っちゃったし、なんだかなあ」

 

 がっかりした様子のガルメに対し、女――ガリマはどこか嬉しそうですらあった。

 

「そうでなくてはな。今度のクウガは弱いが、骨はある。奴を打ち倒すのは、このガリマ以外にないはずだ」

「……あーソウッスカ。――バサチャンドギラヅギデブセジョ、ゴセンゲゲルンラゲビ」

 

 ぼやきながら、ガルメは水流に向かって小石を投げる。それは見事ギノガの手首にヒットし、彼は「イエ~ス」と覚えたばかりの英語を披露した。

 それを無視し、ガリマはゴオマに顔を向けた。

 

「ところで、"バルバ"はどうした?」

「……"ドルド"に、会いに、行っタ」

「ドルドに?」

 

 ふたりの"メ"は揃って意外そうな表情を浮かべて。

 

「まさかもう"ゲリザギバス・ゲゲル"の準備?早くね?」

「今回のゲゲルは妙に(せわ)しいな……。こいつら"ズ"に至っては三人しかゲゲルができなかった」

「……ッ」

「ま、さすがにオレら"メ"は大丈夫っしょ。あいつらが何考えてようがどーでもいいや、楽しいゲゲルができりゃそれで」

 

 意気揚々と二個目の小石を投げようとして――ガルメは、「あ」と声をあげた。

 

「ちょっと目ぇ離した隙にま~た育ってるし……マジキモっ」

 

 彼の視線の先では、ギノガの手首がさらなる肥大化を続けていたのだった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドドググ

面構 犬嗣/Kenji Tsuragamae
個性:バリー・ハウンド
年齢:48歳
誕生日:1月1日
身長:2mとちょっと
好きなもの:お散歩・チョコレート
個性詳細:
ひと言で言ってしまえば犬。犬人間だ!個性名はセントバーナードの別名からとられている、ただ"犬"じゃ芸がないからと名づけの際にひと工夫してもらえたのだ!
その見た目に違わず嗅覚がめちゃくちゃ鋭いぞ!でもそれ以外は人間と変わらない、ドッグフードをあげても喜ばないぞ。逆にチョコをあげたら年甲斐もなく大喜びだ!※ホンモノの犬には御法度だよ!
「ボール遊びだと?人間である私がそんなものに釣られワオーンU^エ^U」ズザザザ

備考:
警視庁未確認生命体関連事件合同捜査本部の総責任者・警視長。これまでに保須警察署署長や警視庁猟犬部隊部隊長(初代)などを務める。犬のおまわりさん……なのだがいわゆるキャリア組なのであんまりおまわりさん業務はやってないぞ!
大人なので多少は清濁併せ呑むところもあるが、部下など若者を第一に考え動いてくれる良い上司だ!塚内ともども爆心地と4号の連携を黙認もしてくれている。真面目で実直ではあるのだがどうしても語尾に「――ワン」をつけてしまうためいまいち締まらないのが欠点といえば欠点だ!ワオ~ン!!

作者所感:
原作だとゲストキャラ……なんですかね?名前以外情報がないので捏造しました。年齢は階級から逆算、誕生日は「ワンワン」から。身長はマニュアルさん(176cm)と並んでるシーンから算出してある程度遊びをもたせましたが、頭ひとつぶん以上差があるので「ちょっと」どころじゃないかもしれないです。
本部長にするならこの方しかいないと思い松倉さんのポジションになりました。お偉いさんなので捜査にはそこまで口を挟みませんが、庁内政治のほうを一生懸命がんばってくれてることでしょう。
一応裏設定として彼の生い立ち的なものも考えているのですが、本編に反映できるかはまだわかりません。

柴崎巡査……忘れないからね……(´;ω;`)


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EPISODE 17. なんでもない日 3/4

本エピソードでどうしてもやりたかったシーン
1/4での「ピースサイン」熱唱は自重されてしまったのですが、こちらはなんとかなりました


 城南大学をそそくさ立ち去った幼なじみコンビは、再び覆面パトで移動中であった。出久が静かにしていれば、勝己も静かである……運転も含めて。

 ただ出久は、つい先ほど感じた寂寥めいたものを引きずっていたりもして。

 

 沈みかかる気持ちを自覚して、ぶんぶんと首を振る。

 

(駄目だ駄目だ、こんなんじゃ昔と何も変わらないじゃないか!かっちゃんだって、やむを得ずとはいえ僕をそばに置いてくれるくらい昔と変わってるんだ。僕だってもっと変わらなきゃ。そうですよねオールマイト!笑顔、笑顔、そしてプルス・ウルトラ!!)

 

 口には出さないよう気をつけつつ、出久は心のうちで自分を叱咤激励した。仕上げに両頬を軽く叩く。勝己がちらっとこちらを見たが、特にリアクションはなかった。

 と、車載ホルダーに固定された勝己のスマートフォンがブブブと振動した。同時に、接続されたカーナビに発信者の名前が表示される。――発目明。

 

 あることを思いついた出久は、受話しようとする勝己を慌てて制した。

 

「あっ、あのっ、僕出てもいいかな?」

「ア゛ァ?俺にかかってきた電話だろうが」

「いやほら、トライチェイサーのこともあるし。……あとハンズフリー通話って法令上グレーゾーンだよ。緊急時はしょうがないと思うけどさ………」

 

 イヤホンをしているわけでもないので違反を問われることはほぼないだろうが、ヒーローたるもの平時は法令遵守に厳格であるべきだと出久は思った。朝この運転手に爆破で脅迫されたことはひとまず忘却している。

 一応正論だと認識はしてくれたのか、勝己は舌打ちしつつもン、と顎をしゃくった。ナビに表示された受話マークを押すと、『もしも~し』というとぼけた発目の声が車内に響き渡る。

 それを受けた出久はンン、と軽く咳払いをして、

 

「――お、オォ爆豪だァ。なんの用だ発明女コラァ」

『へっ?』

「!?」

 

 勝己がぎょっとこちらを見るのがわかる。が、出久はもう後戻りできないのだった。

 

「な、なんの用だって訊いてんだよ発目さ……発明女ァ」

 

 顔真っ赤、冷や汗だらだらながら出久は必死に隣の男の物真似を続けた。彼はというとなぜか沈黙を保っている。恥ずかしさと怖さが絶妙なベストマッチ!である。

 と、

 

『!、あぁ、もしかして緑谷さんですか!?』

「ッ!?」

 

 あっさりバレてしまった――潮時ということだろう。

 

「そうです緑谷です……」

『やっぱそうですか!昨日は音沙汰ないからどーしたのかと……あ、TRCSはちゃんとお預かりしてますからご安心を!』

「う、うん、ありがとう」

『で、でっ、それより何より……早く来てください触りにっ!』

「へぁ!?」先ほどとは違う意味で顔が真っ赤になる。「さ、触りにって……何を、ですか……?」

 

 そんなわけはないのだが、どうしても破廉恥な想像をしてしまう。出久だって健全な男子である。

――やっぱりそんなわけはないのだけれども。

 

『何って、例の破片……え~と、ゴウラムですよゴウラム!分析によってこの子が金属を取り込んで身体を再生していたことがわかったので、いま試験中なんですけれども、いっこうに反応がないんです。でも一昨日のアレ見る限り、あなたが触れると色々変化があるようなので!』

「あっ……な、なるほどそういう……。いやもちろんなんだけど、お昼食べてからでいいかな?」

『お昼なら科警研にも食堂がありますよ!』

「う~ん、ごめん……もう店に到着するところなんだ」

 

 嘘は言っていない。駐車場に入るべく、減速した車両がゆっくり左折するところだった。

 

『そうですか、じゃあお待ちしてます!――あぁ緑谷さん、』

「な、なんでしょう?」

『さっきのって爆豪さんの物真似ですよね?もう二度とやらないほうがよろしいかと!それでは!!』

 

 プツッ。通話が切れる。

 

「………」

「……デク、テメェ」

「ひゃ、は、ひゃいっ」

 

 低い声で呼ばれて、対照的に声が上擦る。早くも後悔がよぎる。一体自分は何をプルス・ウルトラしてしまったのか。それこそあの世に強制プルス・ウルトラさせられてもおかしくない。そう思ったのだが、

 

「もっぺん関東医大行くか?精密検査してもらえや、頭の」

「うぐッ!?」

 

 勝己の声には哀れみが滲んでいた。キレられ、罵倒されるのはもう慣れっこだが、こういうのは耐性がないだけに胸にグサリと突き刺さる。スベってもくじけないおやっさんが羨ましい……と、目前の"喫茶ポレポレ"の看板を見ながら出久は思った。

 

 

――と、いうわけで。

 

「いやぁ、お久しぶりですねぇ!」

 

 カレーを煮込みつつ朗らかに笑いかけてくる"おやっさん"ことポレポレのマスターに、勝己は「……っス」と小さく会釈をした。

 ふたりはここポレポレで昼食をとることとしていた。色々な理由から出久がここを提案し、勝己が了承した形だ。城南大学からもほど近いのが決め手となった。

 

 爆ギレヒーローとあだ名される勝己に対しても相変わらず恐れなく、おやっさんは嬉しそうに声をかけ続ける。

 

「先月初めて来てくれてねぇ、お忙しい人だしそう滅多にはと思ってたのに。今日はまたどうして出久と?」

「こいつの大学に用があったんです。あと、こいつにここのカレー百食奢らせる契約してるんで」

「ひゃ、百食!?」

 

 素っ頓狂な声をあげて、次いで怒りを露わにしたのは麗日お茶子だった。

 

「あかんよ爆豪くんッ、そんなの――!」

「ア゛ァ?」

「あっ、ち、違うんだよ麗日さん。僕、かっちゃんに色々と借りがあるんだ。それを返すには願ったり叶ったりな方法っていうか……」

 

 それは紛うことなき本音だった。実際、こうして食事をともにできているわけで。……何より、男として大切なものを爆破されるよりは圧倒的にマシである。

 が、取りなしたつもりの出久にまで、お茶子は鋭い視線を向けてきて。

 

「……ってかデクくんもデクくんだよ。私には朝まで連絡ナシで、爆豪くんとは仲良くランチだなんて……」

「へぁ!?」

「仲良くなんてしてねーわコラ」

 

 出久はとにかく慌てた。なるべく早く直接謝りたいというのもここを選んだ理由のひとつだったのだ。それが勝己と一緒に現れたとなれば、なんとなく不誠実な印象を与えてしまってもおかしくはない。

 もっとも、お茶子は頬を膨らませるという演技かかった方法で怒りを表現しており、本気の度合いはさほどでもなかった。

 

「まあ別に仲良くしてるのはええんやけど……もうっ、なんかあったんかってちょっと心配したんだからね!?新宿のほうじゃ未確認も出てたし……」

「あ、あぁうん……ごめんね、本当に……」

「仲良くなんかしてねーっつってんだろ無視してんじゃねえぞクソ丸顔が」

 

 実際、その未確認生命体のせいで何かありまくったから連絡どころでなかったわけだが。お茶子には未だ正体を秘密にしているから、それを正直に話すわけにもいかないのだった。

 

「あっそっそうだ、映画行く日どうしようか!?確かもうすぐ謹慎明けるんだったよね……いつからだっけ?」

「今週の木曜だよ」

「そっか……じゃあ明日でどうかな?平日だけど授業入れてないから、丸一日大丈夫だし……あ、急用が入らなければだけど………」

「オッケー!じゃあ急用入らないように神頼みしとくね!」

「アハハ……。僕も近所の神社にでもお参りしておこうかな……」

 

 お茶子がヒーロー業務に復帰すれば、長時間遊べる日なんてそうは作れなくなる。ここを逃して約束を果たせなくなることだけは避けたかった。

 もちろん相手が女性だからではない。心操や他の同性の友人との約束であっても出久にとっては同じことなのだが、

 

「ケッ」

 

 露骨に馬鹿にしたような声を、隣に座る男があげた。

 

「色気づきやがって、クソデクの分際で」

「いや、そういうわけじゃ……」

「丸顔、テメェも大概シュミ悪ぃな。こんなののどこがいいんだか」

「ムッ……売れっ子ヒーローのくせに学生に奢らせるようなみみっちい誰かさんよりよっぽどいいと思うけどぉ?実際、私の知る限りじゃ一度も恋人できたことないもんねぇ??」

「~~ッ、テメェ俺がこんなクソナードよりモテねぇと思ってンのか脳味噌まで餅でできてやがんのか!?こちとら群がるモブ女どもに迷惑しとるレベルだわブァーーーカ!!」

「フーンだ、そーいう人たちってミーハーなだけだしぃ~。大人の女にはねぇ、デクくんの良さがわかるのよ……」

「ハッ、テメェのどこに大人要素があるんだか」

「少なくともどこぞの爆ギレヒーローよりは大人ですぅ~」

 

 バチバチと火花を散らすかつての同級生同士。間に挟まれて「あわわわわ……」と恐慌状態に陥っている出久。ふたりぶんのカレーを盛りつけつつ、おやっさんはカウンター席の大半を占拠する謎のサングラスの一団に訊いた。

 

「……美味しい?」

 

 コクッ。まったく同じタイミングでうなずき、黙々とカレーを食べ続ける。端では相変わらず剣呑な三角芝居が続き、半径数メートルにシュール極まりない空間が形成されていたのだった。

 

 

 

 

 

 出久たちがそんな平和(?)な昼食どきを過ごしている間にも、水面に浮かぶギノガの腕は膨れあがり続けていた。既に成人ひとりがすっぽり納まってしまうほどの容積。そして現実に、内部で何かが絶えず胎動し続けている。

 

――誕生のときは突然、なんの前触れもなく訪れた。

 

 膨れあがった皮膚を突き破るようにして、ギノガのものとは別の腕が外界に出現する。それが自ら母胎を裂いてゆき、

 

「ア……アァ……グアァァァ……ッ!」

 

 不気味な唸り声とともに、暗い緑色の頭部が飛び出す。それは生前のギノガとまったく同じ形状をしていた。

 異なるのは、その所作にまったく知性を感じさせないこと。そして、腹部にバックルが存在しないこと。これまでのグロンギとも明らかに異なる不気味な化け物が今、新たなる災厄をもたらそうとしていた――

 




キャラクター紹介・グロンギ編 ゲギド

ヤドカリ種怪人 メ・ギャリド・ギ/未確認生命体第18号※

「ゴセパガブランゲババゾロヅゴドボ、メ・ギャリド・ギザ~!!(オレは悪魔の背中を持つ男、メ・ギャリド・ギだ~!!)」

登場話:
EPISODE 13. 来襲~EPISODE 14. TRY&GO-ROUND!

身長:202cm
体重:196kg
能力:大型トラックの運転技術
活動記録:
大型トラックを操り、バックで轢殺を繰り返した未確認生命体。ヤドカリらしく身体を何かで隠していないと気が休まらない性格であり、人間体は常に分厚いコートで身を覆っている。
行動開始後は三鷹市内や千葉県内で人々を襲い、駆けつけた第4号(&トライゴウラム)をも轢き殺そうとするが失敗。生身での戦闘能力はさっぱりで、4号はおろか爆心地の猛攻に対してもなすすべなく逃走しようとした。その際、青の4号のロッドの一撃で吹き飛ばされて爆炎の中に消える。
しかし実際には下水道に逃げ延びており、新たなトラックを奪って行動を再開。しかし鷹野&森塚両刑事によって走行不能に陥ったところに再び4号が現れ、命乞いをするも聞き入れられずトライゴウラムの牙でトラックもろとも潰されるという因果応報の最期を迎えた。

作者所感:
みんな大好きバックします。
そのエグさに比べて肉弾戦での弱さよ……仮にザギバス・ゲゲルに進んだらどうすんですかね?ダグバ相手にトラックで突撃するのだろうか??

※原作では第24号。


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EPISODE 17. なんでもない日 4/4

ちょっと長くなりました。科警研パートは3/4に入れてもよかったかもとちょっと反省

ギノガ変態……もとい変異体、あのやりたい放題の暴れっぷりが好きです。パワーだけならゴにも食い込むイメージ
飯田くんは次エピソードまでちょっとがまんしてね!


 ポレポレでの昼食を終えておよそ一時間後、出久と勝己は千葉県柏市にある科学警察研究所を訪れていた。

 

 

「………」

 

 出久は複雑な面持ちで金属シートの上で眠るゴウラムを見つめていた。一応形としては甲虫のそれに修復されているものの、色合いは総じてくすんでおり、到底もとの状態に回復しているとは言い難い。

 

「まあこのとおり、我々の言うことは聞いてくれないわがままなベイビーちゃんなわけですけれども!」

 

 発目の声だけが実験室内に反響する。他の研究員たちは揃って苦笑を浮かべているが、そんなものを意に介する女史ではないのだった。

 

「しかし今のお話を聞く限り、緑谷さんのお腹の石からこの緑色の宝石のようなパーツにエネルギーが送り込まれるとか、恐らくそんなところではないかと!」

「なるほど……じゃあとりあえず触ってみ……ても、いいですか?」

 

 この場はただのオブザーバーでしかない発目とだけ話を進めてしまうのも良くないと思い、出久はちらりと研究員一同を見やった。彼らは瞳を輝かせ、ぶんぶんと激しくうなずいている。発目に比べれば落ち着いているが、彼らもまた本質的には同類らしい――

 

 ともかく許可を得られたということで、出久はゴウラムの尾部のほうに跨がり、気持ち腰を下ろした。右手を翠の輝石に重ね合わせ、エネルギーを分け与えるイメージを描く。

 

「………」

 

 それを続けること三十秒ほど。――何も起こらない。出久はおずおずと手を離し、首を傾げた。研究員らの間にも若干白けた空気が広がってしまっている。

 どうしたんだろう。自分のイメージが弱かったのか、それとも根本から何か間違っているのか。出久がその場で考え込んでいると、

 

 不意に輝石が光を放ち、併せて破片群がカタカタと震え出した。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にシートから下がる出久。それを待っていたかのように、シートがぐにゃりと歪み、収縮を開始する。破片へと吸収されていくさまは、まさしく食べられているようにも見えた。

 

「おぉっ、これ成功じゃないですか!?」

 

 発目がはしゃいでいる。出久もまた喜びのあまり彼女とハイタッチをしそうになったが、勝己の冷たい視線を受けて我に返った。

 と、そのとき、廊下から所員のひとりが駆けこんできた。それもかなり慌てた様子で。

 

「たっ、大変だぁ!!19号の菌糸が……!」

「!」

 

 19号の菌糸――出久にはそれが何を意味するのかわからなかったが、数人の研究員たち、そして発目や勝己も顔色を変えて駆け出したため、それに従わざるをえなくなった。ゴウラムの変化に、名残惜しさはあったものの。

 

 

――そして、19号の菌糸を保管しているという実験室に一同が入った途端、

 

 どろりと音すらたてて、粘性の液体が床にこぼれ落ちた。

 

「……!」

 

 これまでに覚えたことのない生理的嫌悪感に、思わず息を呑む。そこには人間の頭部ほどもある腐った臓器のような物体が、まるで胎動するかのように蠢いていて。

 

「何……これ………?」

「えっと……回収された19号の遺体の一部……でしたよね?」発目が隣の所員に訊く。

「ああ……未確認対策用に培養実験してたんだが………」

 

 なぜこんな巨大化しているのか、担当所員ですら困惑を隠せない様子である。そしてこうして遠巻きに見ている間にも、それはさらに肥大しつつあって。

 

 そこに危機を察知した勝己が、単刀直入に訊いた。

 

「ここ、火気は?」

「え……あ、あぁ、使用しても……いや、爆破する気ですか!?」

「このまま育てたら取り返しつかねぇことになりますよ」

「……ッ」

 

 目の前の物体のことは彼らのほうがよくわかっていて、ゆえに危機感も共有していた。

 渋々うなずくのを見て、勝己はずんずんと歩み寄っていた。その手に力がこもり、

 

「――死ねぇッ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 掌の汗腺から染み出したニトロの汗が爆発を起こし、臓物のようなそれを粉々に吹き飛ばす。その際に獣めいた断末魔が響き、勝己の勘が正しかったことが証明された。

 散らばる残骸が火の手をあげている。「死ねぇ、って……」と内心引きながらも、出久が動いて消火器を持ってきた。

 

「――ッ」

 

 消火剤を撒き散らす。対処が早かったために、火はさほど大きくならずに消し止められた。実験室内は後始末に苦労しそうな惨状を呈してはいるが……。

 

 パンパンと背広で掌を払いつつ、勝己は嫌悪を露わにする。

 

「菌糸っつったら、クソ小せえモンでしょう。それがなんでこんなデカくなるんすか?」

「恐らく、それだけ生命力が凄まじいんです。そしてある特定の条件下で、爆発的に増殖する……」

「!、それじゃあ……」

 

 ギノガの身体はばらばらに吹き飛んでいる。回収されていない部位があるとすれば、同じように菌糸が成長していることも考えられるのではないか。それも止める者もないから、際限なく。

 

 芽生えた不安を煽るかのように、勝己の携帯に着信があった――飯田から。

 

「……あぁ」

『第19号が再び出現したッ!』

「19号が!?」

 

 あえて勝己が復唱したことで、出久の表情も一気に引き締まる。

 出現地点の伝達だけ受けて、通話を切る。――危機感が滲む。

 

「こいつがさらに育って生まれたクローンか……」

「じゃあ、迂闊に爆発させたら……」

 

 また菌糸が飛び散って、さらに多数のクローン体が生まれかねないのではないか。だとしたら……。

 

「……なんにしろ、何もしないわけにはいかねえ」

「ッ、戦いながら考えるしかない、か……。発目さん、トライチェイサーは?」

「ご案内します!」

 

 発目に連れられて飛び出していく出久。その案内に従って地下駐車場の一角にある車庫に入ると、昨日より光沢の増した漆黒のトライチェイサーがそこにはあった。

 

「整備もきっちりしておきましたから、万全に動くはずです。お気をつけて!」

「うん、ありがとう発目さん。――変身ッ!!」

 

 車体に跨がると同時に、出久の身体がクウガのそれに変わる。マイティフォーム――椿の診察どおり、その身体は既に炎のごときエネルギーに満ち満ちていた。

 

 暗証番号を叩き込んで漆黒のマシンを黄金へと輝かせたあと、赤の戦士は発目に向かって親指を立ててみせ、戦場へ向けスロットルを唸らせたのだった。

 

 

 

 

 

 ギノガのクローン――"変異体"は、ただ獣じみた闘争本能にのみ従って暴れ回っていた。

 目についた工事現場の作業員たちを襲撃、逃げまどう彼らを殴り飛ばし、倒れた者を容赦なく踏みつける。

 

「ウォ……オオオオオオオッ!!」

 

 咆哮。姿は元のギノガと大きく変わっていないにもかかわらず、やはり理性は完全に失われているようだった。

 

――そんな血塗れの獣の暴虐を阻止すべく、"彼ら"が現れる。

 

「あれか……!」

「森塚より、19号Bを確認!これより排除に移りまっす!」

 

 刑事とヒーローで構成された合同捜査本部の面々。全員が現着したわけではなかったが、作業員たちが逃げる時間を稼ぐため少人数でも敵を引きつけるほかなかった。

 

「よ~し、来いッ!」

 

 森塚がギノガ変異体の頭部目がけて発砲する。弾丸が頭にめり込む……が、すぐにこぼれ落ちてしまった。もっとも予想はできたことだったが。

 

「!、ガァアアアアッ!!」

 

 効果はなくとも、攻撃を受けたことはわかったらしい。ギノガは怒りの雄叫びをあげてこちらに向かってくる。そこで飯田を警官隊の護衛に残し、ともに現着したヒーローたちが応戦する。それぞれが己の個性や身体能力を用い、ギノガの動きを抑え、倒そうと尽力する。それだけの数のヒーローに囲まれれば、普通のヴィランが相手なら白旗を揚げるしかない。まして彼らは選ばれた精鋭たちである。

 

――が、ギノガのパワーはそれをも上回っていた。

 

「グオアァァァァァッ!!」

 

 ヒーローたちの攻撃で受けたダメージを一瞬にして治癒させると、ギノガは面食らうヒーローのひとりを思いきり殴り飛ばした。精強なかのヒーローもその一撃で意識を刈り取られ、身動きがとれなくなる。

 陣形が崩れ、残るヒーローたちの動きがわずかに鈍る。理性がないにもかかわらず、そうした判断だけはできるようだった。隙を逃さず、ギノガは拳を叩きつけ、投げ飛ばす。彼らが二度と立ち向かってこられないように蹂躙するつもりのようだった。

 

「ッ、マジかよ……!」

「なんてパワーだ……」

 

 森塚も飯田も、ただただ唖然とするほかなかった。胞子は吐き出せないようだが、そのぶんパワーでは今朝方のギノガすら遥かに凌いでいる。ただただ、純粋な暴力――度を超している以上、それはある意味一番厄介だった。

 

(それでもッ、僕が食い止めなければ……!)

 

 この暴力の塊を野放しにすれば、周辺住民にまで被害が及びかねない。勝てないにしても、それだけは絶対にあってはならない。ゆえに飯田は脚のエンジンを唸らせた。

 

(トルクオーバー……!)

 

 

「――レシプロ、バーストッ!!」

 

 朝同様にエンジンのリミッターを外し、標的との距離を一気に詰めていく。この猛スピードは想定外だったのか、ギノガは一瞬の硬直を見せた。その隙を逃さず、飯田はその鍛え上げられた右脚を振り上げ、

 

 頸部に、蹴りを叩き込んだ。

 

 ゴキリと嫌な音をたてて、怪人の首が異様な曲がり方をする。――折れた。死に至るかどうかはともかく、それは大きなダメージであると飯田は確信していた。

 グロテスクな右手が、がしりと彼の足首を掴むまでは。

 

「な――ッ!?」

 

 飯田がぎょっとしたのもつかの間、ギノガは雄叫びとともにその身体を放り投げる。ヒーロースーツと併せて百キログラムを超える巨体が宙を舞い、そのまま後方へと――

 

「ちょ、ぉ……!?」

 

 そこには森塚がいた。小柄な彼に飯田の身体を受け止めきれるはずもなく、粉塵をあげて倒れ落ちる。

 

「ぐ、う……ッ」痛みに呻きつつ、「すみ、ません……ッ、森塚刑事、大丈夫ですか……!?」

 

 応答はなかった。うつぶせに倒れた彼は完全にのびてしまっている。

 意識は保っているにせよ、飯田の受けたダメージも小さいといえるものではない。ヒーロー勢が全滅した以上、敗北は必至。ならば、

 

「ッ、逃げて……ください!!」

 

 声を振り絞って、飯田は叫んだ。残る警官隊では絶対に敵わない。彼らの中からは死者が出てしまうかもしれない。ならば彼らを撤退させて、自分が殿として食い止める――それしかないと思った。

 

 しかし警官隊は、手負いのヒーローのことばを聞き入れない。彼らにも市民の安全を守る国事警察としての意地があったのだ。

 後退しながらも、首をさまよわせたまま向かってくるギノガに銃撃を続ける。が、ほどなくして彼らの拳銃は弾切れを起こしてしまう。そうなれば彼らに残されたものは、己の肉体のみ。それらはすべて、ずたずたに引き裂かれる運命にある――

 

「く、そ……ッ、やめ……やめろ――ッ!!」

 

 無意味とわかっていながら、それでも飯田は叫ばずにはいられなかった。そして無意識に、赤い複眼の戦士の姿が脳裏に浮かぶ――

 

 

――マシンの嘶く声が、響き渡った。

 

「……!」

 

 飛翔する、黄金と真紅の陽炎。それはギノガに向かってホイールを振り下ろし、弾き飛ばした。

 キキィ、と音をたててその場に停車したのは――トライチェイサー。跨がる異形の騎手をはっきりと認識して、飯田の胸に歓喜が湧き起こる。

 

「4号くん……!」

 

 朝の白い姿ではなく、灼熱のごとき赤――闘志に満ち満ちたその姿は、一瞬自分がヒーローであることを忘れそうになるくらい頼もしかった。

 マシンを下りた彼は、その巨大な複眼を飯田のほうへと向けた。

 

「インゲニウム……まだ、動けますか?」

「!、あ、ああ、当然、だ……ッ!」

 

 声をかけられたことに面食らいつつも、飯田は痛みをこらえて立ち上がってみせた。

 

「じゃあ、皆さんの救助をお願いします。19号は、僕が倒しますから!」

「……わかった!存分に戦いたまえ!!」

「はい!」

 

 力強くうなずくと、クウガはギノガを追って駆け出していった。その正体に対する好奇心は依然あったが……正体がわからないからと、彼への信頼が揺らぐことはもうなかった。

 

 

 

 

 そして、クウガとギノガ変異体の対決が始まる。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 劫火のごとき拳を突き出すクウガ。その直撃を受けて怯みながらも、ギノガもまた闘争本能だけで目の前の宿敵に挑みかかる。

 

「グォアッ、グォオオオオオッ!!」

「……ッ!」

 

 パワーはほぼ互角。しかしその勢いだけは、この獣のほうが勝っていた。クウガが次々拳や蹴りを叩き込んでくるのも構わず突進し、そのボディにラリアットをかます。

 

「ぐぁっ!?」

 

 踏ん張りきれず、弾き飛ばされるクウガ。地面に叩きつけられながらも彼は即座に態勢を立て直そうとするが、理性がないゆえに弛むことを知らないギノガは一気に襲いかかってくる。起き上がろうとする胴体を蹴りつけ、再び倒れたところで首に手を伸ばす。そのまま万力のようなパワーで締めあげながら、身体ごと持ち上げていく。

 

「が、くぁ……ッ」

「ウォオオオオオオオッ!!」

 

 何度目になるかもわからない咆哮をあげるギノガ。生身の出久であれば、とっくに頸骨を砕かれて今度こその死を賜っていることだろう。強化されたクウガの身体が耐えているうちにと、彼は力を振り絞って膝をギノガの腹部に叩きつけた。

 

「グォアッ!?」

 

 呻き声をあげ、ギノガの身体がよろける。同時に解放され、クウガは地面に尻餅をついた。

 

「……ッ、はぁ、はぁ……」

 

 呼吸を整えつつ、変身者たる出久は思考する。――このまま赤でいくべきか、それとも他の色に変わるか。

 

(青で猛攻をかわして隙をつくる?いや、それだと7号のときの二の舞になるかもしれない。この距離で緑は論外……だとすると紫か?いや、でも……)

 

 そもそもの問題があった。――周囲に、武器に変えられそうなものが見当たらないのだ。トライチェイサーとは距離が開いてしまっている。

 

「ッ、やっぱり赤しか――ッ!」

「グォオオオオオッ!!」

 

 再びギノガが跳びかかってくる。ここをどう切り抜けるかで趨勢が決する。彼が覚悟を決めたそのとき、

 

 

「死ね菌類がァッ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 なかなかの罵声とともに、爆破。もろに受けたギノガの身体が紙のように吹き飛んでいく。

 それをもたらした主は、小規模な爆破で勢いを調整しつつ鮮やかに着地してみせた。

 

「!、かっちゃん……」

「チッ、何手こずってやがんだクソナード!」

 

 若手トップヒーロー・爆心地に鋭くひと睨みされ、クウガは少しばかり背筋を震わせた。もはや身体がそう覚え込まされてしまっているのか、彼の紅い瞳に睨めつけられると竦みあがってしまうのだ。

 でもいまは、それだけではない。彼はもう脅威でなく、自分の戦いを支えてくれる存在だから。――勝てる。そんな確信が、いっそう深まるのだ。

 

「デク」一転して落ち着いた声で、「アレは突然変異で生まれた不完全体だ、散らしてももう再生する力はないらしい」

「!、じゃあ、ふつうに倒してもいいんだね?」

「おぉ」

 

 ならば、ここで一気に決着を――そう考えて、ふと思いついたことがあった。

 

「かっちゃん。僕が跳んだら、後ろから爆破してほしいんだ」

「あァ?何言っとんだ、テメェ」

 

 とち狂ったと思われたのか、勝己が怪訝な表情を浮かべている。

 

「爆風に煽られれば、そのぶん威力も上がると思うんだ。あいつ、パワーが凄まじい……一撃で仕留めたいんだ、頼む!」

「……チッ、火だるまンなっても文句は聞かねえぞ」

 

 舌打ちしつつも、既にウォーミングアップとばかりに小さな爆破を起こしている勝己。少年の頃は恐ろしいばかりだったそれも、やはり。

 

「グゥ……グガァアアアアッ!!」

 

 ギノガは立ち上がり、全身に力を漲らせるようにして叫んでいる。それが自分や勝己に仕向けられる前にと……クウガは、跳んだ。

 

「はッ――」

「――オラァッ!!」

 

 跳躍し、キックの態勢を整えるのとほぼ同時に、勝己がひときわ大きな爆破を放った。背中に受ける灼熱。その爆風を受けて、降下のスピードが一挙に上昇する。そして、

 

 

「うぉりゃぁあああッ!!」

 

 雄叫びとともに、炎を纏う右足がギノガの胸ド真ん中に直撃する。

 

「ガァ――――!」

 

 短い悲鳴とともに、ギノガの身体が凄まじい速度で後方に吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられても止まることなく、膨大な砂塵を巻き上げながら転がっていく。摩擦に摩擦を重ねて、ようやくその菌糸の塊は倒れ込むことを許された。

 

「……ッ、………」

 

 一瞬、身体を起こそうとするが……結局、力尽きる。胸に色濃く浮かんだ古代文字から、全身にひび割れが広がっていく。

 

「やったか……」

 

 確認すべく、勝己が駆け寄っていく。クウガも当然あとを追おうとするが、その瞬間、

 

「ッ!?」

 

 右脚に電流が奔ったような痺れ。反射的に足を止めて見下ろしたときにはもう、そうした感覚は消えうせていたが。

 

(なんだ、いまの……?)

 

 気のせいか?それにしては鮮明な感覚だったが……まだ戦いは終結したわけではない。いったん頭の片隅に追いやって、彼は倒れたギノガのもとへ走った。

 

――そこで、もうひとつの異変に気づいた。

 

「……爆発、しない?」

 

 ギノガの全身にヒビが広がっていくが、これまで倒してきたグロンギのように爆散する様子は微塵もない。訝しんでいると、いきなりその身体がびくんと痙攣する。

 そして、

 

 どろりと音をたてて、その身体が溶け崩れた。

 

「と、溶けた……なんで?」

「……ベルト、じゃねえか?」

「あっ……」

 

 そういえば、これまでのグロンギは皆、ベルトのバックルにヒビが到達した瞬間に爆発を起こしていた。火薬か何か仕込まれているのか、とにかくそれが爆発を引き起こすトリガーとなっていたのだろう。

 

(じゃあ、さっきのは関係ない……か)

 

 やはり気のせいなのか。考え込んでいると、

 

「どうした?」

「!」

 

 勝己が問いかけてくる。ぶっきらぼうな声音だが、そこには気遣いめいたものも感じられて。

 

「いや、いま、少し右足にビリッときて……電気みたいなのが」

「……電気?」

「あっ、いや、気のせいだとは思うんだけどね!?本当にさっきの一瞬だけだったし!」

 

 慌てて取り繕いつつ、変身を解く。わずかに目線が下がり、自然と勝己の顔を見上げる形となる。

 彼もまた暫し考え込む様子を見せていたが……やがて突き放すように「そうかよ」と言った。

 

「……じき他の連中が来る。テメェとはここまでだ、とっとと帰れ」

「あ、うん……そうだね」

 

 勝己は捜査本部の人間、ここからの仕事というのもあるだろう。――でなくとも、本来の用事はすべて済んでいる。彼とともに行動する理由を、出久はもう持ち合わせてはいなかった。

 幼なじみとして、それが寂しくないかといえば嘘になる。でも、

 

「ねえ、かっちゃん」

「あ?」

「こんなこと言ったら怒るかもしれないけど……今日は、なんか楽しかった。小さい頃みたいで……」

 

 こうして戦いもあったものの、今日の一連の行動のほとんどはそれと直接関係のないものだった。一緒に昼食をとって、車中で話をして――そんな友人めいたことを彼とできる日がくるなんて、思ってもみなかったから。

 そんな想いの滲んだ出久のことばに、勝己は一瞬目を丸くしたが……やがて大きな溜息をついて、背を向けた。

 

「……ケッ、クソくだらねぇ。テメェと友達ごっこするつもりなんざハナからねえわ」

「………」

「それに、」

 

「テメェももう、俺じゃなくてもいいだろうが」

「え……」

 

 勝己はもう、それきり口を噤んでしまった。もはや一切の接触を拒んでいる、「かっちゃん」と呼ぶことすら許さないであろうほどに。仕方なく出久は、「じゃあ、また」とだけ告げて踵を返したけれども。

 

(僕だって、"ごっこ"をするつもりはないよ……かっちゃん)

 

 いつの日かグロンギとの戦いが終わって、自分がクウガでなくなったとしても。昔のようにとはいかずとも、こうしてことばをかわすことが許される関係でありたい――強欲にすぎると自嘲しつつも、出久はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 バラのタトゥの女は、とある朽ちた洋館を訪れていた。

 どこからかピアノの音色が響いている。プロのピアニストと聴き紛うほどの見事な演奏、そんなものに欠片も興味を示すことなく、彼女は歩を進めていく。

 そして、

 

「ジガギヅシザバ……"ドルド"」

「ジガギヅシザバ……"バルバ"」

 

 彼女を"バルバ"と呼ぶ、長身の仮面の男。他のグロンギとはまったく異なる幽玄な雰囲気を纏う彼は、なぜ彼女をここに呼び寄せたのか。

 

 

「デビギセス……ガサダバスドヂサン……ゴン、バギゾ……」

 

 

――何かが終わり……そして、始まろうとしていた。

 

 

つづく

 

 

 






EPISODE 18. 化け物


???「来るな……来るな……俺を呼ぶなァ――ッ!!」


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EPISODE 18. 化け物 1/3

一週間(四日間)
18話書きあがっちゃったからね、しょうがないね

ともあれ新キャラの登場となります。ジジイと青年……一体何者なんだ!?
バレバレとか言ってはいけない

ヒロアカ3期楽しみなんですが……何故か緊張するヨ……
ヒロアカに限らずシリアスなアニメってハマると何故か見返すのに体力使うようになりました
多分感情移入しすぎてるんですね。「轟焦凍:オリジン」なんか出久を応援する反面、終始「もうやめよう!?痕が残るレベルの怪我はやめよう!?」状態でしたし、多分作者の心境に一番近いのは引子ママです


 雨が降り続いている。

 

 

 そこは麓の村からも離れた人気のない山奥だった。鬱蒼と生い茂る木々に覆われ、獣道には蔓が生い茂る。あらゆる来訪者を拒むその地に、たった一軒、小屋があった。古びた外壁はところどころ剥がれ落ち、かろうじて雨風を防ぐ役割を果たしているにすぎない。存する場所も相俟って廃墟としか認識しようのないそれは……しかし、汚れた窓ガラスの向こうに仄かな灯りをともしていて。

 

 その一室では小柄な老人がひとり、座椅子に腰掛けて新聞を広げていた。一面にはもはや馴染みとなってしまった未確認生命体関連の記事。

 

 

――事件発生からきょうで2ヶ月、被害者総数1000人を超える。

 

――第23号死亡にまたしても第4号が関与か。

 

――問われる警察の対応。専門対策班新設で状況打開も。

 

 

 淡々とした文字列が、かえってその事件の凄惨さを想起させる。かの怪人たちに直接相まみえたことのない老人ですらそうなのだから、事件にかかわる者たちはなおさらだろう。嫌な世の中になったものだとこぼしつつ、ぱたんと新聞を閉じる。ふと眼球に怠さを感じ、軽く瞼を揉みほぐした。

 

「ったく……この歳になるとこれだから参るわい。――おまえも、そんな暗がりにばかりいると終いにゃ目ぇ見えなくなっちまうぞ」

 

 それは独り言ではなかった。彼が視線を向けた先……薄暗い部屋の片隅にもうひとり、男の姿があった。壁にぴったり身体を押しつけるようにして座り、無地の黒いパーカーのフードを目深に被っている。覗く口許から推察するに、老人の孫くらいの年若い青年のようだが。

 

「一応は都内とはいえ、奴らもこんな寂れた山奥にまでやって来ンだろうよ。だからまあ……ンな怯えるな」

「………」

 

 青年は、応えない。あるいは彼のことだから、何がしかの予感があるのかもしれない。――だとしたら、ここも潮時か。

 

(重荷だってンなら、いっそ棄てちまえりゃよかったのにな……)

 

 それを選ぶことができない、選んだとてもはや運命から逃れられないであろう青年を、老人はほんの少しだけ哀れに思った。そんな彼を救ってやれずにいる己のことも。

 

 

 

 

 

――警視庁

 

 午前八時を過ぎた食堂は、スーツや制服姿の警察官たちで賑わっている。妻帯者などは別として、彼らは朝食を庁内でとることが多いのだった。担当案件を抱えていれば三食すべての場合もありうる。

 警察官ではなく、ヒーロー・爆心地である爆豪勝己もまた、その中のひとりだった。未確認生命体関連事件合同捜査本部に招聘され、警視庁に詰めるようになってもうすぐ二ヶ月が経つ。にもかかわらず解決に向かうどころかより激化の一途を辿る事件に、その苛立ちは深まるばかりだった。増え続ける犠牲者。歯止めをかけているのは、自分ではなく無個性の幼なじみで。それを許さざるをえない自分にも、心底腹が立つ――

 

「……ッ」

 

 勝己が歯を噛み鳴らしていると、「ここ、空いてる?」と真正面から問うてくる者があった。ただでさえ近寄りがたい自分が苛立ちを露わにしているときに堂々と声をかけてくるような人間は、極めて限られている。

 

「や、おはよ」

「……ども」

 

 森塚駿――同じく捜査本部に所属する若い刑事である。若いといっても勝己より五つ年長なのだが、小柄な体躯と童顔のせいで相変わらず学生にしか見えない。この若さで捜査一課に配属されているくらいだから、実力はあるのだろうが。

 

「ふあぁ……参ったよ、デッキ組み直してたら朝ンなってた。こんな雨空だとまいっちゃうね、夜明けのタイミングがわかんなくて」

「………」

 

 実力は……あるのだろうか?

 

「ま、それはともかく。今日の朝刊見た?ニュースサイトでもいいけど」

「……専門対策班新設の件すか?」

「なんだ知ってるのか。ったくヤな感じだよね、僕らお払い箱みたいじゃん」

「あんたからしたら、そっちのほうがいいんじゃねーの。仕事が減ってよ」

「そりゃまあ自由時間はつくれますけど、気持ち的にはなんかさー、消化不良というか。つーかチーム乱立させたらお互いやりにくいだけっしょ。歴史が証明してると思うんだけどな~」

 

 どのチームがどこまでの権限をもち行使できるのか、数が増えれば増えるほどその範囲は不明確になっていく。災害や大事件に際して、それが混乱を招く原因となったことは歴史を紐解いても多々ある。確かに森塚の懸念にも一理あった。

 が、

 

「……いまの総監は、ンな脳無しじゃないんじゃないすか」

「おっ、庁舎ン中でチャレンジングな発言キタコレ!……まあ実際、ストレンジではあれフールではないとは思うけどね。ただ同時にミステリアスだったりもして」

 

 「若い頃の経歴とか謎が多いんだよね~」と、パンを頬張りながら森塚。警視総監に限らず、いまの警察上層部はふつうの警察官僚にしては一風変わっているようである。直接相まみえたことがあるわけではないので、真偽のほどは勝己にはわからないが。

 

「しっかし……となると例のプロジェクト、あっちに持っていかれそうだね。このタイミングだし」

 

 「着てみたかったのにな~」と森塚がごちていると、

 

「おはようございますっ、森塚刑事!!」

「うおっ!?」

 

 背後からいきなり大声で挨拶をかまされ、無防備だった森塚は仰け反って危うく椅子ごと倒れそうになった。

 

「だっ、大丈夫ですか!?」

「っぶねー……いい挨拶だとは思うけどさぁ、不意討ちはやめてよ飯田クン」

「これは失礼いたしました!」

 

 謝罪すら堂々と決めるのは、ターボヒーロー・インゲニウム(2代目)こと飯田天哉だ。スーツをジャケットまでピシッと着込んだその姿はさながら若手エリート官僚のようである。あるいは兄がヒーローでなければ、そういう道に進んでいたのかもしれないが。

 

「爆豪くんも、おはよう!」

「……はよ」

「あれ、飯田クン朝飯もう食い終わったの?今日はいっそう早いね~」

 

 トレイの中の食器が綺麗に空になっているのを目の当たりにして、森塚が目を瞠る。それに対して、

 

「はい!実は今日、これから科警研に来るようにと連絡がありまして」

「!、例の推薦、通ったんか?」

「そのようだ、所属は捜査本部のままだから、あくまでテスターということらしいが。――そういうわけですので、本日は終日席を外させていただきます。申し訳ありませんが……」

「ハハッ、オーケーオーケー。こっちは任せて、がんばってきたまえ」

「はいッ、ありがとうございます!!」

 

 「それでは!」と再び直角に背を折ると、飯田はずんずんと歩き去っていく。その背中を見送りつつ、森塚はぽつりとつぶやいた。

 

「……変わりつつあるのかもね。僕らも……連中も」

 

 その予感は、勝己もまた共有するところだった。

 

 

 

 

 

 バラのタトゥの女は、とある山中をひとり歩いていた。獣道を進むにはおよそ不向きなドレスにハイヒールといういでたちでありながら、その足取りは躓くことがない。

 

――見つけたぞ、新たなる扉を開く鍵を。

 

 仮面の男――"ドルド"に昨夜告げられたことばが思い浮かぶ。クウガと、かつてと大きく変容したリントたち――彼らと対峙するなかで、古代と変わらぬグロンギでいるつもりはなかった。少なくともドルド、そして彼女は。

 歩き続けること暫く、彼女は岩肌に穿たれた洞穴を見つけ出した。獣の匂い。それに導かれるように、なんら躊躇いなくその奥へと進んでいく。

 

 そして、

 

「ジガギヅシザバ――"ガドラ"」

「……"バルバ"バ」

 

 そこには、かがり火に照らされた壮年の男の姿があった。黒いタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツという恰好で、惜しげもなく晒された腕は太く逞しく、同時にあちこち古傷が走っていた。伸び放題の黒髪を後ろに流したヘアスタイルと相俟って、どこまでも野性味あふれる印象を与えている。

 そして振り向いた表情もまた、風貌に劣らず野獣のようだった。頬にやはり刻まれた傷痕を歪ませ、バラのタトゥの女を睨みつける。視線だけで射殺せそうなほどに。

 が、女はまったくたじろぐ様子を見せない。能面のような表情のまま、淡々と告げる。

 

「ゴラゲン、ダングビダ」

 

 それに対し、

 

「ギダダザズザ。ゴセパギバギド、バゾ、ゲゲル」

 

 その場にどっかりと座り込み、かがり火で焼いた肉をかっ食らう。傍らには猪らしき残骸があった。

 

「ゴロゴロリント、ゾボソギデ、バビンギリグガス?」

「………」

 

 女が応えなくとも、ガドラと呼ばれた男は独りことばを紡ぎ続ける。

 

「パセサンゲダヂバサパ、ギビスバデゾゲス……ゴンダレビ、ヅバグデビロボザ。キョグサブン、ダレゼパバギ」

「キョグサブ、バ」

「ゴグサソグ、ラギデジヅンダヂン、ギボヂロバベス……ブザサバギ」

 

 バラのタトゥの女は小さく溜息をつき、

 

「ザグ……ゲゲルゾゾグ、ビグセダゲギシ……グラデデ、ギスゾ」

「………」

 

 それは脅しのことばだった。容れなければ、ガドラにとって極めて不都合なことになる――そう言明する。

 が、それでもガドラは揺らがなかった。

 

「ゴセパロ、グビレデギス……。ボドダゼギゲダン、リント――"死んだほうがマシ"、だ」

 

 そのきっぱりとした物言い、まったくたじろがぬ誇り高き振る舞いは、他のグロンギとは明らかに一線を画すもの。――やはりこの男を現体制に組み入れることは不可能か。バラのタトゥの女にとり、あくまで予想どおりのことだった。

 だから、彼女の目的はあくまで別にあった。

 

「ならば……明確な"意味"があれば、どうだ?」

「……なんだと?」

 

 日本語での問いに、ガドラが怪訝な顔つきになる。

 

「ズの者どもを連れて、ある場所へゆけ。おまえは降りかかる火の粉を払うだけでいい。事が済めば、おまえは自由の身だ」

「……悪い話ではないが。ある場所……そこに一体、何があるというのだ?」

 

 バラのタトゥの女は妖艶に微笑み、告げた。「我らグロンギの手がかりだ」と――

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドグシギ

椿 秀一/Shuichi Tsubaki
個性:椿脳(ストレンジ・ブレイン)
年齢:32歳
誕生日:8月14日
身長:176cm
好きなもの:美女・レントゲン写真
個性詳細:
メッチャ頭が良くなる一方、思考回路がストレンジになってしまう……そんな個性である。ただこの超常社会、頭のネジがブッ飛んでいる人間なんて大勢いるので大したデメリットではないかもしれない……いや、大好きな美女にフラれているからやっぱり致命的かも!?

備考:
関東医大病院に勤める司法解剖専門の法医学士。以前は監察医務院の嘱託で回収された"脳無"の解剖なども担当していたらしく、爆豪勝己とはそれが縁で面識を持ったようだ!
勝己の紹介で出久のかかりつけ医となり、こまめに検査を行ってくれている。「(出久の身体を)じっくり解剖して調べてみたい」と発言するなどマッドな側面はあるものの、出久が仮死状態に陥った際は何を置いてでも蘇生を試みるなど熱意と良識はきちんと備えているぞ!
イケメンで良い兄貴分……変わり者でさえなければとっくに"良いパパ"にもなっていたことだろうに……。

作者所感:
原作より少し年齢を上げました。結果フラれたとこぼすシーンがなんかより生々しくなった気がします。
演者の大塚氏曰く「陽気でコミカルな一面とシリアスな面と、振れ幅がある人」(超全集最終巻より)。ギノガ編で顕著に出せたと思います。
蝶野さん関連がないのでそのぶんの見所が削れちゃってますが……「未確認生命体を絶対に許さない」という熱い想いをどう表現していくかが課題でございますね。


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EPISODE 18. 化け物 2/3

今回ついに「例のプロジェクト」の正体が明らかになります

まあ大枠としては皆さんお分かりかもしれませんが
細かい部分ではサプライズかもしれなかったり



 緑谷出久は科警研を訪れていた。最初はかなり緊張したエントランスも、幾度となく訪れているうちにすっかり慣れてしまった。つい二ヶ月前は縁もゆかりもなかった場所であることを考えると、やはり人の運命というものはどこで狂うかわからないものである。良くも悪くも。

 

「出久く~ん!」

「!」

 

 呼びかけに我に返る――と、「こっちこっち」と大きく手を振る女性の姿が目に入った。その隣で小さく手を振る長身の白人男性の姿も。

 

「沢渡さん、ジャン先生!」

 

 年上の友人である沢渡桜子と、発掘専門の講師であるジャン・ミッシェル・ソレル――彼女らと、出久はここ科警研で待ち合わせをしていたのだった。

 

「おはようございます!」

「おはよう」

「Bonjour、緑谷クン!」

 

 挨拶もそこそこに、ジャンは出久の肩をバシバシ叩いてくる。妙に鼻息荒く。

 

「ど、どうしたんですか?なんか妙にテンション高いですけど……」

「そりゃテンションも高くなるヨ!完全体のゴウラム、生で見られルのボク初めてなんだヨ!!」

「あ、あぁ……なるほど」

 

 実のところ、今日桜子とジャンも科警研を訪れているのはそのためだった。超古代そのままの姿形、機能を取り戻したゴウラムをその目で確かめ、検めたい――接収されているとはいえもとは城南大学の所有なので、それが通ったというわけである。

 

「そういえば、沢渡さんも初めてだよね?」

「うん、だから今日はなんとしても新発見するつもり。ゴウラムの活用法、増やせるかもしれないし」

「……ありがとう、沢渡さん」

「ふふっ、どーいたしまして。でも、出久くんのためだけじゃないのよ?」

「?」

 

 首を傾げる出久に、桜子は一枚の葉書を手渡した。考古学研究室が宛先になっている。記された送り主の名は――

 

「夏目、実加さん……?」

 

 夏目実加――未確認生命体第0号に殺害された夏目教授の娘。教授の遺品である金属器の破片――ゴウラムの霊石――をもって研究室を訪れ、それが縁で出久とも知己になった。その日に発生した14号事件とも相俟って、彼女とかわした会話は非常に思い出深いものとなっている。

 あのあと無神経な言動をとってしまったことを詫びるジャンと和解して、晴れやかな表情で帰っていったが。

 

 葉書の裏には、彼女からのメッセージが綴られていた。桜子、ジャンへの挨拶とゴウラムが役に立っていることを喜ぶことば。

 そして、出久へも。

 

《私なりにいまできることをがんばってます。受験勉強と、あとお父さんがすすめてくれたフルートなんですケド……》

 

《今度お会いできる機会があったら、ぜひ聴いてもらえたらうれしいです。できれば爆豪さんもいっしょに!》

 

 

「実加さん……」

 

 じんわりと温かいものが胸の奥から滲み出してくるのを、出久は自覚した。

 自分なりに、かの少女の心を想って告げたことばの数々。きみにもいつか、何かやるときが来る――

 

 それはなお、実加の心に生き続けているのだ。

 

「実加ちゃん、律儀なのよ。私とはたまにラインでやりとりしてるから、それだけでも十分なのに。心をこめたかったんだって」

「……そっか。なんか、嬉しいよね……こういうの」

 

 瞳を潤ませつつ、出久は思う。このことは、勝己にも伝えるべきだろう。実加は自分だけでなく、彼にも自分のフルートを聴いてほしいと書いたのだから。

 

「サテ!」ジャンが手を叩く。「そろそろ行きましょうカ、ゴウラムが待ってますヨ」

「……ですね!」

 

 三人が歩き出そうとしたそのとき、

 

「あぁいたいたっ、見つけましたよ緑谷さ~ん!!」

「!」

 

 周囲の視線を気にかけることなく、猛ダッシュで駆け寄ってくる桃髪の女性。白衣の下はサイズの小さいタンクトップで、胸の膨らみがこれでもかというくらいに揺れている。出久は顔を真っ赤にして目を逸らした。

 

「はっ、発目さん……?」

「いやぁ~、どうもおはようございますっ!」

「お、おは……いや近っ、近い近い!?」

 

 後ずさりながら横目に映るのは、肩をすくめる桜子の姿。似たような性質をもつ女性同士でありながら、こうも違うものかと出久は痛感した。

 なんとか首から下を視界に入れないようにしつつ、改めて訊く。

 

「えっと……ど、どうしたの?」

「実はですねっ、緑谷さんにご協力いただいていた例のアレが一応の完成をみまして!」

「えっ、本当!?」

「もちろん!なので特別にお見せしたくっ、チャンスはいましかないのです!さぁさぁ!!」

「わ、わかったから引っ張らないで……!――ごめん沢渡さんジャン先生、先行ってて!」

「あぁ、うん……」

 

 発目に引きずられるようにして、出久は廊下の奥へと消えていった。呆気にとられる桜子とジャンを残して。

 

「……どゆコト?」

「まあ、それは追々……。とりあえず先、行きましょう」

 

 あのぶんだと、合流はだいぶ先になるかもしれない――出久の性格及び彼づてに発目の性格も知っている桜子は、ほとんどそんな確信をもっていたのだった。

 

 

 

 

 

 都内某所に存在する、古びた洋館。もはや所有者もなく、しかし手つかずのまま残されているそこは、いずれ人間社会に脅威をもたらすであろう魑魅魍魎の蠢くアジトとなりつつあった。

 

「………」

 

 雨の降りしきる荒れた庭園を窓越しに眺める仮面の男。彼もまた、そのひとりで。

 やがて背後から響いてきた足音に、彼は振り返ることもなく声をあげた。

 

「話は、ついたようだな。――バルバ、」

 

 バルバ――バラのタトゥの女。彼女は是とも否とも反応することなく、彼の隣に並んだ。

 

「これで我らは、新たなステージに進める……」

「だがリントには、クウガがいる。力あるリントの戦士も」

「誰にも邪魔はさせない。そのためのガドラだ」

「……勿体ないことだな。彼にその気があれば、今頃は――」

 

 と、何かを思い出したかのように、ドルドはバラのタトゥの女に顔を向けた。

 

「ところで、次のムセギジャジャはもう決めているのか?」

「決めている。――ガリマだ」

「ガリマ……ほう」感心した様子で、「ようやく現れるか……成功者が」

 

 その先を愉しみとするかのように。ドルドは露出した口許を歪め、笑う。

 それに対しバルバは、能面のような表情のままにつぶやいた。

 

 

「リントは、どうするかな……?」

 

 

 

 

 

 出久は感嘆していた。処は科警研の発目のマッド・ルーム(通称)、彼女からプロジェクトの"完成品"について、あれこれ説明を受けたところであった。

 

「すごいね……ここまでクウガに近づけられるなんて……」

「フフフ、これぞ科学なのですよ緑谷さん!」

 

 椅子を蹴倒すように立ち上がって、この女史は舞うように両腕を広げてみせた。

 

「現代は超常社会などと謳われてはいますが、その基盤たる"個性"は所詮偶然の産物です。しかぁ~~しッ!!」ビシッと出久に指を突きつけ、「科学は違ぁう!!人類が太古の昔から多くの犠牲を払いながらも積み重ねてきたものッ、その叡智と血涙の結晶こそがッ、科学なのですッ!!」

 

――………。

 

「発目さん……」

「なんでしょう!?」

「きみ、政治家にでもなるの……?」

「現在のところ検討もしてません!」

「その発言がもうちょっとそれっぽいよ……」

 

 発目明候補の演説をなんとか受け止めつつ、しかし出久はふと湧いた懸念を口にする。

 

「でも、大丈夫なのかな?クウガってほら、身体を完全に作り替えて強化してるわけだし……。生身に装着してそれに迫る性能をってなると、人体に与える負担も相当なものになるんじゃ?」

「……そこはまぁ~、検討課題ではありますね。ただその負担がどの程度のものか見極めるにも実験が必要でして……」

「そうなんだ……。よかったら僕が着る……ってわけには、いかないよね……」

「ありがたいお話ではありますけどねぇ~。民間人に着せるとなると色々ややこしいですし、何より緑谷さんは"常人"に括れませんからね!」

 

 「クウガですし!」と発目。出久は力なく笑ってうなずくほかない。

 

「まぁご心配なく。私の知る限り一番屈強な方がテスターになってくれるので!」

「一番屈強な方?」

 

 出久が小首を傾げていると、不意に部屋の扉がコンコンと音をたてた。

 

「あっ、どうぞ~」

「失礼しますッ!!」

「……!」

 

 その威勢の良すぎる声は、もしかしなくても――

 

「おぉ、お待ちしてましたよ、飯田さん!」

「うむ、おはよう発目くん!」

「い、インゲニウム……」

 

 ターボヒーロー・インゲニウムこと、飯田天哉。出久にとり、会うのは初めてである――この姿では。

 彼もようやくこちらに気づいたのか、やや目を丸くしながらも「これはどうもはじめまして!」と礼をしてくる。出久もつられて会釈し返すほかなかった。

 

「発目くん、この方は?」

「……!」

 

 しまった。明らかに職員ではない男が機密だらけの発目のオフィスに入り込んでいる。やや厳しい表情でそう問うのは当然のことだった。

 額にじわりと冷や汗を滲ませる出久――それとは対照的に、訊かれた当人である発目は顔色ひとつ変えず、

 

「彼は城南大学の方です!例の未確認飛行体の調査にいらしてまして、私とも顔見知りなのでこちらにお呼びしました!」

「!」

 

 出久がはっと顔を向けると、彼女と目が合った。さりげなくウインクをぶつけてくる。想定外のありがたい気遣い。一応は嘘もついていない。

 

「ムッ、そうでしたか」

「はっ、はい。えっと……緑谷、出久です」

「これはご丁寧に。飯田天哉と申します、ヒーロー活動に際しては兄の名であったインゲニウムを引き継ぎまして……」

 

 つらつらと口上を述べる飯田。よく知っている……といっても本人の口から語られるのは嬉しいオタクな出久であった。

 そして素顔で出会ったからには、やはり挨拶だけでは気が済まないわけで。

 

「あっ、あの、ご活躍、雄英に在籍されていた頃から拝見してました!まさしく韋駄天のごとき疾走、かかかっカッコいいです、すごく!!」

「お、おぉ……ありがとうございます!自分のようなものにそうおっしゃっていただけてまことに光栄です!」

「い、いやそんなご謙遜を……。あ、それでですね、もしよろしかったらサインを……」

 

 恐る恐る手帳とペンを差し出すと、飯田はキラリと白い歯を覗かせ、

 

「勿論ですッ!"緑谷さんへ"……でよろしいでしょうか?」

「ひゃいっ」

 

 声が上擦ってしまうが、かのターボヒーローはそれを笑うこともなくサラサラと手帳にサインを書いていく。流石人気ヒーローのひとり、ずいぶんと手慣れた様子だと思った。

 

「どうぞ」

「わあっ、ありがとうございます!」

 

 年甲斐もなくはしゃぎかける出久だったが、ピシリとスーツを着こなす飯田のいでたちを見て即刻自らを戒めた。彼も遊びに来ているわけではないのだ。

 

「じゃ、じゃあ僕はこれで……。発目さん、またね」

「ええ、ではまた~」

 

 発目と飯田に見送られ、出久は部屋を辞した。ドアが閉まると同時に、「ふうぅ」と大きく息を吐く。

 

「きっ、緊張したぁ……。インゲニウム、かっちゃんより大きいんだもんな……」

 

 いままで直接相まみえたときには、2mの身長を誇るクウガの目線で見ていた。ゆえにあまり実感がなかったが、彼は本当に体格がよかった。それでいて自分のような――表向き――民間人には誠実そうな印象だけを与えるのだから筋金入りだ。出久の緊張は、ただ単に相手がヒーローであることに起因している。

 

「とりあえず僕のことはなんとも思わなかったみたいだけど……にしても……」

 

 発目の言う、"私の知る限り一番屈強な方"。このタイミングだ、彼がきっとそうなのだろう。もし"アレ"を纏い戦場へ出てくるのだとしたら、いままでよりぐっと近い距離で共闘することになるかもしれない。

 と、なれば。

 

「クウガ……4号が僕だって、知られる日が来るのかな……」

 

 かの英雄の姿とはかけ離れた自分を、どう思うのだろうか。期待も不安もあったけれども、やはり少しだけ後者のほうが大きかった。

 

 

――その一方で、部屋に残った飯田はというと。

 

「まったく、駄目じゃないか発目くん!顔見知りとはいえ、民間人をここに入れるなんて!!」

 

 説教をしていた。

 

「ここには機密データがたくさんあるッ、そんなものを彼に見られてマスコミにでも売られたらどうする!?責任はこの科警研全体で負うことになるんだぞ!きみにはそういう、組織人としての自覚が足りなさすぎる!!」

「み、緑谷さんはそんなことしませんよ~」

「彼がどうという問題ではないんだよ!!」

 

 発目は内心辟易していた。飯田の怒りはもっとも、至って正論だ。だが発目とてそんなことは重々承知している――出久をここに入れているのは、彼がただの民間人でなく未確認生命体第4号だから。そして当初から機密に触れているから。

 それを白状してしまえば、この青年は納得するかもしれない。だがそうなるとより厄介な問題が頭をもたげる。無断で出久=4号を明かしたとあっては、爆豪勝己が黙っていない。かの爆ギレヒーローを爆ギレさせるほうが発目にとっては厄介なのだった。

 

「……スミマセン」

「ッ、とにかく気をつけてくれ。ぼ、俺も彼がそんな人間だとは思わないが、もしも何かあったとき、彼にも迷惑になるんだからな……」

「ハイ……」

 

 発目が殊勝に自らの非を認めたことで、飯田の怒りもどうにか収まった。ふぅ、と溜息をついたあと、彼は改めて切り出してくる。

 

「それで……例のものを見せてもらいたいんだが」

「ハイハイ――これです、これコレ!」

 

 デスクトップのモニターに映し出されたのは、

 

「これが……」

 

 飯田は思わず息を呑んだ。

 

 未確認生命体第4号に似た、しかし明らかに機械でできていると察せられるメカニカルなパーツの数々。「少し似せすぎた」と以前発目がこぼしていたが、ほとんどそのままサイボーグ化したような姿ではないか。

 

「個性をもたない、使えない警察官でも凶悪なヴィランを鎮圧できるパワードスーツとしてかねてより開発が進められていた"戦闘用特殊強化外骨格および強化外筋システム"、そのGENERATION-2(第2世代型)。通称――」

 

 

「――"G2"です」

 

 

 

 

 

 出久がようやく桜子たちと合流したときには、彼女らはあらかたゴウラムの全身を調べ尽くしていたようだった。

 

「ハァ……ごめん、お待たせ」

「いや……そんなにお待たせされてたわけでもないけど……。どうだった?」

「うん、スゴいモノ見たよ……詳しくは話せないけど」

「そっか。なら詳しくは聞かないでおくけど」

 

 出久が極秘プロジェクトに協力していること自体は前々から知っているためか、桜子は追及しないでくれるつもりのようだった。

 そしてもうひとりも、出久の見たものを気にかける余裕はないようで。

 

「コッチもスゴイヨ!色々出てきましたヨ!!」

「そうなの?」

「うん。ほら、この足のところとかね」後脚部を指差し、「新発見の碑文。もしかしたら、ゴウラムの活用方法かもしれないし」

「そっか!新発見……やっぱりふたりに来てもらって正解だったなぁ……」

 

 餅は餅屋。専門家がこのようにしてサポートしてくれるのは本当にありがたいことだと出久は改めて実感した。

 

「あとは研究室に持ち帰って、解読するだけね」

「あっ、じゃあその前にお昼にしない?ここの食堂、結構美味しいらしいよ。僕も気になってたんだけど、なかなか食べに行けなくて……」

 

 結局のところ部外者なので、ひとりで利用するのはなかなか気が引けたのである。

 

「ちょうどボクもお腹すいてきましタヨ」

「私はそこそこかな……。でも食べ逃してもあれだし、そうしよっか」

 

 次なる行動が全会一致で昼食に決定し、いざ移動しようとなった瞬間――出久の携帯が鳴った。

 

「!、ちょっとごめん」

 

 発信者の名前を確認し、表情を険しくした出久はふたりと少し距離をとった。桜子は事情を察した様子だが、ジャンは首を傾げている。

 

「――もしもし」

『奴らだ』爆豪勝己のぶっきらぼうな声。『西多摩郡あかつき村の集落を複数体が襲撃したらしい』

「複数体!?」

 

 思わず訊き返してしまった。これまでの未確認生命体はほとんど、一体ずつ出現して犯行を行っていた。従来と違いすぎやしないか――

 出久の疑問はお見通しだったのか、勝己は即座に付け加えた。

 

『身体的特徴からすべて未確認生命体と断定したと所轄から報告があがってる。連中もプロだ、ンな初歩的な誤認はしねえ』

「……そう、だよね。わかった、すぐに向かう」

『あぁ、急げ』

 

 通話が切れる。と、出久はいったん桜子たちのもとへ戻り、

 

「ごめん。僕、行かなきゃ!」

「!、……気を、つけてね」

 

 不安を押し殺した桜子のことばに力強くうなずき、踵を返して走り出す。ジャンだけは何が起きたのかわからない様子のままだったが。

 

「……ッ」

 

 駐車場に降り立ち、出久はすぐさまトライチェイサーに飛び乗る。漆黒の車体に、ヘッドライトだけがネイビーブルーに光を放つ。

 

(同時に何体も出てくるなんて……それも人口の少ない山村に……。一体、どうして……?)

 

 いままでとは明らかに何かが違う。勝己とて気づいていないはずがないだろうが……だとしても、自分たちにできることは変わらない。相手が何体いようが戦い、人々を守るほかないのだ。

 心を決めた出久は愛馬を嘶かせ、出陣の狼煙をあげたのだった。

 




G2は超デッドヒートドライブのクウガ版みたいなイメージ
ガタイの良い天哉モンにはちょうどいいかと

そして恒例、いつの間にか倒された皆さん↓

第20号(ハエ種怪人 メ・イバエ・バ)
→ペガサスフォームに倒される
第21号(ウサギ種怪人 メ・ウザー・ダ)
→ドラゴンフォームに倒される
第22号(テントウムシ種怪人 メ・デムド・バ)
→自爆
第23号(キツネ種怪人 メ・ギネー・ダ)
→マイティフォームに倒される

デムドは女性怪人
他者への愛情をもつことのないグロンギでありながら、上位集団にいるカブトムシの怪人に密かに想いを寄せていた。彼に認めてもらうためゲゲルに挑むが度重なるクウガやヒーローズの妨害を受け負傷、最後に彼の顔をひと目見たいという願いすら叶えられぬまま、突然の自爆を迎えたのだった……。

↑元ネタはもちろん電波投げの人
デムドタンからすればクウガ=ジェネラルシャドウ、合同捜査本部=デルザー軍団なのでした。


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EPISODE 18. 化け物 3/3

ビルドがもう折り返しに差し掛かっててびっくり

なんだかんだ幼児から大人になるまでリアルタイムで全平成ライダー観てしまったな~(響鬼~キバは観てない回もありますが)
昭和もこの四年くらいでコンプリートしそうですが……あ、ZXとシンさん、J観てねえや


 老人は、雨降りしきる山道を駆け上っていた。麓のあかつき村に一店舗だけあるスーパーマーケットへ買い出しに赴いている最中、未確認生命体の出現を察知し、己が個性をフル稼働させて舞い戻ってきたのである。

 現在の活動実態こそないものの、彼はヒーロー免許を所持していた。その実力も、老いた身でありながら頭抜けたものがある。本来なら未確認生命体を牽制し、村民の避難の時間稼ぎを図るべきだった。

 

 だが、いまの彼にはそれ以上に優先すべきことがあった。――こんなことになってしまった以上、"彼"は……。

 

「――ッ!」

 

 その名を呼びながら、住居としている小屋に飛び込む。青年の姿は――あった。部屋の片隅に蹲り、ぶるぶるとその身体を震わせている。

 

「来るな……来るな来るな来るな……ッ」

「ッ、しっかりせんか馬鹿者!自分を見失うんじゃない!!」

 

 老人がその肩を掴み、かすれた声を精一杯絞り出して叱咤する。青年がわずかに顔をあげる。フードの下から覗く、もとは"美貌"とすら形容できたであろう、端正な顔立ち。

 過去形で表現したのは、左目の周囲に醜い火傷の痕が残されているから……それだけではない。その顔全体に、まるで血管のように、光り輝く交流が浮かび上がっていたのだった。――よく見れば顔だけでなく、首筋にも……恐らくは衣服に隠れた全身にびっしりと現れているのだろう。

 

「ッ、は、ぁ……は……ッ」

 

 青年は、体内で暴れ回る何かを懸命に抑えこもうとしていた。その表出を許せば、自分が自分でなくなってしまう。破壊、殺戮――ただそれだけを永遠に為し続ける生物兵器……化け物となってしまう。

 

 いやだ。

 

 だから、来るな。――俺を呼ぶな。

 

 

 そんな青年の願いとは裏腹に……悪意は、確実に彼を呑み込もうとしていて。

 

「ぐ、ァ、あアアアアア――ッ!!」

 

 けだものの咆哮が、山野に響き渡った。

 

 

 

 

 

 あかつき村は人口およそ1,500人の小さな山村である。都内ということばのイメージからはかけ離れたのどかな田園風景が広がり、人口の半分近くを占める高齢者層がのんびりと暮らしている。

 ヴィランによる犯罪どころかちょっとした騒動とすら無縁なこの村は、この日、にわかに地獄へと様変わりしていた。

 

 血みどろとなって地に伏せる老人たち。彼らは恐怖に目をかっと見開いたまま絶命している。身体の一部が食いちぎられたり、どろどろに融かされている骸もあちこちに転がっている。――こんな平和な村でこのような悲惨な最期を迎えることになるとは、彼らもよもや思ってはいなかっただろう。

 

「クククク……」

「ヘヘ、ヘヘヘヘ……」

「ヒヒヒヒッ!」

 

 惨劇をもたらした怪物たちはいまなお、下卑た笑い声をあげながら逃げまどう人々を追っている。――ただ一体を除いて。

 

「………」

 

 無造作に伸びた顎髭をなぞる、ひときわ屈強な怪物。その身にはびっしりと遥か昔に負ったのであろう古傷が走っている。虎か獅子か――いずれにせよその姿は、肉食獣のそれだった。

 

 彼――メ・ガドラ・ダは他のグロンギ怪人らのように殺戮に参加することなく、独り吐き捨てた。

 

「……くだらん。糧にもならぬ者どもを殺めて、なんの意味がある」

 

 心底つまらない見せ物だと思ったが、止めるつもりもなかった。眼下では到着した警官隊が怪人らに銃弾を撃ち込んでいるが、効果をなしていない。彼らもどうせ犠牲となる運命だ。何も生み出さない、無意味な犠牲――

 

 それでもなお逃げ出さない彼らは間違いなく勇敢な戦士。せめてその骸、捨て置くことなく骨の髄まで喰らってやろうとガドラが決心したそのとき……眼下の怪人たちが、突如爆炎に襲われ吹き飛ばされた。立ち塞がる、漆黒の衣裳と白皙の男。――ヒーロー・爆心地。

 

 と、いうことは。

 

「かっ……爆心地、警察の人たちを!」

 

 勇ましき声とともに駆ける、赤の戦士。彼は大地を蹴って高く跳躍し、

 

「超変身ッ!!」

 

 頂にたどり着いたその瞬間、戦士の身体は赤から青へと変わった。握った木の枝が忽ち水龍の棒"ドラゴンロッド"へと変貌する。

 

「はッ、でやぁッ!!」

 

 青の戦士――クウガ・ドラゴンフォームは、複数のグロンギを相手に互角に立ち回っていた。ロッドを振り回すことで接近を許さず、身軽さを活かして広いフィールドを縦横無尽に駆けずる。

 紫ですべての攻撃を跳ね返し、圧倒的なパワーでねじ伏せるという選択肢もあった。だがそれを選ばなかったことが、結果的に自らを救うこととなった。

 

「ドベデギベッ、クウガァ!!」

「!」

 

 食虫植物に似た怪人、その両肩の口のような意匠から粘液が噴射される。瞬時に危機を察知して後方に退いたクウガは、その直後ぎょっとした。粘液の降りかかった雑草が、シュウゥと音をたてて融けていくのだ。溶解液!紫の鎧であっても、これに耐えられたかはわからない。

 

(アレに掠りでもしたらまずい……)

 

 第19号――ギノガと同じだ。喰らえば良くて戦闘不能、最悪即死……ならば、真っ先に倒すほかない。が、無理に突っ込んで袋叩きに遭っても本末転倒。

 

(なら――ッ!)

 

 一計を案じたクウガは、振り回したドラゴンロッドを、なんとビリヤードのキューの要領で撃ち出した。地面と水平に飛翔する棒は、怪人たちを面食らわせるに十分だった。――避難誘導を終え、舞い戻ってきた勝己をも、であるが。

 

(あの馬鹿、何やって――)

 

「かっちゃん!」

「ッ!?」

「籠手を!!」

「~~ッ、テメェ当たり前みてぇに……クソがッ!!」

 

 その異形の顔面をいますぐ爆破してやりたい衝動に駆られたが、彼は曲がりなりにもプロヒーロー……ことばとは裏腹に躊躇なく左の籠手を外し、クウガへ投げ渡す。

 それを手にすると同時に、

 

「超変身ッ!!」

 

 青から、緑――ペガサスフォームへ。籠手もまた、天馬の弓"ペガサスボウガン"へと変形する。トリガーを引き、構える。

 

「ゴンラゲビギベ――!」

 

 怪人が再び溶解液を噴射したのが、ほぼ同時。スピードは平凡な緑であるからと、彼女は侮っていたのだ。

 

「ッ、」

 

 ペガサスフォーム持ち前の超感覚は、溶解液の飛散範囲まで正確に読みとっていた。その逆方向に跳ぶと同時に――

 

「はッ!」

 

 引き金を、引いた。

 

「グフゥッ!?」

 

 空気弾が胸のド真ん中に喰らいつき、怪人の身体が大きくのけ反る。浮かび上がった封印の古代文字からバックルへとひび割れが走り、一瞬にしてその身は爆ぜ飛んだ。

 

「ガ、ガズボ……!」

 

 爆死したグロンギの名らしきものをつぶやきながら、後ずさりするグロンギたち。ボウガンのトリガーが再び引かれている。迂闊に攻撃を仕掛ければ、次なる死者は自分になるかもしれない――そんな予感が、彼らを竦ませていた。

 実際、ペガサスフォームの制限時間までにはまだ猶予があった。もう一体、討てる――出久はそんな自信を得ていたし、勝己もまた同様だった。

 

(数は多いが、一体一体は大して強くもねえ。だから群れて出てきやがったってか?)

 

 だとしても、こんな人口の少ない山村に。これまでのグロンギとは何か別の目的があるのではないか――そんな疑念がよぎったものの、それがなんなのかは掴めない。そもそも、従来のグロンギの目的すら未だ判明していないのだ。

 

 一方、目の前の敵を倒すことのみに専心していた戦士クウガ。彼が再び弾丸を放とうとした瞬間――超感覚が、猛スピードで迫りくる強烈な殺気を捉えた。

 

「ッ!?」

 

 攻撃を中止し、その場を素早く転がって避ける。それでもなお、左肩に鋭い痛みが走った。――アーマーが、抉りとられていたのだ。

 

「ガベダバ。ガグガパ、リゾシンヂバサザ」

「……!」

 

 クウガとグロンギ怪人たちの間に割って入った――メ・ガドラ・ダ。

 彼は背を向けたまま一瞥することもなく、仲間たちに命じた。

 

「ガガデデギソ。ゴラゲダヂゼ、パダゴゲバギ、クウガパ」

「バンザド……!」数体が不満を露わにする。「ゴブビョグロボグ、ゲサゴグビ!」

 

 しかし次の瞬間、彼らはガドラのひと睨みで押し黙らされた。反抗すれば容赦なく引き裂かれる――そう思わせるだけの迫力があった。

 

(こいつ、他の奴らとは違う……!)

 

 それをただ独り向けられるクウガにわからないはずがない。超回復力をもつグロンギには珍しい、全身の古傷。それがかえって歴戦の戦士たる威風堂々とした雰囲気を醸し出している。

 圧倒されかけたクウガだが、傍らで響いた小規模な「BOOOM!!」で我に返った。前に出てきた勝己が、こちらを睨みつけている。

 

「気圧されてんじゃねえぞクソデクが!!とっとと色変えろ、もう五〇秒経つだろーがボケナス!」

「!、ご、ごめん!」

 

 謝りつつも、素早く構える。三度目の「超変身」の掛け声とともに、今度は紫――地割れの剣士・タイタンフォームへと姿を変える。

 勝己に籠手を投げ返し、トライアクセラーをマシンから引き抜く。突き、斬りつけるイメージを脳内で描く。モーフィングパワーが作用し、それは一瞬にして大地裂く巨人の剣"タイタンソード"へと姿を変えた。

 

「………」

 

 並び立つ、クウガ・タイタンフォームとヒーロー・爆心地。それと対峙するガドラは拳を構え、

 

「……紫のクウガにヒーロー・爆心地か。相手にとって不足はないな」

「……ッ!」

 

 流暢な日本語。今さら驚くようなことではなかったが、面と向かって挑発のことばを吐かれるのは初めてだった。

 

「……俺のことまで知ってやがんのか。バケモンのクセしてクソみてぇな博識だな」

 

 勝己はそう吐き捨てただけだったが……意思疎通のできる相手だとわかった以上、出久は何も訊かずにはいられなかった。

 

「ッ、おまえたちは一体なんなんだ!?どうしてこんな、たくさんの人を……!」

「……知りたいか?」

「当たり前だろ!!」

 

 どんな目的があれ許せるわけがない。だが、目的がわかれば対処の方法も考えられるのではないかと思った。殺人を止めることが最優先、そのためなら、場合によっては交渉だって。

 

「笑止」

 

 しかしガドラは、そのひと言で出久の目論見を一蹴した。

 

「何……!?」

「力なき者に何ひとつ得る資格はない。――欲しくば示せ、貴様らの力をッ!!」

 

 叫ぶと同時に――手首に巻きつけたチェーンを解放、敵目がけて差し向ける。

 

「ッ!!」

「言われンでもそんつもりだわ最初ッから!!」

 

 先んじて動いたのは勝己だった。両掌を突き出し、超火力の爆破をぶちかます。チェーンを弾き飛ばし、操縦者たるガドラにまで衝撃を伝達した。

 だが、その程度は予想済みだったらしい。爆炎を切り裂くようにして、ガドラは灼熱も厭わずに突撃してくる。メリケンサックと一体化した拳が突き出される。常人の肉体でまともに受ければ死は免れない。――だから、クウガが受け止めにかかった。

 

「ッ、」

 

 わずかに伝わる衝撃。だが、タイタンフォームの堅牢な鎧を破るには至らない。だから退くことなく、クウガはタイタンソードを振り上げ――

 

「ヌゥッ」

 

 後退においてもガドラは素早かった。頬に鋒が掠め血が噴き出たものの、封印エネルギーを注入するには至らない。

 互いにまだ小手調べ程度の攻撃を応酬しただけだが、既に激戦の予感があった。この敵を討てなければ、この惨劇に終わりはない。

 

(……でも、かっちゃんがいる)

 

 彼が、ともに戦ってくれる。であればきっと、負けない。いや、負けるはずがない――

 

 そんな確信を抱き、クウガは剣を構え直す。勝己もまた、小さな爆破を起こして目の前の怪人を威嚇する。

 対するガドラは静かな唸り声とともに、ゆっくり姿勢を低くしていく。

 

 恐らく数秒もしないうち、本格的な激突が行われる――と思われたとき、

 

 冷えきった疾風が、彼らの頬を薙いだ。

 

「え……?」

「――!」

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。ただ気づいたときには、ガドラの背後にいた未確認生命体のうち一体が、美しい氷像と化していて。

 氷像の足元からずっと、北に向かって氷の路が繋がっている。果てから響く、重々しい足音。

 

――やがて木々の隙間をかき分けるようにして……氷結の"主"が、姿を現した。

 

「あれ、は……」

 

 

 それは――"化け物"だった。

 くすんだ赤銅色の隆起した鎧を身に纏い、クウガのそれを歪ませたような形状の角が天を仰いでいる。やはりクウガのそれに似た巨大な複眼は、右が焦茶、左が青のオッドアイ。

 

 左右といえば。右の足跡は完全に凍りつき、左のそれは火の手をあげている。――氷結と、燃焼。

 

「……!」

 

 勝己が何かを悟ったように大きく目を見開くのと、化け物が牙を剥き出しにするのがほとんど同時。

 

「ウ゛ォオオアァァァァァァァ―――!!」

 

 咆哮――否、絶叫。それは空気を、大地を震わせ、リントとグロンギの区別なく襲いかかる。

 

「ッ、うぐ……ッ!?」

 

 ただの音と受け流すには、あまりに強烈すぎた。鼓膜が裂ける――そんな危機感すら覚えて、クウガも勝己もグロンギたちも堪らず耳を塞ぐ。

 そして氷像となってしまったウミウシ種怪人にとり、その爆音は文字どおり命取りだった。激しい振動に、氷にヒビが走る。一度現れたそれは、消えることなく際限なく広がっていくだけだ。

 

 やがてヒビというヒビが、全身にくまなく広がった次の瞬間、

 

 

 美しく澄んだ音とともに、彼――ズ・ミウジ・ギの命は粉々に砕け散った。

 

「ミ、ミウジラゼ……!」

「バ、ババッ、バンバンザガンダベロボグ!?」

 

 彼と同じ"ズ"のグロンギたちの間に、ますます動揺が広がっていく。クウガやヒーローに妨害されることは予想できても、あんな化け物が現れるなんて思ってもみなかったのである。まして、不意討ちの一撃で同輩が殺害されるなど――

 一方ガドラは、一貫して冷静さを保っていた。彼は知っていたのだ、かの化け物がここに姿を現すと。

 

(バルバの言うとおりになったか……だが……)

 

 手勢に動揺が広がっている。そのうえ、クウガと爆心地の存在。いまこのとき"目的"を果たすのは困難と、彼は判断した。

 

「……ボボパ、ジブゾ」

「バンザド!?」

「ガ、ガンバジャヅ……ゴセグボソギデジャス!!」

 

 流石はズ――虚勢と蛮勇ばかり一丁前だとガドラは思った。

 だが彼が威圧するまでもなく……化け物は、次なる行動に出た。

 

 醜く膨れあがった左手から、空気ごと焼き焦がすような烈しい火炎が放たれたのだ。ガドラが咄嗟に仲間たちを押しのけたために、第二の犠牲者が出ることはなかったが。

 そして巻き上がる火の手に紛れるようにして、彼らはその場から姿を眩ましてしまった。

 

 残されたのは、クウガと勝己のみ。――彼らにもまた、化け物はその憎悪に満ちた双眼を向けた。

 

「ッ、こいつ、僕らにも……!?」

 

 一体なんなんだ、と出久は思った。異形型の人間?少なくともグロンギではない、腹部にベルトらしき装飾品はなく、ただ鎧と同じくすんだ珠のような物体が浮かび上がっているだけだ。

 

 左半身に炎を、右半身に氷を纏いながら、化け物はこちらに向かってくる。左右、ふたつの能力――炎と氷?そんな個性をもったヒーローを、自分は知っている……。

 

 

 出久がその正体にたどり着くより先に、勝己が跳んでいた。化け物めがけ、いきなり最大火力の爆破を仕掛ける。

 

「オラァアアアアアアッ!!」

 

 外見に反して防御力はさほどでもないのか、化け物は「グゥ……!」と呻きながらずりずりと後退する。

 

「………」

 

 着地し、未確認生命体に向けるそれより烈しい視線を化け物に向ける勝己。一方で化け物は、フーフーと荒く息をしながらも動かない。その身体がわずかに震えている。恐怖?いや――

 

 そのとき、化け物の醜く裂けた口唇が、わずかに開き――

 

「バ……ク、ゴ………」

「――!」

 

 一瞬、剣を取り落としそうなほどに驚愕してしまったのは……クウガ――出久。

 

(いま、爆豪って……?)

 

 クウガの強化された聴力で、聞き間違いなどあろうはずがない。この化け物は、勝己を知っている?

 

 それに対し勝己は、吊り上げた眉ひとつぴくりとも動かさない。「爆豪」と呼ぶ声が聞こえていないのだろうか――そうではない。

 

「スカした顔も態度も見る影ねぇなァ……――半分野郎……!」

「……!」

 

 半分、野郎。半分。左が炎で、右が氷。

 

――思い出される、雄英高校の体育祭。そびえる氷山。それらを破壊する爆炎。やがて左から放たれるは……火炎。

 

「まさ、か……」

 

 遂に答えにたどり着いた出久。最初からたどり着いていた勝己。

 

 そんな彼らの前で、化け物の身体から力が抜ける。

 全身から白煙が噴き出し、萎んでいく。筋骨隆々とした赤銅色の鎧が溶けるようにして消失し――

 

 現れたのは、フードを目深に被り、滝のような汗で地面を濡らす細身の青年だった。

 

「ッ、ハ……は、はぁ……ッ」

「あなた、は……」

 

 綺麗に分かたれた赤と白の髪。焦茶と青のオッドアイに、青い左目の周囲に刻まれた醜い火傷の痕。その特徴的すぎる容姿は、精一杯隠していても隠しきれるものではなかった。

 

 

「ヒーロー……ショート……」

「……轟、焦凍」

 

 

 何かに怯えるように、オッドアイが揺れた。

 

 

つづく

 

 




芦戸「次回予告だよっ!」
耳郎「失踪した轟が、まさかこんな形で登場とはね……」
芦戸「名探偵デンキの推理はハズレたねっ!」(轟=クウガ。EPISODE 9 1/3より)
八百万「そんなことより轟さん、なぜあのような姿に……。失踪と何か関係があるのでしょうか?気になって朝も起きられませんわ!」
耳郎「ツッコまないぞ」
芦戸「それもこれも次回!あかつき村に現れた複数の未確認生命体、奴らの目的は何か?そして轟はなぜ失踪したのか?抱えた秘密が遂に明かされる!その一方、都市部でも未確認生命体が行動開始!?緑谷も爆豪もいない中、立ち向かうのはァ~……我らが委員長ッ!」
耳郎「目白押しだね。……ってわけで、↓」

EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子

芦戸「男の子……男子ばっか目白押しじゃん次回!?」
八百万「それでしたらもう一度ッ、チアでチアってチアリズム!ですわ!!」
耳郎「どこにどうねじ込むんだよ」


ガリマ「問題ない、この私が華麗なゲゲルをしてやるからな。……ガサビルボグゲ、プスググスドサ」

3人「「「ここではリントの言葉で話せ(話しなさい)!?」」」



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EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子 1/4

三分割の予定がどう足掻いても収まりきらないので四分割になった今回
G2も出したせいで情報量がやたら多いんじゃあ!


そして社会人と化してしんどい今日この頃な作者
執筆スピードも当然落ちてますがゼロにはならないようがんばってます

……まあこの轟くんに比べりゃたいがい幸せの塊だわな!!


「ヒーロー……ショート……」

「……轟、焦凍」

 

 戦いのさなか、緑谷出久・爆豪勝己の前に突如として現れた"化け物"。その正体は勝己の雄英時代の同級生であり、最もその将来を嘱望されていながら謎の失踪を遂げた青年――"半冷半燃"のヒーロー・ショートこと、轟焦凍だった。

 

「………」

 

 冷たい雨の降りしきる音と荒ぶった吐息ばかりが、辺り一帯に響き渡る。勝己の背中と俯く轟の姿を目に映す出久は、予想だにしない事態にことばを失っていた。

 彼はなぜあんな姿になってしまったのか?なぜここに現れたのか?そもそも、なぜヒーローとしてこれからというときに姿を消したのか?

 

 疑問ばかりが降って湧いて、そのせいで形にならない。――そんな出久に対して、勝己は状況を呑み込んでいるようだった。

 

「轟、テメェ………」

 

 やがて搾り出すような声とともに、勝己が一歩を踏み出す。相対する青年は、まるで追い詰められたヴィランのようにびくんと身体を震わせ、後ずさる。

 

「ッ、く、来るな……!」

「ア゛ァ?」

「……!」

 

 怯えている?少年時代から誰に対しても一歩も退かず、勝己と同等、ときにはそれ以上の実力と才能で耳目を集めていたあの轟焦凍が?

 

――出久には未だ知る由もないことだったが、彼が怯えている相手は勝己ではなかった。鋭く尖る紅い瞳が、彼の中の化け物を再び呼び覚まそうとしている……ただそれが恐ろしかった。

 

 そしてそれは、彼の全身に鮮烈に現れていく。皮膚に浮かび上がる、膨れた血管のような光の群れ。

 

「……!」勝己が目を見開き、「テメェまさか、そいつのせいで……」

 

 轟の全身に奔る光流の正体を、勝己は知っているらしかった。そして悟ったのだ。――それこそが失踪の理由、そして異形と化した理由でもあると。

 

「かっちゃん……一体どういう――」

 

 クウガの姿のまま、出久が問いをぶつけようとしたそのとき、

 

 

 ビュンと疾風を巻き起こしながら、小柄な影が割って入った。

 

「焦凍ッ!!」

「――!」

 

 親しげに、同時に格別の慮をこめた声でその名を呼んだのは、幼児ほどの背丈の老人で。

 彼はへたり込んだ轟の上に傘を差し出し、空いたもう一方の手で背中をさすってやる。

 

「落ち着け、落ち着け、焦凍。大丈夫だ、ここにはもうおまえの敵はおらん」

「……、はッ、………」

 

 そうしているうちに、ようやく轟の呼吸が落ち着いてくる。浮かび上がった光流が消えていく――

 それを見届け、深々と安堵の溜息をつく老人。今度は轟ではなく彼に向かって、勝己は一歩進み出でた。そして、

 

 

「ご無沙汰してます―――"グラントリノ"」

「グラン、トリノ……?」

 

 どこかで聞いた名だと、出久は思った。かの老人はどう見ても日本人、本名ではあるまい。爆心地やインゲニウムなどと同じヒーローネーム――つまりはこの老人も、ヒーローということか。

 礼儀正しく背を折るというらしからぬ行動をとる勝己に対し、顔を上げた老人の反応は――

 

「……誰だキミは!?」

「へぁ!?」

 

 素っ頓狂な声をあげたのは、出久ひとりで。予めそう返ってくることがわかりきっていたかのように、勝己は溜息ひとつついただけだった。

 

「爆豪です。そいつの同級生の」

「何て!?」

「雄英で轟の同級生だった爆豪勝己です」

「こいつの同級生の……何て!?」

「ば、く、ご、う!」

「ば、く、ご、う……?ウムムム……」しばらく考えこんだあと、「!、ああ、あの悪ガキか!しばらく見ないうちにちったァ立派になったようじゃねぇか」

「っス」

 

(かかかっ、かっちゃんがおとなしい……!?)

 

 お茶子や切島鋭児郎から聞くところによると、あのオールマイトにすらキレまくっていたらしい勝己が。いやもちろん、おやっさんなどとのやりとりはそれなりに礼節を保ってはいるので、そういう応対ができないわけではないのだろうが。

 いずれにせよこのとぼけた小柄な老人、勝己にそうさせるだけの実力者ということか。しかしそれにしては、ヒーローオタクである自分が「聞いたことがある」程度なのは妙だと思ったのだが、

 

 溢れる疑念を遮断するかのごとく、パトカーのサイレンの音が近づいてきた。

 

「!」

 

 まずい。そう思ったのは出久ばかりではなかった。グラントリノが轟青年をせきたて、立ち上がらせている。

 

「積もる話はあとだな……悪いがこいつをねぐらに連れて帰らにゃならん。あぁ、おまえも一緒に来るか?」

「いや……俺は奴らを追います。――その代わり、こいつを連れてってもらえませんか。本部の連中と鉢合わせると面倒なんで」

「えっ……」

 

 勝己が指す"こいつ"は、言うまでもなく出久のこと。ちなみに未だ変身は解いていない。轟とグラントリノに正体を明かすことになるからだ。

 

「……バラして、いいの?」

 

 念のためそう尋ねると、

 

「この人なら問題ねえ。……一応、半分野郎もな」

「………」

 

 半分野郎――轟焦凍。元々口が軽いほうではなさそうだし、何より勝己がそう言うなら間違いないのだろうが。

 ふと、目が合った。――澱んだオッドアイが、一瞬忌々しげに細められる。ありありと浮かんだ嫌悪に、出久はごくりと唾を呑み込んだ。

 

 しかし彼は結局、賛否を表明することなく。グラントリノの承諾を得られたことで、出久は変身を解いて彼らの拠点に同行することになった。未だ雨が降りしきるなか、屋根のある場所で休息をとりたいのもまた本音だった。

 

 

「じゃあ……何かあったら連絡してね、かっちゃん」

「……早よ行け」

 

 ぶっきらぼうな声音で応じると、勝己は覆面パトカーに戻っていく。出久もまたメットを被り、トライチェイサーを発進させた。

 

 

 交錯したふたりの距離が、遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

 奇しくも"標的"同様、メ・ガドラ・ダと彼に率いられたグロンギたちもまた山深くに身を潜めていた。

 

「バンザダダンザ、ガンダベロボグ……!?」

「ラガバ……ミウジグガンバ、バンダンビ……」

 

 ズのグロンギたちの動揺は収まってはいなかった。ようやく思うままの殺戮が許されたというのに、自分たちを一瞬で殺すほどの怪物が突如として姿を現したのだ。

 リントが"個性"なる特殊能力をもつようになっていることはわかっている。その力で治安を守る、ヒーローと呼ばれる戦士たちがいることも。――だが、あれはそんなものではない。その範疇には決して収まらない、文字どおりの"化け物"だ。

 

 そしてひとり離れて蛇を串焼きにしていたガドラもまた、かの怪物に思いを馳せていた。もっとも、ズの者たちとは違った形で。

 

(あんなモノが、我らグロンギの手がかりとはな……)

 

 確かに力は凄まじかった。下位のズとはいえ、耐久力と回復力に優れたグロンギを一撃で葬り去ったのだから。

 しかしそれが"手がかり"などと言われても、首を傾げるほかない。

 

――その正体を知らなければ、の話だが。

 

「……轟、焦凍」

 

 一時はNo.1ヒーローでもあったエンデヴァーの息子であり、ヒーロー養成の最高峰である雄英高校を首席格で卒業した男。バラのタトゥの女曰く、そんなヒーローのなれの果てがあの怪物なのだというが。

 それも現代のリントに蔓延る"個性"が原因なのだろうか。そこまではガドラも知らされていない。あるいは、彼女たちでもたどり着けない秘密が隠されているのかもしれない。

 

(……まあいい。これが済めば、俺は自由の身……)

 

 グロンギたちによる殺人――"ゲゲル"と呼ばれるそれは、彼らにとっては特別な権利であると同時に、義務でもあった。もっと端的に言ってしまえば、"掟"だ。

 だがガドラにとってのグロンギはそうではなかった。彼のアイデンティティは、誇り高き狩猟民族であること――被食者でもない同じ人間を殺戮することに、愉しみなど見出せはしなかった。

 

 だがこの任を遂げれば、掟からも解放される。それを破った罰を受ける必要もなくなる――

 

 ゆえにガドラは考える。生き残った村民はもう避難してしまっている。村を襲うことで山から引きずり出す手は使えない。――ならば、

 

「ネズマ、ネズモ」

「!」

 

 ガドラが厳かな声音で名を呼んだ途端、ズのグロンギたちの中から小柄な人影がふたつ、立ち上がった。まだ十代後半の年若い青年たち。顔は生き写しのようで、襤褸布のようなみすぼらしい服装まで同じ。強いて言うなら破れている袖の左右が逆であることか。

 

「バ、バンザ……?」

「………」

 

 顔色を窺うように、恐る恐る歩み寄ってくるふたり。彼らはグロンギの中では比較的おとなしめの性格で、しかも珍しいことに兄弟仲が良い。――彼らを使うのも手だと、ガドラは考えた。

 

「ゴラゲダヂ、ビレギジス。ガンダベロボゾ、ガガギデボギ」

「ガ、ガンダベロボグ!?」

「ゴセダヂグバゼ、ゴンバボドゾ!?」

 

 そもそもあんな化け物と関わりたくない――ふたりの抗議からはそんな思いがありありと見てとれる。それがふつうではある。

 

「……グラブジャセダギギ、ズブレデロジョギビ、バルバ」

「……!」

 

 ガドラのことばに、兄弟の顔色が変わった。なおも逡巡する弟のネズモの肩に兄のネズマが手を置き、うなずく。それを目の当たりにして、弟もまたうなずいた。

 

「パバダダ……ショグバブ、グスダレザ、ビ……メ」

 

 承諾のことばとともに、彼らの姿がぐにゃりと歪む。それぞれ灰色と漆黒のボディをもつ、鼠に似た怪人。

 

「ギブゾ、ネズモ!」

「ゴグ!ゴセダヂンセンベギ、リントゾロビリゲヅベデジャス……!」

 

 持ち前のスピードで、双子の怪人は山中に消えていった。

 

 

 

 

 

 ズ・ネズマ・ダ、ズ・ネズモ・ダの兄弟が動き出した頃、あかつき村に捜査員・ヒーローたちを派遣した合同捜査本部の幹部たちは、警視庁の庁舎内で今後の対応を協議していた。

 

「鷹野からの報告では、現状村内に未確認生命体の姿は確認できていないとのことです」

 

 No.2である塚内管理官の発言に、「グルルル……」と人らしからぬ唸り声をあげたのは犬頭の面構本部長だった。異形型の個性であるというだけで、まぎれもなく人間ではある。

 

「あかつき村は山村です。山深くに逃げ込まれれば簡単には見つからないでしょう」

「一応、猟犬部隊や警察犬にも動員を頼んではいるが……この大雨だ、正直成果はあまり期待できないワン」

「……地道に捜してもらうしかないですね。逢魔が時には一旦引き揚げさせたほうがいいでしょうけど」

「そうだな。それ以上に問題なのは、奴らがなんの目的であの村に現れたか……それも集団で」

 

 そんなことはいままでなかった。それが起きたのは、いままでとは異なる目的があるから――

 

「――エンデヴァー、貴方はどう考える?」

 

 面構が意見を求めたのは、招聘したヒーローのひとりでありながら実質的に幹部待遇となっている元No.1ヒーロー・エンデヴァーだった。

 活動時に比べればいくらかおとなしめに燃えている口髭を撫でながら、この場の最年長者らしく厳かに口を開く。

 

「……奴らの意図については、手がかりがない以上確たることは申し上げられんな。もっとも……これまでとは異なる動きであるとするなら、"これまでどおりの動き"にも注意を払う必要があるだろう」

「つまり、別の未確認生命体が単独で行動を開始する可能性もあると?」

「うむ」

 

 もしもそれが現実になるとすれば。捜査本部の元々多くはない戦力をあかつき村ともう一ヶ所で割かねばならなくなる。

 何より、第4号はひとりしかいない。どちらかを彼なしで解決しなければならないというのは、正直なところ厳しい――塚内や面構だけでなく、いまとなってはエンデヴァーもそう考えていた。第23号までのなかから彼自身を除いた二二体の未確認生命体のうち、実に十八体に引導を渡している功績は無視できるものではない。

 

(本当は俺たちが頼っちゃいけない相手なんだけどな……どう考えても)

 

 上司たちから見えぬよう顔を背けつつ、塚内直正は密かに苦笑する。ヒーロー・爆心地という"お目付役"がついているとはいえ、彼はあくまでヴィジランテ。法を犯している可能性がある者におんぶに抱っこでは警察もヒーローも立つ瀬がない。――だからこそ"Gシステム"の開発が進められてきたわけだが。

 

 と、不意に彼の懐で携帯電話が振動した。相手を確認し……「失礼」とだけ告げて、会議室を出る。

 

「――塚内だ」

『……爆豪っす』発信者は爆豪勝己だった。

「あぁ、どうした?携帯にかけてくるなんて」

 

 捜査員としての業務連絡であれば、無線を利用すれば済む話。それをわざわざ携帯でということは、私的な用事か、おいそれと他に漏らせない事柄か――

 

 答えは、その両方だった。

 

『あいつが……轟焦凍が見つかりました』

「ッ!?」

 

 それは塚内にとっても予想外の報告だった。思わず「なんだって!?」と叫びそうになったが、ベテラン警察官らしくそこは堪えた。

 

「……ちょっと整理させてくれ。つまりはあれか、あかつき村に隠れ住んでいたってことか?」

『村っつーか、近くの山ン中です。グラントリノと一緒に』

「あぁ、それはグラントリノご本人から聞いてはいるけどさ……。てっきり海外にでも連れ出したのかと……」

 

 塚内直正はグラントリノとも親交があった。ゆえに轟が彼のもとに身を寄せていることまでは知っていたが、どこへ身を隠したのかまでは教えられていなかった。まさか、単純な距離でいえばそんなすぐ近くにいたとは。灯台下暗し、そんな諺が脳裏をよぎる。

 

『あいつは……轟は化け物みてぇになってました。それも、あんたは知ってたんすか?』

「………」

 

 知っていた。彼に時間を与えてやるべきだとグラントリノに注進したのは、他ならぬ塚内自身だったからだ。

 が、秘密を共有する数少ない仲間である勝己がそれを不満に思わないはずがないだろうことも、容易に想像がついて。

 

「すまない。俺たちと違ってきみはまだこれからの人間、自分のことに集中してほしい。そう彼に言われて、俺もそのとおりだと思ったんだ。きみにはきみの将来がある、それが疎かになるのは誰の本意でもない」

『……ッ、』

 

 ギリリ、と歯を噛み鳴らす音がスピーカー越しに聞こえる。デビューしてまだ二年と二ヶ月、がむしゃらにやってきていまの立場がある。轟のことにかまけていたら、最悪共倒れになっていてもおかしくはなかった。が、それでも――

 

 勝己の葛藤を理解しつつ、塚内は話を先に進めることにした。いまは時間がない。

 

「しかし……気になるな。彼がそこにいたとなると、未確認生命体が現れたことと無関係とは思えない」

『……ええ』

 

 殺人以外の主目的――それが轟焦凍に関する"何か"だとしたら。

 

(とはいえ、秘密を知っている人間はごく限られている。それが未確認生命体に漏れたとは考えにくい……奴らが轟焦凍の何に惹かれて集まってきたか……)

 

 少し考えたあと、塚内は再び口を開く。

 

「……それが今回の事件に関係しているかもしれない以上、このことはひとまずこちらで諮る必要がある。――エンデヴァーにも。いいんだな、それで」

『……あの男も親父だろ、一応は。知る権利くらいあんだろ』

「それもそうだな……。じゃあ、そちらは引き続き頼んだ。また連絡する」

『っス』

 

 いったん通話を終えた塚内は、即座には会議室に戻らなかった。往来のない廊下で独り、深々と溜息をつく。その脳裏には、かつて親友だった男の顔が浮かんでいた。

 

 

「教え子に世話かけてどうすんだ、俊典……」

 

 

 応える者は、誰もいなかった。

 

 




キャラクター紹介 バギンドズゴゴ

おやっさん/Pole Pole's Master
個性:???
年齢:44歳
身長:164cm
血液型:A型
好きなもの:往年のギャグ・ポレポレカレー

備考:
出久のアルバイト先である喫茶ポレポレのマスター(そのまんま!)。おやっさんは当然ながら通称、本名は謎に包まれている……わけでもない、訊けば教えてくれるぞ!興味がある人はポレポレへ足を運んでみよう!
若い頃は冒険家で、チョモランマにも登ったことがあるそうな。その冒険譚は面白いがギャグはつまらない。ダジャレはまだいいが古い著名人の名前ネタには若者はポカーンである。悲しいかな勤務歴の長い出久は若干毒されつつある……。

作者所感:
"おやっさん"というポジションでありながらライダーの正体を知らない、日常の象徴のような人なのがそれはそれでステキ。原作でのギャグの数々はたいがいアドリブらしいです。アレ考えるのが大変だけど楽C。
"おやっさん"としか言ってないので本名はもしかすると石動惣一だったりして……まあないですね、多分、きっと。


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EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子 2/4

活動報告で新タグもろもろについて説明させてもらってます。今の展開アリだよ!って方は読むまでもない内容なんですが、一応かる~く確認していただけたら…と思います。ここでひとつだけ申し上げておくと「主人公は出久!」ってコトです。最終回でキャストの一番上を轟くんに奪われたりはしません……アンタって人はぁああああ!!

さて、それとは別に単純な不手際なんですが文量が止まらないです……。
ポレポレのシーンはちょっとした小休止とある人の顔見せで入れたんですが、今回他に書かなきゃならないことが多すぎる……。全4話で一篇にする予定なのでいくつか後回しにしてもよかったかもしれないです。リアルは忙しいしYO!!

遅ればせながら、三期放送開始オメデトウ!!CMの合間にでも本作品よろしくオナシャス!!!

[追記]いくつかご指摘があったのでひとつだけ。冒頭シーンのおやっさんの発言で「出久」と「お茶子ちゃん」が逆になってるところはミスではないのでヨロシクドウゾ~


――文京区 ポレポレ

 

 雨足の割に客足は伸びたランチタイムだった。

 時刻は既に午後四時を過ぎ、店内にはひとまずゆったりした時間が流れている。激戦の痕を片付けディナータイムに備えるのは、マスターであるおやっさんともうひとり――

 

「いやぁ助かったよハリーくん、昼時がっつり手伝ってもらっちゃって」

「気にしないでください、こっちも息抜きになったんで」

 

 黙々と皿洗いしつつも応じるは――心操人使。ここで昼食をとったあとおやっさんからの援軍要請を容れる形でヘルプに入ったのだ。出久やお茶子のように正規のアルバイトではないが、個人経営なのでそのあたりは融通がきく。

 

「油断大敵、まさかこんな雨の日に繁盛するとは思わなかったからねぇ。お茶子ちゃんは相変わらずバイク乗り回してて捕まんないし、出久は本業のヒーロー活動で忙しいし」

「みたいですね」

「………」

「………」

「……いいのか?」

「ダメです」

 

 そんな気の抜けた会話の直後、からんころんと音をたてて扉が開かれる。噂をすればというべきか、

 

「こんにちは~!」

「いらっしゃ……オゥ、お茶子ちゃん!」

 

 現れたのはヒーロー・ウラビティのコスチュームに身を包んだ麗日お茶子。そして、

 

「!」

 

 お茶子に比べてずいぶん長身の、どこか気品ある雰囲気の女性。こちらは私服である。

 心操が思わず目を丸くしたのは、彼女のことをよく知っていたからだ。

 

「おっ」おやっさんが声をあげる。「そっちの子、もしかして同級生?見たことある気がするんだよねえ、雄英体育祭かなんかで!」

「マスター正解!紹介するね、私の親友のヤオモモ……ってのはあだ名で――」

 

 ヤオモモと呼ばれた女性が一歩進み出、丁寧に頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります、"クリエティ"の名前でヒーローをやっております八百万百と申します。麗日さんとは高校の頃から親しくさせていただいておりまして……」

「お、おぉ……こちらこそお初にお目にかかります、ポレポレって名前の喫茶店をやっておりますおやっさんと申します」

「ん~もうッ、ヤオモモ硬い!初めて婚約者の実家に来たんやないんやから!マスターも本名じゃないでしょ、それ」

 

 ひととおりツッコミを入れると、おやっさんに先んじてお茶子は八百万をカウンター席に座らせた。「ポレポレカレー、食後にデザートセットふたつ!」と注文する。

 

「今日お昼まだだった感じ?」

「そうなんですよ~、現場が片付かなくて。あ、ヤオモモともそこで偶然一緒になって!」

「ええ。それで是非にと、わたくしから麗日さんにお願いして連れてきていただきましたの。以前からこちらのことは聞き及んでおりましたので」

「へ~そうなの。このとおりハリーくんにあの爆心地も贔屓にしてくれてるし、そのうち雄英の同窓会にでも使ってほしいな~なんてごうつくマスターは企んじゃうね、へへっ」

 

 冗談なのか本気なのかいまいち読めない返しとともに、おやっさんは調理を開始する。

 と、同時に。あだ名とはいえ名前が出てしまったこともあってか、ふたりの女性ヒーローの視線が心操に向いた。居心地の悪さを感じ、渋面をつくる。

 

「……なんだよ」

「いやぁ、なんか不思議な感じだな~と思って。普段と逆やん?」

「普段ってほど来てるわけでもないけどな、俺……。――それより、緑谷とのデートはどうだったんだ?」

「!?、だっ、で、デートちゃうし!……まぁ楽しかったよ、デクくん美味しいお店いっぱい調べてくれて。あとバイクでツーリングとかね!運転してる背中なんか男らしくてカッコイ……オッホン!!」

「ふーん、そう。よかったな」

 

「………」八百万が小首を傾げ、「心操さん……でしたわね?あなたもこちらでアルバイトを?」

「いや、ただのピンチヒッター」

「そうでしたの。エプロン姿がとてもお似合いなので、てっきり……」

「……バカにしてる?」

「?、そんなことはありませんが……。なぜそう思われますの?」

「……やっぱなんでもない、忘れてくれ」

 

 高校生の時分から薄々わかってはいたが、このお嬢様、ツンと澄ましたタイプかと見せかけておいて実際には天然まっしぐらのようである。お人好しでもあるようなので、詐欺などに遭わないか心配である。自分が気にするまでもなく周囲が目を光らせているのだろうが、こういう手合いは。

 お嬢様、といえば。A組には似たような人種がもうひとりいた。そいつは男なので、お坊ちゃまとでも形容すべきか。そいつは容易に他人を近づけない鋭さをもってもいたが、顔を合わせるたびに表情が柔らかくなっていたような気がする。

 でも――

 

「なぁ。あんたまだ、あいつのこと捜してんのか?」小声で耳打ちする。

「!」八百万は一瞬目を丸くしたあと、「あいつとは……轟さんの、ことでしょうか?」

「うん」

 

 失踪した轟焦凍――その行方をとりわけ熱心に気にかけていたのが他ならぬ彼女だった。

 八百万は目を伏せながら、

 

「……当然、ですわ。大切な、友人ですもの……」

「………」

 

 友人――本当にそれだけかはともかく。

 

「気持ちはわからないでもない。……そぶりくらいは見せてほしいよな、せめて」

 

 そうでなければ、手の差し伸べようがない――親交の浅い轟のことを語るにしては、心操の表情は真に迫っていた。

 

 

 

 

 

 その轟焦凍が隠棲している、あかつき村付近の山奥にひっそりと建てられた古い小屋。

 そこに自分の――大学での――友人である緑谷出久までもが立ち入っていると知れば、さしもの心操も開いた口が塞がらなかっただろう。

 

 まして彼が、そんな不穏な状況下で、電子レンジと対峙しているとなれば。

 

(僕は一体、何をやらされてるんだろう……?)

 

 もっとも頭の中に大量のクエスチョンマークが浮かんでいるのは、出久自身そうなのだが。

 ピロリロと軽快な電子音が鳴り響き、温めが終わったことを知らせてくる。皿を取り出すと、姿を現したのはほかほかと湯気をたてるたい焼きだった。

 

「できましたけど……」

「ン、それはきみが食っていいぞ。あ、でもあいつのぶんは残しといてやってくれ」

 

 いけしゃあしゃあとのたまいながら先に温めたたい焼きをかっ食らっているのは、出久が生で見たなかでは最年長のシルバーヒーロー・グラントリノ。この小屋の主でもあるらしかった。

 

「ちゃんと解凍されとったわ。さすが今どきの若者、電子機器の扱いはお手のモンだな!」

「そりゃまあ、独り暮らし二年やってますし……」

 

 回らないタイプのレンジの場合、こういう数のあるものは分けて温めないと解凍にムラが生まれてしまう。いまはもう、当然のこととして理解しているつもりだ。

 

「あいつは初めて会ったとき、思いっきり失敗しとったけどな!」

「あいつって……ショート?」

 

 ちら、と奥に目を向けて、出久。風呂場のほうから激しい水音が絶えず響いてくる。雨に濡れて冷えきった身体を温めている――出久も先ほどそうさせてもらったばかりだ。

 

「おう。あいつお坊ちゃんだからよ、そもそも温め開始までに四苦八苦しとったんだ」

「エンデヴァーのご子息ですもんね、彼……」

 

 長きに渡りオールマイトに次ぐNo.2ヒーローの地位を守り、一時期はNo.1に昇り詰めたエンデヴァー。少年時代の幼なじみが目指していた高額納税者ランキングにも名を連ねていたように記憶している。出久はあまり経済的なことに関心はなかったので、「すごいな~」程度にしか思っていなかったが。

 

 そこで、元々抱いていた疑問が再び浮かび上がってきた。

 

「……あの、ショートは一体なぜあんな姿に?彼の個性って"半冷半燃"ですよね?」

 

 自分がクウガになるような、"変身"によって能力を扱う個性であったならわかる。だが、かつての轟焦凍はそんなそぶりを微塵も見せはしなかった。

 それに、だ。

 

「二年生の体育祭くらいから、彼、少しずつ戦闘スタイルが変わったような……。僕の穿ちすぎかもしれませんけど、オールマイト的になっていったような気がしてたんです」

「!」

 

 たい焼きを貪る動作が止まる。図星、だろうか。

 

「やっぱり、個性に何か変化が?突然変異とか……」

「……フム」

 

(ただの学生にしちゃイイ目してンな。まさか4号がヒーローオタクとは思わなかったが)

 

「まあ、半分正解……ってとこだな」

「半分……ですか」

「おぉ、これ以上はどんなにボケても俺の口からは言えん。その資格があんのは、あいつ自身だけだ」

「………」

 

 難しい顔でじっくり考えこむ目の前の青年。答えを自分で探そうとする姿勢は好ましいものだと老人は感じたが、同時に自力ではたどり着けないだろうとも思った。

 

「それよりたい焼き食わんのか?さっきから腹がぐーぐーうるさいぞ」

「!、あっ、すすすいません!今日、お昼食べられなかったので……」

 

 またいつ戦いになるかわからない、おことばに甘えて腹拵えさせてもらおう。「いただきます」と両手を合わせると、出久はたい焼きに齧りついた。

 

(あ、おいしい。……けど、なんか調子狂うなぁ)

 

 深刻に思索したいことがたくさんあるというのに、目の前の飄々とした老人のせいでどうにもペースが乱されてしまう。意図的にやっているのだとしたらなかなかのやり手である。

 しかし、弛んだ空気はほどなくして再び冷たく鋭いものとなる。他ならぬ、彼が現れたことによって。

 

――トン、

 

「!」

「お、出てきたか焦凍」

 

 白い長袖のシャツにジーンズというラフな恰好で現れた轟焦凍。伸びた紅白の髪をバスタオルで覆い隠している。少し頬がこけてはいるが、以前と変わらずモデルのような美貌である。同じ男でもこうも自分と違うものかと出久は嘆息した。

 

「身体はもう大丈夫か?」

「……はい」小さくうなずく。「ご心配、おかけしました」

「いや、俺のほうこそ油断していた。……ここを離れるべきだったかもしれねぇな、あんな連中が出てきた時点で」

「………」

 

 俯く轟。なんとはなしにその顔を見つめていた出久と、次の瞬間目が合った。

 

「……!」

 

 出久は思わずぶるりと背筋を震わせていた。その切れ長のオッドアイが、にわかに険しく鋭いものとなる。

 

「たい焼き、食うか?」

「……あとで食います。上で少し休んできます」

 

 グラントリノに対してだけそう言いきると、轟は足早に屋根裏へ続く階段を上っていった。

 

「あ、………」

 

 無言の、拒絶。――あのとき感じた自分に対する嫌悪は、気のせいなどではなかったのだ。

 

「ったく、あとでなんつっとったら冷めちまうだろうが。これは食っちまうか……それともおまえ、食うか?」

「いや、あの……彼と話してきてもいいですか?」

「ん?」

「話してみたいんです。じゃないと、何もわからないし……」

 

 グラントリノは暫し考え込んでいたが……やがて「よかろ」とうなずいてくれた。

 

 

「………」

 

 屋根裏の狭苦しい空間。そこに敷かれた布団の上に、轟はごろりと横たわっていた。古い木造の天井をぼんやりと見つめる、澱んだオッドアイ。それらが映し出すのは、過去の記憶の数々。()()()は、本当なら未来を切り拓くためのもののはずだった。

 それなのに――

 

「……ッ」

 

 その表情がくしゃりと歪む。青年は横向きに身体を丸め、何もかもから目を伏せた。

 しかし、そうしていられたのはほんの一瞬だった。ほどなくして階段を上ってくる音が耳に飛び込んできて、彼は咄嗟に身体を起こした。

 

「あ、あの……」

「………」

 

 かの翠眼の青年。平凡で人畜無害、およそ自分とは似つかないであろう風貌――それだけなら、こんなふうに表情を険しくする必要はなかった。

 

「なんの、用だ」搾り出すように問う。

「その、少しお話を……」

「あんたと話すことなんか何もねえ……、俺の前から消えろ」

 

 この男の正体は、未確認生命体第4号――他の未確認生命体たちのような邪悪さは感じないにせよ、その身には決して誤魔化せない血の臭いが染みついていた。同じく人ならざる身になってしまった轟にはそれがわかってしまう。その臭いが、"化け物"の部分を疼かせることも。

 それなのにこの男は、ごくりと唾を呑み込みながらも近づいてこようとする。その()()()の風貌にふさわしく、ビビってすぐに引き下がればよいものを。

 

 苛立ちを深めた轟は、己が激情を抑えこめなくなる。次の瞬間には床を蹴り、青年に掴みかかっていた。

 

「……ッ!?」

 

 背中の重みをまともに受けた古びた壁が、ギシリと軋んだ音をたてる。青年の童顔もまた苦痛に歪んだ。

 

「消えろっつってんのがわかんねえのかよ……!――このッ、化け物が!!」

「――!」

 

 元々大きな翠眼が、ゆっくりと見開かれていく。それを鋭く睨んだまま、その実轟は自嘲を内心に秘めていた。"変身"するとはいえ、この男は力をコントロールできているらしい。それなら個性とさして変わらないのではないか。

 自分はどうだ。敵意に呼応して意志とは無関係に異形と化し、周囲のものを見境なく破壊してしまう。誰がどう見ても化け物はこちらのほうだ。

 

――わかっている、そんなこと。

 

 この男が怒りをあらわにして「化け物はおまえのほうだろう」と罵ってくれることを望んでいた。そうして、離れていけばいい。

 だがこの男、幼なじみに対してそうであったように、頑ななまでに意志貫徹しようとする性質も持ち合わせていて。

 

 

「みっ……緑谷出久!」

「……は?」

「僕の名前です、自己紹介がまだだったなって思って……」

 

 確かに、まだ聞いてはいなかったが。

 

「意味わかんねえ……なんでこのタイミングで言った?」

「いやっ、そ、その!……すいません、おかしかったですよね」

 

 謝罪しつつ、何やらもごもごと言い訳している姿を目の前にしていると、自ずと毒気を抜かれてしまう。轟はゆるゆると胸ぐらを掴む手をおろした。

 

「えっと……改めて、緑谷出久っていいます。城南大学の三年生で、色々あってああやって未確認生命体と戦ってるんですけど……かっちゃんに助けてもらいながら」

「……かっちゃん?」

「あ、爆心地のことです。僕、彼とは幼なじみで……段々仲悪くなっちゃったので、呼び方を変えるタイミングを逃しちゃったというか……」

 

 「なんか僕、タイミング誤ってばっかりだな」――そうつぶやいて、出久は苦笑いを浮かべている。

 かと思えば、ぱあっと表情を輝かせて、

 

「轟さんは雄英時代、かっちゃんとは良いライバル同士でしたよね!体育祭でぶつかり合ってるときなんか、いつも映画みたいで……特に一年生のときの試合、すごく感動させてもらいました!僕、この力を手に入れるまでは無個性で……中三のときヒーローの夢あきらめてそれからずっとふさぎ込みがちだったんですけど、あの試合を思い出すたびに"あぁ、僕も僕なりにがんばらなきゃな"って思えたりして……」

「……そうか」

 

 捲したてるような喋り方だが、不愉快な気分にはならなかった。目の前の敵を鎮圧して市民を救出する――それだけではなく、そうした活動を通して多くの人々に勇気と希望を与える。轟がかつて目指していたのは、そういうヒーローだったから。

 

「大学三年で爆豪と幼なじみってことは、あんた同い年だろ」

「?、はい」

「タメ口でいい。なんつーか……こそばゆい」

 

 正直にそう告げると、出久は暫しきょとんとしていたが……やがてくすりと笑って、「わかったよ、轟くん」と応じたのだった。

 

 

 

 

 

 メ・ガドラ・ダをリーダーとするあかつき村の集団とは別の、都市の片隅に潜むグロンギたち。

 その中のひとり、少年――メ・ガルメ・レは、携帯ゲームに興じながら鬱屈とした溜息をついた。

 

「ハァ……いいなぁガリマのやつ。鬼のいぬ間にゲゲルできちゃうなんて」

 

 アジトにかの誇り高いショートカットの女性の姿はなかった。ガルメのことばどおり、既に行動を開始していたのだ。

 もっとも、ガリマはあまり乗り気ではなかった。クウガとの対決こそ、彼女の望むところだったからだ。ゲゲルを遂行しさえすればまだチャンスはあるからと、不承不承街へ繰り出してはいったが。

 

「でもさぁバルバ、ガドラとズの連中をあんな鄙びた村に送り込んだのはなんでなの?」

「………」

 

 指輪と一体化した爪状の装飾品を撫でながら、バラのタトゥの女――バルバは意味深に笑う。「いずれわかる」――ガルメが引き出せた答えはそれだけだった。

 

「チェッ」舌打ちしつつも、「じゃあひとつだけ教えてよ。どうやってあの化石みたいなこと言ってるクソ老害を丸め込んだわけ?」

 

 ずいぶんな言いぐさだが、彼に限らず多くの仲間はガドラを同様に捉えていた。古くさい原理主義者――だがグロンギという種族の掟は、もはやそれとは相容れないものとなってしまっている。

 

「奴を"掟"から解放してやる。そう約束しただけだ」

「……バッカみてぇ。あんな楽しいことないってのに」

 

 吐き捨てたガルメは、ゲーム機を隣のゴオマに投げ渡した。主な遊び相手だったバヂスはとっくに死に、ガリマは付き合ってくれないとあって、彼はゴオマを鍛えている真っ最中だったのである。半ば無理矢理にだが。

 

「ま、いいや。"ゴ"になるのはガリマだけじゃない、このオレもだ。……いずれ後悔させてやるよ、楽しい遊びにケチつけたことをさ」

 

 まだあどけない少年の顔に、一片の曇りもない純粋な……邪悪な笑みを浮かべるガルメ。

 彼を近い将来の脅威とするならば――彼女は、既に現在進行形の脅威と化していた。

 

 大勢の人が行きかう、渋谷のスクランブル交差点。――地獄絵図と化していた。

 逃げまどう人々。血みどろになって倒れ臥す人々。後者は揃って、頭と胴体が切り離されていた。

 そしてまたひとり。逃げ出す男性の頸が、小気味よい音とともに飛翔する。

 

「案ずるな。苦しませはしない、一瞬で終わらせてやる」

 

 惨劇の中心でつぶやくは、手首から鋭い鎌を生やしたカマキリに似た怪人。胸の膨らみやスカート状の腰巻が、かろうじて女性的な意匠となっている。

 彼女――メ・ガリマ・バは既に数十人を殺戮していた。だが、本丸はこんな逃げるしか能のない者たちではない。

 

「……ビダバ」

 

 その視線の先に捉えるは――この惨劇を終わらせようと駆けつける、"英雄"を標榜する者たちだった。

 




ちなみにヤオモモはレギュラーになるかまだ未定です。


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EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子 3/4

プール!プール!……イイ身体してンなァ、デクゥ!

拙作でも水着回やりたいですが必然的に死のコンダクターさんが張り切っちゃうのでどうしたものか思案中。何かいいご意見あったらくだちゃい。





 渋谷駅前に、未確認生命体が出現――その情報は即座に本庁の合同捜査本部にももたらされた。

 

「エンデヴァーの言うとおりになったか……くそっ、」

 

 毒づく塚内。彼が通信指令室から捜査本部のうち半分のメンバーに帰庁命令を下した矢先の連絡だった。

 いまは管轄のヒーローと所轄が対応してくれているが、それとていたずらに犠牲を増やすだけかもしれない。渋谷に現れた未確認生命体も、これまでで一、二を争う殺傷能力を見せつけているというから。

 

 本部に駆け戻りつつ、塚内は考える。あかつき村は都内だが、渋谷までの到着は二時間近くはみないといけない。それを待ってはいられない。

 

(エンデヴァーは当然動かせないとして……あとは、インゲニウムか……)

 

 インゲニウム――飯田天哉は現在科警研にいる。所属が変わったわけではないから、こういう状況なら動いてもらうことはできる。科警研からなら一時間はかからない。

 ならばと、塚内は迷うことなく携帯を取り出した。連絡を試みたのは、Gプロジェクトの責任者――

 

 

 その頃の飯田天哉はひととおりのレクチャーを受け終え、G2の鎧を纏おうとしているところだった。

 軽量ながら銃弾をも弾く強化ラバーのアンダースーツで首まで包み、その上から各種パーツを装着していく。なかなか手間のかかる作業ではあるが、そのぶん装着者に合わせたパーツの変更・改造が容易なのだと発目明は語る。実際、膝から下はエンジンに干渉しない設計となっていた。自分の戦闘スタイルを保ちつつ、4号並みの力で戦うことができる――

 

「本当に凄まじいものを造り上げたな、発目くん……」感嘆の溜息をつきつつ、飯田がつぶやく。

「ウフfF、お褒めに預かり光栄です!とはいえスペックのぶんだけかかる負担も大きいでしょうから、キツイと感じたら遠慮なくおっしゃってくださいね」

「わかっている。そのためのテスターだからな、役目はきっちり果たさせてもらうさ!」

 

 ぐい、と張られる飯田の胸に、計ったかのようなタイミングで胴を守るアーマーが装着された。クウガのそれに酷似した装甲は、その分厚い体格をより強靭に見せることに成功している。

 

「掴みはばっちりですねぇ、ホンモノより強そうですよ見た目は!」

「お、おぉ、そうか……」

 

 見た目は、と注がつくのが引っ掛かったが。

 

 ともあれ、あとは頭部パーツを装着するのみ――となったところで、プロジェクトの統括責任者のもとへ塚内から着信があった。すぐに飯田に渡される。

 

『インゲニウム、渋谷で事件だ。他の捜査員はあかつき村に派遣していてすぐには戻せないし、4号もいない。すまないが現場に向かってくれないか』

「は!?いや、しかし……」

 

 既に現場で管轄のヒーローたちが応戦しているとはいえ、実務的にも面子的にも捜査本部のメンバーは必要――それが理解できない飯田ではなかったが、自分はもうG2をほとんど装着してしまっている。なんという間の悪さか。

 

――いや、そうではない。

 

 飯田は閃いた。ほとんど装着してしまっているのはむしろ、チャンスかもしれない。

 出動を了承して電話を切ると、発目に対して即座に「頭をくれ」と告げた。

 

「へ?出動なさるんですよね?」

「うむ、だからだ。これ以上ないG2のテストになるだろう!」

「まさかそれを着て実戦に出るというのか!?無茶だ、いくらなんでも時期尚早すぎる!」

 

 慌てて制止する責任者の男性研究員。それはそうだろう、G2が発揮するクウガ並みのマニューバーが人体にかける負担は未知数。戦闘が長引き、飯田の身体が限界を迎えて動かなくなってしまったら――そのあとは想像したくもない。

 無論、飯田にだってそんなことはわかっている。G2での戦闘には大きな危険が伴う。

 だが、

 

「……第4号の助けが期待できない以上、リスクが大きいのは同じです。それどころか、僕自身の力だけでは……」

「インゲニウム……」

「飯田さん……」

「ですがッ、皆さんが不休で造り上げたこのG2ならば!未確認生命体を、この手で倒せるかもしれない……!」

 

 クウガのマイティフォームに迫るスペック。そこに"エンジン"の個性が加われば。

 飯田天哉の固い決意は、開発者たちにとってはそれこそ悪魔の誘惑だった。自分たちの手で生み出したものが、初陣にして目的を達する。それを見届けたいという欲望が一度頭をもたげれば、もはや止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 渋谷での事件発生を知るよしもないまま、緑谷出久は薄暗い屋根裏部屋で、轟焦凍の隣に腰を下ろしていた。――そうすることを許された、と言ってもいいかもしれない。

 出久が望んだ肝心の"話"の内容は、中には出久がクウガとなった経緯や敵連合との死闘絡みなど深刻な話もありはしたが、ほとんどが他愛のないものだった。轟自身やクラスメイトたちの学生時代の日常だとか、爆豪勝己の今昔だとか、出久にとっても友人となった麗日お茶子のポレポレでの働きぶりだとか――

 

「――でね、今日はインゲニウムに会っちゃったんだ!生で見るとめちゃくちゃ大きいしガタイも良くて正直ビビっちゃったけど……僕なんかにも誠実かつ丁寧に応対してくれて、嬉しかったなぁ。なんでか動きがロボットっぽかったのが気にはなったけど……」

「飯田……変わってねぇな」

 

 飯田天哉は、彼にとっては特に親しい友人であったらしい。お坊ちゃん的な毛並みのよさと性格の相性――そうした恒常的な要因も長く交わるうえで当然あったが、決定的だったのは保須市襲撃事件だったという。飯田と轟、そしてもうひとり。"ヒーロー殺し"ステインに立ち向かった――

 

 それからの日々を轟が懐かしんでいると、

 

「やっと、そういう表情(かお)になったね」

「は……?」

 

 出久のつぶやきで初めて、轟は自分の顔が弛んでいることに気づいた。それはあまりに久しくて、一度自覚してしまうと違和感が凄まじい。

 そうこうしているうちに再び険しい表情に戻ってしまったのか、出久は慌てた様子で両手をばたつかせた。

 

「あっ、ごごご、ごめん!……轟くんって、かっちゃんとは別ベクトルで怖い顔してるイメージしかなくて。まあここ以外でちゃんと見たのは体育祭とか活動中くらいだから、それも当然っちゃ当然なんだけど……」

「……まあ、否定はしねえが」

 

 ヒーローである以上、それも当然。ニコニコ笑いながらヴィラン退治なんてできるわけがないのだから。

 しかし自分の二〇年間は、笑顔をなくしてしまうような出来事の連続で。それを思い返す青年は、"左"を覆う醜い火傷痕をそっとなぞった。

 

 その動きに怪訝な思いを抱きつつ――出久もまた表情を引き締めた。

 

「訊いていいかな?きみの身に、いったい何が起きてるのか……」

「……やっぱり、目的はそれかよ」

「ごっ、ごめんなさい本当に!……でも、知りたいんだ。それに限ったことじゃなくて、きみのこと、色々」

 

 「せっかく出会えたんだから」と、まっすぐ轟の目を見て出久は続けた。ふたつのエメラルドグリーンが、純な輝きを放っている。この薄暗い屋根裏部屋の中にあって、それはまぶしいとさえ轟には思えた。

 やがて、

 

「……グラントリノには、どこまで訊いた?」

「えっと……"個性の突然変異"が原因かって訊いたら、半分正解って言われたよ。それ以上はきみにしか話す資格はない、って」

「そう、か」

 

 自分にしか――グラントリノは未だ、自分を"後継者"と認めているということか。こんな、どうしようもない自分を。

 

(でもきっと……あの人には……)

 

 静かに目を伏せて、轟は首を振った。

 

「このことだけは、誰にも話せねえ……。話すわけには、いかねえんだ……」

「轟くん……」

「………」

 

「――わかったよ。でも、何かで力になれたら嬉しいな……ほら、ぼ、僕も化け物、だしさっ!」

「……おまえ、」

「あっごっごめん、"も"はおかしいよね!?きみのは個性が原因なんだし……」

「いや、そうじゃなくて――」

 

 おまえは化け物扱いでいいのか、と至極当然の疑問を轟は抱いたが……それが口にされることはなかった。

 

「……ッ!?」

「?、どうしたの、轟くん?」

 

 怪訝な表情を浮かべる出久の前で、轟はその場に崩れ落ちた。

 

「轟くんッ!?」

「ッ、くる……また……!あいつらが……ッ」

 

 そのうわごとのような声と、加速度的に皮膚を侵していく血管のような光流。それを目の当たりにして、出久は否が応にも察せざるをえなくなった。

 

「あいつらって、未確認……!?まさか、ここにまで……」

「ッ、やめ、ろ……俺は、おれ、は……!」

「轟くん……――大丈夫、僕がなんとかする」

 

 意を決した出久は「ここにいて」と轟に言い含め、階段を駆け下りていった。

 

(緑谷……出久……)

 

 

「――グラントリノっ!」

 

 出久が下階に降りたったとき、当の老人の姿は既に小屋の玄関にあった。険しい表情で外を見据えつつ、背後に現れた青年にとぼけた問いかける。

 

「誰だキミは!?」

「ええっ!?さっきまで一緒にいたでしょッ、緑谷出久ですよ!」

「緑谷……おう、思い出した」カカカと笑いつつ、「おまえも気づいたか。焦凍の奴か?」

「ええ!グラントリノはどうして?」

「外に妙な気配を感じてな。野生動物にしちゃ殺気立っとる」

 

 ほとんど活動していなかったといえど、流石は銀時代から生き残っているヒーローというべきか。

 とはいえ、

 

「ここは僕に任「僕に任せて、とかくだらんことを言うんじゃねえぞ素人!」うっ……」

 

 年老いていても、実力まで耄碌したつもりはない――そんな自信が見え隠れしている。いずれにせよ、出久にそれを止める手立てはない。

 

 そうしてともに外へ飛び出したふたりが見たのは、木々にまぎれるような漆黒の肌をもつ鼠の怪人で。

 

「おまえは、さっきの……!」

「!、リント……!」

 

 出久をクウガと気づかないズ・ネズモ・ダが、下卑た笑い声をあげる。

 

「チョグドギギ……!ゴラゲダヂゾボソギデ、ドブデンビギデジャス!!」

「?、何を言っとるんだ、こいつは?」

「わかりませんけど……ろくなことは言ってませんよ!」

「それもそう……かッ!!」

 

 言うが早いか、グラントリノは個性――ジェットを発動させていた。一気呵成にネズモへ迫る。

 

「グラントリノ!?――ッ、変身!!」

 

 出久もまたクウガ・マイティフォームへと変身、後に続いた。ネズモが慌てて飛び退く。

 

「クウガァ!?ゴセビボンジジギ、ダザンリントジャバギ……」

 

 老人の小さな身体から放たれる回し蹴りは、しかしジェットスピードが乗ったそれは、命中せずとも凄まじい突風を巻き起こさせる。

 

「チッ、かわしよったか」

「~~ッ、バレンジャベゲ!!」

 

 怒りに燃えるネズモが反撃に出ようとするが、

 

「やらせるかっ!」

 

 咄嗟にクウガが割り込み、その顔面を思いきり殴りつける。「グェ」と蛙の潰れたようなうめき声とともに、ネズモは吹っ飛んだ。

 

「ウ、ウググ……」

 

 呻くネズモ。あの虎の未確認生命体――ガドラとは比べるべくもない。どういうつもりかは知らないが、こんな奴なら即刻倒してやる――出久はそう思った。

 

「とどめだ……!」

 

 必殺キックの構え。――しかし次の瞬間、その右脚に電流を浴びたような痺れが奔った。

 

「痛……ッ!?」

 

(またか、なんなんだ……!?)

 

 第19号B――ギノガ変異体との戦い以来、敵を倒そうというときになると時折こんな痺れが襲ってくる。一瞬動きが鈍ってしまう以上の実害はないのだが……。

 

「おい、どうした?」

「ッ、大丈夫です!」

 

 気遣ってくるグラントリノにそう返すと、気を取り直したクウガは今度こそ勢いよく跳躍した。一瞬の隙を、ネズモはモノにできていない。結果は、変わらない。

 

「うぉりゃあぁぁぁッ!!」

 

 

 そのとき、

 

 不意に横から飛び出してきた灰色の影が、クウガを突き飛ばした。

 

「ぐあっ!?」

 

 まったく身構えていなかった彼はそのまま横に弾かれ、木に叩きつけられてしまう。

 

「ぐ、ぅ……」

「ジャサゲンパ、ネズモ!」

「――!」

 

 息を呑んだのは、敵も味方も同じ。無論、その意味はまったく対照的だったが。

 

「ガビビ!ラデデギダゾ!」

「へへへ……」

 

 

「……俺の目がバカになっちまったわけじゃ、なさそうだな」

 

 二体揃ってしまったネズミ種怪人の兄弟を前に、グラントリノが苦虫を噛み潰した。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギン

キノコ種怪人 メ・ギノガ・デ/未確認生命体第19号(通常:A、変異:B)※1

「ギビデダボ……"クウガ"……?(生きてたの……クウガ……?)」

登場話:
EPISODE 15. 死命~EPISODE 17. なんでもない日※2

身長:209cm/207cm
体重:138kg/174kg
能力:猛毒の胞子・攻撃に対する適応力/馬鹿力
※3
活動記録:
長い銀髪に薄化粧を施した美貌をもつ中性的な人間体とは裏腹に、猛毒の胞子を人間の体内に注入して殺害する凶悪な能力をもつ未確認生命体。その口づけを前に第4号も倒れ、一時的に心停止にまで追い込まれた。
一方、格闘能力は当初無きに等しく、初戦では逃げ惑いながら赤の4号に負傷させられたほか、特殊ガス弾の前になすすべなく敗走する失態も見せている。しかしその適応力により、再出現に際しては貧弱だったパワーが高まり、胞子を一気に散布できるようになったほか、強化型ガス弾をまったく受けつけない体質となっていた。そのまま爆心地らを追い詰めるが、復活を遂げた第2号(白い4号)の妨害を受ける。パワーで劣りながらもインゲニウムの支援を活かした彼によって河川敷へ追い込まれ、三連続キックに耐えきれず呪詛を吐きながら爆散。
しかしその凄まじい生命力のために破片に付着していた菌糸が急成長、数時間で知性のないクローン体が誕生。本能のまま暴れ回るゆえにインゲニウムらヒーローにも歯が立たず、また駆けつけた赤の4号をも苦戦させるが、最後は爆心地の爆破を背に受けることで勢いを増した4号のキックを受け、その身は爆発せず溶け崩れてしまった。

作者所感:
個人的にギャリドニキなんかメじゃない(ズくらい?)トラウマグロンギ。やらかしたことは耳タコなほど語りましたので省略しますが、まず見た目が生理的にダメでした。男か女か判別つかない感じが、幼児的にはあかんかったのかな~と。当時流行ってた慎吾ママとかKABAちゃんとかは大丈夫だったんで、単に女装してるとかオカマってはっきりわかるならよかったんでしょうけど。なんか中途半端な感じがダメだった……たぶん。???「中途半端に関わるな!」
変異体はあの孵化前のグロさはまだ理解できなかったので大丈夫でした。しかし数時間で育ちすぎやろ……。

※1 原作では未確認生命体第26号。
※2 A:EPISODE 15~16、B:EPISODE 17
※3 19号A/Bで表記。


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EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子 4/4

……うん、尺が足りなかったよね。
次回予告で出久が言ってる「かっちゃんのある決断」とそれに対する出久のアクションまで本当は入れたかったんですが、次回へ持越しになりゃりゃした。

皆さん既にお分かりかと思いますが遂に轟くんの秘密が明らかになります。ついでに出久の割とどうでもいい秘密も明らかになります。アニメのツマにでもお楽しみください。


 兄弟ネズミの出現を知るよしのない捜査本部の面々のうち半数は、ここあかつき村を順次引き揚げ渋谷に向かおうとしていた。

 鷹野警部補、森塚巡査もそのひとり……もといふたりで。

 

「じゃあ、こっちは頼んだわよ爆心地」

「僕らがいなくても皆とうまくやれよ~」

「ガキかよ俺は……とっとと行ってください」

 

 言われるまでもなく、ふたりの刑事は峻険な山道をパトカーで去っていった。

 それを見送りつつ、勝己は「チッ」と舌打ちを漏らす。

 

(……ウゼェ雨)

 

 初夏とはいえ、いつまでも雨に打たれていると身体が冷えに冷えてしまう。ヒーロースーツの上から着ているレインコートもあまり役に立たない。汗を武器とする勝己にとって、それは命取りにも等しかった。本当は、グラントリノたちに同行すべきだったのかもしれないが――

 

「轟……」

 

 自分が唯一、ライバルと認めた男。自分より上だと、認めざるをえなかった男。

 それがいま、こんな山奥に逼塞している。苦しんでいる。認められたがゆえに与えられた、大きな力のために。

 

 

 いま自分の頭の中には、ひとつの選択肢が浮かんでいる。しかしそれを選びとることは、かつての自分も唯一憧れた男も、轟焦凍を過大評価していたと認めることに他ならない。

 

「……ッ、クソっ」

 

 自ら志を曲げる選択肢を検討しなければならない。少年時代は思いもよらなかった現実に青年が堪らず呪詛を吐くのと、携帯が振動するのが同時だった。

 

「……はい」

『すまない、いま大丈夫か?』

 

 相手は塚内管理官だった。声がわずかに上擦っている。

 

「ヤバかったら出てません。なんすか?」

『それもそうだな……ハハッ。いや笑ってる場合じゃないんだ、ちょっとまずいことになってね』

「まずいこと?」

『ああ。――エンデヴァーが庁内から消えた。携帯もつながらない』

「は……?それって――」

『轟焦凍の件を伝えた直後だ。……しくじったよ、表向き平然としていたから目を離してしまった。多分そっちに行くと思うから、なんとか見つけて足止めしてくれないか』

「……わかりました。なんとかします」

『頼むよ。九分九厘、親子感動の再会とはいかないからな……』

 

 最後に『すまない』と謝罪のことばを口にして、塚内が電話を切った。沈黙した冷たい金属の塊をレインコートのポケットに放り込み、勝己はそっと眉根を寄せた。まだ迷いのある自分を、振り払わねばならないときが来ている――

 

 

 

 

 

 ネズミ種怪人 ズ・ネズマ・ダとズ・ネズモ・ダ兄弟。グロンギには珍しい二体がかりでの連携を得意とする彼らは、グロンギの"掟"に適応できないがゆえに下位のズ集団に甘んじていた。

 実際、単体での実力はズの中でも下位――しかし二体揃えば、話は違ってくる。

 

「――ぐ……ッ!」

 

 呻き声をあげるクウガ。彼は防戦を強いられていた。スピードを活かした目にも止まらぬ連携攻撃。それに対してのクウガとグラントリノは、つい数時間前に出会い、少しばかり会話をかわした程度の間柄。ふたりいる利点を活かせるはずもない。

 

「無理に俺に合わせようなんて思うな、俺がおまえに合わせてやる。だから存分に戦え!」

 

 グラントリノがそう叫ぶが、クウガはどこか消極的だ。「そう言われたって……」というつぶやきが漏れてくる。

 

(見ず知らずのジジイの言うことなんざ信用できねぇか……)

 

 それができるという自負はあるといえど――どうしても対等には見られず、守るべき対象と認識してしまっているのだろう。自分が老齢であることが、足枷となってしまっている。

 ならば、

 

「どりゃあッ!!」

 

 ジェットで一気に前衛へ出たグラントリノは、その勢いのままにネズモへと攻撃を仕掛けた。ネズマとの距離を開かせようと試みる。

 

「グラントリノ!?」

「こうなったら、各個撃破といくしかないだろ!」

 

 サシに持ち込めば敵を弱体化できる。こちらは気兼ねなく戦えるようになる。いいこと尽くめだとグラントリノは考えたし、実際そのとおりだった。

 

 が、ネズマ&ネズモはそうした自分たちのウィークポイントを把握していた。

 

「ガゲスバァ!!」

「!」

 

 クウガの相手に集中していたように見せていたネズマが、唐突に動いた。鋭い爪を振りかざしてクウガが咄嗟に防御姿勢をとったその隙を突き、グラントリノへ襲いかかったのである。

 

「チィッ!」

 

 グラントリノもさるもの、半ば不意打ちだったそれを素早くかわしてみせたものの……わずかに、息があがっている。

 

「グラントリノっ!――超、変身ッ!!」

 

 逸るクウガの全身が青い光に包まれる。身軽なドラゴンフォームとなった彼は拾い上げた木の枝をドラゴンロッドに変え、グロンギの前に立ち塞がった。

 

「お前らの相手は僕だッ!!」

 

 勇ましく叫びつつ、ロッドを振り回す。その実、彼はひどく焦燥に駆られていた。

 相変わらず乱暴だが、いつも的確にサポートしてくれる幼なじみ。彼はいま、そばにはいない。呼んでいる暇はないし……未だ降り続ける雨は、彼の力を現在進行形で削ぎ続けていることだろう。

 

(かっちゃんには頼れない……。僕が、守らなきゃ……!)

 

 グラントリノも――轟焦凍も。

 

 

「……みどり、や、」

 

 本能に抗えずにふらふらと小屋から出てきた轟もまた、その背中を認めていた。異形へと変わり果てた背姿は、荒く上下し続けている。――何より、"守る"ために。

 彼はヒーローではない。心根の優しい、ただの学生――その優しさゆえに、偶然得た力を振るって戦っているのだ。

 

「おれ、は……」

 

 衝動とは似て非なる怒りの感情が、ふつふつと沸き立ってくる。ヒーローであるはずの自分が、ただ恐れ守られるだけでいる――そんなことが、許されるわけがない。

 

(俺、だって……!)

 

 その左手が、真っ赤に燃えて――

 

 

――刹那、ネズマとネズモ目がけて、烈しい火炎が躍りかかっていた。

 

「「ヴギャアッ!?」」

 

 これは流石に完全なる不意打ちだった。二体はあっという間に火だるまになり、その場を転げ回っている。

 

「なっ――」

「――!」

 

 それを目の当たりにしたクウガとグラントリノが振り向いたときにはもう、轟は跳んでいた。

 

 

「うぉおおおおオオオオオッ!!」

 

 全身が輝き、皮膚という皮膚に光流が奔る。それが、後ろに引いた右腕に収束し――

 

――乾坤一擲のストレートとして、放たれた。

 

「グガブァッ!!?」

 

 拳が接触した途端、顔面が大きくひしゃげ、もとの形を取り戻すことのないままネズマは吹き飛ばされる。――凄まじい、威力。増強系の個性だったとしても、並大抵のものではグロンギ相手には通用しない。まして轟のそれは、左半身で炎、右半身で氷を操るもののはず。

 

 ほぼ唯一、これだけの力を生身で発揮できる者があるとしたら、

 

「焦凍ッ!!」

「!」

 

 グラントリノの喉を自ら痛めつけるような叫びに、出久ははっと我に返った。轟はその場に膝をつき、しきりに身体を震わせている。ビキビキと音をたてながら、全身に光流が広がっていく――

 

「轟くん……ッ」

 

 出久は……クウガは揺れる感情を強引に押さえつけた。いま自分が優先すべきは、彼をあの化け物の姿にしないこと――

 

 そのために。クウガはドラゴンロッドを振り回し、高く高く跳びあがった。

 そして、

 

「うぉりゃあぁぁッ!!」

 

 倒れたネズマの腹部目がけ、先端を力いっぱい叩きつける!

 「グギャ」と潰れたカエルのような断末魔を発して、その身は容易く爆散した。古代文字が浮かび、ひび割れが発生したのはほとんど一瞬だった。

 

「ガァ、グ……ガッ、ガビビィィィ!!」

 

 火鼠と化しながらも、兄を呼んで絶叫するネズモ。グロンギのことばであれ、それが激しい悲しみを表していることは出久にもわかる。

 だが……そんなことで、躊躇ってはいられないのだ。

 

「はッ!!」

 

 ドラゴンロッドをその場に打ち捨て、跳躍する。頂を越え、跳び蹴りの姿勢をとったところで――赤に戻る。

 

「お、りゃあッ!!」

「ガハァァッ!?」

 

 炸裂する、マイティキック。三〇トンもの威力を誇るそれはたちまちネズモをも吹っ飛ばした。雨によってその身を包む火が消し止められたにもかかわらず……次の瞬間、彼もまた兄のあとを追うことになったのだった。

 

 

「ッ、ハァ、ハァ……うッ……」

 

 雨音とともに響く、轟の荒ぶった呼吸。すぐさまグラントリノが駆け寄り、その背中をさする。

 

「焦凍、しっかりしろ!……ったく、なんであんなムチャしたんだ、おまえ」

「………」

 

 光流ともども、ようやく呼吸の鎮まってきた轟。グラントリノの問いに、彼は黙して語ろうとしない。そして追及する間もなく、何処からかパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。

 

「!」

「まずいな……。――緑谷、焦凍連れてこっから離れろ」

「そう、ですね……。轟くん、立てる?」

「……ああ」

 

 濡れた身体を震わせる轟を後ろに乗せ、出久はトライチェイサーを発進させた。

 

 山深い獣道を走ること数分――ふたりがたどり着いたのは、川の流れのほど近く。そこで大木の幹に寄りかかり、轟は身体を休めている。

 

「少し雨も弱まってきたし、ここならあんまり濡れないで済むかな……」

「………」

「轟くん、大丈夫?身体冷やすとよくないよ……あ、まあ、それどころじゃないとは思うんだけど……」

「……問題ねえ。あまりやりたかないが……こういうこともできる」

 

 ごちるようにつぶやくと、轟は自身の左半身をわずかに燃焼させ、全身に熱を伝えた。彼の個性は"半冷半燃"――ただ炎や氷で敵を攻撃するだけでなく、そういう穏やかな使い方も可能なのだ。

 

「わぁ……」出久は目を輝かせ、「戦闘のイメージが強かったけど、そんな活用法もあるんだね。雪山とか、寒冷地での救助任務にも使えそう……あ、右なら逆のことできるよね?」

「!、……まぁ、な」

 

 「そっか、万能だね!」と、なぜか嬉しそうに出久は微笑む。相反する力の融合した自分の個性、そういう利点があることは当然ずっと昔から理解しているが……面と向かってこんな具体的かつ純粋な称賛を浴びたのは、いつ以来のことだったか。自分も周囲も、いつしかそんなの当たり前だと思うようになっていたから。

 

「俺は……自分の個性、あまり好きじゃねえんだけどな。右はそんなことねえけど……左は」

「そっか……自分の中ではやっぱり色々あるよね。僕からしたら本当にすごくてカッコいい個性だけど……」

「まぁ……褒められて悪い気はしねえ。それは素直に受け取っとく」

「うん。――………」

 

 不意に出久が難しい顔をして黙り込む。何を考えているかは手にとるように察せたが……轟もまた、沈黙していた。

 やがて、彼が口を開く――

 

 

「僕が最後におねしょしちゃったの、小五のときなんだ」

「……は?」

 

 予想外すぎる内容に、轟は思わず呆けてしまった。小五でおねしょ?いやそれ以前に、なんでいまそんなことを?

 

「五年生ってさ、学校行事で自然学校ってあるじゃない?ほら、二泊三日とかでやる」

「あった……ような気はするが」

 

 あまり記憶がない。雄英に入学するまでのことは、彼にとってほとんどそんなものだった。

 

「僕、無個性でどんくさかったせいもあって友達いなくてさ……だいぶいじめられっ子だったんだ、ほぼかっちゃんが主犯だったんだけど……アハハ」

「それ、笑いごとじゃねえだろ」

「ほ、ほらまぁ、いまとなっては……っていうか。――でね、そんなだったから寝る時まで皆と一緒っていう状況にすごく緊張してたみたいなんだ、僕。それで……」

 

 普段は絶対にしないような失態を、犯してしまった。いま思い出しても恥ずかしく、情けない記憶。もっとも、それだけではないのだが――

 

「なんでンなこと、俺に話すんだ?」

 

 当然の疑問。仮に友人であったとてべらべら吹聴するようなことではないし、そもそもそんな話をする流れではなかった。

 無論、出久にもそれなりの意図があって。

 

「色々考えたんだけど……僕が人に知られたくない一番の秘密って、それかな~って思って。きみの秘密を追及するなら、最低限こっちも教えないとフェアじゃないでしょ?」

「……そういうことかよ」

 

 轟は小さく溜息をついた。意図的にこちらの気を弛緩させようとしているなら、信じられないくらい効果的だと思った。

 

「さっきのきみのパンチ……オールマイトに、そっくりだった」

「………」

「きみの異変とオールマイトって、何か関係があるの?」

 

 出久はもう、九割方真実へと近づいている。あと一歩――そこへたどり着くのは、自力では不可能だろう。しかし、自分さえ口を開けば。

 

 話すべきではないし、話す資格もない……その気持ちは、いまでも変わらない。――だが、この青年は?

 

 この青年には知る資格があるのではないかと、そう思った。ヒーローではなくとも、英雄(ヒーロー)たる心をもつ、この青年には。

 

「……いまから話すことは、この世界でたった数人しか知らない……そういう話だ」

「………」出久がごくりと唾を呑み込む。

「だから、絶対に口外はすんな。いいな?」

「……わかった」

 

 出久が了承するのを認めて、轟は口を開いた。己の手を、見つめながら――

 

「いまの俺が持ってる個性は、"半冷半燃"だけじゃない」

「え……どういう、こと……?」

「そのままの意味だ。俺の身体にはいま、もうひとつの個性が宿ってる。――オールマイトから、受け継いだ個性が」

「受け、継いだ……!?」

 

 受け継ぐ?個性を?

 

「そんなの……だって個性っていうのは、その人に生まれつき与えられた能力で……」

 

 個性はその名のとおり、個に宿った特性というべきもの。他人に譲ったり、貰えるものではない。でなければ、自分の苦しみは一体――

 

「……ふつうはな」うなずきつつ、「あの人の個性は特別なんだ。いや……そういう個性って、言うべきかもな」

「!、まさか……」

「そうだ、オールマイトの個性――"ワン・フォー・オール"の真髄は肉体強化じゃねえ。力を譲渡する"力"……人から人へ、脈々と受け継がれてきたものだ」

「――!」

 

 出久は、息を呑むしかなかった。かつて憧れだった最高の英雄、そして目の前の青年が、背負ってきたもの……。

 

「雄英に在籍してたとき……俺はあの人に認められ、この力をもらった。……嬉しかった。俺は他の誰でもない、オールマイトのようなヒーローになりたかったから」

「オールマイトのような、ヒーロー……」

 

 知らなかった。ヒーロー・ショートは短い活動期間、爆心地以上に固く口を閉ざしていたから。

 

(……僕と、同じ)

 

 出久の内心をよそに、後継者の独白は続く。

 

「オールマイトやグラントリノ……他にもたくさんの人に支えられて、ようやくこの力をなんとか扱えるようになって……でも……」

 

 ヒーローとしてデビューして程なく、身体に異変が起こった。それまでオンオフ自在だったワン・フォー・オールの制御がきかなくなりはじめた。ヴィランを前にして敵愾心が湧く度に個性が暴走し、危うく殺してしまいそうになったときもあった。

 そして、

 

「俺の身体は、あの化け物に変わるようになった」

 

 激情を抑えることができず、周囲の何もかもを見境なく破壊する……化け物。敵も、味方もなく。

 

「俺はもうヒーローではいられねえ、そう思った。だから俺は逃げ出したんだ、何もかも棄てて……」

「……でも、でもなんで、そんなことに。オールマイトは、そんなふうには……」

「……オールマイトはな、元々無個性だったんだよ」

「!」またしても、驚くべき真実。

「無個性――ある意味ニュートラルだったから、純粋なワン・フォー・オールの器になれた。でも俺には自分の個性があった。それも、ふたつが融合した個性がな」

 

 既にいっぱいになっている器は、"三つ目"の個性まで受け容れることができなかった。それゆえに、器は自ら形を変えるほかなかった。

 だが轟自身は、それだけだとは思っていなかった。

 

「……あの姿になっても、何もわからなくなっちまうわけじゃない」

「え……」

「意識はあるんだ。でも……俺の中にある怒りや憎しみ、汚ぇモンを抑えられなくなって、何もかも壊そうとしちまう。俺の中から、そういう気持ちが消えねえから……」

 

 「この傷」と、轟は右目の周囲、醜い火傷痕を指差した。

 

「……昔、母は俺に、煮え湯を浴びせた」

「な……!?」

 

 いよいよことばを失った出久を前に……轟焦凍は、独白を始めた。

 

 

『おまえの、左が憎い……!』

 

 

 憎悪と憤怒にまみれた化け物はその日かすかに、しかし確実に、産声をあげていたのだ――

 

 

つづく

 




デク「次回、予告」

デク「轟くんの壮絶な過去。ある決断を下すかっちゃん。僕は……僕には、一体何ができる?」
轟「憎い、憎い憎い憎い!!殺す、殺してやる――ウォオオオオオオッ!!」
デク「駄目だ、轟くん!」
轟「うるせえッ、消えろ消えろ消えろ――ッ!!」
デク「……轟くん、きみの憎しみは僕には消せない。でもッ、きみは僕が止める!僕が、きみを救けてみせる……!」

EPISODE 20. 轟焦凍:リオリジン

轟「俺は……俺は……!」
デク「きみはきみだ!きみのままで、変わればいい!!」

轟「ッ、さらに、向こうへ……!」


デク&轟「「プルス・ウルトラ!!」」


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EPISODE 20. 轟焦凍:リオリジン 1/4

学生の方は免許の取得とか考えてらっしゃいますか?
もし取ったらなるべくマメに乗るようにしたほうがいいです。

東京住みだったせいもあって取得から三年半乗らずにいた作者は一昨日久々に乗って前輪をぶっ壊す自爆をしました。相手がいなかったのがもっけの幸いではありますが……。

才能マンのかっちゃんならペーパードライバーになったとて問題なく運転できちゃうんだろうなぁとおもいました。(小並感)


 轟焦凍の父は、かつてのNo.2ヒーロー・エンデヴァーだった。"ヘルフレイム"の個性をもって凶悪なヴィランに打ち勝ち、限りない富と名声を得てきた強者。

 

 そんな非の打ちどころのない、立派な父親を、

 

 

――轟焦凍は、憎んでいた。

 

 

「あの男は、個性目当てで母を無理矢理娶った。――"個性婚"、聞いたことくらいはあんだろ」

「う、うん。でも、エンデヴァーはどうしてそんな……」

「これも知ってると思うが、奴は万年No.2ヒーローだった。No.2の座を守り続けてると言えば聞こえはいいが、裏を返せばNo.1にはなれねえってことだ」

 

 当然といえば当然だ。――その座には、"平和の象徴"オールマイトが君臨していたのだから。

 

「奴はヒーローになってからずっと、オールマイトに勝つことに固執し続けていた。……だが自分の力では勝てねえとわかって、個性婚に手を出したんだ」

「!、まさか、自分の子供に……?」

「そうだ。奴は自分の()に強力な個性を与えて、オールマイトを超えるヒーローに仕立てあげようとした」

 

 自身の炎と妻とした女の氷――その両方を受け継ぐ子供。三度の"失敗"の果てに、遂にそんな願望が成ったのが焦凍だった。

 焦凍に個性が芽生えるや、エンデヴァーはまだ幼い彼に虐待まがいの苛酷な訓練を強いた。子供らしく無邪気に遊ぶことも許さず、泣き叫んでも許さず。見かねて止めようとした妻に耳を貸さないどころか、あまつさえ暴力を振るった。

 元々気丈ではなかった彼女――焦凍の母は、どんどんおかしくなっていった。

 

 そして、ある日、

 

「――"おまえの左が憎い"。煮え湯を浴びせたその瞬間、母は確かにそう言った」

「………」

「だから俺は、右の力だけでヒーローになるんだと決めてた。決めて、雄英に入った。……でもそれじゃ駄目なんだって、オールマイトや爆豪……皆に教わってやっとわかった」

 

 半分だけでも、焦凍の個性は十分強力だ。ヒーローになることは可能だろう。――でももし、左を使わねば誰かを救えない状況に直面したら?自分のプライドを優先して、救いを求める誰かを見捨てるのか?

 

『ンなモン、テメェの父親以下だろうが!!』

 

 対峙する真紅が、そう教えてくれた。

 

 

「それであの体育祭の試合から、左も使うようになったんだ……」

「ああ……。――だがな、左を使うことは許せても、あの男を許せるわけじゃねえんだ。母をあんなになるまで追い詰めた、あの男を……」

「轟くん……」

 

「俺はずっと、憎しみを消せないまま生きてきた。オールマイトの後継者でいることで、蓋をして、誤魔化して……だから駄目だったんだな、俺は。平和の象徴に相応しくない汚ぇ感情を、こいつに見抜かれて……だからきっと、罰を与えられたんだ」

「罰……?」

「汚ぇモン抱えてるくせにヒーロー面して、あまつさえオールマイトの後継者に納まろうとした。……それは、許されねぇことだ」

「……ッ」

 

 フッと自嘲の笑みを浮かべて、焦凍は身体の力を抜いた。くたりと幹に背中を預ける。

 

「……そういうことだ。俺は最初っから化け物だった――それだけの、ことなんだよ」

 

 化け物に、この力は相応しくない――

 

 

「……だったら、」

 

 ことばを失っていたと思われた出久が、不意に口を開いた。

 

 

「だったらどうして、その力を手放さなかったの?」

「……!」

 

 焦凍がはっと顔を上げれば――あの澱みないエメラルドグリーンが、じっとこちらを見下ろしていて。

 

「……責めてるわけじゃないよ。そうすれば暴走も収まったかもしれないのに、きみはそうしなかった。その理由は、何?」

「り、ゆう……」

 

 再び俯きかける焦凍。それを許さないとばかりに、出久もまたしゃがみ込んだ。まっすぐに、射抜かれる。

 

「本当はまだ、あきらめたくないからじゃないの?オールマイトのようなヒーローに、いまでもなりたいと思ってるからじゃないの?」

「俺、は……」

 

 そうだ。この青年に守られる立場になって、まずもって覚えたのは悔しさだった。だから自分はあの瞬間、目を逸らすことより立ち向かうことを選んだ。

 

(俺はまた、ヒーローに……)

 

 

「――くっちゃべんのもそこまでだ」

「「!」」

 

 険しい声にぎょっと顔を上げたふたり。木々を掻き分けるようにして姿を現したのは、雨具から漆黒のヒーロースーツを覗かせた紅眼の青年。――出久にとっても焦凍にとっても、ある意味特別な存在。

 

「かっちゃん……」

「爆豪……」

 

 爆豪勝己――その存在を認めて、出久ははっとした。いまの話……焦凍の秘密を、聞かれてしまったのでは?

 そんな懸念が漏れていたのか、焦凍が小声で耳打ちしてくる。

 

「問題ねぇ、爆豪は全部知ってる」

「!、そうなの?」

 

 先ほどの遭遇の際、何かを察知した様子だったのはそういうことだったのか。出久はようやく合点が行った。

 

「――轟、」

「!」

 

 名を呼ぶ声は、低められてはいるが落ち着いていた――不自然なほどに。

 そしてそんな声音に、出久は心当たりがあって。

 

「テメェ自身が言ったとおりだ。――テメェは、ワン・フォー・オール(そいつ)の後継者に相応しくねえ」

「……!」

「なっ……かっちゃん、何言って――」

「テメェは黙ってろクソデク」

 

 冷たく斥けて、勝己は……言い放つ。

 

「その力、俺が貰ってやる。後継者候補だった、この俺がな」

「!?」

 

(かっちゃんが……候補……?)

 

 オールマイトを継ぐ者――次代の、平和の象徴。

 オールマイトは彼自身と彼の数少ない仲間とともに、その力の後継者を探していた。複数選び出された候補者の中に、爆豪勝己の名があったことは確かだった。

 

「俺、は……」

「目ぇ逸らしてんじゃねえぞ半分野郎」

「……ッ、」

「その力ァ大事に抱え続けて、テメェに何ができた?これから何ができる?……いまのテメェにできんのは、暴走して何もかもぶっ壊すことだけだろうが!」

 

 

「ふたつにひとつだ、轟焦凍。いまここで俺に力ァ渡すか……それとも、心中するか」

「……!」

「化け物に持たせとくくらいなら、消しちまったほうがマシだろうが」

 

 疎外されてしまった出久は、傍観者たるその立場ゆえにはっきりと見てしまった。――いよいよ進退窮まった、焦凍の絶望に染まった表情(かお)を。

 

「………」

 

 数十秒の間ことばもなく項垂れていた青年は、やがて徐に立ち上がった。その動作はあまりに緩慢で、弱々しくて。そのヒーローとしての矜持が風前の灯火であることを、如実に示していた。

 

「爆豪……俺は……」

「………」

 

 一瞬の逡巡のあと――彼の首が、ゆっくり、縦に振られようとして……。

 

 

「――駄目だっ!!」

 

 気づけば出久は、この川辺に響き渡るほどの大声でそう叫んでいた。

 

「駄目だよ、轟くん……。もしその力を手放したら、今度こそきみはヒーローに戻れなくなる」

「緑、谷……」

 

 自らもまた立ち上がった出久は、焦凍を庇うようにふたりの間に割って入った。

 

「ッ、デクテメェ……!」勝己の額に青筋が浮かぶ。「黙ってろ、っつったよなァ……!?」

「聞いてかっちゃん。暴走が心の問題だっていうなら、轟くんはきっと乗り越えられる!僕はそう信じてる!!」

「信じるだァ?今日そいつと顔合わせたばっかのテメェに、そいつの何がわかるってんだ!?」

「わからないよ……わからないことだらけだ!でもひとつだけはっきり信じられるッ、轟くんが、間違いなくヒーローなんだってことは!!」

「……ッ、」

「かっちゃんこそ、三年も一緒に過ごしてきたんだろ?ずっとそばで、轟くんを見てきたんだろ!?」

 

「――そのきみが信じないでっ、誰が信じてやるんだよ!?なのに……なのにンな簡単に、あきらめるなよ!!」

「――ッ!」

 

 

――ブチリ、

 

 

 何かが切れる音を、勝己は聞いた。

 

 

「ンで……テメェは……いつも、いつも……!」

「……!」

 

 一瞬俯き――顔を上げた勝己の瞳は、とどまることを知らない憤怒に覆われていた。レインコートを投げ捨て、その手から爆破を起こす。

 

「どけよクソナード……どかねえなら、テメェからぶっ殺す……!」

「ッ、かっちゃん……」

 

 鼻白みつつも……出久ももう、あとには退けなかった。

 

「僕はもう決めたんだ……轟くんを守る!!」

 

 「変、身」――搾り出すような声音とともに、出久の姿が赤いクウガのそれへと変わる。

 

 雨の中、異形と英雄とが対峙する。静かに、踏みしめるように、互いにその歩を進め――

 

「――うぉらぁアアアアアッ!!」

「うぉおおおおおおおッ!!」

 

 

 ふたつの焔が、ぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 一方、渋谷。

 

 駅前スクランブル交差点で発生した事件は、未だ収束の気配を見せぬどころか、対応に当たったヒーローたちの中からさらなる被害者を出す結果となっていた。

 いまもまたひとり、スパンという軽快な音とともにヒーローの頸が宙を舞った。――カマキリ種怪人 メ・ガリマ・バの死神の鎌によって。

 

「少しは楽しませてもらった……少しはだがな」

 

 そうつぶやくや、左手首にぶら下げた腕輪の珠玉をひとつ、移動させる。まだ触れていない珠玉は……残りふたつ。

 

「ガド……ドググビンザバ」

 

 顔を上げたガリマの紅い双眸は、残されたふたりの若いヒーローを捉えていた。

 

 

「ゴルトリオン――ッ!!」

 

 たったいまその命を散らした事務所の先輩ヒーローの名を、エレクトリカルヒーロー・チャージズマこと上鳴電気は絶叫していた。

 雄英高校を卒業してまだ二年と二ヶ月、類似した個性をもつゴルトリオンは彼にとって尊敬すべき先輩だった。厳しくも優しく新米の自分を見守ってくれて、守るべきものたちの目に、常に勇敢な背中を刻みつけていた。名前そのままの獅子のような顔立ちが柔らかくはにかむのを、もう二度と見ることはできない。数秒かけてようやくそのことを認識して、上鳴の心は煮えくり返った。

 

「テメェェェッ!!許さねぇぇぇぇ――ッ!!」

 

 ヒーローとして、人間として。せめぎあうふたつの憤怒をひとつにして、彼は己が個性の最大級を見舞った。進軍を再開しようとしていたガリマは、全身に高圧電流を浴びてその歩みを止めた。常人なら黒焦げになってしまう電光、平然としていられるわけはない。

 

「グ……ッ、ボン、デギゾ……!」

 

 もっとも、逆に言えば"その程度"なのだが……。

 

「チックショ……!」

「ッ、無理だチャージズマ!ゴルトリオンが負けた相手に、アンタひとりじゃ……!」

 

 そう上鳴を制止したのは、彼と同期の女性ヒーロー、イヤホン=ジャックこと耳郎響香。所属事務所は上鳴と異なるが、彼女もまたこの渋谷周辺を管轄としている。

 

「……わかってる!」

 

 激情を露わにしながらも、上鳴にはまだ冷静な部分があった。少なくとも、自棄になったわけではない。

 

「だからって、俺らが退くわけにはいかねぇだろ……ッ!」

「……ッ、」

 

 そう、自分たちはヒーローだ。たとえどんな強敵が相手だろうと、自分の命が危うかろうと、一歩も退くわけにはいかない。それでしか、無辜の人々を守れないのなら。

 

「だったら、アンタがウェイになる前に決めるしかないね……!」

「そーいう、コト……!」

 

 覚悟を決めた耳郎もまた、ヒーローネームと同名の個性を発動させた。耳朶が変形したコード、その先端のプラグを地面に突き刺す。

 

「準備OK!」

「おしッ、いくぜ必殺――!」

 

 

「「ライトニングソニック!!」」

 

 上鳴の電撃で痺れた相手に、地面を介して耳郎の爆音を浴びせる――ふたりの合体技。痛覚と聴覚、二方向から耐えがたい刺激を送り込むことで、標的の意識を強奪してしまう。もっともやり過ぎると後遺症を残してしまうので、威力の調節が重要になるのだが……。

 

 今回に限っては、その調節を一切していない。なんの躊躇もなくこれだけの骸をつくり出した化け物相手に、手心をくわえてやる道理などないのだ。

 

「グ、ァ、アアアアアア……ッ!?」

 

 電撃のみにはなんとか耐えていたガリマが、遂に悲鳴をあげる。

 

(効いてる……!)

 

 殺害は無理。にしても、気絶させられれば捕獲という選択肢も生まれる。あとはどちらの体力と精神力が上回るか――

 

 やがて、

 

「ウ、ァァ……」

 

 ガリマの全身から力が抜け、ばたりとその場に倒れ伏した。

 

「ッ、やったか……?」

「うぇ、ウェイ……ギリギリだった……」

 

 上鳴は危ないところだったが、どうにかなった。若手だからと避難誘導に回らず、最初からこうして戦えていれば……傲慢に思える後悔だが、いまこのときばかりは無理もない心情だった。警官や先輩ヒーローたち、その多くの命が失われたことを思えば――

 

 

――だが結局、それは傲慢であることに変わりはなかった。プロヒーローたちが雁首揃えて差し出す羽目になったのは、まぎれもない現実なのだから。

 

 ひとまずヴィラン捕獲用ネットを被せようと接近するふたり。気絶したように見えるガリマ。投げ出されたその指が、ぴくりと動いて――

 

 

「響香っ!!」

「!?」

 

 刹那、上鳴が耳郎に飛びかかり、そのまま地面に押し倒した。何をするんだ、とは訊くまでもなかった。緑色をした鋭い影が耳郎の頸があったあたりを薙ぎ、突風を巻き起こしたのだから。

 

「ッ、大……丈夫か……?」

「あ、あたしは……。――あんたこそ……!」

 

 上鳴のヒーロースーツ、その左の袖がバックリと引き裂かれ、覗く二の腕もまた皮膚の裂け目から血を垂れ流していた。

 

「こんくらい、なんてことねえ……!」

 

 実際、出血は酷いが致命傷ではない。腕を斬り落とされたわけでもない。自分はまだ、戦える――

 

 闘志を燃やして振り返った上鳴が見たのは、やおら鎌を振り上げる緑の死神の姿で。

 

(あ……やられる)

 

 自分でも驚くほど冷静に、上鳴はそう思った。淡々とした脳の処理に合わせて、身体が勝手に動く。立ち向かうのでも、ましてや逃げるのでもない。耳郎に覆いかぶさるようにして、庇う――

 

「電気……ッ!?」

 

 呆然と目を見開く彼女を認めて、上鳴はフッと笑みを浮かべた。自分はいま、少しはヒーローらしいだろうか。カッコイイだろうか。一足先に向こうへ行ったゴルトリオンら先輩たちには、怒られてしまうだろうが……。

 

 万感の思いごと、上鳴電気の頸が刈り取られる――と、思われたそのとき、

 

 響いたのは、派手な衝突音だった。

 

「グァ!?」

「!」

 

 うめき声とともに吹っ飛ばされるガリマ。ホイールが、濡れた路面を滑る音。

 上鳴と耳郎が目の当たりにしたのは、特徴的なカウルをもつモノトーンのマシン。赤色灯が煌めいている。彼らは知らなかったが、それは配備が開始されて間もない警察の最新型の白バイだった。――名を、"トライチェイサーα"。

 

 その騎手は、警察官ではなく――

 

「4号……か?」

「……なんか、違くない?」

 

 耳郎の指摘したとおりだった。第4号にしては、あまりに機械的すぎる姿。映像や写真でしか見たことがなかったが、記憶にある生々しい容貌と一致しないことは間違いない。

 マシンを降り立った4号()()()は、ふたりに巨大な赤目を向け、

 

 

「上鳴くん耳郎くんッ、怪我はないか!?」

「――!?」

「その声……まさか、飯田!?」

 

 飯田天哉――自分たちの"委員長"である彼が、4号?いや、もどき?思考の整頓がかなわず、ふたりは混乱に陥りかける。

 それらを吹き飛ばすように、異形は本来の彼そのままの毅然とした声音で続けた。

 

「詳しいことは話せないが、この装備は科警研の試作品であってだな……。――それより、ここは俺に任せてくれ!」

 

『G2システム、オペレーション開始です!』

 

 メット内部のインカム越しに響く声に「了解!」と応じ、

 

「このG2が、おまえを討つ!!」

 

 ヒーロー・インゲニウムはG2を名乗り、未確認生命体(ターゲット)の面前に立ちはだかった。

 




ライジンヒーロー・ゴルトリオン

個性:チャージングメイン
たてがみ状の頭髪に充電することができるぞ!貯めた電気は一気に放電したり全身に纏ったり自由自在だ。充電度合いに応じてたてがみは逆立っていく。ゼロパーセントだとただの猫顔のロン毛のオッサンだ!


上鳴電気と同じ事務所に所属する、ライオンのような風貌が特徴の中堅ヒーロー。本名:獅子吼 金剛(ししく こんごう)。
後輩への説教の際の殺し文句は「おまえそれサバンナでも同じこと言えんの?」。ちなみに東京生まれ東京育ちである。
力押しを好みそうな外見とは裏腹に、ヴィランを電気ショックで気絶させ、負傷させることなく捕縛するのを得意とする技巧派。
豪放磊落、公明正大を地で行く性格で、非常に好感度の高いヒーローのひとりだった。悪に毅然と臨む厳しさと常に弱者を慮る優しさは、上鳴の今後のヒーローとしての在り方にも大いに影響を与えていくことだろう。


地味に初めてオリジナルヒーローを出したので(初だよね?)ちょっと設定公開。プロットにはなかった思いつきですが、割と主要人物に食い込みつつある心操くんですらそうだったのでそんなモンです。
流れ作業のように人が死んでいく作品ですが、殺されるためだけに登場するキャラにもそれぞれの人生があるんだなぁ……と思っていただければ。


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EPISODE 20. 轟焦凍:リオリジン 2/4

一日遅れですがかっちゃん誕生日オメデト(テレ朝開局50周年を祝うディケイドっぽく)
ちなみに一条さんが4/18なので二日違いです。一条さんは今年で44歳……恐らくまだ独身、かっちゃんも誰かと結婚する未来が見えないです。

さてさて、今日のアニメのサブタイ「洸汰くん」……彼もやっぱりいいキャラしてますね。
拙作だと出久に出会わないまま10歳(小5)という美味しい年齢になってるはずなので、どこかで出したい気持ちもあります。A組も出しきれてないのに何言ってんだって感じですが、「アナザー」だし、そういう脇キャラ推してくほうが性に合ってるかもしれないと思う今日このごろ。


 既に宵闇に包まれた山深くの川辺で、幼なじみと呼ばれる関係で繋がったふたりは激突していた。

 

「くたばれぇッ!!」

「く……っ」

 

 動作から何から烈しく、攻撃を仕掛ける勝己。対して出久――クウガは守勢に回っている。

 

「どーしたよクソナード……大口叩いてこのザマか!?」

 

 爆破を繰り返しながら、挑発する。……しかし表向きの戦況に反して、彼の内心に余裕はなかった。雨に打たれて身体が冷えているせいで、爆発にいつもの勢いがないのだ。あえて激しく動き回ることで、発汗を促してはいるが……。

 それに対して、追い詰められているように見えるクウガはその実ほとんどダメージを受けていない。常人より遥かに堅固な赤い装甲は、本調子でない勝己の攻撃では傷つかないのだった。

 

「ッ、もういいだろ、かっちゃん!」余裕があるからこそ、クウガは叫ぶ。「こんな戦い、なんの意味もないじゃないかっ!!」

「黙れやクソナード!!」負けじと吼える。「意味ならあんだよ……テメェは昔ッから、俺のことなんざなんも理解(わか)ろうとしねぇんだからなァ!!」

「ッ、そうやって、すぐキレて暴力振るうからだろ……!」

 

 自分はいつだって歩み寄ろうとしてきた。きみが拒絶して、僕を遠ざけたんじゃないか。――出久はそう信じて疑わない。

 でも、ひとつだけ。

 

「でも……だけど……ッ、――いまのきみが、自分勝手で動いてるんじゃないことくらいはわかってる!きみが轟くんを想ってこうしてるんだってことは!!」

「……!」

 

 勝己が目を見開く。

 

「だったら――」

「でもそれじゃ、轟くんの心は救えない!轟くんは一生ッ、心の底から笑えないままになる……!だからそんなの、間違ってる!!」

「~~ッ、やっぱりテメェは、なんも理解っちゃいねぇ!!ンなモンただの綺麗事だろうが!!」

 

 勝己の爆破の勢いが一瞬増した。クウガの身体がずりずりと後退する。鎧の表面が焼け焦げる臭いが、鋭くなった嗅覚を通じて危機感を植えつけた。

 

(もう調子が戻ってきてる……!流石かっちゃん、って感心してる場合じゃないか……。いまのうちにケリつけないと……!)

 

 勝己が本調子になれば、こちらも本気でやらねばならなくなる。クウガの力で本気で殴りつけたりしたら、いくら頑丈な勝己の身体でもただでは済まない。

 幸いにも、勝己もこれ以上戦いを引き延ばすつもりはないらしかった。野獣のように態勢を低くし、グルルルと唸り声をあげている。

 そして、

 

「ウォラァアアアアアアッ!!」

「――!」

 

 跳躍と同時に爆速ターボを発動させ、一気呵成に標的へと迫る。標的たるクウガは逃げることもなく、その場にとどまり待ち構えている。かつてのような怯えすら、微塵も覗かない――表情がないせいもあるのだろうが――。それがますます、勝己を苛立たせた。

 彼が思いきり右手を振りかぶった瞬間、クウガもまた拳を握り――

 

 

――ドゴォッ!!

 

 打突音が、響き渡る。

 

「……ッ、」

 

 装甲の一部が黒く焦げ、微かな呻き声をあげるクウガ。……その拳が、勝己の鳩尾のあたりに食い込んでいた。

 

「この……偽善者野郎、が……ッ」

 

 捨て台詞のように呪詛を吐き出すと、彼はどさりとその場に崩れ落ちた。

 

 

 ……勝った。

 

 勝ってしまった、あの爆豪勝己(幼なじみ)に。二〇年生きてきて、初めて。

 

 それなのに、気持ちはこの闇深い雨空のように昏く沈んでいくばかりだった。

 

 

――僕らは結局、戦うことでしか語りあえない。

 

 暗澹たる思いを振り払って、クウガは意識を現実に引き戻した。振り返ればそこには、呆然とこちらを見つめている轟の姿。きれいに紅白分かれた頭が、闇の中でもはっきり視認できる。

 

「轟くん、大丈夫?」

「みど、りや……こんなことして、おまえ……」

 

 まるで自分のことのように、焦凍が怯えた表情を浮かべている。ただ恐怖というより、自分のせいでこんなことになってしまったという罪悪感がありありと浮かんでいたが。

 

「確かに、これからのこと考えたら……ね」うなずきつつも、「でも、いまはこれでいい。自分が正しいと思うことを僕はしたんだ、後悔はないよ」

 

 変身を解いて、出久はその人好きする笑みを向けた。そして手を差し伸べる。それをとることに、焦凍はもはや抵抗感を失いかけていたのだが、

 

「――う、ぐッ!?」

 

 現実の行動としてそれを表すより早く、焦凍の体内で何かが疼いた。伸ばしかけた手は空を切り、身体もろとも冷たい地面に沈み込む。

 

「轟くんッ!?まさか、また敵……!?」

「……ッ、ウ」

 

 焦凍は懸命に首を横に振って、否を示した。これまでのように敵意に呼応しているわけではない。ならばどうして……それは焦凍自身にもわからなかった。

 

「しっかりして、轟くん!とにかくいったんここを離れよう、かっちゃんには悪いけど……」

 

 勝己は気を失ってしまったのか、倒れ伏したままぴくりとも動かない。手加減したとはいえクウガの力で殴ったのだ、肋骨が折れたりなど、大きな怪我を負っているかもしれない――その可能性に思い至り、出久は改めて自分に与えられた力の大きさを自覚した。

 

(でも、いまは……)

 

 もし勝己が再び起き上がれば、そこで第二ラウンドとなってしまうかもしれない。勝己のタフさを思えば、そのほうがありえそうな気がして。

 

 結局出久は幼なじみを後回しにして、轟ともどもトライチェイサーでその場をあとにしたのだった。

 

 

 

 

 

 渋谷で未確認生命体第32号事件――のちにそう呼称されることとなる――が発生してから、既に四時間が経過しようとしていた。

 未だ32号ことメ・ガリマ・バは行動を継続しており、渋谷駅をターミナルとする山手線はじめJR各線、東急東横線、田園都市線、東京メトロ各線、京王井の頭線などはことごとく運転見合わせの状態が続いている。未だ鉄道に依存する東京の交通網には大きな打撃だった。まして帰宅ラッシュの時間帯を直撃しているのだから。

 

 だが、ひとりきりで戦線を維持している鋼のヒーローは、そんな傍らのビルディング内での阿鼻叫喚にまで気を回してはいられなかった。

 

 

「ぉおおおおおおおッ!!」

 

 雄叫びと、ふくらはぎのエンジン音とが重なり合う。メカクウガとでも形容すべきG2――飯田天哉は全速力でフィールドを駆け抜け、ガリマとの距離を詰める。

 そして見舞うは、旋風脚。

 

「グ……!」

 

 筋肉質な腕を守備に使ったガリマだったが、身体が大きく後退することは避けられなかった。

 

「……ビデギスザベンボドパガス、ビ、クウガ」

 

 目の前の敵に対する評価を、彼女は上方修正することにした。クウガに似せたのは外見ばかりではないらしい。その力も、クウガに迫るものがある――スピードに限ればそれ以上だ。そのスピードをもたらすエンジンが飯田自身のナチュラルにもつ"個性"であるとまでは、当然看過できなかったが。

 

(――面白い!)

 

 その、強さ。それこそガリマの追い求めていたものだった。ただのヒーローたちでは物足りなかった。しかしこのG2とやら、中身はれっきとしたリントでありながら楽しませてくれる。心が躍る。

 

「こちらの番だッ!」

「!」

 

 あえて相手に伝わるよう日本語で告げて、ガリマはG2へ向かっていった。血塗れた鋭い鎌が、まだ足りないとその赤い鋼鉄に迫る。

 

『飯田さん、回避を!』

 

 インカム越しの発目の指示に「了解!」と応じ、飯田はエンジンを唸らせる。――が、

 

「!?、う、ぐ……」

 

 突如として、全身の筋肉がずきりと疼いた。にわかに脚が動かなくなる。

 

「ッ、の……!」

 

 躱すのはもう不可能。だがまったく無防備になるつもりもなかった。半ば無理矢理左腕を持ち上げ、迫りくる鎌から頸を守る――

 

――ガキン、と、澄んだ音が響いた。

 

「……ッ、」

 

 分厚いコンクリートすら容易く両断できる、ガリマの鎌。しかし飯田の頸どころか、腕を切り落とすことすらかなわなかった。G2のアーマーが、見事その刃を受け止めきっていたのだ。

 

「僕は……負けん――ッ!!」

 

 そのまま右腕を振りかぶり、顔面を殴りつける。その衝撃に、ガリマの身体は遂に宙を舞った。

 

「ッ、ハァ、ハァ……」

 

 疼きはひとまず鳴りを潜めたが、身体中にオーバーワークの翌日のような倦怠感が残っている。――G2のマニューバーに、身体が適応しきれていない。懸念が現実のものになったと実感した。

 

『飯田さん、大丈夫ですか!?』

「……大丈夫、問題ない!まだ、やれるさ……!」

 

 そうだ。ここで撤退するわけにも、まして倒れるわけにもいかない。目の前の脅威だけでも取り除いてみせなければ。

 

「ぐ、ぅ、うぉおおおおおおッ!!」

 

 ずしりとのしかかる何かを振り払うように、彼は再び雄叫びをあげた。それに呼応するかのように、エンジンが唸りをあげて。

 

 

「す、すげぇ……」

 

 その戦いぶりに、見守る上鳴はただただ感嘆の声を漏らすほかなかった。実力そのものは学生時代からわかっていたことだが、G2とかいう鎧の性能がそこに加わって常人からはかけ離れたパワーを発揮している。

 

「あのカマキリ怪人……マジで倒せちまうんじゃね……?」

 

 思わずそうつぶやいてしまった瞬間、隣の耳郎が「いや」と反論した。

 

「なんか飯田、キツそうだ。使いこなせてないのかも……」

「!、パワーがでかすぎんのか……?」

 

 飯田のパンチが直撃すれば、ガリマは呻き、動きが鈍っている。筋力があるとはいえ、彼本来の純粋なパンチ力は常人の域を出ないはず――外付けのパーツでそれを4号並みに引き上げているとなれば……ふたりもようやく、その可能性に思い至った。

 

「あいつに限界来たら、その時点でジエンドってコトかよ……」

「――ッ、」

 

 焦った耳郎がイヤホンジャックを携え、手助けに入ろうとする。しかしそれは他ならぬ隣の男によって阻まれた。

 

「待てよ、響香!」

「ッ、止めんなよ……つーかこんなとこで呼ぶな名前で!」

「自分だってさっき呼んでたろ……。――むやみやたらなタイミングで割って入ったって、かえって足手まといになるだけだ。あいつが本格的にヤバそうだったら手伝うほうが役に立てると思うぜ」

「チッ……」舌打ちしつつ、「あんたにンな正論かまされるとは思わなかった」

「あのな……俺だって一応は成長してんの!それに……」

 

 早く決着をつけたいのは、自分とて同じ。ゴルトリオンはじめ先輩・同輩たちの首と胴体が切り離された骸は、未だぬかるんだコンクリートの上に放置されたままだ。彼らをいつまでも辱めておきたくはなかった。

 

――彼らと直接の面識はない飯田天哉も、きっと同じ想いで戦ってくれている。

 

「おオオオオオオオオ――ッ!!」

 

 G2の強力な打撃が、休むことなく打ち込まれ続ける。一発一発の威力もさることながら、そのスピードもまたG2の鎧がもたらしているもので。

 

「グ、ゥ……!」

 

 ガリマもさるもの、ことごとくいなし続けてはいるが、反転攻勢とはいかないままだ。先ほど鎌の一撃を防がれてしまったのが大きい。あれを受けて傷つかずにいられるのは、紫のクウガくらいだと思っていたが。

 

(そんなリントだからこそ、戦う価値がある……!)

 

 そして、勝つ。ガリマはわずかに後退してG2の拳の嵐を切り抜けると、鎌を地面と水平に構えて再び突撃を敢行した。

 

「ブサゲッ!!」

「――ッ、発目くん!」

 

 今度は飯田のほうから発目に呼びかける。

 

『了解、いきますよ~!』

 

 科警研にいる発目が、遠隔制御システムに何かを打ち込む。途端にG2の全身がかっと発熱する。パーツの隙間という隙間から、蒸気が噴き出す。

 装甲越しに赤熱を感じながら、

 

「いくぞ未確認生命体――フルスロットルだ!!」

 

 右拳を振り上げ……G2もまた、跳んだ。

 

「「――オオオオオオオオオオッ!!」」

 

 ガリマだけではない。その瞬間だけは、飯田天哉もまた目の前の獲物を狩る一匹の獣と化していた。

 

 そして、その結果は――

 

「……ッ」

 

 鎌の一撃を受けたパーツが割れ、ゴトリと音をたてて落ちる。……生身にまでは、届いていない。

 一方でガリマは、左の鎌に拳の直撃を喰らっていた。ひび割れたそれが、やはり地面に落下する。

 

「ウ、ウウグゥ……ッ」

 

 痛々しく呻きながら、よろよろと後退するガリマ。飯田と異なり、彼女の鎌は正真正銘の肉体の一部。神経の通っているそれを砕かれて、いま彼女の脳には耐え難い苦痛が注ぎ込まれていた。

 だが、彼女は人殺しの怪物である以上に誇り高い戦士だった。その矜持ゆえに激痛を強引に振り払い、態勢を立て直す。その呼吸はひどく荒いものとなっていたが。

 

「急所を外したか……。だが、次こそは……!」

 

 再び強力な一撃を叩き込もうとするG2。しかし瞬間的にでも威力をあげようとするということは、それだけ反動を強めることに他ならない。

 

「――うぐッ、ア……!?」

 

 先ほどまでとは比較にならない全身の痛みが、飯田を襲った。筋肉だけでなく骨から内臓から発するその悲鳴に耐えかね、たまらず片膝をつく。それはこの死闘において、致命的な隙でもあった。

 

「――!」

 

 突如動きの止まった敵に、ガリマは情けをかけない。一度戦いを始めてしまえば、敵は敵。それ以上でもそれ以下でもない。常に全身全霊で倒しにかかる。

 

 ただ、飯田は独りではなかった。

 

「ッ、飯田!」

「やらせるかってんだ!!」

 

 じっと機を窺っていた上鳴と耳郎が、遂に動いた。再びのライトニングソニック。彼らの存在を忘れていなかったガリマにはあっさりかわされてしまうが……それでも構わなかった。友人を救けられさえすれば。

 

「ビガラサ……!」

 

 実際、ガリマの注意がこちらに逸れた。鎌は片方だけになっている。いずれにせよ喰らってしまえば一環の終わりだが、少しは御しやすくなっている……はず。

 しかし彼らもまた、これ以上矢面に立つ必要はないのだった。

 

「――グアァッ!?」

 

 突如として銃声が響き、ガリマの体表面に幾つもの風穴が開く。そこから漏れ出す、ガス、ガス、ガス。

 振り返った上鳴、耳郎、そして飯田が見たのは、ライフル銃を構える背広姿の戦士たち。――合同捜査本部の面々だ。

 

「遅くなってごめん、インゲニウム!」森塚が叫ぶ。「電車止まってるせいか、道がチョー混んでてさぁ!」

 

 そんな、ふつうの遅刻の言い訳みたいな――森塚と面識のない上鳴らは呆れたが、これが彼の平常運転なので仕方ない。

 軽い言動とは裏腹にしっかり銃口をガリマに向けたままの彼の隣で、鷹野が険しい表情を浮かべる。

 

「……やっぱり、大して効いてないわね」

 

 忌々しげに身体から漏れ出るガスを払いながら、立ち上がろうとしているガリマ。ギノガがそうだったように、グロンギたちは既に耐性をつけつつあるらしい。

 ならばこの場で決め手を持っているのは、彼ひとり――

 

「ッ、発目くん……もう、一度だ……!」

 

 搾り出すような飯田の呼びかけに、発目が思わず息を呑む音が耳に飛び込んでくる。

 次の瞬間、彼女ではなく主幹研究員の切羽詰まった声が響いてきた。

 

『もう無理だインゲニウムっ、これ以上はきみの身体がもたない!離脱するんだ!!』

 

 確かに身体の中も外も、あちこちが悲鳴をあげている。これがただのシミュレーションなら、もうとっくに離脱して「これはなかなか扱えないぞ!」なんてわかりきったことをのたまっていた頃だろう。

 

 だがいまは、目の前に敵がいる。倒すべき敵が。

 

「あと、少しなんだ……!僕が……僕がひと踏ん張りさえすれば……奴を倒せるかもしれないんです……!だから――!」

『インゲニウム……』

 

 ヒーローとしての矜持。そうした未知に遭遇して、ずっと研究員畑で歩んできた彼は沈黙せざるをえなかった。

――そして入れ替わるように、黙りこくっていた発目が再び声をあげた。

 

『……わかりました。もう一度、いきますよっ!』

「ああ……来いッ!!」

 

 立ち上がるG2。その身が再び赤熱する。

 

「ウゥゥゥ……ウォオオオオオオッ!!」

 

 咆哮。そして、

 

 

――レシプロバーストと掛け合わせた跳び回し蹴りが、ガリマの胴を捉えた。

 

「ウ゛ァアアアアアッ!?」

 

 もはや満身創痍だったガリマは、悲鳴とともに吹き飛ばされていく。建物の屋上を超えて、その姿はいずこかへ消えてしまった。

 

「や、った……勝っ………」

 

 そこで飯田の視界は闇に落ちた。力の抜けた身体が宙を舞い、そしてガシャンと音をたててコンクリートに沈む。

 

「飯田ッ!?」

「飯田くん!!」

「インゲニウム!!」

 

 駆け寄っていく仲間たち。同時にG2のメットのロックが遠隔解除され、固く目を閉じた飯田の顔が露わになる。――その口許からは、わずかに血がこぼれていた。

 

「飯田、しっかりしろよ!」

「ッ、森塚、救急車!」

「もう呼んでますって!」

 

 皆が飯田の状態に気を揉むなかで、飯田はうっすらと目を開けた。……まだだ、まだ仕事は終わっていない。

 

「大、丈夫……ぼ、俺は……。それより、未確認、生命体を……」

「……わかった。わかったから、きみはもう休みな。独りでよく頑張ったよ」

「独りじゃ……あり、ませ……――、」

 

 最後まで言い切ることなく……今度こそ、飯田の意識は深淵に沈んでいった。

 そんな彼に「お疲れさま」と優しく声をかけると、森塚は上鳴たちに視線をやった。

 

「チャージズマにイヤホン=ジャック……きみたち、彼の同級生だったよね」

「そ、そうっす!」

「はい」

「じゃあ、彼のことは任せる。奴が死んだかどうか、確かめるとこまでが僕らのお仕事なもんでね」

 

 ふたりがうなずくと、この童顔刑事は「ヨロシク」と悪戯っぽく笑ってみせた。そして己の個性でバイクに変形し、鷹野を乗せて未確認生命体のあとを追っていくのだった。

 それを見送りつつ――上鳴が、ぽつりとつぶやく。

 

 

「……やっぱすげぇよ。おまえも……爆豪も」

 

 眠る飯田の口許は、どこか誇らしげにほころんでいた。

 

 



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EPISODE 20. 轟焦凍:リオリジン 3/4

捜査本部のモブ刑事は皆さんどっかで見たような名前です(迫真)


 木々に包まれるようにして在る山小屋。夜にあっては暗闇の中にぼうっと浮かび上がる薄気味悪い建物であるが、この日は周囲に複数台のパトカーが張り巡らされ、警視庁の捜査員らが慌ただしく動き回っていた。

 その中心にて――小屋の主たる小柄な老人が、不機嫌そうに腕組みをしている。

 

「ったく、いつまでウロウロやっとるんだ。年寄りはもうおねむの時間だっつーのに」

 

 一応は"グラントリノ"を名乗る現役ヒーローである老人を前に、捜査本部の一員である網戸(あじと)洋一巡査部長は申し訳ないと平謝りするほかなかった。もっとも、こうして小屋を囲んでいるのは彼を守る措置でもあるのだが――

 

「死体の回収が終われば引き揚げますから……。それよりご老人……グラントリノもここから避難を。まだこの周辺には未確認生命体がいます」

「わかっとる。だが同居人がいるもんでな、そいつを置いてくわけにはいかん」

「同居人、ですか……」

 

 妻帯しているのだろうか?それにしては"同居人"という呼称は違和感があるが。こんなボロ小屋に隠れるように棲んでいるのも解せない。

 と、グラントリノの携帯が鳴った。懐から取り出されたそれは地味に最新型である。使いこなせているかは怪しいものだが。

 

「おぉ、もしもし。――ン!?誰だキミは!?」

『んもうッ、緑谷出久ですって!4号の!!』

「4号……?俺ァいても3号までだったし、男囲ったことはねェぞ!」

『なななな……』あからさまに動揺しつつ、『何言ってんですか!?じゃなくてッ、未確認生命体第4号の緑谷出久です!!』

「……あぁ、その4号な!悪い悪い、どうした?」

『あの、実は……』

 

 電話口で、出久は事の顛末を語った。そして現在、雨風を防ぐべく小さな洞穴に避難していることも。

 

『そっち戻れませんか?轟くん、かなり体調悪いみたいで……』

「むぅ……そうさせてやりたいのはやまやまだが、こっちはまだサツの連中がおる。片付き次第折り返すから、もう少しそこで様子を見ちゃくれないか」

『……わかり、ました。じゃあ、また』

「おぅ」

 

 通話を終え、ひと息つく。目の前の刑事が「同居人の方ですか?」と訊いてくるので、適当にうなずいておく。

 

「その、同居人の方というのはどういう――」

 

 網戸巡査部長が踏み込んだ質問をぶつけようとしたときだった。敷地内に、赤色灯もつけていない覆面パトが進入してきたのは。

 運転席から姿を現したのは、予想だにしない人物で。

 

「え、エンデヴァー!?」

「………」

 

 ヒーロースーツ姿のエンデヴァー。彼は網戸を一瞥しつつ、グラントリノのもとにずんずんと歩み寄ってきた。

 

「お久しぶりです」

「……おぉ、そうだな。元気そうじゃねぇか」

「貴方ほどでは」

 

 互いに含むところのある挨拶をかわして、エンデヴァーは改めて網戸に向き直った。

 

「すまないが彼と話したいことがある。外してもらえないか」

「あ、いや、しかし……」

「手間はとらせん。すぐに終わる」

 

 そういうことではないのだが……エンデヴァーの有無を言わせぬ口調と表情に、承諾するほかなかった。塚内管理官への報告がセットではあったが。

 

 

「息子はどこですか」

 

 ふたりになるなり、エンデヴァーはいきなり切り込んできた。落ち着いているように見えて、内心に焦りが覗く。致し方ないともグラントリノは思ったが。

 だがいくら父親でも……いや父親だからこそ、教えてしまうわけにはいかなかった。

 

「さぁな。この山のどこかにはいるだろうが、特定はできん」

 

 実際は、大体の見当はついているのだが。

 暫しエンデヴァーは、その隆々とした体格をもって小柄な老人を見下ろし、睨めつけていたのだが……最初からのらりくらりとかわすつもりの老人を前には、暖簾に腕押しだと悟った。

 

「……結構。ならば自力で見つけ出すのみ」

「好きにすりゃいいが、この山は野生動物から何から危険がいっぱいだぞ。今日は特に物騒な連中が身を潜めとる」

「フン、元No.1ヒーローを見くびらないでいただきたい」

 

 強がりなのか本気なのか判然としないことばとともに、エンデヴァーは踵を返していく。グラントリノはそれを見送るほかないのだった。

 

「……青いな、まだまだ」

 

 思えば自分の弟子も、いい歳になってもそんなものだった。ある意味似た者同士なのかもしれない――それが命取りにならなければいいが。

 

 

 

 

 

 一方で。グラントリノとの電話を終えた出久は、途方に暮れていた。

 雨は既にほとんど止んでいるが、日中まったく太陽に照らされていなかったあとの夜は季節がひとつ戻ってしまったかのように寒々しい。それは洞穴にこもっていても同じことだった。

 

(どうしよう……)

 

 いまの自分には、頼れる相手がいない。一番頼りになるはずの幼なじみは、自ら切ってしまった。焦凍のことばではないが、彼とのこれからを考えると暗澹たる気持ちになる。

 

(ッ、何弱気になってんだ……!)ぶんぶんと首を振る。(轟くんを守るんだって決めたじゃないか……。独りでも、やれることをやるんだ!)

 

 とはいえいまは、荒い息で横たわる焦凍を見守るくらいしかできない。全身に浮かび上がる光流は、ひとまず収まりつつあるようだが――

 

「轟くん、大丈夫?何かしてほしいこととかある?」

「……ッ、」

 

 背中をさすろうとした手はやんわりとではあるが払いのけられた。出会い頭に嫌悪を向けられたことを思えばたった数時間でずいぶん険がとれたと思うのだが、やはり最後の一線は許されない。

 

 

(守る……でも、その先は……)

 

 救けたい――そこまで踏み込もうとするのは、やはり傲慢なのだろうか。強欲にすぎるのだろうか。勝己や飯田をはじめとするクラスメイトたち、グラントリノ、オールマイト……たくさんの人たちに支えられて、自分自身も精一杯足掻いて、それでも過去を乗り越えきれずにいる焦凍。そんな彼を、しょせん他人にすぎない、彼の苦しみなど何ひとつわからない自分が。

 

(だけど、僕は……)

 

 出久の思考がまとまったのはそこまでだった。ほとんど何も見えない聞こえない暗闇と静寂のなかで、一日の疲労が眠気となってどっと押し寄せてくる。膝を抱えたまま、出久の意識はまどろみのなかに落ちていった。

 

 

 

 

 

 一方、山の奥深くに身を潜めるグロンギたち。彼らはいっこうに戻ってこないネズマとネズモに焦れていた。一体、何をやっているのか――

 もっとも、彼ら兄弟に命令を下した張本人であるメ・ガドラ・ダはその理由に薄々勘づいていたが。

 

 そしてその予感が正しいものであることを証明するかのように、闇の中から漆黒の翼が降り立った。

 

「久しぶりだな、ガドラ」

「……今度は貴様か、ドルド」

 

 翼をもつ異形は、一瞬にしてかの仮面の男に姿を変える。その登場に、ガドラと行動をともにするズのグロンギたちは色めき立った。

 

「ガリマがゲゲルを行っている。だから私が、バルバの名代として来た」

「こんな場所までご苦労なことだ。それで、なんの用だ?」

 

 仮面の奥の猛禽類のような瞳が、妖しく光る。

 

「ネズマとネズモは滅ぼされた。クウガ……そして"奴"によって」

「!、クウガと奴が行動をともにしていると?」

「そうだ。だが引き剥がすことはできるだろう、おまえたちの存在さえあれば」

「………」

 

 ドルドは一から十までを語らない。そうせずともガドラは意図どおりに動くと、ある意味信頼しているのだろう。

 それに応えてやろうなどという殊勝な気持ちは微塵も持ち合わせてはいないが……己の望みのためならばと、ガドラは躊躇なく立ち上がった。

 

「いいだろう」

 

 そのひと言を聞いて、ドルドは再び闇に溶けていった――音もなく。

 

 それを見届けて、ガドラは背後で固唾を呑んでいるズのグロンギたちを呼び寄せた。

 

「リントゾロゾ、バシビギブゾ」

「……!」

 

 リントを殺せる――そう告げられた彼らはいよいよ興奮が抑えきれずにいる。中には既に怪人体に変身している者までいる有様だ。

 彼らはほとんど日本語を理解できていない。それゆえに、自分たちが真に課せられた使命など知るよしもないのだ。ガドラはその愚かしさを憂えたが、自分も結局は同じ穴の狢だと思った。

 

 

 

 

 

 緑谷出久は夢を見ていた。

 

 いまより少しだけ幼い自分が、歓声ざわめくスタジアムの中心に立っている。かつて、テレビ画面越しに眺めていた雄英高校の体育祭――その舞台なのだとすぐにわかった。

 どうして自分が?そんな疑問を抱くこともないままに、目の前に対戦相手なのだろう体操着姿の少年が現れた。左右できれいに分かたれた紅白の頭、端正な顔立ちに刻まれた醜い火傷の痕。

 

(……轟、くん?)

 

 気づけば自分はボロボロだった。何がどうしてそうなったかはまったく不明だが、右手の指が青黒く腫れあがっている。すべて。

 

『――!』

 

 そんな自分が、何かを叫ぶ。途端、焦凍の左がめらめらと燃え上がり――

 

 

 そこで、目が覚めた。

 

「………」

 

 妙にリアルな夢だった……と、思う。まるで実体験をプレイバックしたかのような。当然ながら、そんな体験をしたことはないのだが。

 あるいは何か、虫の知らせだろうか。アマダムが体内に宿ってから、ゴウラムのように夢というかたちで何かが現れることはままあった。焦凍のことで、何か――

 

 そこでようやく、出久は気づいた。地面に這いつくばるようにして、焦凍が呻いている。

 

「う、ううウウ゛……ッ」

「轟くんっ!?」

 

 「どうしたの、大丈夫」――純粋な心配から駆け寄ろうとした出久に、焦凍は炎と氷でもって応えた。

 

「う゛あ゛ッ!?」

 

 まったく心の準備ができていなかった出久。それでも咄嗟にその場を転がったが、狭い洞穴の中で躱しきれるわけもなく、右腕の皮膚がわずかに灼けた。

 

「来るな……来るんじゃねえ……!」

「……!」

 

 ゆらりと立ち上がった焦凍。暗闇の中に浮かぶオッドアイは……出会ったその時に逆戻りしたかのように、激しい嫌悪の光を放っている。

 

 だがそれは、出久を映してはいなかった。

 

「ウ゛ゥゥゥゥ……ッ、――ウ゛ォオオオオオオオオッ!!」

 

 皮膚という皮膚に浮かぶ光流がひときわ色濃くなり、焦凍の肉体を呑み込んでいく。――"化け物"へと、変える。

 

 "化け物"はもはや出久を一顧だにすることなく、何かを目がけて洞穴を飛び出していく。その場に炎と氷の残滓を残して。

 

「ッ、轟、くん……!」

 

 突如として、再び暴走した彼。一体何にひかれてそうなったのか?グロンギか、それとも――

 

 先ほど見た夢のこともあって、出久は自分を叱咤して焦凍のあとを追った。無論、夢を見ていなくともそうしていただろうが。

 

(やっぱり……僕は……!)

 

 

 

 

 

 闇に包まれた獣道を身に纏った炎で煌々と照らしながら、エンデヴァーこと轟炎司は歩を進めていた。

 

「………」

 

 元No.1ヒーロー、でありながら傷もつ身であるゆえにもうまともに戦うことはできない彼が、グロンギの潜んでいるかもしれない危険な山道をたった独りで歩いている。それはひとえに、この山のどこかにいる息子を捜し出すためだった。

 

 捜してどうするのか?訊けば彼は「連れ戻すに決まっている」と答えることだろう。だが、いまの状況でそれが至難であるのは彼自身承知している。それでも取り戻す――だからグラントリノはじめ息子に近しい人間に助力を頼まず、たった独りで来たのだ。

 そして焦凍は、そんな自分の前に必ず姿を現す――

 

――予感は、ほどなくして現実のものとなった。

 

 

「ウ゛ォオオオオオオッ!!」

「――!」

 

 鬱蒼とした木々をかき分けるようにして、飛び出してきた異形の怪物。右に氷、左に炎を纏い、エンデヴァーに襲いかかる。

 予想はできていたこと。ゆえに彼は大柄な身体に似合わず俊敏に飛び退き、その一撃を回避する。

 

「グォオオオオオ……」

「……焦凍」

 

 この化け物が息子の成れの果てであることは、もはや疑うべくもなかった。

 

「――情けない」

「……!」

 

 化け物が一瞬、唸るのも忘れて硬直する。

 

「オールマイトはどこまでも余計なことをしてくれる。俺の最高傑作に勝手に手を加えて、こんな醜悪な化け物に変えてしまった」

 

「おまえもおまえだ、焦凍。母親(アレ)のことをいつまでも引きずりおって。そんな些末なことに囚われている限り、おまえにヒーローとしての価値などないぞ」

 

 まるで原稿を読み上げるかのように、つらつらと並べたてていくエンデヴァー。そのことばのひとつひとつが、傷ついた焦凍の心を苛み……その憎しみを、煽っていく。

 

「テ、メェ……!」化け物が、初めて人語を発した。「テメェが……ッ、テメェのせいで……!」

 

 そうだ、すべてこの男のせいだ。この男が個性婚に手を出さなければ。母を選ばなければ。自分をつくらなければ。苦しみぬいた母が、あんなふうになることはなかった。

 

――憎い。憎い憎い憎い、憎い!!

 

「殺す……!()()()()殺す!!――ウ゛ォオオオオオオオオッ!!」

 

 己が大きすぎる力を恐れる弱きヒーローは、その瞬間消えてなくなった。残ったのはただ、目の前の仇敵を切り刻み、噛みちぎり、凍らせ、跡形もなく燃やし尽くすこと以外頭にない化け物。そこに轟焦凍の面影はなかった。

 

 エンデヴァーは、一瞬目を伏せながらも……すぐにその表情を相対するものとして。

 

「やれるものならやってみろ、化け物め。頭を冷やさせてやる」

「グル゛ル゛ル゛ル゛……ッ、――グォオオオオオオオオッ!!」

 

 英雄と、化け物。かつて親子だった彼らもまた、取り返しのつかない死闘に身を投じようとしている。

 

 

――すべては、拭い去れぬ過去のために。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドズガギ

轟 炎司/Enji Todoroki
個性:ヘルフレイム
年齢:50歳
誕生日:8月8日
身長:194cm
好きなもの:葛餅
個性詳細:
身体に獄炎を纏い、自在に放出することができるぞ!ただそれだけ、超シンプルだがそれゆえにめちゃくちゃ強力だ!この個性で彼は事件解決数史上最多のNo.2ヒーロー(オールマイト引退後はNo.1)の座を手に入れたのだ!

備考:
ヒーローネーム"エンデヴァー"。轟焦凍の父親であり、また雄英高校の大先輩でもある。
その上昇志向の強さゆえに若い男性の支持は厚いが、苛烈な性格を隠そうともしないため全体としての人気はオールマイトに及ぶべくもない。若手の爆心地とはタイプが似通っているのだが、なぜか犬猿の仲……ただの同族嫌悪か、それとも!?
とある事件で負った大怪我のため一時は引退していたが、息子の失踪後復帰し、現在は未確認生命体関連事件合同捜査本部に籍を置いている。古傷のため全盛期のようには戦えないが、その威厳と冷静な判断力は若手の多い捜査本部にあっては大変貴重である。
……実は携帯の待ち受け画面が少年時代の焦凍の入浴姿なのだが、闇が深すぎて誰も指摘できずにいる。塚内警視、事情聴取たのんます!

作者所感:
いいタイミングで紹介できたなあと思いマッスル。
言わずと知れた轟パパ。妻子に対する仕打ちはあまりにもクズというか、一歩間違うと蛮野になっちまうレベルだと思うんですが……なんでか憎めないんですよね「焦凍ォオオオオ!!」とか。ヒロアカってどうにもそういうキャラが多いです。
CVの稲田徹さんは特撮だと地獄の番犬(好物:ゴーカイピンク)が有名ですが、実はクウガにも出演してます※TV本編には出てません。ちなみに相澤先生は桜子さんの聴いてるラジオでDJやってたり。
焦凍との親子対決……手負いのヒーローとグロンギすら一撃で葬る化け物では勝負は見えてる気もしますが、どんな結末を迎えるか是非お楽しみに!


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EPISODE 20. 轟焦凍:リオリジン 4/4

ついに2000pt突破!キター!!
西暦2000年、2000の技を持つ男、トライチェイサー2000……クウガといえばやっぱり"2000"です。自己満作品ですがこんなに多くの方々に読んでいただけて本当に嬉しい!お礼に今日は空から鉄球降らしちゃうぞー(ガメゴ並感)


さてさて本編のお話ですが、ラストの○○が××するシーンは是非お好きな挿入歌を流してみてください。DEEP BREATHなんかが一番それっぽいかもしれませんが作者は敵裸体です、Wカリス登場シーンをモデルにしているので。
「始!俺を信じろ!!」→『CHANGE』(この時点ではまだ無音)→『EVOLUTION』(ここで敵裸体流れ出す)
燃えるワー……


 目を醒ました爆豪勝己は、よろよろと自分の覆面パトに向かっていた。腹部に残る鈍い痛みに顔をしかめながら。

 

「ッ、あのクソナード……」

 

 苛立ちを表すことばは、どこか空疎に響いた。……無駄なのだ、そんなもの。

 それよりも轟焦凍のことが気にかかっていた――不本意ながら。あの幼なじみの宣言したとおりなら、行動をともにしているはずだが。

 

「………」

 

 無線で連絡して、状況だけでも聞き出す……わずかに逡巡したのち、勝己はそうすることを決断した。自分で選びとったものを、完全に投げ棄ててしまうわけにはいかない。

 が、彼が車内の無線に手を伸ばした瞬間……まるで先を制するように、それが鳴った。

 

『こちら警視06、未確認生命体が行動を開始した!』

「!」

 

 警視06――確か捜査本部の一員である網戸刑事のパトカーだ。

 いや、誰であろうがどうでもいい。重要なのはこの山に潜む未確認生命体たちが行動を再開……つまりは、彼らに襲撃をかけたという事実。

 渋谷の事件は命令もあって関知しなかった。だがこれはそうはいかない。ヒーローとして、捜査本部の一員として、何を置いてでも立ち向かわねばならない責務だ。

 

 幼なじみと元クラスメイトのことをいったん頭の片隅に追いやると、ヒーロー・爆心地は現場へ向かって車輌を発進させるのだった。

 

 

 

 

 

 それは、彼が雄英高校を卒業する直前のできごとだった。

 師から受け継いだ力のことを、憎んでいる父に知られてしまった。いや、それよりずっと以前から、父は濃い疑念を抱いていたのだ。確信へと変わったのが、その時期だったらしい。

 父は文字どおり烈火のごとく怒り、力を放棄するよう迫った。だが師を父とは比べるべくもなく敬愛する彼がそんな命令に従うわけもない。抑圧と反抗。やがてそれらは力と力のぶつかり合いへと昇華した。親子喧嘩などという生易しいものではない、殺意すらにじませる争い。

 

――それを制したのは、息子だった。三つの力を肉体に宿すいまの彼に、たったひとつ炎だけの父は敗北を喫した。負った傷は深く、三〇年を超えるヒーローとしてのキャリアはそこでいったん終わりを迎えることとなった。息子の表向き華々しいデビューと引き替えに。

 

 

 それから、二年と数ヶ月。

 

 

 受け継いだ力のために化け物と化した息子だったものによって、今度こそその身をずたずたに引き裂かれていた。

 

「……ッ、」

 

 エンデヴァーにはまだかろうじて息があった。全盛期より衰えたとはいえ、初老に差し掛かるとは思えない鍛え上げられた肉体。それが、彼の命を繋ぎとめていた。

 だが、それも風前の灯火。皮膚は火傷と凍傷でボロボロになり、超パワーで幾度も殴られたためにあちこち骨折している。折れた骨の一部が内臓に突き刺さったのか、ごぼりと血が吐き出される。

 

 瀕死の父を前にしてもなお、化け物は止まらない。その身体を強引に引きずり起こし、首を掴んで持ち上げていく。

 薄れゆく意識の中、エンデヴァーは……轟炎司は、密かに思う。

 

(それでいい……焦凍……)

 

 焦凍の中に根を張る憎しみが、彼がヒーローとして在ることを阻んでいる。その憎しみを晴らすことができるなら、息子をヒーローに戻してやることができるなら、喜んでその礎となろう。もとはと言えばあの日、既に終わったも同然の命なのだから。

 

 かつて自分の強欲のために母を壊した父の、何もかもを捨て去った覚悟。そんなものを知るよしもなく、化け物の左拳に力がこめられていく。

 

「グル゛ゥゥゥゥゥ……――グォオオオオオオオオ――ッ!!」

 

 何かを断ちきるような咆哮とともに、化け物は最後の一撃を放とうとして――

 

 

「轟くん――ッ!!」

 

 彼の人間としての名を呼ぶ叫びとともに、もうひとつの異形が夜空を舞った。

 

――青のクウガ、ドラゴンフォーム。飛翔するその姿が赤、マイティフォームへと変わる。拳が、化け物の顔面を打ち貫く。

 

「グァッ!?」

 

 まったく身構えていなかった化け物は吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 突き放された大男の身体は、地上に叩きつけられる前にクウガの手で受け止められた。

 

「エンデヴァー!」

「ぐ、うぅ……」

 

 もはや意識が朦朧としているのか、エンデヴァーは救けた相手どころか救けられた事実さえもほとんど認識できていないようだった。

 早く救急車なり呼んで、処置を施さねば命にかかわるかもしれない大怪我。だが、それを為すためには、

 

「ガァアアアアアアッ!!」

「ッ!」

 

 案の定、すぐに態勢を立て直した化け物が飛びかかってくる。少なくともこれ以上エンデヴァーが傷つくことのないよう、クウガは避けずに受け止める途を選ぶほかない。

 無論、ただでは転ばない。

 

「――超変身ッ!!」

 

 今度は紫、タイタンフォームに超変身。その拳を真正面から受け止める。

 

「グゥ……ッ、」

「う、……ッ」

 

 その堅さに化け物はぎょっとしたようだが、クウガもまた同様だった。最高の防御力を誇る銀と紫の鎧をもってしても、衝撃を完全には殺しきれていない。

 

(なんてパワーだ……)

 

 これが、オールマイトから受け継がれた力――平和の象徴は、これだけ規格外であるがゆえに与えられたふたつ名だということか。

 だが、いまの轟焦凍はそれとはかけ離れたことをしている。――駄目だ。

 

「ッ、駄目だ、轟くん……!」

 

 想いをそのまま、もうひとつの異形はことばに乗せた。

 

「きみがやるべきことは、これじゃないだろう……!」

「グォオオオオオオオオッ!!」

 

 応えることなく、化け物は咆哮とともに右手を凍てつかせた。次の瞬間、大地を奔るような氷柱が襲いかかってくる。

 

「ッ!」

 

 再び青に超変身して躱すと、今度は赤に戻る。ワン・フォー・オールを相手に紫の鎧がどこまで耐えてくれるか不明瞭になってしまったし、青のままでは一撃受ければ確実にアウトだ。避けつつ、声が届くまで粘るしかない――

 

「思い出せ!きみは何になりたかったんだ!?――オールマイトみたいなヒーローだろう!!だったら……だったら憎しみに囚われちゃ駄目だ!!」

「グウゥ……ッ」

 

 化け物がわずかに躊躇を見せた。通じたのか、

 

 

(うるせぇ……ッ)

「……!」

 

 不意に、脳裏に声が響いた。それはまぎれもなく轟焦凍の低く抑えつけたような声音で。

 なんだ、これは?出久が戸惑っている間にも、声は次々に送り込まれてくる。

 

(テメェに何がわかる!?お母さんに煮え湯浴びせられて、そこにいるクズの身勝手な欲望に縛りつけられて育ったオレの気持ちが!それでもオールマイトに認められ仲間もできて、変わろうと必死に足掻いてッ、結局変われなかったオレの味わった絶望が!!――テメェにッ、わかるわけねえだろうがぁ!!)

 

 出久は確信した。これは間違いなく、包み隠すことのない焦凍の本当の気持ちなのだと。

 声なき声が、なぜはっきりと意味をもつことばとなって襲ってくるのかはわからない。同じヒトを超えた異形であるゆえの共振なのか、それとも焦凍が新たに発現させた力の一端なのか。

 

 それを考えるよりも、戦士クウガは真っ向からぶつかることを選んだ。

 

「そんなのッ、誰だって一緒だ!!きみにだって、無個性の子供がどんなみじめな思いをしてきたかなんてわからないだろう!?」

 

 もしもエンデヴァーにまだ意識があったら、あるいは他の観察者がいたら、クウガが一方的に脈絡ないことを叫んでいるとしか思えなかっただろう。

 それでもよかった。心のうちで叫べば自分の声も伝わるのかもしれないけれど、これは人間・緑谷出久のことばだ。

 

「誰だって他人の気持ちをすべて理解するなんてできないんだ……。それでも精一杯、相手を思いやろうとするんじゃないか!!」

 

 ヒーローになれない自分。それ以外何もないから自分はなんの価値もない空っぽな人間なのだと思い知って、絶望に涙を流した夜のことは忘れない。でもその夜が明けて、この世界はそんなささやかな営みでできているのだと初めてちゃんと気づいた。他人(ひと)を思いやる気持ちが、誰かを救けることにつながるのだと。もちろん、至らないときもあるけれど――つい数時間前の、幼なじみに対してのように。

 

「グガァアアアアアッ!!」

「!?、がッ」

 

 出久のことばを突っぱねるように、化け物が拳を振りかざす。頭の中を跳ね回る焦凍の声に気を取られていたクウガは、その一撃をまともに受けてしまった。グロンギの顔面をひしゃげさせるほどの。

 

「ぐ、く、うぅ……ッ」

 

 赤い鎧がひび割れ、隙間から血が噴き出す。気絶したくなるような痛みを堪えながら、クウガは立ち上がる。

 

「ッ、ちゃんと、伝わって、くるよ……きみの、哀しみ……憎しみ……」

「ガアァッ!!」

 

 再び飛びかかってくる化け物。もう俊敏には動けないクウガは、せめてとばかりに両腕を構えて上半身を守ろうとする。その選択は致し方ないものではあったが、己の身体を完璧に慮っているとはいえない。

 

「う゛、あ゛、あああ……ッ」

 

 何メートルも弾き飛ばされ木に叩きつけられたクウガは、左肘から先に奔る激痛にやはり呻くほかなかった。折れた……のだろう。その判断だけは、鈍る思考でも容易い。

 

 そして今度は立ち上がれないうちに、化け物の足がクウガの胴体を踏みつけた。

 

「あが、う、ぐ、」

(死ね、死ね、死ね、死ね――!)

 

 ひたすら頭に流れ込んでくる、轟焦凍の怨嗟の声。でも出久には、その禍々しくゆがんだオッドアイから透明な雫がこぼれているように見えた。

 

(轟、くん……)

 

 

「……だい、じょうぶ。戻れるよ、きみは……」

 

 徹底的に痛めつけられ続けながらも、彼はそのことばを喉から搾り出した。

 

「その憎しみは、うぐッ!?……消せない、ものかもしれない……。それでも、いい……抱えたままだって、いいんだ……きみの想いは、きみだけ、の、もの、だから……」

「グゥゥ……グオォ……!」

 

(オレ、は……俺は……!)

 

「きみは……きみのままで、変わればいい……。きみになら、できるはずだ……!だって、それは――!」

 

 

「――きみの、力じゃないか……!」

「――!」

 

 動きを止めた化け物は、次の瞬間クウガの上から弾かれていた。背中に蹴りを受けたのだ。

 

「グ、ガァ………」

「……ッ、」

 

 妙な方向に折れ曲がった左腕を放って、クウガは右の拳を構える。化け物もまた、左の拳をもって応ずる。忌み嫌う父から受け継いだ、炎を纏って。――全身を支配する憎しみが、別の記憶に塗りつぶされていく。

 

(緑谷……)

「そうだ……それでいい……!」

(緑谷……!)

 

「全力で――かかってこい!!」

 

(緑谷――ッ!!)

 

 

 幼き日の記憶が甦った。

 

 まだ元気だった母の懐に抱かれて、テレビを観ている。画面越しに輝くような笑みを投げかける、憧れのヒーローの姿。きらきらとそれを見つめ返す小さな息子の頭を撫でて、母は言った。

 

『――なりたい自分に、なっていいんだよ』

 

 

 我に返ったとき、彼はもとの人間・轟焦凍の姿で立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 まとまらない思考のまま、ぼんやりと自分の両手を見下ろす。その日焼けと縁遠くなった白い皮膚は、間違いなく轟焦凍のものだ。化け物ではない、ひとりの人間の手。そこに宿った力も――

 

 はっと顔を上げれば、そこには血だまりの中に沈む父親と――そして、ぐったりと木の幹に寄りかかる青年の姿。彼もまた全身襤褸切れのようになっていた。特に左腕の肘から先と、右手が酷い。青黒く腫れあがり、あらぬ方向に折れ曲がっている。

 

「ッ、緑谷!!」

 

 心臓が搾り上げられるような錯覚を覚えながら、焦凍は出久のもとに駆け寄った。

 

「う、うぅ……ぐ……」

「緑谷ッ、おまえ……俺が、おまえを……ッ」

 

 自分を守ると、救けたいと言ってくれた青年。憎しみの暴走の果てに、そんな彼までもを傷つけてしまった。

 手が震える。やはり自分に、この力は――

 

「……だい、じょうぶ、だよ」

「……!」

 

 まだ意識のあった出久は、口許を弛めて精一杯微笑んだ。

 

「きみは……もう、大丈夫……」

「みど、りや……」

 

 「大丈夫、大丈夫」と、出久はうわごとのように繰り返す。でもその単純なことばのリフレインを聴く度に、心を凍てつかせていたものが完全に融けていく。

 

――そのとき、不意に鮮烈な電撃が奔った……ような錯覚。

 

「……!」

 

 それは敵意、悪意……不思議と、これまでのように個性が暴走することもない。それとは明らかに似て非なる、冷たく熱い激しい感情だけが湧き上がってくる。

 

 大丈夫だと言ってくれた、自分の身体と引き替えにそれを現実にしてくれた青年。そんな彼に背を向けて、焦凍は一歩を踏み出した。それが彼の何よりの望みだと、わかっているから。

 

「……あ」

 

 一瞬立ち止まり、

 

 

「救急車……呼んどかねえとな」

 

 

 

 

 

 メ・ガドラ・ダ率いるグロンギの一団により、山中を警戒していた警官たちには大勢の死傷者が出ていた。

 これ以上を食い止めるために立ち向かうは、この山に隠れ住む老齢のヒーロー・グラントリノ。そして、

 

「死ねクソどもがぁッ!!」

 

 爆心地こと、爆豪勝己。その激情を表すがごとき爆破が、がむしゃらに突進してくるしか能のないズのグロンギたちを寄せつけない。

 

「……ッ」

 

 もっとも、爆破のあとにはわずかに顔を歪めている。個性の反動……普段はそんなもの感じないが、異形へ姿を変えた幼なじみに殴られた腹には響くのだ。

 

(クソ、クソ、クソ……っ)

 

 どうしようもない苛立ち。爆破でも発散できず膨れ上がるそれは、4歳の出久がヒーロー気取りで刃向かってきたとき、そして14歳の出久が「ヒーローになるのはあきらめる」と告げてきたときに感じたものによく似ていると思った。

 

 勝己の変調に気づいてか、横に並んだグラントリノが気遣わしげに声をかけてくる。

 

「オイ、どうした?調子悪いのか?」

「……ッ、なんでもねえ」

「ならいいが。……にしても、しぶてぇなこいつら。4号みたいにはいかねぇか」

「………」

 

 グラントリノも自分も生身の"リント"としては善戦していることに間違いはないが、それだけではグロンギは倒せない。その強靭な肉体と回復力。クウガの封印の力がなければ、あるいはミサイルでも撃ち込むしかないのかもしれない。

 無論、いまこのときそんなことはできないし、されても困る。弾の尽きた網戸巡査部長以下生き残りの数名を逃がしてここに立っている以上、退くわけにはいかない。

 

 一方でグロンギたちも、このリントの戦士たちを前に攻めあぐねていた。爆心地の爆破やグラントリノのジェットからの鋭い蹴り、致命傷にはならずとも受けて快いものではない。彼らは死闘を演じられる好敵手ではなく、いたぶりじわじわ壊していくための生贄が欲しいのだ。

 唯一その例外である誇り高き虎の異形が、彼らを押しのけて前に進み出た。

 

「ゾギデギソ。ボギヅサパ、ゴセグジャス」グロンギ語で命じたあと、「釣り餌の役目もここまでだ。恨みはないが、その命喰らわせてもらう」

 

――比喩でなく。

 

 勝己は対して、爆破をもって応えた。

 

「ウルッセェ、寝言は寝て死ね!!」

「……こら、どっちがワルモンかわかんねぇな」

 

 軽口を叩きつつ、老人も感じとっていた。流暢な日本語を話したのもそうだが、この虎に似た怪人だけは他とは格が違う。

 

「……いくぞ」

「ッ!」

 

 ガドラが姿勢を低くする。恐らく一秒後には、飛びかかってくる――ふたりのヒーローが最大限の緊張を強いられた次の瞬間、

 

 氷柱が、大地を奔った。

 

「ッ!?」

 

 ガドラは俊敏に動いたが、躱しきれなかった。左肩のあたりが凍りつき、動きが鈍くなる。

 

「これは……」

 

 自然現象で起きるはずがない。これを為す力の持ち主を、皆、知っている――

 

 

「――轟……」

 

 伸びた紅白の髪を振り乱しながら、零落の英雄が暗闇から姿を現した。

 

 勝己は気づいた。その身に光流が浮かんでいても、瞳に宿る輝きまでは化け物のそれではなくなっている。

 人と化け物たちの間に立って、焦凍は口を開く。人間として、オールマイトを継ぐ英雄として、ことばを紡ぐために。

 

「……もういい加減、仏でも呆れてるだろうな」

「……?」

 

 その意味を説明なしで理解できるのは、流石に彼自身だけのようだった。

 

――自分は、三度も忘れてしまった。

 

 母のことば。爆豪のことば。――オールマイトのことば。形は違えど、すべて焦凍は焦凍であっていいと教えてくれるものだったのに。

 

『きみの、力じゃないか……!』

 

 四つ目、緑谷出久のくれたことば。――今度こそ、今度こそ忘れるものか。

 

「俺は戦う……。ヒーローとして……――轟、焦凍として……!」

 

 その決意が形となって、腹部に輝石が浮かび上がる。

 驚くべきは、その輝きを守護するかのように、ベルト状の装飾が現れたことだ。いままでとは違う。そして勝己にはそれが、クウガのアークルに酷似しているように思われて。

 

 焦凍が右手を顔の前に突き出す。その上から、やおら左手を重ねる。

 そして、

 

「変――――身……!」

 

 明確な意志を示すことばとともに、焦凍の姿があのくすんだ赤銅色の化け物へと変わる。――クウガの右手とぶつけ合った左手に、ヒビが入っている。化け物が一歩を踏み出す度に、それは全身へと広がっていく。

 

 

 そして昇り始めた朝日がその身を照らし出したとき、ひび割れた赤銅色がことごとく剥がれ落ちた。

 

「――!」

 

 誰もが、息を呑む。化け物の下に覆い隠されていたのは、氷結を表すアイスブルーの右腕と、燃焼を表すクリムゾンレッドの左腕。――そして、黄金の鎧。

 

 化け物から"脱皮"した英雄は、その事実を示すかのように構えた。その動作も、吐息も、すべては他でもない轟焦凍のもの。

 

 彼は人間で、ヒーローで、そして――

 

「……ヅギビレ、ザレダバ」観察するドルドの独り言。

 

 

「――"アギト"」

 

 

つづく

 




冬美「次回予告!」

冬美「緑谷くんの説得で自分を取り戻した焦凍。新しい姿に変身したけれど、"アギト"って一体……」
エンデヴァー「焦凍ォオオオオオオ!!」
冬美「わっ!?お父さん、無事だったの?」
エンデヴァー「それは次回になってみないとわからん、事と次第によっては三角巾をつけて出るべきだったかもしれん」
冬美「えー……」
エンデヴァー「……冗談はさておき、これで焦凍はヒーローに戻れる。いまはそれでいい」
冬美「お父さん……」
エンデヴァー「それより問題は未確認生命体だ。奴らは焦凍を狙っている……まだひと波乱ありそうだが」
冬美「そうね……でもきっと大丈夫よ。だって焦凍には、緑谷くんや爆豪くんたちがついてるもの」
エンデヴァー「……そうかも、しれんな」

EPISODE 21. クウガ&アギト

冬美「さらに向こうへ!プルス~……」
エンデヴァー「………」
冬美「お父さん!」
エンデヴァー「……フン」
冬美「……オールマイトならノリノリでやってくれるのになぁ?」
エンデヴァー「!、う、ウ、ウルトラァァァァァ!!」


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EPISODE 21. クウガ&アギト 1/3

皆さんGWですね、四連休ちゃんととれてますか?作者はなんとか大丈夫な職場でした。
久々に風邪ひいたのでのんびり休養しつつまったり執筆にかかりたいと思いまする。


『轟焦凍:リオリジン』、たくさんの反響いただいております。みんな本当にありがとう!
地味に1話から伏線を張っておいた甲斐がアッタヨ……。

ここからは原作クウガと異なり複数ライダー制になっていきますが、これまで物語を引っ張っていってくれたキャラ達が埋もれないようにがんばりたいと思いたいです。



 あかつき村、そして轟焦凍自身が朝を迎えた。

 そこから時を戻して、日付が変わる直前の深夜。渋谷区内では、飯田天哉が装着するG2によって撃退された未確認生命体第32号の捜索が続けられていた。第4号によって倒されたときのような爆発が確認できていないことから、その死は定かではなかったのだ。

 

――そして現実に、彼女はまだ死んではいなかった。

 

「ッ、ぐ、うぅ……」

 

 彼女――第32号ことメ・ガリマ・バは人間体に戻り、路地裏の一角に身を潜めていた。付近に捜索の手が伸びている気の休まらない状況なのだが、その身には深傷を負っていてまともに動けない。

 

 クウガに似た機械じかけの戦士――G2の最後の一撃は強烈だった。あれをまともに受けてこうして生きながらえることができるのは、メ集団にあっても自分ともうひとりだけだろう、とガリマは思う。

 だがいずれにせよ、このままこうしている限り待つのは死あるのみだ。警察やヒーローに発見されるか否かは関係ない。

 

「……ログ、ジバング、バギ」

 

 ガリマはそっと腹部を撫でる。あと数分。あと数分で、確実に自分の命は終わる。それを防ぐためには――

 

 

「ここに誰かいるぞ!」

「!」

 

 ガリマの姿がサーチライトに照らし出される。駆け込んでくるのは、薄青の制服に身を包み、濃紺の制帽を被ったふたりの男性。

 

「32号、か……!?」

「………」

 

 極度に警戒した様子で、警官たちはにじり寄ってくる。彼らは未確認生命体が人間体をもっていることを知っているが、しかし人間の姿をされていては確信がもてない。万一人間の怪我人であれば事だからと、拳銃を構えてはいても明らかな躊躇が滲むのだ。

 ガリマには躊躇など、なかった。

 

「――!」

 

 ガリマがぴくりと身じろぎし、反射的に身を固めた警官――次の瞬間、その片割れの首が撥ね跳んでいた。

 

「え……?」

 

 血飛沫をあげて倒れる警官だったもの。暫し呆然としていたもうひとりは表情を一気に恐怖に染め、引き金を引く。

 発射された弾丸は怪人体に変身したガリマの胴体に喰らいつくが、あっさりと弾かれてしまった。そのまま左腕の鎌が一閃し――

 

 

 ふたつの死体。腕輪の珠玉もふたつ、動く。――99個。

 

「ボセ、ゼ……!」

 

 再び人間体に戻り、荒ぶった息で凄絶な笑みを浮かべるガリマ。彼女の目的は果たされた――止められなかったのだ。

 

 そして、薔薇の花片を纏う死の女神が、姿を現す。

 

「ゲゲル達成だな、ガリマ」

「………」

 

 先ほどの銃声を聞きつけてか、他の警官やヒーローたちが駆けつけてくるのが気配でわかる。しかし彼らが到達したときには女たちの姿はなく、首と胴の切り離されたふたつの死体と無数の薔薇の花片だけが残されていたのだった。

 

 

 

 

 

 針を進めて、再び夜明けを迎えたあかつき村。

 暁に照らされた化け物の姿は、異形であることに違いはないけれど、もはや化け物ではなくなっていた。

 

 陽光を反射して眩いばかりに輝く黄金の鎧に、アイスブルーの右腕、クリムゾンレッドの左腕。――それらは彼の肉体に宿る、三つの力を表している。

 そして、その瞳。彼本来のオッドアイに様々な色が混じりあい、さながら雨のあとの虹のような輝きを放つ。見るものに神々しさを味わわせるそれらはいま、古代より甦りし災厄たちを鋭く睨みすえていた。

 

「ヅギビレ、ザレダバ……」

 

 その姿を密かに見下ろしていた仮面の男――ドルドは、彼をこう呼ぶ。

 

「――"アギト"」

 

 

 "アギト"と呼ばれた色鮮やかな戦士に、ズのグロンギたちは一斉に襲いかかっていく。

 

「ゴドセギベッ!!」

 

 でっぷり肥った、クジラに似たグロンギ――ズ・グジル・ギが先陣を切った。頭部の噴射孔から潮を噴く。その勢いは凄まじく、常人が受ければ骨をずたずたに砕かれてしまうことだろう。

 

 実際、アギトの身体はわずかに後ろに追いやられた。でもグジルが成し遂げたのはそこまでだった。早くもぐっと踏みとどまったアギトが右手をかざせば、放たれる噴水はあっという間に凍りついていく。

 

「バ、バビ――!?」

 

 驚愕を露わにしたのも一瞬のこと、極寒の冷気は空気中の水分子を忽ち凍結させる。それは常に湿っているグジルの表皮、さらに噴射孔の奥に溜まった水も例外ではなく。

 つまるところ、グジルもまた指一本と動かせぬ氷像と化したということだ。

 

「………」

「ヒ、ヒィ……ッ」

 

 同じように凍らされた挙げ句、咆哮による衝撃で粉々に砕かれたズ・ミウジ・ギを目の当たりにしているズのグロンギたちは、そのときの記憶を鮮明に想い出して恐怖した。カンガルー種怪人のズ・ガルガ・ダは飛び跳ね逃亡を図り、ヤモリ種怪人のズ・ジャモル・レは木の幹に張りついて森に隠れようとし、そうした能力のないタコ種怪人のズ・ダーゴ・ギは半ば自棄になって触手でアギトを絡めとろうとする。

 

「無駄だ」

 

 怪人たちの生き延びるための努力を、彼はたったひと言で無に帰した。

 そのアイスブルーの右腕に光流が奔り、輝きを放つ。

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 

「――McKINLEY SMASH!!」

 

 オールマイトよろしく技名を叫び、同時に掌を地面に叩きつける。光輝とともに氷結が周囲に広がり、各々決死の行動に出ようとしていた三体のグロンギを一瞬にしてグジルと同じ状態にしてしまった。

 それが保たれたのも刹那のこと。アギトが掌を拳に変えれば、一気に衝撃波と突風が発生、

 

――氷像の群れは、粉々に砕け散った。

 

「……!」

「焦凍……」

 

 勝己もグラントリノも、複雑な感情のはたらきすら停めて見とれてしまっていた。舞い散る氷の粒が陽光を受けて輝き、トリコロールの英雄を照らし出す――その光景は、ここが戦場であることを忘れてしまうくらいに美しかった。

 ただ、まだ彼らの敵が全滅したわけではない。

 

「凄まじいものだな。それが貴様の真の力か、轟焦凍」

「!」

 

 俊敏に木の上に退避していたメ・ガドラ・ダが、そんなつぶやきとともに地上に降り立つ。

 

「だが……過ぎた力は、身を滅ぼすだけだ」

「………」

 

 無差別に人々を虐殺し、過ぎた力を愉しんでいるとしか思えない未確認生命体から、そんなことばが出るとは。

 意外に思ったが、内容そのものにはうなずける部分もあった。師も父も、ごくごく平凡な個性の持ち主であったなら。たった独り巨悪に立ち向かって命にかかわる大怪我を負ったり、ゆがんだ思想のもとに生み出した息子に半殺しの目に遭わされることもなかったかもしれない。

 

 だが、彼らは彼ら、自分は自分だ。戒めにしなければならないかもしれないが、雁字搦めになる必要はない。

 少なくともいまは、 全身全霊でこの三つの力を振るうだけだ。――なりたい自分は、その彼方にいる。

 

 

「ガォオオオオッ」

 

 咆哮とともに、ガドラが跳びかかってくる。肩が凍っていて左腕が鈍いままなせいか、右腕だけを振りかざしている。

 ならば他のグロンギ同様、全身氷漬けにしてやる……とばかりに同じく右腕を構えたアギトだったが、その瞬間痛みとまではいかない痺れが襲ってきた。

 

「……ッ、」

 

 ワン・フォー・オール――発揮される馬鹿力ゆえに、肉体に大きな負担をかけるのだ。最悪の場合、反動で四肢と首とが千切れてしまうとかつてオールマイトが語っていた。継承当時ある程度身体ができていた焦凍でさえも、当初は骨折や重度の筋肉痛に悩まされたものだ。

 才能と努力ゆえにデビューする頃には十分扱えるようになっていたが、一年以上の隠遁生活でずいぶん筋肉も落ちてしまっている。以前のようにはできない。

 

 だがそれでも、人ならざる身となったからには。

 

「ふっ」

 

 ガドラの爪を素早く跳躍して躱し、すかさずその身に蹴りを叩き込む。ワン・フォー・オールは発動していない。それでもガドラを唸らせ、後退させるには十分な威力だった。

 

「ッ、グゥ……!」

 

 刻まれた打撲痕に、呻くガドラ。ふつうのグロンギならそんなもの一瞬で治るのだが、彼はあえてそうしない。全身に残された無数の古傷は、狩りの獲物と命のやりとりをしたしるし。それらひとつひとつを忘れぬこともまた彼の矜持だった。

 

「ゴセパ……――ゴセパビズンバズザベヅジョブバスッ、メ・ガドラ・ダザァ!!」

 

 そうした想いをすべて露わにするかのごとく叫び、ガドラは再び突撃を敢行する。その威圧感は一度目とは比較にならない。すべての覚悟がのしかかっていた。

 それを感じとりつつ……ゆえに、アギトは左の拳を構える。灼熱が、次いでワン・フォー・オールの輝きが、クリムゾンレッドを覆い尽くしていく。力は……絞らない。

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 敵が目の前に、迫る――

 

 

「KILAUEA SMAAAASH――ッ!!」

 

 

 火炎を纏った拳が、ガドラの腹部を捉えた。

 

「――ッ、」

 

 うめき声すら発することができずに、虎男のボディは打ち上げられ、吹き飛ばされていく。森の木々すら薙ぎ倒し、草葉にまみれながら。

 結局百メートル以上も飛んで、その身は地面に転がった。仰向けになった傷だらけの身体……しかしいま負った傷は致命的だった。ベルトのバックルが、粉々に打ち砕かれていたのだ。

 当然変身は維持できず、ガドラの姿は鋭い壮年の男のそれに戻された。

 

「う、うぐぅ……ァ、」

 

 変身はじめグロンギの特徴である様々な能力をもたらす体内の魔石ごと砕かれたために、負った致命傷に治癒の見込みはなかった。それでもガドラは地べたを這いずる。命は唯一無二のもの、そう簡単にあきらめてたまるものか。

 

 そんなガドラの意志とは裏腹に、身体はもう限界だった。うつぶせになり、わずか数センチ進もうとするだけで、せり上がってきた赤黒い血の塊がごぼりと吐き出される。ほぼすべての臓器が壊れつつある――無事な脳で、そのことを実感せざるをえなかった。

 

(終わるのか、俺は)

 

 そうならないための賭けだったというのに。……いや"賭け"である以上、失敗すればこうなるのも必定か。結局死期を早めただけの自分の浅はかさをガドラは嘲った。

 血の臭いにつられてか、野生動物たちが我先にと集ってくる気配がする。彼らを喰らって生きてきたガドラだが、捕食者と被食者の関係など簡単に逆転する。自分にもその時が来たのだと思った。

 

(ならば……悪くない、か………)

 

 グロンギである自分が、そうした自然の摂理に従って土に還ることができるなら。結局"整理"される運命ならば、余程いい死に方だ。そう思うと、途端に意識が遠のいてくる。

 

 "死"というやはり自然の摂理に身を委ね、ガドラは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「轟ィ!!」

 

 一方で"アギト"からもとの青年の姿に戻った轟焦凍は、かつての同級生だった爆豪勝己に詰め寄られていた。

 

「爆豪……俺は――」

「テメェのことなんざ後だ!!デクは、デクはどうした!?」

「!」

 

 焦凍が新たな……恐らく暴走を克服したのだろう姿に変身したことに関心がないわけがない。しかしなぜ、一緒に行動していたはずの出久が彼とともに戦いに出てこないのか。

 勘の鋭い勝己には看過できることではなかった。そして焦凍の青ざめた顔を見た途端、予感は確信へと変わって。

 

「テメェ……!」

「……ッ、」

 

 我を忘れて胸ぐらを掴みあげようとするのを遮ったのは、グラントリノだった。

 

「待て。――焦凍おまえ、まさか殺っちまったんじゃねえだろうな?」

「………」首を振り、「俺があの場を離れたときには、まだ……親父も」

「救急車は?」

「……呼びました」

 

 「だったらどこそこだな」と、最寄りの病院名を口にするグラントリノ。そのまま勝己のほうへ向き直り、

 

「おまえも(はらわた)煮えくりかってるだろうが、ひとまずは様子見に行くぞ。こいつぶん殴るのはそのあとでもいいだろ」

「……ッ」

 

 グラントリノのことばには反論の隙がなかった。ぶん殴るどころかこのすかした顔面を爆砕してやりたい欲求に駆られていたが、こいつの被害者がどんな状態なのか、それを確かめずにはいられない。

 

「……ッ、」

 

 

『だからそんなの、間違ってる!』

 

 こちらの想いの一部こそ理解しておきながら、決してその核に思いを致そうとしない。誰かを救けるために全力で突っ走って、そのために周りが見えなくなる。だからそのとき、救けを求めてこないまた別の誰かにはどこまでも残酷になれる。

 そういう出久だから、勝己には許せなかった。許せないまま、途を分かつしかなかったのだ。

 

 そしてそれでもあの男への執着を棄てられない自分は、あまりに滑稽だと勝己は思った。

 

 

 

 

 

「へ~、それであんなコテンパンにやられちゃったんだ。ガリマの奴」

 

 バルバから顛末を聞き出して、少年――メ・ガルメ・レはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 クウガという最大の()()()()がいない状況下、メ・ガリマ・バのゲゲルは確実に成功すると思っていたし、実際にそうなった。せめてものハンディキャップにとヒーローたちの出動が早い都市部も都市部に犯行現場を設定していたが、ハンデというよりそれは彼女の矜持と嗜好に基づいたものというべきか。いずれにせよ、ズの連中にすら手を焼く戦士たちなど相手にならないと思っていたが。

 

「メカクウガ、ねぇ。リントどもがイチから造ったってわけ?」

「そうだろう。少なくともアマダムやゲブロンの匂いはなかった」

 

 いつも自分たちとは最低限の会話しかなさないこのバラのタトゥの女が、珍しく饒舌なものだとガルメは思った。そばには他に下っ端のゴオマしかいないいま、そのほうがありがたいとも。

 

「ハァ、まいっちゃうなぁ」溜息をつきつつ、「鬱陶しいのがまた増えちゃった。こんなことならルール違反なんかしなきゃよかった……」

 

 そこまでつぶやいて、ガルメは小首を傾げた。彼の正体と性根を知らなければ、それは愛らしいしぐさと映るかもしれない。

 

(……そういやオレ、何やらかしたんだっけ?)

 

 犬頭のリントが自分の手で窒息していくさまは、とっくの昔に忘却の彼方だった。

 そしてバルバにとっても、ガルメが以前犯した違反など意識にはない。リントが自分たちの力で造り上げたクウガに迫る兵器。一方でドルドからの報告では、"アギト"が文字どおり一皮剥けて真の力を解き放ったというではないか。

 己のゲゲルのことしか考えていないズやメの連中と、彼女はまったく違う次元にいた。アギトとクウガもどきの兵器がクウガと組み、グロンギに仇なすことになっても構わないのだった。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドパパン

クジラ種怪人 ズ・グジル・ギ/未確認生命体第24号
カンガルー種怪人 ズ・ガルガ・ダ/未確認生命体第25号
ウツボカズラ種怪人 ズ・ガズボ・デ/未確認生命体第26号
ウミウシ種怪人 ズ・ミウジ・ギ/未確認生命体第27号
タコ種怪人 ズ・ダーゴ・ギ/未確認生命体第28号
ネズミ種怪人 ズ・ネズマ・ダ/未確認生命体第29号A
ネズミ種怪人 ズ・ネズモ・ダ/未確認生命体第29号B
ヤモリ種怪人 ズ・ジャモル・レ/未確認生命体第30号
※1

「ショグバブ、グスダレザ、ビ……メ("メ"に昇格するためだ……)」※2

登場話:EPISODE 18. 化け物~EPISODE 21. クウガ&アギト※3

活動記録:
ゲゲルの権利を剥奪され、殺人を行えずに燻っていたズ集団のグロンギたち。その権利と引き替えにメ・ガドラ・ダの指揮下に組み入れられ、あかつき村を襲撃した。
グロンギの中でも下級であるためさほど知能は高くなく、日本語はほとんど理解できない。戦闘能力もさほどのものではないが、ネズマ&ネズモ兄弟の連携やガズボの溶解液など決して侮ることのできない能力をもつ。
あかつき村ではこれまでの鬱憤を晴らすかのように村人たちを惨殺するが、駆けつけたクウガの緑の弓でガズボが倒され、次いで轟焦凍の変身した"化け物"によってミウジが凍らされたうえで砕かれた。その後ネズマ・ネズモ兄弟がガドラの命を受けて襲撃に出向くも返り討ちにされ、残りはアギトの『McKINLEY SMASH』によってミウジと同じ最期を迎えた。

作者所感:
原作ではバヅーとバヂスの間にやられた設定だけの奴らでしたが、拙作ではここで出すために温存してました。グジルだけはザイン回でちょろっと顔見せしてましたが……。最期はアギトの噛ませ犬としてやられましたが、いっぱい出せたのは楽しかったです。原作だと出ても二、三体がせいぜいだったし。
ちなみに初期構想ではネズマ&ネズモ、ジャモルの個別エピソードをつくる案もあったんですが、話数をとりすぎるためボツになりました。やることいっぱいあるわ(´・ω・`)

※1 原作では第7~13号。
※2 ネズマの台詞(EPISODE 19. すべてを棄てて消えた男の子 1/4より)
※3 グジルのみEPISODE 7. 無差別級デスマッチにも登場。




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EPISODE 21. クウガ&アギト 2/3

ワン・フォー・オール継承者って名前にナンバリングが含まれてるんですよね。
志村"菜奈"(7)→"八"木俊典(8)→緑谷出"久"(9)

轟焦凍……ん?しょうと…"と"……10?
ハハハハ……いやそんなまさかな………。


 職場を抜け出した発目明は、渋谷区内のとある病院を訪れていた。廊下を駆けずり――注意の声は気にも留めない――、目的の病室の前にたどり着く。

 ちょうど、見知ったひと組の男女が出てきたところで。

 

「!、発目……」

「!」

 

「上鳴さん、耳郎さん……」

 

 プロヒーロー・チャージズマとイヤホン=ジャック――上鳴電気と耳郎響香。G2越しの映像データからふたりが渋谷の事件現場にいたのは知っているが、ここまで"彼"に付き添ってくれていたとは。

 

「あいつの様子、見に来たのか?」

「ええ……G2の鎧を接収する目的もありますけども」

 

 同行した他の研究員たちは、今ごろそれと関係各方面への連絡調整に奔走しているはずだが。

 

「――飯田さんは?」

 

 やや逸って訊くと、ふたりは何やら視線を交わしあった。その意味が発目にはよくわからない。

 ほどなく、耳郎が口を開いた。

 

「命に別状はないよ、さっき目ぇ醒まして少し話してきたとこ。ただまぁ、内臓や筋肉にダメージがあって、数日は絶対安静らしいけど」

「!、そう、ですか……。ウフフfF、流石は私の見込んだ方です!」

 

 いつもの彼女らしい物言いに糊塗されてはいるが、隠しきれない安堵が滲んでいる。上鳴と耳郎は笑いを噛み殺しつつ、発目を病室へ促した。本当は自分たちもまだ残っていたいが、そうもいかない。ガリマに壊滅させられてしまった同僚ヒーローたち。他の地域から急遽応援が集められているとはいえ、対ヴィランの穴はあまりにも大きい。生き残った自分たちが、散っていった者たちのぶんまで働かなければ。

 

 去っていく上鳴・耳郎を見送ったあと――発目は、意を決して病室の扉を開け放った。

 様々な事情に配慮したのか、宛がわれた個室。中央壁際にでんと置かれたベッドの上には、はみ出してしまいそうな大柄な肉体が横たわっている。

 彼は入室してきた発目に気づくと、首だけをこちらに傾けた。絶対安静――起き上がることもまだ許されないのだろう。

 

「!、発目くん……」

「……おはようございます」

「うむ……おはよう。来てくれたのか……」

 

 かすれてはいたが、声音は存外にしっかりしていた。飯田天哉の身体の頑強さは見かけだけのものではないのだと、改めて思い知る。

 

「調子は、いかがですか?」

「うむ、問題ない……と、自分では思うのだがな。上鳴くん耳郎くんから聞いたかもしれないが、このとおり絶対安静の身だ」

「そうですか……」

 

 そこで気まずい――少なくとも発目にとっては――沈黙が流れる。何か気遣うことばを贈りたいのに、頭の中を捜しても出てこない。発明……モノにばかり執着して、他人を一定程度しか意識せずに生きてきた、これが弊害か。発目は生まれて初めて、そんな自分が情けないと思った。

 

 

「……すまなかった」

「へ……?」

 

 一瞬聞き間違いかと思うほどに、それは意外極まりないことばだった。

 

「どっ、どうしてあなたが謝るんです?」

 

 どちらかといえば、謝らねばならないのは自分のほうなのに。人体のことをいっさい慮らない強化スーツで、彼を傷つけてしまったのだから。

 それなのに、飯田は――

 

「……僕は結局、奴を倒すことができなかったらしいじゃないか。きみたちに無理を言って、強引に出動したというのに……」

 

 まるで自分に非があるかのように言う。そんなことはないのに。発目はぶんぶんと首を振った。

 

「違いますッ、私たちも危険を承知であなたを後押ししてしまったんですから……。それに、あなたのマニューバーは完璧でした!これまでの未確認生命体なら、確実に……」

「……ありがとう、そう言ってくれるのは嬉しい。だが、結果は結果だ。無理を通しただけの成果は挙げられなかったんだ」

「飯田さん……」

 

 発目が二の句を継げなくなるのを見て、飯田は天井を睨めつけた。眼鏡をかけていないせいもあって、焦点が合わず視界がぼやけている。つまりは、発目の表情もよくわからずにいるということで。

 

「――ところで"G2システム"の件だが、これからどうなる?」

 

 実戦に出たのは極めてイレギュラーな事案だったとしても、改めてテストがなされていくのか。そうだとして、自分はテスターでいられるのか。……そうでない可能性があるとわかっているから、飯田は問うた。

 

「……まだ確実なことは言えませんが、」前置きしつつ、「G2が人体にかける負荷が想定以上に大きいことがわかった以上、すぐにでも改良作業に取りかかることになるかもしれません。正しくは、デチューンした新型の設計、というべきかもしれませんが」

 

 Gシステムは将来的に量産され、一般の警察官の装着がなされることが想定されている。飯田ほどの鍛えあげられた肉体と実力をもつヒーローが長時間のオペレーションに耐えられないのだったら、それは欠陥品だ。常人でも操れる程度のスペックにまで落とさねばならない。性能が良ければいいというものでもないのだ。

 

「そうか……G2はお役御免ということになるんだな」

 

 仕方ないことではあるのだが、飯田としてはやはり忸怩たる思いがある。第4号に迫る――未確認生命体を倒せるだけの力。しかし常人に扱いきれるものでないから、封印せざるをえない。それ以上の力を自在に操り戦果を挙げている4号が、羨ましく思えてしまう。

 

「そうなると、僕もお役御免かな?」

「!、いやそんなことはありませんよ。どこまでデチューンすれば扱えるのか、まだまだ飯田さんに確かめてもらわないと……あ、今後もお付き合いいただけるなら、ですけど……」

 

 後半は消え入りそうな声になってしまった。飯田がきょとんとした表情でこちらを見ている。

 

「?、やるに決まっているじゃないか。こんなことで降りるくらいなら、最初から志願なんてしていないよ」

「そ、そうですよねっ、う、ウフフfF!ではではっ、今後ともよろしくお願いします!」

 

 思えば昔からこの男はそうだった。発目の慇懃無礼さと強引さに不愉快を露わにしながら、実験への協力にはほとんど必ず応じてくれていた。そういう彼に甘えていることにも気づかず、自分は目の前のことだけに没頭する人生を送ってきたのだ。

 飯田天哉と出会って五年、ようやくそれがわかった。

 

「……発目くん、きみも変わったな。以前のきみなら、こちらの心情などお構いなしだっただろう?」

「……そうかも、しれません」

「ああ。そういう、他人を思いやる優しい心……それは何をするにだって一番大切なものだと僕は思う。きみは元々すぐれた発明家だが、これからはもっと尊敬に足る、僕らヒーローの素晴らしいパートナーになれるだろう」

 

 飯田のことばは、発目の胸を打った。誰かのことばひとつにここまで感銘を受けたのも、やはり初めてのことで。

 同時に湧き上がってくる、胸を締めつけるような切なくも優しい感情。これは一体なんなのだろう?

 

 数式や化学式からは導けないその答えを出すまでには、まだ長い時間が必要になりそうだった。

 

 

 

 

 

 一方、あかつき村近くにある同じく病院。こちらにも、飯田天哉と同じくグロンギと戦う者()()が入院していた。

 片や飯田以上に大柄な体格の壮年の男。片やそれに比すると頭ひとつぶん小柄で細身な、少年にも見える青年。そのどちらもがあちこちギプスや包帯やガーゼに身を覆われた、痛々しい姿を晒している。どちらもいまは意識がなく、深い眠りに落ちていた。

 

――元No.1ヒーロー・エンデヴァーと、大学生であり未確認生命体第4号でもある緑谷出久。彼らをこんな有様にした"犯人"は、病室から数メートルほどの距離にある談話室にいた。

 

 

「またとんでもないことをしたもんだね、アンタは」

 

 その犯人を咎める――やったことに比べればあまりに軽いが――ことばを発するのは、グラントリノと同程度に小柄な老婆。名を修善寺治与と言ったが、それよりも"リカバリーガール"という通称のほうが有名だ。

 

「偶然あたしがこっちに来る日じゃなかったらどうするつもりだったんだい?まさか本気で殺しちまうつもりじゃなかったんだろうね?」

「………」

 

 そして犯人こと轟焦凍は、そうした叱責にいっさいの反論なく目を伏せる。拳に力が入りかけ……すぐに、ふっと緩められた。

 

「そりゃまったくそのとおりなんだがよ、修善寺。あいつらの容態はどうなんだ、もう峠は越えたんだろ?」

 

 割り込むようにして、グラントリノが訊く。

 

「じゃなきゃ集中治療室から移せないよ。特にあいつ……あんたの父親のほうはね、あたしだけじゃ限界があった。何せ折れた肋骨が肺に突き刺さってたくらいだ」

 

 本来なら緊急手術ものだったが、この病院には彼女とはまた別の形での治癒の個性持ちがいて、連携して命にかかわる状態から持ち直させることができた。――ふたりぶんの力をもってしても完全には治しきれないのが、かえってその重篤さを証明してはいるが。

 

「そうか……」ほっと息をつく。

「とはいえ、治癒に相当体力使わせたからね。いくら体力自慢のあの男でも消耗しきってる、しばらくは目を醒まさないだろうよ。――それに、」

 

 何か言いかけて、リカバリーガールは口を噤んだ。その内容を瞬時に察したグラントリノはあえて先を促さず、話を切り替える。

 

「それで、緑谷のほうは?」

「あの緑のモジャモジャの子かい。あの子のほうにはね、あたしたちは最低限のことしかしてない……必要なかったからね」

「どういうこった?」

「………」

 

 一瞬の沈黙、そのあと、

 

「……治癒の速度が異常なんだよ、あたしたちが個性を使うのより速い。砕けた右手の骨も治りかかってるし、裂傷の類はほとんど塞がってる。そういう個性の持ち主……ってわけでもないんだろう、あの子?」

 

 自分で自分の身体を回復させられる個性でもなければ、常人にはありえない速さ。

 

――つまりは、常人ではないということ。

 

「……あいつが、未確認生命体第4号だからだ」

 

 押し殺したような声でそう告げたのは、漆黒のヒーロースーツの上にジャケットを羽織った爆心地……爆豪勝己だった。

 

「第4号?」薄くなった眉を吊り上げるリカバリーガール。「あんな虫も殺さないような顔した子がねぇ……」

「……ッ」

 

 一瞬顔をしかめた勝己だったが、すぐ平静を装って続けた。

 

「連中が桁外れの回復力をもってることはあんたも知ってンだろ。デク……緑谷出久の手に入れた能力も似たようなモンだ。あいつの腹ン中にある石が、万全で戦える状態を常に保とうとする」

 

 後半は勝己独自の見解だったが、関東医大の椿医師もそれを支持している。

 

「そうかい……それなら様子見さね。――轟、」

「!」

「あんたのほうはもう大丈夫なのかい?変身しちまうのは治ってないんだろう?」

 

 リカバリーガールの本来の役目はそちらを慮ることだった。雄英高校の看護教諭である彼女は当然、医学的な知識をもっている。オールマイトの秘密を知る数少ない人物でもあったがゆえに、定期的に焦凍の検診を行ってくれていたのだ。気休め程度のものだと本人は自虐しているが。

 

「………」

 

 焦凍は一瞬、逡巡を見せた。しかし寸分あとには老婆の目を見つめ返し、

 

「……俺はもう大丈夫です。変身するのも、これからは俺の意志だ。もう暴走はしません」

 

 きっぱりと言いきった焦凍のオッドアイには、その両方にまっすぐな煌めきが宿っている。それを直接向けられるリカバリーガールもそうだが、傍らのグラントリノもまたそれを認めて内心驚いていた。たったひと晩の間に、この変貌ぶり。自分の身体を代償にそれをもたらした緑谷出久という青年は、激突の中で一体何をしたのだろうか。ずっとそばにいた自分にはできなかったことか。……もう少し若ければ心中穏やかでなかっただろうが、老成した彼には近しくないがゆえに見えるものもあるとわかっていた。ただふつうは、それを活かすのは極めて難しいことなのだけれど。

 

 ただ、まだ若い爆豪勝己はひとり、憮然とした表情を浮かべてたたずんでいた。

 

 

 

 

 

「殴らねえのか?」

 

 グラントリノとリカバリーガールが老夫婦よろしく連れ立ってどこかに行ってしまいふたりきりになった途端、焦凍は勝己にそう問いかけた。

 ここに駆けつける前、勝己は焦凍の所業に激怒し、殴る……いやそれ以上の報復を行おうとしていた。グラントリノがそれを制止したが、行為自体を咎めるのではなく「無事を確かめたあとにしろ」という主張で。

 それはそうだろう、と焦凍自身思う。自分のしでかしたことは、本来刹那的な苦痛で清算されるようなものではないのだ。――ヒトを、この手で殺めようとした。

 

 椅子にどっかりと座り込んだ勝己は、立ち尽くす青年の端正な顔立ちをじろりと睨めつけた。混じりっけないピジョンブラッドのような紅が、くっきり色の分かれた焦茶・蒼のオッドアイを射抜く。

 

「殴られりゃ、落とし前になんのか」

「………」

 

 吐き捨てるような勝己のことばは、まさしく焦凍の心のうちを正確に射抜いたものだった。――この男は不思議とそうだ。自分が一番ならあとはどうでもいいという態度でいるくせに、その実周囲の人間を誰よりも深く鋭く観察している。相手のすべてが理解らなければ気が済まないとばかりに。

 焦凍の沈黙を是と捉えてか、勝己は目を伏せた。深い溜息をつく……そこには何かへの諦観がにじんでいて。

 

「……テメェがどう変わろうが、テメェのやったことが消えてなくなるわけじゃねえ。過去は消せねえんだよ、どんなに足掻こうがな」

「……そう、だな」

 

 わかっている。誰よりも痛切に、理解しているつもりだ。

 

「でも、」

 

 

「あいつは……緑谷は教えてくれたんだ。消せないものは、抱えたままだっていいんだって。……抱えたままで、俺のままで変わればいい、って」

「……あいつが」

 

 

『きみの、力じゃないか――!』

 

 焦凍の脳裏に染みついた声。きっとそれは、この命尽きる日まで鮮明に残されるのだろうと思う。

 

「この弱さも憎しみも、それに溺れちまった過去も、全部ひっくるめて俺は俺なんだ。……それでも俺は、今度こそヒーローになりたい。俺に手を差し伸べてくれた人たちみたいに、誰かに手を差し伸べられるように」

 

 

(それで、いいよな……。――オールマイト)

 

 「なりたい自分」を形作らせてくれた、自分の原点(オリジン)。平和の象徴に相応しい筋骨逞しい英雄の姿も、痩せ細りそれでも生きて戦おうと足掻いていた真実の姿も、焦凍にとってはどちらも生涯の師であることに変わりはない。彼はもう、どんなに手を伸ばしても届かない場所に行ってしまったけれど。――でも雲間から覗く青空のむこうで、いつだってあのまぶしい笑顔で見守ってくれている。いまは、そう思える。

 

「………」

 

 窓辺に拠って空を見上げる焦凍の背中に、もう迷いはない。対してそれを悟った勝己は、何も言わずに席を立った。そのまま部屋を出ていく。――その背姿をちらりと見やったとき、焦凍はもうひとつ、かの青年のことばを思い出していた。

 

『きみにだって、無個性の子供がどんなみじめな思いをしてきたかなんてわからないだろう!?』

 

 確かに自分にはわからない。でも類推はできる。

 出久はおねしょの件を明かしたとき、こうも言ったのだ。――無個性でどんくさかったせいでいじめられていた、主犯は爆豪勝己だった。さらりとした言い方だったが、それがすべてではないのか。焦凍の中で、点と点が線として繋がりつつあった。

 

 ふたりがどんな気持ちで幼年期から少年期を過ごして、そして青年となったいまともに戦っているのか、焦凍にはわからない。ただ仄暗い過去の呪縛は、被害者である出久より加害者である勝己のほうがより強固なのではないだろうか。「どう変わろうが、過去は消せない」――そのことばは内容としては焦凍を責めるものだったけれども、その実、自罰的ないろを孕んでいたように思えてならなかった。

 

 

 そんな苦悩多き青年たちの頭上――入院棟の屋上に、ひとつの人影が降り立った。

 

「………」

 

 ローブの上から漆黒のマントを纏った、仮面の男。あらゆる感情も覇気も覆い隠した彼は、名を"ドルド"と言う――まぎれもない、グロンギのひとりだ。

 

「ラブパラザ、ゴシデギバギ」

 

 その姿が刹那、猛禽類のようなそれに変わる。舞い散る漆黒の羽根が、まるで意志をもっているかのようにひとりでに浮かび上がった――

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドドググ

トラ種怪人 メ・ガドラ・ダ/未確認生命体第31号※

「ゴセパビズンバズザベヅジョブバスッ、メ・ガドラ・ダザァ!!(俺は傷の数だけ強くなるッ、メ・ガドラ・ダだァ!!)」

登場話:
EPISODE 18. 化け物~EPISODE 21. クウガ&アギト

身長:205cm
体重:215kg
能力:強靭な肉体と闘志そのもの
活動記録:
「傷の数だけ強くなる」のことばに違わず、全身に古傷をもつメ集団屈指の強豪。人間体もワイルドな風貌の壮年の男である。
非常にストイックな性格であると同時に本来の(恐らく変身能力を得る以前)狩猟民族としてのグロンギにアイデンティティを見出しており、食糧を得る以外の無用な殺戮を好まない。そのため実力ゆえに特別に"メ"の階級を与えられているにもかかわらず、復活後はゲゲルに参加せず、山深くにてひとり原始的な生活を営んでいた(にもかかわらず流暢に日本語を話していることから、知能も非常に高いことが窺える)。
しかしなんらかの理由からバラのタトゥの女の依頼を受諾し、あぶれたズ集団の面々を率いてあかつき村を襲撃する。自ら人間を手にかけることはなかったものの、第4号&爆心地に対しては勝負を挑むなど戦士としての側面も覗かせた。
その後は依頼を果たすべく轟焦凍を付け狙い、最後は完全な"アギト"として覚醒しズの面々を全滅させた焦凍と激突するが、『KILAUEA SMASH』の一撃でベルトを破壊されて致命傷を負い、最期は自然の摂理に従って大地に還ることを選んだ。

作者所感:
漫画版の設定を意識しつつ、中身は色々弄りました。強さを追い求めるタイプだとガリマとかぶるし、一体くらいはこういうガチガチの保守派がいても面白いかな~と。原作だと総集編の敵ゆえあまり個性がなかったので、目立たせることができて良かったです。
仔犬と仲良くなるイベントも本当は入れたかったけど隙がなかった……。

※原作では第25号。


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EPISODE 21. クウガ&アギト 3/3

バカは要約ができない(訳:長くなりすぎちゃったテヘペロ)
これでも戦闘シーンとか色々はしょりました。大人しく四部構成にすりゃよかったとか言わない。



ドルドの羽根はファンネル。作者世代的にはドラグーンorファング。


 たゆたうようなまどろみの中から、次第に浮遊していく感覚。

 それが少しずつ鮮明になっていく段階を踏んで、緑谷出久は覚醒に至った。目に映る白い天井、薬品の匂い。

 

(びょう……いん……?)

 

 推察は容易かった。なぜならつい数週間前にも同じような目覚めを経験しているから。

 加速度的に脳が活性化し、ばらばらに解けていた記憶が束ねられていく。自分がなぜ、包帯まみれになって病院のベッドの上にいるのか。

 

「……ッ、」

 

 恐る恐る、身体を起こそうと試みる。節々にずきりと痛みが走るが、もとが意識を保てないほどの重傷であったことを思えば快癒に向かっている、と言えるのではないだろうか。さすがは霊石アマダムである。

 

 ただ、自分の身体のこととは別の気がかりがあった。――未確認生命体は……そして轟焦凍は、どうなったのか。

 薄れゆく意識の中、どこかへ去りゆくその背姿を見たことは覚えている。そのあと彼はどこへ行ったのだろう。決意とともに戦いに赴いたか、それとも再び化け物となることを恐れて遁走したか。……自分のことばは、届いたのか。

 

「………」

 

 懊悩する出久がふと傍らに目をやると、隣のベッドには面積のほとんどを占領する炎の男の姿があって。

 

「!、えっえっえっ」思わずどもる。「エンデヴァー!?」

 

 しかもその途端、固く閉じられていると思われた碧眼がぎょろりと覗いて。

 

「へぁッ!?」

 

 驚愕のあまり、出久はベッドから転げ落ちそうになった。(起きてたのかよ!?)と心の中で叫ぶ。口が裂けても発言はできないが。

 

「……いちいちオーバーリアクションだな、きみは。そんな叫ばれれば嫌でも反応する」

「あっ、す、すみませ――」

「まったく……――きみのような人間が4号とは驚きだ」

「ッ!?」

 

 大きな目をいっぱいに見開きながら、ひゅ、と喉を鳴らす出久。実にわかりやすい反応だった、まして駆け引きにも長けたベテランヒーローにとっては。

 

「フン、やはりな」

「……カマ、かけたんですか?」

「ああ、だが最初からほとんど確信していた。俺と同じような怪我……焦凍にやられたんだろう?」

「………」

 

 はっきり是とするのはなんとなく躊躇われたけども、結局出久は小さくうなずくほかなかった。

 

「……申し訳ない」

「えっ……」

「息子が迷惑をかけた。あとできちんと償いはさせてもらう」

「い、いやっ、いいですよそんなの!こうなることだって、覚悟のうえでしたし……」

 

 それよりも、

 

「……あの、4号が目の前にいるのに、何もしないんですか?」

「この状態でできると思うか?」

「それはまあ、そうなんですけど……」

「……それに、敵として処理するにはきみは功をあげすぎている。ここだけの話、警察内ではきみを協力者と認定する旨、検討が始まっているくらいだ」

「!」

 

 さすがにそれは寝耳に水だった。警察との唯一の窓口というべき幼なじみはそんなこと一切教えてはくれなかった。理由は良くも悪くも色々と考えられるが……。

 

「きみに頼りすぎるのもいかがなものかと思うがな、俺は。きみに何度か命を救われた身で偉そうなことは言えんが」

「あ、そのこと、なんですけど……ひとつ質問してもいいですか?」

「俺に答えられることならな」

「あっ、ありがとうございます。……どうして、ひとりで轟くんのところへ行ったんですか?」

 

 甲高い声でどもりながら礼を述べたかと思えば、すっぱりと切り込んでくる。そのギャップはエンデヴァーにとって不思議ではあれ、不愉快なものではなかった。

 

「轟くんがなぜああなったのか、過去に何があったのか……全部、聞きました」

「………」

「あなたに対して、暴走した轟くんが危害を加えようとすることは想像に難くない。こういう結果になることはあなたになら予想できたんじゃないかと……あ、その、なんか物凄く失礼なこと言っちゃってますね、すいません……」

「自覚があるなら結構」

「あ、ははは……」

 

 引きつった笑みを浮かべる青年から目線を外し、エンデヴァーは天井を睨んだ。独りごちるように、答える。

 

「……予想はできていたさ、きみの言うとおり。いや……だからこそ赴いたと言うべきかもしれんな」

「どういう、ことですか?」

「焦凍をあんな醜い化け物に貶めているのが俺への憎悪だというなら、それを晴らしてやることが一番の解決策だろう」

「!、まさか、自分を犠牲にして轟くんを……!?」

「あいつが呪縛から解放されるなら、俺ひとりの命など安いものだ」

 

 出久は思わず、失礼も忘れてエンデヴァーの顔をじっと見下ろしてしまった。こともなげに言うその碧眼は、しかしなんら嘘偽りのない輝きを放っている。

 出久の表情に気がついて、彼はふんと鼻を鳴らした。

 

「きみにそんな表情(かお)をされる謂われはないな。曲がりなりにも父親でありヒーローでもある俺と違い、きみにはなんの義務も責任もない。なのに、命を賭してまで焦凍の前に立ちはだかろうとした」

 

 焦凍のことだけでなく、未確認生命体とのことにしてもそうだ。ヒーローでない以上、どんなに危険を顧みず戦おうが、得られるものはない。富も、名声も。少なくとも、緑谷出久としては何ひとつ。

 

「……そういえば、そうか」

「何?」

「!、あ、いや……。そういうの、あまり意識したことなくて。もちろん認めて、褒めてもらえるのは嬉しいです。だけど……僕はただ、救けを求めてもがいてる手を、掴みたいと思って――」

 

 手を差し伸べる。たとえ振り払われて、自分が傷ついたとしても。

 ただ、それが常に正しいとは限らないと、いまの出久は気づきつつあって。

 

「でも……僕は轟くんじゃないし、轟くんも僕じゃない。僕がよかれと思ってしたことが、本当に彼のためになったかはわかりません。――エンデヴァー、あなたも」

「!、………」

 

 一瞬目を見開きかけたエンデヴァーは、しかしそのまま静かに瞑目した。閉じられた青い瞳が何を思うのか、出久にはわからない。ただよほど生意気なことを言ってしまったという自覚はあったが。

 

(僕のことばは、想いは、轟くんに届いたんだろうか)

 

 

「――届いたよ」

「!」

 

 声が発せられるのと、がらりと扉が開いてその主が姿を現すのがほぼ同時だった。

 

「轟、くん……」

「………」

 

 おずおずと部屋に足を踏み入れる、紅白頭の青年。実のところ、彼はずっと部屋の前にいた。ふたりがまだ眠っていると思って様子を窺いに来たのだが、話し声が聞こえてきたために入るに入れなくなっていたのだ。

 

「緑谷、あのあと俺は未確認生命体と戦った。化け物とは違う、新たな姿に変身できたんだ。暴走もしねえ、"強い"姿に」

「!、じゃあ……」

「ああ、あそこにいた未確認生命体は全滅させた。――もう、大丈夫だ」

「そっ、か……」

 

 深く吐き出される溜息には、二重の安堵が含まれていて。

 

「あと……本当にすまなかった、そんな怪我させちまって。口で謝って済むことじゃねえけど……」

「い、いいよそんなの!僕は全然、へっちゃらだから……あ、痛てててっ」腕を動かしてみせようとして、呻く。「え、へへへ……すぐ治るからさ、こんなの」

「緑谷……」

 

 「きみが大丈夫になって、よかった」――そう言って笑う出久の幼い顔立ちが、一瞬オールマイトと重なった。自分の受け継いだ力、彼になら……なんて、場違いな考えが浮かんでしまう。もう一度後継者として歩いていくのだという決意に揺らぎはなく、すぐに頭の片隅にしまい込んだ。

 

「――焦凍」

 

 出久の隣のベッドからの呼びかけ。やはり表情が険しくなるのを止めることはできないながら、それでも焦凍は一歩を踏み出し、そちらに歩み寄った。

 

「親父、俺は………」

「………」

 

 虐げられる自分、母。自分が辛いのはいい、でもそれを目の当たりにしながら何もできず苦しんでいた母は。それを思うと、やはりどす黒い感情が湧き上がってくる。

 でももう、いいのだ。それを抑えつけて、目を背ける必要はない。

 

「俺はまだ、あんたを許せねえ。……いや、一生許すことなんてできねえだろうな」

「………」

「でもだからって、あんたの人生を終わらせていい理由にはならねえ。そのことは……謝る。――悪かった」

 

 父に対して頭を下げたのは、生きてきて初めてのことかもしれない。ただ、自分と母の人生がこの男に歪められたように、自分もまたこの男の未来を閉ざしたのだ。自業自得――そう言っていいのは第三者であって、当事者である自分が懺悔を逃れていい理由にはならない。罪は罪として、受け容れなければならない。

 それに対する、父の答は。

 

「……フン」また鼻を鳴らしつつ、「おまえが失踪したことで迷惑や心配をかけた人間が大勢いる。謝罪は腐るほどしなければならんぞ、これから」

「……そう、だな」

「まずは……そうだな、"アレ"にか」

「……?」

 

 アレ、とは?呑み込めず訊き返そうとした焦凍だったが、刹那、脳を電撃が奔るようなあの感覚が襲いかかってきた。

 

「――ッ!?」

 

 怪我人ふたりが怪訝な表情を浮かべるのも構わず、焦凍は右腕を振りかぶる。"右"が発動するのと、窓ガラスが粉々に割れて何か黒い塊が飛び込んでくるのが同時。

 

 エンデヴァーと出久目がけて飛翔するそれらは、焦凍の放った冷気によって凍りつき、地面に落下した。

 

「な、何が……」

「これは……」

 

――羽根?もはやただの氷塊と化してしまってはいるが、わずかにとどめた原型からそう推察できた。

 

「ッ、轟くん、それ……!」

「ああ……"奴ら"だ」

 

 暴走から解放されたとて、焦凍にはわかる。強烈な敵意、悪意……そんなものが、誰かを傷つけようとしている。

 

「ッ!」

 

 窓に氷の壁を張って塞ぐと、そのまま病室を飛び出していく。脚は無事な出久もまた、ベッドから降りてそのあとを追った。

 しかし勢いこんだ出久は、廊下に一歩を踏み出した途端に焦凍の背中にぶつかってしまった。額に肩甲骨が命中し、ずきりと痛みが走る。

 

「痛だッ!?轟くん、どうし――」

 

 廊下全体を視界に入れれば、訊くまでもないことだった。

 廊下中、そして他の病室からはみ出すようにして、患者や看護師らがことごとく倒れ伏している。ふたりは咄嗟に彼らのもとに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしろッ、何があった!?」

 

 彼らにはまだ息があったが、青ざめた顔でまったく応答がない。……よく見れば、首筋にあの黒い羽根が突き刺さっていた。

 

「轟くん、これってさっきの……?」

「……あぁ」

 

 未確認生命体の襲撃。それも自分たちが気づくまでの間に、恐らくは病院全体に魔の手を伸ばしている。さながらアサシンのように。

 そしてその毒牙にかかったのは、彼も例外ではなかった。

 

「ぐッ、う……」

「!」

 

 壁に片手を突き、よろよろとこちらに向かってくる青年の姿。その白い首筋に、やはり漆黒の羽根が突き刺さっている。

 

「かっちゃん!?」

「爆豪っ!」

 

 やはり駆け寄ろうとしたふたりだったが、焦凍だけはほどなく足を止めていた。敵の気配……はっきりと、それを掴みとったのだ。

 

「屋上……!」

「轟くん、どうしたの?」

「爆豪を頼む」

 

 それだけ言い残して、焦凍は踵を返した。階段を駆け上る。治りかけとはいえ重傷者である出久を戦わせるわけにはいかない。

 そして出久もまた、勝己の介抱という使命を与えられた以上、むやみにあとを追うことはできないのだった。

 

 

 屋上。

 

 コンドルを模した怪人体の姿に変身したドルドは、静かに腕組みをして立ち尽くしていた。そうしてただ"彼"の到来を待っている。

 そして――

 

「……ビダバ」

「!、テメェか……!」

 

 屋上に姿を見せた轟焦凍。くっきり分かたれた紅白の長髪は奇異だが、同じくな焦茶と碧のオッドアイはいくら野蛮なグロンギの価値観にあっても美しいものだろうとドルドは思う。だから壊そうとか、抉り出してコレクションしようだとか、そういう発想になるのが彼らの特徴でもあるのだが。

 そして彼には、それを悠長に眺めている趣味はなかった。

 

「その姿のキミに興味はない」

「何……!?」

「変身したまえ」

 

 不遜な物言い、態度。焦凍は苛立ちをますます深めたが、抗して変身せず立ち向かっても得はない。――こいつは、強い。

 意を決した焦凍の腹部に輝石が、次いでそれを覆うようにベルト――"オルタリング"が出現する。

 

 構えた右手をやおら突き出し、

 

「変――」

 

 その上から左手を重ね、

 

「――身ッ!!」

 

 オルタリングの側面を、叩き起こすように……押し込む!

 

 

 そして眩い光に包まれたその身体は、次の瞬間ヒトを超えた戦士へと変わっていた。黄金、青、赤の三色の戦士。

 

「アギト……」

 

 ドルドの嘴からつぶやかれた名に、異形はぴくりと反応する。

 

「……俺はショートだ、アギトじゃねえ。間違えてんぞ」

「間違えてなどいない。その姿はアギト……我らの理想、だ――!」

「!」

 

 ドルドがついに動いた。と言っても本体は指一本動いていない。その漆黒の翼から無数の羽根が抜け落ち、かと思えばそれら一本一本がまるで生きているかのように向かってきたのだ。

 

「ッ!」

 

 これがこの未確認生命体の能力か。そう察しつつ咄嗟に回避行動をとるアギト。しかし羽根もまたその動きに追随してくる。

 

「チッ……鬱陶しい!」

 

 羽根を全滅させ、あわよくば本体を……そう企図し、アギトは左右、燃焼と冷気両方を発動させる。片方だけだと体温の上下が激しいのだが、ふたつ同時に行えば相殺されて平常に保つことができる。

 

「――はッ!」

 

 空気を薙ぐような火炎と氷柱とが、迫る羽根の群れを呑み込んでいく。あるものは焼き尽くされ、あるものは凍りつく。まったく隙がない。

 だがそれはドルドも同じことだった。翼は一瞬にして再生し、さらに放出される。グロンギ特有の頭抜けた再生能力ゆえに、彼はこの戦法を無際限に続けることができるのだ。

 

(ッ、きりがねえ……!)

 

 なんとか羽根の濁流をかいくぐって本体に仕掛けようとしても、今度は羽根が寄り集まって盾をつくり出す。

 

「………」

 

 ドルドはひと言も発しない、身じろぎもしない。悠然と構えるその漆黒の姿を前に、ガドラと同じ、いやそれを凌ぐ強敵だと焦凍は心しなければならなかった。

 

 

 そして勝己を介抱すべく、出久は彼を病室まで運び込もうと試みていた。自分の状態からしておぶるのは不可能なので、肩を貸して引きずるようにして。

 

「……ッ、」

 

 だが、それでも傷の残る身体には相当な負担だった。脂汗がにじむ。

 

「……は、なせや、クソデク……ッ」

 

 朦朧としながらも意識を保つタフネスが、横でそんな声をあげた。

 

「今さら、放り出せるわけないだろ……ッ、せめて、きみだけでも……!」

 

 勝己の友人……ではないにせよ戦友である焦凍に、託されたのだ。勝己を休息できる場所――自身のベッドなど――にまで運ばなければ。出久は意固地になっていた。

 

「バカが……!ンなモン、意味ねえんだよ……!」

「っあ!?」

 

 突き飛ばされる。出久は尻餅をつくだけで済んだが、勝己はしたたかに身体を打った。

 

「か、かっちゃ――」

「行けや……デク」

「!」

 

「いま戦えんのは、あいつと、テメェだけだろうが……ッ!」

「――!」

 

 絞り出すようなそのことばに……出久は、霊石に侵された体内がずくりと疼くのを感じた。

 

「ッ、わかったよ……!」

 

 勝己に向けた背中。そこに何かが投げつけられる。床に落ちたそれは――籠手、だった。

 

「………」

「……ありがとう、かっちゃん」

 

 その想いを汲んで、出久は走り出した。傷の痛みなど、とうに忘れていた。

 

「……は、っ」

 

 そして強引に送り出した勝己は、床を舐めるようにしたまま嘲うほかなかった。出久と焦凍が、肩を並べて強敵に立ち向かう――そこにいない自分。

 

 

 つまりは、そういうことなのだ。

 

 

 

 

 

 縦横無尽に舞う無数の小さな漆黒が、三原色の英雄を苦しめている。

 狭い屋上内を素早く動きながら躱しつつ、時に炎と氷で迎撃するが、反撃の糸口すら見つからぬまま体力を消耗していく。既に何本かは身体に突き刺さっていて、たまらずアギトは呻いた。

 

(身体から、力が抜ける……ッ)

 

 恐らく羽根に神経に作用する毒が含まれていて、それで被害者たちも皆身動きができなくなっていたのだろう。

 幸い変身した自分にはまだ動きに影響が出るほどの効果は表れていないが、これ以上喰らったらまずいのは間違いない。そして動けなくなったところで、目の前の怪人がどんな行動に出るのかも。

 

(チッ、フルカウル使えりゃ……!)

 

 "フルカウル"――全身にワン・フォー・オールを纏わせて身体能力を向上させるそれを、失踪前には息をするかのごとく使えていたのに。度重なる暴走と身体の衰えで、ワン・フォー・オール自体、必殺の一撃のために使うのがせいぜいだ。逃げて、鬱ぎこんでいた自分が改めて情けなく思えてくる。

 

「……そろそろ、幕だ」

「ッ!」

 

 ばらばらの動きをしていた羽根たちが寄り集まっていく。アギトをぐるりと囲むように、群体をつくる。

 

「………」

 

 硬直したまま、指一本たりとも動かせない。中途半端な対応をすれば、この群体の大部分が牙を剥くことになるかもしれないのだ。とはいえ、最善を尽くしたとてノーダメージともいかないだろう。身体が、どこまでもつか――

 

(……無理だろうな)

 

 そう確信したドルドが、いよいよ最後の一撃を放とうとしたとき、

 

 突如としてアギトの背後で何かがぎらりと輝き、次の瞬間ドルドは弾き飛ばされていた。

 

「グッ!?」

「!」

 

 本体がそれどころでなくなったためか、アギトを取り囲んでいた羽根は力をなくして地面に落ちていく。それをもたらしたのは、

 

「……、はー……ッ」

「!、おまえ……」

 

 緑のクウガ――緑谷、出久だ。肩で息をしながら、ボウガンを構えてそこに立っている。

 

「怪我人が何しに来た!?爆豪は!?」

「あ、あんまり大きな声出さないで、この形態すごくセンシティブだから……」懇願しつつ、「そのかっちゃんに送り出されちゃった。"戦えんのはお前らしかいない"って」

「………」

 

 焦凍は意外に思った。あの爆豪が他人にそんなことを言うなんて。まして怪我人の、互いに複雑な想いを抱いているのが垣間見える幼なじみに対して。

 でも、それはきっと正しいのだ。あの男が自分を曲げてまで、そのことばを絞り出したのだとしたら。

 

「……ム、ゥ」

「!」

 

 はっと意識を引き戻せば、フェンスに叩きつけられたドルドがゆっくりと立ち上がるところだった。胸元に刻まれた封印の古代文字。

 

――それが、消えうせていく。

 

「ッ、効いてないのかよ……!」

 

 クウガがたまらず吐き捨てる。19号――ギノガのときも同じことがあったが、あれは不完全な白の状態だったというこちら側の事情だった。あのときとは違う、完全態のひとつである緑の攻撃が通用していない――

 

「……ッ」

 

 しかも、右腕にビリビリと痺れが奔る。怪我のせいではない。そのギノガ戦直後から時折感じる、電気が通されたような感覚。……これをうまく扱えれば、もっと強力な攻撃が放てるような気がするのだが。

 

 いまはあれこれ考えていてもしょうがない。クウガは基本形態の赤に戻ると、籠手を気持ち丁寧にその場に置いてアギトの隣に並んだ。

 

「轟くん……僕ひとりじゃ駄目みたいだ。一緒に、やれないかな?」

「……なんで疑問形なんだ。そこは"やろう"とかでいいだろ」

「あ、そ、そうだよね。――やろう!」

「おぉ」

 

 何事もなかったように、ドルドは再び羽根を展開しようとしている。ここは短期決戦でいくしかない。クウガが構えをとる。右足に灼熱を纏って。

 少し考えて、アギトもそれに倣った。下半身――両脚にワン・フォー・オールを集中させる。赤いクウガのキックがグロンギに対する切り札であることは知っている、それに合わせるなら、こちらもキックだ。

 

「――はッ!」

 

 そして、同時に跳ぶ。そこでアギトは、さらに半冷半燃を発動させる。三つの力が、一挙に両足に流れこむ。と同時に、彼の矛先に浮かび上がる巨大な紋章。

 

「おりゃぁああああッ!!」

「うぉおおおおおおッ!!」

 

 紋章を突き破り放たれる、ふたりの戦士の、力を合わせた最高の一撃。それを受ける側のドルドは、展開した羽根を塊にして、さながら盾のように自分の前に配置した。それはぎりぎりの判断だった。

 

 刹那Wキックが到達し、フェンスを突き破るほどの大爆発が起きたのだ。

 爆炎が収まれば、そこにはふたりの戦士が立っていた。そして舞い散る、焼け焦げた無数の羽根。

 

「倒し、た……?」つぶやくクウガ。

「……いや、」

 

 オルタリングから光が放たれ、アギトの姿が焦凍のそれに戻る。

 

「その割に手応えがなかった。……逃げたんだろうな、羽根に紛れて」

「そう、だよね……」

 

 ふうう、と深く息をついたクウガの身体から力が抜け……その場に座り込む。アークルが輝きを失い、やはり出久の姿に戻った。

 

「緑谷っ、大丈夫か?」

「う、うん……なんか気ィ抜けちゃって。あははは……」

 

 力なく笑う出久は、ふとあることに気づいた。――焦凍の脚がぶるぶると震えている、まるで生まれたての子鹿のように。声や表情は平静そのものなのに……。

 

「轟くん、それ……」

「……ああ、これか」小さく溜息をつき、「反動だ……ワン・フォー・オールの」

「は、反動?」

「身体が鈍ってっからな。強化されてるから怪我まではしねえが、その、なんつーか……力が入んなくなる」

 

 ほとんど言葉尻と同時に、焦凍もまたその場に座り込んだ。そのばつの悪そうな表情を目の当たりにして……出久は思わず、ぷっと噴き出してしまった。

 

「ふっ、ふふっ、あはは……っ。なんか締まらないね、僕たち……」

「……だな」

 

 死闘のあとの青年たち。その心は、頭上の青空のように穏やかに凪いでいた。

 

 

 

 

 

 件の洋館に戻っていたバルバ。高級そうな安楽椅子に腰掛け、指輪に付属した爪状の装飾品を撫でる彼女のもとに、かのコンドル種怪人が降り立った。その姿が仮面の男のそれに戻る。

 

「アギトは、どうだ?」

「……まだまだ未熟、だがクウガともども侮れん。あのまま固執すれば、私も危うかった」

「……ふふっ」

 

 確保には失敗したが、構わなかった。完全なアギトを目覚めさせることができただけで目的の半分以上は達している。

 

――それに、アギトは唯一無二ではない。

 

「いずれにせよ、面白くなりそうだな。――"ゲリザギバス・ゲゲル"」

 

 そのことばを放ったのは、バルバでもドルドでもない……もうひとり、第三の男だった。

 

 

 

 

 

「――ったく、酷い目に遭ったわい」

 

 病院を出たところでそうぶつくれるグラントリノに、焦凍は思わず苦笑を浮かべた。

 ドルドの羽根に含まれていた神経毒は一過性のもののようで、奴の撤退後ほどなくして被害者たちは皆無事に回復した。未確認生命体が手心を加えたとは思えない焦凍には疑念が残ったが、深く推考するのは次に出久たちと顔を合わせる機会にするとして、グラントリノと一度あの小屋に戻ることにした。色々とせねばならないこともある――引っ越しの準備とか。

 

(これからは、あいつらと一緒に)

 

 戦う――未確認生命体と。だから職業ヒーローへの復帰を考えるのはそのあとだ。

 焦凍がこれからの未来を思い描いていると、

 

「焦凍……?」

「――!」

 

 名を呼んだのは、眼鏡をかけた銀髪の女性。焦凍は彼女の名を知っていた。冬美。――轟冬美。

 

「姉さん、と……」

「………」

 

 そしてもうひとり、彼女によく似た、しかし幾分か歳を重ねた婦人。

 

 

「お……かあ、さん………」

 

 自分に煮え湯を浴びせて以来ずっと、病室という名の牢獄に閉じ込められていた母。幾度も会いに行こうと試みて、でも怖くて、結局目を背けてきた。

 それが、どうして――

 

「焦凍……ッ」

 

 目に涙を浮かべて、彼女は抱きついてくる。それはただ純粋に、息子の無事を喜ぶ母の振る舞いだった。

 

 困惑する焦凍に、冬美は語った。焦凍がプロヒーローとして独立して家を出た頃から、父はそれまで一度も足を向けなかった病院に通うようになったと。二十数年かけた築き上げられてしまった、分厚い氷壁。獄炎で無理矢理に壊すのではなく、篝火のような仄かな熱で、ゆっくり、融かすように。

 そしていつしか、母の心身は立ち直った。家族と向き合うことを選んだ父を受け入れ……帰ってきたのだと。

 

「あの人が……炎司さんが大怪我して入院したって連絡もらって……でもまさか、おまえに、焦凍に会えるなんて……っ」

 

「よかった……おまえが無事で、よかった……っ!」

 

 母は泣いている。でもあの頃とは違う、それは喜びの涙だった。融けた氷壁の残滓が、絶えず流れ出すような。

 

(……そう、か)

 

 誰だって変われる。過去は消せないけれど、それでも変わってゆける。憎しみを振りまくだけだった父も、それに囚われた母も自分も、誰ひとりの例外もなく。

 

「ごめん……お母さん……。ごめんなさい、心配、かけて……っ」

 

 

「――あり、が、とう………っ!」

 

 じわりと瞳から滲むものを拭うこともせず、焦凍は母を抱きしめ返した。幼い頃には気がつかなかった、この女性(ひと)はこんなに小さく脆いもので、それでも懸命に母として在ろうとしてくれたのだと。

 

 

 ありがとう皆。ありがとうお母さん、姉さん。ありがとう緑谷、爆豪、グラントリノ、オールマイト、

 

 

――親父、

 

 

 二〇年の苦悩と彷徨の果てに、焦凍はいま、初めて言える。

 

 自分を生み育んでくれたすべてに、ありがとう……と。

 

 

つづく

 




デク「……はっ!?ま、また僕の担当か……何度やっても緊張するなぁ……」

デク「ともあれ轟くん、お母さんと再会できてよかった……。これから一緒に戦えるのがすごく楽しみだ!」
???「ハアァ、こっちは全然楽しみじゃないっつーの!」
デク「!?、おまえ、未確認生命体……か?」
ガルメ「ハイハ~イ、メ・ガルメ・レで~す!ったくまいっちゃうよねぇ、人がおとなしくしてりゃゲゲルの障害がどんどん増えちゃってよぉ」
デク「ゲゲル……って、どういう意味なんだ?」
ガルメ「そのうちわかるよ。どうしても知りたきゃグロンギ語翻訳にチャレンジしてみれば?」
デク「……ひ、ヒントをください」
ガルメ「え~しょうがないなぁ。まず一文字目はそのまんまで、二文字目のゲは長音に変えてぇ……」
デク「ふむふむ……」メモメモ

EPISODE 22. チャイルドゲーム

ガルメ「今日はここまで!つーわけで、次回はこのオレがプルス・ウルトラ~、ってね!」
デク「さ、させてたまるか!」


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EPISODE 22. チャイルドゲーム 1/3

当たらないGS-03……。
それでもロマンあって好きです。ゲーム版の必殺技「スーパーブレード」がカッコよくてお気に入りでした。

あのゲームのG3モード、「アギト(&ギルス)が出てくる前にG3がアンノウンをブチ殺してしまう」というとんでもねえifだったな……。本来の役目を果たしてるといえばそれまでなんですが。


 夕暮れの公園は、遊びに興じる子供たちの声で賑わっていた。

 ある集団は広い公園を存分に活用してサッカーに興じ、またある集団は隅に寄り集まってゲーム機に向かい……どちらが正しいとは一概には言えない。なぜなら彼ら皆、いまこの瞬間が楽しくて仕方ないという表情をしているからだ。

 

 そしてその中のひとつに、ヒーローごっこに興じている集団がいた。ヒーローチームとヴィランチームに分かれ、お互いの個性を――手加減しながら――使って相手を制圧する。子供……といっても彼らが小学校高学年であるためか、割と本格的なルールである。雄英高校ヒーロー科で行われている授業形式に近い。

 

 そして拠点――ここではジャングルジム――を守る以外好き勝手が許されるヴィランに対し、捕縛を指向せねばならないヒーローは本来やや不利なはずなのだが、今日はヒーロー側が終始優勢だった。――たったひとりの少年のために。

 

「ほい、確保」

「!?」

 

 何もない空間からいきなり溶け出すように現れた少年。彼は最後のヴィラン役の少年の身体に触れ、勝利宣言を出した。

 

「はー、負けたぁ……」ヴィラン役の少年が座り込む。「ずりぃ、"透明化"の個性なんて」

「ハハッ、ずりぃってことないっしょー。最初にちゃんと伝えたもんね」

 

 「確かに」とヴィラン役の少年が笑う。そのうちに他のヒーローチームのメンバー、そして既に確保され済みのヴィランチームのメンバーも一斉に駆け寄ってきた。

 

「すっげー、おまえ!」

「透明化サイキョーじゃん!おまえ誘って正解だったよー」

「そりゃどーも。オレも楽しかったよ」

 

 幼いゆえの無邪気さで既になんのわだかまりもなく親しいやりとりを行ってはいるが、透明化の個性をもつという派手なストライプシャツの少年と、彼らの付き合いは至って短いものだった。数十分前、公園内でひとりゲームに興じていた少年に声をかけたのがはじまり。もっと言えば、もとの人数が奇数だったことが発端だ。

 

「そういやアンタたちさぁ、学校どこなの?」

「ん、オレたちの学校?すぐそこの高見沢小だよ」

「へー、そうなの」

「おまえはどこなん?」

 

 当然の問い。訊かれた少年は愛らしく小首を傾げたあと、

 

「んー、オレこの前引っ越してきたばっかりでさ」

「そうなん?」

「そ。だからその学校に近々行くことになるかも」

「!、マジ?」

 

 少年たちはぱあっと笑顔を浮かべ、「学年一緒だよな?」「同じクラスになれるといいな!」などとのたまっている。……少年の真意も知らずに。

 

「じゃ、オレら塾あるから、またな!」

「ん、」

 

 まだ留まるつもりらしい少年と別れ、帰宅の途につく子供たち。

 

「あいつめちゃくちゃ個性使いこなしてたよな~。いいなぁ」

「面白い奴だったな。名前もちょっと変わってたけど――」

 

「――"ガルメ"なんてさぁ」

 

 

 ついいままで遊んでいた同年代の子供が未確認生命体――グロンギのひとりメ・ガルメ・レであることなど、彼らにわかるはずがなかった。

 「近々その学校に行く」ということばが、おぞましい形で果たされることも。

 

 

 

 

 

――城南大学 考古学研究室

 

 同じ"学校"と一括りにはしても、小学校とはまったく異なる性質を有するこのキャンパスの一角で、沢渡桜子は相も変わらず古代文字の解読を続けていた。ただノースリーブのブラウスという服装だけが、季節感を明らかにしている。

 

 そしてその傍らには、シンプルな白いTシャツの上にチェックシャツを羽織った童顔の青年。詰め襟でも着せれば高校生どころか中学生でも通用しそうな彼は……言わずと知れた、緑谷出久。コーヒーを飲みながら、ふぅ、とひと息ついているところだった。

 

「すっかりアイスがおいしい季節になったなぁ……」

「……何しみじみ感じ入ってるのよ、もう」

 

 呆れたように返すとようやく我に返ったようで、こちらを向いてえへへと笑う。そのあどけない表情は出会った頃から変わらないが、いまの彼の身体にはひとつ、見た目にわかる変化が刻まれていた。

 

「右手……本当に治らないんだね」

 

 右手、五本の指すべてが歪に変形してしまっている。さらに、手の甲に走る痛々しい傷痕。

 

――あかつき村から戻ってきた出久は、身体中に傷を負っていた。クウガであるがゆえに数日と経たずそれらは完治したのだが、唯一右手だけはもとに戻らないままだった。

 はっきりとした理由はわからない。関東医大の椿医師によれば、傷が完治しないうちに戦いに及んだために回復が阻害されてしまったか、さもなくば出久の精神的な問題が原因だという。

 

「これ、ね」目を伏せる出久。「生活にまったく支障はないけどね。でも、会う人会う人に心配されちゃった。当たり前なんだけどさ……こんなのただごとじゃないってひと目でわかっちゃうし」

 

 ポレポレのおやっさんにも珍しく冗談抜きで心配されてしまったし、成人女性とは思えないイノセントな性情の持ち主であるお茶子は号泣せんばかりの勢いだった。傷のつき方がつき方なので階段から落ちたなんてベタな嘘もつけず、出久は考えた末「人を救けようとして負った傷なんだ」と話すことにしていた。一応は嘘もついていない……具体性は微塵もないが。

 だが、お茶子以上に胸に焼きついたのは、友人である心操人使の反応だった。徹底的な追及を覚悟していた彼は、出久の下手な説明を聞いてこう言ったのだ。

 

『あんまり無茶するなよ。……ただでさえあんた、危なっかしいんだからさ』

 

 そのときに見せた何かを押し殺したような笑みが、どこか寂しそうで、切なそうで。……それも一瞬のことで、いまは何事もなかったかのように一緒に授業に出たり、トレーニングを行ったりしている。でも出久には忘れられない表情だった。

 

(心操くん、まさかと思うけど……)

 

 以前から薄々感じていた。――気づいているのではないか、自分が未確認生命体第4号であると。

 勘が良く観察眼も鋭い心操なら、状況証拠の数々から察しても不自然ではない。それでも問い詰めてこないのも、慎み深い彼の性格ならありえることだ。

 

 無論、自分の考えすぎかもしれない。……でもそうでないとしたら、自分はこれからどうすればいいのか。正直に話すべきなのか。それはふたりの関係にとって良いことなのか。勝己とのこととはまた違う、新たな葛藤だった。

 

「……そう簡単に、答えを出さなくてもいいんじゃないかな」

「!?」

 

 桜子のつぶやいたことばは、まるで出久の心を読んだかのようだった。

 もっとも、実際には、

 

「また漏れてたよ、声」

「あ、ご、ごめん」

「いいけど。――もしかしたら心操くん、出久くんが自分から話してくれるのを待ってるのかもしれない。だからってね、焦らなくてもいいと思う。出久くんが"いまならちゃんと話せる!"って確信できるまでは、待っててもらっても罰は当たらないと思うな」

「……いいのかな、それで」

「いいんだよ、そこまで尊重しあっての友達なんだから!その代わり、話すときにはこうも言うのよ――"いままで黙っててごめん"って」

「沢渡さん……うん、わかったよ!」

 

 笑顔を取り戻しながら、出久は思う。――こういう人たちに出会えた自分は、本当に幸せだと。そう思わせてくれる彼女たちを、これからも大切にしていきたい……。

 

 と、不意に携帯が鳴った。

 

「もしもし?――あ、うん、階段登って右のほうに進んでもらって……迎えに行ったほうがいいかな?――そっか、じゃあ待ってるね」

 

 通話を終える。桜子が「彼?」と問うてくる。

 

「うん。大学って初めてだから、迷子になりそうでちょっと心配だったんだって」

「迷子……あんなクールな雰囲気でそういうこと言うんだもん、面白い人よね」

「あはは……僕もまったく同意見です」

 

 氷のように冷徹で、炎のように苛烈――面識をもつ前に"彼"に抱いていたそんな印象は、この二週間ほどで覆されつつあった。つらい境遇であったと同時にお坊ちゃん育ちでもあるせいか妙にとぼけたところがあって、そこがまた魅力的なのだ。異性であれば"ギャップ萌え"という用語が適用できたのかな、なんて思う次第である。

 

 軽薄な考えに出久が自嘲していると、大きな木製の扉が外側からノックされる音が響いた。「どうぞ!」と桜子が声を張り上げ、

 

 扉を開いて現れたのは、キャップを目深に被った青年だった。目許まで隠してはいるが、モデル顔負けの整った顔立ちであることがひと目でわかる。

 出久は自嘲を愛想のいい笑顔に切り替えて、彼のもとに駆け寄った。

 

「轟くん、おはよう!」

「おう……おはよう、緑谷」

 

 轟焦凍――ずっと行方知れずになっていたヒーロー・ショートであり、元No.1ヒーロー・エンデヴァーの息子であり、"平和の象徴"オールマイトの後継者であり。

 

 そして何よりいまは、"アギト"――出久とともに、未確認生命体と戦う頼もしい仲間でもあるのだった。

 

「悪ィ、ちょっと迷っちまって。なるべく人目につかないように忍んでたのもあるんだけどよ」

「いやわかるよ、キャンパスって慣れてないとわかりづらいもんね。僕も入りたての頃は何が何やらだったし」

「そんなもんか……ふぅ」

 

 息をつきつつ、帽子を脱ぐ――そこから現れた紅白の髪は、隠遁生活の間伸び放題だったのが嘘のように短く切り揃えられている。学生時代よりも。

 

「なんかまだ慣れないなぁ……その髪型」

「そうか?俺は別に……あんまり頓着しねえし、これだと帽子で隠すにも楽だしな」

 

 焦凍は未確認生命体と戦うにあたり、表向きヒーローには復帰せずにいる。そのためなるべく轟焦凍と気づかれないようにしておきたいのだ。

 最初はスキンヘッドにでもしてしまおうかと考えたらしいが、相談する人全員――グラントリノや家族など――に反対されたため断念したらしい。出久もそれで正解だったと思う。

 

 ところで桜子も当然横でそのやりとりを聞いていて、まぁ美形はよほど奇抜でない限りどんな髪型でも美形なんだな、と実感していた。特に焦凍の場合、以前はいかにも"少年"な髪型だったから、ひと皮剥けて大人の男になったという感じがする。

 ただ、並ぶ出久も負けてはいないと思うのは贔屓目が過ぎるだろうか。半袖から覗く二の腕は一年前の同時期と比べて太くなったし、背も心なしか伸びて――それでも焦凍よりは低いが――なんというか、男らしさが増した気がする。クウガになって心身ともに逞しくなったのは間違いないし、自信もついてきたのだろう。少なくとも桜子にとっては、焦凍に劣らず魅力的な青年なのだった。

 

 

「あ、」焦凍がこちらに向き直り、「挨拶遅れちまってすいません。――轟焦凍です、よろしくお願いします」

「あ、いえ……。城南大学考古学研究室の沢渡桜子です」

 

 ふたりの自己紹介を済ませ――事前に出久が互いのことを伝えてはいるが――、出久が焦凍にもアイスコーヒーを勧めたあと、三人で丸テーブルを囲む。――今日、彼をここに呼んだのはほかでもない、クウガやグロンギについて詳しい説明を行うためだ。ともに戦う仲間となった以上、焦凍とも情報を共有することになるのは当然のことだった。

 

 

 と、いうわけで。

 

「――未確認生命体……グロンギについては、超古代の狩猟民族で、超人的な能力を得たことでリントに殺戮の牙を向けたということくらいしかわかっていません。あ……リントというのは私たちの直接の祖先となる民族であると考えられます」

「……グロンギっていうのか、奴ら」

 

 「珍走団みてえな名前」と大真面目にずれた感想を口にするので、桜子はリアクションに困った。既に焦凍と親しい出久は苦笑している。

 それはともかく、

 

「超古代の狩猟民族ってンなら、奴らももとは人間だった……ってことですか?」

「……恐らく、生物学的には」うなずきつつ、「もちろんそちらは私の専門分野ではないので、確かなことは言えませんけど」

 

「――でも実際、そうなんだと思うよ」

 

 出久が発言した。

 

「奴らと、僕のこのクウガの力……原理とか、かなり似てる部分もあるし。個性と違って後天的なものなんだろうけど」

「人間か……だとしても、奴らのやってることは……」

「………」

 

 現代人にだって凶悪なヴィランはいくらでも存在するが、彼らはどこの国家・地域にあってもアンダーグラウンドに潜むもの。民族単位で殺人狂など前代未聞だった。

 

「だが、あれだけ人を殺して何がしてえんだろうな、連中は。いままでの事件については一応振り返ってみたが、どうも読めねえ。少なくとも世界征服とかじゃなさそうだ」

「それが掴めれば、ね……。――そうだ沢渡さん、"アギト"については、何か出てきてないの?」

 

――アギト。焦凍が変身を遂げた、クウガにも似た異形の戦士。グロンギのひとりがそう呼んだのだ。「我らの理想」とも……。

 

「………」かぶりを振る桜子。「話を聞いてから重点的に探してはみたんだけど……それらしいのは全然。もしもないと仮定すればだけど、リントはそもそもアギトについて知らなかったか、碑文に残せない、残しておきたくないくらいの極秘事項だったか。考えられるのはそのふたつね」

「そっか……やっぱり、人間の進化形態ってことなのかな?」

「まあ、それは俺の勝手な推測だけどな。ただ個性が強力になったことに適応してそうなったんだとしたら、あながち的外れでもないと思う」

 

 

(……だから"理想"なのかもな)

 

 後天的に霊石を埋め込んで生まれたクウガ。それと似た力をもつと思われるグロンギ。――モノに依らず、器たるヒトのみの力で進化を遂げたアギト。何ものにも頼らない純粋な力、自分だけの力。

 だがなんであれ、やることは同じなのだ。力はそのかたちではなく、どう振るわれるかがすべて。少なくとも自分はヒーローとして、誰かを救けるためにこの力を使うと決めた。

 

 

――緑谷出久(クウガ)とともに。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドギブグ

発目 明/Mei Hatsume
個性:ズーム
年齢:21歳
誕生日:4月18日
身長:157cm
好きなもの:スチームパンク、チョコレート
個性詳細:
最大5キロメートル先まで鮮明に見ることができる、要するに素晴らしく目が良いという個性だ!"ズーム"なので動き回る被写体に正確に照準を合わせることもできるぞ!
発明品の細かな部品ひとつひとつにまで注意を払う必要があることから、地味ながら彼女の仕事にはこれ以上ない適性を示す個性といえるだろう。

備考:
雄英高校サポート科出身の科学警察研究所総務部付特別研究員、早い話が客員である。G-PROJECTを担当しており、第4号こと緑谷出久の協力を得て"G2"の完成に至ったぞ!
研究に熱中すると他のことが見えなくなる性格、人の気持ちを顧みず平気で実験台にするアブない女史なので飯田天哉には嫌われていた。しかし年月を経て不器用ながら気遣いもできる女性に成長し、彼との関係も修復されつつある。励ましのことばをかけられた際、彼女が覚えた生まれて初めての感情の正体は?

作者所感:
これ以上ない榎田さんポジションに適任な子ということで構想最初期から登場予定がありました。ただしGシリーズに関わるというのはギリギリで決まったことだったりします。まあ発目さんに場合、堅実に公務員になるより自由な発明ができる企業にいるのが自然なので、Gシステム専属の客員にできたのはラッキーだったかと。そういう意味ではアギトの小沢さんポジションも兼ねてる?
飯田くんとのCPができあがりつつあるこの頃ですが、拙作の恋愛要素はほのかに匂わせる程度なのでどこまで掘れるかわかりませぬ。つーかまず「相手のことが好き」って気づくとこまでが険しい道のり!


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EPISODE 22. チャイルドゲーム 2/3

 一時間ほどクウガやアギト、グロンギなどについて三人で意見をかわしあった――ちょっとしたゼミのようだと経験者ふたりは思った――のち、出久と焦凍は連れ立って研究室を出た。ちょうど昼食どき、一緒に……というわけだが、どこで食べるかは事前に出久が決めていた。

 

「おまえのバイト先か……そこで麗日もバイトしてるなんてすげえな、運命の悪戯ってやつか」

「また独特な言い回しを……実際すごい偶然だとは思うけどね。切島くんとか蛙吹さんとかも知り合いにはなったけど、それは戦う中でだったし」

 

 ただそのせいで、切島鋭児郎や蛙吹梅雨は知っているクウガのことをお茶子には秘密にしているままなのだが。話してもいいのかもしれないが、なかなか踏ん切りがつかない。心操相手と同じだ。彼女とて、きちんと話せば受け止めてくれるとは思うのだが――

 

「……っとと、忘れるとこだった」不意に立ち止まり、「かっちゃんに報告しとかないと」

 

 スマホを取り出しメールを打ち出す出久。焦凍が質問するまでもなく、自分から「どんな話したか報告しろって言われてるんだ」と説明した。

 それ自体は至って納得できるものではある。ただ、焦凍はあるできごとを思い出していた。――暴走を止められぬ自分をめぐる、ふたりの相剋。

 

「……なぁ緑谷。おまえ最近、爆豪と話したか?」

「!、………」メールを打つ手が止まる。「話してるよ。未確認が出れば連絡くれるし、現場でも――」

「じゃなくて、プライベートな話とか」

「あはは、元々あまりしないもんそういうの。僕相手に限らず、かっちゃんってそういう人でしょ?」

「まあ、確かにそうだけどよ……」

 

 どうにもしつこく食い下がる余地がなく、曖昧に黙り込んだ焦凍。対して出久はメール作成を再開したのだが、

 

「………」

 

 焦凍は気づけなかった。その瞳がほんの一瞬、昏く沈んだことに。

 

 

 

 

 

 その爆豪勝己は同じ頃、警視庁ほど近くの定食屋で塚内警視と昼食をともにしていた。

 

「例の件、もう上層部(うえ)ではほとんどまとまったようだよ」箸で焼肉をつまみながら、塚内。「正式に通達が出るには数週間はかかるだろうけど」

「そっすか」焼きカレー定食に唐辛子を振りかける勝己。

 

 例の件、とは、以前エンデヴァーが出久に話した『未確認生命体第4号を協力者として認定する旨の検討』である。

 

「よくまとまりましたね、こんな早く」

「俺も面構さんから聞いただけだが、総監一派が積極的に動いたらしい。いまの警察庁長官も総監とは親しいから、あちらの幹部も折れざるをえなかったんだと」

「……ふぅん」

 

 鼻を鳴らしつつ、表面のうっすら赤くなったカレーを口に運び、咀嚼する。

 

「まあ、きみの働きも大きいだろうね」

「別になんもしてねえ」

「彼の功績はきみの功績になるんだよ。ただの正体不明のヴィジランテじゃ都合が悪いから、きみが主導権を握ってることにすればまだ面目が立つ。あ、これは総監一派のこととはまた別」

「そーすか」

 

 心底どうでもいいという表情で、またひと口。苦笑しつつ、塚内も肉と米のかたまりを口にした。

 そのうえで、

 

「それはそれとして……轟焦凍の件は腰を抜かしそうになったよ。まさかあんなことになるなんてな」

「………」

 

 あかつき村事件に焦凍が絡んでいることを報告していたこともあり、塚内と本部長である面構はその顛末も既に知っていた。第4号の身を挺しての説得に心動かされた焦凍は暴走を克服し、新たなる姿に"進化"した――

 

「その後どうなんだ、彼は?33号と34号の事件(ヤマ)は彼の関与もあってスムーズに解決したが」

「特別やりとりはしてません、オトモダチでもねえし。ただ今日は城南大学で4号と未確認について教わってくるって……」ここで携帯を確認して、「ちょうど報告のメールが届いてました、4号の奴から」

「そ、そうか。――………」

 

 あっさりそれを言ってしまうのか、リアルタイムで。身を乗り出して画面を覗けば、差出人――つまりは4号の本名が見えてしまうかもしれないというのに。

 

(それだけ気を許しちゃくれてるんだろうけど……)

 

 一緒に仕事をしていると忘れがちだが、自分が警察官になった頃にやっと生まれたかという青年だ。実際ついこの前までは高校生、既に警部だった自分からすれば子供だと思っていた。

 ハリネズミのようだったあの子がいまこれだけ近い距離にいるというのは、なんというか、少しこそばゆい気分になる塚内直正41歳なのだった。

 

 

 

 

 

――世田谷区内 高見沢小学校

 

 昼休みの校庭は児童たちの明るい声であふれていた。午前中ずっと椅子に縛りつけられていた遊び盛りの幼い身体が伸び伸びと躍動している。

 その中には、前に公園でヒーローごっこをしていた少年たちの姿もあった。今日はサッカーに興じている、いずれにせよ活動的な子供たちである。

 

「ヘイパス、パースっ!」

「よしっ、――あっ!」

 

 仲間にパスを出そうとした少年だったが、残念ながら彼はノーコンだった。思いきり蹴り出したボールは宙を舞い、体育館の裏手のほうまで飛んでいってしまった。

 

「なーにやってんだよ、へたくそっ」

「るせーなっ、すぐ取ってくるよ!」

「早くしろよなー」

 

 へたくそ呼ばわりされたことに憤慨しつつ、少年はボールを回収しに走る。言うまでもなく大した距離ではないから、一分もしないうちに戻ってくるものと友人たちは思っていた。

 

――なのに、待てど暮らせど姿を見せない。

 

「おっせぇ……何してんだよあいつ」

「……ちょっと俺、見てこよっか?」

「頼む」

 

 仕方なく様子を見に走る少年のひとり。もしかするとボールが見つからないということもある、それなら一緒に探してやらないと。

 そう考えて体育館裏に入った少年が見たのは、こちらに背中を向けて立ち尽くすかの少年と、傍らに転がるボールだった。

 

「……おい、何してんだよ?」

「………」

 

 返事はない。訝しげに駆け寄っていく少年。

 

――次の瞬間、かの少年がまるで糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 

「え……?ど、どうしたんだよ……!?」

 

 やはり返答はなく、薄く開かれたままの瞳も光を失っていた。生白い顔が発熱したかのように赤く染まっている。

 

(なに、これ……?)

 

 事態を呑み込めず呆然とする少年。刹那、

 

「やあ」

「ッ!?」

 

 背後からかかる声。弾かれるように振り向いた少年が見たのは、派手なストライプシャツに額にゴーグルを身につけた同年代の少年で。

 彼には見覚えがあった。

 

「おまえ……ガル、メ……?」

「覚えてたんだ、うれしいなあ」

 

 朗らかな口調と表情。しかし目は笑っていない。そこに潜むものが悪意なのだと、まだ幼い少年が気づけるはずもなかった。

 

「なんでおまえ、ここに……?」

「………」

「あっ、て、ていうかっ、こいつどうしたか知らないか!?な、なんか意識がなくて――」

 

 

「――そいつならオレが殺したよ」

「……へ?」

 

 淡々と告げられたおぞましいことばに、一瞬理解が及ばなかった。

 

「オレのゲゲルの最初の獲物だ」

「な、何言って――」

「そんで、ふたり目は……アンタだ」

「――!」

 

 ガルメの姿がぐにゃりと歪む。少年と同じ、150センチメートルほどだった背丈が一気に伸び、2メートルにも及ぶ大柄な肉体となる。暗い緑色のざらついた皮膚、頭部から突き出た目のような一対の意匠――さながらカメレオンのような姿。

 

「オレはメ・ガルメ・レ――アンタらで言うとこの、未確認生命体さぁ!」

「ヒッ、う、うぅ、あ、あぁあ――」

 

 嗚咽のような悲鳴は途中で途切れた。ゴキリと何かが折れる音とともに、少年の身体から力が抜ける。ほどなくして、ばたりとその場に倒れ伏した。

 

「ボセゼ、ドググビン」腕輪の珠玉を移動させつつ、「あと160……なるべく邪魔が入る前に()()()しちゃいたいなぁ。流石にキツいかなぁ……」

 

 命の重みなど微塵も感じていないことが明らかな物言いとともに、ちらりと子供たちの歓声響く方角を見やる。そちらめがけてカメレオン種怪人が一歩を踏み出すのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 出久は焦凍を連れ、アルバイト先であるポレポレを訪れていた。

 

「ここか?」

「うん」

「なんつーか……こう、エキゾチックな佇まいだな」

「アハハ……まあ、そういうコンセプトだしね」

 

 店名からしてスワヒリ語であるし。

 苦笑しながら店の扉を開けば、カウンターの中から店主とアルバイトの女性が迎えてくれた。

 

「おっ、待ってたぞ~出久!」

「あはは、どうも」

「デクくん……と、ほ、ホンマに轟くんやぁ!?」

「……おう」

 

 事前に連絡してあったとはいえ、ずっと行方を案じていたかつての同級生と再会を果たした彼女――麗日お茶子の驚きは相当なものだった。元々大きな瞳をさらにいっぱいに見開いている。

 

「久しぶりだな、麗日」

「う、うん、久しぶり……。もー、ラインで連絡もらったときは悪質ないたずらかと思ったよ!」

 

 あかつき村の一件があってすぐ、焦凍は雄英旧A組のライングループに連絡を入れていた。自分の身に起きたことはまだ話せないので、極秘任務についていたため表向き行方不明になっていたという安い嘘をつく羽目にはなったが。

 ちなみに昨日は「俺髪切った」という割とどうでもいい報告を自撮り付きで行っていたりもする。閑話休題。

 

「悪かったな……心配かけちまって。色々と迷惑もかかっちまっただろ、マスコミ対応とか」

「まあ、確かに大変だったけど……ええよそんなん。――私なんかより、ヤオモモと飯田くんにちゃんと謝ったほうがええよ。特にあのふたりはめっちゃ気にかけとったんやから」

「……だよな。あいつらには本当、昔から世話かけてばっかだ」

 

 申し訳なさを滲ませつつ、同時にほのかな笑みを浮かべる焦凍。その表情もまた、お茶子を驚かせるに十分な材料だった。

 

「……なんか変わったね、轟くん」

「そうか?」

「うん。なんていうかな、わだかまりみたいなんがなくなった気がする」

「!、……かも、しれねぇな」

 

 その瞬間オッドアイが再会を見守る出久を捉えたので、お茶子はそれが誰の功績なのかわかってしまった。

 

「はは~んなるほどぉ、轟くん()そのクチかぁ」

「?、何がだ?」

「とぼけんでもええよぉ!アレやろ、デクくんになんかグッとくるようなこと言われたんやろ?」

「えぇっ?」

 

 出久がぎょっとするが、お茶子は構わず続ける。

 

「私、ちょっと前まで自分がほんとにヒーロー向いてるのかって悩んでたんだけどさ、デクくんがめっちゃ真摯に話聞いて、励ましてくれて……もう一度がんばってみようって気になれたんだ」

「……そういうことか。ああ、そうだな――」

 

「――緑谷は、俺の恩人だ」

「~~!」

 

 恩人、恩人、恩人――

 

 世話になったくらいならまだ覚悟の範疇だったが、これはあまりに予想外すぎる形容であった。耳まで真っ赤になるのが自分でもわかる。

 

「恩人……思った以上にやっとるなぁ、デクくん」

「い、いやいやいやっ、大袈裟なんだよ轟くんが!恩人なんて別に、僕はそんな……」

「おまえこそ謙遜してんだろ。俺は間違ったことは言ってねえ」

「~~ッ、んもおぉっ!」

 

 雄英出身のヒーローふたりにキラキラしたまなざしを向けられ、身悶えする(表向き)平凡な大学生。

 さらに追い打ちをかけたのは、にやにやしながら事態の推移を見守っていたこの店のマスターで。

 

「いやぁ~なんか知らないけどさすが出久!おまえを見込んで育てた甲斐があったってもんよ」

「お、おやっさんまで……。ってか、お世話にはなってますけど育ててもらった覚えはないです」

 

 そんなこんな、なんだかんだと痴話を続けていた四人だったが、いつまでも玄関口でしゃべっていてもしょうがないと各々席についた。いまは焦凍を迎え入れるため店内を貸切にしているが、その猶予は一時間しかないのだ。

 

「さてさて、ショートさんにもウチの特製カレー召し上がってもらおうかね。あの爆心地も舌鼓を打ったポレポレカレー!」

「!、爆豪もここ来んのか?」出久に訊く。

「う、うん……まあ、ね」

「……そうか。そりゃよっぽど美味いんだな」

 

 歯切れの悪くなった出久を見て何かを察した焦凍だったが、あえてそのことには触れなかった。そうこうしているうちにも、準備万端だったカレーが皿に盛り付けられていく。

 

「へいお待ち!」

「よっしゃキタ!デクくん轟くん、食べよ食べよ!」

「あ、麗日さんも食べるの?」

「そりゃ食べるよ!私夕方から本業のほうで夜勤だもん、力つけとかないとさ!」

「そ、そうなんだ……大変だね。でも頑張ってね、応援してるから!」

「うん、頑張るよ!まぁなんもなければパトロールくらいなんだけど……それも大事なお仕事だしねっ!」

 

 朗らかに応じつつ、お茶子は思う。自分、そして焦凍に対してぶつけたであろう劇的なことばもそうだが、日常の何気ないひと言ひと言に不思議な魔力があって、励まされるのだ。無個性なのだそうだが、実は接した相手の心を元気づける個性があるのではないかと疑いたくなるくらいに。

 

「じゃあ、食べよっか」

「うん!」

「おう」

 

 

「「「いただきま――」」」

 

 次の瞬間、

 

 焦凍が、スプーンをその場に取り落とした。

 

「――!」

「轟くん……?」

 

 弾かれるように立ち上がり、あらぬ方向を睨む焦凍。皆が何事かと彼を見上げるなかで、今度は出久の携帯が鳴った。

 

「!」

 

 発信者の名は――爆豪勝己。

 

「――もしもし」

『35号が出た』淡々、かつぶっきらぼうな声。

「どこ?」

『世田谷区祖師谷の……高見沢小学校だ』

「!?、しょうがっ……――わかった、すぐ行く」

 

 通話を終え、出久もまた素早く立ち上がる。

 

「轟くん行こう!」

「ああ」

「おやっさん麗日さんごめん、カレーはまた今度っ!」

「えっ、ちょ――」

 

 轟ともども飛び出していく出久。状況の急転に対処できずしばしフリーズしていたお茶子とおやっさんだったが、はっと我に返って自分たちも外に踏み出た。そのときにはもう、ふたりともバイクを発進させていたが。

 

「ショートまで連れてくんかい!なんなんだろうねえ?」

 

 当然の疑問を呈するおやっさんに対し、

 

「轟くんのあのバイク……自費で買ったんやろか……?」

「あ、そっち?」

 

 相変わらずかつかつな生活を送っているお茶子の顔には、金に困った経験などないであろう焦凍への羨望がありありと浮かんでいたのだった。

 

 




例によって合間にヤラれた奴ら↓

メ・ゲグラ・ギ/未確認生命体第33号
→アギトに倒される
メ・ガベリ・グ/未確認生命体第34号
→マイティフォームに倒される

メもこれで残すところガルメとギイガのみに。
よくよく考えるとガルメは10話で警察に確認されてるので9号になってないとおかしいんですが、入れ忘れてましたすみません。今から訂正しようとするととんでもないことになるので、皆様各々理由をつけて読んでいただければ……と思います。
ちなみにドルドも入ってませんが……これは姿が出久と轟くんにしか確認できてないから、ということでひとつ。


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EPISODE 22. チャイルドゲーム 3/3

いや~暑くなってまいりましたね。
拙作は現在6月末~7月初旬くらいの時期なので、現実が追いついてきております。なんだかんだ投稿開始一周年も近いな……。


 ポレポレを飛び出した緑谷出久と轟焦凍は、目的地へ向けてバイクを疾走させていた。

 

 勝己から電話を受けた出久はともかくとして、その寸前に焦凍が未確認生命体の出現を察知できたのは、アギトに覚醒して以来身についた第六感めいたものによる。ヒトでありながらヒトならざる化け物となった者たちが放つ悪意の波動、そして力なき人々の断末魔……そんなものが頭の中に流れこんでくるのだ。

 それを恐れ、拒んでいた自分はもういない。この力を最大限に使いこなして、ひとりでも多くの人間を、守ってみせる――

 

 そしてそこまでの超能力はなくとも、出久もまた想いは同じだった。

 

「――変身ッ!!」

 

 叫びと同時に赤き戦士クウガに変身を遂げる。暗証番号を打ち込んだことでトライチェイサーのマトリクス機能が作動し、車体が漆黒から鮮やかな黄金と赤に発色する。

 

「轟くん、先行くね!」

「!」

 

 そして最高速度300km/hをもって、現場へ急行する。警察の新型白バイの試作品であるがゆえにできること。焦凍の乗る市販のオンロードマシンではとても追いつけない。

 

「………」

 

 面白くなさげな表情をメット越しに浮かべる焦凍。だがすぐに気を取り直し、

 

「変―――身ッ!!」

 

 腹部に出現したオルタリングが輝きを放ち、轟焦凍もまた三色の超越戦士へと変身する。

 その途端、驚くべきことが起こった。なんの変哲もない銀色のマシンもまた光に包まれ、騎手と同じ黄金を基調としたトリコロールカラーに変わったのだ。カウルには必殺キックの際に浮かぶのと同じ紋章が刻まれている。

 

――"マシントルネイダー"。選ばれし者のみ乗りこなすことを許される、疾風(かぜ)のごとき鋼の馬だ。

 

「先行くぞ、緑谷」

「!、え……」

 

 マシントルネイダーの最高速度はトライチェイサーを凌ぐ。それゆえアギトはクウガを巻き返し、プロヒーローとしての意地を見せつけたのだった。

 

 

 

 

 

 昼休みもとうに終わり午後の授業が始まっているはずの高見沢小学校は、未だ子供たちの騒擾に覆われていた。

 しかしそれは、いつも聞かれるような楽しげな歓声ではない。――阿鼻叫喚。

 

 校庭、そして校内にも子供たちのもの言わぬ骸が無数に転がり、そして逃げまどう子供たちもひとりまたひとりと命を奪われていく。もはや子供たちを教え育むべき場所は、ただの地獄と化していて。

 

「アハハハハっ、逃げろ逃げろ。多少は動いてくんなきゃ的の価値もないんだからさぁ!」

 

 そのように叫ぶ少年の声こそ、この惨劇をもたらしている存在。しかし明朗に響く声に反して、その主の姿はどこにも見当たらない。そしてそれゆえに教師や所轄の警官たちは子供をどう避難させればよいかわからず、右往左往している間に死体の数が増えていく。

 

 それを止めるために駆けつけた捜査本部の面々もまた、義憤以上に困惑を隠しきれなかった。

 

「ッ、なんだよこれ……」

「未確認は!?」

「わ、わかりません……!近くにいるはずなのに見つからないんです!」

 

 鷹野に詰め寄られた警官はそう答えるほかない。だが"近くにいるはずなのに見つからない"――そのことばのおかげで、ともに駆けつけた勝己の頭脳は瞬時に答えを導き出した。

 

「……透明になってやがんだ」

「!」

 

 彼の脳裏にはある同級生の名が浮かんでいた。――葉隠透。常に全身透明だったために、三年間でついぞその容姿を知ることのなかった女だ。いまはプロヒーロー"インビジブルガール"としてそれなりに存在感をもっているが。

 

 いずれにせよ、勝己のつぶやきは仲間たちの胸にすとんと落ちた。いまはあれこれ考えるより、そうとみなして動くべき。

 

「それなら……!」

 

 鷹野が己の個性"ホークアイ"を発動させる。文字どおり鷹の眼のごとく強化された視力は、常人には見えないものを捉えることもできる。――相手が完全に透明になっていたとて、そこにいる限り。

 

「――そこッ!!」

 

 ほんのわずかな空間の歪みを捉え、鷹野は躊躇うことなくライフルの引き金を引いた。寸分あとには予想どおり弾丸が何もないはずの空間に突き刺さり、同時に「うおッ!?」という未成熟な声が響いた。

 

「痛って……臭ッ!?うわこれ臭っせ!?カメムシかよぉ……」

「――!」

 

 銃弾を浴びたとは思えない、もっと言えばこの惨劇を引き起こしたとは思えない吞気な声とともに、声の主が遂に姿を現した。

 

「!、おまえは……!?」

 

 そのカメレオンに似たダークグリーンの姿――メ・ガルメ・レを見るのはこれが初めてではなかった。

 

「おまえ……柴ちゃんを殺した奴か!!」

 

 森塚が吼える。柴ちゃん――柴崎巡査。未確認生命体のアジト捜索のために招かれた猟犬部隊のメンバーで、その鋭い嗅覚によって本当にアジトを見つけ出すという功績を挙げた。

 

――そのために命を奪われてしまったのだ……目の前の怪人、メ・ガルメ・レによって。

 

 しかし、憤怒をぶつけられたガルメは、

 

「柴ちゃん?」

 

 こてんと小首を傾げる。声変わりもしていない澄んだ声と相俟って、そのしぐさは妙に子供っぽく映った。

 

「おまえが前に殺した犬頭の警察官だ、忘れたとは言わせないぞ……!」

 

 珍しく森塚の声音からは揶揄めいたいろが消えうせていたし、隣にいた鷹野もまた普段よりさらにきつくガルメを睨みすえていた。

 それでもなお、ガルメの態度は変わらない。

 

「犬頭ぁ?ん~と、ちょっと待ってね……ん~」少し考えたあと、「あっ思い出した、あいつか!あいつのせいでオレ、ゲゲルの順番後回しにされちゃったんだよなぁ……ア~思い出したら腹立ってきた!」

「……ゲゲル、だァ?」

 

 ゲゲル、順番――そのことばに引っ掛かった勝己が唸るように訊けば、ガルメは「あー」と頭を掻くようなしぐさを見せた。

 

「アンタら風に言や……"ゲーム"かなぁ?」

「ゲーム……!?」

「そ。ルールに従っていかにリントを殺すか……最っ高に楽しいゲームさ!」

「ふざけるな!本当の目的を言いなさい!!」

 

 おちょくられている――そう思った鷹野が叫びとともに銃口を突きつけるが……ガルメは肩をすくめただけだった。

 

「だ~か~らァ……ただのゲームだって!獲物を追い狩りをする、ポイント稼いで昇格する、わっかりやすいっしょ?」

「……ッ、」

 

 こちらをおちょくっているのは確かだ。しかしそれは、嘘をついているのと同義ではない。

 

――真実だ。未確認生命体が人を殺めるのは、そういうゲームだから……楽しんでいるから。ただ、それだけ。

 

「つーわけだからさぁ、アンタらみたいなお邪魔虫もほどほどになら歓迎だよん、ほどほどにならね!」

「ッ、こいつ――!」

 

 過ぎた挑発に流石に我慢の限界に達した刑事たちが、一斉に発砲しようとする。

 それを押しとどめたのは……意外にも、群を抜いて気短であるはずの通称"爆ギレヒーロー"だった。

 

「……ひとつだけ訊かせろや。この学校襲ったンも、そのゲームのルールっつーわけか……?」

「おっ、察しがいいねえ、そういうこと!この学校のガキどもの……流石に全員はキツイからさあ、162人殺すのがオレのルールなんだ。もう98人殺したから……あと、64人かな」

 

 じゃらじゃらと珠玉のついた腕輪を見せつける。以前第14号――メ・バヂス・バから回収に成功したものの、用途不明に終わっていたそれ。殺害人数のカウントという実に単純な目的のアイテムだったのだといまわかって、腸が煮えくり返った。

 

「そーかよ……―――」

 

――BOOOOM!!

 

 一瞬俯いた勝己の身体が、宙に浮き上がった。両手から爆破を起こすことによって。

 

「そんだけ聞き出しゃ用済みだオ゛ラァアアアアアッ!!」

 

 小規模な爆破の連続、その勢いを利用して一気に距離を詰め、至近距離から最大限の爆破を浴びせかける。シンプルだが強力な、勝己の得意な戦法だ。

 

「うわッ、いきなりなんだコイツ!?」

 

 焦ったガルメが慌てて姿を消す。並のヒーローなら攻撃対象が見えなくなって焦るところかもしれないが、勝己にはそんなもの関係なかった。

 

「遅ぇわクソボケがァ!!」

 

 相変わらずヒーローらしくない罵声とともに、カッと両手を煌めかせる。次の瞬間、彼の前方半径数メートルを爆炎が覆った。「うぎゃっ!?」というガルメの短い悲鳴が響く。

 

「あぢぢぢぢッ、あぢッ!?」

「姿消そうがその辺いりゃ一緒なんだよ!!」

 

 叫びつつ、勝己はちらりと鷹野に目配せする。いったん距離をとられてしまえばもう自力では居所を掴めないが、彼女のホークアイのサポートがあれば。

 

「爆心地、一時、十二メートル!」

「!」

 

 鷹野から指示が飛べば、すかさずそちらに詰めて爆破を放つ。またガルメの頓狂な声が聞こえて、目論見がうまくいったのだとわかる。

 

「ハハハハッ、臓物ぶちまけろやカメレオン野郎!!」

「う、うわぁコイツヤベー……」

 

 虐殺をゲームとのたまうグロンギすら引かせる、勝己の悪鬼羅刹ぶり。鷹野・森塚らもこれだけはガルメに同意できる部分もあったが、無論手心を加えてやるつもりなど微塵もない。

 

「十二時ちょうどっ!」

「!、――」

 

「――榴弾砲(ハウザー)着弾(インパクト)ッ!!」

 

 ひときわ激しい大爆発。巻き起こされる爆風は、離れた場所にいる鷹野たちにまで襲いくるほどのもの。

 それを真正面で受け止めてしまったのだから、いくらグロンギといえどもただでは済まない。

 

 爆炎、そして煙が晴れたとき、そこにはカメレオン種怪人の姿はなかった。代わりに転がっていたのは、彼が標的としていたのとそう変わらない年代の少年で。

 

「痛ってぇぇ……。やってくれるよまったく……」

 

 よろよろと立ち上がる少年の顔の表皮、そのほとんどが黒く焼け焦げていたのだが……それも一種のこと。即座に回復し、元どおりの白皙を取り戻していく。

 

「……妙にガキくせぇと思ったら、マジでクソガキだったとはな」

「だったら何よ、見逃してくれんの?」

「ハッ」

 

 ニィ、と唇が吊り上がる。

 

「ンなワケねェだろブァーーーカッ!!」

 

 見た目が子供だろうが容赦しない、するわけがない。――爆破し殺す。その揺らがない志はこの場において、間違いなく強みだった。

 

「チッ……だよねぇ!」

 

 流石にそう甘い見立てはしていなかったのだろう、小柄になったぶんだけ素早く飛び退いて躱すガルメ。目と鼻の先にまで及ぶ灼熱に顔を歪めつつ。

 

「~~ッ、チックショ……いったんセーブしたいけどキリ悪いんだよ。あとひとり殺れば()()()()なのにィ……」

「ア゛?」

 

 巫山戯た言動以上にその内容(なかみ)が勝己の思考回路には引っ掛かったが、次の瞬間には真意を問いただすどころではなくなってしまった。

 

「あ、――あんなとこに見っけ!」

「!?」

 

 ガルメの視線と声に従って振り返れば、そこには植え込みがあって。

 

――震える小さな身体が見え隠れしている。避難しようにも恐怖で足が動かず、ただ隠れることで命を繋ぎとめようとした子供がいたのだ。そのせいで、戦場に取り残されてしまった。

 

 先に見つけ出しただけあって、ガルメの動きは勝己よりも先んじていた。再び怪人体に変身し、勝己の頭上を飛び越え子供のいる方向へ跳躍する。こうなるともう大規模な爆破はできない、子供を巻き込んでしまう。条件としてはいくらかマシな鷹野らや他のヒーローたちが対応しようとしたときにはもう、ガルメは子供を盾にするような位置に迷い込んでいた。

 

「よぉ、アンタ殺したら今日のとこはおさらばするよ」

「ひっ、ぃ、いぃ……ッ」

 

 ガタガタと震える子供。その目の前でがばりと口を開くガルメ。――そこから長い長い舌が姿を現し……子供の首に、巻きついた。ゆっくりその身体が持ち上げられていく。

 

「う、ぐぅ、かは……ッ」

「ッ、やめろ――!!」

 

 跳ぶ勝己。だが遠距離から爆破を仕掛けられない状況は変わらない。ゼロ距離に到達する前に、あの子の細く頼りない首は――

 

「……ギベ」

 

 誰もが柴崎の死を想起し、それを止めようと走り、それでも間に合わないという予感に絶望を抱く。

 

 

 その絶望を粉々に打ち砕ける者たちが、この世界にいる。

 

 氷の壁が地面を奔り――ガルメだけを、吹き飛ばしたのだ。

 

「ッ!」

 

 子供の身体が投げ出される。状況の変転に驚きつつも、勝己は爆速ターボでそこへ飛び込んだ。すんでのところで抱え込む。

 

「う……けほっ、ケホッ……」

 

 急に呼吸が楽になったためか、少年はひどく咳き込んでいる。しかしそれは命のある証だ、勝己はほっと胸をなで下ろした。

 それと同時に、二台の(スーパー)マシンが姿を現した。いずれも金と赤が基調のカラーとして使用されている。その片方――カウルが丸みを帯びたマシンの騎手こそ、救世主たる氷結をもたらした張本人だった。

 

「……もう、大丈夫だ」トリコロールの輝きを放つ身体が、ゆっくりと大地に降り立つ。「――俺たちが来た」

 

(轟……!)

 

 そしてもうひとり、赤の戦士。――緑谷出久の変身した、クウガだ。

 

「っぶねー……ナイスだ4号弟くん」

「………」

 

 露骨に安堵を滲ませアギトを称賛する森塚に対し、鷹野はやや渋い表情を浮かべている。他の面々の反応も三者三様だったが、いずれにせよ第一には99人目の犠牲者が救われたことへのかすかな喜びがあった。既に98の骸が積み上がっている以上、それは吹けば飛ぶような脆いものではあるが。

 

 この場において唯一忌々しさのみを感じている者があるとすれば、

 

「クッソ、ついに出やがったよ……」

 

 クウガに、アギト。前者だけならまだあしらい方も心得ているが、後者についてはまったく新しい脅威と呼ぶほかない。何せズの面々を瞬殺したうえ、あの実力"だけは"メ最強クラスのガドラを完封するほどの力の持ち主。正面切って相手取るのは避けたいところ。それに99人目に見定めた子供も、完全にヒーロー・爆心地の庇護下に入っていて手出しは難しそうだ。

 

「チッ……。キリ悪いけど……しょうがないか」

 

 不利を悟ったガルメは、迷うことなく撤退を選んだ。わざわざヒーローやG2といった"戦う者たち"に挑んだ、ガリマのようなまっすぐさは彼にはない。

 

「今日はここまで、明日の朝8時半、コンティニューさせてもらうとするよ!」一方的に宣言し、「さらばリントの諸君!――はっ!」

「!」

 

 跳躍して校門を超えると同時に、透明化を発動する。死角を利用し、鷹野の眼にも捉えられないようにする念の入れようだった。

 

「!?、消えた……」驚くクウガ。

「透明化か……」

 

 透明になれる敵。常人よりは鋭い感覚をもっているとはいえ、ふつうに追尾するのは難しい。

 が、クウガのほうには対抗手段があるはずだ。勝己が咄嗟にそれを伝えようとしたのだが、

 

「4号!」

「!」

 

 先んじたのは、なんと鷹野警部補だった。

 

「私の個性"ホークアイ"でもかろうじて奴の動きを捉えられたわ。あなたの緑の姿なら確実に追えるはずよ」

「!、そうか……!」

 

 ペガサスフォームの感覚強化は、鷹野の個性の比ではない。透明化してもわずかに残る光の屈折を捉えることができる。

 問題は五〇秒の制限時間……タイムリミットが訪れる前に敵を捕捉できるか。地上から追うのでは難しいかもしれない、でもそれ以外の手段がいまのクウガにはあった。

 

「――超変身ッ!」

 

 変身時と同じ構えをとり、叫ぶ。アークルから緑色の光が放たれ、赤い鎧と瞳に溶けていく。

 そうして緑に染まったクウガは、マイティフォームからペガサスフォームへの"超変身"を完了するのだ。

 同時に、

 

「これを使いなさい!」

 

 そう叫んだ鷹野が投げ渡してきたのは、なんと自身の拳銃だった。これには他の捜査員、さらに元々4号に好意的だった森塚ですら驚きを隠せない。無論、クウガ自身も。

 だがそれでも、迷うことなく掴みとった。警察官の命ともいえる銃を正体不明の自分に預ける――その信頼と覚悟に報いるために。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 礼を述べると同時にモーフィングパワーが発動、拳銃が天馬の弓"ペガサスボウガン"へと姿を変える。

 さらに、

 

『カディル・サキナム・ター』

 

 天空の彼方から飛来する、巨大な昆虫。古代リント族のことばを話すそれは、名をゴウラムという――クウガの、頼もしい仲間だ。

 

 

――時を巻き戻して、城南大学考古学研究室。

 

 グロンギ、アギトについての話がひと段落したあと、桜子が話題に出したのはゴウラムのことだった。

 

「この前科警研で見つけた碑文の解読結果、出てるよ」

「!、なんて書いてあったの?」

 

 ゴウラムの前脚にあたる部位。そこに記されていたのは、

 

 

『戦士としもべ、手と手をつなげ。さらば――大いなる飛翔、あらん』

 

 ペガサスボウガンのトリガーを引いて用意を整えたクウガが、前脚を握る。それを認めて、再び上昇を開始するゴウラム。神の遣いたる甲虫は、空を飛ぶことのできない主の翅という役割を喜んで果たすのだ。

 遠ざかっていく地上、こちらを見上げる、もはや戦友と呼ぶべき人たち。その中には当然幼なじみの姿もあったけれど、紅い瞳はふいと逸らされてしまった。――出久の脳裏に、人生の転機となった中学三年生の春の記憶が甦る。

 

 緑谷出久としての想いを封じ込め、天高く舞い上がった緑のクウガは索敵に意識を集中させる。学校付近の経路、建物と建物の隙間まで、一キロ以上の高度から鮮明に。絶対に、逃すものか――

 

 そして、

 

「――そこかっ!」

 

 見つけた。透明にはなっていても、必死に逃走するシルエットははっきりと視認できる。

 

 こちらに背を向けてひた走るガルメに向かって銃口を突きつけ、引き金に指をかける。またあのビリビリとした痺れが襲ってきたが、もはや日常のこととなってしまい気にもならない。このまま人差し指に力を込めれば、すべてが終わる――

 

 それを為そうとしたとき、不意に馬のいななきにも似たエンジンの音が響き渡った。

 

「ッ!?」

 

 クウガは咄嗟に射撃を中止せざるをえなくなった。――いななきの主・漆黒の二輪車が、ガルメを庇うようにして割り込んできたのだ。

 偶然通りかかってしまったのか?……いや、その割には図ったようなタイミングで現れた。その場に停車し、こちらをじっと見上げている。

 

「なん、なんだ……?」

 

 赤いマフラーをたなびかせる、黒のライダー。彼が何者なのか、出久にわかるはずがない。

 

――ただ、強化された五感とはまた異なるところで、彼がただ者でないことを予感せざるをえないのだった。

 

 

つづく

 

 






次回



EPISODE 23. 血染めの生物兵器











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EPISODE 23. 血染めの生物兵器 1/4

不穏なサブタイ……ヤベーイ!!




 太陽が南の頂から西の彼方へ身を沈めようとする中にあっても、沢渡桜子は研究室にこもって古代文字の解読作業を続けていた。彼女が外に出るのといえば、お手洗いと軽い休憩くらい。ポレポレで昼食をとろうとしていた――結局未遂に終わってしまったが――出久・焦凍と異なり、そもそも食事をするというそぶりすら見せずに没頭していた。

 いまこの時も、出久たちはグロンギと死闘を繰り広げているはずだ。安全地帯にいる自分が、どうして寝食を忘れずにいられようか。この小さな部屋こそ、沢渡桜子にとって無血の戦場なのだった。

 

 そんな彼女のキーボードを叩く指が、不意に止まった。

 

「これは………」

 

 もはやリント文字の専門家になりつつある彼女が引っ掛かりを覚えた、とある碑文。

 

 その解読がなされたとき……彼女の心は、ひどく曇ることとなる。とあるできごとと相俟って。

 

 

 

 

 

 ゴウラムに掴まって空を飛ぶことで、透明化して逃亡を図るメ・ガルメ・レを捕捉、討つ――という局面に踏み込んだクウガ・ペガサスフォーム。

 しかし引き金を引く指は、突如割り込んできた一台のマシンによって阻まれてしまった。

 

「なん、なんだ……?」

 

 赤いマフラーをたなびかせる、かのライダーは一体何者か。その容姿に見覚えのない出久には当然わからない。

 ただ、

 

「――またな、クウガ」

「……!」

 

 そうつぶやくとともに、ライダーはマシンを反転させて走り去ってしまった。暫し呆然としていたクウガだったが、

 

「!、35号……!」

 

 謎のライダーに気をとられている間に、ガルメはどこぞへ逃走してしまったようだった。あちらこちら見渡すが、その気配はない。それでも粘り強く捜索を続ければ再発見が成ったかもしれないが、もう時間がなかった。

 

「……ッ、」

 

 頭痛が襲ってくると同時に、アークルの輝きが弱まっていく。タイムリミットが来てしまったのだ。二時間変身できなくなる……なんてことにならないよう、限界を迎える前にクウガは赤の姿に戻るほかなかった。――それは、ガルメのコンティニューを許すことを意味していた。

 

 

 

 

 

 人間体に戻ったメ・ガルメ・レは、アジトとなっている廃ビルに帰り着いていた。時折左手首の腕輪を見下ろすそのあどけない表情は、あまり朗らかでない。ありありと滲む不満は、表に駐輪された漆黒のバイクを認めてますます深まったようだった。

 

「――たっだいまぁ……」

 

 薄暗い一室に入り、そう声を張る。室内には黒づくめの痩身の男、ライダースーツを纏った若い青年、そして奥で何やら作業をしている初老の男性の三名がいたが、明確に反応を返してきたのは青年だけだった。

 

「よう」

「……バダー」

 

 "バダー"――そう呼ばれた青年はニヒルな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。それがますますガルメを苛立たせる。

 

「何しに来たのさ?」

「何、ゲリザギバス・ゲゲルが始まる前に、残りのメの連中のゲゲルがどんなもんか見ておこうと思ってな。にしても、さっきは危ないとこだったな。俺が割り込まなきゃ死んでたぜ?」

「チッ」舌打ちしつつ、「はいはいどーもありがとう。……余計なコトしやがって」

 

 毒づくガルメだが、このバダーというグロンギ、相手の心情などお構いなしのようだった。さらに畳みかける。

 

「で、どうなんだ?成功しそうなのか?」

「……一応あと64人、せめてあとひとり殺っときたかったけどクウガとアギなんとかが来たからあきらめた」

「あの学校の子供らがターゲットなんだろ。流石に生き残った連中は身を隠すだろうけど、大丈夫なのか?」

「アンタに心配されなくても、ちゃんと奴らの動きは追うっつーの。ココにも進捗報告に来ただけですしー」

 

 フン、と鼻を鳴らすと、ガルメはぱっと笑みを浮かべて「じゃ、またねぇ~」と部屋を出ていった。目はまったく笑っていなかったが。

 

「またね、……ねぇ」肩を竦めつつ、「あいつは進んでこられるかね?俺たち"ゴ"だけの、ゲリザギバス・ゲゲルに」

「……さあな」

 

 はぐらかすような答えとともに闇から姿を現したのは、この廃墟に不似合いな純白のドレスを纏った女性。以前とは大きく服装が変わっているが、その額に刻まれた白いバラのタトゥが彼女の正体を示している。

 

「ザグ……ジャヅンジャシバダパ、ギバシゾバグバロギセバギン……クウガ」

「……なるほどね。場合によっちゃ、面白いモノが見られる……か」

 

 フッと笑みを浮かべたバダーは、去り際一心不乱に作業を続ける初老の男を見遣った。サングラスをかけていることもあり、その表情ははっきりとは窺い知れない。ほかのどのグロンギとも異なる、どこか茫洋とした雰囲気を醸す男だった。

 

「ジュンヂパ、ラバゲダゾ。――ザジオ」

「……ギギジョグ」

 

 ニヤリと笑うその温和げな顔立ちが、結局のところ邪悪であることに変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 本来なら子供たちが下校し、確実に静寂へと向かっていく日没の高見沢小学校。

 確かに数時間前まで、この小学校の敷地内は血生臭い騒擾に覆われていた。未確認生命体第35号――メ・ガルメ・レにより、100人近い児童が虐殺された。ヒーロー・爆心地をはじめとする捜査本部の面々、そしてクウガ&アギトの参戦によって、それ以上は阻まれたが……。

 ともかく、その後処理のために捜査本部の面々と所轄の面々が校内を慌ただしく動き回っている。次なる犠牲者を、ひとりたりとも出さないために。

 

「………」

 

 そのひとりである鷹野藍警部補は、校庭に落ちた銃弾を拾い上げ、じっと見つめていた。その名のとおりの鋭い鷹の眼で、何か手がかりを捉えようとしている――

 

「なんか見えました、鷹野さん?」森塚が訊く。

「……いえ、私の目で見えるものには限度があるわ。ただ……何か見つかりそうな気はする」

「ふむ……」

 

 "気がする"――曖昧な物言いに思われるかもしれないが、捜査においてはそれが重大な糸口になることはままあった。刑事の端くれたる森塚もそれに期待するところがある、まして相手は洞察力に優れたエリートの先輩だから。

 と、

 

「鷹野警部補、森塚刑事!」

「!」

 

 ふたりが顔を上げれば、白銀と紺を基調としたフルアーマーのヒーローが駆けてくるところだった。

 

「インゲニウム……」

「申し訳ありません、遅くなってしまって……」

 

 神妙に謝罪するインゲニウムこと飯田天哉。事件発生時、科警研で実験の真っ最中だったのだ。主役である以上即座に抜け出すわけにもいかず、ようやく切り上げられたときにはもう戦いは終わっていたのだった。

 無論、鷹野も森塚も事情はわかっているので責めることはしない。ただ、

 

「ちょうどよかった、これからまた奴らのアジトの捜索だ」

「アジトを?」

「奴はまた明日、ここの児童を襲うと言っていたわ。もちろん保護はするけど、透明化能力をもつ相手だから動きを把握しきれない。奴が引っ込んでいるうちにアジトを叩いて潰すのよ」

 

 せっかく時間の指定までしてくれたわけだが、馬鹿正直に待ってやる必要はどこにもない。まずは攻める――手ぐすね引くのはその次だ。

 それ自体は飯田にも納得のいくものであったが、

 

「警察犬……などの手配は?」

「……今回は急だし間に合わない。半径十キロ圏内の使われていない建物なんかをローラーで探すってことになった。ま、刑事の捜査のキホンですよ」

 

 一見いつもの飄々とした調子に戻っている森塚だが、そのどんぐり眼には依然鋭さが残っている。猟犬部隊の柴崎巡査の仇であり、今日この日もたくさんの子供たちの未来を奪った第35号。――まして、ゲームなどとのたまって。

 

 既に情報を得ている飯田天哉もまた、そうした事実に激しい怒りを燃やしている。これ以上の犠牲を出す前に奴を倒す。そのためならなんでもやってやる……流石に二度目のG2出撃はあきらめたが。

 

「――了解しました。そういえば、爆豪くんの姿が見当たりませんが……」

「あぁ……彼なら4号兄と弟を連れてどっか行ったよ。彼らもローラー作戦参加させるって、管理官の許可までもらってた」

「……そう、ですか」

 

 兄と弟――そんな形容に偽りなく、あかつき村事件以降4号に似た謎の存在が戦場に姿を見せるようになった。一貫して4号と協力している、またやはり勝己はその正体を知っている様子。

 だが、4号と異なり飯田にも心当たりがあった。……彼が見せる燃焼と氷結、相反する力。左右でくっきりと分かたれた力。行方不明になっていた親友と同じ――もっと言えば、その親友が帰還した矢先のできごと。

 

(――轟くん……まさか、きみなのか……?)

 

 当の焦凍は「極秘任務」と銘打ち、行方不明になっていた時の動向を黙して語らない。それも含めて、隠しだてしようとする理由はいくらでも考えられる。それでも納得できるわけではない。

 確かなことは、飯田の秘めた疑念は既に確信に達しようとしているということだ。

 

(……この事件を、解決すれば)

 

 焦凍と直接会い、真実を問いただすこともできる。いまは4号に似たかの異形が味方であることを信じ、ともに35号を打倒することに心血を注ぐべきだ。飯田天哉はそう自分に言い聞かせ、即時の打ち合わせに臨むことした。

 

 

 

 

 

 その頃爆豪勝己は、4号兄と弟……それぞれクウガとアギトである緑谷出久と轟焦凍を伴って寂れた公園近くに車を駐めていた。傍らにはふたりのバイクも駐められている。

 

「――ゲー……ム……?」

 

 勝己の口から発せられた耳慣れた単語を、しかし出久は呆気にとられたような表情で復唱した。

 グロンギが、殺戮を続ける理由――それはとても信じられるものではなかった。いや、勝己のことばが信用できないというわけではない。荒唐無稽かと言われれば決してそうではないのだ、それが真実であるとするなら、一部の例外を除いて一体ずつしか出現していない理由も説明がつく。何より、面と向かってガルメのその発言を耳にした勝己が疑いを捨てている以上――

 

「そんな……そんなのって……!」

 

 結局信じるに至って、出久の胸には激しい怒りが湧き起こった。人の命を奪っている以上、どんな高尚な理由を掲げようがそれは許せるものではない。……だとしても、遊び感覚だなどと。

 

 歪になった右手を血が滲むほど強く握りしめる出久をバックミラー越しにちらりと見やりつつ、勝己は続けた。

 

「……あのカメレオン野郎はまだ、ガキどもを殺すつもりだ。奴の言うとおりなら……あと、64人」

「ッ、僕があのとき始末できてれば……!」

 

 ペガサスフォームに、ゴウラムによる飛翔。そうして逃走するガルメを見つけ出せた以上、間違いなく倒せたはずだという自負が出久にはあったのだ。それなのに。

 

「黒いバイクの男……。そいつもグロンギなんだろうな」焦凍がつぶやく。

「……うん。僕のこと"クウガ"って呼んでたし……きっと」

「そうか。――奴らのアジトにそいつもいると思うか、爆豪?」

 

 焦凍の問いに、勝己は振り向くこともなく「フン」と鼻を鳴らした。

 

「さァな。そいつがいようがいまいが、まずブッ殺さなきゃなんねぇのは35号だ。んなくだらねえゲーム、コンティニューさせてやる義理はどこにもねえ」

「……そうだな」

 

 うなずきつつ、焦凍は隣に座る出久に視線をやった。やや俯きがちなその表情は、いつになく険しい。爛々と光る翠の瞳にかつての、化け物と化していた頃の自分に通ずるものを、焦凍は見たような気がした。気遣いから声をかけようとした瞬間、無線が鳴ってしまったのだが。

 

「爆豪っす」

『鷹野よ。あなたたちの割り振りが決まったわ』

 

 "たち"――そう形容したからには当然、出久と焦凍の協力が前提とされている。無論、ヒーロー・爆心地のお墨付きがあってのこととはいえ――

 

 割り振られた三ヶ所のポイントを誰が担当するかは勝己の采配に委ねられた。通信を終えて、ようやく彼はその紅い瞳を背後に向けた。

 

「轟、テメェは経堂の廃団地に行け」

「わかった」

「そんでデク、テメェは大田の工場跡地だ」

「……うん」

 

 それ以上はことばもなく、ふたりは覆面パトの後部座席から降りた。即座に行動を開始せねばならないことを思えば、なんら不自然ではない。……いつもなら出久が「何か見つかったら連絡してね」とか余計な口を叩くところ、それがないというくらい。

 

 グロンギの目的が殺人ゲームであると知って、それどころではないのだろうことは想像がつく。だが思いを致すのはそこまで、いちいちあの幼なじみの機微に心を砕いてやるつもりはない。――自分がせずとも、出久を恩人とさえ形容する轟焦凍がそれをやるだろう。右手に消えない傷をつけた人間といえど、心に消えない傷をつけた人間よりはよほどその任にふさわしい。まともな神経の人間なら誰もがそう言うだろうと、爆豪勝己は思った。

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドゲヅン

轟 焦凍/Shoto Todoroki
個性:半冷半燃+ワン・フォー・オール
   →アギト
年齢:20歳
誕生日:1月11日
身長:179cm
血液型:O型
好きなもの:冷たい蕎麦
個性詳細:
「右で凍らせ左で燃やす」、炎と氷のカーニバル!そんな生まれながらのチート個性にオールマイトから継承したワン・フォー・オールが掛け合わさり超チート野郎になってしまった!
その凄まじすぎる個性に適応すべく肉体が"アギト"へと進化、しかし未だ燻っていた憎悪や悲しみ、負の感情が暴走してあらゆるモノを破壊し尽くす不完全な化け物となってしまっていた。緑谷出久との邂逅を経て遂に暴走を乗り越え、完全なアギトとなることができた!長い隠遁生活のためにワン・フォー・オールを完全に使いこなせる身体ではなくなっているが、それでも十分にチートだ!やりたい放題かこの野郎!
備考:
ヒーロー"ショート"。エンデヴァーの息子であり、オールマイトの弟子でもあるウルトラサラブレッドだ!
しかしながら自分をオールマイトを超える"仔"として扱い苛酷な訓練を施し、母の精神を病ませた父を憎み続けていた。爆豪ら雄英時代に出会った仲間たちとの交流をもってしても抑え込むのが精一杯だったが――エンデヴァーが反省していなかったこともあって――、出久との戦い、そして改心した父の努力で母が退院していたことを知ってようやく完全に蟠りが消えた。
仲間たち、そして身を挺してまで自分に手を差し伸べてくれた出久に報いるため、アギトとしてグロンギと戦うことを決意した。これ以上なく頼もしい出久の相棒となったのだ……かっちゃんの立場は!?

作者所感:
特記事項が多すぎて困ったお方。ただでさえ設定盛り盛りなうえ拙作ではアギトときたもんですから、まあ当然といえば当然なんですが。
ハンドクラッシャーはじめボケボケしたイメージが自分の中で定着しすぎて体育祭以前を見ると「アレ?こんなキャラだったっけ?」ってなります。どっちにしろ魅力的なんだからイケメンはずるい……。
上記のとおりかっちゃん……ヘタすると出久の立場まで喰いそうなリスクを秘めたお方ですが、そこはちゃんとそれぞれ引き立つようにしていきたいところ。

ちなみに体育祭では対爆豪戦で左を使いました。なのでかっちゃんとの関係はさほど拗れず、かっちゃんも世間に醜態を晒すことなく……といった、原作より状況が好転してる数少ない例だったりします。出久がいない分だけかっちゃんは独りで成長しなければならない部分もあった……って感じ?


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EPISODE 23. 血染めの生物兵器 2/4

繁忙期なので明日出勤や……。
まああとで振替休日とれるだけホワイトなんですけどね。

アニメつらい展開になってていやーキツイっす。
かっちゃんヒロインだと思って乗り切るしかない???
ちょっと凶暴で筋肉で♂なだけだ問題ない!!


 

――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 未確認生命体のアジト捜索のため捜査員らがことごとく出払うなか、本部長たる面構犬嗣の執務室には三人の男の姿があった。

 ひとりはこの部屋の主たる犬頭、面構犬嗣警視長。もうひとりは捜査本部のNo.2である管理官、塚内直正警視。そしてもうひとり……病床から復帰したばかりの元No.1ヒーロー、エンデヴァーこと轟炎司。

 平均年齢46歳という三人組、その中では一番若い――それでも齢40は過ぎているが――塚内が口を開く。

 

「アジト捜索を開始したと鷹野から報告がありました。爆心地からは、4号……そして轟焦凍にも協力させると。私の判断で許可を出しましたが、構いませんか?」

「うむ。いまは猫の手も借りたい状況、致し方ないワン」

 

 大まじめにそんな返答をする上司に肩をすくめつつ、管理官は改めてヒーローに向き直った。

 

「しかしエンデヴァー……あなたは4号の正体をもう知っているんだよな?それをこちらに報告するつもりはないのか?色々と因縁のありそうな爆心地はともかく、あなたが隠しだてするのはどうも解せないんだが」

「……だろうな。俺自身、もう彼の正体を隠しておく必要性は感じていない」

 

 「だが、」と続く。

 

「それが爆心地の判断なのだから、尊重すべきだろう。彼に4号とそれにかかわるものすべてを委任している以上はな」

「……爆心地と犬猿の仲とは思えない発言だワン」

「個人的な好悪などどうでもいいのはあなたが一番よくご存知だろう。人格は褒められたものではないが……優秀であることに間違いはない。矜持もある。――俺の息子も、負けてはいないがな」

「あぁ、……ソウデスネ」

「………」

 

 焦凍が帰ってきてからというもの、こういう親馬鹿な本性を隠さなくなりつつあったエンデヴァー。昼どきにどう考えても商品ではない弁当を食べているのを見かけることもあるからして、いまは妻ともうまくやっているのだろう。あかつき村で負った二度目の重傷のためにもう一秒たりとも戦えない身体になってしまったが、だからこそありふれた幸福を噛みしめているのではなかろうか。

 

(最初から大事にしてやれば……ってのは、いまだから言えることか)

 

 それでも大切なモノに気づけただけ、この男にも周囲の人々にも救いはあったのだろうと思う。失われた過去のピースは取り戻せないけれども、未来を形作ってゆくことはできる。

 

 それができぬままに後悔を抱えて死んでいく人間のほうが、この世界には圧倒的に多いのだ。

 

 

 

 

 

「……異常なし、か」

 

 すべての部屋を確認し終えて、轟焦凍はふぅ、と息をついた。

 勝己から割り当てられた経堂の廃団地を数十分かけて偵察したわけだが、めぼしい手がかりは何も発見できなかったのだ。見つからないということは、つまりいないということ。そもそも焦凍は邪悪なものに対して敏感になっているから、そうした事実に疑いはもてなかった。

 入口に駐めたバイクに戻り……ふと思い立って、スマートフォンを取り出す。"緑谷出久"の名を選び、コールした。

 

『――はい』

「おう。……こっちはなんもなかった。そっちはどうだ?」

『まだ全部は捜せてないけど……たぶんこっちも』

「そうか……」

 

 まあ、"世田谷区及び近隣区の廃墟"というだけの場所を虱潰しにあたるローラー作戦である以上、そうそう当たりを引けるものでもない。こういう場合はとにかく足で稼ぐほかないのだ。

 

「爆豪のほうはどうなんだろうな」

『どうかな……かっちゃんが向かったところはちょっと距離あるし、まだ着いたか着いてないかくらいじゃないかな?連絡とるにはちょっと早いかも』

「だな……まあココにいねえのは間違いねえし、俺はあいつんとこ行ってみようかと思う。おまえは?」

『……そう、だね。僕もそうするよ』

 

 やや躊躇があるように感じた焦凍ではあったが、それを捉えて追及することはしなかった。状況も状況であるし、そこまでお節介になってよいものかもわからない。

 

 ひとまず目的地で再会することを約して、通話を終える。――ふと見上げた夜空には重々しく雲が覆いかぶさり、星ひとつ見えない暗黒をつくり出していた。

 

 

 

 

 

 同時刻。爆豪勝己は自身の担当である大田区京浜島一丁目にある廃ビルにたどり着いていた。

 手榴弾型の籠手を装着し、車を降りる。傍らの漆黒の滞留がわずかに流動するその音以外、静寂そのものの空間。その静寂がつくり出す澱んだ空気は、宵闇の中の廃墟という場所柄なのか、それとも――

 

 結論をいまこの瞬間に出す必要はない。すべては内部を探ってから判断することだ。紅い瞳で睨めつけながら、勝己はゆっくりとビルに近づいていく。

 

――そのために彼は、自身が踏みつけたものに気づくことはなかった。闇に溶けることなく鮮烈に浮かび上がる、真っ赤な薔薇の花片に……。

 

 

 ビル内に入った勝己は獲物を狙う獣のように姿勢を低くし、足音をたてぬよう慎重に進んでいく。……万が一ここが未確認生命体の根城だとしても、自分ひとりで対処するわけではない。遭遇(エンカウント)する事態はなるべく避けたいところだった。

 

――のだが、

 

(チッ……いねえな)

 

 ある程度奥まで捜してみて、姿はもちろんのこと気配も感じないことが確実になっていく。ここは外れか。先に捜索を終えているだろう出久や焦凍、その他捜査本部の面々もなんの連絡もないあたり、まだヒットはないのだろう。

 

 とにかく、もう少し調べたらここは切り上げだ。そう考えながら最後の一室に足を踏み入れたそのとき……不意に風が吹き込み、むせ返るような濃い薔薇の香りが、鼻腔をくすぐった。

 

「――!」

 

 忘れえぬそれに反射的に振り返るのと、

 

 闇に映える真白いドレスの美女が、やおら姿を現すのが同時だった。

 

「B……1号……!」

 

 未確認生命体B群1号――通称"バラのタトゥの女"。グロンギが出現して間もない頃、一度だけあった遭遇の記憶はまったく色あせていなかった。

 そしてそれは、彼女のほうも同じだったらしい。妖艶な笑みを浮かべて勝己を見つめてくる。爆破したくなる衝動をこらえ、唸るように訊いた。

 

「……35号はどこだ?」

「35号……ガルメのことか」笑みを保ったまま、「奴はもうここにはいない。いまいるのは私だけだ」

「じゃあ、どこにいる?」

「敵に縋るか。ヒーロー・爆心地の名が泣くな」

「――!!」

 

 安い挑発ではあったが、既に暴発寸前だった勝己にきっかけを与えるには十分だった。地面を蹴って跳躍し、と同時に最大限の爆破を美女めがけて浴びせかける。付近の窓ガラスが粉々に割れ、静寂を劈くような爆音が辺りに響き渡る。

 

「――やはりリントも変わったな」

「ッ!?」

 

 背後から響く、声。どういうわけか、バラのタトゥの女は爆炎の中から姿を消し、まるでワープしたかのように勝己の振り向いた先に立っていた。その勝己に負けず劣らず白い肌には、火傷の痕ひとつ刻まれてはいない。

 

「かつてとは違う、我々と遜色なきものになろうとしている。力も……心も」

「!、――寝言は寝て死ねクソアマがぁッ!!」

 

 その意味深なことばに――少なくとも表面上は――惑わされることなく、勝己は爆破を続けていく。

 しかし明らかに爆炎に包囲されているにもかかわらず、女はいっこうに傷つくことがない。――美しい薔薇の花片が舞い散り、幻惑する。

 

 気づけば彼女の姿は炎の中にはなく、遙か彼方へと立ち去ろうとしていた。

 

「ッ、待てやゴラァ!!」

 

 それでもなお追いすがろうとする勝己を、バルバは冷たく一瞥し――

 

――その手から、無数の薔薇の花片を放った。

 

「ぐ……ッ!?」

 

 それまでとは比にならない濃い薔薇の香りを吸い込んだ途端、強烈な眠気が襲ってくる。バルバの操る花片には、強力な催眠作用がある――忘れていたわけではなかったが、攻撃に気をとられるあまり警戒が疎かになっていた。そんな後悔も何もかも、加速度的に意識が遠のき霧散していくのだが。

 

「ク、ソ……っ」

 

 全身から力が抜け、がくりとその場に膝をつく。やがてそれすらも保てなくなり、ゆっくりと俯せに倒れ伏した。

 

「………」

 

 幾重にもぶれる視界の果てに、純白のシルエットが遠ざかっていく。

 結局、勝己の意識は浮上することなく、死の女神の祝福に完全敗北を喫したのだった。

 

 

 

 

 

「……っちゃん、――かっちゃん!」

 

 どこからか、デクの呼ぶ声が聞こえる。それも幼い頃の、よく跳ねる柔らかい声。

 なんだあいつは、また俺に助けてほしいのか。本当にどうしようもない木偶の坊だな――悪態とは裏腹に、嫌な気分ではまったくなかった。自分が何かしてやるたびに、あいつは「やっぱりかっちゃんはすごいや!」ときらきらしたエメラルドグリーンを向けてくる。そうするたび、物心ついたときから存在する心の中の空白が満たされていくような気がするのだ。

 

「かっちゃん」

 

 もう一度、呼ぶ声。「しょうがねえな、デクは」――つぶやくように言って、声のする方向へ一歩を踏み出す。

 

 そこには、何もなかった。勝己の身体はあっという間に、暗闇の底に吸い込まれていった。

 

 

 目を開けると、わずかに橙のフィルターがかかったまぶしい青空が視界に飛び込んできた。

 背後からひそひそと話し続ける小声が聞こえてくる。まだ茫洋としたまま振り返ると、後部座席をちゃっかり占拠するふたりの青年の姿。

 

「――オイ」

「!」

 

 声をかけると、ふたり――とりわけ幼なじみのほうは弾かれるようにこちらを見た。

 

「あ、か、かっちゃん目が覚めたんだね。よかった……」

「……テメェがかっちゃかっちゃうるせぇから起きたわ」

「え、」なぜか当惑したような表情を浮かべ、「呼んでない、けど……呼んでないよね?」

「駆けつけたときは呼んでたけどな。俺もだけど」

「いやそりゃそうだけど。……かっちゃん、大丈夫?」

「………」

 

 純粋に心配しているのがわかっても、自ずと眉根がきつく寄っていくのがわかる。

 

「……テメェに心配されなきゃなんねえほど、俺ぁ落ちぶれたつもりはねえ」

「あ、……そう、だよね。ごめん」

 

 ふたりの間に流れる、どこか冷ややかな空気。互いに敵意や悪意があるわけではない。それなのに――

 ともあれもうひとり、轟焦凍に言えるのは、そうしたふたりの実情からはかけ離れた正論しかなくて。

 

「そんな言い方ねえだろ。緑谷と俺のふたりで、ビルん中倒れてたおまえをここまで運んだんだぞ。つーか、一体何があったんだ?」

 

 ふん、と鼻を鳴らしつつ。勝己は後半の問いにのみ応じた。

 

「B1号……バラのタトゥの女にやられた」

「!、じゃあ、ここに未確認が……!?」

「俺らが来たときにはもう誰もいなかった。……逃げられちまったんだな」

 

 逃げられた――いや、そもそも読まれていたのだ。あの遭遇の時点で、ビル内にバラのタトゥの女以外の気配はなかった。あの妖艶な美女にとり、こちらの出方を察知するなど造作もないことだったのだろう。改めて苛立ちが湧いてくるが……それをぶつけるべき相手は、いずれにせよここにはいない。

 

「……いま、何時だ?」

「あ、えーと……五時前だね、朝の」

 

 五時――となると、ガルメの指定したゲーム再開の時間まであと三時間半しかない。

 勝己の意図を察した出久が、即座に付け加えた。

 

「それと、一時間くらい前に鷹野さんって人から無線で全体連絡があって……アジト捜索は断念して、子供たちの保護されてる施設の警備に総員であたることになったって」

「……場所は?」

「えっと……折寺にある県の施設だって」

「折寺?」

「う、うん。里帰りになっちゃうね……あはは」

 

 それは別に、いまはどうでもいいが。

 

 流石に都内に留めておくことはしなかったか。時間的な制約も考えれば上等な避難先かもしれないが。

 だが、これで万事解決とはいかないだろう確信に近い予感もあって。

 

「あのクソガキも馬鹿じゃねえ、ターゲットが遠くに逃げることだって予想できてるはずだ。ましてや透明になれるんだから、こっちの動きを逐一監視してるかもしれねえ」

「………」再び表情を険しくする出久。

「そこに現れる可能性が高いっつーことか」

「ああ、だから急ぐぞ。とっとと降りろテメェら……つーかンでちゃっかり乗ってんだコラ」

「ひと晩じゅう外に立ちっぱなしでいろってのかよ、自分は寝てたくせに」

「ア゛ァン!!?」

 

 思わぬ反撃に凄む勝己だったが、そんなことで喧嘩している場合でないことがわからないほど彼も子供ではない。「殺すぞ半分野郎」とジャブをかましつつ、実利をとってふたりを車から追い出した。

 

「チッ……」

 

 自然と漏れる舌打ち……しかし同時に、どうしても視線が滑ってしまう。焦凍とひと言ふた言ことばをかわして、トライチェイサーに跨がろうとしている出久に。

 さっき聞いた呼び声は、一体なんだったのだろうか。成人したいまの出久ではなく、幼い頃の出久の声であった以上、現実のものではあるまい。だが夢幻だったとして、なぜそんなものが記憶の奥底から引っ張り出されてきたのか。

 

――もうあいつに囚われるのはやめる、そう決めたのだ。一度決めたら貫き通すのがヒーロー・爆心地のはずなのに、あいつのこととなると何もかもかき乱されてしまう。勝己は己の矛盾を呪った。

 

 




キャラクター紹介・アナザーライダー編 パパン

仮面ライダーアギト(シン)
身長:2m
体重:105kg
パンチ力:左・15t
     右・10t
キック力:15t
ジャンプ力:ひと跳び30m
走力:100mを4.5秒
※いずれもワン・フォー・オール未発動時。
必殺技:キラウエア・スマッシュ
    マッキンリー・スマッシュ
    ライダー・トライシュート
能力詳細:
ワン・フォー・オールの継承により、轟焦凍の肉体が突然変異を起こしたことで誕生した"仮面ライダー"。変異によって生成された"賢者の石"、その作動スイッチであるベルト"オルタリング"によって変身することができる。胸部は黄金の鎧で覆われているほか、左右の腕は半冷半燃の個性に合わせてそれぞれクリムゾンレッドとアイスブルーの装甲に覆われ、個性をさらに増幅・強化しているぞ!
通常時でもクウガを凌ぐスペックを誇るが、オールマイトから受け継いだワン・フォー・オールを発動することでさらなる身体強化を行うことができる。必殺技はそれぞれ50t以上の破壊力を誇るぞ!

ちなみに暴走形態時は常に発動状態であるため、パワーは"シン"より勝る。それでいて破壊衝動に支配されるのだから手がつけられないのだ!もうならないでね!

作者所感:
轟アギト。
スペックはトリニティフォームを参考にこまごまいじってます。目が虹色だったりクロスホーン常に展開してたりと本家アギトとは別物感を出したい。変身ポーズはシャイニングフォーム、右手に左手を重ねる感じで。
マイティフォームの完全上位互換なのがアレですがチート野郎なので致し方なし。アギトが4号(クウガ)に似てるとアギト序盤で評されてましたが、実際には逆、つまりクウガがアギトを模して創られたとするなら?細かいことは本編で触れるかもしれないし……裏設定で終わるかもしれないし……。


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EPISODE 23. 血染めの生物兵器 3/4

土曜のアニメ、飯田くんが出久をぶん殴ったシーンで思わず「そりゃそうだ!」と叫んでしまった作者。

出久にはもうちょっと自分を大事にしてほしいです。もっと言うなら自分が心配されてることを自覚してほしい……。
お母さんにあれだけ心労かけてるんだからせめて躊躇くらいしてほしいわね!


「――ログググ、ゴセロググレス、ビ……"ゲリザギバスゲゲル"」

 

 重くよどんだ雲の下で歩を進めながら……少年は、嗤った。

 

 

――静岡県 折寺市

 

 静岡県東部にあるこの地は、小高い丘からは富士山を拝むことができる一方、商店街なども多く存在する自然と文明の混在したどこか懐かしい匂いのする街である。

 そして何より、この地は緑谷出久と爆豪勝己の生まれ故郷でもあった。ふたりの関係がはじまり、捻れに捻れ、そしていったんの終わりを迎えるまでの十五年の月日が、間違いなくここにはあった。

 

 だが出久も勝己も、帰ってきたのだという自覚はあっても懐古の情に浸っていられる状況にはなかった。実家のほうへはまったく寄りつくことなく、メ・ガルメ・レのターゲットである高見沢小学校の生き残りの児童たち、彼らが保護されている静岡県の施設にたどり着いたのだった。

 

「爆豪くん!」

 

 施設に入るや否や、インゲニウムこと飯田天哉が駆け寄ってきた。対する勝己はぶっきらぼうに「おぉ」とだけ応じる。

 

「大丈夫なのか?B1号にやられたと聞いたが……」

「ハッ、舐めんなヨユーだわ。そもそも眠らされただけだ」

「そうか……それならいいんだ。……しかし結局、こうして守勢に回ってしまったな」

 

 結局、第35号――ガルメは行方知れずのままだ。それでいて、指定の時刻になった途端ここに現れる確率が高い。ここで倒せないという可能性は完全に排除しなければならない。自分たちが敷いているのは背水の陣なのだと、自覚しなければ。

 とはいえ、絶望的なことばかりではない。

 

「そうそう、先ほど科警研から連絡があったんだ。銃弾に付着していた第35号の体組織について」

「!、なんかわかったのか?」

「ああ、――」

 

――曰く。

 

 メ・ガルメ・レの体組織は周囲の光(電磁波)を浴びると瞬時に自らの反射波長を変えてしまうのだという。つまり、色素を急激に変化させて周囲に溶け込む――透明化したように見せるということ。

 

「……なるほどな、だから夜を避けてきたっつーわけか」

 

 暗闇の中では、擬態のために必要な光を受けることができない。"夜陰に乗じる"ということばと裏腹に、ガルメにとっては身を隠しにくい時間帯だったということだろう。

 

「ああ」うなずきつつ、「だが、奴の弱点はそれだけではない」

 

 暗闇以上に致命的な弱点が、ガルメにはあった。――強烈な光だ。

 あまりに光量が多すぎると体組織がバグを起こしてしまうのか、色素変化が抑制される……つまりは、透明になれなくなってしまうのだ。

 

 それを聞いた勝己は――不敵な笑みを浮かべていて。

 

「ハッ、そんならあのクソガキの鼻っ柱、へし折ってやれそうだな」

「そのことばが適切かはともかく……確かにきみの技ならそれが可能だな。だが透明化を抑止できるのは五分間だけだそうだ。気をつけてくれ」

「その前に決着つけりゃいいだけの話だろ」

「そう、だな……。"彼ら"もいてくれることだしな」

 

 ポロッと本音を漏らしてしまってから、飯田はしまったと思った。4号たちの協力者であり、彼らと自分たち捜査本部との窓口でありながら、勝己は彼らを恃むことに忸怩たる思いを抱いているようなふしがあった。プロヒーローとして……それ以前に爆豪勝己という人間のあり方として、誰であれ一方的に寄りかかるようなことは許せないのだろう。昔の自分であれば大いなる矛盾と決めつけていただろうが……人間の心はそう単純なものではないと、いまはわかっているつもりだ。

 

――しかし飯田の気遣いとは裏腹に、勝己は何も言わなかった。ただちらりと、施設の外を見遣っている。その紅い瞳が真に映すものがなんなのか……雄英高校に入学してからの彼しか知らない飯田には見えそうもない。

 

 そんな折、駆けつけてきた森塚から予想外のニュースがもたらされた。

 

 

――保護されていた子供がひとり、施設からの脱走を図ったのだ。

 

 

 

 

 

 "ゲーム"リスタートまで、あと一時間。

 

 腕時計でその事実を確かめて、緑谷出久は小さく息をついた。

 勝己からの指示により、出久は施設から少し離れた人気のない場所にトライチェイサーを駐めて待機していた。焦凍もまた、施設を挟んで向かい側で同様にしていることだろう。

 

……ひとりでただ時間が過ぎるのを待っていると、どうしても色々なことを考えてしまう。特に、ガルメが暴露したというグロンギが殺人を行う目的――ただの、ゲーム。

 勝己の口から聞かされてひと晩が経ち、少しは冷静に受け止められるようになると思っていた。だが実際には、そんなことを平気で言い放ち、実行できるその精神性へのマグマのような怒りが膨れあがっていくばかり。

 

(次は絶対逃がさない……。――殺す、絶対に殺す……!)

 

 ガルメも他の未確認生命体も、すべて。そのエメラルドグリーンの瞳を烈しく滾らせて、出久は拳を握りしめた。

 

 そんな折、施設のほうから一目散に走ってくる子供の姿が目に入った。その恐怖と焦燥の張りついた表情を見てとった出久は、咄嗟に彼の進行方向に立ち塞がった。

 

「ちょッ……きみ、あそこに保護されてる高見沢小学校の子だろ!?どこ行くんだよ!?」

「ッ!」

 

 子供は一瞬たじろいだものの、すぐさまキッと出久を睨みつけた。

 

「決まってるだろ逃げるんだよ!!あんな、とこにいたら……ころ、される………!」

「そんな……あそこはかっ、爆心地や警察の人たちが……」

 

 有名ヒーローや警察が、施設をがっちり守っている――その事実は、少なくともこの少年には微塵も響いていないらしかった。

 

「みんな、みんなあいつに殺されたんだ……友だちも……――弟も……!」

「………!」

 

 あの戦いのあと、校庭に並べられた98の遺体。その中に、彼の言う友人と弟もいたのだろう。こんな惨劇に遭うとは思いもよらず、ただ毎日笑ったり喧嘩をしたり、そうしてともに大人になっていく未来を信じて疑わなかっただろうに。

 そういうものをすべて、奴らは奪ったのだ。

 

「どうして……どうしておれたち、殺されなきゃなんないんだよぉ……ッ!」

「ッ!」

 

 気づけば出久は、少年の肩を力いっぱい掴んでいた。

 

 

「殺させないっ!!」

「……!」

 

「あんな奴らに、きみたちが殺されなきゃいけない理由なんて絶対ない!だから、だから……!」

 

 ほとんど我を忘れて叫んでいた出久は、少年の「い、たい……」という呻きで我に返った。力のこもった手が、ギチギチと細い肩に食い込んでいたのだ。

 慌てて手を放す。少年の瞳には当惑が滲んでいたが、まだそれはかろうじて自分への恐怖には昇華していない。出久はほっと胸を撫でおろした。

 

「……とにかく、みんなそう思って守ってくれてるから」

「………」

 

 諭すと、ようやく少年は小さくうなずいた。おずおずと踵を返し、施設へと一歩を踏み出そうとする。

 と同時に、ぽつりとつぶやいた。

 

「……あの未確認の奴とおれたち、一昨日一緒に遊んだんだ。ヒーローごっこ、して……」

「……うん」

 

 その情報は既に昨日の事情聴取で判明していたから、驚きはなかった。

 

「昨日、おれたちを殺してる途中……あいつ、そのときと同じ表情(かお)、してたんだ……ッ」

 

 心底楽しくて仕方がない、という表情。――それはそうだろう、奴にとってはどちらも変わらない、ただの遊びなのだから。

 だから出久にはもう、なんの驚きもなかった。ただ胸の奥から絶えず溢れ出る憤懣のマグマが滞留し冷えて、どす黒い巌を形成していくのがわかる。

 凝り固まったその感情はもう、そこからなくなることは決してない。……握られた拳ももう、解かれることはなかった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 沢渡桜子は、昨夕からずっと研究室に縛りつけられていた。それは無論のこと比喩であって、彼女はまったく自由の身だ。いつものように研究に没頭した結果でもない。ただ深刻な表情を浮かべて、液晶画面を凝視している。

 そこに、「Bon jour!」といういつもの快活な挨拶とともに、フランス人講師――ジャン・ミッシェル・ソレルが入室してきた。返事もなく固まったままの桜子を見て、怪訝な表情を浮かべたが。

 

「桜子サン、どうしたノ?」

「!、ジャン、先生……」

 

 話しかけられてようやく、桜子はジャンに気づいたようだった。彼女のもとに歩み寄っていく。

 

「解読で何か出タ?」

「あ、はい……その………」

 

 桜子の隣からモニターを覗きこんで……ジャンもまた、表情を曇らせていた。

 

「これっテ……クウガの?」

「わかりません……でも、たぶん……」

 

 

――聖なる泉、枯れ果てしとき、

 

――凄まじき戦士、(いかずち)のごとく出で、

 

 

――太陽は……闇に、葬られん。

 

 

 その碑文が一体何を示しているのか。

 

 ただ桜子には、不吉な予感がしてならなかった。――"雷のごとく"……いま出久の身体に起き続けている異変と、関係がないとは思えなかったのだ。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドグシギ

カマキリ種怪人 メ・ガリマ・バ/未確認生命体第32号※

「ビデギスザベンボドパガス、ビ、クウガ(クウガに似ているだけのことはある)」

登場話:
EPISODE 8. デッドオアマッスル~

身長:197cm
体重:178kg
能力:手首から生えた鋭い鎌による斬擊
活動記録:
人間体はショートカットの美女。高いプライドとそれに見合う実力をもつ勇猛な戦士であり、メ集団のリーダー格として仲間たちのゲゲルを見届けていた。
あかつき村にてメ・ガドラ・ダとズ集団が活動している裏で、「9時間で99人を殺害する」ゲゲルを開始する。クウガとの対戦を望んでいたもののそれがかなわないことが明白だったため、主な標的をヒーローや警察官など"リントの戦士"とした。実際に97人の殺害に成功したものの――その中にはチャージズマこと上鳴電気の先輩ヒーロー、ゴルトリオンも含まれていた――、G2を装着した飯田天哉に妨害される。壮絶な激闘の末、チャージズマとイヤホン=ジャックの援護を受けたG2必殺の一撃によって大ダメージを受け吹き飛ばされるが生存しており、捜索に現れた警官ふたりを斬首――現代最初のゲゲル成功者となってしまった。

作者所感:
マジでゴ・ガリマ・バとなってしまった姐さん。以前感想で「ゲゲル成功者が出ても面白いかも」的なものをいただいたので白羽の矢が立ちました。なので原作のようなキッチリルールに則ったゲゲルではなく、あくまでこだわり程度のものに。
彼女がゴの面々とどう絡んでいくか、まだ面識のない出久たちとどうぶつかるのか、作者的にも楽しみでございます。漫画版のようにヒロインにしてもよかったんだけどなー残念だなぁー。

※原作では未確認生命体第36号。



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EPISODE 23. 血染めの生物兵器 4/4

アンコントロールスイッチ!

ヤベーイ!!


 メ・ガルメ・レの予告した時刻まで、あと五分。

 

 施設周辺、および内部を警備する警察官たちはいよいよ緊張を強いられていた。ぴりついた空気が場を支配している。

 施設の入口あたりに配置された森塚駿巡査もまた、その小柄な体躯に不釣り合いな長大なライフルを構えて辺りを見回している。普段は軽薄な彼も、警察側の捜査員では最年少の身で抜擢されるだけの能力と信念は持ち合わせているのだった。

 

(出入り口は全部固めている。透明になっていようがこちらに気取られず侵入なんてできない。だとすれば、奴がとりうるのは……)

 

 無論、こちらより上手という可能性もある。何せ九郎ヶ岳遺跡から目覚めてたった三週間ほどでほぼ完璧に日本語を習得していた怪物だ、その頭脳は侮れない。

 それと同時に、彼らの目的がゲームであること、ルールと目標人数をあっさり暴露してしまう迂闊さも持ち合わせている。自らの能力への絶大な自信といえば聞こえはいいが、そこがつけ込む余地を生み出すかもしれない。森塚はそう考えていた。

 

 そしてそれは、見事に的中した。

 

「うぐッ!?」

「がッ!?」

 

 警備していた警官たちが突然うめき声をあげ、壁に叩きつけられた。そのままずるずると昏倒する。

 

「!」

 

 警官たちの吹き飛んだ方向から瞬時に"敵"の居所を推察し、銃口を向ける森塚。その対応の素早さは見事なものだったが、やはり透明な相手に対する不利を覆すには至らない。

 

「――ぐぁッ!?」

 

 結局銃弾が発射されるより早く、ライフルもろとも森塚の小柄な身体は弾き飛ばされてしまった。だがフルアーマーのインゲニウムの下敷きになっても一時的な気絶で済む程度には見かけによらず頑丈な森塚である、宙を舞いながらも即座に個性を発動、黄色を基調としたバイクに変身する。

 

「うわッ、ウザい乗り物になった!?」

 

 かの少年の声だけが響く。わかってはいたことだが、やはりそこにいるのだ。駿速(レーザーターボ)のSD調のツインアイが、着地と同時にギラリと光る。

 

「それも"個性"ってヤツか……。キョーミはあるけどさぁ………いまは遊んでらんないんだよッ!!」

「!」

 

 ことばとともに、封鎖された扉の片方が吹っ飛ばされる。ガルメが蹴破るか何かしたのだろう。当然追尾したいところだったが……変形したとて視力が変わるわけではない駿速では、もはやそのあとを追うことはかなわない。

――駿速、では。

 

「舐め腐ってられるのもここまでだ。――オトナの本気、見せてやるよ」

 

 仮にゲームだとしてやるなら、まだクリアには程遠い。ここからが本当のステージだ。――それもウルトラハードモードであることを、仕掛けた側である森塚駿はよく知っていた。

 

 

 というわけで侵入を果たしたメ・ガルメ・レであったが、その行動は逐一監視されていた。透明化しているとて、鷹野藍の"ホークアイ"ならばその動きを追うことができる。そこまではガルメも学習済みだったが、頭上にある監視カメラ越しに見られていることまでは看破できないのだった。

 

『35号は現在1F廊下、A-3カメラ前を通過』

「――爆心地、了解」

 

 鷹野のアナウンスを受け、ガルメに迫る爆心地こと爆豪勝己。彼だけではない、インゲニウムこと飯田天哉に他の捜査員たち、静岡県警から応援で派遣された警官隊もまた、着実に包囲網を狭めていく。

 そうとも知らず、ガルメは既に勝利を確信していた。この建物の中にターゲットが一緒くたに集められているのだ。そこに殴り込みをかけて大混乱を起こせば、60余人などあっという間に狩ることができると。

 その絶大な自信は幼くして"メ"階級の一員であるという根拠に裏づけられたものであることに間違いはなかったが、幼稚なメンタリティからくる慢心であることもまた真実で。

 

 つまるところ、冷徹な大人たちの"本気"とやらの前に、その幼さは命取りとなる――森塚の考えたとおりに。

 

「――そこにいんのはわかってンだよ、カメレオン野郎がァ!!」

「!」

 

 突如目の前に現れた漆黒の衣裳のヒーロー。昨夕に鬼神ぶりを見せつけられたがゆえにガルメにとってはクウガ、アギトと並んで相対したくないリントにカテゴライズされていた。しかしなぜそいつが、姿を消している自分の位置を掴んでいるのか――あの鷹の眼の女刑事ならともかく。

 リントにとっては"個性"より遥かに伝統のある"科学"の賜物――彼が愛好している携帯ゲームと同様に――などと親切に教える爆心地であるはずもなく、

 

「ゲームオーバーだ、閃光(スタン)――」

 

 

「――(グレネード)ッ!!」

「!?」

 

 辺り一面を強烈な閃光が覆い、ガルメは一時的に視界を潰された。勝己が爆炎を操ることはわかっていても、まさかこんな応用技を隠しもっているなどとは思いもよらず、完全に虚を突かれる形となってしまった。

 そして光が治まったときにはもう……取り返しのつかない状態に、陥っていたのだ。

 

「……!?」

 

 視界にはっきり飛び込んでくる、暗い緑色をしたカメレオン種怪人の肉体。傍らのガラスにもまた、その姿が映り込んでいる。

 つまりは、透明化が解除されてしまった。

 

「バ、バゼ……ッ」

「知らなかったみてぇだな、自分の弱点」

「!」

 

 爆破の構えを解くことのないまま、勝己が不敵な笑みを浮かべている。

 

「テメェは強ぇ光浴びっと透明になれなくなっちまうんだとよ。ま、超古代にゃンなモンねえからわかるわけねえわな」

「……ッ!」

 

 自分でも知らなかった、致命的な弱点。それをリントどもが暴き、トラップとして利用した?

 自分が陥れられたのだという事実は、ほかの何よりガルメに強烈な屈辱を味わわせた。困惑が身を焦がすような憤怒に変わっていく。

 

 だが、それを晴らすにはあまりに分が悪すぎた。相手は単独でも厄介な爆心地ひとりに留まらないからだ。

 

「やったな、爆豪くん!」

「時間がないわ、一気に殲滅するわよ!」

 

 飯田、鷹野、その他捜査員らが一斉に駆けつけてくる。ヒーローたちはもちろんのこと、警官隊も抜け目なく武装している。――彼らと戦い殺害したとて、ガルメにはなんのメリットもないのだ。ゲゲルのターゲットは"高見沢小学校の児童"に絞ってしまったのだから。

 

「~~ッ、ア゛ァアアアアアッ!!」遂に癇癪を起こし、「ゴセゾリダロボパ、ババサズボソグッ!!」

 

 罵倒のことばを吐くとともに――グロンギ語なので伝わっていないが――踵を返し、背後から迫る警官らの頭上を跳び越える。皆、攻撃されるのではないかと反射的に身を硬くしたために、対応が遅れてしまった。

 

「ッ、外に逃げるつもりか……!」

「ハッ、好都合だわ!」

 

 警護している子供たちから引き離すことができるし、何より外なら本気で爆破をかますことができる。――一応借り受けた施設だから、ここで本格的な戦闘を行うのはなるべく避けたいところだった。

 何より、

 

「……ッ」

 

 浮上しかけた他人頼みの思考を強引に抑え込み、勝己は仲間とともにガルメの追跡を開始した。

 

 

 施設の塀を飛び越え、ガルメは一目散に逃走を続けていた。その臆病ともとれる行動とは裏腹に、内心ではあらん限りの呪詛を吐きながら。

 

(クソクソクソクソクソォッ、あいつら殺す!次は絶ッ対殺してやる!!)

 

 弱点を暴かれ、ゲゲルクリアを台無しにされ。――それでもガルメは、次があると思っていた。具体的な次善の策があるわけでもないのに成功を信じて疑わず、"ゴ"になって次なるゲゲルでこの借りを返すのだと。

 超古代、幼くしてカメレオン種怪人としての能力を使いこなし、最年少の"メ"となったグロンギのエリートであるガルメにとり、獲物であるリントに出し抜かれるなど万に一つの可能性としてもありえないことだった。ただ、クウガに封印されたことだけが唯一の失敗――

 

――そう、クウガ。

 

 鋼の馬の嘶きが辺りに響き渡り、次の瞬間ガルメは側面から弾き飛ばされていた。

 

「グァッ!?」

「………」

 

 前輪の一撃をその顔面に喰らわせた、漆黒のマシン。それを操るライダーはその場に舞い降り、メットを脱ぎ捨てた。ぎらりと光る翠の瞳が露わになる。

 

「バビギジャガンザデレゲェ!!」

 

 やはりグロンギのことばで、口汚く青年を罵るガルメ。かの青年はそれに一切応えることなく、「……変身」とつぶやくように言った。

 たちまち下腹部に銀色のベルトが出現する。その中心の水晶が真紅の輝きを放ち……青年を、赤い鎧の異形へと変貌させた。

 

「!、クウガァ……!」

 

 邪魔に次ぐ邪魔。元々脆いガルメの堪忍袋の緒が、遂にぶち切れた。

 

「ギベッ!!」

 

 得意の長く伸びる舌による一撃を繰り出す。昆虫を絡めとるオリジナルのカメレオンよろしく目にも止まらぬ速度は、しかし容易く避けられてしまった。

 そして、

 

 

「――ウォオアァァァァッ!!」

 

 獣のような雄叫びとともに、鋭い拳の一撃がガルメの頬に突き刺さった。

 うめき声とともに、よろよろと後退する。そうして、ようやくわかった。

 

 フー、フーと荒い息を吐き続けているクウガ。戦いはいま始まったばかり、決して疲弊しているわけではない。……それに、固く握り締められたまま解けることのない拳。

 

 怒りだ。怒りによって昂ぶった身体が、それ相応の反応を示している――

 

 それを理解したガルメは、痛む頬を押さえながら吐き捨てた。

 

「何キレてんだよ……キレたいのはこっちだっつの!!」

 

「どこまでも邪魔邪魔邪魔邪魔ッ、邪魔ばっかしやがって!こっちはテメェらなんの価値もないゴミクズどもを点数稼ぎに使ってやってんだぞッ、ありがたく殺されろよ!!」

「――――ッ!」

 

 

『――どうして……どうしておれたち、殺されなきゃなんないんだよぉ……ッ!』

 

 友人と弟を殺された悲しみに打ちひしがれ、そして自分もまた殺されるのだという恐怖に怯えていた、かの少年の声が甦ってくる。

 

 その瞬間、クウガの視界が真っ赤に染まった。

 

 

「――ガァアアアアアアアアッ!!!」

 

 彷徨とともに、再びガルメに襲いかかっていく真紅の獣。その動きが尋常でないことをようやく感じとったガルメは背中を向けて逃亡を図ろうとしたが、何もかも遅かった。

 

 後ろから飛びかかられ、強引にその場に引き倒される。背中や後頭部をフルパワーで無茶苦茶に殴られ、ガルメの脳は激痛に悲鳴をあげた。

 

「グァァァァァッ!?ボン、ジャソグゥゥゥゥッ!!」

 

 クウガの体重がわずかに弛んだ隙を逃さず、ガルメは身体を仰向けにする。起き上がれないまでも、顔面さえ敵に向けることができれば得意の舌の一撃を喰らわせることができるからだ。

 

 だがそれすらもクウガの掌の上なのだと、()()瞬間までガルメは気づくことができなかった。

 

「ッ!?」

 

 あっさりと躱されたうえ、舌の根元を掴まれ、

 

 

 力いっぱい、引きちぎられた。

 

「@$#!■&○¥%※▲!!??」

 

 声にならない悲鳴とともに、鮮血が噴き出す。どばどばとあふれ出すそれが喉に逆流し、それがまたさらなる苦痛をガルメの脳に注ぎ込む。

 殺意も憤怒もそれらの前には容易く萎縮し、合わせて体長2mのボディが縮んでいく。人間体――まだ幼い少年の恐怖に歪んだ顔が露わになる。

 

「ひゅ、ひゅるひへ……ッ」

「………」

 

 口からは血反吐を、目からは涙をこぼしながら必死に許しを乞うガルメ。哀れなる少年の懇願を沈黙とともに聞き届けたクウガは、

 

 組んだ両手を、ハンマーのようにその顔面に振り下ろした。

 

「ぶげぇ!!」

 

 爬虫類は爬虫類でも、蛙の潰れたようなうめき声を発するガルメ。いくら強化されたグロンギの肉体といえど、人間体の、まして成熟しきっていない頭蓋がクウガの拳とコンクリートにサンドイッチにされて無事で済むはずがない。

 びくびくと痙攣する小さな肢体。馬乗りになってそれを押さえ込むクウガ。――駆けつけた捜査本部の面々は、そんなおぞましい光景を目撃する羽目になった。

 

「!、4号、くん……?」

「……!」

 

 飯田も鷹野も森塚も、他の面々も、ただ呆気にとられたような表情でその一部始終を見つめている。ずっと一緒に戦ってきた。ことばもかわした。――こんな獣のような、血塗られた戦い方を見せつけられるのは未だかつてないことだった。

 何より、クウガが緑谷出久だと知る……出久を幼い頃から知っている、爆豪勝己。

 

 それと目の前の赤い怪物がどんどん乖離していくのを、心のうちで感じていた。

 

 何度も何度も組まれた拳が振り下ろされ、その度に反射でガルメの四肢がびくんと跳ねる。それ以外に抵抗らしい抵抗もない。もはやほとんど意識がないようだった。

 

「ハハ、ハ………」

 

 

「ハハハハハッ、アハハハハハハハッ!!」

 

 不意に響く、笑い声。……それはまぎれもなく、クウガの口から発せられたものだった。

 

「ほんとにアレ、4号なのかよ……」

 

 森塚のつぶやきがすべてだった。もはやこれは、ヒーローの戦いではない。ただの殺戮だ。その行き着く先はきっと、グロンギと何も変わらない。

 

 それを体現するかのように――ガルメを見下ろす赤い瞳が、黒く染まろうとしていた。

 

「――!」

 

 それをはっきり認知した途端、勝己は跳んでいた。

 

「もうやめろやッ、デク―――!!」

 

 掌から爆破を起こし、浴びせかける。勝己らの存在をまったく意に介していなかったクウガは、あっさり吹き飛ばされた。

 

「!、爆豪くん……」

 

(いま……"デク"と呼んだのか?)

 

 勝己の行動自体が予想外のものだったが、それ以上に呼ばれた名が飯田の耳に残った。"4号"ではなく、"デク"――それが、彼の本当の名?

 飯田が考え込んでいる間に、クウガは早くも態勢を立て直していた。ほとんど光を失った赤黒い瞳が、今度は勝己へと向けられる。殺意をこめて。

 

「ウガァアアアアアアアッ!!!」

「!」

 

 「邪魔をするな」とばかりに、クウガは怒り狂った。そして――襲いかかる。刹那、その拳にバチバチと電光が奔るのを、勝己は見せつけられることとなった。

 

「ッ、ンの、クソボケナードがァ――!!」

 

 避けようとするでもなく、掌を突き出す勝己。それが爆破を起こすのと、クウガの拳が振りかぶられるのがほとんど同時だった。

 

 結果、敗北を喫したのは漆黒のヒーローのほうだった。地面に叩きつけられ、転がり、倒れる。「ぐ、ァ……」と、弱々しいうめき声が漏れた。

 

「爆心地!――くッ、」

 

 仲間を攻撃されたことで、戸惑うばかりだった鷹野らも腹を決めるほかなかった。皆一斉にライフルを向け、ヒーローたちは個性を発動し、戦闘態勢をとる。

 「待ってください!」と、飯田がそれを押しとどめた。

 

「彼は自分が止めます!皆さんは下がって!」

 

 4号は仲間だ、何度も自分たちを危機から救ってくれた。たとえ暴走しようがその事実は変わらないのだ、万が一にも傷つけたくはない。……それが我が侭でしかないとわかっているから、飯田は独り身体を張ろうとする。

 そんな彼の想いすら、一匹の獣と化したクウガには届かない。全身に電光を纏いながら、標的を移し替える。飯田は覚悟を決めるほかなかった。

 

 そんなときだった。――もうひとつの異形が、戦場に飛び込んできたのは。

 それは暴走するクウガに飛びかかると、もつれ合ってともに地面を転がる。やがて引き離され立ち上がったのは……トリコロールの五体をもつ戦士だった。

 

「何、やってんだ………ッ」

「グゥゥゥゥゥ……!」

 

 戦士――アギト。彼を救けた身でありながら、それすらも忘れてしまったかのように躊躇なく襲いかかるクウガ。差し向けられた拳を左の赤い掌が受け止める。アギトの身体が、ずりずりと後退した。

 

(ッ、こんな、パワーが……)

 

 この電撃を纏うクウガの拳は、普段のそれより遥かに重い。憎しみがリミッターを外している――その事実にたった数週間前までの自分を重ねた轟焦凍は、拳を受け止めながらも堪らず声を絞り出していた。

 

「おまえッ、俺に言ったじゃねえか……!」

 

 

『きみがやるべきことは、これじゃないだろう……!』

 

『思い出せ!きみは何になりたかったんだ!?――オールマイトみたいなヒーローだろう!!だったら……だったら憎しみに囚われちゃ駄目だ!!』

 

 

「――俺にそう言ってくれたおまえが……俺をもう一度ヒーローに戻してくれたおまえがッ、俺なんかよりずっと強いはずのおまえが!そんなモンに、なってんじゃねえ!!」

「ぐ、グゥゥ、ガァァァ……ッ」

 

 目の前で揺れる大きな虹色の瞳が、ほとんど漆黒に変わろうとしていたクウガの複眼にわずかな彩りを与える。かと思えば、また黒に堕ちて……その繰り返し。それに終止符を打つために、焦凍は叫んだ。

 

 

「なりてえモンちゃんと見ろッ、緑谷―――!!」

「――!」

 

 そのことばに身を硬くしたのは、クウガばかりではなかった。――飯田天哉。それはかつて、彼にも向けられたものだったのだ。

 そして、

 

(緑、谷……?)

 

 勝己の呼んだ"デク"に続いて、4号の人間としての名であろうか。だがこちらに関しては、なぜか聞き覚えのある飯田。それもそう昔のことではないような――

 

 そうこうしているうちに、クウガの様子に異変が起こった。

 

「ウ、ウゥ……」

 

 震える声で唸りながら、よろよろと後ずさる。複眼が激しく明滅し……やがて、赤に戻った。

 クウガが力なくその場に膝をつく。黄金の角が、筋肉質な黒い肢体とそれを包む赤い鎧が、ことごとく萎んで人間のそれに戻っていく。

 

「………」

 

 青年の姿をした彼は、赤いクウガとは対照的なエメラルドグリーンの瞳の持ち主だった。俯くそれはひどく澱んでいたが。

 

「彼が、4号……?」

 

 鷹野らはただ呆気にとられるばかりだったが、飯田はその姿に見覚えがあった。

 

(そうだ……思い出した)

 

 数週間前、あかつき村と渋谷区で惨劇が起きたあの日。その直前に、科警研の発目明のもとにいた青年だ。緑谷出久と名乗り自分を称賛してくれた彼に、恐縮しながらサインを書いてやったことを覚えている。

 

「まさか、彼が……」

 

 それに、

 

「……きみは、轟くんなんだな」

「………」

 

 わずかに振り向いたアギト。その腹部にあるオルタリングから光が放たれ……彼もまた、飯田の確信したとおりの青年の姿を露わにした。

 

 

――遂に真実の姿を衆目に晒した、ふたりの英雄。

 ただ、その片割れの両手は……血に塗れたまま、地に投げ出されていたのだった。

 

 

つづく

 




物間「ハハハハッ!轟が仲間になってちょっと調子づいてたかと思えば暴走しちゃって、ざまあないね緑谷……ウゴッ!?」
拳藤「流石に空気読めおまえは。……大丈夫かな緑谷。あと爆豪も、今度は本気で殴られちゃったみたいだし」
物間「痛たたた……あいつらがどんな状態になろうが未確認生命体は出てくるだろ。えーと……今度はイカの奴?」
拳藤「イカ……。未確認生命体もより上位の奴らが次々姿を現してるし……次回は正念場かもな」

EPISODE 24. 英雄アイデンティティー

物間「かくなるうえは緑谷からコピーして僕がクウガに……そしてプルスウルトラさぁ!!」
拳藤「色々言いたいことあるけど……まずこれを100万回読め つ『心清く(後略)』」


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EPISODE 24. 英雄アイデンティティー 1/3

サブタイは『ジードアイデンティティー』から。「英雄」は「ヒーロー」とお読みください。


デクもかっちゃんもウジウジしてる割と鬱陶しい回になるとだけ予言しておきまする。


 憎悪の鎖が仲間の手によって解かれた直後、緑谷出久の見た光景は地獄だった。

 

 座り込んだままの自分を見下ろす、無数の目、目、目。そのほぼすべてに困惑と、失望とが滲んでいる。そして荒い息を吐きながら、地に伏せっている幼なじみ。

 そして――血塗れになった、手。

 

(ぜん、ぶ……ぼくが………)

 

 暴走していようとも、記憶は鮮明に残されていた。いまこの瞬間はすべて、他ならぬ自分自身でつくり出したものだったのだ。

 

「あ……ぁあ……」

 

 鼓動が加速し、全身がひとりでにぶるぶると震える。口の中がひどく乾いて、ことばが紡げない。

 

「……緑谷、」

 

 押し殺したような呼びかけとともに、焦凍が一歩を踏み出そうとする。そのとき――出久の背後に横たわる血まみれの少年が、わずかに身じろぎするのが見えた。

 

(あいつ……まだ生きてたのか)

 

 リミッターの外れたマイティフォームの拳を何度も振り下ろされてなお息があるとは、腐ってもグロンギということか。もっともよく回る舌は根元から引きちぎられ、満身創痍の状態であることに変わりはないが。

 そのガルメが突然、腹を掻きむしるようにしてもがきはじめた。

 

「がッ、ぐぇッ、げぶごふぇあァッ!?」

「ッ!?」

「おいッ、どうした!?」

 

 当然、ガルメは答えられる状況にはない。ただ、シャツがまくり上げられ、露わになった腹部。そこが発熱して、真っ赤に染まっていた。――その光景が思い出させるのは……グロンギが、爆死する瞬間。

 

「!、緑谷っ!!」

 

 焦凍が咄嗟に出久を庇いに走り出す……それより寸分早く、ガルメの身体が爆ぜた。

 

「―――ッ」

 

 まったく身構えていなかった出久は、爆風のままに吹き飛ばされる。地面に倒れ込んだ出久の眼前に、何か球体のようなものが転がってきた。

 

 それは……爆発の衝撃にちぎれたガルメの頸だった。元々は美少年だったと言っていい顔は、ひしゃげ血まみれになってまったく原形を留めていない。

 

(あ……)

 

 こんなものをつくり出したのが自分なのだと認識した瞬間、出久の意識は闇に閉ざされていた。

 

 

 

 

 

 ガルメが爆死する瞬間を、付近のビルの屋上から見つめる複数の影があった。

 

「ガルメ……斃れたか。時間切れではないようだが?」

 

 仮面の男――ドルドのつぶやきに、隣に立つ白いドレスのバラのタトゥの女――バルバは嫋やかな笑みを浮かべてみせた。その瞳は極めて冷淡ないろを表していたが。

 

「もはや奴に勝ち目はなかった、生かしておいたところで時間切れまでリントに辱められるだけ。――グロンギの誇りを守るのも、我らの務めだろう?」

「……ふむ」

 

 指輪を撫でるバルバを横目で眺めつつ、ドルドは悟った。彼女は自らの権限によって、バックルに内蔵された"爆弾"の爆発を早めたのだ。結果、ガルメは命を散らしたが……いずれにせよそういう運命だったのだ。なんの感慨もない。

 そして、

 

「"メ"で残ったのも、おまえだけになったな……――"ギイガ"」

「………」

 

 一歩引いたところに立つ、中肉中背の男。顔立ちはそれなりに整ってはいるが美形というほどではなく、服装も無地のワイシャツにチノパンというふつうすぎるもの。――街ですれ違うどころか、何かのきっかけでひと言二言ことばをかわしたとてその日のうちに忘れてしまうような、まったく特徴がないのが特徴とでも言うべき男だった。

 

 そんな彼こそがメ集団最後のプレイヤー……つまりは、それ相応の実力者であるということで。

 

「……ガルメのおかげで、面白いゲゲルを思いついた」

「ほう」

 

 

「ザゼバザバヂゾ、ガゲデジャス……」

 

 しずかな、しかし間違いなく狂気を孕んだ声音とともに、メ・ギイガ・ギは嗤った。

 

 

 

 

 

 関東医大病院の監察医である椿秀一は、ふたりのプロヒーロー、そしてひとりの大学院生と向き合う形で椅子に座っていた。傍らには人体のレントゲン写真が貼り出されている。その下腹部のあたりにはベルト状の物体が浮かび上がり……そこから、いくつもの神経が伸びていた。

 

「筋肉の活動電流の増加、アマダムから脳に及んだ神経系の増殖……」

 

「――ここに来て、緑谷の身体は急激に変化しつつある」

 

 忸怩たる表情で、しかしきっぱりと断言する椿。向き合う三人の表情が、一様に強張っていく。

 

「……じゃあ、緑谷が暴走しちまったのも、それが原因なんですか?」

 

 押し殺したような声でそう訊いたのは……この中では最も出久と付き合いの短い、轟焦凍。しかしその想いの深さは、誰にも負けてはいない。

 

「………」一瞬沈黙しつつ、「……わからん。無論、その可能性も否定はできない」

「ッ、……そう、ですか」

 

 唇を噛む焦凍。それにもうひとり……出久の友人であり、彼女自身はそれ以上の想いを抱いているのだろう沢渡桜子。ふたりにこれ以上の不安を与えることを躊躇いながらも……結局、椿は言い放った。

 

「――"戦うためだけの、生物兵器"」

「……!」

 

 案の定、目を見開くふたり。ただその背後にいる紅い瞳の男だけは、わずかに眉を顰めただけだった。

 

「おまえは覚えてるよな、――爆豪?」

「………」うなずく。

 

 霊石アマダムは定着から時間をかけて、しかし確実に宿主の肉体を人ならざるものへと変えていく。戦うための変化――それが脳にまで及んだとしたら。

 

「!、じゃあ、緑谷はまた……」

「それもわからない……だが、やっぱり否定はできない。沢渡さんの発見した碑文について聞く限り……」

「……"聖なる泉、枯れ果てしとき"、」

 

――凄まじき戦士、雷のごとく出で、

 

――太陽は、闇に葬られん。

 

「雷の、ごとく……」

 

「緑谷の奴に、ここ最近よく相談されてました。戦ってる最中、時々電流が奔ったみたいになる……何か強くなる前触れのような気がする、と。――本当は、それで済むようなモンじゃなかったのかもしれない」

 

 出久自身もそうだったのだが、さほど深刻に捉えていなかった。――もっと気を配らねばならなかったのだ、出久の主治医を自認している以上は。

 

(何やってんだ、俺は……)

 

 内心の悔恨を堪えつつ、椿は改めて三人に向き直った。

 

「それで……緑谷に、このことを伝えるかどうか……」

「………」

 

 それは……どちらにせよ、出久を恐怖の中に置くことになることに変わりはない。ただ目の前の敵を殲滅し、返り血にまみれて嗤う血染めの生物兵器――いつそうなるのかわからない、そんな恐怖の中に。ただそれが具体的なものになるか、漠然としたままか……それだけ。

 焦凍も桜子も、口を噤んでしまった。簡単には答えを出せそうもなかったのだ。

 

「――爆豪、おまえはどう思う?」

 

 こうしてこの場にいる以上、勝己にだってそれを決める権利はある。まして彼は出久の幼なじみで……出久がクウガとなってから、ずっと隣で戦い続けてきた男なのだから。

 

 それなのに、

 

「……知るかよ」

「は……?」

「!」

 

 予想だにしない勝己の冷淡な応答は、椿をして呆気にとられさせるに十分だった。

 

「仕事あるんで……戻ります」

「あ、おい、爆豪――!」

 

 制止の声にも耳を貸すことなく、退室していく勝己。唖然としたままそれを見送るほかない椿と桜子とは異なり、その行動の理由に心当たりのある焦凍は、すぐさま立ち上がってそのあとを追った。

 

「ッ、待てよ、爆豪!」

 

 人気のない薄暗い廊下に、焦凍のわずかに上擦った声が反響する。聞こえていないはずがないだろうに、勝己は立ち止まろうとしない。しかし追いかける焦凍との距離は次第に縮まり、

 

――そして、左手が肩に届いた。

 

「……触んなや、半分野郎が」

 

 拒絶にはいつもの烈しすぎる覇気がなかった。淡々としているとも、弱々しいともとれる……ちょうどその、境目のような声。

 幼なじみ……クウガに殴られた傷が疼くから――それだけではあるまい。

 

「おまえ、なんでそんな……緑谷が一番つらいときに、突き放すような真似すんだ」

「……突き放す?――ハッ」

 

 ひどく捨て鉢な笑い方だった。

 

「何勘違いしてやがるのか知らねぇが……突き放すもクソも、最初(ハナ)ッからあいつに手ぇ差し伸べてやるつもりは微塵も無ェわ」

「爆豪……ッ」

「大体、テメェももうどうせあのおしゃべりクソナードから聞いてんだろ。俺が昔、あいつに何してたか」

 

 確かに聞いている――具体的にではないが。

 無個性の烙印を押され、それでもヒーローの夢を棄てられなかった幼い出久を、頼りになる幼なじみだったはずの勝己はいじめるようになった。"いじめる"なんてことばは生易しい――彼を心身ともに傷つけ、その人格までもを否定し続けた。出久の何もかもを、十年にわたって、勝己は踏みにじってきたのだ。

 

「知ってンならわかんだろ。俺らはンな甘っちょろい関係じゃねえんだよ。……そーいうのは、テメェがやりゃいい」

「ッ、何、言ってんだ……」

 

 違う、それは違う。だって出久は、そんなこと……勝己と離れていくなんてこと、望んじゃいない。彼は仄暗い過去に囚われるのではなく、空白の五年間で変わった勝己と再び繋がることを望んでいる。それなのに――

 

「あとであいつの様子だけ伝えろ。こっちも上に報告しなきゃなんねえからな」

「……逃げんのか」

 

 これ以上なく嫌うであろう挑発のことばにすら、勝己は何も応えることをしなかった。「じゃあな」とだけ吐き捨てて、足早に去っていく。もはや彼を止める手だてのない焦凍は何もできず、その背中を見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 それはこの世の終わりと見まごう地獄絵図だった。

 降りしきる大雨は、まるでノアの方舟の神話を想起させるもので。しかしそれすら生易しく思われるほどに、目の前の光景は凄惨だった。

 

 燃えているのだ、すべてが。建物も車も植物も――人も。雨に濡れてなお消えることない炎が、この世に在る何もかもを燃やし尽くし、消し去っていく。

 

 その中心に、緑谷出久はいた。

 

(なんで、こんな)

 

 なぜこんなことが起きているのか。不意に生ける気配を感じて出久が振り返れば……そこには、

 

(クウ、ガ……?)

 

 視界に映るそれは確かにクウガに酷似していたけれども、見たことのない姿だった。全身が……その瞳まで、黒く染まっている。ただ電流のような黄金が全身に浮かび上がり、余計にその闇を際立たせている。

 よく見ればそこには、亀裂が走っていた。……割れている。そこにあるのは空間ではない……鏡像だ。

 

 つまりこれは――まぎれもない、いまの自分の姿なのだ。

 

(じゃあ、)

 

(これも、ぼくが)

 

 二度目だ。でも、一度目とはまったく違う。

 辺り一面に転がる、さっきまで命だったものたち。彼らはグロンギでも、ヴィランですらなく、無辜の民だったもの。守るべきだった、はずのものだ。

 

(ぼくが、)

 

 半ば焼け焦げた屍の群れ。その中には少年だったものもあった。出久にはわかった――それがあの、「なぜ自分たちが殺されなければならないのか」……そう訴えかけてきた彼だと。

 

(ぼくが、ころした)

 

 その事実に愕然とし、慟哭したいはずなのに。なぜか漏れ出てくるのは乾いた笑い声。燃えさかる炎の中、目の前の漆黒の闇が、緑谷出久という存在を完全に呑み込もうとしていた――

 

 

「―――ッ!!」

 

 身体の自由がきくようになった途端、出久はベッドから跳ね起きていた。

 

「はっ……は、は、はぁー……ッ」

 

 呼吸がまるで犬のように浅い。入院着に包まれた身体には汗をびっしょりとかいている。先ほどまでとは違う、ずいぶんとリアルな感触。

 恐る恐る自分の手を見下ろして……それが右手が骨から歪んでしまっている以外、至って綺麗なものに戻っていることに気づいた。ここが病室であるらしいことも。

 

(夢、だったんだ)

 

 でも、ただの夢だなどとはとても思えなかった。鏡に映った漆黒のクウガ。その暗い瞳の色は、出久の脳裏にはっきり刻み込まれていた。……きっとあれが、あと一歩で自分がなってしまったであろうもの。

 

(轟くんが止めてくれなかったら、今頃は……)

 

 その可能性を思うだけで、寒くもないのに身震いがする。出久はもう一度ベッドに身を沈めて、布団をかぶった。いまは何も見たくない、聞きたくもなかった。

 直後、病室の引き戸ががらがらと音をたてて開かれる音がした。複数人の気配が布越しにも伝わってくる。

 

「緑谷……まだ眠ってるみたいだな。起こしましょうか?」

「……いえ。出久くんもゆっくり休みたいでしょうから……今日はもう帰ります」

「じゃあ……俺でよければ送ります、もう遅いし」

 

 椿、桜子、焦凍――その三人。信頼のおける、間違いなく自分を大切に思ってくれている人たちだけれども……だからこそいまは、彼らと顔を合わせたくなかった。合わせる顔が、ないと思った。

 

 やがて、ふたりぶんの足音が遠ざかっていくのが否が応にも耳に入ってくる。だが扉はまだ開いたまま――まだひとり、そこにいるのだ。

 それが椿医師であることはなんとなく予想がついたし、事実そのとおりだった。

 

「……おまえは優しいな、緑谷」

 

 独りごちるような声は、間違いなく出久に向けられたものだった。

 

「奴らがゲーム感覚で人殺しをしてるって話は爆豪たちから聞いた。……許せねえよな。必死に生きてる人たちの命を、そんな理由で」

 

「おまえが我を忘れちまうくらい憎しみに囚われちまったことは、人として何も間違っちゃいない。あとはそういう自分とどう向き合って、どうこれからに活かしていくか……ゆっくり、考えればいいさ」

 

 そこまで言いきって、椿はふう、と息をついた。

 

「……我ながらずいぶんとデカイ独り言だな。歳とるとこれだからいかん」

 

 独り言――あくまでそういうことにして、出久に何も押しつけることなく、颯爽と去っていく椿。その気遣いはやはり嬉しかったけれども、いまはとても彼の言うとおりにはできそうもなかった。

 

 

(僕は……ヒーローでいたいんだ)

 

 ただその思いだけが、どろどろと滞留を続けているのだった。

 

 



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EPISODE 24. 英雄アイデンティティー 2/3

アギトしゅごいよぉ……観だすと止まらなくなっちゃうよぉ……。
昨日は20~23話と計4話も観ちゃいました。クウガはまだ2話ごとに物語内の日数が飛ぶんでストップしやすい(ついでに何百回も観てるのでまとめて観る必要がない)んですが、アギトの場合アンノウンはほぼ2話ごとに倒しても物語自体は延々続くのでやめどきがなくなっちゃいます。

フォームチェンジはクウガほど使い分けできてないのがちょっと残念なんですが、溜めの動作がカッコ良すぎて許せてしまう。作者はストームフォームすこです。


――かっちゃん!

 

 また、あの呼び声だ。

 

――すごいなあ、かっちゃんは。ぼくもかっちゃんみたいなすごいヒーローになりたいな!

 

 ハッ、どんくさいおまえじゃ一生かかっても無理だわ。

 そんな所感とは裏腹に、不思議と悪い気はしなかった。だってこいつは、いつだって俺を見ている。憧れだけを映したきらきらとした瞳で、いつも。

 

 それなのに、

 

――だいじょうぶ?たてる?

 

――これいじょうはっ、ぼくがゆるしゃなへぞ!

 

 なんでおまえは、俺を理解(わか)ろうしない?

 

 募る苛立ちが憤懣へと変わって、いつしかこの幼なじみが憎いと思うようになっていた。たいせつに思っていたはずの絆がぐちゃぐちゃに歪んでいく。互いのことが、ますますわからなくなる。

 

 その果てに、

 

――……僕、ヒーローになるのはあきらめるよ。

 

――いままでごめんね、嫌な思いさせて……。もう、きみの邪魔、したりしないから……。

 

 

 そう告げる昏く沈んだ翠はもう、自分を映してはいなかった――

 

 

「………」

 

 爆豪勝己が一時間きっかりのまどろみのなかで見た夢は、ひどく鮮明なものだった。

 それは夢というより、過去の記憶のフラッシュバックであるせいかもしれない。消せない過去。一度なくしてしまったものはもう、この手には戻ってこない。

 

(あいつはもう、独りじゃない)

 

 いまの出久には沢渡桜子がいる、轟焦凍がいる。ポレポレのマスターや麗日お茶子、心操人使、椿秀一――少年時代にはいなかった、出久を大切に想う者たちが。……幼い出久を傷つけ、独りになるよう仕向けてきた男は、そこにはいない。

 

 必要、ない。

 

 

「身体のほうは大丈夫なのか?」

 

 会議室に入って着席するなり、塚内管理官が訊いてきたのは勝己の体調だった。憎しみによって暴走したクウガ――その一撃を勝己が喰らったことは、居合わせた捜査員たちを通じて既に報告がなされている。

 

「平気です」断言する。「ある程度は相殺したんで」

 

 クウガの拳に打ち勝つことはできなかったといえど、勝己は爆破によってある程度その勢いを削ぐことには成功していた。そうでなければ、いかにタフネスを誇る勝己といえどただでは済まなかっただろう。命もなかったかもしれない。

 

「それならいいが。一応は35号事件も終息したし、ゆっくり休んでくれ……と、言いたいところなんだが」

 

 管理官のことばを、上司である本部長が引き継ぐ。

 

「4号が暴走を起こしたらしいことと……その素顔が判明したこと。これらについて改めて、きみに問いたださねばならないワン」

「………」

 

 面構と塚内だけではない、すべての捜査員の視線が勝己に集中する。これまでとは違う、完全に姿かたちを、そして"緑谷""デク"という呼び名を把握されてしまった以上……最後のワンピースを差し出さないことは、許されないのだった。

 俯く勝己に助け舟を出すように、元同級生が口火を切る。

 

「……実は私も、以前一度だけ彼に会っています。あかつき村と渋谷区で同時に事件が発生した日……科警研で」

「!、話をしたのか?」

「はい。と言っても彼が私のファンだと言うので、サインを行った程度ですが。ただ、その際に彼の身分と名前も聴取しました。彼は――」

 

「――もういい、飯田」

 

 ついに勝己が口を開き、飯田を制した。彼にすべて暴露させてしまうくらいなら、自分が。それが責任だと思った。

 

「……あいつは、緑谷出久。城南大学の学生で……俺の、幼なじみです」

 

 幼なじみ――その関係性は、本部の面々に驚きを与えるに十分らしかった。皆がざわついている。

 わざとらしく咳払いしながらつぶやいたのは、森塚だった。

 

「幼なじみかぁ……なるほどねぇ、そりゃ守ろうとするわけだ」

 

 訳知り童顔をわずかに睨めつければ、彼は「あれ?」とのたまいながら肩をすくめた。

 

「僕、なんか間違ってた?」

「……別に。幼なじみっつっても、仲良しこよししてたわけじゃねえ。それだけは言っときます」

 

 そんな私的なことを言い募ったとてこの場ではなんの意味もないことは、勝己自身よくわかっていたが。

 

「まあ、きみたちがどの程度親しいかはこの際置いておくとして……。つまり彼は未確認生命体とは違う、まぎれもない人間だということだな?」

「……はい」

「あれが彼の個性ということ?」

「いえ、あいつは元々"無個性"です。九郎ヶ岳遺跡から出土したミイラの身につけていたベルトを身につけた結果、4号――超古代において"クウガ"と呼ばれていた姿に変身できるようになった」

「クウガ……超古代においてはそれが未確認と戦っていた戦士だったというわけか」

 

 エンデヴァーが納得顔でうなずいている。彼もまたあかつき村事件をきっかけにクウガ=出久だと知りはしたが、その力の出処まで詳細に知っているわけではなかった。

 

「だが、なぜ彼"も"暴走してしまったのか……その理由がわからないことには、身元が判明したとて信頼はしがたいワン」

 

 面構のことばは、この場のほとんど総意と言うよりほかになかった。何度も窮地を救けられ、既に全幅の信頼を置いている飯田天哉、そして息子のことで密かに恩義を感じているエンデヴァー――例外はせいぜい彼らくらい。

 どれほど功をあげ固い信頼を築いていようが、そんなものたったひとつの失態の前には脆く崩れ去るのだ。勝己自身そのことを身に染みて実感していた。信頼を取り戻せるとは限らないにせよ、説明を尽くすことから逃げられないことも。

 

――結局勝己は、桜子の発見した件の碑文について語らざるをえなかった。霊石アマダムによって身体が作りかえられ、それが脳にまで影響を及ぼすかもしれないことも。

 

 

「……もう、彼を戦わせるべきではないんじゃないか?」

 

 すべてを知ったあとの飯田のつぶやきが、何より勝己の脳裏に焼きついた。

 

 

 

 

 

 夜が明け朝が訪れた。

 

 既に本格的な夏を迎えた東京の夜明けは早く、人々が活動を始める頃にはもう太陽がずいぶんと天高く昇っている。

 その激しい太陽の光によってつくり出された蒸し暑い空気に辟易しながら、出勤に臨むサラリーマンたち。本音ではエアコンの効いた涼しい自宅でごろ寝していたいのだが、そういうわけにはいかない。生きる糧を得るためには働かねばならないし……何より、愛する家族を養うという使命がある。実際にたった数分前、彼もまた妻と幼い子供に送り出されたばかりなのだ。

 

 今日もがんばろう。そう心するかの男は、駅まであと数メートルというところで不意に首筋にわずかな痛みを覚えた。何か棘が刺さったような……。

 

「……?」

 

 反射的にそこに触れるも、何も刺さってはいない。この時期増加の一途を辿る蚊の類でもなさそうだ。

 つまりは、気のせい。さほど悩むこともなくそう決めつけた男は、数分後には痛みのことなどすっかり忘れて電車に乗っていた。

 

「……ビベングデビ、パパンビンレザ」

 

 

――もう二度と、家族の顔を見ることができないとも知らずに。

 

 

 

 

 

 早朝のうちに関東医大病院から退院した出久は、いったん自宅アパートで着替えたあと城南大学を訪れていた。心のうちの鬱屈は絶えることはないが、薬品のにおいがする部屋に閉じこもっていてもそれがなくなることは決してない。だったら学生の本分として、講義に出席して勉学に励んだほうがいい……集中できるかはまた別の話だが。

 

 それでもとっている講義まではまだ時間があったので、出久は考古学研究室に顔を出すことにした。昨夜わざわざ関東医大にまで顔を出してくれたのに、結局ひと言もことばをかわすことなく帰してしまった。せめてお詫びとお礼くらいは、しておかなければ。そのためには。

 

(ふつうに、しなきゃ。ふつうに……)

 

 トイレの洗面台でばしゃばしゃと顔を洗い、鏡に向かう。そこに映る、相変わらず冴えない童顔。でもそれが夢に見たあの黒いクウガと重なって、ひとりでに身震いがした。

 

「……ッ」

 

 その記憶を強引に抑えつけて、無理矢理口角を上げる。そうしてつくった笑顔はひどく歪で、とても自然に笑えているとは言い難い。溜息すら吐き出せないままに、出久はハンカチを顔に押しつけながら薄暗い廊下に出た。

 と、

 

「アレ、緑谷クン?」

「!」

 

 ちょうど用を足しに来たらしいフランス人考古学者――ジャン・ミッシェル・ソレルが声をかけてきた。

 

「あ……おはよう、ございます………」

「Bonjour!桜子サンに会いに来たノ?でもザンネン、今日はマダ桜子サン来てないヨ」

「!、………」

 

 「そう、ですか」――そう応えるのが、精一杯だった。桜子はいつも、朝早くから夜遅くまで研究室にいる。事前の連絡も必要なく、ふらりと訪ねればいつでも出迎えてくれると思っていた。

 彼女もまた、出久が昨日何をしたのか聞かされているはずだ。憎悪に囚われ、闇に堕ちかけた自分……そんな自分に、彼女は何を思っただろうか。

 

「緑谷クンどうしたノ、元気ないヨ?」

「!、あ、い、いえ、そんなことは……」

「イヤ……わかるヨ。あんな碑文出てきたラ、不安になるに決まってるよネ」

「……あんな、碑文?」

 

 怪訝な表情を浮かべる出久。それを目の当たりにして、ジャンはしまったと思った。

 

(ボク……また余計なコト言っちゃっタ?)

 

 後悔先に立たず。「じゃあコレデ……」とトイレに逃げ込もうにも、出久は進行方向に立ちはだかっている。

 

「詳しく、聞かせてください」

「イヤ、デモ……」

「お願いします!」

 

 気迫に圧され、結局ジャンは出久にすべてを伝えた。"聖なる泉、枯れ果てしとき……"――その碑文を知ってしまった出久の心は、さらに曇ることとなった。

 

 

 

 

 

「ふぁ、あ~……終わったー!やっと休める!」

 

 警視庁玄関にて、森塚駿は大きく伸びをした。35号事件の処理もようやくすべてが終わり、捜査員らは一部を残してつかの間の休暇を得たのだ。完全週休二日といかないのは刑事ともなれば皆同じだが、彼らは尚更だ。休日というのは貴重なものなのだった。

 

「………」

 

 だが、同じく休暇を得た飯田天哉の表情はすぐれない。どこか未練の残る表情で、庁舎を見上げている。

 

「どした、飯田クン?」

「……いえ」

「ま、今回は事件も事件だったし、何より4号くんたちのこともあるからね。引きずる気持ちはわかるよ」

 

「――でもさ、だからこそ切り替えていかんと。休んでるときはそれこそ仕事の記憶なくすくらいじゃないと、特にきみみたいなタイプはもたないよ?」

「そう、ですね……。わかってはいるのですが……」

 

 昔から兄をはじめ周囲に何度も言われたこと。そうして休むときはしっかり休むのが精神衛生上重要なのは理解しているつもりなのだが、やはり根っからの生真面目である飯田天哉、なかなかうまくいかないものである。

 

「ま、無理はしなくていいけどさ」逞しい背中をポンポンと叩きつつ、「じゃ、最後にひとつだけ仕事の話していい?」

「?、なんでしょう?」

 

 飯田の背中に当てていた手をそのまま顎に持ってきつつ、森塚はつぶやく。

 

「4号氏のことはともかくさ……ショートの件についてはお偉方、前々から知ってたと思わない?」

「!、……森塚刑事も、そう思われますか」

 

 飯田もその可能性は疑っていた。面構も塚内も、4号――クウガについては前のめりの姿勢で勝己から情報を聞き出そうとしていたのに、もうひとりの4号――アギトに関してはそれがなかった。だから、父親であるエンデヴァーの言動と併せるとそう考えるのが自然だとすら思われた。

 だが、だとしたらなぜ、彼らは「アギト=轟焦凍」の事実を自分たち捜査員に隠してきたのか。

 

 それはきっと、焦凍がアギトへの変身能力を得た理由と無関係ではない――飯田はそう考えた。それが、彼が一度失踪を図ったわけにも繋がることも。

 

(もしかすると、オールマイトとのことも、何か……)

 

 高校時代、いつからかオールマイトと急速に親しくなっていった焦凍。その理由を尋ねてもはぐらかされてばかりいたが、いまにして思えば――

 

「いーいーだークン?」

「!」

 

 我に返ると、森塚が下からこちらを覗き込んでいて。

 

「どーする?いまから戻って、塚内さん問い詰めてみる?取調室にでも引っ張り込んで、"オラ吐けコラァ!!"ってさ」

 

 古い時代の典型的な鬼刑事をイメージしたのだろうが、飯田からすると元同級生かつ同僚の爆ギレヒーローの物真似にしか見えない。

 少し思案したうえで、飯田は答えた。

 

「……いえ、それは明日にしましょう。今日は気持ちを切り替えてゆっくり休むべきかと!」

「ハハッ、オーケーオーケー。そんじゃ、また明日――」

 

 森塚が別れのことばを紡ぎかけた途端、彼の携帯がポケット内で振動した。

 

「はい森塚。――!、わかりました。すぐ戻ります」

 

 通話開始から終了まで十数秒、その間に森塚の表情は大きく様変わりしていた。

 

「――インゲニウム、戻ろう」

「奴ら、ですね」

「うん。まだ確定じゃなさそうだけど……大丈夫かな?」

「聞かれるまでもありません!」

 

 帰宅するなら気持ちを抑えるよりほかにないが、職務に戻るならその必要もない。むしろ瞳を輝かせながら、ふたりの青年は来た道を引き返すのだった。

 

 

――そして、およそ一時間後。

 

 事件発生現場は中央区にある企業のオフィスビル内。そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

「ひっでぇなこりゃ……爆弾テロかよ」

 

 森塚がごちたとおり――その一室はデスクや書類の類がことごとく吹き飛び、黒焦げになっていた。爆破された……ようにしか見えないし、事実そのとおりだった。

 だがその詳細は、彼らの当初の想像を遥かに超えたものだったのだ。

 

「しかし、爆発したのがまさか人間だなどと……」

 

 人間が爆発した――もはや言うまでもなく、それは比喩でもなんでもない。実際に人体が爆発し、こんな惨状をつくり出したのだ。

 

「ガイシャは涼木颯司34歳、ここの従業員だってさ。……もっとも、ガイシャは彼だけじゃ済まないわけですけど」

 

 オフィス内がこんな状態になっている以上、そこにいた人間も無事で済むはずがない。……死んだのだ、手の指では数え切れないほどの人間が。

 

「……ッ」

 

 拳を握りしめる飯田。彼と同じ想いを抱きつつも、森塚は表向き冷静に、所轄の捜査員に尋ねた。

 

「生存者は?爆発が起こった際の状況は把握できてますか?」

「偶然トイレに立っていて、巻き込まれずに済んだ者がひとりいます」

 

 ゆえに、爆発の瞬間自体は目撃していないが――そう前置きしつつ、捜査員は得た証言について語った。被害者は爆死の直前まで、体調が悪そうにしていた。熱があるようだった……とのこと。

 それと、もうひとつ。

 

「これを見てください」

 

 そう言って捜査員が差し出してきたのは、透明な小袋に入った暗い緑色をした粉状の物体。

 

「これは……灰、ですか?」飯田が訊く。

「はい。被害者の遺体から採取されたものです」

 

 ひとりでに人間が爆発するなんてことありえない――爆豪勝己のような個性はともかく――。しかし、人間の体内からこんなふつうでない灰が検出されることはもっとありえない。で、あれば……以前ならヴィランの犯行と決めてかかっていたところ、いまの彼らは既に未確認生命体による事件であると確信していた。だから捜査本部の面々が呼ばれたのだ。

 

「……36号か。だとしたら、今度のヤツはある意味いままでで一番ヤバそうだ」

 

 もっと人が密集しているところで、同じことが起きたら――その懸念は、いまこの瞬間に実現していてもおかしくない。そしてその可能性を、少しでも現実から遠ざけるためには……茫然自失としていたかの翠眼の青年の姿を思い出し、飯田天哉は唇を噛んだ。

 




キャラクター紹介・リント編 バギンドゲギド

蛙吹 梅雨/Tsuyu Asui
個性:蛙
年齢:20歳
誕生日:2月12日
身長:152cm
血液型:B型
好きなもの:雨、ゼリー
個性詳細:
面構本部長などと同様、動物の姿かたちと能力を先天的に得た"異形型"の個性だ!
外見はそこまででもないが、能力としては蛙そのもの!舌を長く伸ばしたり壁に吸着したり水中でスイスイ活動したり、なんと保護色まで使えちゃう!カメレオン種怪人?知らないなぁ。
備考:
ヒーローネーム"フロッピー"。爆豪勝己らとともに雄英高校を卒業したのち、水難救助・海賊取り締まり専門のヒーローとして活動している。三年目にして早くも独立し、フリーでそれなりの地位を築いているぞ!
勝己や焦凍のような派手さはないながら高い実力と常に落ち着いた大人びた性格を持ち合わせており、雄英時代から一目置かれていたが、ヒーローになってさらに磨きがかかっている。まだ世間的にはクウガ=未確認生命体の同類と思われていた頃に正体を知っても出久を疑うことなく、共同戦線を張ることのできる度量の広さも持ち合わせているぞ!
好感をもった相手には決まって「梅雨ちゃんと呼んで」とお願いするらしい。雄英時代に勝己以外には一度は呼んでもらえており、メ・ビラン・ギ撃滅作戦への協力と引き替えについに勝己にも呼ばせることに成功した!よかったな、梅雨ちゃん!

作者所感:
現在登場しているメインキャラはひととおり紹介し終えたのでゲスト紹介に突入しました。
ヒロアカ女子の中でもぶっちゃけ一番カワイイと思います。性格もexcellent。峰田とは名コンビだと勝手に思ってます。
実は初期案では、高校時代かっちゃんと付き合ってたという設定がありました。ボツにはなりましたが……芦戸さんの「梅雨ちゃんのこともあるしぃ~」が名残だったりします。なんかお互いちょうどいい距離感でお付き合いしてそうですこのふたり。かっちゃんも梅雨ちゃん相手だとあまりイライラしなさそうだし。


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EPISODE 24. 英雄アイデンティティー 3/3

(拙作における)メ集団の知能ヒエラルキー

ビラン<バヂス<ギャリド<ギノガ<=ギイガ<<ガルメ<=ガリマ<ガドラ


ギイガ☆ザ・平均!


 サイレンを鳴らして走り抜けるパトカーの群れ。当然何事かとそれらを見やる通行人たち……ひとりだけ、例外があった。特徴のない容貌に服装。それでいて右手に描かれた烏賊を模したと思われるタトゥーと、左手首で音をたてる大量の珠玉のついた腕輪だけが明らかに不釣り合いだ。

 

 だが彼――メ・ギイガ・ギにとっては、そのふたつこそが何より重大なアイデンティティーなのだった。

 

「一度に16人か……流石だな」

 

 背後の路地裏から、白いドレスを纏ったバラのタトゥの女が現れる。称賛のことばを吐きつつ、

 

「だが、それでも容易くはない。――二日で324人、"メ"の中でも最も厳しい条件だ……数字だけならな」

「……ガルメのこと、言ってるのか?」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 

「奴は調子に乗りすぎた、むやみにクウガやリントを挑発するからああなる。……俺はただ、派手な花火を上げ続けるだけだ」

 

 じゃら、と殺した人間を数える腕輪を鳴らしながら、ギイガは去っていく。真夏の歩道。通行人とすれ違う一瞬、その姿が烏賊に似た白銀の異形に変わり、首筋に触手を突き刺していた。相手が怪訝な表情とともに振り向いたときにはもう、その姿は人間体の地味なそれに戻っていたが。

 

「………」

 

 バルバが踵を返そうとすると、ギイガが去ったのとは反対方向からバイクのエンジン音が響いてきた。それは彼女のすぐ傍らで停止し、

 

「見せてもらった。なかなか筋は良さそうだな、あいつ」

「……バダーか」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て、そのハンサムな顔が露わになる。フッと浮かべられた笑みは、悪辣さとはかけ離れていた。

 

「しかしまあ、地味な奴だな……だから派手にやってるんだろうが」

「フッ……」妖艶に笑う。

「何がおかしい?」

 

「おまえは知らないようだな……ギイガの本当の恐ろしさを」

「?」

 

 首を傾げるバダー。――そう、彼ら"ゴ"は知らないのだ。そもそも下位の者たちのことなど知る必要もないとばかりに。

 傲慢なようだが、それが彼らグロンギという存在だ。彼らはただ強さのみを信奉する。自分より下の者たちの足掻きなど、ただ面白い見世物にすぎないのだった。

 

 

 

 

「――じゃあ、今日はここまでにします。試験範囲については来週発表しますが、出ないところも多少は齧っといてね。以上、お疲れさまでした」

 

 講義終了を告げる教授のひと声とともに、教室内がにわかに騒がしくなる。

 そんなざわめきの前方でノートと教科書をリュックにしまい込みながら、緑谷出久は鬱屈とした表情を浮かべていた。いつもはびっちり、講義内で言及されていない学説なども書き記しておくくらい熱心に臨んでいる彼だが、今日はろくに集中できていなかった。集中しようと思っても、ジャン・ミッシェル・ソレルから聞き出したかの碑文がぐるぐると頭を廻る。

 

(太陽が、闇に………)

 

 自分がやってしまったことは、リントが警告として碑文に残すほど重大なことだったのだ。あのまま暴走を続けていれば本当にあの黒いクウガ……"凄まじき戦士"になってしまい、碑文を現実のものとしてしまっていたかもしれない。

 

――それに、"雷のごとく"。自分の身体には、以前から電撃の奔るような感覚が現れている。それも、どんどん強くなっていく一方。

 

(このまま、戦い続けたら……)

 

 憎悪を抑える抑えないにかかわらず、今度こそ"凄まじき戦士"になってしまうかもしれない。そうなってしまったとき、果たして誰が自分を止められる?轟焦凍ならそれができるだろうか。でもそれは、彼が傷つかずに済むこととイコールではない。身体だけでない、心も。自分が過大評価だと思っていようが、彼にとって自分は恩人。その恩人を、殺めさせなければならない残酷さ。それ以前に、彼は躊躇ってしまうかもしれない。そうしたら――

 

「……ッ」

 

 出久の手が力なく机に落ちる。――と、

 

「緑谷?」

「!」

 

 隣から声がかかって、出久はようやく心操人使とともに講義を受けていたことを思い出した。

 

「どうかしたのか?」

「あ……う、ううんなんでもない、ちょっとボーッとしちゃって……ごめんね」

「別にいいけど。それより今日、昼飯は?午後バイトじゃ、店で食べるのか?」

「いや……今日はちょっと、休みにしてもらってるから……。午後はジムにでも行こうかと思ってて」

「そうなのか、俺も午後入れてなきゃ一緒に行きたかったけど。それなら購買でなんか買って、どっかでささっと食べないか?」

「あ、うん……心操くんがそれでよければ」

 

 本当は食欲なんてなかったのだが、正直にそう言ってしまえば友人に心配をかけることになる。相手はただでさえ鋭い心操なのだから。

 

 

 結局心操の言うとおりに購買で適当にパンを購入して、ベンチに腰掛ける。そこは建物の影になっているうえ木陰でもあって、真夏の昼でも十全に涼しい。場所柄ゆえ先客がいることがほとんどなのだが、今日は一番乗りすることができた。

 

「来てみるもんだな、駄目もとで」

「そう、だね……」

 

 首肯しつつ、出久はどこか上の空のままだった。せっかく買ったパンにも手をつけようとしない。

 自分はありつきながらも、それに気づかない心操ではなかった。

 

「食べないのか?」

「!、あ、えっと……食べるよ、うん」

 

 言われてから、包みを開く。その緩慢な所作を横目で見つつ、

 

「そういえば、緑谷はインターンシップ行かないのか?そろそろ就活のことも考える時期だし」

「あぁ……そういえば、そうだよね」

 

 目の前にあるものがあまりに大きく険しすぎて、そういう"ふつうの学生"として考えなければならないことなどすっかり見えなくなっていた。……心操に言われても、その存在を認識するのが精一杯だ。

 

「心操くんはどうするの?」

「俺はやっぱり警察関係に行くつもり。行くとこないなら緑谷もどうだ?まだ申込み受けつけてたと思うし」

「え、っと……考えておくよ……」

 

 締め切りが近いと暗に示されているのにこの返答では、実質的に断ったも同然なのだが……出久にことばを選んでいる精神的余裕はなく。心操もまた、特に何も言わなかった。

 

「あの、さ……ちょっとヤなこと、訊いていいかな?」

「……モノによるけど。何?」

 

「……心操くんは、どうしてヒーローをあきらめたの?」

 

 友人になっておよそ二年、自分たちがいまここにいる核心……であるからこそ、いままで訊けなかったこと。

 心操は一瞬目を丸くしたあと、小さく溜息をついた。

 

「確かに……あまりよろしくない質問だな。採用面接の対策にはなりそうだけど」

「……ご、めん」

「別にいいよ。……そうだな、」少し考えたあと、「……決定的な出来事とか、きっかけがあったわけじゃない。ただ、なんて言うか……疲れちまったんだよな」

「疲れ、た?」

「ああ。ずっと夢を追ってきて、努力して……でも届かなくて。そうこうしてるうちにヒーロー科の奴らはどんどん高いとこに登ってく――当然だよな、あいつらは本物の悪意と何度もぶつかって、勝ってきた奴らなんだから」

 

 追いつくどころか、距離はどんどん開いていく……いつしか少年は、追いかけ続けることに疲れていた。遥か遠くに在る夢は霞み、ただ目の前の"ヒーロー科編入"という目標しか見えなくなりつつあった。……嫉妬と、羨望と。

 だから心操は、走ることをやめた。立ち止まったのだ。そして再び走り出したときには、目的地を変えていた――

 

「……そっ、か。やっぱりすごいな、心操くんは」

 

 まず夢に向かって努力をして、それが叶わなくなっても腐らず新たな夢のために努力を続ける……クウガになる前の自分には、できなかったこと。

 

「別に……俺だって最初からそれができたわけじゃない、身体鍛えはじめたのだって雄英入ってしばらくしてからだし。俺の個性とか人間性とか……全部ひっくるめて偏見なく評価して、目をかけてくれた人がいたから、俺はがんばれた」

「それって……相澤先生って人?」

「よく知ってるな……爆豪から聞いたのか?」

「うん、まあ。確か抹消系ヒーロー"イレイザーヘッド"だよね」

 

 そう――そのイレイザーヘッドが直々に、自分をヒーローとして育てようとしてくれた。……結果的には、その期待を裏切ることになってしまったが。

 

「とにかく、だから俺なんてそんなにすごくない。大体、おまえだっていまはがんばってるだろ」

「………」

「緑谷?」

 

「……わからないんだ」

 

 滑り出した昏いことばに、心操は怪訝な表情を浮かべた。

 

「わからない……って、何が?」

「自分が、どう生きていけばいいか……」

「緑谷……」

 

「僕、最近やっと自分にできることが見つかったと思ったんだ。みんなの笑顔を守るんだって、自分にならそれができると思って、やってきた……でも………」

「………」

 

 沈黙している心操。その表情を目の当たりにして、出久は少しだけ我に返った。――自分はこの友人に、何も話していない。

 

「ごめん、いきなり何言ってんだって感じだよね、こんな……。僕はまだ、きみに何も話せてないのに」

「……そうだな」肯きつつ、「でも……いくら友だちでも言えないこととか、そんなの誰にだってあるもんだろ。もちろん信頼して話してくれるに越したことはないけど……そんな簡単に全部さらけ出せるもんじゃないってのは、ちゃんとわかってるから」

「心操くん……」

 

 桜子のことばが、ふと思い出される。友だちだからこそ――彼は、自分の心を尊重してくれている。

 

「緑谷はさ……いままでずっと、こんなふうに弱音を吐ける相手、いなかったんじゃないか?」

「!、……うん」

「だろうな、だから独りで抱え込んで、ぐるぐる考え込んじまう。それなのに屈折してないおまえこそ俺はすごいと思うけど……」そこで一旦はことばを切り、「……おまえがそういう話してくれて、俺は嬉しかった。そんなふうに思うヤツもいるんだってこと、忘れないでくれよ」

「……うん。ありがとう……心操くん」

「どういたしまして」

 

 自分も、心操がそういう気持ちでいてくれることを嬉しいと思っている。彼や桜子のような友人を大切にしたいという気持ちも、いままでとなんら変わりない。

 でも……だからこそ、恐怖もまたさらに募るのだ。凄まじき戦士になってしまえばきっと、こうして自分を想ってくれる人たちまで手にかけてしまうかもしれない。目の前の友人が血だまりに沈む姿がひとりでに思い浮かんで、出久はわずかに手を震わせた。結局、食欲は湧かないままだった。

 

 

 

 

 

 それからほどなくした頃、轟焦凍もまた城南大学を訪れていた。

 駐輪場にバイクを置き、銀のヘルメットを脱いで小さく息をつく。そのオッドアイに歴史の重みある校舎を映すのは、これで二度目。

 

(緑谷……)

 

 出久のことを慮りながらも……彼自身に会いに来たわけではなかった。目的地は考古学研究室。昨日彼女を送っていった際に、沢渡桜子と今日改めて会う約束をしていたのだ。今後のことを、話しあうために。

 

 いままでならきっと、爆豪勝己がしていたであろうこと。これからだってそうすべきだと、焦凍は考えている。……けれど託されてしまった以上、いまは自分がやるしかないのだ。

 

「………」

 

 ふと、左手を見下ろす。自分はこの手で、彼を傷つけた。勝己の言ったとおり、その事実は永遠に消えることなく残るのだ。――そんな自分に、出久を救ける資格があるか。

 それでも、

 

「俺が、やるしか……」

 

 俺まで、あいつから目を背けるわけにはいかない。そう心して、焦凍は一歩を踏み出そうとした――刹那、

 

「……!」

 

 全身がぞわりと粟立つような錯覚とともに、脳内にイメージが流れ込んでくる。「熱い、熱い」とわめきながら苦悶の表情で全身を掻き毟る男性。その身体がブクブクと膨れあがり……突き破るように、体内から爆炎が噴き上がる。その光景を最後に、視界が一瞬ブラックアウトした。

 

(いまの、は………)

 

 悪夢というべき、白昼夢。でもそれが現実の光景を受け取ったものなのだと、焦凍には確信があった。いまの自分には、そういう能力(ちから)があるから。

 

「ッ!」

 

 本能に突き動かされるようにして、焦凍は愛馬のもとに駆け戻った。ヘルメットを被り直し、エンジンを噴かす。

 そうして再び走り出した直後……揺れる翠が、駐輪場に姿を現す。――その瞳は、走り去っていく背中を捉えていて。

 

「轟、くん……?」

 

 その背姿に、出久はただならぬものを感じとっていた。焦凍がそんな姿を見せる理由……それはひとつしか思い当たらない。

 

(未確認、生命体……!)

 

 ならば自分もと踏み出しかけて……あの黒いクウガが、陽炎のように目の前に現れた。

 

「……!」

 

 それは一瞬の出来事、あるいは幻想か。いずれにせよ、出久の心を覆った翳をさらに色濃いものとするには十分すぎた。

 

(僕、は……)

 

 奴らがまた、なんの罪もない人たちの命を奪う。これからも続いていくはずだった人生とともに。当人だけでない、家族や友人、そうした周囲の人々にまで悲しみを振りまいて。

 それを許せるはずがない。怒りを抱かないはずがない。――でも、その怒りが自分を奴らの同類……それ以上の悪魔に変えてしまうかもしれないのだ。

 それでも、

 

「僕は……ッ」

 

 

「僕は……それでも、クウガなんだ……!」

 

 それだけが、自分のレゾンデートルなのだと思った。

 

 

 

 

 

 合同捜査本部の面々は各々都内で警邏を行っていた。20人以上が死傷した最初の事件、だが奴らの"ゲーム"の制限人数がそんなに少ないわけがない。きっとまた次がある。それをなんとか止めたいと願って、皆が懸命に捜索を行っている。

 

――それをあざ笑うかのように、無線が飛び込んできた。

 

『至急至急、本部から全車。台東区浅草一丁目、東京メトロ浅草駅付近にて警ら中の所轄署員が不審者を発見、尋問したところ第36号と思われる未確認生命体に変身。現在警官隊と交戦中だ!』

「!」

 

 ついに。戦意高揚する捜査員らは、続く情報に戦慄する羽目になった。

 

『……なおその数分前、浅草駅構内にて中央区と同様の人体爆発事件が発生。100人近い死傷者が出ている模様だ』

「ッ!」

「なんて、ことだ………」

 

 恐れていた最悪の事態が、現実となってしまった。はじめ呆然とし、次いで削れそうなほどに歯を食いしばる。だが、憤懣に溺れている暇はない。

 

「――爆心地、現場へ急行します」

 

 表向き落ち着いた声でそう応じた爆豪勝己。そんな彼に対し、

 

『頼む。……わかってると思うが、4号には』

「……わかってます。轟にだけ連絡しときます」

『そうしてくれ』

 

 塚内とのやりとりを反故にするつもりは、微塵もなかった。「もう彼を戦わせるべきではない」――飯田天哉のそのことばが、五年の付き合いのなかでもこれ以上ないくらいすとんと胸に落ちたからだ。

 勝己はいったん車両を路肩に駐め、焦凍の携帯に連絡を入れた。いくらかのコールのあと、いきなり、

 

『もしもし。事件だろ、もう向かってる』

「……チッ、クソ便利な超能力だな。――デクに余計なこと言ってねえだろうな?」

『言ってねえ。とにかく、急ぐ』

「ッ、ああそうしろや!」

 

 ぶっきらぼうなやりとりを終え、再び発進する。勝己も焦凍も。……彼らふたりとも、出久も既に動き出してしまったことなど予想だにしないのだった。

 

 

 

 

 

――台東区 浅草駅付近

 

 メ・ギイガ・ギは辟易していた。

 目の前にはオモチャのような武器を携え、それをもって攻撃を仕掛けてくる無数の戦うリントたち。

 彼らが行く手を阻んでいるために、ゲゲルを再開することができない。せっかく先ほど一気に点数を稼げたというのに、これでは帳消しだ。

 無論、目の前のリントたちに反撃してはいけない理由はない。実際そうしているのだが……それは彼のルール上、点数にはならないのである。

 

(……こいつら、本当に邪魔)

 

 だが――それもあと少しで。

 

 烏賊に似たギイガの口がかっと開かれ、そこから黒い塊が放たれる。それはパトカーの一台に付着した瞬間……大爆発を起こし、警官たちもろともすべて吹き飛ばした。

 

「ジャドドバ……ダズギダバ」

 

 燃え盛る炎に背を向け立ち去ろうとするギイガ。しかし今度はそちらから彼の体色と同じ白銀のオンロードマシンが駆けてきて、その歩みを阻んだ。

 

「!」

 

 ヘルメットを脱ぎ捨て露わになる、短く切り揃えられた紅白の頭髪。――そしてオッドアイ。火傷痕のある端正な顔立ちが自分を鋭く睨みつける姿はギイガの平凡な美的センスを刺激するに余りあるもので――彼は一瞬ゲゲルも忘れ、魅入ってしまった。

 その隙を突いて、焦凍は流麗な構えをとった。その動作に合わせ、腹部から"賢者の石"が、次いでそれを包み込むベルト"オルタリング"が顕現する。

 

 右手をやおら前方に突き出し、

 

「変――」

 

 左手をその上に重ね合わせ、

 

「――身ッ!!」

 

 オルタリングの両側部に掌を叩きつけることで賢者の石が光り輝き……轟焦凍を、アギトへと変身させるのだ。

 

「!、ビガラ……アギトバ」

 

 ショート改め、アギトは答えない。日本語ならともかく、グロンギ語で話しかけている時点でギイガも意思疎通など期待してはいない。

 それでも、先んじたのはアギトだった。彼が右腕を振りかぶれば、その右足からギイガ目がけて巨大な氷柱が襲いかかる。もはや氷山とでも呼ぶべき規格外のそれに、ギイガは咄嗟に口から黒い塊を吐き出し、ぶつけた。爆発が起き、融けた氷が熱湯の雨となって周囲に降り注ぐ。

 

「グゴギバ」

 

 率直に称賛のことばを吐くギイガに対し、

 

(なるほどな……墨か)

 

 やや烏賊に似た――ずいぶんシャープにはなっているが――外見に違わず、目の前の敵は墨を武器とするらしい。それも爆発性の。これを利用して殺人を行ったことまでは、瞬時に察した焦凍だった。

 しかしいつまでも冷静な分析を続けられるほど余裕のある戦闘ではない。今度は相殺ではなく抹殺を企図して、ギイガは墨の塊を放ってくる。我に返ったアギトもまた、今度は防御壁として氷を展開した。それが爆発で弾け飛ぶと同時に勢いよく跳躍、ギイガの脳天目がけて降下する。

 

「――はッ!」

 

 振り下ろされる蹴撃。しかしギイガは身体を後ろに逸らし、その一撃をかわしてしまった。その場に着地したアギトがなおも仕掛け続けるが、軟体特有のぬるりとした動きを捉えきることができない。

 

「ちっ、――なら!」

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 全身、とりわけ右腕に力が漲っていく。そして、

 

「――McKINLEY SMASH!!」

 

 右手を叩きつけることで、衝撃波が広がっていく。ワン・フォー・オールだけではない、彼が生まれながらにもつ"右"の力が掛け合わさったそれは、周囲に極低温の冷気を拡散させた。たちまちギイガの身体が凍りついていく。

 

「グゥ……ボセ、パ……」

「………」

 

 勝った――そう思った。あかつき村では、この一撃で大量のグロンギを殲滅することに成功している。完全に凍りついてしまえば、目の前の敵もまた同じ運命を辿るはず。

 しかし彼らより上位の"メ"であるだけあって、ギイガはもっと強かだった。凍結する寸前の口が開き、墨を発射する。それはアギトからは大きく狙いを外したが……意図は叶えられていた。

 

 ギイガの身体がかっと赤熱し、彼を包み込んでいた氷がたちまち融けていくのだ。

 

「何……!?」

「……クククッ」

 

 嘲るような声を漏らすギイガ。苛立ちを覚えながらも、焦凍は敵の能力について思いを寄せざるをえない。あの墨が放つ高温で熱せられてなお平然としていられる屈強な身体――こいつは、強い。

 

「なら……!」

 

 右が駄目なら、左で。それを迷わず選びとることが、いまの彼にならできる。

 しかし……クリムゾンレッドの腕が炎を纏うのを見て、ギイガが思わぬことを口走った。

 

「やめておけ。俺を滾らせるつもりか?」

「ッ!」

 

 一体、どういう意味だ?

 

――その問いが口にされることは、なかった。刹那、この場で聞きたくはなかったマシンの嘶きが、焦凍の背後から迫ってきたのだ。

 

「!、まさ、か………」

「……ビダバ」

 

 漆黒に、その真なる黄金を覆い隠したマシン。停車したそれから降り立った男は、同じく漆黒のメットをその場に投げ棄てた。シャープなマシンに不似合いな童顔が露わになる。

 

「緑谷、なんで……おまえ………」

 

 半ば呆然とつぶやくアギトに、出久は翠眼を向けた。ひどく歪んだそれは、そのまま彼の心のうちを示していて。

 

「……戦わなきゃいけないんだ、僕が」

「!、何言ってんだ!?おまえ、自分がどういう状態かわかって――」

「――わかってるよッ!!でも僕はッ!僕は……クウガなんだ……!僕が守らなきゃいけないんだ、みんなの笑顔を……だから……!」

 

 怯えてなどいられない。僕は戦う。戦わなければならない。そのために自分は、あのとき生きながらえたのだ。

 

「変、………」

「よせッ、緑谷!!」

 

 戦友の叫びは、

 

「……身――!」

 

――届かない。

 

 出久の姿が、陽炎に歪む。そうして刹那、現れた異形の姿に……アギトは、息を呑んでいた。

 

「緑、谷……おまえ、その姿………」

「え……」

 

 そのことばに自分の身体を見下ろして……出久もまた、愕然とした。

 恐れていた黒いクウガになってしまったわけではない。だが、いつもの赤や青、紫や緑でもなかった。

 

 白い鎧。通常の半分ほどの長さしかない二本角。――不完全で未熟な姿である、グローイングフォーム。

 

「なん、で………」

 

 緑谷出久そのままの声には、ただ焦燥と困惑ばかりがにじんでいた。

 

 

つづく

 

 






デク「ヒーローになりたかった。誰かを、救けたいと思った」

デク「だから、誰にも救けられちゃいけないと思った」

デク「僕はずっと、独りで立ち続けなきゃいけないんだって」

デク「でも、本当は………」


EPISODE 25. デク




デク「やっとわかったんだ。きみがくれた名前の、本当の意味が」




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EPISODE 25. デク 1/4

「勝ってッ!!オールマイト――!!」
昨日の放送は涙なしには見られなかったヨ……。オールマイトの「次はキミの番だ」って台詞、ウインスペクターEDの歌詞「今日の地球は俺達が守る、明日は君がつくってくれ!」を思い出しました。

やっぱりヒーローソングはヒロアカに合致してるものが多いですね。「英雄」なんかは言わずもがな、ウルトラマンメビウスなんかもキャラ皆に聞いてほしいなぁ…と思う次第。あと仮面ライダー3号の「Who`s that guy?」の2番冒頭はなんかすごいかっちゃんへのアンチテーゼを感じます。「Winnerでいることしか~」のところ。

ちなみに拙作の出久とかっちゃんの関係性はガイアの後期ED「Beat on Dream on」をヒントにしてたりします。元がガイアとアグル……我夢と藤宮のことを歌った曲だしね!


 ずっと心の奥底にしまい込んでいた記憶があった。

 

 小学五年生の秋、自然学校。欠片も親しくはない、かえって自分に悪意をもっているクラスメイトたち。そんな彼らと四六時中行動をともにしなければならない緊張感から、おねしょをしてしまった――轟焦凍にも語った、緑谷出久の最も恥ずべき記憶。

 実際そのときの出久はひとり目を覚まして、自分に個性がないとわかったときの次くらいには絶望した。こんなことがクラスメイトたちに知れたらどうなるだろう、まして一番自分を馬鹿にしている幼なじみに――

 

『デク……?』

 

 気づけば紅い瞳がじっとこちらを見上げていて、出久はいよいよ自分の人生は終わったのだと思った。

 でも、彼は――

 

『……おまえはほんと、"デク"だな』

 

 いつもと変わらぬ嘲ることばが、そのときだけはどうしてか、ひどく穏やかに響いていたのはなぜだろう?

 

 十年が経ったいまも、その答えを出せずにいる。

 

 

 

 

 

 戦場にて、ふたつの白が対峙していた。

 一方はグロンギ――イカ種怪人 メ・ギイガ・ギ。烏賊ゆえにもともと純白の表皮をもつ彼に対し、

 

「なん、で………」

 

 呆然とつぶやくもう一方の異形の戦士――クウガ。彼の純白の鎧は、不完全な姿であることの証左だった。

 その姿に困惑を隠しきれないのは、彼自身ばかりではない。先に戦場に到着し、ギイガと戦っていたアギトこと、轟焦凍。そして、

 

「デク………!?」

 

 たったいまこの場に現れた覆面パトカー――そこから降り立った、爆豪勝己もまた。彼の困惑には「デクがなぜここにいるのか」という疑問も同等に含まれてはいたが。

 いずれにせよ……白――グローイングフォームもまた、本来なるはずがない姿。変身しうるのはペガサスフォームの制限時間を超過して体力を使い果たしたときや、メ・ギノガ・デに相対したときのように病み上がりであった場合など、身体が弱っているとき。さもなくば、

 

『ちゃんとした姿にすら、なれなかった……』

 

 

――あのときと、同じ。心に生じた迷いが……クウガの力を、抑え込んでいる。

 

「う――」

 

 

「――うぁアアアアアアアアッ!!」

 

 そんな自分の心のうちを、出久は受け入れることができず――選んだのは、特攻だった。

 

「緑谷!?無茶だッ、よせ!!」

 

 制止の声も聞かず、クウガは突っ走る。止まらない……いや、止まれないのだ。

 そして何より性質が悪いのは、受ける側であるギイガがまったくそれを阻むそぶりを見せないことだ。むしろ両腕を広げ、迎え入れるような姿勢をとっている。

 

 そこに――不完全なクウガが、飛び込んだ。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 絶叫にも近い咆哮とともに、殴る、殴る、殴る!重い打突音とともに拳が胴体にめり込み、ギイガは後退していく。それを追ってまた、殴る!

 

(デ、ク………)

 

 勝己はただ、その背中を呆然と見つめることしかできなかった。完全なクウガになれなくなってしまった、それでもなお正面から敵を殴り続ける出久。それは勇敢さなどではない、彼が心のうちで独り育ててしまった強迫観念でしかないのだ。いまはそればかりが、彼を突き動かしている――

 

 

 何発、何十発殴っただろう。疲労により拳の力が弛み、クウガはついに殴ることをやめてしまった。対するギイガが、ゆっくりと顔を上げる。

 

「ビパ……グンザバ?」

「――!」

 

 嘲るような声をあげるギイガ。わずかな痛みすら感じてはいないことを、如実に示していて。

 

「あ………」

 

 その現実を受け止めきれず、硬直するクウガ。そんな哀れな戦士のなり損ないに……ギイガは、情け容赦ない拳の一撃を浴びせた。

 

「がッ!?」

 

 顔面を殴りつけられ、吹き飛ぶクウガ。地面を転がる彼に対し、ギイガはさらに墨の弾丸を浴びせかけ――

 

――爆発。爆炎に呑み込まれたクウガは純白の鎧が黒く焦げつき、耐久力も限界を迎えてその場に倒れ伏した。

 そのシルエットがゆっくりと萎み……苦悶に歪む緑谷出久の貌が、露わになる。

 

「ぐ、ぁ……ッ」

「緑谷……!」

 

 助けに入ろうとするアギトに対しても墨を浴びせかけ――当然防御はされてしまうが――動きを封じたうえで、ギイガは出久に迫る。

 

「ゲババブザ、クウガ。――貴様も、花火にしてやる」

 

 後頭部から生えた触手がうねうねと蠢き、その鋭い先端を出久に差し向ける。

 その光景を目の当たりにして――焦凍も勝己も、瞬時に、ひとつの事実にたどり着いた。

 

(まさか……!)

 

「緑谷ッ!!」

 

 個性では駄目だ、出久を巻き込んでしまう――咄嗟にそう判断したアギトは躊躇うことなく跳躍……ギイガに背中を向ける形で、出久を庇いに割って入った。

 その結果、

 

「ぐ――ッ!?」

「!?、轟く――」

 

 触手が、アギトの首に深々と突き刺さる。何かが体内に注ぎ込まれる感覚――やはり、これは。

 すべてが完了したとばかりに悠々と触手を引き抜いて、ギイガは肩をすくめるようなしぐさすらしてみせた。

 

「わざわざ自分から死にに来るとは……リントはやはりよくわからない」

 

 それは小馬鹿にするような響きをもってはいたが……心底からの疑念が多分に表れてもいた。自分が楽しめれば、強くなれさえすれば他者など踏み台でしかない彼らにとって、自分の命を賭して誰かを庇うなどそもそも思いつきもしないことだ。

 

「あぁ……お前らには、わからねえだろうな……ッ」

 

 だから背中を向けたまま、吐き捨てるようにして焦凍は声を振り絞った。

 

「他人だろうがなんだろうが、関係ない……!そいつを救けたい……その気持ちが、俺たちを強くしてくれる……。お前らには、永遠に手に入れられない強さだ……!」

「………」

 

 黙って聞き届けたギイガは……小さく、鼻を鳴らした。

 

「意味がわからない……。まあいい、――ギベ」

「……ッ!?」

 

 呪詛のことばが吐かれた途端、体内を燃えるような烈しい熱が蹂躙する。変身も保っていられなくなった焦凍は、ドサリとその場に倒れ伏した。

 

「と……轟、くん……!」

 

 出久がかすれた声でその名を呼ぶ。焦凍はもはや応えることもできず、胸を掻きむしるようにして苦しむばかりだ。

 だがそれは、全面的にギイガの意図したとおりになったわけではなかった。

 

「バゼ……ダブザヅギバギ?」

 

 ギイガは考える。――本来、自分が念じた時点で焦凍の身体は破裂、大爆発を起こしているはずなのだ。既に触手を介し、爆発性の墨を体内に送り込んだのだから。

 その答えはすぐに出た。焦凍の"右側"から全身に凍結が拡がり……すぐに融けて滝のような水、いや熱湯に変わって滴り落ちていく。体温もろとも墨の温度を下げることで、爆発を抑え込んでいる――

 

「バサジャザシ……クウガバ」

 

 ギイガの目が……再び、出久に向く。「轟くん、轟くん」とその身を揺さぶる彼は、自身の危機になんの反応もできない。そんな彼を守る者は、もう――

 

 

「オラァアアアアアアアアッ!!」

「!」

 

 出久たちの頭上を飛び越え……漆黒と白皙のヒーローが、ギイガに躍りかかった。

 

榴弾砲・着弾(ハウザー・インパクト)ッ!!」

「ガッ!?」

 

 真正面から、しかしながら広範囲に及ぶ爆破を、ギイガは回避することができなかった。その炎をまともに浴び、その身は大きく吹き飛ばされる。

 "爆心地"の名を冠するヒーローは、そのぎらついた紅い瞳を敵味方両方に差し向けた。

 

「邪魔だッ、すっこんでろクソナード!!」

「……!」

 

 出久がひゅ、と息を呑むのがわかる。しかしその表情をそれ以上見ることもなく、勝己はギイガを睨めつけた。焼け焦げた表皮……案の定、それが再生していく。

 そこまでは想定していたが、

 

「グ、ウゥ……グォアァァァ……ッ」

「……?」

 

 ギイガは苦しげなうめき声をあげ、よろめいている。――その身体から、白煙があがる。

 

「ゴセ、ゾ……ダギサゲダバ………!」

 

 絞り出すような声とともに、勝己に触手を差し向けるギイガ。しかし構えを解いていない勝己の肉体にそれが届くはずもない。咄嗟に爆破を放ち、吹き飛ばす。

 しかしその爆炎が失せたとき……ギイガの姿は、既にそこにはなかった。

 

「……ッ、」

 

――逃がした。

 

 勝己は拳を握りしめたが、いつものように悪態をついたりはしなかった。ちらりと振り向けば、そこにはグロンギにも及ぶ力をもつふたりの青年の姿。どちらも、とても戦える状態ではないが……。

 

「………」

 

 勝己が彼らのもとに歩み寄ろうとしたとき……ようやくと言うべきか、複数台のパトカーが進入してきた。

 

 

 

 

 

 城南大学・考古学研究室には、重苦しい空気が流れていた。

 デスクトップの前で座り込み、俯いている桜子。そんな彼女と距離をとり、気まずげに立ち尽くすジャン。――沈黙に耐えられず、彼が口を開いた。

 

「ゴメンナサイ……桜子サン。ボクまた、無神経デ………」

「……いえ」

 

 ジャンとはそもそも碑文の内容以上の情報共有を図っていなかったのだ。桜子自身の責任もある――少なくとも、彼を責めることはできない。

 でも、

 

(出久くん……)

 

 "凄まじき戦士"――その危険性を碑文を通じて知ったであろう出久。それなのに戦いに赴いたことは、ニュースサイトからの情報で既にわかっている。戦場現れたのが4号でなく2号……つまり、白のクウガであることも。

 いかなる恐怖に苛まれていようが、迷いがあろうが……出久にはもう、目を背けるという選択肢はないのだろう。

 

 でもそれはきっと、とても哀しいことで――それをずっと間近で見せられてきた爆豪勝己の気持ちが、少しだけわかった気がした。その暴力性を受け容れがたいのは変わらないが。

 

 

 

 

 

 ギイガの攻撃によって重態に陥った轟焦凍は、関東医大病院に搬送されていた。

 

「ッ、う、ぅ………」

 

 朦朧とした意識のなか、苦悶に表情を歪ませる焦凍。それでも彼は"右側"を発動させ続けていた。氷結の力が、際限なく上がり続ける体温――そして体内の墨の温度を抑制している。それすらできなくなったときが自分の命が終わるときだと、焦凍は本能的に理解していた。

 そしてその病室の外では、焦凍に係る面々が、椿医師から状況説明を受けたところだった。

 

「……助かる、のですか?轟くんは………」

 

 すべてを聞いたあとの飯田天哉の懇願するような問いに……しかし椿は医師として、無責任なことは言えなかった。

 

「さっきもお話ししたとおり……彼の体内にある墨は、36号の意志によって操られている可能性が高い」

「つまり、36号を倒せば……?」

「おそらくは。――だが……」

 

 椿の視線が一瞬、出久を捉える。その翠の瞳は、普段の宝石のような輝きがほとんど鳴りを潜めている。早朝に一度別れを告げたときよりさらに悪化しているように、椿には感じられた。

 ひとまずはそれには言及せず、

 

「それまでもつかは……彼の、気力と体力次第です」

「……ッ」

 

 飯田の拳が、固く握り締められる。その感情は、やり場のないもので。

 

「相当困難ではあるだろうが……外科的に取り出せる方法がないか検討はしてみる。腕のいい医者は何人か知ってるからな」

 

 そう言って爆豪勝己の肩を軽く叩くと、椿は颯爽と去っていった。……ほとんどゼロに近い可能性でも、最初から目を背けるわけにはいかないのだ。

 

――残された、青年たち。

 

「……僕の、せいだ」

 

 ぽつりと、出久がつぶやく。

 

「僕を、僕を庇ったせいで、轟くんは……ッ」

「………」

 

 何も言わず、その姿を冷たく一瞥する勝己。それに対して飯田は、出久の真正面に立った。握られた拳が、ゆっくりと振り上げられ――

 

 

――解かれた掌が、出久の両肩に置かれた。

 

「あなたの、せいではない」

「………」

 

 親友の危機を背にしているとは思えないほど、彼の声は穏やかだった。

 

「彼は……轟くんはヒーローなんだ。ヒーローとして当然のことをしたまでだ」

「……ッ、」

「緑谷さん……だったな、あなたには本当に感謝している。あなたが戦ってくれたおかげで、多くの人々の命が守られた。無論、俺たちもあなたに、何度も救われた」

 

「――だが、」

 

「あなたはもう、戦場には出ないほうがいいのかもしれない」

「――!」

 

 そのことばだけは、ひどく反響して聞こえた。

 

「あなたのような心優しく善良な人間が、平和に暮らすことのできる社会をつくる……そのために俺たちヒーローが存在しているんだ。――あとは、任せてほしい」

「………」

 

 俯く出久に微笑みかけたうえで、今度は勝己に向き直る。

 

「爆豪くん、俺はこれから36号捜索に出る。きみはどうする?」

「あ?俺も出るに決まってンだろうが」

「……そうか。ではまた、戦場で会おう」

 

 飯田が去っていく。それを見届けたのちに、勝己もまた歩き出そうとする。立ち尽くす出久に背を向けて。

 そんな折、

 

「……かっちゃん」

 

 弱々しい呼び声。立ち止まる。

 

「僕は……」

 

 

「僕はもう……いらないの……?」

「………」

 

 

「……とっくの昔にお互い様だろ、んなモン」

「……ッ」

 

 出久はそれきりもう、完全に口を閉ざしてしまった。――それでいい。

 

 幼なじみ()()()無個性の青年をその場に置いたまま、ヒーロー・爆心地は足早に去っていった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググ

夏目 実加/Mika Natsume
個性:???
年齢:14歳
身長:155cm
好きなもの:フルート

備考:
中学三年生。城南大学考古学研究室の夏目幸吉教授のひとり娘である。
父が復活した未確認生命体第0号に殺されたことで傷つき、遅々として捜査が進まないことに苛立っていたが、出久、そして勝己からかけられたことばによって立ち直った。現在は「自分が何かするとき」のために、受験勉強と父の教えてくれたフルートに励んでいるぞ!ガンバレ、実加ちゃん!

作者所感:
かわいいよね……。小説版のアレは正直まったく予想してなくて、当時読んでて「エッ」てなりました。
クウガどおりに行くなら今後かっちゃんとの絡みがあるはず。お饅頭の話題は絶対出したいなぁ~。(『現実』より)
「夏目(棗)」の「実」を「加」えるって名前なんで、個性もそれ関連だと予想。


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EPISODE 25. デク 2/4

げんとくんの謎文字Tシャツを見て出久を思い起こしたのは自分だけじゃないはず。

「親しみやすさ」Tシャツは是非ほしい。


 人気のない沼地に、ひとりの男の姿があった。左手首に装着した腕輪をじゃらじゃらと鳴らしながら、シンプルなワイシャツを滝のような汗で濡らしている。

 

「グ、ウゥ……ウアァ……ッ」

 

 苦しげなうめき声をあげながら、歩き続ける――その身から白煙をあげながら。

 やがて足を動かすことすらままならなくなり、バランスを崩してそのまま沼に落下する。ばしゃんと、水飛沫が上がる。

 

「グ、フ……ウゥゥゥ……ッ」

 

 最初は浮かんでいた身体が、ゆっくりと深淵に沈んでいく。それでもなお、ギイガの滾りは収まることはない――その証拠に、やがて水面から湯気が立ちはじめるのだった。

 

 

 その光景を、じっと見下ろす者たちがあった。

 

「ゲゲルパギダギ……ジャグリバ」

 

 算盤――"バグンダダ"を手に、淡々とつぶやくドルド。その隣で微笑を浮かべるバルバ。

 もうひとり、漆黒のバイクを侍らせるゴ・バダー・バは、不思議そうに首を傾げていて。

 

「一体どうしたんだ、ヤツは?あんな爆破、大したダメージだったとは思えないんだが」

 

 実際、爆破によって焦げた表皮は即座に再生していた。そのダメージが残っているとも考えにくい。

 

「あの墨を生成する際、ギイガの体内では凄まじい熱が発生する」バルバが解説する。

「なら、なおのこと熱には強いんじゃないのか?」

「強くとも限界はある。ギイガは常に耐えうるぎりぎりの体温で活動しているのだ、そこに外的要因でさらに熱が加われば……」

「……なんだそりゃ、拍子抜けだな」

 

 肩をすくめるバダーだったが……ギイガがメの中でもトップクラスの実力の持ち主であることを忘れたわけではない。バルバの「本当の恐ろしさ」ということばも。

 

「だが、まだ何かあるんだろ?」

「流石はバダー、よくわかっているな」

 

「そう……限界を超えてからが、ギイガの真髄だ」

 

 そんなギイガこそ、ガリマに続く成功者となりうる。クウガもアギトも戦える状態ではない以上は――

 

(あとは……リントたち次第か)

 

 バルバの脳裏に一瞬血のいろそのままの瞳のヒーローが浮かび……消えた。

 

「………」

 

 そして独り蚊帳の外に置かれたズ・ゴオマ・グ――彼は蝙蝠傘越しに、そんなバルバの表情をじっと窺っていたのだった。

 

 

 

 

――文京区 ポレポレ

 

 ディナータイムを目前に控え、かの喫茶店では特製ポレポレカレーの仕込みの真っ最中だった。

 

「………」

 

――のだが、それを行っているのは主にアルバイトの女性店員であって。本来それを主導すべき店主は、何やら別の作業に熱中していた。

 

「♪~」

「……マスター」

 

 女性店員ことヒーロー"ウラビティ"こと麗日お茶子がジトリと睨みつけると、ここポレポレのマスターは新聞にハサミを入れたまま肩をすくめた。

 

「そんな目しないでヨお茶子ちゃんよ~。これだって立派な仕事よ?これ楽しみにしてるお客さんだっていっぱいいるんだ唐沢寿明ワンモア!」

「それは知ってますけど~……」

 

 "4号、活躍の歴史!"――そう銘打たれた新聞記事のスクラップ。なんだかんだ今どきの若者であるお茶子からするとずいぶんアナログだと思うのだが、実際見ているとこれを手にとる客はそれなりに多い。驚くことに心操人使もそのひとりで、店に来る度に熱心に読み込んでいるようだった。

 だから"これだって立派な仕事"という言い分は理解できるのだが……端的に言って、逆だと思うのだ。そういう雑用めいた仕事こそ自分に任せて、マスターは店の看板であるカレーのほうに注力すべきではないかと思うのだが。

 

「そりゃそうなんだけどねぇ、お茶子ちゃん意外と手際良いし。何より男性客が喜ぶの!」

「意外とって……なんか下世話やし」

「へへへへ、ま、出久にならこっちやらせるんだけどさ。あいつこういうの大得意だし」

「!」

 

 出久――その名前が出て、お茶子の表情は少しだけ曇った。

 

「デクくん……最近、まともに話せてないなぁ………」

 

 最後に会ったのは二日前――彼が焦凍を連れてきたときだが、そのときはふたりがすぐに飛び出していってしまったため、腰を据えた話はできなかった。それ以前ともなると、数週間はラインで少しやりとりするくらいが精々だった。何せお茶子は成長途上のルーキーヒーローなのだ、とかく忙しい。

 

「出久なぁ……」記事を貼りつけつつ、「朝、今日は休むって電話があったんだけど……なんか声に元気がなかったんだよなぁ」

「……風邪、とかじゃなくてですか?」

「うん。アレはどっちかってーと気持ちが沈んでる感じだったな」

「………」

 

 気持ちが……こう見えておやっさんがなかなか鋭いというのもあるかもしれないが、いずれにせよ出久がそれを露わにするのは珍しい――そう思いかけて、お茶子は"珍しい"などと断定できるほど自分は出久について詳しく知らないのだと気がついた。

 無個性で、でもまっすぐで心優しい大学生の青年――しかし何か重大な秘密を抱えているであろうことは、流石のお茶子も気づきつつあった。

 

 

 

 

 

 日没を迎える頃になっても、緑谷出久は独り関東医大の病室棟の片隅にいた。焦凍のいる病室には万一に備えて個性で結界が張られており、中に入ることはおろか外から様子を窺うことすらかなわない。

 焦凍に、謝罪のことばを届けることもできず。出久はただ、神頼みをするかのように両手を組み、祈り続けるしかなかった。

 

「――出久くん?」

「!」

 

 聞き慣れた呼び声に顔を上げれば、そこには自分などと親しいことが未だに信じられないような活気ある美貌の女性の姿があって。

 

「沢渡、さん……」

 

 どこか悲しげないろを滲ませながら、それでも微笑みを浮かべる桜子。出久も努めて笑い返そうとするけれども、わずかに口角を上げたところで表情筋が硬直してしまった。

 

 

「――ごめんね」

 

 待合椅子に腰掛け暫しの沈黙ののち、まず桜子が紡いだのは謝罪のことばだった。

 

「なんで、沢渡さんが謝るの?」

「碑文のこと……黙ってたから」

「……そっか」

 

 そのことに対する怒りや不満など、感じているゆとりすらなかった。桜子や焦凍が自分の心を思って口を噤んでいたことは想像がつくから、平常心であったとしてもそういう気持ちは薄かっただろうが。

 

「あのときの僕は確かに、あの碑文のとおり……"凄まじき戦士"になりかけてたんだと思う」

「……うん」

 

 何もかもが――その瞳までもやみいろに染まっている、凄まじき戦士。誰に聞かずともわかる。あのときの自分の瞳も、黒に覆われようとしていた。

 

「"聖なる泉、枯れ果てしとき"……だったよね」

「うん」

「……まったく、そのとおりだったよ」

 

「あのときの僕は、あいつが……35号が憎くて仕方がなかった。この手で殺してやりたいって、そう思った」

「それは……」

 

 何も間違ってはいない、桜子はそう思った。35号はまだ幼い子供たちを虐殺した、ゲームなどと称して。35号だけではない、これまでに現れた未確認生命体――そのすべてが恐らくはゲーム感覚で大勢の人間の命を、未来を、笑顔を奪った。誰だってそれを許せないと思うし、怒りを覚える――当たり前だ。

 でも出久は、自分がそうした"人として当たり前"のボーダーラインを踏み越えてしまったと感じていた。

 

「……笑ってたんだ、僕は」

 

「顔を殴り潰されたあいつが命乞いをするさまを見て、ざまあみろと思った。楽しん、でたんだ……っ」

「出久くん……」

 

 誰かを殴ることを……暴力を振るうことを愉しいと思ってしまうならもう、それはヒーローではない。――グロンギと、同じだ。

 

「インゲニウムの言うとおりだ……僕はきっともう戦っちゃいけない……クウガでいちゃいけないんだ……。――それ、なのに……」

 

――あれだけ言われても、勝己に突き放されても……それでもなお、出久は執着を棄てきれない。

 

「沢渡さん……僕、昔と何ひとつ変わってないみたいだ。こんな、あきらめばっかり悪くてさ……」

 

 勝己を自ら傷つけ、焦凍を死の淵に追いやっておきながら――そんな自分に……反吐が出る。

 

「……いいじゃない」

 

 ぽつりと、桜子がつぶやく。

 

「あきらめ悪くたっていいじゃない、昔と変わってなくたっていいじゃない!ヒーローになれなくたって、それでも出久くんは皆の笑顔を守りたいって気持ちを抱えて生きてきた、だからクウガになれたんじゃない!――本音を言うなら私、出久くんにはもう戦ってほしくない。でもそれ以上に、そういう出久くんに……誰よりもヒーローでありたい気持ちを捨てられない出久くんに、いなくなってほしくない……!」

「沢渡、さん………」

 

 こちらをじっと見据える桜子の薄茶色の瞳が潤んでいることに、出久は気づいた。

 

「沢渡さん、僕は――」

 

――そのとき、廊下の向こうから不意に、足早に迫る靴音が響いてきた。

 

「あ……」

「椿、先生?」

 

 こちらを見遣った椿は、桜子の姿を認めて少しばかり目を丸くした。

 

「!、沢渡さん……いらしてたんですか」

「ええ、まあ……」

「あの……どうしたんですか?」

 

 出久が尋ねると、椿は一瞬躊躇うようなそぶりを見せた。だが、

 

「ナースコールがあったんだ、――轟から」

「!」

 

 焦凍の意識が回復した?メ・ギイガ・ギの魔手から逃れられたということか、それとも――

 

「詳細はわからんが、どこかに電話をかけたいらしい。何か伝えておきたいことはあるか、緑谷?」

「あ………」

 

 心臓が嫌な跳ね方をするのを自覚した出久は、わずかに目を伏せた。

 

「"ごめんなさい"……それだけ、お願いします」

「出久くん……」

「……わかった、一応伝えとく。直接言わせてやれなくてすまないな」

「いえ……」

 

 入室している間に万一のことがあったら――そういうことなのだろう。椿が室内に足を踏み入れる一瞬だけ消え去った結界は、数秒と経たないうちに再び現れ、部屋を覆ってしまった。

 自分はもう、二度と焦凍に会えないかもしれない――そんな最悪の想像が未だ身を竦ませる。その恐怖を抑えつけながら、出久はことばを紡いだ。

 

「……ありがとう、沢渡さん。僕はまた、ちゃんと考えなきゃいけない気がする。僕がここにいる……ここにいても、いい理由を」

 

 また――ヒーローをあきらめ、生きる意味を見失ったあのときのように。母がほっと胸を撫でおろしてくれる、あのときはたったそれだけで十分だったけれども。

 

 でもいま、その答えを見つけ出すには、ひとつピースが欠けていて。その事実に出久は気づいていない。……いや、気づかないふりをしている。

 

 

――轟焦凍は、気づいていた。

 

「電話って、どこにしたいんだ?……家族に最期の挨拶とか、言わないよな?」

 

 押し殺したような椿の問いが、個室に響く。汗と氷結の融け出した水滴とで布団どころか床まで濡らした焦凍は、衰弱した身体を半ば無理矢理起こして、答えた。

 

「……違い、ます」

「じゃあ、誰に?」

「雄英の……なか、ま……」

 

 

「烈怒、頼雄斗――切島、鋭児郎……です」

 

 



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EPISODE 25. デク 3/4

アニメ的に色々タイムリーなネタをブチ込んでみました。
やっぱアニメはいいですね、観るのに物凄く体力使うけども。
あと出久のいなかった雄英の様子についてもちょこっとだけ触れてみました。ちょこっとだけ。

そして皆さん、母親はなるべく大切にしましょう。byマザコン作者


 陽が落ちすっかり空が暗闇に染まっても、未確認生命体捜索を続ける合同捜査本部の面々。しかし都内は広く複雑であって、目印もないのに発見できる確率は天文学的なものと言うほかなかった。

 

――だとしてもあきらめるわけにはいかないし、無駄な努力とせせら笑う者もいはしない。応援に駆けつけた各地の警官やヒーローたちも皆、懸命に動いてくれている。

 

「………」

 

 捜査本部の一員であるヒーロー・爆心地――爆豪勝己もまた同じ。と同時に、思う。少年の……出久を虐げていた頃の自分なら、無駄なことと切り捨てていたのではないだろうか。何もわかっていなかった、ただヒーローというものを一面的にしか見ていなかった頃の自分なら。

 

 爆豪勝己は何ものにも負けないヒーローでありたいと望み続けていた。でも気づけば、それだけではなくなっていた。いつからだ?己が、それまでとは違う己たろうと足掻きはじめたのは――

 

 気づけば目の前の交差点の信号が赤に変わろうとしていた。性格や容貌に不似合いな落ち着いたブレーキで停車する。ほどなくして、目の前を横切っていくヘッドライトの群れ。本当はこいつらを突っ切ってでも急ぎ走らねばならない状況であるはずなのに……いまの勝己のこころは、その苛烈な熱情が嘘のように鳴りをひそめてしまっていた。

 

 何かが足りない、足りない。――あのときと同じだ。幼なじみと……その憧憬に煌めく瞳と訣別した、あのときと。

 

(それでいいはずだ。……正しい判断をしたんだ、俺は)

 

 自分は、間違ってなどいない。独りよがりな価値観ではなく、普遍的に――もとはと言えば、対照的な性質の飯田天哉が考えたことなのだから。

 

 勝己が心のうちで自分に言い聞かせ続けていると、携帯電話が着信を示す電子音を鳴り響かせた。同時に、ナビに発信者名と電話番号が表示される。

 

「!、切島……?」

 

 切島鋭児郎――高校時代から現在に至るまで、勝己の相棒であり続けた男。それだけに連絡は頻繁に来るし、勝己もそれを――表向きウゼェと罵りながらも――よしとしているが、この状況下では予想の範疇にない名前だった。

 それでも無視はすることなく、勝己は電話を受けることを選んだ。

 

「……あぁ」

『もしもし。悪ィ、大変なときに』

「チッ、なんの用だよ?」

 

 "大変なときに"と形容している以上、未確認生命体が出現していることも当然認識はしているのだろう。それでも電話をしてきたということは、なんらかの差し迫った事情があるということ。ゆえに勝己も用件くらいは聞くつもりでいる。

 すると、さらに予想だにしない人物の名前が、相手の口からもたらされた。

 

『電話があったんだ、轟から』

「……轟から?」

 

 なんで――その問いに、切島は答えようとしない。勝己の中には既にその答えがあると、見透かしているかのように。

 

『とにかく、そのことで会いたい。少しでいい、時間作っちゃくれねえか?』

「………」

 

 わずかな逡巡のあと、

 

「……じゃあ上野の恩賜公園に来い」

『おう』

 

 短いやりとりののちに、通話が切れる。

 

 病床から離れることのできない、いまこの瞬間にも爆炎とともにその命を終えるかもしれない轟焦凍。彼からの依頼を受けた切島の呼び出しとあっては、さすがの爆豪勝己も無碍にはできない。

 ちょうど信号が青になった。明確な進路を見定めた勝己は、そのままアクセルペダルを踏み込むのだった。

 

 

 

 

 

 空はすっかり漆黒に染まり、人工灯の光も彼方の、寂しい暗闇に覆われた某沼地。

 水面もまた同様……しかし、どこか違和感があった。四六時中絶えず響き続ける凪ぎの音……それがこの日、まったく沈黙してしまっている。なぜか。

 

 答えは至ってシンプルだった。――音をたてるべき水が、ない。一滴も残さず消えうせていたのだ。

 大きく抉れたクレーターの中で、ゆらりと人型のシルエットが浮かび上がる。纏った服は燃え尽きて焦げカスと化し、かの男はほとんど一糸まとわぬ姿と化していた。――それも一瞬のことで、次の瞬間にはその姿は異形のそれへと変貌を遂げていた。

 

「ウォオオオオオ……!」

 

 おぞましい咆哮をあげる烏賊を模した姿……メ・ギイガ・ギの邪悪な姿は、本来の白ではなくなっていた。全身が真紅に染まり、後頭部から生えた触手がうねうねと蠢き続けている。そしてその足が踏みしめた地面は白煙を……やがては炎すらあげていた。

 

 もとより血の色そのままだった双眸は、人工灯の光にぎやかな彼方へぎょろりと向けられて。

 

「ゲゲル……ガギバ、ギザ……!」

 

 

――悪夢は再び。よりエスカレートした形で、はじまろうとしていた。

 

 

 

 

 

 切島鋭児郎が上野恩賜公園にたどり着いたときには、既にその片隅に目当ての相手の姿があった。その紅い瞳はいずこか彼方へ向けられ、物憂げな表情をつくり出している。

 それは当初――勝己と友誼を結んで間もない頃から、彼が時折覗かせる一面だった。常に苛烈で目の前のことに全力なのに、どこかに魂を置き去りにしている……そんな姿。その"どこか"をずっと切島は捜してきたし、勝己は見せようとはせずに来た。だが……。

 

 と、現実の勝己がこちらに気づいたようだった。どこか茫洋としていた整った顔立ちが、にわかにきつくなる。

 

「わり、待たせた」

「……あぁ」ぶっきらぼうに応じつつ、「ンだよ、半分野郎からの電話って」

 

 神妙な表情で、相棒はうなずく。上鳴電気に次いでうるさい奴だが、その一方でこうした大人びた一面も覗かせる。それが誰しもと親密になれる秘訣なのだろうと思う。自分ですら、忠犬のようについてくる彼を憎からず思っているのだから。

 

 その表情を変えることなく、切島は語った。焦凍が"アギト"として、出久や勝己らとともに未確認生命体と戦っている事実――それらを当人の口から聞かされたうえで、懇願されたのだと。

 

 

『頼む、切島……。緑谷と爆豪(あいつら)を、救けてくれ……!』

 

『俺じゃ、まだ駄目なんだ……。あいつらに救けてもらった、俺なんかじゃ……』

 

『緑谷のことは、きっと、爆豪にしか救えねえ……。爆豪のことは、おまえにしか……だから……!』

 

 

「……あいつ、そうやって必死ンなって頼んできたんだ。自分がいつ死んでもおかしくないってのに、そんなこと忘れちまったみたいに」

「………」

 

 押し黙ったままその経緯を聞き届けた勝己は……「ハッ」と、捨て鉢な嘲笑を漏らした。

 

「あの死にかけ半分野郎……何ワケわかんねえうわごとほざいてやがる。テメェもテメェだクソ髪、ンなモン真に受けやがって 」

「……うわごと?」

「そうに決まってンだろうが。なんで俺があのクソナードを救けてやらなくちゃならねえ?テメェに救けてもらわなくちゃならねえ理由もねェわ、馬鹿馬鹿しい」

 

 心底呆れたような口調を――演じる。そうして糊塗した本心を悟られるわけには……それ以前に、自分自身が認めてしまうわけにはいかない。それをしてしまえば、ずっと封じていた何かが、解き放たれてしまう……そんな気がしていた。

 

 だが切島鋭児郎を相手に、それは無駄な努力というほかなかった。彼はずっと、一番近いところで、揺れ動く勝己の心に触れ続けてきたのだから。

 

「……オメー、昔からそうだよな」

 

 すべてを悟りきったような落ち着いた声が、夜の公園に響く。

 

「自分がどんなに苦しんでようが、絶対に弱音吐かねえし誰にも見せようとしねえ。鬼みてえな怖ぇ笑顔浮かべながら独りで立ち向かう……そういうとこすげえ男らしくて、カッコいいといまでも思ってる。――でも、」

 

 

「いまのオメー、誰がどう見たって笑えてねえんだよ」

 

 その心が迷い、鬱いでいることを示すかのように。勝己の表情から、あの揺るぎない苛烈さを示す笑みは鳴りをひそめていた。

 

「昔……オメーが緑谷をどう扱ってたかも、轟から聞いた」

「……!」

 

 勝己がびくりと肩を引きつらせる。それこそが決して誰にも見せられないこの男の核心、その表層なのだと、切島には既にわかっていた。

 

「オメーのやったことを正しいとは思えねえけど……昔のことを責めるつもりはねえよ。それは俺の役目じゃなくて……いや、それはいいか」

「………」

「なぁ爆豪……俺、ずっと知りたかったんだ。オメーが遠くに見てるモン、それが一体なんなのか。――オメーが緑谷にしてきた仕打ち、そうしなきゃならなかった理由……それが、答えなんだろ?」

 

 これ以上は、余計なお世話かもしれない。そんなことはわかっている。それでも"救ける"と決めた以上、中途半端をするつもりはない。

 

「それは、オメーが絶対に捨てちゃいけないモンだ」

 

「爆豪勝己がヒーローである限り、絶対に持ってなきゃいけないモンなんだ」

「……ッ」

 

 堪えがたくなった勝己は、ふいと切島に背を向けた。伏せられた瞳に、ぼうっと浮かび上がった己の影が映る。

 

「……わかったようなこと、言ってんじゃねえよ」

「………」

「今さら……今さらどうしろってんだ……っ。ンなモンとっくに、見つかんねえんだよ……っ!」

 

 それは――それは初めて、勝己が親友に対して吐き出した弱音だった。それでも「救けてくれ」とは言わない。言わないけれども、その手がよすがを求めてさまよっていることがわからない切島鋭児郎ではなかった。

 

「見つかんねえなら、捜せばいいだろ」

 

 当たり前のことだと言わんばかりに、切島は言った。

 

「ゴミ箱ひっくり返して、汚えゴミの山掻き分けてでも、捜し出せばいいんだ。俺が男らしいって思ったオメーは、そういうヤツだったんだぜ」

「………」

 

 勝己はもう、何も言わなかった。切島もまた、これ以上のことばはもたない。

 

「悪かったな、時間とらせて。……がんばれよ、相棒」

 

 ただそう言い残して、おもむろに立ち去っていく。

 

 

――独り残された勝己は、ややあって車に戻った。だが、すぐにアクセルペダルを踏み込む気にはなれない。その視線は暫し、暗闇になった足下に向けられていた。

 

(見つかるわけねえんだよ……どんだけ捜そうが……)

 

 だってそれは、とっくの昔に自ら振り捨て、その結果なくしてしまったものなのだから。ゴミ箱をひっくり返そうが、そこにあるわけがない。もう二度と、取り戻すことはできない――

 

 親友の説得を無に帰しかけたそのとき…… 不意に勝己の脳裏に、過去の記憶が閃くようにして甦っていた。

 

 

――それはいまから五年と四ヶ月前。当時まだ中学三年生だった勝己が、雄英高校入学試験に臨んだ日のことだった。

 

 試験を終え、住み慣れた折寺に戻ってきた勝己。その表情は沈んでいた。

 うまくいかなかったわけではない。全力で戦い、間違いなく……勝った。一位を獲った可能性だってある。

 

 だがそれは、何もかもから手を抜くことのできない彼の性質がそうさせただけで――ある意味、惰性とでも言うべきものだった。

 「自分がヒーローになった未来」――この頃の勝己には、それが見えなくなっていた。最強のヒーローも高額納税者も、本当はそれ自体に価値なんてない。自分が本当に欲しいと思っていたのは、ただ、

 

――かっちゃん?

 

 ぎょっと振り向いた先には、自分と同じ詰め襟姿で、パンパンに膨らんだ黄色いリュックを背負った幼なじみの姿があった。県立高校の入試日はまだ先だ、ふつうに学校帰りなのだろう。

 こいつは結局、雄英を受験しなかった。わかりきっていたことだ。ずっとそれを望んでいたし、受験したところで無個性の、相変わらずひょろっちいままのこの少年が合格できる可能性はゼロだった。

 

 でも……それでも勝己は、捜してしまったのだ。やっぱりあきらめきれなくて、出久はここに現れるんじゃないか。ヒーロー科でなくとも、普通科を受けることにしたかもしれない。もし現実になれば再び憤怒が燃え上がるような可能性を、勝己はどうしようもなく求めてしまっていた。そんなこと、あるわけがないのに。

 

――雄英、受けてきたんだよね。……どう、だった?

 

 それは事務的なもの以外では、およそ十ヶ月ぶりに向けられたことばだった。

 

 対して、

 

 「テメェに、関係ねえだろ」――勝手に滑り出した、冷たいひと言。

 

――そう、だね……ごめん……。

 

 自嘲めいた笑みを浮かべて、俯く出久。

 違う。

 こんなことが言いたいのではない。こんな表情(かお)を、させたいのではない。

 でも結局、どうすればいいのかわからないのだ。こいつの前ではいつもそうだ。いつも、無力。――それが怖かった。

 

 なのに、

 

 なのに、こいつは。

 

――かっちゃんなら、きっと……きっと、すごいヒーローになれるよ。

 

――きみは嫌かもしれないけど……僕、応援、してるから。

――……!

――じゃあ、またね……。

 

 それだけ言い残して、出久は去っていった。勝己は暫くその場から動くことができなかった。

 ずっと伏せられたまま、もう二度と向けられることなどないと思っていた翠。でも最後の瞬間だけは、間違いなく自分を映していた。嫉妬や不満、畏怖、あらゆる負の感情に塗り固められていても、その中に封じられたものは、そこから消えうせたわけではなかったのだ。

 

――いまでもあいつは、俺を見ている。

 

 たとえ離れたとしても。自分が同じ場所に立つことができない現実に、打ちのめされたとしても。

 勝己の針路に、光が灯った。それはとてつもなく弱々しいけれど、でも、その事実だけで十分だった。

 

――俺はヒーローにならなければならない。

 

――誰よりも強い……そして、誰よりもあいつの憧れを背負えるヒーローに。

 

 

 そのために勝己は、孤独な戦いをはじめた。

 雄英に入って最初の体育祭。父への憎しみに囚われ、半分の力だけで頂点に立たんとしていた轟焦凍。彼に全力を出させる――もとよりそうするつもりでいた。全力の相手に打ち勝たなければ意味が無い。

 でも、それだけでは駄目だ。あいつがもし、ここにいたら。あいつがなりたかったヒーローなら、きっと。

 

 だから勝己は叫んだ。出久ならなんと言うか――そんなことはわからない。だから自分なりのことばで、焦凍を説得した。その結果として彼は"左"を使い……自分は敗れた。悔しかったけれど、どこか清々しい気持ちになったことを覚えている。

 

 その直後――職場体験と時を同じくして発生した、保須事件もそうだ。ヒーロー殺しに兄を再起不能にされ、復讐に挑みあわや返り討ちに遭うところだった飯田天哉を、轟とともに救った。余計なお世話だと言われても突っぱねた。出久なら、きっとそうするから。

 

 それからの日々も、勝己は足掻いた。足掻き続けた。その結果として、オールマイトに後継者候補と認められるまでになった。最終的に選ばれたのは焦凍だったけれど。

 でも目まぐるしく動く日々のなか、いつしか勝己は忘れてしまっていたのだ。自分の背負った憧れ、それが誰のものであったかを。いつしか自分は、その持ち主の顔を思い出せなくなっていた。

 

 

――いま、はっきりと思い出した。

 

切島(あいつ)の、言うとおりだ)

 

 それは決して、捨ててはいけない……持っていなければいけないもの。ヒーローたらんとする限り。

 だってそれは、爆豪勝己(じぶん)の――"原点(オリジン)"なのだから。

 

「――ッ、」

 

 顔を上げた勝己は、すぐさま車を走らせていた。次の目的地は決まった。である以上、全力で突き進むだけだ。

 

 

 

 

 

 駅前に現れたメ・ギイガ・ギは、自らの滾りを発散するかのように殺戮を開始していた。

 逃げまどう人々に触手を突き刺し、墨を注入する。時間を置くことなく体内で墨が激しく発熱し、苦悶の果てに大爆発を起こす。それはいままでの比でない大規模なもの。街は一瞬で火炎に包まれた。

 

「ハハハハハ、ハハハ……ハハハハハハハ……!」愉悦に笑いながらも、「ラザザ……ラザダシバギ……!」

 

 こんなものでは満足できない。もっともっと、派手な花火を。この世界すべてを包み込むほどの獄炎のカーニバルを。

 そのためには、まだ力が足りない。この阿鼻叫喚の果てに"ゴ"になり、さらにその先――熱に浮かされた頭で輝かしく血生臭い未来を夢想しながら、ギイガは次なるステージへ踏み出した。

 

 

 

 

 

――科警研

 

 G-PROJECT担当の研究員らは、突然の闖入者に困惑していた。

 

「な、何を考えているんだきみは。自分が何を言っているのかわかっているのか?」

 

 とち狂った人間を見るような表情の研究員。それに対し、闖入者は素っ気なく「わかってます」と応じた。

 

「俺には"アレ"が必要なんです、ヤツをブッ倒すために」

「ッ、だ、だとしても、きみとインゲニウムではわけが違うんだぞ!?ましてアレを……G2を出動させることはもう禁じられてるんだ、我々の一存では……」

「それもわかってます、わかったうえでお願いしてるんです」

 

 口調こそ普段の彼からは信じられないくらい穏やかだが、こちらにイエス以外の答えを許さない頑迷ぶりは変わらない。

 研究員らが閉口していると……青年は想定外の行動をとった。

 

 その場に膝を折り――両手を、突いたのだ。

 

「お願い、します」

「!、ば……」

 

 

「爆心地………」

 

 頭を床に擦りつけて懇願する爆豪勝己。若手トップクラスのヒーローにそんな行動をとられるとは微塵も予想しておらず、研究員たちは狼狽した。まして公私ともに極めて傲岸不遜であり、人に頭を下げるという行為から最も縁遠いと思われていた爆心地に。

 研究員たちは揺れた。個人としてなら、自分を殺してまで何かを為そうとする彼に力を貸してやりたいと思う。

 だが、それをしてしまえば、自分たちの立場は危ういなどというものではない。確実に終わる。保身ではない、そうなればG-PROJECTも凍結されるかもしれないからだ。市民の平穏のために、それだけはあってはならないことだった。

 

 膠着する状況。それを破ったのは、研究員のなかでは最も若い――勝己の同窓である、発目明だった。

 

「……わかりました。そんなふうに()()()()()()()()()()、仕方ありませんね」

「は……?」

「発目くん、何を――」

「というか、脅迫って……」

 

 むしろ脅迫とは一番ほど遠い態度だと思うのだが――そう言った研究員のひとりに対し、発目は「ちっちっちっ」と人差し指を突きつけた。

 

「わかりませんか、"あの"爆豪さんがここまでしてるんですよ?これはつまり、"この俺にここまでさせといて、どうなるかわかってんだろうなコラァ"ってことです!」

「え、えぇ?」

「!」

 

 困惑を深める研究員たち。彼らが恐る恐るこちらを見下ろしてくる。発目の意図を察した勝己は、彼女の発言の真実性を証明するがごとく苛烈な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「ハッ……わかってんじゃねえか発明女ァ。別に科警研(ここ)ごとぶっ飛ばしたっていいんだぜ、俺ァ」

「えぇっ!?」

「態度急変しすぎだろう!?」

 

 だが、こちらが本来の勝己であることは言うまでもない。勝己なら本気でやりかねない。

 しばし考えて……総責任者の男が、溜息を吐き出した。

 

「……我々にできるのは、見て見ぬふりをすることまでだ」

 

 こっそり侵入していた勝己が、勝手にG2を持ち出したことにする――最悪の場合ヒーロー・爆心地が窃盗犯に堕ちるかもしれないシナリオだけれども、勝己に迷いはなかった。

 

「――ご協力、感謝します」

 

 もう一度態度を神妙なものに戻して、深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 専用のアンダースーツに着替えた勝己の前に、かのクウガを模した強化服のユニットが運ばれてきた。頭部ユニットの燃えるようなレッドアイが、こちらを睨みつけている。自分がふさわしいか、品定めされている――そう感じとった勝己は、鋭く睨み返していた。

 

(俺はなる……あいつがなりてぇモンに)

 

(俺は、)

 

 

 意を決した勝己の身に、発目の手で赤き鎧が装着されていく。胴、脚、腕――と来たところで、

 

「肘から先はいらねえ」

「え、でも……」

「コイツは借りるが、()り方を変えるつもりはねえっつってんだ」

「……なるほど。了解です!」

 

 そこにはG2のパーツではなく、苦楽をともにした漆黒の籠手を装着する。よく馴染んだ感覚。これが起こす爆発が、どこまで通用するか。

 

 いずれにせよ、自分がやるともう決めた。迫りくるG2の頭部ユニットを、勝己は瞳を閉じて受け入れたのだった。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドズゴゴ

カメレオン種怪人 メ・ガルメ・レ/未確認生命体第35号

「ゴセゾリダロボパ、ババサズボソグッ!!(オレを見た者は、必ず殺すッ!!)」

登場話:
EPISODE 8. デッドオアマッスル~EPISODE 24. 英雄アイデンティティー

身長:200cm
体重:200kg
能力:周囲の風景に完全に溶け込む擬態
   数十メートルも伸びる長い舌
活動記録:
小学校高学年程度という、グロンギの中でも最年少と思われる容貌の少年。外見に違わず無邪気に振る舞い、おしゃべり好きな性格だが、反面陰湿かつ残酷な本性を覗かせることも。ゲームはじめ遊興を好む一面もあり、バヂスやゴオマ、果ては人間の子供たちとも遊んでいたこともあったが、それは知能の高さゆえ早々に日本語を習得したことからできた芸当であった。
勝手にリント(=柴崎巡査)を殺害した咎により順番を後回しにされていたが、メ集団も残り少なくなってようやくゲゲルに臨む。ゲゲルに際しては「高見沢小学校の児童を2日で162人」という条件を自らに課し、前日一緒に遊んだばかりの子供たちをも躊躇なく虐殺した。さらにその際、駆けつけた爆心地らにグロンギの殺人の目的が"ゲーム"だと明らかにした。
結局妨害を受けて一日目は98人の殺害にとどまり、再挑戦となったゲゲル二日目は「強烈な光を浴びると擬態ができなくなる」という自らの弱点を突かれて爆心地の閃光弾の餌食となり、無様に逃走する羽目になる(上記はその際の捨て台詞)。それを阻んだクウガに対して放った罵詈雑言が彼を激昂させる結果となり、舌を引きちぎられて人間体に戻った状態で顔面を何度も殴りつけられ、ぐちゃぐちゃに潰される。そうして虫の息になったところを、粛清される形で爆死するという因果応報の最期を迎えた。
この少年のために引き起こした暴走は、クウガ=出久の心に暗い影を落とすこととなる。

作者所感:
活動記録クッソ長くなりましたがしゃーない、作者お気に入りなので。
ショタキャラにした時点でジャラジの身代わりとなることは決まってました。まあ長い間お疲れ様というところ。
早いうちから日本語ペラペラなのもそうですが割とコミュ力お化けなんですよね。リントの子供とも馴染むし、メ集団みんなと結構仲良いし。例外はギノガとガドラくらい?
本編で言及したとおり「最年少で"メ"にまでなったエリート」という設定があるので、調子に乗りすぎなければゴになってかつ「究極の闇」候補にまで昇り詰めたかもしれません。グロンギの価値観に染まりきってると考えれば、あるいは彼も被害者なのかもなぁ……。かっちゃんと一緒や……。
ちなみに「高見沢小学校」の名前は次々作品の人類皆ライダーおじさんからもらいました、カメレオン繋がり。


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EPISODE 25. デク 4/4(前)

1話を4分割したものをさらに分割する……という暴挙に出てごめんなさい。
この調子だと多分1万文字超えるのでここまででアップしました。引き伸ばしとも言う。

最重要エピだからゆるして()


『本部から全車。第36号が再び行動を開始した!』

 

 捜査本部の塚内管理官からの入電に、捜査員らの表情に緊張が走る。

 

『現在犯行を続けながら新日本橋駅付近を逃走中、確認されているだけでも百名以上が被害に遭っている模様だ。――止めてくれ、なんとしても!』

「――了解!!」

 

 厳しい戦いになることはわかっている。だがそれでも戦い守ることが、自分たちに課せられた使命。

 飯田が、森塚が、鷹野が――すべての捜査員たちが、決然と死地へ赴いていく。

 

 無論、爆豪勝己もそのひとりだ。

 

 

 

 

 

 一方、関東医大病院。

 

 事件発生を知るよしもない緑谷出久は、焦凍のいる病室の前、沢渡桜子とともに浅い眠りに落ちていた。心身ともに積み重なった疲労がそうさせたと言うほかなかったが、それが災いしてまた悪夢を見た。黒いクウガが脳裏にちらつき、それが強制的に意識を覚醒させる。

 

「……ッ!」

 

 翠眼を見開いた出久は、そのまま大きく胸を上下させた。玉のような汗がじわりと額に滲んでいる。廊下が蒸し暑いのも理由のひとつではあるが……当然、それだけではない。

 

「………」

 

 隣に腰掛け、静かな寝息を立てている桜子。こんな自分の歪んだ気持ちを肯定してくれた――"いなくなってほしくない"と言ってくれた。同時に"戦ってほしくない"とも吐露する姿は、どこか母に通ずるものを感じさせた。この(ひと)は自分が守らなければ――そんな使命感めいたものすら浮かんでくる。

 でも結局、すべてあの幻影の漆黒が塗りつぶしていくのだ。まるで体内に宿った霊石が、「おまえにそんな資格はない」と嘲っているかのように。

 

(僕は……どうすれば……)

 

 どうすれば自分は、クウガで――ヒーローでいられる?それが自分の存在理由なのに――頭の中でこねくり回した結論は、それしかなかった。

 と、消灯されていた廊下に、不意に明かりが灯った。それに伴い、桜子も眩しそうに眉根を寄せながら目を開ける。

 

「ん……いずく、くん……これ……」

「……うん」

 

 どうしたんだろう。ふたりで訝しんでいると、複数の足音と、キャスターが床を擦る音がともに近づいてくる。

 そうして現れたのは――再び、椿秀一。ただし今度はひとりではなく、看護師たち、そしてストレッチャーを率いている。出久たちの疑念はますます深まる。

 

「椿先生!これって……」

「!、ああ」

 

 不安を押し隠せない出久と桜子に対し、意外にも椿の表情には光明が差していた。

 

「良いニュースだ、一応だけどな」

「良い……ニュース?」

「ああ。――轟の手術ができることになった」

「!」

 

 椿曰く――伝手で高熱を発する墨を摘出する手術を引き受けてくれる執刀医を捜して回り、そして見つけたのだという。

 

「俺の古い友人の兄貴でな、神がかった腕の持ち主だ。……おまえのときの二の轍は踏まずに済んだよ、なんとかな」

「………」

 

 二の轍……自分がメ・ギノガ・デの胞子を吸って倒れたときのことを言っているとすぐにわかった。あのとき椿が行ってくれた同様の努力は、それが成る直前に出久の心臓が停止してしまったことで水泡に帰した。それが霊石アマダムのはたらきによるものであったがゆえに、出久の命自体は守られたとはいえ――

 

 今度は間に合った。椿は前回の雪辱を果たしたのだ。――かっこいい、出久はただただ純粋にそう思った。これこそ理想的な大人の姿だとも。

 対して、自分はどうだろうか。ひと回り年下とはいえ成人しているのは同じなのに、こうしてぐるぐると惑い、迷うことしかできない。子供のときと……それも無個性と診断され、ただ打ちのめされることしかできなかった幼児のときと、何ひとつ変わっていない。出久の心は再び鬱ぎ込む。本当は何より焦凍が助かるかもしれないことを喜ぶべきなのにと、さらに自己嫌悪が募る。

 そんなぐちゃぐちゃの表情を見せるわけにはいかないと、出久は頭を下げて謝意を表することで誤魔化した。

 

 それに気づいているのかいないのか、椿の手が出久の肩に置かれる。

 

「とにかく、お前たちは少し帰って休め。戦うにしても、そんな状態じゃ――」

 

 

――そのとき、いずこからか轟音が響き渡った。

 

「ッ!?」

「なっなんだ!?爆発か?」

 

 椿の何気ないひと言に、出久ははっとした。爆発!まさか――

 

「みっ、未確認生命体だぁ!!」

「!!」

 

 にわかに騒がしくなった院内の中、鮮明に響いた声に、ほとんど反射的に走り出す出久。「出久くん!」と呼び止める桜子の声は耳に入らない。

 病室に飛び込んで叫び声の主とともに窓の外を見遣ると、すぐ目の前の夜空がまるで夕暮れのように赤く染まっているのがわかった。地上から燃え上がる炎が、それをもたらしていることも。

 

 こうして見ている間にも、現在進行形で爆発は起こる。――どんどん、近づいてくる。

 

「……ッ!」

 

 出久は病室を飛び出し、再び走り出した。階段を駆け下り、一階……エントランスから、外へ。響く爆発音が、もはや地響きとなって身体を痺れさせる。

 

「出久くんっ!」

 

 駐輪したトライチェイサーのもとにたどり着いたところで、桜子が追いついてきた。体力の差もあってか、肩で息をしている。

 

「ッ、出てきちゃ駄目だ!!」声を荒げる出久。「奴がすぐそこまで来てるんだ……早く逃げて!!」

「わかってるけど……!でも出久くん、本当に大丈夫なの?いま、ちゃんと戦えるの?」

「ッ、………」

 

 「大丈夫」――本当は躊躇うことなく、即座にそう答えなければならないのだろう。心からそうできないなら、変身したところで自分はまた、あの中途半端な姿にしかなれない。

 

 それでも、

 

「行かなきゃいけないんだ、僕は……守らなきゃ、救けなきゃいけないんだ……ッ」

「出久、くん……」

 

 その瞳は揺れていた。それでも行くんだと彼は言う。誰よりもヒーローであろうとする――そんな姿はやはり健気で愛おしかったけれど……それ以上に、痛々しかった。

 

「僕には、それしか……ないんだ……ッ」

「ッ、」

 

 それは違う、と、口を突いて出そうになる。でも桜子は躊躇ってしまった。自分は「誰よりもヒーローであろうとする出久にいなくなってほしくない」と言った。そういう彼だから力になりたいと――愛したいと思ってしまったのだ。それを否定してしまえば、いまの出久はアイデンティティそのものを否定されたと感じてしまうのではないか。そんな気がして、二の句が継げなくなってしまう。

 

 そんなときだった。――出久の愛馬のそれに酷似した、嘶きが耳に飛び込んできたのは。

 

「!」

 

 ふたりがはっとそちらを見遣るのと、嘶きの主が姿を現すのがほぼ同時。

 

「!?、クウガ……?」

 

 桜子が思わずそう呟いてしまうのも無理はなかった。暗がりの中では、その姿はクウガのマイティフォームそのものに見えてしまったからだ。だがよく見ればディテールはかなり異なっている。赤い鎧は金属的な光沢を放っているし、何より――

 

 いずれにせよ、出久はその正体を知っていた。――G2。クウガとその戦闘データをもとに科警研が製作した、パワードスーツ。

 それがなぜここに?先日の渋谷での戦いで人体に与える負担の大きさが明るみに出、封印されたと聞いていた。自分もアギト……轟焦凍も使い物にならない状況下、それが覆されたのだろうか?

 

 考え込む出久。そのために彼は、重要な箇所を見落としてしまっている。――気づいたのは、桜子だった。

 

「出久くん、あれって……」

「え……?」

 

 桜子が指差したのは、G2の肘から先。そこに装着されているのは本来のユニットではなく、手榴弾を模した形状の漆黒の籠手だった。

 

「……!」

 

 まさか――出久が目を見開くのと同時に、量産型トライチェイサー"α"から降り立つG2。その頭部ユニットが開放音をたて、外される。

 露わになったのは、

 

「かっ……ちゃん……」

「………」

 

 仮面の複眼よりさらに濃い血の色そのままの紅が、出久を鋭く射抜く。普段のような威圧ではない。それなのに出久の身体は、蛇に睨まれた蛙のように微動だにできなくなるのだ。

 

「デク、」

「!」

 

 ひどく静謐な声で、名を呼ばれる。――彼からトライチェイサーを譲り受けたときのことを思い出して、頬を汗が伝った。

 

「どこに行く気だ?」

「え……?」

 

 一瞬ことばの意味そのものが理解できなくなるくらい、わかりきった問いをぶつけられたと思った。

 

「き……決まってるだろ……!?敵がそこまで来てるんだッ、戦わなきゃ――」

「なんで?」

「は……?」

 

「なんでテメェが、戦わなきゃならねえ?」

「……!」

 

 首から上を除いてクウガに酷似した姿となった勝己が、一歩を踏み出す。どうにかして遠ざかりたいのに、身体が動かない。そうこうしているうちに、どんどんふたりの距離が埋まっていく。

 

「だ、って……」一瞬の躊躇のあと、「僕は、僕はクウガなんだ……!なら、やるしかないじゃないかっ!」

「………」

「僕がみんなを……みんなの笑顔を守らなきゃいけないんだ!そのためなら、僕は――」

「"僕はどうなってもいい"ってか?……大した綺麗事だな、反吐が出るわ」

「ッ、もういいッ、きみに関係ないだろ!?僕を捨てたきみが、今さらごちゃごちゃ言うな!!」

「デク、」

「呼ぶなよ!!僕をデクなんて呼ぶな……!きみがそんなふうに呼ぶから、僕は……ッ」

 

 強がりも虚勢も、全部水泡に帰してしまう。迫りくる敵に……救けを求める人々に背を向けて、逃げ出したくなってしまう。――あの日のように。

 

「何度だって呼んでやる。――テメェは、"デク"だ」

 

 遂に出久を追い詰めて、勝己は静かに宣告した。

 

「クウガだろうが凄まじき戦士になろうがッ、テメェは"デク"なんだ!無個性で何もできねークセして、"僕もヒーローになりたい"なんてぬかして泣いてる、どうしようもねぇクソナードなんだよ!」

「うるさい……うるさいうるさいうるさいッ!そんなの、きみに言われなくたってわかってるよ!!だから僕は戦わなきゃいけないんだ!!"デク"を捨てられるくらい、強くならなきゃ――」

 

「ふざけるな!!」

「ッ!?」

 

 その激しい一喝は、しかしいつもの彼が露わにしている憤懣とはまったく異なる響きをもっていた。

 

「それは捨てちゃいけねえんだよ!ヒーローになりたいって気持ちと同じくらい、テメェが持ってなきゃいけないモンなんだ!!」

「……!」

「……テメェ前に言ったよな、"自分を救けたいと思って何が悪いんだ"って」

 

 

「――悪くねえよ、なんも悪くねえ!どんなに強くなろうが、テメェの中には"デク"がいるんだ!!そいつの笑顔を守れもしねえで、自分を救けられるわけねえだろうがっ!!」

 

 勝己のことばが、鏃のように鋭く出久の胸を射貫く。走る痛みはしかし、どこか懐かしく切ないいろを帯びていた。

 

「かっ……ちゃん………ッ」

 

 潤んでルビーのような輝きをもった目の前の瞳に、出久の心は揺り動かされる。長い時間をかけて創りあげた殻を、"何もできない無個性のデク"がいまにも突き破ろうとしているように思われた。

 でも、でも――出久は躊躇う。その躊躇いを見透かすかのように、勝己は続けた。

 

「ウジウジ迷ってんならそれでもいい」

「え……」

「好きなだけ迷えや。その間にテメェの守りてぇモン全部ッ、俺が……俺が守ってやる!テメェのちっぽけなクソ自尊心粉々にブチ砕くくらい、完璧に守り殺したるわ!!」

「……!」

 

 もはやことばもない出久を最後にひと睨みして、勝己はG2の仮面を被り直した。そのままαに跨がり、

 

「……テメェがどんなに強くなろうが変わらねえ。テメェは下で、俺が上だ」

 

 

「――ヒーローは、俺だ!」

 

 

 気づけば勝己は、その場から走り去っていた。――戦場へ、向かった。

 

(かっちゃん………)

 

 へたり込んだ出久は、立ち上がることすらできぬまま、ただ勝己のことばを反芻していた。

 "何もできない無個性のデク"を捨ててはいけないと、彼は言った。持ち続けなければ……そいつも引っくるめて、救けてやらなければならないと。

 

――その声にあるのは、侮蔑ではなかった。

 

 本当はずっと、そうだったのだ。幼いときから……彼が出久に"デク"の名を与えたそのときから。

 だって――

 

 

 出久が再び思い出したのは、小学五年生、自然学校の記憶。

 緊張からおねしょをしてしまった出久に手を差し伸べてくれたのは、当時既にいじめという形でしかコミュニケーションをとってくれなくなっていた勝己だった。散々嘲った挙げ句、同じ部屋のクラスメイトたちに大声で言いふらす――そんな出久の予想に反して、他の誰も起こさないよう器用に濡れたシーツを取り去り、そこにペットボトルのお茶をかけて担任に飲み物をこぼしたと報告、新しいシーツをもらうという、彼らしい手際の良さを見せつけてくれた。

 出久はただ、その一部始終を呆然と見つめていることしかできなかった。あの勝己がこんなことをしてくれるわけがない、彼は何かの個性にかかっているか、偽者なのではないか?さもなくば、これは夢か――

 

――かっ、ちゃん……。

 

 何もできず、ただ最後にその名を呼んだ出久を、勝己は振り返った。その表情には、いつもの侮蔑も憤懣もなかったのだ。

 

『……おまえはほんと、"デク"だな』

 

 

(そうだ、)

 

 封印していた記憶が甦ってくる。勝己が別人のようだったのは、そのときばかりではなかった。その優しさはただの気まぐれだと思っていた――思い込もうとしていた。でも、違ったのだ。

 

 彼が自分に優しさを与えるのは、決まって出久の心が悲鳴をあげているとき……救けを求めているときだった。彼はいつだって自分を見ていた、そして手を差し伸べようとしてくれていた。

 

(それなのに、僕は)

 

 いつもいじめているくせになんだと、勝己の差し伸べる手を見ないふりした。拒んだ。――怖かったのだ、本当は。自分の中にいる"デク"を肯定されるのが。"デク"を消さなければ。独りで立たなければ。誰にも頼ってはいけない。泣いている姿を見せてはいけない。救けを求めては、いけない。でなければ、憧れ(ヒーロー)が遠ざかる。

 

 そんな自分の思い込みは、きっと勝己のプライドを……いや、心そのものを傷つけていた。傍目からそう見えるように、勝己が一方的に加害者なのではなかった。僕らはお互いに傷つけあって、それでも互いを捨てられなくて、また傷つけあう。互いの想いを理解りあうには、僕らはあまりに子供だった。

 

『――ヒーローは、俺だ!』

 

 最後に、勝己はそう言った。都合の良い解釈かもしれない。でも。もしも。傲慢を捨て去った勝己の想いのすべてが、そのひと言に詰まっているのだとしたら。

 

――抑えつけてきた感情が、決壊する。

 

「うぁ、あ……ああ、あぁぁぁぁぁぁ………ッ!!」

 

 恥も外聞もなく、出久は泣きわめくしかなかった。後悔と、理解と。自分はいま、初めて、勝己がどんな想いでヒーローになったかを知ったのだ。

 

 なら……ならば自分は、どうすればいい?

 

 泣き虫のちいさな子供に戻ってしまった青年の中にはもう、その答えがあるはずだった。

 

 



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EPISODE 25. デク 4/4(後)

普通に5/5にすればよかった長さだね……これでも結構大事なとこカットしちゃったので次回予告でフォローになってないフォローしました。一応あとでちゃんと本編でも触れますが。

普通にEPISODE 26の予告してますが、先にEPISODE 25.5……つまり番外編を投稿したいと思ってます。番外編なのでクウガもグロンギも出ない予定です。
投稿日時は7/15にする予定……どんな内容になるかは日付で察してくれ。


 ヒーロー・警察連合とメ・ギイガ・ギの戦いは、熾烈を極めていた。警察が強化ガス弾で足止めし、その隙にヒーローたちが攻撃を叩き込む。

 口から直接吐き出す墨も、触手による注入の隙も与えない――一見すれば、人間側が有利に立っているように見える。

 

 だが現実には、彼らは焦っていた。ギイガの軟体の前には、ほとんどの衝撃が吸収されてしまう。ましてインゲニウム――飯田天哉の得意とするスピードを乗せての打撃などは、もってのほかだった。

 

「くそっ、なんて奴だ……このような……!」

「……ククッ」

 

 笑うギイガ。攻撃を封じられているように見せておいて、その実ただ獲物たちの足掻きを愉しんでいるのだ。ゲゲルのタイムリミットまで、まだ余裕がある。残弾が尽き、飯田たちが疲弊して攻撃が止んだところで、一斉に触手を伸ばして墨を注入する。――そうしてここにいる全員を爆死させれば、もう規定人数をクリアするというところまで来ていた。

 

「ガガベ……ガガベリントゾロ……!ゴギ、デギベ……!」

「……くッ!」

 

 追い詰めているように見えて、その実追い詰められている――それがわからない飯田らではない。ここにはクウガも、アギトも来ない。

 それは仕方がない。クウガこと緑谷出久のことは「あなたはもう戦うべきではない」と突き放した。アギトこと轟焦凍は、生死の境を彷徨っている。グロンギと互角以上の力をもつ彼らに頼れないことは、最初からわかっている。

 だが、

 

(なぜ来ないんだ、爆豪くん……!?)

 

 付近を警邏していたはずなのに、いっこうに姿を見せない爆豪勝己。ヒーローとしていまできることを全力でやらねばという決意とともに、彼を信頼し恃むところもあったのだ。

 

 能力が高いだけの、どうしようもなく傍若無人でモラルの欠片もない――ヒーローにはふさわしくない男だと思っていた。

 

 だが彼は、憎しみに囚われ、そのために何も為せずに落命しようとしていた自分を救ってくれた。彼は間違いなく、ヒーローだった。彼と肩を並べて戦えることを、あのときから飯田は誇れるようになっていた。

 

 

――ヒーローは、遅れてやってくる。

 

 

「オ゛ラァアアアアアアッ!!」

「!」

 

 聞き親しんだ咆吼とともに、頬を熱風が掠める。そして次の瞬間には、ギイガの身体が爆炎に呑み込まれていた。

 これは――間違いない。

 

「爆豪く――!」

 

 嬉々として振り返った飯田は、次の瞬間絶句していた。そこに立っていたものは、少なくとも爆豪勝己の姿をしてはいなかった。

 

「な……!?」

 

(G2……なぜ……!?)

 

 封印されていたはずのG2――その肘から先に装着されている籠手、それが起こす烈しい爆破から、正体が勝己であることは間違いなかった。

 

「爆豪くん……!?なぜきみがそれを――!」

「アァ?あいつ殺んのに必要だからに決まってンだろうが!!」

「ッ、そうかも、しれないが……」

 

 口ごもる飯田を押しのけるようにして、勝己の装着したG2はずんずんと前に進み出ていく。

 

「コイツは、俺が倒す」

「……ダバゾ、ギグバッ!!」

 

 クウガもどきが――そんな侮蔑とともに、ギイガが複数の触手を差し向けてくる。

 それらまとめて、掌から放たれる爆破が吹き飛ばした。

 

「グゥッ!?」

「ハッ……」

 

 絶対に勝つ、いまの自分ならそれができる。すべてを吐き出したあとの勝己には、そんな絶大な自信があった。

 

「いまの俺は……負ける気がしねえ――ッ!!」

 

 両手から爆破を巻き起こしながら、現代が生み出した"第二のクウガ"は、仇敵に躍りかかっていった。

 

 

 

 

 

「ッ、う、ひぐ……ぅ……ッ」

 

 緑谷出久は未だ病院の駐車場から動けず、嗚咽し続けていた。あふれ出した涙が止まらない。とめどなく流れ続け、それ以外の行動を阻んでいる。

 

(出久くん……)

 

 そんな背姿を黙って見つめていた沢渡桜子。彼女は、思う。これこそが出久の、本当の姿なのだと。

 元々喜怒哀楽のうち、"喜"と"楽"ばかり子供のように露わにする青年だと思っていた。でもそれだけではない、怒りも哀しみも、等しく色濃いことに変わりはなかったのだ。ただヒーローでありたいという強い願いから、抑制していただけ。

 

 出久を雁字搦めに縛っていた鎖を、爆豪勝己が解き放った。それはきっと、彼でなければできないことだったのだろう。

 なら、自分は。自分にできることは――

 

「出久くん」

 

 正面に回った桜子は――出久の身体を、強く抱きしめた。

 

「!、沢渡、さん………」

「出久くん。――確かに、爆豪さんの言うとおりかもしれないわ」

「ッ、………」

 

 勝己ならきっと、出久のやりたいことを代わりにできる。だって彼は、ずっとそうしてきたのだから。

 でも、

 

「でも……ひとつだけ、爆豪さんには守れない――出久くんでなければ、守れないものがあると思うの」

「ぼく、に、しか……?」

「それがなんなのか……出久くんにはもう、わかってるはずだよ」

 

「それを理由にすれば、いいんじゃないかな?出久くんがここにいてもいいって、そう思える、理由に」

「………」

 

 桜子の温もりを肌に感じながら、出久は瞑目した。暫しの静寂が、赤い夜空の下に流れる。

 

 そしてひときわ大きな爆発音が響いたとき……出久は遂に目を開けた。ぐい、と腕で強引に涙を拭い、桜子をそっと離して立ち上がる。

 そしてそのまま、漆黒のトライチェイサーに飛び乗り――エンジンを、嘶かせた。

 

「――がんばってッ、出久くん!!」

 

 駆け抜ける背姿にかけた声。返答はない。ただ、掲げられた右手のサムズアップがその代わりで。

 桜子には、それで十分だった。

 

 

 

 

 

「オ、ラァッ!!」

 

 吼えるG2が、最大限の爆破をギイガに浴びせかける。既に熱をものともしない身体になっているギイガとはいえ、その衝撃に怯まないはずがない。

 その隙を逃さず、G2――勝己はギイガの懐に飛び込み、力いっぱい顔面を殴りつけた。

 

「グゥッ!?ビガラァ……!」

 

 怒れるギイガは、後頭部の触手を引き伸ばして目の前の敵を串刺しにしようとする。

 だが突き刺さる寸前で、その動きは止められてしまった。立ちはだかった掌が、再び爆破を起こしたのだ。衝撃で引きちぎれた触手が吹き飛んでいく。

 

「グァ――」

「――!」

 

 怯んだギイガの顔面に、G2は思いきり頭突きを浴びせた。ギイガは仰け反り、よろよろと後退する。軟体といっても、常人と同じく頭蓋骨に保護された頭部までは柔ではない。そこを突いたのだ。

 その戦いぶりに、飯田たちは手を出すこともできず、見守っているほかなかった。

 

「すっげー……モノホンに勝るとも劣らない」

「あれが爆心地の真髄というわけか……」

 

 森塚と鷹野のつぶやきは、飯田としても同意するところだった。勝己はいつだって強いが……何かを背負っているときは、もっと強い。

 だが、

 

(G2を僕以上に使いこなしている……だが、あんな激しい戦い方では………)

 

 飯田の懸念は当たっていた。まったく淀みない動きを見せつけていながら、その実、仮面の下の勝己の表情は苦痛に歪んでいた。

 筋肉が軋み、内臓が絞り上げられる。常人なら気絶してしまうかもしれない痛みと脱力感に苛まれながらも、勝己は躊躇うことなく戦い続けた。

 

「こんなモン……ッ、慣れてンだよォ――ッ!!」

 

 叫びながら、右拳で殴りつける。ギイガが反射的にそれを避けようとしたところで、フェイント的に左手が頭を摑んだ。

 

「ッ!?」

「死ねぇッ!!」

 

――BOOOOOM!!

 

 ゼロ距離からの爆破に、顔面黒焦げになったギイガは思いきり吹き飛ばされた。その身がごろごろと地面を転がる。

 

「やったか……いや……」

 

 飯田は思い直した。この敵は、そう容易くは終わらない。

 実際、そのとおりだった。ギイガはすぐさま立ち上がり……その憤懣を示すかのように、残った触手をぶわりと広げる。

 

「ビガラパ、ボソグ……!ゼダダギ、ボソグ……!」

「ハッ……」

 

 勝敗がどうなるにせよ……決着のとき。そう判断した勝己は、発目明へと通信を行おうとする。己の身を捨てた最大の一撃を放つために。

 

「爆豪く……、」

 

 駄目だ、彼を止めることはできない。だってそれしかないのだ。自分たちでは有効打を与えられず、彼の一撃に頼るしかない。すべては爆豪勝己ひとりの肩にかかってしまっている。

 もし、もしも、いまの彼を救けられる者がいるとしたら、

 

 そのとき、

 

 嘶きとともに、飯田たちの頭上を漆黒の影が飛び越えていった。

 

「!」

 

 それはG2の頭上をも越え――そのまま、ギイガの上に降ってきた。

 正確にはその前輪を身体に激突させ、もう一度弾き飛ばしたのだ。

 

 着地したそのマシンは――トライチェイサー。つまりその騎手は、

 

「デク……!」

 

 ヘルメットを乱暴に投げ棄てたその顔は、まぎれもない緑谷出久、その人だった。

 

「かっちゃん……!」

「テメェ、なんで……!」

 

 わなわなと震えるG2。表情は見えないが……その感情は考えるまでもなく。

 出久は考える。「ごめん」……それでは駄目だ、いままでと変わらない。結局勝己の行動は無駄骨だったと言っているようなものだ。

 

(なら、僕が、)

 

(僕が、言うべきことは、)

 

 考えて、はっと閃きが降ってくる。――そうだ、そんな、とても簡単なことばで良かったのだ。

 

 

「――ありがとう、かっちゃん」

「……!」

 

 たったそれだけ。たったそれだけを言えないまま、自分たちはここまで来てしまった。

 でも、いまこの瞬間からは違う。

 

「やっと、やっとわかったよ。きみがずっと、どんな思いでいたのか。どんな思いで……僕の憧れまで、背負ってくれていたのか」

「デク……」

「うん……現実を見たくなくて、僕は使いものになるはずの目や耳まで塞いでしまっていた。確かに、木偶(デク)だ」

 

「でも……だからこそ憧れたんだ。きみの強さに」

 

 その憧れを……自分に生きる意味を与えてくれた人を、失いたくはない。

 その想いは、"デク"であるがゆえに生まれ出でたものだ。

 

「僕は、デクだ。だから、」

 

 腹部に手をかざす。"アークル"が、隆起するように浮かび出る。

 

「だからこそ僕は、」

 

 傷ついた右手を、目の前に突き出す。

 

 

「僕は、きみを守りたい!!」

 

 

「――変、身ッ!!」

 

 炎のような赤が、中心部に浮かぶ。それが全身に広がっていく。柔な人間の身体が膨れあがり――戦士へと変わる。

 

「……!」

 

 その姿を見て、勝己は息を呑んだ。

 

――赤。鎧もその双眸も、一点の薄らぎもない鮮烈な赤だった。

 それは緑谷出久が、決意と覚悟を取り戻したこれ以上ない証左だった。

 

「クウガァ……!」

「!」

 

 それを目の当たりにしているのは、ギイガもまた同じ。彼にとってクウガは脅威でしかなく……ゆえに、即座に攻撃を仕掛ける。墨を、吐き出す。

 躱すわけにはいかない。ゆえに防御態勢をとるクウガだったが……その攻撃が届くことはなかった。

 

 背後から奔った爆炎が墨を呑み込み、誘爆させたのだ。

 ぎょっと振り向いたクウガが見たのは、フーフーと餓狼のような荒ぶった呼吸とともに、こちらにずんずんと迫ってくる自分そっくりの機械人の姿で。

 

「俺を守る、だァ……?」

「ヒッ……」

「チョーシこいたこと言ってんじゃねェぞッ、このクソナードがァ!!」

 

 怒声。身を竦ませつつ……やはりそう簡単に受け容れてはもらえないかと、出久は少しだけ落胆した。勝己にはそれだけのプライドがあるのだから――

 

 

「……やれるモンなら、やってみろや」

「え……?」

 

 だからぼそりとつぶやかれたそのひと言を理解するのに、寸分ラグがあった。

 

「かっちゃん、いまなんて……」

「ア゛ァン!!?二度言わせようとするとかマジチョーシこいてんなァ!?あの爆弾魔の前にテメェから葬り去ってやろうか!!」

「い、言ってること滅茶苦茶だよ!?」

 

 しかも爆弾魔って、きみも似たようなものじゃないか――それだけはかろうじて呑み込んだ。本当に有言実行されかねないし、そうなったらぶち壊しである。

 

「――デク、」

「!」

 

 不意に落ち着いた声で呼ばれ、かえって身が引き締まる。

 

「テメェが来た以上、俺ァ命まで賭けねえ。――19号のグロいほうブッ殺したときのアレやるぞ、いいな?」

 

 メ・ギノガ・デ変異体を倒したときの、爆炎を纏ってのマイティキック。あのときは出久が思いつき、提案したのだけれど。

 

「うん!」

 

 力強くうなずき、一歩前へ進み出るクウガ。「ウガァアアアアアア!!」と咆吼するギイガと対峙し……構えをとる。

 

「……ッ、」

 

 全身に、電流が奔る。これは"凄まじき戦士"の前兆なのかもしれない。だからといってもう、迷わない。躊躇わない。

 

(僕は――戦うッ!!)

 

 そして、跳んだ。

 

 空中で蹴りの態勢をとったところで、背後から「死ねぇええええッ!!」といういつもの罵声が響く。刹那、背中に感じる灼熱。爆炎が到達したと自覚したときには、この身は加速していた。

 

「クウガァァァァァ――!!」叫ぶギイガ。

「おりゃぁああああああッ!!」叫ぶクウガ。

 

 その蹴りが、胴体に炸裂し――

 

 

――我に返ったときにはもう、ギイガの姿はなく。ただ爆炎と、灼け焦げた残滓のみが遺されていた。

 

「………」

 

 立ち尽くすクウガ。その瞳が、燃え盛る炎を映し出している。自分はまた、ひとつの命をこんなものにした。――その事実を、きちんと噛みしめなければ。

 と、背後でG2が、がくりと片膝をついた。

 

「ッ、く……」

「!、かっちゃん!」

 

 駆け寄ろうとするクウガを手で制し、震える手で頭部ユニットを脱ぎ捨てる。勝己の顔が露わになる。汗に濡れた髪が、珍しくしな垂れていた。

 

「………」

 

 それを目の当たりにして、クウガもまた人間の……緑谷出久の姿に戻った。おもむろに、幼なじみのもとに歩み寄っていく。

 そして、

 

「――大、丈夫?立てる?」

「……!」

 

 手を差し伸べてくる。目を見開いたまま、勝己は過去の記憶を呼び起こした。幼い頃、橋から川に落ちた自分に対して、この男はまったく同じ行動をとった。どうせそのときのことなど忘れている……無意識の行動なのだろうが。

 

「……テメェは、ンとに」

「え?」

 

 ぼやいた勝己は――その手を、とった。拒絶されると思っていたのか、出久は呆気にとられたような表情を浮かべている。「だったら最初からすんなや」と心中で毒づきつつ。

 よろよろと立ち上がったあとで、ぐいと引き寄せ、

 

「――!?」

 

 力いっぱい、投げ技をかました。まったく身構えていなかった出久の身体は綺麗に宙を回転し、背中から地面に叩きつけられる。「何をやっているんだ爆豪くん!?」と背後から飯田の抗議が響いたが、ひとまずは黙殺した。

 

「いッ、たぁああああ………」

「……ハッ」

 

 嘲笑とともに見下ろしてくる勝己を視界に入れながら、出久は「ひどいよかっちゃん……」とぽつり。フェイントをかますなんて、ふつうに拒絶するより余程性質が悪い。

 

「ン、」

「……へ?」

 

 思わず、間抜けな声を出してしまった。――だって真顔に戻った勝己が、そのまま手を差し出してきたのだ。

 出久が呆けていると、「早よ立てや!!」と罵声が飛んでくる。慌ててその手をとれば、半ば強引に引き揚げられた。

 

「ありがと……かっちゃん」

「……フン」

 

 鼻を鳴らす勝己。それでも満更ではなさそうな様子を見て、出久は小さく笑った。

 

(僕らはもう、お互いの手を取りあえる)

 

 長い長い隘路の果てに、ようやくたどり着いた、ひとつの終着。

 これからもぶつかりあうだろう。互いが許せなくなって、また傷つけあうことだってあるかもしれない。――でも、僕らはもう、大丈夫。

 

 触れる掌のぬくもり……たったそれだけのことが、出久にそう確信させてくれるのだった。

 

 

つづく

 




デク「……って、綺麗に締めてる場合じゃないよかっちゃん!?」
かっちゃん「ア゛ァ?」
デク「轟くんの無事が確認されてないよ!大丈夫かな轟くん、そりゃ36号は倒したけど墨が体内に残ったままだしでも椿先生が凄腕の外科医の人連れてきたって言ってたから手術できたのかなああでも手術できる=成功じゃないし万一の可能性も」
かっちゃん「うっぜ。あんな半分野郎次回からこっそり消えてても誰も気づかねえだろ」
デク「いや気づくし!あんな設定モリモリなうえにここではアギトなんだよ!?ぶっちゃけ僕より主人公感あるよ!」
轟「そうでもねえ」
かっちゃん「うわ、幽霊」
轟「幽霊じゃねえ、ちゃんと生きてる。足あんだろ」
デク「と、轟くん……手術成功したんだね、よかったぁ……」
轟「おう。椿先生の連れてきてくれた執刀医のおかげだ」
デク「すごいねその人……どういう人なの?」
轟「ナイスミドルだった。「英雄は独りではならない」とか言ってたぞ。名前は確か、きn……」
かっちゃん「手術談義はもういいから本題入れや!!」
デク「ひゃっひゃい!えーと次回は……グロンギに新たな動き!?現れる上位プレイヤーたち……奴らのゲームはいよいよ次の段階へ突入していく!敵はまた強力になりそうだ……どうする!?」
かっちゃん「どうするもこうするも、ブッ殺すだけだ!!」
轟「俺も及ばずながらがんばるぞ」

EPISODE 26. ネクストステージ

かっちゃん「捜査本部にのこのこやってきたコイツらが、寄ってたかって吊し上げられる」
デク「さっさらに向こうへ!?」
轟「向こうへ」

3人「「「プルス・ウルトラ!!」」」



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EPISODE 26. ネクストステージ 1/3

いよいよ始まる第2部(ネクストステージ)!
アニメの方もちょうどOPEDが変わり仮免編へ突入したということでいいタイミングです。

仮にアニメだったら拙作もOPED変わるタイミングなんだろうなー。どんな曲がいいと思う?関係ないかぁズのアンタにはぁ!(ザザル並感)




 広漠としたフィールドに、ふたつの異形の声が響き渡っていた。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 姿に似合わぬ少年のような高い声とともに、躍りかかる赤――クウガ・マイティフォーム。それに対し、

 

「はっ!」

 

 同じく姿に似合わぬ涼やかな声とともに迎え撃つは、黄金の胴・赤い左腕・青い右腕・虹色の瞳という鮮やかな超人戦士――アギト。クウガの拳をすんでのところで躱し、カウンターに自らの拳を叩き込まんとする。

 

「ッ!」

 

 スピード……いや、スペック全体で劣るクウガだが、それでも現実の動きでは負けていない。アギト以上の反応で拳を避け、すかさず蹴りを一撃叩き込む。「ぐ、」とうめき声をあげ、その鮮やかな身体がわずかに後退した。

 

「ッ、チィっ!」

 

 舌打ちをこぼしたアギトは、青く輝く右腕をかざした。途端に大気中の水分が凍結し、氷山が生み出される。それがクウガへと向かっていく。

 

「そう来るか……ッ、――なら!」

 

 「超変身!」――そう唱えた瞬間、クウガの姿が赤から青へと変わる。

 青。ドラゴンフォーム。鎧を薄くし筋肉の組成を変化させることで、俊敏な動作と高い跳躍力を獲得した形態である。

 そうした能力を余すことなく活用し、意志をもっているかのように迫りくる氷の刃をことごとく、鮮やかなバク転で躱していく。

 

「速ぇな、相変わらずッ!」

 

 そのスピードを称賛しつつ、アギトは跳ぶ。左腕に炎、そして光流を纏わせながら。

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 

「――KILAUEA SMASH!!」

 

 "平和の象徴"より受け継ぎし力を発動させた、最大の一撃。クウガのパワーを遥かに凌ぐそれは、当然喰らったらただでは済まない。まして装甲の薄いドラゴンフォームでは。

 

「ッ、超変身!」

 

 モーフィンクリスタルが紫に輝き、薄くなっていた身体と装甲がぼこりと膨れあがる。紫の瞳をもつ、タイタンフォームだ。

 ドラゴンフォームとは対照的に動きが鈍くなる代わりに、堅牢な装甲と拳の重みを得た形態。逞しい身体つきがオールマイトに近いものを感じさせるので、マイティフォームの次に出久が気に入っている姿でもある。

 閑話休題。

 

 鎧が、炎を纏った鉄拳を受け止める。その衝撃たるや凄まじく、紫のクウガをもってしても十メートル以上も後退させられた。

 

「い゛ッ、たぁぁぁぁ………!――轟くんきみ、結構本気でぶち込んできただろ……」

「ああ。なのにその程度で済むんじゃ、やっぱりすげぇな紫は」

「お褒めに与り光栄です……。なら、僕も()()、使わせてもらうよ!」

 

 偶然そばにあった木の枝を拾い上げ、構える。クウガ特有のモーフィングパワーが作動し、枝は光り輝いたかと思うと一瞬にしてその姿を変えた。紫に輝く、大地裂く剣――タイタンソード。

 

「行くよ、轟くん!」

「ああ――来い!」

 

 半冷半燃による猛攻を受け止めながら、一歩一歩踏みしめるように吶喊するクウガ。

 

 

――同じグロンギに立ち向かう者として、彼らは特訓に勤しんでいたのだった。

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした森の中にたたずむ洋館があった。

 主を失い、白昼であっても薄暗闇に覆われた不気味なそこに、純白のドレスを纏う美女の姿があった。どこか物憂げに見えるその表情はひどく儚く、この世のものとは思えない。

 

――確かに彼女は"ある意味"この世のものではなかった。そしてそうした者たちを、束ねる者でもあった。

 

 

 集う、者たち。彼・彼女らがグロンギ――巷で"未確認生命体"と恐れられる存在であるだなとと、誰が気づくだろうか。それほどまでに、彼らの姿は現代人のそれに近づいていた。

 

「ザジレスゾ、――ゲリザギバス・ゲゲル」

 

 集合の中心で、バルバがいつもとなんら変わらぬ淡々とした調子で宣言する。

 

「ギジョギ……ジョバ」

 

 応じるように、着流しを纏った青年。覗く胸もとにはカブトムシを模ったタトゥーが刻まれている。纏う威圧感は、この場にいる誰よりも強烈――自然体であるにもかかわらず。

 

「ザセザ、ババグドムセギジャジャパ?」

「――パダギグ、ジャス!」

 

 他を押しのけるようにして出てきたのは、軍服風の衣裳を纏ったショートカットの女性。彼女は名を"ガリマ"と言い、かつてメ集団のリーダー格の座をほしいままにしていた。唯一のゲゲル成功者となり、昇格した彼女はいま"ゴ・ガリマ・バ"を名乗っている。

 だが所詮は新参者。ゴ集団の中では末席であり、記念すべきファーストプレイヤーの座が与えられるはずもなく。

 

「――"ブウロ"」

「!」

 

 その名の主は、彼女らの頭上にいた。翼を広げ、一階に降り立つ。

 同時に、その姿が人間のそれに変わる。黒い外套を纏い、サングラスをかけた知的な雰囲気の青年。何かカードのようなものを手にしている。

 

「バギンビンズヅ、バギングドググド、ズガギビ、パベス」

 

 淡々と告げるとともに――カードを、バルバに投げ渡す。そこには禍禍しい象形文字が描かれている――彼らグロンギ、特有のものだ。

 

「ギブギデ、ボソグ」

 

 宣言する青年――ゴ・ブウロ・グ。彼の腹部に、二本に増えた爪状の指輪の装飾を突き刺すバルバ。ゲゲルの準備が、これで完了する。

 颯爽と去って行くブウロを見送るゴの面々。愉しげか、あるいは無感情にか……大抵がそのどちらかである中で、ガリマだけは悔しげに表情を歪めていたのだが。

 

「――仕方がないわ。あなたはまだメから昇ってきたばかりだもの」

「!、……ベミウ」

 

 そんなガリマに話しかけたのは、ベミウという女だった。スリットの入った漆黒のチャイナドレスを纏った長い黒髪の美女――その儚げな風貌、そして柔和な笑みは、とても同じグロンギとは思えない。

 だが、ガリマは知っている。彼女もまたまぎれもないゴ集団のひとり――"ギンボンザブダダ(死のコンダクター)"の二つ名を与えられた実力者であると。

 

「……私を、侮るな」

 

 睨みつけても、ベミウの表情は変わらない。

 

「"ゴ"は不当に相手を侮ることはしないわ、あなたは強い。でもズやメのやり方しか知らないのよ、それでは真のゴとは言えないわ」

「なら、どうしろと言うのだ?」

 

 新たな仲間であり、好敵手でもある女の問いに――ベミウは、努めて誠実な答を返した。

 

「学びなさい、私たちのゲゲルから。ブウロも私も、他の者たちも……きっと、あなたを愉しませてあげられるわ」

 

 

 

 

 

「ふーっ………」

 

 濡れた頭をタオルで拭きつつ、出久は深々と溜息をついた。

 焦凍の変身したアギトとの、初めての本格的な組み手――思った以上に白熱してしまい、炎天下の中で休憩も入れずに二時間近くも続行してしまった。変身を解除した途端地面が濡れそぼるくらい汗が噴き出し、このまま脱水症状で即死するんじゃないか?なんて思ったくらいだった。実際、常人ならそうなっていたかもしれない――出久も焦凍ももうふつうの身体ではないから、無事に生きながらえることができているが。

 

「緑谷、これ」

「!」

 

 シャワールームから出てくると、待ち構えていた焦凍がペットボトルを差し出してきた。右の個性を利用して冷やしていたのか、表面に氷の粒が残っている。

 

「ありがと。ほんとに便利だね……」

「あぁ、夏は重宝する」

 

 ということはつまり、毎年この時期にはこういう使い方をしていたのだろうか。巧緻かつ鮮烈な戦いぶりがどうしても印象的になりがちだが、案外地道なところもあるらしい。そこが焦凍の奥の深さでもあるのだが。

 その場で内容のスポーツドリンクを半分近く飲み干す。冷たい飲料が五臓六腑に染みわたるような錯覚。――ちなみに、彼らの場合は多少時間を置いているからいいが、真夏に激しい運動をしたあとキンキンに冷えた飲料をがぶ飲みするのはかえって危険である。胃がびっくりして全部吐き出してしまうことにもなりかねない。

 閑話休題。

 

「それにしても、だけど……すごいねエンデヴァー。こんな施設まで持ってるなんて」

 

 こんな施設――いま出久と焦凍がいるのは、山間にあるエンデヴァー事務所所有の訓練施設だった。山を切り拓いて設けられたここには屋内と屋外それぞれに巨大な演習場があり、様々な状況を模した訓練が可能なのだ。

 

「……まあ、腐りきってもNo.1ヒーローだからな。補助金もたんまり貰ってやがる」

「な、生々しい……」

 

 しかも、なんだか嫌そうな表情まで浮かべて。蟠りも溶け、関係改善に向かったとばかり思っていた……いや実際そうなのだろうが、表向きの態度まで変えられるものではそうそうないらしい。まあ、そんなものなのだろう。

 あまり焦凍に不機嫌になられても悲しいので、出久は話題を変えることにした。

 

「って、ていうかやっぱりすごいね轟くんもっ!センスいちいち抜群というか……ワン・フォー・オールの使用可能時間も延びてきてるみたいだし」

 

 その称賛は心の底から出たものだった。まず基礎的なスペック自体、アギトはクウガのそれを上回っているのだが……生まれつきもっているのであろう類いまれなる戦闘センスが、それをさらに揺るぎないものとしている。もしもアギトへの変身能力を有していなくとも、半冷半燃にワン・フォー・オールまであれば十全に未確認生命体と戦えたのではないだろうか。そう思えるほどに。

 

 焦凍はというと、満更でもなさそうな表情を浮かべつつ、

 

「アギトになったおかげだな。思ったより身体の回復が速ぇ」

「そっか、やっぱり促進されてるってことだよね……。僕もクウガになって、鍛えはじめて……三ヶ月ちょっとしか経ってないけど、結構筋肉ついてきた気がするし」

 

 つぶやきつつ、軽く二の腕に力を込めてみる。細かったそれは、運動部でもない平凡な大学生にしてはきちんと鍛えられていると言える程度には逞しくなっている。腕に限らず、全身そうだ。

 だが、まだまだ不足だとも感じる。爆豪勝己などは中学の時点で筋肉量がうんと凄かったし――当時もいまもかなり着痩せしているが――、友人になって久しい心操人使も、高校から励んでいるだけあって細身ながらも筋肉質で動きも良い。さすがに全盛期のオールマイトのようにとはゆかずとも、彼らと張り合えるくらいになりたい……そんなふうに思うこの頃である。

 

「まあ、俺はここ一ヶ月のおまえしか知らねえけど……そうかもな。――でも、センスは間違いなく大したもんだと思うぞ、おまえも」

「そ、そうかな?」

「ああ。いくら変身して身体能力が強化されるっつっても、ふつうはそれに振り回されるもんだ。たかだか三ヶ月で四色使いこなせるようになるなんて、そうそうできるもんじゃねえ」

「それは沢渡さんやかっちゃんたちのおかげだよ。碑文を解読してもらったり、戦い方のアドバイスくれたり……」

 

(……かっちゃんがアドバイスくれるんだもんなぁ)

 

 自分で言っておきながら、思う。相変わらず言い方はきついし初めてタイタンフォームになったときのような力ずくでの荒療治もあるが……厳しくとも的確に伝え、こちらが真に理解し体得するまで付き合う誠意と粘り強さも感じられる。幼い頃の皆を引っ張っていこうというガキ大将気質が純粋に昇華したものともいえるかもしれない。少年時代にはそれが、非常に見えづらくなっていただけで……主に自分のせいで。

 

「いい仲間がいてよかったな、緑谷」

「ハハ……轟くんだってそうだよ?」

「……おう」やはり満更でもなさそうにうなずきつつ、「でも研究熱心なとことか、努力家なとことか……おまえ自身の力でもあること、忘れんなよ」

「う、うん……ありがとう」

 

 なんだかこそばゆい――焦凍は態度こそクールでぶっきらぼうに見えるが、いささか天然ぎみなこともあって良いものは良いと素直に言えてしまう点において勝己と異なる。能力的にはかの幼なじみとまったく引けをとらない男がこうして自分を褒めちぎるものだから、そう思えて仕方がない。

 

「そ、それよりあれかなっ、もう出ないとまずいかな!?」

「ん、もうそんな時間か」

 

 「こっからだと遠いしな」と焦凍。彼らふたりとも、このあと大切な約束があった。遅れれば十数人を待たせることになるから、ある程度余裕をもって出発しなければ。

 

 

「でも僕初めてだよ――警視庁に行くの。轟くんは?」

「本庁は俺も初めてだったと思う」

 

 そんなやりとりをしつつ、それぞれの愛馬に跨がる。警視庁――そこが彼らの目的地なのだった。

 




キャラクター紹介・アナザーライダー編 ドググ

仮面ライダーG2
身長:195cm
体重:150kg
パンチ力:2.5t
キック力:7.5t
ジャンプ力:ひと跳び15m
走力:100mを7.2秒
※数値は装着者によって変動あり
必殺技:G2オーバードライブ
能力詳細:
"戦闘用特殊強化外骨格および強化外筋システム"(通称"G1")とクウガの戦闘データを基に、発目明を始めとする科警研の特別チームが開発したパワードスーツ。
クウガ・マイティフォームを機械化したような外見に違わず、なんとそれに迫るスペックを実現しているぞ!装着者によってはグロンギと互角以上に立ち回ることも可能だ!しかしその代償に装着者の肉体にかかる負荷が凄まじく、長時間の戦闘は困難。最初の装着者である飯田天哉などは数時間に及ぶ激戦のあと、特に反動の大きいオーバードライブを二度も発動させたために吐血するほどのダメージを受けてしまった!
上述の飯田の装着後、その危険性が認識されて持出厳禁とされていたが、36号事件に際して爆豪勝己が強引に装着して出撃したことも(その際、肘から先は爆心地のコスチュームである籠手を装着していた)。36号(メ・ギイガ・ギ)相手に一歩も引かない奮戦を見せ、クウガが戦線復帰したあともその必殺技を支援するなど活躍したぞ!

作者所感:
原典のG1寄りな設定。あとがきか何かにも書きましたが超デッドヒートドライブのクウガ版みたいなイメージです。
出番は少ないですが飯田くんが装着したりかっちゃんがしたり、要所要所で活躍させてあげられたかな~と思います。あとはデチューンされて扱いやすくなった第3世代型に3号ライダーの座を明け渡すのみ……と思わせて意外な形で利用されるかも?


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EPISODE 26. ネクストステージ 2/3

会議だけで1万文字超えちゃったよ!と゛う゛な゛っ゛て゛ん゛た゛よ゛ぉ!!
まあ5千くらいで済んじゃうと前話との全体文字数の落差がすごいのでいいかな、とも思いつつ。そしてラストはあのお方再登場、PROJECT-G4の登場シーンをイメージしました、最後の台詞はまんまです。


――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 捜査本部の設置された会議室に入った緑谷出久と轟焦凍は、屈強な警察官とヒーローたちに取り囲まれていた。

 涼しい表情の焦凍に対し、出久はというと、

 

「ええええっとみみみ緑谷出久ですッ、よよよよろしくおねがいしまひゅっ」

(……また噛んだ)

 

 数日前――自分の誕生日会で元雄英A組のヒーローたちに囲まれたときから何も成長していない。まあそう簡単に泰然としていられるようになったら大したものだが。

 皆からも自己紹介が返ってきて、暫し話し込んでいると、本部のトップ2が入室してきた。出久たちの姿を認めて歩み寄ってくる。

 

「きみが緑谷出久くんか。この捜査本部の本部長、面構犬嗣です。いままでの協力、本当に感謝している。今後ともよろしく頼むワン」

「い、いえそんな……。よろしく、お願いします」

 

 ワン?語尾に疑問はあったが、犬のような異形型であるためなのだろうと早々に自分を納得させ、出久はこの犬型警察官僚の手をとった。手は人間そのままなんだな、などと内心考えつつ。

 そして、

 

「塚内直正、管理官をしています。まあ早い話がNo.2だな……よろしく」

 

 こちらとも握手をする。ここまでとは違う意味での緊張を強いられつつ。彼が数少ないワン・フォー・オールの秘密を知る者であり、オールマイトの友人であったがためだ。オールマイトと友だちだったなんて、羨ましい!出久は自分の年齢も忘れてそう思った。

 そんな出久の内心を見透かしたのか、塚内が密かに耳打ちしてきた。

 

「きみ、オールマイトの大ファンなんだって?今度色々話そうか、あいつのプライベートの様子とか。一応同年代の友人なもんで、ショートやグラントリノも知らないこととかたくさん教えられると思うよ」

「!、ほ、本当ですかッ!?ぜひッ、是非お願いします!!」

「ハハ……まあ当人の名誉にかかわらない範囲でだけどね」苦笑しつつ、「――さて、爆心地が睨んでるし立ち話はこの辺にしとくか」

「!」

 

 そのことばに慌てて振り向けば、椅子にふんぞり返っている爆心地こと爆豪勝己と目が合った。睨んでいる、と言ってもしかめ面程度――彼にとっては平常――なのだが、彼のことだから早く本題に入らせたいのもまた事実なのだろう。No.2だというこの男、少なくとも鈍くはないようだった。

 

 

「――では、臨時会議を始めます」

 

 もはや決まりごととなっている塚内のひと声に、空気がぴりっと引き締まる。

 

「まず、未確認生命体について。――第35号によって奴らの犯行の目的がゲームだと判明したことについては、緑谷くんとショートも既に聞いているだろう」

「………」並んで、うなずく。

 

 殺人ゲーム――ゲゲル。当初は信じがたいものがあった。しかしそうと仮定してこれまでの未確認生命体の行動を振り返れば、謎となっていた事柄の多くに説明がついてしまう。……ゆえに、それを認めるしかない。心情とは隔離してでも。

 

「具体的には、定めた制限時間以内に規定人数を殺害するゲーム……ということだな?」

「それで間違いないかと。――付け加えさせていただくなら、少なくとも第35号はさらに条件を絞っていたようです」

 

 鷹野警部補の言うとおり――第35号ことメ・ガルメ・レは、高見沢小学校の児童のみを標的としていた。それ以外の殺人に消極的だったこと……何より当のガルメの口から語られたことだ。

 

「……語られた、か。以前柴崎巡査……いや警部補を殺害した時点からそうだったが……当然のように日本語を話しているんだな」

「あいつに限った話じゃないですよ。ここ最近の連中は、個体差はあるにせよみんな日本語使ってますし」森塚の言。

「そうだな……。――きみが二度遭遇したB1号もそうだったな、爆心地?」

「……ッス」うなずきつつ、「二度目のアジト捜索で現れたときには、35号と同等に話してました」

 

 その事実はもちろんのこと――勝己の頭には、ことばの中身そのものがこびりついて剥がれずにいる。

 

「我々人間が、奴らと遜色なきものになろうとしている、か……。確かに、一笑には付せないことばだな」

 

 ヒーローとして、ヴィランの存在を念頭に置いたかのようなエンデヴァーのつぶやき。以前の彼なら本当にそれだけだっただろうが……いまは違う。もっとも、そこまで深読みできる者はこの捜査本部においても数少ないのだが。

 

「……その是非はともかくとして、奴らのほうが我々に近づいていることは明白ではないでしょうか。日本語にせよ、振る舞いにせよ……やはり個体差はあれ、当初の獣じみたそれとは様相を異にしているように感じます」

「そうだな……。――その点について爆心地、きみにひとつ見解があるんだったな」

 

 指名を受けた勝己がすくっと立ち上がり、資料のとあるページを開くよう指示する。

 

「"未確認生命体ことグロンギの記数法について"……?」

 

 出久が思わずタイトルを読み上げてしまったのは、まるで大学のレポートのような雰囲気と作成者が幼なじみであるという事実が自分の中で乖離していたためだ。――よくよく考えれば小中学校のとき、総合学習の発表に際してなど案外丁寧にやっていたから、そんな意外なことでもないのだが。

 

「記数法って……数の数え方ってこと?」森塚が訊く。

「そうっす。詳しくは資料のとおりですが……結論から言えば、連中は我々とは異なる位取りを行っていると考えられる。具体的には……"九進法"」

「九進法……?」

 

 位取り記数法――いわゆる"n進法"の考え方そのものを知らない人間はこの場にはいなかったが、ピンときている者に絞ると少数派になってしまう。常用している十進法、デジタルの礎ともいえる二進法、時分秒を司る十二進法や六〇進法などと異なり、実生活において九進法を利用する機会は皆無と言っていいのだから。

 そこにたどり着いたのは、ひとえに勝己の頭の回転の速さの賜物というべきか。

 

「気づくきっかけは、35号のひと言でした」

 

 高見沢小学校での戦闘において、勝己の猛攻に怯んだガルメが放った台詞――

 

『チックショ……いったんセーブしたいけどキリ悪いんだよ。あとひとり殺ればちょうどなのにィ……』

 

 

「――奴の殺害人数は98人。我々なら、あとふたり……100人をもってちょうどとするのが常識的な感覚です。だが奴は、99人をちょうどと断言した」

 

 数え間違い……ということはありえない。その直前、ガルメは98人の児童を殺したことを自慢げに語っていたのだから。

 ただ、

 

「単純に、ゾロ目だから……ってこともあるんじゃないの?」

 

 多くが思ったことを遠慮なく指摘する森塚。爆心地相手に勇気ある行動ともいえるが、彼もそこまで勝己を甘く見てはいない。

 実際、それは入口にすぎなかった。

 

「ヤツの目標人数が何人だったか、アンタ覚えてるか?」

「えっ!?い、いくつだったかなぁ……えーと……ア、ハハハ……僕も歳ですかねえ?」

 

 この場にいる警察官の中では最年少の森塚のぼやきに散発的な失笑が漏れる。勝己は溜息をひとつ吐き出し、

 

「ま、答えは次のページに書いてあるけどな」

「!?、先言ってよそれをよォ……。どれどれ……あぁ162人ね、うん思い出した」

 

 確かに中途半端な数字だ――人間からすれば。

 

「連中からすれば、かなりキリのいい数字です。計算方法は省略するとして……九進法に直せば、200」

「!、確かに……奴らにとってはゲロキリのいい数字になるね」

「っス。それ以外にも、連中が殺害人数をカウントするために使っていた腕輪……アレも9人をワンセットとするつくりになってます」

「……なるほどな」

 

 勝己の見解に、限りない説得力が生まれ出ずる。張り詰める空気。それをさらに促すかのように、出久が遠慮がちに手を挙げた。

 

「あの……ひとついいですか?」

「ああ。遠慮せず発言してくれ、むしろきみの意見が一番聞きたい」

「あ、ありがとうございます……といっても、意見ってほどではないんですけど……。――奴らは霊石の力で変身能力を得た古代の狩猟民族らしいので、僕らと変わらない価値観をもってる部分はあると思うんです。キリよく数字を揃えたいとか……趣味や嗜好を追求したりとか」

 

 そしてそれが、殺人ゲームにも反映されている――苦々しい表情を浮かべる出久。自分たちとそう変わらない思考回路をもっているのに、なぜ命の尊さを理解できないのだろうか。彼らには他人を思いやり、その幸せを願う心が欠片もないというのだろうか。

 やはり、許せない。――何よりそんな奴らに、人間引っくるめて同じものになろうとしているだなどと言われるのは、これ以上ない侮辱だと思った。

 

「緑谷くん、訊いておきたいんだけれど」

「!」

 

 そんな出久の内心を見透かしたかのように、鷹野が厳しい表情を浮かべて尋ねてくる。

 

「あなたはその35号を滅多打ちにしたうえ、私たちにまで襲いかかろうとしたわね。――それは、奴に対して抱いた憎しみが引き起こした暴走ということなの?」

 

 彼女をはじめ捜査本部の面々は、勝己越しに桜子による解読結果を聞かされている。"凄まじき戦士"について、既に知っているのだ。

 それゆえ、確かめないわけにはいかなかった。未確認生命体に対する憎悪が暴走の原因だとするなら……それが再び閾値を超えたとき、今度こそクウガは恐るべき脅威となるかもしれないのだから。

 

 そして誤魔化すこともできず、出久はうなずくほかなかった。

 

「もちろん最初からずっと、奴らのやってることは許せないって思ってました。でも、それがゲームだなんてわかって……そのせいで、なんの罪もない子供たちの命が奪われて、生き残った子供たちも、心に消えない傷を負うことになって……」

「………」

「なのに奴は……35号は、僕に言ったんです」

 

 

『こっちはテメェらなんの価値もないゴミクズどもを点数稼ぎに使ってやってんだぞッ、ありがたく殺されろよ!!』

 

「奴が……そんなことを」

 

 そんなつぶやきが漏れる以外、一同絶句している。そんな彼らの表情ににじむのもまた、憎悪に限りなく近い怒りだった。それを直接聞かされた出久の気持ちがその比でなくなることも、容易に想像がついて。

 

「その瞬間、身体と頭がぐわって熱くなって……奴を殺してやりたい、そればかりで埋め尽くされて……。あいつを痛めつけ、苦しませるのが楽しくて仕方がない……あのときは、そんなふうにすら思ってたんです」

「………」

 

 見るからに穏和そうな出久から飛び出した過激な吐露は、しかしそう思わせるのも無理はない。仮にこの場にいる他の誰かがクウガだったとて、同じ思いを抱き、同じように暴走していたとしか考えられない。

 

「……きみは間違っていない。それは人間として、正しい感情だと私も思う」

 

 椿と同じ、塚内のことば。だが警察官として、それだけで終わるわけにはいかなかった。

 

「だがきみの人間性と、ともに戦う仲間として信頼できるかは……残念ながら、別の話だ。――爆心地、」

「……っス」

 

 予感があったのか、勝己は突然の指名にも動じることなく小さくうなずいた。

 

「きみは以前、本部長と私の前で断言したよな。――"彼が人間に危害を加えるようなことがあれば、自分が抹殺する"と」

「!」

 

 それはあの場にいた三名を除いて、皆初めて知る事実だった。会議室内がざわめきに包まれる。

 

「ま、マジでンなこと考えてたの?」

 

 森塚の問いに、寸分の躊躇いもなくうなずく勝己。その微塵も揺らぎを見せないルビーのような瞳に射すくめられ、森塚は鼻白むほかなかった。

 

「本気か爆豪くん!?緑谷くんはきみの幼なじみだろうッ!!」

 

 憤然と立ち上がり、抗議する飯田。

 無論幼なじみといっても、親しくなどなかった。ずっと出久をいじめてきた。――だから、尚更だ。

 

「じゃあテメェにできんのか?」

「そ、れは……――ッ、きみに、やらせるくらいなら……!」

「無理だな」断言する。「テメェは優しすぎる。――轟、テメェもな」

「……!」

 

 飯田に続いて声をあげようとした焦凍は、そのひと言に制されてしまった。

 

「テメェはテメェで、デクに恩を感じすぎてる。テメェにもデクは殺せねえ」

「……ッ、」

 

 反論の余地はなかった。それでも焦凍は、歯噛みし、拳を握り掌に爪を立てる。――彼にとっては、出久だけでなく勝己だって恩人には違いなかった。体育祭の試合で最初のきっかけを与えてくれたのは、この男なのだ。彼が傷つく姿も、同じくらい見たくないと思う。

 

「飯田くん、轟くん」

 

 不意に当人――出久が、声をあげる。

 

「万が一のときはかっちゃんに全部任せたいって、僕も思ってる」

「……!」

「緑谷くん、それは――」

「――わかってる。本当はこんなこと、誰にも頼んじゃいけないんだ」

 

「でもだからこそ、幼なじみの……僕のことをずっと見ていてくれたかっちゃんになら、僕は我が侭を言える。全部、託せるんだ」

「………」

「ごめんね、かっちゃん」

 

 あえてへらりと笑みを浮かべて、謝罪のことばを放つ。対して勝己は一瞬眉根を寄せたあと、ひとつ舌打ちをこぼした。その尾を引かない音には、あらゆる思いが乗せられていて。

 

「ンなクソみてぇな我が侭、俺に押しつけやがって。テメェはホントクソだわ」

「………」

 

「……クソはクソなりに、俺に泥かぶらせねえようにせいぜい努力しろや。……そのためなら、ちったぁ手ェ貸してやってもいい」

「!、かっちゃん………」

 

 手を貸す――尽くす。出久の心が、二度と憎悪に囚われないように。

 他ならない勝己がそう言ってくれた。その事実を噛みしめるように、出久はしっかりとうなずいた。

 

 あらゆる相剋を乗り越え、いまこの瞬間にまでたどり着いたふたり。その全貌を知ることはなくとも、皆、そこに確かな絆を見た。

 捜査本部のトップ2も顔を見合わせ、互いに小さく笑いあった。――彼らが互いの心に寄り添いあおうとしている限り、大丈夫。どんな物事にも根拠を求めずにはいられない大人になってしまったけれど、これだけは無条件に信じたいと思える。

 

「なら、この話はここまでにしよう」

「!、いいんですか?」

「爆心地もきみも、嘘はつかない。そう信じているだけだワン」

 

 それ以上のことばは必要ないとばかりに、面構はグルル、と小さく唸った。本物の犬じみた声音に苦笑しつつ、塚内が話題を切り替えにかかる。

 

「では、次――"G-PROJECT"について。インゲニウム、頼む」

「はっ!」

 

 威勢よく立ち上がるインゲニウムこと飯田天哉。その後の「何ページをご覧ください!」という指示の声まで室内じゅうに反響している。

 

「えー、"G-PROJECT"について……既に完成している第2世代型、通称"G2"が人体に与える負担が顕著であることから、科警研では現在第3世代型の開発を進めております。こちらも既にスーツ自体は完成に至っており、現在OSの最終調整を行っているところです」

「第3世代型……"G3"というわけだな。これの性能は?」

「G2が第4号に迫る性能と引き替えに運用が困難となってしまったことから、その半分程度となっております。性能低下を補うためサブマシンガンやグレネードランチャー、高周波ブレード等の武装が追加されるとのことです」

「ほほう。この写真見てもそうだけど、なんかよりポリス仕様になった感じだね」

 

 森塚のつぶやきは、一同同意するところだった。ほとんどクウガそのままだったG2と異なり、G3はより洗練されたデザインがなされ、カラーリングも青と銀を基調としたものに変えられている。

 

「しかし、いくら武器があるといっても……G2からさらに低下した性能で、奴らとまともにやりあえるの?ただでさえ奴らは強くなっているのよ」

 

 そこらのヴィランくらいならともかく、グロンギを鎮圧するには心許ない――鷹野の指摘はもっともだったが。

 

「G3については、 単独行動にこだわらず、第4号……緑谷くんや轟くんの支援をコンセプトとする旨、指示があったそうです」

「確かに、僕らの上位互換と考えりゃ……。でもそうなるとインゲニウム、きみの戦闘スタイルとはだいぶ変わってきちゃうんじゃない?」

「………」

 

 不意に黙り込んだ飯田。怪訝に思った森塚が「インゲニウム?」と呼びかけると……口を開いたのは、彼ではなく塚内だった。

 

「――インゲニウムは、正式の装着員を辞退したそうだ」

「!?」

 

 なぜ――そんな空気が、全員に伝播する。彼はG2のテスト装着員に自ら志願し、まだ安全性の担保されないそれを纏って実戦にまで出たのだ。一体どんな心変わりがあったというのか、疑問に思うのは当然というもの。

 

――彼にとっては、その実戦こそが問題だった。

 

「……僕はG2を装着して実戦に出ました、危険があるとわかっていながら。実際、チャージズマやイヤホン=ジャック、そして駆けつけてくださった皆さんの援護がなければ、僕は第32号に殺されていたかもしれない。もしも、そんなことになっていたら――」

 

 出動を許した発目らプロジェクトチームが糾弾されることは免れない。実際がどうであるかに関係なく、将来有望なヒーローを自分たちのマッドな欲望で潰した者たちとして、永遠に日の当たる場所で生きられなくなるかもしれないところだったのだ。そして当然、世論の非難を囂々と浴びたG-PROJECTは白紙に戻される――

 

「G-PROJECTを完遂させることは僕の責任だと思っています、だからすぐには降りなかった。……しかし、どこかでけじめはつけなければならない。無論、未確認生命体から市民を守る使命まで放棄するつもりはありませんが……何食わぬ顔で装着員を続けることも、僕にはできません」

 

 きっぱりと言いきったうえで、

 

「……なお正式な装着員については近日中に選考が行われ決定する予定、方法については検討中とのことです」

 

 打って変わって事務的な口調でまくし立て、飯田はひとり着席した。それ以上は何もない、と言わんばかりに。

 

「飯田くん……」

 

 そんな彼に、かけることばの見つからない出久。ただその横顔を見つめていると、

 

「――潔癖すぎると思うか、緑谷くん?」

「!」

 

 捜査本部トップの犬男による問いに、出久は思わず目を泳がせていた。その問いはまさしく出久の率直な思いを嗅ぎ分けたものだったからだ。

 「そうだろうな」と理解を示しつつ、

 

「……だがそれは、本来あらゆる力ある者には必要な考え方だ。行使できる力が大きければ大きいほど、自らを律し、法や規則……あらゆるルールで雁字搦めにしなければならない。それに反するのなら、罰も甘んじて受け入れなければならないんだ――爆心地のように」

「………」

 

 飯田とは異なる状況・立場でG2を持ち出した勝己に対するそれは、自罰では済まなかった。――懲戒処分。それまでの功績も鑑みて減給で済んだが、ヒーローとしての彼の経歴に傷がついたことに変わりはない。

 そしてそんな面構のことばは、出久に自分の立場がいかに危ういものか思い出させた。

 

(もしも奴らが法的に人間と認められるようなことがあれば……僕が戦うことは許されなくなるんだ)

 

 いまグロンギたちは野生動物と同様に扱われているから、出久はクウガとして大手を振って戦うことができる。――しかし人間……ヴィランを相手にそれはできない。それでも戦うというなら、何ひとつ支援を受けることもなく孤独に戦うことを……人として多くのものを失い続けることを、覚悟しなければならなくなる。

 

「……肝に、銘じておきます」

 

 ようやく絞り出したことばだったが、込められた想いの丈は伝わったらしい。面構が小さくうなずいた。

 

「よろしい。……無論、究極の選択を迫られるような状況にみすみすきみを追い込ませるつもりはない。全力で後ろ盾になるから、安心してほしいワン」

 

 

「――というわけで管理官、そろそろ彼に例のものを」

「おぉ、もう渡しますか。――ま、そうですね」

 

 笑いを噛み殺しながら立ち上がる塚内。いままで気がつかなかったが、その手には封筒が握られている。なんだろう?首を傾げながらも出久は立ち上がった。

 

「緑谷くん、これを。中身を確認してみてくれ」

「?、はい……」

 

 言われたとおりに封筒を開く。と、そこから出てきたのは――

 

「"ヒーロー活動 特別許可証"……?」

 

 そこに躍る願ってもない文言に、出久は目を見開いていた。

 

「ヒーロー活動といっても、そこにあるとおり対未確認生命体に限定されたものだけどね。でもこれで、きみの戦いは脱法的なものから合法的なものへとランクアップした。――ま、後ろ盾としては一番わかりやすいかな」

「僕のために、こんな……大変だったんじゃ………」

「ハハ、きみのためだけじゃないさ。我々としても、きみが公式なライセンスを持ち歩いていてくれたほうが色々とやりやすくなる。既に通達は出ているとはいえ、やはり有形のものの効き目は違う。黄門様の印籠のようなものさ」

 

 「それに」と、耳打ちしてくる。

 

上層部(うえ)にきみにゾッコンな人がいるからね。俺たちは大して苦労してないよ」

「ぞ、ゾッコン……?」

 

 おやっさんが使用しそうな……つまりは死語だなどと内心思っているうちに、塚内は自分の席に戻っていった。

 入れ替わるように、面構がマズルを開く。

 

「それはきみへのこれまでの感謝、そしてこれからへの期待を表している。――これからもどうか、力を貸してくれ。皆の笑顔を、守るためにな」

「皆の笑顔を、守るために……」

 

 それこそは出久が、最も望んでいたこと。――彼らの道はいま、完全に重なった。

 

「はいッ、――がんばりまひゅっ」

 

 一番大事なところを噛んでしまい、赤面する出久。そんな彼を見て、くすりと笑う一同。

 和やかになった空気の中心で、出久ははにかみながら頭を掻いたのだった。

 

 

 

 

「いや一時はどうなることかと思ったが、良い雰囲気で終了することができて本当によかった!」

 

 会議が終わり解散したあと、廊下を歩く飯田天哉は嬉々としてそう話した。

 

「これも緑谷くん、きみの人徳の賜物だな!」

 

 隣を歩く出久は、思わず「へぁっ!?」と声をあげた。

 

「ちちち違うよっ、皆さんすごくいい人だから……」

「クソ親父以外はな」ぼそりと、焦凍。

「いやきみのお父さんも含めてだよ……」

 

 まあ会議の終わったあと父子もそれなりにことばをかわしていたようだから、照れ隠しの色合いが強いのだろうが。

 

「そうだ緑谷くん、轟くん、これから何か予定はあるかい?」

「え?いや僕は特にだけど……。強いて言うなら試験勉強とか……大学の」

「俺も。強いて言うなら腹減った」

「それだ!」いきなり大声。「良ければ一緒に昼食をどうかと思ってな!あの喫茶のカレーをまた食べたいんだ」

「!、いいね!おやっさんもきっと喜ぶよ」

「俺も食いてぇ」

 

 三人で盛り上がりながらも、出久は前方を見遣った。そこには、あえて輪に交わらずに歩く幼なじみの背中があって。

 

「かっちゃんも、一緒にどう?」

「………」

 

 振り向きじっと見つめてくる紅を、逸らすことなく見つめ返す。互いの秘めたる意志の強さは、もうぶつかりあうばかりではないのだと、彼らは知っている――

 

「……テメェの奢りなら」

「!、う、うん、もちろん!そういう約束だもんねっ」

 

 まだ百食にはほど遠い。だから少しずつ、積み重ねてゆける。出久にはそれが嬉しかった。

 けれども、事情を知らない彼らは当然別の捉え方をしてしまうわけで。

 

「奢りだなどと……爆豪くん、きみは学生にたかるのか?」

「減給になったからっておまえ……みみっちいだけじゃなくてケチなんだな」

「ア゛ァ!!?」

 

 当然勝己はブチギレモード。なんてことしてくれるんだ、と出久は率直に思った。

 

「ちょっ、もうッ、なぜそうきみたちは煽るのかな!?」

「事実なんだからしょうがねえだろ」

「うむ、それに良くないことは良くないときっちり言わなければ!」

 

 いやそれはそうなんだけど――出久が困り果てていると、不意に前方から複数のいかめしい足音が響いてきた。

 現れたのは、警察官の夏服を纏った壮年の男たち。彼らを率いているがっちりした男性は、思わず道を空けてしまいたくなる威容があった。

 そして彼は、その威容にふさわしいだけの肩書きも持ち合わせていて。

 

「……あの方は、本郷警視総監だ」

「けッ、警視総監……!?」

 

 東京の警察官五万人を統べる、警視庁の主――警察組織について詳しくは知らない出久でも、その程度の知識はもっていた。

 恐縮しつつ壁際にぴったり背をくっつけ、出久は友人たちとともに雲の上の面々が通り過ぎるのを待っていたのだが、

 

「おぉ、きみたちか。頑張っているようじゃないか!」

「!?」

 

 威厳に満ちた顔立ちが、青年たちを目の前にして朗らかに崩れる。そのギャップに、また出久は驚かされた。

 

「爆心地にインゲニウム。一番若いにもかかわらず多大な貢献をしてくれていると聞いている、いや本当に頭が下がる思いだよ」

「……っス」

「あっ、ありがとうございますっ!!」

 

 いつも以上に肩に力が入っている飯田に、表向きいつもどおりながらよく見ればやや緊張した面持ちの勝己。彼らにそうさせるだけのものが、この警視総監にはあった。

 

「ハッハッハ、そう畏まらんでくれ。肩書きばかり立派なものだが、実態はただのコーヒー好きな年寄りだ。引退したら喫茶店でもやりたいと思っていてねハッハッハ」

「………」

「まあそれはともかく。――ショート、きみも大変な苦労をしてきたようだが……無事に戻ってきてくれてまずはほっとしている。あぁ、グラントリノにもよろしく言っておいてくれ」

「……どうも」

 

 

「そして――緑谷、出久くん」

「!」

 

 打って変わって静謐な表情で、じっと見据えてくる本郷。出久はごくりと唾を呑み込みながら、それに応えるほかなかった。全身が……体内の霊石までもが、何かを訴えかけてくる。

 そして、

 

「――きみこそ、俺の理想を継いでくれる人間かもしれないな」

「!、え……」

 

 その詳細が語られることはなかった。側近のひとりが「総監、お時間が」と耳打ちしたのだ。

 

「やれやれ……本当は是非コーヒーをご馳走したいところなんだがね、これから人と会う約束があるんだ。今日のところは失礼させてもらうよ」

「………」

 

 歩き出しかけ……「あ」と立ち止まる。

 

「そうそう、最後にひとつだけ」

 

 

「――いまの俺にできないことを、きみたちがやってくれ」

「!」

 

 

 「頼んだぞ」――若者たちに"何か"を託して、警視総監・本郷猛は颯爽と去っていくのだった。



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EPISODE 26. ネクストステージ 3/3

感想で要望があったので番外編が一番↑に行きました。なので話数に混乱が生じてましたすみません。まだあまり仕組みがよくわかってないです。


摩天楼立ち並ぶ都内上空を、翼を広げて悠々と飛翔するひとつの影があった。

 その体長はおよそ2m――通常、日本に生息する鳥類の比ではない。もっと言えば、その形状も鳥とはまったく異なっていて。

 

 それもそのはず……彼は鳥の特徴をもっているというだけで、どちらかと言えば人間に近い存在だ。明晰な頭脳をもち、言語を操り――巧妙に殺人を企図する……グロンギのひとり。

 彼――フクロウ種怪人 ゴ・ブウロ・グはそのフクロウそのままの口許に筒状の物体を当て……何かを連続で吐き出した、さながら吹き矢のように。地上に向かってそれらは射出されていき、そこを行きかう人々の一部に突き刺さる。

 

 ククッ、と笑いを漏らしながら、ブウロは手近なビルの屋上に降り立った。筒で軽く肩を叩きつつ、眼下に目を遣る。――先ほど狙い撃った人々がばたばたと倒れ伏していくのを認めて、彼はさらに笑みを深めた。人数は、()()()()9人。

 仕留めた人数のカウントは、彼自身の役割ではなかった。――仮面の男、ドルド。斃れた人々とそれに困惑する人々の間を縫って歩きながら、算盤"バグンダダ"を操る。直接手を下したブウロに劣らぬ、冷酷な姿だった。

 

 

 

 

 

 新たなゲームスタートを世界は未だ認知せず、それゆえ"彼ら"の時間も平穏に過ぎていく。

 緑谷出久ら四人がポレポレに到着したのは午後一時を過ぎ、客の入りも落ち着いた頃だった。四人中三人がヒーローであることから、騒ぎになるのを避けたのだ。とりわけ焦凍は表向き隠遁を貫いていることであるし。

 

 ともあれ代表して出久がドアを開ければ、からんころんとカウベルの音が鳴り響く。まず鼻腔をくすぐるカレーの香りが出迎えてくれる。そして、

 

「おっ、待ってたぞ~四人衆!」

「いらっしゃい皆!」

 

 カウンター内外から朗らかな歓迎のことばをかけてくれるのは、店主であるおやっさんと、出久に次いで働きはじめた麗日お茶子だ。うまく隙間時間に滑り込めたおかげで、他に客の姿はないようだ。

 

「お邪魔いたします!!」

「どうも」

「……っス」

 

 続々入店してくるヒーローたち。既に全員と顔見知りでありながら、おやっさんは子供のように目を輝かせた。

 

「こんなぁ……こんないっぱいのヒーローが……誰が来店すると思いまっか?」

「何ですかそれ?よしよし四人とも、こっち座って!ちゃんとカレー用意してあるから!」

 

 おやっさんのマイナーなギャグをあっさりスルーしたお茶子によって席に通される四人。左から飯田、焦凍、出久――そして勝己。まったく同じタイミングです、と椅子に腰掛ける様を見て、お茶子はくすりと笑った。

 

「どうしたの?」

「いやぁ、なんかいいなぁと思ってこの組み合わせ!友だちってだけじゃなくて、仲間感もあって!」

 

 出久は一瞬ぎくりとした。プロヒーローの三人組は当然としても、自分まで仲間に含まれる――いまは現実としてそうなっているから、そのことに勘づかれたと思ってしまったのだ。まあもしそうなら何も言ってこないはずがないから、ただの感想の域を出ないのだろうが。

 

「仲間か……そうだな、素晴らしい仲間だ。緑谷くんも含めてな!」

「そうだな……」

 

 飯田、焦凍と同意を示す一方で、

 

「けっ」

 

 露骨に不愉快そうな表情を浮かべ、毒の欠片を吐き出す勝己。まあいつもどおりの反応である。これで「俺もそう思う」なんて同意しようものなら、次の瞬間には天変地異が起きて地球が滅びること間違いなしだ。

 もう皆慣れきっているから、勝己のそれに傷ついたり不快に思ったりすることはない。――むしろ逆のベクトルに反応するくらいで。

 

「ンフフフ……」

「ア?ンだ丸顔、発明女みてぇなクソキメェ笑い声出しながらこっち見んな死ね」

「は、発目さんみたいな!?……まあいいや。フフンっ、見たくもなるよぉ!爆豪くん、いつまで経っても素直になれないんだからぁこのこのっ!」

「ブッ!?」

 

 口に含んだ水を噴出しそうになる出久。

 

(ヤバイ……忘れてた……!)

 

 そう、お茶子も意外と勝己を煽るのだ。焦凍や飯田とはまた異なり確信犯(誤用)的に。自分も勝己の逆鱗に極めて触れやすい性質であることを考えると……むしろこの状況、勝己にとって針のむしろなのではないか?そんなふうにすら思えてくる。

 案の定、勝己はこめかみに青筋をたてている。爆発する、色んな意味で!反射的に身構える出久だったが、

 

「ハッ、バカ言ってんじゃねえわ」

(あ、あれ……?)

 

 勝己の唇が薄く緩んだように、出久には見えた。慌てて視線をフォーカスしたときにはもう、それは何かよからぬことを思いついたときの意地の悪い笑みに早変わりしていたのだが。

 

「ンなことより丸顔よォ、テメェいつ来てもここいんな。本業がよっぽどヒマなんか?あァまた謹慎喰らったんか?」

「!?、く、喰らってないし!大体シフト週3だから毎日いるわけやないもんッ、偶然や偶然!」

「どーだか」

 

 思わぬ反撃にたじろぐお茶子、愉快そうにつつく勝己。いじり返しやすいからか、お茶子相手だとまた少しリアクションが違うらしい。出久はまたひとつ幼なじみの対人関係について学んだ。

 

「んもうッ、そんな意地悪言うなら爆豪くんハブっちゃうからね!?海!!」

「あ?海ィ?」

「そ、さっきマスターと話してたんよ。来月初めくらいに湘南に海水浴に行かないか、って」

「ショーナンです!」

 

 「そうなんです」と湘南をかけたおやっさんのギャグをまたしてもスルーしたお茶子は、今度は出久に声をかけた。

 

「言い出しっぺはヤオモモなんだけどね~。実家がねぇ、プライベートビーチ持ってるんだって!すごいよねぇ」

「へぇ……しょ、ショーナンだ」

「!!!」

 

 なぜか蹲るお茶子。同様に無視されるものとばかり思っていた出久はびっくりしてしまった。

 

(デクくんかわぃいいいいい゛……ッ!)

 

 相手がそんなことを思いながら悶えているなどと、わかるはずもない。隣に座る勝己はそんな元同級生と幼なじみを交互に冷たく睨めつけているが。

 

「どうしたんだ麗日くん、気分でも悪いのか!?」大真面目に訊く飯田。

「いっ、いや大丈夫……。と、とにかくそういうことだから!詳しい予定はあとで相談するから、みんな前向きに考えといてね!」

「けっ、ンなもん頼まれても行くかよ。つーかとっととメシ出せや」

「ええ~、なんでキミはそう……ハァ」

 

 溜息をつきつつ、カレーをよそいはじめるお茶子。勝己の中には未だ明確な線引きがあるようで、そういう馴れあいは許容範囲外ということなのだろう。こうして食事をともにするのがせいぜいということか。

 一方、出久はというと、

 

(海水浴、か……)

 

 友人たちと親睦を深めるのはもちろんのこと、水泳に励むことで鍛練にもなる――そういう意味でも行く価値はありそうだが、その間に東京に未確認生命体が出現したらと思うと、気が引ける。

 悩む出久。そんな彼に対し、隣に座る男が意外なことばをかけた。

 

「……行きゃいいだろ」

「へっ?」

 

 ぎょっと顔を向けると、ことばの主はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 さらに、反対隣に座る焦凍が、

 

「俺がこっちに残る。何かあってもおまえが戻ってくるまでの時間稼ぎくらいはできる。だからまあ……楽しんでこいよ」

「轟くん……」

「あと、飯田もな。初心に返ってトレーニングに打ち込むのもいいだろ」

「!、た、確かにな……。うむ、前向きに検討してみよう」

 

 ありがちな社交辞令ではなく、本心からそう言いきる飯田。――捜査本部からもうひとり参加者が現れることは、このときはまだ知るよしもない。

 ともあれここでカレーが出てきたので――勝己のもののみ特注の激辛仕様――、いったん談話を止めた四人は揃って手を合わせたのだった。

 

 

 

 

 

 ゴ・ブウロ・グの飛翔と殺戮は静謐のままに続けられていた。彼が筒越しに吹き放つ何かが、血の一滴すら流すことなく標的を絶命させていく。猛暑の中、傍目には熱中症か何かで気分が悪くなった――そうとしか見えないほどに。

 斃れた人々を、やはりドルドがカウントしていく。――そんな光景を、ゴ・ガリマ・バは溜息をつきながら見つめていた。落胆ではない、感嘆だ。

 

(なんという技だ、あのような……)

 

 高高度から正確に射抜いて殺す――自分がかつて所属していたメ集団のプレイヤー、メ・バヂス・バが似たような手口を用いていた。だがブウロの技術は、バヂスのそれを遥かに超えていると言うほかなかった。血の一滴も流すことなく人体を貫き、さらに"貫き殺すだけ"とはひと味違う工夫がなされている。そもそもバヂスは、15分に一回しか毒針を放つことができなかった。

 

 やはり"ゴ"は、それ以下のグロンギたちとは格が違う。認めざるをえない。

 

(ならば、この女も……)

 

 隣で同様にブウロのゲゲルを観察している、ゴ・ベミウ・ギ。彼女はいかなるゲゲルを見せてくれるのだろうか。

 

 期待を胸に抱き、ベミウを見つめるガリマ。――ゲゲルとは離れたところで彼女と親しく交わることになろうとは、このときはまだ予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

「ふ~っ、ごちそうさまでした!」

 

 満足げに腹をさすりつつ、完食を告げる出久。飯田と焦凍は「やはり美味しかったな!」「あぁ、美味かった」などとやりとりしている。勝己は何も言わないが、誰よりも早く完食していることを鑑みれば、満足しているか否か、言うまでもないだろう。

 

「お粗末さま。あ、これ食後のアイスコーヒーね!サービスしとくカラムーチョ!」

「?、カラムーチョとは?」

「大真面目に取りあわなくてええよ飯田くん」

「………。あ、あとそうだ、よかったらこれ見てってよ」

 

 気持ち落ち込みぎみのおやっさんが取り出してきたのは、一枚のアルバム。

 

「"4号、活躍の歴史"……ですか?」

「そ。日課でねぇ、スクラップしてるの!」

 

 「爆心地さんとインゲニウムさんは知り合いだもんねぇ」とおやっさん。だからこそ見てほしいということなのだろうか。

 飯田がテーブルに置いてそれを開けば、焦凍が「俺も見てぇ」と覗きこんでくる。製作に携わっている出久は微笑ましくその光景を見つめ、勝己は興味もなさそうにスマホをいじっている。

 

 アルバムはきちんと時系列順になっている。未確認生命体出現と彼らと戦う第4号についての記事から始まり、現在に至るまで。

 

(こうして見直すと……緑谷くんに対する世間の評価が、ずいぶん変わってきたことがわかるな)

 

 最初期はやはり、クウガを未確認生命体の同類として危険視する論調が大勢を占めていた。他の未確認生命体と戦っているのもむしろ、単なる仲間割れにすぎないと。当時は警察やヒーローも同様の考え方だった。

 潮目が変わりはじめたのは第5号事件のあとからだった。クウガ――出久は第5号から飯田を救い、第7号からお茶子を救い、爆心地・フロッピーとの共同戦線で第8号を討った。明確に人々を救ける姿勢を見せ続けたことで、少しずつマスコミの論調も変化していく。他とは思考回路の異なる善良な未確認か、あるいは異形型のヴィジランテとして。

 

「俺が出てくる頃にはもう、完全に味方って認識になってきてんな」焦凍の言。

「……うむ」

 

 うなずきつつ、飯田は少しばかり複雑そうな表情を浮かべる。出久の扱いに関しては喜びしかない。だが同時に、後手後手に回る警察やヒーローを批判する内容の記事や投書も増加の一途を辿っている。実際に犠牲者が増え続けている以上、そうなるのも仕方がないこと。出久や焦凍を協力者として完全に取り込んでしまったのは、そうした批判をかわす意味合いもあるのかもしれない。

 

(彼らにおんぶに抱っこでは駄目だ。――まずはやはり、G3の完成を急がなければ)

 

 

(それが、僕らヒーローの地位を脅かすものになるとしても)

 

 

 

 

 

「………」

 

 緑谷出久という歓迎すべき異分子が去ったあと、彼の纏う雰囲気にあてられてか妙にふわふわとしていた捜査本部。

 だがそれも短い間のこと。いまは再び、緊張した空気に覆われてしまっている。ある、ひとつの映像のために。

 

「………」

 

 じっと映像を見つめる、面構本部長はじめ捜査本部の面々。一見すればそれは、なんの変哲もないライブカメラの映像だった。高所に設置され、平穏な街の様子を映し出している。ただそれだけが、延々と続く――

 

――瞬間的に、巨大な影が横切るのを除けば。

 

「画像から推定される体長は約2m……飛行速度は時速300キロか」

「こう一瞬だと未確認とも言いきれないっすね」

 

 翼をもつ異形型の人間の可能性もある――と、森塚。確かにそれは否定できなかった。怪物然とした姿をしているからと、それが人間でないとは言いきれない。この超常社会においては――

 

「だが、未確認生命体と考え警戒する必要はあるだろう」エンデヴァーの言。「空を飛ぶ敵……。第3号や14号のような飛行に際しての超音波も出ていないというなら、厄介だぞ」

 

 このようにカメラなどでぶつ切りに追うことはできるが、常に位置を把握できるわけではなくなってしまう。追跡の難易度は、ぐんと上がる。さらに、攻撃手段も限られる――

 

 面々が頭を悩ませていると、図ったかのように備えつけの電話が鳴った。表情をいっそう険しくしつつ、塚内管理官が受話器をとった。

 

「はい、未確認生命体関連事件合同捜査本部。………そうですか、わかりました」

 

 受話器を置き、

 

「――都内各所で、不審なショック死が多発していると報告があった」

「!」

 

 ついに来たか――皆が立ち上がる。

 

「午前十二時五分、足立区の救急外来に計9人が運び込まれ間もなく死亡。遺体に外傷はなく死因はいずれも心筋梗塞。その後板橋、江戸川、荒川の各区でも同様の死者が出たそうだ……やはり、9人ずつ」

「9人……」

 

 奴ら(グロンギ)にとって、極めてキリのいい数字。ならば、

 

「奴らの新しいゲーム……」

「ッ、鷹野警部補、彼らに連絡を」

「わかりました」

 

 

「――了解しました。爆心地、緑谷くん、轟くんの三名とともに急行します!」

 

 鷹野より電話連絡を受け、飯田天哉はそう応じた。通話を終えるや、コーヒーブレイク中の友人たちのもとに駆け戻る。

 

「皆!」

「!」

 

 おやっさんにお茶子がいる手前、はっきり「未確認生命体が出た」とは言えない。しかしその厳しい表情と身ぶり手ぶりだけで、三人とも状況は把握したようだ。一様に表情の引き締め、支度をはじめる。

 

「すいません、もう行かないと!」

「え、どしたの皆して?」

 

 事情のわからないおやっさんが訊くが、「急用」とすら言えなかった。今回は勝己に飯田――捜査本部の面々がともにいるから、出久と焦凍が未確認生命体関連事件にかかわっていることを悟られかねない。

 結局何も言えないまま、代金だけを置いて四人は飛び出していく。

 

 

 

 

 

 戦場へ、走る。

 

 飯田が運転し勝己が助手席に座る覆面パトカーに、焦凍のバイク――そして、出久のトライチェイサー。三台と四人が、ともに道路を駆け抜けていく。

 

 つい先ほど、本部から敵の行き先について入電があったばかりだ。未確認生命体"第37号"は、世田谷区豪徳寺付近から新宿方面に飛び去ったらしい。かすかな手がかり、だからこそ取りこぼすわけにはいかない。

 

「轟くん!」

「ああ!」

 

 

「変――「変身――ッ!!」――身!!」

 

 出久の腹部からは霊石アマダムを戴くアークルが、焦凍の腹部からは賢者の石を秘めたオルタリングがそれぞれ顕現し、鮮やかな光を放つ。その光の中で、ふたりの青年の肉体は戦士のそれへと作りかえられた。

 

 クウガと、アギト。それぞれのマシンも主にふさわしい黄金に輝き、唸りをあげる。

 

 

 彼らは戦う。手を伸ばす誰かを救け出すために。

 

 彼らは戦う。"平和の象徴"の去ったこの世界で、新たなる希望となるために。

 

 彼らは戦う。人々の笑顔を、守るために。

 

 

――たとえどんな運命が、待ち受けていようとも。

 

 

つづく

 




上鳴「次回予告だぜ!」
八百万「今回は上鳴さんとわたくしでお送りいたしますわ」
上鳴「洗礼を乗り越えて無事捜査本部の仲間入りを果たした緑谷&轟!バッチシ協力して空飛ぶ37号に挑むが……!?」
八百万「37号はこれまでの未確認生命体とは格が違うようですわね……。数少ない対抗手段である緑の弓矢も効き目がないようですわ」
上鳴「どうすんだ緑谷!?……何ナニ、凄まじき戦士?いやそれは絶対なっちゃ駄目なヤツじゃねーの!?しかも俺に手伝えって……どーゆーこと???」

EPISODE 27. 緑谷:ライジング

八百万「どこかで聞いたようなサブタイトルですわね……」
上鳴「さらに向こうウェェェェイ!!」

2人「「プルス・ウルトラー!!」」


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EPISODE 27. 緑谷:ライジング 1/4

TVクウガ
兆候:20話
発現:24話

拙作
兆候:17話
発現:27話

轟アギト覚醒編挟んだとはいえ開きすぎィ!!
マジでお待たせしました……やっとここまで辿り着きました。


 未確認生命体第37号――ゴ・ブウロ・グによるゲゲル(ゲーム)が開始された。

 これ以上の殺人を阻止すべく、敵を追って走るクウガ(出久)アギト(焦凍)、そして爆心地こと爆豪勝己ら捜査本部の面々。

 

 しかし高速で飛行を続けるブウロを捕捉することは、困難を極めていた――

 

 

『鷹野から全車!――第37号を発見した!』

「!」

 

 鷹野警部補からの新たな入電に、総員の表情がさらに引き締まる。

 

『現在ヘリで追跡中、しかし37号の移動速度が速すぎて追いつけない!このままでは見失――きゃッ!?』

「!?、大丈夫ですか警部補っ!」

 

 飯田が思わず色をなして訊くが、ほどなく『問題ないわ』というやや上擦った声が返ってくる。

 

『ッ、37号から攻撃を受けた……その衝撃でヘリが揺れただけ!奴は吹き矢のような武器を所持しているわ』

 

 吹き矢……予想はできていたが、やはり飛び道具を持っているか。殺人方法といい、第14号――メ・バヂス・バを想起させる敵だ。ならば、

 

『緑で行け』

「!」

 

 無線から聞こえたのは、他ならぬ幼なじみの声だった。

 

『クソ高ぇとこ飛んでる敵じゃ、それしかねぇだろうが』

「……そうだね」

 

 ただ、問題がないわけではない。バヂスは出久を殺害しようと頭上にのこのこやって来てくれたから狙い撃ちにできたが、ブウロが同様にしてくれるとは限らない。ひたすら遠くに逃げられればどうにもならないのだ。ペガサスフォームの強みを最大限に活かすには、敵を射程に誘い込まなければ――

 

(!、そうだ!)

 

 ひとつ、閃いた。

 

「轟くん!」

 

 隣を走るアギトに呼びかける。

 

「なんだ?」

「きみに、37号を僕の頭上まで連れてきてほしい!」

「俺に、って……どうやって?」

 

 アギトには遠距離の攻撃手段がない。ゆえに空を飛ぶ敵への対応策はほとんどない。ならばクウガの盾になろうと焦凍は覚悟を決めていたのだが。

 

「ゴウラムを使うんだ。掴まって飛べば、37号のいる高度まで行ける!スピードも負けないはずだ!」

「!、なるほどな……」

 

 それなら、ある程度は自分も戦える。無論格闘は難しいだろうし、個性も左右どちらかしか使えないが……弾よけにしかなれないよりは余程いい。

 

「あと問題は、地上からだと障害物が多くて狙いにくいこと……。――塚内さん!」

『こちら塚内。緑谷くん、どうした?』

「いま市ヶ谷駅近くにいます。この辺りで一番高いビルってわかりますか!?」

『市ヶ谷か……ちょっと待ってくれ』

 

 ほどなくして、

 

『わかったぞ、靖国ニューグランドプラザビルだ。市ヶ谷駅付近なら一番高い』

「ありがとうございます!」

 

 そこでブウロを迎え撃つ。そう決心した次の瞬間、クウガの姿は赤から青――ドラゴンフォームへと変わっていた。

 

「轟くん、聞いてたね?僕は先に行く。ゴウラムがすぐ来るから、よろしく!」

「ああ、任せろ」

「あとは……かっちゃん!」

 

 返事はなかった。が、目の前を走る覆面パトの、助手席側の窓が開いていく。それが答えだった。

 トライチェイサーを加速させ、横付けする。その一瞬に、窓から差し出された手榴弾型の籠手を受け取り、右腕に填め込む。勝己の魂ともいえるそれは、ずしりと重みを感じさせた。

 

「……ありがとう!」

 

 やはり返事はなく、籠手の持ち主は助手席で仏頂面を浮かべるばかりだ。――それでいい。

 

 アクセルを力いっぱい捻り、加速していくクウガとトライチェイサー。それを見送ったアギトのもとにも、出久の言どおりほどなくしてゴウラムが飛来した。

 

「よし……行くか」

 

 少し考え――右腕を伸ばす。空中戦なら、左のほうが使いやすい。

 ゴウラムと手を繋ぎ、浮かび上がっていくアギト。空中と地上からの挟み撃ち――果たしてうまくいくか。

 

「あとは彼らに任せるほかないか、今回は……」

「………」

 

 今回は武器を貸すことくらいしかできない――その事実に対する忸怩たる思いは当然あったが、勝己はそれ以上に胸騒ぎを覚えていた。作戦の良し悪しではなく、もっと根本的なところで躓くことになるのではないか。

 

(……心配性かよ、クソダセェ)

 

 なんであれ……いまは、見守るしかない。

 

 

 

 

 

 次なる"狩り場"を目指して、 ゴ・ブウロ・グは移動を続けていた。

 

(大がかりな武器を持ったものだな、リントも。"個性"とやらといい、所詮はハリボテのようだが)

 

 既に鷹野警部補の乗るヘリコプターは振りきった。というより、ヘリのパイロットが根を上げたのだ。度重なる攻撃で機体の一部に穴が開き、墜落のおそれが生まれた以上、それは当然の判断なのだが。

 そして"個性"なる特殊能力をほとんどが所持する現代のリントたちについても、ブウロは研究を重ねていたが……正直言って、多くはグロンギの下位互換としか思えなかった。ヒーローとやらの中には高い戦闘能力を有する者もいるようだが、高高度を飛翔する自分に何かできるとも思えない。

 

(阻害要因になるとすれば、残るは……)

 

 冷静にあらゆる可能性を探っていたブウロは、背後から迫る疾風をまず聴覚で捉えた。

 

「!、やはり来たか……」

 

 現れたのは、超古代より宿敵の相棒的存在だったゴウラム。ただし行動をともにしているのは、かの宿敵ではなく。

 

「あれは……確か、アギトだったか」

 

 まさかゴウラムを使って空にやってくるとは。こういう想定外があるから面白いと、ブウロは嗤った。

 一方、追うアギト。

 

「悪ぃな、ゲームオーバーだ」

 

 時速500キロにも及ばんとするゴウラムのスピードをもって、ブウロとの距離を確実に詰めていく。こちらを振り向いた相手が吹き矢を構えるより寸分早く、左腕を振りかざした。

 大気中の分子がかっと灼熱し、火炎が生まれる。生みの親の意志に従って、標的へと襲いかかるのだ。

 

「ッ!」

 

 翼をはためかせ、緊急的に回避行動をとるブウロ。小さく息を詰めつつも、

 

「……ガグ、ガザバ」

 

 "流石だな"――グロンギ語でのつぶやき。その余裕は欠片も崩せていない。

 舌打ちで応じつつも、アギトは粘り強く攻撃を続ける。ただがむしゃらに炎を撃ち出しているように思わせて、その実少しずつ少しずつ、ブウロの逃走経路を変えていく。クウガが待ち構えている方角へ――

 

 

 一方のクウガも、塚内から教示のあったビルの目前までたどり着いていた。

 

「ここか!」

 

 トライチェイサーから降り、その頂上を仰ぐ。わかっていた……というより望んでいたことだが、遠い。ドラゴンフォームのジャンプ力をもってしても、一度では届かないかもしれない。

 ならばと、彼は隣のビル目がけて跳んだ。屋上まで20メートルほどの高さ、ドラゴンフォームなら容易く到達できる。

 そしてそこを経由し、目的のビル屋上までたどり着いたのだった。

 

「よし……!」

 

 勝己から借りた籠手を構え、上空を見上げる。こちらの準備は整った、あとはいつアギトに追い込まれたブウロが現れるか――緊張の時間が、続く。

 

「……ッ、」

 

 ふっと力を抜き、詰まった息を整え直す。そんなことを何度も繰り返し、どれほどの時間が経過したか。

 

 やがて、彼方より飛来する"何か"を、その青い複眼が捉えた。

 

「!、来た……!」

 

 来た――恐らく。遥か高高度にいるブウロの姿は、常人の何十倍にも強化されたクウガの視力をもってしても、豆粒のようにしか見えない。

 その点、緑――ペガサスフォームであれば、五感すべてが常人の数千倍にまで引き上げられる。彼方に在る敵を、鮮明に捉えることができる。

 

「よしッ、超変し――」

 

 早速ペガサスフォームに超変身しようとしたクウガだったが……空中から自分目がけて何かが飛んでくるのを捉えて、咄嗟に飛び退いた。刹那、今のいままで自分がいた場所から激しい火花が飛び散る。

 

――ブウロは既に、こちらに気づいている。

 

「そんなことだろうと思っていた」

 

 わざわざアギトにゴウラムを使わせている以上、クウガは対空に有効なペガサスフォームで地上から攻めてくる可能性が高い。ブウロはそこまで読んでいた。

 今度こそ仕留めんと、吹き矢を構える。しかし当然、追ってきたアギトがそれを許さない。

 

「やらせるわけねぇだろ!!」

「ッ!」

 

 火炎が、ブウロの気を散らす。やむをえずブウロはアギトとゴウラムに標的を切り替えるが、言うまでもなくそれはクウガにフリーハンドを与えることを意味していて。

 

「ッ、――超変身!!」

 

 今度こそ――叫びとともに変身の構えをとることで、アークルのモーフィンクリスタルの色が緑に……ついで、鎧や複眼が同じく緑へと変わる。勝己の籠手は変形し、天馬の弓にふさわしい形状へと姿を変えた。

 

 緑のクウガ、ペガサスフォーム。変身を完了した途端、超強化された五感によって膨大な情報が流れこんでくる。当初は振り回されかかったこともあったが、もう数度目になる変身……処理方法は心得ている。

 先ほどよろしく、何度も深呼吸を繰り返す。あえて、見えているものを見ない。聞こえるものを聞かない。そうして感覚と脳の連絡を一時的に遮断することで、精神を無にするのだ。

 

 そうして再び感覚を引き戻せば、明鏡止水の状態が生み出されている。遥か上空にいるブウロの姿と、その翼のはためきの音だけがはっきりと聞こえる――

 

 

(――今だ!)

 

 胴体ど真ん中、直撃コース。瞬時にそれを読みとった緑のクウガは、引き絞ったボウガンのトリガーを引いた。もう何度目になるかわからない電流が奔ったような感覚とともに、圧縮された空気の弾丸が、重力に逆らい天に昇っていく。

 

――そして、読みどおりに命中した。

 

「グッ!?」

 

 苦悶の声をあげ、仰け反るブウロ。――終わった。そう確信したのは出久も焦凍も同じ。

 

「………フン!」

 

 ブウロがぐっと力を込めた途端、浮かんだ封印の紋様が消えゆかなければ。

 

「な……ッ!?」

 

 思わぬ――前例がないわけではないが――事態に動揺する出久。それは戦士クウガとしては致命的な隙だった。ブウロが再び吹き矢を構え、放つ。はっと我に返ったときには、既に弾丸のような塊が目前に迫っていて、

 

 

「――――ッ!?」

 

 腕を、貫かれた。筋肉が収縮するような一瞬の錯覚のあと、出久の脳は悲鳴をあげた。気が狂いそうになるほどの激痛が襲いかかってきたのだ。

 

「うぁ、あ……あああああ……ッ!」

 

 同時に、集中が切れてしまったことで、周辺情報が一挙に流れ込んでくる。耐えることなどできようはずもなく、クウガの身体はたちまち棒のようにコンクリートに倒れ込んだ。アークルの輝きが弱まり、鎧が色褪せ、白に染まる。グローイングフォーム――心身が万全でないときに変身してしまう、不完全な姿だ。当然モーフィングパワーも作動せず、ボウガンももとの手榴弾型の籠手に戻ってしまった。

 

「ククク……ボセゼゲダダバ、グショグ、ガギ」

 

 嗤いながら、さらなる攻撃を仕掛けるブウロ。逆転を遂げた彼もまた、勝利を確信していた。確かに倒れ込んだクウガに狙いをつけることは容易い、ゲゲルの標的と同じようにとどめを刺せるだろう。

 しかし当然、そんなことは"彼"が許さない。

 

「させるかッ!!」

 

 アギトの赤い左腕から放たれる猛火。それは先ほどまでの比ではなかった。ここまで追い込むための牽制と、本気の一撃では次元が違う。

 無論ブウロは攻撃を中止し、回避行動をとる。しかし炎に直接触れずとも、瞬間的に急上昇した気温は広げた片翼を発火させることに成功した。

 

「ガァ――ッ!?」

 

 滞空状態を保てなくなり、重力のままに墜落していくブウロ。追撃しようとしたアギトだったが……ゴウラムが言うことをきかない。倒れた主のもとに行きたがっている。轟焦凍としての本心もまたそちらにあったため、結局はその意向に従うことになった。

 

「緑谷っ!」

『カー・ムー・ソーサディ・ター!?』

 

 急降下し、出久の無事を確かめようとするアギトとゴウラム。――反応がない。変身も解け、人間の姿に戻った出久は完全に意識を失ってしまっていた。

 

「緑谷っ、しっかりしろ緑谷ッ!!」

 

 緑谷、緑谷――ひたすらに呼びかける声は……ただ、虚空に吸い込まれるばかりだった。

 

 




キャラクター紹介 リント編・バギングドググドパパン

爆豪 光己/Mitsuki Bakugo
個性:グリセリン
年齢:43歳
誕生日:12月1日
身長:170cm
好きなもの:バレーボール
個性詳細:
文字どおり皮膚からグリセリンを分泌できるぞ!保湿効果があるからお肌の曲がり角を過ぎてもピチピチ!ヒーロー・爆心地の母親とは思えない!昔から姉を騙ることが多かったが、最近はたまに妹を騙ることも……流石に無理があ
備考:
ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己の母親。見た目もそっくりだが性格も負けず劣らず……だが息子と異なり愛想は良いし傲慢ではないのでとっつきやすいぞ!ダンナともラブラブだ!息子とはすぐケンカになっちゃうけどね!
やはり息子と異なり出久が大のお気に入りであることを隠さず、東京に出てきた際も息子そっちのけで一緒にお昼を食べていたことも。……勝己が過去に出久をいじめていたことについて、内心では罪悪感を抱えている様子。出久の母・引子とも友人であるだけにつらい立場だったのだ……。

作者所感:
かっちゃんそっくりのママって設定がもう……濃厚だよね。アニメで出てきて思った以上にサバサバした人だな~と思いました。
かっちゃんとは罵りあいながらも強い信頼で結ばれてるし、かっちゃんの出久に対する気持ちもちゃんと理解してる良い母親なのだと思います。でもこういうお母さんがいてあんな傲慢に育つかねえ?と思わなくもない(特に折寺かっちゃん)
ちなみにこの人を登場させたEpisode 13,14(ギャリド回)は他に切島くん再登場&バディ回、森塚&鷹野の刑事コンビ回などの案がございました。


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EPISODE 27. 緑谷:ライジング 2/4

暑い……暑すぎる……

御年50歳で主役ライダーとして激しいアクションこなしまくってる高岩さんは本当に尊敬…ってかよく無事だなぁと思います。もちろん他のスーアクさん達も。

クウガで言うと19話のギノガ打倒3連キックの際に頭の隙間からポタポタ汗が垂れてたのが印象的です。あれの撮影日は五月くらいのはずなんですけどね。


――関東医大病院

 

 診察室にて、爆豪勝己と轟焦凍は若い男性医師と対峙していた。――椿秀一。クウガの正体を早期に知った数少ない人間であり、出久の主治医を自認してくれている。ことあるごとに「解剖してじっくり身体を調べたい」など冗談か本気かわからないマッドな発言をしたり、美女に目がない――峰田実のように欲望剥き出しではないが――のが玉に瑕だが。

 

「……危ないとこだったな」溜息まじりにつぶやく。「緑が敏感になるのは何も視聴覚だけじゃない、有り体に言っちまえば痛覚もそうなんだ。多少つつかれたくらいなら他と一緒でシャットアウトできるが、腕、貫かれちまったらな……」

「………」

 

 腕を貫かれる――動脈から大量出血でもしない限り致命傷にはならないかもしれないが、凄まじい激痛に襲われることは言うまでもない。常人ならショックで気絶くらいするだろう……緑谷出久は耐えるかもしれないが、ペガサスフォームの状態では無理だったということだ。

 

「あいつ……緑谷は大丈夫なんですか?まだ意識が戻らないのは……」

「検査の結果は問題ない、傷もほぼ塞がってる。ただ、脳は複雑だからな……軽重問わず異常があるかどうかは、目が覚めてみないとなんとも言えん部分もある」

 

 正直なところを伝えつつ、ふたりの青年をちらりと見遣る椿。焦凍は心配顔のままだが、勝己は少なくとも表面上は冷静でいるようだった。

 あの第36号事件の日を境に、幼なじみふたりの雰囲気がどこか変わったことは椿も承知している。仔細は承知していないが……その前に見せた出久を努めて切り捨てるような振る舞いがなくなったことは、喜ぶべきなのだろう。

 

「ま、ここでしゃべっててもしょうがないし、あいつの様子見に行くか」

 

 立ち上がった椿のことばが、そのまま三人の行動方針となった。

 

 

 時を同じくして、病室。

 数秒のうち瞼を揺らめかせていた出久は、やがてゆっくりと瞳を露わにしていた。

 しばしぼんやり天井を見上げたあと、ぽつり。

 

「……またこの天井だ」

 

 ここがどこか、考えるまでもなくわかる。激痛に耐えかね気絶してしまい、ここ関東医大病院に運んでもらったということなのだろう。つまるところ、自分はまた敗北した――

 

(でも、今回は……)

 

 作戦自体は悪くなかった、と思う。実際、ボウガンから放つ一撃を命中させるまでにはたどり着いたのだ。問題は、そのあとだった。

 溜息をつきつつ……出久は、ぶるりと身体を震わせた。エアコンが入っているとはいえ真夏だ、寒いわけではない。

 

(と、トイレ行きたい……ッ)

 

 思い返せば最後に用を足したのは警視庁を出るとき。そのあとポレポレでの昼食の際、カレーの辛味を流すために大量の水分を摂取している。戦闘中に催さなくてよかったとすら思う。

 とりあえず身体を動かすのに支障はなさそうなので、出久は下腹部に気持ち力を込めながらベッドから降り立った。深刻に考えなければならないことはたくさんあるが、生理現象のほうをなんとかしないと考えもまとまらない。こればかりは仕方ない。

 

 しかし病室から出た途端、彼はやってきた幼なじみと友人、そして主治医に遭遇してしまったのだった。

 

「あ……」

「!、緑谷!!」

 

 真っ先に駆け寄ってきたのは焦凍だった。両肩を掴まれ、地味に動きを封じられてしまう。

 

「大丈夫か?なんともないか?動いて平気なのか?」

「お、落ち着いて轟くん、全部同じようなこと訊いてるから……」宥めつつ、「撃たれたところも治ってるし、とりあえず大丈夫みたい。ありがとう、心配してくれて」

「……それならよかった」

 

 ほっと胸を撫でおろした様子の焦凍。やはりこの青年はちょっと不思議だなどと内心失礼なことを考えつつ、出久も訊きたいことを尋ねた。

 

「あの……37号は、どうなったの?」

「!、……ああ。俺が片翼焼いて墜落はさせた。ただ、最後まで見届けたわけじゃねえからまだ生死はわからねえ。いま飯田が鷹野警部補たちと合流して捜索に出てくれてる」

「……そっか」

 

 俯きかけた出久は、勝己がじっとこちらを見つめていることに気づいた。その表情に憤懣はない。……ないが、また彼の期待に応えることができなかった。それはまぎれもない事実だ。

 だが、彼から目を背けて逃げることはもうしないと決めたのだ。意を決した出久は、幼なじみのもとへ歩み寄っていった。

 

「かっちゃん、籠手、ありがとう。……でもごめん、ちゃんと倒せなくて」

「……チッ」

 

 舌打ちが返ってくる。でもそれだけで、罵倒も爆破も――前者はともかく後者を病院で実行するような男ではないが――浴びせられることはなかった。

 

「そこの半分野郎から聞いた。効かなかったんだろ、テメェの攻撃」

「……うん」

「前、病院で戦ったっつー奴もそうだったんだろ。そいつとは別の奴なんか?」

「……たぶん」

「間違いねえと思うぞ」焦凍が同調する。

 

 実際に戦ったふたりの証言を受け、考え込む勝己。ふと、メ・ガルメ・レの放ったことばのひとつを思い出す。

 

 

『だ~か~らァ……ただのゲームだって!獲物を追い狩りをする、ポイント稼いで昇格する、わっかりやすいっしょ?』

 

 

 どれをとっても吐き気を催すくらい腹立たしいことばばかりだが……同時に重大な示唆を多分に含んでいることも事実。グロンギ独自の記数法が判明したのもそうだし、この発言もまた然りだった。

 

「今度の鳥野郎も前のも、いままでの連中とは格が違うっつーことだろ、文字どおりな」

「ってことはアレか?あとに控えてる連中は皆、クウガの攻撃が通用しないような奴らってことかよ?」

 

 椿のやや前のめりな問いかけに、勝己は躊躇うことなくうなずいた。それは椿に対してと同時に、クウガ本人への訴えでもあって。

 

「僕が、もっと強くなる必要がある……って、ことだよね」

「………」

 

 はっきり「そうだ」とは言わない。だが否定もしない以上、そういうことだと思った。

 

「強くなるって……緑谷おまえ、どうする気だ?」

「当てがないわけじゃないです。椿先生、言ってましたよね。戦いの度に現れるようになった"ビリビリ"……直接の原因は電気ショックじゃないかって」

「……!」

 

 メ・ギノガ・デの胞子によって死の淵にいた出久に、文字どおりの起死回生をかけて施した電気ショック――その翌日、ギノガ変異体との戦闘からだったのだ。戦闘中、電撃が奔ったような感覚に襲われるようになったのは。

 

「緑谷……おまえ、まさか………」

「はい。――先生、僕にもう一度、電気ショックをやってもらえませんか?」

 

 躊躇なく発せられた懇願は、椿をして色を失わせるに十分だった。

 

「ばっ、バカ言うな!!心臓がふつうに動いてる奴相手に、電気ショックなんかできるわけないだろ!?」

「わかってます。でも……」

「でももヘチマもあるかッ、俺だって医者の端くれだ!ンなやり方認めるわけにはいかん!!」

 

 てこでも動かないと言わんばかりの頑なな拒否を露わにする椿。内心の頑固さでは負けていない出久はそれでも食い下がろうとしたのだが、

 

「やめろ、緑谷」

 

 先ほどまでとは打って変わった低く抑えたような声で、焦凍は椿支持を言明した。

 

「轟くん……」

「なんともないのに電気ショック受けるなんて駄目だ、心臓がおかしくなっちまったらどうする。……いやそれ以前に、あの電気の力をさらに引き出そうとすること自体反対だ。あれの大元がなんなのか……忘れたわけじゃねえだろう」

「………」

 

 "凄まじき戦士、雷のごとく出で"――つまり電撃は、その"凄まじき戦士"の力の一部が漏れ出したものではないかということ。それをさらに引き出すということは、自ら凄まじき戦士になろうとしているに等しい。焦凍は、そう言っている。

 

「実際、あの電気ショックのあとから、おまえの身体の変化が著しくなったって聞いてる。――ですよね、先生」

「……ああ」

 

 戦うためだけの生物兵器……そんなおぞましい到達点に、自分は現在進行形で向かい続けている。その事実を改めて叩きつけられ、出久は息を呑んだ。

 それでも、

 

「……そうだね。危険がないとは言えないかもしれない」

「だったら……!」

「――でも、僕はもっと力が欲しいんだ。あいつらとちゃんと戦えるだけの力が。クウガだからとか、そういうんじゃなくて……僕は僕として、守りたいものがたくさんあるから」

 

 それがあの日見つけ出した、緑谷出久として……デクとしての、戦う理由だ。みんなの笑顔を守りたい――その中には、ともに戦う仲間たちも含まれている。

 

「戦えば傷つく、当たり前だよね。でも……みんなで力を合わせれば、それも最小限で済むと思うんだ。僕ももうちょっとだけ強くなって、その"みんな"の中のひとりであり続けたい……駄目かな?」

「ッ、緑谷………」

 

 二の句が継げなくなる焦凍。暫し眉根を寄せて俯いていた彼は、やがて、

 

「俺には……おまえの決意を、覆す資格はねえ」

 

 「好きにしろ」――どこか捨て鉢にそう言い放って、焦凍は足早に去っていった。

 

「………」

 

 出久には、それを黙って見送るよりほかに術はなかった。小さな針で刺されたような、胸の痛みとともに。

 それでももう、後戻りはできない。出久は残ったふたりに視線を移した。彼らは揃って険しい表情で迎え撃ってくる。

 

 先んじて口を開いたのは、幼なじみのほうだった。

 

「電気ショックは駄目だ」

 

 きっぱりとノーを突きつけられる。

 

「つーかテメェ、少しは他人の迷惑考えろや。散々先生に世話ンなっといてよ」

「へ……?」

 

 他人の……迷惑……?

 思いもよらないワードにぽかんと間抜けな表情を晒してしまったのは、出久ばかりではなかった。勝己ともどもしかめ面を自分に向けていたはずの椿が、すっかり出久側に鞍替えしてしまっている。意図せず。

 ともあれ出久と相対している以上、勝己の眦がこれでもかと吊り上がるのに時間はかからなかった。

 

「ンだその"おまえ他人の迷惑とか考えるキャラじゃないだろ"みてぇな顔はァ!!?」

「あ……え、エスパーですか……?」

「違ぇわカスよく知ってんだろ!!」

 

 どやす勝己。……言われてみれば確かに、彼は昔から他人に無茶な要求を出して困らせたり、公共の場で馬鹿騒ぎをしたりだとか、一般的に"迷惑"と形容される行為に及ぶことはあまりなかった。そのため中学までは教師から"なんでもできる優等生"として扱われていたのだ。まあ腫れ物に触るようだったとも言えるが。

 ちなみに無茶な要求に関してはそれが原因で減給になっているのだが、にしてもきちんと頭を下げ、土下座までするなど本人なりに筋は通している。出久は与り知らぬことだが。

 

「チッ……とにかく、どうしてもやりてぇってンならそれ以外だ」

「え……あ、い、いいの……?」

「テメェが使いモンにならなきゃこっちが困るんだよ。――その代わり、暴走はしねぇって約束しろ」

「あ……」

「約束、しろ」

 

 静謐ながら有無を言わせぬ物言いに、勝己の真剣さを感じとらざるをえない。出久は負けじとはっきりうなずき、

 

「……わかった。約束す――、う……」

「あ?」

 

 最後までことばにならなかった。勝己と椿が怪訝に思っていると、出久の顔がさっと青ざめていく。

 

「どうした、緑谷?まさか、奴の攻撃の後遺症か……!?」

 

 毒か何かが身体に回ったのか。思い至ったそんな可能性に再び表情を険しくするふたり。

 なのだが、

 

「わ、忘れてた………」

「は?」

「と……トイレ、行きたかったんだ………」

「ハァ!?」

 

 これには幼なじみも主治医も呆気にとられてしまった。実際、出久はもじもじと下半身を震わせている。

 半ば呆れ顔の椿が「さっさと行ってこい」と手でトイレの方向を指し示すようなしぐさを見せた一方、なぜか勝己はずんずんと出久に迫っていき、

 

「漏らせ」

「ハァ!?」

 

 とんでもない命令を突きつけられ、出久は目を剥いた。

 

「なッ……何言ってくれちゃってんの!?そんなことできるわけないだろ!?」

「できただろ、前科一犯」

「う……お、覚えてたのか……。あ、あれとは全然状況違うだろッ、大体、僕もう21歳だから!!」

 

 間に合わなくて漏らすなんて冗談じゃない、いい大人……と言えるかわからないが、少なくとももう子供ではないのだ。

 勝己がどこまで本気かはわからない。いや流石に冗談だとは思いたいが。

 

「あぁもうッ、かっちゃんのバカヤロー!!」

 

 捨て台詞を吐きながら、出久はタックルを仕掛けた。受け止められたら最悪だと走り出した瞬間気づいたが、幸いにも勝己はひらりと躱してくれた。おかげでそのままトイレに直行することができたのだった――椿の「廊下走んなよ~!」という別の意味での先生じみたことばを聞きながら。

 

「ハァ……爆豪おまえ、楽しそうだな」溜息交じりに、椿。

「別に」

 

 素っ気ない応答は、反して満更でもなさげだった。勝己の常人離れした凄みさえなければ、あれは友人同士の悪ふざけの範疇だ。自分の学生時代を思い出し、椿はくくっと笑った。

 

「まぁいい……それよりおまえ、どうする気なんだ?」

「アテはあります、俺にも」

「老婆心ながら言っとくが、主治医としてあまりの無理は許さんぞ」

「わかってます」

 

 そのことばに嘘はないのだろう。――爆豪勝己も緑谷出久も嘘をつく人間ではないことは、椿もよく知っていた。

 

 



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EPISODE 27. 緑谷:ライジング 3/4

出久がライダーに変身する小説も増えてきましたね。
ハーメルン内だけでも、

BLACK&BLACK RX※拙作(超・世紀王デク)
クウガ※拙作(これ)
W※Wとエターナルで二作品
OOO
ウィザード
ゴースト
エグゼイド※グラファイト

とまあ色々。オリ主等に広げれば平成はコンプリートできそうと思わなくもなかったり。
別にライダークロスに限った話ではないですが作品によって出久の性格が全然違ったり、それに伴ってかっちゃんとの関係性が全然違ったりするのが面白いですね。作者の二作はどうしてもかっちゃんに甘めです……ある意味厳しいっちゃ厳しいんですが。


あと主役以外のサブライダーも面白そうだなぁと思わなくもなかったり。特にアギトはアギト含め全ライダー出久に合いそう。変身する度にボロボロになってくギルス、警察官になったifでG3、ちょっとダークな方向に性格改変できそうなアナザーアギト……G4はアカン。

他にもメタルヒーローとか戦隊とか…戦隊だとコグマスカイブルーとか似合いそうだと思いました。まぁ色合い的にはグリーンなんですけども……グディーンヅゥーとか?


 第37号の落下地点が判明した――そんな報せを受けた飯田天哉は、鷹野や森塚ら捜査官とともにその現場へと到着していた。

 慌ただしく動き回る所轄の捜査員や鑑識の面々。その中心には、もとがなんだったのか一見するとわからない金属の塊があった。よくよく観察すれば下部に四輪が存在し、それが自動車であったことがわかる。

 

「うっわぁ……自分の愛車こんなにされたら僕なら泣いちゃうね」

 

 森塚の戯れ言をいつものこととして流し、鷹野が「落下してきた37号の直撃を受けたのね……」とつぶやく。高度数千メートルから真っ逆さまだったのだ、余程強い衝撃が加わったのだろうことは想像に難くない。

 

 ただ、だとすると首を傾げざるをえない点がひとつ。

 

「第37号の死体はどこに?」

 

 飯田の疑問に返ってきた答は、ひどくシンプルなものだった。

 「ありません」――そもそも存在しないと、所轄の捜査員がそう言ったのだ。

 

「ない、とは……まさか、」

「はい。すぐそこの道路工事の作業員が、轟音の直後、ここから立ち去る第37号と思しき影を目撃しています」

「……!」

 

 轟音の直後ということは、墜落して車に叩きつけられてもなお、落命するどころか気絶することもなく、悠々と去っていったというのか。

 

(それほどまでに強力になっているというのか、奴らは……)

 

 何をどうしても、倒すことなどできないのではないか――そんな悲観的な考えすら浮かんでしまう。あのクウガの攻撃まで通用しなかった相手だ、それは十分に現実的ではないか。

 独りそこまで思い詰めかけて……飯田は、ぶんぶんと首を振った。

 

(ッ、何を無責任なことを……!民間人である緑谷くんが傷だらけになりながら矢面に立ってくれているというのに……!)

 

 それなのに、ヒーローである……本来は世界中の誰よりも最前線で未確認生命体と戦わねばならない自分が弱気になっているなど、許されるわけがない。

 客観的な事実として、クウガの力が通用しなくなりつつあるのは間違いないかもしれない。――だが負傷した出久も付き添った勝己も、悲観するのではなく状況を打開するために思考を巡らせていることだろう。そちらに参画するか、捜査に尽力するか――自分は今回、後者を選んだ。それだけのことだ。

 

 意を決した飯田が捜索再開を進言しようとしたそのとき、バイクの音が急接近してきた。

 

「飯田!」

「!」

 

 振り返れば、そこにいたのは白銀のオートバイを操るライダー。バイザー越しに見つめるオッドアイは、まぎれもなく親友のもので。

 

「轟くん……」

 

 こちらに来たのか、とこちらが問う前に、どこか思い詰めたような表情で「ちょっといいか」と尋ねてくる。出久に劣らずその双肩に多くのものを負っている親友には、ヒーローである以前にひとりの人間として、可能な限り応えてやりたいと思った。

 

 

 

 

 

 一方、ゴのグロンギたちが根城にしている洋館。

 その一室に、かのサングラスの青年の姿があった。――ゴ・ブウロ・グの、ヒトとしての姿。

 

 アギトによって片翼を焼かれ、車上に叩き落とされたにもかかわらず、彼の身体に傷らしい傷はなかった。せいぜい被服に隠れた背中に火傷痕が残されている程度だ。

 傷がほとんどないのは身体面ばかりではない。彼は屈辱も憤懣も窺わせることすらなく、静かに読書に興じていた。題名は"戦争と平和"――レフ・トルストイの名著である。

 

「この短時間で126人か、流石だな」

 

 そんな彼のもとに現れたバルバは、まず賞賛のことばを口にした。ズやメ相手なら皮肉のひとつでもぶつけていただろうが、彼は最上位のゴにふさわしい成果を挙げている。

 

「うむ。クウガに引導を渡せなかったのが心残りではあるがな……それに、アギトも」

「アギトか。奴にやられた傷は、癒えるのか?」

「これを読み終える頃にはな」

 

 素っ気なく返して、再び書籍に目を落とす。物静かな文学青年にしか見えないその姿――室内でもサングラスをかけていることの是非はともかく――。バルバはその背姿を一瞥すると、黙って部屋をあとにした。ブウロ自身が焦っていないなら、これ以上口を出す必要はない。

 

――残り、あと81人。それですべてが終わるのだから。

 

 

 

 

 

「そうか。緑谷くんがそんなことを……」

 

 合流した焦凍から関東医大での一部始終を告げられて、飯田はそうつぶやいていた。

 驚きは、なかった。出久がさらに強くなるための手段を考案することは予想していたことだ。それがリスクを孕むものであったとて、貫き通そうとする理由も。

 

(彼らしい)

 

 そうとすら、思えてしまう。

 ただ話す焦凍の表情は、それだけでは収まらない深刻さを抱えていて。

 

「きみは反対のようだな……その様子だと」

「………」

 

 明確な首肯はなくとも、否定する気がないことだけは確かだった。

 

「やはり彼が、凄まじき戦士になってしまうかもしれないから?」

「……あぁ」ようやくうなずき、「でも……でも、それで脅威が増えるとか、そんなことは正直、あんまり考えなかった」

 

「あいつらがこれ以上、傷つくのがイヤだって……そう、思った」

「轟くん……」

 

 それは焦凍のあまりに悲痛な本音なのだと、飯田は悟った。その証拠に、宝石のようなオッドアイがひどく揺らめいている。出会った頃の触れれば切れてしまうような冷たく気高いそれと同じものとは思えない。ずいぶんと弱々しくなったと感じられる。

 

 そうではない……むしろ逆なのだと、飯田天哉はよく知っている。

 

「ふざけてるよな……あいつの右手に、あんな傷つけといて。そんな資格ねえってわかってるけど、でも……」

「……資格なんて、最初から誰にもないさ」

 

 ベンチに座り込んだ焦凍の隣に、同じように腰掛ける。視線をしっかり合わせて、続ける。

 

「きみが緑谷くんに消えない傷をつけたことは事実だろう。だが彼が、それを厭わずきみを救おうとしたこともまた事実だ。彼はそういう人間だ、きっとこれからも、多くの人を救うために傷だらけになっていくんだろう」

 

 そんな姿は見たくない。無理はしてほしくない。でもそれこそ無理なのだ。どれだけ遠ざけても、出久はまた戻ってくる。

 だったら、

 

「彼のことばを、逆手にとってやればいいじゃないか。彼がこれから負っていくであろう傷を、俺たち全員で、引き受けてやればいいんだ」

 

 俺たちは仲間で、友人なのだから。そうして隣に立ち続ける限り、出久はきっと、闇には囚われない。あとは、全力で支えてやればいいだけだ。

 

「大体轟くん、傷つけたからなんだと言っていたら、爆豪くんはどうなる?彼のほうがよほど緑谷くんに酷なことをしてきたらしいじゃないか。それでも彼らはいま、きちんと互いに向き合って頑張っているんだ。きみもそこに割り込んでいくくらいの気概を持ちたまえ!」

「……それも、そうかもな」

 

 焦凍の表情が、ようやく少しだけ緩んだ。

 

「俺、少し弱気になってたみたいだ。愚痴っちまって悪かったな」

「構わないさ、そういうときは遠慮なく俺に愚痴でも弱音でも吐いてくれ!」

 

 友人だろう、俺たち――そこまで口にするのは野暮だと飯田はわかっていたし、口にされずとも焦凍もわかっていたのだった。

 

 

 

 

 

「科警研行くぞ、デク」

 

 トイレから戻るや、出久は勝己のそんな命令を受け、早々に関東医大病院を出発することになってしまった。

 

「科警研行ってどうするの?」

「追々わかる。早よ準備しろ」

「……わかった」

 

 相変わらずの調子。まあ話の流れからしてさらなる強化案に関係することは明白なので、しつこく追及はしなかったが。

 

 というわけで一時間ほど併走し、千葉県柏市内にある科学警察研究所――通称"科警研"にたどり着いたのだった。

 

(ちょっと久しぶりだな……ここ来るの)

 

 記憶によれば、出久が最後にここを訪れたのは一ヶ月と少し前、あかつき村事件が発生した……つまり轟焦凍と出会った日だった。あれから随分と色々なことがあったが、この場所はもっと緩慢に時が流れているように感じる。当然といえば当然なのだが。

 と、エントランスできょろきょろと周囲を見回していた勝己がひとつ舌打ちをこぼした。

 

「チッ、まだ来てねえか……」

「え、誰が?」

「テメェも知ってる奴。ここで待っててもしょうがねえから発目んとこ行くぞ」

「あ、うん……」

 

 勿体ぶらずに話してくれてもいいのに、と思いつつ、そういえば発目とも久しく直接顔を合わせていなかったことを思い出した。せっかく来訪したのだし、会えるならそれに越したことはない。

 

(相変わらずなんだろうなぁ、発目さん……)

 

 

「お元気そうですねぇ緑谷さん!ご活躍はかねがね伺ってますよウffFF!!どうです、そのクウガのドッ強力なパワーをさらに科学の発展に役立ててみる気はありませんか!?」

 

――相変わらずだった。

 

 開口一番にこんな調子で来るので、出久は苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

「い、いきなりだね発目さん……。役立てるって、具体的に何するの……?」

「色々ありますけども、私としてはロボクウガとか作れないかな~と思案中です!!」

「ろ、ロボクウガ……?」

 

 ロボット――つまり、"メカクウガ"とあだ名されるG2のような強化服ではなく、完全に自動化したものということだろうか。

 

「う、う~ん……あんまりおすすめしないかなぁそれは……」

「?、どうしてです?」

 

 だってクウガは、暴走の危険があるから――それも当然あるが、

 

「小っちゃい頃観てた架空のヒーロードラマでさ、主人公のヒーローをモデルに造られたロボットヒーローが敵のアメーバみたいな奴に乗っ取られるシチュエーションがあったんだよね。あれがトラウマで……」

「!、あぁそれ、私も観てた覚えありますよ~!あの番組、毎週色々なサポートアイテムが登場してましてね~、創作意欲をこれでもかってくらい掻きたてられたものです……!」

「お、おぉ~……さすが発明家……!僕はヒーローの活躍ばっか追ってたや……でも確かに、その活躍もサポートアイテムあってこそだもんね!実際玩具人気もすごかったし!」

「ウフfF、流石緑谷さんわかってますねぇ!」

 

 周囲をそっちのけで盛り上がるふたり。話が合うのはいいことだが、残念ながらここは大学の飲み会の場などではないわけで。

 

「テメェらいっぺん黙れや」

「!」

 

 低く抑えた声で凄まれ、出久は我に返った。怒鳴らずとも、その声音と般若のような表情は他人に強制力を及ぼすのに十分すぎるのである。まして身体で覚え込まされている出久にはよく効く。

 その一方で、発目のようなネジの飛んだ人間にはそうでもないのだった。

 

「おや残念、ではこのお話はまた日を改めてということで……。そういう爆豪さんはどのようなご用でこちらに?まさかこの前のことを謝罪にいらしたとか?」

 

 発目のことばに、出久は室内の空気が心なしかぴりついたものとなったように感じた。――そういえば、勝己はここにいるプロジェクトチームの面々に対して強引に迫り、G2を装着して第36号と戦ったのだ。その責任はひとりで負ったとはいえ、研究員らの中には面白くない者もいるだろう。

 

(かっちゃん……)

 

 勝己にそうさせてしまったのは自分だ。自分にも責任はある。――だがこの場で殊更にそれを強調するのは、勝己のプライドを逆撫ですることに他ならない。この男は誰をも恃まない、誰のせいにもしない。すべて自分の選んだことだと、どんなに風当たりが強くとも一歩も退くことなく踏ん張って立っている。

 自分が彼に手を差し伸べることがあるとしたらそれは、彼が本当に傷つき渇いているとき。出久は黙ってその背中を見守ることに決めた。

 

 そして、

 

「……ああ、この前は迷惑かけた。――皆さんも、すんませんでした」

 

 自らの非を素直に認め、勝己は面々に向かって頭を下げた。そうすることが意地を張るより誇りを守ることに繋がるのだと、いまの彼はよく知っているから。それを見守る出久にももう、いまさら驚きはなかった。

 それに対し、発目はというと、

 

「ンfFF……まあいいでしょう、おかげさまで飯田さんバージョンとはまた違う戦闘データもとれましたしね。――ねぇ、皆さん!」

 

 発目のことばに、勝己に敵対的な感情を抱いていた研究員らも不承不承うなずかざるをえなかった。実際、勝己がG2を装着したことは、彼らにとって損なことばかりではなかったのだ。それはそれとして受け入れるほかないと、彼らもわかっていた。

 

「まあ、そんだけのために来たんじゃねえけどな」

(いきなりケロッとした……)

 

 悪びれるそぶりもなく態度を切り替えるあたりも、流石としか言いようがないが。

 

「G3見せてもらいてーんだけど」

「フfF、やはりそれが目的でしたか。でも、今日の会議で飯田さんからお話と資料の提示があったのでは?」

「話聞いてガワの写真見ただけで満足できっかよ。あんだろ、映像がよ」

「ごうつくですねぇ」

「テメェのワードセンスはなんだコラ。――テメェも見てぇだろ、デク」

「!、う、うん。見せてもらえるなら……」

 

 興味がないわけがない。装着者が何者になろうと、近い将来ともに戦うことになるのは確定的なのだから。

 

「承知しました!一応まだ所外秘なので、関係者以外に漏らさないでくださいね!」

「今さら言われるまでもねぇわ」

 

 発目もそこは信用しているのだろう、それ以上は念を押すことなく保存された映像を再生した。かつて出久もバーチャル脳無と戦った、実験室の様子が映し出される。

 そこに立ち尽くす、青と銀を基調とした機械じかけの戦士の姿。そのディテールと鮮烈な橙の複眼は、未だクウガの面影を色濃く残している。

 

 そんな戦士G3の前に、ヒョウに似た異形の怪人が現れた。出久にとり、色濃く記憶に残っているその姿。

 

「あれって……第5号?」

「はい!」

 

 未確認生命体第5号――ヒョウ種怪人 ズ・メビオ・ダ。グロンギ復活からそう時を置かずして現れた、人間離れした脚力をもつ怪人である。

 

「未確認生命体のデータも随分集積できましたからねぇ、こうしてバーチャルエネミーとしても使えますよ~。緑谷さんも戦闘訓練がしたいときには遠慮なくおっしゃってください、いつでもお貸ししますので!」

「ほんと?ありがとう!」

 

 そんなやりとりをしているうちに、いよいよ戦闘が始まった。仮想のメビオがG3に襲いかかったのだ。狭い室内であるから新幹線並みの走力こそ発揮されないものの、常人には捉えきることのできない脚力は十二分に役立っている。縦横無尽に部屋中を駆けずり回り、かと思えば勢いよく壁を蹴り、一気呵成に距離を詰めてくる。

 対して、現実に一度死闘を演じているためか、G3を装着した飯田天哉の対応は冷静そのものだった。振り下ろされる爪の一撃を左腕の装甲で受け止め、すかさず右拳を胸部に叩きつける。「ウッ」とうめきながら、メビオの身体がわずかに後退した。しかし逆上した様子で再び仕掛けてくる。

 

「G3の性能実験ですから、飯田さんには個性を使用しないようお願いしてあります」

 

 発目の補足説明のとおり、飯田はまったく個性の"エンジン"でメビオにスピード勝負を挑むそぶりを見せない。ただ純粋に格闘にのみ意識を集中している様子。

 

(すごいや飯田くん……格闘技術だけであんなうまく捌けるなんて)

 

 無論パワードスーツの性能もあるのだろうが、それにしたって良い動きをしていると感じる。一流のプロヒーローは個性一辺倒ではないのだ。出久は改めてそのことを思い知った。

 ただ飯田の実力が確かであることと、戦況の推移は必ずしも一致するものではなく。

 

「……効いてねぇな、大して」

 

 勝己のことばは遠慮がなさすぎたが、端的に捉えたものであることは間違いなかった。

 パンチやキックといった打撃が、命中したところで軽く怯ませる程度の効果しかもたらしていないのだ。全力の攻撃なのに牽制程度にしかなっていない――威力が足りないのだ、つまり。

 

「G3の打撃力はカタログスペック上、クウガの青い形態に匹敵するものとなってます」

「青って……一番力の弱い形態、だね……」

 

 遠慮がちに出久がつぶやくと、不満げに唇を尖らせて発目が振り向いた。

 

「これでも頑張ったんですよ我々!常人でも長時間の活動に耐えうるようデチューンを繰り返した結果なんですから!」

「ご、ごめんっ、そうだよね!だから色々な武器を開発したんだもんね……」

「そうです!全部ロールアウトすればだいぶ違ってくると思うんですけどねー……」

 

 モニターに意識を戻せば、要領を掴んだのだろう飯田G3がメビオをその場に打ち倒していた。そのまま身体を踏みつけ、完全に動きを封じる。――それができるのは飯田に実力があり、また相手について予備知識があったから。仮に一般の警察官が装着したとして、初見の相手を同じように鎮圧することは極めて困難と言うほかない。まして現在出現しているグロンギは、メビオより遥かに強力だ。

 

「でも……こうして見ると、やっぱり飯田くんが装着してくれたら頼もしいって思っちゃうなぁ……」

「わかります。飯田さんのお気持ちも理解はできますけど……私としても………」

 

 そう応じる発目の表情が、どこか憂いを帯びたものになる。それは出久ばかりか、付き合いの長い勝己も初めて目の当たりにするもので。だが、一体どのような感情から来るものであるかまでは知るよしもない――彼女自身すらよくわかっていないのだ。

 

 

――あるいは、このとき勝己に電話をかけてきた相手なら、察することができたかもしれないが。

 

「あぁ……わーった、すぐ行く」それだけで通話を終え、「"奴"が来た。戻んぞデク」

「あ、う、うん!ごめんね発目さん、また今度」

「!、そうか、別のご用があるんでしたね」

 

 「いつでもお待ちしてますよ~!」――すっかり元の調子に戻った発目のことばを背に、勝己にくっついてエントランスに戻る。

 

(結局誰を待ってたのか教えてもらえなかったなぁ……まあもうすぐわかるからいいけど)

 

 思ったとおり――そこには、待ち人の姿があって。

 濃い金髪に、稲妻の形をしたメッシュが特徴的な青年。勝己の五年来の知己であり、現在は出久とも親交のある――

 

「お~、爆豪!」

「遅ぇわアホ面」

「おまっ……そりゃねーだろ!いきなり"来い"っつーからどうにか仕事抜けてきたっつーのによ~!」

「!」

 

 

「上鳴、くん……」

 

 プロヒーロー・チャージズマこと、上鳴電気。

 なぜ彼が呼ばれたのか――彼自身よりも先んじて、察せざるをえない出久であった。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドズガギ

イカ種怪人 メ・ギイガ・ギ/未確認生命体第36号※

「ゴセ、ゾ……ダギサゲダバ………!(俺、を……滾らせたな………!)」

登場話:
EPISODE 24. 英雄アイデンティティー~EPISODE 25. デク

身長:202cm
体重:199kg
能力:
あらゆる衝撃を吸収する軟体
体液から生成する爆発性の墨
活動記録:
"メ集団"のラストプレイヤー。とりたてて特徴のない地味な人間体の容姿に反し、その実力はメ集団のリーダー格だったガリマに匹敵する。
これまでのグロンギで最多である324人のリントを二日間で殺害するゲゲルに臨んだ。さらに殺害方法については制約を設けており、触手をターゲットに突き刺して墨を体内に注入し、時間差で発熱、内側から爆発させることでターゲットおよび周囲の人間を巻き添えにするという残酷な手口を用いた。一方、戦闘においては手っ取り早く墨を直接吐き出す戦法をとることもあった。
一度に大人数を殺戮することで着実に点数を稼ぐなか、轟焦凍=アギトに発見され、戦闘となる。強力な打撃を軟体で受け流し、さらに個性による氷結を墨の生成による高熱で融かすなど翻弄し、その実力を見せつけた。クウガが途中参戦しても(変身者である緑谷出久の迷いから白=グローイングフォームにしかなれなかったことも手伝い)余裕を保っていたが、さらに駆けつけたヒーロー・爆心地の爆破を受けて様子が一変し、上記の台詞とともに逃走した。
実は体温が急上昇すると暴走してしまう体質であり、その際は沼すら蒸発させてしまうほどの高熱を放つ。その状態でゲゲルを再開しさらなる惨劇を巻き起こすが、G2を装着した爆心地こと爆豪勝己の鬼気迫る奮戦に足止めを受け、最期は自身の憧れを守ると決心し再び赤=マイティフォームに変身したクウガの強化マイティキックを受け、倒された。

作者所感:
地味ながら強力な実力者……といえば聞こえはいいですが、ぶっちゃけ余りものだった方。当初はガリマと逆で飯田G2に倒される予定でした。初ライジングをペガサスで迎えたいこと、ガリマを昇格させることなどからこの順番に。
墨を注入して時間差で爆発させる殺し方はジャラジとスコーピオンロードを参考にしました。映像にするとかなりエグいですよねきっと。

※原作では第21号。


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EPISODE 27. 緑谷:ライジング 4/4

書き終えて何か足りねえな…と思ったら26、27話と桜子さん出してませんでした。村田和美さんのスケジュールの都合…ってことでひとつ。

原作クウガだと総集編の17話くらいですかね、出なかったというか新規のシーンがなかったの。一切画面に映ってない回はなさそう。流石メインヒロイン。


 薄暗い室内で独り、読書を続けているゴ・ブウロ・グ。

 

「………」

 

 頁が最後まで捲られ、ぱたりと閉じられる――わが帝都を覆う恐怖が、再開される音が響いた。

 

 

 

 

 

 勝己の呼び出しに応じて科警研に現れたプロヒーロー・チャージズマこと上鳴電気。クウガの強化について彼に協力を求めるつもりらしい勝己の口から、すべてが明らかにされた。

 

 未確認生命体第4号――クウガの正体をにわかに知ることになった男は、その事実をどのように受け止めるのか……。

 

 

「へ~、マジ!?」

「リアクション軽っ!?」

 

 出久が思わず口に出してツッコむのも無理もないことだった。捜査本部の面々をはじめ出久がクウガであることを知る人間が増えてきていることは確かだが、世間的には変わらず極秘事項である。それを唐突に打ち明けられたにもかかわらず、あまりにあっけらかんとしてはいないか――

 

「コイツは顔面どおりのアホだからな、事の重大さがわかってねえ」

「ウェッ!?かっちゃん辛辣ぅ~」

「かっちゃん言うな殺すぞ」

 

 多忙の中急遽駆けつけてくれた友人に対して勝己のことばはあまりに恩知らずともいえるのだが、上鳴はまったく意に介していないようだった。勝己の口調もやはり気安い。それだけ互いへの信頼というものが積み重なっているのだと傍から見ていてもわかる。――以前のように仄暗い気持ちが湧いてくることはないが、羨ましいものは羨ましい。それは素直に感じてもいいものだと、出久は自分に言い聞かせた。

 それはともかく、

 

「べ、別に驚かせたかったわけではないけど……僕が4号だって、そこまで意外なことじゃないのかな……?」

「ん~、いや、意外っちゃ意外よ?完全に初対面だったら腰抜かしてたかも」

 

 「ぱっと見そんなキャラに見えねーし」と上鳴。いやまったくそのとおりだと出久は思う。ネット掲示板やSNSで4号の正体を考察する書き込みを頻繁に見かけるが、「ヒーローオタクの大学生」とピタリ言い当てたものは皆無だった。当たり前だろう、自分がその立場でもそんな天邪鬼な予想はしない。

 

「まー、正直前からなんかあるとは思ってたんだよな。あんだけ俺らン中に知り合い多くてさ、しかもどっか行ってた轟までメチャクチャ懐いてるみてーだし?俺ら以外であいつとマブダチになれる奴なんていねえと思ってたんだよなぁ、正直……その轟が4号その2だったっつーのもビックリだけど、なんか色々繋がった!って感じ」

「うん……そうだよね。頼りないと思われてもしょうがないけど、僕、これからも頑張るから。力を貸してくれたら嬉しいな」

「そりゃもちろんだけど、頼りないなんて思ってねーって。むしろおまえが4号で良かったよ」

 

 あっさりとした口調とは裏腹に、上鳴のことばには重みがあった。――明るく振る舞っているが、彼はついひと月ほど前、未確認生命体に多くの仲間を殺されている。あの慟哭の記憶を、生涯忘れることはないだろう。

 

「奴らと戦うのに少しでも役立てんなら俺も嬉しいぜ。――でも、電気浴びせるだけでマジで強くなれんのか?」

「なれる」勝己が断言する。「前に電気ショック受けただけでコイツには前兆が現れてる。戦いながら継続的に電流浴びりゃ、今度こそ新たな力を引き出せる。……リスクもあっけどな」

「……オーケー、おまえがそこまで言うんだもんな。任せとけ!」

 

 そのうち、勝己の手配した実験室にたどり着いた。出久と上鳴、ふたりだけが入室する。勝己は強化ガラスに隔てられたモニタールームに入った。

 

『デク、変身しろ。もう二時間は経ったから大丈夫だろ』

「うん。――変、身ッ!!」

 

 アークルを体外に顕現させ、構えをとる。モーフィンクリスタルが鮮烈な輝きを放ち――緑谷出久の肉体を、赤い鎧の異形へと変化させるのだ。

 

「おぉ……」

 

 思わず感嘆の溜息を漏らす上鳴。クウガと直接相対するのは初めてだし、まして変身する瞬間を目撃することになろうとは。

 

「こう目の前に立ちはだかられると迫力あんなぁ……。でもビビんねぇぜ、全力でぶつからせてもらう!」

「うん、頼む!」

 

 全力で戦う――それこそが新たな力を引き出す要になる。勝己はそう考えた。出久もまた、それを信じた。

 

 

「――うぉおおおおおッ!!」

 

 ゆえに、走り出すクウガ。迎え撃つ上鳴は一瞬後ずさりしかけたが、グッと堪えてその場に踏みとどまった。そして、

 

「来させねぇよ!!」

 

 上鳴の身体がかっと煌めき、次いで黄金の電撃が放たれた。一直線にクウガに襲いかかる。

 

「ぐっ!?……く、うぅ、あ……ッ!」

 

 クウガの身体を電流が覆う。耐えがたい痛みと痺れ、筋肉の痙攣による脱力感が襲ってくる。それでも身体を引きずって前進を続けようとしていたクウガだったが……限界は、容易く訪れた。

 

「……ッ、」

 

 電撃の放出が終わると同時に、その場に片膝をついた。鼓動が、ありえないくらい速まっているのが自分でもわかる。指の一本までほとんど力が入らない。ただ荒ぶった呼吸ばかりに、全身の労力が費やされているようだった。

 

「その程度かよ、未確認」

「……!」

 

 顔を上げたクウガは、ぎょっとした。上鳴の表情は、いままでに見たことがないほどに冷たく酷薄なものだった。

 

「そんな程度で俺らヒーローに勝とうなんて、一万年早いぜ……!」

(!、そうか……)

 

 上鳴電気は、演じている。

 

 出久はそのことに気づいた。上鳴はクウガを純然たる未確認生命体として扱い、挑発的なことばを投げかけている。自身の胸の内に燻る怒りをスパークさせて。

 そこまでして、出久を滾らせようとしている。――その戦意を昂ぶらせ、一時でも早くクウガをさらなる高みへ昇らせようとしてくれている。

 

(やっぱり、かっちゃんの友だちだな……)

 

 ならば尚更、応えなければ――震える脚を叱咤して、クウガは立ち上がった。その全身に電流が奔る。いままでよりも烈しく。

 それを鮮烈に感じながら――クウガは再び、ヒーローへと躍りかかっていった。

 

 

 

 

 

 パトロールを続けていた捜査本部の面々だったが、第37号の再出現が認められないこともあって、飯田や鷹野など一部は本部へ戻っていた。分析および対策の練成に臨むためだ。

 

「殺害方法については判明したぞ」

 

 彼らを出迎えたのは、塚内管理官のそんなひと言だった。

 

「ガイシャの心臓に異物が滞留しているのが発見された。詳しく調べた結果、それはフクロウのペリットのようなものだそうだ」

「ペリット……?」

「食物の不必要な部分を固めて吐き出すという……つまり第37号は、フクロウの性質をもつ未確認生命体であると」

「3号みたいに夜行性じゃないのがまたムカつきますね」

「ああ……問題はそんなものを、あの高さから寸分の狂いもなく心臓に到達させていることだ。そうして一瞬のうちに心筋梗塞を起こさせる――」

 

 とんでもない技術だ。自分ですら比べものにならない――スナイパーとしての腕に絶対の自信のある鷹野も、それを認めざるをえなかった。だからこそ余計に怒りを禁じえないのだが。

 

「奴は、また現れますよね」

 

 それは、誰にも否定できない。

 

「現れるとしたら、次はどこになるか……」

「……読めないわね、正直」

 

 ホワイトボードに貼り出された地図を睨む、一同。事件現場が点として描かれ、次の事件現場と結ばれている。第14号――メ・バヂス・バのときのように、何か法則性が見つかるかと期待されたのだが、

 

「あっちゃこっちゃ行ってんなぁ……」

 

 森塚のことばがすべてだった。ブウロの動きはあまりに不規則で、とても法則性などありそうもない。

 

「――いや、」

 

 ぽつりと飯田がつぶやいた否定の欠片は、やけに室内に響いた。

 

「どうした?」

「だからこそ、妙だと思いませんか?西から東に長距離移動したかと思えば、次はまた西寄りに戻っている。何も考えずに適当に場所を選んでいるとすれば、あまりに効率が悪すぎです。やり口、また直接相対した轟くんの話を聞く限りでも、そのような考え無しの敵とは思えません」

「……じゃあ、一見無造作に見えるこの移動にも、何か明確な法則が存在してるってわけか」

 

 つぶやいた森塚が、やおら手帳を開いた。どんぐり眼を細め、帳面に目を落とす。

 

「午前十一時三十分頃、足立区綾瀬。午前十一時四十分頃、荒川区町屋。午前十二時頃、板橋区上板橋……」

 

 そこまで読み上げたとき、森塚の表情が変わった。

 

「足立、荒川、板橋……江戸川……大田、葛飾、北、江東、品川、渋谷、新宿――世田谷!」

 

 犯行の為された地名。そのすべてを順番どおりに挙げられて、そこに隠された法則性に気づかない者はこの場にはいなかった。

 

「そうか、そういうことか……」

「こんな単純なことにすぐ気づけなかったなんて……」

「いや、しょーがないっスよ……。奴ら、まさか行政区分までゲームに組み込んでくるとは」

 

――東京23区を、五十音順。それがゴ・ブウロ・グのゲゲルのルールなのだ、間違いない。

 

「なら、次に奴が現れるのは……」

「皆には私から連絡する、きみたちは至急次に向かってくれ」

「轟くんには私から連絡します」

「そうだな……任せた、インゲニウム」

「はっ!」

 

 

 その頃の轟焦凍はバイクでひとり、粘り強く37号捜索を続けていた。もしもまた出現し犯行に及んだ際、近くにいればその気配を察知できる――それが理由だが、その身を炎天下の中に剥き出しにしているのは強化された肉体にも堪えた。

 

(せめて汗拭きてぇんだけどな……)

 

 未だ世間的には失踪したままであるため、公衆の面前ではヘルメットを脱ぐことすらできない。半冷で対応するにも限界がある――

 

 猛暑というある意味グロンギに次いで厄介な敵に辟易していた折、飯田から連絡が入り――判明した事実が告げられた。

 

「まさか、そんなルールが……」

『うむ……俺も正直、思いも寄らなかった。だがこれで、奴が次に現れる場所が相当に絞られたことになる』

「だな。これで俺の汗腺も報われる」

『汗腺?……熱心なのはいいことだが、休憩はしっかりとりたまえ!熱中症になってしまったら元も子もないぞ!』

「そうだな……悪ぃ」

 

 元委員長の注意にしおらしく応じ、焦凍は通話を終えた。すぐさま次にブウロが現れるであろう台東区へカウルを差し向ける。途中、どこか人気のないところで汗を拭いて水分補給くらいはしようと心に決めながら。

 

 

 

 

 

 電光のスパークする音が、辺り一面に響き渡っている。

 

 科警研の実験室にてそれを放っているのは他でもない、クウガだ。奔る稲妻のような電流が、やがて赤一色だった手甲に黄金の紋様を刻みつけ――

 

 

 次の瞬間には、滝のように汗を流した出久がその場に膝をついていた。

 

「はぁ……ッ、はぁー……ッ」

 

 筋肉の痙攣が続き、立ち上がることすらままならない。ただ呼吸を整えるのが精一杯だ。

 そんな満身創痍に近い状態でも、出久の胸にあるのは達成感ばかりだった。

 

「や…った……!やったよ……上鳴くん、かっちゃん……!」

『ンなゼェゼェしゃべらんでも見りゃわかる』

 

 表向き素っ気なく、しかし心なしか声に張りのある勝己。

 一方の上鳴はというと、

 

「ウェ、ウェェエイ………」

 

 放電のし過ぎにより、勝己の言うところのアホ面を晒していた。正直、出久からしてもそれ以外にどう形容したらいいのかわからない酷い顔だ。知能指数が著しく低下しているらしいが、まったく何もわからなくなってしまったわけではないのだろう――ビシッとサムズアップを決めてくれた。

 

(あとは……この力がどこまで通用するか………)

 

 強くなった敵に対抗できなければ、ここまでの努力は水泡に帰す――過ぎったネガティブな思いを、出久は瞬時に振り払った。大丈夫だ。友が、ここまでしてくれたのだから。

 

 しばらく出久が身体を休めていると、モニタールームにいた勝己が飛び込んできた。

 

「いま本部から連絡があった。37号が次に現れる場所がわかったらしい」

「!、奴のゲームのルールがわかったってこと?」

「あぁ、奴は東京23区を五十音順に襲ってる」

「ってことは、次は台東区……」

「だろうな。――動けるか?」

 

 彼なりの気遣いなのだろう問いに――出久は、上鳴よろしくサムズアップで応えた。

 

 

「うん!」

 

 かくして、彼らは戦いへ赴く――

 

 

――その寸前、

 

「上鳴」

「ウェ?」

「……あんがとよ」

「………」

 

 

「ウェ……えぇぇぇぇ!?」

 

 驚きのあまり上鳴が素に戻ったときには、ふたりはもう飛び出していったあとだった。

 

 

 

 

 

 ゴ・ブウロ・グは浅草橋上空に到達していた。じっくりと獲物を見定め、通行人の姿を認めるや吹き矢を構える。その漆黒の筒からペリットが撃ち出された瞬間、悪夢は再開される――

 

――それを阻む者が、この世界にはいる。

 

「当たりだな」

 

 ゴウラムに掴まったアギト――轟焦凍。彼の襲撃を受け、ブウロは出鼻を挫かれることになった。

 

「我がゲゲルのルールを看破したか。リントも無能ではないな」

 

 そうとは思えぬ冷静さで、アギトに対し攻撃を仕掛ける。左しか使えないアギトは防御手段がない。ゆえに、ゴウラムの回避能力に依存するしかない。

 

「さすがは緑谷の相棒だな。回避は任せるぞ」

『ソー・テー』

 

 いや……正しく言うなら、"信頼"か。明確にヒトならざるモノであれ、ともに戦う仲間であることに変わりはない。それがすべてだ。

 

 襲いかかる紅蓮の炎。それをすんでのところで躱しつつも、ブウロは次第に苛立ちを露わにしはじめる。

 

「目障りな……永遠に隠遁していればよかったものを」

「……だろうな、お前らからすりゃ」

 

「でも、しょうがねぇだろ。――"あいつ"に、叩き起こされちまったんだから」

 

 その到来を予期したアギトが、遥か彼方、地上に目を向ける。

 

 そこには、鮮烈なトリコロールのマシン――トライチェイサーを駆る、緑の射手の姿があって。

 

「緑谷……!」

「クウガ……!」

 

 ふたりの異形の声が重なる。無論そのあとの行動は、対極のものであったが。

 

「ベルスグギギ……!」

 

 本能的に危機を察知したのか、古代からの宿敵を確実に葬り去りたかったのか、クウガに標的を変えるブウロ。放たれたペリットがクウガに襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 しかし超感覚でその発射に気づいたクウガは、トライチェイサーを傾けて飛び散る火花をかわす。追撃は……ない。あるはずがない、アギトがいるのだから。

 それを悟ったクウガは、その場にマシンを停止させた。周囲を見回す。――あった。

 

 勢いよく跳躍し、クウガは付近の河川敷に降り立った。開けた見晴らしの良い場所、ここならビルの屋上に上がらなくとも。

 上空に向け、ボウガンを構える。と同時に、その全身に電撃が奔った。目視できるほど烈しいそれに、クウガはわずかにうめき声を漏らす。

 

(ッ、大丈夫……この痛みは、もっと高いところに、行くためのもの……!)

 

 

(皆と、一緒に……!)

 

 輝ける、決意。

 

 まるでそれを体現したかのように、緑一色だったペガサスフォームの鎧の縁に、黄金の意匠が刻まれていた。手甲には"疾風"を表すリント文字。

 変化は武器にも及んでいた。ボウガンに一対のブレードが装着され、よりいかめしい姿へとその様相を変えている。

 

 さらなる高みへ――"ライジング"へと、たどり着いた姿。

 

「バンザ、ジャヅングガダパ……!?」

 

 見たことのないクウガの変化に、動揺を隠せないブウロ。その隙を突いて、背後からアギトが襲いかかった。

 

 

「――KILAUEA SMASH!!」

「!?、ガァァッ!」

 

 振り向きざま腹部に拳を突き入れられ、上空から叩き落とされるブウロ。文字どおり地に足つかない状態での一撃、ゴである彼には致命的なダメージではない。放っておけばすぐに態勢を立て直すことができただろう。

 

――だからこそ、そのわずかな隙は逃さない。

 

「ふッ!」

 

 ボウガンの先から放たれる、空気弾。それはいままでのように唯一ではなかった。ライジングとなったことで、弾丸の連続速射が可能となったのだ。

 計五発、放たれた弾丸。うち二発はむなしく空を切ったものの、残る三発は見事ブウロに命中した。翼を、胸を、太腿を弾丸が貫き、封印の文字を浮かび上がらせていく。

 

「グォオオオオオオオ――ッ!?」

 

 もはや態勢を立て直すどころではなく、回転しながら墜落していくブウロ。複数の"封印"から、バックルへと亀裂が到達し――

 

 

――刹那、爆発。遥か上空で起こったそれは、音すらも一瞬置き去りにして翠の瞳に映った。ほどなくして轟音も、耳に届きはしたが。

 

「………」

 

 しばしその命の爆炎が散っていくさまを見つめていたクウガは……ゆっくり、その場に倒れ込んだ。その姿がたちまち緑谷出久のそれへと戻っていく。

 

「緑谷っ!!」

 

 ゴウラムともども降下してきたアギト――焦凍が、駆け寄ってくる。変身が解けたことによって露わになった表情には焦燥が滲んでいる。一日に何度もそんな表情をさせてしまうことが、申し訳ないと思った。

 

「大丈夫か!?」

「う、ん……だいじょぶ……疲れただけ」やおら身を起こし、「あまり長くは保たないみたい、あの姿」

「……そうか」

 

 一瞬目を伏せた焦凍だったが……出久につられるようにして、頬を弛めた。

 

「うまくいって……よかったな」

「轟くん……」

 

 

「デク!」

「緑谷くん、轟くん!」

「!」

 

 と、今度は近くに待機していた勝己と飯田が駆け寄ってくる。前者はいつもどおりの仏頂面で輪に入ってきたのだが、後者は――

 

「――みんなッ……!よく、頑張った!!」

「うわっ!?」

 

 190センチ近い長身に筋骨隆々とした身体が、三人をまるでサンドイッチにするかのように包み込む。真ん中の具の役になってしまった出久は突然のことに口をぱくぱくさせることしかできない。

 

「テメッ……暑苦しいんじゃ放せやクソメガネコラァ!!」

「今日くらいはいいじゃないか!!」

「ぐっ……ぐるぢぃ………」

「とりあえず冷やしとくか?」

 

 

 河川敷ではしゃぐ彼らの姿は、まるで学生時代に戻ったかのようだったと、あとから到着した森塚は評している。――無論、雄英にいなかった出久も含めて。

 

 

 

 

 

 警視庁の頂にある警視総監執務室に、複数の男たちの姿があった。

 そのうちのひとり――電話を受けていた犬頭の面構犬嗣警視長が、受話器を置いて振り向く。

 

「第37号が倒されたそうです」

「そうかそうか。やはり俺の目に狂いはなかったねぇ」

 

 上機嫌に笑う警視総監・本郷猛。しかしそんな振る舞い招かれた客人たちは共有していなかった。面構の他にもうひとり、背広姿の痩身の男が、ソファーに座ったまま小さく溜息をつく。年齢は本郷と同じくらいか、彫りの深い顔立ちは青年の頃の美形の面影を残している。彼もまた、科警研の所長という高い地位の持ち主だった。

 

「総監、あなたの慧眼はよく承知しておりますが……だからといって今回の提議、あまりに荒唐無稽では?――G3の装着員を、一般から広く募集するなど……」

「言いたいことはわかるよ結城くん。"警察がかつての威光を取り戻すためのシステムであるはずなのに、警察官以外に装着者となる余地を残す意味がわからない"――そういう意見もずいぶん聞いた」

「それもありますが、私が言いたいのはもっと原則論的なことです。プロヒーローならまだしも、完全な民間人が装着員になるというのは、機密保持の観点で問題が多すぎます」

「だろうね。その対策については万全を尽くすよう関係各所に指示してある。日本の警察は優秀だ、うまくやってくれるさ」

 

 取り付く島もないとはこのことかと結城は思う。もっとも既に警察庁(となり)や永田町への根回しは済ませている以上、これは決定事項の通知でしかないのだろう。その行動力に色々な意味で嘆息するが、反感はない。この男とは長い付き合いだ。

 

「きっとすぐれた人間が選ばれるさ。面構くんもそう思うだろう?」

「……それが警察官であることを祈っていますワン」

「ハッハッハッハ、どうだろうねえ?」

 

 警察官であれ、ヒーローであれ、民間人であれ……行きつく先は、同じ。誰が装着しようと、それがG3であることに変わりはないのだから。

 

(期待しているよ、G3。おまえもまた、人類の自由、そして平和の守り手となってくれることを)

 

 人類の自由と、平和を守る異形の者たち。遥か昔……架空が現実になるずっと前から陰ながら戦ってきた彼らを、本郷猛はこう呼ぶ。

 

 

――仮面ライダー、と。

 

 

つづく

 

 




面構「ようやく私の番が回ってきたか……。ご存じ面構犬嗣です、よろしく頼むワン」

面構「緑谷くんが無事"ライジング"になれてひとまずほっとしたワン。敵もどんどん強くなってはいるが、彼には仲間がいる、きっと大丈夫。というわけで次回、海水浴の準備がてら友人たちとショッピングに出かける緑谷くん。そんな折、ひとりの少年が万引きに手を染めようとしているのを目撃する。やけに目つきの鋭いこの少年、インゲニウムたち雄英出身者とは顔見知りのようだが……。一方で新たな未確認生命体も出現。今度は人間体からして第7号のようなパワータイプのようだワン。そんな奴が電車内を我が物顔で闊歩する目的は一体?」

EPISODE 28. ストレイボーイ

面構「インゲニウムが公衆の面前で卑猥なことばを叫ぶぞ」

面構「さらに向こうへ……プルスウルトラァアオォォォォン!!」U^エ^U


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EPISODE 28. ストレイボーイ 1/3

いよいよ映画公開しましたね。作者は明日見に行きます、楽しみ!



 薄暗い部屋に、少年がひとり。座り心地のよさそうなソファーに、すらりと長い四肢を窮屈そうに折り曲げて座り込んでいる。

 その昏く鬱いだ瞳は、唯一ちかちかと眩いテレビ画面に注がれていた。映し出されるのはバラエティやアニメなど年相応な番組ではなく、堅い雰囲気の報道番組。アナウンサーもまた、笑顔少なに深刻なニュースを読み上げているところだった。――中学生の男子生徒の転落死。異形型であることが原因でいじめを受け、それを苦にしての飛び降り自殺だったという。

 異形型であることがいじめに結びつくことが、これまでなかったわけではない。だが個性を持つ人々の中には異形型とは言わないまでも身体のどこかが常人とは異なる形状に変化している者も多く――飯田天哉の脚のエンジンや瀬呂範太の腕のセロハンのように――、からかいの対象になることはあれそこまで深刻な事例は多くはなかった。

 

 

 未確認生命体が、現れるまでは。

 

『未確認生命体の出現以降、全国の学校で激増している異形型の児童生徒へのいじめ問題について、文部科学省と警察庁が異例の共同声明を発表しましたが、未確認生命体関連事件の全容解明が進まないことに対する批判の声も根強く――』

 

 その瞬間、ぷつっと音をたててテレビが消えた。少年がリモコンの電源ボタンを押したのだ。

 視聴覚ともに失われた深い静寂の中で、少年はゆらりと立ち上がった。小さな手提げかばんひとつ引っさげて、部屋を出て行く。扉の閉まる音は、まるで永遠の暇を告げているかのようだった。

 

 

 

 

 

 午前八時過ぎの警視庁。既にエアコンのよく効いた食堂内は多くの警察官の姿で賑わっていた。

 その中にあって爆豪勝己はひとり新聞を開いていた。彼の日課のひとつ。普段はそうして未確認生命体関連の情報を収集しているのだが、今日目を奪われていたのは別の記事。

 

「ここ、空いてるか?」

「!」

 

 年季の入った渋い声に顔を上げれば、そこには夏服を着た犬頭の警察官僚の姿があって。

 

「おはよう」

「……はよざいます」

 

 所属長相手には雑すぎる挨拶だが、これが彼のスタンダードなので仕方がない。相対する面構犬嗣も気に留めるタイプではなかった。いちいち聞き咎めていたら神経がもたないのもあるが。

 

「新聞か……若者らしくないな、いい意味で」

「何があったか手広く知るにはちょうどいいんで。社説は毛ほども興味ねえけど」

「ハハ……きみらしいな。ところで、何か気になるニュースはあったか?」

「………」

 

 沈黙。肯定も否定も表さないということは前者で、何か思うところがあるのだろう。

 朝五時には起床してひととおりのニュースには目を通す面構には、ひとつ心当たりがあった。珍しく少し気まずげにちらちら顔を見てくるのもあって、尚更。

 

「なるほど、例のいじめ問題か。……やるせないな、正直」

「……あんたも子供いんだろ。ないんすか、そういうこと」

「ウチのはもう大きいから、学校で何かあるってことはなさそうだワン。ただ、道を歩いていて遠巻きにされたり、ひどいときには絡まれることもあると相談されたことはある。いじめは論外だが……皆、怖いんだろうな。それは我々の落ち度でもある」

 

 実際、未確認生命体を自称し重犯罪を起こす異形型ヴィランも時折発生している。そんなことも重なって、日常に溶け込んでいた"異形型"たちは再び化け物と同一視されつつある――かつての、個性黎明期のように。

 ただ、"いじめ"という問題は、そのことのみをもって論じられるものではなかった。

 

「芽生えはじめた自尊心と、その裏返しともいえる他人に劣ることへの恐怖、そして将来に対する漠然とした不安……様々な感情が複雑に絡みあって、それが悪意を生むこともある。私は教育者でないから博識ぶったことは言えんが、小中学生の子供のこととなると難しいな」

「………」

 

 勝己はじっと目を伏せていた。そうして、面構のつぶやきを飼い主にしつけられる子犬のように聞いていた。かつての自分の……自分ですらわからずにいた心境をたったひと言で言い当てられてしまう。彼のようなまっすぐな大人にとっては所詮、かつての自分はそんな程度のものに振り回されるちっぽけな子供でしかなかったのだ。いま紙面に淡々と掲載されている、ひとりの子供が自ら命を絶ったという取り返しのつかない事実――六年前、自分は幼なじみを同じところに追いやろうとしていたのだと改めて思い至って、勝己は拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 不幸中の幸いとして、勝己の幼なじみは生きていた。傷つき夢破れる結果となっても死を選ぶことなく生きてきて、いま、ここにいる。

 いつ命を落とすともわからない戦いの中に身を置いてはいるが、生に向かうエネルギーという意味ではこれまでの人生の中で最も漲っているようだった。それはそうだろう、勝己ともぐっと距離が縮まり、友人や仲間と呼べる存在がたくさんできた。彼らとともに生きていきたい、この幸福を守りたいという確固たる強い想いが、彼を支えているのである。

 

 そんな彼――緑谷出久は今日、とあるショッピングモールを訪れていた。勝己から譲られて久しいトライチェイサーを駐輪場に置き、待ち合わせ場所となっている店内の北側入口へ向かう。早めに来たつもりだったが、待ち人たちの姿は――あった。

 

「あっ、デクくん、こっちこっちー!」

「!」

 

 こちらに向かっていっぱいに手を振る少女。

 その両隣には、それぞれ彼女よりも幾分か落ち着いた風貌のショートボブの女性と、どこか凛とした令嬢然とした女性の姿があって。

 

「麗日さん、沢渡さん、八百万さん!もう来てたんだね」

 

 アルバイト仲間であり雄英出身のプロヒーローでもある友人、麗日お茶子。そして城南大学の考古学研究室に在籍する年上の友人、沢渡桜子。そしてお茶子の同級生であり、やはりプロヒーローとして活躍している八百万百。タイプは違うが、それぞれ負けず劣らずの美女だ。

 このまま彼女らを引き連れて街を歩けば、すれ違う男たちから羨望と嫉妬のまなざしを向けられることだろう。出久が特別容姿において優れている部分があるわけでないぶん――エメラルドのような翠のどんぐり眼はチャームポイントといえるかもしれないが――、後者のほうが圧倒的に強烈かもしれない。

 

 ライトノベル主人公のような一日を過ごすかに思われた出久。しかし現実にはそうではなかったし、出久自身そんな刺激の強すぎる状況は望んでいなかった。

 

「飯田くんたちは?まだ来てないのかな?」

「あぁ、飯田くんたちなら――」

 

 

「お待たせ!無事送り届けてきたぞ!」

 

 噂をすればで、店内から飯田とおやっさんが現れた。

 

「おつかれさまー!」

「お疲れ様です、ふたりとも」

「お疲れ様でした」

「いや……ん?あぁ緑谷くん、来ていたのか!」

「う、うん、いま来たとこ。ふたりは何かして来たの?」

「うむ、実は――」

 

 曰く。ここで待機していたところ迷子に遭遇してしまい、見かねた飯田がその子供の両親捜しに奔走することになったのだという。やはり根っからヒーローだな、と出久は思いつつ……そこにおやっさんが同行したのが意外でもあり。

 

「しょーがないでしょーよ。おやっさんの超おもしろギャグがバカウケしちゃったんだから!」

「え……そう、なの?」

 

 訊くと、三人の美女は揃ってかぶりを振った。

 

「そもそも意味わかってなかったっぽいよ」

「懐かれてたのは間違いないけど……」

「飯田さん、怖がられてしまっていましたし……」

「……なるほど」

 

 かなり大柄なうえ、どうしても振る舞いからして四角四面な飯田では小さい子供に怖がられるのも無理はなかろう。逆に、良くも悪くも威厳のないおやっさんが懐かれるのもまた当然というべきか。

 

「ともかくこれで全員お揃いになったことですし、いざ参りましょう!海水浴グッズを揃えに!」

「おー!」

「うむ!」

 

 やたらテンションの高い雄英OB・OG勢。そういうノリにあまり慣れていない出久と比較的物静かなタイプの桜子は即座には同調できなかった、残念ながら。

 

「イェーイ!!」

 

 なぜか親子ほど歳が離れているはずのおやっさんは、ばっちりついていけているのだった。

 

 

 ともあれ、「おー!イェーイ!!」なノリにはなかなか溶け込めないまでも、出久もまたこのショッピングを楽しむつもりであることに間違いはなかった。

 

(いいなぁこういうの……すごく"青春"って感じだ!)

 

 暗黒の中学時代は言うまでもなく、高校時代も心操や桜子ほどの親しい友人はいなかった出久である。友だちと旅行に出かける、その準備のために買い物に来るというのはとても新鮮なことだったのである。

 そんな彼に、しかし思わぬ試練が待ち受けていて――

 

「一番肝心な水着、いっちゃおう!!」

 

 ある程度買い物も進んだところでの、お茶子の提案。新しい水着を購入するということか、まあそれ以外には捉えようがないが。

 

「あっ、そっか……。僕もプール用のやつしか持ってないし、ちゃんとしたの買ったほうがいいかな?」

「おー、そうしたほうがいいぞぉ!海水浴なんてまたとない好機、生足魅惑のマーメイドに出会っちゃうかもしれんのだから!」

「?、マーメイドの足は魚類のものなので、一般的な趣味嗜好からいって生足だけで人間を魅惑するのは難しいと思いますわ」

 

 飯田と見せかけてまさかの八百万からのマジレスに、ことばに詰まるおやっさん。ちなみに飯田は横でぶんぶんうなずいている。

 

「ゴホン!えー、そういうことであれば、男女分かれてそれぞれの水着を購入、一時間後にまた合流するということでいかがでしょうか!」

「おー、久々出た委員長!」

 

 お茶子に囃し立てられ、なぜかえへんと胸を張る飯田。ただ、そんな彼の提案が必ずしも容れられるかといえばそうではないのだった。

 

「でもごめん、一回デクくんだけこっちで借りてもいい?」

「えっ?」

「ムッ、なぜだ?」

 

 飯田は当然として、指名された出久も首を傾げざるをえなかった。おやっさんだけはにやにやしている。

 

「だってホラ、水着選ぶのに男のコ目線欲しいし~。ねぇ沢渡さん!」

「う~ん……ま、そうね!」

「……へぁ!?」

 

 ひと呼吸置いて意味を理解した出久は目を剥き、次いで顔を真っ赤にした。つまりは、自分が、彼女たちによって……ありとあらゆる女性用水着の中からこれというものを選ぶことを強いられ、挙げ句の果てには試着姿の感想を求められたりするのだろうか。

 

「こっこっこっこっ困る!!」

「困らないよぉ~」

「なぜ断言できるの!?」

 

 「大体っ!」となおも出久は言い募る。

 

「う、麗日さんと沢渡さんはいいかもしれないけど、八百万さんは嫌でしょ!?知り合って間もない男に水着のことああだこうだ言われるなんて――」

「あら、むしろありがたいですわ」

「即答!!」

 

 ずい、と迫る女性陣。追い込まれていく出久。ここでおやっさんが「だったら俺が見てあげようか~?」と鼻の下を伸ばしながら参戦したのだが、

 

「おじさん目線は結構!」

 

 お茶子のこのひと言であえなく撃退されてしまったのだった。

 

「そういうわけだから飯田くん、そっちは適当にやってて!」

「構わないが……緑谷くんの水着はどうするんだ?」

「あとで私たちが選ぶから平気!」

「そ、そうか。わかった……あまり、こう、無理強いはしないようにな?」

「わかっとります!」

 

 いやもう十分してるから!そんな抗議もむなしく、飯田とおやっさん――心なしかしょんぼりしている――は出久を置いて去っていってしまった。

 

「さ、行こーデクくん!」

「なぜ……こんな………」

 

 そんなつぶやきが最後の抵抗だった。女性3人の圧をはね除けられるはずもなく、哀れ出久は女性用水着コーナーへ連行されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 リントの女性たちが可憐に休日を楽しむ一方……グロンギの女傑のひとり、メ――改めゴ・ガリマ・バはひとり、薄暗い洋館の中をひとり彷徨っていた。ゲゲルの順番はまた後回しにされた――わかっていたことであれ、やはり不満は抑えきれない。

 ならばストレス解消に別の遊びに興じるという手もある――"ゴ"にも遊興を好む者は一定数いる――のだが、根っから戦士である彼女はそういうものをくだらないと切り捨てている。

 

 この苛立ちをどこにぶつけるか――そんなことばかりを考えていた矢先、いずこからか不思議な音色が響いてきた。

 

「……?」

 

 その雅ながら力強い、規則正しい音楽に、自然ガリマの足は出処へと向いた。確たる足取りで廊下を進み、扉を押し開ける――

 

 部屋の中央は、不思議な形をした巨大な漆黒のオブジェクトによってほぼ占められていた。その前部に置かれた椅子に座ったチャイナドレスの美女。純白と漆黒の交錯する板の集いを指が押し潰すたびに、かの美しい音色が流れ出している。

 

「!、ベミウ……」

「………」

 

 ガリマの存在に気づいた彼女――ゴ・ベミウ・ギは、やおら演奏を止めて顔を上げた。

 

「あら、うるさかったかしら?」

「いや……それは一体、なんだ?」

 

 ベミウはにこりともせず、

 

「ピアノ。リントが発明した音楽を演奏する楽器よ」

「楽器……おまえは音楽を嗜むのか」

「ええ」

 

 ベミウのしなやかな白い指が、鍵盤を叩く。軽やかな音色が、ガリマの聴覚を撫でた。

 

「……続けてくれ」

 

 ガリマがつぶやくように乞うと、ベミウは妖艶に笑み――再び、ピアノを弾きはじめた。獲物であるはずのリントの創作した音の連なりに、ふたりの女戦士は間違いなく心惹かれていた。

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 ギブグ

ライジングペガサスフォーム
身長:2m
体重:99.9kg
パンチ力:1.5t
キック力:4t
ジャンプ力:ひと跳び15m
走力:100mを5秒
武器:ライジングペガサスボウガン
必殺技:ライジングブラストペガサス
能力:
ペガサスフォームが雷の力で強化された"ライジング"形態だ!一説には"凄まじき戦士"の力が漏れ出した姿とも言われるが、暴走は抑えられているぞ!
瞬時に標的を捉え射抜くために、全身の感覚がさらに研ぎ澄まされている。そのぶんエネルギーの消耗はさらに激しくなり、30秒もするとグローイングフォームに退化してしまうぞ!
武器であるライジングペガサスボウガンは、ライジング化によって銃身に金色のブレードが発生している。接近戦にも対応できるようになったが本領はそこではない、通常のペガサスボウガンでは不可能だった連続速射が可能になり、射程距離も大幅に伸びているのだ!どんなスナイパーよりスナイパー、それこそがライジングペガサスなのである!


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EPISODE 28. ストレイボーイ 2/3

 

 桃色の、悪夢。

 

 言うなれば、そんな時間だった――ショーケースの狭間をふらふら歩きながら、心底から出久はそう思った。

 

 まず三人の美女によって女性用水着コーナーへ連れ込まれ、大量の水着――派手なものもたくさんある――とそれを物色する女性たちの渦に取り囲まれる羽目になった。もうそれだけでも恥ずかしいやら居心地が悪いやらで居たたまれないというのに、さらには試着室の前で長らく待たされることに。

 

 言うまでもなく、出久だって健全な男だ。他人より控えめに振る舞っているだけで、異性への興味はちゃんとある。だからこそ耐えがたいのだ。薄い布一枚隔てた向こう側で服を脱ぎ、水着に着替えるプロセスを、リアルタイムで想像せざるをえないから。

 

(やだなぁ……。変態みたいじゃないか、僕……)

 

 一瞬、お茶子の開いてくれた誕生日会で知り合い、いまも時折連絡を取りあっている小柄な葡萄頭のヒーローの顔が浮かんだが、流石に失礼かと思いすぐに打ち消した。お茶子はじめ同級生たちが知れば、比べるのは自分自身に失礼だと擁護してくれることだろうが。

 出久の目が濁りぎみであることに気づいてか、隣を歩く桜子が声をかけてきた。

 

「ごめんね出久くん、久しぶりに私も悪ノリしちゃった」

 

 謝罪のことばとは裏腹に、その表情から罪悪感は微塵も感じられない。もしもまったく同じシチュエーションが今後訪れれば、悪びれることなくもう一度同じことをやるのではなかろうか。

 

「やっぱりね、年下のコのノリって憧れちゃうっていうか、つい引きずられちゃうのよ。自分まで若返った気になって」

「若返るって……三つしか違わないでしょ、僕らと」

「三つは大きいよ!来年にはアラサーになっちゃうんだよ、私」

「でも仲良くできてるじゃない。僕だけじゃなく、麗日さんたちとも」

 

 桜子が海水浴に行くことになったのだって、もとはと言えばお茶子が誘ったからだ。自分の頭越しにすっかり仲良くなってくれたなぁ、と、出久は心底感心したものだ。自分に対する想いが彼女らの絆を結んだと知ったら、一体どんな顔をするのだろうか。

 

「水着のことはともかく……今度の海水浴、ほんとに楽しみにしてるんだ、僕。――だから嬉しいな、沢渡さんも来てくれることになって」

「!、出久くん……」

 

 ふつうなら口説きともとれるひと言に、桜子は胸が高鳴るのを感じていた。彼がここまで率直に自分から所感を述べてくれるのは珍しいことで。ただ、クウガになって……特に幼なじみと通じあうようになってからは、以前に比べて耳にすることも増えた気がする。やはり己のアイデンティティー、その土台が確固たるものとなったことは大きいのだろう。――その一種の積極性が男女の関係にまで及ぶかは、まだ別の話であるようだが。

 

「で、でもあれだねっ、心操くんもさ、来られたらよかったのにね」

 

 友情以上の意味はないとわかっている桜子は、もうひとり、出久の大学での友人の名前を口にした。お茶子が自分に声をかけてきたように、出久は心操を誘っていたのだ。意外や断られてしまったそうだが。

 

「まぁ、しょうがないよ。色々と忙しいみたいだし……僕もほんとはそうしなきゃなんだけど」

「出久くんの場合は特殊だもん。誰よりも立派なことやってるんだし、いまはそっちに集中!でしょ?」

「ハハ……まあね」

 

 桜子の言うとおり、自分はそこまで器用な人間ではない。皆の笑顔を守る――そのために全力を尽くすのだと、出久は改めて自身の右手に誓った。

 

 と、少し前を八百万と雑談しながら歩いていたお茶子が、くるりとこちらを振り返った。

 

「ねーデクくん!」

「へっ!?な、なんでしょう?」

「私たち的には大体買いそろえた感じだと思うんだけど、デクくんはあと何かほしいものある?」

「うーん、たぶん大丈夫だとは思うけど……」

 

 そう答えながら、周囲をきょろきょろと見回したのはほとんど反射的なものだった。そのままお茶子たちに視線を戻して「特にないかな」と明言するのが規定の流れであったはずだ。

 

――出久の瞳が、ショーケースの前に立ち尽くすひとりの少年を捉えなければ。

 

(あの子……?)

 

 年の頃は小学校高学年くらいだろうか。しかし雰囲気としてはそれ以上に大人びている……というより、陰のある感じだ。シンプルながら仕立てのいい服装とは不釣り合いな角つきの赤い帽子、そこからわずかに覗く吊り上がった瞳は、やはり言い知れぬ何かを抱え込んでいるように見えた。

 

 小学生だって夏休み真っ盛りのこの時期、少年がひとりショッピングモールにいるからといっておかしいと断じることはできない。だが出久は、どうにもその少年の様子が気にかかってしまった。ただ陰があるからというだけではない、妙に周囲を警戒しているように見えるのは穿ちすぎだろうか。

 

 出久がさりげなくじっと様子を窺っていると、少年は落ち着かない様子で商品に手を伸ばした。それを拳で覆うようにしながら引っ込め――

 

――肩から提げたカバンの中に、突っ込んだ。

 

「!」

「デクくん……?」

 

 少年の存在自体に気づいていないお茶子たちが訝しげな表情を浮かべる中、出久は一歩を踏み出した。少しずつ歩を速め、確実に距離を詰めていく。

 少年がはっと顔を上げたときにはもう、出久は手を伸ばせば届く距離にまで迫っていた。

 

「――ッ、」

 

 慌てて逃げ出そうとする少年、だがもう遅い。出久の左手が、彼の手首をがっちり掴んでいた。

 

「きみ、いまカバンに何入れたの?」

「ッ、知らねぇよ!放せよ……ッ!」

 

 しらを切りながら、身を捩って逃げようとする少年。しかし出久の握力は見かけによらず強く、びくともしない。

 そうこうしているうちに、女子たちが駆け寄ってきた。

 

「どうしたの、出久くん?」

「!、その子……」

「……どこかでお見かけしたことがありますわね」

 

 お茶子と八百万には、その少年に見覚えがあるようだった。しかしそれを深掘りするのはあとだ、出久は躊躇うことなく彼女らに自分が見たものを報告した。

 

 それを聞くや、厳しい表情を浮かべた八百万が少年に迫り、

 

「失礼いたしますわ」

 

 少年が抵抗するのも構わず、ファスナーの開いたカバンの中に手を突っ込む八百万。やがてその手が引き上げたのは、ありふれた百円ライターだった。

 

「こちらの商品、ですわね」

 

 ショーケースにあるものと見比べ、断言する八百万。一同の表情がにわかに険しくなる。――万引き。

 

「なんでこんなこと……万引きは犯罪なんだよ、わかってるのか!?」

 

 出久の叱責に、たじろぐどころかキッと睨み返す少年。その鬼気迫るまでの瞳の鋭さは、少なくともこれが面白半分の行為ではないことを如実に示していて。

 出久が思わず息を呑んだとき、既にこちらに向かっていた飯田が騒ぎを聞きつけてやってきた。

 

「どうしたんだ一体?――ムッ、きみは……!」

 

 

「もしや……洸汰くんか!?」

「!」

 

 洸汰くん――その名を聞いた途端、お茶子と八百万がはっとした表情を浮かべた。やはり顔見知りらしいが……つまりは、彼ら雄英出身者とどこかで出会ったということだろうか。交流が続いていたわけでないことは、互いの言動をみれば明らかだったが。

 

「うそ、洸汰くん……!?なんできみが、万引きなんか――!」

「ッ、うるせぇ!!どいつもこいつもッ、ヒーロー面してんじゃねえよ!!」

 

 怒鳴り散らして青年たちを威圧するや、洸汰少年は自由なままの左手を出久の顔面に突き出した。

 

「え、――んぶッ!!?」

 

 出水洸汰――個性"水の発生"。手から水を放出する、極めてシンプルな個性である。

 しかし噴水のような激しいそれに、不意を突かれた形の出久は堪らず怯んだ。よろけ、洸汰の右手首を掴んでいた力も緩んでしまう。振り払われる――それだけにはとどまらなかった。

 

「死ね!!」

「――ッ!?」

 

 振り上げられた膝が……出久の股間に、突き刺さった。全身に痺れるような衝撃が奔り、遅れて鈍くも強烈な痛みがじわじわ広がっていく。

 

「お゛……お゛オオ………ッ」

「みッ、緑谷くんの陰嚢!!」

 

 悶絶する出久を抱きかかえ、堪らず叫ぶ飯田。流石に公共の場でその発言はどうなんだろう――もちろん出久の心配はしつつも 、正直蚊帳の外になってしまっている桜子は冷静に思った。

 

「な、なんてことをするんだ洸汰くん……!万引きといいッ、犯罪にまで手を染めるほど、きみは道を踏み外してしまったのか!?」

「……ッ、ふざ……けんな……!」

 

 飯田にも殺気すらこもった瞳を向ける洸汰。しかしわずかな揺らめきが宿ったのを、痛みのせいで朦朧としている出久は捉えてしまった。

 

「あんた、未確認の捜査本部にいんだろ!あんたらがチンタラしてっから……!」

「なに……?」

「!、――ッ、なんでもねえ、死ね!!」

 

 はっとした様子で慌てて罵倒のことばに切り替えると、洸汰は再び手をかざした。反射的に身構える飯田。しかし彼の狙いはショーケースだった。激しい噴水に襲いかかられ、比較的軽い商品の群れが床に押しやられていく。

 

「ああ……!」

 

 ぐずぐずになった商品を前に絶句する青年たちを尻目に、洸汰は脱兎のごとく逃げ出す。子供の悪戯というには過ぎた行為の数々、プロヒーローがこのまま見逃すわけにはいかなかった。

 

「待て……くっ!皆、すまないが緑谷くんのことと……あと店員さんへの状況説明を頼む!俺は彼を追う!」

「う、うん、任せといて!」

 

 無意識なのか遠ざかっていく洸汰に手を伸ばす出久を女子に託し、プロヒーロー・インゲニウムは走り出した。

 

 

 こんなはずではなかった。頭を抱えたい思いで、出水洸汰もまた走っていた。万引きの瞬間を目撃されてしまうだけならまだわかる、まさかその目撃者の連れ合いが、以前顔を合わせたことのある雄英出身のヒーローたちであったなどと。自分には疫病神か何かついているのではないか――神の存在など信じていないのにそれだけは真剣に考えてしまって、洸汰は自嘲しそうになった。

 ともあれ、いまは「待てー!!」とうるさいインゲニウムを撒くことだ。ひとまずエレベーターに乗って一階にまで降りることには成功したのだが、こうして追いつかれてしまった。元々いたのは三階だったから、彼のスピードをもってすればそれが可能だったということだろう。まったく大した個性である。だから、腹が立つ。

 

――まだだ、まだ捕まるわけにはいかないのだ。

 一計を案じた洸汰少年は、いっそとばかりにその場に立ち止まった。胸いっぱいに酸素を取り込み、

 

 

「ヒーローのインゲニウムがいるぞぉぉぉ!!」

 

 叫んだ。ヒーローがいる、とのことばに、老若男女問わず買い物客たちの視線が集中する。ましてインゲニウムは若手ヒーローの中でも知名度がある。気づかれればあっという間に囲まれてしまうのだった。

 

「インゲニウム、本物だ!」

「握手してください!」

「サイン!」

「あ、いや、いまはそれどころでは……」

「雄英体育祭で一目惚れしました、結婚を前提にお付き合いしてください!」

「いや、ですから……えぇっ!?」

 

 個性豊かな群衆は、ある意味では未確認生命体より厄介だった。だとしても悪気はない彼ら相手に、強引に突破を図れるほど飯田は割り切った性格はしていない。仲間には個性で吹っ飛ばしそうな者が約一名いるが。

 飯田が彼らの対応に四苦八苦しているうちに、洸汰は全速力で駆け逃げていく。出口から飛び出すと、そのまま目の前にある地下鉄の階段を駆け下りていく。改札を通り抜け、構内へ――ちょうど来ていた電車に飛び乗れば、ほとんど同時に扉が閉まった。これでもう捕捉されることはないだろう、一転、今度はついていると思った。

 

「……ハッ」

 

 思わず空疎な笑みが漏れる。――意識せずともどんどん愚かになっている。望んだ、とおりに。

 

(パパ……ママ………)

 

 そんな自分が、彼らを呼ぶ資格などない。だから口にすることなく胸の奥に押し込め、緩慢に振り返る。

 

 

 そして、心臓が止まりそうになった。

 

 そこに立っていたのは、タンクトップに迷彩柄のズボンといういでたちの、筋骨隆々の大男だった。彼はじろりと洸汰を睨めつけると、既に動き出している電車内をさらに揺らしながら歩き去っていく。もっと混雑していたら迷惑千万だったろう――そんなことも考えられないくらい、洸汰は怯えていた。

 

 だってその風貌も、血の通っていない冷たい瞳も、あまりによく似ていたのだ。

 

 

――両親を殺した、あの男に。

 

 

 

 

 

「ウォーターホースの……息子さん?」

 

 自身の"男"に受けた甚大なダメージからどうにか立ち直った出久は、お茶子たちからかの少年の意外な出自を聞いて呆気にとられていた。

 

「緑谷さんは、ウォーターホースのことはご存じですの?」

「う、うん、もちろん!夫婦で活動してた水を操る個性をもつヒーローだよね。でも確か、七年前………」

「……うん。"マスキュラー"って凶悪なヴィランから市民を守ろうとして、亡くなったんだ」

 

 殉職。自分の命を捨ててまで無辜の民を守った彼らの行動は、ヒーローとしてはこのうえなく素晴らしいものだった。彼らの死は多くの人々に悼まれ、また称えられてきた。七年が経ち、間に敵連合の起こした一連の事件を挟んでいる以上、それも風化しつつあるというのが現実ではあるが。

 だが称賛からも風化からも、置き去りになってしまっている者がひとり、いた。当時まだ3歳だった、彼らの遺児だ。

 

 それが、出水洸汰だった。

 

「あの子……その洸汰くんとは、雄英の行事か何かで知りあったの?」

 

 やはりかの少年のことは気にかかるのだろう、桜子が質問する。雄英出身者の三人と揃って面識があり、それもそう最近のできごとでない様子ということは、それしかあるまい。

 

「……はい」お茶子がうなずく。「洸汰くんと出会ったんは……一年生の、林間合宿のときでした」

 

 夏期休暇期間に実施される、雄英高校の林間合宿――ヒーロー仮免許試験に備えて実施されたそれには、教師陣だけでなく外部からもプロヒーローが招聘された。

 "ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ"――個人ではなく、四名のプロヒーローからなるヒーローチーム。洸汰は両親の死後、そのメンバーのひとりである"マンダレイ"(ウォーターホースの従妹なのだそうだ)に引き取られた。当時まだ5歳だった洸汰はひとりで留守番しているわけにもいかず、マンダレイに連れてこられていたのだ。

 ヒーローを両親にもち、その死後もヒーローに育てられている少年――そんな身の上でありながら、

 

 

 洸汰は、ヒーローが嫌いだった。

 

「どうして……?」

「……憶測やけど、やっぱり、"置いていかれた"からやないかな」

「世の中にヒーローは大勢いますけれど、あの子のご両親は世界にふたりしかいらっしゃらない。……まだ甘えたい盛りの幼子に受け入れられることではなかったんですわ、きっと」

 

 憶測、のひと言とは裏腹に、ふたりのそれはまるで見てきたかのような説得力をもっていた。

 

(ヒーローが……嫌い………)

 

 昔の自分ならきっと、理解できなかった。でもいまなら、ほんの少しだけわかる。夢をあきらめてすぐの頃は、まぶしい彼らの姿に自分のみじめさを嘲われているようで、ヒーローにかかわるものすべてから目を背けていたから。

 無論自分などと、両親を喪った洸汰を一緒にしてはいけない。その悲哀と絶望はきっと、味わった本人にしかわからない。

 

 出久がじっと噛みしめていると、飯田が戻ってきた。どこかくたびれた様子で。

 

「ハァ……も、戻ったぞ……」

「飯田くん……洸汰くんは?」

「……すまない、取り逃がしてしまった。彼のひと声で俺がインゲニウムだと周囲に気づかれてしまってね……」

「それは……災難でしたわね」

 

 有名プロヒーローがいるとなれば、それはもうとんだ騒ぎになっただろう。容易に想像できる。八百万はともかく、お茶子などは自分ではそこまでにはならないだろうと思ってちょっぴり嫉妬も覚えていたのだが。

 

「わたくしたちもそちらをお手伝いするべきでしたわね……」

「ああ……だが、あまり騒ぎを大きくして注目を浴びるのも彼に酷だった。仕方ない、俺の落ち度だ」

 

 「それより」と、続ける。

 

「緑谷くん、蹴られた箇所は大丈夫か?」

「へ?あ、う、うん、もう大丈夫!」

「そうか、よかった!万が一生殖機能に悪影響があったら大変だからな」

「ア、ハハハハ………」

 

 引き気味に笑う出久。桜子はやはり「そんなはっきり言う?」と首を傾げていた、無論他の客には聞こえないよう配慮しているようだが。お茶子はというとなぜか「ホントだよ!」と憤慨している……頬を赤くしながら。

 

「ま、まあ、それは置いといて……。私、爆豪くんに連絡してみようと思うんだけど、どうかな?」

「え、かっちゃんに……?どうして?」

 

 訝しがる出久と桜子。それに対し、やはり「それがいい」とうなずく雄英組。

 

「爆豪くんはあのとき、随分彼を気に掛けていたようだったからな!」

「え、かっちゃんが……?」

 

 冗談だろう、と一瞬決めつけかけて――ありえないことではないと思い直した。爆豪勝己という人間は少なくとも、雄英に入ってからはそういう生き方をしていたようだったから。

 

「ふたりとも知ってると思うけど、その林間合宿で私たち、ヴィランの襲撃を受けたんよ」

 

 知っている。それがオールマイトの最後の事件(ラストケース)となる、"神野の悪夢"に繋がったのだから。

 

「そのヴィランの中には、ウォーターホースの……洸汰くんの両親の仇であるマスキュラーもいた」

「!、そんな、まさか……」

「ええ。わたくし達とは離れていた洸汰さんが、襲われて……あわやというところを救けたのが、爆豪さんでしたの」

 

 怯える洸汰を背に、不敵な笑みを浮かべてマスキュラーに立ち向かう勝己――そんな場景が、まるでその場にいたかのように脳裏に浮かぶ。

 

(かっちゃん………)

 

 脳内で繰り広げられる戦いに浸っていた出久は、お茶子の「もしもし爆豪くん?」という声に現実に引き戻された。

 

「仕事中?ごめんね突然……うん、実はね――」

 

 

「あ?あのガキが?」

 

 ことの経緯を伝え聞いた勝己の声には、確かに驚きが乗っていた。だがそれは、その名を久方ぶりに聞いたことによるものではなかった。

 

「……実はさっき、そいつが家出したとかでマンダレイから電話があった」

『へ?爆豪くん、マンダレイと連絡先交換してたん!?』

「あのガキ命がけで救けたからお礼したいとか言われて事件のあと一回会った、そんときにな」

『うぉ~……』

「ンだその声、プロヒーローに人脈つくるまたとない機会だろうが」

 

 「つーかそこじゃねえだろ」と、勝己。

 

「ガキ捕まえねえと、何しでかすかわかんねえぞ。そんだけ切羽詰まってるらしいからな」

『切羽詰まってる、って……?』

「……先言っとくが、マンダレイも詳しくは知らねえらしい。ただ――」

 

 

 すべてを聞き終え、通話を切ったお茶子は、深刻な表情のまま携帯電話をしまい込んだ。

 

「爆豪くん、なんだって?」

「………」

「麗日さん?」

 

 わずかな逡巡のあと、

 

「洸汰くんの、同級生がね………」

 

 

「自殺しようと、したんだって」

「……ッ!?」

 

 皆が、息を呑む。

 

「自殺って……なんで……?」

「……多分、いじめだって。いま大変なことになってるでしょ、異形型の子が、未確認生命体扱いされたりするって……」

「!、………」

 

 飯田がギリ、と歯を噛み締めるのがわかる。潔癖でまっすぐな彼は、どのような理由があれいじめなど絶対に許さない。だが未確認生命体のことが原因としてあるならば……責任は自分にもある、そう思っていた。

 

「洸汰くん、そのことがショックだったんじゃないかって……それで……」

「そう……なのかな」

 

 果たしてそれだけで、非行にまで走るものだろうか。――いや、それだってありえないとは言いきれない。洸汰という少年は、とてもセンシティブなのだろう。出久はそう思った。

 あの瞳も振る舞いも、どこか幼なじみを想起させるものがあったから。

 

「その自殺を図ったという子は、どうなったんだ?」

「一命は取り留めたらしいけど……昏睡状態で、入院中だって」

「……そう、か」

 

 俯く飯田。――賑やかなショッピングモールの一角に、重苦しい沈黙が下りる。

 

「――捜そう、洸汰くんのこと」

 

 静謐に、きっぱりと、出久は言った。皆の視線が、自ずと集まるのがわかる。

 

「何かしようとしてるなら、止めなきゃ。もしひとつでも罪を犯したら、あの子は傷つくことになる。その傷はたぶん、一生治らない」

「出久くん……」

「だから、捜そう。捜して、止めよう」

 

 立ち上がる出久。――まずそれを追ったのは、飯田だった。

 

「そうだな……!俺にはそうする責任がある……いやそうでなかろうと、そうしたい!」

「私も!一回くらい見たいもん、洸汰くんの笑った顔!」

 

 麗日。そして、桜子も。

 八百万も追随しようとしたのだが、

 

「ヤオモモ、午後から仕事でしょ?無理せんでええよ」

「ですが……」

「仕事ならば、そちらを優先したほうがいい。他に手の空いている者がいないならともかく、実際こうして四人もいるわけだからな!」

「……申し訳ございません、皆さん。パトロールの際、念のため気を配ってみますわ。万一ということもありますし」

「そうだね、そうしてくれると――あ、麗日さん、洸汰くんの行き先の心当たりとかは聞いてない?」

「あ、うん、えっと――」

 

 

――そうして八百万を除く四人は、洸汰を"救ける"ために動き出した。

 

(ん?なんか、忘れてるような?)

 

 その際お茶子の頭に過ぎったそんな疑念は、しかしすぐに忘れ去られてしまった。思い出せないなら大したことではないだろう、と――

 

――それから、数分後。

 

「いや~またしても、ちょっと買い杉良太郎……あれ?」

 

 両手にパンパンのレジ袋を提げたおやっさん、しかし待ち合わせ場所には誰もいないのだった。

 

 

「ドーナッツってるの……?」

 

 



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EPISODE 28. ストレイボーイ 3/3

最強(笑)怪人 ゴ・ジイノ・ダ


 新宿区内のとあるレストラン。その個室のひとつで、個性的な服装の男女が密会していた。

 一番上座に座るのは、純白のドレスの美女。額には白いバラのタトゥ、ルージュまで白銀に近い色合いのもので統一している。次いで仮面の男。落ち着いた雰囲気を醸し出してはいるが、いくら超常社会といってもいかにも怪しげだ。

 彼らと向き合うようにして、ふたりの男が座っていた。ひとりは着流しを纏った、頬に傷のある男。分厚い胸元にはカブトムシのタトゥーが刻まれている。まず彼が、口を開いた。

 

「ボソグド、パゾ、ブウロ……ジャスバロ、クウガ、アギト」

 

 日本語に似た、しかしまったく異なる言語。それは彼らが超古代より甦りし"グロンギ"であることを示していた。復活後は一貫して人間――彼らは"リント"と呼んでいる――の殺戮を繰り返し、人間社会においては"未確認生命体"の名が与えられている。

 

「ゲゲル、ゾゾゾ、ジョブジビギレス、ジャヅ、サザ」

 

 応えるのは、バラのタトゥの女――バルバ。隣の仮面の男――ドルドはナイフとフォークで上品に肉を切り刻みつつ、

 

「リントロ、ガバゾセラギ」

「……"ヒーロー"か」

 

 「一戦交えたいものだ」――日本語でそうつぶやいた着流しの男は、隣で皿にむしゃぶりついている黒づくめの男の頭を、手にした扇子で思いきり引っ叩いた。「グェ!?」と蛙の潰れたような声を発し、男の顔が皿に沈み込む。ソースの飛沫がわずかに漏れ飛んだ。

 

「……このような場にはふさわしくない男だ。作法がまったくなっておらん」

 

 呆れた様子の着流しの男は、彼――ズ・ゴオマ・グを連れてきたバルバに暗に批難の目を向けた。彼女はというと、料理を口に運びながらその両角をわずかに吊り上げている。ゴオマのことを玩具にしている――自分たちとは明確に立場の違う、グロンギには珍しく"私"の部分が少ない彼女にとり、数少ない遊びなのかもしれない。ただ弄んでいるだけではなく、それなりに下僕でいる便宜は図っているようだが。

 

 と、そんな折、個室の扉がノックされた。皆が一斉に視線を向けると同時に、おもむろに開かれる。

 そこに立っていたのは、ウェイターと――出水洸汰が電車内で遭遇した、かの大男の姿があった。

 

 やや怯えた表情のウェイターがそそくさと去っていく一方で、大男は入室してくる。ゴオマの襟首を掴んで強引に退かすと、そこにどっかりと座り込んだ。その傍若無人な行為を咎めだてすることもなく、ドルドが尋ねる。

 

「首尾はどうだ、ジイノ?」

「……匂いは、つけ終わった」

 

 そう答えると、ジイノは斜め前に座るバルバに腰にぶら下げた香を投げ渡した。ほんのりと甘ったるい匂いが漂う。この匂いを、標的に付着させたということか。

 

「あとは殺して、殺しまくるだけだ」

「18時間で288のリント……数のみなら容易だろうが」

「問題ねえよ、地の果てまで追ってやる」

 

 そのことばが冗談や誇張の類でないことは、彼の不敵な笑みを浮かべていて。

 やがて手づかみで肉を食い漁るその姿を横目で見て、着流しの男は静かに嘆息した。これではズの男を嗤えない。

 

 

 

 

 

 未確認生命体関連のこと以外で爆豪勝己から連絡があるのは珍しいと、轟焦凍は思っていた。

 

『――つーわけだから、テメェも手伝え。……オイ、聞いてんのか半分野郎!』

「聞いてる。緑谷たちと一緒に、その子を捜せばいいんだろ?」

『捜すんじゃねえ、見つけねえと意味ねえんだよ!』

 

 「いやそりゃそうだが」と、焦凍は内心口を尖らせたくなった。"捜す"という行為に"見つける"という目的が付随しないはずがない。いちいちそんな無意味に突っかからなくてもいいと思うのだ。

 だが、勝己はとんでもなく傍若無人で俺様な振る舞いをする割に、存外みみっちくて繊細なところがある。洸汰のことを思ってナーバスになっている――そうとわかれば、思わずフッと笑い声が洩れた。

 

『アァ?テメェ、何笑ってやがる?』

「いや……やっぱおまえ、お節介だと思ってよ」

 

 怒鳴られること覚悟でそう言ったのだが、返ってきた声音は意外にも穏やかだった。

 

『……ヒーローっつーのは、そういうモンだろうが』

「……あぁ、そうだな」

 

 己が師と同じことを言う。誰よりもヒーローらしからぬ振る舞いをしておいて、誰よりも早くそれを実践していたのだから不思議だ。彼の幼なじみである緑谷出久と出会ったことで、少しはわかってきた気もするが。

 

「じゃあ、すぐ向かう。松濤だったっけか、渋谷の」

『あァ、ウォーターホースの屋敷があったとこだ』

 

 とっくの昔に売りに出されているそうだが。家出してわざわざ東京に来たというなら、そこに立ち寄ろうとするかもしれない――マンダレイの推測だったが、それ以外に手がかりはない。

 

「了解。――ところで爆豪、いま外か?車の音が聞こえる」

『ア゛?……だったらなんだよ』

「なんでもねえよ。じゃあな」

 

 向こうで勝己が声を荒げようとしていたが、構わず通話を切った。――洸汰を最初に見つけるのが、爆豪だったら良い。柄にもなくそんなことを考えつつ、焦凍はバイクに飛び乗った。

 

 

 

 

 

――中央区 晴海

 

 手を繋ぎながら歩く、カップルの姿があった。これからどこに行って、何をして……そんな話を、ひたすら続けながら歩く。互いを見遣る優しい眼差しも相俟って、本当に仲睦まじいのが伝わってくる。

 

「でさー……ん?」

 

 話を持ちかけようとしていた青年が、不意にことばを止める。

 

「どうしたの?」

「いや、ほら、あの人……」

 

 青年が顎をしゃくった先に視線を向ける女。彼女が反対方向から歩いてくる大男を捉えるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「あの人がどうかした?」

「さっき電車でさ、同じ車両にいたじゃん。覚えてない?」

「うーん、そういえばいたような……」

 

 うっすら記憶にはある、くらいだ。確かにあの巨体は目立つほうだろうが、この超常社会においてはもっと上を行く人間もいる――かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトとか――。むしろ彼氏がよく覚えていたな、とすら思う。

 不思議なのは、その男が明らかに自分たちだけを見ていることか。まるで舌舐めずりするような視線に、女は身震いがするような錯覚を覚えた。これ以上、接近を許してはいけない――

 

「ね、ねぇ――」

 

 女が隣にいる彼氏に目を向けたのと、飛来した長大な"何か"とともに彼の姿が消えるのがほとんど同時だった。

 

「え……?」

 

 次いで、刺突音。コンクリートが割れ崩れる音の群れ。

 何が起きたかはわからない。だがとてつもなく嫌な、おぞましいことが起きたのではないか――そんな予感を抱えながら、女は恐る恐る振り返った。

 

 

――突き刺さっている。

 

 二メートル以上も伸びた棒状の物体が、壁に。その間に、彼氏だった"モノ"を挟み込んで。

 "それ"はぴくりとも動くことなく、呆けたような表情で虚空を見つめていた。棒状の物体を受け容れた隙間から、ぽたぽたと赤黒い液体が滴り落ちるのがわかる。

 

「なに……これ………?」

 

 いくら考えても理解が追いつかない。そして彼をモノに変えた存在は、そのための猶予を与えはしなかった。

 

「ヅギパゴラゲザ」

「え――」

 

 刹那、女の姿もそこから消える。

 

 

「ボセゼグシギ……ギジャ、ズゴゴビンザバ」

 

 ふたつの磔を満足そうに見遣ると、ジイノは大柄な肉体を悠々と前進させながら去っていく。その背後からはドルドが現れ、算盤"バグンダダ"の珠玉を動かしたのだった。

 

 

 

 

 

 出水洸汰は渋谷駅にいた。

 

 むせ返るような人、人、人の群れが行きかう中を、ようやく齢ふた桁に達したばかりの少年とは思えない踏みしめるような足取りで進んでいく。

 ふと立ち止まり、ガラス越しのスクランブル交差点を見下ろす。摩天楼に閉ざされた黒白の十字架の上を行きかう人々。その数は自分のいる駅構内を凌いでいる。――平和そのものに見えるこの地でもたった一ヶ月半前、未確認生命体による殺戮が行われたばかりなのだ。99名の犠牲者のうち、三分の一ほどがヒーローだったと聞く。その中には子をもつ者もいたのではないだろうか。そしてまた、親を"平和"の名のもとに奪われた子供が生まれた――

 なのに世界は、何事もなかったかのように回っている。誰かの胸に消えない傷を刻みながら。

 

「……ッ」

 

 ガラスに拳を叩きつけたい衝動をこらえて、少年は足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 洸汰が渋谷駅を出た頃、出久たちもまたそれぞれの交通手段で渋谷は松濤へと向かっていた。そこに洸汰は向かった――その読みは恐らく当たっていた。このまま何事もなければ、発見は時間の問題だったろう。

 

 そんな折、出久のトライチェイサーに通信が入った。

 

『爆心地、緑谷くん、聞こえる?鷹野よ』

「!」

 

 合同捜査本部の、鷹野警部補からの通信――その時点でほとんど確信に近いぬるりとした予感が這い寄る。

 案の定、

 

『未確認生命体第38号によると思われる事件が発生したわ。直近の犯行は約三十分前に中央区晴海、男女計二名が巨大な刺叉のようなもので磔のようにされて殺害された』

「ッ、犯人は!?」

『目撃情報によれば、人間体は黒のタンクトップに迷彩柄のズボンの大男、身長は推定2メートルよ』

「わかりました!」

 

 洸汰のことは気がかりだったが、迷ってはいられなかった。出久はすぐさまマシンを反転させ、晴海方面へと向かう。同じ話を聞いていた勝己も。

 彼らだけではない。時を同じくして飯田天哉のもとにも森塚から電話で連絡がなされたし、轟焦凍は独自の超能力でグロンギ出現を察知していた。

 

 そうして彼ら戦士たちが集うさなかにも、事件は起こり続ける――

 

 

 肉が裂け血飛沫が飛び散る音とともに、小さく華奢な身体が壁に磔にされる。それはまだ就学しているかしていないかという年頃の少女のものであった。その隣には、母親らしき女性の屍。

 

「フー……」

 

 ふたつの磔死体を眺めながら、ゴキゴキと首を鳴らすゴ・ジイノ・ダ。その背後に再び、音もなくドルドが現れる。

 

「バギング、ドググビン。……ラザラザザゾ」

「フン、パバデデギス」

 

 ここまではウォーミングアップにすぎない。この母娘のように、複数で固まって行動している獲物も多いだろう。288人などすぐだ。

 

「……次は、こっちか」

 

 早速、次なる獲物の匂いが漂ってきた。動き出すジイノ。

 彼があるトンネルに差し掛かるのと、向かいからトライチェイサーが疾走してくるのが同時だった。

 

「!」

 

 ジイノの姿を視認した途端、マシンは甲高い摩擦音とともにその場に停止する。漆黒のヘルメットを脱ぎ捨てたライダーの、険しく歪められた童顔が露わになった。

 

「おまえ……38号か!?」

「……なんだ、おまえは?」

 

 是とも非とも言わない相手だが、出久には既に確信があった。身体的特徴は聞いていたのと完全に一致しているし、何よりアマダムの疼きが激しい。

 地面を力強く踏みしめた出久は、両手を腹部にかざした。銀を基調としたベルト、アークルが浮き出してくる。右腕のみを勇ましく突き出し、

 

「変身ッ!!」

 

 叫びとともに、モーフィンクリスタルが鮮烈な赤い輝きを放つ。たちまち出久の肉体が膨れあがり、漆黒の皮膚と赤い鎧、そして瞳をもつ異形の戦士の姿へと変わった。

 

「クウガバ……」

 

 変身を目の当たりにしてもたじろぐことなく、おもむろに姿勢を低くしていく男。そして、

 

「ウガァアアアアアアッ!!」

 

 咆吼とともに、突進してくる。人間体とはいえかなりの巨漢、クウガは咄嗟に横に転がって躱した。

 空振りに終わった突進。しかし本番はここからだとばかりに、その身がさらに膨れ上がった。皮膚は赤黒く変わり、あちこちから濃い体毛が生え出る。その姿は猪に似ていた。

 

「ゴセパガダデデブザブ、ゴ・ジイノ・ダザ!!」

「ッ!」

 

 方向転換したかと思えば、再び仕掛けてくる。容姿といい行動といい、明らかにパワータイプの相手だ。第7号――ズ・ザイン・ダに近いか。

 だがただただ力任せだったザインに比べ、その動きは洗練されて無駄がなくも感じられる。まだ様子見の段階だと出久は踏んだ。

 

(大丈夫、あのときより僕は強い。それに……ひとりじゃない!)

 

 敵のもつ能力をすべて引き出してやる。それさえ掴んでしまえば、どんなに強力だろうと怖くない。

 再び突進をかわしつつ、すれ違いざまにローキックを叩きつける。

 

「グ……」

 

 そんな声こそ漏れたものの、態勢を崩すには至らない。すぐさま振り向き、今度は掴みかかろうとしてくる。

 間合いをとられたらおしまいだ。本能的にそう悟ったクウガは姿勢を低くして丸太のような腕を避け、左拳で胸元に一撃。さらに、

 

「お、りゃあッ!!」

 

 右拳をアッパーの要領で、顎に叩き込んだ。今度こそ明瞭なうめき声をあげ、ジイノが後退する。

 

「グゥ……ジャス、バ」

「………」

 

 さあ、次はどう来る――そんなことを考えていると、

 

「オレ、知ってるぞ。おまえ、キレたらもっとやべーんだろ?」

「……!?」

 

 いきなりのひと言は、戦士クウガの仮面を引き剥がすに十分だった。

 

「ついさっきそこで殺したリントもヤバかったぜ。女がガキ抱いて"この子だけは""この子だけは"って何度もわめいてよォ……仕方ねーから望みどおり、女先に殺してやったよ。ガキの泣きわめく声聞くのも面白かったしなァ!」

「――ッ、」

 

 「どうだ」とばかりに両腕を広げるジイノ。それが挑発であることがわからない出久ではない。それでも憤懣が胸の奥からマグマのごとく噴き出してくる。

 駄目だ、挑発に乗ってはいけない。この怒りに支配されてはいけない。でなければ、自分はこいつらと同じになる。ひとりでに力のこもる右の拳を左手で包み、押さえつける。

 

 結果として、クウガが挑発に乗ることはなかった。だが憤懣を抑制しようとするあまり、敵に対する警戒心までも一時的に薄らいでしまった。

 その致命的な隙を、文字どおりジイノは突いた。太い顎髭を一本抜き取り、掌で包み込む。すると、驚くべきことが起きた。

 

 抜き取った髭がたちまち太く長く伸びていき、先の二叉になった長大な槍となったのだ。

 

「――!」

 

 はっと我に返ったクウガだが、もう遅い。己が武器とした二叉の槍を、ジイノは力いっぱい投げつけてきたのだ。

 

「ッ、超変身!!」

 

 咄嗟に身軽な青に超変身、しかしそれでも、完全に躱しきるには間に合わない。槍の先端が身体に突き刺さることは防げたものの、凹みの部分に押しやられ、そのまま壁に叩きつけられる。

 

「ぐ……く、……ッ!」

 

 ダメージそのものは大きくない。しかし壁とそこに突き刺さった槍に挟み込まれ、身動きがまったくとれなくなってしまう。

 もがくクウガを舌舐めずりするように見つめながら、拳を鳴らすジイノ。こちらが動けないのをいいことに、嬲り殺しにするつもりか。

 

(やられて、たまるか……!)

 

 まだ、こんなところでは終われない――

 

 刹那、

 

 

「オラァアアアアアアッ!!」

 

 飛来した漆黒の影から発せられる爆炎が、横からジイノをぶっ飛ばした。

 

「チッ、相変わらず苦戦してやがるなクソナード!」

「か、かっちゃん……!」

 

 勝己――怖いが頼もしい幼なじみであり、若年ながら合同捜査本部のエースであるヒーロー・爆心地。対グロンギの戦力としてはクウガである自分のほうが確かなものであるはずなのだが、それでも彼の到来ひとつで胸を撫でおろさずにはいられない。

 

「デレゲェ……!」

「!」

 

 一方、不意の一撃はジイノの闘争心をこれ以上なく掻きたてたようだった。早くも態勢を立て直し、反撃を仕掛けようとしている。受けて立つ気満々の勝己だったが、

 

 

 今度は分厚い氷壁が奔り、戦場を遮った。

 

「悪ぃな、俺も来た」

 

 そのひと言とともに現れたのは言うまでもない、轟焦凍。その腹部にはアークルに似た"オルタリング"が浮かんでいる。

 

「変――身、」

 

 その中心に秘められた賢者の石から光が放たれ、焦凍の姿が超人のそれへと変化する。黄金のボディに、半冷半燃を表すアイスブルーの右腕とクリムゾンレッドの左腕。

 氷壁に次いで、彼はクウガのもとに駆け寄った。その身を拘束する槍に手をかけると同時に、師より受け継いだ個性を発動させる。

 

「――ふっ」

 

 腕に光流が奔ったかと思えば、鋒が壁に深々突き刺さったそれをいとも容易く引き抜く。

 

「ありがとう……流石だね、轟くん」

「大したことねえ。おまえも紫になりゃなんとかなったろ」

「ま、まあね……」

 

 救援が間に合わなければそうしていただろう。ひとりでもなんとかなった。だとしても、仲間の存在がこれ以上なく頼もしいことに変わりはない。

 

「おいコラ半分野郎、勝手に出てきてドヤ顔してんじゃねえぞ!」

 

……この爆ギレヒーローは必ずしもそうは思っていないようだが。

 

「そりゃ勝手に出てきたけど……そっちのほうが手間省けていいだろ。あと別にドヤ顔なんかしてねえ、つーかしててもわかんねえだろ変身してたら」

「ウルセェ、口答えしてんじゃねえ!」

「ちょっ、かっちゃん!そんな絡んでる場合じゃ――」

 

 

「ヌゥウウウンッ!!」

 

 出久の言うとおり、絡みにいっている場合ではなかった。つくり出された氷壁を打ち砕いて、ジイノが姿を現したのだ。

 

「点数にはならねえがまあいい……テメェらまとめて、ブチ砕いてやる……!」

「ハッ、やれるモンならやってみろや!」

「やらせねぇけどな」

 

 口論から一転、呼吸を合わせて並び立つWヒーロー。雄英時代から紡いできた彼らにしかわからないかたちの絆が、確かにあった。

 もはやそれに気後れする出久ではない。戦士クウガとして、彼らとともに堂々と並び立つ。ジイノの槍を拾い上げ、モーフィングパワーを作動――ドラゴンロッドへと変形させる。敵の武器を逆手にとる、これはアギトにもできないクウガ特有の強みだ。

 

 

 三人の英雄と、一体の怪物。激突のときは、すぐそこまで迫っていた――

 

 

つづく




マンダレイ「次回予告!」

マンダレイ「第38号と戦う緑谷くんたち……一方で洸汰はかつて両親と暮らしていた屋敷へと向かう。その手にはまたライターが……何をする気!?お願い、誰か洸汰を止めて!」
洸汰「止められてたまるか……!後戻りなんてできない、俺はやるんだ……!」

洸汰「なのになんで……なんで、あんたは……!」

EPISODE 29. 僕のヒーロー

マンダレイ「さらに向こうへ!」
洸汰「行かない!」
マンダレイ「 さ ら に 向 こ う へ ! ! 」
洸汰「 行 か な い ! ! 」


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EPISODE 29. 僕のヒーロー 1/4

 狭いトンネル内で、激戦が続いていた。

 

「ヌォオオオッ!!」

 

 二叉の槍を力いっぱい振り回すゴ・ジイノ・ダ。前面に立つクウガ・ドラゴンフォームは対照的に、軽やかにドラゴンロッドを振り回し、ジイノの猛攻を受け流している。

 

「チョボラバド……!」

「……ッ!」

 

 だが、タイタンフォームすら凌ぐかもしれないジイノのパワーを前に、少しずつ圧されてしまう。非力な青ではやはり、限界があるようだった。

 だが何度も言うように、彼は孤独ではない。肩を並べて戦う仲間たちがいる。

 

「どけやクソナード!!」

「!」

 

 その激しい命令口調を嫌というほど耳にしているクソナードことクウガは、反射的にバク宙で引き下がった。

 入れ替わるように、勝己が跳ぶ。ジイノの頭上をとり、

 

「死にさらせッ、――"徹甲弾(A・P・ショット)"!!」

 

 籠手に蓄積したニトロのような汗を一気に放出させる――それも一点集中で。意図的に範囲を狭めた爆炎は、分厚いコンクリートにすら風穴を開けるほどの威力を発揮する。

 上位クラスのゴであるジイノですら、涼しい顔をしていられるものではなかった。直撃こそ避けたものの、爆風に表皮を焦がされ、吹き飛ばされる。

 

「グ、ゥゥゥ………」

「チィッ……死にさらせっつったろうがァ……!」

(そんな、横暴な……)

 

 相手を殺すつもりで戦っているのは自分も同じだが、言動があまりに不穏すぎる。彼だけの、表面上のことのみに限定するならば、"グロンギに近づいている"と感じられてしまうのも仕方ない部分があると密かに出久は思った。無論、口が裂けても口にはしないが。

 

 ともかく、彼らの尽力によってある程度ジイノを追い詰めることはできた。あとは、一気に――

 

「――終わらせる!」

 

 ドラゴンロッドを軽やかに振り回し、構える。腕に電撃が奔る。"ライジングパワー"――出久が"金の力"と名づけたそれは、当然ペガサスフォーム以外でも使用できるはずだ。

 だが、ジイノも前のプレイヤーが敗れた原因を知らないわけではなかった。あの電撃の力を受け新形態になられたら自分もただでは済まないかもしれない。最優先すべきはゲゲルだとわからないほど、彼は猪ではなかった。

 

「ボンバシパ、ババサズバゲグ!!」

「!」

 

 捨て台詞とともに槍を投げつける。凄まじい勢いで迫る。標的となったクウガが咄嗟に回避に移るより早く、アギトが動いた。

 

「やらせねえっつったろ!!」

 

 その右足から氷結が奔り、クウガの眼前に氷壁をつくり出す。刹那、分厚いそれに深々と槍がめり込んだ。

 

 それだけでは終わらない。今度は左手から火炎が放たれる。自ら生み出した氷を無に帰し、その向こうにいるはずのジイノを呑み込む――

 

「ッ、よし今度こそ……!」

「!、いや待て、緑谷」

 

 思わぬ制止のあと、「手応えがねえ」とつぶやくアギト。遠隔攻撃でもそんなことがわかるのか、と頭の片隅で思いつつ。

 

――彼の言うとおりだった。炎が収まり熱の残滓に歪んだ空間が露わになったとき、そこにかのグロンギの姿はなかったのだ。

 

「!、逃げたのか……!?」

「……ああ、気配ももうそばにはねえ」

 

 見かけによらず逃げ足も速いらしい。思わず舌打ちしそうになるのをクウガは慌てて堪えた。幼なじみの癖が危うく移るところだった。

 その幼なじみといえば、自分は舌打ちすることもなく冷静にインカムで通信を行っていて。

 

「こちら爆心地。38号は六本木方面へ逃走した。手負いではあるが致命傷ではないので警戒は厳に、以上」

 

 相変わらずさっぱりした通信。それを終えた途端、いきなり眦を吊り上げてひとつ舌打ち。やはりそうでなくては、と思ってしまった。

 

「にしても、」変身を解いた焦凍がつぶやく。「あの槍ぶん投げんのが地味に厄介だな……。あのスピードだと青でも避けるのキツいだろうし、紫でも受け止めきれるかわかんねえぞ」

「うん……それに、」

 

 応えつつ、クウガもまた出久の姿に戻る。それに合わせてドラゴンロッドが敵の武器である二叉の槍に戻り、

 

――消えた。

 

「!?、おい、槍が……」

 

 焦凍は驚いたようだったが、出久はそうではなかった。槍がどうなったのか、よくわかっているからだ。

 

 槍は、消えたのではなかった。出久の掌の中に収まっていたのだ、もとの姿となって。

 

「これ、なんだと思う?」

「毛、みてぇだけど」

「そう、奴の顎髭。これを抜き取って、槍に変形させてたんだ」

「!、それってまるで……」

「……うん、クウガの能力とそっくりだよね」

 

 変形させるものの性質に違いはあれど、それは本質的な隔たりではあるまい。もはや言い逃れはできないと、出久は思った。

 追い打ちをかけるように、

 

「クウガと連中が似たようなモンってのも、強ち間違いじゃねえのかもな」

「!」

 

 勝己の冷徹なひと言に、ふたりは反射的に振り向かされた。とりわけ焦凍は怒りぎみに。

 

「爆豪おまえッ、ンな言い方……!」

「いいんだ、轟くん」

「緑谷……」

「言い出したのは僕だしさ。それに、確かに似た力だけど……大事なのは、出処じゃなくて使い方だろ?」

「そりゃ、そうだが……」

 

 実のところ、焦凍は見逃さなかった。垂らされた出久の右手が、一瞬ぶるりと震えるのを。

 本当は怖いのだ、出久だって。実際に"そう"なりかけてしまった経験がある以上――

 

 それでも「大丈夫だよ」と笑うのは、彼がヒーローだから。プロではないとしても、その心は、まぎれもなく。

 

「っていうか、自分で言い出しといてあれだけど……いまは38号のゲームのことだよね」

「ハッ、クソデクにしちゃわかってンな」

 

 鼻を慣らしつつも、勝己はしっかりとうなずいた。

 

「奴にもあるよね、ゲームのルール」

「あァ、人数はまちまちだが選んで殺してんのは確かだ。現場に居合わせた人間のほとんどにゃ見向きもしてねえらしいからな」

「そっか……でもどういうルールなんだろう、事件現場からいって少なくとも37号みたいに東京23区ってわけじゃない、そもそもゲームなら他のプレイヤーと同じルールは採用しないよな、ということは他に何かしら法則性があるってことだけど一体なんなんだろうか、場所以外なら被害者の性別年齢個性、名前……何かあるはずだ、共通項――痛でっ!?」

「ウゼェ」

 

 苛立つ勝己に背中を軽く蹴られ、出久の悪癖は強制終了させられた。

 

「そっちの分析はこっちでやる。テメェはあのイノシシ野郎捜しに行けや、渋谷のほうにでも」

「そうだね……え、渋谷?」

「……どうせ野郎はどこに出るかわかんねえ。ついでにあのガキ捜しゃ一石二鳥だろ」

 

 洸汰少年の捜索――決して忘れていたわけではない。だからグロンギの追跡と辻褄を合わせることができるなら、と一瞬惹かれかけたのだが、

 

「いや、でも……」

 

 やはり、心情的には抵抗が生まれた。ジイノが次どこに現れるかわからない、だから渋谷を捜すのも無意味ではない――それは確かだが、ひとつのことに専心しがちな自分は、きっと洸汰のことで頭でいっぱいになってしまうから。

 

 躊躇する出久の背中を、焦凍が押してくれた。

 

「緑谷、奴のターゲットがわからねえ以上、あの子を放っとくのは危険だ。――それに、捜してくれてる沢渡さんと麗日も」

「!」

「ふたりには俺から連絡して避難させとくから、おまえがあの子を見つけてやれ。他の場所は、俺たちで捜す」

 

 「少しは俺のこと、便利に使ってくれよ」――かすれた声の焦凍のつぶやきが、ひどく胸に染みた。

 

「……わかったよ。ありがとう轟くん、かっちゃんも」

「あぁ」

「……フン」

 

 ふたりにサムズアップを向けると、出久はトライチェイサーに跳び乗り、そのまま渋谷方面へ向け走り去っていった。

 

「――なぁ、爆豪」

「ンだよ」

「おまえにもあの子捜しに行ってほしいっつったら、怒るか?」

「ア゛ァ!?バカ言ってんじゃねえ、こっちは仕事でやってんだ職務放棄なんかできっか!」

「……おまえ、たまに飯田みたいなこと言うよな」

「一緒にすんな!!」

 

 怒鳴る勝己。――噂をすればというべきか、飯田を助手席に乗せた覆面パトカーが、トンネル内に飛び込んできたのだった。

 

 

 

 

 

 人、人、人。

 

 どこに行っても人がいる。ひとりでいることが好きな洸汰少年にとって、この地にいることは苦痛でしかなかった。

 だが、そうでない頃もあったのだ。この地に自分が住んでいた頃――まだ両親が、生きていた頃。

 

 両親は立派なヒーローだった。休日に親子三人、こうして街を歩けば、人々から応援や称賛のことばをもらったものだ。幼い洸汰は、ひどくそれがくすぐったかった。

 でもいま、洸汰に目を向ける者は誰もいない。この街を、社会を愛し殉じた英雄の忘れ形見だと、気づく者などいはしない。

 

 だからそんなもの、自分から捨ててやる。

 

 悲壮な覚悟を胸に秘めた洸汰の手の中で、くしゃりと音がする。袋に入ったままのライターが、そこには握られていた。

 

 

 

 

 

「……なんなの、これは?」

 

 いったん本部に戻った鷹野警部補は、目の前の光景に唖然としていた。

 最後に見たときには整然としていた会議室の机が、大小様々なアイテムで埋め尽くされている。すべてビニールに包まれていることから、それらが38号被害者の遺留品であることはすぐにわかったが――

 

「おや鷹野さん、おかえりなさい」

 

 人なつこい笑みを浮かべて迎える森塚。彼以外にも数人の捜査員が、遺留品の検分を行っていた。

 

「……この様子だと、聞き込みのほうは不発だったみたいね」

「おっしゃるとおりで。まあガイシャの足取り追うにしても、ヒントがないと無理ゲーなんでこのとおり、捜索中って状況なわけです」

「そう。何か見つかった?」

 

 問いかけに、森塚は是とも否とも言わなかった。――ことばでなく、行動で示したのだ。親指を立ててサムズアップという行動で。

 

「これです」

「……ライター?」

 

 それはビニールに覆われたままの真新しいものだった。メジャーな薬局の名前と"銀座駅前店"の文字が袋に印字されている。

 

「所持していたのは7人。そのうち5人は煙草を所持してません。――ちょっと気になりますよね~」

「ちょっとじゃないでしょう、どうせ」

「てへ、バレてましたか」

「だからかわいくないっての。――行きましょう」

「うぃっす!」

 

 

 

 

 

 逃走を図ったジイノは、人間体に戻って路地裏に潜伏していた。表ではパトカーのサイレン音が響き渡り、何かを懸命に捜索していることがわかる。その"何か"が自分であることも。

 

「……ってぇな、クソッ」

 

 胸のあたりを押さえ、顔をしかめるジイノ。致命的なダメージではないし、傷もふさがりかけている。だが、クウガやアギトならまだしも、ただのリントによって傷を受けるとは。たとえそれがプロヒーローの爆心地であろうが、認めがたいことに変わりはなかった。

 

「リントめ……次会ったら必ず殺す――!」

 

 ひとり息巻いていると、不意に背後に気配が現れた。咄嗟に振り向くと同時に、拳を突き出す。肉にめり込む感触。

 だがそれは、自らを追う者たちの一味ではなかった。仮にそうであったならばこの一撃でもの言わぬ赤黒い肉塊と化していただろう。現にそうなるどころか、彼は一歩も退くことなくそこに立っていた。

 

「気が立っているな、ジイノ」

「!、ガドル……」

 

 ガドルと呼ばれた着流しの男は、黙ってジイノの拳を払いのけた。凹んだ頬が一瞬にして元どおりに治癒する。

 

「だから言うたであろう、リントも侮れないと」

「……うるせぇな、アレでよくわかったわ」

 

 「ゴは不当に相手を侮ることはしない」――ベミウのことばだが、それはジイノにとっても共通認識であった。少なくともこのゲゲルの間、リントの戦士ともなるべく遭遇しないように動かなければ。

 

「さらばこの包囲網、いかにして破るつもりだ?」

「……こっから出てすぐ、駅がある」

「あのリントを乗せて動く箱が発着する場所か。貴様もつくづく好き者だな」

「便利だろうが。リントも大したもんだ」

「否定はせんが」

 

 その"大したもの"――リントの叡智を率直に評価するからこそ、穢してやりたくなる。リントの定めた行政区分を利用したブウロも、このジイノも。

 

 彼ら"ゴ"の行動原理は、おそらくそこにあった。




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドドググ

グラントリノ/Gran Torino
個性:ジェット
身長:120cm
好きなもの:たい焼き、惰眠
個性詳細:
自身が吸い込んだ空気量の分に応じて足の裏の噴出口からジェットを噴射する。爆発的な加速力と機動力を発揮し、屋内外問わず縦横無尽に動き回ることが出来るぞ!
肺活量次第では空中を飛ぶことも可能……ジジイになった今でも可能!?若い頃はどんだけだったんだ!?

備考:
隠居の身ではあるが、まだまだ実力は衰えていない超ベテランプロヒーロー……なのだが知名度はほとんどない。それもそのはず、彼は弟子であるオールマイトこと八木俊典を鍛えるためにヒーロー免許を取得しただけで、ほとんど活動らしい活動をしてこなかったのだ!
ワン・フォー・オールの後継者となった轟焦凍のこともオールマイトに代わって見守っていたが、怪物と化してしまうようになった彼を立ち直らせることはかなわず、あかつき村の山奥でともに隠遁するのが精一杯だった。
現在はグロンギの襲撃、そして緑谷出久との邂逅を経て"アギト"として覚醒した焦凍と都内のマンションにて同せ……同居中!おざなりになりがちな衣食住の面倒を甲斐甲斐しくみているぞ!エンデヴァーもまさか手塩にかけて育てた息子が成人過ぎておじいちゃんにお世話されて生活することになるとは思っていなかっただろう……。
ちなみに本名は空彦というらしい。「風都……いい風が(ry

作者所感:
デクがOFAを継承しなかったことで起きた人間関係の変化の象徴的な人かもしれないです。原作だとかっちゃん&轟くんとの関わりなんてほとんどないし。
アギト覚醒編以降とんと出番がありませんが、備考で書いたとおりぶつくさ言いながら轟くんのお世話を継続してくれてるんじゃないかと思ってます。エンデヴァーが完全リタイアしたら捜査本部に入れ替わりで入る可能性もあったんですけどね~思った以上にしぶといから……。
声の緒方賢一さんは「天地無用!」とか90年代のアニメで既におじいちゃん役結構やってて未だに現役なのすごいな~と思ったり。


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EPISODE 29. 僕のヒーロー 2/4

ラビットドラゴン、ブリザードグリス、ローグで並んだらカッコいいよね絶対……
エグゼイド最終回みたいなシチュで見たかった……カシラァ……!


 

――渋谷区 松濤

 

 駅前の喧騒をどこか遠くに聞きながら、沢渡桜子は閑静な住宅街を走り回っていた。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 いったん立ち止まり、息を整える。暑気にあてられ体力を消耗している――普段研究室にこもっていることが、こんな形で災いするとは思ってもみなかった。

 いや……そうでもないかもしれない。緑谷出久というどこまでもヒーロー思考のお人好しと親しくしていれば、迷い子を捜して駆けずることくらいはあるのだ――それができるのは、むしろ誇らしいことだと桜子は思った。

 

 と、

 

「桜子さーん!!」

「!」

 

 元気のいい呼び声とともに、丸顔の少女――と形容していい年齢ではもうないが――が駆け寄ってくる。

 

「お茶子ちゃん……どう、何か手がかりはあった?」

 

 訊きつつ、明るいとはいえない表情から答えは予見できていた。

 案の定、

 

「聞き込みしてみたんですけど……なんも」

「駅前は人も多いし、すれ違ってたとしても覚えてるわけないよね……」

 

 そもそもこの都会では、すれ違う他人の顔など――よほど奇抜でもない限り――見てもいないだろう。ここにいる確証すらない。

 

「でも可能性はあるし、こういう住宅街ならまだ見つけようもあるんじゃないかな。最悪、洸汰くんの家があった場所を見張ってれば――」

「えっと、それなんですけど……実はさっき轟くんから電話があって――」

 

 歯切れ悪くもお茶子が伝えたのは、焦凍からの"未確認生命体が出たから、万全を期して避難しろ"という連絡。"洸汰は俺たちで見つけるから"とも――

 

「そっか……そういうことなら、従うしかないね」

「……はい」

 

 うなずきつつも、お茶子の表情には忸怩たるものが滲んでいた。単純に、"ここまで来て"というのもあるだろうし――何より、彼女はヒーローだ。同級生である勝己や飯田は最前線で未確認生命体と戦っているというのに、自分は避難するというのはやるせないのだろう。民間人である桜子にすらそういう気持ちはあるのだ、ないはずがない。

 だから桜子は、努めて笑顔を浮かべて言った。

 

「でもよかった、お茶子ちゃんがいてくれて。避難するって言っても、ひとりじゃ不安だもん。ヒーローがそばにいてくれれば安心よね!」

「!」

 

 はっと顔を上げたお茶子。その表情がみるみるうちに明るいものになっていく。やっぱりわかりやすい娘だと、桜子は内心思った。

 

「ま、任せてください!万が一襲われても、私が命がけで守りますから!」

「うん……まあ、無理はしないでね?」

 

 ともあれふたりの女子は、移動のため渋谷駅に引き返すことにした。もしも入れ替わりに出久が来ると知ったら、お茶子は意地でもこの場を動こうとはしなかっただろうが。

 

 

 

 

 

 聞き込み捜査のためライターに印字されていた薬局の支店を訪れた鷹野と森塚は、意外な事実を知らされることとなっていた。

 

「まだオープンしてない?」

 

 訊き返す森塚に対し、「うちは明後日オープン予定なので」と告げる店長の男性。

 

「では、このライターは?」鷹野が訊く。

「ああ、これなら宣伝用に配っていたものです。銀座駅と有楽町線の銀座一丁目駅の前で、アルバイト雇って」

「時間はわかりますか?」

「午前十時頃から午後一時半くらいまでですね」

 

 他にもいくつか聞き出し礼を述べると、男性は忙しげに店内に戻っていった。鷹野も森塚も、それを見届けることなく背を向けていたのだが。

 

「駅前でこのライターを配っていたということは……」

「ガイシャは鉄道を利用していた可能性がある、ってことっすね」

 

 あくまで可能性の話……なのだが、それを補強するための材料は既に揃いつつあった。

 

「有楽町線の定期券……被害者のうち何人かは所持していたわね。ライターを所持してない者も含めて」

「とすると有楽町線の利用者が襲われたと?ここで下車して銀座線に乗り換える乗客も多いでしょうし」

 

 当たり前のことのように言ってのける森塚。――だが実際、グロンギはそれほどまでに人間社会に溶け込みつつある。特定の小学校の児童を標的にしたメ・ガルメ・レや、東京23区を五十音順に襲ったゴ・ブウロ・グ。今度は特定の鉄道の路線……何ら不自然なことはあるまい。

 

「そのセンで、他も色々当たってみましょうか。――ガイシャのご遺族とかね」

 

 

 その童顔は珍しく、笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 トライチェイサーを駆り、緑谷出久は渋谷区松濤へと向かっていた。途中、グロンギの気配がないか、事件の様子がないかも当然探りつつ――そちらは不発に終わっている。幸か不幸か。

 

(洸汰くん……早く見つけ出さないと……!)

 

 見つけて連れ戻す、何かしようとしているなら止めさせる――自分にそれ以上のことができるかはわからない。

 けれど、

 

『一回くらい見たいもん、洸汰くんの笑った顔!』

 

(僕もだよ、麗日さん)

 

 脳裏に甦る声に応えながら、出久は暑気を掻き分けて走った。

 

 

 

 

 

 向日葵のにおいがする。

 

 何もここでしか嗅げない香りではないのに、いまはただそれだけのことで洸汰の脳裏に幼い頃の記憶が甦ってくる。

 住宅街を歩けば、まるで時が止まったかのような見慣れた景色が過ぎていく。けれどもよくよく見ればぽつぽつと新築らしい邸宅が建っていたり看板が増えていたりと、確実に時は流れているのだと教えてくれる。

 

 洸汰の生家もまた、そうだった。

 

「………」

 

 澱んだ瞳で見上げる屋敷の姿は、自分が暮らしていた頃と何も変わっていない。七年の歳月で外壁が少し煤けたくらいか。

 だが少し周囲を窺ってみれば、そんなものまやかしにすぎないことがすぐにわかった。見慣れぬ車、自転車。わずかに開いたカーテンの隙間から見える室内の様子も、自分の知っている家ではないようだった。

 

――いや、それはもう否定しようのない現実なのだ。表札に記された名が"出水"でないことが、洸汰の心に最後の楔を与えた。

 

 

 打ち捨てられていた新聞紙を握りしめ、遁走の途上に駅前でもらったライターに火を灯す。

 微風が吹けば消えてしまいそうな、小さな炎。しかしひとたび燃え上がれば、すべてを呑み込む劫火へと変わる。

 

「……ッ、」

 

 心臓が嫌な音をたてている。喉が異様に渇き、唾をうまく呑み込めなくなる。

 こんなこと、してはいけない。わかっている、だからしなければならないのだ。決して後戻りできない場所へ行くために。

 

 意を決し、新聞紙の端に火を触れさせる。瞬間的に熱を伝導させ、灯火を渡す。ゆっくりと、確実に、薄い紙が燃え上がっていく。

 目を瞑ったのはほとんど反射的な行動だった。明確な方向も見定めず、ただ家のほうへ燃える新聞紙を投げつける。

 

 ぱちぱちと、火花の爆ぜる音が響く。ゆっくり目を開けた洸汰の視界が捉えたのは、黒く焦げついていく新聞紙。炎は懸命に壁に燃え移ろうとしているが、あまりに不安定でさらなる移し火には至りそうもない。

 

「………」

 

 身体から、力が抜ける。その火は結局、何も生み出さないし、殺さない。ただひとりで燃えて、ひとりで消えていく。

 

 

「……なんだよ、これ」

 

 途端に、自分のやっていることがひどくくだらないものに堕していく。消えかかり、それでも懸命に抗い燃える炎に向かい、掌を向ける。

 放出される水が、炎に襲いかかる。容易く熱は失われ、残るはわずかな白煙と原形をとどめなくなった黒焦げの残滓のみ。

 

「……はっ」

 

 少年はただ、"覚悟"だと思っていた己の感情の末路を、嘲うことしかできない。嘲うことしかできず、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 木々に囲まれた涼やかな遊歩道を、親子連れが歩いていた。5歳くらいの小さな男の子を真ん中に、彼と若い両親が手をつないでいる。ありふれた、しかし間違いなく幸福な家族。

 

 そんな彼らの前に――恐怖は、姿を現した。

 

「………」

 

 タンクトップに迷彩柄のズボンといういでたちの、身長2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男。かつて社会を震撼させた凶悪なヴィラン"マスキュラー"にも似た風貌の彼は、左の二の腕にイノシシのタトゥを彫っていた。

 

――それは、彼がどんなヴィランより恐ろしい殺戮民族グロンギのひとり、ゴ・ジイノ・ダであることを示していて。

 

 くん、と鼻を動かし――我が意を得たりとばかりに、歩き出す。その確信をもった足取り、愉悦に歪んでいく表情。尋常ではない様子に、気づいた両親の身体が強張っていく。

 

「ひっ……」

 

 何事かよくわかっていない幼子を咄嗟に抱き上げる父。恐怖に身が竦んで動けずにいる妻の手を引き、ジイノに背を向けて走り出す。

 

「………」

 

 ジイノもまた、全速力で駆ける。その巨躯からは想像できないスピード。家族との距離がどんどん詰まっていく。

 殺される――本能的にそう思った。自分だけでなく家族全員、逃れるすべはもはやないとも。

 

 そんな折、向かいからOL風の若い女性が歩いてくるのが見えた。何事かとこちらを見つめている。

 

「に、逃げて……!」

 

 そのひと言で、女性もまた尋常ならざる状況であることを認識したようだった。それと同時にジイノの顔を見て、「あっ、あの人……」とつぶやく。見覚えがあるかのように。

 そしてジイノのほうも、酷薄な笑みをさらに烈しいものとしていて。

 

「リヅベダゼ……!」

 

 その姿がさらに膨れあがり、

 

 

 刹那、家族連れは頬にかすめる突風を感じていた。自然に起きたものではなく、質量のあるものが速度をもって通り過ぎたような――

 

 目の前の女性の胸元に、巨大な杭が突き刺さる。華奢な身体はその衝撃に耐えきれず、赤黒い液体を撒き散らしながら後方へ吹き飛ばされていく。

 街路樹に激突し、その飛翔はようやく止まった。

 

「あ……あ………」

 

 何が起きたんだろう。あれは一体なんなのだろう。わかっているけれど、認めたくない。壊れたブリキ人形のようなぎこちない動きで振り返れば、もとの人間の姿に戻ったジイノが踵を返して歩き去っていく。こちらに一瞥もくれることなく。自分たちは助かったという安堵感もない交ぜになってしまったために、彼らは悲鳴すらあげることができずにその場にへたり込むことしかできなかった。

 

 

 そしてそんな光景をじっと見つめながら、ドルドが無感情に算盤を操る。ジイノの歓喜もリントの恐怖・絶望も、彼にとっては己の役割に付随するものでしかないのだった。

 

 

 

 

 

 出久はようやく、松濤の旧ウォーターホース邸へとたどり着いていた。

 

「………」

 

 トライチェイサーを路肩に止め、屋敷の周囲を見て回る。ここには捜し求める少年の気配はない。

 屋敷のほうには居住者がいるようだが、あいにく不在のようだ。もし誰かいれば洸汰を見ていないか訊くこともできたのだが。

 

 まだ来ていないのか、それとも――そんなことを考えていると、裏手であるものを見つけた。

 

「!、これは……」

 

 もとは新聞紙か何かだったのだろう黒焦げの燃え滓、そんなものが辺り一面に転がっている。

 びしょびしょに濡れたそれらと地面を見て、出久は深刻な表情を浮かべた。同時に、ショッピングモールで洸汰が万引きしようとしていたものが何か、思い出した。

 

(洸汰くん……)

 

 彼は間違いなく、ここに来た。そしてどこかへ行ってしまった。

 でも撒き散らされた水の乾き具合を見るに、まだそう遠くへは行っていない……と、思う。

 

 出久はすぐさまトライチェイサーに戻り、跳び乗った。急く気持ちとは裏腹に、ゆっくりとマシンを発進させる。

 住宅街は本当に閑静そのもので、人の姿は見当たらない。時折、声や生活音らしきものが屋内から聞こえるから、住民たちは留守でなければことごとく家に引きこもっているのだろう。未確認生命体が出現していることと無関係ではあるまい。

 だから洸汰は、独りぼっちでいるはずだ。誰かに守ってもらうことなく――自分で身を守ることもなく。そんな予感があった。

 

 暫し生活道路を蛇行していると、T字路に出た。目の前に小さな公園がある。昨今の潮流によってか遊具もあまりなく、がらんどうの空間が広がっている。

 なんとはなしに覗きこんでみると、残された数少ない遊具であるブランコに、たたずむ小柄な人影があった。

 

 

「……いた」

 

 ぽつりとつぶやいた出久は、トライチェイサーをその場に駐め、公園内に足を踏み入れたのだった。



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EPISODE 29. 僕のヒーロー 3/4

こういうワンシーンが長くなるパートは、それだけでキレイにまとめるか、グロンギパートや捜査パートも入れて少しでも本筋を進めるかいつも悩みます。


 洸汰少年は人気のない公園内、ひとりぽつんとブランコに腰掛けていた。

 

 ここもまた、両親との思い出の場所だった。多忙を極めるヒーロー活動の合間を縫って、彼らは可能な限り洸汰の育児を自力で行っていた。遠出が難しいだけに、ここに連れてきて色々な遊びに付き合ってくれたのだ。このブランコに乗る幼い自分の背中を押してくれる両親――そんな懐かしい感触が、いまでも背中に残っている。

 

『洸汰、』

 

 頭の中で響く声は、現実に聞こえているかのように鮮明だ。けれどもそれは勝手につくり出した幻でしかない、そうでないなら……そうでないならなぜ、誰も背中を押してくれない?

 父も母も、もういない。生前の彼らにとって憎むべき悪にひとり息子が堕ちたとしても、悲しみも怒りも表しはしないのだ。

 

『こう、――』

 

 だから意図的に抑え込めば、声は簡単に消えてしまった。やはり妄想の産物でしかないのだ。自分はそうやってまた、訣別しようとした過去に取り憑かれている――

 

 だから自分には、何も為せない。誰かを救うのも、傷つけるのも、中途半端なことしかできない。

 洸汰がしずかに錆びた鎖を握りしめていると、背後からざり、と砂を踏みしめる音が響いた。反射的に振り返り――息を呑んだ。

 

 こちらに迫ってくるのは、あの、ショッピングモールで出会った宇宙人みたいな髪の男だったからだ。

 

「……ッ!」

 

 身体を強張らせ、距離をとろうとする洸汰。そんな、野良猫のような振る舞いを見て、男はなぜか傷ついたような表情を浮かべた。それがいつか見た"友人"のものと重なって、洸汰の心臓はどくりと跳ねた。

 

「ま、待って!」途端に慌てたような声を発す。「逃げないでっ!ちょっと、話がしたいだけだから……」

 

 縋るような目つき。ひと回りも年上の大の大人のそれなのに、洸汰はどうにも弱かった。身体がしゅるしゅると萎むような錯覚、浮かせた腰がまたブランコに落ちる。

 

「……ンなこと言って、警察に突き出すつもりなんだろ」

 

 してやられたような心持ちで、思ってもいないことを吐き捨てる。案の定この少年のような青年はへにゃりと微笑んで、

 

「そんなことしないよ。できれば連れ戻したいとは思ってるけど」

「………」

「隣、いいかな?」

 

 「いやだ」と言ったところで、こういう手合いはなんだかんだと屁理屈を捏ねて自分の考えを貫くのだろう。最初から強引な態度を貫いてくれるほうがまだましだ――爆心地のように。

 

 だから結局、「……好きにしろよ」と言い放った。もう突き放すだけの気力もなかった。

 どこかゆったりした動作でブランコに腰掛ける、青年。長身というわけでなくとも、成人過ぎた大人がそうしている姿は窮屈そうで、いささか滑稽にも見える。

 

 せめてもの抵抗にと警戒心を剥き出しに俯いていた洸汰。それを感じとってか、隣に座る出久もすぐには話しかけてこない。ギィ、と音がしたので横目で見遣ると、彼は少しブランコを揺らしながら曇天を見上げている。その大きなエメラルドグリーンの瞳は、にもかかわらず煌めいている。それが妙に胸をざわめかせた。

 

「――きみ、」

「!」

 

 思わず肩を跳ねさせ、次いで目を逸らす。

 

「洸汰くん、って言うんだよね。名前」

「!、……あぁ」

「僕は出久……緑谷出久っていいます。城南大学に通ってて、飯田くんたちとはその……色々縁があって、ああして仲良くさせてもらってるんだけど」

 

 そんな自己紹介から始まり、ぺらぺらとなんだか他愛もないことを話している。

 

「……おしゃべり」

「えっ!?あ、ごごごごめんっ、あまり好きじゃないよね、そういうの……」

「わかってんならしゃべってないでさっさと連れ戻せばいいだろ。――はっきり言って時間の無駄だこんなの。俺にも、あんたにも」

「………」

 

 出久は否定も肯定もしなかった。怒り出すこともしなければ、機嫌をとってくることもない。距離を慎重に窺っているようで、その実一気呵成に踏み込んでくるような大胆さがある。頭の回転は速いといえども、洸汰はまだ10歳の子供、拒絶以上の効果的な反応を持ち合わせてはいなかった。

 

「なんか……さっきと全然違うね」

「……何が」

「もっとこう、鋭くて覇気のある感じだったから。かっちゃんみたいな」

「誰それ」

「!、あー……爆心地――爆豪勝己のこと。知ってるよね」

 

 知らないわけがない。――あの日見た背中は、ちょうど五年が経ったいまでも目に焼きついて離れない。彼のとった行動は、洸汰に計り知れない影響を与えたのだ。

 

「幼なじみなんだ、彼。だからお互いあだ名で呼んでて……まあ、向こうのは蔑称だけど……」

「………」

「飯田くんたちに聞いたよ。きみ、林間合宿に同行してたんだよね。そこでヴィランに……それも、ご両親を殺したマスキュラーに襲われた」

 

 洸汰の表情が明らかに強張る。その名が忌むべきものであることなど、考えるまでもない。彼につらい思いをさせていることに罪悪感はあるけれど、それでもあとには退けないと心した。

 

「けど、かっちゃんに救けられた……だよね」

「……だったら、なんだよ」

「いや……どんな感じだったのかな、って思って」

 

 「僕、知らないんだ」と出久は笑う。その笑みはどこか寂しそうで、自分にもわからない、言い知れぬ孤独を抱えているように洸汰には感じられた。

 そしてそれは、どこか既視感のあるもので。

 

「いまのあんたと一緒だ」

「え、僕と……?」

「どっちがヴィランかわかんないくらい獣じみてて、怖いくらいだった。……でもそれより何より、寂しそうだった」

「寂し……そう……?」

 

 獣じみてて、救けるべき相手に安心感よりも恐怖すら与えてしまう笑み、ことば、戦い方――洸汰が見たのはきっと、自分の想像どおりの姿なのだろう。

 けれども洸汰が見出したのは、自分とは異なるものなのだ。そしてそれが、いまの自分が醸しているものと同じだという――

 

「うまく言えないけど……あの烈しさの裏で、あの人は誰にもわからない寂しさを抱えてたんだ。その寂しさを紛らわせるどころか、もっと膨らませて膨らませて、それで心を満たそうと自分を仕向けてる――そんなふうに、感じた」

「………」

 

 あの日だけでなく、林間合宿で見たすべてを思い出しながら語る洸汰。彼の話をもっと聞きたいと、出久はそう思った。

 

「それで……きみは、どう思った?」

「………」

 

 わずかな沈黙のあと、

 

 

「……こうはなりたくないって、思った」

 

「独りぼっちで、誰の手もとらずに戦って、傷つけて、傷ついて……あの人の生き方はきっと――苦しい」

「……そっか」

 

 この少年は自分などより余程、かつての勝己のことを理解っている――出久はなんだか泣きたい気持ちになった。それが悲哀からくるのか歓喜からくるのかもわからないままに。

 

「でも、」

 

 

「カッコよかった……自分でもワケわかんないくらい、カッコよかったんだ……ッ」

 

 ああはなりたくないと、そう思っていたはずなのに。気づけばあの背中に、自分は憧れていた。

 自分は彼のように強くない。だからあんなふうに傷つきながら傷つける、爆ぜる焔のように生きることはできはしない。

 

「だから俺は……誰も傷つかない方法で、少しでもあの人に近づこうと思った」

 

 彼のように、力でねじ伏せるのではなく。傷つけられている者を庇い、傷つけている者に立ち向かう。力ではなく、想いをぶつけて。

 洸汰のそんな生き方が発揮されるのは、子供である以上学校がすべてだった。いじめられている同級生に手を差し伸べ、いじめっ子たちから身を挺して守る。それでいじめられっ子から感謝されたときは嬉しかったし、あまつさえ仲直りさせてやれたときはらしくもなく舞い上がり、きっかけを与えてくれた爆豪勝己にお礼の手紙を書こうかとまで思ってしまったほどだ。忘れられていたり、万一覚えていたとて鬱陶しがられる可能性のほうがよほど高いと気づいて思いとどまったが。

 

 けれど成長するにつれ、うまくいかないことが増えてきた。自分だけでなく周囲も大人に近づき、その内面は複雑になっていく。歯車が噛み合わなくなり、洸汰の孤独は深まっていく。時には自分が標的になることもあった。

 でもそんなのは大した傷ではなかった。それで守れるなら、救けられるなら――

 

「だけど……」

 

 そうやって傷だらけになりながらもいつものようにクラスメイトのいじめられっ子を守ったある日……差し伸べようとした手をはね除けられて、言われたのだ。

 

『同情なんかいらない。おまえはそれで気分が良いかもしれないけど、俺は余計にみじめな気持ちになる。自己満足を押しつけるな』

 

 そして呆然として口もきけない洸汰に、彼はとどめとなることばを突き刺したのだ。

 

『ヴィランに負けて死んだ親がヒーローだったからって、ヒーロー面するな!』

 

 それはひと言では言い表せないようなショックを洸汰に与えた。"ヴィランに負けて死んだ"と、事実だけれども両親を侮辱するような物言いをされたこと、ただ両親がヒーローだった以上の価値を見出してもらえていなかったこと。その罵倒に込められたあらゆるものすべてに、自分の憧れを全否定されたような気がして、

 

 気づけば洸汰は、かの少年を殴りつけていた。どんな酷いいじめっ子相手でも決して暴力で返すことはしなかった洸汰が、初めて。

 そのあとの、倒れ込んだ少年の瞳が洸汰には忘れられない。それは彼が普段、いじめっ子たちに向けているそれとなんら変わりないものだったのだ。

 

 胸の奥に大切にしまい、励みにしてきた憧憬の念が、音をたてて崩れていったような気がした。

 

 それからはもう、救けなかった。もちろん積極的にいじめに加担したりはしなかったけれど、徹底的に見て見ぬふりを決め込んだ。異形型の個性持ちだったかの少年に対するいじめは、未確認生命体のせいでさらに酷いものとなったけれど、知ったことではないと目を逸らしてきた。

 

――その結果が、少年の自殺未遂だ。

 

 

「……見捨てたんだ、俺」

 

 鬱ぎきった声で、洸汰はつぶやいた。傷つき奈落に突き落とされた男の姿、たった10歳の子供が、そんなものを晒している。

 

「いままで守ってやりたいと思ってた奴が、急に憎らしく思えた。あんな奴死んじまえばいいって、本気でそう思って……だから………」

 

 悄然と独白を続けていた洸汰は、ふとちらりと隣で聞く男の顔を見遣った。そして我に返り、次いで絶句した。

 こちらを見下ろすその大きな瞳から、はらはらと透明な雫が溢れていたのだ。

 

「は……?」

 

 呆気にとられた洸汰の表情を目にしてか、出久は慌てて拳で乱暴に、涙を拭った。まるで癇癪を起こして泣きわめいたあとの幼子のようだった。

 

「ご……めん……ごめんね……、きみも、独りぼっちでずっと、戦って……傷ついてきたんだって思ったらさ……なんか、たまらなくなって………」

「………」

 

 安っぽい同情――そうと片付けるには、出久の様子は尋常なものではなかった。未だに涙が止まりきっていない。

 弱った表情を取り繕えなくなった洸汰を少しでも落ち着かせようというつもりなのか、泣きながらも精一杯、笑みを浮かべようと努めている。

 

「きみ……カッコいいよ……。誰にも負けない……すごくカッコいいヒーローだよ」

「……!」

 

 洸汰は一瞬、雷に打たれたように動けなくなった。胸がずきりと痛む。こんな痛み方は、痛罵されたときにもしなかった。

 それをぎゅっと抑え込んで、ふるふると首を振る。

 

「そんなわけ……ッ、そもそも、俺、ヒーローなんか――」

「わかってる……好きじゃないんだよね。だからそういう、暴力じゃない方法で、がんばってきたんだもんね………」

 

 「そういうの、すごくカッコいいと思う」――まっすぐに洸汰を見つめて、出久は断言した。

 

「本当はそれが、一番いいことなんだ。……"これ"を使うのは本当は、すごく痛くて、怖いことなんだから」

 

 拳をそっと握り締め、つぶやく。その姿はまるで、自分に言い聞かせているようで。

 同時に、洸汰は初めて気がついた。その右手に、大学生という肩書きには不釣り合いな痛々しい傷痕が刻み込まれていることに。

 穏和で幼い優しさを醸しているけれど、この青年もまたこんな傷を負うほどの烈しい争いの中に身を置いたことがあるのだろうか。あるいは、いまでも置いているのだろうか。痛い――それはこんなふうに傷つくことがか、それとも傷つけることがか。

 

 聞くまでも、ないと思った。

 

 

――だって、この人はきっと、優しい。

 

 

 

 

 

 一方で、未確認生命体第38号――ゴ・ジイノ・ダによる殺人ゲームは確実に積み重なっていた。大柄な風貌と派手なやり方とは裏腹に、神出鬼没に現れ、多くても数人を串刺しにしていずこかへ去る手口。

 目撃者は多数いるおかげで潜伏している人間体のモンタージュは完成済、所轄及び各ヒーロー事務所に協力を要請してパトロールを強化してもらっているが、未だ発見には至っていない。

 

 そんな状況の中、捜査本部に所属する警察官たちはゲームのルールを解明すべく捜査を続けていた。森塚・鷹野の両名も、被害者たちが遭難の前、共通して有楽町線を利用していたかもしれないという手がかりを追い、被害者遺族のもとを訪れていた。

 

「――弟さん、ふだん地下鉄の有楽町線をお使いになっていたとかってこと、ありませんか?」

 

 お悔やみの挨拶もそこそこに、森塚が切り出す。被害者の兄は怪訝な表情を浮かべつつ、首を振った。

 

「……わかりません。大学は御茶ノ水でしたけど……そんなに仲良くなくて、最近は連絡もしてませんでしたし」

「そうですか………」

 

 家族のひとりが今日死んだにもかかわらず冷静に応じる様子は、"仲良くない"ということばを裏づけているように鷹野には思われた。冷淡ともいえる態度に人として良い気がしないことは確かだったが、それを指摘するほど青くもなかった。外見に違い、森塚も同様で。

 

「こんなときに、申し訳ありませんでした。――失礼します」

 

 結局ここでも決定的な手がかりには至らず、ふたりは踵を返すほかなかった。情けない話だが、"被害者遺族"は既に相当数いる。そこを手当たり次第に当たっていく――焦燥の中でも、どぶ板のような捜査を続けるほかなかった。

 

 そんな折、

 

「――あ、あの!」

 

 突然呼び止められ、ふたりは足を止めた。

 

「使ってた、かもしれません……」

「!」

「光が丘に、母方の祖母がひとりで住んでて……あいつ、結構遊びに行ってあげてたみたいだったから……今日も、もしかしたら――」

 

 「光が丘なら、最寄駅のひとつに地下鉄赤塚駅がある」――森塚が鷹野にそう耳打ちする。繋がった、と思った。

 

「有力な情報、ありがとうございま――」

 

 お礼を述べかけた刑事たちは、次の瞬間ことばを失った。動揺のないように見えた青年の瞳から、ひとすじの涙が流れていたのだ。

 

「――弟さんの無念は、必ず晴らしますから」

 

 森塚が静かに、宣言した。

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドギブグ

フクロウ種怪人 ゴ・ブウロ・グ/未確認生命体第37号

「ギブギデ、ボソグ(射抜いて、殺す)」

登場話:
EPISODE 26. ネクストステージ~EPISODE 27. 緑谷:ライジング

身長:207cm
体重:168kg
能力:
最高時速300キロの飛行能力
吹き矢から吐き出すペリット
活動記録:
"ゲリザギバス・ゲゲル"と呼ばれる複雑なルールの殺人ゲームを行う上位集団"ゴ"のファーストプレイヤー。人間体は黒衣を纏った知的な青年であり、文学作品を好む読書家でもある。"東京23区を五十音順に、9人ずつ射抜いて殺害する"というルールでゲゲルを行った。
"射抜く"と言っても第14号(メ・バヂス・バ)とは異なり、「吹き放ったペリットを標的の心臓の表面で停止させ、心筋梗塞を引き起こす」という離れ業を平然と成功させ続ける。そうした能力はクウガ相手にも遺憾なく発揮され、ブラストペガサスを無効化され動揺するクウガ・ペガサスフォームの腕を貫き昏倒させることに成功する。
直後アギトによって片翼を焼かれてゲゲルを中断せざるを得なくなるも、まったく焦る様子を見せず読書を続けながら傷を癒し、約一時間ほどで全快、ゲゲルを再開した。上述のルールをリント側に見抜かれてもなお余裕を失わずにいたが、眼下のクウガが金の力を発現させたことで気を取られている隙にアギトのKILAUEA SMASHを受け墜落、そこにライジングブラストペガサスを撃ち込まれなすすべなく爆散した。

作者所感:
地味だけどヤバイ、ヤバイけど地味……どっちにするかでだいぶ印象違う。
散々書きましたけど手口の精密さはハンパないですね。
空飛ぶ敵だったわけですがしょうとくんにもゴウラムとのコンビで出番を作れてよかったどす。


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EPISODE 29. 僕のヒーロー 4/4

例によって詰め込みぎみ。本当はマンダレイもちゃんと登場予定だったんですが尺の都合で泣く泣くカットしました。
一番書くの楽しみなエピソードだったんですが蓋開けてみたら一番難しかったです。


 捜査によって集められた情報は、すべて本部を指揮する塚内管理官のもとに集約される。鷹野たちだけでなく、他の捜査員も大きな収穫をもたらしている。――たとえば、親子連れの前で惨殺されたOL。彼女が男とどこかで会った様子だったという聴取内容を基に関係者に聴取を行ったところ、会社の上司から「業務の都合で有楽町線に乗ったと思う」との証言を得ることができたのだ。

 

 積み上がった情報から、判断を下すのも管理官の役目――いけると確信した塚内は立ち上がり、総責任者である面構本部長に報告を行った。

 

「――以上から、被害者は13時ちょうど新木場発、和光市行きの有楽町線に乗車していた可能性が濃厚であると考えられます」

 

 ほとんど断言する塚内の眼前、面構は手を組みグルルルル、と唸っている。相当な確証がなければ信じがたい情報、己の中で噛み砕くのに多少なりとも時間を費やしているのだ。

 そしてそれを結論へと昇華させるまで、十秒とかからない。その迅雷ぶりがキャリア警察官の証左でもある。

 

「――承知したワン。マスコミ発表はこちらでやるから、その前提で動いてくれ」

 

 そのひと言で、捜査本部の方針が確たるものとなった。

 

 

 

 

 

 おやっさんことポレポレのマスターは、カウンター席で物憂げにコーヒーを啜っていた。机上にはかのショッピングモールの買い物袋がでんと置かれている。

 

「……置いてかれちゃったよおじさん、若者たちにさぁ」

 

 その袋に向かってブツブツと愚痴を垂れる姿は、誰がどう見ても危ないとしか言いようがない。

 とはいえ、彼の境遇を思えば致し方ないこと。――出久たちと海水浴に備えた買い出しに出かけ久々に若者気分を味わっていたところ、少し別行動をとっていた隙に誰もいなくなっていたのである。彼がもう少しネガティブな思考の持ち主なら、いじめと捉えてもおかしくはない。

 

 と、そんな折、ドアベルがからんころんと音を鳴らした。来客を告げるそれにおやっさんは慌てて袋を床に放り出し、意気揚々と立ち上がったのだが、

 

「も、戻りました~……」

「!」

 

 現れたのは客ではなく、彼を置き去りにした女性ふたりだった。当然、おやっさんはぷいとそっぽを向く。

 

「どこほっつき歩いてたんだヨ、おじさん置き去りにしてぇ!」

「すみません……」

「ちょっと色々あって、電話は入れようとは思ったんですけど……」

「ハァ……まあいいけどさあ。それより大変じゃなかった?未確認出たせいでどこもかしこも……お店もこのとおりスッカラカンだし」

 

 ぼやきつつ、テレビのリモコンに手をかけるおやっさん。未確認生命体に関して何か情報があれば、という軽い気持ちでの行動だったのだろうが、それは結果的に重大な事実を彼らに知らせた。

 

『――番組の途中ですが未確認生命体関連のニュースをお伝えします。第38号被害者の共通点が判明しました!』

 

 目を見開き、やや上擦った声で伝えるキャスター。原稿にいったん目を落とし、

 

『警察の発表によりますと、被害者の方々は本日13時新木場駅発、和光市駅行きの東京メトロ地下鉄有楽町線に乗車していた可能性があるとのことです。お心当たりのある方は、極力外出を控え、またはお近くの警察署に保護を求めるなど――』

「なんだぁ?」首を傾げるおやっさん。「なんでその電車に乗った人が襲われるんだよ?」

「ってか有楽町線って、今日行ったショッピングモールも……――!」

 

 お茶子がはっとする。――洸汰はどうやって逃げたのか。あのとき、何時何分だったのか。

 

「お茶子ちゃん?」

 

 怪訝そうな桜子の声を、お茶子はいったん無視せざるをえなかった。すぐさまバッグから携帯電話を取り出した。

 

 

――同じ頃、爆豪勝己と飯田天哉はともに都内の警邏にあたっていた。彼ら捜査本部所属のヒーローに限らず、都内のヒーロー事務所もパトロールを強化してくれている。それでもいの一番に自分たちが発見しなければならない――そう意気込む飯田の、ハンドルを握る手には力がこもっている。

 それを横目で見遣る助手席の勝己が、ドアに肘をついたまま鼻を鳴らした。

 

「運転中に力んでんじゃねーよ、事故んぞ」

「心配してくれてありがとう。だが大丈夫、これでも安全には最大限留意しているからな!」

 

 「それはともかく」と続く。

 

「第38号のゲームのルールが判明したのは大きな収穫だったが、第37号のときのように出現地点の予測がつかないのが痛いな……」

「前のは場所だったが、今度のは人間の種類だからな」

「うむ。該当する方々が皆、避難を完了してくれていればよいのだが――」

 

 そんな願いも虚しく、無線が鳴り響く。

 

『全車に連絡、第38号が代々木上原駅付近で女性ひとりを殺害した模様。所轄の署員が現着し実況見分にあたっている。また第38号は人間体に変身し、道玄坂方面へ逃走中――』

「ッ、渋谷駅……よりにもよってそんな人の多い場所へ……!」

「だからだろ。あんだけモブどもが蠢いてりゃ獲物が混じっててもおかしくねえ」

「それはそうだが……。しかし、渋谷には洸汰くんも――」

 

 世界のすべてに抗するようなかの少年の瞳が脳裏を過ぎったのと、飯田の携帯電話が着信を報せるのとが同時だった。

 

「ムッ、電話か。申し訳ないが爆豪くん、受けてくれないか?」

「……チッ」

 

 舌打ちしつつ、渡された電話を受ける。

 

「――ンだ丸顔」

『!?、えっ、爆豪くん……?』

 

 愛想も声の張りもいい飯田とは対照的な出だしに、相手は面食らった様子だった。

 

「飯田が運転中だから代わりに出てる。とっとと用件言えや」

『あ、そうなんだ……。いまニュースで未確認が有楽町線に乗った人襲ってるって見たんやけど、もしかしたら――』

 

 洸汰もまた、乗車していたかもしれない――お茶子の信憑性ある推測に、勝己はもとより深い眉間の皺をさらに寄せるほかなかった。

 

「……わーった、すぐ保護させる」

『お願い……!』

 

 縋るような声でも、勝己の心は揺らぐことはなかった。――いや既に、これ以上は揺らぎようのない状態だったと言うべきか。

 

「飯田、このまま借りんぞ」

「うむ!緑谷くんなら、履歴ですぐに出るはずだ」

 

 自分の携帯電話を引っ張り出す時間も惜しい。勝己は飯田のことばどおり履歴から"緑谷出久"の名前を捜し出し、コールした。

 

「……デク、俺だ――」

 

 

――連絡を受けた出久は、表情を険しくして勝己の話を聞いていた。

 

「本当なの、それ……?」

『ア゛ァ?』

「いっ、いやごめんっ、だよね!……わかった、とにかく洸汰くんに確認してみる」

 

 通話を切り、表情そのままに洸汰へ向き直る。表情からは鋭さがすっかりそげ落ち、ただただ当惑を露わにしていた。

 

「洸汰くん、あのショッピングモール出たあと、どうやって逃げたの?」

「え……」

「教えて。大事なことなんだ」

 

 真に迫った出久の様子にただならぬものを感じたのだろう、洸汰は戸惑いながらも躊躇うことなく答えた。

 

「電車……地下鉄、そのまま乗ったけど……」

「地下鉄って……有楽町線、だよね」

 

 それが何時何分だったか――はっきりした時間を覚えているわけではないけれど、一時を回ったくらいであったことは間違いない。――これ以上、検討している猶予はないと思った。

 

「落ち着いて聞いて、洸汰くん。いま現れてる未確認生命体は、もしかするときみが乗った電車の乗客を標的にしてるかもしれないんだ」

「は……?」

 

 困惑をさらに深める洸汰。いくら聡明な少年であるといえど、得体の知れない怪物たちに自分がピンポイントで狙われてるというのは、うまく呑み込めないのだろう――無理もない。

 納得してもらうのはあとでもいい。とにかく彼を、安全な場所へと避難させなければ。

 

 そう決心して立ち上がった瞬間……ぞくりと悪寒がはしり、背筋がひとりでに粟立つ。

 

「!、あ………」

 

 そして洸汰もまた、さっと顔を青ざめさせる。彼の視線が向かうは、公園の入り口――

 

 

――そこには電車で遭遇した、両親の仇に似た大男が立っていたのだ。

 

「あいつ……!」

 

 出久もまた、既にその男と面識があった。男がイノシシに似たグロンギに変身する瞬間も、その目に焼きつけている。

 

「リヅベダゼ……」

 

 そして再び、記憶のとおりに変身し、

 

「……ギベッ!!」

 

 抜き取った顎髭を二叉の槍へと変え、洸汰目がけて力いっぱい投げつける。その間たった数秒、出久ですら対処が追いつかないのに、まだ子供である洸汰にそれができるわけがなかった。

 

「あ……」

 

 半ば呆けたような表情で、迫りくる槍を見つめている洸汰。彼の清らかな魂は串刺しにされ、露とはじけて消える――そんな幻想が、出久の脳裏をよぎった。

 

「――く、そぉおおおおッ!!」

 

 それだけは。それだけは、させてなるものか。気づけば出久は、半ば飛びかかるようにして洸汰を押しのけていた。刹那、右腕が灼熱する。ぶしゅ、というどこか小気味よくも聞こえる音が響いた。

 

「ぐぅ、あ……っ」

「!?、み、みどりや、さ………」

 

 二の腕の肉がばっくりと切り裂かれ、滝のような血液が洸汰の想い出の地を穢していく。それをまともに見てしまった出久は思わずくらっと気が遠くなったが、己を叱咤して踏みとどまった。

 

「ッ、洸汰、くん……」

「え……――ッ!」

 

 

「大、丈夫……ッ!」

 

 笑った。先ほどまでの幼げなそれとは違う、獰猛で、しかし見る者に安心感を与えてくれる笑み。――ヒーローの、笑顔。

 

「結局、僕には"これ"しかない……」拳を握りしめ、「"これ"できみを、守ってみせる……!」

「な……何言ってんだよ……!?」

 

 拳に対する嫌悪感など、感じているどころではなかった。だってこの青年はヒーローでもなんでもない、ただの大学生だと言っていたではないか。彼に自分を守る義務などないし、それ以前に時間稼ぎもできず殺されるのが落ちだ。拳を振るう振るわないなんてどうでもいいから、さっさと逃げてくれ。死なないでくれ――少年はただただ、そればかりを願っているのだった。

 

 しかし出久は、世間でいうプロヒーローではないけれど、脅かされている"誰か"を守り、救けるという意味で"英雄(ヒーロー)"には変わりなかった。

 

「ぐぅ、う……ッ、――変……!」裂けた肉から迸る激痛を堪え、右腕を突き出す。「……身――!」

 

 腹部より浮き出でたアークルが紫の光を放つ。地割れの奔る音とともに緑谷出久の肉体が大きく膨れあがり――

 

――クウガ・タイタンフォームのそれに変わった。

 

「……!?」

 

 洸汰はもはや、完全にことばを失ってしまった。巷では"同族殺し"とも呼ばれる未確認生命体第4号――目の前の異形がそうなのだとはすぐにわかったけれど、そんなものにあの人畜無害そうな青年が変身したという事実を現実として認めることができない。

 

 洸汰の思いを、置き去りにして。紫のクウガは丸太のように逞しくなった腕を構える。しかしその右腕から絶えず血が垂れる状況は変わらない。呼吸が荒ぶっていることも。

 

「フン……」

 

 鼻を鳴らすジイノ。再び顎髭を毟りとり、二叉の槍へと変える。今度はクウガを明確な標的として、投げつける。

 クウガは避けない。避けるつもりならば紫は選んでいない。この手負いの状態では、仮に青などに変身しても本来のスピードは出せないと思った。だから、賭けたのだ。

 

 そして、胸のど真ん中に、鋭い鋒が突き刺さる――

 

「あ……!」

 

 洸汰がかすれた悲鳴のような声をあげる。クウガが敗れた、そう思ってしまったのだ。負傷した様子を目の当たりにしてしまった以上、それも致し方ないことかもしれない。

 けれど、

 

「大、丈夫……!」

 

 もう一度放たれたことばは、先ほどより幾分か落ち着いていた。

 鎧の浅いところまでを侵した槍を、左腕で引き抜く。鎧にはわずかに穴が開いていたが、それもすぐに塞がった。タイタンフォームの堅牢な鎧は、たとえ屈強なゴの武器をもってしても簡単に破れるものではない。

 

 槍をまるで己の武器のように構えれば、モーフィングパワーが発動……たちまち大剣へと姿を変えた。――タイタンソード。

 

 利き手である右は腕の負傷もあって万全には扱えない。一計を案じたクウガは両手で柄を握り込み、構える。そこに電流が奔るのを感じながら、大地を踏みしめるように歩き出す。

 対峙するジイノはまた新たな槍をつくり出す。そしてクウガとは対照的に唸り声をあげ、槍を振り回しながら走り出した。

 

 閑寂の残滓をすべて切り裂く激突が、公園の中央で演じられた。

 

「ぐ、ぅ……っ」

「ヌゥ……」

 

 音をたててぶつかりあう、剣と槍。本来の力は、ほぼ互角。だが手負いで全力を出せないクウガと猪突猛進を絵に描いたようなジイノでは、どちらに形勢が傾くかは明らかだった。

 徐々に圧され、後退するクウガ。表情はわからないが、その吐息には苦痛がにじんでいた。痛みと出血が、彼の肉体を蝕んでいるのだろう。

 

 だがそれでも、彼の戦意は失われることはなかった。踏みとどまり、喰らいつこうとするその姿。あふれ出すは凄まじい気迫。背後で見守るしかない洸汰ですらそれを感じているのに、ぶつかるジイノに伝わらないはずがなかった。

 

「ウゼェな……クウガごときが……!」

「……ッ、」

「テメェなんか、ゲゲルの駒でしかねぇんだ……!テメェの役割、自覚しろやァ……!!」

 

 ジイノの意地が現れたがために、ついにクウガは地面に片膝をつかざるをえなくなった。このまま二重の意味で突き倒されるのも、時間の問題か――

 

 

「うる、せぇ……!!」

 

 漏れ出たそのことばは、かの青年のそれとは思えないほど荒々しく、獰猛だった。

 

「僕もみんなも、お前らのゲームの駒なんかじゃない……!みんなの命を、笑顔を……絶対に、奪わせやしない……!」

 

「絶対に、守る――!!」

 

 誰かを守るために、救けるために、どんな危機的状況であろうと決して竦むことを知らない背姿。

 洸汰少年の目に映るのは、そんな姿。――いまこの瞬間も、あのときも。

 

 

『テメェごときに屈してたら、一番嘲われたくねえ奴に嘲われんだよ……!!』

 

 マスキュラーに追い詰められ血みどろになりながら、凄絶な笑みとともに爆豪勝己が放ったことば。それが指しているのが誰なのか、いま、わかった気がする。

 

「……け……るな……」

 

 

「負けないでッ、4号――!」

 

 そのことばは、ほとんど無意識に出でたものだった。守られたいわけでも、救けられたいわけでもない――ただその背中が敗北に沈む姿を、見たくないと思った。

 

 だが現実は残酷だ。声ひとつで形勢が大きく変わることはない。殺人鬼の牙によって、たったひとりの英雄は確実に死へと向かっている。もはや、時間の問題か――

 

 

――刹那、

 

 

榴弾砲(ハウザー)――着弾(インパクト)ッ!!」

 

 爆炎を纏う漆黒の影が、猪に喰らいついた。

 

「グォアッ!?」

 

 完全な不意打ちに、なすすべなく吹き飛ばされるジイノ。直接受けなかったとはいえクウガにも衝撃は伝わり、その場に尻餅をついた。

 

「ハッ、ざまぁねぇなクソナード」

「……!」

 

 巨大手榴弾のような装身具をはじめ、獰猛なコスチュームを纏ったヒーロー。その紅い瞳も荒々しい笑みも、すべて彼の人間性を明らかにしている。

 

(爆豪、さん……)

 

 直接相まみえるのは本当に五年ぶりだった。電子媒体を介して見る姿はいつまでもあまり変わらないと思っていたが、こうして見ると一段と体格がよくなっていて、もう彼が少年ではなく一人前のプロヒーローであることを感じさせる。

 そんな彼は、幼なじみだという第4号を嘲りながら、その右手をぐいと引っ張り、立ち上がらせている。かの未確認生命体が情けない悲鳴をあげた。

 

「ぐえぇ、痛っで……!」

「ア゛ァ?」

「み、右腕ケガしてるんだよ僕……洸汰くん庇ったときに、ちょっと……」

「……ケッ、マジでクソダセェ」

 

 しゅんと項垂れるクウガの姿は、先ほどまでとは打って変わってあの童顔の青年そのままだった。しかしそれもすぐに勇敢さを取り戻す。早くも立ち上がるグロンギを相手に、ヒーロー・爆心地と肩を並べて対峙することによって。

 その姿を洸汰が目を見開いて見つめていると、今度は大柄な影が超速で迫ってきた。

 

「――洸汰くんッ、怪我はないか!?」

 

 インゲニウムこと飯田天哉だ。昼間も思ったが、理知的な風貌の割には落ち着きがない。どっしり構えているのだが、とにかく焦燥を感じさせる――それもまた、彼の正義感の裏返しなのだろうが。

 洸汰が小さくうなずくと、飯田はようやくほっとした様子で、

 

「そうか、それは良かった……。言うまでもないがここは危ない、避難するんだ!」

「………」

「洸汰くん?」

 

 少し躊躇ったあと……洸汰は小さく、首を横に振った。彼らしくない遠慮がちなものだったけれど、ひどく固い意志を感じさせる。その瞳はというと、ただ敢然と怪物に立ち向かうふたりの英雄へと向けられていて。

 

「……そうか、きみは見ておきたいんだな。彼らの戦いを」

 

 「仕方ないな」と飯田は笑う。

 

「わかった、しっかり見届けよう」

「!、いいの……?」

「うむ。俺がここできみを守ればいい話だからな!」

 

 己の想いを受け容れられ、洸汰の表情はわずかにほぐれた。そして再び戦場へと目を向ける。

 ふたりの英雄は確実に、劣勢を覆そうとしていた。クウガがタイタンソードで槍との鍔迫り合いを演じている点は先ほどまでと変わらない。だがそこに爆心地による縦横無尽な撹乱と、一気に距離を詰めては放たれる爆破が足されれば状況はまったく変わってくるのだ。

 

「デクばっか見てんじゃねえよイノシシヤロォッ!!」

「グガァッ!?」

 

 横から放たれる爆破で、ジイノは槍を吹っ飛ばされる。態勢が崩れたところで、タイタンソードの鋭い鋒に胴体を袈裟懸けに切り裂かれた。うめき声をあげながら後退する。

 封印の古代文字が現れる。しかし――

 

「ボン、バロボォ……!」

「!」

 

 グッと筋肉に力を込めれば、古代文字が傷もろとも失せていく。

 

「やっぱり、駄目か……」

「デク、」

「うん、わかってる」

 

 ふたりが目配せしあう。一方のジイノはまた次なる槍をつくり出そうとしている。

 それを許す勝己ではなかった。

 

「いい加減ウゼェ!!」

 

 相変わらずの罵倒とともに、徹甲弾。球状に形作られた小さな爆炎が無数、ジイノに襲いかかる。ひとつひとつは大きなダメージではない……しかし、勝己の狙いは達せられた。

 ジイノ自慢の顎髭に炎が命中、引火したのだ。

 

「グゥ!?ガァアアアッ!!」

 

 のたうち回り、火を消そうと四苦八苦しているジイノ。しかしニトロのような体液を基に生み出されたそれは振り払うくらいでは消えることはない。

 

「………」

 

 その様を見つめるクウガの身体に、電流が奔る。その中心に輝くアークルに黄金の装飾が施され、銀を基調に紫のラインが走っていた鎧が、紫を基調に黄金のラインに変わる。分厚さもより増す。

 変化は武器にまで及んだ。タイタンソードの鋒が、さらに鋭く長い黄金の刃に包まれたのだ。

 

 紫の、金。――ライジングタイタン。剛直なる地割れの戦士がいま、生まれ変わったのだ。

 ライジングとなったクウガは、さらに重みを増した剣をジイノへと向けた。火を消せない苛立ちも相俟ってか、その挑発にジイノは乗った。"ガダデデブザブ(当たって砕く)"という宣言に違わず、その身ひとつで体当たりを敢行する。

 

「ギベェッ、クウガァァァァ――!!」

「――!」

 

 クウガは逃げない、迎え撃つ。その突進がいよいよゼロ距離にまで迫るかという瞬間、剣を突き出し――

 

「グガ……!?」

「……ッ、」

 

 ジイノの背中から、血に濡れた黄金の刃が飛び出す。それは彼の肉体を完全に貫き通していた。

 

「ギィ、グ……ゴボ、セェェェ……!」

 

 苦悶の声をあげながら、苦し紛れに目の前の宿敵を殴りつけるジイノ。しかし強化された身体はびくともしない。そのうちに浮かび上がった古代文字から奔る亀裂が、バックルにまで達し――

 

「――ギャアアアアアアアッ!!」

 

 抑えようのない断末魔の絶叫とともに、遂に爆発が起きる。ジイノの肉体は細かく砕かれ、その残骸があちこちに飛び散っていく。

 ひとつの命が終わる光景。目に焼きついたそれを、きっと終生忘れることなどできないのだろうと少年は予感した。

 

 爆炎に呑まれてもなお傷ひとつなく立ち尽くしていた紫の金のクウガ。しかし勝利が確たるものとなり気が抜けたのか、堪らずその場に片膝をついた。剣を地面に突き立ててることでどうにか態勢を保っている状態だ。その大きな背中が激しく上下している様子と併せて、ひどく疲労していることはすぐに察せられた。

 やがてその背中が萎み、もとの青年のそれに戻る。同時に、剣は忽然と姿を消してしまった。実際にはジイノの顎髭に戻っただけなのだが、洸汰の目にそう映るのも無理はなかった。

 

 出久はよろつきながらも倒れず、その脚を伸ばそうとする。隣に立つ勝己がそれを手伝った――首根っこを引っ張るという形で。

 

「い、痛いってば……服伸びちゃうし……」

「伸びちゃうもクソも、こんなのもう着れねーだろ」

「あ、そっか……」

 

 Tシャツの右袖はジイノの槍で斬り裂かれたうえ血塗れになっている。勝己の言うとおりだ。

 

「フン、傷もう治ってんじゃねえかよ」

 

 これも勝己の言うとおり。あと一歩で完全に肉がそげ落ち、骨まで晒されてしまいかねないほど深刻だった傷はほとんど塞がり、残るは大きなかさぶたのような痕だけになっている。数時間あればこれも完全に癒えるのだろう。――クウガであるというのは、そういうことだ。

 

 出久が苦笑し、勝己が不敵に鼻を鳴らす。どこか不思議な幼なじみの雰囲気に洸汰が呑まれていると、第四の男がバイクで現れた。

 

「あ、轟くん」

「わりぃ、遅くなった。……もう終わっちまってたか」

 

 心なしかしゅんとしている様子の焦凍に対し、勝ち誇ったような笑みを浮かべる勝己。

 

「ハッ!どォだ半分ヤロォ、テメェなんざそもそもお呼びじゃねえんだよ!!」

「ちょっ、かっちゃん……」

 

 このひと言には流石に焦凍もムッとしたようで、

 

「次はちゃんと役に立つ。……大体、メインで戦って倒したのは緑谷なんだろ、おまえが勝ち誇るのはおかしい」

「ア゛ァ!?俺が来たときにはこのボケぁやられそうだったんだよ、俺の!おかげで!!勝ったんだ!!」

「う、うん……否定はできないけど……」

 

 口ではぶつかりあいながらもどこか楽しそうな三人の雰囲気。あらゆる紆余曲折を、相剋を乗り越え、彼らの関係は形作られてきたのだろう。そこに寂しさはない。

 

 彼らはもう独りぼっちではない。ふたりきりでもない。多くの仲間に支えられ、ともに立っている。

 

「彼らは、すごいんだ」飯田が言う。「皆、すごいヒーローなんだ。俺も、何度も救けられた」

「……うん」

 

 そのことばに背中を押されるように、洸汰は自ずから一歩を踏み出した。三人の目がこちらを向く。そのすべてが、宝石のように煌めいていた。

 

「緑谷……さん。あんたが……」

「……うん、4号なんだ。びっくりしたよね」

 

 確かに驚きはした。でもいまでは、すっかり納得してしまっている自分がいる。

 

「………」

 

 今度は、鮮血のような紅と視線が重なる。相変わらず烈しいけれど、その表層の奥には底なしの深淵が広がっている。彼をヒーローたらしめるすべてがそこにあるのだと、いまならわかる――

 

「久し、ぶり……です」

「……おぉ」

 

 小さくうなずく勝己。洸汰はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 本当は、胸を張って伝えたかった。俺、あんたみたいにはなれないけれど、あんたの背中を励みにがんばってきたよ。ひとを、救けてきたよ――と。

 

 けれどもう、そんな資格はないのだ。己の想いを、己で穢してしまった。きっと彼には失望される。それが何より怖かったけれど……甘んじて受け入れなければならない罰なのだとも思った。

 

「聞いたぞ。テメェ、万引きしようとしたんだってな」

「……それだけじゃ、ない」

「あ?」

 

 ポケットに突っ込んであったライターを取り出し、見せる。

 

「……火、つけようとした。昔の家に……結局、新聞が燃えただけだったけど」

「………」

「俺、救けられなかった……それどころか、傷つけちまった」

 

 

「なれなかったよ……俺、」

 

 ヒーローに、なれなかった――

 

 

 俯く洸汰。どれだけの時間そうしていただろうか、

 

 不意に頭のてっぺんに、温かい重みがかけられた。それが勝己の掌であることがわかるまで、時間はかからなかった。

 

「え……」

「……おまえ、あれからずっと、独りで踏ん張ってきたんか」

 

 その声は、信じられないくらい穏やかだった。すぐそばにいる轟焦凍ならまだわかる。けれど声質も口調も、まぎれもない爆豪勝己のものだった。

 

「おまえ、いくつになった」

「……10歳、だけど……」

「ハッ、まだガキじゃねえか」ようやく知っている声音に戻る。「ガキのくせにやりきったようなこと言って、訳知り顔で自己完結させてんじゃねえよ。だからおまえはマセガキだっつーんだ」

「でも、俺……」

「ああ、おまえがやらかしたことは消せねえよ。それをどうすっかは自分で考えろ。――でもな、」

 

「やり直せんだよ。人間は生きてりゃ、何度だってやり直せんだ。やり直して、今度こそおまえのなりてぇモン、目指せばいいだろうが」

 

 そう言って頭を撫でる手つきは、荒っぽかった。けれど、けれども――

 

「――洸汰くん、」

 

 そんな勝己の隣に、出久がそっとしゃがみ込んだ。

 

「きみがどう思っていようと……きみは、僕のヒーローだよ」

「え……」

「僕もいつかきみのようになりたいって、そう思ったから」

 

 見開かれた切れ長の瞳には、眩いばかりの紅と翠がはっきりと映し出されていた。

 やがて、大きく歪む。黒点のようなそれがゆらゆらと揺らぎながら、大きな雫をこぼしはじめた。

 

 本当は、ずっと寂しかった。救けたいのと同じくらい、救けられたかった。でも自分は独りだから、独りで踏ん張り続けなければいけないと思っていた。

 でももう、いいのだ。俺たちはいつだっておまえのそばにいる――孤独と寂寥の先にある未来を掴みとった彼らの、てのひらのあたたかさが、そう言ってくれている。

 

 

 

 

 

 第38号事件が終息し、保護された洸汰が迎えに来たマンダレイのもとに帰ったあとの、夜。

 少年の挫折と再起など知るよしもない心操人使は、下宿しているアパートに帰宅したところだった。

 

「………」

 

 ベッドに腰掛けて見下ろすのは、"親展"と書かれた封筒。差出人は"警視庁"――

 

 やや躊躇いを含んだ手つきでそれを開き、中を検める。入っていたのは素っ気ない白のA4用紙……しかしながら、内容を確認した青年の口許は、和らいでいた。

 

「書類選考……通過、か」

 

 まだだ。まだ序の口にすぎない。この先の試練を乗り越え、必ず掴みとってみせる――今度こそ。

 

 

 決意をかき抱く心操の脳裏に、ひとりの友人の顔が浮かんでいた。

 

 

つづく

 




相澤「先生が登場するまで29話もかかりました。この作品は合理性に欠けるね」

相澤「次回、海水浴に出かける緑谷たち。しかしその裏で次なる未確認生命体、39号は次々にプールを襲撃する。東京に残った爆豪たちが対応する中、轟はなぜか39号に対して攻撃できない。一方、事件の報を受け東京へ戻ろうとする緑谷は、あの漆黒のライダーと再会し……」

EPISODE 30. それぞれの波紋

相澤「走る心操、泳ぐ緑谷、視×する峰田……遡って除籍にするか?」

相澤「何はともあれ……さらに向こうへ、プルス・ウルトラ――だ」


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EPISODE 30. それぞれの波紋 1/3

本誌の方では心操くん再登場したみたいですね。図らずもタイムリーでスバラシイッ!
ってか逆に今まで出番なかったんか……とちょっとビックリもしてたり。この作品で出久の一番の友人として出しちゃってるだけに。まあ普通科だしヒロアカはどうしても日常の学校生活の描写ってないからしょうがないか……原作の彼がどのように成長し出久たちとどのような関係を築いていくのか楽しみです。


そして満を持してのあるある海水浴ネタ。今作ではギリギリ夏の時期に出せてよかったです。前に書いてた作品では季節が逆転してしまい、真冬に海水浴ネタ、真夏(ちょうど去年の今頃)にクリスマス&大晦日ネタをやる羽目になってました。


 

 それは久しく記憶の底に沈めていた、高校時代の夢だった。

 

 夢だから朧気だけれども、雄英の制服を纏った自分は狭い部屋で椅子に腰掛けていた。どうやら面談室か何かのようだ。

 自分と相対するように、黒一色の地味な服装を纏った長髪の男が座っている。そうは見えないが、彼はプロヒーローで、この栄えある雄英ヒーロー科の教師だ。普通科所属である以上本来交わる機会のない人であったはずだけれども、現実に彼は、ヒーローを目指す自分にとって恩師だった。

 

 だがこの日は、その恩師に終わりを告げるつもりでここにいた。

 

『俺……もう、無理です』

『………』

『ごめんなさい、先生……』

 

 こんな自分に目をかけ、背中を押してくれた人。

 

――自分は彼を、裏切ったのだ。

 

 

「………」

 

 目を覚ました心操人使は、自分がいま就職活動を控えた大学生であることを思い出して深くため息をついた。

 どうして高校時代の、それも挫折の決定的瞬間など夢に見てしまったのか――答えは簡単だ。

 

 終わらせたはずの夢を、もう一度掬いとろうとしているから。ただ、かつての自分には、予想だにできないであろう形でだけれど。

 自嘲ぎみに口許をゆがめ、心操はのそりとベッドから起き上がる。寝間着のシャツを脱ぎ捨てれば、細身ながらくまなく筋肉のついた肉体が露わになる。夢を棄てたあとも別の目標に向かってみっちりと鍛え続けた、その成果を見せるときは、いよいよ明日にまで迫っている――

 

 

 

 

 

 鮮烈なブルーに、純白のコントラストがまぶしい。

 燦々と降りそそぐ太陽の光に照らされ、黄金に輝く砂浜。静かな紺碧との継ぎ目がはっきりと分かたれ、同じ自然のものでありながら相容れぬ世界をつくり出している。

 

 そのような風光明媚の中で、活発に動き回る複数の若者の姿があった。

 

「行くよ~ッ、そーれっ!!」

 

 ビキニ姿の麗日お茶子が軽やかに跳躍し、ボールをネットの向こう側へと叩きつけんとする。

 

「おっと!」

 

 それを受け止めるは、やはり水着姿の森塚駿。未確認生命体関連事件合同捜査本部所属の刑事であり、緑谷出久、飯田天哉の二名を除いてはこの若者たちと接点のない男なのだが――なぜ当たり前のように輪に入っているかは、この際後述としたい。

 

 ともあれ、彼が浮上させたボールは、今度は出久に引き継がれることとなった。結んだ両手首を構え、力をこめる。さらに天高く、青空に向かって叩きつけるのだ。

 

 しかし攻め上っていくそれも、やがては重力に従って落下してくる。――これがビーチバレーという競技である以上、そこを狙って、敵陣目がけて打つのが唯一の選択肢。

 そしてそれができるのも、いまは唯一ただひとりだ。

 

「おやっさんっ!」

「まかせんしゃ~い!!」

 

 どこぞで聞いたことのある応答とともに、締まりのない中年の肉体を空に躍らせるおやっさん。掲げられた腕がボール目がけて振り下ろされる。その掌が、球の表面を捉え――

 

――すかっ、

 

 なかった。

 

「「あ」」

 

 おやっさんが逃したボールは、虚しく砂の中に墜落した。わずかに舞い上がった砂塵を運悪く吸い込んでしまい、森塚がむせる。

 

 審判を仰せつかった飯田が、確認するように両陣を見回し、

 

「――勝者、女子チーム!!」

 

 体格に似つかわしい威勢のいい声をこのプライベートビーチに響き渡らせたのだった。

 

「三連敗……ですかぁ」

 

 投げやりにつぶやく森塚がじとりと横目で睨めつけるのは――当然のように、喫茶店経営の四十代男性である。出久も表情こそ苦笑いぎみであるが、同様にしている。

 それも致し方ないこと。ここまでの三試合すべて、敗北の戦犯はおやっさんなのである。もっとも、性差はあるとはいえ、ヒーローふたりに大学院生ひとりという組み合わせの女子チームと大学生・刑事・中年の喫茶店経営者という凸凹の男子チームでは最初からバランスを欠いていると言わざるをえないのだが。

 

「は~、楽しかったぁ!」

「これでわたくしたちの勝利が決まりましたわね。お夕食の段取りはお任せしますわ」

 

 八百万百の言うように、一行は夕食の準備をこの勝負に賭けていた。飯田はやはり「そういう賭け事のようなことはよくない!」と難色を示したのだが、なんだかんだと言いくるめられてしまっている。お茶子に森塚におやっさんと、口がうまい面子が揃っているのである、恐ろしいかな。

 そのおやっさんはというと、手を合わせて懇願している。

 

「お願いっ、もっかいだけ!もっかいだけやらせて、ワンモアプリーズ!」

「えー……」

 

 女性陣の反応は総じて素っ気ない。理由は簡単、二度目だからである。

 

「さっきもそう言って三戦目やったやん……」

「これ以上はさすがに……時間の制約もございますし……」

「そう言わずにさあー……――桜子ちゃん、桜子ちゃんならわかってくれるよね、いたいけなおじさんのこの気持ち!」

 

 標的とされた桜子はというと、目を丸くしてチームメイトたちとアイコンタクトをとったあと、にこり。

 

「わかりません」

 

 頼みの桜子にすら突き放され、おやっさんはへなへなとその場に崩れ落ちた。

 

「泣きたくなるようなmoonlight……」

「べ、別にいいじゃないですかおやっさん。僕ら調理は慣れてるし……あといま昼間です」

「緑谷くん、いまのは懐かしの国民的美少女アニメのワンフレーズだよ」要らぬ森塚の解説。

「いや料理はいいんだけどさあ、俺のせいで負け越しってのはこう、やはり、年長者としては立つ瀬がないと言いますか」

「お気持ちはわかりますけどー」

 

 結局おやっさんの主張は通らず、ビーチバレーはこれにて試合終了となった。出久と飯田と森塚はこのあと水泳で競争する約束をしていたし、女性陣は積もる話もあった。

 女性陣といえば、もうひとつ。落ち着かない様子の桜子が口を開いた。

 

「あの……」

「ん、どうしたん?」

「自意識過剰だって思われちゃうかもしれないんだけど……さっきから、視線が気になるというか……」

 

 ちらりと目をやった先――設営された大きなパラソルの陰に、小柄な人影が体育座りをしている。こちらをじっと見つめるその風貌は、彼を知らない者があれば幼児と誤認するかもしれない。

 

 葡萄のような頭が特徴的な少年……いや青年の名は、峰田実。出久たちと同年であり……しかも雄英高校OBのプロヒーロー"GRAPE JUICE"でもある。

 立派な経歴……実際にそうなのだが、残念ながら立派なのは良い面ばかりではないのだった。

 

「まったく自意識過剰ではありませんわ……」八百万がぼやく。

「ちょっともうッ、峰田くん!」お茶子が憤然とにじり寄り、「約束したよね!?どうしても来たいなら絶ッ対にセクハラしないって!!」

 

 そう、峰田は誘われて同行したわけではない。どこで聞きつけたのか海水浴の情報を知ったらしく、八百万に対し連れていってくれるよう執拗に乞うたのだ。彼女が懇願されれば断れない性格であることを知っていての策略である。

 ちなみに森塚もまた自分から志願しての参加であるが、彼は当然無害――二次元専門――なので特に揉めてはいない。互いに社交的なこともあってすっかり溶け込んでいる。

 

 ともあれ、お茶子に睨まれた峰田は菩薩のような穏やかな笑みを浮かべて応じる。

 

「やだなぁ、セクハラなんてしてないっスよ……。オイラはただ、みんな大人になったんだなぁ……って感慨深い気持ちになってただけっス」

 

 マスコットキャラクターのような風貌と相俟って、やはり彼の人となりを知らなければ納得させられてしまうかもしれない返答。だがお茶子たちは知っている――「みんな大人になった」が、主に下世話な意味であると。というか視線が胸元に注がれているから一目瞭然である。

 

「峰田くんッ、いい加減にしたまえ!沢渡さんに失礼だぞ!!」

「そうだそうだ!桜子ちゃんはポレポレの看板娘なんだぞ、菊池桃子ばりの清純派なんだぞ!」

「え、そこは私ちゃうの……?」

 

 

「――いや~、やっぱりいいねぇこういうの。学生時代を思い出すよ」

 

 わいわい騒がしい一同を遠目に眺めつつ、にこやかにつぶやく森塚。いつもの背広姿でない彼は峰田ほどでないにせよ幼く見えるのだが……自分も他人のことは言えないと傍らの出久は苦笑を浮かべた。

 

「でもちょっと意外でした。森塚さんもいらっしゃるとは思ってなくて」

「カタいな~緑谷くん、もっとフランクでいいよ。――まあアラサーに片足突っ込んでるとはいえ僕も一応は若者ですし?たまにはねえ、おシゴト離れてぱーっと遊びたいわけですよ」

 

 「引きこもってアニメ消化するのもヴァンガでガキどもハメまくるのもいいけどね!」と続ける森塚。やっぱり面白い人だ、と出久は思った。飯田にせよ峰田にせよ、個性豊かな友人が増えていくのは楽しい。それだけでもこの海水浴には価値があったと思える。

 ただ、

 

(みんな揃って来られたら、もっとよかったなぁ……)

 

 勝己に焦凍、切島や蛙吹はじめ、誕生日会をきっかけに親しくなったA組の面々。

 

――そして、心操人使。

 

 出久が抱える秘密に気づきつつありながら、問い詰めることなく見守ってくれている親友。どんなに多くの仲間や友人を得ることができたとて、彼がその中心を占める存在であることに変わりはない。

 今ごろはインターンシップに取り組んでいるのだろうか。警察官の夢をいよいよ形にしようとしているだろうか。落ち着いたら連絡してみるのもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら、峰田への説教を終えた飯田がやってきた。

 

「緑谷くん、森塚刑事!そろそろ泳ぎに行きましょう!」

「うん!」

「おー、腕が鳴るぜぃ!」

 

 熱のこもった表情で海に向かう三人。「みんながんばれー!」と声をかけるお茶子はじめ女性陣が温かく見守る一方で、峰田は心底どうでもよさそうに鼻をほじっていたのだった。

 

 

 

 

 

 灼熱の大気を掻き分けて、心操人使は走っていた。

 

「はっ……はっ……!」

 

 太陽の光にじわじわと肌が焼かれるような錯覚とともに、滝のような汗が全身から噴き出してくる。脚が鉛のように重い。それでも彼は止まらない。止まるということを忘れるほど、無我夢中でいた。

 それでも肉体的な限界は訪れる。やがて木陰に入ったところで、ようやく足を止めた。汗がさらに噴き出す。このままだと脱水症状を起こしかねないと思い、ホルダーに入れたペットボトルに口をつけた。嚥下したスポーツドリンクが喉を通し、身体に染み込んでいくような錯覚。――美味い。

 

 冷たい水分のおかげで少しばかり頭も冷えた心操は、そのまま近くのベンチに座り込んだ。思わず自嘲を浮かべる。

 

(今日はしっかり休むつもりだったのにな……)

 

 明日のことを考えれば、身体を万全な状態に整えておくことが最も合理的――きっと恩師もそう言うだろう。

 だが現実として、自分は非合理の極みであろうオーバーワークに及ぶ真っ最中にいる。明日のことを考えれば考えるほど、動かずにはいられないのだ。

 

 それにしても、木々の下にいるせいか蝉の声がいやに頭に響く。夏の音、それはここ数年の心操に、ある人物を想起させるのだった。

 

 

――彼と出会ったのは、大学に入ってすぐの頃だった。

 第一印象は、とにかく地味で気弱なヒーローオタク。お洒落とは言い難いでかいリュックにぶら下げていたオールマイトのストラップに気づいて「オールマイト、好きなのか?」と尋ねてみたら、いきなり熱弁を振るわれて呆気にとられてしまった。初めてのまともな会話がそれだった。

 しかし彼のようにあからさまでなくとも、心操だってヒーローは好きなのだ。ましてオールマイトはヒーローの中のヒーロー――自分の個性では無理だと早々にあきらめたが、憧れは決して失せてしまったわけではない。

 

 いつの間にか心操は、彼とよく話すようになった。一緒に講義を受けたり、昼食を食べたり。そうして行動をともにしているうちに、彼の人となりがわかってきた。純粋で、何事にも一生懸命で、何よりお節介なくらい親切で優しくて――

 

 何より心操が彼への信頼を確固たるものにしたのは、自分の個性を知ったときの反応だった。

 "洗脳"――その個性に対する反応は昔から、総じて芳しくないものだった。「悪いことしまくれそう」「ヴィラン向き」と面と向かって言われたこともある。

 

 だが彼は違った。目を輝かせながら「すごい個性だね!」と褒めたたえた。具体的にどこがすごいのか、どういう仕事に向いていそうか、仮にプロヒーローとして活動するならどのように活かせて、逆に何がウィークポイントになってくるのか……そんなことを延々、聞いてもいないのに熱弁してくれた。おもねっているとすらまったく思えない語りぶりに、思わず目頭が熱くなったことを覚えている。流石にこらえたはしたが。

 彼への絶対的な信頼を得てしまった以上――彼が"無個性"だと判明しても、それが友情を揺らがせることは欠片もなかった。ただそのせいでヒーローの夢を彼もあきらめたのだと知って、「もったいないな」とだけ思った。この男はきっと、素晴らしいヒーローになれただろうに。

 

 あれから二年。――自分の想像どおりなら彼は、一度棄てた夢を取り戻した。経緯はわからないが、異形の戦士たる力を得て。

 だから自分も、それに続く。この好機をモノにして、再び夢を掴んでみせる。

 

(おまえには負けない、――緑谷)

 

 静かに拳を握りしめ、心操は立ち上がった。その疾走が再開されようとしている――吹きゆく風に揺れる木の葉たちも、そのことを予感しているかのようだった。

 




キャラクター紹介・クウガ編 ゲヅン

ライジングタイタンフォーム
身長:2m
体重:122kg
パンチ力:10t
キック力:12t
走力:100mを7.2秒
ジャンプ力:ひと跳び10m
武器:ライジングタイタンソード
必殺技:ライジングカラミティタイタン
能力:
タイタンフォームが雷の力"ライジングパワー"で強化された姿だ!鎧の色合いがよりハデになり、さらに硬く逞しくなっているぞ!
さらに強化されたパワーでゴリ押しにゴリ押し、敵の攻撃をものともせず懐に突っ込み、鋭い刃のついたライジングタイタンソードをブッ刺す!シンプル イズ ベスト!!


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EPISODE 30. それぞれの波紋 2/3

拙作には珍しく女性のお色気シーン入りました。でも会話の内容がアレなので打ち消されぎみ。メンズパートはぐらんぶる見ながら書いてたんですが意味なかったです。
リントもグロンギも肌色多いな今回!海来てない心操くんも上脱いだしね。映像化してぇ~。


以下こぼれ話↓

今日からいよいよジオウスタート!主演の子がクウガでいうとガメゴがゲゲル開始したあたりの生まれだと聞いて戦々恐々としてます。18年って……18年って……。
それでふと出久=ライダー主演ネタを思いつきました。実際に変身するんじゃなくて、ドラマの主演俳優になるっていうネタ。ヒーローあきらめて塞ぎ込んでるのを見かねた引子ママが内緒で応募したら通っちゃって……みたいな。中3~高1での主役抜擢はフィリップやタケル殿を抜いて史上最年少ですね。ウルトラマンギンガも当初は小学生主人公にする予定だったって言うしへーきへーき。
オーズでイメージしてるので山下大輝ボイスで挿入歌歌ったり放送終了後にりょんくん宛てに怪文書執筆したりしてくれたらいいな~と思います。





 夜の洋館に、美しいしらべが流れ続けていた。

 

 部屋の中心に置かれたグランドピアノ。白く細い指が鍵盤を叩くたび、その音色が奏でられる。

 

「………」

 

 演奏に意識を集中させているのは黒いチャイナドレスを纏った美女だった。長く垂らした黒髪に隠れた表情はとても穏やかだ。――彼女が殺人狂グロンギ族のひとり、それも高位にあるゴ・ベミウ・ギであるなどと、誰が信じられるだろうか。

 

 室内にいるのは彼女ひとりではなかった。すぐそばの安楽椅子に背を預け、うっとりと目を閉じている軍服姿の女性。彼女もまたグロンギのひとり――ゴ・ガリマ・バ。

 ベミウが演奏を終えると、彼女は目を開け、おもむろに立ち上がった。

 

「いかがだったかしら」

「……ああ、悪くなかった」

 

 それが彼女なりの最大限の賛辞であることを知っているベミウは、嫋やかに微笑んだ。

 こうして夜にピアノを嗜むことは、ふたりの習慣となりつつあった。血生臭いゲゲルとはほど遠い、穏やかな時間。

 

 しかしそれも、今日で終わりだ。

 

「……いよいよ、おまえの番だったな」

「ええ。楽しみだわ」

「勝算はあるんだろうな?」

 

 ベミウが不思議そうに首を傾げる。

 

「あるに決まっているわ。なければゲゲルの意味がない」

「ああ……そうだな」

 

 「私も楽しみにしている」――そう告げて、ガリマはベミウの部屋を辞した。

 

(……私はいったい、どうしてしまったのだ?)

 

 グロンギたちは総じて頂点に自分ひとりを置いていて、多少の関心や仲間意識はあれど究極的には他人の去就などどうでもいいと思っているふしがあった。気の合う仲間が殺されようと、悲しみもしなければまして復讐に燃えるなどということもない。多少惜しむことがあったとしても、自らのゲゲルのことを思えばそんなこと容易く吹き飛んでしまう。ガリマも例外ではなかった。

 

 しかしベミウがゲゲルに挑むと聞いて感じたのは、高揚感でもライバル心でもない。ただ彼女が万が一敗れるようなことがあれば、この美しいしらべ流れる穏やかな夜が永遠に失われてしまう――それを想像すると、ただただ胸が締めつけられるような思いに駆られる。それはいくら自身のゲゲルについて考えようとも、振り払うことのできない感情だった。

 

 

 

 

 

 穏やかな夜を過ごしていたのは、グロンギを宿敵とみる彼らもまた同じだった。

 

 炭酸の抜けるぷしゅっという音が響き、ややあって飯田が音頭をとる。

 

「では、皆様のますますのご健勝を祈念いたしましてッ!」

 

 

――かんぱ~い!!

 

 缶と缶を軽くぶつけ合う。そんなどこにでもある光景、プロヒーローが混ざった彼らも例外ではないのだった。

 

「ぷは~っ!」おやっさんが大きく息を吐く。「久々のこの一杯、やっぱ生き返る~!って感じだね!」

「そんなにですか?」

「あたぼうよ!おまえはまだまだお子さま舌だからわかんないだろ出久ぅ~」

 

 既にもう酔っているかのようなテンションを、出久は苦笑いで受け止めるほかなかった。実際、お子さま舌なのは否定できない。もう成人した身としてそれなりにアルコールは嗜んできたが、ビールの独特の苦味はまだまだ好きにはなれそうもない。

 一方で、隣に座る飯田は積極的に楽しんでいるようだった。悪酔いせぬよう配慮しているのかちびちびとではあるが、確実に体内に流し込んでいく。

 

 その様をなんとはなしに見つめていると、不意に目が合ってしまった。

 

「どうかしたかい、緑谷くん?」

「!、あ、いや……飯田くんって、お酒飲むんだなって思って……」

「はは、よく言われる。一切手をつけないタイプにみられるのは自分でも承知しているよ」うなずきつつ、「だが成人を迎えた以上、飲酒そのものは道に外れたことではないからな。節度を守りほどほどに楽しむぶんには何も問題ないだろう?」

「そうだね……うん、確かに」

 

 まっすぐで生真面目な硬骨漢――2代目インゲニウムとしての彼の一般的な印象はそれに尽きる。ただ生身の彼と実際に付き合ってみて、存外に柔軟な目で物事を見ていたり、きめ細かい気配りができたりと、ただの石頭ではない性格がよくわかってきた。あの爆豪勝己やマイペースな一面のある轟焦凍と良好な関係を築けているのも、それが一因なのだろう。

 

「緑谷くんも頻繁に飲むほうかい?」

「うーん……まあそこそこかな。飲み会があったり、沢渡さんとか心操くんとか友達と飲みに行ったり。ただ、その……がっつり年齢確認されることが多くて……」

「ああ……」

 

 飯田が納得した様子なのがちょっぴり悲しかった。高校生どころか中学生でも通じる外見なのはもうあきらめている。最近は多少筋肉もつけたから気持ち大人びたと思いたいが、どうだろう。もとが華奢だからさして影響していないかもしれない。

 

 出久が思わず溜息をついていると、隣でノンアルコールのビール缶を片手にしている森塚に軽く背中を叩かれた。慰めてくれようというのだろうか。

 

「わかるわ~……超わかる」

「あ、やっぱりあるんですね……森塚さんも」

「そりゃあるなんてもんじゃないっスよ、いまみたいにシャツと半ズボンなんかで酒買おうとするとスゲージト目で睨まれるの店員さんに。ムカつくから免許証突き出してやったこともあるよ。こっちはもうお肌の曲がり角だってーの!」

 

 ぷりぷり怒っていたかと思えば、ころっと表情を変えて「まあこの見た目で得することも多いんだけどね~」なんてのたまっている。出久はまた苦笑するほかなかった。

 

「じゃあ今日は……すみません、僕らばっかり飲んじゃって」

「ん?あー、いいっていいって。万一なんかあったとき、運転手いないと困るしね。そこは年長者の役目さ」

「……ありがとう、ございます」

「フッ、その代わりきみらも泥酔はしないでね。まー釈迦に説法でしょうけど」

 

 三人でそんな会話をかわしていると、怪訝な顔をしたおやっさんが会話に入ってきた。

 

「それって、未確認関係の話?」

「ええ、そうですけど」

「インゲニウムさんはわかるけど、出久まで気をつけなきゃいけない感じなのはなぜ?」

「!」

 

 三人揃って「しまった」と思った。おやっさんは出久が未確認生命体第4号=クウガであることを知らず、当然事件に関わっているとは思っていない。森塚との関係も勝己や飯田を介したものであると解釈しているのだ。

 嘘や誤魔化しの極めて不得手な出久と飯田に代わり、貼りつけたような笑みで森塚が応じる。

 

「いやー、一般論ですよ。人が緊急で戻らなきゃってときに横でベロンベロンになられてたら、ゲロンゲロンな気分になっちゃいますし」

「そうなの~?」

「そうです~」

 

 押し切る森塚。果たしてこれで納得してもらえるだろうかと出久が戦々恐々としていると、さっきまで心ここにあらずの様子だった峰田が割り込んできた。話題はまったく違うもので、ある意味おやっさんのそれより出久を困惑させるもの――

 

「緑谷おまえ、風呂覗きに行かなくていいのか?」

「ブッ!?げふっ、げほっ!!」

 

 課題やらなくていいのか、くらいの軽いノリでとんでもない質問をぶつけられ、出久は思わず盛大にむせてしまった。

 

「なっ……何言ってんだよ!?行くわけないだろ、そんな……」

 

 当たり前のことを言い返す。それなのに峰田はさっと表情を変えた。冷たい瞳で出久を睨めつけてくる。

 

「あぁ、そうか……そうだよな、わざわざ覗く必要ないよな。ヤオヨロッパイ以外は見放題だもんなぁぁ……!」

「え、あ、いや……ほんと何言って……」

「あんなイチャイチャしといて言い逃れできるとでも思ってんのか!何か、堂々と二股かあ!?人畜無害な顔しておまえってヤツぁ……!」

「ふ、二股なんてかけてない!そもそも僕ッ、沢渡さんとも麗日さんともつきあってるわけじゃないから!……あ、いや、ふたりともすごく魅力的だとは思うけども………僕なんかじゃ釣り合わないし………」

 

 出久がもごもごと言い訳するが、そんなものはもはや峰田の耳には入っていなかった。「もうたくさんだ!」と憤然と立ち上がる。何をする気かと思っていたら、彼は一心不乱にある方向へ進みはじめた。

 

「かくなるうえは、緑谷のぶんまでオイラが――」

「捕まりたいの?」

 

 緑谷のぶんまでオイラが覗く――そんな峰田の野望は、居合わせた童顔刑事によってあえなく阻止されたのだった。あの飯田天哉ですら呆れきったような表情を浮かべているのが一同の印象に残った。

 

 

 一方、峰田が切望してやまない浴室。別荘とありきたりに形容するにはどこもかしこも豪勢すぎるつくり、ここも決して例外ではなかった。まるで旅館の大浴場のような広々とした室内に大きな檜の浴槽、そこに三人の美女が浸かっている。

 

「あ゛~ッ、生き返るー!!」

 

 水気を得て反響する桜子の声に、隣に腰掛けるお茶子がくすりと笑った。

 

「桜子さん、おじさんみた~い」

「えー、お風呂ってそうなっちゃわない?取り繕わなくていいっていうか、ありのままの自分を解放できるっていうか……」

「ん~………確かに!」

「でしょ?」

 

 笑い合うふたり。そこに八百万も浴槽に入ってきた。

 

「ご満足いただけて何よりですわ」

「ほんとだよも~!サンキューヤオモモ~!」

 

 わずかに舞う水飛沫とともに、その抜群のスタイルに抱きつくお茶子。素肌と素肌が擦れ合う感触に、八百万がくすぐったそうに笑う。峰田に限らず、世の中のあらゆる男垂涎の桃源郷が確かにここにあった。

 

「あ……そういえば覗きに来ないね、峰田さん」

「え゛っ!?」さっきまでの甘い声が一転、蛙の潰れたような声。「覗かれたいんですか!?」

「まさか。でも別にいいかな~って、見られたからって減るもんじゃないし。古い地層から出てきた遺骨なんか、みんな裸みたいなもんだしね」

「それ服どころか肉まで脱げてるやないですか……」

 

 "出久と親密な関係にある美女"という印象が先行しすぎているせいで忘れがちだが、彼女は考古学専攻の大学院生……研究者の卵なのだ。一概に決めつけてしまうのは憚られるが、やはりマニアックな性質をもっているとみていいだろう。そこが出久と友人関係を築けている所以なのかもしれない。

 

(それにしてもデクくん、カッコよかったなぁ……)

 

 昼間の出久の姿を思い出す。ビーチバレーはそつなくこなしていたという感じだったが、本領発揮はその後の競泳だった。個性無しでの真剣勝負だったということもあるが、森塚はもちろん飯田にも喰らいつき、まったく遅れをとっていない。服の上からだとわからない筋肉質な身体つきも相俟って、たゆまず鍛えられていることがよくわかる。

 未確認生命体のこともあり、物騒だから自分の身くらいは自分で守れるようになりたい――鍛えはじめた理由を以前そんなふうに語っていたが、それだけだろうか。少なくとも幼なじみである爆豪勝己との交流が復活したことと、友人である心操人使の存在が多大に影響していることは間違いなさそうだった。

 

 ただ彼のことを考えると、必然的に隣でくつろぐ女性のことも意識せざるをえないわけで。

 

「ねえ桜子さん、」

「ん~?」

「デクくんとは、もう付き合い長いんですよね?」

「そうねぇ……出久くんが大学入ってすぐだから、二年ちょっとかな。長いって言ってもそんなもんだよ」

 

 いや、十分だ――お茶子はそう思った。二年も交わっていれば、出久のあらゆる表情を見てきているはずだ。

 普段の彼は穏やかで、心優しい青年――でもそれは表層にすぎないのだと、お茶子は出会ったその日に思い知らされた。

 抑制ぎみな振る舞いの奥の奥に秘められた彼の魂は、ぎらぎらと烈しく燃えている。それこそ彼の幼なじみにも負けないくらいに。

 

 ただ、出久の場合――その炎を表出させるのは決まって、他人を想うときだ。誰にも頼れず、ひとりぼっちで悩んでいたお茶子。冷えきりそうだった心を、彼の炎が照らし出してくれた。その温かさを忘れられない。

 

 だから自分よりよほど彼の近くにいる桜子が、それを知らないはずがない。――好きにならない、はずがない。

 流石にそこまで言いきるのは憚られたお茶子は、ことばを選びながら慎重に切り込んだ。

 

「もっと仲良くなろうとは思わなかったんですか?友達以上に、なろうとか……」

「……なかなかストレートな質問だね」

 

 お茶子の中では慎重だったつもりでも、常識的にはそうではなかったらしい。ただ、

 

「正直、わたくしも気になっていましたわ」八百万がお茶子に同調する。「緑谷さんが素晴らしい方なのはもちろんですし……緑谷さんを見る沢渡さんのお顔は、いつにも増してお綺麗だと感じました」

「百ちゃんまでそういうこと言うの?なんか照れちゃうなぁ……雄英の子ってみんなこうなの?」

 

 茶化すようなことを言いつつ、桜子は長い溜息をついた。湯気にぼやけた天井を眺めつつ、やがて口を開く。

 

 

「うん。……なりたかったよ。出久くんのこと、好きだもん」

「………」

 

 あぁ、やっぱりそうか。お茶子の心に驚きはなく、ただ納得ばかりが広がっていた。

 

「でも、好きなだけじゃダメなのよね……」

「……どうして、ですか?」

「私は出久くんからたくさんのものをもらったけど……大したものはあげられなかったし、これからも多分そう。――出久くんの心の特別なところに置いてもらうには、それができなきゃダメなんだ」

 

 そのことばがどういう意味なのか、お茶子にはまだはっきりとは理解できなかった。ただ感慨深く切ない桜子の表情ばかりが、鮮烈に印象づけられた。

 

 

「――でもよ緑谷、おまえマジでふたりのことどうとも思わねーのかよ?」

 

 いったんは収まった話を蒸し返すような峰田のことばに、さしもの出久も辟易した表情を浮かべた。

 

「……まだその話引っ張るの?」

「そろそろ度が過ぎるぞ、峰田くん」

 

 本気で叱責する調子の飯田。実際、下世話な話を続けるのであればそれも致し方のないことではある。

 だが峰田とて、なんだかんだ女子にだって受け入れられたA組の仲間だ。エロだけの男ではない……それが大部分なのもまた事実ではあるが。

 

「いや、これはエロ抜きの真面目な話なんだって。沢渡さんはマジモンの美人だし麗日もまあなんだかんだカワイイ系だし……何よりふたりとも、おまえのこと好きだぜ?」

「!、い、いやいやいや……そんなわけ……」

 

 誤魔化すようにぐい、とチューハイを煽る出久。だがその目は明らかに泳いでいる。さらにおやっさんと森塚が逃げ道を塞いだ。

 

「そーだよ出久。気づいてないとは言わせないぞなもし!特にお茶子ちゃんなんか、びっくりするくらいわかりやすいのに」

「ウラビティと今日初対面の僕でもわかったよね、ぶっちゃけ。いっくらニブちんさんでも、気づいてないのは無理あるんじゃない?」

「………」

 

 黙り込む出久。見かねた飯田が「そのようなことは第三者がとやかく言うものではない」と三人を押しとどめようとするが、多勢に無勢だった。

 

「で、どーなんだよ緑谷?そこんとこ、はっきりさせようぜ」

「………」

 

 しばらく沈黙を保っていた出久は、やがて残ったチューハイを一気に流し込んだ。そのまま掌に力を込めれば、ぐしゃりと缶が潰れる。さすがに怒らせたかと思ったが、そうではなく。

 

「……気づくよ、そりゃあ。僕は鈍感なほうだって自覚はあるけど、ふたりとも色んな積み重ねがあるから、結論はもう出てる」

「じゃあなんで気づかないふりなんかしてんだよ?迷惑なら迷惑ってはっきりしたらいいだろ、曖昧なのよくねーぞ」

「迷惑なんて……嬉しいよ、すごく。ふたりとも僕にはもったいないくらい素敵な人で、そういう人たちが僕を真剣に好きになってくれて」

「だったら――」

「でも駄目なんだよ。……峰田くんも知ってるよね、僕が無個性だってこと」

「!、そりゃまあ、もう聞いてるけど……」

 

 言いよどむ峰田に代わって、珍しく静かな声でおやっさんが諭すように言う。

 

「無個性でもおまえはおまえだろう。桜子ちゃんもお茶子ちゃんもおまえだから好きになったんだよ。前にも言っただろ、これからはそういう人間がどんどん現れてくって」

「……うん、わかってます。だから、駄目だと思うんです」

「どういうことだよ?」

 

 ぷしゅり。もうひと缶。

 

「僕も相手ももう成人してるんですよ。それで恋愛って話になったら、結婚とか……その後の色々とか、そういう話にだって繋がってくるでしょう」

「いや学生のうちなんてもっと軽いっしょ……あぁでもきみ真面目だからなぁ、彼女たちも」

 

 「僕が真面目とは思いませんけど」と謙遜しつつ、出久は続ける。

 

「結婚して、子供ができて……。そうやってできた家族を幸せにするのは……僕には、きっと無理だ」

「緑谷くん、そんなことは――」

「あるよ。――だって僕、言っちゃったことがあるんだ。お母さんに」

 

 オールマイトから現実を見ろと諭され、ヘドロヴィランに囚われ"救けを求める顔"をしていた勝己を見捨てて。自宅に逃げ帰った出久は、初めて母を面と向かって詰ったのだ。

 

『なんで僕を、無個性なんかに生んだんだよ………!』

 

 

「――個性ってさ、どうやって遺伝するのか……そもそも突然変異みたいなもので、何がどうなってそんなものが発現するのか、まだ解明されてないんだよね。だから僕が無個性で生まれてきた理由だってわからない。もしかしたら生まれてくるとき、お母さんのお腹に置いてきちゃったのかもしれないし……僕ってそそっかしいから」

「………」

「仮にお母さんに何か原因があったとしたって、それはお母さんが望んだことじゃない」

 

 「わかってたんだ」と、かすれた声でつぶやく。

 

「お母さんのせいじゃない、お母さんは何も悪くない。そんなこと小さいうちからわかってた。なのにお母さんを責めた。誰かを呪わなきゃ、やってられなかった。――無個性の遺伝子が子供に受け継がれてしまうかもしれない以上、また同じことを繰り返しちゃうんだ。奥さんや子供が傷つくことがあるとしたら、それは間違いなく僕のせいなんだ。そうなるかもしれないって、最初からわかってるんだから」

 

 飯田たちはもう何も言えず、ただ酒の力を借りた出久の独演に耳を傾けるほかなかった。ほのかな波音以外寝静まった夜の帳に、まだ少年の面影を残した声が穏やかに響く。

 

「それなのにね、厄介なことに、父親って逃げられるんだ。家以外に、自分の居場所をつくれちゃうんだ。仕事を言い訳にして家族に寄り添わないのは多分、すごく楽なんだ。そうしない自信は……僕にはない」

 

 静かな、しかし揺らぎのない声で出久は言いきる。アルコールを流し込み、深く溜息をつく。その姿は決して澱んではいない。深淵まで澄みきったそれは、ひとりの男としての彼のまっすぐな決意を示していた。それを過ちと捉えることは、この場にいる誰にもできない。ゆえに、正せない――

 

「……オイラ薮蛇だった……?」申し訳なさそうにつぶやく峰田。

「まあ酒飲んでりゃこういう話もあるっしょ。僕はよかったと思うよ、緑谷くんの抱えてるものちゃんと知れて。二次元を愛してるから結婚する気ゼロな年長者としては色々突き刺さりましたけども」

「あ……すいません、なんか……」

「謝んないでよ余計せつなくなるぅ~」

 

 くねくねとおどける森塚の姿に、ようやく散発的な笑いが漏れる。

 その筆頭だったおやっさんはややあって、つぶやくように言った。

 

「ソクラテスもプラトンもみんな悩んで大きくなったって言うけど、おまえの場合は格別だもんなぁ……父親どころか夫にもなったことないおやっさんには偉そうなコトは言えんけども」

「あとニーチェとサルトルも」

「おっ、さすが刑事さん話がわかるぅ!」

 

 古いネタが若者に通じた喜びのあまりはしゃぎかけるおやっさんだったが、

 

「ま、それは置いといて……。ひとつ言えるのはな出久。おまえがそうやって詰ってくれて、お母さん、むしろ嬉しかったと思うぞ」

「え……」

 

 思ってもみないことばに、出久は思わず二の句が継げなくなった。

 

「そんな……こと………」

「おまえから話聞く限りだけどさ、お母さん、おまえを無個性に生んじまったことをずっと気に病んでたみたいじゃないか。そういうときって案外、"おまえが悪い"って言ってもらえたほうが、気が晴れるもんなんだよ」

「………」

 

 本当に、そうだろうか。

 詰ったあとの茫然自失とした表情を目の当たりにして、14歳の出久は自分が取り返しのつかないことを言ってしまったと自覚した。でも胸に渦巻く怒りと哀しみはおさまることを知らず、その場では何もできず自室に逃げ込むしかなかった。ひとりベッドの上で夜通し泣いた。

 夜が明けたあとに見た母は泣き腫らしたような目をしていた。けれど、笑顔だった。――あの笑顔は、本物だったのだろうか。

 

「それでも気に病むってんならさ、たまには実家帰ってやりなさいよ。それだけで親孝行になるんだから」

「……そう、ですね。がんばります」

「うむ、がんばりたまえ!by文京の父!」

「ウルトラの父みたいっスね、それ」

「………」

 

 そんな不毛なやりとりがかわされたところで、風呂からあがった女性陣が戻ってきた。頭からほかほかと湯気をたてている。

 

「お待たせ~。もうできあがってる?」

「あっ……チクショウ出てきちまった……。オイラとしたことが!」

「何っ?まさかまだあきらめてなかったのか峰田くん!?」

「当たり前田のクラッカーよ!この海水浴は二泊三日だからなッ、明日に賭けるぜ……!」

「予告するのは悪手だと思いますわ……あら?」

 

 冷蔵庫を覗いた八百万が、怪訝そうな声を発した。

 

「どしたん?」

「底を……尽きかけていますわ………」

「あ……ほんとだ………」

 

 前置きしておくと、桜子もお茶子も八百万も飲酒は不得手ではない。この時間を楽しみにしていたのだ。

 それが思っていた以上に酒の残量が減っている――男性陣が先に飲んでいる以上、原因は明らかで。

 

「……誰、こんな飲んだの?」

 

 じとりと睨みつける女たち。ぶるりと身を震わせた出久。息ぴったりの男どもによって指差されたことで、彼は絶体絶命の窮地に追いやられるのだった。

 

 

 

 

 

 短い夜は過ぎ、また灼熱の太陽が天を焦がす。

 出久たちが海水浴を楽しんでいるように、東京都内、ヒートアイランドにとどまる人々の中にもまた、早くからプールに出向いている者が大勢いた。

 

――品川区内、ドルフィンプール。

 

 ここもまた、そうしたプールのうちのひとつ。ただそれだけであったはずだ。

 "彼女"さえ、現れなければ。

 

「………」

 

 漆黒のチャイナドレス姿で現れた美女――ゴ・ベミウ・ギ。その手には楽譜が握られていた。ひとつ目の音符をなぞりながら、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「ゲンゴグ、バギギレ」

 

 誰にも聞かれないか細い声でつぶやくと、彼女は堂々と足を踏み入れていく。――すれ違う者も同道する者も皆、このあと彼女が憩いの地を地獄へと変えてしまうなどとは、想像だにしていないのだった。

 



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EPISODE 30. それぞれの波紋 3/3

最近ようつべにアップされてる「すぐキレるポメラニアン」が、かっちゃんにしか見えない自分がいる。


――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 森塚をはじめ休暇をとっている者が多く閑散としている会議室で、ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己はひとりA4用紙の束に目を落としていた。先ほどの会議で配布された、G-PROJECTに関する資料だ。

 

 急遽行われることとなった装着員の公募――案の定警視総監が裏で糸を引いているらしい――数万人にも及ぶ応募者に対して幾度の選考が行われ、今日が最終選考だ。

 三十名ほどにまで絞られた装着員候補者たち。プロヒーローや警察官から学生まで、様々な人種がいる。その中には勝己の見知った名前もあった、ふたつも。一方はまだ予想の範疇だったが、もう一方は――

 

(……まあ、流石に選ばれねえだろ)

 

 ふつうならそのように綺麗さっぱり切り捨てて終わりたいところなのだが、こればかりは自信がもてなかった。自信と自尊心の塊というべきこの爆豪勝己が、である。

 そもそも彼の人生、「これはあってほしくない」と思うことに限ってドンピシャで起きてしまうことが多々ある。ヘドロ事件、ヴィランの人質になった無様な姿を全国放送で晒してしまったのがケチのつきはじめだった。その後雄英に入学してからは余計に悪化し、敵連合に拉致されてオールマイト引退の原因をつくってしまった。――挙げ句の果てに、別離から五年、とっくにヒーローとは無縁の世界へ埋没したと思っていた無個性の幼なじみが超古代の戦士となり、否が応でも肩を並べざるをえない状況になってしまい。なんとかそれらを乗り越え受け容れここまで来たわけだが、神がいるとしたらおちょくられているとしか思えない。いつかその顔面に一発ぶちかましてやりたいとすら思う、いるとしたらだが。

 

 気を病んでいても仕方がない。そもそも今回はそこまで気を病むほどのことではない。仮に実現したとて驚きはあるだろうが、それだけだ。

 自分にそう言い聞かせ、勝己は立ち上がった。管理官に「パトロール行ってきます」と声をかけ、会議室を出る。コスチュームに着替えるべく更衣室に向かっていると、あまり見たくない顔同士が対峙しているところに遭遇した。

 

「――ンな時間ねえって言ってんだろ。いい加減しつけえ」

「別に何日もいろと言っているわけではない。少し顔を出せと言っているのがわからんのか」

「だから――」

 

 轟焦凍と、その父親である元No.1ヒーロー、エンデヴァー。後者は半ば隠居状態ながら未だご意見番として捜査本部に在籍しているのだが、前者も今日は会議に招聘されていたのだった。

 そんな親子はというと。人気のないのをいいことに、廊下で堂々と口論に及んでいるようだった。声はきちんと潜めているから、互いに理性は働かせているようだが。

 ただ、彼らの真横を突っ切っていかないと更衣室へはたどり着けない。気まずいという常識的な発想を持ちつつもそれを隅に追いやる大胆さで勝己は歩き出す。と、こちらをちらりと睨めつけたエンデヴァーが小さく溜息をついた。

 

「……とにかく、そういうことだ。わかったな」

「……ッ、」

 

 押しつけるように言いきると、エンデヴァーは勝己の横をすれ違い、去っていった。振り返り、忌々しげな表情でそれを見送る焦凍。となれば当然、勝己の姿も視界に入るわけで。

 

「あ」

 

 強く引き結ばれていた口許がぽかんと開くさまは、やや間抜けにも思われた。「ばくごう」と名が紡がれたあと、そのオッドアイが気まずげに逸らされる。普段は澄ましているし、戦闘時には当然鋭く眦を吊り上げているこの青年のこのような表情に、勝己はどうにも弱い。自分のあとをよたよたくっついていた頃のちいさな幼なじみを思い起こしてしまうからだろうか。

 捨て置くこともできたのだが、結局その顔に負けて、勝己は元ライバルのもとに歩み寄っていった。

 

「こんなとこで何してんだテメェら」

「悪ぃ。……聞いてたか、いまの話?」

「あー……まあ」

 

 焦凍の表情がさらに曇る。といってもそれは不快感ではなく、むしろ悪戯を見咎められた幼子のようであって。

 別に責めるつもりもない、焦凍の事情はA組の誰より……親友を自認する飯田天哉よりもよく知っているという自負がある。それは他ならぬ焦凍自身から語られたことでもあった。

 

「帰りたくねえんか、実家」

「………」躊躇いがちに、うなずく。

「ンでだよ」

 

 「時間がない」――先ほど父親にぶつけていた理由は、表向きのものとしか思えなかった。だから勝己は、単刀直入に訊いた。「言いたくねえなら言わんでいい」と付け加えつつ。

 暫し焦凍は沈黙していたのだが、ややあってその重い口を開いた。

 

「今さら……今さらどんな顔して会えばいいのか、わかんねえんだ」

「……母親にか?」

「ああ……」

 

 「ンでだよ」とは、繰り返さなかった。共感はできずとも、理解はできたから。

 

「別に……いつものクソ澄ましたウゼェ顔で会やいいじゃねえか。それとも何か、テメェが負い目感じるようなことしたっつーんか?」

「ここぞとばかりにひでぇ言いぐさだな……」ぼやきつつ、「負い目っつっていいのかはわかんねえ。……でも俺、お母さんに一度も会いに行こうとしなかった」

 

 幼少期はやむをえないことだったかもしれない。けれども高校時代、ヒーローになってから、会いに行こうと思えばいくらでも可能だったはずだ。

 それをしなかった。母をあんなところに押し込め目を背けていたのは父だけではない、他ならぬ焦凍自身もそうだったのだ。

 

 今さら、そのことに気づいてしまった。だから二の足を踏んでいる。

 

 勝己は小さく舌打ちした。嫌気が差した――この男にではなく、この男を放っておけない自分に。

 

「そーかよ。じゃあテメェ、そうやってウダウダ、どっちかが死ぬまで母親に会わねえつもりか?」

「!、それ、は……」

 

 極端なことを言っている自覚はあった。だが間違っているとは思わない。その証拠に、焦凍は反論もできず目を逸らしている。

 

「エンデヴァーは……テメェの親父は、逃げるのやめて向き合ったんだろ」

「!、………」

「なのにテメェは逃げんのか。――ならテメェは結局、親父以下のままじゃねえか」

 

 それは体育祭のときにぶつけられたことばとつながるものだった。父を否定したいあまり、ヒーローとしてのあるべき姿を憧れを見失っていた自分。そんな自分を強かに殴りつけるような。

 あのときのように烈しくはない。場所も状況も違うから当然といえば当然だが、勝己はどこまでも静謐だ。ただ焦凍の胸には、同じように響くのだった。

 

「おまえって……ほんと、不思議だよな」

「ア゛ァ?テメェに言われたかねぇわ!」

 

 打って変わっていつもどおり怒り出した勝己を見て、焦凍はくすりと笑う。何も解決はしていないが、気持ちが少しだけ楽になったのは確かだった。

 

 それに水を差す緊急放送が警視庁内に流れたのは、その直後だった。

 

『品川区東五反田322-5、ドルフィンプールに未確認生命体出現の通報あり。繰り返す――』

「……!」

 

 ふたりの表情がさっと引き締まる。

 

「奴らか……」

「チッ……テメェらに会わなきゃ着替え間に合っとったわ!」

「悪ぃ。先に行ってる!」

 

 コスチュームに着替える必要のない焦凍が、先んじて走り出す。その背中を見送ることなく、勝己もまた動き出したのだった。

 

 

――しかしその頃、ベミウは既に次なるステージへと移動していた。

 

「レクサス、スイミングスクール……」

 

 その地の名を復唱し、唇を歪める。何も知らず未だ冷水に歓ぶ人々に、もはや逃れる術はないのだった。

 

 

 

 

 

 まだ事件発生を知るよしもない出久たちは、海水浴二日目をいよいよ漕ぎ出そうとしているところだった。

 

「今日は趣向を変えまして、クルーザーを用意してみましたわ」

「く、クルーザー!?」

「あ、と言いましても、まったく大したものではございませんので……」

「そんなもん用意できる時点で大したもんなんだよヤオモモぉ!」

 

 かしましい女性陣。一方その傍らにて、いつの間に用意していたのかおやっさんが釣り竿を取り出している。

 今日も今日とて賑やかな一行。だが出久はそんな輪に入れずビーチパラソルの下で膝を抱えていた。当然ハブにされているわけではない、自主的にだ。

 

(……なんかすごい、余計なことしゃべっちゃった気がする)

 

 峰田に詰問されたことがきっかけとはいえ、素面なら絶対に人に言わないようなことを吐露してしまった。その副作用としてチューハイの缶を相当開けてしまい女性陣に怒られたりもしたが、それはまあ仕方がない。

 後悔……は、していない。普段は下半身と脳が直結しているような峰田も含め、他人の真剣な懊悩を茶化したり、馬鹿にしたりするような人間はここにはいない。

 

 ただあれは、自分の中だけで呑み込み、消化すべき想いだったと思うのだ。他人に吐き出したところで何にもならない、ただ彼らに無用な心配をかけてしまうだけ。

 もしも。もしもあの場にかの幼なじみも居合わせていたとしたら、一体どんな反応をしただろうか。出久がその信念を形作った大きな原因は、他ならぬ自身にある――はっきりそのことを自覚しつつも、厳しくもまっすぐなことばをぶつけてくれそうな気がする。いまの彼なら。そしてそれは、誰のことばより己の胸に響く、とも――

 

 そんなもしも、考えたって詮無いことだ。現実にあの場に勝己はいなかったし、これから彼の前で語ることもないだろう。

 

「……ハァ」

 

 出久がたまらず溜息をついていると、それを耳聡く聞きつけた飯田天哉が隣に腰掛けてきた。

 

「どうした緑谷くん、浮かない顔をしているな!」

「あ……飯田くん」

「昨日のことなら気にすることはない、ああいう話をしてくれて俺は嬉しかった。爆豪くんや轟くんに話しにくいことがあれば、あのようにどんどん俺に相談してくれ!」

「はは……そうだね、ありがとう」

 

 気持ちは嬉しいし、基本的にはそうさせてもらいたいと思ってはいるが。

 苦笑する出久。――その眼前で、飯田の大柄な身体が突然バイブレーションをはじめた。

 

「うわっ、何事!?」

「ムッ!すまない、電話のようだ!」

 

 シャツの胸ポケットから携帯を取り出す飯田。その表情が険しくなっていくのを見て、出久も自ずから用件を察せざるをえなかった。

 

「はい、飯田です。……わかりました、それでは予定どおりに。失礼いたします――、」通話を終え、「緑谷くん」

「……奴ら?」

「うむ。第39号が、品川区のドルフィンプールに現れたらしい」

「プール……」

 

 よりにもよって――水中で活動するタイプのグロンギなのだろうか。

 一秒もしないうちに出久はそれだけ考えたが、いずれにせよ立ち上がるほかなかった。

 

「――皆!」

 

 出久が呼びかければ、皆が一斉に振り向く。

 

「ごめんっ、僕また急用で……ちょっと行ってくる!」

「えっ……ちょっと、デクくん!?」

 

 当然それだけで納得できようはずもない。事情を知る桜子と森塚を除く面々が制止と説明を求める声をかけるが、出久はそれを無視して走っていった。

 

「緑谷さん……一体、どうしたのでしょう?」

「いつものことだよ、なんだけどなぁ……」

「ま、急用だってんじゃしゃーないでしょ。僕らは僕らで楽しむとしましょうよ」

 

 笑みを貼りつけて、森塚がそう皆を促した。彼も飯田も、すぐには出久のあとを追いかけない。一時間ほど間を置いて、彼らは動き出すつもりだった。自分たちが行動をともにしてしまえば出久が4号であると見抜かれてしまいかねない。気休めではあるが、カモフラージュだ。

 

「………」

 

 ただお茶子だけは彼らを不審な目で見ていたのだが、彼女にしては珍しくそれを口にしないから、飯田たちには知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 焦凍はドルフィンプールに向けてマシンを走らせていた。途中、覆面パトのサイレンを鳴らした勝己も追いついてくる。雄英時代のツートップが併走するというこれ以上なく頼もしい光景なのだが、一方は私服でフルフェイスのメットを被っているし、もう一方はパトカーの車内にいるから気づく者は皆無だった。

 

 それに彼らは未だ、詳細な状況を掴めていない。現時点でわかっているのは、目的地で未確認生命体によると思われる事件が発生したということだけ。その詳細については、先行しているであろう捜査員たちからの連絡を待つほかない。

 

――と、ふたつの無線が鳴った。正式に協力関係を結んだことで、焦凍のバイクにも無線が取りつけられているのだ。

 

『こちら鷹野。爆心地、ショート、聞こえる?』

「っス」

「聞こえてます」

 

「――いま現場の状況を確認してきたところよ。結論から言うと、もうここに犯人はいない」

『逃げられたんすか?』

「ええ……ただ、そもそも犯人の姿は目撃されていないわ。防犯カメラでも確認できない」

 

 ただ突然、元気に泳ぎまわっていた人々が身じろぎひとつせぬ骸と化した――数十秒のうちに、16人も。

 

「16……」

 

 数を復唱したのは、それだけの人数を一挙に殺害したことに対する驚愕と憤りもあれど、一方で"それだけなのか"とも思ったからだ。プールに居合わせた人数がそれだけということはあるまい。

 37、38号と同じ――今回の敵も、標的とする人間を選んでいる。

 

『どういうルールなんだろうな、今度のヤツは』

 

 無線越しに焦凍が話しかけてくる。

 

「知るか。そもそも連中の犯行と決まったわけじゃねえ」

『そりゃそうだが』

「……連中とするなら、場所か人間か。どっちかに繋がりがあるはずだ」

 

 改めてふたりは考える。16人……仮に狙ってその人数にしたなら、中途半端だ。自分たち人間だけでなく、グロンギとしても。

 と、再び無線が鳴って。

 

『本部から全車、大田区レクサススイミングスクールで事件発生の通報――』

「……少なくとも、プールを狙ってきてるのは間違いなさそうだな。パターン一緒なら、犯人はもう移動してそうだが」

『チッ!テメェ、お得意の超能力は?』

「……悪ぃ、なんも感じねえ」

『チッ……そーかよ』

 

 距離的な問題と、敵の静かな手口が理由としては大きいのだろうが。なんだか先ほどから頭痛がする、そうした不調も影響しているのかもしれないと自分を納得させつつ、焦凍はかつての好敵手とともにひとまずレクサススイミングスクールへ向かうことにした。

 

 

 

 

 

――文京区 みずさわウォーターパーク

 

 未確認生命体の出現などつゆ知らず、炎天下の中、それを打ち消す冷たい水の中を遊び回る人々。

 その中に、漆黒の水着を纏う美女の姿があった。プールサイドにしゃがみ込み、おもむろに水の中へ沈むその姿はどこまでも美しい。鍛錬を志向してか、ひたすらに泳ぎ続けていた逞しい身体つきの男性が、思わず四肢を働かせるのを忘れて見とれてしまうほどだ。

 

――己の胸元に、蛇のような何かが迫っていることにも気づかずに。

 

「!?、う゛………ッ」

 

 それが胸に触れた瞬間、彼は短く静かなうめき声をあげる。その全身からはまったく力が抜け、ゆっくりと水底へ沈んでいった。

 

「……?」

 

 そんな一部始終を目撃した別の女性がいた。怪訝な表情を浮かべ、男性のもとに近づいていく。

 そんな彼女もまた、数秒後には俯せに水に浸かっていた。

 

 彼らだけではない――気づけば16人もの人間が、透明な水面に浮かぶ死骸と化していた。そんな大惨事はほどなくして居合わせた人々の知るところとなり、瞬く間にパニックが起こる。

 

 自らがそれをもたらしたなどと匂わせることすらなく、漆黒の女――ベミウは、濡れた毛先を指で撫でつつ去っていく。

 そんな彼女のもとに、プールどころかごく一部の場所を除いては浮きに浮いているであろう仮面の男が現れた。算盤"バグンダダ"を見せ、嗤う。

 

「ゴラゲンルヂパ、ガバガサダブドザ」

「……グスパギ、ブギゾ、ババゼスザベレ」

 

 この程度は当然――そんな冷静な口ぶりで、ベミウは告げた。死の演奏は、誰にも止められない――

 

 

 

 

 

 やはりここはもう、かのプレイヤーにとってのステージではなかったらしい。

 

 わかっていたことではあったが、爆豪勝己は舌打ちせざるをえなかった。

 勝己は焦凍とともにレクサススイミングスクールに到着していた。前の現場同様、既に規制線が貼られ、パトカーのほかに救急車も数台敷地内を占めている。

 

 野次馬の存在もあることから仕方なく焦凍を規制線の外側に残し、勝己は所轄の捜査員から状況を聴取したところだった。

 群がる野次馬たちを「ウルセェ!!」と一喝し、バイクに寄りかかって待っている焦凍のもとへ走る。露呈を防ぐために被ったままのフルフェイスのメットが暑いのか、いつ戦いになるかもわからない状況としてはやや力ない姿だと思った。

 

「オイ、半分」

「……せめて"野郎"はつけてくれ。――どうだった?」

「前ンとこと大体一緒だ。……ただ、殺された人数がさっきより多い」

 

 今度は、24人――そのうち、子供が16人も含まれていて。

 

「子供が……16人も………」

 

 焦凍が呆然とした口調でつぶやいたとき、それをかき消すような金切り声が規制線の中から響いてきた。

 

「しょうちゃん、しょうちゃんッ、しょうちゃん――ッ!!いやぁあああああああっ!!」

「……!」

 

 シートに包まれ、運ばれていく担架。それに縋りつき、絶叫する若い女性。――殺害された16人の子供のうちのひとりと、その母親なのだろうことは容易に想像がついた。

 

「……ッ、」

 

 ギリリ、と歯を噛み鳴らす勝己。クソを下水で煮込んだようだなどと散々な言われようの人格の持ち主であれ、その光景に何も感じないはずがない。彼だって親には愛されて育ってきた。

 こんなこと、繰り返させてなるものか――そんな意志のもと向き直るのと、目の前の、自分よりわずかに小柄な身体が倒れかかってくるのが、ほとんど同時だった。

 

「うおッ!?――ッ、おい轟!?」

「……ッ、わ、りぃ」

 

 息も絶え絶えの、かすれた謝罪のことば。よもやと思ってメットのバイザーを上げると、端正な顔がいつもより青ざめていた。

 

「……テメェ」唸るような声で、「チョーシ悪ぃなら早よ言えや!」

「だいじょうぶ、だ……なんでもねえ」

「取り繕えるだけの余裕がある状態でそう言えや!無理あんだよ!!」

 

 焦凍の不調――先ほどまではなんともなかったのだから、風邪など外的要因ではないだろう。もしかするとあの母親の声で、昔のトラウマを喚起されてしまったのかもしれない。父親との関係がいくらか改善し、母親も快癒して穏やかに暮らしている現在でも、その傷痕は簡単に癒えはしない。

 

(……でもいまは、コイツしか)

 

 出久が戻ってくるまで時間がかかるだろう状況下、焦凍を戦力とできないのは痛い。自分にもっと力があれば――常日頃抱えている忸怩たる思いが、より激しく噴き出してくる。

 

 それらすべてを嘲うかのように、再び無線が次なる事件を告げる。文京区、みずさわウォーターパークで殺人事件発生――

 

「文京区かよ……遠いなクソが」

「……行こう」バイクに跨がろうとする焦凍。

「テメェっ!……ほんとに行けんのか?」

「言ったろ……だいじょう――!」

 

 刹那、焦凍の脳裏に電流が奔った。それは無線のような科学的かつ事後的なものではない。明確に、いまこの瞬間を捉えたもの――

 

「爆豪、違ぇ。そこじゃねえ」

「あ?」

「もっと近ぇとこに移動してる。急げば捕まえられるかもしれねえ!!」

 

 言うが早いか、焦凍は何かに取り憑かれたようにマシンを突き動かした。その"超人の本能"とでも呼ぶべき能力を勝己は承知している。である以上、そのあとを追うほかなかった。胸のうちにざわめきを抱えながら。

 

 

 

 

 

 一方、出久もまたトライチェイサーを走らせていた。全体無線で事件の様子が素がリアルタイムで伝わってくる。こうしている間にも増えていく犠牲者。勝己たちはどうしているのだろう、まだ敵を捕捉できていないのか。

 

(速く……!速く……!)

 

 焦燥ばかりが募る。ともかくもうすぐ東京には入れる。あと、少し――

 

 そんな彼と彼のマシンを、側道からじっと見つめる黒い影があった。

 

「……見つけたぜ、子猫ちゃん」

 

 漆黒のメット越しにニヒルに笑うと、青年はやはり漆黒に彩られたマシンを発進させた。みるみるうちにトライチェイサーとの距離を詰めていく。そして、

 

「よう!いいバイク乗ってんな、一緒に走らねえか?」

「!」

 

 メット越しの童顔が、険しいかたちでこちらを振り向く。

 

「ッ、悪いけど、そんな場合じゃ――!、あなた、どこかで……?」

「おいおい酷いな、こんな色男を忘れるなんて。――しかと見てくれてたんじゃないのか?()()姿()でよ」

「……!」

 

 そうだ、この青年……第35号――メ・ガルメ・レとの最初の戦闘において、空中からの狙撃をバイクで割って入ることで妨害した男だ。そして去り際、「またな、クウガ」と――

 

「おまえ、グロンギ……!」

「思い出してくれたか。嬉しい……ぜっ!」

 

 笑みを浮かべたまま、青年はマシンをぐっと近づけてくる。ぶつかる!出久は咄嗟にマシンをずらして回避する。

 しかしその隙を突かれ、出久は青年と青年のマシンに前方をとられてしまった。蛇行しながら進路を塞いでいる。

 

「クソっ、どけよ!!」

「つれねぇな。ひとっ走り付き合えよ、クウガ!」

 

 ギリ、と歯を噛み鳴らす出久。この男をどうにかしなければ、自分は前には進めない――そんな、望まぬ確信があった。

 

 

 

 

 

――港区 ミラージュホテル

 

 ゴ・ベミウ・ギは屋内ホールにて、グランドピアノを弾いていた。既にこの第四ステージはクリアした。本来ならば早急に次なるステージへ向かうべきところだが、ピアノを見つけてしまった以上、弾かずにはいられない。表情こそ静かなままであったが、間違いなく彼女は高揚していた。

 ホールの外では人々が慌ただしく動いている。先ほどベミウの行った殺人に気づいたのだろう。だがもうすべては終わったこと。そんな喧騒とは無関係であるかのように、ピアノを引き続ける。"革命"のエチュード――ピアノを弾くようになって、彼女が最初に習得した曲だ。と同時に、何よりのお気に入りでもあった。

 

 プロ顔負けの見事な演奏が、誰に聴かせるでもなくホールに響き渡る。やがてクライマックスへと差し掛かり、いよいよ所作に熱がこもる――というとき、

 

 ベミウは、唐突に演奏をやめた。

 

 何者がこちらに近づいてくる気配。ふつうであれば、その程度で演奏をやめることなどありえない。現実にそうした理由は、ただひとつ。

 

「あなた……ただのリントではないわね。さりとて、クウガでもない」

「……よくわかったな」

 

 ピアノ越しに覗く、中央でくっきり分かたれた紅白の短髪。その特徴的な色合い、ベミウには知見があった。

 

「ヒーロー・ショート……つまり、アギトか」

「わかってんなら、話は早ぇ」

「………」

 

 ベミウは溜息をついた。やはり演奏などせずに去るべきだったかもしれない――そう後悔しつつ、立ち上がった。遭遇してしまった以上、戦うことに躊躇いはない。

 だがベミウが顔を見せた途端、戦意漲っていた焦凍のオッドアイが、一気に見開かれていく。瞳は激しく揺れ、唇はぶるぶると震えはじめた。

 

「あ………」

「……?、どうしたの?」

 

「お……」

 

 

「お、母さん………」

 

 

 己の顔立ちが、目の前の男の母親に瓜二つ――そんなことはベミウの知ったことではなかったし……知られていいことでも、なかった。

 

 

 謎のライダーに行く手を阻まれた出久、母と瓜二つの未確認生命体を前に戦いを忘れた焦凍。

 

――そして、警視庁のいかめしい庁舎を見上げる、心操人使。その手に握られた一枚の紙に、"G-PROJECT"の文字が見え隠れしていて。

 

 

 投げかけられたそれぞれの波紋はとどまることを知らず、いよいよぶつかり合おうとしていた――

 

 

つづく

 




心操「次回予告」

心操「いよいよ始まるG-PROJECT専任装着員の最終選考。ここまで残れた以上……俺は全力で獲りに行く」
尾白「よう、久しぶり心操!」
心操「尾白……。まさかあんたも参加してたとはな」
尾白「そりゃこっちの台詞。未確認から市民を守りたいってプロヒーローはたくさんいる、俺もそのひとりってだけさ。だから今度は負けないぜ心操!」
心操「……負けられない理由は、俺にだってある」
尾白「だよな。お互いベストを尽くそう!」

尾白「ってわけで次回は目白押し!装着員に選ばれるのは俺か心操か、それとも別の誰かか?」
心操「緑谷と謎のライダーの対決の行方は……そして母親そっくりの未確認を前に動揺する轟は、立ち直ることができるのか。爆豪たちは?……ほんとに目白押しだな」

EPISODE 31. エチュードの果てに

尾白「さらに向こうへ!プルス・ウルトラ~!!」
心操「……ラ~」
尾白「声が小さい!そんなんじゃついてけないぞ心操!」
心操(……暑苦しい)


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EPISODE 31. エチュードの果てに 1/4

 緑谷出久は望まぬチェイスを強いられていた。

 

 前方を漆黒のバイクが塞いでいる。追い抜こうとすれば蛇行を繰り返し、あるいは急接近してきて、一度も並ぶことすら許されない。

 歯を噛み鳴らしながらフェイント的に側道に入れば、すぐさま方向転換して追いついてくる。マシンの性能もさることながら、そのライディングテクニックは出久を上回っているようだった。

 

 そんなことを繰り返しているうちに、二台は車道を外れて廃工場の敷地に入り込んでしまっていた。――いや、ライダーの男に誘導されてしまったのだ。

 雑然とした空間で、もはや逃げ道を失った出久は停車するほかなかった。自ずから、男と対峙する形となる。

 

 一縷の望みをかけて、出久は声をあげた。

 

「おまえが39号か……!?」

「39号?……ああ、ベミウのことか」

 

 片眉を上げ、露骨に馬鹿にしたような表情を浮かべる。どこまでも出久の癇に障る態度をとるつもりのようだった。

 

「俺が水場なんかステージに選ぶように見えるか?こいつがかわいそうじゃないか」

「違うってんならッ、おまえに構ってるヒマはない!!」

「お~怖い。いまのクウガはキツいねぇ」

 

 おどけた口調もそこまでだった。埒が明かないと判断した出久が右腕を突き出せば、青年もまた鏡写しのごとき構えをとる。

 

「変――」

「ゼン――」

 

「――身ッ!!」

「――ギン!」

 

 ふたりの青年の肉体が、たちまち異形へと変貌する。クウガと、飛蝗に似た漆黒の怪人。後者の姿は、グロンギ復活からほどなく行動を起こした第6号――ズ・バヅー・バに酷似していた。

 

「ゴセパ、キョグギンサギザザ……"ゴ・バダー・バ"ザ」

 

 グロンギ語で名乗りをあげると同時に、肘から生え出でた突起を毟りとる。そしてそれを、愛馬へと突き刺した。

 途端に車体がぐにゃりと歪み、禍々しい装甲に包み込まれて肥大化する。

 

「!?、バイクが……」

「どうだいい感じだろ?俺のこの"バギブソン"はよ」

「……ッ、」

 

 気後れしている場合ではない。クウガは素早く暗証番号を打ち込み、トライチェイサーを黄金に発色させた。トライアクセラーを力強く捻り、エンジンをいななかせる。ゴ・バダー・バの操るバギブソンも負けじと唸り声をあげている。

 

 左右から打ち破られんとしているかりそめの静寂――不意に、トライチェイサーの無線が鳴り響く。

 

『緑谷くん、飯田だ!俺たちも出発した、そちらはいまどのあたりだ?』

「ッ、東京目前だけど……バイクの未確認生命体が」

『なに!?』

 

 会話もそこまでだった。バダーがいよいよバギブソンに"狩猟"を許したのだ。凄まじい咆吼とともに、鋼の猛獣が襲いかかってくる。

 

 クウガもまた、それを迎え撃つことに専心せざるをえなかった。遅れてマシンを発進させ、一気に距離を詰めていく。そのまままっすぐ走れば、正面衝突に至る――どちらが先にそれを避けるか、まるでチキンレースだ。

 

「……ッ!」

 

 結局、先に回避に及んだのはクウガとトライチェイサーだった。車体を微妙に左にずらし、バギブソンとすれ違う。それでも完全に避けきることができたわけでなく、側部が擦れて火花が散った。衝撃も当然、クウガの身体に伝わってくる。

 並のマシンやライダーだったら、これだけで破壊され、振り飛ばされてしまっているだろう。一方でバダーはまったく動じていない。

 

「フン」

「くそ……っ!」

 

 こんなところで、足止めを食っているわけにはいかない。――と同時に、ライダーとして負けたくないという意地。そのせめぎあいの中で、クウガはこの騎馬戦を続けるほかなかった。

 

 

 一方、高速道路で自動車を飛ばす森塚と飯田は、揃って焦った表情を浮かべていた。

 

「緑谷くん、大丈夫だろうか……」

「なんにしても早く追いつかないとね。管理官に連絡して、トライチェイサーの位置情報を教えてもらおう」

「はい!」

 

 以前は爆豪勝己の入れ知恵でGPSを切られてしまっていたために不可能だったが、出久が捜査本部入りし、居所を隠す必要がなくなったことで追えるようになっている。早く追いついて、援護しなければ。口ぶりからして相手は39号ではないかもしれない、と同時に油断ならない強敵――そんな予感が、彼らにはあった。

 

 

 

 

 

「お、母さん……」

 

 目前の敵の風貌が、()()()()母に似ていた。

 ただ、それだけのこと。ましてやまったくの生き写しというわけでもない。母は己の右側と同じ白銀の髪色をしていたし、おとなしい性格で化粧っけもあまりないひとだった。目の前の女――ゴ・ベミウ・ギは黒々とした艶やかな長髪をもっており、その雰囲気は妖艶のひと言だ。

 

 他人のそら似……よくあることだ。いつもの焦凍なら、一瞬動揺したとしてもすぐ振り払うことができたはず。いや、いまだって実際にそうしようとしていたのだ。

 それを、

 

「ショート?」

「……!」

 

 ヒーロー名を本名と同じものにしていたことが災いした。その穏やかな声音までもが母に似ている。動揺はぶり返し、より激しい形で焦凍に襲いかかってくる。

 

 フラッシュバックするは、過去の記憶。優しかった母。壊れていく母。

 

――おれの、せいで。

 

「……ッ、」

 

 手にこもっていた力が、加速度的に霧散していく。それは重力に従って、だらりと地面に向かって落ちた。

 

「………」

 

 そんな焦凍を、ベミウは無機質な瞳で見つめていた。その脳裏には思考が駆けめぐる。

 "お母さん"――そのことばを、単語の意味としてはベミウも理解している。リント――中でも轟焦凍にとっては、尋常ならざる存在であることも。彼女たちゴのグロンギは元々高い知能をもっていることに加え、ゲリザギバス・ゲゲルの開始まで数ヶ月の猶予があった。人間社会に関心をもつ彼女たちは表と裏とを問わず様々な情報を収集していたし、ゲゲルの妨害者となりうるリントの戦士――ヒーローについては特に念入りに調べあげている。

 ましてやショートはバルバたちが強い興味を抱いていた相手――その期待どおりに真なる超人"アギト"へと進化を遂げた男が、目の前で弱々しい姿を晒している。

 

 ベミウは思わず唇をゆがめた。――これだからリントは面白い。古代と違ってそれぞれ力を得、さらには我々グロンギに比肩するだけの高みにまで昇ってもなお、目の前の青年のような弱さを捨て去れずにいる。

 必ずしもそれを嘲るつもりは、少なくともベミウにはなかった。そうした弱さの発露として芸術が生まれた。ベミウの愛してやまない音楽もそうだ。他者を想うことなど欠片もなく、己の力を誇示することしか考えないグロンギには、模倣はできたとて創造はできない。――ベミウは、リントが羨ましかった。

 

 だから、さらに動揺させて事を有利に運ぼうなどという意図は微塵もなかった。ただもっと、せっかく覗いた弱さを引き出したいと思って、

 

「焦凍」

 

 今度はヒーロー名ではなく、その名を、確信をもって呼んだ。微笑を浮かべて。「あ……」と蚊の鳴くような声を漏らしたかと思えば、そのまま固まって動かなくなる。そのオッドアイは濁り、ここではないどこか遠くを見つめていた。

 ヒーローとしての仮面が剥がれきったその姿。ベミウは微笑を貼りつけたままおもむろに歩み寄り、その頬へ手を伸ばす――

 

 

「何してんだテメェエエエエッ!!」

 

――BOOOOM!!

 

 耳をつんざくような罵声と轟音がホール中に響き渡ると同時に、凄まじい爆炎がふたりの頭上から降りそそいだ。

 

「ッ!」

 

 嫋やかな容貌に似合わぬ機敏な動作で飛び退くベミウ。一方で心ここにあらずの極みにあった焦凍は避けることができず、熱風によって吹き飛ばされてしまった。

 

「ッ、う……」

「おいコラ、半分ヤロォ……!」

 

 唸るような声とともに、漆黒に包まれた足が迫ってくる。そんな光景を、焦凍は未だ半分ぼんやりしたような心持ちで眺めていた。

 胸ぐらを掴まれ、引きずりあげられる。その表情は案の定、憤怒に染まっていた。

 

「ばく、ごう……」

「……言い訳はあとでたっぷりと聞いてやる。戦えねえんならどいてろ、ボケカス」

 

 力の入らない焦凍を苛立たしげに突き飛ばし、勝己はそのまま身体を反転させた。本来なら、そこには真に爆散させたい標的がいるはずだったのだが……影も形もない。

 

「チィッ、どこ行きやがった!?」

 

 屋内でそうそう逃げ出せはしないはず、そう考えてホール内、あるいは周囲を捜して走るが、ベミウは気配すらいっさい残していなかった。どいつもこいつも、グロンギは瞬間移動の個性でも持っていやがるのか……そんな愚かしい思いが浮かんでくる。

 これではデクを嗤えない――勝己が内心でそう毒づいていると、「爆心地!」と呼ぶ声が響く。見れば、いまの爆音を聞きつけた鷹野警部補が駆け込んできた。

 

「39号は?どこ?」

「また逃げられちまったわ、クソ……。つーか早かったなあんたも」

「まだドルフィンプールで捜査の最中だったから。品川からここならすぐよ」

「……そっすか」

 

 鷹野のことばにおかしな点はない。ドルフィンプールのあった品川区とここ港区は隣接している――当然のこと。

 だが勝己は、どうしてか引っかかりを覚えたのだ。芽生えた違和感の正体は……すぐには掴めそうもない。

 

 それよりいまは、39号のゲームのルールを解明することだ。それさえわかれば、捕捉するどころか手ぐすね引いて待ち構えることだって可能となる。あの半分野郎の超人的本能などに頼らずとも。

 

「………」

 

 そういえば、焦凍をホールに置いてきてしまった。いくら精神的に脆くなっているときだからといって、グロンギ相手に棒立ちになってしまうなんてよほどだ。敵に何か言われたのか、あるいは――

 

「爆心地、どうしたの?」

「いや……なんでもねえ。それより現場に入れてくれ、手がかりが掴めるかもしれねえ」

「それは我々の仕事なんだけど……」眉をひそめつつ、「まあ今さらね……。いいわ、ついてきて」

 

 鷹野に従い、事件現場に向かい歩き出す。焦凍のことが気にかからないといえば嘘になる、が……それだけにかかずらっているわけにもいかなかった。

 

 

 

 

 

 正義と悪、守護者と破壊者――同じライダーでありながら対極の存在にあるふたつの異形が、愛馬とともにデッドヒートを続けていた。

 

 激しいいななきを辺り一面に撒き散らしながら並走する、トライチェイサーとバギブソン。それぞれを操るクウガとゴ・バダー・バは、いずれも運転のみに専念してはいられない。

 どうにか相手をマシンから引きずり下ろそうと、右手で殴りつけようとするクウガ。しかしバダーはそれらすべて、左手のみで軽く受け止め、受け流してしまう。

 

「くそ……ッ!」

「フン、これでもゴなんでな……ライテクだけだと思うな、よッ!」

 

 バダーが左拳を振りかぶる。咄嗟に身構えるクウガだが、

 

「ッ、い゛……!?」

 

 疾風のごとく額に炸裂したのは……なんと、デコピン。意表を突かれたこともあり、ピンポイントではなかなか強烈なダメージ……なのだが、これまでのグロンギのような殺気に満ちあふれた攻撃ではない。

 明らかに、おちょくられている――クウガの胸に、ふつふつと怒りが沸いてくる。

 

 だがしかし、それを晴らすことはできそうもなかった。バギブソンがそのスピードを上昇させたのだ。そのまま埃をかぶった段ボールの山へと突っ込んでいき――

 

――躊躇うことなく、それらを吹っ飛ばした。膨大な粉塵が舞い上がり、陽光を反射して視界を遮る。

 

「……ッ!」

 

 撹乱されかけたクウガだが、右手で己の顔を叩き平静を取り戻す。そしてグリップに添え直し、思いきり捻った。バギブソンに負けない速度で、そのあとを追っていく。

 だがまたしても、思いもかけない状況が嫌でも目に入った。――バダーとバギブソンの姿が、どこにもないのだ。

 

「なっ……!?」

 

 一体、どこに――周囲を見回すクウガ。これで終わりだなどとは思えない。自然、グリップを握る手に力がこもる。

 

 秒、分……一体どれほどの時間が経過したのか、神経が否が応にも磨り減りはじめたそのとき、

 

 あの禍々しいいななきが、響き渡った。

 

「――ッ!?」

 

 反射的に頭上に目をやるクウガ。巨大な漆黒の影が、軽やかに跳躍している。――このままいくと、前輪を脳天に打ちつけられる。

 咄嗟にトライチェイサーを発進させ、それを避けるクウガ。しかし脳天や自身の肉体は守ることができても、完全に避けきることができたわけではなかった。

 

――トライチェイサーのマフラーに、前輪が激突した。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 マシンが勢いよく跳ね、それに伴ってクウガの身体が宙に投げ出される。そのまま地面に叩きつけられた際、衝撃でそばにあった一斗缶が倒れ、残っていた油が溢れ出す。

 そして発せられた火花が、地面に広がった油に接触し――

 

 

――爆発。

 

 巻き込まれたクウガは、なすすべもなくさらに大きく吹っ飛ばされてしまった。

 

「ぐ、うぅ……ッ」

 

 常人より遥かに頑丈な異形の姿、爆風を浴びた程度で致命的なダメージとはならない。が、それでも立ち上がれない状態にまで追い込まれてしまったことは確か。

 煙幕の向こうで、バギブソンともどもゴ・バダー・バがせせら笑っている。

 

「ククッ……ジ・エンドってヤツだな」

「く、そぉ……ッ!」

 

 あとはバダーがグリップを捻れば、撥ねられて自分は終わる――負ける。そう自覚した途端、胸に沸きたったのは悔しさだった。こんな、ヤツに……。

 

「さぁ、いくぜ――!」

 

 いよいよその瞬間が来る、というとき、

 

 

 バギブソンでもトライチェイサーでもない第三のマシンが、敷地内に突入してきた。

 

「――!」

 

 流星のような煌めく一陣の疾風。それはバダーに完全な不意打ちを浴びせた。バギブソンの真横から体当たりを喰らわせ、ライダーを跳ね飛ばす。

 

「うぉ、っと!」

 

 しかしバダーは空中であっさり態勢を整え、見事に着地してみせた。バヅーと同じバッタの怪人である以上、同様の能力をもっているのも当然。ライディングテクニックだけではないという彼のことばに、なんの偽りもないのだ。

 ただマシンのほうは当然意志をもたないので、重々しい音とともに落下してきたのだが。

 

「ばっ、バギブソン!!」

 

 いままでの斜に構えたような態度はどこへやら、慌てて相棒のもとへ駆け寄っていくバダー。

 一方でクウガは、意識が半ば朦朧としていたために何が起きたのかわからなかった。――"彼ら"の声を聞くまでは。

 

「緑谷くん、無事か!?」

「!、飯田くん……!」

 

 メット越しでもわかる明朗な声。大柄で筋骨逞しい肉体を包む真面目を絵に描いたような服装――そうした彼のパーソナリティーからは想像もつかない派手なイエローのマシン。カウル部分にはSD調の瞳が存在している。その一対が、ぎょろりとこちらを向いた。

 

『4号氏のピンチに颯爽登場ッ、インゲニウム&駿速(レーザーターボ)ってね。まるで僕までヒーローになっちまった気分!』

「えっと……森塚、さん?」

 

 『なんで疑問形なのさ!?』と駿速こと森塚はブオンブオンとエンジンを鳴らして怒っている。彼の個性については以前に聞いているが、やはりこの珍妙なバイクの姿で喋られると違和感が大きいのだった。

 

「ともかくッ!今度は我々が相手だ、未確認生命体!!」

 

 勇ましく叫ぶ飯田……だったが、残念なことにバダーはまったく聞く耳をもっていないようだった。しきりにマシンに話しかけ、その身を拭っている。

 

「ふぅ、とりあえず異常ナシか……。ん、あぁ……すげぇ趣味悪いマシンだな」

『なんだとコラ!?』

「喋った!?……なるほど、それも個性ってヤツか。ほんと面白いな、いまのリントは」

 

 くつくつと笑いつつ――バダーは、人間の姿に戻った。バギブソンも同時にもとの形態へと変わる。

 

「興が醒めた、今日のところはやめだ」

「何……!?」

「あんたらとはまた今度遊んでやるよ。――じゃあな、クウガも」

「……ッ!」

 

 そのままマシンごと踵を返し、去っていくバダー。飯田と森塚は当然あとを追おうとするが、発進しようとした途端、傍らから「待って!」と声が響いた。

 

「追わなくて……いや、追わないほうがいい。あいつ、多分39号じゃない」

「!、それは……そうかもしれないが………」

 

 いま殺人ゲームを行っているグロンギを捕捉し倒すほうが先決――飯田とてわかってはいるが、感情としてはやはり忸怩たるものがある。

 が、それはクウガ――出久も同じなのだとすぐに気づいた。よろよろと起き上がったあと、その拳はずっと握りしめられたままだから。

 

「それより緑谷くん、怪我は?」

「あ、うん……大丈夫、大したことないよ」

「ゲロ苦戦したみたいだね、TRCSもそんなになっちゃって」

「……すみません」

 

 トライチェイサーを凌ぐ頑丈さと操縦性、そしてスピードをもつマシン。それを操るライダーの操縦技術もまた、自分の上を行っている。遠くない未来、奴とはまた戦わなければならない――不安がよぎる。

 

「……あいつのことは、またあとで。それよりいまは早く行きましょう、39号をなんとかしないと」

「そうだな……そうしよう」

「はげど、ってね」

 

 ともかくも合流し、再び東京を目指すこととなった三人。ただ出久が内に追いやった悔しさは決して消えることはなかったし……表には出さないが、森塚も実のところそうだった。彼の個性である"駿速"こそ、トライチェイサーのオリジンとでもいうべき存在なのだから。

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドグシギ

上鳴 電気/Denki Kaminari
個性:帯電
年齢:21歳
誕生日:6月29日
身長:175cm
好きなもの:流行りのもの、キョーカちゃん
個性詳細:
身体に電気を纏わせ放出することができる、シンプルかつパワフルな個性だ!……あんまり強いイメージがないのは緻密なコントロールがしづらいのとすぐウェ-イなアホ面になっちまうせい?
本作ではクウガのライジング化にもひと役買うなど、物語的にはまあまあ重要な役割を果たしたぞ!

備考:
"スタンガンヒーロー・チャージズマ"。ご存じ爆豪勝己や轟焦凍らの元同級生だ!勝己とは切島に次いで親しく、セロファンこと瀬呂範太も入れて"爆豪派閥"と呼ばれるグループを形成していたぞ!
個性を使いすぎるとアホになってしまうのは周知の事実だが、普段の彼もたいがいアホだ!その証拠に雄英生時代の定期試験は万年ビリケツ……だがよく考えてほしい、雄英は偏差値79とかいう化け物高校なのでビリといえど合格できている時点でかなり優秀なはずだ!そこはお約束なので突っ込むのは野暮かもしれない!?
性格的には典型的なチャラ男で、軽々しく女子をナンパしたり峰田と共謀してクラスメイトの女子たちにチアコスをさせるよう仕向けたりといった軽薄な振る舞いも見受けられる。しかし根は一途なようで、元同級生の耳郎響香とは雄英生時代から親密な関係にあるらしい!峰田と異なりバストサイズは必ずしも重要な指標ではないようだ……ん?なんだこのイヤホンみたいな(ry

作者所感:
愛おしさナンバーワンかもしれないキャラ。イジられポジと仮免試験のように時折見せるかっこよさがいいあんばいだと思います。キョーカちゃんこと耳郎さんもそういうとこに惚れたんじゃないかな~……まあ意外やアホ面が好きとかでもいいかもしれませんが。


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EPISODE 31. エチュードの果てに 2/4

今回は早くも文字数多くなりそうな予感
そのせいで椿先生の出番はカット(ベミウによる被害者の死因は次回持越しになりました)。おじさんだからしゃーない()


そして地味に投稿開始一周年となりました!これだけ沢山のお気に入り、および高評価をいただけて嬉しい限りです。まだまだ終わりは遠いですが、今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。
「デクvsかっちゃん2」放送の日が一周年になるのは運命的な気がしなくもない……今回投稿分は出久の出番ゼロなんだけどね!!


 鷹野警部補の案内でミラージュホテル内のプールに入った勝己は、眼下に横たえられたふたつの骸をじっと見下ろしていた。

 

「被害者はこの二名、これまで同様明確に死因とわかる外傷はないわ。ただ気になるのが、胸元の小さな火傷のような痕。すべての被害者共通のものよ」

「………」

 

 確かにごくごく小さな痕が、左胸のあたりにぽつりと浮かんでいる。それ以外に手がかりらしい手がかりはない、死に顔も安らかだった。

 既にこれまでの被害者が関東医大病院に送られ司法解剖に付されている以上、死因については早晩明らかになるだろう。ひとまずそちらは置いておくとして、いまこの場で思いを致すべきはやはり今回のゲームの法則性である。

 

「……ふたりだけ、か」

「やはりそれが気になるところね……」

 

 これまでの三ヶ所に比すれば小規模なプールではあるが、それでも客はもっと大勢いたのは確認済みだ。このふたりという人数も、狙ったものであると考えるべきだろう。

 鷹野が自らの手帳に目を落とし、読み上げる。

 

「ドルフィンプール、16人。レクサススイミングスクール、24人……うち子供が16人。みずさわウォーターパーク、16人。一応偶数ってことは共通してるわね。あと法則に則っているとすれば……」

「――!」

 

 その瞬間、勝己はバラバラだったパズルのピース同士が繋がるような錯覚を覚えた。すべてではない、一部分も一部分だが、だとしても――

 

「襲ったプール。それも何かの法則になってるはずだ」

「……断言する根拠は?」

「移動の効率の悪さ。あんた言ってたろ、最初の犯行場所からここならすぐだって。奴はわざわざ文京区にまで移動したあと、こっちに戻って来てる。東京23区を五十音順に襲った37号もそうだった」

「なるほど……確かに」同意しつつ、「しかし少なくとも、五十音でないことは確かよ」

 

 それは勝己としても認めざるをえないところ。だが五十音順でないなら、別の順番ということも考えられるはずだ。ドルフィンプール、レクサススイミングスクール、みずさわウォーターパーク、そしてこのミラージュホテル。その頭文字が、何かの順序――

 

「……まさか」

 

 はっとする鷹野。彼女もまた、勝己と同じ答えに達したようだった。

 

「――音階?」

「ああ」

「まさか、奴らが音楽まで……」

「いまの連中ならありえないことじゃない。……考えてみりゃ、そもそもあんなピアノ以外なんもないホールに留まって何してたんだっつー話だ」

 

 ピアノを弾いていたのではないか――先行した焦凍に確認すればすぐにわかることだ。

 

「でも仮にそうだとして、ただ音階を順々に並べているだけではないでしょう。"ミ"が重複してる、こんなルールを設定する奴なら凡ミスということもないでしょうし」

「……そこら辺、殺す人数とも関係してるのかもしれねえ」

 

 音階の順序、殺害人数――それらが複雑に絡みあった、極めて複雑なルール設定がなされているのかもしれない。ただここで悩んでいてもこれ以上の解明は期待できないだろう、まずは仮説が正しいかどうかも含め焦凍から詳しい情報を聞き出すことが先決、勝己はそう考えた。

 

「なら、私は防犯カメラの映像をチェックしてくるわ。あなたたちのおかげで39号の人間体も判明したことだし。そっちは頼むわね」

「っス」

 

 鷹野と別れて歩き出す……と、再び焦凍の尋常ならざる様子が思い出されてくる。苛立ちながらも自分にはわからない苦しみを気遣う気持ちもあって、どう接してやればよいのか悩ましくもある。

 ここまで他人のことに振り回されるなど、高額納税者ランキングがどうのとのたまっていた頃の自分なら不本意どころの騒ぎではなかっただろう。いまだって、意図して抑えなければ舌打ちが止まらなくなりそうだった。

 

 

 

 

 

「あれっ、もしかして……心操!?」

 

 警視庁。心操人使が候補者待合室に入るなりそう声をあげたのは、彼にとって予想だにしない人物だった。

 

「尾白……」

 

 尾白猿夫――雄英高校ヒーロー科のOBであり、地味ながら実力派と通の間では名高い武闘派ヒーロー"テイルマン"。そのヒーロー名に違わず、背部からは太く巨大な尻尾が見え隠れしていて。

 

 この青年とは、因縁があった。といってもほとんど心操が一方的に悪い。雄英高校、一年生のときの体育祭、自分の個性を知られていないのをいいことに不意打ちで洗脳し、騎馬戦に"利用"したのだ。結果的に自分も彼らも個人戦へ進出したが、彼らは苦々しい思いで辞退した――

 

 そんな過去があるゆえ、心操は尾白に対して後ろめたい気持ちを捨てられずにいた。ルール違反をしたわけでもないのに謝罪するのはおかしい――そんな言い訳をして、なんらコンタクトをとってこなかったことがまさかこんなところで災いするとは。

 しかし一方で、尾白はそのときのことを引きずっているようなそぶりをまったく見せない。まるで古い友人に再会したかのように、「久しぶりだな!」と朗らかに声をかけてくる。

 

「まさかここで会うとは思わなかったよ。でもすごいな、学生で最終選考まで残るなんて。たぶんおまえくらいだと思うよ」

「……あぁ」

 

 自分でもそこは素直に自賛したいところだった。ここまでの試験は書類に面接、簡単な体力テストとありふれたものだったが、プロヒーローや現役警察官なども大勢志願していた中でよく残されたと思う。無論、そうなるように全身全霊をかけたのは言うまでもないが。

 過去のことに思考を囚われる心操。それを知ってか知らずか、尾白はさらに驚くべき事実を耳打ちしてきた。

 

「あと、風の噂……っていうか事務所の先輩から聞いたんだけどさ。この選考、試験官として招かれたプロヒーローの中に――いるらしいよ、相澤先生」

「……は?」

 

 この男との邂逅の瞬間以上に呆気にとられる心操。「間違っても贔屓なんて期待できないだろうけどさ」と続ける尾白はどこか懐かしそうに目を細めている。彼ら旧A組の面々は、"相澤先生"とヒーローの有精卵としての三年間をともにしている。厳しくも的確にプロヒーローへと育てあげてくれた恩義は、誰ひとりとして例外なく感じているのだろう。あの爆豪勝己も含めて。

 普通科ながらヒーロー科編入を目指していた身で、心操にとっても非常に感慨深い存在であることは確かだ。だが――

 

「先生の前なんて緊張するけど、お互いベストを尽くそう……なんてな!――もちろん、勝ちを譲るつもりはないけどな」

「……それは俺だって同じだ。全力で、獲りに行く」

 

 そう宣言したのは、ほとんど反射のようなものだった。口が思考を離れて勝手に動いたとでもいうべきか。そのことばに尾白は嬉しそうにすら頬を緩めて「ああ!」とうなずき、座席に戻っていった。

 心操もまた、自分に割り当てられた座席へ腰を下ろしたが……その心に宿っているのはもはや、熱情だけではなくなりつつあった。恩師に対する罪悪感――尾白に対するそれとは比較にならない。

 

 自分は、裏切った。それなのにまた、彼の前に立つ資格はあるだろうか。――今さら抱いてしまったこの志を、認めてもらうことができるだろうか。

 

(……それでも俺は、もう逃げるわけにはいかない)

 

 たとえ理解されなかろうと、白眼視されようと――守るべきものが、ある以上は。

 

 ややあって、説明役の警察官が入室してくる。いよいよ最終選考が始まる――震える手をぐっと握りしめ、心操は前方を見据えたのだった。

 

 

 

 

 

 午前中はからりと晴れていた夏空が、昼過ぎから鈍色の雲に覆われている。

 まるで自分の胸中を代弁しているかのようだと、テラスにひとりたたずむ焦凍は思った。

 

(何やってんだろうな……俺は)

 

 出久が不在にしている以上なおさら気を引き締めてヒーローたらねば――そんなふうに意気込んですらいたというのに、母のことひとつでこのざまか。

 

 凍りついたこの心を出久に救われ、ヒーローとしてもう一度歩き出したあの日が遠い過去のようにすら思えてしまう。あの日自分は母と再会し、そのぬくもりに触れ、すべての蟠りを解くことができたと信じていたのに。

 

「おい」

 

 不意に背後から声がかかる。

 

「また行方くらましやがったんかと思ったら、こんなとこにいやがったんか半分野郎」

「……爆豪」

 

 舌打ちしつつ、勝己が迫ってくる。

 殴ってくれたらいいとさえ、思った。――同時に、いまのこの男はそんな楽な逃げ道、決して用意してくれないであろうこともわかっている。勝己は確かに落ち着いて丸くなったが、そういう意味では厳しくもなった。その振る舞いにかつての担任の影がちらつくのは、G3装着員の最終選考試験官にその担任が起用されているから、だけではあるまい。

 

「……あの未確認、お母さんに似てたんだ」

 

 それでも聞いてほしくて、気づけば焦凍はそうつぶやいていた。

 やはり勝己は目を丸くしたが、それも一瞬のことだった。血のいろをした瞳が鋭く細められる。

 

「見た目が似てたから、攻撃できませんでした……ってか?甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ」

 

 言い方は厳しいが、正論だ。焦凍とて反論の余地がないことはわかっている。

 

「家族に似てようが似てまいが……本当に家族だったとしても、犯罪者である以上戦わなきゃなんねえのが俺たちヒーローだろうが。まして相手はグロンギ、テメェの感傷に絆されてくれるような連中相手だと思ってんのか」

「………」

「……テメェこの前言ったよな。"次はちゃんと役に立つ"って」

 

 確かに言った。「テメェなんざそもそもお呼びじゃねえ」と挑発されて半ばムキになって言い返した際のことばだが、その気持ちは本物だった。

 

「自分の言ったことも守れねえなら、ヒーローなんざやめちまえ」

「……ッ、」

 

 ヒーローを――"平和の象徴"の後継者を、やめる。雄英の仲間では唯一"ワン・フォー・オール"の秘密を共有する勝己のことばだからこそ、それは重く響いた。

 そしてふと、彼の宣言を思い出す。――"もしも緑谷出久(デク)が人間に危害を加える存在に成り果てたなら、俺が殺す"。

 

 本当にそれができるのかなんて、訊くのは無意味だ。この男は絶対に意志を曲げない――ヒーローだから。

 

「……俺は、やめねえ」

 

 

「もう決めてんだ、なりてぇもんになる――お母さんの……いや、みんなの笑顔を守れるような、最高のヒーローになるんだって。だからもう……何からも逃げねえ」

 

 その双眸には、未だ迷いの残り香があった。しかしそれでも逸らされることなく、勝己の目を見据えている。――だったらもう、これ以上言うべきことは何もなかった。

 

「フン……そーかよ」吐き捨てて踵を返そうとして、「あ……、チッ!テメェがグダグダしてるせいで危うく忘れるとこだったわ」

「……?」

 

 小首を傾げる焦凍に、勝己は思わぬ問いをぶつけてきた。

 

「テメェが見つけたとき、39号はあそこで何してた?」

「は……何って――」

「とっとと答えろや」

 

 そんなこと、その後の衝撃のせいで忘れかけていたが――

 

「ピアノ……弾いてた」

 

 記憶を頼りに焦凍がそう答えると、勝己は「やっぱりな」とつぶやいた。

 

「それと奴のゲームに、何か関係あるのか?」

「あるなんてモンじゃねぇわ」

 

 勝己から具体的な"仮説"についての説明を受け、焦凍は先ほどまでとは違った意味でことばを失っていた。信じがたいことだが……自分の証言によって、その仮説はかなりの信憑性を帯びてしまった。

 

「あとは音階の順序と殺す人数の法則性……――おい半分野郎、なんか他に覚えてねえんか」

 

 焦凍に手がかりを求めつつも、あまり期待はしていなさそうな口ぶり。質問も彼にしては曖昧で、とてもこれ以上を引き出せるものではない――本来なら。

 だが焦凍の奥深いところに眠っていた記憶は、ベミウの演奏をただの音の羅列から具体的な曲目へと昇華させるための知識を保持していた。

 

「"革命"……」

「あ?」

「奴が演奏してた曲だ」

「ショパンのやつか?」

 

 確信をもって、うなずく。焦凍自身にピアノの経験があるわけではない。幼少期は触れることすら許されなかったし、成長してからは興味もなくなった。

 ただ自分が生まれるより前、幼い頃の姉が習っていたらしく、成長してからも家でよく弾いていたのだ。息苦しい屋敷の中で、あるいは彼女なりの気晴らしだったのかもしれないが。

 

 そのレパートリーのひとつが、"革命"のエチュード――

 

「………」

 

 暫し考え込んだあと、勝己はおもむろにスマートフォンを取り出し、何か検索しはじめた。気になった焦凍はなんとはなしに画面を覗き込んでしまうが、特にどやされることもない。

 やがて彼が捜し出したのは、"革命"の楽譜だった。それをじっと睨みつけ……口許だけは、ニヤリと弧を描く。

 

「……テメェにしちゃお手柄だわ、半分野郎」

「ビンゴか」

「おぉ」

 

 これで100パーセント、敵の狙いが読めた。青年たちの確信のこもった瞳が、交錯した。

 

 

 

 

 

「エンデヴァー、現場の鷹野から犯行当時の監視映像が届いた。あなたも一緒に確認してくれ」

 

 塚内管理官の要請を了承してともに映像を観たエンデヴァーは、思わず息を呑んでいた。

 

「………」

「39号人間体の姿は確認できたが、殺害の方法まではわからないな……。潜水している間に怪人体に変身し、なんらかの能力を行使していると考えるべきなんだろうが。それにしても……」

 

 犯行現場の当時の様子はそれとして、気になったのはホールでベミウと対峙する轟焦凍の姿。所詮は監視カメラの映像だから仔細は不明だが……なぜか棒立ちになり、敵に対してまったく無防備な姿を晒している。ベミウの手が触れそうになってもなお、攻撃どころか飛び退くことすらしない――妙だ。

 

「どうしたんだろうな……彼は」

 

 独りごちるように、隣に座る彼の父親に尋ねる。――と、返ってきたのは思わぬ答えで。

 

「……似ているせいだろう。自分の、母親に」

「母親……は?」

 

 部下たちが周囲にいなかったことが幸いした。呆気にとられたようなその表情は、普段どうにか彼が絞り出している威厳を無に帰すものだったから。

 

「それって、例の……?」

「なんだその言いぐさは、他人の妻を指して」

「自分だって"アレ"とか呼んでるじゃないか……」

「自分の家内をそう呼ぶのとは訳が違うだろう」

 

 それはそうかもしれないが、そもそも妻を"アレ"呼ばわりすること自体どうなのか。

 塚内が釈然としない思いに駆られていると、備えつけの電話がけたたましく鳴り響いた。すかさず受話器をとる。

 

「はい、警視庁未確認生命体関連事件……あぁ、爆心地か。いまこちらでも映像を確認したところだ。――何?」

 

 「犯行の法則が判明した」――塚内の耳に、そんな勝己の断言が届いた。

 

「最初の犯行がドルフィンプールでド、次がレクサススイミングスクールでレ、みずさわウォーターパークでミ……んでここが、ミラージュホテルでまたミ」

『つまり……音階に則ってるってことか?』

「っス。そんで、殺害人数は音符の種類を表してると考えられる。ドルフィンプールとみずさわウォーターパークの16人が16分音符、レクサススイミングスクールの24人……大人8人子供16人は8分音符に16分音符の長さを足したもの、つまり付点8分音符、そんでここミラージュホテルが2分音符……ってな具合です」

『……にわかには信じがたいな』

 

 それは致し方あるまい。グロンギの手口が複雑かつ高度なものとなったのは以前からだが、今回は次元が違いすぎる。

 その疑心を確信へと変えるべく、勝己は駄目押しに続けた。

 

「この推察に従って、ここにあるピアノを弾いてみます」

 

 言うが早いか、勝己は白い鍵盤に指を滑らせた。彼の性情とは対照的な軽やかな音色が、指の動きにしたがって流れる。

 それはひとつの曲のさわりもさわりだったが、塚内には伝わった。

 

『その曲……ショパンの"革命"だな?』

「ええ。39号がこれを弾いていたのを、轟が確認してます」

『……そうか』

 

 数秒間息を詰めたあと、管理官は「わかった」と明言した。

 

『間違いなさそうだな。その推測に従って、次の予想出現ポイントを絞っていこう』

「っス」

 

 話はこれで終了――と思いきや。

 

『?、あ、ああわかった。……爆心地、ショートに代わってくれ。エンデヴァーが話したいそうだ』

「……わーりました」

 

 眉間の皺を濃くする勝己だったが、文句は言わず渋々隣にいる焦凍に携帯を渡した。塚内のことばをそのまま伝達して。

 

「……俺だけど」

『ああ。――映像は確認した。39号の姿かたち……おまえが戦えなかったことも』

 

 電話越しに響くいかめしい声に、焦凍はあちらに届かないよう密かに嘆息した。今回ばかりは、叱責されても仕方がない。この携帯の持ち主である青年ヒーローが先んじているなどと、相手は知らないのだから。

 しかし父の声音は、意外にも穏やかなものへと変わった。

 

『……人間、そう簡単にすべて吹っ切れるものではない。"アレ"……いや、"冷"もそうだ』

「は……?」

 

 何もかもが予想外と言うほかなかった。焦凍の迷いを肯定するかのようなことばも、母の名――"冷"――をはっきり呼んだことも。

 

『冷が家に戻ってから……それなりには、うまくやっているつもりだ。だがあいつは夜、時々魘されている。俺が起こしてやると、決まってひどく怯えたような目を向けてくる。まだ俺を、完全に許せてはいないんだろう』

 

 当然だ――それは焦凍ではなく、他ならぬ轟炎司が続けたことばだった。

 

『だがいつかきっと、乗り越えられる日が来る……俺たちはそう信じている。その日のために後悔はしたくない。おまえもそうだろう、焦凍』

「………」

『俺がいまのおまえに言えるのはそれくらいだ。……期待している』

「……ああ」

 

 お互いに、それ以上は必要なかった。通話を終え、勝己に電話を返す。彼は何も訊いてはこなかった。

 

 

 ここからは、戦士として。エチュードが示す手がかりから、かの女グロンギを追い詰めるだけだ。



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EPISODE 31. エチュードの果てに 3/4

同期の人と一緒に映画2回目行ってきました。何度観てもいいね……出久の「うるせぇ…!!」が特にツボです。あとロングホープフィリアの歌詞がヒロアカすぎる。

帰ってきたあとに観る「デクvsかっちゃん2」も最高でした。基本出久が好きなハズなんですが最近かっちゃんにシンパシー感じ過ぎて困る。某別サイトでかっちゃんが脳無にされちゃう話とか読んでたんで余計に。あの複雑すぎる内面を描き出すのはなかなか難しいと思います。原作ですら……まあ少年漫画なんでそれでいいとは思うんですけども。


 戻って、湘南。

 

 八百万の提案でクルージングを楽しんでいるはずの一同だったが……実際には海に出ることすらなく、別荘にこもって広いリビングでテレビに釘付けになっていた。

 それは何も、青空が一転曇天となってしまったからではない。すべては目の前の液晶から流れるニュースが原因だった。

 

「プールを襲う未確認、かぁ………」

 

 おやっさんがぽつりとつぶやく。プールではないし都内でもないとはいえ、無関係とはいえない場所にいるだけに不安は拭えない。

 不安。正真正銘の一般人であるおやっさんはそれだけでも構わない。だがこの場には現役プロヒーローが三人もいた。

 

「……私たち、ここでこうしてることしかできんのかな」

 

 お茶子のつぶやきに、真っ先に反応したのが峰田実だった。言うまでもなく、彼もヒーローなのだが。

 

「おいおいおい、何言ってんだよ!?あいつらヒーローだって殺しまくってるんだぜ?だからいまじゃ捜査本部とW4号に任せて、特別な指示がない限り戦闘は行わないようにって指示が出てんじゃねえか!」

「でも、爆豪くんや飯田くんがその捜査本部におるのに……!」

「それとこれとは別だって!……もう理想だけで無茶していい立場じゃないだろ、オイラたちは」

 

 旧A組一の臆病者――それを差し引いても、峰田のことばもまた正論だった。未確認生命体によって影に隠れてしまってはいるが、ヴィランによる犯罪も災害も、日々収まることはない。自身の立場をなげうってでも未確認生命体と戦うと言えば聞こえはいいが、それはそうした脅威からのセーフティーに穴を開けることにもなりかねない。まして、それで返り討ちに遭うようなことがあれば。

 

 

 それは殉職ですらない――犬死にだ。

 

「峰田さんのおっしゃることにも一理ありますわ……今回は」

「ヤオモモ……」

「もちろん都内で活動している以上は、耳郎さんたちのように突発的に交戦せざるをえない状況もあるかもしれません。その際、私たち自身の身も守りつつ被害を最小限にする方法を常日頃から考えておく――いまはそうして、できることをするしかありませんわ」

 

 無謀な戦いに命をなげうつことは、正しくない。だがそれを言い訳にして目の前で失われようとしている罪なき命から目を背けることもまた、正しいはずがない。――だから、自分にできるだけのことをする。

 

「そう、やね……」静かにうなずいたあと、「じゃあさ、パトロール中に未確認と遭遇した場合のシミュレーションでもしない?せっかく三人ヒーローがおるんやし、三人寄ればなんとかってね!」

「文殊の知恵、ですわね。わたくしも賛成ですわ」

「えー……せっかくこれからお色気シーンありまくり昼ドラの再放送が」

「……峰田くん」

「じょ、冗談だって!オイラだってやるときゃエロ抜きでマジメにやるんだぜ……家で録画してるし」

 

 途端にわいわいと盛り上がり出すプロヒーロー勢。学生時代もこうしてあれこれと討議していたのだろうか……そう考えるとより微笑ましく思われるのだった。

 

「いやぁ頼もしいねぇ、最近の若手ヒーローズは。ねえ桜子ちゃん?」

「ふふ……そうですね」

 

 リントが争いを好まない平和な種族であったがために、孤独な戦士だったのかもしれない古代のクウガ。だが現代においては違う。

 彼女たちのような心ある人々がいる限り、クウガは……出久はもう、独りにはならない。

 

 桜子が改めてそのことを感じていると、テレビ画面の向こうが別のニュースに切り替わった。ただしそれは、未確認生命体事件と関連のあるもので。

 

『一方警視庁ではきょう、新型戦闘用パワードスーツ装着員の最終選考が行われており――』

 

 

 

 

 

「――ふ……ッ、はっ!」

 

 黒いレザーに身を包んだ青年がひとり、がらんどうの室内で見えない何かと格闘している。そう表現すると危うい印象を受けるが、彼は頭部をすっぽりとヘッドマウントディスプレイに覆われており、幻覚などではない、電子的には明確に存在するものと戦っているのだ。

 巨大な尻尾を生やしたその姿からわかるように、彼は尾白猿夫その人に他ならない。

 

 彼はいま、G3装着員の最終選考に装着している。モニター越しに仮想敵の姿を認め、襲いかかってくるそれにもてる力を駆使して立ち向かっているのだ。

 

 そんな尾白の姿は、強化ガラス越しのモニタールームで試験官たちによって観察されている。現実の姿ばかりでなく、仮想の――長大な尻尾を生やしたG3が、仮想敵と戦っている姿も。

 

「流石はテイルマン……見事な格闘だ」

「尻尾との併用もうまいものだな。――流石はあなたの教え子、というところですかね……イレイザーヘッド?」

 

 試験官のひとり、抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。本名を相澤消太――尾白や勝己らの担任、その人だ。

 無機質な瞳でモニターを見つめる彼は、小さく溜息をついた。

 

「教え子云々は関係ないでしょう。……確かに彼の格闘技術と個性の相性は良いし、それを活かせてもいます。ただ――」

 

 そこでブザーが鳴った。試験時間終了の合図――それに伴い、バーチャルの戦闘風景も消失する。

 

「それまで。速やかに着替えて待合室に戻ってください」

 

 ディスプレイを外した尾白は、息つく暇もなく撤収していく。その際ガラス越しの相澤と目が合った。一瞬のことだったが……その瞳はより成長した姿を見せることができたという自負に溢れていた。

 確かに、それは認めるところだ。プロヒーローとなって相澤の手を離れてからも、彼らはそれぞれ成長している。――特に良くも悪くも一番印象に残っている教え子、爆心地こと爆豪勝己は本当にめざましいのだが……それはひとまずここでは関係ない。

 

 「ただ」――そう続けようとしたように、それだけでは合格の決め手とはならないと相澤は考えた。この試験はヒーローとしての実力を競うものではなく、あくまでG3の装着員を選ぶためのものだ。そこには明確な違いが存在する。

 

「次は……ああ、この候補者も雄英出身か」

「普通科出身で現在は城南大学の学生……。唯一ここまで残った完全な民間人、一番のダークホースですな」

「………」

 

 愛用している目薬を差してから、相澤は書類に目を落とした。心操人使――教え子と括れるのか、そうでないのか……その微妙な境目にある青年。そんな彼に対し何を思うのか、無機質な瞳からは読めない。

 

 

 

 

 

 漆黒のライダー怪人――ゴ・バダー・バの襲撃を受けるというアクシデントに見舞われつつも、緑谷出久は飯田天哉らとともにミラージュホテルへとたどり着いた。

 

「ふぃ~、やっと着いたぁ……」

 

 運転席から降りた森塚が、ぐうっと伸びをしている。確かに道中色々あったから、達成感を覚えてしまうのも無理はないのかもしれないが。

 

「気を抜いている場合ではありませんよ森塚刑事!我々の職務はここからです!!」

「わかってますって。緑谷くん、TRCSはヘーキそうな感じ?」

「は、はい……とりあえずは、なんとか」

 

 バギブソンに吹っ飛ばされたときはもう駄目かと思ったが、流石は警視庁の新型白バイというべきか。何事もなかったかのように立ち上がり、出久をここまで運んでくれた。

 ただ森塚は、「それはよかった」だけで流してはくれなかった。

 

「とはいえあくまで試作機だからね、あまり過信はしないほうがいい。あとで科警研に持っていったほうがいいよ」

「……そうします」

 

 はっきりうなずき、建物へ向かおうと一歩を踏み出す――と、エントランスからちょうど人が出てくるところだった。

 

「!、かっちゃん……」

「轟くんも――おぉぉい!!」

 

 野外でも反響する大声に、彼らは一斉にこちらを見た。勝己は明らかに眉を顰めている。飯田の声をうるさがったのかと思いきや、それだけではなかった。

 

「おいクソナードゴラァ!!」

「ヒィッ!?」

 

 まさかの自分に矛先が向き、出久は数歩後ずさった。そんなのお構いなしとばかりに勝己は大股で距離を詰めてきた。

 

「テメェ、コイツらより一時間も先に向こう出たハズだよなァ……?」

「そ、そうです……!」

「だったらなんで同着なんだボケカス!!どこで油売ってやがった!?」

 

 あまりの剣幕に言い訳もできず震えることしかできない出久。そんな彼を庇うべく、飯田がふたりの間に割って入った。

 

「待つんだ爆豪くんッ、これにはやむをえない事情があるんだ!!」

「事情だァ?じゃあとっととそれ説明しろや!!」

「どうしてそう喧嘩腰なんだキミは!?」

 

 今度はこの元同級生同士による口論が始まってしまう。出久はもうあわあわしていて使いものにならないため、ここは年長者の出番とばかりに森塚も参戦した。

 

「ハイハイハイやめやめ!――バイクに乗った未確認に襲われたんだよ緑谷くん。ほら、35号んときに邪魔してきた」

「!」

 

 その存在をしっかり記憶していたのだろう、勝己の目が見開かれる。

 ややあって、

 

「……なんで連絡しなかった、テメェ?」

 

 一転して、低く唸るような声で詰問してくる。やばい、本気で怒っている。怯えながらも、出久は飯田たちに隠れることなく進み出た。

 

「そいつ、すごく強くて……時間とられただけじゃなくて、危うくやられるところでさ……」

 

 ふたりが追いついてくれなければ、自分は永遠に東京へ戻ってこられなかったかもしれない。

 

「早く戻らなきゃって焦りとか……それより何より、負けたことがすごく悔しくて、連絡しなきゃとかそういうのが全部、頭から抜け落ちちゃったんだ。……ごめん」

「………」

 

 しかめ面で、頭を下げる幼なじみを見下ろす勝己。ただ基本的にいつもそんなだから、彼の怒りがどこまで根深いかはわからない。

 

「勘弁してあげてよ、爆心地」森塚が再び声をあげた。「連絡しなかったのは僕らも一緒だしさ」

「そのとおりだ……。すまない、爆豪くん」

「……チッ」

 

 舌打ちしつつも、この爆ギレヒーローはひとまず矛を収めることにしたようだった。遅れて駆け寄ってくる焦凍をちらりと見遣りつつ、彼は本題を語った。

 

「来て早々悪ぃが、ここにもう用はねぇ。奴が次に出る場所がわかった……いや、()()()()以上はな」

「!、それって……39号のゲームの法則がわかったってこと?」

「あぁ」

「――それは俺から説明する」

 

 名乗り出たのは焦凍だった。彼の口から、判明したルールについて語られる。それはまだ何も知らない出久たちに、大いなる衝撃を与えるに十分だった。

 

「まさか、そんな……」

「……信じがたいのはわかるが、状況証拠は揃ってる。間違いねえ」

「奴ら、我々の文化をそのような……くっ」

 

 古くから親しまれてきた雅な音楽への造詣――それを殺人に利用するなど。サスペンスの世界なら見事と称賛してもよいが、現実である以上湧き起こるのは怒りでしかない。飯田が拳を握り締めている。

 それはともかくと、表面上落ち着いている森塚が問うた。

 

「"決まった"って、なんか引っ掛かる言い方だね。こっちから場所を指定するみたいな」

「みたいじゃなくて、実際そう」

 

 ぶっきらぼうに応じる勝己。法則が読めた以上、ただ次の場所を予測して待ち構えるだけが能ではない――

 

「都内と近郊のプールは既に営業停止ンなってる。39号は行き場を失ってるわけだ。そんなとき、ひとつだけ営業してるプールを見つけたら、どうすると思う?」

「!、誘い込むつもりか……?」

「正解」

「うーん……そううまくいくかねぇ?一ケタナンバーの頃ならいざ知らず、奴さんゲロ賢いわけっしょ。あからさまな罠に飛び込んでくるかどうか」

 

 森塚が懸念を述べるが、それとて考慮していないはずがない。指摘した当人も薄々わかってはいるのだが。

 

「確かにな、来ねえ可能性もある。だから半分は賭けだ」

「もう半分は?」

「保険。人海戦術で地道に捜す、以上」

「……ナルホド」

 

 確かに面は割れているから、それとて馬鹿にはできないが。

 

「なんにしても、もう鷹野警部補たちがそのための場所を手配してる。奴を引っ張り込んで……一緒に倒そう、緑谷」

「!」

 

 出久はそこで初めて、焦凍の様子が尋常でないことに気づいた。いま現在取り乱しているわけではない――ただ、そうさせるほどの迷いを吹っ切ったような、そんな目をしている。

 

(何があったんだろう)

 

 気にならないはずがなかった……が、訊く間もないままに忙しく移動する羽目になってしまった。いつ39号が姿を現すかわからない以上、致し方ないことではあるが。

 それに、焦凍が吹っ切った様子である以上――強引に追及するのは、かえって失礼な気がした。焦凍自身にも、今日ずっと隣にいた勝己にも。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドゲヅン

イノシシ種怪人 ゴ・ジイノ・ダ/未確認生命体第38号※

「ゴセパガダデデブザブ、ゴ・ジイノ・ダザァ!!(俺は当たって砕く、ゴ・ジイノ・ダだァ!!)」

登場話:
EPISODE 28. ストレイボーイ~EPISODE 29. 僕のヒーロー

身長:202cm
体重:224kg
能力:
見かけによらぬ猛スピードでの突進
二叉の槍
活動記録:
イノシシに似たゴ集団第二のプレイヤー。筋骨隆々とした大男の人間体は、一部ではかつて社会を震撼させた凶悪なヴィラン・マスキュラーに瓜二つとも言われている。
第37号(ゴ・ブウロ・グ)の死後、「地下鉄有楽町線に乗り合わせた乗客に香でマーキングを施し、18時間で288人を殺害する」ゲゲルを行う。武器である二叉の槍を投げつけ、壁に磔にするという凄惨な方法で標的を殺害していった。
戦闘においては持ち前のパワーばかりでなく、クウガを挑発して激昂させようとするなど陰湿な性質も見せた。その後アギトとヒーロー・爆心地まで参戦したために手傷を負わされ、一時撤退する。ほどなくして快復しゲゲルを再会したが、森塚ら捜査本部の面々の懸命な捜査によってルールが露見してしまう。その後標的として出水洸汰を付け狙うが、偶然出久がそばにいたために失敗に終わる。再戦においては負傷したクウガ・タイタンフォームを追い詰めるが、爆心地の援護が入ったことで形勢は逆転、徐々に追い詰められ、最期は突進を敢行したところをライジングタイタンソードに貫かれ、殴りつける意地を見せながらも爆死した。

作者所感:
元々HBV用の怪人ってことで、時系列上一応ゴにされてま~すくらいな感じの……ちょっと残念な子。殺陣は見応えあるものでしたが、短時間であっさり通常マイティにやられてます。声のエンデヴァー……じゃねえや、稲田さんはライダー的にはその後1号になるなど東映には欠かせない人に。声が似てるネタは入れる隙がなかった……見た目はマスキュラー似って設定にしちゃったし。
ベミウは冷さんそっくりだし、微妙にネタかぶりしちまいましたね。まあジイノのほうは"洸汰がそう感じた"くらいの印象なのでセーフ()

※原作では第40号


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EPISODE 31. エチュードの果てに 4/4

結論:詰め込みすぎ


 いよいよ、この瞬間がやってきた。

 

 あふれる緊張を少しでも発散させるべく、レザースーツに全身包んだ心操人使は深呼吸を繰り返していた。

 

『準備はよろしいですか?』

「!、……はい」

 

 指示に従い、ヘッドマウントディスプレイを装着する。その際にちらりと見遣ったモニタールームには、こちらをじっと見つめる恩師の姿。

 過去を思い起こさないと言えば嘘になる。でももう、そんなことで気後れしてはいられないのだ。

 

『では、』

 

――試験、開始。

 

 

 真っ暗だった視界が、途端に拓ける。その眩しさに一瞬目を細める心操。少し視界が慣れてくると、そこがビルに囲まれた都市の一角であることがすぐにわかった。

 右横を見遣れば、そこにはウィンドウに映る青と白銀の機械鎧の姿。既に資料上では何度か確認している――

 

(G3……)

 

 求めてやまなかったその姿。仮想上とはいえ、自分がそれになっている。

 見とれかかっていた心操は、突如迫る風圧を感じて我に返った。咄嗟に飛び退けば、鎌のような物体が自身のいた空間を横薙ぎに切り払っていく。

 

「!、こいつは……」

 

 現れたのは、両手首から鋭い鎌を生やした、カマキリに似た異形の怪物。未確認生命体第32号――メ・ガリマ・バ。

 当然、直接相対したことなどはないが、心操の中ではとりわけ印象に残っている未確認生命体だ。何せ白昼の渋谷駅前スクランブル交差点で、99人もの人間の首を刈った張本人――しかもそのうちの多くは、立ち向かった警官やプロヒーローたち。一応は顔馴染みである雄英ヒーロー科卒業生の上鳴電気・耳郎響香もまた、危うくその仲間入りをするところだったと聞いている。

 

(バーチャルとはいえ、そんなヤバイ奴と戦わせるのか……)

 

 流石は相澤が試験官を務めているだけのことはある――焦燥がないはずがないが、そう思うと笑みすらこぼれてしまう。

 ともあれ――心操は頭脳を忙しく回転させる。この敵は外見どおり、鋭い鎌による斬擊を得意としている。いかにG3が頑丈といえど、それをまともに受けるのは避けなければならない。

 

 ならば間合いを詰めず、遠距離から着実に削っていく――そう結論づけた。

 

 右の太腿に触れる。現実には何もないが、仮想上のG3はそこに武器をマウントしている。"GM-01 スコーピオン"――G3のメインウェポンと形容すべきサブマシンガンだ。対未確認生命体を想定しているために威力は高く、そのぶん反動も大きい。

 そうした説明を事前に受けていても、心操に躊躇いはなかった。両手でそれを構え、銃口を向ける。構わず突進してくる標的目がけ――引き金を、引く。

 

「ッ!」

 

 仮想であるにもかかわらず、手から全身へ、強烈な反動が迸った。弾丸はわずかに逸れ、ガリマの横すれすれの壁に命中する。激しい火花に、その吶喊がわずかに鈍った。

 

「チィ……!」

 

 思わず舌打ちをこぼしつつも、すかさず深呼吸で塗りつぶす。焦りは自分のスタイルを崩し、致命的な失敗を招く一因となる。熱くなってもいいが、冷静に次の一手を考える姿勢を忘れてはいけない。

 

 脚をわずかに広げ、踵に力を込める。落ち着いて照準を定め――もう一度。

 今度は反動で弾道が逸れることはなかった。標的の胴体に弾丸がめり込み、火花と血潮とが飛び散る。

 

 のけぞるエネミー、しかしそれも一瞬のことだった。弾痕はみるみるうちにふさがり、弾丸ははじき出されてしまう。圧倒的な回復力……巷間語られている未確認生命体の特徴そのままだ。

 

(厄介な……)

 

 ちまちまとダメージを蓄積させていく戦法は意味をなさないということか。与えられた時間は限られている――雄英ヒーロー科の入試と同じ。

 

(ッ、あのときとは違う……ッ!)

 

 "洗脳"の個性が通用しない状況であることもまた、共通している。だが自分はもう、個性以外に何ももたないただの少年ではない。この日のために心身を磨き、バーチャルとはいえ武装も与えられている。なんとしてもこいつを、一刻も早く倒さなければ。

 

(なら"GG-02"を……いや駄目だ、万一狙いを外したら……)

 

 GG-02――G3の必殺武器たるグレネードランチャーだ。事前の資料説明によれば、戦車すら一撃で粉々にする威力があるという。いくら頑丈かつ卓越した回復力をもつ未確認生命体といえど、ただでは済まないだろう。

 だがそれも、命中すればの話だ。こんな街中で先ほどのスコーピオンよろしく狙いが逸れたら、大変なことになる。自分の視界に映ってないだけで、逃げ遅れた人だっているかもしれない。

 

――目に見えるものだけが、すべてと思うな。

 

 まだヒーローを目指していた頃、他ならぬ相澤から教わったこと。試験官として彼が見ているという意識が、彼の教えを自ずと脳裏に甦らせていく。

 スコーピオンでの牽制を続けつつ、G3に搭載されたサーチ機能を作動させる。自分自身と、目の前の敵を除く生命反応を捜索――

 

――ほどなくして、捉えた。

 

 ガリマのすぐ傍らのビルの影に、熱源あり。大きさからしてそれは、子供のようだった。逃げ遅れてしまい、動くに動けなくなってしまったのか――それとも怪我でもしているのか。ただ生命反応を発見したというだけで、それ以上のことはわからない。

 

(どうする、確認して救助にあたるべきか?だが……)

 

 この試験において求められているものはなんなのか――心操は考える。順当に考えれば制限時間以内に目の前の敵を倒すこと……だがこのG3の装備といまの自分の実力で、それができるか。

 

(俺の、すべきことは……)

 

 

 直後心操は、"第四の武器"でエネミーを縛り上げていた。

 

(GA-04、アンタレスか……)

 

 敵を捕縛する、強靭なワイヤーアンカー。武器というよりはサポートアイテムに近いそれが、これから自分がとる行動のうえで切り札となろうとは。

 上半身を拘束され、得意の鎌による攻撃を封じられたエネミー。それでも向かってくるその身体に、心操は勢いよくタックルを浴びせた。パワードスーツの重量とそれに見合わぬスピードの相乗効果によって、その身がアンタレスもろとも吹き飛ぶ。

 その隙に、彼は熱源のもとへ走った。そこでいよいよ直接目にしたのは、座り込み、震えている幼い少女。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 声をかけると反射的に顔を上げ、びくっと肩を引きつらせる。いやにリアルな反応、本当にバーチャルなのか疑いたくなるほどだ。

 怖がらせないよう声をかけながら歩み寄りつつ、少女の全身を観察する。

 

(目立った外傷はなさそうだが……)

 

 そこで再び、相澤の教えを胸のうちで唱える。何ごとも決めつけてはならない。

 

「歩けないか?どこか痛いのか?」

 

 わずかにラグがあって、ふるふるとかぶりを振る。やはり、怪我をしているわけではないようだ。だとすれば恐怖で身体が硬直してしまっていると言ったところか。

 

(まずはこの子を避難させることが先決か……)

 

 考えた末、心操は「一緒に安全なところへ行こう」と声をかけて少女を抱き上げた。この仮想空間においてどこまで行けば安全地帯と評価されるのかはわからないが、それはそれとして概ね現実を想定した行動をとる。

 が、振り向こうとした瞬間、G3に搭載されたアラート機能がけたたましく鼓膜を震わした。

 

「――ッ!?」

 

 背中に凄まじい衝撃が加わり、スーツが急に重くなる感触。少女を抱いたまま、心操はたまらずその場に片膝をついた。

 どうにか首だけ傾けて、背後を見遣る。そこには拘束したはずのエネミーの姿があった。引き裂かれたワイヤーが腕に絡みついている。鎌すら使わず、筋力のみで打ち破ったというのか。

 

(これが、未確認生命体……)

 

 目の前の敵が実際のメ・ガリマ・バの戦闘データを基につくられたバーチャルエネミーである以上――これから自分が参戦しようとしている戦場がいかに恐ろしいものであるか、心操は痛感せざるをえない。

 しかもいまの一撃で背部のバッテリーが破損してしまったらしい。エネルギー供給がストップしてしまったパワードスーツは、異様なほどの重量を心操の身体にかけている。無論、仮想のことではあるが、彼の脳は現実にその負担を強いられているのだ。

 

「ぐ……く、そぉ……ッ!」

 

 もはや、万事休す――あきらめがよぎるのも、仕方のない状況。実際、心操とてそうだった。彼は自分の"前科"を思った。

 

 だがその瞬間に脳裏に浮かんだのは、親友の煌めく翠眼だった。自分以上に、夢を踏みにじられて生きてきた――それでも、誰かを救けたいという心を失うことなくまっすぐに生きてきた青年。

 自分の推測が正しければ、彼はいま、その想いを成就させて戦っている。命がけで。

 

(俺、だって……!)

 

 

 動けないG3を尻目に、ガリマは少女を手にかけようとしている。少女はやはり、恐怖に支配されて動けないでいる。

 

 

「……うぉおおおおおおおッ!!」

 

 重い身体を引きずるようにしながらも、心操は割って入った。鎌の一撃が胴体に炸裂し、衝撃ばかりでなく骨が軋むような痛みも襲ってくる。いまのでショックアブゾーバーまで完全に破損してしまったらしい。

 それでも心操はその身を躍らせ、ガリマに組み付いた。彼自身と併せて150キログラムにも及ぶ体重に全力で押し込められれば、グロンギといえど即座には振り払えない。

 

(ッ、いまのうちに……!)

 

 少女を逃がさなければ。だが自分の意志――実際にはプログラムなのだろうが――ではそれも不可能な様子だ。やはり自分が連れて逃げるしかないのか。それが正解だとしても、こんな身体になってしまった以上それもできない。

 

 どうすれば――思考が袋小路に行き詰まりかけたそのとき、何かが不意に降って湧いた。

 

(!、………)

 

 いちかばちか。――でも、やってみる価値はある。

 

「――なぁ、好きなヒーローはいるか?」

 

 唐突にかけられた状況にそぐわぬ穏やかな問いかけに、少女の顔色がわずかに変わった。やはり、極めて精緻な反応。

 

「いたら、教えて……ッ、くれよ……」

 

 ゆっくりと、しかし確実に押し返されつつある。心操は神にも祈るような気持ちでその答えを待った。

 

 そして、

 

「よん、ごう……」

「……!」

 

 その名を聞いた途端、一瞬計画を忘れかけるほどに心が揺れた。――よりにもよって、ここで4号か。

 確かに未確認生命体の猛威が社会を動揺させている昨今、プロではないにせよ4号はヒーローにほかならない。最近では爆心地をはじめとしたプロヒーローや警察とも連携している以上、なおさら。

 

 わかっている。そうだ、あいつはやっぱりヒーローなんだ。だから俺だって、

 

――ヒーローに……なりたい。

 

 青年は己の個性を発動させた。怯えきった少女の表情がたちまち削げ落ち、無と化す。

 

(効いた……!)

 

 自分のことばに相手が反応することがトリガーとなる"洗脳"。バーチャル相手でも通用した――そのようにプログラムされていたということか。

 いずれにせよ、これで。

 

「……全力で走れ。ここから、離れろ」

 

 心操の命令を聞き入れ、少女は一目散にこの場から逃げ去っていく。

 それを見届けたのもつかの間、ついにガリマに振り払われた。そのまま殴り飛ばされ、地面に転がる。立ち上がることもできないまま、上にのしかかられ、首に鎌を突きつけられる。

 

「………」

 

 いよいよ、絶体絶命という状況。しかし心操は、まだあきらめていなかった。

 ガリマの腹部に、硬いものが押しつけられる。"GG-02 サラマンダー"――一度は使用を躊躇った、あのグレネードランチャーだ。

 

「この距離なら、外さねえ……!」

 

 

 ガリマの鎌が一閃するのと、引き金が引かれるのは、ほとんど同時のできごとだった。

 

 

 

 

 

 ベミウは次なるステージへと向かっていた。頭文字に"ソ"のつくプール。しかし都内のプールはすべて営業停止となっているはず。そんな彼女が見つけ出した"狩り場"が、ひとつだけあった。

 

「………」

 

――祖師ヶ谷センタープール。なんの変哲もない遊興用のプールである。警察からのお達しに逆らってまで営業しているとは考えにくい場所。

 あるいは……ゴの中でも知能の高い部類に入るベミウはその理由を半ば察していたが、それでも構わず足を踏み入れた。

 

 

 水着に着替え、プールに入る。やはり()()()()人の気配は、ない。

 

「……出てきなさい」

 

 それでもそうつぶやくと、自身を取り巻くように、四つの人影が飛び出してきた。それぞれが強烈な敵意を帯びている。

 

「ここまでだ、第39号!」

「ハッ、ノコノコ入ってきやがって」

 

 爆心地に、インゲニウム。彼らに比べると背の低い地味な青年は、クウガか。

 

――そして、真正面を塞ぐ紅白髪の青年。

 

「……焦凍」

 

 名を呼べば、鋭かったそのオッドアイがわずかに見開かれる。

 

「酷いわ、お母さんを騙すなんて」

「……ッ」

 

 しなやかなその身体が、震えるのがわかる。これで敵がひとり減った。そう確信して、ベミウは妖しく唇をゆがめた。

 だが――

 

「……やっぱり、違ぇ」

「……?」

 

 大きく息を吐き出したあとに放たれたことばは、どこまでも静謐だった。

 

「アンタなりに母親を演じてるつもりなんだろうが、なんもわかってねえ。俺のお母さんの個性は氷だったが、少なくともアンタみたいに冷たい目はしてなかった」

 

 本当はとても愛情深い、温かい女性(ひと)だ。だからこそ苦しんで、あんなふうになってしまった。――だからこそ彼女の不在が、家族の溝をいっそう深めてしまった。

 

「お母さんは、アンタとは違う」

 

「アンタは偶然俺のお母さんに似ているだけの、ニセモノだ。……ただの、化け物だ」

 

 「だから、ここで倒す」――はっきりと、焦凍はそう宣言した。

 

「……そう。ならば、仕方がないわね」ベミウは表情から笑みを消し、「ここにはあなたたち以外にも誰かいるのかしら?」

「外を我々の仲間が数十人体制で囲んでいる!ここからは絶対に逃がさんぞ!!」

 

 飯田の威圧的な宣言にも、ベミウはたじろぐことなく――むしろ、妖しい笑みをさらに深めていて。

 

「そう、ならよかったわ。あなたたち4人を始末して、あと12人……それでここも達成となる」

「!、貴様……まさか、それが狙いで」

「わかっててわざと誘い込まれたっつーことか。……大した自信だな、このクソアマが!」

「リントとは思えないことば遣いね。そうよ、あなたたちを始末できれば一石二鳥というところかしら。そうすれば、別にプールが閉鎖されていても構わない。水のあるところならどこでもいいの」

 

 自身のゲゲルのルールをひけらかしながら、ベミウはその姿を変えた。肌が薄い水色に変化し、硬い鱗が浮き上がる。柔な女性の肉体が、性別の面影こそ残しながらも大柄で筋肉質な"戦うための身体"となる――

 

「ギンボンザブダダ、ゴ・ベミウ・ギレ」

 

 宣戦布告のごときことばとともに、足首に巻いたアンクレットに手をかける。それはぐにゃりと歪んだかと思うと、長くしなる鞭へと変貌した。

 

「ッ、デク!轟!!」

「うん!」

「ああ!」

 

 

「変――「変身ッ!!」――身!!」

 

 出久と焦凍もまた、腹部から出現したベルトの放つ輝きによって戦士へと"変身"する。出久は身軽な青い鎧をもつクウガ・ドラゴンフォーム、焦凍は黄金の鎧と青き氷結の右腕、赤き紅蓮の左腕をもつアギトへと――

 

 四対一。包囲する側もされる側も、すぐには動き出さない。静かな緊張が、プールを包む。

 沈黙の時が、どれほど過ぎただろうか。

 

 最初に動いたのは、アギトだった。

 

「――ふっ、」

 

 床に右腕をかざせば、途端に巨大な氷山が生え出ずる。猛烈な勢いでウミヘビ種怪人と化したベミウへと向かっていく。

 その規格外の個性は、ゴのグロンギをして脅威を認めさせるに十分だった。軽やかに跳躍し、空中に躍り出ることで氷柱を避ける。ただ自分という標的を失ったそれは、プールに張られた水をも凍結させた。得意なフィールドを封じられ、ベミウは不愉快そうな声を漏らす。

 そこに、ドラゴンロッドを携えた青のクウガが追ってきた。

 

「うぉおおおおッ!!」

「クウガ……!」

 

 ほとんど天井に頭がぶつかりそうな高度。クウガはロッドを勢いよく突き出し、ベミウは鞭を振り下ろす。

 ふたりの身体が交錯し、そのまま位置を入れ替わる形で着地する。ベミウの胸には封印の紋が浮かんでいたが、彼女がその身に力を込めればすぐに消えうせた。

 

「……ッ、ぐ」

 

 一方のクウガが漏らしたうめき声は、悔しさだけから発せられたものではなく。

 その左肩の装甲が、凍りついていた。ドライアイスのように煙が漂っている。

 

「あの鞭、めちゃくちゃ冷たい……!」

 

 それも一瞬先端が触れただけで、こんなふうに凍りついてしまうほどの冷気。焦凍のそれとは異なり極めて限定された範囲の攻撃だが、殺傷能力は遥かに上だ。

 

「もしや、あれで被害者たちも……」

「ハッ、あんなモン吹っ飛ばしゃ終わりだわ!!」

「まっ、待ちたまえ爆豪くん!!迂闊に接近するのは危険だ、掠っただけでも致命傷になるぞ!!」

 

 そんなこと、勝己とてわからないはずがない。

 

「近寄らなきゃいいんだろうがッ、――死ねぇえッ!!」

 

 荒々しい台詞に反した、細かく作りあげられた爆炎弾。それは精密な射撃にも等しく襲いかかる。ベミウは素早くそれらを躱していくが、ついに一発がその身で爆ぜた。

 

「くぅ……ッ」

 

 わずかにうめき、その場に停滞する。その隙を、英雄たちは逃さない。

 

「ワン・フォー・オール……!」

「トルクオーバー……!」

 

 アギトとインゲニウムとが、挟み撃ちに迫り、

 

「KILAUEA SMASH!!」

「レシプロ・バーストッ!!」

 

 同時に炸裂し、ベミウを吹き飛ばした。

 

 

「ベミウ……!」

 

 その様を隣のビルの一室から目の当たりにして、ゴ・ガリマ・バは切羽詰まった声をあげた。

 ベミウが、追い詰められている。クウガとアギトを含めた4人がかりに袋叩きにされて。リントが群れるのは今さらだが、なぜだか耐え難い怒りが沸いた。

 

「ゴボセ……!」

 

 意志よりも先に、身体が動きかけた。当然、あの戦場へと自らも馳せ参じるために――

 

「ジャレデゴベ」

「!」

 

 我に返ったガリマが振り向くと、そこには漆黒の生地にストライプの入ったスーツとソフト帽を纏った青年の姿があった。

 

「ガメゴ……」

「どういうつもりか知らないが、あれはベミウのゲゲルだ。割り込もうものならルール違反になるぞ」

「……ッ、」

 

 いずれにせよ、ベミウは――唇を噛み締めながら、ガリマは戦況を見守るほかにすべはなかった。

 

 

「く、あぁ……ッ」

 

 弱々しくうめきながら、ベミウは床に這いつくばっていた。先ほどの連携攻撃は、予想以上の深刻なダメージを彼女の身体に与えていた。

 だがそれでもなお、彼女は立ち上がろうとする。ただひとつの相棒である鞭を握りしめて。

 

「ゲゲルは……完遂する……!」

「ッ、どうしてだ!?どうして、そこまで……!」

 

 焦凍は思わず詰問していた。人命をゲームの点数としてしか見ていない――理解は絶対にできないが、それはわかる。だがだとしても、たかがゲームじゃないか。自分がここまで傷ついて、なおもしなければいけないことなのか?

 

「お前たちリントには、永遠にわからない……。それが、我らグロンギの誇り……!」

「ッ、あぁ……わからねぇよそんなの……。わかりたくもねえ……!」

 

 拳を握り締めるアギト。彼よりも先に一歩踏み出したのは、クウガだった。

 

「そんな誇り、クソ食らえだ!僕が……僕らが、断ち切ってやる!!」

 

 その義憤に呼応するかのように、クウガの全身が電撃を帯びる。電光が染みついたかのように装甲の一部が黄金に染まり、ほとんど皮膚そのままの薄い肩の装甲は青と金に覆われた。

 ライジングドラゴン――ロッドもまた、両端に巨大なブレードという強力な武器を得ている。

 

 重量の増したそれを軽やかに振り回し――青の金のクウガは、高く跳躍した。

 

「終わりだ――ッ!」

 

 せめてもの抵抗にと鞭を振るうベミウだが、さらにリーチの伸びたライジングドラゴンロッドを前には届きすらしない。そしてそのまま、ブレードが腹部に突き刺さる――

 

「グッ、アァァ……!」

 

 刺し貫かれるばかりでなく、おびただしい封印エネルギーが注ぎ込まれる。激痛に鞭を取り落としながらも、ベミウは手でロッドを掴み、引き抜こうともがいている。

 その抵抗を無に帰すかのように、クウガはロッドに力をこめ、ベミウの身体を宙に浮かせていく。そのまま身体をぐるりと回転させ、

 

 その勢いのままに、投げ飛ばした。

 

「アアアアアア――」悲鳴をあげつつも、「パダギ、パ……ラザァ……!」

「……もう、終わりにしよう」

 

 宙に投げ出されたベミウの真上を、アギトは翔んでいた。

 

「――さよなら」

 

 ワン・フォー・オールと氷結、燃焼――三つの力を込めた両足の蹴りが、ベミウの胴体に炸裂する。

 

「――――」

 

 その一撃は、もはや彼女の意識を完全に刈り取っていた。力を失った身体が、キックの勢いと重力に従って氷の張ったプールへ墜落していく。

 その分厚い氷壁すらも破り水中に墜ちた"それ"は、次の瞬間なんの断末魔もなく爆散した。氷が熱に融かされ、屋内プールに雨が降る。

 

「………」

 

 その身を濡らしながら、ふたりの異形の英雄はただ沈黙のままに、消えゆく爆炎を見下ろしているのだった。

 

 

「ベミウが、まさかああも容易く敗れるとはな……」

 

 一部始終を見届けたゴ・ガメゴ・レは、たった数分間で終わった戦闘に驚きを隠せない様子だった。ベミウだけではない、ブウロにジイノ――これまで倒されたゴの者たちは、みな等しく強豪だった。リントが、それを上回りつつある。

 

「お前たちの言うとおりだったな、ドルド」

「……うむ」

 

 いつの間にか姿を見せていたドルド。ベミウのゲゲルの終了を告げるように、バグンダダを振ってリセットする。ガリマの忸怩たる視線にも目を向けることなしに。

 

「心してかかることだ、ガメゴ」

「フッ……奴らはツキがなかった、それだけのこと。俺は違うさ」

 

 死した者になど興味はないと、去っていくふたり。それがグロンギとして当然の姿だ。頭ではわかっているのに、ガリマは釘付けられたかのようにその場から動けない。

 

「ベミウ……」

 

 毎夜の、ふたりきりの演奏会。あの時間は、一瞬なりともガリマに戦士たることを忘れさせるほど穏やかなものだった。

 彼女の細く白い指から奏でられる美しいしらべ、意を通ずる者にだけ向けられる微笑み――それらすべてはもう、ここから先の未来には存在しない。

 

 気づけばガリマは、一筋の涙を流していた。他人の死に際してグロンギが見せた初めての涙だったが、彼女自身のほかにそれを見る者はなかった。

 

 

 

 

 

 戦場となったあとのプール内では、慌ただしく現場検証が行われていた。

 そうなれば戦士は邪魔になるだけ――ということで外に出ていた出久たち。

 

「………」

 

 その中にあって焦凍は、四散したベミウの骸が運ばれていくさまを見つめていた。

 そんな彼に、出久と飯田とが歩み寄る。

 

「あの、さ……轟くん」

 

 ふたりはどこか心配そうな表情を浮かべている。戦闘の前にかわされたベミウとのやりとりを聞いていた以上、もう事情を知っているも同然なのだろう。

 ならば、これだけは。

 

「――もう、大丈夫だ」

「!」

「心配してくれて……ありがとな」

 

 そう告げると、目を丸くするふたり。何かずれたことを言ってしまっただろうか?コミュニケーション能力に自信のない焦凍は少しだけ不安になった。

 だが彼らは、そのことばを笑顔を浮かべて迎えてくれた。――自分のことばが間違いでないと、表情ひとつで教えてくれたのだ。

 ならば、

 

「爆豪」

 

 ひとり静かに立ち去ろうとしていた勝己を、呼び止めた。

 

「ありがとな……おまえには、ずっと救けられてる」

「………」

 

 背中を向けたまま、

 

「テメェの"それ"は、聞き飽きたわ」

 

 静かにそう応じて、今度こそ去っていった。

 その背姿を見送りながら、焦凍は思う。今度は出久たちに留守を任せて、自分が東京を離れる番だと。そしてたくさん、話をしよう。母や、家族たちと――

 

 

 

 

 

 待合室で、心操人使は祈るように手を組んでいた。

 試験が順風満帆のうちに終わったとは、とても言えなかった。仮にそうだったとしたって、ライバルは現職のプロヒーローや警察官たち。自分の手際で喰らいつけていたとは――

 

(ここにいられること自体、奇跡だったんだよな……)

 

 ちらりと、近くに座る尾白を見遣る。せめて彼が、自分のぶんまで戦ってくれたら――そう思う。

 と、視線に気づかれてしまったのか、尾白がこちらを見た。

 

「どうかした、心操?」

「!、いや……別に」

「そっか。もうすぐだよな、発表」

「……ああ」

 

 もはや固唾を呑むこともない数分間が過ぎたあと、制服警官が入室してくる。場の空気が、さらに張りつめる。

 メモのような簡素な資料を持った警官は、入るなり淡々と声をあげた。

 

「1753番」

「……?」

 

 覚えのある番号。ふと心操は自身の受験票に目を落とす。――そこには、まったく同じ数字が刻まれていた。

 

「1753番!」

「!、は、はい」

 

 強い調子でもう一度呼ばれて、反射的に立ち上がってしまう。警官は特に表情を変えない。呼び間違えでは、なさそうだった。

 

「荷物をまとめてA-5小会議室へ来るように」

「……!」

 

 どういう、ことだ?ふつうに考えれば、いやでも――

 惑う心操。その背中を押すように声をかけてきたのは、他ならぬ尾白だった。

 

「行けよ、心操」

「!」

「きっと、いい報せだよ」

 

 笑顔の彼にそう言われては、動き出すほかなかった。

 

 

 かの警官の案内でたどり着いた先で待っていたのは、猫そのままの頭をした警察官だった。

 

「1753番……いや、心操人使くんだね。私はG3ユニット主任を務めることになっている玉川三茶と言います、はじめまして」

「はじめ、まして……」

「さて、早速だがキミをユニットの一員として迎え入れるにあたって色々と説明しなければならないことがある。警察官でもプロヒーローでもない民間人となると色々複雑でね、しょうがないことだけども」

「!、それって……俺、じ、自分が選ばれたって、ことですか……?」

 

 猫警官が「ンニャ?」と首を傾げる。

 

「もちろん、そうだが?」

「……ッ、」

 

 なぜだ。自分は警察官志望だが、コネはない。試験官である相澤の依怙贔屓という可能性は性格上ゼロだ。そもそも尾白がいるし、相澤ひとりが主張したところで、理がなければ通るはずもない。

 自分の頭ではわからない。――ならば、訊くよりほかあるまい。

 

「……どうして自分なのか、よろしければ教えていただけないでしょうか」

 

 丁寧だが、探るような問い。心操人使という人間について、これまでの試験や身辺調査によってみっちり蓄積されたデータを把握している玉川は、うなずきながら応じた。

 

「射撃や格闘術は学生にしては悪くなかった。肉眼では捉えられないよう配置した要救助者をサーチし発見した点も評価に値した。そして、個性の有効利用――」

「でも、それは……」

 

 自分にできて、プロにできていないとは思えない。

 

「確かに、ひとつひとつ抜き出せばキミより優れている者は多々あった。素早くエネミーを鎮圧したり、戦いを避けて素早く救助を行ったり。……だがヒーローたちはどうしても個性一辺倒のやり慣れた戦い方になりがちだったし、警察官たちは逆に秩序を重視しすぎている。キミはその点、バランスが良かったというのが一致した評価だ。いち学生の身でそれができるなら、誰より成長が期待できると考えられる。そして何より――」

 

 「ガッツが素晴らしかった!」――冗談なのか本気なのか、いまいち判然としないことば。

 未だ釈然としない心持ちは、しかし次のひと言で吹き飛ばされた。

 

「――と、イレイザーへッドも言っていたよ」

「え……?」

 

 このタイミングで飛び出すとは思わなかった名に、心操は取り繕うのも忘れて呆気にとられた。

 

「キミのあきらめない心……それを誰より、彼は推していた」

「……そんな、」

「それと、こうも言っていた。これは論評ではなく、キミに向けたことばだけどね」

 

『――おまえの成長、見せてもらった』

 

 

『今度こそヒーローになれ。おまえなら、できる』

 

 

「……ッ、」

 

 気づけば心操は、泣いていた。人目も憚らず。幸いだったのは、目の前の猫警官がそれを見て見ぬふりできる器量の持ち主であったことか。

 

――先生はいまでも、自分に目をかけてくれていた。

 

 

 男泣きに泣く心操人使が相棒となったことを祝うかのように、薄暗い保管庫の中、G3のスーツが橙色の瞳を輝かせていたのだった。

 

 

つづく

 

 




発目「ウフfF、次回予告です!」

発目「G3装着員は心操さんに決まりましたか。色々ありましたがこれでようやくG3ユニット発足と相成ったわけですねウフfFF!私もユニットの一員としてあんなコトやこんなコトに励みますよぉ!!」
パワーローダー「工房に入り浸ってた成果ってわけだな、くけけ……。だが未確認の連中はどんどん強くなってる、おまえの最高傑作がどこまで通用するかな?」
発目「流石先生、痛いとこ突きますねぇ~。でも大丈夫、緑谷さんや轟さんたちとの超連携プレーで……あれ?」

EPISODE 32. 心操人使:リブート

発目「ここに来てまさかの、緑谷さんと心操さんがケンカ!?」
パワーローダー「これじゃあプルスウルトラできないな、くけけ……」


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EPISODE 32. 心操人使:リブート 1/3

デクにクウガのライドウォッチを突っ込んだ結果が当作品です(大嘘)


 がらんどうの演習場内に、激しい射撃音が響き渡っていた。

 飛び出す人型の的、その中心が次々に蜂の巣にされていく。どれだけ素早く四方八方に現れようとも、それは変わらない。

 

 そんな精緻な射撃を繰り出しているのは、人間ではなかった――あくまで外見は。"G3"と名づけられた青と銀のパワードスーツを纏っているだけで、その中身はれっきとしたひとりの青年だ。"GM-01 スコーピオン"と名づけられたサブマシンガンを携え、標的を正確に撃ち貫いていく。

 

『G3マニューバー、ステージ2へ移行します』

 

 演習場内に響くアナウンス。直後に的の出現は停止し、今度は四方八方からサッカーボール大の鉄球がG3めがけて飛んでくる。

 スコーピオンを咄嗟に右腿にマウントし、徒手空拳を構える。自動車ほどの速度で迫る鉄球、生身の拳などぶつけたりしたら粉砕骨折は免れない。無論、身体のどこに当たっても同じこと――最悪、致命傷になる可能性すらある。

 

 が、G3の拳を受けて粉砕されたのは鉄球のほうだった。ぱらぱらと床に落ちる音は、さらなる粉砕によってかき消される。

 それが鮮やかに繰り返される様に、強化ガラス越しに見入る人々。その中にあって"人"と形容するには一瞬憚られる猫そのままの頭の警察官が、ニヤリと笑いながら口を開いた。

 

「ご覧のとおり、この三週間ほどで彼の能力は飛躍的な上昇をみせています」

 

 彼――玉川三茶がそのことばを向けるのは、この科警研の所長である結城だった。実際の演習風景ばかりでなく、三週間前――選考試験時のデータとリアルタイム現在のデータの比較を眺めつつ、うなずく。

 

「確かに。元が半分素人だったとはいえ目を瞠る成長率だ。まだまだ荒削りな面も見受けられるが、これならば実戦への投入も可能かもしれないね」

「ええ。実際、新たな未確認生命体出現に際しては出撃させる旨、決定済みです」

「そうか。ただ……技官の私が申し上げることではないかもしれないが、彼はあくまでG3ユニットに籍を置いてもらっているだけで完全な警察官というわけではない。もちろん警察官やプロヒーローだったら疎かにしていいというわけではないが、彼の身の安全はより注意深く図っていただければと思う」

「もちろんです」

 

 確かに科警研の所長であるこの男は元々研究者で、警察組織内に階級をもっているわけではない。ゆえに公に命令権はないが……彼が警視総監と懇意である以上、そのことばには重みがある。無論、彼自身の人格の寄与するところも大きいが。

 

「そろそろ時間だな……すまないがこの辺で失礼させてもらおう。彼の成長ぶりは私から総監に伝えておく」

「よろしくお願いします、所長」

 

 端正な顔立ちを穏やかに弛めて、結城所長は颯爽と去っていった。

 それを見届けたあと、玉川はマイクに手を伸ばした。

 

「そこまで。マニューバー終了です」

『……了解』

 

 ややぶっきらぼうに響く応諾とともに、G3がその動きを止めた。静かにヘルメットに手をかけて開放ボタンを押せば、後頭部側の安全装置が外れる。

 

 そうして現れた、まだ青年の少し斜に構えたような顔立ち。それはまぎれもない、心操人使のものだった。

 

 

「――お疲れさま心操くん、まずはシャワーを浴びて休憩して。そのあと発目くんが……あれ?」

 

 玉川が気づいたときには、隣でデータ収集に興じていたはずの若手女性研究員の姿は消えていた。

 

『心操さぁあああんッ!!』

「ッ!?」

 

 いきなりスピーカー越しに響く声に、玉川はビクッと猫耳を揺らした。目を戻せば演習場内、既にかの研究員の姿があった。首から下はまだG3のままの心操に駆け寄っていっている。これがふつうの若い女子ならタオルとスポーツドリンクでも差し出すところなのだろうが、彼女が手にしているのはノートとペンだけで。

 

「早速で申し訳ありませんがッ、またご意見をお聞かせください!」

『謝ればいいってもんじゃないよ発目くん!?』

 

 マイク越しに玉川が諫めるが、この研究員――発目明の耳には入っていないようであった。

 呆れた様子の猫警官に「自分は大丈夫」と手で伝えると、心操は落ち着いた声で発目のことばに応えた。

 

「まだスコーピオンの弾速が遅いかな。あと引き金の反応も少し甘い気がする」

「フムフム……なるほど」そのままメモに書き連ねていく。

「それと今日の演習じゃ使ってないけど、前に言ったアンタレスの強度の件はどうなった?」

「その件でしたらご心配なく!ワイヤーに発泡金属によるコーティングを施すことで従来の1.2倍の強度を……」

 

 熱心に話し込んでいる様子を見て、玉川は小さく笑いながら頬杖をついた。猫そのままの可愛らしい顔立ちのため傍目にはわからないが、G3ユニットの班長に選任される程度には彼も年齢と経験を重ねている。若者たちが理想に燃えて邁進している姿というのは、見ているだけで自分自身の活力となるのだった。

 

 

 

 

 

――数日後

 

 心操人使の大学の友人であり、G3の先祖ともいえる未確認生命体第4号ことクウガの正体でもある、緑谷出久。彼もまた、この日は科警研にいた。

 彼と小柄な刑事が難しい表情で見つめるのは、最新鋭の白バイの試作機でありながら、いまは漆黒に染めあげられているマシン――トライチェイサー。紆余曲折を経て出久の愛機となっており、出久と合同捜査本部の協力体制が整ったいま、G3ユニットの一員として忙しい発目に頼らずとも堂々と持ち込めるようになった。

 

 とはいえ、感情面ではまた別問題――というわけで、開発に協力した経緯もあって顔のきく森塚刑事に同伴してもらい、ゴ・バダー・バとの戦闘で傷ついたトライチェイサーを修理に持ち込んだのだ。

 修理と言っても、見た目には大きく損傷したわけではない。あれからそれなりに日数も経過しているが、問題なく走ってくれている。

 

 だから、きっと大丈夫――そんな願望にも似た予測は、修理を行ってくれた元開発担当の研究員によってきっぱり否定された。

 

「――結論から言えば、トライチェイサーは相当ガタが来ています。もう限界に近いと言っていい」

「……!」

 

 そのことばに、出久は一瞬呆然としてしまった。限界――そんなもの、考えたこともなかった。

 二の句が継げない出久に代わり、森塚が冷静に尋ねる。

 

「……未確認のバイクに吹っ飛ばされたのを加味しても、TRCSは強い衝撃にも耐えうるよう造られてるはずです。試作機である以上、イレギュラーが起きるのはやむを得ませんけど、五ヶ月弱でそんな状態になるほどの原因があるんですか?」

 

 本来、このように長期間にわたって実用に供されることは想定されていない試作機であるトライチェイサー。その状況自体イレギュラーと切って捨てることは簡単だが、明確な理由があるなら知りたいと思うのも人情だった。

 皮肉なことに、そうした期待に対する答えは持ち合わせられていて。

 

「おふたりは、"金属疲労"という現象をご存知ですか?」

「……ええと、聞いたことくらいは」

「外力が繰り返し加わった結果金属の強度が弱まってしまう……的なヤツでしたっけ」

「概ねその理解で結構です」

 

 同じ文系でも、森塚のほうがわずかにその手の知識は上回っているらしかった。

 

「でも、一体どうしてそんな……」

「緑谷さんにお心当たりがないなら、原因は恐らくひとつ。――未確認飛行体との融合です」

「……!」

 

 未確認飛行体――ゴウラムとの融合。思いもよらないひと言に、出久は再び目を見開いた。

 

「資料を見せていただきましたが、飛行体との合体の際、TRCSの車体は原型をとどめないほど大きく変形しているようですね」

「は、はい……でも――」

 

 融合が解ければ、一瞬のうちにもとの形態に戻っている――クウガの武器同様に。

 しかし急激に変形させていることに間違いはない以上、それは確実にトライチェイサーの身体に負担となっていたのだった。

 

「とにかく、できるだけ長く使いたいなら融合は避けてください。ただそれでも、TRCSがいつまでもつかは……予断を持てません」

 

 淡々としたそのことばは、自分自身への余命宣告のように重々しく響いた。

 

 

 

 

 

「参ったねぇ。正直ヤな予感はしてたんだけどさ」

 

 あっけらかんとした銭形かぶれの童顔刑事のことばは、地下駐車場に虚しく響いた。

 

「……ごめんなさい。僕、まさかそんなことになると思ってなくて」

「いやいや、きみを責めてるわけじゃないよ。実際、ゴウラム合体トライチェイサー……長いからトライゴウラムでいいや、必要な戦力であることに間違いはないんだし。ただ、TRCSはそれに耐えることをそもそも想定してないからね」

「………」

「ま、老犬飼ってると思って大事にしてあげてよ。きみもこの子に愛着はあるでしょ」

 

 「わかりました」とうなずく出久。だがその表情は完全には晴れない。思い詰めている――それが必ずしもトライチェイサーのことのみを理由としていないと、森塚は知っていた。

 

「それはそうとまさしく驚天動地ですよねぇ、きみの友だちがG3の装着員に選ばれるとは」

 

 出久が大きな瞳をわずかに伏せる。童顔具合は五十歩百歩ながら自分よりひと回り背の高い青年だが、こういうところはやはりまだ子供だと感じる。

 

「何か思うところがある感じだねぇ。事前に相談がなかったの、やっぱり不満?」

「不満ってわけでは……。僕も自分のこと、全然話せてなかったし……」

 

 そのことに対する後ろめたさは間違いなくある。ただやはり、「なんできみが」という気持ちも否定できない。だから早く話をしなければと思うのに、いままでは気軽に送っていたラインのメッセージすら打てないままだ。大学の夏期休暇に入ってほどなく、海水浴に誘って忙しいからと断られたのが、現状ふたりの最後のやりとりとなってしまっている。

 

「今日の捜査会議って、G3ユニットの人たちもいらっしゃるんですよね?」

「うん。――あぁそっか、きみも来るからそこで久々の対面になるわけだね、心操青年とは」

 

 しかもいままでのように、ただの友人同士としてではなく。最前線で未確認生命体と戦う、"仲間"として。

 互いにそのための力と立場を得た以上は当然の変容なのだが、この青年の心がそれを受け入れられるかはまた別の話だった。

 

 

 

 

 

 高さ数十メートルにも及ぶ建築が立ち並ぶ都会の一角。

 

 その中でもひときわ飛び抜けた高層ビル内に、ガラス張りのエレベーターに乗り込む三人の男女の姿があった。白いドレスを纏った怜悧な風貌の美女に、着流しを纏った目つきの鋭い男、そして真夏であるというのに漆黒のコートに目出し帽で完全武装した顔色の悪い男――まったく統一感のない取り合わせである。

 

 彼らに共通するものといえば、日本語とは似て非なる奇怪な言語だった。

 

「ボソガセスドパバ……バロ、ベミウ。ジャザシ、ジャヅサンヂバサパガバゾセバギ」

「ヂバサザ、ベゼパバギ。ヂゲグガスビパ、リントダヂ」

「……ゾボラゼヅグショググスババ、ビ、キュグキョブンジャリ」

「………」

 

 意味深長な笑みを浮かべる男女――バルバとガドル。一方で憮然とした表情のまま黙りこくるゴオマ、自分が百体いても勝ち目のないふたりと行動をともにせねばならないストレスは相当なものだったが、それを気遣う者はグロンギにはいない。

 そうこうしているうちに、エレベーターが最上階へたどり着いた。廊下を進み、妖しげな色の電球に彩られた一室に進み入る。部屋の中央にはルーレットが備え付けられたテーブルが置かれており――その周囲に、やはり三名の男女の姿があった。成熟した風貌のバルバたちと異なり、かの三人組はまだ若い。

 

 その中では比較的大人びたストライプのダークスーツを纏った気取った容姿の男が、両手を広げて彼女らを迎え入れた。

 

「ジョブビダバ!ゴセンゲゲルン、ランババビ」

「………」

 

 陽気な振る舞いににこりとすることもなく、バルバは左手をす、と掲げた。指輪と一体化した双爪。男が半年近く、待ちわびていた瞬間を静かに告げるものだ。

 

「バギングゲギド、ジバンゼバギング、バギングゲヅンビン……いいな?」

「72時間で567人か。パワフルなプレイがお好みと言うわけだな」

 

 「酔わせてやるよ」と、自信満々に続ける。遊興めいたことばながら、彼――ゴ・ガメゴ・レがこれから始めようとしているのはまぎれもない、血と悲鳴にまみれた虐殺だった。

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 ゲギド

ライジングドラゴンフォーム

身長:2m
体重:92kg
パンチ力:2.5t
キック力:5t
走力:100mを1秒
ジャンプ力:ひと跳び50m
武器:ライジングドラゴンロッド
必殺技:ライジングスプラッシュドラゴン
能力:
ドラゴンフォームが雷の力"ライジングパワー"で強化された姿だ!元々卓越しているジャンプ力と瞬発力が大きく強化されているほか、ブレードを装着したぶん重量の増したロッドを軽々振り回すだけのパワーも持ち合わせているぞ!そのためブレードを突き刺した相手を振り回してブン投げるというスピードタイプにあるまじき攻撃が必殺技なのだ!スゲーぜクウガ!
しかし他形態のライジングフォームに比べるとどうしても破壊力に劣る……。30秒しかもたない形態であることを鑑みて、使いどころがちょっとムズカシいのが玉にキズだ!


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EPISODE 32. 心操人使:リブート 2/3

ヒロアカ3期がいよいよ終わりましたね…。
同時に4期おでめとう!まあビッグ3と治崎さんに声ついた時点であるだろうな~とは思ってましたが。同時に劇場版第2弾も期待したいお年頃。




 出久が森塚刑事とともに警視庁に到着したのは、本来の会議開始時刻をわずかにオーバーした午前十時五分だった。

 

「いっけな~い、ちこくちこくぅ~♪」

 

 裏声でつぶやきながら堂々と闊歩する森塚の背中は、小柄な若手――捜査本部の警察官の中では一番後輩らしい――とは思えない謎の風格を兼ね備えている。単に図太いだけと言われればそこまでだが。

 

「ン~……やっぱ自分で言うのはなんかちげーなぁ。あぁそうだ、この曲がり角曲がったらロリ巨乳な女子高生とぶつかるのとオールマイトとぶつかるの、緑谷くんならどっちがいい?なお後者は衝撃で肩を脱臼するものとする」

「え、っと……――その二択ならぎりぎり……オールマイト?」

「……このヒーローオタクめ!」

 

 オタクにオタク呼ばわりされるというなかなか貴重な体験を出久が味わっていると、森塚が本当に曲がり角で何者かと衝突した。「ぐえ」という蛙のつぶれたような声とともに、森塚が尻餅をつく。

 彼がぶつかったのは女子高生でも、もちろんオールマイトでもなかった。どちらかといえば後者に近いか。

 

「これは失礼しました、森塚刑事!!」

 

 ぴりっとワイシャツを着こなした体格のいい青年。飾りっ気のない眼鏡と硬い口調は自分が優等生であることを無自覚にアピールしているようでもあり。

 

「あ……飯田くん」

 

 出久は思わず彼の名前を呼んでいた。飯田天哉――ターボヒーロー・インゲニウム、出久の友人であり合同捜査本部のメンバーである。

 

「痛ってぇなーもう!なんできみがそんなとこに立ってんだよぉ、せめて鷹野さんにしてよ、せめて!」

「?、おっしゃっていることはよくわかりませんが……。私がここでこうしているのは遅刻したおふたりを迎撃するためです!!」

「げ、迎撃?」

 

 思わぬワードチョイスに当惑する出久だが、この青年はいつだって大まじめなのだった。

 

「社会人たるもの三十分前行動は基本中の基本でしょう!!――緑谷くんッ、成人してなおかつこのような場に呼ばれる立場である以上はきみもだぞ!!」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 ほとんど反射的に謝罪する出久に対し、

 

「ンなこと言ったってよぉ~、僕らも遊んでたわけじゃないんだからよ~」

 

 口を尖らせる森塚。「どんな理由があろうとダメなものはダメ!」とばっさり切り捨てられること前提の反論ではあるのだが。

 ともあれ実際にそうしたところで、飯田は小さく溜息をついた。強張っていた肩からわずかに力が抜ける。

 

「……ともかく、G3ユニットの皆さん方ももう到着されています。参りましょう!」

「おーけーおーけー」

「う、うん。……あのさ飯田くん、」

「ん、どうかしたか?」

「G3の装着員……心操くん、どんな感じ?」

 

 飯田の瞳に不思議そうないろが浮かぶ。凄まじく抽象的な質問をしてしまったという自覚は、出久自身あった。

 

「どんな感じ……というと?」

「えっと……ごめん、僕の中でもうまく纏まっていないというか………」

「ムム、そうか。そうだな……俺が率直に感じたことで言えば、かつてとは比べものにならないくらい頼もしい雰囲気になっていたというところかな。我々の担任だった相澤先生……イレイザーヘッドが推薦したのも納得できる」

「……そっか」

「うむ。彼ならばきっと、G3を使いこなしてくれるだろう!」

 

 それはきっと、そうなのだろう。数多のプロヒーローや警察官を差し置いて、学生の身で装着員に選ばれた心操人使。そのために、涼しい顔をして裏では血のにじむような努力をしていたであろうことは、まったく想像に難くない。親しい友人として、彼の努力家としての一面はそばで見てきたつもりだ。

 それでもなお表情は晴れないまま、出久たちはついに会議室にたどり着いた。

 

「失礼します!森塚刑事と緑谷くんが到着しました!!」

 

 飯田の威勢のいい報告とともに入室する。長方形になるようセッティングされた長机の群れに、所属の捜査員やヒーローたちが既に着席していた。轟焦凍や関東医大の医師である椿秀一の姿もある。――そして、G3ユニットの三名。

 猫頭の警察官――面構と絶妙に対になっている――も、既に顔なじみになっている発目明も、出久の意識の内には入らない。

 

 ただ否が応にも視線を向けてしまうのは、雄英の夏服にも似たデザインの制服を纏った目つきのよくない青年。その藤色の瞳と視線が交錯する。驚愕は、覗えない。元々事情を察していたふしのあるこの友人も、G3装着員となってクウガの正体を必要な知識として与えられたのだろう。

 

(心操くん……)

 

 ひと月ぶりの再会に、うまくことばが出てこない。これだけの人数の前というせいもあるかもしれないが――

 

「デク、テメェここ」

「!、あ、う、うん。ありがとうかっちゃん」

 

 爆豪勝己がぶっきらぼうに隣の席を勧めてくれたので、出久はそのとおりに移動せざるをえなかった。次にちらりと視線を向けたときには、藤色の瞳はもう自分を見てはいなかった。

 

「さて、全員揃ったので始めましょうか」塚内管理官が告げる。「ではまず……先ほど概ね話はしてもらっていると思うが、G3ユニットのお三方のご紹介から」

 

 まず猫頭の警察官が立ち上がり、「主任の玉川三茶です」と名乗った。その際塚内と親しげに視線を交わしあったところを見るに、旧知の仲であるらしい。

 次いで各種装備の開発や調整を担当する発目明――そして最後に、

 

「装着員となりました心操人使です、よろしくお願いします」

 

 心操が綺麗に背筋を折る。その様を見つつ、本部長が口を開いた。

 

「皆ももうご存知のとおり、彼は城南大学の学生……緑谷くんの友人で、爆心地たちとも旧知の関係だそうだ。スムーズな連携を期待するワン」

「……チッ」

 

 露骨に舌打ちする勝己。彼の場合のそれは様式美のようなものなので、一同から散発的な失笑が漏れるだけに終わった。もっともそのために、出久まで表情を曇らせていたことには誰も気づかなかったのだが。

 

「G3ユニットとは緊密な協力体制を早急に築き、激化する未確認生命体事件に対処していきたいと考えている。そのため今後の捜査会議にはオブザーバーとして参加してもらうことになった。皆にも積極的な意見交換を行ってもらいたい。――さて、本題だが……」

 

 塚内の目配せを受けて立ち上がったのは、珍しくスーツ姿の椿医師だった。

 

「関東医大病院の椿です。まずは第39号被害者の死因について改めてご説明したいと思います」

 

 椿の指示に従い、報告書に目を落とす。そこには簡略化された人体の図解のようなものが描かれていた。左胸に赤く印がつけられている。

 

「被害者の死因が急激な温度変化による心臓麻痺であることは、既にお知らせしているとおりですが……詳しい調査の結果、さらに恐るべき事実が判明しました」

「恐るべき事実……とは?」鷹野が訊く。

 

 温度変化――プールにせよ風呂にせよ、外気温とあまりに差のある温度の水を心臓近くにかけるのは危険。監察医ばかりかその辺の主婦だって知っていること。

 だが椿が語ったことは、想像の遥か上をゆくものだった。

 

「被害者の遺体の左胸には、ごく小さな火傷痕のようなものがありました。それは火傷ではなく、むしろ極低温の物質が触れたことによるものだったんです。おそらくは、ほんの一瞬……」

 

 ほんの一瞬、ほんの一瞬小さな何かが胸に触れただけで、被害者たちは苦痛を周囲に訴えることもできぬまま即死した――

 

「そんなことが……」

「……実験でもしてみないと明言はできませんが、零下100℃とか150℃の世界の話です。そんなものを軽々と扱う技術は……いまの人類にはない」

 

 口惜しげな声音で、昏い事実を告げる椿。古代の殺戮者たち――彼らはこの超常社会の上を行っているのだと、認めざるをえない。クウガやアギトとここにいる面々が協同すれば倒せる敵だというのは、いつ崩れ去ってもおかしくない脆いアドバンテージでしかないのだ。

 そしてそんな中でも最も頼りにすべきクウガもまた、爆弾を抱えている身であった。

 

「そしてもうひとつが、緑谷の身体のこと。これはG3ユニットの皆さんにも知っておいてもらうべきだと思います」

 

 藤色の瞳が勢いこんでこちらに向けられたのがわかって、出久はどきりとした。

 

 今度の資料は、人のレントゲン写真だった。その腹部に浮かぶベルト状の装飾品が、誰の身体を写したものかはっきり示している。

 

「緑谷が"金の力"と呼んでいる電気エネルギーによる新たな強化形態への変身能力……それと引き替えに、変化はさらに加速している。"戦うためだけの生物兵器"――近いうちにそうなる可能性にも、主治医として言及しないわけにはいきません」

「……ッ、」

 

 勝己をはじめ、捜査本部の面々は一様に硬い表情でいる。しかしそれは、出久の身体がどういう状態なのか、既に理解できているからだ。そのうえで、ともに戦おうという覚悟をもっている。

 だが発目を除くG3ユニットのふたりは違う。もう大人で、捜査本部の方針を冷静に受け止めている玉川はともかく、心操の内心はひどく荒れていることだろう。――視線が、痛い。

 

「……それでも、我々にとって緑谷くんは必要な存在だワン。無論強制はできない、だが緑谷くんの自由意志が我々と同じ方向を目指している限り、この協力体制は続けていきたいと考えている。玉川くん、わかってくれるな?」

「個人的に思うところはありますが……合同捜査本部がそういう方針であるなら、ここで異論は述べません」

 

 犬頭と猫頭が神妙に向き合っている様子は、この超常社会にあっても滑稽さがつきまとうが……それを口にする怖いもの知らずは、流石にこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 会議は一時間とかからずに終わった。今回は本当に、G3ユニットのこと、逆に彼らからすれば得体の知れない存在であろう"クウガ"――双方の距離を縮めることを意図していたらしい。

 

「緑谷」

 

 散会していく中、ゆるゆると立ち上がろうとしていた出久に声をかけたのは、案の定というべきか心操だった。元々友人同士という関係が知られているために、その接触を気にとめるものはほとんどない。

 

「ちょっといいか」

 

 穏やかに――あくまで表面的には――誘われる。出久は躊躇うことなくうなずいた。ちょうどいい、話はこちらにだってあるのだ。

 玉川にひと声かけて出ていく心操のあとに続こうとすると、今度は後ろから焦凍が話しかけてきた。

 

「緑谷、グラントリノと約束あるから俺はもう帰るけど……大丈夫か?」

 

 親しい友人同士にしては不穏な空気を察したのだろう、その声は気遣わしげだ。

 

「うん、大丈夫だよ。ちょっと話するだけだから」

「……それならいいが。じゃあな、爆豪も」

「おぉ、早よ帰って介護してやれや」

「……介護するには元気すぎるぞ、あの人」

 

 大真面目に突っ込みつつ、焦凍は颯爽と去っていった。

 

「じゃあ、僕もちょっと行ってくるね」

「………」

 

 勝己は何も言わず、ただじっと出久を見下ろしていた。口出しするつもりはないということだろう。出久と心操の友情はもとより、クウガもヒーローも介在しないところで生まれたのだから。

 

 

 心操が出久を招き入れたのは、捜査会議が行われたのに比べると随分こぢんまりとした一室だった。窓はあるが日当たりが悪く、昼間でも薄暗い。

 

「……あれ、どういうことだ」

 

 開口一番、低い声で切り出される。藤色の瞳は爛々と光っていて、彼にしては珍しく感情を剥き出しにしていることがまざまざと見てとれる。でもそれは覚悟できていたことだったから、出久は負けじと翠色の瞳でそれを睨み返した。

 

「あれ、って?」

「椿って医者の人が話してたことだ」

 

 

「なんだよ、"戦うためだけの生物兵器"って」

「……ッ、」

 

 一瞬詰めた息を、出久はフッと吐き出した。

 

「僕がクウガ……4号だったってことには、何も言わないんだね」

「それは薄々わかってたからな。おまえが言い出せなくて悩んでたことも。……だから、それはいい」

 

 いくら友だちでも、言えないことはある――以前心操が告げた、そんなことばを思い出す。

 

「でもさ……そんな話聞かされて、気にせずお手々つないで一緒にがんばろうなんて、言えると思うか?」

「………」

「誤解させたくないからはっきり言う。……おまえはもう手を引け、緑谷。爆豪たちがいて、轟もいまは連中以上の力をもってて――こうしてG3もここにいる。おまえが爆弾を抱えて戦い続ける必要なんて、どこにもないだろう」

 

 だから本当は、会議の場ではっきり言いたかった。「自分はこいつを戦わせることには反対だ」と。だが合同捜査本部の方針に噛みつくようなことをしたら、せっかく上司たちが築き上げようと努力している協力体制にヒビが入ってしまうかもしれない。何より自分は装着員だが、正式には警察官ではない学生の身だ。

 だからそれは、出久自身を突き崩すことでしか成せない。あの犬頭の本部長は強制はできないと言っていた。出久が民間人である以上、当然のことではあるが。

 

「それは……もうとっくに、色々な人に言われてる。轟くんや飯田くん……かっちゃんにも。けどそれでも、いまはみんな、僕を仲間として受け入れてくれてる」

「だから俺も、いずれはそうなるって?」

「……そうであってほしい」

 

 くくっ、と心操が笑った。それはひどく空々しい、感情のこもっていない――あるいは押し殺した――笑い方だった。嘲笑に似ていて、でも根本的なところで何かが異なっているとも感じる。

 

「――知らなかったよ。あんたがそんな、独りよがりだったなんて」

 

 その声は、ぞっとするような冷たさを孕んでいた。

 それが他ならぬ、自分自身に対して向けられているという事実。二年かけて育んできた友情に亀裂が入っていくのが肌でわかる、しかし出久はそれを阻むために堪えるより、自分の感情を爆発させることを選んでしまった。

 

「そんなの……ッ!大体ッ、戦う必要がないってンならきみもそうじゃないか!!警察の人たちやプロヒーローを差し置いて、きみが未確認生命体と戦う必要がどこにあるんだよ!?」

「いまは学生でも、俺はいずれ警察官になるつもりだった!それが早まっただけだッ、おまえとは違う!」

「それなら僕だって昔からヒーローに憧れてた!いまはただの学生で危険なことしてるってのは、きみも僕も変わらない!自分のこと棚に上げて、独りよがりだなんて言われる筋合いはない!!」

「危険の度合いが違いすぎるから言ってんのがわかんねぇのかよ!?おまえは敵に殺されるだけじゃなくて、人間じゃなくなるかもしれないって言われてんだぞ!!」

 

 

「俺に……友だちがそうなるのを、受け入れろって言うのかよ……?」

 

 心操の最後のことばは、震えていた。出久はそれで冷静さを取り戻したけれど、自分の想いを曲げることも、納得いくように伝えるすべも知らなかった。

 

「……僕は()()、そんなふうになるつもりはない」

「"つもり"……かよ」

 

 「もういい」――そう吐き捨てて、心操は出久に背を向けた。

 

「どっちにしろこれからは、あんたに出番なんて与えない。あんたが出てくる前に、俺が奴らを殲滅する」

「ッ、そんなこと――」

「――できなきゃ、俺がここに来た意味がない」

 

 悲壮感すら漂わせながら、心操はそのまま去っていった。もう、一度も振り向くことなく。

 

「……くそっ!」

 

 たまらず出久は、壁に拳を叩きつけた。わかってくれない心操への怒り……それ以上に、自分自身の不甲斐なさ。

 

 結局これは、自分自身がまいた種なのだ。いつかはと思いながら先延ばしにしてきた、そのツケを払わされたということだ。彼の優しさに甘えてきた自分を、今さら呪うしかなかった。

 

 

 

 

 

 街に、鉄球が降りそそいでいる。雨でも雹でもない、正真正銘の鉄球だ。

 サッカーボール大のそれは、直撃したものをことごとく潰し、破壊していく。建物も、車も――

 

――そして、人も。

 

 

 わずかに離れた歩道橋からそれを見下ろしつつ、仮面の男――ドルドは淡々と増えていく死体を数えおろしていく。

 

「54のうち……命中は、37」

 

 バグンダダの珠玉を鮮やかに移動させたうえで、彼はマントを翻して去っていった。

 

 

 

 

 

 警視庁の地下駐車場に、ふたつの足音が響き渡っている。

 浮かび上がるふたつのシルエット、いずれも大人の男性のものだ。特に一方などは、影だけでも体つきがしっかりしていることが見てとれる。――椿秀一と爆豪勝己だ。

 

「あのG3の装着員になった心操って奴、案の定緑谷の身体のこと聞いて反応してたな」

「……まあ、そりゃそうだろ」

 

 これまで様々な経緯を積み重ねてきた自分たちならともかく、心操はゼロの状態であの事実を知ることになってしまったのだ。それを聞いてもどうとも思わないような冷血人間だったなら、そもそも出久と長年友人関係など築いてはいまい。

 

「デクの野郎、あいつに呼び出されてたみてぇだし……今ごろは揉めてんじゃねーの」

「おまえ……わかってんなら放っとくなよ……」

「フン、たまにはあの馬鹿も痛い目見りゃいいんだわ」

「………」

 

 ヴィラン顔負けの笑みとともに放たれることばは、椿を閉口させるに十分だった。ただ、緑谷出久という人間は大人しそうでいて、手綱を握っていないとどんな無茶をするかわからない恐ろしさを孕んでいることも知っているから、この幼なじみの気持ちも理解できるのだった。

 

「ま、男同士の話は他人が口出しするもんでもないしな。だからそれはいいとして……緑谷の件、そろそろ沢渡さんにも伝えとこうと思うんだけど、どうだ?」

「……あぁ、それは頼んます」

 

 小さく頭を下げる勝己。こういう時たま垣間見える育ちのよさはかわいいものだと椿は密かに思った。残念ながら世間一般にはナノメートルほどしかそれが伝わっていないようであるが。

 

 ともあれ椿は自身の愛車であるスポーツカーに乗り込み、颯爽と去っていった。それを見送ったあとで、パトロールに出るべく覆面パトのドアを開けた勝己だったが、そこで携帯が鳴った。

 

「――はい、爆豪」

『爆心地、私だ』相手は塚内管理官だった。『墨田区内で未確認生命体によると思われる事件が発生した。緑谷くんももう出てくれてる、きみも至急出動してくれ』

「了解」

 

 ちょうどいい、いまから出ようとしていたところだ。赤色灯とサイレンを除いては予定となんら変わりない行動をとりつつ、ヒーロー・爆心地は現場に向かって走り出したのだった。

 



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EPISODE 32. 心操人使:リブート 3/3

何と一日で復活させた……やればできる子なんです。

冗談はさておき、展開は概ねそのままですが一度書いたものを書きなおしたってことで文章がちょっと粗いかもしれません。

あと展開が展開なのでこういうポジティブなサブタイでよかったのか今更悩んでたり。まぁ数年ぶりの再起動ゆえ最初は不具合も起きるってことでひとつ……。



 

からからと、球の廻る音が室内に響き渡っている。

やがてそれが止んだとき、見守っていた派手な服装の女が気だるげな声をあげた。

 

「赤のじゅうろくぅ~……」

 

それを受けて、詰襟を纏った陰鬱な雰囲気の少年が、

 

「亀戸三丁目……ボン、ブバブ……」

 

ぼそぼそと呟きながら指差したのは、都内の各地域を示した地図。ことばどおり、そこには"亀戸"と表示されていた。

 

「狭いな……。まあいい、それはそれでスリルがある」

 

立ち上がる青年――ガメゴ。彼は根城としている遊技場を出ると、そのまま屋上へと向かった。この周辺では最も背の高い摩天楼の頂、遥か彼方まで見渡すことができる。

 

「ガンガダシバ」

 

標的を見定めた男は、誰にともなく戦闘態勢を見せつけるようにジャケットを脱ぎ捨てた。同時にその身体が大きく膨れあがり、異形のそれへと変貌する。人間体からは想像もつかない巨駆。

 

――カメ種怪人 ゴ・ガメゴ・レ。

 

彼が左手から球状の装飾のついた指輪を毟りとれば、それはたちまちサッカーボール大にまで巨大化する。

 じゃらりと持ち手の鎖を鳴らし、もはや凶器と呼ぶべきその鉄球を構える。爬虫類の特徴が色濃く表れた瞳が見据える先――亀戸三丁目には、仮面の男、ドルドの姿があった。バグンダダを手に、じっとその到来を待っている。

 

 そんな彼の背後から、エンジンの嘶きが迫ってきた。

 

「……バダーか」

「よう、ガメゴのゲゲルは進んでるか?」

「もうすぐ次が来る。……いや、来た」

 

 ドルドにつられて顔を上げたバダーが見たのは、空高くを弾丸のごとく飛翔する鉄球。ひとつ、ふたつと雲ひとつない青空を渡るそれは、弧を描きながらビルの向こうへ墜落していく。

 

――そして、激しい衝突音。分厚いコンクリートの壁すら易々と破砕する鉄球……そんなものを頭上から受けた人々がどうなるかは、言うまでもあるまい。

 平和な市街が一転、阿鼻叫喚に彩られるさまを冷たく見つめつつ、ドルドはバグンダダの珠玉を素早く移動させていく。

 

「54のうち……51」

「おー、大したもんだ」

 

 感心した様子で手を叩くバダー。仲間の美技を評価する器量はあれ、自分と同じ姿をしたものたちの無惨な死にざまを憐れむ心は、他のグロンギ同様持ち合わせてなどいないのだった。

 

 

 

 

 

 沢渡桜子はいつもどおり考古学研究室にこもっていた。資料に目を落としながら、難しい表情でブツブツと何か呟いている。

 

「”聖なる泉、枯れ果てしとき”……」

 

 それは”凄まじき戦士”に関する碑文の解読結果だった。太陽を闇に葬る凄まじき戦士が、雷のごとく現れる……実際、クウガに電撃の兆候が現れ、また憎悪によって暴走を起こしたときには、この碑文が現実になるかと思われた。ただ彼は凄まじき戦士とはならず、”金の力”と称する強化形態への変身能力を手に入れたようだけれど。

 グロンギたちはさらに強力になっている。緑谷出久がクウガたることを望んでいる以上、暴走には至らない新たな力を得たことは喜ぶべきなのだろう。しかし、強くなることそのものにリスクはないのだろうか。暴走を引き起こした第35号事件のあと、関東医大の椿医師は出久の身体はさらに常人から変質していると語っていた。それが、もし――

 

 そんな不安に桜子が駆られた途端、電話が鳴った。噂をすればというべきか、相手はまさしくその椿で。

 

『――緑谷のことでお話ししておきたいことがあります。お忙しいところ申し訳ないんですが、これから関東医大に来ていただけませんか?』

「……ちょうどよかった。こちらから伺おうかと思っていたところなんです」

 

 もちろんありがたいことなのだが、やはり出久のこととなるとどこまでも積極的。これがデートの誘いだったらこうはいかないだろうと椿は一瞬苦い思いに駆られたが、瞬時にそれを胸の奥深くにしまえる程度には彼も大人の男性だった。

 

 

 

 

 

 新たな未確認生命体の凶行を止めるべく、都内を駆けずる面々。そんな彼らのもとに、本部の塚内管理官から通信が入った。

 

『本部から全車へ。未確認生命体によると思われる圧死事件について各署からの情報を整理したところ、現場九か所はすべて同一線上にあると判明した』

 

 明確な法則性――これで敵は未確認生命体、グロンギであるとほぼ明確になったと言っていい。

 

『凶器と思われる球体の軌道を分析した結果と住民からの通報を総合した結果、発射地点は墨田区太平二丁目、富永コーポレーション本社ビルと推定される。……ただ、次の犯行がいつ行われるかわからない。被害予想地域付近にいる者はそちらの避難誘導に向かってくれ』

 

「――……ッ、」

 

 自分の役割は間違いなく、敵を倒してこの凶行を終わらせること。そう心した緑谷出久はひとり、相棒のトライチェイサーを駆って太平二丁目へと急いだ。

 

 

――その一方で、心操人使もまたG3ユニットの拠点”Gトレーラー”のコンテナルーム内で通信を聞き届けていた。既にレザー地のアンダースーツで首から下をすっぽりと覆っている。瞳は閉じられ、表情は静謐そのものだ。

 

「聞いていたね、心操くん」玉川三茶がいささか甲高い声を発する。「いよいよ初陣だ、心の準備はいいか?」

「もちろんです」

 

 おもむろに立ち上がり、己が鎧のもとへと歩み寄る。主を待つ緋色の瞳は、その奥が空洞であるにもかかわらず強い光を放っている。これこそ自分に相応しい色だと、彼は思った。

 

 ほどなく、発目明の協力によってシークエンスが開始される。科学の力によって”製作”されたG3は、クウガやアギトのように一瞬にして変身というわけにはいかない。胸部ユニット、腕、脚と、アンダースーツの上から順々に装着していく。

 そして――最後に、頭。仮面を被せるように頭部ユニットを肌に接触させることで、後頭部の装甲が自動で展開される。

 

「装着完了ですッ!続いてはガードチェイサーへ!」

「……あぁ」

 

 指示に従い、安置された専用マシン”ガードチェイサー”へと跨る心操――G3。名称が似通っていることからわかるように、トライチェイサーの発展型とも言うべきマシンである。ただトライアルタイプだった原型とは大きく異なり、大型化した青と純白のそれは、G3のあらゆる武装を内蔵する武器庫としての役割ももっている。

 ガードチェイサーのエンジンを起動させると同時に、背後のコンテナの扉が開き、路上に架橋が下ろされる。ガードチェイサー自身もまた、G3とともにゆっくりレールを後退してゆく。

 

「発進シークエンス、全工程終了!」

「よし。――1220(ヒトフタフタマル)、オペレーション開始!」

「ガードチェイサー、離脱します!」

 

 

「了解!――発進する!」

 

 路上へと下ろされたガードチェイサー。パトランプを輝かせながらトレーラーを追い抜き、トライチェイサーを上回る速度で現場へ向かう。未確認生命体を一刻も早く倒す――市民を守るため、同時に、”あいつ”をもう戦わせないため。

 

 

 心操のそんな決意が通じたのか、彼が太平二丁目へ辿り着いたとき、周囲は未だ戦場の風塵など影も形もない静かなビル街のままだった。

 

「ここか……」

 

 ガードチェイサーから下り、富永コーポレーション本社ビルを見上げる。予測どおりなら、ここに未確認生命体がいる。

 ひとまず生命反応をサーチしようとした心操だったが、その必要はなかった。屋上から巨躯がぬっと姿を見せたのだ。それがターゲットであることは、視聴覚を補強されたいまの彼には容易くわかった。

 

「目標を発見しました。GM-01、GG-02、GA-04の使用許可を」

『こちらでも確認している。だがスコーピオンとアンタレスはともかく、もうサラマンダーまで使うのか?』

「ええ。一気にケリをつけます」

『……了解した、使用を許可する』

 

 ガードチェイサーのトランクを開き、指定した武装を取り出す。脚部から外した”GM-01 スコーピオン”にアタッチメントを取り付けることでグレネードランチャー”GG-02 サラマンダー”を装備。同時に左手にはアンカーユニットである”GA-04 アンタレス”を装着――

 

――屋上の縁にフックを引っ掛け、伸びたワイヤーを巻き戻していくことで、重量のあるG3の身体は素早く上昇していく。ジャンプ力ではクウガの青はおろか赤にも及ばないが、この方法によってそれらに比肩することができる。無論、武器で補えるのはそれだけではない。

 

「!」

 

 ともあれ突然屋上に現れた闖入者に、ガメゴは流石に驚きを隠せない様子だった。いまにも投げ出すつもりだった鉄球を構えたまま、こちらを凝視している。

 

「……なんだ、おまえは?クウガに似ている――」

 

(だろうな)――そればかりは心操も同意せざるをえなかった。G3はクウガをモデルにして設計されている。とはいえこれでも”警察の新装備”により相応しく改良されているようで、資料でのみ見たことのある前身のG2などはほとんどそのままの姿をしていた。クウガとは因縁浅からぬ彼らにとっては、見過ごせない存在であることに間違いはないだろう。

 ちょうどいい、とにかくこちらを意識してくれている。まず第一段階はクリアだと内心呟いた心操は、次に彼を知らぬ者からすれば予想外の行為に及んだ。

 

「なぁ、未確認さん。これってゲームなんだろ、楽しい?」

「ム……?」

 

 妙に親しげな、敵意を感じさせない口調。何のつもりかと、ガメゴは不思議そうに首を傾げている。ならばと、言い募る。

 

「教えてくれよ。喋れるんだろ、日本語?」

「……どういうつもりか知らないが、いいだろう」

 

 

――かかった!

 

 途端に、ガメゴの身体から力が抜けた。鉄球を繋ぐ鎖が、手から滑り落ちる。――心操が自らの個性”洗脳”を発動させたのだ。彼のことばに応えたがために、ガメゴはその発動要件を満たしてしまった。

 動物や無機物など、コミュニケーションが成立しない相手にはそもそも発動させられない個性――しかし以前ならいざ知らず、現在の、高い知能を有するグロンギ相手ならやはり通用するらしい。想定どおりだ。

 

「そのまま突っ立ってろ。そんで――」サラマンダーを、構える。「――こいつを、喰らえ」

 

 銃口を向け――トリガーを、引く。さらに鍛えられた心操の身体はもう、その反動によって揺らぐこともない。狙った先、ガメゴの胴体ど真ん中に、戦車をも粉砕する弾丸が吸い込まれていく。

 

――そして、命中した。

 

「グガァッ!?」

 

 鉄球の命中率を少しでも上げるために屋上の縁ぎりぎりに立っていたガメゴは、その衝撃で宙に投げ出された。情けなく四肢をばたつかせながら、地上数十メートルを落下していく。

 ほどなくして耳をつんざくような激突音が屋上まで響いてきた。すぐさま見下ろせば、地面に巨大なクレーターが出現している。その周囲には粉々に砕けたコンクリート片が無数に散らばっていた。

 

「やったか……?」

『油断は禁物だ、心操くん。死亡確認を』

「了解」

 

 確かに、グロンギはしぶといと聞いている。心操は再びアンタレスのアンカーを縁に引っ掛け、ビルの壁面を蹴りながら地上へ降下した。

 その間、クレーター内に動きはない。だがガメゴの死体も肉眼では確認できない。今度こそサーチ機能の出番か、と心操が考えたそのとき、バイクのエンジン音が接近してきた。

 

「!、心操くん……」

「……緑谷」

 

 緑谷出久――友人であり、クウガであり。いまこの場では見たくない顔だった。ヘルメットを脱いで露わになった大きな瞳が、ひどく複雑そうないろを孕んでこちらに向けられている。

 「どうだ」――そんな思いを抱いてしまったことは事実だった。独力でグロンギを倒すことができた。別にひとりにこだわるつもりはない、捜査本部の面々や轟焦凍――アギトと力を合わせることにはなんの抵抗もないのだ。ただ、この男とだけは。この男にだけは、戦わせるわけにはいかない。

 

 

 心操自身は気づいていなかったが、そんな思考に囚われる時点で彼は平常心ではなかった。死亡確認を速やかに実行しないまま、出久のほうにばかり視線を注いでしまっている。

 

 その数秒間が、ガメゴにつけ入る隙を与えてしまった。

 

「ヌゥウウウウンッ!!」

「ッ!?」

 

 覆いかぶさるコンクリートの破片群をことごとく吹き飛ばし、クレーターから姿を現したガメゴ。我に返った心操が振り向いたときにはもう、その手からは鉄球が放たれていた。

 

「が――ッ!?」

 

 意趣返しのごとくその直撃を胴体に受け、G3は後方へ弾き飛ばされる。「心操くんッ!!」という、出久の悲鳴にも似た声が響いた。

 壁に叩きつけられ、地面に転がる仇敵を眺めつつ、ガメゴは嗤う。その胸元には肉をえぐり取られたような傷痕が拡がっていたが、そんなものは意に介してすらいないようだった。

 

「ギバガラゾジャスドパ、ダギギダジャヅザバ」

 

 立ち上がれないG3に、その魔の手が迫っていく。

 

「だが、俺に勝つには不足だったな……」

「ぐ……く、そぉ……ッ」

 

 

「変、身ッ!!――うぉおおおおおッ!!」

 

 それを食い止めたのは、他でもない出久だった。身を躍らせながら赤のクウガへと変身を遂げ、ガメゴの横っ面を力いっぱい殴りつける。

 

「グォッ!?」

 

 不意討ちにたまらず後退するガメゴ。その間隙にクウガが割り込み、格闘の構えをとる。だが敵もさるもの、すぐに態勢を整え、反撃に及ばんとしている。鉄球を手にしていなくとも、その巨体は威圧感を与えるに十分すぎるほどだ。

 

「クウガ……ヅギパ、ゴラゲンダンバ」

「……」

 

 いまにもはじまろうとしている、クウガとガメゴによる第二ラウンド。自分は第一ラウンドの敗者と決められてしまったのだと、心操は思い知らされた。

 これが、現れたのがたとえば轟焦凍なら、それを認めるほかないと思えた。自分は大人しく引くか、援護に徹するべきだと。

 

 だが――

 

「……発目、G3の損傷程度は?」

『胸部ユニットにダメージ、バッテリー一部破損、出力70パーセントに低下……戦闘継続は可能ですが、この状況ですと距離をとって援護に回るのが妥当ってところですね!』

「そうか、継続できるんだな。――”GS-03”を使用する」

『えっ、私の話最後まで聞いてました!?』

 

 発目がそんな応答をするのも無理はなかった。”GS-03 デストロイヤー”は、高周波ブレードだ。刃が高速で振動し、分厚い鉄板すら易々と切り裂く。武器としての価値は高いが、考えるまでもなく接近戦専用だ。

 聞いてはいたが、無視したというのが実際のところだった。なんとか立ち上がった心操はガードチェイサーへ駆け寄り、刃だけでも幼児の背丈ほどもあるそれを取り出し、右手に装着した。

 

『待つんだ心操くん、無茶だ!ここは第4号の援護を――』

「……これしか、ないんです」

 

 上官である玉川の指示すら振り切り、心操のG3はデストロイヤーを振り回して突撃した。既に開始されているクウガとガメゴの戦闘に割り込んでいく。その乱入に鼻白んだのは、巨大すぎる刃を差し向けられたガメゴばかりではなかった。

 

「なッ……何するんだよ!?」

「うるせぇッ、どいてろ!!」

 

 普段の理知的な彼からは想像もつかない乱暴な口調で友人を突き放し、G3はデストロイヤーを振り回し続ける。高速振動するブレードに斬られるのは流石に憚られてか、ガメゴは打って変わって防戦一方だ。絶大な回復力をもつグロンギだが、攻撃を受けた際に苦痛を感じないわけではないのだ。

 ただ、強引に下げられてしまったクウガ――出久からすれば、それは快いものではない。友人があんな行為に及んだ理由は、つい二時間ほど前に警視庁で及んだ相剋を思えばはっきりしている。

 

(だからって、こんなときに……!!)

 

 苛立ちが溢れ出してくる。ガメゴでなく、味方ではあるはずの心操に対して敵愾心を抱くほど、いまの彼は荒れつつあった。

 一方で優位を取り戻したかにみえるG3だが、実際にはスーツと肉体両方に受けたダメージに喘いでいた。出力低下と痛みの二重奏で、動きが鈍っている。

 

(くそっ……こんなはずじゃ……!)

 

 出久があのタイミングで現れなければ。注意を逸らしたのは自分の責任でしかないと頭ではわかっているのだが、どうしてもそんな思いを抱いてしまう。

 とにかく、せめて他の増援が来るまでは粘らなければ――そう心したのとは裏腹に、ブレードを振り下ろす動きが一瞬鈍ってしまう。それを見逃すガメゴではなかった。

 

「ッ!?」

「ヌゥ……!」

 

 デストロイヤーの柄を受け止められ、それ以上の攻撃を封じられる。純粋なパワー比べでは、ゴでも剛力の部類に入るガメゴに圧倒的な分がある。

 再び形勢が入れ替わりかけたそのとき、またしてもクウガが飛び込んでくる。ガメゴが咄嗟に後退する。一瞬並び立つ形になったふたりの戦士だが、心操にはやはりそれが許せなかった。

 

「どいてろって言っただろ!」

「ッ、この期に及んでンなこと……!きみこそッ、そんな状態でしゃしゃり出てくるな!!」

「ンだと……!」

 

 その反目はもはや、互いの心ひとつでは抑制不可能なものにまで膨れあがってしまっていた。敵がいることを忘れるほど彼らは愚かではないが、その敵を一瞬意識の外に追いやってしまう程度には彼らは頭に血が上っていた。

 そんなさまを少し距離を置いて見つめるガメゴ。彼は肩をすくめ、ふたりを嘲笑するような振舞いを見せる。

 

「ババラパセドパズ、ギヅンバジョ、ジュグザバ……」

 

 指輪に手をかけ、鉄球へと変える。じゃらりと鎖が鳴る音にクウガとG3がこちらを向いたが、もう手遅れだった。

 

「ぐぁッ!?」

「がはッ!?」

 

 互いに詰め寄っていたことが災いして、鉄球の一撃にまとめて吹っ飛ばされる。常人であれば即死の一撃、クウガもG3も無事でいられるはずがない。ましてG3――心操は既に一撃受けてしまっている。

 

「ッ、心操、く……!」

「……ちく、しょう……ッ!」

 

 既に起き上がることもできない状態で、心操はそれでも拳を握りしめ、震わせている。ただ敵に追い詰められているからではないことは、もはや考えるまでもない。

 

(なんでだよ……。なんで、そこまで……!)

 

 クウガの拳にもまた、力がこもる――初めて、敵に対する怒りとは異なる理由で。

 

 そんな青年たちの相剋は、ただ敵を利するだけだ。

 

「愚かな……。手札を自ら捨てたようなものだ」嘲りつつ、「つくづく俺もツイているな、ハハハハ……!」

 

 迫るガメゴ。まだ戦える出久も、動けない心操を捨て置く決断はできない。――ガメゴの言うとおり、自ら手札を捨ててしまったのだ。

 

「ゴパシザバ――」

 

 ガメゴが鉄球を振り上げる、刹那――氷柱が奔り、その身を振り飛ばした。

 

「グォッ!?」

「――!」

 

 

「轟、くん……」

 

 轟焦凍――彼の変身した、三色の戦士アギト。その右の足下から、氷結が生み出されている。生まれながらにもつ個性が、超人と化すことによってさらに強化されているのだ。

 その虹色の瞳はいま、右よりも左のごとく燃え盛っている。だがそれは仲間たちを傷つけた敵よりも、むしろその原因を自らつくってしまった当人らに向けられていた。彼は見ていたのだ、出久たちの行動を。

 

「ッ、何を――」

 

 

「――何を、してんだよ……!!」

 

 その瞋恚が、ビル街の狭間に重々しく響き渡った。

 

 

つづく

 

 

 




ミッドナイト「次回予告の時間よ」

ミッドナイト「友情ゆえにぶつかり合う緑谷くんと心操くん、そんなふたりに怒りを覚える轟くん。う~ん青臭いわねぇ……好み!だなんて言ってる場合じゃないわね。今回の未確認もやっぱり超強敵!緑谷くんと心操くんは病院送りにされちゃうわ。彼らの心を解きほぐすべく色んな人達が奔走する中、なんとあの人もまた彼らのもとを訪れる!?その口から語られるのは、個性黎明期に巨悪に立ち向かった、とある異形の英雄の話――」

EPISODE 33. We`re 仮面ライダー!

ミッドナイト「よい子は見ちゃダメ☆……じゃなかった」

ミッドナイト「人々の自由と笑顔を守るため!さらに向こうへ、プルスウルトラー!!……やっぱりコレね!」


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EPISODE 33. We`re 仮面ライダー! 1/4

まえがきネタ普段から考えてるんですけど、いざ投稿ってなるとたいがい忘れます。


「何を、してんだよ……!!」

 

その瞋恚が、ビル街の狭間に重々しく響き渡った――

 

 

「アギト……ゴグバ、ゴラゲグギダバ!」

 

あと一歩での勝利を阻まれたにもかかわらず、ガメゴはむしろ嬉しそうに声をあげた。同じゴの強豪たちを、次々と倒してきたリントの戦士たち。彼らと繰り広げられるはずだった死闘がこんなしまりのないもので終わるのは残念だったし、クウガに優る戦闘能力を有するという超人アギトとは一度戦りあってみたくもあった。低く唸るような怒りに身を焦がしているこの異形は、果たしてどこまで楽しませてくれるか。

 

鉄球を振り回しながら、悠然と迫るガメゴ。対してアギトの動きは素早かった。

 

(ワン・フォー・オール――)

 

(――フル、カウル……!!)

 

 

オールマイトより受け継いだ超パワーを全身に纏わせ、その身を躍らせるアギト。復帰から二ヶ月、みっちり鍛え直したおかげで再びコントロールできるようになった。まだオールマイトのようにフルパワーとはいかないが、彼には半冷半燃という生まれながらの強力な個性もある。

 

「ウラァッ!」

 

迫り来る敵めがけ、鉄球を振りかぶるガメゴ。それは常人からすれば見かけにはふさわしくないスピードで放たれた攻撃だったのだが、アギトはそれをかわした。正確には、ガメゴの視界から消えたのだ……一瞬にして。

しかし目線を逸らした刹那には、アギトは再び目の前に現れていた。

 

「――ハァッ!!」

 

鋭い蹴りが、ガメゴの腹部に突き刺さる……いや、浅い。深く食い込んでいればかなりのダメージを与えられたかもしれないが、実際には一、二歩後退させるだけに終わった。そんなだから、アギトが着地すると同時に、再び鉄球による攻撃を仕掛けてくる。

 

「チィ……ッ!」

 

身代わりに砕け散るコンクリート。その破片に舌打ちをこぼしつつ、アギトは後ろに飛び退いた。右足が地面に触れると同時に、"右"を発動させる。奔る氷柱。しかしそれは、鉄球によって容易く粉砕されてしまった。

 

かまわない。これはあくまで目眩まし、本命はこれからだ。

 

「こいつは、砕けねえだろッ!!」

 

"左"――燃焼。猛火が迸り、ガメゴに喰らいつく。氷結と違って固体ではないから、彼の言うとおり鉄球では防ぎようがない。

 

「グォアッ……!?」

 

咄嗟に庇う動作をした腕の皮膚が深いところまで灼かれ、うめくガメゴ。即座に治癒へと転じるとはいえ、わずかな間でも動きは鈍る。

その瞬間こそ勝利を獲りにいくときだと、轟焦凍は心していた。

 

「ふー……ッ」

 

深々と息を吐き出しながら、両拳を後ろに引く。受け継いだ力を示す光流が、ますます烈しい輝きを放つ。

 

「ワン・フォー・オール……!」

 

そして――跳ぶ!

 

「KILAUEA McKINLEY SMAAAASH!!」

 

右と左、両拳。さらに"進化"したアギトの必殺技は、直撃すればいかにゴのグロンギといえどもただではすまない。

実際、焦凍は勝利を確信していた。オールマイトと父・エンデヴァーと、お母さんの力。この一撃は、それらすべてがひとつになったもの。決して破られるはずがない――

 

恐怖を感じたのか、ガメゴがこちらに背を向ける。――もう遅い、逃がさない。

 

 

そして、ビルの谷間に激しい衝突音が響き渡る――

 

「………」

「な……ッ!?」

 

彼の口から漏れ出したのは、勝利の歓声などではなく、驚愕に上擦った声にほかならなかった。

拳はガメゴの背中――甲羅を捉えていた。そこからは白煙すらも上がっている。だがそのあまりに硬い感触は、肉体そのものにまでダメージを通していないことを明らかに示していた。

 

「……大した攻撃だ、バルバたちが執心するのもわかる。が、俺を討つには今一歩だったな」

「ッ、くそ……!」

 

ガメゴの後頭部を睨みつけるアギト。しかし彼はその頭越しに見た。かろうじて立ち上がったクウガが、転がっているデストロイヤーを手にこちらへ駆けてくるのを。

 

「緑谷……!」

「うぉおおおッ、超――変身ッ!!」

 

モーフィンクリスタルの赤い輝きが紫へと変わると同時に、全身を電光が覆い尽くす。全身の筋肉が膨れ上がり、鎧が変化する――銀と紫を一瞬経由して、紫と金に。デストロイヤーもまた、黄金の刃をもつ大剣へと変化した。

 

紫の金、ライジングタイタンへと超変身を遂げたクウガは、堅牢な鎧を揺らしながらガメゴへ迫る。迎撃しようとするガメゴだが、背後にいるアギトがその身を羽交い締めにしたことで、それも不可能になった。

 

「ッ、ビガラ……!」

 

たじろぐガメゴの腹部に、剣が突き刺さる。今度こそ――

 

「!?、ぐ、く……ッ!」

 

苦しげな声をあげたのは……クウガのほうだった。ソードが完全に貫くことができたのは、表皮のみ。分厚い脂肪と強靭な腹筋は、ゴ・ジイノ・ダにすらとどめを刺したライジングタイタンソードすら受け止め、寄せ付けない。そのために、一瞬浮かび出でた封印の紋は体内に浸透することなく消失する。

 

「ボンバロボゼゴセ、ゾダゴゲスバ……!」

「こ、の……ッ!」

 

懸命に奥へ突き入れようとするクウガ。しかしそれはかなうことないまま、アークルを覆う黄金の煌めきが失せていく。

 

(まずい、制限時間か……!)

 

それを目の当たりにしたアギトは、敵越しの仲間の異変を悟った。

 

「これ以上は無理だッ、下がれ緑谷!」

 

だが"あと一歩"を手放せない出久は、そのことばに従わない。そのうちに制限時間である三十秒が経過し、黄金の輝きは完全に失われた。もとの――エネルギーを消耗しきった――タイタンフォームに戻ってしまう。

その瞬間を逃さず、ガメゴは頭を力いっぱい後ろに振りかぶった。突然の一撃は見事にアギトの顔面を捉えてしまった。

 

「ぐッ!?」

 

予想外のダメージに、アギトの身体から力が抜ける。その隙に腕を振り払い、剣を腹で受け止めたまま鉄球をつくり出す。ここに至ってようやく退避しようとしたクウガだったが、遅きに失したと言うほかなかった。

 

「グゲソッ!!」

「が――ッ!?」

 

鉄球が捉えたのは――クウガの、左目だった。ガラスが割れるような音とともにルビーのような飛沫が飛び散り、その身が後方に吹き飛んでいく。

やがて地面に叩きつけられ、転がる身体は萎んで弱々しい白のクウガへと変わってしまった。それも一瞬のことで、完全に静止する頃にはもう緑谷出久の姿に戻っていたが。

 

「緑谷ッ!!」

「ふん……次はおまえもああなる」

 

腹から血を流しながらも、ガメゴは余裕綽々でそう告げた。グレネードランチャーの直撃を受けた傷痕ももうほとんど消えてしまっている、腹の傷もじきに癒える。致命傷でないそれらは、彼らにとって戦闘継続になんの支障もなさないのだ。

 

焦凍は心中で舌打ちした。この敵、攻守ともにこれまでのグロンギの比ではない。以前より出力の上がったワン・フォー・オールの一撃も、紫の金の力も通用しなかった。ひとりで戦うには、厳しい相手だ。だがそれでも、こちらから退くわけにはいかない――

 

 

頭上から爆発音が響いたのは、そんな、完全なる一対一の戦闘がはじまろうとしているときだった。

 

「――死ィねぇえええええッ!!」

「!」

 

漆黒の影により放たれる、爆破。それはガメゴのみを呑み込み、アギトにはただ熱風だけを浴びせかけた。

 

「チィッ、大層なナリしといて苦戦してんじゃねえよ半分野郎!」

「爆豪……」

 

ヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己。この場で唯一変身体もパワードスーツももたない生身の人間であるにもかかわらず、まったく気後れすることなくガメゴの目前に降り立ち、掌から威嚇の爆破を繰り返している。

 

「……次から次へと。まるでゴキブリだな」

「ア゛ァ!!?ゴキブリはテメェらだろうが!!」

 

聞いていたとおりかつてのリントとはかけ離れた言動。この男の"個性"とやらも、この不敵な態度に違わぬ強力なものであると聞く。クウガやアギトのように致命的なものにはならないにせよ、厄介なことには変わりない。

それでも戦ってみるのもまた一興――そう考えたガメゴだったが、自らの手を見下ろして即刻改めた。

 

「……ダラギセバ。ガゴヂグ、グギダジョグザ」

「グギグギうぜぇわッ、どっちかに統一しろや!!」

 

図々しくも指図しながら、ついにこの爆発男が襲いかかってきた。素早く飛び退きながら、ガメゴは指輪に手をかける。それを鉄球へと変化させるや、思いきり振りかぶった。ただし敵に対してではなく、すぐそばの、ビルの外壁に向かって。

 

「!?」

「爆豪ッ!」

 

鉄球の一撃によって破砕されたコンクリート片の群れが、まるで狙い澄ましたかのように――実際ガメゴは狙ったのだろうが――落下してくる。破片といえども大きいものでは数十センチ四方であり、頭にでも直撃を受ければひとたまりもない。勝己はそちらに向かって爆破をなせばならず、そのために彼らの視界は一瞬塞がれた。

 

無論、爆炎が遮蔽しているからガメゴの側からの攻撃も至難。だがそもそも、彼にそのつもりはなく。

 

炎と煙とが収まり視界が確保されたときには、この場に未確認生命体の姿はなかった。

 

「チッ……――デク!!」

 

逃げられた――グロンギの逃げ足の速さを嫌というほど思い知らされている勝己は、深追いすることをせず倒れている幼なじみのもとへ真っ先に駆け寄っていく。

 

「デ……」

 

呼びかける声は、途中で途切れた。――地面を汚す、赤黒い血潮。

それは固く閉ざされた左瞼の奥から、流れ出でたものにほかならなかった。

 

「ッ、……轟」

「……なんだ?」

「あの亀野郎、ンな強かったんか」

 

先ほどまでの烈しさとは打って変わった、しずかな問い。それは彼をして努めて振る舞いを抑制せねばならぬほど、心が荒れ狂っていることの証左にほかならない。焦凍にはそれがよくわかる。彼とは浅からぬ関係を数年にわたって続けているし、何よりまったく同じ気持ちだった。

 

「ああ……強かった」そこは認めつつ、「けど、それだけじゃねえ」

「どういうこった」

「そこで寝てるそいつが、一番よく知ってるはずだ」

 

 

「――そうだろ、心操」

「……ッ、」

 

動力を完全に失い、倒れ伏したままのG3――心操人使。それゆえ彼は指一本を動かすこともできず、ただふたりのヒーローの怒りの視線を受け止めるほかないのだった。

 

 

 

 

 

その様子をモニターしながら、玉川三茶は深々と溜息をついていた。猫耳がしゅんとしなだれている。

 

「こんなの、上にどう報告すりゃいいんだ……」

 

これは困ったことになったと思った。ただ逃走を許してしまった、敗北したというだけなら言い訳も立つ。適切な戦法をとってそれでも勝てないなら、武装をさらに改良するなり捜査本部と協議して作戦を立てるなり手段を講じるすべはあるのだ。

だが今回の初オペレーション、何よりの問題は誰がどう見ても心操の行動に問題があった。あとから現れたクウガと協力するどころか妨害し、敵の面前で反目しあった。その結果、敵を利してしまった――

 

まだ学生とは思えないくらい冷静で合理的、それでいて市民を守るのだという情熱を持ち合わせている心操。そんな彼があんな行動に出た理由は、実のところはっきりしている。クウガ――その正体である緑谷出久と、親しい友人であるということ。もっと言えば、その親しい友人が、戦いを続けるほどに人ならざるもの――戦うためだけの生物兵器へと、変わってしまう危険性を聞かされたことだ。

 

G3装着員とするにあたって、心操について徹底的な身辺調査が行われている。玉川はその結果が掲載された書類に目を落とした。大学での交友関係はそれなりにあるが、中でも最も親しいのがあの緑谷という青年だった。学内はもちろん課外でも行動をともにしている姿が頻繁に目撃されているらしい。

個性のことで孤独な少年期を過ごし、ヒーローになる夢もあきらめざるをえなかったふたり。その秘めたる正義感も相俟って、深く通じあうところがあったのだろうことは想像に難くない。

 

だからこそ、その友情で最初から見事な連携をとってくれると期待していたのだが、よもや裏目に出てしまうとは。

 

(まいったな……。論理的に叱責するにせよ、彼だって自分の行為が愚かしいことくらい理解しているだろうし)

 

相手がわかっていることをくどくど説教したところで無意味、だが感情的になって責めるのも上司のすることではない。猫髭をぴくぴくさせながら、玉川は頭を悩ませる。実のところ、彼もまだ他者を導くことにかけては経験が浅いのだ。かつて上司だった合同捜査本部の管理官殿に泣きつくという選択肢も浮かんだが、ひとまず頭の中のゴミ箱に放り込んだ。

 

「困ったニャァ……」

「困りましたねぇ~」

 

隣で追従する発目研究員は、ことばとは裏腹にのんびり修理の準備に取りかかっているようだった。

 

「……そうは見えないけどな、きみのほうは」

「そんなことないですよ。私たちのドッ可愛いベイビーちゃんであるG3が活躍もできずボロボロになるのは誠に遺憾です!」

「あぁ、そういう……」

 

まあ、G3産みの親のひとりとしては当然の感情か。

 

「ただ今回は緑谷さん絡みの問題ですから、おそらく爆豪さんたちがなんとかしてくれますよ」

「……そうなのか?」

「ええ。私の見立てですと、とりわけ爆豪さんは緑谷さんの保護者のようなところがありますし。轟さんはそうですねぇ~……弟のような印象がありますね!」

「ホゴシャ……オトウト……」

 

よもやあの、傲岸不遜な爆心地とクールなショートが――それ自体悪い事実というわけでないにもかかわらず、緑谷出久というあの平凡な印象の青年の得体の知れなさに、伏魔殿に足を踏み入れてしまった気分になる玉川なのだった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドズゴゴ

耳郎 響香/Kyoka Jiro

個性:イヤホンジャック
年齢:21歳
誕生日:8月1日
身長:156cm
好きなもの:ロック・一見チャラそうで実は一途な男
個性詳細:
耳たぶが生まれつきコード状に変形しており、先端のプラグを挿した相手に自らの心音を爆音の衝撃波としてぶつけることができるぞ!ペガサスフォーム相手にやったらデク死亡確定!?
攻撃以外にも壁や地面などに挿すことで微細な音を探知することもできるなど、索敵能力も高い!汎用性の高さがウリだが、自分が爆音喰らうと死ねるので要注意だ!

備考:
ヒーローネームは個性と同じ"イヤホン=ジャック"。勝己らの同級生の女子の中でも最も男勝りでサバサバした性格だが、意外と乙女チックなところもあるぞ!
個性に違わず音楽関係、特にロックには造詣が深く、プロヒーローながらそちらの活動も行っている。趣味が高じた形だが評判は上々だ!
旧A組のメンバーの中ではとりわけ八百万百、および上鳴電気と親しいようだ。特に上鳴とは友人以上の関係にあるらしい。上記の"好きな男のタイプ"はほぼ一個人を指しているような気もするがあまり追及してはいけない(戒め)

作者所感:
峰田にマークされてないことに地味に傷ついてるあたりがカワヨ。クールなようで上鳴のことは結構からかったりしてるのがいいと思います。穏和な出久とか口田くんとの相性もよさそう。


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EPISODE 33. We`re 仮面ライダー! 2/4

かっちゃんまた人気投票で1位だったらしいですね。
デクをいじめてたことが賛否両論の最大要因なんでしょうが、当のデクは自分が1位になるより喜んでそうなのがなんとも。


 

 沢渡桜子は電車を乗り継ぎ、一時間ほどかけて関東医大病院にたどり着いた。最寄りの御茶ノ水駅からは少し距離が離れていて、この猛暑の中で移動するには少しばかりつらい距離なのだが……灼熱の陽光も、いまの桜子には気にかけるべきことではない。

 

 噴き出る汗をハンカチで拭いつつ、桜子は椿のいる診察室の扉をノックする。「どうぞ」と招き入れる声が響いた。

 中にいた椿は通話を終えようとしているところだった。「じゃあ待ってるからな」と告げて、受話器を置く。小さく溜息をついたあと、桜子に対し伏し目がちに会釈をする。会釈を返しながらも、いつもの椿らしからぬ態度に、桜子は胸騒ぎを覚えた。

 

「……すみません、お呼び立てしてしまって」

「いえ……――あの、いまの電話って」

 

 一瞬、この青年医師の目に逡巡が浮かんだ。しかしここにこうして呼んでしまった以上、隠しだてなどできるはずもない。

 

「爆豪からです。緑谷が戦闘で……負傷したと」

「えっ……」

 

 桜子の顔からさっと血の気が引く。明らかな動揺。しかし彼女はそれを努めて抑制しようとしていた。

 

「どれくらいの、怪我なんですか?」

「命にかかわるほどではないそうです。ただ、左目を鉄球でやられたとのことで……詳しい容態は、搬送されてきてからでないとわかりません」

「……そう、ですか」

 

 きゅっと唇を引き結び、沸き上がる感情に耐えている。そんな表情だ。クウガであるがゆえに大抵の負傷はすぐに治ると言っても、出久が傷ついたという事実は変わらない。それに――治癒が早ければ早いほど、それは彼の肉体が人から離れつつあることを示してもいるのだ。

 

「それと、G3の装着員……心操人使くんともお知り合いでしたよね?」

「ええ。もしかして、心操くんも?」

「運ばれてくるようです。もっとも、こちらは変身じゃなくパワードスーツを着ているというアドバンテージもあって、大きな怪我ではないようですが」

 

 ただその代わり、スーツの下の生身は鍛えているというだけの常人でしかない。スーツを破壊し尽くすほどの攻撃を受けたらどうなるか。今回はただ、運が良かったというだけだった。

 

 

 

 

 

 出久と心操が救急車で運ばれたあとの事件現場では、戦闘の行われた地上、ガメゴらの潜伏していたビルの一室に分かれ、現場検証が行われていた。

 そのうち後者はというと、グロンギが根城としていたとは思えないほど綺麗に使用されており、かつてのアジトのように悪趣味な装飾などはいっさい施されていない。残された痕跡といえば、複数人の指紋や毛髪。そして、

 

「使用した形跡がありますね……」

 

 眼下のルーレット台を睨みつつ、飯田天哉がつぶやいた。そこには台と一体のものである玉が無造作に転がされており、彼の所感そのままの状況であることを示している。

 

(遊興を好む奴らのことだ、ただ暇潰しに使用していただけとも考えられるが……)

 

 直近のグロンギの傾向を分析すれば、別の可能性も見えてくる。

 ひとりで考えていても埒があかない――そう判断した飯田は、近くにいた鷹野に声をかけた。

 

「警部補はどう思われますか?」

「このルーレットのこと?」

「はい」

 

 鷹野はしばし考えこんだあと、

 

「……40号のゲームに関係していると考えるほうが賢明じゃないかしら。このルーレットの結果をもとに狙う場所を選定しているとか」

「なるほど……。しかし、そうなると――」

 

 犯行現場を事前に予測し犯行を未然に防ぐのは困難になる。少なくとも39号――ベミウに対してしたような、待ち伏せ作戦はとれない。

 

「確かにね。奴はまた別の拠点を見つけて犯行に及ぶ……そこを突き止めること自体は難しいことではないけれど」

「……犯行を防ぐ手立てはないのでしょうか」

「気持ちはわかるけど無理があるわ。都内に高層建築なんて腐るほどある。都内全域に引き続き外出の自粛を呼びかけていくしかないわね」

 

 飯田は唇を噛んだ。鷹野の言っていることはもっともだし、さりとて彼女自身それで満足しているわけでないことは伝わってくる。だから彼女に対する不満はない……彼女に対しては。

 

(まったく緑谷くんも心操くんも、一体何をやっているんだ……!)

 

 彼らが戦闘中にもかかわらず協力せず互いの足を引っ張りあってしまったことは、飯田の耳にも入っていた。親しい友人同士であって、どちらも人々を守りたいという確固たる志をもっているはずだ。それが仲間割れ?失望とまでは言いたくないが、今後もこんなことが続けば彼らへの信頼が揺らぐであろうことは間違いなかった。

 

 飯田が友人たちへの憤懣に駆られる傍らで、鷹野の携帯が鳴った。発信相手は彼女の後輩の童顔刑事で。

 

「――はい、鷹野。どうしたの、森塚?」

『いやぁ、お外のほうはひととおり終わったのでご報告をと思いまして。他の現場でも見つかったゲーセンの景品みたいな趣味悪いアクセ、ここにもいっぱい落ちてましたよ』

「やはり40号はそれを武器に変えていたということか……」

『おそらくは。これはひとまず科警研送りの刑に処すとして、これからどうします?こっちの切れるカードは少なそうですけど』

「ならその少ないカードで勝負するしかないでしょう。しらみつぶしに捜索、あなたたち刑事の得意分野」

『おぉっとこりゃ一本とられましたな。ま、それしかないッスよね~』

 

 「りょーかい」と気の抜けた声で応じると、ぷつりと通話が切れる。相変わらずおどけているがあの後輩の熱意は買っている。年齢だけでなく職位も上にある者として、遅れをとるわけにはいくまい。

 

「私は行くわ。インゲニウム、あなたは?」

「自分も行きます!」

 

 威勢よく答えつつ、飯田はふと窓の外を見遣った。ここから見えるはずもないが、この方角の遥か先には出久と心操の搬送された関東医大がある。彼らが次に戦場に戻ってきたときを思った。

 

(僕らはできることを全力でやる。……きみたちだってそれをしてきたはずだ。だから――)

 

 

 

 

 

 心操人使は病院の個室でベッドに腰かけ、ぼんやりと窓の外を眺めていた。入院着の下から覗く包帯が痛々しいが、見かけほど彼は己の怪我に苦しんではいなかった。

 

 窓は南西に設置されていて、この午後早い時間にはあふれんばかりの太陽光が降り注いでいる。そのために病院独特のどこか陰鬱な雰囲気を消毒してくれているのは間違いないのだが、この時期はエアコンの涼風までも打ち消してしまうため、ブラインドが閉ざされている。

 それを開けたのは他ならぬ心操自身だった。きらきらと輝く太陽、それはあるものを想起させる。

 

 陽だまりのような温かさ、それでいて見る者のこころに煌めきと彩りとを与える存在。心操人使にとって、緑谷出久とはそういう存在だった。彼のそばにいるだけで、胸の奥にしまいこんだ、どろりとした夢の残滓が忌むべきものではなくなっていく。ただそれだけなのだと思っていた。

 

 でも、自分は彼の表層しか知らなかった。彼が孕んでいるものは、心地よいほのかな熱などでは到底ない。不用意に近づいた者を跡形もなく焼き尽くすような、烈しい獄炎だ。変身したあとのあの真っ赤な瞳こそ、彼の真実の姿を露わにしているようにすら思われた。

 真っ赤な瞳、といえば――

 

 

 いきなりドアががらりと引かれて、心操は我に返った。振り向けば、クウガのそれよりさらに烈しい、血のいろの瞳をした瞳がそこにあった。

 

「……ノックもなしかよ、爆豪」

「………」

 

 その表情は、普段彼が敵に対して……いや誰彼構わず見せるような、悪鬼羅刹のごとき表情ではない。どちらかといえば無表情――しかし、その瞳はひどく冷たい。たやすく噴火する彼がこんなふうにも怒りを表現できるなどと、知る者はこの世にどれだけいるのだろうか。

 

「ってか、まだこんなとこにいたの。……そんな暇あるのかよ、捜査本部所属のプロヒーローが」

「黙れ」

 

 冷たくはね除けられる。聞く者の喉に楔を打ち込むかのような声だった。

 

「ここでこんなことしてる場合じゃねえのは、テメェもそうだろうが」

「………」

「笑えるわ、全部テメェがしでかしたことだ。――相澤先生がこのこと知ったら、どう思うだろうな」

「……ッ、」

 

 それはもう、この男に言われるまでもなく脳裏をよぎったことだった。一度期待を裏切ったにもかかわらず、自分を見てくれていた恩師。彼が自分の努力と志を認めてくれたからこそ、かの鋼鉄の戦衣を纏う資格を得ることができた。

 そんな自分が戦場においてとった行動は、愚劣以外の何ものでもない。落胆するに決まっている。やはり尾白のほうを選ぶべきだったと、そう思われたとしても仕方がない。

 

 仕方がない――けれどもその思考に囚われることに耐えきれず、心操はより純粋なことばを吐き出した。

 

「……緑谷は、どうなった?」

「………」

 

 黙りこくったまま、勝己の瞳がいずこかに向けられる。一瞬ほんのわずかに浮かび上がる悲痛ないろに、心操は幼なじみだというふたりの奇妙な絆を垣間見た気がした。

 

 

 

 

 

 緑谷出久にあてがわれた病室は、心操のものと異なり典型的な六人部屋だった。個室にこれ以上の空きがない都合上そうなってしまったが、椿の配慮で入院患者のいない空室が選定されており、実質的な違いは広さくらいなものだった。

 窓際、向かって左側。カーテンに遮蔽されたベッドに、出久は横たわっていた。心操と同じ入院着の下は、しかし彼より包帯の面積は遥かに少ない。

 

 にもかかわらず彼が眠り続けている大きな原因のひとつは、その左目を覆い隠す包帯だろう。分厚いコンクリートを粉砕する鉄球の直撃は、クウガに変身していても耐えきれるものではなかった。

 

「緑谷……」

 

 時折苦しそうにうめく出久の隣で、轟焦凍がその顔を気遣わしげに見下ろしている。彼にできることといえば、せいぜい右手を額や首筋に当て、冷やしてやることくらいだ。それで少しでも表情がほぐれると、わずかばかりの安堵が生まれる。そんなことの繰り返し。重傷だが命にかかわる怪我ではなく、確実に治癒に向かっていることはわかっているけれど、それでも見守ることしかできないのはつらいのだ。

 

 どれくらいそうしていたか、出久の閉じられた右瞼が明確に揺れた。わずかな身じろぎのあとで、それがゆっくりと開かれていく。

 

「緑谷……!」

 

 茫洋としていた翠が、焦凍のオッドアイと交錯した。

 

「轟、くん……?」

「ああ……」

「ここ……ぼくは……」

 

 まだ覚醒が完全ではないのか、表情がぼんやりとしている。努めてゆったりとした口調で、焦凍は応えた。

 

「関東医大だ。おまえ、40号に左目やられて……それで、ここに運ばれたんだ」

「左目……」

 

 左手が、そっと包帯に触れる。違和感に気づいてか、残された右目のいろがどんどん鮮明なものになっていく。

 

「目、痛まねえか?」

「痛くはない……かな。ただ、疼く……って言うのかな、そんな感じ」

「そうか……」

 

 治癒がかなり進んでいる、ということなのだろう。視力を失うような結果にならなかったのは喜ばしいが、負傷から二時間ほどしか経過していないことを思うとそら恐ろしくもある。

 

「災難だったな、あんなことになって」

「え、あ、いや……」

 

 あからさまに目を逸らす出久。その思うところは、焦凍のことばほど単純ではないのだろう。その気持ちはわかる。

 けれど焦凍には、心操の気持ちもわかるのだ。

 

「……けど、おまえもおまえだったぞ。爆豪ならともかく、心操がおまえの身体を心配してることはわかるだろ?俺たちみたいに積み重ねもない、いきなり生物兵器だなんだって聞かされてすんなり認められるわけもない」

 

 それにしたって、実戦でのあれは頭に血が上っているとしか言いようがないが。

 

「おまえはもっと、相手の気持ちに寄り添える奴のはずだ。まあ……寄り添うっつーより、ずかずか入り込んでるときもあるけどな」

「………」

「なのにあんなふうに振り払うのは、正直おまえらしくねえと思う。……なぁ緑谷、おまえが心操に対してああも苛ついたのは、あいつの態度だけが原因か?」

 

 はは、と出久は力なく笑った。それはどこか嘲るような響きをもっていたが、もちろん焦凍に対してではない。――自分自身が、愚かしかった。

 

「轟くんも、たまに結構鋭いよね」

「……悪かったな、普段は鈍くて」

「ごっ、ごめん!そういう意味じゃ……いや確かにそうなんだけど、むしろきみはそれでいいっていうか……」

 

 ごほごほと咳払いをしたあと、出久は俯きがちに胸中を明かした。

 

「……僕も、彼と同じだ」

「どういう、意味だ?」

「心操くんが傷つくのがイヤで、グロンギなんかと戦ってほしくない。僕がそんな気持ちでいるとしたら……きみは嘲う?それとも怒る?」

 

 焦凍は目を丸くした。出久のそれは冗談でも誤魔化しでもない、心より出でたものであることは、考えるまでもなくわかってしまった。

 

「……それがおまえの本音なら、嘲いも怒りもするわけがねえ。ただ……少し、意外だ」

 

 だって心操人使は元々ヒーロー志望で、そのために努力を続けてきた男だ。それをあきらめたあとも、警察官を目指してきた。いまは学生でも、いずれは悪に立ち向かう運命を自ら選んだのだ。そして一番の友人である出久は、それをよく知っているはずなのだ。

 

「僕自身、自分がこんな気持ちになるなんて思わなかったよ」

 

「もちろん、きみやかっちゃん、飯田くん……他の誰にも、傷ついてほしくなんかない。だからって、最初から戦わずにいてほしいと思ったことはない。きみたちは大事な仲間で、友だちだけど……やっぱり、憧れのヒーローだから。きみたちと肩を並べて戦えることが、何よりうれしいと思っちゃうんだ」

 

 その気持ちは、焦凍だって……いや、皆同じだ。切磋琢磨してきた仲間たち。彼らにはいつだって戦場で輝いていてほしいけれど、無事を祈る気持ちだって強くもっている。それらは決して矛盾するものではない。

 

「心操は、俺たちとは違うのか?」

「……うん」躊躇いがちにうなずく。「もちろん彼もすごい人で、同じくらい尊敬はしてるよ。……けどさ、心操くんはやっぱり、戦いとは関係ないところで出会った友だちなんだ。彼がヒーロー志望だろうと、警察官を目指していようと関係ない……沢渡さんが戦いに出てくるのと、僕からしたら何も変わらない」

「緑谷……」

 

 心操にはまだ、平和なキャンパスの中で、穏やかな日常を過ごしていてほしい。他愛もないことで、ふつうの学生として、ただの友人として笑いあっていたい。それは思いやりなどとはかけ離れた、ただのエゴでしかないと自覚はあった。

 

「おかしいよね……こんなの」

 

 自嘲とともにつぶやかれたことばに、焦凍はかぶりを振ることで応えた。

 

「おかしくなんかねえよ。確かにそれはわがままかもしれねえ、だけど当たり前に持ってていいもんだろ。良くも悪くも、それがおまえの"個性"なんだから」

「個性……」

 

 本来の意味でのその単語は、出久の胸をひどくざわめかせた。

 

「だから大事なのは、それをどう自分の中で噛み砕いて、伝えあうかだろ。……ちゃんとそれができりゃ理解りあえる。友だちなんだろ、お前ら」

「……うん」

 

 出久は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「……友だち、か」

 

 心操のつぶやきに、丸テーブルに頬杖をついていた勝己は「あ?」と声をあげた。

 

「なんなんだろうな、友だちって」

「ハッ、知るかよ」

「友だち少なそうだもんな、あんた」

「死ね」

 

 ほとんど反射的に罵倒しつつ、勝己の内心は荒れてはいなかった。むしろ心操の独り言としか思えないような疑問を、何度も反芻し続けていた。

 

 友だち――そう呼べる人間が、自分の人生の中にどれだけいただろうか。中学までの幼年期から少年期、勝己に同調すれば大きな顔ができると思ってついてくる取り巻きはいたが、そういう連中を友だちとくくるほど間抜けではないし、謙虚でもなかった。自分の意にそぐわない人間は容赦なく切り捨てたから、最後まで残ったのはそれぞれロン毛、刈り上げと呼んでいたふたりだけ。自分の琴線と逆鱗を心得ている彼らにはそれなりに気を許していたけれど、対等な友人関係などでは決してなかった。

 ならば、A組の連中。三年間苦楽をともにしたという確固たる絆をもつ彼らは間違いなく手を挙げるだろうが、彼らは同志であり、ライバルでもある。ただ切島鋭児郎だけは、友という関係がすべてを内包していると思う。口が裂けても口には出さないが。

 

(デク、)

 

 この男が友だちと呼ぶ、青年のあだ名を喉もとでつぶやく。幼少期はいざ知らず、成長するにつれて他者に暴力を振るうことは避けるようになった。怪我でもさせれば内申に響く。取り巻きの喫煙すら咎めるほど神経質になっていた。

 でも、あいつにだけ。あいつにだけはそれができなかった。そのくせ、他人にあいつが傷つけられるのを見るのは嫌だった。自分以外の人間があいつをデクと呼ぶことすら、許せなかった。

 

 

 勝己は静かに瞑目した。心操は窓辺に目を遣ったままだから気づかなかった。一生に数度のチャンスをひとつフイにしたといっても過言ではないほど、それは貴重な表情だったのだが。

 

「……心操。テメェは、あいつのなんだ?」

「は?……なんでよりによっていま、ンなこと訊くんだよ」

 

 質問者の顔を見ないまま、怒りを押し殺したような声を返す。その言動自体、答えになってしまっていることに気づいているだろうか。

 

「いいから言えや。言えねえなら金輪際、あいつに近寄るな」

「………」

 

 呆れぎみにひとつ溜息をついたあと……心操は、かすれた声で答えた。

 

「……友だち。俺はそう思ってる」

 

 「向こうがどうかは知らないけどな」――相変わらずシニカルに続けて、口許を歪ませる。100パーセントではないにせよ、ある程度本気も含まれているようだったが。

 

「……なら、それで十分だろ」

「……なに?」

「テメェは素直に大事なモン大事だって言える。それで十分だって言ってんだ」

 

 心操は呆気にとられたような表情を浮かべて振り向いた。この男くらいの親しさなら意外でしかないのだろうが、勝己自身はこういうことを言うのにもうほとんど抵抗もなくなってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど。

 

「……爆豪、おまえ、」

 

 心操が何事かを口にしようとしたとき、扉が軽やかにノックされた。

 一度ことばを呑み込んだ彼が「どうぞ」と応じると、扉が引かれる。そこに立っていたのは、洒落たカジュアルシャツの上から白衣を羽織った椿医師。そして、

 

「……久しぶり、心操くん」

「!、……沢渡さん」

 

 微笑む彼女がなぜここにいるのか、心操にはすぐにわかった。古代文字の研究、古代の戦士であるクウガ――点と点は、既に繋がっていたのだ。

 



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EPISODE 33. We`re 仮面ライダー! 3/4

報告忘れてましたが無事アークル予約できました。


 薄暗い一室。その中央で、三人の男女がポーカーに興じている。それぞれが手持ちのカードを見つめつつ、悟られぬよう歓喜あるいは焦燥を押し殺す。

しかしその果てに、ついにギャンブラー風の男が勝負に出た。

 

「ロサダ、ダダ!」

 

 晒された手札。派手な服装の女は小さく舌打ちをし、詰襟の少年は深い溜息をつく。この男――ゴ・ガメゴ・レに賭け事で勝てたためしがない。G3のトラップでビルから墜落したときは溜飲が下がったが……それからアギトの攻撃を受け、さらにライジングタイタンソードに腹を貫かれてもなお、彼はこうして涼しい顔でカードを玩んでいる。人間としての姿である細身の青年からは、想像もつかないタフネス。基本的に互いの力は認めあっているゴの面々だが、実力に裏打ちされたガメゴの不敵な態度は、まだ若く血の気も多いこの遊び仲間たちには不愉快でならなかった。

 

 と、どこからともなくふたりの審判者――バルバとドルドが現れて。

 

「グン、パルギデ、ビダバ?」

 

 それをゲゲル再開を促す合図と捉えたガメゴは、カードを置いて悠然と立ち上がった。

 

「ボンバボグガスビ、ボドダンリント……"ケ・セラ・セラ"」

 

 「なるようになる」――生粋のギャンブラーであるゴ・ガメゴ・レだからこそ、吐けることばだった。

 

 

 

 

 

 椿医師と沢渡桜子の訪問を受けた心操人使と爆豪勝己は、彼らとともに病院の廊下を進んでいた。上からジャケットを羽織っているとはいえ勝己は爆心地のコスチュームのままだから、どうしたって入院患者や看護師たちの目をひく。そんなものに興味はないとばかりに、勝己は前だけしか見ていなかったが。

 

「確か、6号のときだったか……」つぶやく椿。「やられたあいつが、初めてここに運び込まれてきたのは」

「……そんなこともありましたね」

 

 感慨深げに応じる桜子。6号といえば、心操がリアルタイムで初めて接した未確認生命体だ。いずれにせよ、彼らが長い眠りから醒めてまだ数日というときに現れた存在。

と、するならば。

 

「……沢渡さんは知ってたんですか?そんな、早くから」

「うん。……ていうか、見ちゃったのよ。出久くんが、初めて変身するところ」

「え……」

 

 

「出久くんね、1号から私を庇って――殺されかけたの」

 

 ひゅ、と喉が鳴った。

 

「そんなときに、遺跡から発掘されたあのベルトを身につけて……出久くんはクウガになった」

「……そんなことがあって、そのあとも大怪我して。なのにあなたはどうして、緑谷が戦うのを受け入れられるんですか?」

 

 声が震えるのを止められぬまま、心操は問うた。この女性が、出久が傷つき人でなくなっていくのを認めるなんて。

 

「私だって最初は嫌だったよ?爆豪さんもそうだったし……だから出久くんを止めてってお願いしたのに、何があったか知らないけどバイクあげちゃうし……」

「……スンマセン」

 

 憮然とした表情ながらも、勝己はきちんと詫びのことばを述べた。その願いをいったん聞き入れておきながら、自分は変節した。それは言い訳のしようがない。

 

「けど……覚えてないかな、心操くんが言ってくれたんだよ?"ふつうに考えて、ふつうにやればいい"って」

「!」

 

 そういえば、そんな話もしたかもしれない。あのとき悩んでいた桜子に、自分なりの思いの丈を伝えた。それをきっかけに桜子は、どんなことがあっても出久を支えようと決めたのだ。

 

「出久くんが戦わずに済むなら、それが一番だけど……でも出久くんが戦うって決めたんだから、私も頑張ることにしたの。私は直接戦えないけど、できることはあるから」

「………」

 

 そう言って微笑むこの女性(ひと)は、本当に強いと心操は思う。そういえば36号事件が起きた頃だったか、出久がひどく悩んでいて、「どう生きていけばいいかわからない」とまで吐露してきたことがあった。次に会ったときにはすっかり立ち直っていたようだったが……自分の与り知らぬところで、きっと力を尽くしていたのだろうと思う。

 

(ふつうに考えて、ふつうにやる……か)

 

 きっと自分にも、それを実践しなければならないときが来た。

 

 

 気づけば目当ての病室の前に到着していた。

 あ、と思ったときにはもう、椿が扉をノックしていて。変に躊躇して時間を浪費せずに済むのはむしろありがたい、心操はそう考えることにした。

 

 扉が引かれ、病室内が露わになる。その奥にはベッドに腰掛けた緑谷出久の姿があって……ちょうど、左目の包帯を外していたところだった。

 

「あ………」

「………」

 

 出久と心操、ふたりの視線が交錯する。しかし彼らが口を開くより先に、他の面々が出久のもとへ歩み寄っていった。

 

「出久くん」

「あっ、あれ……沢渡さん?」

 

 今度は元々大きな目をさらに見開く。彼女がなぜここに?そう顔に書いてある。

 桜子は努めて笑顔で応じた。

 

「ちょっと、話すこととかあってね。まさか出久くんが運ばれてくるとは思ってなかったけど」

「……ごめん、心配かけて。でももう大丈夫だから。視力もちゃんと戻ってるみたいだし」

 

 瞼をぱちぱち開閉してその健在をアピールする出久。確かにその左目はもとの翠の輝きをすっかり取り戻していている。たかだか数時間前、鉄球に潰されたとは思えない。

 

「そっか」

 

 桜子はただ、そううなずいただけだった。治ったということは、出久はまた戦場に出ていくということ。またこんな傷を負いかねない――でなくとも、確実に"戦うためだけの生物兵器"に進んでいく戦いに、また飛び出していく。それでも彼女は、引き留めないのだ。

 

 その様子を見守っていた心操は、意を決して前に進み出た。出久も思わず立ち上がったから、自ずと対峙する形となった。

 暫しの静寂。居合わせている桜子も椿も勝己も焦凍も、口出しせずに見守ってくれている。これ以上は、ふたりの行動にかかっている。

 

 心操はす、と息を吸い込んだ。そして、

 

 

「「――ごめん!」」

 

 ふたりが勢いよく下げた頭は、すぐ上げられてしまった。怪訝な表情とともに。

 

「……なんで、あんたが謝る?」

「いや、その……」

 

 一瞬口ごもりつつも、出久は正直な胸中を告白した。先ほど焦凍に吐露した、そのままを。

 

「……そんなふうに、思ってたのか」

「うん……勝手なのはわかってる。とにかくそのせいで、余計にカッとなって、わかってもらおうともしなかった。……だから本当に、ごめん」

「緑谷……」

 

 「でも、」――出久のことばには続きがあった。

 

「僕はやっぱり、きみに戦ってほしくない。できることならいまからでも装着員を辞退してほしいって、そう思ってる」

「……ッ、」

「だから……そこまで含めて、ごめんなんだ」

 

 それを聞いた心操は――拳を、握っていた。

 見かねた椿が思わず間に入ろうとするが、勝己がそれを手で制する。心操が次にとる行動がどんなものであるか、彼は信頼することができていた。出久をはっきり友だちだと言った、この男なら。

 

 やがて心操は、勝己の信じたとおり、振るうことないまま拳を解いた。

 

「……それはさ、俺だって同じだよ」

 

「誰がなんと言おうと、俺はおまえに戦ってほしくない。おまえには戦いとかじゃなくて……ばあちゃんの大荷物持ってやるとか、そういうやさしい人助けだけしといてほしい」

「………」

「でもおまえは、絶対に引かないんだろう?」

「……うん」

「じゃあそれも、俺と一緒だ」

 

 俺たちは自分の意志を曲げられない。自分が危険に身を投じることも、相手にそれをさせたくないことも。

 だったら――答えは、ひとつだ。

 

「だったら、俺がおまえを守る」

「!」

「その代わり――おまえも、俺を守ってくれよ」

「心操、くん……」

 

 「嫌か?」と意地悪く訊くと、当惑していた出久は慌てて首を振った。こういうしぐさは、いままでと何も変わらない。変わらないこの出久を、守りたいと思う。

 

 だから出久が伸ばした手を、心操はとった。傷ついた右手、それもきっと誰かを守るため……救けるために負った傷なのだろう。悔しいけれど、そういう人間だからこそ、心操は友だちと呼ぶことができるのだ。

 

「なぁ、」

 

 不意に焦凍の声が割り込んでくる。それもどうしてか、やや不満そうな。

 

「お前らが仲直りしてくれたのはいい。……けど、俺たちがいることも忘れるな。俺たちだって全力で、お前らを守る」

「う、うん。ありがとう轟くん」

「……オイ、"たち"ってなんだ。まさか俺も頭数に入れてねえだろうな?」

「そりゃ入れるだろ」

「ざけんな半分野郎、テメェの身はテメェで勝手に守りゃいいんだボケ」

「……また心にもないことを」

「アアン!?」

 

 そんなやりとりも、もはや様式美とでも言うべきか。

 くすくすと笑いすら漏れる病室内。――そんな一連の会話を外で聞いていた玉川三茶は、ふっと小さな溜息をついた。

 

(発目くんの言うとおりだったニャ……)

 

 G3の修理を委ねてここに来てはみたが、必要なかったようだ。自分が何か言わずとも、彼らは期待した以上の連携を見せてくれるだろう。

 

 病室には入らず、黙って去ることにした玉川。そんな彼を呼び止めたのは、彼より随分と歳を重ねた重厚な声だった。

 

「やあ、久しぶりだねえ玉川くん」

「!?、あ、あなたは……」

 

 

 病室の扉が再びノックされたのは、その邂逅から三十秒も経たないうちだった。

 

 今度は誰だ?そんな疑問が皆の胸に浮かぶ。心操は玉川さんだろうと見当をつけていたが、それは半分正解というところだった。

 

「失礼するよ」

「!?」

 

 玉川とともに現れた、体格のいい壮年の男性。警察官の制服を纏ったその姿に対する反応は、彼を見知った者とそうでない者で二分された。

 

「あ……あなたは、警視総監の……」

「えっ!?」

 

 警視総監――日常生活においてはまったく馴染みのない最高級の警察官を表すことばに、後者の側だった桜子と椿は驚きを隠せないようだった。

 

「おぉ、覚えていてくれたか緑谷くん。ハッハッハッハ、嬉しいねぇ」

「それは……まぁ……」

 

 忘れられるわけがない、こんな濃いキャラクター。風貌はそこまででもないが、纏うオーラは一度だけ対面したことのあるオールマイトにすら匹敵するものだと感じる。

 

「初めてお会いする方もいるから自己紹介しましょうか。警視総監を務めている本郷猛と申します。以後お見知りおきを」

「あ……」

 

 桜子と椿が揃って名乗り返そうとするが、本郷はそれを手で制した。

 

「結構結構、あなた方のことは存じている。城南大学考古学研究室の沢渡桜子さんに、こちらの病院の監察医である椿秀一先生。日頃のご協力、心から感謝を表します」

「!」

 

 淀みなく言い当てられ、呆気にとられるふたり。その間に本郷の視線は心操へと向いていた。柔和な瞳の奥に常人離れした強靭な意志を感じ取って、心操は思わず身体をぶるりと震わせてしまった。

 

「G3装着員の心操人使くん……直接あいまみえるのは初めてだが、その様子だと、私のことは知っていたようだね」

「……警察の情報は、以前から収集していましたので。ニュースやホームページで拝見したことが何度か」

「ハッハッハ、そうかそうか。きみは元々警察官志望だったんだものな」

 

 鷹揚に笑う警視総監は、若者の多いこの場では浮いていると言わざるをえない。見かねた玉川が遠慮がちに声をかけた。

 

「あの、失礼ですが総監……こちらにいらっしゃったのは……?」

「あぁ……実はきみたちの先ほどの戦いについて耳にしてね」

「!」

 

「正直、芳しいものではないと聞いた。だから老婆心ながら心配して来てみたんだが……どうやら、杞憂だったようだね」

「………」

 

 当事者ふたりは悄然と黙り込むほかなかった。もう和解したとはいえ、自分たちの意地の張り合いがこんな地位ある人間を動かしてしまうものになるとは――無論本郷のフットワークが軽すぎるのもあるが――。

 

 ただ本郷はもう、玉川同様咎めるつもりはないらしかった。

 

「解決したならもう何も言わんさ。次こそは見せてほしいね、――"仮面ライダー"の名を継ぐにふさわしい者の戦いを」

「へ……?」

 

 

――仮面、ライダー?

 

 ヒーローネームを思わせるその響きを、しかし当の本郷を除いては誰も、知る者はなかった。ことヒーローについてはすべて知り尽くしている、そう言っても過言ではない出久でさえも。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギンドゲギド

ウミヘビ種怪人 ゴ・ベミウ・ギ/未確認生命体第39号※

「グスパギ、ブギゾ、ババゼスザベレ」(麗しく死を奏でるだけよ)

登場話:
EPISODE 26. ネクストステージ
EPISODE 28. ストレイボーイ
EPISODE 30. それぞれの波紋~EPISODE 31. エチュードの果てに

身長:198cm
体重:172kg
能力:
超低温を発生させる鞭

行動記録:
ウミヘビの能力をもち、水中で自在に活動できる女性グロンギ。グロンギとしては珍しく振る舞いは優美であり、ピアノの演奏(特にクラシック)を好む。その音色はゴ・ガリマ・バも惹かれるほど。
ゲゲルのルールもピアノにちなみ『革命(のエチュード)』の音符と音階を反映した極めて複雑なゲゲルを行った。鞭を標的の胸部に一瞬触れさせただけで超低温による心臓麻痺を起こさせるという殺害方法は神業と言うべきものであり、当初は死因が判明しないほどであった。
人間体の風貌は(髪色などを除けば)轟焦凍の母である冷に瓜二つであり、母に会うことを躊躇っていた焦凍をひどく困惑させる。親子というものについて理解し、ルールを逆手にとられてプールに誘い込まれた際には「お母さんを騙すなんて酷い」と言い放ち焦凍を混乱させようとする狡猾さも見せた。
が、既に爆豪勝己や父・エンデヴァーのことばによって立ち直っていた焦凍には通用せず、そのまま戦闘に入る。焦凍の変身したアギトのほかクウガ・ドラゴンフォーム、爆心地、インゲニウムの4人を相手取りながら一歩も引かず奮戦したが、彼らの連携により着実に追い詰められ、最期はライジングドラゴンフォームのライジングスプラッシュドラゴンによって空中に投げ飛ばされたところにアギトのライダー・トライシュートを受け、意識を喪失した状態で凍った水面に叩きつけられ爆死した。彼女の死は、それを見届けたガリマの行動にいかなる影響を及ぼすのであろうか……。

作者所感:
出番は少なかったですが結構カラーを出せたんじゃないかなーと思うグロンギです。轟母にそっくりって設定は能力から着想しました。あとはガリマと親しくなるという原作では絶対にありえない(そもそも登場時期が被ってない)設定もくっつけました。
原作の彼女はアレですね……こう、ちょっとよい子には見せられないような界隈で大人気だったりしますね。台詞が二言しかない(しかも両方グロンギ語)でグロンギにしては比較的キャラ薄めだったんですが、やはり水着が男どもを惑わせたんでしょうか。

ちなみに上記の台詞で"~レ"を"~よ"と本来ではありえない訳し方をしてますが、これはグロンギの女性詞らしいです。ベミウのほかにはバラさんがEPISODE 10(原作)で使用してます。一応はグロンギにも男女の別があるんですね。考えてみるとドルドは女性怪人には比較的親切だったりします。

※原作では第38号


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EPISODE 33. We`re 仮面ライダー! 4/4

戦闘シーンだけになると味気ないかなーと思い、本郷総監の仮面ライダー語りシーンをこっちに回したんですが……結果はお察し。

仲間も増えてきて楽しくなってきたぶん戦闘シーンは難しくなってきました。戦隊もの書きまくってたので多対一は慣れてるはずなんですが、やっぱり仮面ライダーだと勝手が違いますね。


――仮面ライダー。

 

 

 聞き覚えのないその名に戸惑う若者たちの前で、警視庁の主は明朗に笑った。

 

「ハッハッハッハ、まあその反応も無理はないね。"彼ら"については一世紀も昔、その存在をまことしやかに囁く声がごく一部であっただけだ。現在、一般市民で知る者はほとんどいないだろうし、いたとして実在を信じはしないだろう」

 

 暗に「我々のような立場の人間は知っている」とほのめかす警視総監。秘匿された存在?ならば自分たちが聞いてしまってよいものなのだろうかと、出久などは要らぬ心配をした。

 

「……なんなんすか、仮面ライダーって?」

 

 結局、痺れを切らした勝己がそう訊いた。

 

「きみたちの想像どおり、"原初のヒーロー"さ」

「!」

 

 個性黎明期、まだ個性をもつ人間がごく少数だった頃。その特別な力に溺れて暴走する者もいて、それはいまのヴィランとは比較にならない――それこそグロンギにも匹敵する脅威となっていた。

 社会秩序が崩壊する中で、やはり個性を駆使してそれらに立ち向かう者たちも現れた。彼らこそ、のちにヒーローと呼ばれることになる存在――

 

 だが"仮面ライダー"は、そうした者たちとも一線を画していた。

 

「彼らが立ち向かったのは、もっと強大で根深い巨悪だ。人間を怪物へと改造し、世界征服を企む……ちょうどかつての"敵連合"のようなね」

「そんな奴らが……」

 

 敵連合を率いていた"オール・フォー・ワン"……社会を震撼させるような巨悪は、彼以外にも存在していたのだ。あるいは彼も、どこかで他の組織と関わっていたのかもしれないが。

 

「仮面ライダーもまた、かの組織によって生み出された怪物のひとりだった」

「……!」

「だが彼は悪の手先と化す運命に抗い、ヒトでなくなった哀しみを異形の仮面に隠して戦い続けた。人類の自由と、平和を守るために」

 

 その戦いは永遠の孤独の中で続くものと、彼は覚悟を決めていた。――だが幸いなことに、彼は仲間を得ていった。心ある有志たち……そして望むと望まざると、彼と同じくヒトならざる身となった者たち。

 

 仮面ライダーは"彼"ではなく"彼ら"となった。長き戦いの末に彼らは自らを生み出した巨悪を討ち滅ぼし……そして、称賛されることもなく静かに去っていった――

 

「――と、言うわけだ」

「………」

 

 皆、語るべきことばをもたなかった。出久は言わずもがな、桜子と椿を除く面々はヒーローについて深く学んでいる。ヒーロー社会が形成される過程で歴史に埋もれた英雄たちがいることも頭ではわかっていた。

だがその中に、そんな悲壮な覚悟を背負い、戦い続けていた者たちがいたなんて。それも、守った世界に知られることすらなく。

 

「きみたちこそ、彼らの名と意志を継ぐにふさわしい」

 

 駄目押しのごとく言われて、出久はあわあわと首を振った。

 

「いっ、いやいやいや!みっ、みんなはともかく僕はそんな大したものじゃないですよ!ね、そうだよねかっちゃん!?」

「………」

 

 何も答えない勝己は、普段の射殺すようなそれとも異なる、ひどく冷めたものだった。たとえいつもしていることでも、出久の意図に乗せられるなら絶対にしない――そんな、尋常でない意地が垣間見える。

 

「ハッハッハッハ……きみが極端に自己評価の低い青年だとはリサーチ済みだがね。悪いがここは押し切らせてもらうよ」

「………」

 

「友を、仲間を愛し……無辜の人々を守るためなら、己が異形と化してでも悪に立ち向かう。その志そのものが仮面ライダーなんだ。その志がある限り、人は誰でも仮面ライダーになれる」

 

 だから、出久だけではない。焦凍も心操も、桜子も椿も……勝己も、その資格をもっている。無論、ここにいない飯田たちだって。

 

 そのことばを聞いて、出久はそっと己の右手を見つめた。掌の側にまで傷が侵食し、歪んでしまったそれ。決して美しくはない英雄たる証、その果てにあるものが仮面ライダーの称号だとするなら、僕はそれを誇ってもいいのだろうか。僕ひとりじゃない、ここにいる仲間たちと共有できるのならば。

 

 

――不意に、勝己の携帯が鳴った。

 

「……俺だ」

『もしもし爆豪くん、飯田です。――第40号が犯行を再開した』

「!」

 

 勝己の目配せを受ければ、その視線の動きだけで状況がわかる。少なくとも出久はそこまで来ていた。

 

「すぐ行く」

『頼む!あ……緑谷くんたちは、大丈夫か?』

 

 怪我だけのことではなく。

 

「あぁ、大丈夫だ。デクも――心操も」

 

 だから勝己は、あえてふたりの名を連ねた。その言わんとするところを察して、飯田はスピーカー越しに安堵の溜息をこぼす。

 

『そうか、それならいい。ではまた!』

 

 通話が切れる頃には、勝己だけでなく出久も焦凍も既に臨戦態勢となっていた。

 

――そして、心操も。

 

「玉川主任、」

 

 上司のもとに歩み寄った彼は、深々と頭を下げた。

 

「先程の醜態、本当に申し訳ありませんでした」

「………」

「もう同じことは繰り返しません。俺、いや自分に、もう一度G3を任せてください」

 

 玉川は肩をすくめた。所属する組織の長がにやにやと横で見ている状況下、部下に謝罪されるというのはどうにも居心地が悪い。

 が、それをおくびにも出さず、彼は未確認生命体対策班を預かる者として厳しい声を発した。

 

「……今回の犯行で犠牲になっただろう被害者、それはきみたちの小競り合いがなければ生まれなかったかもしれない。それはわかるね?」

「!、………」

 

 顔色を青くしながらも、心操ははっきりとうなずいた。ずっと頭には引っ掛かっていたこと――それでも装着員を降りるより、命がけでグロンギを殲滅し、犠牲になった人の家族に詰られよう。それが自分にできる責任の取り方だと思った。

 

「……わかってます。それでも、やらせてください」

「ぼ、僕からもお願いします!」

 

 心操ばかりでなく、結局喧嘩を買ってしまった出久もまた頭を下げた。

 そして、

 

「……今度のヤツは特に強力だ。そいつがいるに越したことはねえ」

 

 爆心地。他人の力など必要ないと言って憚らなさそうな彼までもが、そう心操の参戦を求めている。

 

――わかっている。玉川とて、上司としての義務を果たしただけだ。

 

「なら……今度こそ信じさせてくれ。きみを選んだ我々の判断が正しかったと」

「……はい!」

 

 力強くうなずく心操。――それを合図として、彼らは戦士として動き出す。

 

「みんな!……頑張ってね!」

 

 それを見送るほかないからこそ、桜子がそう声をあげた。戦う力はなくとも、彼らの無事を祈ることはできる。ただ見送るべき背中がひとつでなくなったことは、やや複雑な気持ちではあったけれど。

 

「椿先生、沢渡さん」

「!」

 

 同じく見送り役に徹した警視総監が、その場に残ったふたりに微笑みかけた。

 

「彼らのような戦士たちにこそ、帰る場所が必要だ。見守ることしかできないのはもどかしいかもしれないが……どうか最後まで、彼らを支えてあげてください」

 

 

 背中を支えてくれる人たちが、どんなにかけがえのないものか。彼自身、それを身に沁みて感じたことがあるかのような口ぶりだった。

 

 

 

 

 

 走る、走る。

 

 勝己の運転する黒塗りのパトカーが先行し、出久のトライチェイサー、焦凍のマシンがすぐ後ろにつける。

 そして最後尾には、ひときわ巨大なポリスカラーのトレーラー。

 

 そのすべてに、無線で連絡が入った。

 

『本部から全車。新宿区西新宿で第40号による事件発生』

「!」

『ただ、事前に被害予想地域の避難を行っていたため人的被害はゼロだ。また、凶器の発射地点も判明した。場所は――』

 

 

「G3ユニット、現場へ急行する。――オペレーション開始だ」

「……了解」

 

 心操は既にG3の鎧を纏っていた。ガメゴの攻撃で破損してからまだ半日も経っていないが、少なくとも外見には綺麗に元通りになっている。発目を中心としたサポートメンバーの尽力のおかげだ。

 ただ彼女らも、人間離れしていようと人間であることに変わりはないわけで。

 

「問題なく動くようにキッチリ修理はしましたけども、時間の制約上あくまで応急処置です。どんな不具合が出るかわかりません。接近戦は、絶ッ対避けてくださいね!」

「……わかってる。今回はスコーピオンでサポートに徹するよ」

 

 緑谷たちがいるしな――そのことばは、十分信頼に足るものだと思った。

 

 

「――緑谷、」

 

 疾走に専心していた出久は、隣の焦凍の呼びかけで我に返った。

 

「心操が出てきたぞ」

「!」

 

 ミラーを見遣れば、Gトレーラーの背後からガードチェイサーを駆るG3が現れたのが確認できた。

 

「よし……じゃあ、僕らも!」

 

 スピードを緩めることないまま、グリップから手を放し――構える。

 

 

「変――「変身ッ!!」――身!!」

 

 腹部に出現したベルト――アークル・オルタリング――が輝きを放ち、それぞれの主の肉体をヒトを超えたものへと変化させていく。

 

 クウガに、アギト。そこにGトレーラーを抜いて追いついてきたG3が並ぶ。仮面ライダーの名を受け継ぐ、三人の戦士たち。

 

 人類の自由と平和を守る……そんな大それたことは言えない。だが誰かの涙を見たくない、皆に笑顔でいてほしい――その決意は、過去にそう呼ばれた者たちにも決してひけをとらないのだった。

 

 

 

 

 

 ゴ・ガメゴ・レは、捜査本部の面々により包囲されていた。

 

 それでも彼は、まったく余裕を崩すことはない。そもそもリントなど歯牙にもかけていないから……というのも理由としてあるが、最大の要因は高層ビルの屋上という、ある意味隔絶された空間を確保していることだ。

 

「チッ、いつまで居直り決め込んでやがるんですかねえあの未確認」

 

 毒づく森塚。この距離では銃撃も届かないし、届いたとて効き目はないだろう。逆に相手も犯行時のような鉄球の雨あられとはいかないようだが、下手にこれ以上近づけないのは変わりない。

 

「くっ……いつまでそこにいるつもりだ!?降りてこい!!」

 

 堪りかねた飯田が得意の大声で叫ぶ。それは当然ガメゴの耳には届いたが、その意志に響くのとはまったく異なる話で。

 

「断る。俺と遊びたいならそちらからどうぞ。――徹底的に叩き潰させてもらうがな!」

 

 鈍重そうな風貌で、そんなことばを高らかに謳いあげるのだから腹立たしい。

 

「……ずいぶんな余裕ね。虚勢を張っているわけでもなさそうだわ」

「タイムリミット、まだ先なんですかね?」

 

 正解だ。設定は72時間で567人――そのうちまだ6時間程度しか経過していない状況で、目標人数の半分弱は既にクリアしている。ちょうどいまのようにリントの戦士たちの横槍が入ることを見越して慎重に、また長く楽しめるようにとこの時間・人数設定にしたのだが、それにしてもぬるすぎたとガメゴは考えていた。

 

 とはいえ、いつまでもここで粘っているつもりもない。この場で強引にゲゲルを続行したところで、骨折り損になることはもうわかっている。命中が一個もないということはその場に誰もいなかった――つまり眼下の連中の差し金だろうから。

 

(そろそろ"奴ら"が現れるだろう)

 

 それを今度こそ完膚なきまでに撃滅すれば、リントどもも怖じ気づいて逃げていくに違いない。自分を止められるものなど、この世界に誰もいないのだ。

 

 

 摩天楼の頂、全能感に浸るガメゴの背後で、()()()の影が躍りあがった――

 

 

 それらは、地上の飯田たちにも捉えられていた。

 

「!、緑谷くん、轟くん……!」

 

 ついに来てくれたか。飯田は一瞬表情をほころばせたが、すぐに引き締め直した。彼らが来たとて、勝利が決まったわけではない。

 

 自分も上に行って参戦すべきか――そんなことを考えていたとき、一台の黒い覆面パトが入ってきた。運転手は、見なくてもわかる。

 

「爆豪くん!」

「チッ……あのクソボケども、とっとと先行きやがった」

 

 毒づきつつ、彼はいつものように積極的に割り込んでいこうとはしない。

 

「……珍しいな、きみがおとなしい」

「ことば選べやクソメガネ。屋上じゃわらわら群れててもお互い邪魔ンなるだけだわ。それに……」

 

「いっぺんくらい、あの洗脳野郎に花持たせてやってもいいだろ」

 

 

――既に、クウガたちとグロンギの決戦が始まっていた。

 

「ウラァッ!!」

 

 鉄球を勢いよく振り回すガメゴ。直撃すればタイタンフォームの鎧ですらダメージを殺しきれないその猛攻をかわしつつ、クウガとアギトは反撃のチャンスをうかがう。

 

「ッ、やっぱり隙がねぇな……」

「なければ作ればいいだけだよ。さっき決めたやり方でいこう」

「……言うじゃねえか!」

 

 

 クウガを庇うように、アギトが前面に出た。――それが、作戦開始の合図。

 

「ギベッ!」

 

 当然、ガメゴはアギトを狙って鉄球を振るう。しかし生まれながらに個性をもつ彼なら、身を翻してかわす以外の防御手段もある。

 

「ふ――ッ!」

 

 彼の右足から氷結が奔り、たちまち前面に分厚い氷山を形成する。鉄球を受け止めきれるほど頑丈ではなく、一瞬のうちに粉々に粉砕されてしまうが、ガメゴの虚を突くには十分だった。

 

「ムゥ……!」

 

 不愉快げな声をあげつつ、一旦鉄球を引くガメゴ。即座に次の攻撃に移るつもりだったが、アギトはただ防御のために氷山を生成したのではなかった。

 

「――はっ!」

 

 陽光を反射して煌めく氷の欠片の群れの中を、真紅のクウガが躍動する。アギトの背後で守られていたのが一転、急に飛び出してきたのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に迎撃しようとするガメゴだったが、これまでの攻撃のように、鉄球に十分な勢いをつけられていない。狙いどおりだ、クウガ――出久はそう思った。

 

「お、りゃぁッ!!」

「グゥッ!?」

 

 クウガのキックが鉄球とぶつかりあい――競り勝った。ガメゴの手から離れて弾き飛ばされ、ガメゴ自身もよろけて後退する。

 

「ッ、フハハ……」

 

 それでもなお、彼は笑っていた。いまので意表を突いたつもりだろうが、鉄球ひとつ吹っ飛ばしただけ。本体には触れることすらできなかったし――鉄球は、まだまだ創れる。

 

 その事実を誇示するかのように、ゆっくりと指輪に手をつける――刹那、

 

 

 にわかに右手を凄まじい衝撃と熱い痛みが襲い、指輪が弾け飛んだ。

 

「ガァッ!?」

 

 倒れかかりそうになるのをこらえて、ガメゴはどうにかその場に踏みとどまった。クウガでもアギトでもない、別の場所から不意討ちを喰らった――その方向を見遣る。

 

 ビルに外付けされた非常階段。その踊り場に、攻撃の主の姿があった。

 青と銀を基調とした鋼鉄の鎧。唯一緋色に輝く複眼は、クウガのそれによく似ている……その姿をモデルとしているのだから当然だ。

 

 彼――G3・心操人使は"GM-01 スコーピオン"による射撃で、ガメゴの手を正確に撃ち貫いたのだ。常人であれば手がちぎれていてもおかしくなかったところ、彼は右手にはめた指輪をすべて吹っ飛ばされるだけで済んだ。

 だが、思わぬ形で武器の約半数を失ったことは、彼を苛立たせるに十分だった。個性によるイカサマ以外は大したものではないと決めつけていたから、なおさらだ。

 

「よう。次は頭を吹っ飛ばしてやるよ」

「ビガラ……バレダブヂゾ!」

 

 まずはこいつを血祭りに挙げる。ガメゴはそう心に決めた。雑魚にうろちょろされるのも鬱陶しい、そう判断してのことでもある。

 しかし、G3のもとへ向かおうとすることはその仲間たちが許さない。

 

「!?、グ……!」

 

 足下が急に冷たくなったかと思えば、急に身動きがとれなくなる。――足が、床ごと完全に凍りついてしまっている。

 

「無理に動くと肉ごと剥がれるぞ」アギトが冷徹な声でつぶやく。

「!」

「それとも、どうせすぐ治るから構わねえか?」

 

 確かにすぐ治る――が、一瞬というわけではない。負傷した状態でもこの宿敵たちを下せると考えるほどには慢心してはいない。

 やはり、まずはあのG3を仕留めるないし戦線離脱させる。ガメゴは残った左手の指輪から鉄球を生成しようとした。

 

 そこに飛びかかり、羽交い締めにしたのがクウガだった。

 

「ガアァッ!!」

「ッ、心操くんは……やらせないっ!」

 

 守る――無論、それだけではない。自分のパワーでは押さえつけていられるのもせいぜい十数秒、だからその短い間に、友人の支援を全力で活かす。

 

「く、ッ……――心操くんッ!!」

 

 呼び掛けとともに、クウガの手がガメゴの左手を掴みあげる。――いまだ。

 

「ふ――ッ!!」

 

 一度、二度、三度――瞬きするほどの刹那に、幾度にもわたって引き金が引かれる。それらはすべて、正確に標的へと吸い込まれていった。

 

「がッ!?」

 

 突如、G3のアームプレートが火花をあげて弾け飛ぶのと引き換えに。

 衝撃で倒れ込む心操。右腕が焼けるように熱い。

 

「……発目、どうなってる?」

『……スミマセン、反動に耐えられなかったみたいです』

「マジかよ……」

 

 確かにこれでは、接近戦なんて危なっかしくてやってられない。直接攻撃を受けたりしようものなら、これより酷いことになっていただろう。

 

(でも……最低限の役割は果たせた)

 

 

――ガメゴは、すべての指輪を失っていた。

 

「ダババ……!?」

 

 これでは鉄球を創ることができない。焦りに我を忘れたガメゴに、ふたりの戦士が迫った。

 

 

「「――おまえも、吹っ飛べ!!」」

 

 彼らの拳が、ガメゴの顔面を鮮烈に捉えた。

 

「ガァ――ッ!?」

 

 そのことばどおりに、鈍重な身体は吹き飛び、宙に投げ出される。その真下にあった渡り廊下の天井と床をまとめて突き破り、彼は瓦礫ともども地面に叩きつけられた。勝己たちの目と鼻の先に。

 

「!、緑谷くんたち、やったか……!」

「………」

 

 前回は敗北を喫した第40号を――3人の連携がうまくいった証左だろう。

 しかしまだ、すべてが終わったわけではない。勝利を成すため、ドラゴンフォームに超変身したクウガがアギトとともに飛び降りてきた。

 

「悪りぃな未確認、こっちから肉剥がしちまった」

 

 いつもの淡々とした口調で言い放たれたとおり……氷結から強引に引き剥がされたせいで、ガメゴの足は血まみれになってしまっていた。肉体のほうのダメージも相俟って、これでは逃走などできようはずもない。

 

「ラザザ……!」

 

 だがガメゴは、己にはまだ勝機があると思っていた。自慢の甲羅で、こいつらの会心の一撃を防ぎきれば。

 

「――なんて、奴は考えてやがるんだろうな」

「だろうね……僕らでブチ破ってやろう!」

 

 そのためには。

 

「かっちゃん!いつものお願い!」

 

 いつもの?なんのことかわからず首を傾げるアギトの背後で、勝己が舌打ちしながら掌から爆破を起こす。

 その時点でいやな予感はしていたのだが……「行こう、轟くん!」のひと声を受ければ、動かざるをえない。

 

「ワン・フォー・オール……フルカウル……!」

 

 個性の煌めきを全身に纏わせ、構えをとる。

 

 同時に、クウガも。――赤い鎧に電光が奔り、その肉体の一部を黄金へと変えていく。必殺キックを放つ右脚の脛には、古代文字の刻まれたアンクレットが装着される。

 

 赤の金――ライジングマイティ。クウガの基本形態であり、緑谷出久の燃えたぎるような意志を示すマイティフォーム。それがいよいよ、黄金の力を得た。

 

 

 光とともに、ふたりの英雄は力強く跳躍する。

 彼らだけではない――勝己も。

 

 

「まとめて……死ねぇえッ!!」

 

 不穏当極まりない台詞とともに、背中目掛けて爆破を放つ。

 

 背中に感じる強烈な灼熱とともに、放たれる必殺キックの勢いがにわかに増す。アギトは両足、クウガは右足。迫りくるそれらに、ガメゴは背を向け、身体を丸めた。甲羅で防ぎきる――その意志は変わらない。

 

「うぉオオオオオ――ッ!!」

「おりゃぁあああああッ!!」

 

 

――閃光が、辺り一面を覆い尽くした。

 

 

「ッ、な、何が……」

 

 何が、どうなった?

 飯田たちのそんな疑問は、視界が戻ったことで一瞬にして氷解した。

 

 十数メートルも先に着地した、クウガとアギト。彼らと自分たちの間には、かのグロンギがいた。その巨体はうつぶせに倒れ伏している。――甲羅は、粉々に割れていた。

 

「グ、ア、アァ……ッ」

 

 弱々しいうめき声をあげながら、なおも立ち上がろうとするガメゴ。しかしもう、彼に待っているのは死しかない。その証拠に、ひび割れた背中にくっきり刻まれた封印の紋から光る亀裂が奔り、背中を、腹を……そしてバックルを、侵していく。

 

 

――そしてついに、"その瞬間"が訪れた。

 

 バックルが爆ぜ、炎とともにガメゴの身体が四散する。轟音と熱風とが、周囲に伝播してゆく。

 

「………」

 

 振り向き、その様を見つめる二対の複眼。……いや、もう一対。アンタレスを使って屋上からするりと降りてきた、G3だ。

 

「あ、――心操くん!」

 

 その姿を認めたクウガは、緑谷出久に戻って歩み寄っていった。

 

「倒せたよ、きみのおかげで」

「……だと、いいけどな」

「本当だよ!あの鉄球が厄介だったところ、きみが全部吹っ飛ばしてくれたんだ!それにしてもやっぱりすごいよ心操くん、あの距離からサブマシンガンで正確に指輪を吹っ飛ばすなんて!装着員になってからまだ一ヶ月も経ってないよね、それであんな精密射撃ができるなんて、どれだけ特訓したの……いや、むしろ量より質の問題なのか――」

「お、おい……」

 

 ゴホンと咳払いをすると、出久ははっと我に返ったようだった。頬を赤らめている。

 

「ご、ごめん……つい」

「いや……。――今度見に来いよ」

「!、いいの?」

「うん。まあ、そんな面白いもんじゃないと思うけど」

「行くよ、絶対行く!」

 

 嬉しそうに目をきらきら輝かせる出久。こういう表情を見せられるたびに思う――ああ、こいつと友だちになってよかったと。

 ただ、

 

「……とりあえず、あっちも構ってやれ」

「えっ?――あっ」

 

 振り向いた出久は、思わず肩を強張らせた。悪鬼羅刹のごとき様相で迫ってくる幼なじみの姿があったからだ。

 

「か、かっちゃん……」

「デェェクゥゥ……。テメェ、ひとを利用しといてありがとうのひと言もなしか、舐め腐ってやがんなァ!!」

「ヒィッ……」

「ありがとな爆豪」するりと割り込む焦凍。「けど、"まとめて死ね"はあんまりだと思うぞ」

「出てくんな半分野郎!!」

 

 焦凍に向かって怒鳴ると、勝己は不意に表情を鎮めた。今度はすべてを見透かすような視線を出久に向けてきて。

 

「……とりあえずデク、テメェはまた病院送りだ」

「へぁッ!?ど、どうして?」

「右足、微妙に動きがぎこちねえ。痛てぇんだろ」

「……!」

 

 図星、だった。いや、痛みといっても大したものではない。ちょっと筋肉を痛めたかな、という程度のものなのだが。

 

「武器を集中的に強化してる他の金色と違って、赤は右足に負担が集中してンだ。そのせいだろ」

「……そう、かも」

「そういうことならちゃんと診てもらっといたほうがいい。……さすがだな爆豪、俺はそこまで気づけなかった」

「テメェの目が節穴なんだよボケボケ野郎。おら、とっとと行くぞ」

「あ、待ってよかっちゃん!もうちょっと心操くんと――」

 

 ずんずんと歩き出す勝己。「ごめんね、またあとで!」とこちらに手を振って、あとを追いかけていく出久。「緑谷くん、大事をとってバイクを使うのはやめたまえ!パトカーまでは俺がおぶろう!」と駆け寄っていく過保護な飯田……はこの際ご愛嬌として。

 

「……ヘンなの、あいつら」

「俺もそう思う。でも、悪くねぇだろ?」

「あんたと意見が合うのは珍しい……ってか、初めてかもな。――轟」

「そうだったか?」

「そうだろ」

 

 そもそも学生時代は、個人的な会話をしたことなど皆無に等しかったのだが、ふたりともそんなことは忘れていた。

 

 

――こいつらと"仮面ライダー"の名でひと括りにされるのも悪くない。改めてそう思う心操なのだった。

 

 

 

 

 

 庁内の執務室に戻った本郷猛は、差し込む夕陽を眺めながらひとりコーヒーブレークを楽しんでいた。自分で豆から選んでいるその味は、今日は特にほのかな甘味が強く、舌触りがよい気がする。あるいは気分の問題かもしれないが。

 

(やはりやってくれたな、彼らは)

 

 自分のことばが大きな影響を与えたとは思わない。高すぎる地位を得たことと引き換えに、彼らをそばで見守り、導いてやるなどということはできなくなってしまった。それも自分の選択だ。

 

 本郷は少し考えたあと、引き出しの奥にしまっていた一枚の写真を取り出した。画質からして明らかに古ぼけたそれには、ふたりの男が写っている。一方は大型のバイクに寄りかかった、二十代半ばくらいの青年――それが若かりし頃の本郷であることは、顔立ちや変わらぬくっきりと力強い眉毛が示している。

 そしてもう一方は、白髪混じりの初老の男性。浮かべた微笑は優しげだが、その瞳は、決して信念を崩さぬ意志の強さをたたえている。

 

(おやっさん、)

 

 緑谷出久がそう呼ぶ男と、写真の中の男は奇しくも職業において一致していた。本郷はその事実を知っていて、だから余計にかの青年にシンパシーを感じる部分もある。

 

(俺はあなたのようにはできないけれど、彼らは多くの仲間を得て前に進んでいるよ)

 

 だから自分は、もっと大いなる秩序を守るため、いまはこの身を捧げよう――本郷は改めてそう決意した。

 

 

――写真の右下に記された日付。それが一世紀以上も昔のものであることは、彼自身と彼の同志であるごく少数の者しか知らないし、また知る必要もないことであった。

 

 

つづく

 





轟「俺には、決着をつけなきゃならない奴がいる」

轟「けどそいつは、無邪気な世界にひとりで閉じこもっちまった。……それでいいと、思ってた」

EPISODE 34. イノセンス

轟「俺はいつだって過去に縛られる。轟焦凍として……そして、"平和の象徴"を継ぐ者として」



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EPISODE 34. イノセンス 1/3

遂にアイツも出ます。
どんな役割になるかはお察しくだされ。


 夏から秋へ移り変わった。

 

 昼間こそ夏の残り香である厳しい残暑が肌をじりじりと灼こうとする一方で、夜は冷たくすらある風が吹きつけ、木々を彩る緑を紅く染めぬこうと目論んでいる。

 

 そんな季節と季節の接ぎ目となるある日のこと、轟焦凍は大師匠――実質的には師匠そのもの――であるシルバーエイジヒーロー・グラントリノとともに、とある墓地を訪れていた。

 

 

「――ったく、盆で向こうに送り返してやったと思ったらもう彼岸だ。こうしょっちゅう墓に来とると俺も引っ張られそうだわい」

「冗談でもやめてください、そんなこと」

 

 ときどき記憶障害を――おそらくわざと――起こすくらいで、所作にせよ健康状態にせよ衰えをまったく見せないこの老人だが、やはり"死"は身近なものなのだろう。きっと、過酷な戦場に立っている自分以上に。

 あるいは身近な、それでいて自分より圧倒的に若い人間が先に逝ってしまったことも影響しているのかもしれない。

 

――この墓の、主だ。

 

 

 焦凍が個性で線香に火をつけている間に、グラントリノが花瓶の花を入れ換えている。前に挿さっていた花はもう、萎れて元気がなくなっていた。これでは見る者も楽しめまい。

 

「……不思議ですね」

「ん?」

「あれだけ"平和の象徴"と持て囃された人なのに、こんな、静かなところにいるなんて」

 

 墓地には自分たち以外の生者の姿はなく、頭上より時折カラスの鳴き声が響くばかりだ。夕暮れに染まりつつある空と相俟って不気味ですらある――カラスは死者の魂を冥府へ導く鳥なのだと、以前どこかで聞いたことがあった。そうした伝承はそもそも、この日本という国を形作る起源ともいえる神話がルーツであることも。

 

「そんなもんさ」こともなげに応じる。「死ねばみんな逝く場所は同じだ。平和の象徴だろうとその辺のジジイだろうと、ヴィランだろうとな」

「……そんな」

「だから、死んだあとのことなどなんの意味もない。死んだ人間に、俺たちがしてやれることもない。こんな墓参りだって、しょせん俺たち生きてる人間の自己満足だしな」

 

 「自己、満足」――口の中で復唱してみる。死んだ人間は笑いもしないし、怒りもしない。ただ想い出のなかの存在として残るだけだ。個性というものが跋扈する超常社会、一般市民の宗教への関心は薄れていく一方だし、焦凍自身もその例に漏れない。ただ殊更に神や霊魂を否定する思想もないから、こういう場所を訪れるとどうしても考えてしまう。常に最上の英雄であろうとした男。彼は死してなお、安寧を得ることはできないのだろうか。ただその亡骸が冷たく暗い土の中に在ることだけが現実だというのなら、俺は。

 

 そんな焦凍の暗い思いを見透かすかのように、グラントリノが言った。

 

「だからおまえさんは、自分のやりたいようにやればいい」

「!」

「あいつはもういない、いるのは俺たちの心ン中だけだ。おまえさんが本当に正しいと思うことなら、おまえさん中のあいつは背中を押してくれる。そういうモンだ」

 

 自分の、本当に正しいと思うこと――

 

 

「――決めました」

 

「俺、"奴"に会いに行ってこようと思います」

 

 帰る道すがら、焦凍はつぶやくように、しかし毅然と決意表明をした。

 一歩先を歩いていたグラントリノが立ち止まり、振り返る。

 

「正直、奴らとのことはもう終わったもんだと思ってました。でも最近、あの頃を夢に見ることが増えた。それだけですけど……妙に胸騒ぎがするんです」

「……いまのおまえさんのそれは、馬鹿にできねえな」

「ええ。だから俺が見てなきゃならないと思うんです。万が一にも、奴がまた野に放たれることがないように。爆豪……それに緑谷たちにも、これ以上負担をかけたくないから」

「そうか……」

 

 それが孫弟子の望みなら、自分はついていくだけだと老人は思った。比喩でなく超人となったこの青年だが、精神的にはまだまだ脆いところがある。だからこそあの弟子が後継者に選んだのだということも、わかってはいるのだが。

 

(おまえの弟子はなんだかんだ、ちゃんとヒーローやっとるぞ……俊典)

 

 すまなそうにぺこぺこと頭を下げる弟子が、脳裏に浮かぶ。ただ頭の中の彼は、No.1ヒーローにふさわしい筋骨隆々の姿でも傷つき痩せ細った姿でもなく、徹底的にしごいてやった頃のまだ未熟だった少年の姿をしていた。それは孫弟子の青年も与り知らぬ、グラントリノこと空彦老人の小さな秘密だった。

 

 

 

 

 

 翌日。科警研内、実験場。

 

「――オラァッ、死ねぇえええッ!!」

 

 響き渡る罵声、次いで爆発音。防音処理が完璧になされているからその心配はないが、万一事情を知らぬ部外者が耳にすれば、爆弾テロでも起きたのかとパニックが起きてしまってもおかしくない。――実際にはただ、ヒーロー・爆心地が思いのままに暴れているというだけなのだが。

 

 彼が一切の容赦ない爆破を差し向ける相手は、異形の戦士・クウガ。公には"未確認生命体第4号"という名称で発表されているが、もはやかの怪物たちと同一視する者は少なく、世間的には縮めて"4号"が愛称になりつつある。そのせいで、焦凍が変身するアギトは"4号弟""4号その2""アナザー4号"などいまいち締まりのない呼び名を並べられてしまっているのだが……。

 

――閑話休題。

 

「くっ!」

 

 紫――タイタンフォームに"超変身"し、かわすのではなく全身を使って爆炎を受け止めるクウガ。鎧はもちろんのこと全身の皮膚が鋼鉄のように強化されているからこそできる芸当だが、一方でその身体はずりずりと後退させられていく。

 

「ッ、前より威力上がってないか……!?」

「たりめーだクソナードォ!テメェひとり強くなってると思ってんじゃねえ!!」

「お、おっしゃるとおり……!」

 

 だが、負けてはいられない。爆豪勝己は最強クラスのヒーローだが、人間だ。グロンギと第一に戦うべき自分が負けていては話にならない。

 

「きみに……勝つッ!」

「叩き潰す!!」

 

 負けじと張り合うふたり――サシでの真剣勝負のようだが、実際はそうではなく。

 

「――うわっ!?」

 

 突如鎧に着弾を示すペイントが散り、クウガは爆心地への攻撃を中断せざるをえなくなった。

 

「俺()()がいるのも忘れてくれるなよ」

「ッ、心操くん……」

 

 スコーピオンの銃口をこちらに向け、佇む心操人使……が装着したG3。みっちり鍛えあげた、狙撃部隊顔負けの精密射撃。それを容赦なく叩き込んでくる。仮に実弾が頭部などウィークポイントに命中すれば、タイタンフォームといえども脳震盪は免れまい。

 だがあちらがふたりがかりであるように、こちらもひとりではない。

 

「忘れてなんかないよ。――飯田くんっ!」

「了解だッ!」

 

 クウガの背後から躍り出た、大柄な影。それはフルアーマーのコスチュームに身を包み、ふくらはぎから唸りをあげるターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉だった。

 

「肩を借りるぞ緑谷くん!!」

 

 クウガの肩をバネに、さらに高く跳ぶ。勝己の頭上を飛び越し、G3へと迫る。

 

「!」

 

 咄嗟に撃ち落とそうとする心操。急降下してくる相手というだけならそれも不可能ではないだろうが、あいにく飯田の個性は"エンジン"だった。

 

――DRRRRRRRR!!

 

 排気筒(マフラー)から一気に噴射することで、弾丸が到達するより速く距離を詰めた。

 

「――ッ!」

 

 スコーピオンを蹴りあげられ、武器を失うG3。そのチャンスを逃すまいと全力で攻撃を仕掛ける飯田。そのスピードを最大限に活かした格闘戦を仕掛ける。――たとえ生身の人間であろうと、その威力は侮れない。アギトとの連携攻撃だったといえど、ゴのグロンギにすらダメージを与えたのだ。

 

 だが心操もさるもの。彼は装着員に志願するずっと以前、それこそヒーローを目指していた高校生の頃から、精神作用系の個性を補うべく格闘術は磨いている。科学の粋を集めた鎧を身に纏ったいま、かつての夢の象徴相手にだってひけをとらない。パンチやキックをいなし、即座に反攻を仕掛ける。

 

「やるな心操くんッ!俺はいま、きみのたゆまぬ努力を感じているぞ!」

「そりゃどうも……!――そういやあんた、G2のテスターだったんだよな?」

「ムッ、そう――」

「――答えるなインゲニウム!!」

「!」

 

 出久のがなり声を浴びて、飯田は慌てて口をつぐんだ。

 

「チッ……緑谷め、余計なことを……」

 

 あと一歩で"洗脳"の個性を発動し、飯田をこちらのマリオネットに変えることができたというのに。

 

「油断ならない奴だな、きみは!」

「そういうのも必要だろ」

(それは認める!)

 

 新旧装着員対決が白熱する一方で、

 

「よそ見たァ余裕だなクソナード!!今度は両目とも焼き潰してやらァ!!」

「40号より酷いじゃないか!?」

 

 幼なじみの相剋もいよいよ白熱する。共通するのは、いずれも相手を本気で打ち負かしてやろうという気迫に溢れていながら、この死闘をどこか楽しんですらいるようだった。

 

 

「おぉ、大したもんだニャ……」

 

 モニタールームにてそうつぶやくのは、G3ユニットの責任者である玉川三茶。猫頭から生えた三角の耳がピンと立って、その感嘆を表している。

 

「4号……緑谷くんにウチの心操は当然としても、爆心地とインゲニウムがあそこまでやるとは……」

「思ってもみなかったか?」

 

茶化すように聞くのは、ともに観戦している塚内管理官。

 

「正直。どちらも才能にあふれた前途有望なヒーローですけど、それこそオールマイトのような規格外の存在と並べて語れるものではないと思ってましたから」

 

 それは塚内にも否定はできないし、勝己も飯田も"いまは"同じだろう。だがオールマイトが引退して時が流れ、グロンギの脅威に社会が震撼する中……その動揺を最小限に食い止められたのは間違いなく彼らの功績である。グロンギがすべて滅びたとしても悪は蔓延り続ける、それでも未来に希望をもてるのは彼らの存在があってこそ。

 もっとも、グロンギと戦うための戦士であり、戦うほどに肉体がヒトでなくなり闘争本能に支配される危険性が高まるクウガ……緑谷出久は、その後の世界において英雄で居続けることはできないだろう。かつてヒーローを夢見ていたとはいえ彼は元々"無個性"の一般人、戦場に身を置くことは許されない。心操ではないが、"ひとを救けたい""みんなの笑顔を守りたい"というその思いはもっと、平和な場所で活かしてほしいものだと思う。

 

(俊典……きみはどう思う?)

 

 想い出の中にいる友人は、是とも非とも言いはしない。ただ静かな面持ちで、一緒になって彼らを眺めているだけだ。

 

 

 塚内の物思いとは裏腹に、模擬戦はいよいよクライマックスへ到達する。

 

「爆ぜろやクソデクゥ!!」

 

 勝己が右腕を大きく振りかぶる。来た、と思った。鈍重なタイタンフォーム相手なら大技で勝負だと考えたのだろうが、そうはいかない。

 

「――超変身ッ!」

「!?」

 

 ぶつかる寸前に身体が青く変わり、横に避ける。爆炎はむなしくも空気のみを焦がすに終わった。

 

「はっ!」

 

 ドラゴンフォームとなったクウガはそのまま勝己の横を走り抜け、ターボヒーローである飯田すら凌ぐスピードでG3に迫った。

 

「おりゃあッ!」

「ぐぁ!?」

 

 飯田の相手に専念していたG3は対応が間に合わず、そのドロップキックをもろに受けて吹き飛ばされる。いくら打撃力に劣る形態といえど、スピードを乗せて放てばそれなりの威力になるのだ。

 

「み、緑谷くん!?」いきなりの援軍に驚く飯田。「爆豪くんは!?」

「かっちゃんはあと!まずは心操くんを迅速に仕留めよう」

「なるほど……了解した!」

 

 一対一での小競り合いふたつを延々続けていても埒が明かない。まずは敵の数を確実に減らしていく。決して怖じ気づいたわけではなく、ひとつの戦略だった。

 ふたりがかりに追い詰められた心操はというと、

 

「お、おい……やめとけよ、それは……」

 

 出久も飯田も答えない。"洗脳"を警戒しなければならない以上は当然のこと。しかしそうした意識が先行していたために、このときばかりは本気で心操の声はひきつっていることに気づけなかった。

 

――ぽかんとしていた爆ギレヒーローがわなわなと震えはじめるさまを、彼はしかとその目に見ていたのだ。

 

「あーあ……もう知らね」

「三茶、インカム切れ!」

 

 え、と出久と玉川が素っ頓狂な声をあげるのと、

 

 

「死ねクソデクがぁあああああッ!!」

 

 ひときわ凄絶な爆炎が、実験場を覆い尽くすのがほとんど同時だった。

 

 

 やがてその閃光が収まったとき、露になったのは見るも無残な有り様になった場内。そして、あちこち黒焦げになって倒れ伏すクウガとインゲニウム。

 

「……爆豪、やりすぎだろ」

 

 心操だけは唯一甚大なダメージを免れたものの、あと一歩でふたりの死屍累々仲間になっていたことに違いはない。

 

「フン、うぜェのまとめてブッ殺しただろうが」

「………」

 

 完全に私怨としか思えなかったのだが、心操は口をつぐんだ。勝己が本気を出したことで、勝利を手にしたことは事実だからだ。

 

 ただ心操はともかく、公平な立場の"彼"には見過ごせないわけで。

 

「爆心地……修理代は報酬から差し引いておくからな」

『どうぞお好きに。そんならデクに奢らせまくって補填するんで』

『マ……マジか、かっちゃん……』

 

 呆れてものも言えない塚内の横で、爆発音をもろに聞いてしまった玉川は目をぐるぐる回してのびていたのだった。

 

 

 

 

 

 轟焦凍はとある病院を訪れていた。関東医大病院ならここ三ヶ月ほどで頻繁に顔を出しているが――誰とは言わないが、主に仲間の付き添いで――、ここに足を踏み入れるのはまったく初めてのこと。オールマイトの後継者としてそれではいけなかったのだろうと思うが、もう後の祭りだ。

 

 昨日のうちにグラントリノが早くも連絡を入れてくれておいたおかげで、本来関係者以外立ち入り禁止の区画にもすんなり入れてもらうことができた。――それ以上に、公式には行方をくらましたままのヒーロー・ショートの来訪を受け入れてもらえたのが大きい。

 

「先にお話ししておきますと、」先導してくれていた医師が切り出す。「彼は昔のことを何も覚えていませんし、人格も以前の彼とはまったく異なるものです」

「……記憶喪失、ってことですか?」

「記憶に限らず、脳全体が正常には働いていない状態です。検査等で明確な異常が発見されたわけではありませんが、少なくとも演技をしているわけではないようです」

「………」

 

 思わず顔をしかめそうになったが、どうにかそれはこらえた。隠遁し、一年以上も怯えるばかりの日々を過ごしていた自分以上に、"あの男"は世界から置き去りにされている――

 

 

 両脇に立つ制服警官らを門番とし、厳重に封鎖された扉。医師が10桁のパスワードを入力することによってそれは開け放たれ、いよいよ、彼の待つ部屋へと足を踏み入れる――

 

 

 窓のひとつもない、真っ白な部屋。

 

 一台のテレビと小さな子供用の玩具に囲まれて、彼は佇んでいた。

 

 

「――死柄木、弔……」

 

 低い声でその名を呼べば、

 

「だあれ?」

 

 幾度となく人々を苦しめてきたその顔に天使のような微笑みを張りつけて、彼は焦凍を迎え入れた。

 

 



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EPISODE 34. イノセンス 2/3

展開の都合上、デク達のいる場所を警視庁から科警研に修正してますのでご承知おきくださいませ。


――(ヴィラン)連合。

 

 実態のみを示すだけの簡素な名称とは裏腹に、彼らは社会をこれ以上はないほどに動揺させた。

 

 ヴィラン史に鮮明に刻み付けられた彼らと、オールマイトの教え子である雄英の生徒たちは幾度となくぶつかってきた。とりわけ直接の弟子となった焦凍は、ヴィランの王とでも呼ぶべき存在――"オール・フォー・ワン"に魅入られ、後継者として君臨した青年と対峙することとなった。

 

――それが、死柄木弔だった。

 

 彼は己の個性――"崩壊"――に人格まで侵されたかのように、何もかもを壊し尽くそうとした。

 そして、"平和の象徴"たるオールマイトを、このうえなく憎悪して憚らない。敵だから……違う、因果関係が逆なのだ。

 

 

 彼は、ヒーローが救いこぼしてしまった子供なのだ。愛する者も、彼を愛してくれる者も失い、独りぼっちで闇に堕ちたかわいそうな子供。

 

 そんな弔の正体がオールマイト――八木俊典の師であり、前代のワン・フォー・オール保有者であった志村菜奈の孫"志村転孤"だというのは、どうしようもなく皮肉な話だ。

 

 

 いずれにせよ、彼はもう何ものでもなくなってしまった。いま目の前に在る人間は、死柄木弔でも志村転孤でもない、善でも悪でもない純真無垢(イノセント)な子供。――事実そうだったし、焦凍は自らそう思い込もうとせざるをえなかった。でなければ己がもつ個性を最大限に発揮し、目の前の男を燃やし、凍らせ、拳で打ち砕きたいという衝動を抑制できそうになかった。

 

 それでも抑えきれない殺気に気づかないのか、弔はうれしそうに何度も轟の名を呼ぶ。

 

「ねえとどろき、いっしょにつみきしようよ!」

「いや、俺は……」

「や?つみききらいなの?」

「……大人だからな、一応」

 

 いくら仇敵が相手でも、「殺したいくらい嫌いなのはテメェだ」とは言えなかった。こんな純粋な目を向けられては。

 

 弔はしばし考え込むようなしぐさを見せたあと、ぱあっと笑顔を浮かべて手を叩いた。

 

「じゃあ、いっしょに()()みようよ!」

「あれ?」

 

 焦凍の疑問に直接は答えず、「せんせい、あれみせて!」と入口で見守っていた医師に呼び掛ける弔。もう幾度も繰り返していることなのか、具体的に「何を」と言われずとも彼は動き、テレビを操作しはじめた。

 

 やがて映し出されたのは、ある意味衝撃的な映像で。

 

『――私が、来たァ!!』

「……!?」

 

 そこに映し出されたのはまぎれもない、かつての"平和の象徴"の全盛の姿。

 

「おーるまいと!!」

 

 蛇蝎のごとく忌み嫌っていたはずのその姿を、弔は興奮を抑えられぬ様子で見つめる。爆豪勝己のそれよりさらに禍々しい紅の瞳が、爛々と煌めいていて。

 

「――言ったでしょう。彼はもう、以前の死柄木弔ではないと」

「………」

 

 焦凍はもはやことばを失っていた。目の前の子供が何か、おぞましい異物に見えた。胸のうちを占めるざわめきがより膨れあがっていくけれども、目を背けるよりほかにそれを消すどころか誤魔化す手段のひとつも見つからない。ここで全力で襲いかかり、超人(アギト)の力をもって塵ひとつ残さず消滅させる――それができたならどんなにかいいだろうと、それまでの憎悪とはまったく別の理由から焦凍は思った。

 

 

 

 

 

 ゴ・バダー・バは暇をもてあましていた。

 

「ここも随分寂しくなっちまったよなぁ……」

 

 バイク雑誌をぱらぱらとめくりつつ、ぼやく。自分の番が回ってくるまでは基本的に勝手な殺人以外なんの禁忌もない彼らである。バダーは基本的にツーリングを楽しんでいることが多かったが、たまにはこの屋敷でガメゴなどと遊興をともにすることもあったし、ベミウのピアノを聴くことも嫌いではなかった。彼らも死に、"ゴ"も着実にすり減りつつある。惜しむ気持ちなど微塵もなかったが、退屈な時間が増えていることもまた事実だった。

 

「ガリマはどっか行ったまま戻ってこねえし……お前らはこんなだし」

 

 ちらりと睨みすえた先では、着流しを着たガドルが静かに座禅を組んでいた。そのずっと向こう、階段の手すりに背中を預けて座る学生服姿の少年――ジャラジ。彼などは距離があるにも関わらずヘッドホンからシャカシャカとうるさい音を流している。あんなものを密閉して聞いていたらグロンギといえど耐え難い苦痛だと思うのだが、彼にはそうでないらしい。

 目を瞑ったまま、ガドルが口だけを動かした。

 

「笑止、静寂にこそ意味がある。馬鹿騒ぎをするのなら、"ズ"や"ベ"の連中でもできるわ」

「"ズ"と"ベ"の連中ねぇ……」

 

 バダーが反応したのはその部分だった。雑誌をぱたんと閉じ、一転冷たい表情を浮かべる。

 

「もうゲリザギバス・ゲゲルも半ばなのに、なんで"整理"が始まらない?」

「……"奴"がそれを拒んでいる」

「そんな腑抜けが俺たちの王様かよ」

 

 ガドルがはじめて目を開けた。視線で人を殺せるとしたら彼をおいて他にはいないだろう、バダーはそう思った。恐怖までは感じなかったが。

 

「だから今一度、バルバが動いている」

「……また例のアレか。それでズのコウモリくんもいないのな」

 

 ゲームマスターの不在。"彼女"のゲゲルが始まったばかりであるから、監視役をドルドに任せて離れてもさほど問題はないだろうが。

 

「ヒヒッ、ヒヒヒッ」

「!?」

 

 いきなり下卑た笑い声が響いて、バダーはぎょっとした。気づけばジャラジがヘッドホンを外して、こちらを見て笑っていた。前髪に隠れた双眸が鈍い光を放っている。気持ち悪い奴、と、改めてバダーは思った。

 

「ぼ、ボク、聞いちゃった。バルバとドルドが、話してるの……」

「なに?」

「きっと、また、面白くなる。ゲゲルより、ずっと……」

 

 そのことばにバダーは呆れたし、ガドルも不快感を隠さなかった。それでもジャラジはくつくつと笑い続けている。

 

「……マジでおまえ、ゲゲルはどうでもいいのな」

 

 行方をくらましたガリマもベミウが死んでから様子がおかしかったし、皆、現代社会にあてられてしまっている。その点変わらない連中もいるわけだが、果たして数多いる敵をかいくぐってゲリザギバス・ゲゲルをクリアできるかどうか。

 

 

「ま、ザザルに期待するしかねえか……」

 

 

 

 

 

 行きかう人々の群れでごった返す、神保町の駅前。

 

――"彼女"はそこにいた。

 

「………」

 

 紫の上着に黒い革のミニスカート、大胆に開けて谷間まで露出させた胸元では、サソリを模したであろうタトゥーがその存在を主張している。蠱惑的を通り越してまともな感性をもった異性からは下品とすら映る姿。が、最も派手なのはその両手の爪だった。マニキュアで装飾が施されている……それだけなら女性のファッションとしてはふつうなのだが、そのカラーリングは十人十色ならぬ十本十色。オレンジや銀など一色のものはまだいい、べったり白く塗った上から青のラインを引いているなど、センスを疑いたくなるようなものまである。

 

 ただの美的感覚の欠如。それだけなら、あるいは微笑ましくも映ったかもしれない。しかし彼女にはそれとは別の、明確な意図があった。爪と同じ白地に青ラインのタクシーが通りかかった途端、その瞳が鋭い光を帯びる。

 

 彼女はそのタクシーを捉え、扇子であおぎながら後部座席に乗り込んだ。――この瞬間こそ彼女、ゴ・ザザル・バのゲゲルのスタートであり、犠牲者は何も知らずハンドルを握っているドライバーの男であると、既に決定づけられていたのだ。

 

 

 

 

 

 あらゆることが動き出し、不穏な暗雲が帝都を覆いつつある。

 

 科警研にこもっていたためにそのことに気づかなかった四人衆は、四者四様の表情で地下駐車場を歩いていた。苦笑いぎみの緑谷出久、ぷりぷり怒っている飯田天哉、いつもどおり涼しい表情の心操人使――そして、給料を引かれたにもかかわらずなぜか勝ち誇った表情の爆豪勝己。

 問題は前半ふたりが、痛々しい治療痕にまみれていることか。

 

「ちょっと油断するとすぐにこれだ!」飯田が怒声を発する。「大体きみという奴は、入学して最初のヒーロー基礎学のときからそうやって――」

「っるっせえなクソメガネ!!いちいち昔のこと覚えてンじゃねえ海馬綺麗に吹っ飛ばしてやろうか!?」

 

 わざわざ海馬だけをか。みみっちい――横で心操はそう思ったが、内心にとどめた。口に出して余計火に油を注ぐ焦凍とはそこが違うところだった。肉体ばかりでなく話術も鍛えているから、当然といえば当然か。

 ふたりの言い争いを黙って見ているのもそれはそれで楽しかっただろうが、気づけば横で出久が独りブツブツと模擬戦の総括を始めていたので、そちらをいったん中断させることにした。

 

「緑谷」

「へぁッ、あ、う、ごめん……何?」

 

 この飾らない素直さがまた、この男らしい。考え事をしているときに突然話しかけられて驚くことは心操にもあるが、いつも咄嗟に取り繕ってなんでもないふうを装ってしまう。自分は特別そういうのが得意だから、よほど表情の変化を注意深く観察しないと驚いているとは気づけまい。

 

「いや、怪我は平気かと思ってさ」

「あぁ……大丈夫だよ、元々ちょっとした火傷だし。ほら、左目だって三時間かそこらで治ったじゃない?」

「……悪かったな、あのときは」

「えっ!?い、いやそういうつもりじゃなくて……ていうか、あのときは僕も悪かったし……」

 

 ぶんぶんと頭を振ると、出久はぱっと表情を切り替えた。卵形の瞳が、やわらかく細められる。

 

「色々あったけど……きみと一緒に戦えることになって、本当によかった。頼りにしてるよ、心操くん」

「!、……そういうの、調子狂う」

「え、ご、ごめん……」

「いや……いいんだけどさ。嫌だったらおまえと友だちやってないし」

 

 そう、おべっかでもなんでもなく、心の底から思ったままのことばだから、らしくもなく舞い上がってしまいそうになるのだ。とことん罪作りな奴だと思う。

 

 ちら、と目を移せば、勝己はまだ飯田と口論を続けている。この男もある意味では被害者なんだろうな、といまでは思う。自我の形成をなす幼児期からこんなふうにすごいすごいと接してこられたら、増長して自尊心が膨らみ放題になってしまうのも無理はない。それにしたって、そんなふうに褒めてくれる相手をいじめるかふつう、とも思うが……そのあたりは当人らにしかわからない事情もあるのだろう。そうした歪な関係だった時期ならともかく、いまどうこう口出ししても薮蛇にしかなるまい。

 

 と、敏くも視線に気づいたのか、勝己が突然こちらにメンチを切ってきた。

 

「……テメェ、さっきから何ジロジロ見てやがる?」

「何って……そりゃすぐ横で口論してたら見るだろ。まあまったく赤の他人なら見ないようにするって選択肢もあるけど」

「御託並べてんじゃねえ、ンな軽い感じじゃなかったろうが!なんか余計なこと考えてやがったな」

(……なんでわかるんだ、こいつ)

 

 粗暴なくせに、やたら繊細で神経質だから性質が悪い。それに限らず、やたら矛盾した行動をとる奴だと高校のときから思っていた。"勝つ"ことばかりに執着して他人を平気で傷つけるような言動をとっているかと思えば、何かに取りつかれたように仲間の危機に飛び込んでいったり、その苦悩に真摯に向き合おうとしたり。別に直接の親交があったわけでもなかったが、相澤先生に師事していたおかげで彼の話はずいぶん聞かされた。当時はヘンな奴と思うと同時に妙な対抗意識を燃やしたものだが、いまとなっては微笑ましくも感じる。

 

 ともあれ勝己をいったん無視して、心操は話題を切り替えることにした。

 

「それより、あんたらはこれからどうするんだ?俺はもう少しここ借りて訓練してくつもりだけど」

「僕は……お店かな。手伝えるときはなるべく手伝わないと、おやっさんにも麗日さんにも悪いし」

「俺と爆豪くんはパトロールに出る予定だ。それにしても心操くん、熱心なのは素晴らしいが無理は禁物だぞ!しっかり休養をとることもまた実戦への備えだ!」

「わかってるよそんなの。大学もぼちぼち後期始まるし、休みのうちに少し頑張っとこうと思ってるんだ」

 

 そんなやりとりを続けているうち、駐車場へたどり着いた。三人はそれぞれの次なる行動のため、それぞれの手段でここを離れていく。事件が起きようと起きまいと頻繁に会うことが決定づけられている相手だから、名残惜しさはない。それでも一応はここまで来て別れを告げたのは、このチームに対する情が自分なりに湧きつつあるからか。

 

「……ふっ」

 

 思わず頬を弛めかけて――引き締め直した。彼らとの間に醸成された信頼はすべて、グロンギによって命を奪われた大勢の人々の屍の上に築かれたものだ。自分がなすべきはむしろ、彼らの顔を見ずに済む日が一日でも早く来るよう努力すること。元は大学の友人である緑谷は別にしても。

 

(俺のせいで余計に失われてしまった命もある。できる償いは、いまはそれだけだ)

 

 決然たる思いで施設に戻った心操は、みなぎる戦意がへなへなと抜け落ちてしまうような片言に襲われた。

 

「アレ、もしかしテ心操クン?」

「!」

 

 こんなところで聞くとは思ってもみなかった声に振り向けば、そこには予想どおりの白人の姿があって。

 

「ジャン先生……」

「Hi!」

 

 城南大学で教鞭をとるフランス人学者、ジャン・ミッシェル・ソレル。とはいえ心操は直接彼の教えを乞うたことはない。法学部の心操に対し、ジャンは考古学者だから、本来は出会うことすらなくとも不思議ではないのだ。それがこのように親しげに声をかけられるまでになったのは、やはり緑谷出久との交友の賜物か。

 

「……どうも。こんなところになんの御用ですか?考古学とは一番ほど遠い場所な気もしますけど」

「ノンノン、それがそうでもないんだヨ。ココには"ゴウラム"があるからネ!」

「……ああ、なるほど」

 

 超古代のオーバーテクノロジー。矛盾しているようで矛盾していないそれは、考古学と現代科学を結びつけるのにひと役買ったのだろう。

 ということは調査に来たんだろうと思いきや……心操はここで、彼の隣にまだ年若い少女の姿があることに気づいた。

 

「あの……そっちの娘は?」

 

 受け持ちの学生ではなかろう。どう見ても自分と同年代には見えない――まあ年頃の少女はえてして大人びて見えるから、自信満々に断言はできなかったが。

 

 目を向けられた少女は、はにかむような微笑みを浮かべて一礼した。

 

「――夏目実加です、はじめまして!」

「夏目……――!、もしかして、夏目教授の?」

「そうデス!」ジャンがうなずく。「ゴウラムには教授のカタミ、使われてルからネ!実加ちゃんにも見せてあげたかったんダヨ」

 

 なるほど、と納得するそぶりを見せつつ、心操は実加を観察した。未確認生命体第0号によって、突如として父を奪われた娘。たった五ヶ月前のできごとだろうに、彼女の表情に暗い情念は浮かんでいない。

 

「……未確認生命体対策班の心操です。まあ、城南大学の学生でもあるんだけど」

「あっ、それでジャンさんとお知り合いなんですね。もしかして、緑谷さんとも?」

「そうだけど……緑谷と会ったことあるんだ?」

「はい!緑谷さんと……あと爆豪さんにも、色々お世話になって……」

「ふーん……じゃあ惜しかったね。もう五分早ければあいつらにも会えてたのに」

「そうなんですか?」

「うん。さっきまで一緒に訓練してたから」

 

 そう告げると、実加は少しだけ残念な表情を浮かべた。出久はわかるが、勝己にもなついている様子。――彼女がどのようにして彼らと親交を結ぶに至ったのか、敏い心操にはなんとなくだが察しがついてしまった。

 

「ところできみ、緑谷のことどこまで知ってんの?」こそっと耳打ちする。

「え?どこまで、って……心操さんは?」

「言ったろ、俺は未確認生命体対策班にいるんだぜ」

「!、そっか……ふふ。実は私、目の前で見ちゃったんです。緑谷さんが変身するところ」

「へぇ……」

 

 心操がしきりにうなずいていると、

 

「ナ~ニ?何コソコソ話してるノ?」

「あぁ、いや……」

「緑谷クンがクウガだって話デショ?ボクも混ぜてヨ」

「は!?」

「え?」

 

 この男もその事実を知っていたのか?まさかそうとは思わず、心操は取り繕えない声を発してしまった。

 

「……知ってたんですか?」

「ピースが揃っちゃったからネ。心操クンもそうデショ?」

「まあ……はい」

 

 考えてみればジャンはただ出久の友人だっただけの自分よりもよほどクウガやグロンギに近いところにいるわけで、直接打ち明けられなくとも事情を察することは可能かもしれない。

 

「キミも緑谷クンもすごいよネ。元々フツーの学生サンなのに、ヒーローにも負けないくらい活躍してるんだモンネ」

「いえ、そんな……。俺なんかまだまだです、緑谷はともかく」

「フフ……ソレ、緑谷クンも同じコト言いそうだネ。――それじゃ、ボクらはそろそろ」

 

 「au revoir!」と、フランス人らしい別れの詞とともに颯爽と去っていくジャン。実加は礼儀正しく一礼したあと、彼のあとを追いかけていく。実態はともかく、なんだか押しかけ弟子のようで微笑ましい……と心操は思った。

 

「さてと……俺ももうひと頑張りするか」

 

 独り言だからこそのことばをつぶやいて、踵を返す心操。仕方のないことだが、G3はどうしても能力的にはクウガやアギトに劣るし、勝己や飯田のような派手な戦い方ができるわけでもない。だからこそ、自分自身の地道な努力が必要なのだ。

 

――それにしても、

 

(ゴウラム、か)

 

 クウガの支援機として超古代に生み出されたというかの甲虫。クウガと手を繋いで飛ぶことや、なんとトライチェイサーと合体――通称"トライゴウラム"と呼ばれる形態になることもできるのだという。

 しかしながら、心操が生で後者を見たことはない。合体、分離の際にマシンのボディを大きく変形させ、金属疲労を起こし、結果トライチェイサーは見た目にはわからないところで大きく傷ついてしまっているのが現実だ。出久がこまめにメンテナンスに持ち込んでいるおかげでまだ動いてはいるが、次に何か無茶をしたらどうなるかわからない……そう言われているらしい。マシンに愛着をもっている出久には辛いところだろう。

 

(トライチェイサーに代わるマシンも開発してるらしいけど……どうなんだろうな。塚内管理官に訊いてみるか)

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、当の塚内は玉川とともにいた。

 

「ハァ……とんだ目に遭ったニャ……。恐るべし爆心地……」

「ハハ、彼はあれが素だからな。俊典……オールマイトも手を焼いたと言っていた」

「……なんだか信じられませんね。それが4号にTRCSを譲渡するだなんて、追放どころでは済まなかったかもしれないのに」

「それが彼の一筋縄じゃいかないところだな。なすべきことのためなら己の高いプライドにも打ち勝つ。名は体を表すというが、まさしくだな」

「"これ"も、彼が?」

「ああ、緑谷くんにとって必要なものだと訴えてきた。――彼らの心意気に報いるものを渡さないとな」

 

 固く閉ざされたシャッターが開き、彼らの目の前に現れたマシン。逆光に隠されたそれは、少なくともトライチェイサーによく似た形をしているようだった。

 

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 バギン

ライジングマイティフォーム

身長:2m
体重:104kg
パンチ力:7.5t
キック力:30t(右)/15t(左)
走力:100mを3秒
ジャンプ力:ひと跳び25m
必殺技:ライジングマイティキック
能力:
いよいよ満を持して登場した、マイティフォームのライジング形態。元々武器を持たないぶん全身の筋力が大幅に強化されており、発揮される破壊力はライジングフォームの中でも随一!ライジングマイティキックはなんと50t、アギトの必殺キックと同等の威力に及んでいるぞ!
ただし、武器がなく肉体に強化が集中するぶん、その負担は大きい……。とりわけ右足はキック後に痛みや痺れが残ることもあり、この形態への変身には爆豪&轟&心操&飯田のうち半数以上の賛成が必要になったとかなっていないとか……これぞ民主主義?


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EPISODE 34. イノセンス 3/3

 面会を許された一時間が過ぎた。

 かなうなら四六時中こいつを見張っていたい――そんな思いすら抱いていた焦凍だが、当初の約束には逆らえない。オールマイトの古いフィギュアで楽しそうに独りぼっちで遊んでいた死柄木弔に別れを告げ、ちょうど病院を出てきたところだった。

 

「………」

 

 まるで名残惜しむように、未練がましく施設を見遣る焦凍。あの男は世界のことも自分のことも何ひとつわからないまま、この箱庭の中で一生を終えるのだろうか。

 

(死柄木……俺はおまえが憎かった。いや、いまでも憎い)

 

(けど、それ以上に……)

 

(おまえに……オールマイト(あの人)を認めさせたかった)

 

 幼児退行してしまった彼は、オールマイトを見て喜んでいた。血のいろをした瞳をきらきら輝かせて、その躍動を見つめていた。

 けれどそれは、むしろ焦凍の想いの敗北だった。彼はきっと、あの決戦で死んでしまった。残っているのは容れ物だけ。――死柄木弔のかたちをしているだけの木偶人形が条件反射のような英雄への憧れを示したところで、なんの意味もありはしない。

 

 そんな思索に囚われているところに、携帯が鳴った。――着信。グラントリノからだ。

 

「……はい」

『おう、焦凍。――どうだった?』

「………」

 

 沈黙は本意ではなかった。しかしあの姿を、それに対して抱いた自分の想いを、形にして伝えることは容易ではないのだ。それを察してか、グラントリノは急かすこともなく待ってくれている。

 

 結局、三十秒ほどの時間を要して、焦凍はありのまま自分の目にしたできごとを伝えた。死柄木弔のことを――

 

『そうか……残念だがどうしようもねえな、それは。俺たちには何もできん』

「……あいつももう、死んだ人間なんですね」

『実際、世間的にはそういう扱いになってるしな』

 

 "敵連合のリーダー"である死柄木弔としてだけではない、彼の正体である志村転孤も公にはずっと以前に失踪した人間として扱われている。これでは志村菜奈も、転孤を更生させたいと願っていたオールマイトも浮かばれない。

 

「……俺、あいつをどうすればいいのか、まだわかりません。ヒーローを憎むのはあいつの勝手だ、けど、それで罪のない大勢の人々を傷つけたことは許せない。正直……殺してやりたいとさえ、思っちまった」

『まあ……思うぶんには自由だな。本当にやっちまったら話は変わってくるがよ』

 

 それに……平和の象徴の後継者として、その感情がふさわしいかどうか――

 

 悩んでいても仕方がない。自分はこれまで色々なことで苦悩し、立ち止まってきた。でもいまは、とにかく足を止めたくない。

 

「……俺、あいつのことで今さら何ができるかわからない。けど、何かしたい。……しばらくは毎日でもここに来て、あいつに会おうと思います」

『フム。ま、おまえがそうしたいならそれでいいんじゃねぇか?』

 

 なげやりなようにも聞こえるが……それが実質的には肯定なのだと、焦凍はよく知っている。だから病院を出るときよりも凪いだ気持ちで通話を終えることができた。

 

「………」

 

 携帯をポケットにしまって歩きだそうとしたときだった。

 

――ぐう、

 

「……あ」

 

 大きな音をたてたのは……焦凍自身の、腹だった。

 空腹を感じている。もうすぐ昼どきだから、それも致し方ないことだろう。

 

 せっかくだし、今日の昼食はポレポレでとろう。確認しているわけではないが、緑谷が働いているかもしれないし、本業の合間にアルバイトをしている麗日もいるかもしれない。でなくとも、焦凍はあそこの雰囲気が嫌いではなかった。欲を言えば蕎麦を使ったメニューがあるとよかったが。

 

「ふ……、」

 

 思わず笑みがこぼれる。――刹那、

 

 

 脳裏で光がスパークし、次いで激しい悪寒が襲ってきた。

 

(これは……!)

 

 久方ぶりに覚えた感覚、しかしその正体を忘れるはずはない。――未確認生命体が、近くで人を殺した。

 

「……ッ!」

 

 バイクに飛び乗った焦凍は、本能のままに駆け出した。空腹のことなど、もう忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

 一方、出久もまたトライチェイサーを走らせていた。だが焦凍と異なり、こちらの表情は険しくはなく、むしろまろい頬がほのかに弛んでいる。彼はまだ、新たなグロンギが出現したことを知らないのだ。

 

 しかしそれも、もう時間の問題だった。

 

『――緑谷くん!』

「!」

 

 鷹野警部補からの無線。個人的な会話をあまりしたことのない彼女からの連絡ということは、その理由はひとつだ。自ずから表情が引き締まる。

 

『四谷で事件よ。被害者はタクシー運転手、駆けつけた救急隊員も二次被害に遭っている。いずれも体組織の80%をなんらかの力で溶かされた状態だったらしいわ』

「……四谷ですね、わかりました!」

 

 もっと詳しい情報が欲しくないといえば嘘になるが、鷹野たちのもとにもそれ以上の報告はまだ上がっていないのだろう。ここは続報を待つしかない。

 

 

「――変身ッ!!」

 

 浴びる疾風の音を切り裂くように叫べば、腹部からアークルが出現し――赤い輝きが出久の全身を包み込む。

 

 そうして次の瞬間には、彼は赤い鎧の戦士クウガ・ マイティフォームへと変身を遂げていた。同時にトライチェイサーも、隠密のような黒一色から黄金と赤に発色し、カウル部分にはクウガの紋章たる古代文字が刻まれる。

 

 グリップを力強く捻り、一気に加速――仲間たちとともに宿敵に立ち向かうべく、クウガは都市(まち)を駆け抜けていく。

 

 

――そして勝己と飯田もまた、一報を聞いて現場へ向かっていた。

 

「電車、プールと来て今度はタクシーか……40号は除外するにしても……」

「……まだタクシー狙いと決まったわけじゃねえだろ、先入観捨てろや」

「きみに言われると釈然としないな……」

 

 もっと言えば、グロンギかどうかも確定したわけではない。ただ尋常でない殺傷能力による殺人またはそれに類する行為はまずそのように仮定され、合同捜査本部に出動要請がなされる。であるから、駆けつけてみたら模倣犯であったという前例もないわけではない。そういう輩に対しては、主に爆心地がきつい制裁をお見舞いしてやるわけだが。

 

「それはともかく、人の身体をどろどろに溶かすなどと……芦戸くんの個性を思い出すが」

「……"酸"か」

 

 これも仮定の話として、モノを溶解させると言われて真っ先に思い浮かぶのは酸だ。しかし一般的に強酸性、取り扱い注意と言われて思いつく塩酸なども、そこまでの殺傷能力はない。芦戸の個性も本気になればかなり強力だが、それ以上だとすれば――

 

「ッ、いま考えても仕方がないか……。まずは未確認生命体を捜そう、爆心地!」

「……おぉ」

 

 ただ、タクシーというある意味密室内で犯行に及ぶ敵だとすれば。自分たちの力で発見するならば、現場を押さえるしかない。それが相当に困難なことであると知りつつも、彼らはひた走るしかないのだ――ヒーローである以上。

 

 

 

 

 

 "タクシー""酸"――彼らの読みは当たっていた。

 

「ぐぉおおおおオオ……ッ、ガァ、アアアア………」

 

 もうもうと立ち込める白煙の中、くぐもったうめき声をあげるタクシードライバー……だったもの。現在進行形で、その身はどろどろと溶け崩れていく。

 

 恐ろしいことに、彼は自身の肉体が破壊されていく状況を知覚していた。皮膚が、筋肉が、内臓が、すべてごた混ぜの有機溶液と化していくさまを。

 

「だ……れ゛がぁ……た、ふへ――」

 

 そこにはいない"誰か"に救けを求め、手を伸ばそうとする。しかしもう、彼には手どころか身体がなかった。

 やがてその顔面、脳まで侵され、彼は完全に溶けてなくなった。もはや肉塊とすら呼べない有機溶液が、底まで貫通したドライバーシートから地面にこぼれ落ちる。

 

 そんなさまを無感動に見届けたあと、ザザルは後部座席から降り立った。ぱたぱたと扇子で扇ぎながら、気だるげにその場を立ち去っていく。

 

「………」

 

 その様子を見届けていたもうひとり、仮面の男――ドルド。

 

 彼は標的たるリントの死が確実なものとなったことを確認して、バグンダダの珠玉をひとつ、移動させる。

 

「ボセゼ、ドググビンバ……。ギガガバ、ボグシヅグパスギバ」

 

 設定されたルール上、ザザルが次の標的を見つけるまでには少し時間がかかる。だがリントも無能ではない、早晩対抗策を練ってくるだろう。それをいかにして乗り越えていくか。

 

「"プルス・ウルトラ"か……ククッ」

 

 ドルドが思わず嘲笑をこぼしたとき、背後からバイクのエンジン音が迫ってきた。

 

「………」

「!、おまえは……」

 

 バイクを急停車させ、颯爽と飛び降りるライダー。メットを脱ぎ捨てて露になったのは、紅白くっきり分かたれた頭髪に、痛々しい火傷痕が左目の周囲を覆う端正な顔立ち。――まさかまた、こんな形で遭遇することになろうとは。

 

「アギトか……久しぶりだな」

「……やっぱりテメェ、あの病院のときの奴か」

 

 あのときは怪人体での邂逅だったが、それでも纏う雰囲気で察知したのか。流石はアギト、以前にも増して鋭くなっている。

 ドルドの背後で白煙をあげ続けるタクシーを認めて、彼の表情はますますきつくなった。

 

「あれは……テメェがやったのか?」

「フム……」肩をすくめるようなしぐさを見せ、「キミはどう思う?」

 

 挑発するような問いかけに腸が煮えくり返りそうになったが、同時に頭の冷静な部分で違うとも思った。この男は37号以降、グロンギのゲゲルの現場で時折目撃されている。手にした算盤のようなもので、何かを数えおろしている姿。数えているのはなんということはない、プレイヤーたちが殺害した標的の人数だろう。上位の集団に移ってルールが複雑化したゆえに、"グゼパ(腕輪)"でカウントする自主申告方式から変更したのだろう。――つまりこいつは、審判員。

 

 それを確信したうえで……焦凍は、変身の構えをとった。腹部から黄金の輝きを放つ"賢者の石"、それを包み込み保護するベルト"オルタリング"が出現する。

 

「……キミは正解を叩き出したと思ったんだが、誤解だったかな?」

「ンなことねェよ。審判でカウント役のおまえを倒すか最低限ここに縛りつけておけば、一時的にでも今回の奴はゲームを中断せざるをえない。違うか?」

「なるほど。一応、筋は通っているな。ただ……」

 

 ドルドの姿が、ぐにゃりと歪む。背中から漆黒の翼が生え、仮面は尖りに尖って嘴を形成する。

 

「キミが、私と対等に戦りあえるかな?」

「……ッ」

 

 あかつき村近くの病院で対峙したときと同じ、禿鷹のようなその姿。グロンギとは思えない紳士的な口調とは裏腹に、獰猛さをまざまざと示している。

 あのときの戦いを思い出す。乱舞する羽根の攻撃に、自分は翻弄されるばかりだった。ドルド本体はクウガという増援が現れるまで一歩たりとも動かず、高みの見物を決め込んでいたのだ。――こいつに本気を出させて、そのうえで勝つ。いまの自分の実力で、果たしてそれができるか。

 

(やるしかねえんだ、俺は)

 

 もう、後戻りはできない。

 

 

「変……身――ッ!!」

 

 両手をクロスさせるようにして叫び……オルタリングの起動スイッチを、叩く!

 

 覚醒した賢者の石が眩く発光し、焦凍の身体を俗世から覆い隠す。

 光が収まったときにはもう、焦凍は三つの力をもつ戦士・アギトへの変身を完了していた。

 

 かつて手に入れようとした敵に対し、ドルドは淡々とした口調で言い放つ。

 

「――3分だ」

「……なに?」

「3分で決着がつかなければ、私は私の仕事に戻らせてもらう。そのあと、キミがザザル……今回のプレイヤーを追うのも自由だ」

「俺らがゲームを邪魔すんのはいいのか」

「それをどう乗り切るかもゲゲルの要素だ。ただ、職務放棄は私の沽券に関わる」

「そうか。……心配しなくても、長引かせるつもりはねえ」

 

 静かに宣言しながら、全身に光流を纏わせていく。

 

(ワン・フォー・オール……フルカウル……!)

 

「フム……やはり大きな力だ。――惜しいな」

 

 獲物に狙いを定めた獣のごとく、姿勢を低くしていくアギト。翼を広げ、迎撃の体制をとるドルド。

 

 張り詰めた静寂。――それを切り裂くようにして、傍らを走る線路のいずこかで警笛が鳴り響く。

 

 刹那、

 

「――はッ!」

 

 アギトが跳躍し、寸分違わずドルドが無数の羽根を発射する。互いにとってのリベンジマッチ、その幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 そうして都内が、再びグロンギの恐怖に震えはじめた頃。

 

 バラのタトゥの女――バルバは、ズ・ゴオマ・グを従えてとある場所に向かっていた。

 

「ゾボビギブンザ、バルバ?」

「………」

 

 問いかけに対し、答えはない。ゴオマは不満げに顔をしかめたが、それでも黙って付き従うほかない。

 

 いずれにせよ、答えはすぐに出た。

 

「ヅギダゾ」

「!」

 

 ふたりの前にそびえ立っていたのは、現代のリントたちが怪我や病気を治療するという施設――病院だった。こんなところに一体なんの用が?病気はしないし怪我も自力ですぐに治せるグロンギである以上、首をかしげざるをえないゴオマ。

 無論……バルバには、まったく別の目的があった。

 

(これでなすことができる……――"究極の闇"を)

 

 真珠色の唇をほのかに歪めながら、彼女は己が目的のために悪夢をもたらそうとしている。

 

 そのはじまりの地となるのが、つい先ほどまで轟焦凍が訪れていた病院なのは……果たして、ただの偶然であろうか?

 

 

つづく

 

 





黒霧「次回予告。……ヴィランでは地味に私が初ですか、緊張しないといえば嘘になります」

黒霧「次々にタクシーを襲う未確認生命体、一方で人間側はタクシー会社に営業を自粛させるという当然すぎる対抗措置をとります。早くもゲームは八方塞がりか……どうなのでしょうね。そんな甘い女性だとは私には思えませんが」

黒霧「それにしても死柄木弔……あんなことになってしまって……。オールマイトのビデオを見て無邪気に喜んでいるなどと原作の彼が知ったら、世界線を飛び越えて自分を殺しにやって来そうですね」

EPISODE 35. 死柄木 弔

黒霧「次回、死柄木弔がリンチされてプルス・ウルトラします。……三途の川の向こうにではありません、念のため」



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EPISODE 35. 死柄木 弔 1/4

ドルド戦推奨BGM:妖気と微笑み(ガンダムSEED DESTINYより)
作曲者は同じ佐橋俊彦さんなのでクウガと親和性はある…はず。


 沢渡桜子はこの日、珍しく考古学研究室にこもっていなかった。

 無論彼女にだってオフはあるし、大学にいるときだって文献をたどりに図書館へ出向くこともある。しかし、考古学者の卵としての彼女がひたすら研究室にいるのもまた事実であって。

 

 彼女がいたのは、研究室の入った棟の裏にひっそりと設置された、小さなプレハブ小屋だった。九郎ヶ岳遺跡からの出土品の数々が安置され、都会の真ん中にさながら小遺跡をつくり出しているのだ。

 電灯もなく、足下に設置されたほのかな緑色の光のみに照らされた薄暗い室内で、桜子が目をこらして見つめるのは石碑に刻まれた碑文だった。ここにあるものはもうすべて電子化を行っているどころか、解読まで完了している。にもかかわらずこんな苦労を自ら買って出ているのは……電子化されていない、生の碑文をもう一度見たいと思ったからだ。

 

「"心清く身体健やかなる者 これを身につけよ さらば戦士クウガとならん"……」

 

 そして、

 

「"聖なる泉枯れ果てしとき 凄まじき戦士雷のごとく出で 太陽は闇に葬られん"……」

 

 この、ふたつの碑文。一見相反する……いや実際そうなのだろう内容のそれらは、ひとつだけ共通する古代文字を含んでいた。

 

「戦士……」

 

 クウガの姿をデフォルメしたような、二本の角が突き出したそれ。……実を言うと少し前から、この文字には言い知れぬ違和感があった。まるで、これだけ別の人間がデザインしたような――

 

 はじめは考えすぎだと思った。けれど、リントが本来平和を愛し、争いを好まない種族であったという事実を思い出した瞬間、それは確信へと変わった。

 

 これは、リントの文字ではない。

 

 

 そして、もうひとつ――

 

「これ……いままで、ただの汚れだと思ってたけど………」

 

 角の内側あたりに浮かんだ、煤けたような黒い痕。前者の碑文にはないが、後者にはある。もしかしたら――

 

 赤外線センサーを内蔵した暗視ゴーグルを装着し、解析を開始する。もし万が一汚れでなければ、それがはっきりわかる。文字を刻んだ痕が、鮮明に残されているはずだから。

 

「――やっぱり……」

 

 そのつぶやきには、できればそうであってほしくなかったという切望、落胆にあふれていた。

 

 

 凄まじき"戦士"――それを示す文字の角は、四本あったのだ。

 

 

 

 

 

 燃ゆる太陽のもとで、鮮やかな超人の肉体が躍動する。

 

「うぉおおおおお――ッ!!」

 

 標的めがけて飛びかかる超人アギト。対するドルドは、()()()指一本たりとも動かない。ただ広げられた一対の黒翼、そこから分離した無数の羽根が縦横無尽に飛び回り、アギトを撃墜しようとしている。

 この攻守一体の羽根は、以前の戦闘でも大いなる脅威となった。どうやら神経毒か何かが仕込まれているようで、常人は一枚突き刺さっただけでまったく身動きがとれなくなる。戦場となった病院では、自分と出久、そしてすんでのところで守った父・エンデヴァーを除く全員が被害に遭った。でありながら死者をひとりも出さなかったあたり、この男は審判員として、無用な殺戮に手を染めるつもりはないのだろう。――それが、かえって不気味だった。

 

 とにかく、この羽根の群れを突破しなければ。

 

(俺の身体なら何枚かは耐えられる……が……)

 

「もう、喰らっちゃやらねえッ!!」

 

 右から冷気、左から燃焼を発生させ、迫りくる羽根を凍らせ、燃やし尽くす。フルカウルによる人間離れした躍動は、当然のごとく保ったまま。

 

「フム……やるな。磨きがかかっている、敵にしておくには惜しい……」

 

 

「――その力、"究極の闇"にふさわしい」

「ッ、訳わかんねえことほざくなッ!!」

 

 叫びながら、一気に距離をとる。羽根は無尽蔵に現れる。構っていたらキリがない。

 

(どっちにしろ時間がねえんだ……さっさとケリつけてやる!)

 

 両腕で未だ唸りをあげている"半冷半燃"――その上から、ワン・フォー・オールを重ね合わせる。三つの力が、ひとつに、なる。

 

「KILAUEA McKINLEY――」

 

 

「――SMAAAAASH!!」

 

 ふたつの拳が猛スピードで迫る。もはや迎撃では間に合わないと判断したドルドは羽根を自分の前に寄せ集め、さらに翼で身体を包み込むことで鉄壁の防御態勢をとる。

 

 それでもなお、炸裂した一撃はかのグロンギを吹き飛ばすに余りあって。

 

「グゥゥゥ……ッ!」

 

 一瞬宙をきりもみ状態で転がったドルドだったが、即座に翼をはためかせて姿勢を立て直した。完全には勢いを殺せずわずかに地面を滑走しながらも、己の足で着地することには成功したのだ。

 

「ッ、ガグガパ、アギトザ……」

「チッ……」

 

 相手が一応の称賛のことばを吐いていることくらいはわかるが、嬉しくもなんともない。できれば、いまので倒したかった。

 しかしまだ、手札を使い尽くしたわけではない。拳が駄目なら、足がある。

 

「今度こそ……!」

 

 腰を落とし、構えをとるアギト。対して、ドルドもまた身構える。――纏う空気が、変わった。

 

「私もそろそろ、キミを殺すつもりでかからねばならんな……」唸るようにつぶやきつつ、「……が、それは次の機会か」

「!」

 

 「3分経ってしまったようだな」と、さも残念そうな口調で続けるドルド。いや、幾分かは本音も含まれているのだろう――彼もまた、戦闘民族グロンギの一員である以上は。

 

「ではまた会おう、轟焦凍くん。せいぜい足掻いて、ザザルのゲゲルを止めてくれたまえ……できるならな」

「ッ、勝手に終わらせようとしてんじゃねえッ、テメェはここで倒す!!」

 

 漆黒の羽根がドルドの身体を覆い尽くそうとしている中、アギトは勢いよく跳躍した。今度は両足に力を集束させ、跳び蹴りを放つ――

 

「はぁあああああ――ッ!!」

 

 眩い閃光。次いで爆炎が、辺り一体を包み込んだ。

 

 

 その光景は、既に付近まで到達していたクウガの目にも捉えられた。

 

「!、あれはもしかして、轟くん……!?」

 

 あの爆発は、グロンギを倒したのだろうか?ふつうに考えればそうなのだろうが……なぜか、嫌な予感がする。気のせいだと思いたいが……。

 

「……ッ、」

 

 とにかく、一刻も早く焦凍と合流しなければ。もし杞憂に終わって彼がすべてを終わらせていたなら、その労をねぎらえばいいのだから。

 

 

「……く、」

 

 粉々にちぎれて燃え滓以外の何物でもなくなった羽根の残骸に囲まれて、アギトは悔しげな声を漏らしていた。己が必殺キック、捉えたのはおそらく羽根の群れだけ。本体にはみすみす逃げられてしまった……病院での初戦と同じように。これでは早晩、ゲームも再開されてしまうだろう――

 

 アギトが立ち尽くしていると、背後から聞き親しんだトライチェイサーのエンジン音が接近してきた。

 

「轟くん!」

 

 降り立ったクウガが駆け寄ってくる。その鮮烈な赤が、少しだけ目に痛いと思ってしまった。

 

「無事でよかった……!」

「?、あぁ……俺はなんともねえが……」

 

 何か言い知れぬ不安があったのだろうか。現在進行形で同じものを抱えている焦凍には、その気持ちがよくわかった。

 

「それより……多分逃がしちまった、悪ィ」

「え、でも、結構派手な爆発だったけど……?」

 

 その疑問に直接は答えず、

 

「6月に病院で戦った鳥の奴、覚えてるか?」

「あ、うん。確か羽根で攻撃してくる……――あいつと戦ったの?」

「ああ。奴が審判をしてるみたいだったから、倒せれば一時的にでもゲームを止められるかと思ったんだが」

 

 やはり奴は、強い。「そろそろ本気を出さなければ」などとのたまっていたということは、逆に言えばまだ余裕たっぷりだったということ。出久と心操、勝己ら捜査本部の面々と緊密に協力して当たっても、勝てる保証はない――

 

「だとしても、きみの判断は正しかったと思うよ」

「……そうか?」

「うん。だって今回のプレイヤー……多分そうなるだろうから41号ってことにするけど、多分めちゃくちゃ強力な酸を使うんだ。ピンキー……芦戸さんの個性みたいに体内で生成したものを分泌していると考えられるし、あるいは外付けの武器に貯蔵してる可能性もなくはないけど、どっちにしろかなり危険な相手だ。対処法を考えずにぶつかるべきじゃないし……何より倒す際の爆発だな、身体と一緒に酸が広範囲に飛び散ったら大変なことになる……」

 

 途中から"伝える"というよりいつもの独り言になってしまっているが、焦凍に理解させるぶんには特に問題なかった。

 

「……確かに、おまえの言うとおりかもな。身体溶かされるなんて流石にごめんだ」

「あ、うん……それもあるよね。ってわけだから、ひとまずここでかっちゃんたちが来るのを待とう」

「おう」

 

 うなずきつつ――ふと、あらぬ方向を見遣る。どこか心ここにあらずな様子に、出久は「轟くん?」と呼びかけた。

 

「どうかした?」

「いや……なんでもねえ」

 

 そう、なんでもないのだ。――ただ、

 

(……嫌な風だ)

 

 殺人ゲームとは別に、何かよくないことが起ころうとしている――それがなんなのかまではわからず、それゆえにどうすることもできない。焦凍はいったん、その予感を頭の隅に追いやることにした。

 

 

――死柄木弔のことと結びつけるには、このときの彼の思考はやや混沌としていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 戦線を離脱したドルドは、プレイヤーであるゴ・ザザル・バを捜して都内上空を飛行していた。

 

(よもや今日という日に再び奴と対峙することになるとは……今後とも、楽しませてくれそうだ)

 

 ズ・ゴオマ・グを伴って行動を起こしているバルバの目論見は、十中八九成功するだろう。そうなれば――

 

 と、彼はようやくザザルを発見した。駅前のタクシー乗り場で、ちょうど黄色い車体のタクシーを捕らえたところだった。扇子でぱたぱたと扇ぎながら、するりと後部座席に滑り込む。どうでもいいが、目的地はきちんと指定しているのだろうか。

 

「………」

 

 彼女が自ら設定したルール、それが書かれた皮紙を見下ろす。――問題ない、()()()()()だ。

 

「フム……こちらも、楽しめるといいがな……」

 

 

 

 

 

 独り遊びに疲れた死柄木弔は、ベッドの上で身体を丸めて眠りについていた。その手には、彼の唯一の遊び相手と言ってもいい平和の象徴――オールマイトのフィギュアが握られたままだ。一度これで遊びはじめるとなかなか手放そうとせず、職員らを困らせることもしばしばだ。ただ、眠りの浅いこの男がぐっすり眠っているのは、決まってこれをその胸に抱いているとき。そして、そのひび割れた唇をほのかに弛めている。

 

 オールマイトを抱いて眠りにつくと、いつも夢を見るのだ。退行した心にあわせたかのように小さな子供の姿をした自分の手を、大人の男性が引いて歩く。大きな背丈、首から上はぼやけて見えないけれど、とても優しい表情を浮かべている……そんな、気がする。

 

 どれだけ歩き続けただろう、道程の果てにふたつの人影が見えた。ひとつは筋骨隆々の、巨人のような男性。視界に入っただけですぐにわかる――憧れてやまない、オールマイトだ。

 その姿に目を輝かせていると、今度は隣に立つ女性の姿に目がいく。やはりその顔は、ぼやけてしまっていてよく見えない。ただとても、なつかしいひとであるような気がする。会ったことなんて、ただの一度もないはずなのに。

 

 三人の大人はみんな、自分を見ている。慈しむような視線に、心があたたかくなる。

 

 そんな、幸せな夢だった。

 

 

――彼が夢から覚めたのは、頬に当たる風を感じてのことだった。

 

「ん……」

 

 右手にオールマイト人形を握ったまま、空いた左手で眠い目を擦る。窓のない部屋から出ることのできない彼には時間の感覚がない。そもそもそうした概念すら頭の中から消えうせているから、睡眠や遊びはしたいときにするが常態化しつつある。食事と投薬の時間はコントロールされているが。

 

 ただいずれにせよ、弔の前に現れたのはそうして生活を管理している職員の誰でもなかった。

 

「だれ……?」

 

 真っ白なドレスに、ウェーブのかかった長髪を結い上げた女。真珠色のルージュに、額を彩るバラのタトゥがその美貌を魔性のものへと際立たせている。無論幼児並みの思考しかもたない弔の審美眼ではそこまでの感想をもてないが、とにかく"きれいなひと"であることはわかったようだった。――以前の彼でも同じことだったかもしれないが……。

 

 聖母のような微笑を浮かべながら、女がゆっくりと歩み寄ってくる。その姿をぼんやりと見つめていた弔は、ふと、彼女の背後に目をやった。

 

 

――見知った看護師の女性の首筋に、コウモリに似た異形の怪人が喰らいついている。何かを吸い上げるような音とともに、びく、びくと痙攣する身体。その度に皮膚から瑞々しさが失われ、乾きに乾いていくように見えるのはなんなのだろう。

 

「!?、う゛、ア゛……ッ」

 

 その姿を――命が不可逆的に失われていくさまを認識した途端、弔の頭を耐えがたい痛みが襲ってきた。記憶にない光景がフラッシュバックする。ひとが、しぬ。

 これはなんだ?わけもわからず頭を押さえてうずくまる弔を、無数の薔薇の花びらが包み込んだ。

 

「ぁ……、………」

 

 たちまち弔の身体が弛緩し、ベッドに沈み込む。力の抜けた右手からオールマイト人形がするりと滑り落ち、床に転がる。――その直後にはもう、彼の姿は部屋から消えうせていた。静寂の中で、花びらと干からびた遺骸だけが、一連のできごとが夢幻でないことを示しているのだった。

 

 





キャラクター紹介・リント編 バギングドググドズガギ

八百万 百/Momo Yaoyorozu

個性:創造
年齢:20歳
誕生日:9月23日
身長:173cm
好きなもの:読書(図鑑とか)
個性詳細:
脂肪と引き換えに体内でなんでも創れちゃうぞ!(生物除く)
創るためにはそのモノの質量に応じた脂肪分が必要になるほか、分子構造まで完璧に把握していなければならない!便利なようで常人にはハードルのクソ高い個性だが、頭がよく勉強家な彼女はバッチリ使いこなしているぞ!

備考:
ヒーローネーム"クリエティ"。例によって雄英OGで、学生時代の体力テストや学力テストでは一位をキープするなど文武両道を地でいくスーパーお嬢様だ!
失踪していた轟焦凍をとりわけ気にかけていたひとりであり、再会に際しては涙ぐんでいた。その後は出久たちとも親しくなり、八百万家所有のプライベートビーチ(!)へ招待するなど出久に遅れて来た青春をこれでもかってくらい楽しませてくれたぞ!(湿っぽい話もあったうえ途中でグロンギが出ちゃったけどね!)

作者所感:
こういう陽性のお嬢様キャラは好物です。しっかりしてるんだけどちょっと抜けてるというか……ほわほわ系?見た目は割と高飛車系っぽいから余計にね……。
レギュラー陣以外の雄英メンメンでは切島上鳴に次いで出番がありますが、肝心の轟百要素は中途半端になっている……一応帰結は考えてるんですけどね。
ちなみに本エピソードでは出番がある予定です。


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EPISODE 35. 死柄木 弔 2/4

ギノガ回観てたら番組内でEDが流れてたので紹介しますが、皆さん当時やっていたマシュランボーってアニメをご存知ですか?

最近観返したんですがなかなか面白かったです(2000年当時にしては作画も良いし)。途中までは西遊記をモデルにしたよくある冒険モノって感じだったんですが、放送短縮の影響か終盤物凄い鬱展開に……ウルトラマンネクサスの逆みたいな感じ。節目で流れる挿入歌「オアシス」が名曲なので皆さん是非聴いてみてください。


 線路沿いの路上。その一区画はいま、規制線によって封鎖されていた。

 

 その内側には赤色灯を晒した覆面パトカーが何台も停車され、外側と隔絶した不穏な空間をつくり出している。――その中心点となっている車両は唯一、パトカーではなくタクシーだった。ただドライバーズシートが跡形もなく溶かされ、そこに座っていたはずの運転手もまた然り……であったが。

 

「41号はゲロヤベェ酸性の体液をお持ちのようですよ~」

 

 慌ただしい鑑識作業を横目で見つつ、森塚が感情のこもらない声で告げる。彼のことばはここまでの犯行の分析に基づいたもので、つまり捜査本部の公式見解でもあった。

 

「やっぱりそうか……。発見できたとしても、迂闊にその辺で倒せないな……」

「まあ、よくても周辺への被害は避けられんね。万が一逃げ遅れた人でもいようものなら……最ッ悪だしね」

 

 出久が難しい顔で悩んでいると、パトカーの中で本部と連絡をとっていた鷹野警部補が降りてきた。

 

「爆発をどうするかの件なら、管理官と話がついたわ。極力影響の少ない爆破ポイントを選定中だそうよ。問題は、どうやってそこに41号を誘導するかね……」

「39号のときみたいにはいかないですしねー」

 

 39号――ベミウは"プール"という特定の場所狙いだったからまだ誘い込みようもあったが、今度は標的が乗り物だからそう都合よくはいかない。

 

 悩む一同。そんな中で、口許に親指を当てるしぐさを見せていた出久がぽつりとつぶやいた。

 

「……一応、考えがないわけじゃないです」

「ん?」

 

 その"考え"とは一体なんなのか――刑事らが尋ねようとしたとき、新たなサイレンがこちらへ接近してきた。

 

「お、来たね我らの切り込み隊長ズ」

「……隊長なのに複数いるんですか?」

 

 大真面目に訊いて森塚を鼻白ませる焦凍……はともかくとして、覆面パトカーから降りてきたのは予想どおり爆豪勝己と飯田天哉だった。出久が「かっちゃん、飯田くん!」と彼らの名を呼ぶ。飯田は片手を挙げて応えたが、勝己はぶっきらぼうに鼻を鳴らしただけだった。

 

「遅くなって申し訳ありません!状況は?」

「芳しくはないねぇ。一応のタクシー無線で情報の共有は進んでるようだけど、まだ万全ではないし」

「それに、殺人の法則性も掴めていないわ。現状わかっている共通項はタクシーということ、そして41号が、比較的タクシーを捕まえやすい大きい乗り場を巡っているらしいってことだけ」

「……運転手の名前とか、ナンバープレートの数字とかは?」

 

 まずもって思い至ったことをそのまま訊く勝己だったが、その程度なら既に検討されている。――答えは、否だ。

 

「残念ながら」

「ならば、現状ではタクシー会社に運行の自粛を徹底してもらうほかありませんね……」

「ええ……それと、気が早いようだけど戦闘になった場合の対策も検討中よ。――そういえば緑谷くん、」

「!、はい」

「さっき、爆破ポイントへの誘導方法を考えていると言っていたわね」

 

 皆の視線が一挙に集中する。飯田などは視線では飽き足らず「本当か、緑谷くん!?」と質してきた。

 それにうなずきつつ、

 

「ゴウラムを使おうと思います」

「ゴウラムを?」

「うん。正確には……トライゴウラムの牙で41号を拘束して、爆破ポイントまで運ぶって感じなんだけど」

 

 なるほど確かに、出久……というかクウガならではの案ではある。ただ、

 

「しかし緑谷くん、ゴウラムとの融合はTRCSに少なくない負担を強いることになるんだろう。寿命を縮めることになるんじゃないか?」

「わかってる。だけど、できれば僕が責任をもって奴を追い込みたいんだ。そのためにはこれが一番いいと思う」

 

 穏やかながら、出久は決然と言い放った。よほど良い代替案が上がってこない限り、それを引っ込めることもない――ここにいる面々はもう、そんな彼の頑固さをよく知っていた。

 

「あまりひとりで背負いこみすぎるなよ、緑谷。……まあ俺が言えた義理じゃねえが」

「ハハ……そうかもね。なんにしても皆との協力は必要不可欠だから。ちゃんと頼るから安心して」

「……おう」

 

 淀みなくそう言えるなら、自分が心配する必要もあるまい――安堵とともに、焦凍は口をつぐんだ。

 代わって、飯田が話を進める。

 

「運搬方法はそれを採用するにせよ、実行までに41号の力をできるだけ弱めておく必要があるな。運転中に至近距離で酸を受けたら、緑谷くんも対応できまい」

「確かにねぇ。フツーに戦って痛めつけただけじゃ、運んでる途中で復活されそうだし」

「奴の能力自体を封じるわけね……」

 

 その方法も早急に検討しなければ。流石に今回は用意しなければならないことが多すぎると、鷹野は表向き冷静さを保ちながらも内心ため息をつきたい気分になった。が、

 

「それならアテがある」

「!」

 

 早速思わぬことばを吐いたのは、戦闘要員としてはエース格のヒーロー――爆心地こと爆豪勝己だった。性格からして戦闘向き……というよりそれ専門と見せておいて、彼は戦闘以外のところで活躍することが実に多いのである。森塚が冗談半分で刑事への転職を勧めたこともあるくらいだ――当然返事はつれないものだったが――。

 

 閑話休題。

 

「酸だっつーなら、中和すりゃいいだけの話だろ」

「!、もしかして"アレ"か?」

「ああ……"アレ"か」

 

 雄英OB組は、勝己の言う"アテ"が"アレ"だと即座に理解したようだった。こういうとき、ほんの少しだけ疎外感を覚えてしまう出久である。まあ森塚や鷹野の所感に毛が生えた程度の、後には引きずらない感情ではあるが。

 

「何じゃいアレアレって、どこぞの宇宙忍群じゃないんだから」

「失礼しました!実は――」

 

 飯田が説明する横で、勝己はどこかへ電話をかけはじめた。

 

「……よぉ」

 

 

「――電話をくださるのは初めてですわね、爆豪さん」

 

 勝己からの電話を受けたのは、ヒーロー・クリエティ――こと、八百万百。既に出久とも友人関係にある、雄英出身の女性プロヒーローである。

 

『フン、別にしたくてしてるわけじゃねえわ』

 

 才色兼備と名高く、男女問わず人気の高い彼女に対してあまりの言いぐさ。しかし彼らの間にはヒーローの有精卵として過ごした三年間の積み重ねがある。辛辣なことばの裏に隠された勝己の意図を、彼女は容易く読み取ることができるのだった。

 

「未確認生命体が出現していることはこちらも把握していますわ。――私が何か、お力になれることがありますの?」

『……あァ、そうだ。いま出てる野郎は、芦戸の奴よりも強ぇ酸を使って人間を溶かしてる。おまえ確か高校ンとき、あいつの酸を中和する薬作ってたよな?』

 

 その便利な個性と人の役に立ちたいという欲求ゆえ、クラスメイトの頼みごとを引き受けることが多かった八百万。芦戸三奈の酸が必要以上に効果を発揮してしまった場合や訓練後の後始末のために、彼女は頻繁に強アルカリ性の中和剤を"創造"することが頻繁にあったのだ。タカビーだと思ったら案外お人好しな奴、くらいにしか当時は思っていなかったが。

 

「つまり、その中和剤をお作りすれば?」

『ただ同じもん作っても駄目だ。科警研でも対策練るから、そっちに参加しろ』

「ちょうどオフなので、喜んでご協力いたしますわ。ただ、事務所の許可を得ないことには……」

『わーっとる。そっちには捜査本部から連絡入れて、おまえが科警研着くまでには話まとまるようにさせる』

「そういうことでしたら、早速科警研のほうへ向かいますわ。――それでは、またあとで」

 

 通話を終えた八百万は、思わずグッと拳を握っていた。こちらの都合を顧みない、勝己の傍若無人に怒りを覚えた……わけではなさそうで。

 

(私もようやく、未確認生命体との戦いにお力添えできますわ……!)

 

 同級生である勝己や飯田が日々その脅威と戦っている中で、自分もずっと何かしたいとは思っていた。しかし協力を要請されたわけでもない自分が、管轄の業務を放り出してまで突っ走るわけにはいかない――峰田が以前話していたことは、まったくそのとおりだと思った。

 

 だが、思いもかけないところでその願いを叶えることができた。自分を見出だしてくれた勝己と、中和剤を作らせてくれた芦戸には感謝しなければなるまい。

 

――そして、轟焦凍。

 

(轟さん……あなたの期待にも、応えてみせますわ……!)

 

 かつて自信を失いかけていた自分を、飄々としながらも励ましてくれた焦凍。ずっと極秘任務に就いているという彼は、帰ってきたいまも表舞台には復帰していない。――ただ彼なりに平和のために戦っていることは、信じて疑わない。

 

 まさか電話相手のすぐ目の前で会話を聞いているとは、流石に想像できなかった。

 

 

「これでこっちはなんとかなんだろ」

 

 こともなげに言い放つ勝己。また管理官の仕事が増えた……と森塚は思ったが、口には出さなかった。自分たちよりは安全な庁舎であれこれ命令を下してくる中間管理職、必要なことはなんだってやってもらわねば困る。

 

「じゃあ、その件も私から管理官に――」

 

 鷹野が言いかけたそのとき、辺りのパトカーや出久たちのバイクに装備された警察無線が一斉に鳴り響いた。場に緊張が走る。

 

 発信者は――ちょうど名の挙がっていた、塚内管理官。

 

『本部から全車、豊島区池袋の路上で41号の犯行によると思われる被害者が出た。またタクシードライバーだ』

「!、……ッ」

 

 歯噛みするほかなかった。せめて運転自粛が完了し、これが最後になることを祈る――

 

「管理官、鷹野です。池袋署の対応は?」

『既に署員が現着して鑑識作業を行っている。周辺に41号らしき姿は認められないとも報告を受けている。きみたちにはプランどおり、捜索のほうに移ってもらいたい』

「了解しました。それと――」

 

 クリエティへの協力依頼の件について鷹野が話そうとしたとき、にわかに相手方が騒がしくなった。何か突発的な事態が発生したらしい。

 

 しかしそれは、一同にとって寝耳に水ともいえるものだった。

 

『……いま通報が入った。警察病院が襲われたそうだ』

「警察病院……!?41号ですか?」

 

 もしそうだとしたら、タクシーを標的としているという前提から崩れかねない。捜査も振り出しかと血の気が引く思いを聞く者は皆抱いた。

 

――が、そうではなかった。幸いに、とはまったく言えないが。

 

「いや、防犯カメラの映像を照合したところ――犯人は、第3号……そして、」

 

「――B、1号だ」

「……!」

 

 そのふたつの名称は、皆、とりわけ爆豪勝己にことばを失わせるものだった。怪人の姿すら見せることもなく、芳しい薔薇の花弁とともに現れては姿を消す、謎の女。二度の遭遇を経て、勝己は彼女にただならぬものを感じていた。奴をどうにかしなければ、すべては終わらない――

 

「けど……どうしていきなり3号たちが?ゲームと別のところで奴らが動くなんて、まるで――」

 

 あかつき村のときみたいじゃないか。そう口にしかけた出久は、その一件を契機として出会った焦凍を見遣った。――そして、その表情が青ざめていることに気づく。

 

(轟くん……?)

 

 彼は何かを、傍から見れば尋常でないほどに気にかけているようだった。しかしながら、その整った唇は一文字に引き結ばれたまま、問いをぶつけようとすることはない。予想したままの答が返ってくるのを恐れるかのように。

 

 しかし彼が口を開かずとも、塚内は言うのだ。焦凍の気持ちに気づかないわけではない、ワン・フォー・オールの――"平和の象徴"たろうとする者が抱えねばならぬものを共有する、数少ない人間同士。そこに絆は確かに存在する。

 けれども……だからこそ、彼は告げるのだ。現実を。

 

『職員や患者に大勢死傷者が出ている。……そして、拉致されたとおぼしき者が1名』

「拉致?」

 

 

『――死柄木弔、と言えばわかるだろう』

 

 

 いよいよ焦凍が息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 "戦うリント"たちが目まぐるしい変転に翻弄される中、そんな状況をつくり出している数名を除くグロンギたちは実にのどかな時を過ごしていた。己の出番が来るのを、静かに待つ。聞こえはいいが、出久たちが知れば許しがたいであろう光景。大勢の人を殺せる日を、待ちわびている姿など。

 

 バダーはいい加減飽きたのかツーリングに出かけ、ジャラジも気づけばどこかへ行ってしまった。それでもガドルはひとり、静寂の中で座禅を続けている。

 

 

「あなたしかいないのね」

 

 澄んだ女性の声が、背後から響いた。ガドルは振り返ることもなく、

 

「皆、出払っている。……落ち着かない連中だ、貴様らも含めてな」

「くくっ、そう言うな」今度は男の声。

 

「………」

 

 ようやくガドルは立ち上がり、突如として現れたひと組の男女に目を向けた。

 

 一方は深海のような紺碧のパンツスーツを纏い、眼鏡をかけた知性的な女性。その容貌に違わず、野蛮さなど微塵も読み取れない穏やかな笑みを浮かべている。

 その隣に立つのは長身の、体格の良い男だった。ヘアバンドを巻き、レザージャケットに銀のアクセサリーをじゃらじゃらと身につけた、女とは対照的な服装。表情には獰猛さも滲み出てはいるが、所作はゆったりとしていて落ち着きを感じさせる。

 

「ジョグジャ、ブビダバ。――ジャーザ、バベル」

 

 親しげな声をかけるガドル、それは極めて珍しい光景だった。少なくともバダーやジャラジ相手にそんなことはしない。――認めている、同格と。

 

「ググルダ、レビベ――ザギバス・ゲゲル」

「ザグガド、ジュンヂグドドボデ、デギバギ」

「バルバダヂググゴ、ギデスゴグザグ?」

 

 バルバが一体何をするつもりなのか、おまえは知らないのか――バベルは言外にそう訊いている。

 

「我らには関係あるまい」

 

 だから、躊躇うこともなくそう答えた。実際何も聞かされてはいないし、興味もない。ゲリザギバス・ゲゲルの進捗に伴い段階的に進められる"整理"を、"あの男"が頑なに拒んでいることが関係しているのであろうことは容易に想像がつく。

 

 そういえば以前、彼女らはアギトを手に入れようと動いていたことがあった。バルバはズやメの連中のゲゲルを監督していたから、ドルドがその裏で暗躍し、見つけ出したのだったと思う。一体何が、彼女らにそこまでさせるのか。自らが頂点に立つ、そのために鍛練を積むことこそ生き甲斐のガドルからすれば、およそ理解しがたい連中だ。

 

 そもそも理解できると考えるほうが間違っているのかもしれない。――かつて"ゲリザギバス・ゲゲル"を成功させておきながら"ザギバス・ゲゲル"へ進む権利を放棄し、審判……あるいは観測者の立場に甘んじている者たちのことなど。

 

「とても大きなことをしようとしているのかもね、あの人たちは」

「……思考を読むな、ジャーザ」

 

 ふふ、と反省の欠片もみられない笑みを浮かべる女――ジャーザ。その点、彼女らはわかりやすい。己とまったく同じところを目指している、同志と言っても差し支えないかもしれない。だからといって情など湧くはずもない、それがグロンギとしてあるべき姿なのだ。

 

(過ちを犯している……奴らも、奴も、奴も)

 

 "グロンギであること"を逸脱しようとしている者が次々に現れる。しょせん獲物であるリントの変化に絆されているようで、とても許容できるものではなかった。

 

 



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EPISODE 35. 死柄木 弔 3/4

MOVIE大戦FOREVERの予告映像が公開されましたね。なんか思った以上にクウガがクローズアップされててビックリ。九郎ヶ岳遺跡まで出るとは……。

オダギリジョーも出てくれないかなぁ……と淡い期待を抱いてしまう。


 町外れの、とある廃工場。本来人の出入りなどあるはずもないそこに、三名の男女の姿があった。ただその立場はまったく平等というわけではなく、二対一、捕食者と被食者にくっきりと分かれてしまっている。

 

「……?」

 

 ただ被食者に追い込まれた青年は、己の身の危うさも知らず、一転の曇りもない澄んだ赤目で男女を見上げていて。

 

 その視線に居心地の悪さを覚えたのか、苦々しげな表情で黒づくめの男――ズ・ゴオマ・グが吐き捨てた。

 

「こんな、モノ……さらって、どうすル?」

 

 目の前で虐殺を行い、あの鳥籠から強引にこんなところへ拐ってきた。そんな者たち相手に恐怖すら感じることができない、頭の壊れてしまった哀れな人間。血も極めて不味そうだ。ただそのくせ、瞳だけは天敵でもある爆破のヒーローと似たような緋色をしているのがおぞましい。あまり関わりあいになりたくないと思ってしまうのも、ガドルからすればグロンギ失格なのだろうか。

 

 そしてどうせ何も答えてはくれないと高を括っていたら、意外にもバルバは口を開いた。侮蔑を隠すこともしない声音が、滑らかに紡がれる。

 

「無知な奴。これはかつて、敵連合を率いて大勢のリントを殺した男だ」

「ヴィラン……レンゴウ?」

 

 個性を使って犯罪に手を染めるリント、そんな連中を"ヴィラン"と呼ぶことくらいは、流石にゴオマも知っている。かつてのリントの中には、決して存在しなかった者たち。

 

「この男こそ、我らグロンギに最も近いリント。――いや、」

 

 

「グロンギとなれる、リントだ」

「バンザド……?」

 

 理解できない、とばかりに首を振るゴオマ。だが彼はバルバから、さらに予想だにしない命令を受けることになる。

 

「この男を壊せ」

「!?」

 

 どういうことだ、何かさせるために拐ってきたのではないのか?ザザルのゲゲルが行われている裏で、本来ルール違反であるはずの殺戮を特別に許容してまで。

 

「勘違いするな、殺せとは言っていない」

「……?」

 

 うまく飲み込めないゴオマの頭脳に溜息をつきつつ、バルバはグロンギ語で言い直した。

 

「ボソガバギデギゾビ、ギダレヅベソ」

 

 その命令を受けて、ようやくゴオマは動いた。右足をゆっくり後ろに引き、

 

 

 ぽかんとしている弔の顔面を、蹴り飛ばした。

 

「うぐッ!?」

 

 うめき声をあげ、痩せた身体が後ろに転倒する。かさついた唇が割れ、噴き出した血が辺り一面に飛び散る。

 おもむろに顔を上げた弔。呆然とした表情が、みるみるうちに恐怖へ染まっていく。なんだ、こんな顔もできるのか。

 

 愉悦を覚えたゴオマは、昼間でも薄暗い空間なのをいいことに怪人体に変身した。へたりこんだままの弔の胸ぐらを掴んで強引に立ち上がらせ、その腹部に一発拳を叩き込む。無論本気で殴っては内臓がつぶれて即死しかねないから、かなり手加減はしているが。

 

「………」

 

 そんな陰惨な光景を、バルバは無表情で見つめていた。背後から聞こえてきた足音にも、振り返ることすらしない。

 

 やがて彼女の隣に並んだのは、ヘッドホンから耳障りな音を垂れ流している学生服姿の少年だった。目元まで隠す長い前髪と腰の曲がった老人のような猫背が、彼の陰気な性格を象徴しているかのようだった。

 

 彼がヘッドホンを外すのを待って、バルバは口を開いた。

 

「バ、ビバ、ジョグバ?」

「……見に来た、だけ」

 

 「面白そう、だったから」――ぼそぼそとした口調でつぶやくジャラジ。その唇が、薄くゆがんだ。

 

「ならば、ここを任せる。奴があの男を殺そうとしたらやめさせろ」

「いい、けど……どこ、行くの?」

「ザジオのところだ」

 

 ハイヒールを気高く鳴らしながら去っていくバルバ。その背姿を見送りつつ、ジャラジはククッと喉を鳴らした。この状況下で"ザジオ"のもとへ行くとなれば……目的はおそらく、アレだろう。だとすれば彼女の意図と、自分の望みは一致している。

 言いつけどおり、彼はゴオマがいたいけなリントを痛めつけるさまを見届けることにした。その光景自体は、彼にとって欠片も面白いものではなかったが。

 

(これから……面白く、なりそう)

 

 その辺の資材に適当に腰を下ろしたジャラジは、再びヘッドホンを装着して身体を揺らしはじめた。流れる雑音にすっかり聴覚を支配されていたために、弔の悲鳴を聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

 ゴ・ザザル・バは苛立っていた。

 

 バルバの召使いとして逼塞を余儀なくされていた下等の"ズ"が殺人を行い、いまも――命を奪うことは許されないにせよ――リントを痛めつけて楽しんでいる一方で、現在進行形のプレイヤーであるはずの彼女の犯行は滞っていた。

 

 なぜなら、現れないのだ――標的が。駅前のタクシー乗り場でもう何十分も待っているのに、一台も。

 

「……チッ」

 

 これは流石に、尋常ではない――人為的に引き起こされているのだろうことは、さしもの彼女でも思い至った。扇子で軽く地面を叩き、立ち上がる。

 そうしてその場を去ろうとしたとき、向かいから仮面の男が蜃気楼のように現れた。

 

「リントを侮らないほうがいい」

「………」

「ベミウはその知恵につまずき……力にも、敗れた」

 

 リントの罠にあえて乗ったベミウ。しかしクウガにアギト、そしてふたりのヒーローの猛攻を前に、ひとりとして道連れにすることもできず壮絶な死を遂げた。彼女に限ったことではない、これまでのプレイヤーたちは誰ひとりとして、現代のリントを前にゲゲルを成功させることができなかった。

 

 だがザザルは、ドルドを鋭くひと睨みして、

 

「一緒にしないでよね」

「………」

「アタシには次の手があんの」

 

 それが強がりでないことくらいはわかる。だがその"次の手"とやらが、最後まで通用するかどうか。

 

「思慮が足りんな……」

 

 フッと嘲るような笑みをひとつ漏らすと、ドルドはバグンダダを携え、ザザルのあとを追った。ゲゲルの勝敗が確定するその瞬間まで、審判としての役割を果たすために。

 

 

 

 

 

 同時刻。緑谷出久と爆豪勝己のふたりは北区・赤羽駅前を張り込んでいた。

 

「………」

 

 駅に出入りする、あるいはタクシー乗り場のある駅前広場にいる人々を、目を皿にして見遣る。傍から見れば不審ととられかねないが、やむをえない。プロヒーローである勝己はもちろん、表向きはいち大学生である出久もそこは割り切っている。

 

 と、勝己をドライバーズシートに戴いた覆面パトの無線が鳴った。

 

『こちら森塚捜査員でありまーす。高田馬場駅監視中ですが41号らしき姿は確認できていません、そちらはどーですかどーぞ』

「暇だなアンタ。こっちもいねぇわ、いまんとこ」

『うん。ところで爆豪くんさぁ、きみキャラとかじゃなくて完全に素でタメ口だよね最近』

「ア?だからなんだよ」

『いやほら、僕ら一応ビジネスライクな関係なわけで、一応僕のほうが年上なわけだから多少はこう敬語のそぶりくらい、ねぇ?それともアレかな?きみは僕をプライベートな友だちカテゴリーに入れてくれたと解釈していいのかな?だとしたらゲロ大歓迎だよ僕私生活では長幼の序とか一切気にしないし!』

「……大変失礼しました森塚刑事」

『ファッ!?』

 

 まだ無線の向こうで森塚がわめいているが、これ以上は無駄だと判断して打ち切った。車内が一応の静寂を取り戻し、勝己は小さく溜息をついた。

 

――彼らを含む捜査本部の面々は、それぞれザザルの出没予想ポイントである大きなタクシー乗り場のある駅を分担して監視することとなった。ただ轟焦凍だけは、どうしても死柄木のことを後回しにはできないと再び警察病院へ向かったのだけれど。

 

 正直なところ、勝己にもその気持ちはよくわかった。

 

(奴ら、なんで死柄木を………)

 

 ヴィランの王……になるはずだった男。ただそれだけの、永遠に何ものにもなれなくなってしまった脱け殻。しかしグロンギ……それもあのB1号が、そんなものを拐っていった。何かとんでもない、取り返しのつかないことになるのではないか――

 

 じりじりとした焦燥に囚われていた勝己は、助手席を控えめにノックする音で我に返った。ぎろりと睨めば、ウィンドウ越しに強い煌めきを放つ、翠眼が嫌でも視界を占める。

 

 ひとつ舌打ちをしつつ、勝己は「好きにしろ」と態度で示した。途端にするりと車内に入り込んできたのには、閉口するほかなかったが。

 

「座んな汚れる。っつーか何堂々とサボりに来てんだコラ」

「さ、サボってないよ!……そう言うかっちゃんだって、心ここにあらずじゃないか」

「……るせーわ」

 

 もっと本気で怒鳴り返してきてもよさそうなものを、やはり声に張りがない。原因はもう、はっきりしているが――

 

 ともあれ、いきなりそれを吹っ掛けるのも得策ではない。そう考えた出久は、本来最も意識を注ぐべき話題を口にした。

 

「41号……このまま黙ってると思う?」

「……テメェはどうなんだよ」

 

 答えははっきりしていた。

 

「僕は、そうは思えない」

「………」

「39号が言ってたこと、覚えてる?」

 

――プールが封鎖されても構わない。水のあるところならどこでもいい。ベミウは確かにそう言った。

 

「奴の標的はプールだけじゃなくて、水のあるところ……海とか、もしかしたら温泉なんかもありだったのかもしれない」

「あぁ。41号もタクシー縛りじゃないかもな」

「だとしたらなんだろう……車?いやでも、その辺走ってる車を手当たり次第に襲うっていうのも……そもそも39号に倣うなら、標的とするものの順番にもなんらかの法則性があるはずだけど……」

 

 しばし助手席でひとりブツブツと思考を垂れ流していた出久は、隣からリアクションがないことに気づいていったんそれを打ち切った。クウガとして優先すべきかはともかく、デク――彼の幼なじみとして、やはり気にかかる。

 

「……ねえかっちゃん。敵連合のことなんだけど……」

 

 勝己は、やはり何も言おうとはしない。それでも。

 

「雄英のとき、きみたちは何度もあいつらの襲撃を受けて……そのたびにどうにかひとりの犠牲も出すことなく撃退してた。洸汰くんのことも、きみが命懸けで守った。けど、それと引き換えに――」

 

 勝己は、死柄木弔率いる敵連合に拐われた。その救出のため潜伏地であった神奈川県神野区へ赴いたオールマイトとヒーローたちは、グロンギにも匹敵する、最悪の脅威と遭遇することになった。

 

――"オール・フォー・ワン"。オールマイト、現在は轟焦凍の個性のひとつとなった"ワン・フォー・オール"と対をなす、ヴィランの王。かつてオールマイトに重傷を負わせた、因縁の敵でもあった。

 

 オールマイトは、彼にたったひとりで立ち向かった。その力の、すべてを振り絞って。世間にはひた隠しにしていた、痩せ細った"真の姿(トゥルー・フォーム)"を晒してまで……。

 

「かっちゃんは……オールマイトのあの姿を見たのは、あれが初めて?」

「あぁ……」

「そうだよね」うなずきつつ、「僕は、違うんだ」

「……は?」

 

 ここまでどこか空返事だった勝己の声が、初めて明確ないろを帯びた。その瞳が、困惑を露にしている――珍しい。

 

「"ヘドロ事件"のあった日……その直前に、僕、オールマイトに会ってるんだ」

「……!」

 

 声も出せず、ただ真っ赤な瞳を見開く勝己。驚愕が収まったあとの彼の爆発を覚悟しながら、出久はあの運命の日のことを語った。ヘドロヴィランに身体を乗っ取られそうになったところをオールマイトに救けられ、ヘドロを捕獲して颯爽と去ろうとするその丸太のような脚に強引にしがみついたこと。「個性がなくてもヒーローになれるか」と、一縷の望みを抱いて訊いたこと。その直後にオールマイトが活動限界時間を迎えてしまい、トゥルーフォームを晒してしまったこと。――あきらめるよう、促されたこと。

 

 瞳を揺らしながらその回想を聞いていた勝己だが、突然何かを悟ったように、低く唸るような声で「……ちょっと待てや」とつぶやいた。

 

「じゃあ、あのヘドロ野郎は……」

「……うん。僕のせいで、オールマイトはあいつを捕獲した瓶を……落として……」

 

 そのために勝己は、底知れない苦痛と屈辱とを味わう羽目になった――

 

「ごめん……ごめんなさい、かっちゃん。ずっと僕、言えなくて………」

 

 勝己にそんな思いをさせておきながら、当時も、再会してからも、自分はずっと沈黙し続けていた。怒りをぶつけられても、仕方がない――

 

 しかし、

 

「……俺はあの日、テメェに"ワンチャンダイブしろ"っつった」

「………!」

 

 出久は覚えていた。……忘れられるわけがない。平気でそんなことを言い放った少年が、自分のなりたかったヒーローへと成長していく姿を目の当たりにして、もやもやした気持ちになったことも一度や二度ではない。

 けれど同時に、彼がその行為を本気で望んでいたわけではないこともいまならわかる。彼は自分を、それほどまでに繋ぎとめたかった――

 

「だから……お互い様ってことに、しといてやる」

「……うん」

 

 勝己から、当時のことへの謝罪のことばはない。それでもいいと思った。自分たちはいま、これほどまでに穏やかに話せる。それで、十分だ。

 

「つーかテメェ、話したかったんはヘドロのことかよ」

「!、あ、いや……ちょっと話が逸れちゃったね、ごめん」

 

 話したかったのは、敵連合……いや、死柄木弔のこと。

 

「死柄木弔が奴らに拐われたって聞いたとき、轟くんの様子は普通じゃなかった。一応抑えてはいるけど、きみもそうだ」

「………」

「彼は一体なんなの?本当に、ただのヴィランなの?」

 

「彼のことで、オールマイトは何を、きみたちに託したの……?」

 

 確信のこもった問いに、勝己はひとつ舌打ちを漏らした。

 

「その決めてかかったような口のきき方のほうがよっぽどムカつくわ」

「ごめん……でもそうなんじゃないかと思って。だからきみたちは――」

 

 そうだ。図星だ。

 

「……死柄木の本名は、志村転孤っつーらしい」

「?、うん」

「で、オールマイトの先代ワン・フォー・オールの保持者が、志村菜奈。――こう言やわかるな」

「……!」

 

 名字が同じ――ただの偶然などではないことは、勝己の口ぶりからして考えるまでもなかった。

 

「家族……なの?子供……いや、孫……?」

「らしい」

「そんな人が、どうしてヴィランに……」

「さァな。ただあいつは、オールマイトだけじゃない、ヒーローそのものをひどく憎んでた。"救けなかったくせに"って、何度も言ってたのは記憶にある」

「………」

「オールマイトはその事実を知って、どうにかあいつを救けたがってた。結局、救けられないまま……死んじまった」

 

 死の床に呼ばれた自分と焦凍は、"転孤を止めること"を最期に託された。"救けてほしい"と言わなかったのは、それを押しつけて去りゆく後ろめたさもあったのだろう。

 遺言に従って、勝己たちは弔率いる敵連合と戦い続けた。傷つき幾多のものを失いながら、最後にはついに組織を壊滅させ、弔を捕らえた。――確かに"止める"ことはできた。

 

「俺たちは結局……あいつを救けられないままでいる」

 

 勝己の瞳に、無力感が浮かび上がった。彼は戦友の轟焦凍までも、一度は救うことができぬまま失ってしまっている。決して普段表には出さないが、そのプライドは深く傷ついているだろう。幼い頃の、一点の曇りもない純粋な不遜を目の当たりにしてきた出久にとっても、それは哀しい姿だった。

 

「……なら、救けようよ」

 

 気づけば、口に出していた。今度こそ逆鱗に触れるかもしれないと思ったが、それでもこの誇り高い幼なじみに、こんな表情(かお)でいてほしくない気持ちが勝った。

 

「かっちゃんは、そうしたいんだろ?だったら僕も協力する。まだ何ができるかはわからないけど……一緒にさ、できることを探そうよ」

「デク……」

「あ、ごっ、ごめん!部外者が何言ってんだって感じかもしれないけど……それとも、やっぱり木偶の坊は黙って見てたほうがいい?」

 

 ちょっとした昔の意趣返しもこめて訊くと、あっさり意図を察せられたのか勝己は「ケッ」と吐き捨てた。

 

「よー言うわ、ンな気さらさらねえくせに」

「ハハ……どうだろう?」

 

 出久が笑いを噛み殺していると、

 

――ピー、

 

「!」

 

 鳴り響く、無線。ふたりが表情を引き締めると同時に、管理官の声が発せられた。

 

『本部から全車。北区東十条三丁目の廃工場敷地内で、異形型の人物が若い男性を暴行していると通報があった。身体的特徴等を総合した結果、第3号と拉致された死柄木弔である可能性が高いと判断した。付近を警ら中の者は至急向かってくれ』

 

 ふたりからすれば、考えるまでもなかった。実際、勝己が応答しようとしている間に、出久は助手席を飛び出してトライチェイサーに跨がっていた。

 

 勇んで発進していく幼なじみを見遣りつつ、

 

「こちら爆心地。デ……緑谷と急行します」

『わかった。G3ユニットとショートも急遽そちらへ向かっている。くれぐれも無茶はしないように』

「……了解」

 

 こればかりはややおざなりに応じて、勝己はサイレンとともに出久のあとを追った。死柄木弔を、救ける――これがその第一歩になると信じて。

 

 

 彼らの前に立ちはだかる運命は、想像だにできないほど昏く、過酷なものだとも知らずに。

 

 

 



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EPISODE 35. 死柄木 弔 4/4

あと一話でシガラキ登場篇を終わらせる予定ですが終わるだろうか…。原作ザザル篇はあと二話必要だったことを考えると微妙です。

ちなみに原作は全49話でしたが、拙作のほうは51話でまとまりそうです。
いよいよ終盤に差し掛かろうとしております…寂しい(気が早い)


 手を、伸ばす。

 

『たすけて』

 

 そこにある背中に、手を伸ばす。

 

『ぼくを、たすけて』

 

 背中は……遠ざかっていく。

 

『なんで……?』

 

 なんでこの手は、届かない?

 

『なんで……!』

 

 なんで彼らは、振り向くこともしない?

 

――ヒーローは、救けてくれない。

 

 

『大ッ嫌いだ……!』

 

 

 ズ・ゴオマ・グによる暴行は、いつ終わるとも知れずに続いていた。いくら下位のズといえど、本気で攻撃すれば痩せぎすの青年など一瞬で原型をとどめぬ姿になってしまうから、かなり手心を加えている。それがまるで、死にかけのネズミを猫がいたぶる光景を想起させ、かえって残虐性を高めてしまっているのだが。

 

 しばしヘッドホンから流れるデスメタルに心身を任せていたゴ・ジャラジ・ダは、腹を蹴られた弔が血反吐を吐いたことに気づいて立ち上がった。ゆらりと一歩を踏み出したかと思えば――次の瞬間には、ゴオマと弔の間に割り込んでいて。

 

「!?」

「終わり。……そろそろ、死んじゃう」

 

 ちら、と這いつくばるその身体を見下ろすジャラジ。弔は咳をする度に血を吐き出している。その瞳からは光が消えかかっている――あと一撃入ろうものなら、致命傷になりかねない。

 

 万が一そんなことになれば、バルバからどんな折檻を受けるかわからない。いや、このリントを使った企謀を心待ちにしているらしい目の前の"ゴ"の小僧によって殺されるのが先か。己の命だけは守りたい、ゴオマのその気持ちは人一倍強かった。

 

「あとは、バルバが戻ってくれば……」

 

 すべてが終わり、すべてがはじまる――しかしそれより一歩先んじてこの地に踏み込んできたのは、招かれざる客であることを示す、バイクのエンジン音だった。

 

「……来ちゃった、か」

 

 

 狭い路地を抜けて進入してきたトライチェイサー――その騎手である緑谷出久は、工場内に異形の姿を認めてマシンを急停車させた。

 

「!、3号……――死柄木弔……!」

 

 血みどろになって倒れ伏した弔の姿を目の当たりにして、出久の頬が紅潮する。彼がまだ生きているとわかっても、その激情を収めるつもりはなかった。

 

「――変身ッ!!」

 

 構えをとり……叫ぶ。腹部より浮かび出たアークルが眩い赤の煌めきを放ち、出久の身体を戦士クウガへと作りかえてゆくのだ。

 

「クウガァ……!」

 

 初戦以来の因縁を忘れていないゴオマは、現れた宿敵に呼応してその牙を剥き出しにした。目の前の戦士が、仲間と協力してとはいえ"ゴ"のプレイヤーを次々に倒してきていることなど忘却の彼方だ。――勝つのはオレ、オレならこいつを殺せる。そう信じて疑わない。

 

「ボソグ――ッ!!」

 

 ファイティングポーズをとるクウガめがけ、翼を広げて飛びかからんとする……刹那、

 

 片翼をジャラジに掴まれ、地面に叩きつけられる。当然ながらまったく予期していなかったゴオマは、顔面をしたたかに打ってしまった。

 

「ギャアッ!?バ、バビゾ、グス!?」

「……ダバザ、ジョグ」盛大に溜息をつき、「いま、昼間だよ……」

 

 ズ・ゴオマ・グはコウモリの特性をもつグロンギである。ゆえに太陽光には極めて弱く、まともに浴びると皮膚が焼けただれてしまう。その苦痛たるや自分自身が一番よく知っているはずなのに――ジャラジが呆れるのも、無理はなかった。

 

「そいつ連れて……早く、行け」

「……チィッ!」

 

 自分が戦える環境にないことを思い出させられた以上、ゴオマは引き下がるほかなかった。弔の首根っこを掴み、奥の暗がりの中へと引きずっていく。

 

「ッ、待て!」

 

 弔が……救うべき対象が目の前にいるのだ、逃がしてたまるか。粉塵舞う廃工場に飛び込んだクウガの前に、ジャラジが立ちはだかった。

 

「悪いけど……行かせない」

「……おまえもグロンギか!?」

「だったらどうする?……戦う?」

 

 挑発的な態度。比較的幼い容姿も相まって35号――ガルメを思い起こさせたが、出久はまだ冷静だった。

 

(こいつに構ってる暇はない……けど、すんなり通してくれるわけもない。相手が3号なら、かっちゃんひとりでも………)

 

 頭脳を目まぐるしく回転させたうえで……クウガは、咆哮した。

 

「……やってやる!」

 

 勢い込んで走り出す。拳を振りかぶる。相手が人間の姿をしていようが関係ない、そもそも怪人の姿だって、異形型の人間とそう変わらない。躊躇いは――ない。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 吶喊するクウガに対し、ジャラジは身構えることすらしない。ぼうっとした表情のまま、ただその場に立ち尽くしている。

 一撃で吹っ飛ばす――それこそオールマイトの"デトロイト・スマッシュ"をイメージして突き出した拳は、

 

 

 虚しく、空を切った。

 

「な……!?」

「………」

 

 ジャラジはほとんど動いていない。ただ背中を、ほんのわずかに逸らせただけだ。それも、どこか酔っているような動作で。

 

 逸るクウガはなおもその顔面を殴りつけようとするが、このグロンギは掴みどころのない動きで、ことごとく攻撃をかわし続けていく。ふぁ、と欠伸すらこぼれるのを目の当たりにして、苛立ちが頂点に達した。

 

「こ、のぉッ!!」

 

 だがその一撃は、またしても結局空振りと終わった。それだけではない、少年の姿そのものが、目の前から忽然と消えてしまったのだ。

 

「な、どこに……!」

「遅い」

「!?、うわっ!」

 

 背中を軽く押されて、クウガは思わずつんのめりそうになった。――ジャラジが、背後に回り込んでいた。

 

「おまえ……!」

「フゥ……ゴソゴソ、ジャソグ、ババ……」

 

 振り向いた先で、ぼそっとつぶやいたジャラジの姿が変わっていく。細身のシルエットはそのままに、頭髪が白く染まり、鋭く逆立つ。漆黒に染まった身体に、宝石のような蒼い瞳だけが爛々と輝いている。

 

――ヤマアラシ種怪人 ゴ・ジャラジ・ダ。上位集団の一角としての正体を表した彼は、いよいよ攻勢に打って出た。酔ったような動きが激しく正確なものとなり、まるで踊るようにしながら敵に掌打を叩き込む。

 

「ぐっ!?」

 

 重い一撃ではない。怪人体でも小柄で細身なままのジャラジは、パワーにおいてはゴの中で最低クラスだ。ゆえにクウガ相手に大きな苦痛を与えることはできない――が、

 

(ッ、なんだこれ……!?めちゃくちゃ、響く……ッ)

 

 身体の中で、衝撃が渦を巻いている。こんなダメージの受け方は初めてだった。身体がぐらつきそうになるのを、なんとかこらえる。

 

「倒れないんだ……?」

「この、程度で……!」

 

 踏ん張る宿敵を目の前にして、ジャラジはどこまでも淡々としていた。「じゃあ、もう一回」――相変わらずのぼそぼそとした口調でそう宣言し……再び、距離を詰めてくる。

 

「ッ、超変身!!」

 

 出久が選んだのはドラゴンフォームだった。タイタンフォームで踏みとどまることも考えたが、あの衝撃の正体が掴めない以上、攻撃を受けること自体避けたほうがいいと結論づけた。

 

 結果、その身を青に変えたクウガは、ぎりぎりのところでジャラジの第二波をかわすことができた。地面を転がりつつ、落ちていた木の棒を拾いあげる。

 たちまちモーフィングパワーが作動し、ただの木の棒は専用武器であるドラゴンロッドへと変化を遂げる。

 

(あいつに懐まで踏み込ませない……それなら……!)

 

 ロッドを軽やかに振り回し、威嚇する。案の定というべきか、ジャラジはなんの反応も示さない。ただ、小さく息をついた。

 

「青か……。それなら………」

 

 ジャラジが胸元の飾りに手を遣ろうとしたそのとき、今度はパトカーのサイレン音が迫ってきた。

 現れたのは、黒塗りの覆面パトカー。運転席から、やはり漆黒のコスチュームを纏った爆破のヒーローが飛び出してくる。

 

「!、また別の奴か……!」

「……爆心地」

 

 勝己の姿に気をとられたジャラジに、クウガは咄嗟に組み付いた。その動きを封じ、叫ぶ。

 

「かっちゃんッ、3号と死柄木弔はこの奥だ!!」

「!」

「行って!!こいつは僕が……!」

 

 一瞬、判断に迷ったのは事実だった。それを看過されたようで少しむかついたが、俺のやりたいことを理解しているいまのこいつになら、一度くらい、背中を押されてやろうと思った。

 

「言われんでも行ったらぁクソナードォ!!」

 

 羽織っていたジャケットをその場に脱ぎ捨てた勝己は、思いきり跳躍すると同時に手を後ろに回し、爆破を起こした。前方へ向かう大きな力が身体にかかり、飛躍する。砂塵を巻き起こすクウガとジャラジの頭上をあっさりと飛び越え、数秒のうちに日の当たらない工場内へと姿を消した。

 

(これで………)

 

 かっちゃんの……いや、僕らの望み、その第一歩がなせる。死柄木弔を、"悪"から救いだす――

 

「ヒッ、ヒヒヒヒ……ッ」

「……!?」

 

 不意に、下卑た笑い声が響いた。気づけばジャラジが、クウガの下で喉を震わせている。

 

「何がおかしい……?」

「ヒヒヒッ……」

 

「――後悔するよ、キミ」

「な……ッ?」

 

 ことばの意味が、まったく理解できなかった。何を後悔すると言うんだ?状況からして、勝己をひとりで奥へ行かせたことか。そのせいで勝己の身によからざることが起こる、こいつはそう言っているのか?

 

「ワケのわからないことを言うなッ!!かっちゃんが、3号なんかに負けるわけないだろう!!」

「そうだね」

 

 返ってきたことばは、意外にも手放しの肯定だった。

 

「爆心地……彼は強いね、とても。もうゴオマなんかじゃ、敵わないね」

 

「ゴオマじゃぁ、ね」

「!、まさか……」

 

 "ゴオマ"が第3号を指しているのだろうことは、確認するまでもなくわかった。問題はそこではない。

 ゴオマでは――つまり、勝己の歯が立たないような圧倒的な力をもつグロンギが、奥にいる?

 

 出久は愕然とした。なんでそんな、いくらでも考えつきそうな可能性に思い至らなかったのか。

 

「ッ、くそ――」

「行かせない」

「ッ!」

 

 ジャラジがまた掌打をぶつけてくる。咄嗟にロッドで受け流すことで、どうにか直撃は免れた。

 

「はぁ……はぁ……ッ」

「………」

 

 肩で息をしつつ、ドラゴンロッドを構え直すクウガ。身体的疲労のためだけではない、焦燥が彼の呼吸を早めていた。

 

(早くなんとかしないと……!でも、こいつ……)

 

 厄介なのは――どうもこの敵、本気で戦うつもりがないらしいことであった。自分をここに縛りつけておければそれでいいのだろう。そもそも声にも所作にも覇気が感じられないのが、グロンギとしては異様に思えた。

 

(僕ひとりじゃ駄目なのか……。轟くん、心操くん……!)

 

 どちらでもいい……いや、どちらも早く来てくれ。そう願ってやまないのと同時に、彼らが来なければ勝己のもとへ行くこともできないことがつらかった。僕はきみを守りたいと、大啖呵を切ったのはどこのどいつだ。

 

 

 

 

 

 その頃勝己は、工場内の最奥にまでたどり着いていた。爆速ターボで進んできたのと打って変わって、着地したあとは姿勢を低くし、周囲を警戒する野生動物のように慎重に歩く。第3号――ゴオマ相手に自分の個性は極めて効果的だが、だからといって油断していい相手でないことはわかっている。相手は、グロンギなのだ。

 

 だが、それにしても――

 

(……デクの野郎、パチこきやがったんじゃねえだろうな)

 

 そんなわけはないと理解しつつも、内心そう毒づかざるをえなかった。それほどまでに、気配がない。あの猪なコウモリ野郎――矛盾しているようだが――なら、不意打ちを狙って息を潜めていたとしても、殺気が漏れてきそうなものだが。

 

 死柄木弔はその3号に暴行を受けていたという。下手をしたら一刻を争う状態かもしれないと思うと、焦燥に駆られるのは無理もないことだった。

 

(……クソッ)

 

 あんな、奴に。

 散々苦しめられてきた。屈辱も絶望も、悔恨も……深い傷痕を、勝己の心身にいくつも植えつけてきた男だ。そんな奴を、俺は――

 

――かっちゃんは、救けたいんだろ?

 

 あの男以上に自分を散々引っ掻き回してくれた、童顔の幼なじみのことばがよぎる。

 

 ああ、そうだよクソ。だってオールマイトに、それを託されちまったんだ。俺が終わらせちまった……誰よりまぶしく輝いていたはずの、あの人に。

 

 本当なら勝己よりも先んじているべき焦凍は、まだ迷っているだろう。仕方がない。彼の時間はつい先ごろまで止まってしまっていた。――あの半分野郎に勝っていると思えば、少しだけ気も晴れる。

 

(なんだっていい。あいつは、渡さねえ)

 

 思考を打ちきり、完全に戦士としての表情(かお)になった勝己。その瞬間、ふわりと風が頬を撫ぜる。

 

 

 そして、むせかえるような濃い薔薇の香りが、鼻孔をくすぐった。

 

「……!?」

 

 どくりと、心臓が鳴る。冷たい汗が肌を伝うのを感じながら、勝己はゆっくりと振り向いた。

 

 

 視界に侵入り込む、純白のドレス。すえた匂いの漂う廃工場には極めて不釣り合いなそれをたなびかせながら、"彼女"は姿を現した。

 

 額に刻まれたバラのタトゥ。その気高い美貌。直接あいまみえるのは、これで三度目だ。

 

 視線が、交錯する。並の男ならその薔薇の色香に惑わされていたかもしれないが、勝己にはそんなもの、なんの意味ももたない。ただ目の前に、敵が現れたというだけだ。3号や他のグロンギと同じ。

 

 ただひとつ異なる点があるとするならば――この女が、他のグロンギとは一線を画す存在であるということ。

 

 だから勝己は、問答無用で襲いかかることはしなかった。いつでも攻撃に移れるよう腰を落とし両手を構えつつ、まず動かしたのは口だった。

 

「死柄木弔を拐わせたのは、テメェの差し金か?」

 

 女は、答えない。ただ、じっとこちらを見つめている。

 それでも勝己は、粘り強く問うた。そもそもいまのは、訊くまでもないことだったから。

 

「テメェ、一体何を企んでやがる?」

「………」

「テメェらグロンギのやってる人殺しと、なんの関係がある?……答えろや」

 

 グロンギの人々に殺人ゲームを続けさせる一方で、獲物であるはずのリントを使って、何かをさせようとしている――思えば、あかつき村襲撃もそうだった。こいつらはアギトへの覚醒途上にあった、焦凍のことも手に入れようとしていた……。

 

 だがバルバは、それらの問いにまったく答えようとはしなかった。冷笑を浮かべたかと思えば、そのままドレスの裾を翻して立ち去ろうとする。

 

 その反応も、勝己の予想の範疇ではあった。そしてこの場合に自分がどのような行動をとるかまで、彼は完璧にイメージできていたのだ。

 

「答えねえなら死ねやッ!!」

 

――BOOOOOM!!

 

 バルバが踵を返したところに勢いよく飛びかかり、至近距離から爆破を浴びせかける。威力はマキシマム、常人であれば消し炭にできる。

 

 実際、バルバの身体は爆風のままに吹っ飛ばされた。白煙を撒き散らしながら地面を転がる肢体。爆炎をもろに喰らった頭部は、原型をとどめぬほど黒焦げになっていた。

 

「………」

 

 颯爽と着地しつつも、勝己は構えを解かない。本気で殺すつもりの一撃には違いないが、自分も含め純粋な"個性"による攻撃がグロンギに致命傷を与えた例はない。まして、この女相手では――

 

 勝己のそんな、表層しか知らない者からすれば意外でしかない慎重な想定は、見事に的中してしまうのだ。倒れ伏していた身体がぴくりと動いたかと思えば、ゆっくりと起き上がっていく。同時に黒焦げになった皮膚の燃え滓がぼろぼろと剥がれ落ち、

 

 もとの、美しく整った顔立ちが現れた。ただ豊かな黒髪だけは、髪飾りが焼けてしまったのか自然のままに垂らされているが。

 

「チィ……ッ!」

 

 ギリ、と歯を食いしばりながら、第二撃に打って出ようとする勝己。野生の肉食獣のように烈しいその姿に、バルバは静かにことばをぶつけた。

 

「やはり、リントは変わったな。おまえのような存在は、かつてのリントにはいなかった」

「………」

 

 勝己は相手にしなかった。平和を愛し戦うことを知らなかったリント、そんな民族に自分のような人間がいないのは当然だ。自分に限らず、ヒーローもヴィランも。

 

 だが、

 

「――今度のクウガも、おまえと同じだ」

「!?、なに……?」

 

「クウガはやがて、"ダグバ"と等しくなるだろう」

「ダグ、バ……?」

 

 戸惑う勝己。そんな彼を微笑みとともに見つめていたバルバは……一転して、冷たい表情を浮かべて動き出した。彼女が"それ"を選択した時点で、勝己の運命は決まっていた。

 

 

 

 

 

 クウガは未だ、ジャラジに苦戦を強いられていた。

 

「ふっ!」

「……ッ!」

 

 ジャラジが投げつけてくるダーツのような武器に、紫の鎧で耐えるクウガ。胸にぶら下げた装飾品を変化させたそれは、青でもかわしきれないスピードで襲いかかってくる。かわせないのなら青でいるのは悪手と紫に超変身したのは合理的な判断だったが、これでもう攻勢に打って出るのは不可能になってしまった。

 

 そうこうしている間にも、工場の奥からは爆発音が響いてくる。勝己が戦闘に入ったのだろう。

 

(早く、なんとかしないと……!)

 

 もう援軍を待ってなどいられない、自分ひとりでなんとかするしかない。そう思った矢先、

 

 氷柱が地面を奔り、飛翔するダーツをも呑み込んだ。

 

「!?」

「待たせたな、俺が来た」

「轟くん……!」

 

 轟焦凍――アギトの操るマシントルネイダー。飛び込んできたかと思えば、その速度を緩めることなくジャラジに突撃を敢行する。

 すんでのところでそれをかわしたジャラジだったが、態勢を立て直そうとしたところに、今度は銃弾の嵐が降り注いだ。

 

「グアァッ!?」

 

 ついに直撃を受け、倒れ込むジャラジ。巻き起こる砂塵の中に、青と銀のシルエットが浮かぶ。

 

「遅くなってすまん、緑谷」

「心操くん……!」

 

 アギトに、G3――"仮面ライダー"の称号を与えられた三人が、ついに揃った。

 

「また新しい未確認か……」

「死柄木は?」

「3号が奥に連れて行った、かっちゃんが追ってる!多分いま、ひとりで戦ってる……だから……!」

「……わかった、皆まで言うな」

 

 三人いれば、どのようにでも動ける。――形勢が逆転したことを、ジャラジもまた素早く理解した。

 

「……もう、十分かな」

 

 さて、あとはいかに無傷で撤退するか。彼が思考を巡らせていると、工場の奥からこれまでで最大級の爆発音が響いた。

 

「!」

 

 三人の意識が一瞬そちらに逸れる。その隙を逃さず、ジャラジは跳躍し……付近のくさむらに紛れてしまった。

 

「!、……どうする?」

「いまはかっちゃんを!奥にいるの、3号だけじゃないかもしれない……!」

「そうだな……かなり、嫌な感じがする」

 

 ひとまずジャラジのことは意識の外に追いやり、勝己のもとへ走り出す三人。

 

――だがそのときにはもう、手遅れだった。

 

 

 工場の最奥へたどり着いた彼らが目の当たりにしたのは、

 

「な……!?」

「嘘、だろ……」

「――、」

 

「かっ……ちゃん……」

 

 頭から血を流して薄汚れた地面に横たわる、爆豪勝己の姿だった。

 

 

つづく

 

 







「さあ、」


EPISODE 36. 悪夢


「――ゲームスタートだ……!」


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EPISODE 36. 悪夢 1/4

最近お仕事でお疲れぎみです。
癒しがほちぃ……。


 午後のテレビメディアを競うように占める情報番組の数々。主婦層をターゲットとしていることからどちらかというとカジュアルな……有り体に言ってしまえば下世話な話題を多く取り扱っているこれらも、いまはさながら緊急報道番組の様相を呈していた。

 

『――タクシー運転手18名を殺害した未確認生命体第41号は、都内のタクシーが営業を停止したあとは、その行方をくらましています。警視庁では、タクシーに対する犯行を断念したものとみており、恐怖に包まれていた都内は一応の落ち着きを取り戻しています』

「………」

『一方、本日正午頃発生した警察病院内での大量失血死事件について、警視庁は第3号およびB1号が関与していると断定し、拉致されたとみられる入院患者1名の捜索および救出を――』

 

「……なんか、ヤな感じや」

 

 喫茶ポレポレのカウンター内で、それらのニュースに見入っていた麗日お茶子がぽつりとつぶやいた。隣でコーヒーを沸かしている中年のマスターもまた、それに同調する。

 

「確かにねえ……。大勢の人殺してるってのもだけど、その中からひとりだけ拉致してるってのも……何か企んでるみたいで、不気味だよね」

 

 「警察病院の患者ってことは、犯罪者かもしれないし」とおやっさん。ヴィランやテロリストなどのグループが、特別な技能をもつ犯罪者を脱獄させて仲間にする――映画などでは使い古されたシチュエーションだが、それゆえに想起するのも無理はない。

 

 そしてお茶子は、よりリアルな感触を伴ってそれを聞いていた。あの病院の精神病棟、その厳重に封鎖された最深部には、かつて敵連合を率いた死柄木弔がいる。世間一般には秘密とされているが、かつて幾度となく激戦を繰り広げてきた元雄英生たちにだけは、その事実が知らされている。ゆえにこのことを心配しているのは、自分だけではないと思う。

 

(爆豪くんか飯田くんに聞けば、わかるだろうけど……)

 

 まさしくこの同時出現に対処しているであろう彼らに連絡するのは、いくら気安い友人関係といっても憚られる。事件が落ち着くまで、自分は悶々としているほかないのだろう、是非もない。

 

「しかし、出久もなぁ……」

「!」

 

 おやっさんの口から不意に飛び出した想い人の名に、お茶子は思わず肩を跳ねさせた。

 

「色々忙しいのはしょうがないとしても、何もこんな危ないときにほっつき歩かなくてもいいのになぁ~と、こうおじさんは思うわけですよ。お茶子ちゃん、どう?」

「あ……はい、そうやね………」

 

 半分、上の空で応じた。"こんな危ないときに"――思えばいつも、出久が急用と言っていなくなるときはそうだった。

 一度疑ってしまえば、こんなにも証拠は揃っていく。なんでいままで気づかなかったのか……なんで未だにこのマスターは気づかないのか、摩訶不思議なほどに。

 

(デクくん……)

 

 だが自分には、いまは何もできない。ただひとりのルーキーヒーローとして、戦うべきときに戦い、見守るべきときに見守ることしかできないのだ。

 

「……お茶子ちゃん?」

 

 お茶子の沈んだ様子には気づいたおやっさんだったが……あいにくそのタイミングで電話が鳴った。そうなるともう、ふたりともマスターとウェイトレスに徹さざるをえない。

 

「はいはーい、こちらオリエンタルな味と香りの……オー、ボンジュール!ジョーン・ミッチェル!」

 

 急に似非フランス語でしゃべりはじめたおやっさんを目の当たりにして、お茶子は彼が昔各国を旅する冒険家だったと自称していることを思い出した。どうやら実体も伴っているらしい。どちらかというとボディーランゲージでがんばっていたようでもあるが。

 

 

 

 

 

「かっちゃんッ!!」

 

 冷たい廃工場の空気を切り裂くような、緑谷出久の叫び声が響き渡った。

 

 彼の瞳に映るのは、血を流して地面に倒れ伏す幼なじみの姿。うめき声もあげず、指の一本すら動かさず、ただ静かに横たわっていて。

 

 焦燥のままに、出久は走り出した。行動をともにしていた轟焦凍、そしてG3を装着した心操人使があとを追っていく。

 

「かっちゃん、かっちゃん!しっかりして、かっちゃんッ!!」

 

 必死に呼びかける出久。しかし勝己の反応はなく、ますます冷静さを欠いていく。まだ怪我人を揺さぶらないくらいの分別はあるようだったが、それが失われるのも時間の問題だった。

 

「心操、」

「わかってる。――心操からGトレーラーへ、至急救急車の手配を……はい、お願いします」

 

 心操がGトレーラーを介して搬送の用意を進める一方で、焦凍が出久のすぐ隣にしゃがみこんだ。その肩に手を置く。

 

「落ち着け緑谷。大丈夫だ、爆豪は生きてる。こんなことで死ぬ奴じゃない」

「だ、けど………」

 

 「僕が、ひとりで行かせたんだ」――か細い声で、出久はそうつぶやいた。「後悔するよ」、ジャラジの言うとおりになってしまった……。

 

 と、そのときだった。

 

「……うぬぼれ、てんじゃ……ねーぞ……この、クソデク……ッ」

「!、かっちゃん……!」

 

 完全に意識を失っていたと思われた勝己が、ことばを発した。わずかに開いた瞳からは、ほとんど光が消えたままだったが。

 

「爆豪……無理にしゃべらなくていい」

「るせー……それは……死ぬ奴に言う、台詞だ、ボケカス……」

 

 その返答を聞いて、内心やはり不安を抱いていた焦凍はほっと胸を撫でおろした。ただうわごとをしゃべっているわけではない、きちんとこちらの言ったことを理解したうえでことばを返しているようだから、脳は働いているらしい。

 

 そうなると、今度は周囲のことが気にかかった。

 

「心操」また小声で呼びかける。「周囲の熱源は?」

「……無いな。ここにある生体反応は、俺たちのものだけだ」

 

 つまりはまた、逃げられてしまったということ。――その事実を駄目押しするかのように、辺りには無数の、薔薇の花弁が散らばっていた。

 

 

 

 

 

――同時刻 警視庁

 

 

「――諸君」

 

 合同捜査本部の置かれた会議室に、面構本部長と塚内管理官が入室してきた。集められた捜査員・プロヒーローらの表情が、一様に引き締まる。

 

「第41号の、追い込みポイントが決定した」

 

 吠えるように宣言する犬頭の本部長。それに続いて、管理官が具体的な説明をはじめた。

 

「41号の体液は、白金をも溶かすほどの強酸だとわかった。爆発して飛び散った際の影響等を考慮し、念のためここ……」プロジェクターにマップを表示する。「地下鉄大江戸線のいまは使われていない地下資材基地、ここに奴を追い込んで始末する」

「管理官、中和弾はどうなっている?」

 

 厳しい表情で尋ねたのは、御意見番となっているエンデヴァーだ。常人であればすくみあがるような威圧感を前にして、塚内は淀みなく答える。

 

「先ほど科警研に確認したところ、"クリエティ"の協力で材料となる中和剤が揃ったところだそうです。完成までは最短であと一時間を見込んでいるとのこと」

「ふむ……彼女を呼んだ意義はあったようだな」

 

 実際にクリエティ――八百万百に声をかけたのは勝己だが、この男は彼女の所属する事務所に一も二もなく要請を快諾させた。半ば隠居の身と言っても流石は元No.1ヒーローである、その影響力は計り知れない。

 

「これで準備は整ったワン。あとは総員、全力を挙げて第41号を――」

 

 面構が締めようとしている途中、室内に着信音が流れた。その発信源が管理官の胸ポケットだとほどなくわかり、気まずい空気が流れる。

 

「……失礼、ショートからです」

「ム……」

 

 エンデヴァーの片眉がぴくりと動く中、本部長に促された塚内は、電話をとった。

 

「塚内だ、何かあったのか?――何!?」

「!」

 

「……そうか、わかった。では緑谷くんには鷹野のところに合流するよう伝えてくれ。ああ、頼んだ」

 

 通話はたったそれだけの短いものだったが、塚内の示した驚愕は捜査本部の空気を逸らせるに十分だった。

 

「管理官、焦凍からはなんと?」

「……爆豪く――爆心地が、重傷を負って搬送されたそうだ」

 

 にわかにざわめきが巻き起こる。本来それを静めるべき立場の管理職ふたりも、自身の動揺を押し隠すのが精一杯だった。

 

「状況からして、B1号にやられた可能性が高い」

「そのB1号は?」

「第3号および新たに出現した未確認生命体とともに姿を消したと……死柄木弔を連れて」

「………」

 

 重苦しい沈黙が下りる。爆心地という、あらゆる面でこの捜査本部を象徴するような青年が戦線離脱を強いられたこと。死柄木弔を奴らの手から取り戻せなかったこと。――いずれも、大きい。

 

「……なんにせよ、我々にできることは変わらないワン。状況は厳しいが、皆、がんばってくれ」

 

 

――その一方、状況報告を終えたところで、焦凍たちもまた動きだそうとしていた。遠ざかっていく救急車のサイレン音を聴きながら。

 

「緑谷、おまえは鷹野警部補のチームに合流しろと指示があった」

「……わかった。轟くんは……死柄木を捜すの?」

「ああ……悪ぃな」

 

 行動をともにしないことへの罪悪感は大いにあるのだろう、焦凍の声には張りがない。勝己がひとまず命に別状はない様子だったことで少しだけ冷静さを取り戻した出久は、「大丈夫だよ」と微笑んでみせた。

 

「きみが動いててくれるほうが気がかりがなくなる。僕も……かっちゃんも」

「そうか……。じゃあ、また」

 

 己のマシンを駆り、走り去っていく焦凍。しばしのお別れだ。

 

「緑谷、悪いが俺もいったんGトレーラーに戻る」

「あ、そっか……稼働時間があるもんね」

「それもあるし、そろそろトイレにも行きたい」

「あ……はは、なるほど……」

 

 冗談めかして心操は言ったが、装着型のG3には切実な問題なのだ。トイレに限らず、痒いところがあっても掻くことすらできない。そういう意味でも、装着員には強靭な精神力が求められる――

 

 ともかく"仮面ライダー"のうち、41号を追えるのは自分だけ。落ち込んでなんていられない、かっちゃんのぶんまで僕が頑張るんだ。

 己にそう言い聞かせ、出久もまたトライチェイサーを唸らせたのだった。

 

 

 

 

 

 洋館には、再びバラのタトゥの女――バルバの姿があった。長い黒髪を惜しげもなく垂らし、憂いを秘めたような表情で窓辺に佇むその姿は、絵画に描かれるべき光景と言っても過言ではなかった。

 

 しかしその姿は絵画などではなく現実のものであり、終焉のときはほどなくして訪れる。いまこのときは、"彼ら"の到来によって。

 

 彼女の背後から歩み寄ってきたのは、上位集団の"ゴ"の中でも一線を画す実力の持ち主たち……"ジャーザ""バベル"、そして"ガドル"の三人。

 まず口を開いたのは、眼鏡をかけた知的な美貌をもつ女、ジャーザだった。

 

「どういうつもりなの、バルバ?リントに"あれ"を与えてしまうなんて」

 

 物腰は柔らかいながら鋭く切り込むような問いかけ。しかしバルバは意味深な笑みとともに「"整理"のためだ」としか答えない。それで納得できるわけがなかった。

 

「整理なら"奴"の仕事だ。奴がやらぬというなら俺たちが代わってもいい、わざわざリントを使う必要などないはずだ!」

 

 バベルが吠えても、バルバは顔色ひとつ変えない。

 

「ゲリザギバス・ゲゲルのムセギジャジャであるおまえたちにそれをさせることは、掟のうえで認められない。だが、リントに我らの祝福を与えることは、禁忌ではない」

「……ゲゲルの審判を務める誉れ高き"ラ"が、なんという詭弁を。――ゴヂダ、ロボザバ……」

「なんとでも言え」

 

 おまえたちにはわからないのだ、と、バルバはせせら笑った。グロンギとは根本的に相容れない存在だったはずのリントの中に、グロンギをも凌ぐ闇を抱えた者がいる。グロンギではなく、リントが生み出すことになるかもしれない――"究極の闇"。

 

(その役目を果たすのは他の誰でもない……)

 

 

(おまえだ、――"ダグバ")

 

 

「うぅ……ぐ、あぁ、あぁぁぁぁぁ……ッ」

 

 窓のない暗く狭い部屋の中心で、上半身裸の青年が苦悶していた。痣だらけの身体をかきむしるようにしながら、床を這いずり回る。

 とりわけ異様だったのが、彼の腹部だ。何かが体内を侵しているかのように、音をたてて激しく胎動している。肋が浮き出るほど痩せているために、その様はより顕著に現れてしまう。

 

 だがそんな光景から目を背けるどころか、嬉々として見入っている者がいた。――ゴ・ジャラジ・ダだ。

 

「ヒヒヒヒ……。もう、ちょっと………」

 

 あと少し。あと少しで、この男は初めて、リントでありながらグロンギと化した者となる。ゲゲルでは味わえない歪んだ愉悦が己のものとなる――そのはじまりの瞬間が、いよいよ訪れようとしている。

 

 その一方で青年……死柄木弔は、身体だけでなく脳までぐちゃぐちゃにかき乱されていた。まっさらになっていた心の奥底で、徐々にひびが広がっていく。そこが崩壊すればもう無邪気な自分ではいられないと本能的に察知して、弔は必死に抵抗する。涙と鼻水と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、泣き叫ぶ。

 

(いやだいやだいやだいやだいやだ!!)

 

「たず、けぇ、ッ、たずげでえぇぇぇぇぇッ!!」

「……救けてほしいの?」

 

 必死に首を縦に振る弔。すがりつくように、目の前の少年に手を伸ばす。

 

 その手にす、と長い指を触れさせたジャラジは、

 

 

――思いきり、振り払った。

 

「あ……!?」

「誰も救けないよ、おまえのことなんか」

 

 

「おまえは、見捨てられたんだ」

「――」

 

 ひびが隅々に達し……どす黒いものが、決壊する。

 

 

「ああああああああああああああ!!」

 

 絶叫とともに、禍々しい閃光が周囲を覆い尽くした――

 

 

 

 

 

 新たなる災厄が人々の与り知らぬところで生まれようとしていたそのとき、"彼女"もまた行動を再開しようとしていた。

 

「………」

 

 カラフルに塗りつぶした指の爪を見つめながら、とあるビルの廊下で何かを待っている。やがて軽快な音とともに目の前の扉が開き、中に詰め込まれた人々が露になる。――エレベーターだ。

 

 するりと入り込んでくる派手な服装の女を、人々はなんの抵抗もなく受け入れた。彼女がいままさしく街を震撼させている未確認生命体第41号――ゴ・ザザル・バであり、自分たちを次なる標的と見定めているなどと、彼らは知るよしもなかったのだ。

 

 

 




キャラクター紹介・アナザーライダー編 グシギ

仮面ライダーG3

身長:192cm
体重:150kg
パンチ力:1t
キック力:3t
ジャンプ力:ひと飛び10m
走力:100mを10秒
※数値は装着者によって変動あり
武装:
GM-01 スコーピオン
GG-02 サラマンダー
GS-03 デストロイヤー
GA-04 アンタレス
能力詳細:
警察の開発したヴィラン鎮圧用パワードスーツ"Gシリーズ"の第三世代型。未確認生命体第4号(クウガ)に瓜二つだったG2と比較して、青と銀のポリスカラーを基調としたより機械的なデザインに生まれ変わっており、警察の戦力として違和感のない姿となったぞ!
G2の弱点だった装着者への過負荷が軽減された代わりに、スペックは大きく低下してしまっている。クウガのグローイングフォーム程度の能力を補うため上述した四種類の武装と、専用マシンであるガードチェイサーが配備されているぞ!一般ヴィラン相手には過剰ともいえる戦力だがそれでもグロンギ相手には心もとなく、単独戦闘は推奨されていない。
物語においては、当初Gシリーズのテスト装着員であった飯田天哉がシミュレーションのため科警研内で装着したのち、公募選考を経て城南大学の学生である心操人使が正規装着員として選ばれた。緑谷出久との個人的な蟠りから第40号との初戦闘は敗退に終わったものの、リベンジ戦においてはスコーピオンによる正確無比な射撃によってクウガとアギトを的確にサポートしたぞ!心操自身の個性も相まって、今後も彼らとの連携による活躍が期待できそうだ!

作者所感:
今となってはアナザーライダー表記がまったく別の物になってしまう……。世に出したのはこっちが先だもんね!
アギトと異なり概ね原作どおりの設定です。実は心操くんのために出した仮面ライダー。最初から出す予定があればアギトより先に出してた……という大人の事情。登場が遅かったこともあるのでG3-Xは出ないと思いますが、武器の追加はあるかもしれません。それでもダグバどころか閣下にも通用しない気がするのはなんなんだろう……。


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EPISODE 36. 悪夢 2/4

 新宿区内、第41号の出現予想ポイントである一角に、鷹野警部補をリーダーとするチームの面々が集っていた。出現予想と言っても、敵が標的を変更した可能性がある以上実際に現れる可能性は限りなく低い。実質的にはここを基地として、情報収集および分析に努めているような状況だ。鷹野自身もパトカーの運転席にこもり、手帳と鋭く睨みあっていた。

 

「新宿、渋谷……違うな。でも北区と世田谷区で同じタクシーが被害に遭っているわけだから……」

 

 ブツブツとつぶやきながら、ザザルのゲゲルのルールを推理し続ける。思考が独り言となって漏れ出すのは、何も出久に限った話ではないのだ……出久の場合激しすぎるのと、場所を選ばないのが問題であるだけで。

 

 そんなことを暫し続けていた彼女も、お腹がぐう、と音をたてるのを聞いて我に返った。とっくに昼食どきは過ぎている。刑事たるもの適切な時間に食事を摂れないのはやむをえないのだが、人間である以上空腹にはなる。

 ため息をつきつつ、常備しているゼリー飲料に手を出そうとしたとき、運転席のドアが控えめに叩かれた。部下かと思いぱっと警部補の表情に切り替えた鷹野だったが、そこにいたのは意外な人物で。

 

「!、緑谷くん……」

 

 遠慮がちに会釈する緑谷出久の姿。なんでここに、と口に出しかけて、そういえばこちらに合流することになっていたのだと思い出した。ウィンドウを開けたところで、彼が白いレジ袋を差し出してくる。

 

「……これは?」

「あ、お昼まだですよね?よかったら食べてください」

「あら……ありがとう。きみもまだでしょう、その様子だと」

「そうですね……」

 

 鷹野がん、と助手席を指し示した。

 

「外じゃ食べにくいでしょう。一緒にいかが?」

「あ……じゃ、じゃあ、おことばに甘えて……」

 

 出久が頬を赤らめたのは、自分個人へのどうこうではなく単に女性への免疫が薄いからだろう。鷹野はすぐにそう判断したし、実際そうだった。桜子やお茶子という親しい友人ができてもなお、長年の積み重ねは崩せないのだ。

 ともあれ素直に隣に入ってきた出久から、袋に入ったパンの類いを受けとる。それはことごとく肉を挟んだタイプのものだった。

 

「これ……」

「あ、肉が好きだとうかがったので」

「……森塚ね」

 

 あのおしゃべりな後輩、歳が近いせいか出久ともほとんど友人に近い関係を築けているようだ。他人の趣味嗜好まで無断でしゃべるのはどうかと思うが、こういう形で役に立つならやぶさかではない。

 遠慮なくパンをかじりつつ、鷹野は気遣わしげに声をかけた。

 

「爆心地の件……大変だったわね」

「あ……いや、僕はそんな……。怪我をしたのはかっちゃ……勝己くんですから」

 

 出久の表情が曇るのを見て、鷹野はしまったと思った。せっかく気持ちを切り替えようとしていたのに、水を差してしまったかもしれない。

 しかしその心配は杞憂だったというべきか、彼はすぐにきりりと眉を吊り上げた。頬にそばかすの浮いた地味な童顔だが、そうしていると内に秘めた意志の強さが浮き出てくるようだ。

 

「自分を責めて、立ち止まっているわけにはいかない。かっちゃんのぶんまで、僕ががんばらなきゃいけないんだ……」

 

 吐露というより、ほとんど独り言に近いつぶやき。とともに、出久は自身のぶんのパンに大口を開けてかぶりついた。発する熱量は、それでも補いきれるのかわからないほどだ。

 それを目の当たりにした鷹野はふと、この青年と出会った日のことを思い出していた。"緑谷出久という人間と知り合った日"ではなく、"未確認生命体第4号と遭遇した日"。未確認生命体第5号――ズ・メビオ・ダから、人々を守るため孤独の中でも戦いを挑んでいった出久。そんな彼に、自分は――

 

「……ごめんなさい」

「へ?」

 

 いきなりの謝罪のことばに、出久は目を丸くしている。それはそうだろう、まったく脈絡がない。

 

「きみに対して、銃を向けてしまった……三度も」

「あ、あぁ……ありましたね、そんなことも」

「あのときはきみを、ただの同族殺しの未確認と思い込んでいた。きみが何を思って戦っているのかなんて、考えもしないで……」

 

 「本当に、ごめんなさい」――狭い車内でできるだけ身体を出久のほうへ向け、鷹野は頭を下げた。もっと早くこうすべきだったと思う。

 

「やっ、やめてくださいそんな!僕は、自分のやりたいことをやってるだけです……あの頃もいまも。それに鷹野さん、僕に銃を貸してくれたことがありましたよね?僕を信じてくれるようになったんだってわかって、すごくうれしかったです」

「緑谷くん……」

「だから、その……これからもよろしくお願いしますっ」

 

 出久のほうも身体の向きを変え、一礼する。車内で行われていることを鑑みれば、どうにも異様な光景だ。近くにいた警官がこちらを怪訝そうに見ていることに気づき、ふたりは慌てて前方に向き直った。

 

「ハハ……でも、ちょっと意外でした」

「何が?」

「鷹野さんって……その、もっと怖い人なんだと思ってました」

 

 「すいません」と、食傷気味の謝罪。鷹野はふ、と笑った。

 

「……よく言われるわ、上の年代の人からは"かわいくない女"なんてふうにも」

 

 そんなのはまだいいほうで。"出世しか頭にない冷血人間"と陰口を叩かれたこともある。確かに彼女は、ノンキャリアの身でありながら二十代の若さで警部補にまで昇進し、既にこうしてユニットリーダーを任される身でもある。それはすべて、警察官としての理想の在り方――市民の安全の守護者たること――を追求するがゆえだ。その志をうまく他人に伝えられない、ただ黙々と必要なことにだけ取り組んでしまうのが、自分の悪癖だと理解してはいる。

 

「なんかそんな感じの人、知ってる気がする……」

「え?」

「い、いやこっちの話です」誤魔化しつつ、「……昔ネットで調べたんですけど、警察の昇任試験ってものすごい難関なんですよね?」

「ものすごい、かどうかはわからないけど……まあ、倍率は高いわね」

「それをどんどん突破していくなんて並大抵の努力じゃできませんよ、ましてちゃんと仕事をこなしながら。他人に理解されなくても自分の夢のためにひたむきにがんばれるのって……すごいことだと思います」

 

 「僕にはできなかったなぁ」と、出久は自嘲ぎみに笑った。詳しいことは知らないにしても、この青年が幼い頃からずっとヒーローを夢見ていて、破れたことは鷹野も小耳に挟んでいる。それでもねじ曲がることなく心優しき青年としてこの場にあるほうが、鷹野にはまぶしく思える。

 

「緑谷くん、きみそろそろ就活の時期でしょう」

「う……、耳が痛い」

「仕方ないわ、こうして全力で協力してくれてるんだもの。――警察に入るなら、協力してくれる人はたくさんいると思うけど?」

「実は……心操くんにも誘われました。正直まだ、考え中です。クウガじゃなくなったあと、クウガとして皆さんと一緒に戦った日々にどう折り合いをつけられるか……まだわからないから」

「……そう、そうね。いいわ、心が決まったらいつでも言って。そうしたら私の部下にしてこき使ってあげる」

「あ、はは……お手柔らかに……」

 

 やっぱり怖い人なのかもしれない――悪い人ではないけれど。

 出久が苦笑する横で「ごちそうさま」と手を合わせた鷹野は、再び手帳を手にとった。腹ごしらえも済んだところで、推理再開というわけである。

 

 なんとはなしにめくられていくページを見つめていた出久だったが、妙にカラフルに彩られた部分を見つけて「あ」と声をあげた。

 

「いまのってなんですか?」

「ああ、これ?」

 

 それはなんの変哲もないカレンダーだった。過去の月日の要所要所が、文字列と赤、青、紫、緑の四色で埋められている。例外的に白もある。つまりこれは――

 

「僕がどの色でグロンギを倒したか……ですか?」

「ええ。ずいぶん色々な色で戦ってるわね、きみ」

 

 はは、と笑いつつカレンダーをめくる出久。――ふと脳裏にもやもやが浮かび上がる。小さな、違和感。手帳自体に瑕疵があるわけではない、これはなんだ?

 

「緑谷くん?」

 

 出久の表情が変わったことに気づいた鷹野が怪訝そうに呼び掛けたのと、車内に無線が鳴り響くのが同時だった。

 

『鷹野くん、聞こえるか?塚内だ』

「!、はい」

『練馬区桜台にあるオフィスビルのエレベーターで、41号によると思われる事件が発生した』

「エレベーター!?」

『所轄の署員が現着して捜査を開始している。きみたちも向かってくれ』

「了解しました。――緑谷くん、」

「はい、また現場で!」

 

 パトカーを飛び出し、トライチェイサーに騎乗する出久。つい数時間前にも見たような光景。出久自身の頭にもそれがよぎったが、また同じことの繰り返しになるとは流石に思わなかったし、思いたくなかった。

 

 

 

 

 

「ゼビダジョ、バルバ」

 

 まるで工作を完成させた子供のような口調で、ゴ・ジャラジ・ダが言い放った。

 

 この薄暗い洋館からはゴの三強も去り、いまは彼とバルバ、そしてその従僕であるズ・ゴオマ・グしかいない。

 

 

――いや、"彼"もいた。ジャラジの背後から幽鬼のような足取りでついてくる、痩せた半裸の男。やや青みがかった白髪の隙間から、爛々と光る紅い一対が覗いている。ひび割れた唇はゆるく開かれたまま、何も発しようとはしない。この世のものであるのかすら疑わしい、そんな姿。

 

 だがバルバは、満足げにこの男に声をかけた。

 

「気分はどうだ、死柄木弔?……いや――」

 

 

「――"ダグバ"」

「………」

 

 "ダグバ"の名を与えられた元・死柄木弔は、ことばのうえでは何も答えない。ただ唇がわずかに歪み、怖気の走るような笑みが浮かぶ。それだけで、バルバには十分だった。

 

「……ねぇバルバ、」ジャラジが口を挟む。「こいつに"整理"、やらせるんでしょ……?」

「そうだ」

「ぼ、ボクも、一緒に行きたい……。ダメ……?」

 

 軽く言っているが……それ即ち、ゲゲルへの挑戦権を破棄すると言っているに等しい。本来なら審判としてこの場で罰を与えねばならないところ、バルバはむしろそのことばを望んでいた。

 

「"観測者"は必要だ。だが、おまえが手を汚すことは許されない」

「……ん、わかった」

 

 ジャラジとしてはその"観測者"の役割こそが重要なのであって、下級のグロンギどもなどどうでもよかった。そもそも殺しがしたいなら、ゲゲルに挑めばいいだけの話だ。

 これで自分は、リントがグロンギに染まっていくさまを見届けることができる――ジャラジが静かに卑しい笑い声をあげていると、「ねえ」と声をあげた者がいた。

 

 言うまでもない、弔だ。

 

「そいつ、欲しい」

「!?」

 

 指を差されたのは、バルバの後ろで忌々しげな表情を浮かべていた黒づくめの蝙蝠男だった。ジャラジが初めて無表情でも卑しい笑みでもない、呆気にとられたような表情を浮かべている。当の本人は尚更だったのだが。

 

「こいつに利用価値があると思うなら、好きにするといい」

 

 バルバは冷徹にそう言ってのけた。ゴオマは自分にとっては所詮、ただの小間使い。だが彼は、敵連合で凶悪なヴィランからチンピラ崩れまで多くの配下をまとめあげていた男だ。――"災厄の象徴"は決して孤独ではなかった……"平和の象徴"とは対照的に。

 

 だが勝手に下げ渡されたゴオマ自身が、はいそうですかとそれを受け入れられるわけがない。低い階級とは不釣り合いなほどに肥大化したプライドが、彼の病的なまでに生白い顔を紅潮させる。

 

「ズザ……ズザ、ベスバァァァッ!!」

 

 そして、怪人体へと変身する。翼を広げ、口から鋭い牙を覗かせて、弔と対峙する――

 

 バルバもジャラジも、彼を制止しようとはしない。ただ冷たい表情で成り行きを見守っている。――なんなら、弔自身も一歩も動こうとはしなかった。

 

「ギベェッ、リントグゥゥゥゥッ!!」

 

 憤懣のままに、そんな弔へ襲いかかるゴオマ。牙に負けじと鋭く尖った爪を振り上げ――振り下ろす、眉間めがけて。

 

 刹那、弔の姿がゆがんだ。

 

「――!?」

 

 ゴオマの一撃はむなしく空を切った。代わりに背中を襲う重量。それが一瞬にして消えたかと思えば、いままで感じたことのないような激痛が襲ってきた。

 

「ガ……ギャァアアアアアアアアッ!?」

 

 ゴオマの左翼が……跡形もなく、消失していた。純白に変わった掌、それに握り込まれたというだけで。

 

 死柄木弔が異形へと姿を変えていたのは一瞬のこと、たった数秒のうちにもとの人間の姿へと戻っていた。

 翼というアイデンティティを半ば奪われたゴオマには目もくれず、ジャラジは首を傾げる。

 

「……なんか、昔のダグバと違う」

 

 ダグバ――かつてそう呼ばれた、同族。純白の身体、鋭く天を仰ぐ黄金の四本角は変わらない。だが、これは……。

 

「……アギト」

 

 その姿は、アギトによく似ていた――

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドギブグ

出水 洸汰/Kouta Izumi
個性:水の発生
年齢:10歳
誕生日:12月12日
身長:145cm
好きなもの:一人旅・爆心地グッズ
備考:
ディテールは原作参照だ!
本作においてはいじめられていた同級生を――当人に拒絶されたとはいえ――見捨てた結果自殺未遂を起こされたことに絶望し、徹底的に自分を貶めようと万引きに手を染めようとしたぞ!(幸いにして出久に阻止されたおかげで未遂に終わった)
しかも口が悪く無愛想なので誤解されがちだが、本当はとても繊細で優しい子なのだ……なんか、デジャブ……。
ちなみに"この世界線では"自分を救けてくれた爆心地に対しては、ファンというにはかなり複雑な感情を抱いている一方、グッズを密かに収集するなど年頃の男の子らしいこともしていなくもないぞ!これはトップシークレットなのだ!(マンダレイ談)

作者所感:
アニメで見て絶対出そうと心に決めたキャラ。こういう男の子すごく好きなんです。不器用な……成長したら高倉健ばりになりそうな。原作では5歳にして12、3歳くらいの台詞回しだな~という印象を受けたので、10歳になった拙作では意識して大人っぽく、でも根っこはまだ子供な感じで描いてみたつもりです。出久がいなかったために「僕のヒーロー」がかっちゃんになってたり、if感出てますかね?轟とグラントリノの師弟関係もそうですけど。

あとエピソードの初期案として、洸汰の学校に教育実習で来てた実習生としてかっちゃんの取り巻き(刈り上げの奴)が出るというのもありました。折寺時代を代表するような奴に、あの幼なじみコンビが協力して奔走する姿を見せてみたかったんですが、なんか不自然だし尺も足りないのでボツに。そんな悪い奴に見えないんですよね、かっちゃんを妙に優しい目つきで見てるシーンとか。……って洸汰くん関係ねえや。


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EPISODE 36. 悪夢 3/4

ジオウ・クウガアーマーの両肩に一条さんの携帯が刺さってるコラに大草原不可避でした。


 爆豪勝己は関東医大病院の一室に横たわっていた。真白いベッドの上、点滴に繋がれて瞼を閉ざしている。額を覆う包帯、頬の傷を封じるガーゼが痛々しい。ただヒーローである以上、この程度の怪我は彼にとってさほど珍しいことではなかった――学生時代から。

 

 ベッドのすぐ脇には、この病院の監察医である椿秀一の姿もあった。えも言われぬような表情で、ひと回り若い青年を見下ろしている。

 こうして眉間に皺の寄っていない寝顔を見ていると、まだ子供だ、と思う。この青年の幼なじみのことは常々童顔だと思っているが、この青年自身もいつもの険しさがなければそう変わらないらしい。

 

(あれもこれも、荷物背負いすぎなんだよな……)

 

 だからいつも、あんな苦しそうな顔をしている。重い荷物を枕にしているいまこの瞬間のほうが、彼は――

 

――と、せっかくとれていた眉間の皺が、わずかに寄った。ん、というむずかるような声をあげ……瞼がゆるく開かれる。

 

「………」

 

 ぼんやりと天井を見上げていたのもたかだか一、二秒ほどのこと。その間に状況を理解してしまったのか、勝己は機敏に身体を起こそうとした。そのせいで癒えきっていない傷が悲鳴を発し、勝己は苦痛をこらえるような息遣いを漏らす。椿は慌てた。

 

「おっ、おい!……無理するな、おまえ大怪我してたんだぞ。一応治癒はさせたが、完治までは体力的に無理だった」

 

 タフネスに定評のあるヒーロー・爆心地をもってしてもそうなのだから、一般人だったら命も危うかったかもしれない――

 

「B1号にやられたんだってな。緑谷が取り乱して大変だったらしいぞ。……まあ、おまえがちゃんと受け答えしてるの見て落ち着いたらしいけどな」

「………」

「しかし大したもんだ。あの大怪我で、ぎりぎり意識保ってたなんてな」

「……覚えてねぇわ」

 

 それは嘘ではないのだろう。ほとんど頭が働かないなかで、無意識にとった行動。本当に、抱え込みすぎだ――

 

「……究極の、闇」

「ん?」

「クウガはやがて、ダグバと等しくなる……」

「なんだ、そのダグバって……?」

 

 いきなり飛び出してきた固有名詞に、椿は面食らった。勝己はまだ半ば夢うつつのような表情だが、ことばには確信めいたものがこもっている。

 

「……B1号、あの女がそう言った」

「その究極の闇とかダグバってのは……"凄まじき戦士"と関係があるのか?」

「わかんねえ、けど……」

 

 クウガが憎悪に囚われた……"聖なる泉が枯れ果てた"とき、なってしまうという存在。究極の闇というのは、ずいぶんそれを想起させる名称ではないか。

 

「究極の存在……第0号……?B1号は、0号じゃないのか……」

「………」

 

 考え込む様子を見せる勝己だが、その瞳が次第にうつらうつらとさまよいはじめる。案じた椿は、その身体に手を触れ、強引にベッドに横たわらせた。

 

「ほら、まだ寝てろ……睡眠導入剤、点滴に入れといたんだ。早く戦線復帰したいなら、とにかく寝て体力取り戻さないとな」

 

 小さくうなずく勝己。いじらしい思いに駆られつつ……椿はもうひとつ、聞きたかったことがあるのを思い出した。

 

「なぁおまえ……さっき、夢でも見てたのか?」

「は……?なんで……」

「いや……なんとなくな」

 

 フッと笑いつつ、窓辺に置いたラジオをつける。午後の穏やかな時間にふさわしいBGMが、室内を漂流する。――グロンギもヴィランもいなくなれば……この男はいつまでも、こんな世界にとどまっていられるのだろうか?

 

「……あいつ、」

「!」

 

 もう入眠するかに思われた勝己が、ぽつりとつぶやいた。

 

「緑谷か?」

 

 "あいつ"が誰を指しているのか――すぐにわかってしまう自分も大概だと思いつつ、椿は訊いた。

 勝己はもはや是とも非とも言わず、続けた。

 

「あいつと、別れられる日が……一日でも早く、来りゃいいと思ってる……」

「……どういう意味だ?」

「意味……?ンなモン……」

「……あー、そうだな。わかったわかった、みなまで言うな」

 

 実際、意味なんてわざわざ訊くだけ愚かだった。勝己が静かに寝息をたてはじめたのを聞いて、椿は静かに病室を出た。音楽だけが、ゆったりと流れる――

 

 

――それも、刹那の夢だったのだけれど。

 

『――番組の途中ですが、未確認生命体関連のニュースをお伝えします』

「!」

 

 音楽の中断とともに流れた声に、勝己は微睡みから引き戻された。

 

『未確認生命体第41号が、行動を再開しました』

 

 静かな病室内に響き渡るそれは、ヒーローとしての意識を完全に目覚めさせるものだった。

 

 

 

 

 

 そのエレベーターの床には、巨大な穴が開いていた。下にある空間が完全に晒されている。そこに乗り込んでいたはずの人々の姿は……ひとつもない。ただその残骸とおぼしきものだけ、方々に付着していたのだけれど。

 

 その周囲で鑑識作業を続ける捜査員たちの中に、鷹野警部補の姿もあった。難しい……というより、半ば疲れたような表情で、こめかみを押さえていた。

 

「タクシーの次はエレベーター……。場所も被害者にもこれまでと関連はなさそう……これでも法則があるというの……?」

 

 このままゲームのルールが判明しなければ、これ以後の凶行も防ぎようがない。ザザルを見つけ出して倒すことも、困難――

 

 悲観的な思いに囚われかかっていた鷹野は、不意に念仏のような声を聞いて我に返った。被害者を弔いにどこぞの坊主でもやってきたのかと思ったが、その声の主は彼女の知っている青年だった。

 

 緑谷出久。彼が何事か、ブツブツ高速でつぶやいているのだ。

 未確認生命体関連事件に限定されたヒーロー活動許可証を交付されている彼は、群がる野次馬たちと異なり規制線の内側にいることを許されている。しかしながら中途半端に遠慮してほとんどテープに身体が触れるような位置に引いているため、その独り言はすべて野次馬たちに筒抜けなのだ。皆、こいつは一体なんなんだと奇異の目で見ている。刑事にもヒーローにも見えない。ヤバい奴なのではないか、未確認生命体の前にまずこいつを取り締まったほうがいいんじゃないか、と――

 

 警察の信用にも影響しかねないと危機感を抱いた鷹野は、出久を強引に奥へ引っ張り込んだ。

 

「うわっ!?た、鷹野さん?」

「……緑谷くん。熱心に推理してくれるのはありがたいけど、心の中にとどめるか直接言いに来てくれるかにしてほしいわね。民間人の前よ」

「す、すみません……」

「ハァ……まあいいわ。それで、何かわかったの?」

「え、ええ、まだ"もしかしたら"くらいですけど……。実は――」

 

 しかしここで、折悪く鷹野の携帯が鳴ってしまった。苦笑する出久に「……ごめんなさい」と気まずく謝罪のことばを述べつつ、着信を受ける。

 相手は塚内管理官――用件は、できればあってほしくなかった"続報"だ。

 

『また41号による事件だ』

「ッ、……今度の標的は?」

 

 もはや見当もつかない。――しかし出久には、そうではなかったらしい。

 

「バスじゃないですか?」

「え!?」

『!、……そうだ。三鷹駅行きのバスだ』

 

 正解を言い当てた出久。「どうしてわかったの?」と問うてきた鷹野に、彼は確信のこもった口調で答えた。

 

「色です!」

「色?」

「はい。最初に襲われたタクシーが白地に青ライン、次が緑に黄色ライン、そのあと黄色、オレンジ、黒っていうふうに続いて、途中からローテーションしてるんです。このエレベーターの銀色も!」

「!、そうか、色の順番……だとすると次は――」

「ちょ、ちょっと貸してください!」鷹野から携帯を借り受け、「塚内さん、襲われたのはそのバスで最後ですか?」

『いや、それから三件立て続けに犯行を重ねている』

「じゃあ次は、オレンジ色……」

『ちょっと待ってくれ緑谷くん。仮に色の順番がローテーションしているとして、タクシーにエレベーター、バス……これはどう説明する?』

「たぶん……箱ですよ、動く箱!タクシーもエレベーターもバスも、みんな人を乗せて動く箱でしょう?」

『だとすると……オレンジ色の動く箱――』

 

 直後、三人の声が重なった。

 

 

「「「――中央線!」」」

 

 

 同時刻。三鷹駅付近の陸橋で、ザザルは駅に進入していくオレンジ色の列車を見下ろしていた。

 自身の指の爪を見遣る。一本一本、とりどりの色彩で塗りつぶされたそれらの中に……確かに、オレンジ色があった。

 

 わずかに唇をゆがめて、ザザルは駅へ向かった。あの動く箱に乗り合わせるリントは数百人にも及ぶらしい。これまでの比でない得点が期待できる、そうなればいよいよ、

 

「ザギバス・ゲゲルの開始も近い……か」

 

 審判としての役割を果たすべく、プレイヤーのあとを追うドルド。つぶやきとは裏腹に、どこか声音が空々しく聞こえるのは穿ちすぎだろうか。――彼がリントを侮っていないとすれば、そうではあるまい。

 

 

 

 

 

 さらにその一方、千葉県柏市内にある科学警察研究所――通称"科警研"――からは、ザザルの強酸性の体液に対抗すべく製造された中和弾を警視庁へ運搬する車両が出発したところだった。

 製造に協力したヒーロー・クリエティこと八百万百もまた、役割を終えて帰宅しようとしていた。お礼にともらった軽食を片手に――正式な報酬は事務所を通じてのものとなる――。

 

(これで、第41号が早く倒されるとよいのですけれど……)

 

 第41号による殺人が続く一方で、第3号らも別の動きを見せていると聞く。もっとできることはないか――いっぱしのプロヒーローである以上、その思いを消し去ることはできない。究極的には奴らと正面切って戦えればこの渇望も満たされるのかもしれないが、警察からの応援要請でもない限りは認められない。

 

 未確認生命体の猛威の裏で、暗躍するヴィランを捕らえること――それもまた、重大な使命だ。

 

 八百万がそう、自分に言い聞かせていたときだった。

 

 

――エントランスで、大勢の悲鳴……阿鼻叫喚の声が、響き渡った。

 

「ッ!」

 

 何事かなど当然わからない。しかしヒーローである自分が動かねばならない事態であると瞬時に確信し、躊躇うことなく走り出した。相応の警備がなされているといえど、警察の施設を襲撃せんと目論むヴィランは掃いて捨てるほどいる。

 

 だがエントランスにたどり着いた彼女が目の当たりにしたのは、予想だにしない……思わず、息を詰まらせるような光景だった。

 逃げ惑う人々。その中心に倒れた、警備員の制服を着た男性らしきもの。類推するしかないのは……首が、ないから。血の一滴すら流れていない。そもそも最初から存在していないかのように、綺麗さっぱり消失しているのだ。

 

 そのすぐそばに、無地の白いパーカーを着た男が立っている。フードを目深に被っているために、その容貌ははっきりとは確認できない。けれどもその猫背、わずかに覗くひび割れた唇――そして、物体を消失……否、崩壊させる個性。

 

 八百万を含む旧A組の面々に、忘れられるはずがなかった。

 

「あなたはまさか……死柄木、弔……!?」

「………」

 

 答えのなきまま、その瞳だけがゆっくりと上げられる。濁った深紅、それは動かしようのない肯定だった。

 

「そんな、なぜあなたが……!?」

 

 すべての記憶を失い、警察病院の閉鎖区画に幽閉されていた弔。もはや敵連合の首魁としての人格を取り戻すことすらなく、無垢な子供のまま地下奥深くで一生を終えることになると言われていたのに。

 そこまで思い起こして、八百万は気づいた。その警察病院がまさしく今日、未確認生命体によって襲撃され、患者1名が拉致されたという事実。公にはされていなかったが、その患者というのが死柄木弔なのだとしたらーー

 

「く……!」

 

 とにかく凶行を阻止し、目の前の男を再び捕らえなければ。身構えた八百万だったが、

 

「――ひッ!?」

 

 弔の瞳がにわかに帯びた、凄まじい殺意。途端に彼女の身体は恐怖に支配され、蛇に睨まれた蛙のごとく動かなくなってしまった。ヒーローである以上、耐性はあるはずの彼女が――

 

「次……おまえ?」

 

 標的にされたと、確信するほかなかった。本来なら望ましいことのはずだったが、八百万の心は数秒足らずのうちにもたらされるであろう"死"しか映していなかった。

 

「い、イヤ……――」

 

 ヒーローとしてあるまじきことばが発せられようとした瞬間、首筋に衝撃を受け、彼女の意識は闇に閉ざされた。

 

「……ダメだよ、ダグバ」

 

 倒れかかる身体を受け止めたのは、ジャラジだった。

 

「……?」

「この人……クリエティは、まだ使えるから」

 

 くく、と、ゆがんだ笑みを漏らす少年。その背後から、痛々しく身体を引きずるゴオマも現れる。

 

 科警研は早くも、()()()グロンギによって蹂躙されようとしていた――

 

 

 

 

 

 ゴ・ザザル・バのゲゲルのルールを完全に把握した出久は、鷹野警部補とともに疾風を切って走っていた。目指す場所は戦場。殺人ゲームを終わらせるための、決戦の地だ。

 

『こちら塚内!』

 

 事ここに至り、いよいよ自らも前線に出ることを決断した管理官からの通信が入る。

 

『中央線は全線ストップさせて、三鷹駅の周囲を所轄の署員および管轄のプロヒーローで固めた。中和弾も完成して科警研を出た。目撃情報から41号は、紫の上着に革のミニスカートの若い女の姿で駅付近に潜伏中と思われる、このまま一気に――』

 

 そのときだった。塚内の口上に割り込む通信。――それは、名の挙がった科警研がいままさしく襲撃を受けているという内容だった。第3号および、新種の未確認生命体2匹によって。

 

「ッ、科警研が……!?」

『俺が行きます!』

「!、轟くん……でも、きみは……」

『死柄木のことと天秤に掛けるまでもねえだろ。……いやそれ以前に、なんかイヤな予感がするんだ。まさかとは思うが……』

 

 その予感はまさしく的中していたのだが、この時点での彼らに知るよしもない。

 

『とにかく、科警研は任せろ。緑谷たちは41号を――』

『ならば俺たちも行こう!』今度は飯田だ。『三体も未確認生命体がいるとなると、戦力は相当数必要になるはずだ!』

 

 そう、飯田の言うとおりだ。戦力は相当数必要。逆に言えば、彼らだけでもまだ、心許ない……。

 

「塚内さん、心操くんたちにも科警研(向こう)へ行ってもらうしか――」

 

 対ザザルの戦力が覚束なくなることを危惧しながらも、出久がそう提案しようとしたときだった。

 

『いや、俺が行く』

「!?」

 

 今度割り込んできた声は、飯田のそれとは異なる、まったく予想だにしないものだった。だって彼はたった数時間前、負傷して戦線を離脱したはず――

 

「かっ、ちゃん……」

 

 

 黒塗りの覆面パトカーに乗り込んだ勝己は、病み上がり……というよりむしろ病みの真っ最中であるにもかかわらず、自慢の頭脳をフル稼働させていた。

 

「管理官、位置的には離れてるが武蔵野線と八高線もオレンジ色です。いまから運休させんのは無理にしても、警戒は必要だと思います」

『ああ……そうだな。私はそちらの手配をしてから、爆破ポイントの準備を整えておく。あとは皆、頼んだぞ!』

 

 「了解!」と一同の声が重なる。その直後、今度は出久のみに向けて通信が入った。

 

『おいデク!!』

「ひゃっ、はい!?」思わず声が上擦る。

『とっとと41号ぶっ殺して、テメェもこっち来い。チンタラしてたらぶっ飛ばすからな』

「!、わ、わかった!」

 

 たったそれだけのやりとりだったが、互いの士気を高めるのには十分だった。とりわけ出久の表情は、メット越しでもわかるくらいに煌めきを帯びたものとなったとのちに鷹野は述懐している。

 ともあれ有言実行、勝己もまた即座に科警研へ向け動きだそうとする。しかし、途端に全身を襲う鈍い痛み。歯を食い縛りながらも、勝己はうめいた。

 

 そんな折、助手席の窓際に影が差した。――椿医師だ。勝己が病室を抜け出したと知って、あとを追ってきたのだ。

 

「待て爆豪!おまえ、本気でそんな身体でいくつもりか?」

「寝てられっかよこんなときに……どうせデクの野郎、"かっちゃんのぶんまでがんばらなきゃ"とかぬかしてやがんだ」

「まあ、緑谷はな……」

「それに、あんたの睡眠導入剤とやらも効いてきた」

「!、わかってたか……アレがそんなもんじゃないって」

 

 当たり前だとばかりに鼻を鳴らす勝己。こいつにはかなわない――そう思いつつ、椿は笑った。

 

「だったら声くらいかけていけよな、ヒーロー」

「……おー」

 

 満更でもなさそうにうなずく表情には少年の面影が覗いたが、それも一瞬のこと。車が発進していくときにはもう、捜査本部を引っ張るプロヒーローにふさわしい凛としたものに変わっていた。

 

 その背姿を見送りながら、椿はそっと親指を立てた。出久も勝己も焦凍も――皆、ここに運び込まれてくることなどないようにと願って。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググ

カメ種怪人 ゴ・ガメゴ・レ/未確認生命体第40号※

「ボンバボグガスビ、ボドダンリント……"ケ・セラ・セラ"(リントのことばにこんなのがある……"なるようになる")」

登場話:
EPISODE 31. エチュードの果てに~EPISODE 33. We're 仮面ライダー!

身長:214cm
体重:268kg
能力:
数十キログラムの鉄球を軽々振り回す怪力
あらゆる攻撃を跳ね返す硬い甲羅

行動記録:
上位集団である"ゴ"のプレイヤーのひとり。ギャンブラー風の若い青年の容姿をした人間体に対し、怪人体はカメ種怪人にふさわしいグロンギ最大級の巨漢であり、その姿に見合う怪力をもつ。
その風貌にたがわず賭け事をはじめ遊興を好み、ジャラジやザザルとポーカーに興じていたことも。ゲゲルのルールも、「ルーレットで玉の止まった数字から選んだ地域を襲う」という趣味を反映したものとなっている一方、その地域にビルの屋上から無数の鉄球を投げつけるというパワーファイターらしさも発揮されていた。規定時間と人数は72時間で567人。
戦闘においても無類の頑丈さを発揮し、G3のグレネードランチャーとクウガのライジングカラミティタイタンを立て続けに受けてもなおまだ余裕を保っており、仲間割れをしてしまった彼らを敗退に追い込んだ。アギト、そして爆心地の猛攻によってその場は撤退。拠点を移してゲゲルを再開するが、合同捜査本部に先手を打たれて対象地域の住民がすべて避難し、さらにビルを包囲されてしまう。あえて突破を図ることなくクウガたちの到着を待ち、再戦。しかし完璧な連携に翻弄され、G3の射撃によって鉄球のもととなる指輪をすべて吹き飛ばされてしまい、追い詰められる。ライジングマイティキックとライダー・トライシュートのコンビネーションを甲羅で受け止めきることができず、最期を迎えた。

作者所感:
鋼の猛ぎゅ(ry
一介のカメ種怪人が半年後にガオの戦士となりさらに十数年後に歌謡グループのメンバーとして紅白に出るとは誰が予想しただろうか。
こいつ自身の印象はあんまないですすみません。児童誌だとライジングタイタンにやられてる図が多かったのに実際には勝っちゃったことくらい?

※原作では第39号


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EPISODE 36. 悪夢 4/4

科警研襲撃が納まりきりませんでした……。削れるとこは削ったんですが元々4話だったものを3話にまとめるのは厳しいのだった。


ゲスト怪人は倒すけど本筋自体は途切れなく続くクウガ以外の平成1期方式で次話に持ち込みます。バダー編は元々3話使う予定だったのでまあいいかと。


 科警研でのゴウラム見学を何事もなく終えたジャン・ミッシェル・ソレルと夏目実加は、東京に戻ってとある喫茶店を訪れていた。

 扉を開き、からんころんとドアベルが鳴り響く。朗らかな笑顔を浮かべた中年のマスターが、歓迎してくれる――

 

「オー、ボンジュール!ジョン・ミッチェル・ポルナレフ=サン」

 

 微妙に間違えているマスター……通称おやっさん。それに対しジャンはというと、

 

「違いマスヨ、()()()()

「ム!」

 

 妖しい目つきで睨みあうふたり。呆れ顔のウェイトレスのヒーロー・ウラビティ、戸惑っている実加。一触即発?なのかと思いきや、

 

「でへへへへへ」

「エヘヘヘへへ」

 

 どうやらふたりの定番のやりとりらしかった。

 

「いやぁ待ってたよ~。おっ、その娘がさっき電話で言ってた、かわいいガールフレンド?」

「あっ、夏目実加です。よろしくお願いします!」

 

 やや緊張ぎみながら丁寧に頭を下げる姿が、かえって好感を買ったようだった。

 

「いいねぇ~初々しくて!例えるならそう、デビュー当時の都はるみのような……」

「通じないでしょ若い娘相手に!私もよーわからんし……」定番の懐古ネタを切り捨てつつ、「はじめまして!私、麗日お茶子って言います。本業はプロヒーローで、ウラビティって名前でやっとるんやけど……知ってる?」

「えっ、そうなんですか?……すみません、私、あまりヒーローのこと詳しくないもので……」

「そ、そっかぁ……」

 

 肩を落とすお茶子。しかし実加に罪悪感を与えるのも本意ではなかったため、すぐに笑顔を浮かべた。

 

「まあええよ、知名度不足は実感してるし……。なんにしても、これからよろしくね!」

「はい!……ところで、緑谷さんもこちらで働いてるんですよね?」

「えっ、デクくんと知り合い……ああそっか、研究室出入りしてれば会うこともあるよね」

「え、ええまあ。いらっしゃらないですよね、今日は……」

 

 少し落胆した様子を見せる実加。その様子を目の当たりにして、お茶子の心には言い知れぬ焦燥が芽生えた。

 

「ま、まさかと思うけどっ、あなたもデクくんにぞっこん……!?」

「えっ!?い、いやそんなまさか……」

 

 否定すると、露骨にほっとした様子を見せる。出久とは同年代、つまり自分よりはそれなりに年長であるはずなのだが……なんだかかわいい人だと、実加は思った。

 

「まあ、立ち話もナンだし……とりあえず座りなサイケデリック。あ、テレビでもつける?」

 

 女子中学生相手ということもあってか、気を遣ったおやっさん。その何気ない行動が、この穏やかな時間を粉々に打ち砕いてしまうとも知らずに――

 

 

 画面が色づくと同時に、激しい既視感のある建物を背景に緊迫したアナウンサーの顔が映し出された。

 

『先ほどからお伝えしていますように、現在科学警察研究所は複数の未確認生命体による襲撃を受けています!脱出してきた職員の方によりますと、未確認生命体は――』

「!?」

「え……?」

 

 それはどう見ても、つい数時間前まで自分たちがいた場所だった――

 

 

 

 

 

 普段は静寂に包まれている科警研内部は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 既に防衛のために付近の所轄の警察官およびプロヒーローの大隊が駆けつけ、一般職員らを逃がしてはいる。しかし彼らの力をもってしてもそれが限界だった。侵入者たちの能力もさることながら、彼らが人質をとっているために。

 

「……リントは大変だ、守るものが多い」

 

 人質となった女性を小脇に抱えながら、ニタニタと醜く嘲うヤマアラシに似た怪人――ゴ・ジャラジ・ダ。彼は空いた右手で武器であるダーツを投げつけるという牽制のような役割も果たしている。実質的には、一団のリーダーだった。

 とはいえ、彼は行動をともにするふたりを統率しようなどとは微塵も思っていない。ボクは参謀で、裏方で、露払い。

 

――真に王たるは、後ろから影のようについてくる白の青年。

 

「ダグバ。そろそろ、見せてあげて……」

 

 完全にジャラジを盾にして進んでいた彼は、ややあって小さくうなずいた。

 

 そして、その姿が消えた。

 

「――!」

 

 警戒を強める、迎え撃つ人々。しかしそれも一瞬のこと、

 

 

 気づけば半数近くが、首のない遺体となってその場に倒れ伏していた。

 築かれた屍の山。その中心に立ち尽くす白いシルエット。ただ真っ赤な瞳だけが、その一色の中にあってぎらぎらと輝いている。クウガに……それ以上にアギトに、似通った姿。

 それは死柄木弔が、"個性"をもつ現代人でありながら"ダグバ"と呼ばれるグロンギの力を得たことを体現していた。

 

「う、うわぁああああッ!!?」

「こ、この――ッ!!」

 

 迎え撃つ者たちは二種類に分かたれた。逃げ出す者、とにかく目の前の脅威を取り除こうと立ち向かう者。だがいずれも、死神の魔の手からは逃れられない。恐怖を感じなければならない時間が数秒延びたぶんだけ、前者のほうが哀れといえるかもしれない――

 

「やっぱり、すごい……。どう思う、ゴオマ?」

「………」

 

 相変わらず憎々しげながら、どこか畏怖をこめた目で弔――いや、ダグバを見つめるゴオマ。翼を崩壊させられる惨い仕打ちを受けながらも彼が付き従うことにしたのは、何も強制だけではない。

 

 この襲撃自体、戦力として大きく劣る彼にさらなる力を与えるためのものだからだ。

 

 

 進撃を続ける三体のグロンギ。――彼らを止められるだけの力をもつ者が、百にも及ぶ犠牲の果てにようやく現れた。

 

「――待て!!」

 

 臆することなく迫る影。鎧をまとうその姿は、ジャラジにはよく知るところだった。

 

「ほら……来た」

 

 

「未確認生命体ッ!!貴様ら何を企んでいる!?」駆けつけたヒーロー、インゲニウムこと飯田天哉が吠える。「ヴィランを拉致したと思えば、今度は科警研を襲撃するなど……!」

 

 まったく意図が読めず、不気味――それは当然感じているところだったが、ひたすら正義感の強い飯田はそれ以上に義憤を露にしていた。追いつくまでに多くの死体を見てきている、そのたびに降り積もる悔恨はもはや臨界点に達している。

 

「貴様らはッ、俺たちが止める!!」

「ふーん……」

 

 興味なさそうに鼻を鳴らすジャラジ。ただ彼は、このインゲニウムがクウガたちと肩を並べ、ゴの面々にも真っ向から立ち向かってきたヒーローであるという事実とともに、雄英高校のOBであることも知っていた。

 

「じゃあ……こいつから、殺す?」

「!」

 

 人質として確保した女の姿を見せつける。「貴様……!」と、さらに激怒する飯田だったが……女性のディテールを確認した途端、その顔から血の気が引いた。

 

「なッ……」

 

「八百万、くん……!?」

 

 気を失ったままの八百万。親しい友人のそんな姿を見せられて、飯田は一瞬、目に見えて動揺してしまった。既に常世へ追いやられた者たちと、同じように。

 

 はっと我に返ったときには、やはり白の死に神が目の前に迫っているのだ。そして彼もなすすべなく、その命を"崩壊"させられてしまう――

 

 

 唯一彼が他の死者たちと異なったのは、実力もさることながら……数知れぬピンチを間一髪の救援で脱してきた、その強運か。

 

「飯田ぁッ!!」

 

 友を想う叫びとともに、高速で飛翔する異形の影。それは間一髪でダグバの顔面を殴り飛ばした。

 

「ッ!」

 

 オールマイト並みのパワーによる衝撃を受け、たまらず後退するダグバ。その頬からは、だらだらと真っ赤な血が流れていた。

 

「飯田ッ、無事か!?」

「轟くん……ああ、俺は……だが……!」

 

 飯田の視線をたどって、初めてその態度の意味がわかった。

 

「なっ……八百万……!?」

 

 気を失ったままの彼女は、力なくジャラジに抱えられている。――人質。いままでのグロンギにはおよそありえなかった戦法の被害者が、よりにもよって自分たちの友人とは。

 

「この人、"タイセツ"でしょ?……だったら、このまま行かせて」

 

 "タイセツ"の部分を蛇が這うようにねっとりと強調するジャラジ。こいつは、他のグロンギ――これまでのゲゲルのプレイヤーたちとは根本的に異なる思想をもっている。けれどもその腐敗具合は、彼ら以上のようだった。

 

「くそっ、八百万くんを救けなければ……!」

「……ああ」

 

 それはまったく同意見だ、渋る要素など微塵もない。焦凍の心とて、父のヘルフレイムよろしく燃え滾っている。

 

 だが同時に、言い知れぬ違和感があったのだ。この純白のグロンギの、どこかアギトに似た姿。それ以上に、殴ったときの感触――

 

(こいつは、一体……)

 

 科警研襲撃の報を聞いた際に感じた嫌な予感が、現実のものになろうとしている……否、既になってしまった。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 ゴ・ザザル・バの苛立ちは頂点に達していた。目の前には微塵も原型をとどめぬ、液状化して白煙をあげる人間"だった"ものたち。つい数分前まで、自分を取り囲もうなどと馬鹿なことをやってくれた。その報いは十二分に受けさせたが。

 

 もっともそれらの事態は火に油を注いだというだけで、彼女の憤懣の主原因はそれではなかった。

 

「――定めの色の箱が、見つからないな……」

 

 ドルドのことばがすべてだった。傍らを走る線路に、彼女が標的としていた列車は一本も走っていない。鈍色の曇天と相まって、まるで廃墟のような有り様だ。

 

「ッ、オレンジの箱ならまだあんだよ!黙って見てろ!!」

 

 啖呵を切ってずかずかと歩きだすザザル。なるほどオレンジ色をした動く箱など探せばいくらでもあるだろう、まだ"詰み"というには早い。

 

 問題は、リントたちが探す猶予を与えはしないことだ。

 

 

 苛立ちながら歩き続けるザザル。そんな折、彼女はふと歩みを止めた。遥か彼方に、小さな点のようなものが浮かんでいる。それが徐々に大きく……いや、接近してくる。目をこらしてディテールを観察してみれば、それは甲虫のようだった。

 

 まっすぐに迫る、甲虫――それが人間より巨大なものであることがほどなくわかり、ザザルは目を剥いた。

 

「ううおぉぉッ!!?」

 

 野太い悲鳴をあげてその場を転がるザザル。巨大甲虫は彼女の頭上すれすれを通りすぎていった。

 

「な、なんだってんだよ……!?」

「――見つけたッ、41号……!」

「!」

 

 勇ましい声と、エンジン音が唸る。それはひとつではなく。

 

 現れたのはトライチェイサーを駆るクウガ、そしてガードチェイサーを乗りこなすG3だった。

 

「テメェら……!」

「もう逃げられないぞ!」

「観念するんだな」

 

 銃を向けられ、拳を向けられ……ザザルの中で、何かがブチリと切れた。

 

「ア゛ァァァァウゼェェェェェッ!!クソ童貞どもが、アタシを舐めんじゃねえよ!!」

 

 癇癪を落とし、右耳からブチリとイヤリングを引きちぎる。乱暴ながら的確な罵詈雑言は男ふたりの精神にクリティカルヒットしたが、それどころではなかった。

 

 ザザルがいよいよ、怪人体へと姿を変えたのだ。人間体の上着と同じ赤紫色のボディに、サソリの尻尾のような形をした弁髪。瞳のなくなった白目は、その激しい本性を体現するかのごとく鋭くつり上がっていた。

 

「ガダギバッ、ゴ・ザザル・バ!バレスドドバググッ!!」

 

 グロンギ語で啖呵を切りつつ、イヤリングを握りこむ。途端にそれは巨大化し……三本の鋭い突起が飛び出してきた。

 右手に装着する。皮膚の下の血管と接続されたそれは、突起――爪を介して、彼女の体液を滴らせるのだ。

 

 地面にこぼれた毒々しい赤い液体が、コンクリートをどろどろに溶かしていく。

 

「あれで被害者の身体も……!」

「心操くんは遠距離でサポートして、僕が引きつける!」

「ッ、無理はするなよ!」

 

 「わかってる!」と返しつつ、それでも突進していくクウガ。ザザルは早速爪を振り上げ、毒液を撒き散らそうとしている。がら空きになった胴体にG3はすかさずスコーピオンの弾丸を撃ち込むが、わずかに態勢を崩すだけに終わった。

 

(チッ、これでも威力不足ってのかよ……!)

 

 常人だったら一瞬で粉砕できるだけの威力はあるのだが。

 ともあれ、援護の目的は果たせた。毒液はあらぬ方向へ飛んでいき、付近の標識にかかった。やはり、どろどろに溶けていく。

 

 とにかく、わずかな飛沫も浴びるわけにはいかない――クウガは跳躍しながらドラゴンフォームに"超変身"した。ザザルと距離をとりつつ、武器にできそうなオブジェクトを物色する。ポールなどはいくらでもあったのだが、近づこうとすると、

 

「ギベェェッ!!」

 

 ザザルの毒液が飛んでくる。慌ててかわす。毒液がポールにかかり、溶かしていく――

 

(ッ、やっぱり、牽制だけじゃ駄目か……!)

 

 一計を案じたクウガは、G3に対して目配せをした。うなずきが返ってくる。

 彼は最初の銃撃以外ただ戦闘を見守っているだけだったが、効かなかったから拗ねて職務放棄をしていたわけでないことは……言うまでもあるまい。

 グロンギたちにとって、やはり最大の敵はクウガだ。攻撃もしてこないとなれば、G3のことは容易く意識から外れる。そこに、チャンスが生まれる。

 

 心操はガードチェイサーのウェポンタンクを開き、スコーピオンに代わる新たな装備を取り出した。"GA-04 アンタレス"――アンカーと硬質のワイヤーで製された非破壊武装である。

 

 破壊力はないが、敵を拘束することはできる。あの溶解液を繰り出す爪を、振り回せないようにすればいいのだ。

 

(任せろ緑谷、確実に……成功させるっ!!)

 

 そのために。G3は走りだし、無謀にもザザルとの距離を詰める。ぎょっとするクウガ。ザザルもこちらを振り向く。大丈夫、爪は使わせない――

 

「ふ――ッ!」

 

 すかさずワイヤーを繰り出す。ザザルの身体に鋼鉄の糸がぐるぐると巻き付いていく。当然、腕もろとも。

 

「グゥッ……て、テメェ……!」

「……悪かったな、童貞で」

 

 ぼそりとつぶやく心操。地味に根にもっているらしい。それはともかくとして、

 

「けど……多分そう長くはもたないぞ、緑谷……!」

 

 ゴのグロンギたちのパワーには、ワイヤーもいずれ競り負ける。だからそれまでに、決着をつけなければ。

 

「大丈夫だよ」

 

 クウガは確信をもって断言した。

 

「だって、みんなが来た!」

 

 

 刹那、ザザルの全身で何かが爆ぜた。

 

 振り向くクウガとG3。そこには大型ライフルを構えた黒づくめの男たちと、彼らを率いるスーツ姿の女性の姿があった。――鷹野警部補が指揮する、狙撃部隊だ。

 

 撃ち込んだのはただの弾丸ではない。強アルカリ性の薬品から精製した、中和弾だ。

 成分がザザルの体内に浸透し、その体液を中和していく。化学反応によって身体中から白煙があがり、彼女はひたすらにもがき苦しむ。が、

 

「グゥ、ア゛、ア゛ァ……ッ!ボン、バ、ロボォ――ッ!!」

 

 細身に見合わぬパワーで、ザザルはついにアンタレスのワイヤーを引き裂いた。

 

「もう、遅いんだよ!!」

 

 それを予期していたG3が、すかさずサラマンダーを構えていて。

 

 次の瞬間には特大のグレネードが、ザザルの体表を灼いていた。

 

「ギャアァッ!?」

 

 悲鳴をあげるザザル。しかしまだ終わらない。間髪入れず、クウガが跳躍する。空中で青から赤に戻り、エネルギーを込めたキックを……ぶつける!

 

 ついに耐えきれなくなったザザルは、その場を転がった。それでも起き上がろうとする彼女の胸部には、焼け痕のうえから封印の紋が浮かび上がっている。並みのグロンギ相手なら、もはやオーバーキルというべきダメージだろう。

 

 だがザザルは、女だてらにゴの一員だった。野太いうめき声とともに全身に力を込めれば、瞬く間に紋が消えうせていく。

 

「ッ、やっぱりか……!」

 

 ここで倒してしまえば、溶解液が飛散して大変なことになる。だからこれでよかったのだけれど、その頑丈さには唸らざるをえない。その罵倒や体液を武器とする共通点も併せて、彼の脳裏には某幼なじみの顔が浮かんだ。奇しくも対峙はなかったが。

 とはいえ、かなり弱らせたのは事実。あとは回復されないうちに、終わらせる――

 

 すかさずトライチェイサーに跨がるクウガ。同時にゴウラムが戻ってきて、その車体を変形させながら融合を遂げた。カウルに堂々たる戦士の紋が刻まれた、トライゴウラムが発進する。ザザルに対して突撃し――その牙で挟み込む。

 

「ガッ!?」

 

 ワイヤーの次は牙で拘束され、今度こそザザルは振りほどくこともできない。カウルに彼女を押しつけたまま、クウガは追い込みポイントへの移動を開始する――その際に鷹野から投げ渡された拳銃を手に。

 

 それを見送ったところで、G3が彼女のもとへ駆け寄っていった。

 

「警部補、自分はGトレーラーにいったん戻ったあと、科警研に向かいます」

「そうね……。私は41号のほうを見届けなければならないから遅くなるけど、必ず行くわ」

「わかりました」

 

 「気をつけて」――互いを気遣うことばをかけあうと、彼らもまた次の戦場を目指して動き出した。

 

 

 

 

 

 同時刻。爆豪勝己は科警研付近へたどり着いていた。

 

(チッ、野次馬どもがクソほどいやがる……)

 

 ヴィランの出没時もそうだが、こいつらは身の危険というものを感じないのかと常々思う。いくらハザードエリアには規制線が張り巡らされ警察官が警備しているといえども、もしヴィランや未確認生命体に襲われればひとたまりもないのに。

 

 まあいい、とにかく自分も突入して――そう考えて実行に移そうとしていると、「爆心地!」と呼び掛ける者があった。野次馬たちのような、上ずったミーハーな者ではない。

 案の定、それは見知った白衣の男性だった。発目とともに、G-PROJECTを担当していた研究員だ。

 

「きみも来てくれたのか!む、怪我をしているようだが……」

「大したことねぇわこんなモン。それより、状況は?」

「ショートとインゲニウムが残って未確認生命体と対峙してくれてはいる……が、クリエティを人質にとられているせいで膠着しているようだ」

「八百万……チィッ」

 

 勝己は渋い表情を浮かべた。もとはと言えば彼女は、自分が呼んだからここに来たのだ。そして、巻き込まれてしまった……。

 

「それと、なんとか研究データを持ち出したんだが……G2のガワそのものは、倉庫にしまってあったから置いていくしかなかった」

「……わーりました、取ってきます」

 

 嫌な予感がした。いまの奴らが、ただ殺人の快楽のために科警研を襲撃するとは思えない。焦凍のように超能力があるわけでないから、そうした根拠に裏打ちされた、純然たる勝己の勘だ。

 

(クソがっ)

 

 軋む身体を叱咤して、勝己は走り出した。野次馬たちが爆心地を呼ぶ声など、爆速ターボの爆炎によってかき消して。

 

 

 

 

 

『塚内さん!』

 

 追い込みポイントの準備を万端整え終わった塚内直正の耳に、無線越しでの呼び声が飛び込んできた。

 

「緑谷くんか?」

『はい、もう着きます!』

「了解、いつでもオーライだ!」

 

 久しぶりに気持ちが滾る。管理官の仕事も誇りに思ってはいるが、やはりこうして、英雄たちと肩を並べて活躍できるのはうれしい。かつてオールマイトと……友人とともに駆け抜けた日々を思い出す。

 

 ほどなくして、バイクのエンジン音が迫ってくる。かと思えば、推定時速400キロにも及ぶスピードで疾風が駆け抜けていく。わずかに視認できた車体には、牙にがっちりと拘束されたグロンギの姿があった。

 

(見てるか、俊典)

 

 ふと、そんなことばが心中でつぶやかれた。焦凍ならともかく、出久とオールマイトはほとんどなんの関係もない――ただ出久が、彼の熱狂的なファンであったというだけなのに。

 

 

 と、また「塚内さん!」と呼び声が飛び込んできて、彼は我に返った。

 

『最深部に着きました!シャッターを一枚目から閉めてください』

「いや、だが……大丈夫か?」

 

 万一脱出が遅れようものなら、彼は爆炎の熱によって気化した溶解液にその身を晒すことになる。中和弾の効果もそろそろ弱まりつつある頃なのだ。

 

『大丈夫です!』

 

 それを理解しつつ、それでもクウガはそう断言した。退避することなくぎりぎりのところで待機してくれている塚内たちに害が及ぶことなどあってはならないし、自分の命を軽んじるつもりもない。――やれる。そう確信していた。

 

「――超変身!」

 

 マイティフォームの赤い鎧が、ペガサスフォームの緑へと変わる。同時に、鷹野から預かった拳銃もまた、専用武器であるペガサスボウガンへと変化を遂げた。

 すぐ背後にあるシャッターが動きだす。と同時に、再びトライゴウラムも走り出した。目の前には先ほど停車とともに吹っ飛ばした、ゴ・ザザル・バの姿がある。

 

「……ッ、」

 

 早くも回復の途上にあるとはいえ、ザザルは未だ迎撃ができる状態ではなかった。幸いだ、まっすぐ突撃している状態で酸を飛ばされたらひとたまりもない。

 

(――決める!!)

 

 クウガの全身が電撃を帯びる。緑一色だった鎧の端々に、黄金の彩りが施されていく。――ライジングペガサス。ボウガンもまた、黄金のブレードを装着して大幅に強化された。

 

 その銃口をザザルへ向け――容赦なく、トリガーを引く!

 

 

 放たれた複数の空気弾は、一発も外すことなくザザルのボディを貫いた。うめき声とともに、その身が後退する。

 それを見届けるや否や、クウガはマイティフォームに戻ったうえで車体を反転させた。半ば閉じたシャッターの下を駆け抜け、走り去っていく。

 

「バレンジャ、ベゲ……!」

 

 身体に亀裂が走っていく苦痛にまみれながらも、唸るように啖呵を切るザザル。しかし封印のエネルギーは、着実に彼女を蝕んでいく。

 

「ドバ、ドバギデ、ジャス……!」

 

 彼女がもう視界から消えた敵を罵っている間に、一枚目のシャッターは完全に降りてしまった。クウガとトライゴウラムは、既に二枚目のシャッターを超えるところにまで到達している。

 

「バレ……ドバギ……――ギブ、ロンバァッ!!グァアアアアアッ!!」

 

 ついにエネルギーが、バックルへと到達した。もがき苦しみながら、ザザルはついに死を迎える。――爆発。

 彼女の全身の体液は、出久たちの予想どおり気化し、まずは周辺のオブジェクトすべてに襲いかかった。資材基地であるから、置き去りにされたままのものが大量にある。それらがことごとく跡形もなく溶かされていく。

 そして、シャッター。これもまた爆炎や溶解液を完全に防ぐには無力だった。あっさり溶かされ、侵食を許す。無論一枚目がそうなるのは想定の範囲内である。シャッターは三枚あるのだから。

 

 爆発を距離にして十数メートルの背後に感じながら、クウガはひた走る。ついに最後のシャッター、ここを超えれば――

 

(ッ、間に合わない……!)

 

 シャッターの閉まる速度が想定よりわずかに速い。いや、自分たちのスピードがわずかに足りなかったというべきか。だが、シャッターを停めてもらうわけにはいかない。

 

「だったら……!――頼むよトライゴウラムッ!」

 

 ふつうに走っていたら頭が突っかかる程度、これならいけると判断して――クウガは、車体を斜めに傾けた。

 マシンのボディが火花をたてながら滑る。しかしそのおかげで、クウガは首なしライダーとなることなくシャッターを突破することができたのだった。

 

「緑谷く――」

 

 塚内があからさまにほっとしたような表情を浮かべて迫ってきたとき、不意に揺れが襲ってきた。咄嗟に彼を車体の陰に退避させる。

 と、轟音とともに……シャッターが思いきりゆがんだ。目の前の、つまり三枚目のシャッターが、である。

 

「マジか……」

 

 唖然としている管理官殿は、ぽかんと口を半開きにしているとなお若く……というか、幼く見えた。ふた回り近く年下で常々童顔と言われる出久にだけは言われたくないだろうが。

 

「まったく、ヒヤヒヤしたぞ……」

「ハハ……すみません。――あ、そうだこれ」

 

 鷹野から借りた拳銃を差し出す。本来なら直接本人に渡すべきだろうが、いまは時間がない。

 

「――ゴウラム」マシンに合体している相棒に声をかける。「おまえの家がグロンギに襲われてるんだ。先に行って、轟くんたちを助けてあげて」

 

 ややあって、

 

『ソーサディー・ター』

 

 主のことばを聞き届けて、ゴウラムはトライチェイサーから分離。先んじて飛翔していった。必殺技さえ使わなければ、破片に戻ってしまうこともないらしい。

 

「よし……。じゃあ僕も、いってきます!」

「ああ、頼む。……くれぐれも、無理はしないようにな」

 

 気遣わしげな塚内にサムズアップを返すと、クウガはトライチェイサーを駆った。

 

(みんな……かっちゃん……!)

 

 未だ膠着状態の続く科警研。その真っ只中に飛び込もうとしている勝己。クウガは……出久は、果たしてこの戦いに間に合うのだろうか。

 

 この異形の姿ではかかないはずの汗が、じわりとてのひらに滲んだような気がした。

 

 

つづく

 

 





荼毘「次回予告?なんで俺らが……」
トガ「いいじゃないですかぁ、弔くん大活躍ですよ」
荼毘「科警研襲撃……周りの奴らがグロンギに変わっただけでやることは変わんねえな」
トガ「バケモノになっちゃった弔くん、カッコいいねぇ♪出久くんはやっぱりかぁいいけど!」
荼毘「(かわいいか……?)……八百万百を人質にした敵ならぬグロンギ連合、焦凍やヒーローどもの邪魔をかいくぐって目的を果たすことができるのか、楽しみだな」
トガ「目的ってなんなんでしょうね?」
荼毘「さぁな、目当てのモンでもあるんだろ。……一方で、早くも次のプレイヤーが動きだす。脅威のライダーを、ヒーローどもは止めることができるかな?」

EPISODE 37. 終わりのはじまり、そして

荼毘「死柄木とヤマアラシ・コウモリが仲良く旅に出る」
トガ「それを追いかけてなんと"あのふたり"も!?」

荼毘「サラニムコウヘ~(棒読み)」
トガ「プルスウルトラ~!!」


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EPISODE 37. 終わりのはじまり、そして 1/3

「はじまりの終わり」とはつかないのでした、残念!つーかもう7割終わってるし……。

「終わりのはじまり」繋がりでは個人的にトッキュウジャーのクリスマス回が好きです。あの辺以降は全部神回と言っても過言ではない。「君が去ったホーム」はキョウリュウジャーのアイガロン死亡回以来一年ぶりに泣きました。


 科警研での戦闘は、未だ膠着状態が続いていた。

 

 友人である八百万百を人質にとられ、攻撃を仕掛けるどころかむやみに距離を詰めることすらできない轟焦凍――アギトと飯田天哉。彼らを嘲りつつ、奥へ奥へと進んでいくグロンギ――そして、死柄木弔。

 

「轟くん、」飯田が小声で耳打ちする。「氷を張り巡らせて奴らを分断できないか?その隙に俺が駆け寄って八百万くんを……」

 

 この状況を打開するために、飯田は必死に策を巡らせていた。その心は焦凍とて同じ。しかし彼は、さらに慎重にならざるをえない。

 

「……駄目だ危険すぎる。いくらおまえのスピードでも、八百万を無傷で助け出せる確証がねえ」

「ッ、だが、このまま奴らの目論見を成就させるわけには……!」

 

 「大丈夫、俺を信じてくれ」――そこまでの絶対的なことばを、飯田は返せなかった。ズ・ゴオマ・グはともかくとして、他の二体は上位の存在である可能性が大いにある。焦凍やいまここに向かっているであろう出久のように、人間を超越した力が、自分にあるわけではない。トルクオーバーの状態で突撃したとて、奴らからすれば――そんなネガティブな想像すらよぎってしまう。

 

 自分自身を信用できないのに、仲間に信じてもらえるはずがない。

 

「く……ッ」

 

 フルフェイスの下で、飯田が唇を噛んだときだった。

 

 

「――つまんないな」

 

 そんなつぶやきが漏れた。――白の、怪物から。

 

 は、とふたりが反応するより早く、彼は襲いかかってくる。咄嗟にアギトが割り込み、半冷半燃をフル稼働させて迎え撃った。

 

――効かない。

 

 いや、間違いなくその身を傷つけてはいるのだ。しかしこの怪人、まったく痛みに怯む様子を見せない。気にかけないのか、そもそも感じないのか……とにかく、自分の身体などかえりみない突撃を敢行してくる。

 

「チィ……ッ!」

 

 ならばと、ワン・フォー・オールを発動させる。黄金の光流が、全身を覆い尽くしていく――

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 異様なまでのスピードを、その拳が捉える。直撃とはいかなかったが命中し、怪人を後退させることには成功した。

 

「………」

 

 唸る怪人。またいつ襲いかかってくるかもわからない。だが警戒よりも、芽生えた違和感がさらに膨れ上がっていく。

 

(こいつ、まさか……)

 

 そのとき、ヤマアラシのグロンギ――ゴ・ジャラジ・ダが、背後から怪人に声をかけた。

 

「ダグバ……遊びたいの?」

 

 振り向かないまま、怪人――ダグバが小さくうなずく。

 

「じゃあいいよ……キミの好きにして。――ゴオマ、いくよ」

 

 誘われたゴオマはというと、ジャラジが確保している女性ヒーローのことしか眼中にないようであった。

 

「ボギヅ……ボギヅンヂゾ、グパゲソ!!」

「……ハァ、馬鹿」

 

 ひと睨みするジャラジ。露骨に脅迫するような態度でないにもかかわらず、ゴオマの背にぞぞぞと怖気が走った。壊された翼の付け根が疼くような錯覚。口をつぐみ、従わざるをえないのだった。

 

 八百万を抱えたまま、奥へと去っていく二体。追いかけようとする動きは、当然のごとく"ダグバ"に阻まれた。

 

「ぼくと遊んでよ、ヒーロー……!」

「……ッ!」

 

 「ふざけるな」と切り捨てたいところ、なぜか息が詰まる。心臓の音がうるさい。

 

 "ダグバ"のクラッシャーが開き、真っ赤な舌がちろりと覗く。それは細く尖り、まるで蛇のようで。

 

「さぁ――」

 

 

「――ゲーム、スタートだ……!」

「――!」

 

 ああ……やっぱりそうか。

 

 酷かった動悸が、すうと治まっていくように思われた。――絶望とともに。

 

「なんで、おまえが……」

 

 

「――死柄木、弔……!」

 

 

 血のいろをした双眸には、かつて彼が抱いていた飽くなき憎悪が……滲んでいた。

 

 

 

 

 

 薄暗い洋館の表に、一台のバイクが置かれていた。

 

「よー、俺が出かけてる間にずいぶん面白いことになってンな」

 

 その主である青年――ゴ・バダー・バが、そんなつぶやきとともに広間にやってきた。ツーリングの最中、彼は街で科警研襲撃の報に接したのだ。それが誰の仕業なのかも、はっきりわかっていた。

 

「何が面白いものか」心底不愉快げな表情を浮かべるゴ・ガドル・バ。「リントが、ダグバの力を我が物顔で使うなど……」

「究極の闇をもたらす資格があるのは、オレたちだけだ……!」これはゴ・バベル・ダの言。

 

 ふむ、とバダーは肩をすくめた。無論、彼もリントが究極の闇をもたらす存在となるとは夢にも思ってはいないが……だからこそ、好きに遊ばせてやればいいとも考える。ゲゲルの邪魔さえしなければ。

 

 ただ、ゴ集団最強の3人の考えは必ずしも一致しているわけではないらしかった。その証拠に、ゴ・ジャーザ・ギだけは愉しげにモバイルPCを操作している。

 

「おまえはなに調べてんの?」

「死柄木弔について♪まあ公開されている情報なんてたかが知れてるけど……それでも、面白い男なのはわかったわ」

 

 かつて敵連合を率いた男、英雄の存在に支えられたこの社会と秩序を粉々に打ち砕こうとした悪の権化――インターネット上の情報からわかったのはその程度だったが、それがまだあんなに若い青年というのが興味深かった。何せ、彼が動き出したのは五年以上も前のことだ。

 

「そういえば、ザザルも殺されたみたいよ?」

「は?マジかよ」

 

 こちらのほうが、バダーには寝耳に水だった。

 

「ルールを看破されて標的を潰されたうえに、居所も掴まれてしまったらしいわ。……身の丈にあったゲゲルをすれば、もう少しマシだったかもね」

 

 優しげな口調とは裏腹に、容赦なく切り捨てるジャーザ。自分も万が一失敗したら、こういう扱いになるのだろうか。まあそんなことは万が一にもありえないのだが。

 

「じゃあ次は俺か。ザジオの爺さんとこ行ってくるわ……」

 

 せっかく帰ってきたばかりなのだけれど、ゲゲルの準備ともなれば最優先で取りかからねばならない。多くのグロンギにとってゲゲルの成功は自分のためだけのものだったが、彼にとってはそうではなかった。――相棒"バギブソン"。己が栄光は、彼の栄光でもある。彼とともに頂に立つのだと、バダーは望んでやまないのだった。

 

 再び去りゆく背姿を見送りつつ、ジャーザ、バベルが口々につぶやく。

 

「お手並み拝見というところかしらね?」

「あんな道具に頼る奴など、たかが知れているわ!」

「……それは私への嫌みかしら?いつでも受けて立つけど?」

 

 上品な笑顔を貼りつけたままのジャーザだが、目が笑っていない。浅慮な発言をしたと自覚はあるバベルも、戦りあうことに躊躇いはなかったのだが。

 

「ジャレソ」

 

 ガドルに、あっさりと止められた。ゴ最強の男のことばは、彼女らの行動にもそれなりの影響力をもつ。

 

「冗談よ、こんなところで余分な力を使うつもりはないわ。ゲゲルに……いえ、ザギバス・ゲゲルにとっておかないと」

「……いい心がけだ」

 

 ゴにまでなっておきながら、権利を放棄する愚か者どものことをガドルは思い出した。ジャラジはまだ別の形の野望を秘めているようだが、新参の"彼女"は――元々の期待が大きかっただけに、その失望と憤りも相当なものだった。

 

 

 

 

 

 権利を放棄したと捉えられるほど長く行方をくらましているゴ・ガリマ・バは、人混みの中にあった。軍服のような漆黒の衣装を纏った彼女の姿は奇異なものだったが、まともに気に留める者はない。そもそもこの超常社会において、服装の如何などはさしたる問題ではないのだ。異形型の個性持ちの存在のために――以前、自分の怪人体よりカマキリそのものなリントを目撃して閉口した――。

 

――そんな彼女だが、あてどもなく歩いているわけではなかった。

 

 ビル街の片隅にある、古びたレコードショップ。ガリマはそこに入り、クラシックのレコードを聴いていた。耳の内を浸す優雅な音楽。それは間違いなく、ガリマの心に華やぎを与えていた。――ベミウの演奏を、思い出す。

 

 だが所詮、それまでのものだった。

 

(……違う、こんなものではない!)

 

 精緻な、つくられた音。自分が聴きたい音とはまったく違っていた。これが初めてではない、もう何度も、こんなことを繰り返している。

 

「……ベミウ、」

 

 いっそ彼女があんなにも美しい音色を奏でるなどと、知らなければよかったとすら思う。そうすれば自分は、ただまっすぐ頂点を目指して戦い続けることができたのに。

 

 しかしそれは、もはやありえない夢幻の話。現実の彼女はただ、消え去ったベミウの影を追って彷徨を続けるほかないのだった。

 

 

 

 

 

 戦線をダグバに任せたジャラジとゴオマは、目当ての場所にたどり着いていた。

 

――否、既にその目的までもを果たしていた。

 

「ボセ、パ……」

「うん……まあまあ似合ってる」

 

 満足げにうなずくジャラジ。彼の視線の先にはゴオマの姿があったが、それはもはやズ・ゴオマ・グの容姿とはまったく異なっていた。

 漆黒の皮膚を覆う、真っ赤な機械鎧。真っ赤な瞳。突き出した角。――クウガに瓜二つながら、明確に人工的な存在とわかるその姿。

 

 まぎれもなく、G2だった。

 

「じゃあもういいよ、この人……殺しても」

「!」

 

 いままで大事に抱えていたのと打って変わって、女の身体をぞんざいに投げ捨てるジャラジ。床に叩きつけられた痛みによって、彼女――八百万百は、覚醒を促された。

 

「んん……」

「あ、起きた?」

 

 暫しぼんやりとしていた八百万だったが、視界が鮮明になるにつれてその表情が険しくなった。「未確認生命体……!」と声をあげ、立ち上がろうとする。

 

 しかし彼女の所作は果たされなかった。G2の無骨な手が、その細い首を締め上げたからだ。

 

「ぁ……っ!」

「ボソギデバサヂゾ、グデデジャス……!」

 

 徐々に込められていく力。強烈な圧迫。八百万の意識は再び、今度こそ不可逆的に、闇へ閉ざされていく。

 

「クウガが……リント、殺す」

 

 おもむろにつぶやいたジャラジは、陰湿な笑い声をあげた。――それが、"彼"の逆鱗に触れるとは思いもよらずに。

 

 

「テメェらが死ね!!」

 

 いきなりの罵声に、飛び込んでくる影。振り向いたグロンギたちの視界は、眩い閃光によって覆われた。

 

「グッ!?」

 

 こればかりは不意打ちだった。目の前が真っ白になり、どうにもならない。視力の回復は常人より圧倒的に速いが、それまでの数秒を仕掛人は全身全霊で活かした。

 

 視界が戻ったときにはもう、ゴオマの手の中に女の首はなかった。無論、身体ごと。

 

 八百万の身体は、彼女を救い出した存在の手に抱きかかえていた。

 

「胸クソ悪ィんだよ、腐れ外道どもが!!」

「ビガラァ……!」

「……爆心地、すごいね。生きてたんだ」

 

 現れたヒーロー・爆心地に、対照的な反応をみせる二体。その声色だけで、G2を着ているのが第3号――ズ・ゴオマ・グだと爆豪勝己は悟った。

 

「でも、どうやってここに?ダグバが、塞いでるはずなのに……」

「出入口はひとつじゃねーんだよ、覚えとけハリネズミ野郎!」

「……ハリネズミじゃなくて、ヤマアラシだよ」

 

 反論はもはや、勝己の耳には入っていなかった。怒鳴り散らしながら、その頭脳は目まぐるしく回転している。

 

(閃光弾が3号に効いてねぇ、G2着てるせいか……。敵は二体……こっちは手負いで八百万も自力じゃ動けねえ、轟と飯田はおそらくダグバとかいう未確認と戦って――は、ダグバ……?)

 

『クウガはやがて、ダグバと等しくなるだろう』

 

 究極の闇――そんな存在が、ついに姿を現した?

 

「ねぇ、」

「!」

 

 いきなりジャラジから声をかけられて、勝己は我に返った。「気安くしゃべりかけんな!!」と吼え返すことも忘れない。

 それをあっさりと無視して、ジャラジは続ける。

 

「取引……しない?」

「ア゛ァ?」

「ボクら……もう目的、達した。だからこのまま帰らせてくれれば……キミたちには、何もしない」

「目的ィ?コソドロがか?」

 

 挑発めいたことばを返してしまうのは、もうほとんど反射のようなものだった。ゴオマなどは激昂し、勝己に襲いかかろうとしている。八百万を抱えた状態では応戦できようはずもなかったが……なんと、ジャラジがそれを手で制した。

 

「チッ……その取引、乗らねえっつったら?」

「……訊かなきゃわからない?」

 

 ジャラジが押し止める手を、自身の胸もとにやるしぐさを見せた。そこにぶら下がった装飾品が、彼の主武器であるダーツに変化する。そこまではまだ知らなかったが、いずれにせよ攻撃の意思は明確だった。

 

「……ッ、」

 

 歯噛みする勝己の腕を、掴むてのひらがあった。

 

「ダメ、です……爆豪、さん……」

「!、八百万……」

「私には構わず……戦って、ください……ッ」

 

 訴えかける声は、息も絶え絶えというありさまだった。合間に咳も漏れる。グロンギたちに痛めつけられ、窒息寸前にまで追いやられた。――この女を放って戦える心をもっていたなら、どれだけ楽に生きられたか。

 

 勝己の出す答は、決まっていた。

 

「……とっとと失せろ」

「爆豪さん……!」

「賢いね……爆心地」

 

 道を開けたヒーローを嘲笑しながらも、ジャラジは取引を"誠実に"実行するつもりのようだった。勝己を睨みつけるゴオマを制しつつ、悠々と去っていく。

 

「………」

 

 その背姿を見送りながら、勝己は唇を噛むこともなく淡々とした表情を保っていた。抱きかかえられた八百万がかえって、不気味に思うくらいに。

 

 

 

 

 

「死柄木ッ!!」

 

 科警研の通路に、超人アギトの悲痛な叫びが響いた。

 

 続く、激戦。"ダグバ"――死柄木弔の瞬間移動にも等しいスピードでの猛攻。それに対し一歩も退くことなく、氷結と業火でもって間合いを保ちながら、隙と見定めたところでワン・フォー・オールによって反撃を仕掛ける。

 

(なんて、戦いだ……)

 

 まさしくヒトを超越した者たちの戦いであると、飯田天哉は痛感せざるをえなかった。自分が割り込む余地などない、そう思えてしまう。それでは駄目だと、わかってはいても――

 

 飯田が見守ることしかできない激戦の中、それでも焦凍は、目の前の怪人に向かってひたすらに声を飛ばした。

 

「なんでッ、なんでおまえがグロンギなんかに……!」

「………」

「なんで今さら、そんなモンに戻っちまうんだよ!?」

 

 もう二度と、何ものにもなれない壊れた生き物。そんなこいつをなんとかしてやりたいと決意したその日に、どうしてこんなことになっちまう?焦凍の心に堪えがたい闇が生まれる。――俺のせい、なのか?

 

 絶望とは裏腹に、身体は勝手に動く。全力で、目の前の怪物との死闘に終止符を打とうとする。

 

「ワン・フォー・オール……!」

 

 全身にみなぎった力が光流となって現れるのを感じながら、最後の一撃の構えをとるアギト。――と、相対する白のアギトとでもいうべき怪物もまた、鏡写しのように態勢を低くしていく。

 

 極限の静寂と、緊迫。破綻の時はあっさりと訪れた、ふたりの跳躍によって。

 

「うぉおおおおおおお――ッ!!」

 

 龍を象った紋章を突き抜ける、アギトの両足。ダグバのそれもまた、同じ。――彼はグロンギであり、確かにアギトの一種だった。

 

 

 そして――激突。

 

 凄まじい閃光と疾風とが、辺りを覆い尽くした。

 

「ぐ……ッ!?」

 

 重量級の肉体をもつ飯田ですら、壁に手を突いていなければ吹き飛ばされてしまいそうだった。一体その中心部では何が起こっているのか?焦凍は、弔は……。

 

 そのとき、どさりと何かが落下してきた。くっきりと分かたれた紅白の頭髪、アギトからもとの姿に戻ってしまった轟焦凍だということは、考えるまでもなくわかった。

 

「轟くん……!?」

 

 一瞬、焦凍が敗北を喫したのだと思った。だがそれはある意味では正しく、普遍的には誤っていて。

 

 落下してきたのは、人間体である死柄木弔の姿に戻ったダグバも同じだったからだ。

 

「………」

 

 真っ赤な血潮が、純白のパーカーを無惨に汚していく。それでも彼は笑っていた。心底、幸せそうに。

 

「ッ、おまえ……!」

 

 焦凍は戦慄した。こいつは、死柄木弔に戻ったわけですらない。――もっとおぞましい、まったく別の化け物になってしまった。

 

『ダグバ』

「!」

 

 不意に、どこからともなくジャラジの声が響く。

 

『目的は達した。……帰ろう』

「……ん」

 

 少し名残惜しげにうなずきながら、おもむろに退いていく弔。焦凍はその場から一歩も動けずにいた。はっと我に返った飯田が「待て!」と走りだそうとするが、

 

 刹那、閃光が再び、周囲を覆い尽くした。

 

「――ッ!」

 

 予想だにしないできごとに動きを止めざるをえない飯田。敵に害意があったならば、彼は危険な状況に置かれていたかもしれない。

 

 ただ現実には、彼の視界が回復したときにはもう、敵の姿はかき消えていたのだった。

 

「逃げた、のか……?」

「………」

 

 目的は達した――響いたその声は、彼らに激しい焦燥を与えるものだった。奴らは一体、何を得た……?

 

 と、そのとき、奥から何者かの足音が響いてきた。飯田は思わず身構えたが、

 

「……大丈夫だ、飯田」

「なに?」

「あいつが、来たんだ」

 

 焦凍の言うとおり、現れたのは敵ではなかった。

 

「爆豪くん……!」

 

 八百万をおぶった、爆豪勝己の姿。顔などは未だガーゼで覆われたままで、痛々しい。それでも足取りはしっかりしていた。

 

「八百万くんを奪回したのか……よかった」

「………」

 

 勝己は何も言わない。その様子をいぶかしんだ焦凍だったが……八百万がこちらを凝視していることに気づいて、大変なことを忘れていたと気づいた。今さらだが。

 

「轟さん……あなたが、なぜここに……?」

「……あぁ」

 

 

 彼女にすべてを語らねばならないときが、来てしまった。

 



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EPISODE 37. 終わりのはじまり、そして 2/3

ネタバレ:とどろきしょうと20さい、自分を慕う♀ほっぽって♂のケツ追っかけるの巻


 目的を果たしての退却は、彼らにとってはまさしく凱旋だった。無論ひとつは、G2を手に入れたこと。ただ"手に入れた"だけで終わりではなかった。――その証拠に、装着者となるズ・ゴオマ・グは……培養液の中に、浸けられていた。

 

「すごいね……敵連合」

 

 ジャラジは思わず隣の青年に声をかけた。しかし彼は爪をかじりながら、ぼんやりとその光景を見つめているばかり。――こうした邪悪な技術を差配していたであろう男の面影はない。

 

「ダグバ」

「……なに?」

「楽しかった?」

 

 その問いに――彼は、ぱあっと笑みを浮かべてうなずいた。純真無垢な笑み。おそらく成人はとうに過ぎていて、唇がひび割れた不気味な様相であってもなお、その笑顔は幼児のかわいらしさを想起させるものだった。……その頬に、べっとりと血が付着したままでなければ。

 

「ねえ……次はいつ、あいつらと戦える?」

「ん……整理が終わってから、かな」

「………」

 

 打って変わって、どこか不満げな表情を浮かべる弔。暫しそのままズのグロンギを被験体とした"実験"のプロセスを見つめていたが、唐突にくるりと踵を返した。

 

「どこ、行くの?」

「………」

「キミが大事なのはこれからなんだから……遊びすぎちゃ、ダメだよ」

「大丈夫……ちょっとおしゃべりしてくるだけ」

 

 そのことばに嘘はないのだろう――"おしゃべり"が何を指すかは、推察の余地を残しているが。

 

 想像どおりなら、それはそれで面白いだろう。彼が自分の望みどおりの存在になれるかどうか、その試金石となりうる――

 

「ヒヒッ……楽しいなぁ……」

 

 口に出してつぶやくくらいに、ジャラジの心は弾んで仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 緑谷出久は科警研に向かってトライチェイサーを走らせていた。無力感とともに。

 

――捜査本部との通信で、既に三体のグロンギは科警研から逃走したことは知らされてしまっている。間に合わなかった。本来ならばもう、出久が科警研へ行かなければならない理由はないし、直接やりとりをした面構本部長からもそう言われた。だが、それでも駆けつけずにはいられなかったのだ。焦凍や飯田、心操――何より、傷ついた身でありながら躊躇なく飛び込んでいった勝己。彼らの無事な姿を、この目で見なければ。

 

 そしてついに、科警研の付近へたどり着いた。規制線の周囲には、野次馬や報道陣が多く詰めかけている。何事もなく突破するのは至難の業のようだった。

 

 苛立ちを覚えた出久が思わず眉をひそめていると、「緑谷!」と名を呼ぶ者があった。

 

「!、心操くん……」

 

 G3ユニットの制服姿の心操に手招きされる。既に戦闘が終わって相当時間が経過していることをまざまざ感じとりながら、出久は彼のもとへ駆けた。

 

 

「――残念だったな、間に合わなくて。まあ俺もだけど」

「心操くんも?」

「ああ、俺とゴウラムが同着くらいだったんだが、一足遅かった。……死体だらけだったよ、あっちもこっちも」

「………」

 

 なんでもないことのように言う心操だったが、その頬はわずかに紅潮していた。到着したときにはすべて終わってしまっていた――怒りのやり場など、あるはずがない。

 

「奥に爆豪がいるから、行ってやったほうがいい。俺はあっちに駐まってるGトレーラーに戻ってるから、何かあったら声かけてくれ」

「……わかった」

 

 うなずき、いったん別れる。正規の装着員として、事後にもやるべきことがあるのだろうが……それ以上に、何か、気を遣われたような印象を受けた。

 

 

 ともあれ、施設の裏側へ走る。そこにも多くの警察やヒーロー関係者の姿があったが、一ヶ所だけ隔絶されたように開かれた場所があった。

 

 そこに、かの幼なじみの姿はあった。

 

「かっちゃん……」

「………」

 

 歩み寄っていく出久。視界にちらつくその姿に気づかないはずがないだろうに、顔を上げることすらしない。――彼が最後に言ったことばを思い出す。「とっとと来い、チンタラしてたらぶっ飛ばす」……。

 

 自分は結局、間に合わなかった。心操のように、一歩遅かったというわけですらない。きっと彼の、怒りと失望を買ってしまったのだ。

 

「ごめん、かっちゃん……僕、間に合わなかった……」

 

 何もできなかった――やるせなさに拳を震わせながら、出久は頭を垂れる。

 しかしようやく口を開いた勝己の反応は、予想だにしないものだった。

 

「……俺が、逃がしたんだ」

「!、いやでも、それは八百万さんを守るためだろ……?」

「………」

 

 事情を既に聞いていた出久はそう言って自責めいたそのことばを否定したが、勝己の心を変えるには至らない。――さらに根深いものが、その心に影を落としていた。

 

「……死柄木が、グロンギになっちまった」

「………」

 

 それももう、聞いてはいる。焦凍の変身するアギトと互角の、恐ろしい怪物になってしまったと。

 

「なぁデク、」

「な、なに?」

 

 

「俺は……スゲーよな?」

 

 思いもよらぬ、問いかけだった。思わず、ことばに詰まってしまうくらいには。

 

「かっちゃ……」

 

 その真意をまずは質したくて呼びかける声は、完遂されることなく途切れてしまった。

 

 出久は、確かに見てしまった。伏せられた勝己の真紅が、いまにも雫がこぼれそうなほどに潤んでいた。

 

(あ………)

 

 G2を奪われ、救けたいと思った死柄木弔はかつてを上回る邪悪として立ちはだかり。勝己のヒーローとしての誇りは深く深く傷ついているのだと、出久はようやく気づいた。

 

 そんな彼を前に、自分は一体どうすればいい?何をしてやれる?――そんなの、簡単なことだ。"デク"である自分を受け入れたあの日、すべてわかったはずじゃないか。

 

 

「――当たり前だろ、そんなの」

 

 だから滑り出したことばは、ごく自然に、心の底から出でたものだった。

 

「きみはいつだってすごい奴で、ヒーローだよ。そんな怪我してるのにひとりでグロンギに立ち向かって、八百万さんを救け出して……」

「………」

「それに僕、うれしかった。きみが八百万さんを守ることを選んだって聞いて。自分を曲げてでも、目の前の命を守った……ヒーローとしてそれが間違ってるだなんて、誰にも言わせない」

「……それで、あとあと大勢の人間がG2に殺されることになってもか?」

 

 皮肉るように訊く。それでも、

 

「だとしてもだよ」

 

 迷うことなく、断言する。

 

「もちろん、そんなことはあっちゃいけない。全力で防がなきゃいけないよ。でもそれはきみひとりで背負うものじゃなくて、みんなで考えて、がんばるべきことだと……僕は思う」

 

 分厚いグローブに包まれたまま、投げ出された勝己の手。その片割れを両手で包むようにして、ぎゅっと握りしめた。

 

「言っただろ、僕も協力するって。――力になりたい……ならせてよ、かっちゃん」

「………」

 

 勝己はなおも沈黙していたが、やがて深々とため息をついた。チッ、と舌打ちもひとつ。

 

「テメェに励まされンの……やっぱクソムカつくわ」

「な、なんだよ……きみが言い出したんじゃないか」

「うっせ」

 

 相変わらず酷い返事だなぁ、と、出久は苦笑した。ただ振りほどかれることもないまま、てのひらの熱で温められていくグローブの感触が、彼らの"現在(いま)"を象徴していたけれど。

 

「あ……そういえば、轟くんたちは?」

「!!」

 

 くわっと目を見開いた勝己にいきなり振り払われたうえに、軽く爆破を浴びせられる。無論直撃ではないが、熱を受けた頭髪の毛先がチリチリになってしまった気がした。

 

「いっ、いきなり何すんだよ!?」

「テメェ、言うに事欠いて次はそれかこのクソナード!!」

「しょうがないだろ気になったんだから!!」

 

 突然の爆破からの口論に、周囲が何事かとこちらを見つめている。注目されるのはふたりとも本意ではないから、ふたりはいったん、渋々口をつぐんだ。

 

 ややあって、

 

「……飯田の奴は捜査に参加してる。轟と八百万は知らん、どっか行った」

「言い方……」

 

 出久は呆れたが、勝己のことばには流石に続きがあった。

 

「色々あんだよ、積もる話がな」

 

 

 

 

 

 爆豪勝己には「どっか行った」と表現されてしまった轟焦凍と八百万百は、数キロ離れた流山市内の大堀川水辺公園にいた。できれば、現在の科警研のように血の臭いのする場所から離れて話をしたいと思ったのだ。科警研の目の前にも公園があることもあって、なんとはなしにここを選んだのだが……結論を言えば、正解だった。

 

 公園のど真ん中を貫く大堀川は、夕焼けに照らされて淡い橙の光を放っている。今日はずっと曇天だったから、結局青空は見られなかったな、と焦凍は思った。

 

「あの……轟さん」

「!」

 

 河川敷に並んで座る、八百万がおずおずと声をかけてくる。ぼうっとしている場合ではないのだ。

 

「……悪ィ。もう、身体は大丈夫か?」

「え、ええ……もう平気ですわ。あの、程度のことで――」

 

 声がかすれ、肩はぶるりと震える。――彼女は今日、あの恐ろしい怪物たちの手に落ちかけたのだ……独りぼっちで。

 

 震える手に、焦凍はそっと、自身の左手を重ねた。彼女の手はひんやりと冷たくなっていた。温めてやりたいと思ったが、個性は使わなかった。

 

「ここにはおまえと俺しかいない。……弱音、吐いたっていいんだぞ」

「………ッ、」

 

 八百万は暫し、嗚咽のような声を漏らす。焦凍は黙ってそれを聴いていた。川のせせらぎと混じりあったその音を綺麗だと、思うことは本当は不謹慎なのだろう。

 

「ヒーローは常に危険と隣り合わせ、命を落とすことだってある。わかっていた、つもりでした……」

「………」

「でも、彼に……死柄木弔に、会ってしまったときに……」

 

 あの凝血のような瞳にひと睨みされたとき、"死"というものがまるで津波のように押し寄せてきたのだ。ただそれだけのことで戦意を失い、ヒーローとして立ち向かうことなどできなくなってしまった。――神野でオール・フォー・ワンと遭遇した15歳のときと、何も変わっていない。

 

「私、また何もできなかった……!」

 

 死の恐怖が去れば、残されたのは自身の無力さへの激しい悔恨。人々を守るどころか人質にされ、結果、警察官やプロヒーローが殺された。さらには将来、多くの人間が危機に晒されることになるかもしれない――

 

 

「――かもな」

 

 懺悔を聞き届けた焦凍のことばは、冷たくも聞こえるものだった。もとより慰めのことばを期待していたわけではない八百万だったが、やはりわずかに俯くしかない。

 

「けど……少なくともおまえは、何かしようとしたんだろ。……逃げ出して、あんな奴らが暴れてても知らねえふりして、何もしなかった奴もいる。今さらのこのこ戻ってきて、ずっと心配してくれてた仲間に"極秘任務"なんて嘘までついてな」

「え、それ、って……」

 

 一年以上も音信不通となり、ふらっと帰ってきたかと思えば「極秘任務で連絡できなかった、まだ継続中だから表向き行方不明のままにしておいてくれ」などといけしゃあしゃあとのたまった男。――まさしく、目の前にいるではないか。

 

 ただそれを指摘するのは無粋なことだと、さすがに八百万もわかってはいた。

 

「その方は……一体なぜ、お逃げになったんですの?」

「化け物になっちまったから」

 

 答は単純明快だった。

 

「化け物になった自分を、そいつは制御できなかった。守るどころか全部ぶっ壊しちまうのが怖くて……逃げて、震えてた。自分と向き合おうともしねえで……」

 

 もしも"彼"に、最初からそれができていたなら。復活したグロンギと戦うことができていたなら。奴らの手から、もっと大勢の人間を救け出せたかもしれない。――傲慢なのはわかっている。出久や勝己たちの血を吐くような奮闘を嘲笑うかのような思考であることも。それでも……。

 

「そいつはまた、戦ってる。今度こそ自分のなりてえヒーローになるために。……もう止まらねえ、止まりたくねえんだ、俺」

(言ってしまいましたわね……"俺"って)

 

 せっかく他人のこととして話していたのに。まあそういう抜けたところも、この青年らしい。髪を短く切り揃えていることもあって、学生時代より幾分か精悍に見える横顔を、八百万はじっと見つめた。

 

「だから八百万、おまえも立ち止まるな。今日のことを後悔するんだったら、尚更だ。――大丈夫、つらいときには支えてくれる人がいる。独りで踏ん張らなきゃいけないわけじゃねえ」

「轟さん……」

 

 雄英に入学したての頃、いつも独りでいた焦凍の姿を思い出す。他人との間に分厚い氷壁を築き、それは触れれば切れてしまいそうなほど冷たく鋭くて。いつしか薄くなりはしたけれど、結局完全に融けきることはなかった。

 

 その頃の彼とはもう、決定的に何かが変わっている。その変化こそ、彼を異形の怪物から超人たる英雄たらしめたものなのだろう。爆豪や飯田、そしておそらく――

 

「轟さんにそこまで言わせるだなんて、見かけによらず大物ですのね。――緑谷さんって」

「!、なんでそれを……」

 

 突発的な事態に、思わずそう返してしまった。八百万がふふ、と微笑むのを目の当たりにして、自身の迂闊さに思い至った。

 

「……カマかけたな?」

「ごめんなさい。でもなんとなく、そんな気はしていましたの」

 

 いずこからか帰ってきた焦凍が、東京で学生をやっている出久と知り合いで、しかも自分たちに対して以上の信頼を寄せている様子だったこと。海水浴に行った際、急用と称して出久が去った直後、東京で未確認生命体が出現したというニュースが入ってきたこと。そこに第4号に似た戦士の正体が焦凍とわかれば、状況証拠が誰を指すかは明白だ。

 

「ハァ……」ため息をつきつつ、「あいつは、本当にな。あいつなりに色々悩んでたこともあったけど……ある意味誰よりもまっすぐ、ヒーローやってる奴だよ」

「そうですわね……」

 

 ただ優しいわけでも、正義感が強いというわけでもない。――困っている、苦しんでいる人を救けたい。その純粋な想いを心に宿す青年、それが緑谷出久なのだ。お茶子や桜子が惹かれるのも、よくわかる。

 

 

――気づけばずいぶん、空が暗くなってきている。

 

「……そろそろ帰るか」

「あ……そう、ですわね」

「腹も減っただろ。飯、奢る」

「いえ、そのようなお気遣いは……」

 

 空腹を感じているのは事実だし、焦凍と食事をともにできるのはとても心が弾むが。

 

 立ち上がり、歩きだしたふたり。しかしその瞬間、不意に冷たい風が吹いた。秋口の逢魔ヶ時といえども、あまりに――

 

「……!」

「……轟さん?」

 

 途端に、焦凍の顔色が変わった。オッドアイを見開いて、振り返る。八百万もまた、その動きにつられた。

 

 そして彼らは、見た。――先ほどまで何もなかった川縁に、ひとりの男が立っていた。一点の汚れもない白髪に、曲がった背中はまるで老人のよう。しかしそうではないと、彼らは思い知らされていたのだ。

 

「死柄木……!」

 

 わずかに怯えを覗かせる八百万を背中に庇い、焦凍は変身の構えをとる。しかし弔は、それを手で制した。

 

「焦らなくていいよ、とどろき。()()()戦いに来たわけじゃないから……」

「何……?」

 

 にたり、と笑う弔。純朴でありながら、酷薄――いまにも殺意が滲むのではないかと思えば、油断などできようはずもない。あの瞬間移動めいたスピードで襲いかかられ、"崩壊"の力を使われればひとたまりもない。

 

 が、そんな焦凍の態度などお構い無しに、弔は言い放った。

 

「ぼく、これからしばらくいなくなるから」

「……は?」

「"整理"、やれって言われたんだ。だからジャラジと、ゴオマ連れてく……」

「なに言ってんだ、整理ってなんだ!?」

「……すぐにわかるよ。そんなことより轟……整理やるだけじゃ、ぼく、つまらないんだ」

 

「ぼくとまた、遊んでくれるよね?」

「――!」

 

 焦凍は思わず息を呑んだ。そのことばのためではない。何か、色とりどりの糸のようなものが、ふたりの間でつながっているのが見えた。それを介して、弔の感じているものが自分に流れ込み、自分の感じているものが弔に流れ込んでくるような感覚があった。

 

(死柄木……おまえは……)

(………)

 

 

「……さん、轟さん!」

「!」

 

 焦凍ははっとした。長い夢を見ていたかのような後味が、体内に渦巻いている。

 

 気づけば弔の姿は、その場から消えうせていた。

 

「大丈夫……ですか?」

「……ああ。どれくらいボーッとしてた?」

「何秒か……」

 

 そうか、と口の中でつぶやいた。自分の身に一体何が起きたのか、それはあとでよくよく検証する必要があるだろう。

 

 だが、いまは――

 

「八百万、」

「は、はい!」

 

「飯……しばらく、一緒に食えねえと思う」

「……!」

 

 焦凍が何を決断したのか――この聡明な女性にすべてを悟らせるためには、そのひと言で十分だった。

 

「悪ィ……いや、ごめんな」

「……いえ、」

 

 なりたいヒーローになる――焦凍はそのための途を突き進もうとしている。だったら、自分のやるべきことはひとつ……彼女はそう心していた。

 

「私……いつまでもお待ちしていますわ。だから轟さん……どうか、ご無事で」

「……」

 

――ああ、

 

 

――彼女はこんなにも、綺麗な女性(ひと)だったのか。

 

 

 母以外の女性のことを、焦凍は生まれてはじめて心からそう思った。

 

 

 



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EPISODE 37. 終わりのはじまり、そして 3/3

アギトがタイムジャッカーについたって本当ですか?
失望しました、エンデヴァーのファンやめます。


「――ごめんね心操くん、わがまま言っちゃって」

「いや……」

 

 緑谷出久は友人である心操人使を伴って自宅アパートに帰ったのは、夜もずいぶん深まった頃合いだった。

 

 事件の後処理が済んで帰宅を許可……否、"命令"されたとき、心操にうちに来ないかと声をかけたのだ。G3という身体に負担のかかる強化服の着脱を一日のうちに何度も繰り返し、彼が自分以上に疲労困憊なのはわかっていたけれど……それでも。

 

 申し訳なさそうに力なく微笑む出久に、いつも以上に目の下の隈の濃い心操も笑い返した。

 

「気にするなって言ったろ。……俺もちょうどそういう気分だったんだ。疲れてるのは事実だけど、多分、ひとりで帰ってベッドもぐっても眠れない」

「……そうだね」

 

 今日は本当に、長い一日だった。グロンギもクウガもなく学生をやっていた頃だったら一日くらいヒーロー番組や動画を見て潰すことだってあったのに。

 

 ただ、その長さに比して、自分は――おそらく心操も同じ気持ちだから、二つ返事で了承してくれたのだろうが。

 

 駐輪場に二台バイクを置き、階段を上っていく。そうしてたどり着いた部屋の前に、ひとつ、人影があった。

 

「!、あ……」

 

 

「沢渡、さん……」

 

 出久と心操を交互に見やり、桜子は小さく手を振った。廊下の薄暗い電灯の下で、彼女の表情はいつもより儚げに見える。なんだか居ても立ってもいられない気持ちになって、出久は彼女のもとに駆け寄った。

 

「どっ、どうしたの急に……。いやそれはいいんだけど、いつから待ってたの?」

「そんなに待ってないよ。二時間くらい」

「十分待ってるじゃないか!……ごめん、待たせちゃって」

「ううん……私のほうこそごめんね、急に押し掛けちゃって。でも、今日のことニュースで見てたら……なんか、ここに来ずにはいられなくなっちゃったの」

 

 そう言うと、桜子はちら、と心操を見やった。一寸も逸れることなく目が合う。互いの顔を目の当たりにした瞬間、思ったことがひとつだけ。

 

「俺、」

「私、」

 

「「――お邪魔だった?」」

「へぁ?」

 

 まったく同じタイミングで同じことを――しかも至って真面目な表情で――言うものだから、出久は思わず癖になっている裏返った声を発してしまった。

 

「そ、そんな……なぜ?」

「仮面ライダー同士だし」

「まあ……男女だし」

「い、いやおかしい!?仮面ライダー同士はまだわかるけど、男女とかそういうのはおかしい!」

 

 桜子の気持ちを知っていながら「おかしい」と言い切る出久のほうが世間一般からすればおかしいのだが、そこはもう彼の性格と割りきるしかない。実際、当事者である桜子はくすりと笑うばかりだった。

 

「冗談だよ冗談。でも、本当に私までお邪魔しちゃって大丈夫?」

「ハァ……」ため息をつきつつ、「大丈夫……ていうか、いてくれたほうがいいかな。僕的には……」

「俺もです」

「そっか。じゃあ、お邪魔するね」

 

 その微笑みは少女のような可憐さと大人の穏やかさがきちんと同居していて、やはりこういう人には幸せになってほしいと出久は思った。

 

 自分が幸せにするとは、まだ、言えそうもなかった。

 

 

 

 

 

 心操や桜子にとって、出久の部屋へ上がるのは久々のことだった。警視庁や戦場、研究室で頻繁に顔を合わせてはいても、こうしてふつうの友だち付き合いをする時間は、あまり確保できていなかったから。

 

(それにしても……)

 

 相変わらず、ヒーローオタク丸出しの部屋だと思う。これでも実家の自室よりは整理しているらしいが。ただやはり数ヶ月が経過して、グッズが増えていく一方なのは変わらないようだった。

 それに、

 

「――あのサイン、結局全部飾ったんだな」

 

 壁一面に飾られた複数の色紙には、多種多様なサインが飾られている。"烈怒頼雄斗"に"ウラビティ"、"チャージズマ"、他にも大勢――皆、雄英高校のOBだ。それらがどこで出久の手に渡ったのか、心操も桜子もよく知っている。彼に贈られるさまをこの目で見ていたのだから、当然である。

 

「うん!」自分で注いだ烏龍茶を飲みつつ、「色々考えたんだけど、実家に送るのも押し入れに大事にしまっとくのももったいないし、やっぱり飾っておきたかったんだ!ただ直射日光が当たると色褪せちゃうから、ちょっと模様替えもして直接日が当たらないようにしたり……あれ飾るだけのつもりだったのに、気づけば丸一日作業になってたよね」

「ふふ、出久くんらしいね」

 

 へへ、と照れくさそうにはにかむのがまた彼らしい。グロンギに立ち向かっていくときの勇敢な表情や考えごとをしているときのしぐさも好きだが、こういう柔らかい一面を見られるとやはりほっとする。

 

「やっぱり、いいよね……ヒーローって」

「……そうだな」

 

 出久の声が、心なしか沈んだような気がした。

 

「僕……、」

 

 何か言いかけて、口をつぐんだ。しきりに飲み物に口をつけて、瞳をさまよわせている。酒の力でも借りればぱっと吐き出せるのだろうが、生憎冷蔵庫には久しくそういった類いのものは入れていない。クウガになってからというもの、この友人たちと居酒屋で飲み明かすこともなくなった。例外は海水浴の時くらいだ。

 

 それだけ彼は、いつ何どきでも戦場に立てるように生活してきた。この数ヶ月間そうしてきて、胸を張って「僕はクウガなんだ」と言えるようになってきたと思っている。けれど――

 

「………」

 

 出久が逡巡を続けていると、

 

「ヒーロー科で、ちゃんと学べてたら」

「!」

「常々そういう気持ちはあったけど……今日ほど強くそう思った日はないかも、俺」

 

 心操は皮肉っぽく唇を歪めた。

 

「で、あんたは何言おうとしてたわけ?」

「……そんなようなことデス」

「ふーん、やっぱり」

 

 出久は思わず苦笑した。心操も、同じことを――いや、それもそうか。ヒーローを目指すことをあきらめてふつうの学生生活を送っていたという意味では、自分たちの境遇は似通っている。そもそも、それが意気投合する端緒になったわけで。

 

「……今日みたいなこと、初めてだった」

 

 いや正確には、あかつき村と渋谷でのグロンギ同時出現という似たような事例はあったけれど。――ただ出久はあのとき前者に専念していたから、複数の事件の同時処理を経験していないことに変わりはなかった。

 

「ゲームのルールを見破って、41号を倒すことはできた。けど……死柄木弔のことでは、僕は何もできなかった。それどころかかっちゃんに怪我させて、科警研の時は間に合わなくて……」

「経験があれば、もっと上手く立ち回れたんじゃないか……やっぱり、そう思うよな」

「……うん」

 

 そう感じているのは、自分たちだけではない……と、思う。少なくとも爆豪勝己は自分たちにないものを持っていながら、それでも涙をこらえきれずにいるほど悔恨を抱いていた。

 

「でも、それだけじゃないんだ」

 

「かっちゃんにさ……僕、言ったんだ。"力になりたい、ならせて"って」

「……結構チャレンジャーだな、おまえ」

「い、いや自分でもそう思うけど!……でもかっちゃん、昔と違うんだ。振り払ったりしないんだ」

 

「轟くんたちのこと訊いた途端振り払われて爆破かまされたけど」とぼやくと、即座に「それは出久くんが悪い」と返されてしまった、桜子に。心操もうんうんうなずいている。

 

「な、なんで!?……いやまあそれは置いといてだけど、せっかくかっちゃんが受け入れてくれてるのに、僕、やっぱりもどかしいんだ。前はただ、もっと強い力があればって思ってた。けど……ただ強くなるだけじゃ、僕はまた、かっちゃんにあんな表情(かお)をさせてしまう気がする……」

「緑谷……」

 

 協力する、力になる――いままでのようにグロンギを倒していくだけなら、簡単などとは口が裂けても言えないまでも、そう難しいことではないだろう。いまの自分には"金の力"があるし、たくさんの仲間がいる。

 

 けれど死柄木弔のことでは、まだ自分は、何もできていない。死柄木を救けたい――そんな勝己の想いを、どうすれば支えてやれるのだろう、自分は。

 

 その答は、誰も持ち合わせてはいない。自分の力で見つけなければならないものだと、わかってはいるけれど――

 

「……きっと、すぐに答は出ないんじゃないかな」

 

 ふたりの吐露を聞き届けた桜子が、不意に声をあげた。

 

「他人の想いを支えるって、ヒーローだけじゃなくて誰しもがやろうとしていることだけど……そのくせ、すごく難しいのよ。もしかしたら、人助けよりずっと」

「………」

 

 桜子は常にそれをやってくれている――自分たちに対して。だからこそそのことばには、ひどく説得力があった。

 

「ねえ出久くん。どうして爆豪さんは、きみの手を振り払わなくなったんだと思う?」

「え……」

 

 思わぬ問いかけだった。答に窮してしまうのは、何も思いつかないからではなくて。

 

「……僕がかっちゃんの気持ちを、思いやれるようになったから」

 

 それをはっきり口にするには恥じらいがあった。

 桜子は笑うこともなく、真剣な表情のままうなずく。

 

「もちろん爆豪さんが大人になったとか、出久くんが強くなったからとかも、理由としてはあると思う。けど爆豪さんが嫌々きみを受け入れてるのでないとしたら、きっと、そういうことなんじゃないかな」

 

 勝己がかつて、独りよがりで傲慢だったのは事実だ。その狭量が、"いっちゃんすごくない""ムコセーのデク"に手を差し伸べられることなど赦せないという、拗れた感情につながったのだということも。

 

 けれど、独りよがりだったのは自分も同じだ。かっちゃんは、無力を運命づけられた僕の気持ちなんてわかってくれない。だから僕だってそんなもの考えない……いやそもそも、彼が傷つくことなんてあるわけがないと思い込んでいた。

 

 最初は純粋だった"救けたい"という想いに、いつからか駆り立てられるようになってしまっていた――

 

「……そうだね。僕がかっちゃんを助けたいのは、義務だとかそんなんじゃない」

 

 かっちゃんが、大切だから。

 

 

「いまは、その気持ちを大事にすればいいと思う。自分に何ができるかは、そのあとに見つかるよ……きっと」

「……うん」

「大切だから、か……」

 

 心操もまた、そのことばに感慨めいたものを抱いているらしい。その想いをかなえるのはとても難しい、だからこそ、何よりの原動力になることだってある――彼もまた、身をもって知っているのだった。

 

 

 

 

 

――気づけば自分たちは眠っていたらしい。

 

 何か振動めいたものを感じとって、出久はそのことに気づいた。正確には、覚醒を促されたというべきか。

 

「ん……」

 

 身体を起こし、半ば夢うつつのままの寝ぼけた頭で、周囲を見遣る。すぐ目の前のテーブルでは、心操と桜子が仲良く突っ伏して眠っていた。壁掛け時計の短針は3と4の中間を指している。どうやらとりとめもない会話を続けているうちに、皆寝落ちしてしまったようだ。これも久しく体験していない、学生らしい出来事のひとつだった。

 

 と、振動は未だ続いている。ようやくその出処を探りはじめた出久だったが、発見まで数秒とかからなかった。――テーブルの下に落ちていた、彼自身のスマートフォン。彼女がしきりに震え続け、着信を告げていたのである。

 

 すわ事件か――瞬時に眠気の吹き飛んだ出久だったが、表示された発信者の名は予想とはわずかに逸れたものだった。

 

 

「――轟くん!」

 

 アパートの外でバイクに寄りかかってぼうっとしていた焦凍は、待ち人の声で我に返った。顔を上げれば、Tシャツの上から適当な上着を羽織っただけの恰好で、出久が階段を駆け下りてくる。

 

「緑谷……悪いな、こんな時間に」

「い、いや別にいいけどさ……どうしたの、突然?」

 

 勝己や塚内管理官ら捜査本部の面々ではなく、焦凍からの呼び出しということは、新たなグロンギ出現というわけでもあるまい。ここに来ているということは、まさか彼もうちに上がりたいのかなんて、ピントのずれたことを考えたりもしたのだが。

 

「……実は、しばらく東京を離れることになった」

「え!?」

 

 深夜も深夜であることも忘れて大きな声をあげてしまう。思った以上に響いた自分の声に、出久は余計に焦りを募らせた。

 

「……どういう、こと?」声をひそめて訊く。

 

 無論、焦凍も言いっぱなしではない。その決断に至った経緯を、すべて語った。死柄木弔との再邂逅、彼が告げた"整理"の開始――

 

「"整理"って、一体……」

「わからねえ……けど、とてつもなく恐ろしいことなんだと思う。終わりのはじまりが、いよいよ来ちまうんじゃねえかって……そんな気がするんだ」

「………」

 

 かつてヴィランの王になろうとしていた男が、グロンギになってしまった――それ自体終末への扉が開かれたことを予感させるものなのに、さらに何をしようというのか。

 焦凍の言うとおり、とても恐ろしいことなのだろう。だから、それを止めるためにあとを追う――

 

「けど……まさか、きみひとりで行くんじゃないよね?」

 

 表向きには、ヒーロー・ショートは未だ失踪中ということになっている。そんな彼が独りで行けば、宿ひとつ探すのにも苦労を強いられるだろう。

 あるいは、グラントリノが再び供をするのだろうか。出久のそんな予想は極めて順当といえるものだったのだが、

 

「……そのことで緑谷、おまえに謝らなきゃならねえ」

「え?」

 

「――爆豪が、俺に同行することになった」

「……!」

 

 息を呑む出久に、焦凍は再び経緯を語った。――さかのぼること数時間前。警視庁にて焦凍は、面構本部長に弔の追撃を進言・志願していた。そこに現れた勝己が唐突に「俺も行く」と言い出したのだ。

 

 焦凍は当惑したし、面構らも流石に二つ返事で応諾はできなかった。実際に籍を置いているわけでない焦凍とは異なり、勝己は名実ともに捜査本部のエースである。今後も東京で起こり続けるであろう殺人ゲーム――その抑止力たることと、秤に掛けるのは至難だった。

 

 けれど、

 

――死柄木を、放ってはおけない。

 

 ただそれだけ、わかりきったことば。けれども居合わせた者たちは皆、その声に彼の意志の固さをみた。彼の心をいま、最も深いところまで占めているものはなんなのか、痛感せざるをえなかった。

 

 結局、勝己の同行は認められた。弔のことも捜査本部の所管する案件には変わりなく、誰か所属のヒーローや捜査員を派遣する必要があったのだ――

 

 

「……そっか。それで、かっちゃんは?」

「一旦別れて、五時にまた警視庁で合流することになってる。流石に仮眠とらねえとキツイし、荷物まとめる必要もあるからな」

「そっか……」

 

――僕も、行きたい。

 

 一瞬、そんなことばが出かかった。弔を救けるために、協力する――そのためには自分も同行するのが一番いいに決まっている。

 けれども焦凍がいなくなって、自分まで東京を離れたらどうなる?強力になっていくグロンギたち、いくら心操とG3がいるといえども、あまりに荷が重すぎる。

 

 結局出久は、すんでのところでその想いを呑み込んだ。それを知ってか知らずか、焦凍は勝己について、こんなことを口走った。

 

「……爆豪が東京(こっち)を離れるのは、俺もどうかと思ったんだ。もちろん、飯田や森塚刑事たちだったら、影響ねえってわけじゃねえけど……」

 

「けどあいつ、別れる前に言ったんだ」

 

 

――デクに会うなら伝えとけ。

 

――俺は、こっちのことはなんも心配してねえってな。

 

 

「かっちゃんが、そんなことを……?」

 

 何も心配していない――彼以外の捜査本部の面々も皆優秀だから、というふうにもとれる。そのような意味だったとしても極めて彼らしからぬことばだが、だとすればわざわざ出久だけを指す必要もない。

 

「信頼されてんだな、おまえ」

 

 もはや当たり前のことのようにつぶやかれた、焦凍のことばがすべてだった。自分がいなくとも、デクがいるから大丈夫――

 

 出久は思わず苦笑した。本当にそう思ってくれているのだとすれば、ずいぶんと婉曲的な言い方だ。でありながらその意味するところは実にわかりやすい。彼の複雑な性情が、そのまま表されているかのようだった。

 

「緑谷、俺たちは死柄木を止めにいく」念押しするようにもう一度宣言しつつ、「……けど正直、俺たちだけでどこまでできるかはわからねえ。"前科"があるからな……」

「前科って……」

 

 焦凍にかかれば冗談のような物言いになってしまうが、弔のことは紛れもない、自分たちの咎だと彼は思っていた。敵連合を壊滅させ、彼を捕らえることはできた。けれど、救うことはできなかった――いやそもそも、当時の自分はそんなこと、オールマイトの後継者でありながら考えもしなかった。勝己のほうがよほど、その思いを強く抱いていたのではないだろうか。

 

(俺はいまも、"救けたい"とは胸を張って言えずにいる)

 

 だから、

 

「緑谷。俺はおまえが、"最後の切り札"になると思ってる。俺のことも救けてくれたおまえならきっと、あいつのことも……」

「轟くん……」

「……だからその日が来るまで、こっちのことは任せた」

 

 焦凍の右手が、おずおずと差し出される。なんだか動きがぎこちないのは、きっとまだ不慣れだからなのだろう。出久もそれは同じだったけれど、彼の気持ちに応えて、躊躇うことなくその手を握り返した。冷気を扱う右側だけれども、手のひらは温かかった。

 

「じゃあ……行くな」

「うん。――気をつけて」

 

 手を放し、去ってゆく焦凍。見送る出久。そんなふたりを呼ぶ声。振り向けば、アパートの階段からこちらを見下ろす心操と桜子の姿があった。目が覚めたときに出久の姿がないことに気づき、飛び出してきたのだろう。

 

 既にバイクに跨がっていた焦凍は、ヘルメットのバイザーを上げて振り向いた。そのオッドアイが、ふたりを交互に見回す。

 

「沢渡さん、心操。――これからも緑谷のこと、支えてやってくれ」

「!、……もちろん!」

「……あんたに言われるまでもないよ」

 

 躊躇いのない、あるはずがない彼女らのことば。それを聞いた焦凍は、満足そうにうなずき――バイクを、発進させた。

 

 

 遠ざかっていく背中をいつまでも見つめながら、出久は思う。――いつか来る、切り札となるべき日のために、

 

(僕は……僕の憧れたヒーローであり続けよう)

 

 みんなの笑顔を、守れるようなヒーローであり続ける――それがきっと、自分を信じてくれた幼なじみの笑顔を守ることにもつながるから。

 

 

 

 

 

 その、一方で。

 

 

「ザジレスゾ、バダー」

 

 響き渡る、バラのタトゥの女――バルバの声。彼女は再びその衣装を変えていた。薔薇の花弁を思わせる、紅色のドレス。これまでのような露出も大きく減り、より厳粛な雰囲気を醸し出している。背後には控えるドルドが、静かにバグンダダを掲げる――

 

「やっと俺の番か……待ちくたびれたぜ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべるゴ・バダー・バ。彼の視線の先には愛馬バギブソンと、バギブソンを手入れする老人の姿があった。ヌ・ザジオ・レ――グロンギの道具や武器の製作・修繕を一手に引き受ける唯一の職人である。ゲゲルへの参加は認められていないし、その気もない。

 

「ギギジョグ……ドデデロ……」

 

 ただ己の作ったものがリントの命を奪うのを愉しむ、残忍な性情は持ち合わせていた。

 

 

 バダーはバギブソンに軽やかに飛び乗り――その姿を、怪人体へと変貌させた。未確認生命体第6号――ズ・バヅー・バに酷似した風貌。ダークグリーンに染め抜かれた全身の中で、鮮血を吸い上げたような真っ赤なマフラーが燦然と輝いている。

 バヅーと大きく異なるのは、肘から鋭い突起が生えていることだった。それを自ら毟りとり、マシンのボディに突き刺す。と、そのシルエットが大きくゆがんだ。禍々しい装甲が全体を包み、ただのオフロードバイクを殺人兵器へと変えてしまうのだった。

 

「フッ……そろそろザギバス・ゲゲルに進む奴が見たかっただろ、あんたらも」

 

 バダーがそう声をかけたのは、見送りに現れたゴの三強。反応はそれぞれだが、共通するのはどこか見下したような態度。どうせこいつも失敗すると思われているのだろう。

 そのことに気づいていながら、バダーはまったく不快には思わない。彼らの予想は外れるという、絶対的な自信があったから。

 

「あんたと戦りあうのが楽しみだぜ、ガドル」

「……面白い」ようやくガドルが口を開く。「貴様の手並み、見せてもらうぞ」

「フン、りょーかい」

 

 堂々たるサムズアップを見せつけ……エンジンを、唸らせる。

 

「さあ……行くぜぇッ!!」

 

 

 いよいよ動きだす、"脅威のライダー"。アギトと爆心地という貴重な戦力を切り離した出久たちは、果たして彼を止めることができるのだろうか。

 

 鍵たりうるのは、クウガのために造られた新たなるマシン。

 

 

――その名も、ビートチェイサー。

 

 

つづく

 

 




バダー「次回、いよいよ始まる俺のゲゲル。ライダーは皆俺の餌食さ、当然クウガもGなんたらもな」

バダー「一方クウガには俺のバギブソンをも上回るという新型マシンがあるらしいが、乗りこなすのに四苦八苦するらしい。そんなことで俺を止められるのかねえ?……つーわけで次回」

EPISODE 38. 駆け抜ける嵐

バヅー(幽霊)「ゴセンバダビゾドデデブセ、ガビビ!(俺の仇をとってくれ、兄貴!)」
バダー「(無視)さらに向こうへ、プルスウルトラ……ってね」





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EPISODE 38. 駆け抜ける嵐 1/3

友情出演:八郎の母ちゃん(銀魂より)

なんで出そうと思ってたのかは永遠の謎。きがくるっていたとしか思えない。


 死体、死体、死体。

 

 久しく人間の出入りなどない山間の廃工場に、そうと呼ぶしかないものが大量に積み上がっていた。その肉体はあちこちがボロボロに崩れ去り、もはや原型をとどめていない。

 

 広がる血の海を雨が洗い流していく中で、唯一立ち尽くしたまま、雫の群れに打たれる青年の姿があった。濡れることを忌避するどころか甘受するかのように空を見上げている。見開いた血のいろの瞳に……太陽が、映るはずもない。

 

 この地に命ある者は、彼しかいない――そうではなかった。付近の廃材に腰かける、黒いこうもり傘を差した詰襟姿の少年。彼はずっとそうしていた。目の前の青年が異形の姿へと変貌し、この屍の山を築く……その一部始終をも。

 

「ねえ、」青年に呼びかける。「ひとり、逃がしたよ」

「………」

「……聞いてる?追わないの?」

 

 それでは、彼に課せられた"整理"の任は果たせまい。少年自身に許されているのは見守ることだけで、手出しはできない。

 

 しかし、

 

「……だいじょうぶ」

 

 首を反らせたまま、弔はひび割れた唇をゆがめた。

 

「一匹くらい、あいつにあげないと」

「……あぁ」

 

 

――かの女は、木々の中を走っていた。派手な化粧を無惨にも崩しながら、必死の形相で"何か"から逃げようとしている。その手の甲には、なんらかの動物を象ったのであろうタトゥが刻まれていて。

 

 日本語とは異なる言語で呪詛を吐きながら、疲弊した彼女は大木の裏に身を潜めた。わずかに顔を覗かせ、逃げてきた方角を見遣る。追う者の影は……浮かばない。

 

 女は安堵のため息をついたが、燻る恐怖は膨らんでいくばかりだ。行動をともにしていた仲間は皆、抵抗らしい抵抗も許されずに殺されてしまった。自分もいずれ、結局は……そんな思いに駆られる。

 だがいまは、とにかく生き延びることだ。そう心して彼女が立ち上がったそのとき、不意に頭上に影が差した。

 

 は、と顔を上げる女。彼女が最期に見たのは、鋭い牙を剥き出しにして迫る……血に染め抜かれたような赤の、異形の姿だった。

 

 

 

 

 

 舗装されていないダートトラックに、勇ましい鋼鉄のいななきが響き渡っている。

 

 砂塵を巻き上げ、剥き出しの大地にタイヤ痕を刻みながら駆け抜ける、一台のオフロードバイク。銀を基調とした車体に、カウルやマフラーなど至るところが淡いブルーで装飾されている。デザインそのものは、ディテールの差異を除けば警視庁の開発した最新型白バイの試作機"トライチェイサー"に瓜二つだった。

 

 

「――どうですか、"ビートチェイサー"の調子は?」

 

 その試験走行を見守る合同捜査本部の塚内管理官、そして森塚巡査のもとにやって来たのは、科警研の所長である結城だった。たまたま出張中だったため襲撃事件に直面することはなかった強運の持ち主。ただ出張先から飛んで帰ってきてからこっち、自宅に帰れない生活が続いていると聞く。

 その割に疲労をまったく窺わせない表情と声音に内心舌を巻きつつ、塚内が答えた。

 

「調子はいいでしょうね。……良すぎて困るくらいです」

 

 塚内が力ない笑みとともにそう返すのと、マイクに顔を近づけた森塚が「おらッ、しっかりしろやみど……デクゥ!!」と、どこぞの爆発さん太郎を思わせる檄を飛ばすのがほぼ同時だった。

 

 

――そう、騎手である緑谷出久は、ビートチェイサーのコントロールに苦心していた。振り回されていると言い換えてもいい。

 

「ッ、く……!」

 

(しっかりしろったって……!)

 

 しっかりどころか、全身全霊を込めて運転しているつもりだ……自分では。

 だが、ビートチェイサーはほとんど出久の運転に従ってくれない。振り落とされないようにするのが精一杯――まるで、暴れ馬のよう。

 

「くそッ、僕は……うぉおおおおっ!!」

 

 雄叫びめいた声をあげ、グリップを捻る。コントロールにばかり気をとられているようでは、この訓練の目的は半分も果たせない。トライチェイサーを遥かに凌ぐ性能を誇るビートチェイサー。その真髄を完全に引き出せるようにならなければ、これほどのマシンを与えられた意味がない――

 

 だが、

 

「……危ないな、いったん止めたほうがいい」

「え――」

 

 結城のつぶやきに警察官ふたりが反応したときにはもう、出久は大きくバランスを崩していた。

 

 ぐらり、と車体が傾き、

 

 

 ガシャンと激しい音をたてて、騎手の身体が地面に投げ出された。音ばかりでなく、大量の土埃も舞い上がる。フルフェイスのヘルメットのおかげで、それらが視覚に致命的な影響を与えることもないのが唯一の救いか。

 

「あーまたやりよったっ、緑谷くん!大丈夫!?」

 

 素に戻った森塚が飛び出していく。ちゃんと兄貴してるなあなどと場違いな感想を抱いた塚内であったが、流石に口には出さなかった。

 

 一方で、投げ出された出久はというと、

 

 

「……痛、ってぇぇ………」

 

 まぶしいほどの鮮烈な紺碧を目に焼きつけながら、そんなつぶやきを漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

「痛ッ、」

 

「でぇええええッ!!」

 

 

 医務室にて、出久は恥も外聞もなく絶叫していた。全身の痛々しい擦り傷を手早く消毒され、膏薬を塗り込められる。痛くないわけがない。

 

「わめくんじゃないよ男の子なんだから!――ホラッ、これで終わりだよ!」

 

 なかなか前時代的なことをがなりながら的確に治療を完了させたのは、見るからに経験豊富そうな年かさの女性医師……というとずいぶん遠慮した表現なのである。パンチパーマに弛んで垂れた頬、四頭身くらいの肥満体型……ステレオタイプにすぎる"おばちゃん"である。体型こそ似たり寄ったりではあるが、自分の母と同年代か少し上くらいと考えると、何がなんだか頭がオットセイなのだった。

 

「あっ、ありがとうございました……」涙目でお礼を言いつつ、「でもあの、治癒の個性とか、そういうのは……?」

 

 おばちゃん医師の眉がつり上がる。

 

「個性だってェ?まったく近頃の若い子は、二言めにはすぐ個性個性!そんなモンにばっか頼ってたらバカになるよ!!いいかい、おばちゃんが若い頃はね――」

 

 唐突にはじまる説教という名の昔語り。かつて一度だけ顔を会わせた雄英の校医である老婆・リカバリーガールを遥かに凌ぐ強烈なキャラクターに、出久は圧倒されるばかり。

 そんな彼に救いの手を差し伸べたのは森塚だった。ノックもなしに部屋に忍び込んできたかと思えば、

 

「よし終わったね、積もる話もあるしもう行こうか!先生どうもありがとうございやしたー」

 

 そうまくし立てて、出久を引っ張って逃走を図る。おばちゃん医師はまだ何か言っているが、聞き届けることはしないのだった。

 

「ふー……」シャツの袖で汗をぬぐう森塚。

「あ、ありがとうございました……。あの人、パンチきいてましたね……」

「きいてたねぇ、色んな意味で。ここ、本郷総監の所有してるサーキットって話したよね?あの人雇ったのも総監なんだろうけど……謎だよねぇ、選考基準」

「あはは……」

 

 苦笑をかわしあったところで、森塚は不意に表情を引き締めた。話題が転換されることを予期して、出久はわずかに目を伏せる。

 

「そんな顔するなよ、きみが頑張ってるのは皆よくわかってる。誰も責めたりしないさ」

 

 「無論、僕もね」とウインクしてみせる森塚。風貌や振る舞いとは裏腹に、この人はやっぱり年齢相応には大人なのだと出久は思った。

 ただ、励まされてばかりもいられない。

 

「けど……一日も早く、乗りこなせるようにならなきゃって思うんです。トライチェイサーはもう、限界みたいだし……」

「ああ……マトリクス機能が作動しなくなっちゃったんだよね」

 

 今さら説明するまでもないことだが、試作機であるトライチェイサーには、量産型"α"では切り捨てられた様々な機能が搭載されている。そのひとつが"マトリクス機能"――平たく言えば、車体の色をまるごと、設定したとおりに変える機能だ。覆面パトならぬ覆面白バイとして活かされることが想定されていたのだろうが、緑谷出久=クウガが使用するにあたって、それは専ら世間に正体を隠すために使用されてきた。戦士となるために気持ちを切り替えるのにひと役買うという、副次的な効果もあったが――

 

 白バイとしての本来のカラーリングであるポリスヘッド、出久が日常生活で使用しているブラックヘッド、そしてクウガの相棒として戦場を駆けるゴールドヘッド。この三種の中では当然、ブラックヘッドにしている時間が圧倒的に長かったわけだが……ある日調整のために色を変えようとしたところ、うんともすんとも言わなくなってしまっていたのだった。

 

「困るよね、修理してもらおうにも科警研はあんなだし。フツーに走るにも気ィ遣うっしょ?」

「え、ええ。だから最近は……その、あまり乗ってないんです。大学とか、警視庁に行くときは電車にしてて」

「賢明だね。けど事件が起きたらそうもいかない」

「……はい」

 

 事件――次に起こるのはいつか。どんな敵が、現れるのか。それはまったく予想がつかない。

 

(けど……もし"あいつ"が、現れたら)

 

 漆黒のマシンを手足のように操る、バッタに似た――第6号に酷似した――グロンギ。出会い頭から戦闘時まで飄々とした態度を崩さなかった彼と彼のマシン"バギブソン"を前に、自分とトライチェイサーは敗北を喫した。もし奴が現れたとき、ビートチェイサーをモノにできていなければ――

 

「――僕、決めたんです」

「ん?」

 

 不意に立ち止まってつぶやかれたことばに、森塚は首を傾げるほかなかった。話の流れからすれば、脈絡がないととられても仕方がない。

 

「かっちゃんたちが帰ってきたとき、笑って迎えようって。そのためには、かっちゃんたちに胸を張れるようなヒーローでいなくちゃならないんだ」

 

 どんな強敵が相手でも、みんなの笑顔を守るために勝つ――そんなヒーローで、あり続ける。自分にならそれができると、いまなら自信をもって言える。僕はもう、独りぼっちじゃないから――

 

「……そっか」森塚がフッと微笑む。「一緒にがんばろーな、緑谷くん」

「はい!――ってわけで、その……」

「ん?」

「もう少し訓練、付き合ってもらってもいいですか?」

「お、おぉ……もちろん構わんけど、またあのおばちゃん送りになったらコトですよ?」

「それはまあ……気を付けます」

 

 再び屋外のダートトラックへと戻ろうとしたところで、今度は森塚が「あ」と声をあげた。

 

「そうそうあのおばちゃんのインパクトのせいで忘れかけてた、僕からひとつアドバイス」

「!、は、はい」

 

「何事も行き詰まったら初心にかえるのがセオリーだよ。思い出してみるといいんじゃないかな、初めてバイクに乗った日のこと」

「初めて……」

 

 そう言われると改めて、自分がバイクというものに触れてそう長い年月は経っていないのだと気づく。幼い頃はヒーローばかりで乗り物には興味を示さない子供だったし、二輪の免許がとれる歳になってもバイクという乗り物に憧れたことは一度たりとてなかった……と思う。

 

 何度も述べているとおり、転機は大学のとき。サイクリングからツーリングに趣味が進化(?)した心操人使が友人になって、彼に勧められるままに自分も貯めたバイト代でバイクを買って、気づけばすっかり生活の一部になってしまったけれど。

 

(ヤバかったよなぁ……最初は)

 

 当初はもう、生来の不器用が祟って酷いもので、練習に付き合ってくれていた心操をひやひやさせてしまったのを覚えている。自分みたいな人間にはやっぱり無理だと、あきらめかけたことも一度や二度ではない。

 

――あのときの、気持ち。

 

(僕はどうやって、あいつと一緒に走れるようになったんだろう)

 

 

 

 

 

 出久にバイクという趣味を教えた心操人使の所属する、G3ユニット。その移動基地たるGトレーラー。

 

 内部は明かりも灯されておらず、薄暗い。――にも関わらず、PCの液晶の光だけが、煌々と漏れだしていた。

 

 そしてカタカタとキーボードを叩く音……女の潜めた、笑い声。

 

「ウフfFFF……フfFF……」

 

 その声に違わず、女の唇は不気味な弧を描いている。桃色の髪を揺らしながら、彼女は一体、何を企んでいるというのだろう――

 

 

――そのとき不意に、トレーラー内が光に包まれた。

 

「!」

 

 はっと顔を上げる女。そのとき、

 

 

「電気もつけずに何をしているんだ……発目くん」

 

 呆れ顔でそう声をかけたのは、首から上がそのまま猫の警察官。女――発目明と同じデザインの制服を身に纏っている。

 

「ウフfF……すみませんねぇ、ついうっかり」

「うっかり忘れるか……?フツー」続く紫髪の青年が、ぼそり。

 

 整備担当の発目明、G3装着員である心操人使、そしてまだ21歳の彼らを統率する、ユニットリーダーの玉川三茶。彼ら3人はまぎれもない、G3ユニットの所属メンバーだった。

 

 

「――それで一体、」玉川が猫髭を揺らしながら訊く。「何をやっていたんだ?」

 

 対して発目は、悪びれる様子もなくニカッと笑みを浮かべ、

 

「ウフfFF……これです、これ!」

 

 ディスプレイを見せつけるように、身体ごと椅子をずらす。そこに映し出されていたのは、

 

「設計図……?」

 

 それも、武器の。玉川も心操も文系だが、それだけはわかった。

 

「スコーピオンもサラマンダーも、想定以上に未確認生命体への効果が薄いようですからねえ……」

「……まあな」

 

 実際にそれらを扱う身として、うなずかざるをえない心操。ただ、それらの既存武装が欠陥品とは思わない。通常のヴィラン制圧を想定するならば、むしろ過剰すぎる戦力とすらいえる。通常のヴィランでなくとも、たとえばかつての敵連合、奴らが使役していた脳無たちが相手であれば、G3で互角に戦うこともできただろう。

 

 それ以上に、グロンギたちは強力になっている。クウガやアギトのサポートに徹するにせよ、これではいずれ限界が来る――心操はそう考えていたし、発目もまた同じだったということだろう。

 

「構想は完成しましたので、数日以内に正式な上申書を提出いたします!具体的な説明はまたそのときに!」

「あ、ああ、わかった。待ってるから……」

 

 相変わらずぐいぐい迫る発目を宥めつつ、玉川はひそかに思う。

 

(予算、通せるかなぁ……)

 

 警視総監の肝煎りプロジェクトだから、おそらく大丈夫だとは思うが……それでも上層部への"御説明"は自分には向いていないと、未だ巡査肌な玉川は思った。

 

 

――そんな物騒だがどこか牧歌的な平時を打ち破る、アラートが鳴り響いた。

 

『渋谷区広尾にて、未確認生命体によると思われる事件発生。犯人は港区白金方面へ逃走中、バイクで犯行を重ねている模様。G3ユニットは至急出動されたし……』

「!」

 

 3人の表情が、一様に引き締まる。

 

「バイク……前に緑谷が襲われたっていう未確認か」

 

 心操がつぶやく一方で、

 

「――了解。G3ユニット、出動します」

 

 リーダーである玉川の応答により、Gトレーラーが動きだす。警視庁の地下格納庫から、地上へ――サイレンとともに駆け抜ける巨大トレーラーは、警察の底力の象徴として見る者の目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 未確認生命体出現の報は当然、ビートチェイサーの操縦訓練を再開しようとしている出久たちのもとへももたらされた。

 

「了解、緑谷くんにも伝えます」電話を切り、「――聞いてたね緑谷くん、奴らだ。それもバイクに乗ってる奴だって」

「ッ、あの時の奴か……!」

「おそらくね。……どうする、BTCSに乗ってくかい?」

 

 他の敵ならいざ知らず、あの時の6号に似たグロンギが相手だとするならば、BTCS――ビートチェイサーはこれ以上ない切り札となる。

 しかし出久は、首を縦に振ることを躊躇した。

 

(いま、あのマシンに乗っていっても……)

 

 まだ自分は、十全にマシンを操ることができていない。――答を、出せていない。

 

 

「我々としても、現時点では許可を出せないな」

「!」

 

 冷静なことばとともに現れたのは、塚内管理官……そして、結城所長だった。

 

「失礼、私とは初めてでしたね。科学警察研究所所長の結城です」

「あ、み、緑谷です……はじめまして」

 

 立派な肩書き……だけでなく。若々しい細面の割にあふれ出す威厳が、出久を縮こまらせた。

 

「本来ならばまず、あなたの貢献に感謝と称賛を述べるべきなんだが……状況が状況だ、このような耳の痛いことばを述べることをお許し願いたい」

「いや、そんな……」

 

 この人のことばを、自分は否定できない。――だから、

 

「僕、トライチェイサーと一緒にできるだけやってみます。たとえ力が足りなくたって、黙って見ているなんてできないから」

「……そうですか」うなずきつつ、「その思いを私は否定しないし、否定する権利もない。くれぐれも自分を大事に、頑張ってください」

「――はい、ありがとうございます!」

 

 一礼して、走り出す出久。森塚もまた軽く会釈をして、そのあとを追っていく。結城は塚内とともに、その背姿を見送った。

 

「緑谷出久……仮面ライダークウガ、か」

「は?」

「いや、なんでも。――塚内管理官、彼を大事にしてあげてください」

「……もちろんです」

 

 うなずく塚内は、結城がふと遠い目になるのを見た。どこか、昔を懐かしむような眼差しだった。

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドゲヅン

玉川 三茶/Sansa Tamagawa
個性:ネコ
年齢:38歳
身長:178cm
好きなもの:マタタビ
個性詳細:
見たまんま、面構本部長のネコバージョンだが、彼のようなカッコイイネーミングがあるわけでもない。ただただネコ、マタタビもお昼寝も好きである。でもれっきとした人間なのでまっとうに警察官をやっている、でもでもやっぱりネコなのである。ごろにゃ~ん!
備考:
G3ユニットのリーダーを務める警察官。階級は警部補ながら、かつて塚内直正の部下として敵連合絡みの事件の捜査に危険も厭わず取り組んだ経験を買われる形で抜擢されたぞ!
かつて上司だった塚内とは阿吽の呼吸で、合同捜査本部との協力体制を築く。まだ学生の身である心操のことも一人前に扱う公平で実直な警察官だが、中身は割と小心者で、どうしてもいち巡査時代の癖が抜けないところがタマにキズだ!
動物頭つながりの面構警視長とは階級差が大きすぎてあまり接点はないのだが、たまに仲良く話をしていると一部から熱視線を受けることがあるとかないとか……。

作者所感:
猫かわいい(れっきとしたおじさんだけど)、名前の読みは個人的に「さんちゃ」のほうが好きです。
アギトにおける尾室のポジションということで、オリキャラでもよかったんですがせっかくなら原作の警官からってことで白羽の矢が立ちました。
塚内さんの元部下なので仕方ないかもですが微妙なキャラ被りが気になる今日この頃。そのせいでより平凡な面を強調しちゃってて申し訳ないのだ。


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EPISODE 38. 駆け抜ける嵐 2/3

MOVIE大戦FOREVER、いよいよ明日公開!(ダイマ)

聞くところによるととんでもないサプライズがあるらしいですね。クウガがあれだけ目立っている中だと妙な期待を寄せざるをえない。

大晦日に大きなお友達と一緒に観に行く予定なので先にネタバレ見ちゃうか、それとも我慢するか……悩ましい。


 "未確認生命体第43号"の呼称を与えられた――第42号はゴ・ジャラジ・ダに与えられ、ダグバこと死柄木弔はその特殊性を鑑みて便宜上X号と呼ばれることとなった――ゴ・バダー・バは、愛機とともに殺人を重ねていた。

 

 たったいまも、断末魔の悲鳴をあげる男性をタイヤで踏み潰したところだった。胴体を下敷きにされた男性は……口からどす黒い血を吐き、苦悶の表情を浮かべて絶命していた。

 

「バギングドググド……グシギビン」

 

 "21人"――グロンギ語で殺害人数を確認することばをつぶやいて、バダーはゆっくりバギブソンを後退させた。同時に、その姿が人間のそれへと戻る。マシンもまた、通常の姿に――

 

「ガデ……ヅギパゾ、ギヅババ?」

 

 またひとつ命を奪ったことになんの感慨もなく、次なる獲物を求めて走り出す。

 

 その姿を見送る審判――ドルドも、また同じ。

 

「鋼の馬から引きずり下ろし、轢き殺す……か」

 

 バダーが自ら定めたルールを確認する。目の前に転がっている屍も、これまでのものも皆、近くに彼らが生前愛用していたバイクが転がっている。それはバギブソンによって破壊され、見るも無惨な姿に変わってしまっているのだった。

 

 

 

 

 

 森塚とともに出動した出久は即座にクウガへと変身、彼とともに全速力でバダーの追跡へと向かった。

 

 その間にも、無線越しに次々と情報が飛び込んでくる。バダーの移動ルート、そしてターゲットとしている人々――

 

(ライダーを襲うなんて……!)

 

 バイクにこだわりをもっていることが明白な彼らしい選定だが……いずれにせよ、認めるわけにもいかない。

 

 と、無線の告げるバダーの現在地点が近隣を指した。ならばなんとしても、発見しなければ――

 

 

「――よォ!」

「!?、うわっ!」

 

 いきなり側道からバイクが飛び出してきて、クウガは思わず車体を大きく右へ逸らせた。危うく中央分離帯にダイブしそうになる。

 

「!、おまえ……43号!!」

「おー、俺そんなんになってるのか。まあなんでもいいけどよ」

 

 まるで友人相手のように、親しげに声をかけてくるバダー。しかし漆黒のフルフェイス越しに覗く瞳に……微塵も、親愛の情はうかがえない。

 

「俺の標的は鋼の馬……つまりバイクに乗っているリント。――当然おまえも……獲物さぁ!!」

「ッ!」

 

 人間体のまま、躊躇なく体当たりを仕掛けてくる。トライチェイサーの瞬発力をもって、それをかわす。満身創痍といえども、そうした戦闘能力は市販のバイクなどとは比較にならない。

 

「へぇ、やっぱりやるな。それでこそ、遊び甲斐がある!」

「ッ、ここはおまえの遊び場じゃない!!」

 

 実際、前後には数台一般車両が走行している。片方が第4号であることから距離は開けてくれているが、万が一にも巻き込むわけにはいかない。

 

 出久の意図を察したのか、バダーはフンと鼻を鳴らした。

 

「ここじゃ戦えねえってか?――いいぜ、本気で戦りあえねえんじゃつまんねえからな!」

 

 言うが早いか、バダーはスピードを上げた。持ち前のテクニックで車と車の間をすり抜け、蛇行しながら前進していく。クウガもまた追走する。

 

 やがて彼らは左折し、国道から工場地帯へ飛び込んだ。中央をぶち抜くような道路は、トラックやダンプカーが通行するため広々としている。それでいて、現在車両の姿はない。――うってつけの、戦場となってしまった。

 

「ここならいいだろ?」

「………」

 

 ふたりのライダーはいま、距離を保って対峙していた。互いを威嚇するかのごとくグリップを捻り、エンジン音を唸らせる。そんな状況下にあっても飄々としているバダー、異形の仮面の下で感情を押し殺すクウガ。

 

――機先を制したのは、バダーだった。

 

 唸り声を咆哮へと変えて、走り出すマシン。その姿が一瞬歪み、騎手ともども異形へと変貌する。

 

「ッ!!」

 

 その脅威を身をもって知りながらも、クウガもまた怯むことなく相棒を前進させた。同時に「超変身」と唱え、赤から青――ドラゴンフォームへと姿を変える。少しでも身軽になってマシンへの負担を減らすためだ。

 

「うぉおおおおッ!!」

 

 そして、吶喊。距離がゼロとなり、前輪と前輪がぶつかり合い、火花を散らす。わずかにバランスを崩すトライチェイサーに対し、バギブソンはまったく動じる様子を見せない。

 

(くそっ、やっぱり性能差が……!)

 

 標的を破壊し、殺傷するためのマシン。その外見どおりの攻撃性は、トライチェイサーのそれを遥かに上回る。

 

(だけど……!)

 

「人を殺すためのマシンなんかに……負けるわけにはいかないっ!!」

 

 再度距離をとったクウガは、付近にあったコーンバーを掴みとった。モーフィングパワーが作動し、黄と黒で交互に塗装された棒が鮮やかな青に発色する。ドラゴンフォームの専用武器たる、ドラゴンロッド。

 

 マシン同士の真っ向からのぶつかり合いに勝機が見出だせないなら、己の肉体に宿った力も加えて。自分がすべきは勝負に勝つことではなく……この敵を、どんな手を使ってでも止めることなのだから。

 

「へぇ、そう来るか。せっかく青だもんな」うなずきつつ、「いいぜ……来いよッ!!」

 

 彼の双子の弟であったズ・バヅー・バを倒したドラゴンロッド。その事実にも怯むことなく、バダーはまっすぐに向かってくる。クウガもまた、再び突撃を仕掛ける――

 

(ただの青じゃ無理だ……。ここで、仕留めるためには!)

 

 たちまちその身が電光を帯びる。アークルのモーフィンクリスタルが黄金に発色し……鎧の一部を、同じく黄金に染めあげた。同時に、ロッド。その両先端に長く鋭いブレードが装着されることで、さらなるリーチの長さと攻撃力を兼ね備える。

 

「はぁあああああ――ッ!!」

 

 すれ違いざま――ロッドを、一閃!

 

「ぐぁっ!?」

 

 バギブソンの体当たりによってトライチェイサーは転倒し、クウガの身体も地面に投げ出される。その一方で、

 

「ッ、ぐ……」

 

 うめき声をあげるバダー。その胸元が切り裂かれ、血が流れ出している。――封印の紋が、浮かぶ。

 

「チッ……遊びが、過ぎたかね……」

 

 弱々しいつぶやきを聞いて、全身に鈍い痛みを覚えながらもクウガは勝利を確信した。金の力で一撃を浴びせられた以上は……と。

 

――ゴ・ガメゴ・レに対してライジングタイタンの攻撃が通じなかったことを、出久は忘れてしまっていた。

 

「ザグ、ボンデギゾバサ……!」

 

 バダーが全身に力を込める。――傷がみるみるうちに癒え、同時に封印の紋はその役割を果たすことなく消えうせていく。

 

「な……ッ!?」

「……惜しかったな。思いっきりブッ刺させりゃやれたかもな」

 

 ガメゴのときと同じ、傷が浅すぎたのだ。だが後悔先に立たず、強化形態を保てる制限時間30秒が間もなく過ぎようとしている。やむなくクウガは通常のドラゴンフォームへ戻った。

 

「さあて……次でジ・エンドといこうか!!」

 

 反転し、再び迫りくるバダーとバギブソン。もはやすれ違いざまの一撃を狙ったところで、ハイリスクノーリターン。ドラゴンフォームの身軽さをもってかわすしかない。そう腹をくくったのだが、

 

 刹那、銃声が響き渡り、バギブソンのマフラー部が爆ぜた。

 

「!?」

 

 同時に、噴出する薄赤いガス。その強烈な刺激臭は、怖いものなどないと言わんばかりの飄々とした態度を一貫して崩さなかったバダーをして初めて取り乱させた。ゲホゲホと咳を繰り返しながら、しきりにまとわりつくガスを払っている。

 

 クウガが目の当たりにしたのは、ライフルを構える森塚ら刑事たちと、その後ろに控えるヒーローたち。

 

「大丈夫か、緑谷くん!!」インゲニウムこと飯田天哉が進み出てくる。「未確認生命体め、スピード勝負ならこのインゲニウムが相手だ!!」

 

 DRRRR、とふくらはぎのエンジンを唸らせる飯田。無論、バギブソン相手に競えるほど規格外のスピードが出せるわけではない。半分は強がりだが、もう半分は磨きに磨いてきた肉体と個性への自信あってのこと。小回りならば、己に分がある――

 

 しかし。脚にエンジンをもっているというだけでは、戦意の失せたバダーの関心を買うことはできなかった。

 

「チィ……ッ、お前らの相手なんかしてられるかよ。時間の無駄だ!」

 

 そう、ここにいる全員を始末したところで、タイムロスにしかならない。吐き捨てたバダーはクウガの頭上を飛び越え、猛スピードで走り去っていく。当然黙って見送るわけもない、救援に現れた面々の大半がパトカーに飛び乗り、追跡を開始した。

 

「……ッ、」

 

 出久もできるものならそうしたかった。しかし激しく転倒したトライチェイサーを慮れば、そういうわけにもいかない。車体を抱え起こし、グリップを捻ってエンジンの調子を確かめていると、再び「緑谷くん!」と声がかかった。残った飯田と森塚が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫か?怪我は?」

「僕は大丈夫……だけど、」

「TRCSはまたダメージを受けちゃった……か」

 

 あと一回同じようなダメージを受ければ、そのときこそこのマシンの最期かもしれない。――かのグロンギと正面切って戦おうとする限り、今日がその日となる確率は極めて高い。

 

 複雑な思いで相棒を見下ろす出久の背中を、森塚の手が軽く叩いた。

 

「ま、壊れかけなのは前から承知してるけど、壊れていいとは誰も思ってない。――まして、僕はこいつの生みの親……いや違うな、お兄ちゃん?でもでも僕をモデルに製作してるわけだからこう……クローン?」

「あ……」

 

 出久ははっとした。森塚の個性"駿速(レーザーターボ)"はバイクに変身する個性――それを基にして、トライチェイサーは開発されたのだ。実際に使用している自分以上に、愛着をもっていても不思議ではない。

 

「森塚刑事、そのたとえはかえって実態とかけ離れているように思えます!」

「こまけぇこたぁいいんだよ!――ま、そういうわけで、なるべく温存していこうよ」

「そうですね……でも、どうやって?」

 

 森塚はにっこりと笑い、

 

「それは上で考えちう!こんなクソガキに発言権はないのさ……」

「い、いやそんな……」

「森塚刑事ッ、面構本部長や塚内管理官はそのような考え方はなさらないと思います!まあ冗談なのだろうとは理解していますが!」

「わかっててもツッコむんだね……まあいいけど。――実際にはG3ユニットと協議して作戦決めるらしいよ、場合によっては所轄や神奈川の地区担ヒーロー、県警まで巻き込んだ一大作戦になるかもって」

「神奈川?」

「奴の進路からいって、そっちに入ることも考えられるからねー。奴らの犯行が東京都内にとどまらないことはもう、前例もありますし」

「……確かに」

 

 最終的に決着をつけるのは自分の役割だとしても、ここまで多くの協力を受けることになるとは。胸が熱くなると同時に、己の相手がそれだけ大規模な対応が必要になるほどの強敵であることを肝に銘じる。クウガになったばかりの頃、ひとりで戦い抜こうと決意していた自分がいかに青かったか。勝己があのときから陰に陽に支えてくれなければ、命がいくらあっても足りなかった。

 

「緑谷くん」

「!」

 

 飯田の呼びかけで、我に返った。

 

「爆豪くんと轟くんの不在は痛いところだが、皆で力を合わせて穴を埋めていこう!」

「……うん、そうだね!」

 

 彼らの存在の大きさを思えばこそ、彼らなしでも使命を成し遂げなければならない――思いは皆同じなのだと改めて感じとって、出久は奮起した。

 

「よーし、じゃあ僕らも行こうぜ!」

「「了解!」」

 

 森塚の一声により、彼らもまた動きだす――

 

 

 

 

 

 追う者たちの足掻きを嘲笑うかのように、バダーは犯行を重ねていた。

 

 バイクを発見するや執拗に追跡して巧みに袋小路へ追い込み、逃げ道を失ったところを背後から体当たりを喰らわせてライダーを引きずり下ろす。投げ出されたライダーのヘルメットが脱げ――長い茶髪が、露になる。まだ若く、美しい女性だった。

 

「た、たすけて……ッ」

「………」

 

 男であれば絆されぬ者はいないであろう哀願は――グロンギであるバダーにとって、小石ほどの波紋ももたらさないものだった。

 

 無慈悲にグリップを捻り、急発進。こだました女の悲鳴は、刹那響き渡った鈍い衝突音によって途切れた。

 

 

 そうしてプレイヤーがさらに()()を稼ぐ一部始終を、付近の鉄塔から冷たく見下ろしている複数の影があった。

 

「バギングズガギド、ドググビン……」

 

 バグンダダの珠玉を操り、殺害人数を数えおろすドルド。その傍らにて、バルバ・ガドル・ジャーザ・バベルが、四者四様の表情を浮かべている。

 

「……バルバ、奴の制限時間と人数は?」

「7時間で、99人だ」

「フン……なら余裕ではないか」吐き捨てるように、バベル。

 

 それに対し、

 

「そうとも言い切れないでしょう」ジャーザのひと言。「当然リントは手を打ってくるわ。ザザルの二の舞になる可能性もある……まあ、バダーがそこを考慮していないとは思わないけれど」

「……ふむ」

 

「――リントは時間切れを待たず、バダーを倒すために仕掛けてくるだろう。それを逆手にとり、好機となせる、か……」

 

 バダーに果たして、それができるかどうか。できれば自分のよき好敵手となりうるし、できないのならそれまで。いずれにせよガドルは、このゲームの結末を最後まで見届けるつもりだった。

 

 

 



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EPISODE 38. 駆け抜ける嵐 3/3

FOREVERのサプライズネタバレ観ちゃいました。楽しみで仕方がない。


そしてライダーの方は宣伝したのでアニメヒロアカ4期についても。来年10月スタートだそうですね。楽しみだけどもまた色々試練が待っているようでドキドキ。次回予告があの3人なのもその辺が影響してたりします。
始まる頃には流石にこの作品も完結してますかね…。このペースだと来年夏には終わりそうですが、そうすると暑くなってきた頃に雪山で殴り合いという前の作品と同じ季節逆転現象が起きそうな悪寒。

気が早いですが、完結したらこの作品のさらにifとして出久アギトの読み切り短編を書こうかなーと思ってます。現状あかつき号絡みの話にする予定。


 東京から神奈川にかけて未確認生命体による殺人が連続している中にあっても、文京区の一角にある喫茶ポレポレでは賑やかながら穏やかな時間が過ぎていた。

 

「お茶子ちゃん、エビフライカレーふたつとアイスクリームふたつね」

「はーい!」

 

 沢渡桜子に、麗日お茶子。前者が客の注文を聞き届け、後者がそれに従って調理を行う。タイプは違えど若い美女ふたりによる見事な役割分担である。あくせく動き回る桜子が正規のウェイトレスでなく、ただ趣味で手伝っているだけなどと、一体誰が気づけるだろうか。

 

「ふー……とりあえずひと段落かな」

 

 ひととおり客からの注文が落ち着いたところで、桜子はそう口にして息をついた。白い額に汗の粒がきらりと光る。

 

「ありがとうございます桜子さん!コーヒー飲みに来ただけやのに、手伝ってもらっちゃって……」

「いいのいいの。お茶子ちゃんと真逆で研究室にこもってばかりだから、すごくいい息抜きになってるもん」

「アハハ……確かに真逆ですもんね、私たち……」

 

 片や研究一筋の大学院生に、救助専門の若手プロヒーロー。生活パターンはまったく異なると言っていい。そんなふたりが肩を並べて喫茶店のウェイトレスをしていて……同じ青年に、想いを寄せているという事実。

 

「……ねえ、桜子さん」

「ん~?」

 

「デクくんって……どんな人?」

「え?」

 

 その抽象的な問いかけだけでは、桜子が怪訝な表情を浮かべるのも無理からぬことだった。昨日今日初めて会ったならともかく、お茶子だってもう半年近く、出久と親しい友人づきあいをしているのだから。

 

 流石にことば足らずすぎると自分でも思ったのか、お茶子は慌てて付け足した。

 

「いっいや改めて、桜子さんから見たデクくんってどういう人なのかな~って!」

 

 もう互いが出久をどう想っているかを知っているせいもあってか、彼女は何かを期待するような目で見つめてくる。それがなんなのかは読めなかったけれど……あるいは少し、王道からは外れた答を返してみようかと桜子は考えた。

 

「そうねぇ……」

 

 

「激しくて、危なっかしい子……かな?」

「……へ?」

 

 お茶子が目を点にしている。想像していた答とはまったく異なっていたのだろうが……出久に負けず劣らず、わかりやすい娘だ。

 

「だって出久くん、他人が困ってると暴走機関車かってくらい躊躇なく首突っ込んでいくのよ?それが危険なことでも関係なしに。頭は間違いなくいいんだけど……頭じゃあれこれ考えながら、身体はもう動いちゃってるのよね」

「……激しい、っていうのは?」

「意外とカッとなりやすくて、そうなると言葉遣いや行動が乱暴になるところかな。けど、自分のことではめったに怒らないのよ。出久くんが怒ったり真剣になるのは……やっぱり、他人のこと」

「あ……、」

 

 まさしく出会いがそうだったと、お茶子は思い返した。弱音を吐いてしまった自分を、彼は叱ってくれた。弱音を吐いたことではなく、それを恥じて思わず「自分はヒーロー失格だ」とつぶやいてしまったことを。怒りというほど強くはなかったけれど、確かにあのとき、彼はとても激しかった。

 

 そしてきっと、いまも――

 

「デクくんは……危険なことにでも突っ込んでくって……」

「うん」

「もしそれが……未確認生命体と戦うようなことだとしても?」

「!」

 

 桜子が目を丸くするのを見て、お茶子ははっとした。あわあわと両手を振りながら、

 

「もっ、もののたとえです!未確認生命体のことは、プロヒーローだって二の足踏んじゃうし……」

「そ、そっか」

 

 まるで安堵したかのように息をついた桜子の表情が、真剣なものに変わっていく。

 

「戦うよ、出久くんは」

「!、――」

 

 目を見開いたお茶子が何か、ことばを探すように沈黙したそのとき……ドアベルの音が、鳴り響いた。

 

「たっだいマンモス~!いやーまたまた買い杉村春子だよ、新しくできたスーパー"スーパー1"の品揃えのよさと言ったらもう……」

 

 レジ袋を両手に引っ提げ、ブツブツサムいことをつぶやきながら現れた男。傍から見れば不審者としか思われないが、幸いにして彼はこの店の主だった。

 

「あ……おかえりなさい、マスター」

「おう、どーもどーも!悪いねぇ桜子ちゃん、がっつり手伝ってもらっちゃったみたいで!お礼に今度リゾートホテルのペアチケットあげるから、出久と行ってくれば?」

「!?、ちょっ、マスター!!」

 

 一体ナニを想像したのか顔を真っ赤にして怒るお茶子。あまりの剣幕にテーブル席の客までこちらを見ている。流石のおやっさんも冷や汗をかいた。

 

「じょ、冗談だって……もう。――じゃあ桜子ちゃん、ボクと一緒にどぉ?」

「ごめんなさい」

「オーマイガー!」

 

 漫才のようなやりとりは店内の雰囲気を和らげるのに一役買ったが、そのせいでお茶子は桜子に訊きたいことを訊けずじまいとなってしまった。出久が"おやっさん"と呼ぶこの店主が帰ってきた時点で、それは半ばあきらめていたのだが。

 

 

 

 

 

 着実に犠牲者を増やしていく未確認生命体第43号――ゴ・バダー・バを追って、走り続ける出久たち。

 

 そんな彼らのもとに捜査本部からの通信が行われたのは、神奈川県横須賀市内に入ってすぐだった。

 

『塚内から全車へ。神奈川県警および地元のヒーロー事務所との合同作戦が決定した』

「!、来たか……」

 

 戦闘に向かう最中であるから当然緊張感をもって臨んでいるが、それでもさらに表情が引き締まる。並走するパトカーに乗車している森塚や飯田も同じだろう。

 

 

――塚内から説明された"作戦"は、次のようなものだった。

 

 まず神奈川県警の白バイ隊員が囮となってバダーの予想通過地点を走行する。当然安全面を考慮し、パトカーに搭乗した捜査本部の捜査官・所属ヒーロー、神奈川県警および地元のヒーローという重厚な布陣を護衛として同行させたうえでだ。

 バダーが白バイを狙って接近してきたらば、すぐには仕掛けず周辺への影響が少ない特定のポイントへ誘導、そこで反転攻勢に出て、バギブソンを破壊する――具体的には狙撃部隊によるガス弾の一斉射撃によって動きを止め、ヒーローたちの個性による攻撃、極めつけにG3のサラマンダーの一撃。バダー本人は倒せずとも、武器となるバイクの破壊すれば、かなりの弱体化が期待できる。

 

――最後はやはり、出久……クウガの出番。無力化されたバダーを倒すのは、やはり自分の成すべき役割なのだと心する。

 

『第43号の進路予測から、神奈川県衣笠および佐原、観音崎の主要道路とその周辺の封鎖を進めている。最終的には、三浦市南下浦町の三浦海岸を追い込み地点とする。そして、作戦にあたってのそれぞれの役割についてだが――』

 

 そのときだった。塚内の声に割り込むようにして無線が入る。

 それは、神奈川県警の白バイ――トライチェイサーαからのものだった。

 

『こちら神奈川TR02、誘き出し作戦のため警ら車両と合流中、横浜横須賀道路佐原インター付近において、第43号の人間体と思われる存在を発見、現在追跡中です』

「な……ッ!?」

 

 早くもバダーを発見した――だがそれを聞いた出久たちの表情には、ただただ焦燥ばかりがにじんだ。

 

『単独で追跡だなどと……危険だ!』

「ッ、塚内さん!」出久が叫ぶ。「追跡をやめさせてください!」

 

 もとより塚内もそのつもりだった。

 

『神奈川TR02へ、こちら塚内。合同作戦はまだ開始されていない、無理をせず43号と距離をとれ!これは命令だ!』

 

 警察において、上位者の命令は絶対。まして塚内はこの作戦の指揮官である、かの白バイ隊員も従う意志はあった。

 

 しかしもう既に、バダーは追跡者を獲物と見定めていた。

 

 

 いきなりスピードを緩め、追いついてきたαが並走する形となったところで思いきり肘打ちをぶつける。突然のことに対処できなかった隊員はその衝撃によって振り落とされ、地面を転がった。

 その数メートル先でバダーはマシンを停車させ――もろとも、異形の姿へと変貌を遂げる。

 

「――こういうの、お前らリントのことばじゃなんて言うんだっけか?」

「……へ、」

「いやいい、思い出した」

 

 

「"飛んで火に入る夏の虫"っつーんだよなァ!!」

 

 愉悦を露に声をあげ、バダーはバギブソンを反転させて走り出す。うなりをあげるエンジン。死の恐怖に直面した白バイ隊員が逃げようとした時にはもう、後の祭りだった。

 

 マシンが躊躇なく男の全身を打ちつけ、大きく吹き飛ばす。紙のように宙を舞いながら、彼は既に意識をなくしていた。地面に叩きつけられ、力なく横たわる肉体。

 

 そこにようやく神奈川県警のパトカーが一台追いついてきたのだが……隊員を救助することはおろか、バダーを止めることすらできなかった。

 勢いよく跳躍したバギブソンはパトカーを飛び越え、悠々と走り去っていってしまった――

 

 制服警官が車内から飛び出してきて、倒れたままぴくりとも動かない白バイ隊員のもとへ走る。――反対方向から駆けつけてきた出久たちは、彼の表情がさあっと青ざめていくのを目の当たりにしてしまった。

 

「……ッ!」

 

 バダーがちょうど海岸方面へ右折していくのが見える。黙って見送るわけにはいかない。メットの下で歯を食いしばって、出久はトライチェイサーをそのまま走らせた。

 

 一方で森塚と飯田は、警官のもとへと駆け寄った。

 

「その人は!?」

「………」

 

 白バイ隊員"だったもの"を見下ろしながら、警官は無言で首を振った。制帽に隠れて彼の表情は見えないが、唇がかすかに震えていることはわかった。やりきれない思いが、ふたりを襲う。

 

「……管理官、森塚です」

 

 森塚からもたらされた殉職の報に、塚内の表情が青ざめる。しかし声音は、あくまで揺るぎのないまま。

 

『……きみたちはそのまま緑谷くんの支援へ向かってくれ。言うまでもないが、自分の命を守ることを最優先するように』

「「了解!」」

 

 ふたりとも思うところがないではなかったが、言いよどむことなくそう応じた。塚内の気持ちを思えば、不安を与えるわけにはいかない。――何より大勢の市民を守り、救けなければならない自分たちがそう易々と倒れるわけにはいかないと、理解してもいた。

 

「すぐに応援が来ます」森塚が警官に声をかける。「我々は43号を追いますから、ここはお任せします」

「……了解、しました」

 

 項垂れながらも己の職務を果たそうとする年下の警官の肩を、森塚はそっと叩いた。彼も若手には違いないが、刑事としてキャリアを積みつつある。

 

「さてインゲニウム、また僕のライダーになってくれるかい?」

「もちろんです!」

 

 威勢のいい返事に満足げにうなずいた森塚は……己のソフト帽を宙に放り投げ、同時に跳躍した。

 その身体が光に包まれ、形を変容させていく。やがて着地したとき、彼は派手な黄色を基調としたオフロードバイクへと姿を変えていた。カウルには、SD調の大きな瞳が浮かんでいる。

 そのシート……人間体でいえば背中に、躊躇なく跨がる飯田。己の脚に絶対の自信をもつ彼だからこそ、"駿速(レーザーターボ)"も乗りこなしてみせるという気概に満ちていた。

 

「よしッ、参りましょう!!」

『オーケー!』

 

 

 

 

 

 一方で湾岸線を我が物顔で疾走するバダー。追う出久とトライチェイサーは、その背中を捕捉することに成功していた。

 

「逃がすか……!」

 

ならば、すべきことはひとつ。

 

 

「変、身ッ!!」

 

 腹部から浮かび出たアークルの中心、モーフィンクリスタルが鮮烈なる赤い輝きを放ち、出久の肉体を強靭なものへと変えていく。全身の皮膚は漆黒に、その上から赤い鎧が現れ……そして黄金の二本角に、やはり真っ赤な複眼。

 

 再びクウガ・マイティフォームへ変身を遂げた出久は、マシンを急加速。バダーとの距離を一気呵成に詰めていく。

 バダーも当然、背後から宿敵が迫りつつあることに気づかないはずがない。フンと鼻を鳴らしながら、その身に力を込める。――たちまち、怪人体へと変身する。

 

 肘の突起を取り外して突き刺すことで、彼のマシンは最凶の殺人バイク"バギブソン"へと変わる。エンジンの唸りが、生き血を求める餓狼の咆哮のごとく響く。

 バダーがあえて速度を落としたために、数秒もしないうちにクウガのトライチェイサーと並ぶ形となる。

 

「よォ、さっきぶり。今度こそ喰われに来たか?」

「ふざけるな!!今度こそおまえを倒すッ!」

 

「もう誰も、傷つけさせやしない!!」

 

 義憤をこめた拳を横から放つクウガ。咄嗟にスピードを上げてそれをかわすと、反撃とばかりにすかさず車体をぶつけようと迫ってくる。体当たりをまともに受ければトライチェイサーにとっては命取りになりかねない。自分自身に対する攻撃以上に、クウガの回避行動は俊敏だった。

 

(いつまでも道路で戦りあってるわけにもいかない、海岸に誘い込まないと……!)

 

 道路の傍らはそのまま海岸線になっている。それも砂浜ではなく、荒涼とした岩肌の剥き出しとなった大地。

 躊躇うことなく、クウガはそこへ進路を向けた。傷ついていてもオフロードマシンとしての高い性能は変わらない。それを最大限、活かしてやらねば。

 

 腹立たしいことに、バダーもまったく同じ考えだったらしい。並走する形で、潮風の吹き付ける大地へ突入していく。

 風の音にもかき消されぬエンジン音をばらまきながら、波打ち際ぎりぎりまで接近していく二台。突き出た突起も段差も、彼らにかかればなんの障害にもならない。滑らかに跳躍し走行し、隙あらば互いを破壊せんと攻撃を仕掛ける。

 

 たった一秒ののちには、どちらが骸になっていてもおかしくない……それほどまでに、緊迫した戦い。しかし異形のライダーふたりの露にする心持ちは、対照的と言わざるをえない。

 

「ハハハッ、どうした!?俺を倒すんじゃなかったのか?もう誰も傷つけさせやしないんだろう?」

「ッ、……!」

 

 無論、犠牲になったライダーたちのように、一方的に追い詰められるような局面ではない。自らに戦闘能力で勝るバギブソンに、トライチェイサーは精一杯喰らいついてくれている。

 だが互角に立ち回っているように見えて、その実翻弄されっぱなしであることをクウガは肌で感じていた。――最大の要因は性能差などではなく、

 

 

(ッ、それでも……!)

 

 勢い込んでグリップを捻り、急加速。敵との距離を一気呵成に詰めていく。

 バイクとバイクがすれ違い、わずかに触れあった部分から激しい火花が散る。そのまま距離が開いていく……かと思いきや、

 

 ほとんど同時に急停車。マシンをそのまま反転させて……まっすぐ、向かい合う。

 

「………」

 

 クウガはおろか、もはやバダーも単語のひとつも発しようとはしない。自身の声の代わりに、グリップを握ることで発せられるマシンの唸り声がすべてを表してくれているからだ。

 

 いつ打ち破られるとも知れぬ、際限なく膨らんでいく緊迫の時間。ただ過ぎゆくなかで、潮風と波の音だけは、悠久のものとしてそこにある――

 

 そして、ひときわ大きな白波が打ち寄せた瞬間、

 

 

 互いのマシンがいよいよ最大の咆哮をあげて、走り出した。狙うはただひとつ、互いの駆逐のみ。正面衝突?いや違う、

 

 ほとんど同時に、彼らは前輪を高く掲げた勢いで跳躍したのだ。マシンごと。宙へ舞い上がった二台に、もはや操縦は効かない。ただ風に操られるままに弧を描き……そして、衝突した。

 

「ぐぁっ!?」

「ガッ!?」

 

 その衝撃でたまらずふたりは振り落とされ、マシンもろとも地面に叩きつけられた。

 

「ッ、う……」

 

 ごつごつとした岩肌。生身の人間ならば確実に即死していただろう。強化された肉体でも、痛みに一瞬身動きがとれなくなる。

 立ち上がったのは、バダーのほうが先んじた。――おぞましいことに、彼のそばにはトライチェイサーが墜落していた。そのために……目をつけられてしまったのだ。

 

 クウガがようやく態勢を立て直した時、相棒は既に、バダーの手中に落ちていた。

 

「な……!?」

 

 動揺するクウガ。彼のそばにもバギブソンが横たわっていたが、自分はそれを奪おうなどという発想は浮かばなかった。そもそも、視界にすら入っていなかったのだ。

 

「くくっ、いいバイクだな」

「……ッ!」

 

「てめえのマシンに轢き殺されろッ、クウガァ!!」

 

 本性を剥き出しにしたバダーが迫る。クウガの……そして、悪魔の手に落ちたトライチェイサーの運命は?

 

 

――そして、ビートチェイサー。

 

 彼はただひとり、静かに、出撃の時機(とき)を待っていた……。

 

 

つづく

 

 




ミリオ「今回は俺たちが次回予告を担当するよ!」
天喰「……俺には荷が重い。帰りたい……!」
ねじれ「相変わらずノミの心臓だね!」

ミリオ「トライチェイサーを43号に奪われてしまった緑谷くん。絶体絶命だね、さあどうする?どうやって43号を止めようか!」
ねじれ「警察&ヒーロー&心操くん(G3)との連携でがんばる!」
天喰「……ビートチェイサー」
ミリオ「うーん……どっちも正解!ヒトとモノ、緑谷くんは両方に支えられて戦ってるんだよね!がんばれ緑谷くん!」
ねじれ「その一方で死柄木御一行を追って旅立った爆豪くんと轟くんは!……どうしてるんだろ?」
ミリオ「死柄木たちによる大量虐殺の現場で、とんでもないものを発見しちゃうらしいよ!」
天喰(……A組女子のエロ同人とか?)
ミリオ「いま良くないこと考えたよね環!――それは置いといて次回!」

EPISODE 39. BEAT HIT!

天喰「……緑谷出久、初心にかえる」
ねじれ「さらに向こうへ~!」
ミリオ「プルス・ウルトラ!!」




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EPISODE 39. BEAT HIT! 1/4

TRCS「アリガトウ……ライダー……」


 曇天の山中は、いかに真昼であっても逢魔ヶ時のごとく薄暗い。山には魔物が棲むとも言われているから、夜と昼とにかかわりなく四六時中逢魔ヶ時といっても過言ではないのかもしれない。それはきっと、科学も個性も超越した――

 

 

――爆豪勝己という人間は、そんなものを信じない。迷信を迷信と切って捨てるばかりでなく、仮にそうした存在が目の前に現れたとて叩き潰してみせると心の底から豪語できる強さがあった。

 

 ただ目の前の光景は、そんな彼の自信を揺らがすほどの凄惨なものだった。

 

 死体、死体、死体。数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数の死体が、血の海の上に積み上がっている。目に入る限り、五体が残されているものはひとつとしてない。腕、脚が欠けているなんていうのはまだいい方で、首がない死体、酷いものでは本当に人間のかたちをしていたのか疑いたくなるようなものまである。

 

 この光景は本当に、現実のものなのか。半ば呆然と立ち尽くしていた勝己は、「……爆豪、」という控えめな呼び声によって我に返った。

 

 傍らに目をやれば、目深に被ったキャップ帽から左右くっきり分かたれた紅白の髪を覗かせる青年が、こちらを気遣わしげに見つめている……頬を幾分か青ざめさせながら。

 

「ンだよ」

「いや……顔色、悪いぞ。大丈夫か?」

「……このザマ見て平気な顔してられる奴ぁ、人間じゃねえだろ」

「確かにな……。――俺は、人間か?」

「安心しろや、テメェはクソムカつくくらい真人間だわ」

「そうか……」

 

 

――爆豪勝己……そして、轟焦凍。

 

 "ダグバ"と呼ばれるグロンギとなってしまった死柄木弔、および彼に同行したとおぼしきゴ・ジャラジ・ダ、ズ・ゴオマ・グを追って、東京を離れたふたり。当初はあてどなきものになるかと思われた彼らの旅は、各地の警察署やヒーロー事務所からの迅速かつ重層的な情報提供によって支えられることとなった。合同捜査本部によるバックアップには、感謝するほかない。

 

 そうした、死柄木たちらしき3人の目撃情報を得てこの地に足を踏み入れた矢先……この場の大量虐殺の報が飛び込んできて、いまに至る。

 

「これが、死柄木のやったことなのか……」

 

 疑念のこもった面持ちで、つぶやく焦凍。死柄木弔はもとより凶悪なヴィランで、人を殺めることに不思議はない。ただ、違和感があった。彼が東京から姿を消した理由である"整理"――それがこんな大量殺人だとするなら、いままでのグロンギの"ゲゲル"となんら変わりないではないか。

 

「この殺し方、あいつ以外にありえねぇだろ」断言しつつ、「テメェの言いてぇことは、わかるけどな」

「爆豪……」

 

 違和感を覚えているのは、勝己も同じ。――幸い自分たちより先に膨大な所轄の捜査員およびプロヒーローたちがここに来ていて、捜査・調査を行っている。現場に残された手がかりを見つけ出すには、その進展を待つしかないだろう。

 

 ふたりが複雑に絡みあった思いにとらわれていると、「爆豪、轟」と呼ぶ声がかかった。当人同士を除いて彼らを本名で呼ぶ者は、ヒーローや警官たちにはほとんどいない。いるとすれば、

 

 

――現れたのは、リーゼントのようにした前髪で目元を、マスクで口元を覆い隠した体格の良い青年。その顔立ち以上に特徴的なのは、腕が左右に三本ずつ生え出ていること。常人と変わらぬ形の一対のほかは触手のような形状になっている。グロンギたち以上にクリーチャー感漂う容貌であるが、彼を奇異の目で見る者は少なくともこの場にはいない。

 彼がその"複腕"をもって活躍するプロヒーローであると、皆、知っているからだ。

 

 触手ヒーロー・テンタコル、本名は障子目蔵。

 

「ありがとな障子、情報くれて」

「気にするな、同窓のよしみだ」

 

 そのことばどおり、勝己と焦凍にとっては固い絆で結ばれた、雄英の同級生である。異形型ゆえの特異な姿とは裏腹の寡黙で落ち着いた性格が、かえって付き合いやすい。

 

「しかしおまえのカミングアウトには驚いたぞ、轟」

「ああ……黙ってて悪かった」

 

 弔を追うにあたって、もはやいまの自分の置かれている立場を黙っているわけにはいかない。そう判断した焦凍は、かつての同級生たちに打ち明けたのだ。自分が異能の超戦士アギトとして、勝己たちとともにグロンギと戦っていることを。

 そんな重大な事実をいままで隠していた以上、強い非難を受けることも覚悟していた。しかし現実には、芦戸の「水臭いよ~!」という反応くらいで。皆、秘密を抱える焦凍を受け入れ、今後の協力を約束してくれた。本当に、感謝してもしきれない――

 

 ふ、と息をつきつつ、障子が言う。

 

「さて、積もる話はあとにして、おまえたちに見てほしいものがある」

「見てほしいもの?」

「ああ。――奴らの犯行声明、かもしれない」

「!」

 

 死柄木たちがこの場に残したもの――口ぶりからして明確に意味のわかるものではないのだろうが、なればこそふたりの心は色めきだった。あるいは、あとを追う自分たちに対するメッセージの可能性だってある。

 

「こちらだ、ついて来てくれ」

 

 障子の案内に従って、歩きだす。彼の見せたいものはこの廃工場の奥にあるようで……つまり、幾重にも積み重なった屍の横を通りすぎていかなければならないということ。漂ってくる、凄まじい腐臭。羽音をたてて蝿が飛んでいる。さすがに吐き気がこみ上げてきて、焦凍は思わず手で鼻と口を覆った。ちら、と隣を見やれば、勝己は盛大に眉をしかめながらもずんずんと歩を進めている。死体の山を見て顔色を悪くする程度にはまともな神経をしているのだが、こういうところは流石、と思わざるをえない。

 

 そのあとも、どれほど血潮に染まった地面を踏みしめ続けただろう。意識が遠のきかけたそのとき、再び障子から「爆豪、轟」と声がかかった。

 

「あれだ」

「――!!」

 

 障子が、指した先……壁に血で描かれた"それ"に、勝己も焦凍も、思わずことばを失っていた。

 

「ばく、ごう……あれって……」

「……あぁ」

 

 応じる勝己の声まで、心なしかかすれている。いや彼のほうが、自分よりよほど受けた衝撃は大きいだろう。そこに描かれたものを、よほど見慣れているのだから……。

 

「――障子、」

「なんだ、爆豪?」

「これを見せたい人間がいる。写真、撮っても構わねえな?」

「……おまえたちは合同捜査本部から派遣されてここにいることになっているんだろう。問題はないだろうが……誰に見せるつもりなんだ?」

 

 スマートフォンのカメラをそこへ向けつつ、勝己は言った。

 

「城南大学考古学研究室の、沢渡桜子さん」

 

 同時にぱしゃりと、焚かれたフラッシュ。光に照らし出されたその血の紋様には……四本角が、描かれていた。

 

 

 

 

 

 クウガ――緑谷出久は、危機を迎えていた。

 

 己が相棒であるマシン・トライチェイサーはいま、宿敵である未確認生命体第43号――ゴ・バダー・バの支配下にある。明確に、自分に対して害をなそうとしている。

 

「てめえのマシンに轢き殺されろッ、クウガァ!!」

 

 本性を剥き出しにしたバダーが迫る。そのホイールがクウガの眼前に襲いかかる、

 

「ッ!」

 

 どうにか態勢を立て直したクウガは、すんでのところで横に跳んで攻撃をかわした。空振ったホイールが地面に叩きつけられるのを見て、バダーはひとつ舌打ちを漏らした。

 

「チッ、逃げ足も速ぇな……だが、いつまで逃げられるかな?」

「……ッ、」

 

 逃げる?いや、いつまでも逃げまどっているわけにはいかない。トライチェイサーを、取り戻さなければ……。

 

(だけど、どうすれば……)

 

 

 その頃、出久のあとを追った飯田と森塚――"駿速(レーザーターボ)"も、津久井浜沿いの湾岸道路を走り抜けていた。

 

『見つからないね、緑谷くん……』

「ええ……ッ、一体どこへ行ったんだ……!」

 

 爽やかな風とは裏腹に、焦燥に駆られるふたり。――そんな折、背後からサイレン音が接近してきた。

 

「ムッ、この音は……」

『ひょっとしたらひょっとして、警視庁の青い悪魔かな?』

 

 森塚がつぶやいたと同時に横に並んだのは、確かに青と銀に彩られた鋼鉄の異形だった。

 

「……森塚刑事、大袈裟です」

「心操くん!」

 

 トライチェイサーと従来の白バイの発展型である専用マシン"ガードチェイサー"を駆り、現れたG3――心操人使。彼自身の淡い紫を覆い隠す橙の複眼が、クウガに酷似していることは……今さら言うまでもあるまい。

 

「悪い、遅くなった。……どうせこれに乗ってんだから、俺が囮役になれればよかったんだけど」

「G3には制限時間があるからな……仕方がないさ。――それより、」

「わかってる。緑谷を捜そう」

 

 捜すといっても、あてどもなくあちらこちらを奔走する類いのものではない。この湾岸沿いのどこかに、出久と未確認生命体はいる――

 

――そして、見つけた。

 

「!、緑谷……!」

 

 トライチェイサーを奪ったバダーに、執拗に追い込まれている出久……クウガの姿を。

 

 彼は必死に攻撃をかわしながら相棒を取り戻す隙を探り続け……疲弊していた。

 

「ッ、はぁ……はぁ……!」

 

(……駄目だ!)

 

 これではチャンスを掴めない。いまの自分にとりうる手段はひとつ、

 

「――超変身ッ!!」

 

 全身の筋肉がひと回り膨れあがり、鎧も赤から銀と紫へ変わる。タイタンフォーム――スピードを犠牲にする代わりに、パワーと防御力の突出した形態だ。これを選んだ以上、もはや逃避はあきらめ、攻撃を受け止める方向へ舵を切ったということ。全速で迫るトライチェイサーの馬力に打ち勝ち、奪還の糸口を掴む――

 

「フン、ころころ色変えやがって」

 

 せせら嘲うバダー。受け止める気でいるということは、つまりクウガは己の相棒をその程度と認識しているということ。

 自ら奪いとっておきながら、彼はトライチェイサーを哀れに思った。主に信頼されぬマシンほど、可哀想なものはないと。

 

(だから、復讐させてやるよ)

 

 

「――ゴパシザ、クウガァ!!」

 

 いよいよクウガを殺す、クウガのマシンで。最高に皮肉なトラジェディーを完結させるべく、バダーは身構える紫のクウガへ迫る。マシンの前輪が、彼の頭頂ほどまで持ち上がる――

 

 刹那、

 

 

 トライチェイサーのエンジンが、小さな爆発を起こした。

 

「ッ!?」

 

 火と白煙を噴き上げ、コントロールを失ったマシン。突然のことに、バダーは混乱した。それはクウガ、そして救援に現れた者たちも同じだったのだが、

 

「緑谷!伏せろッ!!」

「!」

 

 はっと振り向いたクウガが目の当たりにしたのは、"GG-02 サラマンダー"を構えるG3の姿。

 そのことばに従って地に伏せると同時に、グレネードランチャーが爆裂する。それは動かなくなったトライチェイサーに跨がったままのバダーの胴体に、正確に吸い込まれていく。

 

――そして、爆発。

 

「グアァッ!?」

 

 戦車すら粉々に破壊する威力の砲弾が直撃し、バダーはなすすべなく吹き飛ばされた。宙を舞ったその身が、荒涼とした岩肌に叩きつけられる。

 

 その隙に仲間たちは、クウガのもとへと駆け寄った。

 

「無事かッ、緑谷くん!?」

「みんな!僕は、……だけど――」

 

 トライチェイサーを見遣る。激しい白煙をあげながら打ち捨てられたような有り様と化しているそれは、素人目に見ても無事とは言いがたい。いよいよ取り返しのつかないことになってしまったという焦燥が、出久の心を支配する。

 

「トライ、チェイサー……」

「………」

 

 その惨憺たるありさまを目の当たりにして、思わずことばを失う一同。――そんな彼らを現実に引き戻したのは、もう一騎のエンジン音で。

 

「!」

「わらわら増えやがって……このまま時間切れなんてのはごめんだぜ!」

 

 「じゃあな!」と捨て台詞を吐いて、バギブソンとともに走り去るバダー。かの敵を追うか、ここにとどまるか……揺れる中でいち早く動いたのは、心操だった。

 

「俺が奴を追う。ふたりはここを頼む!」

「……わかった!」

 

 出久のことはいざ知らず、あんな姿になってしまったトライチェイサーを放置しては行けない。とりわけ警察官であり造詣も深い森塚の存在はこの場に必要不可欠だろう。自分の脚で走ったとて追いつけるわけもない以上、飯田はこらえて託すほかなかった。G3を手放したのは自分自身で決めたことで、あとを受け継いだ心操のことも信頼している。

 

 ガードチェイサーとともに追撃に出たG3を見送って、飯田もトライチェイサーのもとへ走った。変身を解いた出久と、その隣に森塚。彼らは揃ってしゃがみ込み、熱をもった車体にそっと手を触れていた。まるで、撫でるように。

 

(緑谷くん、森塚刑事……)

 

 その背中からこぼれ落ちる哀愁めいたものを感じて、飯田はふたりの心を思った。出久にとってトライチェイサーは相棒であり、森塚にとっても思い入れの深いものである。かけるべきことばが見当たらず、飯田はぎゅっと目を瞑り、機械仕掛けの戦友の死を悼んだ。

 

――背後からでは見えるはずもなかったが……相棒を見下ろす出久の瞳からは、絶えず透明な雫が流れ、頬を濡らしていた。

 

「トライチェイサー……」

 

 幼なじみから託され、初めてこのグリップを握った日のことを思い出す。あれから半年にもならない関係だったけれど……ともに戦場を駆けた日々は、一生分にも等しい濃密さだったと思う。

 

「いままで……ありがとう……っ」

 

 しゃくりあげるのをこらえ、精一杯の笑顔で別れを告げる出久。そんな彼の背中に、森塚の左手が触れた。慰めるように、優しく動く。

 

 彼のどんぐり眼にも涙が浮かんでいたのだけれど、傍らの青年のようにそれを溢すこともないだけ、やはり大人としての振る舞い方を身につけてしまっているのだった。

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギングドググドゲギド

本郷 猛/Takeshi Hongo

※個性、年齢等一切不明

備考:
警視庁のトップである警視総監。コーヒーへの並々ならぬこだわりや特徴的な笑い方、制服の上からでもわかる鍛えあげられた肉体など、歴代の警視総監の中でも独特の存在感を誇ると言われている。
警視総監であるからにはいわゆるキャリア組のエリートであるはずなのだが、その経歴は謎に包まれているぞ!若かりし日の彼らしき人物が写った写真、その日付が一世紀以上も前のものであったのは、果たして……。
個性黎明期に活躍したと言われている伝説的なヒーロー"仮面ライダー"について造詣が深く、クウガやアギト、G3についてもそのように呼称し、支援している。その一方でG-PROJECTの推進によって治安維持の主導権をヒーローから警察に取り戻そうと目論んでいるなど、一筋縄ではいかない一面も見受けられるぞ!

作者所感:
ちょっとお遊びで出したつもりが、作者の手に負えない御方になりました。だってこれ、藤岡弘、だもん!


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EPISODE 39. BEAT HIT! 2/4

(たぶん)今年最後の投稿になります。次回は元旦に投稿できたらええがなと思ってたり。

この作品での二度目の年越し!これだけ長く続けられて我ながらうれしいね!皆、ありがとう!!


 逃走を図るゴ・バダー・バを、ガードチェイサーを駆るG3が追跡していた。

 

 バダーの操るバギブソンの推定最高時速は400キロ、対してこちらは350キロ。一時的に追いつけたとしても、あちらが本気になれば容易く振り切られてしまう。ましてこちらは従来の白バイに近い大型のオンロードタイプであり、小回りがきくことが必須となる格闘戦では遅れをとることが最初からわかっている。

 

(正攻法じゃキツイってことか)

 

 一見悲観的な結論を出しながらも、心操は冷静だった。搦め手でいくのは、さほど苦ではない――俺はひねくれ者だからと、自虐しつつ。

 

 バギブソンとの距離を詰めた彼は、エンジン音にかき消されぬよう声を張り上げた。

 

「なあ、43号!」

 

 無視。これは予想の範疇だ。ナンバーより本名で呼びかけられたらより効果的だと思うのだが、まあ仕方がない。

 攻撃をあえて控えつつ、心操は努めて親しげに話しかける。

 

「俺、バイクが好きなんだ。あんたのバイク、一目見たときからいいなって思ってた」

「!」

 

 バダーの肩がわずかに揺れる。まだ警戒も窺えるが、もうひと押しだ。

 

「さっきはいきなり撃って悪かったよ。でもこっちも仕事なんだ。――なあ教えてくれよ、そのバイクどんな改造を施してるんだ?エンジンは?駆動系は?」

 

 矢継ぎ早に質問をぶつけていると、バダーのバッタそのままの顔がわずかにこちらへ向けられた。

 

「フン、しょうがねえな。そこまで言うんだったら……」

(………)

 

「――ちょろいな」

 

 途端、バダーの頭脳は心操によって支配された。――"洗脳"の個性を発動させる、そのために彼のプライドをくすぐり、応答を引き出させたのだ。

 

「そのままバイクごと、海にダイブしろ」

 

 人間相手だったらば、たとえヴィランだったとしても触法すれすれの命令を下す。だが目の前の敵は強力なグロンギであって、手段を選んでなどいられない。まずバイクを操縦不能にし、丸裸になった敵を打ちのめす――倒せるとまでは断言できないが。

 

 いずれにせよバダーは、命令に従って海へ進路を向けた。いったん緩んでいたスピードが、再び上昇へと転じる。落下まで、あと数秒――

 

 心操は己が策の成就を確信した。しかしゴ集団の中でもとりわけ実力者に食い込むゴ・バダー・バは、彼の個性の一枚上手を行った。

 

 強靭な意志をもってわずか、ほんのわずかに洗脳に抗う。通常の戦闘であれば趨勢になんの影響ももたらさなかったかもしれないその一瞬が、彼の命運を分ける。車体を傾け――もろとも、激しい勢いで地面に転倒したのだ。

 

「な……!?」

 

 想定外のことに動転する心操。ただ予想を外れたというだけではない、これはおよそ最悪の事態でもあった。

 

――心操の"洗脳"は、被洗脳者が強い衝撃を受けることによって不随意に解除されてしまうのだから。

 

「……てめえ、」ゆらりと立ち上がるバダー。「性根、腐ってンな」

「……お前らにだけは言われたかないね」

 

 やり返しつつ、ガードチェイサーの収納に手をかける。状況を打開すべく素早く装備したのは、"GA-04 アンタレス"だ。その鋼のワイヤーをバダーめがけて射出する。拘束し、あらん限りの攻撃を叩き込む……強敵を相手にする以上はそれしかないと心操は考えたし、事実そのとおりだったのだけれど。

 

 問題は、バギブソン抜きのバダー自身の能力も、心操の……否、G3単独で対処できる範疇を大きく超えてしまっていたということだ。

 

「フンッ!」

 

 その場で大きく膝を曲げたかと思うと、バダーはまっすぐに跳躍した。――自ら"脅威のライダー"を名乗るほどのライディングテクニック。そればかりに特化していると思われがちだが……同時に彼は本質的にバッタ種怪人であり、"脅威のジャンパー"としてクウガに辛酸を舐めさせたあのズ・バヅー・バの双子の兄だった。

 

 つまり。そのジャンプ力は、弟のそれすらも凌駕するのだ。

 

「……ッ!?」

 

 ワイヤーはむなしく空を切り、心操はただただ呆気にとられるほかなかった。人体への負担を極力抑えるためにロースペックとなったG3の運命は、もはや決してしまっていた。

 

 刹那、急降下してきたバダーのミサイルキックをまともに胴体に受け、心操は大きく弾き飛ばされた。

 

「ぐあ゛ぁッ!?」

 

 そのまま道路脇の街路樹に背中から叩きつけられ、火花が散る。バッテリーが損傷し、出力が大きく低下したことを知らせる発目明の切羽詰まった声が通信機から響くが、ほとんど耳に入っていなかった。

 

「ッ、ぐ……」

『心操くん、これ以上の戦闘継続は危険だ!速やかに離脱するんだ!』

 

 今度は、玉川の声。そんなことは心操にだってわかっているけれど、かといってそのとおりにできる状況かといえばそうではない。

 バダーは既にバギブソンに跨がり、エンジンを吹かして威嚇を始めている。心操はもう、蛇に睨まれた蛙も同然なのだ。

 

「俺に生身を使わせたからには、覚悟はできてんだろうな?」

「……ああ、来るなら来いよ」

 

 無論、むざむざこいつの得点になってやるつもりはない。命懸けで、生き残る――そんな矛盾を孕んだ決意とともに、心操はその場にぐっと踏みとどまった。

 

 同時に――走り出す、バギブソン。他の犠牲者同様、そのホイールの一撃で、心操の肉体を破壊するつもりなのだ。

 だと、しても――!

 

「――ッ!」

 

 凄まじい衝撃が、心操の身体を襲った。時速数百キロを保ったまま振り下ろされたホイールが、胴体を襲ったのだ。膨大な火花が周囲に撒き散らされ、銀色の装甲の破片がわずかにこぼれ落ちる。

 

「が、ぁ……ッ!」

 

 激痛に脳が悲鳴をあげる。呼吸すらも阻まれ、ゆえに絶叫することすらできない。本能に従えば、このまま気絶してしまっていたかもしれない。それ即ち死に直結する。ゆえに心操は、半ば麻痺した両腕を振り上げ、ホイールを全力で掴んだ。

 

「ッ、粘んなァ……!」

「ぐ、うぅぅ……ッ」

 

 装甲のあちこちから火花が散り、うるさいくらいにアラートが鳴り響く。自分の命が風前の灯火であることなどわかっている、それでも逃げ出す手立てすらない以上は、G3を……自分の身体をぶっ壊してでも、押し返すか耐えきるか……どちらかしかありえない。

 

(俺は、まだ……こんなところで……ッ)

「ギベ!!」

 

(死ね、るかぁ――ッ!!)

 

 刹那、G3のパワーがわずかに殺戮マシンを上回った。

 

「ッ!?」

「う、オォォォォォッ!!」

 

 雄叫びとともに、力いっぱい車体を押し返す。がしゃんと音をたてて、マシンが後退する。

 

「ッ、ゴラゲ……」

「ふーッ、ふ……ぐ、ぅ……ッ」

 

 筋肉や骨が軋み、苦痛という名の悲鳴をあげている。それらを抑制する役割を果たしていた装甲のショックアブゾーバーは完全に破損してしまったようだ。――これ以後のダメージは、死に直結する。

 

「往生際が悪ぃな……!」

 

 押し返されようとも、バギブソンは健在だ。唸り声をあげ、仕留め損ねた獲物に今度こそとどめを刺そうというつもりでいる。

 まだ死ねない――そんな強い思いの発露は、たった数秒寿命を伸ばすにすぎなかったか。もう指一本動かすのも億劫な心操は、たまらず瞑目した。

 

 そのとき、いまにもマシンを発進させようとしていたバダーの身体すれすれを、旋風のようなものがかすめた。     

 

「――心操くんっ!!」

「!」

 

 頭上から響く呼び声。心操とバダーが揃って顔を上げると、巨大な甲虫のような飛行体が、翅を広げて急降下してくるところだった。声の主は……その前肢にぶら下がる、人型のシルエット。

 

 緑の金――ライジングペガサスフォームに"超変身"した、クウガだ。

 鋭い黄金のブレードを装着したボウガンを構え、バダーめがけて空気砲を発射する。

 

「ッ、ボンゾパ、リゾシバ!」

 

 咄嗟に反転し、逃走を図るバダー。クウガは一瞬心操に気をやるようなそぶりこそ見せたが、すぐにゴウラムともども追跡に転じた。それでいい。緑谷出久(しんゆう)は自分の意志を、余すことなく汲んでくれている。

 

 

――しかし結果が伴うかは、残念ながら別の話だった。

 

 疾走するバダーとバギブソン。追いすがるクウガとゴウラム。空中という絶対的に有利なポジションを確保し、ライジングペガサスボウガンによる射撃を継続するクウガ。常人の数千倍にまで強化された超感覚のために、たとえ彼方にいる敵であったとしても正確に撃ち抜くことができる……本来ならば。

 

 しかしバダーのスピードとテクニックは、ライジングペガサスの能力すら上回るものだった。推定最高時速である400キロ近い速度を出したまま、巧みに蛇行を繰り返し、弾丸をかわしていく。

 

「フン……当たらなけりゃ、どうってことはねえんだよ!」

 

 緑に制限時間があることを超古代の戦いの経験からバダーは知っていたし、ライジングの状態ではそれよりさらに短い。

 

「ッ、く……!」

 

 流れ込んでくる膨大な情報を処理できなくなり、頭痛が襲ってくる。こんな状態で無理に攻撃を続けたところで弾丸を命中させられるわけもないし、いずれにせよすぐにエネルギーを失って白――グローイングフォームに退化してしまう。そうなれば二時間は変身できなくなる。

 

 「くそ、」と悪態をつきながら、クウガは通常のマイティフォームに戻った。鼻を鳴らしながら、走り去っていくバダー。――奴のことは、いったんは捜査本部の面々に託すほかない。

 

「ゴウラム、心操くんのところに戻るんだ!」

『ソーテー・ター』

 

 クウガと手を繋げたまま、急旋回するゴウラム。戦闘続行が不可能になってしまったいま、ただ傷ついた友人を純粋に心配する――そんな主の心を汲み取ったのだろう。バダーの追跡と変わらぬスピードで、彼は飛翔を続けてくれた。

 

 

 

 

 

――警視庁 未確認生命体関連事件合同捜査本部

 

 がらんとした会議室にて、各所から流れ込んでくる情報の濁流を、指揮者たる管理官である塚内直正警視はひとり懸命に泳ぎ続けていた。

 

「………」

 

 昼食代わりのゼリー飲料を口にしながら、作戦プランの修正を秒単位で行い続ける。入ってくる情報をもとにしているゆえだが……それらのほとんどが好ましからざるものなのが塚内の精神にのしかかっていく。誰も聞いていないのをいいことに、たまらずため息をついた。

 

『ため息なんてついてるから未だに春が来ないんですよ』

「!?」

 

 いきなり無線から響いた声に、思わず椅子を蹴り倒しそうになる。指揮官としては情けない行動だが、素の性格は変えようがないのだから仕方がない。

とはいえモニターに映った猫顔を目の当たりにして、彼はとりたてて特徴のない童顔を盛大に顰めた。

 

「なんだおまえか三茶……それはあれか、幸せが逃げてるって言いたいのか?」

『ニャア』

「……じゃあおまえもしょっちゅうため息ついてるんだろうな」

『!、じ、自分はまだぎりぎり三十代なので……っと、それはともかく』

 

 ゴホゴホと咳払いをして、玉川は『悪いニュースがあります』と告げた。塚内のため息がまたひとつ、増える。

 

「おまえからの通信ってことは、心操くんに何かあったのか?」

『はい。……第43号の攻撃を受け、負傷しました』

「………」

 

 やはりか。であればむしろ、ため息などついている場合ではない。冷静に、必要な情報を聴取せねば。

 幸いなことに彼らはツーカーの仲だったので、塚内にそんな努力をさせるまでもなく玉川は現況について語った。

 

『命に別状はありませんし、いまのところ骨にも異状はありません。打撲と捻挫……全治一週間といったところだそうです』

「……そうか」

 

 それを聞いて、ため息に安堵が混じる。無論怪我などないほうがいいに決まっているが、相手は凶悪な未確認生命体――G3を剥げば少し鍛えているだけの学生である心操の命など、いつ喪われても不思議ではない。

 

『ただG3は重傷です。修理に丸一日かかる。申し訳ありませんが、これ以上の作戦参加は……』

「いやいい、わかった。こちらはなんとかする、心操くんには病院でゆっくり休むよう伝えておいてくれ」

『……了解』

 

 通信が切れ、再び静寂に包まれる室内。玉川に言わせれば、塚内の幸せがまたひとつ逃げていく。

 ただこの現実とは、否が応にも向き合わざるをえない。アギトが離脱し、G3を欠いた状況――切り札となりうるのはクウガ・緑谷出久をおいて他にはいない。ただその出久も、虎の子であるトライチェイサーを失ったばかりなのだが。

 

(奴を止められるとすれば、やはり……)

 

 出久がこれからどうするのか、連絡は既に入っている。――祈る思いで、待つほかない。

 

 

 

 

 

 その頃。緑谷出久は、森塚駿の運転するパトカーの助手席に座っていた。

 

「まいったねえ」本当に参っているのか怪しい口調でつぶやく。「よもやミドキンwithゴウラムたんでも逃げきられちゃうとは」

「……はい」

 

 ゴウラムにぶら下がって、空から追跡――そして、ライジングペガサスによる連続狙撃。次善の策としては悪くなかったはずだが、三〇秒という短い制限時間に対して、バダーはあまりに手強い難敵だった。

 

「そうなってくるとやっぱ必要だよねアレが、たとえ一時離脱してでも」

「すみません……かっちゃんも轟くんもいなくて、心操くんも怪我してるいま、悠長にそんなことやってる場合じゃないのはわかってるんですけど」

「きみはやれることをやったんだ。あとは、それしかないならやるしかない……これっしょ」

「………」

 

 ふと黙り込んだ出久が、唇に指をやるようなしぐさを見せる。その癖は決まって考えごとをはじめようというときに見せるものだと、それなりに親しく付き合っている森塚はよく知っていた。

 

「どした?」

「あ、いえ……さっき心操くんが言ってたこと……森塚さんの言ってたことと、同じなのかなって」

 

 出久の脳裏に、担架で救急車に乗せられる心操の姿が浮かぶ。自力で歩けないほどの重傷を負いながら……彼は駆けつけた自分に対して、言ったのだ。

 

『ビートチェイサー……使うしかないな』

『……うん。でも――』

 

 逡巡する出久に、心操は、

 

『なあ覚えてるか?おまえが自前のバイク買って、初めて一緒にツーリングに出掛けたときのこと』

『!、うん……』

 

 あの頃の自分はようやく免許をとったばかりで、生来の不器用さもあってまだまだ運転が危なっかしかった。そんな状態で曲がりくねった山道を走ることになって……道すがら、何度も引き返したいと思ったけれど。

 

『頂上で見た夕陽、さ……綺麗だったよな』

『……うん』

 

 忘れない。忘れるはずがない。あの茜色の光景は、何年経ってもずるずる引きずっていた煮え切らない思いを吹き飛ばすほど、鮮烈だった。

 

『大丈夫、』

 

『おまえならできるよ緑谷。あそこにたどり着けたおまえなら、きっと……』

 

 

「――僕、いまならできる気がします」

 

 独り言のように、しかし明確に、出久は断言した。見下ろすその手には……トライアクセラーが握られている。トライチェイサーのグリップ。本体は科警研に回収されていったが、これだけはその前に引き抜いてきた。

 

 本来、そんなことをする必要はないのだ。ビートチェイサーにだってまったく同じものが挿さっている。――けれども、モノにだって魂が宿るという。

 

(トライチェイサー……僕はおまえを、決して忘れない)

 

 その魂は……絆は、決して失われることなく受け継がれていく。それこそがいまの自分に最も必要なものなのだと、出久は確信していた。

 

 

――ビートチェイサーを安置したままのサーキットが、いよいよ目と鼻の先に見えてきた。

 



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EPISODE 39. BEAT HIT! 3/4

あけましておめでとうございます。2019年もよろしくお願いします!

10月からは4期も待っていることだし、ヒロアカ熱はまだまだ治まりそうもありません。この作品を完成させるのはもちろんのこと、その後も色々書きたいな~と思っていますので、繰り返しになりますが皆様今後ともよろしくお願いいたします。


 少年はひとり小屋の中でうずくまり、震えていた。まだあどけなさが残る顔立ちに、安物のヘアカラーで染めたのだろう金髪、耳朶にいくつも刺したピアスが極めてアンバランスだ。いきがって、大人になろうと背伸びをしている……この年齢にありがちな欲求が肥大化しねじ曲がってしまった象徴のごとき姿。よくあることだ。

 

 いまこの瞬間がその報いであるとするならば……あまりに、理不尽ではないだろうか。

 

 彼、そして彼の友人たちの犯した過ちといえば……大々的に呼び掛けられたバイク使用の自粛要請を知りながら、無視したこと。そして爆音を鳴らして、公道を我が物顔で群れて暴走したこと。唾棄すべきことだが、その代償として彼はいま、迫りくる死の恐怖に怯えている。

 

 ともに馬鹿をやっていた友人たちは皆、突如として現れた異形のライダーによって、既に二度と暴走どころか呼吸もしない骸となり果てている。唯一自分だけが、ここまで逃げてくることができた。ひた走ってひた走って、車両が進入するには困難が伴う手狭な旧住宅地帯をすり抜けて、鍵もかかっていない無人の小屋に逃げ込むことができた。もう未確認生命体もとっくに自分を見失っているだろう……助かった。

 

 早鐘のようだった鼓動が次第に落ち着いてくると、今度は大勢の友人が無惨に殺されたのだという現実に直面せざるをえない。あれだけ五月蝿かった――もちろん彼自身も含めてだが――若者たちと、もう二度と遊ぶこともことばをかわすことすらもできなくなってしまった。恐怖を除けば、もたげてくるのはそんな喪失感。気がつけば少年のまだ丸みの残る頬には、ひと筋の涙が流れていた。

 

――そのときふと耳に入ってきたのは、おもむろに近づくマシンのエンジン音だった。

 

「!!」

 

 一度は鳴りを潜めた恐怖が、間欠泉のように噴き出して少年の全身を侵していく。混乱をきたした身体は、三角座りの姿勢のまま硬直する。逃げ出したい、しかしもはや逃げ場などないのだと、本能的に悟ったかのように。

 

 エンジン音はいななきとなり、凄まじい勢いでこちらに迫ってくる――少年が生きて知覚した、最後の音だった。

 

 

 そしてゴ・バダー・バとバギブソンが、小屋を破るようにして姿を現した。「うぎゃ」という、短い断末魔が響く。

 瓦礫と血飛沫とにまみれながら、ゆっくりと動きを停める殺戮マシン。その姿が、ライダーもろとも常のものに戻る。

 

 人間の姿をとったバダーが、真っ赤なマフラーをなびかせながらつぶやいた。

 

「ここで一気に稼がせてもらえるとは、馬鹿様サマだぜ。――おい、俺、いくつ殺した?」

 

 にわかにドルドが姿を現す。死人の計測者の証たる、バグンダダを携えて。

 

「バギングバギングパパンド……バギンド、ゲヅンビンザ」

「ふぅん……バサ、」

 

「――ガド、ドググビンザバ」

 

 不穏なつぶやきとともに、再び走り出すバダー。成功か失敗か……どのような結果に至るとしても、彼のゲリザギバス・ゲゲルはいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 客足もピークを過ぎ、喫茶ポレポレでは再びゆったりとした時間が流れていた。

 

「いやぁありがとね桜子ちゃん、結局がっつり働いてもらっちゃって!」

「いえ。好きなんです私、ここの雰囲気」

「………」

 

 好きなのは店の雰囲気だけではないだろう、とお茶子は内心思ったが、それ以上に――

 

(やっぱ、ええ人や……)

 

 心操といい、出久の友人というのはどうしてこう人格者ばかりなのだろう……約一名を除いて。自分ももっと精進せねば。

 

 お茶子がひとりで鼻息を荒くしていると、桜子の携帯が着信音を鳴らした。ポケットから取り出したそれに表示された名前を見て、桜子は怪訝な表情を浮かべる。

 

「ちょっと、すみません」ふたりから距離をとり、受話する。「――はい、沢渡です」

『……ども』

 

 電話の相手は――爆豪勝己だった。彼が自分に連絡してくることなどめったにない。そういえば確か、轟焦凍とともに死柄木弔を追って東京を離れていると聞いたが。

 

 無駄を嫌う勝己らしく、余計な修文もなくすぐに用件に入った。

 

『あんたに見てほしいモンがあって、いま研究室のデスクトップにメールを送った。すぐ見られますか』

「あ……いまポレポレにいるので、すぐにはちょっと。――私に見せたいものって、なんですか?」

『血文字』

「ち、ちも……っ?」

 

 いきなりなんと物騒な単語なのか。大声をあげなかった自分を、桜子は褒めたかった。

 

『――死柄木弔が、殺戮現場に残していったモンだ』

「!」

 

 その説明を聞けば、流石に腑に落ちた。

 

「私に見せたいってことは……書かれていたのは古代文字なんですか?」

『……ああ。それも……――ア?わぁった……とにかく、見りゃ早いんで』

「……わかりました、すぐ戻ります」

 

 何か動きがあったのだろう、電話の向こうがにわかに慌ただしくなり、ほどなくして通話が切れる。

 

「………」

 

 桜子はしばしそのまま、思考に沈んでしまった。勝己の相変わらずぶっきらぼうな態度が腹に据えかねたわけではない。ただ何か、含むものがあるのが気にかかった。死柄木弔が書き遺したという古代文字……勝己に指示されるまでもなく、気持ちが逸る。

 

「すみません、」おやっさんに声をかける。「研究室に戻らないといけなくなったので……今日はこれで失礼します」

「ありゃそう?――じゃあこれ、持っていってよ!」

 

 名残惜しそうなおやっさんが差し出してきたのは、やたら大きな紙袋だった。

 

「これお茶子ちゃん発案の新メニュー、抹茶とチョコのアベックッキー!命名に恥じずまた絶妙なハーモニーなんだコレが!」

「命名はマスターなんだけどねぇ……語呂悪いし」

 

 愚痴るお茶子と、ふと目が合う。なぜか不敵な笑みを浮かべつつ、サムズアップをする彼女。――これは宣戦布告のつもりなのか、それともエールなのか。難しいところだが……健気なお茶子が相手だと、不快より微笑ましい気持ちが圧倒的に勝つから面白い。

 

「ふふ……じゃあ、おことばに甘えて。いただいていきますねっ」

 

 さりげなくサムズアップを返して、桜子はポレポレを辞して大学へ走った。出久の与り知らぬところでも、彼女たちの絆はゆっくりと深まっていっているのだった。

 

 

 

 

 

 ここまでで97名を殺害した未確認生命体第43号――ゴ・バダー・バは、横須賀市御幸浜から長者ヶ崎方面へ向けて移動していることが、神奈川県警によって確認された。

 

 その情報を受けた合同捜査本部では、次なる追い込みポイントを逗子海岸に設定――そこに至る主要道路である国道207号線、葉山署付近に十台近いパトカーによるバリケードを築いた。

 ただ道を塞ぐだけではない、バリケードの前面には鷹野警部補の指揮するSATの狙撃部隊、およびエンデヴァーをリーダーとして戴くヒーローチームが出て、白バイに牽かれてやってくるバダーを迎撃する手筈となっている。

 

「――SATか、きみにとっては古巣だったな」

 

 部隊に指示を飛ばした鷹野に、エンデヴァーが声をかけてきた。

 

「ええ。私のように個性でブーストできるとできないとにかかわらず……皆、狙撃の腕は確かです」

 

 だから、絶対に外さない――応じる鷹野のことばには、そんな決意がこもっていた。

 その信念を汲みつつ、

 

「頼もしいな、だが我々ヒーローとて負けてはいない。とりわけここに集っているのは皆、優秀かつ勇気ある者たちだ」

 

 ぐるりとチームを見回しながら、エンデヴァーが言う。確かに彼らの表情には決然たるものがあって、これから未確認生命体を相手取ることへの恐怖や当惑は微塵もない。白バイの護衛についているヒーローたちも同様だろう。エンデヴァー自身も無論、そのひとりだ。。

 

 ただ、彼の場合は――

 

「エンデヴァー……ご承知でしょうけど、あなたは極力個性の使用を控えてください。お身体に障ります」

「ふん、無論承知している。俺がもはや、戦闘員としては役立たずの木偶の坊だということはな」

「あ、それは……」

 

 出すぎたことを言ったかと、鷹野は自身の発言を後悔したのだが……それに反して、エンデヴァーは自身たっぷりに口角を上げた。

 

「それでも俺はここにいる、指揮能力を期待されてな。独りで突っ走るしか能のなかったどこぞの平和の象徴とはここが違うのだと、世間に見せつけてやるさ」

 

 最近は丸くなり、愛妻家ヒーローという評価までも定着しつつあるこの男だが、高いプライドからくるオールマイトへの対抗心は失われていないらしかった。かつてのように1位だ2位だにこだわるのではなく、ライバルにない己の強みを前面に出していくことを身につけたのだろう。

 

 No.2ヒーローだった頃より増した頼もしさを鷹野がひしひしと感じ取っていると、若い制服警官が「お話し中のところ失礼します!」と、やや緊張した面持ちで割り込んできた。

 

「千葉県警のガス弾輸送班から、まもなくこちらに到着するとの連絡が入りました!」

「そう……いよいよね」

 

 ガス弾さえ到着すれば、作戦実行の用意はすべて整う――鷹野が気合いを入れ直していると、今度はパトカーの無線が鳴った。

 

「!」

 

 胸騒ぎを覚えて、彼女はライフル片手にパトカーへ戻った。無線機をとった途端、聞こえてきたのは切羽詰まった男の声で。

 

『神奈川TR05から、警視06どうぞ!』

「こちら警視06鷹野!」

 

『現在第43号を誘導しながら、下山橋を通過中!あとわずかでそちらに現着しますが、護衛をすべて振り切られ……このままでは、もう間もなく追いつかれそうです!』

「ッ、………」

 

 なんてことだ、まだガス弾も到着していないのに。焦燥に駆られる鷹野だったが、それを表に出すことだけはこらえた。本当に焦っているのは、己の命が風前の灯火と化していくことを感じているだろう通信の相手なのだから。

 

「……あと少しこらえてくださいッ、こちらにたどり着けさえすればあとはヒーローが――」

「αが見えました!」

「!」

 

 はっと顔をあげる鷹野。彼女のすぐれた視力もまた、彼方にトライチェイサーαの姿を捉えた。――その背後から、ゴ・バダー・バとバギブソンが距離を詰めていく。

 

「くっ……あれでは間に合わんぞ!」エンデヴァーが歯噛みする。「作戦変更だ!この場にいるヒーロー全員、突撃してTR05の救出に移る!!」

 

 現場指揮官として瞬時に判断したエンデヴァーは、流石に場数を踏んでいたのだが――バギブソンのスピードを前にしては、それすらも後れをとっていた。

 

 バダーは彼らが実際に動くより早く、ついにトライチェイサーαに追いつき――

 

 

 そして次の瞬間、ぐしゃりと何かを轢き潰す、おぞましい音が響き渡った……。

 

 

 

 

 

 現場が懸命に足掻いている一方で、面構犬嗣にとっての戦場は会議室であった。

 

 合同捜査本部の長の立場で、居並ぶ警察幹部たちに囲まれる。このような場数も踏んできてはいるが、それでも未だに「クゥン……」とか細い声が漏れてしまいそうになる。被毛や犬そのままの顔立ちのおかげで、内心の緊張を気取られにくいのが幸いか。

 

「面構参事官」

 

 皆を代表するように面構の名を呼んだのは、副総監の席に座る異形型の男だった。

 

「随分と手こずっとるようだね、第43号には」

「……はっ」

 

 すべては私の不徳の致すところ、と反射的に述べかけて……こらえた。安易に自分に責任をかぶせるのは楽だが、それ即ち自身の指揮能力不足を認めることになる。――指揮能力不足を認めるということは、部下たちの努力を否定することになってしまう。彼らが皆、死力を尽くして戦っていることを骨身に感じている限り、長である自分が楽な方向に逃げてはならないと心した。

 

 ここにいる警察幹部たちも、キャリア警察官として多くの経験を積んでここにいる。面構の思いはわかるし、現場の努力も理解している。ただ巨大組織を統べる立場にあって、どんな小さな懸念材料も見過ごしてはならない――蟻のひと穴が、自分たちの首では済まない大惨事を引き起こすかもしれないのだから。

 

 彼らの質問に応じ、あらゆる懸念を解消すべく、淀みなく答えていく面構。しかし、

 

「最も重要な最終局面を第4号とBTCSに任せて、失敗のリスクは低いとお考えですか?」

「!、………」

 

 女性警備部長の問いかけには、一瞬ことばに詰まってしまった。第4号――クウガこと緑谷出久は未だ、ビートチェイサーを乗りこなすに至っていない。無論、彼を信頼してはいるけれど――

 

 会議室が、緊迫した沈黙に包まれかけたときだった。

 

「ありがとう……ありがとう……」

「………」

 

 不気味なつぶやきが発せられたのは――他のどこでもない、警視総監の席からだった。一同の白けた視線が集中する。その先にはオーダーメイドのコーヒーメーカーが置いてあって、一滴一滴コーヒーの粒が下に落ちてくる。傍から見ていても、あまりにもどかしい光景。しかしかの警視庁の主は、ひたすら呪文のように感謝のことばを繰り返している。

 

「……総監、大事な会議の最中にコーヒーづくりはおやめください」

 

 副総監がやんわりと注意するが、警視総監は独特に笑うばかりだ。

 

「ハッハッハッハ……いいじゃないか、しょせん内輪の集まりだ。面構くん、きみにもあとで振る舞うから楽しみにしていたまえ」

「はぁ……ありがとうございます」

 

 見た目どおりの犬舌なので、できれば熱いのは勘弁してほしいのだが……サシならまだしも、この場では形ばかりのお礼を述べるほかない。

 

 皆の当惑のこもった視線もものともしていない――独自の世界に入り込んでいる――本郷だったが、話の流れは間違いなく把握していた。

 

「緑谷出久くん、か。――いまの彼なら、何も心配いらないさ」

「!、……なぜそう言い切れるのです?」

 

 ニヤリと笑って、本郷は拳で胸を叩いた。

 

「ココさ」

「………」

 

 壮年の警察幹部たちが、なんともいえないような表情を浮かべる。――ただこの警視総監は二度、実際にその緑谷出久と相まみえている。彼が見聞きして感じ取るものは、自分たちふつうの警察官僚よりよほど鋭く深い。

 

「――きみもそう思わないかい、面構くん」

「!」

 

 面構ははっとした。――現場の捜査員たちだったらきっと、あの問いに迷いなく答えられていたことだろう。

 

 彼との関係において……自分にはまだ、努力すべきことがある。そのことを痛感しながら、力強くうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 その頃。本郷の所有するサーキットの片隅に安置された、青と銀のマシン――ビートチェイサー。

 

 緑谷出久はいよいよ、その上に跨がっていた。

 

「緑谷くん……。本当に、行くんだね」

 

 気遣わしげに問う森塚。――それに対して、出久は迷うことなくうなずいた。

 

「そっか。――じゃー頑張って43号にぎゃふん言わせたってくれぃ、お兄さん応援してるからよう!」

 

 おどけてサムズアップしてみせる森塚は子供っぽかったけれど、その一方で大人らしくもあって。いずれにせよ出久の心の、まだ硬い部分を解きほぐしてくれた。

 

(そうだ、そうなんだ)

 

(僕はやっぱり、たくさんの絆に支えられている)

 

 挿し込んだトライアクセラーもまた、まぎれもないその証だ。

 

 だから、

 

 

「――変、身ッ!!」

 

 自身の体温で熱をもっていくシートの感触を感じながら、出久は、クウガへと変身を遂げた。

 トライチェイサーのものと同型のパネルに触れて暗証番号を打ち込めば、青と銀の車体が瞬く間にマイティフォームを想起させる黒地に赤ラインへと変わる。フロントには、既に戦士クウガを表す古代文字が描かれている。クウガの……出久のためだけに造られたマシンなのだから、当然だ。

 

「さあ……」グリップを握りしめ、「行こう、ビートチェイサー!」

 

 砂塵を巻き上げ、急発進する。空気を薙ぐ疾風を、見送る森塚はまともに受ける羽目になった。

 

「うおぅ、情熱的!」

 

 独り言でも軽口を飛ばしつつ……ふと、大人びた笑みを浮かべる。

 

「頼んだぜ、――仮面ライダークウガ」

 

 駆け抜けていくエンジン音が、その勝利を確信させてくれる――

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドパパン

サソリ種怪人 ゴ・ザザル・バ/未確認生命体第41号※

「ガダギバッ、ゴ・ザザル・バ!バレスドドバググッ!!(アタシは、ゴ・ザザル・バ!舐めると溶かすッ!!)」

登場話:
EPISODE 32. 心操人使:リブート~EPISODE 36. 悪夢

身長:168cm
体重:187kg
能力:
人体をほぼ完全に溶解させる強酸性の体液

行動記録:
サソリの能力をもつグロンギ。上位集団たる"ゴ"の一員でありながら、若い女の姿をした人間体時にはパンクファッションに身を包み、気だるげに振る舞う。しかしその本性は短気かつ狂暴そのものであり、戦闘の際は敵を口汚く罵りながら武器である鉤爪を振り回し、強酸性の体液を周囲に撒き散らす攻撃性を見せつける。
ゲリザギバス・ゲゲルにおいては、「爪に塗ったマニキュアの色の順に、同じ色の"箱(乗り物)"に乗った標的を殺害する」という複雑極まりないルールのもと、獲物に鉤爪を突き刺し、体液を注ぎ込んで体内から溶解させる残忍な方法で殺人を行った。当初はタクシー運転手を次々に襲ったものの、カウンターとしてタクシーが街からいなくなってからはエレベーターやバスなどに標的を変えた。死柄木弔にまつわる事件の同時発生によって捜査本部側の戦力が分散していたこともあって着実にゲゲルを進めていくが、ついにルールを看破され、次の標的が"オレンジ色の動く箱"=中央線の車両であることを突き止められる。運行停止によって苛立っていたところに現れたクウガ&G3と戦い、その溶解液で翻弄するが、G3のアンタレスで拘束されたところに中和弾を撃ち込まれてダメージを受け、クウガとトライゴウラムによって追い込みポイントである旧資材基地へ運び込まれる。
最期はライジングブラストペガサスを受け、意地を見せながらもなすすべなく爆死した。爆発によって気化した体液は資材基地を溶かし尽くし、万一そこへ運び込まず街中で倒していたらば甚大な被害を招いたであろうことを如実に示したのだった。

作者所感:
人間体のファッションはグロンギで一番好きかもしれないです。カッコいい!
殺害方法のエグさは一級品ですし、その対策を人間側がアレコレやってるのも刑事ドラマみあって楽しいんですが、主軸に関われずいまいち影薄いのが残念。拙作は原作に輪をかけてになってしまって申し訳ないです。溶かすのはやめちくり~。

※原作では43号


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EPISODE 39. BEAT HIT! 4/4

MOVIE大戦FOREVER、大晦日に観てまいりました。

クウガ含めた平成ライダー登場シーンでもう、「君はヒーローになれる」と言われたデクばりに号泣。19年間ライダーを観てきた自分のような人間へのご褒美ともいえる素晴らしい作品でした。そういう方、それでなくとも思い入れのある平成ライダーのいる方々は是非、劇場に足をお運びください。


 快進撃を続けるゴ・バダー・バは、自身のゲゲルを見届けに来ていた仲間のもとへ、自信たっぷりに姿を見せていた。

 

「ガドパパンビンボソギデ、ゲギボグザゼゴセン、ゲリザギバス・ゲゲル」

「………」

 

 唇を歪めるジャーザ、忌々しげに眉を顰めるバベル、静かに瞑目するガドル。審判たるふたり――バルバとドルドは、なんの感動もうかがわせずそのことばを聞いている。

 

「ゴギデググルビ、ゴセパ……ザギバス・ゲゲル!」

 

 高らかに宣言するバダー。勝利を確信……否、既に勝利へ至っているかのごとき態度に、沈黙を保っていたバルバがついに口を開いた。

 

「ゴンボドダパ、ガギゴンパパンビンゾ……ボソギデ、バサギゲ」

「フン……ガギゴンパパンビン、バ」

 

「ボソギゾ、クウガ――ヅギパ、ボソギゾガンダ」

「………」

「ダボギリザゼ」

 

 好戦的な瞳でバルバをひと睨みして、去っていくバダー。それを向けられた……ように思われたバルバはというと、

 

「――ザ、ゴグザゾ」

 

 背後の深い暗闇に、ぽつりと声を投げかける。何ものも存在しえないはずのそこから、応えるように咆哮が響く。

 

 

――それは、狼の遠吠えに似ていた。

 

 

 

 

 

 度重なる失敗にも、捜査本部の面々は決して折れない。

 

 塚内管理官によって追い込みポイントが再設定され、鷹野警部補とエンデヴァーをリーダーとする実働部隊が封鎖を行う。――ただ、神奈川県警白バイ隊の協力をこれ以上得るわけにはいかない。バダーの予測進路からいっても、おそらくこれがラストチャンスだ。

 

「なんとしても、ここで奴を追い込まねばな」

「ええ……」

 

(そして彼に、バトンを託さなければ)

 

 先ほど塚内管理官から、出久がビートチェイサーで出撃した旨通信があったばかりだ。マシンを使いこなせていない状況で――いや、それを克服できるという自信あってのことに決まっている。だから、何も心配することはない。

 

 既にガス弾の装填されたライフルを構え、並び立つ鷹野以下、SATの面々。木々をぶち抜くようにして造られたまっすぐな道、その地平線の向こうで、何かが揺らめいたような気がした。

 

「!」

 

 すかさず己の個性――"ホークアイ"を発動させる。視力が一時的に急上昇し、遥か彼方までを鮮明に見ることができるようになる。――豆粒のようなシルエットから、漆黒のオートバイとそれを操るライダーの姿が浮かび上がった。

 

「来たか……――構え!!」

 

 女性警部補の指示に従い、一斉に銃口を前方に向ける狙撃部隊。耳障りなエンジン音が加速度的に増していく。

 こちらの戦闘態勢に気づいてか、かのライダー――ゴ・バダー・バはマシンもろとも異形へと姿を変えた。たとえ得点にならずとも、行く手を阻むなら容赦なく轢き潰すつもりか。膨らむ緊迫感に汗が滲むが、だからといって逃げ出したいとは微塵も思わない。

 

「………」

 

 引き金に指をかけたまま、じっと踏みとどまる。まだだ、この距離では確実な命中が見込めない。もっと引きつけて撃つ。その明確なラインも、事前に設定してある。

 

 そして前輪が、その見えない境界線を踏み越える――

 

 

「――撃てッ!!」

 

 透き通った聲の反響をかき消すように、無数の銃声が一寸の乱れもなく響き渡る。発射された弾丸の波が、バダー自身やバギブソンの車体へ吸い込まれていき……炸裂する。膨大なガスがあふれ出し、標的の周囲を覆い尽くす。ただ走行に伴い発生する疾風のために、多くがいずこかへ吹き飛ばされてしまう。それも当然、想定済みだ。弾丸は一発こっきりではない、ゆえにひとりひとりが引き金を引くのも一度だけではない。何度もガスが撒き散らされれば、それだけバギブソンの周辺に滞留する時間も伸びる。

 

「グゥ……ッ!」

 

 致命的ではないにせよ、それは確実にバダーの身体、とりわけ視覚と嗅覚を蝕んだ。その毒から身を守ろうという本能が働き、運転が疎かになってしまう。当然、前方への注意も。

 

「攻撃開始だ!!」

 

 狙撃部隊が後方に下がり、入れ替わるようにしてエンデヴァー率いるヒーローチームが攻撃を仕掛けにかかる。

 

「「喰らえッ!!」」

 

 爪を針に変えて射出するヒーローがいれば、"かまいたち"の個性で巻き起こした旋風をぶつけるヒーローがいる。それらはバギブソンのホイールめがけて放たれたものだった。

 鋭い針は突き刺さることはなくとも表面を傷つけ、そこに旋風が容赦なく襲いかかり、ゴムを大きく切り裂く。――タイヤが、バーストする。

 

「ッ、ンだと……だがッ!」

 

 このまま行動不能に陥るかに思われたバギブソンだったが、流石にグロンギのマシンだった。完全に停車してしまうより早く、損傷が癒えていく。スピードは、再び上昇へ転じる。

 

「自己再生能力まであるのか……!?」

「……ッ、」

 

 わずかに怯んだ様子を見せるヒーローたち。しかし、

 

「狼狽えるな!!」エンデヴァーが檄を飛ばす。「破壊しきれなくとも構わんッ、あのマシンに完全再生を許すな!!」

 

 傷を負った身でありながらも、彼の声は聴く者の鼓膜を震わせる。臆病風など吹き飛ばし、士気を高める力を発揮するのだ。

 ヒーローたちによる猛攻が続き、バギブソンのボディには確実にダメージが蓄積していく。自己再生能力があるといえども、あくまでマシンであるからにはバダー自身ほどのものではない。10人単位での猛攻を前にしては、次第に追いつかなくなっていくのは必然であった。

 

「チィ……ッ!」

 

 誘導されていることは察しつつも、バダーは突破を断念し横道へマシンを滑り込ませた。バギブソンが破壊されては元も子もない。

 

 その背姿を、鷹野たちは深追いすることなく見送ることとなった。その表情には、一様に達成感が表れている。

 

「よし……!」

「うむ、よくやった皆……鷹野警部補も。見事な指揮だったぞ」

「!、お褒めに与り、光栄です」

 

 作戦がようやく成功をみて気持ちが解れているせいか、そう応じる鷹野の表情は珍しく柔らかな、女性らしいものだった。普段は心から同僚として接しているつもりだが、この瞬間ばかりは年齢の近い娘の面影が重なる。

 流石に有能な女性警察官というべきか、次の瞬間にはもう、表情を引き締めたうえで本部へ通信を入れていたのだが。

 

「鷹野から本部へ――」

 

 

『――作戦は成功、43号は厚木方面へ進路を変えました』

「そうか!よくやった……本当に」

 

 皆の努力が実った。あとは――

 

(頼んだぞ、緑谷くん)

 

 

 

 

 

 厚木方面の長い直線道路を爆走しながら、ゴ・バダー・バは舌打ちを漏らしていた。

 

「チッ、リントゾログ……!」

 

 奴ら、あと一歩で本当に愛機を粉砕するところだった。かつてとは比にならない大きな力を持ちつつあることは承知しているつもりだったが、まさかあれほどとは。

 かなりダメージを受けたせいか、バギブソンは本調子でない。――リントどもはよもや知らないだろうが、ゲゲルの制限時間まで残り30分を切っているのも気がかりだ。最後のひとりはクウガだと息巻いていたが、奴が現れなければ恥を忍んで適当なターゲットを見繕わなければならないかもしれない――

 

――そんなことを考えて鬱憤を溜めていたら、背後から勇ましいいななきが迫ってきた。

 

「!」

 

 振り返ったバダーが目の当たりにしたのは、体色と同じ黒と赤に染めぬかれたマシンを駆り、迫りくる異形のライダー。

 

「クウガ……!」声音に歓喜が宿る。「よく来たッ、最後のひとりだ!!」

 

 あえてスピードを緩め、その到来を待つバダー。一方で追撃するクウガは、新たな相棒であるビートチェイサーの速度を限界まで上昇させていく。

 

「……ッ、」

 

 最初から自分の――クウガのために造られたマシン。それゆえ純粋な白バイの試作機だったトライチェイサーよりとにかく性能を高めることに注力されていて、操作性に難がある――有り体に言えば、気難しい。

 自分はそういう人間をよく知っているのだ。ずっとうまくいかなくて、苦しかった。――けれど、いまは違う。

 

(僕も彼も、あの頃とは違う。何故か、)

 

(それは僕らがお互いに、たくさんの人と絆を結ぶことができたからだ)

 

(おまえもそうだ、ビートチェイサー)

 

 

「ここには僕とみんなとッ、トライチェイサーの魂がある!!」

 

 暴走しかかるマシンを、クウガは御した。寸分と経たないうちに、バギブソンと並ぶ。

 

「フン、そんなバイクで!」

 

 鼻を鳴らしたバダーがマシンの後輪を持ち上げ、ビートチェイサーの車体に振り下ろしてくる。

 

「ッ!」

 

 ハンドルを左に向け、攻撃をかわす。トライチェイサーより遥かに反応が良い。

 

(よし……このマシンなら!)

 

 その高い能力を確信したクウガは思いきった行動に出た。マシンを勢いよく幅寄せし、バギブソンにぶつけたのだ。火花が散り、車体が大きくぐらつく――バギブソンの。

 

「グウゥ……ッ!?」

 

 持ち前のライディングテクニックで態勢を立て直しつつも、バダーは狼狽していた。自分とバギブソンのコンビを前に、かなうマシンなどありはしなかった。皆、逃げまどうしかなかった――このクウガは生意気にも立ち向かってきたが、それとて敵ではなかったはずなのに……。

 

(俺のバギブソンより上だってのか、こいつのマシンが……!)

 

 ギリ、とグリップを握る手に力がこもる。

 

 だが、だとしても――

 

「性能はそっちが上だろうがッ、バギブソンを完璧に乗りこなせる俺が勝つ!!」

「………」

 

 クウガが一瞬、目を伏せる。

 

「……その台詞だけ聞いたら、ヒーローみたいだね」

 

 認めざるをえない。自分自身の能力なんてたかが知れている――そもそもが、借り物の力でここにいる木偶の坊のデクなのだから。

 

「それだけ僕は、多くのものに支えられて戦ってる。いままでも、これからも」

「……バンザド?」

「ふっ……」

 

 思わず、笑みがこぼれる。

 

 

「――このマシン(ビートチェイサー)に乗ってるのは、僕ひとりじゃないって言ってんだよ!!」

 

 トライチェイサーの魂たるグリップを力いっぱいに捻り、急加速。最高時速の420キロにまで刹那のうちに到達し、疾風が巻き起こる。

 

「!、~~ッ!!」

 

 苛立ちを露にしながら、追いすがるバダー。本調子でないことを差し引いても、バギブソンでは追いつけない。その距離は開く一方だ。

 

 暫し走り続けたクウガは、ふと背後を見遣った。バダーとバギブソンの姿が豆粒ほどの大きさにしか見えなくなっている。そろそろ潮時だろう。

 

 アクセルを握る右手から力を抜き、入れ替わりにブレーキを握る左手に力を込める。時速420キロからの急ブレーキなど狂気の所業としか言いようがないが、ビートチェイサーであれば問題ない。トライチェイサー同様に尾部からパラシュートが射出され、安全に速度を落とすことができる。

 

 結果的に制動距離もほとんどなく、マシンは停車した。再び振り返るクウガ――今度は、車体ごと。

 

「………」

 

 徐々に迫りくる宿敵の姿が視界に入る。いよいよ決着をつける時――そう心していると、不意に頭上に影が差した。

 

『カディル・サキナム・ター』

「!、そうだね……おまえを忘れちゃいけないよな、ゴウラム」

 

 彼もまた、大切な仲間のひとり。――そしてこのビートチェイサーならば、彼の力を最大限に活かすことができる。

 頭上のゴウラムが降下しながら……ふたつに割れる。マシンに接触し――融合する。

 

――ビートゴウラム。トライゴウラムとほとんど変わりない姿だが、素体となったマシンの差ゆえ、性能は大きく上昇している。

 

「さぁ――行こう!」

 

 再び、走り出す。バダーも速度を緩めることなく迫りくる。さらに上昇した最高速度を見せつけてやれないのは残念な気もしたが、こいつに敗北感を与えること自体に意味はない。

 

 全身に力を込めるクウガ、その身に電撃が奔る。電撃はその身にとどまらず、ビートゴウラムの車体にまで広がっていく――

 

 クウガが赤の金・ライジングマイティへ姿を変えると同時に、ビートゴウラムにも変化が起きた。フロントに黄金の装飾が施され、牙もまた金に染まる。ライジングパワーが、ゴウラムにまで作用したのだ。

 

「!、よし……!」

 

 予想どおりだ。ライジングフォームになる際にゴウラムへ意志を向けていれば、自分自身と同様に強化できるのではないか――以前、幼なじみが言っていたこと。

 

 流石に正面から来るバダーも怯んでいる様子だが、今さら退くこともできないのかまっすぐに突っ込んでくる。反転して逃げ出したところで、ライジングビートゴウラムのスピードであれば数秒といらずに追いつけるだろうが。

 

「終わりだ――ッ!!」

 

 大きく膨れあがった黄金の牙を、炎と雷とが覆い尽くす。迫りくるそれで視界がいっぱいになる瞬間、バダーは絶叫していた。ほとんど、特攻に臨むような心持ちだったろう。

 

 いずれにせよバギブソンはライジングビートゴウラムに打ち勝つどころか先端を触れさせることすらできず、その巨大な牙にライダーもろとも挟み込まれてしまった。

 

「ガッ、アガァ……ッ!?」

 

 ずりずりと道路を引きずられ、牙が身体に食い込んだ状態で封印エネルギーを流し込まれるグロンギ。彼が操っていたマシンも、その圧倒的なパワーに耐えきれず砕け散ろうとしている。

 

「ゴ、ゴセパァ……!キョ、グギン、サギザザァ……!」

「………」

 

「もう、終わりだよ」

 

 牙にこもった力がピークに達した。バダーもバギブソンも、頑丈なその身を容易く捻じ切られて絶命する。同時に砕け散ったバダーのバックルが大爆発を起こした。

 

「……ッ、」

 

 わずかに姿勢を低くして、爆風に耐えるクウガ。以前もそうだったが、ゴウラムのボディが彼とマシンとを爆発から守り通してくれる。その頑丈さに感嘆するとともに、感謝するほかない。

 

 爆炎が収まり、焦げた匂いが漂う。かのグロンギの痕跡はもう、それ以外には存在しない。

 ふぅ、と息をつき、マシンから降りる。漂う白煙の残滓を見下ろしていると、彼方からサイレン音が聞こえてきた。

 

 暫ししてパトカーの群体が現れ、車内から背広であったりヒーロースーツであったりと、様々な姿かたちの人々が降りてくる。彼らの視線は一様に自分に向けられている――クウガになったばかりの頃にも、同じようなことはあった。

 

 ただ、あのときとは決定的に異なる点がひとつある。――彼らの瞳に宿るのは敵意ではなく、仲間への信頼と称賛。ただその、曇りなき想いだけ。

 

 クウガは――緑谷出久は、まっすぐにそれに応えてみせた。向けられた感情を受け止め、そして彼らに何倍にもして返す。その行為に、ことばはいらない。

 

 握った拳に、唯一ピンと立てた親指。それだけで、十分だった。

 

 

 

 

 

 アジトとしている廃屋の中で、死柄木弔はひとり、ぼうっと窓の外を眺めていた。鈍色の雨雲に覆われたまま、暗闇へ堕ちていく空。ひどく心地が良い。このまま永遠に朝が来なければいいのにと、思考の濁った頭で思う。そもそも彼は、朝が来て昼になって、やがて夜が来るという変化そのものに順応していなかった――ずっと、窓もない狭い部屋で過ごしていたから。

 

「どうしたの、ダグバ?」ゴ・ジャラジ・ダが声をかけてくる。「今日もたくさん殺して……疲れた?」

「………」かぶりを振り、「……わかんない。頭のなか、ぐるぐるする」

「そう……」

 

 彼が敵連合の王だった頃の記憶は、未だに戻らない。しかし消失してしまったわけではなく、彼の頭の中にある、どろどろとした滞留の奥底に沈んでいるのだろう。それは無意識下で、彼の精神を蝕み続けているに違いない。

 

 そのことが果たしてどんな結末をもたらすのか、ジャラジにはわからない。ただ己の望む方向へ彼が進んでくれればいいと思って、行動をともにしている。

 

 こけた頬に触れ、そっと撫でてやれば、弔は濁った瞳のままはにかんだ。夜が明ければまた、殺戮がはじまる。

 

 

 

 

 

 病室にて、心操人使は私服に着替えている最中だった。治療は既に行われ、完治とはいかないまでも傷は癒えている。グロンギが倒された旨は既に連絡を受けているものの、それでも病室でじっとしていられないのは若さゆえか。

 

 いずれにせよ安静にしているよう言われているので、今日明日は自宅で読書でもしながら過ごそうか――そんなことを考えていると、ドアが控えめにノックされた。

 

「どうぞ」

「しっ、失礼します……」

 

 ややどもった、成人男性にしては高めな声。開かれたドアの向こうから踏み入ってきたのは、予想どおりの童顔の友人の姿だった。

 

「緑谷……わざわざ見舞いに来てくれたのか?」

「うん。元気そうでよかった……もう退院?」

「まあ、筋トレとかはほどほどにしろって言われちゃったけど。――それより聞いたよ、43号、やったんだってな。ビートチェイサー、乗りこなせたんだって?」

「うん、皆のおかげでね。心操くんもありがとう」

「別に何もしてないけど……落ち着いたらまた行くか、ツーリング」

「うん!」

 

 笑みをかわしあうふたりの青年。このときばかりは、彼らは"仮面ライダー"である以前にごくありふれた親友同士だったのだけれど。

 ふと出久の後方から視線を感じて、目線を上げた心操は思わず身を強張らせた。

 

「?、どうしたの心操くん?」

「い、いや……うしろ……」

「?」

 

 彼の人差し指に従って振り向いて、出久もまたぎょっとした。開いたドアの隙間から、犬の顔が覗いていたのである。

 

「……邪魔したかな?」

「!、あ……」

 

 しゃべる犬。ただそれで、明確に知人であるとわかった。ドアが完全に開かれれば、上等な背広を纏った胴体が露になる。

 

「面構本部長……」

 

 畏まった様子のふたりに対し、面構犬嗣はフッと微笑んでみせた。

 

「突然押しかけたりしてすまない。少し思うところがあってな」

「はあ……」

 

「……きみたちは本当に、よくやってくれた。塚内管理官、それに上層部も非常に喜んでいたよ。代表して、礼を言わせてほしいワン」

 

 父親ほどの年齢の警察官僚が、自分たちに向かって頭を垂れている。出久はあからさまに挙動不審になったし、彼ほど感情の起伏の少ない心操も心なしか赤面している。

 

「いっ、いやそんな!僕はむしろ、皆さんのおかげでやりたいことをやらせてもらってるというか……心操くんはあれだけど……」

「……なんであんた、そうやってすぐ他人を人身御供にすんの」

「へぁっ!?」

 

 親友から非難の目を向けられ、さらに狼狽する出久。ああしまった、と面構は思った。この若者ふたりは己の能力に不釣り合いなほど自己評価が低い。ことばで褒めるのは程々にしないと、かえって逆効果になってしまうようである。

 

「クゥン……まあ形ばかり頭を下げられてもきみら若者は困るだけか」

「い、いや、そういうわけでは……」

「皆まで言わずともよろしい。――ところで、焼肉は好きかい?」

「!」

 

 顔を見合わせるふたり。その瞳がきらりと煌めいたのを、面構は見逃さない。肉が嫌いな若者などいないのだ、まして彼らのように多くのエネルギーを費やしていれば。ややステレオタイプではあるが、少なくともこの場では正鵠を射ていた。

 

「好きだな。よし行こう、当然私の奢りだワン」

「えぇっ、そんな……」

「反論はノーサンキューだワン」

 

 大柄な犬のお巡りさんに半ば強引に腕を引かれ、連行される出久と心操。

 グロンギのひとりをまた倒したといえど、気を抜いてなどいられない。考えなければならないことも、やらなければならないこともたくさんある。――面構にとっては、これもまたそのひとつ。骨身を削って矢面に立つこの若者たちを労ってやりたい……いまはただ、そんな気持ちでいたのだった。

 

 

つづく

 

 





お茶子「次回予告!ってわけで突然ですがデクくん!」
デク「へぁッ、な、なんでしょう!?」
お茶子「子供ってかわいいよね!見てるとこう、あったかい気持ちになるよね!」
デク「う、うん、そうだね!」
お茶子「ってわけで次回は、デクくんと私が幼稚園で子供たちと交流するよ!デクくんと爆豪くんみたいな子もおるよ!」
デク「仲良くしてほしいなぁ……」シミジミ
お茶子「………」
デク「……麗日さん?」

お茶子「……だから憎いんだ。あの子たちの未来を奪った、あいつらが」
デク「!!」

EPISODE 40. 血浴みの深淵

お茶子「誰かを殺してやりたいって思ったこと、ある?」
デク「ダメだっ、麗日さん!!」


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EPISODE 40. 血浴みの深淵 1/3

フルルッアッハーイェーイwwww幼稚園1月号には楽しい付録がイッ↑パイ↓イッ↑パイwwwwポー↑パー↓ヤーポパヤポー↑パー↓ヤー↑wwwwwwwwウッホッウッホッウッホッウッホッウッホッウッホッウッホッウッホッwイェェエエエwww幼稚園の1月号は小 ○ 館!!!!


謎ですよね、このCM


 小鳥のさえずりが響く、朝の城南大学考古学研究室。

 

 秋の朝、涼やかな風が開いた窓から吹き込んでくる。その爽やかな陽気とは裏腹に、ひとり電話を続ける沢渡桜子の表情には深刻なものがあった。

 

「はい……はい、ええ……間違いないです」

『……やっぱり、アレはクウガを示す古代文字なんすね』

 

 スピーカー越しの声は、爆破のヒーロー・爆心地こと、爆豪勝己のものだった。ぶっきらぼうだが、年長者である自分に対して最小限度の礼節は保っているし、荒々しさも鳴りをひそめている。

 

『"戦士クウガ"を奴が書いたっつーことは、宣戦布告……か?』

 

 自信家の彼にしては、語尾が揺れた。現時点で、死柄木弔は現代のクウガである緑谷出久と一度も接触していない。グロンギである以上は……と考えられなくもないが、それにしたって動機は薄い。宣戦布告するならば、因縁のあるアギト――轟焦凍に対してするのが自然だ。

 

「いえ……おそらく、違うと思います」

『……じゃあ、なんだってンすか?』

「………」

 

 ずっと抱えていた、漠然とした違和感――古代文字の解読を開始した当初から。理屈でなくぼんやりと感じていたものだから誰にも話さず来たけれど……勝己から送られたあの血文字の画像を何度も見て、それが鮮明な、確信となって胸のうちに宿ったのだ。

 あとはそれを、彼が……そして出久が、どう捉えるか。いずれにせよ、伝えないことには始まらない。

 

「私の直感が正しければ、これは――」

 

 

――通話を終えて宿泊している一室へ戻ると、ツインのベッドの片割れが、未だこんもり盛り上がっていた。思い詰めたようだった勝己の額に、ピシリと青筋が浮かぶ。

 

「おいコラ、半分ヤロォ……」

「………」

 

 唸るような声では、掛け布団の中にいる連れには届かない。激怒した勝己は、片足を振り上げようとして……少し考えてから、靴を脱いでその場に置いた。

 

 そのうえで、布団の中心あたりをめがけて踵落としを見舞ったのである。鈍い音に続いて、「ぐぇ」と、涼やかな風貌に似つかわしくない蛙の潰れたような声が漏れる。

 

「電話してる間に用意しとけっつったろうがッ、なに二度寝しとんだ寝坊野郎が!!」

「……いてぇ」

 

 ようやくのそのそと這い出してくる紅白頭。一時期より伸びてきたうえ、寝ぼけ眼の気の抜けた表情は、まるで眠っている間に少年時代に退行してしまったかのようだった。実際にそういう個性がないわけではないので、こうして文字どおり寝食をともにしはじめた当初は内心気が気でなかったのはここだけの話だ。

 

「チッ……3分で支度しろ。メシ食ったら発つぞ」

「5分くれ……」

「アタマ散らすぞ右半分」

 

 右半分丸ハゲの赤髪を想像してか、魂の抜けたようだった焦凍がようやく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。これで顔を洗いでもすれば、多少は見られる顔になるだろう。

 

「チッ……ようやっと連中を捕まえられそうなんだ。気合い入れろ」

「……わかってる。"あの人"に協力してもらえるんだしな」

 

 焦凍が"あの人"と指したプロヒーロー――彼もまた、捜査本部からの要請に応じて協力を快諾してくれた。学生時代……主に1年生の頃は散々ぶっ叩かれたが、おかげでいまの自分たちがあるとも思う。勝己も認める数少ない、頼りになる先輩ヒーロー。

 

「あの人の協力を得られるうちに、決めなきゃな」

「どっちにしろとっとと決めんだよ。そんで東京戻んぞ、じゃなきゃ――」

「――緑谷に顔向けできない、だよな」

「違ッげぇわ決めつけんな!!」

「そうか、悪りぃ」

 

 強敵だったという第43号も、合同捜査本部及びG3ユニット、そしてついにビートチェイサーを乗りこなすことができたクウガ=緑谷出久の綿密な連携の果てに倒されたという。できれば一日でも早く、また彼らと肩を並べたい――焦凍はそう願ったし、勝己も絶対口にはしないがそうなのだろうと思う。

 

(緑谷、おまえも頑張ってるんだもんな。……俺たちも、もっと頑張らねえとな)

 

 死柄木弔を救ける、最後の砦――出久はきっとそうなると自身の勘が告げているし、既に当人へも伝えているところでもある。だがそれに安易に甘えてはならないのは当然のこと。何より本気で事を成そうとしているこの相棒への侮辱にもほどがある。冷たい水で清めたあとの焦凍の表情は、その相棒の予想どおりに引き締まっていた。

 

 

「そういや爆豪。沢渡さん、あの血文字のことなんて言ってた?」

「……あぁ、」

 

 

『――これは、グロンギの文字です』

 

 そのことばを聞いてもなお、勝己の心に波紋は広がらない。元がなんだろうが、クウガはクウガで……デクはデクだ。

 

 

 

 

 

 勝己と焦凍が弔、および行動をともにしている二体のグロンギの追跡に日々を費やしている一方で、緑谷出久はというと、

 

「いずくせんせー!いっしょにおままごとしよぉー!」

「だめー!いずくはおれたちとヒーローごっこするの!」

「あ、アハハ……」

 

 幼稚園にて、スモックを着た幼児たちに囲まれていた。

 絶賛、自分を取り合ってケンカ中の彼ら。「僕のために争わないで!」なんて台詞が脳裏に浮かんで、漏れるのはただただ苦笑ばかり。これほど幼い子供たちと接する機会なんてめったにないから、どう諌めたものかもわからないのだ。

 

 餅は餅屋というべきか、出久の困った様子を察知してプロの保育士が飛んできた。

 

「こらっ、ケンカしない!仲良しできない悪い子は、出久先生と遊んでもらえないよ!――出久先生も、遠慮なく叱ってもらっていいんですからね」

「ハハ……すみません、難しくて……」

 

 言い方こそ許可だったが、実質的には自分もまとめて叱られたようなものだと出久は感じたし、実際そのとおりだった。

 力なく肩を落としていると、背後から「デクくん!」とあだ名で呼ぶ声がかかった。

 

「モテモテだねぇ、このこのっ」

「麗日さん~……」

「ここではウラビティって呼んでよぅ!」

 

 元々丸い頬を膨らませるしぐさを見せるのは、出久の友人である麗日お茶子。ご承知のとおり、プロヒーローである。

 ヒーローネームである"ウラビティ"と呼ぶよう指示したこと、そしてコスチュームを纏っていることからわかるように、彼女がここにいるのは事務所から派遣されてのこと。彼女の所属するブレイバー事務所は救助を専門としているが、幼稚園や養護施設等からの依頼に応じて子供たちとの交流も行っているのである。

 

 

 ではなぜ出久もここにいるのか、それは数週間前のポレポレに遡る。

 

「ボランティア?」

「うん!毎年年2回、春と秋に幼稚園で交流会やってるんだけど、一緒に参加してくれる学生ボランティアも募集してるんよ。デクくんもよかったら応募してみない?」

 

 思わぬお誘い。本当なら願ってもないことなのだけれど、

 

「………」

 

 出久はちょっと困ったような表情を浮かべ、皿を洗う手に目を落とした。お茶子が怪訝な表情を浮かべる。

 

「……もしかして、小さい子苦手?」

「へっ、あ、いやそんなことは……少なくとも嫌いではないよ。ただ僕、急用入っちゃうことが多いから……迷惑かけちゃうとよくないし」

「あー……」

 

 確かにそこはネックではあった。だが出久に行きたい気持ちがあるのなら、お茶子としても早々に引き下がるわけにはいかない。

 

「大丈夫!デクくんが世のため人のため頑張っちゃう人だって、ブレイバー所長も知ってるからさ!」

「へぁッ!?な、なん……まさか僕のことしゃべってるの?ブレイバーにまで!?」

「そりゃまあ……ウチの事務所そんなに規模大きくないから、所長とチームアップすることもあるし。"是非一度会ってみたい"って言っとったよ!」

「……僕のこと、かなり美化して話してませんか?」

「してないしてない!至って公明正大にお伝えしております!」

 

 いや、まったくしていないかといえば嘘になる。お茶子は出久の人格を高く評価しているわけで、元々90点のところを100点満点に膨らませて伝えるくらい意識せずやれてしまう。ただ出久自身は自分を20点くらいに思っているから、必然的に「美化しすぎだよ!」ということになるのである。嗚呼、哀しい哉。

 

「そんなわけだからさ!どーしても抜けなきゃならない場合があるくらい、大丈夫だって!」

「うぅん……」

 

 出久が口をムズムズさせている。気持ちがぐらついているのだろう。あとひと押し!お茶子の瞳が猛禽類のようにギラリと光った。

 

「ときにデクくん。夏休み忙しくて、インターンとかも行けなかったって言ってたよね?」

「う、うん」

「ウチの事務所、規模拡大に向けて次年度以降スタッフの新卒採用も増やす方針らしいんだ。……ココでブレイバーに気に入られとけば、ウフフ、わかるよね?」

「!!」

 

 出久の表情が一瞬、見てはいけないようなものになってしまったのはこの際置いておくとして。

 

 いずれにせよお茶子のぶら下げた餌は、この慎重にも程がある魚を見事に釣り上げたのだった。

 

 

――というわけで、戻って、本日この頃。

 

 プロヒーローと学生ボランティアによるチームアップの一環として、お茶子と出久は一緒になって子供たちと遊んだり、ヒーローの活躍をわかりやすく描いた紙芝居を披露したりと、派遣されたメンバーの中でも特に精力的に活動していた。

 

「ふぅ……」

 

 そんな彼らにも10分ほどの中休みが与えられた。出久は気分転換に庭に出て、息をつきつつぐうっと伸びをする。――と、傍らから缶ジュースが差し出される。

 

「お疲れさま、デクくん」

「あぁ……ありがとう。うらら……ウラビティ」

 

 にっこりと笑い、「いまはどっちでもいいよ」とお茶子は応じた。

 

「疲れた?まあ、慣れないことしてるもんねえ」

「うん……でも楽しいよ、本当に。誘ってくれてありがとう」

「ふふ、どーいたしましてっ。――でもやっぱりアレやね、デクくんって意外と鍛えてるよね」

「へっ、そ、そうかな?」

「そうだよ。これでも一応プロのはしくれだからね、見てればわかるよ。身のこなしとか」

「そっか……」

 

 出久が嬉しそうに右手を見つめている。そこに走る傷痕。お茶子は静かに目を伏せた。以前はただ痛々しいだけだと思っていたけれど、いまは――

 

「……ねえ、デクくん――」

 

 

「――あっちいけよ!!」

 

 にわかに響く稚い罵声に、ふたりははっと顔を上げた。次いで聞こえてくるのは、別の子供の泣きわめく声。

 

 ふたりとも腰を上げるのは速かったが、寸分出久のほうが先んじた。声のした砂場のほうへ、全力で走っていく。お茶子もすぐあとに続いた。

 

 そこにいたのは、スモックを着たふたりの少年だった。一方が地べたに尻餅をついてわんわん泣いており、もう一方が立ち尽くしてばつの悪そうな表情を浮かべている。その光景を目の当たりにした途端、お茶子の頭に血が上った。

 

「何やってるの!!」

「!?」

 

 ぎょっとこちらを見たふたりの少年。怒りを露にしたプロヒーローがずんずん迫ってくる。いくら幼く見える若い女性といえど、幼児に与えるプレッシャーは凄まじい。

 

 結果、

 

「う、うぁ……うわぁあああああん!!」

「!?」

 

 号泣――ふたりとも。抑制されることなくあふれ出す感情の奔流は、子供の感覚を忘却しつつあるお茶子には刺激が強かった。

 

「え、あ、ごめ……ちょっ……」

 

 しまった、泣かせてしまった。色をなしてしまったことを早くも後悔しつつ、お茶子はひたすら慌てていた。

 すると、意外や出久がす、と歩み寄り――

 

「大丈夫、僕が来た!」

 

 ふたりの頭に手を置いて、そう告げたのだ。普段の彼からは想像もつかない、堂々とした声音で――

 

「……なんてね。知ってる?オールマイト」

 

 しゃくりあげながらも声をあげて泣くのをやめた少年たちは、顔を見合わせたあと、小さくうなずく。

 

「……パパとママが、ヒーローのどうがみてるとよくはなしてくれる」

「……うちも」

「そ、っかぁ……パパママ世代だよね、もう」苦笑しつつ、「僕、小さい頃大好きだったんだ……いやいまでも好きだけどね。だから真似してみました!」

 

 へへ、とおどけて笑ってみせたかと思うと、その笑みがフッと穏やかなものになる。

 

「"あっち行け"って言ったの、きみ?」

「!」

 

 よく言えば利発そうな、しかし実際のところかなり生意気そうな雰囲気の少年に尋ねる。彼は一瞬肩を震わせたが……あくまで穏和を崩さない出久の態度に、おずおずとうなずいた。

 

「そっか。どうしてそんなこと、言っちゃったのかな?」

「だ、だって……っ!」

 

 半ば涙声のまま、少年は必死に訴えかける。――ここで遊んでいたら、自分が転んでしまった。そうしたら引き連れていた隣の少年が、助け起こそうと手を差し伸べてきた。おれは大丈夫なのに、ひとりで起きられるのに。どんくさくて弱っちいこいつが、おれを助けようとするなんて――そんな怒りのままに突き飛ばし、叫んだ……ということらしい。

 

 そんな経緯を傍らで聞いていたお茶子の脳裏に、目の前の青年と、そして彼の幼なじみである高校の同級生の顔が交互に浮かんだ。そういえばこの子供たち、どことなく雰囲気が似通っている――

 

 同じく感じるものがあったのか、出久もまた元々大きな目をさらに丸くしていたが……やがてまた、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「そっか。……きみは、この子が嫌い?」

 

 微笑とは裏腹に、それはあまりに重い問いかけだった。訊かれた少年が弾かれたように顔を上げ、傍らの少年は怯えたような表情で出久と友人とを交互に見遣る。

 

「ち、ちがっ……きらい、なんかじゃ……!」

「じゃあ、大切?」

 

 はっきりそうだと認めることは幼児にしても恥じらいがあるのだろう、少年はやや俯きがちに……ただそれでも、こくんとうなずいた。

 

「そっか。大切だから、いつもこの子を守って、助けてあげる方で……この子のヒーローでいたいんだよね」

「……うん」

 

 まるで催眠術にでもかかっているかのように、少年は素直にうなずく。大切な友だちをつい邪険にしてしまう理由を受け止められ、理解されているからか。今日、初めて会った青年に。

 

「そっか、そっか」確かめるようにうなずきつつ、「でもね……自分のヒーローがつらそうにしてたり、転んだりしたとき、助けることもできないのはすごくかなしいんだ。――ね?」

 

 もう一方の、おとなしそうな少年が遠慮がちにうなずく。その大きな目には、涙がいっぱいにたまっていた。

 

「きみも、この子が大切なんだね」

「うん……っ」

 

 転んで痛そうにしていたら、自分もなんだか痛くなる。大切なぼくのヒーローで、友だちだから。涙声で、少年は訴えかける。

 

「そうだよね。友だちがつらそうにしてたら、助けになってあげたいよね」

「………」

「それはきっと、強いとか弱いとか関係ないと思うんだ。――だから一番必要なのは、相手が自分を大切に思ってくれてるんだって、自信をもつことじゃないかな?」

 

 「ね、」と、穏やかに告げる出久の表情に、何か感じるものがあったのか。突き飛ばしたほうの少年が、もう一方におずおずと歩み寄った。

 

「……ごめん、りく」

「!」

「おまえ、よわっちいけど……やさしいだろ。だから、いっちゃんすげえおれをたすけたりしたら……おまえ、せかいじゅうのみんなをたすけに、どっかいっちまうきがしたんだ。おまえがいなくなっちまったら、ヤなんだ……っ」

「たっちゃん……!」

 

 "りく"が、たまらない様子で"たっちゃん"に抱きついた。

 

「ぼく、どこにもいかないよ……たっちゃんのそばにいるよ……!たっちゃんのことたいせつだから、たっちゃんがこまってるときは、ぼくがたっちゃんのヒーローになりたいんだもん……っ!」

「りく、りくぅ……っ!」

 

 抱きしめあったまま、わんわんと泣きわめくふたり。そんな彼らを見つめる出久の瞳にもきらりと光るものが浮かんだのを、お茶子は見た。

 

 

 

 

 

「あの子たち、陸くんと大河くんって言うんやね」

 

 交流会の佳境。帰りのバスに乗り込んでいく子供たちを見送りながら、お茶子。客観的にはなかなか唐突なつぶやきだったのだが、聞かされた出久にとってはそうではなかった。

 

「うん。なんかお互いの呼び方までそっくりで……びっくりしちゃった」

「アレやね、世の中にはそっくりさんが3人はいるって言うけど、コンビ単位でもあるのかもねそういうの!」

「えぇ……ど、どうかなぁ……」

 

 自分と幼なじみのような凹凸にも程があるコンビ、世にそう何組もいてはたまらない。出久が内心そう毒づいていると、

 

「いずくせんせー!!」

「!」

 

 噂をすればの声。見れば、そっくりさんコンビの片割れが飼い犬のようにこちらに駆け寄ってくるところだった。少し遅れてもう一方も――「まってよたっちゃーん!」と叫びながら。

 

「大河くん、陸くん……走るとまた転んじゃうよ?」

「あれはたまたまだ、かんたんにはころばねーよ!……あの、これ」

 

 遠慮がちに差し出されたちいさな掌。その上に乗っていたのは、赤と黒の異形をデフォルメしたストラップ。

 

「これ……クウ、4号の?」

「うん、おれのいちばんすきなヒーローなんだ!だからやるよ!」

「あ、たっちゃんずるい!ぼくも!」

 

 今度は陸が差し出してくる――ヒーロー・爆心地のストラップ。

 

「こいつばくしんちがいちばんすきなんだって!かわってるよなー」

「だってかっこいいじゃん!」

「あんなのいばってるだけじゃん、4ごうのほうがかっこいいっての!」

 

 「ばくしんち!」「4ごう!」と、今度は好きなヒーローをめぐって揉めようとしているふたり。微笑ましいことは微笑ましいが、せっかく深まった友情に亀裂が入っては困る。

 

「もう、喧嘩しない!それよりこれ……本当にもらっちゃっていいの?」

 

 「大事なものなんでしょ?」と訊くと、大河が「だからだよ」と笑った。

 

「なかなおりさせてくれたいずくせんせーも、おれたちのヒーローだからな!」

「!、~~ッ」

 

 おれたちの、ヒーロー――およそ人生で初めてぶつけられたことばに、出久は思わず感涙に咽びそうになった。幼児から見ればいい大人が号泣したら引くを通り越しておぞましいだろうと思って、どうにか涙ぐむだけにとどめたが。

 

「あ、ありがとう……大事にするよっ」

「ふふ……よかったね、デクくん」

 

 ストラップをしっかりと握りしめる友人を、お茶子は微笑みながら見つめていたのだが……子供たちの純な瞳が、彼女に向いて。

 

「なぁいずくせんせー、ひょっとしてこのおばさんとつきあってんの?」

「!!?」

 

 ニヤリと笑った大河の口から放たれた質問は、成人ふたり、とりわけお茶子を恐慌状態に陥らせるに十分だった。

 

「つ、つきあ……おばさん……」

「だめだよたっちゃん!」意外や陸が毅然と言う。「そういうのはでりけーとだからきいちゃだめって、せんせいいってたよ。あとウラビティはまだわかいからおねえさんだよ」

「ふーん」どうやら怒鳴られたことを根にもっているらしい。

「もうっ、そんなんじゃこんどのりょこう、つれてってもらえないよ!」

「あ、そ、そっか……今度幼稚園のみんなで行くんだよね」

 

 話題を逸らすために旅行の話に乗ることにした出久だったが、幼少凹凸コンビはぱあっと瞳を輝かせてうなずいた。

 

「うん!ひこうきのってね、おきなわってところいくの!」

「10がつでもおよげんだって!スゲーよな!」

「そうだね。ふたりとも、楽しい思い出がつくれるといいね」

「「うん!」」

 

 力強くうなずいたふたりは、やがて保育士の催促の声を受けてバスまで走っていった。「ばいば~い!」と手を振りながら。

 

「……も~、生意気!」復活したお茶子がぷりぷり怒っている。

「アハハ……そうだね。――ああやっていつまでも、仲良しでいてくれたらいいなぁ……」

 

 しみじみとつぶやく出久。彼が幼なじみと仲良しでいられなかったことは、お茶子もよく知っている。お互いの本当の気持ちが見えなくなり、すれ違ってしまった。陸と大河もそうなりかけていたけれど、

 

「大丈夫だよきっと、デクくんが仲直りさせてあげたんやもん」

 

 断言するお茶子。出久のことばがあったから、ふたりは本音をぶつけ合うことができた。喧嘩をすることくらい、これからだってあるかもしれない。それでも今日のことを忘れない限り、きっと何度でも、彼らは仲直りできる――

 

「そうだね……そうだよね、きっと」

「うん!……それに比べてなぁ、」肩を落とす。「いいとこナシだったなぁ私……曲がりなりにもプロヒーローなのに」

「いっ、いやそんなこと……」

「いいのわかってるから!私ももっとがんばらないと!デクくんに負けないようにねっ」

 

 サムズアップしてみせるお茶子の負けん気の強い表情は、かつて自分がヒーローにふさわしいか迷っていた少女とは、まるで別人のようだと出久は思った。

 

(僕に負けないように、か……。僕もまだまだ、がんばらないと)

 

 いつ終わるとも知れない、グロンギとの戦いを――

 

 決意を新たにする出久を、お茶子はちら、と横目で見つめていた。何か言いたげな表情を浮かべつつも……穏やかに笑って、それを胸にしまう。いまはただ、あの子供たちの温かな未来を想っていたかった。

 

 




特救ヒーロー・ブレイバー

本名:葵 勇輝

個性:ブレイブ→勇気をエネルギーに変えるぞ!

ヒーローコスチューム:全身を包む濃紺の強化装甲!


レスキューといえばね、うん。


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EPISODE 40. 血浴みの深淵 2/3

作者、インフル

熱が上がってこないと気づかないから怖いよね
昨日昼前に発熱したんですが、もう少し遅かったら危うくプールに泳ぎに行くところでした。


そして今回登場のベテランヒーローの活動地域については捏造しました。口癖からして名古屋とかあっちの方がよかったのかもしれませんが。


 数日後。

 

 爆豪勝己と轟焦凍は、今日も今日とてとあるヒーローの事務所を訪れていた。

 

「毎日来ててもちょっと緊張するよな、ここは」

「しねえよ。つーか、テメェもそんなタマかよ」

 

 軽口を叩きつつ、サイドキックに挨拶をして所長のところまで通してもらう。事務のスタッフ等を除いた純然たるサイドキックだけでも優に20名を超える、大規模な事務所――その協力をすんなり得ることができたことを思えば、高一の仮免試験、ふたり揃って一度不合格になってしまったことすら無駄ではなかったように感じられるから人生は不思議だ。

 

「シャチョー、爆心地とショートです」

 

 この事務所特有の呼び名とともに、所長デスクの前へ。この所長(シャチョー)、なぜか毎日こちらに背中を向けてそっけなさを演出しているのは、この際気に留めないことにして。

 

「ふん、貴様ら性懲りもなくまた来たのか。いつまで私の手を煩わせる気だ、ヒヨッコども」

「……今日こそ終わらせたるわ」

「よろしくお願いします、」

 

 

「――ギャングオルカ」

 

 ギャングオルカ――本名、逆俣空悟。20年以上のキャリアを誇り、ヒーローランキングトップ10に名を馳せるベテランヒーローである。勝己たちの学生時代、仮免試験及びその補講にも招かれていた――その鬼教官ぶりは心身に嫌というほど刻み込まれている。

 

 しかし、だからこそ勝己も焦凍も理解している――その厳しさは、優しさの裏返しでもあるのだと。

 

 露骨にため息をつきつつ、ギャングオルカは立ち上がった。シャチそのままの顔、その鋭く吊り上がった瞳がこちらに向けられる。

 

「いいだろう、引き続き協力してやる。勘違いするなよ、一般市民の安全な暮らしを守るためだ。貴様らのためではない」

「ありがとうございます」

 

 一礼する勝己。すると、

 

「なんだ貴様、牙を抜かれたシャチのようにでらしおらしくなりおって!五年前の貴様ならもっと噛みついてきただろう。しょせん若造は若造、大人ぶってないで覇気を見せんか!それと轟焦凍、貴様は貴様で"あと5分寝たかった"とでも言いたげな顔をしおって――」

 

 急に始まった謎の説教を半目で聞き流しつつ、勝己は思った。「このオッサン、やっぱ面倒くせぇ」……と。

 

 

 

 

 

――同時刻 東京

 

 警視庁内に設置されて既に半年以上が経過する未確認生命体関連事件合同捜査本部では、所属する警察官とヒーローが一堂に会する定例会議が開かれていた。

 

「――新装備開発の進捗状況については以上だ。次に、各地で殺戮を続けているX号、42号、3号……及び、奴らを追跡している爆心地とショートの状況について――エンデヴァー、報告を」

「うむ」

 

 機敏に立ち上がるエンデヴァーこと轟炎司。目下の書類に一瞬視線を落とすと、会議室中によく通る声で報告を開始した。

 

「X号らは長野県、愛知県、群馬県、新潟県と移動しながら殺戮を続け、現在宮城県牛三市に潜伏中との情報が入っている。その情報に基づき、ショートと爆心地も三日前に牛三市内へ入り、現地のギャングオルカ事務所と共同で目下捜索を行っている状況である」

「ギャングオルカってあのトップランカーの?エンデヴァー直々の依頼とはいえよく協力を受けてくれましたね」

 

 「超多忙でしょうに」と森塚。本来このような不規則発言は咎められるべきなのだが――実際、以前はそうだった――、もはや彼のキャラクターとして定着してしまっているうえ、そのひと言がさりげなく行き詰まりを解消する場合も多々あるため、本部長も管理官も特に注意しなくなっている。

 

「息子たちが雄英高校一年のときのヒーロー仮免許取得試験、及び不合格者への補講を担当したのがギャングオルカだ。彼も教え子は可愛いのだろう」

「ほぉ……学生時代の伝手ってヤツですね」

「うむ。――話を戻すが、昨日までの時点では発見には至っていない。ただ牛三市内にいくつか奴らのアジトとなりうる施設等が存在しており、絞り込みがかなり進んでいるとのことだ。奴らが再び移動していない限り、本日中には発見に至る公算が高い」

 

 何より息子――焦凍の勘が、戦闘の予感を告げているらしかった。

 

「近隣住民への避難の呼びかけ等は?」

「ああ」塚内が引き継ぐ。「あくまで潜伏中のヴィランの捕縛、及びそれに伴う戦闘の発生として宮城県警に勧告及び避難誘導を行ってもらう手筈になっている」

「これまでのように住民に危害が及ばないことを期待したいですけど……科警研の例もありますしね」

 

 大量虐殺が行われているのになんと呑気な台詞か――そう思われるのも無理からぬことかもしれない。無論、これには理由があった。

 

「しかし一体どういうつもりなのか――我々人間ではなく、同じ未確認生命体を次々に殺害するなんて」

 

――弔たちが虐殺した、100体超の身元不明の屍。その身体のどこかには、いずれも動植物を模したタトゥーがあった。そして何より……腹部に埋め込まれた、霊石、霊石、霊石。

 

「死柄木弔とお仲間が正義に目覚めた……はまずありえないとして、ただの仲間割れとも考えづらいですしね」

「うむ……」

 

「――これは私見だが、」

 

 いつもは本部長として聞き役に徹している面構が声をあげた。部下たちの注目が、自ずから集まる。

 

「ショートが死柄木弔から聞いたという"整理"……これがヒントであり、同時に答でもあるはずだワン」

「人間を対象にして使うとなると、人員整理とかありますよね」

 

 有り体に言ってしまえば――リストラ。

 その意味を一同が理解した途端、室内の気温が何度も下がったようだった。

 

「……奴らは死柄木を使って、もはや不要になった仲間を処分しているのかもしれないな」

 

 誰からともなく漏れたつぶやきは、時にこれ以上なく真実を言い当てる。おそらく、今回も。

 彼らがこれまで、そしてこれからも戦い続けねばならない敵は――グロンギは、そういう存在なのだ。

 

 

 

 

 

――東京国際空港

 

 大田区旧羽田町に所在し、通称"羽田空港"とも呼ばれる空の玄関口。秋の行楽シーズン、多くの旅行客でごった返していた。

 

 その一角……ロビーのソファーに、ある女性の姿があった。パンツスタイルのスーツ姿に飾り気のない眼鏡といういでたち。たおやかな笑みを浮かべながらノートパソコンを操作する姿は、傍から見ればビジネスウーマンか投資家か。いずれにせよ、この場に存在することになんの違和感も抱かせない姿だった。

 

 しかしそんな彼女に近づくふたりの男の姿は、それぞれパンクロック風、和装と、一般的なそれからはややかけ離れたもので。

 

「一気に243人か」

「貴様にかかれば、容易いゲゲルだな」

 

 女は液晶に目を落としたまま、

 

「ザギバス・ゲゲルに進むんだから、余計な力を使いたくないの」

「ザギバス・ゲゲル……か。――貴様に、あの老体が殺せるか?」

「もちろん。そしてあなたたちと、殺しあうことになるかもね」

 

 柔和な笑みを崩さぬまま剣呑なことばを言い放ち……立ち上がる。腕時計の短針と長針は、既に定刻を示そうとしていた。

 

「……時間だわ。それじゃ」

 

 歩きだす――ゴ・ジャーザ・ギ。彼女のもたらす惨劇を予言するかのように、行き先で待つバラのタトゥの女――バルバの纏うドレスは、赤く色づいていた。

 

 

 

 

 

 緑谷出久は城南大学を訪れていた。所属する学生である以上それは特異なことでもなんでもないのだが、今日が休日であることを考えると事情は変わってくる。以前ならいざ知らず、クウガとなってからというもの、出久の休日はトレーニングアルバイトトレーニングアルバイト時々捜査会議といったような具合で、わざわざキャンパスに足を運ぶなど滅多にあることではなかった。

 

 ならばなぜここに来たかというと、

 

 

「――あ、いらっしゃい出久くん」

「こんにちは、沢渡さん」

 

 考古学研究室に入り、沢渡桜子と挨拶をかわす。友人なので私的に会うことも当然あるが、ここに来る以上はやはりクウガがらみなのである。

 

 それは彼も同じようで。

 

「よう、緑谷」

「あ、心操くん……早かったね」

「今日は図書館使う日って決めてたからな」

 

 休憩用の丸テーブルを陣取り、ちゃっかりコーヒーをいただいているのも同じく友人、心操人使だ。目の下の隈は生まれつき……らしい。

 

「おまえはトレーニングしてきたんだろ?」

「うん!今日はね、筋トレしてプールにも行っちゃった」

 

 珍しく得意げな表情で力こぶをつくってみせる出久。半年前までに比べればそれは頼りがいのあるものになっているのだろうが、残念ながら既に長袖の季節なので見た目にはわからない。

 それにしても、

 

「なんかご機嫌だな……いいことでもあった?」

 

 見るからにほわほわとした雰囲気を醸し出している。元々、感情の起伏がわかりやすい青年ではあるが――

 

「ふふ、実はね――」

 

 リュックにぶら下げたストラップをふたりに見せつける。数日前、大河と陸にもらったものだ。

 その経緯を聞いて、心操と桜子の表情も朗らかなものになった。

 

「ふふ……よかったね、出久くん」

「うん!……ただまあ、かっちゃんはともかくクウガって僕自身なわけだし、ヘンな感じもするんだけどね」

「いいんじゃないの別に。俺もG3のグッズが出たら一個くらい身につけたいし……出ないだろうけど」

「い、いやいやそんな……」

 

 自虐ぎみの心操をふたりで宥めていると、廊下からドタドタと足音が迫ってくる。その音の激しさを聞いただけで、三人とも「あぁ、彼が来たな」とわかってしまった。

 

 ほどなくして大柄なシルエットがすりガラス越しに浮かんだかと思えば、勢いよく扉が開かれて。

 

「遅くなりました!!面目次第もございませんッ!!」

 

 190センチ近い巨躯をほぼ直角に折り曲げ、謝罪の意を示すのはこの場で唯一のプロヒーロー……インゲニウムこと飯田天哉である。出久たちが私服姿であるのに対してひとりだけかっちりとしたスーツ姿なのも、妙に浮いてしまっている。

 

「ちょっ、飯田くんいきなり謝罪から入るのはやめて!」慌てて制止する出久。「捜査会議の都合で遅れたってみんなわかってるから、連絡ももらってるし!」

「そもそも、遅刻咎めるほどちゃんとした集まりじゃないですよ……」

 

「そういう問題ではないのです!ぼ、俺は以前、"社会人たるもの30分前行動は基本中の基本だ"などと緑谷くんに対して見得を切った、それが自分自身で実践できていなかったとは……この飯田天哉、一生の不覚……ッ!」

「……あんた、めんどくさいって言われない?」

 

 心操の毒舌が容赦なく炸裂したのだった。

 

 

 

 

 

 どうにか飯田が落ち着いたところで、先ほどまで心操がひとりで占拠していた丸テーブルを4人で共有して座る。桜子、心操、飯田とそれぞれ雑多な資料を用意してきているので、唯一手ぶらの出久は少し恥ずかしかった。

 

 ただ……出だしに桜子が提示したものの説明を受けているうち、それどころではなくなったのだけれど。

 

「クウガのマークが……グロンギの文字……」

 

 勝己が桜子に送った血文字の画像――それを印刷したものを目の当たりにして、一同はことばを失わざるをえなかった。「まだ私見の段階だけど」と付け加えつつ、確信のこもった口調で桜子が説明する。

 

「リントは本来、争いを好まない平和な民族だって話は前にしたよね?もちろん人間だから、ちょっとした喧嘩や諍いはあったかもしれないけど……それこそ戦争とか、個人レベルなら殺人とか、そういう重大な争いに発展することはなかった可能性が高いわ」

「……そのような民族であるならば、確かに戦士という概念が存在するほうが不自然ですね」

 

 戦闘が行われないならば、戦士という存在があるわけがない――考えてみれば、当然のこと。

 

「それでクウガの誕生にあたって、敵であるグロンギからクウガを表すための文字を輸入したってわけか。……ただ"戦士"を表すにしては、そのものズバリそっくりすぎる気もするけど」

 

 突き出た四本角をもつそれは、クウガやゴウラムのモデルとなっている甲虫――クワガタを象ったものとしか見えない。ちょうどグロンギたちの身体のどこかに刻まれた、タトゥのような……。

 

「そうね。だからこれは、正確には"戦士"という一般名詞じゃなくて、特定の個人を表すものなんだと思う」

「ってことは、まさか……」

「……うん、これを書いたグロンギ自身の署名、かもしれない」

「………」

 

 飯田と心操が一瞬顔を見合わせ……目を伏せる。もうひとり、かの血文字が表す力を持つ者がこの場にいる。彼の顔を、見られる気がしなかった。

 暫しの沈黙ののち、その青年が口を開いた。

 

「……クウガを表す文字も、本来は四本角なんだよね」

 

 桜子が小さくうなずくと、出久はふぅ、と小さく息を吐いた。

 

「35号を憎しみのままに殺したあと、夢の中で見た真っ黒な戦士……それも四本角だった。それは碑文にあった"凄まじき戦士"なんじゃないかって、沢渡さん言ってたよね?」

「……うん。聖なる泉が枯れ果てる……優しさを失って、憎しみに囚われた姿……」

 

 全身、瞳まで真っ黒に染まった、禍々しい姿――死柄木弔はその逆で、まるで骨のような純白の姿をしていた。けれども、きっと。

 

「死柄木弔が変身したのはきっと、僕が進んじゃいけない未来の姿なんだ」

 

 空っぽになった心が、憎悪によって塗りつぶされた――彼の身体が純白なのはきっと、"それしかない"からなのだろう。それはあまりにも哀しいことだと思うし……何より、共感するところもある。出久自身も、あるいは紙一重の境界線に十数年、独り立ち尽くしていたから。

 

 それを聞いた飯田が、沈痛な面持ちのまま口を開く。

 

「死柄木……奴はあの力を得た途端、同類となったはずの未確認生命体を次々に殺戮している。おそらくは種として、不要な存在となった者たちを……」

「……そんな奴らと緑谷が、同じになりかねないって言うのかよ」

 

 "戦うためだけの生物兵器"――椿医師が言っていたのはつまり、こういうことなのだろうと思い返す。そのことばを初めて聞いたときも、それこそ出久を戦わせまいとして争いになるくらいには平静でいられなくなったが、それが具現化したものが目の前に現れるとまた心が揺らぐ。

 

「緑谷……やっぱり、おまえは――」

 

 抑えきれなくなった思いを、心操が吐き出しかけたときだった。

 

「大丈夫!」

 

 サムズアップとともに、出久はそう声をあげた。数日前、子供たちに対して放ったそれとまったく同じ調子で。

 

「僕はみんなの笑顔を守るために戦う、この先何があったって絶対にその気持ちだけは忘れない。万が一また憎しみを抱いてしまうことがあったとしても、きみたちの存在そのものがそれを思い出させてくれるって信じてる」

「緑谷……」

「だからきみたちも――僕を、信じてほしい」

 

 煌めく翠が、まっすぐに射抜く。そのまぶしさに屈しない者は、この場にはいなかった。

 桜子と飯田が力強くうなずき、心操はため息をつく。――苦笑いとともに。

 

「あんたがそんな自信満々にモノ言うなんてな。いつもそうならいいのに」

「う……き、きみには言われたくないよ!」

 

 調子を狂わされてかいつものようにどもりはじめた出久を見て、一同は思わず穏やかな笑みを漏らしたのだった。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドドググ

ヤマアラシ種怪人 ゴ・ジャラジ・ダ/未確認生命体第42号

「ゴソゴソ、ジャソグ、ババ……(そろそろ、やろう、かな……)」

登場話:
EPISODE 32. 心操人使:リブート~

身長:177cm
体重:134kg
能力:
瞬間移動を思わせるスピード
伸縮自在の針

行動記録:
ヤマアラシに似たグロンギ。人間体は詰め襟を着込み、伸ばした前髪で目元を隠した推定14~15歳の少年で、容姿に違わずぼそぼそとした陰気な口調で話し、ヘッドホンで爆音のデスメタルを聴くことを趣味としている様子。メ・ガルメ・レより年長だと思われるが、怪人体の体格は彼よりも小柄である(グロンギではザザルに次ぐ)。
グロンギ、ましてゴ集団の一員であるにもかかわらず自身のゲゲルに関心をもたない変わり者で、根城たる洋館で怠惰な振る舞いを見せていた一方、バルバとドルドがゲゲルの裏で死柄木弔を仲間に引き入れようとした際には強い興味を示し、彼のグロンギ化にも積極的に関与した。
止めに現れたクウガとの戦闘にて初めて怪人体を表し、掴みどころがなくも身軽な所作や、伸縮自在のダーツによる攻撃で翻弄する。また科警研襲撃の際にはクリエティ=八百万百を人質にとることでヒーローたちや爆心地=爆豪勝己の手出しを封じるなど内に秘めた狡猾さも垣間見せている。
その後は"ダグバ"となった弔の"整理"の案内役としてその旅に同行している。その死神としての成長を見守り、時折好意すら覗かせる、彼の目的は一体なんなのだろうか……。

作者所感:
ガルメにダークアイ案件を持っていかれた代わりに、かつての黒霧ポジションを獲得しました……概要としてはそんな感じ。やり口からして絶ッ対善人ではないはずですが、死柄木に対する態度は打算だけでは出せない感じにしたつもりです。
打算にしても、死柄木をAFOばりに可愛がるのは一体なぜなのか。究極の闇大好きマンにしても自分やゴの仲間ではダメなのか(これはバルバたちにも当てはまりますが)、まだまだ謎多しでございます。


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EPISODE 40. 血浴みの深淵 3/3

 "それ"は、異形の姿をしていた。

 

 "それ"は、血の海の中を歩いていた。

 

「バギングバギンググシギビン、ラヂガギバギバ」

 

 冷徹な声を背後に聞きながら、"それ"は開いた扉から吹きすさぶ向かい風などもろともせず、眼下の雲海めがけて飛び込んだ――

 

 

 

 

 

 城南大学考古学研究室では、未だ4人だけの小会議が続いていた。

 

「じゃ、ぼちぼち俺の番だな」

 

 そうつぶやいて立ち上がったのは、心操人使。分厚い書類の束を抱えている。と、なぜか飯田が「おお!」と嬉しそうな声をあげた。

 

「頑張れ、心操くん!」

「いや頑張れと言われても……」困惑を露にする心操。「俺なんて名代の名代だから、もらったメモ棒読みするだけだし……」

「気にしないでくれ、俺の個人的な思いを伝えたまでだ!」

(それが謎なんだけど……)

 

 まあいまに始まったことではないので、当人の言うとおり気にしないことにした心操だった。

 

「……とりあえずこれ、科警研の人たちが作った資料」

「うわっ、分厚い……力作だね」

 

 配られた資料は厚みが広辞苑の半分くらいある。試しにぱらりとめくってみるが、呪文のような専門用語のオンパレードなので出久は読むのを即座にあきらめた。

 

「それでも完全に専門分野なことは省いてある、とりあえず原理原則的なことだけに絞ってまとめてある……らしい」

「えっ、これで……?」

「科学は奥が深いな……」

 

 唸る一同。心操が手元のメモに目を落とす。

 

「まずクウガの変身や武器の生成について……肉体や手にした物質が原子分子レベルで再構成されている。解除の際には逆のプロセスを行っている……というわけです」

 

 謙遜でもなんでもなく棒読み。本来来る予定だった発目ならマシだったのかもしれないが、彼女はG3新装備の開発で忙しいから仕方がない――予算が無事下りたのである――。新任大臣の国会答弁のようだと出久は内心思った。

 

「で、39号の鞭や40号の鉄球なんかも、装飾品を同様にして生成している可能性が高いそうだ」

「出久くんとグロンギが同じ力を持っているってこと?だとすると……」

「……"超変身"と同じような能力をもつグロンギが今後現れるかもしれない、ってことか」

「奴らは確実に高い知能と多彩な能力をもつようになり、強力になっている……その可能性も織り込んで対策を練らねばならないな」

 

 うなずき、視線をかわしあう3人の青年。人々を守るために戦場に立つ男同士の絆が、そこにはあった。

 少しばかり疎外感を覚えた桜子はというと、

 

「……なんか、ずるいなぁ」

「へぁ、な、何が?」

 

 桜子が頬を膨らませていることに気づいてか、出久が狼狽する。心操は流石察したのか目を瞑って両手を合わせるという僧のようなしぐさを見せ、飯田は出久以上にクエスチョンマークを乱舞させている。三者三様の反応がまた面白かった。

 

 

――和やかな空気は、飯田と心操、ふたりの携帯電話が同時に着信を告げたことによって打ち破られた。

 

「!」

 

 発信者はそれぞれ森塚駿、玉川三茶と表示されている。となれば連絡の理由はひとつしかない。ふたりの表情は険しいものとなったし、それを目の当たりにした出久もまた同様だった。

 

 

 ほどなくして彼らは城南大学を飛び出した。惨劇の現場は空、

 

 そして彼らが向かうべき戦場は、海だ。

 

 

 

 

 

 ウラビティこと麗日お茶子は、午前中の勤務を終えて事務所で先輩ヒーローと昼食をとっていた。ポレポレでのアルバイトのおかげで懐に余裕があるとはいえ、貧乏性なので今日も冷凍食品を詰め込んだ弁当だ。ポレポレのカレーが恋しくなりつつも、彼女は上機嫌だった。その理由ははっきりしている――朝に行った救助において、予想以上に巧みに立ち回ることができたのだ。その活躍ぶりに久しくなかったマスコミからのインタビューも受けることができたし、所長のブレイバーからも褒められた。――何より、要救助者たちからかけられた感謝のことば。みんなの笑顔を守ることができる……やはり、ヒーローという仕事は素晴らしい。

 

「今日は頑張ったなウラビティ、お疲れさん」

「ありがとうございます!」

「この前の幼稚園訪問からこっち、調子良いみたいじゃないか。やっぱりあの、緑谷って子の影響か?」

「!、ま、まあ……そんなところ、です」

 

 顔を赤らめながらも、小さくうなずく。子供たちの友情を守った出久の"活躍"は、既にブレイバー以下所属ヒーローの知るところとなっている。今さら否定しても滑稽なだけだ。

 幸いなことにこの先輩ヒーロー、そうかそうかとうなずくだけにとどめてくれた。にやけ顔を隠しきれていないのはいかがなものかとは思うが――

 

「ふ……、人命救助はもちろんだが、子供たちの夢や希望を守ることも、ヒーローたる者の大切な務めだからな。釈迦に説法かもしれんが」

 

 「いやいや勉強になります」と謙遜しつつ、お茶子はあのとき出久が救った少年たち――陸と大河のことを思い起こした。確か今日が沖縄旅行への出発日、今頃は空の上だろうか。

彼らがまだ温かい沖縄の透き通った海で戯れている姿を想像して、お茶子はふっと頬を弛めた。

 

――そのとき、だった。

 

「皆、聞いてくれ」

「!」

 

 切羽詰まった声音とともにやって来たのは、席を外していた所長の特救ヒーロー・ブレイバーだった。事務所内にいたヒーローたちが呼応して立ち上がる。無論、お茶子も例外ではない。

 

「出動要請ですか?」

 

 所属ヒーローのひとりが訊く。誰しもがそれを思い浮かべたものを代表したまでだが、ブレイバーは意外にもかぶりを振った。

 

「いや、未確認生命体事件発生の報告が上がってきた。羽田空港を発った旅客機が襲撃を受けたらしい」

「え……」

 

 旅客機――心臓がどくりと嫌な音を立てるのを、お茶子は聞いた。

 

「乗員乗客のうち243名が……殺害されたそうだ」

「!、ま、待ってください所長!旅客機って……まさか……」

 

 幼稚園訪問をともにした先輩が、冷や汗を流しながら訊く。――否定してほしかった。単なる事件の報告であってほしかった。

 

 けれど――

 

「……あの幼稚園の園児たちも、犠牲となった可能性が高い」

「――――」

 

 お茶子の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 未確認生命体第44号が潜伏中と思われる東京湾へ向け、緑谷出久はビートチェイサーを走らせていた。背後には、飯田天哉の乗るパトカーがぴったりとついている。当然ふたりとも、その表情は険しい。

 

 そんな折、塚内管理官から通信が入った。――内容は奇しくも、ちょうどブレイバーからお茶子へ伝えられたもので。

 

 ぐらりと車体のバランスを崩しそうになるのを、出久はこらえた。グリップを握る手を震わせながら、押し殺した声で訊く。

 

「……被害者の身元は、もう判明してますか?」

『現在乗員乗客名簿をもとに確認中だ。……すまない』

「……ッ、」

 

 別に塚内が謝ることではない。ただ出久の心は、やりきれない思いでいっぱいになった。あのとき交流した子供たち――とりわけ陸と大河の笑顔が、脳裏に浮かぶ。それらすべてが、奴らの快楽のためだけに奪われたかと思うと。

 

「――緑谷、飯田!」

「!」

 

 塚内との通信が切れるのと入れ違いに、背後からサイレン音とそれに負けない音量の呼び声が響く。振り返れば青と銀、機械じかけの"仮面ライダー"が、こちらに追いついてくるところだった。

 

「心操くん……!」

「発目から水中用装備……"潜れるくん・マスクドライダー仕様"を借りてきた。プロトタイプの数倍の性能がある、ら――」声が途中で途切れ、「――緑谷、大丈夫か……?」

「!、え……」

「いまおまえ……酷い表情してるぞ」

 

 出久ははっとした――いま自分は、確実に、今回の事件を引き起こしたグロンギへの憎悪を抱いてしまっていた。メット越しにでもわかってしまうほど、それが表情に表れているのか。

 

(ッ、……駄目だ!)

 

 もう憎しみに囚われたりはしないと、皆の前で宣言したばかりじゃないか。出久はぶんぶんと頭を振って己を戒めた。

 

「……ごめん、大丈夫!」

「……そうか」

 

 うなずいた心操はそれ以上、追及しないでくれた。当初は自分を戦わせまいと躍起になっていた彼が、そうして信頼を示してくれている――それを裏切るわけにはいかない。

 

「それより心操くん、飯田くんも。敵の上陸予想地点がわかっているとはいえ、待ち伏せは得策じゃないと思う!僕らの存在に勘づかれた時点で海中から攻撃を受けるか、方向転換して逃げられる可能性のほうが高い」

「確かにな……。じゃあやっぱり、"潜れるくん(こいつ)"の出番か」

『だが水中戦も厳しいものになるぞ』飯田が無線越しに釘を刺す。『海上保安庁と海上警備担当ヒーローによる合同巡視艇も……既に襲撃を受けている。捜査本部にも海を得意とするヒーローはいない以上、直接的な支援は受けられない』

「わかってる。――海へは、僕ひとりで潜る!」

『な……ッ!?緑谷くん、いくらなんでもそれは――』

 

 飯田が難色を示すのも当然だった。第8号――メ・ビラン・ギとの戦闘では水中戦に勝利したが、それはフロッピーこと蛙吹梅雨の援護があってのことだ。あれからクウガは強くなったが、グロンギも強くなっている。単独では、あまりに危険すぎる――

 

「緑谷、G3は潜れるくんナシでも15分水中で活動できる。デストロイヤー、アンタレスなら水中でも使用できるしな」

「逆に言えばそれって、銃器は使えないってことだよね?」

「……まあ、そうだけど」

 

 水中で活動できるとは言っても、水中用の武装があるわけではないのだ。

 

「………」出久は少し考えたあと、「……やっぱり、心操くんたちには地上を守ってほしい。万が一、僕が逃がしてしまったときのために」

「……ッ、」

 

――文字どおり逃げられたってだけなら、追いかけりゃ済む話じゃないのか。

 

 出かかったことばを、心操はかろうじて呑み込んだ。この友人はおそらく、自分が追跡できない状況に陥ったときまで想定している。

 

「……了解した、地上で待機すればいいんだな」

「うん……ありがとう」

「その代わり、水中で決めようなんて思うなよ。無理せず地上に追い込むことだけ考えろ。そのうえで袋叩きにすればいい」

「わかった、善処するよ」

 

 その返答は甚だ疑問ではあったが、それ以上追及はしないことにした。

 

「飯田も、それでいいな?」

『ッ、……仕方がない。水中では俺も無力だからな……』

 

 飯田の渋々ながらの了承を得たことで、作戦は決定した。疾走のスピードを上昇させ、一気に上陸予想ポイントへたどり着く。

 

 

 出久はいの一番にビートチェイサーから飛び降り、

 

「――変身ッ!!」

 

 勢いのままに、変身の構えをとる。腹部から浮かび上がったアークルの中心が青い光を放ち、流水のような音とともに出久の身体が作りかえられていく。出久自身と同じ、細身ながら鍛えられた――と同時に、常人より遥かに強力な漆黒の肉体がつくり出され、瞬時に青い鎧が胴体を覆う。童顔もまた、青い複眼と黄金の角を中心とした異形のそれへ。

 

 クウガ・ドラゴンフォームへと変身を遂げた出久は、即座に"潜れるくん"を装備した。外見は概ね以前のものと変わっていない。操作についても以前のままだと、心操を介して発目から説明があった。せっかくの虎の子を操れないなど許されない。

 

「緑谷くん、第44号の予想上陸時間は3分後だ」飯田が確認するように言う。「つまり、もうすぐそこまで来ている可能性が高いということだ。……しつこいようだが、どうか無理はしないように」

「ありがとう……頑張るよ」

 

 気遣わしげな視線を向けてくる――心操のそれは仮面だが――ふたりにサムズアップで応えると、クウガは勢いよく海中へ飛び込んだ。どぼん、と飛沫が上がる音とともに、その姿が海水へ沈んでいく。

 

「緑谷くん、本当に大丈夫だろうか……」

「……信じるしかないだろ、もう」

「……そうだな」

 

 ふたりの間にそれ以上、会話はなかった。ただG3がスコーピオンを構える音だけが、虚空に響く。

 

 

 

 

 

 海中に潜り込んだクウガは、まず潜れるくんに搭載されたレーダーで索敵を行った。敵は高速で移動しているらしい、となれば目視では間違いなく反応が遅れる。

 

(水中で一発でも喰らったら命取りになる、注意しないと)

 

 慎重に周囲一帯をサーチしながら、ゆっくりと前進していく。あまり地上に近すぎてものっけから背水の陣ならぬ背地の陣となってしまって戦いにくいが、離れすぎてもいざというときにリスクが大きい。戦場とするエリアも、慎重に見極めなければならない。

 

 そうして徐行と停止を繰り返すこと約2分、

 

 レーダーが、高速でこちらに迫る熱源を捉えた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にエンジンを左に向け、横移動する。その判断は正しかった――先ほどまで自分がいた場所を、水圧をものともせず鋭く長いものが突き進んでいった。

 

(銛……!)

 

 その正体に気づくと同時に、出久は被害者たちの死因をも想起せざるをえなかった。あんなもので串刺しにされて、殺された――

 

 思考を現実に引き戻して、クウガは正面を見た。命中し損なった銛の主が、視界の先で停滞する。それは一見して、なんの動植物をもとにしたのかわからない姿をした怪人だった。サメかシャチか、後者だとすれば同属の異形型ヒーロー・ギャングオルカなどよりよほど常人のシルエットを残している。それがかえって、おぞましい。

 

(とにかく、こいつはグロンギだ)

 

 倒さなければ――これ以上、誰の笑顔も奪わせないために!

 

 勢い込んだクウガは、バックパックから複数の魚雷を連続発射した。それらは等しくグロンギ――ゴ・ジャーザ・ギへと向かっていく。

 

「!」

 

 一瞬やや鼻白んだ様子を見せたジャーザは、四肢を器用に微動させて素早く泳ぎ、魚雷を回避する――

 

 それで終わってしまうようでは、潜れるくんはことばは悪いがハリボテだ。ただの水中移動用装備ではない、れっきとした武器である以上、製作者である発目明のマッドな才能と努力とがこれでもかと詰め込まれている。

 

 その結晶――ホーミング機能。標的がいくら逃げようとも、どこまでも追尾して喰らいつく。かわしきったと思って動きを止めたジャーザは、これに面食らったようだった。刹那、海中で爆発が起きる。

 

「グゥ……!」

 

 魚雷をまともに受け、苦悶の声をあげるジャーザ。

 

(よし、効いてる……!)

 

 一撃で倒すとはいかないことはわかっている。いま自分にできることは、とにかく攻めに攻めてこの敵を地上へ追いやること。心操の言うとおり、そこで袋叩きにする。

 

 昂る戦意のままに、次々に魚雷を発射するクウガ。逃げても追いかける以上、並の敵ならばもはやどうにもできなかっただろう。

 

 問題は……ジャーザが、並大抵の敵ではないことだ。

 

「……ふっ」

 

 弧を描いた魚雷が四方から迫るなかで、ジャーザは慌てふためくこともなく笑いを漏らす。ぶく、と泡が立ち上ってゆく。

 そして彼女は、腰のスカートからぶら下げた装飾品を引き抜いた。小指ほどの大きさだったそれはたちまち鋭く長く伸びてゆき――かの、銛をつくり出した。

 

「フフ……」

「……!」

 

 再び笑みを漏らすと同時に銛を両手で握りしめ――その場で360°回転させはじめた。海水が勢いよく巻き上げられ、

 

 吸い寄せられていった鋼鉄のうろくずたちは、ジャーザまで届くことなく爆発四散した。

 

「ッ!?」

 

 驚愕しつつも、クウガは見たままの光景から瞬時に何が起きたかを分析した。敵は銛をただ素早く回転させたばかりでなく、魚雷の到達時間と銛の角度を的確に合わせることで、すべての魚雷を弾いてみせたのだ。

 

(ッ、やっぱり強い……!)

 

 水中ではこちらのとりうる戦法も限られている。このまま自分への敵愾心を煽って、地上へ誘導するしかない。

 

 そう考えていた矢先、奔流を縫うようにして、再び銛が飛んできた。

 

「!、ぐっ!?」

 

 咄嗟にかわそうとするが、ひと足遅かった。銛の先端が潜れるくんの右エンジンにかすり、傷をつける。そこから爆発が起き、クウガは大きくバランスを崩した。

 

 それを待っていたかのように、ジャーザが突撃してくる――新たな銛を携えて。

 

(しま……ッ!)

 

 もう逃げられない。残された道は、タイタンフォームへの超変身で耐えきることだけ。

 

 モーフィンクリスタルが紫色の輝きを放つ――刹那、

 

 

 クウガの胴体を、銛が貫いた。

 

 

 

 

 

 喫茶ポレポレでは店主がひとり開店準備を行っていた。本来ならもうとっくに店を開けている時間だったのだが、今日その任にあったアルバイトの青年が急遽来られなくなってしまったため、こうして遅延が発生しているのだった。

 ふつうの店主だったらカンカンに怒っても無理はなさそうなものだが、彼は飄々としていた。

 

「ったくしょうがないなぁ、出久のヤツは……」

 

 ここ数ヶ月こんなことがしょっちゅうだが、真面目な出久のことだからやむにやまれぬ事情があるに違いない。若い頃から各国を旅してきて、良くも悪くも彼は日本人的な感覚から逸脱していたのだった。

 

「お茶子ちゃんも今日は本業頑張ってるし、久しぶりにおやっさんひとりで――」

 

 そのときだった。背後のドアベルが、からんころんと来客を告げる。

 

「はい、いらっシャイロックホームズ~!」

 

 意気揚々と振り向いたおやっさんは、しかし次の瞬間呆気にとられた。

 そこに立ち尽くしていたのは、まさしくいま自分が名をつぶやいた女性だったからだ。メディアを介してしか見ることのないヒーローコスチュームのまま、ことばもなく、じっと俯いている。これは尋常ならざることがあったのだと、おやっさんは瞬時に悟った。

 

「……どうした?」

「………」

 

 そっと両手で肩を抱いても、お茶子は何も言わない。普段なら「それセクハラ!」と叱られるところだけれども。

 

「……マスター、」

 

 ようやくお茶子が、か細いながら声をあげる。「なんだ?」と、おやっさんは努めて優しい声で訊いた。

 

 そして、

 

 

「誰かを殺してやりたいって思ったこと、ある?」

 

 垣間見えた彼女の瞳は――昏く、濁っていた。

 

 

つづく

 

 





ギャングオルカ「次回予告の時間だ」

ギャングオルカ「懸命に死柄木たちの行方を追い続けてきた爆豪たちは、我々の助力もあって遂に奴らと対峙することになる。……なに?奴らの標的にされた未確認生命体が助けを求めてくるだと?それを受け入れるか否か……決断すべきは貴様らだ、爆豪、轟」

ギャングオルカ「その一方、銛に貫かれた緑谷の運命は?そして第44号への殺意を抑えきれない麗日は友人である蛙吹梅雨のもとを訪れ……ええい、若造どもめ何をしておるか!!……ん?」

EPISODE 41. 汚水

ギャングオルカ「何をして"オルカ"……だ、ダジャレのつもりで言ったんじゃないぞ!?本当だぞ!!」

ギャングオルカ「さっさらに向こうへ!プルスウルトラァァァァ!!」



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EPISODE 41. 汚水 1/4

今回はサブタイでかなり悩みました。
「水」要素を入れたかったんですがストレートになりすぎた気もします。

初期のブルースだの吼えよドラゴンだのパロディやってた頃が懐かしい。


「うぐ、あ……ッ!?」

 

 鋭い銛が、肉を裂く。その衝撃と激痛とに、クウガは水中でありながら呻き声をあげた。

 

 バックパックが破損し、酸素を取り入れることもできない。抵抗もままならず、クウガの身体はゆっくりと沈降を始める。その姿を冷たく一瞥して、ゴ・ジャーザ・ギは悠々と去っていこうとしている。手を伸ばすが届かない……届くはずがない。

 

 それよりもまず、この銛をなんとかしなければならない。痛みに朦朧とする意識の中でその結論だけは絞り出した彼は、腹部に深々突き刺さったオブジェクトを右手でぐっと掴んだ。震えてしまって、あまり力が入らない。出久は自身を叱咤し……銛を、ずるずると引き抜きはじめた。

 

「がッ、ぐあア゛あッ!」

 

 神経すべてが悲鳴をあげているかのような凄まじい激痛が、腹部から脳へと走り抜ける。叫びは無数の泡となって、水面へ立ち上っていく。

 痛みのあまり、視界が明滅する。そしてすうっと狭くなっていく。

 

(だめ、だ……まだ……ッ!)

 

 銛が突き刺さったままでは、治癒もしようがない。霧散しかかる意識に抗い、出久は苦痛のままに泡を撒き散らしながら……銛を、引き抜ききった。

 

「がは……ッ、ぁ………」

 

 そこで限界が訪れた。ふっと力の抜けた異形の英雄の身体は、彼自身の意識ともども、仄暗い水底へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

「遅いな……緑谷くん」

 

 焦れたように飯田がつぶやく。

 

 出久が潜行してから既に30分近くが経過している。そろそろ何か状況が動いてもよさそうなものだと思うのは心操も同じ。しかし現実には、ここから一望する濁った水面は、表向き波紋すら浮かべないままだった。

 

(緑谷……)

 

 あるいは想定しうる中で、最悪の事態が起きてしまったのではないか――そんな予感を後押しするかのように、G3のインカムから焦り気味の呼び声が響いた。

 

『こちら発目ッ、心操さんどうぞ!』

「こちら心操、どうした?」

『緑谷さんの意識レベルが急速に低下しています!』

「ッ!?」

 

 声を呑む心操。表情は隠れていても、その反応ひとつで飯田も状況を悟ってしまった。

 

「……緑谷のいるポイントを教えてくれ、俺が救助に行く」

 

 潜れるくんには装着者の状況を把握するために、意識レベルを計測できる機能があるほか発信器も付けられている。それを辿れば、この黒い海の中から対象を見つけ出すこともできる。

 

 発目から発信地点を聞き出した心操は、スコーピオンを飯田に押しつけ、代わりにアンタレスを装備した。

 

「飯田、万が一44号が上陸してきたら距離をとってそれで応戦しろ。反動はあるが、おまえの身体とそのスーツならある程度は耐えられるはずだ」

「……わかった。きみも気をつけて!」

 

 うなずくや否や、海中へ勢いよく飛び込むG3。それを、見送りつつ。

 

「……ッ、」

 

 本当は自分も、出久を救助に行きたい。だが自分の個性は泳ぐにはよくても潜水には向いていないし、何よりこの重装備では沈んでしまう。かと言ってアンダースーツ一枚になれば、今度は万が一戦闘になった場合に己の命を守れない――

 

 ともかく飯田は奇襲に備えて水面からやや距離をとり、じっと身構えた。ほどなくして森塚はじめ捜査本部の面々が数名合流して布陣も整ったのだが、敵は上陸する気配すら見せないままだった。

 

 

 一方で心操は、発目のサポートを頼りにひたすら水中を進んでいた。出久の……正確には出久の装備していた潜れるくんの反応は、心操が潜行してからというもの一度も動いていないらしい。自力で動ける状況にないということか。

 

(緑谷……ッ)

 

 錯覚の息苦しさを覚えながらも親友の顔を思い浮かべたとき、発目から『もうすぐです!』と告げられる。

 

 そして、

 

「――!」

 

 そこには、人間の形をしたものが揺蕩っていた。ゆらゆらと揺らめく緑がかった頭髪が、いつにも増してまるで海藻のよう。

 

「緑谷……!」

 

 すぐさま接近し、その身体を抱きかかえる。シャツがめくれ上がり、露になった腹部から激しく出血している。――とにかく、まずは水面へ上がらなければ。

 

 ちょうど付近に堤防が見えたので、そこ目掛けてアンタレスのワイヤーを射出。フックを引っ掛けたうえで今度はワイヤーを収納することで、水の抵抗もものともせず高速で突き進む。

 

「ッ、緑谷!!」再び呼びかける。「しっかりしろ、緑谷!!」

「………、ぅ……かはっ、」

 

 弱々しいながらも咳き込み、飲んでしまったのだろう海水がわずかに吐き出される。焦燥にとらわれていた心操の心が、わずかに落ち着きを取り戻した。親友はまだ、生きている。

 

 

 

 

 

――宮城県 牛三市

 

 爆豪勝己と轟焦凍は、ギャングオルカとともに、死柄木たちの潜伏予想ポイントの捜索を続けていた。

 

 彼らがいま踏み込んでいるのは、山間に打ち棄てられたように存在する廃屋だった。

 

「チッ……もぬけの殻かよ」

 

 舌打ちしつつも、勝己は屋内にただならぬ気配の残滓を感じとっていた。漂う空気が、じくじくと肌を蝕むような感触。

 それをさらに具体的な感覚として得ていたのが、チームアップすることになったギャングオルカだった。

 

「……血の臭いがする、それもヒトの血だ」

「!」

 

 と、いうことは――

 

「未確認の連中の細胞組織は、俺ら人間とほとんど変わらねえ。血液もな」

「ならばこれは、殺害された未確認生命体の……」

 

 ギャングオルカが考え込む横で、勝己はしゃがみこんだ。床をじっくり観察する。埃の積もり方がいやに偏っている。

 

(ここが、奴らのアジト……)

 

 少なくとも、直近の。既に移動しているという可能性も否定はできないが――

 

 

 一方、焦凍は廃屋の周辺を警戒していた。妙に頭がざわつく。まだ明確な感覚ではないから、それが何の予兆であるのかまでは判別できない。ただ万が一襲撃を受ける危険を鑑みて、こうしている――

 

「………」

 

 ふと廃屋のほうを振り向く。鬱蒼とした木々に囲まれ、いまにも朽ち果てそうな薄汚れたトタン。つい4ヶ月前までは自分も、同じような場所で寝起きしていた。人ならざるモノになりゆく、他ならぬ自分自身を恐れて。

 けれど、

 

(いまは、この力を……アギトの力を手に入れることができて、心からよかったと思える)

 

(死柄木……おまえは、どうなんだ)

 

 本当の弔は……志村転弧の心は、いまの自分自身に何を思うのだろう。仮にここで彼を止めることができたとして、その心に触れることができなければ……きっと、何も変わらない。

 

 焦凍が己の掌をじっと見下ろしていると、

 

「おいコラ半分野郎!!」

「!」

 

 はっと我に返った焦凍が振り返ると、眉を吊り上げた相棒の姿がそこにはあった。

 

「……どうした?」

「どうしたじゃねえ、俺ぁテメェをボーッとさせとくために外に置いたんじゃねえぞコラ」

「悪ぃ。――どうだった?」

「痕跡は間違いなくあった」ギャングオルカもやってくる。「だが、ここに戻ってくるかどうかはわからん」

「………」

 

 それがわからないのが厄介なところだった。彼らはおそらく、荷物らしい荷物など最初から持っていないだろうから。

 

 難しい表情で黙り込むふたりの若者。しかしいつまでも沈黙を続けることは、かつての鬼教官が許さない。

 

「ここから何をするかは、この案件の責任者である()()()次第だ――爆心地」

「!、………」

 

 「あなたの判断に私は従う」――格下の若造ではなく、リーダーとして勝己を扱っている。心から。だからこそギャングオルカのことばには、ずしりとのしかかる重みがあった。

 

 ターゲットの帰還を待ち伏せするか、それとも裾野を拡げて捜索を続けるか……あるいは、まったく異なる判断をするか。それらすべて、勝己の手に委ねられている。

 

 一方で、

 

(爆豪……)

 

 正式な捜査本部の一員でないゆえに、そうした責任を負えない焦凍。それでも、意見を述べることくらいなんら問題はないだろうと思った。キャリアに空白はあるが、自分だってれっきとしたプロヒーローだ。

 

 しかし実際に口を開こうとした途端、彼の脳裏に稲光のような衝撃が奔った。

 

 

「ッ、爆豪、ギャングオルカ!!」

「!?」

 

 突然の大声。もう慣れている勝己はともかく、ギャングオルカは露骨に目を丸くしていた。なかなか見られない表情だったが、この時点ではそんなこと気に留めていられない。

 

「なっ、なんだいきなり?」

「奴らが近くで行動を開始した!」

「!、間違いねえんだな?」

「ああ……!」

 

 悩む必要がなくなったとばかりに、勝己が不敵な笑みを浮かべた。

 

「ならやるこたぁひとつだ。――行くぞ」

「わかった」

「フン……よかろう!」

 

 目標を見定めた英雄たちが、戦意をみなぎらせた。

 

 

 

 

 

 緑谷出久の意識が浮上したとき、まずもって目に入ったのは鈍色をした天井だった。ただ、あまりにも距離が近い。

 きょろきょろと見回してみると、ここが車――おそらくパトカー――の中で、自分は後部座席に寝かされているのだとわかった。運転席に、見知った友人の姿がある。その紫色の瞳が、こちらをじっと見下ろしていた。

 

「……目、覚めたか?」

「しん、そう……くん」

 

 心操人使――G3を装着して敵の上陸を警戒していたはずの彼が、既にG3ユニットの制服に着替えている。もう戦闘態勢が解かれて久しいのだと、自ずから察せざるをえない。

 

「44号、は……?」

「逃げられた。俺が沈んでたあんたを救助に行ったときにはもう、周辺にはいなかった」

「……そう」

 

 おそらく、別の場所からの上陸を図ったのだ。捜索網に引っ掛かればいいが、地上で人間体に戻られたら捕捉は困難だろう。

 

 ブツブツといつもの調子で考え込みはじめた出久だったが、ふと心操の視線が鋭いことに気づいた。

 

「……な、何?」冷や汗が浮かぶ。

「あんたさ……他に気にすること、あるんじゃないの?」

「え――!、痛……ッ」

 

 咄嗟に身体を起こそうとした途端、腹部に奔る鋭い痛み。思わず捲って見てみれば、そこにはぐるりと包帯が巻かれていて。

 

「あんたの腹、穴が開いてた。ふつうの人間なら死んでたぞ」

「……心操くん、もしかして怒ってる……?」

 

 恐る恐る訊く……と、あからさまにため息を吐き出す心操。訊かなきゃわかんないのか、とでも言いたげだ。

 

「無茶しないって……約束だったろ」

「あ……」

 

 出久は一瞬二の句が継げなくなった。その声色が、あまりにも悲哀に満ち満ちていたから。

 

「ご……めん……」謝罪しつつ、「でも、その……言い訳にしかならないと思うけど……無理な特攻をかけたりしたわけじゃない。ちゃんと地上に追い込もうとしたんだ。それは……信じて、もらえないかな?」

「………」

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「……今回の奴も、かなりの強敵ってことだな?」

「!、う、うん」

「なら次は、連携して戦わないとな」

 

 表向き淡々とした口調で、言い切る心操。その裏で複雑に絡みあった感情を抑制しているのだろうことは、いくら鈍くても容易に察しがつく。出久は唇を噛み締めて、うなずいた。

 

「さてと……外に飯田と森塚刑事たちがいるんだ。俺は行くけど、おまえはまだ寝ててもいいぞ」

「あ……僕も行くよ。傷ももうほとんど塞がってると思うし」

「……あぁそう」

 

 また心操からじとりとした視線を向けられたのだが、口では何も言われなかったので気づかないふりをした。これは決して冷淡な判断ではないだろう。

 

 

 さて、心操の言うとおり、外では飯田と森塚をはじめとする面々が捜査を続けていた。心操とともにパトカーから降りてきた出久の姿を認めて、三者三様の表情を浮かべる。

 

「緑谷くん!」飯田の声。「もう大丈夫なのか!?」

「う、うん……まだちょっと痛いけど。ごめんね、心配かけて」

「いや……色々と思うところはあるが、俺からはもう何も言わないよ」

 

 「心操くんの繰り返しになるだけだろうしな」と飯田。一緒にいた森塚も「右に同じく!」と続ける。出久は苦笑しつつ、もう一度謝罪のことばを口にした。それが空疎なものにならないよう心しつつ。

 

「さてさて、その後の捜査状況についてだけど……」

 

 手帳を開く森塚。既に飯田に説明済みだからか、滑らかに口を開く。

 

「被害に遭った旅客機の機長の証言がとれた。――44号は乗客のひとりとして乗り込み、離陸直後に怪人体に変身。パニック状態に陥って通路にひしめいた乗客たちを……」一瞬口ごもり、「……銛のようなもので、一気に貫くようにして殺したらしい」

「ッ!」

 

 出久は思わず自分の腹に手を触れていた。クウガの肉体ですら易々と串刺しにするような、あんな凄まじい武器で――

 

 しかも森塚の報告には、耳を塞ぎたくなるような続きがあった。

 

「被害者のうち多くは未就学児だったらしい。……そのことで緑谷くん、塚内管理官からだけど、」

「……僕がこの前行った幼稚園の子供たちも、犠牲になったってことですよね」

 

 それを自分で口にすることは、傷の痛みなど押しやられるくらいに腸が煮えくりかえったけれど。

 

「……うん。しかも、生存者はひとりもいないことがわかった。44号は子供を優先して殺害したみたいだ。次いでその関係者……親とか、先生とかね」

「……ッ、」

 

 ならば陸と大河の生存も、もはやありえないということになる。クウガを好きだと言った大河、爆心地を好きだと言った陸。――彼らは自分たちに、救けを求めていただろうか。絶望しながら、死んでいったのだろうか。

 

(大河くん、陸くん……。ごめん……救けられなくて、ごめん……!)

 

 気がつけば出久の瞳からは、じわりと涙があふれ出していた。人前で泣くのは憚られたけれども――恥というより、周囲に気を遣わせてしまうことに――、それすらも容易く踏み越える烈しい感情が、出久にそうさせた。

 

「緑谷くん……」

「………」

 

 隣に立つ心操の手が、背中にそっと触れる。友の気遣いが、いまはただ申し訳ない。

 

「一応、まだ続きがあるんだけど……いったんやめにするかい?」

 

 森塚もまた、気を遣って訊いてくれる。――だが涙をこらえきれないほど悔しいからこそ、出久はただ悔恨に浸るだけの無力な存在に成り果てたくはなかった。

 

「いえ……お願い、します。僕には、全部聞く義務が、あるから……っ」

「そこまで気負う必要はないけど……わかったよ」

 

 やや躊躇いを垣間見せながら、森塚は再び手帳を開く。

 

「奴は犯行を終えたあと、機長に対して、我々へのメッセージを伝えていた」

「メッセージ?」

「うん。――"ヒントは出した。5時間で567、このままなら楽勝だ"……だってさ」

「……ッ、」

 

 飯田が拳を震わせる。出久も同じようにしかけて、ふっと息を吐いた。

 

「……そんな挑発も、ゲームのルールの一環なんでしょうか」

「どうかな……」

「いずれにせよヒントに出された次の犯行が、どこでどんな形で行われるのか、一刻も早く割り出さなければ……」

 

 ひとつ確実に言えることは――実行されれば確実に、多くの命が奪われるということ。

 

「本部に戻って仕切り直すしかないね。インゲニウム、行こう」

「はい!――緑谷くん、」

 

 神妙な表情を浮かべて、飯田が歩み寄ってくる。

 

「きみは少し、事件から離れたほうがいい」

「!、何、言って……」

 

 色をなして反論しようとする出久を手で制して、飯田は続けた。

 

「勘違いしないでくれ。戦うなと言っているわけではないし、きみのあのことばを信じていないわけでもない。……だが、きみがいま、やりきれない感情を募らせていることも事実だろう?」

「………」

 

 図星を突かれて沈黙する出久。しかしそうした思いを抱えているのは、皆同じだ。

 

「そうした人として当然の思いを殊更にこらえて、戦わなければならない……それはきっと、きみの精神衛生上非常によくないことだと思う。――だから第44号の動向がわかるまで、日常生活に戻ることもひとつの選択肢だと思うんだ」

 

 飯田の提案は、自分に対する最大限の優しさなのだと出久は理解した。それに純然たる"捜査"において、自分にできることはそう多くはない。41号の事件の時はたまたまゲームのルールを看破できたが、あの時は特殊な状況下だったということもある。

 

「緑谷、」心操が口を開く。「そういや今日、本当はバイト行く予定だったんだよな。ポレポレの」

「!」

 

 飯田が「そういえばそうだったな!」と努めて明るい声を発する。

 

「事が事だからやむをえないが、アルバイトの予定も無下にしてはいけない!そちらに行くのもいいんじゃないか?」

「それにあのマスター、ギャグセンはアレだけど包容力パないしね。いっそ包み込まれてきなよ、加齢臭だけ我慢してさ」

「包み込まれるって……物理的にですか?」

「………」

 

 少し考え込んだあと――出久は、小さくうなずいた。身体だけでなく、精神(こころ)も万全の状態で挑まなければ……きっと、勝てない。

 

「……すみません。じゃあ、何かあったら呼んでください」

「もちろん」

「ゆっくり休むんだぞ、緑谷くん!」

 

 念押しのようなことばを受けつつ。仲間たちと別れ、出久は歩きだした。止まらない涙をひたすらに拭いながら。

 

 



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EPISODE 41. 汚水 2/4

ぼちぼち初夢回(46.5話)にあたる番外編考えないとなぁと思う今日この頃。

原作デクと共演とか世界の破壊者がやってくるとか五代雄介と共演とか、色々なくはないですが全然まとまりそうにありません。だれかたすけて。


 

――ポレポレ

 

 扉に臨時休業を知らせる紙を貼りつけた店内で、おやっさんはお茶子の口から「誰かを殺してやりたい」という仄暗い思いに囚われた理由を聞き出していた。

 

「そうか……知ってる子たちがね……」

「………」

 

 おやっさんはたまらず小さく唸った。間もなく初老を迎える大人として、「死ね」だの「殺す」だの唾棄すべきことばを平気で使う昨今の風潮を厭う気持ちはある。だがこの麗日お茶子という若者は、プロヒーローであるだけに高い道徳性を保っていて――そんな彼女ですら堪えられないのも、無理もないできごと。

 

 ああだこうだ説教めいたことばを吐いたところで、いまの彼女にはなんら響かないだろう。そんな結論に至ってから、やおら口を開く。

 

「さっきの質問……誰かを殺してやりたいって思ったことがあるかどうかだけどな、」

「………」

「――あるさ、そりゃあ」

「!」

 

 至極当然のことのように言い切るおやっさんに流石に面食らったのか、俯いたままだったお茶子が初めて顔を上げた。

 

「だけど実行には移さなかった。当たり前だよなそんなの」

「………」

 

 お茶子がため息を吐き出すのがわかった。それが安堵なのか落胆なのかはわからない。

 ややあって、

 

「……でもそれは、相手が同じ人間だからでしょ?」

 

 同じ人間を殺すことは、現代社会において余程の例外でない限り許されるものではない。絶対的な"悪"なのだと価値観に刷り込まれている――だから殺意を抱くことは容易かれども、一線を越える人間はそうそう多くはないのだ。

 

 けれどお茶子の場合は違う。相手は未確認生命体であって、法的には野生動物と同じ――殺したところで咎める人間はおらず、社会的にはむしろ正しい行為として認識されうる。それを率先して実行していた"第4号"は、仲間割れを引き起こしているだけの未確認生命体の一匹扱いだったのがヴィジランテに、そしていまでは警察の協力者として世間ではヒーロー同然の扱いだ。大河が好きなヒーローとして、彼を挙げたように――

 

「あいつらは、死んだほうがいい奴らなんや……!」

「お茶子ちゃん……」

 

 お茶子のあまりにも強烈な殺意を、おやっさんはまざまざと感じ取った。それを頭ごなしに否定することはできない。できないけれど――

 

 おやっさんが再び口を開こうとしたとき、折悪く店の電話が鳴ってしまった。経営者として無視するわけにもゆかず、いったん会話を中断するほかなかった。

 

「はい、オリエンタルな味と香りの……あぁなんだ、おまえか出久」

「!」

 

 お茶子が弾かれたように顔を上げるが、背を向けているおやっさんは気づかない。

 

『実はこっちの用事に少し空き時間ができたので、その間だけでもお手伝いに行こうかと……あ、かえって迷惑でなければですけど………』

「ああ……いや、ちょっとでも来てもらえるんだったらありがたいよ。ちょうどいま――」

 

 そのときだった。ガタンと椅子が揺れる音が響いたかと思うと、お茶子が一目散に店を飛び出していってしまったのは。

 

「あっ、ちょ……お茶子ちゃん!?」

『え……麗日さん、来てるんですか?』

 

 怪訝そうに尋ねる出久。お茶子は今日、ヒーロー・ウラビティとして活動しているはずだが。

 

「あ、ああ……いま飛び出していっちまったけど。――そうだ、出久も一緒に行ったんだっけか、幼稚園」

『!、もしかして44号の事件のことで……?』

「おまえももう知ってたのか……。惨いよな、本当に」

『……はい』

 

 犠牲となった子供たちとたった数日前に触れあった身としては、惨いなどということばではとても片付けられはしないが……おやっさんなりに気遣ってくれていることはわかる。きっと、お茶子のことも。

 

「そうだ出久。お茶子ちゃんのこと、おまえに任せてもいいか?部外者のおじさんがああだこうだ言うよりさ、同じ当事者のおまえが話をしたほうがいいと思うんだ」

『!、……そう、ですね。わかりました、麗日さんのこと捜してみます』

「頼んだよ。……おまえにも酷な話だよな、ごめんな」

『いいんです。独りで抱え込んだままでいるのは、つらいと思うから……』

 

 お茶子も――自分も。

 

 

 いずれにせよおやっさんの頼みを承った出久は、新たな相棒であるビートチェイサーとともに駆け出した。

 

 

 

 

 

 敵対者たちが躍起になって捜査を続ける一方で、ゴ・ジャーザ・ギは薄暗い水族館の中、水槽を優雅に泳ぐサメを眺めていた。深い藍色のパンツスーツを纏った人間としての彼女の風貌が、周囲の来場客にとって奇異に映ることはない。この場にスーツがふさわしいかはまた別の問題だが。

 

 そんな彼女の隣にもうひとり、女が並んだ。年齢は同じくらい、美貌も匹敵するものをもっている――しかし、友人という雰囲気ではない。額に刻まれた白いバラのタトゥに紅色のドレス、ジャーザとは対照的に浮いた服装であるにもかかわらず、人々の視線はその姿を素通りしているようだった。

 

 彼女――バルバは冷たい瞳で水槽を見上げ、口を開いた。

 

「ゴロギゾ、ゴシビググンゼギス……ジョグザバ」

 

 グロンギ同士でしか通じない語りかけに、ジャーザは満足げに笑みを浮かべて応じた。

 

「ログググ、ガゲス……ドヅダゲ、デゴギデ、ゼベ……ザギバス・ゲゲル」

「……ガンゴドボビ、ゴンビパバギゾ」

 

 そんなことはわかっている、とばかりにジャーザがいっそう笑みを濃くする。

 

「バセパギラ、ゾボビ?」

「ドボソザソグン……ザジオ」

 

 

 その頃水族館とは打って変わって荒廃した廃工場の奥深くで、サングラスをかけたひとりの老人が何か作業にふけっていた。白い布でしきりに何かを拭いている。黄金に発色するそれは、勾玉のような形状をとっていて。

 

 と、彼を除いて人っ子ひとりいないはずの工場内に、砂利を踏みしめる音が響き渡った。にもかかわらず彼は驚くこともなく、それどころか皺の刻まれた頬をゆがめて、笑った。

 

「ジガギヅ……シザバ……」

「………」

 

 彼の背後に立つ男。かなり大柄ではあるが、目深に被ったフードから覗く口元にはやはりいくつもの皺があって、この男も老齢に達しているのだと如実に示していた。

 

 やおら振り向き、立ち上がる老人――ヌ・ザジオ・レ。グロンギ唯一の職人としての誇りをもって磨きあげたそれを掌にのせ、そっと差し出す。しかしもう一方の老人は、受け取るのを躊躇している様子だった。

 

「ボンバロボ、ビバビン、ギリグガス……」

「ボセパ、ゴビデザジョ」

「………」

 

「……残念だ。おまえはよき友人であったのに」

 

 男が日本語でそうつぶやくと、ザジオは暫し呆けたような表情を浮かべていたが、

 

 やがてそれは、微笑みへと変わった。

 

「ビリロザジョ、――ガミオ」

 

 

 

 

 

 捜査本部に戻った飯田たちは、殺人ゲームの手がかりを掴むべく情報収集を行っていた。ジャーザ自身が語ったというヒント――"5時間で567人"。同様の形で犯行がなされるとすれば、16時までにどこかで、324人もの命が奪われることになる。それだけはなんとしても阻まねばならない。

 

――しかし現状、手がかりはないに等しかった。

 

「ひとまず羽田と成田を離発着する便については、すべて運航をとりやめるよう手配してある」

 

 おそらく敵も、その程度は折り込み済みで動いているはずだ。それは報告者である塚内管理官自身もよくわかっているのだろう、表情に安堵は微塵もない。

 

「標的が飛行機だとも限らない。ここはやはり、奴の犯行の形態に着目すべきではないでしょうか」

 

 犯行の形態――まずは場所、次いで被害者。

 

「44号は乗客として機内に乗り込み、離陸直後に犯行に及んでいる……そして主として狙ったのは子供、ただし大人も標的としていないわけではない」

「子供をターゲットにしなければならないのではなく、そうしたほうが都合が良かったということね」

 

 つまり"縛り"ではなく、かのグロンギにとってはそのほうが都合が良い……つまり、楽だったということ。

 

「これは推測ですが、第44号は計画どおりに、かつできるだけ楽にゲームを進めようとしているのではないでしょうか。子供を優先して殺害したのは、抵抗が少ないと考えたから。離陸後の旅客機を犯行現場としたのも――」

「閉鎖空間で、外に逃げられないから……か」

「つまり次に狙われるのも、子供など弱者が大勢いる閉鎖空間……」

 

 ただ先に管理官が述べたとおり、東京近郊の旅客機はすべて動きを止めている。それと近しい環境があるとすれば――

 

 息を切らした森塚が会議室に飛び込んできたのは、ちょうどそのときだった。

 

「ハァハァ、フゥ……皆さん新情報です新情報!!」

 

 若さでは片付けがたい騒々しさに一同は顔をしかめたが、森塚の口からもたらされたのは確かにそれだけ衝撃的なものだった。

 

「ネット民……もとい一般市民からの通報です。匿名掲示板に今回の事件の犯行予告めいた書き込みがあるって!」

「何!?」

 

 室内が色めき立つ中で、森塚は該当のページを印刷したものを読み上げた。

 

「まず"午前11時、空を渡る虹の上で243が消える"……本日10時13分の書き込みです。レインボー航空407便の事件とぴったり一致しますよね?」

「……確かに」

「"予知"の個性をもつ人物の悪戯……よりは、第44号自身による書き込みと考えたほうが現実的だな」

 

 いまのグロンギたちなら、インターネットの世界で活動していたとてなんら不思議ではない。仮に前者だとしても、書き込みが現実になっている以上大きな手がかりになる――

 

「まず、ということは……次の犯行を予告するものもあると?」

「うん。もうひとつ、これはまた別のスレッドに書き込まれていたものだけど――」

 

「――"午後4時、海に浮かぶ太陽の上で324が消える"……」

「324……!」

 

 ジャーザが出したヒントと、人数も時間も完全に一致している――間違いない。

 

「あとは、海に浮かぶ太陽か……」

「海、閉鎖空間……太陽……?」

 

 有力な手がかりであることは確かだが、かと言って暗号めいたそれらの単語の羅列だけで容易く答は出ない。再び沈黙が場を支配する――

 

「ああっ!」

 

 大声をあげたのは、またしても森塚だった。

 

「わかった!わかっちゃいましたよ僕ッ、海に浮かぶ太陽!!」

「なんですって?」

「一体なんなのですか!?」

「ふふん、それはね――」

 

 

 

 

 

「――ごめんね梅雨ちゃん……急に押しかけたりしちゃって……」

「いいえ、気にする必要はないわお茶子ちゃん」

 

 「私たちお友達だもの」と朗らかに応じるのは、ヒーロー・フロッピーこと蛙吹梅雨。言わずもがな、お茶子のかつての同級生である。以前にも語ったとおり彼女は現在事務所等に所属しないフリーランスの立場で活動しており、荒川ほど近くにあるマンションの一室を借り上げて活動拠点としているのだった。

 

「でも、44号の事件はもちろん知っていたけれど……まさかそんなことが……」

「………」

 

 お茶子がこれまでに見たことのないような恐ろしい表情を垣間見せるのも、無理からぬことだと蛙吹には思えた。

 

 不意にお茶子が問いかけてくる。

 

「……梅雨ちゃんなら、どうする?知ってる子供たちが、こんなふうにされたら……」

「ケロ……」

 

 すぐには答えられなかった。そもそも安易に受けていいものではない。暫し考え込んだうえで、蛙吹は口を開いた。

 

「もちろん……絶対に許せないわ。復讐を考えたりも、するかもしれない」

「………」

「けれど、私たちがプロヒーローであることだけは忘れてはいけないと思うの。私たちに与えられた権限は抑止力であって、自分の感情のままに振るっていいものではない。義憤と憎悪の区別は……必要だわ」

 

 たとえ仇が、未確認生命体であったとしても――

 

 蛙吹の考えを聞き届けたお茶子は、ややあって、

 

「……そう、やね。梅雨ちゃんの言うとおりやわ……」

 

 力ない笑みとともにそうつぶやくお茶子を認めて、蛙吹はほっと胸を撫で下ろした。ヒーローの卵だった三年間、苦楽をともにしてきた友人が、ヒーローたることをあきらめる姿はもう見たくなかった。――轟焦凍のように、戻ってこられるとは限らないから。

 

 と、折悪く蛙吹の携帯が鳴った。仕事に関するものだったらしく、「ちょっとごめんなさい」と言って部屋を離れていく。残されたお茶子はというと、出してもらったホットココアにそっと口をつけた。随分ぬるくなってしまっている。

 

「………」

 

 ほどなくして彼女は、やおら立ち上がり――

 

 

「――ごめんなさいお茶子ちゃん、私、出動要請が……」

 

 電話を終えて戻ってきた蛙吹。しかし、そのことばに応える者はなかった。

 

 つい先ほどまでこの部屋にいたはずのお茶子の姿が、忽然と消えうせていた。ベランダに通じる窓が開け放たれ、カーテンがたなびいている。

 

「お茶子ちゃん……?」

 

 

 お茶子は走っていた。――蛙吹の……ヒーロー・フロッピーの愛用している、"潜れるくん"を抱えて。

 

(ごめん……梅雨ちゃんの言うとおりやけど……)

 

 

(私やっぱり、――許せない……!)

 

 汚水のような黒い感情はあふれ出し続け、とどまることを知らなかった。

 

 

 



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EPISODE 41. 汚水 3/4

今回また文字数エグイことになりそうです。
それもこれもかっちゃん達が別行動してるせいだ。


 険しい表情を童顔に張りつけた出久は、ビートチェイサーを走らせ続けていた。お茶子の行方を捜す。早く彼女を見つけなければ、第44号が再び行動を開始する前に――

 

 そんな折、懐の携帯電話が揺れた。咄嗟にマシンを路肩に停車させ、画面を確認する。

 

 表示されていた名は、お茶子の元同級生の女性プロヒーローのものだった。

 

「――もしもし」

『ケロ……もしもし。直接お話しするのは久しぶりね、緑谷ちゃん』

「う、うんそうだね……あすっ、つ、梅雨ちゃん」

 

 落ち着いた口調に反して焦りがあるのだろう、蛙吹は早速とばかりに用件を切り出した。

 

「麗日さんが……?」

『……ええ。きっと、自分の手で仇討ちをするつもりなんだわ』

「……そう、だろうね」

 

 対人と違い歯止めとなるものがない以上、憎悪に囚われた彼女がそんな行動に打って出るのも予想できないことではなかった。彼女は実際に一度、グロンギとの交戦経験があるのだから。

 

『不幸中の幸いと言うべきかしら、潜れるくんの発信器でお茶子のいる場所はわかるわ。緑谷ちゃん、いまから言う場所へ行ってもらってもいい?』

「もちろん。……けど、どうして僕に教えてくれたの?」

 

 出久も殺された子供たちと交流をもったことはお茶子から聞いたにしても、こうして捜し回っていることまではわからないはず。

 

 わずかな沈黙のあと、

 

『……私ね、ダメだったの。私なりに説得したけれど、お茶子ちゃんのこと止められなかったわ』

「!、………」

『前にお茶子ちゃんが悩んでたときも、お友達なのに気づいてあげられなかった。あの娘を救けたのは、知り合ったばかりのあなただったわ、緑谷ちゃん』

 

『あなたのことばだったらきっと、お茶子ちゃんに届くと思うの。だから……』

 

 哀しく響く、蛙吹の声。友人を救えない不甲斐なさへの嘆きを押し込めて、彼女は出久に"それ"を託している――

 

「……わかった。僕に任せて」

 

 精一杯、相手の信頼を揺らがせないために堂々とした口調で、出久は応えてみせた。そして蛙吹の教えてくれた地点へ向かい、再び走り出したのだった。

 

 

 

 

 

――牛三市内 山中

 

 人間の形をしたものが、崖の上から投げ捨てられる。墜落し、岩肌に強く打ちつけられた身体からはべしゃりと血があふれ出る。しかしそれは"モノ"が傷ついたという程度のことで、重大な事態とはいえない。

 

 なぜなら墜落するより先に、それは既に息絶えていたからだ。……首から上が崩壊し、残骸が辺り一面に転がっている。

 

「………」

 

 無感情にその骸を見下ろす、白銀の異形――"ダグバ"と呼ばれるグロンギ。かつては死柄木弔と名乗るヴィランであって、さらにその正体は志村転弧というかわいそうなこどもであった。もっとも彼は、そうした記憶を心の奥底に封じているらしかった。

 

 過去の……ひとりの人間だった頃に感じたこと、思っていたことが、封印の隙間から漏れだしてくる。それが彼の心の重荷となっていたけれど、

 

(殺すと……すっきりする)

 

 獲物を殴り、締め上げ、切り裂き……そして"崩壊"させ、死に至らしめる瞬間。その瞬間だけ、そうした感情の一切を忘れることができるのだ。

 

 だから彼は、通算160体もの"同族"を殺害してきたのに飽きたらず、さらなる血を求めて動きだす。仲間たちが虐殺される中、ひとり逃げ出した最後の一体――

 

 

「……ヒヒっ」

 

 そんな弔の姿を木の上に腰かけて眺めつつ、ゴ・ジャラジ・ダはひとり下卑た笑みを漏らしていた。彼はこの旅のナビゲーターを務めながらも、虐殺においては傍観を決め込んでいる――そういう掟だから仕方がないし、自分が殺したいとも思わなければ弔もそれを望んではいない。ジャラジにとって何より大切なのは、弔……ダグバを成長させること。そして、最後には――

 

 そのために誰が犠牲になろうと、構わなかった。最後の一体は自分と同年代の少女で、顔見知りでもあったけれど……彼女がどうなろうと興味も湧かない。ゲゲルの権利すら与えられなかった最下位の"ベ"の者たちなど。

 

 

 恐怖をその幼い顔立ちに張りつけながら、少女は必死に逃げていた。その細腕に刻まれた動植物のタトゥは、彼女もまたグロンギのひとりであることを示している。だが常人とは比較にならない異形の力をもっているといえど、かの白銀の死に神を前には無力に等しかったが。

 

 不意に目の前を白い影が横切ったかと思うと、彼女は木の幹に叩きつけられていた。

 

「かは……っ」

 

 背中から臓器をシェイクされるような痛みに、うめく。だがこれははじまりに過ぎないのだと、少女は嫌でも知ってしまっていた。

 

「………」

 

 迫りくる死に神から、逃げるすべはない。ゲゲルも許されず、ひっそりと暮らしてきた結末がこれか。少女は己の運命を呪った。

 

 "ダグバ"の手が伸びてくる。その五つの指が触れたところから、死に等しき"崩壊"がはじまる――

 

――刹那、

 

 

「死柄木ィイイイイッ!!」

 

 雄叫びのような呼び声とともに、爆炎が彼に襲いかかった。

 

「……ッ、」

 

 わずかに息を詰めて、ダグバの身体が後退する。そのためにできた焦げ臭い空間に、ふたつの影が降り立った。

 

「ようやっと見つけたわ……!手間取らせやがって……!」

「……もう逃がさねえ」

 

――爆豪勝己に、轟焦凍。弔を追い続けてきたふたりのヒーローが遂に、戦場へとたどり着いたのだ。

 

 既に凶行も佳境へと至っているのだろう、辺り一面に血の臭いが漂っている。たまらず舌打ちを漏らしつつ、勝己はちらと背後を見遣った。座り込んだまま、震えているいたいけな少女。だが彼女は紛れもなくグロンギだ。その浮世離れした服装も……腕に刻まれた、タトゥーも。

 

「タ、スケ、テ……!」

 

 涙すら浮かべて、たどたどしい日本語で救けを求めてくる――ヒーローとしてそれを拒むことはできるはずもない。

 

「……とっとと失せろ。そうすりゃ助かる」

 

 そう告げて、逃げるよう促す。シンプルな日本語なら理解できるのだろう、少女はぶんぶんとうなずいて立ち上がり、足をもつれさせながらも走り去っていく。

 

 獲物が逃げていくそのさまを……弔は、見ようともしなかった。その視線は一心に、焦凍のみに注がれている。

 

「待ってた……来てくれないかと思った」

「………」

 

 そう言われることに驚きはない。この男はわざわざ"整理"を実行することを報せに来たのだから。むしろこの瞬間を待ち望んでいたのだろう。

 

「遊んで、くれるよね?」

「ああ……でも、今日で終わりだ」

 

 構えをとる焦凍。その腹部に顕現する"オルタリング"。

 

「ははッ……じゃあ、終わらせてみろよ!!」

 

 あの瞬間移動のごときスピードで焦凍を急襲せんとするダグバ。しかし再びの爆破が、それを阻んだ。

 

「このクソヴィランが……さっきから俺は無視かコラ!!」

「………」

 

 人間体と変わらぬ血のいろをした瞳が、勝己を捉える。しかし今度は、焦凍が動いていた。

 

「変、――身ッ!!」

 

 オルタリングの起動スイッチを押し込むと同時に、"半冷"によって氷結を奔らせる。ダグバは焦ることもなくすかさず掌をかざし、迫る氷山に押し当てた。五本の指が触れた途端、ヒビが瞬く間に広がり"崩壊"が起こる。無数の氷の粒が辺り一面に散らばり、血生臭い戦場とはかけ離れた幻想的な風景がつくり出される。

 

 その向こうに、やはり現実のものでないような異形の戦士が立ち尽くしていた。黄金の鎧に、アイスブルーの右腕、クリムゾンレッドの左腕。それらすべてが混ざりあったような虹色に輝く瞳はまるで芸術のようだ。そこに浮かびあがる烈しい感情が、容赦なく敵を射抜く。

 

 それを全身全霊で受けて、弔は歓喜を露にしていた。まるで帰ってきた主人を迎える大型犬のように飛びかかる。ただ彼の場合、その感情が殺意と直結しているのだが。

 いずれにせよあの五本の指で触れられれば、いかに"アギト"と言えども死は免れない。

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

「――フル、カウルッ!!」

 

 師より受け継いだ"第三の個性"を発動することで、超人と化した肉体の能力をさらに強化する。スピードも、パワーも。かつてのオールマイトはこの力を使いこなし、"平和の象徴"と呼ばれるまでになった――

 

 だが弔の変身したダグバは、それに匹敵するほどのスピードをもって仕掛けてくる。いずれにせよ彼を止めるのだと決めた以上、逃げてばかりもいられない。

 

「KILAUEA SMAAAASHッ!!」

 

 左腕に火炎を纏い、拳を叩きつける――

 

 

 そんな、文字どおり人間離れした異次元の死闘。その渦中に"爆破"の個性をもつというだけの常人もまた、躊躇なく割り込んでいこうとしていた。死柄木弔を止める……今度こそ救けるのだという気持ちは、誰よりも強い。ただの人間であっても、彼はまぎれもなくヒーローなのだ。

 

 しかし彼が爆速ターボの構えをとろうとしたとき、別方向から殺気が飛んできた。

 

「ッ!」

 

 まだ感触だけ。それでも勝己は迅速に動いた。振り向くと同時に、背後に爆炎を放つ。

 炎に灼かれた空間の中から、何かがからんと音をたてて落下する。――それは、黒焦げになったダーツのような鋭い針だった。

 

「……やっぱりすごいね、爆心地」

「!、テメェ……42号……!」

 

 ヤマアラシに似た怪人体に変身しながらも、木の上に腰かけたままのジャラジ。ゆっくりと拍手までしてみせる。露骨に馬鹿にした態度に、元々気の長くない勝己は怒声を浴びせた。

 

「邪魔すんなネクラ野郎が!!」

「酷いな……本当にヒーロー?」嘲いつつ、「やめたほうがいいよ……。アギトとダグバの戦いに、ただのリントが混ざれっこない……」

 

 ジャラジのことばは、残念ながら正論と捉えられるべきものだっただろう――相手が、爆豪勝己でなければ。

 

「ハッ、ただのリントだァ?俺を誰だと思ってやがる!!」

「……爆心地じゃないの?」

「合っとるわ!爆心地はなァ、あのオールマイトをも超え、いずれNo.1に君臨する最ッ強のヒーローなんだよ!!そこまで調べとけやカス!!」

「………」

 

 暫し呆気にとられたように固まるジャラジ。やがて、

 

「ひ、ヒヒ……ヒヒヒヒッ……ヒヒィヒャハハハハハグッ、ゲホゲホゲホッ!!」

 

 笑いに笑いすぎて、思わず咳き込んでしまうジャラジ。嘲笑の極みのようだったが、必ずしもそれだけではない――強がりでなくそこまで言い切れるこのリントを前に、沸きたってきたのは歓心だった。

 

「いいね……いいねぇ……!キライじゃないよボク、そういうの……!」

「そいつぁどーも、とっとと死ねぇ!!」

 

 すかさず最大級の爆破を仕掛ける勝己。木が黒焦げになって粉々に吹き飛ぶが、標的としたジャラジは素早く身を翻していた。

 

「……ほんとに残念だけど、キミの相手はボクじゃない」

「ア゛ァ!!?」

「ちょうどいいのが、いるよ……――来い」

 

 空気が、ざわりと揺れた。肌が粟立つような錯覚。

 

 

「ガァアアアアアアアッ!!」

「ッ!?」

 

 咆哮とともに頭上に現れる巨大な影。突然のことに、勝己もまた身をかわすより他になかった。

 

「グルゥウウウウ……グォオオオオオ……!!」

「!、こいつは……」

 

 見るからに怪物然とした姿。しかしどこか機械的な面影のある赤い鎧は、まさか――

 

「G2……!?」

 

 科警研から奪われた、G2の鎧。忸怩たることながらこいつらが使用していること自体は不自然ではない。だが、その姿は変わり果てたものとなっていた。

 

「敵連合……元とはいえ、リーダーがいるってだけで力を貸してくれるものなんだね。ボクらグロンギとは、違う」

「な……テメェらまさか……!」

 

 敵連合壊滅に際して、捜査網をすり抜けて逃げ延び、地下に潜った残党たち――その中には脳無製造などのノウハウをもつ科学者たちもいた。彼らの協力を得たというのか――死柄木弔の健在を示すことで。

 

「ガァアアアアアアアアアッ!!」

 

 G2のメットと一体化した口を開き、再び吼える怪物。その鋭い牙には見覚えがあった。

 

(こいつ、3号か……!)

 

 3号――ズ・ゴオマ・グが生体改造を受け、G2の鎧と一体化させられた姿。おそらくそのままでは足手まといになるだけだからと、文字どおり生物兵器へと貶められてしまったのだろう。

 哀れみはないではなかったが……もとより大勢の人間を自らの意志で手にかけたグロンギ、躊躇う理由はどこにもない。

 

「コウモリ野郎がッ、昼間に出てくんじゃねえ!!」掌をかざし、「閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 ただ爆炎を放つだけでなく、それに伴って周囲に強烈な閃光をばらまくこともできる。光を苦手とするゴオマは、勝己と対峙する度にこの技で悶え苦しんでいたのだが、

 

「ゴン、バ、ロボ……ビババギ……!」

「!?」

 

 閃光をものともせず、襲いかかるゴオマだったもの。勝己は驚愕しながらも小規模な爆破を浴びせて牽制し、その隙に後退するしかなかった。

 

「ダメだよ……そいつも、前とは違うんだから」

「……クソがっ!」

 

 たまらず吐き捨てたとき、背後から「爆心地!」と声が響いた。

 

 水棲生物そのままの風貌に反して俊敏な動作でやってくるベテランヒーロー――ギャングオルカ。規格外の化け物を目の前にして、流石の彼も「ム、」と声を漏らした。

 

「周辺住民の避難は完了させた。……しかし、こいつは一体――」

「……3号だ」

「何?」

「脳無と同じ改造を受けてンだ」

 

 一瞬目を丸くしてのち、「なるほどな」とうなずくギャングオルカ。経験豊富なだけあって、動揺は最小限に抑えているらしい。

 

 そうこうしている間に、怪人から"改人"となったゴオマが再び喰らいついてくる。ふたりとも同時に跳躍し、その魔手をかわす――

 

「ッ、まずこいつをなんとかしなければ、轟の援護もできんか……!」

「3分で片付けたらァ!!」

 

 そのことばに違わず、勝己は積極的に爆破を仕掛けていく。少年時代と変わらぬ獰猛さ、しかしより精緻になった戦いぶりをギャングオルカは買っていた。そして、無論使命感が大部分を占めてはいるものの、そんな逞しく成長した勝己と焦凍の連携を見てみたいという欲求が頭をもたげていることもまた、否定できそうになかった。

 

 

 

 

 

 麗日お茶子はスクーターを駆っていた。向かう先は――東京湾。第44号、ゴ・ジャーザ・ギは旅客機から飛び降りてそこでクウガと交戦後、消息不明となっている……そこまでは情報として得ていた。水中で戦闘を行ったというから、水棲系の動植物の能力をもつ未確認生命体――まだその近辺に潜伏している可能性があると、彼女は結論付けた。

 

 だがそれはあくまで、可能性の話。実際には異なっていたし、事実に至るための手がかりを得るすべなどない。彼女がヒーローとしてでなく、私情で動いている以上は――

 

「……ッ、」

 

 思わず唇を噛み締めた、そのときだった。

 

「麗日さんっ!!」

「!?」

 

 上ずった呼び声に思わず振り向けば、銀と青に彩られたマシンが迫ってくる。それを操るライダーの姿は――フルフェイスのヘルメットを被っていても、よくよく知っているものだった。

 

(で、デクくん……っ)

 

 おやっさんから話を聞いて、追いかけてきたのだろうか。いずれにせよいまは捕まりたくないと思った――まして、彼には。

速度を上げて、振り切ろうとするお茶子。しかしそれは無謀な試みであったというほかない。市販のスクーターと警視庁最新鋭の白バイ、その発展型のマシンとでは、性能差など論じるまでもなく。

 

 容易く出久とビートチェイサーに追い抜かれたうえ、回り込まれ、お茶子は停止を強いられた。

 

「ッ、どいてよ……!」

「……その前に、話がしたいんだ」

 

 バイザーが上がり、露になったエメラルドグリーンの瞳。潤んでいっとう煌めきを増したそれを、振り切ることはできそうもなかった。

 

 

 それからほどなくして、ふたりは芝生に覆われた広い公園にいた。ピエロの恰好をした軽業師が、集まった子供たちを前に曲芸を披露している。朗らかな音楽が、距離があってもなお耳に届く。

 

「……あの子たち、楽しそうやね」

「!、あ、うん……そうだね」

 

 どこか遠くを見ているようなお茶子のつぶやきに、出久はやや不意打ちを受けた気分になった。話しやすい場所を、とたまたま近場にあったここを選んだのだが、失敗だったか。

 

「ヴィランが暴れたり、未確認が人殺したりしてても……みんながみんな、怯えて閉じこもってるわけじゃないんだよね……。こういう平和な場所だって、あって、当たり前なんだよね……」

「麗日さん……?」

「ねえ、デクくん――」

 

「――なんで陸くんたちは、殺されなきゃならなかったんだろう」

「……!」

 

 出久はたまらず息を呑んだ。楽しげな音楽が、いやに耳障りに感じられてしまう。

 

 思い出したのだ。かつて、第35号――メ・ガルメ・レに狙われた小学校の児童たち。そのうちのひとりが、出久に対して言ったこと……「なんで自分たちが、殺されなければならないのか」――

 

 そのときと答が、変わるはずもなかった。

 

「理由なんて、ない。……あいつらはきっと、自分たちの快楽のためだけに人を殺すんだ。だから――」

 

 言いかけて、お茶子のほうを見遣る。――握られた拳が、震えていた。

 

「そんなの……許せるわけ、ないやんか……!」

「……だから、44号(あいつ)を殺しにいくの?」

「ッ、……」

 

 「殺す」という、出久にしては剣呑なことばに一瞬鼻白む様子を見せたお茶子だったが、うなずくまでにさしたる時間はかからなかった。

 

「……そっか」

 

 出久はやおら立ち上がった。握った右拳を、そっと胸に当てる。

 

「そうだよね。できるものなら、そうしたいに決まってるよね……」

「………」

「僕にもあるよ、そういうこと。――実際にそうしたこともね」

 

 お茶子が「え、」とかすれた声をあげる。自嘲めいた笑みを浮かべて、出久は右拳をそのまま左の掌に叩きつけるようなしぐさを見せた。それがどんな意味をもつのか、お茶子にわからないはずがない。

 

「殴って、殴って、ぶん殴って……それをしてる間はね、正直言って、愉しくてしょうがなかった。泣いて許しを乞う相手のこと、ざまあみろって思った」

 

「……けどね、そんなの一瞬なんだ」

 

「我に返った瞬間からずっと、自分がこわくて、おぞましくてたまらなくなる。――僕はきみに、そんな思いはしてほしくない……」

「デク……くん……」

 

 二の句が継げない様子のお茶子に向かって、出久はへらりと微笑みを張りつけた。それは一見弱々しいようでいて……もはや、何か覚悟を決めてしまった者の笑みだった。

 

「未確認を倒すのは、他の奴がやってくれるよ!……だからきみには、もっと他にやることがあると思う。きみはその力で……ヒーローとしてこれから先もずっと、大勢の人たちを救けなきゃいけないんだ」

「………」

 

 沈黙が、場を覆う。軽快な音楽も、子供たちの歓声も、どろどろとした沈澱の中にいるふたりには別世界のできごとのようだった。

 

 そして、

 

「……ずるいなあ、デクくんは。自分は、あいつらと戦ってるくせに……」

「……!」

 

 目を見開く出久、力ない笑みを浮かべるお茶子。表情が逆転する中で……出久はもはや、誤魔化しはきかないのだと直感した。

 

「……気づいて、たんだ」

「だってきみ、未確認出る度に急用って言って飛び出してくんやもん。初めて会った日も、7号の出た茨城の山ん中おったし……マスターくらいだよ、未だに気づいてないの」

 

 思わず乾いた笑みが漏れた。お茶子は心操ほど鋭くないけれど、それでもいつか気づかれる日が来るとは予感していた。本当はそうなる前に、自分から告げるべきだったのかもしれないけれど――

 

「デクくん、無個性じゃなかったん……?」

「!、……無個性は無個性だよ。この力は個性じゃなくて――」

 

 かくなるうえはと、自分がクウガになった顛末を話そうとしたとき。不意に、傍に駐めてあったビートチェイサーの無線が鳴った。

 

「あ……」

「………」

 

 お茶子がそっと目を伏せる。出久の心は一瞬迷ったけれど、それでも身体は動いていた。

 

「デクくん!」

「!」

 

 呼び止める声に、足が止まる。

 

「……やっぱり、おかしいよ。プロヒーローの私がなんもできなくて……デクくんが、あいつらと戦うなんて……!」

 

 その心根が誰よりもヒーローであることは、お茶子自身よく知っている。――けれどそれでも、この青年はひとりの市民だ。自分が命を懸けて、守らなければならない存在のはずなのに。

 

 その場に立ち尽くしたまま、出久はわずかに振り向く。その瞳には、どこか哀しげないろが浮かんでいて。

 

「……逆だよ、麗日さん」

「え……」

「僕にはそれしかできないだけだよ。だからきみに、僕にはできない人助けを続けてほしいんじゃないか」

 

 グロンギと戦うための力――どんなに強力になろうとも……いやなればこそ、その先に未来はない。あってはならない。

 

 再びお茶子がことばを失っている間に、出久は颯爽とビートチェイサーに跨がっていた。

 

「すみません遅くなりました、緑谷です」

『緑谷くん、俺だ』相手は飯田だった。『捜査の結果、第44号の次の標的は大型フェリーの"さんふらわあ"である可能性が浮上した。今しがた大洗を出港して苫小牧に向かった船舶に、子供たちの団体が複数乗船している……その他乗員乗客を合わせると、概ね44号の目標人数どおりになることがわかったんだ』

「さんふらわあ……でも、なんで――」

『ネット上に第44号によるものとおぼしき犯行予告が書き込まれていて、それを基に判断した。……最初に気づいたのは森塚刑事だったんだが、よもやアニメ知識が役に立つとは――』

 

 数年前に公開された、少女たちが戦車に乗る某アニメの劇場版――森塚がそれを観ていたことが捜査を進展させたのだから、本当に何が役立つかはわからない。

 ともかく、

 

『次の犯行が行われるだろう16時まであまり時間はない。すまないが急いでくれ、緑谷くん!』

「わかった。任せて」

 

 堂々と応えて、通信を終える。メットを被ったところで、出久は改めてお茶子に視線をぶつけた。

 

「仇はとるよ、絶対に」

「!」

「そしてもう、誰も殺させない!!」

 

 決然とした叫びに、エンジンのいななきが重なった。ホイールが激しく回転し、マシンを一気呵成に前進させる。

 一陣の疾風のごとく駆け抜けていく青年を、お茶子はただ見送ることしかできなかった。

 

 





キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドグシギ

バッタ種怪人 ゴ・バダー・バ/未確認生命体第43号※

「ゴセパ、キョグギンサギザザ……"ゴ・バダー・バ"ザ(俺は、脅威のライダー……"ゴ・バダー・バ"だ)」

登場話:EPISODE 22. チャイルドゲーム~EPISODE 39. BEAT HIT!

身長:206cm
体重:176kg
能力:
類いまれなライディングテクニック
双子の弟(ズ・バヅー・バ)をも凌ぐジャンプ力

行動記録:
バッタの能力をもつグロンギ。人間体・怪人体ともに第6号=ズ・バヅー・バに酷似しており、実際に兄弟関係がある模様。ただしまったく言及がないことから、特に親愛の情などは持ち合わせていない様子。弟と異なり、格闘よりも専用バイク=バギブソンでの戦闘を好む。
グロンギには珍しくキザで社交的な性格であり、クウガをはじめ敵に対しても親しげに話しかけることが多い。"ゴ"のプレイヤーとしては最も早く登場し、第35号=メ・ガルメ・レに対するペガサスフォームの攻撃を妨害したり、第39号=ゴ・ベミウ・ギによる事件発生時に現場へ向かう出久のもとへ再び現れ、戦闘を吹っ掛けたりもした。
その後満を持して行われた己のゲゲルにおいては、7時間のうちに99人のライダーを殺害しようとする。圧倒的な性能とライディングテクニックによって着実に殺害人数を積み重ね、神奈川県警の白バイ隊員をも得点に加えたばかりか、元々満身創痍の状態だったトライチェイサーを大破させ、G3を戦闘不能にまで追い込んだ。ライジングスプラッシュドラゴンに耐え(かすった程度だったということもあるが)、ライジングブラストペガサスをバギブソンでかわしきるなど、素の頑丈さと反応速度も卓越していることがうかがえる。
最終的にあと一人でゲゲル成功というところまでたどり着くものの、捜査本部の面々による猛攻に耐えかねてルートに乗せられたのち、新型マシン"ビートチェイサー"を駆るクウガと一騎討ちになる。流石のバギブソンもビートチェイサーの前には通用せず、振り切られたことで焦燥のあまり突撃を敢行したことが災いし、ライジングビートゴウラムの牙によってマシンもろとも胴体を捻じ切られて倒された。

作者所感:
強くてイケメン、京水おばさんが嫌いじゃなさそうなキャラ。バイクでしか戦わないのももったいないので、バヅーの上位互換な描写も入れてみました。ン・バダー・ゼバになった姿が見てみたい。
地味に4フォーム全部と戦わせることができたのがよろこび…ライジングもタイタン以外は出せたので惜しかった。全フォーム対決してるのは原作だとガドルくらい?超古代含めばゴオマもそうですかね。

※原作では第41号


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EPISODE 41. 汚水 4/4

案の定文字数ヤバイことになりました。
「1エピソード3万字超えたら書き直しね」と脳内担当編集に宣告されてしまったので収めるべく細々カットしてたり(かっちゃん達とギャングオルカの別れとか)後半に行くにつれ描写がアッサリしてますがご勘弁ください。


関係ないですがキバの「魔界城の王」は井上さんがカットするなと言ったシーンや出演者が見所として挙げていたシーンがことごとくカットされていたらしいですね。惨い話や…。


 ゴ・ジャーザ・ギは港にいた。隣にはバグンダダを抱えたドルドの姿。

 懐中時計を見遣り、ドルドがつぶやく。

 

「時間だな」

 

 笑みを浮かべてうなずくジャーザ。――刹那、その身が歪む。知的な美女の姿から、獰猛なサメの怪人の姿へ。そしてそのまま、躊躇なく海中へ飛び込む――

 

「………」

 

 それを見送ったドルドもまた怪人体へと姿を変え……黒翼を広げ、曇天の彼方へ飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 出久が去ったあとも、お茶子はしばし公園の傍らに座り込んでいた。

 

「………」

 

――きみには、もっと他にやることがあると思う。きみはその力で……ヒーローとしてこれから先もずっと、大勢の人たちを救けなきゃいけないんだ。

 

――僕にはそれしかできないだけだよ。だからきみに、僕にはできない人助けを続けてほしいんじゃないか。

 

 想い人のことばが、ぐるぐると頭の中を回る。思えば初めて出会ったその日の夜もそうだった。巡る彼の真摯なことばが、黒い沈澱の中から澄んだものを掬いあげてくれたのだ。

 

 やがて軽業師が去り、音楽も子供たちの歓声も去った頃、お茶子はやおら立ち上がった。そして再びスクーターに跨がり、元来た道を引き返すように走り出した。

 

 

 

 

 

『塚内から全車へ。さんふらわあは現在大洗から約60キロ北東の洋上を航行中。鷹野たちは予定どおり海上保安庁の巡視艇に乗り込み、当該船舶と合流せよ。なお心操くん……G3はヘリで船上に向かうことになっている』

 

 塚内からの連絡、ビートチェイサーを走らせる出久が応える。

 

「塚内さん、僕はゴウラムで行きます!ビートチェイサーの回収をお願いします」

『了解した。きみが一番乗りになりそうだな……気をつけて』

 

『――それともうひとつ、第44号によると思われる新たな書き込みが確認された』

「!」

『"どうでもいい殺しはさっさと終わらせて、もっと大事なゲームを早く進めたい"……だ、そうだ』

「……ッ、」

 

 出久はぎりりと歯を食いしばったし、他の捜査本部の面々も皆、憤懣に駆られたのは同じことだっただろう。

 

――許さない、絶対に。

 

 そう思うのは当然なのだけれども、それだけに支配されてはいけないのだ。いまこのとき、人々(みんな)の笑顔を守るヒーローでありたいと願うからには。

 

「ッ、――変身ッ!!」

 

 抑えても抑えても湧きあがってこようとする澱んだものをいっそすべて吐き出すように、出久は叫んだ。アークルが青い輝きを放ち、彼の肉体をクウガ・ドラゴンフォームへと変身させる。

 同時に頭上へ飛来したゴウラムめがけ、跳躍する。手と手を繋ぎ、海上へ。

 

 ヘリよりも船よりも速い飛翔によって、15分ほどでさんふらわあの船上にたどり着いた。手を放して甲板に降下するや、縁によってじっと海面を見下ろす。

 

「………」

 

 自ずから、拳に力がこもる。身体が震える。憎悪……いやこれは、義憤として抱えていたい。クウガは大きく肩を上下させた。

 

 どれだけの時間が経ったか――不意に、ぞわりと肌が粟立った。

 

「ッ!」

 

 と同時に飛び退いたのが幸いした。コンマ数秒の間に、長大な銛が彼のいた空間を舞っていた。それは重力に逆らって上方へ突き進み、露出したパイプに突き刺さってようやく静止した。

 数秒のうちに、ざばあと音をたてて人間の形をしたものが甲板へ飛び上がってくる。それは異形型のようで、遥かに禍々しいもの、

 

「44号……!」

「………」

 

 ぎろりと視線を向けてくる44号――ジャーザ。戦闘に際して、彼女は寡黙だった。他のグロンギのように名乗りをあげることもせず、す、と自然な動作でスカートの装飾に手をかける。

 たちまちあの凶器へと変形したそれが、ジャーザの腕から勢いよく投げつけられる。直撃を受ければいかにクウガといえど串刺しにされる――たかだか数時間前に経験済みだ。

 

 だがここは地上であって、水中ではない。ドラゴンフォームは強みであるスピードを活かしてその襲撃を避け、さらに高く跳躍して2階部分に登った。ちょうど突き刺さったままの銛を引き抜き、軽やかに振り回す。

 ジャーザと同じモーフィングパワーによって、銛はドラゴンフォームの専用武器であるドラゴンロッドへと姿を変えた。

 

 一方で、早くも新たな銛を携えているジャーザ。彼女自身の命が尽きない限り、武器はいくらでも創り出せる。逃げ続けたところで、いたずらに体力を浪費するだけ。それに、

 

(この船には、たくさんの人たちが乗っている)

 

 いまは船内の安全な場所へ待避しているだろうが、この敵を倒さない限り彼らの心身に安寧はない。

 ならばと、いちかばちか、クウガは勢いこんで飛び降りた。予想どおり、ジャーザの銛が投げつけられる。

 

「ッ!」

 

 ドラゴンロッドで弾き飛ばすが、その際の衝撃で着地の際にバランスを崩してしまう。それ自体はさしたることではなかったのだが、ジャーザの能力は彼のキャパシティを超えてしまっていた。

 海中を泳ぐのと変わらぬスピードで、彼女は距離を詰めてきたのだ。

 

 再び銛で串刺しにされる……というところで、すかさずクウガはロッドを振るう。銛がはたき落とされる……が、それでもジャーザはたじろぐ様子すら見せず、思いきり殴りつけた。

 

「ぐぁッ!?」

 

 吹き飛ばされ、叩きつけられる。クウガが思わず倒れこんだところに、ジャーザが迫る――

 

 いよいよ命の危険を覚えはじめたそのとき――プロペラの回転音とともに、ヘリが接近してくるのがジャーザの頭越しに見えた。そこから覗く、青と銀の鋼鉄戦士の姿。

 

(心操くん……!)

 

 

「緑谷……!」

 

 G3――心操人使もまた、親友がピンチに陥っている状況を認識して焦燥を深めていた。

 

「主任、猶予がありません。降下します!」

『了解した。――G3システム、オペレーション開始!』

 

 その指示を受けると同時に、彼は躊躇なくヘリから飛び降りた。降下から着地までの数秒すらも惜しい――右手に掴んだ"GM-01 スコーピオン"の銃口をジャーザに向け……引き金を、引く!

 

 背中に弾丸がめり込み、火花が散る。大きなダメージを受けたのではないにせよ、ジャーザが反応しないはずもない。立ち止まり――振り返る。標的が移ったことを、否が応にも実感せざるをえない。

 彼女は敵の増援にもたじろがない。素早く次なる銛を創り出し――投げつけてくる。スコーピオンでは対応できない――その可能性に備えて、G3は左手に"GS-03 デストロイヤー"を装備していた。高速振動するブレードを振りかざし、銛を弾き飛ばす。

 

「ッ!」

 

 少なからず衝撃を受けた心操の身体だったが、怯むことなく突撃を敢行する。身構えるジャーザだったが、

 

「うおぉぉッ、――超変身!!」

「!?」

 

 復活したクウガに、背後から羽交い締めにされる。同時にその形態が青からパワーに優れた紫へと変わったために、ジャーザは即座には振り払えず、動きを封じられる。

 

「行けぇぇッ、心操くん!!」

 

 彼のことばのままに――デストロイヤーを、右肩めがけて振り下ろす!振動する刃がめり込み、おびただしい量の鮮血が辺りに飛び散る。ジャーザが初めて苦悶の声をあげた。

 

(いける……!)

 

 肉が裂けていく感触の生々しさより、勝利の予感への喜びが心操の中で勝った。しかしジャーザは並のグロンギではない、自由な足を振り上げてG3の胴体を思いきり蹴りつけた。

 

「ぐぅっ!?」

 

 弾き飛ばされる心操。クウガがはっとしたのもつかの間、ジャーザの身体に異変が起きた。

 バックルが禍々しい光を放ったかと思えば、耳障りな音、そして斬られているとき以上の苦悶の声とともに、全身が変化をはじめたのだ。

 

 スイマーのようだった体型が筋肉で大きく膨れあがる。青みがかった体色もまた、暗いグレーへと変化した。

 

(変わった……!?)

 

 ちょうど朝に話していた事態が、早くも発生してしまった。このグロンギはクウガと同じように、その身を形態変化させる能力までもっている――

 

 そしてクウガが形態ごとに使用する武器を変えるのとやはり同じく、ジャーザもまたタイタンソードに勝るとも劣らない大剣を手にした。肩の傷などあってなきかのごとく、片手でそれを構え、G3へ迫っていく。

 

 あんな大きな得物相手では、デストロイヤーも耐えきれない――そう判断したクウガは、もとに戻った銛をタイタンソードに再変化させ、ジャーザの背後から迫った。――振り下ろす。

 

 しかしジャーザは即座に振り返り、刃で刃を受け止めてみせた。そこから始まるつばぜり合い。分があるのは……ジャーザだった。

 

「ッ、ぐ、う……っ!」

 

 タイタンフォームを圧倒するパワー。これまで戦ってきたどんな敵をも凌ぐ威圧感に、じりじりと圧されていく。

 

(負ける、わけには……ッ!)

 

 そのときだった――両手が不意に、熱をもったのは。

 

「!!」

 

 クウガになったばかりの頃、幾度となく感じたそれ。霊石アマダムが、戦い勝利するすべを教えてくれる――その感覚。

 刹那、ついに競り負けたクウガは、あえなく心操のいる側へ弾き飛ばされていた。

 

「ぐうぅ……ッ」

「ッ、緑谷……大丈夫か……?」

「なんとかね……――心操くん、」

「?」

 

 クウガの手が、デストロイヤーに触れる。

 

「これ、貸してもらっていい?」

「……何か手があるのか?」

「うん。新しいことができるかもしれない」

 

 心操は一瞬、前方に視線を戻した。もはや王手をかけた気でいるのか、"剛力体"となったジャーザはわざとゆっくり距離を詰めてくる。いずれにせよ、考えている猶予はない。

 

「――いいぜ、使えよ」

「ありがとう!」

 

 差し出されたデストロイヤーを左手にとり、立ち上がるクウガ。その身に電撃が走る。と同時に、いよいよ剣を振り上げるジャーザ。その鋭く重い刃が、クウガを脳天から一刀両断する――かと思われた刹那、

 

 ()()()()黄金の刃が、ジャーザのそれを受け止めきっていた。

 

「……!?」

 

 ジャーザが初めて当惑を覗かせた。クウガが紫の金、ライジングタイタンフォームへと変身を遂げた――それ自体は現代のクウガの能力として認識していたことではあった。だがしかし、

 

 なぜ、ライジングタイタンソードが二本もある?

 

「やっぱり、できた……ッ!」

 

 常人の力では両手でも振るいようのない大剣、それが二本も。ライジングタイタンの卓越したパワーと相まって、一気にジャーザを押し返していく。

 

 だが、ただ押し返すだけでは勝利は掴めない。ライジングフォームが保てる30秒――その間に、決着をつける!

 

(そのためには……!)

 

「うぉおおおおおおおおッ!!」

 

 甲板の縁までゴリ押しで追い詰め、

 

――自身もろとも、ジャーザを突き落とした。

 

「緑谷ッ!?」

 

 心操の驚愕の声が、耳に届く。流石にこれは想定外だったのだろう。出久自身とて、最初から計算づくで考え出したわけではない……こんなむちゃくちゃな方法。

 

 もつれ合いながら墜落していくふたり。いかに強力な超人たちといえども重力には逆らえない。ただ落下しきったあと……海中はジャーザのフィールドだ。

 

――その前に、決着を。

 

「うぉおおりゃぁああああッ!!」

 

 雄叫びとともに、目の前の敵めがけてふたつの刃を突き出す。ジャーザが同じ行動をとるのもまた、同時だった。

 

 肉を裂く生々しい音が響き……それは、水飛沫の音によって容易くかき消されてしまった。

 

「緑谷――ッ!」

 

 

 既にさんふらわあに最接近していた海上保安庁の巡視艇"あかぎ"からも、その光景は視認されていた。

 

「いまのは、緑谷くんか……!?」

「海に落ちたの!?」

 

 "潜れるくん"もなしに――状況を詳しくは知らない以上、彼らが絶望的な気持ちに駆られるのも無理はなかった。

 

 そのとき、"対岸"から声が響いた。

 

「何かに掴まれ!!」

「な……心操くん!?」

「急げ、爆発するぞ!」

 

 はっとした飯田たちが近くの手すりに掴まる――と同時に、心操の予言どおり海面が爆ぜた。

 

「……ッ!」

 

 その煽りを受けて揺れる巡視艇。彼らは必死に耐えるしかなかった……森塚の顔がどんどん青くなっていくのはこの際置いておくとして。

 ほどなくして揺れはおさまったが、

 

「ッ、緑谷くん……」

 

 凪を取り戻した海面を見下ろしながら、飯田は気遣わしげな声をあげた。爆発が起きたということは、グロンギは斃れたのだろう。しかし出久が無事とは限らない、万が一相討ちにでもなっていたら――

 

 と、同様の不安を抱いていた心操が、弾んだ声をあげた。

 

「!、熱源が上昇……人が上がってくるぞ」

「なに!?」

 

 ほどなくして、ざばあと音をたてて浮かび上がる頭。海藻まみれになっているのかと思いきや、それは一本の例外なく彼の頭髪であるらしかった。

 

「緑谷くん……!」

「緑谷!」

 

 肩で息をしてはいるが、無事であることを示すように笑顔を浮かべ、親指を立ててみせる出久。いつもと変わらぬその姿に、心操たちが密かに胸を撫で下ろしたのは言うまでもあるまい。ただ、肉体が傷ついていないことばかりでなく。

 

 巡視艇から梯子が下ろされ、出久を救助する用意が整えられていたときであった。珍しく寡黙だと思われていた森塚が、爆弾を投下したのは。

 

「うぷっ……もうヤベェはきそう……」

「!?」

 

 安堵ゆえののんびりとした雰囲気は一瞬にして吹き飛び、森塚除く面々の表情が一様に強張った。

 

「も、森塚アンタって奴は……!」

「みっ、緑谷くん急げ!!このままだと吐瀉物をもろに浴びてしまうぞ!?」

「へぁっ!?」

 

 飯田のこれっぽっちもオブラートに包まない単語に戦慄する出久。さんふらわあの甲板でメットを外した心操がにやにやしているのを尻目に、慌てて梯子を登りだす。デストロイヤーを片手で抱えているのが、色々な意味でヒヤヒヤものである。

 

「………」

 

 ふと、足を止める。――脳裏に浮かぶ、大河と陸の笑顔。それらを思い起こしてももう、心が揺らぐことはない。

 

――悔恨も憎悪も、この黒い海に打ち捨てていこう。

 

 森塚が臨界点を突破する一方で、出久はただ前へ進み続けることを選びとった。それがいかに、険しい茨の道であるとしても。

 

 

 

 

 

 牛三市内での死闘は、日が暮れてもなお続いていた。

 

「死ィねぇえええええッ!!」

 

 罵声とともに放たれる爆炎。それをものともせずに反撃を仕掛けるズ・ゴオマ・グ。以前の彼にせよG2の装甲にせよ、ここまでの火力を受けて無事ではいられないはずなのだが……強化改造を受けているためか、その身には傷ひとつついていない。

 

「グォオオオオッ!!」

「ッ!」

 

 獣じみた咆哮とともに振り下ろされるクローを、俊敏な身のこなしでかわす"爆心地"――爆豪勝己。無尽蔵とも思われる体力が売りの強靭な肉体にも、流石に疲労が蓄積している。息もつかせぬ激戦の中で確実に増していく身体の重さは、あるいは精神への無視できない負担となっていただろう――独りなら。

 

 ただ、轟焦凍以外にもうひとり、ギャングオルカという頼もしい仲間がここにはいた。

 

 ゴオマの意識が勝己へ向いている間に、彼は果敢にも接近し――頭部から、超音波を放つ。受けた者を麻痺させるそれは、五年前の仮免試験に際しては多くの挑戦者を脱落へ追いやったある意味最大の武器である。とりわけ、聴覚に極めてすぐれたゴオマには効果覿面だ。

 

「ガァアアアアア……ッ!?」

 

 本来標的を麻痺させるエフェクトを発揮する超音波が、確実にゴオマを蝕んでいく。苦悶の悲鳴をあげながら、彼は初めてその場に片膝をついた。しかしギャングオルカは、そこで手を緩めない。

 

「ヌゥウ――ッ!!」

 

 陸上でも発揮しうるシャチの身体能力を最大限に活かし跳躍、鋭い蹴りを放つ。弱っていたゴオマは、ついに砂塵を巻き上げながら地面に倒れ伏した。

 

「フン……もうへばったか?不甲斐ないぞ爆心地」

「ア゛ァ?ヨユーだわ舐めんな!!」

 

 両手から小さな爆破を起こす勝己。またしてもゴオマが起き上がってきたらば、即座に最大限火力を見舞ってやるつもりだった。

 ヒーローたちがむしろ意気軒昂になる一方で、文字どおり高みの見物を決め込んでいたジャラジはため息をついていた。

 

「……所詮ズか。もっと……強くしてもらわないと」視線を移し、「ガヂヂロ、ゴソゴソ、ギゴゾビババ……」

 

 

――轟焦凍の変身したアギトと死柄木弔の変わり果てたダグバもまた、一進一退の攻防を続けていた。

 

「はぁ――ッ!」

「グ……!」

 

 実際には……前者に、形勢が傾きつつある。"進化"を遂げて久しく、強敵たちと戦い続けて力を磨いている焦凍。一方で弔はまだグロンギの力を得たばかりで、格下の仲間を一方的に蹂躙し虐殺するばかりなのだから。

 しかしそれも、いまこのときの話。弔はいずれ、手に負えない恐ろしい敵となるかもしれない――だからこそ、ここで決着を。

 

「あぁムカつく……けど、楽しいなぁ……!」

「……遊びは終わりだ」

 

 全身に力を込め……あふれるパワーを、両足に集中させる。鏡写しのように、ダグバも姿勢を低くしていく。――科警研での、最初の戦闘と同じ状況。あのときは相討ちとなってしまったけれど。

 

(今度は、勝つ――ッ!)

 

 そんな決意とともに、跳んだ。

 

「うぉおおおおお――ッ!」

 

 互いのキックが、空中で激突する。凄まじいエネルギーが奔流となって、閃光をばらまき、旋風を巻き起こす。

 その中心にあってなお、互いに譲らない。譲れない。

 

「ハハハハ、ハハハハハ……っ!」

「……ッ、オオオオオオッ!!」

 

 雄叫び。――オールマイトにすら一瞬及んだ覇気が、ついにダグバを打ち破った。

 

 墜落し、人間の姿に戻って転がる弔。一方でアギトはその超人の姿を保ったまま、着地に成功した。

 

「あぁ……」かすれた声。「痛い、なぁ……」

「もう終わりだ、死柄木……もう、」

 

 背後から勝己とギャングオルカも駆けつけてくる。これでもう、この男と戦う必要はなくなる――

 

――そのはず、だった。

 

「ダメだよ……まだ」

「!?」

 

 まるで瞬間移動のようにして、現れたジャラジが立ちふさがる。

 

「ダグバにはまだ、たくさん、頑張ってもらわなきゃ……」

「黙れッ!!そいつはダグバなんかじゃねえッ!!」

 

 勝己が吼え、誰よりも早く動く。ジャラジの脳天めがけ、爆破を仕掛けようとする……しかし、

 

「残念だけど……バイバイ」

 

 ジャラジがダーツを地面に投げつける。勝己のそれより小規模な爆発と閃光。怯むことなく己の爆破を敢行する勝己だったが……それでもなお、遅かった。

 

 そこには既に、弔の流した血以外、なんの痕跡も残されてはいなかったのだ。

 

 

 逃走を図ったジャラジたちは、やおら山道を下っていた。自力で歩けない状態の弔を、ジャラジがおぶっている。身長差からすると信じがたい光景だが、ジャラジは比較的非力とはいえゴのグロンギであるし、弔は元々骨が浮き出るほどの痩身である。

 

「……ねぇ、」耳元で声をかける弔。

「……なぁに?」

「整理……どうするの?ひとり取り逃がした……」

 

 これまではあえてゴオマに任せることもあったが、そいつもいま満身創痍で後ろをついてきている状態である。

 

「大丈夫、だよ」

 

 にもかかわらず、ジャラジはそう言い切った。

 

「なんで?」

「ヒヒッ……だってさ――」

 

 

「また逃げられちまった……くそっ、」

 

 たまらず吐き捨てる焦凍。確かにあと一歩のところまで追い詰めた。邪魔さえ入らなければ――

 

「まだそう遠くまでは行っておらんだろう」ギャングオルカが諭すように言う。「所轄に協力を要請し、山を囲めば必ず発見できるはずだ。――それでいいな、爆心地?」

「……ああ」

 

 勝己がことば少なにうなずいたとき、不意にギャングオルカのインカムに通信が入った。

 

「こちらギャングオルカ……――何!?わかった、すぐに行く!」

「!、まさかもう奴らが?」

 

 発見されたのか――そんな喜ばしい報告とは、残念ながら真逆を行くもので。

 

「いや違う。……貴様らが逃がした未確認生命体の少女が、突如怪人体に変身して暴れだしたそうだ」

「ッ!?」

 

 ふたりは声も出せなかった。

 

 

「――ぐぁあッ!?」

 

 異形の怪物を押さえつけようとして、逆に吹き飛ばされるヒーロー。ギャングオルカからの命令に従い、少女を保護しようとした途端、突然姿を変えて襲いかかってきたのだ。数人がかりで応戦するが、止められない――

 

「つ、強い……!」

「これが、未確認生命体……!」

 

 魚類のような姿をしたグロンギが迫る。狂ったように、笑い声をあげながら。

 

「パダギロ……ギママギボソグ……!」

 

 どちらにせよ殺されるなら、掟などにおもねる必要はない。欲望の赴くままに殺して、殺しまくってやる――自分の手がリントの血にまみれるのを思い描いて、彼女は笑う。

 

 それが、

 

「――McKINLEY SMASHッ!!」

「ア――」

 

 何が起きたかもわからぬうちに、周囲一帯もろとも彼女は凍りついていた。

 

「………」

 

 地面を踏みしめるような足取りで、現れるアギト。――その一歩後ろには、爆心地の姿も。

 

「爆豪、」

「……いい、俺がやる」爆破とともに跳び上がり、「榴弾砲(ハウザー)……着弾(インパクト)

 

 放たれた爆炎は、氷を融かすのではなく。その命もろとも、粉々に吹き飛ばした――

 

 

「……馬鹿が」

 

 嘲るようなことばが……どこか、哀しく響いた。

 

 

 

 

 

――数日後

 

 出久がいつものようにポレポレを訪れると、そこにはエプロン姿の麗日お茶子の姿があった。

 

「あ……おはよう、デクくん」

「おはよう……麗日さん。あ、おやっさんは?」

「買い出しに行ったよ」

 

 調理の手を止めて、こちらにやってくるお茶子。出会ったばかりの頃はいちいちどぎまぎしてしまったが、最近はそういうこともなくなった。彼女がいる日常もまた、当たり前になりつつある。

 

「……三度目はないぞって、怒られちゃった」

「ブレイバーに?」

「うん。謹慎にはならずに済んだけど……」

「……そっか」

「梅雨ちゃんにはね、泣かれちゃった。私ほんと、酷いことしちゃったなあ……」

「そうかも、しれないね……」

 

 それを殊更に否定することは、出久にはできなかった。ただ、

 

「ちゃんと謝ったんだよね?」

「もちろん」

「そっか」

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「私、頑張るよ。ヒーロー・ウラビティとして……みんなの笑顔、守るから」

「うん」

「だから……だからさ、デクくんも――」

 

 と、そのときだった。「ただい松田優作~!」といういつものギャグとともに、買い物袋を提げたおやっさんが帰ってきたのは。

 

「あ、おかえりなさい」

「おう。あ、出久も来てたか!じゃあ今日も一日、張り切ってお客様に愛と笑顔とその他もろもろを届けるぞ~!」

「おー!」

「お、おー」

 

 「そのためにはまずおやっさんの凝った肩をほぐしてくれい、お茶子ちゃん!」「それもセクハラです!」なんて、いつもの会話。ひとりひとりにこんな日常があって、だからこそ世界は汚れていても美しい。

 

 もういない子供たちからもらった、ふたつのストラップ。リュックにぶら下げたそれらを見つめながら、出久は思う。

 

――この煌めきを守り続けよう。いつか、終わりが来るその日まで。

 

 

つづく

 

 




ブラドキング「次回予告!」
13号「……の前に、お小言をひとつ、ふたつ、みっつ……」
ブラドキング「……そんなスペースないぞ」

ブラドキング「いよいよ爆豪と轟が東京に戻ってくるそうだ」
13号「そうなると死柄木弔たちの動きも気になりますね。おや、爆豪くんは冬コスチュームにお着替えですか……」
ブラドキング「死柄木も気にはなるが、新たな未確認生命体、第45号も一方で動きだ……ん?もう動いているのか?」
13号「どうやら諸々すっ飛ばしていきなり決戦のようですね……G3の新兵器もいよいよお披露目されるようですし、2話もつのだろうか?」

EPISODE 42. 戦場のjunction

ブラドキング「ウェイクアップ!運命(さだめ)の鎖を解き放て……間違えた、さらに向こうへ!!」
13号「プルス・ウルトラ~!」



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EPISODE 42. 戦場のjunction 1/3

6つの個性て……轟アギトの倍になっちまったよ
逆に轟アギト版シャイニングフォームの構想も固まりそうですが、収拾つかなくなるので本編ではこのままトリニティでいきます。


今回ちょっと警察24時風味というか、初見に優しい?仕様になってます。うまく説明できない…。あと地味にクウガ放送開始19周年だったりしますね!


 

――2×××年 11月16日

 

 この日池袋駅周辺は、狂騒と恐慌とに覆われていた。

 

 サイレンを鳴らしたパトカーや護送車が何台も連なって走行し、地区担当のヒーローたちが険しい表情で街に目を光らせ、未だ往来にいる人々を避難させる。凶悪なヴィランによる大規模破壊活動――テロが発生した場合と同レベルの警戒。

 恐ろしいことに、この超常社会においては必ずしも珍しいことではないが……これが一体の異形の怪物によって引き起こされた事態であるとなれば、話は変わってくる。

 

 

『本部から全車!』

 

 非常態勢の中心となって動く未確認生命体関連事件合同捜査本部の面々の警ら車両に、指揮をとる塚内直正管理官(警視庁警視)からの無線が入る。

 

『午前10時15分頃、池袋駅地下街に大型車両が連続して突入した事件は、昨日までの三件の犯行と同様に未確認生命体第45号によるものであることが判明した!』

「!」

 

 聞く捜査員たちの表情に緊張が走る。なおも続ける塚内。

 

『現在池袋署及び池袋周辺を管轄する3ヒーロー事務所に協力を要請、交通規制及び車両・瓦礫等の撤去作業を順次開始している。……が、後者については難航している状況だ』

 

「ッ、また出てくるのを待つしかないというのか……!」

 

 ターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉は、覆面パトカーの助手席でたまらず毒づいていた。これまでの3件の犯行では、既に400名以上が犠牲となっている。実際に殺害された人数としては、これは過去最悪の数字である。今回の犯行によってさらに更新されるともなれば、焦燥極まるのも無理からぬこと。

 

「出入口を完全に塞いで、閉じ込めてから殺す……漏らしがないうえにこっちからもすぐには手が出せない。この前の44号に負けず劣らず厭らしい手口だね」

 

 運転手を務める森塚駿巡査が、そんな分析をもって応える。偶然ではなく、敵は計ってそうしているのだ。

 

「ッ、今度こそは必ず倒さなければ……だが――」

『大丈夫!』

「!」

 

 いきなり割り込んできた、成人男性にしては高めの声。同時に、一台のオートバイが追いつき並走してくる。背広でもヒーローコスチュームでもない青年ライダーの姿――しかし彼は、まぎれもない戦友、同志である。

 

『――緑谷くん!』

「絶対に勝つよ!――それにほら、他力本願なようだけど、"ふたり"も帰ってくるしね!」

『爆豪くんと轟くんか……』

 

 爆豪勝己、そして轟焦凍――"整理"と称して行方をくらました死柄木弔たちを追って東京を離れていた彼ら。しかし計162体もの未確認生命体が殺戮されて――うち一体は彼らが手にかけたのだが――一ヶ月弱、ぱたりと凶行が止んでしまったこと、最近になって死柄木たちが都内で目撃されたことなどから、もはや"整理"は完遂されてしまったのだと判断し、本部に戻ってくることになった。それがまさしく、今日この日なのである。

 

「もちろん、その前に僕らだけで終わらせるのが一番ではあるけどね」

『そうだな……。よしっ、とにかくベストを尽くそう緑谷くん、森塚刑事!』

「うん!」

『シャー、頑張るぞい!』

 

 緑谷出久――表向き、ヒーローオタクの大学生。しかしその実態は異形の英雄、公に言われるところの"未確認生命体第4号"――"仮面ライダー"の名を受け継ぐ超古代の戦士、クウガである。

 

 

 

 

 

 地上の駅構内に負けず劣らずの賑々しさを誇る池袋駅の地下街は、いまこの瞬間は完全なる静寂に支配されていた。

 

 人々が姿を消してしまったわけではない。むしろひしめきあうようにして、彼らは存在している――

 

 

――存在しているだけで、彼らはもはやひとりの例外なく、息をしていなかった。

 壁はあちこち血に染まり、その鼻を刺すような臭いが辺りに充満している。

 

 そんな惨たらしい空間の中にあってただひとつ、荒ぶった息遣いが響く。唯一の生存者……否、そのような喜ばしいものではない。

 

 パンクロック風のファッションに、鈍い光をたたえた鋭い瞳。指輪を無造作にはめた拳からは、絶えず血が滴っている。

 

 彼――ゴ・バベル・ダこそが、この惨状をたったひとりで生み出した張本人なのだ。

 

 床を埋め尽くす骸たちをなんの躊躇もなく踏みつけながら、バベルは瓦礫に塞がれた出入口に向かっていく。――その背中を見つめる、もうひとりの生ける者。閉鎖空間と化しているはずのこの地に突如として現れた仮面の男は、ゲリザギバス・ゲゲルの審判という己の役割を淡々とこなしていて。

 

「ズゴゴバギゼ……バギングバギングゲギドド、バギンググシギドゲヅンビンバ」

「!、………」立ち止まるバベル。「チッ、思ったより稼げなかったか」

 

「バサダガド……バギングズガギドドググビン。ビセギビ、ゴパサゲデジャス」

 

 

 

 

 

 時を追うごとに物々しさを増していく池袋の街を、高みから見下ろすひと組の男女の姿があった。

 

「バベルは派手にやっているようだな」

「………」

 

 「とはいえ、ジャーザの二番煎じにならなければ良いが」――一貫して冷静なゴ・ガドル・バのつぶやき。結果的に敗者となったジャーザのやり方をも取り入れたのは流石自分と対等に競う男なだけのことはあるが、派手に動けばそれだけリントも死にもの狂いで動いてくる。己も己の実力に驕らず、奴らを攻略する策を練っておかなくては。

 

 それにしても、

 

「……よもや、あの老体がザギバス・ゲゲルを受けて立つ気になるとはな。一体いかなる心変わりがあったというのだ?」

「さあな」女――バルバはにべもない。「あの男の考えていることなど、我らにわかるはずもない」

 

 ただ口には出さないが、わからずとも一定の推測は立つ。要するに、彼は疲れたのだろう。グロンギの王としての使命に抗うことに……おそらくは、旧い友人だった武器係の老人にまでそうあることを求められて。

 

 嘲りを含んだ、しかしそれにしては卑しさを微塵も感じさせぬ微笑を浮かべるバルバ。その横顔をちらりと窺い、ガドルは忌々しげに眉をひそめた。

 

(何を考えているのかわからぬのは、貴様らも同じことだ)

 

 リントに"ダグバの力"を与えて、道具とするなど。

 

 まあいい。いずれにせよ己がザギバス・ゲゲルに勝利し、新たなグロンギの王となれば同じこと。クウガやアギトが立ちはだかろうとも、必ずや。

 

(そのために、必要なことは――)

 

 

 

 

 

 合同捜査本部の他にも、警視庁には対未確認生命体の専門対策班――"S.A.U.L"なる略称があるが、あまり使われていない――が存在する。リーダーの下に実働班員、開発・整備担当が各一名ずつという小規模チームだが、警視総監肝煎りであり、何より並み居るプロヒーロー以上の活躍が期待されていることから、社会的にもその注目度は高い。

 

 彼らもまた、専用の移動基地"Gトレーラー"に乗って戦場へ向かっている最中だった。

 

「――了解。5分後にはこちらも到着します」

 

 今しがた通信を行っている猫頭の男性が、班長を務める玉川三茶警部補である。それを終えるやくるりと振り返り、

 

「地下街から姿を現した45号と緑谷くんが戦闘中、ただ敵のパワーが尋常でなく手を焼いているそうだ。――心操くん、出動を」

「了解。例の武器は?」

「爆心地たちが持ってくる」

 

 わかりました、ともう一度うなずく青年――心操人使。立てた紫陽花色の髪にくっきり刻まれた目の下の隈が特徴的な彼こそ、G3の正装着員である。

 

 彼は既にG3のアンダーアーマーとなるラバースーツに着替えていた。そこから装着スペースに入り、各種装甲を着込んでいく。従来は玉川と発目が手作業で行うというアナログ極まりない装着方法だったのだが、新武器開発のため科警研に戻っている発目が置いていった"着せ替えくん"なる装置により、現在は自動化が図られている。

 着せ替えと言うだけあってG3のパーツを着せるだけでなく元々の着衣を数秒で脱がし、アンダースーツも着せてくれる優れものなのだが、流石に恥ずかしいと心操が主張したため装着のみの使用にとどめられた。

 

 ともあれその"着せ替えくん"の手によって、心操の身体は青と銀の鎧で覆われた。最後に頭部――クウガに似た橙の複眼をもつメットが、前方から被せられる。

 

 後頭部までを覆ったそれを軽く直せば――G3、装着完了である。

 

「0912、オペレーション開始!――頼んだぞ」

「了解、出動します」

 

 トレーラーのハッチが開き、そこから地上に運び出されるG3と専用マシン・ガードチェイサー。高らかにサイレンを鳴らして己の存在を知らしめながら、"警視庁の青い悪魔"――森塚巡査命名――は戦場へ疾走するのだった。

 

 

 

 

 

――そう、本来大勢の人々で賑わうべき池袋駅周辺は、既に血風吹きすさぶ戦場となり果てていた。

 

 これまでにないパワーでクウガを何度も吹っ飛ばしつつも、正面から戦うことを避け逃走を図り続けるゴ・バベル・ダ。一刻も早く残る47人を殺害し、ゲリザギバス・ゲゲルを終わらせたいがゆえの行動。

 しかしクウガ――出久をはじめ、捜査本部の面々は強固な意志でこの戦いに臨んでいる。ここまでだ。これ以上、ひとりとして殺させてなるものか――

 

 確実に追跡すべく生身からビートチェイサーでの格闘に切り替えたクウガだが、この作戦は見事功を奏していた。スピードを緩めることなく軽快かつ縦横無尽に疾走しつつ、ウィリーの状態からホイールを叩きつける。

 

「グゥ……ッ」

 

 バッファローに似た屈強な怪人体へと変身したバベルも、これにはたまらずうめき声をあげる。敵が及び腰なのをいいことに、クウガは徹底的に攻めて攻めて攻めきるつもりでいた。心操はもう間もなく到着するし、勝己と焦凍も合流にさほど時間は要さない。ゆえに無理をするつもりはないが、できるだけ自力で追い込みたいと思ってしまうのもまた性で。

 

 振り下ろされるホイールをどうにか身体と腕で受け止めようとするバベルだが、高速回転するそれは激しい摩擦を起こし、火花を散らす。結局胴体を覆う灼熱に耐えかねて、バベルはふらふらと後退した。――今だ!

 

 マシンのシートを蹴って跳躍し、

 

「ぅおりゃぁッ!!」

 

 拳を、顔面に叩き込む!

 

「ガハァッ!」

 

 ブチ込まれた鉄拳は、屈強なゴのグロンギをも傷つけることに成功した。口の中を切ったのか、その場に血を吐き出すバベル。もっとも当然致命傷には至らないから、一瞬にして回復されてしまうものではあるのだが。

 これまで数多のグロンギと戦ってきた出久は、そうした彼らの能力をよく理解している。油断することなく姿勢を低くし、両拳を改めて構える。

 

 その姿を認めたバベルは、思わず「ムゥ……」と唸り声をあげていた。

 

「……骨のある拳だ。クウガがここまで強くなっているとはな」

「………」

 

「勿体ない。それだけ強い拳があれば、大勢のリントを殺せるだろうに」

「……ッ!」

 

 笑い混じりに放たれたひと言に、出久が激昂しかかるのも無理はなかった。思わず拳を振り上げかける。――しかし、義憤が憎悪に変わればどうなるか……思い返せば、抑えるしかない。

 

 深呼吸を繰り返して怒りを抑制せんとするクウガ。対してバベルは反撃に出る。半ば心からの称賛を込めた挑発は、敵の動揺を誘うものだった。激怒させても面白いし、抑えても――

 

 一気に距離を詰めたところで、クウガが迎撃のパンチを放ってくる。姿勢を低くしてそれをかわし、

 

 カウンターで、胸にメリケンサック付きの拳を叩き込んだ。

 

「が……ッ!?」

 

 苦痛の声とともに、飛び散る鮮血。よろけて後退するクウガの赤い装甲が、殴られた箇所からひび割れていた。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 鋭い痛みが、そこから全身に広がっていくような錯覚。鎧は皮膚が硬質化したものであり、神経が通っている。いかに頑丈であろうとも、破壊されれば命まで危うい。

 

「フン……俺の拳のほうが上のようだな」

 

 くつくつと嘲うバベル。確かに、一対一では圧倒的に不利だ。出久はそう痛感せざるをえない。

 

「ッ、緑谷くん……!」

 

 包囲網を構成する一員として、戦闘を遠巻きに見守っていた飯田。友人のピンチについに居ても立ってもいられなくなり飛び出しそうになる彼を、頭ひとつぶん以上小柄な青年が押し留めた。

 

「ダメだよインゲニウム!いくらきみでも、フツーの人間がガチンコでやるにはアイツは危険すぎる」

 

 だから万が一に備えて包囲してるんだろう、と森塚。実際に塚内からもそうした指示を受けている以上、それに反する行為をそう易々とできないのは確かだ。

 

「大丈夫、心操くんが間もなく到着する。それまでによっぽどヤバくなったら突っ込めばいい」

「……承知、しました」

 

 結局唇を噛みしめながらも、飯田は踏みとどまった。第39号――ゴ・ベミウ・ギとの戦いでも、絶対零度の鞭に打たれる危険を顧みず戦った……彼らと肩を並べて。あのときと違って勝己と焦凍がいないから、むしろ自分も前に出ていけない。その矛盾した現実が悔しい。

 それに、

 

(爆豪くんならきっと、一歩も退かないはずだ……!)

 

 

――その爆豪勝己と轟焦凍は、科警研から池袋への途上、国道318号線を西に進んでいるところだった。

 

「もう少しだな、爆豪!」

 

 黒塗りの覆面パトの横をオートバイで並走しながら、声を張り上げる焦凍。――返答はない。それがむしろ嬉しかった。

 

 ウィンドウ越しに見える勝己の横顔は鋭く、真剣そのもの。彼の心は既に向かう先……幼なじみがグロンギ相手に踏ん張っているであろう戦場に在るのだろう。自分も見習わなければと思い、焦凍は前方を見据える。

 

 

――ふたりの戦士がいま、戦場への帰還を遂げようとしていた。

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンググシギ

逆俣 空悟/Kugo Sakamata
個性:シャチ
年齢:39歳
身長:202cm
好きなもの:強者、海水浴
個性:
見たまんま、シャチの能力は全部使える!地上でも変わらないチートだぞ!ただし乾燥だけは苦手なので水中のほうがラクではあるらしい。時折三陸沖で泳いでいる姿を目撃されるとかされないとか。
備考:
ヒーローネーム"ギャングオルカ"。20年のキャリアを誇るベテランヒーローであり、数年連続でトップランカーに名を連ねているぞ!個人としての力量はもちろんのこと、20名ものサイドキックを擁する大規模なヒーロー事務所の経営者でもある!部下たちからは「シャチョー」と呼ばれているぞ!
厳格な性格で知られており、仮免試験やその後の補講ではヒーローの卵たちをスパルタで鍛えたことも。教え子となった勝己や焦凍のことを内心買っているようであり、厳しいことを言いながらも積極的に協力したのだった。もしかして:ツンデレ
本当は子供好きなのだが、上述の性質やビジュアルのせいで泣かれるばかり。おじさんは傷ついている!

作者所感:
おじさんマスコットその3。逢魔ヶ刻動物園からの参戦らしいですね。当時一応本誌で読んでたんですが、途切れ途切れだったので残念ながら記憶にございませんでした。
かっちゃんたちとの共闘は本来クラスメイトの誰かの予定だったんですが、納得のいく人選ができず(第一候補は常闇くんだったんですがかっちゃんと個性の相性が悪そうなので断念)、ちょうどジャーザ回だったこともあって対になるこの人に白羽の矢が立ちました。もそっと活躍させてあげたかった……。


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EPISODE 42. 戦場のjunction 2/3

平成ライダー腕時計をポチリ。ついでに見つけてしまったクウガ腕時計もポチリ。
ひと晩で8万吹っ飛びました。特オタって金かかるんだね(今更)

[追記]かっちゃんが冬コスに衣替えしたくだり入れ忘れてたので無理やり挿入しました。次回予告で13号先生が軽く言及してただけなので自分でも忘れるという。


 夏目実加はプラットホームで電車を待っていた。フルートの入った長い入れ物を傍らに置き、手元の雑誌に目を落としている。

 

――"X号、未確認生命体161体を惨殺の怪"

 

「………」

 

 暫し難しい表情で読み進めていると、構内にアナウンスが流れ出す。未確認生命体の出現により、列車の運転を一時見合わせるよう警察から指示があった――との報だ。

 それを聞いた実加は、雑誌を閉じて少女らしいピンクのスマートフォンを起動する。未確認生命体と検索してニュースサイトを開けば、リアルタイムでの情報が目に飛び込んでくる。

 

(緑谷さん。……爆豪、さん)

 

 本日開催されるフルートのコンクール。そこで披露することになった自身の演奏を、ふたりにも観に来てもらう――そう約束したのだ。グロンギとの戦いの最前線に立つ彼らに対して無理なお願いをしてしまった――それはわかっているけれど、どうかふたり揃って無事な姿を見せてほしかった。

 

 

 

 

 

 なおも激戦が続いていた。

 

 クウガは身軽な青い形態"ドラゴンフォーム"に超変身を遂げ、バベルの拳を素早くかわし続ける。これ以上一撃を受ければ、赤でも耐えられない。ならばいちかばちかと姿を変えたのだ。

 逃げるクウガ、追うバベル。先ほどまでとは攻守が逆転してしまったようだが、いつまでもこの状況を継続するつもりはない。

 

「ちょこまかと……戦る気がないなら去らせてもらうぞ」

「……いや、もういいよ」

「何?――ッ!?」

 

 バベルが反応する間もなく、その身に鋼鉄のワイヤーが何重にも巻きついていく。たちまちバベルは上半身を締め上げられてしまった。

 

「ボセパ……!」

「――悪いな、捕縛は一番の得意分野なんだ」

「!」

 

 背後に立つ青と銀の戦士――G3。彼の装備した"GA-04 アンタレス"が、バベルの自由を完全に封じている――

 

「ありがとう心操くん、――はっ!」跳躍、と同時に赤へと戻り、「うぉりゃあッ!!」

 

 足先へ奔る熱を押し出すように、ドロップキックが炸裂する。「グウゥ……!」とうめき声をあげてよろけるバベル。一撃受けた胸元には、封印の紋が浮かんでいた。

 

「ッ、キュグキョブンジャリゾロダサグンパ……」

「!」

 

「ボン、ゴ・バベル・ダザ……ヌゥゥンッ!!」

 

 全身に力を込めるバベル。――途端に消えうせていく古代文字。そこまでであれば想定しえたことではあった。だが、

 

「ヌゥウウウウウウウ……!」

 

 続く唸り声。そしてその肉体がさらなる変化を遂げる。元々筋肉質だったボディがよりいっそう膨れあがり、赤みがかった皮膚が色味を失って暗褐色に染まっていく。

 

「!?、こいつも変わるのか……!」

 

 前の、ジャーザと同じ。危機感を強めたふたりの戦士が動くより早く、

 

 膨張しきった分厚い筋肉が、アンタレスのワイヤーを引き千切った。

 

「な……!?」

「………」

 

 驚愕する心操。対してバベルは沈黙したまま、胸の装飾のひとつを引き抜き握りしめる。それは途端に、鋭い突起がいくつも生え出でたハンマーへと変化した。――振りかぶり……背後めがけて、投げつける。

 

「――がぁッ!?」

 

 その凶器は、スコーピオンの引き金を引こうとしていたG3の胸部ユニットを直撃した。大量の火花が飛び散り、重量のあるその身体が容易く弾き飛ばされる。

 

「心操くんっ!?」

「ジョゴリドパ、ジョジュグザバ!」

「!」

 

 早くも新たなハンマーをつくり出し、迫るバベル"剛力体"。退避は間に合わない、咄嗟にそう判断したクウガは再び「超変身!」と叫びをあげた。モーフィンクリスタルが紫の輝きを放ち、主の肉体をバベルに負けじと膨れあがらせ、鎧を再構成する。

 

 彼がタイタンフォームに変身を遂げるのと、鎧めがけてハンマーが振るわれるのがほぼ同時だった。

 

「ぐ――ッ!?」

 

 うめき声とともに、地面に叩きつけられるクウガ。これまであらゆる攻撃を無力化してきた分厚く硬い鎧に……穴が、開いていた。

 繰り返すが、クウガの鎧は皮膚が変化したものである。いかにタイタンフォームのそれであっても、穴が開くほどに傷つけば……そこに通う神経が、悲鳴をあげないはずがない。

 

「ぐ、うぅ……ッ」

 

 耐えがたい苦痛に悶えながらも、起き上がろうとするクウガ。対してバベルは、血も涙もない。

 

「ゥラァッ!!」

「がッ!?」

 

 今度は下から上にハンマーを振り上げる。一瞬宙に打ち上げられ、また地面に叩きつけられる。今度は起き上がるより早く、振り下ろす。何度も、何度も。その度に鎧の傷が増えていく。もはや立ち上がれない以上、抵抗するすべもない。

 

「緑、谷……ッ」

 

 心操もまた、ショックアブソーバーを破壊するほどの一撃に身動きがとれない。彼が回復するかクウガが致命傷を受けるか……どちらが先か、考えるまでもない。

 

「ぬぅうううう……ッ!」飯田が顔を真っ赤にして声を張り上げる。「このままでは緑谷くんが殺されてしまうッ!!この期に及んでただ突っ立って見ていろとおっしゃるのですか!!?」

 

 よほど切羽詰まってか、どこぞの爆ギレヒーローの影響を受けているのか、やや乱暴な口調で森塚に詰め寄る飯田。「いや僕に言われましても」と、森塚は些か困惑ぎみである。

 

 一方で、現場指揮官である鷹野警部補が冷静に指示を下す。

 

「インゲニウムの意見を採用するわ。――総員、緑谷くんの援護を!」

『待て鷹野!』インカム越しに、塚内管理官の制止の声。

「もう待てませんッ、全責任は私が負います!」

 

 一瞬たじろぎつつも、塚内は「そうじゃない」と至って落ち着いた声を発した。

 

『大丈夫だ。――"彼ら"が、来たからな』

 

 

 信頼に満ちたその声音と時を同じくして、曇天を切り裂くように、ふたつのシルエットが鮮やかに舞った。

 

榴弾砲(ハウザー)――」

「KILAUEA――」

 

「――着弾(インパクト)ッ!!」

「――SMAAAAASHッ!!」

 

 凄まじい爆炎が標的の表皮を焦がし、間髪入れずに劫火を纏った拳が叩き込まれる。

 

「ガハァッ!?」

 

 防御姿勢をとる猶予もなく、直撃を受けて吹き飛ばされるバベル。いかにグロンギでも一、二を争う強靭な肉体をもっているといえども、彼らの攻撃は、その上を行くもので。

 

「!、あれは……!」

 

 誰しもが声をあげ……そして思わず、笑みをこぼす。

 

「轟くん……――かっちゃん……!」

 

 ついにふたりが、帰ってきた。

 

 

「遅くなって悪ぃ。苦戦してたみたいだな」

「……お恥ずかしながら」

「はっ、クソデクと洗脳野郎にしちゃようやったほうだわ!」

「褒められているのか貶されているのか……」

 

 彼らが参戦したというだけで、思わず軽口を叩きたくなってしまう。皆、彼らの無事がうれしいし、何より高揚しているのだ。再び間近で、彼らの躍動が見られる――

 

「グウゥ……ビガラサ……!」

「!」

 

 弛みかけた雰囲気に水を差すように、忌々しげな声を発しながら立ち上がろうとするバベル。無論ここが戦場なのだということを、誰ひとりとして忘れてはいない。

 

「爆豪、」心操が呼びかける。

「チッ……おらよ」アタッシュケースをやや乱暴に押しつけ、「俺ぁガキの使いじゃねえぞクソが!」

「俺に言われても……まあ、ありがとな」

 

 文句を言いながらも、発目の開発した"これ"を勝己が運んで来てくれたことはまぎれもない事実だ。

 早速とばかりにケースを開ければ、砲口型のアタッチメントが姿を現す。飛び出した、ミサイルのごとき砲弾。子供の腕ほどの長大さが厳めしい。

 

「すげぇな……――よしっ」

 

 初めて生で見る実物に圧倒されつつも、心操の行動は素早かった。ケースから取り出すや、アタッチメント後部をスコーピオンの銃口に接合する。ジョイントの形状はサラマンダーと変わっていないから、初使用でもまごつく必要がない。

 

「ヌゥ……!」

 

 これまでとは明らかにスケールの異なる火器の登場に流石のバベルも危機感を覚えたのだろう、その発射(ファイア)を阻まんと動く。しかし、

 

「やらせねえ」

「!?」

 

 足元に冷気が漂ったかと思えば、今度は脚をまったく動かせなくなる。――彼の下半身は、アギトの"右"がつくり出した氷山に呑み込まれていた。

 

「心操、今だ!」

「ああ」狙いを定め、「――喰らえッ!!」

 

 引き金を引く。砲から開放され、押し出される弾丸。それはまっすぐ、バベルの胸元めがけて吸い込まれていく。

 

――そして、

 

「グガアァッ!!?」

 

 苦痛の悲鳴とともに爆ぜる灼熱、飛び散る鮮血。ゴのグロンギをそれだけ傷つける破壊力――いや、従来の武器とまったく異なるのはそのあとからだった。

 

「ガ……!?グ、アァ、ガアァ……ッ!」

 

 撃たれた箇所をかきむしりながら、悶絶するバベル。いかに大きなダメージといえど、致命傷でない限りほぼ瞬時に治癒する回復力――それがまったく機能せず、傷口からは絶えず血が噴き出している。

 

「ガ、ゴハァッ!!」

 

 ついにバベルが吐血した。先ほどクウガに殴られたときとは比にならないほど大量の、しかも臓腑から出る黒い血だ。バベルは混乱し、そして恐怖した。

 

(ゴセ、グ……ギブ……?)

 

「ラ、ザザァ……!」

 

 執念で踏ん張るバベルの姿は、最強クラスのグロンギとしての強烈な威圧感を周囲に振り撒く。

 

「ッ、これでも即死とはいかないのか……」

「任せろ」

 

 即死とはいかなくとも、もはや死の運命から逃すつもりはない。アギトが腰を落とし、下半身に力を込める。

 

――そして、跳んだ。

 

「うぉおおおおお――ッ!!」

 

 半冷半燃とワン・フォー・オール、轟焦凍を超人たらしめる複数の力がひとつとなりて、彼の行く先にアギトの紋章をつくり出す。それを突き破ることによって……彼のキックは、最大威力に到達するのだ。

 

「ギィアァァァ……ッ!?」

 

 両足が叩きつけられる。骨が砕け、内臓が潰れる感触。バベルはさらに多くの血を吐き出したが、それでも倒れない。いや、倒れることもできないのだ。その頑丈さが、彼の不幸だった。

 

「これでも駄目か……――緑谷!」

「!、………」

 

 一瞬、躊躇が生まれなかったかといえば嘘になる。敵はもうほとんど虫の息で、放っておいたってこのまま死んでしまうかもしれない。いくら残虐に人間を殺してきた奴らといえど、そこまで追い打ちをかけるのに良心が咎めないはずもない。

 

 だが、手心を加えた結果万が一復活したら?その報いを受けるのは自分である以前に無辜の一般市民たち。――であれば、やるしかない。

 

「………」

 

 いくつもの痛々しい穴が開いた銀と紫の鎧が、流れ出した血を覆い隠すように再び赤へと戻る。同時に、アークルを中心として奔る雷。ところどころに金の装飾が施され、右足には寄り集まった雷のエネルギーが固形化したようなアンクレットが顕現する。

 

 赤の金――ライジングマイティへと強化変身を遂げたクウガは、勢いのままに走り出し……跳躍する。その背後で、すかさず爆破の構えをとる勝己。

 

「うぉりゃあぁぁッ!!」

「死ねぇッ!!」

 

 その「死ね」は果たして誰に向けたものなのか――そんな疑問すらもう湧くこともなく、爆炎を背に浴びて加速したクウガの身体がバベルめがけて急降下していく。

 

 そして右足が、胴体に触れた。

 

「――ッ、」

 

 もはや彼は、断末魔すら発することもできず。砕けた氷もろとも紙のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。既に意識のない身体に浮かんだ封印の紋が、腹部からベルトのバックルを侵していく。

 

――命を燃やし尽くすような、激しい爆発が起きた。

 ばらばらに砕かれた肉片が飛び散り、周辺一帯に惨状をもたらす。戦いが終わってからもしばらく、封鎖を解除できない最大の理由でもある。

 

 いずれにせよ、彼らは勝った。今日もまた、グロンギに勝利したのだ。

 

「――鷹野から本部へ。第45号は撃破されました、これより現場検証に移りたいと思います」

 

 鷹野が冷静に状況を報告する一方で、

 

「い゛……痛つつ……」

 

 顔をしかめながら右足をさする出久。どうやらキックの反動で痛めてしまったらしかった。以前もそうだったが、赤の金は他の形態と異なり生身の右足を必殺兵器として改造するため、強力ではあるが負担も大きいのだ。わかっては、いたのだけれど。

 

「緑谷、大丈夫か!?」

「あ、あぁうん……大したことはないけど……」

 

 心配して駆け寄ってきてくれた焦凍と心操に対して、そう応じて微笑みかける。自分が無茶ばかりしてきたせいで、そういう意味ではあまり信頼がないのだ。笑みには自嘲も混ざっていた。

 

「て、ていうか!……なんか久しぶりだね、こういうの」

「!、そりゃあ……な」

 

 出久と運命的な出会いを果たして5ヶ月、そのうち直近の実に4割は別行動をとっていた計算になる。メッセージアプリ等で会話はしていても、電話で声を聞いたり直接顔を見たりはしていないので本当に久しぶりだ。存在を忘れられる……はないにしても、よそよそしい態度をとられたらどうしようかと、焦凍は内心不安だったのである。

 

 それを杞憂だと笑い飛ばすかのように、目の前の童顔がいっそう輝きを放った。

 

「おかえり、轟くん!」

「!」

 

 目を丸くした焦凍もまた、ややあって不器用ながら微笑み返す。

 

「ああ……ただいま」

 

 満面の笑みでうなずき返した出久は、やおら立ち上がろうとする。右足を庇うようにしているせいか、うまくバランスがとれない。見かねた心操が手を貸してやって、ようやく意を遂げることができた。「ごめんね、ありがとう」と謝意を示しつつ、彼が歩み寄ったのはもうひとりの帰還者……彼の、幼なじみのもと。

 

「かっちゃんもおかえりなさい。コスチューム、冬仕様に変えたんだね」

「……おう」

 

汗が武器のとなる勝己にとって、汗腺を閉じてしまう寒さは大敵である。冬の足音も近づいてきたこの時期はもう、袖がありなおかつ防寒にすぐれた素材のコスチュームに着替えているのだ。

 

「生で見るの初めてだけど……超カッコいいよ!」

 

 笑顔とともに、びしっとサムズアップを決める出久。対する勝己は相変わらずにこりともしない仏頂面で「たりめーだ」と返すばかりだけれど、その機微はある程度、読み取れるようにはなった。

 物心ついた頃からの幼なじみ同士にしては、ややぎこちなさを感じさせるやりとり。やりとりと言うにも、ことば少なだ。――いまの彼らには、それで十分だった。

 

 もっとも、それだけでは満足できない男もいるわけで。

 

――DRRRRRR!!

 

「轟くんッ、爆豪くん――ッ!!」

 

 エンジンフルスロットルで迫ってきたかと思うと、飯田天哉はその巨駆でもって帰ってきたふたりをまとめて抱き締めた。間にいた出久もなぜか巻き込まれてしまう。

 

「んんんん゛ッ!?」

「おっ」

「ぶッ!?」

「よく……ッ、よく無事で帰ってきてくれたふたりとも!!」

 

「テメェ゛クソメガネッ、放せやゴラァァァァ!!」

「げっ、か、かっちゃん爆破は勘弁して髪燃えちゃうからぁ……!」

「……飯田がこうだと安心するな、苦しいけど」

(巻き込まれなくてよかった……)by心操。

 

 一方で、見守っていた大人たちはというと。

 

「フッ……まだまだガキだな」

「……あんたに言われちゃおしまいね、森塚」

 

 何はともあれ……戦友たちの帰還を喜ぶ思いが、一番だった。

 

 

 

 

 

――未確認生命体第45号が、撃破された。

 

 その報は様々なメディアを通じて、市民たちのもとに知らしめられた。

 午前の情報バラエティ番組などではコメンテーターが第4号についてあることないこと訳知り顔で持ち上げる一方、ヒーローたちを不甲斐ないと指弾するいつもの光景が繰り広げられている。単に4号ひとりに功績を"押しつける"のは程度が低いにしても、G3の登場などにより警察に対する評価が"ヴィラン受け取り係"から持ち直しつつあることも事実――無論、犠牲を防げないことへの批判もないわけではないが――。

 

 未確認生命体の出現は、ヒーロー至上社会という"普遍"すら侵食しつつある……既に現代人と同等の知見をもつようになったグロンギのひとり、ゴ・ジャラジ・ダもまた、その事実を切々と感じとっていた。

 

(リントがまた変わっていく、ボクらが再臨したことによって)

 

(ボクの望む"究極の闇"がもたらされたそのあと……キミたちはどうなるのかな?)

 

 そのときを想像して、薄暗い部屋の中、禍々しく光を放つテレビの前で嘲う。――彼()はいま、かつて敵連合に協力していた科学者の地下研究施設に潜伏していた。死柄木弔を擁したことで、こちらがグロンギだと知ったうえで協力する人間もいる。その点もまた、かつての固く団結していたリントとは異なるところだ。

 そしてその弔はというと、ジャラジ以上に食い入るようにして画面を見つめていた。コメンテーターたちのつまらない会話から移り変わって、これまで撮影されたのだろうクウガの戦いが映し出されている。独りの英雄を持て囃すのが好きなのは、いまも昔も変わらないらしい。

 

――と、弔の右手がいきなり椅子の肘掛けを掴んだ……5本の指で。あっとジャラジが思ったときにはもう、肘掛けは跡形もなく崩れ去っていた。

 

「……どうしたの、ダグバ?」

「………」

 

 気遣わしげに歩み寄っていくジャラジに対し、弔はぶんぶんとかぶりを振った。

 

「わかん、ない。……あいつ見てたら、なんか、お腹のへんがムカムカした」

「……へぇ、」

 

 それを聞いたジャラジは、薄い唇を三日月型に吊り上げていた。

 

「ねぇ、ダグバ」

「?」

 

 そのこけた頬に両手を置き、半ば強引にこちらを向かせる。弔の真っ赤な双眸に、自分の顔がはっきりと映し出されていた。

 

「キミ……クウガ(アレ)のことが、嫌いなんだね」

「きら、い……」

「そう。――同じだよ、ボクと」

 

「だからさ、」

 

「ちょっと痛い目、遭わせてあげようか」

「………」

 

 目の前の瞳に剣呑な輝きが宿るのが、ジャラジには愉しくて仕方がなかった。

 



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EPISODE 42. 戦場のjunction 3/3

2/3にかっちゃん冬コスのくだり加筆しました。大勢に影響はありませんが気になる方は確認いただけると幸いです。

会議シーンはクソ長くなる法則。


 とあるアパートの一室。カーテンの閉めきられた薄暗く手狭なワンルームに、ひとりの青年が佇んでいた。

 

「………」

 

 落ちくぼんだ目つきに鈍い光をたたえて、壁のポスターをじっと見つめている。彼くらいの年齢でポスターといえばアイドルを写したものなどが妥当であろうところ……貼られていたのは、千葉市内で開催されるフルートの演奏コンクールの宣伝用ポスター。主催者である大企業"ARIKAWAジャパン"のロゴが大々的にあしらわれ、さらには代表取締役である蟻川社長の蟻そっくりの顔写真まで掲載されている。意外やフルートに関心がある……わけでないことは、一目瞭然だった。

 

 青年は暫しそのまま立ち尽くしていたが……やがてポスターに手をかけ、乱暴に剥ぎ取った。それでも気が収まらないのか、びりびりに破り捨てる。蟻川社長の誇らしげな顔が、真っ二つに割れていた。

 

「………」

 

 見下ろす青年の口許が弧を描く。それはゴ・ジャラジ・ダに劣らぬほど邪悪で、下卑た笑みだった。

 

 

 "リント"であるはずの人間がそうである一方で、グロンギである"彼女"は、純粋にフルートそのものに興味を示してポスターを見つめていた。

 

(私の求めているものが……ここにこそ、あるだろうか)

 

 彼女――ゴ・ガリマ・バが求める、心を震わせるような演奏。とうに失われたゴ・ベミウ・ギの奏でるしらべに代わるものを求めて、彼女は生きがいだったゲゲルすら放り出して放浪を続けてきた。しかしいかに巧みな演奏を聴こうとも、ベミウのそれほどに心を動かすことはなかった。

 

 今度こそと、ガリマは歩き出す。心に響く演奏に再び触れるその日まで、万が一にも命を落とすわけにはいかない。しかしいずれにせよ、もう猶予はないのだ。バベルも倒され、残る"ゴ"は自分を除いてふたりしかいない。究極の闇がもたらされる日は、近い――

 

 

 

 

 

 戦闘の後処理までつつがなく終えた合同捜査本部の面々は、所轄署に引き継ぎを行って警視庁へ戻っていた。出久と焦凍、心操といった捜査本部に所属していない面々も同行している。

 

 まず彼らを出迎えたのは、管理官でも本部長でもなく。

 

「ご苦労だった、諸君」

「あ……エンデヴァー」

 

 にこりともせずにずい、と迫る巨駆は、ほぼ引退状態であってもなかなかの迫力である。出久などは色々な意味で未だに恐縮してしまうのだった。

 

 そして元No.1ヒーローであると同時に、仮にも彼はひとりの父親だった。その視線が、2ヶ月ぶりに再会した息子へと向けられる。

 

「焦凍、」

「……親父」

 

 息子の瞳が、気まずげに逸らされる。勝己には悪いが、流石に今度ばかりは父にも顔向けできない思いだった。目的を果たせぬまま、帰ってきてしまった。どんな厳しいことばも、当然のものとして受け入れる覚悟だ。

 

 なのに、

 

「よく、無事で帰ってきた」

「!、え……」

 

 そのことばはそんな覚悟をある意味粉々に打ち砕くもので。焦凍は思わず目を丸くして、父の表情を仰ぎ見た。いつもの仏頂面、だけれど――

 

 今度はエンデヴァーの目が、ふいと逸らされた。

 

「……と、おまえの母から伝えるよう言われた」

「親父……」

「伝言は以上だ。早く席に着け」

 

 そう言い切って、踵を返して自席へ戻っていくエンデヴァー。伝言、という体裁をとっているが、いまのは……。

 

「はん、ツンデレオヤジが」勝己が鼻を鳴らし、

「……あんたも他人のこと言えないと思うけどな」心操がぼそり。

 

 そのひと言に勝己がまなじり吊り上げてキレるという当然すぎる流れのあとで、面構本部長が入室してきて会議が始められることとなった。出久たちばかりでなく、玉川三茶と発目明――G3ユニット所属のふたりもゲストとして呼ばれていたらしい。少し遅れてやってくると、皆に一礼して着席する。

 

「さて……玉川班長と発目研究員も到着されたことだし、そろそろ始めるとしようか。――まずは爆心地、ショート」

「!」

「X号を筆頭とする一団の追跡調査、ご苦労だった。無事で帰ってきてくれてまずはほっとしているワン」

 

 管理職として型通りの挨拶ではあるが、かと言って心がこもっていないわけでは決してない。ふたりのことは信頼しているが、父親ほどの年長者として純粋に案ずる思いもあったのだ。

 

 そんな彼と入れ替わりに、進行役の塚内管理官が口を開く。

 

「疲れているところすまないが爆心地、調査の総括を頼む。報告は逐一受けているから、簡潔にで構わない」

「……っス」

 

 小さくうなずいて、やおら立ち上がる勝己。彼にしては所作にどこか覇気がないと、一同は感じた。会議のときなどは、普段から静粛にしているのも確かだが――

 

 彼は捜査員らをぐるりと見回すと……深々と、頭を下げた。予想だにしない行為に、室内がざわつきはじめる。

 

「か、かっちゃん……?」

「まず皆さんに、謝らせてください。――申し訳、ありませんでした」

「!」

「爆豪……」

 

「俺は結局、死柄木を止められなかった。161体も未確認を殺させて……結局、野放しにしちまった。……これじゃあ2ヶ月間、遊んでたのと同じだ」

「そんな……!」

「ッ、爆豪!」

 

 抗議めいた声をあげて立ち上がったのは、焦凍だった。

 

「おまえッ、この2ヶ月死に物狂いで戦ってきたじゃねえか!!嫌味言われても何言われても、色んな人たちに頭下げて……!なのに遊んでたなんてッ、自分でもンなこと言うなよ!!」

「……関係ねえよ、ンなこと」返す声はあくまで冷静だ。「遊びじゃねえんだよ、頑張りましたなんて通用しねえ。……目的を果たせなかった、それがすべてだ」

「ッ、……だったら俺こそ、遊んでたのと一緒だ。何もかも……それこそ宿探しまで全部おまえに任せて、着いてってただけだ」

 

 肝心要の戦闘では、どうにか弔に競り勝つことはできたけれど……ワン・フォー・オールを受け継いだ者として、ベストを尽くせていたとは到底思えない。

 

 拳を握りしめる焦凍。俯いたまま、立ち尽くす勝己。誰もが彼らにかけるべきことばを見つけ出せない中で、思わず声をあげたのはやはり"彼"だった。

 

「か、かっちゃん!轟くん……!」

「!、緑谷くん……」

 

 焦凍に続いて、猛然と立ち上がる出久。その勢いはおよそ、戦闘に臨んでいるときにも匹敵する激しさで。

 しかしそれに反して、立ち上がったあとの出久の口からは何も出てこない。目を泳がせて、額に冷や汗を浮かべている。

 

「え……と、その……」

 

 見かねた心操が、ぽつりとひと言。

 

「……おまえ、ひょっとして考えなしに立ち上がった?」

「!」

 

 訊かれた出久の表情が一瞬、人には見せられないようなものになる。どうやら思いきり図星だったらしい。森塚などは大げさにずっこけるようなリアクションをとっている。

 

「す、すみません……。――でも、やっぱりイヤなんだ。ふたりばっかり、そんな表情(かお)してるのを見るのは……」

 

 自分だって、これからは力になりたい。彼らが帰ってきたらそうすると決めたのだ。死柄木弔を……志村転弧を救けたい――幼なじみの願いを、僕がかなえてみせるのだと。

 

「かっちゃん、轟くん、僕は……」

 

 その想いを改めて表明しようとしたとき、勝己がフッと笑った。嘲りはもちろんのこと平素の獰猛さもうかがえないその表情に、出久は思わずどきりとする。

 

「バカデク。勘違いしてんなよ」

「へ……?」

「俺ぁウジウジ後悔して立ち止まるつもりはねえよ」

 

「半分野郎はどうか知らねーけどな」とわざわざ付け加えつつ、続ける。

 

「何があろうと俺はあきらめねえ。けどここまでのことにけじめは必要だ、だから謝った。そんだけだ」

「かっちゃん……」

「爆豪……」

 

 今度はじろりと一同を見渡して、勝己はふんぞり返るようにして腰掛けた。

 

「だからこれ以上文句は一切受けつけねー。謝罪じゃ足りねえってンなら減給でも除名でもなんでも持ってこい。以上!」

「え、えぇ……」

「ば、爆豪くんきみという男は……ハァ」

 

 飯田が怒りを通り越して呆れ……いやそれすら通り越して苦笑している。爆豪勝己という男はこうでなくては、という気持ちも多分にあった。出会った頃の彼だったら絶対に許容できなかっただろうが。

 

 立ち尽くしたまま目をぱちくりさせていた出久と焦凍が、勝己の「つーかとっとと座れや邪魔くせぇ」のひと言で悄然と着席したところで、管理官がようやく口を開いた。この場合、"開けた"というほうが正しいか。

 

「……ま、まあ、責任はこれからの働きでとってもらうとして。――問題はその、161体もの未確認生命体を虐殺したという事実だ」

 

 出久たちが倒してきたグロンギは、この7ヶ月で40体強……条件が大いに異なるとはいえ、たった2ヶ月で四倍もの数を。

 

「ショート。牛三市内での戦闘では、一騎討ちに勝利したそうだが……」

「……はい。でも、実際にはほとんど互角でした。あいつの力は、いま殺人ゲームをしている連中に匹敵する……そう思います」

「……そうか」

 

 ただ匹敵する、というだけならまだしも――

 

「緑谷くん。関東医大の椿医師によれば、きみの体内にある霊石は時間をかけて体内に神経を張り巡らし、肉体を強化していくんだったな」

「……はい」うなずく。「金の力を抜きにしても、戦うごとに力が増しているのは間違いないです。もちろん僕自身が鍛えてる成果も多少はあると思うけど……それだけで、最近の奴らに太刀打ちできるとは思えないし」

 

 もっとも、その強化が脳まで侵食したとき、"戦うためだけの生物兵器"になるかもしれないリスクは、未だ拭いきれてはいないのだけれど。

 

「そして奴らもまた、ほぼ同じ方法によって変身能力を得た存在であると」

「……はい」

「だとすれば……死柄木弔の力も、時を追うごとに強化されていく可能性があるということか」

 

 焦凍がたまらず目を伏せる。やはり彼は、勝己ほどには割りきれていないのだ。次もまた撃ち破れる保証なんて、どこにもありはしない。

 

 息子の憂いを知ってか、エンデヴァーがさりげなく話題を転換する。

 

「その死柄木を仲間に引き入れた、連中の意図も目下わかってはおらんのだろう。……そもそも奴らは以前、焦凍を手中に収めようと画策した」

「あかつき村の一件ですね」

「そうだ。単に大きな力をもつ者が必要なだけというなら、奴らの中にいくらでもいるはずだ」

「………」

 

 父の話を神妙に聞いていた焦凍は……ふと、あかつき村事件の翌日、病院でのドルドとの戦いを思い起こしていた。――あのとき初めて、"アギト"の名を告げられた。

 そして、

 

「……我らの、理想」

「何?」

「あのカウント役のハゲタカみたいな未確認が、俺……アギトを指してそう言ってた」

「アギトが、奴らの理想……?」

「具体的に理由まで聞いたわけじゃない。だからあくまで推測だが……奴らは霊石を埋め込むことで肉体を強化している、つまり石を失っちまえばただの人間と変わらない。対してアギトは、肉体そのものが超人へと"進化"してる……霊石なしでな」

 

 と同時に、"ゴ"クラスのグロンギたちと同等の力を発揮することができる。自分の場合、強力な個性をふたつも身に宿していることもあるだろうが。

 

「奴らはその"理想の超人"を手に入れようとした、ということ?」

「はい。少なくとも、あのときは」

「……あのときと言うからには轟くん、きみもわかってはいるのだろうが、死柄木はアギトではないんじゃないか?」

「現状はそうかもな。でも俺とあいつにはふたつ、共通点がある」

「共通点?」

 

 右手を見下ろしながら、

 

「ひとつは、オールマイトとの関わりが深いこと」

「!」

 

 出久と塚内――ワン・フォー・オールの秘密を知るふたりが、一瞬目を見開くのがわかった。焦凍がオールマイトの直弟子だったことは大っぴらにはされておらずとも隠していたわけではないが、ワン・フォー・オールのことは当然別である。ここでオールマイトの名を出してしまって大丈夫かと肝を冷やしているのだった。もうひとり、爆豪勝己はそうでもないようだが。

 

 ただ焦凍が重要と考えているのは、"もうひとつ"のほうだった。

 

「もうひとつは……強い憎しみを、抱き続けていたこと」

「!」

 

 それは会議室内の気温を何度も押し下げるようなことばだった。"憎しみ"というワード自体もそうだが、轟親子の間に根深い確執が存在していたことは、焦凍失踪後のゴシップ記事などで既に公のものとされてしまっている。ゆえにこの場どころか、ヒーローに関心のある日本人でその事実を知らない者のほうが少ないともいえる。ただ当事者であるエンデヴァーは、感情を波立てることもなく静かに瞑目していた。

 

「そのせいで俺は、進化した肉体を化け物に貶めて……でも自分じゃどうにもできなくて、逃げ出して、何もしないことを選んじまった。――あいつも、ある意味じゃ同じだ」

 

 認めたくない現実に向き合うことをせず、形は違えども逃げ出した。その弱さ醜さを、奴らにつけ込まれてしまった――

 

「あいつと俺が違うのは、手を差しのべようとしてくれてる人の存在に気づけたかどうか……それだけだ」

「轟くん……」

 

「奴らはきっと、その闇を育てようとしてるんだと思う。果てに何があるのか……」

「――なんもねえよ」勝己が断じる。「"究極の闇"だ、奴らが目指してんのは。そこには何もねえ」

「それって確か、B1号が言ってたっていう……」

「ああ。死柄木弔……奴らの言うところの"ダグバ"との関係をあの女が示唆した。だから、そうなる前に――」

「――彼を救けなきゃいけない……だよね」

「!、………」

 

 皆の視線が集う中で、出久がふたりに意志の強い瞳を向けた。

 

「そうするって、決めたもんね」

「緑谷……」

「……フン」

 

「……奴を救いたいと言うなら、」

 

 そのことばを呑み込むのに皆がまだ躍起になっている状況で、冷静な声をあげたのはやはりエンデヴァーだった。

 

「まずは奴の取り巻きを排除せねば、どうにもならんだろう。42号と改造されたという3号……それにB1号、焦凍が交戦した未確認生命体もだ。まずは居所を掴むなりして、そのうえで作戦を練る必要がある。貴様らふたりで失敗したのだ、まずはそこから始めるんだな」

「………」

「……俺はもう力にはなれんが、知恵は出せる」

「!、親父……」

 

「うわぁ……ツンデレ大盤振る舞いかよ親父ィ」森塚がぼそり。

「馬鹿、失礼よ……ふふっ」注意しようとしつつ、こらえきれない鷹野。

 

 本来場を引き締めるはずの叱咤激励が奇しくも散発的な笑いを巻き起こす。困惑して威厳も何もなくなってしまったエンデヴァーに代わり、トップの犬男が本来の役割を果たしにかかった。

 

「プフッ……言い様はあれだが、エンデヴァーの言うことにも一理あるワン」

「面構……いま貴様も笑わなかったか?」

「気のせいだワン。その作戦の幅を広げるためにも、G3ユニット……とりわけ発目研究員には努力してもらって――」

「――ようやく私の出番ですかっ!」

 

 面構が最後まで言い終わらないうちに猛然と立ち上がったのは、言うまでもない発目明当人であった。

 

「待ちくたびれましたよぉ~ウフfFF!!」

「こ、こら発目くん……!すみません面構本部長、彼女は少々エキセントリックなところがありまして……」

 

 慌てて謝罪する玉川警部補だったが、面構は「き、気にしなくていいワン」とややどもりがちに許した。怒る以前に引いていたのと、発目の開発した新装備への好奇心が勝ったのだった。

 

「……発目研究員、今回の戦闘でG3が使用した武器について説明をお願いします」

「お任せを!えー、まずこのベイビーちゃんのコンセプトといたしましては――」

(……ベイビーちゃん?)

 

 彼女と個人的な付き合いのない面々は独特の"発目語"に困惑するのだが、そんなことはお構い無しにつらつらと説明を述べていく。

――それによればかの新装備"GGX-05 ニーズヘグ"は、"GG-02 サラマンダー"が単純に破壊力のみ高めた結果、グロンギ相手には一時的なダメージを与えるのみですぐに回復されてしまった反省を活かし、「グロンギの治癒能力を封じ、確実にとどめを刺す」ことを目標としているのだという。

 

「治癒能力を封じるって……具体的にどうやって?」出久が訊く。

「ウフfF、いい質問ですねぇ!」

 

 どこぞで聞いたようなフレーズを口にしながら、資料のあるページを開くよう指示する発目。そこには彼女の専門分野とは大きく異なるであろう医学的な用語の数々が並んでいた。

 

「こちらは関東医大病院の椿医師から提供いただいた、X号に殺害された未確認生命体の解剖データです」

「あ、やっぱり……」

 

 "医学""未確認生命体"のふたつのキーワードが示す人物といえば、椿秀一その人を置いて他にはいまい。

 

「未確認生命体の細胞は、破壊された際の治癒速度が我々常人の比でないことは皆さんご存知のとおりです」

「前置きはいいから早よ本題入れや」

「相変わらずせっかちですねえ爆豪さん……話は最後まで聞きましょう」

 

 ウフfF、と怪しい笑みを漏らしつつ、発目は続ける。

 

「ハンパない頑丈さにハンパない治癒能力とまあ、ハイパームテキな未確認生命体の体組織です、が!様々な実験を繰り返した結果、大きな弱点が見つかりました!」

「弱点?」

「はい!」

 

「破壊された細胞の修復が開始されるまでの短時間にさらなるダメージを与えると……なんと、治癒能力が失われてしまうのです!」

「!」

 

 にわかに面々がざわめきはじめる。治癒能力が失われる……つまりは大きなダメージが死に直結するという生物の当然の原則が、奴らにも適用されるということ。クウガの能力によらずとも、人間の力で、奴らを殺せるということだ――

 

「そこでこの"ニーズヘグ"は、貫通力を高めることで未確認生命体の頑丈な皮膚を突き破って体内に無数の小型炸裂弾を侵入させ、時間差で爆発を起こすようセッティングしましたウフfFFF!」

「うわぁエグっ……笑い方もこえぇし」ぼやく森塚。

 

 一方で、

 

「……けどそこまでやって、轟が一撃浴びせてもなお45号は死ななかった」

 

 冷や水を浴びせるようなことをはっきり言う心操だったが、発目は既にその原因についても推測を立てていた。

 

「サンプルとなったのは第45号はじめ直近の未確認生命体に比べると、こう……まだ発展途上な感じですからねえ」

 

 要するに"ベ"や"ズ"といった下位のグロンギであれば間違いなく致命傷になるのだが、"ゴ"相手ではそこまでのダメージになるとは言い切れないということ。「それじゃ意味ねえだろアホか」と勝己が毒づく。並の科学者なら心が折れそうなところ、発目はどこ吹く風である。

 

「何をおっしゃりますか爆豪さん、科学にとって試行錯誤は付き物なんですよ!Gシリーズがそうだったように!ニーズヘグの反省点を活かし、さらに強力かつ汎用性の高いベイビーちゃんを生んでみせますよ!」

「なぁんか生々しいなぁ……ベイビーちゃんを生む、って」

「いい加減黙りなさい。それより、汎用性の高い装備ということは……G3だけでなく私たちにも支給される可能性があると考えてもいいのかしら?」

「もちろんです。小型かつ軽量化を行い、皆さんの使用なさっているピストルに合わせた弾丸も現在科警研の特別チームで製作中です!」

 

 その発言は、警察官の面々に大きな希望を与えるものだった。自分たちが本当の意味で、グロンギに対する抑止力となれる。一方で"個性"を活かして戦ってきたヒーローたちには、不満とまでは言わずともやや複雑な思いもあったのだが、

 

「すごいじゃないか、発目くん!」

 

 そんなものを微塵も感じさせない朗らかな声をあげたのは、そのヒーローのひとり"インゲニウム"こと飯田天哉だった。

 

「Gシリーズだけでも大変な力作だろうに、慢心することもなくさらに研究開発に邁進する……その努力が実ったというわけだな。同じ雄英高校出身者として、俺も鼻が高いよ」

「!」

 

 過大ともいえる褒めことばだが、彼にとっては心から出でたものに違いはない。その真心が伝わり、少なからず嫉妬心を抱いていた他のヒーローたちは己の不明を内心恥じることになる。

 そして褒められた当人はというと、

 

「あ、あ、あ、ありがとうございましゅ……」

 

 顔を真っ赤にしていた。玉川警部補が思わず二度見してしまうような、彼女らしからぬ乙女な表情。空気がしんとなる。

 

(え、何あれ?)

(まさか……)

 

「ははーん、発目ちゃんとインゲニウムってそういう……」

「?、なんのことです?」首を傾げる飯田。

「朴念仁……」焦凍がぼそり。

「……だね」これは出久。

「どの口が言ってんだテメェら」呆れる勝己。

 

 会議室が一転して笑いに包まれる。もう会議も終盤に差し掛かっていたこともあって、上役ふたりもそれを咎めたりはしなかった。

 

 

 

 

 

「なんかよかったね、最後のほう。なんでもない集まりみたいな感じで」

 

 散会となったあと、廊下を歩きながら、出久。隣を歩く焦凍が「確かにな」とうなずいた。

 

「正直、もっと非難されるって覚悟してた。……特に、親父には」

「そんな。皆、ふたりが全力で頑張ってたことはわかってるんだよ。いくら結果が一番だって言っても……ね、かっちゃん?」

「……フン」

 

 勝己の反応は相変わらず冷たい。しかし今後のことを建設的に話し合えたこと、何より彼らの無事を喜ぶ声が占めたことは満更ではないだろう。彼だって人の子だ。

 

「あ、そうだかっちゃん。実加さんの出るコンクール、余裕で間に合いそうだけど……もう向かう?」

「コンクール?実加さんって……確か夏目教授の娘さんだよな?」横から訊く心操。

「うん、フルートのコンクール。前々から来てほしいってお願いされててさ。一緒に観に行く予定なんだ」

「へぇ……」

 

 しきりにうなずきつつ、心操は意外に思った。出久はともかく、勝己が律儀にお願いを受けるとは。

 

「そういや言ってたな、爆豪。……俺も興味はあるが、生憎これから約束があるんだ、八百万と」

「あ、そうなんだ」

「約束なかったら来る気だったのかよ、キメェ」

「キモくない」

 

 相変わらず漫才のようなやりとりだと心操は思った。と同時に、あることを思い出して。

 

「……そういや緑谷、おまえも沢渡さんと約束してたんじゃなかった?」

「あっ!」

 

 鳩が豆鉄砲食らったような表情で、しまった、とつぶやく出久。今日は元々、桜子とランチをする約束をしていたのだ。ただグロンギの出現があったから保留となっていたことも事実なのだが、時間に余裕ができたのにうやむやにするのも失礼だろう。

 

「ご、ごめんかっちゃん、そういうわけだから……」

「おーおー好きにしろ。テメェと並んで行くことにならんで清々するわ」

 

 相変わらずの物言いに苦笑しつつ、早速電話をかけに行く出久。それを見送った焦凍も、すぐに暇を告げて去っていった。

 

 残されたふたり。心操が訊く。

 

「……あんたはメシどうすんの?」

「あ?テキトーに済ませるわ」

「ふぅん……あんたとメシ食いたそうにやってくる男が約1名いるけどな」

 

 心操がそうぼやくのと、飯田が大声でふたりの名を呼びながら迫ってくるのが同時だった。

 

「ムッ、緑谷くんと轟くんは?もう行ってしまったのか?」

「約束あるって」

「そうか……よかったら昼食を一緒にと思ったんだが。きみたちはどうだい?」

「行かねえ」

「悪いけど俺もパス。大学行くし」

 

 「そうか……」と残念そうに縮こまる飯田。なんだかんだこの男も人懐こいというか、なんなら寂しがりやなのである。

 

「俺らより発目のこと誘ってやれば?緑谷と轟見習ってさ」

「発目くん……いややぶさかではないが、なぜ?緑谷くんと轟くんを見習うとはどういうことだ?」

「……あー」

 

(やっぱこいつ、朴念仁……)

 

 引きつり笑いをするしかない心操だった。

 

 

 

 

 

 ようやく動き出した電車を乗り継ぎ、夏目実加は千葉市内のコンクール会場にたどり着いていた。

 

「………」

 

 会場となるARIKAWA記念ビル。その佇まいを見上げると、道中、解消しようと四苦八苦していた緊張がむなしくもぶり返してしまう。

 

(……がんばらなきゃ。緑谷さんと爆豪さんが、観に来てくれるんだもの……)

 

 ならばこんなところで、怯んでなどいられない。すう、はあと何度も深呼吸を繰り返し……歩きだす。

 

――そんな彼女のすぐ背後に、黒塗りのバンが停車した。運転席から現れたのはキャップを目深に被り、作業服を着た青年。トランクから取り出したカートには清掃用具が積まれている。しかしその下に敷かれた白布が、彼の目つきと相まって不審だった。

 

 彼はカートを押して、足早にビルへ近づいていく。その進行方向には、夏目実加の背中。それでも速度を緩めることはない。詰められていく距離。そして彼の手が、実加へと伸ばされて――

 

 

つづく

 

 

 




真堂「どうも皆さん、俺のこと覚えてる?傑物学園の真堂揺です」
爆豪「覚えとらん失せろ」
真堂「酷いな相変わらず、ってか覚えてるだろ絶対」

真堂「突然だけど爆豪くん、きみは最近見た夢を覚えてるかい?」
爆豪「ああ?即忘れるわンなもん」
真堂「はは、きみらしいね。でも時々は夢に浸る時間があってもいいと俺は思うんだ。きみのような人間こそ、尚更ね」
爆豪「そんなもん、俺にはもう必要ねえ」

EPISODE 43. トロイメライ

真堂「現実に向き合うことは大切だ。でもそれだけじゃ、呼吸がしづらいと思わない?」
爆豪「それでも俺は、立ち止まるわけにはいかねえんだよ……!」


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EPISODE 43. トロイメライ 1/4

一応もう事件が解決しちゃってるので好き勝手書いてます。
皆が好き勝手しゃべってるだけの回。

あと……ホークスファンの皆様どうもすみませんでしたと先に言っておきまする。


 入れ物に包んだフルートをぎゅっと握りしめ、ARIKAWA記念ビルへ足を踏み入れんとする夏目実加。そんな彼女の背後に、怪しい風体の青年が迫り――

 

「――!」

 

 振り向いた実加が目の当たりにしたのは、こちらに伸ばされた男の手。当然ぎょっとして身構えた彼女だったが……よくよく見れば突き出された掌には、見慣れた薄桃色が乗っていて。

 

「……これ」

「あ……」

 

 合点が行った。亡き父からもらって、肌身離さず持ち歩いている桜貝のミサンガ。ちょうどいま紐が切れてしまったのか、落としてきてしまったのだ。この青年は、それを拾ってくれた――

 

「あ、ありがとう……ございます」

「………」

 

 ぎこちないながらお礼を述べた実加だったが、青年はにこりともせず足早にカートを押して去っていく。ただそれでも、不愉快な気持ちにはならない。"拾ってくれた"という実際の行為がすべてだ。態度や見かけだけで、判断はしない――

 

 微笑みながら自身もビルに入っていく実加。――青年がここに来た真の目的を、彼女は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 その頃、爆豪勝己は車を走らせていた。ヒーローコスチュームからは当然着替え、スタジャンに黒のスキニーといういかにも若者らしいいでたちに身を包んでいる。首から上はキャップに伊達眼鏡と、変装も完璧だ。元々容貌もすぐれているだけあって、若手人気俳優のプライベート姿に見えなくもない。

 

「………」

 

 音楽やラジオを聞くでもなく、ただ運転に専心するその表情は極めて穏やかだ。普段……ヒーロー活動時の彼しか知らない一般市民たちには、想像もつかないであろうほどに。

 

――14歳の少女のフルートを聴くために、彼はARIKAWAビルに向かっている。それもまた、市井の人々にとっては驚くべきことに違いない。

 

 これがあとから合流する幼なじみであれば、四六時中あふれ出している優しさ、あるいはヒーロー精神の象徴的行為だと――勝己にとっては非常に腹立たしいことに――持てはやされるのだろう。

 

 勝己にもそういう気持ちがまったくないかといえば嘘になる。ただ、彼の心には"負い目"という根深いものがあった。第0号の捜査が遅々として進まないことへの苛立ちを露にした実加に対し、正論と信じて放ったことば。いまでも誤りではなかったとは思っているけれども、結果的にはそれが彼女を深く傷つけ、自殺まで口にさせてしまった。謝罪でけじめはつけたが……どうしても割り切れない部分があって、滞留となって心の奥に渦を巻き続けているのだ。先ほどの捜査会議での態度とは矛盾しているようだが、人間というのはそんなもの。

 

 ヴィランやグロンギを相手に、思うままに己の力を振るい、誇示している。衆目にはそう見られているヒーロー・爆心地であるが、その実いくつもの負い目を抱えて生きている。ましてやそんな生き方をよしとしている自罰的な一面が彼には存在するなどと、一体誰が知っているというのだろう。最も親しい友人である切島鋭児郎に対してすら頑なに閉ざした、爆豪勝己の秘め事であった。

 

 

 表情と同じく穏やかなドライブを続けていた勝己だったが、行く先にあるものを見つけ、車を端に寄せて停車させた。運転席から降り……一瞬躊躇を覗かせながらも歩きだす。その視線の先にあったのは色とりどりの花に軒先から奥まで埋め尽くされた店舗。流石にその行動にまで深刻な背景はない、言うなればただの気まぐれ。少なくとも緑谷出久、あるいは他の誰かが同行していたらば、絶対にありえないことではあった。

 

 

 

 

 

 一方でかの緑谷出久はというと、無事(?)沢渡桜子とのランチに間に合っていた。

 

「ごめんね沢渡さん、ぎりぎりまで待たせちゃって」

 

 すまなそうに謝る出久。対して桜子は、

 

「いいっていいって、悪いのはグロンギだもん。ま、でも実加ちゃんのことで頭がいっぱいで完全に忘れてたってのは、ちょっと……ねぇ」

「う……ごめんなさい本当に……」

 

 わざと口を尖らせて非難めいたことを口にすれば、あからさまに萎びてしまう。この数ヶ月でひと皮もふた皮も剥けた出久だが、こういう根っこの性格は変わらない。それを確認するためにもつい、からかいたくなってしまうのである。

 

「ま、それが出久くんの良いとこでもあるしね。今日は男らしくおごってくれるって言ってくれたから、許す!」

「あ……ははは、お手柔らかに……」

 

 「なに食べよっかな~♪」と、嬉々としてメニューを開く桜子。いつもは様々な条件の良さからお食事といえばポレポレになってしまうことが多いのだが、今回は珍しく桜子から「イタリアンが食べたい」というお達しがあったのである。当然おしゃれなイタリアンレストランなど出久の偏った知識のうちには存在しないゆえ、探すのに苦労したのは言うまでもない。最終的にはプレイボーイな椿医師に泣きついてここを教えてもらったのだが、誘う相手が桜子と知ってわざと値の張るところを挙げたのだろう――財布がすっからかんになるのも覚悟しなければと出久は涙を呑むほかなかった。

 

「それにしてもだけど……出久くんと爆豪さんが揃って観に行けることになったの、ある意味奇跡的よね。45号が出たのもそうだけど、ちょうど今日爆豪さんたちが帰ってこられたのも」

「そうだね……確かに。かっちゃん何も言ってなかったけど、間に合うように帰ってきてくれたのかな……」

 

 そうであったとしても、後処理にいつ区切りをつけるか、という段階だからこそできたことだろう。仮に死柄木弔が都内で目撃されていなければ、彼は躊躇なくコンクールの観覧を断ったに違いない。

 いずれにせよ勝己の心中において、今日のことはそれなりに重点事項としてとどめ置かれていた――そう思うと、我がことのようにうれしくなる。

 

「爆豪さんたちとは連絡とってなかったの?」

「うーん、轟くんとは週1くらいでやりとりしてたかな」

「週1……男の子って感じだね」

「そうなの?」

 

 女の子はもっと頻繁に連絡を取り合うものなのだろうか。大学に入って桜子と出会うまでは女子事情なんて触れる機会もなかったので、よくわからない。

 

「轟くんとは……ってことは、爆豪さんとは?」

「……わかるでしょ、言わなくても」

「まあねえ……」

 

 苦笑しつつ。

 

「ってことは正真正銘2ヶ月ぶりの再会だったんでしょ。――どうだった?」

「どうって……そりゃあもう、相変わらず怖くて強くてすごくカッコイイよ!爆破もさらに磨きがかかってるし……そうそう、やっぱり寒くなってきたからかコスチュームが冬仕様になっててね、これがまた――」

 

 以下、爆豪勝己について……というよりヒーロー・爆心地について延々熱く語り続ける出久。声量はさほどのものではないが、息継ぎもすら煩わしげにブツブツブツブツとしゃべってしゃべってしゃべりまくる出久。かっちゃんかっちゃんかっちゃんかっちゃんかっちゃん――まるでお経のようなそれが店をひと回り循環すれば、他の客もウェイターの視線も自ずと集中する。桜子はたまらず額を押さえた。

 

(ああ、見えてる地雷に突っ込んでしまった……)

 

 これだから喫茶店やレストランなどでは話題に気をつけなければならないのである、悲しいかな。だから余計にポレポレが重宝するのであった。

 

 

 

 

 

 事務処理にも一段落ついたということで、捜査本部の面々にも昼休憩が与えられていた。

 捜査員たちの中では最年少の27歳巡査・森塚駿は、二次オタな若者らしく、パンでもかじりながらひとりせこせこスマホで現行アニメの無料配信を観ようと計画していたのだが、

 

「問題でーす……なぜこんなことになっているのでしょーか?」

「ピンポーン!」

「おっと森塚選手速かった!」

「飯田くんに無理矢理引きずってこられたから!」

「正解!また来週!!」

 

「……なんのつもりだ、その三流小芝居は」

 

 正面から呆れ顔で突っ込みを入れたのは、"あの"元No.1ヒーロー・エンデヴァー。強面にじろりと睨みつけられ、森塚は「うへぇ」と肩をすくめた。

 

「些か強引になってしまったことは申し訳ありません、森塚刑事。ひとりでいるとどうしても、色々と考えてしまうものですから……」

 

 神妙な表情でつぶやく飯田。ちなみに発目を誘う誘わないの話が出ていたが、声をかけに行ったときにはもう彼女は撤収済みだったのだ。――閑話休題。

 

 殺人ゲームの完遂を阻み、誰ひとりとして殉職者を出さずにグロンギを倒すことができたことは喜ばしい。しかしながら、多くの市民が殺害されたこともまた事実で。

 複雑に交錯する感情にどう折り合いをつけるか、学生時代から5年余、未だ模範解答の見つけられない課題である。そういうときはせめてひとりにならず、他人とことばをかわすことで気を紛らわせたい――その気持ちは、森塚にもわからないでもない。もっと何かできたのではないかとも思うし、大勢の人が理不尽に命を奪われ、家族や友人が深い悲しみに包まれている中で笑って何かを楽しむようなことがあっていいのだろうかと思うこともしょっちゅうだ。軽薄だと自覚のある自分すらそうなのだから、真面目でまだ非常に若いこの青年などはなおさらだろう。

 

「……まあ、そういう気持ちになるのはわかるけどねえ」うなずきつつ、「でも僕に声かけるのはいいとして、なぜこの新米パパさんまで?」

「……誰が新米パパだ、誰が」

「おや、聞こえてしまいましたか」

 

 ただそう言われてしまう自覚はあるのだろう、エンデヴァーは小さく鼻を鳴らしただけで、注文したざるそばをすすりはじめた。

 その様子を横目で見つつ、

 

「……この方ともこうして同じチームでともに戦うことになって久しいですが、やはり重鎮というか、まだまだ雲の上のお方というか、距離を感じるときが多々あるといいますか……」

「そりゃしょうがなくね?警察と違って明確な階級があるわけじゃないとはいえ、歳もキャリアも違いすぎるっしょ」

 

 自分のようなヒラ刑事と、面構のようなキャリアの管理職と同じようなものだ……年齢から考えても。ただその面構警視長どのは最近、部下をやたら飲みに誘いたがる。とりわけ標的になりやすいのは一番若く独り暮らしの自分だ。当然向こうの全奢りなので懐はまったく痛まないのだが、正直一分一秒たりとも気を抜けないのでありがた迷惑だと思わなくもない。話を弾ませたいのか、子供の頃観ていたというアニメの話などされれば尚更である。

 

(凡人がそんなこと思ってるのを尻目に自分から大先輩誘っちゃうんだもんなぁ、やっぱヒーローは違うや)

 

「そういうわけで本日は、その……色々とお話をうかがえればと!まず、ご趣味などは……」

「って、見合いかい!」

「趣味というほどのものはないが……強いて言うなら、最近はよく家内と一緒に映画を観ているな。古い作品だが"父帰る"などは、時間が短いこともあって複数回視聴している」

「"父帰る"と言いますと、確か……」

「あー、ろくでなしの親父がある日突然帰ってくる奴っスよね。映画化されてたのは初耳ですけど原作は知ってますよ。知ってるだけっスけどね」

 

 自ら家族を顧みなかったくせに、すべてを失っておめおめと帰ってきた父親。それでも温かく迎えようとする家族の中で唯一、子供の時分から一家の大黒柱とならざるをえなかった長男だけは父を許せない。拒絶し父を追い返す。しかし――

 

(長男……か)

 

 エンデヴァー……轟炎司は自ずと、我が子の顔をひとつひとつ思い起こしていた。焦凍、夏雄、冬美――そして、燈矢。自分なりに歩み寄ろうと努力はしてきたつもりだ。ばらばらに散らばっていたピースが、その努力に応えて少しずつ埋まっていく。――けれど、ひとつだけ。ひとつだけまだ、拾い上げることができないままだ……。

 

 ふぅ、と息をつきつつ、炎司は口許を弛めた。いまこの瞬間、そのことを憂いても仕方がない。

 

「現実は映画のように予定調和とはいかん。……が、だからこそ、少しでも大団円に近づけようと我々自身が努力せねばとも思える。――いいものだな、有り体に言って」

「そうですね、まさしく……!私も幼い頃からあまり創作物に接してこなかったのですが、学生時代のことなのですが、友人から兄弟が主役のファンタジー漫画を勧められまして……」

 

 当時、既に完結していた漫画ではあったのだが……主役の兄弟に兄・天晴と自分を重ね合わせてしまった結果、漫画全巻、さらにはアニメ版のDVD全巻(劇場版含む)まで買い揃えてしまった。グロンギ復活より以前のこと、某お笑いトーク番組がその漫画をトークテーマとした際、ゲストとして招かれるくらいにはもう立派なオタクである。放送後兄から苦情――本気の叱責ではなく、照れ隠しのようなものである――が来たのは言うまでもない。

 

「そうかあ……あんなことがあったんだもんな、きみのお兄さんも」

「はい。私もあの作品のように兄を助けられてはいませんが……せめて兄の名を汚さぬよう、これからも精進したいと思っています」

「うむ。……互いに、大切な者たちに胸を張れるようなヒーローとならねばな」

「はい!」

 

 がしっと手と手を取り合い握手……とまではいかないが、煌めく瞳をまっすぐかわしあうこのヒーローふたりは間違いなく意気投合したようだった。この昼食会をセッティングした飯田の目論見は、意図した以上の大成功を収めたと言えるだろう。

ならばここは自分もオイシイ思いをさせてもらおうと、森塚も動いた。

 

「なるほどなるほど。アレですね、つまりはおふたりも創作物の良さを思い知ったと」

「え、ええ」

「……否定はせんが」

「で、あるならば!」

「だからなんだその芝居がかった口調は」

 

 エンデヴァーの突っ込みを完全に無視し、子供のように目を輝かせて森塚は続ける。

 

「名作アニメ森塚セレクションの中から、炎司師匠には家族あるいは親子もの、飯田くんには兄弟ものを推薦しますから!是非観てハマって、おふたりともこっち側に来ちゃってくださいよぉ~!」

「こっち側……とは?」

「……おおかたアニメおたくになれということだろう。ヒーローがおたくなど不名誉もいいところだ……まったく、あの男を思い出す」

「あの男?」

「"ホークス"。知っているだろう」

 

 それはもちろん、知らないはずがない。"ウイングヒーロー・ホークス"――背中に巨大な翼を生やしたヒーローで、弱冠22歳にしてエンデヴァーに次ぐNo.2に名を連ねた男だ。協力して敵連合と戦ったこともある。

 慇懃無礼で上昇志向のあまりないいかにも今どきの若者で、炎司からするといけ好かない男ではあったのだが……そうした経緯から、それなりに交流が継続している。ゆえに知ってしまったのだが、彼は地味にオタクだった。積極的にオープンにはしていないため、世間にはほとんど知られていないが――

 

「あぁそれね。――あいつをこっち側に引っ張り込んだの、実は僕なんスよ」

「え?」

「な!?」

 

 衝撃的すぎる告白に、ふたり……とりわけエンデヴァーは鳩が豆鉄砲喰らったような表情で固まっている。食べかけの蕎麦が口からはみ出ているのが、威厳の欠片もない。

 

「ど、どういうことだ?奴と面識があるのか?」

「面識も何も……僕ら同級生ですもん。小中の」

「な、なんだと……!?」

 

 今世紀最大の驚愕を覚える轟中年。世間の狭さを痛感すると同時に、危機感を覚えた。森塚とホークス……ふたりがかりで来られたらば、自分に勝ち目はないかもしれない……。

 




森塚がヒーローズに勧める作品は何か!?(CM入りテロップ)

ちなみにデクとかっちゃんには「ツルネ―風舞高校弓道部―」を勧めてます。理由はまあ……言うまでもあるまい(十中八九かっちゃんは観てない)。
あっちの「かっちゃん」は声が飯田くんなんだよなぁ。


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EPISODE 43. トロイメライ 2/4

な ん と !

この度推薦を書いていただけました!玄武Σさん、素晴らしい推薦本当にありがとうございました。

さらに読者が増えそうということで、残り8話より気を引き締めてかからねばなるまい。ここまで付き合っていただいた皆様方も、今後ともよろしくお願いします!



 コンクールの用意が着々と進められているその裏で、いよいよ事件の火種が発芽の時を迎えていた。

 

 会場に入る前に小用を済ませようと、手洗いに入った蟻川社長。しかし彼が自らの意志でそこから出ることはなかった。

 あとから入ってきた作業服の青年によって用具入れに引きずり込まれ、壁に叩きつけられた挙げ句強い当て身を喰らわされる。

 

「うっ!?……く、ふっ」

 

 たまらず意識を失う蟻川。そんな彼の口許に、青年はガムテープを巻きつけようとする。蟻そのままの大顎が邪魔だったが、その程度のことで怯んではいられない。――もはや彼は、ルビコン川を渡ってしまったのだから。

 

 

 

 

 

「そういえばなんだけど、」

 

 大量のベーコンが乗ったパスタをくるくると巻きながら、ふと思い出したように出久がつぶやく。

 

「45号倒して戻るとき、ちょうど救助活動中だった麗日さんに会ったんだよね」

「ふうん……。ブレイバー事務所の担当地域ってあのあたりだっけ?」

「いや、応援に呼ばれたんだって。それだけの、大惨事だったし……」

 

 一瞬、出久の表情が苦々しげなものに変わる。その大惨事を止めうる力をもつからこそ、抱く悔恨だ。もしもクウガでないただの学生のままだったらば、それはそれで悔しかったかもしれないが。

 

 ただ、いまその感情を露にしたところで桜子に気遣わせてしまうだけだし、本題はそこではない。すぐに表情を努め弛めて、出久は続けた。

 

「実加さんのこと、色々と聞かれたよ。コンクールのことも知ってたみたいだし……あのふたり、結構仲良くなってたんだね」

「ふふ、まあ女の子は意気投合すると仲良くなるの速いから」

 

 かく言う桜子とお茶子もそうであった。出久を介しての関係であったはずが、いつの間にやら親しい友人関係を築いている。八百万百はじめ雄英OGの女子メンバーも呼んで遊びに行っている話などを時折聞くと、ほんのちょっぴり疎外感を覚えることがないではない。ただそれを匂わせようものなら、「じゃあ出久くんも来ればいいのに」と当たり前の顔をして言われてしまうのである。一度誘いを断りきれずにお茶会に参加したことがあるが、あれはもう針の筵と言うほかない状況だった。海水浴のときのような男女混合なら流石に慣れたが、あんな女子に囲まれて平常心でいられる男がいるものだろうか――

 

(かっちゃん、轟くん、飯田くん……そこそこいるな)

 

 あの3人が図太すぎるのだろうが。ちなみにそのときの話を聞いた心操はまず同情してくれたので、やっぱりこの人は僕の親友だと確信したりもした。

 

 それはともかく、

 

「麗日さん、すごく頑張ってるみたいだった。色々あったけど、そういうの、全部ちゃんと乗り越えて……」

「……うん」

「僕も、見習わなきゃな……」

 

 少し寂しそうな笑顔でそうつぶやく出久。いや良い表情ではあるのだが、桜子の脳裏には疑問符が浮かんだ。

 

「ん?」

「え?」

「その気持ちは大事だとは思うけど……お茶子ちゃんが、出久くんを見習ったんじゃない?」

「へ、……い、いやいやいや!」

 

 ぶんぶんと両手を振って否定を示す出久。過ぎた謙遜はときに嫌みである。というか自覚なしでやっていたのか――と、桜子は可笑しくなった。すかさず毛量が多すぎてジャングルのようになっている頭に手を伸ばす。

 

「へぁッ、ちょ、さささ沢渡さん!?」

「まったくもう、この子は!」

 

 わしゃわしゃわしゃわしゃ、撫でまくる。異性にそんなことをされるだけでもまろい頬が真っ赤になってしまうというのに、ここは衆目のあるところである。

 

「んふふふふふ」

「や、やめてよぉ……」

 

 やっぱり女性の気持ちは、よくわからない――

 

 

 

 

 

 出久たちがまだランチを続けている間にも、爆豪勝己はもうARIKAWA記念ビルに到着していた。

 

(チッ、早よ着きすぎちまった)

 

 少し寄り道をして時間を潰すなり、車中で仮眠をとるなりしてもよかったかもしれない。ただ完全にオフならともかく、一応仕事の合間となるとそういうことができないのが勝己の性であった。

 

 まあいい、カフェがあるようだからそこでコーヒーでも飲んでいこう。ため息混じりにそう考えていた勝己の横を、背広姿の男たちが慌ただしげに駆け抜けていった。

 

「!、………」

 

 揃って険しい表情を浮かべていることを除けば、さほど特異な光景ではない。しかし彼らが一般のサラリーマンなどとは異なる――どちらかといえば自分に近い人種であることが、勝己には直感的にわかってしまう。そしてそんな連中が出入りしているということは、このビル内で何か穏やかではない事態が進行している可能性がある……ということ。

 

 警戒するように、周囲をぐるりと見回す勝己。その風景の一部に己の予感を確信へと変える装いの青年の姿を認めて、盛大に顔をしかめた。ただしそこに表れた不愉快は、何も事態に対するものばかりではなくて。

 

 細身ながらも逞しい肉体を惜しげもなく晒したコスチュームを纏い、衆目を集めながらも凛とした表情で仲間と話しているかの青年。私人としてはかかわり合いになりたくない勝己だが、相手の職業を考えればいますぐ状況を聞きたい。どうしたものかと悩んでいると、青年の視線がこちらに滑った。

 

「では、何かあれば報告を」

 

 そんな型通りの辞を述べ、散開する青年たち。彼は一転して貼りつけたような笑みを浮かべ、こちらに向かってくる。――クソ、気づきやがった。勝己は咄嗟に花束を背中側に隠した。

 

「爆豪くん?……やっぱり!爆豪くんだよね!?」

「……真堂、揺」

 

 真堂(よう)――勝己より一年先輩にあたる、傑物学園出身のプロヒーロー"クエイク"。デビュー4年目にしてこの千葉市を管轄する大規模ヒーロー事務所においてチームリーダーを務める実力者であると同時に、その甘いマスクと爽やかな振る舞いから男女問わず高い人気を誇っている。

 そんな彼と勝己の関係は、勝己にとって屈辱的な結果に終った一度目の仮免試験から始まった。その後も高校同士の合同演習等で顔を合わせることも多々あったため面識が生まれるのは当然にしても、なぜかこの男、やたら馴れ馴れしく接してくる。こちらが拒絶を示しているというのに。そして、挙げ句には――

 

 現にいまも、こちらの苦い表情を慮ることなく「よう!……あ、いまのは駄洒落じゃないからね」などとクソサムいことをのたまっている。いますぐその笑顔の仮面を爆破で吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、先述の理由からぐっと踏みとどまった。

 

「久しぶりだね、活躍は聞いてるよ。そうそう、18号事件の時は確かニアミスだったんだよね。きみと共闘できなくて残念だったなぁ……」

 

 つらつらと、にこやかにしゃべる真堂。勝己が露骨に舌打ちしても、態度を変えることはない。人当たりの良さがあふれんばかりだが、どこまでが本音なのか。心根に黒いものをもっているくせに、それを隠してどこまでも善人ぶるのが気に食わないのだ――初対面のときから。

 

「あ、例の件なんだけど……考えてくれたかい?」

「考えとらん、つーかなんの話だ」

「酷いな相変わらず……。にしてもその恰好、プライベート?どうしてここに――ん?」

 

 勝己の手が不自然に背中側に回ったままなのに気づいたのだろう、覗き込んでくる真堂。咄嗟に身体の向きを変えて誤魔化そうするが、花束などというサイズのあるもの、そうそう隠し通せるわけもなく。

 

「え、」爽やかな笑みが、間抜けに硬直する。「花束……は?え?ウソだろ、オイ……」

 

 もはや外面を取り繕うことも忘れた口調。呆けた面と相まって嘲ってやりたくなった勝己だが、あらぬ誤解を受けることは避けたかった。

 

「チッ、なに勘違いしてやがる。……0号被害者の夏目教授の娘が、今日のコンクールに出んだよ」

「!、な、なるほどそういう……いや、だとしてもだろ!?」

 

 ()()爆豪勝己がフルートのコンクールを観に来るばかりか、花束まで用意してくる?個性に反して肝は据わっているほうだと自認している真堂だったが、これは天地がひっくり返るほどの衝撃だった。

 

「ば、爆心地も……人の子かぁ……」

「ア゛ァ?なにワケわかんねえことほざいてやがる、すかし野郎」

「いや、こっちの話。……それより、ちょっといい?ここだと人目がある」

 

 真剣な表情で移動を促されれば、勝己に断る理由はなかった。――この男がここにいる理由、ここで何が起きているのか、見て見ないふりをすることなどできるはずもない。

 

 

 エントランスの人波から抜け出すふたりのヒーロー。ゆえに彼らは入れ違いに現れた軍服の女には気づかなかったし、気づいたとしてそれがゴ・ガリマ・バであることなど知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 出久と桜子はランチを終え、レストランを発とうとしていた。桜子のほうはお腹をさすりながらほくほく顔である。メインディッシュはもちろんのこと、デザートまでしっかり舌鼓を打って久々に大満足。やはり食事はこうでなくてはと思いつつ、明日からはまた栄養ドリンク漬けになることは目に見えているのだが。

 

 一方で出久はというと、普段の朝昼晩三食を優に越える出費に、心のうちで男泣きしていた。

 

(うぅ……財布がすっからかんだ。かっちゃんのポレポレカレーローンもまだ結構残ってるってのに……)

 

 対応策としては3つ考えられる。まず、母に頼んで仕送りを増やしてもらう。これはそう難易度は高くないが――母は自分に甘いので――、私大に行かせてもらっているのにこれ以上の負担を強いるのは忍びない。次に、バイトを増やす。学生としては一番現実的だろうが……いつグロンギが現れるかわからないうえ、トレーニングにも時間を割かねばならない現状、それもなかなか厳しい。というかできるならとっくにやっている。

 最後のひとつは……警察に、報酬を要求すること。

 

(いやいやいや、それは駄目だろ……。いや言えば通るかもしれないけど、なんか道義的に……)

 

 プロヒーローは皆報酬をもらっているのだからその権利は出久にもありそうなものだが、あくまでヴィジランテとして"戦いたいから戦っている"状況を好意で追認してもらったようなものだ。そのうえ対価をよこせと言うのは、根が小心者の出久にはとてもできそうにない。

 

(グッズ経費を抑えるしかないか……はぁ)

 

 憂いを込めたため息をつく出久を、桜子は気遣わしげに見た。

 

「出久くん……本当に奢りで大丈夫?きついなら自分のぶんくらい出すよ、今さらだけど」

「!、い、いやいいよそんなの!男に二言はないッ……な、なんてね!」

 

 そこはもう意地である。ただ、

 

「つ、次は……そうしてもらえるとありがたいかな……?」

「ふふ、OK。ていうか、次は私が奢るよ」

「うぅ……ありがたいけどプライドが……」

 

 そんな切実な会話を弾ませつつ、ビートチェイサーに跨がる。桜子も後ろにくっついて、出久の腹に腕を回した。かつては骨っぽかった感触が、ずいぶん分厚くなったと感じる。戦士クウガとして強敵と戦う以上、逞しく頼もしくなることは良いことなのだが……本音を言えば、少し寂しくも思う。小柄でひょろい身体に英雄の魂を秘めていた出久も、それはそれで嫌いではなかった。

 

「?、どうかした?」

「……ううん。――そういえば爆豪さん、もう向こうに着いてるかな?」

「そうだなぁ……かっちゃんあまり道草しないしね」

「そっか。少しは和めてるかな?」

「え?」

「だって滅多に笑わないでしょう、爆豪さんって」

「!、そ、そうかな……結構笑ってると思うけど……戦ってるときとか」

 

 あの凄絶な笑みを向けられた日には、並のヴィランはトラウマになってしまうのではないかと出久は前々から要らぬ心配をしている。中学生の頃、標的とされていた張本人が言うのだから間違いない。

 

「うーん……そういうんじゃなくて。ただ純粋に嬉しかったり、楽しかったりで笑うとか。そういえば見たことない気がしたの」

「!、あ……」

「爆豪さんのそういう表情、出久くんは見たことある?」

「………」

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「……ないことはないよ」

「え、そうなの?」

「うん……――昔の話、だけどね」

 

 幼少期からして彼は意地悪だったが、快活だったし、優しいところもあった。そういう類の笑顔だって、たくさん見せてくれたはずだ。

 

 いつから彼は、笑わなくなったのだろう。ヘドロ事件のあとから?いや確かにあれは決定的なできごとだったかもしれないけれど、目減りをはじめたのはそれよりずっと以前からだ。反比例して嘲笑を向けられることは多かったから、ずっと気づかなかった……いや、忘れていたのだ。本当の、勝己の笑顔を。

 

 ただまさしく今日、捜査会議のときにほんの一瞬見せた笑み。あれが、その欠片なのだとしたら。

 

「僕も、見たいな……また」

 

 フルートの音色がそれを呼び起こしてくれると、信じたい。

 

 

 

 

 

「――ARIKAWAジャパン(ここ)の社長が?」

 

 関係者以外立ち入り禁止の区域を歩きながら、勝己は確認するように訊き返していた。

 

「ああ。コンクールの開会にあたって挨拶をする予定だったそうなんだが、姿を消してしまったらしく、連絡もとれない」答える真堂。「ARIKAWAジャパンといえば、海外事業の失敗に伴う今年度のリストラで、かなりの数の社員をクビにしてる。そのことで恨みをもってる人間は大勢いるだろう。実際脅迫状は頻繁に届いてるそうだし、怪しい奴がうろついていたなんて目撃情報もある」

 

 背景を理解した勝己は、「ケッ」と心底から馬鹿にするように吐き捨てた。

 

「くだらねえ。自分の無能棚に上げた逆恨みじゃねえか、ンなもん」

「おっしゃるとおり。けど、そうでもしなきゃ生きていけない人間も世の中には大勢いるんだよ、爆豪くん」

「………」

 

 一瞬の沈黙のあと、

 

「……ハナシはわぁった。けど、仮に社長が拉致されたんだとして、なんでいきなりテメェらが出てきてんだ?初動捜査は警察の仕事だろ」

 

 実際、先ほどエントランスにいた背広姿の男たちは十中八九刑事だろう。まだ事件かどうかすら確実でない状況で、なぜヒーローが動員されるのか。

 

 率直に疑問を呈した勝己に対し、真堂は意味ありげな笑みを浮かべてみせた。

 

「……ARIKAWAグループはウチの事務所の大口スポンサー、ただし業績悪化を償うために投資規模を縮小しようとしている。そうならないよう、ウチは可能な限り恩を売っておく必要がある……ここまで言えばわかるよね?」

「……あァ、そういうことか」

 

 二度目の「くだらねえ」は、声になる前に喉元にとどめ置かれた。もう子供ではないのだ、事務所を経営するにあたって、そうした努力が必要なことも理解している。

 

「ま、そういうワケでして……せいぜい無駄足になるといいんだけどね」

 

 軽い毒を吐きつつ――この男、勝己の前では若干開けっぴろげになるのだ――、仮本部となっているスタッフルームへ引っ込んでいこうとする真堂。その姿をただ見送ることもできず、勝己は彼を呼び止めたのだが。

 

「あれ、きみが今日ここに来た目的はなんだったっけ?」わざとらしく嘯く。

「ッ、だったらテメェ、なんで俺に話した!?」

「さあ、なんでかな。……じゃ、また追々」

「てめ、すかし野郎――!」

 

 ばたん。無情にも閉じられた扉は、勝己を廊下に置き去りにしたのだった。

 

「……クソがっ」

 

 たまらず吐き捨てる。本当は扉を爆破してやりたかったが、それは言い訳しようもない器物損壊であり、勝己はそういうことはしない。昔からみみっちいと言われる所以だった。

 

 是非もなく、肩をいからせて踵を返す。――それとほぼ同時に、スマートフォンがぶるりと振動した。表示されたメッセージ……その送信者は、つい今しがた自分をすげなく追い出した男で。

 

『いざってときはまた連絡する。頼りにしてるよ、ヒーロー』――

 

「……けっ」

 

 これだからあの男は嫌いだと、心の底から勝己は思った。

 

 

 

 




ヒロアカあるある言いたい~♪

(中略)

真堂パイセンのフルネーム、真堂圭(耳郎さんの中の人)と言い間違いがち~♪


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EPISODE 43. トロイメライ 3/4

 ちょうどその頃、合同捜査本部のNo.2である塚内警視と、S.A.U.Lのリーダーである玉川警部補もまた、ともに遅めの昼食をとっていた。もっとも、決まった時間に食事できるほうが珍しい彼らからすれば、早いも遅いもないのだが。

 

「おまえとメシ食うのも久しぶりだな、三茶」

「そうですね。塚内さん、昇進してから構ってくれなくなりましたし」

「なんだそりゃ……彼氏彼女じゃあるまいに」

 

 首から上が混じりっけない猫だからまだ微笑ましいかもしれないが、外見諸々の要素を取っ払ってみればアラフォー(40手前)のおっさんが同じくアラフォー(40過ぎ)の元上司が構ってくれなくて拗ねるという……なんというかこう、そういう男同士のもつれ合いが好きな方々にとってもストライクゾーンから外れる振る舞いなのではなかろうか。

 

「そういうおまえはどうなんだ、ちゃんと部下の面倒みてやってるのか?」

「ウ゛ッ……にゃ、ニャア」

「なに誤魔化してんだ」

「……発目くんは言わずもがなだし、心操くんはこう、今どきの若者ですし。あまりプライベートに踏み込みすぎるのもあれかなーと……」

「一般企業やお役所ならそうかもしれないが、俺たちは互いに命を預けて戦ってるんだ。そういうのもある程度は必要だろ。それに心操くん、彼は打てば響くタイプだと思うぞ」

 

 面構本部長が出久ともども焼肉を食べさせてやったときは、ふたり揃ってむしゃむしゃがっついていたらしい。話もそれなりに弾んだそうだから、森塚などよりは飯田などに近い――つまりはヒーロー的な――メンタルを持っているのだろう。つくづく、その道からドロップアウトしてしまったのが惜しい。警察としてはむしろ僥倖だったかもしれないが。

 

 それからもお互い出世してみてどうだとか、多忙な独身貴族ゆえ増えた給料の使い途がなくて困っているだとか、40歳までには所帯を持ちたい(持ちたかった)だとか、そんな中年男性あるあるな会話で盛り上がるふたり。供された食事もあらかた平らげ、そろそろお勘定という時になって、不意に玉川が真面目な表情になった。何か言おうとして……周囲を窺うように、目線を動かす。ここまでのような雑談を吹っ掛ける態度でないことを察した塚内だったが、相手もベテランであるから促さず静かに待った。

 

 そして、

 

「……捜査会議では話題に挙がりませんでしたけど、廃工場で発見された未確認生命体の死体の件、塚内さんはどう考えていますか?」

「……あれか」

 

 ひと月ほど前、廃工場で発見された老人の遺体。爬虫類のようなタトゥが手に刻まれたそれは、腹部をえぐり取られており……解剖に付された結果、体組織に他のグロンギと同様の特徴がみられることがわかったのだ。

 

「他の161体と同じ、X号による"整理"……では、ないですよね」

「……ああ」うなずき、「あの遺体の未確認の殺害時点で、奴はまだ地方にいたはずだ。それに奴の手口にしては、腹部以外が綺麗に残りすぎている。それに――」

 

――抵抗の痕跡(あと)が、なかった。

 

「あくまで勘だが、犯人(ホシ)はX号とはまた別の未確認だと思う。それもただの仲間割れではない。あるいは……」

 

 塚内が挙げた容疑者の名を聞いて、玉川は戦慄せざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 街にようやく戻った、かりそめの平穏。それを嘲笑うかのように、バラのタトゥの女――バルバは、艶やかに笑みを浮かべていた。

 

「いよいよだな、ガドル」

「………」

 

 そんな彼女と相対するのは、カブトムシに似た異形の怪人。無駄なく鍛え上げられた筋肉質な漆黒の身体を、堅固な装甲が覆っている。橙色に光る一対の瞳は、常に苛烈な戦意を放ち続けて憚らない。彼こそがゴ・ガドル・バ――実力者揃いの"ゴ"の中でも、卓越した力の持ち主である。

 

 バベルも斃れ、長らく待ち続けていたゲゲルの順番がようやく自分に回ってきた。にもかかわらず、彼は逸る様子を微塵も見せない。黙したまま、傍らで見守る仮面の男――ドルドめがけ、カードのようなオブジェクトを投げつける。そこには現代人にはおよそ判読不能な象形文字が記されていて。

 

「ほう、これはこれは……」

 

 感心したようにうなずくドルド。そしていよいよ、バルバが爪型の指輪を構え、ガドルのもとへ歩み寄る――

 

――刹那、その姿が着流しを纏った男性のそれに戻った。

 

「ラザザ」

「!」

 

 有無を言わせぬことばに、バルバが立ち止まる。

 

「ガサダバヂバサンジンドゾ……ゲダバサ、クウガ」

「……ほう」

 

 踵を返し、颯爽と去りゆく。"新たな力"――すべては、確たる勝利のために。

 

「いまのおまえに、ガドルを抑えられるかな――"ガミオ"」

「………」

 

 いつの間にか現れた、目深にフードを被った老人。口許に深く刻まれた皴は、いかなる事態に直面しても決して揺らぐことはない。

 

――たとえ旧友を、自らの手で殺めたとしても。

 

 

 

 

 

 夏目実加はホールを彷徨っていた。

 

 一度は観客席で静かに自分の番を待つ心積もりでいたのだが、他人の巧みな演奏を聴いていると、かえって不安で落ち着かない気持ちになってしまったのだ。

 それに、

 

(桜子さんたち、まだかな……)

 

 来てくれると約束した3人とも、まだ顔を見ていない。桜子以外のふたり――出久と勝己――に至っては連絡先すら知らないのだ。自分の演奏が始まるまでに、ちゃんと来てくれるだろうか――

 

 ただなんとはなしに、周囲に目をやった実加。しかしその行動が、思わぬところで己の希望を叶えた。

 

「!」

 

 案内の女性から、コンクールのプログラムを受け取っているとおぼしき青年の姿が視界に入る。実加より頭ひとつぶん以上も高い背丈に、一見細身ながらいっとう鍛えられていることがわかる身体つきと身のこなし。伊達眼鏡に隠された、意思の強さを露にするピジョンブラッドのような紅い瞳。簡単に変装はしているようだけれども、直接会って、ことばをかわして、誤認するはずがない。あれは――

 

「爆豪さ……」

 

 呼びかけようとして……思いとどまる。プロヒーローの個人情報は公には伏せられているが、住所等はともかく本名や来歴についてはこのご時世簡単に広まってしまう。まして勝己のような雄英出身者ともなれば、かつてのオリンピックに代わるものとなった雄英体育祭で名が売れてしまっているのだから秘密も何もない。

 

 前置きが長くなったが、要するに勝己の存在を周囲に気取られたくなかったのだ。ヒーロー・爆心地がいると騒ぎになれば、落ち着いてフルートを聴いてもらうどころではなくなるし、最悪自分との関係を邪推されるようなこともないとは言い切れない。

 

 実加がどうしたものかと逡巡していると、幸いにして勝己のほうからこちらに気づいた。

 

「あ……こ、こんにちは」

「……おう」

 

 ぶっきらぼうな応答とともに、歩み寄ってくる勝己。やはり直接あいまみえるとなると緊張してしまうが……ぐっと唾を飲み込んで、実加もまた一歩を踏み出した。

 

「ご無沙汰、してます。今日はあの……お忙しい中、来ていただいてありがとうございます」

「……別に。それよりいいんか、こんなとこいて」

「あ、はい。私の番まだまだだし、なんか緊張しちゃって」

 

 そのときふと、勝己が小脇に抱えた花束が目に入った。

 

「あの、それって……?」

「あぁ……おまえにやる」半ば強引に押しつけられる。「いらなきゃ捨てとけ」

「そ、そんなっ!……嬉しいです、ありがとうございます」

 

 驚きのほうが先に来たが、それはまごうことなき本音だった。あの塩どころか唐辛子対応で名高い爆心地から花束を贈ってもらえる人間は、いまのところ世界で唯一自分ひとりだろう、きっと。

 

「まだ行かねえんなら、少し話でもするか」

「え、いいんですか?」

「……待ちくたびれてんだよ、付き合えや」

 

 不機嫌そうな台詞にも、もう腰が引けることはない。実加はにっこりと笑って「はい!」とうなずいた。

 

 

 話をすると言っても、成人過ぎた男のプロヒーローとふつうの女子中学生ではなかなか共通の話題もない。まして互いに、くだけた話が得意というわけでもなく。

 

 そうなると結局、話題はひとつしかない。

 

「……ニュースだなんだで見聞きしてるだろうが、奴らン中でいま異変が起きてる」

「それって、新しく現れた未確認生命体が、仲間をたくさん殺した……っていう?」

「そうだ。ただ、そのおかげで連中の特性を詳しく調べることもできてる。もうすぐデク……4号じゃなくても、連中をブッ殺せるようになる」

「!、じゃあ――」

 

「未確認生命体はいなくなりますか?0号も、いなくなりますか?」

「………」

 

 縋るような目で見上げてくる。あのときも、父の死から間もないがゆえに刺々しくなっていただけで、きっと同じ気持ちだったのだろう。

 

「……言ったろ。奴らのいいようにはさせねえ――俺たちが、必ずブッ潰すってな」

「………」

 

 実加は暫し、じっと勝己の顔を見つめていたが、

 

「よろしく……お願いします」

 

 丁寧に頭を下げる。その瞳にはもう、不信はなかった。

 

「私、あのあとからずっと、自分にできることを考えてて……。研究室のお手伝いしようかとも思ったんですけど、全然専門的なこととかわからなくて。ヒーロー目指すとかも、現実的じゃないし。それで、お父さんの勧めてくれたフルート、がんばってみようと思ったんです」

「それで半年でコンクールか……大したもんだな」

 

 称賛のことばは、自分でも信じられないほど滑らかに飛び出していた。一瞬目を丸くした実加の頬が、やがてりんごのように赤く色づく。

 

「あ、ありがとうございます……私なんか、まだまだですけど……」

「なら、せいぜい気張れや」

「はい!」

 

 嬉しそうにうなずいた実加は、「あ」と声をあげてバッグから何かを取り出した。

 

「おやつに持ってきたんですけど……お饅頭、いりますか?」

「饅頭?」

「あ、甘いもの苦手なんでしたっけ……」

「……別に苦手じゃねえ。欲しねえだけだわ」

 

 欲しなさすぎて、饅頭に至っては15年以上も食べていないけれども。

 

「もらうわ。ハラ減ってっし」

「あ、どうぞ。――どうでもいいことなんですけど、私、お饅頭食べるときってどうしてもあんこから先に食べちゃうんですよね。ふたつに割って」

「!」

 

 勝己が目を丸くするのを見て、実加はよもやと思った。

 

「もしかして、爆豪さんもですか?」

「……ああ、ガキんときだけどな」

 

 甘味が口の中に残るのが嫌だったから、先に餡の部分だけきれいに食べるようにしていた――そんな説明をすると、実加が笑った。

 

「じゃあ理由は逆なんですね。私は甘いの大好きなので、我慢できなくって」

「女とガキは甘ェの好きだもんな。どっちにも合ってんじゃしょうがねえわ」

「うっ……わ、悪かったですねっ!」

 

 頬を膨らませてみせる実加。それを受け止めた勝己は、瞳を細めてフッと微笑んだ。それは花束と同じくらい、貴重な表情だと実加にはわかった。

 

「爆豪さんって、そんなふうにも笑うんですね……」

「あ?」

「あ、す、すみません。いつも厳しい顔してるか、怖い笑い方してる印象があったので……」

 

 ヴィラン顔負けと巷では言われている――なんてことまでは、流石に口にはしなかったけれど。

 多少なりとも怒られるかと思ったが、勝己はその柔らかな笑みを維持したまま、瞳にほんのわずか、自嘲のいろを覗かせただけだった。

 

「……だろうな」

「……?」

 

 実加が覚えたのは、小さな、本当に小さな違和感だった。彼がもっている自信、プライド……そういうものの、奥の奥に覆い隠された何か。うまく説明できないけれどそれは、そういったものとは矛盾した感情なのではないかと感じたのだ。

 

「爆豪さ――」

「つーか、そろそろ行かねえとやべーんじゃねえの?」

「え?――あ!」

 

 気づけば、自分の出番まで30分を切っている。勝己の言うとおり、そろそろ準備に取り掛からねば……おしゃべりに気を取られすぎてうまくいかなかったなんて、笑い事ではない。

 

「じゃあ……行ってきます」

「おーおー、トチんなよ」

「が、がんばりますっ」

 

 ぺこりと一礼して、走っていく実加。それを見送ったあとで、勝己は彼女からもらった饅頭をふたつに割って、餡の部分だけを齧る。

 

「……クソ甘ぇ」

 

 そう、苦手なわけではない。――ただ、自分にはふさわしくないというだけだ。

 

 

 

 

 

 その頃緑谷出久は、沢渡桜子とともにコンクール会場へ向けてバイクを走らせている真っ最中だった。

 

「思ったより遅くなっちゃったね……!間に合うかな……」

「あと15分くらいで着けるはずだから、たぶん大丈夫だよ。だから慌てないで、安全運転でね!」

「はは……」

 

 確かに、無茶な運転で事故でも起こしたら元も子もない。呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。

 

――そのときだった。人影が、ふらふらと道路に踏み出してきたのは。

 

「ッ!?」

 

 慌てて急ブレーキを握る出久。不幸中の幸いというべきか、まだ距離があったおかげでバランスを崩すこともなく停まることはできた。まずもって桜子に大丈夫か訊けば、肯定が返ってくる。

 

「ッ、なんなんだ、一体――」

 

 行く手を阻んだ男は、焦る様子もなく茫洋とその場に佇んでいる。しみひとつない純白のパーカーを纏い、フードを目深に被っている。はみ出た髪も白い。――唇が、醜くひび割れている。直接ではないが、その姿は記憶に焼きついていた。

 

「!、おまえ……」

 

「死柄木、弔……!」

 

 東京に戻ってきたことは既に知るところ。だが、なぜこんなところに?

 

 ほとんど反射的にマシンから飛び降り、当惑している桜子を背後に庇う。途端、対峙する弔の充血した双眸が、ぎろりと鋭くなった。

 

「クウガ……緑谷、出久……」

「……!」

 

 こいつ、僕の名前を?

 

「おまえ見てると……なんか、ムカムカする……!」

 

「きらいだ……――死ね!!」

 

 瞳がかっと見開かれ、弔の肉体が内側から変質する。日に焼けていないもとの肌がさらに白く染め抜かれ、紅い瞳が歪に巨大化する。頭部から突き出した黄金の二本角はクウガやアギトに酷似しているが……その実は、彼の内面を表したように醜くゆがんでいた。

 

「……ッ、沢渡さん、隠れてて」

「う、うん……!」

 

 桜子を逃がし、自身はその場に踏みとどまる。援護してくれる仲間は誰もそばにいない。けれども、

 

(逃げるわけには、いかない……!)

 

 弔を救ける、その力になると決めたのだから。

 

 

「――変身ッ!!」

 

 アークルを体内から顕現させ、変身の構えをとる。たちまち全身の筋肉が膨れあがり、漆黒の皮膚が、真っ赤な鎧が包んでいく。弔の……ダグバのそれとは似て非なる赤い複眼が、出久の翠眼を覆い隠した。

 

「………」

 

 おもむろに、拳を構えるクウガ。対してダグバは微動だにしない。その場に縫い付けられたよう双方が、辺りに強烈なプレッシャーをばらまいている。少し離れた街路樹の陰から見守る桜子が、思わず固唾を呑む。

 

――刹那、ついに状況が動いた。

 

「あははははははっ!!」

 

 狂ったような哄笑とともに、凄まじい速度で距離を詰めてくる。まともな神経ならいますぐ逃げ出したくなるところだが、クウガはぐっとその場に踏みとどまった。ぎりぎりまで引き付けて――かわす!

 

「く……ッ、――はぁッ!」

 

 そして地面を転がりつつ、脇腹に蹴りを叩き込む。ただ守りも念頭に入れた攻撃なだけあって、牽制程度の効果にとどまってしまった。すかさずダグバが手を伸ばしてくる。クウガは慌ててまた距離をとる。

 

 ダグバが、笑った。

 

「はは……ぼくの手が、こわいの?」

「……当たり前だろ」

 

 その感情を否定するつもりは更々ない。弔が元々持っている個性を使われれば、いかにクウガの肉体といえど"崩壊"を免れない。奴の5本の指と接触しないよう臆病になることも、この戦いでは必要だ。

 

「へぇ……こわいのに、戦うの?」

「そんなのッ、当たり前だ!!」

 

「決めたんだ。僕はみんなを……みんなの笑顔を、守ってみせる!!」

「………」

 

 ダグバの拳が、固く握りしめられた。

 

「やっぱりおまえ……大嫌いだぁッ!!」

 

 一気に詰められる距離。拳が握り込まれている以上、少なくとも個性は使われない。いちかばちか……クウガもまた、拳を振り上げて応戦する。

 

 ゼロ距離。そして、

 

「がぁッ――」

「ぐ――」

 

 互いの拳が、互いの頬を歪ませあう。クウガは後方に吹っ飛ばされ、ダグバは地面を転がった。

 

「ッ、うぅ……」

 

 鈍い痛みが、鋭く発せられる。ダグバも同等のダメージを受けているのだろう、頬を押さえながら……それでも、殺意のこもった視線をクウガへ向けている。

 

「嫌いだ……死ね、死ね……っ!」

「ッ、なんで、そこまで……!」

 

 生粋のグロンギたちとは異なる、何かにとり憑かれたような憎悪。その姿はあまりにおぞましく……あまりに、切なかった。

 

 

(出久くん……)

 

 そんな死闘を見守り続けることしかできない桜子の手に、力がこもる。この戦いはいつまで続くのか、そしてどんな形で終るのか――そのとき出久が無事でいるという保証など、どこにもない。

 

――そして、彼女自身も。

 

「ねえ」

「!」

 

 いきなり背後から声がかかる。反射的に振り向いた桜子の視界に映ったのは、迫る陰気な詰襟姿の少年。逃げ出す間もなく、彼の手が迫り――

 

 

「きゃああぁっ!」

「ッ!?」

 

 短い悲鳴を耳にして、クウガが振り返った先――怪人体に変身したゴ・ジャラジ・ダと、彼に拘束された桜子の姿があった。

 

「沢渡さんっ!!」

「……ヒヒッ」卑しく嘲うジャラジ。「ダグバ……この(ひと)傷つけるほうが、クウガは面白いことになるよ……」

「ッ、おまえ……!」

「……へぇ」

 

「じゃあ……そうする」

 

 ジャラジのことばに従って、ダグバが動くのは速かった。放り出された桜子のもとに、一気呵成に迫っていく。

 

「ッ、沢渡さん――!!」

 

 クウガとて立ち上がり、桜子を救うべく走り出す。しかしスピードに長けたダグバに対し、いかに全力であってもその動きはあまりに緩慢だった。そして狙われた桜子は、恐怖から身動きすらできない――

 

「ヒヒッ……無力だね、クウガ」

「く……ッ」

 

 嘲うジャラジに、反論もできない。手を伸ばしても、届かない――

 

「や、めろ……ッ!」

 

 もはやそう、声を振り絞ることしかできない。それでダグバが止まるはずもない。今度こそ明確に開かれた掌が、いよいよ桜子の目の前に迫る。

 

――僕は、こんなすぐそばにいる大切な人すら、救えないのか。

 

 無力感とともに、とうに抑えたと思っていたどす黒いものが、胸のうちから溢れ出してくる――その黒が、複眼に滲みかける。

 

 刹那、その場にいる誰もが予想だにしない事態が起きた。

 

 上空に、突如として黒雲が現れる。それは太陽光を完全に遮断し、辺りを夜の闇に変えてしまった。

 

「な……?」

「これは――」

 

 ダグバも思わず動きを止め、上空を見遣る。直後、ジャラジが彼の名を叫んだ――珍しく、焦りを露にした声で。

 

 そして落雷が、2体の身体を貫いた。

 

「がぁ――ッ!?」

 

 倒れ込むグロンギたち。余程ダメージが大きかったのか、その身がたちまち人間体に戻ってしまう。

 おかげで桜子は助かった……その安堵以上に、クウガもまた当惑していた。これは、なんだ?一体なにが起きている?

 

「――!」

 

 そのとき不意に感じた、得体の知れない強烈な気配。振り向いたクウガは、ビルの屋上に立つシルエットを目撃した。

 

 刹那、強烈なプレッシャーが全身を圧し潰し――

 

「う……」

 

――自分自身ですら気づかないうちに、出久は気を失っていた。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドズゴゴ

サメ種怪人 ゴ・ジャーザ・ギ/未確認生命体第44号

「ログググ、ガゲス……ドヅダゲ、デゴギデ、ゼベ……ザギバス・ゲゲル(もうすぐ会えると伝えておいて……"ザギバス・ゲゲル"でね)」

身長:201cm
体重:182kg(俊敏体)/213kg(剛力体)
能力(武器):銛(俊敏体)/大剣(剛力体)

行動記録:
サメの能力をもち、水中を自在に泳ぎ回るグロンギ。人間体はパンツスーツを纏い眼鏡をかけた美女であり、グロンギの中で最も現代社会に溶け込みやすい姿をしている。ノートパソコンを持ち歩き、インターネットを使いこなすなど知性も非常に高い。
言動もまた知性的であり、朗らかな笑顔を浮かべるなど他のグロンギにはない振る舞いも見せるが、本性は群を抜いて冷酷かつ陰湿。ゲゲルにおいては「5時間で567人」という高難度の数値目標を設定するが、「ザギバス・ゲゲルの前に余計な力を使いたくない」という理由から、旅客機や船といった逃げ場のない閉鎖空間で、子供など弱者の集団を標的としてゲゲルを行う。一方でネット上に犯行のヒントとなる書き込みを行うなど、挑発的な一面も垣間見せた。
クウガとは二度に渡って衝突。初戦となった東京湾内での戦闘では"潜れるくん・ライダー仕様"を装備したドラゴンフォームを終始スピードで圧倒し、銛で串刺しにして下した。二戦目のさんふらわあ船上においても一対一では圧倒的な力を見せつけるが、ヘリコプターから降下してきたG3が参戦、デストロイヤーの刃で肩を斬られたことで大きなダメージを受ける。形勢逆転かと思われたとき、それまでの"俊敏体"から、タイタンフォームすら凌ぐパワーを誇る"剛力体"への超変身能力を露にする。大剣での攻撃でクウガを弾き飛ばし、ふたりの仮面ライダーを追い詰めるが……出久の閃きによるダブルライジングタイタンソードによってとどめの一撃を防がれ、一気に押し返されて船から突き落とされる。墜落の最中にふたつの刃によって貫かれ、爆炎とともに水底に没した。
最初の旅客機内での犯行による243名の犠牲者の中には、その数日前に出久とお茶子が交流した幼稚園の園児たちも含まれていた。そのことがお茶子を復讐に走らせたが……。

作者所感:
「ゲス野郎~」(たけしの物真似っぽく)
美人で物腰柔らかなのにジャラジに並ぶゲスですよね……。拙作だとジャラジが何考えてるかわからない系になってるので余計。
変身後の声がやたら野太いんですが、あれって女優さん本人なんですかね?あのゴツイ怪人体で優しい声で喋られてもあれですけども。


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EPISODE 43. トロイメライ 4/4(前)

EPISODE 25ばりに気合を入れて書いた結果クソ長くなったので、また前後編に分けました。後編部分は2,500文字程度になりますが、いちばん読んでいただきたいところなのでご容赦ください。

真堂パイセンの個性、うまく扱うのムズカシイネ。


 

「……くん、出久くん!起きてっ、出久くん!!」

「……ッ、ん」

 

 必死に呼ぶ声と揺さぶる手の感触に、出久は目を覚ました。視界に映るのは気遣わしげな表情の桜子と……白雲の隙間からわずかに覗く青空。

 

 意識がはっきりしてくると同時に、記憶も手繰り寄せられる。出久は慌てて身体を起こした。

 

「死柄木と、42号は……!?」

「……わからない。あの雷に打たれたあと、黒雲と一緒に消えちゃった」

「……そう」

 

 一体あれはなんだったのか。ビルの上からこちらを見下ろしていた影も。あの強烈なプレッシャーは……?

 

「あ……沢渡さんは大丈夫?怪我はない?」

「うん……なんとか」

「……ごめん、守れなくて」

 

 握りしめた拳を地べたで震わせて、出久は己の不甲斐なさを詫びることしかできない。あの謎の現象がなければ、桜子は今頃――

 

「……大丈夫!」

 

 あのとき確かに感じた死の恐怖。それを押し殺して、桜子は笑った。

 

「私、生きてるから。大丈夫……大丈夫だから、ね?」

「……ッ、」

 

 未だ腕を震わせながら、それでも出久の身体を抱き寄せる。瞳の奥から熱いものが溢れ出そうとしてくる。右の拳で、強引にそれを拭う。とっくに痕だけになった傷に、なぜかひどく滲みて痛かった。

 

 

 一方で雷を浴びて戦闘不能に陥った弔とジャラジは、気づけば殺風景な荒野に倒れ伏せていた。

 

「う、ぅ……ッ」

 

 全身が痺れて、指一本すら満足に動かせない。先ほどまでの愉悦が嘘のように歯を噛み鳴らす彼らの前に、ざり、と砂を踏みしめて現れた老人。

 

「バゼゴ、ラゲグ……ッ、――ガミオ……!」

 

 そこにいたのは――グロンギの"現在の"王でありながら、いままでその使命すらろくに果たさずに来た男だったのだ。

 

「……我が戻った以上、これよりは貴様らに勝手は許さん」

「……今さらだね。ダグバに整理、やらせておいて……」

「関係ない。いまもこれより先も、我こそがグロンギの王である」

 

 高らかに宣言しつつ、ガミオの内心はその実自嘲にまみれていた。ジャラジの言うとおり、今さら何を言っているのか。王たることに悦びを見出だしたのならいざ知らず、この圧倒的な力を秘めた老骨は諦念に支配されているというのに。

 

(だがもう、後戻りなどできはしない)

 

 この世界に、究極の闇をもたらす――その使命を自らが果たすと、そう決めたのだ。

 

 

 一方で、ジャラジは。

 

「……ヒヒッ」

 

 圧倒的な支配者の力に苦杯を舐めさせられたにもかかわらず、唇を歪めていた。隣で自分と同様に這いつくばる弔は己が赤目に、凄まじい殺意を込めてガミオを睨みつけていたからだ。

 

 純白の姿とは裏腹に、どす黒い憎悪と殺意に染まっていく死柄木弔の心。それを思えば、いまこの瞬間とて無駄ではない。己が望む真なる"究極の闇"に、むしろより近づいたのだとジャラジは確信していた。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己が観客席に入ったときにはもう、座席はほとんど空いていなかった。大企業にふさわしくそれなりに規模のあるステージにもかかわらず、この埋まり具合。数百人もの観客の前でフルートを演奏するとは、実加もああ見えてなかなかの胆力をもっているものだ。ごくふつうの14歳の少女への評価を、勝己は少しばかり上方修正した。

 

(つーかデクの野郎、何やってんだ)

 

 一応合流できたほうがいいかとぎりぎりまで律儀に待っていてやったというのに、結局姿を見せなかった。苛立ちながらも、あの幼なじみと沢渡桜子が揃ってなんの連絡もなく遅刻するという愚を犯すとも思えず、勝己は気を揉んでいた。ただ何かあれば向こうから連絡があるだろうとも思い、自分から電話をかけるのは避けた。そこはもう、愚かだと言われても意地でしかない。

 

 ともあれ座席を探してうろつくこと数分、立ち見でも致し方ないかと嘆息していた矢先、ようやくひとつだけ空きを見つけることができた。そこ目掛けて一直線に進む――と、すぐ傍らにショートカットに黒い軍服姿という、奇異ないでたちの美女が座っていた。まっすぐに背筋を伸ばした凛とした佇まいは、少なくとも勝己に嫌悪感を与えない。

 

「ここ、空いてますか」

「!」

 

 顔を上げた女の瞳に……一瞬、驚愕と憤懣めいた感情が滲む。その唇が「爆心地」と己のヒーローとしての名を紡ぐのを見て、勝己は内心ため息をついた。気づかれたこともそうだが、何より気づいたうえでのこの忌々しげな表情。爆心地というヒーローに対してよい印象をもっていない人間であることは容易に想像がつく。

 まあ、下手にミーハーなファンに捕まって騒がれるよりは余程マシだ。隣席を拒否する意思もないようであるし、勝己は黙ってどかりと座り込んだ。

 

 そのまま暫しは沈黙が続いたのだが、

 

「……驚いたな。貴様のような男が、このような場所に来るとは」

「ア゛ァ?」

 

 一応は初対面の人間を「貴様」呼ばわりとはこの女、なんと無礼なのだろう。己のことを棚に上げて、勝己はそう思った。

 

「……関係ねえだろ、話しかけんなやウゼェ」

「ふん……」

 

 鼻を鳴らす女。そして、

 

「――貴様に比べれば、ベミウのほうが余程リントに……」

「……は?」

 

 この女、いまなんと言った?――リント?

 

「!、テメェまさか……」

「始まるぞ」

「!」

 

 有無を言わせぬことば。彼女の言うとおりステージに、かのいたいけな少女が姿を見せた。緊張気味の面持ちで一礼し、フルートを構える。

 

――そして、紡がれる穏やかな音色。曲目はシューマンの"トロイメライ"。経験の浅い中学生らしくやや粗さも残ってはいる。だがそれでも勝己は、その演奏に聴き入っていた。父を喪い、それでもまっすぐ歩もうとする少女。その心根が表れたような、うつくしい演奏だと思う。音楽に造詣はほとんどないけれど。

 

 トロイメライ――"夢"。確かにいまこの瞬間だけは、勝己の心はその甘く優しい響きにとらわれていた。

 

――そしてそれは、ゴ・ガリマ・バにとっても同じことだったのだ。

 

 

 

 

 

 そんな穏やかな時間に身を置く彼らの頭上――ARIKAWA記念ビルの屋上は、物々しい空気に包まれていた。

 

 大勢の制服警官や刑事、そしてプロヒーローたち。その中にはクエイクこと真堂揺の姿もある。彼らの険しい視線が向けられた先には……ガムテープで口と手の自由を奪われた蟻頭の男と、彼を背後から抱えて拳銃を突きつける若者の姿があった。

 

「――現場は幕張1丁目3028―5、ARIKAWA記念ビル。拳銃を持った男が、蟻川社長を人質に立てこもっています」

 

 警官のひとりが冷静に無線で状況報告を行う一方で、人質をとった青年は誰よりも動揺しているようだった。しきりに目が泳ぎ、来るな、あっちへ行けと叫んでいる。

 

「まずいな……ありゃいつ撃っちまうかわからんぞ」

 

 ベテラン刑事が渋面をつくる。真堂も同感だったが、それを表に出すほどにはまだ焦っていない。とにかく落ち着いて、チャンスを探るほかない。

 

 と、背後からやってきた刑事のひとりが小声で報告する。

 

犯人(ホシ)の身元が割れました。絢釣源吾26歳。登録個性は多言語翻訳。3年前に城南大学商学部を卒業後、ARIKAWAジャパンに入社。個性を活かして貿易業務を担当していましたが、海外事業からの撤退に伴い5月に退職させられています」

「やっぱり、そのことを逆恨みしての犯行か……」

「………」

 

 とするとあの拳銃、闇ルートで手に入れたものか。組織犯罪も個性を用いて行われることが増えた昨今だが、旧来の武器も需要がなくなったわけではない。絢釣のように、戦闘に役立てようのない個性をもつ人間は大勢いる――無論、無個性も。

 

 膠着状態が続く中……不意にびゅうと強い風が吹き、どこからともなく飛んできた紙が絢釣の視界を塞いだ。

 

「!」

 

 まさしくこれがチャンスと捉え、咄嗟に動こうとした真堂。――誤算だったのは、その事態が極度の緊張状態にあった絢釣の心を暴発させた。

 

「ひぃあああああっ!!」

 

 上ずった悲鳴をあげながら、引き金を引く。不幸中の幸いだったのは、その銃口が蟻川社長に突きつけられていなかったことか。頭部を撃ち抜かれていたら、即死は免れなかった。

 

 しかしあらぬ方向に放たれた弾は金属板を跳ね返り……警官のうちひとりの、膝を貫通した。

 

「ぐぁあああっ!」

 

 たちまちその場に倒れ込み、激痛にのたうち回る警官。何名かが救護に走ったせいで陣形が崩れる。その穴めがけて、絢釣は移動を開始した。

 

「……ッ、」

 

 飛びかかれば手が届きそうなほど至近距離を、足を這わせるように逃げていく犯人を前に……警察もヒーローも、何も手出しができない。依然として蟻川社長が人質とされており、個性の使用も含めて迂闊なことはできない。既に相手は一発放っている、発砲への躊躇はそれ以前に比べれば遥かに薄らいでしまっているだろう。

 

 結局そのまま、絢釣は扉を開けてビル内へ逃げ戻っていった。釘付けにされていた追跡者たちが、弾かれたように動き出す。

 

 

 疲労困憊で抵抗もできない蟻川社長を引きずるようにして、絢釣は走る。そしてエレベーターまでたどり着く。滅多に人の来ない屋上フロアで籠が待っていてくれるはずもない。舌打ち混じりに上昇ボタンを押し、焦れながらその到着を待つ。――十数秒もしないうちに、敵が追いついてくる。と、ドアが開いた。

 

「ッ、くそっ!」

 

 もはや是非もなしと、咄嗟に蟻川を放り出す。そして再び、追跡者たちめがけて発砲。幸いにして弾は命中せず、ただ彼らを一瞬怯ませるだけに終わったのは彼自身にとってもむしろ幸運だったろう――末路を思えば。

 

 いずれにせよエレベーターに乗り込まれてしまい、追跡むなしくも扉は閉ざされた。

 

「ちぃッ、1階の配備固めろ!急げ!!」

「桂木さん!」ベテラン刑事の名を呼ぶ真堂。

「なんだ!?」

「私は非常階段から追います。あと、応援をひとり呼んでもいいですか?」

「応援?そんなのを待ってる時間は――」

「たまたま来てるんですよここに、とっておきのがね。――じゃあ、そういうわけで!」

 

 こんな状況でも爽やかな笑みを絶やさず、身を翻す。もっともその笑顔の裏にやや屈折した内面が隠されていることは、ベテラン刑事にかかれば容易に読み取れてしまうのだが。

 

 

 

 

 

 いつの間にか演奏は終っていた。そのことにもすぐには気がつかないくらい、爆豪勝己は音色の紡ぐ世界に心をとらわれていた。

 

 我に返ったときには、会場を割れんばかりの拍手が覆い尽くしていた。隣に座る女すらも、満足げな表情を浮かべて手を叩いている。

 実加は緊張を残した表情のまま一礼し、おもむろにステージを去っていく。奥に引いた途端にその相好が崩れるところまで、容易に想像がついて。

 

「………」

 

 目的は果たした。にもかかわらず、勝己は暫し立ち上がることもできない。起きながらにして、夢を見ているような錯覚があった。まだ個性が目覚めるか目覚めないかという幼き日々――ただ純粋にオールマイトの強さに憧れ、あの強さを超えていくのだと信じて疑わなかった、無邪気な自分。目の前に現れて消えていったその姿が、果たして幻だったのかすらわからない。

 

 残された余韻は、機械的な携帯のバイブレーションによって脆くも葬り去られた。

 

「!、………」

 

 発信者は、「いざというときは連絡する」などといけしゃあしゃあとのたまっていたあの男。そのことばが現実になったのだろうという確信とともに受話する。

 

『来てくれ、状況は――』

 

 簡潔に用件と作戦のみ伝えられ、切られる。この間十数秒ほど。勝己はもう舌打ちすることもなく、淡々と立ち上がった。

 

「余韻に浸る間もないのか。せわしいな、ヒーローというのは」

「!」

 

 隣の女が、皮肉めいたことばをぶつけてくる。その正体についても確信をもっている勝己は、射殺さんばかりの目で彼女を睨みつける。――が、女は冷たい目で一瞥するばかりだ。

 

「……仮に私が貴様の考えているとおりの存在だとしても、貴様が危ぶんでいるようなことをするつもりはない」

「ア゛ァ?」睨み続けたまま、「それが嘘じゃねえって証拠でもあんのか?」

「ない」即答。「……ただ、私は美しい音色が聴きたかった。そのためにここに来たのだ」

「………」

 

 互いに視線を外すことなく、睨みあうふたり。――やがて根負けしたのは、勝己のほうだった。いつまでも睨みあいを続けてもいられないし、さりとてここで戦うわけにもいかない。

 

 何より、実加の演奏に惜しみない拍手を送っていたあの姿……直感よりさらに深いところで、嘘だとは思えなかった。

 

「……チッ」

 

 舌打ちして去りかけ……ふと、立ち止まる。

 

「ひとつだけ教えといてやる。……あの子の父親はテメェの仲間に……0号に殺された」

「!」目を見開くガリマ。

「テメェらグロンギはひとり残らずブッ殺す。必ずな」

 

 吐き捨てるようにそう言って、勝己は去っていく。ガリマは暫し、その場から動くことができなかった。

 

 

 

 

 

 真堂揺は自らの判断に自信を深めていた。

 

 エレベーターで逃げた絢釣は予想どおり一気に1階までは降りず、2階から非常階段を伝って逃亡を図ったのだ。

 

「やっぱり、その程度の知恵はあるよな!」

 

 必死の形相で階段を駆け下りる犯人。対して真堂はほとんど段を踏むことなく、踊り場から踊り場へと飛び降りていく。犯人も若く学生時代は何かスポーツくらいやっていたのかもしれないが、さらに若い青年プロヒーローに身体能力で敵うはずもない。距離はみるみるうちに詰まっていく。堪らず放たれた3発目の弾丸は、照準も何もあったものではない。

 

「チッ、扱えもしないオモチャ振り回しやがって……」

 

 苛立ちを露にした真堂は、建物内であることから控えていた個性を使用することにした。手すりを掴み――発動。

 

「ッ!?」

 

 途端に非常階段を揺れが襲い、絢釣は逃走を中断せざるをえなくなる。あとわずかで地上なのに――だからこそ真堂は、万一の墜落のリスクを押して個性を発動したのだが。

 

 これで地上を仲間が囲めば、もはや趨勢は決する。そう確信した真堂だったが、同じ危機感を抱いたのだろう絢釣が先んじて賭けに出た。踊り場の手すりを登りあがり、そのまま地上へと身を躍らせたのだ。

 

「ッ、マジか!?」

 

 高さは2メートルほど。常人でも飛び降り不可能ではない……が、躊躇なくそれができるということはつまり、彼の精神状態がそれだけ窮まっていることの証左だろう。真堂は再び舌打ちを漏らした。

 

「どんだけ往生際悪りィんだよ、クソっ!!」

 

 完全に仮面をかなぐり捨てて悪態をつきながら、自身もまた一気に地上へ飛び降りる。犯人は息を切らし、それでも速度を緩めることなくひた走る。いずれにせよ身元は割れているのだし、こちらもヒーローである以上とって喰おうというわけではない。そんなに追い詰められるならいっそ、捕まってしまえばいいのに……と思うのはきっと、自分が追う側の人間だからなのだろう。

 

 一方で現実は、進退窮まった絢釣がいよいよ最後の手段に打って出ようとしていた。

 

 

 演奏を終えた夏目実加は、ほっとした表情でビルを出てきたところだった。少なくとも己の最善は尽くせた……と思う。できれば勝己の批評を聞きたかったのだが、観客席が広すぎてどこにいるのかわからなかったし、出てくるときに捜そうとしたがロビーが妙に慌ただしくそれもかなわなかった。出久と桜子の姿も同じく、である。

 

 なんとはなしに周囲を行きかう人々を見回し、彼らの姿を捜す実加。――そんな彼女めがけて、絢釣は突っ込んだのだ。

 

「きゃ!?」

 

 身体がぶつかり、ふたり揃って倒れ込む。実加の手からは花束が、絢釣の手からは拳銃が、それぞれ地面に落下した。

 

「!!」

 

 目を剥いた絢釣は咄嗟に拳銃を拾い上げ……何を血迷ったか、それを実加の頭に突きつけた。さあっと血の気が引き、身体が硬直するのが自分でもわかった。

 

 一方、追いついた真堂。怯える少女に銃を突きつける絢釣の姿を目の当たりにした彼の表情と一瞬、焦燥と強烈な憤懣とが滲んだが……通行人たちが固唾を呑んで状況を見ていることを思うと、ポーカーフェイスを演じざるをえない。

 

 ただ、

 

「……おいおい、それだけはやっちゃダメだろ」

 

 周囲の気温を何度も押し下げるような声だった。

 

 ヒーローとしてはともかく真堂揺個人としては、極端な話、蟻川社長がああして脅かされたのは因果応報といえる部分もあると思う。経営の失敗はトップの指導が拙かったからにほかならない、社員の首を切ってのうのうとしているようでは恨まれるのもやむをえない。

 また、撃たれた警官についても。彼らはそうした危険を承知で職務に臨んでいる。

 

――目の前の少女はどちらにも当てはまらない。なんの咎もない、守られるべき無辜の子供だ。害することなど絶対に許さない……ヒーローとしても、ひとりの人間としても。

 

 だが、怒りだけで状況が打開できるわけでもない。一度深呼吸をした真堂は犯人が文字どおり暴発せぬよう、表向き慰撫のことばを繰り返す。

 

 ほどなくして。絢釣の背後から目当ての姿が迫るのを認めて、真堂はようやく心にもない態度を引っ込めることができると思った。

 

「……これが最後だ。銃を捨てて、おとなしく投降しろ」

「うるせえ!!」

 

 この瞬間、絢釣源吾の運命は決した。

 

「……救えないな」

 

――BOOOOM!!

 

 耳をつんざくような爆発音が、絢釣に襲いかかった。その炎は彼の右手を焼き、銃は融解して使い物にならなくなった。

 

「ぎゃああああああッ!!?」

 

 悲鳴をあげ、その場に倒れ込む絢釣。至近距離にいた実加は……幸いにして、爆炎の被害は受けていなかった。

 

「う、ぐぅうううあぁぁぁ……」

「……ふさけやがってクズが、千切れなかっただけありがたいと思えや」

 

 右手に大火傷を負い苦しむ犯人を見下ろし、血も涙もない罵倒を繰り出す勝己。瞳はかっと見開かれ、額には青筋が浮かんでいる。その身の毛もよだつような表情を目の当たりにして、実加は思わず息を呑んだ。

 

「まったく、遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」

「るせーわ三流ヒーロー。むざむざ人質とられてんじゃねえよ」

「三流は酷いなぁ……まあ今回は反論できないね」

 

 すっかり飄々とした態度に戻った真堂を前に、勝己はたまらず舌打ちを漏らした。野次馬たちから時折「爆心地」の名が漏れている。邪魔な帽子も伊達眼鏡も打ち捨ててきたから、いま彼の顔を隠すものは何もないのだ。正体が、露呈してしまった――

 

 ようやく駆けつけてきた刑事たちによって、絢釣は立ち上がらされ、連行される。そのとき彼の口から、すべてを呪うような悪態がこぼれた。

 

「クソクソクソクソっ、なんで!なんで!!」

 

「俺の個性はすごいんだ、役に立つんだ!お前らヒーローの戦いにしか使えないようなクソ個性なんかよりずっと!!」

「!、………」

「なのにッ、なのになんでお前らばっかり!俺のほうが、俺だって――」

 

 絢釣が声を発することができたのはそこまでだった。勝己の手が、彼の胸ぐらを力いっぱい掴みあげていたのだ。

 

「ヒッ……」

「すげえ個性?俺らのなんかより役に立つ?そうかそうか、そりゃよかったなァ……だが、」

 

「テメェは今日からモブどもにすら遥かに及ばねえクソゴミ犯罪者だ、すげぇ個性だろうがムコセーだろうがなんも変わりゃしねえ。塀の中じゃ使う機会もねえんだからな」

「!、あ……」

「テメェみたいななんでも他人のせいにして逃げてる奴ぁ、一生地べた這いずり回って惨めに生きてくしかねえんだわ。……カワイソーにな」

 

 哀れみすらこもった勝己の捨て台詞は、彼の心を完全にへし折ったのだった。

 

 力なく引きずられていく犯罪者に早々に見切りをつけると、勝己は一転気遣わしげな表情を浮かべ、へたり込んだままの実加を見下ろした。

 

「……大丈夫、か」

「………」

 

 おずおずと伸ばされた手。実加はそれをとることを……躊躇ってしまった。いまはただ、勝己の顔を見るのが怖かった。

 

 そんな実加の態度を見て、勝己は何も言わない。催促することもしない。――人質がいるのに容赦なく激しい攻撃を加えたこと、その後の犯人への罵倒をひそひそと非難する声が群衆から漏れ聞こえる。純粋にその手際を評価する者の声は、そうした非難の中に埋もれてかき消えてしまう。いまこの瞬間は、そのままヒーロー・爆心地に対する世間の縮図だった。

 

「………」

 

 そうした声が聞こえないわけがないだろうに、勝己は怒鳴り散らすこともしない。表情すら、ない。ただじっと、痛みに堪えるようなその姿を、どれだけの人間が見ているのだろうと真堂は思った。

 

「……爆豪く――」

 

 

「かっちゃん!!」

 

 爆心地に不似合いな呼び名が響く。それとともに群衆を掻き分けて現れたのは、

 

「……デク、沢渡さん」

「ごめんッ……遅くなって!これ……いったい何があったの?って、あ……クエイク!?」

「ああ、どうも」

 

 にっこりと微笑むクエイクこと真堂。爆心地と彼が決定的に異なるのはこういうところだ。

 いつもなら空気を読まずナード根性を発揮してしまう出久だが、流石にいまは幼なじみと実加のほうが気がかりだった。

 

「……あとで話す」

「!」

 

 絞り出された声は、信じられないくらいか細かった。出久たちが呆気にとられる一方で、真堂が勝己に耳打ちする。ヒーローとして活動した以上は、まだやることがある――

 

「そいつ、駅まで送ってってやれ」実加を指差して言う。

「え、あ……でも……」

 

 当然のことだが、バイクは3人も乗れない。そんなこと言われてもと出久が困っていると、桜子が助け舟を出した。

 

「出久くん、私なら大丈夫だから。行ってあげて」

「……わかっ、た」

 

 「立てる?」と、硬い表情のままの実加に手を伸ばす出久。傷痕のあるそれを……一瞬躊躇しながらもとった少女の姿を認めてもなお、勝己は何も言わなかった。それを当然のことと受け止めているかのように。

 

 



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EPISODE 43. トロイメライ 4/4(後)

ラストシーンは是非トロイメライを流してほちぃ。


P.S. 今回のエピソードについては個人的に色々と思うところがありすぎて前書きに書くには長くなるので、活動報告に乗せることといたします。ご興味ある方はちらっと覗いてみてください。



 

 あの場で起こったことを出久が知るのに、勝己との再会は待たなかった。

 

 駅に到着したあと、実加の口から彼女の知る限りが語られたのだ。「そっか」とだけ、出久は応じるほかなかった。

 

「……怖かったんです、私」

「それは……しょうがないんじゃ、ないかな?銃なんか突きつけられたら誰だって――」

 

 実加は小さくかぶりを振った。

 それだって、確かに怖かった。けれど差し伸べられた勝己の手を、とることができなかったのは――

 

「あの捕まった男の人、コンクールの前、私が落としたこのミサンガを拾ってくれたんです」

「!、……そう、だったんだ」

「それに、爆豪さんも。私に花束くれたり、頑張れって言ってくれて……そのとき、すごく優しい笑い方してて……」

「………」

 

 いまとなってはもう、勝己のそうした行動に驚きはなかった。そうだ、ずっと昔の……まだ個性も出なかった頃の幼い彼はやっぱり乱暴者だったけれど、そういうところもあった。ただ自分も世間も、そうでない勝己を見すぎてしまったというだけのこと。

 

「だから余計に嫌だったんです。犯人のひとも爆豪さんも、すごく怖い表情(かお)で……なんでって思ったらあのとき、爆豪さんの手、握れなかった……」

 

 大勢の人間を傷つけてきたであろう、あの掌を。

 

 出久には、実加の気持ちが痛いほどよくわかった。だけど、だからこそ――

 

「でも、それは本当のかっちゃんだよ」

「!」

「すごく怖くて、嫌かもしれないけど……それが、爆豪勝己って人なんだ」

「………」

 

 やるせない表情で俯く実加。

 

 

「でもね、」

 

「笑った顔も、ほんとのかっちゃんだから」

「!!」

 

 弾かれるように顔を上げた実加は、確かに見た。悔恨と諦念と……そして希望が入り乱れた、出久の微笑みを。

 

「実加さん。きみは……どうしたい?」

 

 そんなの、答は決まっていた。

 

 

 

 

 

 報告書を書き終えた爆豪勝己が真堂の所属するヒーロー事務所を辞そうというときにはもう、辺りはすっかり宵闇に染まっていた。

 

「今日はお疲れさま、爆豪くん。さすが、未確認相手に最前線で戦ってるヒーローは違うね。俺も見習わなきゃいけないな」

「……また心にもねえことぺらぺらと。つーかついてくんなやすかし野郎、テメェまだ仕事あんだろ」

「いいだろ、見送りくらいさせてくれよ。それに、いまのはちゃんと本音」

 

 「俺は結構、きみをリスペクトしてるんだ」と、白い歯を見せて笑う真堂。仮に本音だとしても、こいつにリスペクトされたところで嬉しくもなんともない。

 

 事務所の玄関口にまでたどり着いたところで、真堂はようやく立ち止まった。勝己は立ち止まらない。扉を開けてくれようとする真堂の手を無慈悲に弾き、自らノブに手をかける。

 

 と、

 

「……きみは相変わらず、呼吸がしづらそうだね」

「あ゛?」

 

 思わず振り向けば、真堂はもう胡散臭い笑顔を浮かべてすらいなかった。どこか寂しげな表情。同情……むしろ共感か、これは。

 

「きみは世間……ううん、身内からですら、傍若無人で自尊心ばっかり強くて、ヒーローらしさなんて欠片もないアンチヒーローだとレッテルを貼られてる。……まあ、まったくの誤解とも言い切れないのがあれだけど」

「ケンカ売ってんのか、テメェ」

「まあまあ、最後まで聞いてよ」

 

「世間ってのは、俺たちヒーローを記号でしか見ない」

 

「きみが背負い込んでいるものも、あのときどんな思いでいたのかも……そんなこと、考えようともしない。そのほうが都合が良いから。ただ自分たちが石を投げてもいいサンドバッグとして、きみを縛りつけて、吊るしておきたくて仕方がないのさ」

「……けっ」

 

 だからどうしたと言わんばかりに、勝己は再び背を向けた。

 

「言いてぇことはそれだけか。じゃあな、もう連絡してくんなよ」

「ッ、」

 

「やっぱりきみには、もっとふさわしい舞台があると思う!」

 

 絞り出すような声だった。

 

「きみが忘れたってンなら、もう一度言うよ。未確認の事件が終わったら、いままでの俺たちを知らない場所で一緒に仕切り直してみないか?アメリカでもヨーロッパでも、アフリカの発展途上国でもいい。……もっと自由にやっていいんだ、俺も、きみも。そうじゃなきゃ、おかしいじゃないか……」

 

――俺たちは、ヒーローである以前にひとりの人間なのだから。

 

 ドアノブを握ったままの手に自ずから力がこもるのを、勝己は感じていた。ぶるりと震えるそれとは裏腹に、瞳は一瞬、静かに閉じられて。

 

 そして、

 

「……どこへ行ったって同じだ。俺のやることは変わらねえ」

「!」

 

「世間が、他人が俺をどう思おうが……どう扱おうがもうどうでもいい。いつかどっかで死ぬとき、自分でやりきったと思えりゃそれでいい」

 

 楽になりたいとは思わない。楽しみがなくとも構わない。――必要ないのだ、そんなもの。デクの夢を終わらせ、オールマイトを終わらせた、自分のような男には。

 

 真堂は暫し彼の背中をじっと見つめていたが……やがて、ため息をこぼした。

 

「……救えないな、きみも」

「なんとでも言えや」

 

 勝己は最後にちらりとこちらを見遣って、いよいよ扉を開けた。暗闇の中に一歩を踏み出していく。――その肩越しに見えたシルエットが、真堂の心を打った。

 

「!、……そうか」

 

「きみの人生は、否定されるばかりではなかったんだね」

「!!」

 

 自分を待つ少女の姿に気づいた勝己の耳に、もはや真堂のことばは届いていなかった。あふれ出す感情のままに、走り出す。

 

――そこにいたのは、夏目実加だった。

 

「おまえ……なんで……」

 

 ただ戸惑いのままに、か細い声で訊く。その姿にヒーロー・爆心地の烈しさなど、微塵もありはしなかった。

 

 瞳いっぱいに涙を溜めた実加は、暫しことばを選ぶように躊躇っていたのだが、

 

「……これ」

「!」

 

 彼女が取り出したのは、勝己も既にひとつ食べた、あの饅頭だった。

 

「ひとつだけ、残っちゃったから……だから……」

「……ッ、」

 

 おずおずと差し出された掌。自身の掌が触れてももう逃げることのないそれはひどく小さくて、温かかった。

 

 

 夜の闇に浮かぶルビーのような煌めきがいつまでも、少女の姿を映し出していた。

 

 

つづく

 

 




轟「次回予告だ」
心操「今回出番のなかったWライダーでお送りします……ハァ」

心操「次回はまた時期が飛んでクリスマス・イブ。リア充どもが浮つく忌々しい日だ」
轟「……おまえ、なんかキャラ違くねえか?」
心操「気にするな、これがクリスマスのスタンダードだ。わかったか今回舞台裏で八百万とイチャイチャしてたクソリア充が」
轟「……なんでもいいけど、おまえ中学んときは彼女いたって言ってなかったか?」
心操「色々あったんだよ察しろ。……さて本題に戻るが、」
轟「いきなりだな」
心操「そんなめでたいイブの日にいよいよ動き出す、未確認生命体第46号。奴のゲームの標的は……」
轟「……俺たちヒーロー、か」
心操「46号の圧倒的な力を前に、次々と斃れていく戦士たち。そのとき、奴の前に立ちはだかったのは……」
轟「?、俺たちじゃねえのか?」
心操「それは次回のお楽しみだ」

EPISODE 44. マンティス・エレジー

轟「緑谷、電気ショックを志願する」
心操「さらに向こうへ……行って大丈夫か、それ?」



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EPISODE 44. マンティス・エレジー 1/3

最後の平和な日常…となるやもしれませぬ。


 年末差し迫った東京の街並みは、あらゆる不穏を糊塗するかのごとく賑々しい。行きかう人々の多くは分厚いコートを羽織り、往来はクリスマスの到来を告げる飾り付けによって華々しく彩られている。

 

 人波をさまよい歩くゴ・ガリマ・バの瞳に、そうした季節の風景は一切映っていなかった。

 

「………」

 

 現代に復活してから8ヶ月余。そのうち半分以上、彼女はこうしてあてどもない旅を続けていた。美しいピアノのしらべで自らを虜にした、ゴ・ベミウ・ギが斃れたその日から。

 

 ただ当初は、ベミウのそれに並ぶだけの音楽を見つけ出すという明確な目的があった。音楽のある場所どこへでも行き、渇望し、追い求めた。しかしその結果は、ほとんど芳しいものではなかった。世の中には名演奏家が大勢いて、掌ほどの大きさの円盤を介して彼らの演奏を簡単に聴くことができるとも知った。けれどもそれらは、ガリマの心を欠片も満たしはしない。

 

 その、一方で。

 

(……あの少女の、演奏は)

 

 ベミウやプロの演奏家たちと比べれば明らかに粗削りで、未熟さを孕んだ音の連なり。まだ丸みの残る頬を赤らめながら、緊張の面持ちで吹かれた"トロイメライ"。それが不思議と、ベミウの演奏を思い出させてくれた。

 

 数奇な巡り合わせだと言うほかないが、そのとき隣に座っていたのは、ベミウの仇とも言うべきヒーロー・爆心地だった。粗野で乱暴で、傍若無人を絵に描いたような男。世間ではそれを"アンチヒーロー"と形容しているらしいが、滑稽な話だとガリマは思う。正義をお題目に同じリント相手ですら平気で暴力を振るう戦士たち、ヒーローとは所詮そんなものでしかない。やっていることは、自分たちグロンギとそう大きく異なるわけでもない。であるならば、聖人ぶらない爆豪勝己のような人間のほうが、よほど"ヒーロー"とやらにふさわしいのではないだろうか。

 

 しかし、だからといって、彼にリントらしい情念がないわけではないこともガリマは知ってしまった。でなければきっと、あんなことばは出ない。

 

――あの子の父親は、テメェらの仲間に殺された。

 

 だからどうした。以前の自分なら、そう切り捨てていたことだろう。けれどあれからひと月、そのことばがずっと彼女を縛っていた。あの優しい音色を聴く資格が、果たして自分にあるのだろうか。仇であるグロンギが彼女の演奏を気に入ったなどと知ったら、その心根は曇ってしまうのではないか。

 

(私は、どうすれば……)

 

 だからガリマはもう、答を出せぬまま滅びのときを待つほかなかった。

 

 

 

 

 

 迎えたクリスマス・イブの朝空は、雲ひとつなく澄み渡っていた。

 

 吐き出される息が白く染まる一方で、動き続けて火照った身体に北風が心地よい。人生22回目の冬、緑谷出久は初めてそうしたことを思い知った。

 

 染み出る汗を拭いつつ、前を走る青年の背中を見つめ、思う。

 

(そんなの当たり前なんだろうな……かっちゃんは)

 

 爆豪勝己――幼なじみであり、いまではプロヒーロー・爆心地。中学生までヒーローの活躍を追ってはノートに書き連ねるばかりだった自分と異なり、彼は少年時代からこうした地道な努力を重ねていたらしい。かっちゃんはなんでもできる才能マンなのだと、幼少期の印象をいつまでも引きずっていたあの頃の自分には、そんなこと思いもよらなかっただろうけれど。

 

 そんな追憶をこねくり回していると、前方から怒声を浴びせかけられた。

 

「おいクソナード!!何ボーッとしてやがる置いていき殺すぞ!!」

「ひゃ、ひゃいっ!すみません!!」

 

 相変わらず上下関係はこんなだが、それでもこうしてかつてとは違う、良い関係を築きつつあると思う。

 

 もとに戻ることは不可能でも、前に進むことはできるのだ。

 

 

 

 

 

 次いで、轟焦凍。現在の住居であるマンションの一室にて、彼は眠い目をこすりながら朝食の用意をしていた。東京に来て約半年ほど、こうした家事全般をこなす姿も板に付きつつある。当初はこれが酷いものだったのだ。事後のキッチンの惨状を目の当たりにした老齢の同居人が卒倒しかかるくらいには。

 

「おい焦凍」ダイニングからしわがれた声がかかる。「メシはまだかのう?」

「もうできます」

「……そこは"やあねえ、さっき食べたでしょ"と返すとこだ」

 

 新聞を広げながらそんな冗談を口にするのが、同居人であり、大師匠でもあるグラントリノこと空彦老人である。師・オールマイトよりワン・フォー・オールを受け継いだことで超人"アギト"へと進化を遂げながら、内に燻る憎悪のために化け物へと貶めてしまった自分。暴走する力を恐れ、憧れも矜持も捨てて逃避を選んだ孫弟子を、彼は最後まで見捨てず支えてくれた。本当に、感謝してもしきれない。

 

「それよかおまえ、世間はクリスマスだなんだと浮かれとるっつーのに悠長に朝飯作っとっていいのか?」

「?、なんでですか?」

 

 首を傾げる焦凍。ご飯茶碗と焼き鮭を乗せたお盆を持ってくる姿は家庭的な雰囲気を醸し出している。クールな容姿とのギャップもあって、二重に女性受けが見込めると思うのだが。

 

「あの嬢ちゃんとは約束しとらんのか?」

「八百万のことなら、昼間は仕事です」

「じゃあ夜は空いとるのか」

「………」

 

 なぜか黙り込む焦凍。相変わらず何を考えているのかわからない表情だが、そういう反応をするということは意識はしているのだろう。いままでの無頓着ぶりを思えば、ずいぶんな進歩ではないか。

 

「ま、いい。ジジイが口出しするもんでもねえしな。やりたいようにやれや、若けぇんだから大抵の失敗は取り返しがつく」

「……そうですね、頑張ります」フッと微笑む。

「ときに焦凍よ、」

「なんですか?」

 

「メシはまだか?」

「……いま目の前にあるでしょう」

 

 ボケが通じないのは相変わらずのようだった。

 

 

 

 

 

 賑やかなクリスマス仕様のデコレーションが施されているのは、緑谷出久のアルバイト先である喫茶ポレポレも例外ではなかった。

 

 開店前の仕込みを行うマスター――"通称おやっさん"――と、それを手伝う麗日お茶子。彼女がヒーロー業の傍らここで働きはじめて、もうすぐ7ヶ月にもなる。いまでは……というか当初から、自慢の看板娘である。

 

 なのだが、

 

「マスター、あの……お願いがあるんですけど」

「んん~?なに、冬のボーナスが欲しいの?」

「違くて……いやもらえるなら欲しいですけど!」

 

 お茶子の丸みを帯びた顔立ちに、わずかな罪悪感が滲む。それでおやっさんはなんとなく事情を察したが、あえて彼女自身の口から語られるのを待った。

 そして、

 

「年明けから、シフト減らしてもらうことってできない……ですか?」

「どうして?」

「実は……」

 

 お茶子――ヒーロー・ウラビティの所属するブレイバー事務所。小規模な事務所であるためヒーロー3年目のお茶子が一番の若手だったのだが、なんと来春、新たにデビューするルーキーを採用することになったのだ。ヒーロー志望の生徒・学生はデビュー前からインターンなどで実戦経験を積むことが多いが、今回の新採も例に漏れず、年明けからブレイバー事務所に仮所属となる。そこで、だ。

 

「私、フレッシュマントレーナーを任せてもらえることになったんです」

「フレッシュトマト?」

「フレッシュマントレーナー!ってかそれはアレか、私の顔がトマトみたいってそういう!?」

「いやそこまでは言ってない……」

 

 横文字にするとあれだが、要するに新人の教育係のようなものである。

 

「だから結構忙しくなるし……勉強しなきゃいけないことも、増えると思うから――」

 

 「お、お願いしますっ」と、がばりと頭を下げるお茶子。それに対するおやっさんの答は……もう、事情を察した瞬間から決まっていた。

 

「……ま、若いときなんてのは一度しかない」

「………」

「自分で決めたんだったら、迷わずドーンとやりなさい……ケデリック」

「!、あ、ありがとうございますっ」

 

 いつかこういうときが来ることはわかっていた。お茶子も出久もまだ成人したばかりの若者、その未来の可能性は無限に広がっていく。自分だってかつてはそうだったのだ。ヒーローに比べれば圧倒的に地味かもしれないが……。

 

「でもなぁ、看板娘の不在は痛いしなぁ……。こうなったらアレか、お茶子ちゃん目当てで来てくれるニーチャントーチャンのためにも、オプションで水着で接客するサービスを……」

「……それマスターが週末になると行くお店やん」

「ぎくぎくっ!」

 

 

 

 

 

「G3の……強化計画?」

 

 上司である玉川三茶警部補の口から飛び出したことばに、心操人使は衝撃を受けていた。

 

 "警察のヒーロー"とでも言うべきG3の栄えある装着員として日々精力的に活動する彼は、今日も今日とて玉川とともに科警研を訪れていたのである。そんな折に明かされたのが、G3を従来のソフト面からでなく、ハードから抜本的に強化しようという動きだった。

 

「ンニャ」うなずく猫頭。「きみは4号やショートを巧みにサポートしてくれている……が、やはり警察の次世代主力装備として華々しい活躍を望む声も多いんだ」

「………」

 

 心操は閉口した。――大人の事情。玉川自身も思うところはあるのだろう、まだ学生の身でもある部下を気遣うような声色だ。

 ただ自分自身、現状に忸怩たるものがあるのもまた事実。だから強化自体を否定するつもりはないが、

 

「でも、そもそもスペックが上がると人体がついていかないから抑制したんじゃないんですか?」

 

 そう、クウガの戦闘データを基に、その能力に迫る性能を実現したG2。しかし肉体を戦闘用に作りかえてしまうクウガと異なり、あくまで強化服を生身の人間が装着するシステムである以上、限界はあった。あの見るからに屈強な飯田天哉ですら、長時間の戦闘には耐えきれなかったのだ。

 

「俺をクビにして緑谷とか轟に頼むって言うならまあ、話はわかりますけど」

「……怒ってる?」

「いえ……すみません、冗談です」

 

 自分のトーンでそういうことを言うと、機嫌を損ねたと思われてしまうようである。心操は反省した。

 

「俺も専門外だから詳しくはわからないんだが……発目くん曰く、専用のサポートAIを搭載したマイクロチップをスーツに埋め込むことで、スペック上昇による負担を極力抑えるんだとか」

「そんなことができるんですか?」

「ああ。……ここだけの話、装着者のほうを改造しちゃおうかとも思ったらしいんだが、専門外なので断念したそうだ」

「……それ敵連合のやり口じゃないですか」

 

 専門云々以前に、倫理感から断念してほしいものであると思うのは自分だけではあるまい。

 

「まあなんにしても、そっちが実際に動き出すのはいまの作業が終わってからだな」

 

 締めることばとともに、実験室に入る。そこでは当の発目以下研究員たちが、まさしく実験に取り組んでいる真っ最中だった。

 

――発目が、何やらブツブツつぶやいている。

 

「0.3秒0.3秒0.3秒0.3秒0.3秒……!」

「……?」

 

 心操が首を傾げるのと、強化ガラスケースの中で爆発が起きるのが同時――それも、一挙に二度も。

 

「あぁぁぁ速すぎる!!」

「……0.07秒です」

「やっぱりぃいいいい!!」

 

 シャウトし、頭を抱えて机に突っ伏す発目。しかし即座に顔を上げ、「まだまだこれからですよぉおお!!」と今度は前向きなシャウト。目の下の隈がひどい。部下ふたりが揃って寝不足感溢れるビジュアルとなった玉川の心境は複雑なものがあるが、それはこの際どうでもいいことである。

 

「発目くん、ご苦労様。……なかなか苦戦続きみたいだね」

「おぉ、これはご両人!そうなんですよぉ~なかなかこの調整が難しくて!!」

「調整って?」

 

 「爆発と爆発の間隔の、です!」と、発目は怖い笑顔を浮かべた。

 

「さらなる調査の結果、連鎖爆発の間隔が0.3秒になりますと、未確認生命体の体組織に最も甚大なダメージを与えられることが判明いたしまして!」

「0.3秒……誤差は?」

「±0.02秒ですね、許容範囲は!」

 

 それはなかなか……厳しい。

 

「しかしこれさえ成功すれば、G3はおろか一般の警察官も未確認生命体を倒せるようになるんだ。門外漢のくせに偉そうなことは言えないが……頑張ってくれ、発目くん」

「もちろんです!」

 

「必ず造り上げてみせますよ――"神経断裂弾"!!」

 

 

 

 

 

 街頭の大型ヴィジョンに、発電所の映像が映し出されている。同時に流れるのは、ここ1ヶ月間続いている、謎の電圧低下現象について伝えるアナウンサーの声。所管する経済産業省の調査によっても未だ原因が掴めず、市民の苛立ちはピークに達している……と、ままならない現状を告げている。

 

 そのニュースを、感慨深そうな表情で見つめる女の姿があった。薔薇色のドレスを身に纏い、茨のように黒髪を垂らしたその美貌。いかなる人間の目も引きそうであるのに、実際には行き交う人波に完全に溶け込んでいる。

 

「新たな力……得ることができたようだな」

「……うむ」

 

 にわかに後ろから現れた、着流しを纏った男。筋肉質な肉体を胸元まで晒した恰好にもかかわらず、皮膚には鳥肌ひとつ立っていない。

 

「だがクウガにアギト、そして"個性"を得たリントたち……奴らの前に誰ひとりとして、ゲリザギバス・ゲゲルを成功させることができなかった」

 

 さらにはグロンギの力を得て、160ものグロンギを虐殺したリントもいる――それは無論、バルバが仕組んだことだが。

 

「そんなリントだからこそ、殺す価値がある」

 

 きっぱりと、男――ガドルは言い切った。戦う力、そして意志。それらを持ち合わせていない者どもの返り血など、浴びる価値もない。

 

「新たな力は元々、ザギバス・ゲゲルのためのもの。ゆえに貴様は俺が討つ」

 

「――ガミオ」

「………」

 

 ふたりのいる陸橋から離れた地上に立つ、フードで目元を隠した老人の姿。彼こそがグロンギの現支配者であるン・ガミオ・ゼダであると、知る者はこの場にふたりしかいない。

 

 望むところだとばかりに、口許を歪めるガミオ。彼はそのまま、踵を返していずこかへ去っていった。強者たるガドルを、いまはまだ歯牙にもかけていない。その力は未だ、片鱗たりとも露にはされていないのだ。

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンググシギドパパン

真堂 揺/Yo Shindo

個性:揺らす
年齢:22歳
身長:184cm
好きなもの:釣り
個性詳細:
そのままズバリ、触れたものを"揺らす"個性。揺れの大きさに応じて反動で自分の身体に余震が来るため、使いこなすにはそれに耐えうる屈強な肉体が必要だ!
最大パワーは地割れを起こす威力を誇るが、その性質上屋内や都市部では使用を制限されるのがウィークポイントとなるぞ!
備考:
傑物学園高校出身の若手ヒーローで、爆豪勝己より1期先輩にあたる。千葉市周辺を所管する大規模ヒーロー事務所に所属しており、4年目ながらチームリーダーを務める有望株だ!近い将来ヒーロービルボードチャートへのランクインも確実視されているぞ!
実力はもちろんのこと、その甘いマスクと爽やかな振る舞いによって老若男女問わず高い人気を得ている。……が、それはあくまで表向きであって、実際の彼はかなりシビアかつドライな……有り体に言えば腹黒な性格の持ち主である。似たような性格ながらそれを微塵も誤魔化すことをせず、さらには初対面で自分の裏の顔を見抜いた勝己に対しては単なる興味や同感を超えた感情を抱いているらしい。日本の空気に息苦しさを覚えはじめていた彼は、海外への移籍を勝己に打診し続けていたが……。

作者所感:
爽やかなクセにかっちゃん顔負けの暴言吐いたりエグい悪人ヅラ見せたりするのすこ。
切島くんがかっちゃんの親友なら、こっちは同族……って感じのイメージ。かっちゃんが十字架を背負ってなければ、あるいは相棒にまでなる未来があったかもしれません。


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EPISODE 44. マンティス・エレジー 2/3

NHKの名字のやつ観ててふと思ったんですが、「緑谷」ってごく少数ながら実在するという点で平成ライダー向きの名字ですね。

「門矢」が実在するのが一番びっくりでした。字体からして実在しないのは「操真」「天空寺」くらい?(「葛葉」も読み「かずらば」は実在しないらしいです)。近年の作品が多いのは時代の流れなんだろうか。

ヒロアカ世界だと「飯田」「相澤」といったオーソドックスな名字が残っている一方、「爆豪」だとか「上鳴」「心操」のような当人の個性ピンポイントすぎる名字もありますね。あれはたまたまなのか、あるいは超常社会になってから生まれた新しい名字なのか、どうでもいいっちゃどうでもいいんですけど考察が捗ります。


 

「ハァ……つ、疲れたぁ………」

 

 冷たい床に大の字に横たわって、緑谷出久は息も絶え絶えにそうこぼしていた。

 対して、

 

「けっ、この程度でへばったンかよ。やっぱデクはデクだな」

 

 スポーツドリンク片手に、遠慮など微塵もなく馬鹿にした態度をとる爆豪勝己。時折ふぅ、と溜息をつく程度で、ほとんど息が上がっていない。

 ゆえにこればかりは反論できないと、出久は思った。クウガになってから8ヶ月半、着実に鍛えてきたという自負はあるが、やはり勝己とは積み上げてきたものの質も量も違いすぎる。少なくとも基礎体力の面では、まだまだ到底敵いそうもなかった。

 

(流石だなぁ、かっちゃん……)

 

 もっと頼りにしてもらえるよう、まだまだ頑張らないと。大の字のままそう考えていたら、いきなりそこそこの重みのある塊が顔面に降ってきた。

 

「痛でッ!?な、なん……あ、」

 

 出久の童顔に甚大なダメージを与えたそれは、飲料で満たされたペットボトルだった。そんなものが勝手に降ってくるわけもない。人の手で投げつけられたわけだが、それができるのはこの場にひとりしかいないのだった。

 

「やる」

「!?、え、い、いいの?お、お金……あ、財布リュックの中だ……」

 

 飲み物を恵んでくれるという予想外の行動に動転する出久。勝己は暫しその様子をつまらなそうに眺めていたが、

 

「いらん。貧乏学生と対等にディールするほど金に困っとらんわ」

「あ、ありがとう……」

 

 そんなこと言って、ポレポレカレーは未だに奢らせるじゃないか……とは流石に言わなかった。せっかく勝己が好意を示してくれたのだ、わざわざ機嫌を損ねるなんて馬鹿な真似はすまい。

 

 実際汗として大量に流してしまったぶん、身体は水分を欲していた。迷わずキャップを開け、ごくごくと口内に流し込む。渇いた喉を、ほのかに甘く潤すスポーツドリンク。しょっちゅう飲んでいるものなのに、なんだかとても懐かしい味に感じる。

 

 ふと、以前から訊きたかったけれど、なかなか踏ん切りがつかずにいたことを思い出した。

 

「そ、そういえばなんだけど……かっちゃんが体力めちゃくちゃあるのって、トレーニングもそうだけど、やっぱり登山やってるのも大きかったりするのかな……?」

 

 ことばを選びすぎて、かえってしどろもどろになってしまった。勝己は基本合理的な男だから、こういう言い方は余計に苛立たせてしまうかと焦ったのだが。

 

「切島に訊いたんか?」

 

 勝己の反応は淡々としたものだった。即座に切島鋭児郎の名が出てくる洞察力は相変わらず流石だったが。

 

「う、うん。切島くんと一緒に登ることもあるんだよね?」

「……まあな。あのクソ髪、行きてぇ行きてぇってウゼェんだわ」

 

 いかにも面倒臭そうに吐き捨てる勝己だったが、その実満更でもないのを隠しきれていない。クソ髪呼ばわりしていようとも、勝己にとって切島はまぎれもない友人なのだろう。――その関係性を、羨ましく思う。

 

「僕も、行ってみたいな……」

 

 漏れたつぶやきは……出久にとっても、意図しないものだった。はっと我に返れば、勝己が「正気かコイツ」とでも言いたげな表情でこちらを見ている。出久は慌てたが、撤回するつもりはなかった。

 

「え、えっと……色々話聞いてるとた、楽しそうだなって思って!僕、相変わらずヒーロー研究以外に趣味って趣味ないし!それにほらっ、せっかく静岡で育ったんだから、一度くらい富士山にも登ってみたいし!」

「………」

「……ごめん、今さらすぎるよね。こんなこと言うの」

 

 幼なじみなのに……と言えるような親しい関係ではなかったにしても、少なくとも一方的には憧れ、その背中を追っていたのだ。なのにあの頃は、勝己の趣味なんて知ろうとも思わなかった。仮にそうしたとて当時の勝己が軟化するのも想像できない、要するに関係が歪すぎたのだ。

 

 出久のことばを、勝己は肯定も否定もしなかった。ただひとつ溜息を吐き出したあと、ぽつり。

 

「……シロウトがいきなり富士山登れっかよ。山舐めんな死ね、つーか死ぬぞ」

「う……」

 

 「死ね」はいつものことなので流せるが、「死ぬぞ」だと真に迫ったものを感じさせられてしまう。肩を落とした出久だったが、

 

「初心者向けの山もある。――事件が終息したあとテメェの気が変わってなけりゃ、連れてってやってもいい」

「!、ほ、ほんとに……?」

「いちいち確認すんなや、ウゼェ」

 

 そっぽを向く勝己。出久にはそれがちょうどよかった、いまの自分は見るに堪えないようなにやけ面を晒しているだろうから。

 

「へへ……未確認がいなくなったあとの楽しみができちゃった」

「フン、よかったな。就活のことばっか考えずに済んでよ」

「う……きみはとことん抉ってくるな」

 

 もうひとつ鼻を鳴らして、勝己はおもむろに立ち上がった。

 

「あ、帰る……の?」

「おー」

「そっか。僕は研究室行くけど、何か伝えることある?沢渡さんとか……実加さんとかに」

「………」

 

 一瞬考えるようなしぐさを見せた勝己だったが、

 

「別に」

「……そっか。じゃあ、またね」

「おー」

 

 向けられた背中に名残惜しそうな視線を遣ることもなく、出久もまた歩き出した。傷ついた右手に、やわらかく力を込めながら。

 

 

 

 

 

 いよいよ、ゴ・ガドル・バは己のゲゲルを開始しようとしていた。そのスタート地点へと向かい、悠然と歩く。これより彼がもたらす惨劇を予見するかのように、風は荒れ、頭上の太陽は雲に覆われる。

 

 辺り一面に不穏をばらまく"ゴ"最強の男。その強烈なプレッシャーの前に、無謀にも立ち塞がる女の姿があった。

 

「ギラガサバビゾ、ギビギダ?」

「………」

 

 軍服を纏った女――ゴ・ガリマ・バ。行動とは裏腹に、その切れ長の瞳に剣呑な光は宿っていない。だからこそガドルは、彼女が現れた意図を量りかねていた。さして関心がなかったというのもあるが。

 

 暫しことばを探るように沈黙を保っていたガリマだったが、

 

「……貴様は、どのようなゲゲルを行うつもりなのだ」

 

 どこか責めるような響き。ガドルは不快を覚えたが、それを表に出すことはしなかった。

 

「リントの戦士たち……ヒーローのみを狩る」

「!、それは……」

「うむ。貴様の手法に倣わせてもらった」

「………」

 

 恥ずかしげもなく言い放つガドル。確かにガリマは"メ"であった頃、ヒーローとの戦いを望んで渋谷駅前でゲゲルを行い、99人を殺害してゲリザギバス・ゲゲルへの挑戦権を得た。だがヒーローの殺害はあくまで己の希望以上の意味はもたず、99人の中には彼らを誘き出すため手にかけた一般市民や警察官も多分に含まれている。

 

 対してガドルは、ヒーロー以外は最初から標的と見なさないつもりだ。目標人数も、ゴの殿である以上当時の自分の比ではないだろう。慢心でなく、それが為せるだけの力が、ガドルにはある――

 

「……惜しいことをしたものだ、貴様も」

「!」

「本来このゲゲル、貴様にこそ相応しかったであろうものを」

 

 それはガドルなりの最大限の賛辞だったのだろうが、ガリマは嬉しいとも、彼の言うとおり惜しいとも思えなかった。ただ、もやもやとした気持ちが胸の奥から湧きあがってくるばかりだ。

 

「もう用はなかろう。そこをどけ」

「………」

 

 黙って引き下がるガリマを一瞥すらせず、再び歩き出すガドル。彼に対して何をしたくてここに来たのか……自分自身わからず、ガリマは唇を噛んでその背を見送るほかなかった。

 

 

 

 

 

 城南大学考古学研究室。大学としては既に年末休暇に入り、平時より遥かに閑散としている中にあって、ここ……というより彼女だけは相変わらずフル稼働していると言ってよかった。

 

 沢渡桜子――出久の友人であり、クウガやグロンギに関する研究の第一人者でもある。まだ一応院生の身なのだが、出久=クウガとの誼もあって警察や関東医大・椿医師との窓口も彼女が務めている状況。それ以外に本業とも言える修士論文も抱えているのだから、彼女にはクリスマスどころか大晦日も正月もないのだった。

 

「ふあぁ……」

 

 さらには昼も夜もないのだから、当然漏れ出す欠伸。それはたまたまこのタイミングで入室してきたジャン・ミッシェル・ソレルにも捉えられてしまった。

 

「Bonjour、桜子サン。もしかしテ、また徹夜?」

「おはようございます……。ですね、気づいたら朝になっちゃってたので、そのまま」

 

 ディスプレイから顔を上げた桜子は、ジャンが大量の書類を抱えているのを認めて首を傾げた。

 

「それ、どうしたんですか?」

「アア……ゴウラムの研究もひととおりまとまったカラ、そろそろ資料の整理しようと思っテ。デモ量が思ったヨリ多くテ、どこから手つけるか困ってマス」

「ふふ……そういうの、やりはじめると終わらないんですよね」

 

 いざ手をつけても、全然関係ない書類や本などが出てきては、それらに脱線してしまいがちなのである。それがまた楽しいから性質が悪い。

 

 実際ジャンも、そうした楽しみを見出だしてしまったのだった。

 

「そうそう、いいモノ見つけちゃいましタ」

「いいもの?」

「Oui!」

 

 手招きに応じた桜子の前に差し出されたのは、一枚の写真だった。そこに写されているのは……自分と、あの緑谷出久。ただ後者の体格がいまより華奢なのと、表情に緊張があることが見てとれる。いつ頃撮影したものなのか、桜子にはすぐにわかった。確か自分がまだ夏目教授のゼミに所属する学部生の頃……つまり大学入りたてほやほやの出久と、知り合って間もない時期の肖像だ。

 

「緑谷クン、全然変わらないと思ってたケド、こうして見るト大人になってるんだネ」

 

 「桜子サンはホントに変わらないケド」と付け加えるのが流石、抜け目ない。

 微笑みを浮かべた桜子が懐かしい思い出に浸っていると、噂をすればと言うべきか被写体のもう一方がやって来た。

 

「おはよう……あれ、何してるの?」

 

 首から下はそれなりに頼もしくなった――冬着だとわかりづらいが――緑谷出久本人の登場である。ただ首から上は写真と変わらない、相変わらずの童顔である。

 

「あ、おはよう出久くん。見て見てこれ、ジャン先生が見つけたの!」

「ん?――わっ、懐かしい!僕が初めてここに遊びに来たときの写真……だよね?」

「そうそう。この頃は出久くん、まだ敬語が抜けなかったんだよね」

「そう……でしたっけ?」

「なんでいま敬語になるのよ」噴き出す桜子。

 

 もとより異性とのかかわりがほとんどなかった出久である。それが大学デビューして早々、桜子のような美人かつ大人の女性と親しくなったとて、気安く接することなどできるわけもないのが当然だ。さらには、自分は無意識下で異性への飢餓が限界を迎えていて、理想の女性をイメージの中で作り出しているのでは?なんて疑念すら一時は真剣に検討したものだった。幸いにして、それは杞憂というものだったが。

 

「あの頃はほんと、出久くんがこんな立派になっちゃうなんて、考えもしなかったなぁ……」

「緑谷クン、小動物みたいダッタネ」

「しょ、小動物て……」

 

 まあ桜子以前に大学にもまだ慣れていなくて、縮こまってキョロキョロしていたことを考えれば割と的を射た比喩かもしれない。力なく笑いつつ、恥じ入った出久は話題を変えることを選んだ。というか、そちらが本来の目的なのだが。

 

「ところでなんだけど……碑文で何か出てないかな?クウガのパワーをもっと強化する方法とか」

 

 訊くと、自分を律した桜子がきびきびと席に戻った。

 

「改めて全文を調査し直してみてるわ、既にわかっているものも含めてね。けど、やっぱり……」

「赤、青、紫、緑……だけ?」

「うん。あとは……なってはいけない、凄まじき戦士」

「そっかぁ……」

 

 言い方は悪いが、元々強い期待をかけていたわけではない。ただ、自分を磨くのはもちろん大切なことだが、対する敵の強化のスピードが猛烈すぎるのだ。この前の第45号――ゴ・バベル・ダとの戦闘など、帰還した爆心地とアギトの奇襲的な援護がなければ危うかった。

 

「金の力は、確か椿さんにしてもらった電気ショックが引き金になったんだよね」

「うん。そのあとはずっとビリビリが出てたけど……上鳴くんに協力してもらって、初めてモノにできた感じかな」

 

 金の力――きっかけは偶然、かつ心停止という不慮の事態によるものだが、これがなければ戦い抜けたとは思えない。いまの自分には多くの仲間がいて、とりわけ轟焦凍の変身するアギトなどは――"ワン・フォー・オール"を有しているだけあって――自分より高い戦闘能力を有しているわけだけれども、頑丈さと回復力の並外れたグロンギ相手に確実な決め手となるのはやはりクウガの封印能力だ。ただ通常の4形態のそれが通用しなくなりつつある中での強化だったから、本当に運に恵まれていると言わざるをえない。

 

「金の力は、確かに奴らを倒すにあたって切札になってる。ただ30秒しか保てないから本当にとどめを刺すんだってときにしか使えない、けど最近の奴らは金の力でもゴリ押しじゃ通用しなくて、そこに至るまでに色々と工夫して追い詰めなきゃだめだし、いやもちろんその工夫も大事ではあるけど僕だけじゃなくてかっちゃんや皆の負担にもなるわけであるからして………」

 

 人に聞かせたいのか独り言なのか判然としないいつものこれ。ある程度区切りがつくまで待つか、あまり長くなるようだったら適当にちょっかいを出して我に返らせるのが桜子のスタイルだったが、ジャンは西欧出身なだけあって(?)、遠慮なく割り込んでいった。

 

「じゃあ、ソレがずっと使えるようになれバ完璧ダネ!」

「!」

 

 いきなり顔を寄せられてびっくりした様子の出久だったが、そのひと言が閃きのきっかけとなった。

 

「そう、そうだよね!やっぱり、もう一回電気ショックを受ければ……」

「ちょっ……ちょっと、冗談やめてよ」

 

 胸騒ぎを覚えた桜子が慌てて押しとどめようとするが、一度火のついてしまった出久はもう易々とは止まらない。

 

「いやでも、強くなるためにはそれが一番確実で手っ取り早いと思うんだよね。まさか、凄まじき戦士になっちゃうわけにはいかないんだし」

「ッ、それは、そうだけど……でもやっぱり無茶だよ、なんともないのに電気ショック受けるだなんて!」

 

 桜子のことばは、極めて常識的なものに他ならない。相手がもはや、常人とは異なる肉体をもつ青年が相手といえども。

 

 その青年はと言うと、困ったような微笑みを浮かべて「そうかもね」と応じた。以前のように押しただけ押し返してくるような、青さを感じられないのが桜子には寂しい。

 流石に見かねたジャンが、ふたりの間に割り込んだ。

 

Pardonne-moi(ごめんなさい)……ぼ、ボクまた余計なコト言っちゃったみたいデ……」

「………」

「ネェ緑谷クン……みんなの笑顔のタメにがんばるノ、すごく素敵なことヨ。ケド、そこマデ無理することはないんじゃないカナ?」

 

 190cm近い長身のジャンの顔を、出久はじっと見上げた。頭髪と同じ深い翠の瞳は凪いでいて、穏やかだが強い意思を感じさせる。姿はまったく変わってしまってもこの青年こそ戦士クウガなのだと、まざまざ見せつけられているようだった。

 

「――僕、ずっと昔からヒーローになりたかった」

 

 ようやく口を開いたかと思えば。それはもう、桜子もジャンも緑谷出久の核となるパーソナリティとして認識している。

 

「オールマイトみたいに笑顔でみんなを救けられる、超カッコイイヒーロー。結局あきらめちゃったけど……クウガになって、今度こそそれができるようになったと思った」

「………」

 

 桜子もジャンも、黙って彼のことばを聞いていた。わかっていることであっても、"オリジン"なのだろうそれを、自分自身で確かめるような響きをもっていたから。

 

「でもたぶん、僕には決定的に足りないものがあった……昔から」

「足りない、もの?」

「見えてなかったんだ。救けたい、守りたいって思う人たちの顔が。……笑顔を、なんて言ってるのにね」

 

 たとえば幼少の頃、自分がオールマイトのように颯爽と一般市民を救助する妄想をするとき。救けようとしている人々の顔なんて一度もイメージできなかったし、しようと意識したこともなかった。

 

 クウガとして、実際に誰かを救けるようになってさえも、それは変わらない。イメージするしない以前に、明確にこの目で捉えているはずなのに。ただ、そういうものだと思っていた。毎日大勢の人々を救い、戦うヒーローたち。ひとりひとりの顔なんて、彼らも覚えてはいないだろうと合点して。

 

「でも、いまは違う」

 

「"みんな"って言うのがさ……ちゃんと、見えるようになった。それは沢渡さんだったり、轟くん、心操くんだったり、おやっさんや麗日さん、あと捜査本部の人たちだったり……かっちゃん、だったり」

「それって……」

「……うん。進歩どころか、退化してるかもしれないね」

 

 名も知らぬ大勢の人々を救けるために、悪と戦う。それがヒーローとして模範的な姿だとするなら、自分はヒーロー失格かもしれない。クウガとしても。爆豪勝己……かっちゃんならあるいは「所詮デクなんだから、そのくらいのスケールがお似合いなんじゃねーの」と、否定を装った肯定を投げかけてくれるかもしれないが。

 

 だが結局、それが真理なのだと思う。自分は弱くて、ちっぽけなただの人間だ。ひとりですべての人々の笑顔を守るんだなんて、思い上がりにもほどがある。――だからみんなを……ともに戦ってくれる友人たちを、守りたいのだ。彼らがそこにいてくれるなら、自分はどんな敵とだって戦える。それが結果的にすべてを守ることに繋がっているのだと、いまは自信をもって言えるから。

 

「だから……だからね、自分を蔑ろにするようなことは絶対にしないよ。それじゃ、きみたちの笑顔を守ることなんてできっこないんだ。……僕は、自分にできるだけの無理をする。あとはみんなと一緒に頑張る、それだけだよ」

 

 きみたちだって、そうだろう――出久の表情は、雄弁にそう物語っていて、桜子は二の句が継げなくなった。ジャンなどはむしろ感銘を受けてしまったのか、碧眼をきらきらさせているのだが。

 

「緑谷クン、イイ表情(カオ)してるネ……」

「………」

 

 「やっぱりダメかな?」なんて言って、じっと見つめてくる出久。青年らしく女の自分よりちゃんと背が高いのに、なんだか小さい子供に上目遣いで見つめられているように錯覚してしまうからずるい。

 

「……椿さんは、いいって言うかな?前は絶対ダメって断られちゃったんでしょう?」

「う……ま、まあそうなんだけどね」

 

 けれど、あのときとは状況も大きく変わっている。いまのように自分の気持ちを真摯に伝えれば、椿もわかってくれると信じる。

 

「じゃあ、早速行ってくるね!それじゃ!」

「ちょっ……そんないきなり!?」

 

 つい数分前にやって来たばかりだというのに、躊躇なく飛び出していく出久。案外果断な一面があることは知っているふたりだが、これには流石に呆気にとられるばかりだった。

 

 

 



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EPISODE 44. マンティス・エレジー 3/3

 多摩市内では、大捕物が行われていた。個性を使った銀行強盗のふたり組を管轄のヒーローたちが追っていく。

 

「こちらチームAタリアス、犯人は一ノ宮二丁目を逃走中!」

『了解。チームB、西から回り込む』

 

 犯人たちの個性は強力かつ派手だが、そのやり口は当初から行き当たりばったりと言わざるをえない。対してプロヒーローたちは、常日頃からあらゆる状況に対応できるよう訓練されている。無理をせず、しかし確実に、包囲網を敷いていく――

 

――そして犯人たちが気づいたときにはもう、彼らに逃げ場は残されていないのだ。

 

「本部へ。ターゲット、包囲完了」

『了解』戦闘エリア外に設置された基地キャンプからの返答。『ターゲットの抵抗が想定される。安全に留意して捕縛……な、なんだおまえは?――ぎゃああああああああ!!』

「!?、本部?どうした本部、レムルズ!応答しろ!!」

 

 基地キャンプを統括するヒーローの名を呼ぶが、応答はない。無線も壊れてしまったのか、相手からは耳障りな音が響くばかりだ。

 

「向こうで何かあったのか!?」

「わからん――ッ、!」

 

 目の前のヒーローたちの動揺を感じとって、犯人たちが反撃を仕掛けてくる。それがかえって、彼らを引き締めることとなった。

 

「とにかく、まずはこいつらを捕縛して警察に引き渡す!」

「了解!」

 

 激しい衝突が起こる戦場。――そこに、無謀にも足を踏み入れた男の姿があった。真冬にふさわしくない着流しを風にはためかせながら、じっと戦闘を見つめている。その姿に、ヒーローのひとりが気づいた。

 

「!、なんだ、きみは?民間人か!?」

 

 「危険だ、早く避難しろ」――ヒーローとして模範的な警告であったが、男は従う様子を見せない。それどころか、そもそも危険を認識していない様子で言い放つ。

 

「その必要はない」

「は……?」

 

 刹那、男の姿がぐにゃりと歪んだ。その様を見た者は皆、自分の目がおかしくなったのかと思ったがそうではない。もとより鍛え上げられた肉体がさらにひと回り膨れ上がり、漆黒に染まる皮膚は硬い外装を得る。そして、頭部から突き出す一本角。――カブトムシの能力をもつグロンギ、ゴ・ガドル・バの戦う姿だ。

 

「な……!?」

「おまえまさか、未確認生命体……!?」

 

 ヒーローも銀行強盗も皆、最も恐るべき脅威の出現に捕物どころではなくなった。このような事態を前にどう行動すべきなのか、いかにプロといえども判断できるわけはない。

 

 その迷いがあろうとなかろうと、彼らの運命は決していた。

 

「ビセギビ、ギベ」

 

 瞳を紫に輝かせたガドルが、胸の装飾品を大剣へと変えた。標的とされた者たちの肌が恐怖に粟立つと同時に、地面に突き立てられた剣から雷が奔る。その美しい煌めきが、彼らの知覚した最後の光景だった――

 

 

 

 

 

 関東医大を目指し、出久はビートチェイサーを走らせていた。これから椿医師を説得して、自ら電気ショックを受ける……骨が折れるどころではない苦労となろうが、躊躇いはさらさらない。――仲間を、友人を喪うことに比べたら。

 

「……ッ、」

 

 グリップを握る手に、思わず力がこもる。ひと月前、死柄木弔の襲撃を受けたあのとき。桜子が殺されるという絶望的な確信に心が覆い尽くされたあの瞬間、振り返れば、自分はまた凄まじき戦士になりかけていたのだと思う。あれだけ憎しみに囚われはしないと誓いを立てても、目の前で友を殺されるようなことがあったらそんなもの容易く破れてしまうのだと思い知った。

 

 桜子に語ったことばに嘘はない。ひとりで全部守るんだなんて大口を叩くつもりはないが、いざひとりで戦わねばならなくなったとき、何も守れないような無能になるわけにはいかない。――自分の中の"デク"を、認めればこそ。

 

 そんなことを思っていると、目の前の信号が青から黄になった。急く気持ちはあれど、ヒーロー志望だっただけあって出久は法令遵守を志向している。ゆっくりと減速し、赤になると同時に停車した。

 

――そのとき、無線が鳴った。

 

『緑谷くん聞こえるか、塚内だ』

「!、はい!」

 

 合同捜査本部の塚内管理官。親しいは親しいが個人的な付き合いのあまりない彼が無線で連絡を入れてくるとしたら、その理由はひとつしかない。自ずから、表情が厳しいものとなる。

 

『多摩市一ノ宮に未確認生命体第46号が出現した。逃走中の銀行強盗2名、及びその追跡の任にあたっていたヒーロー複数名が殺害されたという情報が入っている』

「ヒーローが……!?」

 

 ショックを受けた出久の脳裏に浮かんだのは、渋谷で大勢のヒーローの首を比喩でなく刈った第32号だった。あのとき自分はあかつき村で轟焦凍とともにいて、直接事件にはかかわっていない。ただ今度の敵がヒーローを標的としているとまだ確定したわけではないし、明確にナンバリングが異なる以上別個体なのだろうと自分の中で決定付けた。第32号と呼ばれるゴ・ガリマ・バが、夏目実加のフルートを聴いて心動かされているなどとは想像できるはずもない。

 

『非番だった爆心地も既に現場へ向かっている。緑谷くん、きみも至急向かってくれるか?』

「もちろんです!」

 

 ふたつ返事で了承する。と同時に、信号が青になった。幸いにして対向車もない。出久は多摩方面へ向け愛車を反転させた。

 

 

 管理官は続いて、焦凍に対しても連絡をとっていた。特に予定もなかったため自宅でトレーニングに励んでいたところだったので、出動までのラグはほとんどない。

 

「行ってきます!」

「気をつけるんだぞ、焦凍!」

 

 珍しく率直なグラントリノの激励。そのことばに背中を押されて、愛車に飛び乗る。出久のビートチェイサーなどと異なりまごうことなき市販品なのだが、それはある意味、彼――アギトがクウガに対して有するアドバンテージの証左と言ってもよかった。

 

「変、――身ッ!!」

 

 腹部に出現したオルタリングから黄金色の輝きが放たれ、焦凍の身体をマシンごと包み込む。その光が収まったとき、彼はヒトの面影とどめぬ異形へと姿を変えていた。ただ異形といえども、黄金、アイスブルー、クリムゾンレッドの鮮やかな三色に彩られた鎧と虹色の瞳は、見る者が一瞬見とれてしまうような美しさだ。天から遣わされたようなその姿こそ、彼がヒトの純粋なる進化態であることを示していて。

 そして彼もまた、クウガやゴのグロンギたちと同じモーフィングパワーを有していた。といっても周囲のものや装飾品を武器に変えられるわけではない。彼が相棒と認めた銀色のバイクが、アギトと同じカラーリングの"マシントルネイダー"へと姿を変えた。そのスペックは警察最新鋭のクウガ専用マシンである、ビートチェイサーにすら匹敵する。

 

 彼もまた、人々を守るために戦う。――ヒーロー・ショートとして、"平和の象徴"の後継者として、仮面ライダーとして。あらゆるものを背負いながら、そうとわからぬほどの静謐を保って、彼もまた戦場へと走るのだ。

 

 

 

 

 

 そうして超人英雄たちがたどり着くまでの間にも、未確認生命体第46号ことゴ・ガドル・バによる一方的な殺戮が続いていた。

 

 襲われたヒーローたちを救出すべく、駆けつけた周辺地域のヒーローたち。しかしガドル相手に、彼ら自慢の個性は足止めにすらならない。紫の瞳の剛力体、その表皮ひとかけらさえも、彼らの猛攻は傷つけることができぬまま。

 

 またひとり、五体を切り刻まれたヒーローが、糸の切れた人形のように地に伏せた。ガドルが武器とする大剣の切っ先から垂れる鮮血は、混じりに混じりあってもはや誰のものかわからない。剣ばかりでなく、アスファルトを覆う血の海もまた、同じこと。

 

 しかしながらガドルは、この状況に対して微塵も満足していなかった。つまらなそうに鼻を鳴らし、つぶやく。

 

「……他愛もない。リントの戦士とは、この程度か」

 

 これでは、せっかく標的とした意味がないではないか。ただ、既にゲゲルは始まっている以上、今さらルールを変更するわけにもいかない。

 

 生き残りの――というより、まだ手をつけていない――ヒーローたちに、ぎろりと照準をつける。それに対する獲物たちの反応は様々だが、皆、総じて腰が引けてしまっている。いかに戦場を糧とする者たちといえど、鍛え上げてきた自分たちの力・技がまったく通用せず、磨きあってきた仲間たちが無惨に殺戮されているこの状況。戦意を保てというのは酷な話かもしれない。

 中には、

 

「ひっ……う、うわああああああああッ!!」

 

 絶叫とともに、戦場から逃げ出そうとするまだ若いヒーロー。それもまた、生物としては正常な判断かもしれない。

 

――問題は、その逃避すらガドルの前には無意味だということだ。

 

「ふん――」

 

 剣を振り上げたかと思えば――そのまま、ジャベリンのごとく前方へ投げ出す。地面に水平に、疾風を切って飛んでいく殺戮兵器。それは運動能力にすぐれた青年ヒーローが全力で走る速度すら、圧倒的に凌いだ。

 そして、

 

「か――ッ」

 

 彼は一瞬、自分の身に何が起きたかもわからなかった。ただ背中に凄まじい衝撃を受けた直後、突き上げられるような感覚のあとに鋭く巨大なものが左胸のあたりから飛び出す。それがなんなのか脳が認識するより早く、彼もまた地面に倒れ込んでいた。

 

「が、ごはッ!!――……、………」

 

 口から黒い血を吐き出し、それきりぴくりとも動かなくなる。

 

――その光景を付近のビルの屋上から見届けて、仮面の男……ドルドは"バグンダダ"の珠玉をまたひとつ、移動させた。抵抗するリントの戦士たちを、ガドルはなんの苦もなく殺し続けている。

 

「ガグ、ガザバ……」独り言のようにつぶやいたかと思えば、「おまえも、そう思うか?」

 

「――ガリマ」

「………」

 

 ドルドは彼女の顔を見るのは久しぶりだと思ったが、ガドルと異なり彼女に対して競争心など微塵もないから、そんな陳腐な反応はしなかった。

 

「ガドルの力は、ゴの中にあっても圧倒的だ。……ザギバス・ゲゲルに進めるかもしれんな、彼なら」

 

 ガリマがなぜゲゲルを放棄してまで離れたのか知らないが、プレイヤー階級である以上はそう言えば対抗心に火がつき面白い反応が見られるとドルドは思った。ガミオが支配者としての自覚を取り戻したいま、ダグバ=死柄木弔のことに関しては停滞期に入っている。それくらいの楽しみはあってもいいではないか。

 

 確かにガリマの表情は少なからず愉快でなさそうだったが、ドルドの思い描いていた反応とは異なっていた。ひとり、またひとりと英雄が虚しく斃れていく様を目の当たりにして、釈然としないような、心にわだかまりを抱えたような反応を見せる。が、ドルドはその内面にまで手を突っ込もうとはしない。あらゆる事象に対して観測者たることが、彼の選んだ生き方なのだ。

 

 ふたりがそうしている間にもガドルは着実に殺戮を続け、いよいよこの場にいるヒーローは残りひとりというところまで追い詰められていた。

 

「………」

「う、うぅ……ッ」

 

 頼もしかった仲間たちの死体の山の中で、未確認生命体の標的が自分ひとりのみに絞られた。いかに勇敢で血気盛んなヒーローといえども、心身ともにすくみあがらないはずがない。何か逆転の一手があるならまだしも、自分の攻撃もまったく通用しないことはもう、まざまざと思い知らされているのだから。

 ヒーローとしての理性が主張する抵抗。生物としての本能が主張する逃走。どちらを選んだとしても、彼の死はほとんど決定づけられたものだった。それがわかっているから、身体が動かない。目尻に生理的な涙がにじむ。

 

 もはやその反応を情けないとすら思わず、ガドルは新たな剣を手に歩き出す。此奴を始末したらば、次はどこへ向かうべきか。より殺し甲斐のあるリントの戦士がいる場所は――

 

 "次"のことで頭がいっぱいになっていたガドルは、率直に言って油断していたのだ。無論、実際目の前の標的がどう動こうが結果は変わらなかっただろう。――しかしその油断のために、背後から迫る殺気に気づくのが彼にしては遅れた。振り返ったときにはもう、漆黒の装いの戦鬼が、眼前に両手を突き出していて。

 

「死ィねぇえええええええッ!!」

 

 グロンギ顔負けの罵声とともに放たれた爆炎は、至近距離でガドルに直撃した。もっとも、その一撃は彼の表皮を灼くことすらかなわなかったのだが。

 

「チィ……ッ!」

 

 自身の攻撃が通用しないことは予見していたのだろう、舌打ちしつつも彼は素早くガドルの頭上を飛び越え、生き残りのヒーローを背に着地する。全身を漆黒の布地に包み、両肘から先には今しがた見せた爆破に似合いの巨大な手榴弾を装着している。フェイスガード越しに、真っ赤な瞳がぎらぎらと好戦的な輝きを放っていた。

 

「ビガラパ……」

 

 ガドルは目の前の青年を知っていた。であればこそ血が沸き立ち、落胆が歓喜へと変わる。

 

「爆心地、だな」

「気安く呼ぶんじゃねえ汚れんだよ化け物が!!」がなりつつ、「おいテメェ、とっとと逃げろ」

「!、い、いやしかし……」

 

 撤退を命じられた男は、ある意味躊躇するだけヒーローとしての精神性を失っていなかった。勝己のほかに援軍が来る様子はない。他の合同捜査本部の面々や4号などとは別行動だったのだろうが……なんにしても、この未確認生命体を相手に単独では危険すぎる。

 そんなことは勝己も重々承知している。わかったうえで、不敵に笑むのだ。

 

「足手まといだっつってんだよ!こんなヤツ、俺ひとりで十分だわ!!」

「!!」

 

 屈辱を感じないかと言えば嘘になる。勝己のそれが明らかに強がりであることも。だが図らずも後押しを受けたことで、理性よりも本能が勝った。

 唯一の生存者がこの血生臭い戦場から離脱していくのを背に、猛獣のごとく姿勢を低くする勝己。対照的に、怪物の姿をしたガドルの行動は至って静謐そのものだった。武人のごとく、剣を構える。

 

 その光景を高みの見物と決め込んでいたドルドが、感慨深げな声音でつぶやく。

 

「爆心地……クウガやアギトと並び立つリント。これは面白くなりそうだ」

「……ッ、」

 

 掌にじわりと汗が滲むのを、ガリマは自覚した。爆心地。直接ぶつかり合ったことはなく、あいまみえたのはかのフルートのコンクールだけ。たったその一度が、ガリマの心を縛っていた。

 

――あの子の父親は、テメェの仲間に殺された。

 

 そのことばが、ぐるぐると頭の中を廻る。そう言えるだけの感情を、彼はあの少女――夏目実加に対してもっている。それはガリマにとっても青天の霹靂だった。烈しさ、それと表裏をなす冷徹さ。何より戦闘においてこそ見せるあの悪鬼のような笑み、どこをとってもリントよりよほどグロンギにふさわしい。そういう精神をもつ男なのだと思っていた。戦闘以外に楽しみを見出だせず、特別に愛する者などないのだと。

 

(爆心地がもしも、敗れたら)

 

 なぜなのかはわからない。ただその可能性を思うと、寒くもないのにぞくりとした。

 

 地上では爆心地が、文字どおり火蓋を切っていた。

 

「オラァアアアアアッ!!」

 

 咆哮とともに翔ぶ勝己。なんの躊躇いもなく一気に距離を詰め、再び爆破。その熱では傷つかないという絶対的な自信をもつガドルもまた、一歩も退くことなく剣を横薙ぎに振るう。狙うは目の前の男の首ひとつ。

 ただ勝己は、どこまでも果断であると同時に慎重さを蔑ろにしてはいない。発破の勢いに乗じて綺麗に宙を回転し、距離を保ったうえで着地する。

 それでもなお、コスチュームの袖の一部がわずかに裂けた。切っ先に触れてすらいない、剣圧だけでも切れ味をもつということか。

 

「チ……ッ」

 

 何度目かの舌打ちが漏れる。周囲の惨状を見ればわかることだが、こいつは強い。ひとつとして間違いなどなくとも、自分もあの屍の群れの仲間とされるかもしれない。

 退くわけにはいかない。それ以上に、ここで死ぬわけにもいかないのだ。自分のすべきことは、出久たちの到着まで時間を稼ぐこと。それもまた重要な役目と割り切った。一瞬青筋を立てて屈辱に震える学ラン姿の自分が浮かんだが、ぐしゃりと握り潰して脳のゴミ箱に捨ててしまった。

 

「――閃光弾(スタン・グレネード)ッ!!」

 

 次に放たれた爆破は、火力よりも光度に重きを置いたものだった。いかに肉体は頑強といえど、辺り一面が真っ白になるほどの閃光に、彼の視力は耐えきれない。

 

「ヌゥ………」

 

 目を一時的に潰されたガドルが、初めて呻き声ともいえない声を漏らした。ただその所作に恐慌をきたした様子は微塵もない。たかが五感のうちのひとつ。万全であるに越したことはないが、失ったとて戦えないわけではない。

 勝己もそういう相手であることは認識している。並みの敵ならここで一気に距離を詰めて最大火力をぶつけるところだが、

 

徹甲弾(A.P.ショット)ッ!!」

 

 あえて距離を保ったまま、籠手の中で凝縮した汗を放出する。爆発し、火炎弾のようになったそれがまるで猛獣のように獲物に喰らいつく。それも、群れをなして。

 

「ヌゥゥ……ッ」

 

 その衝撃に圧され、ガドルの身体が初めて後退した。いける!そう思った勝己は素早く背後に回り込み、火力をぶつける。そして爆破の勢いを利用して、敏捷に距離をとる。その所作は、まるで豹を思わせた。

 

「ほう……」

 

 観戦していたドルドが、思わず感嘆の声を漏らす。数々のグロンギを見てきた彼すら唸らせる戦いぶり。ガリマも気持ちは同じだったが、それでもなお固唾を呑んで見守っていた。あのガドルが、そう簡単に追い詰められるはずがない。

 

――視力が回復すると同時に、ガドルは動いた。

 

「グボギパ、ジャスジョグザバ」

 

 つぶやくと同時に……その瞳の色が、紫から青へと変わる。あまりにも些細な変化。しかしそれは重大な意味をもっていた。

 彼が武器としていた大剣が、一瞬にして形を変えたのだ。彼の背丈ほどもある長大なロッド。クウガのドラゴンロッドを思わせるそれは、しかし両端に鋭い爪のような意匠をもち、より攻撃的に見せている。

 

 変わったのは、武器ばかりではなかった。

 

「フン――」

「!?」

 

 その漆黒の姿が突如、勝己の視界から消えた。全身が総毛立ち、ほとんど反射的に足がその場から逃げようとする。

 その判断は極めて妥当だったが、いかに運動能力と個性にすぐれているといえども常人である彼に、"俊敏体"となったガドルのスピードを下すことはできなかった。

 

「がぁ――ッ!?」

 

 脇腹のあたりを痛烈な衝撃を襲い、勝己の身体は紙のように弾き飛ばされた。そのままビルの壁面に激突、割れたコンクリート片が粉塵となって辺り一面に散らばる。

 

「ぐ、あぁ……ッ」

 

 あのロッド状の武器を叩きつけられた。それもこちらの感覚を超越するほどのスピードで……おそらくは、クウガと同じように形態を変化させることによって。

 じわりと脳を苦痛に侵されながらも、勝己は持ち前の精神力で耐えてそこまで分析した。ただ頭は働いても、身体はもう先ほどまでのようには動かない。ガドルを相手にその状態では、もはや趨勢は決したというほかなかった。

 

「"年貢の納めどき"……貴様らリントは、そう言うのだったな」

「……ッ、」

 

 瞳を紫に、武器を大剣に戻して迫るガドル"剛力体"。

 今どき時代劇でしか言わねえよ――内心そう毒づいた勝己だったが、呼吸すらままならないいま、声を出すのも億劫だった。ただ、戦意まで失ったわけではない。痛みをこらえて両手から絶えず小規模な爆破を放ち、威嚇を続ける。

 

「よく粘ったが、これで終わりか」

 

 どこか名残惜しそうにつぶやきつつ、ドルドが珠玉に手をかける。ガリマは自身の心臓が嫌な音をたてるのに気づいた。脳裏に流れる、あの少女のフルートの音色。

 

 

――そしてガドルが、剣を振り上げた……。

 

 

 

 

 

 ひたすらにビートチェイサーを走らせ続ける出久。戦場まであとわずかというところ、彼の心は逸って仕方がなかった。

 

(かっちゃん……!)

 

 塚内の話によれば、勝己は誰よりも早く現着していることになる。いくら彼でも、ひとりで戦ってどうにかなるような相手ではない。急がなければ――

 

「――緑谷!」

「!」

 

 不意に背後から響く声と、バイクのエンジン音。しかも複数。振り返るまでもなく、それらは出久の両隣に並んだ。

 

「轟くん、心操くん!」

 

 マシントルネイダーを駆るアギトに、ガードチェイサーを操るG3。彼らが両隣を固めてくれている――その光景の頼もしさたるや。

 

「ふたりとももう聞いてると思うけど、かっちゃんが先行してる。……急ごう!」

「ああ」

「わかった」

 

 そのために。完全に戦闘モードに意識を切り替えた出久は、全身、とりわけ腹部にぐっと力を込める。

 そして、

 

「――変身ッ!!」

 

 赤い輝きが騎上で放たれ、青年の姿がクウガ・マイティフォームのそれに変わる。同時に青と銀を基調としたビートチェイサーのカラーリングが、戦士クウガを表す古代文字の刻まれた赤と黒、そして黄金へ。

 

 現代に生まれた3人の仮面ライダーが、ひとりとして乱れることなく並んで戦場へ走る。ただ彼らが力を合わせてなお、それを圧倒するグロンギも存在するのだった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己は、ただただ目の前の光景に呆然としていた。一体何が起きているのかわからなかった。

 結論から言えば、ガドルの剣は勝己の命を奪うことはなかった。間に割り込んだひとりの女が、その刃を腕ひとつで受け止めていたのだ。

 

「テメェ……」

 

 その女を、勝己は知っていた。――そして、ガドルもまた。

 

「貴様……なんの真似だ」

「………」

 

 軍服のような衣装をまとった、冷たい美貌の女グロンギ。肘から先をダークグリーンの異形へと変えて、そこから生えた鋭い鎌によって、ガドルの剣を受け止めている。

 

「血迷うたか」

 

 ガドルのことばに、彼女は小さく笑った。そうかもしれない。こんな行動、かつての自分なら絶対にありえないことだった。

 

 だが、是非もない。考えるより先に身体が動いてしまった。夏目実加――父をグロンギに殺された少女。それでもなお彼女が醜い感情のないうつくしい音色を奏でたのには、きっと少なからず背後の男が影響しているはずだ。

 爆豪勝己までがグロンギのために喪われたとき……かの音色は、今度こそ泡沫のように消え去るのだろう。

 

(ならば、)

 

「ならばこれが、私の答だ……!」

 

 肘先から肩、そして全身へ、異形の表皮が広がっていく。女性らしいボディラインを残しながら、カマキリの特徴を色濃く反映した姿。最後に変化を遂げた頭部では、一対の紅い瞳が、爛々と眼前の"敵"を睨みすえていた。

 

――カマキリ種怪人 ゴ・ガリマ・バ。

 

 ゴに昇格して以来、初めての闘う姿への変身。かつてより邪悪に染まったかのようなダークグリーンの肉体で、彼女は同族と対峙する。

 

 

 獲物であるはずのリントを、守るために――

 

 

つづく

 

 




ガドル「次回予告。……たまには我らグロンギが為すのも一興だろう」

ガドル「俺に対して刃を向けるガリマ。そして満を持してとばかりに戦場へ現れるクウガ、アギト……青いのはG3だったか。だが、有象無象が揃ったとてこの俺の敵ではない。ひとり、またひとりと倒れていく……これでは戦い甲斐もない」

ガドル「一方リントは、我らを殺すための新たな兵器を完成させるらしい。面白い、そうでなくてはな!」

EPISODE 45. ビートル・クライシス

ガドル「次回、ドルドが失態を犯す」

ガドル「その代価、血で贖ってもらう。さらに向こうへ……プルス・ウルトラだ!」


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EPISODE 45. ビートル・クライシス 1/3

原作と違って多対一なのでガドル閣下の強さ描写するのがたいへん。
エレクトロファイヤーが便利で仕方ないのです、ごめん閣下。


 ゴ集団。グロンギの4つのプレイヤー階級において、卓越した戦闘能力と高い知能をもつ者たち。その大多数が既に敗死しているとはいえ、いずれもクウガや合同捜査本部の面々に何度も苦杯を舐めさせてきた。そしてゴ・ガリマ・バもゴ・ガドル・バも、新参か古参かの違いはあれど同じゴの一員であることに変わりはない。

 

 

――にもかかわらず、形勢は明確に傾いていた。

 

「ハアァッ!!」

 

 勇ましい咆哮とともに、手首の根元から生えた鋭い鎌を振るうガリマ。人間の首を軽々と刈り取ることのできる彼女自慢の武器。それを、

 

「……フン」

「ッ、!」

 

 ガドルの大剣は、易々と受け止めていた。彼自身は、まともに力を込めていない。ガリマの猛攻に身を任せてすらいるから、傍目には一方的に押されているとも見える。

 傍観者の立場に置かれてしまった爆豪勝己には、そのパワーバランスがわかってしまった。ただどちらが有利不利以前に、状況を把握しようとするのが精一杯だった。

 

(こいつ、32号……?)

 

 まったく見も知らぬグロンギならば、まだ人間――リントに与する奴もいるのだと自分を納得させられなくもない。だが第32号は、かつて渋谷で99人もの罪なき人々を虐殺した。それがなぜ、自分を守るような真似をするのか。……あるいは、あのコンクールを訪れていたことと何か関係が?

 

 考えている間にも、二体のグロンギの戦闘は続く。――と、わざと押され続けていたガドルが、初めて脚に力を込めた。たったそれだけのことで、ガリマの攻勢は停滞してしまう。

 

「ぐ、ぅ……ッ」

「……やはり、この程度か」

「なに……!?」

 

 せせら笑いながら、ガドルは言う。

 

「貴様は戦いを忘れてしまったのだ、ガリマ。いかにゴに昇格せしめようと、誇りを失ったグロンギなどリントにも劣る」

「ッ、黙れ……!」

 

 誇りを忘れたつもりはない。ただ頂点に上り詰めるよりも前に、守らねばならないものができたというだけだ。グロンギにおいてそれが異端であることに変わりはないが。

 いずれにせよ、己の論理を押し切るだけの力はガリマにはなかった。ガドルが前進を開始する。

 

「ぐ……ッ!」

「誇りを忘れた哀れな女。貴様に、遥かなる眠りの旅を捧げよう……!」

 

 剣を一閃するガドル。それはガリマの硬い表皮を容易く切り裂いた。たまらず後退するガリマ。その隙を逃さず、一気に攻勢に出る。何度も剣が、疾風とともにその五体を切り刻む。おびただしい鮮血が辺りに散らばる。

 

「ぐ、あぁぁ……!」

 

 悲鳴をこらえたような、くぐもった声を発するガリマ。それを聞いた瞬間、当惑するばかりだった勝己の身体は動いていた。脇腹に残る痛みなど忘れたように跳躍し、

 

榴弾砲(ハウザー)――着弾(インパクト)ッ!!」

 

 いちかばちか距離を詰め、最大限の爆破を放つ。発生した爆炎は、ガドルの全身を完全に呑み込んだ。

 

「ッ、爆心地……」忌々しげな声をあげるガリマ。「出てくるな、貴様は……!」

「ア゛ァ!?テメェに命令される筋合いねェわカマキリ女!!」

 

 相手がグロンギであることもあって反射的に怒鳴り散らしてしまったが、自分のために傷ついた彼女を放っておけなかったのも事実だった。

 

「……どういうつもりだ。人殺しのテメェが、俺を救けるなんて。それともただの仲間割れか、ア?」

「……それは、」

 

 人殺し――グロンギであることとほぼイコールであるはずのその称号が、初めてずしりと重く感じた。思わず俯くガリマ。その反応を訝しんだ勝己だったが、

 

「貴様のほうがマシかもしれんな、爆心地」

「!」

 

 爆炎の中からゆらりと現れたガドル。――その瞳は緑に……武器は、ボウガンへと変わっていた。

 

「ザグボ、セゼ……ゴパシザ」

「!!」

 

 引き金が引かれ、()()()()()()空気弾が撃ち出される。勝己が反応するより早く、ガリマの身体が彼を庇うように動いた。

 

「――――」

 

 声なき声のあとに、起こる爆発。同時にガリマの身体が後ろに飛んできて、巻き込まれた勝己はもろとも吹っ飛ばされた。だが流石に学習して、右手でガリマを押さえ、左手を後ろに向けて爆破を放つ。勢いを殺すことで、先ほどのように壁面に叩きつけられる事態は避けられた。

 

「ッ、おいカマキリ女!!」

「ぐ……ッ、ガリマ、だ……!」

 

 反論するだけの気力は残っているようだったが、身体のほうはかなりのダメージを負いつつあるようだった。剣による裂創は早くも塞がりつつあるとはいえ、いまの空気弾が見かけによらず痛烈だったらしい。受けた腹部を押さえて、苦しんでいる。

 再びボウガンを構えるガドル"射撃体"を前に、勝己は必死になって思考を巡らせる。44、45号に続き、このグロンギも複数の……それもクウガのそれに対応した形態を使い分けているらしい。いまの姿がペガサスフォームに対応しているとするならば、その射撃は精密のひと言に尽きるだろう。かわすのは容易ではなさそうだが、直撃すればただでは済むまい。

 

 また、捨て身覚悟で間合いに飛び込むしかないか。勝己が覚悟を決めかけたそのとき、マシンのいななきが辺りに響き渡った。

 

「!」

 

 猛スピードで吶喊してきた"それ"が、なんの躊躇もなくガドルに突っ込む。流石に時速も重量も数百キロの金属の塊に突撃されてはかなわず、その身体が初めて宙を舞った。

 

「かっちゃん!」

「ッ、デク……!」

 

 そんな快挙を成し遂げたデクことクウガは、脇目も振らずにこちらへ駆け寄ってくる。――しかし、ガリマの姿を認識した途端に足が止まった。

 

「そいつ……32号!?」

「………」

 

 なぜ第32号が勝己とともにいる?それも、明らかに敵対的ではない様子で……。

 この場で一部始終を目の当たりにしていた勝己ですら状況を把握するのに時間を要したのだ、すぐに察しろというのは無理がある。

 

――しかし可否以前に、そもそも考えている暇などないのだった。

 

「クウガ……」

「!」

 

 ゆらりと立ち上がったガドルが、ボウガンの銃口を向けていた。クウガが反応するより早く、引き金が引かれる。――放たれる、透明な弾丸。

 

「デクっ!!」

 

 思わず声をあげる勝己。だが、間に合わない――

 

――氷壁が、奔った。

 

 それも一瞬のことで、次の瞬間には着弾によってばらばらの氷の粒となって砕け散る。ただ友を守るという、"彼"の目的は達せられたのだが。

 

「緑谷、爆豪!」

 

 やや遅れて駆けつけてきたのは言うまでもない、轟焦凍の変身したアギトと心操人使の装着したG3。彼らふたりもまた、対峙するガドル以上にこちら側にいるガリマの存在に気を取られたようだった。G3――心操はそれでも、抜け目なくスコーピオンをガドルに向けているが。

 

「そいつ、前に渋谷で暴れたっつー未確認か?なんでこっち側に……」

 

 焦凍たちからすれば当然の疑問ではあったのだが、

 

「だあぁうるっせえな!!俺が訊きてぇっつーか訊いとる途中だったわクソが!!」

「お、おぉ」

「キレるなよだからって……――来るぞ!」

 

 心操のことばどおり、再びガドルが動いた。射撃では弾かれると悟ったのだろう――瞳の色がオレンジになり、武器を捨て去ったうえで飛びかかってくる。発射されたスコーピオンの弾丸がいくつも命中するが、それらは硬い表皮によってことごとく弾かれてしまう。

 

「ッ、」

「徒手空拳か……舐められたもんだッ!」

 

 ワン・フォー・オール――オールマイトより受け継いだ個性を発動させ、構えるアギト。迫る漆黒の甲虫人の拳めがけ、己も拳を突き出す――!

 

 そして、巻き起こる旋風。それはオブジェクトはおろか、クウガたち周囲にいる者たちですらも踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいかねないような激しいもので。拳と拳がぶつかり合うだけでそれほどまでに強烈な現象が巻き起こるのはただひとつ、超人の肉体がワン・フォー・オールと超常的ともいえる科学反応を起こしているためであった。

 

「ッ、」

 

 それだけの圧倒的なパワーの前に、流石にガドルのほうが押し切られた。弾き飛ばされ……しかしながら、空中で受け身をとって器用に着地する。

 

「……やるな。流石はアギトだ」

「………」

「貴様らこそ、真に切り刻む価値ある獲物!」

 

 まったく躊躇を窺わせることなく、再び向かってくるガドル。そう来ることがわかっていればわざわざカウンターに付き合ってやる必要もない、アギトはワン・フォー・オールに代わって、生まれながらにもつ"半冷半燃"――そのうち、左の炎熱を発動させる。

 父から受け継いだ灼熱の獄炎は、迫る相手を真正面から邀撃した。紅蓮の中に呑み込まれるガドル。もとより勝己の"爆破"に匹敵する個性だ、これなら――

 

 そう信じたのも束の間……燃えさかる炎の中から、地面を激しい電流が走った。四方八方へ散らばったそれは一瞬のうちに彼らを包囲し、

 

――爆ぜた。

 

「!?、ぐあぁぁッ!!」

 

 身構える暇もなく、爆炎に撥ね飛ばされるクウガ、アギト、G3――そして勝己とガリマも。

 

「ッ、いまの、は……」

 

 これまでのグロンギにはない、派手かつ強力な攻撃。その正体はすぐにわかった。未だ揺らめき続ける火炎の中から現れたガドル――またしても瞳が紫となっている――、その手に握られた剣の刀身に現れた稲妻。

 

(あれは、まさか……)

 

 雷を操る力。クウガ……出久の脳裏に、嫌な感覚がよぎる。クウガで言えばそれは金の力、そして――

 

 傷ついた爆豪勝己もまた、同じことを思っていた。戦力は十分に揃っているにもかかわらず、胸騒ぎがする。自分らしくもないと即座に戒めはしたが……ただ弱気になるのとはまた、別の問題だ。

 とにかく、デクたちだけに任せておくわけにはいかない。痛みをこらえて立ち上がろうとしたとき、不意にガリマが声をあげた。

 

「!、ドルド……!」

「あ?――!」

 

 バグンダダを構えたドルドは、今か今かと珠玉を動かすのを心待ちにしているようだった。――その姿を見た途端、どうしてか頭に血が上った。

 

「――!」

 

 半ばガリマを突き飛ばすようにして、爆破をかまして飛翔する。「爆心地!」と呼ぶ切羽詰まった声が響くが、気にもとめない。

 

「オラァアアアアアッ!!」

「!」

 

 文字どおり高みの見物を決め込んでいたドルドは、いきなり自分に照準を向けられるとは思っていなかったらしい。わずかに遅れた反応を、勝己は逃さなかった。

 

「爆ぜ死ね!!」

 

 物騒な罵声とともに、頭上から最大火力を浴びせる。既に回避行動をとろうとはしていたドルドだったが完全にはかわしきれず、マントが焼け、さらにバグンダダが空中に投げ出された。

 

「心操!!」

「!」

 

 前面に出ていくクウガとアギトを、後衛からサポートしていたG3。ただ彼の名をがなり立てただけだったが、察しの良い彼は落下してくるバグンダダを認めて勝己の意図を読み取ってくれた。

 咄嗟にスコーピオンの銃口を向け――引き金を、引く。

 

 無数の弾丸が一挙に放たれ、そのうちの7割ほどが命中した。珠玉が弾き飛ばされ、ボードにいくつもの風穴が開く。そして地面と接触した際の衝撃が決め手となり……バグンダダは、無残にも粉々に破壊された。

 

「バグンダダが……!」

 

 初めて取り乱した様子を見せるガドル。これを好機と捉えたふたりの超人戦士は、一気に攻勢に打って出た。

 

「うおおおおおッ!!」

「おりゃぁあああッ!!」

 

 ワン・フォー・オール、半冷半燃――"3つ"の力を宿したアギトのキックと、封印エネルギーを纏ったクウガのキック。そのふたつが、ガドルのボディに直撃した。

 

「ヌゥ……!」

 

 よろよろと後退するガドル。その胸元には、クウガのキックが決まったことを証する古代文字が浮かび上がっている。やったか――

 

「……ボン、デギゾゼ、ゴセパダ、ゴゲンゾ」

 

 不敵なつぶやきとともに――紋が、失せていく。

 

「……!」

 

 身構えるクウガ・アギトに、迫るガドル。

 一方で、

 

「はっ、ザマァミロハゲタカ野郎!」

「………」

 

 嘲笑する勝己を前に、ドルドは一瞬その痩せた頬を紅潮させた。

 

「……キミのような強者気取りのリントには、教育が必要らしいな」

 

 額に手を当ててやれやれと首を振るや、その背中から一対の黒翼が皮膚を突き破るようにして飛び出す。思わず勝己が息を呑んだのも束の間、その姿が怪人体のそれに変わった。

 翼をはためかせ、空中に浮かび上がる"ラ・ドルド・グ"。それとともに分離した無数の羽根が、主の感情のままに差し向けられる。

 

「チッ!」

 

 仕込まれた麻痺毒の効能が身に滲みている勝己は、爆破を起こしてさらに高く跳躍した。だが羽根はどこまでも追ってくる。逃げ切れるわけがない。

 そんなことはわかっている。だからいちかばちか、羽根が群がってきたところで――

 

「オラァッ!!」

 

 爆破。炎に呑まれた羽根の群れは、ことごとく焼き尽くされていく。

 

「……フム」

 

 腕組みをして、その光景を見つめるドルド。破られたからと、動揺する必要はまったくない。いくら放出しようが羽根はいくらでも再生する。ドルド自身が動くまでもなく、歯向かう者を黙らせるには十分な武器だった。

 だが静かな憤懣を心に抱いたドルドは、そのようなルーティンワークめいた戦法に終始するつもりはなかった。ましてや、次の勝己の行動を読めばこそ。

 

「死ねぇッ!!」

 

 そう、勝己は後方に爆破を放ち、一気に距離を詰めてきたのだ。さらに羽根が乱舞する前に、決着をつけてしまおうという腹だろう。彼らしい、実にわかりやすい戦い方だ。

 

「流石は爆心地……勇敢なことだ。だが――」

「!?、が――ッ」

 

 ドルドの拳が、突っ込んできた勝己の鳩尾を捉えていた。

 苦痛を感じるより早く呼吸を阻まれ、硬直する身体。激しい攻めの姿勢から一転、ゆっくりと屋上の床にくずおれた。

 そして二度と立ち上がれぬよう、晒された背を力いっぱい踏みつけ、踏みにじる。

 

「が、あ……ッ!」

「自分がクウガやアギトと同列だなどと、勘違いしないほうがいい」

 

「――キミは所詮、ただのリントだ」

 

 静かに算盤を構えているイメージとは異なり、ドルドのパワーは圧倒的なものだった。背骨が軋む音が絶えず響き続け、激痛が走る。――砕かれる、そんな予感が明確なものとなっていく。それでもなお、勝己の脳裏に去来するのは恐怖ではなく、あくまで屈辱ばかりだったが。

 そのとき、

 

「ジャレソッ!!」

「!」

 

 にわかに跳躍してきたゴ・ガリマ・バが、ドルド目掛けて横薙ぎに鎌を振るう。それは容易く避けられてしまったが、勝己の背中から退かすことには成功した。

 

「この男の命だけは、奪わせん……!」

「……ほう」

 

 勝己を庇うように前面に立つガリマを見て、ドルドは嘲った。

 

「ガリマ、おまえ()変わったとは思っていたが……よもやリントを庇い立てするようにまでなるとはな。その男に、好意でも抱いたか?」

「ッ、ふざけるな!!」

 

 人間体であれば顔を真っ赤にでもしていたのであろう激しい反応。無論ドルドも本気にはしていないが、相手が怪人体の姿をしているのを至極残念に思った。

 

「……その様子だと、おまえも長くはあるまい」

「……ッ、」

「まあいい。その男の行く末……ここで見納めとするのも勿体ないのでな」

 

 言うが早いか、ドルドは翼をさらに激しくはためかせて上昇を開始した。ガリマが斬りかからんとするがもう遅い、どんな攻撃も届かない高度にまでたどり着き、猛スピードで飛び去っていく。ガリマにできることといえば、虚空を睨みつけることともうひとつ、

 

「爆心地……!」

 

 小鹿のように身を震わせながらも起き上がろうとする勝己のもとへ、彼女は走る。

 

……が、そこで彼女ははたと気がついた。駆け寄ってみたところで、そこから先何をどうすればいいのか皆目わからない。これがふつうの人間だったらば、手を差し伸べるなり、「大丈夫か」と声をかけるなり考えるまでもなく思いついただろう。それができない理由はただひとつ。

 

――彼女が、グロンギだから。

 

 他者を思いやることを知らず、ただ己の快楽のためにリントを、果ては同族さえも獲物とすることになんの呵責も覚えはしない。生まれながらにしてそういう存在であったからこそ、彼女はいまこの瞬間苦しみの中にいるのだった。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドズガギ

サンショウウオ怪人 ヌ・ザジオ・レ

「ギギジョグ……(いいよぅ……)」

※怪人体のデータなし

行動記録:
グロンギでは唯一、道具の作成や修復を行う役割を負った老人。劇中では怪人体を披露したことはなく、掌のタトゥからサンショウウオの能力をもつことが確認できるのみである。
同じく非プレイヤーであるバルバ・ドルドのように密かに暗躍することもなく、劇中では専ら己の役割をまっとうする。
グロンギの"現在の"王であるン・ガミオ・ゼダとは親しい友人関係にあったらしい。彼に対しなんらかの道具を手渡すと同時に、命までも奪われて退場した。しかしながらそれは、むしろザジオ自身が望んだことのようであった。

作者所感:
出たり出なかったりでいまいち安定しなかったおじいさん。ご高齢だからホラ、体調とかね……(震え声)
しかしなんやかんやで死に際に重要な役割が追加されました。あとはガミオ陛下が語ってくださることと思いまする。


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EPISODE 45. ビートル・クライシス 2/3

餓弩流閣下


 ゴ・ガドル・バと3人の仮面ライダーの激戦は、未だ膠着状態が続いていた。

 

「フン――」

 

 "射撃体"のガドルがボウガンの引き金を引く。その度に高速で放たれる空気弾が、攻撃の糸口を掴むべく距離を詰めようとするクウガ・アギトに襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 アギトは自身の前面に氷壁を展開してそれを受け、クウガはタイタンフォームとなって自身の身体で受け止める。ただ、後者の場合は数歩ぶんずりずりと後退させられてしまうのだが。

 

「ッ、あいつ無尽蔵か……」

 

 自身のペガサスフォーム……いやライジングペガサスと同等の力だと、出久は思った。しかも奴の場合、制限時間がない。

 

 四形態を目まぐるしく変えつつ使いこなすガドルの戦いぶりに彼らが疲弊しつつあったとき、ついに"彼"が状況を打開しようと動いた。

 

「緑谷、轟!」

「!」

 

 ふたりが振り向けば、そこには"GGX-05 ニーズヘグ"を構えたG3の姿。

 それがゴ・バベル・ダに致命的なダメージを与えた火器であることに気づいたガドルは、咄嗟に空気弾を放つ。それは確かにG3の装甲に多大な損傷を負わせたが、

 

 それより早く、ニーズヘグの巨大な弾丸も発射されていた。ガドルの胴体目掛けて吸い込まれていく。

 攻撃を受けた心操を慮りながらも、出久たちはやった、と思った。一撃で倒すことはできずとも、それに繋がるだけのダメージは与えられるのだと確信したのだ。

 

――刹那、ガドルの瞳が青く染まった。

 

「ボシャブバ」

「!」

 

 ボウガンが変化したハルバードが振りかぶられ、

 

 弾丸が、弾き返された。

 

「――!?」

 

 誘爆することもなく綺麗に方向転換させられてしまったそれは、スピードを保ったままアギトへと向かっていく。これが通常の攻撃なら氷壁なりワン・フォー・オールによる回避なりで対処することができただろうが、予想外の事態に彼は一瞬硬直してしまった。

 それが命取りとなった。彼がようやく動こうとしたときにはもう、弾丸の先端がその身に触れていた。

 

 そして、本来数秒前に起きて然るべきだった爆発が……彼を呑み込んだ。

 

「ぐぁああッ!!?」

「轟くんっ!?」

「轟!!」

 

 ふたりの悲鳴のような呼び声が響く中、吹っ飛ばされ、地面を転がるアギト。オルタリングの輝きが失われ……その姿が、轟焦凍のそれに戻る。

 

「……ぐ、うッ」傷つきながらも起き上がろうとする焦凍だったが、「!?、がはッ!!」

 

 ごぼりと吐き出されたのは、大量の赤黒い血だった。グロンギに致命傷を与える威力をもった弾丸は、超人となった焦凍の内臓すらも大きく傷つけてしまったのだ。

 

「か……ぁ……」

 

 そんな状態で、気力だけで立ち上がれるはずもなく……焦凍は意識を失って、倒れ伏した。

 

「ヅギパ、ビガラザ」

「!」

 

 息つく間もなく、次はクウガを標的としたガドル。素早く距離を詰めると同時に、再び剛力体へと形態を変える。

 

「くッ!」

 

 咄嗟に防御姿勢をとるクウガ。同時に、大剣が一閃。

 

――次の瞬間には、右肩の装甲が斬り飛ばされていた……鮮血とともに。

 

「がッ、あぁ……!?」

 

 激痛にうめく。クウガの鎧は皮膚が変化したもの。いま彼は、皮膚を剥ぎ取られるのと同じ痛みを感じさせられているのだ。

 

 よろけて後退する相手に対し、ガドルは容赦しない。重い剣を軽々と振り回し、確実にクウガの身体に傷をつけていく。

 

(ッ、このまま、じゃ……!)

 

 出久は危機感を覚えた。焦凍は完全に戦闘不能となり、心操のG3も損傷を負って援護もままならない状況に陥っている。ことここに至って自分までやられたら、目の前のグロンギを止められる者はいなくなってしまう。

 

(いちか、ばちか……!)

 

 彼が覚悟を決めたそのとき、ひときわ大振りな一撃が炸裂した。衝撃に弾かれ地面を転がる、タイタンフォーム。その身に電流が奔る。と同時に、

 

「超変身ッ!!」

 

 赤い鎧のマイティフォームへと、超変身を遂げる。電撃が全身に黄金の意匠を施し、彼にさらなる力を与えた。――チャンスはきっと、この一度だけ。

 

「!」

「――うぉおりゃあぁぁッ!!」

 

 金色のアンクレットを装着した切札たるキックが、地面から宙へ向かうようにしてガドルの胸元に炸裂する。

 

「グゥ……!」

 

 アギトのそれにすら匹敵する破壊力を前に、流石のガドルも後退する。蹴りを受けた胸元に浮かぶ、先ほどより遥かに色濃い古代文字。完璧に決まった、今度こそ――

 

「………」

 

 しかし期待に反して、ガドルは小さなため息を吐いただけだった。どくりと、心臓が跳ねる。

 

――そして、封印の紋がかき消えた。

 

「な……!?」

 

 そんな、馬鹿な。2体の強力なグロンギを下した、ライジングマイティキックが効かない?

 咄嗟に身構えはしたクウガだったが、ライジングフォームを解除することも忘れるくらい動揺していた。そんな彼の眼前で、ガドルは唐突に、かつ無造作に剣を投げ捨て、

 

「ゴンヂバサ……パボグヅバゲ」

「!」

 

 その目が橙――格闘体のそれに戻るや、全身に電流が奔り出す。まさかと思うも束の間、胴体と瞳が黄金色に染まった。首の周りには赤茶の体毛が生え、その姿をより威圧的に見せている。

 

「な……――金の、力……!?」

 

 そう、それはまぎれもない、自分がもつのと同じ雷の力だった。ガドル"電撃体"――1ヶ月に渡って発電所で電気を浴び続けたことによって彼が獲得した、さらなる強化形態である。

 

 彼は両脇を締めるような構えをとり……走り出す。その足元に纏った電光の熱が見える――どう対処すればここから逆転できるのか……そればかりに囚われて、出久の目は曇った。

 

 そして彼は、反射的に繰り出したカウンターパンチを命中させることすらできぬまま、錐揉みから放たれたキックによって吹き飛ばされた。

 

「が――」

 

 紙のように宙を舞い、ビルの壁面に叩きつけられるライジングマイティ。その衝撃でコンクリートの一部が崩れ落ち、彼はその瓦礫の下に埋もれた。

 

「………」

 

 死んだか、否か。勝敗が決した以上、もうそんなことはガドルにはどうでもよかった。バグンダダが破壊された以上、いずれにせよゲゲルの得点とはならない。

 

 が、刹那――瓦礫を押し退けるようにして、クウガが姿を現した。

 

「……ッ、」

「……ほう」

 

 思ったよりはしぶといと、ガドルは感心したが……ただ、再び戦闘態勢をとるには至らなかった。クウガの身体にはほとんど力が入っておらず、もう戦える状態でないのは明らかだった。

 その見立てどおり、アークルから輝きが失われ……ライジングマイティの鮮やかな赤と金が、脱色されて純白と化してしまう。角も短い、グローイングフォーム――肉体が傷つき、正常な変身を保てなくなった姿。

 

 メ・ギノガ・デとの決戦時のように回復基調にあるならばともかく、いまはエネルギーが失われていく一方だ。――意識が混濁し、その場に膝をつくクウガ。変身は解除され、口から血を流した出久はそのまま力なく倒れ伏し、もう起き上がることはなかった。

 

「……フン」

 

 所詮こんなものかと、ガドルは鼻を鳴らした。一応、それなりに楽しめはしたが……。

 

 そのときこちらに迫る、引きずるような足音。気づきながらも振り向くことさえせず、ガドルは口のみ動かした。

 

「その戦意は買うが……いま貴様を討っても、俺に得がない」

「ッ、黙れ……!」

 

 "GS-03 デストロイヤー"を装着したG3。しかし傷ついたそのパワードスーツのエネルギーは既に空になっており、ほとんど装着者の枷となってしまっている。ただでさえスペックで何歩も劣っているのに、そんな状態でガドルに敵うはずがない。

 それがわかっているから、ガドルはあえてデストロイヤーの高速振動する刃を肩口に受けてやった。皮膚が千切れ、血が飛び散る。それでもなお、彼は身じろぎひとつしない。リントの造った人工武器にしては大したものだとは思ったが、それだけだ。

 

 ガドルはもはやことばもなく、淡々と拳を振りかぶった。顔面を殴られたG3もまた、うめき声をあげながら吹き飛び、地面に倒れ込む。デュアルアイが破損し、心操の視界は闇に閉ざされてしまった……もっとも、そうでなくとも彼もまた気絶していたのだが。

 

「ゴセパ、ザバギンバシグラ、"ゴ・ガドル・バ"ザ」

 

 文字どおり死屍累々の惨状。誰も聞いてはいないだろうその中心で高らかに名乗りをあげるガドル。ここに倒れる戦士たちは皆、曲がりなりにも全力で自分に喰らいついてきた。一定の敬意は払って然るべきという思考が、彼にはあったのだ。

 ただ、

 

「……その程度の力では、究極の闇は止められんぞ」

 

 ちょうどパトカーのサイレン音が近づいてきたが、ガドルは静かに去ることを選んだ。――バグンダダが破壊された以上、新たにせねばならないことができてしまった。

 

 

 ガドルが去り、それと入れ替わるようにして、合同捜査本部の覆面パトカーが現れる。

 

「ッ、マジかよこれ……!」

「!、緑谷くん轟くんッ、心操くん!?」

 

 降りてきた森塚とインゲニウム――飯田天哉が、例外ひとつとなく倒れ伏した仲間のもとへ駆け寄っていく。かろうじて反応を示したのは心操だけで、出久と焦凍に至ってはひと目見ただけで明らかな瀕死の状態だった。

 

「こんな、ことが……」

 

 半ば呆然としていた飯田だったが、一歩後ろの森塚が携帯電話から救急車を要請する声で我に返った。一帯を見渡すが、敵の影はない。第46号……この惨状をつくり出した恐るべき敵は、いずこかへ姿を消してしまった。

 

「……ッ、」

 

 また、何もできなかった。ただ3人の仮面ライダーがこんな敗北を喫するような相手――仮に自分も参戦していたとて、足手まといにしかならなかったかもしれない。それが余計に、悔しくてならないのだった。

 

 

 戦闘のあとを見ていたのは、彼らばかりではなかった。

 

「ガドル……やっぱり、強い」

 

 ビルの縁に腰掛け、つぶやく詰襟姿の少年――ゴ・ジャラジ・ダ。ガリマと異なりダグバ――死柄木弔と呼ばれていたものの目付役を自ら買って出たことで、元々意欲のないゲゲルを猶予されている。おかげでこうして、高みの見物と洒落込んでいられるのだった。

 

「………」

 

 そしてそのダグバも、やはり彼と行動をともにしている。彼の真っ赤な瞳はじっと、眼下の仮面ライダーの成れの果てたちを捉えて離さない。

 

「クウガもアギトも、やられちゃった。ガドルは、ザギバス・ゲゲルに進むかもしれない……」

「あいつら……死んだ?」

「まだ。……でも、死んじゃうかも」

 

 双眸が、かっと見開かれる。

 

「そんなの許さない……。あいつらは、ぼくが壊すんだ……!」

 

 アギトも――そして、クウガも。嫌いなものは、自分の手で壊さなければ気が済まない。それが彼の……人としての心をなくした、死柄木弔こと志村転弧のすべてだった。

 

「……ヒヒッ」

 

 そして、ジャラジは卑しく嘲う。すべては自分の望むままに動いている……ガドルがゲゲルを成功させようとさせまいと、その行き着く先は変わらない。ああ、なんてこの世界は素晴らしいのだろうと、心の底から思った。

 

 

 

 

 

 そうして英雄たちが完全なる敗北を喫した頃、科警研では乾坤一擲をなしうる新装備――"神経断裂弾"の最終調整が続けられていた。具体的には、2種類の火薬の爆発間隔を、約0.3秒にするという作業。玉川と心操が様子を見に来た朝から一度も休憩すらなく、発目明は実験を注視していたのだが。

 

「――0.42秒……お、惜しい……!」

 

 思わず地団駄を踏む発目。惜しい、では駄目なのだ。完璧な結果でなければ――

 

――と、不意に懐の携帯電話がぶるぶると振動して、彼女はマッド・スランプ状態からかろうじて脱した。マッドなのは性根からだが、こればかりはどうしようもない。

 

「はいもしも~しッ!」

『もしもし、飯田です。すまない大変なときに、いま少し話せるかい?』

「あ、ああ飯田さん……はい、大丈夫ですとも!」

 

 かの委員長が相手だとどもってしまうようになって久しいが、用件を思えばどうにか取り繕うことができた。未確認生命体第46号が出現し、猛威を振るっていることは彼女も承知している。

 

『先ほど現場に到着したのだが、第46号は既に、どこかに行方をくらませてしまった。緑谷くんたちが3人がかりでも倒せないほどの強敵らしい。……それで、その、』

「神経断裂弾の完成を急いでほしい、とおっしゃりたいわけですね?」

『……すまない。きみが精一杯やってくれていることは承知しているし、本来俺に催促する権限などないんだが』

「いえ、お気になさらず!ところで、緑谷さんたちは?」

『………』一瞬の沈黙のあと、『G3は損傷したが、心操くんは軽傷だ。だが……』

 

『緑谷くんと轟くんは……重体だ。現在救急車で、関東医大病院に運んでもらっている』

「!」

 

 発目はことばを失った。焦凍に直接致命傷を負わせしめたのが彼女の開発したニーズヘグであるとまでは、流石の飯田も明かしはしなかったが。

 

『とにかく3人とも戦えない状況だ。俺たちの力もどこまで通用するかわからない以上は……』

「……わかり、ました。とにかくがんばってみますので、お任せあれ!」

『うむ、ありがとう!』

 

 通話を切るや……発目は思わず眉間を指で押さえた。彼女とて間接的ながら悪と戦う者、仲間である出久たちを気遣う気持ちはある。無論、これから矢面に立って戦わねばならない飯田や勝己たちのことも。

 だからこそ、

 

「よ~しッ、こうなったら命燃やしちゃいますよぉ~!!」

 

 何徹もしている時点でもはや相当命を燃やしてしまっているのだが、彼女はそんなこと気にしない。ただ彼女なりに備えた良心にはわずかな引っ掛かりがあったのだが……それを押し込めてでも、いまは前進し続けるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 徹夜を重ねて影ながら英雄たちを支援している女性といえば、城南大学の沢渡桜子女史もそうである。文系と理系、社会性など、発目明と好対照をなしているともいえるが……基盤となる想いは同じ。

 

「………」

 

 

 パソコンのモニターを凝視しながらも……ふと、今朝発掘されたばかりの写真を見遣る。いまよりほんの少しだけ幼い緑谷出久の姿。

 

「――ネェ桜子サン、」写真の発見者であるジャン・ミッシェル・ソレルの呼びかけ。「緑谷クン、どうしたカナ?」

「……そうですね、」

 

 寄り道でもしていなければ……かつ椿の説得に成功していれば、電気ショックを受けている頃かもしれない。

 

「桜子サンは……緑谷クンにこれ以上、強クなっテほしくナイ?」

「……どうかな」

 

 曖昧な答だったが、それだけで終わらせるつもりはなかった。

 

「でも……それで出久くんが、笑顔になれるなら」

 

 そう、桜子にとってはそれがすべてだった。自分の命が風前の灯火となったあのときの、悔し涙に濡れた出久の顔。あんな表情を二度とさせずに済むのなら、彼が常人とはかけ離れた力を得ていくことも、認めざるをえないと思った。

 

――そのとき、研究室のBGMとして流していたラジオの音楽が、唐突に無機質な男性の声に変わった。

 

『番組の途中ですが未確認生命体関連のニュースをお伝えします。本日午前11時頃、多摩市一之宮3丁目付近にて管轄するグランサイザー・ヒーロー事務所に所属するヒーロー18名及び追跡されていた銀行強盗2名を殺害した未確認生命体第46号は、その後第4号及び第4号B、そしてG3と交戦しましたが、圧倒的な力を見せつけており……また、現場では第32号及び新たな未確認生命体と思われる存在も目撃されており……』

「!、桜子サン、コレ……」

 

 出久が出て行ってほどなく、新たなグロンギが出現した……ということは――

 

「出久くん……椿さんのところ行けなかったんだ……」

 

 

 

 

 

 このとき緑谷出久は、椿秀一のところ――関東医大病院にいた。最も自発的でないどころか意思の疎通もできない状態で、集中治療室のベッドに横たわっている状態でだが。

 

 その痛々しい姿を、心操人使はガラス越しに見つめていた。彼もまた傷を負った身であって、その頬や制服に隠れた身体のあちこちに治療の痕が残っている。ただそれでも、隔絶された空間にいる出久の比ではない。彼は体内……内臓にまでも深傷を負っているのだ。仮に自分の肉体が同じダメージを受けたらば、きっと生命活動を維持できないだろうほどの。

 

――そして生死の境を彷徨っているのは、彼ばかりではない。ましてそのもうひとりは、自分が放った一撃のために……。

 

「……ッ、」

 

 ずきりと痛みがあふれるのも構わず、拳を握りしめる心操。と、そんな彼のもとに、歩み寄る者があって。

 

「――心操くん、」

「!、飯田……」

 

 戦場と変わらぬコスチューム姿――唯一首から上だけは晒している――の、飯田天哉。その表情は深刻のひと言に尽きる。心操はたまらず目を逸らしかけたが……その先にも出久の姿があって、逃げ場などないのだと思い知った。

 

「……轟は?」

「……正直、予断を許さない状態だ。内臓がかなり傷ついている」

「そう……だよな」たまらずベンチに座り込む。「ニーズヘグはそういう武器だ。いくら不完全だって言っても……ふつうの人間じゃない奴らを、殺すつもりで造られた……」

 

 グロンギを殺す――裏を返せば、"アギト"なる超人の肉体を得た焦凍の命だって、奪える武器に違いない。考えたことがなかったわけではない……けれども、そんなものを仲間である彼らに突きつけることなどあるはずがないと思っていたのだ。

 

「……そうだな」うなずく飯田。「未確認生命体は加速度的にその力を増している。"個性"の力など、もう通用しないのではないか……そのような甘えた考えに、とらわれてしまうほどに」

 

 悲観を"甘え"と許容できるのは、飯田の強さだろう。それはヒーローがプロヒーローたる所以でもある。心操には、届かなかったもの。

 

「だから俺たちは、そうした危険な"兵器"に頼らねばならない。きっと……これから先も」

「それが仲間まで、殺すことになったとしてもか?」

「……すまない。いまここでその答は出せない」

「……そう」

「ただ、心操くん……今度のことを、きみが気に病むべきではないと、俺は思う。おそらくそれは、轟くんも緑谷くんも望んではいない」

 

 心操のとった行動に瑕疵はない。ただ、敵の能力が度を越していたのだ。これで心操が罪悪感に押し潰されるようなことだけはあってほしくないと、飯田は切に思った。

 暫しの沈黙のあと、

 

「……わかってる」絞り出すように心操は言う。「俺はもう、ウジウジ悩むのはやめにしたんだ。それでやるべきこともやれなくなるんじゃ、G3の装着員失格だ。俺に道を譲ってくれた人たちに申し訳が立たない」

 

 心操の脳裏に、巨大な尻尾を武器に戦うかの雄英出身ヒーローの薄い顔立ちが浮かぶ。ほんのわずかでも、彼に「やっぱり自分のほうが装着員にふさわしかった」なんて思わせることがあってはならない。隣の男にしてもそうだ。

 

「だから飯田、……俺、やるよ」

「……やる、とは?」

「決まってるだろ。46号と戦う」

「な……!?」

 

 流石にこれには面食らう飯田だった。戦うと言ったって――

 

「きみは動けるかもしれないが、G3は出撃できる状態ではないはずだ!」

「そうだな。けど、武器はある」

「それこそ無茶だ、G3の武装は生身で扱えるような代物ではない!大体、装着無しでの出動など、許可されるわけがない!」

「かもな」

 

「……だから、あんたの手が借りたい」

「!」

 

 こちらに向き直った藤色の瞳が、堂々と飯田の大柄な体躯を射抜く。くっきりと刻まれた隈の存在を一瞬忘れてしまうくらい、それは煌めいて見えた。

 

「し、心操くん」

「あんたが後ろから支えてくれれば、なんとかなると思う。何よりあんたは、G3のことをよく知ってる。だから……頼む」

「ッ、俺は……」

 

 そのまっすぐな視線に耐えかねて、今度は飯田のほうが目を逸らしかけたときだった。

 

「待て、爆豪!」

「!」

 

 独特の渋みある呼び止めの声。と同時に廊下の向こうからすたすたと歩いてくるかの同僚……と、あとを追う、声の主である医師の姿。

 

「待てって言ってるだろうが!治療はまだ終わってないんだぞ!!」

「……チッ」

 

 その舌打ちは、よりにもよって飯田に聞かれてしまったことによるものか。確かに彼にとっては聞き捨てならないことばだった。

 

「爆豪くん!どうして治療を最後まで受けないんだ!?逸る気持ちはわからないではないが、それにしたって――」

「うるせえな、決まってんだろンなこたぁ!」負けじと怒鳴り返す。「完治までやっとったら体力が勿体ねえだろうが!!」

 

 雄英高校の校医だったリカバリーガール――修善寺治与の個性がそうであるように、治癒系の個性の大抵はそれと引き替えに患者の体力を消費する。生命エネルギーのいわば先食いをすることで、無理やり快復を早めているとも言えるのだ――無論、デメリットのない魔法のような個性もあるが、それは非常に希少である――。それで疲れ果てて戦えなくなっては本末転倒だから、最低限動けるようになればいい……そういうことなのだろう。

 

「動けねえ奴ぁ寝てりゃいい。俺ぁ動けっから行く、そんだけだ。だからアンタはデクと半分野郎のこと心配してろよ、椿先生よぉ」

「爆豪……おまえなぁ、」

 

 椿はもはや閉口するしかなかった。この男の幼なじみがそうであるように、この男も相当頑なだ。実際に動けてしまう以上、何を言っても無駄なのだと悟ってしまう――

 

「爆豪くんッ、心配してくださっている年長者に対してなんて物言いを――」

「御託はいいからとっとと行くぞクソネガネ」

「こ、こらっ!話はまだ終わっていないぞ!!」

 

 椿の制止がなくなったのをいいことに足早に立ち去ろうとする勝己と、慌ててあとを追う飯田。話が終わっていないのは同じ心操も、それに続く。

 

 その場にひとり残った椿は……ふと、未だ目を覚まさぬ出久を見遣った。

 

「早く起きないと、おまえの幼なじみが無茶するぞ……緑谷」

 

 それでも出久はなお、昏々と眠り続けている――

 

 

「爆豪くん!!」

 

 病院のエントランスにまで来てもなお追いかけてくる飯田に、勝己は根負けするほかなかった。

 

「……しつけえなテメェ。あの人にはあとで謝っから」

「それは無論そうすべきだが……そうでなくてだな。そんなに急いで動いたところで、奴らの潜伏先に心当たりがあるのか?」

「………」

 

 それを言われると、勝己にしては珍しく沈黙せざるをえない。行方をくらましたガドルやドルドがどこに行ったかなど、わかるはずがないのだ。

 けれど、このままじっとしていることなどできない。――出久と焦凍があんな状態であればこそ、尚更。

 

「……いまは、俺がやらなきゃなんねえんだよ」

「ッ、爆豪くん――」

 

 

「――ガドルの居場所なら、知っているぞ」

「!!」

 

 突然かかった、女の声。振り返った勝己たちが見たのは、黒い軍服のような衣装を纏った美女。飯田と心操は訝るばかりだったが……勝己だけはもう、因縁ともいえる強烈なつながりを彼女との間にもってしまっていた。

 

「テメェ……」

 

 睨みつける勝己の視線を、彼女――ゴ・ガリマ・バは真正面から受け止めた。

 

 

 



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EPISODE 45. ビートル・クライシス 3/3

 科警研での実験は、いよいよ正念場を迎えていた。

 

「よしっ……これでやってみましょう!」

 

 火薬の再調整を完了させた発目が、高らかに声をあげる。今度こそは成功させられるという自信が、彼女にはあった。そもそも雄英高校のサポート科に入学してから今日まで、彼女の人生は無数の失敗とわずかな成功の繰り返しだった。だから彼女は、あきらめというものを知らない。ともにこの"戦場"を生きる仲間たちもまた、同じ。

 

――そしていよいよ、想いを込めた二重の爆発が起こる。一発、二発……その間隔は目視では絶妙なものだったが、果たして。

 

「………」

 

 ごくりと唾を呑んだ発目の背後で……計測器を見つめていた研究員が、やおら、口を開く。

 

「――0.28秒……」

「!!」

 

 目標は0.3秒、誤差の許容範囲は±0.02秒。つまり――

 

「成功だ……」

 

 研究員のひとりが、惚けたようにつぶやく。室内が静寂に包まれたのは一瞬のことで……刹那のうちには、歓声があふれ出していた。

 喜ぶ者たち。当然その輪に入っていった発目も、一番の功労者としてもみくちゃにされることとなる。

 

 ともあれ、ようやく完成したのだ。いかなるグロンギをも殺すための武器、"神経断裂弾"――

 

 

 

 

 

「――ガドルの居場所なら、知っているぞ」

 

 そう言って爆豪勝己たちの前に姿を現したゴ・ガリマ・バ。勝己の射殺さんばかりの視線を、彼女は真正面から受け止めていた。

 

「テメェ……」

「……爆豪くん、知り合いか?この方は一体……」

 

 未だその正体に勘づけない飯田に対し、彼よりずっと早くあの戦場にいた心操は目を見開いて、「そいつ、まさか」と声をあげていた。

 

「……32号だ」ぼそりと、勝己。

「なに?」

「テメェがG2着て渋谷でやり合った、あのカマキリの未確認だよ」

「……!?」

 

 暫く呆然としていた飯田の表情が、みるみるうちに殺意すらこもった険しいものと化していく。

 

「第32号……!?貴様ッ、よくも――!!」

「!、待て飯田」

 

 憤怒に我を忘れかける飯田を押しとどめたのは、他でもない心操だった。

 彼は見ていたのだ。目の前のグロンギが、ラ・ドルド・グから勝己を救けたのを。

 

 一方で救けられた張本人である勝己もまた、飯田に負けじと鬼のような表情でガリマと対峙していたのだが。

 

「――おい、カマキリ女」

「ガリマだと言っただろう」

「うるせぇ。……今度こそ聞かせろ、なんで俺を救けるような真似をした?」

「それを聞いてどうする?」

「テキトーこきやがったらまずテメェからブッ殺してやる」

 

 グロンギ顔負けの野蛮な言動に顔をしかめるガリマ。勝己の言う"適当"がどういう答を指すのかわからなかったが……だからこそ、彼女はありのままを告げることを決めた。

 

「……貴様が死ねば、あの音色を聴くことができなくなるかもしれない。それを思うと……身体が勝手に動いていた」

「!」

 

 あの音色――勝己にはそれが、何を指しているのかすぐにわかった。彼女と邂逅を果たしたのはあの、夏目実加の出場していたコンクールなのだから。

 

「私はもう一度、彼女の奏でる音を聴きたいのだ。ベミウと同じくらい……いやそれ以上に美しい、あの、――ッ」

 

 突然ガリマが、痛みをこらえるような表情を見せた。ガドルの攻撃で受けたダメージが、まだ残っているのだろうか?グロンギにしては回復が遅いようだが――

 

 ともあれ彼女の主張は、飯田天哉にとっては到底受け入れられるものではなかった。

 

「ッ、ふざけるな!!貴様らは結局、なんでも自分のためか!?大体、あれだけ大勢の人々を殺めた貴様が、よくもぬけぬけと――!」

「……リントを殺すことがなぜ悪いのか、私にはわからない」

「!!」

 

 わずかな戸惑いとともに放たれたガリマのことばは、マグマのように滞留していた飯田の憎悪を爆発させるに十分なものだった。ふくらはぎのエンジンが、いまにも吶喊せんと唸る。

 しかし――

 

「そーかよ。……話は聞いてやる」

「な……!?」

 

 攻撃を一旦止めた飯田は、一応エンジンは停止させたうえで勝己に詰め寄った。

 

「いまの話でなぜそう言えるんだきみは!?こいつは……この未確認生命体は、改心も懺悔もしていないと自ら表明したんだぞ!?」

「るせーな、だからだよ」

「なんだと!?」

 

 小さなため息をついてから、勝己は飯田をじっと見据えた。普段は怒りっぱなしの紅い瞳が凪いでいるのを目の当たりにすれば、自ずと飯田も落ち着きを取り戻さざるをえない。

 

「こいつらは俺らが虫殺すのと同じ感覚で人間殺してんだよ。価値観が全然違ぇ、どんなきっかけがあろうがそれが急激に変わるわけねえんだ」

 

 こいつらが簡単に殺人を悔い、改心するなんてことは夢物語、綺麗事にすぎない。――だから、自分の欲求を満たすための行動だったと明言したことが、かえって信用に足る材料となった。

 

「それは……そうかもしれないが……」

 

 理屈は呑んだ飯田だったが、それで納得までできるわけではない。ただ隣の心操が敵愾心のない瞳で、あくまで冷徹にガリマの様子を観察しているのに気づいて、いったんは口をつぐむことにした。勝己の言うとおり、何か行動を起こすのは話を聞いてからでも遅くはあるまい。

 

「……で、カマキリ女」

「………」もはや何も言うまい、という表情。

「テメェ、連中の居どころを知ってるっつったな。連中はアジトに戻ってんのか?」

 

 少し考え込んだあと、

 

「無論知ってはいるし、戻った可能性もなくはない。ただ、今回に限ってはその確率は低いだろう。貴様が、ドルドのバグンダダを破壊してしまったからな」

 

 あの算盤のことかと、勝己は瞬時に理解した。大層な名前つけやがって、とも思ったが……これについては完全な誤解である。

 

「正確には、"匂い"がわかるというべきだろうな。特に、バルバの薔薇の香りは強烈だ」

「よし、じゃあ案内しろや」

「!、ば、爆豪くん!」

 

 飯田が慌てて割って入った。流石に話を急ぎすぎていると思ったのだ。

 

「未確認生命体の話に乗るつもりか!?罠の可能性だってあるんだぞ!?」

「そら可能性ならなんだってあるわ。けど、コイツがそれをやってなんの得がある?」

「それは……第46号と共謀しているとか……」

「アホか、こいつらがンなことやるタマかよ」

 

 少なくとも、いまゲームを行っているのは第46号――ゴ・ガドル・バだ。こいつらグロンギにとって、殺人ゲームはひとりで行うもの。

 

「こんな奴に命預けるつもりはねえ、でもいまの話は信用する。そんだけだ」

「ッ、ならせめて、本部の許可を……」

 

 飯田なりの最大限の譲歩だったが、勝己はそれすら一蹴した。

 

「めんどい」

「め、めんどい!!?」

「テメェで話通しとけ。好きだろそーいうの」

 

 「行くぞ」とガリマを促して、去っていく。もはや飯田は二の句も継げず、ただその背中を見送るほかなかった……。

 

「………」

「……飯田、」

 

 心操もまた、そんな飯田にどう声をかけていいかわからなかった。勝己の言い分もわからないではないが、独りで突っ走りすぎなのもまた事実。どうも彼は高校生の頃からそういう性分のようで、それは仲間たちとの絆だけでは御しきれないほど根深いものなのだろう。――まるで自分で自分にかけた呪いのようだと、心操は思った。

 

 暫しの沈黙のあと、

 

「……心操くん、警視庁へ戻ろう」

「爆豪の件、話すのか?」

「それはもちろん。……だが、Gトレーラーもいまはあそこにあるだろう」

「!」

 

 危険を冒してでも前に進もうとする戦友。彼を守るために、飯田もまた邪道に足を踏み入れることを選んだ。無論彼とは違って、最低限の筋は通す形で。

 

 

 

 

 

 世田谷区内にある、セントラル=アリーナ。スポーツや祭典などに利用されている競技場である。かつてはそうした催しもので規模にふさわしい賑わいを見せていたが、"個性"がそれらを旧時代の遺物と化してしまった昨今、ほとんどをがらんどうの空間として過ごす、巨大なオブジェクトでしかないのが現状だった。

 

 そのような寂しい空間に、このときは少数ながら人影があった。男ふたりが対峙し、傍らで女が見守る。これから何か競技が始まりそうなものだが……競技場本体をぐるりと囲む、1000人規模を収容しうる観客席には、やはり人ひとりの姿もない。

――当然だ。これから始まるであろうものは、正当な競技などではないのだから。

 

 

「バグンダダが、破壊された」

 

 淡々とした口調で、重大な事実を告げる仮面の男――ラ・ドルド・グ。対峙するゴ・ガドル・バはその瞬間を目撃していたので、これはゲゲルの進行役であるバラのタトゥの女――ラ・バルバ・デへの正式な報告となる。そしてそれは自分の運命を決定づけるものであると、ドルド自身悟っていた。

 

「バルバ、」黙していたガドルが声をあげる。「俺のゲゲルは、どうなる?」

「やり直しだ」即答だった。

「……いいだろう」

 

 既に前例はある。念のため確認しただけだ。ガドルはごねることもなく承知した、この程度のことが死命を制するようではあまりに情けない。

 ただ、これはドルドの失敗でもある。失敗した者には、グロンギにふさわしい贖いを――

 

「ゲゲルを台無しにした責めを負い、貴様には死んでもらう」

「応じよう」

 

 まったく躊躇もなく、うなずくドルド。漂う空気が急速に張り詰めていくのを認めて、バルバはおもむろに下がっていく。同族同士の戦いにおいても、彼女はあくまで観測者に徹するつもりだった。

 

 残されたふたりの間に、もはやことばはない。やがてじっと睨みあう男たちの姿が、揃って異形へと変貌する。――コンドル種怪人と、カブトムシ種怪人。

 

 先んじて動いたのは、後者だった。素早く身を躍らせて、拳を突き出す――!

 

「フン――」

 

 しかしドルドは、その俊敏な一撃を容易く飛翔してかわした。そして広げた黒翼から、一斉に大量の羽根を分離……標的めがけて、差し向ける。

 それはいわば小手調べのようなものでありながら、アギトをはじめ多くの敵を翻弄してきた武器だった。仕込まれた神経毒により、相手を戦闘不能へと追い込む――

 

 しかしドルドの常套手段たる攻撃であるから、当然ガドルにも折り込み済みのことであった。羽根に包囲されて逃げ場を失うより早く飛び退き、その猛攻をかわしていく。ただ格闘体のスピードではやや荷が重いと踏んで、即座に俊敏体へと"超変身"――瞳の色が変わるだけだが――を遂げる。

 その名に違わず機敏に動きつつ、一瞬の隙を逃さず装飾品をハルバードに変形させる。向かってくる羽根を、打ち落とす。

 

「このような玩具、俺に通用するとでも?」

「……フム」

 

 なるほどそれはもっともだと、ドルドも思った。ゴの頂に在り続ける相手と、いま、命の奪い合いを行っているのだ。久方ぶりに、血が滾るというもの。

 

 そして彼は、ガドルよろしく胸の装飾をふたつ毟りとった。両手に握られたそれはたちまち肥大化・変形し、見るからに硬質なトンファーへと姿を変える。

 

「私はおまえたちが誰ひとりとして成功させられなかったゲリザギバス・ゲゲルを成し遂げ、"ラ"となったのだ。……リブヂスバ」

「……ボゾルド、ボソザ」

 

 責めを負うからと、無抵抗で殺されてやるつもりなど毛頭ない。むしろ、返り討ちにしてやる。

 そんなドルドに、ガドルもまた全身全霊で襲いかかる。仮に闘技であったならこれほど盛り上がる試合もないだろうと、見守るバルバは思った。

 

 

 

 

 

 戻って、関東医大病院。ニュースで46号事件の経過を知った沢渡桜子は、緑谷出久がここにいるという確信をもって駆けつけていた。それもきっと、彼の望まない形で。

 

 集中治療室のある棟まで彼女がやって来たとき、不意に小柄な老人から声をかけられた。

 

「もし。あんたひょっとして、城南大学の沢渡桜子さんか?」

「?、はい、そうですけど……」

 

 見たところかなり高齢のようであるから、一瞬入院患者なのかと思った。が、それにしては肌つやがいいし、身のこなしなどその辺の若者より余程いい。

 そのとき、轟焦凍と同居しているという老人の名前――本名ではない――がはたと思い浮かんだ。

 

「もしかして、グラントリノ……さん?」

「おぉ、よく知ってんな。べっぴんさんに覚えてもらえとるとあっちゃ俺もまだまだ捨てたもんじゃねえな、がっはっは!」

 

 声をあげて笑うグラントリノであったが……桜子が明らかに当惑していることに気づいて、慌ててゴホゴホと咳払いで誤魔化した。いまは平時ではないのだ。

 

「……こりゃ失敬。緑谷の見舞いに来たんだろう?」

「……はい。グラントリノさんは、轟さんのお見舞いに?」

「おう……今回は流石にやべえらしいからな。緑谷は……ま、見たほうが早ぇだろ」

 

 「ついて来な」と、促すグラントリノ。彼のあとに続きながら、桜子はきゅっと鞄の肩紐を握りしめた。出久なら大丈夫――そう信じてはいるけれど、拭いきれない不安はある。

 

(出久くん……轟さんも……)

 

 そのうちに、たどり着いた一室。そこには椿医師の姿があった。

 

「よう椿、緑谷のガールフレンド連れてきてやったぞ」

「が……!?」

 

 そのことばに、なぜか桜子以上に椿が動揺したのだが……渋面をつくりつつ、彼はふたりを迎え入れた。彼の手がカーテンを開ければ、部屋の中央に鎮座するベッドと、そこに横たわる青年の姿が露になる。

 

「出久くん……」

 

 桜子は一瞬目を見開き……次いで、ほっと胸を撫で下ろした。眠る出久の表情は穏やかで、目立った外傷も見当たらない……正確には、もう治っているというべきか。

 

「傷はもうほとんど治っている……第40号のとき以上の、常軌を逸した回復力です」

「………」

「ただ、どうしてか目を覚まさない……」

 

 それはなぜか――桜子には、明確な心当たりがあった。

 

「多分……出久くんが、自分自身の意志でそうしてるんだと思います」

「……どういうことです?」

 

 その質問に直接は答えず、

 

「椿さん、お願いがあります。私のっていうより、出久くんのですけど」

「……?」

 

 

 

 

 

 グロンギの女を助手席に乗せて、勝己は覆面パトを走らせていた。

 

「………」

 

 時折ガリマが方角を指示するくらいで――仮に運転手が方向音痴だったらば、非常に心許ないナビである――、車内に会話らしい会話はない。ただ少なくとも、警戒はほとんどしていない勝己だった。腹立たしいことではあるが、自分を守ろうとするこの女の意志は本物と見てとれたから。

 

 と、思いきや。

 

「――爆心地」

 

 いきなりナビゲーションとは異なる雰囲気で話しかけてくる。「ア゛ァ?」と凄むように応じてしまうのは、もはや癖というほかなかった。

 

「貴様は……あの少女の演奏に、何を思った?」

「ンだ藪から棒に」

「知りたいのだ。技術でいえば、ベミウのピアノには遠く及ばない。それなのになぜ、こうも私の心をかきたてるのか……」

 

 それこそ、グロンギにあるまじき行動に走らせるほどに。

 

「ンなもん……何を感じるかなんてそいつによるだろ。俺が何を思ったかなんて知ったとこで、テメェの求める答が見つかるとは限んねえぞ」

「それは……そうかもしれないが」

 

 暫し、沈黙。――そのあと、

 

「ただ、……あいつが、優しい奴なんだってことはわかった」

「……優しい?」

「自分の感じた痛みが、他人にもあるもんなんだってわかってる奴っつーこと」

 

 自分が父を喪って悲しみに暮れたように、世界には多くの悲しみがあふれている。実加はまだ幼いけれど、それをちゃんと知っている。

 

「だから、あいつの吹いた音は心のどっかに残る」

「……意外だな。貴様のようなリントらしくない男が、優しさなどというものを肯定するとは」

 

 勝己はフッと唇を歪めた。どうせ相手はグロンギだ。何をしゃべろうが構わないだろうと半ば自棄な気持ちで、洗いざらい吐き出すことを選んだ。

 

「……俺みてぇな人間は、俺ひとりで十分なんだわ」

 

 

 

 

 

 桜子を介して出久の望みを聞き届けた椿は、苦虫を噛み潰したような表情で黙り込んでいた。

 

「出久くん、大切な人の笑顔を守るために、できるだけの無理をするんだって言ってました。自分を蔑ろにするようなことは絶対にしないって……」

「……緑谷、」

 

 その張本人はいま、相変わらずすやすやと眠っている。寝顔を見ると、やはりまだまだ子供のようだと思うのに――

 

「やってやるしかないんじゃねえか?」

 

 決断できない椿にそう発破をかけたのは、居合わせたグラントリノ老人だった。

 

「この小僧、気弱なフリしてありえんくらい意気地を立てるだろう。現にいまも、ほとんど治っとるくせに目ェ覚ましやせん」

「それは……」

 

 椿にしても、そういう出久の性格はよく存じている。以前は断固として拒否していたら、爆豪勝己によって代案が示されたためにこの男も引いたが、今回はそうもいくまい。

 

「あんま放っとくと、気短起こして自分で心臓止めちまったりしてな。がははは――」

 

 洒落にならないことを言って、グラントリノが笑ったときだった。

 

――心電図が、異常を知らせるけたたましい警報を鳴らしたのは。

 

「!?」

 

 椿が慌ててベッドに駆け寄ろうというときには……警報は、平坦な甲高い音に変わってしまっていた。規則正しく続いていた、呼吸が失せる。

 

「ウソだろ、緑谷……!?」

「……マジでやりよったんか、小僧」

 

 傷はほとんど癒え、あとは完全復活を待つのみとなっていたのだ……遅効性の毒でも仕込まれていない限り、こんなことになるはずがない。きっとグラントリノの言ったとおり、出久が自分の意志で心停止を引き起こしたのだろう。正確には、出久の意志を受けた霊石アマダムの意志で。

 

 それがわかれば、戦くことはない。……ただ椿はもう、覚悟を決めるほかないのだと思い知らされた。

 

「わかったよ……望みどおりやってやるよ、緑谷」

 

――ただし、

 

「強くなったおまえの笑顔、見せてもらうからな」

 

 それはきっと、この場にいる……否、出久と交わるすべての人間の望みであった。

 

 

つづく

 

 







EPISODE 46. 散華



ガリマ「……振り向くな!」







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EPISODE 46. 散華 1/4

デアイ ノ キセツ


 

 ふわふわと揺蕩う意識の中で、緑谷出久は全身に心地よい痺れが奔るのを感じていた。その感覚が、己に新たな力を与えようとしているのを。

 

(………)

 

 早く目を覚まさなければ。その気持ちは湧きあがってくるけれども、まだ思考は形にならず、意識が浮上する気配はない。――ただ、全身の細胞が鬨の声をあげている以上、その瞬間がくるのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 爆豪勝己とゴ・ガリマ・バは、ついに世田谷区内、セントラル=アリーナにたどり着いていた。

 

「こんなとこに連中が?」

「間違いない」断言するガリマ。「バルバだけではない。ガドル……そしてドルドもいる」

「名前で言われてもわからんわアホ」

 

 大体こいつらは名前にしても言語にしても濁点が多すぎると、勝己は半ば真剣に思った。最近は日本語でやりとりできるからまだいいが、一方的にグロンギ語で話しかけられた日には意味不明だわグギグギうるさいわでひどく苛々させられたものだった。

 閑話休題。

 

「で、連中は一体ここで何やってんだ?」

「ガドル……貴様らで言うところの46号が、ドルドを処刑しようとしているのだろう」

「は?」

 

 思わず呆けた声が出てしまった。――処刑?

 

「貴様にバグンダダを破壊された責めを負ってな」

「……テメェらマジで血生臭ぇな。ま、いいわ」

 

 勝己はいったん車に戻り、無線機をとった。通信の相手は――

 

 

「――こちら本部、塚内。……ちょうどこちらから連絡しようと思っていたところだ」

『そうすか』

「インゲニウムたちから話は聞いた。まだ32号と一緒にいるのか?」

 

 あっさり肯定が返ってくる。塚内はたまらず頭を振った。

 

「……本来こういう個人的な所感を伝えるべきじゃないんだろうけど、あえて言う。――危険だ、いまからでも離れたほうがいい」

『命令じゃないなら断ります』

「………」

 

 即答。ただ、そういう答が返ってくることもわかってはいた。だから命令という形で押さえつけるまではしなかったのだ。

 

「いまどこにいる?それだけは教えてくれ」

『世田谷のセントラル=アリーナの駐車場。32号はここに46号とB9号、それにB1号がいるっつってます。中はまだ確かめてませんけど』

「わかった。実は先ほど神経断裂弾の完成品が届いた。これから鷹野と森塚でそれを持ってそちらに行く。ふたりが着くまで突入は待ってくれ……こっちは命令だ」

『……わーりました』

 

 命令ならば仕方ない、とばかりの返答。ただそれでもわずかばかり安堵して、塚内は通信を終えた。

 

「ふぅ……」ひと息つきつつ、ふと思い出す。「……そういえば、飯田くんはなんで心操くんと一緒にいたんだ?」

 

 

 塚内管理官への報告を終えた飯田天哉と心操人使は、そのまま警視庁地下のGトレーラーへと足を踏み入れ、

 

「――お願いします!」

 

 玉川班長の面前で、深々と頭を下げていた。その玉川はというと、猫そのままの面に困惑を浮かべていた。当然だ。装着員はなんとか動ける程度には快復していると言っても、肝心のアーマーのうち頭と胴は修理待ちである。出撃など正気の沙汰ではない。

 

「なに言ってるんだ、きみたちは……。武器だけでオペレーションなんて、許可できるわけないだろう!?」

「………」

 

 まず心操が、顔を上げた。まっすぐに向けられる藤色の瞳は、彼のもつ"洗脳"の個性を抜きにしても不思議な魔力をもっているようだった。どちらかといえばドライで斜に構えたような、隈の色濃い双眸。それが内に秘めた情熱を発露している瞬間こそがいまなのだと、思い知らされる。

 

「ふつうなら、俺だってそんな無茶はしませんよ。……けどいまは、緑谷も轟も動けない。緑谷はともかく、下手したら轟は――」

 

 それも、他ならぬG3の武装が直接の凶器となって。その咎を抱えたまま"次の機会"を待ってなどいられない。いまの自分にほんのわずかでもできることがあるなら、それをせずにはいられない――

 

「俺はG3がなけりゃただの人間で、武器のひとつもまともに扱えない。……それでも、警視総監に"仮面ライダー"の名前をもらったひとりなんです。……戦わせてください、班長」

「ッ、気持ちは……わかるが……」

 

 なおも玉川がうなずけずにいると、今度は飯田が頭を上げた。彼もまたGシリーズの鎧を纏ったひとりであって、心操と同じものを持っている。

 

「玉川班長。彼のことは、このインゲニウムが全力でサポートします。無論、彼の身に危険が及んだときは命がけで守ります!ですから、どうか……!」

「ッ、――」

 

「命がけだなんて、簡単に言うな!!」

 

 その烈しい声は、狭いトレーラー内を幾度となく反響した。

 

「玉川、さん……」

 

 心操も飯田も、初めて目の当たりにするこの猫男の激昂に、思わずことばを失った。

 ふたりが呆気にとられているのを見て玉川も我に返りはしたが……一度あふれ出した思いは、もう止められはしなかった。

 

「……そうやって血気に逸って死んでいった若いのを、何人も見てきたんだ。俺も塚内さんも……多分、面構さんもな」

「……!」

 

 飯田は、面構と同じ犬頭で、旧知の若手警察官だった柴崎巡査のことを思い出した。彼の死を一度たりとも忘れたことはない。ただそのあと、面構はなんと言っていたか。

 

(……ッ、)

 

 拳を握りしめる飯田。それを知ってか知らずか、玉川は続ける。

 

「命がけとか死ぬ気とか……言うのは簡単だよ。でもヒーローだろうがなんだろうが、人ひとりの命をそんなふうに扱っていいわけがない。自分の命を蔑ろにできるような奴に……大勢の他人の命を預けていいとは、俺には思えない」

 

 ヒーローも警察官も、一般市民も。その命の重さは変わらない。無論、誰ひとりとして危険を冒してはいけないなどと言っていたら何もできなくなってしまう。けれど少しでもその綺麗事を実現するのが、自分たち大人の仕事なんじゃないか。普段安全圏にいるくせにと思われても仕方がないが、わかってくれ、若者たち。

 すると、

 

「――大変申し訳ございませんでしたッ!!軽率なことを申しました……!」

 

 深々と頭を下げる飯田。続いて心操も、おずおずと。

 

「……しかし玉川班長。それをいちいち口にせず、こちらに制止する機会も与えずに行う男がいるのです。現にいまも、彼は……」

「……緑谷くんのことか?」

「緑谷も、もちろんそうです」心操が引き継ぐ。「……けど、あいつの幼なじみも。似てるんですよ、あいつら。本人たちは絶対否定するだろうけど」

「………」

 

「爆豪くんはいま、未確認生命体第32号と行動をともにしています」

「!」

 

 第32号――ゴ・ガリマ・バが勝己を救ったことは、G3のメモリーから玉川も既に知るところ。ただその目的まで知るわけはないし、あるいは獲物を浚っただけとも考えられる。相手が、グロンギである以上は――

 

「32号が信用できるできないは別にしても……どっちにしろ危険だ。爆豪は46号と戦うつもりなんだから」

「だから、少しでも彼の助けになりたい……。その気持ちをどうか、お汲み取りいただけないでしょうか……!」

 

 大人には大人の論理があるように、若者にもまた若者の論理がある。独りでも突っ走っていく仲間を、捨て置けないという想い。

 それをまざまざと感じとった玉川の心は、深い懊悩に囚われた。思わずシートに座り込み、うずくまるようにして首を振る。

 

 ただ、決断に至るまでの猶予はもう、残されてはいなかった。

 

「……腕と脚のパーツは、損傷してないからここに残してある。防護面では気休めにしかならないだろうが……GM-01を扱うなら、多少負担を和らげることはできるはずだ」

「!、班長……」

「……ふたりとも、絶対に無理はしないこと。それだけは約束してほしい」

 

 忸怩たる表情でそう告げた玉川三茶。彼の気持ちを、自分たちもまた汲みとらなければならない。その思いを同じくした飯田と心操は、同時に力強くうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 ふたりのG3装着者を突き動かす爆豪勝己は、ひとまずはきちんと塚内管理官の指示に従っていた。どうせ中は無人だし、グロンギ同士で争っているならいずれかが斃れるのを待つのもいい。ガリマの話を聞く限りでは、同士討ちは望めないだろうが――

 

 ともかくまだ待機だとそのガリマに伝えると、意外に反発はされなかったがフンと鼻を鳴らされた。なんというか……むかつく。

 

「なに鼻で笑ってんだクソが」

「……馬鹿にしたわけではない。貴様も、他人の命令に従うのだな」

「ア゛ァ?たりめーだアホ、こちとら社会人だっつーの」

 

 まともな社会人というには、破天荒なことをやりすぎているという自覚もないではないが。

 

「仲間が新しい武器を持ってもうすぐここに来る。"神経断裂弾"っつー、テメェらグロンギを殺せる武器だ」

「……私たちを?」

 

 それを聞いたガリマは一瞬目を丸くし……次いで、くくっと笑った。

 

「そうか……貴様らリントは、そこまで変わったか」

「……クウガを生み出したンだって、そのリントだろうが」

「だが奴らは、すべてをクウガに任せて自分たちが武器をとることはついぞなかった。クウガにしても、我らを殺すことなく封印した……ただひとりを除いてな」

「!、例外がいたってのか?」

 

 そこには当然引っ掛かりを覚えたが……ガリマにとっての関心事は、そこにはなかった。

 

「リントからグロンギが生まれるのも……当然か」

 

 

 勝己とガリマが地下駐車場で待機を続けている間にも、ゴ・ガドル・バとラ・ドルド・グの死闘は続いていた。

 

 ハルバードを力強く振るい、ドルドの漆黒の皮膚を刃で突き破らんとするガドル"俊敏体"。しかしドルドは翼を翻してあっさりそれをかわし、

 

 一瞬だけがら空きになった腹部に、力いっぱいトンファーを叩き込んだ。

 

「グゥッ!?」

 

 鮮明なうめき声をあげ、身体をくの字に折るガドル。情け容赦なくその隙を突いて、ことごとく急所をトンファーで打つ。よろけてハルバードを手放したところで、両足での飛び蹴りを炸裂させる。

 

――ついに耐えきれず、ガドルは吹き飛び、柱に叩きつけられた。そのままずるずると床に座り込む。ドルドは鼻を鳴らしつつ、

 

「ボンバロボ、ゼパバ、ギザズザ」

「………」

 

 そう、ガドルの青い目から剣呑な煌めきは失われてはいなかった。やおら立ち上がり、フゥ、と息を吐く。

 

「ガグガ、パラザバ。……だが、所詮は戦士でなくなった者の戦いだ」

 

 本当の戦いはここから。そしていずれが勝利を掴むのか――ガドルには、確信がああった。

 

 

 

 

 

 ようやく思念と肉体が通じ合った。その感覚とともに意識を浮上させた緑谷出久の視界に入ってきたのは、真白い天井、次いでこちらを見下ろす複数人の姿だった。その姿かたちをはっきりと認識し……次いで、脳内に"沢渡桜子""椿秀一""グラントリノ"の名が浮かんでくる。

 

「出久くん……!」

 

 まずもって寄ってきた桜子に、ふにゃりと笑いかける。

 

「あ……おはよう、ございます」

「おはようって……もうおやつの時間だよ」

 

 はは、と苦笑しながら身を起こす。ふと腹のあたりに手を当ててから、椿の顔を見上げた。

 

「やってくれたんですね、電気ショック」

「!、お、おう。……わかるのか?」

「はい!なんていうか、身体中に力の素が漲ってるような感じがします」

 

 それは万人にわかるようで、実のところ出久自身にしかわからない感覚なのだろう。ともあれこれで、彼は己の目的を果たしたことになる。椿としては、素直に喜びがたい部分もあったが。

 

「よう小僧、半年ぶりだな」

「あ、お、お久しぶりですグラントリノ……。どうしてここに?」

「おまえと一緒に仲良くやられちまった孫弟子の見舞いに決まっとろうが」

「!、そうか……。椿先生、轟くんはどうしたんですか?」

「ああ……一応あいつも峠は越えた。だが、まだ目を覚ましてはいない」

 

 キックという体外からの衝撃で重傷を負った出久に対し、焦凍は体内で起きた連鎖爆発で内臓を激しく損傷してしまったのだ。超人といえど、あとわずかでも処置が遅れていたらどうなっていたかわからない。

 

「とにかくもう、命の心配はない。……問題は爆豪だな」

「かっちゃんがどうかしたんですか?」

 

 椿もすべてを知っているわけではなかったが、爆豪勝己が怪我の治療よりガドル追撃を優先したこと、そのために飯田天哉の反対を抑えてガリマと手を組んだことを出久に伝えた。

 それを聞いた出久は暫し唇に親指を当てて考え込んでいたのだが、

 

「――わかりました」

 

 静かにそう言って、立ち上がった。

 

「……行くんだね、出久くん」

「焦凍のぶんまで働いてくれよ、頼んだぞ!」

 

 サムズアップとともに、出久は飛び出していった。

 

 

(かっちゃんは絶対、僕が救ける。クウガとして……デクとして!)

 

 その決意に応えるように、ビートチェイサーが唸りをあげた。

 

 

 



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EPISODE 46. 散華 2/4

CSMアークル が とどいた!

原作準拠の変身音が嬉しいですね。
あと地味に一条さんの携帯がたのしい。でも新録の声に結構貫禄がついてて草生えました。


 チャージズマこと上鳴電気はようやく昼食にありついていた。半年前、渋谷駅前で未確認生命体第32号――メ・ガリマ・バ(当時)によって大勢のヒーローたちが殺害されて以降は、周辺を管轄するヒーロー事務所は一時的に合同したり、他の地域から応援を派遣してもらうなどしてかろうじて機能不全に陥ることを防いできた。数少ないあの戦いの生き残りである以上、先頭に立ってこの街を守らなければという責任感が彼には芽生えていた。振る舞いは相変わらずおちゃらけたところもあるが、それは愛嬌の範疇である。

 

 出前の丼に箸をつけつつ未確認生命体関連のニュースを凝視していると、背後から声をかけてくる者があった。

 

「おつかれ、チャージズマ」

「!、おー……響香。おかえり」

 

 「本名呼ぶなっての、一応業務中なんだから」と微笑むのは、同期の女性ヒーローであるイヤホン=ジャックこと耳郎響香。上鳴とは雄英高校でともに学んだ仲であり……現在では、戦友を飛び越えた深い関係となって久しい。長年うまくやっているのは、上鳴が軽薄に見えて案外一途なおかげだろう。

 

「それ……46号のニュース?」

「おー、とりあえず新情報はねえみたいだけど。……しっかしこの手口、」

「似てるよね……32号に」

 

 そう、32号と対峙しているからこそ……今回の事件、どうしても当時のことを思い出してしまうのだ。上鳴の表情が自ずと険しいものとなる。

 先輩にあたるヒーローたちが奮闘むなしく斬首されていく姿は、未だに悪夢となって彼を苦しめる。未確認生命体は絶対に許さない――和らぐことなき烈しい怒りが、彼の原動力のひとつとなっていることは間違いない。

 

「………」

 

 そんな恋人を心配しつつも、それが常軌を逸したものとならない限り、耳郎は何も言うまいと心に決めていた。軽い男と揶揄されがちな上鳴ではあるが、それは感情と現実にきっちり折り合いをつけ、ときには妥協もできることの裏返しでもある。

 

――問題は、未確認生命体関連事件合同捜査本部にいる元同級生ふたりが、揃ってその点不得手なことである。

 

「爆豪と飯田、大丈夫なのかな……。4号と轟でも勝てなかったって聞くし」

「……確かに、今回ばかりはな」

 

 彼らがそれこそ敵と刺し違えようとするような真似をしでかさないかという不安はあるし――飯田はまだ自制するだろうが――、どうにか助けになりたいという気持ちはある。ただそれを実行に移すことは、未確認生命体が管轄区域にでも現れない限りはないだろう。学生もプロヒーローも、何かに縛られていることに変わりはない。最近はそれを痛感することばかりだ。

 

 だからせめて、独りで突っ走りがちな爆豪を守ってやってほしい――上鳴は密かに、そう神に祈った。けれども実際にそれを為しているのは神などではなく、仇という名の憎悪の標的である未確認生命体第32号、ゴ・ガリマ・バであるだなどと、知るよしもないのだった。

 

 

 

 

 

 鷹野警部補と森塚巡査の覆面パトカーがセントラル=アリーナの駐車場に入ったときには、爆豪勝己から本部に通信が入ってから一時間弱が経過していた。

 気短な彼のことだから、しびれを切らして先に突入しているのではないか――そんな不安を抱く一方で、彼は管理官の命令をなんの断りもなく無視はしないだろうという信頼もあった。同級生などからはみみっちいとも言われる勝己の性格だが、本気でストッパーをかければ無理矢理外しはしないという安心感はある。逆にそれをしなければ、どんな無茶をしでかすかわからないということでもあるのだが。

 

 ともあれ確かに、車を滑り込ませた先には勝己の姿があった。――ゴ・ガリマ・バの姿も。

 

「爆心地、」

 

 ガリマを気にしつつ、歩み寄っていく鷹野。その懐には当然拳銃を忍ばせている。後輩のぶんも合わせて計12発しかない神経断裂弾だが、いざとなればこの場で使う覚悟はあった。管理官からもその許可は受けている。

 その後輩こと森塚はというと、ひょこひょこと軽い足取りでついてくる。相変わらず緊張感がないと内心呆れた鷹野だったが……後ろに随えていたために、彼のどんぐり眼が鋭く細められていたことに、気づかないだけだった。

 

――だから彼がなんの脈絡もなくガリマに銃口を向けたのは、まったく寝耳に水のことだった。

 

「!」

「森塚ッ!?」

 

 意外にも割って入ろうとした勝己を、ガリマは押しとどめた。その姿を、森塚はあくまで冷徹に観察していた。

 

「……爆心地から聞いてるだろうけど、これにはお前ら未確認も殺せる弾丸が入ってる」

「………」

 

 知っているとばかりに無反応を保つガリマ。それでも構わず、森塚は続ける。

 

「おまえが何考えてるのか知らないけど、もし何かに怪しい動きを見せたら躊躇なく撃つよ。()()()()みたいにね」

「……わかっている。私はただ、私の求めるもののため、爆心地を殺させないだけだ」

「………」

 

 暫し、沈黙のままに睨みあう時間が続く。いつ森塚の意志ひとつで引き金が引かれるかわからないし、逆にその兆候があればガリマも怪人体に変身して鎌を一閃するだろう。

 その張り詰めた空気は……へらりと相好を崩した森塚が、銃を下ろしたことで解かれた。

 

「ま、そーいうことなら。よろしくね、えーと……」

「ガリマだ。ゴ・ガリマ・バ」

「オーケー、ガリマちゃん。ちなみに僕は森塚でこっちは鷹野さん、ともに敏腕捜査員でありまーす」

 

 親しげに声をかける童顔の刑事は、つい今までとはまるで別人のようだった。この男とはもう8ヶ月近い付き合いになるが、親しくなっただけむしろ謎めいた部分が見え隠れするようになってきたと鷹野は感じていた。正義感はまっとうにあるようだから追及する必要もないのだろうが……やはり、得体の知れないものがある。

 

「……まあいいわ」そのひと言で強引に自分を納得させつつ、「確認するわ。この中には第46号とB9号の変身した第47号、それにB1号がいる……間違いないわね?」

 

 ガリマがうなずく。それを認めて、森塚が「よぉ~しッ」と唸った。

 

「ボスクラスが3体……一網打尽にするチャンスだね」

「爆心地、護衛は頼んだわ」

「……ああ」

 

 承りつつ、勝己は釈然としないものを感じていた。磨きあげた個性で華々しくヴィランを倒すヒーロー、その成果をうやうやしくいただく――受け取り係とまで揶揄されてきた――警察。幼少期より刷り込まれてきた絶対的な関係が、この場で逆転してしまったように思えてならなかった。……いや、その予感はあったのだ。Gシリーズの開発が始まったときから。

 

 すべては変わってゆくのだ。人も、社会も。それを受け入れねば、過去の残滓でできた淀みの中に置いていかれるだけ。

 ただあの日の誓いだけは不変に持っていなければならないと心して、勝己は拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 アリーナ内部でなおも続く、2体のグロンギの死闘。

 

 翼を広げて奇襲を仕掛けるドルド。姿の見えなくなった自分を捜しているガドルは、こちらに背を向けて微動だにしない。ほくそ笑むドルドは勝利を確信していた、しかし――

 

「――フン」

「ッ!?」

 

 目の前まで迫ったところで、いきなりこちらを射抜く青い瞳。ドルドがしまったと思った直後には、背中に鋭い痛みが奔っていた。

 攻撃をあきらめて着地し、振り返る。ガドルの右手に、大量の黒い羽根が握られていた。血が滴り落ちる。いくらかは根元から毟られてしまったのだろう。

 

「……む、」

 

 先だってのガドルのことばが意味するところを痛感せざるをえなかった。長らく本気で戦っていないから、長期戦になればなるほどこのようにボロが出る。そもそも正面切っての格闘は、己の得手とするところではない。

 

 戦法を変える必要があるか。そう判断するや、ドルドの行動は速かった。わずかに後ずさったかと思うと、そのまま飛翔して逃走を試みたのだ。飛行速度は落ちても、あれしきの羽根を毟られたくらいで飛べなくなるわけはない。

 

「………」

 

 存分に翔べる屋外に戦場を移そうとしている――ドルドの意図を察しつつ、ガドルは躊躇なく一歩を踏み出す。しかし、

 

「リントの戦士と、ガリマがいる」

「!」

 

 背後から響くバルバの声に、再び立ち止まる。振り向くと同時に、投げ渡されたものを掴みとる。それは銀色の腕輪の形をとっていた。

 

「……グゼパバ」

 

 かつて、下位のグロンギたちがゲゲルに際して使用していた計測器。崇高なるゲリザギバス・ゲゲルでこれを使わざるをえないというのは忸怩たるものがあったが、一度始めてしまった以上はいかなるアクシデントがあろうとも中断はできない。勝者となって先へ進むか、敗者として死ぬか……ふたつにひとつ。

 

 じゃらりと珠玉が音をたてる腕輪を身につけ、ゴ・ガドル・バは歩きだした――

 

 

――その一方、駐車場内。

 

「さあ、いくわよ」

 

 鷹野のひと声により、ついに動き出す一同。拳銃のグリップを握りしめ、「よっしゃ!」と応じたのは言うまでもなく森塚だ。

 

「僕が先行しますよ、万一待ち伏せでもされて鷹野さんの美しいお顔に傷でもついたらコトですし……な~んてフラグも立ててみたりなんかしちゃったりして!」

「……ぶん殴るわよ。行くならとっとと行け」

「おーこわこわ」

 

 肩をすくめつつ、一歩を踏み出そうとする森塚。相変わらず緊張感のない男だと呆れる勝己だったが……隣のガリマがは、と声を漏らしたのが、不意に耳に入った。

 そして、

 

「避けろ!――"奴"が来るぞ!」

「え――」

 

 きょとんとした表情でこちらを振り向く森塚に、すかさず飛びかかったのは勝己だった。体格差もあって容易く抱え込み、地面を滑走する。

 それとほぼ同時に、漆黒の翼をもつ異形が飛び出してきて、そのまま外へ逃げ去っていった。

 

「いまのは……!?」

「ッ、47号!」

 

 ドルドの姿はもう視界にはなく、ただ黒い羽根の残骸が辺りに散らばるばかりだ。その光景を鋭く睨みつけていた勝己は、二の腕のあたりを叩かれる感触で森塚の存在を思い出した。

 

「ば、爆豪くん、これ僕にソッチのケがあればドキドキするシチュではあるけども……」

「……わり」

 

 退きつつ……考える。最優先に殲滅すべき対象はガドルだが、外に逃げたドルドをこのまま見過ごしては、倒すチャンスが次にいつ巡ってくるかわからない。――それを思えば、結論は容易く出た。

 

「あんたらは奴を追ってくれ。中の46号とB1号は、俺とコイツで押さえる」

「……マジ?無茶しない?」

 

 疑わしげな視線を向けてくるふたりの刑事を、早よ行けと勝己は急かした。少なくとも、自分にはガリマという同行者がいる。その事実を恃みとしている時点で、彼は既にかのグロンギを信頼しつつあるのだが……このときはまだ、気づいていなかった。

 

「行くわよ森塚。47号も野放しにはできない」

「……そっスね。じゃあ爆心地、くれぐれも!」

 

 来た道を引き返すように、駆け出す刑事たち。その背姿を見送りつつ……やはり"戦闘"は、自分たちヒーローの仕事だと勝己は思い直した。少なくとも、まだ。

 

「行くぞカマキリ女」

「ああ――ッ、ぐ……」

「!?、おい!」

 

 突然うめき声をあげて、その場に蹲るガリマ。顔を歪めて腹部を押さえるその姿は、既に一度は目撃したものだった。

 

「……テメェ、まだ傷治ってねえんか?」

「……大したことはない、気にするな。貴様は自分のことだけ心配していろ」

「………」

 

 鋭く睨めつけつつ、勝己はじっとガリマの表情を観察していたが……思うところを意図的に押し殺しているのか、その内心を窺い知ることはできなかった。

 

「行くぞ」

「チッ、命令すんなや」

 

 反射的にそう言い返しつつも、ともにアリーナ内部へ踏み出す。中にいる2体のグロンギ……そのいずれも討たなければ、この延々と続く惨劇に終わりは来ないのだ。

 

 

 

 

 

 出久の出陣を見送ったあと、椿秀一たちは轟焦凍の移された病室へ向かいつつ、別の人物の話をしていた。

 

「そうか……あの小僧、よりによって未確認と組んじまったか」

「ええ。仲間も当然止めたんでしょうが……あいつ、自分で決めたら誰の言うことも聞かないから」

「だろうよ。小僧……爆豪は前からそういう奴だった。っつっても俺は、そこまでしょっちゅう会ってたわけじゃねえが」

 

 弟子であった八木俊典――かのオールマイトから、頻繁に相談を受けていたことでもある。勝己の場合、彼のような生まれながらの精神性によってヒーローたるのではなく、独りで背負ったものに誓ってヒーローであろうとするから難しかった。その背負っているものがなんなのか、決して誰にも見せないのだから性質が悪い。友人も教師にも、決してそこに踏み込ませないのだから。

 

「でも、」桜子が口を挟む。「爆豪さん……出久くんと一緒に行動するようになって、前とは少し変わってきたみたいなのに」

 

 無論、学生時代の勝己のことは人伝にしか知らないが、一応はもうひととせに近い付き合いだから彼の人となりはそれなりに理解しているつもりでいる。出久とかけ離れているようで、重なる一面があることも。少なくとも出会った当初に比べれば、彼への反感は圧倒的に薄れたと言っていい。

 

「あいつが変わったっていうのは私も同感です。ただ、緑谷も轟も戦えない状況で……"俺がやらなきゃならない"って気持ちが抑えられなくなっちまったんでしょう」

「……そんな爆豪さんを、守れる人がいるとしたら」

 

 あのとき――出久が"凄まじき戦士"への恐怖と"クウガであること"への強迫観念の板挟みになっていたときと、似た状況。あのときと同じように、出久は彼を救えるのだろうか。そのためにいまも疾走しているであろう友人を、桜子は想った。

 

 そうして彼らが、いよいよ病室に差し掛かったとき。中から言い争うような声が聞こえたかと思うと、扉が乱暴に押し開かれた。

 

――そこから現れたのは、入院着のままの轟焦凍だった。青ざめた顔に、切れ長のオッドアイだけが爛々と輝いている。

 

「!、焦凍……」

「ッ!」

 

 3人の姿に彼が一瞬固まったところで、あとを追って看護師が飛び出してきた。ずいぶん慌てた様子だ。

 

「どうしたんです、一体?」

「ああ、椿先生!」ほっとした様子で、「患者さんが、目を覚ました途端"退院する"って言って聞かなくて……」

 

 椿は思わず渋面をつくった。焦凍が飛び出してきた時点で、薄々予感はしていたが。

 

「……退院して、どこ行くつもりだ?」

「ッ、そんなの決まってる……!爆豪も飯田も心操も……緑谷だって戦おうとしてるのに、俺だけこんなところに……ッ」

「俊典からなんも学んどらんのかおまえは!」グラントリノが声を荒げる。「そういう無茶が積み重なって、あいつは死んだんだろうが!!」

「!」

 

 そのひと言は、彼を看取った数少ない人間である焦凍には痛烈だった。一瞬ことばに詰まり……目を伏せる。

 しかし仲間たちがかの強敵に立ち向かっているという事実は、それすらも抑えて焦凍を頑なにした。

 

「でも俺は……俺は――!」

 

 踵を返し、駆け出そうとする焦凍。震える足がもつれ、転びそうになってまで。

 椿たちは当然制止しようとしたが……その必要はなかった。焦凍の前に、大柄な男が立ち塞がったからだ。

 

「!!」

 

「!、親、父……」

 

 フレイムヒーロー・エンデヴァー――轟炎司。

 息子の"左"にも受け継がれた碧眼が、彼を鋭く見下ろしていた。

 

 

 



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EPISODE 46. 散華 3/4


新年度でうsね
次の元号はなんじゃろな~


 関東医大病院の廊下で、ともにプロヒーローたる父子が対峙していた。

 

「……何しに来た」

 

 そう口火を切ったのは、息子のほうだった。息子が重傷を負って病院に搬送されて、親が駆けつけるのに理由などいるものか。以前ならともかく、いまの焦凍にそれがわからないはずがない。……けれども自らの置かれた状況が、それを受け入れることを許さなかった。

 

「わかりきったことを訊くな」にべもない返答。「それよりも、そんな状態で戦いに行くつもりか?足手まといになるだけだぞ」

「ッ、ンなこと……やってみなきゃわかんねえだろ!」

 

 思った以上に大きな声が出て、それはそのまま快復しきっていない肉体への負担ともなった。激しく咳き込みながら、手を壁について身体を支える。その時点で父親の言が正しいことは、誰の目から見ても明らかとなってしまった――当人も含めて。

 

「俺はオールマイトの弟子で……あんたの息子だ……!誰よりも俺が、戦わなきゃならねえんだ……!」

「……焦凍、」

「それは、あんたが望んだことでもあるはずだ……!」

「……ッ」

 

 思わず言いよどむエンデヴァー。その思うところを理解したグラントリノが背後から孫弟子を諌めようとするが、余計に頑なになった彼は止まらない。立ち止まることを、己に許さない。

 沈黙する父とすれ違うようにして、歩き出す焦凍。

 

 もはや戦場に飛んでしまった彼の精神を現実に立ち返らせたのは……左腕を、掴む手だった。

 

「!」

「……もういい」

「は……?」

 

「もういい、焦凍……ッ」

 

 父の大きな手はぶるぶると震え、その強面はいまにも泣き出しそうなほどに歪められていた。――20年生きてきて、初めて目にする姿だった。

 

「俺が、俺が悪かった……。だから行くな……そんな身体でヒーローであろうとするな……!おまえにまで何かあったら、()()()は……!」

「なん、だよ……それ……。なんであんたが、そんな……!」

 

 今さら何を言っているんだと、怒りを覚えないといえば嘘になる。……けれどそれ以上に、筋骨逞しい背中を丸めて懇願する父の姿は、あまりに――

 

 

「……あんた、」

 

「歳、とっちまったな……」

「………」

 

 ヒーロー・ショートであり、オールマイトの後継者であり、超人――"仮面ライダー"アギト。

 

 しかし何よりいまこの瞬間、彼は轟炎司の息子でしかないのだった。

 

 

 

 

 

 強力な個性をその身に宿しているというだけの、少なくともこの世界においては常人に違いない爆豪勝己。彼はどこまでもヒーローとして、戦場の真っ只中を突き進んでいた。

 

「………」

 

 そんな彼に同行する、ゴ・ガリマ・バ。

 彼女の意識は鋭く周囲に向けられながら、その実勝己の横顔も捉えていた。

 ベミウよりこの男のほうが余程グロンギらしいと思っていたが……敵としてではなく同行者としてことばをかわして、やはり自分たちとは根本的に違う存在なのだと思い知らされた。この男の強さは少なくとも、自分自身の快楽を志向してはいない。ただ、他人のための自己犠牲とも言いきれないようなところがあって――

 

――有り体に言えばガリマは、爆豪勝己という人間への興味を深めていたのだった。この男は一体、何を原動力としてここまで懸命になるのか。

 

 もしも自分がグロンギでなかったら、これから先ゆっくり時間をかけて知っていくこともできたかもしれない。そう考える自分に驚きはなかった。――しかし何よりも、自分自身にその猶予が残されていないことを、彼女は悟っていた。

 

(ならば私にできることは、やはり……)

 

 そのとき不意に、むせかえるような濃い香りが漂ってきた。――薔薇の、匂いだ。

 

「!、この奥に、バルバがいる」

「あのバラ女か?……奴がテメェらがやってるゲームの管理をしてんだな?」

「そうだ。彼女は我々グロンギの中でも特別な存在。ゲゲルだけではない、彼女の意志が新たなダグバを生み出しもした」

「……知っとるわ」

 

 ゆえにあの女を倒さなければ、すべては終わらないのだと勝己は確信した。死柄木弔を救うという大願も、果たせはしない。

 

 そんな彼の意志を知らずして……かのプレイヤーが、ふたりの行く手を阻んだ。

 

「ラデデギダゾ」

「!」

 

 悠然と対面から現れる、甲虫を象った異形の戦士。――ゴ・ガドル・バが、立ち塞がった。

 

「………」

 

 沈黙を保ったまま、姿勢を低くして臨戦態勢をとる勝己。本丸はバラのタトゥの女であるにせよ、目の前の敵もターゲットであることには変わりない。対するガドルも同じだ。瞳の色を紫へと変え……大剣を手にする。

 

 いつ衝突が起こるか――その秒読みが始まった瞬間、

 

「どいていろ」

「!?」

 

 勝己を押し退けるようにして、再びガリマが前面に出た。

 

「!、テメェ……」

「勘違いするな、貴様はバルバのところへ行け。彼女とは因縁があるのだろう」

 

 それは否定しない。が、勘違いも何もないのだ。ガリマは確かにすぐれた戦士だが……ガドルには及ぶまい。

 勝己の気持ちが伝わったのか、彼女はわずかに振り向き、瞳を細めた。

 

「……見くびるな。ゴ・ガリマ・バは、決して何ものにも敗れない」

「……ッ、」

 

「――愚かな」

 

 ガリマの矜持をたったひと言で切り捨て、ガドルがいよいよ襲いかかってきた。

 

「くッ!」

 

 咄嗟に怪人体に変身し、鎌で刃を受け止めるガリマ。しかしその勢いまでは殺しきることができず、身体を激しく押しやられ、そのまま壁に激突する。――粉塵が、辺りに散らばる。

 

「ガリマ……!」

 

 勝己の口からは、自ずから彼女の名前が飛び出していた。幾度か訂正されても、覚えてやる気など更々なかったと言うのに。

 

「ッ、何を、している……!」

「……ッ、」

「早く行け――爆豪、勝己……!」

 

 応えるように名を呼ばれて、勝己の足は先へ進んでいた。その心には葛藤が生まれ、幾度も立ち止まり、振り返りそうになる。

 

 だが結局、彼はそれを実行することはなかった。彼女は自分と同じ、戦士。この戦いを引き受けると決めた彼女の意志を容れて、己に託された責務を果たすと決意したのだ。

 

「そうだ……それでいい、」

 

「振り向くな……!」

 

 勝己を送り出したガリマは、壁に手を突きつつも立ち上がった。痛む身体を叱咤して、ガドルと対峙する。

 

「爆心地を逃がしたか。貴様ひとりでは勝ち目などないとわかっていて、なぜそうまで奴を庇いだてする?」

「……さぁな」ふ、と息を吐き出し、「その意味を知っているかどうかが、私たちとリントの違いなのだろう」

「そうか。――くだらんな」

 

 吐き捨てて、踏み出す。ガリマは構えながら、躍起になって思考を巡らせていた。簡単に殺されてやるつもりなどない、まだ実加の演奏をもう一度聴くという目的を果たせていないのだ。

 ガドルとの間に隔絶した実力差があることは、既に痛いほど身に滲みている。この絶望的な戦いに、勝機を見出だす術があるとしたら――

 

「………」

 

 ガリマはゆっくりと腕を広げ、その身に力を込めた。やがてダークグリーンの皮膚が粟立ち、筋肉が痙攣を始める。

 

「く、……ぐ、うぅぅ……ッ!」

「……?」

 

 相手の様子が変わったことに気づいて、ガドルは前進をやめた。

 "何か"を、自身に起こそうとしているガリマ。次第に苦痛が増し、うめく声もいっそう激しいものとなる。

 

「う、うぅッ、うぁぁぁぁ――!」

 

 曖昧になりかかる意識を、ガリマは全身全霊で押しとどめた。ゴの戦士として、ふさわしい力を。この強敵に、打ち勝てる力を――

 

――ベルトのバックルが、鈍い輝きを放った。そこから全身に伸びた神経組織がにわかに活性化し、ガリマの姿かたちを変化させていく。女性的な丸みがほとんど失われ、より筋肉質に。肌の色もまた、その漆黒の度合いを増した。

 

 さらなる変身を遂げ、いまのガドルと同じ"剛力体"となったガリマは、手首から生えた鎌を半ば強引に引きちぎった。それも両方。鋭い痛みが奔るが、そんなものは覚悟のうえ。

 ふたつの鎌の付け根を合わせれば……その継ぎ目同士が融合し、巨大化する。それはガリマの背丈以上もの、長大な大鎌へと変化を遂げたのだ。

 

「新たな力を得たか……。素晴らしい、と言いたいところだが」

 

「ひび割れているぞ」

「!、………」

 

 ガリマは己の腹部を見下ろした。そこにあるベルトのバックルに……ガドルの言うとおり、ヒビが入っている。

 ただ、彼女に動揺はなかった。こうなることは半ば予想できたことだったからだ。

 

 先の戦いで放たれたガドル"射撃体"のボウガンの弾丸は……ガリマのベルトを貫いていたのだ。その一撃で受けたダメージは、肉体へのそれと異なりそう簡単には回復しない。そんな状態であるにもかかわらず超変身能力を引き出したために、バックルに内蔵された魔石"ゲブロン"はもはや崩壊寸前となっている。次に一撃受けようものなら、間違いなく――

 

(だとしても……勝つッ!)

 

 勢い込んで、ガリマは吶喊に打って出た。ガドルやクウガ・タイタンフォームと異なり、元々敏捷性に長けた彼女は剛力体となっても十分にスピードを発揮することができる。少なくとも、ガドルの反応速度を瞬間的に上回った。

 

「ヌゥッ」

 

 大剣で迎え撃とうとしたガドルだったが、リーチでは大鎌に軍配が上がった。刃が届かない距離からがむしゃらに押しやられ、後退させられる。押しとどまろうと下半身に意識を集中させたところで、わずかに気が逸れた大剣を標的にされた。

 

「!」

 

 一閃。柄から上が……切断されていた。

 

「ボセパ――」

「――ハァアアッ!!」

 

 武器を失って一瞬狼狽した隙を逃さず、ガリマは大鎌を一閃――袈裟懸けに、ガドルの胴を切り裂いた。

 

「グァ……!」

 

 短いうめき声とともに、その身から鮮血が勢いよく噴き出す。それらは大鎌はおろか、ガリマ自身の身体をも赤く染めあげた。

 なおもガドルは立ち続けようと執念を剥き出しにしていたが……一度、二度とよろけたあと、ついにこらえきれなくなって床に膝をつき、そのまま俯せに倒れ伏した。

 

「………、」

 

 ガリマは思わず息を詰めた。――勝った。

 

 しかしそれは、倒せた……殺せたことと同義ではない。この程度のダメージでは、ガドルを相手に即死とはいくまい。

 グロンギ、ましてゴともなれば規格外の頑丈さと回復力で、クウガのもつ封印エネルギーによらない攻撃では死に至らしめるなど不可能に思える。

 だが、一撃で即死級のダメージを与えれば。リントにそれができて、自分にできないはずがない。気絶したガドルを仰向けに転がすと、ガリマはその首もとに得物を突きつけた。首と胴体を切断すれば、いかなるグロンギであれ死は免れない。

 

「……さらばだ、ガドル」

 

 勢いよく大鎌を振り上げる。

 

――刹那、彼女の脳裏に、かの音色を奏でる少女の姿が浮かんだ。彼女は……泣いていた。

 

「……!」

 

 その幻想のためにガリマは一瞬、ほんの一瞬だけ得物を振り下ろすのを躊躇してしまった。

 しかしその泣き顔は、彼女にとって死に神の微笑みと同義となってしまった。密かに意識を取り戻したガドルはその隙を逃さず身を躍らせ、ガリマのバックルを蹴りつけたのだ。

 

「ウウッ!?」

 

 その衝撃に、バックルは耐えられなかった。破片があちこちに飛び散り、ガリマの肉体は想像を絶する苦痛に襲われる。――それは彼女が、グロンギとして終焉を迎えたことに他ならなかった。

 

 よろけながらも、倒れないガリマ。しかしガドルはどこまでもグロンギだった。やおら立ち上がりながら再び大剣をつくり出し、 

 

――その刃で、彼女の腹部を貫いた。

 

「………!」

 

 みるみる縮んで人間の姿に戻ったガリマが、口からごぼりと赤黒い血を吐き出す。そのまま壁に背をつけ……ずるずると、座り込む。

 

「愚かな。あと一歩で俺を仕留められたものを」

「………」

 

 先ほど自分がそうしていたように、大剣を首もとに突きつけられる。形勢は完全に逆転した……否、ゲブロンが崩壊し、彼女にはもう怪人としての力は残っていない。このまま放っておかれたとしても、運命は変わらないだろう。

 そんな状態であって……彼女の心は、ひどく凪いでいた。夏目実加の演奏をもう一度聴くのだという、大願を果たせないことが確実となったにもかかわらず。

 

(……最初から、わかっていた)

 

 大勢のリントを殺した、グロンギ。そんな自分に演奏を求められることは、彼女にとってひどく苦痛であろう。そんなことは関係ない……そう思ってここまで来てしまったけれど、やはりそれではだめなのだ。

 

 実加の、気持ちを想うならば。

 

「貴様はリントの戦士として、俺の"最初の"獲物にしてやる」

「……そうか。それもいいかもしれないな」

 

 グロンギにとっては、リントとして葬られるなど最大の侮辱であったはずなのに。むしろそれが嬉しいとすら感じる自分がいることに、ガリマは気づいた。

 

(あぁ、そうか)

 

(これで……私は、)

 

 

――そして、剣が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 ひとり奥へ進んだ勝己は、どこからか漂ってくる薔薇の香りを辿ってアリーナ内部に至った。

 

「………」

 

 ガリマの安否がどうなったか……気に掛からないといえば嘘になる。彼女らの戦いには自分のような派手さがないから、離れると状況がまったくわからないのだ。

 ただ彼女の想いを汲むならば、振り向いてはいけない。――引き返すことがあるとすれば、それは己の責務を果たしたときだ。

 

 広大なアリーナに、生けるものの姿はひとつもない。だが視覚のうえではそうでも、気配と強い香りを消すことなどできはしない。勝己は、声をあげた。

 

「――出てこいや、バラ女」

 

 いつものようにがなりたてずとも、声は四方八方を跳ね返って響き渡る。

 刹那、

 

 真っ赤なドレスと艶やかな黒髪を翻して、かの女は姿を現した。

 

「来ると思っていた、――爆心地」

 

 まるで古い友人と出逢ったかのように、女――ラ・バルバ・デは女神のような微笑を浮かべて、そこに在った。

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドズガギ

バッファロー種怪人 ゴ・バベル・ダ/未確認生命体第45号

「キュグキョブンジャリゾロダサグンパ、ボン、ゴ・バベル・ダザ……!(究極の闇をもたらすのは、このゴ・バベル・ダだ……!)」

身長:213cm
体重:223kg(格闘体)/248kg(剛力体)
能力(武器):メリケンサック(格闘体)/ハンマー(剛力体)

行動記録:
"ゴ集団"の中でも群を抜いた戦闘能力をもつ、三強のひとり。その中ではやや野性味あふれる言動を見せるものの、クウガを皮肉るような発言をするなど知力も高い。
「出入口を大型車両等で塞ぐなどして閉じ込めた人々を、次々と殴り殺す」という凄惨なゲリザギバス・ゲゲルを行い、4回の犯行で682人を殺害するという成果を挙げた(その際の発言から、規定人数は729人だったようである)。
そうした剛胆さは群を抜いたパワーに裏打ちされたものであり、基本の格闘体においてもメリケンサックひとつでマイティフォームの装甲を損壊させたほか、ジャーザ同様に超変身できる剛力体に至っては"GA-04 アンタレス"の強靭なワイヤーを引きちぎり、ハンマーを用いてタイタンフォームの装甲に穴を開けるというこれまでのグロンギにはない破壊力を見せつけた。
しかし帰還したアギトと爆心地の奇襲を受け、さらにG3の新たな武器"GGX-05 ニーズヘグ"のミサイルランチャーを浴びて甚大なダメージを負ったことで形勢は逆転――アギトのライダー・トライシュート、クウガ・ライジングマイティフォームのライジングマイティキックを立て続けに喰らい、耐えきれずに死に至った。

作者所感:
グロンギ最速の前編のAパートでやられるという不憫さを見せた殿方でございますが、三強(笑)とならないのはやはり短い時間でこれでもかとクウガを追い詰めたからか。
拙作でも作者が後編に力を入れていたためそんな感じの扱いとなりやした。何より着ぐるみがジイノの改造ってのがもう……。


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EPISODE 46. 散華 4/4

作者はクリスマスより大晦日エピソードが好きです。


 セントラル=アリーナの中心で対峙する、爆豪勝己とラ・バルバ・デ。極限まで張り詰めた空気の中で、しかし敵意を剥き出しにしているのは前者のみ。後者の女は、むしろ歓迎するかのようにたおやかな笑みを浮かべてすらいる。

 

 攻撃を仕掛けんとして姿勢を低くしていく勝己に、バルバは親しげに話しかけた。

 

「やはりおまえは、我々に近い存在のようだな」

「!、………」

 

 そのことばに一瞬息が詰まったが、動揺にまでは発展しなかった。客観的に見て自分がどういう人間か、どう思われているかは今さら思いをいたすまでもなくよく存じている。殊更に否定する必要などどこにもない、ましてグロンギを相手に。

 

「おまえたちリントが、我々に近づきつつある。一方で、ガリマのようにリントと通じあうグロンギもいる。……我らはいずれ、まったく区別のつかない存在になるのかもしれないな」

「……ウゼェなさっきから、意味ねえことべらべらと。そうなる前にテメェらまとめて滅ぼしたるわ」

「ふ……、」バルバは再び笑ったが、それは嘲笑ではなかった。「それも絵空事ではないようだな。――ヒーローですらないおまえの仲間が……いま、ドルドを殺した」

「なに……?」

 

 

 バルバの察知したとおりだった。

 

 同じ頃、アリーナ付近の河川敷にて、鷹野藍と森塚駿はついにラ・ドルド・グを捕捉することに成功していた。万全の彼が相手であったらば容易く飛び去られていただろうが……いまの彼は片翼の大部分をガドルによって毟りとられ、本来のスピードを出せないばかりか長く飛行できない状態だったのだ。それに対して追う側は森塚の個性"駿速(レーザーターボ)"があり……あとは言うまでもあるまい。

 

 ドルドが降下したところで、"ホークアイ"の個性をもつ鷹野がすかさず狙いを定め、神経断裂弾を撃ち込む。

 

「グガッ!?」

 

 取り繕えないうめき声をあげるドルド。かの弾丸はグロンギの硬い表皮を容易く破る貫通力をもつ。そうして体内に潜り込んだところで、

 

――爆発。それも連鎖して。

 

 体内を焼けつくような激痛が襲い、悶えるドルド。当然再び飛翔し、逃げ出すことなどできようもない。そこを狙って、今度は森塚が引き金を引いた。すかさず鷹野、また森塚。やがて交代ではなく、ほとんど同時にふたりは弾丸を放っていた。

 結果、計10発近い弾丸が、ドルドの内臓を破壊し尽くしていた。

 

「ガッ……アァァ、ガ………」

 

 それでも"ゴ"を通過して"ラ"に至ったドルドは即死には至らない。しかしいずれにせよ時間の問題で……むしろ想像を絶する苦痛から逃れられないいまの状況こそ、よほど悲惨と言わざるをえない。

 

 大量の羽根が舞う中で……怪人体を保つこともできず、ドルドの姿は人間のそれに戻った。己の身が確実に死へ向かっていることを知覚しながらも、彼は足を引きずるようにして歩き出す。

 

(ここまでなのか、)

 

(ッ、まだだ……!)

 

(こんなところで私ひとりが死ぬなど……。真なる"究極の闇"を、目にすることなく死ぬなど……!)

 

 呪詛のようなことばを胸中で唱えながら、川に向かって進み続けるドルド。その背中を目の当たりにした鷹野はなおも発砲しようとするが、森塚がそれを阻んだ。

 

「森塚……?」

「……もう、必要ないですよ」

 

 

――彼の言うとおりだった。

 

「グォ……オォォォォォ………!」

 

 くぐもった断末魔を発しながら、赤い空目掛けて両手を伸ばすドルド。彼はそのまま水中に俯せに倒れ込み……二度と、起き上がることはなく。

 もがくようにゆがんだ両手。そして、外れて転がった仮面。露になった青い双眸はかっと見開かれたまま、あらぬ方向を見据えていた。

 

「……死んだ、の?」

 

 思わず鷹野は、そうつぶやいていた。神経断裂弾、未確認生命体をも殺せる武器。そうとわかっていて使った――ゆえに待ち望んだ瞬間だったけれど、未だ現実感がなかった。あれほどクウガやアギトを弄んだ強力なグロンギを、いち警察官にすぎない自分たちが――

 

「こんなもんですよ」

 

 ほとんど独白に近い、森塚のつぶやき。彼の童顔にいつものへらりとした笑みはない。少なくとも自分たちの手で初めてグロンギを仕留めたのだという興奮は、微塵も窺わせないのだった。

 

 

――戻って、対峙を続ける勝己とバルバ。

 

 

「……テメェの話が本当なら、」歯を剥き出しにして笑う勝己。「あとはテメェと46号、42号に3号、それに0号をブッ殺しゃ全部終わるわけだ」

「ひとり足りないようだが?」

 

 すかさず切り返すバルバ。しかし勝己はもう、これ以上会話を続けるつもりはなかった。

 

「どっちにしろテメェはここで殺す!!」

 

 背後へ向かって爆破を起こし、一気呵成にバルバと距離を詰める勝己。唐突に気短を起こしたようだが、これも計算のうち。不意を突かなければ、バルバに攻撃を当てることなど不可能と割りきったのだ。

 その場に立ち尽くしたままの女の顔めがけ、

 

榴弾砲(ハウザー)――着弾(インパクト)ッ!!」

 

 最大火力を解き放つ。その姿が一瞬、爆炎に溶けるようにしてかき消えてしまった。

 しかし勝己はまざまざと感じていた。――手応えが、ない。

 

 その勘は的中していた。炎のあとには、焼け焦げた薔薇の断片しか残されていなかったのだ。

 

「ッ!」

 

 後ろだ!悟った勝己は瞬時に振り向き、同時に爆破を仕掛ける。なるほど今度こそバルバはそこにいて、まさしく背後から襲いかかろうというところだった。その手が、蔦を纏ったかのように変化している。

 バルバは一瞬目を見開いたが、すぐに笑みを貼り付けて爆炎を振り払った。彼女の身体には、傷ひとつつかない。

 

「チィ……ッ!」

 

 舌打ちを漏らしつつ、勝己は素早く距離をとった。ドルド以上に本気で戦う素振りを見せない――怪人体に変身したことすらない――この女は、果たしてどれだけの力を隠しているのか。自分ひとりで、どこまでやれるか。

 

(どこまでもクソもねえ、俺が殺すっつってんだ)

 

 そのためにガリマを置いてまでここに進んできた。絶対に、やり遂げる――!

 

「――オラァアアアアアッ!!」

「………」

 

 覚悟を決めて、吶喊する勝己。バルバは動かず、ただ唇を歪めている。――ここでの自分の役割はもう終わったと、彼女は悟っていたのだ。

 

 刹那、

 

「フン――ッ!」

「!?、がぁッ!!」

 

 突如傍らから飛来した漆黒の塊がものすごい勢いでぶつかってきて、勝己はなすすべなく吹っ飛ばされた。そのまま床に叩きつけられ、全身に激痛が奔る。呼吸が整わず、視界がぼやける。

 

「ぐ……あ……ッ」

「………」

 

 そんな己の肉体を叱咤して、無理矢理頭を上げ、目を凝らす。対照的に軽やかに着地してみせたのは……あの、甲虫の異形だった。

 

「46号……!?テメェ……」

 

 ガリマはどうした、そう声をあげかけて……奈落の底に突き落とされたような感情にとらわれる。こいつがここに現れたということは、答はひとつしかない。

 そしてそれを、ゴ・ガドル・バも肯定した――グゼパを見せつけるという形で。

 

「ビガラグ、ドググビンレザ」

「……ッ、」

 

 大剣を構えて迫るガドル剛力体。その背に守られるようにして、バルバは悠然と去っていく。勝己の心は憤懣と焦燥に満たされていたが、身体はもう万全には動かない。ただでさえ、元々蓄積していたダメージがあるのだ。

 

 彼が握り拳を固めた、そのとき。ガドルの背中に、火花が散った。

 

「!」

「ム……」

 

 振り向いたガドルが目にしたのは……こちらに銃を向けている逆立った紫髪の青年と、そんな彼の背中を支える鎧姿のヒーロー。

 

「飯田、心操……」

 

 彼らの名前を、勝己は思わず呼んでいた。飯田天哉はまだしも、G3が出撃不可能な状況でなぜ心操が。それもアンダースーツに四肢のパーツを纏っただけという、あまりに心許ない姿で。

 

「爆豪、下がれ!」心操が叫ぶ。「これでもせめて、時間を稼ぐくらい……!――飯田、頼むぞ」

「任せてくれ!」

 

 全力でサポートするとは言ったが、まさか物理的に支えることになるとは。しかし反動の大きいスコーピオンを扱うには、これが一番いい。幸いにして飯田は重装備だった。

 

 万全の支えがあるのをいいことに、心操は心おきなく引き金を引き続ける。四肢のパーツによる軽減があるとはいえ、筋肉にはほとんど直接反動が伝わり、引き攣るような痛みが襲ってくる。それに対して、弾丸を受けるガドルにはほとんどダメージがない。

 

「ぐ、う……ッ」

「心操くん……!」

「ッ、平気だ、まだ……!」

 

 口ではそう言っていても、頬を流れ落ちる脂汗は止まらない。だがそんな彼を制止することは、飯田にはできなかった。勝己を生かし、自分たちも生き残る。そのためには、これしかない。

 

 そんな青年たちの気迫を、ガドルは買った。

 

「愚かな……だが面白い。まずは貴様らから葬ってやろう」

 

 標的を変え、迫る。射撃体にならないのは矜持によるものか、弾丸にかすかな痛みすら感じないからか……その、両方か。

 一方で心操は、ついに限界を迎えていた。両腕を激痛が襲い、たまらずスコーピオンを取り落とす。

 

「……ッ、」

「大丈夫か心操くん!?」

 

 スーツの上からではわからないが、心操の両腕の筋肉は炎症を起こして真っ赤に腫れ上がっていた。脚はまだましだが、まともに動けないことに変わりはない。そんな彼を守るのは自分の役目だと、今度は飯田が前面に出た。

 

「俺が相手だ……!葬れるものなら、葬ってみろ!!」

 

 ふくらはぎのエンジンが唸りをあげる。いちかばちか、彼は特攻を仕掛けるつもりだった。このまま座して死を待つくらいなら。

 しかしそれをよしとせず、勝己もまた立ち上がろうとしていた。

 

「ざけんなクソメガネ……!テメェひとりに、やらせるか……ッ」

 

 ふたりのヒーローの、悲壮な覚悟。それを見た心操は、満身創痍の身体を押してなおもスコーピオンを拾い上げようとしている。――遠からずして、彼らは死ぬ。

 

 

 その運命を打ち破れるとすれば……いまこの瞬間、彼を置いてほかにはいない。

 

 突如として唸りをあげるエンジン音。それとともにアリーナに飛び込んできた蒼と銀のマシン――ビートチェイサー。駆るライダーは、一見するとさほど屈強には見えない。しかし勇猛果敢に、躊躇なく、標的めがけて突進していく。

 

「グ――ッ!?」

 

 高速の闖入者には対処しきれず、ガドルはビートチェイサーの体当たりをかわしきれずに撥ね飛ばされた。それをブレーキ代わりに、マシンも停止する。

 すかさず飛び降り、ヘルメットを脱ぎ捨てるライダー。フルフェイスに隠されていた地味な童顔と、その中にあって際立つ大きなエメラルドアイが露になる。

 

「――デク……!」

 

 幼少期に自分がつけたあだ名を、思わず勝己は呼んでいた。デク――緑谷出久は振り向き、笑みを浮かべて応える。この場にいる傷ついた者たちを、安心させるかのように。

 

「ごめん、お待たせ!」

「ア゛ァ!?待っとらんわクソナードが!!」

 

 反射的に怒鳴る勝己に、一瞬首をすくめたあと苦笑いを浮かべる出久。もはや定番となってしまったやりとりさえも、仲間たちには頼もしく感じた。

 ただ、

 

「大丈夫なのか、緑谷くん!?」

 

 出久の身を案じて、飯田は叫んだ。彼がどういう経緯で復活してきたかおおよその見当はついているが、いずれにせよ病み上がりなのは違いないし……何より、ガドルはクウガとアギト、G3の3人がかりでも勝てなかった相手だ。

それを、

 

「大丈夫!」

 

 ためらうことなく、出久はそう応じた。すべては勝って、救けるため――そのためにここへ来たのだ。

 立ち上がるガドルを一転厳しい表情で見据えると、彼はいよいよ変身の構えをとった。輝きとともに、腹部からアークルが顕現する。

 

「――変、ッ身!!」

 

 そしてその輝きは、アークルの中心部――モーフィンクリスタルに集合した。それは赤でも青でも紫でも緑でもなく……黄金。

 出久の肉体には戦うための変化とともに絶えず電流が流れ、"変わった"あとの身体の一部をやはり黄金に染めあげていく。

 

 その姿は"赤の金"――クウガ・ライジングマイティフォーム。いままでならば30秒しか維持できず、決着を志す場合にのみ露とする形態だったのだが。

 

(ずっと金でいける……気がする!)

 

 受けた電気ショックの効果が、早くも現れはじめている。己が望みを鑑みれば、そんなものはまだ序の口だろうが。

 

「クウガ……。ボンゾボゴ、ビガラゾビス」

 

 戦線復帰したクウガの存在にたじろぐこともなく、ガドルが斬りかかってくる。

 

「くっ!」

 

 斬擊をかろうじてかわし、拳を叩き込む。ガドルは一瞬怯んだ様子を見せるが、すぐに態勢を立て直す。とりわけ頑丈な剛力体を相手にしては、ライジングマイティの拳も小手先のものとしかならない。

 しかしガドルがそうであるように、クウガも複数の形態をもっている。

 

「――ッ!」

 

 すかさずビートチェイサーからトライアクセラーを引き抜き、振り向きざまに刃を受け止める。特殊な合金で造られたそれは、ガドルの大剣をもってしても両断されることはない。

 そして、

 

「――超変身ッ!」

 

 ライジングマイティの肉体が一瞬光に包まれ、次いで筋肉質なものとなる。紫の複眼と鎧――ライジングタイタンフォーム。

 同時にトライアクセラーも、黄金の刃をもつ大剣"ライジングタイタンソード"へと変化を遂げた。

 

「ふ――ッ!」

「ヌゥ……!」

 

 同時に剣を振りかざす、ふたりの剣士。パワーではほぼ互角。しかし武器の性能では、クウガに軍配が上がった。

 ガドルの剣が弾き飛ばされる。敵を丸腰としたことに満足せず、クウガはすかさずそれを拾い上げ、もう一本ライジングタイタンソードを創りあげた。

 

「ぅおりゃあッ!!」

「グォッ……」

 

 ふたつの剣で、ガドルの身体を交差するように斬りつける。血を噴き出しながら、たまらず後退するガドル。その胴体にふたつ、封印を表す古代文字が浮かぶ。

 

 しかしガドルはさるもの、傷もろとも古代文字をかき消してみせた。さらに瞳を緑へと変える――"射撃体"となって、ボウガンを生成する。

 

「フン――!」

 

 放たれる空気弾。それはライジングタイタンの身体を押しやることには成功したが、堅固な鎧を傷つけるまでには至らない。

 一計を案じたクウガが振り向いた瞬間にはもう、勝己は己の象徴ともいえる手榴弾型の籠手を投げつけていた。

 

「デク!!」

「うん――ッ、超変身!!」

 

 それを手にすると同時に……鎧と瞳とが、緑へと変わる。同時に籠手もまた、黄金のブレードに飾りたてられた"ライジングペガサスボウガン"へと姿を変える。

 感覚が常人の数万倍にまで研ぎ澄まされたこの形態においては、敵の放つ空気弾の軌道を鮮明に、まるでスローモーションのように視認することができる。スピード自体は平凡であっても、その力によって機敏な回避行動をとることを可能にしているのだ。

 

 素早く地面を転がり、片膝をついた状態でトリガーを引く。今度は、こちらが射つ番。

 しかもライジングペガサスボウガンは、一度に5発もの空気弾を放つことができる。――うち4発はかわされてしまったが、ひとつだけはガドルの胸を捉えた。

 

「ウグゥ……――ヌゥゥン!!」

 

 身体に力を込め、現れた古代文字を強引に消し去る。先ほどよりはダメージを受けている様子。ならばと射撃を続けるライジングペガサスに対し、ガドルは青い瞳の"俊敏体"へと変身することで応えた。目にも止まらぬスピードで弾丸をかわしながら、ハルバード片手に迫ってくる。

 

――得物が振り下ろされる瞬間、クウガもまた青の金、ライジングドラゴンフォームへと姿を変えた。ボウガンがそのまま、両端にブレードを装着した"ライジングドラゴンロッド"へと大きく形状を変える。クウガのモーフィングパワーが、この戦闘の中で加速度的に強化されつつあるのだ。

 

「はっ!」

 

 勢い込んで跳躍するライジングドラゴン。ガドル"俊敏体"もそれに追随する。彼らは単に身軽なだけでなく、ジャンプ力もまた大きく強化されるように筋肉が発達している。遥か高いドーム状の天井にぶつかってしまうのではないかというほどの高度にまで到達し、

 

 同時に、得物を振りかざす。そのまま交錯し、弧を描くようにして着地するふたりの戦士。

 刹那……互いのいずこかが裂け、血が噴き出した。

 

「ッ、く……!」

 

 ただそれは、決して致命傷ではない。痛みにうめきながら、それでも立ち上がるクウガ。ガドルもまた同じだった。考えていることも。

 武器を打ち捨て、振り向きざまに走り出す。――ガドルの瞳が橙に、クウガの鎧と瞳が……再び赤と金へ、変化を遂げる。いずれも己の身ひとつ武器とする形態、それを選ぶことが彼らの結論だった。

 

「ウオオオオ――ッ!!」

 

 雄叫びとともに、拳を突き出すのが同時。その一撃は互いの頬を打ち、互いの鍛えあげられた肉体を吹っ飛ばした。

 

――そのさまを見守っていた、心操がつぶやく。

 

「緑谷……あいつ、46号と互角に……」

「ああ……。だが――」

 

 封印の力が効いていないのには変わりないと、飯田はやや悲観的な思いを抱いた。しかし希望がないわけではない。電気ショックによってさらなる力を得た出久には、まだ切り札があるのではないか。

 

 

「ビガラダヂグ、ヅブダダヂバサゼ……ボソギデジャス!」

「!」

 

 立ち上がったガドルの全身に電撃が奔り、胴と瞳を黄金に染め上げていく。一度はライジングマイティを破った形態を再び露として、彼は必殺キックの構えをとった。

 

「……来い」クウガもまた、構える。「僕は……勝つ!」

 

 その強い想いを、ことばとしたとき。既に雷の力を得ているはずのライジングマイティの肉体に、さらに鮮烈な電撃が奔った。右脛を彩る黄金のアンクレット――それと同じものが、左の脛にも現れる。

 

 そして、眩い光が彼の全身を包み込み、

 

「!?」

 

 仲間たちは思わず、は、と吐息を漏らしていた。

 

「黒く、なった……?」

 

 クウガのあらゆる装甲が、赤から漆黒へと変わっていた。ただ頭の大部分を占める巨大な複眼だけは赤のまま……否、ライトアップされたかのようにより鮮烈な煌めきを放っていた。

 仲間たちをも驚愕させるさらなる強化形態――まさしく"アメイジングマイティ"。

 

 ただそういう意味では、唯一の敵に対してはあまり効果を表さなかったようだ。周囲に電光を撒きながら、全速力で向かってくるガドル。――それならそれで構わない、この姿はこけおどしではないのだ。

 黒の金のクウガもまた、敵に向かって走り出す。ライジングマイティでは右足からのみ放出されていたエネルギーが、いまは両足から溢れている。身を焦がすような灼熱を感じながら……彼は、跳躍した。

 

「フン――ッ!」

「ぅおりゃぁぁぁッ!!」

 

 必殺キックが激突し……辺り一面を、閃光と旋風とが覆い尽くす。

 

「――ッ!」

 

 常人である――というにはやや規格外だが――勝己も飯田も心操も、直視することもできずその衝撃に耐えるしかない。

 やがて光球の中心から、ふたつの影が地上へ墜落してきた。ガドルにアメイジングマイティ――どちらも倒れ込み、動かない。気絶してしまっているようだ。

 

 3人が固唾を呑んで見守る中、立ち上がったのは――

 

――ガドルだった。

 よろけながらも、彼はゆっくりとクウガへ迫っていく。

 

「そん、な……」

 

 飯田は思わずそう漏らしていた。新たな力であるアメイジングマイティでさえも、ガドルには敵わなかった?

 

「待て、」心操が声をあげる。「様子がおかしい」

 

 彼の言うとおりだった。突然ガドルが歩みを止め、腹を押さえて苦しみ出す。手の隙間からあふれる光は……飯田たちにとって、希望の象徴とも等しいもの。

 

――その光は、時間を置いて浮かび上がった封印の紋により放たれたものに違いなかった。しかも、ふたつ。

 さらに喜ばしいことに、目を覚ましたクウガがやおら立ち上がった。昼の戦いのときほどの致命的なダメージを、彼は受けていない。

 

「グ、グゥ……ッ、グ、オォォォ――ッ!」

 

 苦悶の声をあげ続けるガドル。古代文字から奔る亀裂がベルトのバックルへ到達した時点で、彼の運命は決していた。

 

 そして、爆炎が巻き起こる。烈しく拡大する灼熱は、勝己が放つそれにも劣らぬもので。

 至近距離で巻き込まれながらも、クウガは無事だった。己の手をじっと見下ろし、その変化を実感する。

 

(黒……)

 

 全身黒一色の――凄まじき戦士。それを思い起こさないといえば嘘になる。それでも緑谷出久の心は凪いでいた。この力は、仲間たちのおかげで得ることができたものだ。憎悪とは、対極にある。

 

「緑谷くん……」

 

 どこか不安を感じさせる面持ちで、こちらを見つめている飯田、心操。彼らを安心させるように、サムズアップをしてみせるクウガ。――大丈夫、

 

 そう伝えようとしたら、もうひとり……爆豪勝己が、いきなりアリーナを飛び出していった。

 

「!」

「爆豪くん!?」

 

 身体を引きずりながらも、全速力で。尋常でない様子を察したクウガ――出久もまた、すぐにあとを追いかけた。

 

 

 その先で目の当たりにしたのは、立ち尽くす彼の背中。

 

――そして床に倒れた、女性の姿。首と胴が綺麗に分かたれているその肉体に、彼女の魂は残されていない。ただ凄惨さを感じないのは、眠っているように安らかな表情を浮かべているからか。

 

「……ガリマ、」

 

 勝己はただ、彼女の名をつぶやくように呼んでいた。これから先、こたえが返ってくることは永遠にないのだとわかっていながら。

 

(……本当に、これで良かったンか)

 

 結局、夏目実加の演奏を聴けないままで。

 ただ、己の欲望を打ち捨てて勝己を先へ進ませたこの女はもう、邪悪なグロンギなどではないと思った。

 

「ガリマ……」

 

 もう一度、その名を呼ぶ。――と、視界の端に緑色の塊がちらついた。反射的にそちらに視線をやって……勝己は思わず、目を見開いていた。

 

 隣に立ち尽くす出久の大きな翠眼から、大粒の涙がこぼれている――いくつも、いくつも。

 

「……ンで、テメェが泣いてんだ」

「ッ、だって……っ」

 

「きみが……泣かないから……っ」

 

 それからはただ、出久は嗚咽を漏らすばかりだった。それだけのことが、勝己の心をざわめかせる。

 

「……そういうとこだわ」

 

 

 遅れて追いついてきた飯田と心操――彼らが見たふたりの青年の背中は、あまりに切なく、侘しかった。

 

 

 

 

 

 宵の帝都は、まぶしく輝いていた。

 

 クリスマスイブを祝い、華やぐ街並み。未確認生命体の脅威が潜んでいようとも、繰り返される人々の営みは変わることがない。

 

「――ガドルも殺された」

 

 それらを見下ろすラ・バルバ・デが、冷たくつぶやく。と、

 

「ならば我が、この世に"究極の闇"をもたらす……!」

 

 応える老人――グロンギの王。その姿が、狼の異形へと変わる。

 すべてを滅ぼす咆吼が響き渡るその瞬間が訪れるまで、この世界に猶予は残されていないのだった。

 

 

つづく

 

 

 




轟「街を覆い尽くす黒い霧。その中から現れる、倒したはずの無数のグロンギ」

轟「今度こそ、俺は戦う……。あいつらと一緒に……どんな敵とだって!」

EPISODE 47. 死を呼ぶ咆吼

轟「さらに向こうへ……プルス・ウルトラ!!」







???「ちょーっと待ったァ!!!」
轟「!?」
サモーン「オレの名はベ・サモーン・ギ!物語がクライマックスに向かっているところでナンだが、大晦日にはシャケを食え!!」
轟「なんだコイツ……っつーか大晦日に食うのは年越し蕎麦に決まってんだろ」
サモーン「愚かなリントめ!このオレ様が目覚めたからには貴様らに蕎麦は食わせねえ、ノーモアおソバ!イエスシャケ!!この世から蕎麦を消し去ってやるぅ~!!」
轟「……そんなことはさせねえ。蕎麦の素晴らしさ、俺がおまえに教えてやる!」

EPISODE 46.5 紅白頭はトラウトサーモンの夢を見るか?


サモーン「って、トラウトサーモンはシャケじゃねえ!サケ目サケ科サケ属であることは確かだが!!」
轟(マジか)




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EPISODE 47. 死を呼ぶ咆吼 1/3


最終章、開幕


 それは、遠い昔の風景だった。

 

 コンクリートのビルも、精巧な部品の集合体である電子機器もいっさい存在しない。緑に覆われた自然の中を、簡単に布を継ぎ合わせただけの衣服を纏った少年たちが駆け抜けていく。

 

――ザジャブボギ、ザジオ!

 

――ラデデジョ、ガミオ!

 

 活発そうな少年と、やや内気げな少年。対照的なふたりは、しかし親しい友人同士だった。

 彼らは遥か超古代の狩猟民族。部族単位で移動しながら獲物を狩り、暮らしている。その友誼は、一生変わることなく続く――そう信じて疑わない。

 

 確かに、それは事実だった。彼らの友情は老年に至るまで失われることはなかった。

 変わってしまったとすれば……彼ら"グロンギ"という民族そのもの。ガミオはン・ガミオ・ゼダとなり、ヌ・ザジオ・レをその手で殺めた。グロンギの掟ゆえに――それに従うことを、他ならぬザジオも望んだのだった。

 

 

 

 

 

 街を、黒い霧が覆う。

 

 通り雨のように突如現れては消えていくそれは、しかしあまりにおぞましい置き土産を残していく。

 

「ウ゛ゥゥゥゥ……!」

「ウオォォォォォ……!」

 

 霧の中から現れる、異形の怪人たち。彼らは人語を発することなく、獣じみた咆哮とともに目についた人々に襲いかかっていく。逃げまどう人々。その波に乗りきれずに、親とはぐれたのだろう幼い少女が転んでしまう。

 

「グオォォォォッ!!」

「ひ――ッ」

 

 目ざとく彼女を獲物と見定め、姿勢を低くして迫る怪人。恐怖におののく少女の身体は動かないし、動いたとて逃げおおせることはかなわなかっただろう。

 

 そして――襲いかかった。その鋭い爪によって、己の命はずたずたに引き裂かれる。本能的にその現実を感じとって、少女は目をぎゅっと瞑った。

 

 刹那、響いたのは……金属同士が、ぶつかり合うような音。少女自身には、痛みも衝撃もやってこない。

 

 おもむろに目を開けた少女が見たのは――青い鎧に銀が散りばめられた、鋼鉄の戦士。右手に装着した巨大なブレードが、怪人の爪を受け止めていた。

――その姿を、少女は見たことがあった。直接ではなく、映像としてだが。

 

「じー……すりー……?」

 

 そう、警視庁の造りあげた、次世代のパワードスーツ――G3。

 "彼"はモデルとなった存在に似た橙色の複眼をわずかに傾け、少女を見遣った。

 

「逃げろ、早く!」

 

 そして、そう指示を出す。安堵感からかようやく身体が動き、少女は一目散に逃げ出していく。――その胸に、自分を救ってくれたG3の勇姿を刻みながら。

 

 一方、戦場に残ったG3。彼はデストロイヤーの刃を振動させ、怪人の身体を押し返していく。

 

「グォォォォ……ッ!」

「ン、の――!」

 

 焦れた彼は、左手に保持したサブマシンガン"GM-01 スコーピオン"を、怪人の腹部に突きつけていた。――引き金を、引く。

 

「グガァッ!?」

 

 吹っ飛ばされる怪人。必ずしもハイスペックとはいえない――でなければ常人には扱いがたい――G3だが、装着者である心操人使、発明者の代表者である発目明など、関わる人々の努力もあってこれだけの力を発揮できるようになっていた。

 

 しかしそれを嘲笑うかのように、どこからともなく現れる怪人たち。気づけばG3は、四方八方を怪人に囲まれていた。

 

「ちっ、多勢に無勢ってやつか……」

 

 舌打ちしつつ、打開策を考える心操。ただ、自分ひとりでこの場を切り抜けられる公算は皆無に等しい。

 

――それでも悲観していないのは……援軍の到来を、予見していたからだ。

 

 

「McKINLEY SMASH!!」

 

 勇ましい声が響く……刹那、コンクリートの街並みに、氷原が広がっていた。ひしめいていた怪人たちもまた、氷像と化し――

 

――粉々に、砕け散る。

 

 その幻想的ですらある光景を前に、息を詰める心操。その一瞬の間に、黄金の影が舞い降りていた。

 

「悪ィ、待たせたな」

「別に。もう少し遅れてきてもよかったぜ?――轟」

「そういうわけにはいかねえだろ」

 

 大真面目に応えるは、異形なる虹色の瞳。黄金の鎧に左右がそれぞれ紅、蒼と異なる色に染められた腕――それはパワードスーツなどではなく、ヒトの肉体そのものが変化……否、進化したもの。"アギト"と呼ばれる、轟焦凍が自らの意志で得た姿だ。

 

 背中を合わせるふたり。いまのアギトの攻撃でかなり数は減ったが、まだ生き残りがいて、怯んだ様子もなくこちらに向かってくる。ならばこちらも、全力で迎え撃つまで。

 

「Gトレーラー、GA-04、GGX-05の使用許可を」

『了解』インカムから応答があった。『GA-04"アンタレス"、アクティブ』

 

 装着と同時に、特別製の合金でできたワイヤーアンカーを射出――数体を、まとめて拘束する。

 同時に、アギトも動いていた。再び"右"を発動させ、怪人たちの足場を凍らせて動きを封じる。

 

 そして、

 

『GGX-05"ニーズヘグ"、アクティブ!』

「ワン・フォー・オール……!」

 

「ふ――ッ!」

「はぁ――ッ!!」

 

 G3がニーズヘグ――ミサイルランチャーを発射し、跳躍したアギトが己のすべてを込めた両足キックを放つ。

 それらは同時に炸裂し、怪人たちを粉々に吹っ飛ばした。刹那、双方で起こる激しい爆発。

 

 爆炎が収まったときにはもう、怪人たちの姿は跡形もなかった。

 

「鎮圧、完了」

「………」

 

 ふう、と息を吐くふたり。もう耐えきれないとばかりに、心操はその場でメットを脱いだ。大粒の汗に濡れて、いつもは逆立っている藤色の髪がやや垂れぎみになっている。同時にアギトもまた変身を解き、もとの轟焦凍の姿を晒した。

 

「俺たち、これで何体倒した?」

「わかんねえ。合計すりゃ、300は超えるんじゃねえか」

「……おかしいだろ、絶対。未確認が、こんな大量に――」

 

 彼らが戦っていた敵……それはほぼ間違いなく未確認生命体――グロンギだった。

 "ほぼ"と注がつくのは、不可解な点がいくつもあったからだ。一度に現れる数があまりに多すぎること、行動に知性をうかがえないこと、グロンギの特徴ともいえるベルトのバックルの形状が崩れて不鮮明になっていること、これまでに倒したはずのグロンギが混ざっていること――それも何体も――。

 

 何より彼らは必ず、突如として街に立ち込める、黒い霧の中から現れる。それと引き換えにして、霧に包まれたとおぼしき人々は皆、ひとりの例外もなく行方不明になっていた。出現したグロンギたちに殺害されたとしても、なぜ遺体が残っていないのか――

 

 しかし、彼らにそのことを推考する暇は与えられなかった。今度は未確認生命体関連事件合同捜査本部、塚内管理官から通信が入ったのだ。

 

『――本部から全車!高輪署管内、高輪台駅付近にて未確認生命体出現。……またあの、黒い霧が出た』

「……!」

 

 思わず渋面をかわしあうふたり。いま彼らがいる地区からはかなり距離がある場所……しかし、そうしたことも既に一度や二度ではなかった。

 

『――僕が行きます!』

「!」

 

 疲労をうかがわせない勇ましい声が、無線越しに響いた。彼が警察官でもヒーローでもない学生であるなどと、事情を知らぬ者には信じられまい。

 

「緑谷……」

 

 

 ビートチェイサーとともに、緑谷出久は往来を駆け抜けていた。昼と夜と、場所を問わずに発生する黒い霧。そこから現れる大量のグロンギのために、街はさながらゴーストタウンの様相を呈している。まるで、人類が滅びたあとのような光景。

 

 表向き動揺を押し殺して、出久は無線で告げた。

 

「たまたま近くにいるから、そこは僕がどうにかする。轟くんと心操くんは次に備えて休んでいてほしい!」

『だからって、おまえひとりで……』

「ひとりじゃないよ。現地でプロヒーローも戦ってる、彼らにサポートしてもらえれば……――塚内さん!」

『わかっている』応じる塚内。『現場に出ているヒーローたちに、協力を要請しておこう』

「ありがとうございます!」

 

 通信を終えると同時に、身体に力を込めて出久は叫んだ。

 

「――変身ッ!!」

 

 閃光が、彼を包み込んだ――

 

 

 戦場へ駆ける異形の戦士の姿を、雑居ビルの一室にて見下ろすふたりの男の姿があった。

 一方は学生服を着た陰気な風貌の少年で――もう一方は、陰気などということばでは片付けがたい、死に神がヒトの形をとったらまさしくこうだろうという典型のような姿をしていた。骨が浮き出るほど痩せた身体に、ひび割れた唇。無造作な白い髪の隙間から覗く、血のいろをした眼。

 

 彼らが未確認生命体――"グロンギ"であると言われれば、ほとんどの人間が納得するだろう。しかしより常人から離れた側が、実は元々ふつうの人間であった。"ふつう"と言ってもそれは肉体の話で、その魂はグロンギになる遥か昔から、邪悪な怪物に魅入られてしまっているのだが――

 

「……きゅうきょくの、やみ」

 

 そんな彼……かつて"死柄木弔"と呼ばれていたものが、ぽつりとつぶやいた。あの黒い霧の中で、一体何が起きているか……それを知っていればこそのことば。

 しかし彼は、この光景に対して満足などしていなかった。こんなもの、自分の望んだ世界の終わりではない――

 

「ヒヒッ」

「……ジャラジ?」

 

 少年――ゴ・ジャラジ・ダが意味ありげに嗤うのに気づいて、弔は訝るように声をあげた。この状況をよしとしていないのは、彼とて同じであるはずなのに。

 

「大丈夫だよ、ダグバ」

 

「キミこそ、究極の闇そのものなんだ。……ぜんぶをこわせるのは、キミしかいない」

「ぼくが……」

 

 どこか陶然とした表情になった弔の頬を、白い掌でゆったりと撫で……ジャラジは、もう一度嗤う。

 

「だからいまは、一緒に見届けよう。"裸の王様"の、行く末をね……」

 

 

「――うぉりゃあッ!!」

 

 勇ましい掛け声とともに、跳躍する赤の金のクウガ。握った拳を、地上にいるグロンギめがけて振り下ろす。「ガァ!?」とうめき声をあげ、吹っ飛んでいくグロンギ。

 しかし、敵はその一体ではない。おびただしい数のグロンギが街路にひしめき、襲いかかってくる。

 

「ッ!」

 

 彼らをいなしつつ、拳や肘、さらにキックを叩き込んでいく。時折受けるカウンターも、強化された肉体の前にものともしない。

 

「あれが……4号……」

 

 協同して戦っていた中で、最も年若いヒーローが思わずそうつぶやいていた。第4号――クウガの戦いには、自分たちの武器である個性のような華やかさはない。その身ひとつで泥臭く戦う姿は、異形でありながらこの場にいる誰よりも人間臭く感じられた。だからこそ、頼もしくも。

 

――そんな彼に、魔の手が迫る。

 

「ウゥゥゥ……」

「ウオォォォォォ……!」

「!!」

 

 路地裏からぬるりと姿を現したグロンギたちが、彼を取り囲む――

 

 

「はぁッ!!」

 

 赤から青――ライジングドラゴンフォームへと"超変身"を遂げたクウガは、武器のロッドを一閃していた。流麗に弧を描いたそれは、先端のブレードによって同時に周囲のグロンギを切り裂いていく。封印の古代文字が身体に浮かぶと同時に、一斉に爆発が起きた。その身が四散し……黒い粒子となって、消滅する。

 

「……ッ、」

 

 一瞬息を詰め……吐き出す。しかし、彼に与えられたこの場での休息はそれ限りだった。

 

「う、うわぁああああ!く、来るなぁぁぁ!!」

「!」

 

 かのヒーローの悲鳴のような声が響き渡る。個性を使ってグロンギたちを追い払おうと奮闘しているが、通用しているとは言いがたい。もっと落ち着いて対処していればやりようもあるのだろうが……そうするには、彼はまだ若かった。

 

 対するクウガは、

 

「ッ、数が多すぎる……。――ゴウラムっ!!」

 

 出久が変身すると同時に科警研から飛び立っていたゴウラムが、呼び声に応じて姿を現した。凄まじいスピードで地上すれすれを飛翔し、グロンギたちに体当たりを敢行する。その大顎のパワーによって、怪人たちは団子のようになって弾き飛ばされた。

 

 青年ヒーローの救出に成功したところで、すかさずビートチェイサーに跨がるクウガ。すると旋回して戻ってきたゴウラムが、頭上で上下真っ二つに割れ――体内を露出しながら、マシンとの合体を遂げた。まるで別物になったかのように、ビートチェイサーから形状が大きく変化している。

 "ビートゴウラム"と呼ばれる形態を完成させるや、クウガはマシンを発進させた。その身に電光が奔り、車体をも覆い尽くしていく。

 

「うおおおおお――ッ!!」

 

 雄叫びをあげるクウガ。同時に電光から生成された黄金の強化パーツがビートゴウラムの前面を彩る。ーー莫大なエネルギーが大顎に流れ出し、電撃、火炎として顕現する。

 

 そして、グロンギの群れを挟み込み――封印エネルギーを浴びせかけると同時に、まとめてその身を捻じ切った。複数の断末魔が虚空に響き渡り……刹那にして、耳をつんざくような爆発音にかき消される。

 

 マシンをわずかに左に向けて停車し、クウガは爆炎を仰ぎ見た。炎の中から黒煙が浮き上がり、消失する。グロンギたちの死体とおぼしきものは、欠片も残っていない。

 

(なんだ……この感じ)

 

 これまで戦ってきたグロンギたちとは、何かが違う。様々な点からそれは明らかだったけれど、しかし決定的な正体はわからないままだ。それを掴めない限り、この戦いの終わりも見えない。

 ひとまず思考を収めた出久は、無線で本部に通信を入れることにした。

 

「塚内さん、みど……4号です。こちらは全滅させました」

『ご苦労様。現状、これ以上の事件発生の報告はない。いったん本部へ戻ってもらえるか?』

「わかりました」

 

 通信を終えると同時に、深々と息をつく。ライジングビートゴウラムを発進させようとしたところで、救けたヒーローたちと目が合った。

 

「………」

 

 普段の自分――緑谷出久としてなら、最低限握手くらいは求めるところ。しかしその気持ちをぐっと堪えて、彼は"未確認生命体第4号"として一礼するにとどめた。ことばは発することなく、黙ってマシンを警視庁方面に向ける。

 

 そのとき、

 

 

――ウオォォォォォォン……!

「……!」

 

 彼方から響いた、声。それはまるで、狼の遠吠えのようだった。

 

 



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EPISODE 47. 死を呼ぶ咆吼 2/3

EPISODE 6でも書きましたが心操くんほんとすきだあ
1年半経っても変わらぬ思い

G3は彼のために出したようなモンでございます。
心操くん(21)の身長を要潤と一緒にしたんですが、この伏線?に気づいてくれた方はいらっしゃるだろうか……。


 

『ザジオ!』

 

 四方に布を張り巡らしただけの簡素な住居に、年若い青年が飛び込んでいく。内部にはもうひとり、青年の姿があった。目をじっと凝らして武具を磨いている。

 

『狩りがはじまるぞ。おまえもいい加減、参加したらどうだ?』

『いいよ僕は、どうせ足を引っ張るだけだ。それより……』磨き終えたナイフを見せつける。『これを持っていけよ。きみのために磨いたナイフだ、切れ味抜群だぜ』

『……ザジオ』

 

 幼なじみでもあるこの青年の心遣いは嬉しかった。しかし少年の頃と比べても大きく開いていく体格差、それに比例する種族内での地位がもの悲しい。彼らグロンギはただの狩猟民族であった頃より、力を尊ぶ集団であった。

 青年はその屈強な体格と敏捷な身のこなしにより、若くして既にいくつもの獲物を仕留めていた。そうして次代のリーダーとして目をかけられていたわけだが、心のうちではそうした"力"の価値観に対する違和感もあった。生きる糧を得るため、己を鍛えることはいい。しかしその思想が年月を経るごとに凝り固まって、この幼なじみのような者を蔑むようになりつつある。青年にとっては少なくとも、彼は一点の曇りもない親友のままだった。

 

『そういえば、もうすぐ子供が生まれるんだろう。名前はもう決めたのか?』

『……ああ。"ダグバ"と名付けようかと思っている』

『ダグバか、いい名前だ。きみの息子だ、きっと僕らグロンギを背負って立つ男になる』

 

 微笑むザジオ。――自分が族長となることがあったら、彼には特別な地位を与えて自分と自分の子を支えてもらおう。

 

 

 追憶の若き日々が、ン・ガミオ・ゼダには虚しく思われた。

 

 

 *

 

 

 

 非常体制の警視庁は、さながら戦場のごとき狂騒に覆われていた。

 総動員された警察官や招聘されたプロヒーローたちが慌ただしく駆け回り、彼らからひと言でもコメントを取ろうとマスコミが追いかけていくという図がエントランスのあちこちでみられる。

 

 その中で最大の標的にされたのはやはり、合同捜査本部の御意見番的存在である元No.1ヒーロー、エンデヴァーこと轟炎司だった。

 

「今回の事態にあたって、エンデヴァー事務所としてはどのように対応されるおつもりですか!?」

「既に所属ヒーローを広域に配置し、いかなる事態にも対応できるよう計画を練ってある」

「御自身が前線に復帰されるお考えは!?」

「ない」

 

 矢継ぎ早に投げかけられる質問に対してぶっきらぼうに、しかし無視はせずにひとつひとつ答えていくエンデヴァー。それでも歩は進め続けていたのだが、

 

「第4号Bについてですが、ご子息であるヒーロー・ショートがその正体なのではないかという噂もありますが!?」

「!」

 

 にわかに立ち止まるエンデヴァー。その鋭い碧眼が、質問をぶつけた記者に向けられる。衰えたとはいえ巨駆と強面は健在の元トップヒーローに睨まれて、平常心でいられる人間がこの世界に何人いるか。

 

「くだらん」

 

 放たれた返答は、彼らしい容赦なく鋭いもの。良くも悪くも臆面のない記者たちをも一瞬黙らせる気迫が発せられる。

 と思いきや……その双眸が、不意にやわらかく細められた。

 

「……もしそれが事実だったとしたなら、俺は息子を誇りに思うだろうな」

「え……?」

 

 ぽかんとする記者たちに向けて挑戦的な笑みを浮かべると、機敏にエレベーターに乗り込んでいくエンデヴァー。ようやく彼らが我に返ったとき、既に扉は固く閉ざされていた。

 

 

 同じ頃、帰着した緑谷出久は関係者以外立ち入り禁止の地下駐車場にビートチェイサーを滑り込ませることに成功していた。こういう場合にとりわけフルフェイスのヘルメットは便利だと、切に思う。明らかに警察官でない自分のような者は、目ざとい記者の格好のターゲットにされるのだ。

 

「緑谷!」

 

 マシンを片隅に置いたところで、待ち構えていたかのように呼び声が響く。同時に駆け寄ってくるふたつの姿に、軽く手を挙げて応える。

 

「轟くん、心操くん……。わざわざここで待っててくれたの?」

「ああ、轟がやたらそわそわしててな」

「……悪ぃ」

 

 心なしかしゅんとした様子の焦凍を前に、ふふ、と笑いを噛み殺す出久。結果的に、それはつかの間の休息となった。

 

「それよりどうだった、そっちに出た未確認は?」

 

 心操のことばに、自ずと表情が引き締まる。

 

「……やっぱり、同じだよ。獣みたいで、前に倒したはずの奴が混ざってて」

「――倒したら、黒い霧になって消えちまった、か」

「うん……」

 

 今回の事態、解せないことが多すぎる。何よりあの大量発生。グロンギたちと入れ替わるように、霧の中で忽然と姿を消した人々――

 

「……こんなこと言っていいのかわかんねえけど、すげえ嫌な感じがする」つぶやく焦凍。「取り返しのつかねえこと、しちまってるような……」

「………」

 

 その感触を、出久も心操も否定できなかった。ただ焦凍の勘が鋭いからというばかりでなく。

 

 

 ――彼らと直接やりとりしていない爆豪勝己もまた、より具体的な疑念を抱いて行動していた。

 

(霧ン中から出てくるグロンギ……。連中が、巻き込まれた人間を殺してるんじゃないとしたら)

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、額に白薔薇のタトゥを刻んだ女の、妖艶な笑み。遭遇する度、何度となく彼女が告げたことば――

 

『リントは変わったな』

 

『おまえたちリントが、我々に近づきつつある』

 

 あれはどちらかというと現代人の精神性の変化を語っているのだといままで思ってきたし、実際そうした意図であることは間違いないとは思う。が、いま起きていることに際してもっと直接的なものを感じるのだ。その中でも"最悪の可能性"、それが現実のものであったとしたら――

 

「爆心地」

「!」

 

 思考の海に沈んでいた勝己は、隣からの呼び声で我に返った。覆面パトカーを運転している鷹野警部補だった。

 

「疲れてるなら休んでてもいいわよ。ろくに寝てないでしょう」

「それはあんたも同じだろ」

「矢面に立つのはあなたたちヒーローでしょう、それが寝不足じゃ困るのよ」

 

 それもそうだ――といままでなら言えたのだが、現在の彼女らには"神経断裂弾"という対グロンギの切り札たりうる武器がある。開発が軌道に乗ったことで、既に捜査本部所属の警察官には十分な弾数が支給されつつある状況だ。警察側ばかりでなく、自分たちヒーロー側にも装備させるべきではないか……上層部ではそんな議論さえ行われていると聞く。

 以前ならいざ知らず、いまの勝己はもう、そうした意見を一笑に付すことができない。少年の頃から必死になって磨きあげてきた個性に、血のかよわない金属の塊が取って代わろうとしている。G3にしてもそうだ。装着員である心操人使は、個性"洗脳"を補助的にしか使用していない。

 

「………」

 

 だからなんだと、勝己は自身を戒めた。いますべきことは、黒い霧の発生源を突き止めること、そして霧の中で何が起きているのかを確かめることだ。そのために"ホークアイ"の個性をもつ鷹野警部補に同行してもらっているのだから。

 

 

 *

 

 

 

 ン・ガミオ・ゼダは洞穴の中にひとりたたずんでいた。老人の姿で、静かに目を閉じている。時折、呼吸に不自然な音が混じる。それはグロンギの、それも王といえども、老化という生きとし生けるものの宿命からは逃れられない。その事実を象徴しているかのようだった。

 

 冷たい美貌をもつかの女が、物怖じすること微塵もなく、ガミオに近づいていた。

 

「おまえが創ったグロンギは、リントによって殺されているぞ」

「………」

「このままでは、究極の闇はもたらされない。やはりおまえには、荷が重かったということか」

 

 瞳を閉じたまま、ガミオはふ、と口許をゆがめた。この女――ラ・バルバ・デの意図はわかっている。

 

「我が究極の闇は、必ず完遂させる」

 

 それが"グロンギの王"としての使命――その瞳がかっと見開かれると同時に、肉体が異形のそれに変わっていく。深紅の四肢に、黄金の装飾を散りばめたその姿は……餓狼のごとく。獰猛なハンターとしての顔は、年老いてもなお失われたわけではなかった。

 

「ウオォォォォォン――!!」

 

 響く遠吠えとともに去るガミオを、バルバは静かに見送った。その瞳は冷たく無機質で、これまで幾多のゲゲルに挑み敗れ去ってきたグロンギたちを見る表情と、何ひとつ変わりないものだった。

 独りになった……と思われたところで、再び口を開く。

 

「――やはりおまえか、ジャラジ」

「……ヒヒッ」

 

 下卑た笑い声を漏らしながら、ひょこひょこと歩み寄ってくるゴ・ジャラジ・ダ。この少年に対して特別な好悪の感情はもっていないけれど、ある意味同志としての信頼感はあった。ゲゲルの審判であるがゆえにあまり自由には動けなかった自分やドルドに代わって死柄木弔の傍にいて、"ダグバ"として育てるのに大きな役割を果たした。しかも人間だった頃の弔が関係していた者たち――"(ヴィラン)"と呼称されているらしいが――ともつながりをもち、巧みに利用している。己の目的を達するためリントとすら手を組むのは、新たな時代に生きるグロンギとしてのひとつの在り方だ。

 

「ダグバはどうした?」

「大丈夫、静かにしてるよ……いまはまだ、ね」

 

 意味ありげに唇をゆがめたジャラジは、ガミオの去った方向を見遣った。曲がりなりにもグロンギの王であるあの老人は、その称号が名ばかりでないことを示す"証"をもっている。それは"ズ"・"メ"・"ゴ"という集団のランクとは次元の違う、隔絶した力をもたらす源でもあるのだが。

 

「ガミオを……クウガたちと戦わせるつもり?」

「究極の闇を進めるには、奴らの存在は邪魔でしかない」

「そうだけど……ガミオ、負けちゃうかも」

 

 "黒の金"への強化変身能力を得て、ゴ・ガドル・バを単独で撃破したクウガ。強力な複合個性をもち、進化を続けているアギト。それに、スペックでは彼らに大きく後れをとるものの、グロンギをも殺せる兵器を装備しているG3。系統は違えど、いずれもが脅威となりうる力を有している。老いたガミオでは、万が一ということもありうるのではないか――

 

「奴らにガミオを殺されたら……ダグバを育てた意味、なくなる」

「どうするつもりだ?」

 

 ヒヒ、と、再び嗤うジャラジ。

 

「ゴオマにひとり、潰してもらおう。せっかく造ったんだ……使ってあげないと」

 

 久方ぶりにその名を聞いたバルバは、かのズの男のことを思った。本来であれば"整理"の標的となっていたであろうズ・ゴオマ・グは、奪ったG2を彼らの技術でもって細胞レベルで融合させられ、もはやグロンギともいえないような半分機械の化け物となってしまった。しかしながら、幾度となく繰り返された改造により、彼は既に"ゴ"にも匹敵するレベルの戦闘能力を得ていると聞く。――本望だろう、渇望していたであろう力を手に入れたのだから。代償に普段は自由を奪われ、薬物でコントロールされる存在になり果てたとしても……。

 

 そんな化け物の"標的"は、既に決まっていた。

 

(やっぱり、あいつがいいよね……ヒヒッ)

 

 伸びた前髪の隙間から覗くやみいろの瞳に、邪悪な光が瞬いた。

 

 

 *

 

 

 

 落日を迎え、夜が訪れた。

 

 街がかりそめの平穏を取り戻してもなお、警視庁内の喧騒は収まることを知らない。新たな事件がいつ起こるとも知れない状況下、治安維持の核心であるこの地に安息は訪れない。

 しかしながら、夜天に晒された屋上部だけは世界と切り離されたような静穏に包まれていた。星の見えない漆黒の空。代わりに地上を照らし出す人工灯は、いかなる時でも人々の営みが途切れはしないことを示している。

 

 そうそう夜に人の出入りがあるような場所ではないけれど、いまこのときは人影があった。じっと立ち尽くすようにして、夜景を眺めている。エメラルドグリーンの双眸が、灯りを反射して煌めいている――

 

「――こんなとこにいたのか、緑谷」

「!」

 

 突然の呼び声に振り向くと、出入口のところに紫陽花色の髪を逆立てた青年の姿があった。筋肉質な身体を覆う濃紺の制服も、既に見慣れたものとなりつつある。

 

「心操くん……」

 

 大学入学以来の友人である、心操人使。ゆったりとした動作で歩み寄ってきたかと思うと、す、と缶コーヒーを差し出してくる。

 

「あ、ありがとう」

「ん」

 

 何も言わず、わずかにそっぽを向く。はにかみ屋な彼らしい仕草に、思わず笑みがこぼれるのも致し方ないことだろう。――かじかんだ掌に、温まった缶が沁みる。

 

「よくわかったね、ここにいるって」

「いや、流石に管理官に訊いた」

「あー……そっか」

 

 誰にも何も言わずに姿を消してしまうとまずいと思い、塚内にだけは伝えてからここに来た。忙殺の極みにある彼に声をかけるのは少し気が引けたが。

 

「どうしたんだよ、こんな寒い中?耳まで真っ赤だぞ」

「ふふ……そうだね、寒いよねえ」

 

 呑気に返しつつ、コーヒーに口をつける。元々苦いのがそんなに得意でないのもあるが……すっかりポレポレのコーヒーの染み込んだ身体には、どうしても物足りなく感じてしまう。

 

「……なんとなく、ね。見てみたくなったんだ、高いところから」

「街をか?」

「街っていうか……そこにいる人たち、かな?」

 

「僕らが必死に守ろうとしてるものが、あそこにあるんだって」

「……珍しいな、おまえがそんな感傷的なこと」

「変かな?」

「いや……いいんじゃないの。そういうときがあっても」

 

 風貌や振る舞いからリアリストに思われがちな心操だが、実のところそうした情動の部分を大事にするタイプの男だった。一時は師と仰いだイレイザーヘッド――相澤消太と決定的に違う部分。ただ彼は心操のそういう一面を否定しなかったから、良い関係を築けていたが。

 

 出久は再び口を閉ざして、じっと街を見下ろしていた。吐く息が白く、漆黒の夜空に溶ける。彼の邪魔をするつもりはないけれど、さりとて立ち去る気にもなれず、心操も暫したたずんでいたのだが。

 

「……"ハイランダー"」

「へ?」

「おまえ見てたら、ふと思い出した」

「え、えーっと……」

「もしかして、覚えてない?」

「……なんでしたっけ?」

 

 聞いたことがあるような気はするが、靄がかかったかのように思い出せない。心操の口から飛び出さなかったらば、あるいは一生記憶の奥底に沈んだままだったかもしれない。

 

「スコットランド北方の、ハイランド地方の住民のこと。山だらけだから、ハイランド」

「高いところにいる人たちってことか……そのまんまだね」

「まあな。ってか、去年一緒にとってた西洋史概論で出てきたじゃん」

「そうだっけ……。よく覚えてるね、心操くん」

「あんたが忘れっぽいんじゃないの。成績は俺よりいいくらいなのに、必要なくなるとすぐ忘れるよな、あんた」

「あ、ハハ……ごめん」

 

 就活のための自己分析ではないが、夢想に固執するのをやめてから自分自身を客観的に見ることも増えてきて、案外自分にはこういう冷淡なところがあると気づいてしまった。実は高校生の頃、たまに本の貸し借りをする程度には仲の良かった同級生にも言われたのだ――「緑谷って、案外冷たいよな」と。思えば彼にも、心操に通じる鋭さがあった。……あと、勝己にも。

 

 ――出久が"そのまんま"と斬って捨てたハイランダー。ただ心操からすると、いまの出久の姿からたまたま連想したというだけで、そんな単純なものではなかった。彼らは古代より地政学的に脅威にさらされる存在だった。南方からはローマやイングランド王国、北方からはヴァイキング。

 ゆえに彼らは民族としての誇り高く、苛烈なまでに敵と戦った。英連邦の一部となった現代においても、彼らは"ハイランダーズ"として名を馳せている。

 

 それだけ聞くと、自分というより――

 

「……かっちゃんのほうが、それっぽい気がするんだけど」

 

 我慢できず口に出してしまうと、予想どおりとばかりに心操は笑った。

 

「そうだな。たいがいの人は、そう言うと思うよ」

「………」

 

 藤色の瞳が、地上へ向けられる。この視界のどこかに、爆豪勝己の姿もあるはずなのだ。彼はいまも、鷹野警部補とともに黒幕を追って駆けている。

 

「確かに爆豪は態度でかいし口は悪いし、なんなら山に登ってまで他人様を見下ろしてるくらい筋金入りだ。……でも逆に考えれば、そういう生き方を自分に強いてるとこ、あるんじゃないのかな」

「あ……」

 

 それは――彼とともに戦ってきて、ようやくわかったことだ。そうしてまで背負っているものが彼にはある。その中でも大部分を占めているのが自分の……"デク"のことであるとは、未だ腑に落ちないところもあるけれど。

 

「緑谷は逆で、意識するまでもなく周りを俯瞰的に見てるとこがあるだろ。爆豪はハイランダーたろうとするけど、おまえは生まれつき、混じりっけなしのハイランダー。他人を見下してるとは思わないけど……繊細な奴は、そう感じることもあるかもな」

「………」

 

 そうかも、しれない。「みんなの笑顔を守りたい」――"みんな"の顔かたちがぼやけていたのは、すべてこんな高く遠いところから見下ろしていたからなのだ。それを思うと、心操のたとえ話がすとんと落ちてくる。

 出久の表情に翳が差したことに気づいて、心操は取り繕うように言った。

 

「……ごめん、勘違いしないでくれよ。責めてるわけじゃないんだ。そこがおまえの良いとこでもあるんだし」

「うん……ありがとう」

「それに最近のおまえは、ゆっくりだけど変わっていってる……と思う」

「ふふ、そうかもね。けどそれは、心操くんと出会えたおかげだよ」

「……そういうことけろっと言えちゃうのはどうなんだろーな」

 

 集まってきた熱を打ち消すべく、心操は己の両手に顔を押しつけた。それを見て、笑いをかみ殺す出久。自分には相手をまっすぐに褒めすぎてしまうきらいがあることはもうわかっているので、これは半ば"してやったり"でもある。

 

 ただ本当に、心操のような友人の存在はありがたかった。はにかみ屋でちょっとつっけんどんな物言いをするところはあるけれど、それすらもどこか耳に心地良い。洗脳されるのを怖がって彼と口をきかずにいた者たちは、そのことを悔やむべきだと心から思う出久だった。

 

 

 

 




キャラクター紹介・クウガ編 バギンドパパン

アメイジングマイティフォーム

能力:
緑谷出久が二度目の電気ショックを受けたことにより発現した、"ライジング"を超える超・強化形態。ライジングマイティの複眼以外の部位が漆黒に染まり、右足首のみに装着していたアンクレットが左足首にも現れている。両足で放つ必殺キックの威力はなんと、75t!そのパワーは"ゴ"最強のゴ・ガドル・バすら正面からのぶつかり合いで打ち破るほどだ!
黒いボディの、雷の戦士。あるいはこの姿、"凄まじき戦士"の寸前段階なのだろうか……?



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EPISODE 47. 死を呼ぶ咆吼 3/3

令和初投稿でございます。
クウガ放送も昔のことになったんだなぁ…とちょっとせつないきもち。



 "仮面ライダー"たちがひとときの休息をとっている間も、鷹野と勝己は警らを続けていた。とはいえ数時間駆けずり回りっぱなしというわけにもいかないので、ただいまは公園脇に車を駐め、休憩の最中だった。

 

「爆心地、コーヒー。よかったらだけど」

「……ども」

 

 差し出された缶コーヒーを素直に受けとる勝己。つい今しがた幼なじみが同じようなやりとりをしていたと知ったら、盛大に顔を顰めるだろうが。

 

 ふぅ、と息をつきつつ、ウィンドウ越しの夜景を見遣る。公園は暗く人気もないが、その向こう側には住宅街があって、ほの明るくライトアップされている。サラリーマンなども、そろそろ帰宅する頃合いだろう。

 

 と、不意に鷹野が口を開いた。

 

「結局気ィ張りっぱなしね、あなた」

「あ?」

「うとうともしないんだもの。私だっていい加減眠くなってきてるのに」

 

「けっ」と、勝己は口を尖らせた。

 

「眠くなんねえわ、こんな状況で」

「ふぅん……」

 

 何時間も神経を張り詰めさせ、それでいて疲れた様子も見せずにじっと周囲を窺い続けている勝己。プロヒーローとしては、非の打ち所のない姿ではあるが。

 

「ねえ爆豪くん」

「……ンだよ」

 

 不意に柔らかい声を発する鷹野。この女性はこんなふうにも話せるのかと内心驚きつつ、勝己はぶっきらぼうに応じた。9ヶ月の付き合いにはなるが、個人的にはあまり話したことがない。

 

「未確認がすべて滅んだら、あなたはどうするの?」

「はぁ?……決まってんだろ、ンなこと」

 

 今さら言うまでもなく、爆豪勝己はプロヒーローである。ヴィランと戦い、治安を守るのが使命。グロンギ発生はイレギュラーな事態であって……奴らが滅びれば、また本来の業務に戻るというだけのこと。

 警察官だって、それは同じはず。

 

「そうね……」うなずきつつ、「でも少しだけ、疲れたわ」

「………」

 

 つぶやく鷹野の表情は、どこにでもいる若い女性のそれだった。

 

「まあ、別に警察を辞めるわけじゃないわ。好きでやっているわけだし……でもちょっとくらい休みをとって、世界中を回るなんていうのも、いいかもしれないと思うの」

「……あっそ」

 

「いいんじゃねーの」

「!」

 

 鷹野は目を丸くして、隣の青年のむすっとした横顔を仰ぎ見た。馬鹿にされるかいいところ無関心に終始すると思っていたので、肯定的な返答がなされるとは予想していなかったのだ。

 

「……別に休むつもりはねえけど、俺にもやりたいことはある」

「そう……。どんなこと……なんて、訊くのは野暮ね」

「フン」

 

 鼻を鳴らしつつ、口許を弛める勝己。戦線をともにしなければ、こうした表情を見ることはなく……彼もまたひとりの若者であると、思いを致すこともなかっただろう。それは逆も言えることだが――

 

 車中でのつかの間の安息を、静かな気持ちで過ごすふたり。

 

――そんな彼らの気持ちを嘲笑うかのように、異変が起きた。

 

「!、おい、あれ……」

 

 カーテン越しに電灯が漏れていた家々。それが突然、光を失っていく。電気を消したわけではなく、徐々に闇に覆われていくような――

 

「何……?一体、何が――」

 

 未だ状況が呑み込めない鷹野。しかしガラス戸が開き、そこから息も絶え絶えの子供たちが飛び出してきたとき……隣に座っていたヒーローが、飛び出していた。

 

「爆心地!?」

「あんたは家ン中確認しろ!!」

 

 爆破の勢いで一気に接近し、ふたりの幼子を抱きかかえる。その瞬間、屋内から漏れ出してきたあの黒い霧が、彼らのもとにまで到達したのだ。

 

「……!」

 

 反射的に動きかけた鷹野だったが、勝己のことばを脳内にリフレインさせることで己を押しとどめた。すぐさま個性"ホークアイ"を発動させる。双眸が金色に輝き、視力が飛躍的に上昇する。当初の目的――黒い霧の中で何が起きているのか、はっきり確認するために。

 

 

 そして彼女は、残酷な真実を思い知らされたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、警視庁。

 

 本部に戻ってきた緑谷出久と心操人使は、向かいから歩いてくるふたり組の姿を認め、揃って「あ」と声をあげた。

 そのふたり組というのが、決して良好な関係とはいえないはずの轟親子だったのだ。まだこちらに気づいていないのか、何事かことばをかわしあっている。笑顔がこぼれるわけでもないが……互いに剣呑な様子もうかがえない。

 

「……ふつうの親子だなぁ、ああ見ると」

 

 ぽつりとつぶやく出久。少し考えてから、心操もまた「確かにな」と同調する。彼らの間にあるわだかまりはゆっくり時間をかけて、融けて、なくなっていくのだろう。自分と幼なじみが、そうであるように。

 

 と、こちらに気づいた焦凍が駆け寄ってきた――父親を置き去りに。

 

「緑谷、心操……どこ行ってたんだ?」

「ちょっとね、話してたんだ」

「……ってか、親父さんはいいのか?」

「いい」即答である。「つーか、……」

「?」

 

 なんだか恨みがましい視線を向けてくる焦凍。意味がわからず当惑する出久に対して、人の機微に鋭い心操は「ははーん」と意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「あんた何、拗ねてんの?」

「へぁ?」

「………」

 

 目を丸くする出久に対し、焦凍は憮然としたまま。――つまり、図星。

 

「……だって、ずりぃ。お前ら大学のこととか、俺にわかんねえ話してること多いし……」

「あ、あー……」

 

 ここでようやく出久にも合点が行った。焦凍はつまり、"仮面ライダー"となる以前から友人同士であった自分たちの関係に、疎外感を覚えているのである。

 

「ご、ごめんね轟くん!でもきみたちだってほら、僕にわからない雄英の話とかできるでしょ!?僕も常々羨ましいなあって思ってるしさ!」

「………」

 

 慰めているのか張り合っているのかわからない出久のフォロー。この友人はやはりニブいと心操は密かに思った。輪に入れないことを僻んでいるというより、出久を自分に取られてしまった気持ちになって嫉妬しているのだろう。少年期に友人が少なかったといえどそれなりに俗世の垢にまみれている自分たちと異なり、焦凍は本当に箱入り息子だ。こと人付き合いに限っては、まだまだひよこのようなもの。

 ただ結局のところ、優越感めいたものを覚えている時点で、心操も五十歩百歩ではあるのだが。

 

 若者3人が子供じみたやりとりを行っていると、

 

「……ふっ」

 

 不意に漏れる笑い声。振り返った彼らが見たのは……頬を弛めた、かの元No.1ヒーローの姿だった。

 

「え、エンデヴァー……」

「いや……失敬。気にしないでくれ」

 

 そう濁しつつ、彼は出久たちのもとに歩み寄った。

 

「緑谷くん、心操くん。……こんな息子だが、これからも友人でいてやってほしい」

「!」

「よろしく、頼む」

 

 深々と頭を下げるエンデヴァーの姿を目の当たりにして、呆けていた出久たちは慌てた。

 

「ちょ、ちょっ……やめてくださいそんな!頼まれるようなことじゃないですから!」

「……イメージ変わりますね、正直」

「あんたな……」

 

 盛大に顔を顰めた焦凍が父に歩み寄ろうとした――刹那、

 

「!!」

 

 彼の脳裏に、鮮烈な電光が奔る。それは五感、第六感をも超えた、まさしく本能に訴えかけるもので。

 

「轟くん?――!、もしかして、奴ら?」

 

 こういうときは鋭く察してくれる友人が、焦凍にはありがたい。

 

「ああ。それも、爆豪たちが危ないかもしれねえ……!」

「ッ、急ごう!」

 

 一礼して、真っ先に走り出す出久。すぐに続く焦凍、心操。

 

「………」

 

 沈黙とともに、轟炎司は彼らを見送った。使命を終えた者の、それが唯一できることなのだと心して。

 

 

「――緑谷、轟。先に行っててくれ、すぐに追いつく!」

「わかった!」

「ああ」

 

 己のマシンですぐさま出撃するふたりに対して、いったん彼らと別れてGトレーラーへ向かう心操。逸って飛び出していったところで、彼はただの人間でしかないのだ。GトレーラーでG3を手順にしたがって装着しなければ"仮面ライダー"とはなれない。こういうときばかりは、いつでもどこでも変身できるふたりが羨ましく思われる。

 

 

――そして出久たちに後れること数分、心操を収容したところでいよいよ発進するGトレーラー。

 コンテナ内部では、いよいよG3の装着シークエンスを開始していた。専用のアンダースーツを纏った心操の身体を、青と銀のパーツが次々に覆っていく。もはや幾度となく繰り返されてきた光景。

 

「G3、装着完了ですウフfFF!」

 

 ユニットに復帰した発目が揚々と声をあげる。本日数度目とは思えない態度だが、"わが子"の活躍のお膳立てをしているようなものと考えれば理解も及ぶ。常人の思考回路をもつ玉川班長はそう自分に言い聞かせ、粛々とシークエンスを進めた。

 

「よし、ガードチェイサー発進用意。2025、G3システムオペレーション開始――」

 

 

――刹那、予想だにしない凄まじい衝撃が、トレーラーを襲った。

 

「!?」

「うぐッ!!?」

 

 左右に激しく揺れる車両に翻弄され、壁に叩きつけられる玉川と発目。姿勢制御にすぐれたG3のみ、その場に片膝をつくことで態勢を保った。

 そんな状況が続くこと十数秒……トレーラーが停止し、異変はようやく収まった。

 

「ッ、な、なんだ一体……!」

「い、痛たたた……。そ、外の映像出します……!」

 

 全身の痛みに耐えて動いた発目のおかげで、モニターにトレーラー周囲の映像が映し出される。衝突事故でも起こしてしまったのではないかと戦々恐々としていた玉川だったが、その心配に関しては杞憂に終わった。

 

 事実は、それより遥かに恐ろしかった。

 

「あ、あれは……!?」

 

 前方に立ち塞がる、巨大なシルエット。G3とも通ずる巨大な複眼をもつそれは、しかし所々が赤黒い血肉を露にしている。背には、蝙蝠のような一対の翼。

 

「じ、G2……!?ってことは、あれは――」

「――第、3号……?」

 

 もとの怪人の姿からして醜悪だったが、いまの彼はもはやヒトの原型すらほとんどとどめぬ化け物となってしまっている。そのおぞましさに皆、息を呑んだ。

 しかし呆然としてもいられない。改造されたゴオマは本能のままにトレーラー内の人間の匂いを嗅ぎつけ、本格的な攻撃を仕掛けようとしている。

 

「……ここから離れてください、自分が奴を排除します」

「!、しかしG3はG2よりも……」

「その差を埋めるための武器が揃ってるんだ、あんな図体だけの奴にやられたりしません」

 

 きっぱり言い切って、心操はこのオペレーションに身を投じることを宣言した。いまは出久と焦凍に頼ってばかりいられない、自分の居場所は自分で守るしかないのだと、覚悟を決めたのだ。

 

 

 同族であるはずのズ・ゴオマ・グを改造するよう仕向けたかの少年もまた、"飼い主"としてこの場に現れていた。人間たちの覚悟を嘲るかのように、薄ら笑いを浮かべてたたずんでいる。

 

「ヒヒッ……これでひとり、減るかな」

 

 ダグバは十分に育った。彼以外のものはすべて、もはや滅ぼされるためだけの存在となる。

 

 "仮面ライダー"はもう、用済みだ。

 

 

 *

 

 

 

 鷹野警部補の運転する覆面パトカーが、住宅街を疾走していた。いかにサイレンを鳴らしているとはいえ、平時なら危険極まりない行為。

 だが、いまこの状況は非常も非常だった。住宅地を黒い霧が取り巻き……家という家から、大量のグロンギがあふれ出している。獣の本能しかもたぬ彼らは、生者の気配を察知して追いすがってくる。その命を、渇望するかのように。

 

 鷹野が必死の形相でハンドルを握っていると、助手席から苦しげな声がかかった。

 

「ッ、車停めろ……!俺が出て、奴らを……ッ」

「バカ言わないで!!そんなことができる状態じゃないでしょうッ、それに――」

 

 息も絶え絶えの勝己を怒鳴りつけ、さらにアクセルを踏み込む。後部座席には、さらにぐったりした幼い兄妹がいる。一刻も早くここを脱出して、病院に――

 

 そのときだった。前方に、2メートル超の大柄な影が現れたのは。

 

「あれは、7号……!?」

 

 未確認生命体第7号――ズ・ザイン・ダ。筋骨隆々の体躯と鋭く尖った角のような鼻をもつ、サイに似たグロンギ。ひと目見ればわかるその能力を改めて思い起こして、鷹野は慌ててブレーキを踏み込む。しかし法定速度を遥かに超えたスピードは、容易にはゼロにならない。

 そして……衝突。同時にその拳がボンネットをぐしゃりと潰し、車両に致命的なダメージを与えていた。

 

「しまっ……!」

「ヌゥウウウウンッ!!」

 

 さらに、フロントガラスに対して一本角の一撃。粉々になった破片が車内に降り注ぐ。

 

(このままじゃ……!)

 

 目の前のザインばかりでなく、しつこく追いすがってきた他のグロンギたちも四方八方を囲もうとしている。神経断裂弾を装填した拳銃1丁で、どこまでやれるか。いよいよ鷹野は、生命の危機が迫っていることを感じざるをえなかった。

 

「ッ、クソ……っ」不意に身を起こそうとする勝己。「ガキども連れて逃げろ……!ここは、俺が――」

「何言ってるのッ、あなたこそ逃げなさい!!」

「こんなで、逃げきれっかよ……!」

 

 満身創痍の状態で戦えるわけもなければ、逃げきれるわけもない。だが座して死を待つわけもなく、勝己は前者を選んだ。殿となって、鷹野らを逃がす――

 

 彼女に拒否権など与えるつもりはなかった。勝己は咄嗟に助手席から転がり出て、同時にザインめがけて爆破を放った。その衝撃に、大柄な身体が吹っ飛ばされる。

 ただ猛火は、弱った主の身体にも反動を与えた。そのまま仰向けに倒れ込む勝己。すぐさま起き上がろうとして、苦痛に顔が歪む。見ていられない姿だった。

 

(こんな子を、見捨てて逃げなければならないというの……!?)

 

 鷹野の心に、激しい葛藤が生まれる。自分ひとりなら、彼を守って戦うことを迷わず選べる。しかし現実には、一刻も早くここから逃がさなければならない子供たちがここにいる。

 どうすればいい?どうすれば、戦友を救える?

 

 彼女の心は、初めて助けを求めた。――ヒーローに。

 

 

 そして、"彼ら"が来た。

 まずその事実が示されたのは、鷹野たちに群がろうとしていたグロンギたちが突如爆散、黒い霧となって消滅したことだった。

 

「!」

 

 はっと顔を上げた彼女が見たのは……漆黒の夜空に浮かぶ巨大な甲虫と、それにぶら下がる異形の姿。緑と金に彩られた装甲が、燦然と輝いている。

 

――上空から戦友たちの姿を認め、彼……クウガこと緑谷出久は、思わず息を詰めた。

 

「かっちゃん、鷹野さん……!」

 

 ふたりに指一本でも触れさせてたまるものか。そんな燃え盛る信念を指先に込めて、ライジングペガサスボウガンで地上のグロンギたちを掃射する。

 そしてある程度ふたりの周囲に空間をつくったところで、ゴウラムから手を放した。同時に「超変身!」と声をあげ、青の金――ライジングドラゴンフォームへと姿を変える。地上に降り立つと同時に、まず体調の悪化している勝己のもとに駆け寄った。

 

「かっちゃん、大丈夫!?何が――」

「ッ、るせえ!耳元で叫ぶな……ッ」

 

 罵声はいつもどおりだが……明らかに苦しげだ。何があったのか改めて聞き出そうとするも、未だ大量に残るグロンギたちが襲いかかってくる。ロッドを振り回して斬り裂くが、きりがない。

 と、火炎と氷山が左右に奔り、クウガを援護した。さらに、

 

「KILAUEA McKINLEY SMASH!!」

 

 火炎を纏った左拳。冷気を纏った右拳。相反するふたつの力をワン・フォー・オールの輝きで覆った両拳が、怪物たちをまとめて弾き飛ばした。

 

「轟くん!」

「チッ……またこんな数がいんのか」

 

 個性をフルに駆使して排除しているにもかかわらず、次から次へと湧き出してくるグロンギたちに、忌々しげな声をあげるアギトこと轟焦凍――その正体を、知らないがゆえに。

 

「轟くん!」声をあげるクウガ。「かっちゃんが――」

「何?」

 

 振り向いた彼は――見たのだ。パトカーの後部座席に蠢く、異形の影を。

 

「緑谷ッ、後ろだ!」

「え――」

 

 その瞬間、パトカーの後部座席のウィンドウが粉々に割れ……中から飛び出してきた異形の腕が、クウガの首を絞めあげんとした。

 

「なっ!?うぐッ」

「緑谷くん!?」

 

 引きずり込まれそうになるクウガ。すかさず車内へ銃を向けようとする鷹野だったが、それよりも"彼"が先んじた。

 

「オ、ラァァァッ!!」

 

 爆炎がパトカーに襲いかかる。その衝撃で重量のある車体が横転し、何メートルか滑走する。まともに煽りを食らったクウガも吹っ飛ばされたが。

 

「ボケナードが……ッ」

「あ、ありがとう……」

 

 もう少し助ける相手に配慮してほしかった……とは言わなかった。常人ならともかく、自分はクウガだ。火の粉を浴びるくらいどうということはない。

 

 勝己の体調のことも気にかけつつ、クウガは横転したパトカーを仰ぎ見た。――刹那、後部座席のドアが内側から弾き飛ばされた。

 

「!!」

 

 ぎょっとする一同。唸り声とともに、這い出してくる何者か。

 

「ウゥゥゥゥ……!」

「ウォオオオオオ……!」

 

 それは――グロンギだったのだ。それも2体も。メ・ガドラ・ダに似た個体と、ズ・メビオ・ダに似た個体。

 

「な……!?」

 

 出久も焦凍も、面食らうのは当然だった。なぜ勝己と鷹野が乗っていたパトカーから、グロンギが?

 

「あれは、……」

 

 

「爆心地が救けた、子供たちよ」

「……え?」

 

 すぐに理解の及ばない彼らに噛んで言い含めるように、鷹野が続ける。

 

「あの黒い霧を吸い込んだ人間は……未確認生命体になる」

「……!」

 

 

――それは明確で、残酷な真実だった。少なくとも出久たちが、戦場の中心で呆けてしまうほどには。

 

 それでも時が止まることはなく、襲いかかってくる"人間だった"グロンギたち。我に返り抗するふたりの超人だが、先ほどまでより明らかに動きが鈍くなっていた。拳を突き出そうとして……止まる。

 

(じゃあ、俺たちが今まで殺してたのは……!)

 

 考えがまとまらない。ただその一点のみに愕然として、戦意が萎んでいく。

 その最中にあって出久は、もうひとつの事実に思い至った。

 

「!、まさか、かっちゃんも「俺は平気だクソナードッ!!」!?」

 

 いきなり聞き慣れた罵声を被せられ、出久は鼻白んだ。真っ赤な瞳が、夜の闇に爛々と浮かび上がっている。

 

「俺が吸い込んだ量なんてたかが知れてる……この程度でどうこうなるか……!」

「かっちゃん……」

 

 そんなの、なんの根拠もないじゃないか。現に勝己の身体は変調をきたしているのだ。

 しかし出久には、それ以上言い募ることができなかった。単に圧倒されたというのもあるし……何より彼は嘘は言わないという、ある種の信頼があった。

 

「ッ、轟くん、ひとまずここを離脱しよう!」

「……ああ!」

 

 思うところがないはずなくとも、アギトは動いた。"右"を発動させ、グロンギたちを氷山に呑み込ませる。殺さずに、一時的なりとも無力化する――いまの彼らにできる、それが限界だった。

 

 

 その葛藤さえも呑み込むかのように……突如として、黒い雷が降り注いだ。

 

「!?、うわぁあああああッ!!」

 

 あまりにも強力な雷によって、爆発が起きる。反射的に勝己と鷹野を庇おうと動いたふたりの仮面ライダーは、その煽りをもろに受ける羽目になった。そのまま吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられる。

 

「う、ぐ……ッ」

 

 一体、何が起きたのか。倒れ込むふたりの思考は、しかし微妙に異なっていた。焦凍はただただ困惑するばかりだったが、いまの雷、出久には既視感があったのだ。

 

(そうだ、)

 

 思い出した。あれは以前、ゴ・ジャラジ・ダとダグバ――死柄木弔に遭遇したとき。一緒にいた桜子があわや殺される……というところで、奴らを打った雷。いまの一撃は、あれとよく似ていた――

 

 そのとき焦凍が、不意にぶるりと身を震わせた。

 

「……轟くん?」

「なん、だ……この気配……!?」

 

 彼は凄まじいプレッシャーを感じていた。かつて神野で遭遇することになった敵の親玉……"オール・フォー・ワン"に匹敵するほどの。

 

 そう。確かにそれほどの存在が、彼らの前に姿を現そうとしていたのだ。

 

 

「究極の闇を妨げる者は、葬り去らねばならぬ」

 

 

――グロンギの王、ン・ガミオ・ゼダ。

 

 

 つづく

 

 

 





心操「俺は戦う。俺たちの居場所を、創るために」

轟「俺は戦う。託された希望に、応えるために」


出久「僕は戦う。みんなの笑顔を、守るために!」


EPISODE 48. HEROES


ガミオ「貴様らは、何者だ?」
出久「僕たちは……ヒーローだ!!」






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EPISODE 48. HEROES 1/4

10連休もあっという間に終わっちまいますな。

令和になってもう5日も経つというね。


 

 

 "グロンギの王"が、遂に出久たちの前に姿を現した。

 

 狼の能力を得た屈強な肉体のあちこちを、黄金の鎧で覆ったその姿。宝石のように輝く翠眼が、相対する者たちを睨みすえている。

 

「おまえ、は……」

 

 圧倒的な威圧感を前に、出久たちはそれ以上のことばを発することができなかった。呼吸さえも詰めていなければ、そのまま押し潰されてしまいそうな錯覚があったのだ。

 悠然と歩を進めてきた狼の王は、ある程度距離を保ったまま足を止めた。そして、口を開く。

 

「我はン・ガミオ・ゼダ。グロンギの王にして、究極の闇をもたらす者」

「……!」

 

 幾度となく耳にしていたその称号に、一同は戦慄を露にするほかなかった。ということは、つまり――

 

「おまえが、第0号……!」

 

 九郎ヶ岳遺跡より最初に甦り……夏目教授をはじめとする、調査団の面々をひとり残らず惨殺した張本人。

 ずっと示唆的にばかり語られていた存在が、いま目の前に、その姿を晒している――

 

 第0号――ガミオはもう一度、幼児に語りかけるような口調で言い放った。

 

「我が究極の闇を妨げる者は、葬り去らねばならぬ」

「ッ!」

 

 宣戦布告。それ自体は予想しえたことではあったが、

 

「みんなをグロンギにしたのは、おまえの力だっていうのか……!?」

「そうだ」

 

「我が黒煙を吸い込んだ人間は死に至り……その遺骸は、我らと同じ存在となる」

 

 なんの躊躇もなく語られた真実は、一同の心に大いなる楔となって突き刺さる。――この人間だったグロンギたちはもう……死んでいる。

 

「やがてはすべてのリントがグロンギとなり……我が究極の闇が、もたらされるのだ」

「――ッ、」

 

「そんなこと……させるかぁあッ!!」

 

 鬼気迫る勢いで、ガミオへ飛びかかっていくクウガ。アギトは鷹野に対して勝己を病院へ運ぶよう言い含める程度の冷静さは残していたが、それでも即座に追随する猪突猛進ぶりは変わらない。

 

「うぉりゃぁああああッ!!」

「ワン・フォー・オール――KILAUEA SMAAAAASH!!」

 

 ライジングドラゴンロッドを振りかざすクウガと、炎を纏った拳を叩きつけようとするアギト。通常のグロンギであれば、一発で消し飛んでしまうような攻撃。

 そんなものが迫っているにもかかわらず、ガミオはなんの対策も講じようとはしない。ただそこに立ち尽くしている。ゆえに当然、ふたりの仮面ライダーの攻撃が炸裂する――

 

 そこまで、だった。

 

「……!?」

 

 ふたりは唖然とした。貫き、あるいは殴りつけたにもかかわらず……標的は微動だにしない。踏ん張っているような素振りも、微塵もなく――

 

「……フ、」

 

 ため息を吐き出すガミオ。刹那、彼の全身から黒い波動が放たれる。

 

「うぁッ!?」

「ぐッ!?」

 

 それは衝撃波のようなものだった。たちまち吹き飛ばされるふたりは、着地には成功しながらも激しい焦燥を覚えた。

 

「ッ、こいつ……」

「……ああ。いままでのグロンギの比じゃねえ」

 

 "グロンギの王"の称号は伊達ではない。この敵は、それこそ3人の仮面ライダーを相手取って一度は勝利した第46号――ゴ・ガドル・バすら遥かに凌ぐ実力を隠している。既に歴戦といえるだけの経験を積み重ねてきたふたりは、肌でそれを感じとっていた。

 一方、ガミオは突き刺さったロッドをあっさり引き抜き……握り潰していた。ぐしゃりと音をたて、粉々に破壊される。武器はいくらでも創れるといえど、その行為は敵に大いなるプレッシャーを与えるものだった。

 

「最早、どんな抵抗も無意味だ」

「ッ、ふざ、けるな……!」

 

 その返答に、再びガミオは溜息をついた。それは深い愁いすら、帯びたもので。

 

「……まだ、苦しみたいか」

 

 そして再び、黒い雷が落ちた。無数に降りそそいだそれらは爆炎を巻き起こし、ふたりの異形の身体を呑み込み喰らう。

 その光景を歓喜するでもなく見つめていたガミオだったが、ほどなくして炎の中から浮かぶシルエットを認めた。

 それは、赤の金――ライジングマイティフォームへと姿を変えたクウガだった。炎に染め抜かれたような真紅の鎧と瞳に、雷を表す黄金。それらすべてを、さらに大量の雷が覆い尽くす。

 

 そして、新たにその身を彩る漆黒。ゴ・ガドル・バを単身で打ち砕いたアメイジングマイティフォーム――切り札たる姿となって、ガミオへと迫る。"雷"を意味する古代文字が描かれた拳を握りしめ、突き出す――!

 

 刹那、

 

「ウォオオオ……!」

「――!」

 

 王を庇うようにふらふらと飛び出してきたのは、メ・ガドラ・ダに似たグロンギ。――人間、それも幼い子供だった、あの。

 

 その事実に思い至った瞬間、クウガの拳は止まっていた。グロンギの眼前、数センチというところで、ぶるぶると震えている。

 

「……ッ、」

「どうした、なぜ止める?」

 

「"それ"はとうに息絶えたリントだぞ」と、他人事のように言い放つガミオ。殴れないのは、このグロンギが自分たちを欺こうとしているかもしれないから。

 

 いや、違う。

 

 このグロンギの王が真実しか語っていないことは、頭のどこかで理解していた。攻撃を止めてしまったことに、なんら理屈もポリシーもあるものではなかった。

 それを察知したのか、ガミオは力なく首を振った。どうしてか、その所作には失望めいたものが垣間見えた。

 

「……やはり貴様らには、究極の闇を止める資格はないようだ」

 

 直後――ガドラの背後から、ズ・メビオ・ダが飛び出してきた。

 

「ガァアアアッ!!」

「!、ぐッ!?」

 

 鋭い爪の一撃が炸裂する。反応が遅れてまともに喰らってしまったものの、強化に強化を重ねた鎧は傷つかない。むしろ攻撃したメビオのほうが、自らの爪を傷つける結果となった。

 

「グァ……アァァァ……!」

 

 その痛々しいうめき声――それがまぎれもない"人間だったもの"の発する声なのだと思うと、それだけで胸がずきりと痛む。

 と、

 

「消えうせよ――クウガ」

「!!」

 

 突如として宙に浮かび上がったガミオが、己の肉体から発する闇の波動を掌に集めていく。凝縮したそれを弾丸のようにして――撃ち出した。

 

「が――」

 

 我に返って回避せんとしたときにはもう、弾丸が鎧にめり込んでいたのだ。気づけば彼は、そのまま後方へ弾き飛ばされていた。勢いは衰えることなく……背後に現れた氷山によって、ようやく静止することができた。

 

「ッ、痛……!」

「緑谷、大丈夫か!?」

 

 氷山をつくり出した張本人である、アギトが駆け寄ってくる。その気遣いに――鎧から白煙を発しながらも――うなずきつつ、

 

「大丈夫、だけど………」

 

 再び敵陣を見遣る。ン・ガミオ・ゼダと名乗ったグロンギの王に、仕える騎士のごとく両脇を固めるガドラ、メビオに似たグロンギ。彼ら以外にも、焦凍が"半冷"の個性で身動きを封じたグロンギたちも大量に残っている。

 そのほとんど……否、ガミオ以外すべてのグロンギに対して、自分は拳を振るえない。

 

(あいつを倒せれば……でも……)

 

 頭脳をフル回転させて考えるが、答は出ない。ガミオの発言が事実なら、倒したところでそれ以上の被害を食い止められるというだけ。――死んだ人間は戻ってこない。だったら結局、誰かがとどめを刺さなければならない。でも、理屈でなくそれを躊躇う自分がいて……。

 

「……緑谷、」

 

 友人の葛藤は、焦凍にも痛いほどよくわかる。ただ、理解はしても実際の精神状態は彼とはまた異なる。もし彼が戦えないというなら、自分が――

 

 しかし次の瞬間、ガミオの様子が変わった。突然口元を手で押さえたかと思うと、激しく咳き込みはじめたのだ。すぐに収まりはしたものの、これまでのグロンギにはみられない行動だった。

 

「……ジャザシ、ボンバロボバ」

 

 どこか諦念の混じった口調でそうつぶやくと、ガミオは改めてふたりの仮面ライダーに向き直る。

 本格的な攻撃を警戒するふたりだったが、彼が放ったことばは予想だにしないものだった。

 

「ジャラジが動いている」

「!」

「貴様らの友人が、危機に瀕しているようだ」

「なに……!?」

「どういう意味だ、それは!?」

 

 言うだけ言って、ガミオは質問に答えようとはしない。それどころか、その身からあの黒い霧を噴出しはじめた。

 

「!?」

「ッ、緑谷、離れろ!」

 

 巻かれてしまったら、自分たちといえどもどうなるかわからない。ゆえに距離をとろうとするのは当然だった。

 しかし今回のそれは、グロンギの数を増やすことを意図するものではなかった。その証拠に色濃い霧は当人や周囲のグロンギを覆い隠すのみにとどまり……彼らを、消し去ったのだ。

 

「消えた……!?」

「……逃げたんだろう。ッ、なんなんだ、あいつ……」

 

 禍々しい能力に、尋常でない風格。裏腹に、言動から悪辣さや残虐性は感じとれない。方向性はまったく異なるが、引退間近のオールマイトのような雰囲気を焦凍は感じていた。いつかの自分自身を、懸命に演じているような――

 

 一方で出久は、奴が最後に残したことばが気にかかっているらしかった。

 

「あいつの言ってたこと……どういう意味だと思う?」

「……前に死柄木が、42号のことを"ジャラジ"って呼んでた覚えがある。もし42号がまたなんかしてるっつーなら……」

「僕らの友人……――!」

 

 そこで、ようやく思い至った。――戦闘開始からそれなりの時間が経過したにもかかわらず、とうに出撃したはずの心操人使が現れる気配がない。

 

「まさか……!」

 

 すぐさまビートチェイサーに駆け寄る――と、まるで図ったかのように無線が鳴った。即座に受ける。

 

『本部、塚内だ。緑谷くん聞こえるか?』

「はいっ!ちょうどいま連絡しようと思ってたところなんです、心操くんのことで……」

『……そうか。こちらもその件で連絡した』

 

 どくり。心臓が嫌な音を立てるのが、自分でもわかった。

 

『……警視庁を発ったGトレーラーが第3号と思われる怪物に襲撃を受けた。心操くん……G3が、現在単独で交戦中だ』

「……!」

 

 

――G3を装着した心操人使はいま、G2ごと強化改造されたズ・ゴオマ・グを相手に孤独な戦いを強いられていた。

 

「グォアァァァァッ!!」

「ッ、く……!」

 

 翼を持ち、高速で空を飛び回ったかと思えば急降下して爪を振りかざしてくる。それを懸命に避けつつ、スコーピオンのトリガーを引き続ける。だが半分はかわされてしまい、もう半分は命中するもG2の堅固な装甲に弾かれてダメージが通らない。

 突破口があるとしたら他の武器――しかしどれも隙が大きく、完全に釘付けにしたうえでなければリスクが大きすぎる。心操は必死に頭を働かせた。どうすれば……どうすればこの戦いを生きて切り抜けることができる?

 

 

 *

 

 

 

 自ら"つくり出した"グロンギたちを率いて退却したガミオは、洞穴の暗がりに身を潜めていた。

 

「ウ……ゴホッ、ゴホッ!……カハッ!」

 

 敵前ではこらえていた咳が、より激しい形で繰り返される。口元を押さえた手の隙間から数滴、ルビーのような液体がこぼれ落ちた。

 

(やはりか……)

 

 その場に片膝をつき――人間の姿に戻る。グロンギといえど、やはり老いに抗うことはできない。屈強な肉体も、内側から蝕まれ、やがては朽ちていく。

 力――腕力に限らず、獲物を狩るための能力全般――を尊ぶ彼らグロンギ。ゆえにゲゲルのプレイヤーであることを許された者たちは皆、若く血気盛んな者たちだった。

 彼らの頂点に立つ王が自分のような老人とは、笑い話にもならない。

 

 自分がそんな矛盾を孕んだ存在と化してしまった理由は、ただひとつ。

 

(ダグバ……)

 

 真なるグロンギの王――ガミオの、たったひとりの息子。

 

 ガミオは静かに目を閉じた。再び、過去の記憶が甦ってくる。

 

 

 グロンギという種族が、力を尊びながらもただの人間であった頃。まだ若かったガミオは族長として、名実ともに彼らを統率していた。周囲の反対を押しきり、友人であるザジオを右腕として。

 いまにして思えば、それはぬるま湯のような日々だった。わずかな不安や違和感など溶かし呑み込んでしまうような、血生臭くとも穏やかな時が続いていた。あのまま友とともに何事もなく年老い、死んでいけたのなら、どんなにか幸福だったろう。

 

 しかし、運命の日が訪れた。――彼らの集落のはずれに、隕石が墜ちてきたのだ。

 不幸なことに、そこは子供たちの遊び場でもあった。

 

『ダグバ……!』

 

 大地を抉ったような巨大なクレーターの前に立ち尽くし、呆然と我が子の名を呼ぶ青年のガミオ。周辺に子供たちの姿はなく、もうもうと立ち込める土煙の底で物言わぬ骸となっていることは否が応なく確信せざるをえない。

 

 半身を喪った肉体が悲嘆の慟哭をあげようとしたとき、不意に土煙が晴れた。

 

『――!』

 

 そして彼は、見た。砕けた隕石と原型をとどめぬ死屍累々の中心に、ひとりの少年が立っているのを。

 

『ダグバ……なのか……?』

 

 それは確かに、最愛の我が子の姿だった。服があちこち破け、露になった素肌は血にまみれている。他の子供たちと同じく隕石の餌食になったとおぼしき姿。にもかかわらず、彼は生きていた。――そしてその幼い顔立ちに、天使のような笑みを貼りつけて、父を見上げている。

 息子の生存を喜ぶ気持ちはあった。ただそれ以上に、何か取り返しのつかないことが起きたあとのような喪失感があった。

 

――そう。すべてはこの瞬間に終わり、始まった。

 

 最愛の息子(ダグバ)が魔石に魅入られ、異形の怪物となった、この瞬間に――

 

 

 




キャラクター紹介・リント編 バギンググシギドドググ

死柄木 弔/Tomura Shigaraki

個性:崩壊
年齢:25歳
身長:175cm
個性詳細:
5本の指で触れたものを粉々に崩すという恐ろしい能力だ!しかも本人の意志に関係なく発動するというオマケ付き!彼が人間に触れればどうなるか……その先は言うまでもあるまい。
備考:
かつて社会を震撼させた犯罪者集団、"敵連合"のリーダー格だった青年。真の首魁であるAFOからは後継者と目されていた。その正体は"志村転弧"、オールマイトこと八木俊典の先代OFA保持者、志村菜奈の孫である。
敵連合の崩壊に際してなんらかの理由から記憶喪失・幼児退行を起こしており、警察病院の奥深くで"幸せに"暮らしていた。訪ねてきた宿敵、轟焦凍を認識できないどころか、かつてあれほど憎悪していたオールマイトのビデオを見て喜ぶほど人格が壊れてしまっていた。
しかし彼と向き合おうと決意した焦凍が訪ったその日に、ラ・バルバ・デによって拉致され、身体に魔石ゲブロンを埋め込まれてグロンギと化した。その後の彼は、グロンギたちから"ダグバ"と呼ばれるようになる。ン・ガミオ・ゼダの息子である"ダグバ"との関係は不明。

作者所感:
なんかもうネタバレ云々言わずともラスボス丸出しですが、当初は出す予定じゃなかったという後付け兄さん。やっぱりヒロアカである以上は出さなきゃと思ったのと、個人的にどうしてか"白"のイメージがあったので、第0号はガミオにしてこちらをダグバにしようかと。ミラージュアギトとして第三勢力にする案も考えてました。
デクのヴィラン堕ちと対照的に、何かが違っていればヒーロー側にいたんだろうなと思うと……。

ダグバになってからの解説は(リントじゃなくなってるので)最終話に持ち越す予定です。


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EPISODE 48. HEROES 2/4

ちょっと現実で行き詰っててこっちもあまり進んでません。
まあ終盤あるあるでもあるんですけども。


 

 関東医大病院の廊下を、一台のストレッチャーが滑走していた。周囲を複数の看護師と、1名の女性刑事──鷹野藍警部補が囲んでいる。

 

「爆豪くん……!」

 

 そこに横たわる、青年の名を呼ぶ。ン・ガミオ・ゼダの発した黒煙をわずかながら吸ってしまったがために、彼──爆豪勝己は脂汗を浮かべ、苦しんでいる。

 鷹野が祈るような気持ちでその手を握っていると、白衣の男性が駆け寄ってきた。

 

「椿先生──っ」

「こいつの状態については聞いてます。くそっ、爆豪、死ぬんじゃねえぞ……!」

 

「おまえがいなくなっちまったら、緑谷はどうなる……!」

 

 かの幼なじみの青年。その名を聞いた勝己の手に、わずかばかり力がこもる。

 彼の肉体は、背負ったもののために生きねばと足掻いている。その強靭な意志が究極の闇にさえ打ち勝ってくれると、いまは信じるほかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 牙が、爪が、襲いかかる。

 

 この怪物──ズ・ゴオマ・グの猛攻を懸命にいなしながら、G3を装着した心操人使は反攻の機会をうかがっていた。敵が飛べばスコーピオンの弾丸を撃ち込み、急降下して襲ってくれば果敢に格闘を挑む。

 約半年前までいち学生でしかなかったとは思えない奮戦ぶりだが、それでもなおゴオマに対してはまったく歯が立たない。

 

(くそっ、せめてこいつからG2を剥がせれば……!)

 

 発目明の発明したものには前々から唸らされてきたが、いまこの瞬間ほど骨身に滲みたことはない。安定性と引き換えにクウガ・マイティフォームに限りなく近い性能を実現したG2は、グロンギと融合することによって凄まじい脅威となり果てている。恨み言のひとつも言いたかったが、対抗すべく自分の振るう武器も彼女の発明品なのだ。

 余分な思考を収めて戦っていると、それに水を差すがごとく陰湿な声が響いた。

 

「頑張るね……早くやられちゃえば、楽になれるのに」

「ッ、てめぇ……!」

 

 安全圏で人間体のまま、フィクサー気取りで喋っているゴ・ジャラジ・ダ。とことん腹立たしい奴だと心操は思ったが、それでもここまで生き残っているだけの戦闘力はあると実際に交戦した友人から聞いているし……何より実際に襲いくるゴオマに四苦八苦している状況では、ぶつかる敵を増やすような行動ができるわけもない。

 一方でジャラジも、いつまでものんびりと見物に浸っているつもりはなかった。

 

「……そろそろ、邪魔が入る頃かな。ヒヒッ」

 

 椅子代わりにしていたガードレールから立ち上がり……その身が、怪人体のそれに変貌する。

 漆黒の細身に鋭く天に刺さる白銀の毛髪を光らせながら、戦場を離れるジャラジ。──サイレンの音が迫る方向へ、跳躍する。

 

 一方で、

 

『GA-04 アンタレス、アクティブ!──お時間かかってすみません!』

「いや……助かる」

 

 攻撃を受けてしまったGトレーラーのサポートが、ようやく完全なものとなりつつある。それでも状況が好転したわけではない。自分自身で切り開くしかないのだと心して、心操はワイヤーを放った。あのイレイザーヘッドからも手ほどきを受けたのだ、拘束術には長けているという自負がある。

 その意識に違わず、アンタレスのワイヤーはゴオマの片翼を捕らえることに成功した。力いっぱい下に引っ張れば、重力に従って地上に墜落する。轟音が響き渡り、コンクリート片が砕け散った。

 

「っし、──発目!」

『了解ですっ!GGX-05、アクティブ!』

 

 敵の動きが鈍っているいまを好機と確信して、彼はニーズへグを構えた。土煙の中に蠢く影めがけて、トリガーを引く。

 拳ほどの大きさもあるミサイルランチャーが吸い込まれていき──爆発を起こした。

 

(当たった……!)

 

 どっと疲労が押し寄せてくる。自分の肉体もそうだが、G3の残存エネルギーも半分を切っていた。

 が、まだ決着がついたかは定かではない。それが確認できるまで、戦いが終わったとは言い切れないのだ。

 ニーズへグを分解してスコーピオンに戻し、さらに右手に"GS-03 デストロイヤー"を携え、粉塵の中へ歩を進めていく。

 

──そこに、ゴオマの姿はなかった。

 

「……!」

「グォアァァァァ!!」

 

 振り返ったとき──いつの間にか背後に回っていた怪物が、爪を振り下ろしていた。

 

「!?、ぐぁあっ!」

 

 直撃は避けても、かわしきれない。装甲から激しい火花が散り、G3はそのまま弾き飛ばされた。

 

「が、ぐ……ッ」

 

 痛みにうめく心操の耳に、装甲の破損と出力低下を知らせる発目の声が響く。言われるまでもなく、肌で感じていることだったが。

 ただ、間違いなくゴオマもダメージを受けていた。G2の装甲が破壊されているばかりか、幾度となく吐血を繰り返している。それでも足を引きずりながら迫ってくる頑丈さは、強化改造されているためか。

 

(なら、あと一撃で……!)

 

 もうまともには動けない。ならばとその場に片膝をつき、デストロイヤーを構えた。敵が喰らいついてくるその一瞬、刺し違えてでも。

 

「おまえは、ここで倒す……!」

「ガァ──」

 

「グガアアアアアアッ!!」

 

 鮮血を撒き散らしながら、ついに飛びかかってくるゴオマ。その瞬間、G3もまた立ち上がり──

 

──デストロイヤーを、振り下ろした。

 

 

 同じ頃、心操の救援のため駆けつけようとしていた捜査本部の面々は、ゴ・ジャラジ・ダによる妨害を受けていた。

 彼の放つ針、また瞬間移動めいたスピードからの掌打を喰らい、大勢の捜査員が気絶に追い込まれている。

 殺さないのは、彼らの命は真なる究極の闇の餌食になるべきものと考えているから。ただそれだけだ。その瞬間のことを思うと、戦闘中にもかかわらず甘い陶酔に浸りそうになる。それでも付け入る隙を与えるようなへまはしないが。

 

「あと……ひとり」

「……!」

 

 最後まで残った捜査員が拳銃のトリガーを引こうとするが、ジャラジからすればあまりに緩慢に映った。

 結局、彼もまた鳩尾に一撃叩き込まれ……発砲する間もなく昏倒したのだった。

 

「終わり……いや、」

 

 元々いた敵を全滅させたことは間違いないが、間髪入れずに増援が現れたことをジャラジは認識した。迫る2台のバイク。操るのは──自分と同じ、異形の戦士たち。

 

「ッ、42号……!」

「今度はキミたちか……しばらくぶり」

「……邪魔だ、そこをどけ」

 

 アギト──轟焦凍が唸るような声で威嚇するが、ジャラジはまったく動じる様子を見せない。彼らとぶつかることも予見しえたことだったのだ。

 

「どかない。……ボクらの邪魔、しないでよっ!」

 

 距離を保ったまま、ジャラジはすかさずダーツを投げつけて仕掛けた。既に身構えていたふたりのライダーは咄嗟に回避行動をとったが、そのために一瞬注意が逸れる。

 そして、ジャラジは姿を消していた。

 

「!?、どこに──」

「……ここ」

「!」

 

 振り向いた彼らが目撃したのは、ビートチェイサーに背を預けたかの少年グロンギ。その姿は、主である出久の頭に血を上らせるに十分だった。

 

「この野郎ッ、それに触るな!!」

 

 勢いよく跳躍し、殴りかかる。腹立たしいことにビートチェイサーを蹴倒して防波堤とすると、ジャラジはまたもダーツを飛ばしてくる。その殺傷能力を知っているクウガは、回避に専念するほかなかった。

 

「近づかせない気か……!」

「わかる……?」ヒヒ、と笑い、「ガドル殺した黒の金と、殴り合いなんてしたくないもの」

「だったら──俺がぶん殴ってやるッ!!」

 

 ワン・フォー・オールを発動し、ジャラジと互角以上のスピードを発揮するアギト。投げつけられるダーツをことごとくかわしていく。あきらめの早いジャラジは、すぐに逃げの一手に移行した。それでもアギトは追いついてくる。

 

「ッ、……しつこい」

「テメェにだけは、言われたくねぇなッ!!」

 

 その"左"に灼熱が宿り……燃えあがった。

 

「KILAUEA SMAAAASH!!」

「グゥッ!?」

 

 咄嗟に身を捩って避けようとするジャラジ。確かに直撃はしなかったが、吹っ飛ばされるほどの衝撃を受けたのは間違いなかった。

 

「……い、たい。流石、アギト……」

 

 既に勝利を得るつもりで構えている、クウガとアギト。ジャラジはそれを腹立たしいとも思わず、当然のこととして認識していた。ゴ・ガドル・バを倒したアメイジングマイティと、進化を続けるアギト。いまのこのふたりを相手に完封できるとするならやはり、"究極の闇"しかないだろう。

 

(さあ……どうしようかな)

 

 普段ならさっさと逃げ出しているところだが、今回はまだ足止めを続ける必要があった。そのためには──

 

 彼にとっては幸運なことに、傍に昏倒している警官の姿があった。躊躇なく彼の襟首を引っ掴み、立ち上がる。その行動の意味を、ふたりは即座に理解せざるをえなかった。

 

「これ以上、動かないでよ。……刺しちゃうよ?」

「ッ、テメェまた……!」

 

 警官のこめかみにダーツを突きつけるジャラジを目の当たりにして、焦凍の脳裏に憤懣やるかたなき記憶が甦る。こいつをリーダーとする一団が科警研を襲撃した際……こいつは、八百万百に対して同じことをした。

 彼らを挑発するように、ジャラジは滑らかにことばを紡ぐ。

 

「この人の脳味噌、ダーツ(これ)でグチャグチャにかき混ぜたら……面白い反応すると思わない?」

「……ッ!」

 

 ふたり、とりわけクウガの拳に力がこもり……震えだす。そのさまを見て、再びジャラジは嘲った。黒の金──色こそは"凄まじき戦士"に寄っているが、姿かたちはまだ程遠い。この正義ぶった怪物が究極の闇と化すのも、それはそれで面白いと思った。

 

「ヒーローは大変だね……守るものが多くて……ヒヒッ」

 

 ジャラジの恍惚と、出久たちの憤怒が臨界に達しようとしたときだった。

 

──耳をつんざくような轟音が、突如として響き渡ったのだ。

 

「!?」

 

 予想だにしない出来事に、思わず身構えるクウガとアギト。

 それはジャラジも同じだったが……彼の場合、音に驚かされるばかりでは済まなかった。

 

「え……?」

 

 焼けるような痛みが背中から走り抜ける。同時に、濡れた感触。

 

──背中から、鮮血が噴き出していた。

 

「バビ、ボセ──」

 

 戸惑うジャラジの背後から、大柄な影が高速で迫る。それに気づいた彼が振り向いたときにはもう、全体重をかけた回し蹴りが炸裂していた。

 

「グアァッ!?」

 

 吹っ飛ばされるジャラジ。解放された警官の身体を受け止めたのは……フルアーマーにその身を覆ったヒーローだった。

 

「──すまない、遅くなった!!」

「い、」

 

「飯田くん……!」

 

 飯田天哉──ふたりの戦友であるターボヒーロー・インゲニウム。

 彼が来たということは、ジャラジの背に風穴を開けた攻撃の主は──

 

「ちっ、アタマ吹っ飛ばしてやろうと思ったのによう!鷹野さんみてーにはいかないか……」

 

 ビルの屋上にて。狙撃用ライフルのスコープを覗き、舌打ちする森塚駿。彼が放った神経断裂弾が、ジャラジの肉体を侵していたのだ。

 

「う、ウグゥゥッ、ガハッ!?」

 

 体内で起きる連鎖爆発に耐えかね、吐血するジャラジ。その姿を目の当たりにして、多少なりとも哀れみを覚えないといえば嘘になる。

 しかし彼のしてきたことを思えば、そんなものは容易く義憤に塗りつぶされるのだ。

 

「貴様の企みもここまでだッ、42号!!」

 

 勇ましく叫ぶ飯田。それ以上に発せられるべきことばはなく、ふたりの仮面ライダーはただ必殺の構えをとる。この敵を討つことが、死柄木弔……志村転弧を人間に戻す、その大きな一歩になると信じて。

 

 しかしジャラジは、彼らの考えている以上にしぶとかった。

 

「ハァ……──ッ!」

 

 握ったままのダーツをその場に叩きつけ、白煙を巻き起こす。そうしてクウガたちの目を眩ませて、ジャラジは逃走を図った。

 

「!、また逃げるのか!?」

「往生際の悪い奴、今度は逃がさねえ」

 

 すぐさまあとを追おうとする3人。ちょうどそのとき、飯田のインカムに森塚から通信が入った。

 

『42号は僕が追う、きみたちは心操くんの救援を』

「!、しかし……おひとりで大丈夫ですか?」

『どーせ奴は死にかけだし、こっちには神経断裂弾がある。それでもヤバけりゃ個性で逃げるさ』

 

 そう言いながらも突っ走りがちなヒーロー組と異なり、彼の場合そのことばに嘘はないだろう。心操の救援という本来の目的のため、森塚のことばに従うことにして彼らは走り出した。

 

 

──その果てに見たものは、

 

「あ……」

「……!」

 

 身体を袈裟懸けに切断されたズ・ゴオマ・グの姿と、血塗れで立ち尽くすG3。

 それが勝利でなく相討ちの光景であったことは、程なく後者が倒れ伏したことで理解せざるをえなかった。

 

「ッ、心操くん!?」

 

 焦燥に駆られるままに詰め寄る3人。ヘルメットが半壊し、喉もとから酷く出血していることがわかる。──ゴオマの鋭い牙は断末魔代わりに、心操の首を餌食にしたのだ。

 

「心操くんッ!!」

 

 友人の無惨な姿に、悲鳴のような声をあげる出久。彼に比べればまだほんのわずかに冷静さを保っていた焦凍と飯田は、意識のない心操にかすかながら呼吸はあることに気づいた。心操は、生きている。

 

 ──生きているのは、彼だけではなかった。

 

「ウ、ガァアアアアッ!!」

「!?」

 

 胴体のちぎれたゴオマが、咆哮とともに飛びかかってくる。──強化改造された彼の肉体は、脳と心臓が生きている限り生命活動を停止しない。むしろ生命の危機によってリミッターが外れ、彼はもはや完全なる魔獣と化していた。激しい闘争本能に支配された、彼の思考。

 

──ゴセグ(俺が)……ガギキョグザ(最強だ)……!

 

 ただそれだけのシンプルな矜持。ゆえに、彼の執念は尋常なものではない。命ある限り、それこそ原型をとどめぬ肉塊になったとて止まらない殺戮マシーンであり続けるだろう。

 

「……哀れだな」

 

 焦凍の吐き出したことばは、そんな彼を真っ向から否定するものだった。

 同時に、彼は振り向きざまに全力を込めた回し蹴りを放っていた。その一撃はゴオマの頭部を貫き……打ち砕く。

 

 刹那、注ぎ込まれた膨大なエネルギーによって、彼の全身は粉々に爆散していた。飛び散る肉片を、"左"の力で燃やし尽くす。──G2もろとも。

 

「……悪ぃ、飯田」

「いや……これでいいんだ、きっと」

 

 またひとり、グロンギが死んだ。いまここで深く傷ついた、戦友と引き換えに。

 いつの間にか、玉川三茶と発目明もやって来ていた。救急車のサイレン音が聴こえてくるその瞬間まで、彼ら全員、ただただ無力な存在でしかないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ついにゴオマが斃れた一方で、虫の息のゴ・ジャラジ・ダは往生際悪く逃げおおせようとしていた。もはや怪人体を保つこともできず、少年の姿をした人間体の状態で、ビルの谷間に隠れ潜む。

 

「……ヂグド、ラサバギ」

 

 体内には焼けつくような激痛が渦を巻き、吐血も断続的に続いている。グロンギの並外れた回復力が、破壊に追いつかない──それ即ち"死"につながるのだと、彼は理解していた。

 だが、まだだ。助かる方法はある。死柄木弔を媒介に結んだ、死の科学者たち。人体改造の裏返しに、彼らは生物をどんな姿かたちになろうとも生かし続ける技術をもっていた。たとえ内臓が損壊していようと、完全な死を迎えてさえいなければ延命することができる。

 

「……ひ、ヒッ」

 

 光明を見出だしたジャラジの行動は素早かった。身を捻じ切るような苦痛を押して立ち上がり、壁に手をついて歩き出す。己が大願の成就まで、あと少し。

 

「ハイ、そこまで~」

「!」

 

 そんな彼の行く手を阻んだのは、一台のバイクだった。派手なイエローの車体に、SD調のコミカルな瞳がカウルに輝いている。

 "彼"がバイクの姿を見せたのは一瞬のこと。全身が光に包まれ、小柄な人影が形作られる。ジャラジと同じくらいの背丈に、輪をかけた童顔。しかし服装や手にした拳銃から、彼がいわゆる刑事であることはすぐにわかった。その銃口がこちらに向けられている以上、ジャラジのとりうる手段は限られていて。

 

 忌々しさを内心に押し込めて、彼は両手を上げて無抵抗の意志を示した。

 

「……降参、するよ。どうせもう……すぐに死ぬ」

 

 放っておいても自分はこのまま死ぬ──だから撃っても無駄だと訴えかけたつもりだったが、目の前の童顔刑事はまったく意に介することなく撃鉄を起こす。ならばと、ジャラジは戦法を変えることにした。

 

「……撃つ気?──人間を?」

「………」

「たすけてよ……お願いだよ」

 

 弱々しい少年を装い、懇願する。魔石を体内に埋め込むことで変身能力を得たというだけの、ただの人間──グロンギとは所詮そんなものだ。生まれながらに"個性"なる特殊能力をもって生まれてくる現代のリントと一体何が違うというのか。

 人が人を殺してはならない──リントを縛るつまらないルールを、この子供のような男に破る度胸があるか。そんなものあるはずがないと、ジャラジは心のうちで嘲っていた。

 

 ジャラジは知らなかった。この男──森塚駿は既に、ラ・ドルド・グを射殺しているということを。

 

「──すべてはシュタインズ某の選択のままに。エル・プサイ・コングルゥね」

「……は?何、言──」

 

──最後まで言い切るのを待たず、響いたのは銃声だった。

 

 今度こそジャラジの額に風穴が開いていた。棒立ちになったまま、彼の意識は途絶えていた……永遠に。

 やがて司令塔を失った肉塊が木偶人形のように倒れ伏す。それを見届けて、森塚は小さくため息をついた。彼の心には後悔が宿っていた──ジャラジを撃ったことではなく、愛好するアニメの台詞を餞にしてしまったことについて。

 

「……やっぱ仕事で使うもんじゃないや」

 

 

 その瞬間、アジトでジャラジの帰りを待っていたダグバこと死柄木弔の胸に、抑えがたい喪失感が広がっていた。

 

「ジャラジ……?」

 

 

 ジャラジはもう、帰らない。確信めいた予感を得た彼は、やおら立ち上がった。そしてふらりと、幽鬼のように消えていく。

 

 彼を止める者はもう、ここにはいなかった。

 

 



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EPISODE 48. HEROES 3/4

 

 再び、静かな夜が訪れた。

 

 しかしそれがかりそめのものでしかないことは、絶えず響く救急車のサイレンの音、合わせて運び込まれてくる傷ついた人々の姿を見れば明らかなことだった。

 

──緑谷出久と轟焦凍は、関東医大病院にいた。連戦で疲労してこそいるが、彼ら自身は傷ついてはいない。

 彼らの友人ふたりが、死の淵に瀕している。

 

「…………」

「……緑谷、」

 

 沈黙のままに立ち尽くす出久。そんな彼を気遣おうとする焦凍だったが……名を呼んだきり、ことばが出てこない。口をつぐみ、俯くほかない。

 

 どれくらいそうしていたか、ほとんど彼らの主治医のようになっている椿医師が白衣を翻して現れた。その表情も彼らに負けじと厳しいもので。

 

「椿、先生……」

「よう。……大変だったな、お前らも」

「…………」

 

 気遣いに無言でかぶりを振る出久を後目に、焦凍が訊いた。

 

「先生、爆豪と心操の容態は……?」

「……ああ」

 

 訊かれるまでもなく、椿はそれを伝えにここに来た。……ただ、訊かれないうちにこちらから告げるには覚悟の要ることでもあった。

 

「心操は現在オペの最中だ、腕のいい執刀医だから命は助かるだろう。ただ、」

「……ただ?」

 

 一瞬の逡巡のあと、

 

「……声帯にまで、傷が達している」

 

 

「あいつはもう二度と、声を出せないかもしれない」

「……!」

 

 ふたり……とりわけ出久は、奈落の底に叩き落とされたような気持ちになった。心操ははにかみ屋で、元々それほど口数も多くはない。けれどもあの低く落ち着いた声と語り口は、出久にとって好ましいものだったのだ。つい数時間前にかわした会話が、ひとりでに思い起こされる。

 

 ふたりの気持ちを慮りつつも、椿は半ば強引に話を進めることを選んだ。

 

「それで、爆豪は……」

「……わかってます」出久が遮った。「あのガスのことは、どうにもならない……ですよね」

「緑谷……」

 

 人間をグロンギへと変える死のガス──それに対する特効薬など、現状存在するわけもない。いかなる医療機関であろうと、できるのは対処療法だけだ。その現実を、彼もまた悟っている。

 しかし顔を上げた出久の翠眼は、わずかに濡れてはいても、虚無に堕ちてはいなかった。

 

「椿先生、お願いがあります」

「なんだ?」

「僕たちを、かっちゃんのところに連れていってもらえませんか」

 

 乞うと同時に、ちらと目配せする出久。それを受けた焦凍もまた、躊躇うことなくうなずいた。──すべてを受け入れたわけではないけれど、それでも彼らは前へ進もうとしている。

 

「──わかった」

 

 ふたりの想いを、椿は汲み取ってくれた。

 

 

 *

 

 

 

 じめりとした狭い路地裏。深夜にはそれこそヴィランないしその予備軍が潜むようなこの場所が、ただいまは大勢の警察関係者で埋め尽くされていた。

 その中心に座するのは、わずかに盛り上がったブルーシート。その隙間からはみ出た白い手は、まだ少年のものだった。

 かの少年をその手で殺めた刑事もまた、ここに留まっていた。鑑識作業が進んでいく様子を、どこか茫洋とした表情で眺めている。

 

 年端もいかない少年を手にかけたなど、本来なら警察官失格どころかまごうことなき殺人犯である。しかしここにいる小柄な刑事を糾弾する者は誰もいない、なぜか。

 

──ここで死体となって転がっている少年は、人間の姿かたちをしていようとも、社会的には人間とみなされていないからだ。グロンギ……未確認生命体。"第42号"とナンバリングされた、邪悪な怪物でしかない。

 

「……ふー」

 

 ため息をつく下手人・森塚駿はふと、煙草でも吸いたい気分になっていた。生まれてこのかた喫煙などしたことはないのに、ふと湧いてきた欲求。当然こんなことは初めてだった。以前、第47号──ラ・ドルド・グを射殺したときと何が違うかといえば、あのときは鷹野警部補も一緒だったこと。そして、人間の姿をしたものを殺めるのは初めてだったということか。

 "二人目"ともなると、流石に思うところはある。この戦いが終わったらばICPOに派遣されて、世界的な大怪盗と追いかけっこに興じたいものだと半ば真剣に思ってしまう。ソフト帽を脱いで坊っちゃん狩りの頭を掻きながら、森塚は醒めた笑みを浮かべた。

 

「森塚刑事!!」

「!」

 

 いきなりぴしりとした大声で叫ばれて、森塚は思わず肩を強張らせた。声の主が誰なのかすぐにわかって、はあぁ、と身体の力を抜いたが。

 

「……びっくりさせんといてよ、インゲニウム」

「失礼いたしました森塚刑事!!」

 

 駆け寄ってきたインゲニウムこと飯田天哉。その屈強な体格も相俟って威圧感が凄まじいが、不変のそれにかえって安心感を覚える。

 と、わずかに遅れて鷹野も現れた。ふたりが同じ場所にいたことを思えば、連れ立ってやって来たということなのだろう。

 

「森塚、お疲れ様」

「どーも。……おふたりさん、病院のほうはよかったんです?」

「緑谷くんとショートに任せてきたわ」

「それ以上大人数に看られるのは、爆豪くんも心操くんも嫌がるかと」

「ハハッ、確かにねぇ。特に爆豪氏、"ンな暇あったら仕事しろや!!"ってキレそうだし」

 

 誰もが容易に想像できるその様子。いや再びそうやって威勢良く怒鳴る姿を見せてほしいものだと皆、心の底から思っている。こんなところで終わるには、彼の存在はあまりに鮮烈すぎた。

 

「──それにしても、まさかあなたひとりで42号を仕留めるとはね」

 

 鷹野の視線の先には、シートをかけられたまま担架に乗せられるゴ・ジャラジ・ダの骸があった。少年の姿をしていようともグロンギ、運ばれてそのまま荼毘に付されるわけもあるまい。

 森塚は小さく笑い、かぶりを振った。

 

「そりゃトドメ刺したのは僕ですけど、タイマン勝負で倒したわけじゃないですし。……"究極の闇"とやらに通用するかはまた、別問題ですしね」

「そうね……」

 

 いつ第0号が行動を再開するかわからない、厳しい状況下が続いていることにはなんら変わりなかった。──緑谷出久と轟焦凍、ふたりの仮面ライダーの心身に、重い負担がのしかかっていることも。

 

 

 一方、損傷したGトレーラーおよびGシステムは、科警研に送られて修理が行われていた。

 それをほとんど独りで引き受けているのは、発目明だった。科警研にはG3開発に携わった研究員らが常勤しており、大規模な修理は彼らが担当している。Gトレーラーを任されている発目の職域は管制と日常のメンテナンスであり、本来ここでこうしているべきではないのだ。

 

 当然、班長である玉川三茶も容認してはいなかった。

 

「発目くん、どういうつもりなんだ?G3は大破も同然の状態なんだぞ、それをひとりで修理しようだなんて……」

「ウフfF、なんてったってこの子は私のベイビーちゃんですからねぇ!放ってはおけませんし……それに今回の一件を考えるとついでに防御力を高めたほうがよいかと思いまして!」

「だからって、いまきみが無理をしてどうなる?……いずれにせよ、心操くんはしばらく戦場には出せない」

 

 発目の手が止まった。背中越しのその表情は見えないけれど、おそらく翳ったのだろうことは容易に想像できる。

 

「……わかってます。取り返しのつかない傷を、負ってしまわれたんですよね……」

「発目くん、……」

 

 そうそう表には出さないけれど、発目もまた責任を感じて苦しんでいる。「きみのせいじゃない」──そのような陳腐なことばは簡単に思い浮かぶけれど、真に彼女の心を晴らすことはできそうもない。ふと、かつて上司だった塚内の顔が浮かんだ。あの頃の彼も、自分と同じような懊悩を抱えていたのだろうか──いや、捜査本部の指揮官として奔走している現在のほうが余程重責がのしかかっているだろう。

 

 いずれにせよいま玉川にできるのは、心操の後遺症ができるだけ軽く、日常生活に支障のないものになるよう祈ることだけだった。

 

 

 *

 

 

 

 分厚い強化ガラスで外と区切られた、窓もない殺風景な部屋。その中心に置かれた白いベッドの上で、爆豪勝己は眠っている。被せられた酸素マスクと時々苦しげにゆがむ表情が、痛々しい。

 出久と焦凍は、ガラス越しにその姿を見守っていた。勝己が肉体的に傷ついた姿は何度も──とりわけ雄英時代をともにした焦凍は──目にしているが、今回は見た目にわかる怪我ではないだけに心細かった。何より、治療のしようもないのだ。

 

(爆豪……)

 

 半冷半燃にワン・フォー・オール、挙げ句に超人アギトの力を得ようとも、いまはただ見守ることしかできない。それが"個性"というものなのだと割り切ってはいても、無力感は沸き立ってくる。

 緑谷はずっとこんな気持ちだったのだろうかと、焦凍は思った。大切な人が苦しんでいても、何もしてやれない──そして、目を背けるしかない。

 

 でもいまは、違っていた。出久はまっすぐに、勝己を見守り続けている。ただその大きな瞳は、泣き出しそうな色を孕んでいたけれど。

 

「緑谷、……こんなこと言っていいかわかんねえけど、何か気分転換したほうがいいんじゃねえか。ありすぎるだろ……色々」

 

 勝己のこと、心操のこと。極めつけに、黒い霧の中から現れたグロンギたちの正体が、守るべき市民たちだったという真実。

 守るべき市民を、そうと気づかず数百体も殺してきたのだ。ガミオの言ったとおり彼らが既に死した者なのだとしても、出久の心に大きな楔が打ち込まれたことは想像に難くない。──彼は、拳を振るえなかった。

 

「そうだね……。正直に言えばさ、すごくつらいよ……いま」

 

 "つらい"とはっきり言ってくれたことに、焦凍はわずかばかり胸を撫でおろした。ヒーローは守るべき市民の前で弱音を吐いてはいけない、けれど戦友としてともにいる自分に対してまで、押し殺したような笑顔で「大丈夫」だなんて言ってほしくはなかった。

 

「でもね、僕……わからないんだ」

「わからない……何が?」

「その"色々"っていうのがさ……ごちゃごちゃになってるんだ。僕らが殺してきたグロンギがなんの罪もない人たちだったこととか、取り返しがつかなくて、すごくこわいことだと思う。……けど、こうしてかっちゃんや心操くんのそばにいると、ふたりがいなくなるかもしれないってこわさが混ざって、わけがわからなくなる。こんな気持ち、知らなかった……」

 

──知りたく、なかった。

 

 出久の吐露した思いを、どう受け止めてやればよいのか焦凍にはわからなかった。でも、受け止めてやりたいと思った。出久と、友人であり続けるために。

 

「当たり前だろ、そんなの。目の前で大切な奴が死にかけてんだぞ。それを切り離して考えるなんてこと、できるわけがない」

「グロンギにされた人たちにも、大切な人がいたかもしれない。それを、僕らは……」

「だとしても、やらねえわけにはいかない。そもそも0号の言ってたことが本当なら、あれは……死体だ」

「そんな──……ッ、」

 

 そこで唇を噛みしめるようにして口をつぐんだ出久だったが、焦凍には彼の押し込めた本心が自ずと察せられた。冷徹にすぎることばを吐いた自覚はある。優しい出久には到底受け入れがたいのもわかっている。

 けれど、

 

「……人殺しならもうとっくにしてる、俺も爆豪も。プロヒーローになる前からな」

「え……」

 

 目を見開いた出久が、こちらを仰ぎ見るのがわかった。"プロ"になる前──つまり、雄英高校に通っていた頃。

 

「──"脳無"、奴らはAFOに複数の個性を与えられて、薬物と手術で生物兵器に改造された人間だった。……敵連合と戦う中で、繰り出される奴らを何体も殺してきた。俺も爆豪も、親父たちヒーローも」

 

 あのグロンギたちがン・ガミオ・ゼダのガスを吸って息絶えた人間の遺体なら、脳無たちはまごうことなき生きた人間だった。それがわかっていても……手を下すしかなかった。これ以上、誰ひとりとして犠牲になどさせないために。

 

「だから俺は、どんな敵とだって戦う。もしも爆豪や……家族が、グロンギになっちまったとしても」

 

 焦凍の脳裏に、母の美しい面影が浮かんだ。彼女を守るためならどんなことでもするけれど、もしも彼女が人々に仇なす存在になってしまったなら話は別だ。この手で決着をつける。それがヒーロー・ショートとしての答だ。

 

「けど、何が大切かはそいつだけのもんだ。俺や爆豪と、おまえの答が違ったとしたってなんも悪くねえ。……どっちにしろ、0号をどうにかしなきゃなんも解決しねえしな」

「…………」

「いいんだ、緑谷。つらいことから目を背けんのが、いつでも悪いわけじゃねえ。そのぶんだけ、他に目配りできるってことでもある」

 

 ただ、選んだ道が悔いの残らないものであれば、それでいい。焦凍の決意は、奇しくもここで眠っている男と同じものだった。

 

「僕は……──」

 

──緑谷出久は、果たして何を選ぶか。それは未だ、彼自身にもわからない。

 

 

 *

 

 

 

 深い闇に包まれた洞穴の中で、ン・ガミオ・ゼダが目を覚ました。

 それと同時に、かの黒霧が周囲を覆いはじめる。

 

(さあ始めよう、我らグロンギ、"ザギバス・ゲゲル(最後のゲーム)を")

 

 響き渡る遠吠えは、始まりを告げるサイレン。──決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドギブグ

カブトムシ種怪人 ゴ・ガドル・バ/未確認生命体第46号

「ゴセパ、ザバギンバシグラ、"ゴ・ガドル・バ"ザ(俺は破壊のカリスマ、ゴ・ガドル・バだ)」

身長:209cm
体重:238kg(格闘体/俊敏体/射撃体)/252kg(剛力体/電撃体)
能力(武器):素手(格闘体)/ロッド(俊敏体)/ボウガン(射撃体)/剣(剛力体)
※その他極めて高い身体能力を誇る。

行動記録:
絶対的な強さをもつゴ集団のリーダー。着流しに武士のような言葉遣いと、古風な言動が特徴。常に冷静沈着かつ豪胆に振る舞い、ゴ集団の面々の"ゲリザギバス・ゲゲル"を見守ってきた。一方でラ・バルバ・デらが進める策謀や、ゲゲルから離れたゴ・ガリマ・バやゴ・ジャラジ・ダについて苛立ちを露にするなど、グロンギの本流を外れた事象に対しては苦々しく思っていた様子。
ゴ集団最後のプレイヤーとして、"強者たるリントの戦士"=プロヒーローを標的としたゲゲルに挑み、某事務所の所属ヒーローを短時間で全滅させた。直後に現れた爆心地こと爆豪勝己、さらにクウガ&アギト&G3を形態変化を駆使して圧倒し、3大仮面ライダーを全員戦闘不能に追い込む。ライジングマイティキック&ライダー・トライシュートの同時攻撃を受け止めきるほどの防御力と、クウガのライジングフォームに相当する電撃体の規格外の破壊力を見せつける恰好となった。
その後ラ・ドルド・グが爆豪によってバグンダダを破壊されてしまったことでゲゲルがリセットされ、その責めを負わせるべくドルド、次いで爆豪と協力関係を結んだガリマと、同格クラスのグロンギと矢継ぎ早に戦うことになるが、いずれとも互角以上の力を見せつけ、後者は自ら斬首して殺害した。
以上のように、これまでのグロンギと比較にならないほどの恐るべき強敵となったガドルであったが、再度電気ショックを受けたことで発現した黒の金のクウガ・アメイジングマイティフォームとのキックの激突においてついに敗北し、壮絶な討死を遂げた。

作者所感:
絶対的強者を意識しました。G3のニーズへグを跳ね返してアギトに当てたあたりは水のエルオマージュなんですが、3大ライダー完封は少しやりすぎた気もします。
武士っぽいキャラに設定したのは登場時にちょうどニコ動配信のギンガマンでブドー編だったから……しかしいざ出番となったときにはブドーどころかギンガマンが終わっていました。かなしい。
3大ライダー、かっちゃん、ドルド、ガリマと色んな奴と戦ってくれたのは流石と自分で思っておりまする。




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EPISODE 48. HEROES 4/4(前)


対ガミオ戦→エピローグまで入れたら明らかに文字数過多になりそうだったので分けました。ある意味ラスボス戦(Wでいえば対テラードーパント)扱いだしいいよね…?


 

 深い闇に包まれた洞穴の中で、ン・ガミオ・ゼダが目を覚ました。──それと同時に、かの黒霧が周囲を覆いはじめる。

 

(さあ始めよう、我らグロンギ、"ザギバス・ゲゲル(最後のゲーム)を")

 

 響き渡る遠吠えは、始まりを告げるサイレン。──決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 *

 

 

 

 街に再び、死を呼ぶ漆黒の霧があふれ出した。

 逃げきれなかった人々が呑み込まれ、苦しみながら死んでいく──そして、グロンギの姿をした怪物へと変身する。生前の記憶も理性ももたぬ彼らは見境なく生者に襲いかかり、さらに命を奪っていく。

 

 地獄への階段を転げ落ちていくようなその光景こそ、まさしく"究極の闇"だった。

 

 

『──本部から全車、大田区池上本門寺付近にて再びあの黒い霧が出現した!逃げ遅れた人々に……被害が出ている模様だ』

 

 塚内管理官から、全捜査員に向けて入った通信。"被害が出ている"ということばの孕んだ真実は、既に皆の知るところとなっている。

 

「……ッ、」

 

 たまらず飯田は唇を噛んだ。犠牲者たちは、ただ命を奪われたというばかりではない。その骸が原型をとどめぬ怪物と化し、さらなる惨劇をもたらすことになる。阻止するために自分にできることは……ただひとつ。

 

「インゲニウム」運転席の森塚が呼びかけてくる。「きみは、彼らを蹴り飛ばせるかい?」

「……はい!」

 

 その覚悟がなければ、守れないものがある。飯田天哉は既に決断していた。

 無論、森塚も容赦なく発砲する心積もりでいたし、鷹野はじめ捜査本部に属する者はほぼ全員が覚悟を決めている。

 

──戦場には赴かない者も、また。

 

「責任は、私がとる。──皆、頼んだワン」

 

 そう告げて通信を締めるのは、捜査本部の長である面構犬嗣だった。塚内を信頼して捜査の采配を委ねている彼だが、そのひと言まで塚内に背負わせるわけにはいかなかった。

 

「あとは彼らに任せよう。それとも塚内くん、きみも現場へ出たいか?」

「……いえ。私は管理官ですから」

 

 自分が現場に出なくとも、彼らは最大限の働きをしてくれる。部下を疑うことなく座して待つのも役職者の務めだと、塚内はこの9ヶ月で学んでいた。

 

 

 *

 

 

 

 事件発生の報を受けるまでもなく、轟焦凍の"勘"がン・ガミオ・ゼダの存在を捉えていた。

 

「ッ、来たか……!」

 

 焦凍の行動には躊躇いがなかった。踵を返し、まっすぐに病室を飛び出していく。

 出久も当然、それに続こうとした。だが、足が重い。決断に至っていない脳が、身体を押しとどめようとするかのように。

 

「……ッ」

 

 これから打ち砕かねばならない、グロンギたち。彼らの生前の姿を思うにつけ、それを躊躇してしまう自分がいる。焦凍は目を背けてもいいんだと言ってくれた。けれどそれは、過去の──勝己を見捨てて逃げ出したのと同じではないか。後悔は、しないか。

 

「僕、は……」

 

 そのとき、だった。

 不意に背後から強烈な視線を感じ取って、出久は振り返った。

 そこにはベッドがあって、勝己が眠っている。当然のごとく彼は未だ目覚めていないままだ、視線を受けることなどあるわけがない。

 

 しかし出久は確かに感じたのだ。滾る紅の瞳が身体を射抜くのを。そして、思い出した。自分にとって、これだけは譲れないという想いを。

 

「そうか……そうだったね、かっちゃん」

 

 逸る気持ちを抑えて、横たわる勝己に向き直る。見下ろされるのは腹立たしいことこのうえなかろうが、いまだけは許してほしいと思った。

 

「先、行ってるね」

 

 

──そして、今度こそ走り出す。

 

 

 *

 

 

 

 夜明けの街にひしめくグロンギの群れと、ヒーロー・警察のアライアンスが激突していた。

 

 撃て、の号令とともに拳銃の引き金を一斉に引く警官隊。戦いの中心たる捜査本部の面々が扱う神経断裂弾は命中の度にグロンギを撃破していくが、通常の弾丸しか支給されていない所轄署員の攻撃はほとんど通用していない。

 そんな彼らを守り、身体能力にすぐれたヒーローたちが矢面に立つ。数十名にも及ぶ人員が、グロンギの群れに立ち向かっていた。

 

「トルクオーバ──―レシプロ、バーストッ!!」

 

 ふくらはぎのエンジンを解き放ち、ハイスピードで敵に迫るターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉。至近距離まで詰めたところで跳躍し、回し蹴りを放つ。鍛え上げられた右脚が炸裂すれば、グロンギといえども容易く吹っ飛ばされる。

 

「……ッ、」

 

 しかしその度に、フルフェイスに覆われた飯田の表情は歪められていた。彼らを攻め立て傷つける度に、見たこともない彼らの生前の姿が想起される。そのイメージは当然、飯田の心を苛んでいた。

 

(……すまない、救けられなくて)

 

 ヒーローとしての理想とは、到底程遠い現実。それを重々承知で、飯田はこの戦場に立つことを決めている。

 

──それに、

 

「えげつない数……。インゲニウム、へばってないよね?」

 

 こんなときだからこそ冗談めかして訊いてくる森塚駿。彼は携行する神経断裂弾を無駄にすることなく、既に多くのグロンギの命を奪っている。表向き飄々とはしていても、それが凄まじい重圧であろうことを疑うつもりはない。

 ゆえに飯田は、不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

「当然です、"インゲニウム"の名は伊達ではありませんから!!」

「流石──っとと!」

 

 奮戦する彼らを標的と見定めたグロンギが襲いかかる。──その脇腹に、銃弾が突き刺さった。

 

「戦場のど真ん中でおしゃべりしないで!!」

「おぉう……鷹野さん」

「面目次第もございませんッ!!」

 

 生きた人間である以上、激戦が続く中にあっても緊張の弛む瞬間は生まれる。それが隙となったとしても、こうしてカバーしあうことができる。連携をする知能もそもそも失われ、ひしめくグロンギたちを相手に善戦できている最大の理由だ。

 

 そしてそんな光景を、狼の王は見下ろしていた。

 

「ガセグ、ゲンギダヂン……リント」

 

 確かにリントは変わった。だがそれは、ラ・バルバ・デが言うような意味だけなのか?

 ガミオの心はわずかに揺れたが、すぐ色濃く渦を巻く諦念に抑えられた。──彼らもまた、いまから黒煙に包まれる運命にある。

 

 彼が自らの掌に力を込めたそのとき……不意に、背後から闘気が迫ってきた。

 

「──ッ」

 

 振り向いたときにはもう、ガミオの周囲を幾重にも氷山が覆っていた。彼の立つビルの屋上が、そこだけ極地と化したかのように閉ざされた世界となる。

 その中心に着地したのは……かの三色の超人戦士。言うまでもない、アギトだ。

 

「………」

 

 見事に標的を捉えたアギトだが、その拳には力がこもったままだった。"究極の闇をもたらす者"が、不意打ちの氷結ひとつで止められるはずがない。

 

 それが、現実だった。数秒もしないうちに分厚い氷山に次々と亀裂が走り……砕け散る。

 

「アギト。我らグロンギ以上に、ヒトから遠ざかった者か」

「……かもな」

 

 姿を現したガミオのことばに冷静に応えつつ……既に、臨戦態勢をとっていた。

 

(ワン・フォー・オール……)

 

 

「──フルカウルッ!!」

 

 師より受け継いだ個性をセーブすることなく発動させ、一気呵成に距離を詰める。先ほどの氷とは対照的な灼熱が、左の拳を覆い尽くす。

 

「KILAUEA SMAAAASHッ!!」

「………」

 

 ガミオもまた、右の拳を構えて応じる。

 そして、

 

 拳と拳とが激突し──烈しい旋風が、辺りに巻き起こる。

 次の瞬間には、アギトはビルから墜落させられていた。

 

「ッ、ぐ……」

「………」

 

 地面に叩きつけられたアギトと対照的に、重力などなきかのように浮遊しながら降下してくるガミオ。アギト渾身の一撃とぶつけ合った拳は確かに傷つき、血が滴り落ちていた。そんなもの、瞬く間に癒えてしまうのだが。

 

「眩い力だ。……だが、その輝きの深淵に暗闇が見える」

「ッ、なに、言ってやがる……」

「貴様は誰かを憎み、殺意を抱いたことがある。そしてそのために、力を振るった……違うか?」

 

 一瞬ことばに詰まるアギト。そのさまを見たガミオは、静かに嘲った。

 

「……恥じることはない。ヒトとはそういうものだ」

 

──リントもグロンギも、何も変わりはしない。

 

「ゆえにすべてのリントはグロンギと同じものとなり、そして究極の闇がとこしえのものとなる。こうなるのも定めだ」

 

 ガミオのつくり出した怪物たちが、どこからともなく集いはじめる。彼らの闘争本能は、一様にアギトを捉えていた。文字どおり、四面楚歌の状況。

 

「勝手なこと言ってんじゃねえ!!」

 

 果敢に、アギトは立ち向かった。拳を振るい、氷結を奔らせ、劫火を昂らせる。その度に死した肉体がガスを発して消失していく。そうして消えていく数えきれない命はみな、ガミオの手にさえかからなければ守るべき人々だったのだ。躊躇はなくとも、身の切られるような感情を捨て去ることなどできはしない。

 対してグロンギたちは、人間ではなく塵からつくったかのごとく次から次へ湧き出し、襲いかかってくる。近くで戦っている飯田たちもまったく同じ状況であって、援護は期待できない。孤軍奮闘するしかない。

 

 悪いことに、連戦続きでろくに眠ってもいない焦凍の身体は疲弊していた。──早々に、限界は訪れる。

 

「ヌゥウウンッ!!」

「!?、がぁッ!!」

 

 ゴ・バベル・ダに似た個体の拳が鳩尾にクリーンヒットし……アギトは、吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ、倒れ込むと同時にオルタリングが光を失っていく。それ即ち、アギトの姿を維持できないことを意味していた。

 

「ッ、ぐ……」

 

 青年の姿に戻った轟焦凍に対しても、グロンギたちはわらわらと集っていく。もはや彼らの獣眼は、青年を獲物としてしか映していない。

 

「……はっ」

 

 地獄のような光景を前に、焦凍は……笑っていた。美しいオッドアイが、ぎらぎらと煌めきを放っている。

 

「舐めんなよ、俺を誰だと思ってる……」

 

 右半身から、再び冷気が起こる。先ほどまでのような勢いはもうないが、周囲に氷を張り巡らせるだけで十分な牽制になる。

 それだけで終わるつもりはなかった。

 

「ふ──ッ!」

 

 ワン・フォー・オールを発動させると同時に、アイススケートの要領で氷上を滑走する。一歩間違えれば転んで大惨事になりかねないが、日常生活ならともかく戦場においてそんなへまをする焦凍ではない。

 そうしてハイスピードで距離を詰め、灼熱を纏った拳を見舞う。変身しているときほどの威力は発揮できないが、それでも。

 

「………」

 

 その光景を、ガミオは無感情に見つめていた。確かにずば抜けた力だが、多勢に無勢にもほどがある。

 実際、焦凍の攻撃は通用していないわけではない。しかし彼が一撃放つ間に、複数のグロンギが彼の肉体に暴力の嵐を叩きつける。次第に焦凍は弱り、立っていることすらおぼつかなくなる。

 

 そして、そのときが訪れた。

 

「が──ッ!!?」

 

 顎を貫くような、激しい拳。脳が頭蓋骨のうちを何度も揺れ動けば、気持ちの問題ではどうにもならない。一も二もなく焦凍は倒れ伏していた。

 

「……ッ、う、ぐ」

 

 舌舐めずりするかのごとく、迫るグロンギたち。焦凍が復活するより、彼らの到達のほうが圧倒的に早いだろう。

 

(ここまで、なのか……)

 

 次々と、繋がってきた人たちの顔が脳裏に浮かぶ。雄英の友人たち、捜査本部の面々、両親──師匠。

 ここで死ぬには、彼はあまりに多くのものを背負いすぎていた。

 

(まだ……終われねえ……ッ!)

 

「……足掻いたとて、何も変わりはせぬ」

 

 宿命という大きな流れには、誰も抗えない。ゆえに轟焦凍という人間は、ここで終わる。

 

 ガミオは知らなかった。彼らは運命に抗い、前へ進み続けてきた者たちなのだと。

 

 

──マシンのいななきが、響き渡る。

 

 本能から振り向いたグロンギたちの視界に飛び込んできたのは、ウィリー走行にて迫る赤と黒のマシン──ビートチェイサー。操るライダーもまた、赤の鎧に黒い肌をもつ異形の戦士で。

 

 疾風迅雷のごとく突進してくるマシンに、グロンギたちは混乱している。そうこうしているうちにホイールをぶつけられ、撥ね飛ばされる。

 しかし倒れ込んだ焦凍の目前にまで到来したところで、尾部からパラシュートを射出して急停車する。内心ひやりとした焦凍だったが、ぎりぎり表には出さなかった。

 そんなことより、

 

「緑谷、おまえ……」

「………」

 

 覚悟を、決めたのか──問うよりも先に、彼は声をあげていた。

 

「きみたちだけに、背負わせない」

「!」

「もうとっくに決めてたことだ。そのためなら、僕は──」

 

 ビートチェイサーの突撃を受けていないグロンギたちが、彼めがけて群がろうとしている。──彼はすかさず、トライアクセラーに手をかけた。

 そして、

 

「超変身ッ!!」

 

 筋肉が膨れあがり、赤が紫の金に変わる。トライアクセラーもまた、大剣"ライジングタイタンソード"へと。

 クウガはそれを、容赦なく振り下ろした。

 

「ごめん……。でも、僕にはこうすることしかできない」

 

 黒煙と化し消えていくグロンギを見つめながら、そうこぼす。沈んだ声とは裏腹に、剣を振るう所作に躊躇はなかった。

 

(緑谷……)

 

 そんな彼の背中が、力強くも哀しく、儚くも美しいと焦凍は思った。その姿はまさしく、自分の憧れた──

 刹那、彼の頭上に影が差した。

 

「緑谷ッ、上だ!!」

「!」

 

 鈍重なライジングタイタンフォームでは、反応が遅れた。彼の脳天から、漆黒の雷が肉体を打ち貫いていた。

 

「ぐぁ──」

 

 激しい痺れとともに全身が麻痺し、クウガは膝から崩れ落ちた。焦凍同様に変身が解け、緑谷出久の姿が露になる。

 同時に、雷をもたらしたガミオが口を開く。

 

「クウガ……貴様もまた争いを厭わず、力を求めたのだな。聖なる泉をもつはずの貴様ですらそうなのだ、この世は遅かれ早かれ究極の闇に包まれただろう。我らグロンギが、目覚めなかったとしても」

「……ッ、」

 

 思わず唇を噛み締める出久。確かに自分も、幾度か憎悪に駆られて究極の闇をもたらす者となりかけたことはある。ガミオのことばは重く響いた。

 それに対して、焦凍が反論のために声をあげようとしたときだった。

 

 

「違ぇな」

「!!」

 

 がなりたてているわけではない、にもかかわらず朗々と響く声。出久にとっても焦凍にとってもあまりに聞き慣れたもの。しかし、「まさか」という思いがあった。だって彼は──

 

「……かっ、ちゃん」

 

 そこに立っていた漆黒の衣装のヒーローは、まさしく想像したとおりの男だった。

 

「爆豪ッ、おまえなんでここに──」

「ア゛ァ?」訊いた焦凍を一瞥し、「こんなモン大したことねえって散々言ったろうが、舐めんなよ舐めプ野郎が!」

「……俺、舐めプなんかした覚えねえんだが」

 

 釈然としない様子の焦凍を放って、勝己は改めてガミオと向き直った。見る者を怯えさせるような猛烈な視線同士が、静かにぶつかり合う。

 

「"爆心地"……バルバが言っていた、もっとも我らに近しいリントだと。よく生きて現れたものだ」

「……あーそうかよ、もうまともに取り合うのもめんどくせーわ」

 

 それに、自分のことはどうでもよかった。このグロンギの王の無知蒙昧を正してやるためにいま、ここにいる。

 

「テメェはなんもわかってねえ。確かにそこにいるクソナードは人畜無害なツラしといてクソ頑固で傲慢で、人一倍泣き虫でどんくさいクセにいっちょまえに俺に逆らってきやがったサイコ野郎だわ」

 

「けどな、」

 

「そいつがそうなんのは、気持ち悪りィくらい他人のためなんだよ。自分がどんなに傷つこうが、誰かを笑顔にしたい──その気持ちだけはカケラもブレやしねぇ」

 

「一緒に」と、出久は言った。一緒に背負う、そうすると決めたと。"ムコセーのデク"に見下されるのが、かつては許せなくて、おぞましかった。

 

 でも、

 

 でも、いまは。

 

「そいつがそんなヒーローになろうっつーんなら……俺は、そいつのヒーローであり続けるって決めてんだ!!」

 

 出久が息を呑むのがわかる。子供の頃から変わらない大きな翠眼を煌めかせて、自分を見ている。

 彼は昔から何も変わっていない。こんな憧憬に満ちた瞳とともに浮かべられた笑顔を見るのは……少なからず、幼い勝己の心を沸き立たせた。ただ、それだけのことだった。

 

「……貴様らは、何者なのだ」

 

 ガミオが戸惑いに満ちた声をあげる。やはり彼は、何も知らない。他のグロンギは知ろうともしなかったが……ゴ・ガリマ・バを除いては。

 

「爆豪が言ったろ、まだわかんねえのか」

 

 焦凍が声をあげる。そして、

 

「僕たちは……ヒーローだ!!」

 

 誰かを救け、笑顔を守るために戦う宿命を自ら背負った者。

 

──人はそれを、ヒーローと呼ぶ。

 

「"究極の闇"は、ここで終わらせる!──轟くん!」

「ああ!」

 

 構えをとる。ふたりの腹部に、輝きを放つベルトが顕現する。

 

 孕んだ熱を感じながら──出久は、焦凍は叫んだ。

 

「変──「変、身ッ!!」──身!!」

 

 光がいっそう鮮烈なものとなり、ふたりの青年の身体を包み込む。闇を晴らし、希望をもたらす光。

 

 

──クウガとアギトが、並び立った。

 

 



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EPISODE 48. HEROES 4/4(後)

 

 再び群がる、グロンギたち。

 ふたりの仮面ライダーは背中合わせに、かの怪物たちに立ち向かう──己の信ずるもののために。

 

「………」

 

 ガミオは沈黙のままに、その光景を見下ろしていた。ヒーロー─―グロンギは言うまでもなく、リントにすらかつては存在しなかった者。そして他者のためにヒーローであり続けるとは、一体どういう意味なのか。

 思考に囚われつつあるガミオだったが、今さら使命を放棄することはできなかった。この世に究極の闇をもたらす──そのためだけに、自分は存在しているのだ。

 

 意見を一致させたこの幼なじみコンビを相手にしては、何を言っても勝てないことを焦凍は悟った。元々自分は、説得が巧いほうではまったくないのだ。

 ならば、

 

「一刻も早く、テメェを倒すッ!!」

 

 ワン・フォー・オールを発動させると同時に、宙めがけて跳躍する。当然ガミオは迎撃するが、アギトは巧みにビルの壁面と壁面を行き来してかわしつつ、距離を詰めていく。

 

「………」

 

 その程度のことで狼狽えるガミオではない。迫ってくるアギトだけでなく、横からクウガが攻撃してくるか否かにも気を配ってはいる。

 

──しかし彼は、第三の攻撃者が現れることまでは予想しえなかった。無論、グロンギたちを引き付けている勝己のことではない。

 

 到来に気づいたのは、その"羽音"がすぐ背後で響いたときだった。

 

「!、──ヌゥッ!?」

 

 振り向くと同時に、彼の身体は巨大な牙によって挟み込まれていた。──"馬の鎧となる僕"、ゴウラムだ。

 

「ぐ、お、おのれ……!」

 

 抵抗を試みるガミオ。しかし全身を硬質な外骨格で覆ったゴウラムは、一発や二発の攻撃ではびくともしない。

 ただ、相手がグロンギの王である以上、限界があるのは確か。ゆえにアギトは、一気に距離を詰めた。

 

「KILAUEA──」

 

「──McKINLEY SMAAAAASH!!」

 

 炎と氷を纏った両拳を、ガミオにぶつける。同時にゴウラムの牙は開放され、彼の身体は衝撃のままに墜落する。眼下には、構えるクウガの姿。

 

「ボン、デギゾゼ……!」

 

 グロンギの王が、敗北するわけにはいかない。自尊心とも異なる焦燥が、ガミオの老いた肉体に熱を与えた。

 

 刹那、奇怪なことが起こった。

 

 地上にひしめくグロンギたちが突如として苦しみ出す。彼らと戦う勝己、飯田らが何事かと思ったのも束の間……彼らの肉体は崩壊し、黒煙へと変わってしまった。

 

 発生した膨大な黒煙が、ガミオの身体へと吸収されていく。

 

「な……!?」

「──ウォオオオオオオン!!」

 

 遠吼え。同時に発せられる衝撃波。渾身の回し蹴りを放とうとしていたクウガは、態勢を崩して吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐあぁっ!?」

「緑谷!」

「デクッ!」

 

 アギトと勝己が駆け寄ってくる。彼らの手を借りるまでもなく立ち上がるクウガだったが、その赤い複眼はガミオに釘付けになっていた。

 

「あいつ、他のグロンギを吸収した……」

「決着をつけようってわけか」

「………」

 

 吸収しきれていない黒煙を身体中から噴出させながら、ガミオは唸り声をあげ続ける。焦凍の言うとおり、確かに彼はこれ以上戦闘を続けるつもりはなかった。クウガを、アギトを倒し、究極の闇を必ず──

 

「力を合わせよう、僕ら3人の。──そうすれば、絶対に勝てる!」

「……ああ!」

「チッ……やったらぁ!」

 

 腰を落とし、キックの構えをとるクウガとアギト。クウガの両足に灼熱が宿り、アギトに至っては足下に巨大な紋様が現れ、彼の肉体に吸収されていく。

 唯一ヒトの姿を保った勝己は、両手から小規模な爆破を繰り返す。自分が直接攻撃を仕掛けても、おそらくガミオには通用しない。だが、この方法なら。

 

「ウォオオオオオオオッ!!」

 

 もう一度咆吼をあげて、浮遊しながら襲いくるガミオ。クウガとアギトが跳躍したのも、同時だった。

 そして、

 

「オラァアアアッ!!」

 

 勝己の爆破が、ふたりの仮面ライダーの背中にぶつけられる。爆風がふたりを加速させ、一気呵成に標的へと向かわせる。味方に攻撃するような手法に

 突撃するガミオは面食らう。それが彼の運命を決定付けた。

 

「うぉりゃあぁぁぁぁッ!!」

「ハァ──ッ!!」

 

 莫大なエネルギーを放つWキックが、ガミオと激突する。通常のグロンギならば即座に粉砕されかねない一撃、しかしグロンギの王のパワーは拮抗していた。黒煙が全身から噴き出し、捨て身となってでもガミオを前進させようとする。それは大義でも理想でもなく、矜持ですらない──背負うものがゆえの、意地の張り合いでしかなかった。

 

「究極の闇は……必ず……!」

「──止める……!」

「俺たちの世界を、好きにはさせねえッ!」

 

 一歩も引かない、力と力。ゆえにその均衡は、些細な要素ひとつで破られる。

 

「とっとと、」

 

「死にさらせやァアッ!!」

 

 忍耐の限界に達した勝己が、怒声とともに二度目の爆破を放つ──当然のごとく、クウガとアギトの背に。

 想定外の一撃は彼らを驚かせたが、同時にその勢力を一瞬とはいえ増大させた。

 

 そして──ガミオは、競り負けた。

 

「グアァァァッ!?」

 

 Wライダーのキックが胴体に炸裂し、敢えなく地面に叩きつけられる。同時に、着地を遂げるWライダー。足下ばかりでなく背中からも白煙が上がっているのは、二度も爆破を受けた以上は致し方ないことか。

 肉体には大きな負担がかかったとはいえ、それ以上の喜びが心中に渦巻いていた。──第0号に、究極の闇をもたらす者に……打ち勝った。

 

 しかし、

 

「ヌ、グウゥゥ……ッ」

「!」

 

 痛々しいうめき声をあげながら、立ち上がるガミオ。アメイジングマイティキックによって生じたふたつの古代文字が、やおらかき消えていく。

 駄目だったのか──そう悲観しかけたのもつかの間、ガミオがごぼりと吐血した。そして屈強な狼の姿が縮んでいき、老人の姿が露になる。

 

「……よく、わかった。ヒーローとは、こういうものか」

 

 ガミオのことばは、およそ多くのグロンギとはかけ離れたものだった。

 

「究極の闇は、これまでだ」

「!」

「……よくぞ我を破ったな、リントのヒーローたちよ」

 

 老人の姿が、黒煙に包まれていく。「待て!」とアギトが声をあげかけたときにはもう、その姿は完全に隠されてしまっていた。

 

「ッ、あいつ、言うだけ言って逃げやがった……」

「……でも多分、もう長くはないと思う」

 

 爆散こそしなかったものの、老いた肉体には致命的なダメージを受けたのだろう。己の死期を悟ったかのような響きが、彼の残したことばにはあった。究極の闇はこれまでというのも、嘘ではないと感じた。

 

 ふたりは今度こそ自らの意志で変身を解いた。そして、振り向く。そこには間違いなく、爆豪勝己の姿があった。

 

「………」

 

 彼らの間に、ことばはいらない。来ると信じていたのではない、彼が来ないことなどありえないと出久は思っていた。無理はしないでほしいという気持ちと、それはまた別のところにある。

 

「かっちゃ──」

 

 万感を込めて、呼びかけようとしたときだった。

 

「皆ぁーーー!!」

「!」

 

 空気を震わせるほどの呼び声。それほどの声量の持ち主といえばやはり、この場には飯田天哉しかいない。

 

 彼も、そして森塚たちも皆、勝己の……否、ここにいる全員の生還を喜んでいた。失ったもの、守れなかったものはその比でないくらいたくさんあることもわかっている。

 けれどいまは、いまだけは、こぼれる笑顔を抑えずにいよう──この戦いを乗り越えた、証として。

 

 

 

 

 

 姿を消したン・ガミオ・ゼダは、山中奥深くに足を踏み入れていた。

 

「……ッ、うぐ、」

 

 傷ついた身体は鉛のように重く、一歩、一歩と進むたび臓腑のはたらきが弱まっていくのがわかる。もはや自分の命も、あとわずか。であればふさわしき者に"王の証"を継承しなければならない、それが掟だった。

 しかしガミオは、王の証を懐いたまま再び眠りにつくつもりでいた。ヒーローを名乗る彼らに思い知らされた、何もあきらめる必要などなかったのだと。もっと早くに気づいていれば、大勢のリントの命を……親友の命を奪うことはなかっただろう。

 

(究極の闇は、もう二度と──)

 

 それだけが、唯一自分にできる償い。そして血塗られたグロンギの歴史は、ここで幕を閉じる──

 

「……だめだよ」

「──!」

 

 静かな声と、それに反したおぞましい殺気。感覚が鈍っていたために、気づくのが遅れた。

 

 

──振り向いたガミオの身体を、白い手が貫いていた。

 

「……ダグ、バ……」

「………」

 

 目の前の純白の異形は、とうに喪った我が子の面影を残していた。その正体が現代のリントであり、ヴィランの王だった青年であることはもちろん知っている。

 青年──死柄木弔の個性である"崩壊"が、体内で作用する。老いた内臓が跡形もなく腐食し朽ちていくのが、感覚としてわかる。不思議と痛みはなかった。

 

 とどめを刺すことまではせず、"ダグバ"は手を引き抜いた。その掌に、光り輝く勾玉のような物体が乗せられている。いまこの瞬間、新たなグロンギの王が決したも同然だった。

 

(ボセログン、レギバ)

 

 "ダグバ"が王に復する──それを止める力は、自分にはもう残っていない。地べたに倒れ込み、遠のく意識のなかで……ガミオはただ、かの青年たちのことを思った。

 

(リントよ……闇は、晴れる──)

 

 

 

 

 

 老人に引導を渡した弔は、暫しその場に佇んでいた。勾玉の輝きをじっと見下ろしていると、封じられていた最後の扉が開いていくような、そんな錯覚を起こす。──ふと、笑みがこぼれる。

 

 彼の背後に、純白のスーツを纏ったラ・バルバ・デが姿を現した。

 

「次は、おまえだ」

 

 いつか聞いたことばを背に……弔はついに、"王の証"を身体に突き入れた。

 

 

──響く、絶叫。それすらかき消す雷雨が、降りしきろうとしていた。

 

 

つづく

 

 

 

 






「緑谷少年、きみは――」


EPISODE 49. ワン・フォー・オール


「――に、なったんだね」




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EPISODE 49. ワン・フォー・オール 1/3

あれ?1話飛ばした?

そう感じるような展開もまた原作リスペクトでやんす。


 

 降りしきる雨の中で、劫火が燃えさかっている。

 

 炎は街を包み込み、有機物無機物とを問わず崩壊させていく。──人間も、また。

 

 "彼"はそれを見ていた。ただ見ていることしかできなかった。己も炎に巻かれ、次第に意識が遠のいていく。誰も救えない、無力感とともに。

 

 

『──緑谷、少年』

 

 懐かしい、声だった。

 

 

 *

 

 

 

 緑谷引子はガラス越しに外界を見つめていた。未だ降り続ける滝のような雨。見慣れた風景であるはずなのに、まるで別世界のような気さえする。住み慣れたこの団地の一室は、切り離されて存在しているかのようだった。

 

 視線を戻せば、薄い板に映し出されたブルーバックに複数の名前が表示され、淡々とした男性の声が後れてそれらを読み上げていく。離れて暮らしている最愛の息子の名がそこにあったらと思うと、この数日は生きた心地さえしなかった。

 しかし、

 

「!」

 

 鳴り響いたチャイム。我に返った引子は、一も二もなく駆け出した。家の中とはいえ走るのなんて久方ぶりのことで、時折足がもつれてしまう。年月とともに蓄えてしまった脂肪が、いまは恨めしく思われた。

 

 永遠とも感じる数秒のうちに、玄関へとたどり着く。手間取りながらも鍵を開け、扉を──

 

 

──そこには、待ち望んだ青年の姿があった。

 

「出久……!」

「………」

 

「──ただいま、母さん」

 

 ずぶ濡れの姿で、出久は笑った。

 

 

──それから、四半刻ほどして。

 

「ごめんね母さん。久しぶりに帰ってきて、いきなりお風呂もらっちゃって」

 

 頭からほかほかと湯気をたてながら、リビングに現れた出久。こんな真冬の大雨に打たれながら、東京からこの折寺までバイクで帰ってきた──久しぶりに会った息子の破天荒ぶりは、母に大きな衝撃を与えるに至ったらしかった。風邪引いちゃうから、とにかく温まりなさいと浴室に押し込まれ、素直に従うことにした。胸がくすぐったくなるような、懐かしい感覚がここにはあった。

 

「お礼なんて言わなくていいんだよ!ここは出久の家なんだから」

「!、……そうだね」

 

 先ほど覗いてきた、自室。上京してからは数えるほどしか使ってこなかったけれど、いつも掃除が行き届いていて、埃ひとつない。

 母はいつだって、そうやって自分の帰りを待ってくれている。わかっている、わかっているけれど──

 

『死者・行方不明者は、合わせて3万人に達しており──』

「………」

 

 あまりに現実離れした数字が、淡々とした口調で語られる。テレビの前に立ち尽くしたまま、出久はそっと拳を握りしめた。右手に走る傷痕が、じくりと膿んだように痛む。

 

「出久?」

「!」

 

 気づけば、マグカップを持った母が気遣わしげにこちらを見つめていた。慌ててソファに腰掛け、へらりと笑みを浮かべてみせる。

 

「ごめん、ちょっと見入っちゃって……──それ、ココア?」

「うん。コーヒーのほうがよかった?」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 

 マグカップを置くとともに、引子もまた傍らに腰を下ろした。その視線が一瞬テレビを捉え……すぐに、外される。

 

「……なんだか、大変なことになっちゃったね」

「……うん」

 

 他人事のような響きをもったつぶやきだったが、そうではなかった。ただ母のような平凡な主婦が把握するには、大きすぎる事態。あるいは平凡な学生のままだったら、自分もそうだったかもしれないと出久は思った。

 

「母さん」

「なに?」

「電話……なかなか出られなくて、ごめん」

「………」

 

 表情が、翳る。数日間に渡って履歴を埋め尽くした母からの着信。出られなかったのには明確な理由があるのだけれども、それを伝えるわけにはいかない。ゆえにただ、謝ることしかできない。

 ややあって、母は困ったような笑みを浮かべた。

 

「もう……お母さん、一睡もできなかったよ」

「……ごめん、本当に」

 

 ふ、と、自嘲めいた笑みが漏れる。

 

「僕、心配かけてばっかりだね……昔から」

「出久……」

「多分これからも、色々なことで心配かけちゃうと思う。……それでも、いいかな?僕を、子供でいさせてくれる?」

 

 それは、縋るような問いかけだった。いつの間にか息子は青年となり、己の庇護するところではなくなったものだと思っていた。しかし、いま自分を射抜く瞳は、ヒーローごっこでいつも颯爽と救けに現れてくれたあの幼い面影をそのまま残している。

 引子はそっと、出久の頬に手を伸ばした。

 

「出久。お母さん、謝ってばかりで……もしかしたらあなたに、勘違いさせてしまってたかもしれない。あなたの母親は幸せじゃないって……そう思ったこと、あるでしょう」

「!、………」

 

 図星だった。流石にいまはほとんどなくなったけれど、無個性が判明してから──母がただ謝り続けたあの日から、ずっと頭の片隅に燻り続けていた思い。

 

──自分がいないほうが、母は幸せだったのではないか。

 

「そんなふうに思わせて……お母さん、ダメな母親だね」

「そんなこと──」

「ううん。でもね、これだけは自信をもって言えるの」

 

「私、あなたのお母さんになれて、よかった」

「!」

 

 その気持ちをいままで、息子にきちんと伝えてあげられなかった。けれど一度たりとも揺らいだことのない気持ちであることを、引子ははっきりと示したのだった。

 

「……ありがとう、お母さん」

 

 目に涙を浮かべて、出久は母の抱擁を受け入れた。こんなふうに抱き締められるのは、何年ぶりのことだろう。少なくともこれ以上、問いへの答を求める必要はなかった。

 

 

 そして出久は、最愛の母にフェアウェル(さよなら)を告げる覚悟を固めた。

 

「……僕、そろそろ行かなきゃ」

「!、東京に……戻るの?」

「うん、やらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 母の視線が、所在なく虚空をさまよった。

 

「それは……あなたがやらなきゃ、ダメなことなの?」

「………」

 

 一瞬の躊躇のあと、

 

「うん。──みんなが、僕を待ってる」

 

 仲間たちの顔が、次々に浮かぶ。最後に、鋭い赤目の幼なじみの姿。

 

「出久、………」

 

 暫し逡巡を繰り返した引子は──やはり、出久の母親だった。

 

「勝己くんと、仲良くね」

「!」

 

 目を丸くした出久は、ややあって微笑みながらうなずいた。そして踵を返し、部屋を出ていく。玄関まで送ってやることは……できそうもなかった。

 

 やはり自分は、だめな母親だ。けれどそれでも、出久のたったひとりの母親。

 大雨に打たれながらバイクで走り去っていく息子を、己を叱咤して窓越しに見送る。長らく触れていなかったその身体は硬く、逞しいものとなっていた。それに、右手の傷痕。

 

 無機質な液晶ディスプレイに、未確認生命体第4号──クウガの姿が、いかめしく映し出されていた。

 

 

 *

 

 

 

 捜査会議の場は、静寂に包まれていた。

 いつもは厳粛ながらも侃々諤々としたやりとりがかわされているけれど……いま起きている事態を前にしては、彼らのもつ活気が鳴りを潜めるのも無理はない。

 

 そんな状況を打開すべく、長である面構犬嗣が口を開く。

 

「X号検知システムの進行状況は、どうなっている?」

「──はい、」

 

 その問いに応じたのは、No.2である塚内管理官だった。

 

「気象庁による支援体制を強化してもらったおかげで、予定より2時間早い午後7時に完成を見込んでいます」

「いよいよ、奴に遅れをとらずに済むということか」

 

 エンデヴァ──―轟炎司がつぶやく。もう自身は戦える身体でないとはいえ、チームとしても何もできないのは忸怩たる思いがあった。まして、

 

──親父……ごめん。

 

「……ッ、」

 

 拳を震わせる炎司を気遣わしげに見つつも、面構は本部長として続けた。

 

「だがそれまでは、X号がいつどこに現れるかわからない。皆、くれぐれも油断せず情報収集に努めてほしいワン」

 

「いま戦えるのは……ここにいる皆だけだからな」

「………」

 

 そのことばを、当然のものとして受けとる一同。"X号"と戦った、ふたりの仮面ライダーがどうなったか。

 

──かっちゃん。

 

 

──僕、決めたよ。

 

 幼なじみのことばを、爆豪勝己は思い出していた。彼が何をするつもりでいるのか──"それ"をしなければ、すべては終わらないであろうこともわかっている。

 

 だが、終わらせるための足掻きをやめるつもりはなかった。

 出久ひとりに、背負わせない。ここにいる全員、同じ思いで立ち上がった。

 

 

 *

 

 

 

 同時刻、関東医大病院。

 

 その一室で、ひとりの青年が目を覚まそうとしていた。

 固く閉じられた瞳がやおら見開かれ、左右種類の異なる宝石のようなオッドアイが露になる。

 

(ここ、は)

 

「目ぇ覚ましたか、焦凍」

「!」

 

 傍らに立つ小柄な老人。もうひとり、すらりと背の高い逆立った紫髪の青年。首に巻いたサポーターの意味を知っていれば、痛々しい思いに駆られるのは避けられない。

 

「……グラントリノ、心操」

「ついさっきまでおまえの家族が見舞いに来とったぞ。ったくおまえ、あんな美人なおふくろさんと姉ちゃんを泣かせおって」

「泣いて、たんですか……」

「たりめーだろう、末っ子がこんなことになっちまったんだ」

 

 それもそうか、と焦凍は思った。母も姉も、ふつうの女性なのだ。本来ならば戦いなどとはかかわりないところで、穏やかに生きているべき。

 

 暫しぼうっと天井を見上げたあと、焦凍は再び口を開いた。

 

「緑谷……あいつは、どうなりましたか」

「……おまえって奴ぁ、いきなり他人のことか」

 

 グラントリノは思わずため息をついた。呆れる気持ちは当然あるとして、実は出久がいまどうしているかは詳しく知らないのだ。家族が見舞いに来ていたというつい先ほど、ここにまっすぐ駆けつけてきたばかりだからなのだが、はにかみ屋な性質のためそれを伝えるのは憚られる。

 老人はちら、と隣の青年を見た。その視線の意味を察して引き継ごうとした心操だったが……そこで思い直した。自分はもう、声が出せないのだ。

 すると、グラントリノが所在なさげに言った。

 

「手話覚えとんのだろ。俺もわかるから、翻訳してやる」

「!、………」

 

 確かに以前ボランティアに参加した際に学習したのだが、なぜそんなことをこの老人が知っているのか。一瞬疑問に思った心操だったが、そういえば焦凍に雑談の中で話したことがあるのを思い出した。そこから伝わったのだろう。

 小さくうなずいた心操は、おずおずと手を動かしはじめた。

 

「フム……"緑谷はもう退院した。皆のところを、回るつもりらしい"」

「皆のところを……そうか」

 

 その意味するところを、焦凍は悟っていた。逆の立場だったら、自分も同じことをしていただろう。

 同時に、自分が出久にしたことを思う。自分の身体を思えば、ああするより他になかった。それで出久を救うこともできた……肉体的には。しかしそのために、彼はひとりででも行こうとしている。

 

(頼む、あいつをひとりにしないでくれ。皆、爆豪……)

 

(──オール、マイト)

 

 自分には……少なくとも今しばらく、それができなくなってしまった。

 立ち上がり、彼のもとへ走ることはできる。でも、それだけだ。拳を振るうことは、もうできない。

 

 

──両肘から先を、彼は失っていた。

 

 

 *

 

 

 

 マグカップに描かれたオールマイトが、ガラスの向こうで燦然と笑っている。

 

 土砂降りの雨音を背後に聴きながら、沢渡桜子はそれを複雑な表情で見つめていた。想うのは、これを愛用している青年のこと。

 

「………」

 

 踵を返し、自身のデスクに座る。ディスプレイに表示された、古代文字の羅列。最初に解読を行ってから、幾度となく見返してきた──"凄まじき戦士"に、まつわる碑文。

 それを凝視しながらキーボードを叩いていると、長身の白人男性が入室してきた。

 

「Bonjour!」

「おはようございます、ジャン先生」

 

 どんなときでも陽気なジャン・ミッシェル・ソレルの挨拶。いまこの研究室にいるのは自分たちふたりだけなので、尚更雰囲気が明るくなったような気がする。

 

 再びデスクトップに意識を戻して作業を続けていると、

 

「桜子サン、」

「はい?」

「緑谷クンに……最近、会いマシタ?」

「……どうしてですか?」

 

 コーヒーを淹れて、ジャンは椅子に腰掛けた。

 

「未確認にやられタ傷、酷いのカナって思っテ」

「………」

 

 殺戮を繰り返すダグバ──死柄木弔に対し、果敢に戦いを挑んだ出久と焦凍。後者は両腕を失った。前者は取り返しのつかない身体の損壊こそなかったが、それゆえに──

 

「傷はもう、大丈夫だと思います。ただ……X号を止める方法をずっと考えてて、多分、答を出してる頃じゃないかな」

「コタエ?」

「はい。──"凄まじき戦士"に、なるっていう」

「!?」ジャンが驚愕を露にする。「でも、それっテ……」

 

 なってはいけない姿のはずじゃないか。ジャンの疑問は尤もだった。

 桜子も、最初はそう思った。しかし出久は、もう──

 

「………」

 

 

 雨は未だ、止む気配がない。

 

 

 *

 

 

 

 人気のない道を、青年が傘も差さずに歩いていた。目元まで垂れた白髪に、服の上からでもわかる痩せた身体──ふらふらと、幽鬼のような足取り。まるでこの世のものではないかのようなその姿とは裏腹に、彼は既に万単位の人命を奪っていた。

 

 彼が何者であるかを知っていながら、進路に立つ女の姿があった。

 

「楽しんでいるようだな、ダグバ」

「………」

「いや……記憶を取り戻したのだ、死柄木弔と呼ばれたいか?」

 

 かつてのグロンギの王──ン・ダグバ・ゼバの名を継いだ、死柄木弔。彼はぎょろりとした赤い瞳を歪めて、目の前のラ・バルバ・デを睨みつけた。

 

「記憶なんてどうでもいい……。俺は俺であって、何者でもない」

 

「何もかも、壊すだけだ──あんたも」

 

 弔の手が伸びようとする。その指先が首筋に触れようかという瞬間、バルバの姿は花びらと化していた。

 

「!」

「それでいい。この世のすべては、おまえの望みのままに」

 

 いつの間にか、バルバは背後に回っていた。殺意を向けられてなお、彼女は妖艶な笑みを浮かべている。

 

「だがおまえは、クウガもアギトも殺さなかった」

「………」

「クウガはもうすぐ、おまえを殺しに来るかもしれない」

 

 バルバの脳裏に、超古代の戦いの記憶が甦る。かつてのクウガは殺すことを知らず、グロンギを次々に封印し続けた。だが、唯一の例外が存在して──

 

「そうしたら、そのとき殺してやるよ」

 

 心底愉しそうな声で、弔はそう宣言した。

 

「来ないなら、最後に殺す。……どっちでもいいんだ、俺は」

 

 そしてその果てに、世界は滅びる。そうすれば、あの完全無欠の英雄面した男の魂もようやく消え失せるのだ。

 甘い陶酔に、弔は身を震わせた。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドゲヅン

コンドル種怪人 ラ・ドルド・グ/未確認生命体第47号

「ラブパラザ、ゴギデギバギ(幕はまだ、降りていない)」

身長:213cm
体重:188kg
能力(武器):トンファー・神経毒の仕込まれた羽根

行動記録:
ゲゲルの管理者としての役割を負う"ラ"の称号をもつグロンギ。ゴ集団の行う"ゲリザギバス・ゲゲル"に付き従い、算盤"バグンダダ"で殺害数を計測してきた。
一方でラ・バルバ・デの進める計画に賛同し、轟焦凍のアギト完全覚醒直後、彼の滞在していたあかつき村近くの病院を襲撃するなど、初期は実働役もこなしていた。
冷静かつ理知的な性格であり、グロンギにしては好戦的ではないが、いざ戦闘となればゴ集団最強のゴ・ガドル・バとすら互角に戦うほどの実力を垣間見せる。また、神経毒の含まれた羽根を乱舞させる戦法も得意とした。
常に悠然と振る舞いながら暗躍を続けていたドルドだったが、ガドルのゲゲルの際にヒーロー・爆心地=爆豪勝己の不意打ちによりバグンダダを破壊されるという失態を犯す。その償いのためガドルと繰り広げることになった死闘では、羽根による撹乱が通用しないとみるやトンファーを武器として上述のような戦いぶりを見せつけるが、動きを見切られ片翼を毟られてしまう。不利を悟って逃げ出した彼に引導を渡したのはガドルではなく、まったく眼中になかったいち刑事たちだった。"真なる究極の闇を見届ける"という望みに執着しながら、彼は神経断裂弾によって内臓をずたずたに破壊されて死を遂げたのだった。

作者所感:
モモタ…ラウ・ル・クルーゼをモデルにしました。言動もそうですし、飛び交う羽根は完全にプロヴィデンスのドラグーンだし……。
ジャラジもそうですが、こういうなんでも自分の掌の上と思っている手合いにはまったくの誤算な結末を迎えさせたいんですね。ドルドの場合、ライダーやガドルにやられるならまだ予想の範疇にはあったでしょうが、まさか一般刑事に射殺されるとは夢にも思ってなかったでしょうし。
素顔はイケメン。きっとイケメン。



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EPISODE 49. ワン・フォー・オール 2/3

ようやっと繁忙期的なやつが終わった…。

拙作も本編については来月いっぱいには終わりそうです。最終話だけ3ヶ月くらいかかることもあったので断言はできませんが…。


 

 

 生まれ故郷たる科学警察研究所に、ビートチェイサーは帰還していた。

 

 

──彼の主がこの地を訪うことを決めたのは、ある人物に会うためだった。

 

「こんにちは、発目さん」

「おや、これはどうも緑谷さん!随分とまたずぶ濡れで。水も滴るなんとやら、ですか?」

 

 普通なら挨拶代わりの冗談なのだろうが、いまいち真意が読めないのは彼女──発目明の性格ゆえだろうと出久は思った。麗日お茶子あたりに同じことを言われれば、少しは照れもしたかもしれないが。

 

「G3の修理、ひとりでやってるって聞いたけど……その、僕なんかが心配するのはおこがましいけど、大丈夫?しっかり休んでる?」

「ウフfFF問題ありません、眠くなったら寝るようにはしています!」

「いやそれは……うん、きみらしいね」

 

 苦笑しつつ、勧められるままに座椅子に腰掛ける。常識が通用しない女史ではあるが、コーヒーを出すくらいの気遣いはしてくれた。

 それに口をつけつつ、

 

「進捗はどんな感じなの?」

「順調です!あとはどうにかこう、装甲を強化して防御力を高めたいところなんですけどねえ……」

「そうだね……」

 

 出久の脳裏に、二度と自分の声で話せないかもしれない友人の姿が浮かぶ。

 発目も同じだったのだろう、その表情にわずかな翳が差した。

 

「……G3自体はいいんです。けど、心操さんの復帰の目処は立っていません」

 

 明確な後遺症の残る重傷を負った心操。両腕を失った焦凍のように目に見える痕ではないといえど……今後も装着員を続けさせるべきか、上層部で議論が行われている真っ最中だという。ダグバこと死柄木弔の凶行に話題を浚われてマスコミでも取り上げられていないが、正式な警察官でない学生がこのようなことになったのは間違いなく大問題。班長である玉川三茶が「オレの首ひとつで済めばいいけど」とぼやいていたのを発目は聞いた。

 

 出久も、それはわかっている。だが、だからこそ──

 

「心操くんは、戻ってくるよ」

 

 淀みなく、そう明言した。

 

「もし今回のことで装着員を外されたとしても、今度は警察官になってまた装着員を目指す。そういう人なんだ」

 

 そういう人だから、友として尊敬してやまない。爆豪勝己が近くて遠い、幼き日の"憧れ"ならば、心操はもっと身近な手本とすべき存在だった。

 

「だから発目さんも、信じて待っててあげてほしい」

「……はい」

 

 うなずいた発目は、ややあって何か言いたげにあらぬ方向を見遣った。口を開きかけ……つぐむ。それを数度繰り返したあと、

 

「……緑谷さん。少しだけ、私のことを話してもいいですか?」

「うん」

 

 ありがとうございます、と小さく頭を下げてから、発目は語りはじめた。それは彼女の遍歴にまつわることだった。

 物心ついたときから、ヒーローより彼らの装備するサポートアイテムにばかり関心をもっていたこと。個性のおかげで幼少期から精緻な作業が得意だったこと。興味と能力が一致したために、どんどんのめり込んでいったこと。高じて雄英高校サポート科に入学し、それからは思うままにアイテムを発明してきたこと。

 

 後半は既によく知るところであるし、前半についても予想の範疇ではあった。彼女は一貫して、自分の思うままに生きてきた。

 しかしそれは、一切迷いがないことと同義ではなかった。

 

「こんなことを言うと驚かれるかもしれませんが、私なりに平和に貢献できればと思ってやってきたつもりです。──G3にしても神経断裂弾にしても、未確認生命体との戦いが早く終わればと思って、造りました」

「うん……わかってるよ。僕だけじゃない、みんな」

 

 発目が笑みを浮かべた。それは普段のようなマッドさを孕んだものではなく、どこか寂しそうなものだったけれど。

 

「でも……それが私の役目とはいえ、本当にこんなものを造ってしまってよかったのかな」

「え……」

「いままでもたくさん強い武器を造り続けてきたけど、それが通用しないような強い敵が出て来て、また新しい武器を造って。私のやっていることは本当に正しいのか……わからなくなるときがあるんです」

「発目さん……」

 

 グロンギをも殺せる武器、究極の闇に抗うための武器。必要だからそれらを造った。けれどこの戦いが終わったら、それらはどうなるのだろう。無条件に消えてなくなるわけではない。

 過ぎた力が何をもたらすか──歴史が証明している。

 

 それでも出久は、笑ってみせた。

 

「未来のことはわからない。けど、少なくともこれまで、きみの造ったものがたくさんの人の笑顔を守ったことは間違いないんだ。──もちろん、僕だってそうだよ」

 

「それに、あいつらとの戦いももうすぐ終わる。そうしたらさ、本当に自分が創りたいものを創ればいいじゃないか。発目さんならきっと、世界中のみんなを笑顔にできるような、すごいものを創れるよ……きっと」

「緑谷さん……」

 

 サムズアップをしてみせる出久。その笑顔はどこか、かの"平和の象徴"を思い起こさせた。容姿はまったく異なるにもかかわらず。

 

「よし、っと」不意に立ち上がり、「じゃあ、そろそろ行くよ。これからも頑張ってね、発目さん」

「……ありがとうございます、緑谷さん。何かあったらまた実験台をお願いしますよウフfFF!」

「アハハ……考えておくよ」

 

 はっきり"実験台"と言い切ってしまう正直さ。ここまで突き抜ければ美徳だと思った。それでいて、彼女の心根には自分たちと相通じるものが流れている。だから出久は、発目の未来の姿に明確な自信をもっていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 雨の国道を、黒塗りの覆面パトカーが走り抜けていた。乗車するは、未確認生命体関連事件合同捜査本部に出向中のふたりの若きプロヒーロー、インゲニウムこと飯田天哉と……爆心地こと、爆豪勝己。

 

「………」

 

 ふたりの間には、沈黙の帳が降りたまま。勝己は元々口数が多いほうではないが、飯田までことばを発さないのは珍しいことだった。降りしきる雨音、跳ねる水飛沫の音。彼らのほかに生命の気配はなく、終末に取り残されたような孤独感を掻き立てる。

 

 彼らはもとより性格的には対極にいると言ってもよく、間違っても馬が合うとはいえない。しかしそれでも、多くのものを得て失った雄英の3年間をともに過ごしてきたという確かな絆が存在している。

 そこには当然、死柄木弔のことも含まれていた。勝己は自分がオールマイトに託されたのだという重責を背負っているし、飯田はどうにか彼を支えてやりたいと思っている。そこにことばは要らなかった。

 

──不意に、無線が鳴った。

 

『爆心地、インゲニウム。いま江東区にいるな?』塚内管理官の声が響く。『辰巳5丁目の監視カメラに、B1号らしき影が映っていたという報告があった』

「了解しました。急行します!」

『気をつけてくれ。──緑谷くんには、知らせるか?』

「!、……」

 

 返答に迷った飯田は、ちらと助手席に目をやった。緑谷出久とはもはや親友と言って差し支えない関係になっているが、彼のことを判断すべきは自分ではない。

 

 勝己はまっすぐ前方を見据えたまま、答えた。

 

「いや、まだいい」

『わかった』

 

 勝己の判断を、塚内は咎めなかった。出久がこれから何をするつもりで、そのためにいま何をしているのか。それを思えば──

 

 

 一刻も早く現場へたどり着くべく、飯田はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 *

 

 

 

 再び、関東医大病院。

 

 つい先日まで自身の病床もあったこの地を、出久は再び訪れていた。

 

「──正直、運び込まれてきたおまえを見たときは、今度こそ駄目かと思ったよ」

 

 慎むことなくそう告げるのは、椿秀一医師。若き監察医でありながら、あらゆる面において出久を医学的にサポートし続けてくれた男だ。

 

「おまえの生命力は、こっちの予想を遥かに超えたもんになってる。……なぁ緑谷、何かあったのか?」

「何かって……なんですか?」

「いや、なんつーか──」ここでぐい、と顔を近づけてくる。「個性が急に宿ったみたいな、そんな匂いがする」

「!」

 

 出久は思わず肩を強張らせた。自分はいま重大な秘密を抱えている。相手が信頼のおける主治医であれ、知られていいかはこの場では判断がつかなかった。

 

 が、椿はあっさりと元の姿勢に戻り、

 

「なんてな、冗談だ冗談」

「あ、ハハハ……」

 

 相変わらず読めない男である。冷や汗をかく出久をよそに、彼は真面目な表情になって貼られたレントゲン写真を見遣った。

 

「ただな……身体は大丈夫でも、腹の石が受けたダメージは回復しきってない。ベルトに攻撃受けねえように、気をつけろよ」

「……はい」

 

 出久の戦う力は、ベルト──"アークル"がすべて。椿はそう思っている。いまの死柄木弔と戦うにあたっては、それも誤りではないか。

 

「ま、それはそれとして。終わったらおまえ、どうすんだ?何かやりたいこととかあるのか?」

「やりたいこと……そうですね、あります」

「お、」

 

 再び身を乗り出してくる。少しはにかみながらも、出久は幼なじみとの約束を明かした。

 

「登山に行くんです。かっちゃんが、初心者でも登れるところに連れていってくれるって」

「爆豪が……そうか」

 

 「あいつにしちゃ上出来だな」と、笑う椿。出久は首を傾げたが、この医師は意味深に笑みを浮かべるばかりだった。

 

「確かに山もいい。けど、どちらかというと俺は海のほうが好きだ」

「?、はい」

「どうせ行くなら、冬でも泳げるような海がいいな。……おまえとふたりで見る海は、きっと綺麗だ」

「つ、椿さん……?」

 

 とてつもなく妖しい雰囲気を醸し出す椿。これまでも"そそる奴"だなんだと言われたが、それはあくまで医学的見地に立ってのものだった。だが、いまは明らかに違う感じがする。秘密を気取られかけたとき以上の冷や汗が、ぶわっと吹き出る。

 出久はやはり、この医師の前にはあまりに純情だった。

 

「アホ、本気にすんな」

「痛でっ」

 

 でこぴんをかまされる。

 

「おまえが爆豪と山登りしてる間に、沢渡さんを海に連れてく。降りてきてから悔しがるようなことになってても文句言うなよ」

「………」

 

 沈黙する出久。その意味は何か。

 あえて追及することなく、椿は続けた。

 

「ま……なんにしてもだ。この先何があろうと、俺はこの世界で唯一無二、おまえのかかりつけ医だ。忘れんなよ」

「……はい!本当に、お世話になりました」

 

 立ち上がり、深々と頭を下げる。この人には短い間に、随分と無理も聞いてもらった。医師としてのプライドを殺させてしまったこともあったろうに、彼は変わらず接してくれている。

 それは彼の人格によるところも多いが、何より──

 

「……この9ヶ月、奴らに殺された人の遺体を、数えきれないくらい見た」

「………」

「夢や希望や、可能性に満ちていたその人たちの命がもう戻らないと思うと、どうしようもなくやるせなくて、腹が立った。──だから、」

 

 出久は力強くうなずいた。立ち上がった椿の顔を、まっすぐに見上げる。

 

「大丈夫!……です」

「……だよな。頼んだぜ、ヒーロー」

 

 その称号を背負う覚悟を、出久は既に固めていた。送り出す椿もまた、そのことに気づいていたのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 塚内より通信を受けておよそ10分、勝己と飯田は未確認生命体B1号が目撃されたというポイントに到着していた。

 

「このあたりか」

「………」

 

 そこは古びた木造アパートや平屋が立ち並ぶ場所だった。もう何年人の手が入っていないのか、どこもほとんど廃墟と化している。当然、人気もない。

 こうした場所をグロンギがアジトとすることは、今さら言うまでもあるまい。

 

「どうする、しらみ潰しに捜してみるか?」

「……いや、二手に分かれる」

「!!」

 

 思わず大声を出しかけた飯田だったが、文字どおり呑み込んだらしい。喉仏が動くのを見て、相変わらず大袈裟な奴だと勝己は思った。

 

「ッ、……この雨に、寒さだぞ。いくら防寒にすぐれたスーツといえど、きみの個性も機能しまい」

「………」

「それとも……使うつもりか、これを?」

 

 飯田の手には──拳銃が、握られていた。

 そこに込められている弾丸は尋常なものではない。"強化型神経断裂弾"──発目明も参加する科警研の有志チームが開発した、グロンギを殺すための武器。

 それは本来、彼らプロヒーローが扱うようなものではなかった。彼らの武器は己の身に宿った個性──と、それを補強するサポートアイテム──であって、よほどの戦地でもない限り銃を持つことなどありえないことだった。

 

 ゆえに飯田には躊躇いがあった。相手がグロンギといえど、人の形をしたものに対して銃口を向けること。同時に彼は、己を兄の名を受け継ぐヒーロー(インゲニウム)たらしめる己が個性に誇りをもっていた。戦場を駆け、人々を救う。そのために鍛えあげてきた己自身と鉛弾一発、価値が重いのは果たしてどちらか。

 

「………」

 

 勝己は、何も言わない。表情のないその整った顔立ちからは、なんの感情も読み取ることはできなかった。

 ただ、彼が己の意志を決して曲げないことは嫌というほどよく知る飯田である。B1号をみすみす逃がしたくない気持ちも相俟って、その意見を容れるほかなかった。

 

「爆豪くん、ひとつだけ約束してくれ」

「あ?」

「もしもB1号を発見したら……必ず、俺を呼ぶこと。たとえどんな状況でもだ」

 

 飯田の声は力強かったが……同時に、懇願するようでもあった。

 

「……別に、ひとりであの女とやりあうつもりなんざねえわ」

 

 そっぽを向いたまま、勝己はそう応じた。ただその声は、土砂降りにかき消される程度のものだったのだけれど。

 

 

 *

 

 

 

 病室、轟焦凍は再び眠りについていた。鎮痛剤の効用が、彼の意識を朦朧とさせるのだ。先立って経験者となってしまった心操人使には、医学的知識がなくともそれがわかる。

 

 不謹慎なようだが、生まれつき当たり前にあると思っていたものを失ってしまった同士となって、心操は焦凍に対してこれまで以上の奇妙なシンパシーを感じていた。戦うことばかりでなく、今後は日常生活にさえ大きな壁が立ちはだかることになる。両手を失った焦凍のそれは自分の比ではないはずだ、自分にできることならなんだって助けになってやらねば──そんな使命感すら湧き出でてくる。

 

 同時に、ひとつ悟ったことがある。

 瀕死の重傷を負った焦凍は、戦場で何か大切な……それこそ命にも匹敵するものを()()()た。それも棄ててしまったのではなく、誰かに託した──

 

 "何か"はわからない、しかし"誰か"は察しがつく。あの燃えさかる戦場にいたのはこの青年のほかに、ただひとりしかいないのだから。

 

──心操くん。いままでありがとう。

 

──きみとなんでもないおしゃべりするの、楽しかった。

 

(……緑谷、)

 

 それは、お互い様だ。

 そう言ってやりたかったけれど、ことばにできないのがつらかった。この先一生ことばを発することができなくてもいい、ただあの瞬間だけは、自らの声で惜別を告げたかった。

 

 

 マシンのいななきが、彼方へと去っていった。

 

 



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EPISODE 49. ワン・フォー・オール 3/3

 

 飯田と別れた勝己は、ひとり廃墟の群れの中、かのバラのタトゥの女の痕跡を追っていた。

 やむことのない土砂降りが絶えず打ちつける。もとより寒波が首都圏を襲っている中、これは確実に体温を奪っていくものだ。悔しいが飯田の言うとおり、己の個性とはまったく相容れない環境下に置かれている。

 

「………」

 

 それでも勝己は、自らがB1号を発見することに拘った。運命なんてものは信じないし、ましてそれを敵に対して感じるほど夢見がちではない。ただこの感情が、理屈では説明できないものであることも確かだった。

 恩師に知れたら、「合理的じゃない」と叱られるのだろうか。

 

 無駄な思考を切り捨てながら、慎重に周囲を探る。──と、鈍色と茶色ばかりに覆われた空間に、ぽつりと鮮烈な赤が浮かんだ。

 

「!」

 

 即座に駆け寄り、その場に屈み込む。拾い上げたそれは……まさしく、薔薇の花弁。

 

「………」

 

 確信を胸に抱き、目前の建造物を見上げる。それはなんの変哲もない古びた木造アパートだったが、もはや素通りするという選択肢があるはずもない。

 一歩を踏み出そうとして……不意に、飯田の声が脳裏をよぎる。

 

──もしもB1号を発見したら……必ず、俺を呼ぶこと。

 

──たとえどんな状況でもだ。

 

(……まだ、発見したわけじゃない)

 

 言い訳じみたそのことばは、誰に向けたものだったか。いずれにせよ勝己は、飯田に連絡を入れることなくアパートへと足を踏み入れた。

 

 

 長年修繕もされていないせいで、アパート内部は酷い雨漏りで水浸しになっていた。そんな中、懐中電灯一本で階段を上っていく。昼間といえどこの天候で、他に光源もない。この心許ない光を頼みに進んでいくほかなかった。

 二階にたどり着いたあと、各部屋の扉を手当たり次第に開けていく。中を照らす……そこは当然のごとく空き部屋ばかりで、家具のひとつもない。部屋はワンルームのため、隠れるスペースもほとんどなかった。

 

「………」

 

 それでも警戒を怠ることなく、奥へ奥へと進んでいく。

 

──最奥の部屋の扉が、わずかに開いていることに気づいた。

 

「!」

 

 勝己は即座に壁に背を寄せた。わずかに顔のみ出し、隙間から室内を窺う。気配はないが……わずかに鼻腔をくすぐる、残り香のようなものがあった。──間違いない。

 

 勢いよく扉を押し開き、中へ飛び込む。果たしてそこにバラのタトゥの女の姿はなかった。

 しかし予想どおりと言うべきか、そこは他の部屋と様相を異にしていた。生活必需品のひとつもない代わりに、打ちっぱなしの床にうず高く積まれた書籍の数々。それらは雨漏りを避けるように置かれており、何者かが蔵書としている可能性を窺わせる。

 

 ここが奴の根城だとしたら。他に何か手がかりとなりうるものはないか、勝己は探ることを決めた。あちこちをライトで照らしつつ、目を細める。

 

──そして"それ"は、ほどなくして視界に飛び込んできた。書籍の群れの上に無造作に置かれた、古びた羊皮紙。この空間にあっても、明らかに異質なもの。

 

「……ンだ、これ」

 

 思わず勝己は、そう声を漏らしていた。

 そこに描かれていたのは、生まれてこのかた見たことのない文字列……そして、生物を象ったような図画。

 

 まず一番下に描かれた白薔薇に見覚えがあった。かの女──ラ・バルバ・デの額に刻まれたタトゥ、そのままだ。

 次いで、そのすぐ上のふたつ。四本角の甲虫のようなそれは、以前下級のグロンギを虐殺した際に死柄木弔が遺した署名──おそらく、"ダグバ"としての──と同じものと思われる。その隣の、角が強調された紋章は、アギトが必殺キックを放つ際に浮かび上がるものによく似ていた。

 

 ならば、頂点に描かれた梵字のような紋は一体何なのか。これだけは唯一見覚えがなく……アギトの紋章以上に、周囲の文字や図画とは明らかに浮いているように感じられた。

 

 

 その真の意味を知るものはもはやこの世でただひとり、この羊皮紙の持ち主しかいないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 次なる目的地へ向け、ビートチェイサーを走らせ続ける緑谷出久。冷たい雨に容赦なく身を打たれるのにも、いつの間にか慣れてしまった。──"あの夜"も、そうだったから。

 

 ふと我に返ると、彼はどこか既視感のある景色の中を走っていた。なんの変哲もない一般道。ただ異様なまでに自分以外の生命の息吹が感じられないのと、周囲の建造物があちこち焼け崩れているのを除けば。

 

「………」

 

 出久は自ずとマシンを停車させていた。ゆっくりと半ば水没した地面に足を降ろす。ヘルメットのバイザーを上げ、視線をやった先。

 

 ガードレールの片隅に、花束が置かれていた。花束だけではない、ペットボトルや菓子……ぬいぐるみなどもそこにはあった。

 立ち尽くす出久の脳裏に、もう何度目になるかもわからないあの惨劇の夜の記憶が甦ってくる。

 

 

 未確認生命体第0号──ン・ガミオ・ゼダが姿を消してからほどなくして、各地で発生しはじめた人体発火事件。被害者たちは体内から焼き尽くされ、原型をとどめぬほど"崩壊"してしまっていた。そしてその現場で空疎な笑みを浮かべていた、痩身の白髪の青年。

 

──死柄木、弔。

 

 何度も犯行を繰り返されながら、合同捜査本部の面々による懸命な追跡によって出久たちはようやく彼を捕捉することができた。

 

「変──「変身ッ!!」──身!!」

 

 いままでと変わらぬ、勇ましい声を響かせたのだ。同じ"仮面ライダー"たる、轟焦凍とともに。

 グロンギの王たるガミオすら、撃ち破ったふたりの戦士。決して慢心していたわけでも、油断していたわけでもない。ただ、なんとしても弔を止めなければという想いがふたりを突き動かしていた。彼が本当の化け物になってしまう前に──

 

 いまにして思えば、自分たちは甘かったのだ。ガミオを殺して"王の証"を取り込み、"究極の闇"を開始した──彼は既に、新たなグロンギの王たる"ン・ダグバ・ゼバ"と化してしまっていた。

 

 その力は圧倒的だった。アメイジングマイティフォームの、ワン・フォー・オールをもつアギトのあらゆる攻撃がまったく通用しない。そうしてたった数分のうちに、自分は身体ごとアークルをずたずたに引き裂かれ、焦凍は両腕を焼き尽くされた──

 

「……ッ、」

 

 ことばもなく、出久は独り拳を握りしめた。何より悔しくつらいのは、敗北そのものではない。自分たちが必死で立ち向かう中でさえ、奴は……ダグバは殺戮を続けていた。彼がひと睨みをしたただそれだけで、居合わせた大勢の人々が生きながらにして焼かれていった。あれが負った傷の見せた悪夢でしかなかったのなら、どんなによかっただろう。

 

 再びダグバの笑い声が脳裏を掠めて、出久は息を詰めた──そのときだった。

 

 

『──緑谷少年、』

 

 誰もいないはずの背後から、壮年男性の呼び声が響く。それでも出久に驚きはなかった。彼が現実の存在でなく、その声が自分にしか通じていないことは、既にわかっているから。

 

 

 ダグバに敗北を喫し、意識を失ったあと。

 気づけば自分は、見渡す限り真っ白な世界に独り立ち尽くしていた。

 

(ここは……)

 

 身体がふわふわと頼りない感覚。見下ろしてみれば、首から下が影に覆われたようになっていてよく見えない。まさか、と出久は思った。自分はあのまま落命して、ここは既に死後の世界なのではないか。

 そんな考えが頭をよぎったとき、まず浮かんだのは友人たち……そして、爆豪勝己の顔だった。自分が死ねば、彼らは自らダグバと戦おうとするだろう──皆を守るために。その結果がどうなるかなんて、想像するまでもない。自分と焦凍のタッグの末路を思えば。

 

「ッ、そんな……!」

──……ねん。

「僕は、僕はまだ……!」

──……少年。

「まだ、死ねないのに──!」

 

 そのときだった。

 

『少年!』

「!?」

 

 いきなり大声で呼ばれて、出久はもう飛び上がらんばかりに驚愕した。幸いにして──存在するかも曖昧な──身体を動かすことはできるようなので、声のした背後に慌てて顔を向ける。

 

「!、あ……」

 

「あなた、は……」

 

 目前に立つ、病的なまでに痩せた大男。二本角のようにまとまって前髪を垂らしたブロンドに、白と黒が逆転したようなつり目が、こちらをじっと見据えている。

 その姿を、忘れようはずもなかった。

 

「オール……マイト……?」

『久しぶりだね、緑谷少年』こけた頬を弛め、微笑む男。『6年……いや、7年ぶりかな』

「!!」

 

 『そう考えるともう少年じゃないか』などと思案するオールマイトに対し、出久はもうただただ困惑するばかりだった。憧れの英雄との邂逅という意味では彼の言うところの7年前と同じだが、取り巻く状況があまりに違いすぎた。

 

「な、7年前にちょこっと救けただけの中坊だった僕のことを覚えてくれてる……?いやちょっと待て、オールマイトはかなり前に亡くなってるんだこんなところにいるわけ、いややっぱりここが死後の世界だとしたら辻褄は合……う……ってことはやっぱり僕、もう死んで……」

 

 久しぶりに思考がマシンガンのごとく漏れ出す。ひとりで考え込むより友人・仲間と話し合うことが増えたこの頃は鳴りを潜めていたが、少年時代より染み付いた悪癖はそう簡単に消えないのだった。

 その様を目の当たりにして、オールマイトは苦笑と同時に懐かしい思いに駆られていた。

 

『HAHAHA……思い込みの激しいところはあまり変わっていないようだな、しょ……青ね……やっぱり少年でいいか』

「あ……す、すみません」

『いや無理もないさ、確かに私はとうの昔に世を去った人間だ……肉体的にはな』

「……?」

 

 意味深な物言いに、出久は怪訝な表情を浮かべた。

 

「どういう……ことなんですか?ここは死後の世界とかじゃないんですか?」

『違うよ。ここはキミの精神世界……いわば心の中さ。轟少年の決断のおかげで、私は目覚めた。そしてキミに、こうして話しかけられるようになった』

「轟くんの、決断……?」

 

 懸命に手繰り寄せた記憶には、ダグバの虚ろな笑い声と燃えさかる劫火ばかりが色濃く残る。ただ朦朧とする意識の中で、両腕を失った焦凍の声が聞こえたような……気がする。あのとき彼が、何かしたのだろうか?

 

『──"ワン・フォー・オール"』

「!!」

 

 目の前の"平和の象徴"がにわかに紡いだことばに、出久は思わず目を見開いていた。

 

『キミはもう知っているね、少年』

「は、はい」

 

 確かに、その所持者である轟焦凍の口からすべてを聞いた。しかしそれと、いまこの状況に一体なんの関係があるのか。

 抱きかけた疑問は、すぐにある結論へと至った。

 

「!、まさか……」

『そう、そのまさかさ』

 

『轟少年は、キミにワン・フォー・オールを託したんだ』

「……!!」

 

 ニヤリと笑うオールマイト。対する出久は、笑うことなんてできなかった。ただ驚いたからというだけではない。焦凍は()()()()()()()()()身体になってしまったのだ。

 

『キミが案じていることはよくわかる』

 

 無念の表情を浮かべる出久に、彼は理解を示した。いきさつもそうだが、一度は夢を諦めるよう強いている。そのことを忘れたわけではない。

 

『あの日からキミが何を思い、どうやって生きてきたか……私はもう知っている。だからはっきり言うよ』

 

『キミにワン・フォー・オールを託した轟少年の決断は、間違いなく正しいものだと』

「!」

 

 声も出せない出久を前に、オールマイトは淀みなくことばを紡いでいく。出久の"これまで"を、肯定することばを。

 

『私はね、緑谷少年……あの日のことが最後まで、心のどこかに引っ掛かっていたんだ』

「え……」

 

──相応に現実も見なくてはな、少年。

 

 あの日告げられたことば、出久だって忘れてはいなかった。その直後、幼なじみがヘドロのヴィランに辱しめられている姿を前にして、尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった──その状況が、自分のせいでもたらされたものであるにもかかわらず。

 だが、仮にあのとき自分が飛び出していったとして、何が変わったか。最悪人質がふたりに増えただけだったかもしれない。──それが、"現実"だ。

 

「……何も間違ってなんかなかった。あなたの、言うとおりだったんだ」

『そうだね、私のそれは確かに正論だったろう。……だが、ずっと私に憧れ、私のようなヒーローになりたいと願っていた少年の夢を、踏みにじってしまったことに変わりはない。そのためにどれほどキミが傷ついたか……キミの未来を指し示すどころか、その可能性を潰してしまったんじゃないか……思い至ったときには、もはやキミを捜す術もなかった』

「………」

 

 オールマイトがその可能性に愕然としたのは、死柄木弔の真実を知ったあとだった。あのときの少年が、ヒーローを……己を嫌悪する弔と重なってしまった。だがヴィランとして対峙することになった弔はともかく、たった一度偶然出会っただけの出久のことなどどうしようもなかった。爆豪勝己の幼なじみと知れば、あるいは手の打ちようもあったかもしれないが。

 だが、もういいのだ。こうして出久の心のうちに住まう者となって、オールマイト──俊典は胸のつかえがとれたような気持ちだった。

 

『だがキミは、ヒーローをあきらめながらも歪まず、善良な青年へと成長したんだね。そして手にした力に溺れることなく、皆の笑顔を守るために戦い続けてくれた。……轟少年のことを救ったのも、キミだった』

「……僕が、そうしたかったから」

『それだよ、緑谷少年』穏やかに笑う俊典。『キミは他者の笑顔を己の幸福と感じられる、そういう人間だ。ワン・フォー・オールを受け継ぐには、十分すぎる資格さ』

 

『緑谷少年、頼みがある』

 

『この力……そしてクウガの力で、死柄木……いや、志村転弧を救ってやってほしい』

「!」

 

 いまの弔は、"究極の闇"そのものとなっている。彼をも救える力──ただワン・フォー・オールを受け継いだというだけでは、焦凍の二の舞になりかねない。

 出久の脳裏に浮かぶかの漆黒の姿を、俊典もまた共有している。その不安も。

 

『大丈夫、ワン・フォー・オールは意志ある力だ。私()()が、キミを支える』

 

 俊典の背後に、いくつもの人影が浮かぶ。彼らもまた、かつてワン・フォー・オールを手にした者たちか。その姿はぼやけて性別すら判然としないけれども、俊典と同じ思いでいることは不思議と感じ取れた。

 

『今さら何を、と思うかもしれない。だが、……』

「オールマイト、あなたにならわかってるはずです。僕はもう、とっくに決めてる……それは、僕ひとりの願いじゃないから」

『……そうか、そうだったね』

 

 焦凍ともうひとり、"彼になら"とまで思わせてくれた教え子。およそヒーローらしからぬ言動をとりながらも、彼は誰より自分の志を継いでくれていると俊典は思う。そして出久は、そんな彼の幼なじみで、彼をヒーローたらしめるものだ。

 

 ふ、と笑った俊典は、己の身体が先代たち同様にぼやけはじめていることに気づいた。

 

「オールマイト……?」

『そろそろ時間のようだ。魂だけでこうして身体を具現化するのは骨が折れてね……まあもう骨は墓の下なんだけど』

「………」

 

 ブラックジョークに頬をひきつらせる出久。ただそれも、湿っぽい別れを好まぬ俊典なりの配慮だった。

 

『少年、最後にひとつだけ言わせてくれ』

「!、はい」

 

 世界ごと消えかかる中で、その声だけは鮮明に響いた。

 

『キミは、ヒーローに──』

 

 

 意識が、現在に戻ってくる。

 雨の中に佇んでいた出久は、静かに愛馬のもとに戻った。そして再び、走り出す。

 

 オールマイトの願いをかなえるために。そして何より、皆の笑顔を守るために。

 

 

──たとえ、かの漆黒の異形へと姿を変えてでも。

 

 

 *

 

 

 

 死柄木弔はひとり、暗闇の中にいた。膝を曲げ、じっと背を丸める。その姿はおおよそ、"究極"の称号とはかけ離れた姿。

 

「……あぁ、わかってるよ」

 

 唐突に、彼はそうつぶやいた。周囲には彼のほか、人間どころか生ける者の気配すらなかった。

 

「今度こそ、壊してやる……オールマイトも、クウガも……」

 

「全部、全部──!」

 

 立ち上がったその痩身が、白く硬い皮膚で覆われていく。背中には、マントのようにたなびく黄金の装飾。

 

 何より彼の特徴ともいえるものだった真っ赤な瞳は……完全な、漆黒へと変わっていた。

 

「ははははは、ハハハハハハハハハ……!!」

 

 響き渡る哄笑は、空疎そのもの。いまの彼は、邪悪ですらない。

 

 

──虚無。

 

 ただ、それだけでしかなかった。

 

 

 つづく

 

 







出久「じゃあ……見ていて。僕の――変身」


EPISODE 50. 空我


勝己「出久――――ッ!!」







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EPISODE 50. 空我 1/3

雨の休日って、時間の感覚なくなりますよね。


 まだ昼下がりであるにもかかわらず、鈍色の曇天と視界さえ不自由にするほどの大雨に覆われた東京はどこも、逢魔ヶ時のごとくほの暗いいろに染まりつつある。

 

──文京区、閑静な住宅街の一角に居を構えるポレポレ。ヒーローやヴィラン、ましてグロンギとも無縁の陽気で平穏なこの喫茶店も、すっかりこの黄昏に閉ざされているかのようだった。

 しかしそれは、表の見かけの話。店内も薄暗くはあったが、いるべき者たちは揃っていて、あたたかな空気に満たされていたのだった。

 

「バカだねぇ、おまえは。この雨ン中バイクで実家帰って、すぐまた戻ってくるなんて」

 

 そう言って呆れ笑いを浮かべるのは、ポレポレのマスタ──―出久の言うところの"おやっさん"だ。明るく冗談好きな彼の性質が、そのままこの店の象徴となっている。

 

「もう、いいやないですか!せっかくひと休憩しに来てくれたんやし……」

 

 そう言っておやっさんに口を尖らせるのは、彼の娘ほどの年齢のかわいらしい丸顔のウェイトレス。彼女──麗日お茶子の本職がヒーローであることは、あらかじめ知らねばわかるまい。

 

 そんなふたりの、変わらぬやりとり。それを眺めて笑みを漏らしながら、緑谷出久はコーヒーに口をつけた。身体が温まるのはいままで訪ねた場所で出されたものと共通しているが、やはりひと味違うと感じる。大学に入って間もない頃、慣れない東京での独り暮らしに疲れていた自分を温かく迎えてくれたのも、この味だった。コーヒーばかりでなくカレーも他のメニューも、いまではすべて母の味に並ぶものとなっている。

 

「ま、いいけどさ。おやっさんはそろそろ出るんじゃないかと思うね」

「何がですか?」

「そりゃあ、くしゃ……み……へ、ヘェッ、ブエェックション!!」

「いや自分がするんかい!」

 

 言い切らないうちに自分がくしゃみをするというボケをかましたおやっさんと、すかさずツッコミを入れる関西出身のお茶子。あまりに鮮やかなコンビネーションに、出久は笑う以上に感心してしまった。

 

「へへへ……しかしまあ、出久もお茶子ちゃんも無事でよかったよ。こんな大変なときだからこそさ、3人力合わせてポレポレを盛り上げていかんと!まあお茶子ちゃんはそうも言ってらんないだろうけど……」

 

 この状況下、東京に限らず関東およびその近郊は厳戒態勢が敷かれている。ヒーローたちは公安委員会の指示のもと事務所を飛び越え地区単位で警戒にあたっているわけだが、その結果勤怠管理が厳密になされるようになり、場合によっては休日が増えたヒーローもいるという皮肉なありさまである。無論、正邪構わずすべてを焼き尽くすX号の猛威に恐れをなしたヴィランたちが息を潜めており、一時的に犯罪発生率が激減しているせいもあるが。

 そういうわけで、このような状況であるにもかかわらずお茶子はポレポレにいる。思うところは当然あるが、勝手な行動は禁じられているし、動いたところで何ができるわけでもない。動くべきときをじっと見極めることも、一流のヒーローに必要な能力であると彼女は学んでいる。ただ、逸る気持ちが湧かないかといえば嘘になる──若さゆえ。

 それを抑えつつちらりと視線を移せば、カウンター席に座る青年と目が合った。そのことに気づいた彼は、楕円形の瞳を細めてフッと微笑む。お茶子は己の心拍数が増え、頬に熱が集まるのを感じた。悟られるのを恐れて、顔を逸らす。

 

「……ごめんなさい、おやっさん」

「ん?」

「僕、今日はもうそろそろ行かないと。やらなきゃいけないことと……やりたいことが、あるので」

 

 そう告げて立ち上がる出久。その表情を目の当たりにして、おやっさんは彼を引き留める気をまったく失った。

 

「なんかおまえ……いい表情(かお)してる」

「ハハ……」

 

 「しょうがない、行ってこい!」と、気持ちよく送り出そうとしてくれるおやっさん。実父が海外に単身赴任している出久にとって、この店主もまた父に等しい存在だった。流石にそんなこと、恥ずかしくて口にはできずじまいだったが……それでも"おやっさん"という呼び方に、気持ちを込めてきたつもりだ。出久にはそれが精一杯だった。

 万感の想いを込めて一礼した出久は、顔を上げて再びお茶子と視線をかわした。笑顔のおやっさんに対し、彼女の表情は複雑そのものだった。

 

「ほんとに……行くの?轟くんとふたりでやっても、駄目だったのに?」

「……麗日さん、」

「……ごめん。こんなこと、言っちゃダメなのわかってる……。でも、でもやっぱり、私……!」

 

 徐々にかすれていく、お茶子の声。おやっさんとは異なり、彼女はこれから自分が何をするのか、悟っている。ゆえにこうした反応も受け入れようと前もって心に決めていた。なんの蟠りもなく万歳三唱で送り出してもらおうだなんて、虫が良すぎる。

 

「……いいんだ。そう言ってくれて、嬉しいと思っちゃう自分もいる……ごめん、不謹慎かもしれないけど」

「………」

 

「──でも、今度こそ僕、死柄木を止めたいんだ。そうしたらそのあとは、ただのヒーローオタクに戻るよ」

「……デクくん、」

「だから──もうちょっとだけ僕を、"頑張れって感じのデク"でいさせてほしい」

 

「ダメかな?」と、困ったように微笑む出久。その表情には彼のやさしい心根が現れていて、戦いに身を置くよりふさわしい場所があるように思われた。

 

「……それでもきみは、ヒーローなんだね」

 

 独り言のようにつぶやいたお茶子は、今度こそ笑顔で出久と視線をかわしあった。

 

「……マスターの言ったこと、忘れちゃダメだよ。ポレポレ(ここ)は、私たちのお店なんだから」

「……うん」

 

 3人力を合わせて、この店を盛り上げていく。戦いのあとにそんな未来があると、出久も信じたいと思った。

 

「じゃあ……行くね」

「……うん。気をつけて」

「い、出久……?」

 

 事情を知らないおやっさんは、明らかに困惑している。できれば自分ですべて説明したかったけれど、もうあまり時間は残されていない。

 彼にもう一度頭を下げて、今度こそ出久はポレポレを飛び出していった。お茶子があとを追おうとしてしまったのは……ほとんど、条件反射だ。

 

 玄関で、彼女は思いとどまった。そのうちビートチェイサーに乗った出久が、エンジン音とともに雨粒をかき分けて走り去っていく。その背中は、まるで──

 

「………」

「お、おい、どういうことだよ……?なんだよ、シガラキとかヒーローとか……」

 

 問いをぶつけられるのも、当然の帰結か。ただお茶子がすべてを明かすまでもなく……彼は、聡かった。

 

「あいつ、まさか……」

 

 

──丁寧に棚にしまわれた、手製の第4号特集スクラップ。写し出された主役は……ずっと、こんな身近にいたのだ。

 

 

 *

 

 

 

 雨漏りの酷い廃アパートの一室に、爆豪勝己はひとり佇んでいた。

 

「………」

 

 視線の先にある、手にした羊皮紙。グロンギの文字などがびっしりと描かれたそれらの頂、他とは明らかに異質な梵字のような紋様から、どうしてか目が離せない。懐かしさすら感じるこれは一体なんなのだろう。それも個として感じているものではなく、もっと根深いところ……"ヒト"としての遺伝子が、それを叫んでいるように思えてならない。

 

「……チッ」

 

 我に返った勝己は、己を戒めるかのように舌打ちを漏らした。これに書かれているものがなんであれ、いまの自分にとって重要なのはグロンギのアジトがほぼ確定したことだ。

 そろそろ飯田を呼ばなければと思い至ったそのとき、

 

 ハイヒールが、コンクリートを打ち鳴らす音が近づいてきた。

 

「!!」

 

 こんな場所に不似合いなその足音に、勝己は咄嗟に本の山と山の隙間に身を潜ませた。息を殺しつつ、頭脳をフル回転させる。飯田はこのエリアの反対側を捜索している、全速力で駆けつけてきても数分はかかるだろう。ひとりで切り抜けるには、やはり──

 

 あまりにも長い数十秒ののち、ついに足音の主が室内に姿を現した。真白いスーツにスカート──ブーツまで。その美貌は冷たく、他者を寄せ付けない雰囲気を醸している。

 彼女──ラ・バルバ・デは書籍の山の前に立ち、勝己に背中を晒した。だがそれは、隙などではなかった。

 

「やはり、おまえか」

「………」

 

 彼女は最初から、勝己の存在に気づいていたのだ。勝己の側も、そのことに驚きはなかった。この女は、グロンギの中でも特別な地位にある存在──

 即座には仕掛けず、勝己は声をあげた。

 

「究極の闇の目的はなんだ」件の羊皮紙を突き出し、「これに書かれてることと関係あんのか?」

「………」意味深に笑うバルバ。

「……答えろや!」

 

 唸るような声で恫喝したところで、この女に対して意味をなさないことはわかっている。勝己はぎりりと歯を噛み鳴らした。

 と、ようやくバルバが口を開いた。──勝己の質問に答えるものではなかったが。

 

「リントは完全に、我々と等しくなったようだな。クウガもまた、ダグバと同じ"究極の闇"にならんとしている」

 

 「ンな話は聞いてねえ」と怒鳴りつけようとした勝己だったが……次にバルバが放ったことばは、いままでのように蔑ろにできるものではなかった。

 

「かつてのクウガは、惜しかった」

「……ンだと?」

 

 バルバは笑みを保ったまま、勝己に向き直った。出久ではない、超古代の──争うことを知らない平和なリントの中から、戦士として生み出されたクウガ。

 彼までもが、"究極の闇"に到達しようとしていたというのか?

 

「ダグバ……いや死柄木弔に与えた魔石、本来の持ち主がどうなったか、おまえは考えたことがあるか?」

「!、まさか……」

 

「──かつてのダグバは誰よりも純粋に、誰よりも殺戮を快楽とした男だった。ゆえにかつてのクウガには、奴に対する憎悪が生まれた。……封印では、済ませられないほどのな」

 

 そう、超古代のクウガもまた、敵の命を奪ったのだ。残虐極まりない形で同胞たちを殺され、彼は清廉潔白なリントではいられなくなった。

 

──ゆえに彼は戦いを終わらせてなお、帰れなかった。己をも封印し、遠い未来でも戦士として戦う道を選ばざるをえなかった……結果的に彼は、復活より先にン・ガミオ・ゼダに殺害されてしまったが。

 

「今度のクウガも、ダグバを殺すだろう。そして……白き闇と黒き闇が、ひとつとなる」

「何を……」

「その先のことを、おまえが知る必要はない――!」

 

 バルバの腕が、蔦に覆われた異形へと変わる。はっとした勝己が身構えようとした瞬間には、それが一閃していた。

 

「が──ッ!?」

 

 弾き飛ばされ、書籍の山に叩きつけられる。彼の手を離れた羊皮紙を、バルバは抜け目なく奪いとった。崩れた本の群れを冷たく一瞥し、去っていく。

 

「ッ、クソ、が……!」

 

 背中から広がる痛みに呻きながらも、勝己は即座に立ち上がった。──自分は何度も死にかけている。この程度の苦痛、一体なんだというのか。

 今度という今度ばかりは、あの女を取り逃がすわけにはいかない。アパートを飛び出し、降りしきる大雨の中をひた走る。雨粒に塞がれた視界の果て、純白のスーツに覆われた背中を捉えた。

 

「……ッ、」

 

 勝己は再び歯噛みした。真冬のこの大雨、防寒にすぐれたヒーロースーツも意味をなさないほど身体は冷えきっている。爆破が、起こせない。起こせたとしても……それでバルバを倒せるほどの力は、自分にはないのだ。

 だが、去りゆく彼女に対して何の手立てもないわけではない。腰のホルスターの中で、かちゃりと音を立てる黒鉄の塊。本来プロヒーローである自分とは無縁であるはずの、この武器を使えば。

 

──もはや、手段を選んでなどいられない。

 

 羊皮紙を手に、港を足早に歩くラ・バルバ・デ。その背中めがけ、ついに勝己は銃口を向けた。引き金に、指をかける。

 

 そして、

 

 

 雨音を切り裂くようにして、烈しい銃声が響き渡った。

 

「………」

 

 バルバが立ち止まる。彼女の背中を突き破った銃弾は右の胸元を貫通し、鮮血を噴出させていた。

 文字どおりトリガーを引いてしまった勝己からは、あらゆる意味での抵抗感という歯止めが外れていた。込められた弾丸すべてを押し出していく。

 言うまでもなく、銃器の扱いについては素人の勝己である。放った弾丸の半分はあらぬ方向に飛んでいった。──逆に言えば、半分はバルバの胴体を貫いたのだ。

 

 身体にいくつもの風穴が開いたにもかかわらず、彼女はすぐには倒れなかった。やおら振り向き……勝己を、見据える。その瞳にはどうしてか、いままでのような冷たさがなかった。

 彼女は──微笑む。臓腑からあふれ出したのだろう血を、口許から流しながら。

 

「……ビビギダダ」

「!」

「ゴラゲド、パラダ、ガギダ……ギ、ロボザ」

 

 それが最後のことばとなった。

 瞼を下ろしたバルバの身体が、ゆっくりと傾いていく。足が地面を離れ、宙に投げ出される。

 

 そして、水飛沫が上がった。彼女は海中に落下し、そのまま沈んでいったのだ……かの羊皮紙とともに。

 

「………」

 

 勝己は半ば、茫然としたような表情でその光景を見届けていた。個性を奮ってヴィランを鎮圧するのとは、まったく異なる感触だった。達成感などというものはかけらもなく、ただどろりとした汚泥のような何かが胸に広がっていく。それは、遠い昔の記憶を思い起こさせた。

 

 

 あの日も、こんな土砂降りだった。

 小学校に上がったばかりの頃の下校途中、勝己は、雨の中で震えている仔犬と出会った。

 尻尾をちぎれんばかりに振ってくりくりとした瞳で見上げてくる小さな身体が、ひどく愛おしく感じた。抱き上げて「うち来るか?」と訊いた瞬間、はっとした。勝己の家は、父の体質上動物を飼えないのだ。

 仔犬を地面に置いて、勝己は走り出した。しかし懐いてしまった仔犬は、無我夢中で勝己のあとを追ってくる。

 そして、道路へ飛び出した。

 

──車に轢かれて、仔犬は死んだ。

 

 

「──爆豪くんッ!!」

 

 勝己の意識を現実に引き戻したのは、飯田天哉の雨音を貫くような大声だった。

 

「……おまえ、もう来たんか」

「ッ、嫌な予感がしてこちらに向かっていたんだ、そうしたら銃声がして……」

 

「撃ったのか、B1号を?」

「……ああ」

 

 飯田は海面を見遣った。薔薇の蔦とおぼしき物体が大量に漂っている。バルバがここに沈んだであろうことは、訊くまでもなく察せられた。

 ならば、

 

「爆豪くん……俺は言ったはずだぞ。B1号を発見したら、必ず俺を呼べと……」

「………」

 

 何も答えない勝己を前にして、飯田の握り拳には力がこもっていく。

 

「なぜだ……!なぜきみはいつも、そうやって……ッ」

 

 瞳に激情を宿した飯田が迫ってくる。殴られる、と勝己は思った。そうされても構わないとさえ感じるほど、捨て鉢な気持ちになっていた。

 しかし飯田のとった行動は……彼の予想の範疇を超えるものだった。

 

「──ッ、」

 

 飯田の拳は振るわれることなく、解かれて勝己の背中に回った。その大柄な身体に、思いきり抱き寄せられる。以前にも同じことを──出久・焦凍とまとめて──されたことはあったが、今回は困惑ばかりが先立った。

 

「お、おい飯田……」

「ッ、どうすればいい……」

「あ……?」

 

「どうすれば僕は、きみに信頼してもらえるんだ……!」

「……!」

 

 分厚い鎧越しに、この青年の震えが伝わってくる。

 あの仔犬と触れ合ったときと同じ気持ちが己の中に湧き出してくることに、勝己は気づいた。彼の大きな背中に、おずおずと手を回す。

 

「……悪かった」

「……ッ、」

「ちゃんと、信じてっから……だから、ンなカオすんな」

 

 学生時代、独りで抱え込みすぎて、突っ走りすぎて……多くの人から苦言を呈された。同級生たちからは、「仲間甲斐がない」と責められたこともある。あのときは知ったことかと思ったけれど……もういい加減、潮時なのだろう。

 

「……あんがとよ、委員長」

 

 そう口にすると、飯田はようやく泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

 



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EPISODE 50. 空我 2/3

アニメ4期の番宣?も兼ねてあの子を出してみました。


 

 ビートチェイサーが、走り続ける。

 

 騎手たる緑谷出久の次なる目的地は、既に定まっていた。大切な友人が……クウガになった一番最初から支えてくれた人が、そこにはいる。

 

 その道中、やはりすれ違う者はない。だが、それも今日までに──

 

──いや、視界の先、出久は人間の姿を認めた。まだ、子供というほかない幼い姿をした少女。それが独りぼっちで彷徨っているのだから、放っておけるわけもない。

 

 出久は慌ててマシンを停め、白髪の少女のもとに駆け寄った。

 

「きみ、こんなところでどうしたの!?」

「………」

「お母さん、お父さんは?」

 

 少女は声を発することなく、ただ首を横に振った。元々いないのか……あるいは、死柄木に──

 密かに拳を握りつつ、出久は笑顔をつくった。

 

「……こんなところにいたら、風邪、引いちゃうよ」

「………」

 

「送っていってあげるから、帰ろう」──そう続けようとしたそのとき、固く閉ざされていた少女の口が、わずかに動いた。

 

「……雨、」

「え?」

「ずっと、止まないのかな……」

 

「このまま、みんな死んじゃうのかな……?」

「……!」

 

 このとき、ようやく出久は気づいた。俯いたままの少女の瞳が、昏く濁っていることに。

 彼女に対して、自分が何をしてやれるのか。握った拳を振るうことは、この場ではなんの意味ももたない。

 

 だから出久はただ、己の思うままを口にした。

 

「大丈夫だよ」

 

 微笑みながらそう告げると、少女は顔を上げた。

 

「雨は必ず止むよ。そうしたら、青空になる」

「……ほんと?」

「うん!──雲に隠れて見えないかもしれないけど……その向こう側には、いつだって青空が広がってるんだ」

 

 少女は暫し、出久をじっと見つめていた。──やがてその両手が、出久の右手に包み込むように触れる。子供といえど十代に差し掛かっているであろう少女、流石に照れくさいものがあったけれども、出久はそれを受け入れた。こうしていると、ぬくもりを通じて互いの心を通わせ合っているような気がしてくる。

 

 そう感じたのは少女も同じだったのだろう。口許に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

「手……優しいね」

「え……」

「お兄さん、名前は?」

 

 不思議なことを言う少女だと思いながらも、「緑谷出久……です」と答えた。微妙に敬語になってしまったのは、やはりこそばゆさあってか。

 

「私はね、"壊理(エリ)"っていうの」

「壊理ちゃん、」

 

 手を添えたまま、少女──壊理は語りはじめた。

 

「私ね……小さい頃、すごくこわいところにいたの。痛いこともいっぱいされた。……私はずっと、ここにいるしかないんだって思ってた」

 

「でも、ヒーローが来てくれた」

「!、……そっか」

「今度も、来てくれるよね?」

 

「もちろんだよ」と、出久は即答した。それが"究極の闇"をもたらすかもしれない存在だと知っていても、躊躇はなかった。

 

「ヒーローは絶対に来る、そして最後には必ず勝って、みんなを救けるんだ。だから、あとちょっとの辛抱だよ」

「……わかった。信じて、待ってる」

 

 信じて──そう、信じてくれている。大勢の人々が。今度こそ"第4号"が、究極の闇を止めてくれると。

 

 

 その後、壊理の保護者に連絡をとって迎えに来てもらうことにした出久だったが、その身元を知ってそれはもう飛び上がらんばかりに驚愕した。

 

 壊理の保護者は、雄英在学中"ビッグ3"と称された実力者のひとり、

 

──ヒーロー"ルミリオン"だったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 警視庁では、X号探知システムの最終調整が行われていた。急ピッチで進められていく作業を、面構本部長と塚内管理官、そしてパトロールから一旦戻ってきた鷹野・森塚のふたりが見守っている。

 

 そこに、無線が入った。

 

『こちらインゲニウム!本部、聞こえますか?』

「!、──こちら本部、塚内だ」

 

 

 逢魔ヶ時を迎えつつある港湾から、飯田天哉は通信を行っていた。

 

「爆豪く……爆心地がB1号を撃破しました。場所は江東区辰巳5丁目の埠頭です」

『そうか……!』

「はい。海中に落下したため死体は確認できていませんが、ほぼ間違いないかと」

『了解した、すぐ捜査員をそちらに向かわせる。──ところで、爆心地はどうしてる?』

 

 尋ねられた飯田は、あらぬ方向を見遣った。爆豪勝己の姿は、既にここにはない。

 

「先にそちらへ戻りました。警視庁で緑谷くんと合流するつもりだそうです」

『そうか……区切りがついたらきみも戻ってくれていい。──よくやってくれた、本当に』

 

 塚内からの労いのことばを最後に、通信を終える。飯田は深々と息を吐き出し、さらに薄暗くなっていく曇天を見上げた。──夜が、近づきつつある。

 

 

 一方で本部の4人も、ひとまずほっと胸を撫でおろしていた。

 

「B1号撃破とは、最後の最後で大金星ですねぇ彼」

「そうね……。けど──」

「……ウム、神経断裂弾を使ったんだろう。この環境下では、彼の個性は本領を発揮できないワン」

 

 無論、あらかじめ許可を出して携行させていた以上、それは称賛こそすれ非難するようなことではない。ただ、意外ではあった。己の個性に並々ならぬプライドをもっているあの爆心地が、自ら引き金を引いたのだ。その決断に至った彼の胸中を、一同は思った。

 

──ともあれ。残る"未確認生命体"は、これであと1体となった。

 

「あとは、このシステム……」

「僕らの命運、託すしかないっスね」

 

 部下たちが探知システムに望みをかけている一方で、塚内は上司に歩み寄った。

 

「本部長。少し席を外してもよろしいですか?」

「……爆豪くんか?」

「ええ。おそらく"あれ"を使いたがるでしょうから、準備をしておかないと」

「わかった。行ってくるといいワン」

 

 了解を得た塚内は、一礼して去っていく。間もなく火蓋が切られる決戦──その用意が着々と整えられていく。そのために皆が努力しているのだけれど、矢面に立つのがいち学生であることを思うと面構は手放しでは喜べなかった。無論、そんなことはおくびにも出さないが。

 

 

 *

 

 

 

 夕暮れを経ることなく、空はいよいよ漆黒に染まった。

 未だ降りやまぬ雨に覆われた外界を、沢渡桜子はじっと見つめていた──まるで、誰かが来るのを待ち続けているかのように。

 

「………」

 

 それが比喩でなく事実であることを、同室で研究作業に没頭していたジャン・ミッシェル・ソレルも知っていた。桜子と待ち人、そのいずれともそれなりに親しくしているが、彼女ら同士の関係のこととなると入り込めない部分もある。いまはあくまで第三者として、彼女の背姿を見守っているほかないのだった。

 

 やがて、どれくらいの時間が過ぎたか。ため息をついた桜子が踵を返そうとしたそのとき、いずこからか二輪の駆動音が近づいてきた。

 

「!!」

 

 半ば身を乗り出すようにして、地上を見遣る。暗闇の中に煌めくヘッドライト。それを認めた瞬間、桜子は取るものも取らず研究室を飛び出した。

 

 彼女が外に出たときには、マシンは棟の目の前に停車していた。騎手が、ゆっくりと地上に降り立つ。

 彼の姿を認めて──桜子は、満面の笑みを浮かべた。

 

「──やあ、」

 

 ヘルメットを脱いだ青年も、それにつられるように微笑む。

 

「……出久、くん」

 

 土砂降りの雨に覆われた世界で、ふたりの視線が確かに交錯した。

 

 

──雨を避けて、軒下に移った出久と桜子。彼らの間には奇妙な沈黙が横たわった。お互い伝えたいことは数えきれないほどあるのに、うまくことばが出てこない。刻一刻と時間だけが過ぎていく。

 

 ややあって……互いの名を呼んだのが、ほぼ同時だった。

 

「……ふふっ」

「はは……」

 

 考えていることはまったく同じなのだ、自ずから笑みがこぼれる。今回は出久が、桜子に先を譲った。

 

「なるんだよね。凄まじき……戦士に」

「……うん。多分、最後の変身になると思う」

「そっか……」

「終わったあとどうするかとか、全然考えてないんだけどね。とりあえず、かっちゃんと山に登るくらいで」

「いいんじゃないかな……いまは、それだけでも」

 

 勝己と山登りに行くのも、他のことをするのも。すべてはこの先の戦いを乗り切った未来のこと。──ただ、勝てばいいというものではない。

 

「聖なる泉を、枯れ果てさせちゃ駄目だよ」

「……うん」

「それから……太陽を、闇に葬ったりしないこと」

「うん、」

「それから──」

 

 桜子がもうひとつ何かを言おうとしたとき……ビートチェイサーの無線が、呼出音を鳴らした。

 

「………」

 

 口をつぐむ桜子。それを無言の促しと捉えた出久は、黙ってマシンのもとへ駆け出した。

 

「──緑谷です!」

『俺だ』

「かっちゃん……!」

 

 雨音の中で、幼なじみの険しい声が響く。

 

『死柄木が群馬の藤岡市に現れた』

「!、レーダー、できたの?」

『いや……奴に先を越された。だがレーダーももうすぐ完成する。俺もすぐに行く』

「わかった!」

 

 たった10秒ほどの会話。それが決戦の火蓋となった。

 通信を終えた出久は……えも言われぬような表情で、桜子のほうを見遣った。桜子もまた、彼と同じ気持ちだった。このまま沈黙の時を続けたい、そんな感情を押さえつけて……精一杯の、笑みを浮かべる。

 

「行くんだね?」

「……うん!」

 

「いってらっしゃい」「いってきます」──万感の想いを裏側に込めた、シンプルなやりとり。ふたりには、それだけで十分だった。

 

「頑張ってくるよ!──じゃあ!」

 

 ビートチェイサーを反転させ、出久は再び走り出した。唸りをあげるエンジン音が、あっという間に遠ざかっていく。

 たまらず、傘を差すのも忘れて桜子は駆け出した。追いつけるとは思っていない。仮に追いつけたとして、引き留めたいわけでもない。

 ただ、

 

「絶対、絶対ッ……頑張ってね──!!」

 

 既に遠く離れている出久からは、どんなに叫んでもこたえが返ってくることはない。それでもいい、この声が降りしきる雨音にかき消されようとも構わなかった。

 

「マグカップ……置いておくから……」

 

 出久がいつまた、遊びに来てもいいように。

 

──たとえ何年、何十年の時が経ったとしても。

 

 

「………」

 

 雨粒と宵闇に覆われた街を、今度こそ戦場へ向かって出久は走る。その表情はもう、戦士のそれに染まっていた。

 

 守る、必ず。──そして、救ける。

 

『頼んだぞ、緑谷少年』

 

 オールマイトの声が、脳裏に響いた。

 

 

 *

 

 

 

──藤岡市内

 

 市街に現れた第X号──死柄木弔は、目についた生きとし生けるものすべてを無条件に殺戮していた。関東圏とはいえいままで未確認生命体の被害がほとんどなかったこの地域では、人々はなんの対策もなく日常生活を送っていた。

 ゆえにもとの人口が都内より少なくとも……彼の立つ場所から、見るに堪えない惨状が広がっていく。

 

「………」

 

 自らつくり出した炎と溶け崩れた死体の山に囲まれて、弔は声も出さずににたりと笑っていた。不気味な、痩身の青年──ヒトの姿そのままの彼は、ただそれだけでしかない。ただそれだけの存在が、既に3万を超える人命を奪った……。

 

 視界に入る何もかもを焼き尽くした弔は、再び歩きはじめた。いくら殺しても足りない。

 

 この渇きを癒すには……おそらく世界そのものを終わらせるほかないのだと、彼は既に悟っていた。

 

 

 死柄木を追って、出久は北上を続けていた。どこまで行っても土砂降りの雨が降り続いており、視界も非常に不明瞭。それでも出久は、疲労を感じることすらなく突き進んでいく。

 そこに、通信が入った。

 

『本部から全車!レーダーシステムがたったいま作動を開始した。X号は藤岡市から南下を続け、現在深谷市付近を移動中だ』

「……!」

 

 出久は思わず息を呑んだ。──近い。

 

『デク!』

 

 今度は勝己の声が響く。

 

『いまどのあたりにいる?』

「関越の花園ICを過ぎたところ……!」

 

 すれ違いになってしまった。ほとんど独占状態とはいえ高速道路上で逆走するわけにもいかない。もう何キロメートルか群馬方面に向かってから一般道に降り、南に踵を返すほかないのだが、それは驚異的な速度で移動を続ける弔に対しては痛いロスだった。

 しかし口惜しげな声で応じた出久に対して、勝己は意外にも落ち着き払っていた。

 

『奴の動きはわかってンだ、先回りして追いつめりゃいい。テメェの現在位置からして、うまくやりゃ東松山か川越のあたりで捕まえられるはずだ』

 

 無論、それは弔が途上で進路を変えなければの話。そんなわかりきったことをわざわざ言うつもりはなかったし……変えないという、ひとつの確信があった。弔の進んだ先に、在る場所をみれば──

 

「かっちゃんは、いまどこ?」

『東京を出たとこだ。どっかで合流すんぞ』

「わかった……!」

 

 うなずき、引き続きマシンを走らせる。いまこの瞬間にできることは変わりないが、それでも勝己の指示があるだけで身体がすっと軽くなるような気がする。この9ヶ月、ずっとそうだった。

 

 

 *

 

 

 

──数時間後 川越市内

 

 現れた死柄木弔──ン・ダグバ・ゼバによる殺戮が、ここでも始まっていた。

 レーダーシステム完成による進路予測から事前に避難命令が出されていたため、これまでに比べて被害は抑制されたが……それでも逃げ遅れた者、逃げなかった者は相当数存在する。特に避難誘導にあたっていた警察官、ヒーローの多くが彼の手にかかり、燃えさかる骸となっていた。

 

「………」

 

 割れた唇を真一文字に引き結び、たたずむ弔。己の動きが捕捉されつつあることを、彼は悟っていた。

 それならそれで構わない。己の中の"ダグバ"が渇望する宿敵が、来るというなら。

 

──そして、来た。

 

 エンジンのいななきとともに、跳躍するビートチェイサー。その前輪が容赦なく突き立てられる──そう思われた瞬間、

 

 弔の姿が、一瞬にしてかき消えた。

 

「……!」

 

 虚しく接地したあと、出久は呆然と辺りを見回した。確かに捉えたはずなのだ。にもかかわらず、周囲にあるのは雨によって消火され、無惨な姿を晒した遺体ばかり。

 

 刹那、どこからともなく声が響いた。

 

「やっぱり来たんだ。……ちょうどいい、オレの中にいる奴がうるさかったんだ」

「……!」

 

 気づけば弔は、数十メートルも離れた場所に立ち尽くしていた。暗闇と雨に覆われた世界の中で、彼の姿だけがぼうっと浮かびあがっている。

 

「この感じ……そうか、今度はおまえが"それ"を持ってるんだな」

「!」

 

 出久に受け継がれた"ワン・フォー・オール"の存在に、弔は気づいていた。その口許が緩んでゆき……やがて、これまでにないほど嬉しそうな笑みが浮かぶ。出久は思わず身震いしそうになったが、グリップを握りしめてそれを抑えた。

 

「本っ当にムカつくなァ、ヒーロー……でもいいや、今度こそ消し去ってやる。だから来いよ──"はじまりの場所"に、さ……」

 

 はじまりの場所──それがどこを指すのかを明示することなく、弔の周囲を光が包み込む。その眩さに思わず顔を背ける出久。

 

 再び顔を上げたときには、弔の姿は完全にかき消えていた。気配すら残さずに。

 

「………」

 

 出久が呆然としていると、背後からもうひとつのエンジン音が接近してきた。

 

「デク!!」

「!」

 

 我に返った出久が振り返ると、そこには爆豪勝己の姿があった。いつものように覆面パトカーではなく、修理を終えて保管されていたトライチェイサーに乗っている。もとは彼に与えられたマシンだったことを、出久は思い出した。

 

「死柄木は!?」

「ッ、ここにはもう……。──多分、九郎ヶ岳だ!」

「チッ……やっぱりか」

 

 弔の進行方向の先、東京との境付近に九郎ヶ岳が位置している。彼もまた、決戦を予期していたのだ。

 

 勝己がトライチェイサーを前に進めた。出久のビートチェイサーと、自ずと並ぶ形になる。

 

「デク、」

「うん」

 

「──行くぞ!」

「……うん!」

 

 車輪を並べ、ふたりは走り出す。はじまりの地──九郎ヶ岳へ向かって。

 

 

 




キャラクター紹介・グロンギ編 バギングドググドゲギド

オオカミ種怪人 ン・ガミオ・ゼダ/未確認生命体第0号

「ボセログン、レギバ(これも、運命か)」

身長:測定不能
体重:測定不能
能力:人間をグロンギへと変える黒煙を発する

行動記録:
種族の支配者たる"ン"の名を冠するグロンギ。九郎ヶ岳遺跡の発掘作業の影響で一番最初に覚醒し、本能のままに発掘隊を惨殺、直後に他のグロンギを甦らせた。
グロンギのいわば"王"でありながら戦闘や殺戮に対しては極めて消極的であり、上述の行動を悔やんでか役目である"整理"(ゲゲル参加権のない下級グロンギたちの殺害)をも拒んでいた。しかし古くからの友人であったヌ・ザジオ・レからも掟に従うこと(=己の殺害)を要求され、半ば絶望とともに使命の断行を決断する。その後は勝手な行動をとるゴ・ジャラジ・ダやダグバ=死柄木弔を牽制しつつ、最後のプレイヤーであるゴ・ガドル・バの死を見届けてから"究極の闇"を開始。身体から発する黒煙によって人々を殺害し、その遺体をグロンギへと変えて暴れさせた。このグロンギたちは魔石ゲブロンをもたず、ただ本能のままに暴れまわるゾンビのような存在である。
その他、衝撃波や黒い雷をほぼノーモーションで放つことができるほか、格闘や防御力についても隔絶しており、ガドルを倒したクウガ・アメイジングマイティフォームとアギトを圧倒した。しかし老いたその身は衰えており、長時間の戦闘には耐えられなくなりつつある。
最後は再びクウガ・アギトと衝突、黒煙を吸い込みながらも生還した爆豪勝己の参戦により奮起した彼らの猛攻を受ける。自ら生み出したグロンギたちを吸収することでパワーアップを果たすも、爆豪の爆炎に勢いを増したWライダーキックに競り負け、致命傷を負い撤退。彼らに感化されて究極の闇を中止、永遠に封印しようとするも、背後からダグバの不意打ちを受け斃れた。彼のもつ"王の証"はダグバに引き継がれることとなった。
超古代において、異形の力を得る以前のグロンギの族長であった。力ばかりを尊ぶグロンギの民族性に違和感を抱きつつも、当初は若き指導者として信頼を集めていた。しかし息子である"ダグバ"(≠死柄木)がある日落下してきた隕石から魔石を取り込み怪人化したのを皮切りに、あとに続いたグロンギたちは異なる種族である"リント"を標的とした殺人ゲームを行うようになる。それを止めることもできずダグバを後継として一度族長の座を降りるが、リントの戦士クウガとの死闘の果てにダグバが命を落としたことで復帰し、グロンギの王となったという経緯があった。しかしながら既に老いていた彼は積極的に戦おうとしなかったため、若く血気盛んなゲゲルのプレイヤーたちには腰抜けと映っていたらしく、若かりし頃のようなリーダーシップは発揮できなかった。

作者所感:
とむらくんをダグバにするにあたって自動生成されました。ディケイドボイスだとマダオさんなので、言うほど老人ではないですね。
「俺は二度と目覚めぬはずだった」「お互いこの世界にいてはならない者のようだな」と、グロンギらしからぬ台詞が印象的です。拙作ではそのイメージから発展したキャラクターにしました。グロンギにほとんど若者しかいない理由付けにもなるかなと。
劇場版クウガがあったらどんなキャラクターになってたんだろうか……。


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EPISODE 50. 空我 3/3

最後の戦い。クウガとやってることは大体同じですが、趣はだいぶ異なると思います。

あとは皆様の目でお確かめください。


 夜が明けようとしている。

 

 九郎ヶ岳の頂上付近は吹雪が吹きすさび、すべてが白一色に覆われている。命の萌芽すら埋もれたその光景は、既に終末を迎えたあとのようで。

 そんな世界の中に、死柄木弔はひとりたたずんでいた。薄気味悪い笑みをたたえた瞳は、吹雪の遥か向こう側を捉えている。

 

 憎悪に彩られた、赤。雪原の中でただひとつ、それはルビーのような輝きを放っていた。

 

 

 同時刻、九郎ヶ岳の山道を駆け上るふたつのマシンがあった。──緑谷出久の操るビートチェイサーと、爆豪勝己のトライチェイサー。轡を並べるようにして、彼らは吹雪に立ち向かうように走り続ける。

 

 死柄木弔を追って、彼らはここまで来た。深い雪に閉ざされた山中、この二大マシンでなければ進んでゆけない。捜査本部の面々の援護はありえず、彼らは完全にふたりきりだ。

 

「………」

 

 それでも彼らは、進んでいく。

 

 景色のいっこうに変わらぬワインディングロード。しかし積雪は先へゆくごとにうず高いものとなる。やがてビートチェイサー、トライチェイサーの性能をもってしても、突破困難な地点が現れた。

 

 合図するでもなく、ふたりは各々のマシンを停車させる。純白の大地が、彼らを冷たく迎え入れた。吹きつける風と、積雪を踏みしめる音だけが響く。

 

「──椿さんに聞いたんだけど、」

 

 ややあって、出久がそう口火を切った。

 

「ベルトの傷、まだ完全には治ってないんだって」

「………」

「だから……万が一のときはここ、お願い」

 

 己の腹部を指し示す。対する勝己は、是とも非とも言わない。しかしその表情は、彼とこうして強固なつながりをもつ以前であれば絶句しかねないようなもので。

 

「……そんな表情(かお)、しないでよ。きみにしか頼めないことなんだ」

「……ッ、」

「かっちゃん……」

 

 何も言おうとしないということは、頭では理解ってくれている。出久はそう解釈した。決戦の地はもうすぐ目と鼻の先にある。行かなければ──

 

──そのとき、絞り出すようにして、勝己が声をあげた。

 

「……テメェを、こんなところまで来させたくなかった」

「え……」

 

 ひどく静かで、それでいてよく通る声。これも再会してから知った、爆豪勝己の姿のひとつだった。

 

「何度も何度も突き放したっつーのに……結局、ついて来やがって。馬鹿だわ、テメェは」

 

 「本当に、馬鹿だ」──吐き捨てるように、言う勝己。その心中に渦を巻く感情に、出久は思いを致した。

 

 それができなかったから、自分たちの道は分かたれた。

 それができるようになったから、こうしてここまで来ることができた。

 

「それでも僕は、クウガになれてよかったと思ってる」

「……ッ、」

 

 

「だって──かっちゃんにまた、会えたから」

「!」

 

 わずか数十センチの距離で、向かい合う出久。その大きな瞳がひどく潤んでいることに、勝己は気づいた。

 微笑む出久は、ややあっておずおずと右手を差し出してきた。一瞬目を丸くしながらも、勝己はその行動を訝しくは思わない。それが彼なりの、最大限の親愛の情を込めた惜別であると、いまならわかるから。

 だから勝己は、躊躇いながらもその手をとった。出久の手にこうして触れるのは、いつ以来だろうか。あんなに小さくふくふくとしていた掌が、随分と硬く、骨ばったものになっていることに勝己は気づいた。そんなことわかりきっていたのに、どうしようもなく胸が詰まった。

 

──どれだけの時間、そうして幼なじみの手を握りしめていただろうか。彼の想いを察して、勝己はゆっくりと絡ませた指をほどいた。

 

「……じゃあ、行ってくるね」

「……あぁ」

 

「見ていて──僕の、変身」

 

 勝己の脳裏に、劫火の教会の記憶が甦る。向けられた背中も、あのときと同じもので。

 出久は静かに、右腕を突き出した。ゆっくりとそれを左に滑らせ……右の腰に、押し当てる。

 

 "アークル"が起動し、ついに最後の変身が始まった。出久の全身が光を放つ。アークルから胴に脚に、雷のような紋様が血管状に広がっていく。

 

「ッ、………」

 

 全身を襲う痺れるような痛みに、出久は歯を食いしばった。身体がこれまでにないほどに作り変えられていく感覚。これに流されてはいけない……"凄まじき戦士"になることを決意した理由を、今一度思い出す。

 そして遂に、身体が黒く膨れあがった。首から上──楕円形の翠眼も、もさもさの頭髪も、すべてが異形のそれへと変わっていく。顔の大部分を形成する巨大な複眼の色は……幻に現れたのと同じ、黒。

 

 いや、違う。

 

 闇の殻を突き破るようにして、内側から眩い輝きが放たれる。黄金──"平和の象徴"たる力と、彼自身が完全に融合した証だった。

 

 究極のクウガ──"アルティメットフォーム"への変身を遂げた出久は、やおら後方を見遣った。そこに立つ幼なじみに、輝きを示すために。

 

 そして、

 

──吹雪の向こうへ、彼は走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 未だ氷雪の中に立ち続ける、死柄木弔。彼は既に寒さも感じない身体となっていた。ゆえにこの地に居続けることもまったく苦ではない。ただ、ほの暗い笑みを浮かべていた。

 やがて吹雪の向こう側に浮かび上がった漆黒のシルエットを認めて、彼の秘めた歓喜は頂点に達した。

 

「同じになったんだな……オレと」

「………」

 

 オールマイトの力を受け継いだというだけでは足りない。──同じ究極の力をもつ者を叩き潰したあとの快楽は、想像するに余りある。

 笑顔を浮かべたまま……弔は、"変身"を始めた。もとより白い皮膚が完全なる純白へと変わり、黄金の意匠が施される。瞳は赤から、虚無を表す漆黒へ……。

 

 それはただの"ダグバ"でない、グロンギの王たる"ン・ダグバ・ゼバ"の姿だった。

 対峙するふたり。いずれもすぐには動かず、吹雪の中で虚無と光輝とが交錯する。

 

 やがて……どちらともなく、ざり、と一歩を踏み出した。一度動き出した足は止まらない。雪原を踏みしめるようにして、徐々に距離を詰めていくふたつの異形。

 ダグバが、やおら右手をかざした。途端、クウガの身体が炎に包まれる。

 

「……ッ、」

 

 3万人以上の人間を虐殺した劫火。体内から発火し、人体を構成する細胞を"崩壊"させる──弔のもつ個性が作用したそれに、クウガは息を詰めながら……己もまた、同じように右手をかざした。すると、今度はダグバの身体が燃えあがる。ワン・フォー・オールが作用したそれは、殺傷能力でいえば劣るが、純粋な炎の勢いでは勝っている。

 

 しかし己の個性を除けば、彼らのもつ力はまったく同じものだった。ゆえにもとより耐性が生まれており、致命傷を受ける前に細胞が修復されていく──互いに。

 究極たるこの形態は、人智を超越したあらゆる能力を発揮することができる。が、それらは互いに対しては通用しない。この劫火のぶつけ合いだけで、そのことは理解できた。

 

──ならば如何とするか。結論は、最初から出ていた。

 

 無意識に発動させた念力で炎をかき消すと同時に、ふたりは全速力で走り出していた。100メートル以上あった距離が一挙に詰まっていく。

 

 そして、

 

「──ッ!」

 

 クウガの、ダグバの拳が、互いの胴を打ち貫いた。硬質化した皮膚は容易く突き破られ、どちらのものかわからない鮮血が飛び散り雪原を汚す。

 

「ぐ……ッ」

「……ッ、」

 

 測定などしようもないが、ふたりの打撃力は黒の金のクウガやアギトの必殺キックすら凌ぐものとなっていた。ゆえに彼らの受けた衝撃は凄まじく、たまらず雪の中に倒れ込む。

 しかし、ふたりは即座に立ち上がった。そして再び、拳を振るう。そこでわずかに距離ができたとみるや、クウガが回し蹴りを放った。

 

「グガ……!」

 

 腹部を貫かれたダグバが吐血する。ワン・フォー・オールを発動させたアルティメットフォーム、その一撃はオールマイトの面影を浮かび上がらせる。

 ダグバの……死柄木弔の中に澱む憎悪が、燃えあがった。

 

「──殺す殺す殺すッ!!」

 

 激情のままに拳を振り回すダグバ。型も何もあったものではなく、子供の癇癪のようなそれが嵐となって目の前の敵に襲いかかる。胸を、腹を、顔面を打たれ、クウガもまたおびただしい量の血を流した。

 

「ぐぅ、う……ッ」歯を食いしばったような声をあげ、「う、──らぁあああッ!!」

 

 かつて何百、何千と繰り返し見た、オールマイトの一撃が自ずと脳裏に甦る。アルティメットフォームの肉体もまた、その動作を完璧に再現していた。

 拳を引き、突き出す。憎しみのあまり防御を疎かにしていたダグバの……その腹部に、それは突き刺さった。

 

「──!?」

 

 声にならない悲鳴を、彼はあげた。──閃光を纏った漆黒の拳は、バックルに直撃したのだ。黄金のそれに放射状のヒビが入り……瞬く間に、崩れ落ちていく。

 

「が……く、そがぁ……ッ」

 

 激痛とともに、全身から急速にエネルギーが失われていく。弔の憤懣は頂点に達した。このまま敗けて終わりなど、認められるものか。こいつだけは、なんとしてでも殺す──!

 

「がぁああああッ!!」

 

 変身を保てなくなるより寸分早く、ダグバはクウガの腹部に膝蹴りを叩き込む。果たして彼の執念は成就し、ダイヤモンドより硬いそれはアークルを直撃した。

 

「ぐぁ──!」

 

 焼けつくような痛みが、クウガを……出久を襲った。

 

 

 一方で、勝己もまた吹雪に逆らって戦場へ向かっていた。出久のことは見送ったが、それで役割を終えたとは思っていない。まだ、やらねばならないことがあるのだ。

 それがヒーロー・爆心地としてなのか、爆豪勝己というひとりの人間としてなのかは、彼自身判然としてはいなかったが。

 

「……ッ、」

 

 苛立ちが、彼の心を支配する。こんな極寒の環境下でなかったら、爆速ターボで翔ぶことだってできるのに。現実はただ、雪を一歩一歩踏みしめるようにして緩慢に進むことしかできない。

 

(デク……ッ)

 

 吹雪の果て──そこで行われている死闘がいかなる局面を迎えているのかさえ、いまの彼に知ることはできない。

 

 

 力の源であるベルトが、粉々に砕けて雪に埋もれている。

 その傍らで、ふたりの青年が激しい殴り合いを演じていた。緑谷出久と、死柄木弔。互いの殴打によって変身能力を失い、ただの人間でしかなくなっても、彼らの戦いは終わらずにいた。

 

「は、ハハハハ……ハハハハハ……っ!」

 

 血反吐とともに笑い声をあげながら、目の前の童顔を殴りつける弔。その一撃の重さ以上に、彼がいつ個性を振るおうとするかを血まみれの出久は案じていた。彼が終わらせようとすれば、そのとおりになる局面に来てしまっている。

 そうなる前に。そうなる前に──

 

(ワン・フォー・オール……!)

 

 振りかぶった右拳に、光流が現れる。

 

「──ス、マァァァァッシュ!!」

 

 力の奔流に耐えきれず、服の袖が弾け飛ぶ。もはや後戻りはできないのだと心して、彼は思いきり弔の頬を打った。

 

「グハァ……ッ!」

 

 顔をひしゃげさせながら、吹っ飛ぶ弔。変身時のそれにすらひけをとらない威力──オールマイトが"平和の象徴"たる所以の力、当然だ。

 だがずっと"無個性"で、クウガの力も失ってしまった出久の肉体は、その反動をもろに受けた。

 

「!?、うぐ、あぁぁ……ッ!」

 

 激痛が奔り、殴った右腕が赤黒く変色していく。筋繊維が千切れ、骨が折れた。受け継いで間もないこの力、コントロールできるはずもなかった。

 そしてそれほどの力をもってしても、弔の憎悪と執念を断ち切ることはできなかった。

 

「ふざけるなよ……ヒーローが……!」

 

 ぺっと折れた歯を血とともに吐き出しながら立ち上がり、殴り返すために向かっていく。それぞれが流した血が雪を赤く染め、降りしきる雪に覆い隠されてもまた、新たな血が流される。

 

──そのメビウスを、勝己はようやく視認できる距離にまでたどり着いた。

 

「デク……死柄木……!」

 

 果てしない暴力の応酬を続けるふたり。勢いだけで拳を振るい続ける弔に対し、自らの放った一撃のために右腕を損傷した出久は防戦に追い込まれつつある。

 あれはもう、究極の名を冠する者たちではない。ヴィランと、オールマイトの力を持ってしまった一般人。自分が見守っていなければならない理由は、もうない。

 

「……ッ、」

 

 それなのに、身体がかじかんでうまく動かない。爆破どころか、走ることすらおぼつかない。勝己は割れそうなほどに歯を食いしばりながら、必死に前へ前へと進もうとする。

 そのとき、出久が賭けに出た。使いものにならない右腕を盾にして、今度は左手を突き出したのだ。

 

「ス……マァァァッシュ──!!」

「……!」

 

 中指を曲げ……接着した親指に滑らせるように、放つ。いわゆる"でこぴん"というものだった。子供の戯れのような攻撃だが、ワン・フォー・オールを発動させたその威力は侮れない。

 まともに喰らい、再び吹き飛ばされる弔。だが右腕ほどではないとはいえ、反動で出久もダメージを受けた。中指の骨が粉砕され、それでも衝撃を殺しきれず手の骨にヒビが入る。

 

「ぐ、ああああ……ッ!」

 

 出久の心身も、ついに限界を迎えた。雪の中にそのまま、仰向けに倒れ込む。変色した裸の右腕に、吹雪が容赦なく降り積もっていく。

 倒れ伏したまま、動かないふたり。決着はついた──そう思われた矢先、弔の身体がごろりと転がった。

 

 這うようにして、彼は動き出した。雪をぐしゃりと握り潰しながら、出久へと迫っていく。

 

「おまえ、だけは……」

 

「おまえのそれだけは、消す……!」

 

 消えない執念。対する出久は、もう這って逃げることさえできない。勝己の心臓がどくりと嫌な音をたてる。早く、早くあそこにたどり着かなければいけない。そう思ったところに、ひときわ強い吹雪が吹きつけてきて、彼は一瞬ながら足止めを食らった。

 

 そして、

 

 死柄木の手が……出久の右脚を、掴んだ。

 

「!!」

 

 声も、出せなかった。

 

 一瞬の硬直のあと、5本の指が触れた箇所から崩壊が始まっていく。脛を包む布が、皮膚が、筋肉組織が、

 

 弔の個性によって、崩れ去っていく。

 

「や……めろ………」

 

 "それ"は、無個性のそいつが唯一持って生まれてきたものなんだぞ。

 

 そいつから、これ以上何かを奪うな。

 

──願いも虚しく、

 

 

 出久の右脚……膝から下が、跡形もなく崩れ去った。

 

「────、」

 

 弔が、笑っている。

 

 その声を聞いて、身体がかっと熱くなった。

 

 

──BOOOOOOOM!!

 

 響く、爆発音。自分でも意識しないうちに、勝己は宙を舞っていた。

 右手を振りかぶる。放たれる爆炎に、弔の身体が呑み込まれる。

 

「テ……メェ……!」

 

 勝己の真っ赤な双眸が、憎悪に染まる。瞬間的に、弔のそれを上回るほどの激情。いまの勝己の中に渦を巻くのは、ただそれだけだった。

 

──こいつを救けたいなんて思った自分が馬鹿だった。

 

──こいつは、殺しておくべきだった。

 

 だから、

 

「殺す──ッ!!」

 

 全身に火傷を負って、もう意識もない弔。彼に引導を渡すべく、勝己は一歩を踏み出そうとする──

 

──刹那、

 

 右脚に力が加わり、勝己はその場に押し止められた。

 

「!!」

「かっ……ちゃん……」

 

 勝己の脚を掴んでいる、力のこもらない左手。痛々しく変色したそれは、考えるまでもなく出久のものだった。あれほど憤怒に支配されていた頭が、すうっと冷えていくのを感じる。

 

「デ、ク」

「だ、め……駄目だ……それ以上は……」

「……ッ、」

 

 虚ろな目で、それでも縋るように訴えかける出久。状況もここに至る経緯もまったく違うのに、かつて自分に歯向かってきた幼い日の出久を思い出す。

 

 

 なんでだ、デク。なんでおまえは、そんなふうに──

 

 勝己がことばを失っていると……かすれた声で、出久は続けた。

 

「きみが……くるしいから……だから………」

「……!」

 

 刹那、いったん冷えきった勝己の中にどうしようもない感情が湧き起こってきた。

 

 ほとんど勝手に身体が動く。──雪に塗れた出久の身体を、彼は抱き上げていた。

 

「ッ、デク……!」

「ごめ……ん……。山、登れなくなっちゃった……」

「馬鹿野郎……!」

 

 なんでテメェが謝るんだ。やり場のない苛立ちとは裏腹に、勝己は自分より幾分も小柄な身体をきつく抱きしめる。──冷たい。

 一瞬、己の個性が頭をよぎった。爆破──確かに熱をもたらす個性だが、使えば温める以前に出久を傷つけてしまう。これが轟焦凍の個性なら、少なくとも右半身は温めてやれるのに。ままならない己の力を、勝己は生まれて初めて恨めしく思った。

 

 その感情が伝わったのか否か、出久がそっと肩に凭れかかってきた。

 

「か……ちゃ……、なかな……いで……」

「ッ、泣いて、ねぇわ……」

 

 吹き付けた雪が融けて、もとより顔も濡れている。それ以外にあふれ出すものがあるのかなんて、自分自身ですらわからない。

 

 もう一度、出久が名を呼ぶ。

 

「かっ……ちゃん、」

「……ンだよ」

 

「ぼく……きみのやくに、たてたかな……?」

「……!」

 

 勝己は息を詰めた。そのたったひと言が、すとんと胸に落ちた。

 

 

 あぁ、そうか。

 

 そうだったのだ。

 

──だいじょうぶ?たてる?

 

 幼き夏の日、川に落ちた自分に手を差し伸べてきたときも。

 その後、自分がどんなに暴言を吐き、暴力を振るい、彼の心身を傷つけてきても……ずっと。

 

 

 出久が抱いていたのは、そんな単純で、当たり前のものだったのだ。

 

「……あぁ、」

 

 

「ありがとな……、──いずく」

 

 あらゆる後悔を押さえつけて、勝己は応えた。本当はあの日、差し伸べられた手をとって、伝えるべきだったことばを。

 

「………」

 

 出久はもう、何も言わない。ただ肩口に押しつけられた口許がわずかに弛んだように感じるのは、都合の良い錯覚だろうか。

 

 そうであったとしても。

 

「出久……っ」

 

 背中に回した両腕に、力がこもる。

 

 やまぬ吹雪の中。

 冷たくなっていく幼なじみの身体を、いつまでも勝己は抱きしめ続けていた。

 

 

 つづく

 

 

 





勝己「昔ッから、デクはよく迷子になった」

かつき「デクはどんくせーし、なんもできねーでくのぼうだから!」

勝己「いつも、俺はあいつをさがしてた」

かつき「あいつは、バクゴーヒーロージムショのショチョーであるおれがまもってやんねーとな!」

勝己「あいつを見つけるのは、俺じゃなきゃいけないんだ」

かつき「あいつには、おれがヒツヨウだから!」
勝己「俺には、あいつが必要だから」


EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン


かつき「デク!」
勝己「……デク、」




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EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 1/4

最終回です。


 

 古びた神社の軒下で、ちいさな男の子がすすり泣いている。

 独りぼっちで、膝を抱えているその姿。痛ましくあったけれど……それ以上に、どこかほっとするような気持ちがあった。ああ、こいつはやっぱり──

 

『なにやってんだよ、デク』

『……かっちゃん?』

 

『──ほら、かえろうぜ』

 

 おずおずと、手を伸ばす。近頃は繋ぐより、自分を傷つけることのほうが増えてきたてのひら。

 それでも"デク"と呼ばれた子供は、その手をとった。はぐれた自分を探して、見つけてくれたという事実。彼には、それだけでよかった。

 

──そうだ、

 

──俺たちには、それだけでよかったんだ。

 

 

 *

 

 

 

―─池袋駅前

 

 昼と夜とを問わず大勢の人々が行きかうかの繁華街はいま、なんの前触れもなく降って湧いた災禍によって騒然としていた。

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 常人の3倍はあろうかという背丈に、屈強な身体つき。頭の両側面から生え出でた角と尖った口吻は、牛のそれに酷似していた。

 牛の獣人……というよりほぼ怪獣といって差し支えない容貌ながら、彼は戸籍の存在するれっきとした人間であった。ただ生まれもった"個性"のパワーに溺れ、衝動的に破壊行動に及んでいるだけの犯罪者。彼のような者は"ヴィラン"と称され、この超常社会においては日常の存在となりつつある。

 

 しかしいかに日常であるといえど、彼らの存在が大いなる脅威であることに変わりはない。とりわけその場に取り残された人々は、迫り来る死の恐怖に怯え、救世主の到来を祈るほかなかった。

 

「たすけて……」

 

「たすけて、ヒーロー……!!」

 

 そう、個性を悪用して人々を傷つけるヴィランが存在するように。

 

 

 この世界には、ヒーローがいた。

 

 

──BOOOOOOOM!!

 

 響く、爆音。つられて頭上へと視線をやった人々の目に飛び込んできたのは、まぶしいほどの青と白のコントラストのもとに飛翔する、漆黒の影。

 同時に現れた爆炎が、ヴィランの巨体を跳ね飛ばした。

 

「あ……あれは……!」

 

 逃げ遅れた市民のひとりが、声をあげる。

 

「好き勝手できんのもここまでだクソヴィラン。……何故かって?」

 

「俺が、勝つからだ!!」

 

──爆心地!

 

 誰からともなく、響く称号。それはこの日本社会において、知らない者はいないと言っても過言ではないヒーローの名前だった。

 その苛烈な性格と劫火に彩られた戦いぶりから、火星の神格であるマルスになぞらえ"戦神"と一部であだ名されてもいる──そんな彼の"爆破"の個性が、容赦なく振るわれようとしている。

 そうなれば、取り残された一般市民を巻き添えにしてしまうかもしれない。かなり危うい戦い方だが、彼は曲がりなりにもトップランカー入りしている実力派ヒーローだ。彼らの守護に、思いを致していないわけがない。

 

 爆破の衝撃で吹き飛ぶコンクリート片。その一部が逃げ出そうとする市民らめがけて飛んでいく──それを、

 

 筋骨逞しい上半身を晒した赤髪のヒーローが、受け止めた。

 

「ッ、お、らァッ!!」

 

 そのまま、弾き飛ばす。背後に守られた人々が歓声とともに、新たなもうひとりのヒーローの名を呼ぶ。

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)……!」

「烈怒頼雄斗!」

 

 守るべき人々を振り向き、八重歯を覗かせて笑う。かの戦神とは対照的な王道の振る舞いだが、彼は爆心地の唯一無二の相棒として知られるヒーローでもあった。

 唯一無二の相棒、なのだが……。

 

「遅せェぞクソ髪ィ!!とっととそいつら退けろや!!」

 

 この言われようである。慣れっこなのだろう、苦笑いを浮かべつつも素早く人々を避難させ、サポートする警官に引き渡していく。その際に「よろしく頼んます!」とひと言添える人当たりの良さもあるのだが、爆心地の罵倒を一身に受ける姿は同情の目で見られることも多い。

 

 いずれにせよ、これだけは間違いなくいえる。──爆心地が心おきなくヴィランと戦えるのは、彼の存在あってこそなのだと。

 

「さぁて三下ァ……ブタ箱行きになる前に言いてぇことはあっか?」

「こ、コノ……!舐メテンジャネ「聞かねえよブァーーーカ!!」」

 

 罵り終わる前に、ヴィランは爆炎に呑み込まれていた。

 

 

 *

 

 

 

 事件の後処理を終えた爆心地こと爆豪勝己と烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は、目白の一等地に居を構えるヒーロー事務所に帰還した。真新しい3階建てのビルに、"爆心地ヒーロー事務所"の看板が掲げられている。

 

 エントランスから階段で2階に上がり、こじんまりとしているがよく整頓された執務室に入る。──と、メッシュの入った金髪の特徴的な男が、彼らを迎え入れた。

 

「おつかれ所長、烈怒頼雄斗!今日も流石の活躍だったなぁ!」

「おー、チャージズマ。今日来るの早ぇな、シフト交代までまだ時間あるぜ?」

「い、いやそれがぁ……」

 

 チャージズマと呼ばれたヒーローがことばに詰まっていると、

 

「そいつ昨夜、嫁さんに雷落とされたんだとよ」

 

 奥で肘のロールを手入れしていたテーピンヒーロー・セロファンが揶揄うような声をあげる。駄洒落のつもりなのか素なのか、いまいち判然としない。

 

「上鳴が雷……ぷっ、な、なんで?」

「……それがさぁ、先週息抜きに行ったキャバクラの名刺見つかっちまって。おかげで愛しの娘ちゃんといってきますのチューもできずに出勤ってわけよ……ハァ」

「すげーテンプレ……。でも意外だな、耳郎ってそういうの気にしなさそうだと思ってたけど」

「昔はそうだったんだけどなー。ま、やきもち焼かれんのも悪くねーんだけどなブフォッ」

 

 いきなり両頬を掴まれ押しやられる。そんなことをするのはかの所長どのくらいしかいないわけで。

 

「ノロケなんざ聞きたかねーわ。口閉じらんねーなら素数でも数えてろアホ面」

「ふぉ、ふぉふぁえふぁあいふぁふぁわずらよなふぁくごぉ(おまえは相変わらずだよな爆豪)……」

 

 ドカドカと大股開きで進み、窓際のデスクにふんぞり返る勝己。その姿を目にした3人は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

 

 爆豪勝己がこの事務所を立ち上げたのは、いまから3年ほど前のことだった。

 かつて社会を震撼させた未確認生命体関連事件の終息をもって、勝己は警視庁への出向を解かれた。切島とともに当時所属していたヒーロー事務所で数年活動したあと、国際テロリズム対策部隊の一員に選抜されて鮮烈な海外デビューを果たし、任務終了後は帰国せず単身渡米。2年ほどロサンゼルスを拠点に活動したのち日本に凱旋した。既に米国でも名の知れたヒーローとなった彼は帰国後ほどなくしてトップランカー入りを果たし、現在ではNo.1の座も遠くないと言われている。ヒーローらしからぬ言動は相変わらずだが……その揺るぎない強さと烈しさによって、蔓延る悪への抑止力たりえていた。

 

 そして、彼のもとに所属するプロヒーロー3人。皆、雄英高校で同じ釜の飯を食べた仲であり、勝己が事務所を立ち上げると聞いて誰が号令をかけるでもなく集まってきた。相棒を自任してきた切島はともかくとして、チャージズマこと上鳴電気は当時娘が生まれたばかり、セロファンこと瀬呂範太に至っては10年近く所属していたアメリカの事務所からの移籍である──しかも帰国の便をちゃっかり勝己と同じにしていた──。

 そのような経緯もあり、4人の小所帯は順調に活動を続けているのだった。

 

 

「にしても爆豪。例の式典、出席しなくて本当によかったのか?」

 

「ちょうど始まったぞ」と続けつつ、瀬呂がテレビをつける。──映し出されたのは日本武道館。敷き詰められた椅子に大勢の人々が座しており、厳粛な雰囲気に包まれている。

 と、アナウンサーの硬い声が流れた。

 

『多くの犠牲者を出した未確認生命体関連事件の終息から、今日で10年となりました。ここ日本武道館では、犠牲となった方々を偲ぶ追悼式典が始まろうとしています──』

「ほら」

「………」

 

 フン、と鼻を鳴らす勝己。そっぽを向く素振りを見せつつも、彼の赤い瞳はしっかりと液晶を捉えていた。

 

「お、いま映ってるの飯田じゃね?」

 

 画面を指差す上鳴。中継のカメラがズームアップしてゆき、彼のことばが正しいことが示された。背筋をぴんと伸ばして座っている、体格の良い眼鏡の男。

 

──飯田天哉、ターボヒーロー・インゲニウム。彼もまた、雄英でともに学んだ学友であり……勝己にとっては、未確認生命体との戦いで肩を並べた戦友でもある。

 勝己と同じく、彼もまた自ら事務所を差配する身となっていた。兄の初代インゲニウム・飯田天晴のサポートを受けつつ、所属ヒーロー十数人規模で活動している。生真面目ながら柔軟性もあり、面倒見の良い彼はリーダーとしての素質を十分に備えている。同級生たちからすると、所長というよりいつまでも"委員長"なのだが。

 

「あいつが出てんのに爆豪いねーってなると、また色んなとこから叩かれねえ?だいじょぶ?」

「ハッ、今さら誰に何言われようが関係ねえわ。……それに、適材適所なんだよ。こういうンは」

 

 過去の悲劇を偲び、犠牲者の冥福を祈る──飯田のような優しい人間にこそ、ふさわしい役割。

 ならば自分には何ができるか。その答が先ほどの戦いだ。片時も立ち止まることなく戦い続けることだけがヒーロー・爆心地のレゾンデートル、そう心して今日この日まで来た。

 

 そんな生き方を変えるつもりは毛頭ない。……ただ、ひと区切りをつけるつもりでいた。爆豪勝己として、やりたいことができてしまったから。

 

「……もう帰る。半年は戻らんからそのつもりで」

 

 こともなげな物言いとは裏腹の衝撃的な発言だったが、所属ヒーローたちはすんなりと受け入れた。所長は本日より無期限の長期休暇に入る──あらかじめわかっていて、数ヶ月前から準備してきたことだ。

 

「任せとけって!オメーがいなくても事務所はちゃんと回してくからよ。……だから、」

 

「また、"アイツ"に会わせてくれよ。バクゴー」

 

 切島の双眸が、いつの間にか真剣な輝きを帯びている。勝己はそれを真正面から受け止めた。

 

「……わぁっとるわ」

 

 去っていく勝己。その背中を見送りつつ、瀬呂がぽつりとつぶやく。

 

「No.1目前にしての休業……マスコミがああだこうだ憶測を書き立ててるけど、まさかあんな理由とは誰も思わねーよな」

「そりゃそーだろ」上鳴も同調する。「俺だって腰抜かしそうになったもん。あいつ、特定の誰かにンな拘りあったんだって。な、切島?」

「……まあな」

 

 曖昧にうなずきつつ、切島は相棒の過去に思いを致した。それは"拘り"などということばで片付けられるものではない。爆豪勝己をヒーロー・爆心地たらしめる根幹をなすものであって、ヒーローであることをなげうってでも拾い上げようと、唯一彼に思わせることのできるもの。

 そこは切島ですら未だ入り込むことのできない深淵だったが、すべてを知ったいま無念とは思わなかった。独りで行くことを選んだ勝己が、帰ってくるときには隣にあの青年を連れていてくれるなら、それでいい。

 

 

 *

 

 

 

 爆心地は徹底した合理主義者だと言われることがある。

 

 逃げ遅れた一般市民の救出を烈怒頼雄斗はじめサイドキックに委ねて戦いのみに集中する、式典のような行事やマスコミ対応には一切気を配らない──この日の一連がそれを象徴している。本人の言動も相俟ってルーキー時代は批判を受けることも多かったが、而立の齢を過ぎて円熟味が出てきたためかそう評されることが増えてきた。

 

 そのイメージからか、帰国後一度だけ受けたインタビューでこんなことを訊かれたことがある。

 

──いままでの人生で一度でも、神頼みをしたことはありますか?

 

 インタビュアーとしては、「ンなモンねえ」という返答を期待していたのだろう。だが、

 

──ある。一度だけな。

 

 当然関心を引かれてか、いつどこで、どんなことでと、怒涛の勢いで質問が続いたのを覚えている。勝己としては嘘をつかなかったまでのことで、それ以上己の想い出をさらけ出すつもりは毛頭なかった。

 

 そう、あれは幼き日の想い出だ。探検の最中はぐれた幼なじみをひとり探して、ようやく見つけたその場所でのこと。

 

『なぁデク、しってるか?ふたりいっしょにここでおいのりすると、はなればなれになってもかみさまがまたあわせてくれるらしいぜ!』

 

 どんくさく木偶の坊な幼なじみにしてはよくやったと、当時の勝己は真剣に思った。彼がたまたま迷い込んだ神社には、そんな謂われがあったのだ。

 

『これでおまえがまいごになっても、もうだいじょうぶだな!』

 

 そう告げてやると、『もうならないもん』と頬を膨らませる幼なじみ。最近こうして歯向かってくることが増えてきて、その度に苛立って突き放してしまうようになりつつあったが……このときばかりは、気持ちは凪いだままだった。"離れ離れになっても、また会える"──そのことばを喜ばしく思っていることが、態度から伝わってきたから。

 

 なけなしの小遣いからひねり出した10円玉を賽銭箱に放り込み、うろ覚えの作法で手を合わせる。いまにして思えば間違いだらけだったのだが、何も知らない幼なじみはいつものように『かっちゃんはなんでもしってるね!』と目をきらきらさせていたし、勝己自身も鼻を高くしていた。

 

 あのときの勝己は、確かに神さまの存在を信じていた。それは彼が案外とふつうの子供だったからなのだけれど、現在に至るまであの神頼みが無駄なものだったとは思わない。

 幼い願いは、いまでも胸の奥にある。神が存在しないならば自らの足で進んでゆくだけだ。子供でなくなった勝己の、それが答だった。

 

 





キャラクター紹介・グロンギ編 バギンググシギ

バラ種怪人 ラ・バルバ・デ/未確認生命体B群1号

「……ビビギダダ。ゴラゲド、パラダ、ガギダ……ギ、ロボザ(気に入った。おまえとはまた、会いたいものだ)」

※怪人体のデータなし

行動記録:
"ゲゲル"の管理者である"ラ"の称号をもつ謎めいた美女。グロンギの復活当初から一貫してゲームマスターのような役割を担っており、プレイヤーたちに指示を与える。その一方で同じ"ラ"のドルドと共謀してアギトや死柄木弔を手中に収めようとするなど(後者は成功し、のちに惨禍をもたらすこととなる)、役割とも一線を画した動きも見せてきた。 
爆豪勝己とは幾度となく対峙し、その度に意味深なことばを投げかけてきた。一方で彼の攻撃を受けてもまともに応戦したことはなく、催眠作用のある薔薇の花弁を浴びせて眠らせたり、腕の一部を蔦に覆われた異形に変化させて突き飛ばす程度の行動しかとらない。怪人体は一度たりとも見せたことはなかった。
古代から甦ったグロンギの中では最後まで生き残り、"ン・ダグバ・ゼバ"となった死柄木弔による"究極の闇"を見守っていたが、そのさなかに爆豪と遭遇。神経断裂弾に貫かれて海中に没した。
その際に上記のことばを残している……妖艶な微笑とともに。

作者所感:
原作のイメージそのままですが、アギト&死柄木関連もあってより謎度合いが増したんじゃないかと思います。実際何を企んでいたかは明らかになりませんでしたが、例の羊皮紙がヒントになってる……と思います。グロンギのタトゥや文字とは明らかに異なる梵字のような紋様……人が人を殺してはならない(戒め)


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EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 2/4

Wライダーの御帰還だな!


 

 翌朝。澄みきった青空のもとにある公園は、休日ということもあって多くの親子連れで賑わっている。

 そんな中にあって、爆豪勝己は人を待っていた。ニット帽に伊達眼鏡という定番すぎる変装でベンチに座っているのだが、これだけ人が多いとかえって目につきにくいらしかった。

 まだわずかに冷ややかさを残しつつも、太陽光によってぽかぽかと温まっていく空気。自然と身体が弛んでいくのは生物の性。しかし勝己は、冬ほどでないにせよ春を嫌っていた。この時期はヴィランも調子に乗って活性化するのか、犯罪発生率が上昇する。ヒーローとしては腹立たしいことこのうえない。

 

──ヒーローとしてだけでなく爆豪勝己個人としても、春には良い想い出がなかった。自身の誕生日?確かにその真っ只中にあるのだが、そんなものは既に忘却の彼方だ。

 

「ふぁ……チッ、」

 

 思わずこぼれてしまった欠伸を噛み殺しつつ舌打ちを漏らしていると、にわかに周囲がざわつきはじめた。

 

「──爆豪、」

「!」

 

 ついに待ち人が訪れた。反射的に「遅ェ!」とがなりかける勝己であったが……相手が特徴的な紅白頭を露にしているのを認めて、集まるざわめきと視線の意味を悟った。

 

「おはよう。待たせちまったか?」

「テメェ……」

 

「アタマ隠せや半分ヤロォ!!」

 

 「お」と呆けたような表情を浮かべる整った顔立ちの男。左目の周囲を覆う火傷痕が痛々しいが、当人に気後れする素振りはない。

 

──ヒーロー・ショートこと、轟焦凍。彼こそが、勝己の待ち人であった。

 

 

 結局勝己の正体もばれて大騒ぎになりかけたので、大急ぎでその場を離れることにした。同時に、ニット帽も焦凍に貸し出す羽目になり。

 

「悪ぃ爆豪、帽子借りちまって」

「……チッ、洗って返せよ。言っとくがまんま洗濯機に突っ込むんじゃねえぞ!」

「わかってる、俺だってそのくらいは学習した」

 

 頬を膨らませる焦凍。昔から腹立たしい表情だと思っていたが、もう年齢も年齢である。以前おっさんのそれは見苦しいぞと嘲ってやったのだが、あまり効き目はなかったようだ。

 

「おまえから誘ってくれることなんてそうそうないからな。つい舞い上がっちまった、悪ぃ」

「……そーかよ」

 

 そう言われるとまんざらでもない気分になる。焦凍の場合、率直にものを言うから嫌味がないのだ。それは世間知らずに起因するものではあるが、焦凍の美徳であることには間違いない。

 

 並んで遊歩道を歩きながら……沈黙が降りる。勝己の性格を理解しているからか、怪訝には思っていない様子の焦凍。ただ誘った側としてはそういうわけにもいかない。別に話がしたかったわけではないが、呼びつけた以上は怒鳴って終わりでは忍びない。その点、勝己には妙な律儀さがあった。

 ややあって、

 

「……どーよ最近」

「ん?」

 

 訊いてから、しくったと思った。切島や上鳴ならともかく、この男相手には抽象すぎる問いだった。

 少し考えたあと、案の定頓珍漢な答が返ってきた。

 

「親父もグラントリノも元気にしてるぞ。ふたりして陶芸にハマってるらしくて、この前自作の茶碗と湯呑みを送ってもらった」

「陶芸て……年寄りかよ。グラントリノはともかくよ」

「まあ、親父ももう還暦だからな……」

 

 しみじみとつぶやく焦凍。離れて暮らしてはいるが、良好な関係を保っているようだ。それは勝己からしても不愉快なことではなかった。

 

「それよか、テメェのことだよ。……()()()、どうなんだ」

「おぉ、これか」

 

 右手を掲げてみせる焦凍。かちゃりと、金属めいた音がする。

 

 10年前の未確認生命体との戦いの中で、彼は両腕の肘から先を失っていた。いまここに存在するのは、鋼鉄と精密機械の集合体を人工皮膚で覆った義手だ。あまりに精巧に造られているため、見た目にはそれとわからない。指の動きも繊細かつ滑らかである。

 

「コイツのおかげで、どうにかヒーロー続けられてる。発目に感謝しねえとな」

「おーおー、感謝しねえとなんねえのは発目だけか?」

「……相変わらず意地悪だな、おまえ」

 

 ふ、と溜息をついた焦凍が、ふと遠い目になる。彼の生活を支えてくれる女性が、いまはそばにいた。

 

「自力じゃメシも食えない俺の面倒、嫌な顔ひとつせず見てくれた。しかも、義手の材料まで用意してくれて……感謝してもしきれねえ、八百万には」

 

 八百万百──ヒーロー・クリエティ。勝己も時折様子を見に行っていたが、彼女の献身ぶりは家族と同等かそれ以上に映った。それがただの博愛でないことは、誰の目にも明らかだ。義手を手に入れて日常生活はもちろんヒーロー活動も可能となった焦凍の、いまでもすぐそばにいる──それが答なのだろう。

 

 勝己が口を閉ざしたのをどう勘違いしたのか、焦凍はやや焦った様子で続けた。

 

「あ、もちろんおまえにだって感謝してるぞ。……つーか、俺は本当に、大勢の人に借りをつくりすぎてる。一生かかっても、返していけるかわかんねえ……」

「………」

「なぁ爆豪。俺は、どうすればいいと思う?」

 

 いくつになっても末っ子根性の抜けない野郎だと、勝己は思った。いまのこいつに、それがわからないはずがない。生来の──にもかかわらず幼少期は押し殺すほかなかった──甘えん坊気質ゆえ、背中を押してほしいだけなのだ。

 問題は、勝己も頼られるのには弱いこと。本質的にこいつとの相性は悪くないのだと、認めざるをえない。

 

「轟焦凍。テメェがやりてェことはなんなんだよ」

「何って、そりゃあ……」

 

「……ヒーローで、あり続けたい。そしていつかは、オールマイトを──超えたい」

「………」

 

 フッと、勝己は息を吐いた。

 

「……嘲うなよ。そりゃ、俺はこんな奴だけど──」

「違ぇよ。テメェの目指してるモンと、いままでテメェを支えてきたっつー連中が望んでるモンは変わらねえ。……そのまま進み続けりゃ、恩返しになるんじゃねーの」

「!、爆豪……」

 

「……ありがとな。何度も何度も立ち止まっちまった俺だけど……いつか、たどり着いてみせる。おまえのことも、越えていくからな」

「ハッ、やってみろや」戦友の挑戦を、獰猛な笑みで迎え撃つ。「半年どころか10年遊んでても追いつかれる気ィしねーけどなァ!!」

 

 その返答は、焦凍の知っている爆豪勝己そのままだった。──彼がしばらくヒーロー活動を休止することは知っている。彼にとってそれは停滞ではなく、()()()()()()()進むためのファクターとなるのだろう。

 

「爆豪。俺、思うよ」

「あ?」

 

「おまえと緑谷が、幼なじみでよかったって。──だから、」

 

 今度は焦凍が、勝己の背中を押す番のようだった。

 

 

 *

 

 

 

 飯田天哉にとって、科学警察研究所を訪れるのは実に10年ぶりのことだった。

 

 それでもエントランスに足を踏み入れると、ここに足しげく通った日々が昨日のことのように思い出されてくる。そんなふうに感じてしまうのも、自分が歳をとったせいなのだろうか。

 

──インゲニウム事務所所長としての公用。今日ここへは、表向きそのような理由で来た。

 合同捜査本部に所属していた頃に培った人脈を活かし、彼は警察との協力を積極的に進めている。もっともそれは、事件終息から時を経るごとにヒーロー業界のスタンダードになりつつある。警察はもう、かつてのような"ヴィラン受け取り係"ではないのだ。

 

 それはともかく……"表向き"と言うからには、公用の裏には私人としての意志もあるのであって。

 まだ約束まで時間はある。いま連絡して相手の予定を狂わせてしまうのも申し訳ないと思い、飲み物でも買おうと自販機めがけて歩きだそうとした──と、そのとき。

 

『ジュースくらい出すけど?』

「!」

 

 シニカルな、しかしどこか雅やかないろをたたえているこの声。様々な思いが胸中に去来するなかで、飯田はやおら振り返った。

 

『よう。30分前行動は相変わらずだな、飯田』

「──心操くん……!久しぶりだな!」

 

 逆立った藤色の髪に、彼が警察官であることを示す濃紺の制服。着痩せする性質なのは変わらないようだが、それでも以前よりさらに鍛えあげられていることが服の上からでもわかる。

 

 

──心操人使。10年前、当時学生の身ながら開発されたばかりの"第3世代型強化外骨格および強化外筋システム"──通称"G3"──の装着員に抜擢され、ともに未確認生命体と戦い抜いた青年だ。

 事件終息後にいったんは身を引いたものの、大学卒業後に警視庁に入庁し、交番勤務を経て再びG3ユニットに配属。大幅な規模拡大が行われたチームの、副長兼一番隊小隊長を務めている。

 

 「遅ればせながら、おめでとう!」──そう伝えると、心操ははにかんだような笑みを浮かべた。その表情は、昔と驚くほど変わっていない。

 

『ありがと。……柄じゃないんだけどな、副長だの隊長だのなんて』

「そんなことはない、極めて順当な人事だと俺は思うぞ!」

 

 皮肉っぽい振る舞いが目立つが、心操は本質的には真面目な努力家で、挫折を経験しているだけあって思いやりもある。さらにいかなる事態を前にしても動じない冷静さもあるとなれば、これはもう資質に文句のつけようなどないだろう。実際、彼は警視庁内外で高い評価を得ているのだった──この様子を見るに、本人はあまり頓着していないようだが。

 

「しかし、きみとはなかなか縁がなかったな……。職務上、玉川班長と会う機会は多いんだが」

『お互い現場以外の仕事が増えちまったからな。たまには飲み行くか……まあ、俺は飲めないんだけど』

「!、………」

 

 飯田は思わず口をつぐんだ。体質的にはむしろ、心操は酒に強いほうだった。学生時代にはそれなりに嗜んでもいたのだ。なのに──

 

「……喉の調子は、どうだい?」

『相変わらずさ、良くも悪くもならず。けど、"こいつ"のおかげでこのとおり、不便はしてないよ』

 

 指差す喉元は、黒いデバイスで完全に覆われていた。首に巻かれたそれには、失われた心操の声を再現したデータがインストールされている。喉と口の筋肉の動きを感知して、コンマ数秒のずれもなく発声を行ってくれるすぐれものだ。ふつうに聞いているぶんには、機械によるものとはとても思えない──それほどまでに、自然な音声だ。

 

「話には聞いていたが……本当に、きみの声そのままだな」

『だろ?カラオケにだって行けるんだぜ。──ただ一点、個性は使えないのがタマにキズかな』

 

 心操の個性である"洗脳"は、自身の声を聞いた相手が受け答えをすることによって発動する。──いかに完璧に再現していようとも、機械音声は個性のトリガーとしては不適格らしい。

 

「そうか……。それは、勿体ないな……」

『うん。まあ、"勿体ない"程度なんだけどな』

「あ……すまない。不躾な言い方をしてしまった」

『いや俺もそう思ってるから。不便はないんだよ、本当に』

 

 微笑む心操。飯田はその表情から本音を探ったが、特に抑えているものは感じられなかった。元々あまり自分の個性を好いてはいなかったようだが、それでも彼のアイデンティティのひとつであったことに変わりはない。その実質的な喪失は、彼を苦しませただろう──少なくとも、過去においては。

 

『ただ、これから先どうなるかはわからない。治療もダメなりに続けてるし……このデバイスの開発者も試行錯誤してくれてる。慣れはしても、あきらめはしない。──そっちのほうが、ヒーローっぽいだろ?』

「心操くん……!」

 

 心操のことばには、胸にこみ上げてくるものがあった。感情のままに、その両手をまとめて握る。

 

『お、おい……』

「心操くんッ、きみは本当に素晴らしい男だ……!ぼく、お、俺は嬉しい……!」

『……そういうとこ、相変わらずだな。あんたが万人に好かれる理由、わかる気がするよ』

 

『けど、喜んでていいのか?』──そう言って、心操は挑戦的な笑みを浮かべた。

 

『そりゃ協力はしてるが、俺たちはあんたらヒーローを潰しにかかってるんだぜ?もうちょっと対抗心剥き出しにしてもらわないと、こっちも張り合いがない』

 

 冗談めかした物言いではあるが……心操のことばは、いま現在の社会情勢を端的に表していた。

 G3の配備を含め、警察の戦力はかつてとは比べものにならないほど強化されている。凶悪なヴィランを、彼らG3ユニットが鎮圧する──10年前には存在しえなかった、日常風景。ヒーローがまったく必要とされなくなったわけではないが、相対的に存在感が低下したことは事実だ。活躍の場を失って引退に追い込まれたヒーローも少なからずいる。現場はともかく警察組織としてはそれを歓迎しているふしもある。"潰しにかかっている"というならある意味そのとおりなのかもしれない。

 しかし、それでも──

 

「……何も足を引っ張りあっているわけではない、市民の安寧を守るためにお互い死力を尽くしているんだ。その結果がいかなるものであれ……時流、なのだろうな」

 

 誰も大きな時の流れに抗うことはできない。この狂騒のごとき英雄の時代も、全体から見れば刹那の潮流にすぎないのだろう。遥か未来にはきっと、教科書の何ページかを飾れば上出来という程度の。

 

「それでも俺は……俺たちは戦う。人々の救けを求める声がある限り。俺たちの存在が時代の徒花であったとしても構わない。その瞬間、困っている誰かに手を差し伸べられるのなら」

『………』

 

 飯田の宣言を、心操は呆気にとられたような表情で聞いていた。すべてのヒーローの総意と言うには、あまりに悲壮すぎる覚悟。しかしそれゆえにこの男は人々に望まれ、ヒーローであり続けるのだろうという予感があった。

 

『……まだまだ、敵わないわけだ』

「ム、何か言ったかい?」

『いや、こっちの話。あんたの言うとおり想いは一緒だ、これからも協力していければと思ってる。──よろしくお願いしますよ、インゲニウム所長?』

「こちらこそ!心操……警部補」

 

 気心の知れた相手と役職で呼びあうのは、なんともこそばゆいものがあった──普段同級生ともヒーローネームで呼びあっているといえども。

 

『あぁそうだ、』いきなり素に戻る心操。『あんたの他にもひとりお客さんが来てるんだ。ダブルブッキングで申し訳ないけど』

「いや、構わないが……その物言いだと、俺とも面識がある人物のようだな」

『まあ。──実際、会ったほうが早いだろ』

 

 ちょうど目的の研究室にたどり着いた。心操が黙って扉を開ける。──と、そこには確かに先客の姿があった。飾り気のないパンツスタイルに、長く伸びた桃色の髪を後ろで束ねている。振り向いた彼女の顔を認めて、飯田は「ああっ」と声をあげた。

 

「は、発目くん……!」

「……飯田さん、」

 

 10年ぶりの再会……というわけではなかった。少なくとも心操とよりは頻繁に顔を合わせている相手。にもかかわらず流れるなんとも形容しがたい雰囲気は一体何か。

 察した心操は、口許が綻びかけるのを誤魔化しつつ半歩下がった。

 

『あ……っと、俺、飲み物用意してくるから。ちょっとゆっくりしてて』

「あ、ちょ、心操くん──!?」

 

 制止むなしく、そそくさと立ち去る心操。飲み物云々など建前にすぎない。彼とて馬に蹴られたくはなかったのだ。

 

『……リア充どもめ』

 

 恨みがましいつぶやきを、相棒であるデバイスはいつもどおり受け止めてくれた。

 

 

 





キャラクター紹介 グロンギ編 バギンググシギドパパン

クワガタ種怪人 ン・ダグバ・ゼバ/未確認生命体第X号

身長:200cm→測定不能
体重:95kg→測定不能
能力:"崩壊"→超自然発火能力

備考:
超古代において王として君臨し、虐殺の限りを尽くしたグロンギ。現代においてはその力を死柄木弔が受け継ぎ、ダグバと呼ばれるようになった。
固有能力として瞬間移動めいた超スピードで動けるほか、弔のもつ"崩壊"の個性も使うことができる。弔の肉体と魔石の相性が良かったのか、当初からアギトと互角の戦いを演じるほどの力を発揮した。
怪人化して間もなくゴ・ジャラジ・ダ、ズ・ゴオマ・グとともに科警研を襲撃、G2を奪取することに成功する。その後は"整理"と称して各地で下位のグロンギを虐殺し続け、161体もの命を奪った。
東京へ戻ったのち、一度クウガを襲撃するが、復権したン・ガミオ・ゼダに咎められてしまい暫し表舞台から身を引くこととなる。しかしその恨みは忘れていなかったようで、戦いに敗れて深傷を負ったガミオを襲って殺害、奪い取った"王の証"を体内に取り込むことで究極の姿――ラ・バルバ・デ曰く"究極の闇"そのもの――へと進化する。大気中のプラズマを操る能力を得、"崩壊"と融合させて生み出した超自然発火能力により、数週間のうちに3万人もの人間を殺害。クウガとアギトにも重傷を負わせる。
最後は"凄まじき戦士"となったクウガと氷雪吹きすさぶ九郎ヶ岳で壮絶な闘争を演じた。互いにベルトを破壊して変身能力を失ってもなお続けられた殴りあいの果て、クウガこと緑谷出久は右足を失い、弔は……。

作者所感:
ラスボス~。当初はミラージュアギト化している設定だったんですが中途半端にボツになりました。「アギトと似た容姿をしている」というのはその名残だったりします。
超古代における本来のダグバは概ね原作どおりのやべー奴をイメージしていただければOKです。



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EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 3/4

 

 コバルトブルーの海原が、どこまでも続いている。打ち寄せる波のこえ、真珠のような白い砂浜。

 

 そして、彼方を見つめる瞳。

 

 雲ひとつない青空と融け合い、境界をなくした水平線。その彼方に存在する決して消えることのない悲嘆の記憶──そして、未来への希望。

 

 

 車輪の廻る音が、静かに響いた。

 

 

 *

 

 

 

「おまえ、いい加減浮いた話のひとつもないのかよ?」

 

 椅子に落ち着くなりそう言い放った椿秀一に、勝己は呆れるほかなかった。

 

「あんたはいくつンなってもそれだな……。大体、40過ぎて未だ独身のおっさんに言われたかねえよ」

「ばーか。俺はおまえくらいの頃は遊んでたし、いまは一途にある女性を想ってる。おまえだってその気になりゃ引く手あまたなんだから、騙されたと思って恋のひとつでもしてみろ。くだらないと思うかもしれんが、意外と人生に深みができるもんだ」

「……あーハイハイ、ご高説どーも椿センセー」

 

 こういう手合いに対してキレたところで無意味と学習している勝己は、適当に受け流すことを選んだ。相手はそれを察して恨みがましい表情を浮かべているが。

 

「……ま、それはそれとしてだ。──これが見たくて来たんだろ、おまえは」

 

 真面目な表情に戻った椿。その手にあった数枚のレントゲン写真が、順々とボードに貼り出されていく。人の腹部を写したもの……なのだが、そこにはベルトのような形状をした物体が存在していた。そこから伸びる無数の神経。左から右へと行くごとに、その数は明らかに増殖している。

 

「一番右が、最後に撮影したものだ」

「……アイツ、こんなに」

 

 当時も目通ししていたが、時を経て見ると改めてことばを失う。外見的には若干逞しくなったという程度の幼なじみ、彼の体内ではここまで劇的な変化が起こっていたのだ。

 

「"凄まじき戦士"になったあいつの身体は、これよりさらに変化が進んでいたはずだ。それでもあいつは何も変わらない、緑谷出久のままだった……だろ?」

「………」

 

 口にはせずとも、小さくうなずく勝己。あの戦いのあと、冷えきった彼の身体を抱きしめた感触。いまでも鮮明に残されている。

 

「緑谷は間違いなくヒーローだった。……でも、それってどうなんだ。あいつがヒーローにならなきゃいけない世の中なんて……おかしいと思わないか?」

 

 そんな世の中をつくったのは、グロンギなのか。彼らが復活する以前はどうだった?滅びたあとは?──そんなの、考えるまでもない。

 

「……なんつってても、俺には世の中を変える力なんてない。こんなとこでわかったような口きくのが関の山だ。ガキの頃はもっとなんでもできて、どこへだって行けたはずなのにな……」

「そう思い込んでただけだろ、ガキは了見狭ェから」

 

 だから脇目も振らずに走っているつもりでいて、その実どこへ向かっているのかさえ知らずにいる。自分ひとりの力では幼なじみひとりぬくもりに包んでやれないことくらい、初めからわかっていたかった。

 

「……かもしれねえな」

 

 曖昧に笑いながら、椿は立ち上がった。レントゲン写真を見るために閉め切っていたカーテン、次いで窓を開け放つ。途端にふわりと春風が吹き込み、陽光が降り注いできた。その眩さに、思わず勝己は目を細める。

 

「ただ、救いがないわけじゃないかもな」

「……?」

 

 椿がこちらに振り向き、

 

「行くんだろ、迎えに」

「!」

 

 ニヤリと笑う。相変わらず、この男にはなんでもお見通しのようだった。

 

「今度は笑って会えるといいな、──爆豪?」

「……フン」

 

 鼻を鳴らしつつも、勝己が浮かべる穏やかな微笑。それは彼なりの白旗だった。

 

 

 *

 

 

 

 関東医大を辞した勝己が次に向かったのは、首都の治安維持の要である警視庁。捜査本部の解散後も折に触れて訪れる機会はあったが、もっぱら公用であったし、かつての仲間のもとに顔を出すなどという殊勝なことを彼がするわけもなかった。

 

 そんな中にあって唯一、塚内直正とだけは奇妙な縁が続いていた。彼は捜査本部の解散後、いくつかの部署を異動したのち、現在では国際テロ対策を職掌とする公安部外事第三課に所属している。テロ対策部隊への所属経験のある勝己とは、職務上接することも多い。

 

「──とはいえ昨日の今日だと、どうしても10年前を思い出すよな。きみは行かなかったんだろう、追悼式典には」

「仕事だったんで」

「ハハ……きみらしい。変わらないよな、本当」

 

 そう言って笑う塚内のほうが、よほど変わっていないんじゃないかと勝己は思った。年齢的には壮年どころか初老に差し掛かる頃合いのはずだが、若干恰幅がよくなった程度で老いは感じられない。雄英高校に入学して間もない頃に敵連合の関係で聴取を受けたのを皮切りに、もう16年の付き合いになるのだが。

 

「俺も都合がつかなくて行けなかったんだが……。どうしても気になってしまって、結局仕事が手につかなかった。いい歳してこれじゃあ、きみに嘲われちまうな」

「………」

 

 別に嘲うつもりなどなかった。勝己とてまったく気に留めていなかったわけではない。34,624人──犠牲となった人々の総数は、常に頭の中にある。

 

「しかし、10年か……。長いよな、きみや飯田くんが立派なベテランヒーロー兼経営者になるんだものな。他の連中も──」

 

 遠い目になる塚内。彼の上司であった合同捜査本部長・面構犬嗣はさらに出世して現在では警察庁警備局長を務めているし、鷹野藍警部補(当時)も一線で活躍を続けているようだ。

 

「まあ、まさか森塚がああなるとは思わなかったけどな……」

「……あー」

 

 捜査員の中では最年少──といっても勝己よりそこそこ年長だが──だった森塚駿。現在、彼は警察を辞め……なんと、脚本家になっているそうだ。驚きの転身ではあるが、らしいと言えばらしい。手近なところで例えるなら、轟焦凍がヒーローを辞めて蕎麦屋になるようなものか。

 

「どういう仕事してんすか、あの人」

「あー……いまは子供向けのヒーロー番組やってる。怪盗と警察の二大ヒーローで、それとは別にヴィランがいるっていうややこしい設定の」

「……ふぅん」

 

 ゼニガタリスペクトは継続しているのだろうか。そこまでいくと大したものだと勝己は思った。番組を観てみようとまではならないが。

 

 

 そうして暫し続いた捜査本部にいた面々についての話題。ひと段落した折、塚内がぽつりとこぼした。

 

「……"彼"は、どうしてるんだろうな」

 

 "彼"が誰を指しているかなど、いちいち確認するまでもない。皆、考えることは同じなのだ。

 

「確かに緑谷くんは貴重な存在だった、彼がいなければもっと大勢の犠牲が出ていたかもしれない。……それでも、彼を巻き込むべきじゃなかったんだろうな、本当は」

「………」

「もちろんきみを責めてるわけじゃない。……考えてたんだ、ずっと。緑谷くん以外の人間がクウガだったら、どうなっていたのか──」

 

 ヒーロー、警察官──あの強大な力を行使するにふさわしい者は、他に大勢いただろう。しかしそうした人間がクウガになったとて、より良いifはどうしても想像できない。それが尚更悔しかった。

 

「……しょうがねえだろ。確かに最初は巻き込んじまったも同然だが、そのあとしつこく首突っ込んできたのはあいつだ」

「それは……そうかもしれないが」

「あいつは聖人君子なんかじゃねえ、最後まで自分のエゴ貫き通しただけだ。あんたも知ってんだろ、そういう人間」

「!、………」

「だから、デクを戦わせたことを今さら悔やんだりしねえ。俺もやりてェようにやるだけだ……最後の最後までな」

「……爆豪くん」

 

 この男がそう言い切るまでにどれだけの歳月がかかったか。独り背負った重荷に押し潰されそうになりながら、足掻くように一歩一歩と進んでいたあの少年はもういない。遥かに逞しくなった背中は、まっすぐに天を指している。それを喜ばしく思いつつ……一抹の寂しさもあった。

 

 

『……また来たの。きみもいい加減しつこいね、爆豪くん』

 

 液晶越しにそう吐き捨てるこの男もまた、あるいは根底に共通する感情をもっているのかもしれない。

 

「あんだけ人のこと付け狙っといてよーンなこと言えんなクソカスが」

『あの頃は口説けばコロッとオトせそうな美少年だったし。おっさんはいらない』

「テメェよか若ェわ」

 

 古くからの友人のように、軽口を叩きあうふたり。しかし背後で見守る塚内は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた──液晶の向こう側にいる、車椅子の男の正体を思えば。

 

『キミよりおっさんのところに足繁く通ってるなんて、よっぽどヒマなんだね。それとも……オレに惚れちゃった?』

「ッ、さっきからいちいちキメェなァ!今度はなんだ、BLにでもハマったんか?」

『バレちゃった?ヒヒ……世界は広いんだね、知らなかったよ』

「……ヒマはテメェじゃねえかよ、クソヴィランが」

 

 そう吐き捨てると、『なんでそのクソヴィランに会いに来てるわけ?』と嘲笑を浮かべる男。勝己よりさらに色濃い赤い双眸が、ぎょろりとこちらを睨む。

 

『忘れちゃったの?オレは大勢の人間……リントを殺したんだぜ』

「………」

『あとは……そうだ、きみがタイセツにしてたアイツ。元気にしてる?まあ、右足はオレが壊しちゃったんだけどさぁ……はははははっ』

「……ッ、」

 

 勝己の拳に、自ずと力がこもる。

 この男──死柄木弔のしてきたこと、忘れるわけがない。オール・フォー・ワンの後継者として、"ダグバ"の名を継ぐグロンギとして……彼はその生涯において、一環して邪悪であり続けた。オールマイトの師匠である志村菜奈の、血脈に連なる者であるにもかかわらず。

 

『でもおあいこだろ、オレだってこんな身体にされたんだ。せっかく頭はまともになったってのにさ』

 

 魔石ゲブロンを粉々に砕かれたショックに肉体が耐えられなかったのか、弔の身体はほとんど動かなくなっていた。ゆえにごく一部の人間しか知らない某施設に収容された彼の楽しみは、予め選別された映像を観るくらいしかありえないのだ……弔の話が本当なら、かなりザルだと言わざるをえないが。

 

『サイッアクだよな本当。あーあ、悪いことしたいなぁ……街ひとつくらい皆殺しにすれば、多少はすっきりするのに』

「テメェ……」

 

 いよいよ勝己の表情が険しくなりはじめたとき……不意に弔は、俯きがちに息を吐き出した。それはかつての称号などあってなきかのごとく、覇気のない姿で。

 

『……冗談だよ』

「あ?」

『ホントはもう、全部どーでもいいんだ。何も愉しくないし、憎くも感じない。生きてても意味ないやって思うけど……自分で死ぬのも面倒なんだ』

 

 こんなことならと、弔は過去を悔やみ続けていた。グロンギになどならず、警察病院の奥深くに壊れた頭で在り続けたなら、こんな気持ちにならずに済んだ。

 いや、それ以前に。そもそも"先生"に拾われることなく、どこかで野垂れ死んでいれば。

 

『なぁ爆豪くん。どうしてあのとき、殺してくれなかったの』

「………」

『……まあいいや。いまからでもこっち来て、殺してくれよ。オレのこと憎いだろ?ラクに死なせてくれるとは思ってないからさぁ……お願いだよ』

 

 できないとわかっていて、こういうことを言う。勝己でさえ、弔のいる施設がどこにあるか……その見当すらついてはいないのだ。

 

 面会を止めるべきか、塚内は迷った。何度もこの場に立ち会ってはいるが、今日の弔はいつにも増して挑発的だ。おそらくそこに策略の類いはない、ありのままを吐露しているだけなのだろう──それが却って厄介だった。

 

 勝己は暫し口を閉ざしていた。その背中がわなわなと震えている。激昂するか、それとも──

 ややあって、

 

「……あァ、俺もあんときはそれしか考えてなかったよ。テメェを殺してやりたくてたまらなかった」

『へぇ……じゃあ──』

「けどな、俺ァヒーローなんだよ。……思い出させられちまったんだわ、あいつに」

 

「だから一生かけてでも、テメェに理解らせてやる。これからもしつこく顔出してやっから覚悟しとけや、──転弧?」

『………』

 

 悪どい笑みを浮かべて宣言する勝己。弔は押し黙るほかなかった。決して心動かされたわけではない……ないはずなのだけれど、負け惜しみすら返せないような気迫があった。

 

「爆豪くん、そろそろ時間だ」塚内が耳打ちする。

「……ああ」

 

 席を立つ勝己。そのまま別れも告げずに立ち去ろうとしたところで、彼はもうひとつ伝えるつもりでいたことを思い出した。

 

「デクが元気にしてるかっつってたな。──今度は連れて来てやるよ」

『……楽しみにしてるよ』

 

 その返答が皮肉であったのか、あるいは──それは当人にすら、判然としないことであった。

 

 

「──ありがとうございました、塚内さん。また世話ンなっちまって」

 

 部屋を出たところで、勝己はそう述べて頭を下げた。既に死亡したものとして極秘の存在となり果てている弔とこうして会うには、いかにトップクラスのヒーローといえども一筋縄ではいかない。警察内外に様々なパイプをもつ、塚内の協力あってこそだ。

 

「気にすることはないよ、俺にはこれくらいしかできないからな。緑谷くんも同席させるとなると、骨が折れそうだけど」

「スンマセン……でも、頼みます」

「わかってる、任せておいてくれ」

 

 彼が弔を救けようと戦い続けるなら、自分もできることをする。いまは亡き友人も、それを望んでいるはずだから。

 

「ん……もうこんな時間か、道理で腹が減るわけだ。よかったらまた一緒に食べるか?」

「あー……」

 

 勝己は少し迷った。この男とはともにいてさほどストレスがないので、何も予定がなければ承諾するところなのだが。

 

「……もう予約入れてあるんで。文京区の店に」

「文京区か……仕事抜け出してくにはちょっとキツいな、そりゃ」

 

 苦笑しつつ、「じゃあまたの機会だな」とつぶやく塚内。それがかなり先のことになると、既に彼も理解している。

 

「じゃあ、元気で。爆豪くん」

「……っス」

 

 差し出された手を、すっと握りしめる。こんな取るに足らない行為でさえも、これから会いに行くつもりでいる"彼"を想起させるのだった。

 

 

 





キャラクター紹介・クウガ編 バギンドドググ

アルティメットフォーム

能力:
戦士クウガの最終形態であり、リントの碑文においては"凄まじき戦士"と呼ばれている。アマダムの宿主が優しさを失い、憎悪に囚われたときに発現する暴走形態であるとも。ゆえに変身者は理性を失い、すべてを破壊し尽くしかねない危険性を秘めてもいる。その性質を表すかのように全身が漆黒に染まり、アマダムから広がる血管状組織が体表に浮かびあがった禍々しい姿をしている。
他の形態とは比較にならないパワーを有しているばかりか、大気中の原子を操り物質をプラズマ化、標的を発火させる能力をもつ。他にもあらゆる超能力を秘めていると思われるが、詳細は不明。

本来のアルティメットフォームは複眼まで真っ黒に染まっているが、死柄木弔=ン・ダグバ・ゼバとの決戦において緑谷出久が変身した際には、黄金の輝きを放つ"ゴールデン・アイ"となり、理性も保たれた。彼に宿った個性"ワン・フォー・オール"に一因があると思われるが、果たしてそれだけだろうか?


(おまけ)
マイティフォーム・ダークアイ

未確認生命体第35号=メ・ガルメ・レへの憎悪に支配されたクウガが、アルティメットフォームの片鱗を見せた姿。通常のマイティフォームとの変化は複眼のみだが、本来スペックで上回るはずのアギトでさえ抑えきれないほどのパワーを発揮する。アルティメットフォームの力を一部引き出しているという意味では、ライジングフォームに連なる形態であるともいえるだろう。








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EPISODE 51. 爆豪勝己:リユニオン 4/4(終)

ポレポレ=「ゆっくり」「のんびり行こう」


 

 文京区・茗荷谷駅からほど近い住宅街。城南大学をはじめとする名門大学群が付近に建ち並ぶためかどこか知的な雰囲気を醸すこの街角にて、喫茶ポレポレは10年前と変わらぬたたずまいで営業を続けていた。

 

「♪~」

 

 "戦士クウガ"を意味する古代リント文字の刺繍されたエプロンを着て、作業を続ける初老のマスター。塚内と同じく、彼も10年の時を感じさせぬ不変ぶりである。

 

「マスター、さっきから何してるん?」

「おー。実はね、夏目ミカロンから手紙が届いたんだ。去年ケイサツチョーに入って、警察官としてがんばってるって。だからお返事書いてるってワケさ~」

「へぇ、実加ちゃんが!なんか意外やなぁ……でもすごいわ、警察庁なんて」

「ヘヘン、そうだろそうだろぅ~」

 

 「なんでマスターがエラそうなん」と唇を尖らせる妙齢の女性。流石に大人びてはいるものの、少女時代の愛らしさを存分に残している。そこが彼女──ヒーロー・ウラビティこと麗日お茶子の根強い人気の秘密だった。

 

「ハァ……そうやって皆、あっという間に大人になってくんやねぇ」

「な~にしみじみしてんの、そういうのはおやっさんみたいな年寄りの役割……って何言わせるねん!おやっさんまだピッチピチやぞ!」

「なんも言うてへんし……。まあ一番ビックリなんは、キミがここで働いてることなんだけどねっ!」

 

 お茶子が目を向けた青年は、「そうですか」とぶっきらぼうに応じた。彼女に比べればひと回りは若い、学生だろうか。尖り気味の黒髪に鋭い目つき、すらりと伸びた四肢はやや獰猛な魅力を備えているのだが、それ以上に内面の素朴さが立ち振舞いから醸し出されている。変わってないなあと、お茶子は嬉しく思った。

 

「フフン、こう見えてこの子は働きモンだぞ~物覚えもいいし。ちょっと無愛想なのがタマにキズ……と思いきや、ふと見せるはにかみがご婦人方には大人気なんだこりゃあ」

「……そんなことないですよ」

「あ、ホントだ。かわいい」

「………」

 

 青年が顔を赤くしていると、不意にからんころんとドアベルが鳴った。

 

「あ、いらっ社員しょくど……おっ!」

「!」

「……ども」

 

 軽く会釈して入ってきた客人を、マスターは心から歓迎した。

 

「いやあ、こりゃどーもどーも、堂本光一!」

 

 ギャグセンスも10年前と変わっていないようだ。

 

「よう、爆豪くん!」

「おー相変わらずの丸顔。なんだおまえ、まだバイトしてたんか?」

「きっ、キサマぁ!……バイトはもうしてません~いまはお客として通ってるんです~」

 

 唇を尖らせるお茶子。勝己のように華麗な遍歴を辿っているわけでなくとも、彼女はかねてより所属していたブレイバー事務所で地道に経験を積み重ねていた。現在では事務所No.2として所長の補佐に若手の教育と、重要な役割を任されている。目立たなくとも、彼女はヒーロー社会を支える貴重な存在だった。

 

──そして、もうひとり。

 

「………」

「!、お久しぶり……です」

 

「俺のこと……覚えて、ますか?」

 

 青年は、勝己に浅からぬ想いを抱いていた。幼少期からずっと、彼の背中が常に頭の中にあったのだ。

 だが、相手はどうか。存在そのものは記憶の片隅にくらい置いてくれているかもしれないが、それと同一視するには時が経ちすぎている。最後に会ったのは、青年がまだ小学生のときだったのだ。

 

 だから「覚えてますか」と訊きつつ、名乗って思い出してくれれば僥倖とさえ思っていたのだが。

 

「覚えとるわ、──"マセガキ"」

「!!」

 

 バカにしたような呼び名。しかしそれこそが彼の記憶の中にいる幼子と、いまの自分が完全に一致していることの何よりの証明だった。

 

「おっ、流石の記憶力だね爆心地さん!」

「まったく素直やないんやから……。よかったねぇ、洸汰くん」

「……はい!」

 

──出水洸汰。紆余曲折あった彼もまた、立派な青年へと成長していた。

 

 

「さあてと!」おやっさんが手を叩く。「ポレポレカレーは用意してあるけど……コーヒーは何にします?」

「あー……」

 

 そういえば、そこまで考えていなかった。コーヒーも飲むには飲むが、普段はもっぱらインスタントばかりであまり知識がないのだ。

 勝己が思案していると、少し離れた席に座っていたお茶子がすり寄ってきた。

 

「寄んな丸顔。丸顔が感染(うつ)る」

「ンなワケあるかい!そんなコトより爆豪くん、このお店、裏メニューあるの知ってた?」

「裏メニュー?」

 

 初耳だった。デクもそんなこと、一度も言っていなかったはずだが。

 そうつぶやくと、にしししと悪戯っぽい笑みを浮かべるお茶子。

 

「そのデクくんにちなんだ、"ミドリヤイズクブレンド"があるんだって!ね~マスター!」

「おう、あるとも~!」

「飲みたい!」

「……夏季限定なの、あいつの誕生日にちなんで」

「……そこは通年にしようよぉ」

 

 残念がるお茶子だったが……それでも話のタネにはしたいのか、めげずに続ける。

 

「そういえば、元になった"玉三郎ブレンド"ってのもあるって昔デクくんから聞いたけど……」

「!、あ、ああ玉三郎ね。よかったら呼んでこようか?」

「えっ、いらっしゃるんですか?」

「うん、ちょっと待っててねぇ……」

 

 カウンターの奥から2階の住居スペースめがけ「玉三郎さ~ん!」と呼びかけるおやっさん。そのまま階段を登っていき、しばらくすると「はぁい~」という裏返った返事が聞こえてくる。この時点で残された3人はオチを察したが、皆、空気を読んだ。

 そして、

 

「こんにちワトソンくん。──飾、玉三郎です」

「……ハァ」

 

 ポレポレのマスター、飾玉三郎54歳。本日も絶好調である。

 

 

「……いや~しかし、改めて生で見るとこう、同じ男として恥ずかしくなるくらい立派でカッコいいねぇ。10年前はまだまだ男の子って感じもありましたけど……『びっくりしたなぁ、もう』by三波伸介って感じですよ」

 

 拵えてあったポレポレカレー(スパイス強め)を出したあと、気が緩んだのかマシンガンのようにまくしたてるおやっさん。やかましい人間は基本的に好まない勝己だが、不思議とこの店主に対して不快感を覚えたことはなかった。

 

「やっぱりアレかな?もうヒーローとしてはチョモラ()()の7合目くらいまで登ってる感じなんですかねぇ?」

「……さあ。ゴールとか、特に考えてないんで。行けるとこまで行くだけです」

 

 そう、自分の戦いに頂上などない。近い将来押しも押されぬNo.1の座を手に入れたとしても、そこに安んずることなく登り続けるのだ──自分自身に、終わりが来るまで。

 

 「おぉ~……」と感嘆の声を漏らすおやっさん。それに対し洸汰は、そんな勝己の姿に目を奪われている様子だった。

 

「おい」

「!」

 

 はっと我に返ると、勝己がこちらをじっと見据えている。視線がうるさかったかと慌てて目を逸らした洸汰だったが、彼の人となりを知る勝己はそこまで冷淡ではなかった。

 

「おまえ、いま何やってんだ。大学通ってんのか?」

「!、あ、はい……城南大学の文学部に通ってます。心理学を専攻してて──」

 

 そこでことばを切り、洸汰は改めて勝己の目を見つめ返した。ここから先は、自負をもって伝えるべきこと。

 

「──俺、心理カウンセラーになろうと思ってるんです。それも、ヴィラン専門の」

「ヴィランの?被害者じゃなくてか?」

「はい、そっちは一般的にも注目されやすくて、なり手も多いので。ヴィランがなぜ犯罪に走るのか……いまの世の中、ほとんど気に留められてないでしょう」

「……確かにな」

 

 勝己の脳裏に、つい先ほど会ってきたばかりの男の姿が浮かぶ。ヴィランの更正──ことばにするのは容易いが、現実はそうではない。

 

「俺ぁ門外漢だから、知ったような口ききたかねえけど……ラクじゃねえぞ。おまえの親殺したマスキュラー、ああいう奴にぶち当たったらどうする?」

「!、………」

「ちょっと、爆豪くん……」

 

 お茶子が咎めようとするが、他ならない洸汰がそれを制した。

 

「……やっぱり痛いとこ突くよな、あなたは」自嘲めいた笑みを浮かべる。「確かに俺、あいつのことはまだ許せない。平気な顔して人を傷つけて笑ってる奴らなんか、いなくなっちまえばいいと思うこともある……」

 

「でも……そういう気持ちをもってる俺だからこそ、できることがあると思うんだ」

 

 犯罪者と、向き合う。憎しみを殺すのではなく、戦うためのエネルギーに変えて。

 そう、洸汰もかつての誓いをかなえようとしているのだ。暴力を振るって傷つけあう……その果てに平和をもたらす。自分にはそれができない。だとしても、無血の戦場に立ち続けることはできるのだと彼は知っている。

 

「俺、がんばるよ。あなたとは違う方法で、違う場所で……それでもあなたと、"あの人"の背中を追い続ける」

「……そうかよ」

 

「ま、せいぜい気張れや」

「──はい!」

 

 形は違えども、想いは受け継がれていく。自分と幼なじみが、オールマイトに憧れたように。

 

「ふたりの背中、かぁ……」ふとつぶやくお茶子。「いまにして思えば、そういうときのふたりってなんとなく似てたよね。同じものを醸し出してるというか……うまく言えへんけど」

 

 いつの間にか、カウンターテーブルの上に広げられていた新聞記事のスクラップ。10年より前の日付が記されたそれには、グロンギに敢然と立ち向かうクウガと爆心地の姿が掲載されていた。燃えさかるような烈しい闘志が、写真という二次元からでも鮮明に伝わってくる。

 

「……かもな」

「うお……認めた!」

 

 予想外の反応にお茶子が驚いていると、窓の隙間から射し込んでいた陽の光が、紙面を照らし出した。その場にいた全員が、思わずその方向を見遣る。その果てにある、美しく澄んだ青空。

 

 これからの未来を予感させるような光景に、勝己はふと頬を緩めた。

 

 

 *

 

 

 

「"心清き戦士の泉枯れ果てしとき、我、崩れ去らん"……」

 

 城南大学の構内に、朗々とした女性の声が響く。勝己にとっては10年ぶりに聴くものだが、年月を経ても淀むところがないと感じた。

 

「──聖なる泉が枯れ果て出久くんが凄まじき戦士になったら、ゴウラムはそれを感知して砂になってしまうメカニズムがあるようなんです」

「セーフティ……っつーことですか?」

「ええ。"究極の闇"が広がるのを、少しでも食い止めるために……」

 

 憂いを帯びた表情でつぶやく──沢渡桜子。10年前は大学院生だった彼女は、いまでは一端の学者として研究を続けていた。年齢を重ね、当時よりぐっと大人びて知性的になったように感じる。それも嫌味はなく、笑うと三日月になる瞳は変わっていない。すれ違う学生たちが男女問わず尊敬と親しみの入り混じった視線を向けるのも、理解できる気がした。

 

 構内を歩きながら会話を続けていたふたりは、はずれにある高床式の小屋にたどり着いた。現代的なキャンパスからは浮いたその建物の扉を開くや否や、静かに横たわる唯一の住人が姿を現す。

 

「でもこのとおり、ゴウラムはいまでもここにあります」

 

 巨大な顎に黄金の翅、エメラルドグリーンに輝く露出した霊石──かつてとなんら変わりのない、ゴウラムの姿。置物であるかのようにぴくりとも動かないボディ、しかしながら視線が交わったように勝己は錯覚した。

 

「出久くんが幻で見た凄まじき戦士は目まで真っ黒だったって聞いてました。でも、実際は違ったんですよね?」

「ええ。あいつの目は、金色をしてた」

 

 桜子には話せないが、受け継いだワン・フォー・オールの影響か。確かにそれもあるかもしれない。しかしその鮮烈な輝きは、彼が長年内に秘め続けてきた意志の具現化ともとれる。みんなの笑顔を守りたいという、純粋な想い。それは究極の闇さえ光に変えるものだったのだ。

 

「じゃあ出久くん、伝説を塗り替えちゃったんだ」

 

 ふふ、と、桜子が笑う。

 

「憎しみに身を任せるのは簡単だったかもしれないけど……それ以上に強い気持ちで、出久くんは頑張った」

 

「頑張れば、願いはかなえられるんですね」

「………」

 

 桜子のことばは綺麗事だ。けれどその綺麗事を、出久は実践してみせた。

 

 ならば、

 

 

「──次は、俺たちだ」

「……はい!」

 

 青空の遥か彼方から、幼なじみの笑い声が聞こえる。

 幻聴に決まっている。いまは、それでいい。

 

 遠くない未来──それを現実とするための出立の時間が、迫っている。

 

 

 *

 

 

 

──1ヶ月後

 

 日本からみて地球のほぼ真裏に位置する、南洋の島国。半透明の紺碧と真白い砂浜が、さんさんと降り注ぐ陽光により照らされている。海原から少し離れた場所に目を向ければ、根を海水に侵されたマングローブが生い茂る。

 

 俗世から切り離されたかのごとき地上の楽園。その中にあって、賑やかな子供たちの声が響いている。当初は楽しげに……しかし時を経るごとに、剣呑ないろを増していく。

 やがてそれは、明確な争いと化してしまった。罵り、掴みあう子供たち。些細なものであれ、そこには怒りと哀しみとが存在していた。

 

 それを察知したかのように……どこからともなく、車輪の廻る音が近づいていく。

 

『────』

 

 流暢な現地語で子供たちに呼びかけるのは、この島には珍しい東洋系の青年だった。痛々しい傷痕の残る両手で車椅子を操りながら、子供たちに近づいていく。──ゆったりとしたズボンを履いているが……右脚側は膝下あたりからいきなり萎んでいて、本来裾から飛び出しているべきものが存在していない。

 

 不具の身体で喧嘩をする子供たちの間に果敢に割り込むと、青年は再びこの国のことばで語りかけはじめた。行動に反して、穏やかな口調。少年のような甘さを残した声色は、興奮した子供たちの心を落ち着かせるのにひと役買った。

 やがて彼らは互いの非を素直に謝罪しあい、笑顔を取り戻した。青年に対しお礼を言い、遊びに戻っていく。

 

「………」

 

 この世の暗い部分など知らないであろう少年たち。深いエメラルドグリーンの瞳が、そんな彼らの姿を見守っていた。それはとても優しい光景だった。

 そこにもうひとつ、砂を踏みしめる音が響いた。

 

 

「相変わらずヒーロー気取りか──デク」

「──!」

 

 長らく聞いていなかった声、呼び名。しかし幼少の頃から時間をかけて心身に染み込んでいる"それ"は、意志とは関係なく青年を反応させた。

 

 慌てて車椅子を反転させる。果たしてそこに立っていたのは、この南国には不似合いな抜けるような白皙と、烈しい闘志を垣間見せるピジョンブラッド──思い描いたとおりの、姿。

 

 青年は、微笑を浮かべた。

 

「……久しぶり、かっちゃん」

 

 "かっちゃん"──10年ぶりにそう呼ばれた勝己は、つられて口許を緩めかけた。

 しかし即座に引き締め直すや、今度は眦を吊り上げ──

 

「……なぁにが"久しぶり"だクソナードォ!!俺になんの断りもナシに行方くらましやがって!!しかもなんでこんな南国なんじゃ夏休み気分か、クソ長げぇ夏休みだなおーコラァ!!!」

「ちょぉっ……い、いきなりンな怒鳴り散らさないでよ!子供たちもいるんだから……」

 

 確かに出久の背中越しに遊んでいた子供たちが、何事かとこちらを窺っている。先ほど喧嘩の仲裁をしてくれた"友人"が見知らぬ外国人に食ってかかられているのだ、当然だろう。

 

「……チッ」

「……きみに何も伝えなかったことは謝るよ、ごめん」

「今さら謝罪なんかいらねえ……俺が聞きてえのは理由だ」一転して、静かな声で問い詰める。「……俺のこと、大切だとか抜かしてたよな。アレは嘘か。俺を騙して、嘲ってたのか」

「……!──違うよ!」

 

 今度は出久が大きな声を出した。まっすぐに見据える、翠の瞳。その縋りつくような表情、声。記憶より少し痩せたようには感じるが、全体として昔とあまり変わっていない。あの頃のままだ。

 

「……僕の身体、見てよ。自力じゃ歩くどころか立ってもいられないし、右手も……うまく動かせない」

「知っとるわ、ンなこたぁ」

 

 存在しない右足も、骨格から歪んで指の折り曲げもままならない右手も、余すことなく見つめながら勝己は言った。出久が自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

「まだグロンギと戦ってた頃……クウガでなくなったあと、ただのデクに戻ったあとの僕に何ができるか、ずっと考えてた」

 

 クウガの力をなくせば、自分はまた"無個性"だ。少年だった勝己の言うところの、"何もできない無個性のデク"。確かにそう言われていた頃の自分に、できることなんてなかった。しようとも、見つけようとも思っていなかったのだから当然だ。

 

「でも現実に、いまの僕は自分の身の回りのことさえ精一杯なんだ。……きみのそばにいても、何もできない。でも僕は、きみのそばにいられる喜びをもう知ってしまった。別れ別れになって、ヒーローと一般市民っていう関係に戻るなんて……イヤだったんだ」

「ッ、ンなの……俺に黙って地球の反対側に逃げる理由になってねえよ。俺は──」

 

「"素直に打ち明けたら、一緒にいてやった。山に登れないなら、こんな身体のおまえでもできることを一緒に探してやった"?」

「!」

 

 反射的に「違ぇ」と返してしまったが……出久はくすりと笑った。腹立たしい、なんでもお見通しという表情をしている──実際、そうだった。

 

「……もし仮にそう思っててくれたなら、僕はとてもうれしいよ。こんな身体でも、きみがそばにいてくれたならどんなにか──」

「……デク、」

 

「でもね……僕って、僕の思ってた以上にわがままだったみたい」

 

「ただ、受け入れてもらえるだけじゃダメなんだ。……求められたい、必要とされたかった。だから──賭けたんだ」

 

 勝己に何も告げず、遥か遠い場所へ。それでも彼が迎えに来てくれたなら、こんな自分でもまた誇りをもって生きていける。

 浅はかな考えであることはわかっている。この幼なじみの気持ちも、大勢できた仲間や友人の気持ちも蔑ろにして……ただ自分自身のためだけに、出久はこの10年を過ごした。

 

 それを、

 

「ハッ、──ンなこったろうと思ったわ」

 

 驚きも、怒りもしない勝己。だって彼は知っているのだ、最初から。出久がわがままで、何がなんでも自分の意志を押し通そうとすることくらい。

 

「じゃあ俺ぁ、まんまとテメェのお望みどおりに動いてやったってわけだ」

「う、うん」

「……けどなナードくんよぉ、そんなテメェにプレゼントがあるなんてことまでは想像してなかったろ?」

「え……?」

 

 ニヤリと笑う勝己。その表情は幼少期の頃によく見せてくれたものだった。

 背負ったリュックサックから、長方形の小箱を取り出す。しなやかな指が付属したボタンにかかるや、箱がにわかに巨大化した。成人男性の膝下から先くらいはあるか。

 

「わっ、な、何……?」

「なんだろーな、……っと」

 

 ゆっくりとした手つきで、箱が開かれていく。そこに仕舞われていたものを目の当たりにして、出久は大きさの喩えが喩えでなかったことを思い知った。

 

「あ、あし……!?」

 

 それはまさしく人間の足だった。出久が目を剥くさまを見て、勝己はおかしそうに唇を吊り上げている。猟奇的!反射的に後ずさりしようとする出久だったが、車椅子ではそれも困難であるからして。

 

「か、かっちゃんきみ……まさか……」

「……何が言いてぇかは察しがつくけどツッコまねえぞ」

 

 「よく見ろや」と断面を見せつける勝己。グロテスクなものを目の当たりにするかと思いきや……断面から見える内部は、すべて機械部品で構成されていた。

 

「え、あ……」

「発目に造らせたんだ、テメェの義足」

「!、あ、あぁそういう……──え、僕の……?」

「他に誰がいんだよ」

 

 再会までは願ってもないことだったけれども、これは流石に予想の範疇にはなかった。勝己が、そこまでしてくれるなんて。

 

「勘違いすんなよ。これはテメェのためじゃねえ、俺のためだ」

「……義足付けたって、僕がただのデクなのには変わりないよ」

「たりめーだろンなこたぁ。テメェが一番デクなンは脳味噌だからな」

「えぇ……」

 

 はぁ、と嘆息しつつ、勝己はその場にしゃがみ込んだ。目線がちょうど同じ高さになる。いずれにせよ元々身長差があるから、こんなふうになることは久しくなかった。

 

「──これで山、登れんだろ」

「……!」

 

 「約束、破られんのが一番ムカつくんだ」──ぶっきらぼうに言い放つ勝己。けれどもそのことばは何より、出久の胸を打つものだった。

 

「は……ははは……ッ、やっぱり敵わないや……。すごいなぁ、かっちゃんは……」

「ハッ、たりめーだろ。泣き虫」

「人のこと、言えないだろ……」

 

 指摘し返された勝己は、これ見よがしに空を見上げてこう誤魔化した。

 

「……眩しいんだよ、太陽が」

 

 なんだよそれ──そう言ってたまには嘲ってやりたかったのに、胸が詰まってことばにならなかった。

 

 

 *

 

 

 

 さらに、数ヶ月後。

 

「はぁ、はぁ……ま、待ってよかっちゃん……」

 

 息も絶え絶えに山道を登る出久。対して数歩先を行く勝己は健脚そのもので、すいすいと進んでいく。

 

「おせーぞクソナードが、早よしろや!」

「ンなこと、ハァ……言われても……ふぅ、──ああもうダメっ、休憩!」

 

 手近な岩場に座り込み、水筒に入れたスポーツドリンクを煽る。「いきかえる~」と弛緩したその表情を見下ろして、勝己は額に青筋を浮かべた。

 

「早よしろっつってんのに何座っとんだクソカス!!」

「ダメなもんはダメなのっ、休ませて!」

「テメェ……」

 

 ふてぶてしくなりやがって!歯がギリギリと音をたてる。10年ぶりの再会からこっち、コイツは昔が嘘のように物怖じせず接してくるようになった。それ自体腹立たしいことなのだが……何が一番腹立たしいかといえば、そんなコイツを憎からず思う自分自身だ。

 

「なっさけねぇ……」

 

 思わず漏れたつぶやき。それを曲解してか、出久が唇を尖らせる。

 

「しょうがないだろ、やっと()()()が馴染んできたばかりなんだから」

「……わーっとるわ」

 

 出久に贈った、機械の右足。発目明の作品であるだけに生身と遜色ない動作を可能とするとはいえ、出久には10年ものブランクがあった。リハビリにも苦労した──勝己も手を尽くしたことは言うまでもあるまい──。

 

「それにさ、」一転、へらりと笑う出久。「時間はたっぷりあるんだ、焦らず行こうよ。──"ポレポレ"ってね!」

「……はぁ、そーかよ」

 

 相手があきらめたのを察して、出久は視線を頭上へ遣った。つられて勝己も空を見上げる。かの南洋と変わらぬ、抜けるような青空がそこにはあった。頂で見なければ意味がないと頑なに思い込んできたが……ここでも、十分に綺麗だ。

 

「……デク、」

「なぁに?」

「いま、どんな気分だ」

「えー?……ふふっ、内緒」

「チッ……あとで覚えとれ」

 

 こんななんでもないやりとりに視界がぼやける。青空を眺めすぎて目がおかしくなってしまったか。それさえも悪くないと思う自分は、随分年寄りになってしまったと勝己は自嘲した。

 

 過去も、現在も、未来も。青空はいつだってそこにある。

 

 

 

 

 この青空の下で、俺たちは生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕のヒーローアカデミア・アナザー 空我  完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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