ラブライブ!~太陽と月~ (ドラしん)
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第0話【プロローグ】

ジリリとなる目覚まし。

 

俺は起き上がるとすかさず目覚ましを止める。

 

現在は朝の2時だ。

 

いや、夜中と言った方が正しいかもな。

 

最近はこの時間に起きることがあたりまえになってしまい目覚まし時計よりも早く起きる始末だ。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

洗面台で顔を洗い、残っている若干の眠気を洗い流す。

 

ふと目の前にある鏡に視線を向ける。

 

目元まで伸びた長い黒髪。

 

近づくなと言わんばかりの拒絶のオーラ。

 

時折髪の毛の間から見える光の灯っていない目。

 

まさに【不気味】という言葉がピッタリなその風貌は、とてもじゃないが友達が多そうには見えない。

 

夏場ならば幽霊だと言われそうだ。

 

しかし俺はそんな自分の姿が気に入っている。

 

この外見のおかげで他の人は俺に関わろうとしない。

 

勿論陰口を言われるがそんなのは日常茶飯事だ。

 

俺自身に危害を加えなければ別に構わない。

 

「・・・はは、何言ってんだろう。アホらし」

 

寂しく響く乾いた笑い。

 

その笑い声には何の感情も感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯を磨き、コーヒーを淹れると椅子に座り一息つく。

 

目の前には先程淹れたコーヒー。

 

ふと窓に視線を移すと外はまだ薄暗い。

 

まだ時間は朝の3時前。

 

まぁ当然か。

 

「・・・まだバイトまで少し時間があるな」

 

中学の頃から行っている新聞配達のバイト。

 

とはいっても高校に上がると同時に引っ越したため同じ職場ではないが今となっては何の苦もなくこなせてる。

 

本当に慣れって怖いね。

 

 

コトッ

 

 

コーヒーを一口飲み、部屋をぐるりと見渡す。

 

必要最低限のものしかない殺風景なワンルーム。

 

お世辞にも住みやすいとは言えないが、暮らせればなんでもいい。

 

一人暮らしだし。

 

一応俺もまだ学生。

 

家賃や光熱費、水道代は勿論、他にも出費は当然ある。

 

新聞配達のバイトの他に、学校が終われば小さいレストランの厨房のバイト。

 

この2つのバイトをほとんど休みなしでこなしているが、それでも生活ギリギリだ。

 

だが無駄遣いをしなければ問題はないのでとりあえずは2つのバイトで良しとしている。

 

もう一つぐらい増やしてもいいけど。

 

「・・・そろそろ出るか」

 

残ったコーヒーを一気に飲み干すと、コップを流しに下げバイトに行く支度をする。

 

「確か今日は始業式か」

 

カレンダーを見て静かに呟く。

 

今日から晴れて高校2年生になるわけだが、心境は何も変わらない。

 

「ま、いつも通りバイトをこなすだけだな」

 

大して中身の入っていないリュックを背負い、玄関を開ける。

 

まだ外は薄暗いが、少し空が明るくなっているがわかる。

 

「・・・もしかしたら日の出見れるかもな。ちょっとゆっくり行くか」

 

愛用の自転車に乗り、ゆっくりとペダルを漕ぐ。

 

 

 

 

 

 

【この一年が、何事もなく終わりますように】

 

 

 

 

 

 

そう願いながら俺、氷月 冬夜(ひつきとうや)のいつも通りの1日が始まった。




巡る運命。少しずつ動き出した歯車。

そしてそれは新たな出会いを生む。



~次回ラブライブ~

【第1話 始まり】

お楽しみに。


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第1話【始まり】

更新遅くてごめんなさい!

多忙につき不定期更新になりますのでご了承下さい。




 

 

「音乃木坂が廃校になるらしいぞ!」

 

バイトを終え、軽い朝食を摂った後学校へと向かった。

 

すると、教室に入った瞬間目の前にやたら鼻息の荒い男が現れた。

 

「……で?」

 

「いや……で?ってお前は気にならないのかよ!?」

 

大体言いたいことはわかった。

 

とりあえず顔を近づけるのはやめてくれ気持ち悪い。

 

俺にそっちの趣味はない。

 

「顔を離せ。お前にはあるかもしれないが俺にはそういう気はない」

 

「は?いや、俺にもねぇよ!」

 

そう言えば紹介がまだだったな。

 

こいつの名前は朝日太陽(あさひたいよう)。

 

小学校からの友達で、外見良し、スポーツ万能、成績は学年2位といった正にパーフェクトヒューマン。

 

腕っぷしも強く困った人は放っておけない強い正義感をも持ち合わせるラブコメ主人公のような奴だ。

 

本当にいるんだな。そんなやつ。

 

しかし一つだけ欠点を挙げるなら、こいつが女好きであるという事。

 

だがそれでもモテる要素は充分過ぎるほどあるため、中学の時はファンクラブもあった程だ。

 

まぁざっくり言うと、俺の真逆といった所か。

 

「どうせお前の言いたいことは音乃木坂が廃校になればうちと統合するかもしれないとかそんなとこだろ」

 

「すげぇ!良くわかったな!エスパーかよ!?」

 

いや誰でもわかるわ。

 

ちなみに俺と太陽が通っている学校は、楠木坂高校(くすのきざかこうこう)という場所だ。

 

女子高である音乃木坂に対し、うちは男子高。

 

そのため実は音乃木坂が廃校になれば、楠木坂と統合し共学になる可能性は充分にある。

 

これは余談だが、楠木坂に通っている理由は、入試の際テストの合計点数が高いトップ3の人は学費が免除になるからだ。

 

その時に太陽は全体2位を獲得し、見事学費免除となった。

 

ちなみに1位は俺だが。

 

「お前は何とも思わないのか!?女子のレベルが高いと言われているあの音乃木坂の女子生徒と一緒になるんだぞ!?テンション上がるだろ普通!」

 

「上がらん」

 

もしかしたらそれが一般の男子生徒の考えなのかもしれんが生憎俺はそういうのには興味が無い。

 

…だがさっきも言ったが俺にそっちの趣味は無い。断じてだ。

 

「ていうか廃校はもう決定なのか?」

 

「いや、わからん」

 

なんだよまだ決まってないのかよ。

 

なんで廃校になるのが決まってる様な口振りで話してるんだよ。

 

「でも、統合になればこんなむさ苦しい生活とはおさらばだぜ!?学費免除だから通ってるけどさー」

 

確かにここら辺で学費免除のシステムがあるのはここだけだな。

 

まぁ太陽の愚痴も今に始まった事じゃないし無視するか。

 

「とりあえず俺は統合になろうがどうしようが静かに過ごせればそれでいい」

 

俺はそれだけ太陽に告げると机に伏せた。

 

「相変わらず冷たいのな」

 

生憎、そういう性格なもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜、3番テーブルにシェフのきまぐれオムライス一つ頼む」

 

「はい」

 

時間は過ぎ去り、現在はとあるレストランで厨房のバイトをしている。

 

晩御飯時というのもあり、店内は満席。

 

あまり広くないくせにやたら客が来るから忙しいったらありゃしない。

 

ありがたい事なんだけどさ。

 

「5番テーブル、特製ハンバーグセット、特製ステーキセット、おろしチーズハンバーグセット」

 

「お、早いな。了解した」

 

「次、3番テーブルシェフのきまぐれオムライス」

 

「助かる!ありがとう」

 

その後も慣れた手つきで次々に料理を完成させていく。

 

その時だった。

 

「おい!これどういうことだよ!」

 

ホールからの怒声に厨房のメンバーも手を止める。

 

「この料理に髪の毛が入ってるじゃんかよ!なんだよこの店は客に髪の毛食わすのか?」

 

「す、すいません!すぐに新しい料理と……」

 

「ふざけんな!そんなので許されるかよ!そうだなー……じゃあ全メニュー9割引きにしてくれたら考えてやるよ。ハッハッハ!」

 

シーンとしたホール内に気味の悪い笑い声。

 

様子を見ようと厨房の隙間から顔を出しホール内を見渡す。

 

居心地が悪そうに表情を歪める者、あくまでも無関係を貫く者、足早に店を出ていく者。

 

あーあ…めんどくさい事になってるな。

 

穏便に済めばいいが…

 

いや、無理か。

 

「で、どうなんだ?9割引にしてくれるのか?」

 

「えっ……と……それはさすがに……」

 

完全に対応に困り果てるバイトの女性。

 

なんでこんな時に店長休みなんだよ。

 

「もういいや。お前じゃ話にならん。店長呼べ店長」

 

「……すいません……店長は不在でして……」

 

「ああ!?」

 

「ひっ……」

 

バイトの女性は完全に萎縮してしまっている。

 

「チッ!じゃあこの料理を作ったやつ呼んでこい!」

 

「は、はいぃぃ!!」

 

クレーマー客にそう言われるとバイトの女性はすぐさま俺の元へやってきた。

 

早……

 

「あ……あの……」

 

「わかってる」

 

完全に怯えている様子の女性に一言告げ、俺はクレーマーの元に向かった。

 

ていうか何だよこの展開。

 

めんどくせぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

視点:???

 

「早く作ったやつを出せ!」

 

んー…なんでこうなっちゃったんだろう?

 

「空気最悪」

 

「そうね。早く治まってくれるといいんだけど」

 

「さすがのお姉ちゃんも食べる気にはなれないみたいだね」

 

「うん。まぁね」

 

家族でただ晩御飯を食べていただけ。

 

なのに運悪く出くわしてしまった居心地の悪いこの状況。

 

これがクレーマーって人なのかな?

 

「こら穂乃果。あまりジロジロ見ないの。こっちにとばっちりがきたらどうするのよ」

 

「でも、あの人わざと……」

 

だって見ちゃったんだもん!あの人が自分の髪の毛を料理に入れてる所!

 

「言いたいことはわかるわ穂乃果。私も見たもの」

 

「え、お母さんも?じゃ、じゃあ!」

 

「でも」

 

「……」

 

「ああいうタイプはたちが悪い。どれだけ見たと騒いでも証拠がない以上ただただ刺激してしまうだけよ」

 

確かにお母さんの言うとおりだ。

 

私達が持ってるのはただの目撃情報だけで証拠がない。

 

うー……でももどかしいよ!

 

お店の人は何も悪くないのに……

 

このお店好きなのに……

 

どうする事も出来ずに項垂れたその時だった。

 

「お呼びでしょうか?」

 

クレーマー客の元に私と同年代っぽい男性が立っていた。

 

もしかして…あの人がシェフ?

 

「なんだよ餓鬼じゃねぇか。お前がこの料理を作ったのか?」

 

「はい」

 

男性がそう答えた瞬間、クレーマーはニヤリと笑った。

 

「よりによって若いスタッフ……」

 

お母さんや妹の雪穂も不安そうな表情でやり取りを見守っている。

 

どうしよう……このままじゃ……

 

お店の人が可哀想だよ……

 

しかし、その心配は杞憂に終わる。

 

「髪の毛入ってたんだけどどう責任取ってくれるんだ?」

 

客の威圧的な態度にも焦ることなく、余裕そうな表情を保つ冬夜。

 

そして、少し口角を上げると冬夜が口を開いた。

 

「お言葉ですがお客さま。厨房スタッフはこういう風に髪の毛が入らないよう細心の注意を払い提供しています。そして皆さん帽子も深く被っていらっしゃいます。それこそ髪の毛が見えない程に。なので料理に髪の毛が入る事はないかと」

 

淡々と言葉を紡ぐ冬夜に、オレンジ色の髪をしたサイドテールの女の子は驚いていた。

 

「凄い……怯む事なく堂々と……」

 

「若いのにやるわね」

 

しかし、当然クレーマーも引くはずがなかった。

 

「ああ確かに他の奴らは髪の毛が見えねぇな。でもお前はどうなんだよ!?帽子からはみ出した髪の毛が目元を覆って気持ち悪い!お前が料理を作ったんだからどう考えてもお前が原因だろうが!?全くこれだから無知な餓鬼は」

 

そうだよ!確かに他の人のフォローにはなっているけど肝心の自分の無実を証明出来てないじゃん!

 

思わず飛び出しそうになるが、ぐっと堪え行く末を見守る。

 

「おっと失敬。確かに私の髪の毛は帽子からはみ出す程長いです」

 

「だろ!?だからお前が原因だと言ってるんだよ!」

 

「もしかしてお気づきになられてない?」

 

「……は?」

 

冬夜からの問いにキョトンとした表情を浮かべるクレーマー。

 

しかしキョトンとした表情をしているのは他の客もスタッフも同じだった。

 

「その様子だと気づいていないみたいですね。もう一度言いますよ?私の髪の毛は帽子からはみ出す程長いです」

 

そして冬夜は帽子を脱いだ。

 

「それがどうしたんだ!さっきから訳のわからない事を!」

 

「私の髪の毛にしては短すぎる。そう言っているのですよ私は」

 

「……え?」

 

冬夜は自分の髪の毛を一本抜くと、クレーマーの持ってる髪の毛と照らし合わせた。

 

「やはり、私の髪の毛の方が倍以上ありますね」

 

「……」

 

次第に口数が減っていくクレーマー。

 

しかし、まだクレーマーはまだ引かなかった。

 

「お、俺がわざと入れたとでも言うつもりか!?俺は絶対に入れてない!お前たちの中の誰かが入れたんだ!間違いない!」

 

「それもそうですね」

 

「だろ!?だったら……」

「では監視カメラを確認しましょうか」

 

クレーマーの言葉を遮るかのように言った冬夜の一言はクレーマーの動きを止めた。

 

「か、監視カメラ?」

 

「ええ。今時監視カメラのついてる店なんて珍しくないですよ。勿論お客さまもご存知ですよね?」

 

「えっと…」

 

「監視カメラを確認した上、本当にこちら側の不手際だとしたら今日は全品タダで提供いたします」

 

冬夜の言葉にレストラン内がざわつく。

 

「……凄い……」

 

確かにあの人が髪の毛を入れたんだけど、よくあそこまで言えるね…

 

同年代に見えないよ…

 

あ、実は凄い年上とか!?

 

「ですが、もしお客さまのでっち上げだと判明すれば……わかっていますね?」

 

次第に口数が減っていくクレーマー。

 

さらなる冬夜の追い打ちにクレーマーの顔は青ざめていった。

 

「では最後にお聞きします」

 

その様子を見た冬夜は、とどめを刺した。

 

「そちらの髪の毛は、お客さまの髪の毛ですよね?」

 

淡々と話す冬夜。

 

そこには先程のクレーマーとは段違いの威圧感を放っていた。

 

「……ひっ……」

 

そしてクレーマーは……

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 

何も食べないまま一目散に逃げていった。

 

「……」

 

その様子を見ていたサイドテールの女の子は唖然。

 

凄い……

 

追い払っちゃった……

 

「お騒がせいたしました。ではごゆっくり」

 

冬夜はそう告げると、厨房に消えていった。

 

静まり返った店内。

 

そして、サイドテールの女の子は小さく呟いた。

 

「格好良い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点:冬夜

 

あー完全にやっちまった。

 

めちゃくちゃ目立った……

 

「あ、あの!ありがとうございます!」

 

自分の行動に後悔する冬夜。

 

項垂れているとクレーマーに絡まれていた女の子がお礼を口にする。

 

「え?あ、ああ。よくいるんだああいうクレーマー」

 

毎日のようにここでバイトしてれば自然と出会うもの。

 

もう慣れたよ。

 

まぁ最初から恐怖心とかなかったけど。

 

「そうなんですね……」

 

「ああゆうのは客と思わずにガンガン攻めた方がいいよ」

 

「……と言われましても……」

 

「だよね。難しいよね。だから今後もああゆう客来たら俺を呼んで。ほぼ毎日俺はいると思うから」

 

「はい!」

 

俺がそう言うと女の子は元気に返事をしながら嬉しそうにホールに戻っていった。

 

「……はぁー……」

 

深い溜め息をつくと、冬夜は小さく呟いた。

 

「俺、こんなキャラだっけ?」

 

いろいろイレギュラーはあるが、これもいつも通りの1ページである。




出会いはまだ加速する。

それは冬夜の全てを変える新たな1ページとなる。

物語はもう、始まっている。



~次回ラブライブ~

【第2話 ヒーロー】

お楽しみに。


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第2話【ヒーロー】

前回より長いです。

もう少しコンパクトにしていかねば・・・

とりあえずこれで2年生組は全員登場出来ました!


クレーマーの騒ぎがあったその夜。

 

バイトが終わり、冬夜は帰宅の途中だった。

 

「あー、疲れた」

 

自転車を漕ぎながら呟いた冬夜の独り言は夜の闇に消えていった。

 

元々目元まで伸びた長い髪の影響でなるべくホールに出ることを避けていた。

 

しかし今日のように店長が不在でクレーマーがやってきた場合はホールに出ざるを得ない事もある。

 

「お前は度胸がある。物怖じしない頼れるコックだ!だから今日からお前はクレーマー対処隊長に任命する!」

 

これは俺がバイトを始めて半年経った時に店長に言われた言葉だ。

 

この言葉のせいでクレーマーが来る度に俺が対応する事になった。

 

全く迷惑な話だよ。

 

「・・・帰って寝よ」

 

自転車の漕ぐスピードを上げる俺。

 

このまま何事もなく家に帰って布団にダイブする予定だった。

 

しかし、その予定は敢えなく潰える事になった。

 

「いいじゃん一緒に遊ぼうぜ!明日学校休みだろ!?」

 

「や・・・やめて下さい!」

 

「う、海未ちゃん・・・」

 

「だ、大丈夫です!ことりは私が・・・」

 

いやいや勘弁してくれよ。

 

今のご時世にそのナンパは古いって。

 

自転車に急ブレーキをかけ、壁から少し顔を出し様子を伺う。

 

「は、離してください!警察呼びますよ!」

 

「い、嫌っ!!」

 

「おお、威勢がいいな。でもそうゆう所も興奮するわ」

 

「本当本当!こうゆうのを調教するのがたまらないわ」

 

「俺はこっちのおっとりとお嬢ちゃん派だなー」

 

「顔も声もドストライク!」

 

ベージュ色のトサカのような髪形をした女の子と青色の髪をした威勢のいい女の子が四人のいかにもチャラチャラしてますよという感じの男に絡まれていた。

 

そりゃこの時間にこんな人気のない所に女の子二人でいたら声かけられるわ。

 

「はぁー・・・ダルい」

 

こうゆうのは太陽の仕事だろ・・・

 

正直わざわざ出ていって助ける気はない。

 

最低だと思うだろうが、生憎俺は後先考えず他人を助けるなんて正義感も技術も持ち合わせていない。

 

でもこのままほっとく訳にもいかないか。

 

警察に電話ぐらいはしておくか。

 

電話を掛けようとしたその時だった。

 

「よし、場所移すぞ」

 

「ああ、誰かに見られたら面倒だ」

 

「あ、ちなみに警察に電話しても無駄だぞ。なんせ俺の父さんは警視総監だからな!」

 

「そうそう!いくらでも揉み消せるんだよ!」

 

「そんな・・・」

 

「・・・」

 

おおっとマジかこれは予想外。

 

まさかの親が事件の揉み消しを行えるパターンですか。

 

これは電話しても仕方ないですねー。

 

「・・・!」

 

男四人に手を引かれ連れていかれる女の子二人。

 

その時、青色の髪をした女の子と目が合った。

 

「・・・」

 

男に連れていかれながら声に出さず口を動かす。

 

薄暗い中ではあるが、青色の髪をした女の子がなんと言いたいか容易にわかった。

 

 

 

 

助けて。

 

 

 

 

おいおい・・・目が合っちゃったよ・・・

 

しかもあんな涙目で助けてなんて訴えられたら退散するにも出来ないだろ!

 

「・・・早く寝たいのに・・・」

 

夜の闇に消えていく二人と男達を見つめながら俺は小さく呟いた。

 

「・・・チッ・・・」

 

俺は小さく呟くととある人物に電話を掛けた。

 

するとコールが鳴ってすぐ電話が繋がった。

 

「もしもし?珍しいなお前から電話なんて」

 

「おう。太陽」

 

電話の相手は頼れる主人公、太陽だった。

 

「お前、GPSで俺の場所把握出来るようにしてるよな?」

 

「え!?なんでそれを・・・」

 

「説明は後だ。今から俺の所に出来るだけ急いで来い」

 

「何かあったのか?」

 

「ナンパ、女の子二人、男四人に連れていかれた、今俺以外に人はいない。OK?」

 

「なんで、片言?でも大体事情はわかった」

 

「よし。じゃあ早く来い。俺が死ぬ前にな」

 

「え!?それどうゆう・・・」

 

太陽が何かを言いかけていたが構わず電話を切った。

 

ていうかマジで俺の居場所わかるようにしてるんだな。

 

超気持ち悪い。男のヤンデレとかマジ誰得だよ。

 

「まぁいい。とりあえずこれでもう後には引けないわけだ」

 

俺以外に人がいないこの状況。

 

そして男に連れていかれる女の子。

 

助けを求められた俺。

 

太陽への救援依頼。

 

「今日厄日だな・・・」

 

俺は自転車に跨がると、連れていかれた方へ全力で走り出した。

 

俺がこんな正統派な人助けなんて・・・

 

これもあいつの影響だな。

 

太陽め・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっちから犯す?」

 

「めんどくさいから両方いかない?」

 

「それ賛成!」

 

薄暗い路地裏。

 

例え叫んでも意味が無いと思わせるような空間。

 

男四人は不気味に笑うと、女の子二人をどう犯すか会議をしていた。

 

女の子二人は完全に怯えている様子で、威勢の良かった青色の髪をした女の子も今では見る影もない。

 

「やだ・・・これから私達・・・どうなっちゃうの?」

 

震えた声でベージュ色の髪をした女の子が青色の髪をした女の子に話かける。

 

「きっと・・・たくさん破廉恥な事を・・・」

 

「嫌だ・・・嫌だよ・・・」

 

涙を流しながら手で顔を覆うベージュ色の髪をした女の子。

 

「ごめんなさい・・・私が・・・私が練習に付き合わせたから・・・ことり、本当にごめんなさいっ・・・」

 

青色の髪をした女の子も何度も謝罪しながら涙を流す。

 

「あーその涙もそそられる!」

 

「大丈夫、すぐ気持ちよくなるからねー」

 

ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべながら近づく男達。

 

「やめて下さい・・・やめて下さい!!」

 

「やだ・・・助けて・・・」

 

「じゃあ、いただきまーす!」

 

「「いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

顔を近づける男。

 

唇と唇がくっつきそうになるその瞬間だった。

 

「おおっと!?盛大に足が滑りまくったぞぉぉぉ!!!」

 

「ぐえぇぇ!?」

 

長い髪で目元を覆われた男・・・冬夜が自転車に乗りながら猛スピードで突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

結論、男四人の内1人を自転車で轢いた。

 

うんあれは痛いだろうなー。

 

「なんだ貴様!?」

 

突然現れた冬夜の存在に男達と女の子二人は驚愕。

 

男達の表情は怒りに、女の子二人は不安と恐怖。そして少しの安堵に染まっていた。

 

「いやー本当に申し訳ない。足が滑りまくりました」

 

俺は女の子二人の前に立つと口角を浮かべながら話す。

 

「てめぇ・・・ヒーローにでもなったつもりか?俺達の楽しみの邪魔をしやがって只で済むと思うなよ!?」

 

まぁそりゃ怒るよな・・・

 

勢いよく飛び出したはいいもののここからの展開は正直運だ。

 

喧嘩はからっきしダメでなんなら握力は女の子並み。

 

そんな俺に出来る事はヒーロー到着までの時間稼ぎだ。

 

「今あなた達、女の子二人を犯そうとしてましたね?」

 

「だったらなんだよ」

 

「あ、認めるんですね」

 

「こんな上玉滅多にいないからな。てかてめぇ誰だよ!」

 

「名前を聞く時は自分から。常識ですよ?」

 

「ああ!?」

 

「おお怖い怖い。いいんですか?警察呼びますよ?」

 

「はっ!呼んでも無駄だ。俺の父さんは警視総監だからな!!」

 

「事件なんていくらでも揉み消せるんだよ!!」

 

「な、なんだってー!!」

 

「でもこのまま帰すのは危険だな。てめぇ、覚悟しろよ?」

 

「え・・・」

 

「死んでも恨むなら首を突っ込んだ自分自身を恨むんだな!おらっ!」

 

その瞬間、俺の体が吹っ飛んだ。

 

ここまでは予定通り。

 

何分持つかな・・・俺の体。

 

 

 

 

 

 

それから20分が経った。

 

「おらっ!」

 

「ごほっ!」

 

「死ねっ!」

 

「ぐふっ!」

 

「くたばれ!」

 

「がはっ!」

 

「くそが!」

 

「げほっ!」

 

まさにタコ殴り。

 

殴る、蹴るの応酬で俺の体はボロボロだった。

 

「も、もうやめて下さい!この人は関係ないはずです!」

 

「わ、私達覚悟決めたから!これ以上巻き込むのはやめてよ!」

 

女の子二人が泣きながら叫ぶ。

 

幸いまだ女の子二人には危害は加わってない。

 

しかしそれももう時間の問題。

 

口の中は切れており口や頭からは血が出ており腕や足は痣だらけ。

 

でもまだ嘔吐をしていないだけ褒めてほしいものだ。

 

「ギャハハ!なんだよこいつ威勢良く割り込んできたくせに弱っちいな!!」

 

「抵抗一つしない。つまらないんだよっ!」

 

女の子の言葉は届かず止まない暴力の嵐。

 

おっと不味いな視界が霞んできたぞー?

 

「髪の毛長くて気持ち悪い・・・さっさと死ねよ!!」

 

「がっ!?」

 

思いっきり殴られ壁に叩き付けられる。

 

まだ来ないのかよ太陽は!?

 

そろそろ俺も限界だぞ?

 

「もうやめて!!!」

 

「わ、私の体なら好きにしていいから!!」

 

「お嬢ちゃん。これは制裁なんだよ」

 

「そうそう。こいつが俺達の楽しみを邪魔するから悪いんだよ」

 

「そんな・・・」

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

女の子二人は泣きながらしゃがみこむ。

 

ベージュの髪をした女の子は心配そうな表情で俺を見つめ、青色の髪をした女の子はひたすら謝っていた。

 

「くそ、こいつしぶといな。まだ意識あんのかよ!」

 

「おい、このままだとマジで殺しちゃいそうだな。お前最後に言い残したい事はないか?」

 

俺の髪の毛を掴み俺を立たせながら男が聞いてくる。

 

うわ顔近っ!?俺にそうゆう趣味はねぇよ。

 

「名前を・・・」

 

「ああ!?」

 

「名前を・・・教えてほしいです・・・」

 

「名前!?ハハハ!こりゃ傑作だ!いいぜ冥土の土産に教えてやるよ!俺の名前は須藤亮太だ!」

 

「なる・・ほど・・他の皆さんは?」

 

「大鳥潤だ」

 

「山口翔大」

 

「鳴海源基だ」

 

「・・・わかりました・・・ありがとうございます・・・」

 

「さぁもう満足しただろ?じゃあ・・・お別れの時間だな」

 

「・・・!・・・」

「・・・!・・・」

 

男の言葉に驚愕の表情を浮かべる女の子二人。

 

「じゃあな」

 

「「やめて!!!!」」

 

女の子二人の悲痛な叫びが響く。

 

男の拳が俺の顔に触れるその瞬間だった。

 

 

 

 

「冬夜ぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

1人の見知った男が視界に映った。

 

全く・・・来るの遅ぇよ。ヒーロー。

 

「チッ。また邪魔者が・・・」

 

「遅くなってごめん!!大丈夫冬夜!?しっかりしろ!」

 

「だ、大丈夫だから・・・揺らすな揺らすな」

 

太陽の到着により戦況は大きく変わる。

 

良かった・・・なんとか間に合ったみたいだな。

 

これで俺の役目は終わりだ。

 

「後は頼んだ。太陽」

 

俺はそれだけ言うと、壁にもたれ掛かり地面に座り込んだ。

 

「本当に無茶するな。後は任せろ」

 

俺に微笑むと、太陽は女の子の方へ向いた。

 

「もう大丈夫だよ。俺が守る」

 

「「は、はい!!」」

 

うん惚れたな。

 

「おいてめぇ。覚悟は出来てるんだろうな?」

 

「覚悟?それはこっちの台詞だ。友達をこんな目に合わせやがって・・・只で済むと思うなよ!」

 

「は!?それこそこっちの台詞ごぶぅぅぅ!?」

 

目に止まらぬ早さで繰り出したパンチは、いとも簡単に男を吹き飛ばした。

 

「・・・え?・・・」

 

「さぁ、かかっておいで」

 

 

 

 

 

それからは太陽の独壇場だった。

 

次々に男を倒していく太陽の動きは迷いがなかった。

 

「す、凄い・・・」

 

「強い・・・」

 

一方の女の子二人はというと、俺を挟むような形で座っていた。

 

「ちょっと近い・・・いたたた・・・」

 

「あ、動かないでください!」

 

「怪我が酷いんですから大人しくしてて下さい」

 

先程から俺が少しでも動くとこの調子。

 

いやなんで?普通俺そっちのけで太陽にもっとときめく場面だろ!?

 

「これで終わり!」

 

「がぁぁぁ!」

 

そうこうしている内に戦闘が終わった。

 

いや早いな。

 

「大丈夫冬夜!?」

 

戦闘が終わるやいなや俺のもとへと駆け寄る太陽。

 

「なんとかね。動けるぐらいには」

 

「良かった・・・本当に無茶しすぎ!!」

 

「あー、悪い」

 

「全く・・・」

 

「あの・・・」

 

太陽と話していると、女の子二人が安堵の表情を浮かべながら話し掛けてきた。

 

「ん?」

 

「助けていただきありがとうございます!!」

 

「ありがとうございます!!」

 

「ぐはっ!めちゃくちゃ可愛い!」

 

「え?」

 

「あ、ごめん気にしないでこうゆう奴だから」

 

空気読め変態。

 

「何はともあれ君達は無事そうで何より」

 

「は、はい!でも・・・」

 

ベージュの髪をした女の子が泣きそうな表情で俺を見つめる。

 

「こちらの方が私達を守ってくれましたので・・・」

 

青色の髪をした女の子も申し訳なさそうな表情で俺を見つめる。

 

「そうか。冬夜よくやった!!」

 

「自分で自分を褒めたいくらいだ」

 

「ふふ」

 

恐怖から解放された安堵からか、小さく微笑むベージュ色の髪をした女の子。

 

「良かった。表情も少し明るくなったみたいだな。えーっと・・・」

 

「あ、南ことりです」

 

「南さんね。俺は朝日太陽よろしく!」

 

「私は園田海未と申します」

 

「園田さんもよろしく!!あ、こっちのボロボロなのは氷月冬夜ね」

 

「ボロボロ言うな。よろしく」

 

「「よろしくお願いします!」」

 

「氷月さんも助けていただきありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!後、ごめんなさい!私達のせいで怪我を・・・」

 

「ん?ああ、別に大丈夫だよ。大したことないよ怪我も含めて」

 

逃げようとしたしな。

 

「いえ、大したことないわけないじゃないですか!私達はとても嬉しかったんですよ?氷月さんが助けに来てくれて」

 

「はい!凄く頼もしかったです!」

 

おおう、そこまで言われるとちょっと照れるな。

 

「さぁ早く傷の手当てを・・・」

 

「ちょっと待てお前ら!」

 

背後から聞こえる野太い声。

 

そう言えば忘れてたな。こいつらの処遇。

 

「凄い睨んでるけど迫力0だからな?」

 

太陽にやられた傷がまだ痛むのか、男四人は立てずにいた。

 

「太陽、警察は呼んでくれたか?」

 

「呼んだよ。もう着くと思う」

 

「おっけ。さすが太陽」

 

これで終わりだな。

 

「え?でも警察は・・・」

 

「へっ・・・忘れたのか俺の父さんは警視総監だぞ?こんな状況警察に見られたら・・・」

 

「あーその事だけど、心配無用だよ。君達はちゃんと裁かれるから」

 

「・・・え?」

 

俺の言葉にキョトンとした表情になる男。

 

「へっ!どうせハッタリに決まって・・・」

「これなーんだ?」

 

男の言葉を遮るようにしてあるものを取り出した。

 

「それは・・・まさか・・・」

 

「そう。ボイスレコーダー」

 

カチッ。

 

「死ねっ!」

 

「くたばれ!」

 

ボイスレコーダーのボタンを押すと、男達の声が再生される。

 

「い、いつの間に・・・」

 

「ん?ああ最初から」

 

予め自転車で突っ込む前にボイスレコーダーの録音ボタンを押しておいた。

 

いやー人生何が起こるかわかんないものだな。

 

持ち歩いてて良かった。

 

「ご丁寧に自己紹介までしてくれてありがたいよ」

 

「え?あの時名前聞いたのって・・・」

 

「そう。ボイスレコーダーがあったからだよ南さん」

 

「・・・もしかして朝日さんがここに来たのは・・・」

 

「俺が予め呼んどいた」

 

「「・・・凄い!!」」

 

そんなに褒めるなよ。照れるじゃないか。

 

「というわけで、君の父さんは警視総監だっていう戦法は通じません。証拠あるからね」

 

「う、嘘だぁぁぁぁぁ!!!」

 

男の悲痛な叫びが響く。

 

いい気味だ。

 

 

 

 

 

 

 

それからまもなくして警察が到着し、男四人は連れていかれた。

 

ちゃんとボイスレコーダーも渡した。

 

そして残ったのは四人だけになった。

 

これでようやく寝れる・・・そう思っていたが・・・

 

「ダメ!手当てするから私の家に来て!」

 

「そうです!そのまま放置したらバイ菌が入ってしまいます!」

 

「いやだから別にいいって」

 

南さんと園田さんが傷の手当てをすると言い南さんの家に来いと主張し始めた。

 

いやいやいや!例え太陽と一緒でも女の子の家に行くとか本当に勘弁して!

 

ちなみに南さんも園田さんも俺達と同い年らしい。

 

「いやでも本当に手当てした方がいいぞ」

 

「いや自分でするからいい。そうだ!太陽が行けばいいよ!そして連絡先とか交換していい感じになればいいと思う。うんそれがいい」

 

「いやなんでそうなるんだよ!?」

 

「そうです!ああ、大変です頭からも血が!大至急手当てを・・・」

 

「だから大丈夫だって・・・」

 

「氷月くん」

 

「え?」

 

「出ます!ことりの必殺技が・・・」

 

「必殺技?」

 

「おねがぁい?」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「嫌だ」

 

「効かないっ!?」

 

「そ、そんな・・・私の必殺技が通じないなんて・・・」

 

「ぐはっ!なんだ今のは・・・天使だ・・・天使がいた・・・ビッグバンのような衝撃が・・・うぉぉぉぉ!!」

 

太陽にはガッツリ効いてるみたいだけどな。

 

「とりあえず俺は忙しいんだ。申し訳ないが帰らせてもらう!」

 

「あ、しかし・・・」

 

「ええーい!!うるさいうるさーい!俺は帰るんだ!家に帰って寝るんだー!!」

 

俺は急いで自転車に跨がると、逃げるように走り出した。

 

「あ、待って氷月くん!」

 

「絶対に待たない!では、さらばなのだー!!」

 

 

 

 

 

 

 

「なんかキャラと違う・・・」

 

家になんとか到着する事が出来た俺はすぐさま布団に横になった。

 

家に帰りたいあまり俺らしくない態度を取ってしまったがこの際致し方ない。

 

それにしても今日は濃い一日だった。

 

クレーマー対処に南さん園田さんの救出。

 

普段の5倍は疲れたよ・・・

 

「もうこんな1日はごめんだ・・・」

 

もう二度とこんな事が起こらないように。

 

そう願いながら俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

「ごめんな。あいつ頑固だからさ」

 

「あ、いえ大丈夫です。後すいません送っていただき」

 

「またいつあいつらみたいなのが来るのかわかんないからね」

 

「そうだね。それにしても怖かったなー・・・絶対に忘れられないよ」

 

「そうですね。もし氷月さんがいなかったらどうなっていた事か・・・想像するだけでも恐ろしいです」

 

「本当に感謝だね。氷月くんと朝日くんに」

 

「はい」

 

「はは、あいつも喜ぶよ」

 

「それにしても氷月さん怪我は大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫ではなさそうだよね・・・」

 

「あいつ昔からすぐに無茶するからな」

 

「でも凄くかっこ良かったです!」

 

「うん!ヒーローみたいだった!」

 

「あれ、俺は?」

 

「勿論朝日さんもかっこ良かったですよ」

 

「うん!」

 

「良かった・・・ありがとう!」

 

「それにしても、最後の氷月くんの慌てよう面白かったね」

 

「ええ。初対面ですが全く緊張せず話せましたし」

 

「あいつがあんなに慌てるの珍しいからなー」

 

「そうなんですか」

 

「へぇー・・・」

 

「いやーそれにしても」

 

「あの時の氷月くん」

 

「男性ですが」

 

 

 

 

 

 

「「「可愛かったなー」」」

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅん!!」

 

「あー・・・きっとあいつらだ・・・」

 

 

 




出会いを経て動き出した物語。

廃校を止めるため、少女達は立ち上がる。

少女達が廃校を防ぐために見出だした策。それは・・・




~次回ラブライブ~

【第3話 スクールアイドル】

お楽しみに。


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第3話【スクールアイドル】

まーた長くなっちゃったよ・・・

なお、度々原作と違うシーンや表現が登場します。

ご了承下さい。


「今はスクールアイドルが熱い!!」

 

チャラ男襲撃事件から数日が経過し、傷もなんとか癒えた今日この頃。

 

学校に到着するやいなや太陽がこのような事を口にした。

 

「スクールアイドルねー・・・」

 

スクールアイドルの事は一応知っている。

 

名の通りスクールアイドルは学校で活動するアイドル。

 

今ではスクールアイドルを結成している学校が増えてきており、その経験を経てプロのアイドルを目指す者も多くない。

 

「全く興味なさそうだな」

 

「うん。ぶっちゃけどうでもいい」

 

「マジか凄いなお前」

 

バイト先でも良くあのグループがいい!あの娘が可愛いなどと言った会話を耳にする。

 

話してるのは全く構わないが、お前はどのグループが好き?などと急に話を振るのは勘弁してもらいたい。

 

「お前はこのダンスを見ても何も思わないのか!」

 

そういいスマホの画面を俺に見せる太陽。

 

そこに映っていたのは、3人の女の子がステージでライブを行っているシーン。

 

歌声、ダンス共にレベルが高く、スクールアイドルのレベルを超えてると言っても過言ではないほどの出来だ。

 

このグループは知っている。

 

まだスクールアイドルという名前が浸透していない状態でスタートし、、その名前を世に広めたまさにスクールアイドルのパイオニアのような存在。

 

確か名前はA-RISEとか言ったな。

 

「うん特に何も思わない」

 

「なんでやねん!?」

 

いやだって興味ないもん。

 

ないものはしょうがない。

 

「お前本当に珍しいな・・・皆こんだけ熱中してるのに」

 

「別に俺が興味を持とうが持たまいが変わらないだろ。逆にこの風貌でアイドルなんて言い出したら本格的に気味悪がられる・・・あ、それありだな」

 

「いや待て待て!勝手に話を進めるな!ってかその意見俺は絶対に許さないからな!」

 

「なんだよ折角いい作戦だと思ったのに」

 

より一層俺と関わりを持つやつがいなくなるに違いない。

 

素晴らしいアイデアなんだけどなー。

 

「とりあえず俺は認めないぞ!そうだ、放課後一緒にスクールアイドルショップに行こう!そうすれば少しはスクールアイドルの魅力も・・・」

 

「はいはいバイトバイト」

 

「お前いつもバイトだな!?いつ休みだよ!?」

 

「休みはありませーん」

 

まぁこれはブラックでも何でもなく俺が店長に頼んで休み無しにしてもらってるんだけどな。

 

こうでもしなきゃ生活出来ないし。

 

「あのな?いくらお前でもいつか倒れるぞ?」

 

「その時は俺がそれまでだったという事だ。じゃあおやすみ」

 

「っておい寝ようとすんな!おい冬夜!もう寝てる!?」

 

その後もしつこく絡んでくる太陽だったが、適当にあしらっていく。

 

そうこうしている内に放課後となった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?微かに音楽が聴こえるな」

 

バイトに向かう道中、ふと耳にポップな音楽が入る。

 

自転車を停め、音楽の聴こえる方へ顔を向ける。

 

しかしそこは・・・

 

「・・・神社?」

 

長ったらしい階段が続く神社。

 

神田明神がそこにあった。

 

「・・・気になるな」

 

神社に似合わぬポップな音楽。

 

少し興味を惹かれた冬夜は、階段を登り始めた。

 

 

 

 

 

「おいしょ。本当に無駄に長いな」

 

一定のペースで階段を登る冬夜。

 

しかし冬夜は全く疲れる素振りを見せず、息一つ切らしていなかった。

 

これも日々のバイトの賜物か。

 

「ここら辺から聴こえたけど・・・あ、あれか」

 

階段を登り終えると、視界に3人の少女が映る。

 

その内二人は見覚えのある人物だった。

 

「あれって園田さんと南さんか」

 

少し離れてはいるが顔は認識できた。

 

それに二人とも目立つ髪型と髪色のため容易に気付く事ができた。

 

それともう一人はオレンジ色の髪をしたサイドテールをした娘だ。

 

また目立つ髪してんなーあの娘も。

 

「音楽の正体はあれか」

 

何やら音楽に合わせて踊ってる様子。

 

タイミングもバラバラでぎこちなく、お世辞にも上手いとは思えなかった。

 

「今スクールアイドルが熱い!」

 

ふと朝太陽が言っていた言葉を思い出す。

 

「あの娘達もそうゆう類いか」

 

聴いた所音楽もアイドル系っぽいため、スクールアイドルになるための練習だろうと結論付けた。

 

そうこうしている内に音楽が終わり、休憩に入る3人の女の子。

 

「これ以上はいいか。正体も知れたし」

 

俺はこれ以上長居する必要もないのでバイトを向かうべく階段を降りようとした。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「もしかして氷月さんですか?」

 

 

 

 

 

バ レ た !!

 

 

 

 

 

「氷月さんですよね?」

 

なんか後ろから声がするけど華麗に無視。

 

よし、このまま降りれば・・・

 

「氷月さん!無視しないで下さい!」

 

「うわっ!」

 

肩を掴まれた。

 

いや、速くない?結構離れてたよ?

 

これ以上は無駄だと判断した俺は園田さんの方を向いた。

 

「なんで無視するんですか!?」

 

「いや・・・なんとなく?」

 

「なんで疑問系なんですか」

 

適当に誤魔化していると、遅れて南さんとオレンジのサイドテールの娘がやってきた。

 

「あ!氷月君だ!」

 

「海未ちゃんが男の子と話してる!」

 

南さんは嬉しそうに駆け寄り、サイドテールの娘は園田さんが俺と話している事に驚きながら駆け寄ってきた。

 

「もう怪我は大丈夫?」

 

「うんもう大丈夫」

 

「良かった・・・」

 

怪我の事を聞いてくる南さんに大丈夫な事を伝えると安堵した表情を浮かべた。

 

園田さんも何事もなくて良かったですと口にしていた。

 

「えっと・・・」

 

そんな中、サイドテールの娘は困惑した表情を浮かべていた。

 

「あ、そう言えば紹介がまだでしたね。こちらは私とことりが絡まれていた所を助けてくれた氷月冬夜さんです」

 

助けたのは太陽だけどな。

 

「私達と同い年だよ」

 

「そうなんだ!ことりちゃんと海未ちゃんを助けてくれてありがとう!私は高坂穂乃果、よろしくね!」

 

「よ、よろしく」

 

マジか。手とか握ってくるしめっちゃガンガン来るじゃん・・・

 

ブンブン振られて腕取れそうなんだけど。

 

 

「ちょ、ちょっと穂乃果!振りすぎです!」

 

「あ、ごめんね」

 

申し訳なさそうに手を離す高坂さん。

 

まぁ別にいいんだけどさ。

 

「気にしてないからいいよ。それより一つ訂正したいんだけどいいかな?」

 

「訂正?」

 

「そう。さっき俺が南さんと園田さんを助けたって話してたけど正確には助けたのはもう一人の朝日太陽という人物で俺はあくまでも時間を稼いでたに過ぎないんだ。だからお礼を言うなら太陽って奴にしてくれ」

 

「え?」

 

「いや氷月君も助けてくれて・・・」

 

俺の発言に困惑の表情を浮かべる南さんと園田さん。

 

間違った事は言ってない。

 

「ちょっと待って」

 

すると高坂さんが何やら真剣そうな表情で口を開く。

 

「確かに最終的に撃退したのは、朝日君って人なのかもしれないけどでも氷月君の時間稼ぎが無かったらきっとことりちゃんと海未ちゃんは無事じゃなかったんだよね?それを食い止めただけでも充分にお礼を言うに値するよ!」

 

「そうですよ!なぜそんなに自分を過小評価するんですか!」

 

「氷月君のした事は普通出来ない事なんだよ?でも恐れる事なく初対面の私達のためにあそこまでしてくれたんだから本当に感謝しているんだよ?」

 

あれ、なんでこうなった?

 

なんか俺凄い怒られてるな。

 

でもこれ以上反論しても状況が悪化するだけだろしここはおとなしく受け取っておくか。

 

「そ、そうか。じゃあありがたくその言葉頂くよ」

 

「うん!よろしい!」

 

俺がそう言うと、サイドテールの女の子・・・もとい、高坂さんは真剣そうな表情から一辺満面の笑みを浮かべた。

 

「ところで、こんなとこで何やってんだ?スクールアイドルの練習か?」

 

ここで俺は気になる事を質問してみた。

 

「そうだよよくわかったね!氷月君ってエスパー!?」

 

いや、なんとなくわかるだろ。

 

あんなポップな音楽に合わせて踊っていれば。

 

「俺がエスパーかはさておいて、なんで練習場所がここなんだ?他にもいいとこあるだろ」

 

「さておかれた!?」

 

「あ、穂乃果は無視して良いので」

 

「元からそのつもり」

 

「ひどいっ!?」

 

今度は笑顔から落ち込んだ表情になる高坂さん。

 

本当に表情がコロコロ変わる娘だな。

 

「最初は学校で練習しようと思ったんですが、どこも場所は空いてなくて・・・なのでここならトレーニングも出来るしスペースも充分にあるので練習場所にしてます」

 

「なるほどね。でも正直園田さんとかアイドルをやるようなタイプには見えないけど、君達はなんでスクールアイドルをやってるんだ?」

 

この質問には南さんが答えた。

 

「私達の学校が廃校する事になっちゃって・・・それでその廃校をなんとか阻止できないかなーと思って始めたんだ」

 

「私だって最初は否定しました。でも、穂乃果の熱意に負けました」

 

園田さんはハァーとため息をつく。

 

「後悔はしてる?」

 

「少し」

 

「え!?そうなの海未ちゃん!?」

 

「冗談ですよ」

 

ふふっといたずらっぽく微笑む園田さん。

 

そんな表情もするんだな。

 

「なるほど。とりあえず君達が本気で取り組んでるっていうのは伝わったよ。廃校阻止出来るといいな」

 

「うん!」

 

「じゃあ俺バイトあるから」

 

「あ、待って!」

 

階段を降りようとする俺に声をかける高坂さん。

 

まだ何かあるのか?

 

「さっき遠くからだけど私達のダンス見てたよね?良かったら感想とか貰えたら嬉しいんだけど・・・時間ある?」

 

「ちょっと穂乃果失礼ですよ!すいません氷月さんバイトがあるのに」

 

ふむ。第三者の意見が欲しい・・・か。

 

俺はスマホを取り出し時間を確認した。

 

バイトまではまだ時間はあるな。

 

しょうがない。付き合ってやるか。

 

「いいぞ。折角だから君達のダンスを1から見たい」

 

「え?」

 

「さっき踊ってた曲でいい。最初から見せてくれないか?」

 

「なるほど。わかった!」

 

「ただし、俺は本当の事しか言わない。デリカシーも、モラルも、何も関係なく。それでもいいか?」

 

こうゆう場合は本当の事を言わなければ意味がない。

 

例え残酷な現実を突きつけられても。

 

「・・・うん!大丈夫!なんでも言って!」

 

「だ、大丈夫でしょうか・・・」

 

「ちょっと怖いな・・・」

 

「でも、第三者の意見は大事だよ。どれだけ厳しく言われてもそれが現実。それを受け止めなきゃ私達はいつまで経ってもこのままだし、廃校阻止なんてもっての他だよ!」

 

高坂さんの言葉に圧倒される南さんと園田さん。

 

そして・・・

 

「そう・・・ですね!」

 

「うん!ここで逃げてちゃなにも始まらないもんね!」

 

さっきまでの弱気な様子から一辺。

 

自信と希望に満ち溢れた表情に変わった。

 

「・・・へぇ・・・」

 

一言であそこまで変えるとは・・・

 

園田さんが高坂さんの熱意に負けたって言ってたけど、今なら少しその気持ちがわかった気がする。

 

「じゃあ、行くよ!」

 

そしてついに始まる。

 

彼女達の、初めて人前で見せる最初のダンスが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ・・・どうだった!?」

 

終わった。

 

1曲を踊りきった三人は完全に疲れていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「大丈夫です。何でも言って下さい」

 

高坂さんと南さんが軽い息切れをしているのに対し、園田さんは息を乱さず落ち着いてこちらを見ている。

 

園田さんだけ体力はあるみたいだな。

 

「・・・」

 

とりあえず感想だったな。

 

じゃあ遠慮なく言わせてもらうか。

 

「タイミングバラバラ、表情に余裕がない、所々ダンスの間違いが目立つ、笑顔が出来ていない、迷いがある、声も小さい、と言ったところか。つまりスクールアイドルと呼ぶには程遠いレベルだ」

 

さすがに言いすぎたかな。

 

俺の辛辣な感想を受けた南さんと園田さんは放心状態だった。

 

しかし、ただ1人まだ光が灯っている人物がいた。

 

「なるほど・・・うん。わかった!ありがとう氷月君!」

 

辛い筈なのに、苦しい筈なのに、今にも怒鳴りたい筈なのに。

 

だがそんな様子は微塵も感じさせず、高坂さんは真っ直ぐな瞳で微笑みながらこちらを見ていた。

 

あの目は・・・どうやら嘘偽りはなさそうだな。

 

「よくそんな表情できるね。俺は君達の頑張りを否定したんだよ?」

 

「うん。でも、私達が望んだ事だから」

 

でも約2名まだ放心状態なんですが。

 

「そうか。変わってるね」

 

俺が高坂さんに微笑み返した所でようやく他の二人が復活した。

 

「・・・はっ!私は何を・・・」

 

「俺にダンスを披露して感想を言われた所」

 

「うぐっ・・・いとも簡単に思い出させてくれますね・・・」

 

現実逃避許さない。

 

「ショックだっただろう。あんな事言われて」

 

「予想してなかったわけではないんです。ダンスも歌も、その他もまだまだだって思ってましたし、どんな事を言われても大丈夫だって思ってました。でも、やっぱり心のどこかで思ってたんです。それでも少しくらいは褒められるんじゃないかって」

 

続いて南さんが口を開く。

 

「まだ始めて日は浅いし、こんな短期間で向上するはずもないって事もわかってた。こうゆう事に関しては本当の素人な私達だからって。そうやってなるべく傷がつかないように自分を守っても、面と向かってあんなに酷評されたら・・・やっぱりショックかな・・・」

 

二人とも悲しそうな表情で俯く。

 

「ことりちゃん・・・海未ちゃん・・・」

 

続いて高坂さんも悲しそうな表情で二人を見つめる。

 

態度に出さないだけで、実際は高坂さんも傷ついただろう。

 

そんな三人の姿を見た俺は、静かに口を開いた。

 

「それでいい」

 

「・・・え?」

 

俺の言葉に顔をあげる三人。

 

「最初からぬるま湯に浸かっているやつは成功しない。だから今の現状も、君達の反応も、正解なんだ」

 

「これが、正解?」

 

「今の内にたくさん傷ついとけ。そして絶望しろ。どうやったらいい?何からやればいい?このまま続けてもいい?そうやってひたすら試行錯誤しろ。そして君達が一つの答えを出した時、心から良かったと思えた時、その時はきっと、君達が目指した現実に必ず近づいてる」

 

「・・・!」

「・・・!」

「・・・!」

 

これは半分俺の経験でもある。

 

今の現状に至るまでたくさん傷ついたし死にたいと思った時もあった。

 

でもそれら全てを乗り越えた結果、今の現状に満足している。

 

「おっとそろそろバイトに行かないとな。じゃあ俺はここで」

 

本格的に時間がキツくなってきたので階段を降りようとする俺。

 

「あ、氷月君!」

 

まだ何かあるのかよ。

 

あ、ていうかスクールアイドルの名前聞いてなかったな。

 

出会ったのも何かの縁だし最後に聞いとくか。

 

「そう言えば名前聞いてなかったな」

 

「・・・え?」

 

「ん?名前だよ名前。スクールアイドルの名前」

 

仕方ないから名前を聞いた後に唯一良いと思った点を挙げて去るか。

 

あんなボロカス言われただけじゃさすがに可哀想だしな。

 

「あ、えっと・・・」

 

「そう言えば・・・」

 

「あ・・・」

 

急に表情が曇り出す三人。

 

え・・・まさか・・・

 

 

 

 

 

 

「私達まだ名前決めてなかったーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

高坂さんの叫びが木霊する。

 

「ハァー・・・」

 

深いため息をつく俺。

 

どうやら想像以上に問題は山積みらしい。

 

 

 

【君達のダンスと歌を見聴きして、ちゃんと楽しいって思えたよ】

 

この言葉はまだ早いか。

 

俺はそっと言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。

 

 

 




廃校を阻止したいと思い結成されたスクールアイドル。

しかし問題は山積み。

思いがけぬ形で関わってしまった冬夜。

そして関わってしまった事がきっかけで、物語はさらに加速する。





~次回ラブライブ~

【第4話 その名はμ's】

お楽しみに。


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第4話【その名はμ's】

毎回長くなるのは俺の書き方が回りくどいからなんだろうな・・・

いっその事諦めるか。短くするのはもう。

とりあえずようやく名前が決まります。


「どこかで見た事あるんだけどなー・・・どこだったっけ?」

 

「・・・穂乃果の勘違いでは?」

 

「いや、絶対に勘違いじゃないよ!凄い見覚えあるんだ」

 

冬夜と神社で接触した翌日。

 

音乃木坂高校では三人の少女が昨日の事について話し合っていた。

 

「目立つ風貌だよね、氷月君って。町でたまたま見掛けたとかじゃないかな?」

 

「うーん・・・その時もっと感動したような・・・」

 

「感動?」

 

「そんな出会いをしておいてなぜ忘れるんですか・・・」

 

冬夜の風貌に見覚えがある穂乃果。

 

しかし何処で会ったかは思い出せずにいた。

 

「一先ず、思い出せないのであればこれ以上考えても仕方ありません。重要なのは、今後の私達についてです」

 

思い出せない様子の穂乃果に海未は痺れを切らし話題をスクールアイドルに変えた。

 

「そうだね。昨日冬夜君が問題点を挙げてくれたし」

 

ことりの言葉に反応した二人は昨日冬夜に言われた事を思い出していた。

 

 

 

 

「どうやらまだ名前は決まってないみたいだな。じゃあこの際今後必ず解決しなければならない問題点を挙げていく。まずは曲だ。聴いた所今の曲は君達のオリジナルではないだろ?とりあえず自分たちの曲を持たないと話にならない。他のアイドルをカバーするっていう路線もあるがそれだと人気が出るのに時間は掛かるしカバーしているアイドルなんて他にごまんといるだろう。しかしオリジナルの曲を持つと言っても作詞と作曲を行わなければいけない。そしてその上で振り付けも考えなければいけない。これが一つ目の問題点。そして次は衣装だ。当然制服や私服のままで踊るわけにはいかない。となると何処で衣装を調達するかだ。作るのか、買うのか。そして後どこでライブを行うか。曲は出来ても披露する機会があれば意味がない。場所の確保も必ず行う必要がある。そして場所が決まってもただライブを行うだけじゃ足りない。音響や照明、そして集客だ。これらを行うのは君達だけではほぼ不可能に近い。リハーサルや本番前の息を整える時間も欲しいだろう。となればこれは他に手伝いを頼む必要がある。とまぁこんな所か、解決しなければならない問題点は」

 

 

 

 

 

「思ったより山積みでびっくりしたよ」

 

「当たり前です!見切り発車で始めたわけですから当然の結果でしょう」

 

のほほんとした表情の穂乃果に海未が激を飛ばす。

 

「でも、氷月君の言葉はありがたかったよね。何したらいいかわかるから」

 

一方のことりは冬夜の言葉の有り難みを感じていた。

 

「作詞は海未ちゃん。衣装はことりちゃん。ライブは講堂で行う。ここまでは決めたけど、まだまだ山積みだよね」

 

「せめて後は作曲が出来る方がいれば曲は完成するのですが・・・」

 

海未の言葉に穂乃果が自信満々な表情で反応した。

 

「作曲してくれる人なら心当たりあるよ!」

 

「・・・え!?それは本当なんですか穂乃果!?」

 

「本当なの穂乃果ちゃん!?」

 

一気に詰め寄る二人に少し穂乃果は後ずさった。

 

「とは言っても断られちゃったけどね」

 

えへへと頭の後ろに手を置きながら申し訳なさそうに言う穂乃果。

 

「なんですかそれ。結局ダメだったんですね」

 

「でも!私は諦めないよ!必ずあの娘に作曲してもらう!」

 

「・・・あまりしつこく迫ると相手も迷惑ですよ」

 

「でも、あの娘しかいないんだよ!作曲出来そうな人!」

 

「その娘ってどんな娘なの?穂乃果ちゃん」

 

「うんと、一年生なんだけどいつも音楽室でピアノを弾いてるの。私もたまたま聴いたんだけど、とっても上手でこの人なら作曲出来るかもって思ったんだ。歌声も綺麗だったんだよ?歌っていた曲もオリジナルぽかったし。赤毛の可愛い娘で、名前は西木野さんって言うんだって」

 

「へぇー・・・それで頼んだら断られちゃったの?」

 

「うん。アイドルの曲があまり好きじゃないみたい」

 

眉を下げて残念そうな表情を浮かべる穂乃果。

 

「そうなんですか。確かにその人なら作曲は出来そうですね。でも断られてしまった以上他をあたるしか・・・」

 

「だから、穂乃果は諦めないって言ってるじゃん!放課後にでももう一度頼みに行くつもり!」

 

「ですから無理に頼んでも逆効果だと・・・」

 

「あ・・・えっと穂乃果ちゃん!海未ちゃん!」

 

このままでは収拾がつかなくなると感じたことりは話を止めに入った。

 

「どうしたんですか、ことり」

 

「このまま作曲について話しても解決しないと思うから、まずは解決出来そうな問題点から解決しない?私達の名前とか」

 

「あ・・・」

「あ・・・」

 

「・・・忘れてたんだね」

 

ことりは苦笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

 

「私とした事が・・・また名前の事を忘れてしまうなんて・・・」

 

作曲についての言い合いも収まり、グループ名を考える三人。

 

海未は名前決めの事を忘れていた事に落ち込んでいた。

 

「大丈夫だよ海未ちゃん!私も忘れてたし」

 

「だから落ち込んでるんです」

 

「え、それどうゆう意味!?」

 

「とりあえず!名前決めよ?ね?」

 

脱線の雰囲気を感じ取ったことりは再び止めに入る。

 

「そうですね。とはいってもどうゆう名前にしたらいいか・・・」

 

「じゃあ、ほのことうみとか」

 

「んー少し安直すぎる気が・・・」

 

「じゃあ、音乃木坂48とか!」

 

「いやそれはいろいろ問題になるかと」

 

「じゃあ・・・あ!海未ちゃんは海、ことりちゃんは空、私は陸で、陸海空とかは!?」

 

「軍隊ですか」

 

見事に全ての案を切り捨てた。

 

「んもぅ!じゃあ海未ちゃんが決めてよ!」

 

「そうですね・・・ほうこトリオ・・・とか?」

 

「それじゃ海未ちゃん芸人さんみたいだよ・・・」

 

苦笑いでことりがツッコむ。

 

「名前を決めるのは難しいですね・・・」

 

「これからたくさんの人に知ってもらうわけだからね・・・」

 

「うん、ちゃんと納得いく名前にしないと・・・」

 

それから暫く沈黙が続いた。

 

名前決めが難航し、時間だけが過ぎていく。

 

その時、穂乃果が沈黙を破った。

 

「氷月君の案を採用する時じゃないかな?」

 

「氷月さんの案・・・ですか」

 

「確か、名前を決めてもらう・・・だったよね?」

 

三人は昨日の冬夜とのやり取りを思い出す。

 

 

 

「出来る限りグループ名は自分たちで考えた方がいいが、もしどうしてもいい名前が浮かばなかった時はいっその事他の人に決めてもらえ。例えば、意見箱みたいなのを作って名前を募集するとか」

 

「・・・丸投げですか」

 

「そう丸投げだ。だからあくまでも最終手段だ。でも丸投げもちゃんとメリットはある。名前を決める時間を他の事に使えるし、呼掛けを行うことで君達がスクールアイドルをしているという事をより多くの人に知ってもらえる」

 

「なるほど・・・」

 

「これはライブを行った時の集客にも繋がる。だからやる意味は充分にある」

 

 

 

 

 

「まぁ丸投げもいいかもしれませんね」

 

「よし!じゃあそうと決まれば今日の放課後私の家で意味箱作りしよう!」

 

「そうだね!」

 

「そうしましょうか」

 

方向性が決まった所で休み時間は終わりを告げた。

 

こうして、また一日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音乃木坂でスクールアイドルが結成されたらしいぞ!」

 

「その情報はどこから仕入れてるんだよ」

 

三人のスクールアイドルと出会ってから1週間。

 

俺が学校に到着すると太陽がいきなり話始めた。

 

「それは、秘密だ!」

 

おいおいなんで俺にウインクするんだよ。

 

ただただ気持ち悪いぞ。

 

そうゆうのは女子かホモにだけやっとけ。

 

「まだ名前は決まってないらしいけどな。お前知ってた?」

 

「知ってる」

 

「そうだよなー。だってこれは俺が手に入れた最新の情報・・・って知ってるのかよ!?」

 

「たまたま会ったからな。ちなみに三人いてその内の二人は前にチャラ男から助けた南さんと園田さんだぞ」

 

「そんな事まで!?ついに俺の情報の先を行かれた・・・」

 

なんか勝手に落ち込んでるが無視だ無視。

 

俺は机に顔を伏せ、眠るいつもの体勢をつくる。

 

「園田さんと南さんか・・・確かにあの二人可愛いもんな!あー、早く歌って踊ってる所見てみたい!ライブとかやんのかな?やるよなー。いつやるんだろう!?やるなら絶対見に行かないと・・・なんか知らない冬夜!?って寝てるぅぅぅぅ!!!」

 

うるせぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ・・・あれから1週間・・・少しだけ様子を見に行くか」

 

放課後。

 

いつもより早めにバイトに行く支度をした俺は、神田明神を目指し自転車を走らせていた。

 

1週間前、いろいろ問題点を挙げたわけだがいくつ解決したかが少し気になる。

 

自分が関わった手前、せめてそれぐらいは確認しないとな。

 

快調に自転車を走らせ、段々と神田明神が見えてきた。

 

すると、少しずつ前回と違うポップな音楽が流れてきた。

 

「やってるな」

 

俺は自転車を停めると、階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

 

曲は丁度サビに差し掛かったところ。

 

背中を向けているため表情は確認出来ないが、ダンスの出来は以前よりも良くなっている。

 

とはいっても前回がレベル1だとすれば今回はレベル2になっている程度。

 

ライブで披露するにはまだ遠い。

 

「一旦休憩にしましょうか」

 

「うへー疲れたー」

 

「でも前より体力持つようになったんじゃないかな?」

 

曲が終了し、休憩に入る三人。

 

高坂さんは地面に座り込み、園田さんと南さんは水分補給を行っている。

 

休憩に入ったなら丁度いい。

 

さっさと用事を済ませよう。

 

俺は気付く様子のない三人の元へ歩み寄った。

 

「お疲れ様」

 

「え?あ!氷月君!」

 

俺が声を掛けると、高坂さんは嬉しそうに反応した。

 

「1週間ぶりですね」

 

「来てくれたんですね!」

 

園田さんと南さんも微笑みながら近づく。

 

「あれから1週間経ったわけだけど、何か変化は?」

 

「なるほど。氷月さんが来た理由はそれですか」

 

「まぁ俺がアドバイスした形になったから気になってね」

 

「そうゆう事ですか」

 

「じゃあ、私が報告するね!」

 

さっきまで座り込んでいた高坂さんが勢い良く立ち上がった。

 

「まずは、ライブする場所は講堂に決まったんだ!ライブする日にちは3週間後の新入生の部活説明会の時にする予定なんだ。曲は、作詞は海未ちゃんが担当してくれてて、衣装はことりちゃんが作ってくれる事になったんだ。作曲は私に心当たりがあって今その人に交渉中だよ!後、裏方についてはクラスメイトが手伝ってくれる事になったしチラシ配りも手伝ってくれる事になったから大丈夫!」

 

なるほど、思った以上に解決していってるみたいだな。

 

一番の不安要素だった曲も出来つつあるようだ。

 

作曲については交渉中だとは言ってたけど難航してそうだな。

 

まぁそこは任せるか。

 

「わかった。想像以上に進んでるようだね良かった良かった」

 

「でしょ?この1週間頑張ったんだよ!」

 

「まだ問題点はあるけどな。そういえば名前はどうなった?」

 

報告に名前については無かったよな・・・

 

でも高坂さんの自信満々な表情を見ると決まってそうだな。

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

「決まってるんだな?だったら大丈夫だ」

 

「・・・え?ちょっとちょっとちょっと!名前!どんな名前になったか気にならないの!?」

 

背を向ける俺の服を引っ張る高坂さん。

 

・・・いや意外と力強いな!?

 

「わかったわかった!服が伸びるだろ」

 

仕方なく正面を向くと頬を膨らましながら掴んでいた手を離した。

 

「うんとね、じゃあ言うよ?私達のグループ名は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sです!!!」

 

 

 

 

 

 

「へぇ・・・」

 

 

 

 

「反応薄い!?」

 

「気に入りませんでしたか?」

 

「いや、そうゆうわけじゃない」

 

μ's・・・確かギリシャ神話に出てくる9人の女神だったはず。

 

「この名前は誰が考えた?」

 

「実はわからないんですよ・・・」

 

わからない?

 

となると考えたのは第三者という事か。

 

続いて南さんが口を開く。

 

「氷月君が提案してくれた、意見箱を実施したんだ」

 

あ、採用されたんですね。

 

あの案。

 

「そうしたら、1枚だけ紙が入ってたんだよ!ほら!」

 

俺に見せつけるように紙を広げる高坂さん。

 

そこにはまっ白な紙に大きく綺麗な文字で、μ'sとだけ書かれていた。

 

・・・なるほどそうゆう事か。

 

読めたぞ・・・

 

「どうやらこの名前、ギリシャ神話に出てくる9人の女神の名前みたいです。どなたが書いてくれたのかはわかりませんが、私達はとても気に入ったのでこの名前に決めたんです」

 

「意見箱を作った次の日に入っててびっくりしたんだよ?でも、氷月君は微妙だった?」

 

園田さんと南さんが不安そうな表情で見てくる。

 

いや別に俺の許可がいるわけでもないし三人がいいなら全然構わないんだけど・・・

 

まぁいいや。

 

何はともあれ、このμ'sという名前。

 

きっとこの名前にはとあるメッセージが隠されてるに違いない。

 

なぜ三人しかいないのに9人の女神の名前なのか。

 

そして意見箱を作った次の日にはもう入ってたという南さんの発言。

 

まるで見計らったようなタイミングだな。

 

待ってましたと言わんばかりの早さだ。

 

「名前の感想を言う前に一つ質問いい?」

 

「何?氷月君」

 

「メンバー、増やす気ある?」

 

「メンバー・・・ですか・・・」

 

「考えた事もなかったな・・・」

 

俺の質問に悩みだす園田さんと南さん。

 

しかし、高坂さんは迷いなくハッキリと答えた。

 

「うん!増やすよ!」

 

「・・・そっか」

 

高坂さんの発言に他の二人は驚いているがまぁ無視でいいか。

 

何はともあれ、メンバーを増やす気はあるようだな。

 

名付け親が知ってつけたか知らずにつけたかはわからないが、恐らく今後メンバーが増えると予想してのグループ名だろう。

 

この名前が輝く時は、名前と同じく9人になった時。

 

残るピースは6つといった所か。

 

なかなか粋な事するね。この名付け親も。

 

「で、名前の感想は?」

 

もしも俺の仮説が現実になった時。

 

「正直な言葉でお願いします」

 

歌やダンスのさらなる向上を成し遂げた時。

 

「どんな言葉でもショックは受けないよ!」

 

そして全員が迷いなく、笑えていた時。

 

「「「さぁ、感想を!」」」

 

その未来が、本当に訪れるのならば。

 

俺は口角を少し上げ、正直な感想を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ピッタリだ。君達に」

 

 

 

 

 

 

【μ's】その名を、自分達の物に出来ると信じてるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、μ'sが本当の女神になる物語が動き出した。




名前も決まり、順調に進んでいくスクールアイドル生活。

後残す所は作曲のみ。

交差していく作曲者と依頼者の思い。

しかしそれは離れていくようで実は近かった。

彼女達がスタート地点に立つ為、氷月冬夜は動き出す。




~次回ラブライブ~

【第5話 始まりの曲】

お楽しみに。


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第5話【始まりの曲】

真姫ちゃん初登場回です。

よし、着実に進んできてるぞー!

今回で曲が完成します!


「なかなか手強い・・・か」

 

それから数日。

 

いつものようにバイトをこなす日々を送っていた俺だがそこに一つの変化が訪れた。

 

とはいうのも、前回あの三人と会った後LINEを交換した。

 

内心これ以上あまり関わる気がなかった為断ろうと思ったが、三人の熱意(特に高坂さん)に負けた俺は仕方なく交換した。

 

高坂さんと南さんはまだしも園田さんも乗り気だとは意外だった。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、連絡先を交換しようよ!」

 

「あ、それいいね!」

 

「え、なんで?」

 

「だって、そうしたらいつでも氷月君なら意見聞けるし、逆に私達の現状報告もできるじゃん」

 

「・・・それだけのために?」

 

「後は純粋にもっと氷月君とお話ししたい!」

 

「私もしたいかな」

 

「いや俺と話しても得はないぞ?やめとけやめとけ」

 

「そんなことないよ!海未ちゃんもそう思うよね?」

 

「・・・正直出会ってまだ日も浅いですし、ましてや男性の方と連絡先を交換なんて・・・と本来だったら思うのですが、お話しはともかく穂乃果の言ったようにいろいろ話を聞いてもらうのに役立ちますし、助けていただいた氷月さんなら信用も出来ますし連絡先を交換したいです」

 

「おおー・・・海未ちゃんがこんなストレートに男の人と連絡先を交換したがるなんて・・・」

 

「・・・いけませんか?」

 

「ううん全然!」

 

「いやいやいや園田さんは男性の免疫なさそうだからこうゆう時は真っ先に否定するポジションでしょ!?」

 

「なんですかそのポジションは!確かに男性の方とはあまり関わった事はありませんが、男性と連絡先を交換したいと思う時ぐらい私にもあります!・・・あ、いや別に深い意味はないですからね!?本当ですよ!?」

 

「・・・」

 

「とりあえずこれ以上海未ちゃんが自滅する前に連絡先を交換しようよ!氷月君は嫌?」

 

「嫌ではないけど・・・」

 

「よし、ことりちゃん!」

 

「わかった任せて!前回のリベンジを果たす時がきたね。・・・ゴホン!・・・氷月君・・・おねがぁい?」

 

「リアクションに困る」

 

「ことりちゃんの必殺技が効かない!?」

 

「ま、また負けた・・・」

 

「ことりのおねがいを二度も・・・氷月さん恐ろしいですね・・・」

 

 

 

 

 

 

とまぁこんな感じで最終的には俺が折れた。

 

何度思い出しても謎のやり取りだな。

 

そして交換してから数日後の今。

 

高坂さんからLINEが来た。

 

内容は作曲の依頼についてで、なかなか手強いと送られてきた。

 

やはり俺の予想通り難航してるみたいだな。

 

一応どうゆう娘に頼んでるかは聞いてるが、でも作曲の依頼に関しては俺は関与出来ない。

 

だからアドバイスのしようがない。

 

する気もないが。

 

「無視だな」

 

俺はそっとLINEを閉じた。

 

 

 

 

 

・・・いやしつこいな!?

 

しばらく無視し続けていたが予想以上に高坂さんからLINEが来る。

 

どうしたらいいかな?

氷月君が依頼してほしいくらいだよ!

今度遊ぼう!

 

など様々である。

 

アドバイスする気も俺がわざわざ依頼しにいく気もないし最後に関してはスクールアイドル関係ないだろ。

 

はぁ・・・返信しなきゃいけないか・・・

 

俺は仕方なく【俺に出来る事はない】と高坂さんに送った。

 

そこまで面倒を見る義理もない。

 

 

 

 

 

 

 

それからまた数日が経過した。

 

高坂さんからのLINEの数も減り、比較的平和な日常を過ごしていた。

 

とはいっても全く無かったわけではないが。

 

度々現状報告的なものはあるが、全てに【そうか】とだけ返している。

 

どうやら作曲してくれそうな人に歌詞カードを渡したらしい。

 

それで心が変わらなければ諦めるそうだ。

 

というわけで俺は今神田明神の前に来ている。

 

目的は高坂さん達に会うのではなく曲が出来たかどうかの確認だ。

 

神社から聴こえる音楽でオリジナルが出来たか判断しに来たというわけだ。

 

しかし聴いた所曲は以前に踊っていたものと同じ。

 

どうやらまだ曲は出来てないらしいな。

 

「ふむ・・・こりゃ時間の問題だな」

 

やめるか続けるか。

 

その答えを出す日は近いかもしれないな。

 

俺はそのまま階段を登らずに自転車を走らせた。

 

 

 

が、俺の足は止まった。

 

「あれは・・・」

 

階段上の木に、赤い髪をした女の子が隠れながら何かを見つめていた。

 

「もしかしてあの人が高坂さんの言ってた作曲してくれそうな人か?」

 

高坂さんから風貌は聞いている。

 

あの娘が着てるのは音乃木坂の制服だし何より珍しい特徴的な赤い髪。

 

間違いないだろう。

 

「ふむ・・・どうしたものか・・・」

 

別にここで俺が何かアクションを起こす必要はないが・・・

 

まぁ折角だし曲を作る意思があるかどうかだけでも確認してみるか。

 

俺は自転車を降りると、赤い髪の娘に向かい階段を登り始めた。

 

 

 

 

 

自分から誰かに話しかけるなんていつ振りだろうな。

 

しかも初対面の人に。

 

度々自分がわからなくなる。

 

赤い髪の娘の元までやってきた。

 

しかし俺に気付く様子もなく、高坂さん達が踊っている様子を見つめていた。

 

ま、そんなに長居するわけにもいかないしさっさと用事を済ませるか。

 

「μ'sに何か用?」

 

「っ!!!だ、誰!?」

 

はい警戒心MAXありがとうございます。

 

まぁこんな風貌な奴が話しかけてきたらそりゃそうなるよな。

 

「あ、ごめん急に話しかけて。俺はあのスクールアイドルの知り合いで、氷月冬夜っていうんだ。楠木坂2年」

 

「楠木坂ってあの偏差値の高い・・・あ、私は西木野真姫です。音乃木坂学院の一年生です」

 

「・・・不気味でしょ俺」

 

「・・・え?」

 

自己紹介はしたけどまだ警戒を解くそぶりは見せない。

 

まぁ当然の反応なんだけどさ。

 

「わかるよ。俺髪長いし見た通り暗そうだし。君もあまり一緒にいたくないだろうから簡潔に用事を済ませるよ」

 

「えっと・・・ごめんなさい私・・・」

 

「いやいいんだ、慣れてるから。ていうかこれが当たり前だし。だから謝らなくていいよ」

 

「・・・」

 

さて、まぁ一緒にいたくないのは俺も同じなんだけどね。

 

変な誤解が生まれても困るし。

 

太陽になんて見られたら「ついに冬夜にも春が・・・来たァァァァ!!!」と言うに決まってる。

 

「で、本題なんだけど君だね?作曲の依頼されてるの」

 

名前も高坂さんからあらかじめ聞いている。

 

「・・・そうです。まさか貴方も依頼に?」

 

おっと少し目線が強くなった気がするな。

 

「いや違う。君の今の意思を確かめに来た。曲を作るか作らないか。だから君がどんな答えを出しても尊重する」

 

「・・・そう・・・わかりました。でははっきり言います」

 

この感じは・・・

 

「曲は・・・作りません」

 

そう来るだろうな。

 

「歌詞カードを渡されました。これを見て答えが変わらなかったら諦めると言われました。歌詞を見てみましたが、答えは変わりません」

 

淡々とした表情で話す西木野さん。

 

しかしその瞳はまだ、迷いの感情があった。

 

嘘ついてるな。自分に。

 

そして西木野さんの言葉を受けた俺は、

 

「そっか」

 

とだけ返した。

 

「・・・それだけ?」

 

「ん?」

 

「貴方は満足なんですか?この答えで」

 

ここでその質問が来るか。

 

やっぱりまだ迷ってるんだな。

 

「満足も何も、それが君の出した答えだろ?さっきも言った通り君の答えを尊重するよ」

 

「で、でも!貴方あのスクールアイドルの知り合いでしょ!?何とも思わないわけ!?・・・あ、ごめんなさい」

 

「いいよ敬語じゃなくて。喋り辛いでしょ?で、君の質問に対しての答えだけど、関係ないんだ」

 

「・・・関係ない?」

 

「そう俺には関係ない。冷たいと思うかもしれないけど、俺はこのままあの三人が曲が出来ずにスクールアイドルをやめたとしても、何とも思わない」

 

「・・・そう」

 

きっと西木野さんは待ってるんだ。

 

後押しの言葉を。

 

でも俺はその手助けはしない。

 

きっと俺が答えを出させるの簡単。

 

でも、答えを出すのはいつでも自分自身だ。

 

他人に促された答えは答えじゃない。

 

迷ってる時こそ、自分で答えを出すべきだ。

 

「でもこれだけは言っとく」

 

でも難しいだろうからヒントくらいは出してやるか。

 

「迷ってる状態の答え程、脆いものはない」

 

きっと君は後悔する。

 

この答えを出したことに。

 

それはまだ君が迷っているからだ。

 

「・・・私・・・」

 

「いずれにせよ選択肢は2択。やるかやらないか。より、後悔しない方を選べよ。西木野さん」

 

俺はそれだけ言うと、階段を降りる。

 

 

 

 

 

「待って!」

 

西木野さんが呼び止める。

 

俺は足を止めた。

 

「私、家が病院なの。将来は病院を継がなきゃいけない。病院を継ぐには勉強をしなきゃいけない。今以上に」

 

俺は静かに西木野さんの話を聞く。

 

「だから、音楽をやってる暇はないの。アイドルの曲も軽いしあまり好きじゃないって高坂先輩には言ったけど、歌詞を読んでみて違う事に気づいた。それで他のアイドルの曲を聴いてみた。確かに音楽は明るいものが多いけど、どれも歌詞が深かった。これがアイドルの曲なんだって思えたの。でも、私はこれ以上音楽を続ける事が出来ない!きっと今後音楽が私の邪魔になるから」

 

これが西木野さんの抱えてた迷い。

 

全てを吐き出した西木野さんの表情は、少し不安そうではあるがどことなくスッキリしてるように見えた。

 

・・・仕方ない。

 

素直に迷いを吐き出せたみたいだし、少し手を差し伸べるか。

 

「いくつか質問いい?」

 

「・・・ええ」

 

「じゃあ3つ程質問するから、絶対はいかいいえで答えて。正直に」

 

「・・・わかったわ」

 

「一つ目、音楽は好き?」

 

「・・・はい」

 

「二つ目、病院は親から継げって言われてるの?」

 

「・・・いいえ」

 

「じゃあ最後三つ目、出来るなら音楽を続けたいって思う?」

 

「・・・はい」

 

「ふーんじゃあもう答えは出てるじゃん」

 

「・・・え?」

 

「病院を継ぐ事を強制されてるわけじゃないし君が病院を継ぐとは言っても今すぐ継ぐ訳ではない。まだ高校一年生でまだ時間も充分にあるよね?だったらなんで、好きで続けたいと思える物をわざわざ捨てるんだよ」

 

「・・・!・・・」

 

「俺が言える事はただ一つ。やりたいならやれ」

 

「・・・やりたいなら・・・やればいい・・・」

 

さて、これ以上は必要なさそうだな。

 

もう大丈夫だろう。

 

「・・・私!」

 

「答えはいい」

 

「え?」

 

「答えを待ってるのは俺じゃない。あいつらだ」

 

俺は必死に踊っている高坂さん達を指差した。

 

「・・・よし!・・・」

 

踊っている三人を見た西木野さんは、決意した表情を浮かべながら階段を降りていった。

 

どうやら迷いは無くなったみたいだな。

 

「・・・あ」

 

「・・・?・・・」

 

不意に立ち止まる西木野さん。

 

俺の方に振り向くと、

 

「ありがとう」

 

少し照れながらお礼を言った。

 

その言葉に対し俺は、

 

「今日俺と会った事は誰にも言うなよ」

 

と返した。

 

「あいつらにでも知られたら面倒くさいからな」

 

俺の言葉を受けた西木野さんは、

 

「ふふ、わかったわ。変な人ね貴方」

 

少し微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。これが答えね」

 

数日後、バイトの休憩時間にLINEを開くと高坂さんからLINEが来ていた。

 

【ついに曲が出来たよ!!】

 

どうやら西木野さんは曲を作る事にしたみたいだな。

 

高坂さんは嬉しさのあまりご丁寧に曲も貼り付けてきてるな。

 

なんだかんだ言って俺が背中を押した形になっちゃったけど、まぁいいか。

 

【良かったな】とだけ返し、LINEを閉じた。

 

一先ずこれでようやくμ'sの初めての曲が出来たわけだ。

 

まだ曲は聴いてないが、μ'sのスタートにはピッタリじゃないかな。

 

「冬夜ー!ごめん厨房頼む!」

 

「はいよー」

 

俺は今後のμ'sに少し期待しつつ、厨房へ向かった。

 

「さて、これからどうなることやら」

 

少し口角を上げながら静かに呟いた。

 

 

 

 

μ'sの始まりの曲。

 

タイトルは・・・

 

 

 

 

【START:DASH!!】

 

 

 

 




曲も出来上がり、着実にライブの準備が整っていくμ's。

そんなμ'sに残された最後の課題。

それは、歌と踊りの技術だった。

ライブまで残りわずか。

さらなる向上を図るべく、冬夜が依頼した助っ人とは?





~次回ラブライブ~

【第6話 コーチ】

お楽しみに。


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第6話【コーチ】

まさかの2話投稿!

出来る内にしとかないとね。

ここで少しオリジナルの話を混ぜます!

そしてあの人が少しだけ登場します。

とうじょう・・・だけにね!


「だから、氷月君に来てほしいんだってば!」

 

「だから別に俺じゃなくていいだろ」

 

曲が完成してから数日後。

 

後はライブだけだと思っていた俺に高坂さんからの着信があった。

 

最初は無視していたがあまりにもしつこいので仕方なく出てみると、私達のダンスを見てほしいと言ってきた。

 

振付けも纏まり練習中との事だが、どこが悪いかの指摘が欲しいんだそうだ。

 

そして俺は断り続けている。

 

「なんで嫌なの!?」

 

「だから、俺はバイトで忙しいし第一そんなの君らの女友達に頼めよ」

 

「えー、前は見てくれたじゃん!」

 

「あれはたまたまだ!俺がたまたま神田明神に立ち寄ったから見たんだよ」

 

「じゃあ今回もたまたま来てよー!」

 

「それはもう意味がわからない」

 

ていうか高坂さん会ったり会話する度にどんどん距離縮まってないか?

 

いや最初から近かったけどさ。

 

「とりあえず、俺は行かない!わかったな!」

 

俺は強制的に電話を切った。

 

全く、なんで俺がここまで面倒を見なくちゃいけないんだ。

 

ベッドに横になると、再び電話が鳴り響いた。

 

「いやしつこい!」

 

舌打ちしながら電話を取った。

 

「だから行かないって言ってるだろ!」

 

「お?お、おぅ・・・どうした冬夜」

 

今回の電話の相手は太陽だった。

 

「なんだ太陽か」

 

「いやービックリしたよ。まだ何にも言ってないのに行かないって言うんだもんな」

 

「あー、すまない」

 

「とりあえず、一緒にスクールアイドルショップへ・・・」

 

「行かない」

 

強制的に電話を切った。

 

 

 

 

 

乱暴に切ってから数時間。

 

高坂さんからも太陽からも音沙汰なし。

 

ようやく平和が戻った・・・

 

「・・・ん?」

 

と思った矢先スマホが震えた。

 

「・・・今度は誰だ?」

 

スマホを手に取りLINEの相手を確認する。

 

高坂さんだった。

 

「・・・なるほどそう来たか」

 

文章ではなく、一本の動画が送られてきた。

 

「そこまでして俺に評価してもらいたいのか」

 

どうやら踊っている様子を撮影したものらしい。

 

俺は溜め息をついた。

 

「・・・まぁこれならわざわざ神社まで行かなくてもいいし。仕方ないか」

 

俺は動画を再生した。

 

 

 

 

 

 

結果から言うと、まだまだだった。

 

オリジナルの曲と振付けなだけあって全体的にぎこちない。

 

歌詞の間違えなどもちらほら見受けられる。

 

ライブ本番まで後1週間程。

 

このペースじゃ間に合わない。

 

「一先ず意見を求められた以上正直に言うか」

 

俺は動画を見て感じた事を全て送った。

 

すると数分して【辛辣!?】と返ってきた。

 

君が感想を求めたんだろ。

 

しかし、黙ってこのまま見過ごすわけにもいかない。

 

この様子では他にダンスを評価してくれる人はいないっぽいし教えてくれる人も居なさそうだ。

 

このままじゃライブは間違いなく失敗する。

 

「はぁ・・・どうしたものかねぇ・・・」

 

まだ大きな問題点を抱えていた現状に溜め息をついた。

 

とは言っても俺はダンスを教える事は出来ないし・・・

 

どこかに教えれる人がいれば・・・

 

 

 

 

 

 

 

あ、いたわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでよろしく」

 

「いやいやいや!何がよろしくだよ!?」

 

俺は直ぐ様ダンス経験者の太陽に電話した。

 

こいつは小中とダンス教室に通っていて先生からお墨付きを貰っていた。

 

太陽なら教えれるだろう。

 

「だから、音乃木坂のスクールアイドルのダンスのコーチをして欲しいんだよ」

 

「なんでまた」

 

「1週間後にライブがあるんだけど、ダンスがまだまだで人前で見せれるレベルじゃないから」

 

「いやでも俺だってダンスやめてから日は大分経ってるし無理だよ!」

 

「大丈夫大丈夫。君の何でもこなせる主人公スキルがあれば余裕余裕」

 

「何だよ主人公スキルって!」

 

なんだよこいつ自覚してないのかよ。

 

自分が文武両道、容姿端麗、誰にでも優しい女好きな事以外が完璧なハーレム系主人公だって事に。

 

中学時代はファンクラブもあったっけ。

 

「うーん・・・でも、冬夜がそこまで言うならやってみるよ」

 

「よしそれでこそ太陽だ。じゃあ早速行くか」

 

「え?」

 

「ん?練習場所だよ練習場所!まだ練習してると思うから行くぞ」

 

「いやいやいや急すぎるって!?さすがに今からは行けない・・・」

 

「ちなみに練習場所は神田明神な」

 

「行こう今すぐ行こう」

 

やっぱやめようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ行こう!神田明神へ!」

 

いつもより身だしなみに気合いを要れている太陽と合流した俺は、神田明神に向かって自転車を漕ぎだした。

 

「それにしても楽しみだなー。スクールアイドルのμ'sもそうだし、噂の美人の巫女さんに会うのも!」

 

そう。太陽が急に乗り気になったのはこれだ。

 

神田明神に凄い美人な巫女がいるという噂だ。

 

これは俺のバイト先でも話題になっている。

 

俺は会った事ないけど。

 

「それにしてもビックリだな。お前がμ'sとそんなに親しくなってたなんて」

 

「親しい・・・のか?とりあえずそれに関しては俺も疑問に思ってるからあんまり言わないで」

 

俺とμ'sの関わりについても話した。

 

そしたら案の定質問攻めに遭い、滅茶苦茶面倒くさかった。

 

「お、見えてきたな」

 

そうこうしてる内に神田明神に到着した。

 

自転車から降りると、太陽が口を開いた。

 

「どっちが早く階段登れるか競争しようぜ!」

 

「嫌だ」

 

小学生かよ。

 

「お、微かに音楽が聴こえるな。これがμ'sの曲か?」

 

「そうだ」

 

動画で初めて曲を聴いたが、なかなか良い出来だと思う。

 

明るく疾走感のある作曲に真っ直ぐな歌詞。

 

まさに最初に相応しい曲だと言える。

 

「お疲れー」

 

階段を登り終わると、俺は三人に声をかけた。

 

「あ!氷月君!来てくれたんだね!」

 

相変わらずの明るい笑顔の高坂さん。

 

まるで太陽だな。

 

「こんにちは氷月君!朝日さんも!」

 

「今日は朝日さんも一緒なんですね。お久しぶりです」

 

南さんと園田さんも練習を中断し、俺達の元に駆け寄った。

 

「こんにちは!南さんも園田さんも元気そうで何より」

 

そっか、太陽と二人はチャラ男襲撃事件以来会ってないのか。

 

「あ、もしかして朝日君って君!?」

 

ここで高坂さんが太陽に話掛ける。

 

そうか初対面か。

 

「うん。そうだけど」

 

「私、高坂穂乃果!ことりちゃんと海未ちゃんを助けてくれてありがとう!」

 

俺の時と同じように太陽の手を握るとぶんぶんと振りまくる高坂さん。

 

うん。変わらないね。

 

「お、おう!当然の事をしたまでで・・・」

 

さすがの太陽もグイグイ来られてて困惑してるな。

 

顔はちょっと嬉しそうだけど。

 

「穂乃果!振りすぎです!」

 

「あ、ごめんね朝日君」

 

園田さんの言葉を受け手を離す高坂さん。

 

「・・・結構フレンドリーな娘だね高坂さんって」

 

太陽が小声で俺に話しかける。

 

お前といい勝負だと思うぞ。

 

「で、どうしたの氷月君?さっきは行かないって言ってたけど」

 

「あぁ、動画見たら気が変わった」

 

「そうなんだ」

 

「ん?待て待て!お前連絡先交換してるのか!?」

 

面倒くさいな・・・

 

なんでこうゆう時だけ敏感なんだよ。

 

「まぁまぁそれはさておいて」

 

「さておかれた!?」

 

「ふふ、朝日君って穂乃果ちゃんと似てるね」

 

「ふふ、そうですね」

 

「おー良かったな太陽、笑われてるぞ」

 

「良くないよ!」

 

「え、私絶対こんなんじゃないもん!」

 

「高坂さんそれどうゆう意味!?」

 

あーこれ収集つかなくなるな。

 

早く本題に移らないと。

 

「とりあえず!本題に移るぞ?」

 

「うん」

 

「おうよ!」

 

「今回俺達が来たのは、君達のダンスについてだ」

 

「私達のダンス・・・ですか?」

 

「そうだ。ダンスを見た俺の感想はさっきLINEで伝えた通りだ。ちなみに太陽にもダンスを見てもらった」

 

「ああ、冬夜に頼まれて動画を見たけど、正直お世辞にも上手いとは言えなかった」

 

太陽も割りとハッキリ言うからなー。

 

今凄い申し訳なさそうな顔してるけど。

 

「やっぱり・・・まだまだなんだね」

 

「ライブに間に合うのでしょうか・・・」

 

俺と太陽の酷評にネガティブになる南さんと園田さん。

 

「だ、大丈夫だよきっと間に合うよ!」

 

高坂さんもフォローはするが、表情は暗いままだった。

 

「そこで、俺が一つの案を出した」

 

「・・・案?」

 

「そう。それは君達にコーチをつけるというものだ」

 

「コーチ?」

 

俺の言葉に高坂さんと南さんが首をかしげている。

 

隣で太陽が可愛いと呟いているが無視をする。

 

「ライブまで残り1週間。これ以上のダンスの向上は君達だけだと間に合わない。そこで、コーチを用意した」

 

ここまで言えばもうわかるだろう。

 

「まさか、そのコーチって」

 

「そう。こいつだ」

 

太陽が一歩前に出た。

 

「小中とダンス教室に通っていて先生からお墨付きを貰っている。実力は充分だと思うぞ」

 

「いやそんなにハードル上げるなよ。というわけで、μ'sのダンスコーチを務める事になった朝日太陽です。ダンスをやめてから2年程経ってるけど、出来るだけの事はします!よろしくお願いします!」

 

勢い良く太陽が頭を下げた。

 

少し沈黙が続き、高坂さんが口を開いた。

 

「ありがとう氷月君朝日君!とっても嬉しいよ!」

 

続いて南さん。

 

「まさかコーチについてくれるなんて・・・本当にありがとう!」

 

そして園田さん。

 

「助けてもらってばかりでお二人には頭が上がりません!本当にありがとうございます!」

 

三人とも、満面の笑みを浮かべながら喜んでいた。

 

「お、おぉ・・・」

 

「良かったな。歓迎されてるぞ太陽」

 

「こんだけ喜ばれると嬉しいよ・・・」

 

太陽は泣きそうになっていた。

 

そんな中、俺は淡々と話した。

 

「後は太陽に頼れ。アドバイス諸々。こうゆう事に関しては俺よりも詳しいし頼りになる」

 

「え?何それ聞いてないんだけど!?」

 

「言ってないからな」

 

太陽が驚いた表情で俺に話しかける。

 

驚いた表情をしているのはμ'sの三人も同じだった。

 

「これで俺に出来る事は何もない。まぁいわば役目を果たしたって事かな」

 

俺の言葉に高坂さんが反応した。

 

「なんでそんな悲しい事言うの!?これからも氷月君は来てくれるよね!?」

 

「さぁどうだろうね。ていうか元々そんなに来てないだろ」

 

続いては南さんが反応した。

 

「朝日君が来てくれたのは嬉しいけど、氷月君も来てくれなきゃ寂しいよ・・・」

 

「そこまで俺に依存する理由はないだろ。来た所で俺に出来る事なんてないし」

 

続いては園田さんが反応した。

 

「そんな事ありません!氷月さんは居てくれるだけで心強いんですよ?」

 

三人とも強い眼差しで俺の事を見つめる。

 

参ったな・・・これ以上関わるわけには・・・

 

「いい加減腹括れよ。もうここまで関わっちゃったんだからさ」

 

太陽が俺の肩に手を置き話しかける。

 

でも俺はこれ以上関われない。

 

これ以上関わると、より親密になれちゃう気がする。

 

そして親密になればなるほど・・・

 

 

 

 

 

 

全てを知った時のショックが大きいだろ・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・ごめん。俺バイトがあるから」

 

「・・・冬夜?」

 

「応援してるよ、スクールアイドル。成功するといいな、ライブ」

 

「氷月・・・君?」

 

俺は四人に背を向けると、逃げるように走り出した。

 

「氷月君!」

「氷月君!」

「氷月さん!」

 

μ'sの声が聞こえる。

 

今なら戻れる。

 

でも、俺は止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

「らしくないな」

 

神田明神の階段を一気にかけ降り、自転車に跨がる。

 

「ちょっと、わかりやす過ぎたかな」

 

何はともあれこれで終わった。

 

後は太陽に任せれば大丈夫だろう。

 

「さぁ、行くか」

 

俺はペダルに足を置き、走り出そうとした。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「君、面白い子やね」

 

 

 

 

 

背後から聞こえた声に俺は振り返った。

 

そこには、装束を身に纏った巫女さんが立っていた。

 

なるほど、これが噂の・・・

 

「何か用ですか?」

 

「ちょっと気になってね。うちは東條希。音乃木坂学院の3年や」

 

「・・・楠木坂高校2年。氷月冬夜です」

 

「氷月冬夜君・・・珍しい名前やね」

 

あー、これ俺の苦手なタイプだ。

 

こうゆう察しの良い全く読めないタイプは相性が悪い。

 

「よく言われます」

 

「やろうね。まぁそれはそうと、良かったん?」

 

「・・・何がですか?」

 

「あんな別れ方して」

 

・・・やっぱりこの人苦手だー!!

 

なんだよこの感じ!まるで全部知ってるかのような口振り。

 

「見てたんですか?」

 

「ちょっとね」

 

絶対ちょっとじゃないだろ。

 

「いいんですよ。μ'sの行方はもう太陽に任せましたし俺の出番は終わりました」

 

「それが君の本心なん?」

 

「ええ、本心です」

 

「そっか。じゃあそうゆうことにしとくね」

 

・・・本当になんなんだこの人。

 

「でも、君の言葉を借りるなら・・・

 

 

 

 

 

 

やりたい事はやった方がええよ?」

 

「・・・」

 

西木野さんのとこも見てたのか。

 

あー本当にやりづらい。

 

「アドバイスありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

「でも俺はもう決めたので」

 

「だったら止めはせんよ」

 

表情を変えず微笑みながら話しかける東條さん。

 

その余裕そうな態度気に入らない・・・

 

このままやられっぱなしじゃ悔しいな。

 

「東條さん」

 

俺は東條さんから顔を背けると、最後に口を開いた。

 

「貴方がどこまで知ってるかはわかりませんが、全てが貴方の想像通りに進むとは思わないでくださいね」

 

「・・・ご忠告どうもありがとうね」

 

「それはそうと、スクールアイドルのμ'sという名前。学校に意見箱を設置して募集して決まった名前らしいんですけど、考案者の名前は書いてなかったみたいなんですよ」

 

「そうなんや。じゃあ誰が考えたかわからん名前なんやねμ'sって。で、君は何が言いたいん?」

 

「いえ、ただ貴方と今話してみて思ったんですよ」

 

そして俺は見えないように少し口角を上げ、放った。

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sって、貴方が考えそうな名前ですね」

 

 

 

 

 

 

 

あそこまで自分に迫ったのは初めてだった。

 

ましてや初対面で。

 

この出会いは冬夜にも、希にも、ある意味衝撃的な出会いとなっただろう。

 

少しずつ姿が小さくなっていく自転車に乗った氷月冬夜を眺めながら、東條希は呟いた。

 

「ますます気に入ったわ。氷月冬夜君」

 

 

 

 

μ'sの初ライブまで、残り1週間。




ついに始まったμ'sの初ライブ。

もうμ'sとは関わらないと決めたはずの冬夜ではあったが、理事長からの許可が出てしまった為、太陽に無理矢理引っ張られる形で参加。

しかし、そこには厳しい現実が待っていた。

絶望、怒り、悔しさ、悲しさ。

交わる感情の末、穂乃果が出した答えは・・・




~次回ラブライブ~

【第7話 ファーストライブ】

お楽しみに。


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第7話【ファーストライブ】

ようやくファーストライブが終わった・・・

この回でμ'sメンバーも全員登場します。

ただし1人だけ台詞のないキャラがいます申し訳ありません!

今回は自己最高の10000字オーバーです。本当に疲れた・・・

ちなみに次回はオリジナル回の予定です。

それでは第7話【ファーストライブ】始まります。


俺の一方的な拒絶から数日が経った。

 

あんな別れ方をしたからか、あれ以来高坂さん達からの連絡はない。

 

突然縁を切った身勝手な俺に愛想が尽きたのだろう。

 

そう。これでいい。

 

俺と関わっていても得なんて何一つない。

 

幸いあいつらとの関係は浅い。時間さえ経てば俺の事なんて忘れるだろう。

 

今この状況が俺の望んでいたシナリオだ。

 

「まーた暗い顔してんのか」

 

「・・・元からだ」

 

しかしコイツは別だ。

 

「太陽。本当にお前って変わってるよな」

 

「いやお前にだけは一番言われたくない」

 

昔からそうだ。

 

どれだけ突き放しても、俺が最低な言動をとっても何食わぬ顔で何事も無かったかのように話しかけてくる。

 

必要以上に俺と関わろうとする。

 

最初は無視を続けていたがあまりにもしつこく毎日のように話しかけてくるため耐えきれず俺が折れてしまったというわけだ。

 

今ではもう諦めてる。

 

「μ's凄い才能だわ。メキメキと成長してる」

 

μ'sとの関係を絶ってからも太陽は変わらず俺に話しかける。

 

しかし、その話題は全てμ'sについてだった。

 

「聞いてない」

 

「まぁまぁ俺が話したいんだから聞けって」

 

それからも最近のμ'sの成長ぶりについて熱く語る太陽。

 

何でも以前のダンスと今のダンスは月とスッポンの差があるとの事だ。

 

正直それは盛りすぎなような気もするが、特にツッコむ義理もないので無視している。

 

μ's1人1人の魅力や、太陽なりの今後のビジョン。

 

次の曲やどうゆうメンバーを勧誘するかまで語り出す始末。

 

出会ってまだ1週間程のスクールアイドルによくそこまで情熱を注げるものだな。

 

「そういえば、噂の巫女さんと会ったんだよ!!」

 

あー、東條さんね。

 

会えたんだ良かったな。

 

「噂以上に美人で本当に度肝抜かれたね!しかもあのナイスバディ!俺の見立てだとスリーサイズは・・・」

 

「聞いてない聞いてない!」

 

お前そこまでいくともうセクハラだぞ。

 

見ただけでスリーサイズわかるとか変態の域越えてんだろ・・・

 

「まぁ何はともあれ、出会えて本当に良かったよ」

 

「そうか。良かったな」

 

ていうか東條さん余計な事言ってないだろうな?

 

俺と東條さんが接触してたなんて知られたらめんどくさいからな。

 

「まぁ脱線はこのぐらいにして、本題に入るんだけどいい?」

 

「ダメ」

 

「いや言わせろよ!」

 

・・・じゃあ聞くなよ。

 

「で、何?」

 

戻ってこいとかでも言うつもりか?

 

俺は絶対に戻らないけどな。

 

「あのさ」

 

 

 

 

 

 

「明日、μ'sのライブあるから行こうぜ」

 

 

 

「・・・あ?」

 

 

 

 

え、ちょっと待って?今何て言った?

 

明日μ'sのライブあるから行こう・・・だと?

 

「おーけー。ちょっと整理しようか」

 

少し混乱してきた。

 

「まず、明日のライブについては俺も知ってる。部活紹介の奴だろ?」

 

「そう」

 

「という事はそのライブは学校でやるって事でいいんだな?」

 

「うん」

 

「なるほど。じゃあ高坂さん達が通っている学校は?」

 

「音乃木坂学院」

 

「楠木坂が男子校に対し音乃木坂は?」

 

「女子高」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「「ゑ?」」

 

 

 

 

「いやいや疑問に思わないの!?今お前女子高に入ろうって言ってるんだぞ!?」

 

「それがどうしたのさ」

 

「どうしたのってマジかお前!?」

 

ついにコイツ・・・女の子好きすぎておかしくなったか・・・

 

「μ'sのライブを観に行くんだから女子高に入るに決まってるだろ」

 

「いやいやいやお前大分おかしいこと言ってるぞ?」

 

「どこがおかしいんだよ。μ'sのライブが行われる、場所は女子高、観に行きたい、じゃあ行くでしょ」

 

ダメだコイツ日本語通じねぇ。

 

「だから、俺ら男なんだから女子高に入れないだろ」

 

「入れるよ」

 

「いや入れないって!」

 

「入れる!」

 

「マジかお前!?一体今までどう過ごしてきて・・・」

 

「理事長から許可貰ってるんだから入れるだろう!!」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

 

 

 

「「ゑ?」」

 

 

 

 

「理事長から許可?」

 

「そう。南さんのお母さんが音乃木坂の理事長やってて、チャラ男から救ったりダンスのコーチを引き受けたお礼で特別に明日だけ入れるようになったんだよ」

 

「・・・あ、そう・・・」

 

「だから、男でも入れるしライブも観れるんだよ」

 

「とりあえず太陽。それを早く言えよぉぉぉ!!!!」

 

そして俺もなんでその可能性に気づかないんだよ!!

 

めっちゃ恥かいたわ!

 

「あーごめん。まぁそれはさておき、明日行くぞライブ」

 

「反省してる様子0なんですが・・・まぁいいや。ライブは行かないよ」

 

「なんでだよ!?あいつらもきっと喜ぶぞ!」

 

「いやあんな別れ方をした時点でもう歓迎はされないだろう」

 

「あいつらめっちゃ心配してるぞお前の事」

 

マジかよ・・・

 

なんで愛想尽きないんだよ・・・

 

「だから、あいつらを安心させてやる為にもお前が必要なんだ。きっとお前がいればμ'sはさらに輝ける」

 

「・・・俺が?」

 

信じられないな。

 

俺が必要だなんて。

 

「信じろ。俺を、μ'sを、そして自分を」

 

「・・・」

 

「それに、今回は何もμ'sと関わるわけじゃない。あくまでもライブを観に行くだけだ。客として」

 

・・・まぁ確かに前みたいに深く関わる訳じゃない。

 

会って話す訳でもない・・・でも・・・

 

「行けない」

 

「・・・!・・・なんでだよ!?」

 

根本的に行けないんだよ。

 

感情関係なく。

 

「いやバイトあるから」

 

これはどうしようもない。

 

俺も生活かかってるし。

 

「あーそんなことか」

 

「なんだよそんなことって」

 

「明日のバイトなら俺が店長に言って休みにして貰ったから」

 

ん?今何て?

 

「え?待って待ってなんで勝手に俺のバイト休みにしてんの?ていうかなんで店長と知り合いなの!?」

 

「というわけで明日よろしく」

 

「おい待てこら。質問に答えろよ」

 

「バイバーイ」

 

「待てって!おい逃げんな!足速っ!?」

 

当然運動神経抜群な太陽の全力疾走に追い付けるはずもなくそのまま逃げられた。

 

「・・・今度あいつ潰す」

 

 

 

 

 

 

という事があり、今俺はライブ当日を迎えている。

 

「いやー楽しみだなー」

 

隣では太陽が嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。

 

正直ドタキャンも考えたがそこは腹を括った。

 

「本当に俺も行って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だって許可貰ってるから」

 

「行ったはいいけど許可貰ったのがお前だけだったパターンが本当に面倒くさいんだから」

 

「そこは南さんに電話して許可貰ってるよ。お前も行くって話をしたら、是非来てください!って言ってたぞ」

 

「・・・そうかい」

 

そう言ってもらえるのは嬉しいんだが・・・

 

なんか複雑だ。

 

「お、見えてきたよ!あれが音乃木坂学院だ!」

 

そうこうしている内に目的地に到着。

 

意外と早かったな。

 

「じゃあまずは理事長室に行くか」

 

「・・・どこにあるかわかるのか?」

 

「あー・・・なんとかなるべ」

 

太陽はそう言うと平然と音乃木坂の中へ入っていった。

 

・・・ていうかあいつ何処かわかってないのかよ!?

 

それによくあんなに平然と女子高歩けるよな・・・

 

少しは恥じらいとかないわけ?

 

「・・・ハァー・・・」

 

俺はため息をつきながら太陽の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「ここだな」

 

校内を彷徨いた結果、意外とあっさり理事長室を発見した。

 

「本当に地獄だった・・・」

 

「大袈裟だって」

 

案の定女子生徒からの視線を浴びながら歩いていた訳だが、こいつが超絶イケメンだという事を忘れていた。

 

「何あの人、凄い格好良くない?」

「私タイプ・・・」

「あー名前何て言うんだろう?話しかけちゃおうかな・・・」

「好き・・・」

 

と言われる始末。

 

「やっぱ女子高だけあって楠木坂より綺麗だな!」

 

当の本人は全く気づく様子もないが。

 

憎たらしい。

 

一方の俺とはいうと・・・

 

「何あの人気味悪い・・・」

「髪の毛長っ・・・」

「気持ち悪い・・・」

「なんで男がここにいるんだろう・・・」

「嫌い・・・」

 

酷評である。

 

うんまぁわかってたよ?

 

俺の風貌人間受け悪いからさ。

 

別に今更気にするとかは無いんだけど、一つ言いたい事はどんなにひそひそ話しても俺には筒抜けだって事。

 

昔から周りを気にするあまり聴力が磨かれ読唇術も出来るようになった。

 

今となっては相手の表情、口の動き、態度などその他諸々で相手の心が少しわかるようになってしまった。

 

はいそこ気持ち悪いとか言わない。

 

「じゃあ入ろうか」

 

理事長室の扉をノックする太陽。

 

すると中から女性の綺麗な声で、はいと返ってきた。

 

「失礼します」

 

扉を開け、中に入った。

 

 

 

 

 

 

「朝日太陽君と氷月冬夜君ね?娘がいつもお世話になってます」

 

中に入ると、南さんとそっくりの髪型をした大人な女性が椅子に座っていた。

 

この人が南さんのお母さんか・・・

 

若すぎだろ。

 

「今回はライブ鑑賞の許可をいただきありがとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

頭を下げる太陽に習い、俺も頭を下げる。

 

「娘がよく貴方達の話をするのよ」

 

「そうなんですか」

 

「ええ、とっても頼りになるって。改めてお礼を言わせて頂戴。娘を助けていただきありがとうございます」

 

深々と頭を下げる理事長。

 

「あ、頭を上げて下さい!俺達は当然の事をしたまでです」

 

「大した事してませんし」

 

そう。本当に大した事はしてない。

 

「いえいえ、そんな謙遜しないで下さい。貴方達が居なかったら娘はどうなっていたことか・・・」

 

「大事にならずに本当に良かったです」

 

それは同感だ。

 

でも出来ればもうあんな真似はしたくない。

 

「何かお礼をと思ったのですが、すいませんこんな事しかできなくて・・・」

 

なるほど、許可を貰えたのはそれが理由か。

 

「いえいえ充分です!ありがとうございます!」

 

「優しいのですね」

 

お、これは親に気に入られて後々自分の娘を薦める展開になりそうだな。

 

コンコン。

 

突如扉をノックする音が室内に響いた。

 

俺達はすぐさま扉の方に視線を移した。

 

「丁度来たみたいね。どうぞ」

 

「失礼します」

「失礼します」

 

二人の女性の声と共に扉が開かれた。

 

入ってきたのは金髪ポニーテールの女性と、以前神社で会った巫女の人だった。

 

「・・・え?」

 

東條さんとは面識のある太陽も驚いていた。

 

「紹介するわね。こちらが貴方達をライブの会場まで案内してくれる生徒会長の絢瀬さんと副会長の東條さんよ」

 

「絢瀬絵里です。よろしく」

 

「東條希や。よろしくね」

 

無表情での挨拶である絢瀬さんに対しニッコリと微笑む東條さん。

 

ていうか東條さん副会長だったのかよ・・・

 

「朝日太陽です。よろしくお願いします!」

 

あぁ面識ある事は言わない感じね。

 

「・・・氷月冬夜です。よろしくお願いします」

 

「じゃあ絢瀬さん、東條さん。案内よろしくね」

 

「わかりました、では行きましょう。失礼します」

 

「失礼します」

 

足早に理事長室を出ていく絢瀬さんと東條さん。

 

「失礼しました!」

「失礼します」

 

俺達も二人を追いかける形で理事長室を後にした。

 

 

 

 

 

「久しぶりやな氷月君」

 

理事長室を出てライブ会場に向かう途中で早速東條さんが口を開いた。

 

「お久しぶりです。もう会うことはないかと思いましたが」

 

「ふふ、うちはわかっとったで?」

 

東條さんはそう言うと1枚のタロットカードを取り出した。

 

・・・相変わらずの謎キャラだな。

 

「え、お前東條さんと面識あったの?」

 

「あった」

 

そういえば太陽には言ってないんだった・・・

 

「なんで教えてくれないんだよ!」

 

そうやってお前が騒ぐからだよ。

 

「希、彼らと知りあいなの?」

 

「ちょっとね。神社で会ったんよ」

 

「そう。貴方達」

 

不意に立ち止まる絢瀬さんに俺達の足も止まる。

 

「はい」

 

「女子高だからってあまり騒ぎすぎないように」

 

絢瀬さんはそれだけ言うと、再び歩き出した。

 

「・・・なんか、結構キツイ人だな絢瀬さんって」

 

ひそひそと話す太陽。

 

確かに生徒会長とはいえ少し堅いな。

 

まぁ初対面だし仕方ないだろう。

 

女子高に男がいる現状だし。

 

「もう着くで」

 

東條さんの言葉と同時に大きな扉が目の前に現れた。

 

「ここは講堂。ここでライブが行われるわ」

 

「大きい扉だなー・・・」

 

「それにしても物好きね。有名でもない結成されたばっかりのスクールアイドルのライブを見に来るなんて」

 

絢瀬さんの言葉に太陽は少し表情を曇らせた。

 

しかし表情をすぐ元に戻し、

 

「知り合いなんで」

 

と返した。

 

ふむ、絢瀬さんは何か裏がありそうだな。

 

「・・・おかしい」

 

ライブが行われる講堂の前に来たわけだが、一つの違和感に気づいた。

 

「氷月君も気づいた?」

 

いつの間にか俺の隣に立っていた東條さんが口を開いた。

 

東條さんも気づいていた様だな。

 

「人の気配がない」

 

「そうなんよ」

 

ライブ開始が16時。

 

そして現在の時刻は15時55分。

 

ライブ開始5分前であれば少しくらいは話し声やガヤガヤした物音などが聞こえてきてもいいはず。

 

しかし一向に人がいる気配が感じられないということは・・・

 

「μ'sにとっては大きな試練となるわけだ」

 

「・・・どうゆうことだ?」

 

「・・・今にわかる」

 

どんな結果になっても受け止めなければいけない。

 

現実を受け入れ、これが今の自分達の実力なんだと。

 

「じゃあ開けるわよ」

 

大事なのは、そこから何を学び得るか。

 

これも、通過点か・・・

 

ギィィと軋む音を立てながら講堂の扉が開かれた。

 

視界に映る講堂内の全貌。

 

そして同時に知ることになった現実。

 

「嘘・・・だろ・・・」

 

太陽が小さく呟く。

 

「当然の結果ね」

 

一方の絢瀬さんは表情を変える事なく淡々と話す。

 

「・・・」

 

東條さんはただ黙っていた。

 

ライブ開始5分前。

 

客で賑わっているはずの講堂内は、静寂に包まれていた。

 

「・・・なんでだよ・・・」

 

ぽつり。小さく太陽が呟く。

 

「ここまで頑張ったのに・・・チラシを配ったりダンスや歌の練習・・・日々の体力作りも・・・必死に・・・」

 

俯く太陽。

 

誰一人として口を開く者はいなかった。

 

「・・・間に合わなかったか」

 

すると後ろから三人の女子がやってきた。

 

この三人は確か外でチラシ配ってたな。

 

学校内に向かう途中で一瞬視界に入ったのを覚えてる。

 

「あ、朝日君・・・」

 

三人は俯く太陽に気づくと歩み寄った。

 

「ごめんね、間に合わなかった・・・」

 

「・・・ヒデコさん・・・」

 

どうやら三人と太陽は面識があるみたいだな。

 

「・・・彼女達は?」

 

「2年A組のヒデコさん、フミコさん、ミカさんや。高坂さんと同じクラスでμ'sの裏方の手伝いをしてるんよ。朝日君と面識がみたいやね」

 

「なるほど。なぜ彼女達だけ名字ではなく名前なんですか?」

 

「それは・・・秘密や」

 

・・・そんなニッコリ微笑みながら言われても。

 

「氷月君・・・で合ってる?」

 

「合ってるよ。名前はミカさんだっけ?」

 

「そう。君の事は朝日君から聞いてるよ」

 

・・・あいつ余計な事言ってないだろうな?

 

「ごめんね・・・μ'sの初めてのライブがこんな形になっちゃって・・・」

 

「別に謝る必要はないよ。客がいないのは仕方ない。俺も予想してなかったわけじゃないし」

 

「・・・え?」

 

「むしろ当然だと思った。思い付きで結成されたスクールアイドルのライブに客が集まるとは思えない」

 

これで客が集まってる方がビックリだけどな俺は。

 

「大事なのはこの現実を受けてμ'sがどう動くかだ」

 

俺はそう言うと落ち込んでる太陽の元へ歩いていった。

 

「おい太陽。いつまで落ち込んでるんだ?」

 

「・・・冬夜・・・」

 

「俺達はライブを見に来たんだ。さっさと行くぞ」

 

「・・・冬夜は何とも思わないのか?この現状を見て」

 

「何も思わない訳じゃない。でも、あいつらのライブを見届ける事以外に今俺達に出来る事はない」

 

「・・・」

 

「お前がそんなんで、誰があいつらを支えるんだよ」

 

こうゆう時こそコーチであるお前があいつらを支える場面だ。

 

辛いのは太陽よりもあいつらだから。

 

「そう・・・だよな!俺がメソメソしてたら何も始まらないもんな!」

 

「わかりゃいいんだよ」

 

太陽が立ち直り、俺達は講堂の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に・・・誰も来ないんだな・・・」

 

ライブ開始1分前。

 

現状は変わらずだった。

 

太陽の声が悲しく響いた。

 

「前に行かなくていいん?」

 

「はい。ここで大丈夫です」

 

一番前の椅子に座っている太陽に対し、俺は扉横のスペースに立ちボーッとステージを眺めていた。

 

そしてなぜか隣には東條さんもいた。

 

「東條さんこそいいんですか?」

 

「うん、ここの方が見やすいから。いろいろとね」

 

いろいろ・・・ね。

 

いちいち含みを持たせる言い方するな。

 

「もう、始まるね」

 

「そうですね」

 

「この現状を知ったら、彼女達はどんな表情をするんやろか?」

 

「さぁ?やっぱり凄いショックなんじゃないですか?」

 

「・・・でも、ここで終わってほしくない」

 

珍しく不安そうな表情を浮かべる東條さん。

 

そんな表情もするんだな。

 

「終わらないでしょう。高坂さんは特に」

 

「・・・え?」

 

不安そうな表情を浮かべる東條さんに向かい、俺は言った。

 

そんなに関わった訳でもないし関係性も薄いけど、なんとなくわかる。

 

μ'sはまだ終わらない。

 

「幕、上がりますよ」

 

「・・・うん。楽しみやね」

 

チラリと横目で東條さんの表情を見る。

 

不安そうだった表情は無くなっており、雰囲気が少し明るくなった。

 

そしてついに、幕が上がる。

 

ゆっくりと幕が上がり、三人の姿が見えてくる。

 

足、体。

 

この日の為に仕上げたのだろう。

 

三人の衣装は一から作ったとは思えない程完成度は高かった。

 

そして幕は上がっていきついに、三人はガランと空いた客席を目の当たりにした。

 

「え・・・」

 

三人の表情が次第に絶望に染まっていく。

 

たくさん練習した。

 

イメージトレーニングもした。

 

チラシも配った。

 

この日の為にたくさん準備した。

 

たくさん緊張して、勇気を持ってステージに立ち華々しく飾る予定だった初舞台。

 

しかしそれは呆気なく崩れていく。

 

棒立ちの彼女。

 

静寂に包まれる講堂。

 

沈黙を破ったのは高坂さんだった。

 

「・・・当たり前だよね・・・」

 

「穂乃果・・・」

 

「穂乃果ちゃん・・・」

 

「私ね、たくさんお客さんがいると思ってた。チラシも配ったし、いっぱい宣伝もしたし、当たり前にお客さんで埋まってると思ってた」

 

高坂さん以外に口を開く者はいない。

 

「でも、よく考えたらスクールアイドルも思い付きで始めたしライブをやる事になったのも急だったし、お客さんが集まらないのも無理はないよね」

 

高坂さんの言葉が悲しく響く。

 

「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くないっ!」

 

そう言うと高坂さんはニコリと笑ってみせた。

 

しかしそれは悲しさと悔しさが入り交じった綻びだらけの笑顔。

 

涙を必死に堪えているのがわかった。

 

「・・・うっ・・・」

 

「・・・」

 

南さんと園田さんは静かに涙を流していた。

 

「・・・氷月君、声かけなくていいん?」

 

「それは俺の仕事じゃないんで」

 

そう。心が折れたあいつらを突き動かすのは俺の役目じゃない。

 

こうゆう時こそお前の出番だぞ太陽。

 

「やろうよ!」

 

「・・・朝日君・・・」

 

勢いよく立ちあがった太陽に顔を上げる三人。

 

「しようよライブ!この日の為に練習したんだろ?」

 

「でも・・・お客さんがいないんじゃ・・・」

 

「いるよ!」

 

「・・・え?」

 

「俺がいる!それに生徒会長の絢瀬さんだって副会長の東條さん、ヒデコさん、フミコさん、ミカさんだって・・・冬夜だっているぞ!」

 

「・・・!・・・氷月君が?」

 

太陽の言葉に反応し三人が俺を見つめる。

 

バカあの野郎!折角目立たないようにしてたのに!

 

「客だったらいる!練習の成果をここで見せなきゃいつ見せるんだよ!俺達が見守ってるから、ライブやろうぜ!」

 

太陽の言葉に三人の目に光が宿り始める。

 

その時だった。

 

「・・・あれ、もう終わっちゃいました?」

 

ギィィと講堂の扉が開き、現れたのは三人の女の子。

 

一人は眼鏡をかけた大人しそうな女の子。

 

もう一人はオレンジショートの活発そうな女の子。

 

そしてもう一人は西木野さんだった。

 

なーんだ。ちゃんといるじゃん客。

 

「ごめんなさい!遅れちゃって・・・」

 

「もう、西木野さんがモタモタしてるからだにゃー!」

 

「わ、私はそもそも見に行きたいだなんて言ってないわよ!」

 

いや結果来てるじゃん。

 

後にゃ?

 

・・・ツッコんでたらキリないしいいや。

 

「やろう!」

 

新たな三人のお客さんの登場に完全に立ち直った高坂さん。

 

「うん!穂乃果ちゃん!」

 

「やりましょう!」

 

それは他の二人も一緒だった。

 

「じゃあいくよ!」

 

ついに始まる。

 

「今日は集まり頂きありがとうございます!」

 

μ'sの、原点となる。

 

短い時間ですが、楽しんで頂けたらと思います!それでは聴いてください!」

 

最初の、始まりのライブが。

 

「START:DASH!」

 

μ'sが、輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

結論から言うと、以前見た時とは全く違った。

 

ダンスと歌は多少の間違いはあるが前よりは極端に少なく、動きのキレもいい。

 

コンビネーションもスムーズに行えており、表情も終始笑顔をキープ出来ていた。

 

まだ拙い所やミスはあれど、前よりは見違えるほどに上達しており何より楽しんで行っているのが伝わった。

 

ここまで成長するとは恐るべしμ's、恐るべし太陽。

 

ライブ中は太陽や西木野さんを含む三人の女の子は目を輝かせており夢中であった。

 

ちなみにいつからいたのかは知らないがツインテールの女の子もいた。

 

何やら険しい顔つきで観てたけど。

 

ライブ後は直ぐ様拍手をし、太陽と眼鏡っ子と猫娘から絶賛の声が飛んだ。

 

「へぇー・・・やるじゃん」

 

「見直したやろ?彼女達の事」

 

「少しは」

 

「なんや素直じゃないなー」

 

「素直ですけど」

 

全員がライブの余韻に浸る中、ただ一人ステージに向かい歩いていく人がいた。

 

「どうするの?」

 

「・・・生徒会長・・・」

 

そう、絢瀬さんである。

 

何やらμ'sの事を良く思っていないっぽいし何か思う事があるんだろう。

 

「私と希は生徒会として貴方達の活動が健全な物かどうかを確認しに来ただけ。そっちの女の子三人は裏方。最後に現れた女の子三人と他校の生徒である朝日君と氷月君を含めたらお客さんはたったの5人。お世辞にも成功とは言えないライブだったけど、貴方達はこれからも続けるの?」

 

正確には6人ですけどね。

 

ツインテールの子も入れたら。

 

「正直このまま続けても意味はないから辞める事をお勧めするけど」

 

すると絢瀬さんの言葉に太陽が反応した。

 

「ちょっとそんな言い方・・・」

「太陽」

 

すぐさま俺は太陽を止めた。

 

「・・・冬夜・・・」

 

俺は太陽の元へと移動すると肩に手を置いた。

 

「今はその時じゃないやめとけ」

 

「でも・・・あんな言い方・・・」

 

「いいから大人しくしてろ。ここは俺達が首を突っ込む場面じゃない」

 

「・・・わかった」

 

「お騒がせしました。続きをどうぞ」

 

全く、こうゆう時よく暴走するから危険だ。

 

「・・・で、話を戻すけど貴方達の答えは?」

 

真っ直ぐ高坂さんを見つめる絢瀬さん。

 

そんな絢瀬さんの問いに高坂さんは直ぐ様答えた。

 

「続けます!」

 

「・・・どうして?ライブは失敗したのよ?」

 

「確かにお世辞にも成功したとは言えません。でも、私は失敗とも思ってません。お客さんが集まらないのは当たり前なんです。思い付きで始めて急にライブの告知をして、こんなんじゃお客さんが集まるわけがありません。氷月君や朝日君や西木野さん達を含めた5人が来てくれただけでも奇跡です!」

 

さらに高坂さんは続ける。

 

「最初から上手くいってるグループは成功しないんです。ある程度上手くいっちゃうと途中で落ちた時に立ち直れなくなるから。最初から辛さを経験しているグループが成功する。だから、今回のライブも見方を変えれば成功なんじゃないかなと思うんです」

 

それ、俺が前言った言葉じゃないか?

 

「これは氷月君の言葉なんですけどね」

 

エヘヘと笑いながら言う高坂さん。

 

「冬夜いい事言うね」

 

やめろ恥ずかしい。

 

それ以上喋るな。

 

「私達はこの経験を無駄にはしません!この経験を糧にこれからも頑張っていきます!そしていつの日か・・・」

 

 

 

 

 

 

「この講堂を満席にしてみせます!」

 

 

 

 

 

 

「・・・大きく出たな」

 

「よし、それでこそμ'sだ!」

 

ていうか高坂さん二人の許可なしに発言しただろ。

 

南さんと園田さんが凄い驚いた顔してるぞ?

 

「・・・それが貴方達の答えね?」

 

「はい!」

 

「・・・好きにしなさい。ただし、学校に泥を塗るような真似だけはしないことね」

 

絢瀬さんはそう言うと講堂を去っていき、東條さんも後に続いて去っていった。

 

そういえばツインテールの子も気づいたらいないな。

 

「・・・くそ!必ずあの会長をギャフンと言わしてやる!」

 

・・・凄いやる気だな太陽。

 

「今日は来てくれてありがとう!えっと・・・」

 

「あ、小泉花陽です!」

 

「星空凛です!」

 

「うん!花陽ちゃん、凜ちゃん、真姫ちゃんありがとう!」

 

眼鏡っ子が小泉さんで猫娘が星空さんね。

 

よし覚えた。

 

「朝日君と氷月君もありがとう!」

 

「コーチとしては当然だよ!」

 

「俺は別に太陽に連れられただけだし」

 

ほぼ強制的にな。

 

「で、高坂さんいいのか?あんな事言って」

 

「そうです!勝手に講堂を満席にするなんて!」

 

「私もそれはちょっと不安かな・・・」

 

高坂さんの講堂満席発言に弱気になる園田さんと南さん。

 

「大丈夫だよ!」

 

「その自信はどこから来るんですか・・・」

 

「頼りになるコーチもいるし!ね、朝日君!」

 

「おう!任せろ!」

 

「氷月君も!」

 

・・・え?なんで俺も入ってんの?

 

「いや俺は・・・」

 

「私はまだ氷月君を諦めてないならね!」

 

いや諦めろよ!

 

「頑張って下さい!私応援してます!」

 

「凛も応援してるにゃ!」

 

「ありがとう!小泉さん、星空さん」

 

「ほら西木野さんも!」

 

「え?わ、私も!」

 

「当たり前だにゃ!」

 

「わかったわよ!そ、その・・・応援してます」

 

「ありがとう西木野さん!」

 

「あ・・・え、えっと・・・別にお礼を言われるような事じゃ・・・」

 

西木野さんは素直になれない典型的なタイプだな。

 

「冬夜」

 

「なんだ?」

 

「女子高っていいな」

 

「気持ち悪い」

 

しばらく黙ってて貰っていいかな?

 

折角さっきは格好良かったのに・・・

 

「とりあえずライブも終わったし帰るわ」

 

「え、もう!?もう少しゆっくりしていけばいいのに・・・」

 

「いやここ女子高だぞ?いくら許可得てるとはいえ用も無く長居するのは違うだろ」

 

それに俺の心がもたん。

 

「そうですよ穂乃果。あまり引き留めては可哀想です」

 

いやー園田さんは気配りが出来て素晴らしい!

 

少しは見習ってほしいものだ。

 

「でも、氷月さん」

 

「ん?」

 

「また、練習見に来てくださいね?」

 

ニコリと微笑む園田さんに少し可愛いと思ったのは内緒だ。

 

「・・・考えとく」

 

「私も、もっと氷月君と会いたいな」

 

南さん、その発言はいろいろ誤解を生むからやめなさい。

 

「南さん。勿論深い意味はないよな?」

 

「え?・・・あ・・・」

 

自分の発言の意味に気付いたのか頬を赤らめる南さん。

 

ツッコまなければ良かった・・・

 

「さ、太陽帰るぞ」

 

少し脱線してしまった。

 

さっさと隣で萌えている変態を連れて帰らないと。

 

「え、俺はもう少し・・・」

 

「これ以上は【迷惑】になるから帰るぞ」

 

「なんで迷惑だけ強調するの!?ていうか襟引っ張るのやめて!歩けるから!自分で歩けるからぁぁぁ!!」

 

俺は太陽を引き摺りながら講堂を出ていった。

 

「なんか、面白い人達だったね」

 

「うん。面白かったにゃ」

 

「でもとっても頼りになるんだよ?あの二人」

 

「そうですね」

 

「うん。一緒にいて安心するよね」

 

「でも心を見透かされてるようで少し怖いけど」

 

「・・・あれ、それってもしかして氷月君の事?西木野さん」

 

「・・・え?」

 

「確かに氷月さんは頼りになるけど嘘とか通じなさそうでちょっと怖いですね」

 

「あれ、なんで西木野さんがそれ知ってるのかな?」

 

「・・・もしかして西木野さん・・・」

 

「あの人達と面識あるにゃ?」

 

「あ・・・えっと・・・」

 

「これはダウトだよ!さぁ洗いざらい話してもらうからね西木野さん」

 

「な、何それイミワカンナイ!!」

 

その後、冬夜と会った時の事を全て話す事になった真姫であった。

 

 

 

 

 

「いやー楽しかったなー」

 

帰り道。

 

ゆっくり歩きながらライブの事を思い出していた。

 

「冬夜も楽しかっただろ?」

 

「え?まぁ楽しかったかな」

 

とりあえず来て良かったとは思えたかな。

 

まぁこんな事言うと太陽が調子に乗るから言わないけど。

 

「お、珍しいな冬夜が楽しかったって言うなんて」

 

「俺だって楽しいと思う時ぐらいあるわ」

 

失礼なやつだな。

 

「じゃあ今後はもう少し関わるのか?μ'sと」

 

「それはどうかな」

 

「・・・お前なぁ、いい加減過去に縛られて生きるのはやめろって」

 

「・・・」

 

「お前は悪くないんだからさ。いくらお前が・・・」

「太陽」

 

「・・・ごめん」

 

「わかってるよ。過去に縛られたままじゃダメだって事くらい。でも、まだ俺は自分の過去に蹴りをつけられない」

 

「・・・」

 

「もう少し、時間をくれないか?」

 

「・・・ああ」

 

「・・・よし、この話はやめよう。折角だから何か食べて帰ろうぜ。お前の奢りな」

 

「え!?なんでだよ!」

 

「何食べようかな・・・」

 

「勝手に決めんなって!」

 

自分の過去との向き合い方をまだ見つけられない。

 

自分の過去に蹴りをつけるまでは・・・

 

自分の心からこの傷が払拭されるまでは・・・

 

俺は、あいつらと関われない。

 

きっとこのままあいつらと関わればμ'sの輝きを邪魔してしまうから。

 

今回はライブがあり太陽にほぼ強制的に連れてこられた形になったから会ったが、もうあいつらに会う理由もない。

 

もうしばらくは会う事は無くなるだろう。

 

そしてあわよくば、このまま俺の事を忘れてくれる事を願う。

 

 

 

 

 

 

「・・・ほう、面白い結果やね」

 

音乃木坂生徒会室。

 

タロットカードを眺めながら東條希は怪しく微笑む。

 

「氷月冬夜君。運命からは逃げられないよ」

 

近い未来、冬夜の全てを大きく変える事をまだ彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・いよいよ本格的に進める時が来たみたいですね。もう既に廃校になる事は知らせましたし、これ以上の復刻は正直望めません」

 

場所は変わり理事長室。

 

真剣な表情で誰かと電話でやり取りをしていた。

 

「はいありがとうございます!本当にご迷惑をお掛けします。では、正式に進めていきましょう。【音乃木坂、楠木坂統合化計画】を」

 

まだ物語は始まったばかりである。




抗えない運命。

回り出す歯車。

「いやなんでこうなってんの?」

ファーストライブが終わりμ'sとの関わりが無くなったと思っていた。

しかし、そんな冬夜を待ち受けていたのは衝撃的な現実だった。



~次回ラブライブ~

【第8話 統合化計画】

お楽しみに。


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第8話【統合化計画】

週1回投稿が限界かなー。

どんどん投稿したい気持ちと裏腹になかなか打ち込みが進みません。

前回程ではありませんが今回も長いです。

なお、今回はオリジナル回となっております。


もしも漫画や小説のような展開があったら君達はどんな反応をするのだろうか?

 

例えば自分が世界を救うヒーローに抜擢された時。

 

そんなの嬉しいに決まってる!そう思う人もいるだろう。

 

しかしそれは心の何処かで現実には起こり得ない事だと割り切っているからだ。

 

ホラー映画などでよく見掛けるゾンビも日常生活で恐怖を感じる事がないように。

 

つまり何が言いたいかというと例え起こって欲しいと思った無理のある事柄でも、誰もが羨ましいと思う出来事でも、いざ突然目の当たりにした時は必ず喜びよりも不安、困惑の感情が強いという事だ。

 

そして今現在俺は、そんなあり得ない状況に遭遇している。

 

「・・・それ本気で言ってるんですか?」

 

「・・・」

 

理事長室に呼び出された俺と太陽は、神妙な面持ちで座っていた理事長から発せられた言葉に困惑していた。

 

「私は本気だ」

 

俺は受け止められない現実に膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、真っ直ぐに理事長を見ていた。

 

一方の太陽は衝撃すぎて目が点になっている。

 

「もう一度言うぞ?君達には・・・

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、音乃木坂学院に行ってもらう」

 

「なんでもう一度言ったし」

 

そう、俺と太陽が困惑している理由はこれだ。

 

音乃木坂学院に行く。すなわち、しばらくの間女子高で過ごすというわけだ。

 

どうやら男がいる環境に慣れてもらうためらしい。

 

「いやいやいやなんで太陽はともかく俺もなんですか!?」

 

「さすがに1人で女子高に行くのは肩身が狭いだろう」

 

「だったら別に俺じゃなくても・・・」

 

「いや、君じゃないとダメなんだ」

 

・・・俺じゃないとダメ?一体どうゆう事だ?

 

「・・・理由はなんですか?」

 

「君が入試試験トップの成績だからだよ」

 

「え?」

 

「君達を選んだ理由は、入試試験で君達がずば抜けて点数が良かったからだ。ここの入試試験は5教科のみではあったがその代わりに難易度の高い選りすぐりの問題さらに全問題1問1点の厳しいテストだ。全教科を合わせた平均は僅か237点。入試試験成績トップ第3位の天野君でさえ合計が365点だったのにも関わらず朝日君は470点、氷月君に関しては満点と言っても過言ではない499点!それにこれまでのテストも常に1位と2位をキープしているし素行も良い。むしろ君達以外に誰が居るんだ?」

 

・・・あぁぁぁぁ!!!成績の良さが裏目に出たぁぁぁ!!

 

こんな事なら定期テストで丁度真ん中の位置にくるよう計算すれば良かったぁぁぁ!!

 

「音乃木坂の授業スピードはわからない。その為ここより授業が進んでいる可能性もある。だが君達ならばどんな状況でもやっていけるだろう」

 

いやそれは勉強面だけだろ!?

 

「勉強面だけで判断するのは・・・」

「それに」

 

くそ、遮られた・・・

 

「音乃木坂の理事長からのお墨付きも貰っているからな君達は」

 

「・・・え?」

 

「面識はあるだろう?スクールアイドルとやらのライブを観に行った際に会っているはずだぞ。音乃木坂の理事長に」

 

そうゆう事か・・・

 

「私が先日どの生徒を行かせるか音乃木坂の理事長と電話をしていた時に言われたんだよ。他校、そして赤の他人にも関わらず娘を救いスクールアイドルの面倒まで見てくれている。氷月冬夜君、朝日太陽君を是非推薦したい。とね」

 

あの理事長なんて事を・・・

 

なぜこうも事態が面倒くさくなってくるんだよ!?

 

神様俺が何したって言うんだ!

 

・・・心当たりはあるけど。

 

「・・・はぁー・・・」

 

盛大なため息をつく俺。

 

これは断ってもダメなパターン。

 

下手に刃向かった所で退学を言い渡されたり等理不尽な展開になる事は目に見えている。

 

結局は音乃木坂に行くしか選択肢は無さそうだな。

 

「・・・いつからですか?」

 

「お?」

 

「いつからいつまで俺達は音乃木坂に居ればいいんですか?」

 

「行ってくれる気になったようだな。私は嬉しいよ!いやーやっぱり誰しも女の花園には憧れるものだよな!」

 

・・・実質1択だったからな。

 

ただ俺が女子高に行きたいみたいな方向に持っていくのは本当にやめてもらいたい。

 

「で、期間だったな。来週から一年間の予定だ」

 

「い、一年間!?」

 

嘘だろ!?

 

一年間も女子高に居なきゃいけないのか俺は!?

 

長くても半年くらいだと思っていたのに・・・

 

「・・・もう少し短くは・・・」

 

「ならん」

 

ですよねー・・・

 

これだから大人は嫌いだ・・・

 

「だが、短く出来る方法はあるな」

 

「・・・え・・・」

 

女子高での生活を短く出来る方法があるだと!?

 

それは一体・・・

 

「どうすればいいんですか!?」

 

理事長に詰め寄る俺。

 

「音乃木坂の廃校を止める事だ」

 

・・・え?

 

「君達が音乃木坂の廃校を阻止し、音乃木坂が女子高として今後も存続出来そうだったらその時点で戻ってきてもいい」

 

「・・・マジか」

 

廃校を止める・・・

 

そんなの出来るわけ無いじゃん。

 

あーあ、1年頑張るしかないのかなー。

 

ただでさえ男に嫌われてるのにそんな奴が女子高なんて行ったものなら地獄だ。

 

「なんで一緒のクラスなの?」

 

「席隣とか本当に嫌なんだけど」

 

「あー本当に最悪!」

 

うん。容易に想像できる。

 

廃校阻止の方向は諦めるしか無さそうだな。

 

 

 

 

 

・・・待てよ?

 

可能性はあるぞ。

 

いるじゃん廃校を阻止出来る可能性のある人達!

 

「廃校を阻止出来たら、すぐここに戻ってこれるんですね?」

 

「ん?出来たならな」

 

「よし、その言葉忘れないで下さいよ?」

 

「勿論だ」

 

まぁもし忘れててもボイスレコーダーで録音したから別にいいけど。

 

「なんだ本気で廃校を止める気か?」

 

「さすがに1年間女子高に通うのは嫌ですかね。出来るだけの事はしますよ」

 

「なるほどな。まぁ精々頑張れ」

 

ファーストライブを観て思った。μ'sは間違いなく廃校を阻止出来る力はある。

 

しかしそれは名の通り9人揃い全員が輝けた時。

 

今はまだ人数が3人で輝きも足りないが、充分素質があると思った。

 

賭けるのはここしかない!

 

「・・・はっ!俺は一体何を・・・」

 

お、太陽が復活したな。

 

というか真っ先に喜ぶかと思ってたけどここまで混乱するなんて意外だな。

 

「太陽。来週俺達は1年間女子高に行く」

 

「やっぱり現実なのね・・・ていうかお前行くの!?」

 

「行くしかないだろ」

 

「珍しいな・・・お前が素直に受け入れるなんて」

 

実質1択だったしな。

 

下手に刃向かって退学なんて言われたら堪ったものじゃない。

 

「だが、音乃木坂の廃校を止める事が出来ればその時点で帰ってこれる」

 

「なるほど・・・まぁ俺は1年間女子高に行っても良かったけど」

 

何を今更。

 

お前しばらくフリーズしてたろ。

 

「でも、廃校を止めるって何するんだ?」

 

「ん?いるだろ。廃校を止めれそうな人達が」

 

「・・・ああ!」

 

気づいたみたいだな。

 

「でもそれってお前μ'sのマネージャーをやるって事?」

 

「この際仕方ないだろ。廃校を止める為だ」

 

ある程度距離は置くけどな。

 

「よっしゃ!冬夜がいれば百人力だ!」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

「ゴホン!」

 

理事長がわざとらしく大きく咳をする。

 

そういえばここ理事長室だったな。

 

「話は纏まったか?」

 

「あ、はい!では失礼します!」

「失礼します」

 

絶対に廃校を阻止して1分1秒でも早くここに帰ってくる。

 

俺はそう思いながら理事長室を後にした。

 

 

 

 

 

「というわけで、来週から男子生徒2名が1年間音乃木坂に通いますので、男子に対しての免疫をつけるためにも積極的に関わって下さい」

 

一方こちらは音乃木坂学院。

 

冬夜と太陽が通うことが決定し、全校集会を開いていた。

 

「来週から来るんだー。どんな人が来るんだろうね?」

 

「正直不安です・・・」

 

「私も怖いかな・・・」

 

穂乃果、海未、ことりの3人が来週から来る男子について話す。

 

「でも、氷月さんや朝日さんだったら嬉しいよね」

 

「あー・・・確かにその二人なら・・・」

 

「うん。私も嬉しい!」

 

「「「・・・」」」

 

「「「そんなに上手くはいかないよね・・・」」

 

しかし、その願望が現実になる事を3人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

「・・・ついにこの時が来たか・・・」

 

「緊張するな」

 

あっという間に迎えた女子高編入当日。

 

いつもは長く感じた日常も今回ばかりは短く感じた。

 

それほど今日を迎えるのが嫌だったという事だ。

 

「失礼します」

「失礼します」

 

あまり目立たないように登校した俺達は、あまり生徒に見られる事なく理事長室にたどり着いた。

 

「ライブぶりですね」

 

「そうですね」

 

中に入ると理事長と見知らぬ一人の女性が出迎えた。

 

「それにしても驚きました。俺達が女子高に編入なんて」

 

「すみません突然の事で・・・そちらの理事長からお話されているとは思いますが、音乃木坂は今いる3年生の卒業をもって廃校になり、楠木坂と合併する形になります。その為男性と過ごす学校生活に1秒でも早く慣れてもらうべく氷月さんと朝日さんに依頼しました。お話を受けて頂きありがとうございます」

 

「・・・」

「・・・」

 

おいそんなに詳しく説明されなかったぞ。

 

あの理事長め・・・合併するとか初耳なんだけど。

 

「これから貴方達には2年A組の教室に行って頂きます。A組には貴方達も知っている高坂さん、園田さん、そして私の娘のことりもいるので少しは楽になるかと」

 

「わかりました!」

 

お、あの3人がいるのか。

 

知り合いがいるのはいい事だな。

 

「それで、これからA組の担任の先生を紹介します」

 

すると、理事長の隣に立っていた女性が一歩前に出た。

 

「2年A組担任の山田博子だ。1年間という短い間だがよろしくな」

 

「よろしくお願いします!」

「お願いします」

 

なかなかボーイッシュな先生だな。

 

やはり女子高だから先生も女性だよなー。

 

「これから2年A組に行く。私についてきてくれ」

 

「はい」

 

山田先生の言葉に太陽は山田先生と共に理事長室を出て行こうとするが、俺は一歩も動かなかった。

 

「・・・?・・・氷月さん?どうしました?」

 

「理事長。もし廃校を阻止出来たらその時点で楠乃木坂に戻っても大丈夫ですか?」

 

「廃校を阻止出来たら?・・・はい、構いませんよ」

 

「わかりました。それだけ聞ければ充分です」

 

俺は理事長に背を向ける。

 

「・・・止めるつもりですか?」

 

「ええ、救いますよ。きっと」

 

まぁ救うのは俺じゃないけどね。

 

理事長の言葉に俺はそれだけ返し、理事長室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

山田先生に連れられ2年A組の前までやってきた。

 

山田先生は話してみるととても気さくな先生で、俺達を呼びすてで呼んだり積極的に話し掛けてきたりなどなかなかフレンドリーな先生だ。

 

現在はホームルーム中であり、山田先生に呼ばれるまで待っている最中だ。

 

「自己紹介どうしようかな・・・女の子の好感度が上がる自己紹介は・・・」

 

太陽はニヤニヤしながら自己紹介の内容を考えている。

 

お前は中に入るだけで好感度MAXになるから気にするな。

 

「あ、そうだ太陽」

 

「ん?」

 

「お前、絶対俺の後から入れよ?」

 

「・・・え?」

 

いや当然だろ。

 

とてつもないイケメンが入って教室内が沸いた後に不気味な俺が入るなんて絶対にしたくない。

 

それならせめて俺が入ってからお前が入った方が俺の印象は残りにくいし教室内のテンションを下げなくて済む。

 

「全校集会でも聞いたと思うが、今日からこの学校に楠乃木坂から男子生徒が二人来る。そしてその二人はこのクラスで過ごす事になった」

 

中から山田先生の声が聞こえる。

 

教室内は山田先生の言葉に歓声が飛び交っている。

 

「うわ凄い歓声・・・」

 

さすがにこれには太陽も驚いた様子だ。

 

「はい静かに!二人が入りづらいだろ。じゃあ紹介するぞ?いいぞ入ってきて」

 

よし、ついに来た。

 

まずは俺が入ってから・・・

 

「失礼します!」

 

・・・あれー!?

 

中に入ろうと一歩踏み出した瞬間太陽が俺を抜かして教室内に入っていった。

 

お前俺が先って言ったろ!?

 

「くそ!」

 

このまま外にいても状況は悪化するだけなので太陽の後に続くように教室に入った。

 

「キャァァァァァァ!!!」

「凄いイケメン!」

「格好いい!!」

「彼女いるのかしら?」

「私と付き合ってー!!」

 

中に入ると案の定教室内は太陽の姿に盛り上がりを見せていた。

 

幸い太陽にしか眼中にないらしく、俺の事を見て来る人はいなかった。

 

・・・いや居たわ約3人。

 

高坂さん、園田さん、南さんはバッチリと俺を見つめていた。

 

・・・いやいやなんでやねん。

 

太陽を見ろ太陽を!太陽との方が関わり深いだろ。

 

「はいはい静かに!じゃあ二人とも自己紹介を」

 

よし、せめて自己紹介だけは先に・・・

 

「初めまして!楠木坂高校から来た朝日太陽です!短い間ですがよろしくお願いします!」

 

お前ぇぇぇぇ!!?

 

「キャァァァァァァ!!!!」

「格好いい!!!」

「爽やか!!!」

 

太陽の自己紹介によりさらに騒がしくなる教室内。

 

お、でもこの隙に自己紹介すれば上手いことかき消されるんじゃないか?

 

よし今しかない!

 

「こら!まだもう一人いるんだぞ!静かにしろ!」

 

あ、ちょっとそこ余計な事しない!

 

むしろ好都合だから!

 

「・・・」

 

しかし山田先生の一声により教室内は一瞬で静かになった。

 

あーあ、最悪だ。

 

クラスの女子は先程までの笑顔が嘘のように無くなっており全員無表情。

 

高坂さん達3人はまだ柔らかい表情をしているが、まぁ当然居づらい。

 

するしかないか・・・

 

俺は意を決して自己紹介をすべく口を開いた。

 

「氷月冬夜です。よろしく」

 

よし、我ながら可もなく不可もない絶妙な自己紹介だな。

 

まぁよろしくするつもりはないが。

 

「自己紹介が終わったな。じゃあ二人とも席に座ってくれ」

 

教室内を見渡すと空いている席は高坂さんの隣と名も知らない女子の隣。

 

この2択だったら高坂さんの隣の方がマシだな。

 

知り合いなだけにダメージは少なさそう。

 

「じゃあ氷月は高坂の隣。朝日は小野寺の隣だ」

 

山田先生の言葉に小野寺さんとやらは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべていた。

 

周りも羨ましい!や代わって!などの言葉が飛び交っていた。

 

まぁ一先ず高坂さんの隣で安心した。

 

俺は高坂さんの元へと向かい、隣の席に座った。

 

「氷月君!」

 

席に座るやいなや高坂さんから声を掛けられる俺。

 

「・・・何?」

 

「よろしくね!」

 

満面の笑みで話す高坂さん。

 

なんでちょっと嬉しそうなんだよ。

 

「・・・よろしく」

 

俺は高坂さんの笑顔に圧倒されつつ一言だけ返した。

 

「じゃあホームルームはこれで終わる。それぞれ仲良くするように。以上」

 

「朝日君!朝日君!」

「彼女いる!?」

「楠木坂って凄い頭良い所だよね!?凄い!」

「キャァァァァァァ!こっち向いてぇぇ!」

 

ホームルームが終わると、クラスのほとんどの女子が太陽に群がった。

 

まるでアイドルだな。

 

「・・・高坂さんは行かなくていいの?」

 

しかし高坂さんは太陽の元へ向かう様子もなく、俺を見つめていた。

 

「うん!別に朝日君とはいつでも話せるからね!それに今行ってもきっと話せないし。それよりも氷月君だよ!」

 

「・・・なんでそんなにテンションが高いのかがわからないけど」

 

「いやーそれにしても氷月君と朝日君で良かった!」

 

・・・話聞いてないし。

 

「こら穂乃果。そんなに迫ると迷惑ですよ」

 

「あはは・・・」

 

注意をしながら園田さんと苦笑いを浮かべながら南さんもやってきた。

 

君達も太陽の所へは行ってないんだね・・・

 

「でも、氷月さんと朝日さんで本当に安心しました。やっぱり知り合いの方じゃないと不安ですから」

 

微笑みながら安堵の表情を浮かべる園田さん。

 

「二人が入ってきた時凄い驚いたよ!」

 

それは南さんも同じだったみたいだ。

 

「それは良かったな。まぁ俺も知り合いが居て良かったよ」

 

知り合いの女子が居れば少しは心強いからな。

 

「で、何用?」

 

「え?」

 

「ん?用があったから来たんじゃないの?」

 

違うのか?

 

「用が無かったら来ちゃダメなの?」

 

「いやダメではないけど・・・」

 

「じゃあいいじゃん!」

 

・・・なんかいつにも増してグイグイ来るな高坂さんと南さん。

 

「あ、そういえば曲ありがとう!」

 

「・・・ん?」

 

え、全く心当たりないけど。

 

「西木野さんだよ!曲作るように言ってくれたんじゃないの?」

 

・・・西木野さん話したのか。

 

性格からしてそうゆうのは隠すタイプだと思ってたけど。

 

「別に作るようには言ってないよ。西木野さんの気持ちを整理しただけ」

 

最終的に決断したのは西木野さんだし別に俺は何もしてない。

 

「それでも西木野さんが曲を作るきっかけになった事は間違いありません。氷月さんありがとうございました」

 

園田さんまで・・・

 

参ったなー・・・こうゆうの苦手なんだけど。

 

一先ず話題を変えるか。

 

「まぁそれはさておき、今も変わらず神田明神で練習してるのか?」

 

「む、話題変えたね。まぁいいや、実はね?ライブが終わってから屋上での練習許可が下りたんだ。それで今は屋上で練習してるんだよ」

 

「でも朝練は神田明神でやってるよ」

 

なるほど。今は屋上で練習してるのか。

 

それなら神田明神に行く手間も省けるしいいな。

 

「わかった」

 

「何?もしかしてμ'sに入ってくれるの!?」

 

「マネージャーですか!?」

 

「本当!?」

 

いやいや待て待て!話進むの早すぎ!

 

「落ち着けお前ら。なんで加入の話になるんだよ」

 

「・・・違うの?」

 

いや間違ってはいないけど。

 

「とりあえず後は太陽を交えて話す。放課後少しだけ時間貰えるか?」

 

「うんいいけど・・・」

 

「朝日さん、すぐ来れますかね?」

 

「無理そうじゃないかな?」

 

・・・・まぁ確かに。

 

 

 

 

 

「よしここなら大丈夫だな」

 

なんとか問題なく放課後を迎え、μ's3人と太陽を連れ屋上までやってきた。

 

「珍しいな。屋上で話す程重要な話が冬夜からあるなんて」

 

「いや別に話すのはどこでも良かったんだけど」

 

「あ、そうなの?」

 

誰のせいだと思ってるんですかねー?

 

こっちはお前を女子から引き離すために屋上を選んだというのに。

 

「とりあえず、集まってもらったのは今後のμ'sについて」

 

「今後のμ's?」

 

「そうだ。まずは3人。廃校を阻止したいという思いは変わらないか?」

 

「うん!変わらないよ!」

 

「勿論です!」

 

「絶対に救うよ!」

 

よし、表情を見る限り本気みたいだな。

 

これなら大丈夫だ。

 

「わかった。しかし今のままでは廃校阻止までには程遠い」

 

「うん」

 

「そうですね・・・」

 

「あのライブの現状だもんね・・・」

 

「廃校まで1年。あまり時間がない。1秒でも早く人気を高めるにはどうしたらいいかというのを考えないといけない」

 

「あ、それなら一つ方法があります」

 

お、これは意外だ。

 

まさかもう考えていたとはな。

 

「実は、私達のライブが撮られてたんです」

 

「へぇー、じゃあライブの映像が残ってるって事か」

 

「そうなんです。しかもネット上にその動画が公開されていて・・・」

 

ふむ・・・許可無く動画を上げられているのは不可解だが言いたい事は大体わかった。

 

「その動画は見たのか?」

 

「はい。思ったより再生されていて評価も悪くなかったです」

 

なるほど。まぁ確かにファーストライブは悪くない出来だった。

 

しかもこれでμ'sの名が知られる形になったわけだ。

 

これを利用しない手はないな。

 

「つまり、今後もライブを映像に残して動画として上げれば自ずと人気も出て廃校を阻止出来るかもしれないという訳だな」

 

「はい」

 

「確かにそっちの方が手っ取り早そうだ」

 

なかなか良いアイデアだな。

 

「何はともあれ、どちらにせよより多くの人に見てもらい人気を高めるために今の現状を打破しないといけないわけだ」

 

「どうするの?」

 

「俺はメンバーを増やす事が一番の近道だと思ってる」

 

以前に高坂さんが明言してたけどね。

 

「氷月君が前に私に聞いてた事だね?メンバーを増やす気はあるかって」

 

「そう。3人のままだとどうしてもAーRISEと比べられてしまう。そうすれば間違いなくこちらは不利だ。そこでメンバーを増やし、AーRISEとは違う見せ方をしないといけない」

 

「違う見せ方?」

 

「そう、例えば・・・

 

 

 

名前の通り9人集めるとかな」

 

「なるほど・・・」

 

「確かに動画にはμ'sなのに3人しかいないんだ?っていうコメントもあったもんね」

 

「人数を増やせばまた違う見せ方も出来るかもしれないし間違いなくAーRISEとは勝負する武器は違う」

 

まぁAーRISE以外にも人気のあるスクールアイドルはいるけど。

 

わかりやすくていいか。

 

「でも、メンバーを増やすといっても・・・」

 

「勿論、君達だけに任せるつもりはない」

 

「・・・え?」

 

さて、ここからが本題だ。

 

「太陽」

 

「おう」

 

「俺達も手伝う」

 

「・・・え!?本当に!?」

 

「い、いいんですか?」

 

「太陽がコーチ、俺がマネージャーという形でμ'sに入らせてもらうがいいか?」

 

「勿論だよ!」

 

「氷月君と朝日君が居てくれたら心強いよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

よし、許可は得たな。

 

「でも、朝日さんはともかく氷月さんは何故?前は嫌がってたはずでは・・・」

 

「事情が変わったんだ。ここの廃校を阻止しなきゃいけない理由が出来た」

 

「そうなんだね。じゃあ目的は一緒なんだ」

 

動機は違うけどな。

 

「何はともあれ、俺達も廃校を阻止するためにやれるだけの事はする」

 

「おう!引き続きダンスや歌の練習、トレーニングの監修は任せろ!」

 

「まぁそうゆうわけで」

 

「「よろしくな!」」

 

「うん!」

 

「こちらこそ」

 

「これからも」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 

 

冬夜と太陽は楠木坂に戻るため。

 

穂乃果、海未、ことりは大好きな学校を救うため。

 

動機は違えど目的は同じ。

 

共通のゴールを目指すため、5人は新たに歩きだした。

 

楠木坂2年 氷月冬夜。

 

楠木坂2年 朝日太陽。

 

スクールアイドルグループμ's 加入。

 

残るピースは6つ。




冬夜と太陽が加入し、正式に動き始めたμ's。

メンバーを増やすため冬夜が動き出す。

冬夜が目をつけた相手とは?

加入してもらうべく冬夜がとった行動とは?

輝きのピースは少しずつ埋まっていく。





~次回ラブライブ~

【第9話 勧誘大作戦】

お楽しみに。


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第9話【勧誘大作戦】

さぁいよいよまきりんぱな回を・・・

と思ったんですけど、原作と大幅に変えようと思います。

今回は完全オリジナル回ですが、次回から始まる1年生の加入回に関しましては、一人ずつスポットを当てていこうと思いますので、どうかよろしくお願いします。

それでは第9話始まります。


俺と太陽が正式にμ'sに加入して数日。

 

新メンバーが増える兆しはなく、体力作りとダンス、歌の向上を図るべくがむしゃらに練習に取り組んでいた。

 

とはいっても俺はバイトでほとんど練習に顔を出す事が出来ずμ'sについては太陽に任せっきりである。

 

俺がマネージャーになった意味・・・

 

「よし、一旦休憩だ」

 

「うー・・・もうダメ・・・」

 

「朝日君厳しすぎるよ!」

 

練習が一旦区切りを迎え、それぞれ休憩に入る。

 

南さんは体力の限界を迎えておりその場に座り込む。

 

高坂さんは太陽に対しクレームをつけていた。

 

「だらしないですね。これくらいの練習で」

 

一方の園田さんはまだ余裕の表情。

 

これは最近知ったことだが、園田さんはスクールアイドル以外にも弓道部に入っており、二足のわらじで取り組んでいるとの事だ。

 

それなら体力があるのにも納得だ。

 

「海未ちゃんは元々体力があるからいいよ!そして氷月君!氷月君だけずっと休んでてズルい!」

 

おっと高坂さんの矛先が俺に向いたな。これはめんどくさい。

 

「こら穂乃果!氷月さんはいつもバイトで大忙しなんですよ?貴方には休ませてあげるという気持ちがないのですか!?」

 

「海未ちゃんは氷月君に甘いの!」

 

園田さんの優しさが身に沁みるな・・・

 

「何を言ってるんですか!折角の休みにも関わらず私達の練習を見に来てくれてるんですよ?むしろ私達は感謝すべきなのです!」

 

・・・俺はいつの間にか凄い良い身分になっていたみたいだな。

 

そういえばまだ言ってなかったが、今日は珍しくバイトが休みの日だ。

 

まぁほぼ強制的に休みを取らされたんだけど・・・

 

俺としてはもっと働いて1円でも多く稼ぎたかったんだがあの店長「休まなきゃクビだ」と言い出した。

 

そのため俺は休まざるを得なくなった。

 

あの店長め・・・

 

「氷月君は神様かなんかなの!?」

 

「限りなく仏に近い存在かと」

 

マズイマズイ、これ以上ほっとくと俺の身分が理不尽に上がっていく・・・

 

急いで止めねば。

 

・・・ていうか俺園田さんにそんな持ち上げられるような事したか?

 

どうなってんだ園田さんの中の俺は。

 

「ストップストップ!なぜそんなに俺が持ち上げられているのかはわからないが落ち着け!特に園田さん」

 

「む、大丈夫です氷月さん!ここは私が」

 

「うん一回黙ろうね」

 

・・・園田さんってこんなキャラだっけ?

 

 

 

 

 

「氷月君の役割って何?」

 

それからしばらくしてようやく全員が落ち着いた時、高坂さんが口を開いた。

 

ちなみに南さんはもう復活している。

 

「役割ですか?」

 

「うん。朝日君は練習の監督をしてくれてるコーチっていうのはわかるけど、氷月君はなんだろうと思って」

 

まぁ当然の疑問だな。俺μ'sに入ってから何もしてないし。

 

「マネージャーじゃないの穂乃果ちゃん?」

 

「でも、マネージャーって何するの?」

 

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 

あーあ、黙っちゃったよ。

 

とはいっても難しい質問だな。

 

幅広く言うならサポートだけど今の俺はサポートには全くなっていない。

 

「でも、冬夜だしさ」

 

なんだそれ答えになってねぇよ。

 

とりあえずしばらく喋らないでもらっていいかな?

 

「まぁその内わかるよ」

 

「・・・その内?」

 

「そう。その内」

 

一応俺だって全く働いてないわけじゃない。

 

まさに明日行動に起こそうと思ってたとこだし。

 

「後、一つ言っとくけど俺は君達の練習を見ているわけじゃないよ」

 

「・・・え?」

 

「俺が見てるのは君達の心だ」

 

練習を見た所でアドバイスは出来ないし何もしてあげられない。

 

だから俺は3人の内面を見る事しか出来ない。

 

悩みを抱えてないか、隠し事はしてないか、メンバー間の人間関係は問題ないか。

 

俺が出来ることはこれらにいち早く気付く事ぐらい。

 

でも今はあまり必要ないし実質何もしてないに等しいんだけどね。

 

「ま、明日からは俺も動くよ。でも君達の力も借りるつもりだからよろしくね」

 

全員の顔を見ながら言う俺。

 

しかし俺以外の全員は頭の上にハテナマークを浮かべていた。

 

うん。まぁ伝わらないよな。

 

 

 

 

 

次の日

 

「よし、これで終わりだな」

 

いつもより早く登校した俺は、壁にとあるポスターを貼っていた。

 

内容はメンバー募集を呼び掛けるもの。

 

枚数は僅か6枚で、貼った場所は1年2年3年の教室の前のみ。

 

校内全体に貼るのは主張が激しいからな。

 

「これで何人の人が見てくれるか・・・」

 

このポスターを見ただけで新メンバーが加入するとは考えていない。

 

大事なのはμ'sの存在と現状を知ってもらう事だ。

 

これで少しでも興味を持ってもらえるといいんだがな。

 

「・・・まぁあの子なら望みはあるか」

 

脳裏に浮かぶのはファーストライブの時に居た眼鏡をかけた少女。確か名前は小泉さんだったな。

 

ライブを見ていた時の表情、姿勢、反応。

 

どれを取ってもあの場にいた誰よりも良く、惹かれていた。

 

他の子達も興味を持ってなかった訳ではないが新メンバーとして迎え入れるには時間が掛かりそうだ。

 

その半面小泉さんは後少しのキッカケがあれば加入してくれそうだ。

 

「ま、チャンスを待つしかないか」

 

ポスターは貼った。

 

しばらくは様子見だな。

 

ポスターを貼り終わった俺は教室に戻るべく背を向け歩き出した。

 

その時だった。

 

 

 

 

「どういうつもり?」

 

 

 

 

「・・・生徒会長」

 

背後から発せられた声に振り向くと、そこには冷徹な生徒会長 絢瀬絵里が立っていた。

 

・・・こりゃまためんどくさいのが来たな。

 

「さすがは生徒会長。朝早いんですね」

 

「私の質問に答えて」

 

おっとこりゃ手厳しい。

 

冗談は通じなさそうだな。

 

「貴方の質問は確か、どういうつもり?でしたね。その質問に答えるとすれば、廃校阻止への一歩。ですかね」

 

「ふざけないで」

 

こっちは真面目なんですけどねー・・・

 

「スクールアイドル?そんなので廃校を止められると思ってるの?」

 

「・・・やっぱり無理がありますかね?」

 

「当たり前よ!スクールアイドルなんて一歩間違えれば学校の評判を落としかねない。ましてやあの子達はただの素人。成功なんてするはずない」

 

「なるほど。確かに貴方の言う通りかもしれないですね。スクールアイドルも0どころかマイナスから始めたレベルですし圧倒的に時間が足りなすぎる。到底1年でどうにかなるレベルじゃないですね」

 

「だったらこんな事今すぐにやめなさい。ポスターも全て剥がしてスクールアイドルもやめて勉学に励む。このまま続けても学校生活を無駄にするだけ。それに貴方は他校の生徒でしょう?期間限定で通っているだけの貴方に何も出来ないわ」

 

おー言うね。

 

そこまで言われるとさすがにちょっとイラッてくるな。

 

「確かに何も出来ないかもしれないです。それでも【僕】は廃校を止めたいんです!高坂さん達だって本気で取り組んでいる。今更やめるなんて事出来ません!」

 

「あれで本気?笑えてくるわね。あの程度のダンスのレベルで?あの程度の出来で?ライブは見たけど私には何も伝わってこなかった。あのダンスでは貴方達の熱意も思いも何もかも。貴方があの現状を本気だと言い張るなら、何をしても無駄よ。はっきり言うわ、迷惑なのよ!」

 

「・・・!・・・貴方に何がわかるんですか!あの子達の努力も知らないのによくそんな事言えますね!貴方だって何も出来てないのに自分の事を棚に上げて・・・何も出来ないふんぞり返っているだけの貴方にそんな事言われたくありません!」

 

 

 

バシン!

 

 

 

「・・・」

 

その瞬間、頬に衝撃が走った。

 

ヒリヒリと痛む感覚。ビンタされたのだと瞬時に悟った。

 

「貴方こそ・・・私の何がわかるのよ!!私だって努力してる!廃校を止めるために毎日模索し続けて・・・毎日動き回って・・・何も出来ないふんぞり返っているだけですって?貴方こそ何も知らないくせによくそこまで言えるわね!」

 

「・・・」

 

「何も苦労した事のない貴方にはわからないでしょうね。私の苦労が、私の苦しみが」

 

・・・さて、そろそろかな?

 

大体わかってきたしもういいだろ。

 

「・・・これ以上は時間の無駄ね」

 

俺に背を向け歩き出そうとする絢瀬会長。

 

だがまだ行かせるわけにはいかない。何の為に俺が演技してたと思ってるんだ。

 

このまま帰らせると思うなよ?

 

「絢瀬会長」

 

「・・・まだ何かあるの?もうこれ以上話す事は何もないわ」

 

「貴方には無くても・・・

 

 

 

 

 

【俺】にはあるんですよ」

 

 

 

 

 

「・・・!・・・」

 

その瞬間、周りの空気が変わった。

 

一人称が変わり、絢瀬絵里は瞬時に悟った。

 

今までのは演技だったのだと。

 

「とは言っても俺の一方通行になりそうですね。俺の言葉に反応するかは貴方の自由ですが、とりあえず言いたい事を言わせてもらいます」

 

「・・・」

 

「まずは絢瀬会長。貴方明らかに焦ってますね?まるで、スクールアイドルを貴方が認めないように貴方も誰かから認めてもらえないような」

 

「・・・!・・・」

 

「貴方は廃校を阻止する事だけを考えて動いてる。それは全く悪い事じゃないしむしろ当然です。生徒会長としてはね」

 

「・・・何が言いたいの?」

 

「まぁ最後まで聞いてくださいよ。でもあくまでも生徒会長としての正解であって絢瀬絵里としての正解ではない。きっと、貴方が認められない原因はそこなんじゃないんですか?わかりやすく言うと、やりたい事をやってるか」

 

「やりたい・・・事・・・」

 

「でもきっとこの答えはまだ出せないでしょう。貴方自身、自分が何をしたいのかわかってないでしょう」

 

「そ、そんなこと!」

 

「じゃあ貴方は今自分がやっている事を心から胸はってやりたい事だって思えますか?」

 

「・・・思えるわよ!」

 

「・・・そうですか。だったらいいです。でも、一つだけ言うと自分自身に嘘をつく程虚しい事はないですね」

 

「・・・」

 

「とりあえず今現在が貴方のやりたい事だったみたいなのでこの話は終わります。続いては、単刀直入にお聞きしますが・・・

 

 

 

 

絢瀬会長って昔何かダンスやってました?」

 

「・・・!・・・」

 

「その様子だと図星みたいですね。ダンスの部分を執拗に指摘してるのが気になったんですよ。歌でも無くライブそのものでも無くアイドルとしての姿勢でも無く貴方が着眼していたのはダンスのみ。スクールアイドルを認めないのは、最初は貴方がスクールアイドル経験者だと思っていたんですがスクールアイドル経験者ならダンスだけではなくもっといろんな方向から指摘するはず。でもそれが無かった。でもダンスの経験者なら他はまだしもダンスの指摘は出来ますよね。そして見た所絢瀬会長はロシアとのハーフ…またはクォーターですよね?これは俺のイメージですけど、絢瀬会長がやっていたダンスってバレエですか?」

 

「・・・なんで・・・」

 

「また図星みたいですね。バレエってダンスの中でも表現力がより要求されるじゃないですか?ダンスを見て何も伝わらなかったというのはそうゆう事かなって」

 

「貴方・・・何者?」

 

「何者って人間観察が好きで少し察しの良いただの男子生徒ですよ」

 

絢瀬絵里はただただ困惑していた。

 

自分の事を全て言い当てられて、この短時間で全てを知られた冬夜に恐怖を感じていた。

 

先程まで強気だった彼女も今では冬夜に圧倒されるのみ。

 

もはや反論する気力も残っていなかった。

 

「それでは最後に一言だけ」

 

冬夜は絵里に歩み寄ると、耳元で淡々と放った。

 

「敵にする相手は、選んだ方がいいですよ?」

 

「・・・!・・・」

 

その瞬間、絵里の背筋は凍り付いた。

 

まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場から動く事が出来なかった。

 

瞬時に絵里は悟った。

 

【勝てない】

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

急いで振り返るがそこには冬夜の姿は既に無かった。

 

絵里は初めて思い知った。

 

氷月冬夜の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

「君って本当に不思議な子やね」

 

「また覗き見ですか。悪趣味ですね」

 

絵里の元を離れた冬夜。

 

その先に待ち受けていたのは冬夜が苦手とする相手である東條希だった。

 

「それにしてもえりちの事をあそこまで見抜くとはさすがやね」

 

「えりち?ああ絢瀬会長の事ですか。別に大した事ありませんよ」

 

「いやいや普通あんな的確に見抜けんて」

 

微笑みながら淡々と話す希に相変わらず読みづらい人だと感じる冬夜。

 

「で、一つ聞いてもええ?」

 

しかしそんな表情から一転して真面目な表情になった希は冬夜に一つの質問をぶつけた。

 

「君の目的はなんなん?」

 

真っ直ぐな瞳で冬夜を見つめる希。

 

珍しく不安の感情が混じった視線に、冬夜は希の横を通りすぎながら答えた。

 

「わかりますよ。その内」

 

意味深な発言を残し去っていく冬夜。

 

そんな冬夜の背中を見つめながら、希は小さく呟くのだった。

 

「氷月君。君は味方か敵か・・・どっちなんや?」

 

 

 

 

 

 

場所は変わり1年生の教室前。

 

眼鏡を掛けた一人の少女が1枚のポスターをじっと見つめていた。

 

【皆と一緒なら輝ける】

 

「・・・よし」

 

ポスターに書かれていた言葉を黙読した彼女は少しの期待を膨らませながら、教室に入っていった。

 

4つめのピースが今、動き出した。




自分の夢の為。

自分が輝く為。

弱い自分を捨てる為。

一人の少女は走り出す。

「やりたいな・・・アイドル・・・」

「でも、私なんて・・・」

やりたい思いと止まらせる思い。

「小泉花陽。君は今、何がやりたい?」

混じりあった先に彼女が出した決断とは・・・




~次回ラブライブ~

【第10話 少しの勇気を君に】

お楽しみに。


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第10話【少しの勇気を君に】

お待たせ致しました。

永らく更新を途絶えさせてしまい申し訳ありません!

ちょくちょく書いてはいたんですがモチベーションが上がらず中々進みませんでした・・・

しかし最近少し上がってきたので一気に完成まで打ち込みました!

しかし文字数がまさかの17000字って・・・

無理矢理1話で終わらせようとするんじゃなかった・・・

でも次回予告もあるし1話で終わらせたかったんだいっ!

というわけで今回は今までより長いですので心して閲覧して下さい。

では第10話、始まります。


「うへー・・・もふもふ・・・」

 

「ことりちゃん、すっかりハマっちゃったみたいだね」

 

とある休み時間。

 

高坂さんと園田さんに連れられた俺と太陽は飼育小屋までやってきた。

 

「・・・アルパカなんて居たのかこの学校」

 

そこに居たのは二頭のアルパカと恍惚な表情を浮かべアルパカと戯れている南さんだった。

 

「このもふもふの毛・・・愛くるしい瞳・・・ああ、すきぃ~・・・」

 

「・・・南さん、完全にアルパカの虜だね」

 

「もうことりちゃん!チラシ配りに行くよ?」

 

「もうちょっとぉ~・・・」

 

高坂さんが声を掛けるが南さんは離れる様子はない。

 

こりゃ重症だな。

 

「もうことり、6人にならないと正式な部として認めて貰えないのですよ?」

 

「うーん。そうだよねぇ~・・・」

 

「こりゃダメだ」

 

太陽もどうやらお手上げらしい。

 

確かにこういう状態になった女の子を引き剥がすのは難しそうだ。

 

「・・・可愛いかな?」

 

「えー?可愛いと思うけどな~。特にこの首周りのふさふさした毛とか・・・幸せぇ・・・」

 

南さんはさらにアルパカに近づくと、密着しながら首周りを撫で始めた。

 

「こ、ことり?危ないですよ?」

 

「え?大丈夫だよ・・・わっ!」

 

南さんが視線を一瞬園田さんに移した瞬間、アルパカに頬を舐められた。

 

南さんは舐められた衝撃で尻餅をついてしまった。

 

「こ、ことり!?な、なんてことを・・・ここは一つ弓で!」

 

いやいやダメだろ!?

 

モンスターハンターかよ。

 

「ダメだよ!」

 

園田さんの暴走にさすがの高坂さんも気づいたみたいだ。

 

「くそ!こいつよくも南さんを!」

 

まずい、こいつもこいつで暴走しだしたぞ。

 

「落ち着け太陽。相手はアルパカだぞ?」

 

「だからなんだ!俺を止めるな冬夜ぁぁぁ!!」

 

ああ!うるせぇこいつ!

 

少しは冷静になれよダメイケメンが!

 

「・・・グルル・・・」

 

俺の背後で茶色の毛をしたアルパカが唸っている。

 

この状態は確か・・・

 

「ぺっ!!」

 

ビチャ!!

 

「あ・・・」

 

アルパカは凄い勢いで口から唾を吐き出した。

 

真っ直ぐ飛ぶ唾はそのまま俺の方へと向かってくる。

 

しかしいち早く危険を察知していた俺は咄嗟にしゃがみ、唾は俺の頭の上を通過。

 

その先にいた人物は・・・

 

「・・・よくも・・・やってくれたなぁぁぁぁ!!!!」

 

現在ぶちギレなうの太陽だった。

 

「うん。やっぱり俺の知識は正しかった。アルパカは危険を察知すると臭い唾を吐くというのは本当だったみたいだな」

 

「ちょっと氷月君!説明しなくていいから早く朝日君を止めてよ!」

 

「お、落ち着いてね?朝日君」

 

「早まってはいけません朝日さん!」

 

「℃¥$¢£@§*&#%∂∝ω★※!!」

 

完全に怒りで崩壊してしまった太陽は謎の言葉を発しながらアルパカの元へ走り出す。

 

そんな太陽を三人がかりで止めようとしているが、それでも太陽の力の方が強かった。

 

「仕方ないな」

 

このままだとマジでヤバそうなので俺も太陽の元へ向かう。

 

その時、俺達の目の前を一人の女の子が通りすぎた。

 

「大丈夫だよ~。よしよし。うん、いい子いい子」

 

女の子は慣れた手つきでアルパカを撫でると、先程まで威嚇していたアルパカは嘘のように大人しくなった。

 

凄いな・・・一瞬で止めたぞ・・・

 

「・・・へ?」

 

その様子を見た太陽は足が止まり、怒りもどこかへ飛んでいったみたいだ。

 

「良かった・・・朝日君落ち着いたよ・・・」

 

「はぁ・・・疲れました・・・」

 

「ありがとう!怒りを収めてくれて。アルパカの扱い上手だね!」

 

高坂さんは女の子の元へ向かい、お礼の言葉を述べる。

 

・・・ていうかよく見たらあの子ライブに来てた小泉さんじゃん。

 

「飼育係なので・・・」

 

慣れた手つきで水を交換する小泉さん。

 

なるほど、飼育係だったのか。

 

「・・・嫌われちゃったかな?」

 

「いえ、ただ遊んでただけだと思います」

 

「そ、そうなの?良かったぁ・・・」

 

心配そうな表情を浮かべていた南さんだったが、小泉さんの言葉により安堵の表情に変わった。

 

よっぽど好きなんだな。アルパカが。

 

「あ、でも・・・あの男の人の事は苦手になっちゃったかもです・・・」

 

ぷっ!あいつ嫌われてやんの。

 

女の子には好かれてもアルパカには好かれなかったみたいだな。

 

ざまぁみろ。

 

ちなみに太陽は先程「臭い!着替えてくる!」と言いながら全速力で走っていった。

 

「・・・おお!よく見たら花陽ちゃん!」

 

「あ、ライブに来てた!」

 

あ、今気付いたのね。

 

「ねぇ花陽ちゃん!」

 

正体が小泉さんとわかった瞬間、高坂さんは凄い勢いで詰め寄った。

 

「は、はい・・・」

 

見ろ。完全に畏縮してるじゃないか。

 

「アイドルやらない!?」

 

「穂乃果ちゃんいきなりすぎ・・・」

 

「え、えっと・・・」

 

突然の勧誘に当然小泉さんは困惑。

 

南さんもツッコまずにはいられなかったようだ。

 

それにしても勧誘下手くそかよ。

 

「で、どうかな花陽ちゃん!?悪いようにはしないからさ」

 

そんな悪そうな顔で言っても説得力0なんだけど。

 

小泉さんはしばらく考えた素振りを見せると、顔を上げ口を開いた。

 

「・・・西木野さんがいいかと・・・」

 

「え?ごめんもう一度いい?」

 

思いの外小泉さんの声が小さく、高坂さんは思わず聞き返した。

 

「西木野さんがいいと思います。歌も上手ですし、可愛いですし・・・それにμ'sの曲を作ったのも西木野さんですし・・・」

 

うんあれ?曲の事さらっと言ったな。

 

小泉さんも知ってるのかよ。

 

「うん!だよねー。私もあの子の歌好きなんだー」

 

「・・・だったらスカウトすれば良いのでは?」

 

「したよ。キッパリ断られちゃったけど」

 

西木野さんはもう勧誘済みか。

 

まぁ断るだろうな。西木野さんの性格と現状じゃ。

 

「あ・・・ごめんなさい・・・」

 

「え?ううん。花陽ちゃんが気にする事はないよ!こっちこそごめんね。急に誘っちゃって」

 

「い、いいえ!大丈夫です・・・」

 

「もし、気が変わって入りたいって思ったらいつでも言ってね?私達放課後はいつも屋上で練習してるから」

 

「はい。わかりました」

 

話に一区切りがつくと別の女の子の声が響いた。

 

「かよちーん!早くしないと授業に遅れちゃうよー!」

 

・・・かよちん?

 

小泉さんの事か?

 

そのあだ名の由来は一体何?

 

「うん、今行く!ではすいません失礼します」

 

ショートカットの子に呼ばれた小泉さんは丁寧にお辞儀すると、ショートカットの子の元へ走っていった。

 

確かあの子は星空さんだな。

 

ライブに来てたのを覚えてる。

 

「うーんダメかー。また別の人を探すしかないね」

 

「そうですね・・・さ、私達も教室に戻らないと授業に遅れますよ」

 

重要なのは一歩を踏み出せる決定的な何か。

 

小泉さんは必ずアイドルに興味がある。

 

何か一つでも悩みを越えれるきっかけがあればきっと入ってくれるはずだ。

 

「まだ時期じゃない・・・って事か」

 

迫るにはまだ時間がいる。

 

今はただ、彼女の動向を見守るしかない。

 

俺は三人の後を追うように、校舎内に入っていった。

 

・・・結局太陽戻ってこなかったな。

 

 

 

 

 

 

「かよちん!部活どこ入るか決まった?」

 

6時限目が終わり、クラスメイトは次々に帰る支度を始めている。

 

そんな中ショートカットの女の子、星空凜は浮かない表情をしている小泉花陽に話し掛けていた。

 

「ううん。まだ」

 

「まだなの?確か申請今週までだよ?」

 

「うん・・・わかってるんだけどなかなか決まらなくて・・・凜ちゃんは決まったの?」

 

「うん!凜は陸上部に入るつもり!あ、もしやりたい事ないなら一緒に陸上部入ろうよ!」

 

凜からの問いに花陽は思わず俯いてしまった。

 

「・・・かよちん?」

 

「・・・」

 

凜は黙りこくってしまった花陽の真下に潜り込むと、少し微笑みながら話した。

 

「かよちん、もしかしてスクールアイドルやりたいの?」

 

「・・・!・・・」

 

花陽は分かりやすく反応してしまった。

 

「やっぱり!」

 

「そ、そうゆうわけじゃ・・・」

 

「ダメだよ。かよちん、嘘つくと指合わせるからすぐわかるんだ。それにポスターを熱心に見てたのも知ってるんだよ?」

 

凜にスクールアイドルをやりたい事を言い当てられてしまい、また俯いてしまった。

 

「かよちん可愛いからアイドルに向いてるよ!やりたいなら今すぐ先輩にμ'sに入れてくださいって言いに行こう!」

 

凜は花陽の手を引っ張り連れていこうとする。

 

しかし花陽は躊躇した。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「・・・かよちん?」

 

「あ・・・ごめんね」

 

脳裏に浮かぶのは今日の授業。

 

朝ポスターを見た時は勇気を貰えた。

 

しかし授業中に訪れた音読の時間でそれは崩れる事になる。

 

先生から指名された花陽はいつもより声を張り読み始めた。

 

だが途中で噛んでしまい、そのまま止まってしまった。

 

クスクスと聞こえる笑い声。

 

そして先生により強制的に終わってしまった

花陽の心を砕くには充分だった。

 

「どうしたの?昔からアイドル好きだったのに」

 

脳裏に浮かぶのはテレビに映るアイドルを夢中で見つめる小さい頃の自分の姿。

 

確かに昔からアイドルは好きだった。

 

アイドルになりたいとも思っていた。

 

しかし花陽の中の理想と現実は大きくかけ離れていた。

 

「・・・もし、私がスクールアイドルやるって言ったら凜ちゃんもやってくれる?」

 

なんでも良かった。

 

夢だったアイドルをやる時に抱いている不安や恐怖を少しでも取り除けるきっかけが欲しかった。

 

一番の親友にすがる花陽だったが、凜の返答はまたも花陽の足を止めるものだった。

 

「だ、ダメだよ!凜はアイドルには向いてないよ・・・」

 

「そんなこと!」

 

「そんなことあるよ!凜ってあまり女の子ぽくないし、髪だって短いし・・・だから凜には無理だよアイドルなんて」

 

ハッキリと拒絶の言葉を述べた凜。

 

花陽はそんな凜に言い返す事が出来ず、そのまま帰路についてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

次の日の放課後。

 

練習に向かおうとした俺は、ポスターの前に誰か居る事に気づいた。

 

「あれは・・・西木野さん?」

 

熱心にポスターを見つめており、手にはメンバー募集のチラシが握られていた。

 

「・・・やっぱり興味あるんだな」

 

西木野さんが浮かべる迷いの表情。

 

そこからは、微かにスクールアイドルをやってみたいという思いを感じた。

 

「・・・はぁー・・・」

 

西木野さんは小さくため息をつくと、その場から離れていった。

 

その際、何かを落としたのが目に入った。

 

「・・・?・・・」

 

西木野さん、落とした事に気づいてないな。

 

仕方ない。今日はバイト休みだし届けるか。

 

俺はポスターの元へ歩き出した。その時だった。

 

「・・・ん?小泉さん?」

 

俺がたどり着くより早く小泉さんが西木野さんの落とし物を拾っていた。

 

小泉さんも見てたんだな・・・

 

「生徒手帳だ・・・」

 

ふと小泉さんの口から漏れた言葉。

 

西木野さんが落としたのは生徒手帳だったみたいだ。

 

「・・・なら大丈夫か」

 

俺よりも小泉さんが届けた方がいいだろう。

 

ここは小泉さんに任せて俺は練習に・・・

 

「あ・・・あの!」

 

はい呼び止められました。

 

なんで?

 

「・・・」

 

「氷月先輩・・・ですよね?」

 

あれ、小泉さんに名乗ったっけ?

 

「うんそうだけど自己紹介したっけ?」

 

「あ、えっと・・・高坂先輩から聞きました。朝日さんの事も」

 

・・・あのおしゃべりサイドテールめ。

 

絶対に大事な相談とかしたくないタイプだな。

 

「それに、2年生に男子二人が編入になったって騒ぎになりましたし」

 

げっ!?そんなに騒ぎになってんの?

 

そうゆうのは太陽だけでいいよ!

 

「なるほどね、だったら自己紹介する手間が省けていいや。で、何か用?」

 

とりあえず用事をさっさと済ませてしまおう。

 

親しくもない男を呼び止める程なんだ。よっぽどな用があるんだろう。

 

「あの・・・これ、拾ったんです・・・」

 

そう言うと小泉さんは西木野さんの生徒手帳を俺に見せてくる。

 

うん見てたから知ってる。

 

「西木野さんの生徒手帳だな。それがどうかしたの?」

 

「きっとこれが無いと困ると思うんです・・・だから・・・」

 

え、小泉さんまさか・・・

 

「届けに行くのに、付いてきてほしいです・・・」

 

「・・・」

 

マジかぁぁぁぁ!?

 

いやなんとなく話の流れでそう来そうだなとは思ったけどなんで俺!?

 

「えっと・・・今日は星空さんと一緒じゃないの?」

 

「凜ちゃんは用事があるみたいで先に帰っちゃったんです。あれ、先輩凜ちゃんの事・・・」

 

「ああ、ライブの時高坂さん達に自己紹介してたでしょ?それで覚えた。小泉さんの事も西木野さんの事も」

 

まぁ西木野さんは前から面識あったけど。

 

「そうなんですね」

 

「で、付いてく話なんだけど何で俺なの?」

 

「えっと・・・先輩しか居なかったので・・・」

 

「いやそうだけど小泉さんは嫌じゃないの?俺なんかと一緒で」

 

普通親しくもない男と二人きりになるのは嫌だろ?

 

しかもこんな髪の長い不気味な風貌の男なんて。

 

「・・・いえ、私は嫌じゃないです」

 

うーん・・・なんか、最近の女子高生積極的過ぎない?

 

「やっぱり・・・ダメですよね?」

 

なかなか答えを出さない俺に、泣きそうな表情を浮かべる小泉さん。

 

その様子を見た俺はすぐさま答えた。

 

「わかった。小泉さんがいいなら行くよ」

 

そう。俺はOKの返事を出した。

 

普段の俺なら絶対に断るだろう。

 

しかし、上手くいけば小泉さんと西木野さんどちらも引き込める可能性があると感じた俺は付いていく事を選んだ。

 

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 

小泉さんは泣きそうな表情から一変して笑顔を浮かべた。

 

凄い良い笑顔なんだけど・・・抵抗とかないのだろうか?

 

まぁいいか。

 

「で、西木野さんの家は何処か知ってるの?」

 

「あ・・・えっと・・・」

 

「・・・知らないんだね」

 

「ごめんなさい!今すぐ先生に・・・」

 

「いいよいいよ。俺わかるから」

 

確か西木野さんは家は病院だって言ってたよな。

 

ここらへんで病院って言ったら西木野総合病院しかないだろ。

 

それにそこら辺なら俺の新聞配達の区域だし。

 

「わかるんですか!?」

 

「あ、誤解しないでね。ストーカーとかじゃなくて本人が家が病院だって言ってたから」

 

小泉さんはμ'sの曲を西木野さんが作った事を知ってたしきっとその経緯も知ってるんだろう。

 

俺と西木野さんが面識ある事も。

 

「あ、そうなんですか」

 

うん。やっぱり知ってるみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

「すいません・・・私が付いてきてほしいってお願いしたのに・・・」

 

太陽に練習に出れないとLINEした俺は、小泉さんを連れ西木野さんの家へと歩き出した。

 

西木野さんの家を知ってる俺が必然的に先導する形になり、小泉さんが付いてきてるという状況になった。

 

「別にいいよ」

 

「でも・・・」

 

「そんなことよりさ」

 

このままだと小泉さんがずっと謝り続けそうなので話題を変える事にする。

 

「小泉さん、やっぱりアイドルに興味あるでしょ」

 

「え・・・」

 

俺の言葉に表情が変わる小泉さん。

 

その様子だと当たりだったみたいだな。

 

「μ'sのライブ。凄い熱心に見てたよね」

 

「・・・えっと・・・」

 

「高坂さんに勧誘された時はうやむやにしてたけど、本当はどう思っているか聞かせてほしい」

 

まずは今の小泉さんの気持ちを聞く。

 

ある程度予想は出来てもそれが正解とは限らない。

 

それによって俺が起こす行動が変わるから。

 

「・・・」

 

口を閉ざす小泉さん。

 

しばらくの沈黙が続いたが、小泉さんが答えを出す気配が無かった。

 

その様子を見た俺は立ち止まると、小泉さんの目を見つめながら言った。

 

「まだ答えが出せないならそれでもいい」

 

「・・・え?」

 

「君の中で満足出来る答えが出せたら教えてほしい。それまで待ってるから。俺も、高坂さん達も」

 

「氷月さん・・・」

 

例え、アイドルが好きでも興味があっても強要は出来ない。

 

無理に答えを出させても長続きしない事は目に見えている。

 

だから、たくさん迷ってたくさん悩んで自分なりの答えを出せばいい。

 

自分自身が納得出来るなら、それでいいから。

 

「さ、着いたよ」

 

小泉さんと話している間に気づけば西木野さんの家の前に到着した。

 

大きくそびえ立つ西木野総合病院の隣に建てられた豪邸。

 

表札には西木野と書かれていた。

 

「・・・大きい・・・」

 

思わず口から感想が溢れる小泉さん。

 

確かにここら辺では桁違いに大きい。

 

西木野さんってお嬢様だったんだな・・・

 

「確かに大きいな」

 

「これが、お嬢様って事なんですね・・・」

 

完全に萎縮してしまっている小泉さんをしり目に、インターホンを押す俺。

 

少し間が空くと、インターホンから女性の声が聞こえてきた。

 

「はい。どちら様ですか?」

 

「西木野真姫さんの友人の氷月冬夜と言います。生徒手帳を落とされたので届けに来ました」

 

「あらあらわざわざありがとうございます。今開けますので少しお待ちくださいね」

 

声の主は恐らく西木野さんのお母さんなんだろうけど、随分若々しい声だったな・・・

 

まさかのメイドとかだったりしないよな?

 

しばらく待っていると、家の扉が開き中から一人の女性が出てきた。

 

まるで西木野さんを大人にしたような風貌で控えめに言っても美人の一言だった。

 

「真姫の母です。わざわざ届けに来てくれてありがとうね?どうぞ中に入って下さい」

 

・・・いや若いな!?

 

本当に高校生の子持ちかよ!?

 

「あ、はい。お邪魔します」

 

「・・・」

 

「小泉さん、行くよ」

 

「・・・!・・・はい!」

 

西木野さんのお母さんを見つめながら固まっていた小泉さん。

 

わかるぞ小泉さん。

 

見えないよな、高校生の子供がいるお母さんに。

 

俺と小泉さんは困惑しながら西木野さんの家の中に入った。

 

 

 

 

 

結論から言おう。とても広い。

 

外観の時点で予想は出来ていたが、直に目の当たりにするのとは訳が違う。

 

リビングには数々の賞状が飾られており、いかにも高そうな絵画の数々。

 

そして天井にはシャンデリアときたもんだ。

 

こんな正統派な豪邸漫画でしか見たことねぇよ。

 

「今真姫、病院の方に顔を出してるからちょっと待っててね」

 

案内されたのは応接室みたいな所。

 

テーブルと無数の書物があり、中央にはいかにも座り心地の良さそうな巨大なソファーがあった。

 

西木野さんのお母さんは俺と小泉さんにお茶を出すと、「まさか真姫に男の子の友達がいるなんてね・・・」とぶつぶつ言いながらニヤニヤとした表情で出ていった。

 

友達じゃないです。なんて言えるはずもない。

 

「・・・なんか、落ち着かないですね」

 

西木野さんのお母さんが出ていったのを確認すると、小泉さんは部屋中をキョロキョロと見渡しながら口にした。

 

「・・・そうだな。まさか生涯でこんな漫画みたいな豪邸に入れるとは思わなかったよ」

 

「はい・・・同じ高校1年生とは思えません・・・」

 

その後もキョロキョロと部屋を観察していると、扉の外から話声が聞こえてきた。

 

「真姫、貴方にお客さんが来てるわよ」

 

「お客さん?」

 

「真姫・・・貴方も隅に置けないわね」

 

「・・・え?」

 

あ、早いとこ誤解を解かないとめんどくさい事になるな。

 

いやもうなってるか。

 

次第に足音は大きくなっていき、ついに扉が開かれた。

 

ガチャ。キィィィ・・・

 

木製の扉の軋む音。

 

部屋の中を見渡した西木野さんは、困惑した表情から驚きの表情に変わった。

 

「え、お客さんって貴方達なの!?」

 

「お、お邪魔してます!」

 

「よっ」

 

丁寧に頭を下げる小泉さんに対し俺は片手を上げるだけの簡単な挨拶。

 

こうゆうのって性格出るよね。

 

「で、何の用なのよ」

 

少しして落ち着いた西木野さんは対面のソファーに座る。

 

西木野さんの質問には小泉さんが答えた。

 

「あの、これを届けに来ました!」

 

生徒手帳を差し出す小泉さん。

 

「これ、私の・・・」

 

「これが無いと困ると思ったので・・・」

 

「そう。わざわざありがとうね」

 

西木野さんは素直にお礼を述べると、生徒手帳を鞄にしまった。

 

「で、貴方は?」

 

しまい終わると、西木野さんの視線が小泉さんから俺に変わる。

 

「ん?小泉さんの付き添い」

 

「付き添いって貴方達面識あったの?」

 

「いや、ほぼ初対面」

 

ライブの時とアルパカの時に会ったけど話してないし初対面に近いだろう。

 

「初対面!?小泉さんよく初対面の人を付き添いに選んだわね」

 

それは俺も思った。

 

「あ、えっと・・・私は一方的に氷月さんの事を知ってたので私は抵抗無かったです」

 

「ふーんなるほどね。で、貴方も貴方でよく初対面の人の付き添いを引き受けたわね」

 

うんそれも思ってる。

 

引き受けた自分が一番思ってるから。

 

「ちょっと理由があってね」

 

「・・・理由?」

 

「どんな理由よ」

 

「その内わかるよ」

 

うん最近よく使うけどこの言葉って凄い便利だよな。

 

君達を勧誘するため・・・なんて言えないし。

 

俺のはぐらかした答えに西木野さんは面白くなさそうな表情をすると、

 

「何それ意味わかんない」

 

と返した。

 

 

 

 

 

「で、小泉さん。話は変わるんだけどその生徒手帳ってどこに落ちてたの?」

 

初対面の付き添い問題が一旦落ち着き、少しだけ一息つくと俺は本題を切り出した。

 

俺がここに来たのは西木野さんの心を知るためだし。

 

「えっと・・・μ'sの勧誘ポスターの前です」

 

小泉さんがそう言った瞬間、西木野さんの表情があからさまに変わった。

 

「へぇーポスターの前ね。もしかしてアイドルに興味あるの?」

 

「いや!いたっ!」

 

勢い良く立ち上がる西木野さんだったが、そのまま勢い余りテーブルに足をぶつけてしまった。

 

あれは痛いなー・・・

 

ていうかわかりやすすぎるだろ。

 

「ぜ、全然興味なんか・・・」

 

ガタッ!

 

「きゃあ!!」

 

バタン!!

 

足をぶつけた事によりバランスを崩してしまった西木野さんは、後ろからソファーに倒れるとそのまま勢いよくひっくり返ってしまった。

 

コントかよ。

 

ちなみに西木野さんはスカートを履いていたのでちゃんと目は閉じましたよ。

 

「・・・ぷっ」

 

その様子を見た小泉さんは、ここに来て初めての笑顔を見せた。

 

・・・ような気がする。目閉じてるからわからないけど。

 

「わ、笑わない!」

 

「だ、だって・・・ふふっ」

 

うん。いい具合に緊張は解けたみたいだな。

 

「そろそろ目開けていいか?」

 

ずっと目閉じてるの辛いんだけど。

 

眠いし。

 

「・・・!・・・な、なんで貴方は目を閉じてるのよ!?」

 

「ラッキースケベ回避のため」

 

「・・・は?」

 

「あ・・・スカートだから・・・」

 

そう。正解だよ小泉さん。

 

「・・・っ!変態!」

 

いやなんでやねん。

 

むしろ褒められるべきでは?

 

「・・・開けるぞ」

 

痺れを切らした俺は目を開ける。

 

そこには自分を守るように抱き締める顔が真っ赤な西木野さんがいた。

 

「・・・いや俺が何をしたの?」

 

「う、うるさい!」

 

理不尽だ・・・

 

 

 

 

 

「・・・私がスクールアイドルに?」

 

西木野さんが落ち着いた所で、小泉さんが意外にもスクールアイドルを西木野さんに勧めた。

 

「西木野さんは可愛いし、作曲も出来るし、歌も上手だし絶対向いてると思うんだ」

 

小泉さんの真っ直ぐな瞳はしっかりと西木野さんを捉えていた。

 

その言葉が偽りじゃない事がわかるな。

 

「そ、そんなこと・・・」

 

「そんな事あるよ!私・・・西木野さんの歌好きなんだ」

 

「私の歌を?」

 

「放課後、いつも音楽室の前に行ってたの。西木野さんいつもピアノ弾いてるから。西木野さんの歌声はずっと聴いていたいって思える程好きで・・・だから・・・」

 

珍しく声を張る小泉さん。

 

一字一句はっきりと聞こえた西木野さんへの思いは、とても強いものだった。

 

しかし、その小泉さんの思いは西木野さんには届かなかった。

 

「私、大学は医学部って決まってるの」

 

西木野さんの表情が僅かに歪んだ。

 

その時、俺はある違和感に気づいた。

 

・・・作曲を決意したあの時と違う。

 

あの時感じたやってみようと思える喜びとワクワクとドキドキ。

 

そして瞳に宿っていた少しの希望。

 

それら全ては今の西木野さんからは微塵も感じられなかった。

 

今の西木野さんからはまるでどうしようもない諦めの感情が読み取れた。

 

・・・一体何があった?

 

「だから、私の音楽はもう終わってるってわけ」

 

正直西木野さんは引き込めると思っていた。

 

作曲を決意したあの表情。

 

あの状態の西木野さんならμ'sに入ってくれるんじゃないか。そう思っていた。

 

だが、その時とは状況が違いすぎる。

 

「貴方こそ、スクールアイドルやりたいんじゃないの?」

 

今度は西木野さんが小泉さんに話を振った。

 

まるでこれ以上自分の話になるのを拒んでいるように。

 

でも、時は今じゃない。

 

西木野さんを引き込むのは今じゃない。

 

「わ、私?」

 

「貴方、ライブの時夢中になって見てたじゃない」

 

「えっと・・・でも私・・・」

 

「うじうじしない!」

 

「は、はい!」

 

突然の西木野さんの大声に飛び上がってしまった小泉さん。

 

しかしすぐさま西木野さんは柔らかな表情になると、優しく話し掛けた。

 

「私から言える事は一つ。やりたかったら、やればいいじゃない」

 

西木野さんの言葉に小泉さんの表情に少しだけ希望が灯る。

 

ていうかその言葉俺が西木野さんに言った言葉じゃん。

 

「ま、この言葉、私が何処かの誰かさんに言われた言葉なんだけどね」

 

そう言うとチラッと俺を見つめる西木野さん。

 

覚えてたのか。

 

「もし、貴方がスクールアイドルやるなら、少しは応援してあげるから」

 

西木野さんはそう言うと、優しく微笑んだ。

 

そして小泉さんは・・・

 

「うん!」

 

笑顔で返すのだった。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

用事が終わり、帰路につく俺と小泉さん。

 

少し歩いた所で、小泉さんは口を開いた。

 

「ん?いいよ別に」

 

俺は俺の為についていったに過ぎないからな。

 

「後送ってもらっちゃってごめんなさい・・・」

 

日も暮れてきており、人通りもすっかり少なくなった道。

 

さすがの俺もこの状態で一人で帰らせるほど無神経じゃない。

 

園田さんと南さんが襲われた件もあるしな。

 

「いいよ別に。気にしないで」

 

「ありがとうございます」

 

小泉さんのお礼の言葉を最後に会話は途絶えた。

 

あえてスクールアイドルの話題は出さない。

 

「あ・・・」

 

しばらく歩くと視界にに一軒の店が映った。

 

名前は穂むら。和菓子の店で、俺は利用した事はないが新聞配達でいつも来るため知っている。

 

「すいません、お母さんに買って帰りたいので寄ってもいいですか?」

 

なんて優しい子なんだ小泉さんは!

 

親に買って帰るなんて男子校じゃあり得ないぞ?

 

特別断る理由もないので、

 

「わかった」

 

とだけ返した。

 

ガラガラと和風な扉を開くと、中には背を向けた割烹着姿の女の子がいた。

 

・・・あれ、なんか見たことある姿だな。

 

俺達の存在に気づいた女の子は、勢い良く振り返った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「あ・・・」

「あ・・・」

 

同時に声が漏れた俺と小泉さん。

 

割烹着姿の女の子はμ's結成の発端である高坂穂乃果だった。

 

 

 

 

 

「ごめんね。私、店番があるから部屋で待ってて?」

 

店の奥に通されると、高坂さんの部屋に行くよう促される俺達。

 

なんか成り行きで入っちゃったけどこれって知り合いの女子クラスメイトの家にそれほど親しくもない女の子の後輩と二人きりでいるという凄いおかしな状況が出来上がってないか?

 

今日はなんかいつもよりも濃い一日だな・・・

 

高坂さんは店に戻り、俺と小泉さんの間に少し気まずい空気が流れる。

 

「・・・とりあえず行こうか?」

 

「そうですね」

 

このままいても仕方がないのでゆっくりとした足取りで階段を上った。

 

「・・・どっちだ?」

 

2階に上がると、左側に部屋が2つあるのが確認できた。

 

太陽から聞いた情報だが高坂さんには妹がいるらしい。

 

恐らくどちらかは高坂さんの妹の部屋だろう。

 

「こっちかな・・・」

 

小泉さんが躊躇なく手前の扉のドアノブに手を掛ける。

 

「いや、ノックした方が・・・」

 

しかし時すでに遅く扉が開かれた。

 

「ぐぬぬ・・・私もこのくらいになれればっ・・・」

 

俺はすぐさま扉を閉めた。

 

・・・だから言わんこっちゃない。

 

「えっと・・・今のは・・・」

 

「忘れるんだ。顔面パックした女の子が必死に胸を寄せてた所なんて君は見ていない。いいね?」

 

「は・・・はい」

 

俺が凄い勢いで迫ると小泉さんは困惑しながら頷いた。

 

「ちゃららららん♪ちゃららちゃらららん♪」

 

その時、もう一つの扉の向こうから微かに誰かの歌っている声が聞こえた。

 

・・・なんか聞きおぼえあるな。

 

「こっちの部屋から・・・」

 

「おいちょっと・・・」

 

小泉さんは何の躊躇いもなく扉を開けた。

 

なんでこういう時だけ積極的なんだよ!?

 

「ちゃーららーららーん♪ちゃらららーん♪ありがとー!!」

 

俺は光の早さで扉を閉めた。

 

「い、今のは・・・」

 

「いいか、君が見たのは幻想だ。扉の奥に普段は恥ずかしがり屋でクールな女の子がデビュー曲を鼻唄で歌っていた挙げ句満面の笑顔で観客に向かい手を振る練習をしていたなんて君の空想だ。わかったね?」

 

「は・・・はい」

 

さて、一刻も早くここを脱出・・・

 

ガチャ!

ガチャ!

 

出来ませんでした。

 

「く、空想じゃ無かった・・・」

 

園田さんとパックした女の子がそれぞれの扉から出てくると、ゆっくりとした足取りで近づく。

 

「見ました?」

「見ました?」

 

うん。これはマズイパターンだね。

 

こうゆう時は正直に・・・

 

「見ました」

 

そこから俺の記憶はない。

 

 

 

 

 

 

「勝手に開けちゃってごめんなさい!」

 

「大丈夫だよ。こっちこそごめんね?」

 

となるわけではなく、その後高坂さんがタイミング良く来てくれたおかげで事無きを得た。

 

「それにしても海未ちゃんが決めポーズねー」

 

「ほ、穂乃果が店番でいなくなるからです!」

 

いや理由理不尽。

 

「そういえば二人は付き合ってるの?」

 

そんな園田さんを気にも留めず高坂さんはニヤニヤしながらこちらに質問してきた。

 

・・・まぁそんな質問は来る気はしてた。

 

二人で来た時点で。

 

「つ、つきあっ・・・うう・・・」

 

高坂さんの質問に小泉さんは赤面しながらあわてふためく。

 

・・・いや否定しろよ。

 

「付き合ってないよ。ただたまたま会っただけで、目的地が同じだったから一緒に来ただけ」

 

全部説明するのはめんどくさいから適当にそれっぽい嘘でもつくか。

 

嘘も方便ってね。

 

「なーんだ。つまんないの」

 

俺が否定すると面白くなさそうな表情を浮かべながら高坂さんは離れていった。

 

「で、園田さんはどうしているの?俺達が通された理由は?」

 

「それはですね・・・」

 

ガチャ

 

園田さんが俺の問いに答えようとした時部屋の扉が開かれた。

 

「ごめん遅くなっちゃった!あれ?」

 

謝りながら入ってきたのはノートパソコンを抱えた南さんだった。

 

なんでいるの?と言わんばかりの疑問を浮かべた表情でこちらを見つめる。

 

「あ、ことりちゃん!」

 

「大丈夫ですよことり」

 

テーブルの上にノートパソコンを置くと、再び俺達を見つめる。

 

「たまたま道端で会って目的地が同じだったから一緒に来た。そしたら高坂さんに捕まり部屋に通された。なお、我々は付き合っていません。以上」

 

「はは・・・質問する前に全部答えたね。相変わらず察しが早い・・・」

 

南さんは答えるスピードの早さに苦笑いを浮かべるしかないようだ。

 

「で、俺達が通された理由は?」

 

「あ、それはこれだよ!」

 

高坂さんはそう言うと南さんが持ってきたノートパソコンを指差す。

 

・・・ふーんなるほどそうゆう事か。

 

「・・・?」

 

おっと小泉さんがキョトンとした表情をしている。

 

その様子に気づいた高坂さんが説明を始めた。

 

「花陽ちゃんは知らなかったね。実は私達のファーストライブの映像がネット上にUPされてたんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。誰が上げたかはわからないんだけどね。今日はこの映像を客観的に見て、どこが駄目だったか研究しようと思って集まったんだ」

 

「で、俺や小泉さんにも見てもらって何か意見を貰うために部屋に通されたってわけだ」

 

まぁいい心掛けではあるが、太陽監修の元行っている以上特に意見を言うつもりはないんだけど。

 

「準備出来たよ!」

 

どうやら高坂さんが説明している間に再生の準備が出来たみたいだ。

 

「よし!じゃあ早速観よう!」

 

「こんな大人数で私達のライブの映像を観るのは緊張しますね・・・」

 

「再生するよ!」

 

南さんが再生ボタンをクリックすると、少しのロードの後映像が動き出した。

 

画質は上々。

 

少し遠巻きからの映像ではあるが充分顔の判別は出来るしダンスもハッキリと見える。

 

歌もよく聴こえる。

 

しかし一体誰がこれを上げたんだ?

 

「ここのダンス上手くいって良かったよね!」

 

「うん!思わずガッツポーズしそうになったもん」

 

「私も音程を外すことなく歌えました!」

 

あれ、どこが駄目だったか研究するんじゃないのか?

 

ただの観賞会になりそうだがまぁいいだろう。

 

「・・・」

 

ふと隣を見ると、小泉さんは少し前のめりになりながら熱心に映像を見つめていた。

 

「あ・・・」

 

高坂さん達もそれに気づいたようで、小泉さんに視線を移していた。

 

「花陽ちゃん、そこじゃ観づらくない?」

 

「・・・」

 

高坂さんが声を掛けるが、映像に集中しており気づいていない様子だった。

 

それほど夢中になって観ているという事だろう。

 

「・・・」

「・・・」

「・・・」

 

「「「ふふっ」」」

 

そんな小泉さんの様子に高坂さん達が互いに目を合わせると、小さく笑った。

 

そして、次は園田さんが声をかけた。

 

「小泉さん!」

 

「・・・!・・・は、はい!」

 

これには気づいたようで少しビクッとしながら園田さんに視線を移した。

 

「本当にスクールアイドルやってみない?」

 

今度は高坂さんが声を掛ける。

 

「え?えっと・・・でも、私・・・向いてないですから・・・」

 

悲しく笑いながら断る小泉さんだが、すかさず園田さんが口を開く。

 

「私だって人前に出るのは苦手です。向いてるとは思えません」

 

「私も歌やダンスをよく間違えたりするし、運動も苦手なんだ」

 

「私は凄いおっちょこちょいだよ!」

 

三人がそれぞれの欠点を話す。

 

南さんが続けて畳み掛ける。

 

「プロのアイドルだったら私達はすぐに失格。でも、スクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分達の目標を持って、やってみることは出来る!」

 

「それがスクールアイドルだと私は思います」

 

「だから、やりたいって思ったらやってみようよ!」

 

「最も、練習は厳しいですが」

 

「・・・海未ちゃん?」

 

「おっと失礼」

 

園田さんの言葉で笑い合う三人。

 

それを見た小泉さんの表情は、さっきよりも明るいものに変わっていた。

 

三人が小泉さんに向けて放った言葉。

 

これは小泉さんにとって、大きな勇気になっただろう。

 

「ゆっくり考えて、答えを聞かせて?」

 

「私達は、いつでも待ってるから!」

 

暖かく微笑みながら小泉さんを見つめる三人。

 

高坂さんの問いに対し小泉さんは、

 

「はい!」

 

と笑顔で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

帰り道。

 

当初の予定通り小泉さんを送るため一緒に歩く俺達。

 

しかしそこには会話はなく、ひたすら小泉さんの家へと歩を進める。

 

世間ではこうゆうのを気まずいと言うんだろうけど、生憎俺はそうゆう感情は持っていないんでね。

 

小泉さんには悪いけど、話題を見つける気はない。

 

少しの間無言が続くと、突然小泉さんが足を止め口を開いた。

 

「氷月さんは、私にスクールアイドルが務まると思いますか?」

 

予想外の質問に思わず足を止める。

 

「・・・なんでそんな質問を?」

 

「皆さんの話を聞いて、勇気を貰えました。私にも出来るかも・・・そう思いました。でも、いざ加入しようとすると、やっぱり怖くなるんです・・・皆さんが出来ない水準と私が出来ない水準。これに大きな差があったら・・・皆さんが思っていた以上に私が出来ない人だったら・・・そう思うと怖いんです・・・」

 

高坂さん達の話や西木野さんの応援を聞いて勇気を貰えたのは間違いない。

 

でもまだ小泉さんの中では不安と恐怖が勝ってる。

 

今小泉さんに足りないのは、それを払拭する少しの勇気だけだ。

 

「確かに十人十色とあるように価値観は人それぞれ」

 

君は求めてるんだろう?

 

「多少のズレは必ずある」

 

背中を押してもらうのを。

 

「でも、やりたいという思いの前ではそんな不安や恐怖は関係ないんだよ」

 

「関係・・・ない?」

 

だから俺にそんな質問をしたんだろう?

 

「そうだ。難しく考えるな。いつだって答えは単純なんだ。やりたいからやるのか、やりたくないからやらないのか」

 

「・・・」

 

最終的な決断をするのは君だ。

 

「裏切らせない。絶対にだ。君の思いと決断は、必ず受け止める。あいつらも同じ気持ちのはずだ」

 

「氷月さん・・・」

 

だが、決断しやすいように俺が与えよう。

 

「今一度聞く。小泉花陽。

 

 

 

 

 

君は今、何がやりたい?」

 

 

 

 

 

少しの勇気を君に。

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん。決めたんだね」

 

「うん」

 

次の日の放課後。

 

私達は屋上へ向かっていました。

 

昨日、氷月さんの言葉を聞いて決心がつきました!

 

 

 

 

「小泉花陽。君は今、何がやりたい?」

 

心臓の高鳴り。そして溢れてくる勇気。

 

氷月さんは裏切らせないって言ってくれた。

 

私の思いと決断を受け止めるって言ってくれた。

 

そして、やりたい思いの前では不安や恐怖は関係ない。

 

そう言ってくれた時、スッと今まで抱えていた不安や恐怖が軽くなった気がしたんです。

 

今なら胸を張って言える!

 

「私は、スクールアイドルがやりたいです!」

 

私はハッキリとそう返しました。

 

すると氷月さんは少し微笑みながら、

 

「そうか」

 

とだけ返してくれました。

 

それでも少しだけ、本当に私でも出来るかなと思いました。

 

だけど、その後に氷月さんが言ってくれたんです。

 

「小泉さん。【皆と一緒なら輝ける】」

 

その言葉は私が見たポスターに書いてあった言葉と同じ言葉でした。

 

「だから自由にやったらいい。難しい事は考えずにひたすら楽しめばいい。それだけで輝けるから」

 

その言葉を受けて大きな安心感が私の心を満たしました。

 

私は一人じゃない。

 

一緒にアイドルをやる仲間がいる。

 

それだけで充分でした。

 

こうして私はμ'sに入る事を決意したんです。

 

 

 

 

 

 

「いやー、それにしても遂にかよちんもアイドルデビューかー。友達として凄い誇らしいにゃ!」

 

右隣を歩く凛ちゃんが嬉しそうな顔で言いました。

 

「お、大袈裟だよ凛ちゃん」

 

「大袈裟じゃないにゃ!あれだけ憧れが強かったアイドルにいよいよなれるんだよ?さらにそのまま人気になって廃校が阻止されてその活躍が認められてアイドル事務所の社長にスカウトされてそのままデビューになったら・・・かよちん!サイン欲しいにゃ!」

 

「話が飛躍しすぎだよ凛ちゃん!」

 

「あはは、ちょっと舞い上がりすぎたにゃ」

 

でも、私の事でここまで喜んでもらえるのはとても嬉しいです!

 

「ところで、何で西木野さんもいるにゃ?」

 

「別にいいでしょ?小泉さんがちゃんとμ'sに入れるか心配だからついていってるだけよ」

 

そうです!実は左隣には西木野さんがいたんです!

 

実は朝に凛ちゃんにμ'sに入る話をしたんですけど、どうやら西木野さんもその話を聞いていたみたいで、ついていくって言ってくれたんです!

 

「別に凛がいるから大丈夫にゃ」

 

「だから心配なのよ」

 

「どうゆう意味にゃ!?」

 

「そのままの意味よ!」

 

「あ、あの二人とも喧嘩は・・・」

 

でも朝からずっとこの調子なんです。

 

二人は仲が悪いのかな・・・

 

「もうかよちん!ほっといていこう!」

 

すると凛ちゃんが私の右手を掴んでぐいぐいと引っ張っていきます、

 

私もつられてつい小走りになってしまいました。

 

「り、凛ちゃん?」

 

グイッ

 

「え?」

 

今度は左手も引っ張られる感触がしました。

 

ふと左手に視線を移すと・・・

 

「ふん・・・」

 

西木野さんが凛ちゃんに負けじと引っ張っていたんです。

 

「ちょっと!かよちんは凛が連れていくの!」

 

「私が連れていくわ!」

 

「「私!」」

 

二人の歩くスピードが次第に早くなっていき、ついには走り出してしまいました。

 

・・・ってそんなに走ったら足がもつれて!

 

「じ、自分で歩けるから手を離して・・・」

 

「ほら!かよちんが嫌がってるから手を離してよ!」

 

「そっちこそ手を離しなさいよ!」

 

「「ふん!」」

 

「だ、ダレカタスケテー!!!」

 

結局私はほぼ引き摺られる形で屋上へと連れていかれました。

 

 

 

 

 

「つまり、メンバーになるって事?」

 

屋上にはμ'sの皆さんがいました。

 

氷月さんや朝日さんの姿も。

 

「はい!かよちんはずっとずっと前からアイドルをやってみたいって思っていたんです!」

 

「それはどうでもよくって、この娘歌唱力結構あるんです!」

 

「どうでもいいってどうゆう事!?」

 

「そのままの意味よ!」

 

「え・・・えっと・・・」

 

いざμ'sの皆さんを目の前にすると強い緊張が私を襲います。

 

決めたはずなのに・・・

 

後もう少しで入れるのに・・・

 

「大丈夫だよかよちん、凛がずっとついててあげるから」

 

右隣から聞こえた凛ちゃんの声。

 

ふと視線を移すと、優しい笑みで真っ直ぐ私を見つめていました。

 

「凛ちゃん・・・」

 

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ」

 

次に左隣から西木野さんの声。

 

西木野さんも凛ちゃんと同じように優しい笑みで真っ直ぐ私を見つめていました。

 

「西木野さん・・・」

 

よ、よし!

 

いつまでもうじうじしてるわけにはいかない!

 

「わ、私・・・」

 

とんっ。

 

「あ・・・」

 

突如感じた背中を押された感覚。

 

でもそれは私の心を暖かく潤した。

 

うん。もう大丈夫。

 

ありがとう。凛ちゃん、西木野さん。

 

もう逃げないから。

 

私は覚悟を決めると、1歩前に出てハッキリと言葉にしました。

 

 

 

 

 

 

「私、小泉花陽といいます!一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです・・・だけど、アイドルへの思いは誰にも負けないつもりです!だから・・・私を・・・μ'sのメンバーにして下さい!」

 

 

 

 

 

ハッキリとした声で、小泉さんはそう言った。

 

真っ直ぐ頭を下げて、自分の思いを口にした。

 

本心で、自分の言葉で、出した答えをハッキリと伝えた。

 

小泉さん・・・やっと言えたな。

 

「こちらこそ」

 

小泉さんの言葉に高坂さんが答える。

 

そしてそのまま一歩前に出ると、

 

「よろしく!」

 

満面の笑みで手を差しのべた。

 

そしてその手を小泉さんは、

 

「はい!」

 

満面の笑みで掴むのだった。

 

大丈夫。ちゃんと輝いてるよ。小泉さん。

 

「かよちん偉いよ・・・」

 

「・・・何泣いてるのよ」

 

「だって・・・って西木野さんも泣いてる?」

 

「だ、誰が!泣いてなんかないわよ!」

 

「それで、二人はどうするの?」

 

小泉さんの勇気に感動する二人に南さんが声をかける。

 

「どうするって・・・」

 

「え?」

 

予想外の問いに顔を見合わせる星空さんと西木野さん。

 

続いて園田さんが口を開いた。

 

「まだまだメンバーは、募集中ですよ!」

 

そう言うと南さんと園田さんは満面の笑みで手を差しのべた。

 

流れも雰囲気もタイミングもベスト。

 

これで二人も入ってくれれば廃校阻止へまた一歩近づける。

 

高坂さんも、南さんも、園田さんも、小泉さんも、太陽も、二人も入ってくれると思っているだろう。

 

 

 

 

 

だが、俺は知ってる。

 

 

 

 

 

「・・・」

「・・・」

 

払拭されていない何かを抱えてる二人は・・・

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

μ'sに加入しない事を。

 

 

 

 




小さい頃からトラウマを抱えた少女。

「向いてないよ!凛がアイドルなんて無理だよ・・・」

ピースはまだ埋まらない。

新しい自分と出会うまでは。

「星空さん、この後俺と遊びに出掛けないか」

「・・・え?」

自分を認めようとしない少女にぶつけた秘策。

「君が可愛くないって誰が決めたの?」

全てはμ'sに入ってもらうため。

「男の子っぽい?どこが」

5つ目のピースは、

「人それぞれ価値観は違う。でも、俺は君を可愛いと思ってるから」

「凛は・・・凛は・・・」

過去を越える。



~次回ラブライブ~

【第11話 過去と今】

お楽しみに。


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第11話【過去と今】

1年振りのご無沙汰です!ちゃんと生きてました。

遅れまして本当に申し訳ありません!

今回は凛ちゃん加入回です。前回よりは文字数は抑えましたが10000字は越えてます…

さらに終わり方と次回予告が少し雑かもしれないですすいません!

それでも良ければ是非ご覧ください。

それでは第11話始まります。


とある一室。

 

少女はスカートを片手に姿鏡の前へ立っていた。

 

「・・・全然似合わない・・・」

 

その表情はどことなく暗く、次第に手に持っていたスカートをベットの上に投げる。

 

「・・・はぁ・・・」

 

深くため息をつくと、少女は小さく呟いた。

 

「やっぱり無理だよ・・・アイドルなんて・・・」

 

窓の外を見つめる少女。

 

少女の目に移る星は、輝く事はなかった。

 

 

 

 

 

「小泉さん。星空さんの過去に何かトラウマはある?」

 

場面は移り音乃木坂学院。

 

新しくμ'sのメンバーとなった小泉さんに星空さんの事を聞いてみることにした。

 

「はい、小学生の頃に・・・」

 

やはり星空さんにはトラウマがあった。

 

μ'sに勧誘した時の表情は、間違いなく過去を引き摺った表情。

 

何があったかは詳しくはわからないが、大体の見当はついている。

 

「あ、詳しく話さなくていいよ。そこまで親しくない人に自分の友達の過去を話すのは気が引けるだろう?」

 

「あ、いえ、そうゆうわけじゃ・・・」

 

「それにきっと星空さんも親しくない人に自分の過去を知られるのはいい気しないだろうし、そうゆうのはもっと信頼関係が出来てからだ」

 

例え小泉さんが俺を信頼していたとしても、あまり話したことがない星空さんが俺を信頼しているとは思えない。

 

こうゆうのは双方の了承を得てから出来るものだ。

 

「それもそうですね。あ、でも、私は氷月さんの事信頼してますから」

 

勘違いされたくないと思ったのか、真っ直ぐこちらを見つめながらハッキリと口にした。

 

「それは良かった。ありがとう」

 

俺は少し微笑みながらそれだけ返した。

 

「後、星空さんのトラウマも見当はついてる」

 

「・・・!・・・そうなんですか!?」

 

「ああ、去り際に言ってたんだ」

 

ふと脳裏に浮かぶのは勧誘を断った後に言っていた言葉。

 

「凛には無理だよ。アイドルなんて似合わないから」

 

悲しく笑いながら言っていたのを鮮明に覚えている。

 

「星空さんは服の事で他の人からバカにされた事はないか?」

 

俺は自分の予想が当たっているか小泉さんに聞いてみた。

 

「はい。とてもショックだったみたいです」

 

「やっぱりな」

 

どうやら当たっていたようだ。

 

アイドルが似合わないという事は、服について何かを言われた可能性は高い。

 

昔も今と同じショートカットだとすれば、言われた言葉は【男っぽい】【可愛くない】等だろうな。

 

だとすればその際に着用していたのはガッツリとした女性ものの服。

 

ワンピース。またはスカートといった所か。

 

「ありがとう。それだけ聞ければ大丈夫だ」

 

「いえ、私は何も・・・それにしても、本当に大丈夫なんですか?氷月さん」

 

「何が?」

 

「凛ちゃんの勧誘です!昨日の感じだと、μ'sに入ってくれそうにないですけど・・・」

 

そう。俺が小泉さんに星空さんの事を聞いたのはこれが理由だ。

 

小泉さんが入ってくれたため現在μ'sは4人。

 

そこに作曲のセンスがある西木野さんと、運動神経がとても良い(小泉さん情報)星空さんが加わればまた一歩女神に近づけると思う。

 

そこで俺はまずは時間を掛け一人ずつ勧誘する事を選んだ。

 

「大丈夫。さすがに強要はしないが、最低でも星空さんのトラウマは払拭させてみせる」

 

俺がそう言った瞬間、小泉さんの表情が凄く明るくなった。

 

星空さんの悩みは小泉さんと似ている。

 

【自分に自信がない】

 

これを払拭する事が出来れば、きっと星空さんはきっとμ'sに入ってくれるだろう。

 

「氷月さん・・・」

 

突如名前を呼ばれたため視線を小泉さんに移す。

 

次に、小泉さんは期待に満ちた表情を浮かべながら

 

こう言った。

 

「凛ちゃんを・・・助けてあげて下さい!よろしくお願いします!」

 

真っ直ぐ頭を下げる小泉さん。

 

そんな小泉さんに俺はこう返した。

 

「勿論」

 

 

 

 

 

次の日の放課後。

 

俺は星空さんを待つべく校門で待っていた。

 

今日はμ'sの練習の日ではあるが、バイトがあると嘘をついた。

 

星空さん勧誘作戦を行うため、珍しくバイトの休みを増やした。

 

作戦内容はこうだ。

 

まずは信頼関係を作るためなるべく星空さんと遊びに行く機会をつくる。

 

そしてある程度仲良くなった所で、星空さんの過去を星空さんから話してもらうようアプローチする。

 

星空さんのトラウマは小さい頃に他者から言われた着ていた服に関する悪口とみて間違いない。

 

となればその段階で誘うべきは服屋だな。

 

・・・でもそうゆうファッション関係は全く興味ないから全然わからん。

 

どう誘ったらいいかな・・・

 

「・・・あ、来た」

 

暫くの間誘い文句を考えていると、学校から星空さんが出てきたのが確認できた。

 

とりあえずまずは仲良くなる事だな。

 

俺は早速作戦を実行に移した。

 

「星空さん」

 

「にゃ!?」

 

俺が星空さんに話しかけると驚いたような表情でこちらを見つめた。

 

・・・驚く時も猫語なんだな。

 

「えっと・・・確か氷月さんで合ってますか?」

 

「合ってるよ」

 

星空さんとの面識は3回。

 

ファーストライブの時とアルパカ小屋で会った時と、小泉さんを屋上に連れてきた時。

 

いずれも直接的な会話はないから実質これが最初の会話になるな。

 

「どんな用かはわかりませんが、スクールアイドルはやりませんから」

 

真っ直ぐこちらを見つめながら冷たい口調でハッキリと言う。

 

まぁ星空さんの中では俺はμ'sのサポートか不気味な男っていう印象しかないからな。

 

その発言も冷たさも納得できる。

 

・・・あれ、これちゃんと一緒に遊びに行けるのか?

 

普通に断られるんじゃないか?

 

「ああ、スクールアイドルに勧誘するつもりで話しかけたわけじゃないよ」

 

「・・・?」

 

俺の言葉に可愛らしく首をかしげる星空さん。

 

一先ずここで一緒に遊びに行く事を了承してもらうのが最低条件。

 

小泉さんとの約束もあるし、失敗するわけにはいかない!

 

「俺が星空さんに声を掛けたのは一つお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「そう。良かったら…」

 

 

 

 

 

 

「星空さん、この後俺と遊びに出掛けないか?」

 

 

 

 

 

 

「・・・え?」

 

あ・・・なんか断わられる予感。

 

そうはさせん!

 

 

 

 

「いやいや、こんな不気味な奴から遊びに誘われて嫌なのはわかるよ!?ましてや全然親しくもない男からね!しかも二人きりなんて地獄とか思ってるかもしれないけど、そこをなんとか!一度でいいから俺と一緒に遊んでくれないかな?後悔はさせないから!お願い!」

 

年下に頭を下げる俺。

 

あぁ・・・俺は一体何をしているんだろう・・・

 

凄い恥ずかしさが襲ってきた・・・

 

「ぷっ・・・あははは!!」

 

少しの沈黙の後、星空さんの笑い声が聞こえた。

 

お、これはいけるかも・・・

 

「あはは、あ、ごめんなさい。氷月さんが必死すぎてつい・・・」

 

「いや、それはいいんだけど・・・答えの方は?」

 

反応は良さそうだぞ・・・

 

頼む!これでダメだったら俺は今すぐ消えてしまいたくなる!

 

「いいですにゃ。丁度今日暇ですから」

 

「ほ、本当に?」

 

「はい」

 

「・・・よっしゃぁぁぁぁ!!!」

 

きた!俺の必死の懇願が通じた!

 

こんなに嬉しいものなんだな・・・

 

「そ、そんなに嬉しかったのかにゃ・・・」

 

一方星空さんは少し引いていた。

 

 

 

 

 

「で、何処に行くんですか?」

 

「決めてない!」

 

「まさかのノープランかにゃ!?」

 

いやだっていかに誘いを引き受けてもらうかしか考えてなかったし・・・

 

「いやー面目ない」

 

「ここは無難にゲームセンターとかでいいんじゃないかにゃ?・・・あ、いいんじゃないですか?」

 

・・・やっぱりそれ凄い気になる。

 

「あ、敬語じゃなくていいよ。話しづらいでしょ?」

 

「ほんとかにゃ!?実はずっと話しづらいなって思ってたんだにゃ」

 

それは凄い伝わってた。

 

「あまり敬語とか使わないから慣れてなくて」

 

「同学年だと思って接してくれていいよ」

 

「ありがとうにゃ!」

 

よし、少しずつではあるが仲良くなれてる!・・・気がする。

 

 

 

 

 

「それにしても、氷月さんは凛の想像と違ったにゃ」

 

だろうな。俺もこんな自分は知らん。

 

「もっと暗い奴かと思ってたでしょ」

 

「えへへ、実は」

 

まぁ実際はもっと暗い奴だからな。

 

「でも、凄い話しやすかったから氷月さんとは仲良くなれそうだにゃ!」

 

「そっか。それは良かった」

 

よし、一先ずこれで第1段階はクリアだな。

 

その後も星空さんと他愛もない会話をしながら歩いていく。

 

勿論過去については触れていないし極力スクールアイドルの話題も出さないようにした。

 

星空さんの話を聞いて思った事は、小泉さんの事が大好きだということ。

 

やたら小泉さんにまつわる話が多かった。

 

そして小泉さんについてわかった事は、根っからのアイドル好きという事。

 

どうやらアイドルの事になると豹変するらしい。

 

何その二重人格。凄い怖いんだけど。

 

「あ、着いたにゃ」

 

そうこうしている内にゲームセンターに到着。

 

久しぶりに来たな・・・ゲームセンターなんて。

 

「よし、入るか」

 

自動ドアが開かれると、ゲームセンター特有の爆音のゲーム音が耳に飛び込んできた。

 

う、うるせぇ・・・

 

こんなにうるさかったっけ?

 

俺はあまりの五月蝿さに思わず少し顔をしかめる。

 

「氷月さん!何からする!?」

 

一方の星空さんは慣れてるのか余裕そうな表情だった。

 

うん。元気で何より。

 

「・・・まずはあっち行ってみようか」

 

 

 

 

 

「うーん・・・取れないにゃー!!」

 

一番最初にやってきたのはUFOキャッチャーエリア。

 

アームの種類も豊富で数々の機会が存在していた。

 

その中でも星空さんが目を引いたのは、真っ白な猫のぬいぐるみ。

 

それなりの大きさであり、難易度はそれなりに高そうだ。

 

「もう一回いくにゃ!」

 

「・・・もう1000円だぞ?諦めたら?」

 

「まだにゃ!あの猫ちゃんを手にいれるまでは帰れないにゃ!」

 

挑戦する事10回。

 

しかしぬいぐるみは少しも動く事なく、アームだけが悲しく動いている状態が続いていた。

 

「そんなに気に入ったのかあのぬいぐるみが」

 

「うん!一目惚れにゃ!」

 

確かにくりっとした可愛らしい目をしており表情も愛くるしい。

 

さらにふわふわとした毛並みは硝子越しでもわかるほどのクオリティ。

 

触り心地は確実に良さそうだ。

 

 

 

 

 

めっっっちゃ欲しい!!!

 

 

 

 

「むむ!ドンピシャにゃ!」

 

おっと!あのぬいぐるみに魅了されていた・・・

 

星空さんの声で我に返れたから良かったものの・・・恐るべし!あのぬいぐるみ・・・

 

「やっと取れた!」

 

隣からは星空さんの嬉しそうな声が聞こえる。

 

あーあ、嬉しそうに満面の笑みで頬ずりまでしちゃって…

 

羨ましいのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったにゃ!ありがとうございます!」

 

「あぁ、俺も楽しかったよ」

 

気が付けば時間は19時になろうとしていた。

 

外も日が暮れてきた為ここで解散の流れに。

 

一先ずはこれで少しは仲良く慣れたかな。大分気さくに話しかけてくれてるし初日でここまでの進展は上出来だ。

 

「良かったら、連絡先交換してもいいかにゃ?」

 

おっとこれは予想外。

 

まさかそちらからその提案をしてくるとは…

 

丁度良かった。どうやって連絡先交換しようか困ってたんだよ。

 

「勿論。また遊ぼう」

 

「うん!」

 

こうして俺は星空さんと連絡先を交換した後別れた。

 

家まで送ろうか提案したが、ここから家が近い為大丈夫との事。

 

俺に家が知られたくないからとかではと思う。多分…

 

何はともあれ無事に星空さんμ’s勧誘作戦の第一歩が完了した訳だ。暫くはこうして学校帰りに遊ぶ日々が続くかな。

 

上手いこと過去の事を話してくれるまで心開いてくれるといいんだが…

 

俺は少しの不安と期待を抱きながら一人帰路についた。

 

 

 

 

 

それから2週間の月日が流れた。

 

星空さんとは連絡を取り合い、バイトが休みの日はなるべく一緒に遊べるように都合の良い日を調整した。

 

その結果何度か遊びに行く事に成功し、遊びに行かない日でも俺のバイトのある日は一緒に帰るぐらいの仲にまで発展した。さらに

 

「ねえ、星空さんって何だか他人行儀だから折角一緒に帰るようにもなったし凛の事名前で呼んでよ」

 

と提案してきた。

 

俺は少し抵抗はあったが、これも楠木坂に戻る為だと割り切り了承した。

 

「ああ、凛」

 

「うん!じゃあ凛も!とうくん」

 

「と…とうくん!?」

 

「冬夜だからとうくん。嫌…かな?」

 

「あぁいやあだ名で呼ばれた事ないからちょっと戸惑っただけ。全然大丈夫。寧ろどんとこい!」

 

口ではああ言ったが実際はむず痒くてしょうがない。

 

しかし数週間でここまで進展する事が出来たのは良い結果だ。

 

そして今日はついに星空さんμ’s勧誘作戦の大詰めの日。

 

休日に2人で遊びに出掛ける約束をする事に成功した俺は、一つの思いを固めた。

 

今日で星空さんのトラウマを払拭させる。

 

「ごめんなさい!待ったかにゃ?」

 

あれこれと考え事をしていると星空さんが到着。

 

うん時間通りだ。

 

「全然。早速行こうかほし…ゴホン!凛」

 

「うん!」

 

名前呼びに全く慣れない…

 

 

 

 

 

「この映画観たかったんだ!」

 

「今話題らしいな」

 

やってきたのは映画館。

 

映画を観た後、少し遅めの昼食を摂り街を適当にぶらつくという流れになっている。

 

本当は昼食の後に服屋に誘う予定だが。

 

「早速観るにゃ!」

 

映画は今話題のアニメ作品。

 

前作が大ヒットした注目株の監督が作った最新作のようだ。

 

何でも天気を題材とした作品らしい。

 

星空さん…紛らわしいからここでも下の名前でいいか。

 

凛はよっぽど楽しみだったのか始まる前からはしゃいでいる。 

 

まぁ楽しそうで何よりだ。

 

 

 

 

「面白かったにゃー!」

 

観終わった。

 

あんまり映画は観ないが気付けば引き込まれていた。

 

話題になっているのも頷けるな。

 

「さて、この後は昼食だな」

 

「うん!お腹空いたにゃー…」

 

「何か食べたいものあるか?」

 

「ラーメン!」

 

「またか…」

 

これは凛と遊ぶようになって知った事だが凛は大のラーメン好きだ。

 

何度かご飯を食べに行く事があったが、殆どがラーメンであった。

 

そんなに食べてよく飽きないな…

 

「とうくん!早く行くよ!」

 

「分かった分かった」

 

全く、随分元気な猫娘だな。

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったにゃー!満足満足」

 

昼食を済ませた俺達は当初の予定通り街をぶらつく事に。

 

いよいよ凛のトラウマを払拭する時間が来た。

 

正直上手くいくかは分からない。凛自身が人懐っこい性格な為一見仲良くなっているように見えるが過去を話してくれる程心を開いてくれてるかは分からない。

 

しかし時間的にも今日が最初で最後のチャンス。

 

μ’sにはとにかく時間が無い。

 

1分1秒でも早く廃校阻止に近付きたい。

 

小泉さんとの約束もあるし失敗する訳にはいかない。

 

「なぁ凛」

 

「どうしたの?」

 

「恥ずかしながらあまり女の子と出掛けた事無いならこうゆう時何処行ったら良いとか分かんないんだ」

 

「あはは!確かにとうくんはあまり女の子の免疫があるタイプには見えないにゃ」

 

中々ストレートに言ってくれるじゃないか。

 

まぁその通りなんだけど。

 

「俺の勝手なイメージなんだけど、女の子って服屋好きだよね?凛は興味あるの?」

 

「うーん…凛はあまりファッションとかには興味ないかな。でも服屋が好きな女の子は凛の周りにもいるよ」

 

うん。まずまずの反応。

 

もう少し踏み込んでみるか。

 

「あ、そうなんだ。凛がファッションに興味が無いなんて意外だったな。詳しいかと思ってた」

 

「そうかな?」

 

「ほら凛可愛いし、結構服屋とか行ってそうだなって」

 

くっ…まさか太陽みたいな事を言う日が来るとは…

 

耐えろ…耐えるんだ俺!これも楠木坂に戻る為だ。

 

「か…かわっ…もうとうくん突然!」

 

「あ、ごめんごめんつい。他の人に言われたりしないの?」

 

俺がそう言った瞬間、照れていた表情が一変して暗い表情へと変わった。

 

「言われないよ。それに凛可愛くないし」

 

ここまでは計画通り。

 

凛が暗くなる事までは織り込み済みだ。これで過去の事が聞きやすくなった。

 

「君が可愛くないって誰が決めたの?」

 

「え?」

 

「誰かに言われたのか?まぁそれは人それぞれだしそう思う人もいるのは仕方ない事だけど俺は素直に凛が可愛いと思ったよ」

 

「だ…ダメだよそんなお世辞…」

 

「生憎俺はお世辞は嫌いだ。俺は思った事しか言わない」

 

俺がそう言うと凛は顔を赤らめ喋らなくなってしまった。

 

照れているのだろう。

 

「どうしてそんなに自分の事を認めたがらないんだよ。もう少し自信を持ってもバチは当たらないぞ?」

 

「…」

 

凛は俯いたまま喋らない。

 

表情が見えないため今凛が何を思っているかは予想出来ない。

 

これ以上踏み込むのは危険だな…

 

「凛の中に何か過去のトラウマがあるかもしれないから深くは聞かない。だけど、俺はきっと何度も言うよ。凛が可愛いって」

 

あぁー!!最高にキモい台詞吐いたぁ!!

 

この風貌でこの台詞はアウトだろう!もっと他に言葉あったじゃん何してんの俺!

 

俺が頭を抱えていると、喋らずに俯いていた凛が静かに口を開いた。

 

「よく、そんな恥ずかしい事言えるね」

 

…あら、これやらかしたやつ?

 

怒ってらっしゃる?踏み込みすぎたやつ?

 

凛は一度口を閉ざすと、徐に顔を上げる。

 

その表情はどことなく嬉しそうだった。

 

「ありがとう。始めて言われたから反応に困っちゃったけど本当に嬉しい」

 

…あぶねー!!大丈夫だったー!!

 

「そうか。それなら良かったよ」

 

凛の言葉に俺も少し微笑んで返す。

 

平然を装ってるけど心臓はバクバクしてるからな。

 

あー怖い。

 

「実はね。凛昔スカートを穿いて学校に行った時があったんだ。小学生の時に」

 

凛は近くにあったベンチに座ると、過去を振り返るように話し始めた。

 

これはもしや…トラウマを本人の口から聞ける!?

 

俺もベンチに座り凛の言葉を待った。

 

「そしたらね?同じ学年の男の子から凄いバカにされたんだ。今でも言われた言葉覚えてるよ」

 

そして凛の脳裏に男の子に言われた言葉がよぎる。

 

「男女がスカート穿いてる。似合ってない。男っぽいくせにスカートなんか穿くな…挙げだすとキリがないや」

 

「それから私はスカートを穿かなくなった。自分に自信が持てなくなった。そして、それが今もトラウマになった。払拭しようとしてスカートを穿いてみようって思った時もあったよ?でもスカートを見るとどうしても思い出しちゃうんだ。男の子にバカにされた時の記憶が鮮明に…」

 

悲しそうに話す凛の表情は今にも泣き出すんじゃないかと思うくらいに暗かった。

 

そりゃそうだ。今凛は自分のトラウマを我慢して思い出しながら俺に話してくれている。

 

もうチャンスは今しかない。

 

この機会を逃せばきっと凛のトラウマは払拭されないままだ。

 

必ずその呪縛を解いてみせる。

 

「ごめんね!折角のお出かけなのにこんな暗い話しちゃって」

 

自分のトラウマを話した凛はハッとしたような表情を見せると無理に笑いながら明るく繕う。

 

演技下手かよ。声震えてるぞ。

 

俺はベンチから勢いよく立ち上がると、明るい口調で凛に言った。

 

「よし、服屋行くぞ!」

 

 

 

 

 

「と、とうくん?なんで急に…」

 

座っていたベンチから割りと近場にあった服屋。

 

俺は凛の手を引くと、急いで店内に入った。

 

「ん?凛にスカート穿いてもらおうと思って」

 

俺の言葉に凛は驚きの表情を浮かべた。

 

「え?ちょ、ちょっと待ってとうくん!む、無理だよいきなりスカートなんて…」

 

「もったいないよ。絶対似合うから」

 

「で、でも…」

 

「小学生の時と今は全然違う。凛はどこからどう見ても女の子だし、一緒に遊んでて感じたけど寧ろμ’sのメンバーよりも女の子だと感じた」

 

「そんな…」

 

「それに別に皆が凛のスカートを見るわけじゃない。凛のトラウマを知った俺だけが見るなら別に大丈夫だろ?」

 

凛のトラウマを払拭させるにはちょっと強引な方法が一番効果的だと感じた。

 

凛自身があまり積極的じゃないなら俺が行動を起こさないといけない。

 

それにきっとこの方法なら上手くいく。

 

「それなら…大丈夫かな」

 

凛は少し迷いながらもしぶしぶ了承してくれた。

 

そして俺は凛に自信を持って伝えた。

 

「凛にスカート似合うって事証明させてみせる」

 

凛はよく分からない表情をしていた。

 

 

 

 

 

とうくんに可愛い伝えたいって言われた時とても嬉しかった。

 

男の人にそんな事言われた事無かったし何よりとうくんが勝手なイメージで申し訳ないんだけどあまりそうゆう事言わなさそうだったから余計に嬉しかった。

 

始めてかもしれないにゃ…かよちん以外の人に自分のトラウマ話したの。

 

そしてとうくんに連れられやってきた服屋さん。

 

凛の手には自分で選んだスカート。

 

とうくんになら見られてもいいかなって思ったけどいざ穿いてみるとなるとやっぱり不安。

 

似合わないって言われたらどうしよう…

 

その時は多分もう立ち直れないと思う。

 

正直、とうくんにここまで心を開くとは思わなかったにゃ。

 

風貌はお世辞にも明るいとは言えなくてどことなく近寄りがたい雰囲気を出していたから、話しかけられた時は凄くビックリしたにゃ。

 

でも一緒に遊んでみると話しやすくて楽しくて、凛の事を気遣ってくれる。

 

だからこそ自分のトラウマを話してみようっていう気持ちになれたのかも。

 

…よし、いつまでもうじうじしてる訳にはいかないにゃ。

 

きっと大丈夫…とうくんなら…

 

似合ってるって言ってくれるかな?

 

「準備出来た?」

 

試着室の外からとうくんの声が聞こえる。

 

「もうちょっとにゃ!」

 

とうくんにそう言うと、私はカーテンに手をかける。

 

ここで勇気を出さなきゃいつまでもトラウマは払拭出来ないにゃ。

 

それに折角とうくんがくれたチャンス。

 

絶対に逃すわけにはいかないにゃ!

 

そして私は勢いよくカーテンを開けた。

 

シャッ!

 

「え…」

 

カーテンを開けるとそこにはとうくん。

 

さらに、数名の店員さんがジッとこちらを見つめていた。

 

…これは一体どうゆうことにゃ?

 

「やっぱり俺の思った通りだ」

 

するととうくんが口元を綻ばせながら口を開く。

 

「凄い似合ってるぞ凛」

 

とうくんがそう言うと…

 

「とてもお似合いですお客様!」

 

「そのスカートお客様にピッタリですよ」

 

「スカートも喜んでますね。とても可愛いですよ」

 

店員さんが拍手をしながら凛を褒めてくれました。

 

その様子を見た他のお客さんも…

 

「え、あの子可愛い…」

 

「おかあさん。あのお姉ちゃん可愛い!」

 

「うん。スカート良く似合ってるわね」

 

と凛を褒めてくれました。

 

でもここまで褒められると嬉しい反面少し恥ずかしいにゃ…

 

「こ…これって…」

 

まだ状況を飲み込めていない凛を見てとうくんが話してくれました。

 

「実は凛がスカートを穿いてる間に俺が店員さんを集めたんだ。俺の友達が慣れないスカートを穿くから見て感想を伝えてほしいって。他のお客さんも感想を言ってくれたのは予想外だったけどね」

 

とうくんの話を聞いてさっきの言葉の意味が分かりました。

 

「凛にスカート似合うって事証明させてみせる」

 

これってこうゆう事だったんだ…

 

そうと分かると凛は嬉しさで思わず泣きそうになってしまいました。

 

凛の為に本当にありがとう…とうくん…

 

 

 

 

 

結果作戦は上手くいった。

 

試着したスカートは凛が凄い気に入ったようですぐに購入していた。

 

始めてあんな事したから緊張したけど頑張った甲斐があったな。

 

一先ずこれで凛のトラウマは払拭出来ただろう。

 

本人がスカートを進んで買ったのが何よりの証拠だ。 

 

現在は凛の家に向かい歩いている最中。日が暮れてきた為帰路についていた。

 

ちなみに凛は鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いている。

 

「そんなに嬉しかったか」

 

「当然だにゃ!危うく人前で泣きそうになったんだよ?嬉しすぎて」

 

あの時突然後ろを向いたのはそれが理由だったのか。

 

…後一つ気になる事があるんだが。

 

「ところで凛。さっきより凄い距離近くないか?」

 

そう。服屋に行ってからというもの歩いている時の凛との距離が肩と肩がぶつかりそうな殆ど近くなっていたのである。

 

こうゆうのは太陽の仕事だろ…

 

慣れてないんだよ俺。

 

「気のせいにゃ!」

 

目に見えて分かるように俺に対しての好感度が高くなった。

 

全然悪い事じゃないんだが、ここまで分かりやすくされると反応に困る。

 

だがこれでμ’sに勧誘しやすくなったのは確かだ。

 

凛のトラウマ払拭はあくまでも小泉さんと約束した最低条件。本来の目的はμ’sに入ってもらう事にある。

 

トラウマが払拭された今ならμ’sに入ってくれる可能性は充分にある。

 

勿論無理強いはしないが。

 

「凛」

 

「…?…どうしたんだにゃ?」

 

俺は立ち止まり、真剣な表情を浮かべながら凛に話しかけた。

 

凛も俺の表情を見ると立ち止まり、嬉しそうな表情なら疑問の表情に変わった。

 

さぁ作戦も大詰めだ。

 

このチャンスを逃すなよ俺。

 

俺はゆっくり息を吐くと、凜の目を見つめながら伝えた。

 

 

 

 

「凛。単刀直入に言う。μ’sに入らないか?」

 

 

 

「え?」

 

その瞬間、凛が顔がみるみる内に赤くなった。

 

「む、無理にゃ!凛がアイドルなんて向いてないにゃ!」

 

「誰が決めたの?それも昔言われた?」

 

「うっ…い、言われてないけど…」

 

「じゃあ凛がアイドルに向いてるか向いてないかなんて分かんないじゃん」

 

これは押せばいけるかもしれないな。

 

「でも、凛は髪の毛短いし…」

 

「髪の毛が短いアイドルなんていっぱいいるぞ」

 

「それに凛は可愛くないし…」

 

「それはさっき証明したろ」

 

「うぅ…」

 

「何を迷ってるんだ。俺は、君がアイドルに興味がある事を知ってる」

 

「え!?」

 

そう。俺は知ってる。

 

それに俺が気付かないとでも思ったか?

 

「勧誘のポスターを何分も見て難しい顔で行ったり来たりしてたのは誰だ?μ’sの練習をこっそり見に来たのは誰だ?これに関しては小泉さんが加入してからはさらに頻度が増えたな」

 

「き、気づいてたのにゃ!?」

 

「勿論。でも当然無理強いするつもりは無いよ。凛が本当に入りたくないなら断ってくれて全然構わない」

 

俺はそう言うと凛から背を向けた。

 

さて、そろそろ潮時かな。作戦もこれで殆ど終わった。

 

凛のトラウマを払拭させる事は出来たから作戦は成功と言えるだろう。

 

「…凛は…」

 

「答えは今じゃなくて良い。ゆっくり考えて、自分が後悔しない答えを出すんだ。俺は凛の出した答えを尊重する」

 

「…分かった」

 

俺が出来るのはここまで。

 

後は凛の答えを待つしかないな。

 

「さて、着いたな」

 

話している内に凛の自宅に到着した。

 

長かったような短かったような…あぁ本当に慣れない事するのは疲れる。

 

「じゃあな凛」

 

俺は凛に手を振るとそのまま歩き出した。

 

 

 

 

「待って!」

 

 

 

背後から凛の声が聞こえた。

 

ピタリと足を止め、振り返る俺。

 

そして凛は不安そうな表情を浮かべながら口を開く。

 

「もし、凛がアイドルを始めた時…とうくんは…凛に、また…可愛いって言ってくれますか?」

 

俺は振り返ると、凛の問いに対し口角を上げながら自信満々に答えた。

 

 

 

 

「何度だって言うさ。そして凛忘れるな?俺は、

 

 

 

 

絶対に似合うと思ったから君をμ’sに誘ったんだよ」

 

 

 

 

俺の言葉に凛が微笑んだ。

 

その笑顔は、太陽のように輝いていた。

 

 

 

 

 

「ほ…星空凛です!歌もダンスも初心者ですけど…体を動かす事はとても大好きで、体力なら負けません!そして何より、皆さんのライブを観た時からずっと、一緒にステージに立ちたいって思うようになりました!この前は自分に自信が持てなくて断っちゃったけど…もう逃げませんっ!この前は断っちゃってごめんなさい…でも、私、アイドルやりたいです!私も、μ’sに入れてください!」

 

次の日。

 

凛は答えを出した。

 

少しの緊張と沢山の決意を乗せて言葉を紡いだ。

 

そう。凛はスクールアイドルの道を選んだ。

 

「勿論だよ!これからよろしくね、星空さん!」

 

「はい!」

 

高坂さんが満面の笑みで迎え入れる。

 

凛も笑顔で応えるのだった。

 

表情で察するにもう迷いは吹き飛んだみたいだな。良かった良かった。

 

これで5人になった。ようやく折返し地点だな。

 

「お前…何したんだ?」

 

太陽がこっそりと話しかけてくる。

 

俺の手回しだと気づいたようだな。

 

さすが伊達に俺と友達なだけはあるな。

 

「…」ジーッ

「…」ジーッ

「…」キラキラ

 

ていうかよく見たら南さんと園田さんと小泉さんがこっちを見てるな。

 

あいつらも俺がなんかしたと勘付いたみたいだな。

 

小泉さんに至っては凄いキラキラした目で見てきてるし…

 

「…ん?何の事だ?」

 

まぁ凛のトラウマの件もあるし、ここでは伏せとくか。

 

「よろしくお願いします!【氷月先輩】!」

 

「ああよろしく、【星空さん】」

 

ちなみに名前呼びは二人の時だけと言ってある。

 

二人だけで何度も遊びに出掛けたり下校したって知られたらめんどくさいし、何より太陽が凄いうるさい。

 

凛は他のメンバーと自己紹介を交わしている。

 

どうやらもう仲良くなっている様子。

 

コミュニケーション能力高いなー…

 

「…!…」パチッ

「…!…」

 

ボーッと眺めていると凛と目が合う。

 

すると、凛は俺に向かいウインクしてきた。

 

「…なんか…ちょっと面倒くさい事になりそう…」

 

どうやら俺は、凛に凄い気に入られたらしい。

 

 

 

 

 

一方、その様子を陰から見つめている少女がいた。

 

「…アイドルなんて…」

 

自分に素直になった小泉花陽と星空凛を嫉妬の混じった目で見つめる。

 

「これで良いのよ。私には関係ない…これが私の人生」

 

自分に言い聞かせるように呟く少女は、赤い髪を靡かせながら屋上を後にした。

 

 

 

残るピースは4つ。

 

 

 

 




音楽を諦めた少女。

「私はスクールアイドルに興味ありませんし入るつもりもありません」

素直になれない少女。

「きょ、興味なんか!別にないです!」

翻弄される少女。

「真姫の事は家で決める。よそ者が首を突っ込むな!」

「真姫さんの事は真姫さんが決めます。貴方こそ首を突っ込まないで頂きたい」

考えた末に少女が選んだ道は…

「一度きりの人生だ。君の人生は君の物。君が出した答えに文句は誰にも言わせない!」

「…!…」

6つ目のピースを救うべく、氷月冬夜は動き出す。

〜次回ラブライブ〜

【第12話 青春の形】

お楽しみに。


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第12話【青春の形】

お久しぶりです。

1話1話の間隔が空く事が当たり前になってきましたね。

ダメなのは分かってますが…全然進まねぇ!

本当にすいません…

一先ずこれでようやく1年生も全員μ'sに入れました。

後3人…またここから長いぞ…

それでは第12話始まります。


「1、2、3、4、1、2、3、4」

 

凛の加入から数日。

 

μ’sの雰囲気はより一層良くなり、人数も増えた為モチベーションも上がっていた。

 

良い傾向だ。

 

小泉さんの表情も見違える様に明るくなっている。これも凛が加入したおかげだろう。

 

ちなみに凛が加入した直後、小泉さんが涙目になりながら俺に感謝していた。

 

「凛ちゃんを助けてくれてありがとうございます!しかもμ’sに入ってくれるなんて…本当に…ありがとうございますっ!」

 

頭が取れるんじゃないかっていうくらい何度も頭を下げていた。

 

良い友達持ったな凛。

 

「小泉さんステップちょっと遅れてる。星空さんは次の動作に移るのがちょっと早い」

 

「は、はい!」

 

「分かりました!」

 

太陽の指導もより熱の籠もった物になり、各々気合いに満ちていた。

 

そして一方の俺はというと…

 

「…うー…もう我慢出来ない!なんで氷月君はアイスを食べながらボーッと見てるの!?穂乃果も食べたい!」

 

「穂乃果!練習中ですよ!」

 

そう。アイスを食べながら練習風景をただただ眺めていた。

 

いやー、暑い日に食べるアイスは格別だな。

 

「後者が本音だろ」

 

「うっ…で、でも氷月君だけ不公平だよ!」

 

こればっかりは他のメンバーも同意見なのか、園田さんを除くメンバーが羨ましそうな顔をして見つめていた。

 

「…まぁこれは言われても仕方ないと思うぞ」

 

太陽も苦笑いで答える。

 

「食べたい?アイス」

 

俺はイタズラっぽく口角を上げながら質問をぶつけた。

 

「食べたい!」

 

「だから練習中だと…」

 

「海未ちゃんは食べたくないの!?」

 

「えっと…それは…」

 

高坂さんを止めようとする園田さんだったが、急な反撃に少し困惑。

 

その反応だと園田さんも食べたいって思ってるみたいだな。

 

まぁ元々アイスの差し入れはするつもりだったし、もう少し待ってて貰おうか。

 

「もう少し練習したらな」

 

「…え!あるの!?」

 

「あるよ。だからもう少し頑張って」

 

「よし!皆張り切っていこう!!」

 

「か、変り身が早いにゃ…」

 

本当に分かりやすいな。高坂さんは。

 

「じゃあ取りに行ってくる」

 

「おう」

 

アイスは予め練習が始まる前にコンビニで買ってきており、調理部の冷凍庫を借りている状態だ。

 

あ、勿論交渉は太陽がやったよ。二つ返事で許可を得てた。

 

本当に便利だなイケメンって。

 

俺はアイスを取りに行く為屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…?」

 

調理部に向かう途中、μ’s勧誘のポスターの前に誰かが立っている事に気づいた。

 

「あれは…西木野さんと東條さん?」

 

俺はこっそり壁に隠れて様子を伺った。

 

「本当に素直やないなぁ…μ’sに入れて下さいって言えばいいのに」

 

「お断りします。私を呼び止めた理由はそれだけですか副会長」

 

「それだけやで。いかにも興味ありそうにポスター眺めてたから声かけたんや」

 

「きょ、興味なんか!別にないです!」

 

本当に分かりやすいな。高坂さんと良い勝負じゃないか?

 

にしても意外だな。東條さんがμ’sへの勧誘してるなんて。

 

まぁμ’sの活動には好意的だったみたいだし、不思議ではないのか。

 

講堂を借りれたのも東條さんのおかげだと聞いている。

 

「そうなんや。こっそり練習覗いてるのも知ってるで」

 

「ヴェェ!?な、なんでそんな事まで…」

 

アピールの仕方が凛と一緒だなおい。いや気づいてたけどさ。

 

…ていうか今の声がどこから出した?ヴェェって言わなかったかヴェェって。

 

「自分が思ってるよりも、君分かりやすいで」

 

「そ、そんな事ないです!」

 

「それにμ’sの曲を作ったのは君やろ?」

 

「それは頼まれたから作っただけです」

 

「また作る気はあるん?」

 

「頼まれたら考えますがもう作らないと思います。時間ないんで」

 

「時間?」

 

「一先ず私はスクールアイドルに興味ありませんし入るつもりもありません。失礼します」

 

西木野さんはそう言うと、小走りで去っていった。

 

時間…これは恐らく病院の跡継ぎの件が関係している。

 

これは西木野さん自身だけでは無く西木野さんの両親の考え方から変える必要があるかもしれない。

 

そうなればあまり俺が首を突っ込んでいい内容ではないが…

 

「いつまで隠れとるん?」

 

「…!…」

 

考え事をしていると目の前から声を掛けられる。

 

ふと顔を上げると東條さんが立っていた。

 

「気づいてたんですね」

 

「気配には敏感なんや。君程やないけれど」

 

相変わらず不思議な人だ。

 

まぁ向こうもそう思ってるかもしれないけど。

 

「氷月君はどう思う?」

 

「西木野さんの事ですか?間違いなくμ’sに興味はありますね」

 

「やっぱりそう思う?うちも分かってるんやけど中々素直になってくれなくて」

 

「性格の問題でしょうね」

 

キッパリと断言した。

 

「西木野さんがμ’sに入ってくれたら更に進化出来る…そう思わん?」

 

ここで俺に問をぶつける東條さん。

 

思っている事はどうやら一緒みたいだな。

 

「ええ。作曲が出来て歌が上手くて外見も整ってる。西木野さん程の逸材はそういないでしょう。性格には難有りですが」

 

「な、中々ハッキリ言うんやね」

 

ここで嘘ついても仕方ないしね。

 

「一先ず、あの子が何かを抱えてるのは明白や。それを払拭しなければμ’sには入らんやろ」

 

「ええ、そうですね」

 

「そしてそれを払拭するのは、うちやない。君や」

 

そう言うと東條さんは1枚のカードを見せてきた。

 

「…タロットですか」

 

「そうや。カードがうちに告げるんや。うちより君の方が良い結果が出るって」

 

タロットは詳しくないからカードの意味がよく分からん。

 

よって東條さんが言ってる事もよく分からん。

 

でも、一つ分かる事は東條さんが俺を西木野さんをμ’sに勧誘するよう誘導してるという事だ。

 

まるで次の目的へのヒントを出されているような感じ。

 

…何を企んでいるんだ?東條さんは。

 

「カードからのお告げ…ですか。あまり信憑性はありそうにないですね」

 

「そう?言っておくけどうちの占い、結構当たるんよ?」

 

「…まぁ、覚えておく事にしますよ」

 

これ以上話しても仕方ないと判断した俺は東條さんと別れ、歩き出そうとする。

 

すると、すぐに東條さんが引き止める。

 

「ちょっと待って」

 

「…まだ何か?」

 

「ごめんね。一つ頼み事してもええ?」

 

東條さんはそう言うと、一つの生徒手帳を俺に手渡してきた。

 

「…これは?」

 

「西木野さんの生徒手帳や。本当に申し訳無いんやけど、うち生徒会の仕事があって今外に出れないねん。だから届けて貰ってもええかな?」

 

…いやまた落としたのかよ。

 

しかもまた俺届けるのか…

 

「…俺も忙しいんですけど」

 

「そこをどうにか!お願い!」

 

占いの結果のせいか分かんないけどどうしても俺に行かせたいらしいな。

 

別に生徒手帳届けるの俺じゃなくてもいいし。同じクラスの子や先生に頼めばいいじゃん。

 

…まぁ仕方ない。これも楠木坂に戻る為だ。

 

東條さんの占いを信じてみるか…

 

「分かりました」

 

「ありがとう!じゃあ頼んだで!」

 

東條さんはそう言うと手を振りながら去っていった。

 

「…引き受けちまった」

 

まさかこの短期間で同じ人の生徒手帳を届けに行くなんて思ってもいなかったよ。

 

…ハッキリ言おう。めちゃくちゃ面倒くさい。

 

しかし東條さんの占いが本当ならば今回のイベントはチャンス。

 

西木野さんの抱えてるの悩みを知ることが出来るかもしれない。

 

俺はそのまま西木野さんの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

「いつ見てもデカイな…」

 

西木野さんの家に到着した。

 

まさか再びこの豪邸に来る機会が来るとは思ってもいなかった。

 

更に今度は一人。

 

「一人で女子の家に来るのは中々勇気がいるな…いや、迷っててもしょうがない」

 

俺は意を決してインターホンを押した。

 

「はい」

 

すると暫くして女性の声が聞こえた。

 

この前会った西木野さんのお母さんだろう。

 

「西木野さんの友人の氷月冬夜です。また生徒手帳を落とされたので届けにきました」

 

「あらあの子ったらまた…すいませんね何度も。今開けるわね」

 

扉が開かれ、西木野さんのお母さんが出迎える。

 

本当にいつ見ても若いな。

 

「この前生徒手帳を届けにきてくれた子よね?」

 

「覚えてくれてたんですね」

 

「そりゃあ忘れないわよ。氷月冬夜なんて珍しい名前に特徴的な風貌。そして何より真姫に出来た初めての男友達ですもの!」

 

うん。現在進行形で面倒くさい事になってるな。

 

まず俺と西木野さんの間柄は良くて知り合い以上友達未満。

 

友人関係で無い事を否定したいが…

 

「折角だからお茶でも飲んでいって!真姫ももう少ししたら帰ってくると思うから」

 

…とても否定出来る空気じゃない。

 

俺は西木野母の言われるがままリビングに通される。

 

「どうぞ!お茶菓子もあるわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ここまでもてなされた事無いからどうしたらいいか分かんないな…

 

一先ず西木野さんに生徒手帳を届けて帰ろう。

 

あ、そういえば折角だし跡継ぎの件とかいろいろ聞いてみるか。

 

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 

「…ん?何?」

 

「西木野総合病院って凄い大きいですね。いつぐらいからあるんですか?」

 

「そうね…旦那のお爺ちゃんが始めたって聞いたからざっと30年くらいかしら」

 

「30年…結構古いんですね。旦那さんはもう西木野総合病院の院長に?」

 

「ええ。2代目になるわ」

 

「となれば、次に跡を継ぐとしたら…」

 

「真姫って事になるわね。私としてはもっと自由に生きて欲しいんだけど…」

 

その発言に俺は疑問を抱いた。

 

俺の予想ではてっきり西木野さんに親が病院の跡継ぎを強要していているものだと思っていた。

 

しかし西木野さんのお母さんからはそれを感じられない。

 

となれば強要しているのはお父さんの方か…

 

「それってどうゆう意味ですか?」

 

「実は、私の夫が最近真姫に対して厳しいのよ。真姫がこの前曲を作ってた時があって…」

 

間違いない。μ’sのデビュー曲だ。

 

やはり変わったのはその時か。

 

「それを夫が見つけてね…そんなのしてる暇があったら勉強しろって。そんなのに時間を割ける程病院の跡を継ぐのは甘くないって怒っちゃって」

 

なるほど。それが原因か。

 

自分の子供には常に立派であってほしいと思う親は珍しくない。それによって自分の価値観を押し付け子供の未来を決める事も。

 

ましてや実家で経営しているとなれば一人娘の西木野さんにその目が向けられるのも不思議ではない。

 

「私は勿論反対したわ。言い過ぎよ!もう少し真姫に自由を与えてあげてってでも聞く耳持たずで…」

 

自分の実の親にそう言われれば西木野さんがああなるのも仕方がない。

 

作曲を決意した時との瞳の違いの理由を俺は知る事が出来た。

 

「それ以来真姫は変わったわ。家にいる時は勉強しかしてなくて…」

 

西木野さんを救うにはお父さんの考え方を変える必要がある。

 

小泉さんや星空さんはまだ自分自身の考え方を変えるだけでどうにか出来た。

 

しかし西木野さんはそうはいかない。

 

こりゃ想像以上に骨が折れそうだ…

 

「すいませんね。貴方にこんな事話して…」

 

「いえいえ…」

 

とはいっても今すぐ行動には移せない。

 

いろいろ準備が必要だ。

 

まず俺が出来る事といったら…

 

少し考え事をしていると、玄関の扉が開く音が聞こえる。

 

「ただいま。誰かお客さん来てる?」

 

西木野さんの声が聞こえる。どうやら帰ってきたようだ。

 

リビングの扉をガチャリと開ける。

 

「…」

 

「…」

 

そして目が合う。

 

「…」バタン

 

西木野さんはそっと扉を閉めた。

 

うん。そりゃそうだよな。気持ちは凄く分かるぞうん。

 

「ちょっとちょっとちょっと!どうしたのよ真姫!」

 

西木野さんのお母さんが慌ただしく扉を開ける。

 

西木野さんの手を引っ張り無理矢理リビングへと連れてきた。

 

「…」

 

「…」

 

俺の正面に座らせると、気まずそうな表情を浮かべながら俺から目を離し、無言の時間が続いた。

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

暫くすると痺れ切らしたのか成り行きを見守っていた西木野さんのお母さんが口を開いた。

 

「…もう!何二人共黙ってるのよ!冷め切った夫婦か!」

 

「…」

 

「…」

 

「…なんか私が滑ったみたいになるからリアクションは欲しいわね」

 

みたいじゃなくて確実に滑ったろ。

 

まぁいい。このままじゃ話進まないし用事をさっさと済ませるか。

 

「はい。落としたでしょ」

 

俺はテーブルの上に西木野さんの生徒手帳を置いた。

 

すると西木野さんは俯いていた状態から勢いよく顔を上げ立ち上がると、赤らめながら口を開いた。

 

「この事誰かに言った!?」

 

…主語が欲しいな。

 

恐らくこの事というのは生徒手帳を落とした事なんだろうが…

 

「言ってない」

 

「そ、そう…」

 

西木野さんがホッとしたような表情で椅子に座る。

 

「良かった…生徒手帳を2回同じ所で落としたなんて知られたら…」

 

おっちょこちょいのレッテルは貼られそうだな。西木野さんのようなタイプは自分の弱味をあまり見せたがらない傾向がある。

勿論西木野さんも例外ではない。

 

「とりあえずありがとう。2度も届けてくれて。もう【二度と】落とさないわ」

 

やけに二度とを強調するじゃん。

 

よっぽど恥ずかしいんだな。

 

「まぁいいんじゃないか?そうゆう抜けた一面があっても」

 

「嫌」

 

はい。バッサリ切り捨てられました。

 

「一先ず私への用事はこれだけ?」

 

本来であればこれで帰る予定ではあるがちょいとやる事が出来た。

 

今にも帰って欲しそうな表情でこっち見てるけど西木野さんにはもう少し付き合ってもらおう。

 

「…この後少し時間あるか?」

 

「…まだ何かあるの?」

 

あからさまに嫌そうな顔するじゃん。

 

「ちょっとね。大事な話があるんだ」

 

「…分かったわ。私の部屋でしましょう」

 

俺の真面目な雰囲気を感じとったのか観念したように立ち上がる西木野さん。

 

…別に西木野さんの部屋じゃなくてもいいんだけど。

 

まぁ折角だしお言葉に甘えるか。

 

女の子の部屋に入るなんて今後無いかもしれないからな。

 

 

 

 

 

「で、話って何?」

 

西木野さんの部屋に通された俺は床に座った。

 

西木野さんは早く話せと言わんばかりの表情でこちらを見つめている。

 

「あまり時間はかけるつもりは無いよ。君が素直になればね」

 

「どうゆう意味よ」

 

「まぁその内分かるさ。で、さっき言ってた大事な話なんだけど君は今のままでいいと思ってるの?」

 

「…話が見えないんだけど」

 

薄々分かってるくせに良く言うよ。

 

「じゃあもっと分かりやすく言おう。西木野さんは神田明神の階段で俺が言った事覚えてる?」

 

「ええ覚えてるわよ。やりたいならやればいい…でしょ?」

 

おお、覚えててくれて良かった…

 

これで忘れたって言われたらどうしようかと思ったぜ。

 

「そう。あの時の西木野さんの決意に満ちた表情は今でも覚えてる。今はどう?」

 

「…やりたい事出来てるけど?」

 

「ダウト」

 

本当に分かりやすいな西木野さんは。

 

「ハッキリ言うけど、ここ最近の君の表情、雰囲気見てたけど作曲を決意した西木野さんとは雲泥の差だよ。今の君は自分のやりたい事を押し殺して現状を受け入れようとしている様に見えるけどね」

 

「…!…そんなデタラメ…」

 

「確かにあくまでもこれは俺の推理だ。でも君自身が一番分かってるんじゃないのか?俺が言った事が正しいかどうかは」

 

「ま、間違ってるわよ!」

 

「なるほどそれは残念だ」

 

やれやれ…これは長期戦になりそうだ。

 

まぁ予想はしてたけどね。

 

「じゃあちょっと質問いい?」

 

「…何よ」

 

「星空さんと同じ行動パターンだったから尚更分かりやすかったんだけど、西木野さんが勧誘ポスターやμ’sの練習を何度も見に来てたのはどうして?興味ないんでしょアイドル」

 

「そ、それは小泉さんや星空さんが上手くやれてるか心配だっただけよ!」

 

「なるほど。練習を見に来てた理由にはなるね。じゃあ勧誘ポスターを眺めてたのは?」

 

「…μ’sの勧誘をサポートしようかなと…」

 

「それはありがたい。俺も今μ’sの新メンバーを探してるんだよ。西木野さんにもμ’sの人数を増やしたい気持ちがあるみたいで良かった良かった。じゃあ一緒に勧誘しよう」

 

「え!?そ、それは…」

 

「ん?西木野さんはμ’sへの勧誘をサポートしようとしてくれたんだよね?だったら一人より二人でやった方が効率良いでしょう?」

 

「そうだけど…」

 

「何か不満ある?」

 

俺が問いかけると西木野さんは俯いてしまった。

 

言葉を探してるんだろう。

 

「…」

 

「…」

 

あらら喋んなくなっちゃった。

 

まぁこんだけ嘘重ねちゃったら仕方ないけど。

 

「ねぇ。西木野さん」

 

俺の声に西木野さんはゆっくりと顔を上げる。

 

その表情は暗く、少し涙目だった。

 

そこから伝わる感情は後悔。そして、微かな絶望であった。

 

「君の本心はそこまでして隠したい物なの?」

 

「…」

 

「嘘を重ねてまで隠したいのなら俺はもう聞かない。君のやりたい事を続ければ良い」

 

「…」

 

「最後に聞くよ?君は、胸を張って楽しいと思える今を生きれてるかい?」

 

俺が優しく問うと、西木野さんの目から一滴の涙が溢れた。

 

西木野さんも自分の涙に気づいたのかまた俯いてしまった。

 

あれ、これ俺泣かせたとかじゃないよね?

 

不安を感じていると西木野さんは俯きながら小さな声で話し出した。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいっ…」

 

小さな声ではあったが俺の耳ではしっかり捉えた。

 

震えた声で紡がれる謝罪の言葉。

 

「西木野さん」

 

俺は西木野さんにハンカチを手渡す。

 

「…ありがと」

 

「改めて…聞いても良いかな?」

 

「いいわよ…全部分かってるから」

 

西木野さんは顔を上げると、少しだけ決意に満ちた表情を浮かべた。

 

少しは吹っ切れたみたいだな。

 

「まずは、つまらない嘘で自分の本心を隠しちゃってごめんなさい。貴方ならすぐに見破るって頭では分かってたのに…。でも、もう素直になるわ。このままじゃダメだって私も分かってるから。貴方が…いや、μ’sが私を勧誘しようとしてるのは知ってる。そして、私自身も本当はスクールアイドルをやってみたいって思ってる。でもそれは叶わない。以前に小泉さんと一緒に生徒手帳届けに来てくれた事覚えてる?その時に私言ったわよね?私の音楽は終わってるって。貴方ならこの言葉の意味なんとなく分かるんじゃない?」

 

「ああ」

 

「例え貴方でも、こればかりはどうしようも出来ない。だから、貴方にも諦めて欲しいの」

 

「どうして?」

 

「分からないの?もう一度言うわ、私の音楽は終わってるの。病院を継ぐのは簡単な事じゃない。だから、音楽をやる時間は無いの」

 

「そうかな?」

 

「そうかなって…まさかあなた」

 

そう。そのまさか。

 

時間が無いなら作ってやるまでだ。

 

「最後にもう一度聞かせて」

 

「…何?」

 

「君は今、何をやりたい?」

 

俺はポケットに手を入れながら真っ直ぐ西木野さんの目を見つめながら問いかける。

 

対する西木野さんも目を離さずに見つめてくれている。

 

不安、心配、そして少しの希望。

 

その表情から俺は確信を持つ事が出来た。

 

「私は…スクールアイドルをやりたいです!」

 

これは紛れもない本心だと。

 

「それだけ聞ければ充分だ」

 

俺はそう言うと、ポケットの中から手を出した。

 

 

 

 

ガチャリ

 

「ん?誰かお客さんか?」

 

その時、玄関の扉が開く音がした。

 

聞こえるのは男性の声。

 

…チャンスは思ったよりも早くきた。

 

東條さんの占いが本当に当たったみたいだな。

 

「パパ…」

 

西木野さんがぽつりと呟く。

 

意外にもパパ呼びなんだな。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「本当に…行くの?」

 

リビングに行こうとする俺を不安そうな表情で見つめる。

 

西木野さんは俺がこれから何をやるかある程度予想がついているみたいだな。

 

でも、止めようとしないという事は西木野さんも望んでいるんだろう。

 

この呪縛から開放されるのを。

 

「氷月君…私は…」

 

「大丈夫。心配はいらない」

 

社会的に殺されないかだけ不安だけどな。

 

結構権力ありそうだし。

 

てかきっとある。

 

でも、ここで仕掛けなきゃ状況は変わらない。

 

ましてや廃校阻止など夢のまた夢。

 

西木野さんは確実にμ’sに必要な人材。

 

ようやく素直になったんだ。このチャンス絶対に逃さない。

 

今だけは信じるぞ。東條さんの占い。

 

俺は振り返ると、不安な表情を浮かべている西木野さんに告げた。

 

「一度きりの人生だ。君の人生は君の物。君が出した答えに文句は誰にも言わせない」

 

「…!…」

 

俺は西木野さんの部屋を出た。

 

 

 

 

「初めまして。音乃木坂学院テスト生の氷月冬夜です」

 

リビング。話があると伝え西木野父と向かい合って座る俺。

 

西木野母と西木野さんも居合わせてる。

 

本当の戦いはこれからだ。

 

「噂には聞いてるよ。真姫とはどうゆう関係だ」

 

「知り合い以上友達未満って所ですかね」

 

「なるほど。一先ずは恋人関係では無さそうで何よりだ」

 

やはり俺の事は認めてもらえなさそうだな。

 

まぁこんな風貌では仕方ないが。

 

「で、話とはなんだ」

 

「ええ。真姫さんの事です」

 

西木野さん呼びでは紛らわしいのであえて下の名前で呼ぶ。

 

「単刀直入に言います。真姫さんの音楽活動を認めてほしいです」

 

「…なんだ。そんな事か」

 

そんな事…

 

西木野さんのやりたい事をその一言で片付けるか。

 

「厳密にいえば音乃木坂でのスクールアイドル活動。あなたも知ってるはずです。廃校を止めるためにスクールアイドルが誕生した事。そして、真姫さんが楽曲を提供した事」

 

「ああ知ってるとも」

 

「真姫さん自身音楽がとても好きで、スクールアイドルにも強く興味を抱いている。なので、真姫さんのやりたい事をやらせて欲しいんです!お願いします」

 

頭を下げる俺。

 

勿論これで許してもらえるとも思っていない。

 

まずは下手に出て印象を少しでも良くしなければいけない。

 

この風貌でマイナスからのスタートになっているなら尚更だ。

 

「…くだらん」

 

西木野父からの返答は予想通りのものだった。

 

「…理由を聞いても良いですか?」

 

「そもそも君はそんなに真姫と親しい間柄では無い。そんな君に真姫をどうこうされる筋合いは無いし、真姫は病院を継がなきゃいけない。君には分からないだろう。この大変さ、そして重要さが」

 

「分からないですよ。でも、病院を継ぐのは簡単な事では無くとてつもなく大変な事は理解できます」

 

「ふんどうだかな。君みたいな若造に理解されたくもないが」

 

「だけど真姫さんはまだ高校1年生。病院だって今すぐ継ぐわけでもないし時間だってあります。真姫さんの意思を尊重してあげて下さい」

 

「真姫の意思って言うけどね、真姫は昔から病院を継ぎたいって言ってるんだよ。病院を継ぐのが真姫の意思だ」

 

…きっとそれも本心で言ってる。でも、同じくらいスクールアイドルをやりたいって思ってるのはさっきの西木野さんの発言で充分伝わった。

 

ここで引くわけにはいかない。

 

「それも本心でしょう。でもスクールアイドルをやりたい気持ちも本心なんです」

 

「君に何が分かる」

 

「これを聞いてください」

 

そう言うと俺はポケットからボイスレコーダーを取り出しスイッチを押した。

 

「私は…スクールアイドルをやりたいです!」

 

「これは先程真姫さんの部屋で僕に言った言葉です」

 

「い、いつの間に録音してたの!?」

 

思わず立ち上がる西木野さん。

 

悪いな勝手に録音して。

 

「真姫さんの父親の貴方なら分かりますね?本心で言っているのかどうか」

 

「本心…だな。しかし、認めるわけにはいかない」

 

「…なぜですか?」

 

「もしだ。スクールアイドルに気を取られ勉学が疎かになり病院を継ぐことが出来なかったらどう責任を取るつもりだ?」

 

「責任って…氷月さんは関係ないじゃない!」

 

「真姫。彼は君のスクールアイドル活動をここまで勧めている。こうして私に歯向かっている。その時点でもう無関係じゃないんだよ」

 

「…」

 

西木野父の剣幕に無言になる西木野さん。

 

確かに西木野父の言う通りだ。俺も無関係とは思ってないしな。

 

「責任は取れませんよ。ただ、西木野さんなら勉学との両立は出来ると思いますよ。あなたも病院を継がせたいならそんな軟な育て方はしていないはずです」

 

「…よくもまぁそこまで偉そうな事を言えるものだ。いいか、ハッキリ言うぞ」

 

西木野父は一呼吸置くと、俺を睨みつけながら口を開く。

 

「真姫の事は家で決める。よそ者が首を突っ込むな!!」

 

「…!」

 

西木野父の怒号に西木野さんは完全に萎縮してしまっている。

 

西木野母は未だ無表情のままだ。

 

俺は一切表情を変えず、言い放った。

 

「真姫さんの事は真姫さんが決めます。あなたこそ首を突っ込まないで頂きたい」

 

「…!」

 

「一度きりの学生生活。一度きりの人生。失敗しても良いから本人のやりたい事を尊重してあげるのが親というものでは?」

 

俺がそう言うと、西木野父は口を閉ざした。

 

「あなた。全部氷月君の言うとおりよ。何故あなたが病院を継ぐことだけを意識してるのか私には分からない」

 

「更に言えば、私は別に真姫が病院を継がなくても良いとすら思ってる。これはいつも言ってるわよね?聞く耳をもたないけど」

 

「ママ…」

 

「真姫には自由に生きてほしい。だってそうじゃない?氷月君の言うとおりで一度きりの人生なのよ?西木野真姫という人生は二度と送れない。なのに、西木野真姫という人生を私達が決めるの?そんなの絶対おかしいわ」

 

「俺は…間違ってたのか…俺は…」

 

「西木野さん」

 

「…どうしたの?」

 

俺は西木野さんの隣に行くと、静かに声をかけた。

 

「俺が出来るのはここまでだ。後は君が蹴りを付けてこい。自分の言葉で」

 

今ならきっと聞いてくれるはずだ。君の言葉を。

 

「…うん!」

 

西木野さんは大きく頷くと、西木野父の元まで歩いていった。

 

「パパ。私、病院継ぎたい。でもね?同じくらいスクールアイドルをやりたいの。曲を作っててとても楽しかった。ライブも凄いドキドキしたし、感動した。練習だって何度か見に行ったけど、皆笑顔で輝いていて、いつしか私もあそこに立ちたいって思う様になったの」

 

「真姫…」

 

「勿論勉強も今まで以上に頑張る!成績だって絶対に落とさないわ。約束する。だから…だから、私がスクールアイドルをやる事、認めて欲しい!お願いっ!」

 

頭を下げる西木野さん。

 

西木野父はその姿を真っ直ぐ見つめると、小さく微笑んだ。

 

「まだまだだな。私も」

 

「…え?」

 

「どうやら私は、一番大事な事を忘れていたらしい。自分の大切な娘を思うつもりが、逆に窮屈な思いをさせていたみたいだな。そんな簡単な事を初対面の高校生に気付かされるとは」

 

チラッと俺を見つめる。

 

「真姫、今まで悪かった!」

 

今度は西木野父が頭を下げる。

 

この展開はもう大丈夫そうだな。

 

「真姫の好きなように過ごしなさい。病院も無理して継がなくても良い。真姫の一番やりたい事をやりなさい。スクールアイドル…お父さん、応援するからな」

 

「パパ…うん!ありがとう!」

 

良かった。何とか丸く収まったみたいだな。

 

これで廃校阻止に一歩近づけた。

 

しかしこれまでの勧誘で一番疲れたかもしれない。

 

「氷月君。本当にありがとうね…久しぶりに見たわ、お父さんと真姫のあんな楽しそうな姿」

 

西木野母が涙ぐみながら俺に感謝してきた。

 

それほどでも…あるな。今回は。

 

「いえいえ。本当に良かったです。あ、そうだ」

 

一応提案しておくか。

 

俺が発端だし。

 

「あの」

 

「ん?おお、氷月君かどうした?」

 

「責任を取るとまではいかないんですけど、音楽と勉学の両立がスムーズに出来る様に僕が真姫さんに勉強教えます。必要ないかもしれませんが」

 

「…君が真姫にかい?」

 

「はい」

 

「そういえば君、音乃木坂のテスト生だって言ってたね。元はどこの学校だい?」

 

「楠木坂です」

 

「楠木坂…なるほどそれならその提案は納得だな。しかし真姫は頭がとても良いぞ?楠木坂でも入試順位トップ5には入ると思うが大丈夫か?」

 

んー…自慢になりそうであまり言いたくないんだが仕方ないか。

 

「大丈夫です。僕、入試1位なんで」

 

「い、1位!?」

 

「あ、あなたがそうなの?」

 

「へぇ…それは頼もしいわ!」

 

西木野父と西木野さんが驚きの声を上げる。

 

西木野母は凄いニコニコしているが。

 

「噂になってるわよ!?楠木坂の入試で満点を取った子がいるって!」

 

「あー、厳密に言うと499点だけどな」

 

「…いやほぼ満点じゃない!」

 

おお、ここまで興奮する西木野さんはレアだな。

 

勉強バカみたいに頑張って良かった。

 

「何はともあれ、これで安心だな。改めて氷月君、本当にありがとう」

 

「いえいえ、頭を上げて下さい」

 

「いろいろとすまなかった」

 

「こちらこそ生意気言ってすいませんでした」

 

いやなんだこの互いに頭を下げる構図。

 

エンドレスじゃねぇか。

 

 

 

 

 

「氷月君、本当にありがとうね。私の為にあそこまでしてくれて」

 

場面は変わり玄関前。

 

西木野父との会話を切り上げた俺は、帰路につこうとしていた。

 

「いいんだよ。半分の俺の我儘だし」

 

「それでも嬉しいわ。本当にありがとう」

 

西木野さんの表情は見違える程明るくなった。

 

完全に払拭出来たみたいだな。

 

奇しくも東條さんの占いが当たったわけだ。

 

「μ'sには?」

 

「明日、加入するわ」

 

「そっか。楽しめよ」

 

「ええ。あ、そうだ。ねぇ氷月君、あの話って本気?」

 

ふと西木野さんの頬が赤く染まる。

 

…なんだ?どうしたんだ?

 

話ってなんの事だ?

 

「何の事?」

 

「何の事って…勉強!私に教えるって言ったじゃない」

 

「ああその事か。西木野さんが勉強で困った時は教えるよ。まぁ大丈夫だと思うけど」

 

俺の言葉を聞くと、西木野さんは優しく微笑むと、

 

「そっか」

 

と返した。

 

その姿はまるで、女神のように輝いていた。

 

やっぱアイドル向いてるよ。西木野さん。

 

 

 

 

 

 

あ、アイスの事忘れてた。

 

この後太陽達にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「西木野真姫です。μ'sと関わっていく内に少しずつ興味を抱いてきて、気づけば私もスクールアイドルをやりたいと思う様になりました。私もμ'sの一員になりたいです。作曲なら任せて下さい!よろしくお願いします!」

 

次の日、西木野さんは昨日言っていた通り加入した。

 

「よろしくね!西木野さん!」

 

「やったぁ!新メンバーだ!」

 

「これで揃いましたね。作詞作曲衣装担当が」

 

「西木野さん、よろしくね!」

 

「よろしくにゃー!」

 

これでμ'sは6人。

 

西木野真姫という貴重な戦力を手に入れ更なる進化を遂げるμ's。

 

少しずつ廃校阻止が見えてきた。

 

しかしここからの勧誘が本当の戦いだ。

 

現在が1年生と2年生が3人ずつ。

 

9人を目指す以上、大事なのはバランス。

 

そうなれば残り3人の枠は3年生がベスト。

 

となれば次からは上級生の勧誘となる。

 

「…こりゃまた骨が折れそうだ」

 

俺は西木野さんの加入を見届けると、屋上を後にした。

 

 

 

 

「今度は忘れるなよアイス」

 

「悪かったって」

 

 

 

 

「…」

 

こちらはとある一室。

 

パソコンの前に座る一人の少女が1枚の画像を見つめる。

 

「音乃木坂…スクールアイドルμ's…」

 

そこにあるのは笑顔で写真に写るμ'sの集合写真。

 

しばらく見続けた後、少女は慣れた手付きで掲示板に書き込んだ。

 

 

 

【アイドルを語るなんて10年早い】

 

 

 

 

 

残るピースは残る3つ。




「貴方達、とっとと解散しなさい!」

突如μ'sの前に現れた小柄な少女。

「ポテト泥棒!」

翻弄されるμ's。

「にこっちを助けて欲しいんよ」

「また占いですか」

挫折をした少女を救う為、μ'sは決断する。

「先輩、信じてください。俺を、μ'sを」

「にっこにっこにー!!」

歯車は噛み合うか。

〜次回ラブライブ〜

【第13話 笑顔の力】

お楽しみに。


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第13話【笑顔の力】

にこにーファンの皆様お待たせしました!

念願のにこにー加入回ですよ!

どうせまた次回の更新まで日が空くんだろと思った方、残念でした!

睡眠時間を削ってなるべく早く仕上げました。

今は少しモチベーション上がってるから大丈夫だけどまたいずれ無くなるんだろうな…

どうやったらモチベーション上がるんだろ。

というわけで第13話始まります。


西木野さんがμ'sに加入してから数日。

 

俺は今神田明神にいる。

 

今日は1年生3人が加入し、初めての朝練。

 

全員の加入に関わった事もあり、せめて最初くらいは見届けようと思い来た。

 

「さすがに早すぎたか?」

 

普段の朝練スタート時刻よりやや早めについた俺。

 

仕方ない。上で待つか。

 

階段を登り切ると、そこには意外な人物がいた。

 

「あ、おはようございます!」

 

「おはよう。早いな、小泉さん…あれ?」

 

笑顔でこちらに振り向く小泉さん。

 

しかしその姿は明らかに変わっていた。

 

「気づきました?」

 

「気づくよそりゃ。眼鏡どうしたんだ?」

 

そう。いつも掛けているはずの眼鏡が無かった。

 

「μ'sに入った後の凛ちゃんや西木野さんを見て思ったんです。せっかくスクールアイドルになれたのに私には変化が無いって。凛ちゃんと西木野さんはよく笑う様になってとても輝いていました。でも、私には無い。だから、これは変化の第一歩として眼鏡をコンタクトに変えてみたんです」

 

なるほどね。俺からすれば小泉さんも輝いていたが…

 

まぁ悩んで自分なりの答えが出せたなら文句は無い。

 

「どう…ですか?」

 

小泉さんが不安そうな表情をしながらこちらを見つめる。

 

参ったな…こうゆうのは苦手なんだけどな。

 

「眼鏡の時とは違う良さがあるな。凄い可愛いよ小泉さん」

 

「か、かわっ…!」

 

あ、やべ。ちょっと直球すぎたわ。

 

でも本心だしな…

 

「ありがとうございます!」

 

顔を赤くしながらも笑顔でお礼を言う小泉さん。

 

あー…自分が着実に太陽に近づいてきてるのが嫌だ。

 

「ふわぁぁ…いつもこんな早起きしなくちゃいけないの?」

 

「仕方ないでしょ。朝練なんだから」

 

後ろから聞こえる二人の声。

 

どうやら2年生と太陽よりも早く1年生が揃ったみたいだな。

 

「眠いにゃー…あ、かよちん、氷月先輩おはようございます!」

 

「おはようございます」

 

「凛ちゃん、西木野さんおはよう!」

 

「早いな二人共」

 

「西木野さんに急かされて…ってえぇ!?かよちんどうしたの!?」

 

「あなた…眼鏡やめたの?」

 

「うん。コンタクトにしてみたんだ」

 

「凄い可愛いよかよちん!」

 

「ありがとう凛ちゃん!」

 

絶賛置いてけぼり中なう。

 

まぁ良いけど。

 

「いいじゃない。似合ってるわよ花陽」

 

「ありがとう!…ってあれ?今私の事…」

 

「あ…えっと、ほら、折角同じμ'sのメンバーで私達同い年なんだし、他人行儀なのはおかしいかなって思っただけよ」

 

頬を赤くしながら自分の髪の毛をいじる西木野さん。

 

その様子を見た小泉さんと凛は、互いに顔を見合わせると、

 

「「ふふっ」」

 

お互い微笑んだ。

 

そして、

 

「真姫ちゃーん!!真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃん!!」

 

名前を連呼しながら西木野さんの周りで飛び跳ねはじめた。

 

何がしたいんだこの猫娘は。

 

「ちょっと!そんなに呼ばなくてもいいでしょ!」

 

…と言いつつめちゃくちゃ嬉しそうな顔してるんだけど西木野さんは気づいてないみたいだな。

 

何はともあれ、西木野さんも1年生組に溶け込めそうで良かった。

 

さて、μ'sでも上手くやっていけそうだから別にこれ以上ここにいる意味無くなってきたな。

 

帰るか。

 

「仲良く出来そうで何よりだ。これからも頑張れよ」

 

「あれ、帰っちゃうんですか?」

 

「ああ、俺は別に練習を見に来た訳じゃないからな。お前ら1年生がちゃんとμ'sの中でも仲良くやれるか見に来ただけだから。特に西木野さん」

 

「な、なんで私なのよ!」

 

「一先ずだ。今の君らのやり取りを見て安心したわ。じゃあな」

 

俺は手を振って階段を降りた。

 

「…待って下さい!」

 

…と思ったんだが。

 

「どうした小泉さん」

 

「練習…見てください」

 

「え?」

 

「私達の練習、見てください!」

 

正直驚いた。

 

まさか小泉さんがこんなに積極的になるとは…

 

眼鏡無いから強気にいけるとかそうゆうタイプじゃないよな?

 

「そうね。あなたにも見てもらわないと困るわ」

 

「そうにゃ!と…氷月先輩も参加するにゃ!」

 

いやなんでそんなに俺に見てもらいたいんだよ。

 

そして凛今とうくんって呼ぼうとしただろ。

 

「何で俺なんだよ。別に俺アドバイス出来ないぞ?」

 

「別にいいわ。アドバイス出来なくても」

 

「居てくれるだけでいいにゃ」

 

「参加するって言うまでこの手離しませんから」

 

なんでこんなに俺は懐かれてるんだ?

 

こいつらが何考えてるか全く分からん。

 

「分かった分かった!参加するから一先ず離せ」

 

これで断れない辺り、俺も大分甘くなったな…

 

 

 

 

 

それから少しして2年先組と太陽もやってきた。

 

俺がいる事に驚いていたが、俺も参加すると分かった途端嬉しそうに朝練を開始した。

 

何なんだ一体…

 

しかし、朝練が始まって少しすると、南さんがしきりに周りを気にする素振りを見せた。

 

太陽を含む周りのメンバーは気付いていないみたいだな。

 

これは朝練に参加して正解だったかもしれない。

 

俺は立ち上がると、全体に声を掛けた。

 

「はい、一旦練習ストップして」

 

「「「「「「「…!…」」」」」」」

 

俺の一声に全員手を止める。

 

「どうした?珍しいな」

 

真面目な顔をした太陽が近づいてくる。

 

なんでこいつちょっと緊張してるんだよ。

 

「いや、気になった事があって」

 

「き、気になった事…」

 

「一体なんでしょう…」

 

「ドキドキするにゃ…」

 

「は、はい…緊張します」

 

「落ち着かないわね…」

 

いや皆緊張しすぎ。

 

「何!?何!?教えて!」

 

…ああ、こいつは例外だったな。

 

高坂さんはそうゆうタイプだったわ。

 

「南さん」

 

「は、はい!」

 

「…怒るとかじゃないからそんな緊張しないでいいよ」

 

「は、はい…」

 

あ、ダメだこりゃ。

 

早く終わらせた方がいいな。

 

「さっきから凄い周り気にしてるけどどうしたんだ?」

 

「えっ…と…実は凄い視線を感じてて…」

 

「視線?ことりちゃんに?」

 

「…誰でしょう?」

 

「ま、まさかストーカー!?」

 

「それはいけない!よし、俺に任せろ!」

 

「待て待て待て!勝手に話を進めるなお前ら」

 

全く…小泉さんがストーカーとか言うから太陽が反応しちゃったじゃんか。

 

視線は南さんというよりかはμ's全員に注がれてたと思うけど。

 

「視線に関しては俺も気付いてた。別にストーカーじゃないと思う」

 

感じ取れた感情は嫉妬や羨ましさ。

 

ストーカーならば好意が全面的に出るはずだ。

 

「どうするんだ?ストーカーじゃないにしろ練習に集中出来ないぞ?」

 

「俺が何とかする。お前らは練習続けろ」

 

「…大丈夫なの?氷月君」

 

「ああ、任せろ」

 

「こうゆう時の冬夜は頼りになるから南さん、安心していいぞ!」

 

…なんでこいつが偉そうなんだか。

 

まぁいいや。

 

 

 

 

 

朝練を続行するμ'sのメンバー。

 

俺は神社の裏に移動し、視線の正体を確認しようと音をたてずにやってきた。

 

「…上手く行ったな。ここら辺なはずだが…」

 

裏手に回り込み、恐る恐る歩を進める。

 

すると、神社の角からμ'sを見つめるマスクとサングラスを一人の少女を発見した。

 

「あの娘か。あれ、あの娘確か…」

 

あのツインテール、μ'sのファーストライブに来てなかったか?まぁいい。

 

俺は気付かれない様に背後まで忍び寄ると、肩に手を置き話し掛けた。

 

「おい」

「キャァァァァ!!!」

 

悲鳴をあげ完全に腰を抜かしたツインテール。

 

「どうした?」

 

「大丈夫ですか?」

 

悲鳴を聞きつけたμ'sのメンバーもこちらへやってきた。

 

「あ…あんたいつの間に…」

 

「あなたを油断させる為ですよ。そうしないと警戒されるでしょ」

 

「にしても物音たてなさすぎでしょ!」

 

「そこは意識したし、俺は存在感が昔から薄いんでね。で、μ'sに何か様ですか?」

 

俺がツインテールに問うと、ハッとした顔で立ち上がると指を指しながらマスクを外しながら言い放った。

 

 

 

 

「あなた達、とっとと解散しなさい!」

 

 

 

 

「…ふん…」パクパク

 

「穂乃果…ストレスを食欲にぶつけると大変な事になりますよ」

 

場所は変わりファーストフード店。

 

ツインテールの言葉にはあまり気を止めず放課後、いつもの様に練習を行おうとするが雨により断念。

 

ここ数日雨が続いてた事もあり、高坂さんは分かりやすくイライラしていた。

 

「雨、何で止まないの!?」

 

「私に言われても…」

 

「練習する気満々だったのに…天気も空気読んでよね」

 

俄然ムスッした表情の高坂さん。

 

気持ちは分からんでもないがな。

 

「うわぁ!ウンチだウンチ!」

 

「うるさい!」

 

何なら隣のテーブルが騒がしいな。

 

それに今聞いたことある声が聞こえたような…

 

「穂乃果ちゃん。明日も雨だって」

 

「そんなぁ…」

 

フードを取りに行ってた南さんと小泉さんが戻ってくる。

 

南さんの言葉に高坂さんは分かりやすく落胆した。

 

「…」ソ−

 

「…」

 

その時、衝立の隙間から伸びる手。

 

その手は高坂さんのポテトを全て掴み、そのまま隣のテーブルに消えていった。

 

一番近い席にいる高坂さんと太陽は気づいていない。

 

面白そうだから黙っとこう。

 

「あれ…無くなった…」

 

あ、ポテト無い事に気づいた。

 

「ちょっと朝日君!私のポテト食べたでしょ!」

 

「は?食べてないよ!」

 

「…」シュッ

 

その時、今度は素早い手付きで太陽のポテトを全て奪った。

 

「じゃあ何でポテト無いの!」

 

「知らないよ。自分で食べた量も覚えてないのかよ」

 

やれやれとした表情でポテトの空箱を持つ太陽。

 

「あ」

 

そしてポテトが無い事に気づき、止まる。

 

「おい!俺のポテト食べたろ!」

 

「食べてないよ!」

 

「自分のポテトが無くなったからって他人のに手を出すとかどんだけだよ」

 

「な!ちょっと私が意地汚いみたいな言い方しないでよ!そっちこそ自分で食べた量覚えてないの!?」

 

「何だよ!」

 

「そっちこそ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて…」

 

「そ、そうですよ。お店の人に迷惑ですよ」

 

「喧嘩にゃ喧嘩にゃ!」

 

「あわわ…ちょっと凛ちゃん楽しんでる場合じゃないよ。氷月先輩も笑ってないでどうにかして下さい!」

 

いやぁーこりゃ傑作だ。

 

面白いったらありゃしない。

 

「…」バン!!

 

収拾がつかなくなりそうなその時、テーブルを叩く音が響き渡る。

 

それにより大人しくなったμ's一同。

 

「に、西木野さん…」

 

「そんな事より、練習場所の話でしょ!」

 

「そ、そうでした…」 

 

「すいません…」

 

おお、高坂さんと太陽を一瞬で黙らした。

 

やるな西木野さん。

 

「教室とかは借りられないの?」

 

「うん…前に先生に頼んだんだけど、ちゃんとした部活じゃないと許可出来ないって…」

 

西木野さんの問いに対し、困ったような表情で返答する。

 

まぁ実はそれ、解決出来るんだけどね。

 

「そうなんだよね…部員が6人いれば、ちゃんとした部の申請をして、部活に出来るんだけど…」

 

南さんの言葉に反応する高坂さん。

 

てか気付いてないのかい。

 

「…6人?」

 

高坂さんの言葉に顔を見合わせるμ's一同。

 

「6人なら…」

 

小泉さんが高坂さんを見つめる。

 

その瞬間、高坂さんはハッとした顔をし立ち上がった。

 

どうやら気づいたみたいだな。

 

「そうだ忘れてた!部活申請すればいいじゃん!」

 

「忘れてたんかーい!!」

 

思わず隣のテーブルからツッコミが飛ぶ。

 

「あれ、今のは?」

 

今ので分かったわ。今朝のツインテールだろ。

 

「それより忘れてたってどうゆう事?」

 

西木野さんの言葉に視線が集まる。

 

西木野さんは気にならないのか?今のツッコミ。

 

「いやぁー、メンバー集まったら安心しちゃって…」

 

えへへと言いながら頭を掻く高坂さん。

 

それを見て西木野さんは、

 

「…この人達、ダメかも」

 

と呟くのだった。

 

「よし、そうと決まれば早速明日部活申請しよう!そしたら部室が貰えるよ。いやぁホッとしたらおなか減って来ちゃったー」

 

衝立に背を向ける高坂さん。

 

「…」ソ−

 

ふいに伸びるツインテールのと思わしき手。

 

「さぁて」

 

振り返る高坂さん。

 

その時、ツインテールのと思わしき手は高坂さんのハンバーガーを掴んでいた。

 

ツインテールよ。それは攻めすぎだ。

 

「…」ソ−

 

静かにハンバーガーを戻すツインテール。

 

その後、謎の渦巻き型の帽子を被ったツインテールは立ち上がるとゆっくりと歩き出した。

 

いや、そんなんで誤魔化せるか。

 

ていうかウンチって呼ばれてたのはそれか。

 

「ちょっと!」

 

当然高坂さんは見逃すはずもなく、走り出しツインテールの腕を掴んだ。

 

「か、解散しろって言ったでしょ!」

 

「そんな事より食べたポテト返して!ポテト泥棒!」

 

「そっち!?」

 

思わず小泉さんがツッコむ。

 

「あーん」

 

「買って返してよ!」

 

「あなた達ダンスも歌も全然なってない!プロ意識が足りないわ」

 

「え?」

 

「いい?あなた達がやってるのはアイドルへの冒涜、恥よ!さっさとやめる事ね!」

 

ツインテールはそう言い残すと、勢い良く走り出した。

 

「…何だったんでしょうか」

 

その疑問には同意するぞ。小泉さん。

 

 

 

 

 

 

「アイドル研究部?」

 

次の日。俺達は部活の申請をする為に生徒会室へやってきた。

 

しかし、生徒会長から突き付けられたのはアイドル研究部の存在だった。

 

「そう。既にこの学校ではアイドル研究部というアイドルに関する部活があります」

 

「まぁ部員は一人やけど」

 

「え、でも、この前は部活には6人以上って…」

 

「設立する時は6人必要やけど、その後は何人になっても良い決まりやから」

 

「生徒の数が限られている中、イタズラに部を増やす事はしたくないんです。アイドル研究部がある以上、あなた達の申請を受ける訳にはいきません」

 

「そんな…」

 

まぁ絢瀬さんの言い分は正しいな。

 

こればかりはどうしようも出来ない。

 

「これで話は終わり…」

「になりたくなければ、アイドル研究部とちゃんと話をつけてくる事やな」

 

絢瀬さんの言葉にやや被せる形で東條さんが話す。

 

なるほど。それは認められてるのか。

 

「ちょっと希…」

 

「二つの部が1つになるなら、問題はないやろ?」

 

東條さんがそう言うと、絢瀬さんは喋らなくなった。

 

東條さんが高坂さんに顔を向けると、

 

「部室に行ってみれば?」

 

と微笑みながら言った。

 

 

 

 

 

「氷月君、ちょっとええ?」

 

「はい?」

 

生徒会室を出てアイドル研究部へ向かおうとした時、俺は東條さんに呼び止められた。

 

「先行って話してきて」

 

「分かった」

 

俺は太陽にそう言うと東條さんの方を向いた。

 

「何用ですか?」

 

「単刀直入に言うね?実は…にこっちを助けて欲しいんよ」

 

「にこっち?」

 

「あ、ごめんね。にこっちっていうのはアイドル研究部の部長。矢澤にこの事や」

 

なるほど。にこだからにこっちね。

 

にしても、かよちんといいえりちといい今のにこっちといいこの学校ではあだ名が流行ってんのか?

 

「それをどうして俺に?また占いですか?」

 

「いや、…まぁそれもあるんやけど」

 

あるんかい。

 

どんだけ占いを信用してんだよこの人。

 

「花陽ちゃんに始まり、凛ちゃんや真姫ちゃん今μ'sに加入している1年生は全員君が関わっている」

 

…まぁそうだな。

 

「君のおかげで今μ'sが6人いるって言っても過言ではないんよ。更には、朝日君をコーチに頼んだのも君だと聞いたよ」

 

…話したのかあいつら。

 

多分高坂さんだと思うが。それか太陽が自分で言ったか。

 

「それは買い被りすぎです。確かに関わりはしましたが最終的な答えを出したのは全員自分自身ですよ」

 

「その答えを出す手助けをしたのは君やろ?これは紛れもない事実や」

 

「…分かりました。埒が明かないので話を進めましょう。俺は何をすれば?」

 

「これからにこっちの過去を話すね。そして、ほぼ丸投げになる形で本当に申し訳ないんやけどにこっちにμ'sに入る様に説得して欲しいんや」

 

その矢澤にこがどんな人かも知らないのにそれは無茶じゃないか?

 

それに初対面の不気味な風貌な奴に説得されても逆効果な気がするが…

 

「にこっちがμ'sに加入すれば、確実に廃校阻止に近づくと思うんよ。そうすれば君の楠木坂に戻る目標も達成出来るんやない?」

 

なぜそれを知ってる?

 

「誰から聞きました?」

 

「朝日君や」

 

あいつ…余計な事を。

 

「はぁ…分かりました。やってみましょう」

 

「ありがとう!期待しとるで」

 

そんな期待されても困るんだが…

 

「一先ず、その矢澤さんの過去って何ですか?」

 

「それは…」

 

 

 

 

 

「という事なんよ」

 

「なるほど」

 

一通り東條さんから矢澤さんの過去を聞いた。

 

ざっと纏めると、

 

矢澤さんは過去にスクールアイドルをしていたが他のメンバーが付いてこれず次々とやめて矢澤さんは孤立した。そしてそれが今も続いている。

 

それからはスクールアイドルに対して厳しくなり、過去音乃木坂でスクールアイドルをやろうとしていた生徒に敵意を剥き出しにしてスクールアイドルを諦めさせた事もあるらしい。

 

話を聞いて思ったんだが、もしかしてその矢澤にこってあのツインテールじゃないか?

 

「無茶なお願いなのは百も承知。でも、君にしか頼めないんや…にこっちをお願い…」

 

にしても東條さんは何故そこまでμ'sに肩入れをするんだ?

 

講堂の件やファーストライブでの様子。西木野さん事や部室の事も助け舟が早かった。

 

まるで用意していたかのように。

 

更にはこの矢澤さんの事。

 

単純に矢澤さんを助けたい気持ちもあるだろうが、別の思惑がある様な気がしてならない。

 

何故そんなにメンバーを増やしたがっている?

 

「矢澤さんの事は分かりました。やれるだけやってみますが、1つ質問いいですか?」

 

「うん?」

 

「東條さんにとってμ'sは?」

 

更にμ'sの事に関しては徹底して絢瀬会長と対立している様に見える。

 

μ'sを成長させる事で絢瀬会長に認めさせようとしているのか。

 

だとすればその先は…

 

「そうやね…一言で言うなら、【希望】かな」

 

絢瀬会長が悩んでいるのはある程度分かっている。

 

勧誘のポスターを貼っていた時に話した時に感じた違和感。

 

本当の絢瀬会長…絢瀬絵里の意思が見えない事。

 

少ししか関わっていない俺が分かるんだ。絢瀬会長の近くにいる察しの良い東條さんなら気付いてるはず。

 

今回の矢澤さんの件と同様に、絢瀬さんを救いたいと考えているなら…

 

じゃあそのゴールは…

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「…氷月君は何が知りたかったん?」

 

「そうですね。知りたかったのはあなたの狙いです」

 

「うちの狙い?」

 

「何故あなたがμ'sの活動にここまで協力的なのか、何故絢瀬会長と対立しているのか、μ'sを認めさせようとしているなら何故技術面からでは無くメンバーを集める事に重きを置いてるのか」

 

「…」

 

「そしてあなたにとってのμ'sは【希望】。それは廃校阻止のため?もしくは矢澤さんのように友人を救う為?」

 

東條さんが驚いたような表情に変わる。

 

その表情をするって事は…間違ってないようだな。

 

「東條さん。あなたの望み、叶えてあげますよ」

 

面白い。どうやら東條さんの狙いは俺と似ているらしい。

 

俺は東條さんに背を向けると、少し微笑みながら言う。

 

「あなたが9人目になる為にね」

 

矢澤さん、絢瀬さん、東條さん。

 

見つけたよ。残りのパーツを。

 

 

 

 

 

 

「氷月君に全部バレちゃったみたいやね」

 

冬夜が去った後、東條希は小さく呟いた。

 

「うちの負けや。氷月君には勝てない」

 

そして少しだけ頬を赤らめると、

 

「もっと君の事知りたい」

 

と言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…」ムスッ

 

俺がアイドル研究部に着くと、部長と思わしき人物が不機嫌そうな表情で椅子に座っており、μ'sのメンバーは部室内を見渡していた。

 

ていうかやっぱりあのツインテールじゃねぇか。

 

なんか鼻に絆創膏してるけど何があったんだ?

 

「A−RISEのポスター…」

 

「あっちは福岡のスクールアイドルね」

 

西木野さん詳しいな。

 

「まさか校内にこんな所があるとはな」

 

太陽も興味津々な様子。

 

「こ、こ、これはっ…!!」

 

その時、小泉さんは1つの箱を手に取ると体を震わせ始めた。

 

「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックスっ!持ってる人に初めて会いました!」

 

「そ、そう?」

 

興奮した様子で矢澤さんに詰め寄る小泉さん。

 

あの矢澤さんがたじろいでるぞ。

 

「凄いです!」

 

「ま、まぁね」

 

「へぇー…そんなに凄いんだ」

 

のほほんと高坂さんが言うと、

 

「知らないんですか!?」

 

今度は高坂さんに小泉さんが詰め寄った。

 

何かスイッチ入ったっぽいな。

 

「伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校等が限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDボックスで、その希少性から伝説の伝説の伝説…略して伝伝伝と呼ばれるアイドル好きなら誰もが知ってるDVDボックスです!」

 

「は、花陽ちゃんキャラ変わってない?」

 

「通販、店頭で売り切れが続出する程希少な品物なのにそれを持っているなんてっ!…尊、敬…」

 

「家にもう1セットあるけどね」

 

「本当ですか!?」

 

「じゃあ皆で観ようよ」

 

「ダメよ。それは保存用」

 

「くわぁぁぁ!…うう…伝伝伝…ううう…」

 

「かよちんがいつになく落ち込んでいる…」

 

アイドル好きとは凛から聞いてはいたがここまでとは…

 

こんな一面もあるんだな。

 

ん?南さんはサイン色紙見てるな。

 

「ああ、気づいた?それはアキバのカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ。ネットで手に入れた物だから本人会った事はないけど」

 

「ことり、知ってるのですか?」

 

「え、あ、ええと…うん。一応」

 

…なんだ今の反応。

 

凄い怪しいんだが。

 

「…南さん?」

 

「はいっ!」

 

凄い驚きようだな。

 

「もしかして、ミナリンスキーって南さん?」

 

俺は耳元で呟いた。

 

「あっ…い、言わないで…皆には…」

 

「…何やら訳ありみたいだな。安心しろ。俺は口が硬い」

 

「で、あなた達は何しに来たのよ」

 

「あ、そうだ忘れてた!」

 

目的を忘れるなよ高坂さん。

 

 

 

 

「アイドル研究部さん」

 

「にこよ」

 

全員椅子に座ると、ようやく本題に入り始めた。

 

俺は椅子の数が足りない為自主的に隅に行った。

 

「にこ先輩。実は私達、スクールアイドルをやっておりまして…」

 

「知ってるわ。どうせ希に部したいなら話つけてこいって言われたんでしょ」

 

「話が早い!」

 

「ま、いずれこうなるんじゃないかって思ってたけど」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「お断りよ」

 

「…え?」

 

「お断りって言ってるの」

 

「え、あの…」

 

「別に俺達は、μ'sとして活動出来る場所が欲しいだけです。ここを廃部にして欲しいとかは全然思ってないです」

 

高坂さんに変わり、今度は太陽が口を開く。

 

多分納得はしないだろうな。

 

「お断りって言ってるでしょ!?いい、前にも言ったけどあなた達はアイドルを汚してるの」

 

すかさず高坂さんが反論する。

 

「でも、ずっと練習してきたから歌もダンスも…」

「そういう事じゃない」

 

これは予想外だ。

 

てっきり歌とダンスがまだまだとか言われるのかと思ったが…

 

となればパフォーマンス面か?

 

「あなた達、キャラ作り出来てるの?」

 

矢澤さんの言葉に全員キョトンとした表情になる。

 

俺は何となく言いたい事分かる気がするな。

 

「そう!お客さんがアイドルに求める物は、楽しい夢のような時間よ。だったらそれに相応しいキャラという物があるのよ。全く仕方ないわね…」

 

そう言うと矢澤さんは背を向け始めた。

 

…何だ?何しようとしてるんだ?

 

「いい?例えば…」

 

 

 

 

「にっこにっこにー!!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこ〜。にこにーって覚えてラブにこっ!」

 

 

 

 

空気が凍りついた。

 

うん。俺もまさかパフォーマンスをしてくるとは予想外だった。

 

しかしこれは紛れもなくμ'sに足りない要素…

 

これは参考になるな。

 

だが、μ'sの面々の反応は厳しいものだった。

 

「うっ…」

 

「これは…」

 

「キャラと言うか…」

 

「私無理」

 

「ちょっと寒くないかにゃ?」

 

「ふむふむ…」

 

困惑する2年生組に拒否の反応を見せる西木野さんと凛。

 

小泉さんのみしっかり参考にしてるみたいだな。

 

そして太陽に至っては…

 

「ぷっ…あははははは!!!」

 

「お前黙れ」ガスッ

 

「いっ…!」

 

あまりの空気の読めなさに腹が立った俺は思いっきり首元を殴った。

 

もう帰れお前。

 

「…痛そー…」

 

「よ、容赦ないわね…」

 

高坂さんと矢澤さんは分かりやすく引いていた。

 

「すまん続けて」

 

俺が返すと、μ'sのメンバーは…

 

「凄い可愛かったです!」

 

「あ、でもこうゆうのもいいかも!」

 

「そうですね!お客様を楽しませる努力は大事です」

 

「素晴らしいです!さすがにこ先輩!」 

 

さっきの反応を取り消すかの様に取り繕い出した。

 

もう遅いと思うけど…

 

「よーしこれなら私も…」

 

高坂さんがそう言った瞬間…

 

バンッ!!

 

「…」

 

矢澤さんがテーブルを叩いた。

 

「…出てって」

 

「…え?」

 

「いいから出てって!」

 

矢澤さんはそう言うと全員を押し出す様な形で部室の外に出した。

 

…俺を残して。

 

 

 

 

 

 

「にこ先輩!」

 

こんにちは!高坂穂乃果です!

 

部活として認めてもらう為に話をしに来たんだけど、にこ先輩を怒らせちゃったみたい…

 

うう…どうしたら…

 

「やっぱり追い出されたみたいやね」

 

「東條先輩…」

 

あ、東條先輩だ!

 

やっぱりってどうゆう事なんだろう?

 

「実はにこっち、スクールアイドルやってたんよ」

 

「スクールアイドル?」

 

「あ、にこっちの過去の話は後でもええ?君らのマネージャーが今頑張ってるから」

 

マネージャー…あ、そういえば氷月君がいない!

 

「氷月先輩は?」

 

花陽ちゃんも気づいたみたい!

 

「まだ中に?」

 

氷月君がにこ先輩を勧誘してくれてるのかな?

 

「穂乃果!盗み聞きなんて…」

 

「海未ちゃんは気にならないの?」

 

「えっと…」

 

「あ、話声聞こえるよ」

 

ことりちゃんの言葉が引き金となった私達は、全員で扉に耳を当てる。

 

氷月君…頑張って!

 

 

 

 

 

 

「俺は良かったんですか?」

 

「…いや、なんかさっきの見たら乱暴に出来なくて。自分から出てもらえると助かるわ」

 

ああ、太陽にやった奴か。

 

基本暴力嫌いだしああゆう事は太陽にしかやらん。

 

「だが俺だけが残ったのは好都合。矢澤さん少し話しませんか?」

 

「…何よ。μ'sに入れって件は嫌よ」

 

「矢澤さん…まさにその件なんですけど」

 

「だと思ったわ。後、私の事はにこで良いわ。名字で呼ばれるのあまり好きじゃないの」

 

「分かりました。ではにこさん、μ'sに入りたくない理由を聞いてもいいですか?」

 

「…理由?そんなの決まってるでしょう。あの人達全員キャラがなってないからよ」

 

「キャラがなってない。確かにそうですね。にこさんのパフォーマンスを見て、μ'sに足りない要素だと思いました」

 

「あら。あんた分かってるわね」

 

「あなたがμ'sに入ってくれたら、またμ'sは更なる進化を遂げると思うんです」

 

矢澤にこ。彼女は間違いなくμ'sに必要な要素だ。

 

μ'sには無い小悪魔さとプロ意識。

 

必ずファンが増えるに違いない。

 

「にこさん。μ'sにキャラ作りを教えてあげて下さい」

 

あそこまで注目してたんだ。

 

少なからず興味は抱いているはずだ。

 

後少しのキッカケがあればいける。

 

「無理よ」

 

「…何故ですか?もしかして過去の事が原因ですか?」

 

「…!…何であんたが知ってるの!?」

 

やはりな。

 

凛と同じで過去がトラウマになっているパターンだ。

 

そうなればそのトラウマを取り除けば大丈夫なはずだ。

 

「東條さんから聞きました。スクールアイドルやられてたんですね」

 

「希…ええそうよ。だったら分かるでしょ?私が断る理由」

 

「…また一人になるのが怖いんですね?」

 

「…そうよ。私は自分なりに頑張ってるつもりだった。立派なスクールアイドルになる為に努力もしたし、勉強もしたし、何より本気だった!…なのに…それは私だけで…」

 

「…」

 

「私はあの子達がどこまで本気か分からない。仮に私がμ'sに入って、また前みたいに皆にやめられたら…今度こそ立ち直れない!あんたは言い切れるの!?あの子達が…本当に、スクールアイドルを辞めないって言い切れるの!?」

 

「言い切れますよ」

 

「…!…」

 

「あの子達は何も無い所から始まった。スクールアイドルすら知らない所から。勿論元々歌やダンスが上手かった訳じゃないし、体力や表現力だって無かった。それが今年の4月。にこ先輩に見せてあげますよ。最初の頃の彼女達」

 

そう言うと俺は、スマホの画面を見せた。

 

そこには、高坂さんが最初の頃意見が欲しいと俺に送った動画が流れていた。

 

ジーっと見つめるにこさん。

 

そして暫くして、

 

「…酷い」

 

と呟いた。

 

「そう。最初の彼女達は、動きはバラバラ歌詞は間違えるし笑顔だってぎこちない。スクールアイドルと呼ぶには程遠いレベルだった。でもそれが、あそこまで進化した。なぜか分かりますか?」

 

「…どうして?」

 

「本気だからですよ」

 

「…!…」

 

「ここ数日の練習を見ていたあなたなら分かるはずです。進化を遂げた事。そして、太陽の練習に皆ついて行ってる事。太陽は小中とダンス教室に通っていて、そのダンス教室はその辛さから辞める人が続出する程練習がキツかったんです。それこそ残ったのは本気でプロを目指している人くらい。そんな中で太陽は耐え抜き、先生からも一目置かれる存在になった。そんな太陽が提示した練習メニューについていってるんです」

 

「…」

 

「各々自主トレーニングだって欠かしてない。高坂さんは授業中、教科書を衝立にして影でダンスの本や歌唱力が上がる本を読むくらい真剣です」

 

 

 

「ちょっと穂乃果どうゆう事ですか?」

 

「い、今は説教は無しだよ海未ちゃん!」

 

 

 

「園田さんは、恥ずかしがり屋です。なので人前での笑顔やポーズが苦手。休み時間には良く鏡の前で笑顔の練習や決めポーズの練習をしています」

 

 

 

「ふーん…海未ちゃん最近姿見えないと思ったらそうゆう事」

 

「な、何でそれを知ってるんですか!」

 

 

 

「南さんは他のメンバーと比べたら体力がありません。朝練では誰よりも早く神田明神に来て走り込みをしています」

 

 

 

「ことりちゃん凄ーい!」

 

「えへへ…皆に追いつきたくて」

 

 

 

「小泉さんは先程も見た通りアイドルに関しての情熱が凄いです。普段からいろんなアイドルの動画を見て勉強し、練習場所である屋上には一番早く来てステップの練習をしています」

 

 

 

「かよちん凄いにゃ!」

 

「は、恥ずかしいです…」

 

 

 

「星空さんは運動神経は抜群だが歌があまり得意ではありません。頻繁にカラオケに行ったり、発声練習は人一倍行っています。昼休みに中庭でしているのを目撃しています」

 

 

 

「何で知ってるのにゃ!」

 

「凛ちゃん可愛い!」

 

 

 

「西木野さんはμ'sの作曲家です。音楽室でピアノを弾くことが日課。練習では休憩の合間合間によくスマホで他のアイドルの動画を観て研究してます。また、歌唱力が高く他のメンバーに声の出し方を教える事もあります」

 

 

 

「ゔぇぇ!!見てたの!?」

 

「とても勉強になるんだよね、真姫ちゃんの授業」

 

 

 

「にこさん。分かって頂けましたか?μ'sのメンバー皆本気です」

 

「…一先ず本気なのは分かった。最後にあんたはどうなの?」

 

「勿論本気です。じゃないとここまでメンバーを観察しません。それに、俺と太陽も廃校を阻止したいんです。皆本気で廃校を阻止したいと思ってるから本気でスクールアイドルをやってるんです」

 

ここまで来れば大丈夫かな。

 

大分トラウマも払拭されたと思う。

 

「…信じていいの?」

 

「先輩、信じて下さい。俺を、μ'sを」

 

真っ直ぐにこさんの事を見つめる俺。

 

にこさんも真っ直ぐ見つめてくれている。

 

なんだこの時間。

 

暫く沈黙が続くと、ついににこさんが口を開いた。

 

「1日、考えさせて」

 

今すぐに答えは出せない、か。

 

まぁそりゃそうか。

 

「分かりました。明日の放課後答えを聞きに来ます」

 

「分かった。それまでに答え出すわ」

 

「では失礼します」

 

俺はアイドル研究部を後にした。

 

 

 

 

 

「どうだった!?」

 

出るやいなや皆に詰め寄られる俺。

 

さては聞いてやがったな。

 

「さすがは氷月君やね」

 

東條さんも一緒かい。

 

「ほぼμ'sに加入してくれそうな雰囲気ではあるがまだ分からん」

 

「そうですか…中々いい感じだと思ったのですが…」

 

「だから明日、強行突破に出る」

 

「きょ、強行突破ですか!?」

 

「て、手荒な事じゃないよね?」

 

「まさか。とりあえず後で話すにこさんに聞かれても嫌だしな」

 

きっとこれで大丈夫なはずだ。

 

少し強引だが、これしかない。

 

 

 

 

 

次の日。

 

私、矢澤にこは部室に向かっている。

 

昨日、あの男に言われた言葉が頭から離れない。

 

「先輩、信じて下さい。俺を、μ'sを」

 

氷月冬夜という男は不思議な人だった。

 

全てを見透かしたようなあの口振り。

 

だけど、何故か安心出来た。全てを知られてるのならもういいやと素直に言葉が飲み込める。

 

嘘をついてる感じはしなかった。全て真実なのだろうとすんなり落ちた。

 

そして何より、あいつがいれば大丈夫だって思ってしまった。

 

何だろうこの心強さ…初めての感覚。

 

私…もしかして騙されやすい?

 

「今日どうする?」

 

「部員の皆誘ってどっか行こうよ!」

 

「いいね!そうと決まれば…」

 

後ろから別の部活の子が話している声が聞こえる。

 

結局私は答えを出せなかった。

 

彼女達が本気なのは伝わった。

 

でも、私が入っていいのだろうか?

 

きっとμ'sに入って皆で活動出来れば楽しいと思う。

 

やりたかったスクールアイドルも、満足に出来ると思う。

 

でも、唯一の懸念はμ'sの皆が私を認めてくれるか…

 

あの男はああ言ってくれたけど、他のメンバーの意見を聞けてない。

 

結局無理矢理な形で部室から追い出してから、会えてない。

 

一体どんな顔をすれば…

 

氷月に言えば、また助け舟を出してくれるかな…

 

「はぁ…」

 

私はため息をつきながらドアノブを回した。

 

 

 

 

「「「「「「「お疲れ様です!部長!」」」」」」」

 

「…え?」

 

中に入ると、μ'sのメンバー全員が私を迎え入れてくれた。

 

「お茶です部長!」

 

「え…」

 

「部長、次の曲なんですがもう少しアイドルを意識した曲がいいと思いまして…」

 

「ちょ、ちょっと」

 

「部長、やっぱり衣装はもう少し可愛さを意識した方がいいですか?」

 

「それは…」

 

「テーブルの上にあった物邪魔だったので片付けておきました!」

 

「こら勝手に」

 

「部長、参考にしたいからオススメのDVD何か貸して欲しいんだけど」

 

「何言って…」

 

「じゃあやっぱりこれじゃないですか!?」

 

「だからそれは保存用だって」

 

「部長。昨日のポーズなんですけどやはり腕の角度はもう少し上の方がいいですか?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!あんた達、これで押しきったつもり?」

 

理解が出来なかった。

 

昨日あんなに酷い態度をとった私にどうして…。

 

まるで私がもうμ'sのメンバーみたいな態度を取るなんて。

 

チラッと氷月を見る。

 

「…」ニコッ

 

「…!…」

 

目が合うと、優しく微笑む氷月。

 

なるほど…全てお見通しって訳ね。

 

「押し切るつもりなんてないですよ。ただ私達は相談したいだけです」

 

 

 

 

 

「音乃木坂研究部所属μ's7人で歌う次の曲を!」

 

 

 

 

高坂さんがそう言った瞬間、分かりやすくにこさんの表情が明るくなった。

 

どうやら作戦は成功らしい。

 

「厳しいわよ」

 

「分かってます!アイドルの道が厳しい事くらい!」

 

にこさんの言葉に高坂さんが力強く返す。

 

雨、止んだな。

 

まるでにこさんの加入を祝ってるみたいだ。

 

「分かってない!皆甘々よ。いい?アイドルは笑顔を見せる仕事じゃない…笑顔にさせる仕事なの!それを自覚しなさい!」

 

…全く素直じゃないな。

 

「だからにこさん。俺達に教えて下さい!」

 

太陽の言葉ににこさんが微笑む。

 

隠しきれてないぞ。喜の感情が。

 

「よし、そうと決まれば早速練習に行くわよ!」

 

「おー!」

 

にこさんを筆頭に勢い良く部室を飛び出す。

 

あんなに楽しそうにしちゃって。

 

良かったな。トラウマを払拭出来て。

 

「ちょっと」

 

一人寛いでいると、にこさんが戻ってきた。

 

「あれ、練習に行ったんじゃ?」

 

「お礼を言いに戻ってきたわ。昨日はありがとうね私を励ましてくれて。おかげさまで大分気持ちが楽になったわ」

 

「それは良かったです」

 

「後さっきのやつ。あんたでしょ?仕組んだの」

 

皆がやたら部長に意見求めてたやつかな?

 

良くお気付きで。

 

「そう。題してにこさんはもうμ'sのメンバーだよ作戦」

 

「作戦名ダサっ」

 

「ほっとけ」

 

自分で言って自分で思ったわ!

 

「でも、その作戦のおかげで私はμ'sのメンバーになれた。本当にありがとう」

 

なんかにこさんに真っ直ぐお礼を言われると照れるな。

 

そうゆうキャラじゃないからかな。

 

「とりあえずあんたも早く来なさい。皆待ってるから」

 

「少ししたら…」

「後!」

 

 

 

 

「頼りにしてるわよ。マネージャー」

 

 

 

 

それだけ言い残すと、屋上に向かい走り出したにこさん。

 

「…あんな表情もするんだな」

 

言葉の後に見せたにこさんの笑顔。

 

垢抜けてとても輝いて見えた。

 

「さすがにあれは…キャラ作りじゃないよな」

 

笑顔の力を身を持って感じた俺は、屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

「にっこにっこにー!はい」

 

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

 

「もう1回!にっこにっこにー!」

 

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

 

「吊り目のあんた!もっと気合を入れて!」

 

「真姫よ!」

 

「ほら、あんたもやる!」

 

「俺も!?」

 

「当然でしょ!?あんたコーチなんだから!こうゆうのも覚えないと駄目よ。ほら最後、にっこにっこにー!」

 

「「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」」

 

「全然駄目ね。後30回!」

 

「えー…まだやるの?」

 

「何言ってるの。まだまだこれからだよ!よろしくお願いします!」

 

いつもと違う練習風景。

 

これはこれで新鮮でいいな。

 

にこさんも楽しそうだし。

 

「あ、あんたたち…」グスッ

 

皆のやる気に思わず涙するにこさん。

 

よっぽど嬉しかったんだろう。

 

ずっと一人だったもんな。

 

「「「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」」」

 

「よーし…」

 

にこさんは涙を拭うと、

 

「まだまだ、いっくよー!!」

 

幸せそうに満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

これで7つのピースが揃った。

 

残るは絢瀬さんと東條さん。

 

絢瀬さんがμ'sに加入すれば恐らく東條さんも加入するだろう。

 

「やれやれ…最後が一番骨が折れるな」

 

当然簡単にはいかない。

 

恐らく1年生組やにこさんよりも手強いだろう。

 

だからチャンスを待つしかない。

 

まだ動く時では無い。

 

「さて、バイトの時間だな」

 

μ'sの楽しそうな声を背にし、俺は屋上を後にする。

 

女神の集結はもうすぐ。

 

残りのピースは残り2つ。




物語は進む。

着実に揃っていくパーツ。

しかし、新たな問題が浮上する。

「私が入った段階で考え直すべきだったのよ…リーダーは誰かを!!」

穂乃果から剥奪されるリーダーの座。

「はぁ…太陽頼んだ」

「は、え?俺!?」

この言葉の意味とは…

センターの座を賭けたμ'sの仁義無き戦いが今、始まる!



〜次回ラブライブ〜

【第14話 リーダーとは】

お楽しみに。


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第14話【リーダーとは】

これまで加入回が続いていたので文字数が多くなっていましたが今回は少し抑えられました。

モチベーションよ、上がれぇぇぇ!!!

あ、ちなみに今回は冬夜があまり出てきません。たまにはこうゆう回もいいかな?

という訳で第14話始まります。


「私が入った段階で考え直すべきだったのよ…リーダーは誰かを!!」

 

アイドル研究部部室。

 

神妙な面持ちで椅子に座るμ'sメンバー。

 

その中央に座るにこさんは勢い良く立ち上がった。

 

「…何があったんだ?」

 

「実はな…」

 

太陽が事を発端を教えてくれた。

 

どうやら部室紹介動画を撮らなければいけないらしく、東條さんがビデオカメラを片手にやってきたとの事。

 

ビデオカメラを使わせてもらえる事を条件にμ'sはこれを承諾。PV撮影が出来るかららしい。

 

しかしその際メンバー一人一人にスポットを当てた結果、園田さんは作詞。南さんは衣装と役割があるが2年生では高坂さんのみ役割が無い事を東條さんに指摘される。

 

今まではμ'sの発端である高坂さんが暗黙でリーダーみたいなポジションにあったが、にこさんの提案で一度見直そうという話になったみたいだ。

 

「なるほどね…」

 

「冬夜はどう思う?」

 

「どう思うって言われてもな…」

 

別に誰がリーダーとかは興味が無い。

 

μ'sにはいらないと思ってるからだ。

 

「リーダーは穂乃果ちゃんじゃ…」

 

「ダメよ。動画見たでしょ」

 

「じゃあ…どうすれば…」

 

「いい?リーダーにとって欠かせない要素…それは!」

 

なんかホワイトボード引っ張ってきたぞ?

 

ていうかホワイトボードにめちゃくちゃ書いてあるな。

 

リーダーの…条件?

 

「まずその1!誰よりも熱い情熱を持ってみんなを引っ張っていけること!」

 

「その2!精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること!」

 

「その3!誰からも尊敬される人間である事!」

 

ホワイトボードに書いてある事を力強く復唱するにこさん。

 

推薦して欲しい感がだだ漏れだがそんなに当てはまってないのが面白いな。

 

かろうじてその1ぐらいか。

 

「この条件を全て満たした人物は…」

 

「海未先輩でいいんじゃないかにゃ?」

 

「なんでよ!!」

 

自分に来るかと思っていたのか思わずツッコむにこさん。

 

「わ、私ですか?」

 

「そうだよ!海未ちゃんやればいいじゃん!」

 

推薦された園田さんは困惑。

 

しかし高坂さんは乗り気な様子。

 

「…センターじゃなくなるかもしれないのに呑気だな」

 

隣で太陽がため息をつく。

 

まぁそうゆうの気にするタイプじゃないからな。高坂さんは。

 

「わ、私は無理です!」

 

「そっかー…」

 

「じゃあ後は…」

 

「仕方ないわねー」

 

「ことり先輩とか?」

 

「ずこっ!」

 

次に推薦されたのは南さん。

 

南さんはあまりリーダー向きではないな。

 

「でも、ことり先輩は副リーダーって感じがするにゃ」

 

まぁ星空さんの意見に同意だな。

 

「仕方ないわねー!」

 

さっきよりも露骨に口調を強めアピールするにこさん。

 

「1年生がリーダーなのもおかしいし…」

 

「じゃあもう朝日さんか氷月さんでいいんじゃない?」

 

「俺達か」

 

先に俺らに触れるんだ。

 

西木野さんの推薦に太陽がすかさず反応する。

 

「俺達はあくまでもコーチとマネージャーでサポート側の人間だ。実際にステージに立つのは君達。リーダーは君達の中で決めるべきだ」

 

「やっぱりそうだよねー…」

 

「し、か、た、な、い、わ、ねー!!」

 

ついに拡声器使い出したぞ…

 

いい加減誰か反応してあげろよ。

 

俺?メリット無さそうだから嫌だ。

 

「うーん…一体どうすれば…」

 

「私は海未先輩を説得するべきだと思うけど」

 

「あんた達…わざとやってるでしょ…」

 

何かにこさんが可哀想になってきたな。

 

「うーん…」

 

「どうしよっか…」

 

話し合いが滞ったその時、

 

「よし、分かったわ!」

 

にこさんがまたもや自信満々に立ち上がった。

 

「こうなったら実力勝負よ!」

 

「「「「「「「「…?…」」」」」」」」

 

当然のごとく全員に?マークが浮かんだ。

 

何を言っているんだ?

 

「歌とダンスで決着をつけるわ。今からカラオケに行くわよ!」

 

なるほど。点数を競うわけね。

 

「…それでいいのでしょうか?」

 

「じゃないと埒があかないでしょ!いい?これは学年なんて関係ない真剣勝負よ!」

 

「はわわっ!で、では1年生がリーダーになる可能性も…」

 

「面白そう!やるにゃ!」

 

どうやら皆乗り気みたいだな。

 

まぁ交流も兼ねてると考えれば悪くない提案か。

 

「じゃあ早速皆で…」

「悪い。俺パス」

 

「「「「「「「え!?」」」」」」」

 

俺が断ると一斉にこちらを見るμ's一同。

 

何故だ?

 

「な、なんで!?」

 

「いやバイトあるから」

 

「そんな…」

 

露骨にがっかりする高坂さん。

 

他のメンバーも残念そうだ。

 

しかしどうも俺はμ'sのメンバーに懐かれてるらしい。

 

そんなつもりじゃなかったんだけどな…

 

「という訳で太陽頼んだわ」

 

「は、え?俺!?」

 

俺は太陽の肩に手を置くと、部室を出ていった。

 

 

 

 

 

「…行っちゃった…」

 

「本当に忙しい人だよね。氷月君って」

 

「はい、朝練や練習にも最初しか殆ど顔を出しませんからね」

 

初めての視点だな。皆の朝日太陽だよ!

 

…て今はそれ所じゃないか。

 

ご覧の通り冬夜がいなくなった途端μ'sのメンバーが目に見えるようにテンションが下がっていた。

 

「氷月先輩と遊びたかったな…」

 

ぽつりと呟く小泉さん。

 

それもそのはず。μ'sと冬夜の交流というのは殆ど無い。

 

遊びに行く他、一緒に帰ることすら少ない。

 

にこさんの提案の裏には、冬夜と遊ぶ事が出来る期待があったんだろう。

 

あ、誤解を産まないように言っておくけど別に俺が嫌われてる訳じゃないぞ!

 

俺はほぼ毎日のようにμ'sと登下校を共にしてるし遊びにも行ってるからな。

 

にしてもマネージャーの癖に凄いレアキャラになったな冬夜。

 

「…まぁ仕方ないよ。あいつも生活あるからさ」

 

「そうですね…朝日さんはバイトとかは?」

 

「俺は毎月親から仕送り貰ってるから大丈夫。でも、全部親頼みじゃなくて俺もそろそろバイト始めないとな…」

 

「ちょっと待ってよ!朝日君までバイト始めたら練習見る人いなくなっちゃうよ!」

 

おおっと、高坂さん急に顔を近づけるのはやめてくれ。

 

いくら俺でも困ってしまう。

 

「で、結局行くの?」

 

「当然でしょ!朝日もいるし、問題は無いわ。そうと決まれば早速出発よ!」

 

あ、やっぱり行くんですね。

 

 

 

 

 

「ふふふ…こんな事もあろうかと点数の出やすい曲はピックアップ済…この勝負貰ったわ!」

 

という訳でカラオケに来た俺達。

 

女子7人に対し男1人というハーレムぶり。

 

肩身狭いなー…

 

「にこさん。心の声だだ漏れですよ」

 

「んなっ!?」

 

「カラオケなんて久しぶりだねーかよちん」

 

「うん。最後に行ったのいつか覚えてないよ。真姫ちゃんはよく来るの?」

 

「全然」

 

「何歌いましょう…」

 

「これ歌いたい!ことりちゃん一緒に歌おう!」

 

「うんいいよ!」

 

他のメンバーはリーダー決めを意識している様子は無く純粋に楽しんでる様子だった。

 

「ちょっとあんた達!目的忘れてない!?」

 

「目的?…あれ、何だっけ」

 

「リーダーを決めるんでしょ!!」

 

「あ、そうでした…」

 

「忘れてたにゃ」

 

「本当に緊張感が無いわね…これはセンターを決める戦いなのよ?にこから時計回りに歌うから勝負曲決めておいてね」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー…」

 

「海未ちゃん上手!」

 

「点数は?凄い!93点だ!」

 

カラオケは進み、園田さんが歌った所で一周した。

 

結果は、

 

にこさん 94

 

星空さん 91

 

小泉さん 96

 

西木野さん 98

 

高坂さん 92

 

南さん 90

 

園田さん 93

 

見事に全員90点代という意外に接戦の勝負となった。

 

この結果ににこさんは思わず、

 

「こいつら…化け物か…」

 

と呟いた。

 

「これで全員終わったね。」

 

「まだ1人残ってるよ!」

 

…?…園田さんで終わっただろ?

 

…え、まさか。

 

「朝日君も歌ってよ!」

 

やっぱり俺かよ!!

 

「いや俺関係ないじゃん」

 

「関係無くないよ!朝日君もμ'sのメンバーなんだから」

 

「そうね。コーチをしてるんだからその実力見せてもらおうじゃない」

 

うわぁ…よく見たら皆期待の目でこっち見てるわ…

 

どうやら歌わないと解放してくれないみたいだな。

 

「分かったよ。歌えばいいんだろ歌えば」

 

久しぶりに歌うな…ちゃんと声出るかな。

 

 

 

 

 

「うまっ!!」

 

「朝日先輩凄い上手です!」

 

歌い終わると、にこさんは驚愕の表情を浮かべ小泉さんは目をキラキラさせながら拍手していた。

 

「ありがとう」

 

画面には99点と表示されていた。

 

「真姫ちゃんよりも高いにゃ」

 

「べ、別に悔しくなんか…」

 

「朝日さんは本当に万能ですね」

 

そんなに自分が上手いという実感は沸かなかったが、気に入ってもらえたなら何よりだ。

 

「さすがは自慢のコーチだね!」

 

「コーチが朝日君で良かった!」

 

南さんと高坂さんにまでべた褒めされる始末。

 

さすがに照れるな…

 

「一先ず、次に行こう。ダンスもするんだろ?」

 

「あ、そうだった。よし、皆行くわよ!!」

 

結局点数自体はあまり大きな差は無く、ダンス対決に持ち越しとなった。

 

 

 

 

「さぁ次はこれで勝負よ!」

 

場所は変わりゲームセンター。

 

目の前にあるのは今若者間で絶大な人気を誇る、ダンスダンスレボリューションというゲームだ。

 

テレビでも取り上げられてるもんなー…これ。

 

「このゲームのアポカリプスモードエクストラをやって貰うわよ!」

 

なんだそのクドい名前の難易度は。

 

「やる事は分かりましたが、約半分説明を聞いてない方がいます」

 

園田さんがそう言い指を指した先には

 

「穂乃果ちゃん!もうちょっともうちょっと!」

 

「右にゃ!」

 

「えい!」

 

「取れたー!!」

 

「穂乃果先輩上手にゃ!」

 

UFOキャッチャーで盛り上がる3人がいた。

 

「ちょっと!にこ達は遊びに来た訳じゃないのよ!」

 

…実際遊びに来たのでは?

 

「えー…でも凛やった事ないからなー…」

 

「それに難しそう…」

 

あまり気乗りしない様子を見たにこさんは分かりやすく悪そうな表情をした。

 

「ふふふ…そうこれは初心者じゃまずもってクリアは不可能!この日の為に特訓をした成果を見せる時が来たわ…」

 

だから心の声だだ漏れだって。

 

【GAME CLEAR!!】

 

「出来ちゃったにゃ!」

 

「嘘っ!?」

 

にこさんが悪巧みをしている間にいつの間にか挑戦していた星空さん。

 

初見でクリアとはやるな。

 

しかもミス無しのパーフェクトクリアだし。

 

星空さんの運動神経恐るべし…

 

「折角だから朝日君もやってよ」

 

「また俺?」

 

「朝日先輩、ダンスやってたんですよね?見てみたいです!」

 

あぁ…そういえば皆の前でまともにダンスした事ないな。

 

ステップの見本とかはよくやってるけど。

 

「よし、1回だけな」

 

少し体動かしておきたいし。やるか。

 

「やった!!」

 

「やっと朝日先輩のダンスが見れますっ!」

 

「あまり期待すんなよ」

 

そう言い、俺は曲を選んでいく。

 

といっても俺あんまりこのゲームやった事ないんだよな。

 

大丈夫かな?

 

「これにしよ」

 

俺が曲を決定すると、にこさんが反応した。

 

「あ、あんたその曲やるの!?」

 

「そうですけど」

 

「それ、このゲームの中で最高難易度の曲よ!クリアした事ある人見たことないんだから!」

 

「あ、そうなんですか」

 

やべ、知らなかったわ。

 

「あんた知らずに選んだの!?悪い事は言わないわ。リタイアした方がいいわよ」

 

うーん…やらずにリタイアするのもな…

 

お金もったいないし。

 

「出来る所までやってみます」

 

俺はにこさんの忠告を断り画面に体を向けた。

 

そして曲が始まった。

 

さぁ、ゲームスタートだ。

 

 

 

 

 

「嘘…」

 

ふむ…最高難易度と聞いて少し真面目にやってみたけど思ったより楽だったな。

 

無事クリア出来た事にほっとする俺。

 

一先ずこれでコーチとしての名目は保てたな。

 

「凄い…ノーミスで全部ジャストタイミングだ…」

 

「あんた…何者?」

 

「私達…実は凄い人に教えてもらってるんじゃ…」

 

ただただ唖然とするμ'sのメンバー。対する俺は

 

「お、1位か。名前何にしようかな」

 

何も気にせずランキングに残す名前を決めていた。

 

楽しかったからまたこっそりやりに来ようかな。

 

 

 

 

 

「これが正真正銘、最後の対決よ!」

 

結局歌とダンスでは決着がつかなかった為、最後ににこさんが選んだのは駅前でのチラシ配りだった。

 

「アイドルとして一番必要といっても過言ではないもの…それはオーラ!歌もダンスもイマイチ…でも何故か人を惹き付ける要素。これを持っている人がリーダーに相応しい!」

 

「で、決める方法がチラシ配りって訳か」

 

「そうよ!1時間で一番チラシを配った人が一番オーラがあるって事よ」

 

「今回はちょっと強引すぎる気が…」

 

「でも、面白そうだからやってみようよ!」

 

まぁ南さんの言うとおりちょっと強引だけど1年生組にとってはビラ配りは大事な経験になる。

 

オーラはともかくとしてやる価値はあるな。

 

「ふふふ…チラシ配りは得意中の得意…このにこにースマイルで…」

 

これだけは断言できる。

 

にこさん。間違いなくチラシ配りだけは向いてない。

 

 

 

 

 

「お願いしまーす」

 

そして始まったチラシ配り。

 

皆順調に減らす中、にこさんは噂のにこにースマイルで挑むが、

 

「にっこにっこにー!!これお願いするにこ!」

 

「…」

 

見事に無視される。

 

「ちょ…ちょっと待って!」

 

通り過ぎようとする男性の腕を思わず掴むにこさん。

 

…いやいやその戦法はどうなのよ。

 

「………にこっ☆」

 

にこさん、それ逆効果。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

それから数十分。

 

一番最初にチラシを配り終えたのは南さんだった。

 

「凄いことりちゃん!もう配り終えたの?」

 

「うん。何か気づいたら無くなってて…」

 

それ凄いな。

 

これがにこさんが言うオーラなのか…

 

でも他のメンバーも結構減ってるな。

 

という事はにこさんも…

 

「おかしい…時代が変わったの!?」

 

全然減ってなかった。

 

時代が変わったのか追いついてないのかよく分からんな。

 

可愛いのは間違い無いんだけど…これがオーラってやつか。

 

 

 

 

 

「結局皆一緒だね」

 

再び部室に戻ってきた俺達。

 

点数の集計を取ると、全員に大差が無い事が分かった。

 

「ダンスの点数が低い花陽は歌の点数が良くて、歌の点数が低いことりはチラシ配りが良い…」

 

「にこ先輩も凄いです!皆より練習してないのに同じ点数なんて!」

 

「ま…まぁね…」

 

にこさんが酷く落ち込んでるな。

 

チラシ配りがよっぽどショックだったみたいだね。

 

「でも、どうするの?このままじゃ決まらないわよ」

 

「う、うん。でも、リーダーは上級生の方が…」

 

「凛もそう思うにゃ」

 

「…!…仕方ないわね」

 

「私は元々やる気ないけど」

 

「うーん…」

 

「…あんた達ぶれないわね」

 

 

 

 

 

「じゃあ、いいんじゃないかな?無くても」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

ここまで口を開かなかった高坂さんがぽつりと呟いた。

 

高坂さんの言葉に全員の視線が集まる。

 

マジか…

 

「リーダー無しですか?」

 

「うん。リーダー無しでも全然平気だと思うよ。皆そうやって練習してきて歌も歌ってきたんだし」

 

「し、しかし…」

 

「そうよ!リーダー無しのグループなんて聞いた事ないわよ!」

 

「それに、センターはどうするの?」

 

西木野さんの問いにすぐさま高坂さんが答える。

 

「それなんだけどね?私考えたんだ。皆で歌うのってどうかな?」

 

「皆?」

 

「家でアイドルの動画を観て思ったんだ。皆が順番に歌えたら素敵だなって。そんな曲作れないかなって」

 

高坂さんの提案は意外なものだった。

 

あえてリーダーを作らず全員一人一人が目立つ様な曲を作る。

 

なんて面白い発想なんだ!

 

「そんな曲、無理かな?」

 

「…まぁ、歌は作れなくは無いですね」

 

「そうゆう曲、無くはないわね」

 

「ダンスは、難しそうかな?」

 

不安そうな表情でこちらを見る高坂さん。

 

それに釣られ他のメンバーの視線が集まる。

 

確かに難しいが出来なくはない。そして何より高坂さんの斜め上の提案を叶えてあげたい。

 

許可しない手は無いな。

 

「このメンバーなら出来るよ」

 

俺がそう言うと、高坂さんは嬉しそうな顔で立ち上がった。

 

「じゃあ、それが一番いいよ!皆で歌って皆がセンター!」

 

「私賛成!」

 

「好きにすれば」

 

「凛もソロで歌うんだ!」

 

「わ、私も?」

 

「やるのは大変そうですけどね」

 

今度は皆の視線がにこさんに移る。

 

にこさんは皆の表情をじっくり見つめると、観念したように答えを出した。

 

「仕方ないわね。ただし、私のパートはカッコよくしなさいよ朝日!」

 

「任せて下さい」

 

これで全員納得した。

 

そうなればやる事は一つだな。

 

「よし!そうと決まれば早速練習しよう!」

 

 

 

 

 

「でも、本当にリーダー決めなくて良かったのかな?」

 

屋上へと向かう階段。

 

歩を進めながら南さんがぽつりと言う。

 

その疑問に対し、園田さんは微笑みながら答える。

 

「いえ。もう決まってますよ」

 

西木野さんも続く。

 

「不本意だけどね」

 

「朝日さんも、分かってるんじゃないですか?」

 

ああ。答えは出てるよ。

 

μ'sのリーダーは彼女しかいない。

 

「そうだね。何にも囚われないで、一番やりたい事、一番面白そうな事に怯まず向かっていく。そして強引でも皆を新たなステージへと引っ張り上げる存在。それは高坂さんにしかないよ」

 

「仕方ないわね」

 

これにはにこさんも納得したみたいだ。

 

あれだけリーダーに執着してたのにちゃんと認めるあたりさすがは部長だな。

 

「ま、この答えに最初から辿り着いてた人もいるけどな」

 

「…?…どうゆう事よそれ」

 

にこさんが俺の隣に立つ。

 

俺はスマホを取り出すと、画面を皆に見せた。

 

「これは…」

 

「カラオケに向かう前に俺が冬夜に送ったんだよ」

 

そう。俺は冬夜とやり取りしたLINEの画面を見せた。

 

【あっさりと出ていったけどバイトまではまだ時間あっただろ?誰がリーダーになるか気にならないのか?】

 

【今日は準備があるから早出なんだよ。それに誰がリーダーとか興味ないし】

 

【どうゆう事?】

 

【μ'sは個性の塊みたいな集団だ。個々の実力も高いし誰かが管理せず自由にした方が輝けると思う。だから俺は、μ'sには別にリーダーとかいらないと思ってる。ただあいつらがリーダーが欲しいと思ってて決めたいなら決めればいいし文句はない】

 

【そっか。でも俺らが口出す問題では無いよな?】

 

【ああ。これはあいつらが決める事だ。でも、大丈夫だと思うぞ】

 

【何が?】

 

【多分高坂さん辺りが言うと思うぞ。リーダーいらない案を】

 

【え、何で?】

 

【高坂さんが一番リーダーに執着してなくてμ'sとして楽しむ事を重視して考えている。スクールアイドルを始めるきっかけ。ファーストライブの事。いつだってμ'sが変化する起点を作るのは高坂さんだった】

 

【だから、あえてリーダーを決めるとしても俺は…】

 

 

 

 

 

【高坂さんしか考えられないよ】

 

 

 

 

 

「じゃあ、始めよう!!」

 

俺達がスマホから視線を外すと、一足先に階段を登りきった高坂さんが満面の笑みで言う。

 

その言葉に園田さん達は微笑むと一気に階段を登っていった。

 

実感するμ'sの進化。日に日に増していくμ'sの可能性。

 

俺は一人微笑むと、ぽつりと呟いた。

 

「楽しみだ。女神のこれからが」

 

 

 

 

 

 

【これからのSomeday】

 

 

 

 

 

 




「た、大変です!!」

着実に進化していくμ'sにどんどん高くなる人気。

「ラブライブ?」

通称スクールアイドルの甲子園。廃校阻止の鍵を握るラブライブの存在。

しかし、最大の試練がμ'sを襲う。

「勉強が疎かになるといけません」

「「本当に申し訳ございません」」

ラブライブエントリーに理事長が出した条件は…



〜次回ラブライブ〜

【第15話 ラブライブとレッドゾーン】

お楽しみに。


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第15話【ラブライブとレッドゾーン】

自分の文章が好きになれない…

上手く書けてるかな…可愛くμ'sを表現出来てるかな?

既存ストーリーにオリジナル要素を入れる事が難しくて難しくて…

という事で第15話始まります。




こんなに長くなるとは思わなかったんです!気づいたらまた10000字超えちゃいましたすいませんっ!


「大変です!!」

 

これからのSomedayをネットにUPしてから数日。

 

にこさんもすっかりμ'sに溶け込み、いつもと変わらない日々を過ごすμ's一同。

 

いつもの様に部室で過ごしていると、慌てた様子で小泉さんが部室に飛び込んできた。

 

「花陽ちゃんどうしたの?」

 

「じ、実は…」

 

急いできたのか息切れしている様子。

 

よっぽど大変な事が起こったみたいだな。

 

「小泉さん1回落ち着こう。深呼吸して」

 

「は、はい!すぅ………はぁ………」

 

「…落ち着いた?」

 

「はい!ありがとうございます氷月先輩。実は、開催される事になったんです!」

 

「スクールアイドルの全国大会…ラブライブが!!」

 

目を輝かせながら言う小泉さん。

 

どうやらスイッチが入ったらしい。

 

にしてもラブライブか。初めて聞いたな。

 

「…ラブライブ?」

 

高坂さんもどうやらピンと来ていない様子。

 

他のメンバーの表情を見ると、皆同じ感じだ。

 

「知らないんですか!?」

 

驚いた様子で小泉さんは言うと、そのままパソコンの前に座りマウスを動かし始めた。

 

何か初めて部室に来た時と似た光景だな。

 

「ラブライブは通称スクールアイドルの甲子園と呼ばれていまして、ランキング上位20組がスクールアイドルの頂点を目指してライブをするトーナメント形式のイベントになります!!このランキングだったら1位はA−RISEだとして2位3位は…ああ!なんて夢のようなイベント!チケット販売はいつでしょうか…初日特典は…」

 

パソコンとスマホを器用に操作しながら早口で説明する小泉さんは、凄く興奮している様子。

 

にしてもそんな大会があるとは知らなかった。

 

何故か小泉さんは見に行く前提で話しているが、どうやらネット中継もされるみたいだし参加しない手はないだろう。

 

「花陽ちゃん見に行くつもり?」

 

「はい!名だたる人気スクールアイドル達が集結する一大イベントですよ!?」

 

「てっきり、ラブライブ出場に向けて頑張るのかと思ったけど…」

 

高坂さんも同じ疑問を抱いていたらしく小泉さんにぶつける。

 

「ででででで出るなんてそんな恐れ多い!!」

 

分かりやすく慌てた様子で後退る小泉さん。

 

本当にスイッチ入ると180度キャラ変わるな。

 

「でも、俺達折角スクールアイドルやってるんだしさ、出場出来るか分かんないけど目指すくらいはいいんじゃない?」

 

「朝日先輩…で、でも確かにそうですが、ランキング20位なんてとっても」

 

「それなんだけど、どうやらμ's今めちゃくちゃ人気あるらしいんだわ」

 

俺はランキング画面を開いて見せた。

 

これからのSomedayが評判良く、メンバーが増えた事も功を奏しファンが一気に増えた。

 

後は何故かMVに太陽が出ていた事もあり女性人気も高い。

 

そして注目のランキングは…

 

「凄い!順位上がってる!」

 

「急上昇スクールアイドルにもピックアップされてます…」

 

「もしかして凛達人気者?」

 

園田さんと凛もまじまじで画面を見つめる。

 

こんな早く人気が出るのは予想外だが好都合。

 

この調子で出場まで出来れば廃校阻止が実現する可能性は高い。

 

「この調子で曲を上げ続ければラブライブ出場も夢じゃない。この短期間でここまで順位が上がったんだ」

 

「まさかここまで人気が出ているとは思いませんでした…でも、そうですね、ラブライブに出たいです!」

 

「よし、その意気だ」

 

「じゃあこの調子で順位を上げてラブライブ出場に向けて練習を頑張っていこう!!」

 

「「「「「「おー!!」」」」」」

 

太陽の鼓舞により士気が高まるμ's。

 

そのまま部室を出ようとしたその時、部室の扉が勢い良く開かれた。

 

「あんた達!ついに開催されるわよ!!」

 

「ラブライブですか?」

 

「…知ってるのね」

 

にこさんは相変わらずだった。

 

 

 

 

 

「で、どうする?生徒会室に行くのか?」

 

部室を出るもすぐに新たな問題が浮上した。

 

ラブライブエントリーには学校の許可が必要で勿論生徒会に話を通す必要がある。

 

しかし生徒会にはμ'sを嫌っている絢瀬さんがいる。

 

東條さんがいくらフォローを入れた所で許可はまず貰えないだろう。

 

「生徒会には絢瀬生徒会室がいる。断られるのは目に見えてる」

 

「学校の許可?認められないわぁ」

 

「ぷっ…」

 

凜が絢瀬さんのモノマネを披露する。

 

ちょっとだけ似てると思ったのは内緒だ。

 

「それ、絶対本人の前でやるなよ?」

 

本気で潰されるぞ。

 

「でも、どうしよっか…」

 

「うん。学校の許可は絶対必要だし…」

 

頭を悩ませるμ's一同。

 

すると西木野さんが何か閃いたのか自身有りげに口を開く。

 

「直接理事長に頼めばいいんじゃない?」

 

なるほど、その手があったか。

 

「確かに、理事長に直接頼んだらいけないとは規則に書いては無いですね」

 

どちらにせよ生徒会には話を通さないといけないがその順序は記載が無い。

 

つまり先に理事長に話を通してから生徒会に話を通しても良いって訳だ。

 

理事長からの許可さえ貰えばいくら生徒会長でも断れないだろう。

 

「いい案だ。それでいいんじゃないか?」

 

「よし、そうと決まれば早速行こう!」

 

「ここに親族もいるしな!」

 

太陽がニヤリとしながら南さんを見る。

 

そっか。そういえば南さんのお母さんだっけ理事長。

 

 

 

 

 

 

「到着!」

 

「しーっ。穂乃果声が大きいですよ」

 

「あ、ごめん」

 

そんなこんなで理事長室前へとやってきた俺達。

 

ここへ来るのは転入時以来だな。

 

「大勢で押し掛けても迷惑だろうから、1年生の3人はここで待機してて」

 

「分かりました」

「分かったにゃ!」

「分かったわ」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

俺の予想では許可は貰えると思う。

 

何か条件を出される可能性はあるが、何より廃校阻止の大きな可能性を秘めているイベントだ。

 

理事長も分かってくれるはず。

 

期待と希望を膨らませながら扉の前に立つ俺達。

 

意を決してノックしようとしたその時、突然扉が開かれた。

 

 

 

「…何してるの?」

 

 

 

冷ややかな表情でこちらを見つめるアイスブルーの瞳。

 

そこにいたのは今一番会いたくない人物。生徒会長絢瀬絵里だった。

 

 

 

「タイミング最悪…」

 

思わずにこさんがぽつりと呟く。

 

静かだった為この呟きは絢瀬さんの耳に入っているだろう。

 

「何の用?部活の事ならまずは生徒会を通す決まりよ」

 

「私達は理事長とお話をしたいだけよ!」

 

西木野さんが一歩前に出る。

 

「真姫ちゃん。上級生だよ」

 

しかしすぐさま高坂さんが西木野さんを宥める。

 

こうゆう所はさすがはリーダーといった所だな。

 

「勿論生徒会にも話は通します。ですが、話を通す順番は決められていません。先に生徒会ですとまともに取り合ってくれない可能性があるのでまず理事長の許可を貰いにきました。ルール上問題無いはずですが」

 

俺は絢瀬さんの前に立ち淡々と説明した。

 

「…だけど」

「別にええんやない?」

 

「…希」

 

そう言い絢瀬さんの背後に現れたのは東條さんだった。

 

付き添いで一緒に来ていたのであろう。

 

「この子の言う通り先に理事長に話を通すのは問題無い。うちらがとやかく言う権利は無いよえりち」

 

「この子達の肩を持つのね。希は」

 

「別に肩を持ってる訳ではないよ。ただこの提案はルール上何の問題も無いから否定のしようが無いってだけや」

 

「…分かったわ。先に理事長と話す事は認めます。ですが私も同席します」

 

東條さんの言葉に渋々納得した様子の絢瀬さんは同席する事を条件に許可した。

 

好都合。その方が同時に許可を貰えるから手間が省ける。

 

「ええ、是非お願いします」

 

俺は絢瀬さんの出した条件をすぐ飲んだ。

 

 

 

 

 

「なるほど…ラブライブですか」

 

俺達は理事長にラブライブエントリーの件を説明した。

 

「ネット中継も予定されています。エントリーする事が出来れば全国にアピール出来て廃校阻止に大きく近づけると思うんです」

 

「お願いします!ラブライブエントリーの許可を下さい!」

 

「お願いします理事長!」

 

頭を下げる俺達。

 

少しすると、微笑みながら理事長が口を開いた。

 

「そうね、確かにそれはいいアイデアです。許可しましょう」

 

よし!許可貰えた。

 

これなら絢瀬さんも文句は無いはず。

 

だがその時、理事長の言葉を聞いた絢瀬さんは焦ったように理事長に詰め寄った。

 

「いいんですか理事長!彼女達はまだスクールアイドルとして未熟です。その状態でネット中継されたらこの学校の恥さらしになる可能性が高い…あまりにもリスクが高すぎます!」

 

「そうかしら?音乃木坂スクールアイドルμ'sの人気は私の耳にも入っています。練習だって毎日欠かしていないのよね?」

 

「勿論です!俺が責任を持ってコーチしてます。ラブライブ本番には更にμ'sを進化させてみせます!」

 

自信満々に太陽が答える。

 

「こうやって言ってくれている事ですし、認めてあげてもいいんじゃないかしら?」

 

「し、しかし…」

 

「それに、我が校はこのままいけば廃校になってしまいます。何かアクションを起こす事が必要不可欠で今は少しでも可能性があるならそれに賭けたい。これ以上落ちる人気も無いですからね」

 

「で、であれば私達の生徒会活動も…」

 

「それは認められないわね」

 

「…!…どうしてですか!?」

 

「私は廃校阻止したいとは思っているけどそれ以上に生徒達には悔いの無い楽しい学校生活を送ってほしいの。それは貴方もよ絢瀬さん」

 

「…分かっています」

 

「いいえ、分かってないわ。貴方全然楽しそうじゃないわ」

 

「…楽しそうじゃ…ない?」

 

「そう。その状態で学校の魅力を伝えても効果が無い。はっきり言うわ、今の貴方からは可能性を感じない」

 

「…!…」

 

理事長の言葉に絢瀬さんの表情が絶望した表情に変わる。

 

「今の貴方から変わらないと許可は出せないわね」

 

「…仰っている意味が分かりません」

 

「そう?簡単な事よ」

 

「…っ…失礼します」

 

絢瀬さんはそう言うと、東條さんを残し足早に理事長室を去っていった。

 

理事長の言葉がよっぽど堪えたらしい。

 

これが絢瀬さんを救うキッカケになればいいんだが…

 

「さて、ラブライブの話だったわね」

 

重々しい空気の中、理事長は明るい口調で話し始めた。

 

「ラブライブのエントリーは許可は出しましたが、1つ条件があります」

 

…条件?一体何だ?

 

「ラブライブがあるからといって勉学が疎かになるといけません。来週に期末テストがある事は知っていますね?その期末テストで赤点が無かったら正式に許可します」

 

なーんだ。何かと思えばそんな事か。

 

…と言いたい所だが実は赤点候補に2人心当たりがある。

 

よってちょっとマズイ条件かもしれない。

 

「なーんだ赤点回避なんて余裕余裕!なぁみんな…」

 

太陽が振り向くとそこには…

 

「「「…」」」

 

絶望に項垂れる3人の少女がいた。

 

「…マジ?」

 

ショックを受けたような太陽の声。

 

ぶっちゃけ高坂さんと凛は予想通り。

 

…でも、にこさんあなたもですか。

 

 

 

 

 

「「本当に申し訳ございません」」

 

部室に戻るやいなや申し訳無さそうに頭を下げる少女2人。

 

言わずもがなμ'sのリーダーである高坂さんとμ'sの元気印である星空さんだ。

 

「穂乃果…まぁ昔から勉強が苦手なのは知ってしましたが」

 

「…どうしても数学がダメで…」

 

「7✕4?」

 

「…26?」

 

「…それ数学じゃなくて算数なんだが」

 

とりあえずかなりの重症である事が分かった。

 

よく音乃木坂に入れたものだ。

 

「…凜は?」

 

「凜は英語!英語だけはどうしても肌に合わなくて…」

 

「た、確かに難しいよね」

 

小泉さんの言葉を受け、更に凛は畳み掛ける。

 

「そうだよ!大体凛達は日本人なのになんで英語を勉強しなきゃいけないの!?」

 

いるんだよな…こうゆう事言う人。

 

まぁ気持ちは分からんでもないが。

 

「屁理屈はいいの!!」

 

西木野さんが立ち上がり凜に激を飛ばす。

 

「わぁー…真姫ちゃん怖いにゃ…」

 

「これでテストが悪くてエントリー出来なかったら恥ずかしすぎるわよ!」

 

「そ、そうだよねー…」

 

「全く…折角生徒会長を突破出来たのに…」

 

まぁ言葉はキツイが西木野さんが言う事が最も。

 

これじゃあ廃校阻止は無理だ。

 

「み、皆しっかりしなさいよねー!」

 

熱心に数学の教科書を読むにこさんが口を挟む。

 

にこさん。あなたもだよ。

 

「にこ先輩…成績は…」

 

「に、にこ?………にっこにっこにー!赤点なんて取るわけないじゃない!」

 

「教科書…逆さまですよ」

 

「あ!え、…えーっとこれは…」

 

「…酷い焦りようですね」

 

やれやれといった表情でため息をつく園田さん。

 

気持ち凄い分かるぞ。

 

「とにかく、穂乃果の勉強は私とことりが見て凜の勉強は花陽と真姫が担当して弱点教科を何とか底上げしていく事にします」

 

「そ、それはそうだけど…にこ先輩は?」

 

そうだな。現状3年生はにこさんだけ。

 

教えられる人がいない。俺を除いて。

 

しゃあない。俺が教えるか。

 

「にこさんの勉強は俺が担当します」

 

「あ、あんたが!?」

 

俺の発言に太陽を除く皆が驚く。

 

「教えられるの?氷月君」

 

「ああ。高校で習う勉強は全て把握してる。問題ない」

 

こちとら小学校高学年から勉強だけしてきたんだ。

 

高3の数学なんて余裕だ。

 

「あんた本当に何者よ…」

 

「それは今はいいでしょ。そうと決まればやりますよ」

 

「ズルい!穂乃果も氷月君に教わりたい!」

「凛も凜も!!」

 

何でそうなるんだよ。

 

「こら、氷月さんに迷惑ですよ!」

 

「だって…」

 

「氷月先輩の方が優しそうなんだもん…」

 

いやそんなに優しくないけど…

 

あ、でも園田さんや西木野さんはめちゃくちゃ厳しそうだな。

 

「ていうかそもそもあんた達そんなに頭良いの!?」

 

俺と太陽を指差すにこさん。

 

後輩に勉強を教えられるのはさすがに嫌なのだろう。

 

「俺と冬夜は一応楠木坂の入試のトップ2なので頭は良いですよ。その後の期末テストも常にトップ2をキープしてますし。特に冬夜は毎回全教科満点です」

 

「おい。絶対最後の情報いらないだろ」

 

「こいつら…化け物か…」

 

「二人ともすごーい!!」

 

何か自慢ぽくなっちゃって嫌だな。

 

ていうか話逸れてるし。

 

「話の論点が違います。早く勉強しますよ」

 

「え?明日からじゃないの?」

 

「当然です!今日からに決まっているでしょう!」

 

「海未ちゃんの鬼!」

 

そう言いつつ筆記用具を渋々出す高坂さんと凜。

 

やっと勉強に移るのか…

 

後はにこさんだな。

 

俺がにこさんに話しかけようとしたその時、部室の扉が開かれた。

 

「どうやらうちの出番は無いみたいやね」

 

「東條先輩!」

 

入ってきたのは関西弁占いガール。東條希だった。

 

「にこっちも氷月君がいるなら安心やね」

 

…まぁそう言って頂けるのはありがたいんですけどね。

 

「だからにこは赤点なんか取らないって言ってるでしょ!」

 

とまぁこんな感じでプライドが高い為中々素直にならない。

 

成績悪いのはもう透けてるんだけどな…

 

「ふーん…」

 

その時、東條さんの表情が変わる。

 

それと同時に東條さんの両手がわしわしと動き始めた。

 

何だ?何をする気だ?

 

「にこっち…嘘つくと…」

 

東條さんは一旦言葉を切ると、凄い早さでにこさんの背後に移動した。

 

って早っ!?

 

「わしわしするよ!」

 

「ひいぃ!!」

 

いつの間にか東條さんの両手はにこさんの胸元に置かれ…というか胸を鷲掴みにしていた。

 

にこさんの表情は完全に恐怖に染まっていた。

 

「お…おお!な、何だそれぇ!」 

 

「「「「「「…」」」」」」

 

やべ、なんか太陽興奮してるし…

 

他のメンバー引いてるぞ。

 

「にこさん。もう一度聞きますね?成績は?」

 

「だ、だから…」

 

「にこっち?」

 

「ひっ…い、いつも赤点ギリギリです…特に数学…」

 

いやまぁ分かってはいたんだけどさ。

 

ようやく素直になってくれた。

 

「東條さん。にこさんの勉強お願いしていいですか?」

 

俺はここまでの一連の流れを見て東條さんに頼んだ。

 

俺が教えるより東條さんが担当した方が絶対良い。

 

「な、なんで急に希になるのよ!あんたが教えてくれるんでしょ!?」

 

「いや、やっぱり後輩に勉強教えられるってにこさんのプライドが傷つくと思いますし何より、東條さんの方が【効果がありそうなんで】」

 

「な、なんでそこだけ強調するのよ!?」

 

「分かった。そうゆう事ならうちに任せて!」

 

「引き受けるなー!!」

 

「うん?そんな事言うのはこの胸かなー?」

 

東條さんはそう言うと少しずつ指を動かし始める。

 

「ひ、ひぃぃ!分かったわ!分かったわよ!……勉強を、教えて…下さい…」

 

「よろしい」

 

やはり東條さんに依頼したのは正解だったみたいだ。

 

「じゃあ俺はバイトがあるからこれで失礼するけど、俺や太陽も皆の勉強はサポートするから頼れ。にこさんも」

 

「分かったわ…」

「分かったにゃ!」

「分かったよ!」

 

にこさんはダメージがデカイみたいだな。

 

目に見えて元気がない。

 

「赤点候補3人以外も遠慮なく聞いていいからな。じゃあまた明日」

 

俺はそう告げると部室を出て行った。

 

無事テストを乗り越えられるといいんだが…

 

 

 

 

 

冬夜が去って1時間程経過。

 

真面目に勉強に取り組むμ's一同。

 

しかしその空気は重々しいものだった。

 

「うー…これ毎日続けなきゃいけないの?」

 

ペンを走らせる音が響く中、一番最初に音を上げたのは星空さんだった。

 

「当然でしょ」

 

「むー…あー!!白米が外を飛んでるにゃ!!」

 

突然立ち上がると窓の外を指差す星空さん。

 

さすがにそんな子供騙しは…

 

「どこ!?何処に飛んでるの!?」

 

通用した…

 

嘘だろ小泉さん…

 

「逃げようたってそうはいかないわよ」

 

「真姫ちゃんの悪魔!」

 

「何とでも言いなさい」

 

良かった。さすがに西木野さんは騙されてないみたいだ。

 

しかし、星空さんの言動がトリガーとなったのか皆の集中力が切れ始める。

 

「穂乃果ちゃん、後1問だよ!」

 

「ことりちゃん…おやすみ」

 

「穂乃果ちゃーん!」

 

「穂乃果!起きなさい!」

 

あーあ…完全にスイッチ切れちゃったよ。

 

にこさんは…

 

「分かった?」

 

「わ、分かったわよ…」

 

「じゃあここの答えは?」

 

「え?え、えぇと…に、にっこにっこにー!」

 

「ふざけたらわしわしMAXやよ?」

 

「ひっ!…そ、それだけはやめて!こ、来ないで!」

 

こっちはこっちで悲惨だな…

 

しかもわしわしがグレードアップしてるし。

 

…見てぇ。

 

「炊きたてでしょうか…」

 

「花陽は早く戻ってきなさい!」

 

小泉さんまだ探してるのか…

 

これじゃ前途多難だな。

 

「…はぁ…本当にこれで身に付くのでしょうか…」

 

ため息をつく園田さん。

 

俺も同じ気持ちだよ…

 

「えっと…今の時間は…やべ!もうこんな時間だ」

 

ふと時計を見ると時間は17時を回っていた。

 

すっかり忘れてた…今日は荷物が届く日だったんだ。

 

18時には家にいないと。

 

「ごめん今日用事あるから帰る」

 

「え、朝日君用事あるなんて珍しい」

 

どうせいつも暇人だよ。

 

予定入る事ぐらいあるって。

 

「では私も家の用事があるので今日は帰りますね」

 

そう言い園田さんは立ち上がった。

 

「え、海未ちゃんも?まさか朝日君と…」

 

「断じてそんな事はありません!」

 

…いやそうなんだけどそこまで否定されると俺悲しいな。

 

「一先ずことり。穂乃果の事頼みますね?」

 

「分かった!」

 

本当に大丈夫だろうか?

 

まだ初日だし何とかなると思いたいけどな…

 

「じゃあ園田さん行くか」

 

「そうですね」

 

俺と園田さんは少し不安を抱えながら部室を後にした。

 

 

 

 

「朝日さんはどんな用事なんですか?」

 

「荷物が家に届く日なんだ」

 

「そうですか」

 

たまたま同じタイミングの帰宅となった為、方向が同じな事もあり一緒に帰ることにした俺と園田さん。

 

他愛もない会話をしながら校門を潜ると、聴き慣れた曲が耳に入った。

 

 

 

ーーーーー産毛の小鳥達もいつか空を羽ばたくーーーーー

 

 

ーーーーー大きな強い翼で飛ぶーーーーー

 

 

…あれ?この曲…

 

「これは…」

 

園田さんも気づいたのか足を止める。

 

 

ーーーー諦めちゃダメなんだ。その日が絶対来るーーーー

 

 

ーーーーー君も感じてるよね?始まりの鼓動ーーーーー

 

 

やっぱりそうだ。これはμ'sのデビュー曲、START:DASH!!だ。

 

ふと隣を見ると、そこにはイヤホンをしながら曲を聴く金髪でアイスブルーの瞳をした少女が立っていた。

 

あれ?この特徴どこかで…

 

「…ネットに上げてない部分まで…」

 

園田さんは少女の持つiPodの画面をジーっと見つめる。

 

確かに、こんなアングルの映像どこで手に入れたんだ?

 

「…?…うわぁ!」

 

二人で画面を見ているとその様子に気付いたのか驚いた様子で後退る。

 

「あ、すいませんつい…」

 

「ごめん!見入ってた…」

 

そりゃ知らない男女二人が画面覗き込んでたらビックリするわ。

 

俺達はすぐさま少女に頭を下げた。

 

少女は俺達の顔をジーっと見つめると、目を輝かせながら詰め寄ってきた。

 

「μ'sの園田海未さんと、朝日太陽さんですよね!?」

 

「え!?えーっと…人違いです…」

 

なんで嘘つくねん。

 

「えっ…」

 

ほら悲しそうな顔してるじゃんか。

 

「ごめん!園田さん恥ずかしかったみたいで。そうだよ、園田海未と朝日太陽本人です」

 

「やっぱり!」

 

俺が訂正をいれるとまた目を輝かせる少女。

 

「その映像はどこで?」

 

俺が質問すると、少女はニッコリと微笑みながら答える。

 

「これは、お姉ちゃんが撮影してくれたんです」

 

「「お姉ちゃん?」」

 

俺と園田さんが同時に声を上げる。

 

金髪にアイスブルーの瞳…もしかしてお姉ちゃんって…

 

「亜里沙」

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

耳に入る声。

 

この声にはとても聞き覚えがある。

 

「…生徒会長…」

 

園田さんがぽつりと呟く。

 

こちらに向かって歩いてる少し険しい表情をした少女と同じ金髪でアイスブルーの瞳。

 

「…」

「…」

「…」

 

生徒会長。絢瀬絵里だった。

 

 

 

 

 

 

「これどうぞ!」

 

絢瀬さんと対峙した俺達は、一旦場所を近所の公園に移すことにした。

 

そして絢瀬さんの妹…絢瀬亜里沙さんは、自動販売機で買った飲み物を俺達に手渡す。

 

「…おでん?」

 

しかしそこにあったのはおでん缶だった。

 

…こんなの自動販売機で売ってるんだ。

 

それを見た絵里さんはすぐさま口を開く。

 

「ごめんなさい。向こうでの生活が長かったからまだ日本に慣れてないの」

 

「…向こう?」

 

「祖母がロシア人なの。だから私と亜里沙はロシアとのクォーター」

 

なるほど。金髪なのも瞳がアイスブルーなのもロシアとのクォーターだったからか。

 

「亜里沙、それは飲み物じゃないの。別の物を買ってきてくれる?」

 

「ハラショー…」

 

驚いた様子で声を上げる亜里沙さん。

 

ハラショーって了解とか素晴らしいとかそんな意味じゃなかったっけ?

 

…まあそこはいいか。

 

「それにしても、あなた達に見つかってしまうとはね」

 

亜里沙さんが自動販売機に走っていく姿を見ながら呟く絢瀬さん。

 

「前から穂乃果達と話していたんです。一体誰が動画を撮影してネットに上げてくれたんだろうって…まさか生徒会長だったなんて」

 

「あの映像が無ければ今のμ'sはありません。本当にありが…」

「やめて」

 

俺がお礼を言おうとしたその時、絵里さんが被せるように言った。

 

「別にあなた達のためにやったんじゃないわ。むしろ逆よ。いかにあなた達のダンスや歌が人を惹き付けられないか、スクールアイドル活動がいかに意味が無いかを知ってもらうために動画を上げた」

 

「そんな…」

 

「批判のコメントが沢山来ると思ったけど予想外だったわ。あそこまで人気が出る事。何より人数も減るどころか増えるなんて」

 

絵里さんの言葉にショックを受けた。

 

最初は実は陰ながらサポートしてくれていたと思っていた。

 

しかし、現実はそんなに甘くないと絵里さんの言葉で突き付けられた。

 

冬夜だったら、見抜けていたんだろうか?

 

「私は認めないわ。人に見せられるレベルになっているとは思えない。そんな状態で学校の名前を背負ってほしくないの」

 

その後に話はそれだけと付け足すと、絵里さんは立ち上がり歩き出そうとする。

 

すぐさま声をかけたのは園田さんだった。

 

「待って下さい!もし、私達が上手くいったら…人を惹き付けられる様になったら認めてくれますか?」

 

真っ直ぐ絵里さんを見つめながら言う園田さん。しかし対する絵里さんは背を向けたまま。

 

園田さんの問いに対し、絵里さんが発した答えは冷たい物だった。

 

「無理よ。私からしたらスクールアイドル全てが素人にしか見えない。一番実力があるA−RISEでさえも、素人にしか見えない」

 

絵里さんはそう言い放つと、公園を出て行ってしまった。

 

何故そこまで言い切れるのか。

 

絵里さんにそれ程の物があるのか。

 

俺には全く分からなかった。

 

「…!…待って下さい!」

 

「…」

 

園田さんが走り出し絵里さんに声を上げる。

 

その表情からは少しの怒りを感じ取れた。

 

「あなたに…私達の事そんな風に言われたくありません!!」

 

声を少し荒げながら言葉をぶつける。

 

「…」

 

しかし、絵里さんは反応せずに歩き出した。

 

「…」

 

「…」

 

訪れる沈黙。

 

絢瀬絵里という人物が俺には全く分からない。

 

冬夜…冬夜ならこんな時どうするんだ?

 

「あの…」

 

「…!…あれ、一緒に行ったんじゃ…」

 

俺と園田さんが酷く落ち込んでいると、亜里沙さんが二つの缶を持ちながら話し掛けてきた。

 

てっきり絵里さんと一緒に行ったと思ったんだけど…

 

「どうしても言いたい事があって…あ、後これどうぞ!」

 

亜里沙さんはそう言うとニッコリと笑いながら缶を手渡した。

 

「…おしるこ」

 

おでんよりはマシかもしれないがこれも違うな…

 

まぁでも亜里沙さんの笑顔を見てたらそんな事言えないけど。

 

「亜里沙、μ's…海未さん達の事、大好きです!」

 

満面の笑みで言う亜里沙さん。そして絵里さんの元へ走り出した。

 

…亜里沙さんのおかげで少しだけ暗い気持ちが晴れたような気がする。

 

姉妹なのに性格は真逆だな。

 

「…どうしますか?」

 

暗い表情で俺を見つめる園田さん。

 

絵里さんに言われたショックは大きいみたいだな。

 

しかし、このまま終わりたくはない。何かアクションを起こしたい。

 

こんな時冬夜ならってよく思うけど、冬夜の行動パターンや思考回路は俺でも理解出来ていない。

 

俺が今出来る事…

 

「園田さん。東條さんに会いに行かない?」

 

「…東條先輩に?」

 

「そう」

 

絢瀬さんをよく知ってるのは東條さん。

 

せめて絢瀬さんがあそこまで言える理由さえ分かれば見えてくるかもしれない。

 

「…朝日さんが何を考えているか何となく分かりました。行きましょう」

 

東條さんの話なら今日は巫女のバイトが18時からあったはず。

 

俺と園田さんは神田明神に向けて歩き出した。

 

…さらば俺の荷物。また次回だ。

 

 

 

 

 

 

「なるほどねえりちにそんな事言われたんや」

 

「はい。A−RISEのダンスや歌を見聴きしても素人みたいだって言うのはいくらなんでも…」

 

俺と園田さんは絢瀬さんの事を聞くため神田明神へとやってきた。

 

巫女姿の東條さんをあっさり見つける事が出来た為、さっきの出来事を説明した。

 

「えりちならそう言うやろうね」

 

やっぱり何か知ってるみたいだな。

 

「どうゆう事ですか?」

 

「えりちにはそう言えるだけの物がある。知りたい?」

 

東條さんはそう言うと、真剣な表情をしながらこちらを見つめる。

 

「…お願いします」

 

それを知る為に俺達はここに来た。

 

どんな現実でも受け入れる準備は出来ている。

 

「なら、これを観てもらった方が早いかな」

 

東條さんはそう言うとスマホを取り出し動画を俺達に見せてきた。

 

「これは…」

 

「えりちがまだ小さい頃。バレエをやってる時の映像や」

 

画面の中では小さな金髪の少女が笑顔を浮かべながら楽しそうに踊っていた。

 

俺達は見ている内に引き込まれていく。

 

そして気付けば動画は終わっていた。

 

「…」

「…」

 

言葉にならない。

 

絢瀬さんのバレエを見ると、今までのμ'sは何だったんだろうと正直思ってしまう程だった。

 

「これが…絢瀬会長…」

 

「分かった?これが理由や。だから正直歌やダンスでえりちを認めさせるのは難しい」

 

俺達のやろうとしている事は無駄だったのか…

 

全て、絢瀬さんの言うとおりだったのか…

 

いろんな憶測がグルグルと俺の頭の中を回る。俺も子供の頃ダンスを習っていて名のある先生に認められた。でも、それはあくまでも他の生徒と比べての実力…

 

動画の中の絢瀬絵里は間違いなくプロだった。

 

もう、正解が分からない…

 

そんな俺らの表情を見て東條さんが口を開く。

 

「でも、μ'sを諦めてほしくないんよ」

 

「…」

 

「μ'sにはμ'sの魅力があって、その結果があの人気やろ?君達がやってる事は何も間違ってないんや」

 

優しく東條さんが声を掛ける。

 

だが、俺はあまり飲み込めていない。

 

「…そう…ですね…」

 

それは園田さんも同じだった様子。

 

俺も笑顔を浮かべてみるが、自分でも分かるくらい弱々しい物だった。

 

「ありがとうございました。失礼します」

 

一刻も早くここを離れたかった。

 

今は東條さんの顔もまともに見れる気がしない。

 

μ'sを否定されたような気がして…

 

いや、東條さんはそんなつもりが無いのは頭では分かってるつもりだ。でも、俺達には飲み込む時間が必要だった。

 

「うん。期待してるで」

 

そんな東條さんの言葉も今は頭に入らなかった。

 

結局俺達はその後一言も交わす事がないまま帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

テスト返却日。

 

それから毎日勉強を欠かさず行い、赤点候補3人もスイッチが入り中々の集中力を見せていた。

 

何故か途中で、「氷月君!ここ教えて!」と皆俺に助けを求める事も何度かあった。

 

更には3人に向けて授業みたいなのを開く事もあった。

 

別に俺じゃなくてもいいだろうに…

 

赤点候補3人以外も、分かりやすかった。いい復習になったと好評だったみたいだ。

 

それだけは救いだな。

 

しかし、気になる事もいくつかある。

 

それはここ最近の太陽と園田さんの様子だ。

 

目に見えて表情に覇気が無くなっており、何かショックを受けているような様子が何日も続いている。

 

恐らくは生徒会長絡みだとは思うが、何があったのかは分からない。

 

何か言われたのかはたまた何かを知ったのか。

 

気付いているメンバーもいて南さんと西木野さんは二人を心配していた。

 

一先ずテストまでは時間が無いため二人の問題は後回しにしている状態ではあるが…俺も少し心配だ。

 

ようやく廃校阻止が少し現実味を帯びてきた所なのにこれ以上イレギュラーが起きては困る。

 

そんなこんなで勉強は順調に進み、運命のテスト返却日を迎えたわけだ。ちなみに勉強に集中する為練習は殆ど行っていない。

 

「落ち着かないわね…」

 

「緊張します…」

 

そう言うのはにこさんと小泉さん。

 

高坂さん以外は全員揃っており、星空さんとにこさんは無事赤点を回避出来た。

 

「そういえば朝日君と氷月君はどうだったの?」

 

「そうよ!まさか赤点なんて取ってないでしょうね!にこがこんなに頑張ったのに」

 

「俺はこんな感じだよ」

 

太陽はそう言うとテスト用紙を広げる。

 

現代文 95

数学 98

地学 97

化学 97

世界史 97

英語 96

家庭科 95

保健 100

 

見事に全教科95点越えだな。保健に至っては満点だし。

 

「す、凄っ…」

 

「天才ですっ!」

 

「こんな点数取ったことないにゃ…」

 

「でも、学年2位なんだよねー」

 

太陽はそう言うとチラッと俺を見る。

 

その振り方やめろ。

 

「え、これで!?」

 

「これより良い人がいるのかにゃ!?」

 

「誰よそれ!」

 

驚く3人に対し、俺をジーっと見つめるのは園田さん、南さん、西木野さんの3人。

 

どうやら俺が学年1位だと勘付いたらしい。

 

…いやそうなんだけどさ。

 

「氷月はどうなのよ」

 

「気になります!」

 

出さなければいけない流れらしい。

 

不本意だが仕方ないか…

 

「はいよ。これだ」

 

現代文 100

数学 100

地学 100

化学 100

世界史 100

英語 100

家庭科 100

保健 80

 

「「「「「「…」」」」」」

 

訪れる沈黙。

 

まぁ保健以外満点だからそりゃそうか。

 

ちなみに保健は唯一の苦手科目なのは内緒だ。

 

「もう、凄いを通り越して軽く引くわ」

 

「初めて見たにゃ…100点取ってる人…」

 

μ'sのメンバーが軽く引いていると、部室の扉が勢い良く開いた。

 

「お待たせ!」

 

「ほ、穂乃果!」

 

「遅かったわね!まさかあんた…点数悪くて先生から呼び出し食らってたんじゃ…」

 

ようやく登場した高坂さん。

 

その遅さに不安を覗かせる一同。

 

ちなみに俺も例外では無い。嫌な予感はしないから大丈夫だとは思っているが少し不安だ。

 

「えへへ、ごめんちょっといろいろあって…」

 

軽く笑いながらカバンをガサゴソ漁る高坂さん。

 

答案用紙を探しているのだろう。

 

「えっと…あった!もう少しいい点数だと良かったんだけど…」

 

高坂さんはそう言うと、数学の答案用紙を俺達に見せた。

 

そこには…

 

「でも、回避したよ!」

 

大きく53点と書かれていた。

 

良かった…一先ずこれで全員回避出来た…

 

「「「「「「「やったー!!!」」」」」」」

 

太陽を含む7人が喜びの声を上げる。

 

高坂さんより喜んでいる所を見ると、よっぽど嬉しかったみたいだな。

 

「よし、これで全員回避出来たな」

 

「という事はにこ先輩も凜ちゃんも回避出来たんだ!?やった!」

 

「じゃあこれで練習再開ね!」

 

「こ、これでラブライブにも…」

 

「まだ目指せるって決まっただけよ」

 

「そうだけど…」

 

とりあえずはこれで1つ大きな壁を乗り越えた。

 

ようやく次のステップだな。

 

「そうと決まれば早速理事長に会いに行こう!」

 

「うん!」

 

高坂さんの声を皮切りに次々と部室を飛び出すμ's一同。

 

太陽と園田さんも一先ずは明るくなったみたいで何より。

 

後は太陽と園田さんの悩みを突き止めるのと絢瀬さんと東條さんの勧誘のみ。

 

「よし、行くか」

 

俺はゆっくりと皆の後を追った。

 

 

 

 

理事長室前。

 

俺が到着すると、少し扉を開けながら中の様子を伺っていた。

 

…何してるんだ?

 

「どうした?」

 

「あ、氷月先輩…実は…」

 

小泉さんはそう言うと室内に再び視線を戻す。

 

俺も釣られて視線を移すと、そこには絢瀬さんと理事長が話し合っている姿を確認出来た。

 

「どうゆう事ですか理事長!説明して下さい!」

 

絢瀬さんの荒げた声が聞こえる。

 

一体何があったんだ?

 

絢瀬さんの声に続き発した理事長の発言は、衝撃的なものだった。

 

「ごめんなさい。でも、これは決定事項なの」

 

「音乃木坂学院は来年より生徒の募集をやめ…」

 

 

 

 

 

 

「廃校とします」

 

 

 

 

思ったよりも時間は、残されていなかったみたいだ。




「感動が出来ないんだ」

「ええ…まだまだです…」

絵里に翻弄される太陽と海未。

「2週間後のオープンキャンパス…もう時間は残されてない」

そして知ってしまったタイムリミット。

現状を打破する為に穂乃果と冬夜が提案した事は…

そして…

「今更私が、アイドルを始めようなんて言えると思う?」

「あなたが言えなくても、μ'sはあなたを必要としてます」




「もう答えは出ているでしょう。それが…あなたのやりたい事ですよ。絢瀬絵里」

最後のピースを埋める為、冬夜は絢瀬絵里と対峙する。




〜次回ラブライブ〜

【第16話 その手を差し伸べて】

お楽しみに。


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第16話【その手を差し伸べて】

なんかスッキリする終わり方が出来なかったな…

おかしい箇所もいくつかあるとは思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。

今回も長くなっております。申し訳ありません。

ラブライブの神回の一つであるエリーチカとのんたんの加入回なので気合入れました!

それでは第16話始まります。






やっとμ's揃ったぞぉぉぉぉぉ!!!!


「高坂さんもっと動き大きく」

 

「分かった!」

 

「南さんは疲れてきた?遅れてきてるよ」

 

「まだまだ!」

 

「園田さんもっと笑顔意識して」

 

「はい!」

 

「小泉さんステップちょっとズレてるよ」

 

「は、はい!」

 

「星空さんはちょっと早い」

 

「分かったにゃ!」

 

「西木野さんも動き小さいよ」

 

「はい」

 

「にこさんそこのステップ間違えてますよ」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

理事長の衝撃的なカミングアウトから次の日。

 

俺達はいつも以上に気合を入れて練習に取り組んでいた。

 

その理由は昨日に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待って下さい!今の話本当ですか!?」

 

「あなた達…」

 

「お母さん、私そんなの聞いてないよ!?」

 

理事長の言葉の後、一斉に室内へと入る俺達。

 

俺自身も予想外の発言に納得出来なかった。

 

「もう少しだけ待って下さい!後1週間…いや、後2日待って下さい!何とかしてみせます!」

 

高坂さんが必死に説得する。

 

無茶な事を言っているが間違いなく高坂さんは本気だ。

 

「何か勘違いしているようだけれど、廃校はオープンキャンパスの結果が悪かったらっていう話よ」

 

「オープンキャンパス…」

 

なるほどオープンキャンパスか。

 

中学生等の一般の方に実際に学校を見てもらう重要なイベント。

 

これで音乃木坂への印象が決まる。

 

「なーんだ良かったー…」

 

ホッと一息つく高坂さん。

 

だがそれはまだ早い。

 

「安心してる場合じゃないぞ。オープンキャンパスは2週間後。そこで結果を残さなければ正式に決まる」

 

そう。俺達にあまり時間は残されていない。

 

「とりあえず、オープンキャンパスで行う内容については生徒会で決めます。よろしいですね?」

 

絢瀬さんが理事長に詰め寄る。

 

相変わらずの威圧感だな。

 

「…止めても聞かなそうね」

 

「失礼します」

 

理事長の言葉を肯定と取ったのか、一礼するとこちらには目もくれず理事長室を出て行った。

 

「じゃあまずはオープンキャンパスに向けて練習だね!」

 

「時間は2週間。あまり残されていません」

 

「そうと決まれば早速行くぞ!」

 

太陽と高坂さんが先頭に慌ただしく理事長室を出ていく。

 

そして気付けば室内には俺と理事長のみになった。

 

…本来の目的忘れてないか?

 

「理事長」

 

「ラブライブの件ね?」

 

「はい。アイドル研究部は無事全員赤点を回避致しました」

 

「そうね。あなたと朝日君も学年1位2位をキープしているみたいだし、ラブライブのエントリーを許可します」

 

「ありがとうございます」

 

俺は理事長から許可を貰うと、一礼し理事長室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

というのがあらましだ。

 

その為いつも以上に皆熱を持って真面目に取り組んでいる訳だ。

 

まぁ普段から真面目なのは間違いないんだけど。

 

「はいストップ」

 

一曲踊り終わると、太陽が少し険しい表情を浮かべながら声を掛ける。

 

「このままじゃダメだ。全体的にダンスが粗いし一体感が無い」

 

…太陽の奴焦ってるな。

 

時間が無いのは分かるが、少し口調が強すぎる気がする。

 

ここ最近の悩んでる様子といい気になる事はあるが、もう少し様子を見てみるか。

 

「2週間後のオープンキャンパス…もう時間は残されてない。さっきよりも気合入れてやるぞ」

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

これまでと比べて空気が重苦しい。

 

ピリついた中での練習は彼女達には向いてない。

 

太陽も理解しているはずなんだが…

 

「もう一度だ」

 

再び同じ曲を踊るμ's。

 

少なからずプレッシャーを感じている筈だが、今回は目立ったミスは無く踊り切ることが出来た。

 

「ふぅ…」

 

「中々良かったんじゃない?」

 

先程のダンスを褒め合う声がちらほらと聞こえる。

 

しかし太陽の表情は変わらず曇ったままだった。

 

「まだだ…もう1回」

 

「も、もう1回?」

 

「まだダメだったのかな…」

 

「…なんか今日の朝日先輩厳しいにゃ…」

 

太陽の様子がいつもと違う事は皆薄々感づいているみたいだ。

 

厳しくなるのは分からなくもないが、その練習の仕方はμ'sにとってマイナスになりかねないぞ。

 

「やりましょう」

 

しかし、その中で園田さんは一切表情を変えていなかった。

 

「…海未ちゃん?」

 

「…とりあえずもう1回踊ろっか」

 

高坂さんの声を皮切りに、各々ポジションにつく。

 

そして再び踊り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「完璧!」

 

「おぉー皆凄い!」

 

「やっと皆にこのレベルに追い付いてきたわね」

 

結論ノーミスだった。

 

先程よりも動きは滑らかでミスは全く無しでフォーメーションの移り変わりもスムーズ。

 

文句の付け所は無かった。

 

「まだだ」

 

しかし、太陽はまだ納得出来ていないみたいだ。

 

何だ?何が気に食わない?

 

「これじゃ廃校阻止に間に合わない…もう1回だ!」

 

「こ、これ以上上手くなりようがないにゃ…」

 

「何が気に食わないのよ!」

 

「全てだ。見てて物足りない。感動が出来ないんだ」

 

…感動?

 

「ええ…まだまだです…私も踊ってて全く満足出来ません…」

 

「…海未ちゃんまで…」

 

うむ。これは練習どころじゃないな。

 

まずはこの二人の問題を解決しないといけない。

 

「そうだ。だからもう1回この曲を…」

「待った」

 

俺は立ち上がり太陽に声を掛けた。

 

「冬夜…」

 

「これじゃ練習にならない」

 

「…どうゆう事だ?」

 

「そのままの意味だよ。太陽、今のお前はただ見えないゴールに向かって突き進んでるだけだ。やってる意味がない」

 

「「氷月先輩…」」

 

何やら小泉さんと星空さんが目を輝かせているな。

 

よく見たら園田さんを除く他のメンバーもそうだ。

 

よっぽどやり辛かったんだろう。

 

「そんな言い方…」

「園田さんもそうだ」

 

俺は園田さんの言葉に被せるように言った。

 

「園田さんも周りが見えてない。二人が何に悩んでいるのかは知らないが勝手に抱えて勝手に巻き込むな」

 

「おい!何も知らないのにその言い草は無いだろ!」

 

「そうです!μ'sの為を思ってこんなに悩んでるのに…」

 

「ああ知らないよ何も」

 

俺はここで一旦言葉を止めると、二人の目を見つめながら言った。

 

「だからその悩みを教えてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね」

 

その後二人から悩みの種を聞き出した。

 

絢瀬さんのバレエをしている動画を観てからμ'sのダンスからは何も感じなくなったとの事。

 

絢瀬さんがバレエをしている事は分かっていたが、太陽がここまで言う程レベルの高いものだったのは知らなかった。

 

「確かに冬夜の言う通りだ。感動出来ない、満足出来ない違和感だけが先行して明確なゴールや答えが無いまま進もうとしてた」

 

「私もです…μ's全体の意思では無く私自身の意思で動いてしまいました…」

 

「「本当にごめんなさい…」」

 

二人は頭を下げた。

 

一先ず悩みを打ち明けて冷静になれたみたいだ。二人の事はこれで大丈夫だろう。

 

「μ'sの共通認識の為にも見てみないか?絢瀬さんのバレエ」

 

俺は提案した。

 

今この場に動画があればの話だが、全員で見る事によって意識が高まる。

 

最もバレエとスクールアイドルは違う魅せ方ではあるが、一部が影響された以上仕方ない。

 

それにこれはチャンスでもあるしな。

 

「動画ならあるよ。東條さんから貰った」

 

太陽はそう言うと、スマホの画面を俺達に見せた。

 

μ's全員が画面に視線を向けた事を確認すると、再生ボタンを押した。

 

画面の中で楽しそうに踊る一人の少女。

 

全体的に動きはしなやかでレベルはとても高かった。容姿から察するに年齢は恐らく5〜7歳程度。

 

しかしその技術は年齢相応のそれじゃない。

 

最初は凄い!、上手!、と声が上がっていたが次第にそれも無くなっていった。

 

見入っているのだ。一人の少女のバレエに全員が。

 

「…これで終わりだ」

 

動画が終わる。

 

訪れる沈黙。無理は無い、ダンスというカテゴリにおいての格の違いを見せつけられたのだから。

 

年下の、ましてやまだ幼い一人の少女に。

 

「これが生徒会長…」

 

「レベルが違いすぎるわ…」

 

「想像以上です…」

 

口にする感想はどれもネガティブなものだった。

 

太陽や園田さんがああなるのも仕方ないだろう。

 

しかし、このままじゃ先には進めない。

 

「各々、思う事はあるだろうが今日はこれで解散した方が良い」

 

俺は皆に告げた。

 

「そう…ですね。このままじゃ練習に身が入りません」

 

「気分を落ち着かす時間が必要ね…」

 

園田さんと西木野さん言葉に他のメンバーも頷く。

 

どうやら皆思ったよりダメージを負ったみたいだな。

 

でも、それでいい。

 

どちらにせよこのままじゃ2週間という壁は引っ繰り返せない。

 

「じゃあ今日の練習はここまで。各自解散」

 

太陽の声を皮切りに、各々屋上から出て行った。

 

「高坂さん」

 

高坂さんだけを残して。

 

「…?…どうしたの?」

 

「今日の22時頃、μ'sのグループLINEでグループ通話する」

 

「グループ通話?」

 

「そうだ。俺にちょっとした考えがある。皆が飲んでくれるか分からないが」

 

「どんな作戦なの?」

 

「それはな…」

 

 

 

 

 

 

「それ、凄い良いと思う!分かった!じゃあ皆にも時間を空けとく様に言っておくね!」

 

「ありがとう。頼んだ」

 

やはりこうゆう時に頼りになるのは高坂さんだな。

 

絢瀬さんの動画を観ている最中も唯一目を輝かせていた。

 

きっと高坂さんならすぐ賛同してくれると思っていたが、思った通りだった。

 

さすがはμ'sのリーダー。

 

「じゃあ22時に」

 

「うん!待ってるね」

 

そして俺と高坂さんも帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

そして迎えた22時。

 

俺はバイトから帰宅すると早速μ'sのグループLINEを開いた。

 

メンバーは俺と太陽を含む9人。

 

出来たのは割と最近でにこさんが加入したタイミングで「人数も増えたし私達だけのグループLINE作ろうよ!」という高坂さんの提案で作る事に。

 

俺は最初は断っていたが太陽を+したμ's全員のしつこい誘いに最終的に折れてしまった訳だ。何なら強制的に招待されたし。

 

しかしまさかそのグループLINEを早速活用する日が来るとは思わなかった。

 

「さて、どんな反応するかな」

 

俺はグループ通話を開始した。

 

「来たよ!」

 

「お疲れ」

 

一番最初に来たのはμ'sのリーダー高坂穂乃果だった。

 

「やった一番乗りだ!」

 

「そんなに嬉しいか?」

 

「嬉しいよ!えへへ」

 

…高坂さんの思考回路はよく分からん。

 

東條さんよりも分からないかもしれない。

 

「お、高坂さん早いな。お疲れ」

 

「あ、朝日君お疲れ様!」

 

「まだ揃ってないのか?」

 

「ああ。まだ俺達3人だけだ」

 

それから俺達は他愛もない話をして時間を潰す。

 

主に太陽と高坂さんが話しているだけだが。

 

太陽が来てから数分すると、2年生組がやってきた。

 

「すいません遅れました」

 

「ごめんね!今来たよ」

 

「おおー!海未ちゃんことりちゃんさっきぶり!」

 

「はいさっきぶりです。…で、氷月さん話とは?」

 

「それは全員揃ってから説明するよ。だからもう少し待って」

 

「分かりました」

 

続いて1年生組が来る。

 

「ごめんなさい!遅くなりました」

 

「遅くなりましたごめんなさい…ふわぁ…」

 

「勉強してたら遅くなったわ。ごめんなさい」

 

西木野さんは変わらず真面目だな。

 

凜に至ってはめちゃくちゃ眠そうだ。

 

…まぁもう遅いもんな。それは悪い事した。

 

「よし!これで全員揃ったんじゃない?」

 

「いや、まだだ」

 

そう。アイドル研究部に欠かせないあの人が来ていない。

 

「え?私でしょ?朝日君に氷月君に海未ちゃんにことりちゃん。花陽ちゃんに凜ちゃんに真姫ちゃんもいるよね?…あ!」

 

「「「「「「にこ先輩がまだ来てない!」」」」」」

 

そう。アイドル研究部部長、矢澤にこ絶賛遅刻中である。

 

部長が一番遅いとは何事だ。

 

「忘れてるんじゃないか?」

 

「…可能性はある」

 

にこさん抜きで話すか?

 

しかしそれなりに重要な事話すからさすがにマズイか。

 

「ふわぁぁ…もう眠いにゃ…おやすみ」

 

「凜ちゃん寝ちゃダメだよぉ!」

 

凜が眠りにつきそうになったその時だった。

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

 

「30分の遅刻です」

 

「わ、悪かったわよ」

 

 

 

 

 

にこさんに事情を聞くとどうやら晩御飯の後片付けと弟の面倒が重なって遅くなったらしい。

 

にこさん弟いたんだな…

 

両親は?と聞こうとしたが地雷を踏みそうだったためその質問は飲み込んだ。

 

そして俺は「そうだったんですね。忙しい中ごめんなさい。遅くまでお疲れ様です」と労った。

 

にこさんは「え、あ、う…うん。ありがとう…」と困惑したように返してた。

 

…何か変な事言ったかな?

 

何はともあれ、これで全員揃った。ようやく本題に入れる。

 

「忙しい中集まってくれてありがとう。そしてこんな時間にすまない」

 

「お、やっと本題だね」

 

「緊張します…」

 

「眠たい人もいるからあまり時間を掛けないようにする。星空さん起きてる?」

 

「…!…お、起きてるにゃ!何で凜だけ名指しなの!?」

 

「…一番眠そうにしてたからだよ凜ちゃん」

 

小泉さんの鋭いツッコミが飛ぶ。

 

「では本題だ。今日皆絢瀬さんのバレエを見てどう思った?」

 

まずはバレエを見てからの絢瀬さんの印象を皆から聞き出す。

 

俺が質問すると高坂さんがすぐさま答える。

 

「凄かった!バレエって初めて見たけどこんなに綺麗なんだって思ったよ」

 

高坂さんに続くように他のメンバーも答える。

 

「ショックを受けましたね。今まで自分がやっていたダンスはなんだったんだろうって思う程」

 

「私も同じかな…レベルの違いを見せつけられてちょっと自信失くしちゃった…」

 

「わ、私は…感動しました!でも、同時に自分達の技術の低さを実感してしまいました…」

 

「凛は技術とか難しい事はよく分からないけど、1つだけ分かったのは絢瀬さんと凜達ではかなりの差があるって事は分かりました…」

 

「…驚いたわね、素直に。私達はここまでのレベルに届くのか…一生敵わないんじゃないかって不安になるほど」

 

「…絵里がここまで完成度の高いダンスを踊れるなんて思ってもいなかった。負けたと心から思ったのは初めてA−RISEを見た時以来よ」

 

「俺も言った方がいいよな?俺は自分がコーチという立場だからめちゃくちゃショックだった。皆がどんどんレベルが上がっていく所を見て、自分の指導は間違って無かったと自信になっていたのが簡単に握りつぶされた様な感覚だ。自分が恥ずかしいし、皆に申し訳ない」

 

「やっぱり皆思う事は同じだな。皆絢瀬さんを上に見ている」

 

動画を見てからの絢瀬さんに対しての印象の変わりようが凄いな。

 

「当然でしょ!あんなダンス見せられたら誰だって…」

 

「はい…認めざるを得ません」

 

皆どこかで絢瀬さんを下に見ていたはずだ。

 

何で絢瀬さんにそんな事を言われなくちゃいけない…何でここまで否定されなきゃいけない。

 

事情を知らなければ当然そうゆう反応にはなるし仕方の無い事だ。

 

しかし、2週間で廃校阻止するにはまだレベルが大きく足りない。

 

このままでは…7人のままでは確実に間に合わない。

 

だからこそ今絢瀬さんと東條さんの加入が必要だ。

 

その前提としてまず、絢瀬さんの事を全員が認めてもらう必要がある。これが第1段階。

 

皆のこの反応を見ると、ここは達成で良さそうだ。

 

「俺達に残された時間は2週間。しかしこの現状、皆の気持ちの低下…到底間に合うとは思えない。そこで俺から提案がある」

 

「…提案…ですか?」

 

廃校阻止には必要不可欠。

 

申し訳ないが少し強引に押し切らせてもらう。

 

「絢瀬さんを、一度コーチとして招きたい」

 

絢瀬さんがμ'sに加入する大きな一歩。

 

それは絢瀬さんとμ'sが、関わりを持つ事。

 

しかし、俺の提案に対する皆の反応はどれも否定的なものだった。

 

「…それはちょっと賛同しかねます」

 

「ちょっと怖いかも…」

 

「にこも反対。潰されかねないわ」

 

「凜も楽しいのがいいな…」

 

やはり絢瀬さんに対しての苦手意識は強いみたいだ。

 

だが、肯定的な声も上がる。

 

「私は賛成だよ!」

 

「私も…見てみたいかも…」

 

唯一この提案を知っていた高坂さんと意外にも小泉さんが肯定派だった。

 

「穂乃果…本気ですか?」

 

「かよちんいいの?」

 

「私は凄く良い提案だと思うけどなー。私はもっとダンスも歌も上手くなりたい!」

 

「わ、私も絢瀬先輩に教わってみたいです」

 

反対派が多い中でこの二人が乗り気なのは心強い。

 

このまま引き込めればいいんだが…

 

「西木野さんと太陽は?」

 

俺はまだリアクションを起こしていない二人に話を振った。

 

「正直私も反対したい。でも、あなたが提案した作戦なら乗ってあげてもいいわ」

 

…お?これは肯定と捉えていいのか?

 

まさか西木野さんがこっち側来るとは思わなかったぞ。

 

「…」

 

問題は太陽だ。コーチとしてプライドと責任を持って今まで取り組んできた。

 

それが一時的とはいえその座を奪われようとしている。

 

望み薄だとは思っているが太陽の意見が重要だ。

 

「…お前の事だ。当然その先の事を考えてるんだろ?」

 

「ああ」

 

「そうか。なら何言っても無駄か」

 

太陽はここで一旦言葉を止めると、明るい口調で答えを述べる。

 

「本当はすっっっっ…ごく嫌だ!まるでクビにされた気分だ。でも、まだまだレベルが足りていない事もこのままじゃ間に合わない事も分かってる。だから、冬夜の策に俺は賭けるよ」

 

ハッキリと告げた肯定の言葉。

 

どんな表情をしているのかは分からないが少なからず嘘ではない。

 

これで肯定派が俺含めて5人。人数が逆転したな。

 

「あくまでもμ'sのゴールは廃校阻止だ。元々はその為に結成したグループだろ?」

 

「…はい…」

 

「皆も感じてる筈だ。このままで廃校阻止なんて本当に出来るのかって」

 

「…うん。今も凄い不安だよ」

 

「だったら早く手を打たないといけない。それが今話した内容だよ。ハッキリ言おう、絢瀬さんの力無しで廃校阻止なんて不可能だ」

 

「やろうよ皆!」

 

俺と高坂さんの言葉により、揺らぎ始めたのか沈黙が続く。

 

一番最初に口を開いたのは園田さんだった。

 

「…分かりました。やりましょう」

 

「海未ちゃん!」

 

「私だって上手くなりたいですし、氷月さんを信じます」

 

園田さんの発言を皮切りに次々と口を開く。

 

「うん。皆で上手くなろう!学校救いたいもん!」

 

「凜もやるにゃー!」

 

増えていく賛成の声。

 

そして最後まで口を閉ざしていたにこさんも、

 

「…はぁ…仕方ないわねー。どうなっても知らないわよ!」

 

と賛成の声を上げた。

 

「よし。これで全員賛成だな。早速明日から行動に移そうと思う」

 

これで第2段階はクリア。

 

しかし問題は絢瀬さんが引き受けてくれるかどうかだな。

 

「遅くなって申し訳ない。これにて解散する。皆、ありがとう」

 

俺はそう言うと通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

「…この様に、音乃木坂学院の歴史は古くこの地域の発展にずっと関わってきました。更に、当時の学院は音楽学校という側面も持っており学院内はアーティストを目指す生徒で溢れ、非常にクリエイティブな雰囲気に包まれていたといいます」

 

場面は変わりとある一室。

 

私、絢瀬絵里はオープンキャンパスで話す予定のスピーチを亜里沙とその友達2人を含む3人に練習として披露していた。

 

我ながら完璧な内容でこれで魅力を伝えられたはず。

 

…そう思っていたのに。

 

「そんな音乃木坂ならではの…」

「はぁぁぁ!!!体重増えた!!!」

 

私のスピーチはかき消された。

 

気付いていた。あの高坂穂乃果の妹、高坂雪穂が居眠りしていた事。

 

認めたくなかった。

 

でも、これが私のスピーチがつまらなかったという証明になったのは間違いなかった。

 

「ごめんね…つまらなかったでしょ」

 

「い、いえ!面白かったです!後半は特に引き込まれました」

 

嘘だとすぐに分かった。

 

気を使わせているのが心苦しくて仕方ない。

 

私がやってる事は間違っているの?

 

「おかしい所があったら何でも言って?本番までに直すから」

 

私は出来るだけ表情を柔らかくして言った。

 

上手く出来たとは思う。

 

しかしその時険しい顔をしながら亜里沙が立ち上がり口を開いた。

 

「亜里沙は、あまり面白くなかった」

 

ハッキリと告げられた言葉。

 

私の心に強く刺さったのが分かった。

 

「お姉ちゃんは何でこんな話をしているの?」

 

「…学校を廃校にしたくないからよ?」

 

「私も音乃木坂は無くなって欲しくないけど…でも…」

 

亜里沙はここで言葉を止めると、真っ直ぐ私の目を見ながらハッキリと言った。

 

 

 

 

「これがお姉ちゃんのやりたい事?」

 

 

 

 

「貴方は廃校を阻止する事だけを考えて動いてる。それは全く悪い事じゃないしむしろ当然です。生徒会長としてはね」

 

「でもあくまでも生徒会長としての正解であって絢瀬絵里としての正解ではない。きっと、貴方が認められない原因はそこなんじゃないんですか?わかりやすく言うと、やりたい事をやってるか」

 

「…っ…」

 

私の頭にあの時言われた氷月冬夜の言葉が過ぎる。

 

やめて…亜里沙も同じ事を言うの?

 

 

 

 

 

「貴方は今自分がやっている事を心から胸はってやりたい事だって思えますか?」

 

 

 

 

やりたい…事…

 

…これが私のやりたい事?

 

「お姉ちゃんさっきから全然楽しそうじゃない。もっと他にやりたい事…無いの?」

 

「…」

 

私は亜里沙の質問に答えられなかった。

 

私のやりたい事って…何だろう…

 

 

 

 

 

次の日。

 

昨日亜里沙に言われた言葉がグルグルと頭の中を回る。

 

それが前に言われた氷月冬夜の言葉とシンクロして、頭から離れない。

 

やりたい事…

 

今まで私のやりたい事だと思っていた物は偽りだった…自分に言い聞かせていただけだった…

 

そうだとしたら私が今までやってた事って…

 

「…えりち?」

 

「…希…」

 

「何かあったん?ずっと上の空やで」

 

「…いいえ…大丈夫よ」

 

何故か相談する気になれなかった。

 

オープンキャンパスまで時間が無い。今更方向性を変えられない。

 

「…えりち。廃校を何とか阻止しなきゃって無理しすぎてるんやない?」

 

「…無理なんて…」

 

「頑固やね」

 

希はそう言ったきり口を閉ざした。

 

生徒会室に流れる沈黙。

 

互いに口を開こうとはしない。

 

そんな中沈黙を破ったのは意外なものだった。

 

 

 

 

ーーーーーコンコン。

 

 

 

 

 

生徒会室に響くノックの音。

 

私は立ち上がると、扉を開く。

 

そこにいたのは、音乃木坂のスクールアイドルμ'sのメンバーだった。

 

 

 

 

 

「私達にダンスを教えて下さい!」

 

「「「「「お願いします!」」」」」

 

頭を下げるのはμ'sの1年生組と矢澤にこを除く5人。

 

どうやら壁の隅からこちらの様子を伺っているらしい。

 

「私にダンスを?」

 

「私達、上手くなりたいんです!」

 

真っ直ぐこちらを見つめる高坂さん。

 

まさか私にダンスを教えて貰いに来るなんて思ってもいなかった。

 

氷月冬夜も頭を下げている所を見ると本気である事が分かる。

 

「…分かったわ。引き受けましょう」

 

「本当ですか!?」

 

分かりやすく表情が明るくなるμ'sの面々。

 

…いや、氷月君だけは別ね。

 

「あなた達の活動は理解出来ないけど、人気があるのは事実。ただし、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ。いい?」

 

自分でも不思議だ。

 

前までの自分なら間違いなく断っていただろう。

 

私をそうさせたのは昨日の亜里沙の言葉と前の氷月君の言葉が原因かしら。

 

でも私の予想では私の水準には全く達していないはず。

 

これで分かるはずよ。自分達のレベルの低さが。

 

私はすぐさま屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

「う、うわぁぁ!!」

 

場面は変わり屋上。

 

絢瀬さんがあっさりコーチの件を飲んでくれたのは予想外ではあったが何はともあれ第3段階はクリア。

 

これでμ'sと絢瀬さんを関わらせる事が出来る。

 

という訳で絢瀬さんコーチの元で練習が始まった訳だが、その内容は厳しく片足立ちの練習で凜が派手に転んでしまった。

 

「全然ダメじゃない!よくこれでここまで来れたわね」

 

「…すいません」

 

「昨日はバッチリだったのにー!」

 

太陽が申し訳なさそうに答え凜が悔しそうに叫ぶ。

 

「基礎が出来てないからムラが出るのよ。足を開いて」

 

「…こう?」

 

絢瀬さんの言葉を受け凜が足を開く。

 

すると絢瀬さんは凜の背中を力強く押し始めた。

 

「うぐっ!!…い、痛いにゃぁぁぁ!!」

 

うわ…痛そ…

 

「これで?少なくとも足を開いた状態でお腹が床につく様にならないと」

 

「え!?」

 

「柔軟性を上げることは全てに繋がるわ。まずはこれを出来る様にして。このままだと本番は一か八かの勝負になるわよ!」

 

絢瀬さんの激が飛ぶ。

 

あまりの厳しさに思わず表情が険しくなるメンバーもいる。

 

耐えろ…耐えるんだ皆。

 

「はっ」

 

「ことりちゃん凄い!」

 

「えへへ」

 

南さんが柔軟性の高さを見せ付ける。

 

お腹は見事に地面についており足も目一杯開いている。

 

「関心している場合じゃないわよ!皆は出来るの?ダンスで人を魅了したいんでしょ!?こんなの出来て当たり前!」

 

わお…予想以上のスパルタ…

 

「…やばいな…これ」

 

太陽も思わず顔をしかめた。

 

 

 

 

 

「筋力トレーニングも1からやり直した方がいいわ!」

 

その後も絢瀬さん監修の練習は続く。

 

厳しい声が飛び交う中、μ'sの面々は何とか食らいついていた。

 

「後10分!」

 

「はぁ…はぁ…」

 

皆の表情に余裕は無くなっており、弓道部の掛け持ちで皆より体力がある園田さんも疲労が強い。

 

ちなみに俺と太陽も練習に参加。

 

俺は体力には自身がある為皆よりは余裕があった。

 

太陽も持ち前の主人公スキルで卒なくこなす。こいつには弱点が無いのかよ。

 

「ラストもう1セット!」

 

練習は再び片足立ちに入る。

 

皆ふらふらしながらも持ちこたえている。

 

しかし、一人限界を迎えてしまったメンバーがいた。

 

「わわっ!あ、あぁ!!」

 

「かよちん!」

 

慣れない激しい練習で体力が底をついた小泉さんは尻もちをつく形で倒れてしまった。

 

…まぁ無理もないよな。急にこんな練習したら。

 

「だ、大丈夫!?小泉さん!」

 

すぐさま太陽が駆け寄る。

 

「だ、大丈夫です」

 

小泉さんは弱々しく微笑みながら答えた。

 

…うん。大丈夫そうには見えないな。

 

これは今日の所はやめた方が良さそうだ。

 

「はぁ…もういいわ。今日はここまで」

 

絢瀬さんはその様子を見ると、ため息をつきながら練習を切り上げた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「そんな言い方無いんじゃない!?」

 

絢瀬さんの態度が気に食わなかったのかにこさんと西木野さんが噛み付く。

 

「私は冷静に判断しただけよ。これで自分達の実力が分かったでしょ?今度のオープンキャンパスには学校の存続が懸かっているの。出来ないなら早めに言って?時間がもったいないから」

 

絢瀬さんは冷ややかな目でそう言うと屋上を去ろうとする。

 

しかし、高坂さんが直ぐ様声を掛ける。

 

「ちょっと待って下さい!」

 

高坂さんの声に絢瀬さんは足を止める。

 

絢瀬さんが少し振り向くと、俺と太陽を含むμ's9人が整列し再び高坂さんが口を開く。

 

「ありがとうございました!」

 

「…!…」

 

高坂さんの言葉に絢瀬さんの表情が微かに変わる。

 

「明日もよろしくお願いします!」

 

「「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」」

 

全員が頭を下げる。

 

それを見た絢瀬さんは、

 

「…」

 

何も言わないまま屋上を去っていった。

 

 

 

 

 

 

「よし、今日も頑張ろう!」

 

次の日。

 

高坂さんが元気よく屋上へとやってきた。

 

「頑張りましょう!」

「頑張ろう!」

 

園田さんと南さんも明るく声を掛ける。

 

昨日あれだけ辛い練習をしたのに立派なもんだな。

 

本当に尊敬するよ。

 

「今日も練習引き受けてくれるかな?」

 

太陽が心配そうに言う。

 

それに対し俺は

 

「大丈夫だろ」

 

と返した。

 

「…覗き見ですか?」

 

「い、いえ…」

 

その時、屋上の扉の前から微かに声が聞こえる。

 

この声は西木野さんと絢瀬さんか?

 

そう思った次の瞬間扉が勢い良く開かれた。

 

「にゃんにゃんにゃーん!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

絢瀬さんの背中を押しながら笑顔で屋上に入ってくる凜。

 

そして他のメンバーも屋上にやってきた。

 

絢瀬さんやっぱり来たな。

 

「お疲れ様です!」

 

「まずは柔軟からですよね!」

 

絢瀬さんが来ると、笑顔で声を掛ける高坂さんと南さん。

 

園田さんと太陽も微笑みながら絢瀬さんを見つめる。

 

その様子を見た絢瀬さんは、またも険しい表情をしながら口を開いた。

 

「…辛くないの?」

 

絢瀬さんから出た言葉は一つの疑問だった。

 

「昨日あれだけやって今日も同じ事するのよ?第一、上手くなるかどうかなんて分からないのに」

 

絢瀬さんの質問に対し、高坂さんは真剣な表情をしながらハッキリと言った。

 

「やりたいからです!」

 

「…!…」

 

「確かに練習は凄くキツイです。体中も痛いです。でも、廃校を何とか阻止したいという気持ちは生徒会長にも負けません!だから…」

 

ここで一度言葉を止めると、真っ直ぐな瞳で力強く言った。

 

「今日も、よろしくお願いします!」

 

「「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」」

 

昨日と同じ様に俺達は頭を下げた。

 

「…っ…」

 

「生徒会長!」

 

絢瀬さんは表情を曇らせながら屋上を去っていった。

 

「…何か気に食わない事したかな?」

 

不安な表情を浮かべるμ'sの面々。

 

去り際に見せたあの表情…今までとは違う。

 

そこには明確な迷いがあった。

 

今まで一度も見せなかった迷いが。

 

そしてμ'sに対しての見方も確実に変わってきている。

 

自分のやりたい事と向き合う時が来たのかもしれない。

 

…チャンスは今しかない。

 

「練習やっててくれ」

 

「…氷月君?」

 

「ちょっと行ってくる」

 

そう言うと、皆期待と希望が入り混じった表情でこちらを見つめる。

 

皆は俺が何をするのか薄々勘付いてるみたいだな。

 

「氷月君。生徒会長を救ってあげて」

 

高坂さんが真っ直ぐ俺を見つめながら言う。

 

他のメンバーも気持ちは同じなようだ。

 

「ああ」

 

俺はそう告げると屋上を去っていった。

 

ある事をμ'sに託して。

 

 

 

 

 

 

階段前。

 

うちは待っていた。

 

親友、絢瀬絵里を。

 

一連の流れはずっと見ていた。氷月君は…μ'sは、チャンスを作ってくれた。

 

えりちにやりたい事への真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれた。

 

それに対してえりちの心は間違いなく揺れてた。ようやく答えを出せる時が来た。

 

えりちの本心を聞くのは今しかない。

 

静寂に包まれた廊下。

 

階段を誰かが降りる音だけが響く。

 

少しずつ見えて来た見慣れた金髪のポニーテール。

 

深く考え込んでいる様子でうちには気づいていないみたいやった。

 

「…」

 

えりちが階段を降りた時、うちは声を掛けた。

 

「うちな」

 

「…!…希…」

 

「えりちと友達になって、生徒会やってきてずっと思ってた事があるんや。えりちは、本当は何がしたいんやろうって」

 

「…」

 

「一緒にいると分かるんよ?えりちが頑張るのはいつも誰かの為ばっかりで…だからいつも何かを我慢しているようで全然自分の事は考えてなくて…」

 

「…っ…」

 

走り去ろうとするえりち。

 

でもうちは止まらない。

 

「学校を存続させようっていうのも、生徒会長としての義務感やろ!?」

 

えりちは足を止める。

 

「だから理事長は、えりちの事を認めなかったんと違う!?」

 

「…」

 

驚いた様な表情で振り向くえりち。

 

お願い…教えてえりち…

 

「えりちの…えりちの本当にやりたい事は?」

 

「…」

 

「…」

 

訪れる沈黙。

 

聞こえるのはμ'sの練習の声だけ。

 

互いに口を開こうとも動こうともしない。

 

一番最初に口を開いたのはえりちだった。

 

「…なによ…」

 

「…」

 

「何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」

 

「…!…」

 

「私だって…好きな事だけやって…それだけで何とかなるならそうしたいわよ!」

 

その時、えりちの目から涙が零れ落ちる。

 

「…えりち…」

 

「自分が不器用なのは分かってる!…でもっ…今更アイドルを始めようなんて…私が言えると思う?…っ…」

 

「あっ…」

 

えりちはそう言うと涙を流しながら走り去ってしまった。

 

うちはえりちの事を救いたかっただけ…

 

でも、それはただえりちを追い詰めていただけやった…

 

追いかけなくちゃ…

 

そう思っても何故か足が動かない。

 

何で…何で足が動かないの!?今すぐえりちの所に行って話さなくちゃいけないのに!

 

動いて…動いてよ【私】の足!!

 

その時、頬を一滴の涙が流れる。

 

「…嘘…うち、泣いてる…?…」

 

確かにそれは涙だった。

 

止まらない。止めようとしても次々と溢れてくる。

 

何で…何でこんなに…

 

うちはその場でしゃがみこんでしまった。

 

こんな事してる場合じゃないのは分かってる。

 

傷付けてしまった…一番の親友を、うちが…

 

だから行かないといけないのに…

 

でも、何て声を掛ければ良い?何て言えばえりちは…

 

ーーーーーーーポン。

 

その時、うちの肩に優しく手が置かれる。

 

「…あ…」

 

暖かかった。

 

不思議と安心出来た。

 

こんなに心強い気持ちになるのは初めてや…

 

「ごめんなさい…うちじゃ…うちじゃあかんかった…」

 

「…」

 

「だから…お願い…えりちを救って…」

 

 

 

 

 

 

「…冬夜君」

 

か細い声で言うと、彼は優しく、力強く言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

「勿論」

 

 

 

 

 

 

 

絢瀬さんと東條さんの衝突。

 

裏で全部見ていた。

 

何より二人の涙を見てしまった。

 

あんなの見せられたら…

 

「…救うしかないでしょ」

 

俺は最後のピースを埋めるべく教室にやってきた。

 

東條さんのおかげで絢瀬さんの本心は少し見えて来た。

 

だったら後は…

 

俺は教室の扉を開けた。

 

「…」

「…」

 

そこにいたのは悲しげな表情で窓の外を見つめる絢瀬さん。

 

それは美しくとても絵になっていた。

 

「…あなた…」

 

俺に気づいた絢瀬さんは俺に視線を向ける。

 

「…何しに来たの?」

 

「答えを聞きに来ました」

 

「…答え?」

 

「覚えていますか?前に俺が言った言葉。貴方は今自分がやっている事を心から胸はってやりたい事だって思えますか?って質問」

 

俺が言うと絢瀬さんは俺から視線を外しながら答えた。

 

「…ええ。覚えているわよ」

 

「あの時と答えはまだ変わっていませんか?」

 

俺は優しく語りかける。

 

「…変わったわ…」

 

「…なるほど。では、変わった答えを聞いても?」

 

絢瀬さんは少し間を開けると、俺の問いに答えた。

 

「…分からないの…」

 

「…分からない?」

 

「…そう。自分のやりたい事が…」

 

「…詳しく聞いても?」

 

「前にあなたが言ってくれたやりたい事…同じ様な事を亜里沙にも言われたわ。あ、亜里沙っていうのは私の妹ね。で、さっき希にも言われたわ。その様子だとあなたも聞いていたんでしょ?」

 

「はい。盗み聞きみたいになってすいません」

 

俺は頭を下げた。

 

「それは良いわ。気にしてないから。それで私は気付いたのこれは私のやりたい事じゃないんだって」

 

そう言う絢瀬さんの目には光は灯っていなかった。

 

「じゃあ本当に私のやりたい事は何って思った時、全く答えが出なかった…だから、胸を張ってこれがやりたい事だと言ったμ'sの子達が少し羨ましかったわ。輝いて見えた」

 

「…ちょっと質問を変えますね。絢瀬さんは何故μ'sのコーチの件を引き受けたんですか?」

 

「…レベルの低さを実感して貰うためよ。そうしたら諦めるかもって思って」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「…何が言いたいの?」

 

絢瀬さんの表情が少し険しくなる。

 

「確かにその思いもあったんでしょう。でも、それだけにしてはとても真剣でした。厳しくはあったけど、突き放すだけでは無くてちゃんと分かりやすくゴールや練習の意味を話しながら取り組んでいた。練習を途中で止めたのも小泉さんが限界を迎えていてこれ以上は怪我をする可能性があったから。諦めて貰うためだけならそこまでしないと思います。」

 

更に俺は続ける。

 

「そして次の日も絢瀬さんは屋上に来ていました。誰かが呼びに行くわけでもなく自分の意思で。諦めて貰うためだけなら前日の段階で見切りをつけると思います。でも絢瀬さんはそうしなかった」

 

「…」

 

「それは、μ'sに対して興味が出たんですよ。真っ直ぐで、自分には無い物を持っているμ'sが」

 

「そ、そんなこと!」

 

絢瀬さんが勢い良く立ち上がる。

 

「いい加減素直になりましょう。極めつけは先程の発言です。【今更私がアイドルを始めようなんて言えると思う?】」

 

「何がおかしいのよ…」

 

「東條さんは別にスクールアイドルの話はしていなかった。本当にやりたい事?の質問の後に、好きな事だけやって何とかなるならそうしたいと言いました。その流れで何故アイドルの話が出たんですか?」

 

「それは…」

 

俺はゆっくり絢瀬さんに歩み寄る。

 

そして絢瀬さんの前に立つと、少し微笑みながら言った。

 

「もう答えは出ているでしょう。それが…あなたのやりたい事ですよ。絢瀬絵里」

 

「…!…」

 

絢瀬さんは知らない内に答えを出していた。

 

自分自身が気付いていないだけ。

 

スクールアイドルをやりたいんだよ。絢瀬さんは。

 

「やりましょう。スクールアイドル」

 

俺は絢瀬さんに言った。

 

しかし、絢瀬さんは首を縦に振らない。

 

椅子に座ると、絢瀬さんは下を向きながら言う。

 

「…ダメよ…今更言えないわ」

 

「あなたが言えなくても、μ'sはあなたを必要としてます」

 

「そんなの嘘…」

 

「嘘じゃありません」

 

俺はそう言うと、教室の扉に合図を送った。

 

 

 

 

 

 

「今更…アイドルなんて…」

 

「絢瀬先輩」

 

「…!…」

 

突如目の前に差し出される手。

 

「…なんで…」

 

その正体は、μ'sのリーダー高坂穂乃果だった。

 

周りには他のメンバーもいた。そして、東條さんも。

 

「絢瀬先輩…いや、絵里先輩。お願いがあります」

 

「…練習?練習だったらまず昨日言った内容をこなして…」

「μ'sに入って下さい」

 

「…え?」

 

「絵里先輩。μ'sに入って欲しいです!一緒にやりましょうスクールアイドル!」

 

辺りを見渡す絢瀬さん。

 

東條さんを含むμ's全員が微笑みながら見つめていた。

 

「…待って私は」

「やってみればええやん」

 

絢瀬さんの言葉に被せる様に言う東條さん。

 

その表情は柔らかく、語りかける様に再び口を開いた。

 

「特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」

 

「…!…」

 

東條さんの言葉に表情が変わる絢瀬さん。

 

これならもう大丈夫だろう。もう俺の出番は無さそうだ。

 

「…全く本当に変わってるわねあなた達。散々酷い事もしたし酷い事も言った私を誘うなんて」

 

「いえ、酷くなんてありません。むしろ、絵里先輩がいたから今の私達があるんです」

 

「…本当に私でいいの?」

 

不安と希望が入り混じった瞳で高坂さんを見つめる絢瀬さん。

 

当然答えは決まっている。

 

高坂さんは絢瀬さんの言葉を受けると、満面の笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

「絵里先輩じゃなきゃ、ダメなんです」

 

 

 

 

「…ありがとう」

 

絢瀬さんはそう言うと、高坂さんの手を掴み立ち上がった。

 

……決まったな。

 

俺は彼女達に背を向けると、東條さんの耳元に立ちそっと囁いた。

 

「あなたの望み、叶えましたよ」

 

「…!…」

 

俺はそれだけ言うと、太陽にバイト行ってくるとLINEした後教室を出て行った。

 

「…これからが楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

「やった!これで8人目だ!」

 

冬夜君が教室から出て行った。皆は気付いていないみたいや。

 

本当に冬夜君はズルい。

 

耳元であんな事言われたら胸が高鳴ってしまう。

 

顔が熱くなっているのが自分でも分かる。でも、今はその余韻に浸ってる訳にはいかない。

 

「いや、うちを入れて9人や」

 

「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」

 

お、驚いてるみたいやね。

 

うちはそうゆう反応が欲しかったんや。

 

冬夜君が特殊なだけで。

 

そういえばどさくさに紛れて下の名前で呼んでるけど大丈夫かな…

 

…まぁこれぐらい別にええよね!

 

「東條先輩…いや、希先輩も入るんですか!?」

 

「そう。カードがうち告げたんや。このグループは9人揃った時に輝けるって。だから付けたん。9人の歌の女神【μ's】って」

 

ここでうちは全てをネタバラシする。

 

でも、冬夜君には初対面の段階でμ'sの名付け親がうちやってバレちゃってたけど。

 

…にしても何で分かったんやろ?

 

「え、じゃあ…μ'sの名付け親って…」

 

「うちや」

 

「えーーー!!!?」

 

ふふ。いい驚きっぷりや。

 

「にこっちやえりちをμ'sに引き入れて9人目としてうちが入ってネタバラシする。ずっとその予定やった。まぁそれは一人を除いて計画通りに進んだんやけど」

 

「…一人を除いて?」

 

穂乃果ちゃんはそう言うと辺りを見渡す。

 

そして気付いたのか驚いた様に声を上げる。

 

「氷月君がいない!」

 

「え?」

 

穂乃果ちゃんの言葉を受け他のメンバーも辺りを見渡す。

 

ようやく皆気付いたみたいやね。

 

「あいつ、こんな時に何処に行ったのよ」

 

にこっちが呆れた様に言う。

 

ちょっと残念そうやね。

 

「あ…バイトだってよ」

 

そう言い朝日君が皆にスマホの画面を見せる。

 

そこには【バイトあるから後は頼んだ。9人のμ'sを】と書かれていた。

 

「…全部分かってたのね」

 

と呆れた様に言うのはえりち。

 

「そうですね。氷月さんは希先輩が入る事もお見通しだったみたいです」

 

「本当に…呆れるわ。氷月君にも希にも」

 

そう言うえりちの顔はとても嬉しそうだった。

 

そしてえりちは立ち上がり教室を出ようとする。

 

「何処へ?」

 

海未ちゃんが声を掛ける。

 

えりちは一度立ち止まると、笑顔を浮かべながらうちらに言った。

 

 

 

 

 

 

「決まってるでしょ?練習するわよ。9人揃って初めてのね」

 

えりちの笑顔を見たのはいつぶりやろか。

 

…これも皆のおかげやね。

 

本当にありがとう。μ's。

 

 

 

 

 

 

μ'sはついに9人揃った。

 

それから9人で練習する様になり、太陽と絢瀬さんが主に協力して指導している。

 

コーチが2人体制みたいな感じになってより一層練習が良い物になっているみたいだ。

 

俺は殆ど練習に出れていないが、毎日の様にμ'sのグループLINEが活発に動き出す為嫌でも情報が入ってくる。

 

ちなみに絢瀬さんと東條さんもμ'sのグループLINEに入った。

 

後はいつの間にか東條さんが俺を下の名前で呼び出しているのが気になるが、深追いするのが怖いのでそのままにしておく。

 

絢瀬さんや東條さんと一緒に下校、寄り道する事が増えたとの事で最近では絢瀬さんと東條さんとファーストフード店に行ったらしい。

 

どうなら絢瀬さんは初めて来たらしく、子供の様に目を輝かせていたとの事。

 

…ちょっと見てみたいと思ったのは内緒だ。

 

何はともあれ、日々の練習や登下校を経て少しずつμ'sに溶け込んでいく絢瀬さんと東條さん。

 

オープンキャンパス前日には、すっかりμ'sに慣れ常に楽しそうな表情を浮かべるまでになっていた。

 

無事打ち解けた様で良かった良かった。

 

そして今、μ'sはオープンキャンパス当日を迎えた。

 

「これから披露する曲は、私が9人になって初めて出来た曲です」

 

高坂さんが楽しそうな表情で言う。

 

絢瀬さんと東條さんの初ステージ。どうやら緊張もあまりしてない様子。

 

ちゃんと見届けるぞ。9人の最初の勇姿を。

 

「「「「「「「「「聴いてください!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

【僕らのLIVE 君とのLIFE】

 

 

 

 

 

 

「わぁぁぁぁ!!!!!」

「感動した!!」

「凄い!」

「可愛い!!」

「大好きだー!!!」

 

結論。新生μ'sのライブは圧巻だった。

 

全員が心の底から楽しそうにパフォーマンスしておりそこからは一切の迷いは感じない。

 

優雅に、そして楽しくステージ上に舞う彼女達は間違いなく女神の様だった。

 

俺は感じた。これならいけると。

 

あ、ちなみに最後大好きって言った奴太陽な。

 

「音乃木坂スクールアイドル、μ'sでした!ありがとうございました!」

 

ーーーーーありがとうございました!ーーーーー

 

鳴り止まない拍手。

 

止まらない歓声。

 

彼女達も満足そうにやり切った表情で満面の笑みで手を振っている。

 

9人での初ライブは間違いなく成功した。

 

これなら廃校阻止の可能性は限りなく高いだろう。

 

それは太陽も感じているはずだ。

 

「太陽」

 

「…冬夜…分かった」

 

俺は太陽に声を掛ける。

 

すると太陽は楽しそうな表情から真剣な表情に変わり、彼女達に背を向ける。

 

「行くか」

 

「…ああ」

 

俺達は彼女達に背を向け歩き出す。

 

そしてそのまま俺達は会場を後にした。

 

音乃木坂の廃校を阻止出来る。それは、楠木坂との合併が無くなるという事。

 

つまり、俺達はここにいる意味が無くなったという事だ。

 

そしてそれが意味する物。それは…

 

 

 

 

 

 

 

μ'sをサポートする目的が無くなる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上続ける義理はない」

 

「…本気なんだな」

 

「当たり前だ」

 

 

 

 

 

 

決断の時は…近い。




「思い付かないよー!!」

頭を悩ませることり。

「次の作詞はことりさんにお願いするわ」

託された新曲の作詞。

ことりを救うべく穂乃果達が決断したのは…

「お帰りなさいませご主人様!」

「…マジか」

更なる高みを目指し、μ'sは羽ばたく。




〜次回ラブライブ〜

【第17話 ここにいること】

お楽しみに。


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第17話【ここにいること】

お待たせ致しました!ワンダーゾーン回です!

消しては打って消しては打っての繰り返しで悩みながら文と展開を考えました。

おかしい所があったらごめんなさい!

それでは第17話始まります。


「チョコレートパン、おいしい。 生地がパリパリのクレープ、食べたい。 ハチワレのネコ、可愛い。 5本指のソックス、気持ちいい…」

 

何かの暗号の様にぶつぶつと呟いているのは南さん。

 

現在は教室でノートとにらめっこしている。

 

決して頭がおかしくなった訳では無い。

 

「♪ふーわふーわしーた物かーわいーいな♪はーい!後はマッカロンたっくさん並べたら♪カラフルで~しーあーわーせー♪ …る~るるら~ら~…」

 

もう一度言おう。決して頭がおかしくなった訳では無い。

 

「…苦戦している様ですね」

 

「…ことりちゃん…」

 

扉の影からこっそり見守る俺、太陽、高坂さん、園田さんの4人。

 

「…っ…あー!!何も浮かばないよぉ!!」

 

南さんは困ったような表情でそう言うと、机に伏してしまった。

 

ここまで経験が無かったんだ。急にお願いされて出来る方が難しい。

 

「穂乃果ちゃん…氷月君…」

 

助けを呼ぶように呟く南さん。

 

南さんが何故こうなっているのかは数日前に遡る。

 

…てか高坂さんは分かるけど何で俺の名前まで呼ぶんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「ビッグニュースだよ!」

 

観客を魅了したオープンキャンパスから数日。

 

部室に到着すると高坂さんが嬉しそうに言う。

 

「ビッグニュース?」

 

太陽も何だそれといった感じで疑問の表情を浮かべていた。

 

続いて小泉さんが口を開く。

 

「オープンキャンパスの結果、廃校の判断はもう少し様子を見てから決める事になったみたいです」

 

「お!やったじゃん!」

 

なるほど。高坂さんがずっとニコニコしていたのはそれか。

 

廃校阻止とまではいかないがこれは大きな進歩だな。

 

「そしてもう一つ!」

 

ん、何だまだあるのか。

 

「こっち来て!」

 

高坂さんはそう言うと、鼻歌を交えながら歩き出す。

 

言われるがまま高坂さんについていく俺達。

 

そして扉の前に案内されると、勢い良く高坂さんは扉を開いた。

 

「部室が広くなりました!」

 

じゃーんとでも効果音がつきそうな程手を広げ自慢げに話す高坂さん。

 

でも確かに部室が広くなったのはありがたいな。

 

屋上よりは少し制限はあるもののこれで雨が降っても練習する事が出来る。

 

「すげぇ!!μ'sの活躍が認められたって事だよな!」

 

「だよねだよね!」

 

テンションが上がりはしゃぐ二人。

 

ここで絢瀬さんが動く。

 

「まだ安心するのは早いわよ。生徒が入ってこない限り廃校の可能性はまだあるんだから」

 

絢瀬さんの言葉は最もだ。

 

まだまだ油断は禁物。オープンキャンパスでのライブは成功でもそれが実際に生徒上昇に繋がるとは限らない。

 

だが俺はほぼ大丈夫だろうと睨んでいるが。

 

「絵里先輩…」

 

何やら目をウルウルさせながら園田さんが絢瀬さんに話かける。

 

「…やっと…やっとまともな人が入ってきてくれました…」

 

「え、ええ…?」

 

まあ当然絢瀬さんは困惑する。

 

…ただまぁ高坂さんは猪突猛進だし南さんはどっちつかずでふわふわしてるし小泉さんや西木野さんはあまり前に出たがらないし凜は楽観的。にこさんもあんな感じだし…

 

園田さんが言う事も分かる。全体を仕切るのはどうしても園田さんが多いからな。

 

太陽は皆と一緒にふざけがちだし俺はそもそも練習にあんまり出れてないしな。

 

「ちょっと!それじゃにこがまともじゃ無いみたいじゃない!」

 

実際そうだろ。

 

「俺もまともな部類だろ!練習はいつも俺が仕切ってるし…」

「喋るな」

「…冬夜俺に厳しすぎないか?」

 

話がややこしくなる。そんなに広げなくてよろしい。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。私用事あるから…」

 

と話をぶった切る様に言うのは南さんだった。

 

「用事?」

 

「本当にごめんなさい!明日の練習は出れるから…」

 

そして南さんはバイバイと言い残すと足早に去っていった。

 

ふむ…怪しいな。

 

「ことりちゃん。何か隠してるみたいやね」

 

いつの間にか隣に立っている東條さんが言う。

 

いつからそこにいたんだよ。

 

「そうですね。でもまぁ探るのは今じゃないですね」

 

「そうやね」

 

何を隠してるかは分からないが、きっと何れ分かるだろう。

 

「ランキング上がってます!!」

 

「本当!?」

「本当か!」

 

ずっとパソコンを見つめていた小泉さんが嬉しそうに声を上げる。

 

それに反応した高坂さんと太陽が直ぐ様駆け寄った。

 

「凄い!私達50位だよ!」

 

「ラブライブにまた一歩近づいたわね」

 

絢瀬さんと東條さんが加入し、更に人気に火がついたみたいだ。

 

またかなり順位を上げている。

 

このペースならラブライブに間に合うかもしれない。

 

「絵里先輩と希先輩の加入でファンの層が厚くなったみたいで、女性のファンも増えたみたいです!」

 

「なるほど。絢瀬さんと東條さんは今までμ'sには無かった大人の女性枠にピッタリ当てはまった訳だ。今までいなかったもんな、年上で色っぽさもあるメンバーって。さすがは3年生だ」チラッ

 

チラリとにこさんを見る太陽。

 

その流れでその目線はマズイだろ。

 

「朝日。何で今私の事見たの?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「なんで露骨に目線反らすのよ。言いたい事をあるなら私の目を見て言いなさい」

 

「いえ…何も…そういえばにこさんも3年生だったなって思ったぐらいで…」

 

「おいコラ」

 

うん。100太陽が悪いな。

 

「でもえりちも抜けてる所あるんよ?この前もおもちゃのチョコレートを本物と間違えて食べそうになったり」

 

「ちょ、ちょっと希!何で急に私の話になるのよ!」

 

「いや、えりちの可愛い一面も皆に知って貰おうと思って」

 

「そんな気遣いいらないわよ!」

 

話が脱線してきたな。

 

後太陽。チョコレートのおもちゃになりたいって俺だけにボソッと言うのやめろ。めちゃくちゃ気持ち悪い。

 

脱線した話を修正する様に西木野さんが少し声を張って言う。

 

「そんな事より、ここから大変よ。当然上に行けば行く程ファンが多いんだから」

 

そう。ラブライブまではあまり余裕はない。

 

当然20位圏内を目指すのであれば今以上の進化を要求される。

 

もう今の段階から手を打っておく必要があるな。例えば次のライブをどうするかとか。

 

「それなら私に考えがあるわ」

 

「…考え?」

 

にこさんの考えか…

 

あまり良い予感はしないな。

 

「まず私達にはやらなければいけない事があるのよ!」

 

「おお!さすがにこ部長!」

 

ドヤッという効果音が似合う程自信満々に言うにこさん。

 

高坂さんも目を輝かしにこさんの言葉を待っていた。

 

…あまり持ち上げすぎない方がいいと思うけどな。

 

「で、にこっち。やらなければいけない事って何なん?」

 

「ふふん。それはね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらなければいけない事って…これ…?…」

 

勢い良く部室を飛び出したにこさんを追う形でやってきた俺達。

 

そして俺達は今秋葉原に来ていた。

 

…厚手のコートとサングラスとマスクを着用した状態で。

 

「…凄い暑いんですけど…」

 

嫌そうな表情でにこさんを見つめる高坂さん。

 

さっきまでの輝いていた瞳は何処へやら。

 

「我慢しなさい、これがアイドルとして生きる道よ。 有名人は有名人らしく、街で紛れ込む格好ってあるの。 トップアイドルを目指すなら当然でしょ!」

 

にこさんの提案はこうだ。

 

着実に知名度を上げ、μ'sという存在が少しずつ有名になってきている為今後に向けて街中での過ごし方を皆で学ぶという物だった。

 

にこさんとしては、プライベートは大切にする事を強く意識してるとの事で変装の特訓としてこの格好をしている訳だ。

 

当然こんな格好で紛れ込める訳が無い。

 

μ'sだとバレはしないだろうが視線は次々と俺達に刺さっている。

 

目立ってしょうがない。

 

「何かスパイみたいで格好いいな!こちらコードネームSUN、応答せよ。的な!」

 

太陽は何やらにこさんの趣旨と違う方向でテンションが上がっている。

 

とりあえずそのコードネーム絶妙にダサいから一生言わない方がいいぞ。

 

「A−RISEの新商品です!」

 

「可愛いにゃ」

 

ん?小泉さんと凜の声が聞こえるな。

 

辺りを見渡すと、変装を解いた2人がスクールアイドルショップで商品を眺めている様子が確認出来た。

 

「ちょっとあんた達!」

 

にこさんは直ぐ様2人に駆け寄る。

 

俺達も追う様にスクールアイドルショップに入った。

 

当然変装はもう解いたぞ。

 

「あ、にこ先輩」

 

「これ可愛いです!新商品ですよ!」

 

「本当!?よし、これは買うしかないわね」

 

いや注意するんじゃないんかい。

 

いつの間にかにこさんも変装解いてるし。

 

「私初めて来たわ…」

 

「ウチも初めてや」

 

気付けば他のメンバーも思い思いにショップ内を探索している。

 

何か趣旨が分からなくなってきたがまぁいいだろう。

 

各々がグッズを物色していたその時、凜はとある物を発見する。

 

「これ、かよちんにそっくりにゃー」

 

そう言い手に持つのは一つの缶バッジ。

 

そこには確かに小泉さんと瓜二つな顔がプリントされていた。

 

…ていうかそれって。

 

「本人じゃん!」

 

太陽が興奮したように叫ぶ。

 

「…え、わ、私!?」

 

「…という事はここにあるのは…」

 

全員の視線が一つの陳列された台に集まる。

 

そこには、【人気爆発!!μ'sグッズ大量入荷!!】と大々的に書かれていた。

 

…これマジ?

 

「す、凄いよ!全部私達だ!」

 

「わ、私のもあります…」

 

「凄いよ!!凜達のグッズにゃ!」

 

「だ、ダレカタスケテー!」

 

「こうして見ると、勇気付けられるわね。自分達が注目されてるって分かると」

 

「希、私達のもあるわよ」

 

「ほんまや。うちらμ'sに入ってそんなに日経ってないのにもうあるんやね」

 

「おい冬夜!俺のグッズもあるぞ!」

 

それぞれが自分のグッズを手に取り信じられないという様子でマジマジと眺めている。

 

これはμ'sの人気が認められた証明でもある。

 

全員とても嬉しそうだ。

 

太陽は女性人気がバカみたいに高いからそこに需要があるんだろ。

 

俺?勿論無いよ。

 

「わ、私のグッズは!?私のグッズ!」

 

自分のグッズが見当たらないのか焦ったように探し回るにこさん。

 

人一倍スクールアイドルには熱を持って取り組んでたからな。そりゃ必死になる。

 

俺は近場にあったにこさんのストラップを手に取るとにこさんに声を掛けた。

 

「にこさん。ここにありますよ」

 

「ほ、本当!?…あ…あった!わ、私のグッズあった!」

 

にこさんは自分のグッズを見つけると、涙を浮かべながら喜びの表情を見せる。

 

グッズがあるという事は確実にファンがおり需要があるという事。

 

にこさんからしたら一つの夢みたいな物だ。

 

嬉しさは他の人よりも強いだろう。一度挫折した事もあるし。

 

「にこさん。スクールアイドル諦めないで良かったですね。これでもう立派なアイドルですよ」

 

俺は優しく声を掛けた。

 

にこさんは振り向くと満面の笑みで

 

「うん!」

 

と涙を流しながら言うのであった。

 

…時折見せるにこさんの無邪気な笑顔は反則だ。

 

可愛いと思っちゃうじゃんか。

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

とここで高坂さんが何かを発見する。

 

「…?…どうしたんですか穂乃果?」

 

「これ、ことりちゃんじゃない?」

 

「そりゃμ'sのコーナーなんですからことりもいるでしょう」

 

「いやそうじゃなくてこれ」

 

そう言い高坂さんは1枚の写真を指差す。

 

そこにはメイド服を来た南さんによく似た人物が満面の笑みで写真に写っていた。

 

…あれ、これ間違いなく南さんだな。まさかこれがミナリンスキーじゃ…

 

その時、一人のメイド服を着た少女が慌ただしく店内に入ってきた。

 

「あ、あのすいません!ここに私の写真があるって聞いたんですけど!」

 

…噂すれば本人現るだな。

 

「無くしてください!あの写真は駄目なんです!」

 

必死に店員さんに詰め寄る南さん。

 

するとここで南さんの目線が俺達に移る。

 

あ、気付いたな。

 

「…」

 

南さんは俺達の姿を見ると、顔を青ざめながらゆっくりと店を後にしようとした。

 

高坂さんはすかさず声を掛ける。

 

「ことりちゃん…だよね?何してるの?」

 

高坂さんの言葉にピタッと動きを止める。

 

「…」

 

少し間を開けると、近くにあった空いたガチャガチャ2つを手に持つと、振り返りながら自分の両目に当てた。

 

「コトリ? What? ドーナタデェスカァ?」

 

外国人を装いごまかそうとする南さん。

 

さすがに無理があるだろ。

 

「外国人!?」

 

騙されてる!?

 

マジか。凜の将来が心配だわ…

 

「ことりですよね?」

 

今度は園田さんが声を掛ける。

 

少しずつ歩み寄ると、南さんはそれに合わせて後退りする。

 

「チッガイマース!ソレデハ、ゴッキゲンヨー。 ヨキニミハカエミナノシュー…サラバ!」

 

南さんはそう言うと、店を出て一目散に走っていった。

 

「あ、逃げた」

 

「待てー!!」

 

一斉に南さんを追うμ's一同。

 

恐らく太陽か凜辺りが捕まえるだろう。南さんが真っ直ぐ逃げてくれれば。

 

もし南さんが逃げるルートを確保していた時が問題。

 

ならば俺は先回りしておくか。ここから路地裏に入ったとしたら…あそこに出るな。

 

俺は皆と違う方向に走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…良かった…逃げるルート用意しておいて…」

 

数分後。俺の予想通り南さんが路地裏から出てきた。

 

やはり逃げ道は確保していたみたいだ。

 

「みぃつけた。 これ以上逃げたら、そのふくよかな胸をわしわしするよ~?」

 

「…ひっ…」

 

東條さんが手をわしわしさせながら南さんに言う。

 

そう。実は東條さんも先回りしていたのだ。

 

「観念しろよ」

 

「ひ、氷月君まで…」

 

どうやら東條さんとは思考が似ているらしい。

 

南さんを確保した事を皆に報告すると、近くのカフェに場所を移し話を聞く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ことり先輩が…このアキバで伝説のメイド、ミナリンスキーだったんですか!?」

 

「…はい」

 

全員が揃うと、観念した様に事情を話し出した。

 

どうやらμ's結成の直後にスカウトされたみたいだ。

 

そこでもしかしたら自分が変われるかもと思いそのスカウトを引き受けたようだ。

 

あの写真は南さんの働くメイド喫茶で行われたイベントの写真な様で、本来は撮影禁止だったが誰かが撮影してしまったらしくそれが出回ったとの事だ。

 

なるほど…にしても自分が変われるねぇ…

 

「ちょっと!何で内緒にしてたの?教えてくれれば遊びに ジュースとかご馳走になったのに!」

 

そっちかよ。

 

南さんに集ろうとしてないか?

 

「内緒にしてたのはごめんなさい…あ、でもお母さんには言わないで!」

 

本来音乃木坂はバイト禁止である。

 

それが自分の親、ましてや理事長の耳に入ればやめさせられるのは目に見えている。

 

ちなみに東條さんは一人暮らしだから許可が出たらしい。直接東條さんが言っていた。

 

「うん。内緒にしておくよ!」

 

「ありがとう!じゃあ私、お店に戻らなくちゃいけないから…」

 

「分かりました。頑張って下さい」

 

「うん!じゃあまた明日!」

 

南さんはそう言うと、足早に店を出て行った。

 

「…?…絵里先輩?」

 

南さんが店を出た直後、園田さんが絢瀬さんに声を掛ける。

 

絢瀬さんを見ると、顎に手を付け真剣な表情で何やら考えている様子だった。

 

「…さっきのことりさんの言葉で思ったの。私達も少し変わらないとダメかもって」

 

…ほう。中々興味深いな。

 

こうゆうマネジメントな事はあまり知識がないからメンバーが集まった今俺からのアドバイスは何も無い。

 

その為彼女達が出すアイデアがとても重要だ。

 

「当然上に行けば行く程戦いは厳しいものになる。これ以上の高みを目指すには、思い切った事をしなくちゃいけないと思うの」

 

「確かに、絵里先輩の言う通りですね」

 

絢瀬さんの言葉に園田さんが頷く。

 

「そこで一つ私から提案があるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、秋葉原でライブしない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で絢瀬さんの提案に異議を唱える者はおらず、そのまま採用される事になった。

 

秋葉原の街中で行う初めての路上ライブ。

 

絢瀬さんの狙いは秋葉原で認められれば大きなアピールになるという物だった。

 

そこで披露する曲も新曲が良いだろうとの事で、早速曲を作る事に。

 

いつもは園田さんが作詞を担当しているが、絢瀬さんの提案で作詞は秋葉原との携わりがある人がやった方が良いとの話になり、秋葉原のメイド喫茶でバイトしている南さんが選ばれたという訳だ。

 

そして現在に至る。

 

「どうしよう…」

 

歌詞が一向に進まず頭を悩ませる南さん。

 

これじゃいつ曲が出来るか分からないな。

 

「園田さん手伝っちゃえば?」

 

しびれを切らしたのか太陽が園田さんに言う。

 

「…そうしたいのは山々何ですが、今回は秋葉原というテーマが決まっていてそこに寄せた曲なので秋葉原に詳しくない私では戦力になりません」

 

「そうか…別に俺らも詳しい訳じゃ無いしな…」

 

歌詞作りが進まない南さんを見て俺達も頭を悩ませる。

 

これは俺と太陽もさすがにアドバイスのしようがない。

 

「でもこれじゃラブライブに間に合わない可能性すらあるしな…」

 

「そうですね…」 

 

「ただ折角南さんが真剣に取り組んでくれているから白紙に戻す様な事はしたくない」

 

「…そうだ!」

 

その時、ここまで口を開いていなかった高坂さんが何か閃いたように話す。

 

「私に良いアイデアがあるよ!」

 

「アイデア?」

 

高坂さんのアイデア…頼っても良いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「何で私まで!」

 

「当たり前でしょ!海未ちゃんも一緒だよ!」

 

「あはは…」

 

そこから数日。

 

作詞の進捗は変わらず見られず、高坂さんのアイデアを実行に移す時が来た。

 

そのアイデアは…

 

「…何故メイド服なのですか…」

 

そう。南さんと一緒にメイド喫茶で働く事だった。

 

現在俺の目の前にはメイド服を着こなす3人が立っている。

 

堂々としている高坂さん南さんの2人に対し、園田さんはもじもじしながら今にも消えてしまいそうな程小さくなっていた。

 

…本来バイトが禁止なのはもう突っ込んでも意味がないな。

 

「秋葉原について考える作詞なら実際にその場所で考えた方が何か思い付くんじゃないかなって」

 

確かに高坂さんが言う事も一理ある。

 

普通に考えても思い付かないなら環境を変えてやればいい。

 

秋葉原についての歌詞なら秋葉原で考える。シンプルだがとても良いアイデアだと思う。

 

「でしたらわざわざメイド喫茶でバイトしなくても!」

 

「そこはほら、同じ幼馴染なんだし」

 

「理由になってません!」

 

顔を赤くしながら高坂さんに詰め寄る園田さん。

 

恥ずかしがり屋な園田さんにとっては派手なメイド服で接客をするという事は中々ハードルが高い。

 

でも一度スイッチ入るとライブ中に投げキッスするくらい大胆になるんだけどな…

 

「いいじゃんいいじゃん。園田さんの恥ずかしがり屋が治るキッカケになるかもしれないし」

 

そう園田さんのメイド服姿を見て言うのは執事姿の太陽だった。

 

メイド喫茶の店長に、「1人執事の店員が欲しかったのよ!あなた執事やってお願い!」とスカウトされていた。

 

太陽は二つ返事でOKを出し、何の躊躇いもなく執事服に着替えていた。

 

外見がめちゃくちゃ整っている太陽は凄く様になっており、普通の女性なら一発でイチコロになるだろう。

 

高坂さん達は普通なのかって?ああ普通じゃないよ。

 

だって太陽に対して赤面の一つもしないんだもん。太陽で靡かないなら誰に靡くんだよ。

 

…まぁそれはさておき、ちなみに俺は厨房スタッフとして働く事になっている。

 

「得意な事は何?」って店長から聞かれたから一応レストランでシェフしている事を生かして料理には自信ありますって言ったら「丁度厨房スタッフが足りてなかったのよ!採用!」と言われた。

 

別に俺は働きたいとは言ってないんだが…

 

まぁ時間はあるしお金が貰えるなら別に良いや。

 

「さぁ!お客さんが来るよ!」

 

「うん!頑張ろう!」

 

「…こうなれば、腹を括ります!」

 

こうして、作詞のヒントを見つける為俺達のメイド喫茶がオープンした。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。ご主人様!」

 

「うぉぉぉぉぉ!ミナリンスキーちゃーん!」

 

「ただいまぁぁぁ!!会いに来たよー!!」

 

「愛してるぞー!!」

 

「「「「も、萌え〜…」」」」

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ。お嬢様。」

 

「「「キャァァァァ!!!格好いい!!!」」」

 

「こっち向いてー!!」

 

「握手して握手!!」

 

「ジャニーズの人!?初めてこんなにイケメンな人見たわ…幸せ…」

 

結論、大盛況だった。

 

主に南さんと太陽の力が凄く、男性、女性それぞれの人気が高く客足が一向に衰えない。

 

予想していなかった訳ではないが、随分と初日からハードなバイトになったものだ。

 

「すご…何この人気…」

 

「ミナリンスキーの人気は言わずもがな。朝日先輩も1年生の間でもファンクラブが出来てる程人気が高いんです」

 

「ああ、知ってるわそれ。3年生でも話題になってる」

 

「確かに凄いイケメンやもんなー。朝日君って」

 

「クラスの子に羨ましいって凄い言われるにゃ」

 

「今時ジャニーズにもいないわよ。あそこまで顔立ちが整ってる人」

 

「…あれ、えりちもしかして朝日君の事好きなん?」

 

「な、何でそうなるのよ!」

 

どうやら他のμ'sの面々も来ている様子。

 

太陽について話しているみたいだな。

 

この人気ぶりを見たら当然の反応だ。

 

「そういえば冬夜君はどこにいるんやろ」

 

「…希こそ氷月君の事好きなんじゃないの?」

 

「確かに前から気になってたのよ。1人だけ名前呼びだし」

 

「そ、そうなんですか希先輩!?」

 

「…好きって言ったら皆どうするん?」

 

「「「「「え」」」」」

 

…何か俺の話してないか?

 

ずっと太陽の話題でいいじゃん。何で急に俺なんだよ。

 

「すいません!注文入りました!6番テーブル愛情たっぷりふわふわオムライス2つと7番テーブル愛情じっくりビーフシチュー2つでお願いします!」

 

おっと注文が来たな。

 

「かしこまりました。これを2番テーブルに。これを4番テーブルに。これを5番テーブルにお願いします」

 

「も、もう出来たんですか!かしこまりました!」

 

こちとら普段のバイトでこうゆうのは慣れっこなんだ。

 

これぐらいの忙しさはどうって事無い。

 

「ちょっと海未ちゃん洗い物ばかりして!もっとお客さんと話したら!?」

 

今度は洗い場から会話が聞こえる。

 

これは高坂さんの声だな。

 

「メイドは本来こうゆうのが仕事です」

 

「屁理屈ばっかり!」

 

まだスイッチは入っていないみたいだ。

 

ホールに出る事にまだ勇気を出せていないらしい。

 

「これもお願いします」

 

沢山の洗い物を持った南さんが洗い場へやってくる。

 

「は、はい!」

 

園田さんは返事をするが忙しいのか表情が硬い。

 

「海未ちゃん笑顔笑顔!」

 

「は…また私…」

 

「忙しいのは分かるけど、こうゆう時こそ笑顔ね!」

 

南さんはそう言うと柔らかな笑みを浮かべ洗い場を去っていく。

 

…なんか働いてる時の南さんちょっとキャラ違うな。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です!」

 

日が暮れると同時に少しずつ客足も落ち着き、ようやくバイト初日が終わった。

 

「凄いです!今までと比べて3倍の売上です!」

 

「やったー!!」

 

「お客さんいっぱい来たもんねー」

 

大部分は南さんと太陽のおかげだが、高坂さんと園田さんも人気が高かった。

 

μ'sが働いてると知って来店するファンも多く、高坂さんと園田さん目当てで来た人も沢山いた。

 

あの客の数を見れば今日の売上にも納得がいく。

 

「凄いよ!全部南さんと朝日君と高坂さんと園田さんのおかげだよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「あ、ありがとうございます!…」

 

お礼を言われ素直に返す高坂さんに対し、南さんはどことなく浮かない顔をしている。

 

「…氷月さんも凄い頑張っていましたが…」

 

園田さんがぽつりと呟く。

 

だがその声は誰にも届いていない様だった。

 

「さ、皆今日はお疲れ様!また明日もよろしくお願いね!朝日君、氷月君、高坂さん、園田さんもありがとね」

 

店長の締めの言葉が入る。

 

これで正式に今日のバイトが終了した。

 

他の従業員も次々と店を出ていく。

 

「ふぅ…さて帰るか」

 

俺も今日は疲れた為そそくさと準備し帰ろうとする。

 

裏口に停めてあった愛用の自転車に跨がった時、不意に声を掛けられる。

 

「氷月君!」

 

「…南さん」

 

そこにいたのは、急いで来たのか少し息を切らしている様子の南さんだった。

 

メイド服を脱いでない所を見ると、まだ帰る支度はしていないみたいだ。

 

「どうした?」

 

「今日はありがとう。氷月君のおかげだよ」

 

…売上の事かな?

 

今日店が繁盛したのは別に俺関係ないけど。

 

「お客さんがいっぱい来た事なら俺は関係ないぞ」

 

「ううん。氷月君がいなかったらこんなに上手に回って無かったよ。料理作る手際が良くて本当に助かったんだ。そのおかげでお客さんを待たせる事無く円滑に回せたんだもん。店長も褒めてたよ?氷月君がいなかったらどうなっていた事かって」

 

なるほど。確かに常に2、3品くらいは同時進行で作ってた気がする。

 

普段のバイトでもこのスタンスだけど。

 

「そうゆう事。分かった素直に受け取っておくよ。南さんはそれだけを言いにわざわざ来たのか?」

 

「あ、うん。あまりにも皆氷月君に触れないからつい…」

 

「そっか。ありがとねわざわざ」

 

別に気にしてなかったから良かったんだが南さんの気遣いは素直に嬉しい。

 

頑張りを認めるっていうのは凄い大切だからな。

 

「じゃあ、私はこれで…」

 

「あ、ちょっと待って」

 

俺は立ち去ろうとする南さんを呼び止める。

 

折角の機会だし胸の内を聞いておくか。

 

「…?…」

 

可愛らしく首を傾ける南さん。

 

俺は歌詞の進捗を聞く事にした。

 

「歌詞はどう?何か浮かんだ?」

 

「うーん…それがまだ…何か浮かびそうで浮かばない感じで凄いもどかしいんだ」

 

「そっか…まだ難しそうだね」

 

まだ歌詞は浮かんでいない様だが少しはヒントを得れたみたいだ。

 

僅かだが学校で考えていた時より表情の曇りが少し減っている気がする。

 

とりあえず秋葉原に来たのは無駄では無かったという事だ。

 

ここで俺は一つ疑問に感じていた事を南さんに聞く事にした。

 

「南さん。前にメイド喫茶でのバイトを始めたのは自分を変える為だって言ったでしょ?」

 

「うん」

 

「それって何で自分を変えたいって思ったの?」

 

そう。疑問はそれだった。

 

自分を変えたいという事は少なからず周りに劣等感を感じているという事だ。

 

南さんが何に対して劣等感を感じているのかは分からない。

 

その為そこは聞いておくべきだと感じた。

 

少しだけ間を開けると、南さんは質問に答えてくれた。

 

「…私には何も無いから」

 

「…何も無い?」

 

「うん。穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていける訳ではないし海未ちゃんみたいに皆をまとめる事も出来ない。私はいつだって皆についていってるだけ…だからスカウトを引き受けたの。自分が変われるヒントになるかもって」

 

「そうゆう事」

 

南さんが感じていたのは高坂さん、園田さんに対しての劣等感だったようだ。

 

俺からすれば南さんも個性の塊なんだが…

 

「私、今もたまに感じるんだ。今μ'sとしてスクールアイドルやってるけど…私がここにいる意味あるのかなって」

 

そう言い南さんは暗い表情を浮かべながら俺から目線を外す。

 

ここにいる意味。南さんの悩みは思った以上に重たい物だった。

 

「私はちゃんとμ'sとして必要とされてるのかな…?…皆に助けてもらってばかりで…」

「大丈夫だよ」

 

俺は南さんの言葉に被せる様に言った。

 

「…え?」

 

「南さんが必要とされていない訳がないだろ。まず南さんがいなかったら衣装はどうする?いつも睡眠時間を削ってまで作ってくれて本当に助かっているんだ。新曲発表前になると毎回目の下に隈が出来てるし授業中の居眠りも何度かある。そんなになるくらいいつも身を削って頑張ってるじゃんか」

 

「…!…」

 

俺の言葉に驚く南さん。

 

まだ俺は止まらない。

 

「第一、南さんは縁の下の力持ちタイプなんだ。高坂さんや園田さんとは違うタイプ。だから二人の様になる必要は全く無いし、きっとなれない。だけど逆に高坂さんも園田さんも南さんには絶対なれない。だから南さんだけの良さがあるんだよ」

 

「私だけの良さ…」

 

「そうだ。南さんがいる事によって話し合いが円滑に進むんだよ。後空気が壊れない。高坂さんと園田さんが衝突してもその橋渡し役になっているのはいつだって南さんだ。これは他の誰にも出来ないよ。後は声も特徴的だ。南さんの声が好きって言うファンも多い。これは紛れもなく南さんだけの長所だよ」

 

俺の言葉に少しずつ南さんの表情が明るくなっていく。

 

「メイドを始めた事で間違いなく南さんは成長してるし胸を張っていい。太陽から聞いたよ?リーダー決めの時のビラ配りだってぶっちぎりで1位だったみたいじゃん。それって絶対メイドやってた成果だよ」

 

最後に俺は微笑みながら言う。

 

「助けられてるなんて皆同じ。俺も太陽も皆も南さんに何回も助けられてる。南さんがここにいる意味はね、間違いなくあるんだよ」

 

「氷月君…」

 

俺が言い終わると南さんは目尻に涙を浮かべながら微笑んだ。

 

「ありがとう!」

 

満面の笑み。それは思わず惹かれてしまうほど美しくて可愛らしいものだった。

 

俺は思わず目線を外す。

 

「…?…どうしたの?」

 

「…何でもない」

 

太陽なら間違いなく鼻血を出してたレベルだ。

 

カリスマメイド恐るべしだな…

 

「顔ちょっと赤いよ?」

 

「え、いやこれはただ暑いだけだ。そんなことより、メイドの仕事は楽しい?」

 

俺はこれ以上模索されたくないので急いで話題を変える。

 

バレてはいけない…

 

南さんの笑顔に見惚れましたなんて…

 

「うん、楽しいよ!スカウト受けて本当に良かったって思ってる」

 

「そっか」

 

微笑みながら楽しそうに話す。

 

心の底から楽しんでメイドをしているのが分かる。

 

続けて南さんは言った。

 

「この街は自分の多様性も優しく受け入れてくれる…変わろうとしている自分を包み込んでくれて、まるで希望が溢れてくる様な感じなの。だから私はこの街が好き!」

 

嬉しそうに話す南さん。

 

驚いたな。どうやら俺の想像以上に秋葉原への思いは強いらしい。

 

この言葉が出るならもう大丈夫そうだ。

 

俺は少し微笑みながら南さんに言う。

 

「それでいいじゃん」

 

「…え?」

 

「歌詞。今南さんが言った事、思った事をそのまま歌詞にすればいいんじゃない?」

 

南さんが気付かず発した言葉は紛れもなく見つけれなかった歌詞作りの答えだった。

 

秋葉原を意識した曲なんだから秋葉原への思いをそのまま歌にすれば良い。

 

何でこんな簡単な事に気付かなかったんだろうな。

 

「そっか…うん!何か掴めた気がする!」

 

南さんの表情が自信に染まる。

 

これなら歌詞作りはもう問題無いだろう。

 

「それなら良かった。期待してる」

 

俺はそれだけ言うと自転車に跨りペダルに足をかけ一気に走り出す。

 

これ以上は歌詞作りの邪魔になるからな。

 

「氷月君!本当にありがとうー!!」

 

南さんの声が背中越しに聞こえる。

 

俺を背を向けたまま手を振って返す。

 

これで今俺に出来る事は終わった。後は曲の完成を待つのみ。

 

俺は次の新曲に期待を膨らませながら、帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めてまして!音乃木坂スクールアイドルμ'sです!」

 

そして迎えた路上ライブ当日。

 

それからの南さんの作詞はこれまでと雲泥の差になる程進み、あっという間に一曲を書き上げた。

 

秋葉原への思いが沢山詰まった南さんらしい作詞。

 

それでいて元気が貰える素晴らしい曲に仕上がった。

 

そして衣装は秋葉原を意識し全員メイド服。

 

周りからは可愛い、綺麗、萌え…と声が飛び交っている。

 

ビラ配りも積極的に行い、元々あった知名度もあり本番は沢山のお客さんに恵まれた。

 

「もっと私のライブを見てもらいたくて、初めての路上ライブを開催する事に決めました。今日に向けて新曲も作りました。練習も沢山して、緊張もしてます。でも、皆さんに楽しんで頂けるように精一杯歌います!」

 

高坂さんのMCが終わる。

 

すると入れ代わりで南さんが前へ出る。

 

一度深呼吸をすると、真っ直ぐな瞳で曲の始まりを言った。

 

「聞いて下さい」

 

 

 

 

 

 

【WonderZone】

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ楽しかったね!!まだドキドキが治まらないよ」

 

日暮れの神田明神。

 

そこには3人の少女がいた。

 

「それにしても本当に氷月さんには頭が下がります」

 

「うん。氷月君が居てくれて本当に良かった」

 

結論。路上ライブは成功だった。

 

その後は急遽握手会が行われる程大盛況であり、全員がこの路上ライブに確かな手応えを感じていた。

 

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんもありがとう!私の為にいろいろ…」

 

「ううん。そりゃ同じμ'sで幼馴染だもん当然だよ!」

 

「そうです。当たり前です」

 

「…でも海未ちゃんメイド嫌がってたけどね」

 

「ちょっと穂乃果!それは今は言わない空気だったでしょう!」

 

「あはは…」

 

二人の言い合いに苦笑いをするのは南ことり。

 

ことりからすればこのやり取りは何度も見てきた光景だ。

 

「それにしても、私達ずっと一緒だよね!」

 

空を見上げながら言うのは高坂穂乃果。

 

「そうですね。小学生の頃からの付き合いですから」

 

園田海未もすかさず返す。

 

「小学校…中学校…そして高校。ずっと3人で過ごしてきて気づいたら皆でアイドルやってる。これって凄いことだよね!」

 

「…まさかこうなるなんて想像してませんでしたよ」

 

3人の絆の深さを再認識しながら楽しそうに話す2人。

 

その中、ことりは一人浮かない顔をしていた。

 

すかさず穂乃果が気づく。

 

「ことりちゃんどうしたの?」

 

「…いつまで、3人一緒に居られるのかな?って思って…」

 

「…確かに、いずれは…」

 

ことりの言葉に少し重たい空気が流れる。

 

しかし穂乃果がすかさず吹き飛ばす。

 

「何言ってるの!ずっと一緒だよ!」

 

「…穂乃果ちゃん」

 

「二人は一緒に居たくないの?」

 

穂乃果の問いかけに二人はすかさず反応する。

 

「そ、そんな!一緒に居たいよ!」

 

「私だって!二人は大切な親友ですから」

 

二人の返答を聞くと、穂乃果は笑顔を浮かべながら言う。

 

「じゃあ一緒にいようよ!」

 

「うん!」

「はい!」

 

穂乃果の言葉にことりと海未にも笑顔が戻る。

 

さっきまでの重たい空気は一瞬で吹き飛び穏やかな空気に再び戻る。

 

そして続けてことりが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっとずっとずーっと一緒に居ようね!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…後は南さんの所で最後か」

 

早朝。一人の少年が自転車を走らせる。

 

「あれ、郵便屋来てるな」

 

目的の家が見えてくると、門の前に郵便屋がいる事に気づく。

 

そして、郵便屋は1枚のエアメールをポストに入れた。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。若いのにこんなに朝早くから凄いね!」

 

目的の場所に到着し郵便屋と挨拶を交わす。

 

ついでに少年は郵便物の正体を聞いてみる事にした。

 

「ありがとうございます。所で今入れたのってエアメールですか?ここ僕の友達の家で」

 

「へぇー友達のお家か。俺も内容は良く分からないけど、海外から届いたエアメールらしいよ。あ、次の配達行かなきゃ。じゃあ頑張ってね」

 

郵便屋はそう言うとそのまま去っていった。

 

残された少年。

 

ポストをジッと見つめながら少年、氷月冬夜は郵便屋が言った言葉を呟いた。

 

「…海外からのエアメール?」

 

 

 

 

 

 

 

噛み合った歯車は、軋む音を立てながら少しずつ狂っていく。




「先輩禁止よ!」

μ'sのリーダー高坂穂乃果の発案により合宿に行く事となったμ's。

そしてその先で絵里の提案により先輩後輩の垣根を外す事に。

「お願い!氷月君も来て!」

「何で俺に執着するんだよ」

μ'sからのラブコール。

嫌がる冬夜。しかし結局は合宿に同行する事に。

「皆の水着姿可愛い…」

「太陽。鼻血出てる鼻血」

女性9人に対し男性2人の比率!

これは何かが起こりそうな予感…?




〜次回ラブライブ〜

【第18話 μ's強化?合宿 前編】

お楽しみに。


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第18話【μ's強化?合宿 前編】

来ました合宿回です!

1話にまとめるとめちゃくちゃ長くなりそうなので前編後編に分けました。

今回は割と楽しんで文章が打てましたので結構満足です。

それでは第18話始まります。


「何これ…暑っ…」

 

路上ライブから数日。

 

夏休みに突入し、ラブライブに向けた練習も本格的になっていく。

 

昼、全員集合し練習に臨もうとするその時、1つの問題に直面する。

 

「…ってこの中練習するなんて正気!?」

 

やや怒り口調で言うのはにこさん。

 

確かにこの暑さじゃ練習にも身が入らないだろう。

 

「何言ってるの。ラブライブまで時間無いんだからそれでも練習するわよ」

 

「は、はい…」

 

絢瀬さんの言葉に小泉さんが少し萎縮する。

 

ふむ…以前から感じてはいたがやっぱりまだ上級生との壁を感じるな。

 

「花陽。これからは先輩も後輩も無いんだから…ね?」

 

絢瀬さんも気付いたのか微笑みながら小泉さん言う。

 

「はい」

 

それに対し小泉さんも微笑んで返すが、そこにはまだ遠慮が感じられた。

 

「でも今日って30℃超えるみたいだぞ?熱中症になりかねない」

 

太陽がスマホを見ながら言う。

 

俺も天気予報を見たが今日は真夏日になるみたいだ。

 

確かに体調面は少し心配だな。

 

「そうだ!」

 

その時、高坂さんが何か閃いたように声を上げる。

 

「…?…穂乃果どうしたのですか?」

 

「いい事思いついちゃった!合宿だよ合宿!」

 

「合宿?」

 

「そう!いやぁーなんでこんないい事もっと早く思い付かなかったんだろ」

 

「いいね合宿!行きたい行きたい」

 

はしゃぐ高坂さんと太陽。

 

合宿か。確かに今は夏休みだし時間はある。

 

それにμ's間の親睦をより一層深める為にも無しではない提案だ。

 

しかしそれも問題はある。

 

「…どこに?」

 

小泉さんが首を傾げながら言う。

 

そう。第一に場所だ。

 

この時期は他に合宿をしている部活もあるだろうしホテルとか旅館も予約するには遅い。ましてやこの人数だ。

 

宿泊場所の確保は難しいだろう。

 

「海だよ海!絶対に気持ち良いよー!」

 

「費用はどうするのですか?」

 

次に費用だ。

 

仮に場所が決まったとしてもこの人数なら宿泊代もバカにならない。ましてや海のある所なら尚更だ。

 

それに自腹する程乗り気でも当然学生の身。

 

お金に余裕があるはずも無い。

 

「えっとそれは…」

 

園田さんの疑問に頭を悩ませる高坂さん。

 

すると俺と南さんの腕を掴み隅に移動した。

 

「…ねぇ、ことりちゃんと氷月君バイト代っていつ入るの?」

 

何かと思えば俺達のバイト代かよ!

 

何考えてんだこのサイドテールは。

 

「俺と南さんに集るんじゃないよ」

 

「ち、違うよ!借りようと思っただけだよ!」

 

「返す未来が見えないから嫌だ」

 

「そんなー…」

 

当然だろ。

 

第一バイト代でこの人数の宿泊代を賄えるとも限らない。

 

やはり合宿は無理か。

 

「じゃ、じゃあ真姫ちゃん!」

 

「ゔぇっ…わ、私?」

 

話を振られると思わなかったのか驚く西木野さん。

 

どうやら高坂さんはまだ諦めていないようだ。

 

「別荘とか無いの?海辺の」

 

いやさすがにお嬢様だからと言ってそんな都合良く別荘なんて…

 

「…あるけど」

 

あるんかいっ!

 

「本当!?やったー!お願い真姫ちゃん!」

 

別荘の存在を知った高坂さんは目を輝かせながら西木野さんに頬擦りをしながら頼み込む。

 

どんだけ行きたいんだよ。合宿。

 

絶対練習なんて頭にないだろ。

 

「え、ちょ…ちょっと何でそうなるのよ!」

 

困惑する西木野さん。

 

そりゃ急に頼まれていいよとは言えないよな。

 

「ちょっと穂乃果。真姫に迷惑です」

 

園田さんが高坂さんに言う。

 

「…そうだよね…ダメだよね…」

 

絢瀬さんの言葉を聞いた高坂さんは名残惜しそうに西木野さんから離れた。

 

しかし西木野さんを見つめる瞳はまだおねだりをしているようにウルウルさせていた。

 

何か南さんの【おねがい】と通ずるものがあるな。

 

「うっ…」

 

その瞳に気付いた西木野さんは思わず後退る。

 

高坂さんはその瞳をやめない。

 

そして少しの間が開いた後、最終的には

 

「わ、分かったわよ!聞いてみるわ…」

 

西木野さんが折れてしまうのだった。

 

高坂さんの粘り勝ちだな。

 

「やったー!!!」

 

「全く…真姫、ごめんなさい」

 

喜ぶ高坂さんに対し、西木野さんに謝る園田さん。

 

しかし他のメンバーを含め園田さんも少し期待の眼差しをしている。

 

結局皆合宿に行きたかったらしい。

 

「…あくまで聞くだけですから。駄目でも文句言わないで下さい」

 

「当然です。すいませんがよろしくお願いしますね」

 

これで合宿の話は一段落ついた。

 

ように見えるが、俺にはまだ疑問に思っている事がある。

 

俺は皆に疑問をぶつけた。

 

「太陽はどうするんだ?」

 

「え?行くよ?」

 

「そうじゃなくて、お前は行くつもりかもしれないけど合宿に行くという事は女の子と1つ屋根の下で寝泊まりするって事だ。いくらμ'sのコーチとはいえ男。皆はそれを良しとしているか、また親御さんはそれを許可するかだ」

 

そう。最後の問題はこれだ。

 

まぁ俺は行かないが、太陽が行く以上この問題は避けられない。

 

同じ建物で寝泊まりする事。そして海に行くのであれば太陽に水着姿を見られる事。

 

それを覚悟しなければいけない。

 

それに過ちを犯さないとも限らないし。

 

「確かにそれは考えてませんでしたね」

 

「そうね。確かに抜けてたわ」

 

μ'sのまとも組の二人はすぐさま頭を悩ませた。

 

しかし、他のメンバーは意外と乗り気であった。

 

「え、勿論一緒だよ!朝日君も氷月君も大切なμ'sのメンバーだもん!」

 

「うん!一緒に来てほしいな」

 

「最初から行くと思ってたにゃ。だから全然大丈夫です!」

 

「は、恥ずかしいけど二人なら…」

 

「…それも合わせて確認してみるわ」

 

「あなた達がいないといざ何かあった時困るでしょ?にこのボディーガードとして来なさい」

 

…まぁ最後のにこさんはさておいて皆がここまで乗り気だとは思わなかった。

 

普通園田さんや絢瀬さんのような反応が正しいはずなんだけどな…

 

「あ、もしもしママ?えっと頼みたい事が…」

 

西木野さんは早速電話して聞いているようだ。

 

「…そうね。二人なら頼りになるしいいでしょう。それに合宿ならコーチとマネージャーもいるべきでしょうし」

 

皆の言葉を聞いて絢瀬さんが肯定側に入った。

 

俺としてはもう少し悩んで欲しかったんだけど…

 

「そうですね。信用していますし、私も二人に同行をお願いしたいです」

 

おいおいおい!園田さんは一番反対しなくちゃいけない人でしょ!

 

最初はちょっと考えてると思ったらあっさり肯定側に入ったな。

 

全く…皆危機感が無さすぎ。

 

「じゃあこれで後は許可だけ…」

「待って」

 

高坂さんの言葉を遮る様に言うのはここまで口を開いていなかった東條さんだった。

 

そういえばまだ東條さんの意見を聞いていなかった。

 

「どうしたの希?」

 

「冬夜君の言葉を聞いて思ったんやけど、何で朝日君だけ行くみたいな口振りなん?」

 

…さすがは東條さん。しっかり気づいていらっしゃる。

 

「…え、氷月君行かないの?」

 

高坂さんが不安そうな表情でこちらを見つめる。

 

「ああ、行かない」

 

俺はハッキリと皆に言った。

 

「え!?何で!一緒に行こうよ!」

 

近い近い近い!そんなに詰め寄るなよ。

 

俺は思わず後退る。

 

「またバイトか?」

 

「それもあるし、女の子9人と泊まりはさすがにキツイ」

 

俺は元々1人が好きだから正直大人数で何かをするというのが苦手だ。

 

ましてや泊まりなんてもっての外。

 

一人の時間を大切にしたいからね。

 

「そんな事言わないでさー!行こうよ行こうよ!」

 

しかしそんな事では止まらないのが高坂さんだ。

 

よく知っている。

 

「嫌だ」

 

「お願い!氷月君も来て!」

 

「いーやーだ」

 

「何とかしてバイト休み取れないの!?」

 

「何で俺に執着するんだよ」

 

しつこいしつこい!

 

嫌だと言ってるだろ…

 

俺に執着しすぎなんだよ。

 

「園田さんも何とか言ってくれ」

 

俺だけじゃ手に負えないと判断し、園田さんに救援を求めた。

 

すると園田さんは申し訳無さそうな顔を顔をしながら

 

「すいませんが、私からもお願いします」

 

と言った。

 

あなた一番止めなきゃいけない立場でしょ。

 

そっち側についてどうする。

 

「もう諦めろ冬夜。皆冬夜に来てほしいんだよ」

 

電話中の西木野さんを除く全員が分かりやすく頷く。

 

ちなみに夏休みは俺にとって勝負のイベントなのでほぼ毎日バイトを入れている。

 

…まぁきっと言えば休みは取らせてもらえるが。

 

しかしこのままだと行くと言うまで帰してくれなさそうだ。

 

どうすれば…

 

「どう?駄目かしら…え?えぇ氷月君もいるわよ」

 

ここで電話中の西木野さんが視界に入る。

 

そうだよ!そもそも別荘使用の許可が下りなければいいんじゃん!

 

何か俺の名前が出てるけどまぁいい。

 

「ていうかそもそもまだ別荘の許可取れてないんだから…」

「取れたわよ」

 

いや取れるんかい!!

 

男女が1つ屋根の下だぞ!?しかも実の娘が!

 

「氷月君がいるならいいって」

 

「は?」

 

何そのバカげた条件!?

 

なんで俺がいる必要があるんだよ!

 

「氷月がいるならって…あんた真姫の両親に何したのよ」

 

にこさんがジト目でこっちを見る。

 

…まぁ西木野父と衝突した事がきっかけで厚い信頼が生まれてしまったといったところか。

 

「まぁそれも気になるけどそれより!これで氷月君も行くしか無くなったね!」

 

…そう。

 

別荘の許可を得た上に俺が同行する条件つき。

 

あー神様…俺に試練を与え過ぎでは?

 

「むー、まだ迷ってるみたいだね…これはあれをやるしかなさそうだよ!」

 

「うん!そうだね穂乃果ちゃん!」

 

…ん?何やら高坂さんと南さんが企んでるな。

 

「あれ…ですか。分かりましたやりましょう」

 

「海未先輩があっさり許可するなんて予想外だにゃ。でも、凛も皆で合宿に行きたいからいいよ」

 

「は、恥ずかしいですけど…頑張ります!」

 

「ほ、本当にやるの?」

 

「仕方ないでしょ。こうでもしないと動かないわよ」

 

「そうやねこれしか方法無さそうやし。えりちは大丈夫?」

 

「ええ。いつでも大丈夫よ」

 

全員が互いに頷くと全員が俺を見つめる。

 

何だ何だ?何が始まるんだ?

 

「氷月君…」

 

先頭に立つ高坂さんが俺を呼ぶ。

 

するとそれが合図なのか、俺に近付き全員が目をウルウルさせながら言った。

 

「「「「「「「「「おねがぁい?」」」」」」」」」

 

これは反則だわ…

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で海だー!!」

 

はい。結論負けました。

 

南さんのみのおねがい攻撃は耐えられたが、9人全員はさすがの俺でも頷くしかなかった。

 

いつの間にあんな技を習得したんだか…

 

ちなみ太陽はあまりの衝撃にしばらく放心状態だった。

 

太陽には刺激が強すぎたらしい。まぁあの破壊力は半端ないから無理もない。

 

という訳でμ's+俺達11人は西木野さんの別荘に来た訳だ。

 

「で、デカイ…」

 

「本当に同じ高校生なのでしょうか…」

 

にこさんと小泉さんはあまりのデカさに圧倒されている。

 

確かに別荘なんて始めてみたがこんなに大きい物なんだな…

 

「じゃあ、別荘に入る前に1ついいかしら?」

 

絢瀬さんの言葉に全員の足が止まる。

 

「どうしたんですか?」

 

「私と希がμ'sに入ってからここまで過ごしてきて思った事があるの。皆どこか私達に遠慮している所がある」

 

確かにそれは感じるな。

 

同じμ'sのメンバーでも歳上で先輩。どうしても遠慮してしまうのだろう。

 

「確かに、どうしても上級生に合わせてしまう所はありますね」

 

心当たりがあるのか申し訳無さそうに園田さんが言う。

 

「…そんな気遣い感じた事ないんだけど」

 

対するにこさんは心当たりがないようだ。

 

まぁ、にこさんはあれだ。仕方ない。うん。

 

「そりゃあにこ先輩は上級生って感じがしないからにゃ」

 

うわ、言ったよこの娘。

 

言わないようにしてたのにハッキリ言ったよ。

 

「上級生じゃないなら何なのよ」

 

「うーん…後輩?」

 

「…子供?」

 

「マスコットだと思ってたけど」

 

「あずにゃ…」

「やめい」

「いたっ!」

 

太陽の頭を叩く。

 

確かにパッと見あの軽音部に似てるけど全然違うから。

 

それ以上喋んな。

 

「どうゆう扱いよ!」

 

皆からの印象を聞いたにこさんはご立腹な様子。

 

「はいはい。話が脇道に逸れてるわよ」

 

パンパンと手を叩きながら場をまとめる絢瀬さん。

 

さすがはμ'sのお姉さんといった所か。

 

「という訳で、先輩後輩も大事だけど歌ったり踊ったりするのにその意識は絶対邪魔になるわ。だってμ'sは皆がセンターでしょ?だからこの合宿を機会に提案させてもらうわ」

 

絢瀬さんはそう言うと全員の顔を見ながら高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

「先輩禁止よ!!」

 

 

 

 

 

 

「…先輩禁止?」

 

「そう。この合宿を境に先輩後輩の垣根を越えたいの。だからこれからは名前は呼び捨てで呼ぶ事!」

 

「呼び捨て!?」

 

「勿論、敬語も禁止やよ」

 

絢瀬さんの提案に東條さんも付け足す。

 

確かにそれは良い提案かもな。

 

歳上関係なく対等に接する事で壁も無くなりより一層親睦が深まる。

 

「その提案賛成!じゃあ早速…絵里ちゃん?」

 

こうゆう時に率先して動くのはやはり高坂さんだ。

 

試しに絢瀬さんを呼んでみる高坂さん。

 

すると絢瀬さんは笑顔で

 

「うん!合格!」

 

と返した。

 

「はぁー…緊張した…」

 

ホッと胸をなでおろす高坂さん。

 

先輩を呼び捨てで呼ぶのって許可を得ても緊張するもんなんだな。

 

高坂さんが緊張してるの何か意外。

 

「じゃあ凛も!」

 

高坂さんを見習い凛も続く。

 

「ことり…ちゃん?」

 

「はい!よろしくね?凛ちゃん。真姫ちゃんも」

 

お、西木野さんを巻き込んだか。

 

確かに西木野さんはいつも毎回一歩引いた所にいるからこれは良いパスだ。

 

正直メンバー間で一番壁があるのは西木野さんだし。

 

「わ、私?」

 

振られると思って無かったのか困惑する西木野さん。

 

そして西木野さんに皆の視線が集まる。

 

「うっ…べ、別にわざわざ呼んだりするもんじゃないでしょ!」

 

西木野さんはそう言うとそっぽを向いてしまった。

 

うむ。まだ早かったか。

 

この合宿を機に少しでも壁を取り除けるといいんだが…

 

「はいはい質問質問!」

 

ここで太陽が元気よく手を上げる。

 

何か気になることがあったみたいだ。

 

余計な事聞かなければ良いが…

 

「どうしたの?」

 

「俺達はどうするんだ?同じ様に呼び捨てで良いの?」

 

あー…余計な事を…

 

こいつらの事なら絶対呼び捨てを強要するはず。

 

μ's間で親睦深めるのは良いけど俺とは勘弁してほしい。

 

最近俺に執着してきてる節があるから少し距離取りたいんだよ。

 

「当然!二人とも呼び捨てよ。太陽君、冬夜君」

 

うぐっ…あっさりと下の名前で呼ばれた…

 

普通異性の下の名前って緊張するもんなんじゃないの?

 

「分かった!改めてよろしくな!穂乃果、ことり、海未、花陽、凛、真姫、にこ、希、絵里!」

 

笑顔で一人ずつ名前を呼ぶ太陽。

 

こいつ早くもこのルールに馴染んでやがる…

 

「凛も呼ぶにゃー!太陽君、【とうくん!】」

 

「「「「「「「「「とうくん?」」」」」」」」」

 

おいぃぃぃぃ!!

 

名前呼びとはなってるけど早速あだ名で呼んで良い訳じゃないんだぞ!

 

皆反応しちゃったじゃん!

 

「あ…」

 

凛も気付いたのか、やっちゃったといった表情を浮かべる。

 

「てへっ」

 

てへっ…じゃねぇよ。

 

「凛…一応聞くけどとうくんって冬夜の事か?」

 

「そうにゃ!」

 

「あ、あだ名付けるの早すぎじゃない?」

 

「2人の時はそう呼んでるにゃ!ねーとうくん?」

 

こいつ…これを機会に全部話す気だな…

 

はぁ…何て事を…

 

「…」ガシッ

 

不意に方を掴まれる。

 

「…太陽…顔怖いよ」

 

そこには俺を睨みつける太陽がいた。

 

「話、聞かせてもらおうか」

 

辺りを見渡すと凛を除く全員が少し怒った様な表情で俺を見つめていた。

 

…あの、太陽さん肩痛いっす。

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で部長の矢澤さんから一言」

 

結局凛との関係を全て話した。

 

全て話し終わると皆羨ましいと騒ぎ始めた。

 

主に穂乃果と希と太陽。

 

もうこの際全員呼び捨てでいいや。

 

他のメンバーも騒いではいないが、いいな…と口にする人もいれば羨ましそうに凛を見つめる者もいた。

 

そしてみんなからは凛だけズルい!私とも遊んでと迫られる事となった。

 

…こうなるのが嫌だから秘密にしてたのに全部バラしやがって。

 

当の本人はにゃはははと楽しそうに笑っている。

 

そして2人でお出かけの件は暇な時に連絡するという当たり障りの無い俺の提案で落ち着いた。

 

連絡する気?無いよ。

 

「え、に、にこ?」

 

今は話が落ち着き絵里からの無茶振りでにこに合宿の意気込みを聞いてる所だ。

 

当然無茶振りであるためめちゃくちゃ困っている。

 

「え、えーっと…」

 

皆の視線がにこに集まる。

 

にこに少し考え込むと、

 

「しゅっぱーつ!」

 

と握り拳を上に上げ言った。

 

アドリブ弱いなこの人。

 

「もう着いてるよ」

 

「何も思い付かなかったのよ!」

 

もう一度言う。

 

アドリブ弱いなこの人。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!練習メニューはこちらになります!」

 

それから別荘内の軽い探索を済ませた後、早速練習の準備に移る。

 

途中真姫の料理人がいる発言に対抗してにこも料理人がいるというバレバレの嘘をついたのは余談だ。

 

あの人、嘘も下手くそだわ。

 

そして今海未がノリノリで練習の内容を発表している。

 

その練習内容は…

 

・走り込み10km

・腕立て腹筋20セット

・遠泳10km

・ダンスレッスン

・精神統一

  etc…

 

うん死んじゃう死んじゃう。

 

これじゃ過労死しちゃうよ。

 

トライアスロンにでも出るんですかってレベルでキツイ内容だ。

 

後精神統一って何だよ。

 

「こ、これが練習?」

 

「無理にゃ!こんなメニュー!」

 

あまりのハードな内容に当然皆納得していない。

 

これ、男性でも辛いぞ。

 

「海は!?」

 

続いて穂乃果が声を上げる。

 

遊ぶ事重視の穂乃果の事だ。海で遊ぶ時間をよこせ的な事なのだろう。

 

「…?…海未は私ですが?」

 

何を言っているのですかと言わんばかりの表情で見つめる海未。

 

…どうやら今のはボケじゃ無さそうだ。

 

意外と海未は天然なのかもしれない。

 

「違うよ!海水浴!」

 

「ああ、それでしたらこちらに!」

 

海未はそう言うと自信満々に遠泳10kmの項目を指差した。

 

間違っては無いけどそうじゃない。

 

「だから違うってば!」 

 

当然穂乃果が納得するはずも無い。

 

「ちょっと海未?これはさすがに…」

 

見兼ねた絵里が助け船を出す。

 

しかし、

 

「大丈夫です!気合と情熱があれば出来ます!」

 

と自信満々に返した。

 

日本一熱いテニスプレイヤーみたいな事言うじゃん。

 

熱くなれよ的な。

 

ていうか太陽は何やってんだよ。メニュー作りに関わってるはずだろ。

 

「おい。太陽も一緒に考えたんじゃないのか?」

 

「太陽は遊ぶ事ばっかり考えて宛にならないので私一人で考えました」

 

「は?」

 

「…すまん…」

 

お前はコーチだろうが!

 

とりあえず太陽が今回は使えない奴という事は分かった。

 

「という訳で早速始めますよ」

 

海未が練習を強行しようとする。

 

さすがに自分はやらないとはいえこの内容でOKを出すほど腐っちゃいない。

 

海未のテンションに皆何も言えない様子。

 

俺はハッキリと海未に言った。

 

「却下だ」

 

「…!…」

 

まさか俺に否定されると思って無かったのだろう。

 

海未は驚いた様な表情でこちらを見る。

 

ちなみに他のメンバーは目を輝かせている。

 

「な、何故ですか!まさか冬夜も遊ぶなんて言い出すんじゃ…」

 

「別にそうとは言ってない。君たちのやる事に口出しはしないつもりでいたが、これはさすがに言わせてもらう。海未の考えたメニューは女子高生が行える範囲を遥かに凌駕してる」

 

「冬夜君…」

 

「とうくん頑張るにゃ!」

 

「うちの太陽が使えないせいで海未に負担が偏ったのは申し訳無い。考えてくれてありがとう。でも、このメニュー内容では倒れる者が絶対に現れる」

 

「…」

 

真剣に俺の話を聞いている海未。

 

素直に飲み込んでくれると良いが…

 

「一度練習内容を見直そう。今度は俺も手伝う」

 

俺がそう言うと、

 

「は、はいっ!」

 

と何故か顔を赤らめながら返事をした。

 

…何故に?

 

「やったー!!ありがとう冬夜君!これで遊びに行けるね!」

 

「いっくにゃー!」

 

「持つべき物は優秀なマネージャーね!」

 

「あ、こら!それとこれとは話が別…」

 

「…行っちゃった」

 

遊びの許可が出たと勘違いした3バカトリオは静止する海未を振り切りことりと花陽を連れ中へと入ってしまった。

 

恐らく水着に着替えに行ったのだろう。

 

「…まぁいいじゃないの」

 

その姿を見た絵里は肯定の言葉を紡ぐ。

 

遊ぶ事には賛成らしい。

 

「し、しかし絵里【先輩】…あっ…」

 

「ふふ。先輩禁止…でしょ?」

 

自分の失言に直ぐ様気付いた海未は口元に手を当てる。

 

俺達には呼び捨てで呼べても普段から先輩呼びをしていた為3年生組を呼ぶのに慣れていないようだ。

 

「μ'sって今まで部活の側面が強かったからたまにはこうゆうのもいいんじゃない?今の海未の様にまだ先輩禁止に馴染めない人が殆どだろうし、この遊びを通じて打ち解けると思うの」

 

「それはそうですが…」

 

「練習も大事だけどまずはメンバー同士が心を通わせる所からよ」

 

「…分かりました。確かに絵里が言う事も一理あります。なので今日は多目に見ましょう」

 

絵里の言葉に頷かざるを得ない海未は、今日一日の遊びを許可した。

 

そんな海未もどことなく嬉しそうにしており、遊べるのを喜んでる様にも見える。

 

一先ず隣で燥いでるバカ(太陽)もいるがほっとこう。

 

「じゃあ早速私達も行きましょうか」

 

「そうやね」

 

残ってた絵里、希、海未、真姫の4人も別荘内に消えていく。

 

これで全員水着に着替え始めたわけだ。

 

「さて、太陽どうす…っていないし」

 

気付けば太陽もいない。あいつも着替えに行ったとみて間違いないだろう。

 

この合宿めちゃくちゃ楽しみにしてたからなあいつ。

 

「うーむ…どうするか」

 

俺は海で泳ぐ気も遊ぶ気も毛頭無いので暇だ。

 

する事が無い。

 

一人で辺りを散策するのは有りだがそれはそれで後々面倒くさそうだ。

 

μ'sの面々は何かと俺の存在を気にするからな。

 

「しゃあない。待ってるか」

 

結局余計な事せず皆の姿をひたすら眺めるという結論に達した俺は皆の帰りを日陰で待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせー!!」

 

待つこと数十分。

 

高坂さんを先頭にμ'sの面々がやってきた。

 

正直目のやり場に困る。

 

水着に着替えるだけでどんだけ時間掛かるんだよと内心思ったが女性はそうゆう生き物だと結論付け無理矢理納得した。

 

「お、やっと来たブフォッ!!」

 

一足早く準備が出来た太陽が隣で豪快に鼻血を出す。

 

き、汚ない…

 

「ちょ、ちょっと太陽君大丈夫なん?」

 

「いっぱい出したわよ今…」

 

砂浜に倒れる太陽を見つめながら心配する希と絵里だがあまりの鼻血の多さに少し引いているようだ。

 

「ふんっ。にこにーの悩殺ボディでイチコロだったわね!」

 

「ぷっ…」

 

「今笑ったの誰よ!正直に出て来なさい!凛!」

 

「な、何でバレたのにゃ!」

 

「分かりやすいのよあんたは!私とそこまで体型変わらないくせに!」

 

「あー!言った!凜が密かに気にしてる事言ったにゃ!!」

 

あー…うん。この2人はほっとこう。

 

「は、恥ずかしいよ…」

 

「男の子の前だとやっぱり…ね…」

 

花陽とことりの癒やし系コンビはチラチラとこっちを見ながらモジモジしている。

 

そうだよ。本来こうゆう反応なんだよ。

 

何で皆そんな堂々としてんだよ。

 

「…あ、あまり見ないでくれる?」

 

真姫は頬を赤らめながら自分を守る様に自分を抱きしめている。

 

チラッと見ただけなんだけど敏感すぎじゃないですかね…

 

…ん?8人?一人足りないな。

 

「あれ、海未は?」

 

ここで海未がいない事に気付く。

 

まぁ人一倍恥ずかしがり屋な海未の事だからある程度予想はつくが。

 

「あれ?本当ださっきまで一緒だったのに」

 

高坂さんも気づきキョロキョロと見渡す。

 

「…」

 

「あ、いた」

 

そこには木の影からひょっこりとこちらの様子を伺う海未がいた。

 

「…!…」

 

「あ、引っ込んだ」

 

俺と目が合うと凄いスピードで引っ込む。

 

うん。ある程度予想通りだった。

 

「ちょっと海未ちゃん!そんなとこにいないで行くよ!」

 

「い、嫌です!こんな格好恥ずかしすぎます!」

 

「もうここまで来て何行ってるの海未ちゃん。ほら!」

 

海未のいる木まで走っていくと、そのまま嫌がる海未を無理矢理引っ張り出す穂乃果。

 

本当に強引だな…

 

「や、やめて下さい!穂乃果っ!」

 

「これも恥ずかしがり屋克服の為だよ!…それっ!」

 

「わ、わぁぁ!!」

 

そしてついに海未は穂乃果の力に負け、俺の前に連れてこられた。

 

なんでわざわざ俺の近くに連れてきたんだというツッコミは入れても良いのだろうか。

 

「み、見ないで下さい!」

 

反応は真姫と似ている。

 

自分で自分を抱き締めながら涙目でこちらを見つめている。

 

「はいすいません。もう二度と見ません」

 

お望み通りそっぽを向いた。

 

「すいません!す、少しならいいですから!」

 

あ、いやそうゆうつもりで言ったんじゃないです。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、冬夜君は泳がないの?」

 

ここで穂乃果が俺の浮いている格好に気付く。

 

そう。俺は今水着など着ておらず長袖長ズボンという万全な装備で砂浜にいた。

 

「本当だ!とうくんも一緒に遊ぼうよ!」

 

まぁ予想はしていた。

 

一人だけ水着じゃない違和感に気付かない人なんていないだろうしこうやって誘われるんだろうなと思っていた。

 

だが、俺は遊ぶ訳にはいかない。

 

「嫌だ。お前らだけで遊べよ」

 

「えぇーどうして!?」

 

やはり食い下がるのは穂乃果。

 

しかし今回ばかりはおねがいをされても譲るわけにはいかない。

 

「どうしてもだ」

 

「理由になってないよ!」

 

「冬夜君はうちらと遊ぶの嫌なん?」

 

「嫌ではない。でも俺は海では遊べない」

 

海では遊べない。

 

砂浜で遊ぶなら参加は出来るだろうがあまり乗り気では無い。

 

「遊ぼうよー!」

 

「遊ぶにゃー!」

 

尚も迫る穂乃果と凜の元気っ子コンビ。

 

返答に困っていると、見兼ねた太陽が救いの手を差し伸べる。

 

「冬夜泳げないんだよ。子供の頃に溺れてから海がトラウマなんだ。だから勘弁してやってくれ」

 

よし、よくやった太陽。

 

ナイスフォローだ。

 

ちなみに子供の頃に溺れてはいないがカナヅチは本当だったりする。

 

「そうなんだよ。昔から海とか来ても砂浜で城とか作るような子供だったから気にしないでくれ」

 

俺は太陽の言葉に直ぐ様乗っかった。

 

「そうなんだ…それは悪い事したね」

 

「うん。ごめんなさい」

 

うっ…なんか凄い罪悪感…

 

ごめんよ嘘なんかついて。

 

でもどうしてもあの事を知られる訳にはいかないんだ。

 

「じゃあ、冬夜君は日陰で休んでて?じゃあ行くよ凜ちゃん!」

 

「にゃぁぁぁ!!」

 

そう言うと二人は全速力で海へと走っていった。

 

「何か意外ね。泳げないなんて」

 

「…行かないのか?」

 

ふと隣を見ると残念そうな表情でこちらを見つめる絵里。

 

更には穂乃果と凜を除くメンバー全員が心配そうに俺を見ていた。

 

「あんたがそんな事情を抱えてたなんて知らなかったわ。その状態で楽しもうって言う方が無理でしょ」

 

「そうですね。冬夜に申し訳ありません」

 

どうやら全員俺に気を使っているらしい。

 

そんな事別にいいのに。

 

「気にしなくて良いよ。俺の分まで楽しんでくれ。その方が嬉しい」

 

俺は皆にそう伝えた。

 

「…そう。分かったわ」

 

「寂しくなったらいつでも言ってね?」

 

ことりが優しい声で言う。

 

俺は小学生か。

 

「大丈夫だから。ほら行った行った!」

 

俺が無理矢理促すと、申し訳無さそうにしながら全員が海に向かっていく。

 

やれやれ…やっと行ってくれた。

 

「…いいのか冬夜?俺も咄嗟にあんな事言っちゃったけど…」

 

「問題無い。むしろ助かったありがとう」

 

半分は合ってるしな。

 

「…ならいいけど」

 

「お前も気にせず楽しめ。これがしたくて楽しみにしてたんだろ?」

 

「あ、やっぱり分かる?」

 

「当たり前だろ。分かりやすいんだよお前は。早く行け待ってるぞ」

 

俺が海の方に視線をやると、そこにはこちらに手を振るμ'sの面々がいた。

 

太陽を呼ぶ声もちらほら聞こえる。

 

「冬夜…」

 

その様子を見た太陽が遠い目をしながら俺に話掛ける。

 

「…どうした?」

 

「皆の水着姿可愛い…」

 

「太陽。鼻血出てる鼻血」

 

何かと思えばそれかよ。

 

鼻血拭いたらとっとと行け。

 

 

 

 

 

 

 

「…飽きないの?ずっとそこにいて」

 

「別に」

 

それから暫く経ち、μ'sの面々は楽しそうに海で遊んでいる。

 

途中絵里や希がPV撮影と称しカメラを回す事もあり、全員海を満喫しているようだった。

 

ことりが途中で水鉄砲を持ち出したり、スイカ割りをする花陽の邪魔をしてスイカをにこが奪う等面白いシーンも多々あった。

 

太陽も一緒になって燥いでいる。

 

しかし、そんな中ただ一人この空気に入らない者がいた。

 

「真姫こそいいのか?皆と遊ばないで」

 

そう。真姫だった。

 

最初からパラソルの下でビーチチェアに座りながら本を読みながら一人で過ごしている。

 

俺に気を遣っている様子も無く、一人の時間を好んでいる様だった。

 

「別に私は興味ないから」

 

真姫からすればここはいつでも来れる場所。

 

だから興味が無いのも頷けるがあくまでもこれは親睦を深める為の海水浴。

 

俺としても一緒に遊んで欲しい所ではあるが、本人にその気が無いなら強要は出来ない。

 

「そうか。だが皆と遊ぶ事も練習だからな」

 

「…考えとく」

 

真姫がそう言ったっきり会話が無くなる。

 

これはまず合宿中に真姫の壁を取り除く必要があるな。

 

「…ん?」

 

その時、パラソルに近付く一つの人影に気付く。

 

「いやぁー、小悪魔を演じるのも楽じゃないわね!」

 

やれやれと言った感じでやってきたのは部長矢澤にこだった。

 

スイカ割りでのにこは少なくとも素だった様に見えるけどな。

 

「隣良い?」

 

「どうぞ」

 

真姫の許可を得て隣のビーチチェアに腰を掛けるにこ。

 

ふと真姫の方を見ると、ビーチチェアに足を伸ばして座っており、読書している姿はとても絵になっていた。

 

「ぐぬぬ…」

 

それを見たにこは対抗して同じ様に足を伸ばして真姫と同じ体制を取ろうとするが、明らかに足りない。

 

「…足吊りますよ?」

 

これ以上は怪我するかもと思った俺は思わず声を掛ける。

 

「うっさいわね!」

 

見事に怒られました。

 

心配しただけなのに…

 

「くっ…もうちょっと…」

 

真姫への対抗心の強さが凄い。

 

体型が真姫と違うんだから無理すんなよ。

 

…なんて言ったらまた怒られるだろうから心の中に留めておく。

 

「くっ…っ…あ、あぁ!痛い痛い痛い!!」

 

足を限界まで伸ばした結果、足を抱えながら痛さに悶絶するにこ。

 

どうやら足を吊ってしまったみたいだ。

 

だから言ったのに…

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

それから痛みも落ち着いた頃、俺の横を1つのボールが通過していく。

 

「いたっ!」

 

「あ、ごめんにこちゃん」

 

そのボールは見事にこの顔面に直撃。

 

明るい声で謝るのは穂乃果だ。

 

どうならビーチバレーをやってたらしい。

 

「もっと遠くでやんなさいよ!」

 

「にこちゃんもやろうよ!」

 

顔にボールが当たった事に憤慨するにこだったが穂乃果はお構いなしににこを誘う。

 

「やらないわよ!」

 

「そんな事言って本当は苦手なんだにゃ」

 

凜の煽りが飛ぶ。

 

「なんですって!覚悟しなさい、ラブにこアタックを見せてあげるわ!」

 

煽りにまんまとハマったにこはボールを手に取り皆の方に走っていく。

 

本当に単純というか何というか…

 

技名も絶妙にダサいし。

 

「おーい!真姫ちゃんと冬夜君もやろうよー!」

 

穂乃果が俺達を呼ぶ。

 

運動系は基本的に太陽のいるチームが勝つから面白くない。

 

太陽VSその他全員ならまだ戦えるかもしれないが。

 

「真姫行ってきたら」

 

「私はいいわ。あなたこそ行ったらどう?」

 

嫌だ…と言いたい所だが真姫が皆と関われるチャンスかもしれない。

 

俺は真姫に1つの条件を出してみた。

 

「真姫が行くなら行くかな」

 

「何よそれ」

 

昔から運動が苦手だから本当はやりたくないがこれも廃校阻止のためだ。

 

耐えるんだ俺。

 

「まぁ真姫が負けるの怖いっていうなら別に無理しなくても良いけど」

 

少し煽りを含んだ言い方をしてみる。

 

これで乗ってくれれば…

 

「はぁ!?そんな訳ないでしょ!いいわ、見せてあげるわ私のラブまきアタックを!」

 

乗った。

 

てか技名のベクトルにこと一緒なんだが。

 

「楽しみにしてる」

 

何はともあれやる気になったみたいだから別に良いか。

 

俺と真姫もビーチバレーに加わり、日暮れまで遊んだ。

 

なんだかんだ言って真姫はとても楽しんでいて笑顔を見せる事は多かった。

 

これで少しは壁が取り除けると良いんだが…

 

そしてビーチバレーは予想通り太陽のボロ勝ちで終わり、海水浴も切り上げた。

 

俺?…俺の事は気にしないでくれ…

 

もう少し、動けると思ってただけにショックなんだから…

 

俺は顔面に太陽の高速アタックを叩き込まれた事を思い出しながら、二度とビーチバレーはやらないと誓うのだった。

 

合宿は、まだまだ続く。




夜の部へと移った合宿。

「俺達はどこで寝るんだ?」

「絶対一人で寝る」

まさかのμ'sの同じ部屋?更に…

「おい冬夜。これはやるしかないぞ」

太陽の悪巧み。

これが波乱を起こす!

「いいわ…やってやろうじゃない!」

そして始まる枕投げ大会。

この合宿で本当にμ'sは成長出来るのか?

真姫の壁を取り除く事が出来たのか?

「真姫ちゃんに似てるタイプ。うち良く知ってるから」




〜次回ラブライブ〜

【第19話 μ's強化?合宿 後編】

お楽しみに。


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第19話【μ's強化?合宿 後編】

お待たせしました!合宿回がこれで終了です!

評価に一言コメントついてる事をつい最近知りましてそれのおかげで少しモチベーションが上がりました!

皆さんの感想、コメントをお待ちしております!また、評価を下さった方遅くなってすいませんが本当にありがとうございます!

ちなみ合宿編は前編と合わせたらまさかの3万字近く…これなら前編中編後編の3つに分ければ良かったと反省してます。

だが、後悔はしてないっ!

という訳で第19話始まります。





あ、この回から少しずつ冬夜君の秘密が明かされていきますよ!是非ご注目をっ!


夕暮れになり、遊び疲れた俺達は一斉に別荘へと戻る。

 

楽しかったねー、またやろうねーという声が飛び交う中、にこの力はこんなもんじゃないんだからね!とラブにこアタックとやらを盛大に空振ったツインテールの声もあった。

 

真姫も次は必ずとラブまきアタックとやらが上手く決まらなかった悔しさを露わにしていた。

 

そして全員水着から服に着替えると、晩御飯の話になった。

 

「買い出し?」

 

「そう。さすがに11人分の食料は無かったから買い出しに行かなくちゃならない」

 

「じゃあ穂乃果行ってくるよ!」

 

「いいわ。私が行ってくる。スーパーの場所私しか知らないし」

 

立候補する穂乃果を真姫が止める。

 

俺もさすがにここらへんの地理は詳しく無いからおとなしく真姫を頼った方が良さそうだ。

 

「一人だといろいろ心配やからうちも行くわ」

 

ここで希が付き添いに名乗り出る。

 

「いろいろ心配って何よ」

 

「いろいろはいろいろや」

 

「理由になってないわよ!」

 

「まぁまぁ。一人より二人の方が安心するでしょ。不審者とか出た時とか」

 

すかさず絵里がフォローに入る。

 

「せや。たまにはこうゆう組み合わせも悪くないやろ?」

 

「…」

 

希の提案を渋る真姫ではあったが、最終的には

 

「分かったわ」

 

と上級生二人の説得に折れるのだった。

 

「じゃあ、俺も行くわ」

 

ここで俺も付き添いに立候補した。

 

希の事だ。他のメンバーと壁を作っている事を気にしての付き添いの提案だろう。

 

これも取り除けるきっかけの1つになるかもしれない。

 

ならば俺もその提案に乗らさせて貰う。

 

「冬夜君も?」

 

「ああ。男手が必要かなと思って」

 

勿論これは表向きの理由だ。

 

男手なら俺より太陽の方が断然良いし。

 

「そうやね。その方が安心するし来てもらおう」

 

希は俺の思惑を察知したのか俺の同行を推す。

 

こうゆう時の希は頼りになる。

 

「…じゃあ私と希と冬夜の3人でいい?」

 

「いいよ!」

 

「ああ」

 

真姫は最終確認をすると、玄関の方へと歩を進める。

 

俺と希も後に続く。

 

「じゃあ留守番頼んだで」

 

「ええ。そっちも真姫をお願いね」

 

希と絵里の会話が耳に入る。

 

なるほど。どうやら絵里も気づいてるみたいだな。

 

「じゃ、行ってきます」

 

こうして俺と希と真姫の3人は食料の買い出しに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お…重っ…」

 

「男なんだからしっかり持ちなさい」

 

それから数十分。

 

無事買い出しを終えた俺達は帰路についていた。

 

「い、いやいくら男でも…っ…全部はキツイって…」

 

指が千切れそうだ…

 

「しゃあないな。ちょっと貸して」

 

「ご、ごめんありがとう…」

 

そんな俺を見兼ねた希が買い物袋を1つ持つ。

 

ああ…大分楽になった…

 

「男の子の割に力は無いんやね」

 

「め…面目ない…」

 

男手が必要になるからという理由で来たはいいものの俺は力が全く無い。もしかしたら女性の方があるんじゃないかって言う程だ。

 

握力も両方20弱しか無く、他の男性には遠く及ばない。

 

「…はぁ…持つわ」

 

そんな俺を憐れみの目で見るのが真姫だ。

 

真姫も見兼ねて希と同じ様に買い物袋を1つ持った。

 

…おかしいな?ビーチバレーといいこれといい別に醜態晒に合宿に来たわけじゃないんだけど…

 

「でも、冬夜にも弱点あったのね。何か安心したわ」

 

「安心?何で」

 

「だってあなた全然隙が無いから。弱み全然見せないじゃない」

 

見せる必要が無いからね。

 

でも真姫からはそうゆうイメージで見られていたらしい。

 

となれば皆も思ってるんだろうか?

 

「そうやね。いつものうちらの一手先まで考えてて抜かりが無い。だからかもね。後太陽君もやな」

 

「そうね。女好きって事を除けば顔立ち良くて頭脳明晰で運動神経も抜群…太陽こそ弱点ないんじゃない?」

 

「ないなぁ…」

 

ぷっ、あいつ女好きって事バレてやがる。

 

まぁ確かに太陽は女好きを除けばラブコメハーレム物に出てくる典型的な主人公タイプだ。

 

ただあいつの弱点を上げるとすれば料理と蜘蛛が大の苦手くらいか。

 

料理は昔から苦手で目玉焼き作ろうとして火事を起こしかけるくらい下手で蜘蛛は昔知らない間に服の中に大きな蜘蛛が入っていた事があってそれがトラウマらしい。

 

「そういえば何で二人はついてきたの?」

 

先頭を歩いていた真姫は足を止めるとこちらに振り向く。

 

それに合わせて俺達も足を止めた。

 

「なんでって…ほっとけないからかなー」

 

希が直ぐ様答える。

 

「何それ意味わかんない」

 

「本当は皆と仲良くしたいのに素直になれない…そうゆう所」

 

「…別に私は普通にしてるだけよ」

 

「そうそう。そんな感じで素直になれないんやね」

 

「…!…」

 

「真姫ちゃんに似てるタイプ。うち良く知ってるから」

 

そう言うと希は少し微笑んだ。

 

希の言う良く似てるタイプは絵里の事だろうな。

 

真姫は希から逃げる様に話題を俺に振る。

 

「…冬夜は?その力の無さで男手がどうのっていう理由は違うわよね?」

 

うっ…何かここぞとばかりに弄ってくるじゃんか。

 

「俺も同じ感じかな。まだ他のメンバーに対して壁を作ってる節があるから、なるべく一人にしたくないっていうのが本音」

 

「何よそれ」

 

「今回ぐらい無茶してもいいんじゃないか?折角の合宿だし」

 

「…別に、私は…」

 

真姫はそう言うと前を向き再び歩き出した。

 

「…素直じゃないな」

 

俺の呟きに真姫は反応しない。

 

ふむ…これは難しそうだ。

 

それからは誰一人口を開く事無く別荘へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「にこ。そっち頼む」

 

「分かったわ」

 

別荘へと戻り晩御飯の準備。

 

本来はことりが料理当番であったがさすがに11人分は時間が掛かる為、俺とにこにバトンタッチした。

 

まさかにこがここまで料理が出来るとは思わなかったから正直驚いている。

 

ただ昼についた料理人がいるっていう嘘がこれでバレちゃうけど大丈夫か?

 

「凄いわね…2人共手際良すぎ」

 

「ごめんね2人共…私がモタモタしてたから」

 

「いや普通こんな手際良く11人分の食事作れんて。だからことりちゃん大丈夫や」

 

「凄いだろ冬夜は。だがにこにも驚きだな。まさかここまで出来るとは」

 

俺達の様子を見ているのは絵里、ことり、希、太陽の4人。

 

何故太陽が偉そうなのかは知らない。

 

「こっちは出来た。そっちは?」

 

「こっちももうちょっとよ」

 

「了解」

 

「にしても意外だわ。あんたが料理得意だったなんて」

 

「それこっちの台詞でもあるんだけど。まぁ一人暮らししてたら自然とね」

 

「え、あんた一人暮らしなの?」

 

「そうだよ」

 

「ふーん…」

 

そう言うとにこは少し考える素振りを見せる。

 

…何だその反応。

 

「住所どこ?」

 

うわ、絶対俺の家に来る気だ!

 

一人に教えたら全員に伝わる奴だな…

 

絶対教えない!

 

「教えない」

 

「ちょっ、何でよ!」

 

「面倒くさい事になりそうだから」

 

家は唯一の憩いの場なんだ!邪魔されてたまるか。

 

「教えなさいよ!」

 

「嫌だ」

 

「いいから!」

 

「い、や、だ!」

 

 

 

 

 

 

 

「…あの二人、ああ言いながらも手はちゃんと動かしてるね」

 

「凄いわね…」

 

「…太陽君。後でうちに冬夜君の住所教えて」

 

「あ、私も知りたい」

 

「私にも教えて貰えるかしら?」

 

「喜んで」

 

必死に家の場所を隠す裏で、太陽が情報を流しまくっている事実を冬夜はまだ知らない。

 

この後μ's全員が冬夜の家に押し掛けるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

「出来たよ」

 

「うわーい!!」

 

「良い匂いだにゃー!」

 

無事、11人分の食事を作り終えた俺とにこは次々とテーブルに運んでいく。

 

ちなみにメニューはカレーとにこ特製サラダの2品である。

 

「本当に2人だけで作り終えちゃった…」

 

「料理スキルの高さに脱帽するわ」

 

ことりと絵里がそう話しながら料理を運ぶ。

 

そんなに褒めるな。照れるじゃないか。

 

「で、花陽はどうしてお茶碗にご飯なの?」

 

「気にしないで下さい」

 

絵里が不思議そうに花陽の前に置かれた山盛りのご飯を見つめる。

 

まぁ普通はそう思うだろうな。俺もそうだし。

 

これは花陽からの強い希望だ。

 

「絶対にご飯とルーは別でお願いします!!」

 

あんな圧で言われたら断れるはずも無く承諾した。

 

断る理由も無いけど。

 

「にしてもにこって本当に料理上手いよな。意外」

 

「ふふん。当たり前でしょ」

 

太陽がにこを絶賛する。

 

それに対しにこは誇らしげに胸を張った。

 

「あれ、そういえば昼間は料理した事無いって…」

 

ここで昼間の発言を思い出したことりが痛い指摘をする。

 

バレるなこりゃ。

 

「言ってたわよ。料理人が作ってくれるって」

 

真姫がそれに追随する。

 

「え…えっとそれは…あ、にこぉ〜こんな重い物持てなぁ〜い」

 

ぶりっ子声を出しながら重そうにスプーンを持つにこ。

 

いやさすがに手遅れだろ。

 

「それはさすがに無理があるかも…」

 

ほら、あの穂乃果が苦笑いしてるぞ。

 

にこよ呆れられてる事に気付け。

 

「…」

 

穂乃果の言葉に少しにこが間を空けると、

 

「これからのアイドルは料理の1つや2つ作れないと生き残れないのよ!」

 

と開き直り始めた。

 

「開き直った!」

 

穂乃果からのツッコミが飛ぶ。

 

「ほら。冷めるといけないから早く食べましょう」

 

場をまとめるのは絵里。

 

こうゆう人がいると本当にありがたい。

 

「じゃあ、いただきまーす!」

 

「「「「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」」」」

 

穂乃果の号令に続き全員が手を合わせる。

 

「あむっ」

 

一番最初にカレーを食べたのは穂乃果。

 

辛さは控えめにしており味見も問題無かったから大丈夫だと思うけど、少し不安だ。

 

「…」

 

あれ、動き止まったぞ?

 

まさか失敗しちゃった奴か…?

 

待て待て待て!これでもバイト先のレストランでは厨房のリーダーを任せられてるんだぞ!

 

今まで料理で失敗した事無かったのにここでかよ!

 

「…穂乃果ちゃん?大丈夫?」

 

そんな穂乃果を心配してかことりが話かける。

 

「全く穂乃果どうしたのよ」

 

「…しい…」

 

「え?」

 

「…おいしい…」

 

「…おいしい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このカレー、凄く美味しいーー!!!!!!」

 

良かったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

良かった…失敗したかと思ったら成功の方かよ。

 

紛らわしいリアクションすんなよ…焦ったじゃんか。

 

「何このカレー!こんな美味しいカレー初めて食べたよ!」

 

「ほ、本当?」

 

カレーをべた褒めする穂乃果。

 

その言葉を聞き次々とカレーを口にするμ's。

 

「「「「「「「「…!…」」」」」」」」

 

するとμ's全員の表情が変わった。

 

「「「「「「「「美味しいー!!!」」」」」」」」

 

うおっ!8人がハモると凄いな…

 

何はともあれ喜んでくれて良かった。

 

「え、これ美味しすぎるわよ!どうやって作ったの!?」

 

「感動や…」

 

絵里は興奮し希に至っては涙を流していた。

 

え、そんなに?

 

「美味しいー…とろけそう…」

 

「これは、ズルいです。食べ過ぎちゃいます」

 

ことりはトロンとした表情でカレーを食べ海未ももの凄いスピードで食べていた。

 

「…これは家の料理人以上かも…」

 

真姫がボソッと言ったがしっかりと俺の耳に入った。

 

料理人以上…この言葉が一番嬉しいかもしれない。

 

「美味しいにゃ!何杯でもいけるよ!」

 

「ま、負けたわ…でも、美味しい…」

 

凛もガツガツ食べており、にこも落胆したと思ったら幸せそうな表情でカレーを食べる。

 

ここまでの反応をされると逆に不安になってくるな。

 

大丈夫?めちゃくちゃ美味そうに食べてる演技じゃないよね?

 

「ていうか何でにこちゃんが驚いてるにゃ?」

 

「このカレー全部冬夜が作ったのよ。下ごしらえは手伝ったけどそれ以外は全部。味見もしてないから私も分からなかったのよ」

 

にこに味見して貰おうと思ったけど俺が声を掛けたら、

 

「にこ」

 

「何?家教える気になった?」

 

と返されたからやめたよね。

 

「ピャァァァ!!!」

 

「「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」」

 

な、何今の声?

 

小さな怪獣踏んだみたいな声聞こえたけど…

 

「こ、このお米はどなたが…」

 

ふと見るとそこには涙を流しながら白米を食べる花陽がいた。

 

「…え、俺が炊いたけど」

 

俺がそう言うと花陽は目を輝かせながら俺に顔を近付けた。

 

「素晴らしいです!この艶、食感、匂い、弾力、味、全てがパーフェクト!こんなお米と出会ったのは初めてです!でも、使ったお米は普段私のお家で使ってるお米と同じ…でも、私が炊いてもこんな味は出せません!何杯でも食べれちゃいます!全然飽きません!どうやって炊いたんですか!?」

 

「待て待て待て待てちょっとストップ!」

 

何この花陽!?

 

スクールアイドルを話してる時と同じ熱量だけどまさか白米でもスイッチ入るのか!?

 

ていうか顔近いって!

 

「教えてくれるまで離れません!!」

 

「分かった分かった!教えるから離れて!凄い近いからっ!」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ!」

 

いやそうゆうのいいから助けろ。

 

 

 

 

 

 

 

それから全員あっという間に平らげた。

 

にこ特製サラダもとても美味しく、太陽含め他のメンバーからも好評であった。

 

作り方を聞いてみるとにこにー特製ドレッシングが決め手らしい。

 

何それ教えて欲しいんだけど。

 

そしてご馳走さまを全員でした後、この後の予定について話し合う。

 

「皆で花火やるにゃー!」

 

勢い良く花火の提案をするのは凛。

 

花火まで持ってきてるのか…どんだけ遊ぶつもりだったんだよ。

 

「ダメだよ。まずはちゃんと後片付けしなきゃ」

 

花陽が言う。

 

しかし、花陽の言葉にすかさずことりが手を上げる。

 

「後片付けなら私がやるからいいよ」

 

んー…それはさすがに優しすぎる気がするな。

 

負担が偏るのは良くない。

 

「駄目よ。そうゆうのは良くないわ。皆、自分の食器は自分で片付けて」

 

絵里が皆に告げる。

 

「それにこの後は練習です。昼間あれだけ遊んでしまったのですから花火は却下です」

 

「えぇー!」

 

当然と言わんばかりに海未が言う。

 

さすがに今から練習は厳しいだろ…

 

この時間だと効率も悪いだろうし。

 

「…本気?」

 

「当たり前です」

 

にこの言葉にも表情を変えない。

 

これは意思が硬そうだ。

 

「…でも到底そんなテンションじゃない人が約1名いるけど」

 

そう言い太陽がソファーに目を移す。

 

そこには…

 

「雪穂〜お茶〜」

 

寝転がり寛いでる穂乃果がいた。

 

…自分の家かよ。

 

「ねぇかよちんは!かよちんはどうしたい?」

 

ここで凛が花陽に振る。

 

自分側に付いてほしいとでも考えているのだろう。

 

「私は…お風呂に入りたいかな」

 

「第3の意見出してどうするのよ!」

 

凛の思惑は外れた。

 

まぁ海で散々遊んだ後だし汗やら潮やらでお風呂に入りたい気持ちは分かる。

 

それは優先した方が良いだろう。

 

「じゃ、私は食器片付けたら寝るわね」

 

そう言うと食器を持ち立ち上がる真姫。

 

「え、真姫ちゃんやろうよ花火」

 

「練習です」

 

なおも衝突する花火と練習。

 

それ今日じゃなきゃいけないかな。

 

「じゃあ、今日はもう寝よっか」

 

ここで今まで口を閉ざしていた希が言う。

 

「練習は明日の早朝。花火はその夜にやればいいんやない?」

 

希の発言に海未と凛が考える素振りを見せる。

 

確かにそれの方が良さそうだ。

 

「そうですね…その方が練習も捗りますか」

 

「凛もそれで良いにゃ」

 

どうやら話は纏まったみたいだ。

 

さすがは希。

 

「じゃあ、食器片付けてお風呂入って今日は寝るわよ」

 

「穂乃果ちゃん、片付けだよ?」

 

「お茶〜!」

 

絵里の言葉を受け、各々キッチンに自分の食器を下げ始める。

 

穂乃果は相変わらずのグータラっぷりだけど。

 

ことりが困ってるじゃないか。

 

「うちに任せて」

 

その様子を見た希が穂乃果に近付く。

 

「穂乃果ちゃん、食器片付けないと…わしわしするよ?」

 

「ひっ!!や、やります!今すぐやります!」

 

穂乃果は直ぐ様立ち上がり足早に食器をキッチンに運んだ。

 

…テスト勉強でサボった時に食らったって聞いたけどトラウマになってるみたいだな。

 

どれだけ恐ろしいんだ、わしわしって。

 

 

 

 

 

 

「おい冬夜。これはやるしかないぞ」

 

食器を片付け終わり、μ'sの面々は入浴へと向かった。

 

全員がいなくなった事を確認すると、神妙な面持ちで太陽が俺に話しかける。

 

嫌な予感しかしない。

 

「やんない」

 

「ちょっ、ちょっと!何でだよまだ何も言ってないじゃん!」

 

「どうせろくでもない事企んでんだろ」

 

このタイミングでのその話の入り方は怪しい。

 

もしかしてこいつお風呂覗こうとか考えているんじゃ…

 

「何言ってんだよ。これからどうやってお風呂を覗くかの大事な会議だぞ」

 

やっぱりだったー!!!

 

何考えてんのこいつ…そこまでいくともはや犯罪だぞ?

 

「お前…コーチクビになるぞ?」

 

「まさか風呂が男と女で別れてるなんて思わなくてさ、めっちゃビックリしたんだよね!ここ旅館かと思ったよ。で、その後風呂場を探索してたらさ、女湯を覗けるいい感じの岩を発見した訳よ!」

 

あ、ダメだこいつ全然話聞いてねぇや。

 

別荘着いてから姿見えないなと思ったらこれが理由か。

 

海未がメニューを発表するまでずっと風呂場で女湯を覗く方法を模索してたって事だ。

 

何て無駄な努力。

 

「冬夜も行くだろ?」

 

「行く訳ねぇだろ」

 

何こいつ当たり前みたいな感じで誘ってんだよ。

 

女湯覗くなんて冗談じゃない。

 

「え、マジ?」

 

こいつ本気かみたいな顔をすんな。

 

本来その顔するの俺だから。

 

「こっちの台詞だ。マジでやめといた方が良いぞ?」

 

俺がそう言うと太陽は少し考える素振りを見せる。

 

そして俺を真っ直ぐ見つめ真剣な顔で言った。

 

「行ってくる」

 

こいつは一度痛い目に遭った方が良い。

 

俺は止めたからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーさっぱりした」

 

それから数十分。

 

お風呂上がりのμ'sが次々と戻ってくる。

 

皆やや顔を赤らめながら気持ち良かったねと各々口にする。

 

「良かったな…」

 

「うん!あれ、太陽君は入ってないの?」

 

「あ、いや、入ったんだけどすぐに出た」

 

「そうなんだ。気付かなかったよ」

 

「…太陽。まさかとは思いますがお風呂を覗こうとなんてしてないですよね?」

 

「ま、まさか!俺がそんな事するはずないだろ。あはは…」

 

無邪気な穂乃果に対し海未のもしや見てたんじゃないかと思うくらいの鋭い指摘に太陽は腰を擦りながら力無い笑みを浮かべる。

 

結論太陽の女湯覗き見作戦は失敗に終わった。

 

というのも太陽がお風呂に行ってから20分弱して痛そうな表情を浮かべながら太陽が帰ってきた。

 

話を聞くといい感じの岩を登る途中で足を滑らせて地面に落ちたとの事だ。

 

どうやらその際に腰を打ち付けたらしい。

 

だから俺は「自業自得」と鼻で笑ってやった。

 

その後太陽はよっぽど痛かったのか「おぉ…神よ…こんな愚かな事は二度としません!」と反省していた。

 

言葉はアレだが顔は本気だった。

 

「冬夜君は入ってないの?」

 

穂乃果が俺の方を向く。

 

「今から入るよ」

 

元々一人で入るつもりだったからな。

 

【こんな状態】を誰にも見られたくない。

 

事情を知っている太陽でさえも。

 

「太陽君と一緒やないんやね」

 

「昔からそうなんだよ」

 

「…昔から?」

 

…こいつ余計な事を。

 

「…あ、いや、昔から良く家に泊まりに来ててさ。その時からなんだよ」

 

「そうなんだー」

 

良かった…誰も疑問に思ってる人はいなさそうだ。

 

…いや、いるな約1名。

 

怪訝しい表情をしながらこっちを見つめる人が一人。

 

「冬夜君」

 

「…」

 

「抱え込み過ぎはあかんよ?」

 

「…何の事やら」

 

俺はそう言うと足早に風呂場へと向かった。

 

一体何処まで察した?希。

 

 

 

 

 

 

 

「…来てないか」

 

俺は風呂場に到着すると辺りを警戒しながら服を脱いでいく。

 

何かの拍子に裸を見られたら嫌だからだ。

 

希は間違い無く俺が何かを隠している事…闇を抱えてる事を察知している。

 

ここ最近やたらと希が俺に構うのもそれが原因かもしれない。

 

絶対に知られる訳にはいかない。

 

これを知られたら俺の全てがバレかねない。

 

もし皆がこれを知るとしても、その時に俺はきっといないだろう。

 

廃校阻止まで後一歩。

 

存続さえ決まれば関わらずに済む。

 

あいつらに押されて思わず合宿にまで来たけど、前までの俺なら何をされても絶対に行かなかった。

 

じゃあこれは少しずつあいつらに心を開いてる証拠なのか?

 

…馬鹿馬鹿しい。俺にはそんな資格無いと言うのに。

 

人間として、最大の汚点を抱える俺が…

 

「…あーダメだダメだ。何を心配してんだ俺。大丈夫、すぐに関係を絶つ日は絶対来る。そうなれば俺への興味も無くなるに決まってる」

 

俺はぶんぶんと振り払う様に頭を振りながら、服を脱いでいく。

 

大丈夫。この関係も今だけ。

 

シャツを脱ぎ、上半身が露わになる。

 

そしてその姿が鏡に映る。

 

「…」

 

そこには切り傷、火傷…様々な痛々しい傷跡が付けられた醜い体をした俺。

 

「お前さえ、居なければ!!!」

 

「…っ…」

 

不意にあの頃の光景がフラッシュバックする。

 

この傷跡を見る度にいつもそうだ…

 

俺にとって一番必要で一番苦痛な瞬間。

 

それは、俺の人生を狂わせた汚点の始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー!冬夜君一緒に寝ないの!?」

 

お風呂から上がりリビングに戻ると布団が敷かれていた。

 

どうやら全員同じ場所で寝るみたいだ。

 

そしてこのサイドテールは何を血迷ったか俺も一緒にリビングで寝る様に誘い始めた。

 

「当たり前だろ。第一女性9人と1つ屋根の下で寝泊まりしてるだけで一杯一杯なのに一緒に寝るなんて冗談じゃない」

 

そもそも合宿に行く事に乗り気じゃ無かったし半強制的に連れてこられたと思ってる。

 

そこまでする義理は無い。

 

「えー…一緒に寝たいよー」

 

「その発言誤解招くから二度と言うな」

 

ほら他のメンバーがホノカチャン…って言いながら顔赤らめたじゃねぇか。

 

「という訳で俺は絶対一人で寝る」

 

俺はそう言いリビングから出ていった。

 

二階に寝室がある事はリサーチ済だ。

 

ちなみに太陽はμ'sと一緒にリビングで寝るらしい。

 

「俺達は何処で寝るんだ?」と太陽が聞いた所穂乃果が皆一緒で寝ようよと言ったらしい。

 

良く海未や真姫が納得したなと思ったけど穂乃果や絵里から交流の1つだと押し切られたみたいだ。

 

もっと頑張れ。もっと危機感を持て。

 

一先ずこれで太陽は女性9人に対し男一人の男なら誰もが羨むハーレム状態って訳だ。

 

何事も無ければ良いが…

 

一抹の不安を抱えながら俺は2階の寝室へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何か冬夜君私達の事避けてない?」

 

「そう?前からあんな感じでしょ」

 

リビング。

 

冬夜が出て行った後俺達は扉を見つめながら合宿中の冬夜の様子について話していた。

 

一方の俺はお風呂を覗こうとした罪悪感からあまり皆の顔を見れない。

 

ごめんよ…皆。

 

「冬夜いつも一歩引いて私達と関わりますからね」

 

「にしても合宿来てからはより一層そうじゃない?」

 

「うちもそう思う。最初会った時から感じてたけど仲良くなりすぎない様にうちらと壁を作ってる感じがするんよ」

 

冬夜に対し芽生えた違和感。

 

穂乃果と希は感じているみたいだが他のメンバーは気づいていない。

 

普段から冬夜に対し積極的に関わろうとしているのもこの二人だ。

 

だからこそ感じたのだろう。

 

「女性の比率が多い中ですし、緊張しているのでしょう」

 

「そうかなー」

 

しかしいくら考えても違和感に答えは出なかった。

 

結局そのまま海未の言った緊張という結論で落ち着いた。

 

「明日は朝から練習よ。さっさと寝ましょう」

 

「はーい」

 

絵里の言葉により各々寝床につき始める。

 

俺も習う様に布団に入った。

 

全員が布団に入ったが、友達同士での合宿。

 

当然そんなあっさり眠れるはずも無かった。

 

「…ねぇことりちゃん寝た?お話しよ」

 

「どうしたの穂乃果ちゃん?」

 

「いやー、全然眠れそうに無くて」

 

「結構寝付き良い方だよね?穂乃果ちゃん」

 

「うん。でも興奮しちゃって」

 

今回の合宿はいわば交流を深める為の大掛かりなお泊り会みたいなものだ。

 

俺も全く寝れる気がしない。

 

「真姫ちゃんもう寝ちゃった?」

 

続いて希が真姫に話しかける。

 

こっちは別の思惑がありそうだな。

 

「…何よ」

 

「ふふ…本当にそっくりやな」

 

「さっきから何よそれ」

 

希と真姫のやり取りはよく分からなかった。

 

真姫が壁を作ってる事は薄々感じてるからきっとそれに関連する話なのだろう。

 

ここは希や冬夜に任せれば大丈夫そうだ。

 

「ほら。皆朝早いのよ?海未を見習いなさい」

 

絵里の言葉に視線が海未に集まる。

 

「…すー…すー…」

 

うわ早っ。

 

もう寝息立ててぐっすり寝てんじゃん。

 

「さ、寝るわよ」

 

絵里はそう言うと電気を消す。

 

辺りを包む暗闇。

 

このまま起きてても暇だからとりあえず目は瞑ってるか。

 

そしたら気付いたら寝てるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーパリッ

 

うん?

 

 

 

 

 

 

ーーーーーパリッ ガサガサ

 

何だこの音?

 

「え、何この音?」

 

「凛じゃないよ」

 

「俺でも無い」

 

「ちょっと電気点けて電気」

 

謎の物音に目が覚めた俺達。

 

そしてリビングに明かりが戻る。

 

「一体何の音だ?」

 

「何かパリパリいってたけど…」

 

辺りを見渡していると、ことりが声を上げた。

 

「あっ!!」

 

「ん?む、むーっ!!ゴホッゴホッ!」

 

ことりが指差した先に視線が集まる。

 

そこには煎餅を片手に胸を叩く穂乃果の姿があった。

 

「な、何してるのよ」

 

絵里が不思議そうに尋ねる。

 

「いやー、何か食べてたら眠たくなるかなって」

 

じゃあせめて音ならない奴にしろよ!

 

何でよりによって煎餅をチョイスしたんだ。

 

「な、なんで煎餅?」

 

思わず花陽が突っ込む。

 

「もー、うるさいわね」

 

「あ、ごめんにこ」

 

むくりと起き上がるにこ。さすがに寝る時はツインテールとはいかず髪を下ろしている。

 

こうして見ると雰囲気ちょっと違うな。

 

「もう少し静かにしなさいよ」

 

そう言い振り返るにこ。そこには…

 

「ひっ…」

 

「な、何それ…」

 

「え?美容法だけど?」

 

「…他にもっと無かったのかよ」

 

顔面パックにきゅうりを貼り付けた禍々しい姿のにこがいた。

 

「こ、怖いにゃー…」

 

「う、うん…」

 

「ハラショー…」

 

凜と花陽は怖がっており絵里に至っては引いている。

 

皆の反応は決してプラスでは無かった。

 

「誰が怖いのよ!いいから寝るわよ」

 

にこが電気を消そうとしたその時、

 

シュッ!

 

「わっぷ!」

 

突如にこの顔面に飛ぶ枕。

 

モロに食らったにこはきゅうりを撒き散らしながら後ろに倒れる。

 

これはもしやお泊りの名物…枕投げという奴ではっ!

 

「わー、真姫ちゃん何するのー」

 

そう言うのは悪そうな笑みを浮かべている希。

 

絶対犯人この人だ。

 

「な、何言ってるの?」

 

「あんたねー…」

 

希の言葉で真姫の仕業だと思ったのか真姫を睨みながら起き上がるにこ。

 

「いくらうるさいからってそんな事しちゃ…だめよっ!」

 

続いて希が凛に向かって枕を放る。

 

「にゃっ!んもう…何する…にゃっ!」

 

枕を受けた凛はそのまま投げ返す。

 

…と思いきや

 

「ふむっ!」

 

穂乃果の顔に直撃した。

 

これは完全に火が着く奴だな。

 

「よーし…」

 

穂乃果は枕を構えると…

 

「おりゃ!」

 

「ゔぇっ!」

 

真姫目掛けて思いっきり投げた。

 

咄嗟に腕でガードするも驚いたのか変わったうめき声を上げる。

 

「投げ返さないの〜?」

 

「あなたね…」

 

希がそんな真姫を煽り、枕を投げさせようとする。

 

真姫が希を睨んだ瞬間、またも真姫に枕が飛んでいった。

 

「うわっ」

 

「ふふ」

 

そこには悪そうな笑みを浮かべる絵里。

 

正直絵里は止めるかなと思ってたから予想外だ。

 

まさか絵里もやる気になるとは…

 

そして真姫は今の攻撃がトリガーとなったのか…

 

「いいわ…やってやろうじゃない!」

 

枕を構え、思いっ切りにこ目掛け枕を投げた。

 

「ぐっ!」

 

またもまともに食らうにこ。

 

そして他のメンバーも各々枕を投げ始めた。

 

「おりゃっ!」

 

「おっと凛ちゃん甘い…」

「パス!」

「ぶわっ!」

 

何!凛の枕を交わしたと思ったらことりがそのまま穂乃果に枕を跳ね返した!

 

何だその技すげぇ!

 

「「えいっ!」」

 

「えっ…」

 

一方真姫と希と絵里は、希と絵里が同時に真姫に枕を投げていた。

 

「当たらないわよ!」

 

真姫はしゃがみ枕を躱した。

 

これは負けてられないな。

 

ここは一番枕を食らわなさそうな希に一発…

 

「食らえ!スーパー太陽ハリケーンあたっ!!?」

 

「技名長いにゃ」

 

ちょっと凛!今超良いところだったんだけど!?

 

「えい!」

 

「おりゃ!」

 

「何の!」

 

その後も白熱する枕投げ。

 

初めてやったけどこんなに面白いもんなんだな枕投げって。

 

「待て待て!一人狙いはズルいって!」

 

「だってまだ太陽君凛の不意打ちの一回しか食らってないにゃ!」

 

「花陽だってまだ無傷だろ!」

 

「かよちんは良いにゃ!」

 

「理不尽っ!?」

 

全員が俺に狙いを定める。

 

こんなもん避けようがないだろ!

 

ならば…やられる前にやる!

 

「おらっ!」

 

俺は勢い良く枕を放る。

 

他のメンバーもそれを受け一斉に枕を投げた。

 

そしてそのまま枕は一直線に飛んでいき、枕同士がぶつかりそのまま下に落ちる。

 

俺達は失念していた。

 

俺達の中心に…

 

「「「「「「「「「あ」」」」」」」」」

 

「…」

 

一人寝ている海未がいる事に。

 

「これは…ヤバいんじゃ…」

 

全ての枕が海未の顔に落ちる。

 

そしてゆっくりと動く海未の手。

 

一つずつ枕を取り払う。

 

全ての枕を取り、ゆらりと立ち上がる海未。

 

前髪に隠れ表情は良く分からないが、口元を見て戦慄した、

 

こいつ…笑ってやがる…

 

「…一体どうゆう事ですか…」

 

「ま、待って…別に狙って当てた訳じゃ…」

 

すぐさま弁解しようとする真姫。

 

しかし…

 

「明日…早朝から練習だと言いましたよね…」

 

海未は聞く耳を持たなかった。

 

それはつまり詰みを意味していた。

 

「それを…こんな夜中に…ふふっ…ふふふっ…」

 

「う、海未?落ち着きなさい?」

 

「ふふふふふ…」

 

絵里が宥めようとするも効果は無し。

 

マズイ…これは完全にヤバいスイッチが入ってるぞ…

 

「面白そうな事になったやん」

 

何で希は余裕そうなんだよ!

 

「…」

 

海未はゆっくりと枕を持つ。

 

俺達はあまりの威圧感に一歩も動けずにいた。

 

そして、大きく振りかぶると…

 

それを放った。

 

 

 

 

 

 

 

ブォン!!

 

「ぐわっ!!」

 

 

 

 

 

 

待て待て待て待て待て待て待て待て!何だ今の!?本当に枕を投げた音か今の!?めちゃくちゃ風来たぞ!?

 

「に、にこちゃん!」

 

凛がにこを抱きかかえる。

 

海未の枕はどうやらにこに当たったらしい。

 

凄い音したけど大丈夫か?

 

「だ、駄目にゃ!意識が無いにゃ!」

 

何だよそれ!枕投げのレベル超えてるって!

 

「…超音速枕…」

 

「は、ハラショー…」

 

マズイぞ…このままじゃ全員やられる…

 

どうすれば…

 

「ど、どうしたら…」

 

「こうなったらやるしかないよ!」

 

穂乃果はそう言うと枕を構える。

 

しかし、海未は見逃さなかった。

 

「ふんっ!」

 

「ぐはっ!!」

 

すかさず穂乃果の顔面に枕を投げつける。

 

なんて速さだ…お、恐ろしい…

 

「ごめん海未っ…うぐっ!!」

 

続いて枕を投げようとした絵里が海未の枕を食らう。

 

くそっ!これで3人がやられた!

 

もう俺がやるしかない!

 

「すまん!」

 

俺は一瞬の隙をつき、海未目掛けて枕を放った。

 

「…遅い…」

 

「何っ!?」

 

か、躱された!?結構なスピードで投げたつもりがあんなあっさり!?

 

こいつ化け物かよ!

 

「ふふ…覚悟は良いですか?」

 

「くっ…」

 

もう俺の手元には枕が無い。

 

少し移動出来れば枕は確保出来るが少しでも隙を見せればやられる事は明白。

 

となれば海未の枕を取るか躱したタイミングでそのまま枕をゲットするしかない。

 

…しかしあの速さの枕を取るのは不可能に近いし取りに行っても連続で投げられればアウト。

 

万事休すか?

 

「お、お願い!もう太陽君しかいないにゃ!」

 

「お願いします!何とかして海未ちゃんを止めて!」

 

凜と花陽からの声援を受ける。

 

これはやるしかない!

 

「来い!海未!」

 

こうなりゃ海未の攻撃を全て躱すしかない!

 

俺は海未の動きに全集中する。

 

1つ1つの動きを見逃さない。

 

そして、海未は振りかぶった。

 

ーーーーーー来る。

 

 

 

 

 

ガチャ。

 

「おい。何の騒ぎ…」

「…!…」

ブォン!

「…」バシン!

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

訪れる静寂。

 

一体何が起きたのか。

 

海未がまさに俺に枕を投げようとした瞬間、リビングの扉が突如開かれる。

 

それに反応した海未が思わずそこへ枕を放る。

 

そして扉を開けた人物に枕が直撃する。

 

思わず声を上げる俺。

 

海未もそれで目が覚めたのか驚いた様な表情を浮かべる。

 

その人物は、

 

「…」

 

「だ、大丈夫か?冬夜」

 

氷月冬夜だった。

 

「す、すいません!!わざとじゃないんです!敵だと思ってつい…」

 

さっきまでの様子は何処へやら、血相を変えて謝る海未。

 

俯いてる冬夜の表情は分からない。怒っているのかすら。

 

一言も喋ろうとしない冬夜に俺達に不安が募る。

 

そして、俺が駆寄ろうとした瞬間静かに冬夜が口を開いた。

 

「…おい」

 

顔を上げる冬夜。

 

長い前髪から片目だけが覗く。

 

そして、言った。

 

 

 

 

 

 

 

「二度目は無い。寝ろ」

 

「「「「「「「…!…」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

その瞬間、海未の攻撃を食らい気を失ってる3人を除いた俺達は背筋が凍る程の恐怖に襲われた。

 

あれはヤバい…

 

目が次は殺すと言っていた。

 

誰一人として動けない。

 

皆恐怖で体が震えていた。あの希でさえも。

 

きっと皆思った事だろう。

 

【冬夜を怒らせてはいけない】

 

「…」

 

そして冬夜は殺意剥き出しの目をしたままリビングを去っていった。

 

次やったらマジで殺されるかもしれない…それ程の殺意だった。

 

「…と、冬夜君って…怒ったらあんな怖いんやね…」

 

そう震える声で言ったのは希だった。

 

その言葉に皆は何度も頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「元はと言えば真姫ちゃんが始めた事だにゃ」

 

それから少し時間が経ち、落ち着いた俺達はいつもの様に談笑し始めた。

 

「ち、違う!あれは希が…」

 

「いやー、まさか真姫ちゃんがやるとはなー」

 

「あなたねー!」

 

真姫に押し付けようとする希はまたもや悪そうに笑っていた。

 

そして希は枕を手に持つと、

 

「えい」

 

と真姫の顔に枕を押し付けた。

 

さすがにさっきの事があるから投げる事は出来ない。

 

「わっぷ…って何するの希!」

 

すぐさま枕をどけ希に詰め寄る真姫。

 

その様子を見た希は優しく微笑む。

 

「自然に呼べる様になったやん。名前」

 

「…あ…」

 

希の言葉に真姫は気付いた様に声を上げる。

 

なるほど。これも真姫の壁を取り外す為の希の狙いだったようだ。

 

真姫は枕を手に持つと、

 

「別にそんな事、頼んでないわよっ」

 

顔を赤くしながら照れ隠しの様に希に枕を投げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…風気持ち良いな…」

 

早朝。

 

日頃のバイト生活もあり早めに目が覚めてしまった俺は、海岸を散歩していた。

 

…にしても昨日の海未の枕投げは良く効いた。

 

まだ顔がヒリヒリしやがる。

 

時々海未が男なんじゃないかと錯覚するんだが…まさかな。

 

「…ん?」

 

別荘に戻ろうとしたその時、波打ち際に誰かが立っている事に気付く。

 

こんな時間に誰だ?まだ早いだろうに。

 

俺は気付かれない様にそっと近付く。

 

そして波打ち際に立った人物の正体を知った時、もう一人別荘からこちらに向かって歩いてくる人物に気付く。

 

「お、早起きは三文の得。お日様からたっぷりパワー貰おうか」

 

そう微笑みながら言うのは希。

 

海をバックに優雅に佇む姿はとても絵になっていた。

 

「…どうゆうつもり?」

 

そう返すのは真姫。

 

不思議そうな表情を浮かべながら真っすぐ希を見つめる。

 

「別に真姫ちゃんの為やないよ」

 

希はそう言うと海に視線を移す。

 

「海はいいよね。見てると大きいと思ってた悩み事も小さく見えてきたりする。…ねぇ真姫ちゃん」

 

「…?…」

 

「うちな。μ'sのメンバー事が大好きなん。うちはμ'sの誰にも欠けて欲しくないの。確かにμ'sを作ったのは穂乃果ちゃん達やけど、うちもずっと見てきた。何かある度にアドバイスしたつもり…それだけ思い入れがある」

 

希が真姫に伝えた事は、希自身のμ'sへの愛情。

 

それは勿論真姫の事も意味していた。

 

μ'sの名前を考えたのは希だし、こうして9人揃う事をずっと夢見ていた。

 

結成当時から穂乃果達の姿を見てきて素直になれない1年生組みをはじめ一度スクールアイドルを挫折したにこや自分の使命に頭を悩ませた絵里を引き入れようやく揃った女神へのパーツ。

 

希の小さくて大きな夢が叶った今、μ'sに一番依存しているのは希かもしれないな。

 

「…あ、ちょっと話しすぎちゃったかも。今のは内緒ね?」

 

希は振り返ると、少し恥じらいを込めた笑みを浮かべながら真姫に言った。

 

対する真姫も優しく微笑みながら、

 

「面倒くさい人ね。希」

 

と返すのだった。

 

「真姫ちゃーん!希ちゃーん!」

 

その時、別荘から無数の人影がこちらに走ってくるのに気付く。

 

どうやら皆起きてきたらしい。

 

「うわー」

 

太陽を含むμ's全員が揃うと、皆で朝日に照らされた海を眺める。

 

それはとても神秘的で、皆が見入っているのが分かる。

 

そして暫く全員で海を眺めた後、徐に真姫が口を開く。

 

「ねぇ、絵里」

 

「うん?」

 

絵里の方を向く真姫。絵里もそれに応える様に向き返す。

 

そして真姫は少し顔を赤らめながら微笑むと

 

「…ありがとう」

 

と絵里に言った。

 

それに対し絵里は、

 

「ハラショー!」

 

と満面の笑みで返した。

 

昨日と比べ表情が穏やかになった真姫。

 

どうやら昨日の枕投げが功を奏したみたいだ。

 

この合宿を通して一番変わったのは間違い無く真姫。

 

今の真姫から他のメンバーに対する壁は感じなかった。

 

「よーし!皆手を繋ごうよ!」

 

突然穂乃果が言う。

 

どうやら何か思いついたらしい。

 

「どうして?」

 

「折角だから皆の意識を高めたいと思って。いいからいいから」

 

と穂乃果に言われるがまま皆が手を繋いでいく。

 

そして太陽を含む全員が手を繋ぐと、穂乃果は海に向かって高らかに叫んだ。

 

「よーし!ラブライブに向けてμ's、頑張るぞー!!」

 

なるほどやりたかったのはこれか。穂乃果らしいな。

 

穂乃果の言葉を聞いた他のメンバーは顔を見合わせると、微笑みながら

 

「「「「「「「「「おー!!!」」」」」」」」」

 

と同じ様に叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

互いの絆がより一層深まったμ's。

 

真っすぐ海を見つめる10人から迷いは感じられない。

 

全員がラブライブという1つのゴールを確かに見据えていた。

 

「大きくなったな…」

 

何も無い所から始まったスクールアイドル。

 

それが今、ここまで立派な物になった。

 

特に今回の合宿は俺が行動に移さなくても彼女達の力で真姫の壁を取り除いた。

 

俺離れ…って言ったら大袈裟かもしれないが今までメンバー内の内面的な問題は俺が取り除いてきた。

 

だけどそれはもう、必要無い。

 

手を繋ぎ互いに笑い合うμ's。

 

しかしそこに俺はいない。

 

「後は頼んだ。太陽」

 

俺はそう呟くと、別荘に向けて一人歩き出した。

 

もう俺が出来る事は何も無い。

 

俺の居場所はもう…ここには無い。

 

 

 

 

 

 

 

いや、俺は勘違いしてるな…居場所なんて…

 

 

 

 

 

 

 

【最初から無かったじゃないか】




「ちょ…ちょっと離れないでっ!」

「近い!近いって!」

ひょんな事から絵里と二人きりに?

そして絵里に抱きつかれてるって何この状況!?

「…こんな弱い自分が嫌になるわ…」

「弱さは必要だよ」

冬夜が絵里に伝える言葉。

「こんな弱い私を、あなたは愛してくれる?」

まさかの冬夜と絵里が急接近!?

一体どうなる!?





〜次回ラブライブ〜

【第20話 とある生徒会長の秘密】

お楽しみに。


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第20話【とある生徒会長の秘密】

お待たせ致しました!

ついに20話突破致しました!まさかここまで続けられるとは感慨深いです…

絶対途中で失踪すると思ってたから(笑)

とは言っても全体で言えばまだ序盤なんですけどね。

ですが、なるべく失踪せずに完結まで頑張りますのでよろしくお願いします!

さて、今回は絵里回です。

μ'sの中で一番冬夜との絡みが少ないのが絵里だったので今回この話に致しました!

えりちファンの皆様に満足してもらえるか少し不安ですが、見て頂ければ幸いです。

では第20話始まります。





これを期に他のメンバーの個人回もやりたいけど、後8人…

いつになるやら…


合宿が終わってから数日。

 

μ'sは合宿の一件から結束が高まり夏休みでも怠ける事無く毎日練習に明け暮れていた。

 

一方の俺は夏休みで学校が無い事により、μ'sとの関わりが減ってきていた。

 

夏休みのような長い休みはお金を稼げる大チャンス。

 

朝は新聞配達、昼はメイド喫茶で厨房、夜はレストランで厨房等バイトに明け暮れる日々が続いていた。

 

そして今日もいつもの様にレストランでのバイトを終え、帰路に着いたその時、予想外の人物と偶然出会す事になる。

 

「あー…疲れた…今日も忙しかったな」

 

いくらバイト慣れしてるとはいえ、朝昼晩毎日休まずバイトをしているとどうしても疲れは溜まってしまう。

 

俺は大きく伸びをしながら家へと歩き出した。

 

「はぁー…何で今日に限って自転車が無いんだか…」

 

相棒である自転車は日々の使い回しが災いし、パンクするという事態に陥った。

 

残念ながら自力で直せる技術は無く、仕方なく修理に出した所どこもお盆という事もあり定休日であった。

 

徒歩生活を余儀なくされた俺は、今日は夜から大雨の予報と聞いていた為外れろと念じつつも嫌いな傘を泣く泣く持ってバイトへと向かっていた。

 

傘が嫌いな理由?そんなもん片手が塞がるからに決まってるだろう。

 

「うわ…降り出した…」

 

少し歩くと、雨粒が少しずつ俺に降り注ぐ。

 

天気予報はどうやら当たりらしい。

 

ご丁寧な仕事いつもどうもね!

 

「はぁ…憂鬱だ…」

 

雨はあまり好きじゃない。かといって晴れもあまり好きではないが。

 

しかしこの程度ならわざわざ傘をささなくても大丈夫そうだ。

 

よし。このまま走ってとっとと帰ろう。

 

俺は脇芽も振らず全速力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…マジかよ」

 

結論、そんなに甘くはなかった。

 

勢い良く走り出したは良いが僅か3分後、先程とは比べ物にならないくらいの雨が襲いかかる。

 

ザーザーと大きな音を立てながら降り注ぎ、雨宿りに選んだお店の屋根からは雨が滝のように流れている。

 

雨宿りしなくても傘をさせば良いじゃないかと思うかもしれないが、生憎そうはいかない。

 

機動性を重視し、スニーカーを履いてきてしまった為水溜りに入らなくても靴が濡れてしまう。

 

靴や靴下が濡れる何とも言えないあの気持ち悪さが嫌いで仕方ない。

 

という訳で雨が少し弱くなるまで俺は雨宿りを選んだという訳だ。

 

「…止まないかな…」

 

一向に止む気配の無い雨。

 

それどころか先程より強くなっている様な気がする。

 

…これは腹括るしかないか?

 

俺が意を決して外に飛び出そうとした時、遠くから一人こちらに向かって走る人影を発見した。

 

「あれ、誰か来るな」

 

見た感じ傘は持って無さそうだ。

 

恐らくあの人もここで雨宿りするつもりだろう。

 

少しずつ露わになる人物。

 

近づいていくにつれ、その人物は知り合いに似ている事に気付く。

 

「…見覚えある風貌だな」

 

下を向いていて表情は分からない。

 

だが、注目すべきは金髪のポニーテール。

 

ここら辺で金髪でポニーテールなんて珍しい特徴を持っている人は一人しか知らない。

 

「…絵里?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

そう。息を切らしながらこちらに走って来たのはμ'sのお姉さん。絢瀬絵里であった。

 

「もう…何でこんな時に…」

 

どうやら絵里はこちらに気付いていないみたいだ。

 

「…」

 

ん?良く見たら体震えてるな。

 

どことなく服も濡れてるし寒いのか?

 

「…何で私ここまで来ちゃったんだろう」

 

絵里がぽつりと呟く。 

 

「何でこんなに暗いのよ…」

 

そう言うと不安そうな表情を見せる。

 

今いる場所は昔商店街だった所ですっかり寂れており人通りも殆ど無い。

 

街灯も少ないため、夜になるとほぼ真っ暗になる。

 

まぁ確かに女の子一人で歩くには怖い場所だよな。

 

「うう…怖いよ…」

 

少しすると絵里は自分を抱きしめながらしゃがみこんでしまった。

 

恐怖心が強いのだろう。そこから動き出す様子は見られず微動だにしない。

 

…というか新聞配達で絵里の家に行ってるから分かるんだけど絵里の家ってこっちの方じゃ無いよな。

 

何でこんな所にいるんだ?

 

一先ずそろそろ絵里が可哀想になってきたので俺は近寄り声を掛ける事にした。

 

「…絵里?」

 

「…!…」

 

俺が声を掛けると、ビックリしたのか絵里はビクッと肩を跳ねらせる。

 

そして恐る恐る顔を上げると、俺とバッチリ目が合う。

 

「冬夜君…」

 

絵里は小さく呟くと、次第に表情が明るく、安心感からか目尻に涙を浮かべ始める。

 

そして次の瞬間。それは起こった。

 

「冬夜くぅぅぅん!!」

 

ギュッ!

 

突如体が包み込まれる柔らかい感触。

 

そして暖かく、力強く締め付けられる感じ。

 

…え?まさか…俺、抱きしめられてる?

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

「お願いっ!もう少しこのままで居させて…」

 

「いやいやいや!そうゆう訳には…」

 

ガッチリとホールドされており全く身動きが取れない俺。

 

絵里も離すつもりは無さそうだ。

 

「くっ…こうなれば力づくで!」

 

「だ、ダメっ!」

 

ギュッ!!

 

ぐあっ…より一層キツく抱きしめてきたっ…!

 

だが俺も男…これぐらいどうって事ない!

 

普通この場面は「好きなだけ俺の胸を使っていいよ」みたいなクサイセリフを吐く所だが生憎そうはいかない。

 

もし誰かに見られたら面倒くさい事になり兼ねない…

 

ここは人通りが少ないだけで全く通らない訳じゃ無いんだぞ!

 

すまない絵里っ!

 

…え?…絵里力強くね!?何でビクともしないの!?

 

俺が弱いだけ?嘘だろ!?こっちは16年男やってるんだよっ!

 

「あ、あの…む、胸も当たって…」

 

「…」

 

聞く耳持たず。

 

どうやらこのまま絵里が落ち着くのを待つしかないらしい。

 

…初めて女性に抱きしめられたからどうすれば良いのか分からない。

 

こんなにドキドキするもんなんだな…

 

とりあえず太陽にこのイベントが来なかったのが救いだ。

 

何もしでかさないとは言い切れないからな。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…少し取り乱したわ」

 

それから数分後。

 

絵里は落ち着いたのか恥ずかしそうに俺から離れた。

 

あの取り乱し方は決して少しでは無い。

 

「…で、いろいろ事情を聞かせて貰おうか」

 

いくらなんでも情報量が多すぎる。

 

一つずつ整理する必要がありそうだ。

 

「まず、何で絵里がこんな時間にこんな場所にいるんだ?」

 

「…えっと…まずは時間が遅くなった事の説明をするわね?μ'sの練習は昼過ぎに終わってそこから私と希で勉強しようという事になって希の家に行ったの。そこから希の家で晩御飯もご馳走になって話し込んで気付いたらこんな時間になっちゃったって訳なのよ」

 

なるほど。まぁ絵里と希は3年生で今年受験生だ。それに合わせて夏休みの宿題もあるだろうしその為の勉強会なのだろう。

 

さすがは大人びた二人。夏休み中もだらけず真面目に生活しているみたいだ。

 

その場にあのツインテールが居ない事にはツッコまない。

 

「で、ここには?」

 

「外に出たら当然真っ暗で…雨も降ってから余計心細くなっちゃって早く帰ろうと思って慣れない路地裏とか通ってるうちに…その…」

 

急に声が尻すぼみになり俯く絵里。

 

まぁその先は言わなくても予想はつく。

 

「迷子になったと」

 

俺がそう言うと絵里は、

 

「…うん」

 

と小さく頷いた。

 

「で、俺に急に抱き着いてきたのは?」

 

「…」

 

俺が聞くと絵里は顔を赤らめる。

 

先程の出来事を思い出したのだろう。

 

こっちだって恥ずかしいんだからな。

 

「ごめんなさい…昔から暗い所が苦手で…その上知らない所に来たから怖くて不安で…で雨も強くなってとりあえず雨宿りしようと思って無我夢中で走った先に、知り合いがいたから、つい…」

 

なるほど暗闇が苦手なのか。

 

ここに走って来た時からその不安は充分伝わっている。

 

だが、暗闇が苦手なのに路地裏に入る勇気はあるんだな…

 

…まぁそれだけ早く帰りたかったという訳か。

 

「とりあえず諸々の事情は分かった。動けるか?」

 

「…え?」

 

「え?じゃないよ。さすがにこのまま絵里を置いて帰る程腐っちゃいない。それに迷子なんだろ?どうやって帰るつもりだ」

 

「いいの!?」

 

目を輝かせながら顔を近づける絵里。

 

ち、近い…

 

「あ、あぁ…絵里の家は分かるから送るよ」

 

「ありがとう!!」

 

…何か急に幼くなったな。

 

てっきり何で分かるの?ってツッコミが飛んでくると思ったけどその事に触れもしなかったな。

 

よっぽど追い詰められていたらしい。

 

「…いやさすがに見つめすぎでは?」

 

絵里は満面の笑みで俺を見つめている。

 

距離も近い。

 

…何かいつもの絵里と全く違うから調子が狂う。

 

「気にしないで」

 

…いや気にするんだが。

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「ごめんなさいね…本当に…」

 

という訳で絵里を家まで送る事になった俺。

 

まさかの相合傘という形になり、正直とても気まずい。

 

相合傘をする日が来るなんて思ってもいなかった。

 

「いいよ。全然気にしてないから」

 

送る事自体は別に良い。

 

でも、状況からして仕方ないがいつも以上に絵里との距離が近くて困る。

 

肩と肩がくっつきそうだ。

 

「にしても傘持ってきてないんだな」

 

そうゆう所はキッチリしてるイメージがあるから少し意外だ。

 

「今日に限って天気予報を見るのを忘れちゃって…」

 

少し恥ずかしそうに絵里が言う。

 

という事は雨が降る日に偶然天気予報を見忘れて偶然帰りが遅くなってそのタイミングで雨が降って偶然俺が自転車が無い時に偶然あそこで出会った訳だ。

 

…偶然重なりすぎじゃないですかね?

 

「冬夜君は?」

 

「俺はバイトの帰り」

 

「そう。ここら辺なの?」

 

「ああ」

 

バイトしてる場所は明かさない。

 

来られたら困るからな。

 

「そういえば今日は自転車じゃないのね?」

 

「今パンクしてて使えないんだ」

 

「あら…それは災難ね」

 

その後も他愛もない会話をしながら進んでいく俺達。

 

相合傘というイレギュラーはあるも、絵里は少しずついつも通りな状態を取り戻していった。

 

俺も少し慣れてきた頃、絵里が不安そうな表情を浮かべながら口を開く。

 

「冬夜君…肩…」

 

そう言い絵里は俺の左肩を見つめる。

 

「…ん?あぁ、気にしないで」

 

現在俺の左肩は絶賛びしょ濡れ中である。

 

というのも俺の傘はあまり大きく無く、二人入るには厳しいサイズ。

 

当然絵里を濡らす訳にもいかないので、絵里のスペースを多めにとっている。

 

その結果俺は半身しか傘に入っていない。

 

まぁリュックが濡れなければそれで良い。

 

「気にするわよ…ほら、まだ少しスペースあるからもっとこっち来なさい」

 

絵里はそう言うと、スペースが空いてる事をアピールする。

 

…それは密着しろと言っているのか?

 

「…いや、大丈夫」

 

勘弁してくれ。さっき散々密着されてようやく落ち着いてきた所なのに…

 

「私が大丈夫じゃないのよ」

 

絵里はそう言うと、俺の服を引っ張り体を密着させた。

 

「…へ?」

 

思わず変な声が出てしまった…

 

本当にどうしたんだ今日の絵里。

 

恐怖と安心の高低差でおかしくなったのだろうか。

 

「えっと…あの、絵里さんこれは…」

 

「わ、私だって恥ずかしいのよ!あ、あなたに風邪でも引かれたら嫌だから…」

 

じゃあやらなくて良いよ!

 

俺は別に風邪引いても良いから!

 

「それとも…冬夜君は嫌…かしら?」

 

そう言うと絵里はうるうると目を潤わせながら俺を見つめる。

 

頬を少し赤らめながら至近距離で繰り出される甘える様な表情。

 

そんな顔で見られたら嫌なんてとても…

 

 

 

 

 

 

 

「嫌です」

 

言えちゃうんですね。

 

 

 

 

 

 

結局その後絵里は「随分はっきり言ってくれるじゃない。分かったわ、絶対に離してあげない」とムキになってしまった。

 

どちらにせよ離れる気無かったんじゃねえかと思ったが口に出す寸前で飲み込んだ。

 

一先ず密着された状態で送り届ける事を余儀なくされた俺は、少しでも早く解放されるため近道をしようと人気の無い道を通っていく。

 

「…よくこんな道知ってるわね。私ここに来て長いけど知らないわよこんな道」

 

「…まぁここら辺詳しいからな」

 

普段の新聞配達のバイトで模索し続けたそれぞれの家までの最短距離。

 

まさかこんな所でも役立つとは思わなかった。

 

「後二本路地越えたら着くぞ」

 

「本当に!?こんなに早く着くなんて…冬夜君凄いわ」

 

…まぁ素直に受け取っておくか。

 

俺もこのルート見つけるまで苦労したし。

 

雨脚は強くなる一方ではあるが、ゴールは見えてきた。

 

路地裏から出て次の路地裏まで向かうその時、【アレ】はやってきた。

 

「…ねぇ?何か空変な音しない?」

 

絵里が不安そうな表情を浮かべながら空を見上げる。

 

確かにゴロゴロ音が鳴ってるな。

 

これはもしかしたら雷が落ちるかもな…

 

「まさか…雷?」

 

そう言う絵里の様子はどうやら少し怯えている様だった。

 

そして俺は察する。

 

「絵里…もしかして」

ピシャーン!!

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

…やっぱり。

 

雷も苦手なのか…

 

しかしこのままだと危険だな。絵里のこの状態じゃ先に進めそうに無いし、とりあえず避難出来る場所は…

 

俺が場所を探そうと周りを見渡し一歩踏み出したその時だった。

 

グイッ

 

「うおっ」

 

突如服が引っ張られる。

 

振り向くと…

 

「ちょ…ちょっと離れないでっ!」

 

「近い!近いって!」

 

泣きそうになっている…ていうか半分泣いてる絵里の顔がすぐそこまで来ていた。

 

「私の側から離れちゃダメっ!」

 

「分かった!分かったから少しだけ顔だけでも離して!」

 

俺の言葉が伝わったのか少しだけ顔を離す絵里。ただそれでも近い。

 

本当に少しだけだな。

 

まぁ良い。絵里の気持ちの問題もあるからこれくらいは譲歩しよう。

 

さっきのはさすがに唇が触れそうな勢いだっただけに焦った。

 

「とりあえずこのままでは危険だ。絵里、あそこのビルまで走れるか?」

 

「え…」

 

「屋根や木の下は危険だ。傘を差してる状態も落雷の危険性がある。だから一番安全なのは建物内に速やかに避難する事だ。行けるか?」

 

あまり時間は掛けたくない。

 

こんな所で黒焦げはごめんだからな。

 

「わ、分かったわ」

 

「よし、行くぞ。傘も閉じるから全力でダッシュだ。3、2…1!」

 

俺の言葉を皮切りに二人走り出す。

 

絵里はきっちり俺の手を握っており少々走り辛かったが、ビルまで辿り着く事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「ここも真っ暗じゃない…」

 

無事ビルの中に入ることが出来た俺達だが、使われていない廃ビルなのかその中はとても暗く人気も全く感じられなかった。

 

その不気味さに絵里はより一層表情が暗くなる。

 

「仕方ない。雷が落ち着くまでここで待機だ」

 

「…うん」

 

俺の言葉に小さく頷く絵里。

 

…大分精神的にきてるみたいだな。

 

「ねぇ、冬夜君」

 

俯きながら口を開く絵里。

 

「ん?どうした?」

 

「もう少し…近くに寄っても良いかしら…?…」

 

そう言う絵里の言葉は震えていた。

 

度重なる恐怖や不安に押し潰されそうになっているのだろう。

 

今の彼女にとって心の拠り所は俺しかいない。

 

さすがに断る場面ではないな。

 

「いいよ」

 

「…!…ありがとう…」

 

俺がそう言うと絵里が一瞬顔を上げる。

 

その表情は少しだけ明るくなっていた様な気がする。

 

絵里は少しずつ俺に近付くと、俺の腕をがっしり掴みながら俺と同じ様に使われていない椅子に座る。

 

「本当にごめんなさい…」

 

突然の絵里からの謝罪。

 

その声は変わらず震えており、酷く落ち込んでいた。

 

「…急にどうしたんだ?」

 

「冬夜君に迷惑ばっかり掛けちゃって…その、抱き着いちゃった事とか…今も…」

 

「気にするな」

 

「…でも」

 

「確かにビックリはしたけど今はもう気にしてないし慣れた。だから絵里が落ち着くまで俺は付き合うつもり」

 

半分嘘で半分本当。

 

決して慣れた訳では無いが、後者は本当の気持ち。

 

何より今の絵里は壊れそうで放っておけない。

 

「優しいのね」

 

「今だけだよ」

 

「ふふ…何よそれ」

 

俺の言葉に少しだけ絵里に笑顔が戻る。

 

しかし、少ししてまたも表情が暗くなりポツリと呟く。

 

「…こんな弱い自分が嫌になるわ…」

 

相当追い詰められているのか、その声は小さく弱々しいものだった。

 

俺は優しく話しかける。

 

「弱さは必要だよ」

 

「…え?」

 

「人間は誰しも弱い部分がある。それは俺や太陽もそうだし他のμ'sのメンバーもそう。これはあくまでも俺の持論なんだけど、人間の魅力ってその弱さなんじゃないかなって思うんだ」

 

「弱さが…魅力?」

 

「そう。ふと見せる弱さで人は親近感や愛着が湧く。逆に弱点が何も無い人に対しては尊敬はしても親近感や愛着は湧き辛いだから弱さは必要なんだ」

 

「…そうゆうものなのかしら」

 

「素直に飲み込むかは絵里の自由。でも俺はそう思っている。絵里の弱さも勿論必要だ」

 

多分一緒にいて頼りになるのは後者だろうが一緒にいて楽しいのは前者。

 

まぁ何も弱点が無い人なんてアニメの世界でもあまりいないと思うけど。

 

「…でも、私はどうすれば良いの?このままでは納得出来ないわ」

 

弱い自分を嫌っている絵里にとっては今の話は納得し辛かったみたいだ。

 

ならば、その前提を覆せば良い。

 

「俺から言える事は一つ」

 

 

 

 

 

 

 

「弱い自分を愛せ」

 

 

 

 

 

「弱い自分を…愛せ…」

 

俺の言葉に驚く表情を見せた絵里は、俺の言葉を何度も復習する。

 

噛み締めるように何度も何度も。

 

「ふふ…中々無茶な事言うのね」

 

うん。我ながら中々ハードルの高い注文をしたと思っている。

 

でも、絵里なら大丈夫だと信じている。

 

「でも、ありがとう」

 

絵里はそう言うと、明るく笑い返してくれた。

 

ようやく見せてくれたな。その笑顔。

 

「ねぇ、一つ聞いても良い?」

 

突如頬を赤らめる絵里。

 

何だ?何を聞く気だ?

 

「あなたは弱い私を愛せと言った。じゃあ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな弱い私を、あなたは愛してくれる?」

 

月明かりに照らされた妖艶に微笑む絵里の姿は、思わず見惚れてしまう程美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「当然」

 

絵里の言葉に対し自信満々に返す。

 

そして俺の言葉を聞いた絵里は、

 

「ふふ、期待してるわよ」

 

と今度はイタズラっぽく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にありがとう」

 

それから数分。

 

気付けば雨は止んでおり、雷も治まっていた。

 

そしてそのまま無事、絵里の家に到着した。

 

「全然大丈夫」

 

「…でも」

 

不安そうな表情で俺を見つめる絵里。

 

確かに時間も遅くこれから家に帰るとなるとまだ相当時間が掛かる。

 

まぁ自分で選んだ事だし後悔はしてない。

 

「時間の事なら心配いらない。だから気にせず家に入れ」

 

「…そう、なら良いけど…」

 

そう言うと絵里は玄関の扉を開けた。

 

すると、すぐさま少し幼い金髪の少女が飛び出してきた。

 

「お姉ちゃん!!!」

 

「亜里沙っ!」

 

勢い良く飛び出した亜里沙と呼ばれた少女は涙目のまま絵里に抱き着いた。

 

恐らく絵里の妹だろう。

 

「良かった…良かったよぉぉ…心配したんだからぁ!」

 

涙を流しながら絵里にしがみつく少女。

 

「ごめんなさい!本当にごめんなさいっ…」

 

絵里も涙を流しながら何度も謝っていた。

 

感動の再会。

 

二人にとってはそれくらいの出来事なんだろうが、二人の世界に圧倒されて凄い居辛い。

 

一先ず俺は二人の成り行きを見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

「あ…ごめんなさい!冬夜君放ったらかしにしちゃって…」

 

お、ようやく気付いた。

 

「お姉ちゃんを送って頂き本当にありがとうございます!」

 

丁寧に頭を下げる少女。

 

礼儀正しいな。

 

「あ、自己紹介まだでしたね。私、絢瀬亜里沙と言います!中学3年生です!よろしくお願いします!あ、あと亜里沙って呼んでください」

 

いきなり名前呼びかよ。

 

「ああ、丁寧にどうも。俺は…」

「氷月冬夜さんですよね!?」

 

…ん?何で名前知ってるんだ?

 

前に会ってるとか?いやいやそんな記憶は無いしだったら今の自己紹介はおかしいだろ。

 

…となれば絵里経由か?

 

「まだ名乗ってないんだけど…」

 

「ああ!ごめんなさいっ!実はお姉ちゃんから冬夜さんの話をいっぱい聞いてて…」

 

「ちょ、ちょっと亜里沙!」

 

なるほど。やはり絵里経由か。

 

…ん?俺の話をいっぱい?

 

「その話、詳しく聞いても良いか?」

 

「はい!まずお姉ちゃんが話していたのは…」

「ちょ、ちょっと待って!それ今じゃないと駄目かしら!?」

 

亜里沙を止める様に食い気味に割り込む絵里。

 

この焦り様、本当に何話したんだ?悪口とかか?

 

「そうですね…時間も遅いですし」

 

亜里沙が時計を見ながら言う。

 

…まぁこれ以上問い詰めても俺に得は無いとみた。

 

確かに内容は気になるが知らぬが仏という言葉があるくらいだしもう聞かないでおくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ帰るから」

 

「本当にありがとうございました!」

 

「冬夜君、いろいろとありがとう」

 

俺は二人に見送られる形でその場を後にした。

 

イレギュラーはあったが絵里の新しい一面が見れた事でプラスに考える事にする。

 

「あーあ…日付変わっちゃうな」

 

まだ家でやる事あるのに…

 

今日はこのまま寝ちゃうか。

 

ボケーッと歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 

「冬夜君」

 

「…絵里?」

 

振り返るとそこには見慣れた金髪のポニーテール。

 

さっき別れたばかりの絵里がいた。

 

「どうした?」

 

「…どうしても私の気が収まらなくて」

 

…?…何の事だ?

 

まさか送ってもらったお礼を気にしてるのか?

 

そんなの全然良いのに。

 

「お礼ならいらない」

 

「そうゆう訳にもいかないわ」

 

絵里はそう言うと、そのまま俺の耳元に近付く。

 

「えっと…絵里、今から何を…」

 

「こんな事しか出来ないけど、ほんのお礼よ。冬夜君、本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

…チュッ。

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「ふふ。じゃあまたね。たまには練習にも顔出しなさいよ」

 

絵里はそう言うと顔を赤く染めながら足早に去っていく。

 

今…絵里は俺に何した?

 

耳元に近づいてちょっと囁いたと思ったら…

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

一人残された俺の叫び声が住宅街に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

「あ、冬夜君だ!」

 

「おはようございます。ようやく来てくれましたね」

 

「おはよー冬夜君!」

 

新聞配達のバイトの最中、神田明神に立ち寄る俺。

 

そこには朝練に励むμ'sの姿があった。

 

当然絵里もいる。

 

「バイトの途中で立ち寄っただけだ。すぐ戻るよ」

 

「なーんだ」

 

残念そうに声を上げる穂乃果。

 

ここで不意に絵里の姿が視界に入る。

 

「…」

 

「…」

 

うっ…昨日の今日だから気まずい…

 

「…!…」

 

絵里と目が合う俺。

 

【昨日の事は二人の秘密ね】

 

絵里がウインクしながら俺に口パクで伝えてきた。

 

…言うわけないだろ。

 

絵里からキスされたなんて…

 

「ん?どしたんえりちと冬夜君見つめあって。何かあったん?」

 

うげっ!こうゆう時の希は本当に厄介だ…

 

ちゃんと見てやがった。

 

「別に何も無い。じゃあ俺はバイトに戻るから」

 

「…本当に?」

 

「本当に」

 

これだけはマジでバレる訳にはいかない。

 

特に太陽になんて知られたら…

 

凜と二人で遊んでた事を知っただけであの反応だったんだ。

 

今度バレたら俺殺されるんじゃないか?

 

「じゃあまたな」

 

俺は逃げる様に神田明神を後にした。

 

昨日、頬に感じた暖かくて柔らかい感触を思い出しながら。

 

…はぁ…今日のバイト、集中出来そうにないや…

 

 

 

 

 

 

 

「えりち。本当に何も無かったん?」

 

「冬夜君と?ええ何も無いわよ。ただ…」

 

「…ただ?」

 

「本当に頼りになるのね。冬夜君って」

 

「絶対その反応何かあったやん!教えて!何があったの!?」

 

「ふふ。教えませーん」

 

「ちょっとえりち!」

 

「さ、練習するわよ練習!」

 

昨日の出来事を思い出す。

 

やり過ぎたかなとも思ったけど後悔はしてない。

 

だってあれしか思いつかなかったから。

 

驚いたような冬夜君の表情を見て思わず口元が緩んでしまう。

 

あんな表情もするのね。

 

とっても格好良かったわよ。

 

本当にいろいろありがとう。冬夜君。

 

 

 

 

 

 

 

 

μ'sから距離を置きたがる冬夜とは裏腹に、着実にμ'sからの好感度が上がっている事を冬夜はまだ知らない。




「こっちです」

「あなたは…」

「いいから走って」

加速していく物語。

ついに冬夜は出会ってしまう。

「そうだ!助けてくれたお礼に私達の練習見せてあげる」

「…え?」

この出会いが今後冬夜にどう変化をもたらすのか…

「あの…」

「どうかしら?」

「毛ほども興味無いんですが」

「「「!?」」」

プラスかマイナスか、それは神のみぞ知る。






〜次回ラブライブ〜

【第21話 冬夜、王者を知る】

お楽しみに。


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第21話【冬夜、王者を知る】

先に謝ります。

すいません打ってて途中で迷走しました。

どうゆう方向に進めば良いか分からなくなり無理矢理打ち込みました。

なので変な所やキャラ崩壊あると思います。

そして当初6000字くらいで終わる予定が付け足し付け足しの悪い癖で気付けば文字数倍になっていました。

なので皆様心してご覧下さい。

それでは第21話始まります。


夏休み終了まで後数日。

 

絵里からキスされた事がまだ頭から離れない俺は、ボケーッと町を彷徨いていた。

 

今日は珍しくバイトが休みの日。

 

本当はバイトを入れたかったのだが、店長から強制的に休みを取らされた。

 

疲れが顔に出ていたのだろうか。

 

という訳で暇になった俺は、やる事が無いためたまには散歩するかと思い立ち、町に繰り出した。

 

ちなみにμ'sは練習中であるが、距離を置きたい為顔を出すつもりはない。

 

「賑やかだな…」

 

町は夏休みという事もあり若い男女で溢れかえっていた。

 

デートしている者、友達と遊びに出掛けている者。それは様々だった。

 

「う…人酔い起こしそうだ…離れた方が良いな」

 

一先ず人混みが苦手な俺は足早にその場から立ち去ろうとする。

 

そんな時、その瞬間は訪れた。

 

「綺羅ツバサがいるぞー!!!」

 

突如聞こえる男性の叫ぶ様な声。

 

その声に他の人達も反応していた。

 

…あれ?その名前どっかで聞いたことあるな。

 

「本当に!?あのA-RISEの!?」

 

…ああ、今ので思い出したわ。

 

そういえば太陽がスクールアイドルの話をしてた時に動画見せられたっけ。

 

A-RISE。

 

男女問わず様々な世代から絶大な人気を誇る綺羅ツバサ、優木あんじゅ、統堂英玲奈のエリート校、UTX学院に通う3年生3人から形成されたスクールアイドル。

 

スクールアイドルの王者と呼ばれるに相応しい程の高いレベルと大きな魅力を兼ね備えた彼女達は将来芸能界入りを約束されている。

 

…と太陽が熱く語っていたな。

 

とりあえずそれ程までの有名人が今ここにいる訳だ。

 

そりゃ騒ぎにもなるな。

 

「行こうぜ行こうぜ!」

 

「サイン貰おう!」

 

「私写真撮る!」

 

次々と声の方へと向かう人々。

 

人混みごと移動するのは中々見れないレアな光景だ。

 

皆よっぽど綺羅ツバサの姿を見たいらしい。

 

まぁ俺は興味無いが。

 

そして人混みが移動して少しすると、人混みを掻き分けてこちらに走ってくる3つの人影が見える。

 

それを追い、人混みも段々こちらに近づいて来ている。

 

…何これどうゆう状況?

 

「とりあえず…離れるか…」

 

俺はチラチラと後ろの様子を伺いながら小走りで距離を取ろうと試みる。

 

しかし、人影と人混みは次第に全力疾走になり距離はどんどん縮まっていた。

 

「…!…いやいや何でこっち来るの!?」

 

それに吊られ俺も走るスピードを上げる。

 

やがて、こちらに向かってくる人影の姿が露わになる。

 

そこにいたのは…

 

「…いやいや勢揃いかよ!」

 

太陽から見せて貰ったA-RISEの動画に出ていた少女3人。

 

もとい、綺羅ツバサだけでは無く優木あんじゅや統堂英玲奈を含めたA-RISEの3人がこちらに走って来ていた。

 

「ごめんなさい!この後用事があって今は無理なの!」

 

「本当に皆ごめんね!」

 

「すまない…時間が無いんだ!」

 

追ってくる人混みに向かって謝罪する3人。

 

そして気付けば俺とA-RISE3人は合流していた。

 

「いや何でこうなってんの?」

 

何故か俺まで追われる様な形になってしまい、A-RISEと共に逃げる羽目に。

 

ちなみにA-RISEはまだ俺に気付いていない。

 

てか俺無関係なんだし別に逃げなくて良いじゃん。

 

俺は走るスピードを緩める。

 

「おいあの男誰だ!」

 

「まさか誰かの彼氏…?…」

 

「許さねぇぞこらぁぁぁ!!」

 

ヤバいヤバいヤバい!!凄い勘違いされてる!?

 

でも誤解解いてる暇なんてないしあいつらに捕まったら殺される!

 

何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!

 

くそ…こうなったらあいつらを撒くしか無い。

 

となれば…

 

俺は考える間もなくA-RISEの3人に言った。

 

「こっちです」

 

「あなたは…」

 

「いいから走って」

 

俺は路地裏へと入り込む。

 

A-RISEの3人も半信半疑ではあったが、俺に続いて路地裏へと入っていく。

 

そして次々と路地裏を転々とし、なるべく追手の視界に入らない様に曲がり角を駆使していく。

 

捕まったらまず無事では済まない事が分かってる俺は必死。対するA-RISEは…

 

「へぇー、こんな道あるのね」

 

「この子凄い道詳しいねー」

 

「こうゆうの楽しいな」

 

と緊張感が全く無い。

 

どうやらこの人達は俺の命が懸かってるという事を知らないらしい。

 

こっちはこんなに切羽詰まってるのに…

 

無我夢中で走る俺と楽しそうについてくるA-RISE。

 

気付けば追手はもう来ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…ここまで来れば…」

 

振り切る事だけを考えて走りまくった結果、何故かUTX学院の近くまで来ていた。

 

あんだけ走ったのは久しぶりだ…

 

「ゴホッ…あぁ…しんどい…」

 

現在俺は絶賛息切れ中です。

 

くそ…バイトあんだけこなせば体力ついただろと高を括ってたけど全然別問題じゃねぇか…

 

「凄ーい!ここUTXの近くだ!」

 

「なるほど…これは使えそうね」

 

「今まで知らなかったな。いい近道だ」

 

そしてA-RISEの3人はあれだけ走ったにも関わらず息切れすら起こしていなかった。

 

…化け物め。

 

こっちはこんなに苦しいのに余裕かよ。

 

「それはそうと、ありがとね。私達を逃げさせてくれて」

 

そう言い前に出るのはA-RISEのリーダーである綺羅ツバサ。

 

ちょっと出たおでこがチャームポイントらしい。

 

「ありがとう〜!道詳しいのね」

 

続いて話掛けてきたのは優木あんじゅ。

 

一見ふわふわしている様だがA-RISEの中では小悪魔的な立ち位置で天然に見せかけてちょっと腹黒というギャップが人気らしい。

 

「とても助かった。ありがとう」

 

そして最後に話掛けてきたのが統堂英玲奈。

 

少々硬い言葉遣いが特徴的で左目の泣きぼくろがチャームポイントだ。

 

…あ、これ全部太陽からの情報な。

 

「そういえば、あなた名前は?」

 

そっか。何か成り行きでここまで連れてきちゃったけど初対面だよな俺達。

 

ツバサさんの言葉で気付く。

 

「氷月冬夜です」

 

「氷月冬夜…随分変わった名前ね」

 

ほっとけ。

 

「私は綺羅ツバサ。UTX学院の3年生よ。知ってるかもしれないけど、A-RISEというスクールアイドルのリーダーをしてるわ。ツバサって呼んでね。敬語もいらないわ、冬夜君」

 

いきなり下の名前で呼び捨てときたか…

 

ましてや相手はスクールアイドルの頂点と呼ばれているA-RISE。

 

…呼び辛い。

 

「私は優木あんじゅ。よろしくね?」

 

ウインクしながら自己紹介をする彼女は、まさに小悪魔という言葉が似合う程様になっていた。

 

μ'sの小悪魔担当と全然違うな。

 

「あ、私の事もあんじゅで良いから」

 

…あなたもですか。

 

「最後は私だな。私は統堂英玲奈。私の事も英玲奈で構わない。気に食わなければお姉様でもかまわな…」

「英玲奈調子乗らない」

「いたっ…ちょっとしたジョークなのに…」

 

ツバサさんに頭を叩かれ涙目になる英玲奈さん。

 

ていうか一番ボケ無さそうな人がボケてきたからちょっと困惑するんだけど。

 

まさかのイジられキャラなのか?

 

「じゃあ俺はこれで」

 

とりあえず撒く事が出来て一段落。

 

後はあの人混みにまた見つからない様に注意しながら帰るだけ。

 

この場にいる必要は無いと思い立ち去ろうとしたその時、A-RISEはとんでもない提案をしてきた。

 

「そうだ!助けてくれたお礼に私達の練習見せてあげる」

 

「…え?」

 

ツバサさんの提案にキョトンとした表情を浮かべる俺とA-RISE二人。

 

今ツバサさんは何て言った?

 

練習を見せるって言った?

 

え、誰に?もしかして…俺?

 

「いやいやいや!そんないいですよわざわざ」

 

俺はすぐさま断った。

 

ぶっちゃけ俺はそこまでA-RISEに思い入れは無いし詳しく無い俺が見てもしょうがない。

 

「丁度これからUTXで練習なのよ。大丈夫後悔はさせないわ」

 

「いや、大丈夫です」

 

「そう言わずに」

 

え?何この人全然引き下がる様子無いんですけど。

 

もう!この人もこうゆうタイプかよ!そうゆう知り合いは1人で充分だよ…

 

こうなったら残りの二人に助けを求めるしか…

 

「いいアイデアね。確かに最近練習に緊張感が足りないなって思ってたの。私も見に来てほしい!」

 

「そうだな。だらけてしまう事もあるくらいだしこれは良い刺激になるかもしれない。私からも頼む」

 

全滅っ!

 

ていうかそれもはやそっちからのお願いじゃん!

 

お礼の話どこいったんだよ!

 

「という訳でこちらは大歓迎。冬夜君、どうかしら?」

 

勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら俺に再び聞いてくるツバサさん。

 

「自分で言うのもなんだけど、私達の練習見る機会なんて滅多に無いのよ?」

 

確かにライブのチケットが速攻で無くなる程の人気っぷり。

 

そんなトップスクールアイドルの練習を間近で見れるのであれば普通の人なら泣いて喜ぶ最大のチャンスだろう。

 

なんでそのチャンスがよりによって俺に回ってくるかな…

 

どうやらこれははっきりと言うしかないみたいだな。

 

俺は期待の眼差しでこちらを見る3人に向かって、はっきりと言った

 

「あの…遠慮してると思われたら嫌なんでもうはっきり言いますね?俺、A-RISEの事…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毛ほども興味無いんですが」

 

「「「!?」」」

 

その瞬間、空気が凍り付いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「…」」」

 

きっとこんな事初めて言われたのだろう。3人は放心状態になっていた。

 

まぁ面と向かって言われたらショックだろうな。

 

「…」

 

暫く続く沈黙。

 

一番最初にその沈黙を破ったのはツバサさんだった。

 

「ふふ…ふふふふっ…」

 

な、何だ?急に笑い出したぞ?

 

ショックすぎて頭ショートしたか?

 

「気に入ったわ!」

 

「…?」

 

「ふふ。ツバサに気に入られてしまったみたいだな」

 

「でも、ツバサちゃんの気持ちも分かるわ。私も気になるものあの子」

 

えーっと…話が見えないんですが?

 

「まさかそんな事言われる日が来るなんて思ってもいなかったわ。ふふ、毛ほども興味が無い…ね。こうなったら何が何でも私達の練習を見てもらうわよ!」

 

何でそうなるんだよ!?

 

好感度が下がるどころかこの反応は上がってるじゃないか…

 

「すまないが、ツバサがこうなってしまった以上私達には止められない。私達の練習を見てくれないだろうか?」

 

「私も【君に】見て欲しいな」

 

なんで【君に】を強調して言うんですかねあんじゅさん…

 

「いや、だから…」

グイッ

「!?」

 

「だから、何?」

 

再び断ろうとした瞬間、突然ツバサさんに腕を捕まれ引き寄せられる。

 

そして気付けばすぐ目の前にはツバサさんの顔が迫っていた。

 

スクールアイドルのトップに君臨するA-RISEのリーダーからこんな事をされるなんて思ってもいない…

 

やばい…平常心を保ってるけどドキドキが…

 

絵里といいツバサさんといいなんで女優でもないのにこんな妖艶な表情出来るんだよ!

 

「ち、近いです…」

 

「じゃあ、私達の練習見て」

 

そう言うとがっしりと腕を掴む手に一層力が入る。

 

くっ…何がじゃあなのかは分からないがこれは練習を見るまで解放してくれなさそうだ…

 

どうやら俺は練習を見るしかないらしい。

 

折れてしまった俺は嫌々ツバサさんに言った。

 

「わ、分かりました…見ます」

 

「本当?」

 

「はい」

 

「よし、言ったわね?あんじゅ!」

 

「りょーかい!」

 

ツバサさんとあんじゅさんがそう言うと、ガシッと俺の両脇を抱える。

 

「…へ?」

 

「じゃあ部室までしゅっぱーつ!」

 

「おー!」

 

ちょいちょいちょい!!

 

何で連行される形になってるの!?

 

「ちょっと待って!見るって言ったんだから離して!」

 

「ん?別に私は離すとは言ってないわよ」

 

イタズラっぽく舌を出しながら笑うツバサさん。

 

今ので分かった。この人苦手だ。

 

「自分で歩けるから!」

 

「ふふ。今日の練習が楽しみね」

 

ダメだあんじゅさんに至っては俺の話すら聞いてない。

 

くそ!こうなったら英玲奈さんしかいない!

 

俺は英玲奈さんに助けを求める視線を送る。

 

「…お」

 

少しして俺の視線に気付いた英玲奈さんはニヤニヤしながら言った。

 

「諦めろ少年。にしても両手に花だな」

 

あぁ…もうA-RISE嫌い…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが私達の練習スタジオよ」

 

それから軽く学院紹介が始まり、一つ一つ説明を聞きながら部室へと向かった。

 

勿論両脇は抱えられたまま。

 

…にしてもさすがエリート校というだけあって設備が充実している。

 

広さも楠木坂の倍はあるじゃないかというくらいの広さ。

 

これ毎年迷子になる人絶対出てくるだろ。

 

「スタジオなんてあるんですね」

 

「ええ。学院長が直々に用意してくれた私達専用のスタジオなのよ」

 

それは凄いな…

 

まぁ長きに渡ってその人気をキープしていれば学院長からのお墨付きも貰えるか。

 

学院内に無数に貼ってあったA-RISEのポスターや様々なパンフレットがそこかしらに置いてある所を見るとA-RISEはこの学院の象徴となる存在になってるみたいだし。

 

「それは凄いな。いつもここで練習を?」

 

「ええ。じゃあここの椅子に座って見ててね」

 

そう言うと用意された椅子に案内される。

 

…ってステージの目の前じゃねぇか!

 

普通もっと端っこの方なんじゃないの?

 

「今日は新曲の振り付けの練習をするのよ」

 

俺の疑問を尻目に話は進んでいく。

 

俺の耳元であんじゅさんが練習内容を教えてくれる。

 

…それって俺見ても良いものなのか?

 

A-RISEの新曲を一番早くしかも練習段階から見れるなんて…

 

俺にはもったいない。

 

「何か気になった所やダメな所があったら遠慮無く言ってほしい」

 

「…無いとは思いますが分かりました」

 

ていうか絶対無い。

 

「じゃあ早速始めるわよ」

 

「うん」

 

「ああ」

 

そして3人はステージに上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバサ、そこの振り付け少し小さい」

 

「そうね。ありがとう。英玲奈そこの振り付け間違えてるわよ」

 

「おっと私とした事が。ありがとう」

 

「ねぇ、ここの歌詞なんだけどこっちにしてみない?歌ってて思ったんだけどあまりしっくりこなくて」

 

「ふむ…確かにこっちの方が纏まりは良いな。そうだ、衣装について相談があるんだが…」

 

「うーん…やっぱりもう少し明るい曲調にした方がいいかしら」

 

練習が始まって数時間。

 

結論、μ'sとは次元が違った。

 

コーチもマネージャーも存在しない3人だけの練習。

 

一人一人のスペックが高く、無数にステップアップへの意見が飛び交っている。

 

これが…王者の練習…

 

俺はただただ圧倒していた。

 

「ツバサ。あまり進みすぎは禁物だぞ?」

 

「そうね。ごめんなさい。あんじゅは?少し疲れてきた?」

 

「え?あ、ううん。全然大丈夫だよ?」

 

「嘘。ちょっと表情が強張ってるわ。少し休憩にしましょう」

 

更にはメンバーの些細な変化も見逃さない。

 

それは常にメンバーに気を配っている証拠。

 

そして、メンバーからの指摘を素直に飲み込めるのも互いを信頼し合っているからこそ。

 

これは今のμ'sには無い。

 

…ただツバサさんが少し右足を気にする様子があったのは気のせいだろうか?

 

「…ふぅ…後休憩してから1回通しの練習したら大体の練習はおしまいなんだけど、ここまでどう?」

 

俺の隣にツバサさんがやってくる。

 

どう?って言われてもな…

 

「…単純に凄いなって思ったよ」

 

「本当?どんな所?」

 

「是非聞きたい」

 

続いてあんじゅさんと英玲奈さんもやってくる。

 

俺の意見が気になるらしい。

 

「そうだな…パフォーマンス面の意見は詳しくないからあんまり言えないけど、凄いと思ったのはメンバー間のやり取りかな」

 

「…メンバー間のやり取り?」

 

「そう。互いに信頼し合っているのが凄い伝わってるし、コーチやマネージャーでも専門家に頼る訳でも無く3人だけで完結している。ダンスと歌も全く無駄がない。A-RISEが何故ここまで人気なのか分かったよ」

 

今まで動画でしかA-RISEを見た事が無かった。しかもそれもパフォーマンスのごく一部。だからA-RISEの凄さが良く分からなかった。

 

だが、今回こうして間近で練習を見てA-RISEの凄さを感じる事が出来た。

 

そして、これが練習なら本番はどうなるんだろうと思う程に興味を少しだけ持ってしまった。

 

「そっか。ありがとね!」

 

俺の言葉を聞いたツバサさんは満面の笑みを浮かべる。

 

「嬉しいわ。ありがとう」

 

「そんな事言われたの初めてだな」

 

あんじゅさんと英玲奈さんも続く様に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!ねぇ、ライブしない?」

 

それから休憩も終わり練習も最後のストレッチに差し掛かった時、思い付いた様にツバサさんが言う。

 

「ライブ?いつやるの?」

 

「今」

 

「「今!?」」

 

ツバサさんの急な提案に驚いた様な表情をするあんじゅさんと英玲奈さん。

 

そりゃそうだ。散々練習した後ようやく終わり掛けの時に今ライブをしようと言い出したんだから。

 

…一体何を考えているんだ?

 

「ほら、今度ライブやるじゃない?その通し練習もしたいなーって思って」

 

「突然だな」

 

「ツバサちゃんは相変わらずね」

 

呆れた様にツバサさんを見つめる二人。

 

にしてもこの突発的な提案と行動力は穂乃果と通ずるものがあるな。

 

何はともあれライブの通し練習が始まれば当然もっと時間が掛かるわけだ。

 

俺としても最初の様な抵抗は無いが、早く帰れるに越した事は無い。

 

まぁこの様子ならあんじゅさんと英玲奈さんが止めるだろ。

 

「でも、面白そうだな」

 

「うん!やろっか」

 

いや乗り気なんかいっ!

 

「い、いやさすがに疲れてるだろうし別に無理しなくても…」

 

「「「やる」」」

 

「はい」

 

目が止めるなと言っていた。

 

あれは無理。俺には手が負えん。

 

「ちょっと待ってね」

 

ツバサさんはそう言うとどこかに電話を掛け始める。 

 

「もしもし?私。今からライブの通し練習をする事になったの。だから、…うん。うん。そう、音響とか…うん。ありがとう。じゃあお願いね」

 

電話を切るツバサさん。

 

どうやら話は纏まったらしい。

 

…ていうか今音響がどうとか言って無かったか?

 

通し練習ってそんな本格的にやるのか?

 

「20分後に開始よ」

 

「おっけー」

 

「分かった」

 

ライブの通し練習は20分後に行われるみたいだ。

 

てかこれ本格的にやるなら実質俺だけのライブみたいになるんだな…

 

にこと花陽が知ったらどうなるだろうか…

 

「…はぁ…暇だな…」

 

「じゃあお話しましょう」

 

「うわっ!」

 

ぽつりと呟いた瞬間、耳元でツバサさんの声が聞こえた。

 

柄にも無く驚いてしまった俺は軽く体が飛び上がった。

 

「あら?意外とこうゆうの苦手?」

 

…苦手とかじゃなくて急に耳元で話し掛けられたら誰でも驚くだろ。

 

「別に…で、お話とは?」

 

このままだとただただ俺が弄られる未来しか見えないので急いで話題を変える。

 

「あ、そうね…あなたまず学校はどこ?楠木坂かしら?」

 

「そうだよ。楠木坂2年」

 

「そう。じゃああなた頭良いのね?あそこ男子校の中でもトップクラスに偏差値高いんだから」

 

確かに楠木坂は毎年全国のガリ勉が受験に来る程偏差値が高い。

 

更には学費免除も相まって毎年多数の入学希望者が現れる。

 

「何何?冬夜君とお話してるの?」

 

「私達も混ぜてもらおうか」

 

ここであんじゅさんと英玲奈さんも合流。

 

A-RISEから質問攻めに遭うという不思議な状況が出来上がった。

 

「そういえば楠木坂といえば今音乃木坂に二人程男の子のいる生活に慣れる為に通ってるんじゃなかった?」

 

げっ、あんじゅさんその事情知ってるのかよ。

 

明かす事無いと思ってたのに…

 

「そうなの?だとしたらもしかして冬夜君が?」

 

3人の視線が俺に集まる。

 

え、これ別に言わなくても良くない?

 

「いや、違います」

 

俺はすぐさま誤魔化した。

 

しかしあんじゅさんはすぐさま言った。

 

「嘘ね」

 

いや何でバレたし。

 

「何で?」

 

「だって今楠木坂って夏期講習中でしょ?全校生徒強制参加の。でもあなたそこに行ってないって事は音乃木坂のテスト生しかないわ。それともサボりか」

 

は?何だよそれ知らないよ!てかあそこ今そんな事やってんの?去年はそんなの無かったじゃんか!

 

てかそれを何であんじゅさんが知ってるんだよ。

 

「…」

 

「その沈黙はテスト生と認めたとみなすわよ?」

 

「…そうです。テスト生です」

 

「やっぱり!」

 

くそ…A-RISE手強い…

 

「ちょっと待って!何であんじゅさんがそれを知ってるの?」

 

「それは企業秘密でーす」

 

自分の唇に人差し指を当てながらウインクして言うあんじゅさん。

 

希以上の謎キャラかもしれない…全く掴めない。

 

「後…」

 

するとあんじゅさんは妖艶な笑みを浮かべながら俺に近寄る。

 

「え…な、何?」

 

そして俺に密着すると、耳元で囁くように言った。

 

「あんじゅ。でしょ?」

 

こっちは前の絵里の一件からまだ立ち直れてないんだよ!そっち路線はもう勘弁してくれ…

 

「…あんじゅ…」

 

「よろしい」

 

小さくあんじゅの名前を呼ぶとふふっと微笑みながら俺から離れた。

 

はぁ…やっと解放された…

 

「ねぇ!音乃木坂のテスト生って事はμ'sってグループ知ってる?」

 

キラキラとした目をしながらツバサさんが口を開く。

 

…あ、別に綺羅とキラキラを掛けたわけではないからな。

 

「…あぁ、知ってるよ」

 

だってμ'sのマネージャーだし。

 

でもまさかツバサさんの口からμ'sの名前が出てくるとは思わなかったな。

 

「実は私、ずっと前からμ'sに注目してたの。まだ3人だった頃から」

 

これは驚いた。

 

まさかA-RISEがμ'sを多少たりとも意識してたなんて。

 

これ聞いたらあいつら喜ぶだろうな。しかも3人ってμ's結成当初だし。

 

「そこから少しずつメンバーが増えるにつれ、私…いや私達は確信したの」

 

「あぁ、μ'sは近い内必ず私達のライバルになる」

 

断言する英玲奈さん。

 

確かにμ'sの成長は早いしそれぞれ素質がある。

 

でも天下のA-RISEにここまで言わせるなんてな。

 

「μ'sの様子はどうなの?見てるでしょ?」

 

「…あんまり関わりないから詳しくはないけど、普段の練習から全力なのは間違いないかな」

 

「そう」

 

μ'sのマネージャーである事は明かさない。

 

明かしてもただ会話が膨らむばかりだし第一俺がμ'sのマネージャーで居れる日はもう短い。

 

ここはあまり知らない程でいこう。

 

「関わらないのね?同じ学校なのに」

 

「只でさえ女子高に急に通わさせられて身が持たないのにμ'sを気にしてる余裕ないよ」

 

半分事実。身が持たないのはその通りだ。

 

それに多分俺がテスト生になる以前にμ'sと出会っていなければ、μ'sと関わりを持つ事も無かっただろう。

 

俺の言葉に対しツバサさんは、

 

「ふふ。それもそうね」

 

と楽しそうに笑っていた。

 

そしてその時、不意にスタジオの扉が開かれる。

 

「ツバサ、来たよ」

 

「あら。早かったわね。ごめんなさいね突然」

 

入ってきたのはツバサさん達と同学年だと思われる女子生徒数名だった。

 

「ツバサの頼みならなんてことないよ。丁度暇してたし」

 

「それなら良かったわ。これ音源ね?で、これが流れよ。これに沿っていれば大丈夫だから」

 

「…うん分かった。で、この子は?」

 

「あぁ、さっき私達を助けてくれた氷月冬夜君。音乃木坂のテスト生」

 

「へぇーこの子がね」

 

どんどん話が進んでいく。

 

途中俺の話題がチラッと上がったみたいだがお手伝いで来た女の子達は興味が無さそうだった。

 

まぁその反応が本来は正しいんだけど。

 

「じゃあ私達、衣装に着替えてくるからもうちょっと待っててね」

 

「え、衣装?」

 

ツバサさんがそう言うと、A-RISEの3人は別室へと移動した。

 

ていうか衣装着てやるのかよ。

 

いよいよ本当のライブじゃねぇか。

 

本当に俺だけなのが申し訳ない。

 

「はぁ…今日は凄い1日だな…」

 

ただ町中を彷徨いていただけなのに気付けばスクールアイドルの天下A-RISEの練習だけではなくライブまで間近で見ている。しかも一人で。

 

非現実すぎて気持ちが全くついていけない。

 

「とりあえず待つか…」

 

誰もいなくなったスタジオに俺ただ一人。

 

シーンという効果音が聞こえそうな静寂の中、俺はひたすらA-RISEの登場を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしたわね!さぁ、早速始めるわよ!」

 

それから数分後。

 

可愛らしくセクシーな衣装を着こなしたA-RISEがステージに現れる。

 

そしてツバサさんが一歩前に出ると、俺を見つめながら言った

 

「これから披露するのはライブで行う予定の5曲よ」

 

5曲!?結構多いな…

 

いやA-RISEは単独ライブをしているくらいだから5曲じゃ少ないくらいなのか?

 

にしても俺には多く感じるが…

 

「じゃあ…いくわよ!」

 

「ええ」

 

「ああ!」

 

A-RISE3人がそれぞれ向き合うと、右手をピースにし重ねていく。

 

そして、そこから一斉にピースを上に上げると、高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「Let'…Party!!」」」

 

王者のステージが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

それから30分弱。

 

A-RISEによる、ライブの通し練習が終了した。

 

ライブを見た感想だが結論、A-RISEのステージは圧巻だった。

 

ダンス、歌、表情。全てがトップクラス。μ'sと比べてもA-RISEの方がレベルが高いのは明白だった。

 

それに散々練習した後にこのクオリティ。

 

笑顔を決して解くことは無く、最後まで踊り切ってみせた。

 

本当にこいつらの体力化け物すぎ…

 

「すご…」

 

そして俺は気づけば無意識の内にそう呟いていた。

 

「そんなに凄かった?ふふ、ありがとうね」

 

俺の呟きが耳に入ったツバサさんは微笑みながら俺に近付く。

 

「どうだったかしら?」

 

「良かったよ。これならライブは成功するんじゃないか?」

 

厳し目で見ても素人の俺からは減点無し。

 

全てが完璧に見えた。

 

…ただ一つを除いては。

 

「歌もダンスも全然問題無かったよ?でも、一つだけ気になる事があるから言っても良いかな?」

 

俺がそう言うと、3人は真剣な表情になる。

 

そして俺はツバサさんを見つめながら言った。

 

「ツバサさん。右足どうしたんだ?」

 

「!」

 

俺がそう言うと、ツバサさんは驚いた様な表情に変わる。

 

どうやら俺が感じた違和感は正しかったらしい。

 

「…ツバサ?」

 

「どうゆう事ツバサちゃん?」

 

あんじゅと英玲奈さんもすぐさまツバサさんに目を向ける。

 

「練習の時から違和感は感じてたんだけど、今のライブを見て確信した。ツバサさん、隠れて右足何度か擦ってたよね?後チラチラ右足を見たりもしてた」

 

「…」

 

「後は表情。4曲目の最後のサビにほんの少しだけ顔歪めたよね?殆ど隠れてたから分かり辛かったけど」

 

「…はあ…」

 

俺の言葉を聞いたツバサさんは、観念したようにため息をつく。

 

それは認めたでいいんだな?

 

「あなた。凄いわね。良く見てるわね」

 

「表情とか見るの癖でさ」

 

「にしてもよ。自分では結構隠せてたと思ってんだけど甘かったわね」

 

確かに他の人なら気付けない本当に些細な変化。

 

しかもあんじゅや英玲奈さんが気付かない程の。

 

「ツバサ…隠してたって…」

 

「違うのよ。練習が終わったら言おうと思ってたの」

 

「だとしてもそうゆうのは早めに言って欲しい。何かあってからでは遅いんだ」

 

英玲奈さんの心配と怒りを含んだ言葉。

 

それに対しツバサさんは、

 

「ごめんなさい。英玲奈、あんじゅ」

 

素直に頭を下げて謝った。

 

「…まぁ今に始まった事じゃないし、ツバサちゃんが反省してるなら私は許すわ。で、どうなのよ右足」

 

あんじゅと英玲奈さんの視線がツバサさんの右足に移る。

 

「あ、右足ね。実は練習始まる前に足挫いちゃって…痛みは無かったから大丈夫かなって思ったんだけど練習中に少し右足に痛みが出たの。ライブ中もそうね。途中で痛みが出た。今は無いけど」

 

「…大丈夫なのかそれ?一回病院に行った方がいいんじゃないか?」

 

英玲奈さんが心配そうにツバサさんを見つめる。

 

多分軽い捻挫だとは思うが、もしもの時があれば危険だ。

 

ここは素直に英玲奈さんの言葉に従った方が良いだろう。

 

「分かったわ。明日行ってくる」

 

ツバサさんがそう言い、この話は終息した。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、またね冬夜君」

 

練習全てが終わり、A-RISEに見送られる様な形で別れる俺。

 

「はい…まぁまた会えるか分からないけど」

 

「会えるよ。連絡先も交換したし」

 

そう。あの後成り行きで連絡先を交換してしまった。

 

3人から直々にお願いされ、とても断われる状況じゃ無かった。

 

まさか天下のA-RISE全員と連絡先を交換する日が来るなんて思ってもいなかった。

 

本当に今日初対面?

 

「いつでも連絡して良いからね!」

 

にっこりとツバサさんが微笑みながら言う。

 

うーん…まぁ俺から連絡する事は無いと思うけど。

 

「…まぁあまり期待しないで下さいね。ツバサさん」

 

「…」

 

俺がそう言うと、不機嫌そうな表情に変わるツバサさん。

 

期待しないでっていうフレーズはまずかったかな?

 

「さっきから気になってるんだけど、ツバサさんっていうのやめて」

 

いやそっちかい。

 

「自己紹介の時に言ったわよね?私の事はツバサで良いって」

 

…確かに言ってた。

 

でもさすがに異性で初対面でトップスクールアイドル相手にいきなり呼び捨てはハードル高い。

 

あんじゅの時は呼ばざるを得なかった状態だったけど今回はまだいけるか?

 

「いやでもツバサさん…」

「ツバサ」

 

「でもさすがに…」

「ツバサ」

 

「ちょっと…」

「ツバサ」

 

「話を…」

「ツバサ」

 

「…」

「ツバサ」

「いや何も言ってないし」

 

全然俺の話聞く気ないじゃん!

 

何なの?どんだけ俺に名前で呼んでほしいんだよ。

 

「だから、俺の話を…」

ガシッ!

「ツ・バ・サ!!」

 

がっしりと両肩を捕まれ顔を近付けられながら言われる。

 

だからμ'sといいA-RISEといい皆ちょいちょい顔近いって!

 

流行ってんのそれ!?

 

「…ツバサ」

 

「よろしい」

 

結局ツバサの圧に負けた俺は名前を呼び捨てで呼ぶ事を余儀なくされた。

 

「ふふふ。面白いな君は」

 

「英玲奈も笑ってないで助けてよ」

 

「いや、ああなったツバサは誰にも止められない。…あれ?今は英玲奈って…」

 

「…あ、もう別にいいかなって」

 

ツバサあんじゅと呼び捨てで呼んだら英玲奈だけ呼ばない訳にはいかない。

 

仲間外れみたいになるしな。

 

…あれ、なんか英玲奈落ち込みだしたぞ?

 

「私も、ツバサやあんじゅみたいにその件やりたかった…」

 

…それは何かごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ一つ聞いても良いか?」

 

帰路につく直前。俺はA-RISEの方を向くと、3人に質問をした。

 

「ん?何かしら?」

 

「A-RISEって今まで解散しかけた事はあるのか?」

 

「解散?」

 

そう。俺が質問したのはA-RISEの解散の危機の有無だ。

 

「あるわよ。何回か」

 

「そっか。ちなみにどうやって復活した?」

 

ツバサが直ぐ様答える。

 

「そうね…まぁ大体は私が強引に引っ張った形ね。無理矢理活動再開に持っていく事が殆どかしら。私が原因だった事も多かったから」

 

「確かにツバサちゃん凄い強引だったわね。大きな喧嘩した時は突然私達を呼び出して仲直りの歌を自作して歌いだしたり」

 

「私も一度転校しかける事があったんだが、ツバサが直々に私の両親を説得しに来た事があったな」

 

「なるほど。」

 

予想の斜め上を行く解決方法だな…

 

直々に友達の両親に説得しに行くなんてなんつう行動力よ。

 

…いや俺も真姫をμ'sに入れる為に似たような事したけどさ。

 

「…何でそんな質問を?」

 

「いや、なんとなく気になって」

 

実際はちゃんと意味はある。

 

というのもこれはただの推測の一部でしか無いが、近い将来μ'sが解散の危機に陥る可能性がある。

 

脳裏に過るのはことりの家に届いた海外のエアメール。

 

μ'sの衣装担当であることりは、小さい頃から衣装や装飾作りに興味があったようで衣装担当も自ら立候補したらしい。

 

確かに衣装の話をすることりは楽しそうだし実際に作ってる時はイキイキしている。

 

ことりの作る衣装のクオリティが高い事も確かで、もしことりが将来デザイナー等の道に進みたいと考えているなら、あのエアメールは留学の可能性がある。

 

そうなれば必然的にμ'sから脱退という形になり、当然存続の危機に陥る。

 

しかし俺から行動を起こすつもりは無い。

 

だが、一応スクールアイドルのトップであるA-RISEから体験談を聞き出そうと思った訳だ。

 

まぁこれはあくまでも推測に過ぎないがな。

 

「じゃあ、私からも質問いいかしら」

 

続いてツバサが口を開く。

 

「今日、私達の練習を見てみて少しは興味持ってくれたかしら?」

 

自信ありげに笑みを浮かべながら聞くツバサ。

 

正直全く興味が無いと言えば嘘になる。

 

練習の時に感じてしまった本番へのちょっとした興味は本物で、そう感じてしまった時点でA-RISEの思惑にまんまとハマってしまったのだろう。

 

何だかんだ終始A-RISEのペースだった今回。

 

最後くらいは、主導権握っても良いよな?

 

俺は少しだけ口角を上げると、ほんの少しだけ強がりを言った。

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、全然」

 

 

 

 

 

 

 

去っていく冬夜の背中を3人の少女がじーっと見つめる。

 

彼女達は今日1日の出来事を振り返っていた。

 

「本当に不思議な少年だな」

 

「ええ。あんな子初めて」

 

その視線に混ざる興味とほんの少しの好意。

 

氷月冬夜との出会いは間違い無く3人に変化をもたらしていた。

 

「でもまさかツバサが連絡先まで交換するとはね」

 

「正直自分でも驚いてるわ。でも、しょうがないじゃない。気に入っちゃったんだもん」

 

「確かにツバサの気持ちも分かる。あの少年の事をもっと知りたいと思ってしまった」

 

「だって私達をA-RISEと知っていながら毛ほども興味が無いって言ったのよ?この時点で思ったわ。他の子と違うって」

 

「ツバサちゃんの右足もすぐ見抜いたもんね。あれは凄かったな〜」

 

「確かに」

 

感心したように英玲奈が頷く。

 

「反応も可愛いのよね〜。顔近づけた時の反応見た?」

 

「見た見た!すっごく可愛かった!」

 

弾む冬夜の話題。

 

それ程3人にとって冬夜との出会いは魅力的なものだったようだ。

 

「そして最後のあの言葉」

 

「そうね。あれでちょっと火がついちゃった」

 

冬夜の行った言動はまさに裏目。

 

スクールアイドルのトップに火を付けてしまったようだ。

 

そして、3人の少女は決意する。

 

「こうなったら絶対に私達に興味持ってもらうわよ」

 

「ええ!」

 

「やってやろうじゃないか!」

 

この日を境に、A-RISEの3人から頻繁に連絡が来るようになる事を冬夜はまだ知らない。

 

氷月冬夜はこの日、王者を知った。




「…は?」

夏休み最終日。

突然の来客を告げるインターホン。

そこにいたのは…

「冬夜君!来ちゃった」

「どうやって来た」

「ごめん。教えちった」

「教えちったじゃねぇよぉぉぉ!!?」

なんと太陽とμ's全員だった!?

夏休み最後の日に迎えたまさかのイベント。

彼女達の目的とは…

そして…

「冬夜君。今日、泊まってもいい?」

冬夜の思いとは裏腹に、μ'sとの距離は縮まっていく。






〜次回ラブライブ〜

【第22話 大ピンチ?μ'sの家庭訪問!】

お楽しみに。


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第22話【大ピンチ?μ'sの家庭訪問!】

お待たせ致しました!

今回は夏休み回最後という事で前回一切μ'sが出なかった事もありμ's全員集合でお送りします!

キャラ多すぎて台詞に困る!11人もいれば台詞が少なくなるキャラもいるし皆に喋らせると誰が喋ってるか分からなくなる。

なので今回はめちゃくちゃ難しかったです。

でも、なんとか打ち込めたので是非ご覧下さい!

それでは第22話始まります。





あ、この話で平均文字数が10000字突破致しました。

1話1話文字数多すぎ!!


A-RISEと知り合ってから数日。

 

あれから想像以上にA-RISEからの連絡が増え、毎日の様に電話が掛かってくる。

 

次はいつ練習を見てくれる?

新しい衣装を見てほしいんだけど…

作詞の参考にさせてほしい。

 

等様々ではあるがA-RISEからの誘いが絶えない。

 

夏休みだからというのもあるかもしれないがさすがにこれは異常だ。

 

最初の内は断っていたがあまりにも多すぎる。

 

一先ず何故か上がっている俺への好感度を下げる為にA-RISEからの誘いは全て断る事にした。

 

まぁそもそも都合が合わない日が殆どではあるが。

 

結果好感度が下がったのか、誘われる事は減っている。

 

「あー…久しぶりに1日家でゆっくり出来るぞ」

 

夏休み最終日。

 

殆どがバイトでありたまの休みも合宿だのA-RISEだのでイベント続き。

 

もうこうなったら一歩も外に出ず誰とも連絡を取らないと決めた俺は1日オフである数少ない日である夏休み最終日を、自宅でのんびり過ごす事に決めた。

 

ちなみにμ'sとは絵里を送り届けた日の次の日の朝練以来会っていない。

 

順調にμ'sとは距離をとれてる。

 

「昼寝でもするか」

 

昼下り。

 

日の光に照らされながら大きく伸びをした俺は、横になろうとする。

 

しかし、その時だった。

 

ーーーーピンポーン。

 

「…?…」

 

来客を告げるインターホンが鳴った。

 

一体誰だ?

 

俺の家のインターホンを鳴る事は殆ど無い。

 

あるとすれば唯一俺の家を知っている太陽くらいだ。

 

でも今日はμ'sの練習があったはず…

 

あ、いや夏休み最終日だから練習休みだったわ。

 

「はぁ…どうせ太陽の遊びの誘いだろ…」

 

LINEで済ませば良いものをわざわざ家まで誘いに来るとは中々ご苦労な奴だ。

 

だが生憎俺は今日1日家でゆっくりすると決めたんだ。

 

さっさと追い払おう。

 

太陽が来客だと思い込んでいる俺は、覗き口を見ずに扉を開けた。

 

しかし、それは間違いである事にすぐ気付いた。

 

「あ!こんにちは冬夜君」

 

「ごめんなさい。急に来てしまい…穂乃果が行くって聞かないもので…」

 

「何言ってるの海未ちゃん!海未ちゃんだって乗り気だったくせに!」

 

「一番乗り気だったのは希だったけどね」

 

「そうゆうえりちもノリノリやったやん」

 

「わ、私はただ暇だったから来ただけよ!」

 

「真姫ちゃん今はそうゆうのいらないにゃ」

 

「何ですって!?」

 

「まぁまぁ二人共…冬夜君の前だから」

 

「へぇー、意外と私の家から近いのね」

 

「…は?」

 

玄関を開けるとそこには、私服姿のμ'sが勢揃いしていた。

 

…OK。一旦落ち着こう。これは夢だ。そうに違いない。

 

俺はそっと扉を閉める。

 

「ちょっとちょっとちょっと!せっかく皆来たのに扉締めるなよ!」

 

太陽が直ぐ様扉を抑える。

 

…どうやら夢じゃないらしい。

 

あぁ…頭が痛くなってきた…

 

 

 

 

 

 

 

「意外と広ーい」

 

「何でこうなった…」

 

さすがに家の前で9人の女の子が居続けるのは目立って仕方が無いためしょうがなく家に入れた。

 

これは本当に現実か?何でこいつらがいる?

 

とりあえず希の鞄だけ大きいのは気になるが一先ず一つずつ整理する必要があるようだ。

 

「おい」

 

「冬夜君!来ちゃった」

 

「いや来ちゃったじゃなくて」

 

満面の笑みで穂乃果が言う。

 

まずここに来た目的よりも先にどうやって俺の家を知ったのか聞かなければいけない。

 

「どうやって来た」

 

「え、それは勿論…」

 

穂乃果が太陽の方に顔を向ける。

 

それに吊られ俺も太陽に目線を向ける。

 

太陽は視線に気づくと、軽く舌を出しながら少し笑いながら言った。

 

「ごめん。教えちった」

 

「教えちったじゃねぇよぉぉぉ!!?」

 

何こいつ平然と個人情報教えてんだよ!?

 

プライバシーって言葉知らないのかこいつ!

 

「やっぱり…迷惑でしたか?」

 

海未が申し訳無さそうに言う。

 

正直迷惑です。

 

…とはさすがに言い辛い。

 

「まぁまぁいいじゃんか。μ'sの皆に教えるくらい」

 

「良くねぇよ」

 

「でもさ、皆冬夜の家に来るの凄い乗り気だったんだぜ?」

 

「…そうかい」

 

別に家に来ても面白くなんて無いのに。

 

でもまぁ来てしまったものはしょうがない。

 

とりあえず来た目的を聞こう。

 

「で、目的はなんだ」

 

「目的?」

 

「目的だよ。こんな勢揃いで俺の家に来て何するつもりだ?ちなみに家何も無いぞ?」

 

ゲームは一応あるが全て一人用。

 

当然知り合いを呼ぶ想定もしてないから遊び道具も無い。

 

つまり大勢来られても娯楽が全く無い訳だ。

 

「あ、ううん。遊ぶ事が目的じゃないの」

 

ことりが口を開く。

 

「冬夜君の家に行ってみたかったっていうのが主だけど、実は…」

 

ことりはそう言うとちらりと穂乃果、凜、にこの3人も見つめる。

 

この3バカトリオがどうしたんだ?

 

「ほら。凜出しなさい」

 

「穂乃果も早く出しなさい」

 

「にこっち?出さないとわしわしするよ?」

 

「「「…」」」

 

真姫、海未、希の3人から圧をかけられた3バカトリオは、渋々鞄から沢山のプリントを出していく。

 

あれ?これってもしかして…

 

「宿題、まだ終わって無いんだよこの3人」

 

出たー!どの学校にもいる夏休み最終日まで課題終わらせてない人!

 

女子高にもやっぱいるんだな。しかもそれがこの3人…

 

あの赤点騒動を見れば納得っちゃあ納得だけど。

 

「…夏休み最終日だよな?」

 

「はい…実はこれ発覚したのが昨日の練習の時なんです。で、これはさすがにμ'sとしても問題になるんです」

 

海未が深刻そうに言う。

 

「なるほどな。もしμ'sから3人も課題を忘れた人が出たら大問題。ラブライブエントリーは取り消しで最悪スクールアイドル活動の休止になり兼ねないという訳だ」

 

そうなれば折角軌道に乗っていた廃校阻止も怪しくなってくる。

 

それは俺としても何としてでも避けたい。

 

「それで皆と相談したら、太陽君が提案してくれたんよ。冬夜君の家でやろうって」

 

…まぁ大体の事情は分かった。

 

そこで何故俺の家でやるという提案に結び付くのかは疑問ではあるが太陽の事だ面白半分の提案だろう。

 

にしてもあいつ俺がバイトでいなかったらどうするつもりだったんだ?

 

…まさか俺のバイトのスケジュールを把握してる訳じゃないだろうな?

 

「そうゆう訳で本当に申し訳無いんですが、宿題をやるのに家をお借りしても良いですか?」

 

海未が申し訳無さそうに聞く。

 

まぁこの問題は俺にも影響するかもしれないしな。

 

仕方ない。今回は大目に見よう。

 

…いろいろ納得はいってないけど。

 

「あぁ、いいよ。ただし宿題終わったらすぐ帰れよ?」

 

「分かりました」

 

「「「ご迷惑おかけします」」」

 

頭を下げる3バカトリオ。

 

いつものような元気さは失われておりダメージは大きいらしい。

 

さすがに今回はふざけてる余裕は無いみたいだな。

 

ただまぁ宿題やるくらいならそんな時間掛かんないでしょ。

 

…その思いは呆気なく崩れ落ちる事になる事を俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。まずは進捗確認するぞ」

 

早速宿題に取り掛かろうと俺は3人の宿題を見る。

 

今回の夏休みの宿題は全科目の問題集をやる事になっておりプリントが無数にある。

 

手付かずであれば到底1日では終わらない量だ。

 

「はい。これよ」

 

まずはにこから。

 

ふむふむ。見た感じはどの教科もちょくちょくはやってるみたいだ。

 

苦手な数学を除いて半分近くは終わっている。

 

これなら2時間程度で終わる。

 

更ににこは日中は練習で家では家事を殆どにこが行っているみたいだし仕方ない部分もある。

 

「分かった。次凜」

 

「はい」

 

続いて凜。

 

凜は…苦手な英語はほぼ手付かずだが他の教科は3分の1までは終わっているな。

 

日暮れまでには終わりそうだ。

 

「最後穂乃果」

 

一番心配なのはこいつ。

 

海未が穂乃果の妹さんから聞いた情報によると1日中μ'sの事しか考えていないらしく、勉強する素振りは全然無かったらしい。

 

これはもしかするかもしれん。

 

「こ、これ…」

 

震える手で自分の宿題を指差す穂乃果。

 

うん。この様子からしても間違いない。

 

さては全くやってないなこいつ。

 

「数学真っ白。現代文真っ白。地学真っ白。化学真っ白。世界史真っ白。英語真っ白…」

 

予想通りほぼ全滅。

 

途中一度だけスイッチが入ったのだろう他の教科と比較的プリントの枚数が少ない家庭科と保険のみ終わっている。

 

これ、今日中に終わるのか?

 

「…はぁ…」

 

「ちょ、ちょっと私の話を聞いてよ!」

 

俺がため息をつくと、穂乃果は焦ったように喋りだす。

 

「夏休み初日に家庭科と保険は終わらせたの!で、その後に合宿が始まったでしょ?それでμ'sの士気が凄い高まってそれからμ'sの事しか考えられなくなったの!私にもちゃんと理由があるんだよ!?」

 

「その合宿を提案したの穂乃果だろ」

 

「…」

 

俺の指摘に穂乃果の顔が青ざめる。

 

「安心しろ。別に宿題が終わってない事を責めたりしようとか思って無いから」

 

「「「本当!?」」」

 

俺の言葉に分かりやすく表情が明るくなる3人。

 

どうやら俺に怒られると思ったらしい。

 

「今は怒る時間さえ惜しい。早速始めるぞ」

 

やっていないものはしょうがない。

 

今はもう1分1秒を争う戦いだ。怒る時間があったら宿題をやる時間に回す。

 

ここで3人はようやく筆記用具を手にした。

 

「で、他の皆は終わってるのか?」

 

俺はその他のメンバーを見渡しながら言う。

 

そして俺の言葉に対し皆頷いた。

 

じゃあ宿題が終わってないのはこの3人だけだな。

 

ちなみに俺は宿題を貰った日から休み時間やバイトの休憩時間を利用して初日に終わらせた。

 

「全員終わってるんだな。じゃあ各学年でそれぞれの問題児を見てくれ」

 

「俺は?」

 

「太陽は全体の指揮を取れ。頭良いんだから」

 

「冬夜は?」

 

「俺は寝る。何か用事あったら起こせ。まぁ太陽に聞けば大体は解決すると思うけどな」

 

勉強面はとりあえず俺の出番は無さそうだ。

 

今回は場所を提供した所でお役御免だな。

 

太陽を含むμ'sの皆ははい、分かった、と各々返事をしながらそれぞれの宿題を見る。

 

起きた時には終わっててくれよ。

 

俺は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝たね」

 

「寝たにゃ」

 

「寝たわね」

 

冬夜が眠りにつき、早速宿題に取り掛かろうとしたその時穂乃果、凜、にこの3人が目を光らせる。

 

…何か企んでるな。

 

「じゃあ、冬夜君のお家冒険しよう!」

 

筆記用具をテーブルに置くと、穂乃果が満面の笑みで高らかに言った。

 

宿題する気皆無かよ…さすがにやばいぞ?

 

「「おー!!」」

 

よっぽど宿題をやりたくないのか凜とにこも乗り気な様子。

 

これはさすがに止めないとマズイな。

 

俺が止めようとした瞬間、海未が先に動いていた。

 

「ダメに決まってるでしょう!宿題です!!」

 

さすがは海未だ。

 

これなら安心だな。

 

「凜も座りなさい」

 

「ダメよにこ。今は宿題の時間よ」

 

「言う事聞かない子はわしわしするよ?」

 

続いて真姫、絵里、希から激が飛ぶ。

 

しかし、穂乃果の一言で状況が一変する事になる。

 

「でも希ちゃん気にならない?冬夜君のお部屋」

 

「…!…」

 

穂乃果の言葉にあからさまに希の表情が変わる。

 

「冬夜君の秘密を知れる絶好のチャンスだよ!?冬夜君の私生活知りたくない?」

 

ジリジリと希に近付く穂乃果。

 

あれ、なんか雲行き怪しくない?

 

そして希はニヤニヤしながら口を開いた。

 

「知りたい」

 

「ちょっと希!?」

 

「そっち側につくのですか!?」

 

「だって皆は気にならない?冬夜君がどうゆう部屋で生活してるとか」

 

希の言葉に黙るμ's一同。

 

どうやら皆気になるらしい。

 

まぁ気持ちは分かるけど。

 

「それに、チラッと冬夜君の部屋を見るだけや。何十分もいる訳じゃない。それだったら別にええんやない?」

 

「…確かに、少しだけなら…」

 

「うん。私も見てみたいし…」

 

次第に揺らいでいくμ's達。

 

花陽とことりが少しずつ寝返り始める。

 

「ちょっと!そんな事してる場合じゃ…」

 

「じゃあ真姫ちゃんは行かないんやね?」

 

「そんな事別に言ってないじゃない!私も行くわよ!」

 

うわ、あっさり真姫が寝返った。

 

おいおい希が計算通りみたいな顔してるぞ。罠だと気付け真姫。

 

「えりちは?」

 

「わ、私は…」

 

「冬夜君の事…もっと知りたくない?」

 

やばい。ずっと希のペースだ。

 

この様子だと絵里も時間の問題じゃないか?

 

「知りたい…」

 

「じゃあ決まりやん」

 

「…す、少しだけだからね!」

 

あーあ…まんまとだよ。

 

てか希の誘導力半端ないな。穂乃果達に味方しだした瞬間皆寝返ったじゃん。

 

これを見越して真っ先に希を味方につけた穂乃果って実は頭良いんじゃないの?

 

「さて、後は海未ちゃんだけやね」

 

希の手により次々と引き込まれていくμ's。

 

気付けば残すは海未だけになっていた。

 

頑張れ!最後の砦!

 

「断りも無しに部屋を見に行くなんて冬夜に迷惑です!」

 

お、いいぞいいぞ。

 

海未の先制攻撃だ。

 

「大丈夫や。何も部屋を漁る訳じゃないしただ見るだけやから」

 

やばい、全然効いてない。

 

効果はいまひとつだぞ!

 

「いや、しかし…」

 

「別に無理強いはしないよ?海未ちゃんはお留守番でも良いし」

 

海未の言葉を遮って穂乃果が言う。

 

「うっ…それは…」

 

効果あり。

 

この戦い結果見えたな。

 

穂乃果の攻撃は続く。

 

「海未ちゃんは見たいの?見たくないの?冬夜君の事をもっと知りたくないの?」

 

「そ、それは…知りたくないと言ったら嘘になりますが…」

 

「じゃあ行こうよ!後悔するなら私は見ずに後悔するよりは見て後悔したい!知って後悔した方が絶対良いよ!だから、行こう海未ちゃん!」

 

「うううう……、行きます…」

 

「やったー!!」

 

勝負あったな。

 

効果は抜群だった様だ。

 

「という訳で、太陽君。冬夜君のお部屋教えて?」

 

全員冬夜の部屋を見に行く意思を固めたμ'sは俺に視線を向ける。

 

期待と好奇心を含んだ熱い眼差し。

 

でも、済まないが教える訳にはいかない。

 

「ごめん。教えられない」

 

俺がそう言うと、皆の表情が目に見えて暗くなった。

 

「ど、どうして!?」

 

「何故教えられないんですか!?」

 

穂乃果と海未が俺に詰め寄る。

 

海未に関してはさっきまで反対してたじゃん。

 

「宿題を終わらせた後なら分かる。でも今はまだ何も手を付けてない状態。第一ここに来た目的は宿題をやる為だろ?」

 

「おぉ…太陽君が真面目な事言ってるにゃ…」

 

OK。凛は俺の事を馬鹿にしてるという事が分かった。

 

真面目な事言う時ぐらいあるわ。

 

「それは、部屋を見たあとでやるわよ」

 

続いてにこが口を開く。

 

「ダメだ。俺が指揮を取ってる以上このリビングからは出さない。何をされても俺は教えない。分かったらさっさと宿題を」

「ことりちゃん」

「うん!おねがぁい?」

「こっちだ」

 

すまん…弱い俺を許してくれ冬夜…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが冬夜の部屋だ」

 

見事にμ'sに負けた俺は直ぐ様皆を部屋の前に案内した。

 

まぁ俺も入った事無いから興味はあったんだけどね。

 

「可愛い!ネームプレートあるにゃ!」

 

「本当だ!文字も可愛い!」

 

そう言い燥ぐのは凛と花陽。

 

その視線の先にはカラフルな装飾で【とーやのへや】と書かれていた。

 

うん。これは可愛い。

 

「よし、開けるぞ」

 

俺はドアノブに手を掛ける。

 

しかし、その時だった。

 

「おい。そこで何してる」

 

「「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」」

 

背後から聞こえる冷たい声。

 

俺達の表情が強張る。

 

やばい…殺される…

 

「そこで何してるかって聞いてるんだよ」

 

段々と顔が青ざめていく俺達。

 

これは怒っていらっしゃる…

 

「おい太陽」

 

ひぃぃ!無理無理無理無理!

 

振り向けない振り向けない!

 

「5」

 

「4」

 

何かカウントダウン始まってる!?

 

「3」

 

「2」

 

何!?何されるの俺!?

 

「1」

 

ああもうっ!

 

「すいませんでした!!でもこれにはそれはそれはナイアガラの滝以上に深ーーーい訳が…」

「いいから答えろ」

 

怖っ。

 

「えーっと…まず穂乃果の提案で始まってそしたら思いの外皆乗り気で俺は最後まで戦ったんだけど多勢に無勢で…」

 

「嘘だよ!ことりちゃんにお願いされたらすぐ乗ってくれたじゃん!」

 

あ!穂乃果のやつあっさりバラしやがった!

 

「ズルいよ!穂乃果達に押し付けようとして!」

 

「冬夜!これにも理由が…」

「もういい」

 

俺が言い訳しようとした瞬間冬夜は冷たく言い放った。

 

「これ以上は時間の無駄だ。皆戻れ」

 

冬夜の言葉に俺は目を丸くする。

 

あれ、意外とお咎め無し?

 

「…怒らないのか?」

 

てっきりこっぴどく怒られると思ったんだけど…

 

「…何?怒られたいの?」

 

「いやいやいやそんな滅相もない!」

 

「じゃあ早く戻れ。言ったろ今は怒る時間さえ惜しいって」

 

冬夜はそう言うと俺達に背を向けて歩き出す。

 

良かったぁぁぁ…宿題のおかげで怒られずに済んだ…

 

皆の表情を見ると全員安堵の表情を浮かべていた。

 

「ただし…」

 

しかし冬夜は立ち止まると、こちらに振り返り少しだけ殺気を放ちながら言った。

 

「次は無いぞ?」

 

前髪から覗かせるあの目は合宿の時と同じ鋭い目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。

 

太陽から指揮が俺に変わり、ようやく宿題に取り掛かり始めた3バカトリオ。

 

面倒くさがって太陽に頼んだのが間違いだった。これなら最初から俺がやれば良かった。

 

あいつらが部屋を見に行こうとしていたのは筒抜けだった。

 

ていうか人が寝ている側であんなに騒がれたら嫌でも耳に入る。

 

だから太陽が何とかして逃れようとしているのは知ってるしことりに秒殺されたのも見ている。

 

まぁ特別見られて困るものは無いけど。

 

…後気になる事が1つ出来た。

 

花陽が一度トイレに行ったんだがそれを境に俺を見るやいなやうっとりとした表情でニヤニヤし始めた。

 

理由を聞いても「何でもないですよ?えへへ」と教えてくれなかった。

 

何でも無くないだろその反応。

 

とりあえず特別詰め寄る程の興味は無かった為そのままにしといた。

 

そして宿題に取り掛かり始めて数時間。

 

時刻は19時を回っており外は真っ暗。

 

しかし真面目に取り組んでいた甲斐もあり、凛とにこの宿題は終了した。

 

一方の穂乃果は…

 

「穂乃果ちゃん!後この1ページだけだよ!」

 

「ファイトです穂乃果!」

 

「うう…」

 

どこから用意したのか分からないファイトと書かれたハチマキをしながら穂乃果は最後の教科である数学に苦戦していた。

 

「もう少しや!」

 

「ラストスパートよ!」

 

他のメンバーからの声援もあり、何とかペンを走らせる穂乃果。

 

パッと見殆ど答えは間違っているが重要なのは全て自分で解いたという事だ。

 

目的はあくまでも宿題を終わらせる事。勉強会ではない。

 

そして数分後…

 

「〜っ!終わったぁぁぁ!!!」

 

無事穂乃果は宿題を終わらせた。やれば出来るじゃん。

 

「お疲れ様穂乃果ちゃん!」

 

「よく頑張りました!それにしても最後まで穂乃果の集中力が続くなんて驚きです」

 

「それだけ冬夜君が怖いんでしょ」

 

ちらりとにこがこちらを見る。

 

「疲れたー!もうプリント嫌だー!」

 

穂乃果はよっぽど疲れたのか床に寝転がっている。

 

「これに懲りたら次からは計画的に宿題やるんだな」

 

俺はそう言うとテーブルの上に麦茶をコップに入れ差し出した。

 

「ありがとう!」

 

穂乃果は目を光らせると喉が乾いていたのか一瞬で飲み干した。

 

…早っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、穂乃果そろそろ帰りますよ」

 

「えぇー…もうちょっとー…」

 

それから数分の休憩を挟んだ後、海未が穂乃果に言う。

 

まぁまだ動きたくないだろうな。

 

「これ以上はさすがに迷惑です。もう時間も遅いですし…」

 

確かに時間は20時前。

 

遅くなることはそれぞれ親御さんに連絡はしている様だがもう深い時間。

 

さすがにそろそろ帰らなくてはならない。

 

「そうよ穂乃果。これ以上遅くなるとご両親も心配するわよ?いくら遅くなるとはいえ」

 

「うー…」

 

名残惜しそうにこちらを見る穂乃果。

 

よっぽど帰りたくないらしい。

 

「帰りたくない気持ちは分かるけどそろそろ帰らないとマズイわよ?明日から学校なんだし」

 

「真姫ちゃん気持ち分かるんだ?」

 

「え?…えーっと…それは言葉の文で…」

 

凛の指摘にしどろもどろになる真姫。

 

ちょいちょい本音駄々漏れなんだよな。

 

「凛だって本当はまだ帰りたくないよ?でも今日は仕方ないにゃ」

 

「うん。私もまだ居たいけど目的は宿題だもんね」

 

続いて凛と花陽が言う。

 

何で皆まだ居たい意思をわざわざ言うんだよ。

 

「穂乃果ちゃん」

 

ことりが穂乃果に近付く。

 

「私も同じ気持ちだよ?でも、帰ろう?」

 

優しく語りかけるように甘い声で言う。

 

毎回思うんだが地声がこれって本当に凄いよな。

 

声優でも活躍出来るだろ。…あ、関係なかったね。

 

「大丈夫だ穂乃果」

 

続いて太陽が穂乃果に話し掛ける。

 

なんかやけに自信満々なのが気になるが。

 

「また来れば良いじゃん!」

 

いやそれ俺の台詞だろ。

 

何で家主の俺じゃなくてお前が言うんだよ。

 

「うん、そうだね!帰ろう!」

 

ことりと太陽の言葉によりようやく帰る意思を見せた穂乃果。

 

次があるかは分からないけどとりあえず良かった。

 

帰り支度を各々し始めるμ's。

 

帰宅ムードになりつつあるその中、ただ一人全く動かない者がいた。

 

「…?…どうした希?」

 

俺は一向に手を動かさない希に声を掛ける。

 

すると希は神妙な面持ちで口を開く。

 

「1つ聞いてもええ?」

 

「…何?」

 

俺がそう聞くと、少し頬を赤らめながら予想外の一言を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜君。今日、泊まってもいい?」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

訪れる静寂。驚きの表情に染まったまま口を閉ざしたμ's。

 

…今希何て言った?

 

泊まっても良い?って言った?

 

どこに?え、ここに?

 

待て待て。何で俺にこんなイベントが発生するんだ?

 

確かに希からの好感度が高い事は気づいてたさ。

 

気づいてたけどまさか異性の家に泊まる程高いとは思わなかった…

 

ていうか普通こうゆうのって太陽に来るもんじゃないの?

 

そもそも宿題も太陽の家でやれば良かったしその方が太陽自身も好感度が上がるチャンスが広がるから絶対その方が良いのに。

 

一先ず希の爆弾発言でフリーズしてしまっているこの状況をどうにかしなくては。

 

そう思い口を開こうとしたその時、沈黙を破ったのは絵里だった。

 

「ちょ、ちょっと希!今の発言…本気で言ってるの!?」

 

「…?…勿論本気や」

 

絵里の質問に対し当たり前やん?と言わんばかりの表情で答える希。

 

俺はそこまで好感度を上げた覚えは無い。

 

「ダメよダメ!認められないわ!第一あなた明日から学校よ?準備とか諸々…」

 

「それなら大丈夫や。持ってきてるから」

 

希はそう言うと鞄の中から制服と教科書を取り出す。

 

希のだけ大きいとは思ってたけどまさか最初から泊まる気だったのかよ…

 

「と・に・か・く!異性と1つ屋根の下で二人で泊まるなんてダメよ!」

 

「ええやん。うち一人暮らしでお家に帰っても寂しいし」

 

「うっ…で、でもね」

 

まずい。絵里が押され始めた。

 

中々折れない希に次々とメンバーからの声が飛ぶ。

 

「さすがにやりすぎよ希。…積極的すぎ…何でこんなにモヤモヤするの…」

 

まずはにこ。最後ら辺は声が小さくて聞き取れなかった。

 

「希ちゃんズルいにゃ!…じゃなかった希ちゃん泊まりはダメだよ!」

 

続いて凛。本音漏れてるぞ。

 

「全く…わ、私は泊まらないわよ…持ってきてないし…」

 

今度は真姫。荷物があれば泊まるともとれるその発言に関してはあまり深追いしないでおこう。

 

「いきなりはさすがに…ねぇ?」

 

「うん…急に泊まるって言われても…ねぇ?」

 

ことりと花陽は何やら期待を込めた眼差しで俺を見つめている。

 

この二人が何に期待してるのかは薄々分かるが気付いてないふりをする。

 

絶対に泊まらせないぞ。

 

「私も泊まりたーい!」

 

穂乃果は論外。

 

「希。突然じゃ冬夜に迷惑ですよ?」

 

さすがは海未だ。

 

やはりこうゆう時の海未は心強いはμ'sの真面目担当なだけはある。

 

俺は関心した目で海未を見つめた。

 

「いきなり家に押しかけただけでも…っ!…と、冬夜!何故そんなに私を見つめるのですか!?も、もしかして私にも泊まってほしいのですか!?…でしたら、考えてあげても…」

「待て待て待て!そんな目で見てねぇよ!」

 

前言撤回。

 

「何やかんや言って皆泊まりたいんやね」

 

結果希にはノーダメージ。

 

8人掛かりでこれては情けないものだ。

 

仕方ない、ここは俺がきっぱりと言おう。

 

「あのさ…」

「やめとこう」

 

「…太陽」

 

俺が話しかけたその瞬間、真面目な顔をした太陽が口を開く。

 

「元々俺が提案して押しかけた冬夜の自宅訪問は、本当に突然で迷惑だったと思う。まずは冬夜ごめん。そしてありがとう」

 

「は、はぁ…」

 

どうしたどうした急に?

 

いつもの太陽じゃないな。明日は雪か?

 

「そんな俺が言える事じゃ無いんだけどさ、今日はこれ以上はやめよう。明日から学校だしもう迷惑は掛けちゃってるから」

 

…まぁ言ってる事は正論だな。

 

もう迷惑掛けちゃってるからっていう言い方だけ気になるけど。

 

別に1回までなら迷惑掛けていい訳じゃないからな?

 

「「「「「「「「「…」」」」」」」」」

 

太陽の言葉に沈黙が流れる。

 

皆の表情を見ると少なからず太陽の言葉は刺さっているようだ。

 

その様子を見た太陽は更に畳み掛ける。

 

「もしかしたら、冬夜に嫌われちゃうかもよ?」

 

「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」

 

その瞬間、μ's全員の表情が分かりやすく変わった。

 

「そ、それは困るわ!」

 

「嫌や!分かったうち今日は諦めるから!」

 

「冬夜君に嫌われるなんて…ぁぁ…」

 

「そんなの嫌だよ!」

 

「私も嫌!」

 

「今すぐ帰りましょう!」

 

「嫌っちゃダメにゃー!!」

 

「あぁ…目眩が…」

 

「それはさすがに嫌…かも…」

 

上からにこ、希、絵里、穂乃果、ことり、海未、凛、花陽、真姫の順番で口を開く。

 

皆の変わりようが凄い。

 

顔を青ざめる者から体調不良を訴える者まで様々。

 

どんだけ俺に嫌われたくないんだよ。

 

気付けば涙目になりながら皆俺を見つめていた。

 

「「「「「「「「「嫌いにならないで!」」」」」」」」」

 

「ならない!ならないからそんな目で俺を見るな!」

 

もう軽く恐怖だわ…

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜君。今日は本当にありがとう!」

 

「冬夜君ありがと!」

 

「ありがとうございました」

 

それから皆の動きは早かった。

 

希もあっという間に帰り支度を済ませた。

 

玄関を出ると、まずは2年生組が頭を下げる。

 

「急にごめんね?凛達の為にありがとう!」

 

「ありがとうございました」

 

「…ありがと」

 

2年生組に続いて1年生組。

 

真姫はメンバー内では素直になってきてるが俺に対しては相変わらず。

 

髪の毛をクルクルさせる癖も変わらない。

 

「ごめんなさいね?突然押しかけちゃって。本当にありがとう」

 

「今日は助かったわ。ありがとう」

 

「いろいろ我儘言っちゃってごめんね?今日はありがとう」

 

そして3年生組。

 

希の泊まりたい発言は是非ともネタであって欲しいものだ。

 

…ほぼ本心なんだろうけど。

 

「さっきも言ったけどごめんな急に。楽しかったわありがとな」

 

最後に太陽。

 

相変わらずのイケメンスマイルを意味も無く俺に見せながら言う。

 

「いいよもう」

 

何だかんだいってあっという間だった気がする。

 

μ'sと勉強するのは新鮮で何だか不思議な気持ちだ。

 

…もしかして俺楽しんでた?

 

まさかな。

 

「なぁ冬夜」

 

太陽が今度は真剣な面持ちで話し掛ける。

 

「また、【皆】で来ていいか?」

 

【皆】を強調して言う太陽。

 

μ'sも期待の眼差しでこちらを見つめている。

 

…全く。俺の家のどこがいいんだか。

 

俺は少しだけ考える素振りを見せると、皆に言った。

 

「【次は】ちゃんと前もって言えよな」

 

ただまぁ、悪い気はしない。

 

たまにはアリか。こうゆうのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。

 

俺は冬夜の命令によりμ's全員を送り届けている。

 

まぁ言われなくもそうするつもりだったけどね。

 

俺達は歩きながらさっきの冬夜について話していた。

 

「それにしても良かったね!冬夜君が次って言ってくれて」

 

「うんうん!すっごく嬉しかった!」

 

穂乃果とことりが少し燥ぎながら言う。

 

他の皆も嬉しそうだ。

 

確かに俺から質問しといて何だけど冬夜がああ言うのは予想外だった。

 

断られるかなと思っていただけに凄く驚いた。

 

これも少しずつ冬夜が変わってきている証拠だろう。

 

それを知れただけでも今回無理矢理冬夜の家に押し掛けて正解だった。

 

「そういえば皆、意外と乗り気やったね。皆冬夜君の事そんなにお気に入りやったっけ?」

 

続いて希が言う。

 

皆の冬夜に対する好感度が高いのは感じてたけどまさかあそこまでとは思わなかった。

 

特に冬夜に嫌われるかもと心配する皆の姿は凄まじいものだった。

 

そして思い出すのは俺が冬夜の家に行く事を提案した時の皆の反応だ。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっ!?冬夜君のお家に!?」

 

「そうだ穂乃果。明日冬夜の家で宿題をする」

 

「え、何でまた」

 

「いい質問だ真姫。冬夜の家を知りたがってた人もいたし、これを機会に冬夜との交流も深めようと思ってな。ほら、あいつ最近練習に顔出さないし」

 

「…確かにそうですが、バイトがあるのでは?」

 

「それなら大丈夫だ海未。明日冬夜が1日フリーである事は調査済みだ」

 

「…何故それを太陽君が知ってるのよ」

 

「絵里。それも良い質問だが企業秘密だ」

 

「でも、凛宿題どうしようか悩んでたんだにゃ。とうくんお家でやるの賛成!!」

 

「うん楽しそう!穂乃果も賛成!」

 

「…遊びに行く訳じゃ無いのですよ穂乃果」

 

「分かってるよ海未ちゃん」

 

「私も行くわ。あいつの家気になってたし宿題も終わらせれるし一石二鳥ね」

 

「これで宿題が終わって無い組は皆行くで良いな。他の皆は任せるよ。行くなら行くで…」

「「「「「「行く!!」」」」」」

 

「は、早っ…」

 

 

 

 

 

 

 

まさかあんな食い気味で来るとは思わなかった。

 

でも順調に皆が冬夜への好感度が上がっているみたいで良かった良かった。

 

「…で、花陽ちゃんはスマホ見て何ニヤニヤしてるん?」

 

ここで希がずっとスマホを見つめ恍惚の表情をしている花陽に話し掛ける。

 

「あ、えっと…実はこれ…」

 

花陽はそう言うと、スマホの画面を見せる。

 

そこには、誰かの部屋だろうか。無数の可愛らしいぬいぐるみに囲まれたベッドが写っていた。

 

「可愛い!!」

 

ことりがすぐさま声を上げる。

 

他の皆も可愛いという声が飛び交う。

 

花陽の部屋だろうか?

 

「これ、花陽ちゃんの部屋?」

 

穂乃果が尋ねる。

 

「ううん」

 

それに対し花陽は首を降ると、頬を赤らめながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、冬夜君の部屋なの」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「えぇぇぇ!!!?」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジか!?これが冬夜の部屋!?嘘っ!?

 

めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!!

 

「冬夜君可愛い!」

 

「いけない…何か今凄いキュンとしちゃったわ…」

 

穂乃果は写真を見ながら燥ぎにこは胸を押さえながら悶絶。

 

その気持ち凄い分かるぞ。

 

「これは予想外ね…可愛い…」

 

「とうくん…」

 

絵里と凛はうっとりとした表情で写真を見つめる。

 

完全に自分の世界に入っているな。

 

「こ、これは反則やん…」

 

「ええ、これが俗に言うギャップというものなのでしょうか…」

 

希と海未も頬を赤らめながら写真を見つめていた。

 

確かにあの様子からは予想出来ないよな。ぬいぐるみで溢れてるなんて。

 

「まさか冬夜君にこんな一面があったなんて…」

 

「か、可愛いわね…」

 

ことりも恍惚な表情で写真を見つめ真姫も本音を漏らさずにはいれないようだ。

 

これは凄い発見だ…新しい冬夜の一面をまさかこのタイミングで知れるなんて…

 

…でも、その衝撃でスルーしそうになったけど気になる事があるぞ。

 

「花陽、どうやってその写真を?」

 

「そ、そうだよ!花陽ちゃん部屋に入ったの!?」

 

「「「「「「「「「どうなの!?」」」」」」」」」

 

全員で花陽に詰め寄る俺達。

 

「ひ、ひぃ…」

 

あまりの迫力に後退る花陽。

 

直ぐ様詰め寄る俺達。

 

周りからすれば凄い変な集団に見られている事だろう。

 

でも、今はそんな事どうでも良い。まずはこの写真の入手方法だ。

 

やがて花陽は真相を話し出した。

 

「実は…1回トイレに行ったタイミングで冬夜君の部屋が視界に入っちゃって…ダメだって頭では分かってるのに、好奇心に負けてつい…」

 

「入ってあまりの可愛さに写真を撮っちゃったと」

 

「…はい」

 

「花陽…あなた中々勇気あるわね」

 

ああ、真姫と同感だ。

 

まさか穂乃果でも希でも無く花陽がそうゆう事をやるとは…

 

意外と積極的なのか花陽は。

 

「花陽ちゃん…」

 

希がゆらりと花陽に近付く。

 

「ひぃ!」

 

表情の見えない希にまた怯える花陽。

 

そして希はガシッと花陽の肩を掴むと、顔を上げ真剣な表情で言った。

 

「花陽ちゃんお願い。その写真うちに送って」

 

「…へ?」

 

「お願い!!花陽ちゃん!」

 

おお…1年生に頭を下げる3年生の図がまさかここで見れるとは…

 

「の、希ちゃん!頭上げて!写真なら送るから!」

 

「本当!?」

 

顔を上げた希はまるで欲しいおもちゃを親が買ってくれる時の子供の様に嬉しそうだった。

 

そしてそれを皮切りに…

 

「私も欲しい!」

 

「かよちん!凛にも送って!」

 

「わ、私も!」

 

μ's全員がスマホ片手に花陽に写真欲しさに迫り出した。

 

海未や真姫も写真を欲しがっている所を見ると、相当花陽の写真が魅力的だったらしい。

 

「じゅ、順番に送るから!」

 

写真を撮ってと迫られる有名人のような人気っぷり。

 

傍から見たら不審者の集団。

 

俺は通報されないように祈りながら成り行きを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、冬夜の部屋では。

 

「誰だよ俺の部屋に入ったの」

 

抱きしめられた形跡が僅かに残ったぬいぐるみを見つめたまま、冬夜は呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

こうして、氷月冬夜の激動の夏休みが幕を閉じた。

 

そして2学期。μ'sにとって大きな転機になる事をまだ誰も知らない。




「名前は?」

「こたろー」

始まった2学期。

学校の無い昼下り。冬夜に再び訪れる新たな出会い。

それは、子供?

「ここあ!」

「矢澤こころです」

ひょんな事から迷子の世話をする事になった冬夜。

その出会いを通じてμ'sとの距離は縮まっていく。






〜次回ラブライブ〜

【第23話 冬夜と3人の迷子】

お楽しみに。


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第23話【冬夜と3人の迷子】

どうも!このご時世でも仕事は通常営業のドラしんです!

今回はにこにー回!実は途中ミスで打ってた文章消えちゃって心折れかけたんですけど、無理矢理立て直して打ち込みました!

なのでちょっと無理矢理な所や駆け足な所があるかもしれませんのでご了承下さい!

それでは第23話始まります。







今回、少しだけ攻めてみました。


夏休みが終わり、いよいよ2学期に突入した。

 

廃校の進捗は変わらずではあるが、μ'sのランキングは順調に上昇中。

 

俺の予想ではこの2学期で廃校かどうかが決まると思っている。

 

「ふぅ…久しぶりに来たな」

 

俺が今いるのはとあるデパート。

 

家に食べる物が無い事に気付いた俺は、バイトが休みであった日曜日の昼を利用し買い物にやってきた。

 

明日からしばらく休み無しだから買込まないと…

 

噂によるとどうやらここでタイムセールが行なわれるらしい。

 

卵、肉、野菜、惣菜と様々で一人暮らしからすれば絶対に見逃せない。

 

絶対激安で沢山買い込んでやる。

 

メラメラとタイムセールに燃える俺は、時間までデパート内を彷徨く事にした。

 

ゲームコーナー、生活品コーナー、本屋、100円ショップ、特別興味の無い衣類コーナー。

 

そしておもちゃコーナーに差し掛かったその時、俺の目に一人の男の子が映った。

 

「…迷子か?」

 

ピコピコハンマーを片手に周りをキョロキョロ見渡す小さな一人の男の子。

 

無表情ではあるがどことなく困っている様にも見える。

 

近くには親らしき人物は見当たらなかった。

 

「とりあえず話だけでも聞いとくか」

 

周りの人達は男の子が迷子だと薄々気付いているのかチラチラと男の子を見つめている。

 

しかしそれ以上何をする訳でもなく素通りしていく。

 

…男の子が可哀想だろ。

 

俺はゆっくり男の子に近づいた。

 

「どうした?誰かさがしてる?」

 

少しでも警戒心を下げる為、なるべく男の子の目線になって話し掛ける。

 

つまり今俺はしゃがみ込み、男の子と同じ高さで話している。

 

「…おねーたん…」

 

「そうか。お姉ちゃんとはぐれちゃったか」

 

やはり迷子だったみたいだ。

 

タイムセールまでは…よし時間はあるな。

 

迷子センターに一先ず連れていけば大丈夫だろう。

 

「よし、じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃん探しに行こうか。まずは君の名前教えてもらっても良い?」

 

「…こたろー…」

 

「虎太郎君か、いい名前だね。ありがとう教えてくれて」

 

優しく微笑みながら言う俺。これで少しでも心開いてくれればいいんだが…

 

「…」

 

虎太郎君は無表情のままじーっとこちらを見つめる。

 

そんなに見つめられたら照れるじゃないか。

 

あ、そういえば俺名前言ってないや。

 

「ごめんごめん。名前言って無かったね。俺の名前は氷月冬夜。よろしくね?」

 

「…とーや…」

 

「うん、冬夜。じゃあ行こっか?」

 

俺はそう言うと虎太郎君に手を差し出した。

 

相変わらずの無表情ではあるが、虎太郎君はギュッと俺の手を握る。

 

「よし、行くか」

 

迷子センターに行くだけ。

 

そう思い俺は虎太郎君を連れ、歩き出す。

 

しかしそれは、長い旅路になる事を俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば虎太郎君。苗字って分かる?」

 

「…みょーじ?」

 

迷子センターに向かう途中。俺は虎太郎君に苗字を聞いた。

 

というのももし同じ名前の子供がデパート内にいたら面倒くさい事になり兼ねない。

 

でもこの様子だと分からないみたいだな。

 

「分からないならいいよ。ごめんね」

 

まぁピコピコハンマーを持ってたり着ている可愛らしい熊の服だったり特徴はあるから名前だけでも大丈夫か。

 

「ねぇ、虎太郎君今いくつ?」

 

「…よん…」

 

4歳か。

 

という事は幼稚園の年中ぐらいだな。

 

性格もあるだろうが4歳でここまで大人しいのは中々珍しい。

 

あまり子供に詳しい訳じゃないけど4歳くらいの子供は好奇心旺盛でもっと元気いっぱいなイメージだっただけに虎太郎君が凄い新鮮に見える。

 

今の子供ってこんな感じなのかな?

 

「好きな物は?」

 

「…かめんらいだー…」

 

「そうか。カッコいいもんな仮面ライダー。俺も良く憧れてたよ?変身!って」

 

少しずつコミュニケーションを取りながら歩いていく俺達。

 

その時だった。

 

「あーー!!こたろういた!」

 

「…ん?」

 

突如、女の子の叫ぶような声が耳に入る。

 

「…おねーたん…」

 

虎太郎君が呟く。

 

…お姉ちゃん?

 

声のした方に顔を向けるとそこには、

 

「…むっ、あなただれ!」

 

何故か怒ったような表情の片方の髪だけ縛った小さな女の子がいた。

 

…何で怒ってんの?

 

「ああ、虎太郎君のお姉ちゃん?俺は…」

「怪しい!!」

 

いや話聞けよ。

 

怪しいのは元々だ。

 

「いやだから俺は、」

「わかった!ゆうかいはんだ!」

 

ビシッと指を差しながら言う女の子。

 

…OK。どうやら俺を誘拐犯だと思ってるらしい。

 

100%この風貌のせいだ。これは面倒な事になったぞ…

 

「待って。まずは話を聞いてほしい。まず俺は誘拐犯じゃない」

 

一先ず俺は誤解を解く為刺激しないようゆっくり話し掛ける。

 

ここで騒ぎにでもなったら冗談じゃない。

 

「じゃあ、なに?」

 

怪訝しい表情を浮かべながらこちらを見つめる少女。

 

まぁそう簡単に警戒心は解けないな。

 

「まずは名前から。俺は氷月冬夜。虎太郎君がお姉ちゃんとはぐれたみたいだから一緒に探してたんだ」

 

「…ほんとう?」

 

「本当だよ。な、虎太郎君?」

 

「とーや…いい人…」

 

良かった…思わず助け求めちゃったけど虎太郎君は心開いてくれてるみたいで助かった…

 

相変わらずの無表情だけど。

 

「…んー…」

 

女の子は俺と虎太郎君の顔を交互に見ると、少しだけ表情を柔らかくして口を開く。

 

「…わかった、しんじる。でも、すこしでもへんなことしたらゆるさないから!」

 

「分かった。変な事は絶対しないよ。で、君の名前は?」

 

「ここあ!」

 

「ここあちゃんか。良い名前だね。苗字は?」

 

「…しんようできないからおしえない!」

 

…どうやら一筋縄ではいかないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お姉ちゃん?」

 

「うん。きづいたらひとりだった」

 

それから少し女の子と話をした。

 

どうやらまだお姉ちゃんがいるらしく、買い物中虎太郎君がいなくなった事に気づきお姉ちゃんと探しに行ったはいいが気付いたらここあちゃんもお姉ちゃんとはぐれてしまったとの事。

 

つまる所ここあちゃんも迷子という事だ。

 

「分かった。ここあちゃんも一緒にお姉ちゃんを探しに行こう」

 

という訳で、迷子が一人増えた俺は二人を連れ改めて迷子センターへと向かった。

 

「ここあちゃんの好きな食べ物は?」

 

「おねえちゃんのつくるものならぜんぶ!」

 

その道中、少しでも警戒心を解く為積極的に話し掛ける。

 

にしてもめちゃくちゃ姉思いの良い子じゃんか!

 

好きな食べ物聞いただけなのに予想外の返答きたわ。

 

「そっか。料理上手なお姉ちゃんなんだね」

 

「うん!じまんのおねえちゃんだよ!」

 

くっ!笑顔が眩しすぎる!

 

「じゃあ早く見つけないとね」

 

「うん!」

 

少しずつではあるが、俺への警戒心が薄くなってきているのが分かる。

 

相変わらず苗字は教えてくれないけど。

 

そしてそのまま他愛もない会話は続き、やがて俺達は無事迷子センターへとたどり着いた。

 

「お、ここだな」

 

「ここは?」

 

「ここは迷子センターっていって、ここあちゃん達の様に家族とはぐれちゃった子供の為に一緒に探してくれる所なんだ」

 

「へぇー、すごーい!」

 

一先ずこれで一段落。

 

後はスタッフさんがやってくれるだろう。

 

ホッと一息をついたその時、扉の前に1枚の貼り紙が貼ってある事に気付く。

 

「…ん?何かあるな」

 

【本日休業】

 

「いや、やってないんかいっ!!」

 

それは聞いてないよ!迷子センターやってないなんてさぁ!

 

参ったなー…今の時間は…ぐぬぬ。このままいくとタイムセールの時間に間に合わない可能性が高い。

 

チラリと二人の方を見る。

 

「「…」」

 

二人ともなんとなく状況を察したのか不安そうな表情を浮かべながらこちらを見つめている。

 

…さすがにここで、はいさよなら…とはいかないよな。

 

「だいじょうぶ?わたしたち、おねえちゃんにあえる?」

 

「とーや…」

 

俺は考える間もなく言った。

 

「任せろ。必ずお姉ちゃんに会わせてやる」

 

…無理!この状況で突き放すなんて鬼畜の所業俺には出来ん!

 

こうなりゃタイムセールなんてどうでも良いや。

 

「そうと決まれば行くぞ!お姉ちゃん探しに」

 

「おー!!」

「…おー…」

 

元は俺が虎太郎君に話し掛けてから始まったんだ。最後まで責任取るさ。

 

俺達は改めて、お姉ちゃんを探しに再び歩き出した。

 

…のだが…

 

「あ!お姉ちゃん!」

 

突如ここあちゃんが指を指しながら叫ぶ。

 

え?いたの?

 

まだ一歩目踏み出したばっかだよ?

 

視線をここあちゃんが指を指している方に向けるとそこには、

 

「あ…ここあ!虎太郎!」

 

ここあちゃんを少し大きくした様なここあちゃんと反対の髪を縛った女の子が立っていた。

 

「おねぇちゃん!」

 

ここあちゃんはお姉ちゃんの方に一心不乱に走り出すと、そのまま抱きついた。

 

「もう、どこに行ってたんですか?探したんですよ?」

 

女の子はここあちゃんを受け止めると、頭を撫でながら優しく丁寧な言葉で話し掛ける。

 

見た感じはまだ小学校高学年。そのままだとしたら冷静さと丁寧さがとても立派。

 

さすがは二人のお姉ちゃんといった所か。

 

「良かったな虎太郎。お姉ちゃん見つかって」

 

俺は何故かまだ俺のそばにいる虎太郎に話し掛ける。

 

お姉ちゃん見つかったならもう解決だろ。

 

「うん。みつかった」

 

…何だこの感じ?違和感だな。

 

俺は一先ず感動の再会中の二人に話し掛けた。

 

「とりあえず、これで一件落着か?」

 

「「…!…」」

 

声を掛けると、二人は直ぐ様離れ俺の方に顔を向けた。

 

別にそのままで良かったのに。

 

「ご、ごめんなさい!あなたがここあと虎太郎をここまで連れてきてくれた方ですね?ありがとうございます!」

 

おぉ。さすがは長女礼儀正しいな。

 

しかも察しが良い。

 

「いやいや良いんだよ。一先ずこれで全員集まっ…」

「お姉様は一緒じゃないんですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

…ん?

 

お姉様?

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっと…ごめん。1つ質問良いかな?」

 

「はい」

 

「君の所、何人兄妹?」

 

「えーっと…虎太郎とここあと私と、お姉様で4人ですけど…」

 

 

 

 

 

 

 

もう一人いたぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

「虎太郎とここあがいなくなっちゃってお姉様と探してたんですけど気付いたらお姉様とはぐれてしまって…」

 

うん君も迷子だねじゃあ。

 

いや何この一人ずつ仲間に加わるみたいな展開!?

 

何で一人ずつ迷子になってんだよ!

 

「なるほど…で、どこではぐれたの?」

 

「えっと…服屋さんにいた時までは一緒だったんですけど…もしかしたら迷子センターにいるかもと思ってここに来た時にはもう…」

 

ふむ…姉に言わずに来てしまった結果はぐれてしまったと。

 

そりゃそうなるわな。

 

「よし分かった。皆でお姉ちゃん探そう」

 

「え…いいんですか?」

 

「良いよ。迷子3人をここに置いておく訳にいかないし」

 

さっきも言った通り最後まで責任を取る。

 

それに元々お姉ちゃんを探すつもりだったしな

 

「ありがとうございます!」

 

「お礼は良いよ。じゃあまず自己紹介しよっか?俺は氷月冬夜。君は?」

 

「矢澤こころです」

 

ん?何かその苗字聞き覚えあるな。

 

俺の知ってる中で矢澤なんて人はあのツインテールか世界のYAZAWAしか知らない。

 

…え?もしかしてあのツインテールがこの子達の長女?

 

「矢澤…こころちゃんね。よろしく。で、こころちゃんまた1つ質問したいんだけど良いかな?」

 

「はい」

 

「君のお姉ちゃんって…ツインテールとかしてない?」

 

「はい!ツインテールがトレードマークの宇宙スーパーアイドルです!」

 

はい決まり。

 

この3人のお姉ちゃんは間違いなく矢澤にこだ。

 

こころちゃんとにこ…性格全然似てねぇ…

 

下手するとこころちゃんの方がしっかりしてるんじゃないの?

 

とりあえず宇宙スーパーアイドルの件は今は触れないでおく。

 

「OK…もしかしたら俺、君達のお姉ちゃんと知り合いかもしれない」

 

「ほんとう!?」

 

「凄い偶然ですね!まさか冬夜さんとお姉様が知り合いだなんて」

 

「とーや…」

 

知り合いかもしれないでは無くほぼ確実だが一応保険を掛けておく。

 

万が一違った場合恥ずかしいからな。

 

一先ず俺はスマホを取り出すと、にこに電話を掛ける。

 

「…」

 

数回のコール。

 

出る気配は無い。

 

そして少しの間コールが続いた後…

 

「出ねぇし…」

 

途中で切れてしまった。

 

…まぁ向こうは向こうで焦ってるんだろう。

 

妹と弟が神隠しに遭ったかのように一人ずついなくなったんだもんな。

 

とりあえず俺は【妹と弟は今俺と一緒にいるからこのメッセージに気付いたら電話して】とにこにLINEを送り3人に顔を向けた。

 

「電話は出なかったけどメッセージは送っといたからその内折返し来るだろう。それまで俺達もお姉ちゃん探しに行こう」

 

俺が3人にそう言うと、

 

「はい!」

「うん!」

「…とーや…」

 

と満面の笑みで頷くのであった。

 

…一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3人の迷子を連れ、お姉ちゃんを探す旅が始まった。

 

ゲームコーナー、生活品コーナー、本屋、100円ショップ、衣類コーナー。

 

虱潰しにデパート内を探し回る俺達。

 

にこからの折返しはまだ来ておらず、もしかしたら俺の勘違いか?とも思ったがそれならそれで何らかのアクションがあるはず。

 

どちらにせよ俺からのメッセージにはまだ気付いてないみたいだ。

 

そして俺達が衣類コーナーを出て次の場所へ行こうとしたその時、それは起きた。

 

「でさー、これがさ」

 

「え、何それヤバくね?」

 

奥から歩いてくるいかにも柄の悪そうな大学生ぐらいの二人組。

 

…あまり関わりたくないな。

 

「こころちゃん、ここあちゃん、虎太郎君。ちょっと端に寄ろうか」

 

俺はすかさず3人を移動させる。

 

これで充分通れるはず…

 

そう思った次の瞬間…

 

「いやいやそれはありえないでしょ!」

 

不意に二人組の片割れが友達を押す。

 

男子間によく見られるふざけ合うつまらないノリのやつ。

 

そして押された友達は大袈裟なリアクションを取る。

 

俺はすぐさまスマホを取り出した。

 

「おいおい!よろめいちゃうぜ」

 

「ギャハハ!!そんな強く押してねぇよ!」

 

そしてそのまま…

 

「きゃっ…」

 

こころちゃんに背中から勢い良くぶつかり、バタンっと音を立てて転んでしまった。

 

「いたっ、気を付けて歩けやクソガキが!」

 

典型的な逆ギレ。

 

こころちゃんを睨みつけながら怒鳴ると、謝ろうとせずそのまま立ち去ろうとする。

 

…さすがにそれは駄目でしょ。

 

「あ…ご、ごめんなさい!」

 

こころちゃんはすかさず謝る。

 

本当に良く出来た子だ。こころちゃんに非なんて一切無いのに。

 

すると不良二人組はニヤリと笑うと、またも大袈裟なリアクションを取りながら口を開く。

 

「いってぇ!いってぇよぉ!!こりゃ足の骨折れたかもしれねぇ!」

 

右足を押さえながら叫ぶ不良。

 

当然骨なんて折れるはずがない。

 

「治療費。よこせよ」

 

不良はそう言うとこころちゃんに向かって手を出す。

 

つまりはカツアゲだ。

 

「え、えっと…」

 

こころちゃんは震えた手で小さな鞄から可愛らしい小銭入れを取り出す。

 

その様子を見た不良は鼻で笑うと、

 

「へっ、これだから子供は!治療費っていったら100万に決まってるだろうが!」

 

と当たり前の様に言った。

 

「ひどい…おねえちゃんなにもわるくないのに!」

 

「あぁ!?」

 

「ひっ…」

 

ここあちゃんの表情が恐怖に染まる。

 

虎太郎君も俺の服をギュッと握ってる所を見ると恐怖を感じているのだろう。

 

…さすがにこれ以上は見逃せない。

 

俺は考える間もなくここあちゃんに言った。

 

「ここあちゃん。1つ頼み事がある。このスマホをこう持ってあの二人組の方に向けてほしい」

 

「え…こ、こう?」

 

「うん。ありがとう。じゃあここあちゃんそのままジッとしててね」

 

俺はそう言うと、二人組の方に近付いていく。

 

「でも、折角っていうなら仕方ないよな?」

 

「あぁ。そうだな」

 

不良はこころちゃんの持つ小銭入れに手を伸ばす。

 

すかさず俺はその手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…あ?」

 

「ちょっと失礼」

 

「誰だお前」

 

「君達に名乗る名前は無いよ。そんな事より、今自分が何をしてるか分かりますか?」

 

私の小銭入れが奪われそうになったその時、冬夜さんが私の前に割り込んでくれました。

 

良かった…まだ恐怖で足が震えています…

 

「は?決まってるだろ。骨が折れたから治療費を請求してんだよ。何お前こいつの兄ちゃんか何か?じゃあお前で良いや治療費よこせ」

 

でも、私のせいで今度は冬夜さんに標的が変わってしまいました…

 

ごめんなさい冬夜さんっ…折角こうならない様に前もって端に寄るよう言ってくれたのに…

 

二人から睨まれてる冬夜さん…

 

普通だったら怖いはずなのに、冬夜さんは表情1つ変えません。

 

カッコいい…

 

「女の子にぶつかった時は背中から。それ程の衝撃も無ければ足に対して踏まれた訳でも無いし足へのダメージは0に等しい。逆に聞きますが、このぶつかり方でどうしたら足の骨が折れるんですか?」

 

凄い…怯む事なくあんなはっきり反論出来るなんて…

 

「ぐっ…と、とにかく折れたもんは折れたんだよ!!」

 

「そうですか…分かりました。一旦信じましょう。大丈夫ですか?骨折した【左足】の様子はどうですか?」

 

「あ!?あぁそりゃあ痛ぇよ!あー痛い痛い」

 

そう言いながら左足を擦る男性。

 

それを見た冬夜さんは、少しだけニヤリと笑うと冷たい声で言いました。

 

「ダウト。右足ですよね?骨折してるのは」

 

…!…確かに、最初は右足を痛がってました!

 

でも、さっきは左足の方を痛がってた…つまり骨折は嘘!

 

冬夜さんはそれを証明してくれたんですね!

 

「あ、えっと…」

 

冬夜さんの指摘であからさまに表情が曇る二人。

 

更に冬夜さんは畳み掛けます。

 

「仮に骨折したとしても明らかにそちらからぶつかって来ているので自業自得です。それに加えまだ幼い女の子に因縁をつけて骨折したと嘘をつき金を巻きあげようとする。男として…いや、人として恥ずかしくないんですか?」

 

全てが正論でした。聞いてるこちらも清々しくなるくらいの正論。

 

冬夜さんがそう言い切った瞬間、二人の目の色が変わりました。

 

「黙って聞いてりゃ…調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

振り上げる拳。それは間違いなく冬夜さんを狙っていました。

 

この人、冬夜さんを殴るつもりだ!

 

私は気付けば大声で叫んでいました。

 

「冬夜さん!逃げて!」

 

「…」

 

精一杯の叫び。きっと冬夜さんの耳にも入っているはずです。

 

でも、一向に冬夜さんは避けようとしません。

 

そしてチラリと一瞬だけこちらを見ると口パクで、

 

「大丈夫」

 

とだけ私達に伝えました。

 

「死ねやぁぁぁ!!!」

 

振り下ろされる拳。

 

一歩も動かない冬夜さん。

 

ぶつかるっ…私は思わず目を瞑ってしまいます。

 

そして次の瞬間私の耳に入ったのは、

 

ゴスッと嫌に耳に残る骨がぶつかる鈍い音でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねやぁぁぁ!!!」

「ぐっ…」

 

振り下ろされた全力の拳。

 

それは真っ直ぐ俺の頬目掛け飛んできた。

 

頬に感じる嫌な衝撃。頬に感じるジンジンとした痛み。

 

殴られた俺は思わず尻もちをついてしまった。

 

「調子に乗りやがって…生意気なんだよ!」

 

「…っ…」

 

不良の攻撃はまだ止まらない。

 

「おら!!」

 

「くそが!!」

 

そこからはパンチキックの応酬で俺の体を痛み付けていく。

 

「や、やめて下さい!と、冬夜さんがっ…冬夜さんが!」

 

こころちゃんの悲痛な叫びが聞こえる。

 

しかし不良達はお構いなしに攻撃を続けていく。

 

俺は抵抗する事無くただただ攻撃を受けているだけ。その様子を見た不良達に次第に余裕が生まれ始める。

 

「こいつただのヒーロー気取りだぜ」

 

「ああ、全然弱いじゃん」

 

ケラケラ笑いながら俺を見下す不良二人組。

 

どうやらこいつらはまだ状況を理解してないらしい。

 

俺はゆらりと立ち上がると、余裕を見せる不良二人に向かい静かに口を開いた。

 

「…パンチ8発…キック5発…」

 

「…あ?」

 

「君達から受けた攻撃の数」

 

「わざわざ数えてるなんてこりゃあ傑作だ!ご苦労なこった」

 

「ふん、それがどうした?」

 

「君達がやっているのは悪質な逆ギレだ。そうじゃないなら逆に教えてほしい。さっき俺が言った言葉のどこが間違っていた?」

 

「…な、何を…」

 

「間違ってると思ったから攻撃したんだろう?無いのであればやはり君達のは悪質な逆ギレであり許される行為ではない」

 

「て、てめぇ…いい加減に…」

 

振り上げる拳。でも、俺は止まらなかった。

 

「いいから質問に答えろ!!」

 

「「…!…」」

 

「どっちなんだ。俺が間違ってるのか、君達が間違っているのか。早く答えろ」

 

「そ、そんなの…」

 

「後、さっきも拳振り上げてたけどそうゆう暴力行為もやめた方が身のためだぞ」

 

「…え?」

 

「ここあちゃん。ありがとうもう良いよ」

 

「あ…えっと…うん…」

 

俺はここあちゃんにそう言うと、スマホを受け取った。

 

震えた手付き。ごめんな、怖かったろここあちゃん。

 

「一部始終は動画に残した。今このスマホには女の子からお金を巻き上げようとした様子とさっきの暴力行為の映像が入っている。どうゆう事か分かるな?」

 

俺がそう言うと、段々と顔が青ざめていく二人。

 

もう終わりだよ。あんたら。

 

「それに君達は頭に血が上って忘れている様だが、ここはデパートだ。ましてや日曜日の昼下り。証人は大勢いる」

 

気付けば今この場所には人集りが出来ており、その軽蔑の視線は全て不良二人に注がれていた。

 

「…おい…これヤバくねぇか…」

 

「マジかよ…」

 

どうやらやっと事の重大さに気付いたらしい。

 

もう遅いがな。

 

「君達、何してるんだ」

 

お、タイミング良く警備員も来たな。

 

ふぅ…誰が呼んできてくれたかは知らないけどありがたい。

 

「やばっ!逃げろ!」

 

警備員を見るないなや一目散に逃げていく不良二人。

 

それを見た警備員もすぐさま追いかける。

 

…これで終わったな。

 

「…ふぅ…」

 

気が抜けたと同時に俺はその場に座り込んだ。

 

「冬夜さん!」

「おにいちゃん!」

「とーや」

 

心配そうな表情で俺に駆け寄る3人。

 

しかし、3人より早く駆け寄った者がいた。

 

「冬夜!!」

 

この声は…

 

タッタッタと小走りの音が段々大きくなる。

 

そして目の前で止まったと思ったら不意に両肩を捕まれる。

 

俺は声の主の名前を無意識に口にしていた。

 

「…にこ」

 

「何でこんな無茶したのよ!」

 

心配そうな表情でどことなく怒りを含んだ口調。

 

涙目になって俺を見つめているにこがそこにいた。

 

…ようやく長女のお出ましかい。

 

「…おい。まずは俺じゃなくて妹達の心配しろよ…」

 

「あなたが守ってくれたんでしょ?見てたら分かるわ無事だって。だからまずはあんたよ!」

 

「俺は大丈夫だよ」

 

本当にはまだ頬がヒリヒリして蹴られた腹も苦しいけどな。

 

「嘘よ!口から血も出てるじゃない!」

 

そう言いにこはハンカチを俺に差し出す。

 

「んあ?あぁ、殴られた時に切ったんだよ。大した事無い」

 

俺は口元の血を雑に拭うと、そのまま立ち上がる。

 

「ちょっと急に立ち上がったら…」

 

「だから大丈夫だって。気にすんな」

 

「いいからにこは妹達見てろって。またはぐれるぞ?」

 

「その心配はないわよ」

 

そう言うとにこはこころちゃん達の方に目を向ける。

 

「…?…」

 

俺も吊られて同じ方へ目を向けた。

 

そこには…

 

「冬夜さん…」

「お兄ちゃん…」

「…」

 

心配そうな表情でじーっと俺を見つめる3人がいた。

 

「ほらね?離れそうにないわよ、うちの子達」

 

…マジか。

 

さすがに子供の前であれはやりすぎたかな?

 

でもあれしか考え付かなかったしな…

 

「とりあえず冬夜が何でこころ達と一緒なのかはもうどうでも良いわ。こうして無事だった訳だし。本当に良かった…」

 

「冬夜さん、私達の為にお姉様を探してくれてたんですよ?」

 

「そう!すごいかっこよかった!」

 

「ひーろー…」

 

ヒーローか…傷だらけだけどな。

 

「そう。うちの子達が本当にお世話になったみたいね。さっきのも含めて本当にありがとう」

 

にこが頭を下げる。

 

にこからこんなに真っ直ぐお礼を言われるのは珍しいから何かむず痒いな。

 

「別に良いよ。俺が勝手にしただけだから。で、さっきのも含めてって事は見てたのか?」

 

「ええ。冬夜があいつらの腕を掴んだ辺りからね。それに警備員呼んだの私だし」

 

「マジか。それは助かったありがとう」

 

さすがはにこだな。

 

危ない状況なのをいち早く察知して応援を呼ぶのにすぐ行動を移せる判断力。

 

その判断力をもう少し勉強に回せば良いんだが…

 

「それこそ全然良いわよ。それより冬夜本当に大丈夫なの?」

 

「しつこいぞにこ。大丈夫だよ。ジャンプも出来るぞ」

 

俺はそう言いにこ達の前で軽く体を動かす。

 

うん。問題は無さそうだ。

 

「…はぁ…分かったわ。とりあえず信じる事にする」

 

ふぅ。ようやく折れてくれた…

 

まだ納得は出来てないみたいだけど。

 

「じゃあ、俺もう行くから」

 

「もう行っちゃうんですか?」

 

「もっとあそぼうよー!」

 

その場を去ろうとする俺をすぐさま引き止めるこころちゃんとここあちゃん。

 

うっ…断り辛い…

 

よく見たら虎太郎君も名残惜しそうな表情してるし…

 

「ねぇ、この後何か用事あるの?」

 

そんな妹達の様子を見たにこが俺に質問する。

 

「買い物。食材買い溜めしないといけなくて」

 

その瞬間、にこがニヤリと笑う。

 

「そう。買い物なのね?実は私達もまだなのよ。買い物する前にはぐれちゃったから」

 

「…」

 

「折角だから一緒に行きましょ!」

 

…おっふ。

 

これ、行かなきゃいけないやつじゃん…

 

「いや、俺の買い物時間掛かるから…」

 

「それくらい手伝うわよ!こころ達を助けてもらった恩もあるし」

 

胸を張ってにこが言う。

 

こころちゃん達もキラキラした目でこっち見てるし、これは逃げられないな。

 

「…分かった。じゃあ一緒に行くか?」

 

「「「やったー!!」」」

 

「…何でにこまで喜んでんだよ」

 

「え?あ、え、えっと…それはあれよ…こ、こころ達の気持ちになっただけよ!」

 

なんだその言い訳。

 

…絶対ウソだろうけどまぁいいか。

 

「じゃあ、行くか」

 

「「うん!」」

 

「いく!」

 

「早速行くわよ!」

 

こうして何故かテンションの高いにこと喜ぶ3人を連れた5人での買い物が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こころ、トイレットペーパー取ってきて?いつものよ」

 

「はいお姉様!」

 

「ここあはマヨネーズ。これもいつものよ」

 

「わかった!」

 

さすがにこころちゃんとここあちゃんは買い物慣れしてるな。何回もにこと買い物に来ているのだろう。

 

俺も俺で次々と買い物を終わらせていく。

 

…ん?にこがキャベツを見てるな。

 

「…よし、これね」

 

「にこ。それハズレだ」

 

「…え?」

 

「それは一見みずみずしく見えるが葉っぱが少し白い。葉っぱが白いのは虫に食われて何枚か剥いだものだ」

 

「じゃあこれは?」

 

「それは葉っぱもみずみずしさも良い感じだが惜しいな。芯の切り口が大きすぎる。大きすぎると苦味が出て美味しくなくなる。500円玉ぐらいの大きさがベストだ。例えばこれとかオススメだ」

 

「なるほど…ありがとう勉強になったわ」

 

にこはそう言うと勧めたキャベツをすぐさまカゴに入れた。

 

…そんなに慌てて入れなくても良いのに。

 

「ねぇ冬夜」

 

そしてにこは俺を見つめると、キラキラした瞳で言った。

 

「もっと教えて!!」

 

…こりゃ時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜が居てくれて良かったわ。いっぱい教えてもらったし」

 

結局それから買い物は2時間程掛かり、外はすっかり日が暮れていた。

 

あれからにこから質問攻めに遭い結局殆どの野菜の特徴をにこに教えた。

 

さすがに疲れたよ…

 

「お姉様と冬夜さん、凄い仲良さそうでしたね!」

 

買い物袋を持ったこころちゃんがニコニコしながら言う。

 

「え…そ、そう?」

 

にこはこころちゃんの言葉を受け、チラッと俺の様子を伺う様に見つめる。

 

続けてこころちゃんは言った。

 

「はい!まるで夫婦の様でした!」

 

「ふ、夫婦!?ちょっとこころ!!」

 

こころちゃんの爆弾発言に思わずにこは顔を赤くしながら叫ぶ。

 

…まぁ3人の子供を連れた男女が買い物してたらそう見えなくはないな。

 

にこが3児の母に見えるかどうかは別として。

 

「ははは。それは言い過ぎだよこころちゃん」

 

「そうでしょうか?」

 

「なぁにこ?」

 

「夫婦…夫婦か…」

 

チラッとにこを見ると、顔を赤くしながらぶつぶつと繰り返し言っていた。

 

…何その満更でも無い反応。

 

「でも、これで冬夜さんとお別れですね…」

 

ニコニコした表情から一変しぽつりと名残惜しそうにこころちゃんが言う。

 

確かに用事も済ましたしもう少しでお別れだな。

 

「…」

「…」

 

こころちゃんに吊られる様にここあちゃんと虎太郎君の表情も暗くなる。

 

その様子を見たにこは、顔を赤くしながら再び動き出した。

 

「ねぇ冬夜」

 

「…ん?」

 

珍しくもじもじしながらチラチラと俺を見つめるにこ。

 

…何だ?どうしたんだ?

 

にこは一度深呼吸すると、上目遣いになりながら俺に言った。

 

「この後…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちで…ご飯食べていかない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を赤くしながら上目遣いのにこ。

 

普段見せないにこの姿に俺は思わず胸が高鳴る。

 

そして思ってしまった。

 

【可愛い】と…

 

「…」

「…」

 

訪れる静寂。

 

少しだけ間を開けた俺は、真っ直ぐにこを見つめながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいや!何で断るのよ!?え、今絶対行く流れだったでしょ!?断われる雰囲気だった!?」

 

「いや、そう言われても…」

 

「何よ!むしろ良く断われたわね?本当にありえないわ!顔が赤くなっちゃって恥ずかしかったのよ!?にこの勇気を返せ!!」

 

「知らないよ!勇気なんて返せるか!!俺は乗り気じゃなかったから行かないだけだよ!」

 

「乗り気じゃないですって!?もう怒ったわ!来なさい。いいや、来てもらうわよ!」

 

にこはそう言うと俺の腕を掴み無理矢理連れて行こうとする。

 

「待て待て待て!何でそうなるんだよ!俺の意思は!?」

 

「んなもんないわよ!」

 

「理不尽っ!?」

 

暴走するにこに手を焼く俺。

 

こころちゃん達もにこ側なのだろう。一向に止める気配が無い。

 

そして気付けば俺は言ってしまった。

 

「会おうと思えば会えるんだから今日じゃなくて良いだろ!」

 

「…え?」

 

あ、やべ。

 

「あ…」

 

「言ったわね?」

 

「えっと…」

 

「言ったわよね?」

 

「…」

 

ガシッ!

 

「いっ・た・わ・よ・ね!?」

 

わーお…何もそんな俺の肩を掴みながら顔を近付けなくてもいいじゃないですか…

 

めちゃくちゃ近いですにこさん…

 

「わ、分かったからとりあえず離せ!」

 

俺がそう言うとにこは嫌々離れる。

 

言ってしまったものは仕方がない…腹括るか。

 

「別に俺達は馬鹿みたいに離れてる訳じゃない。予定さえあえばいつでも会える。だから良いだろ?別に今日じゃなくても」

 

俺がそう言うとこころちゃんが目を輝かせる。

 

「じゃあ、また私達と会ってくれるんですよね!?」

 

「う、うん」

 

「やったー!!」

 

頷いてしまった…

 

「それなら仕方ないわね。今日の所は勘弁してあげるわ」

 

にこが嬉しそうに言う。

 

「じゃあ、俺こっちだから」

 

気付けば俺の家とにこの家の分かれ道に来てしまっていた。

 

俺がそう言うと皆の表情が暗くなる。

 

「また会えるから大丈夫だよこころちゃん」

 

俺は落ち込むこころちゃんに話し掛ける。

 

これはまた会わないといけないな。

 

「…こころちゃん?」

 

俯いたままのこころちゃん。

 

少し間を開けると、静かに口を開いた。

 

「こころ」

 

「…え?」

 

「私の事、こころちゃんじゃなくてこころって呼んでください!」

 

…正直予想外だった。

 

まさかこころちゃんからその提案をされるなんて。

 

「こ、こころ…あんた…」

 

「わたしも!ここあってよんでー!」

 

「こたろー」

 

ここあちゃんと虎太郎君もすぐ様こころちゃんに乗っかる。

 

…まぁ皆心を開いたって事で喜んで良いのかな?

 

「分かった分かった。じゃあな、こころ、ここあ、虎太郎」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

「バイバイ!」

 

「ばいばい」

 

俺が名前を呼ぶと、3人は満足したような嬉しそうな表情で手を振った。

 

「…にこもな」

 

そして一人不機嫌そうな顔をしていたにこにも声を掛ける。

 

「…!…う、うん!」

 

するとにこは嬉しそうに微笑みながら頷いた。

 

全く。にこにまで懐かれてしまったみたいだな。

 

「「バイバーイ!!」」

 

手を振る矢澤家を背に歩き出す俺。

 

予想外の連続で疲れた1日ではあったが、たまにはいいかなとも思ってしまった。

 

…何でだろうな。最近この気持ちになる事が多い気がする。

 

「…幸せ…なのか、俺?」

 

…俺が?そんな権利ないのに?

 

「は…まさかな…」

 

俺はぶんぶんと頭を振ると、そのまま帰路についた。

 

これ以上考えてはいけない。

 

こうして、俺の奇妙な休日が幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったね。冬夜さん」

 

「そうね」

 

冬夜が去ってから数分。

 

私達は今日の出来事を振り返っていた。

 

「カッコ良かったな…冬夜さん」

 

うっとりしながら言うこころ。

 

それに加えこころのさっきの発言。

 

私は気付いてしまった。

 

「冬夜の事、好きになったでしょ?」

 

「え!?」

 

図星ね。

 

「そうなのおねえちゃん!?」

 

「え、えっと…」

 

今日は驚く事ばかり。

 

まずこころ達がはぐれた事から始まりようやく見つけたと思ったら冬夜と一緒でその冬夜は不良と揉めてて…

 

でも、その後の冬夜がカッコ良いと思ってしまった。

 

物怖じせず年上相手にはっきり言う冬夜が。他人の子供をボロボロになって守り通した冬夜が。面倒くさそうなのに丁寧にいろいろ教えてくれたり、面倒を見てくれる冬夜が…

 

まさかあんな事を言うなんて私自身もびっくり。

 

うちでご飯食べない?なんて…

 

「あー!おねえちゃんかおあかい!」

 

「…!…」

 

ここあの指摘で気付く。

 

嘘…また私顔赤くなって…

 

「もしかして…お姉様も?」

 

こころが真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

 

お姉様もって事は、認めるのね?こころ。

 

「さぁ、どうかしらね」

 

「あー!ズルいですお姉様!」

 

後にも先にもきっとこれが始めてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実の妹を…【ライバル】と思うなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

認めるわ。好きよ、冬夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、いつなら空いてるの?」

 

「だからまだ分かんないって」

 

それから数日。

 

にこから毎回の様に誘いが来る様になった。

 

「こころ達も次いつ会えるの?ってうるさいのよ。だから近々会ってくれない?あ、勿論私も一緒よ」

 

「と言われてもバイトだしな…てか最後の情報いる?」

 

矢澤一家から気に入られてしまった俺。

 

…これはまた忙しくなりそうだ。

 

「そうだ、ねぇ冬夜…」

 

「何?」

 

「また…買い物に付き合ってくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ」

 

「だから何で断るのよ!」

 

こうして俺はまた増えていく好意に頭を悩ませるのだった。




「凄いよ!?ランキング19位だよ!?」

順調に軌道に乗るμ's。

ついにラブライブ出場圏内までランキングを上げることに成功した。

しかし…

「練習あるのみだよ!」

「穂乃果ちゃん…」

「どうしたことり?」

「それはあまりにも無茶じゃない?」

少しずつ生まれる溝。

それは、崩壊への予兆だった。






〜次回ラブライブ〜

【第24話 すれ違う心】

お楽しみに。


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第24話【すれ違う心】

どうもご無沙汰してますドラしんです。

急遽思い付きでねじ込んだにこにー回を含め、オリジナル回が4話も続いてしまったのでそろそろストーリーに戻ります。

ここからシリアスが結構続きます。なので皆様予めご注意下さい。

…でも、自分が本来書きたかった所なので書いてて結構楽しかったです。

あ、もしかしたらこれから冬夜を嫌いになる人増えちゃうかも。

でも、悪いやつじゃないので皆さん愛してあげて下さいね!

それでは第24話始まります。


「やったぁぁぁ!!!」

 

矢澤家との一件から数日。

 

音乃木坂アイドル研究部では穂乃果の喜ぶ声が木霊していた。

 

「ついに…ここまで来たわね…」

 

「あっという間やったね…」

 

感慨深く喜びに浸る真姫と希。

 

「このステージに…私達が…」

 

「凄いにぁ〜…」

 

うっとりとした表情でラブライブの映像を眺める花陽と凛。

 

「穂乃果ちゃん!」

 

「やりましたね!ついに…」

 

ことりと海未も穂乃果と喜びを分かち合う。

 

「何うっとりしてるのよ。ラブライブ出場ぐらいで…」

 

そう言うのは涙目のにこ。

 

不意に窓の外を向くと、

 

「やったわね…にこ…」

 

と涙を流しながら自分を褒めていた。

 

きっとにこが一番嬉しいんじゃないかな?夢の1つだった訳だし。

 

「凄いよ!?ランキング19位だよ!?」

 

そう。皆が喜んでいるのはこれだ。

 

秋葉原で行なった路上ライブ。それに加え夏休み中に仕上げた新曲である【夏色えがおで1,2,Jump!】が更なる人気を呼び、ついにラブライブ出場圏内である19位まで順位を上げることに成功した。

 

「コーチをやってて良かった…本当にっ…」

 

太陽も涙を流しながら喜んでいた。

 

太陽も太陽で合宿後からより一層気合い入ってたみたいだし。

 

「まだ喜ぶには早いわよ」

 

そう言いながら今来た様子の絵里が部室の扉前から歩いてくる。

 

確かに、絵里の言うとおりだ。

 

「まだラブライブに出場出来ると決まった訳じゃないわ。油断出来ないわよ」

 

そう。あくまでも出場圏内は【今だけ】。

 

ましてや19位という圏内ギリギリの順位であればいつ抜かれてもおかしくない。

 

ここからはより一層戦いが激しくなるだろう。

 

絵里は慣れた手付きでパソコンを操作すると、A−RISEの画面を見せた。

 

「これ見て」

 

そこに映っていたのは新曲を披露するA−RISEの様子。そして…

 

「7日間連続ライブ!?」

 

大々的なライブの宣伝だった。

 

…なるほど。ランキング1位とて一切手は抜かないって事か。

 

さすがは王者だな。

 

「この様により一層ラブライブに向けてスパートをかけてるグループは多い。20位以下に落ちたグループだって当然諦めてはいないはず。今まで以上に気合いを入れないと、いつ抜かれてもおかしくないわ」

 

絵里は説明する。

 

さすがに絵里は現実的だな。

 

続いて真姫が真剣な表情で言う。

 

「これからが本当の戦いって訳ね」

 

「そうゆう事よ。だから喜んでる暇はないわよ」

 

絵里の言葉に皆の目に火が灯る。

 

「よし…じゃあもっと頑張らないと!」

 

着実に上がるランキング。現実味を帯びたラブライブ出場によりモチベーションが上がる皆。

 

表情を見る限り皆やる気に満ち溢れているようだ。

 

「練習あるのみだよ!」

 

勢い良く立ち上がる穂乃果。

 

それに対し絵里は声を掛ける。

 

「とはいっても、今から何か特別な事をしてもしょうがないわ。だから…」

 

「勝負は学園祭…だな」

 

太陽が真剣な表情で言う。

 

「ええ。そうよ。まずは学園祭で最高のパフォーマンスをする事、これが目標よ」

 

数週間後に迫る学園祭。

 

3年生の最後であり重要なアピールのチャンスである学園祭はμ'sにとってとても大事なイベントになる。

 

失敗は許されない。

 

続いてにこが勢い良く立ち上がる。

 

「分かったわ!そうと決まれば早速この部長のにこに何か仕事を頂戴!」

 

にこの言葉に絵里はニヤリと笑うと、

 

「それじゃあにこ。うってつけの仕事があるわよ」

 

と言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー!!!」

 

「おめでとうございます!茶道部、午後15時からの1時間講堂使用の許可獲得です!」

 

生徒会室にやってきた俺達は、真剣にくじ引きに取り組む数々の部活動の様子を目にする。

 

どうやら講堂の使用はくじ引きで決まるらしい。

 

茶道部が講堂で何をするのか全く想像出来ないが…

 

「…何で講堂の許可がくじ引きなのよ」

 

「昔からの伝統らしいわ」

 

絵里が苦笑いで言う。

 

随分変わった伝統だな。

 

「という事は…もし外れたら…」

 

一抹の不安を口にする太陽。

 

言うな。俺も嫌な予感が止まらない。

 

「大丈夫だよ!ねぇにこちゃ…」

「…」

 

穂乃果が笑顔でにこを見るとそこには冷や汗をかきながら引きつった表情をするにこ。

 

まぁプレッシャーは凄いだろうな。

 

「それでは続いて、アイドル研究部!」

 

「呼ばれたぞ」

 

「…!…」

 

俺が声を掛けるとビクッと肩が跳ね上がるにこ。

 

…どんだけ緊張してるんだよ。

 

「頼んだよにこちゃん!」

 

「お願いね!」

 

「いっくにゃー!!」

 

メンバーからの声援が飛ぶ。

 

そしてにこはそれを背中で感じると、

 

「ふん、任せなさい!」

 

鼻息を荒くしながらくじ引きへと歩き出した。

 

…やばい、外れる気しかしない。

 

「そ、それでは…どうぞ…」

 

にこの圧に生徒会の人が圧倒されている。

 

そしてにこはゆっくり、少しだけ震えた手でハンドルを手に持った。

 

「見てなさい…」

 

ゆっくりハンドルを回すにこ。

 

真剣な表情で見つめる者、手を合わせて祈る者、あまりの緊張感に目を瞑る者、手を擦り合わせながら神頼みする者と皆も落ち着かない様子。

 

そしてついに、その時は訪れた。

 

「「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーポトッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーしよぉぉぉ!!!!?」

 

「終わった…絶望だ…」

 

結論、にこはくじを外した。

 

講堂が使えないショックでμ'sは頭を抱える。

 

「し、仕方ないでしょ!?くじ引きで決まるなんて知らなかったんだから!」

 

「あー!開き直ったにゃ!」

 

「うるさい!」

 

「ひっ…」

 

外れてしまったのはしょうがない。運試しである以上にこ自身には非は無いが、結果的にくじを引いたにこの責任になってしまっている。

 

…まぁこうなるんじゃないかって思ったけどさ。

 

「何で…外れちゃったの…」

 

涙を流しながらショックを受ける花陽。

 

にこの運が悪かったのが原因です。

 

「にこっち…うち、信じてたんよ?」

 

希も珍しく落ち込んでいた。

 

にこの運が悪かったのが原因です。

 

「どうしよーー!!?」

 

「まぁ…予想されたオチね…」

 

頭を抱える穂乃果に残念そうに髪の毛をいじる真姫。

 

他にも体の力が抜け絵里にもたれかかる海未や、俯くことり等μ'sへのダメージはデカイ。

 

「あー…ラブライブが…ラブライブが…」

 

太陽に至ってはこの世の終わりみたいな顔をしている。

 

絶望しすぎだお前は。

 

「うるさいうるさいうるさーい!!悪かったわよー!」

 

ダメージを受けたのはにことて同じ。

 

涙目で開き直る様子がショックを隠しきれていない事を証明している。

 

「外れてしまったものはしょうがないだろ」

 

「冬夜…」

 

「所詮は運試し。講堂が使えないなら他の手を打つまでだ」

 

俺はやんわりにこを庇うように言った。

 

さすがにこのままにこが責められるのは違うしな。

 

「そうね、切り替えましょう」

 

俺の意見にすぐ様反応する絵里。

 

そしてにこは疑問を俺にぶつける。

 

「でも、他の手ってどうするのよ?体育館やグラウンドは運動部が使うだろうし」

 

「それを今から考えるんだよ」

 

そんなホイホイ解決策なんて出る訳が無い。

 

場所も時間も限られてるし9人が満足に踊れる場所を確保するのは今からは難しい。

 

「んー…部室とか?」

 

にこが言う。

 

部室か。部室でやると…

 

 

 

 

 

 

「いっくよー!!」

 

 

 

 

 

 

うん。窮屈すぎる。却下。

 

「狭いよ!…じゃあ廊下は?」

 

続いて穂乃果の提案。

 

廊下でやるとなると…

 

 

 

 

 

 

「μ's、ミュージックスタート!」

 

 

 

 

 

 

うん。シンプルに邪魔。却下。

 

「バカ丸出しね」

 

「何さ!にこちゃんがくじ外したから一生懸命考えてるのに!」

 

中々良い案が出ないなー…

 

俺も特別何も思いつかないし目ぼしい所は皆使われてるだろうし…

 

頭を悩ませるμ's。

 

その時、穂乃果が閃いた様に言う。

 

「じゃあ、ここ!!」

 

「…ここ?」

 

穂乃果が手を開きながら言う。

 

なるほど屋上か…屋上ならまぁスペース的には問題は無いな。お客さんもいっぱい入るだろうし。

 

使う部活もいないだろうし。

 

「ここに簡易ステージを作って、お客さんを呼ぶの!」

 

「屋外ステージって事?」

 

「カッコいいにゃ!」

 

まぁ部室や廊下よりは現実的だな。

 

天気に左右されやすいデメリットはあるけど。

 

「何より屋上は私達にとって凄く大事な場所でしょ?私達がライブをするにはうってつけじゃない!?」

 

満面の笑みで言う穂乃果。

 

メリットもデメリットもある場所だけど、屋上以外に選択肢は無さそうだな。

 

ここで絵里が穂乃果に疑問をぶつける。

 

「でも、屋上にどうやってお客さんを呼ぶの?」

 

そう。天気に左右されるデメリット以外にももう一つ。

 

それは集客の方法だ。

 

「確かに、ここならたまたま通りかかるって事は無いでしょうし…」

 

「下手したらお客さん0とかもあり得るわね」

 

屋上を見渡しながら海未と真姫が言う。

 

ライブのチラシを配るにしても当日はチラシ配りは出来ない。

 

外からくる人に屋上に来てもらう方法は正直難しいな。

 

あのヒフミトリオに当日のチラシ配りをお願いする手もあるが、自分のクラスの出し物もあるだろうしあまり現実的では無いな。

 

絵里達の疑問に対し少しだけ考える素振りを見せると、穂乃果は自信に満ちた表情で言う。

 

「じゃあ、大きな声で歌おうよ!」

 

それは予想斜め上の提案だった。

 

「大きな声で歌うって…そんな簡単な事で解決出来る訳…」

「校舎の中や外を歩いてる人にも聞こえるくらい大きな声で歌おうよ!そうしたらきっと皆興味を持って来てくれるよ!」

 

にこの言葉を遮る様に言う。

 

集客は自分達の歌声で。中々面白い提案するじゃん。

 

「穂乃果らしいな」

 

太陽が微笑みながら言う。

 

お前はそっち側につくと思ったよ。

 

「自分達の実力で客を集める…こんなワクワクする事は無いぜ?俺は賛成だな。穂乃果の案に」

 

「太陽君!」

 

続いて絵里が口を開く。

 

「確かに、穂乃果らしいわね」

 

「絵里ちゃん…ダメ…かな?」

 

「いつもそうやってここまで来たんだもんね。μ'sってグループは」

 

微笑みながら言う絵里。なるほど、絵里も賛成派か。

 

よく見たら他の皆も満更でも無さそうだ。

 

「確かに、それが一番μ'sらしいライブかもね」

 

希も絵里に続く。

 

「冬夜はどうなんだ?」

 

太陽が俺に話し掛ける。

 

それに吊られ皆の視線が俺に集まった。

 

「冬夜君…」

 

不安そうな表情をこちらを見る穂乃果。

 

却下される心配してるなさては。

 

俺は少しだけ微笑むと、皆に向けてはっきりと言った。

 

「俺は皆の出した答えに付いていくまでだよ」

 

それに穂乃果の案。面白そうだなって思ったし。

 

「決まりよ。ライブはこの屋上にステージを作って行いましょ!」

 

「よーし、凛も大きな声で歌うにゃー!!」

 

「が、頑張ります!」

 

「じゃあ各自次の練習までに歌いたい曲の候補を出してくる事。それじゃあ早速練習始めるわよ!」

 

「「「「「「「「「おー!!!」」」」」」」」」

 

反対意見は無し。やる気充分。

 

このままいけば、学園祭は大丈夫そうだな。

 

俺は少しの期待を込め、μ'sの練習を見届けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

歯車はまだ、外れない。

 

 

 

 

 

 

 

「あーライブ楽しみだなー!!」

 

帰り道。テンションの高い穂乃果が笑顔を浮かべながら言う。

 

「ね、ことりちゃん!」

 

「…え?」

 

穂乃果がことりに話を振ると、ことりは戸惑った様に声を上げる。

 

…今、ことりが悲しそうにしてた様に見えたのは気のせいか?

 

「あのね、穂乃果ちゃん…」

 

浮かない顔をしながら口を開くことり。

 

そこからは何かに迷っている様な葛藤が見てとれた。

 

「…?…」

 

しかし穂乃果はそんなことりに気付く様子も無く、どうしたの?と言わんばかりの目で真っ直ぐことりを見つめる。

 

そしてことりはそんな穂乃果を見ると、

 

「ライブ、頑張ろうね!」

 

と笑顔を浮かべながら言った。

 

そして穂乃果は、

 

「うん!!いこっ!」

 

と満面の笑みを浮かべながら先に歩き出すのだった。

 

穂乃果の背中を見つめることり。

 

「穂乃果ちゃん…」

 

そして少し悲しそうな表情を一瞬だけ浮かべると、すぐに作り笑いに変えて穂乃果の後を追った。

 

…間違いない。ことりは何かを抱えてる。

 

脳裏に過るのは合宿後に南家に届いたエアメール。

 

「…これはもしかすると…」

 

ーーー俺の直感が当たるかもしれない。

 

そう思いながら俺は一人、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?冬夜君から電話なんて珍しいね」

 

その日の夜。

 

俺は真実を確かめる為、ことりに電話を掛けていた。

 

「ああ、ちょっと聞きたい事があってな」

 

「何?」

 

「単刀直入に聞くが、ことり。何があった?」

 

俺がそう聞くと、明らかにことりの声色が変わった。

 

「…別に、何も無いよ?」

 

嘘だ。

 

さっき見せた暗い表情の数々。

 

何も無い訳が無い。

 

「俺の前では誤魔化しは通用しないよ。さっき見たことりの暗い表情が物語ってるんだよ。皆にまだ言ってない大きな悩みを持ってるって。今日の帰り道、あの時穂乃果に本当は何を伝えようとしてたんだ?」

 

訪れる静寂。

 

今ことりはどんな表情をしているのだろうか?

 

ことりが抱えている悩みは分からないが、きっとそれはことりにとって…μ'sにとって重要な事なのだろう。

 

そして少し間を空けると、やがてことりは諦めた様に口を開いた。

 

「見てたんだね…やっぱり冬夜君は凄いな。すぐ気付いちゃうんだもん」

 

「…認めたって事で良いんだな?」

 

「…うん」

 

ことりはそう言うと、抱えていた事を全て打ち明けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これが、あの時穂乃果ちゃんに伝えたかった事だよ」

 

結果、俺の直感は当たっていた。

 

元々装飾やデザイナーの道に興味があったことり。

 

あの衣装の完成度や毎度の努力からも本気さが伺える。

 

そんなことりに届いた1通のエアメール。

 

それは俺が思っていた通り、【留学】の誘いだった。

 

「なるほどな。留学の道を選ぶか、皆とスクールアイドルをする道を選ぶか迷っている訳だな」

 

「…うん…冬夜君、私どうしたら良いのかな?」

 

震えた声で俺に問う。

 

ことりからすれば留学はとても魅力的ではあるがその反面μ'sという居場所をそう簡単に手放す事は出来ない。

 

留学もμ'sもことりにとって必ず+になる物だ。どっちを選んでも正解。

 

どちらを天秤に掛けてもことりには同じ重さなんだろうな。

 

…でも俺には答えを出せない。

 

いや、出してはいけない。

 

「これはことり自身が答えを出さないとダメだ。ことりの人生が大きく左右する言わば大きな別れ道だ。留学を取るかμ'sを取るか。留学を勧めたり引き止めたりするのは簡単だけど、その簡単な事でことりの人生を変えかねない。俺には責任を持てない。だから悪いけど答えは出せないよ」

 

俺ははっきりことりに伝えた。

 

「…そっか…そうだよね」

 

弱々しい声でことりが言う。

 

相当ことりは辛いと思う。

 

留学とμ's。必ずどちらかを捨てなければいけないのだから。

 

「でも、この事をμ'sの誰かに打ち明けられただけでも良かった。ありがとう冬夜君」

 

「良いよお礼なんて。俺はただ話聞いてただけだし。それよりことり、他のメンバーにも早めに伝えた方が良いぞ。長引けば長引くほど伝え辛くなるし、関係性も悪くなる」

 

今は学園祭に向けてエンジンを掛けている状態。

 

当然このタイミングで留学の件を打ち明ければ学園祭どころじゃ無くなる。

 

だが、こうゆうのは早めに伝えるのが吉。取り返しのつかない事になり兼ねない。

 

俺の言葉に対しことりは、

 

「うん」

 

とだけ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新曲?」

 

次の日。

 

部室に集まった俺達は学園祭で披露する曲の相談をしていた。

 

その最中、穂乃果が自信に満ちた表情で新曲披露の提案をする。

 

「真姫ちゃんの曲聴いたんだけどすっごく良くて、これをライブの最初に持っていけば絶対に盛り上がると思うんだ!」

 

「…ですが、振り付けとかもこれからですし他の曲のステップの再確認もあるのですよ?」

 

「私自信無いな…」

 

海未と花陽が難色を示す。

 

それもそのはずだ、学園祭まで後何日と迫っている中でこの提案はリスキー。

 

…穂乃果の提案が成功すれば大きなアピールになるのは間違いないが、失敗すればμ'sのかなりのイメージダウンになる。

 

「μ'sの集大成のライブにしなきゃ!ラブライブの出場が掛かってるんだよ!?」

 

熱のこもった瞳で皆を見渡しながら穂乃果が言う。

 

「まぁ、穂乃果ちゃんの言う事も一理あるね」

 

「だよねだよね!」

 

希が穂乃果の提案を肯定する。

 

「だけど、間に合うの?」

 

「大丈夫だよ真姫ちゃん!」

 

真姫の疑問に対しても自信満々に返す穂乃果。

 

「…その根拠はどこから来るのよ」

 

対する真姫は呆れた様に言う。

 

「でも、他のグループも勝負を掛けてる以上、確かに出場圏内ギリギリの私達が置きに行ったライブをする訳にはいかないわね。攻めるとすれば穂乃果の案…」

 

「…現実的では無いですが、そうゆう事をしていかないと生き残れないって訳ですか」

 

「やってやろうじゃない!」

 

次々と肯定の意見が飛び交っていく。

 

にこに至っては穂乃果に感化されたのかやる気満々だし、他の皆も満更でも無さそうだ。

 

畳み掛ける様に穂乃果が言う。

 

「ラブライブは今の私達の目標だよ!その為にここまでやってきたんだもん。このまま順位を落とさなければ本当にラブライブに出場出来るんだよ?沢山のお客さんの前で歌えるんだよ!?私、頑張りたい…その為にやれる事を全部やりたい!…ダメかな?」

 

穂乃果の熱い思い。

 

皆の表情にも段々とやる気が灯っていく。

 

「反対の人は?」

 

絵里が微笑みながら皆に問う。

 

反対意見を述べる者はいなかった。

 

「皆…」

 

「じゃあ決まりね。学園祭でのライブは1曲目に新曲を持ってくる。やるからには今まで以上に練習は厳しくなるわよ」

 

絵里はそう言うと、今度は穂乃果を見つめながら続ける。

 

「特に穂乃果。あなたはセンターボーカルなんだから皆よりも人一倍辛い練習になるわよ?耐えられる?」

 

「うん!頑張る!」

 

絵里の問いに対し、穂乃果は力強く頷いた。

 

「そうと決まれば早速振り付け考えましょう。まずは一度曲を聞聴いてから…」

 

どうやら話は穂乃果の提案を通す形で落ち着いたみたいだ。

 

…皆が納得してるなら構わないが、不安は残るな。

 

「冬夜」

 

話し合うμ'sを眺めていると、不安そうな表情を浮かべた太陽が話し掛けてくる。

 

「太陽。お前も感じてるか?」

 

「…ああ」

 

太陽も俺と同じ事を危惧している様だな。

 

「穂乃果…ランキング上昇と学園祭でより一層やる気が漲っている。漲っているが…」

 

「ああ、そのやる気だけが独り歩きしないか心配だ」

 

今はまだ穂乃果のやる気に皆着いてこれてる様子。

 

だが、ことりの留学の件も含めこれからのμ'sが心配だ。

 

「…何かアクション起こすか?」

 

「いや、あいつらに任せよう。俺らが手を出すべきではない」

 

太陽はまだことりの留学の件を知らない。

 

μ'sがどう進むかが重要な局面。

 

これはμ's自身が答えを出すべきだ。

 

「そうか。分かったもう少し様子を見よう。あ、そこの部分だけどこっちのステップの方が…」

 

太陽が話し合いに加わる。

 

穂乃果の提案が果たして吉と出るか凶と出るか。

 

今のμ'sの鍵は穂乃果だ。何事も無く学園祭を迎えればいいけどな。

 

止まらない嫌な予感を抱えながら俺は部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…雨か」

 

それから数日。時間はあっという間に過ぎ、学園祭前日の夜。

 

厨房のバイトを終えた俺は、降りしきる雨の中一人自転車を走らせていた。

 

「…大丈夫かな…あいつら」

 

それからのμ'sの練習はバイトにより全く見れていないが、太陽曰く皆今までよりも張り切って練習に臨んでいる様だ。

 

しかし、1つ心配な事がある。

 

それは日に日に穂乃果のやる気が暴走してきているという事だ。

 

太陽によるとこの前…

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!ねぇ皆これ見て!」

 

アイドル研究部部室。突如穂乃果が皆の前で新しいステップを披露する。

 

「っしょ、と…これどう?」

 

「どうって言われても…」

 

「昨日の夜徹夜して考えたんだ。盛り上がるし派手だし、絶対こっちの方が良いよ!」

 

「ちょっと、今から振り付け変える気!?」

 

「いやー、思い付いた時これだって思ったんだよねー。はっ、もしかして私って天才!?」

 

 

 

 

 

 

他にも…

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう動けない…」

 

「にこちゃん早いよ!まだまだこれからだよ!」

 

「えー!?冗談でしょ!?」

 

「さ、時間も無いんだから早く行くよ!」

 

「ちょ、ちょっと待って穂乃果!勘弁してよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

…という事があったそうだ。

 

更には家に帰ってからも何時間もランニングに取り組む等穂乃果の頭はスクールアイドル一色になっている。

 

学校での居眠りが増えたのもそれが原因だろう。

 

μ'sのメンバーが穂乃果のやる気に押されているのはマズイ。

 

何より、穂乃果の体調や勉学が悪化するのは大きな問題になる。

 

危惧していた穂乃果のやる気の独り歩きが起こりつつある今、穂乃果のクールダウンを行う必要があるな。

 

太陽の様子からもまだことりは留学の事を話せていないみたいだし。

 

「…やべ、雨強くなってきた」

 

次第に強くなる雨足。

 

いくら合羽を着ているとは言えどはみ出た前髪や守りきれない下半身等濡れている箇所は多い。

 

これは急いだ方が良さそうだ…

 

そう思いながら俺はザーという雨音を耳にしながら自転車の漕ぐペースを上げる。

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

不意に俺の視界にランニングをしている人影が入る。

 

自転車を漕ぎながら近付く俺。そしてその人影に自転車のライトが当たる。

 

俺の目の前に現れたもの。それは…

 

 

 

 

 

「…穂乃果?」

 

「…冬夜君…」

 

薄手のパーカーにフードを被りながらランニングをするびしょ濡れの穂乃果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…穂乃果、こんな所で何してるんだ。明日本番だぞ?」

 

俺はすぐさま穂乃果に疑問をぶつけた。

 

ランニングをするにしてもコンディションとタイミングが悪すぎる。

 

あまりアクションを起こすつもりは無かったがこれは起こさざるを得ない。

 

穂乃果はバツが悪そうに答えた。

 

「…ランニングだよ」

 

薄暗く、フードを被って俯いてる穂乃果の表情は分からない。

 

しかし、少なからずこのタイミングでの俺との遭遇がとても気まずい物である事は分かる。

 

「そんなのは見たら分かる。何でこのタイミングで、このコンディションでランニングをしてるのかを聞いてるんだ」

 

少しだけ口調を強めて言う。

 

ここ最近の穂乃果の暴走も含め、申し訳無いが今この場で頭を冷やしてもらう。

 

「勿論学園祭とラブライブの為だよ。私達には時間が無い。順位を下げない為には常に成長し続けなければいけないし、学園祭のライブだって今まで以上に良い物にしなくちゃいけない。そう思ったらお家でジッとなんかしていられないよ!」

 

「穂乃果のやる気は立派な物だ。俺には眩しすぎるくらいにな。でも、今穂乃果がやってるのはリスクしか無い危険な事だ」

 

「…リスクしかない?」

 

「そうだ。第一明日は学園祭本番だぞ?本来ライブの前日の過ごし方は次の日の本番で最高のコンディションで挑めるように体調を整える時間だろ。無理な追い込みで次の日の本番で筋肉痛や取れない疲労でパフォーマンスに支障をきたしたらどうする?この雨の中びしょ濡れになってまでランニングして、次の日に風邪でも引いたらどうするつもりだ?そうなればライブどころじゃ無くなるんだぞ?」

 

「…」

 

「穂乃果少し落ち着け。確かに今スパートを掛けたくなる気持ちも分かる。だが、それで体調を崩したら元も子もない。それに、それが原因で見えなくなる物だってあるんだ」

 

「…見えなくなる物…」

 

きっとことりも話し辛いはずだ。

 

ラブライブや学園祭で切羽詰まってる状況。ましてや穂乃果もこの様子。

 

だから気付くんだ。ことりの違和感に。

 

ことりの留学の件を一番知らないといけないのは穂乃果だと思うから。

 

「そう。だからもう少し周りを見よう。例えば他のメンバーにも練習のペースはある。体力だって皆同じじゃない。頑張ろうとか自分は出来る!ていう精神論じゃどうする事も出来ない場合だってある」

 

「…」

 

「穂乃果。今日は家に帰ってもう休め」

 

俺は真っ直ぐ穂乃果を見つめながら言った。

 

とりあえず言いたい事は大体言った。後はこれで穂乃果が変わるかどうか。

 

俺の言葉を聞いた穂乃果は相変わらず俯いたまま。まだ表情も分からない。

 

雨音だけが流れる無の時間。

 

互いに一歩も動こうとしない。

 

やがて暫く間が空くと、ぽつりと穂乃果が呟いた。

 

「…よ…」

 

「…ん?」

 

「…いけないんだよ…」

 

「…ごめん、雨の音で聞こえな…」

「それでも私はやらなきゃいけないんだよ!!!」

 

「…!…」

 

声を荒げながら顔を上げ真っ直ぐ俺を見つめる穂乃果。

 

表情、目つき、その全てから感じ取れる感情…それは、

 

【俺に対しての明確な敵意】

 

「μ'sの発端は私…学園祭のライブの数々の案も私が言い出しっぺ…私は、絶対に失敗したくない!!絶対に成功させたい!!怪我をしたって風邪を引いたって私はステージに立つ!絶対ラブライブに出て優勝して、廃校を阻止したいの!!やらずに後悔するならやって後悔したい…だから私は!!…っ…」

 

涙を流しながら走り去ろうとする穂乃果。

 

穂乃果も穂乃果で責任を感じていた。

 

音乃木坂スクールアイドルを作った張本人として、学園祭のライブを引っ張った張本人として、そして何より…μ'sのリーダーとして。

 

でも、ダメだ。この勢いのまま許す訳にいかない。

 

このままだと確実に壊れてしまう。

 

俺は直ぐ様穂乃果に声を掛ける。

 

「穂乃果!」

 

「分からないよ!!」

 

穂乃果は一瞬だけ立ち止まると、こちらを見ずに言う。

 

そして、ぽつりと呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ステージに立たないただ見てるだけの冬夜君には、私の気持ち分からないよ…」

 

「…!…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果穂乃果は変わらなかった。

 

走り去る穂乃果。その後ろ姿を見つめたまま俺はただただ立ち尽くしていた。

 

…ステージに立たないでただ見てるだけ。

 

ああ、そうだよ。所詮俺は皆みたいにステージに立てる訳じゃないし太陽みたいに皆にパフォーマンスの技術を教えれる訳でも無い。

 

マネージャーという立場でありながらマネジメントの知識は無い。

 

穂乃果からすれば俺はただ見てるだけの人。

 

…あながち間違いでは無いな。

 

「…はぁ…終わったな」

 

顔を上げた時の穂乃果の顔の赤み、息遣い。

 

そして走り去った時の僅かなふらつき。

 

間違いなく穂乃果は風邪を引いていた。

 

そこから予想できるμ'sの未来。

 

「…絶望的だな…明日のライブ」

 

明日のライブはほぼ間違い無く失敗するだろう。

 

最悪の場合、穂乃果が途中で倒れて強制終了する可能性もある。

 

でも、それで良いのかもしれない。

 

このままだとμ'sは成長出来ない。

 

ラブライブ優勝?そんなのはまず不可能だ。ラブライブ出場すら怪しい。

 

穂乃果の状態。ことりの問題。心のすれ違い。

 

どちらにせよこれ以上μ'sが輝けないのなら…

 

失敗しなければ分からないのなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…一度、0にしようか」

 

俺はこの瞬間、決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音乃木坂スクールアイドルμ'sを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついに迎えた本番当日。

「…熱…いくつだったんだ?」

「…やっぱり…バレてるよね…」

μ'sの崩壊を決意した冬夜と本番当日に体調を崩す穂乃果。

最初で最後のこのメンバーで送る学園祭。

「…ことり、本当に良いのですか?」

「…ライブが終わったら私から話すよ…穂乃果ちゃんにも…皆にも…」

そしてことりの留学問題。

「「「「「「「「「…」」」」」」」」」

果たして、本番のライブはどうなるのか。







これはまだ、μ's崩壊へのプロローグにしか過ぎない。







〜次回ラブライブ〜

【第25話 雨のち絶望】

お楽しみに。


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第25話【雨のち絶望】

こんにちは!ドラしんです。

前回の話からシリアスパートが続いておりますが、これからどんどん重たくなっていきます。

なお、今回はいつもより文字数が少ないです。

…まぁでも本来はこれくらいの文字数が普通なんですけどね。

それでは第25話始まります。





あ、今回終わり方に凄い迷っちゃってその結果こうゆう形で妥協してます。なので、この後変わる可能性があるのでご了承下さい。

その際はきちんとご報告致しますので。







…今月中にいけるか?もう1話。


「ことりが…留学する事になったんです…」 

 

穂乃果とのすれ違いから真っ直ぐ家に帰った俺は、濡れた体を暖めるためシャワーを浴びる。

 

そしてシャワーから上がった瞬間、海未からの着信があった。

 

電話を取ると、話の内容はことりの留学の件。

 

どうやらことりはもう一人の幼馴染である海未には打ち明けた様だ。

 

「そうか。海未には言ったんだな」 

 

「…え?冬夜ことりが留学する事を…」

 

「知ってるよ。ことり本人から聞き出した」

 

海未の声色は暗く、落ち込んでいる様子だった。

 

「そうなんですね…私も先程ことりから聞いたのですが、私は一体どうすれば良いのでしょうか…」

 

さっき知ったのであれば当然海未の中で整理なんて出来てないだろう。

 

ましてや長年一緒にいた幼馴染の留学の知らせ。冷静でいられるはずもない。

 

「こればっかりは俺はアクションを起こせないしアドバイスも出来ない。ことり自身がどうするか、関わりの深い君達がどうするかが大事だ。関係性の浅い俺がとやかく言う権利は無いんだよ」

 

俺は君達みたいに繋がってないから。

 

「…そうでしょうか…」

 

「そうだよ。ことりをどうするか、μ'sをどうするかは君達で決めろ。君達のグループなんだから」

 

俺はそれだけ言うと電話を切ろうとする。

 

その時、海未はまたもう一つ俺に疑問をぶつけた。

 

「…穂乃果の事…どう思いますか?」

 

…穂乃果?

 

「ステージに立たないただ見てるだけの冬夜君には、私の気持ち分からないよ…」

 

脳裏に過る先程穂乃果に言われた言葉。

 

「…」

 

…何引きずってんだよ俺。

 

別に自分の頑張りを認めて貰いたい訳じゃないだろ…

 

「なんでそんな事聞くんだ?いつも通りだろ」

 

平然を装いながら俺は言った。

 

この感じは海未も穂乃果の違和感に気付いているみたいだな。

 

「最近の穂乃果は変なんです。人一倍練習に熱を持って取り組むしその量も明らかに多すぎます。急な思い付きで突然振り付けを変えたり、フォーメーションに凄いこだわりを持ったり…何だか暴走しすぎている様な気がして…」

 

やっぱり気付いてるか。

 

…まぁ穂乃果やことりの幼馴染で絵里と共に常に周りに気を配っている海未なら当たり前かもしれないな。

 

でも、ここで正直に話した所でμ'sは進まない。

 

俺は海未に嘘をつく事にした。

 

「積極的で良いじゃん」

 

本当はそんな事微塵も思っていない。

 

でも、もうこうするしか無いんだ。

 

「…ことりは気を遣って穂乃果に賛同しますし他のメンバーも穂乃果の圧に押されている現状です。…それでもそう言えますか?」

 

海未の思いと違うのだろう。少し不満を持った口調で再び疑問をぶつける。

 

それに対しても俺ははっきりと言った。

 

「まぁそうゆう人、グループには一人くらい必要でしょ」

 

「…そう…ですか」

 

いまいち納得は出来てないのだろう。返事の歯切れが悪い。

 

大丈夫。俺も自分で言ってて意味分かんないから。

 

「もう何も無いなら切るぞ?」

 

「あ…はい。ありがとうございます。あ…最後に1つだけいいですか?」

 

「何だ?」

 

「明日のライブ…成功しますよね?」

 

海未が抱える数々の不安。

 

心配そうに言う海未の声は少し震えていた。

 

考える間もなく俺は直ぐ様答える。

 

「当たり前だろ。君達なら大丈夫だ」

 

俺はそう言うと、また明日とだけ告げ海未との電話を切った。

 

「…」

 

雨音だけが聞こえる無の時間。

 

「明日のライブ…成功しますよね?」

 

先程の海未の言葉が頭の中を駆け巡る。

 

「当たり前だろ。君達なら大丈夫だ」

 

我ながら良くもまぁあんな自信満々に言えたものだ。

 

分かってるはずなのに。

 

「ごめんな…海未」

 

ーーーーーー明日のライブは、成功しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

その呟きは雨音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!凄い雨…」

 

「お客さん…全然いないね…」

 

ついに迎えた学園祭当日。

 

外は昨日に続き生憎の大雨だった。

 

「この雨だもの。しょうがないわ」

 

「私達の歌声でお客さんを集めるしかないわね」

 

「そう言われると燃えてくるわね!にっこにこにー!」

 

しかし、μ'sのメンバーは気後れする事無くやる気に満ち溢れていた。

 

ていうかにこのそのフレーズ久し振りに聞いたわ。

 

「…ことり、本当に良いのですか?」

 

「…うん。本番直前にこんな事話しちゃったら、穂乃果ちゃんや皆に悪いよ…」

 

階段下。他のメンバーに聞こえないように暗い表情で話すのはことりと海未。

 

結局留学の件は俺と海未にしか話せておらず、ことり自身も完全にタイミングを逃していた。

 

「でも…リミットは今日までなのでしょう?」

 

リミット。

 

神のイタズラか学園祭当日が留学するかどうかの決断の日となっていたことり。

 

「…留学。行くでいいんだな?」

 

「…」

 

静かに頷くことり。

 

皆に話せないまま留学を決意してしまった後ろめたさをことりは感じているのだろう。

 

暗い表情が一切取れない。

 

そしてその表情からは留学を決意してもなお、迷っている事が分かる。

 

「…ライブが終わったら私から話すよ。穂乃果ちゃんにも…皆にも…」

 

ことりはそう言うと浮かない顔をしたまま階段を降りていく。

 

そんなことりに掛ける言葉は見当たらなかった。

 

「…大丈夫なのでしょうか…μ'sは」

 

ぽつりと海未が言う。

 

「…さぁな。ことりが抜ける事になる訳だからな。その穴はデカイ」

 

俺から言わせればμ'sは9人で1つ。

 

そこから誰かが欠けてしまえばそれはもうμ'sでは無い。

 

「…」

 

俺の言葉に更に落ち込む海未。

 

俺は直ぐ様声を掛ける。

 

「今それを考えてもしょうがない。とりあえずはライブに集中しろ」

 

「そう…ですね。まずはライブの成功だけを考える事にします」

 

海未はそう言うと階段を降りていく。

 

辛いだろうな…ことりも海未も。大きな不安を抱えたままのライブは。

 

「おい冬夜」

 

海未が階段を降りてから少しして、入れ違いになるように太陽がやってくる。

 

「何かさっき浮かない顔をした海未とすれ違ったんだけど理由知ってる?」

 

「さぁな。まぁライブ当日にこの雨だし海未も不安なんだろう」

 

「…そっか」

 

ことりの件は伝えない。

 

ことり自身が学園祭終わってからという選択をしたのならそれを尊重するまでだ。

 

にしてもわざわざそれを聞きに来たのか?

 

「屋上に来た用事はそれだけか?」

 

「いや、用事はそれじゃない」

 

太陽はそう言うと、真剣な表情を浮かべながら口を開いた。

 

「穂乃果、まだ来てないんだよ。連絡も取れないし」

 

「…」

 

…なるほど。まだ穂乃果は学校に来ていないのか。

 

昨日俺と別れてからどれくらいランニングを続けたのかは分からない。

 

分からないが、きっとすぐに帰ったりはしていないはすだ。

 

となればあの段階で風邪を引いていた穂乃果は、今日更に悪化している可能性が高い。

 

これは穂乃果が来ないまであり得るな。

 

「…まぁ、寝坊だろ」

 

俺は昨日の事は話さずそう答えた。

 

きっと寝坊じゃない。俺にはその確信があった。

 

「…ならいいんだが…」

 

太陽はそう言うと、心配そうな表情をしながら屋上へと向かっていく。

 

絶望へのカウントダウンは、間違いなく始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようー…」

 

それから数時間後。

 

穂乃果が来たのはライブが始まる直前だった。

 

「穂乃果!」

 

「遅いわよ」

 

海未とにこが直ぐ様声を掛ける。

 

「ごめんね…まさか当日に寝坊するなんて」

 

穂乃果はそう言うと、申し訳無さそうに部室の扉を閉めながら言う。

 

そして、そのまま皆の元に歩き出した。

 

…しかし。

 

「すぐに準備するから…お、っととと…」

 

「「「「「「「「「…え?」」」」」」」」」

 

歩き出した瞬間大きくふらつき始める穂乃果。

 

他のメンバーから思わず声が漏れる。

 

そして、そのままことりに寄りかかるような形で倒れ込む。

 

「…穂乃果ちゃん?大丈夫?」

 

直ぐ様受け止めることり。心配そうな表情で穂乃果を見つめる。

 

「あ、あれー?ごめんね皆。まだ寝ぼけてるみたい、えへへ…」

 

弱々しく笑いながらことりから離れる穂乃果。

 

しかし、穂乃果に感じた違和感はそれだけでは無かった。

 

「…穂乃果、声変よ?」

 

絵里が心配そうに言う。

 

そう。以前の穂乃果と比べて明らかに声が出ていなかった。

 

「そ、そう?寝起きだからかな?ごめんね、のど飴舐めとくよ」

 

顔の赤み、ふらつき、そして声の調子。

 

間違いない。明らかに昨日より悪化している。

 

「…全く気を付けなさいよ」

 

ライブ寸前になっている緊張感からかそれ以上穂乃果の異変を気にする者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全然弱くならないわね」

 

迫るライブへのタイムリミット。

 

窓の外を見つめるμ'sは、一向に止む気配を見せない雨に不安を募らせていた。

 

「むしろ強くなってない?」

 

「これじゃあ…例えお客さんが来てくれたとしても…」

 

次第にネガティブになっていくμ's。

 

そんなμ'sに声を掛けたのは穂乃果だった。

 

「やろう!」

 

「穂乃果…」

 

「ファーストライブの時もそうだった…あの時諦めなかったから私達μ'sはここまで来る事が出来た。ラブライブの出場圏内まで来れた。だから皆、行こう!」

 

力強く皆を励ます穂乃果。

 

穂乃果の言葉に皆の目に火が灯っていく。

 

「そうだよね…その為にここまで頑張ってきたんだもん!」

 

「後悔だけはしたくないにゃ!」

 

花陽と凛が笑顔を見せる。

 

「泣いても笑ってもこのライブの後には結果が出る」

 

「なら思いっきりやるしかないやん!」

 

絵里と希も大きなやる気を見せた。

 

「進化した私達を見せるわよ!」

 

「やってやるわ!」

 

真姫とにこも自信満々に言う。

 

そして、

 

「ことり。冬夜も言っていたんですが、今はライブに集中しましょう?折角ここまで来たんですから」

 

「うん!」

 

海未とことりも表情が明るくなる。

 

一先ずはライブが開始出来る所までは来たみたいだな。

 

「強いな。μ'sは」

 

俺の隣に立つ太陽が言う。

 

「そうだな」

 

でも、その強さはこの後無くなるんだよ。太陽。

 

「よし!じゃあ皆移動するわよ!」

 

次々と部室から出ていくμ's。

 

自信と決意を込めた皆の表情。

 

俺は最後尾にいた穂乃果を呼び止める。

 

「穂乃果」

 

「…!…」

 

俺の声に穂乃果は肩をはね上がらせ立ち止まる。

 

「…?…どうした冬夜」

 

「すまん。すぐ終わるから皆と先に行ってて」

 

「…分かった」

 

俺がそう言うと太陽も部室を出ていく。

 

そして皆が離れた事を確認すると、穂乃果の方へ顔を向ける。

 

「…」

 

昨日の事を引きずっているのか俺と目を合わせようとしない穂乃果。

 

でも、そんな事はどうでも良い。

 

「…熱…いくつだったんだ?」

 

「…え?何の事?」

 

「俺から誤魔化せると思うなよ。風邪引いてるんだろ?」

 

俺がそう言うと、穂乃果は観念した様に言う。

 

「…やっぱり…バレてるよね…」

 

穂乃果は俯くと、正直に俺に話し出した。

 

「…38.8℃」

 

「…そうか」

 

「やっぱり…ダメかな?」

 

不安そうな表情を浮かべながらこちらを見る穂乃果。

 

あの時…穂乃果と衝突した時の俺を見ればライブに出る事を認めてもらえないと思っているのだろう。

 

でも、あの時の俺とは違う。

 

むしろ、穂乃果には…【出てもらわないと困る。】

 

「3年生にとっては最後の学園祭。μ'sとしては最初の学園祭。今更止めようなんて思ってないよ」

 

「…いいの?」

 

「いいよ。声も戻ってるみたいだし。ただ…」

 

「…ただ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出るからには最高のライブにする事。いいな?」

 

 

 

 

 

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!遅いぞ冬夜!」

 

「悪い悪い」

 

穂乃果と少し話した後、ライブ会場へと直ぐ様向かった。

 

屋上には沢山のお客さんが集まっており、ありがたい事にヒフミトリオも忙しい時間の合間合間でチラシ配りもしてくれた。

 

このコンディションでここまで集まるとは予想外だ。

 

「あれ、君は…」

 

ここで太陽の隣に2つの人影を発見する。

 

「ああ、紹介するよ。この子は絢瀬亜里沙ちゃんと言って何と絵里のいも…」

「冬夜さん!お久しぶりです!」

 

「って面識あんのかーい!!!」

 

「久し振り。亜里沙ちゃん」

 

自信満々な所悪いな太陽。

 

亜里沙ちゃんが太陽とも知り合ってたのは知らなかったけど。

 

「え?いつ?いつ知り合ったの?」

 

「で君は…」

 

太陽を無視し、今度はもう一人の人物に目を向ける。

 

「は、初めまして!高坂雪穂です!お姉ちゃんがお世話になってます!」

 

高坂雪穂…高坂…ああ、穂乃果の妹さんね。

 

そういえば合宿の時「雪穂お茶ー」とか言ってたわ。

 

「そんな畏まらないで良いよ。よろしく」

 

「いやいや何話進めてんだよ!まずは俺の質問に答えんかい!」

 

うるさいなこいつ。

 

「別に今は良いだろ。始まるぞライブ」

 

本当に女性関連になるとうるさくなるな…

 

「「…」」

 

二人が軽く引いてるじゃねぇか。

 

「お、いけないいけない…後で絶対教えろよ?」

 

「へいへい」

 

太陽はそう言うとステージに目を向ける。

 

ライブスタートまで後僅か。

 

「「「「「「「「「…」」」」」」」」」

 

薄暗いステージには9つのシルエット。

 

μ'sのスタンバイは完了しているみたいだ。

 

「「「…」」」

 

期待のまなざしで見つめる3人。

 

そしてそれは他の観客も同じ。

 

だが皆は知らない。これがμ'sの絶望の始まりになる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ライブが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「OhYeah!」」」」」」」」」

 

 

流れるイントロ。

 

今までのμ'sに無かったややロック調の曲。

 

 

「「「「「「「「「OhYeah!」」」」」」」」」

 

 

薄暗いステージの中で全員がキレの良いポーズを決めていく。

 

 

「「「「「「「「「OhYeah!」」」」」」」」」

 

 

そして、ライトが灯る。

 

 

「「「「「「「「「一進一跳!」」」」」」」」」

 

 

これが穂乃果が拘った新曲。

 

【No brand girls】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い…」

 

そう声を漏らしたのは誰か分からない。

 

曲はラストのサビに差し掛かり、ボルテージはMAXになっていた。

 

 

 

「「「「「「「「「うん!負けないから!」」」」」」」」」

 

 

 

大きな失敗も無く、問題無く踊っていく。

 

良く笑えてる。穂乃果が突然変えたと言われた振り付けも完璧。

 

μ'sにとって集大成のライブになる。誰もがそう思う事だろう。

 

そして…

 

 

 

「「「「「「「「「OhYeah!」」」」」」」」」

 

 

 

最後の決めポーズを完璧に決めてみせた。

 

 

 

 

「いいぞμ's!!」

 

鳴り止まない拍手。

 

飛び交う歓声。

 

間違いなく成功と呼べる滑り出し。

 

本来はこれが最高のライブの始まりになるはずだった。

 

しかしそれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…うっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん!!」

「穂乃果!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ごめんね…私のせいで」

学園祭のライブの失敗。

それは、μ'sにとって大きなダメージとなった。

「もう…ランキングにμ'sの名前は…」





「ないわ」





あの日から止まってしまったμ'sという歯車。

そして更に追い打ちを掛けるように、現実は襲いかかる。

「突然ですが…ことりが、留学する事になりました」

「どうして言ってくれなかったの!?」

広がるメンバー間の溝。

離れていく心の距離。

気付けばそれは、手を伸ばしても届かない距離になっていた。









〜次回ラブライブ〜

【第26話 不協和音】


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第26話【不協和音】

どうもこんにちはドラしんです。

何とか今月中にもう1話更新する事が出来ました。

間に合って良かったです。

さて、どんどん加速していくシリアスに伴って冬夜君もどんどん黒くなっていきます。

マジでそろそろ批判コメント来るんじゃないかっていうレベルですが、先に言っておきますと次回の冬夜はめちゃくちゃ嫌なやつになります。

どんな感じかは次回予告で少しだけ見せてますので、是非最後までご覧下さい。

それでは第26話始まります。






あ、活動報告にも上げましたが改めまして。UA10000アクセス本当にありがとうございました!

今後共ラブライブ〜太陽と月〜をよろしくお願いします!


「無理しすぎたのでは無いですか?」

 

学園長室。

 

ライブで穂乃果が倒れてしまった件でアイドル研究部の練習を管理しているコーチの太陽と、マネージャーの俺が呼ばれていた。

 

「はい。μ'sのメンバー…特に高坂穂乃果はラブライブや学園祭に目を向けすぎて明らかに練習量の度が過ぎていました」

 

「それがあの結果…あんな事になる為にあなた達はスクールアイドルを続けていたの?」

 

「…返す言葉もございません」

 

結局あの後ライブは中止になり、穂乃果は家族の迎えで早退。

 

他のメンバーも体調面を考慮され、学園祭参加の自粛を余儀なくされた。

 

全員部室で休息を取るも誰一人口を開かない。

 

当然だ。μ'sの支柱である穂乃果があんな事になってしまったのだから。

 

「申し訳ございませんでした」

 

太陽と俺が頭を下げる。

 

コーチである太陽は穂乃果が倒れた事に責任を感じ、さっきから暗い表情が取れない。

 

俺がもっとちゃんと見ていれば…

 

穂乃果の違和感に気付いていれば…

 

自分をここまで責める太陽は珍しい。

 

それ程までに穂乃果が倒れた事がショックだったのだろう。

 

「…皆の体調面を考慮して暫くスクールアイドル活動は自粛してもらいます。いいですね?」

 

学園長が真っ直ぐの瞳でこちらを見つめながら言う。

 

あんな事になったんだ。飲むしかない。

 

「で、でも皆は廃校阻止の為に一生懸命頑張っただけなんです!今回はそれが空回りしちゃってあんな結果になってしまいましたが…だから、スクールアイドル活動の自粛は勘弁して頂けないですか?」

 

活動の自粛は避けたいのだろう。頭を下げ学園長に懇願する太陽。

 

しかし、対する学園長は表情を一切変えず言い放つ。

 

「スクールアイドル以前にこの学校の生徒です。廃校阻止への頑張りは認めますがそれが原因で体調を崩し、学生の本職である勉学が疎かになるのでは元も子もありません。朝日君の気持ちは分かりますが、活動の自粛は決定事項です」

 

「…しかし!」

「諦めろ太陽」

 

往生際の悪い太陽の言葉を遮る様に口を開く俺。

 

太陽は驚く様にこちらを見つめる。

 

「冬夜は良いのかよ!μ'sの活動が自粛なんて…今の時期がどれだけ大切かお前も分かってるはずだろ!?」

 

「ああ分かってるさ。今がラブライブ出場出来るかどうかの瀬戸際な事ぐらい。でも、μ'sは学校生活に支障を来たすレベルの事をしたんだ。これくらいのペナルティは必要だよ。あいつらには頭を冷やす時間が必要だ」

 

「…冬夜」

 

「氷月君は本当に冷静ね。怖いくらいに」

 

「ペナルティを受けても仕方ない事をしたので。潔く認めるしかないです」

 

一切言い逃れが出来ない状況だ。

 

下手に抗議するとスクールアイドル活動自体を禁止され兼ねない。

 

「ラブライブは…ラブライブはどうなるんだよ!?」

 

19位という崖っぷちな状況での活動自粛。

 

これはμ'sにとって痛恨の一撃となるだろう。

 

学園祭の結果でランキングが落ちる事も予想される今、ラブライブ出場は難しい。

 

ことりの留学の件もあるしそれを知れば当然正常なライブを行える精神状態じゃ無くなるだろう。

 

これは諦めるしかない。

 

「太陽…残念だが…」

 

「嘘だろ…ここまで来たのに?…折角ここまで来たのに!?」

 

「μ'sは、ラブライブ出場を断念する」

 

「…!…」

 

「…そうね。それが妥当な判断ね」

 

泣き崩れる太陽。

 

追い打ちを掛けるように学園長が言う。

 

「…くそ…くそ!!」

 

「「…」」

 

何度も床を殴る太陽。その拳からは僅かに血が滲んでいた。

 

その太陽に対し、俺と学園長はただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間、μ'sのラブライブが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。本決まりになりましたか」

 

それから数分。泣き止んだ太陽は部室に戻ると残し学園長室を去った。

 

学園長室に残った俺は、学園長から学校存続の知らせを聞かされる。

 

「ええ。入学希望者が定員より増えましたので一先ずは1年間は存続出来ます」

 

「最悪のケースは避けられたという訳ですか。良かった良かった」

 

実は学校存続になる可能性が高いという話は夏休みが終わった辺りから学園長から聞いている。

 

それが本決まりになり正式に存続が決定した訳だ。

 

マイナスな事ばかり続いてるからな。これで少しはあいつらも元気を出すだろう。

 

元々の目的は廃校阻止だった訳だからな。

 

「いち早くあなたに話したのは、この学校に残るか戻るのかの意思を改めて聞きたかったからです。本当は朝日君も一緒が良かったですが…到底そんな事聞ける状態では無かったですし仕方ありません」

 

音乃木坂の廃校が無くなる。

 

それは俺と太陽のテスト生の意味が無くなるという事。

 

元々楠木坂に戻る為にμ'sに協力していた俺達は、これで協力する理由を失う。

 

…まぁ太陽はさっきの様子を見ると最後までμ'sに尽くすとか言い出しそうだけど。

 

俺は考える間もなく学園長に言った。

 

「意思は変わりません。楠木坂に戻ります」

 

「…そう…分かったわ。でも、いつでも音乃木坂に来ていいからね?」

 

女子高にいつでも入れる…ねぇ…

 

世の男子達が羨ましがる権利だけど、俺にはいらない。

 

一度ここを去ったらもう二度とこの学校に来る事は無いだろうよ。

 

「…分かりました」

 

俺はそれだけ言うと、学園長室を出ていく。

 

一先ず廃校阻止の件はまだ伝えない。近々大々的に発表されるだろうからな。

 

今はまず、ラブライブ辞退の話をあいつらにしなければならない。

 

きっと反感を買うだろう。皆悲しむだろう。

 

でも俺は現実を叩きつけなきゃいけない。

 

きっとそれが、μ'sの次に繋がると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱり…そう言われるわよね…」

 

俺は部室に戻ると、ラブライブ辞退の件を話した。

 

皆にとって大きな目標となっていたラブライブ。ようやく目標を達成まで手が届きかけた矢先の辞退。

 

どんな罵詈雑言でも受け止めよう。そう覚悟を決めたのだが、皆の反応は予想外のものだった。

 

「…驚かないのか?」

 

絵里のさっきの発言といい落ち込んだ表情には変わりはないが誰一人として口を開かないこの状況。

 

もう既に喋ったのかと思い太陽に顔を向ける。

 

「…」フルフル

 

しかし太陽は直ぐ様首を横に振った。

 

「…実は、ある程度予想出来ていたんです。そうなるんじゃないかって」

 

海未が口を開く。

 

「学園長に冬夜と太陽が呼び出しをされて、その後皆で部室で話し合ったんです」

 

「…」

 

「あの時の学園長は怒っているように見えました。それで皆薄々感じたんです。ラブライブに出られないかもしれないって」

 

確かに学園長が俺らを呼んだ時の声は少なからず怒りの感情があった。

 

「氷月冬夜君。朝日太陽君。大至急学園長室まで」

 

俺も呼ばれた時は怒られるんだろうなって思ったし。

 

「今回の事は誰かだけのせいでは無く、μ's全体としての責任。そこで私達は1つの結論を出したの」

 

続いて絵里が言う。

 

…結論?

 

「私達μ'sは、ラブライブ出場を辞退した方が良いって」

 

絵里の言葉に皆の表情がより一層険しくなる。

 

本当は皆嫌なのだろう。そんなの当たり前だ。

 

「きっとこのまま続けても同じ事が起きると思うの。だから一度リセットしなくちゃいけない。ラブライブという大きな目標を手放す事で今一度、μ'sを…スクールアイドルを見つめ直す時間を作ろうって思ったの。反対意見は無かったわ」

 

…となればアイドルに対して人一倍熱量を持つにこや花陽も賛成したのか。

 

辛い決断だったろうな…

 

「学園長からもそうゆう意見が出ると思ってたわ。冬夜君と太陽君がもしかしたら…とも考えたけど、どちらにせよラブライブは諦めるつもりだった」

 

「何にせよ、冬夜君達の方でもラブライブを辞退するって事で話が纏まってるみたいやし、これで…」

 

「…決定ね」

 

暗い表情は消えない。

 

皆に掛ける言葉が見つからない俺は、ただただそこなの立ち尽くすのみ。

 

太陽も酷く落ち込み項垂れるのみだった。

 

「…もうこんな時間ね」

 

まるでお通夜の様な重たい雰囲気。

 

その中口を開いたのは真姫だった。

 

「そろそろ自分のクラスに戻った方がいいんじゃない?いくら体調面の心配で休んでるとはいえ、さすがに学園祭の片付けも任せる訳にはいかないでしょ」

 

暗い表情ではあるが、髪の毛をいじりながら真姫は言う。

 

真姫なりに気を遣っているのだろう。

 

「…そうね。いつまでもここで落ち込んでる訳にもいかないわね」

 

「…うん…前向かなきゃね」

 

真姫の言葉を聞き、絵里と花陽が立ち上がる。

 

真姫の気遣いは場の雰囲気を変えるには充分だった。

 

「じゃあ戻ろうか」

 

太陽も少しは立ち直れたのか立ち上がると皆に声を掛ける。

 

そして次々と部室を出ていくメンバー。

 

しかし、ただ一人動こうとしない者がいた。

 

「…にこ」

 

「…」

 

そう。アイドル研究部の矢澤にこだった。

 

いつも座ってる椅子から俯いたまま一向に立ち上がる気配を見せない。

 

「…戻らないのか?」

 

俺が聞くと、今にも消え入りそうな声でにこは言う。

 

「…もう少し…もう少しだけここに居させて…」

 

「…分かった。絵里達には俺から言っとく」

 

俺はそれ以上は何も聞かず部室を去る。

 

きっと他のメンバーには見られたくない感情があるのだろう。

 

アイドル研究部の部長だから。音乃木坂の上級生だから。宇宙スーパーアイドルだから。

 

人一倍プライドの高いにこは誰よりも辛いはずなのに冷静に振る舞っていた。

 

ラブライブに一番出たかったのは間違いなくにこだった。

 

本当は泣きたかったはず。でも、にこのプライドがそうさせなかった。

 

「…今は沢山泣くがいいさ。そして、現実を受け止めろ」

 

俺は扉越しに聞こえるすすり泣く声を耳にしながら、そのまま自分のクラスへと歩き出した。

 

今の辛さ、悔しさ、絶望を絶対に忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日からは学校に行けると思うんだ」

 

「そっか。それは良かった」

 

学園祭から1週間。

 

冬夜を除いたμ'sの面々は穂乃果の家にお見舞いに来ていた。

 

どうやら一昨日から熱は下がっていたらしく、部屋に来ると穂乃果はケロッとした様子で笑いながらこちらに手を振っていた。

 

「…にしても凄い食欲ね」

 

絵里が空いたプリンの容器3つをチラッと見ると、4つ目のプリンを食べる穂乃果を見て苦笑いしながら言う。

 

学園祭の一件でかなり落ち込んでると思っていたが元気そうで何よりだ。

 

「そういえば、花陽ちゃん達と冬夜君は?」

 

穂乃果が首を傾げながら言う。

 

可愛い。

 

「全員で押しかけたら迷惑かと思って花陽と凛と真姫には外で待っててもらってます。冬夜はバイトがあって残念ながら来れませんでした」

 

「そっか…」

 

海未の言葉に穂乃果は残念そうに言う。

 

そんなに冬夜に会いたかったのか?あいつも順調に好かれてるな。

 

「そうだ。穂乃果これ」

 

絵里は1枚のCDを穂乃果に手渡す。

 

「…これは?」

 

「真姫がリラックス出来るようにピアノで弾いてくれた曲よ」

 

何それ!俺もめちゃくちゃ欲しいんだけど!

 

「真姫ちゃんが…」

 

穂乃果はCDを手に取ると、立ち上がり窓を開ける。

 

…何する気だ?

 

「真姫ちゃーん!!ありがとう!!」

 

「穂乃果!近所迷惑です!」

 

外にいる真姫に向かい叫ぶ穂乃果。

 

いかにも穂乃果らしいな。

 

「…全くもう…」

 

「ふふ、元気そうだね」

 

「あー!真姫ちゃん照れてるにゃ!」

 

「て、照れてなんてないわよ!」

 

お礼を言われた真姫は顔を少し赤らめながら髪の毛をクルクル弄る。

 

冬夜が真姫は分かりやすいって言ってたけど本当に分かりやすいな。

 

「何はともあれ、穂乃果も元気そうだし明日には復活出来るみたいだからこれで一安心だな」

 

「ごめんね…私のせいで。折角最高のライブになりそうだったのに…」

 

穂乃果が少し落ち込んだ様に言う。

 

それに対し絵里がすかさず口を開く。

 

「これは穂乃果だけじゃなく皆の責任よ。穂乃果も突っ走りすぎちゃったのも悪いし、穂乃果に任せっきりにしていた私達も悪い。だから喧嘩両成敗って事でもう誰のせいとかの話はやめましょう?」

 

「絵里ちゃん…うん。そうだね」

 

そう。誰かのせいとかでは無くこれはμ's全体の責任だ。

 

勿論穂乃果の変化に気付けなかった俺も悪い。

 

人一倍他人の変化に敏感な冬夜が気付かなかったのは少し気になるが、まぁそうゆう事もあるだろう。

 

絵里の言葉で表情が明るくなった穂乃果は、1つの提案を口にする。

 

「そうだ!学園祭の埋め合わせになるかは分からないけど、近い内にライブやらない?」

 

「ライブ?」

 

「そう!ほら、ラブライブまでもう時間無いでしょ?きっと順位も落ちてるだろうし…近い内に小さくても良いからやりたいなって」

 

穂乃果の発言に皆は表情を暗くする。

 

そうだ…穂乃果はまだ知らないんだった…ラブライブ出場を辞退する事…

 

「…?…どうしたの?」

 

暗い雰囲気を感じ取ったのか、不安そうな声色で皆に言う。

 

しかし、誰一人として穂乃果の顔を見る事が出来なかった。

 

ラブライブ出場辞退を知ったら…もうランキングにμ'sの名前が無い事を知ったら…

 

でも、伝えなければいけない。

 

皆で出したこの答えを、リーダーである穂乃果に。

 

一番最初に口を開いたのは絵里だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラブライブには…出場しません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里の言葉に表情が変わる穂乃果。

 

何を言ってるか分からないといった表情を浮かべる穂乃果に、絵里は続けて言う。

 

「私達話し合ったの。きっとこのまま続けても何も変わらないんじゃないか…ラブライブに意識が集中しすぎて周りが見えなくなって、それが学校生活に支障にきたせば元も子もない。だとすればいっそ、ラブライブ出場を諦めて一度方向性を見直した方がいいんじゃないか、クールダウンする時間が必要なんじゃないかって。本当は穂乃果も交えて話がしたかった。でも、そんな時に学園長にも言われたわ。あんな事になる為にスクールアイドルを続けていたの?って」

 

「…」

 

「だから私達は決めたの。ラブライブ出場を辞退しようって。もう…ランキングにはμ'sの名前は…」

 

絵里はここで一拍置くと、真っ直ぐ穂乃果を見つめながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…穂乃果ちゃん大丈夫かな?」

 

「…凄いショック受けてたよね…」

 

帰り道。

 

その後は重たい空気を取り払えないまま時間だけが進み、穂乃果の「ごめん…1人にさせて」という一言をきっかけにお開きとなった。

 

落ち込んだ様子で穂乃果の様子を話す凛と花陽は、そんな穂乃果の状態を心配していた。

 

「穂乃果ちゃんが一番ラブライブに向けて頑張ってたよね…」

 

「でも、それが仇となった」

 

「…いくら何でも可哀想にゃ…」

 

俯いたままの1年生3人。

 

あの学園祭以降、μ'sの間には重たい空気が常に流れる様になった。

 

練習自粛の影響もあるのだろう。皆部室には顔を出すが会話は殆ど無い。

 

冬夜に至っては学園祭以来部室に来ていない状態だ。

 

穂乃果のお見舞いは少しでも重たい空気が晴れればと俺が提案した事。

 

…でも、まさかこんな結果になるなんて…

 

「いつまで落ち込んでるのよ」

 

そんな皆を見兼ねてかにこが口を開く。

 

「うじうじしたって仕方ないわ。前を見ないと」

 

にこだって辛いはずだ。

 

こうゆう所はさすがは部長といったところか。

 

「にこちゃんは辛くないの?」

 

凛がにこに言う。

 

凛の質問に対しにこは直ぐ様答えた。

 

「辛いに決まってるでしょ。ラブライブ出場は大きな夢の1つだったんだから」

 

一度スクールアイドルを挫折し、3年生という高校最後の時間に舞い降りたμ'sという大きなチャンス。

 

そのチャンスを掴みトラウマを克服してμ'sがようやく軌道に乗った矢先の出来事。

 

辛くないはずがない。

 

「あーあ…」

 

そしてにこは不意にそう言いながら空を見上げると、ぽつりと呟いた。

 

「後少しだったのにな…」

 

その言葉には、確かな重みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、晩御飯出来たって」

 

とある家の一室。

 

一階から響く妹、雪穂の声を耳にしながら一人の少女はノートパソコンを見つめる。

 

「…お姉ちゃん?聞いてるの?」

 

反応の無い姉の様子に痺れを切らした雪穂は姉の部屋に向かうため階段を上り始める。

 

「今日はどうするの?部屋で食べるの?」

 

ひたすら声を掛けるも反応は無し。

 

そして姉の部屋に着いた雪穂はドアノブに手を掛ける。

 

「お姉ちゃん?」

 

扉を僅かに開く雪穂。そしてその手は止まる。

 

雪穂の目に写ったもの。それは

 

「うっ…くっ…」

 

一人、悔しそうに涙を流す姉。高坂穂乃果の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…」

 

次の日。

 

学校に登校するやいなや目に飛び込んできたのはラブライブのポスターを見つめる暗い表情をしてため息をつく穂乃果の姿だった。

 

「…穂乃果復活したんだな」

 

「ああ、もう3日前から熱は下がってたみたいだ。行った時はプリン4つ食べてたわ」

 

「…へぇ…まぁ食欲も戻って良かったじゃんか」

 

昨日俺を除くμ'sのメンバーで穂乃果のお見舞いに行ったそうだが、どうやらそこでも何かしらあったみたいだな。

 

あの穂乃果の落ち込みようは普通じゃない。もしかしたらラブライブ辞退を昨日のお見舞いの時に知ったとかか?あれだけラブライブのポスターをまじまじと見つめてるって事は。

 

「…凄い落ち込んでるけど、もしかして昨日話したのか?」

 

「…ああ、ラブライブ辞退の事は話したよ。…酷い落ち込みようだった」

 

…だろうな。ラブライブに対しての熱量は凄まじいものだった。

 

それが自分のせいで無くなったと思えばあそこまで落ち込むのは無理もない。

 

「…そっとしておいた方が良いのかな?」

 

太陽が心配そうに穂乃果を見つめながら言う。

 

「さぁな。それは太陽に任せる。励ますのも良いし、そっとしとくのも良いし」

 

俺がそう言うと、今度は怪訝しい表情をしながら太陽が俺を見つめながら言う。

 

「…冬夜はどうするんだ?」

 

俺に対する違和感。太陽はそれを感じているのだろう。

 

練習に顔を出さなかったりとμ'sとの関わりを避けてるのはいつもの事だがそれに加え最近の俺はμ'sのメンバーと話そうともしない。

 

「…穂乃果に掛ける言葉が無いよ」

 

学園祭の中止以来穂乃果と会話は一切交わしていない。

 

励ますのは簡単だ。ただポジティブな事を言えば良いだけ。

 

でもそれじゃあ根本的な解決にはならない。

 

「…」

 

太陽はそれ以上何も聞いてこなかった。

 

「はぁ…諦めが悪いわね…希!」

 

「よし!」

 

…ん?今聞き慣れた声と知ってる名前が聞こえたな。

 

声のした方に振り返る俺達。

 

そこには…

 

「ふふふ…えーい!!」

 

「わ、わー!!!!」

 

穂乃果の胸をわしわしする希とそれをニヤニヤしながら見つめるにこと絵里がいた。

 

…何してんだあいつら。

 

「え、え、え!?の、希ちゃん!?」

 

当然驚いた穂乃果は怯えた様子で振り返る。

 

すると…

 

「ボンヤリしてたら次はアグレッシブなのいくよ〜?」

 

「ひ、ひぃぃぃ!!」

 

悪そうな顔をしながら手をわしわしさせる希がいた。

 

「あ、アグレッシブ!?アグレッシブなのってなんだ冬夜!?」

 

「うるせぇ」

 

俺が知るか。

 

「あくまでも私達の目的は廃校を阻止する事よ?辛いかもしれないけど後ろを見てる余裕は無いわよ」

 

「…絵里ちゃん」

 

「穂乃果がそんな様子だと、私達まで気が滅入ってしまうわ。元気にしていれば皆も気にしない。それとも気を遣って欲しいのかしら?」

 

いたずらっぽく絵里が微笑みながら言う。

 

「そ、そうゆう訳じゃ…でも…」

 

諦めの悪い穂乃果に続いてにこが口を開く。

 

「はぁ…いい?いくら落ち込んだって時間は待ってはくれないわ。学園祭の事も、ラブライブ辞退ももうこれ以上考えても仕方ない。別にもう一度学園祭がある訳じゃないし、ラブライブだって次があるかもしれないわ。だから穂乃果、昨日も言ったけど今はもう前を向くしかないのよ。凄い責任感じてるみたいだけど、もう皆気にしてないから」

 

にこはそう言うと、穂乃果に笑ってみせる。

 

絵里と希も習うように微笑むのだった。

 

人一倍アイドルへの熱量を持つにこが言うと説得力があるな。

 

「そうだぞ穂乃果。練習だって今日から再開なんだ。また後輩にそんな暗い顔を見せるつもりか?あいつらが待ってるのは穂乃果の笑顔だよ」

 

続いて太陽も微笑みながら言う。

 

「皆…」

 

皆の言葉を聞いて穂乃果が呟く。

 

そして次の瞬間、

 

「ありがとう!」

 

と久し振りに満面の笑みを見せた。

 

「そう。それで良いのよ」

 

穂乃果の笑顔を見た絵里は、そう言いながら嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自粛長くなくて良かったね」

 

その日の放課後。

 

今日から練習再開して良いと学園長から許可を得た俺達は、屋上にて1週間ぶりの練習の準備をしていた。

 

「暫くとは言っていたけど、音乃木坂にとってμ'sは廃校阻止出来る可能性を秘めた大事は存在だ。学園長もそんな長く自粛させるつもりは無かったんだろう」

 

俺の言葉に皆は納得したように頷く。

 

とりあえずは体調面を考慮して1週間皆を休ませたって感じか。

 

「じゃあライブもやっていいの?」

 

「ああ。いいってよ」

 

「やったー!!!」

 

ライブの許可に燥ぐ穂乃果。

 

いつもの光景に戻ってきたな。

 

「そうと決まればいつライブしようか!?あ、でも無理は禁物だよね…」

 

穂乃果はそう言うと嬉しそうな表情から少し落ち込んだ表情に変わる。

 

まだ引きずってるんだな。学園祭の事。

 

「穂乃果…気にしてるのね」

 

「…うん…」

 

「まぁ、少し周りが見える様になったって事かしら」

 

少なからず学園祭前日の時より落ち着いているのは間違いない。

 

さっきみたいに酷く落ち込んでる訳では無いしこのままで問題無さそうだ。

 

「とりあえずライブの件は、皆が揃ってから…」

「た、大変にゃ!!!」

 

突如慌ただしく開かれる屋上の扉。

 

そこには息を切らしながら何やら興奮している様子の1年生組3人がいた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「何があった?」

 

心配そうに3人を見つめながら穂乃果と太陽が声を掛ける。

 

しかし返ってくるのはハァハァという荒い息遣いばっかり。

 

どんだけ急いで来たんだよこいつら。

 

そして少しの間が空いた後、花陽は顔を上げ口を開いた。

 

「た、助けて…」

 

「「「「「「「「…?…」」」」」」」」

 

はよ要件言わんかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来年度入学者受付!?」

 

結局その後、1年生3人に言われがまま掲示板の前まで案内された。

 

そこに張り出されていたプリントには、来年度入学者受付のお知らせと書いてあった。

 

「こ、これって…」

 

「おい…もしかして…」

 

目を丸くしながらプリントをまじまじと見つめる一行。

 

その様子を見た1年生3人は嬉しそうに口を開く。

 

「そうです!ついに存続が決まったんです!」

 

「凛達に後輩が出来るんだー!」

 

「さ、再来年は分からないけどね!」

 

そうか。ついに存続決定の件が今日明るみになったのか。

 

そりゃ1年生も興奮する訳だ。μ'sの一番大きな目標が達成出来たんだもんな。

 

「やった…やったよことりちゃん!ついに私達は成し遂げたんだよ!」

 

「…穂乃果ちゃん!」

 

喜びのあまりことりに抱きつく穂乃果。

 

ことりもさすがに嬉しいニュースだった為笑顔が溢れる。

 

そして続け様ににこが1つの提案をする。

 

「よーし!それじゃあ廃校も阻止出来た訳だし部室で祝賀会開くわよ!」

 

おおい…こりゃまた突然だな。

 

「賛成!」

 

「面白そうやん!」

 

「やりたいにゃ!」

 

「じゃあ決まりね!」

 

凄いな…勢いそのままにどんどん話進んでくじゃんか。

 

その祝賀会とやらは大丈夫なのか?許可とかどうゆう風にやるかとか纏まってそうには見えないけど。

 

とりあえず面倒くさそうだし断っとくか。バイトもあるし。

 

「あ、俺はパ…」

「冬夜は強制参加ね」

 

…いつから俺に拒否権は無くなったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「存続が決まったの!?」

 

場所は変わり校門前。

 

バイトに行くと言い足早に去った冬夜と別れた後校門を出ると、そこには絵里の妹である亜里沙が待っており、こちらに気づくやいなやキラキラした笑顔でこちらに駆け寄る。

 

「ええ。そうよ」

 

亜里沙の質問に対し絵里は微笑みながら言う。

 

「やったー!!!」

 

ガッツポーズをして飛び跳ねながら喜ぶ亜里沙。

 

よっぽど嬉しいんだな。

 

「良かったね!」

 

そんな亜里沙の様子に穂乃果が微笑みながら声を掛ける。

 

すると亜里沙は穂乃果を見つめると、

 

「来年からよろしくお願いします!」

 

と頭を下げた。

 

はは、さすがに気が早いんじゃないか?

 

「それにはまず、入試に合格しないとね」

 

絵里が亜里沙の頭を撫でながら言う。

 

「うん!頑張る!」

 

満面の笑みで答える亜里沙。

 

うん。亜里沙ならきっと大丈夫だろ。

 

「あ…あの…」

 

「…?…どうしたのことりちゃん」

 

続いて口を開いたのは何やら申し訳無さそうな表情をしたことり。

 

…そういえば最近ことりは暗い表情を見せることが増えた気がするな。

 

一体何があったんだ?

 

「私、買い物があるからここで…」

 

「買い物?何を買うの?手伝おうか?」

 

「ううん…大丈夫だよ!じゃあまた明日…」

 

ことりはそう言うと、足早にその場を去ってしまった。

 

「…ことり…」

 

その様子は、この場から逃げ出した様にも見えた。

 

「ことりちゃん…元気ないね」

 

「…えぇ。希も気にしてたわ。学園祭の前から何か迷ってる様子だったって」

 

学園祭の前から…

 

まさかそんな前から悩んでいたとは…

 

「…そうなんだ…」

 

「…ねぇ太陽君。冬夜君は何か知ってるのかしら?」

 

「…いや、冬夜からはことりについて何も言われてないよ」

 

「…そう」

 

でも、冬夜が気づかないはずがない。

 

…学園祭間近の海未の暗い表情もまさかそれに関わってるのか?

 

だけど冬夜は緊張してるだけだって…

 

「…何か…嫌な予感がするわね…」

 

絵里がぽつりと呟く。

 

「…」

 

…確かに、絵里の言う通り胸騒ぎが止まらない。

 

冬夜…お前は一体、何を知ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに私達はここまで来たわ!今思えばここまで辛い道のりだった…スクールアイドルを一度挫折してから1年…初めてμ'sを見た時私は…」

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

「って話聞きなさいよ!!」

 

という訳で時間はあっという間に経ち祝賀会が始まってしまった。

 

…とはいっても俺はバイトの時間までの参加ではあるが。

 

部室にシートを敷きその上で紙コップ片手に楽しそうに笑う穂乃果達。

 

更には大量のからあげやサラダといった食べ物もしっかり用意してある。

 

一体どこから調達したんだ?

 

「ご飯炊けたよー!!」

 

「ご飯にゃー!!」

 

炊飯器を持ちながら満面の笑みで言う花陽。

 

いつの間に炊いたんだよ…ていうかそれもどこから調達したものだ?

 

わざわざ家から持ってきたとかじゃないよな…

 

「冬夜さんに炊き方教わったんだ!食べて食べて!」

 

「そ、それ本当!?花陽あんたいつの間に…」

 

 

 

 

 

「…え?冬夜それマジ?」

 

「…ああ、合宿終わった途端花陽から電話掛かってきてさ。炊き方教えてって凄い熱量で言われたよ…」

 

あれはさすがに断れなかった。

 

教えた後実際にご飯を炊いてみて成功した時は泣いて喜んでたしな。

 

本当にご飯に対しての熱量が凄まじいわ。

 

「…意外と積極的なんだな…花陽って」

 

「米とアイドルの事に関してはな」

 

まぁあそこまで喜んでくれたなら教えた甲斐もあるってもんだ。

 

 

 

 

 

「ホッとしたみたいやね。えりち」

 

「…ええ。肩の荷が下りたというか」

 

ベンチに座り皆の様子を微笑ましく眺める希と絵里の会話が聞こえる。

 

「μ's…やって良かったでしょ?」

 

希が優しく微笑みながら絵里に聞く。

 

それに対し絵里は、少しだけ悲しそうな表情を見せた。

 

「…どうかな。私がいなくても結果は同じだった気がするけど…」

 

絵里の返答に対し、希は直ぐ様答える。

 

「そんな事無いよ。μ'sは9人それ以上でもそれ以下でもダメってカードが言ってる。そこに冬夜君と太陽君が加われば更なる輝きを手に出来るって」

 

「…そうかな」

 

「何より、冬夜君がえりちを選んだんよ?えりちに直接勧誘に来た時、間違いなく冬夜君はえりちを必要としてた。それって凄い事だと思うよ」

 

「…冬夜君に…必要とされてる…それ、凄い良いわね」

 

「あかん、自分で言ってて妬いてきた。やっぱ今のなし」

 

「え?ちょ、希!それはダメよ!しっかり受け取ったわ!冬夜君は私を必要としてる、私を選んだ」

 

「あんまりそれ連呼しないでえりち!!」

 

…はぁ…途中まで良い話だったのに何で俺の名前が出た瞬間そうなるんだよ。

 

ここの好感度の高さもどうにかしなきゃな…

 

「…お前、好感度高くない?」

 

「…俺が聞きたいよ…」

 

ジト目でこちらを見ながら太陽が言う。

 

こいつ明らかにヤキモチ妬いてやがるな。

 

「よし…廃校も無くなったんだ…気を取り直して頑張ろう!」

 

廃校阻止によりすっかり明るい雰囲気が戻ったμ's。

 

楽しそうに話す者。美味しそうにご飯を食べる者。過ごし方は様々でそこには確かな笑顔があった。

 

しかし、それはいずれ壊される。

 

この笑顔と明るい雰囲気はまた、失われる事になる。

 

俺はことりと海未の方に顔を向けた。

 

「ことり…そろそろ…」

 

「…でも、今は…」

 

そこには暗い表情をしたまま俯いたことりとその様子を見つめる海未。

 

長引けば長引くほど辛くなる。それはことり自身も分かっているはずだ。

 

「…ことり…」

 

海未はぽつりと呟くと、しびれを切らしたのか立ち上がり口を開いた。

 

「ごめんなさい。皆に少し話があります」

 

海未の言葉に視線が集まる。

 

…言うのか。ついに。

 

「…何か聞いてる?」

 

「…何も」

 

「冬夜…何か知ってるのか?」

 

「…」

 

海未の様子に良いニュースでは無いと皆察したのだろう。さっきまでの明るい雰囲気と笑顔は微塵も無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然ですが…」

 

そして海未は口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりが、留学する事になりました」

 

もう一つの、残酷な現実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

現実を知ったμ'sが最初に感じた感情。

 

それは悲しみでもショックでも無く、困惑だった。

 

「…何…それ」

 

「…嘘…」

 

「…どうゆう事?」

 

次第に溢れてくるマイナスの感情。悲しみやショックや混乱が入り混じった言葉にならない感情がμ'sを支配する。

 

「…2週間後には、日本を発ちます…」

 

暗い表情を浮かべたまま現実を述べる海未。

 

それに続いてことりが口を開く。

 

「前から、服飾の勉強したいって思ってて…そしたらお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって…」

 

誰一人口を開かない。

 

掛ける言葉が見当たらないのだろう。

 

ことりは続けて口を開く。

 

「…ごめんね?本当にもっと早く話そうと思ってたんだけど…」

 

「学園祭のライブで纏まっている時に言うのは良くないと、ことりは気を遣っていたんです」

 

海未がすかさずことりのフォローに入る。

 

これはことりの引っ込み思案な性格も災いしてここまで遅くなってしまった。

 

きっと、皆の中では突然すぎて整理出来てないのだろう。ましてや廃校阻止でまた雰囲気が良くなった矢先での報告。

 

決してベストなタイミングでは無い。

 

ただ、学園祭に向けた準備期間の様子を聞けばそんな雰囲気では無い事も理解出来る。

 

「…それで最近…」

 

希はことりの様子に気付いていたのだろう。悲しそうな表情で言う。

 

「…行ったきりなの?」

 

「…うん…高校卒業までは…多分…」

 

俯いたままことりが答える。

 

留学となれば当然何年単位。

 

高校在学中に間に合う事は無いだろう。

 

「…本当…なんだな…」

 

酷く落ち込んだ様子の太陽。

 

μ'sに対しての執着が強かった太陽からすれば、この現実へのショックは計り知れない。

 

「…」

 

太陽の言葉を最後に流れる沈黙。

 

誰一人として誰かと目を合わせることも無く、ただただ俯いたままの時間が続いていた。

 

そんな中、その沈黙を破ったのは穂乃果だった。

 

「何で…言ってくれなかったの?」

 

ゆっくり穂乃果は立ち上がると、そのままことりの方へ歩いていく。

 

「だから…学園祭があったから…」

 

海未が穂乃果の質問に答える。

 

だが、当然それでは納得しない。

 

「海未ちゃんは知ってたんだ」

 

海未を鋭い目付きで見る穂乃果。

 

この3人は小さい頃からの幼馴染。穂乃果からすれば自分だけ知らなかった現状に仲間外れにされた感覚に陥っているのだろう。

 

穂乃果はしゃがみこむと、ことりの目を見つめながら鋭い目付きのまま口を開く。

 

「どうして言ってくれなかったの!?ライブがあったからっていうのは分かるよ?でも、私と海未ちゃんとことりちゃんはずっと…」

 

「穂乃果…」

 

「ことりちゃんの気持ちも分かってあげないと…」

 

穂乃果の様子に絵里と希が直ぐ様声を掛ける。

 

だが、穂乃果は止まらない。

 

「分からないよ!だっていなくなっちゃうんだよ!?ずっと一緒だったのに…離れ離れになっちゃうんだよ!?なのに…」

 

ことりにぶつける自分の思い。

 

何で話してくれなかったのか。ことりの一番の親友であるはずの私に何ですぐ言ってくれなかったのか。

 

感情に身を任せ周りが見えてなかった穂乃果には、その答えを出せるはずも無かった。

 

穂乃果の言葉を受けたことりが、目尻に涙を浮かべながら口を開く。

 

「…何度も言おうとしたよ?…」

 

「…え?…」

 

「でも、穂乃果ちゃんライブやる事に夢中で…ラブライブに夢中で…だから…ライブが終わったらすぐ言おうと思ってた…相談に乗ってもらおうと思った…でも、あんな事になって…」

 

ここでようやく知ることになることりの葛藤。

 

穂乃果はこの言葉で気付く事が出来ただろう。いかに自分が周りを見ていなかったかを。

 

「聞いてほしかったよ?穂乃果ちゃんには、一番に相談したかったっ…だって、穂乃果ちゃんは初めて出来た友達だよ!?ずっと側にいた友達だよ!?…そんなの…そんなの……っ……当たり前だよ!!」

 

感情が溢れ次第に涙が零れることり。

 

爆発した感情のまま穂乃果を突き飛ばすと、そのまま部室を走り去ってしまった。

 

「ことりちゃん!!」

 

思わず全員が立ち上がる。

 

だが、初めて見たことりの剣幕と事態の深刻さに誰一人として追いかける事が出来なかった。

 

今のことりに、何て言葉を掛けたらいいのだろう?

 

穂乃果に何て言葉を掛けたらいいのだろう?

 

μ'sは、これからどうなるのだろう?

 

当然すぐに答えなど出るはずもない。

 

「…ずっと、行くかどうか迷っていたみたいです…むしろ、行きたくないようにも見えました…」

 

「…」

 

「ずっと穂乃果を気にしてて、穂乃果に相談したら何て言うかってそればかり…」

 

「…」

 

「黙っているつもりは無かったんです。本当にライブが終わったらすぐ相談するつもりでいたんです…」

 

唖然とした表情のまま海未の言葉を聞く穂乃果。

 

今の穂乃果が何を考えているのか分からない。ただ、1つだけ分かることは、今穂乃果は確かに絶望しているという事だけ。

 

「…分かってあげて下さい」

 

穂乃果は一向に反応を見せない。

 

他のメンバーもただただ立ち尽くすのみ。

 

それから誰一人として、口を開く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「…冬夜?」

 

それからどれだけの時間が流れただろう。

 

数時間経った気もすれば、まだ少ししか経っていない気もする。

 

学園祭から幾度となく続いていた重苦しい空気は、μ'sから離れる素振りを見せない。

 

俺は立ち上がると、部室を出ようとした。

 

「…どこ行くんだ?」

 

そう俺に声を掛けるのは太陽。

 

他のメンバーも暗い表情のまま俺に視線を向ける。

 

「バイトだよ」

 

俺は誰とも顔を合わせないまま言う。

 

元々バイトの時間までの参加という約束だ。

 

俺はこの雰囲気もことりもどうこうするつもりは無い。

 

「…そうか…お前こんな時でも変わらないな。…なぁ、1つだけ聞いていいか?」

 

「…何だ?」

 

太陽からの質問。

 

この状況なんだ。決してプラスの質問では無い。

 

太陽は少しだけ怒りを含んだ声色で質問をぶつけた。

 

「…お前…留学の件知ってたろ?」

 

「…」

 

…どうやら太陽にはバレていたらしい。

 

このまま隠し通せると思ったがそれは甘かったみたいだ。

 

「どうなんだ?冬夜」

 

きっと太陽が言葉に含んだ怒りは、俺が何もアクションを起こさなかったものに対してのものだろう。

 

まぁしかしバレてしまったものは仕方ない。正直に話すか。

 

「ああ、知ってたよ。何なら海未よりも前からな」

 

「「「「「「「…!…」」」」」」」

 

「…やっぱり…そうなんだな…」

 

「だったら何だ?」

 

「そんな前から知ってたなら何で黙ってた?お前なら…皆に話す事ぐらい出来ただろ?」

 

「話す?留学の件を?俺から?」

 

俺は太陽の方を向くと、続けて言った。

 

「いいか?これはことりの問題だ。百歩譲ってことりとの関係性が深い海未がしびれを切らして代わりに話すのは分かる。だが、そこまで関係性の深くない俺が、ことりが学園祭の後に話すという決断をしたのにそれを破って話す訳が無いだろう」

 

「…でも!」

 

「早く話していればこうならなかったなんて理論はタラレバだ。第一俺が知った時はまだことりは留学するかどうか悩んでいた。そんな状態で話せば皆はことりをμ'sに残す方向で話を進めるだろ?それってことりの為になるのか?」

 

「…」

 

「先延ばしにした結果ことりは留学に行くという結論を自分で出す事が出来た。そして結論を出した時にはもう学園祭は迫っていた。俺が話す隙が何処にある?」

 

俺の言葉に皆は口を閉ざしたまま。

 

どうやら反論は無いみたいだな。

 

「いいか?南ことりにとって一番何が為になるか。それだけを考えろ」

 

俺はそう言うと、今度こそ部室を去った。

 

今度は呼び止める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

μ'sの崩壊まで後僅か。

 

何もしなくてもここまで落ちる事は想定済み。

 

俺がやる事は最後のトリガーを引くだけ。

 

このままμ'sが消えてしまうか。それとも生まれ変わって復活するか。

 

それはあいつらの強さ、想いの強さ次第だ。

 

「…さぁ、振り出しに戻ろうか…」

 

止まった歯車は、不協和音を奏でながら回り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、

 

 

 

 

 

 

 

μ's崩壊へのカウントダウン。




「俺は言ったはずだよ。見えなくなる物もあるって」

μ's崩壊への最後のトリガー。

それは、μ'sの核を潰す事。

「俺の忠告を無視した結果がこれだ。君の中では俺はただ見てるだけの人。でもね」

【君には見えない物も、俺には見えるんだよ】

その引き金を引くため、冬夜は動き出す。

「冬夜…お前!!!」

「現実を突きつけたまでだよ。本当の事を言って何が悪い」






〜次回ラブライブ〜

【第27話 失う光】


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第27話【失う光】

どうもドラしんです!思いの外遅くなってしまいましたすいません!

自分が書きたかったシーンの1つだったのですがいざ書いてみると矛盾が生じたりおかしい展開になったりと意外と苦戦を強いられました。

最初の流れを大分変えたり沢山考えてる時間を掛けてようやく完成しました。

ちょっとそこ!時間を掛けた割に…とか言わない!

…という訳で第27話始まります。









謝っておきます。

ラブライブファンの皆様…特に穂乃果ファンの皆様、本当に申し訳ありません!

冬夜大暴れ回になります。

めちゃくちゃ嫌なやつです。本当にヤバいです。

でも、俺はこっちの冬夜も好きだよっ!




あ、本当にすいません。

心してご覧下さい。


暗いとある一室。

 

ベッドの上で体育座りをしながら机の上に置かれているノートパソコンを見つめる少女がいた。

 

その目には光が無く、プラスの感情は何一つ感じられない。

 

「…凄いな…」

 

少女の見つめるノートパソコンに映るものはA−RISEのライブ映像。

 

その圧巻のパフォーマンスに少女の目には諦めの感情が宿る。

 

「…無理だよ…追い付くなんて…」

 

ため息をつく少女に声を掛ける者はいない。

 

静寂に消えるため息。重なる負の感情。

 

徐にスマホを開く少女。そこには誰かにLINEを送ろうとしたのか書きかけの文章があった。

 

しかし、その文章が完成する事は無い。

 

学園祭での失敗。親友との衝突。

 

心を砕くには充分すぎる現実が少女に襲いかかる。

 

少女の取り柄であった太陽のような明るい笑顔はもう、見る影もない。

 

「…私…何やってたんだろう…」

 

少女は悲しそうにそう呟くと、静かにノートパソコンを閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…話したのね?」

 

時を同じくしてとある一室。

 

こちらでも別の少女が暗い表情を浮かべながらスマホを見つめていた。

 

「…お母さん…うん…」

 

もう少し早く話していれば…

 

あのタイミングで言い出さなければ…

 

そして何より大切な親友との衝突。

 

大きな後悔を抱える少女もまた、心に深刻なダメージを負っていた。

 

「…納得してくれたの?」

 

「…」

 

母親からの質問に何も答えられなかった。

 

あんな別れ方をすれば当然。納得もしているはずがない。

 

連絡が誰からも来ていない事を確認すると、途中だった荷造りを再開する。

 

しかし、その手は何度も止まり一向に進む気配を見せない。

 

「…早く寝なさいよ」

 

その様子を見た少女の母親は、それ以上詮索はせずその一言だけ残し部屋を去っていった。

 

「…」

 

一人部屋に残された少女。

 

荷造りの手は完全に止まっていた。

 

「…どうすれば良かったのかな…」

 

そう呟く少女の声は、誰の耳にも入らないまま静寂に消えていく。

 

離れていく心の距離。

 

手を伸ばす事さえ出来ない現状。

 

嘲笑うかの様に時間だけが、ただただ過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果もう寝てるの?」

 

穂乃果とことりの衝突があった次の日。

 

俺が学校に到着すると、すぐ俺の目に飛び込んできたのは穂乃果に声を掛けるヒフミトリオと机に伏せる穂乃果の姿。

 

近くにことりと海未の姿は無かった。

 

「…起きてるよ…」

 

力無く手を上げる穂乃果。

 

その声には覇気が無い。

 

昨日の件がよっぽど堪えたらしい。

 

「今日はことりちゃんと一緒じゃないの?」

 

ミカが穂乃果に疑問をぶつける。

 

それは穂乃果にとって一番聞かれたくない事。

 

「…」

 

当然穂乃果は答えない。

 

「「「…」」」

 

穂乃果の様子に3人は互いに顔を見合わせると、真剣な表情に変わり再び声を掛ける。

 

「…海未ちゃんから聞いたよ?ことりちゃん、留学するんでしょ?」

 

「…!…」

 

ミカの言葉に穂乃果は思わず顔を上げる。

 

「寂しくなるね…でも、このままじゃことりちゃんも悲しむよ?」

 

「そうだよ!穂乃果らしくないよ?落ち込んでお別れするより笑ってお別れした方が絶対いいよ!」

 

「そうそう!笑って笑って!」

 

優しく声を掛ける3人。

 

だが3人は知らない。穂乃果とことりが大きな衝突を起こした事。

 

その発言が穂乃果を更に追い詰める事を。

 

「…う…めて…」

 

「…穂乃果?」

 

「…ううん…何でもない」

 

一瞬見えた穂乃果の本音。

 

一瞬見せた苦痛の表情。

 

3人に聞こえたかどうかは分からない。だが、俺の耳はしっかりと捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もう…やめて…」

 

それは、もうその話をしないでと訴えている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

昼休み。

 

一人の少女が誰もいない旧校舎の廊下を歩いていた。

 

「…どうすれば…」

 

暗い表情をし、思い詰めた様子の少女は俯きながらただ宛もなく歩を進める。

 

1人になりたいから。考える時間が欲しいから。それは少女にしか分からないが、1つだけ言える事は、この場所は今の彼女にとって居心地が良い場所だという事。

 

答えの出ない問いに頭を悩ませる少女はまたため息をつく。

 

「…はぁ…」

 

後悔。葛藤。罪悪感。悲しみ。怒り。苦しみ。様々な感情が入り混じった今に何と名前をつけよう。

 

過ぎた時間は戻らない。だが、今までこれ程までに時間が戻ってほしいと思った事はきっと無い。

 

それ程までに失った物は大きい。

 

学園祭。ラブライブ。そして親友までも失おうとしている。

 

思わず少女はぽつりと呟いた。

 

「…何で…こんな事に…」

 

今にも消え入りそうな声。

 

静寂に投げかけた疑問の答えは、意外とすぐに返ってきた。

 

「穂乃果、俺は言ったはずだよ。見えなくなる物もあるって」

 

そこにいたのは、壁に保たれながら少女…高坂穂乃果を見つめる氷月冬夜の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…冬夜君…」

 

か細い声で俺の名前を呼ぶ穂乃果。

 

その表情は相変わらず暗い。

 

「…何でここに?」

 

「穂乃果が旧校舎に行くのが見えたから先回りした。ここなら絶対通るって思ってね」

 

俺が穂乃果を待った理由。それは崩壊のトリガーを引く為。

 

一度μ'sを…終わらせに来た。

 

「そんな事より穂乃果、今、君はどんな気持ちだ?」

 

俺は穂乃果を真っ直ぐ見つめながら質問をぶつけた。

 

「…え?」

 

よく分からないという表情を浮かべる穂乃果。

 

俺は続けて言う。

 

「君が今感じてる苦しみ、悲しみ、怒り、後悔。その他複数の負の感情。その状態を何て言うか知ってるか?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「【絶望】だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…」

 

俺の言葉に穂乃果の表情が変わる。

 

「予想通りだったよ。学園祭の失敗も、ことりの留学も、全てを知った後の反応も、君がこうなる事もね」

 

「…全部…分かってたの?」

 

「ああ、分かってたよ」

 

「…!…じゃあ何で!」

「だから忠告したじゃないか」

 

俺は穂乃果の言葉に被せる様に言う。

 

「周りを見る事。体調の懸念。俺は確かに言った。でも、君は聞く耳を持たなかった」

 

「で、でも!」

 

「でも?何がでもだ。私の気持ちなんて分からないと叫んで走り去ったのは誰だ?俺の忠告をそれでもやるしかないの一言で一蹴したのは誰だ?」

 

「…」

 

「俺の忠告を無視した結果がこれだ。君の中では俺はただ見てるだけの人。でもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【君には見えない物も、俺には見えるんだよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…」

 

「君の気持ちなんて分かる筈が無い。でも、俺は君と違って現実が見えている。少し先の未来だって見えている。君はチャンスを…やり直せる最後のチャンスを自分で捨てたんだよ。君の言葉で。君の手で」

 

「…そ…そんな…」

 

「これで分かったはずだ。君の得意とする精神論がいかに脆いか。こうやって人は簡単に崩壊するんだよ」

 

「…あ…あ…」

 

「はっきり言おう。高坂穂乃果、君は学園祭の数日前から間違えていた。何もかも間違えていた。でも君はそんな自分を信じてひたすら間違った道を進んだ」

 

人は間違える生き物だ。

 

誰しも間違う事は必ずある。

 

「皆は私達にも責任はある、連帯責任だと言うけどね」

 

μ'sは間違いなく強い。

 

短期間でのレベルアップ。乗り越えてきた困難の数々。

 

でもそれは、決して個々の強さでは無い。

 

「それは皆の優しさである事を忘れてはいけないよ」

 

いつだって先には穂乃果がいた。

 

μ'sの中心はいつも穂乃果だった。

 

辛い時に声を掛けるのも、皆を励ますのも、作曲を真姫に依頼する時も、スクールアイドルμ'sの始まりも、全て穂乃果だった。

 

それがμ'sの強さであり、最大の弱さでもある。

 

「皆は穂乃果に責任を感じて欲しくないから。早く元気になって貰いたいから。だから皆は君に優しく声を掛ける。でも、現実は違う」

 

μ'sの核は穂乃果。皆も穂乃果を頼りにしてる側面が強い。

 

だが、それは核である穂乃果が崩れた瞬間台無しになる。

 

「だって…学園祭の失敗も、ラブライブの辞退も、今の状態も…」

 

だからこそ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部…君のせいなんだから」

 

μ'sは弱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ライブ?」

 

放課後。

 

昨日の今日で皆精神状態が不安定だと思い今日の練習を中止にしようと考えていた矢先、絵里から招集が掛かる。

 

冬夜を除いた10人が屋上に集まると、絵里は次のライブについて話し出した。

 

「そう。昨日私達で考えたの。折角ことりが自分の夢に向かって留学を決断したんだから私達は私達らしくライブで送り出ししようって」

 

「落ち込みはしたけど、やっぱり笑って別れた方がことりにとっても良いんじゃないかってなったのよ」

 

昨日、バイトだった冬夜と精神状態が最も不安定だった穂乃果。そして主役のことりを抜いた9人で話し合って決めた事。

 

それはことりの門出を祝う為にライブを開く事だった。

 

「μ's9人で歌う最後のライブ。最高の物にするわよ!!」

 

にこが握り拳を空に突き上げながら元気よく言う。

 

それを見た花陽や凛も一緒に「おー!」と言いながら気合いを入れた。

 

ことりがいなくなって寂しいのは当たり前。でもそれはこちらの都合でしかない。

 

ことりだって穂乃果や海未…μ'sから離れるのは辛いはず。でも、自分の夢…やりたい事の為に決断した。

 

となれば全力で応援しないとな!

 

「精一杯歌うにゃー!」

 

「私も頑張るよ!」

 

少しずつ皆に明るい表情が戻る。

 

辛い事が続いても皆前を見て進もうとしてる。本当にμ'sは強いな。

 

俺はまだ引き摺っているというのに…

 

 

 

 

 

「ああ、知ってたよ。何なら海未よりも前からな」

 

 

 

 

 

「だったら何だ?」

 

 

 

 

 

脳裏に浮かぶのは昨日の冬夜の様子。

 

確かに冬夜の言っている事はその通りだった。でも、それにしても興味が無さすぎる。

 

ことりの留学…それがどうした?行きたいなら行けばいい。俺には関係ない。

 

…昨日の冬夜の様子から俺はこう感じてしまった。

 

今この場に冬夜がいない事といい、この後またμ'sにとって辛い事が起きるんじゃないかと思ってしまう。

 

前から感じていた胸騒ぎ。ことりの留学の事だと思っていたが…違う。

 

もっと他の…大きい何か…

 

自分の勘違いであってほしい。そう願う俺と裏腹に、予感が的中したように辛い現実は襲いかかる。

 

「…私のせいだ…」

 

明るい雰囲気の中、ぽつりと放たれた穂乃果の言葉。

 

それは場の空気を変えるには充分だった。

 

「…穂乃果?」

 

「…もっと私がしっかりしていれば…体調管理を考えていれば…ことりちゃんの異変に気付いていれば…こんな事には…」

 

「ほ、穂乃果ちゃん…そんなに自分を責めなくても…」

 

「私が…私がもっと周りを見ていれば!!」

 

感情が溢れ思わず口調が強くなる穂乃果。

 

まずい…このままじゃ壊れる…

 

「穂乃果…そうやって何でも背負い込むのは傲慢よ?」

 

「そうよ。それに前にも言ったでしょ?ラブライブだって次があるかもしれないんだから落ち込んでる時間は無いって」

 

絵里とにこが直ぐ様声を掛ける。

 

二人に続き俺も口を開く。

 

「これは皆の責任だ。穂乃果だけの問題じゃない。だから穂乃果、一人で抱え込むのはやめよ?」

 

何とか穂乃果の心を繋ぎ止めようと優しく話しかける。

 

しかし、穂乃果の曇った表情は一切取れない。

 

穂乃果は俯いた状態から顔を上げると、冷たい目をしたまま口を開いた。

 

「…ラブライブに出て、どうするの?」

 

「…!…」

 

希望を持つ俺達に突き刺さる冷ややかな目。

 

これがあの…高坂穂乃果なのか?

 

「…穂乃果…今、何と…」

 

「ラブライブに出てどうするの?って聞いたんだよ。廃校はもう阻止出来た。だったら出る意味なんてないじゃん」

 

穂乃果の口から放たれる拒絶の言葉。

 

しかもそれは、一番聞きたくない人物からの言葉。

 

皆の表情はみるみる内に落ちていく。

 

「A−RISEにだって私達じゃ敵わない。負けるのなんて目に見えてるよ。それを分かってて出場するの?それってただ恥をかくだけじゃん」

 

輝きを失った瞳。

 

ただただショックだった。

 

表情、仕草、言葉の一つ一つ。そして何より…

 

【それが高坂穂乃果だという事】

 

「…それ…本気で言ってるの?」

 

真っ直ぐ険しい顔で穂乃果を見つめるにこ。

 

一度スクールアイドルを挫折しているにこにとって穂乃果の今の発言は許せるはずもない。

 

「…」

 

にこの言葉に穂乃果は反応を示さない。

 

「本気で言ってたら許さないから」

 

2回目。再び穂乃果に声を掛けるにこ。

 

その口調には確かな怒りが含まれていた。

 

「…」

 

しかしそれでも穂乃果は反応を示さない。

 

その様子を見たにこの表情はどんどん険しくなっていく。

 

これはまずい…どうにかしないと…これ以上のメンバー間の衝突は避けないと…

 

でも、何て声を掛ければ…

 

頭を回転させ必死に言葉を探す。だが一向に相応しい言葉が出ない。

 

俺が頭を悩ませている…その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さないって言ってるでしょ!!!」

 

「ダメっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に耳に入るにこの怒号。その直後に耳に入る真姫の悲痛の声。

 

目を向けるとそこには、今にも穂乃果に飛びかかろうとするにこを、真姫が必死に抱き締めて止めている姿があった。

 

「離して!」

 

「い、嫌!絶対離さない!」

 

もがくにこを止める真姫。

 

「…」

 

対する穂乃果はこの様子を見ても眉一つ動かさない。

 

「私はあんたが本気だと思ったから…冬夜が本気だって教えてくれたからこのグループに入ったの!!このグループに賭けてみようって思ったの!!」

 

「…」

 

「それを…それをあんたはこれだけの事で諦めるつもり!?」

 

屋上に響くにこの叫び。

 

何としてでもμ'sを壊したくない。その気持ちが痛い程伝わってくる。

 

「…っ…」

 

「…にこちゃん…」

 

にこのμ'sに対する熱い思い。そして決して見たくなかった穂乃果とにこの衝突。

 

思わず涙を流す花陽と凛…

 

…俺は何をやってるんだろう。

 

メンバー内での衝突が起きてて…今にもμ'sが壊れそうで…でも俺は何も出来ずただ見てるだけの俺…

 

後輩が涙まで流してるんだぞ!?何でそんな状況になっても言葉の一つも掛けてあげられない!?

 

早く…何か言葉を…

 

悪化していく状況に頭を悩ませる俺。

 

気付けば俺は、正解が分からないまま口を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ穂乃果は、どうしたい?」

 

搾り出した言葉はそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

流れる沈黙。

 

結局俺は穂乃果に委ねる事しか出来なかった。

 

当然穂乃果の今の状態じゃとてもじゃないがまともな判断をする様に見えない。

 

だが…すぐ穂乃果に頼ってしまう自分が…こうしようという案が全く出ない自分が…本当に情けない。

 

冬夜なら…何て声を掛けたのだろうか…

 

「…」

 

俺の質問にも一向に表情を変えない穂乃果。

 

誰一人として口を開かない…いや、開けないこの空間。

 

不釣り合いな小鳥の囀りだけが、虚しく響いていた。

 

そして俯いていた穂乃果は少しだけ顔を上げると、閉ざしていた口をついに開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やめます」

 

 

 

 

 

 

 

それは間違いなく穂乃果の声だった。

 

しっかり耳に入った【やめます】という言葉。

 

…やめる?何を?

 

落ち込むのをやめる?うじうじ考えるのをやめる?自分だけ抱えるのをやめる?

 

…一体何をやめる?

 

「…穂乃果、今何と?」

 

穂乃果に再び問う海未。俺は気づいたら叫んでいた。

 

「やめろ!」

 

「…太陽?」

 

「もう…これ以上はやめよう…」

 

分かってる…穂乃果が何を言おうとしてるかなんて…

 

だからこそ絶対言わせてはならない。

 

その言葉だけは絶対に、穂乃果の口から言わせてはならない。

 

穂乃果が一番言ってはいけない言葉。言ってしまえば…今度こそμ'sは終わってしまう。

 

「私は」

 

しかし、穂乃果は止まらない。

 

「…!…」

 

嘘だろ…言う気か?

 

「もう決めたの」

 

ダメだ…

 

「私、高坂穂乃果は…」

 

それ以上は…言ってはならない!

 

「穂乃果!それ以上言うなっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「音乃木坂スクールアイドル。μ'sを…やめます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

μ'sは完全に壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が止まった様な感覚だった。

 

分かっていた。穂乃果がスクールアイドルをやめようとしていたのは。

 

分かっていたはずなのに…

 

「…」

 

扉へと歩き出す穂乃果。

 

止めないと…声を掛けないと…頭では分かっているつもりでも体が全く動かない。

 

それは皆も同じだった。

 

「…」

 

そして穂乃果は最後にチラリと一瞬だけこっちを見ると、そのまま屋上を去っていく。

 

俺達の口が開かれたのはそれから数分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かないと…」

 

気付けば俺は自然と呟いていた。

 

「太陽君…」

 

まだ状況を飲み込めていない、整理がついていないメンバーも多い。

 

でも、今やるべき事ははっきり分かる。

 

「…引き留めないと」

 

このまま穂乃果を1人にしてはいけない。

 

このまま穂乃果を失ってはいけない。

 

μ'sを…無くしてはいけない。

 

「…!…穂乃果!」

 

自然と俺の足は動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ遠くへは行っていないはず…」

 

勢いそのまま屋上を出た俺は急いで階段を降りていく。

 

まだ追い付ける。まだ間に合う。

 

コーチとして何としてでも繋ぎ止めなければいけない。

 

俺はその一心だった。

 

そして屋上への階段を降りきったその時、不意に声を掛けられた。

 

「…何処に行くつもりだ」

 

何度も隣で聞いた声。

 

きっとこの人なら何とかしてくれる…そう思わせてくれる心強さ。

 

「…冬夜」

 

俺にとって一番の親友。氷月冬夜がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上でのやり取りはずっと聞いていた。

 

昼休みに穂乃果の心を砕いた事もあり、μ'sの脱退を穂乃果は決断した。

 

これはきっと皆にとって穂乃果の口から最も聞きたくなかった言葉だろう。

 

だからこそ当然皆はその言葉を良しとしない。

 

太陽辺りが穂乃果を追いかけて来るだろうと思ったら案の定だ。

 

よく見たら他のμ'sのメンバーも来ている。

 

だが、穂乃果の元へ行かせる訳にはいかない。

 

「大変なんだよ冬夜!穂乃果が!」

 

「ああ、聞いてたよ。やめるんだって?」

 

「聞いてたのか?なら話は早いな!今穂乃果の所へ急いでるんだ!冬夜も力を貸して…」

「行ってどうするんだ?」

 

「…は?」

 

俺の言葉に太陽の表情が変わる。

 

「…決まってるだろ?連れ戻すんだよ」

 

「どうやって?」

 

「そ、それは…話し合って…」

 

「何て声を掛けるつもりだ?」

 

俺からの質問攻めに次第に太陽の表情が険しくなっていく。

 

μ'sの崩壊まで後僅か。悪いが目的の為なら容赦はしない。

 

「…何のつもりだ冬夜」

 

怒りを含んだ太陽の言葉。

 

俺の興味の無さそうな反応が頭に来ているようだ。

 

「…別にいつも通りだけど?」

 

「いつも通りだと?お前…どうしちゃったんだよ!そんなんじゃ無かったはずだろ!?」

 

そんなんじゃ無かった…か…昔からお前はそうだな。

 

「俺の全てを知っている訳でも無いのに知ったような口を利かないでくれる?」

 

本当にお前は考えが甘い。

 

今はそんな事を言ってられる状況じゃないんだよ。

 

「大体穂乃果を連れ戻すって正気か?穂乃果は自分でμ'sの脱退を決意したんだぞ?」

 

「それでも俺は納得出来ない!こんな別れ方は絶対にしたらダメだ。皆だって納得しない!」

 

「それは穂乃果の意思を無視する事になる。第一、今の状態の穂乃果を連れ戻した所で何になる?状況は一切変わらない。むしろ悪化するだけだ」

 

「そんなの分からないだろ!お前は納得出来るのか!?話を聞いていたなら分かるだろ!?あの穂乃果の様子!」

 

「ああ、分かるよ。その上で言ってるんだ」

 

「…何で…」

 

ヒートアップする太陽に俺は冷静に声を掛ける。

 

今の穂乃果を連れ戻すのは絶対にμ'sの為にならない。

 

むしろ穂乃果は一度μ'sを離れるべきなんだ。

 

「太陽、お前は甘いよ。掛ける言葉も見つかってないのにあの状態の穂乃果と会ってどうするつもりだ?思い付きの上辺だけの言葉を並べるつもりか?」

 

「それは…」

 

「いいか?はっきり言うが今の穂乃果じゃμ'sにとってお荷物でしかない」

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

俺の言葉に皆の目の色が変わる。

 

「…お前、今何て…」

 

「μ'sのお荷物だって言ってるんだ。頑張るの脆い精神論1つで一人で突っ走って一人で失敗して皆を巻き込む。これをお荷物と言わずになんと呼ぶ?」

 

「お前…本気で言ってるのか?ふざけるな!!穂乃果がどれだけ一生懸命だったかお前だって分かるはずだろ!!」

 

今にも殴り掛かりそうな剣幕で俺に怒鳴る太陽。

 

だが俺は表情を一切変えず冷たく返す。

 

「ああ、一生懸命だったね。無駄に」

 

「!?」

 

「一人でああだこうだ悩んで勝手に結論を出して、ステップを相談無しに変えたり皆の練習量も勝手に増やしたり…話を聞いた時俺は思ったね。一人でやれよって」

 

更に俺は続ける。

 

「グループというのは全員が同じ熱量で同じ方向を向いて活動するものだ。そこに熱量の誤差、方向の違いがあるだけでグループは成立しない。にこのスクールアイドルの挫折が例だ。にこの熱量が強すぎたからついていけず皆離れた。今の穂乃果はそれだよ。今の穂乃果がμ'sに必要ないのはそこで、只でさえ学園祭失敗、ラブライブ辞退なんて事が起きてるのにそれに加えことりとの衝突。いい加減にしろよ。どれだけ皆を振り回すつもりだ」

 

そして俺は今までより冷たい声で太陽の目を見ながらはっきりと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の穂乃果に、価値はねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

不意に掴まれる胸倉。壁に叩きつけられる体。

 

そして、怒りに染まった太陽の姿。

 

完全に目は血走り、険しい形相を浮かべ胸倉を掴む手にも力が入る。

 

当然非力な俺では動かす事なんて出来ず、ただただ壁に押さえ込まれたまま。

 

それでも俺は冷静だった。

 

「…」

 

「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!?穂乃果に価値が無いだと…?…ふざけるんじゃねぇ!!!」

 

「た、太陽君!冬夜君!」

 

思わずそう叫んだのは涙を流している花陽だろうか。

 

不安に揺らぐ皆の瞳。悲しそうな表情、涙を流す者、ショックで唖然としている者。それは様々だった。

 

「ふざけてなんていないさ。俺は真面目だ」

 

「お前!!」

 

今にも殴り掛かりそうな程の敵意。

 

そして俺の言葉に少なからず感じているだろう俺への不信感。

 

いっそこのまま殴られようか。

 

今の状況は俺にとって好都合だ。

 

「…冬夜君は、これからのμ'sはどうするのが正解だと思うの?」

 

そう俺に疑問を投げかけるのは希。

 

この状況でのその冷静さはさすがだな。

 

「それは君たちで決めるべきだ」

 

「でも、うちは冬夜君の意見が聞きたい」

 

真っ直ぐ俺を見つめる希の表情はいつにも増して真剣だった。

 

希のμ'sに対する愛情は強い。μ'sの未来を人一倍気にしているのは間違いなく希だ。

 

…仕方ない。意見を言うくらいは良いか。

 

「俺は、μ'sは一度活動を中止するべきだと思ってる」

 

皆思う所があったのか俺の言葉に対し驚く素振りを見せなかった。

 

「…」

 

胸倉から手を離し俺から離れる太陽。

 

次に口を開いたのは絵里だった。

 

「…理由、聞いても良い?」

 

「理由は2つ。まず継ぎ接ぎだらけの今の状態でまともなライブが出来るとは到底思えないのが1つだ。2つ目は、スクールアイドルをやる事の意味を考える時間が必要な事だ」

 

「スクールアイドルを…やる事の意味?」

 

「そう。廃校も阻止出来た。ラブライブも無くなった。そうなればスクールアイドルを続ける理由が無くなる。もし、この先もスクールアイドルを続けるなら、何でスクールアイドルをやるか皆の中で統一させないといけない。じゃなければこれ以上の活動は無理だ」

 

今のμ'sは完全に目的を失っている。何でスクールアイドルを続けるかの理由が無い。

 

これはスクールアイドルに対するモチベーションや熱量にも関係して来るもの。この統一が取れなければμ'sはいずれまた衝突する。

 

「…分かったわ」

 

俺の返答を聞いた絵里は、暗い表情でそれだけ言うと口を閉ざした。

 

「…」

 

訪れる静寂。皆の顔は俯いており誰も俺と目を合わさない。

 

…いや、まだ一人だけいるな。真っ直ぐ俺を見つめてる人。

 

「…希。まだ何か言いたい事あるのか?」

 

「…やっぱり…気付いちゃう?」

 

一人だけ真剣な表情でじーっとこっち見てたらそりゃ気づくわ。

 

だが、この希の様子だとこの場で話し辛い事なのかもしれないな。自分から口を開かなかったという事は。

 

「…本当は後にしようと思ってたけど…」

 

希はそこで一度言葉を止めると、一回の深呼吸を挟み俺に疑問をぶつけた。

 

 

 

 

 

「今日、旧校舎で穂乃果ちゃんと何を話したの?」

 

 

 

 

 

「…希…それ、どうゆう事?」

 

「うち、見たんよ。昼休みに穂乃果ちゃんが旧校舎に歩いていった後、冬夜君が追いかける所」

 

…まさか見られてるとはな。しかも希に。

 

まぁ特段隠す程の事でも無いし、話しても良いが。

 

「…本当か?冬夜」

 

太陽が怪訝しい表情を浮かべながら言う。

 

皆は薄々感じているだろう。穂乃果が何故スクールアイドルをやめると言い出したのか。それが俺と関係している事。

 

皆の表情の険しさが物語っている。

 

俺は一切表情を変えず、淡々と話した。

 

「ああ、本当だよ。穂乃果に直接言ったんだよ。全部君のせいだって」

 

「…は?」

 

その瞬間、皆の目の色が変わる。

 

「何で…何でそんな事を!」

 

珍しく声を荒げるのは涙を流している花陽。

 

当然だ。皆が散々穂乃果に責任を押し付けまいと必死に優しい言葉を掛けていたのにそれを台無しにしたからな。

 

「冬夜…お前!!!」

 

再び俺に掴みかかろうとする太陽。

 

しかしその前に俺は悪びれる事無く声を掛ける。

 

「現実を突きつけたまでだよ。本当の事を言って何が悪い」

 

「…!…」

 

「学園祭前。土砂降りだった夜に俺はジョギングをしている穂乃果と会った。そこで俺は忠告したんだよ。今すぐ帰れ、体調管理、そして周りが見えなくなっている事。全て伝えた。俺には全て見えていたからな。学園祭の失敗もことりの留学で衝突する事も。でも穂乃果は目先の学園祭。ラブライブに気を取られて俺の言葉に耳を傾けなかった。その結果、俺の予想通りの事態になりその時点で俺の中での穂乃果の価値は無くなった。君たちの中途半端な優しさで穂乃果を慰めた所で穂乃果は変わらない。また同じ事が起きる。だから俺は穂乃果に全てを伝えた。穂乃果の心を砕いた。だから穂乃果はスクールアイドルをやめるって言い出したんじゃないのか?」

 

誰一人、言葉が出なかった。

 

穂乃果がさっきしていた表情によく似ている。μ'sは間違いなく絶望しているんだ。俺の行動に。

 

俺は更に続けた。

 

「μ'sというグループは強い。それでいて弱い。それは君達の精神的支柱が穂乃果しかいなかったから。いつだって穂乃果は君達の前を立っていた。率先して動いていたのはいつも穂乃果だっただろう?ここまでμ'sは確かな成長を遂げた。でも自惚れてはいけない。所詮μ'sというグループはその1本しかない支柱を崩せば今みたいに崩壊する程脆い。学園祭準備期間の穂乃果に誰一人疑問を持たなかったか?暗い表情を浮かべることりに誰一人気付かなかったのか?または話を聞いてあげなかったのか?太陽も分かっただろう?あの状態になっても出た言葉があれ。これ以上の高みを目指すならお前じゃ力不足だ」

 

「夏休みの合宿も、先輩後輩を取り払う目的でしかない。士気は高まっていたみたいだが君達はまだ繋がってないんだよ。君達は穂乃果という柱を気にして、穂乃果の熱に押されて、間違った道に進んでいる事にも気付かず、柱が間違っていても修正する人がいない。この問題はもっと真摯に向かい合うべきで考えてる時間が無い、前を向くしかないで解決なんて出来ないんだよ。ここまで君達が作り上げたμ'sはこんな簡単に壊れるんだ。応急処置で繕ったμ'sなんてすぐにまた壊れる。だから俺は終わらせない。この問題を終わらせない。精神論に頼りきって自ら崩壊する様な生温いグループ…俺がぶっ壊してやる」

 

思っている事を全て話した。

 

全て本心。彼女達はまだ自分の弱さを自覚していない。

 

例えこれが原因で彼女達が立ち直れなかったとしても俺は構わない。

 

それ程俺にとってもう穂乃果は…μ'sは…価値がどこにも無い。

 

「…」

 

静寂。誰一人口を開こうとも顔を上げようともしない。

 

ショックを受けているのか。怒りで体が震えているのか。

 

表情が分からない今では知る由もない。

 

そんな中、動いたのは海未だった。

 

「…」

 

静かに俺に歩み寄る海未。

 

その動きを見守るメンバー。

 

俺もまた、一歩も動かず真っ直ぐ海未を見つめている。

 

そして、海未は俺の前に立つと、右手を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシンっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響き渡る乾いた音。

 

熱を持つ俺の頬。

 

頬に走った衝撃に視界が海未から外れる。

 

そして直ぐ様目の前を向くと、そこには涙を流している海未の姿があった。

 

「…っ…」

 

俺を睨み付ける海未。

 

そしてそのまま海未はポツリと呟いた。

 

「…最低です…」

 

「…」

 

「…あなたが…あなたがそんな人だとは思いませんでした!!あなたは…最低ですっ!!…」

 

海未からのビンタ。

 

だが、ここまで言ってしまえば飛んでくるだろうと思っていた。

 

だから特別驚きもしない。

 

悪いな海未。俺にビンタは通用しないんだ。

 

「…最低…か…」

 

俺はぽつりと呟く。

 

そして、そのまま俺は真っ直ぐ海未の目を見つめながら冷たく言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気付くの遅いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




崩壊したμ's。

冬夜の言葉で心が折れたメンバーは活動の休止を余儀なくされる。

彼女達が信じたヒーローはいない。

だが、彼が残したヒントは間違いなくあった。

もう一度立ち上がる為に…

女神はひたすらに答えを探す。絶望の先に、光があると信じて。








〜次回ラブライブ〜

【第28話 堕ちた女神は何を思う】


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第28話【堕ちた女神は何を思う】

ドラしんです!

今回からμ's復活パートに移ります。

最初はアニメと変えようかなと思っていたんですがどれもしっくり来なかったので結局アニメに沿う事にしました。

今回は冬夜君に絶望に落とされたμ's達(特に穂乃果)の心の動きがテーマです。

なので主人公である冬夜君は殆ど登場しませんので予めご了承下さい。

それでは第28話、始まります。


 

「全部…君のせいなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ…」

 

あの時、冬夜君に言われたあの言葉が頭を離れない。

 

分かっていた。全てが自分のせいだって事を。でも、頭では分かっていたけど私は甘えていた。皆の優しさに甘えていた。

 

そして、それを冬夜君にあっさりと見破られた。

 

辛かった。でも、何一つ言い返す事が出来なかった。

 

全部冬夜君の言う通りで、それが現実。悪いのは全て私。

 

投げかけられた冬夜君からの様々な言葉。

 

そしてあの時…

 

「…穂乃果。それが君の答えなんだな」

 

「…うん…」

 

「ま、良い判断だと思う」

 

「…」

 

「きっとこの後太陽や皆が君を追いかける。でも、俺がそれをさせない」

 

「…」

 

「俺がここであいつらと話をする。君の事。そしてμ'sの将来を」

 

「…分かった…」

 

「だから穂乃果。君が盗み聞きしようがこのまま立ち去ろうが俺はどっちでも良い。だが、1つだけヒントをやる」

 

「…ヒント?」

 

「そう。君は今絶望している。俺もいろいろ言ったし、様々な現実が君を許してくれない。でも、これだけは頭に入れておいてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【君が失った物に、取り戻せない物は何一つ無い】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクールアイドルをやめる事を皆に言ったその後。

 

冬夜君に言われた言葉。

 

そして、冬夜君と皆の衝突。

 

私はただただ聞いていた。きっと涙も流していたと思う。

 

でも、それすら気にならない程皆のやり取りをずっと見ていた。

 

μ'sを続ける事の意味…

取り戻せない物は無い…

今の私に価値は無い…

 

冷たく放たれたその言葉は私に重たくのしかかる。

 

でも、これは冬夜君が残してくれたヒント。

 

きっとこの先私が、μ'sが変われる答えがあるんだと思う。

 

だけど…私にはまだその答えを出せない。

 

また冬夜君に怒られちゃうかな?冷たく突き放されちゃうかな?

 

それでも私はまだ前に進めない。

 

「…弱いな…私…」

 

だから冬夜君は私に価値が無いって言ったんだ。

 

私も、こんな自分嫌い。

 

「…分からないよ…」

 

頭を抱える私の脳裏に過る冬夜君が最後に言った言葉。

 

「気付くの遅いよ」

 

それはまるで、私に言っている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当に…これで良かったのかな…」

 

場所は変わり生徒会室。

 

そこには悲しそうな表情で業務に取り組む絵里と、同じような表情で窓の外を眺める希の姿があった。

 

「…μ'sはこの9人じゃないとダメ。そう言ったのは希でしょ?」

 

絵里は手を止めると、希の方を向きながら答える。

 

「…そうやけど…」

 

「ことりの留学、穂乃果の脱退、冬夜君との衝突。今のμ'sには問題が山積みでとてもスクールアイドルを行える状態じゃない。それに冬夜君も言ってたでしょ?スクールアイドルを続ける意味を考える時間が必要だって」

 

「…うん」

 

「確かに冬夜君のした事は間違い無くやり過ぎだし、海未や太陽君が怒るのも分かるわ。でも、私はあの時冬夜君が言った言葉に何一つ反論する事が出来なかった」

 

「…」

 

「それは皆も同じ。その時点で無意識に思ったのよ。冬夜君の言葉が正しいって」

 

お世辞にも優しいとは呼べないけどねと絵里は付け足すと、再び作業に戻った。

 

「…μ'sは、穂乃果ちゃんとことりちゃんの異変を先延ばしにした時点で壊れてたのかもね…」

 

希は寂しそうに空を眺めると、そう言いながら生徒会室を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

再び場所は変わり弓道場。

 

真剣な表情をした海未が、一心不乱に矢を撃っていた。

 

「最近熱心だね」

 

そう言うのは弓道部の先輩。

 

問いに対し、海未は力無く微笑みながら口を開く。

 

「…はい。大会も近いですから」

 

親友の留学。親友の脱退。そして信頼していたマネージャーからの言葉。

 

到底傷が簡単に癒えるはずもない深刻なダメージ。

 

海未が浮かべた笑顔はとても痛々しいものだった。

 

「…スクールアイドルは、本当にもう良いの?」

 

心配そうな表情で尋ねる先輩。海未の笑顔が作られた物だと気付いたのだろう。

 

「…」

 

先輩の問いに対し海未は、口を開く事無く再び弓を引く。

 

今の海未にとって一番触れたくないワード。スクールアイドル。

 

真剣な表情に見える大きな迷いは、海未の中でμ'sという存在がとても大きい物なのが伺える。

 

「音乃木坂スクールアイドル。μ'sを…やめます」

 

「精神論に頼りきって自ら崩壊する様な生温いグループ…俺がぶっ壊してやる」

 

「…っ…」

 

脳裏に過る穂乃果と冬夜の言葉。

 

少しだけ表情が険しくなった海未が放った矢は、的から少しだけ外れる。

 

「…」

 

的に刺さる距離の空いた3本の矢。

 

それはまるで、穂乃果とことりとの心の距離を表している様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

時を同じくして音楽室。

 

そこには暗い表情でピアノを見つめる真姫の姿があった。

 

「…来たはいいけど…弾く気起きないわね…」

 

ぽつりと呟く真姫。

 

その呟きは誰の耳にも入る事無く音楽室の静寂に消える。

 

「…」

 

ふと扉に目を向ける真姫。

 

「凄ーい!!!」

 

「…」

 

脳裏に過るのは扉越しに目を輝かせながら拍手する穂乃果の姿。

 

穂乃果との最初の出会いはここだった。

 

ピアノを弾いて歌っていた時、気付けば穂乃果が扉の外で聴いていた。

 

あの日あの時、ここでピアノを弾いていなければμ'sと関わる事はきっと無かっただろう。

 

自分の青春の始まりの場所。

 

「…1曲だけ…」

 

またあの時みたいに弾いて歌えば来てくれるだろうか…

 

あの時みたいに優しい言葉を掛けてくれるだろうか…

 

そんな淡い望みを抱きながら真姫はピアノに触れる。

 

「…愛してるばんざーい」

 

誰もいない扉を見つめながら真姫は、ただただ歌う。

 

あの時弾いた、出会いの曲を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達はどうするの?」

 

そしてまたも場所は変わりとあるファーストフード店。

 

そこには、にこ、花陽、凛、太陽の4人が真剣な表情で話し合っていた。

 

「…どうするって…」

 

「アイドルよ。決まってるでしょ」

 

「…アイドル?」

 

「そう。にこと話し合ったんだ。せめて俺達だけでもアイドルを続けようって」

 

「皆が皆、アイドルから離れちゃったら居場所が無くなっちゃう気がしてね…冬夜の言ってる事は分かるわ。まだ冬夜を許した訳じゃないけど間違いなくあいつの言っている事は正しい。でも、別にアイドルをやりながら見つければ良いんじゃないかって思ったの」

 

真剣な眼差しで花陽と凛を見つめるにこ。

 

更に太陽が続ける。

 

「俺はμ'sを諦めない。皆がいつでもμ'sに戻れる様にまずは俺達で居場所を守るんだ。冬夜に言われて凄いショックだったよ?力不足って言われてさ。でも、確かに俺は何も出来なかった。何も言葉を掛けてあげられなかった。だから俺は皆に相応しいコーチになる為に沢山勉強するし、にこにも全力で協力する。これが今、俺に出来る事だと思ったんだ」

 

熱い思いと前を向く二人。

 

二人の言葉に次第に表情が明るくなる花陽と凛。

 

「だから私達と、アイドル続けない?」

 

「まだ、終わらせたくないよな?」

 

にこと太陽はそう言うと二人に手を差し伸べる。

 

そして二人は…

 

「「うん!!」」

 

と笑顔を浮かべながら二人の手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ落ち込んでるんだ」

 

それから数日。

 

その後μ'sは冬夜の言った通り活動休止となり、一度スクールアイドルを見つめ直す事になった。

 

「スクールアイドルをやめたくらいだからね…よっぽどことりちゃんの留学が堪えたんだね」

 

校門前。心配そうな表情で話すのはヒデコ、フミコ、ミカの3人だった。

 

「海未ちゃん達とも話してないみたいだしね…」

 

「うん…ことりちゃんも留学の準備で学校休んでるし…」

 

教室での穂乃果の様子は周りから見ても深い傷を負っているのが分かるほどの落ち込み様。

 

ムードメーカー的な存在でもあった穂乃果の変化は、少なからずクラスにも影響をもたらしていた。

 

「穂乃果が暗いとクラスの雰囲気も重たいし…」

 

「だから穂乃果には早く元気になってもらわなくちゃね」

 

「あ、噂してたら来たよ」

 

フミコの言葉に3人がチラリと学校に目を移すと、俯いた様子の穂乃果が丁度学校から出てくる所だった。

 

浮かない表情は変わらずで、3人には気付いていない様だ。

 

「じゃあ、早速行動に移しますか!」

 

3人は顔を見合わせ笑い合うと、穂乃果の元へ走り出しそのまま明るい口調で話し掛けた。

 

「穂乃果!もう放課後空いてるんでしょ?この後遊びに行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

不意に掛けられた言葉に私は思わず驚いた様な声を上げてしまった。

 

目の前にいるのは笑顔を浮かべたヒデコ、フミコ、ミカの3人。

 

…そういえばスクールアイドル始めてからヒデコ達と遊ぶ事無くなっちゃったな。

 

でも、何で私にそんな優しい言葉を掛けてくれるのかな?

 

「…怒らないの?」

 

「怒る?何で?」

 

「だってヒデコ達は私がスクールアイドルを始めた時からずっと応援してくれてて、チラシ配りとか音響とかいつも手伝ってくれた。なのに私はスクールアイドル、μ'sを自分勝手な理由でやめちゃったんだよ?言い出しっぺの私が、誰にも相談せずに勝手にやめちゃったんだよ?なのに…なのに何でそんなに優しいの?」

 

ただただ疑問だった。

 

自分勝手で間違いだらけの私に、何でこんなに優しくしてくれるのか。

 

そんな事される資格…私には無いのに…

 

「ぷ…あははは!!」

 

ネガティブな言葉を並べて落ち込む私を見てヒデコが笑い出す。

 

…え?何かおかしな事言ったかな?

 

「…何で笑ってるの?」

 

「あ、ごめんごめん。いつもの穂乃果と違いすぎてつい。それとさっきの質問の答えだけど、別に怒る要素なんて何処にもないよ。だって元々μ'sって廃校阻止をする為に結成したグループでしょ?もう廃校も無くなったんだし、目標を達成してやめる事の何がおかしいのさ」

 

「…ヒデコ…」

 

「穂乃果は充分頑張ったよ。学校の為に0からここまで来れたんだから凄い立派だよ!だから少しぐらい羽を伸ばしてもバチ当たらないよ」

 

ヒデコの言葉は予想外なものだった。

 

こんな私を許してくれた。そして明るく話し掛けてくれた。

 

それが今の私には嬉しくて仕方なかった。

 

「目標を達成してやめる事の何がおかしいのさ」

 

脳裏にさっきヒデコが言った言葉が過る。

 

何だろう…このモヤモヤした感じ…

 

確かにそう。ヒデコの言うとおり。…言うとおりなんだけど…何か違う様な気がする…

 

私は…本当に廃校阻止の為だけにスクールアイドルをやっていたの?

 

「とりあえずさ、遊びに行こうよ!」

 

そう言いヒデコは私の腕を掴む。

 

「あ…」

 

でも、全く嫌では無かった。

 

最近考え込む事が増えて落ち込んでばかりだったし…たまには良いかな。

 

もしかしたらこれもヒントになるかもしれない。私は僅かな希望を膨らませながら少しだけ笑みを浮かべた。

 

「うん!」

 

ヒデコ達なりの気遣い。でも今は、今だけはその優しさに甘えても…いいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しーい!」

 

「幸せー…」

 

まず私達が向かったのはクレープ屋さん。

 

スクールアイドルを始めてからクレープ屋さんには殆ど来てないな…

 

…まぁ太らないように極力買い食いしないように避けてたんだけど。

 

「クレープなんて久し振りに食べたよ」

 

「そうなの?あ、やっぱりアイドルやってたからカロリーとか気にしてたんだ?」

 

「穂乃果よく食べるからすぐ太りそうだもんねー」

 

「うぐっ…何もそんなはっきり言わなくても…」

 

何も言い返せないのが辛い…

 

「次どこに行こうか?」

 

「どうする?折角穂乃果もいるし…」

 

もう別の話題になってる…相変わらず切り替え早いな。

 

「ねぇ、穂乃果はどっか行きたい所ある?」

 

「…ふぇ?」

 

…まずい…振られると思って無かったから驚いて自分でも変な声出ちゃった。

 

「ぷっ…穂乃果、何?今の声」

 

「あはは!可愛いっ」

 

「し、仕方ないじゃん!聞かれると思わなかったんだから!」

 

「あはは、分かった分かった。そんなに怒らないでよ。で、行きたい所は?あるの?」

 

行きたい所か…いざ聞かれると中々思いつかない。

 

きっとそうゆう事を考えてる余裕が無いからかな…

 

私は少し考える素振りを見せると、ヒデコ達に申し訳無さそうに言った。

 

「ごめん、何も思いつかないや。ヒデコ達にお任せするよ」

 

「そっか。分かった。じゃあ、久し振りにゲームセンターに行かない?」

 

「あ、いいねいいね!そうしよう!」

 

「うん!穂乃果もいるし絶対楽しいよ!」

 

「そ、そうかな…」

 

そこまで言われたらさすがに照れちゃうけど、でも3人が変わらず私と接してくれるのは凄い嬉しい。

 

多少の気は遣わせちゃってるかもしれないけど、一緒に楽しもうという気持ちが凄い伝わってくる。

 

私は思わず笑顔を浮かべると、考える間もなく言っていた。

 

「いいね!行こうっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このぬいぐるみ可愛い!」

 

「本当だ!よし、私やってみる!」

 

という訳で近所のゲームセンターにやってきた私達。

 

ゲームセンター特有の騒がしい機械音が耳に入る。

 

「大丈夫?ミカUFOキャッチャー苦手じゃなかった?」

 

「今ならイケそうな気がするの!」

 

ミカはそう言うと直ぐ様100円を投入する。

 

一先ず私の記憶上ミカが自信に満ち溢れてる時って大体空回りしてるんだけど大丈夫かな?

 

「あー!!」

 

「…ちょっとミカ、掴んですらいないよ?」

 

…うん。予想通りだった。

 

本当にミカってUFOキャッチャーのセンスないな…

 

「これはほんの小手調べ!ここから本番だから!」

 

「…ミカ、悪い事は言わないからやめといた方がいいよ?」

 

フミコが500円玉を入れようとしているミカをすぐさま止める。

 

…にしてもゲームセンターか…いつぶりだろう。

 

確か最後に行ったのはμ'sのリーダーを決める時だったっけ…

 

「大丈夫だよミカ。うちにはUFOキャッチャーの先生がいるから」

 

ヒデコはそう言うとニヤニヤしながら私の方を見た。

 

…何?UFOキャッチャーの先生って。その通り名初耳なんだけど。

 

でも、確かあの時もそうだった。

 

凛ちゃんが凄いUFOキャッチャーに苦戦してて、私が代わりにやったんだっけ…

 

「よし、私に任せて!!」

 

私は笑みを浮かべながら自信満々に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり穂乃果UFOキャッチャー上手だね!」

 

「うん!ありがとう穂乃果!」

 

「えへへ、それほどでも…あるけどね!」

 

「全く…すぐ調子に乗るんだから」

 

その後、見事300円でぬいぐるみをゲットできた私は大きな優越感に浸っていた。

 

調子に乗ってる?別に今ぐらい良いじゃん!

 

「あ、ねえ今度これやろうよ!」

 

ふとヒデコに目を向けると、とある機械をハイテンションで指差していた。

 

「これは…」

 

「ダンスダンスレボリューション!穂乃果も知ってるでしょ?」

 

「…うん」

 

知ってる…知ってるよ…忘れるはずがない。

 

あの時、リーダーを決める為にμ'sの皆でやった事…

 

「よし!じゃあまず私とミカからいくよ!」

 

ヒデコはそう言うと慣れた手付きで曲を選択していく。

 

あの時は楽しかったな…

 

リーダーとか関係無しにただただμ'sの皆と遊んでいた時間が…

 

脳裏に過るのはあの時、真剣に笑顔でゲームに取り組むメンバーの姿。

 

自分から手放しておいて本当に無責任だけど…どうしても思ってしまう。

 

また、皆と過ごしたい…

 

でもそれは叶わないのかな…

 

【君が失った物に、取り戻せない物は何一つ無い】

 

あの何気ない日常も失った物の一つ…

 

本当にあの日常を取り戻せるのかな?

 

「…のか…」

 

スクールアイドルをやる事の意味…きっとそれを見つければあの日常を取り戻せるヒントになるんだと思う。

 

でも…意味なんてもう…

 

「穂乃果!!」

 

「わっ!!」

 

急に耳元で叫ばれたヒデコの声に思わず飛び跳ねる私。

 

突然何!?ビックリするじゃん!

 

「やっと気付いた」

 

「…?…やっと気付いたって?」

 

「さっきから名前呼んでも全然反応しないんだもん。また考え事してたんでしょ?」

 

…また私、周りが見えなくなってた?

 

あんな事があったのにまだ直ってないなんて…

 

「ごめんごめん。つい…」

 

「本当に最近多いよね。今ぐらい忘れなさいよ」

 

「あはは…そうだよね。うん、もうやめるよ」

 

「…本当かな…まぁいいや、次穂乃果の番だよ」

 

ヒデコに言われふと画面に目を移すと、ヒデコの画面に映るYOUWINの文字。

 

どうやら勝負はヒデコの勝利で終わったらしい。

 

「うん」

 

私はヒデコに促されるがまま、画面の前に立つ。

 

ふと隣を見ると、フミコが「絶対に負けないよ!」と闘争心に火をつけながら自信満々に言っていた。

 

…フミコってそんなにこのゲーム得意だったっけ?

 

「よーし、じゃあこの曲!」

 

フミコもまた、慣れた手付きで機械を操作していく。そしてフミコは迷う事無く一つの曲を選択した。

 

「あれ…この曲…」

 

その曲には聞き覚えがあった。

 

あの時…リーダーを決める為に皆で来た時に、皆で踊った曲。

 

「このゲームのアポカリプスモードエクストラをやって貰うわよ!」

「出来ちゃったにゃ!」

「嘘っ!?」

 

あの時の光景が蘇る。

 

凛ちゃん凄い上手だったな…

 

「さ、始まるよ!」

 

流れるイントロ。

 

耳に入るメロディ。

 

時間はそんなに経っていないはずなのにその全てが懐かしくて、胸が高鳴る。

 

気付けば私の体は自然と動いていた。

 

 

 

 

「スクールアイドルやろうよ!」

 

 

 

 

「μ'sです!!」

 

 

 

 

「1、2、3、4…1、2、3、4」

 

 

 

 

「俺がいる!それに生徒会長の絢瀬さんだって副会長の東條さん、ヒデコさん、フミコさん、ミカさんだって…冬夜だっているぞ!」

 

 

 

 

「私を…μ'sのメンバーにして下さい!!」

 

 

 

 

「…辛くないの?」

 

 

 

 

「絵里先輩。μ'sに入って欲しいです!一緒にやりましょうスクールアイドル!」

 

 

 

 

 

「凄い!ランキング19位だよ!?」

 

 

 

 

「「「「「「「「「聴いてください!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

フラッシュバックする思い出。

 

辛い事、悲しい事、沢山あった。でもそこには確かな笑顔があって大きな夢があった。

 

「わぁぁぁぁ!!!!!」

 

「感動した!!」

 

「凄い!」

 

「可愛い!!」

 

「大好きだー!!!」

 

いろいろな壁もあってそれを乗り越えてきたのは皆がいたから。そして、私達のライブを観てくれるお客さんがいたから。

 

皆の笑顔が大好きで…些細な事でも楽しいと思えて…

 

思い出すな…あの日々を。

 

「…楽しい…」

 

私はそう呟くと、ペースを上げていく。

 

曲も終盤。私は夢中で踊っていた。

 

寸分の狂いも無く完璧にステップをこなしていく。これも日々の練習の成果だ。

 

体力も問題無い。まだ息切れも起こしていない。

 

自由に自分の体を動かしているこの瞬間がとても気持ちよくて…とても【楽しくて】…

 

ーーーーーーそして、最後のステップ。

 

「…っ…はっ!!」

 

決まった…踊り切った…

 

治まらない胸の高鳴り。言葉にならない爽快感。

 

気付けば私は笑顔だった。

 

「凄ーい!!」

 

「凄い上手いじゃん穂乃果!さすがスクールアイドルやってただけはあるね」

 

「くっ…やっぱり穂乃果には敵わないか…」

 

「ありがとう。でも体が覚えてたから自然に出来ただけだよ」

 

画面にはYOUWINの文字。

 

どうやら私が勝ったみたいだ。

 

「にしても穂乃果、凄く楽しそうだったね」

 

ヒデコがニヤニヤしながら言う。

 

無意識だった。

 

今は学園祭やラブライブの事やことりちゃんや冬夜君の事を忘れるだなんて口では言ってたけど当然すぐに忘れる事なんて出来ない。

 

でも、それでも私は無意識の内に楽しんでいた。

 

笑顔で踊っていた。

 

「あー、でもこれでも1位にはなれないんだ。よっぽど凄いんだね1位の人」

 

ミカが画面を見ながら呟く。

 

釣られて私も画面に目を移すと、そこにはさっき出した私の成績が2位にランクインされている様子が映っていた。

 

そして私の成績の一つ上にある名前。【SUN】

 

その名前を見て私はすぐに気付いた。

 

「この人の成績、暫く抜かれてないのよ。本当に何者?」

 

きっとその名前はあの人だ。

 

そりゃ凄いはずだよ。だって私達のコーチだもん。

 

「…楽しい…か…」

 

今、自分の中に残っている確かな感覚。

 

ほんの数分。ほんの数分踊っただけで感じた興奮と心地よい疲労感。

 

最初は、それすらも楽しかった。

 

「…もう少しなんだけどな…」

 

冬夜君の残してくれたヒント。少しだけ掴めたような気がする。

 

でも、まだ後一歩足りない。

 

だけど、それでも今回手にしたものは私の中で大きな成果だった。

 

「どう穂乃果、来て良かった?」

 

いつの間にか私の隣に立っていたヒデコが優しく微笑みながら言う。

 

本当は分かってるくせに…

 

私はヒデコの目を見つめながら、笑顔を浮かべながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!皆、ありがとう!」

 

堕ちた女神は笑う。

 

その先にまた、あの輝きがある事を信じて。

 

 

 


















ーーーーーいつから、失っていたんだろう。

少しずつ答えに近付く女神。

ようやく掴めた糸口を頼りに、絶望から立ち上がる。

失った物を取り戻す為に、女神達は空いた心の距離を徐々に縮めていく。

「………よし!!」

目の前に見えた光。

迷いを捨て今、その輝きへと手を伸ばす。











〜次回ラブライブ〜

【第29話 悩んだ女神は走り出す】


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第29話【悩んだ女神は走り出す】

どうもドラしんです。

今回も結構悩みました。何度か文章や展開を見直して何とか自分で納得出来る形に収まりました。

…まぁ文才や表現は別としてね?

という訳で第29話始まります。








ちなみに一番悩んだのはタイトルだというのはここだけの話。


「じゃあ穂乃果また明日ね!」

 

「うん!バイバーイ!」

 

それから数時間ゲームセンターで遊び続け、気付けば周りは日が暮れていた。

 

明日も学校だしというミカの言葉を皮切りに、今日はこのまま解散の運びになった。

 

手を振る穂乃果とヒデコ達。

 

穂乃果も楽しかったのか最後まで笑顔を絶やす事は無かった。

 

そして穂乃果の姿が消えた事を確認すると、ヒデコはホッと一息ついたように話し出す。

 

「ふぅ…とりあえず、成功で良いのかな?」

 

「うん。良いんじゃない?大分笑う様になったし」

 

「ダンスダンスレボリューションは効果覿面だったね!」

 

作戦通り…という言葉がこの場合は相応しいのだろう。どうやら今回の事は突発に行った訳では無く、予め計画していたものらしい。

 

他の二人もホッとしたように口を開く。

 

「にしても結構緊張したなー」

 

「こんな事初めてだからね」

 

大きな仕事を終え、安心した様に一息をつく3人。

 

一先ずは作戦は成功に終わり、満足そうにゆっくりと歩を進める。

 

少しすると、ヒデコが何かを思い出した様に声を上げた。

 

「あ!そうだ、報告しないと」

 

「あ、そうだね。すっかり忘れてたよ」

 

「うん。待ってるかもだし電話しよっか」

 

フミコの言葉を受け直ぐ様電話をかけるヒデコ。

 

数回コールが鳴った後、電話は繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし?作戦は無事成功したよ。これで良いんだよね?【冬夜君】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったね。部活?」

 

「…ええ」

 

場所は変わりことりの部屋。

 

そこには暗い表情をした俯く海未と、その様子を心配そうに見つめることりがいた。

 

「…やっぱりまだ、引き摺ってる?」

 

優しい声色で海未に声を掛けることり。

 

ことりの言葉を受けた海未は力無く頷く。

 

「…そっか…」

 

穂乃果の脱退。冬夜との衝突。

 

ことりがいない間のμ'sの様子は海未から聞かされており大体の事情は知っていた。

 

「私も凄いショックだったよ…それは今も同じ。でも、実際にその場にいなかった私がこんなにショックなんだから本人から直接言葉を聞いた海未ちゃんはもっとショックだったよね…」

 

「…ショックです…でも、それ以上に自分が許せないんです…」

 

海未はそう言うと、俯いたまま握った拳を震わせる。

 

「ただただショックでした。まさか冬夜が穂乃果にあんな事を言うなんて…でも、冷静になった今なら分かります。冬夜は…冬夜は正しかった…言い方や穂乃果にした事は確かにやりすぎと呼べるものです。しかし、冬夜の言っている事に間違いは無かった…それなのに…それなのに私は…」

 

海未の脳裏に過るのは頭に血が上り冬夜にビンタをしてしまった瞬間。

 

大きな後悔となって襲いかかる現実に、海未の心のダメージはより一層深まっていた。

 

「…海未ちゃん…」

 

心配そうに漏らすことりの呟き。

 

ことりはそんな海未に掛ける言葉が見つからず、ただ立ち尽くすのみだった。

 

「…ごめんなさい。別に落ち込みに来た訳じゃないのに。これじゃいけませんね」

 

海未は少しだけ顔を上げると、心配させない様にと笑顔を作ってみせる。

 

「ううん。大丈夫だよ、気にしないで」

 

対することりも、同じ様に笑顔を浮かべながらそう返した。

 

「話を少し変えましょう。荷物の整理は大分終わったみたいですね」

 

海未はすっかり殺風景になってしまったことりの部屋を見渡しながら言う。

 

「うん。もう出発まで時間が無いからね」

 

「…そうでしたね」

 

ことりが日本を発つのは3日後。

 

迫るタイムリミット。着実と迫る親友との別れの時間に海未はまた表情を暗くする。

 

「あれから穂乃果とは?」

 

ーーーーこのまま終わらせたくない。

 

海未の中にある強い思い。

 

ここで終われば絶対に後悔する。

 

そう思った海未は、ひたすらに言葉を探す。

 

「…ううん、話せてない…」

 

「…じゃあ冬夜とは?」

 

「…話せてない…他の皆ともそれっきりだよ」

 

藁にもすがる様な思いで発した穂乃果と冬夜の名前。

 

しかしどれも不発で終わってしまう。

 

「…っ…」

 

穂乃果や冬夜だけでは無く他のメンバーとも話せていない。

 

となれば今、ことりと関わっているのは海未だけ。

 

頼れるのは自分しかない…

 

気付けば海未は口を開いていた。

 

「…ことり…本当に…行ってしまうのですか?」

 

今にも消え入りそうな海未の声。

 

しかし、それはことりの耳に入っていた。

 

「…うん…」

 

前からの夢。ことり自身が決めた道。

 

分かってる。そんな事はちゃんと分かってる…

 

だが、海未の込み上げてくる思いは止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…それでも私は!」

 

ーーーーー行って欲しくないーーーーー

 

一番ことりに伝えたかったはずの言葉。

 

一番私が言いたかったはずの言葉。

 

でも、その言葉が私の口から出る事はありませんでした。

 

「…」

 

本当はことりから初めて留学の話を聞かされた時に言うべきだったのかもしれません。

 

私は遅かった。

 

本当の気持ちに気付くのが。そしてその気持ちに素直になるのが。

 

今更、私の口からは言えない。

 

もうそれは、【私の役目では無いから】

 

私が言いかけた言葉。きっとことりは気付いているのでしょう。

 

私の思いに。

 

そしてことりは悲しそうな表情を浮かべると、海未を見つめながら静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…無理だよ…今からなんて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…楽しかったなー」

 

ヒデコ達と別れ帰り道。

 

ゲームセンターで遊んだ余韻を感じながら私はゆっくりと歩を進める。

 

踊った時に感じた楽しさと高揚感。

 

それはとても懐かしいものだった。

 

「…似てるな…スクールアイドルを始めた時と…」

 

あれはまだμ'sが3人だけだった時。

 

あの時は何をしても楽しかった。希望が溢れていた。

 

かつて確かに持っていた感情。でも、それはいつしか忘れていた。

 

気付けば周りが見えなくなってて…

 

あの時持っていた純粋な楽しさと輝きを私は…

 

ーーーーーいつから、失っていたんだろう。

 

気付けば私の足は、とある場所へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…懐かしいな…」

 

目の前にある見慣れた長い階段。

 

それはかつて、スクールアイドル始めたての時からトレーニングでお世話になった思い出深い場所。

 

太陽くんと初めて出会った場所であるここもまた、私にとっては凄く大切な場所。

 

部室が広くなってからは殆ど来れていないけど、この場所…神田明神もμ'sの成長の手助けをしてくれた。

 

でもどうしてだろう…ここに急に行きたくなったのは。

 

「…折角だし、お参りでもしていこうかな」

 

私は一人そう呟くと、ゆっくりと階段を上っていく。

 

…思い出すな…ここでの練習…

 

階段ダッシュ辛かったな…

 

そういえば階段から足を踏み外して落ちそうになった事もあったよね。

 

その様子を見た太陽君達に笑われたっけ…

 

そうだ、にこちゃんから解散する様に謂われたのもここだよね。

 

あの時はビックリしたな…でも、そんなにこちゃんもμ'sに入ってくれて…

 

「…ここでもいろんな事あったな…」

 

思い出を噛み締めながら私は1段1段上っていく。

 

「…あ、もう終わる…」

 

気付けば階段も残り僅か。終わりはそこまで迫っていた。

 

お参りして帰ろう…そう思いながら一瞬だけ足元に目を移す。

 

そして階段を上り切るその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん遅いにゃー」

 

「はぁ…はぁ…やっぱり…久し振りだとキツイね…」

 

 

 

 

 

 

 

あれ?今の声…

 

「凛ちゃんと…花陽ちゃん?」

 

私は正体を確かめる為に階段を一気に上り切る。

 

そして私の視界に映ったのは、練習着を着た凛ちゃんと花陽ちゃんだった。

 

「…あ…」

 

「ほ、穂乃果ちゃん?」

 

私を見た花陽ちゃんが驚いた様に声を上げる。

 

私はすぐ様口を開いた。

 

「…練習、続けてるんだね」

 

私の脱退と冬夜君との衝突を受けたμ'sは活動休止になったとヒデコから聞いている。

 

だから少し意外だった。凛ちゃんと花陽ちゃんが練習しているのが。

 

「私が誘ったのよ」

 

今度は後ろから声が掛かる。

 

すぐ様声のした方に振り向くと、そこには少しだけ怒った様子のにこがいた。

 

「…にこちゃん…」

 

「何か用?こっちは練習で忙しいんだけど」

 

それはまるで出会った頃の様な冷たい反応。そりゃそうだ。私はにこちゃんを裏切ったんだから。

 

許してくれるはず…無いよね…

 

「…ううん。用事あって来た訳じゃないよ。たまたま立ち寄っただけ」

 

人一倍アイドルが好きなにこちゃんの事。きっとこのままじっとしているのが嫌だったんだと思う。

 

にこちゃんは本当に強い。

 

「…邪魔なるといけないから帰るね?ごめんね突然」

 

このままじゃ練習の邪魔になる。そう思った私は、3人に背を向けて歩き出す。

 

ーーーーーその時だった。

 

「あれ?どうしたんだ穂乃果」

 

階段下から不意に声を掛けられる私。

 

思わず立ち止まってしまった私の元へ向かい歩いてくる人物。

 

にこちゃんが呆れた様に言う。

 

「…はぁ…太陽、遅刻よ」

 

「ごめんごめん。ちょっと用事あってさ」

 

そこにいたのは申し訳無さそうにしているμ'sのコーチ。朝日太陽君だった。

 

「それよりもだ。珍しいお客さんだな」

 

太陽君が私を見つめ微笑みながら言う。

 

きっとここにいるという事は太陽君は今、にこちゃん達のコーチを引き受けてるんだ…

 

一番親しい冬夜君との衝突で一番辛かったのはきっと太陽君なはず。

 

それでも太陽君はしっかり前を向けている。…それなのに私は…

 

気付けば私は皆に言っていた。

 

「…何で?」

 

「…ん?」

 

「何で…アイドルを続けようと思ったの?」

 

無意識に口に出ていた心の底からの問い。

 

すぐ様にこちゃんが答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「【やりたいから】」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

当たり前だと言わんばかりのにこちゃんの様子に思わず驚きの声が漏れる。

 

「にこはアイドルが大好きなの。みんなの前で歌って、ダンスして、みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって、そういう気持ちにできるアイドルが、私は大好きなの!」

 

そう言うにこちゃんの表情はとても自信満々で、迷いは一切感じられなかった。

 

「あなたみたいないい加減な好きとは違うの」

 

「…!…い、いい加減なんて…」

 

「何が違うの?自分から捨てておいて」

 

「…っ…」

 

にこちゃんの言葉に思わず反論してしまった私。

 

でも、返された言葉に私は何も言い返す事が出来なかった。

 

にこちゃんの言葉が…正論だったから。

 

「…」

「…」

 

訪れる何度目かの重たい空気。

 

もうこの空気に慣れてしまっている自分が怖い。

 

誰一人口を開こうとしない静寂の中、一番最初に破ったのは太陽君だった。

 

「まぁまぁまぁ、今はそんな事話してもしょうがないよ」

 

「…太陽君…」

 

太陽君は話題を変えるように更に続けた。

 

「穂乃果。実は明後日ライブやるんだよ」

 

「…ライブ?」

 

予想外の言葉に思わず私は目を丸くする。

 

まさかもうライブの日程が決まってるとは思わなかった。

 

「そう。音乃木坂の講堂でやる。もうチラシも配ってるんだよ」

 

「そうなんだ…」

 

講堂でのライブ…その言葉で思い出すのは私達が初めてお客さんの前で見せたあの時の一番最初のライブ。

 

今思えばあの時いたお客さんはお手伝いのヒデコ達を除けば全員後のμ's。

 

そんな私達を繋いだあの講堂でまた、ライブをするんだね。

 

「良かったら、穂乃果ちゃんにも来てほしいな…」

 

花陽ちゃんが少し恥ずかしそうに言う。

 

明後日のライブか…確かその日はことりちゃんが日本を発つ日…

 

…皆はお見送りとかしないのかな?

 

「穂乃果ちゃんが来てくれたら絶対盛り上がるよ!」

 

続いて凛ちゃんが笑顔を浮かべながら言う。

 

その様子からは当日のライブがとても楽しみである事が充分伝わってくる程。

 

…盛り上がるっていう発言にはちょっと引っ掛かるけど、さすがに今は水を差す様な事は言えないや。

 

「うん。考えておくよ」

 

私は出来るだけ何にも触れず曖昧にそう返した。

 

「元々はあんたが始めたスクールアイドルでしょ?絶対来なさいよ」

 

「…にこちゃん…」

 

そんな私の様子を見て来ない可能性があると判断したのか念を押すように言う。

 

「うん」

 

私はすぐ様頷くと、そのまま階段を降りていく。

 

ごめん…頷いちゃったけど、多分私はライブに行けない。

 

心の中で謝りながら神田明神を後にしようとしたその時だった。

 

「穂乃果」

 

「…!…」

 

後ろから掛けられる声。

 

私は振り向くと、そこには柔らかな笑みを浮かべた太陽君がいた。

 

「…一体なに…」

「待ってる」

 

「…え?」

 

「講堂で待ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【皆で】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時私は、少しだけ答えに触れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の夕方。

 

神田明神の出来事がまだ頭の中をグルグル回っている私は、まだ明確な答えが出せず悩んでいた。

 

あの時、私は間違い無く答えに触れていた。

 

アイドルを続ける意味。今自分が何をすれば良いのか。

 

もう少しで掴めそうな気がしたのに寸前の所で後一歩踏み出せない。

 

ことりちゃんの旅立ちまで1日。明日の今頃はもうことりちゃんは日本にいない。

 

このまま、終わってしまうの?

 

そう思った時、階段下から雪穂の声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん!お客さん来たよ!」

 

…お客さん?

 

こんな時間に?一体誰だろう…

 

「今行く!」

 

私は雪穂にそう返した。

 

このまま一人で考えたくない。そう思った私は部屋を飛び出しすぐ様玄関へ向かった。

 

誰かは分からない。μ'sのメンバーなのかヒデコ達なのかはたまた太陽君や冬夜君なのか。

 

でも知り合いなら誰でも良かった。

 

このまま一人で考えていても答えには辿り着けないような気がしたから。

 

階段を一気に駆け下りる私。見えてくる玄関への扉。

 

そして玄関に到着したその時、私の目には2つの人影が映った。

 

「穂乃果、久し振りね」

 

「元気だった?」

 

夕方に訪れた来客。それは…

 

「絵里ちゃん…希ちゃん…」

 

柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見つめる絵里ちゃんと希ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然ごめんね?」

 

「ううん。丁度暇してたから全然大丈夫だよ。ゆっくりしていって」

 

絵里ちゃんと希ちゃんを部屋に通すと、お茶とお茶菓子を用意し寛ぐように伝える。

 

私は二人が座った事を確認すると、早速本題に入る事にした。

 

「今日はどうしたの?」

 

「ちょっと穂乃果ちゃんの事が気になってね。えりちと一緒に元気にしてるか様子を見に来たんや」

 

「ほら、スクールアイドルやめてから1回も話してないでしょ?きっと他のメンバーとも話せてないだろうしって事で希の提案で来たのよ」

 

…確かにあの時以降まともに話したのは昨日偶然会ったにこちゃん達だけで全く話せていない。

 

それを察知した絵里ちゃん達が私を気遣ってわざわざ来てくれんだ…

 

二人の優しさが本当に身にしみるよ…

 

「そうなんだ…ありがとね?わざわざ来てくれて」

 

「ううん。それで、あれから皆とは?」

 

「話せてないよ…あ、でも昨日にこちゃん達とは会って少しだけ話した。スクールアイドル続けてるって」

 

「そうなんや。じゃあ、講堂でライブやる事も聞いてる?」

 

「うん。聞いてるよ」

 

「穂乃果はどうするの?私達は行くつもりよ」

 

にこちゃん達のライブ…結局あれから考えても答えは変わらなかった。

 

本当は行きたい…行かなきゃいけないんだろうけど、私は行けない。

 

どんな顔で観たらいいか分からないから。

 

「…ごめん…行かないつもり…」

 

「…」

「…」

 

私の答えに二人は悲しそうな表情をする。

 

違う…二人にこんな表情をさせたい訳じゃ無いのに…

 

「理由は?聞いても良い?」

 

希ちゃんが言う。

 

私はすぐ様正直に答えた。

 

「分からないの…」

 

「…分からない?」

 

「うん…どんな顔をしてライブを…皆を観れば良いか分からないの。それに明日はことりちゃんの旅立ちの日だし…」

 

「…そっか…」

 

私の言葉に二人は残念そうに顔を見合わせる。

 

まだことりちゃんにどんな顔をしてどんな言葉を掛けていいのかも分からない。

 

ライブも言った通り、今の私じゃ観に行く資格は無いと思ってる。

 

…じゃあ私は…何をすれば良いの?

 

「うちな」

 

「…え?」

 

「穂乃果ちゃんがスクールアイドルを始めるって知って、その姿を初めて見た時、これやって思ったんよ。えりちは廃校だけに目が行って本当にやりたいことを見失ってる。このままじゃえりちはきっと後悔する。だからうちは穂乃果ちゃんが始めたスクールアイドルに賭けることに決めた。これがえりちを救う唯一の方法だって思った。久し振りやった。カードに頼らずに心の底からこれだって思えたのが。まぁ名前決める時はカードを頼ったんやけどね?そこからうちはスクールアイドルμ'sをサポートする事に決めた。最初はえりちの為にμ'sに入るつもりだったけど、関わっていく内に楽しそうに笑顔を見せる皆を見てたらうちもやってみたいと感じる様になったんや。そして、μ'sに入って実際にスクールアイドルを始めて思ったんよ。【心の底から楽しいって】」

 

「…!…」

 

希ちゃんの言葉を真剣に聞いていた。

 

スクールアイドルに対する希ちゃんの思い。それはとても熱くて眩しくて、私には無いものだった。

 

更に絵里ちゃんが続ける。

 

「私が最初にμ'sに抱いた感情は嫌悪だった。私がこんなに苦労して廃校を阻止しようとしてるのにあなた達はそんな簡単な事で阻止しようとしてるのが許せなかった。でも、次第にあなた達はレベルアップしていって順位も上げていって人気が出て来て、廃校阻止が現実味を帯びてきて、何よりその中でずっと笑顔だったあなた達が羨ましくなった。私は何をしてるんだろう…そう思ってしまうぐらいにね。そして私はそれから思う様になったの。私もスクールアイドルやってみたいって。バレエをやっていたから余計に思ったのかもね、あの時みたいに皆の前で踊りたいって。でも、その時にはもう後戻り出来ない所まで来ていた。私は気付くのが遅かったのよ。でも、希が…冬夜君が…皆が私に手を差し伸べてくれて、ようやく私は素直になれた。そしてやりたかったスクールアイドルを始めることが出来たのよ。スクールアイドルを始めたその時から皆と過ごしてて感じた事…それは、【幸せ】だったわ」

 

「幸せ…」

 

懐かしむ様に話す絵里ちゃんがとても輝いていて、μ'sの活動が本当に楽しい物だという事が伝わってくる。

 

幸せ…私は無意識の内にそう呟いていた。

 

「そうよ。μ'sとして皆と過ごしたあの日々はとても輝いていて、私にとって宝物よ。ねぇ穂乃果。一つだけ聞いても良いかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果は、何でスクールアイドルを始めたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

絵里ちゃんの思いがけない質問に思わず目を丸くする。

 

何でスクールアイドルを始めたのか。

 

それは廃校を阻止する為…いや、きっと絵里ちゃんが望んでいる答えはこれじゃない。

 

廃校阻止はそうだけど、何でそれがスクールアイドルだったのか。

 

スクールアイドルが人気だったから?これなら出来そうだと思ったから?

 

…ううん、違う。

 

A-RISEを見て、楽しそうだと思ったから。やりたいと思ったから。

 

そうだよ…踊っているA-RISEが、歌っているARISEが、それを見て楽しんでいる皆が…とても幸せそうで…

 

私も、ああなりたいって思ったんだ。

 

「私は…楽しそうだと思ったから…やりたいと思ったから始めた…」

 

「実際に始めてどうだった?」

 

続いて希ちゃんが質問する。

 

私はすぐ様答えた。

 

「楽しかった!思っていた以上に、すっごく楽しかった!!」

 

なんでだろう…不思議と言葉が溢れてくる…

 

これが…私の本心?

 

「私ね、よくしっかりしてるねとか真面目だね、いつも冷静だねって言われるんだけど、本当はそんな事無いの」

 

「…絵里ちゃん」

 

真剣な表情で話す絵里ちゃん。

 

私も真剣な表情で耳を傾ける。

 

「いつも迷って、悩んで、困って、泣き出しそうで、希に恥ずかしい所を見られた事もある。でも、隠してる。自分の弱い所を隠してる…」

 

絵里ちゃんは更に続ける。

 

「私は穂乃果が羨ましい。自分が思った気持ちを、そのまま素直に行動に移せることが凄いなって心から思ってるの」

 

「そんな事…」

 

「ねぇ穂乃果…私には穂乃果に何て声を掛けてあげれば良いのか分からない。私達でさえ、ことりがいなくなってしまうのがショックなんだから、海未や穂乃果の気持ちを考えたら辛くなる…でもね?私は穂乃果に一番大切な物を教えてもらった」

 

大切な物…

 

「変わる事を恐れないで突き進む勇気」

 

真っ直ぐ私を見つめる絵里ちゃん。

 

そして、そのまま絵里ちゃんは私に手を差し伸べた。

 

「私はあの時、あなたの手に救われた。だから…」

 

 

ーーーーー今度は私の番。

 

 

絵里ちゃんはそう言うと迷いの無い瞳で私を見つめていた。

 

あの時の逆だ…絵里ちゃんがμ'sに入ってくれた時と逆…

 

目の前に差し出された手。

 

次の瞬間、希ちゃんが1枚のCDを私の前にそっと置いた。

 

「これは…」

 

「真姫ちゃんが穂乃果ちゃん達の為に作ってくれたんや。3人に向けた新しい曲」

 

私達の為の…曲…

 

「真姫ちゃんもμ'sの事を大事に思ってる証拠や。真姫ちゃんなりの、穂乃果ちゃん達へのエールだよ」

 

真姫ちゃん…

 

置かれたCDを見つめる。

 

そこに書かれたタイトルはまるで、今の私が何をすれば良いのかを教えてくれる様だった。

 

そうだよ…こんな簡単な事、何で今まで気付かなかったんだろう…

 

答えは…すぐそこにあったのに…

 

私は気付けば差し出された絵里ちゃんの手を握っていた。

 

「ありがとう!絵里ちゃん、希ちゃん!」

 

答えは見つけた。もう離さない。

 

ありがとう…皆。

 

私を見つめる絵里ちゃんと希ちゃんは、満面の笑みだった。

 

真姫ちゃんが私達の為に作ってくれた曲…タイトルは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ススメ→トゥモロウ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

絵里と希が帰った後、部屋に一人いる穂乃果は押し入れを開き探し物をしていた。

 

「確かここに…あった」

 

そう言い押し入れから取り出したのは一着の服。

 

それは、かつて穂乃果がスクールアイドルの練習の時に身に着けていた練習着だった。

 

「…よし!」

 

練習着を手に持ち静かにそう呟く穂乃果。

 

その瞳からはもう、迷いは消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

時を同じくして、繁華街を一人の少女が歩いていた。

 

「…」

 

手に持つ1枚のCDを見つめる少女。

 

そこに書かれたススメ→トゥモロウというタイトル。それは穂乃果が貰ったCDと同じ曲だった。

 

「…明日へ進め…ですか」

 

タイトルの意味を呟く少女。

 

親友の旅立ちを明日に控えた少女にとって、このタイトルはとても重要な物だった。

 

「…あれ…」

 

その時、ふと少女の視界に横断歩道にいる一人の人物が入る。

 

「…冬夜…」

 

ぽつりと人物の名前を呟く少女。

 

そこにいたのは、かつて少女にとって信頼できるマネージャーであった氷月冬夜だった。

 

「はい、足元気を付けて下さいね」

 

杖をついたおばあちゃんの物と思われる荷物を持ち、おばあちゃんを支えながら横断歩道を渡る冬夜。

 

歩幅、ペースその全てをおばあちゃんに合わせ、転ばないようにゆっくり歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

「…あなたが…あなたがそんな人だとは思いませんでした!!あなたは…最低ですっ!!…」

 

 

 

 

 

 

 

「…っ…」

 

ふと少女の脳裏に過るのはあの時、冬夜に言った言葉。

 

思わず表情が険しくなる少女。

 

「ありがとね…本当に助かったよ」

 

「いえいえ。気を付けて帰って下さいね?」

 

聞こえるおばあちゃんと冬夜の会話。

 

それを聞いた少女は思わず呟いた。

 

 

 

 

 

 

「…本当のあなたはどっちなのですか?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーピロン。

 

「…!…」

 

その時、少女のスマホが鳴る。

 

誰かからのメッセージだろうか。すぐ様少女はスマホを開いた。

 

「穂乃果から…」

 

スクールアイドルをやめたあの日以来話していないもう一人の親友からのメッセージ。

 

驚いた表情を浮かべたまま少女は親友からのメッセージを確認する。

 

「…穂乃果…」

 

そのメッセージを見た少女は思わずニヤリと笑う。

 

期待と胸の高鳴りを含んだ感情。直感が少女に告げている。

 

これはμ'sにとって新たなスタートになると。

 

少女に届いたメッセージ。それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【私、ようやく気付いたよ。直接海未ちゃんと会って話したい。だから、明日の朝7時に講堂に来て】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悩んだ女神は走り出す。




ついに立ち上がった女神。

沢山の決意と希望を抱え、勝負の明日へと進む。










「だって可能性感じたんだ…そうだ、進め」









「後悔したくない目の前に…」









【僕らの道がある】










女神達は再び集結する。

固い絆と、強い気持ちを持って、始まりの場所で再び輝く。









〜次回ラブライブ〜

【第30話 そして女神は再び羽ばたく】

お楽しみに。


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第30話【そして女神は再び羽ばたく】

休日出勤辛いよ…あ、どうもドラしんです。

本当は昨日仕事がお休みだったので公開するつもりだったんですがまさかの急な休日出勤で身も心もボロボロになってしまいました…

…まぁ暗い話題はここまでにして、遂に今回でμ'sが復活します!

アニメでは1期が終了する大事な局面ですね!

実は今回オリジナルを含め書きたいシーンが沢山あったんですが、展開がグダっちゃうのとここに来てそのシーンは違和感じゃね?という事態が多発したので結局半分程しか採用出来ませんでした。

前も言いましたが本当に原作にオリジナルを混ぜるのは難しいですね…

ですが全体的に楽しく打ち込めたので満足です。

μ's解散編完結!!

という訳で第30話始まります。









あ、そういえばもう30話突破したんですね。どんどん物語が進んでとても嬉しいです!

今後共何卒よろしくお願いします。


「…本当にお別れの挨拶しなくて良いの?」

 

次の日の朝。

 

空港にいたのは似たような髪型をした二人の親子。

 

暗い表情を浮かべる少女…南ことり対し、音乃木坂の学園長であることりの母である若い女性が心配そうに話し掛ける。

 

「…うん…泣いちゃいそうだから」

 

ことりにとっては新たな旅立ちの日。

 

しかし、まだ未練があるのか浮かない表情は一向に取れる気配が無い。

 

「そう…」

 

だが、ことりの母はそれ以上追及しようとはしなかった。

 

これは全て娘が決めた事。だったら最後まで娘に委ねよう。

 

これは紛れも無く娘自身の問題で、親の立場ではこれ以上は踏み込めない。

 

そう思ったことりの母は、ことりの表情の違和感に気付きつつもそれを口にする事は無かった。

 

「体調に気を付けなさいよ。ことりなら大丈夫だから」

 

代わりに出来る事は自分の娘にエールを送る事。

 

気休め程度ではあるが、少しでも気持ちが楽になる様になるべく柔らかい笑みを浮かべながら伝える。

 

「…うん。出来るだけ連絡もするから」

 

それに対しことりも、心配を掛けない様にと泣きそうになるのを堪えながら笑みを浮かべ返す。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

背を向け、空港内へと歩き出す。

 

夢に向かって進む大きな一歩。

 

沢山の希望と、大きな決意を秘めた旅立ちになる筈だった。

 

「…」

 

しかし、その表情にはまだ迷いがあった。

 

「…穂乃果ちゃん…」

 

無意識に親友の名を口にする。

 

本当にこのままで良いのか…でも、今更戻れない。

 

膨れ上がる自分の本心。自分は本当に留学したいのか。

 

本当はまだ皆と一緒にいたいんじゃないのか。

 

でも、もう答えを出すのは遅い。

 

結局暗い表情は一切取れないまま、ことりは旅立ちの時間を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

時を同じくして音乃木坂学院。

 

誰もいない講堂内には、一人の少女がぽつんと佇んでいた。

 

「…よし…」

 

決意を込めた小さな呟き。

 

迷いを捨てた少女…高坂穂乃果は、ようやく見つけた答えを抱え親友の到着を待っていた。

 

「…凄い…静かだな」

 

誰もいない朝の講堂。

 

講堂はおろか、休日な為学校内にすら人は殆どいない。

 

ファーストライブの時以上にがらんとした広々とした講堂に、穂乃果はただただ耳を澄ませていた。

 

 

 

ーーーーーコツ、コツ。

 

 

 

「…来た」

 

静寂に包まれた講堂。

 

こちらに近付く足音を、穂乃果の耳はしっかりと捉えた。

 

ゆっくりと近付く足音を聞きながら、穂乃果はただじーっと待つ。

 

そしてやがて、その足音は扉の前で止まった。

 

 

 

ーーーーーギィィ……

 

 

 

ゆっくりと開かれる扉。

 

そして一人の人物が中に入ってくる。

 

真剣な表情を浮かべたままその人物はそのまま穂乃果の元へ歩いていく。

 

「…」

 

その様子を穂乃果はただただ見つめていた。

 

一切表情を変える事無く。

 

やがて穂乃果の元へ近付く人物が中央辺りで足を止めると、穂乃果は静かに口を開いた。

 

「…海未ちゃん…」

 

講堂に来た人物…園田海未と久し振りに会った穂乃果は、少し緊張を含みながら話し掛けた。

 

そして、次の瞬間穂乃果は勢い良く頭を下げた。

 

「ごめん!本当にごめん!学園祭の失敗から始まって今まで本当に沢山迷惑掛けて、勝手にスクールアイドルをやめるなんて言っちゃって本当にごめんなさい!」

 

申し訳無さそうに頭を下げる穂乃果。

 

それに対し海未は表情を変えず真剣な面持ちのまま穂乃果の言葉を聞いていた。

 

穂乃果は頭を上げると続けて言った。

 

「スクールアイドルをやめてから気付いたんだ。私、やっぱりスクールアイドルが好き。廃校阻止とか、ラブライブとかにずっと意識がいっちゃってて、始めた時には持っていた大事な事を忘れてた…こうなるまで私気付かなかった!」

 

「…」

 

「でも、いろいろ思い出したの。スクールアイドルを始めた時の事、ここでファーストライブをやった時の事、始めてランキングに入った時の事、皆がμ'sに入ってくれた時の事、9人で始めてライブをした時の事、路上ライブの事、合宿の事…全て」

 

「…」

 

「どれも笑顔だった。笑顔が溢れてた。そこでようやく気付いたの!これがスクールアイドルを続けたい本当の理由だって」

 

「…」

 

「踊る事が好き。歌う事が好き。皆の笑顔が好き。皆に私達のライブを観てもらえる事が好き。そして何より、大好きな皆で皆を笑顔にするライブを作り上げるあの幸せな日々が凄く大好きなの!!楽しくて仕方がないの!!」

 

「…」

 

「また、あの時みたいに踊ったり歌ったり笑い合いたい!皆とスクールアイドルをやりたいの!だから海未ちゃん本当にごめん!これからもきっと自分勝手な事をして迷惑を掛けると思う…誰かが悩んでたりしてても気付けなかったり、入り込みすぎて周りが見えなくなっちゃうと思う…でも、私追いかけていたいの!!」

 

海未に対して放った穂乃果の思い。

 

これが穂乃果がようやく見つけた答え。

 

やりたいから。好きだから続ける。にこも言っていたのに何故か気付かなかった、忘れていた。

 

近すぎて見えなかった本心。本当はすぐそこにあったのに。

 

だが、穂乃果は見つける事が出来た。

 

皆の助けもあって、答えに辿り着く事が出来た。

 

スクールアイドルへの熱い思いを話す穂乃果の目は、一切曇りが無く真っ直ぐ海未を見つめていた。

 

「…」

 

対する海未はまだ真剣な表情を崩さない。

 

そんな海未を穂乃果は心配そうに見つめる。

 

また間違っていたのか?そんな不安が穂乃果の中で込み上げて来る中、次の瞬間穂乃果の耳に入ったのは意外な物だった。

 

「…ぷっ…」

 

「…え?」

 

「…くっ…ふふっ…あははははっ!」

 

真剣な表情から一変。

 

涙を浮かべながら海未は急に笑い出した。

 

「え?何?何で?」

 

突然の海未の大笑いに穂乃果は困惑する。

 

まさかこの状況で海未に笑われるなんて穂乃果の頭の中には当然無かった。

 

「何で笑ってるの海未ちゃん!」

 

少しの怒りを含んだ口調で海未に問う穂乃果。

 

すると海未は落ち着いたのか涙を拭いながら口を開いた。

 

「ふふっ、ごめんなさい。穂乃果が真剣すぎてつい」

 

「なにさ、私が真剣なのがそんなに面白かったの?」

 

ムスッとした様子の穂乃果。

 

海未に笑われたのが結構ショックだったらしい。

 

「だから謝ったじゃないですか」

 

「…むー…」

 

一向に機嫌が良くならない穂乃果。

 

そんな穂乃果に対し、海未は柔らかな笑みを浮かべながら今度は自分の思いを伝えた。

 

「穂乃果の思いは充分伝わりました。でも穂乃果、これだけは言っておきますけど、穂乃果には今までずっと迷惑掛けられっぱなしですよ?」

 

「…え?」

 

海未からの予想外の返答に思わず驚いた様な声を上げる穂乃果。

 

そんな穂乃果の様子もお構い無しに海未は続けて言う。

 

「スクールアイドルだって最初は嫌だったんですよ?歌もダンスも素人で、体力すらまともに無い。廃校阻止の為とはいえ、時間もあまり残っていない中で0から始めるのは無謀すぎる。そして何より、人前に出るのが苦手な私に出来るはずが無いって本気で思ってました。何とか理由をつけてやめようとしてたんですよ?」

 

「…」

 

「でも、私はそうしなかった」

 

「…何で?」

 

穂乃果は思わず海未に問う。

 

対する海未は、笑みを崩さずにはっきりと言った。

 

「楽しかったからですよ」

 

「…!…」

 

「穂乃果やことりや皆と一緒に踊ったり歌ったりするのが楽しくて、それを観たお客さんが楽しんでくれている所見ると、スクールアイドルをやって良かったと本気で思えるんです。そうしていく内に気付けば人前に出る事が少し楽しみになってきたんです」

 

海未はそう言うと、ゆっくり歩き出し穂乃果と同じステージ上に上がる。

 

そして更に海未は続けて言った。

 

「いつだって穂乃果はそうでした。後先考えず自分がやりたいと決めた事に真っ直ぐ突き進んで行く。私とことりは、そんな穂乃果に引っ張られてここまで来ました。勇気が出せなくて踏み出せなかった場所も、穂乃果はいつだって連れて行ってくれました。いつも私達に新しい景色を見せてくれる穂乃果の提案の数々。どれも後悔した事なんてありません。スクールアイドルだって、今はやって良かったと心の底から思ってます」

 

「…海未ちゃん…」

 

「だから穂乃果はずっとそのままでいて下さい。穂乃果に振り回されるのはもう私達は慣れっこです。例えもしこの先また穂乃果が間違ったとしても、今度は私達がいます。ダメだと気付いたらきちんと言いますし、穂乃果にちゃんと付いていきます。だから穂乃果はそのままやりたい事に集中して、周りを巻き込んで、真っ直ぐ突き進むあなたでいて下さい」

 

迷いの無い瞳で真っ直ぐ穂乃果を見つめる海未。

 

柔らかな笑みを浮かべながら話す海未の言葉は、本心である事が充分伝わってくる。

 

熱い海未の思いを聞いた穂乃果は、すぐ様口を開く。

 

「海未ちゃん!私…」

「その代わり」

 

穂乃果の言葉を遮るように海未が言う。

 

やがて海未は、期待を込めた眼差しで穂乃果を見つめると満面の笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

「また連れて行って下さい!私達の知らない世界へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海未ちゃんから言われた言葉の数々。

 

それは全て予想外な物だった。

 

そのままで良い…海未ちゃんはそう言ってくれた。

 

一人で突っ走って学園祭のライブを台無しにしてしまった私を…

周りを見ずにことりちゃんを傷付けてしまった私を…

皆を巻き込んで迷惑を掛けてしまった私を…

スクールアイドルを一度やめてしまった私を…

 

海未ちゃんは許してくれた。私の全てを…

 

海未ちゃんの言葉は優しくて、暖かくて、どんどん心が満たされていく。

 

私は一人じゃない。皆がいる。

 

「良かったら、穂乃果ちゃんにも来てほしいな…」

 

「穂乃果ちゃんが来てくれたら盛り上がるよ!」

 

「絶対来なさいよ」

 

「講堂で待ってる」

 

フラッシュバックする皆の言葉。

 

手を差し伸べてくれた絵里ちゃん。踏み出す一歩をくれた希ちゃん。私達の為に曲をくれた真姫ちゃん。

 

皆が…私を待っててくれている。

 

気付けば私は笑顔で答えていた。

 

 

 

 

 

 

「うん!私、やるったらやる!」

 

 

 

 

 

 

「やるったらやる…ふふっ、穂乃果らしいですね」

 

私の答えを聞いた海未ちゃんはそう言うと満足そうに笑う。

 

そして海未ちゃんは私から視線を外すと、がらんとした客席を見つめる。

 

一度深呼吸を挟んだ次の瞬間、海未ちゃんは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって可能性感じたんだ…そうだ、進め」

 

 

 

 

 

あれ?この曲って…

 

綺麗な声で歌う海未ちゃんに吊られ、私も口ずさむ。

 

 

 

 

 

 

「後悔したくない目の前に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【僕らの道がある】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、この曲はことりがいないとしっくり来ませんね」

 

「…そうだね」

 

真姫ちゃんが私達の為に作ってくれた曲。ススメ→トゥモロウ。

 

一緒に入っていた歌詞カードにはしっかりとパート分けもされていて、やっぱりことりちゃんを含めた3人じゃないと完成にならない曲だという事が改めて分かった。

 

「穂乃果、START:DASH!!はまだ踊れますか?」

 

「…え?」

 

予想外の質問に私は思わず目を丸くする。

 

何でこのタイミングでその質問なの?

 

「踊れるけど…」

 

「じゃあ話は早いですね。穂乃果も聞いてるでしょう?今日ここでライブが行われる事」

 

「…うん。知ってるよ」

 

「では迎えに行ってあげてください。【9人目の女神を】」

 

「…!…」

 

海未ちゃんの口から放たれた言葉に私は更に驚く。

 

9人目の女神って…まさか…

 

「え、でも…」

 

「きっとことりは待っています。穂乃果に我儘を言って貰いたいんですよ」

 

「わ、我儘!?」

 

「そうです。有名なデザイナーから誘われて留学当日にやめる様に言える人物。それは一人しかいません」

 

「…!…」

 

「私はことりに行って欲しくありません!もっとことりと…穂乃果と3人で過ごしていたいです!スクールアイドルも続けたい…また一緒に学校に行って、帰って、また些細な事で喧嘩したり、笑ったり…穂乃果は…穂乃果は、どう思って…」

「…っ!…」

 

気付けば私の足は動き出していた。

 

海未ちゃんが勇気を持って私に話してくれた本心…ことりちゃんへの思い…

 

一緒だよ…そんなの一緒に決まってる!だって約束したじゃん!

 

路上ライブの後、神田明神で3人で誓ったじゃん!

 

…ずっと3人一緒にいようって!

 

「穂乃果!」

 

後ろから聞こえる海未ちゃんの声。

 

海未ちゃんの気持ちは伝わった。後は私の番。

 

その気持ちを、私の気持ちと共にことりちゃんにぶつければ良い。

 

私は振り向かずにはっきりと言った。

 

「海未ちゃん。皆と一緒に講堂で待ってて」

 

「…!…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「9人でもう一度立つよ!ステージに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【君が失った物に、取り戻せない物は無いよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

冬夜君、君の言った通りだよ。

 

取り戻せない物なんて、何一つ無いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び9人で輝く為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…飛行機の時間は…」

 

勢い良く講堂を飛び出し、足を止める事無く時間を確認する私。

 

あの後海未ちゃんがどんな顔をしていたのかは分からないけど、背中越しに聞こえた「はい!」という声はとても嬉しそうに見えた。

 

海未ちゃんの思いも乗せたことりちゃんを連れ戻すという大事な仕事。

 

きっと皆もそう。神田明神で私をライブに誘ってくれた時、皆は私に観客としてでは無くて同じステージに立つμ'sの一員として声を掛けてくれた。

 

あの時から皆は信じていたんだ。9人であのステージに立つ事を。

 

「絶対に…失敗出来ない」

 

皆の思いを背負って駆ける大きな決意。

 

私は空港の場所の確認も兼ね、スマホを開く。

 

しかしここで私は大きな問題に直面する事になる。

 

「今の時間は7時30分…」

 

確か飛行機の時間は…あれ?8時じゃなかったっけ?

 

ここから空港までは…

 

「…」

 

恐る恐る空港の位置情報を立ち止まって打ち込む私。

 

嫌な予感がするのは気のせいであってほしいけど…

 

そして位置情報を打ち込んだ後、スマホに出てきた数字に私は驚愕する。

 

【所要時間 30分】

 

「うそー!!?」

 

間に合わないじゃん!?ここからそんなに掛かるの!?

 

いや嫌な予感は感じてたけどさ…そこは外れてよ!!

 

何でこんな大事な時に当たるのさ!

 

「どうしよう…タクシー使う?…いや、お金無いからまず無理…一度お家に帰る?…いや、只でさえ時間が無いのにそんな余裕は無い…」

 

え…もしかして、詰み?

 

いやいやちょっと待って!ここまで来たんだよ!?ここまで来たのに物理的に無理なんて!

 

「どーしよー!!!ことりちゃん連れ戻しに空港まで行かなくちゃいけないのにー!!」

 

まさに八方塞がり。ただただパニックだった。

 

どんな方法を考えても間に合いそうに無い…

 

でもこの想いは止められない。あんな事言って海未ちゃんと別れたんだから間に合いませんでしたじゃ絶対に納得しない。

 

…こうなったら…

 

 

 

 

「走るしかない!」

 

私が出した結論はそれだった。

 

 

 

「所要時間を上回るぐらい早く走れば間に合う!」

 

それは一種の自己暗示みたいな物。

 

自分にそう言い聞かせなきゃまた心が落ち込んでしまう気がした。

 

そして何より考えてる時間がもったいない!

 

「よし、行こう!」

 

私はより一層気合を入れると、足に力を入れ勢い良く走り出す。

 

そしてそのまま校門を飛び出してその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばーか。そんなんで間に合うはずないだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…」

 

聞き覚えのある声に思わず足を止める私。

 

声のした方へと顔を向ける。

 

私の視界に映った物。それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、穂乃果らしいけどな」

 

柔らかく微笑みながらこちらを見つめる、冬夜君の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんで…」

 

私は思わず呟いていた。

 

でも冬夜君が何故ここにいるか分からなかった。一番無いと思ってたのに…

 

「説明は後だ。乗れ」

 

冬夜君はそう言うと、1台の自転車を指差す。

 

これ、いつも冬夜君が愛用している自転車じゃ…

 

「ことり、連れ戻すんだろ?」

 

「え、何で知ってるの?」

 

「学校前であれだけ一人で叫んでりゃ嫌でも聞こえるって」

 

…バッチリ冬夜君に聞かれてたんだ…あの独り言。

 

「いいから早く乗れ」

 

冬夜君はそう言うと自転車に跨り私を見つめる。

 

これってもしかして…二人乗り!?

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「心配すんな。正直警察がいるかどうかは運だが、時間には必ず間に合わせる。俺がここ数年で培った土地勘を生かして最短距離で空港まで連れて行ってやる」

 

「…!…」

 

自信満々に言う冬夜君に思わず胸が高鳴る。

 

ーーーーーカッコいい…

 

そう思ってしまうくらいに。

 

本当にずるいよ…冬夜君は。

 

冷たく突き放したり暖かく手を差し伸べたり…

 

…あれ、何でこんなに私、ドキドキしてるんだろう…

 

「…本当に、連れて行ってくれる?」

 

気付けば私は冬夜君に聞いていた。

 

冬夜君に頼るしかないのは分かってる。分かってるけど、まだ自分の中でも半信半疑なんだ。

 

本当に自転車で間に合うのかって。

 

だからこそ聞きたかった。

 

もう一度、彼の言葉が。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、約束する」

 

 

 

 

 

 

 

彼が発したその言葉は、優しくて、暖かくて、自信に満ち溢れていて、私の不安を全て消してくれた。

 

ありがとう…冬夜君。信じるね。

 

私はすぐ様冬夜君の後ろに乗ると、がっちりと抱きしめる。

 

「…」

 

まずい…自分でも顔が赤くなってるのが分かる…

 

でも、これは不可抗力だもん!落とされない為には仕方ない事!

 

そう自分に言い聞かすけど熱を帯びた体は一向に冷めない。

 

冬夜君は…どんな気持ちかな?

 

「じゃあ行くぞ」

 

…あれ?意外と気にしてない?

 

それはそれで傷付くんだけど…

 

「…!…」

 

チラリと冬夜君の顔を覗き込んで見る。

 

そして、私は気付いた。

 

「飛ばすから、その手離すなよ」

 

ふふ、強がっちゃって。でもそうだよね、そう言うしかないよね。

 

私は冬夜君の言葉に返す様に抱きしめる力を強める。

 

「…っ…い、行くぞ!」

 

「うん!」

 

走り出す自転車。

 

次第に乗るスピード。

 

私は赤く染まった彼の横顔を思い出しながら、その小さくて大きい背中に身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔先に立たず…とはよく言ったものである。

 

刻一刻と迫る旅立ちへのタイムリミット。

 

空港のロビーで一人待つ少女は、1枚のCDを手に持ちながらため息をつく。

 

「はぁ…」

 

時間が迫るに連れ膨れ上がる私の中の思い。

 

ーーーーー本当はもっと一緒にいたい。

 

分かっていた。薄々感じていた。

 

でも、答えを変えるのが怖かった。一度出した答えを変えてしまうのが。

 

本当に後悔しないか?皆は許してくれるか?

 

そんな不安がぐるぐると回って気付けば後戻り出来ない所まで来てしまった。

 

…おかしいよね…自分の事なのに決められないなんて…

 

「…」

 

ふと私は近くにあった時計に目を向ける。

 

7時55分…

 

もう…これ以上は…

 

「…行かなきゃ…」

 

結局最後まで誰も来なかった。

 

無意識の内に待っていたんだ。誰か、私を呼び止めてくれないかなって。

 

きっとそんな無茶な事を言ってくれるのは穂乃果ちゃんだけだと思う。

 

…でも、来なかった。穂乃果ちゃんなら来てくれるかもって勝手に期待してた。

 

そりゃそうだよね…そんな虫の良い話、あるはずない。

 

だってあの日以来、話せてないんだもん。穂乃果ちゃんが来るはず…

 

諦めてゲートまで歩き出した…その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!!!」

 

不意に誰かに掴まれることりの腕。

 

ことりの耳に入る聞き慣れた声。

 

腕に感じる幾度なく救われてきた心地よい温もりと、込み上げてくる安心感。

 

気付けばことりは涙を流していた。

 

「…っ…」

 

「ことりちゃん…引き止めちゃって本当にごめん!でも、私もう決めたの!」

 

「…!…」

 

「私、スクールアイドルやりたい!ことりちゃんと一緒にやりたい!いつか別々の夢に向かうときが来るとしても…だから…」

 

穂乃果は一度そこで言葉を止めると、ことりを抱きしめながらはっきりと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりちゃん…行かないで!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

穂乃果が発した精一杯の叫びと最大の我儘。

 

涙を流しながら懇願する様にことり抱き着く穂乃果。

 

周りの視線なんてどうでも良い。ここは二人だけの世界。

 

無茶なのは百も承知。でも、そこまでしてでも穂乃果はことりを取り戻したかった。

 

やがて、ことりは穂乃果の叫びに対し返す様に抱き締め返しながら言う。

 

 

 

「ごめんね…穂乃果ちゃん…自分の気持ち、分かってたのに…」

 

 

 

 

抱き締め合いながら涙を流す二人。

 

二人の耳に入ったのは、互いの涙の音と飛び立つ飛行機の羽音のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…そうだ、ことりちゃん時間が無いんだよ!」

 

「…?…」

 

それから数分。

 

暫く泣き続けた二人は、落ち着いたのかスッキリしたような表情を浮かべ少しだけ距離を取る。

 

そんな中、思い出した様に慌ただしく言う穂乃果にことりは可愛らしく首を傾げた。

 

「この後講堂でμ'sのライブがあるの!」

 

「ら、ライブ?」

 

「そう!急でごめんなんだけど、ことりちゃんにも出て欲しいんだ!μ'sの復活ライブに」

 

「…えっと…本当に突然だね。でも分かった。それで何時からなの?」

 

「確か時間は9時からで…あーっ!!後30分しか無い!どうしよー!!」

 

さっきまで泣いていたかと思えばこの慌て様。

 

コロコロ変わる穂乃果の様子に思わず周りから笑い声が飛ぶ。

 

「ちょ、ちょっと穂乃果ちゃん…」

 

さすがにことりは恥ずかしいのか一人慌ててる様子の穂乃果に歩み寄る。

 

そして穂乃果は歩み寄ることりをチラリと見ると、直ぐ様ことりの手を取り走り出した。

 

「え!ちょっと穂乃果ちゃん!」

 

「とりあえず行こう!ことりちゃん」

 

猪突猛進、無我夢中。

 

もはや彼女の頭の中にはライブの事しか入っていないのだろうか。

 

ことりの手を取ったままひたすら前へ走る穂乃果。だが、これが高坂穂乃果という人物だ。

 

「…ふふ…」

 

穂乃果に引っ張られる様に走ることり。

 

だが、その表情は笑顔でありまるで暴走する穂乃果を楽しんでいる様子だ。

 

短い様で長い時間。留学の準備の間は自宅に訪れた海未を除いて他のメンバーとの関わりが無かったことりにとっては、戻りつつあるこの日常は、とても懐かしく嬉しい物だった。

 

「とにかく走るよ!ことりちゃん」

 

「うん!」

 

焦る穂乃果と楽しそうなことり。

 

周りの目なんて気にする素振りも見せず、その足を止める事無く空港から飛び出して行く。

 

そしてそのまま二人が道路に差し掛かったその時だった。

 

 

 

「すいません!!」

 

 

 

「「…!…」」

 

突如何者かに呼び止められる声。

 

声を掛けられると思わなかったのか驚いた様な表情を浮かべ足を止める二人。

 

恐る恐る声がした方に振り返ると、そこにはタクシーの運転手だと思われる風貌をした30代半ばくらいの男性が立っていた。

 

「高坂穂乃果さんと南ことりさんでお間違えないですか?」

 

「はい、そうですけど…」

 

「良かった…あ、突然すいません。私、タクシーの運転手をやってる山本と申します」

 

「あ、はい…よろしくお願いします」

 

ただただ困惑だった。

 

知らない人物から声を掛けられ名前まで知られている良く分からない状況に二人は混乱。

 

急いでいる事もあり、痺れを切らした穂乃果が恐る恐る口を開く。

 

「えっと…私達に何の用ですか?」

 

「先程前髪の長い男性から頼まれ事をされたんですよ。オレンジのサイドテールをした女の子とベージュの鶏冠みたいな髪型の女の子が来るから音乃木坂まで送ってほしいと」

 

「「え?」」

 

男性の言葉に目を丸くする二人。

 

そして互いに目を合わせると、その表情は段々嬉しそうな表情へと変わっていく。

 

「前髪が長い男性って…」

 

「うん!間違いないよ!」

 

「「冬夜君だ!!」」

 

冬夜が行ったタクシーの手配。

 

その事に気付いた二人は手を取り合いながら喜ぶ。

 

「あ…でもお金…」

 

「あ、お代はもうその男性から頂いているので結構です」

 

「え!本当ですか!?」

 

「はい。きっちり二人分」

 

「嘘…冬夜君そんな事まで…」

 

冬夜の優しさに触れた二人の表情は、みるみる内に赤くなっていく。

 

ことりに至っては少し涙目になっている程だ。

 

「急いでいるんですよね?早速行きましょうか」

 

「…!…そうだ、早く行かないと!乗るよことりちゃん!」

 

「うん!後で冬夜君にお礼言わないとね!」

 

タクシーの手配と代金まで支払ってくれた冬夜に感謝しながら二人はタクシーに乗り込む。

 

車であれば時間には間に合う。

 

ホッと一息をつく二人に、男性は思い出した様に言う。

 

「そうだ、一つ言い忘れてました。先程の方から伝言預かってるんですよ」

 

「…伝言?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【もう一つの夢、叶えてこい】」

 

 

 

 

 

 

 

 

男性の口から告げられた冬夜からの伝言。

 

もう一つの夢を叶える。この言葉には、確かな心当たりがあった。

 

「覚えててくれたんだ…」

 

二人の脳裏に浮かぶのは初めて講堂でライブをした時に穂乃果が言った言葉。

 

 

「この講堂を満席にしてみせます!」

 

 

あの時、穂乃果が絵里に放った約束。

 

冬夜はその時の誓いをしっかりと覚えていた。

 

「事情とかは良く分かりませんが…凄く良い人ですね」

 

柔らかい笑みを浮かべながら二人に言う男性。

 

その言葉を聞いた二人は満面の笑みを浮かべると、

 

「「うん!!」」

 

と返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に間に合うの!?」

 

ライブ開演数分前。

 

穂乃果とことりの到着を待つ冬夜を除いた8人が制服姿のまま舞台袖で待機していた。

 

「きっと間に合います。大丈夫ですよ」

 

そう自信満々に答えるのは海未。

 

迷いや悩みが吹き飛んだかの様な清々しい澄んだ表情。

 

そして何より皆で穂乃果とことりを待っているこの状況がμ's復活へ着実に進んでいる事を示している。

 

冬夜もこの場にはいないだけで学校内にはいる。

 

ライブも観ると言っていたし心配はいらないだろう。

 

「本当に制服で良いの?」

 

続いて口を開いたのは凛。

 

凛はライブでの衣装が制服である事に不安を抱えているようだ。

 

「スクールアイドルらしくて良いんじゃない?」

 

真姫が微笑みながら直ぐ様凛に返す。

 

珍しいな。真姫がそんな表情するの。

 

「そうしてる間にもう時間やけど…」

 

続いて希が時間を確認しながら不安そうな表情で言う。

 

開始時間はもうすぐ。そろそろステージに上がりスタンバイしなくてはならない。

 

「お客さんを待たせる訳にもいかないわ」

 

絵里も少し険しい顔で言う。

 

チラリと目を移した客席には今か今かとライブを待ち侘びている満員に入ったお客さん達。

 

立ち見をする人もいる程の人気っぷりだ。

 

…さすがにこれ以上は待てないか。

 

「お願い…間に合って…」

 

花陽が祈る様に言う。

 

だが俺は不思議と焦っていない。どうしてだろうな…

 

穂乃果達が間に合うって信じてるからかな。

 

「来るよ。今」

 

俺は扉の方を見つめながら自信を持って言う。

 

そして皆の視線が扉に集まったその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、間に合った!?」

 

突如開かれる扉。

 

勢い良く入ってくる一人の少女。

 

少女の問いに答える様にホッとした表情で首を縦に振る俺達。

 

それを見た少女は満面の笑みを浮かべながら言う。

 

「良かったー…お待たせ!皆!」

 

「全く、ギリギリセーフだぞ穂乃果」

 

太陽の様に眩しい笑顔で自慢のサイドテールを揺らしながらこちらへ駆け寄る。

 

「えへへ…でも、ちゃんと連れてきたよ!」

 

そう言い穂乃果は入ってきた扉を指差す。

 

そして再び皆の視線が扉に集まると、柔らかな笑みを浮かべた久し振りに見る少女が入ってきた。

 

「ことり!」

「ことりちゃん!」

 

思わずその少女の名を口にする皆。

 

燥ぐ者、ホッと一息をつく者、笑顔を浮かべる者。戻ってきたことりに対してのリアクションはそれぞれ違う。

 

ただ、共通して言える事は皆心の底から喜んでいるという事だ。

 

勿論、それは俺も例外じゃない。

 

本当は皆と一緒に騒ぎたいくらいだ。

 

でも、生憎今はそんな時間は無い。

 

「感動の再会は後だ。もうライブが始まるぞ」

 

本当はもう少し余韻に浸りたい。話したい事も沢山あるが、それはライブの後にも出来る事。

 

だって、もう皆ここにいるから。

 

「そうやね。じゃあライブ始まる前に部長から一言」

 

いつぞやの無茶ぶりと同じ様ににこに振る希。

 

しかし、急な振りに対し余裕そうな表情を浮かべながらにこは言う。

 

「ふふん、そう来ると思ったわ。今回はちゃんと用意してるわよ!」

 

何!?ちゃんと対策してる!

 

いつものにこと違う!

 

「…何よ太陽その意外みたいな顔は」

 

「いえいえ何でもございません」

 

やべ、普通に顔に出てた。

 

この癖治そう…

 

にこはわざとらしく咳払いをすると、復活するμ'sの士気を高めるため笑みを浮かべながら高らかに言う。

 

「今日皆を、最高の笑顔にするわよ!!」

 

にこの言葉に皆にも笑みが溢れる。

 

その皆には勿論、俺達自身も含まれているんだろうな?

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

皆が手を重ね、穂乃果から始まった点呼。

 

絵里が言い終わった途端、皆の視線が俺に集まる。

 

「…え?」

 

まさか、俺も?

 

「早く。皆待ってるわよ」

 

急かすようににこが言う。

 

…全く…俺はあくまでもコーチであってμ'sでは無いんだが…まぁたまにはこうゆうのも良いか。

 

実はちょっと混ざりたかったし。

 

俺は笑みを浮かべ、一番上に重ねる。

 

そして、期待の眼差しで見つめる皆に応える様に俺は言う。

 

 

 

 

「10!!」

 

 

 

 

「よし、行くよ!!μ's…ミュージック…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「スタート!!」」」」」」」」」」

 

復活した女神達のライブが、遂に始まる。

 

今までを凌駕する輝きと最高の笑顔を纏いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…始まったか」

 

μ'sの復活ライブがスタートしたその頃。

 

俺は一人アイドル研究部の部室にいた。

 

「良く撮れてるじゃん」

 

俺が見ているのは今、講堂で行われているμ'sのライブの様子。

 

ヒデコ達や学園長に協力して貰い、ネット上で生放送として現在進行形で動画を撮ってもらっている。

 

「…ここまで来たか…」

 

一度は崩壊したμ's。

 

だが、少しのヒントはあったが彼女達は自分自身で立ち上がった。

 

自分で動き自分で答えを見つけ、自分の意思でμ'sを再結成させた。

 

そこに俺の手は無い。

 

穂乃果が立ち上がったのはメンバーそれぞれが穂乃果を気にかけ様々な言葉を掛けてあげたから。絶望していた穂乃果を引っ張り上げたから。

 

それが無ければμ'sの再結成は間違い無く無かった。

 

皆が皆、心の底からこのメンバーでスクールアイドルを続けたいと思ったから穂乃果に手を差し伸べ、穂乃果がことりを連れ戻す事を信じて待っていた。

 

ことりも、自分の気持ちに気付きスクールアイドルを続けたいと思ったから留学を寸前でやめて戻ってきた。

 

夢の為の大きな一歩になる留学を飛行機に乗る寸前でやめるなんてよっぽどだ。この日まで沢山準備して沢山考えて時間もかなり掛かっただろう。

 

彼女達の原動力は、【ただやりたい気持ち】それだけ。

 

でも、それで充分。そこに目標なんていらない。

 

このメンバーでスクールアイドルをやっていたい。その気持ちが全員にあればきっと、μ'sはもう壊れない。

 

続ける理由を探せなんて言ったけど、実際はちゃんとした理由なんていらないんだ。

 

彼女達は、それを自分で気付けた。

 

コーチである太陽も、皆のサポートに徹していた。

 

にこ達と共に居場所を守り、復活する舞台を作った。

 

 

 

「講堂でライブをやろうと思う。μ'sの復活ライブを」

 

 

 

俺との衝突から数日後に来た太陽からのメッセージ。

 

今、μ'sが行っているライブは全て太陽が企画した物だ。

 

使用の許可からチラシ配り、音響や照明の確認。全て太陽が行った。

 

これでμ'sが復活しなかったらどうするんだと思うかもしれないが太陽の頭にはそんな考えは存在していない。

 

ただひたすらに信じていたんだ。誰よりもμ'sの復活を。

 

そんなコーチと、強い絆で結ばれた絶望を知る女神達がいれば、更なる高みを目指せるだろう。

 

3年生が卒業する前にもう一度ラブライブがあるかは分からないが、もし開催されるならきっと…

 

きっとμ'sは…

 

「…さて、始めるか」

 

俺は慣れた手付きでパソコンを動かしていく。

 

画面にはかつてμ'sの名が載っていたスクールアイドルの大きなサイト。

 

もう俺に出来る事は限られている。出来るのは…

 

「あいつらをもう一度、スタート地点に立たせてあげるくらいか…」

 

 

「私たちのファーストライブも、この講堂でした。その時、私は思ったんです。いつか、ここを満員にしてみせるって。一生懸命頑張って、いま、私たちがここに居る。この想いを、いつかみんなに届けるって!その夢が今日、叶いました!だから、私たちはまた駆け出します。新しい夢に向かって!」

 

 

耳に入る穂乃果のMC。迷いや後ろを振り向く気配など少しも無い。

 

俺は少しだけニヤリと笑うと、静かにクリックボタンを押す。

 

今日はμ'sのリスタートの日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【音乃木坂アイドル研究部 μ's】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Catch your Dream!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び女神達の名が刻まれる様を見届けた俺は同時に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、この瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【マネージャーとして最後の仕事が終わったのだと】

 

 

 

 

 

 

 

 




復活した音乃木坂スクールアイドルμ's。

しかし、その一方でまた1つ。何かが終わろうとしていた。

「…気持ちは、変わらないんだな?」

「ああ、変わらない」

交わらない二人の歩く道。

必死に紡いだ言葉も、そこでは意味を成さない。

「続けるよ。最後まで」

始まりと終わりは表裏一体。

終わりを告げる物…それは…







「約束…守ってくれますよね?」








〜次回ラブライブ〜

【第31話 二人の方向性】

お楽しみに。


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第31話【二人の方向性】

こんにちはドラしんです。

あれ、何かタイトル違くない?と思った方。申し訳ございません。

打ち込んでく内に最初考えていた所まで話を区切ると展開が少し急になってしまうのとかなり長くなってしまうので急遽話の内容を変更致しました。それに伴い、タイトルの方も考え直しました。

30話での次回予告も変えてますので。

さて、μ'sの再結成でめでたく1期終了…といきたいのですが、実はここから更に物語は動きます。

μ's解散編でシリアスが終わったと思った方々。残念ながらここからが本番です。μ's解散編を超えるシリアスになると思います。

1期最後にして長丁場になる予定ですので、すいませんがもう暫くお付き合い下さい。

それでは第31話、始まります。



【1期最終章 氷月冬夜編】


 

 

 

 

 

 

 

全てはこの日の為だった。

 

何気ない平凡な生活を過ごしていた俺の日々は、あの時海未達を助けてから変わった。

 

スクールアイドルを始めた海未達と再会し、穂乃果と出会い、関わっている内にただの男子生徒が女子高に通うという非現実的なイベントまで起きた。

 

誰もが羨むバラ色の高校生活。ただ、俺にとってここでの日々は苦痛でしか無かった。

 

只でさえ同性から嫌われているのに異性からなんて好かれるはずも無い。

 

俺にとって異性しかいないこの空間は控えめに言っても地獄だ。

 

「…またいるよ…」

「いい加減休んでくれないかな…」

「同じ空間にいるとこっちまで暗くなるよ…」

 

聞こえてくる陰口はノイズでしかない。

 

特別傷付くとかそうゆうのは無いが、突き刺さる視線と嫌でも耳に入る雑音の数々。

 

机に伏せて寝ようとしてる最中も聞こえるから気が散って仕方ない。

 

あいつらは俺が気付いていないと思っているのだろう。現に実際に俺が近くにいる時は精一杯の愛想を振りまく。

 

 

「楠木坂って頭良い所だよね?氷月君って凄いねー」

「よく見たら氷月君ってミステリアスだよね」

「私、氷月君の様なタイプ嫌いじゃないよ?」

 

 

そんな安っぽい芝居に騙される程俺は落ちぶれちゃいない。

 

俺には分かる。全て俺を弄ぶ為の嫌がらせで太陽に近付く為のきっかけ作りである事。

 

誰一人として本心でそれを言っていない事。

 

いくらμ'sとヒフミトリオがまともに接してくれるとはいえ、この学校の大半はこうゆう感じ。あいつらでさえ裏の顔は分からない。

 

1年生や3年生もすれ違えば嫌悪な目線でこちらを見つめる。

 

だが、楠木坂であれば誰も俺を気にせずそこにいないものとして扱ってくるから楽だ。

 

学校の廃校を阻止するという共通の目標が出来、μ'sと協力してきた数カ月。

 

いろいろな事があった。

 

夢、希望、輝き、絶望。いろんな姿を俺に見せてくれた。

 

正直俺がここまでμ'sに興味を抱くとは思わなかった。

 

共通の目標があるからただ協力した。それだけの関係だったはずなのに気付けば手を出さなくても良い時も俺は手を差し伸べていた。

 

俺もあいつらに毒されてきている証拠だろう。

 

でも、それももう終わる。

 

俺はこれ以上、μ'sと関われない。

 

 

 

 

 

 

「約束、守ってくれますよね?」

 

「…全く…君には負けたよ…本当に廃校を阻止した上に私の言葉をきちんと録音してるとはね」

 

ボイスレコーダーを片手に大きな椅子に座る男に向かって俺は言う。

 

男は降参だと言わんばかりに両手を上げて言葉を返す。

 

条件は果たした。後は約束を守ってもらうだけ。

 

ようやくここまで来たんだ。絶対に逃さない。

 

俺は今、楠木坂高校の学園長室にいる。

 

この場所に戻る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次のライブ、どうしようか?」

 

場所は変わり音乃木坂アイドル研究部部室。

 

そこには冬夜を除いたμ'sのメンバーが次のライブの話し合いをしていた。

 

「そうね…講堂での復活ライブは大成功だったけどまだ学園祭の穴を埋め切れてない感じはするわね」

 

「衣装も制服だったし、曲目も少なかったにゃ」

 

「ではまた屋上でライブを開いて学園祭の時と同じ曲目で行うのはどうでしょう?学園祭のリベンジとして」

 

「それ、良いわね」

 

復活ライブから数日。

 

あの日以来μ'sの結束はより高まり、メンバー間の絆もより一層強くなった。

 

各々自分の意見を積極的に言える様になり、話し合いが円滑に進む様になっただけでなく、全員周りを気にする様にもなった為解散騒動を経てμ'sは確実に成長している。

 

あの騒動は間違い無くμ'sを更なる高みへと運ぶ重要な物となり、これでようやくμ'sは本当の意味で繋がったと言える。

 

そんな中、一人キョロキョロと辺りを見渡す希の姿が太陽の目に入った。

 

「希、どうした?」

 

「…あ、いや、冬夜君来ないのかなって思っただけや」

 

少しだけ心配そうな表情を浮かべながら言う希。

 

その言葉を聞いた他のメンバーの反応も同じ様なものだった。

 

「…そういえば、冬夜君の姿見ないね」

 

「バイトまではまだ時間あるはずだけど…」

 

「うん。いつもなら少しでも顔出すよね」

 

何故かもう冬夜のバイトの時間を皆が把握している事は誰も触れずに話は進んでいく。

 

私達との衝突があったせいで気まずくて顔を出せない。そんな憶測が飛び交う中、海未が真剣な表情で太陽に尋ねた。

 

「太陽は…何か知っていますか?」

 

「…」

 

海未からの問いに太陽は一瞬暗い表情を見せると、冷静を装いながら答えた。

 

「あいつ、今楠木坂に行ってるんだよ」

 

「楠木坂に?何でまた」

 

「さぁな。何か用事あったんだろ」

 

さらっとそう答える太陽に疑問を持つ者はいなかった。

 

その用事は何なのかを聞く者もおらず、冬夜についての話は「何か用事がある」という曖昧な答えのまま幕を閉じた。

 

悲しそうな表情で太陽を見つめる希だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

俺はスマホを片手に一人部屋で佇んでいた。

 

「…凄かったな…あのライブ」

 

脳裏に浮かぶのは先日行ったライブの事。結果、μ'sの復活ライブは大成功。

 

講堂は満員で誰一人として笑顔を絶やす事無く最後まで踊り切り、間違い無くμ'sにとって今までよりも最高のライブになった。

 

一度は心が離れてしまったμ's。でも、皆はちゃんと気付いて自分の意思で手を差し伸べて見事に立ち上がった。

 

ライブ後に穂乃果とことりから深々と頭を下げられたのは今でも覚えている。

 

 

「本当にいろいろ迷惑をかけてごめん!簡単に許される事じゃ無いのは分かってる…だから、私どんな罰でも受けるよ」

 

「私もごめんなさい!自分の気持ちに気付いていたのに…」

 

 

申し訳無さそうに頭を下げる二人。そんな二人に対し俺達は微笑みながら声を掛けた。

 

もう気にしていない。こうして全員揃ったからこの件は終わり。こちらにも非があった。掛けた言葉は様々だった。

 

最終的には二人も笑顔になり、そこでようやく俺達は繋がったのだと俺は感じた。

 

微力ながら力を貸す事は出来たし俺が初めて自分で企画して皆が繋がる後押しにもなったあのライブは俺にとって大事な宝物だ。

 

舞台袖で観てて泣いちゃったしな。思わず。

 

何はともあれこれで一件落着。

 

…そう思いたかったが、まだ一つμ'sは問題を抱えている。

 

「…ふぅ…よし」

 

俺は深呼吸を挟むと、とある人物に電話を掛け始める。

 

きっとこの問題は簡単には片付かない。μ'sが解散しかけた時よりもこの問題の解決は難しい。

 

でも、それでも俺は諦めない。

 

スマホから鳴る数回のコール。暫くすると、電話口から聞き慣れた声が聞こえた。

 

 

 

 

「…何の用?」

 

 

 

 

バイト終わりだろうか。疲れを含んだやや不機嫌気味の声が俺の耳に入る。

 

しまった…電話するタイミング間違えた…完全に機嫌悪い時に電話かけちゃったじゃん…

 

早速の失敗に俺は顔を引き攣らせながらも冷静を装い口を開く。

 

「冬夜、今電話大丈夫?」

 

「…手短にな」

 

眠たそうな声で電話の主、氷月冬夜は不機嫌なまま言う。

 

…どうやらあまり時間は貰えないらしい。

 

俺は冬夜に促される様に本題を切り出した。

 

「どうだったんだ。向こうの学園長は」

 

「ちゃんと許可を貰ったよ。最初は予想通り、はて?何のことやらとか抜かしやがったからボイスレコーダーを聞かせてやった」

 

「…そうか…」

 

毎度思うが冬夜のやり口は本当にえげつない。

 

大人相手…しかも楠木坂のトップにもその方法を躊躇いも無く使うとは…

 

肝が座ってるというか何というか…まぁ今更だけど。

 

「で、いつ頃になりそうなんだ?」

 

「1週間後」

 

「…思ったより早いんだな」

 

冬夜が楠木坂に行った理由はこれだ。

 

以前学園長と約束した音乃木坂に行く代わりに廃校を阻止出来れば戻ってきても良いという件。

 

それについて今日冬夜は話をつけに楠木坂まで行っていた。

 

「…公になるのは?」

 

「いなくなった後。これは俺が希望した」

 

「皆俺がいなくなって清々するだろうな」と冬夜は付け加え口を閉ざす。

 

冬夜…それは違うよ。君がいなくなって悲しむ人もいるんだ。

 

「…皆心配してたぞ?今日顔出さなかったから」

 

俺は今日のμ'sの様子を話す。

 

冬夜の事を思ってくれる人がいる。その事実に少しでも気付いて貰いたいその一心だった。

 

「どうかな。ただの社交辞令だろ」

 

だが、冬夜には響かない。

 

俺はすかさず反論する。

 

「そんな事ない!ちゃんと皆心の底から思って言ってる事だ!」

 

ずっと側で見てきた俺には分かる。

 

皆のあの表情、あの目、あれは紛れも無く本心。そして何より社交辞令で皆があんな表情をする筈が無い。

 

でも、言った所できっと冬夜には伝わらないだろうな…

 

「大体女子という生き物は7割方演技だ。男子の前では良い様に振る舞い好感度を稼ぎ裏では嘲笑う様に陰口を叩く。あいつらだって…」

「…!…それは絶対に違うぞ!」

 

俺は被せる様に言う。

冬夜の口からその先の言葉は聞きたくなかった。

 

何でそんな事を言うんだ…皆がそんな人じゃないっていうのは冬夜だって分かってるはずなのに…

 

「…」

「…」

 

訪れる静寂。

どちらも口を開こうとしない。

 

冬夜からのμ'sに対しての印象が、こんなにも悪いのは衝撃だった。

 

…だが、さっきの冬夜の発言は少し引っ掛かる。

 

確かに関わっている時間は俺の方が長いが、出会ったのは冬夜が先だし関わりだって深い。

 

そんな冬夜がμ'sに対してそんな印象を抱いているのが俺は信じられなかった。

 

まるで自分に言い聞かせているような…なんとなくそんな気がした。

 

「…気持ちは、変わらないんだな?」

 

きっとこのまま問い詰めても冬夜は本当の事を言ってくれない。

 

一番付き合いが長い俺ですら冬夜の考えてる事が分からない。

だから今冬夜が何を思って何をしようとしてるかはきっと誰も分からない。

 

俺は分かりやすく答えを求めた。もしかしたら気が変わってるかも…そんな一抹の希望を抱えながら。

 

 

「ああ、変わらない」

 

 

冷たくはっきりとそう口する冬夜。

 

分かっていた。これまでの冬夜の口振りから答えが変わっていない事は頭では分かっていた。

 

…なのに、何で俺は今こんなにもショックを受けてるんだ?

 

「お前は続けるんだろ?」

 

続いて冬夜が俺に尋ねてくる。

 

【μ'sのマネージャー、コーチ】という単語を出ていないが、俺も冬夜もそうゆう話である事は理解出来ている。

 

元々は廃校を阻止するまでの活動。俺も最初はそのつもりだった。

 

でも、彼女達と関わっていく中で優しさ、楽しさ、輝き、そして沢山の魅力を感じ段々と離れたくないという思いが膨れ上がってきていた。

 

きっと最終的に決断したのは夏休みに行った合宿。

 

早朝に皆で手を繋いで輝いた海を見た時に思ったんだ。

 

このμ'sというグループを守っていきたいって。

 

「続けるよ。最後まで」

 

俺は迷わず言った。

 

「そう言うと思ったわ」

 

予想通りと言わんばかりの声色で言葉を紡ぐ冬夜。

 

これまでもいろいろな事を冬夜に見抜かれてきたから今更驚きもしない。

 

「じゃあ学校には残るんだな?」

 

続けて冬夜が俺に尋ねる。

 

俺達がテスト生なのは、廃校により共学になる可能性があり男子のいる学校生活に女子生徒が少しでも慣れる為…というのがきっかけだ。

 

つまり、廃校が無くなった今となってはテスト生として音乃木坂にいる意味がなくなる。

 

という事は俺達は楠木坂に戻る事になるのだが、双方の学園長の判断で音乃木坂に残っても良い事になっている。

 

さすがに、明日は楠木坂に登校しよう!とかは出来ないけどな。

 

「…いや、俺も戻る」

 

俺は少しだけ間を開けると、冬夜にそう返した。

 

「…いいのか?」

 

「ああ」

 

コーチを続ける身として、きっと正解は音乃木坂に残る事なのだろう。それは俺も分かっている。

 

それでも俺には冬夜を一人にさせる訳にはいかなかった。

 

一人にするとこいつはもしかしたら…

 

「気を遣わなくていいぞ。音乃木坂に残りたいなら残れよ。お前が危惧してる事は起きないから」

 

返答に少し間を開けたのが気になったのかすかさず冬夜は指摘してくる。

 

…さすがは冬夜だな。そんなちょっとの間で良く見抜く。

 

だけどごめん。冬夜のその言葉、俺は信用出来ない。

 

「いや、いいんだ」

 

これは俺が最初から決めてた事。

 

俺は誓ったんだ。何があっても冬夜と同じ所に行くって。

 

確かに正直音乃木坂に残りたい。でも、それを失くしてでも俺は冬夜の側にいたいんだ。

 

これだけは絶対に譲れない。

 

「…なぁ、やっぱりマネージャーを…」

「太陽」

 

続けないか?

 

その言葉は言わせてはくれなかった。

 

「…」

 

勇気を振り絞って出した言葉は、冬夜に遮られる形で消えた。

 

一番良いのは二人とも音乃木坂に残ってそれぞれコーチとマネージャーを続ける事。

 

でも、絶対冬夜はそれを良しとはしない。

 

だけどどうしても言わずにはいられなかったんだ。

やっぱりμ'sは…

 

 

 

【この11人じゃないといけないから】

 

 

 

「お前なら分かるだろ?」

 

だが、俺の願望とは裏腹に現実はどんどん離れていく。

 

諭す様に俺に問いかける言葉。その言葉の意味はちゃんと分かっている。

 

「…」

「…」

 

冬夜が言っているのは自分自身の過去。

 

深い闇に染まった底の無い絶望は、俺一人では到底受け止めきれない物だった。

 

だからこそ…知っているからこそ俺は冬夜に掛ける言葉が分からない。どこを探しても見つからない。

 

親友のくせして励ます言葉1つ掛けられない自分が凄く嫌いだ。

 

「お前はコーチを続けて俺はマネージャーをやめる。それで良いじゃないか」

 

…良くない。

 

良いはずがない…

 

でも、俺では今の冬夜を繋ぎ止める事が出来ない…

 

見当たらないんだ…冬夜を繋ぎ止める術も、救う方法も…

 

「…でもっ!」

 

後先考えずに動いてしまう自分の口。

 

俺はこの後何を言うつもりなのだろう…冬夜に、何で声を掛けるつもりなのだろう…

 

冬夜が嫌う上辺だけの言葉。

 

きっと今、俺が口を開いたのも上辺だけの言葉を吐くつもりだったんだ。

自分の願望の為に、冬夜の意思を無視して…

 

いつも俺がこんな感じだからあの時、冬夜は俺に言ったんだ。

 

 

 

「太陽、お前は甘いよ」

 

 

 

「…ごめん…」

 

口から出掛けていた上辺だけの言葉を飲み込み、俺はそれだけ言い口を閉ざす。

 

絶対に諦めない。そう意気込んで掛けた電話だったのに情けないものだ…でも、これが現実なんだ。

 

俺じゃ冬夜を救えない…

 

「大丈夫だよ」

 

口を閉ざした俺に冬夜が掛けた言葉は思いの外優しい声色で放たれたものだった。

 

でも、その優しさが辛いんだ…冬夜自身がこの選択で納得している証拠だから…

 

だから…もうこれ以上俺は冬夜に言葉を掛けてあげられない。

 

 

 

 

 

 

「俺がいなくても、あいつらはもう立派なスクールアイドルだから」

 

 

 

 

 

 

この瞬間、俺達の方向性が決まった。

 

同じ学校に通うはずなのに、変わらず近くにいるはずなのに、

 

μ'sという衝立を1つ挟むだけでその距離は…

 

 

 

 

 

 

 

とてつもなく、遠く離れていく様に感じた。

 

 

 

 

 

 




「…じゃあ、二人共いなくなっちゃうの?」

μ'sに伝えられる現実。

「大丈夫だよ。コーチは続けるから」

「良かった…」

太陽のコーチ継続を耳にし安心するμ's。

だが、その裏で着実に冬夜との距離は離れていく。

「…冬夜君は、どうするの?」

その真実を知った時…






「にこ。話がある」






μ'sは、また残酷な現実を叩きつけられる事になる。







〜次回ラブライブ〜

【第32話 μ'sから陰が消える時】

お楽しみに。


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第32話【μ'sから陰が消える時】


どうも!ドラしんです。

思いの外更新が遅くなってしまいましたね。申し訳ございません。

中々打ち込みが進まなかったです。

実はモチベーションが少しずつ下がってきて、よし!打ち込もう!と思う事が減ってしまいました。

自分の作品を待ってくれている方がいるにも関わらずこうなってしまうのは本当に自分の悪い所です。

失踪は勿論しませんし、時間は掛かってもきちんと完結まで持っていきます。

モチベーションも保てる様に頑張りますが、もしまた更新の間が空いてしまったらその時は本当に申し訳ございません。






さて、前回から始まっている1期最終章【氷月冬夜編】の2話目になります。

これ最終的に何話になるのだろうか…

という訳で第32話始まります。


 

 

 

 

「おはよう太陽君!」

 

「おはよう穂乃果」

 

冬夜との方向性が決まった次の日。

 

昨日の事を思い出しながらゆっくりと登校していると、不意に後ろから声を掛けられる。

 

μ's復活からより一層磨きが掛かった眩しい笑顔を浮かべながら挨拶する穂乃果に、俺も精一杯の笑顔を浮かべながら返す。

 

「おはよう太陽君」

「おはようございます」

 

「おはよう、二人とも」

 

穂乃果と一緒に登校していたことりと海未とも続けて挨拶を交わす。

 

μ's解散の騒動で、一番結束が高まったのは間違い無くこの幼馴染3人。

ここ最近の3人を見ると、前よりも楽しそうに話し良く笑う様になった。

 

そんな3人と合流した俺達は、一緒に登校する事になった。

 

「朝練無くても目覚めちゃうね」

 

「そうですね、私も自然と目が覚めました。体が慣れたんでしょう」

 

「習慣付いたって事だね!」

 

「…穂乃果は私達が来るまで寝てたでしょう」

 

「あ、あれ?そうだっけ…あはは」

 

他愛もない会話をしながら歩を進める俺達。

 

その時、俺達の前に同じように登校している見知った3人の姿が視界に入る。

 

「あ、絵里ちゃん達だ!おーい!」

 

3人に気付くやいなや大きな声で手を振りながら声を掛ける穂乃果。

 

元気なのは良いんだけど…もう少し場所と音量を考えて欲しいものだ。

通行人からの視線がかなり集まってるぞ。海未が少し恥ずかしそうだ。

 

まぁμ'sだからというのもあると思うが。

 

「…そんなに叫ばなくても聞こえるわよ」

 

呆れたようににこが声を掛ける。

 

それでもそれ以上嫌な顔せずに何も言わないのは穂乃果だからと割り切っているからだろう。

 

絵里と希も苦笑いではあるが、嫌そうな素振りは全く見せなかった。

 

「おはよう。今日も元気やね」

 

「いつも通りなのはこっちとしても嬉しいけどね」

 

「えへへ!今日も穂乃果は元気100倍だよ!」

 

いつも通りテンションの高い穂乃果を見て3年生の3人から笑みが溢れる。

 

あの一件から穂乃果は本当に吹っ切れたというか何というか…全くどこのアンパンのヒーローだよ。

 

「元気過ぎるのも困りますが」

 

海未が少し困った様な表情を浮かべながら言う。

 

しかしどことなく嬉しそうなのは、こうゆう穂乃果も好きだという証拠だ。

結局いつも通りの元気な穂乃果が一番良いんだ。皆にとっても。

 

「ことり、凄い嬉しそうだな」

 

俺は後ろでニコニコしながら様子を見ていることりに声を掛ける。

 

この状況をとても楽しんでいる様なことりは、笑みを崩さずに口を開く。

 

「こうゆう何気ない日常を過ごしてて、心の底から思うんだ」

 

「…何を?」

 

「ここに残って本当に良かったって」

 

そう言うことりの笑顔は、より一層輝いて見えた。

 

一度は留学を決意して皆との接触を絶ったことりにとっては、こうゆう時間も楽しくて仕方ないんだろうな。

 

 

 

「あー!皆いるにゃ!」

 

 

 

その時、不意に耳に入る明るく元気な声。

何より語尾ににゃを付ける知り合いなんて一人しかいない。

 

あの3人までお出ましか。

 

俺達は声のした方へ振り向く。すると…

 

「皆、おっはよー!!」

 

「はぁ…はぁ…は、速いよ凛ちゃん…」

 

「きゅ、急に走りださないでくれる?」

 

元気良く笑顔を浮かべる凛と今にも倒れそうなくらいヘトヘトな花陽と真姫の二人がいた。

 

…まぁ凛の全力疾走はめちゃくちゃ速いから運動があまり得意じゃない二人がこうなるのは仕方ない。

 

にしても1年生の3人も合流か。これで冬夜以外のμ'sが揃ったな。

 

「凄ーい!揃っちゃったよ!」

 

「ええ、特別約束してた訳でもないのに集まっちゃったわね」

 

こうして10人が示し合わせた訳でもなく揃うというのは確かに珍しいな。

これも強い絆で結ばれた影響かな。

 

「折角だから皆で行こうよ!」

 

元気良く穂乃果が手を上げながら提案する。

 

知名度のあるμ'sが揃っててこんな大人数で歩いていれば注目の的にはなるけど、たまにはいいな。そうゆうのも。

 

「賛成!」

「そうするにゃ!」

「ええやん!」

「そうしましょう」

「うん!楽しそう!」

「いいわよ」

「折角ですからね」

「いいんじゃない?」

 

どうやら反対意見は無さそうだな。

 

「よし、皆で登校しようか!」

 

人数は多い方が楽しいし、絶対この方が良いよな!

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば穂乃果。数学の宿題きちんとやってきましたか?」

 

10人での登校が始まって少し経った時、思い出した様に海未が口を開く。

 

…あー、そういえばそんな宿題あったな。

 

宿題貰ったその後の休み時間で終わらせてそのまま机に入れっぱなしだから忘れてた。

 

まぁ今回の宿題は評価に関わる重要な物だからさすがに忘れてなんか…

 

「…」

 

ふと穂乃果に目を向けるとそこにはさっきまでの元気さが嘘のように消えた絶望した穂乃果の姿がそこにはあった。

 

「…嘘…」

 

…絶対やってないじゃん。この反応…

 

「…えーっと…」

 

海未からの突然の質問に分かりやすく動揺しだす穂乃果。

 

その様子を見た海未の表情が段々と険しくなっていく。

 

「…やってないんですね?」

 

海未の声が冷たく響く。

 

あーあ…これ雷が落ちるパターンだよ…

 

俺知ーらね。

 

「…はい…」

 

「穂乃果!!」

 

「ひぃぃ!!」

 

まぁ自業自得だな。昨日あれだけ先生が忠告してたのに忘れるとは。

海未からの雷を食らうがいいさ。

 

俺が穂乃果達から目を逸し1年生の方へ目を向けたその時、問題はここでも起こっていた。

 

「そういえば凛。あなた英語の宿題は?」

 

「…へ?あ、えーと…も、勿論やってきたにゃ!…」

 

真姫からの質問に対しあからさまに怪しい挙動で答える凛。

 

真姫の目が次第に冷たくなっていく。

 

「…本当でしょうね?」

 

「…」

 

おいおい…凛のやつ汗ダラダラじゃねぇか。

 

目も泳ぎまくってるしもはやオリンピックのクロールレベル。

 

当然花陽や真姫が気付かない訳がない。

 

「…やってないんだね…凛ちゃん」

 

「そ、そそそそんな事にゃいわよ」

 

いやいや動揺しすぎだろ。

 

隠すならもっと上手く隠せよ。下手くそすぎだろ。

 

「…なら見せて」

 

「…え?」

 

「宿題。やってきたんでしょ?今見せてよ」

 

真姫からの問い掛けに対し段々と顔が青くなっていく凛。

 

そりゃやってもいない宿題を見せろって言われたらそうなるわな。

自業自得だけど。

 

真姫も宿題やってない事に気付いた上で聞いてるだろうし。

 

「…ま、まぁ宿題なんてここで見せるものじゃ…」

 

「いいから見せなさい」

 

鋭い目付きのまま厳しめに言う真姫。

 

その目はまるで「逃さない」と言っている様だった。

 

「見・せ・な・さ・い!!」

 

「ご、ごめんなさいにゃー!!!」

 

目力と強い気迫。近付いてくる威圧感MAXの真姫を間近にした凛は涙目で頭を下げた。

 

…最初から正直に言えば良かったのに。

 

「はぁ…」

 

一先ず穂乃果と凛の宿題忘れがこれで発覚してしまった以上もう一人気になる人が出来てしまった。

 

この流れでいけば多分この人もアウトだろう。

 

俺はやや不安な表情を浮かべたまま3年生のおバカ枠である矢澤にこに目を向けた。

 

「…何よ」

 

「…あ、いや、にこは大丈夫かなーって思って」

 

「…大丈夫よ。余裕よ余裕」

 

にこは表情を見せずにそう言うと、スタスタと歩き出す。

 

そこはさすがに最上級性としてきちんと終わらせてるか。

まぁ受験だし内申点はかなり重要なはずだからな。宿題ぐらいはちゃんと…

 

「にこっち。何で急に早歩きになったん?」

「…!…」

 

希の声に足が止まり肩がビクッと跳ね上がるにこ。

 

…あれ?何か雲行き怪しくなったな。

 

「な、何でもないわよ!ほら、早くしないと遅刻するから少しだけペースを上げただけ」

 

「…ならいいんやけど…」

 

 

 

 

 

「学校そっちじゃないよ?」

 

「…あれ?」

 

…あぁ…にこもか…

 

 

 

 

 

「あ、あれー?間違えちゃったー。にこったら天然なんだからー」

 

さっきの反応で明らかに黒になったにこは分かりやすく動揺し始める。

 

最初は上手く隠せてたのにちょっと指摘されたらすぐにボロが出たな。

後天然な人は自分の事天然って言わないし。

 

「…にこ…もしかして…」

 

怪訝しい表情でにこの事を見つめる絵里。

 

1年生や2年生組と違って花陽やことりみたいな天使枠がいないから宿題を忘れたと知られればどうなるか分かったもんじゃない。

 

にこはわざとらしく一回咳払いをすると、笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「にっこにっこにー!!心配はいらないわ!まさかこのにこにーが宿題を…」

「忘れたんやな?」

「にこっ!?」

 

見事に秒殺である。

 

にこの奴、これで本気で誤魔化せると思ったのだろうか…

 

「はぁ…」

 

溜め息をつきながら頭を抱える絵里。

 

呆れて物も言えないといった所か。

 

「どうするつもりなん?にこっち」

 

希も半分呆れた様な表情で声を掛ける。

 

「…にこにーパワーでどうにか…」

「なる訳ねぇだろ」

 

あ、やべ。思わず口に出ちゃった。

 

「…またそれなん?それ以上その方法使ったら最悪留年するよ?」

 

「…うっ…」

 

まさかの使用済みかい!

 

しかも希の口振りから察するに見逃して貰った事あるんじゃねぇか。

 

その先生も何故許したし…

 

「…うー…穂乃果!何て事を思い出させてくれたのよ!」

 

「私のせい!?」

 

「にこちゃんが留年かー。でも、そうしたらもう1年一緒に居られるからそれも有りだにゃ」

 

「有りな訳無いでしょ!?…っ…こうしちゃいられない…さっさと行って宿題終わらせるわよ!」

 

留年というフレーズでスイッチが入ったのか一人学校へ走り出すにこ。

 

よっぽど嫌なんだな留年が。当たり前だけど。

 

少しずつ背中が小さくなっていくにこを見て、続いて海未が口を開く。

 

「穂乃果も行きますよ」

 

「…!…えー…私も?」

 

「当たり前です!留年したいんですか?」

 

「…それは嫌だ…」

 

見習う様にと穂乃果にも走る様促す海未。

 

同じ様に真姫も反応する。

 

「ほら凛も」

 

「凛は別に…」

「は?」

「何でも無いです」

 

ギロッという効果音が付きそうなほどの鋭い目付きに思わず敬語になる凛。

 

やめとけやめとけ、無駄な強がりは。

今ならきっと真姫達が手伝ってくれるさ。

 

「今なら時間もまだあるし、さっさと行ってちゃちゃっと終わらせちゃおう」

 

「ほら、行きますよ」

 

「凛も早く」

 

「「はーい」」

 

海未と真姫に促される様な形でにこを追うように走り出す俺達。

 

宿題を忘れたから早く行って終わらせる。ただそれだけのはずなのに楽しくて仕方なかった。

 

走っている最中も皆に笑顔がある様に、皆で過ごすこうゆう何気ない日常もかけがえのない大切な物。

 

 

 

 

 

 

 

でも、この時の俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

この些細な日常さえも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

心が離れる要因になる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー宿題が終わって良かった良かった」

 

それからあっという間に放課後となり、バイトの冬夜と日直で遅れている花陽を除いたμ'sのメンバーは部室に集まっていた。

 

「…うにゃー…真姫ちゃん厳しすぎるよ…」

 

テーブルにぐったりと伏せながら凛が言う。

 

真姫に大分扱かれたみたいだな。

 

「当たり前でしょ!…全く…宿題提出が午後からだったから良かったけど…」

 

疲れた様な表情で真姫が言う。

 

その口振りからして提出はギリギリだったみたいだな。

 

「これに懲りたら次からはきちんと宿題をやる事ね」

 

「次は無いわよ?」と付け足しながら鋭い眼光で見つめながら凛に言う。

 

凛もさすがに今回の一件が堪えたのか「次からちゃんとやるにゃ…」とぐったりしたまま答えた。

 

「穂乃果も次からはきちんとやって下さいね」

 

「はーい」

 

一方凛と比べたら比較的ダメージが少なそうな穂乃果は、海未に扱かれたダメージより宿題を提出出来た喜びの方が勝っていた。

 

「…本当に分かっているのですか?」

 

「分かってる分かってる」

 

聞いての通り海未への返答もやや気の抜けた物であり不安が残る。

 

海未扱かれたとはいっても普段からそんな感じだから慣れてるのかもしれないな。

だから凛と比べてダメージが格段に少ない。

 

「いやー、今日もパンが美味い!」

 

のほほんとした表情で呑気にパンを食べる穂乃果を見て俺は思う。

 

 

 

こいつ…またやるな。

 

 

 

「さて…後は…」

 

俺は凛と穂乃果から目を離すと、視界に一人の人物が映る。

 

「…」

 

そこにいたのはどんよりと重たく暗い雰囲気を出している俯いたツインテールの姿。

 

凛以上にダメージを負っている様子の我らが部長。矢澤にこだった。

 

「…なぁ、何があったんだ?」

 

俺は憐れみの目でにこを見つめる絵里と希に尋ねた。

 

「…宿題提出には間に合ったんやけど、闇雲に埋めたせいで間違いだらけになっちゃって先生から新たに宿題を出されたんよ」

 

「しかもにこだけにね。量も倍くらいあって明日提出なのよ」

 

…あー…なるほどね。折角宿題終わらせたのに適当に埋めたせいで膨れ上がって返ってきた訳だ。

 

まぁショックを受ける気持ちは分からんでもないな。自業自得だけど。

 

元は宿題をギリギリまでやってなかったにこに責任があるから掛ける言葉も無い。

 

「…とりあえず…そっとしておくか」

 

にこなら直に復活するだろう。

メンタルおばけだし。

 

「…にしても、とても練習出来る流れでは無いな」

 

宿題によりすっかりグッタリムードになってしまった部室。

 

ダメージの深いにこを始め疲労困憊の凛や真姫といいコンディションがよろしくないメンバーもいる。

 

このままもうしばらく様子を見るしかないか…

 

そう思った次の瞬間、勢い良く開かれた扉によってその状況が覆る事になる。

 

 

 

 

 

 

「大変です!!!」

 

 

 

 

 

 

「は、花陽ちゃん?」

 

勢い良く部室に飛び込んで来たのは日直で遅れていた花陽。

 

息切れを起こしながら入ってくるこの慌て様はラブライブ開催の時を思い出す。

 

「どうしたのよ。そんなに慌てて」

 

直ぐ様花陽に声を掛ける真姫。

 

花陽は不安そうな表情で部室内をキョロキョロと見渡すと、俺を見つけるやいなや小走りで花陽が駆け寄る。

 

「太陽君!」

 

切羽詰まった様子の花陽はそのままグイッと俺に顔を近付ける。

 

…この動揺っぷりを見たら近いとは言えないか。

 

「…何?」

 

にしても花陽は一体何を知ったんだ?この慌て様は普通じゃない。

 

…もしかして俺達が楠木坂に戻る事がバレたか?

 

いや、でも公表されるのは俺達がいなくなった後のはず。

 

だったらまだバレて…

 

 

 

 

 

「楠木坂に戻るって本当ですか!?」

 

るんですね…

 

 

 

 

「それ…どうゆう事?」

 

花陽の言葉に他のメンバーの顔付きが変わる。

 

さっきまでぐったりしていた凛や落ち込んでいたにこでさえも真剣な表情でこちらを見つめている。

 

それはまるで全て話さなきゃ逃さないと目で訴えている様だった。

 

「…花陽、それどこで聞いた?」

 

まずは情報の出どころだ。場合によっては誤魔化せるかもしれない。

 

冬夜が楠木坂に戻った後に公になる事を希望している以上あまり俺も公にしたくない。

 

これが生徒からの単純な噂程度のレベルであれば何とかなる。

 

さすがに先生から聞いたなんて事は…

 

「職員室で先生が話しているのを聞きました」

 

あるんかい!

 

職員室で生徒に聞こえるくらいのボリュームで話すなんて無防備すぎだろ!

 

「先生からか…」

 

先生からであれば言い逃れは出来ない。

 

すまん冬夜…言うしか無さそうだ。

 

「その反応は…花陽の言う通りなのね?」

 

「太陽。教えて下さい」

 

ジリジリと全員が俺に詰め寄ってくる。

 

よく考えたら9人の美少女が近い距離で全員俺を見ているという凄い俺にとってご褒美な展開ではあるけど、皆の表情とこの雰囲気を見ていると手放しでは喜べないな。

 

間近で見たμ'sの顔に改めてルックスのレベルの高さを実感しながら俺は正直に話す事にした。

 

「…元々俺と冬夜は、音乃木坂と楠木坂が合併になり来年から共学になる可能性が高かったから少しでも男子のいる学校生活に慣れてもらう為にテスト生として来たんだ。音乃木坂の廃校が無くなり女子高として継続出来る以上、俺達テスト生がいる意味が無くなるんだ」

 

「そんな…」

 

ことりが暗い表情のまま呟く。

 

「…じゃあ、二人共いなくなっちゃうの?」

 

続いて飛んできたのは不安そうな表情をした穂乃果からの問い。

 

俺はその問いに対し小さく頷いた。

 

「…いつからですか?」

 

「…もう来週からは楠木坂になる」

 

「…そうですか…」

 

どんよりと流れる暗い空気。

 

折角ここ最近の雰囲気が凄い良かったのにこれじゃ後戻りだ。

 

皆が俺達と学校生活を共に出来ない事を悲しんでくれるのは嬉しいけど、でも皆の暗い表情はこれ以上見たくない。

 

「大丈夫だよ。別に会えなくなる訳じゃ無いし会おうと思えばいつでも会えるんだから」

 

俺はなるべく明るい口調で言った。

 

皆と一緒に学校生活を送れないのは俺だって寂しい。

 

でも、音乃木坂と楠木坂の距離なんて大した事無いしいつでも会いに行ける。

 

だから全然大丈夫なんだ。

 

「…それもそうですが…」

 

「私達…練習もあるし…」

 

…練習?

 

あ、そっか。そういえばコーチ続ける事まだ言ってないね。

 

きっとこのままコーチも辞めてしまうんだと皆思っているからこんなに落ち込んでいるのだろう。

 

だったら早く伝えないと!

 

 

 

「それも大丈夫。コーチは続けるから」

 

「「「「「「「「「本当!?」」」」」」」」」

 

 

「お…おう…」

 

俺がコーチを続ける事を話した瞬間皆の顔がすぐそこまで迫る。

 

突然で驚いた俺は思わず後退る。

 

「あ、ごめんなさい」

 

近い事に気付いた絵里の声を皮切りに、皆少しずつ離れていく。

 

皆の表情は暗い物から少しずつ明るさを取り戻していき、ホッと一安心している様子だ。

 

一先ずは重たい空気が無くなって良かった良かった。

 

「それにしても良かった…太陽君がコーチ続けてくれて」

 

「うん!このままやめちゃうと思ったにゃ」

 

花陽と凛が安堵の笑みを浮かべながら言う。

 

少しずつ他の皆にも笑顔が戻り、俺もホッと一息をつく。

 

しかし、そんな中一人まだ浮かない表情をしていた希が口を開いた。

 

「…冬夜君は?」

 

「…え?」

 

「冬夜君はどうするの?」

 

不安そうな表情をしていた希の口から出た問いに俺は思わず顔が強ばる。

 

ーーーーー冬夜君はどうするの?

 

この質問の意味は言わずもがな、マネージャーを続けるかどうかだろう。

 

「…そっか…太陽君はコーチを続けてくれるけど冬夜君はマネージャーを続けるか分からないんだ…」

 

「…うん…出来る事なら続けて欲しいけど…」

 

穂乃果とことりが心配そうに言う。

 

他の皆の表情も次第に浮かないものに変わっていく。

 

「…太陽君は、知ってるんじゃないの?」

 

俺は希からの問いに対し、すぐに答える事が出来なかった。

 

冬夜がどうするか…そんな事は勿論知っている。

 

マネージャーをやめる事。

楠木坂に戻りμ'sとの関係を絶とうとしている事。

 

正直に話した方が良いのは頭では分かってる。

 

ことりの一件で学んだはずだ。後に回せば回すほど辛いだけだと。

 

一歩間違えば、μ'sに亀裂が入ってしまう可能性があると。

 

…でも…それでも俺の口から伝える事は出来なかった。

 

今、この場で俺の口から言ってしまえば…

 

 

 

 

 

 

 

二度と冬夜が戻って来れない気がしたから…

 

 

 

 

 

 

だから俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、聞いてないな」

 

つい…誤魔化してしまったんだ…

 

それが間違いだと分かっていながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日中庭で食べない?」

 

「いいね!」

 

次の日の昼休み。3年生の教室。

 

結局あの後は太陽が続けるなら冬夜も続けるだろうという話に落ち着き、一先ず不安は取り除けた状態で明日を迎えていた。

 

「にこっち。ご飯食べよー…ってにこっちは?」

 

「教室内には見当たらないわね」

 

いつも通り昼食を共にするべくにこを呼びに来た希と絵里。

 

しかしそこには既ににこの姿はどこにも無かった。

 

「珍しいわね。にこが教室にいないなんて」

 

「本当。どこ行ったんやろ」

 

教室内をキョロキョロと見渡すもやはりにこの姿は無い。

 

二人がにこの動向を心配していると、そこに一人のクラスメイトが近付く。

 

「矢澤さんなら昼休みになるやいなや真剣な表情をしながら教室を出て行ったよ?」

 

「…それ本当?」

 

「うん。あんな真剣な表情してる矢澤さん初めて見たよ」

 

「…分かったわ。ありがとう」

 

クラスメイトが二人に告げたにこの情報。

 

それを聞いた二人の表情も次第に真剣な顔付きになっていく。

 

真剣な表情で教室を飛び出したにこ。それも希や絵里に相談も無く。

 

この分だと他のメンバーの耳にも入っていないのだろう。

 

何も無い事を願う一方で募っていく不安。

 

「…とりあえず、にこっちが戻ってきたら聞いてみよっか」

 

「そうね」

 

個人的ににこと話したい人である可能性がある以上、にこを探し出すのは気が引ける。

 

二人に出来る事はただひたすら、矢澤にこが帰ってくるのを待つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…来たわよ」

 

時を同じくしてアイドル研究部部室。

 

扉の前に立つのは真剣な表情を浮かべたにこの姿があった。

 

「悪いな。突然」

 

その視線の先には椅子に窓際で壁にもたれながら立つ冬夜の姿。

 

相変わらずの長い前髪で表情が見えず、二人の間には只ならぬ緊張感が走る。

 

にこは徐にスマホを取り出すと、画面を冬夜に見せながら口を開く。

 

「話って何?この文面って事は重要な話なんでしょう?」

 

にこが冬夜に見せたスマホの画面。そこには、冬夜からにこ個人に宛てられたメッセージが記されていた。

 

 

 

 

【にこ。話がある。今日の昼休みに部室まで一人で来てほしい】

 

 

 

 

文面からも普通の話し合いで無い事が充分伝わってくる。

 

昼休みに一人で部室に来てほしい。

 

異性からのメッセージであれば、告白されるかもと思う筈ではあるが今回は相手が最近目に見えて関わりが減った冬夜である事。

 

そんな甘酸っぱい物じゃないと気付いたにこの表情に笑顔が浮かぶ事は無かった。

 

「時間は取らせない。何故他のメンバーでも無く太陽でも無くにこを呼び出したのか。それは君がこの部活の部長だからだ」

 

冬夜はそう言うとゆっくりとにこの方へと歩み寄る。

 

「…部長だから?」

 

対するにこは冬夜の言葉が理解出来ない様子。

 

しかし、次の冬夜の言葉によりにこは呼び出された意味を知る事になる。

 

 

 

 

 

 

「君なら薄々分かっているんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

【高校1年生の時に、君が渡された物だよ】

 

 

 

 

 

 

 

「…!…」

 

青ざめるにこの顔。

 

しかし冬夜は止まらない。

 

呼び出された意味に気付いたにこは震えた声で口を開く。

 

「…あんたまさか………本気なの?…」

 

「…」

 

にこの問いに対し冬夜は表情を一切変えないまま口を閉ざす。

 

にこの目の前で立ち止まった冬夜は自分の制服の胸ポケットに手を伸ばすと、1枚の紙を取り出した。

 

そしてそれを…

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までありがとう」

 

何の躊躇いも無く、にこに差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…っ…」

 

震える手で冬夜から紙を受け取るにこ。

 

冬夜はにこに紙を渡し終わると、そのまま俯くにこの横を素通りし足早に部室を去っていく。

 

「…あ…あぁ…」

 

崩れ落ちるにこ。

 

小さく聞こえる生徒達の喧騒の中に残った物は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに涙を流すにこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬夜から手渡された退部届だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






冬夜から退部届を渡されたにこ。

悩んだ末、メンバー全員にこの事を打ち明ける事に。

新たに失った物はμ'sにとって大きいのか少ないのか。

そしてμ'sの意思。

陰を失った日々の中で、彼女達は探していく。








ーーーーー彼がいる意味を。








〜次回ラブライブ〜

【第33話 11−1】


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第33話【11−1】

お待たせしました!どうもドラしんです。

まずは更新が遅れちゃってごめんなさい!

仕事が忙しかったのと、話の展開を考えるのに苦戦しましてめちゃくちゃ苦労しました…

週1更新を心掛けていたのですが間に合いませんでした…本当にすいません!

しかし、自分がもたもたしている間に嬉しいニュースが2つ出来ました!

一つは何とお気に入りの数が100件を超えた事ですっ!

正直最初はお気に入り50いけば良い方かな…と思っていたのですが何と気付けば倍の100件にっ…本当に感無量です!皆さんありがとうございます!

そしてもう一つはついに評価バーに色が付きましたー!!!

しかも高評価の赤色っ!これは嬉しすぎます!

実は評価バーに色が付く事に憧れていたんですが、夢のまた夢だろうなと思っていた中ついに評価してくれた方が5人になり憧れていた事が実現致しました!

本当に嬉しいです…初めて色が付いた事を知った時思わず叫びましたもん(笑)

…まぁ欲を言えばもっと評価して欲しいなー…なんて…

何はともあれ皆さんのおかげでまたモチベーションが上がりそうです!

拙い文章ではありますが、今後共この作品をよろしくお願い致します!

皆さん本当にありがとうございました!

という訳で第33話始まります。

今回は冬夜が退部した事を知ったμ'sの心の動きがテーマです。なのであまりストーリーは進んでいませんのでご了承下さい。

それではどうぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 

「今までありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言われて彼から手渡された物は、かつて私が見慣れる程貰った1枚の紙だった。

 

渡された時の虚しい喪失感。

 

私が1年生の頃に感じていた退部届を受け取った時のその感情は、一人になってからはもう感じる事は無いと思っていた。

 

でも、またその時は来てしまった。

 

あの時の様な虚しい喪失感。寂しさ。だけど、その一方であの時と少し違う感情を私は抱いた。

 

彼から…氷月冬夜から退部届を渡された時に私は確かに思ったんだ。

 

 

 

 

 

【やっぱりそうなんだ】って。

 

 

 

 

 

冬夜が明らかに私達との接触を避けていたのは気付いていた。

 

絵里や希や皆もそう。でも、バイトが忙しいとか疲れてるんじゃない?とかで納得させていた。

 

それ以上踏み込む事を避けるかの様に。

 

だけど、薄々感じていたんだ。

 

…もしかしたら辞めちゃうんじゃないかって。

 

「…」

 

それでも私は冬夜に声を掛ける事が出来なかった。

 

何て言えば良いのか分からなかったから。

 

だから私は、冬夜から退部届を渡された時も何も出来なかった。

 

横を素通りしていく冬夜に、声を掛ける事も出来なかった。

 

私が出来るのはただただ涙を流すだけ。

 

そんな自分自身を見て私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【私は、何がしたいんだろう…】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが始まってから20分。

 

昼食を食べ終わったクラスメイトがちらほらと現れる中、ウチらの箸は一向に進まない。

 

「…にこっち…大丈夫やろか…」

 

「…もう20分よね…」

 

帰りの遅いにこっちを心配するあまり、満足にご飯も喉を通らずチラチラと扉を見つめる事を繰り返していた。

 

「…やっぱり何かあったんじゃ…」

 

少し青ざめた顔をしながらえりちが言う。

 

「何かって?」

 

「…ほら、イジメとか…」

 

「…イジメか…」

 

確かににこっちの性格はやや攻撃的でμ'sに入るまでは孤立している事が多かった。

 

でも、μ'sに入ってからは同じクラスの子と話す様になったみたいやし、何より自分でも言うのもなんやけど他の子達からすればμ'sは廃校を救った救世主みたいな存在。

 

そんなにこっちをイジめる人なんていないと思うけど…

 

「…イジメは無いんやない?」

 

「…だと良いけど…」

 

一向に開く気配の無い扉から目を離しゆっくりと昼食を食べるウチとえりち。

 

イジメを100%否定は出来ない以上、尚更にこっちの動向が気になる。

 

昼食を食べ終わったら探しに行こう…そう決意した次の瞬間、教室の扉が開かれた。

 

 

 

ーーーーーーガラッ!

 

 

 

「…!…」

「…!…」

 

開かれた扉の方へ視線を移すウチとえりち。

 

そこに立っていたのは…

 

俯いたまま暗い表情をしているにこっちの姿だった。

 

「…」

 

にこっちは教室に入ると、ウチらに見向きもせず真っ直ぐ自分の席に戻っていく。

 

ウチとえりちは直ぐ様にこっちの席まで行くと、呼びだされた内容を聞き出した。

 

「にこっち…何があったん?」

 

にこっちの様子から只事では無い事が容易に想像出来る。

 

まさか…本当にイジメられて…

 

「…放課後…」

 

「…え?」

 

「…放課後…皆集まったら話すわ…だから…」

 

「にこ…」

 

ーーーー今は話し掛けないで。

 

口には出していないけど、きっとにこっちはそう言おうとしたんだと思う。

 

えりちもにこっちの気持ちに気付いたみたいで、それ以上は何も聞こうとしなかった。

 

…放課後…皆が集まってから話す…

 

にこっちの口振りから、にこっちだけでは無くμ's全体に関係してくる話に違いない。

 

…だとしたら、覚悟しないと…

 

「…えりち」

 

「…何?」

 

「…今日の放課後…心の準備した方がいいよ」

 

「…ええ…」

 

μ'sにとって、マイナスになる出来事が確実に起きた。

 

それが一体どんな出来事かは想像出来ないけど、今一つだけ分かる事はにこっちが酷く傷付いてるって事。

 

今、にこっちに何て声を掛けてあげれば良いのか分からない。何もしてあげられない自分に腹が立つ。

 

でも、にこっちが今そっとしておいて欲しいと言うのなら、尊重してあげる他ない。

 

だから、ただただウチは見ている事しか出来なかった。

 

俯き暗い表情を浮かべたままのにこっちの姿をひたすらに。

 

事態は深刻である事を…

 

 

 

 

 

 

 

にこっちの顔に、薄っすらと残っていた涙の痕が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「にこちゃん…一体何があったの?」

 

放課後。冬夜を除くμ'sのメンバーがいつもの様に部室に集まっていた。

 

しかし、一つだけ大きく普段と変わっている事がある。

 

それは…

 

 

 

 

誰一人として笑っていない事。

 

 

 

 

部室に入るやいなや立ち込める重々しい空気。

 

真剣さと心配と不安が入り混じった視線で皆が見つめるのは、暗い表情で俯くにこの姿。

 

普段はテンションの高い穂乃果や凛でさえも、にこの様子に暗い表情を浮かべていた。

 

…一体何があったんだ?

 

普通ならそう思う所ではあるが、俺は勘付いてしまった。

 

もしかして冬夜が退部届をにこに渡したんじゃないか。

昼休みに早々に冬夜が教室を出て行ったのも、にこに会う為ではないか。

 

全ては推測でしかないが、俺の予想はきっと当たってしまうだろう。

 

穂乃果に問われたにこは、重々しい空気の中その口を開く。

 

「…全員集まったわね。皆に報告があるわ」

 

にこはそう言うと立ち上がり胸ポケットに手を入れる。

 

そして1枚の紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。

 

「…嘘…」

 

「…そんな…」

 

テーブルの上に置かれた1枚の紙…冬夜の退部届を目に通した皆の表情が次第に青ざめていく。

 

…やはり、俺の予想は当たってしまった。

 

「にこちゃん…これ本気で?」

 

穂乃果が震える声でにこに尋ねる。

 

一方のにこも暗い表情のままゆっくりと頷く。

 

「…続けてくれるって…思ってたのに…」

 

花陽も落胆した様に声を上げる。

 

「…にこっち…冬夜君は何て言ってたの?やめる理由とかは?」

 

「…何も言って無かった…」

 

「…そっか」

 

やっぱり何も言って無いんだ…

 

そりゃそうか…あいつの口から話す訳無いもんな。

 

きっと無言でにこに退部届を渡したんだろう。

 

「ただ…」

 

…ただ?

 

「今までありがとうって言ってたわ」

 

にこの言葉に俺は目を丸くした。

 

…今までありがとう…まさか冬夜がそう言うとは思わなかった。

 

廃校阻止をしてくれたμ'sに対してのせめてものお礼の言葉なのか、それとも…

 

「今までありがとう…か…少なからずマネージャーが嫌でやめた訳では無さそうやね」

 

「だといいんだけど…」

 

μ'sのマネージャーをやっている中で冬夜の変化は間違い無くあった。

 

前よりも口数は増えて、前向きな言葉を言う様になった。

 

そして何より冬夜が一番変わったのは、笑う様になった事だ。

 

とはいっても微笑む程度で頻度もまだ少ないけど、以前までの冬夜は一切笑わなかった。

 

そう考えると僅かでも大きな進歩であり、μ'sと出会わなければきっとこうはならなかった。

 

だからこそ俺は、μ'sに賭けたい。

 

「…俺は…辞めてほしくない」

 

「…え?」

 

「冬夜にマネージャーを辞めてほしくない。このままμ'sのマネージャーを続けて欲しい!…皆はどう?」

 

俺は全員に尋ねた。

 

彼女達なら…少しでも冬夜を変えてくれた彼女達ならきっと救ってくれる。

 

…大丈夫。そう信じて俺は皆の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

「私も辞めてほしくない!」

 

 

 

 

 

「穂乃果…」

 

真っ先にそう言ったのは穂乃果だった。

 

良かった…穂乃果ならそう言ってくれると思ってた。

 

「私も、冬夜君には居てほしいかな」

 

続けてことりが言う。そして…

 

「うちも冬夜君には続けて欲しい」

 

「うん!居てくれたら心強いもん!」

 

希と花陽も自分の意思を示した。

 

「皆…」

 

俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

もしもこれで冬夜にマネージャーを続けて欲しい意見が出なかったらどうしようかと思ったよ…正直不安だった。

 

でも、これで証明されたんだ。

 

冬夜はちゃんと必要とされてるって事が。

 

「良かった…やっぱりμ'sに冬夜は…」

 

 

 

 

 

ーーーーー必要なんだ。

 

 

 

 

 

そう言おうとした瞬間、俺の視界に一人の人物が入った。

 

「…海未?」

 

「…」

 

俺の視界に入ったのは険しい表情を浮かべている海未の姿。

 

何か言いたげな海未の様子に、俺は声を掛けずにはいられなかった。

 

「…海未ちゃん?」

「どうしたの?」

 

心配そうに尋ねる穂乃果とことり。

 

「…もしかして、冬夜君を連れ戻す事に反対なん?」

 

希も真剣な表情を浮かべながら声を掛ける。

 

「…」

 

しかし、海未は何も答えない。

 

俯いたまま俺達から目を逸らすその様子は、まるでこの場で話す事を躊躇っている様に見えた。

 

集まる視線。希以降誰も口を開こうとしない。

 

きっと皆海未の言葉を待っているのだろう。

 

やがて海未は少しだけ顔を上げると、険しい表情は崩さ無いまま静かに呟いた。

 

「…反対では…ありません…」

 

反対では無い。海未の口から放たれた言葉は、肯定でも否定でも無い言葉だった。

 

「反対では無い…って事は賛成でも無いんだね?」

 

俺が優しく問うと、海未は小さく頷いた。

 

何となく予想は出来ていた。μ's全員が冬夜を連れ戻すことに賛成してくれるとは限らないと。

 

誰か一人は異を唱えてくると。

 

それでも俺は、期待をしてしまったんだ…

 

皆なら…

 

皆なら賛成してくれるって…

 

「…理由、聞いても良い?」

 

でも、世の中はそんなに甘くはない。

 

俺は直ぐ様海未に理由を聞いた。

 

「…分からないんです」

 

「…分からない?」

 

「…はい…氷月冬夜という人物が、どうゆう人なのか分からないんです」

 

海未の言葉に皆キョトンとした表情を浮かべる。

 

そりゃそうだ。μ'sの中ではことりと並んで一番最初に出会っている海未から冬夜がどうゆう人か分からないなんて言われたら普通なら疑問が浮かぶ。

 

でも、俺は海未が何を言いたいか何となく分かる。

 

「…もしかして海未ちゃん記憶喪失?」

 

穂乃果が心配そうに尋ねる。

 

そんな訳ねぇだろとツッコミたい所ではあるがそう勘違いしてしまうのも穂乃果ならまぁ無理は無い。

 

きっと穂乃果も本気で心配して言っているだろうし、ここでもツッコミは少々場違いである為飲み込んでおく。

 

「違います。…私の言い方も悪かったですね。私が言いたいのは、本当の冬夜がどれか分からないという事です。これまで冬夜は廃校阻止する為に沢山協力してくれました。沢山の優しさをくれました。でも、あの時…冬夜はまるで別人の様に冷たかったんです」

 

「…あの時…穂乃果ちゃんがスクールアイドルを辞めるって言った時やね」

 

「そうです。確かに冬夜の言う事は間違ってません。でも、あそこまでする必要がありましたか?」

 

やはりネックなのはあの時の冬夜の態度か…

 

確かにあの時の冬夜は明らかに本気でμ'sを潰しに来ていた。

 

俺も冬夜があんな事言うなんて思わなかったから怒ってしまったけど、でもさすがにあれはやりすぎだと思う。

 

だけど、今なら何となく分かるんだ。あの時の冬夜の行動の意図が。

 

「…私も海未と同意見だわ」

 

続いてにこが口を開く。

 

「穂乃果を追い込んだのは間違い無く冬夜だし、冬夜の言葉があったから穂乃果がスクールアイドルを辞めるって言った。あの瞬間からμ'sは壊れて一歩間違えば修復不可能だったかもしれないのよ?こうして再結成出来たのは良かったけど、いくら冬夜が言っていた事が正しかったとしても私はあの時の冬夜を許す事が出来ないわ。だから…」

 

「…にこちゃんは反対なの?」

 

「…っ…いや…海未と同じで反対では無いけど、賛同も出来ないわ…」

 

人一倍アイドルに対しての情熱が高く一度挫折を経験しているにこにとっては、冬夜はにこからようやく見つけた居場所を奪おうとしていた様に見えているのかもしれない。

 

にこが賛同出来ないのも無理は無い。

 

「…でも、にこっち泣いてたよね?」

 

「…!…」

 

「ごめんにこっち。うち、見たんよ。昼休み教室に戻ってきた時に、顔に涙の痕があった所。…もし冬夜君に何か言われた訳じゃないのなら、本当はにこっちも冬夜君に辞めてほしくなかったんやない?」

 

「本当なの?にこ」

 

全員の視線がにこに集まる。

 

にこは困った様な表情を浮かべると、俯きながら口を開いた。

 

「…私にも…分からない」 

 

「…え?」

 

「冬夜に何か言われた訳では無いわ…でも、涙を流したのは事実よ…だけどその涙が何で流れたか私にも分からないの!止まらなかった…止めたいのに、涙が溢れてくるの…私も冬夜と離れたくないって思ってたかもしれないけど…もう遅いのよ…退部届を受け取った時点で、私は冬夜の退部を認めた事になるんだから…」

 

「…」

 

にこの言葉に返す事が出来なかった。

 

顧問のいないアイドル研究部では、部長に話を通せば入部と退部は容易に出来る。

 

部長であるにこが退部届を受け取ったという事はにこの言う通り冬夜の退部を認めたという事になってしまう。

 

「私は怖いんです…このまま冬夜の事を知らずに関わっていくのが…」

 

「海未…」

 

「もしも…もしもあの時の冷たい冬夜が本性だとしたら…」

 

「…それは…怖いにゃ…」

 

海未の言葉に凛が反応する。

 

海未が危惧する本当の冬夜。それは実の所俺も分かっていない。

 

今まで冬夜と接してきて、普段の冬夜は仮面を被っているんじゃないかと思った事は何度もある。

 

でも、俺は信じている。冬夜は…本当の冬夜は心優しい人である事を。

 

「…だから私は…賛同出来ません」

 

今にも消え入りそうな海未の声。しかしその声は俺達の耳にしっかりと入っていた。

 

「…」

 

海未の言葉に誰一人返す事が出来ず沈黙だけが流れる。

 

一度μ'sを壊した事実がある以上、またμ'sや心が傷がつかない保証はどこにも無い。

 

そのリスクを背負ってまで冬夜を連れ戻す必要があるのかという海未の気持ちも分かる。

 

だからこそ、何も言えないんだ。

 

俺も、穂乃果も、希も、花陽も皆…海未の悩みを払拭させる材料がまだ見つかっていないから…

 

「…結論は出そうにないわね」

 

「…真姫」

 

ここでこれまで口を閉ざしていた真姫が口を開く。

 

「真姫ちゃんは?冬夜君を連れ戻す事に賛成?反対?」

 

そういえば真姫の意思をまだ聞いてなかったな。

後絵里もだけど。

 

穂乃果、ことり、花陽、希は言わずもがな賛成派で海未とにこは反対派。凛も海未の言葉の反応を見る限り反応寄りっぽい。

 

穂乃果が真姫に尋ねると、真姫は真剣な表情を崩さずすぐに答えた。

 

「私は、どちらでも無いわ」

 

「…どちらでも無い?」

 

「どうゆう意味だ?」

 

「冬夜が辞めるって言っている以上、私にはどうする事も出来ない。冬夜が居ても良いかなとは思うけど、冬夜の意思はきっと固い。だから…私は…」

 

「…諦めるって事だね?真姫ちゃんは」

 

「…」

 

穂乃果の言葉に小さく頷く真姫。

 

一見賛成ともとれる真姫の言葉。だが、諦めるという選択肢は新しい物で真姫の考えも分かる。

 

冬夜の意思は固くそう簡単にμ'sに戻ってきてはくれないだろう。

 

…となれば打つ手は何だ?全部話す事か…?

 

いや、そんな事をしたら…

 

「…えりちはどうなん?」

 

俺が頭を抱える中、話は進んでいく。

 

続いて口を開いたのは希。ここまで唯一自分の意思を話していない絵里に話を振る。

 

「私は…」

 

絵里はここで一度言葉を止めると、考える素振りを見せる。

 

μ'sの中でも穂乃果や海未と並んで皆を引っ張っていく力を持っている絵里の意見は重要。

 

皆の視線が絵里に集まる。

 

少し間を開けると、絵里は静かに口を開いた。

 

「…私は、皆に委ねるわ」

 

その答えは予想外なものだった。

 

「皆に委ねる…ってえりちの意思は無いん?」

 

「…私は、一番最後にμ'sに加入したし希みたいに冬夜と裏で繋がってた訳でも無ければ知り合ってまともに話せる様になったのは皆よりも遅い…きっと私が一番冬夜との関わりが薄いと思う。穂乃果達の意見も、海未達の意見も私は分かる。納得出来る。だからこそ、私よりも冬夜との付き合いの深い皆に任せるの。冬夜が戻って来ないのなら寂しいけど真姫と同じで諦める。でももし、冬夜が戻ってきてくれるなら、私はきちんと冬夜の事を知って理解する。これが私の答えよ」

 

冬夜と過ごしている時間は絵里が一番少ないのは事実。だからこそ、一歩引いて皆の判断についていく。それが、どんな答えであっても…

 

それが、絵里の答えなんだな。

 

「…もう冬夜君と太陽君は楠木坂に戻ってしまう…でももし仮に、また冬夜君がμ'sのマネージャーをやってくれる事になったら再入部出来るのかな?」

 

「…ううん…学校が違うから多分無理だと思う…でも、お手伝いとしてなら大丈夫だと思うよ。お母さんも冬夜君の事信用してるみたいだし」

 

「…そっか」

 

俺も学校は別々になるが、アイドル研究部に席を置く事は許可されている。

 

だが、一度辞めてしまえば再入部は出来ない…

 

残された時間は僅か…でも今結論を出す事はきっと…

 

「…今日はもう帰りましょう」

 

「…にこちゃん」

 

椅子から立ち上がると、暗い表情のまま皆に声を掛けるにこ。

 

「…そうね。とても練習が出来る空気じゃないもの」

 

にこに続くように絵里も立ち上がる。

 

どんよりとした重苦しい空気。さすがにこの後に練習をしても身が入らない。

 

「…このまま話しても結論は出なさそうだしね…」

 

希を筆頭に皆立ち上がり始める。にこの意見に異を唱える者はいなかった。

 

…俺も含めて。

 

「今日は解散だな」

 

俺の言葉を皮切りに皆重たい足取りで部室を出ていく。

 

そんな中、一人だけ椅子に座ったままの人物がいた。

 

 

 

 

 

「…穂乃果ちゃん、帰らないの?」

 

 

 

 

一番最初に気付いたことりが声を掛ける。

 

ことりの声に反応した皆も、穂乃果に視線を集める。

 

そこには、真剣な表情を浮かべながら一点を見つめる穂乃果がいた。

 

「…穂乃果?」

 

「ごめん。もう少しだけ、考えたい」

 

表情を一切変えずに言う穂乃果。

 

…冬夜を連れ戻す策を考えようとしているのか?それとも…

 

「…ダメ、かな?」

 

「…」

 

不安そうに言う穂乃果の言葉を聞いたにこが、ゆっくりと穂乃果に近付く。

 

そして、穂乃果の前に立つと目の前に一つの鍵を差し出した。

 

「…これは…」

 

「部室の鍵よ。帰る時、きちんと鍵を閉める事。いいわね?」

 

「にこちゃん…うん!ありがとう」

 

穂乃果は少しだけ微笑むと、差し出された鍵を受け取る。

 

「…」

 

何も言わずに去るにこ。

 

きっとにこは穂乃果が何をするか薄々分かっているのだろう。

 

…いや、にこだけでなくきっと皆も。

 

「じゃあな。穂乃果、また明日」

 

「うん。また明日」

 

穂乃果と別れの挨拶を交わすと、そのまま部室を離れる。

 

冬夜を連れ戻す策を考えるのであれば一緒に残るべきだったのかもしれない。

 

でも、今の穂乃果は一人にした方が良い。

 

俺は何となくそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

帰り道。

 

別れの挨拶を交わして以来誰一人口を開こうとしない。

 

俄然重苦しい空気は漂ったまま。

 

足取りもゆっくりで周りの景色も一向に変わらない。いつもの街並みが続くだけ。

 

皆周りに見向きをせず、少し下を向いたまま黙って歩を進める。

 

ーーーーーこれで良いのか?

ーーーーーどうすれば良いのか?

ーーーーーこの先どうなるんだろう?

 

様々な考えが頭を過り、出口の無い迷路に迷い込んだ気分だ。

 

一向に答えが見つかる気配が無い。

 

「…私、こっちだから…」

 

交差点に差し掛かった時、ポツリと真姫が言う。

 

またね、また明日、等簡単な別れの挨拶を交わすもそれ以上は無い。

それ以上言う事が無いんだ。

 

「…じゃあ、私こっちだから」

 

「…ああ、また明日」

 

その後も次々に別の道に消えていくメンバー達。

 

交わす挨拶はやはり簡単な物ばかり。

 

「…またね、太陽君」

 

「…ああ」

 

そして、最後にことりと別れた俺。

 

結局最後まで俺も皆も会話らしい会話はしなかった。

 

暗い表情が消えないまま終わる1日。

 

【憂鬱】まさしく今その言葉が当てはまっている。

 

思えば部員が一人いなくなっただけ。

 

そんなの、良くある事だ。

 

だけど…それだけの事なのに心が苦しい。

 

それだけ、氷月冬夜という人物を失った穴は大きいという事だろう。

 

「…俺は…間違ってるのか?」

 

客観的に見ればただ11から1を引いただけの事。

 

だけど、俺達にとってその答えは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10よりも遥かに少なく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 





「私はもっと冬夜君の事を知りたい」

冬夜の退部で心に大きなダメージを負ったμ's。

しかし、女神達は諦めない。

「戻ってきてから知っていこうよ!冬夜君の事を」

少しずつ一つになりつつあるμ'sの意思。

そして、女神達は自分達の言葉で伝える。

「お願い、冬夜君。μ'sに帰ってきて」

「冬夜君が何かを抱えてるのは分かってる。だから、話してほしい。冬夜君の全てを…そして一緒に頑張って乗り越えよう?」

沢山の希望と期待を含んだ言葉。

「…俺は…」

冬夜の答えは…










〜次回ラブライブ〜

【第34話 陰の少年は笑わない】

お楽しみに。


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第34話【陰の少年は笑わない】



お久しぶりですドラしんです。

まずは2週間も空いてしまいごめんなさい!

なかなか打ち込みが進まず苦戦しました…本当に文才が欲しいです…

苦しみながら打ち込んだ今回ではありますが、皆さんに楽しんで頂ければ幸いです。

なお、今回文字数の割に物語はあまり進んでいませんのでご了承下さい。

それでは第34話始まります。


 

 

 

 

 

「なぁなぁ、あいつが笑ってる所見た事あるか?」

 

「いや、無いね」

 

「だよな!もしかしてあいつ笑い方知らないんじゃね?」

 

「あはは!何それ人間じゃないじゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

冬夜と出会ってから8年。

 

最初から冬夜は笑わない人だった。

 

遠足、運動会、文化祭、修学旅行…どんなイベントの時も…

誕生日の時も、テストで良い点数を取った時も、誰かに褒められた時も…

 

一度も笑う事は無かった。

 

たまに愛想笑いをする事はあってもそれは作り笑顔。

 

笑っている目は黒く、酷く濁りまるでこの世の全てに絶望している様だった。

 

そんな冬夜の笑顔がどうしても見たくて何度も笑わせようとした事もある。

 

だけど、それらは全て失敗に終わった。

 

クスリともしない冬夜の表情。いつしか俺は無意識の内に冬夜の笑顔を見る事を諦めていた。

 

ただ、冬夜の側にいる事しか俺には出来ない。冬夜に笑顔を取り戻す存在が現れる事をただひたすら待っていた。

 

人任せ。そう言われれば仕方ないし事実そう。でも、俺に冬夜の笑顔を取り戻す策は何一つ無かった。

 

そんな時に現れたんだ…

 

μ'sという女神が。

 

 

 

「【次は】ちゃんと前もって言えよな」

 

 

 

あの時、μ'sの皆で冬夜の家に押し掛けた時に冬夜が言った一言。

 

今までの冬夜じゃ考えられなかった。

 

いくら楠木坂に戻る為とはいえど、同じ目標に向かってμ'sと共に走ったのは事実。

 

その日々の中で、冬夜は間違い無く変わっていた。

 

前向きな言葉は増え、笑顔とまではいかないが微笑む事も増えていた。

 

そもそも冬夜からμ'sのコーチを依頼された時点で変わり始めていたのかもしれない。

 

そんな冬夜に変化をもたらしたμ'sならば冬夜を救える、笑顔を取り戻せる。そう感じた。

 

冬夜が退部届を出した今、情けない事に俺はまた何も出来ないでいる。

 

結局はまた人任せ。でも、俺は信じている。

 

彼女達なら…また動き出してくれる。

 

「頼む…皆…」

 

俺は沢山の希望と期待を抱えたまま、着信が鳴り響くスマホを手に持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員揃ったね」

 

スマホ越しに穂乃果が耳に入る。

 

「で、用件は何よ。皆を呼び出して」

 

続いてにこの声。冬夜の退部を引き摺っているのか家事終わりで疲れたのかは定かでは無いが、いつもの様な覇気は感じられなかった。

 

「まさか、この時間にグループ通話なんてね」

 

そう、俺達は今グループ通話をしていた。

 

μ'sとのグループ通話は絵里をコーチにするかの話し合いをした時以来だ。

 

22時という深い時間ではあるが、冬夜を除く俺を含めた10人が揃っていた。

 

「用件は勿論冬夜君についてだよ」

 

真剣な声色で穂乃果が集めた理由を説明する。

 

やっぱり…最後まで残っていたのはそうゆう事だったんだな。

 

「冬夜君の事って…だから残ってたん?」

 

「うん。どうしても諦めきれなくて…」

 

穂乃果の言葉に海未が溜め息をつきながら口を開く。

 

「…はぁ…まぁそんな事だろうと思いました。何時まで居たのですか?」

 

「えっ…と…19時くらいまで…」

 

「19時!?あんた、そんな時間まで残ってたの?」

 

予想外の残り時間に思わずにこが声を上げる。

 

…正直俺も予想外だ。

 

「中々考えが纏まらなくて気付いたら…」

 

えへへ、と笑いながら言う穂乃果。

 

冬夜の為にそこまで考えてくれたのは嬉しいけど、薄暗い道を女の子一人で歩かせるのはさすがに危険だ。

 

何事も無かったから良かったけど次からはコーチとしてそうゆう所も注意していかないとな。

 

「全く…それで?皆を集めたという事は考えが纏まったという事なのよね?」

 

絵里が呆れた様に言いながら穂乃果に問い掛ける。

 

穂乃果は直ぐ様答えた。

 

「うん。纏まったよ」

 

力強く発せられた穂乃果からの言葉。

 

その言葉には、大きな決意が込められていた。

 

「ずっと考えてた。冬夜君をμ'sに連れ戻す事が、私達にとって良いのか悪いのか。それでね、最終的な答えは【分からない】だった」

 

「…分からない?」

 

「そう、分からない。海未ちゃんが懸念している事も分かるし、冬夜君が戻ってきた事で良い事も悪い事も起きるかもしれない。いろんな可能性を考えた中で、私の思いはずっと変わらなかった」

 

穂乃果は一旦ここで言葉を止めると、はっきりと皆に放った。

 

 

 

 

 

 

 

「それでも私は冬夜君と一緒に居たい」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」

 

「冬夜君は、μ'sって名前がつく前から私達に協力してくれた。沢山アドバイスもくれたし、協力もしてくれた。廃校を阻止する為に私達と一緒に一生懸命取り組んでくれた。私は信じてるよ。冬夜君は優しい人だって」

 

「…穂乃果…」

 

「私はもっと冬夜君の事を知りたい」

 

「…それは私だって同じです!だから連れ戻すのは冬夜を理解してから…」

「それじゃ遅いの!」

 

「…!…」

 

海未の言葉を遮る様に少し声を荒げながら穂乃果が言う。

 

「時間が空けば空くほど、ダメな気がするの。もう二度と冬夜君を連れ戻せない…そう気がしてならないの。だからね、海未ちゃん」

 

「…」

 

「冬夜君を連れ戻してから知っていくじゃ…駄目かな?」

 

告げられた穂乃果の思い。

 

一人で考え続けた末に出した答えは、穂乃果らしい物だった。

 

「…あんた…何とも思わないの?」

 

「…にこ」

 

「…何ともって?」

 

「あんた、冬夜からいろいろ言われたんでしょ?キツイ言葉とか沢山…スクールアイドルを辞める所まで追い詰められたのに、何でそこまであいつの肩を持つの?μ'sを崩壊まで追い込んでそこから何もせずに…あのままμ'sが無くなってしまう可能性があったのに…何でそこまで…」

 

 

 

 

 

「頼りになるからだよ」

 

 

 

 

 

「…!…」

 

「確かに厳しい事は沢山言われたし、傷付いた。でもね?皆も気付いてる通り冬夜君の言ってる事は間違い無く正しい。私はずっと間違っていて、そのまま周りを置いて走り抜けようとしていた。そんな私を正しい方向へ導いてくれたのは冬夜君なんだよ」

 

続いて穂乃果は言う。

 

「私は結果的にμ'sを一度離れて良かったと思ってるんだ。μ'sから離れて頭を冷やす時間が…ゆっくり考える時間が出来た。その中で私は気付けたの。あの日々がどれだけ幸せだったのか、スクールアイドルを続ける事の意味、今、私が何をするべきなのか…勿論それは皆がくれた言葉や私達の為に作ってくれた曲のおかげだけど、きっとμ'sから離れてゆっくり考える時間が無かったら皆の言葉も曲も、上手く飲み込めて無かったと思う」

 

「…穂乃果…」

 

「それにね?厳しい言葉の中にも、冬夜君は私にヒントをくれたんだ。【君が失った物に、取り戻せない物は何一つ無い】って」

 

驚いた。まさか冬夜がそんな事を言っていたなんて…

 

でも、確かに冬夜が言っていた通り穂乃果は全て取り戻した。

 

μ'sも、いつもの日常も、留学する予定だったことりでさえも。

 

あいつは全て分かっていたのか?全部取り戻せるって。

 

「私達じゃ気付けない事を冬夜君は気付いてくれて、私達に教えてくれる。ねぇにこちゃん、冬夜君は何もしてないって言ったけど実は違うんだ」

 

「…え?」

 

「ことりちゃんが留学する当日…μ'sが復活した日でもあるね。早朝に海未ちゃんと講堂で話したんだ。自分の気持ちを全部。そしてその後海未ちゃんからの言葉もあって私はことりちゃんを連れ戻す事を決めた。でも、その時点でことりちゃんの乗る飛行機の時間まで残り僅かで、徒歩じゃ到底間に合わない程だったの。そんな時に、彼は助けてくれた」

 

「…まさか、冬夜が?」

 

にこの言葉に穂乃果は頷きながら返す。

 

「そうだよ。いつも冬夜君が乗っている自転車で、私を空港まで送ってくれたんだ。時間に必ず間に合わせる…そう冬夜君は言ってくれた」

 

「…そうだったんだ…」

 

「それだけじゃないよ?ことりちゃんと一緒に音乃木坂に戻る時、冬夜君がタクシーを手配してくれてて、代金も払ってくれていたんだよ。私とことりちゃんの分を」

 

俺達はただただ驚いていた。

 

知らなかった…まさか裏で冬夜がそこまでしていたなんて全く…

 

そんな素振りも見せず自分には関係無いみたいに振る舞っておいて…何だよ、冬夜格好良すぎだろ…

 

「だから私は冬夜君を信じたい…冬夜君の事をもっと知りたい。私はあの時優しく私に微笑んでくれた冬夜君の姿が本当だって信じてる。だから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってきてから知っていこうよ!冬夜君の事を」

 

 

 

 

 

 

 

告げられる穂乃果の思い。

 

一体穂乃果が今、どんな表情でそれを言っているか分からないけれど一つだけ分かる事は紛れもなく本心でそれを言っているという事。

 

真剣な声。訴えかける様な叫び。本気で冬夜を連れ戻したいのが伝わってくる。

 

俺はすかさず穂乃果に続いて言った。

 

「俺からも頼む!もう一度、冬夜を信じてくれ!」

 

電話越しだから皆がどんな表情をしているかは分からない。

 

でも、少なからず穂乃果の強い思いで皆の心は動いたはずだ。

 

これで少しでも賛成派が増えてくれれば…

 

「…分かったわ」

 

「…にこちゃん…」

 

「信じるわ。冬夜を」

 

一番最初に口を開いたのはにこ。

 

少し呆れた様な声色で紡がれた言葉は、俺達の希望を膨らませる。

 

届いたんだ…にこに俺達の思いが…

 

「本当!?ありがとうにこちゃん!」

 

嬉しそうに声を上げる穂乃果。

 

にこが賛成派に変わった事がよっぽど嬉しかったらしい。

 

だけど、その気持ちは俺も分かる。

 

「凛も賛成だよ。穂乃果ちゃん達の話を聞いてとうくんを信じてみたいって思ったにゃ」

 

続いて口を開いたのは凛。

 

凛もまた、穂乃果の熱い思いに心を動かされたのだろう。

 

凄いな…やっぱり穂乃果は。

 

「凛ちゃん…ありがとう!」

 

これで凛も賛成派に変わった。

 

元々賛成派だった希、ことり、花陽の3人もきっと気持ちは変わっていないだろう。

 

真姫と絵里も反対派では無いから冬夜が戻ってくる事に抵抗は無い。

 

そしてにこと凛が賛成派に加わった今、残るは…

 

「海未ちゃん…」

 

「…」

 

反対意見が一番強い海未だけ。

 

表情が見えない今海未が何を考えているかは見当もつかない。

 

だが、海未以外は冬夜を連れ戻す事を肯定している事からズルいやり方だけど一人だけ逆行した意見は言い辛い。

 

「…」

 

未だ口を開かない海未。

 

考え事でもしているのだろうか?皆海未の言葉を待っている為沈黙が流れ続ける。

 

…このままじゃ埒が明かない。

 

痺れを切らした俺が口を開こうとしたその時だった。

 

「…穂乃果は…」

 

「…え?…」

 

「穂乃果は、もし冬夜の本当の姿があの時の姿だったらどうするのですか?」

 

真剣な声色で紡がれた海未の言葉。

 

あの時…というのは言わずもがなμ'sを崩壊に追い込んだあの時の冬夜だろう。

 

あの一件で深刻なダメージを負い冬夜に対する信用が失ったのは言うまでもない。

 

しかし、真っ先に反対の意見が出ないという事は少なからず心が動いている証拠。穂乃果の返答次第ではきっと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、その時考える!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へ?」

「…え?」

 

予想の斜め上をいく穂乃果の返答に思わず目が丸くなる俺。

 

反応を見る限りどうやら海未も同じらしい。

 

「…あれ?何か私変な事言った?」

 

その時考える…言葉だけを見れば無責任に聞こえるかもしれないがそれを穂乃果が言うと謎の安心感がある。

 

この答えを本気で良しとしている事も含めて。

 

「ふふ…いえ、穂乃果らしいなと思っただけですよ」

 

「ああ、穂乃果しか出せない答えだよ」

 

「えへへ…そうかな」

 

分かりやすく照れる穂乃果。

 

まぁ実際褒めてる訳だから別に良いんだけど。

 

「で、海未ちゃんはどうするの?」

 

照れていた様子から一気に変わり、真剣な声色で海未に尋ねる穂乃果。

 

海未は穂乃果の質問に対し、直ぐ様答えた。

 

「信じる事にします。穂乃果と冬夜を…皆を」

 

明るい声色と肯定の言葉。

 

電話越しで表情は分からないけれど、何となく分かる。

 

今、海未は笑ってる。

 

「やったー!!これで全員賛成派だね!」

 

「そうやね!これでようやくスタートラインに立てた訳や」

 

皆が賛成しないと冬夜を連れ戻す事が出来ない。

 

誰かが言った訳でもそう決まっていた訳でも無いが、きっと皆の中にはこの問題があった。

 

冬夜との接触に動き出せず、どうすれば良いか悩むだけの時間。

 

だけど、それは終わった。

 

穂乃果のおかげで今、μ'sの答えは一つになったんだ!

 

「じゃあ早速明日行動開始だね!」

 

意気揚々と場を仕切りだす穂乃果。すかさず海未が口を開く。

 

「穂乃果、何か策はあるのですか?」

 

「策?無いよ」

 

「無いのですか!?」

 

あっけらかんとした穂乃果の返答に驚きの声を上げる海未。

 

ズコーッという効果音が聞こえそうだ。

 

「ど、どうするつもりだったの穂乃果ちゃん…」

 

「もう時間も無いし…」

 

ことりと花陽が心配そうに声を掛ける。

 

「大丈夫だよ!」

 

しかし、対する穂乃果は一切の迷いは無くはっきりと言った。

 

「大丈夫ってあんた…」

 

「策は無いのよね?どうするつもり?」

 

そうだ。策が無いと穂乃果が自分の口から言ったのは記憶に新しい。

 

という事は冬夜を連れ戻す具体的な方法は何も無いという事になる。

 

じゃあ一体穂乃果はどうやって冬夜を…

 

「そのまま伝えれば良いんだよ」

 

「…え?」

 

「そのまま?」

 

「そうだよ!冬夜君に戻って来て欲しい思いをそのまま伝えれば、きっと戻ってきてくれるよ!」

 

自信満々な穂乃果。

 

何も根拠なんて無いのに良くそこまで言えるな。

 

冬夜に思いをぶつけるのは前提の上で普通はそれに+して何かアクションを起こすもの。

 

だけで穂乃果の出した答えは思いをぶつけるのみ。

それだけで冬夜が戻ってきてくれるとは思えない。

 

でも…

 

「きっと冬夜君は過去に何かあったと思うんよ。それでも、穂乃果ちゃんは思いをぶつけるだけで良いって思ってるの?」

 

なぜだろう…

 

「うん、思ってるよ。冬夜君が暗い過去を持っているのは私も感じてる。だからこそ私達の気持ちを全部ぶつけるんだよ。そして…」

 

言ってる事は単純でとても難しいはずなのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜君の過去も気持ちも全て…私は受け止めるよ」

 

失敗を一切恐れてない穂乃果なら、それが出来そうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…来てくれるかな…冬夜君」

 

「来てくれるさ。きっと」

 

次の日の放課後。

 

部室に集まった俺達10人は、緊張した面持ちで冬夜の到着を待っていた。

 

「上手くいくと良いんやけど…」

 

不安そうな表情をしながら希が呟く。

 

μ's全体の答えが決まった昨日ではあるが、いざ行動に移すとやはりその不安材料は多い。

 

「放課後部室に来るように言ったのは穂乃果でしょ?どんな反応だったのよ」

 

続いてにこが口を開く。

 

にこの質問に俺達の脳裏に過るのは部室に来るよう伝えた時の冬夜の様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜君に話があるの。放課後、部室に来て」

 

「…」

 

「頼む冬夜。少しでも良いから俺達の話を聞いてほしいんだ」

 

「…やっぱりか…」

 

「…え?」

 

「…いや、何でも無い。分かった、放課後に部室な」

 

 

 

 

 

 

 

「…こんな感じだったよ?」

 

「…そう。じゃあ一先ず部室には来てくれそうね」

 

穂乃果がにこに冬夜の様子を説明すると、にこは少しだけ安堵の表情を浮かべる。

 

冬夜は間違い無く部室に来てくれるだろう。

 

だが、気になる点もいくつかある。

 

あの時冬夜が小さく漏らした「やっぱりか」という言葉。

放課後、部室に来る事をあっさり飲んだ事。

 

その様子からしてきっと冬夜は勘付いたんだろう。

 

俺達が冬夜を連れ戻そうとしている事を…

 

となれば冬夜はこれから説得される事を分かった上でここへ来る事になる…当然明確な答えを用意しているだろう。

 

それに冬夜の事だ。きっと何を言われても良い様に準備してきている事に違いない。

 

もしかすると彼女達じゃ…

 

「…太陽君、どうしたの?暗い顔して」

 

…!…しまった…考え込んでしまった…

 

ふと顔を上げるとそこには不安そうな表情でこちらを見つめるμ'sの面々。

 

…どうやら心配させてしまったらしい。

 

「ごめん、何でもないよ」

 

俺は笑みを浮かべ明るく答える。

 

何を考えてるんだ俺は。μ'sに賭けるって誓っただろ。

 

彼女達が一番冬夜を救う可能性の高い人達なんだ。ここにきて疑心暗鬼になってどうする。

 

大丈夫、彼女達ならやってくれるはずだ。

 

「…遅くない?」

 

ようやく心が落ち着いたその時、真姫の声が耳に入る。

 

「…そうだね…部室に来てから随分経つにゃ」

 

俺達が部室に来てから20分。

 

一向に姿を見せない冬夜にμ'sはソワソワし始める。

 

確かに連絡も来てないし少し不安だ。

 

「まさか帰っちゃったんじゃ…」

 

「それは無いよ。大丈夫、冬夜は必ず来る」

 

不安そうに呟くことりに俺は直ぐ様声を掛ける。

 

あいつは約束を破る様な奴じゃない。大丈夫、部室には来る。

心配なのはあいつが面倒な事に巻き込まれて無いかだ。

 

昔から冬夜は巻き込まれ体質だからな…変な事件と絡んで無ければ良いが…

 

 

 

 

 

 

ーーーーーコンコン。

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」」

 

その時だった。

 

部室内に響き渡るノックの音。俺達全員の顔に緊張が走る。

 

「…来た」

 

絵里がぽつりと呟く。

 

全く違う人物の可能性もある。だけど、不思議と確信が持てた。

 

扉の前に立っているのは紛れもなく冬夜であると。

 

「…どうぞ」

 

にこが扉の前の人物に声を掛ける。

 

そして、その声に応える様にゆっくりと扉が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、待たせた。それで何の様かな?」

 

【もう、マネージャーを辞めた俺に】

 

 

 

 

 

崩さ無いいつも通りの無表情。そこから感情を読み取る事は出来ない。

 

しかし、【もうマネージャーを辞めた俺に】というフレーズを強調して言う冬夜から感じた事はある。

 

それは…

 

もうμ'sに戻る気が無いという事。

 

やっぱり、冬夜は気付いてる。今からμ'sに戻る様説得される事を。

 

「…ううん、こちらこそごめんね?急に呼び出しちゃって。あまり時間も無いと思うから単刀直入に言うよ?」

 

しかし女神は止まらない。

 

真っ直ぐ冬夜の目を見つめながら穂乃果は冬夜に伝える。

 

心の底から、自分の…皆の思いを。

 

「お願い、冬夜君。μ'sに帰ってきて!」

 

特別な策なんて何も無い。やる事はただ真っ直ぐに自分の思いを伝えるだけ。

 

だけど、彼女達ならそれだけで充分だ。

 

嘘偽りの無い彼女達の気持ちなら、きっと冬夜に伝わるはず。

 

冬夜は少しだけ間を空けると、静かに口が開いた。

 

「何で、俺に構うんだ?」

 

「…え?」

 

「意味が分からない…俺は散々酷い事してきたんだぞ?大した仕事もしてないし穂乃果や皆に酷い事も言った。挙げ句の果てにはμ'sを一度壊したんだぞ?それなのに何でまだ俺をマネージャーにしようとするんだよ」

 

呆れた様に呟く冬夜は、理解出来ないと首を横に振る。

 

好かれる要素なんて何一つ無い。きっと冬夜はそう思っているに違いない。

 

でも冬夜は気付いていないんだ。どれだけ君がμ'sに影響をもたらしたかを。

 

「そんなの決まってるよ。冬夜君と一緒にいたいから」

 

「…は?」

 

穂乃果の言葉に冬夜の表情が少しだけ変わる。この返答はさすがに予想外だったらしい。

 

「確かにあんたのした事はまだ許せてない。でも、それ以上にあんたを頼りにしてるのよ。μ'sのマネージャーとして」

 

続いてにこが口を開く。

 

上辺だけでは無く心から言っているのは冬夜が良く分かるはずだ。

 

にこの発言を皮切りに他のメンバーも冬夜に思いをぶつける。

 

「私も、冬夜君に戻ってきて欲しいです!もっと、私達が輝いている所を見てもらいたいんです!」

 

「凛も同じだよ。最初はどっちが良いんだろうって考えたけど、今ならはっきりと答えが出せるにゃ。凛はとうくんと一緒にスクールアイドルを続けたい!」

 

「…はぁ…今くらい素直になるわね?私は冬夜が辞めるって言っている以上諦めるしかないって思っていたけれど、少しだけ…我儘を言っても良いなら私も二人と同じ気持ちよ。冬夜に、居て欲しい」

 

「…!…」

 

まずは1年生組が口を開く。

 

放たれた3人の本心に冬夜の表情は少しずつ変わっていく。

 

あの真姫ですら素直に自分の気持ちを伝えたんだ。冬夜に響かない筈が無い。

 

「うちも冬夜君ともっと一緒に居たい。君はそうは思っていないと思うけど、間違い無くμ'sには君が必要なんよ」

 

「そうよ。あなたは自分が思っている以上にμ'sに貢献している。少しくらい自分の努力を認めても良いんじゃないかしら?」

 

続いて希と絵里が柔らかな表情を浮かべながら声を掛ける。

 

全てを包み込んでくれそうな二人には、大きな安心感があった。冬夜の全てを受け入れる。そう思わせてくれる様な大きな安心感が。

 

「冬夜君お願い。帰ってきて…」

 

「私達はあなたの事を理解するって決めたんです。だから、μ'sに戻ってあなたの事を私達に教えて下さい。大丈夫です。全て受け入れますから」

 

最後にことりと海未が口を開く。

 

いつもの様な誘惑じみたお願いでは無く懇願する様に冬夜に言うことりに対し希や絵里と同じ様に柔らかな笑みを浮かべる海未。

 

これでμ's全員が冬夜に気持ちをぶつけた。

 

嘘偽りの無い瞳。真っ直ぐな言葉。やっぱり彼女達は凄い…

 

目の前にいる9人は、紛れもなく女神だった。

 

「…正気か?」

 

「当然だよ。大した仕事はしてないって冬夜君は言うけど、μ'sの活動に一生懸命だったじゃん。いっぱい、協力してくれたじゃん。それだけで充分なんだよ」

 

「…そんなのはただ俺の自己満足にしか過ぎない。元々俺は楠木坂に戻る為に一時的に手を組んだに過ぎない。ただスクールアイドルを楽しんでた君達を俺は利用したんだぞ?」

 

「だとしても、協力してたくさん動いてくれた事には変わりないよ」

 

一切微笑みを崩さず言葉を返す穂乃果。

 

μ'sの思いを知り皆の言葉を聞いた冬夜の心はきっと揺れているはず。

 

これならきっと冬夜は…

 

「だから冬夜君。何も心配しないで。冬夜君がいないと、μ'sじゃないんだから」

 

戻ってくるはず。そう希望を抱いた俺は、少し表情を和らげながら冬夜の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、俺がいなくても楽しそうだったじゃん」

 

叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「君達、10人で登校してるよね?何か宿題の話題で盛り上がってたみたいだけど」

 

「…!…」

 

あの時だ…偶然10人が揃った時の…いたのか?冬夜もあの時…

 

「凄い楽しそうだったね。俺の事なんて気にも止めなかった様子で10人の世界だった。改めて実感したよ、そこに俺の居場所は無いって」

 

「そ、そんな事無いよ!」

 

穂乃果がすかさず否定する。

 

しかし冬夜は止まらない。

 

「君達は俺が必要だと言ってるけど、充分俺無しでやっていけてるじゃないか。合宿で真姫と他メンバーとの壁を取り除いたのも、μ's再結成を決意させたのも、全部君達の力だろ?そこに俺は関与していない」

 

「で、でもっ」

「でもも何もねぇよ。事実なんだから。心配すんな、何も俺は怒ってる訳じゃないんだ。むしろ安心してるんだよ」

 

「…安心?」

 

「ああ、俺無しでμ'sは充分やっていける。俺の力が無くたって君達は輝ける。これで心置きなくμ'sを去れるってもんだ」

 

何故だ…さっきまで確かに心は揺らいでいたはずだ…表情だって変わってて…

 

まだ足りないのか?…っ…そんな事はない!

 

「何でそこまで否定するんだよ…少しは皆を信頼しても良いんじゃないのか!?冬夜だって最初は皆の事を信じてたはずだ!」

 

このまま終わらせたくない。その一心で俺は冬夜に声を掛ける。

 

少しでも心が動いて欲しい…そう願いながら。

 

しかし、冬夜の表情は何一つ変わらなかった。

 

「…何を勘違いしている太陽。俺は今まで一度もμ'sを信用した事は無いぞ?」

 

「「「「「「「「「「…!…」」」」」」」」」」

 

冬夜の言葉に全員の表情が変わる。

 

ただただ驚いてる者。ショックを受ける者。悲しむ者。それは様々だった。

 

「正確には、スクールアイドルとしての能力は信じていたけど人としては一切信用していない、だな」

 

「…」

 

誰一人として声を発する事が出来なかった。

 

表情の変化はあったけれど、心には響いてなかったんだ。皆の言葉が…思いが…

 

「皆は覚えてる?合宿の時に海の前で皆で手を繋いだ事」

 

「…!…覚えてるよ!ラブライブに向けて頑張ろうって皆で誓ったあの時だよね?【全員】で手を繋いだ…」

 

「そう。【全員】で手を繋いだね」

 

あれは皆との絆が深まった大きな出来事だ。鮮明に覚えてる。

 

自然て互いに手を繋いで横に並んで10人で…

 

 

 

 

 

…え?【10人】で?

 

 

 

 

 

「そこに…俺はいないんだよ」

 

「…!…」

 

冬夜の言葉で気付いた。気付いてしまったんだ。

 

あの時冬夜がいなかった事…冬夜の事が頭から離れていた事…

 

μ'sの絆が深まった時にはいつも…冬夜の姿が無かった事を…

 

「今ので分かっただろ?君にとっての全員は、俺を除いた10人である事が」

 

「そんな事無い!冬夜君だって大切な友達だよ!?大事なμ'sのメンバーなんだよ!」

 

必死に言葉を紡ぐ穂乃果。

 

でも、その言葉は冬夜には届かない。

 

「もういいって」

 

冷たく突き放す様な冬夜からの言葉。

 

これまで何気なく笑って過ごしていた日常でさえも冬夜を遠ざけていた。心が離れていった。

 

それこそ気付いた時には手を伸ばしても届かなくなる程に。

 

認めたくない。気付きたくない。

 

そう思っているはずなのに、無意識の内に感じてしまったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

もう、冬夜の心は動かないと。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてそこまで自分を否定するの!?」

 

諦めたくない気持ちが穂乃果を突き動かす。

 

だから穂乃果は必死に手探りで可能性を探し手を伸ばした先にある言葉を冬夜にぶつけるんだ。

 

冬夜が戻ってきてくれる事を信じて。

 

「…」

 

「どうして私達と一緒にいる事をそんなに拒むの!?」

 

冬夜は口を開かない。

 

ただ、穂乃果の言葉を黙って聞いてるだけ。

 

穂乃果の悲痛の叫びはまだ続く。

 

「私達の事が嫌いなの!?何か酷い事をしちゃったなら謝る!だから教えてよ!」

 

「…」

 

「冬夜君がいない所で楽しんでいたのがいけないの!?冬夜君がいないの所で結束を高めたのがいけないの!?」

 

ヒートアップしていく穂乃果の叫び。

 

違う…そうじゃない…そうじゃないんだ穂乃果…

 

ただがむしゃらに掴んだ言葉をぶつけてももう…

 

「穂乃果…もうこれ以上は…」

 

「海未ちゃんはこのままで良いの!?皆はこの結果で満足出来るの!?冬夜君は勘違いをしているんだよ。それを今から教えなきゃ…」

 

穂乃果は止まらない。目に見据えているのは冬夜のみ。

 

もはや冬夜を連れ戻す事しか頭に無かった。

 

痛々しい穂乃果の姿に他のメンバーの表情は暗く落ち込み、冬夜の表情が少しずつ険しくなる。

 

止めないと…そう思った俺は穂乃果の肩に手を乗せる。

 

穂乃果はビクッと肩を跳ね上がらせると、ゆっくりと俺の方を見る。

 

「…あ…」

 

そして皆の表情を見ると、少しずつ穂乃果の熱が冷めていく。

 

どうやら少し落ち着いたらしい。

 

「…ごめん…また私、暴走しちゃってたね」

 

穂乃果がぽつりと呟く。

 

今までの穂乃果ならこのまま壊れるまで暴走していた。

 

こうして自分で気付き冷静になれる辺りが穂乃果が成長している証拠

だ。

 

ただ、この場面で実感したくは無かったが。

 

「海未ちゃんもごめんね?」

 

「…いいえ、大丈夫ですよ。穂乃果の気持ちも分かりますし」

 

海未の言葉に他の皆も頷く。

 

どうやら気持ちは同じらしい。

 

「太陽君ありがとう。止めてくれて」

 

「気にしないでくれ」

 

これ以上は逆効果だった。

 

一歩間違えばまたメンバー内で大きな亀裂が入ると可能性もあった。

 

だからつい止めてしまったけど、これで俺達冬夜を連れ戻す術を失った。

 

まさかここまで心が動かないなんて…

 

「ねぇ冬夜君」

 

穂乃果が再び冬夜に話し掛ける。今度は冷静を保っているから大丈夫だろう。

 

冬夜は変わらず無表情のまま穂乃果の言葉を待つ。

 

「何で貴方がそこまで自分を、私達との繋がりを否定して拒むのかは分からない。でも、これだけは言っておくよ」

 

「…」

 

「貴方は一人じゃない」

 

「…!…」

 

冬夜の表情がまた変わった…

 

「どれだけ冷たく突き放しても、私達は冬夜君を追い掛け続ける。冬夜君が私達を受け入れてくれるまで何度も」

 

ゆっくりと優しく紡がれる穂乃果の言葉に冬夜の表情が揺れる。

 

そして、ついに冬夜が口を開いた。

 

「…何でそこまで…」

 

「分かってるからだよ」

 

「…分かってる?」

 

「そうだよ。私達は分かってる」

 

きっとこれがラストチャンス。

 

これが駄目ならば、冬夜を連れ戻す事はきっと出来ない。

 

穂乃果は優しく微笑むと、冬夜に歩み寄りながら口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冬夜君が何かを抱えてるのは分かってる。だから、話してほしい。冬夜君の全てを…そして一緒に頑張って乗り越えよう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

沢山の希望と、思いを込めた言葉。伝えたい事は全て伝えた。

 

後は冬夜に響いてくれるのを祈るのみだ。

 

大丈夫、穂乃果なら…皆なら受け止めてくれる。

そう思わせる程の暖かさがそこにはあった。

 

真っ直ぐ冬夜を見つめる皆。冬夜の言葉を待つ皆。

 

そして、言葉は紡がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…頑張って…か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その言葉、俺大嫌いなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、陰の少年は笑わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







冷たくμ'sを突き放した冬夜。

そんな冬夜の目の前に現れたのは、意外な人物だった。

「久し振りね。元気だった?」

「…げっ…」

ひょんな事から始まってしまった一人の少女とのデート(仮)

その中で交わしていく会話の先、少女が冬夜に掛けた言葉とは…







「少しくらい貴方も言ったら?我儘」







〜次回ラブライブ〜

【第35話 王者再び】

お楽しみに。


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第35話【王者再び】


お久しぶりですドラしんです。

まずは1ヶ月近くの更新の停滞申し訳ございませんでした。

休日出勤が重なり頭を使いたくない日々が続いていて全く打ち込みが進みませんでした。

もしかしたら暫く月1更新になってしまう可能性があります。本当にごめんなさい。




さて、今回は最近シリアスが続いているので申し訳程度のギャグ回になります。

ただし僕がギャグ回の打ち込みが苦手なので滑ってたらごめんなさいね。

それでは第35話始まります。




あ、今回次回予告結構雑になっちゃいました。申し訳ございません。

…ていうか今回謝ってばかりだな。


 

もしもあの時、素直に彼女達の言葉を受け取っていたらどうなっていただろうか。

 

もしもあの時、差し出された手を掴んでいたらどうなっていただろうか。

 

きっとそれは、とても楽しい日々が始まったに違いない。

 

だけど、結局それは一時的に過ぎない。

 

いつか必ず後悔する時は来る。

 

あいつらは俺の全てを受け止めるとは言ったけど、実際は分からない。

 

受け止めるとかの次元じゃないんだよ。俺が抱えてるものは。

 

あいつらとは住む世界が違う。だから俺は絶対に向こうへ行ってはいけない。

 

どれだけあいつらが希望に満ちた言葉を俺に掛けようと…どれだけあいつらが俺を知ろうとしても、この意思だけは変わらない。

 

だから昨日俺はあいつらの希望を踏みにじったんだ。

 

自分の言葉で…俺の手で…

 

「…はぁ…何で俺は生きてるんだろうか…」

 

何気ない休日の昼下り。

 

俺の呟きは、人混みの喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今日も随分賑わってるな」

 

休日の昼下り。レストランのバイトまで時間のある俺は、秋葉原を散策していた。

 

休日というのもあり人で賑わっている様子を見て俺は軽く人酔いを起こしそうになりながらゆっくりと歩を進める。

 

「…うっ…さすがにちょっと離れるか…」

 

ここにきて限界が来た俺は、人混みから少し離れて歩く。

 

…あれ?そういや前もこんな事あったな。

 

確か夏休みの時似たような場所で人酔い起こして離れたら…

 

 

 

 

「綺羅ツバサがいるぞー!!!」

 

 

 

 

あー…思い出した。

 

そういえばここ、A−RISEと出会った場所だ…

 

「…」

 

俺は徐に辺りを見渡す。

 

しかし、特段騒ぎになっている様子は見られなかった。

 

「…まさかな」

 

さすがにそんな都合良くトップスクールアイドルと出会す訳無いか。

あの時が異常だっただけで。

 

立て続けにそんな事が続くはずがない。そう思った俺は再び歩き始める。

 

人混みから離れ少しずつ人酔いが治まってきたその時、一軒の建物が俺の視界に入った。

 

「…スクールアイドルショップ…」

 

俺は無意識の内に口に出しており足を止めていた。

 

スクールアイドルショップ…全国各地にいる人気のあるスクールアイドルのグッズを販売している専門店。

 

来た事あるのは絵里と希が加入して間もない頃に来たあの時の1回のみ。

 

しかし、その1回はとても印象に残っている。

 

ことり扮するメイド、ミナリンスキーの生写真や自分達のグッズに喜ぶ皆の姿ににこの涙。

 

どれも良く覚えている。

 

「懐かしいな…」

 

そんなに時間は経っていないはずなのにそう感じてしまうのは何故だろうか?

 

どちらにせよ俺はもうあの日々に戻れない。戻ってはいけない。

 

戻れる最後のチャンスも自分の手で壊した。

 

だから俺はもう戻りたいとすら思ってはいけないんだ。

 

「…大丈夫…未練なんて何もないさ」

 

後悔はしてない。辛くも無い。これで正しかったんだ。

 

そう自分に言い聞かせスクールアイドルショップを立ち去ろうとする俺。

 

しかし、後ろから飛んできた突然の声に、再び俺は足を止めた。

 

「あら?冬夜君?」

 

聞き覚えのある女の子の声。

 

だけどその正体はμ'sでもヒフミトリオでも無い。となれば残るは…

 

「…」

 

恐る恐る振り返る俺。

 

変装はしているものの隠し切れていないトレードマークの広いおでこにこれでもかと言わんばかりに溢れ出る王者のオーラ。

 

思わず隠す気あんのかとツッコミたくなるくらいの甘い変装ぶりだが、ここは飲み込んでおこう。

 

「久し振りね。元気だった?」

 

サングラスを外しながら笑みを浮かべる目の前の少女。

 

眩しい…眩しすぎる…とてもじゃないが直視出来ない。

 

予想外の再会を目の当たりにした俺は、思わず呟く。

 

「…げっ…」

 

「…何よ【げっ…】て。まるで会いたくない人に会ったみたいなリアクションしちゃって」

 

その通りなんだよ。

 

μ'sは勿論太陽とすら会いたくなかったのに。

 

「…いえいえ、お久しぶりです【綺羅さん】。それじゃ俺はこれで」

 

俺の本能が告げている。急いでこの場から離れろと。

この先面倒くさい展開になるに違いない。

 

俺はそう言いその場を後にしようとする俺。しかし、目の前にいた少女…もといA−RISEのリーダーである綺羅ツバサは目にも止まらぬ早さで俺の腕を掴んだ。

 

「…は?…え?」

 

あまりの早さに驚く俺。

 

ツバサはそんな俺の様子を気にも止めずやや怒った表情で顔を寄せてくる。

 

「な・ん・で、名字呼びなのかしら?」

 

ドアップのツバサから放たれる怒気を込めた言葉には中々の迫力があった。

 

まだツバサとは付き合いは浅いし名前呼びも慣れてないからつい名字で呼んじゃったけどまさかここまで怒るとは…

 

「…あー…名前呼びじゃないと駄目ですか?」

 

「だめ」

 

…即答かよ。

 

なんでそこまで名前呼びに拘るのかが理解できん。

 

一先ずいい加減名前で呼ばないと解放してくれなさそうだしこっちが折れるしかないか…

 

「…はぁ…分かったよ、ツバサ」

 

俺は小さく溜め息をつくと、大人しくツバサの名を口にした。

 

するとツバサは…

 

「うん!よろしい」

 

と眩しい笑みを浮かべながら言うのだった。

 

「…その溜め息は気になるけどね」

 

怪訝しい視線を残しながら…

 

まぁそこはいいじゃないですか。スルーの方向で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何用だ」

 

無事ツバサから解放された俺は早速用件を聞くべくツバサに問い掛けた。

 

結果的に本能から背く形になってしまった俺。嫌な予感が止まらない。

 

「何よ。用が無いと話し掛けちゃ駄目なの?」

 

少し不機嫌そうな顔をしながら屁理屈をこねだしたツバサ。

 

そもそも用も無いのに話し掛けるという事が俺には理解出来ない。

 

「…駄目だね」

 

「いやそこは【そんな事無いよ】とか言う所でしょ」

 

知らんわそんなルール。

 

「まぁいいわ。用事ならあるわよ」

 

不敵な笑みを浮かべながら言うツバサ。

 

今から練習を見て…だったり今からライブしよう…だったり突飛した思考の持ち主であるツバサの事だ。どうせまた良からぬ事を考えているに違いない。

 

面倒くさいなー…無理にでも帰ろうかな…逃してくれなさそうだけど。

 

「…用事とは何だ?」

 

まぁ折角だし聞くだけ聞いといてやろう。そう思った俺はツバサの言葉を待つ。

 

ツバサは直ぐ様口を開くが、その返答はやはり俺の予想の斜め上を行くものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから私とデートしない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は?」

 

ツバサからの提案に思わず目を丸くする俺。

 

デート?…俺が?…ツバサと?…今から!?

 

いやいやいやさすがに無理でしょ!?

 

「もう、女の子の口から2度も言わせようとするなんて冬夜君も結構意地悪ね。お望みならもう一度言うわよ?今から私と…」

「用事は分かったから2度も言うな!」

 

俺はツバサの言葉を遮りながら口を開く。

 

危ない危ない…こんな人通りのある所でトップスクールアイドルにそんな事を何度も言われようものなら俺は直ぐ様後ろから刺されるだろう。

 

…とりあえずこれ以上の会話は危険だ。場所を変えよう。

 

「一先ず移動しよう。ここじゃ人目につく」

 

まだ騒ぎにはなっていないがそれも時間の問題。

 

チラチラとこっちを見ている視線を感じるしもうこれ以上はここにいれない。

 

「うーん、そうね。場所変えましょうか【人気の無い所】にね」

 

ツバサも視線に気付いたのか軽く辺りを見渡しながら言う。

 

…何故【人気の無い所】の部分だけ強調したのかはあえて触れないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのデートの件だけど返事はNOだから」

 

「言うと思った」

 

こうしてスクールアイドルショップの前から移動した俺達は、比較的人通りの少ない住宅街の小さな公園までやってきた。

 

公園に着くやいなや、デートに行かない事をツバサに伝える俺。

 

しかしツバサはそう来るのは分かっていたみたいで予想通りと言わんばかりの様子で返答する。

 

…まぁツバサに読まれてるだろうなとは思ったけどさ。

 

だからこそこの話し合いが長くなると思って場所を変えたんだけど。

 

「理由だけ聞いても良い?」

 

首を傾げながら俺に問いをぶつけるツバサ。

 

さすがにトップスクールアイドルなだけあってふとした仕草でも魅力的に感じるものだ。

 

ツバサが狙ってしてるかは分からないけど。

 

一先ず平常心を保ちながら俺は答えた。

 

「一緒にいると騒ぎになりそうだから嫌だ。後面倒くさい」

 

「め、面倒くさい!?」

 

さすがにこの返答は予想外だったのか、驚いた様な表情に変わるツバサ。

 

そりゃそうだ。普通じゃありえないトップスクールアイドルからのデートの誘いを面倒くさいの一言で断ろうとしてるんだからな。

 

「騒ぎになりそうだから嫌だは分かるけど…面倒くさいとまで言われるとは思わなかったわ」

 

まぁでも本心だしな。興味も全然無いし。

 

とりあえず女の子からの誘いを面倒くさいで一蹴した俺の好感度はこれで下がったに違いない。

 

これを期にA−RISEとの繋がりも無くなるだろう。

 

「そうゆう訳だから俺はここで」

 

俺はツバサに背を向けその場を去ろうと歩き出す。

 

そもそも俺に対しての好感度が高いのがおかしいんだ。

 

μ'sといいA−RISEといい大した事もしていないのに何故かやたら俺に構おうとする。

 

俺のどこがそんなに良いんだか…

 

まぁそれもこれで終わりだ。これで俺の毎日がいつも通りに…

 

 

 

 

 

【ガシッ】

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

公園の外へと歩き出した俺の足はそれ以上動く事は無かった。

 

何者かに腕を掴まれた感触。その正体は一人しかいない。

 

俺がゆっくりと振り返ると、そこには俯いたまま不敵な笑みを浮かべたツバサの姿があった。

 

「…えっと…ツバサ?離して貰えると助かるんだけど…」

 

只ならぬツバサの様子。

 

そして何より嫌な予感がこれでもかと言う程ひしひしと伝わってくる。

 

やがてツバサは顔を上げると、不敵な笑みを崩さ無いまま口を開いた。

 

 

 

 

 

「そんな事言われたら…尚更デートしたくなっちゃった」

 

 

 

 

 

「…え?」

 

予想外の返答に思わず声が漏れる俺。

 

まるで語尾に音符マークやハートマークが付きそうな程あざとい笑みでこちらを見つめるツバサの姿に、俺はただただ唖然としていた。

 

「やっぱりあなたは他の人と違う。今まで私に近付いて来る男性は皆下心が見え見えでバッタリ出会せば【運命だ】の一言。ちょっと一緒に歩けばデートだと騒がれる。でも、あなたは違う」

 

あざとい笑みから一転して真剣な表情に変わるツバサ。

 

その様子からとても嘘を言っている様には見えなかった。

 

「最初に私と…ううん、私達と出会った時からあなたはそうだった。私達をA−RISEだと知った上でのその興味の無さそうな反応が、私達からすればとても新鮮だった。その時に思ったの、あなたの事をもっと知りたいって」

 

…マジかよ。好感度が上がらない為に終始無関心を貫いて接していたのが間違っていたのか?

 

好感度が下がるどころか全てプラスに働いていたのか?…んなアホな。

 

「少し自惚れた発言をするけど、私からの誘いを断った男性はあなたが初めてよ。でも、後悔はさせないわ。こうなったら何が何でも私とデートしてもらうわよ!」

 

ツバサはそう言うとグイグイ俺の腕を引っ張りながら公園から出ようとする。

 

「待て待て待て!何でそうゆう結論になるんだよ!は・な・せ!」

 

「い・や・だ!それにあなた暇でしょ?いいじゃない一度くらい」

 

「暇じゃないよ!俺には街をぶらぶらするという大事な用事が…」

「それを暇と言うのよ。それじゃあしゅっぱーつ!!」

 

「だから引っ張るなー!!」

 

結局非力な俺の力ではツバサを振り解く事は出来ず、そのまま連れて行かれるのだった。

 

ああ…俺の拒否権は一体何処へ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何処に行こうかしら」

 

「ノープランかよ」

 

そんなこんなで変装の甘いツバサとデート(仮)に繰り出した俺。

 

早速ツバサがノープランである事が発覚し、デート(仮)はいきなり手詰まりとなった。

 

…てかデートの提案その場の思い付きだったのかよ。

 

「冬夜君、何処か行きたい所はある?」

 

「ある訳無いでしょ」

 

強制連行されてる俺に聞くなよ。

 

「うーん…そっかー…」

 

俺の返答を聞いたツバサを目を閉じ深く考え込む。

 

顎に手を置き悩む素振り。実際はこの後の予定を考えているだけだが、その姿ですら絵になるのはさすがはスクールアイドルの王者といった所か。

 

おかげ様で道行く人達の視線が痛え。

 

「そうだ!」

 

その時、少し考え込んでいたツバサが閃いた様に目を開きながら顔を上げる。

 

行く所でも決まったのだろう。

 

「やっぱりデートといえばショッピングじゃない?デパートに行くわよ!」

 

自己完結かい。

 

まぁこうゆう時の定番とかは全然知らないし、何処でも良いんだけど。

 

「はいはい」

 

適当に相槌を打つ俺。ツバサのテンションは俄然高いままだ。

 

俺なんかとショッピングしても楽しくないのに…本当に不思議だ。

 

「じゃあ行くわよ!」

 

ツバサはそう言うと俺の腕を掴みながら意気揚々と歩き出した。

 

連行していくシステムなのは変わらないんですね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳でデパートに着いたわよ」

 

「見れば分かるよ」

 

それから他愛もない会話を挟んだ後、目的の場所である街の中でもかなり大きいデパートに到着した。

 

服などのファッショングッズは勿論、生活用品や雑貨屋、飲食店も完備しておりゲームセンターやカラオケまである。

 

行き先に困ったらここに来れば良いと思う程の充実ぶりだ。

 

「確か服屋さんは3階だったわね」

 

ツバサはそう言うと直ぐ様デパートの中へと入っていく。

 

…あれ?今服屋って言ったか?

 

「ほら、冬夜君も早く!冬夜君に服選んでもらいたいんだから!」

 

マジかよ…聞き間違いであって欲しかった…

 

何でこうゆう展開になっちゃうかな…

 

「それ本気で言ってんの?」

 

「勿論」

 

いや無理だろ…俺みたいなファッションに無頓着な奴がトップスクールアイドルの普段着を選ぶなんて荷が重すぎる。

 

何とかして断りたいが…

 

【ガシッ】

 

腕も掴まれたし…これ以上は無理そうだ。

 

「…はぁ…どうなっても知らんぞ?」

 

「大丈夫よ。あなたならきっと」

 

…プレッシャーが凄い。何で俺に対しての信頼がそんなに厚いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、これどっちが似合うかな?」

 

それから数分後。

 

腕を掴まれながら服屋に到着した俺は、現在ツバサから質問攻めに遭っていた。

 

「…こっちかな」

 

「分かった。こっちね、ありがとう!」

 

ツバサはそう言うと、嬉しそうに笑みを浮かべながら俺が選んだ服をカゴに入れる。

 

ふとカゴに目を移すと、そこには俺の選んだ服達がぎっしりと詰まっていた。

 

俺が選んだとは言っても毎回ツバサから2択を提示されてそこから俺が選ぶ形ではあるが。

 

…それにしてもツバサは何着買うつもりなのだろうか。

 

「さぁ、次はこの2択よ」

 

「ちょっと待てツバサ。いくらなんでも買いすぎだろ」

 

意気揚々と新たな2択を用意したツバサに俺は声を掛ける。

 

着る服にそんなに困ってる様には見えないしこんなに買っても全部は着ないだろ。

 

それに金銭的な問題もあるし明らかに女子高生が買う衣類の範囲を超えている。

 

「あら、確かにちょっと張り切りすぎちゃったかしら」

 

「いや、ちょっとどころじゃないだろ」

 

「まぁ良いわ、あって損は無いし」

 

マジかよ!?そんだけあっても損無いの!?

 

…女の子は本当に分からん。

 

「とりあえずこれで最後にするわ。どっちが似合うかしら?」

 

「…こっちで」

 

「こっちね!」

 

変わらずテンションの高いツバサは服がたくさん入ったカゴを手に持つとそのままレジへと向かっていく。

 

こんだけ買って何でそんな余裕そうなんだよ…

 

いくら持ってきてるんだ?この人は。

 

「…そんなに着るのか?」

 

俺は疑問に思った事をツバサにぶつけた。

 

するとツバサはチラッとこちらを見てクスリと笑うと、

 

「女の子にしか分からない事もあるのよ」

 

と言うのだった。

 

…ますます分からん。

 

「これお願いします」

 

ツバサの答えに更なる疑問が生まれた頃、俺の耳にツバサの声が入る。

 

ふと目を向けるとそこにはカウンターにカゴを置くツバサの姿があった。

 

どうやらレジに着いたらしい。

 

「…えっと…お客様、これ全部でよろしいですか?」

 

顔を引つらせながらツバサに問う店員。

 

それもその筈、さっきも言った通り今回ツバサが買おうとしている量は女子高生の範囲を超えている。

 

いくらここがリーズナブルな店とはいえ塵も積もれば山となる様に沢山量を買えばその値段も当然跳ね上がる。

 

「…?…ええ」

 

しかしツバサは涼しい表情を崩さないまま当たり前と言わんばかりの様子で淡々と答える。

 

店員からの質問に疑問を抱いてるぐらいだ。

 

「…かしこまりました」

 

店員は一言だけそう言うと、慣れた手付きで商品を通していく。

 

凄い勢いで上がっていく合計金額に俺は目が離せなかった。

 

「…マジか…」

 

「…ん?どうしたの?」

 

「え、あ、いやなんでもない」

 

跳ね上がる金額に思わず声が漏れる。

 

普通の服屋でこんなに買い物する人見た事ねぇよ…

 

「…合計6万5000円になります」

 

ろ、6万5000円!?

 

おいおいマジかよ家賃より高いじゃねぇか…

 

一応今デート中らしいから本来なら男の俺が出すべきなのだろうが、こんな金額を目の前にすればここは俺が持つなんて口が裂けても言えない。

 

さすがにこの値段は無理だろう…と思い俺はチラリとツバサに視線を移す。

 

すると、ツバサは涼しい顔で財布を取り出し当たり前の様にお金をレジに置いた。

 

「じゃあこれで」

 

レジの上には1万円札が6枚と5千円札が1枚。

 

…マジかよ。あっさり現金で払いやがった…

 

「ちょ、丁度お預かりします」

 

店員さんも引いちゃってるじゃん。

 

ていうか簡単にそんな大金出すってどんだけ今お金持ち歩いてんだよ…

 

UTXの生徒達は皆こうなのか?お金持ちは多いみたいだけど…

 

「こちらレシートになります」

 

「ありがとう。さ、冬夜君行くわよ」

 

ますます深まる謎に頭を悩ませていると、ツバサの声が耳に入る。

 

ふと目を向けるとそこには大量の買い物袋を持ったツバサ。

どうやら会計は終わったらしい。

 

「…ああ」

 

改めて実感する今の非現実さ。

 

デート(仮)をしている相手がトップスクールアイドルのリーダーでしかもあの様子を見る限りお嬢様。

 

只でさえμ'sの面々との出会いがあった今年なのにこんな偶然が重なったら近い将来隕石が俺に直撃しても文句は言えない。

 

「…持とうか?」

 

俺は自然と口にしていた。

 

傍から見れば男女二人が歩いていて女性は手荷物がいっぱいで男性が手ぶら。

 

立場逆だろと思う人が殆どだろう。

 

まぁ第三者がどう思おうが俺にはどうでも良いんだが、万が一その陰口を耳にすれば恐らくツバサが良い顔をしない。折角楽しんでいる様子だしその雰囲気を壊す僅かな可能性があれば潰しておいた方が良い。

 

ツバサは俺の言葉を聞くと柔らかな笑みを浮かべ、優しい声色で俺に言った。

 

 

 

 

 

 

「優しいのね。でも大丈夫よ、あなた非力そうだし」

 

良くご存知で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次はゲームセンターに行くわよ!」

 

服屋を出て少し歩き出したその時、テンションの高いツバサが張り切って言う。

 

服屋の次はゲームセンターか…

 

「そんなに買い物した後にゲームセンターって金は大丈夫なのか?」

 

素直な疑問をツバサにぶつける。

 

ちなみに俺が奢るという選択肢は無い。

 

「大丈夫よ。まだ20万くらいあるから」

 

「…ん?」

 

あっさり言い放つツバサの言葉に俺は思わず自分の耳を疑った。

 

今、なんて言った?

 

さすがに俺の聞き間違いだよな…

 

「…2万…か?」

 

「あら、聞こえなかった?20万よ」

 

聞き間違いじゃ無かった…

 

え、じゃあ何さっき6万5000円払ってもまだそんだけあるって事は30万ぐらい持ち歩いてたって事?

 

何それ怖っ!?え、現金30万を持ち歩いてる高校生なんて聞いた事ねぇよ!

 

「…それ、マジ?」

 

「ええ本当よ。何なら見ても良いわよ?この財布にちゃんと…」

「わぁぁぁぁ!!!財布を出すなバカ!」

 

何考えてるんだこいつ!?こんな人目の付く所で大金の入った財布を出すなんて…

 

「ば、バカって久し振りに言われたわね…それにしてもどうしたの急に大声なんて出して…財布を出したのがそんなにいけないの?」

 

「駄目に決まってるだろ!もっと危機感を持て危機感を!」

 

俺はそう言い周りを警戒する。

 

世の中どんな人間がいるか分かったもんじゃない。

もしツバサがそんな大金を持っている事が知られればその財布を奪おうとする輩が現れるかもしれない。

 

それは阻止しないと…

 

「…とりあえず場所を移そう…凄い視線を感じる…ツバサの財布が狙われているかもしれない」

 

「…いや、それは冬夜君が大声出したからだと思うけど…」

 

「次はゲームセンターだったな?ならこっちだ」

 

「聞いてないのね…」

 

いつの間にか立場は逆転。

 

気付けば今度は俺がツバサの手を引っ張る形でゲームセンターへと向かった。

 

形振り構っていられるか。こちとら大金背負ってるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、不可解な視線は今の所無いな」

 

それから数分。

 

周りの警戒を解く事無く進んだ俺達は何事も無くゲームセンターに辿り着く事に成功した。

 

気分は敵のアジトに潜入したスパイである。

 

「…ねぇ、いつまでそれやってるつもりなの?」

 

ツバサが少し呆れた様子で言う。

 

いつまで…か。随分おかしな事を言うものだ。

 

「最後までに決まってるだろ。君の手にその大金がある限り、俺は警戒を緩めんぞ」

 

何せ今この場には20万があるんだ。

 

いつ誰がこの20万を狙って襲ってくるか分からない以上1秒たりとも油断出来ない。

 

俺はそう言うと、ツバサの表情が怒った様な表情に変わり口を開いた。

 

「もう!そんなのどうでも良いわよ!30万を持ち歩いてるのはいつもだし今まで襲われた事も無いし何の心配もいらないわ!折角のデートなのに冬夜君がそんな感じだったら私も楽しみ辛いじゃない!だからそれ今すぐ止めて。お金の事は大丈夫だから!」

 

「お…おお…」

 

ツバサの予想以上の剣幕に俺は思わず後退る。

 

まさかここまで怒るとは…でも大金を耳にしてちょっと正常じゃなかったかもしれないな…

 

…ん?ていうかいつも持ち歩いてるって?

 

「いつも持ち歩いてるって…」

 

「え?ああ、なんか自慢みたいになるからあまり言いたくないんだけど私の家結構裕福なの。今私は一人暮らししてるんだけど親がちょっと過保護でね…そんなにいらないって言ってるのに仕送り凄い送ってくるのよ。多いからって返したら怒るし…だからそんなに遣うつもりはないけれど常にそれだけ持ち歩いてるって訳。何が起きても良い様にね。…ていうかもうお金の話は良いじゃない!はいもう今後のお金の話は禁止ね?折角のデートなんだから」

 

「…いや、しかし…」

「良いわよね!!」

 

「…はい…」

 

…そんなに顔を近付けなくても良いだろ。

突然過ぎて驚いたじゃねぇか…

 

まぁ確かに折角のデートにお金の話ばかりしてたら楽しくないよな。

 

これに懲りてもうお金の話をしない様にしよう。なるべく大金の事も気にしない様にする。

 

ちゃんとデートに集中しないとな。

 

 

 

 

 

 

…あれ?もしかして俺もうこれがデートだって飲み込んでない?

 

違う違う!デート(仮)だから!(仮)!

 

「じゃあ早速あれからいくわよ!」

 

そう言いツバサが指を指した先を見ると、そこには某太鼓のリズムゲーム。

 

ダンスゲームじゃない事に驚きだがこれも人気で有名なゲームだ。

 

ツバサの気が済むまで付き合おう。

 

俺とツバサのデート(仮)はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー楽しかった!」

 

それから数時間。

 

気付けば外はすっかり夕暮れで時間も17時を過ぎていた。

 

ゲームセンターで遊び倒した他にも雑貨やペットショップ等様々なコーナーを回った。

 

全てツバサの先導で俺はただ付いていくだけ。でもその中でもツバサは俺を気に掛けて気さくに話し掛けてくる。

 

「これ可愛いわね。冬夜君はどう思う?」

「これ冬夜君に似合うと思うわよ」

 

…といった風に世間話だけで無く商品の感想を俺に求めてくる。

 

いつもなら鬱陶しく感じるのはずが楽しそうに話すツバサの表情を見ていたら不思議とそんな気分にはならなかった。

 

これもトップスクールアイドル綺羅ツバサの魅力の1つだろう。

 

最初は乗り気じゃ無かったデート(仮)も、気付けば【もうこんな時間か】と思ってしまうくらい変わってしまった。

 

無意識の内に俺は楽しんでいたんだ。ツバサとのデートを。

 

「まだバイトまで少し時間あるわよね?そこの公園でちょっと話していかない?」

 

ツバサが柔らかな笑みを浮かべながら俺に言う。

 

この後俺にはバイトがありデート(仮)ここで終了。

 

でも、ツバサからのお願いに俺は思わず頷いていた。

 

「じゃあ決まりね。そこのベンチに座りましょう」

 

人気の無い公園に少し小さめの二人掛けのベンチ。

 

若干距離が近い事を気にしつつも俺達は座った。

 

「今日はありがとね。私の我儘に付き合ってもらって」

 

ベンチに座るやいなやツバサが口を開く。

 

一体ツバサが何の目的で俺と話そうとしているかは分からないが少し付き合うくらいは良いだろう。

 

俺は直ぐ様疑問をぶつけた。

 

「それは良いんだけど、何で急にデートだったんだ?」

 

ツバサの急な思い付きであるデート。

 

俺の事が気になっている…といったふんわりとした理由は聞いているが、それだけでは無いような気がしている。気になっているという理由がフェイクの可能性もあるし。

 

まぁこれは単なる直感ではあるが。

 

「冬夜君と一緒にデートしてみたかったのは本当だよ。でももう一つ理由はあるけど」

 

…あ、それは本当だったんだ。

 

「その理由って何だ?」

 

「気分転換よ」

 

「気分転換?」

 

ツバサの返答に俺の頭に?マークが浮かぶ。

 

気分転換?それはきっとツバサの事だろう。という事は今回のデート(仮)はツバサの息抜きも兼ねているという事か。

 

「冬夜君、少しはリフレッシュ出来た?」

 

「リフレッシュ?」

 

突然のツバサからの質問に思わずまた聞き返してしまう。

 

リフレッシュ…どうゆう事だ?

これはツバサの息抜きでは無いのか?

 

「まぁ出来たけど…」

 

質問の意図が分からないまま答える俺。

 

すると、俺の言葉を聞いた次の瞬間ツバサが満面の笑みを浮かべると、嬉しそうに口を開いた。

 

「良かったー…それならデートした甲斐があったわね」

 

「…?…それどうゆう意味だ?」

 

「最初会った時の表情が少し暗かったからちょっと元気づけてあげたいって思ったのよ。それがもう一つの理由」

 

そうゆう事だったのか…

 

だから突然無計画にも関わらずデートを強行したんだな。

 

…って違う違う!食い付くのはそこじゃない!

 

「俺、暗い顔してた?」

 

「してたわよ、少しね」

 

マジか…俺が暗い表情をしていたのか?何に対してだ?

 

俺の中で未練なんて何もないはず…

 

…いや、まさか。

 

「この前会った時は一切の表情変化も見せなかったあなたが分かるくらい表情を暗くしてたからよっぽどの事があったんじゃないかって思ったのよ。余計なお世話だったらごめんなさいね」

 

少しだけ申し訳無さそうにツバサが言う。

 

相手に心を悟られない様にポーカーフェイスを俺はずっと意識してきた。

 

例え自分が傷付いたとしても、絶望したとしても、何が起きても表情を一切変えない事を。

 

だけどそれはいつの日か少しずつ崩れていった。

 

ーーーそう、μ'sと出会ったあの日から。

 

「そんな事無いよ。ありがとう」

 

何にせよツバサに非は無い。

俺の事を思って行動してくれたんだ。

 

ここは素直にお礼を言っておこう。

 

「それなら良かった」

 

笑みを浮かべなかまらツバサが言う。

 

ツバサは一体何処まで俺の心を見透かしているのだろうか。

 

俺が気付いていないところを含めた全てなのか…それは検討もつかない。

 

だが、ツバサに気付かれる程の表情の変化を見せたのはきっと事実だ。

 

その理由はもしかして…

 

 

 

 

 

 

【μ'sとの決別を後悔している】

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、冬夜君?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しくらい貴方も言ったら?我儘」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!…」

 

ツバサの言葉に思わず目を見開く。

 

「冬夜君と出会ってからまだ日は浅いし何も知らない。でも、冬夜君と過ごしてみて1つだけ気付いた事があるの」

 

「…気付いた事?」

 

「そう。最初こそは拒んでいたけど、結局はその後一切の文句も無く私の我儘に付き合ってくれた。最初に会った時もそう。最終的には私達の練習を最後まで見てくれた。これは半分勘もあるんだけど、冬夜君はあまりこれをやりたい、こうしようって我儘を言わない人なのかなって思ったの。だから、1つだけ聞かせて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは今まで、自分の為の我儘を誰かに言った事ある?」

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

ツバサからの問いに俺は言葉が出なかった。

 

我儘…それくらい言った事ある!

…そう言いたかったのに声が出ない。

 

我儘とは何だろうか。

 

自分の為の我儘とは何だろうか。

 

他人にスクールアイドルを勧めた時?μ'sを突き放した時?

 

…それは本当に自分の為の我儘なのか?

 

穂乃果みたいに周りを巻き込んでスクールアイドルを始めたり、留学する友達を当日に引き留める様な強引さは無い。

 

太陽の様に真っ直ぐで皆を引っ張っていく力も無い。

 

皆の我儘に付き合う事は何度もある。だけど…

 

俺は…我儘を言った事あっただろうか…

 

「冬夜君が何を抱えてるのかは分からないし、無理に知ろうともしない。冬夜君が抱えてる何かが、誰かに話す事で少しでも楽になるなら喜んで聞くけど」

 

「…ツバサ…」

 

あくまでも受け身で俺のペースで良い。

 

そう励ます様に言うツバサの言葉からは、ツバサなりの優しさを感じた。

 

…でも、その優しさに俺は甘える訳にはいかない。

 

「冬夜君の話したくなったタイミングで良いから。私が介入しないで解決するのも全然構わないわ。だから、もしどうしようも無い時は私に話してね」

 

それでもツバサは暖かい言葉を俺に掛け続ける。

 

まだ2回しか会っていない女の子にまさかここまで言われるなんて思ってもいなかった。

 

ましてや、ツバサの優しさに溺れても良いんじゃないかと思ってしまうくらいに心を動かされた事も。

 

だから俺は考える間も無くツバサに言ったんだ。

 

「うん。そうするよ」

 

優しさに触れて見せてしまった弱さ。

 

でも、ツバサのおかげで少しだけ…ほんの少しだけ心が晴れた様な気がした。

 

「ツバサ。ちょっと待ってて」

 

「…?…」

 

俺は徐に立ち上がるとツバサに声を掛ける。

 

ツバサは?マークを浮かべながら可愛らしく首を傾げていた。

 

「すぐ戻る」

 

俺は足早に公園を去ると、すぐそこにある自動販売機へと向かった。

 

「えーっと…俺はこれで良いや。ツバサは…」

 

ツバサとのデート(仮)が始まってから暫くして気付いた事がある。

 

こまめに俺に話の話題を持っていったり即席で次のプランを考えたりと常に俺の事を気に掛けていた。

 

それはもう飲み物なんて買う暇が無い程に。

 

つまりデート(仮)が始まってからツバサは飲み物を一口も飲んでいない。

 

俺は持参していた飲み物があったからこまめに摂っていたけど。

 

普段の俺なら絶対にやらない行動。でも今不思議とこうしなければ気が済まなかった。

 

俺の為に一生懸命行動してくれて少しでも俺の心を晴らしてくれたツバサに対してのせめてものお礼のつもりだ。

 

「…しまった…突発的な行動すぎて何が良いか聞くの忘れた…まぁスポーツドリンクで良いだろ」

 

俺は一瞬動きが止まるも、スポーツドリンクが嫌いな人なんていないだろうという謎の結論に達し躊躇い無く押した。

 

さすがに今から何の飲み物が良い?って聞くのは何かダサいしこれで良い事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

俺は直ぐ様公園に戻ると、早速ツバサに飲み物を差し出した。

 

さすがにこれは予想していなかった様で、少し驚きながらツバサは飲み物を受け取った。

 

「ありがとう…これどうしたの?」

 

「どうしたのってそこの自動販売機で買ってきたんだよ。何?万引きでもしてきたと思ったか?」

 

失礼な。そんな犯罪犯す訳ないだろう。

 

確かにそうゆう事しそうな風貌はしてるけども。

 

「ち、違うわよ!どうして急に飲み物買ってきたのかなって思っただけよ」

 

「あぁそうゆう事」

 

何だ。万引きしたと思われた訳じゃ無いんだ。

 

「当たり前でしょ!?むしろ何で真っ先に万引きが浮かぶのよ!」

 

いやー、この風貌のせいで良く万引き犯に間違われたからな。

 

何せ俺は、

 

 

 

「ちょっと待ちなさい。あなた、レジ通してない商品あるわよね?」

 

「ありませんけど」

 

「…え?」

 

 

 

という風に万引きGメンを失敗させた男だからな。

 

こんな経験したのは世界中探しても俺だけな自信がある。

 

そもそも外見で判断する奴が万引きGメンやってる時点でやばいけど。

 

「一先ず何で買ってきたかだったな。ほら、ツバサずっと俺に話振ったり次の行き先考えたりで水分全然補給出来てなかっただろ?だから買ってきた」

 

「え?あ…言われてみれば確かに…」

 

俺の言葉にツバサが思い出した様に呟く。

 

デートの段取りによっぽど夢中だったみたいだな。

 

「にしてもよく気付いたわね」

 

「人間観察が趣味なんで」

 

「ふふ、あなたらしいわね」

 

ツバサは軽く微笑むとキャップを開けスポーツドリンクを口にする。

 

一人の少女がただ飲み物を飲んでいるだけ。

それだけなのにとても絵になる所を見ると、改めてA−RISEのリーダー綺羅ツバサの凄さが分かる。

 

味わうように喉を潤した後、ペットボトルを口から離すとツバサは満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「ありがとう。とても美味しいわ」

 

「そりゃ良かった」

 

やはりスポーツドリンクは最強だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おっと。もうこんな時間か。じゃあツバサ、俺バイトだから」

 

ふとスマホを見るとバイトが始まるまで後少し。

 

バイトの服は職場にあるので持ち物は手ぶらで良い。

 

ここからなら走れば充分間に合うな。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

柔らかな笑みを浮かべながら言うツバサ。

 

くそ、ちょっと恋人みたいな会話だなって思っちゃったじゃんか。

 

「ああ。今日はありがとう、楽しかったよ。じゃあまたな」

 

俺はそう言うとツバサに背を向け走りだそうとする。

 

すると、ツバサは直ぐ様口を開いた。

 

「あ、ちょっと待って!飲み物代だけ…」

「いらない」

 

財布を取り出そうとするツバサの声を遮りながら俺は言った。

 

ツバサは驚いた様な表情を浮かべながら手を止める。

 

「え…でも…」

 

「大した事じゃないけど、これぐらいはさせてくれ。それに…」

 

俺はここで一度言葉を止めると、少しだけ微笑みながらツバサに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、デートなんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺はツバサと別れ、バイトへと走り出す。

 

あの天下のA−RISEのリーダーである綺羅ツバサとまさかのデート。

 

そしてツバサから掛けられた言葉。

 

頭の中をグルグルと駆け巡る我儘という言葉が一向に頭から離れない。

 

「少しくらい貴方も言ったら?我儘」

 

「あなたは今まで、自分の為の我儘を誰かに言った事ある?」

 

今までそんな事言われた事も無かった。

 

考えた事も無かった。

 

…俺なんかが我儘なんて言う資格なんて無い。そう思っているはずなのに、離れない胸のもやもやがとても心地悪い。

 

ツバサのその言葉を聞いてからずっと。

 

追い掛けてしまう我儘という問題。

 

俺は我儘を言いたいのか?だとしたらその我儘は何だ?

 

その答えは分からないし見つけられる気もしない。

 

だけどもし、その答えが見つかった時…

自分の心の整理がついた時…

そして何より、自分を少しでも許せる様になった時…

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの日か俺も…

 

 

 

 

 

 

我儘を言える日が来るのだろうか?

 

 

 

 

 

 





一度はμ'sを切り離した冬夜。

しかし、完全にμ'sを忘れていた訳では無かった。

「…じゃあ音乃木坂に行ってくるから」

「…ああ」

ついに戻ってきた楠木坂での学校生活。

少しずつ離れていく太陽との距離。

ツバサからの言葉が駆け巡り、流れていく時の中で冬夜に芽生えた変化。

そして…

物語は加速していく。







〜次回ラブライブ〜

【第36話 おかえり、楠木坂高校】

お楽しみに。


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第36話【おかえり、楠木坂高校】


こんにちは!ドラしんです。

相変わらず仕事もリアルも忙しく中々打ち込むモチベーションを保つ事が出来ずまた遅れてしまいました。

今回は冬夜と太陽が楠木坂に戻った後のお話です。

冬夜の心の変化がテーマなので冬夜視点多めでお送りします。
…あ、いつもか。

というわけで第36話始まります。





※なんか全体的に文章が大分ふわふわしちゃってます!ご了承下さい。

この話は後々加筆修正する可能性がありますので合わせてご了承下さい。




 

「…という訳でテスト生として通ってた朝日太陽と氷月冬夜は今日から楠木坂に戻ったから」

 

冬夜君から拒絶されてから2日後。

 

週が明けるとそこにはもう冬夜君と太陽君の姿は無かった。

 

廃校の阻止により女子校として継続出来る事になった以上テスト生として居る意味が無い。

 

前もって知っていた私、ことりちゃん、海未ちゃんの3人は驚かなかったけど、突然知らされた他のクラスメイトは大騒ぎだった。

 

「えー!?太陽君いなくなっちゃったの!?」

 

「いやー!!もっと話したかったー!!」

 

「私の太陽様がぁー!!」

 

叫ぶ人、ショックを受けた人、涙を流す人、それは様々だった。

 

短い時間ではあるけど、いかに朝日太陽という人物が皆に影響を与えていたのかが分かる。

 

確かに休み時間中はずっと他の子達と話してるのが殆どでクラスの人気は高いとは思ってたけど、まさかここまでとは予想外だった。

 

きっと今まで太陽君と近すぎて気付かなかったんだと思う。

 

「お前ら。ショックな気持ちは分かるが切り替えていけよ。テストだって近いんだからな」

 

ガヤガヤと静まる気配を見せないクラス。

 

変わらず話題は太陽君の事で持ち切り。

 

でも、一向に【彼】の名前が出ない。

 

まるで、存在していないかの様に。

 

「…」

「…」

 

チラリと海未ちゃんと、ことりちゃんの方へ顔を向ける。

 

二人も私と同じ事を思っているのだろう。表情が少し暗い。

 

脳裏に過るのはあの時、冬夜君から告げられた拒絶の言葉。

 

 

 

 

 

「その言葉、俺大嫌いなんだよ」

 

 

 

 

 

あの時の突き刺す様な冬夜君の目は忘れない。

 

私達に向けられた明確な敵意。

 

あの瞬間、私達と冬夜君との関係が終わってしまった。

 

あの時に戻りたいとは思わない。でも、その代わり教えてほしい。

 

私はあの時、冬夜君に何を言ってあげれば良かったのだろう。

私は何をすれば良かったのだろう。

 

戻ってきてくれると思ってた。心を開いてくれると思ってた。

 

でも、それは甘かった。

また私は間違えたんだ。

 

掛ける言葉も…連れ戻す決意でさえも…

 

「…今更…遅いよね…」

 

ぽつりと発した私の呟きはクラスの喧騒の中に消えていく。

 

寂しくポツンと佇む隣の空席だけが、私の呟きを聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…であるからして、ここの問題をこの公式を当てはめれば…」

 

「…」

 

楠木坂の授業ペースは早い。

 

黒板に羅列された字達はあっという間に消され、重要な単語や事柄は口頭で説明される事が多い為気を抜く事は許されない。

 

あれだけアイドルの話で盛り上がっていたクラスメイト達も、授業中になれば周りが敵。

 

成績が物を言うこの楠木坂高校では、全生徒が他者と差をつけようと必死だ。

 

音乃木坂よりも遥か先を行く授業内容。

 

皆が必死にペンを走らせる中、俺はボーッと窓の外を見つめていた。

 

「…」

 

今頃、俺と太陽が楠木坂に戻った事を告げられてる時だろう。

 

…まぁ太陽の事ばかりで俺の話題なんて上がってないと思うけど。

 

「じゃあ次の公式に行くぞ」

 

止まる事を知らない数学教師。更にペースを上げ早口になっていく。

 

この時点から既にメモが追い付いていない者がちらほらと出始める。

 

板書された物を書き写す作業+教師が早口で話している内容に耳を傾ける。

 

普通なら無理だが楠木坂では当たり前。

 

理解力の低い人は問答無用で置いていかれる。

 

そんな世界に俺は戻って来たんだ。

 

 

 

「少しくらい貴方も言ったら?我儘」

 

 

 

「…っ…」

 

不意に、あの時のツバサの言葉がフラッシュバックする。

 

まただ。あの日以来事あるごとに俺の脳裏によぎる言葉。

 

今俺が何を求めているのか分からない。でも本能が告げている。

 

我儘を言いたい…何もかも忘れて自由に…

 

もう良いんじゃないのか?

もう充分苦しんだろ?

もう許してくれるよ。

 

いろんな自分が頭の中を駆け巡る。

 

並べられたポジティブな言葉達は、俺を慰めるかの様に優しく語りかける。…でも、いつも最終的にはその言葉を選ばない。

 

 

 

 

【一度犯した過ちは二度と消えない】

 

 

 

 

そう俺に言い放つのは冷ややかな瞳をした自分の姿。

 

さっきまで駆け巡っていたポジティブな言葉達が嘘のように消えていく。

 

…ああそうだ…やっぱり俺は…

 

我儘を言うのは許されない人間なんだ…

 

結局選択肢は一つ。

 

俺が、我儘を言う日は…きっと来ないんだ。

 

「…今日はここまでだな」

 

数学教師の声が耳に入る。

 

どうやら授業は終了らしい。

 

…しまった。考え込み過ぎて何一つノートに書いてない。

 

まぁ太陽にノートでも借りれば良いか。

 

「冬夜」

 

授業が終わり、次の準備をする者や疲労からか机に伏せる者等様々な人がいる中、太陽は真っ先に俺の所へとやってきた。

 

「何だ」

 

「めちゃくちゃ眠たかったな。今の授業」

 

「…ああそうだな」

 

欠伸をしながら何事も無かったかのように話す太陽。

 

あの日以来、太陽はμ'sの名を口にしない。

 

俺に気を遣っているのかは分からないが、一つだけ言える事はもうμ'sが俺を連れ戻す気が無いという事。

 

あれからμ'sがどうなったのかは分からない。

 

太陽もμ'sの話題を一切出さないし、かといって俺から聞くのも違う。

 

だが、あそこまで俺を連れ戻そうと必死だった穂乃果や太陽から何のアクションも無くなったという事はきっとそうゆう事なのだろう。

 

…まぁそうしたのは俺なんだけど。

 

「あ、太陽ノート貸してくれ」

 

「…またかよ」

 

「勉強教えるから」

 

「…まぁ良いけどさ」

 

不満そうな表情をしながらノートを俺に渡す太陽。

 

俺は直ぐ様受け取った。

 

「あ、そうだ。冬夜昨日のテレビ観た?俺の最近イチオシの芸人がさー」

 

そして始まるいつもの様な世間話。

 

思えば元々、こういうのが普通の日常だった。

 

太陽が一方的喋り俺が相槌を打ちながら終始聞き手に回る。

 

μ'sと出会う前は当たり前だった日常。

 

この日々に戻る事を望んでいたはずだし、それを目的に俺もここまで頑張ってきた。

 

でも、いざ戻ってみると思っていたよりも心は満たされなかった。

 

何だろう…この物足りなさは…

 

これが俺の望んでいた物な筈だろ?それが何故こんなにも…

 

「冬夜俺の話聞いてる?」

 

「…!…」

 

太陽の声でふと我に返る。

 

どうやら俺は太陽の声に気づかない程考え込んでいたみたいだ。

 

当然太陽の話なんて聞いていない。

 

「ああ聞いてるよ。蜘蛛が何だって?」

 

「してねぇよ蜘蛛の話なんて!!」

 

当てずっぽうで答えてみたがどうやら違うらしい。

 

しまった…これで完全に話を聞いてない事がバレてしまった。

 

「誤魔化すにしてももっと他に何かあっただろ…何でよりにもよって蜘蛛なんだよ…やめろよ…」

 

深い意味は無いよ。真っ先に頭に浮かんだのが蜘蛛だっただけ。

 

別に太陽がトラウマレベルで蜘蛛が嫌いだから話に出したとかそうゆう事は一切無いよ。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゃあ音乃木坂に行ってくるから」

 

「…ああ」

 

放課後。帰り支度を済ませ教室から出ようとする太陽がぽつりと俺に言う。

 

決してその目的は口にしない。

 

徹底してμ'sという単語を避けるその様子。

 

俺の前ではμ'sの話題はタブーだと太陽の中で思っているのだろう。

 

…別にそういう訳では無いんだけどね。

 

「…帰るか」

 

俺は教室から出て行く太陽を見届けると、少し時間を置いて教室を出る。

 

深い意味は多分無い。

 

ただ、今は太陽と一緒に居たくない。直感的にそう思っただけだ。

 

 

「今日この後どうする?」

「何か食べてくか」

 

 

クラスメイト達の話し声が耳に入る。

 

そういえば、前は放課後になると良く太陽が話し掛けてきたっけ…

 

「おい冬夜。今日のバイト何時から?」

「まだ時間あるじゃん!どっか寄っていこうぜ!」

「今日どこ行く?時間までゲームセンター行っちゃう?」

 

脳裏に過る太陽から掛けられた言葉の数々。

 

μ'sと出会ってからは全てμ's関連の言葉に変わった。

 

「今日μ'sの練習見に行く?」

 

と毎回の様に俺に聞いてくる。

 

音乃木坂に通い出した時は目的が同じという理由でμ'sに協力し続けた。

 

練習だって毎回行ったし試行錯誤して裏で動いたりもした。

 

今思えばあの日々が、今までで1番時間の流れが早く感じたかもしれない。

 

μ'sと出会ってから俺は少し変わった。

 

自然と笑う様になり、楽しいと感じる様になった。

 

でも、手放してからは全てが元通り。

 

…いや、むしろより一人になった。

 

太陽がμ'sのコーチとして残る事を決めた以上、自然と俺と太陽が一緒にいる時間が短くなる。

 

だから今は一人の時間が増えてしまった。

 

…おかしいよな。一人が好きなはずなのにこんな事思うなんて。

 

まさか、一人になれたこの時間が【暇】だなんて…

 

「…はぁ…そんな事考えても仕方ないよな…」

 

離れていくμ's、太陽との心の距離。

 

いくらあの日々が俺に大きな影響を与えていたとしても…

例えあの日々の大切さに気付いたとしても…

どんなに自分がした選択に後悔したとしても…

 

そして…

 

あの日々が、【幸せ】だと呼べるものだったとしても…

 

俺はきっと、毎回同じ道を選ぶだろう。

 

だって、俺は…

 

 

 

 

 

 

 

その先を知ってはいけないから。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

「あ、太陽君来た!」

 

「遅いわよ」

 

「…これでも急いで来たんだけど」

 

場所は変わり音乃木坂学院。

 

アイドル研究部の部室には、μ'sと太陽が合流していた。

 

「楠木坂に戻ってみてどうだった?」

 

「殆ど前と同じだったかな。あ、でもμ'sの事は沢山聞かれたよ」

 

ことりの問いに対し、太陽は直ぐ様答える。

 

「へぇーどんな?」

 

興味津々な様子の穂乃果が期待の眼差しで太陽を見つめる。

 

褒められてると思っているのだろう。目の前にいる穂乃果が尻尾を振っている犬に見えて仕方無い。

 

「まぁ間近で見たμ'sの感想とか誰かと付き合ってるのかとか」

 

「…あー…」

 

太陽の返答を聞き分かりやすくテンションの下がる穂乃果。

 

どうやら想像していた答えと大きく違ったようだ。

 

「…そういえば、男子校だったね。楠木坂って」

 

苦笑いしながら言う花陽。

 

花陽の言葉を聞いた他のメンバーも、質問の内容に納得した様子だ。

 

「…ねぇ、太陽君」

 

その時だった。

 

先程までのテンションの下がった様子から一変し、真剣な表情で太陽に声を掛ける穂乃果。

 

その只ならぬ穂乃果の様子に他のメンバーも息を呑む。

 

そして、そのまま穂乃果が口を開いた。

 

「…冬夜君の様子はどうだったの?」

 

「「「「「「「「…!…」」」」」」」」

 

穂乃果の質問に部室内の空気が変わる。

 

脳裏に過るあの時の冬夜の姿。

 

皆の希望を打ち砕いた真っ直ぐな敵意。

 

悲しみ、怒り、様々な感情が入り混じった表情で言葉を待つμ'sのメンバー。

 

それでも彼女達は、あそこまでされても尚気に掛けているのだ。

 

氷月冬夜という少年の事を。

 

「…変わらなかったよ。いつも通りの冬夜だった」

 

「…そっか」

 

太陽の返答を聞いた穂乃果は少し残念そうに呟く。

 

続いてことりが口を開いた。

 

「…私は冬夜君の事だからきっとそうなんじゃないかなって思ったよ。…それはそれでちょっと悲しいけど…」

 

「…そうやね…うちらの事を全く気にしてないような素振りなのはちょっとショックや」

 

ことりの言葉に同調する様に希が悲しそうな目をしながら言う。

 

「何にせよこれで分かったわね、冬夜に戻る気が一切無いって事が」

 

「にこちゃん…」

 

「もう無理よ。あいつを連れ戻すのは」

 

怒りと悲しみを含んだ声色でにこが言う。

 

最初は反対派だったにこも最終的には冬夜が戻る事を強く望んでいた。

 

しかし、冬夜のあの様子を見て気付いてしまったのだろう。

 

冬夜の抱える闇の深さ。そして、冬夜を連れ戻す事が不可能である事を。

 

「…こんな事ならあいつの事好きになんて…」

 

「…?…にこちゃん?」

 

「…!…な、何でも無いわよ。とりあえずこれ以上あいつの事を考えても仕方無いわ。さっさと練習始めるわよ」

 

「「「「「「「「「…?…」」」」」」」」」

 

ぽつりと漏らした呟きを誤魔化すように少し慌てた様子でにこが言う。

 

その姿に太陽を含めた他のμ'sの面々は、ただただ疑問を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経った。

 

μ'sを手放した日々にはまだ慣れておらず、相変わらずの暇な時間。

 

すぐに慣れると思っていたのにまさかこんなに引きずるなんて思っていなかった。

 

俺もあの日々に毒されてしまったのだろう。

 

あいつらは今どう思っているのだろうか。

 

μ'sのグループLINEから抜け、連絡も何一つ来ない現状では知る術が何も無い。

 

でも、きっとあいつらが俺を許すはずが無い。

 

もう俺の顔が見たくないレベルまで好感度は落ち、二度とあの日々は戻らない。

 

「でさぁー、そしたら俺の妹が…」

 

ーーーーードンッ。

 

「…っ…」

 

「…あれ?今なんかぶつかったか?」

 

「気のせいじゃね?はははは!!」

 

わざとらしく俺にぶつかる男子生徒。

 

チラリと俺の方を見ると、何も無かったかの様に笑いながら立ち去る。

 

一方の俺も何一つ言葉を発する事無くその場を離れる。

 

これも良くある事。今更気にしてなんていられない。

 

楠木坂に戻ってきた時だってそうだ。太陽には「おう朝日久し振りだな!音乃木坂どうだった?」といった声はあっても俺には一切無い。

別に求めてないけど。

 

更には皆太陽がいない時を狙ってこうして幼稚な嫌がらせをしてくる。

 

前まではこういう事があると太陽が怒って追い払っていたけれど、あの一件からの離れていく太陽との心の距離に加えコーチを続ける事を選んだ事実により、俺が一人の時間が増えてしまった為最近ではこうゆう事が増えてきている。

 

でも、これも元は自分が蒔いた種。

 

文句を言う資格なんて俺には無い。

 

「…早く行こう…」

 

だがこれ以上接触されるのは面倒くさい。

 

また絡まれる前にさっさと家に帰ろう。

 

俺は少し小走りになりながら家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

家に到着すると、俺は直ぐ様カバンを雑に置きバイトに行く支度をする。

 

やる事がない時はもういっそ早めにバイトに行って厨房のサポートした方が良い。

 

そう決めてからは最初に感じていた時間の流れの遅さがそこまで気にならなくなった。

 

理由の半分は慣れ。そしてもう半分は自己暗示。

 

何度も自分に【この毎日が充実している】と言い聞かせた事が大きいだろう。

 

「よし、行くか」

 

俺はリュックを背負うと自転車に跨り最初からトップスピードで走らせていく。

 

素直に認めよう。ここ数日はμ'sとの日々を失ったダメージが大きかった。

 

あの日々は間違い無く楽しかったし、あのまま何も考えず差し出された手を取れば良かったんじゃないかと後悔までしている。

 

失ってから気付くなんて我ながら情けないものだ。

 

でも、俺の選択が間違っているとは全く思っていない。

 

どれだけ後悔しようと…傷付こうと…これがあいつらの為になるんだから。

 

「…ん?…」

 

自転車をしばらく走らせていると、前方から誰かが走ってくる姿が確認出来た。

 

「あのシルエット…見覚えあるな…」

 

その姿は真っ直ぐ俺の方へと近付いてくる。

 

やがてその正体が露わになると、俺は無意識の内にその人物の名前を呟いていた。

 

 

 

 

 

「…太陽…」

 

 

 

 

 

もう、あいつらと会う事は無いと思ってた。

 

μ'sを失った日常に少しずつ慣れ、あんな別れ方をして会わせる顔が無い今もう俺の人生にμ'sの名は刻まれないと思っていた。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

「お前…どうして…今μ'sの練習中だろ?」

 

俺もこのままで良いと思ったし、俺もμ'sも互いに会う事を望んでいない。

 

何よりこれ以上あいつらと一緒に過ごしてしまえば、μ'sとの日々を手放したくないという思いをきっと抱いてしまう。

 

それは決して俺が抱いてはいけない思いなんだ。

 

目の前には息を切らした太陽の姿。

 

こんな切羽詰まって俺の所に来たという事実。俺は何となく分かってしまった。

 

きっとμ'sの事だ。

 

μ'sと別れてから今までμ'sの名前すら出さなかった太陽が、この状態で来るという事は只事では無い。

 

ようやく手に入れた誰にも関与しない日常。

 

どうやら神様は…

 

「大変だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「μ'sが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…攫われた…」

 

 

 

ーーーーーー俺の事が嫌いらしい。

 

 

 

 

 





「…それ、本気で言ってるのか?」

何者かに攫われたμ's。

突然の出来事に困惑する冬夜。

しかし、二人には立ち止まっている暇など無かった。

「時間が無い。早く行かなきゃ…」

全ては9人の女神を救い出す為。

「俺が指揮する。太陽、失敗は許されんぞ」

「あぁ、分かってるよ」

9人の女神の笑顔を取り戻す為。

「…プランA、開始。」

今、二人が動き出す。






〜次回ラブライブ〜

【第37話 μ's救出大作戦】

お楽しみに。


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