枯れない桜 もう一つの物語 (メレリア)
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序章
序章


オリジナル主人公をメインにおいた話になります。
初めての作品ですので至らぬ点はご容赦ください


 これは一つの桜が起こした小さな物語。

 それぞれの物語にはたくさんの人達の思いが込められて輝いている。これはそんな可能性の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 何も無い空間に俺は居た。水も空気も無いようなただふわふわした現実味のない感触しかないような空間。

 そんな所に俺は居た。

 

「…………ここはどこだ?」

 

 それが最初の感想だった。そんなことを呟くと

 

「どこだと思う?」

 

 いきなり声がした。辺りを見回すが人の気配はない。

 

「誰かいるのか? いるなら返事をしてくれ!」

 

 少し大きめの声で呼んでみる。

 

「返事ならしたよ?」

 また声が聞こえてくる。

 

「それよりもさっきの質問に答えてよ~」

「質問?」

「そう! ここはどこだと思う?」

 その声はどこか楽しそうに聞こえてくる。

 

「そんな事は良いだろ。まずお前は誰だ? どこにいる?」

 

 俺は逆に問い返す。

 

「私?」

「そうお前だ」

 

 声は悩んでいるのか「うーん」と声を出しながら考えてるみたいだ。

 

「私はね、魔法使いだよ」

 声は当たり前のように言った。

 

「………………は?」

「聞こえなかったの? 私は魔法使いだよ」

 

 そういう声は確認させるようにもう一度言った。

「いや、魔法使いって……」

「うらやましい?」

「そんなことあるか!」

 

 声はさも楽しそうに

「嘘だ~。楽しいよ? 魔法使い」

「そんなこと無いだろ。魔法使いなんか居るわけ無いんだから」

「………そう」

 

 声が少し落ち込んだように俺には聞こえた。だけどそれもつかの間で

「うん! これであなたの質問には答えたよ!」

 

 明るい声が聞こえ

「じゃあ私の質問にも答えてね? ここはどこでしょうか?」

 俺に問いかける。

 

「ここか?」

「うん」

 

 俺は少し考える。

(宇宙なら酸素がないから息が出来ないけど呼吸が出来るから宇宙では無いよな……)

 

「どうしたの~? 早く答えてよ~」

 声が暇そうに言っている。

 

「そうだな……夢の中か?」

 俺はとりあえずこう言った。

 

 すると声が驚いたように

「うわ!? 一回で半分当てたよ~」

「半分?」

 俺は問いかける。

 

「うん。半分だよ」

 声も落ち着いたようだ。

「半分ってどういうことだ?」

 

「それはね……!」

 声が突然止まった。

 

「どうした?」

「ごめんね? もう時間みたい」

 声が残念そうに謝る。

 

「時間ってなんだ?」

 

「君ももうすぐ分かるから」

 声が遠のく。

 

「忘れないでね。また会えるから! またお話できるから! そしたら────」

 最後まで聞き取れずに、俺は意識を失った。

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めは普通だった。

 

「今のは夢なのか?」

 本当にそう思う、夢にしてはあまりにもリアルな所が多すぎる。

「あの声も……」

 どこか楽しさを感じさせる、懐かしく感じた声。

「どうなんだろうな……」

 

 しかし時間が考えさせてくれない。

 

「まぁまた後で考えるとして、まずは義之を起こしに行きますか!」



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12月16日
12月16日


※主人公について簡単に明記します。

春野翔也

風見学園付属3年

9月18日生まれ


生い立ち
初音島の外で生まれ育った。6歳になった誕生日に火事で両親を亡くす。

その後、事故現場で彼を救出した芳乃さくらが彼の身元を引き取り、初音島にやって来た。
身体能力も高く、杉並から非公式新聞部の勧誘を何回も受けているが丁寧にお断りしているが
性格が温厚で誰に対しても優しく頼まれ事や相談を受ける事も多い。
それが災いしてか、断っているも杉並や板橋が起こす騒動に巻き込まれる事もしばしば。


学校内では、主に下級生からの人気が非常に高く。告白をされた事もあるが今のところ全部断っている。


「あ!おはよう翔也君」

 

「おはようございますさくらさん」

 

 俺の目の前には、長い金髪をなびかせている少女が居た。

 彼女は、芳乃さくらさんだ。見た目は俺よりも遥かに年下のかわいい少女だけど、彼女は俺の保護者という身分だ。見た目とは裏腹に博士号をいくつも取得していて、俺が通っている風見学園のトップでもある。

 

 

「ん? どうしたの?」

 

「何もないですよ。それじゃ義之を起こして来ますね」

 

 さくらさんは

「いつもごめんね~、翔也君が来てから僕もだいふ仕事が減ったから楽だよ~」

 微笑みながら言う。

 

「でも、学園の仕事があるじゃないですか」

「ん~それは仕方ないよ。それじゃ僕は先に学園に行くね~。朝ごはんは作っておいたから、後戸締まりはしっかりね」

 

「分かりました」

 

「行って来ま~す」

「行ってらっしゃい」

 

 さくらさんは元気良く出ていった。一見すると子供が元気に学校に向かう光景になるだろう。あの人は本当に何歳なんだろ?

 

「さてと…」

 いつもの光景を見送り、俺は改めて義之の部屋に向かいながら

「今日はどう起こそうか……」

 そんなことを考えていた。

 

 その後、起こす方法を決めた俺は義之の部屋に居た

「義之、朝だぞ起きろ」

 とりあえずは、普通に起こしてみる。しかし

「……あともうちょい、学校だりぃじゃん」

 

 いつものようにおきるわけが無い。そこで俺は切り札を出した。

 

「今起きるのと、音姫さんにベッド下の物の存在を言われるのはどっちが良い?」

「今すぐに起きます!」

 義之はベッドから飛び起きて返事をした。

 

「よろしい。じゃあ先に降りているぞ~、さくらさんが朝食を作ってくれたから早めに来いよ」

 

「さくらさんは?」

「既に仕事で出ていったぞ」

 

「そっか」

「なら早くしろ。じゃないとお前にはお客様が居るだろ」

 

「お客様?」

 身に覚えが無いのか、呆然としたように義之が言う。

「外を見ろ」

 

 俺に言われて、義之は窓から外を見る。そこには二人の少女が居た。片方はこちらを見ると笑顔で手を振りながら

 

「……」

「ゆ……由夢?」

 

「あんまり待たせるとマズイじゃないか?」

 

 俺がそう言うと義之は、ハッとして

 

「悪い翔也!朝飯は食えそうにない!」

 

「そうか……仕方ないか……ならこれでも持ってけ」

 

 俺はあらかじめ用意していた、おにぎりを入れた包みを投げた。

 

「サンキュー翔也」

 

「いいからさっさと行け。由夢が待ってるぞ」

 

「ああ。行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 義之は、鞄に包みを入れて出ていった。俺は先程と同じように義之たちを見送った後、朝食を食べ

 

「俺もそろそろ行くか……」

 

 食器を洗って、戸締まりをして家を出た。

 

 

 家を出て数分後……

 

 俺は意外な人物に遭遇した。

 

 

「あれ? 沢井さん?」

「あ、春野おはよう」

 

 彼女の名前は沢井麻耶。俺達と同じで風見学園付属の3年生だがクラスが違い義之達と同じクラスでクラス委員長もしている。性格は真面目という一言に付きそのせいで気苦労も絶えないだろう。

 

「おはようございます」

「なんで敬語なのよ?」

 

 確かに、いつもなら軽く済ませるが今の沢井を見るとちゃんとしないと注意を食らってしまいそうな雰囲気だったからとは言えず。俺は冗談っぽく続ける。

 

「へ? いつも通りでは?」

「はぁ……まぁいいわ」

「それよりも沢井さん? 疲れてませんか?」

 

 沢井はどこか精神的に疲れを感じさせる表情をしている。理由はおそらくクラスのことだろう。

 

「あんたわかってて言ってるでしょ?」

 

沢井は目を細め睨み付けるように言った。

 

「ばれました?」

「はぁ~」

「でも仕方ないんじゃないですか? 沢井さんのクラスはメンバーがメンバーですし」

 

 俺の見解をよそに沢井ははっきりと言った。

 

「仕方なくないわよ! なんであいつらのせいで私まで評価が落ちないといけないの!」

 

「あ~……(まぁ義之達だから止めるのが無理だからな~)」

「聞いてんの? 春野」

「聞いてます聞いてます」

「はぁ~。別に良いけど……」

 

 沢井は諦めたかのようにため息をついた。

 

「まぁあと少しなんですから頑張ってくださいよ」

 

「はいはい」

 

「んじゃ俺は行きますね」

 

 そう言い俺は先に走って行った。そして校門付近でまたも予想外な人物に遭遇した。

 

 

「おはよう春野君」

 笑顔を浮かべながら近づいて来る人物。

「杉並か……」

 

「なんだ、つれない反応だな」

 

 話かけて来たのは、この風見学園の3バカの一人杉並だ。彼は成績優秀・運動神経抜群なのだが、性格がかなりヤバく、学校でのイベントがある度に何かとんでもない事をやらかし、生徒会に要注意人物に指定されている奴だ。

 

「それはどうも。で? 用件は何だ?」

「何、簡単な事だ。我らが同志、桜井はどこにいる?」

「義之? 俺より先に学園に向かった筈だけど」

「ふむ。そうかならいい」

 

 義之に用があるなら問題ないだろう。俺に用があるのは避けたいところだし俺自身あまり面倒ごとは起こしたくない。

 

「義之になんか用があったのか」

「いや、別に急を要するものではないからな。それよりも春野?」

「ん?」

「もうすぐ我が風見学園では何がある?」

「クリパだろ? それがいったい……」

 

 クリパという単語を聞き、杉並の目がギラリと光りる。

 

「そう! クリパがある! そこでだ、単刀直入に言おう。春野、我が非公式新聞部の計画に一枚噛まないか?」

「断る」

「そういうなよ春野。お前も最近どこか物足りないだろ。そのむやむや感を一気にはらそうではないか!」

 

 杉並がまるで演説者のように俺に問いかける。

 

「だからって俺を巻き込むな」

「ふむ。仕方ないか」

(あれ)

 杉並は以外にもあっさり引いた。いつもなら後二回ぐらいは勧誘するのに

 

「しかし忘れるな春野! 我々はいつでもお前の非公式新聞部の同志になるのを待っているからな! それでは!」

 

 そう言い杉並は校舎の中へ駆けて行った。

 

「どうしたんだろ?」

 そんな疑問を浮かべていると、後ろから

「お~い!」

 と誰かが走り寄って来た。

 

「あれは……」

 

 あの走り方には見覚えが……

 

「はい捕まえたよ、翔也君」

「まゆき……速すぎるよ……」

「次は先輩方ですか……」

「ん? それどういう意味?」

「ははは……」

 今、俺を捕まえた勝ち気な女子生徒は高坂まゆき先輩だ。本校の生徒であり、音姫さんとは親友の仲で、二人で生徒会の中核をなしている。そんなお方が何故俺に声をかけるかと言うと…

 

「深い意味はないですよ」

「そっか」

「で、先輩は何の用ですか?」

 

「ん? そんなの君なら分かるでしょ?」

「それもそうですね。先に言っときますけど、俺は関係ないっすよ」

 

 十中八九杉並関連のことだろう。先輩は杉並を目の敵にしているし。

 

「本当に?」

「嘘をつく理由がありますか?」

「それ自体がブラフかもしれないからね、疑い余地は大有り」

 

 笑いながらなかなかひどいことを言う。

 

「はぁ~」

「本当に関わってないの?」

 

 少し真面目な顔で高坂先輩が聞いてくる

 

「関わってないですよ」

「本当かな~?」

 

 高坂先輩は俺に顔を近づけて来る。徐々に近づいて来てついに目の前まで近づいている。お互いの呼吸や吐息が分かる程近い距離だが、顔をそむけたらさらにからかわれるので

 

「本当ですよ……」

 

 俺は顔をそむけずに目を見据えて答えた。

 

「まゆき、翔也君は嘘ついてないって」

「ふ~ん。音姫がそこまで言うなら信じてみますか。でも嘘だったら……」

 

「だったら?」

「ぬっころすからね!」

 

 高坂先輩はマジな顔でそう言った。この人ならやりかねないな…

 

「分かりました」

「うん。素直でよろしい。じゃあね」

 

 そういって先輩は校舎に駆けて行った。音姫さんが苦笑を浮かべながら

 

「朝からごめんね翔也君」

「いえいえ」

「じゃあ、私も行くね? やんちゃしたらダメだよ?」

 

 そう言うと、音姫さんも校舎に駆けて行った。

 

「はぁ~。朝から疲れるな~、まぁ行きますか」

 

 俺は先の三人とは違って、のんびりと校舎に入って行った。

 

 

 

 

 

 



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12月16日(夜)

 その日の夜

 

「弟くん。みりん取って?」

「あい」

 

 芳野家の台所では、音姫さんと義之が仲良くというのもおかしいが互いに声をかけながら料理をしてた。

 

「なんか新婚さんみたいだねー」

 

その光景をみながら由夢がいった。調理担当じゃない俺と由夢はコタツでのんびりしてた。

 

「そうな感じだな。ためしにそういってみたらどうだ?」

「いや、かったるい」

「まぁそういうと思ったよ」

 

 学校の生徒の大半は知らないだろうが学校以外での由夢は、かなりのめんどくさがりで服装もジャージである。学校では猫をかぶっているからこの姿を知っているのは、俺や義之、音姫さんといった極々限られた人達だけだ。

 

「やっぱり失望するんだろうなー」

「何が?」

 

 この時の由夢は俺にも敬語なしで話す。まぁその方がこっちもらくなんだが

 

「いや、今の由夢の姿をみたら男子は失望するんだろうなって」

「……翔さんは失望するんですか?」

 

 少し頬を膨らませながら由夢は質問で返してきた。

 

「やっぱり翔さんもお姉ちゃんみたいに完璧な人が……」

 

「おーい由夢。皿の用意してくれー」

 

 台所から義之の声が聞こえた。

 

「え~、かったるぃ~」

「そんなこと言わないで行くぞ由夢」

「でも~」

「由夢ちゃん!」

 

 音姫さんの声には由夢も

 

「や、冗談ですってば」

 

 そう言ってコタツから出た。向かう前に俺はさっきの質問に答えておくことにした。

 

「まぁ、俺から見れば別に今の夢も十分魅力あるぞ」

「……え?」

「ほら、さっさと台所に行くぞ」

「うん」

 

 気のせいか、それから準備中の由夢はご機嫌が良さそうに感じた。

 夕食の最中に音姫さんが口を開いた。

 

「そういえば、弟くんのクラスではなにするの?」

「あぁ、人形劇だってさ」

 

 聞いていた由夢が

「人形劇ってあの人形劇?」

 と聞く。

 

(あのって他に何があるんだろう)

 そんな俺の思考をよそに音姫さんと由夢は続ける。

 

「へー、創作系の出し物やるんだ? てっきり露店とかなのかなって思ってたよ」

「そうだな。義之達のクラスのメンバーを考えると一風変わった露店とかかと思った」

「そだね。なんか兄さんのキャラじゃないよね。どっちかって言うと兄さんはメイド喫茶とか言い出しそうだし。あとバニーちゃんとかチャイナとか」

「お前らな……」

 

 俺も含めみんな言いたい放題だ。しかも由夢の言い分は義之の嗜好を的確に把握しているみたいだし少し感心した。

 当の義之もそれを感じており反論は出来そうに無い。

 

「杏と茜がやりたいって言い出してさ。ま。俺もちょっと面白そうだと思ったし」

「あの二人がねぇ……」

 

 なんとなく狙いは分かるがそこは黙っておこう。

 

「ふ~ん、でも大丈夫? 本番まであまり時間ないよ? お稽古とかちゃんとできる?」

 

 几帳面な音姫さんはそんなことを気にしてた。さすがは生徒会長といったところだ。その心配をよそに義之は

 

「大丈夫じゃね? 脚本の構想はできてるって言ってたから。俺のセリフは少ないって話しだったから」

 

 その一言に音姫さんは

 

「えーっ! 弟くんセリフあるの!?」

 

 身を乗り出した。なんか興奮気味に見える。いきなりで驚いたのか義之は一息置いてから答える。

 

「……えっと、一応は」

「ど、どんな役なのっ!?」

 

 間髪いれずにさらに近くにより音姫さんは追及する。

 

「え、あ、……しゅ、主役……なのかな、一応」

「しゅ、主役ーっ!」

 

 こうなった音姫さんは止まらないだろう。

 

「で? でで? どんなお話なの? 弟くんはどんな感じの役?」

「まだ台本見たわけじゃないからよくわからんよ。確かロマンチックな話とか言ってたような……」

 

 この言葉に由夢の目つきが変わった。

 

「相手はどなたです?」

「…………」

 

 二人とも義之のほうから目を話さないでいた。

 

「……えっと、こ、小恋?」

 

 何故か疑問系で回答する義之。その後も長い時間を経て音姫さんと由夢の質問に答えるのであった。

 

 風呂も入り後は寝るだけになった。

 

「明日の授業は……」

 

 確認しても、どうせ教材は学校においてるし問題ないが一応しておく。

 

「…………」

 

 コンコンとドアがノックされた。

 

「どうぞ」

「やっほー! げんきー!」

 

 近所の事などお構いなしといった感じで入ってきたのはこの家の主であるさくらさんだった。

 

「どうしたんですか? こんな時間に」

「うー。翔也君も義之君ほどじゃないけど、テンション低いなー」

「まぁ普通ならもうすぐ寝る時間ですから。というか、今日は仕事片付いたんですね」

 

 さくらさんは相変わらずの年齢不詳の笑顔で頷いて

 

「あ、うん。思ったよりも早く片付いたから。あー、そうそう、それよりも翔也君」

「何ですか?」

「一緒に大岡裁き観ない? 全26話。帰りにレンタル屋さんで借りてきたんだ。義之君を誘ってみたんだけど明日も学校だからって断られて」

「それで、俺の所にきたんですか?」

 

 義之が明日学校なら俺も明日は学校があるということなのだが、たまにはいいだろう。

 

「まぁまだ眠気もありませんし、少しならいいですよ」

 

 俺自身も時代劇は好きだし内容が気になる。

 

「じゃあさっそく観ようよ」

 

 目に見て分かるぐらいさくらさんのテンションはさらに上がった。

 

「分かってますから。そんなに引っ張らないでください」

 

 時代劇を見ている最中にさくらさんがぽつりと言った。

 

「もう六年か……」

「なにがですか?」

「翔也君がきてからもう六年がたったんだなーって」

 

 朗らかな笑顔を浮かべてさくらさんは言う。確かに、ここ、芳野家のお世話になってから六年の月日がたっている。

 

「もう、そんなになるんですね…」

 

 今から六年前のあの日、俺の両親は事故により亡くなった。その事故の中でさくらさんに助けられた。それ以後、俺はこの芳野家の世話になっている。

 

「今年からは、義之君もぼくの家に居るし、良いことばっかりだよ」

 

 心から嬉しそうな笑顔を浮かべるさくらさん。この人にはいくら感謝しても足りないくらいだ。

 

「あぁ!」

「どうしました?」

「翔也君との話に夢中で今のシーン、見逃しちゃった…こうなったら、翔也君」

「はい?」

「今の話もう一回最初から見るよ!」

 

 さくらさんは楽しそうに提案してくる。

 

「……わかりました」

 

 せめて、仕事以外の時は楽しく過ごして欲しいと思ったら、返事は出ていた。

 その後、俺とさくらさんは2時間ほど時代劇を見てから床についた。



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12月17日
12月17日(朝)


「忘れ物はない?」

 

 確認するように音姫さんが聞いてくる。俺のほうは教材とかは学校に置いてるし弁当は今日は俺も義之も学食だ。しかし義之がはっとしたように言う。

 

「あっ!」

「どうしたの? 何か忘れた?」

「弁当」

 

 学食だったのでは? と、そんな疑問を浮かべている俺に由夢が言ってきた。

 

「翔也さん。あれは漫才みたいなものですから離れて見ときましょう」

 

 そう言いながら俺の腕を掴んで引っ張っていく。そして俺と由夢は義之達から少し離れたところ、やり取りが分かるくらいの距離で2人を見守ることになった。音姫さんと義之のやり取りは続く。

 

「もう、はやく取ってきなさい……って、弟くんお弁当だっけ?」

「いや、いつもは翔が作る時以外は違うけど、なんとなく今日は弁当もいいかなと思って」

「今から作ってたら間に合わないよー」

 

 ため息交じりに音姫さんが言っているが、そんなの関係ないように義之は自信ありげに言った。

 

「そんなことないって。諦めなければ不可能なことはないから」

「無理なものは無理。ほら、時間見てよ」

 

 しかし、音姫さんも言う。どうやら時計をみせているみたいだ。

 

「いつまで続くんだ? あれ?」

「多分、あと少しで終わりますよ」

 

 それからしばらく見ていたら、何を言われたのか音姫さんが鍵を開けようとした。しかも腕まくりしてる所をみるとそうとうやる気みたいだ。

 

「いったい何を言ったんだ? 義之の奴」

「どうせどうしてもお姉ちゃんのお弁当が食べたいとか言ったんでしょ」

 

 そう言って、そろそろ限界なのか由夢が二人に向かって遠慮がちにいった。

 

「あのー、おふたりで朝からおあつい夫婦漫才をなさるのは結構なんですが、私と翔也さん先に行っちゃいますよ?」

 

 由夢の声掛けし歩き出した。俺もそれに続く入り口付近の二人ははっとしたようにこちらを見て

 

「今行くよ」

「あ、ちょっと待ってよー」

 

 義之は早足でその後ろを音姫さんがついて来る。そして俺達に並んだ。

 

「んじゃ、行きますか」

 

 こうして俺達はいつもの通学路を歩き始めた。この後に義之にかかる問題を俺と義之自身もまだ知らなかった。通学路の途中で音姫さんが義之に言った。

 

「お弁当が欲しいんだったら前の日にちゃんと言ってよね。そしたら前の日から準備しとくのに」

 

 言ったらちゃんと作ってくれるとは……今時そんなことをしてくれる女子等めったに居ないだろう。しかそれにたいして義之は

 

「いや、無理。俺ってインスピレーションにしたがって生きる男だからさ。その時に気分で変わるし」

 

 そんな事を平然と言う。なんか周りの男友達が義之を憎く思うのが分かった気がする。

 

「単に行き当たりばったりって言うよね。そういうの」

 

 そこに由夢の一言が加わる。それを聞いた音姫さんは

 

「ダメだよ。ちゃんと計画的に生きないと」

 

 確かにそれは言えてるな。義之には特に

 

「兄さんにそんなことを言っても無駄だよ。いつもテスト前になると慌てて一夜漬けしてるような人だもん」

 

 由夢の口から真実が出てくる。実際義之は前日に慌てる人間だ。

 

「お前だってそうだろうが」

 

 さすがの義之もこれには反論してきた。確かに家ではめんどくさがりの由夢はほとんど勉強しない。

 

「や、わたしは成績いいですから」

 

 由夢はさらりと返した。義之も真実ゆえに反論できないようだ。

 

「兄さんとは違うわけですよ」

 

 一瞬俺を見ながら由夢は言う。実のところをいえば、俺がたまに勉強を教えているのは言わないほうがいいだろう。しかし、義之は余裕なのか

 

「ば~か、俺をなめるなよ? 俺はただ勉強してなかっただけだ」

 

 俺と由夢が驚いているのにも気づかずに義之は続ける。

 

「いつもテスト期間中は勉強している風を装ってとっくの昔にクリアしたゲームをしたり。秘蔵の漫画を全館読破したりしてるんだよ」

 

 得意げに義之は続ける。

 

「もし、俺がまじめに勉強でもしてみろ。一気に学園TOPに躍り出ることは間違いないね」

 

 俺と由夢は義之を哀れに思った。

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 義之は自分の生活をを堂々と言った。ここに音姫さんが居るのを忘れて。その後、目の笑っていない音姫さんと義之の話は一緒に勉強するという形でまとまったようだ。これに由夢は

 

「ばーか」

 

 とだけ言った。

 

 

 

「おはよ」

「ハオハオ」

 

 先の勉強騒動が終わり学校に向かっていると声が聞こえた。

 声のほうを見るとそこには、義之のクラスメイトである雪村杏と花咲茜の姿があった。

 

「はい、これ」

 雪村は、義之に何か本のようなものを渡した。

「何だこれ?」

「台本。まだ途中だけど」

「義之君と小恋ちゃんのラブシーン満載のね」

 

 なんだろう? 由夢と音姫さんから何か感じる……。雪村はこっちを見てというより近くの音姫さん達をみてから挑発するように言った。

 

「すごいよ、濡れ場」

 

 その瞬間に、二人の気配が殺意のようなものに変わった。見てみると由夢は、にこにこと怖いくらい笑っており。音姫さんは表情は普通だがこっちは殺気を凄く感じる。義之もそれを気づいているようで表情が硬い。

 

「んじゃ、適当に読んどいて」

「期待してるよ~、義之君の迫真の演技」

 

 数歩進んで、思いついたかのように杏が言った。

 

「そうだ。翔也?」

「ん? どうした?」

「翔也も劇に出たいなら役を考えるけどどうする?」

 

 ここで勧誘が来るとは思ってなかった。確かに面白いかもしれないがこのクラスに関わるのは色々な意味で危険すぎる。

 

「面白そうだけど断っとくよ」

「そ、じゃあ今は作らないでおいとく。やりたくなったらいつでも言いなさい」

 

「やりたく」の部分を強調しながら雪村は言い茜もそのままいってしまった。そして残された俺達。

 

「で?」

「見せてごらん? 弟くん」

 

 殺気を放っている二人は義之から台本を奪い取って

 

「…………」

 

 真剣に台本をみている。読み進めるうちに表情も穏やかになった。

 

「うん。面白そうだね」

 

 音姫さんの一言に

 

「そだね」

 

 由夢も言った。二人とも納得したように台本を義之に返す。

 

「なんかますます楽しみになってきたなー」

「兄さんがあんなセリフね……あはは」

 

 なんか二人とも楽しそうだ。そんな2人とは対照的に

 

「はぁ~」

 

 義之はため息をつきながら台本をぺらぺらめくっていた。

 校内に入ってしばらくするとやけにテンションの高い声が聞こえてきた。

 

「う~っす、義之! それに翔也!」

 

 肩を叩きながら挨拶された。声の正体は、付属の三バカの一人板橋渉だった。

 

「あぁ、渉か。おはよ」

「おはよ、渉」

 

 登校中の事もあり義之のテンションは低かった。

 

「ん? どうした? なんかテンション低くね?」

「んな、朝っぱらからテンションあげられるかよ」

「で、渉? なんでそんなテンション高いんだ?」

 

 その質問を待っていたかのように渉は答えた。

 

「転校生だよ、転校生。今日、うちの学校に転校生がふたり来るって。義之達も聞いてるだろ」

「あぁ、その話か」

「いや、知らん」

 

 俺達の回答に、渉は義之に向かって言った。

 

「マジかよ! お前な~、あんだけ噂になってるのに」

「そうなのか?」

 

 義之は渉ではなく俺に聞いてきた。

 

「けっこう噂だぞ? うちのクラスの男子も下級生の女子の転校生がふたり来るって歓喜してたし」

「そう! そういうことだ義之! この時期に転校して来る下級生。しかも美少女! たまらんなぁ」

 

 ホントに、朝から元気なやつだ。

 

「だから、ほら、早速行こうぜ。職員室」

「いや、俺はいいよ。そんな興味ないし」

「俺もパスかな」

 

 渉は信じられない様な目で俺達を見る。

 

「はぁ、なに言ってんの、お前ら? 美少女がふたりも来るんだぞ? それを興味がないとおっしゃるのですか、あなた方は!」

 

 身を乗り出し、荒い呼吸で迫ってくる渉。やがて悟ったように

 

「あ、そーいうことですか、おふたりさん。まぁ、すでにモテモテの義之さんと翔也さんは転校生なんて興味の対象になんてならないわけですね」

 

 渉は自嘲的な笑みを浮かべ

 

「転校生に期待を膨らませている僕らを見て、冷ややかな笑みを浮かべているわけですね」

 

 さすがに見かねたのか

 

「べ、別にそういうわけじゃないけどさ」

「だったら一緒に見学行こうよ~」

 

 義之は観念したのか、開き直るように

 

「わかったよ。行きゃいいんだろ、行きゃあ」

 

 と言った。その瞬間に渉が

 

「おぉ~、心の友よ~」

 

 と言い、がっしりと義之と肩を組んだ。

 

「翔也、お前はどうする?」

「俺はパス、今日はクラスで仕事があるし」

「あんな優等生はほっとけ、ほっとけ。んでは、新しい出会いを求めて、れっつらご~」

 

 渉に引っ張られる形で義之達は職員室の方へ消えていった。



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12月17日(昼)

 時は、昼休み。俺は、義之と一緒にいた渉もついでに、学食に来ていた。学食は客が多く混雑していた。

 

「なんつーか、大盛況だな。相変わらず」

「いつきてもこんな感じだもんな」

 

 俺と義之の言い分に常連なのか渉悟ったように言う。

 

「所詮、我々学生は経済ヒエラルキーの最下層に位置してるからな。この……」

 

 そこで、渉は一回区切り

 

「安い! 早い! 美味くない! の三拍子揃った学食に人が集まるのは自然の流れだよ」

「切ない話だな」

 

 義之は一言で返した。しかし、この学食にはごくまれに高いメニューや、出てくるのが遅いメニューもあったりするし、天文学的な確立で超美味なメニューが出てくることもあるらしい。そういう気まぐれなところがあるのも学食が人気の理由の一つかもしれない。

 

「あー、たまには職人技を遺憾なく発揮した、ジューシーな肉が食いてー!」

「だったらバイトでもしたらどうだ?」

「それはありかもな」

 

 渉は体力だけは無駄にあるし、金が絡めばけっこうな働きをしそうだが…

 

「学生の本分は学問です」

 

 残念なのは、こいつは面倒くさがりな所だ。

 

「お前が言っても、なんの説得力もねぇな」

「うっせ。それよか、今日は何にすんだ?」

 

 確かに、早く決めないと時間がなくなる。

 

「義之は何にするんだ?」

「金もないし素うどんかな」

「うっわ。学食の中でも最もお買い得プライス商品かよ。わびしい奴だなー」

 

 確かに、この学食で最も安いのを頼むってかなり厳しい経済状況だな。

 

「そういうお前は?」

「スープ ウィズ ウ・ダンヌ」

「……」

 

 英語っぽく言ってるが、渉も同じようだ。

 

「翔はどうする?」

「まぁ、俺も素うどんで」

 

 ここで、きつねうどんとか頼んだらなんか言われそうだし。次の機会まで辛抱しよう。

 

「ってことで、素うどん三つは買ってくるから二人は席取っといてくれ」

「りょーかい」

 

席がないと食べられないので、俺と義之は席を探しに向かった。

 

「翔、あそこが空いてるからあそこにしようぜ」

「そうするか」

 

 先に座った時に隣の席から声が聞こえた。

 

「あ、翔也さんと兄さん」

 

 声の主は由夢だった。

 とりあえず、由夢と一緒の席に座ることにしたが気になるのは由夢と一緒にいる女子だ。

 

「ちっ!」

 

 俺達というか、義之を見た途端に盛大な舌打ちをしたこの子は誰なんだろう。義之は面識はありそうだが話したくなさそうだ。

 

「あら、もしかしておふたりはお知り合いでしたか?」

「あ、いや、知り合いってわけじゃないけど、一度会ったことがあって。名前とか知らないし」

 

 答えている義之の顔は明らかに焦っている。

 

「そうですか。えっと、こちらは天枷美夏さん。今日、私達のクラスに転入してきたの」

「……」

 

「この人たちは桜内義之と春野翔也。一学年上の3年生で兄弟みたいなものかな」

 

 天枷は俺の方を見て

 

「……」

 少し頭を下げた。あれが彼女の挨拶なのだろう。しかし、義之に対してはまったくの無視を決め込んでいた。さすがの由夢も苦笑いを浮かべている。義之に向かって小声で何かを言っている。

 義之の返答がおかしかったのか由夢はじと目で義之を睨んでいる。

 

 そんな気まずい空気の中で食事は続いた。その空気は義之の一言で崩壊した。天枷さんが、バナナを食べようとした時に何か言ったのか。天枷さんはテーブルを叩きつけ何かを言おうとした。その時にどこからか電子音が聞こえてきた。

 

「ちぃぃ! バナナミンがっ!」

 

 そういい天枷さんは、一心不乱にバナナを食べた。やがて鳴り響いていた電子音も止まった。そんな光景を見ていると放送が聞こえた。

 

「えー、2年1組の天枷美夏さん、3年3組桜内義之くん、至急保健室まで来てください」

 

「ふんっ!」

 天枷は義之を無視して食堂から出て行った。

「義之。お前も呼ばれてるぞ」

 渉の一言に義之は我に返ったように

「わ、わかってるよ」

 

「また何かやらかしたんですか?」

「別になにもないよ」

 

 そういって義之は、片付けを俺に頼んで行ってしまった。残された俺達は

 

「あの2人…何なんだろうな?」

 

 当然浮かぶであろう渉の問いに、俺と由夢も

 

「…さぁ」

 

 としか言えなく、そんな疑問に頭を悩まされていた。

 

 

 

 

 それから午後の授業も終わり放課後。

 

「今日の夕飯どうすっかな~」

 

 そんなことを呟きながら俺は廊下を歩いていた。今日の料理担当は、俺と由夢だ。俺と義之を除く学校の男子は知らないが由夢の料理の腕は正直絶望的だ。

 

 だから、由夢でもできる簡単なことを作りつつ料理をしないといけないから献立を考えるのは難しいのだ。

 

「やっぱり、煮込むものがいいよなー」

 

 そんなことを言ってると廊下の曲がり角から

 

「どいてーどいてー!」

 

 と大声が聞こえて来た。俺はとりあえず壁際に寄った。そこから出て来たのは

 

「義之くん、おそーい!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「白河と……義之?」

 

 なんとも意外な組み合わせだった。義之の手を引っ張っている白河ななかは、歌が上手で、顔もスタイルも良く、学園のアイドルと言われている。全男子生徒の憧れの的だ。

 

「なんで、白河さんとお前が一緒に居るんだ、義之?」

「翔也?」

 

 義之は俺に気付くと困ったような笑みを浮かべた。

 

「それがいまいち、状況が分からないんだよ」

「分からないって」

 

 なんで、と続けようとした所を

 

「君は……春野翔也君?」

 

 白河の声に阻まれた。

 

「白河さんだよね、なにかあったの?」

「うん。ちょっと追われてて。逃げてる最中」

 

 楽しげに話す白河。どうやらそれに義之は巻き込まれているようだ。

 

「……お前も大変だな」

「なら、助けてくれ」

 

 義之の願いも

 

「あ! 義之くん。おしゃべりはおわり。行くよ」

 

 白河の一言で叶えられなくなった。俺は白河達に言った。

 

「まぁ、頑張って」

「うん! ほら、行くよ義之くん」

「翔也~」

 

 白河に、腕を引っ張られて義之は行ってしまった。

 

「……買い物に行くか」

 

 残された俺は、とりあえずの商店街に向かった。

 



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12月17日(夜)

「由夢~、そっちはどうだ?」

「もう十分だと思うけど、まだ煮込むの?」

 

 あの後、夕食はロールキャベツに決めて俺と由夢は作っていた。作ったとはいっても、基本は煮込むことなのであんまりやることはない。煮込み具合の確認は由夢に任せて俺は他の付け合わせを作っている。

 

「もうちょいしたら、一番美味しい感じになるんだよ」

「や、翔さんの作る料理は元が美味しいんですから変わらないですよ」

 

 料理を作ってる身としてはこの言葉は、素直に嬉しい。

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、なんでロールキャベツを一個別の器に入れてるんだ?」

「や、味見です。なんかいつもより柔らか過ぎる気がするんで……」

 

 そう言って、由夢はロールキャベツをほおばった。

 

「はふ、熱いでふ」

「つまみ食いなんかするから熱いんじゃないか?」

「む……」

 

 何が気に食わないのか、由夢は今さっき食べたロールキャベツを箸で掴み俺に向けた。

 

「じゃあ、翔さんも食べてみてください」

 

 笑顔で言ってきた。断れない雰囲気がある。

 

「まぁ、いいけど……」

 

 実際に食べてみると、想像していた以上に熱く飲み込むまで時間がかかった。煮込みすぎだったのだろうか。

 

「ね? 熱かったでしょ?」

「確かに、由夢の言うとおりだったよ……」

 

 しかし、勘かもしれないけどいつもより煮込みすぎてるのに気付いたのは成長していると思った。

 

「分かれば良いんですよ。それじゃ居間にもって行きましょう」

 

 由夢は上機嫌で居間へと向かった。これって間接キスなのではないだろうか……

 

「翔さんはやくしてください」

「そうだー。早く食べたいぞー」

 

 居間から賑やかに声が聞こえてくる。

 

「言わない方がいいな……」

 

 俺は、そう結論付けて居間へと向かった。

 

「で、今回はなにをやらかしたわけ?」

 

 夕食の最中、クリパの話をしていたところに音姫さんが不意に話題を変えた。

 

「俺ですか?」

「あ、違う違う。翔也君じゃなくて弟くん」

「は? 俺?」

 

 義之がしたことは、大体予想ができるけど…

 

「お昼よお昼。水越先生に呼び出されてたよね?」

 

 水越先生は、昼休みに義之と天枷を呼んだ保健室の先生だ。

 

「あ、いや……別に音姉が心配するようなことはしてないよ」

 

 追求されたくないのか誤魔化すように答える義之。そんな風に言っても、音姫さんと由夢は

 

「…………」

 

 完全に疑ってる視線だった。まぁ、現場に居た俺も気にならないといえば嘘になるし怪しい感じもある。

 

「本当だって。ちょっと仕事を頼まれて」

「ふ~ん、天枷さんと一緒に?」

 

 にわかに信じがたい光景だな。

 

「天枷さんってだれ?」

 

 昼休みに食堂に居なかった音姫さんが由夢に聞く。

 

「今日、私のクラスに転入してきたかわいい女の子」

 

 かわいいという部分を強調して由夢がいう。確かに容姿はかわいいかったけど、それでも本人を見ていない音姫さんは目を細め

 

「かわいい女の子……ね。へー。で、なんでその天枷さんと一緒に水越先生に呼び出されて、仕事を頼まれたわけ?」

 

 より疑っている目で音姫さんが詰め寄る。

 

「いや~、あの、その……」

 

 女性ふたりが無言のプレッシャーを放っている中で義之が口を開いた。

 

「あっと、その彼女は……」

 

 義之は、言うのを躊躇っているがふたりのプレッシャーがそれを許さない。やがて静かに言った。

 

「ロボットだから、ばれないようにって水越先生から……」

 

「…………」

 

 なんか、言葉が出ない。そんなことがあるとは思えないし…天枷さんがロボットなんて言い訳にも無理がある。音姫さんと由夢は可哀想な子を見るような目で義之を見ている。

 やがて由夢が

 

「ま、兄さんと天枷さんが内緒でなにしてても別にいいけど。妹のわたしには関係ないし」

 

 とだけ言い、音姫さんは

 

「あれだよ? セクハラは犯罪だからね?」

 

 と言われている。こうなると義之がちょっと哀れだな。それから、しばらくして

 

「ただいま~。なんか楽しそうだね~」

 

 玄関からさくらさんの声が聞こえて来た。そのままコタツに入る。

 

「さくらさんの分も用意しますね」

「あ、だったら俺が」

 

 今日の担当は俺ですし、と続けようとしたら…

 

「いいの、いいの、一日一回は台所に立たないと腕が鈍るから」

 

 楽しそうに言う音姫さん。そういうことならお任せしてもいいだろう。

 

「じゃあ、お願いします。熱いかもしれないから気をつけてくださいね?」

「うん」

 

 音姫さんは手際よく用意をしていた。その様子を見ていた義之が

 

「やっぱ家庭的な女性って魅力的だよな~」

 

 と言って何故か由夢を見た。先程の仕返しだろうか?

 

「……なんですか?」

「別に」

「ふん。どうせわたしは家事全般できませんよーだ」

 

 少し拗ねたように由夢が言う。

 

「でも、由夢の料理の腕は少しずつだけどあがってるぞ?」

 

 さっきの事が良い例だ。

 

「それに、由夢ちゃんには由夢ちゃんのいいところがたくさんあるから大丈夫だよ」

 

 にこにことさくらさんもフォローする。その後、温めなおした料理を食べながら

 

「で、さっきはなんの話してたの? すごく楽しそうだったけど」

 

 気になっていたのか聞いてきた。

 

「クリスマスパーティーのことです。弟くんのクラスで人形劇をやるって言うから」

「しかも兄さん、主役なんだって。なんて言うか兄さんのクラスってチャレンジャーだよね」

「まぁ義之のクラスはメンバーがメンバーだからな」

 

 俺達はそれぞれ思うことを言う。それを聞いたさくらさんは

 

「へ~、それは楽しみだね」

 

「はい」

「ある意味」

「全然」

 

 答えは三者三様の言葉が重なった。俺は黙っていた。それに気付いたのかさくらさんが俺に聞いてきた。

 

「翔也君はどう思う?」

「そうですね~……本当にあのクラスが真剣にやったら良い劇になると思いますよ?」

 

 事実、義之達のクラスは本気になれば体育祭で、運動部のトップ集団が集まったクラスに勝つぐらいだし。色々ハプニングはあったが。

 

「そうだね~」

「それで、今日から家でもお稽古をしようって話してたんです。本番まで時間ないし」

「兄さんのことだから、放っておいたら絶対自主練とかしないだろうしね」

「あ~、それはあるね」

 

 俺たちの意見に対して

 

「そんなことないぞ」

 

 そういった義之は、嘘をつくときにでる癖を指摘されてまた、哀れな目にあっていた。

 

 実際、義之たちのクラスのメンバーの能力は目を見張るものがあるのは事実だしどのようになるのかという話しと音姫さんが義之の練習に付き合っていくという形で決まり俺達の夜はふけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 不意に目が覚めた。時計を見てみると時刻は三時。深夜だった。

 

「……水」

 

 上手く寝付けていなかったのか、冬だというのに汗をかいていてのども渇いていた。

 

「下に行くか……」

 

 一階に降りてみると居間はまだ灯りがついていた。

 

「さくらさんか?」

 

 こんな遅くまで時代劇を見てるのかと思い、居間に向かった。

そこで俺が見たのはさくらさんではなく

 

「あ、やっほ」

 

 コタツに入っている見知らぬ女の子だった。

 

「…………」

 

 俺は状況が分からず固まっていた。俺の気持ちを知らない少女は、いつの間にか、近くまで来てて俺の顔を覗き込んでいた。

 

「どうしたの?」

「……ああ……少しぼーっとしててね」

「ふ~ん。変なの」

 

 少女は、クスクスと笑いながらコタツに戻りまるで自分の家のように言った。

 

「まぁ、立ち話もなんだから入って入って」

 

 疑問は多くあるがとりあえず、汗も引き少し寒かったので俺もコタツに入った。

 

「率直に聞いていいか?」

「ん? 何?」

「あなたは誰だ?」

 

 その一言に少女は

 

「ガガーン」

 

 分かりやすい効果音で返してくれた。

 

「ひどい。忘れないって約束してくれたのに…」

 

 少女はうなだれながら言う。嘘も何も本当に知らないんだからしょうがない。「あったってどこで」

「覚えてない? 私の声」

「声?」

 

 確かにどこかで聞いたことが…

 

「まさか、あの夢?」

「思い出してくれたね」

「ということは、ここも夢の中なのか?」

 

 少女は、にっこりと微笑み

 

「うん。自己紹介は、この前時間がなくて出来なかったからね」

 

 少女は座り直して

 

「私の名前は、夢宮愛莉。よろしくね」

「よ……よろしくお願いします。俺は――」

「春野翔也君だよね? 知ってるよ」

 

 夢の世界でも知られてる俺……。

 

「夢宮。俺の夢に現れるけどあんたは何なんだ?」

「それは、前にも言ったよ? 私は魔法使いだって」

 

 前もこんな感じのことを言ってたからな。

 

「俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて――」

 

【パリン!】

 

「…………」

 

 この音には聞き覚えがあった。

 

「時間みたいだね……」

「やっぱり今のは……」

 

 少し寂しそうに、そして残念そうに夢宮がいう。

 

「うん。君が夢から覚める予兆。また質問に答えられなかったね」

 

「いや、名前が分かったからいいだろ。それに俺が忘れなければまた質問できるだろ?」

 

 そういうと、夢宮は笑顔で頷いた。

 

「うん!」

「それじゃ」

 

 そういって、俺は夢から覚めた。

 

 

 



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12月18日
12月18日


「夢と区別がつかないな……」

 

 夢宮との夢から覚めたのか分からないぐらいに夢の中はリアルだった。

 

「まぁ、愚痴っても始まらないか」

 

 窓のカーテンを勢いよく開く。朝の日差しが結構眩しかった。着替えて一階に降りて居間に行くと

 

「翔さん。なにかつくってください~」

 

 ジャージ姿でコタツに寝転んだままの由夢が言ってきた。

 

「朝の挨拶代わりのセリフがそれか……」

「いいじゃない、別に。お腹すいたんだからさ」

「義之は?」

「兄さんならさっき人形劇の練習に急いで出ましたよ」

「じゃあ、音姫さんは?」

「お姉ちゃんは生徒会の仕事」

 

 興味なさそうに由夢が言う。

 

「そっか、じゃあ仕方ないか。なにかリクエストはあるか?」

「オムレツが食べたい。中がとろとろの半熟のやつ」

 

 これは、朝から難しいリクエストだ。

 

「じゃあ、オムレツは頑張るから、由夢はパンを焼いてて」

「えー」

 

 どこまで面倒くさがりなんだろうこの子は。

 

「トースターにセットするぐらいはやりなさい」

「や、冗談ですってば」

 

 のそのそといった感じでトースターを用意する由夢。

 

「じゃあ、オムレツを作りますか」

 

 台所に向かおうとしたところに

 

「あ、翔さん」

「どうした?」

「ついでに紅茶もお願い。お砂糖多めで」

 

 笑顔で由夢からのリクエストが一つ増えた。

 

 オムレツも上手く完成し、それを食べてる最中に由夢が

 

「あ、翔さん。私も後から出かけますので」

「ふーん、ショッピング?」

 

 それとも食べ歩き、といいそうになるのをこらえる。

 

「違いますよ。天枷さんに商店街の案内を頼まれて」

「天枷って、転入生の?」

「他に誰がいるんですか?」

 

 呆れたように由夢に言われた。

 

「そっか。まぁ何事も楽しんできなさい」

「そんなお年寄りみたいなことを言わないでください」

 

 そんなつもりはなかったが、以後気をつけよう。そんな感じで俺達の穏やかな朝食の時間は過ぎていった。

 

 

 由夢が出かけた後、一人家に残った俺は、家の掃除を筆頭に家事全般をこなしていた。

 

「暇だな……」

 

 しかし、それはさっきまでの話。既に家事は終わりゆっくりコタツに入っていた。下手すると寝てしまいそうだ。

 

「今寝たもダメ……だろうな……」

 

 半分は直感で呟いた。今寝ても夢宮には会えない気がした。

 

「どっか出かけるか」

 

 そう決めた俺はとりあえず防寒対策をして外に出た。向かったのは商店街だ。

 

「へぇ、最近はこんなものまで扱ってるんだ」

 

 普段は、食材ぐらいしか買わないので改めてみると本当に色々な物をこの商店街は扱っていた。

 

「……ん?」

 

 何か、怪しい人物を見た。通り沿いの商店からきょろきょろと挙動不審な感じで人が出てきた。おまけに、あきらかに周りを警戒している。

 

「ほっとく訳にもいかないか」

 

 犯罪とかではないと思うが、一応確認とかとっといた方がいいと誰が言ってたような気がする。

 

「話しかけてみるか」

 

 そう決めた俺は小走りで近づいた。近くで見ると女の子だった。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「うわ!」

 

 なるべく刺激しないように話しかけたがその子は小さい悲鳴をあげこちらを向いた。俺はその姿に見覚えがあった、

 

「由夢?」

「翔也さん?」

 

 怪しげな人物の正体は、由夢だった。

 

「由夢だったか。でも。なんであんなに周囲を警戒してたんだ?」

「へ? いや別に……」

「もしかして、その紙袋が関係してるのか? 本屋で何か買ったみたいだけど」

「な、なんでもないですよ?」

 

 そういい、袋を後ろ手に隠す。笑顔の下が焦っているのが目に見えて分かった。由夢がここまで焦るのも珍しい。

 

「そっか。ならいいや、俺はもう戻るけどあんまり遅くならない様にね?」

「あれ? 追求とかしないんですか?」

 

 予想外と言った感じで由夢が返す。

 

「聞いて欲しいのか?」

「や、そうじゃないけど兄さんとかだったら絶対変な事いうから」

「義之ならそうするかもな、でも知られたくないんだろ?」

 

 由夢は小さく頷く。

 

「じゃあ、俺は聞かないよ。じゃあ俺は戻るから」

「あ、じゃあ私も家に戻ります」

 

 一緒に戻っている時に由夢は

 

「やっぱりか……」

 

 いつも持ってる手帳を見ながらそう呟いていた。

 由夢を朝倉家まで送った後、再び芳乃家に戻り夕食の準備が終わったのを見計らったかのように、さくらさんと義之が一緒に帰ってきた。2人ともお腹がすいたのかそのまま夕食になった。

 

「静かですね」

 

 夕食の最中義之が言った。

 

「うん。そうだね」

「そうだな」

 

 さくらさんと義之と三人だけの夕食。今日は音姫さんも由夢も来なかった。

 月に何回かはふたりが来ない夜がある。そもそも、ふたりはお隣の朝倉家の住人で、ここは芳乃家だから本当はこれがふつうなのだが、妙に静かに感じてしまうのも事実だった。

 

「それにしても驚きましたよ」

「うん? なにが?」

 

 義之は、薄く笑いながら言う。

 

「純一さんにいきなり芳乃家に住めって言われた時は」

「あぁ」

「あははは、お兄ちゃん、なんでも突然決めるからね」

 

 俺は納得し、さくらさんは笑って返す。

 純一さんは朝倉家の家主で音姫さんや由夢の祖父にあたる。さくらさんは「お兄ちゃん」と呼んでいるがどういった関係かはまったく分からない。

 

「いきなり『お前たちもいい年だからひとつ屋根の下に住むのはまずいだろう。翔也君は一人ですごせているのに』でしたからね」

 

 その時から俺は、さくらさんの家で生活を送っていた。とは言っても、たまに誰かが来るので常に一人という訳では無かったが。

 

「3月の卒業式の時だったっけ?」

「ええ。卒業パーティーから帰ってきたらいきなりですよ。もうすぐ付属の三年生になるから、受験勉強にも専念できていいだろうって……」

 

 そんな理由があったことは初耳だった。しかし、さくらさんは 

 

「そのわりには成績はいまひとつみたいだけど?」

 

 率直な感想を言った。

 

「確かに、むしろ危なくなってる感じがするよな…」

 

 俺も便乗させてもらった。

 

「ぐはぁ」

 

 そういい、義之は倒れる真似をする。

 

「にゃははは」

 

 さくらさんはひとしきり笑うと、ちょっとまじめな顔をして義之を見た。

 

「でも、ボクと翔也君的にはラッキーだったよ。やっぱりひとりは寂しいからね。義之くんが家に来てくれて嬉しいよ」

 

 なんの臆面も無くさくらさんははっきりと言った。この人はやっぱりすごいと思う。一方義之は、恥ずかしいのか視線をそらしていた。

 

「でも、さくらさん、あんまり家に帰ってこないじゃないですか」

 

 捻くれているのか、義之はそんな事を言った。さくらさんが仕事で忙しいのは義之も知ってる筈だ。

 

「だから尚更だよ」

 

 そんな義之の気持ちを見透かしてか、さくらさんは微笑んで続けた。

 

「翔也くんには前に言ったよね? ボクが嬉しい理由」

 

 そう、この前俺はさくらさんとその話をしたことがある。話を聞いた俺はさくらさんと同じ様なことを感じた。

 

「そうですね。確かに、義之が来てくれてよかったよ」

「お前まで…。で、尚更ってどういうことですか?」

 

「うん。たまに家に帰ってくるとそこで待ってる人が増えたってこと。玄関を開けると楽しそうに団欒する声が聞こえてくる。おいしそうなご飯の匂いがしてくる」

 

 一旦間を置いて

 

「それがすごく嬉しいんだ」

 

 うん、とさくらさんは自分の言葉に頷いた。

 

「あぁ、自分も翔也くんもひとりじゃないんだって、あったかいんだよ。すごく。家に帰ってくると心がすごくあったかくなるんだ」

 

 自分の胸に手を当てながらさくらさんは続ける。

 

「だからね、仕事も頑張れる」

「今日も頑張って仕事を終わらせてお家に帰るぞーってね」心のそこから思っているのだろう。さくらさんの目には恥じらいなんかは一切無い。

 

「それに、翔也くんが一人で家にいることが無くなった。これは翔也くんもうれしかったよね?」

 

 確かに義之がこっちに住むようになってからは料理当番を決めたり、音姫さんたちも当番に加わるようになるなど、夕食時以外ひとりで何かをする時間はほとんど無くなった。そんな毎日が楽しみになっているのも事実だ。

 

「えぇ、そうですね」

「ほら。義之くんが家に来てからいいことだらけだよ」

 

 にっこりと笑ってさくらさんは言った。

 

「だからね? 家に来てくれてありがとう」

「俺からもありがとう」

 

 当の義之は、どうしたらいいのか分からないのか慌てていた。それを見て、芳乃家にまた楽しげな声が響いた。



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12月19日
12月19日(朝)


 目覚めはあっさりだった。窓から差し込む日差しが眩しい。二度寝をするにはもったいない天気だ。時刻は既に九時を過ぎている。

 

「起きますか…」

 

 そういって俺は、布団から出た。居間に入るとそこで由夢がテレビを見ていた。昨日と違うのは服装がジャージではなくきちんとした服装だった。

 

「あ、翔さん。おはようございます。ついでに兄さんも」

 

 後ろでは同じように今起きた感じの義之がいた。由夢を見た義之は感心したように言った。

 

「お。めずらしいな」

「ん、なにが?」

「由夢が日曜なのに着替えてるなんてさ」

「今日はお姉ちゃんと買い物に行くんで」

「そうだよー。弟くん達も一緒にいく?」

 

 ベーコンと卵の香ばしい匂いをさせながら音姫さんが入ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

 テーブルに並べられるトーストとベーコンエッグ。食卓を囲みながら

 

「どうする? 買い物」

 

 買い物に誘われた。どうせ今日は予定があるわけでもないし

 

「俺はいいですよ」

「ん~」

 

 義之は悩んでいた。ふたりの買い物は買えないようなものを眺めて回るだけなのを知ってるからだ。

 

「暇なら一緒に行こうよ~。家族サービスは大切だよ~」

 

 この様子は、日曜日のお父さんのようだ。

「なにか予定でもあるの?」

「特にない……けど」

「けど?」

 

 義之は迷っているのか静かに言った。

 

「なんかこう、いまいち決め手にかけると言うか」

 

 随分と贅沢なことを言った。由夢は予想外という感じで言った。

 

「うわ、兄さんって贅沢だよね。両手に花状態だって言うのにさ」

 

 確かにそうだろう。風見学園の生徒会長で男女問わず人気の音姫さん。一部ではファンクラブまでできているという由夢。学園の男子なら夢のような事だろう。

 

「だって兄妹だし」

 

 義之は一言で片付けた。それも義之には当たり前のことであり普通と変わらないらしい。

 

「ま、わたしはどっちでもいいけどさ。兄さんが来ようが来なかろうが」

 

 そう言って、由夢はテレビに視線を戻した。しかし、音姫さんは

 

「う~」

 

 なぜか恨みがましい目でみている。

 

「姉弟だっていいじゃない~。一緒に行こうよ~」

 

 少し駄々っ子のようになっている。良く見ると由夢もちらちらと義之を見ている。

 

「……ちょっと考えさせてくれ」

 

 結局、義之の根負けしてトーストに齧りついた。

 

 

 

 

 冬の日差しが降り注ぐ中、音姫さんは楽しそうに伸びをする。

 

「ん~、いい天気だね~」

「寒いけどな」

 

 義之が言う。確かに日差しがあるとはいえ、吐き出す息は白く色づいていた。

 

「背中丸めて歩かない。しゃきっとする」

「そうそう、義之もだけど由夢。お前もだぞ?」

「だって寒いよ」

 

 面倒なところが似ている二人に注意をした後はウインドウショッピングだった。

 

「あ、お姉ちゃん。この服」

「うん、かわいい、かわいい」

 

 音姫さん達はぶらぶらと歩いてはショーウインドウを覗いて楽しそうな声をあげている。俺と義之は特にすることもなくそれを眺めていた。

 

「買わないものを見て何が楽しいんだろうな」

 

 不思議そうに義之が言う。

 

「それは同感だな」

 

 買えないものを見てるだけと言うのを何故女性が楽しめるのか分からない。

 

「でも、やっぱ高いな~」

「うん、そうだね。さすがに私もこれは買えないよ」

 

 由夢は苦笑い、音姫さんは困ったように言った。

 

「どれどれ」

 

 どんな金額か興味がでたのか義之が値札を見た。ついでに俺も見てみた。ゼロの数がいち、に、さん、よん……って、さすがにこれは…おそらく貴重な生地を使っているのだろう。値段は諭吉さんが何人も飛んでいく値段だった。

 

「確かにこれは厳しいな……」

 

 思わず呟く。義之は値段に驚いたのかそのまま値札をじっと見ている。

 

「うん、そうだよね」

 

 音姫さんが同意してくれた。しかし、由夢は義之に

 

「兄さん、今こそ男気の見せどころだよ」

 

 こんなことを言っていた。

 

「かわいい妹に少ないお小遣い叩いて洋服をプレゼントするなんて恰好いいな~。きっとわたしの好感度が上がっちゃうんだろうな」

 

 甘えた声で言う由夢。それを見た音姫さんは注意するのかと思ったが…

 

「あー、お姉ちゃんも欲しい」

 

 あろうことか便乗していた。ふたりの言い分を聞いた義之は

 

「買わないから!」

 

 本気で反論した。この値段を2人分はさすがにキツイだろう。

 

「やっぱりだめか~」

「ま、最初から期待してないけどさ。翔さんならともかく」

「弟くんだしね」

 

 その答えを予想していたのかふたりは言いたい放題だ。

 

「これは……つらいだろうな」

 

 思わず呟いてしまう。渉とかなら別かも知れないが

 

「お姉ちゃん、あっちのお店に行ってみよう」

「あ、うん」

 

 義之を置いてふたりは行ってしまった。

 

「義之。行くぞ」

「やっぱり来なきゃ良かった」

 

 ついてきながら義之はそんなことを呟いていた。

 

「そ、そろそろ満足なんじゃないかな? って言うか、せめて一休みさせてくれ」

 

 ウインドウショッピングが始まってから一時間以上が経過したとき義之が口を開いた。時刻は既にお昼前。普段なら昼食をとる時間だ。

 

「それじゃあ、どこかで軽くランチにでもする?」

 

 由夢があたりを見回す。

 

「あっと、ごめん。私、これから生徒会の仕事があるから、そろそろ行かなくちゃ」

 

 音姫さんが少し申し訳なさそうに言う。

 

「あ、そうなんだ」

「うん。クリスマスパーティーが近いからね。生徒会の仕事はたいへんだよ~」

 

 確かに我らが風見学園は問題児が多い。特に杉並は休みにも何かをしでかすから大変だろう。

 

「あ、それはご苦労様です」

 

 由夢は苦笑いで返していた。そのとき

 

「――――♪」

 

 俺の携帯の着信がなった。

 

「ちょっとごめん」

 

 義之から少し離れて電話に出た。

 

「はい。春野ですが」

 

 電話の相手は開口一番に。

 

「やっほ~、翔也君」

 

 随分と弾んだ声で言ってきた。そして俺はこの声を聞いたことがある。

 

「もしかして、夢宮か?」

「ご名答。今度は覚えててくれたね」

 

 そう、その声は夢の中であったことがある夢宮の声だった。俺は状況が分からず口を開けないでいた。

 

「どうしたの? もしかして寝てた?」

 

 こっちの気も知らない夢宮は言う。

 

「いや、なんでもない。それより用事はなんだ?」

 

 平静を装って質問した。

 

「用事がないと電話ってかけたらいけないの?」

 

 普段なら構わないのだが今は、義之達を待たせている。

 

「いたずら電話なら切るぞ?」

「つれないな~翔也君は」

 

 ため息とともに言われる。

 

「じゃあ用件だけ言うよ? 今から枯れない桜に来て」

 

 枯れない桜というのは、この初音島でも特に大きい桜で願いを叶える魔法の桜とも言われている。願いを叶えるというのは迷信のようなものなのだが1年中咲いているのは本当に魔法でもかかっているのかもしれない……

 

「枯れない桜に何かあるのか?」

「簡単に言うと私に会えます。まぁ、来るのも来ないのも君の自由だけどね」

 

 笑いながら夢宮が言う。こっちの回答を知ってるような言い方だ。確かに答えは決まっているけど。

 

「分かった」

「うん。待ってる」

 

 そう言って俺は電話を切った。そして義之達に

 

「ごめん。俺も用事が出来た」

 

 そう告げた。

 

「そっか」

「残念ですね……」

 

 ふたりともあっさりと分かってくれた由夢が少し落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 

「じゃあ、弟くん、由夢ちゃんのことお願いね」

「由夢、義之にご飯奢ってもらえ」

 

 そういって、音姫さんは学校へ、俺は枯れない桜へ向かった。

 

 



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12月19日(昼)

「来いって言ったくせに、いないな」

 

 その後、急いで枯れない桜に向かい20分とかからずについたがその場に夢宮は居なく待ってからすでに10分がたつ。

 

「帰ろうかな……」

 

 このまま待っても来ない気がしてきた。そんな時

 

「あ、本当に来てくれたんだ」

 

 不意に頭の中に声が響いた。そんなことをするのは俺の知り合いには一人しかいない。

 

「いるのか? 夢宮?」

「君が来る前から、ずっといるよー」

 

 声が響くほうを向く。そこには

 

「こんにちは」

 

 穏やかにあいさつをする夢宮の姿があった。何故響くように聞こえたかは向いた瞬間に分かった。

 

「何してるんだ?」

 

 それが俺の最初の一言だった。夢宮は枯れない桜の木に登っていたから姿が見えなかったのだ。

 

「いや、ちょっと色々あって……」

 

 知られたら恥ずかしい理由なのか、夢宮は顔をそらしながら答える。

 

「色々?」

 

 俺がそう聞いたときに

 

「にゃー」

 と鳴き声が聞こえ俺は理解した。

 夢宮が見ている先には1匹の小猫がいた。どうやら、高い所に行き過ぎて降りられなくなったらしい。

 

「つまり、助けようとしたはいいが自分も降りられなくなったという訳か」

「そ、そんなことないよ……」

「そうだな?」

「……はい」

 

 観念したのか夢宮は正直に答えた。

 

「しかし、どうするか……」

 

 俺が木に登ったらそれこそ枝は折れて猫と夢宮は落ちるだろう。小猫はまだ問題ないだろうが夢宮は運動が得意には見えない。考えた末に俺は言った。

 

「夢宮」

「何かな?」

「そこから飛び降りれるか?」

 

 理解が出来ないのか夢宮はしばし固まった。やがて

 

「そ、そんなの無理だよー」

 

 そんな反論をしてきた。確かに無謀といえば無謀だろう。しかし、夢宮は軽そうに見える。

 

「受け止めてやるから任せろ。それに、俺が登るわけにもいかないだろ?」

「でも…………」

 

 しばらく考えるように黙っていた夢宮はやがて

 

「本当に大丈夫?」

 

 訪ねてきた。実際には100%安心とは言えないが

 

「大丈夫だ!」

 

 不思議とそう言えた。

 

「うん。分かった。君を信じるね」

 

 そう笑いながら言って、

 

「行くね?」

 

 そう俺に伝え

 

「えいっ」

 

 と枝から飛び出した。あまりにも躊躇わず夢宮が飛び降りて事に驚きながらも、俺は夢宮を受け止めた。

 

「…………」

 

 夢宮は受け止めた方が驚くぐらい軽かった。見かけの身長は平均並でし、でるとこがでている訳でもないからそれなりに軽いとは思っていた。でも夢宮は受け止めているという事を忘れるぐらい軽かった。例えるなら、小学生を抱きかかえているぐらいだ。

 

「お前、軽いな……」

 

 思わず呟いた。それが聞こえたのか腕の中で夢宮は

 

「それって、私が重いって思っていたってこと?」

 

 むくれながら言ってきた。これが重いなら世界は大変な事態だ。

 

「いや、思っていたよりもかなり軽かったってことだよ。お前、ちゃんとご飯食べてるか?」

 

 思ったことと、気になる事を正直にいった。毎日食べていればこうはならないと思うからだ。

 

「うーん、最近はちょっと食べてないけど大丈夫だよ」

 

 笑顔で夢宮は言う。しかし、俺は不安は消えなかった。

 

「それと、そろそろ降ろしてくれないかな?」

「………え?」

「いや、君がこのままでいたいなら私は構わないけど…」

 

 顔を少し赤らめながら言う夢宮。そこで俺は、夢宮を抱きかかえたままの事に気がついた。

 

「わ、悪い」

 

 慌てて俺は、夢宮を降ろした。考え事に夢中になりすぎていた。

 

「や、そんなに居心地悪くなかったよ。君の腕の中」

 

 恥じらいもなく夢宮は言う。そんな事を言われたのは初めてだった。こんな経験はあまりないのもあるが…

 

「そうかな?」

「うん。凄く暖かい」

 

 夢宮はさくらさんにどこか似た雰囲気があった。

 

「さてと、これからどうするの?」

「考えてないのか」

「うん」

 

 無計画もいいところだ。それなのに俺は笑っていた。

 

「まぁ、あえて言うなら翔也君の家が良いな~」

「俺の家ね……」

 

 もし、音姫さんや由夢がいたら大問題になるだろう。だけど、今は家にいないと思うし。

 

「大丈夫だと思うよ」

 

 そう言うと夢宮は目を輝かて

 

「じゃあ決まり! さっそく行こう!」

 

 そう言い、俺の肘に絡んできた。でも、不思議とそれが当たり前のように思えた。そのまま俺は、夢宮に引っ張られるように家へと向かった。

 

「ホント、大きなお家だよね~」

 

 家に着き開口一番夢宮が言う

 

「そうかな?」

「毎日見ていると分からない物もあるんだよ?」

 

 確かに俺は毎日、芳乃家を見ているから分からないのかもしれない。

 

「まぁいいや。早く入ろ」

 

 そう言って、まるで自分の家のようにドアを開けようとする。

 

「待て。鍵が――――」

 

 かかっていると言おうとしたその時

 

「よいしょ……っと」

 

 ドアはすんなりと開いた。実は相当な力持ちなのか、それとも誰か帰って来てるのだろうか。

 

「失礼しますねー」

「ただいま」

 

 それぞれ挨拶をして中に入る。履物を見る限り、義之と音姫さんが帰って来てるようだ。ふたりの用事は終わったのだろう。

 

「居間かな」

 

 居間に向かいドアに手をかけ

 

「義之ちょっと――――」

「失敗して恥ずかしい思いをするのは弟くんなんだよ」

「……ごめんなさい」

 

 どうやら、お説教の最中だったみたいだ。義之の手に台本があることから劇の練習でもしていたのだろう。

 

「お、翔也おかえり」

「おかえりなさい、翔也くん」

「ただいまです」

 

 とりあえず、挨拶を返す。

 

「音姉、ちょっとだけ休憩しよう。喉が渇いた」

「もう、情けないなぁ~。ちょっとだけだからね」

 

 そう言うと、音姫さんは立ち上がってキッチンへと向かった。

 

「とりあえず、翔也くんも座って。後ろの方も」

 

 さすが音姫さん。夢宮のことに気がついている。

 

「あ、はい」

 

 緊張してるのか夢宮の返事がいつもと違った。

 

「おい、翔也その子は?」

 

 説明を求めるように義之が言う。音姫さんが戻ってきたところで俺は言った。

 

「あぁ、この子がさっきの電話の相手」

「夢宮愛莉と言います。お二人は…」

「私は、朝倉音姫です」

「俺は桜内。桜内義之だ」

 

 その後、ゆっくりお茶を飲みながら夢宮は言った。

 

「そういえば、翔也くんの部屋ってどこ?」

「え? 俺の部屋?」

「うん。見てみたい」

 

 弾む声で言う。俺の部屋には義之のコレクションのようなものは無いので問題ないだろう。

 

「義之、俺達は上に行くから劇の練習続けていいぞ」

「え?」

「音姫さん、劇の練習頑張ってください」

「うん、任せて」

 

 やる気まんまんの音姫さんは止められない。休みは長くないのだ。

 

「行くか」

 

 立ち上がりながら夢宮に言う。

 

「うん」

 

 俺達は、俺の部屋に向かった。その時に夢宮は

 

「あれが、桜内義之……」

 

 何を呟いたかまでは小声だったのもあり聞き取れなかった。

 

 

 

「けっこう普通の部屋だね」

 

 部屋を見ての夢宮の感想はその一言だけだった。そして、部屋の中を物色し始めた。特にベッドの下や本棚の裏側を重点を置いて見ていた。

 

「何を探してるんだ?」

「エッチな本」

 

 俺の質問に即答する夢宮。しかし、彼女が探している物は見つかるはずがない。

 

「俺は、持ってないんだが……」

 

 そう言うと、夢宮はありえないものを見る目で俺を見て

 

「翔也君さ、本当に男? 男性が好きって訳じゃないんだよね?」

 

 随分と飛躍したことを言う。

 

「男だよ。正真正銘の」

「でも、エッチな本は持ってないし、待ち合わせ場所では随分と大胆だったし……」

 

 途中で思い出したのか、最後のほうは顔を赤らめながら言われた。そんな風にされるとこっちも照れるわけで

 

「あ、あれはお前も原因だろ?」

「それは……仕方なかったんだよ」

 

 今理由を考えているのか目を逸らして言う。

 

「結果としては、お前も助けられる側になったがな」

「…………」

 

 冗談に納得がいかないのか、夢宮はじっと俺を見ていた。

 

「どうした?」

「今なんて言った?」

 

 少し詰め寄り、不機嫌そうに夢宮は言う。

 

「結果、お前も助けることになったなって」

 

 さらに不機嫌になり夢宮は言った。

 

「私のことなんて言ってる?」

「え? ……お前?」

 

 ため息をつき、さらに詰め寄って夢宮は言った。

 

「それもう使ったらダメ」

「……は?」

「だから、もう私の事を『お前』とか『こいつ』とかで言ったらダメ。愛莉って呼んで?」

 

 確かに、今まで夢宮のことを俺は名前で呼んだことはほとんど無い。

 

「言い分は分かった。でもなんで苗字じゃなく、名前なんだ?」

「そっちの方が文字数少ないし、夢宮って言いにくいでしょ?」

 

 それはそうだろう。だが問題は他にもある。

 

「お前はいいのか?」

「別に翔也君なら大丈夫だよ」

 

 これは、信用されてるのだろうか。おそらく反論しても通じないだろう。

 

「分かった」

「言いにくいなら愛莉様でもいいよ?」

「それはないから」

 

 一呼吸置いて俺は言った。

 

「じゃあ、愛莉いくつか聞きたいことがあるんだが……」

「…………」

 

 実際に言ってみると少し恥ずかしかった。言われた当の本人は顔を真っ赤にして固まっていた。

 

「もしも~し」

 

 夢宮の顔の前で手を振ってみる。三秒ほどしてから

 

「ふぇ? な、何?」

 

 ようやく返事が返ってきたがまだ、落ち着いていないようだ。

 

「何をそんなに慌ててるんだ?」

「いや、これは……照れるな……って」

 

 赤くなりながら夢宮は言う。

 

「じゃあ、呼び方を戻すか?」

「ううん、もう大丈夫だから!」

 

 そんなに強く言われると俺からは何も言えない。

 

「じゃあ、愛莉いくつか質問していいか?」

「いいよお姉さんがバッチリ答えるから」

「率直に、愛莉は何者だ?」

「それはま――」

「魔法使い以外で言ってくれ」

 

 そう言った途端、愛莉は口を閉じて考えた。やがて出た答えが

 

「か弱い女の子?」

 

 言ってる本人が疑問系だった。

 

「もうそれは後でいい……」

 

 これ以上聞いても、まともな答えは期待できない。俺は質問を変えた。

 

「なんで、俺の夢に出てきた? 実際に俺達が会ったのは今日が初めてだろ?」

「……それは……」

 

 夢宮はどこか言うのを躊躇っているように見える。

 

「別に無理に言わなくてもいいが」

「……ごめんね? まだ言えない…」

 

 申し訳なさそうに夢宮は言う。

 

「でも、夢についてなら説明できるよ?」

「俺の夢になんで出るかか?」

「うん。あれは魔法を使って夢の中に入ったの。でも入れるのはごく限られた人だけ、入るには条件があるから」

 

 真剣に語る夢宮の瞳は冗談めいた感じはなく、どこか凛とした印象を受けた。

 

「条件?」

 

 夢宮は頷き続ける。

 

「条件は波長……生き方とか考え方っていった方が今の翔也君には良いかな? これが相性があって本当に合う人の夢にだけ私、魔法使いは入ることが出来る」

 

 そこまで言って、夢宮は緊張していたのか大きく息を吐いた。

 

「つまり、俺と愛莉は限り無く相性がいいから俺の夢に入ってきたってことか?」

「うん。それに、私個人としても翔也君は気になるし」

 

 先程とまるで別人のように笑みを浮かべながら言う愛莉の言葉は

 

「グー」

 

 何かの音で遮られた。

 

「あ……」

 

 音が鳴った後夢宮は呟き、顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。

 

「良かったら、夕飯食べてくか?」

 

 自然と口が動いた。夢宮は恥ずかしそうに

 

「……食べる」

 

 とだけ言った。この時俺の頭には、夢宮の

 

「私個人としても翔也君は気になるし」

 

 この言葉が引っかかっていた。そんな俺をよそに夢宮は

 

「ご飯、ご飯」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 



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12月19日(夜) 前半

「これで、後は一時間くらい寝かせてと」

「義之、ちょっといいか?」

 

 台所で夕食の準備をしてる義之は振り返らずに

 

「なんだ? 味見は既にしたぞ?」

「そんな由夢みたいなことしないから。夕食をひとり分追加してくれないか?」

「そんなことか。今日はカレーだし多めに作ったから問題ないぞ」

 

 笑顔で、義之は言ってくれた。

 

「ありがとうな」

「ただし、条件がある」

「条件?」

 

 先程の笑顔の理由はこの条件にあるんだろうか。

 

「簡単なことだよ。俺の質問に答えてくれれば良い」

 

 この流れでの質問は大体予想がついてしまう。念のため先に言っておいた。

 

「愛梨のことか?」

「そうそう。夢宮さん、あの子ってさ……」

「ただの友達だぞ?」

 

 この一言に義之は予想外といった感じで

 

「そうじゃなくて、夢宮さん。今、何歳なんだ?」

 

 言われてから考えてみると、そんなささいな事も俺は知らなかった。

 

「……分からん」

「分からんって、マジで?」

 

 俺が頷くと、義之は

 

「じゃあ、この後上に戻るだろ? その時までに聞いといてくれ」

「分かった」

 

 上への階段を上がろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。

 

「はーい」

 

 とりあえず俺が一番近いところにいたから玄関へと向かいドアを開ける。

 

「……義之いる?」

 

 開口一番そう言ったのは、雪村杏だった。その後ろには、花咲茜・月島小恋の通称雪月花三人の姿があった。

 

「義之ね。ちょっと待っとけ、寒いなら中に入ってもいいから」

「いや、もう一回ドアを義之に開けてもらうから大丈夫よ」

 

 よからぬ事を考えている笑顔で雪村が言う。こういう時は深入りしない方が身のためだ。そう思い俺は台所に向かった。

 

「義之お客さん。外で待ってるぞ」

「俺に? 誰?」

 

 ここで、雪月花といってしまったら面白くないだろう。

 

「それは、会えば分かるよ」

「……」

 

 頭に?マークを浮かべる様な顔で義之は玄関に向かった。

 

「後は、大丈夫だろう」

 

 そう確信した俺は、夢宮がお腹を抱えて待っているであろう自分の部屋に戻った。

 

「夢宮。聞きたいことがあるんだけど」

 

 そういいながら部屋のドアを開けた。そこで俺が見たのは

 

「…………」

 

 静かに寝息を立てている夢宮だった。しかも俺の布団を使っているのが驚きだ。

 

「……」

 

 黙って近寄ってみる。よほど眠たかったのか起きる気配がしない。そのままベッドの横に腰掛ける。

 

「少し疲れたな…」

 

 朝からのウインドウショッピングの疲れが出たのかもしれない。

 

「しかし、本当に良く寝てるな…」

 

 近くで寝顔を見ると、その顔は幸せそうに見えた。邪魔をすることを躊躇うくらいに邪気がない。

 

「本当に何歳なんだろうな」

 

 これだけ見ると小学生のような印象をうける。

 

「それは、ないと思うけどさ」

 

 これを本人に言ったら。夢宮は怒るだろうか。そんなことを考えていたら

 

「あ……」

 

 いつの間にか、俺の手は夢宮の頬に触れていた。心のどこかに起きない確信があるのだろうか。

 

「……柔らかい」

 

 夢宮の頬は、触れるだけで分かるほど柔らかく透き通るように白かった。

 

「……って。何してるんだ俺は」

 

 自分の行動がおかしいと思った俺は、夢宮から手を離そうとするが離す途中で俺の手は、引き戻す途中で夢宮に掴まれて止まった。

 

「愛梨?」

 

 声をかけてみるが夢宮は動かない。少しの沈黙の後、夢宮は目を閉じたまま

 

「ダーメ、この手は離さない」

「そうは言ってもな……」

「やっと見つけたんだから」

「……?」

 

 言ってることがいまいち理解出来ない。その時俺の頭にある可能性が浮かんだ。

 

「もう……ずっと……一緒だよ」

 

 そう言い。夢宮は俺の手をよりいっそう強く握ってくる。

 

「……寝言か」

 

 焦って損をした気がする。タイミングがあまりにも良すぎた。それなら心配は無いだろう。ひとつ、あるとするなら

 

「動けないな……」

 

 無意識だからか夢宮の握る力は強くこれをはずすとなると夢宮は確実に起きるだろう。

 

「ずっと、どんな時も……」

 

 俺の状況も知らず、寝ている夢宮は幸せそうに微笑んでいる。

 

「……はぁ」

 

 これ以上悩んでも無駄だろう。腕の拘束を解かないなら後は、夢宮が起きるまでこの状況でいる事だ。

 

「夕食までには起きてくれよ……」

 

 俺は夢宮の睡眠にそう願い、体の力を抜きベッドに上半身を預け座った。

 

「ずっとだよ……約束だから……」

 

 その間も夢宮は、こんなことを言っていた。そこから、俺の人生の中で一番落ち着かない沈黙の時間が始まった。

 

「……ん」

 

 沈黙が始まってから10分ぐらいだろうか。後ろで夢宮が動いた。

 

「目が覚めたか?」

「……しょうやくん?」

 

 寝ぼけ眼で夢宮は俺を見る。

 

「あれ?……わたし……」

「寝てたんだよ。まだ頭が動いてないみたいだな」

「……そっか~」

 

 いつも以上にやんわりと夢宮は微笑む。

 

「そういえば、夕食は家で食べていけ。カレーだから問題ないってさ」

「……うーん」」

 

 よほど寝ぼけているのか、夢宮の反応は曖昧だった。このままじゃまともな話は出来ないだろう。

 

「とりあえず、顔洗いに行くぞ?」

「は~い……」

 

 その後、俺達は一階に降りて夢宮の顔を洗わせた後部屋に戻った。

 

「えと、ご迷惑をお掛けしましたー」

 

 悪びれる様子も無く夢宮は言う。気にはしていないという訳ではないが今は他に聞きたいことがある。

 

「それより聞きたいことがあるんだが」

「何々? スリーサイズとか以外なら答えるよ」

「お――」

 

 お前と言いそうになるのを寸前でとめる。これを言ってしまったら不機嫌になって答えてくれないだろう。

 

「愛莉は何歳なんだ?」

「……」

 

 何かおかしなことを言っただろうか。夢宮は呆然と俺を見つめてやがて

 

「あ、そっか。説明してなかったね」

 

 ひとりで納得したのか大きく笑った。

 

「年齢だよね? 私の年齢は秘密だよ」

「は?」

「だから秘密だよ。だいたい、女性に年齢を聞くのはマナー違反だよ? だけど私は本校生だから君よりお姉さんなのは確実だよ」

 

 とてもそうは見えないと言ったら怒るだろうか。ま、言わないでおこう。

 

「それより、翔君。お腹がペコペコなんだけど」

 

 お腹の辺りを押さえながら夢宮は言う。呼び方がちょっと違っている等、他にも聞きたいことはあったが、義之との約束は果たしたし問題ないだろう。

 

「じゃあ、一階に行くか。もう準備は出来てるだろうし」

 

 そう言った途端、夢宮は嬉しそうに立ち上がり

 

「やったー。急ごう急ごう」

 

 そう言って、勢い良く一階に向かった。

 

「あれだけ見たら年上って感じではないよな……」

 

 部屋に残された俺は、そう呟き一階に向かった。

 

「おいし~」

「うん。義之ってやっぱり料理、上手だよね」

「だって、私の弟くんだもん」

 

 全員がカレーを食べ、義之の腕前に感心している。

 

「……お代わり」

 

 雪村が静かに義之に告げる。義之は驚き

「って、お前3杯目だろうが」

「私、いつもそれぐらい食べるし」

 

 にわかには信じがたいが黙っていおこう。

 

「ほんとにおいしい」

 

 隣では、夢宮が食べているがペースは雪村と違いゆっくりだ。

 

「小食なのか?」

「いや、熱いのがちょっと苦手で」

「そっか」

 

 義之と呆れるように言う。

 

「そんなに食ってるのに、その栄養分はいったいどこに消えているんだか謎だよな」

「それは、聞かないほうがいいだろう」

「それでも、特に胸とかさ~」

 

 雪村は気にしてないのか言う。

 

「いいのよ。『ないちち』には『ないちち』の良さがあるから。一番悪いのは中途半端に小さいヤツ」

 

 雪村と義之は、黙って音姫さんを見る。

 

「な、なんで私を見るのよ! さんにんで!」

 

「いえ」

「別に」

「何も」

 

 音姫さんは悔しいのか

 

「む、むーーーっ!」

 

 悔しそうに唸っていた。ふと夢宮を見てみる。

 

「ん? どうしたの?」

 

 さっきの話を聞いてなかったのか不思議そうに俺を見る。

 

「いや」

「ふ~ん」

 

 夢宮は気にしてないのか、視線をカレーに戻し食事を続けるその時に胸元を見た。少なくともその隣で黙々と食べている由夢には負けている感じだ。

 

「……似たりよったりだな」

 

そんな感想が漏れた。

 

「ところで、翔也」

「ん?」

 

 雪村が話しかけてきたのでそちらを向く。

 

「その子、誰?」

「あ、それ私も気になってた~」

「月島も……」

 

 雪月花三人が言う。よく考えれば初対面だし説明しとこう。

 

「ああ、この子は夢宮愛莉。俺の友人だ」

「友人……ね」

 

 意地の悪い笑みを浮かべる。何か嫌な予感がする。他の女性陣もいつもより目が輝いているように見える。雪月花だけでなく

 

「怪しいよね、お姉ちゃん」

「うん……」

 

 こちらのふたりもだった。

 

「翔也。夢宮さんをちょっと借りていい?」

「物じゃないんだから。愛莉、いいよな?」

「あ、うん。いいですよ」

 

 部屋の隅っこに、女性陣が移動する。

 

「秘密の話ってヤツか…」

「もしくは、妙な知識を植えつけてるとか?」

「それはまた……」

「で、あの子何歳なんだ?」

「本校の生徒だってさ」

 

 義之は驚いて夢宮を見る。

 

「同い年か下だと思ってたんだけどな…」

「それは、同感だ」

 

 女性陣の話が終わるまで、俺は義之を夢宮について話していた。

 



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12月19日(夜) 後半

「ごちそうさまでした~」

「義之くん、おいしかったよ」

「……満足じゃ」

 

 その後、食事は終わり雪月花が帰るのを玄関先まで見送りに出る。

 

「おぉ、さむ」

「まぁ、冬だしな」

 

 辺りはすでに暗闇に落ち、冷たい空気がさらに冷え込んでいる。

 

「ずいぶん長居しちゃったね~」

 

 時刻は既に九時過ぎ、女の子だけで帰るのは危ないかもしれないが、この初音島は犯罪が極めて少ない平和な所だ。おそらく大丈夫だろう。

 

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

 

 義之もそう考えたのか、送ろうとはしなかった。

 

「うん。それじゃあ、また明日」

「ばいば~い」

「またね」

 

 

 三人はそういい、それぞれの方向に帰っていった。

 

「さてと…洗い物してくるわ」

 

 そう言って義之は中に戻っていた。そこに残ったのは、俺と夢宮だけだった。

 

「そろそろ、私も帰ろうかな」

「そうか」

「む…………」

 

 返事に不満だったのか、俺の方を見ながら夢宮が言う。

 

「どうした?」

「送ろうとか考えないの? こんなに可憐な少女がひとりで帰るって言うのに」

 

 自分で言うあたりで、可憐ではないと思うが確かに雪月花の面々と違って夢宮はひとりで帰らせるのは危ないと感じる自分がいるのも事実だ。

 

「確かに、暗いしな。家は遠いのか?」

「あっち」

 

 そう言って夢宮は指をさす。その方向にはある物がある。

 

「枯れない桜か」

「うん。そこからは近くだから大丈夫」

「なら、枯れない桜まで送るよ」

「お願いね」

 

 そう言って、外に行こうとする夢宮を

 

「ちょっと待て」

 

 俺は呼び止める。

 

「どうしたの?」

「寒くないか?」

 

 夢宮の格好は、夜までいる予定ではなかったのか少し寒そうに見える。

 

「そんなこと――クシュッ」

 

 ないといおうとするのは夢宮自身のくしゃみでかき消された。

 

「やっぱりな、ちょっと家の中で待ってろ」

 

そう言って、俺は自分の部屋に急いで戻った。そして部屋のクローゼットを探す。

 

「あった……」

 

 見つけたのは、自分が前に来ていたコートだ。今防寒用で使っているのより暖かくはないがないよりましだ。そのコートと今のコートをもって下に降りる。

 

「ほら」

「これって……コート?」

 

 俺は、今のコートを夢宮に渡した。

 

「ないよりマシだろ? 俺のじゃダメか?」

「そんなことはないよ」

 

 笑いながら。夢宮はコートに袖をとおす。

 

「今度こそ、行こうか」

「分かった」

 

 俺達は、改めて外に出た。

 

「そういえば、何を話していたんだ?」

「なにが?」

 

 道の途中、俺は気になっていたことを聞いてみた。

 

「雪村にというか、女性陣に連れて行かれただろ? 質問攻めでもされたのか?」

「それはね……私が翔也君とどんな関係なのかってそれこそ彼女なのかって質問されただけだよ」

「あいつら……」

 

 面白半分でやってるんだろうなという感想しか浮かばない。

 

「それで? 愛莉はなんて答えたんだ?」

 

 夢宮の性格を考えると、普通に付き合ってるとかノリで言いそうな気がする。

 

「えっと、一応お互いを名前で呼ぶ仲ですって答えたよ? ダメかな?」

「間違ってはいないからな。大丈夫だろう」

 

 そう言うと、夢宮は安心したように

 

「良かった~。翔也君が怒ったらどうしようかと思ってたんだよ」

 

 と、言いながら近くに来て腕を絡めてきた。途端に腕の寒さが片方だけなくなる。

 

「お、おい愛莉」

「こうしてると、恋人同士に見えるのかな?」

 

 笑いながら言ってくる。そこには雪村や花咲のようなただ悪戯というだけには見えない。

 

「たぶん、見えるんだろうな」

「うん、うん♪ あったか~い」

 

 さらに引っ付いてくる夢宮。そこで彼女は言った。

 

「これで、あの時の事を許してあげる」

「あのこと?」

「夕食の時に、私の胸覗いたでしょ?」

「……」

 

 気付いてないかと思っていたが、あれは演技だったようだ。

 

「……悪い」

「普通の女の子だったら、許されるわけないよ」

 

 呆れるように言って、夢宮は続ける。

 

「でも、私は心が広いから許してあげるよ」

「……ありがとう」

 

 色々と突っ込みたいところはあるが、ここは抑えておく。

 

「そうだ! ねぇ、ちょっとあそこに座らない?」

「あそこ?」

 

 既に、場所は桜公園になっており枯れない桜はもうすぐの所だ。

 

「質問したいことがあるんでしょ? 私に」

「それは、そうだが家は大丈夫なのか?」

 

 そう聞くと夢宮は

 

「問題ないよ。ほら座ろう座ろう」

 

 そういい、俺の背中を押してくる。下手すると転びそうだ。

 

「分かった、分かったから押さないでくれ」

「私の都合ばっかり気にしないでいいよ。たまには翔也君もわがまま言ったっていいんだよ?」

 

 俺の背中から正面にまわって夢宮は言う。口調は笑っていたが、そういう瞳は真剣だった。

 

「うん」

「はい、座ろう座ろう」

 

 こうして、俺と夢宮は公園のベンチに腰掛けた。

 

「あのさ」

 

 ベンチに座ったまま夢宮が口を開く。

 

「翔也君ってさ、彼女とかいるの?」

 

 いきなり凄い質問をしてきた。こんな質問が来るとは思っていなかった。

 

「いないけど? それがどうかしたの?」

「いや、別に大したことじゃ無いから」

 

 ふと、質問を考えていた俺にこの時ひとつの質問が浮かんだ。

 

「じゃあ、愛莉は彼氏とかいるの?」

「ふぇ!?」

 

 その質問に、顔を真っ赤にして首を左右に振る。

 

「わ、私は彼氏とかいないよ!」

「そうか」

「うん。この話題はお終いお終い!」

 

 やや、強引に話を打ち切る。追求はしたい気持ちが生まれるがしたら怒り出すだろう。

 

「じゃあ、ここからはまじめな話だ」

「うん」

「まずは、魔法使いって何なんだ?」

「それは、まだ説明してなかったね」

 

 夢宮は立ち上がり、俺を正面に立つ。

 

「私は確かに魔法使いだけど、使える魔法はふたつだけ」

「ふたつ?」

「ひとつは、心を読む魔法。もうひとつは、記憶を変える魔法」

「…………」

 

 あまりにも突発過ぎて声が出なかった。

 

「それは、人の考えが読めるってことか?」

「うん。でも信じて? 私は無差別にどちらの魔法も使ってない。それと記憶の魔法を使ったのは一回だけ……」

「なんで使ったんだ?」

 

 夢宮は俺に背を向けて言う。

 

「ひとりの女の子の記憶を変えた……じゃないと、いつか悩みすぎて誰にも言えなくて苦しんでしまうから…」

 

 重々しく夢宮は言う。それは、自分がしたことの重みとそれに対する後悔で潰されかけているように見える。

 

「それが、必要だったんだな…」

 

 背を向けたまま無言で夢宮は頷く。こういう状況で嘘が言えるほど夢宮は強くないと今までの短い付き合いではあるがそう思う。いや、思いたい。

 

「なら、俺は何も言わない。心を読む魔法を無差別に使っていないのも信じる」

「……本当に?」

 

 怯える様に振り返り夢宮は俺を見る。

 

「ここで、嘘はつかないよ。記憶を変えたのは罪かもしれない。でもその時はそれが必要な事だって愛梨は思ったんだろ?」

「……」

 

 夢宮は、小さく頷く。俺は立ち上がり夢宮の頭に手を置いた。

 

「頑張ったな。誰にも言えなかったんだろうけど抱え込みすぎるのは良くないぞ」

 

 そう言いながら、頭を撫でた。夢宮は俺の胸元に飛び込む形で顔を埋め

 

「…………」

 

 ただ、静かに涙を流していた。

 

「落ち着いたか?」

「……うん」

 

 人前で泣くのが恥ずかしかったのか、夢宮は顔全体が少し赤かった。

 

「翔也君の前だと、何か安心して泣く事が出来たよ…」

「それは光栄だな」

「やっぱり、相性がいいんだよ」

 

 先程の泣き顔はどこにいったのか朗らかに笑って夢宮は言う。そこまではっきり言われるとこっちが照れる。

 

「そ、そういえばお前時間大丈夫なのか?」

 

 誤魔化すように俺は言う。

 

「む、それは私とは一緒に居たくないって事?」

 

 途端に、不機嫌そうな声で夢宮は返してきた。いきなり不機嫌になるとは思っていなかった俺は、慌てて

 

「いや、そうじゃないけど」

「あはは、わかってるよ。翔也君は心配してくれてるんだよね?」

 

 いたずらが上手くいった子供のように夢宮は言う。

 

「でも、さすがにそろそろ戻ろうかな。ありがとう翔也君。翔也君のおかげで楽しい一日になったよ」

「どういたしまして」

 

 夢宮は、少し枯れない桜のほうに歩いてこちらを向く。そして、笑顔で言った。

 

「翔也君」

「どうした」

「大好きだよ……」

「え?」

「それじゃあね~」

 

 そう言って、夢宮は走っていってしまった。残された俺は

 

「…………」

 

 何も出来ずに立ち尽くしていた。その後、しばらくして

 

「帰るか……」

 

 自宅への帰路についた。その後は、家について風呂に入りベットに入った。途中で義之達から質問を受けたがなんと答えたかは覚えていない。

 

「どっちなんだろうな……」

 

 俺の頭の中は、そのことでいっぱいだった。

 

「友人としてか、それとも……」

 

 考えれば考えるほど分からなくなる。夢宮の場合は特にそうだ。まぁ、今まで女子にそんなことを言われた事はあるが今回のは違う…

 

「やっぱり、本人に聞くのが手っ取り早いな」

 

 結論が出た俺は一旦そのことを考えるのをやめる。現実で今日はもう会えないなら、夢の中で会えばいい。

 

「おやすみなさい」

 

 誰もいない部屋で、俺はそう呟き眠りについた。



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12月20日
12月20日


「…………」

 

 目を覚ます。何も言わずに時計を見る…

 

「……6時17分」

 

 夜とは言えない時間だ。

 

「夢じゃないか……」

 

 がっくりと俺は肩を落とす。

 

「朝食の準備でもするか」

 

 のそのそと一階に降りていった。しかし、居間に行くと

 

「おっ、おはよう翔也」

 

 普段ならまだ寝ている筈の義之が居た。

 

「……夢か」

「なんでそうなる」

「だって……なぁ?」

 

 義之が朝早くに起きているのはここ三週間は見ていないし、いつも遅刻ぎりぎりに来るのが義之だからだ。

 

「なぁ? じゃねえよ」

 

 そういうと、義之は俺の頬を引っ張る。

 

「……痛い……痛いって!」

 

 最初のうちは良かったが夢ではなかったのかいきなり強い痛みが来た。

 

「夢じゃなかったな……」

「分かればよろしい。じゃあ、俺そろそろ出るから戸締りとかよろしくな」

 

 そう言って、義之は鞄を持つ。いつもより数段早い。

 

「学校でなにかあるのか?」

「あぁ、人形劇の朝練だとさ。それに、まゆき先輩から料理対決も挑まれたから」

「それは大変だな。でも、たまにはそんなこともいいんじゃないか?」

 

 俺は笑って言う。それを聞いた義之も

 

「それは、お前にも言えることだけどな」

 

 笑って返してきた。

 

「そんじゃ、行って来る」

「行ってらっしゃい」

 

 そう言って義之は家を出て行った。

 

「さて、朝食にするか……」

 

 台所に行き、食べ終わった食器の数を見るとさくらさんもすでに出ていることが分かった。

 

「ご馳走様でした」

 

 その後、義之が作ったであろう朝食を終えて学校へ行く支度を始めた。

 

「あいつ、学校行ってるのか?」

 

 そんなことを呟いていた。学校に通っているとは聞いてはいない。仮に居たとしても本校と付属の校舎だから会う事はほとんどないだろう。音姫さんのように生徒会長などしていれば見かけることはあるのだけどそんな話も聞いてない。ただ通ってるとすれば学校でも会うことができると考えに至った所で

 

「なにバカな事を考えてるんだ俺は」

 

 自分で自分を笑ってしまう。そんなことあったら一大事だ。それが学校中に知れわたり義之のように男子に追われるだろう。

 

「まぁ、とりあえず学校……行くか」

 

 俺は、戸締りをして、風見学園へと向かった。この時の俺が後におこる大騒動を予見していたとは今はまだ知ってすらいなかった。

 

 

 

 

 時刻は昼過ぎ。学校は今、昼休みの時間だ。そんな時に俺は、屋上に居た。いつもなら教室で昼食を食べている筈だ…

 

「何だが、大変なことになったね」

 

 その大変なことになった原因が笑いながら言う。そして俺は、何故こうなったかを振り返った…

 

 全ての発端は、学食に向かおうと廊下を出たときだった。

 

「翔也く~ん!」

 

 遠くから呼ぶ声が聞こえる。その声の方を向くと誰かがこっちに走ってくる。何かを抱えているようで少し足元が不安定だ。

 

「目の前でこけたりしないよな…」

 

 そんなことを思った途端

 

「わっ! ととと」

 

 後、数メートルといったところで危うくこけそうになる。俺は慌てて近寄り支える。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そう声をかけると、相手はちょっと不満そうに返した。

 

「学校では敬語なんだね? 翔也君」

 

 そう言ったのは、本校の制服を着た夢宮だった。

 

「……愛莉?」

「正~解」

 

 一旦支えてる腕を放し向き直る。

 

「学校通っているのか?」

「そうだよって昨日言ったでしょ? どう私の制服姿?」

 

 そう言って夢宮はくるっと回転する。スカートの中が…見えるわけないか。

 

「似合ってるよ」

「ドライだな~。まぁそんなことより―――」

「おい、春野この人は誰だ?」

 

 声のほうを向くと、そこにはクラスの男子が居た。その後ろには本校生徒が来たのが珍しいのか多くの人が居た。困った事にみんなから嫉妬のようなものを凄く感じる。

 

「ただの友人だよ」

 

 そう言ったら、気のせいか少し空気が落ち着いた感じがした。このままなら何もないだろう。

 

「昨日の夜遅く一緒に帰っただけだよ」

 

 夢宮のこの一言がなければ……

 

 

「春野く~ん? ちょっとこっちにきてくれないかな~? 手荒な事はしないからさ~」

 

 男子の一人が目をギラギラさせて言う。これは行ったら確実に終わりだな。奥の方の男子も同じような感じだし

 

「愛莉、ごめん。少し走るぞ」

「え? う、うん」

 

 俺はすぐさま夢宮の手を握り駆け出す。いきなりだったので連中は唖然としていた。やがて

 

「は、春野を捕らえろ! 手段は問わない!」

「オー!」

 

 背後からこんな声が聞こえて来た。これは外にでるのは厳しいだろう。なら、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れるのがベストだろう…

 

 このような経緯で、今の状況に至る。

 

「……えへへ」

 

 夢宮は、俺を見て微笑みを浮かべている。

 

「まさか、こんなことになるとは思わなかったよー」

「冗談言うな。分かってて、わざとあんな風に言ったんだろう?」

 

 そういうと、夢宮はちょっぴり舌を出し

 

「やっぱり分かった?」

 

 笑って見せた。反省のそぶりは微塵もない。

 

「当たり前だ。それにしても腹減ったな……」

 

 昼ご飯を食べ損ねたのもあり、俺の胃袋は悲鳴をあげていた。

 

「あ、それなら」

 

 夢宮が思いついたように言うが、言った後に

 

「でも……今日はあんまり上手く出来てないし……」

 

 途中から声が小さくなり聞き取れなかったが、夢宮の視線はさっきから教室に来たときから持っている小さめの布袋に釘付けだった。

 

「弁当があるのか?」

「あることはあるんだけど……」

「毒が入ってるとか?」

「そんなことはないよー」

 

 むくれながら返す夢宮は少し恥ずかしそうに続けた。

 

「ただ……ちょっと失敗したから、味が心配で……」

「ちょっとの失敗ぐらい誰にでもあるって

「でも。しっかり作れたのを食べて欲しいし……」

「じゃあまた作ってくれ。このままだと空腹で倒れそうだ」

 

 それを聞いた夢宮は呆れたのかため息をつき

 

「倒れても知らないからね……」

 

 そう言って布袋の中から小さな箱を出した。走ってるときも布袋を大事に持っていたのはこれのためだろう。

 

「どれどれ~?」

 

 俺は蓋を開け中を拝見する。彩りは普通だが、目立ったミスは見つからないし一見すると良く出来ているお弁当だ。

 

「美味しそう……」

「そ、そうかな? はい。お箸」

「サンキュー」

 

 そういって、俺は弁当を食べ始めた。食べてみても何かあるわけでもなく普通に美味しかった。

 

「……」

「…………あ」

 

 その途中で不意に夢宮が声を出した。顔を赤くして何かを考えてるようだ。

 

「どうした」

「へ? あ、いや、なんでもない。ただ……」

「ただ?」

 

 俺の質問に夢宮は少し躊躇いがちに言った。

 

「そのお箸、朝味見するときに使ったから……」

「え?」

「これって、間接キスなのかな? って…」

「そ、それは……」

 

 そういうことになるのだろう。この箸は夢宮が使っていたことになりそれを俺が使ってるのだから

 

「じゃあ、次のおかずで終わりにするから」

 

 慌てて俺は言う。もう食べてしまったならせめて、蓋を開けた瞬間に目をつけたおかずだけは食べたい。俺は、それを箸で素早く口に放り込む。

 

「あ、それは!」

「ん? どうし――」

 

 た、まで言えなかった。俺の視界はどんどん暗くなりやがて閉じた。

 

「……ん」

 

 視界が開けてきた。

 

「あ、気がついた?」

 

 目の前には、夢宮の顔があった後頭部の柔らかい感触と顔の見え方からしておそらく、膝枕をされているのだろうか・

 

「俺は確か……」

 

 夢宮の弁当を食べていて、途中で体が痺れる様な感じがして…

 

「いきなり食べちゃうからびっくりしたよ。止めようとしたのに翔也君がいきなり食べるんだもん」

「どんな失敗をしたんだ?」

 

 夢宮の膝から体を起こしながら聞く。人が気絶するほどの失敗は今までの経験では、由夢ぐらいしか思い当たらない。

 

「言わない。もう失敗しないし笑われたくないもん」

 

 そっぽを向いて夢宮は答える。絶対に言わないという気持ちが伝わってきた。

 

「分かった。それよりひとつ確認したいんだが…」

「なに?」

「俺、どのくらい気絶してたんだ?」

 

 夢宮は少し考えてから、ゆっくりと答えた。

 

「3時間と…30分ぐらいかな?」

 

 昼休みの途中から3時間半って…

 

「学校、終わってる?」

「そうだね。もう帰ってる人達もけっこういるよー」

「学校の授業をここまで堂々とサボることなるなんてな」

 

 自虐気味に呟いたところで俺はあることに気付いた。

 

「起きるまでずっと、さっきの体勢でいたのか?」

「そうだよ」

 

 まるでそれが当たり前のように夢宮は言う。

 

「置いていけばよかったのに、愛莉までサボることはないだろ?」

「そんなことはないよ」

 

 何かを確信しているように夢宮は言う。

 

「私にとっては授業より翔也君の方が大事」

「だとしても……」

「じゃあ、もし私がここで気絶したら翔也君は私を置いて帰る?」

 

 そんなことがあったら、帰れるわけがない。そんな俺の回答を分かっているのか夢宮は続ける。

 

「そういうことだよ」

「……そういうことか」

 

 そこまで言われたら反論が出来ない。

 

「帰ろう。そろそろ寒くなるよ」

「そうだな……今日は鞄は置いていくか」

「じゃあ、はい!」

 

 そういって夢宮は俺にコートを渡す。先日俺が貸したコートだ。

 

「これ……」

「言うのが遅くなったけど今日はこれを返しに来たの」

「わざわざ? その為に教室まで?」

「そんなことより、早く行こう? 冬は冷えるのが早いんだから」

「……」

 

 俺は夢宮にコートを着せた。

 

「……え?」

 

 どういうことと言った感じで夢宮は俺を見て何かを言おうとするがそれをを遮るように俺は

 

「さっさと行くぞ……」

 

 そう言いちょっと強引に夢宮の手を握った。おそらく今俺の顔は赤いだろう。

 

「……フフッ、うん」

 

 夢宮が手を握り返す。その手は俺の手よりも少し暖かかった。



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12月20日(夜)

「ここまででいいよ」

 

 夢宮がそう言ったのは、この前と同じ桜公園だった。不意にあの時の言葉を思い出す。

 

「顔赤くしてどうしたの? もしかして私の真の魅力に気付いちゃった?」

 

 俺の顔を覗くようにしながら夢宮は言う。

 

「それはないんだけどさ……愛莉は覚えてるか?」

「何を? 翔也君の好きなタイプ?」

「そんなことじゃない。この前去り際になんて言った?」

「去り際? う~んと……」

 

 考え込むように頭に手を当てる。そして思い出したのか顔を上げた。

 

「バイバイはいけなかった? ごきげんようの方が良かった?」

 

 的外れもいいところだ。本当に無意識だったのか疑いたくなる…

 

「違う。その……好きだよってどういう意味でだ?」

 

 自分から言うのは恥ずかしかったが言わないと分からないだろう。しかし、夢宮から返事が来ない。

 

「どうした? 愛莉?」

 

 夢宮を見ると、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。

 

「愛莉?」

「へ? あぁ、あれは……言ったっけ?」

「言ったぞ。ものすごい笑顔でな」

 

 そう言ったらますます顔を赤くした。ちょっと可愛い…

 

「あれは……そ、その好きっていうのは確かに好きで……」

 

 夢宮は、頭の中が整理できてないのかそなことを言った。

 

「それは、友人としてか? それとも……」

「それは……」

 

 思い切って俺は聞いてみた。ここではっきりさせたいとどこかで考えたのかもしれない。夢宮は黙り込む。

 

「そ、それは……友達としてだよ」

 

 静かに、だけどはっきりと夢宮は言った。

 

「そっか……」

「翔也君……」

 

 俺の表情があまりにも暗かったのか、夢宮が思いついたように口を開く。

 

「でも、友達なんだからまだ付き合えなくなるわけじゃないでしょ?」

「…………」

「私はね? 付き合うなら一つだけすっごく大事にしたいことがあるの?」

「それは?……」

「残念だけど言えない……少なくともこれは、翔也君が自分で変わらないといけないから……」

「俺が……変わる?」

 

 何だろうか。性格だろうか。癖だろうか。はたまた容姿だろうか。

 

「そこが変わったら、私と翔也君は本当に向き合えると思うの……そしたらまた私から言わせて?」

 

 真剣な目で夢宮が言う。

 

「……分かった」

「翔也君……」

「だけど、一つ条件を出していいか?」

 

 夢宮の言い分に俺は、どうにも承諾できないところが一つあった。

 

「何?」

「その時が来たら、俺から言わせてくれ。ちゃんと変われたら自分から言いたい」

「…………」

 

 こういうのは男から言うもんだ、と昔誰からか教わった気がする。でもそれは自分も分からないくらい守りたいという気持ちが俺の中にあった。

 

「いいよ? 待ってるから……」

「ありがとう……」

 

 夢宮は、笑みを浮かべて頷いてくれた。そして

 

「じゃあ、今日は帰るね? バイバイ、翔也君」

 

 先程までの雰囲気を吹き飛ばすかのような明るい笑みを浮かべて枯れない桜のほうに走っていった。

 

「さてと……」

 

何を変えればいいのか、じっくり考えるにしてもここは少し寒いし風邪なんか引いたらクリパ前だし大変だ。俺は気持ちを切り替え家へと向かった。

 

 

「あ、翔さん」

 

 芳乃家までもうすぐの所、ちょうど朝倉家の前で声をかけられた。俺の事をこう呼ぶのは短くさん付けで呼ぶのは一人だけだ。

 

「どうした? 由夢」

 

 声の主は由夢だった、その由夢は困ったように視線を泳がせながら言う。

 

「あの、その……今さくらさんの家には行かないほうがいいですよ?」

「は? なんでだ?」

「今、お姉ちゃんが兄さんと人形劇の練習をしてて……」

「それは昨日もしてたし問題ないだろう」

「で、でも今居る場所は居間じゃなくて兄さんの部屋なんですよ?」

「そこで練習してるのか?」

 

 そうだった聞かれたくない内容だったんだろうか。あの雪村の冗談だと思っていた濡れ場が本当にあったのだろうか?

 

「いや……見つかったみたいです」

 

 由夢が心底呆れてるように言った。その一言で全てが分かり

 

「……あー」

 

 思わず相槌を打ってしまった。おそらく部屋でゆっくりしてた義之に音姫さんが練習をしようとでも言ったのだろう。で、部屋が汚れててちょっと掃除してたら……というオチな気がする。

 

「とりあえず待つか」

「なら寒いですし、翔さんも家に入りましょうよ」

 

 そう言って由夢は俺の手を引っ張って朝倉家の中に入る。

朝倉家のリビングでくつろいでいるときにふと腹の音が聞こえた。

 

「……腹減ったな」

 

 思い返せば昼も食べたといえば食べたというもので量はそんなにない。

 

「夕食食べてないんですか?」

「ん? 食べてないよ?」

 

 由夢が、それならと言いつつ立ち上がり冷蔵庫を開ける。

 

「有り合わせで何か作りますか?」

「使っていいのか? 由夢はもう食べたんだろう?」

 

 一人分なら大した量も使わないし使っていいなら願ったり叶ったりだ。しかし由夢は苦笑いを浮かべ

 

「や、まだです。今日はお姉ちゃんが作る予定だったから……それに……」

 

 最後のほうは聞き取れなかったが、ようやく朝倉家に引っ張られた理由が分かった。

 

「じゃあ、二人分作るか……」

「やった。あの、今から作ります?」

「ああ、善は急げだ」

「なら、ちょっと待ってください」

 

 そう言って由夢は二階に上がっていった。その間に冷蔵庫の中身を見る。音姫さんが管理してるのか賞味期限などで分けており今日は何を使うつもりだったのかが分かった。

 

「すみません、で何を作るんですか?」

 

 戻ってきた由夢は、手元に小さいメモを持ちながら聞いてくる。

 

「そうだなー。材料からして簡単な野菜炒めを作るつもりだったと思うからそれを作るよ」

「野菜炒め……ですか」

 

 そう呟き、メモに何かを書く由夢。それを見て俺はある結論に至った。おそらく音姫さんに料理を教わる予定だったのだろう。

 

「由夢? 野菜くらいは切ってみるか? やり方は教えるからさ」

「え?」

「え、じゃない。こういうのは経験が物をいうんだぞ?」

「あう……」

 

 音姫さんに教わる予定でそれが芳乃家の義之の面倒事で出来なくなったなら、音姫さんの代わりとまでは言わないが俺なりのやり方で教えておこう。 

 それから由夢は、野菜の切り方の実践とメモに忙しく手を動かしていた。野菜炒めを含んだ夕食が完成したちょうどその時に

 

「はぁ……はぁ……ごめん、由夢ちゃん……と翔也君?」

 

 説教が終わったのか音姫さんが帰ってきた。何で俺が居るのかという顔をしたが夢がテーブルに置いてたメモを見て気付いてくれたのか。

 

「ありがとう、翔也君」

 

と、笑顔でお礼を言ってくれた。その後、つくった夕食は由夢達2人で食べるように言って俺は芳乃家に戻った。一応、義之の部屋を覗いてみるとそこには

 

「………………」

 

まるで地獄を見たかのように椅子に座り放心している義之の姿があった。

 

 

 

 芳野家での食材のありあわせで夕食を作り、風呂にも入って寝るだけの状態になった俺は夢宮との事を思い返す。

 

「自分で変わらないといけないか……」

 

 電気の消えた部屋で呟く。あまりにも突拍子がないし正直何を変えればいいのか見当も付かない。

 

「とりあえず、寝るか」

 

 うだうだ考えても仕方ない。朝の目覚めのスッキリした気持ちなら案外見つかるかもしれない。何とも楽観的な考え方だが

 

「おやすみなさい」

 

 俺はそういって目を閉じた。

 思った以上に早く眠気は来た。



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12月21日
12月21日


 翌日の朝、俺は早起きして枯れない桜の下に居た。理由は昨日帰った後。正確には寝ようとして横になったところに電話で

 

「もしもし翔也君? 私だけど明日一緒に登校しない?」

「いいけど……なんで急に?」」

「別に理由なんて無いよ? じゃあ枯れない桜の下で集合ね」

 

 といったやり取りがあったからだ。その中で一つ失敗があるとすれば

 

「……何時くらいか聞いとけば良かったかな?」

 

 学校では真面目そうにしているという、勝手なイメージで時間は早いものと思った俺は早起きして枯れない桜へと向かった。着いた時には愛梨の姿はなく携帯の着信履歴から電話してみるも出る気配は無い。

 

「さむ……冬だしやっぱ冷えるな……」

 

 先日コートを貸したので今着てるのは前使っていたものだ。使い古したせいもありいつもより寒く感じる。

 

「気長に待つか……」

 

 

 それから愛梨が来たのは約30分ぐらい後だった。のんびり歩いてこちらに向かっていたが俺の姿に気付いたのか途中から小走りといった感じで来た。

 

「ごめんね? 翔也君。結構待った?」

「いや別にいいがお前寒くないのか? 俺が貸したコートがあっただろう?」

 

 愛梨が着ているのは本校の制服のみで防寒着の類は無かった。

 

「大丈夫だよ。コートが無くても私、結構体は強……クシュッ」

 

 目の前でくしゃみされれば虚勢も良い所だ。しかも俺が先日貸したコートもないという状況である。

 

「まったく……これ使え」

「え?」

 

 俺は今着ているコートを愛梨に渡す。

 

「い、いいよ。大丈夫だし」

「いいから着ろって。その……もし俺が変えるべき所が分かった時に風邪なんかひかれてたら困るし……」

 

 多少強引にコートを渡す。受け取った愛梨は

 

「……ごめんね? だけど……ありがとう」

 

 笑顔でそう言った。その屈託のない笑顔に俺は目を離せなかった。ふと我に返って俺は慌てて言った。

 

「い、いいから行くぞ」

「うん!」

 

 こうして俺達は学校へと向かっていった。

 

 

 

「さて……どうっすかなぁ……」

 

 あの後から時間は過ぎ午前の授業の終了のチャイムが鳴った。そこまでは良かったんだがそこで俺はある問題に直面した。

 

「まさか、財布忘れるなんてな」

 

 そう、財布が無いのだ。おそらく俺の部屋の机の上に置きっぱなしだろう。朝早く出たのと他の事を考え確認をしなかった結果だ。前に義之が財布を忘れたの笑っていたが人の事言えないな。

 

「今回は、義之に借りるか」

 

 小言を言われる覚悟を決め俺は席を立つ。その時、クラスの男子が声をかけてきた。

 

「おい、翔也。由夢ちゃんが来てるけど何かあったのか?」

「え? 由夢が?」

 

 いったい何の用だろうか?話を聞くべく俺は廊下に出た。そこには、背筋をまっすぐ伸ばして立っている由夢が居た。

 

「何かあったか? 由夢?」

「あ、翔也さん。もうお昼は食べましたか?」

「いや、まだだけど……」

「そうですか。なら良かったです」

 

 俺の返答に由夢が笑みを浮かべる。

 

「あー由夢ちゃんの笑顔良いですわー」

「だよなーあの笑顔があれば毎日頑張れるよなー」

 

 何かクラスの方から男子達の感想というか何かが聞こえてくる。しかし俺は

 

「良かったって何が? ちなみにお金は無いから食堂はおごれないぞ? 弁当もあるわけじゃないし」

「いや、ちょっと一緒に来てもらいたくて」

「どこに?」

「保健室です」

 

 保健委員の仕事でもあるんだろうか。力仕事は食べた後いきなりは体にも良くないという意味での良かっただろうか。

 

「ダメでしょうか?」

 

 残念そうな表情をする由夢。そんな由夢を見て

 

「俺達の妹代表の由夢ちゃんにあんな表情させるとは……」

「やっぱり制裁が必要か? 天誅が必要か?」

 

 物騒なことを言い出すクラスの男子共。この状況で俺に拒否権はないだろう。断ろうものならクラスから制裁という名を被る嫉妬の嵐が待っているだろう。

 

「いや、いいよ。さっさと行こうか」

「あ、ありがとうございます」

 

 そんなこんなで俺と由夢は保健室に向かった。

 

 

 

 

 

 

「これでよし……っと……」

 

 保健室に入った俺と由夢。そこに水越先生の姿はなく怪我人の姿も無い。つまり俺と由夢の2人きりだ。気になった事と言えば、何か呟きながらカチンと入り口の鍵を閉める由夢だった。

 

「なぁ由夢。ちょっといいか」

「なんで鍵を鍵を閉めるんだ?」

「や、別に深い意味は無いですよ? ただ誰かに見られたら恥ずかしいですから」

 

 そう言って由夢は、机の下から小さめの巾着を出した。何が入っているのか恥ずかしそうに紐をぐりぐりと弄りながら

 

「えっと、どうしようかな……なんかやりづらいな」

 

 そんなことを言う。出した巾着が呼ばれた理由だろう。

 

「その巾着は?」

「え? こ……これは……」

 

 焦ったように視線をそらす由夢。中身は何か恥ずかしい物なのだろうか。そう考えると思わずおかしな想像が膨らんでくる。

 

「あ、そうだ。す、少し目を閉じててください」

 

 そんな俺をよそに由夢は、名案だ言ったようにそんなことを言う。

 

「め……目をか?」

「いいから閉じてください」

 

 ぴしゃりと言われて俺は慌てて目を閉じる。それを確認したのか由夢は

 

「あの、私がいいって言うまで開けないでくださいね? 絶対ですよ?」

 

 そして、由夢が立っていたほうから何やら布が擦れ合う音が聞こえてくる。まさか俺の予感が当たったのか? 仮にそうだとしたらどうすればいいのだろうか。

 

「はい。もういいですよ?」

 

 そんなことを考えているうちに、由夢から準備が終わったのか声がかかる。

 

「もういいのか?」

「はい。私はもう大丈夫ですから」

 

 そう言われたので俺はゆっくりと目を開けた。そこに広がっていたのは

 

「…………」

 

 恥ずかしそうに机の椅子に腰掛ける由夢だった。机には小さめのお弁当箱が置かれている。さっきの布が擦れ合う音は、巾着から弁当箱を出したときに出たものだろう。

 

「弁当?」

「はい」

「……何でわざわざ保健室で?」

「だって恥ずかしいじゃないですか。その、私が作ってきたお弁当を翔也さんのクラスの方達に見られたりしたら」

 

 それは普通とはちょっと違う意味でか、という言葉を俺は飲み込む。言ったらまず由夢は傷つくだろうし。

 

「でもいいのか? 俺で?」

「……え?」

「だってそれ、義之に食べて貰うために作ったんじゃないのか?」

「な!?」

 

 由夢が目を見開き驚く。昨日の調理の時のメモ取りや音姫さんに教わろうとしたいたのを考えると誰かに作るためだろう。そう考えると相手は義之だろう。音姫さんほど表に出してはいないが由夢は由夢なりに義之のことを大切に思っているのだと俺は思う。

 

 

「そ、そんなこと無いですよ! だ、だいたい何で私が兄さんなんかにお弁当作らないといけないんですか」

 

 焦ってるのか早口で捲し立てる由夢。この反応から見るに俺の予想は当たりだろう。なら食べるのは俺じゃない。

 

「言いにくいなら、俺が義之を呼んで来ようか?」

「い、いいです!」

「だけど……」

「それに……兄さんは今、お姉ちゃんの所に居ますから……」

 

 それはどういうことだろう。由夢は少し残念そうな顔をしながら続ける。

 

「昨日、料理対決があったみたいで何かトーナメント制で今日はお姉ちゃんと高坂先輩の対決で兄さんはその審査役……みたいで」

 

 おれは昨日の義之の発言を思い出した。その絡みで今日も生徒会室で食べてるんだろうか。

 

「私が、朝起きて作ってるのを見たお姉ちゃんが思い出したようにそれを言ってきて……」

「なるほどな。原因は義之だな」

 

 音姫さんの性格なら夜のうちに伝えていただろうが昨日の事件で抜けていたのだろう。義之にも困ったものだ。

 

「だ……だから、問題ないです。それに翔也さんなら見られても大丈夫ですから」

「……分かった。ちょうど財布も無かったしありがたくご馳走になるよ」

 

 ここまで言われた食べないのはあまりにも酷だ。なら食べさせてもらおう。そう思って俺は向かいに腰掛け、弁当箱の蓋を開けた。

 

「…………」

「……」

 

 そこにあったのは、お世辞にも普通とは言いがたいお弁当だった。サラダに見える部分は昨日の野菜炒めを参考にしたのか見た目は言いのだがその隣に入っている。おそらく主菜の部分所にあるのは真っ黒になっている何かだった。

 

「……うーん」

 

 俺は思わず唸ってしまった。この黒い物体は何なのだろうかその疑問の答えが出てこない。

 

「なぁ、由夢これはその……何だ?」

「そ、それは……エビフライです。ちょっと油の温度を間違えて焦げちゃっただけです」

「そうか……」

 

 昨日は揚げ物は作っていないし教えたことは俺は無い。教えていればこうはならなかっただろう。しかしどう間違えればこうなるのだろうか。

 

「……えっと、無理して食べなくてもいいですよ?」

「いや……食べるよ」

 

 遠慮がちに由夢が言う。だか、ただ焦がしただけなら物凄く苦いくらいだろう。そう思った俺はそのエビフライを口に含んだ。

 

「…………」

 

 由夢が期待と心配が入り混じったような目で俺を見る。この時、俺の頭の中では一種のスパーク現象とでも言えばいいのか、この由夢製エビフライという未知の味に衝撃を受けていた。

 へたすれば気絶してしまうかも知れない味だ。おそらく殻をまったく剥かずに揚げたのだろう。中に残る殻の感触と何かを巻いて揚げたのだろうか。それが特定できないがそれもまた妙な味を助長していた。

 

「……由夢……」

「は、はい」

 

 俺の反応が無いことが不安なのか、由夢は焦っているかのように返事をする。

 

「今度……揚げ物の作り方を……教えてやるからそれまでは一人で作らないほうがいい」

「あ……あははは」

 

 俺は何とかそういうので精一杯だった。気絶しそうだったが昨日食べて夢宮のあのおかずよりかは大丈夫だったから気絶せずに済んだのだろうか。その由夢製エビフライ以外は昨日教えて事や音姫さんから学んだのであろう事が出来ていたのかひどくは無かったが味付けが濃すぎたり薄すぎたり等々改善すべきところは多く

 

「まだまだ練習が必要だな」

 

 何とか食べ切った俺にはこれが率直な感想だった。由夢自身もやっぱり思うところがあったのだろう。

 

「はい……頑張ります……」

 

 そう言って少し落ち込んだ表情を浮かべた。

 

「ただ、教えた部分は出来てるからそこは概ね大丈夫だよ。揚げ物も教えていれば出来ただろうから落ち込みすぎないでいいぞ?」

「翔也さん……」

 

 驚いたと言いたげな由夢の表情を見ながら俺は最初の巾着に食べ終わった弁当箱を入れる。

 

「ごちそうさまでした。昼飯抜きにならなかったし助かったよ」

 

 感謝とともに由夢に巾着を渡す。由夢はしばらく呆然とした後

 

「……い、いえ私こそあ、ありがとうございました!」

 

 そう言ってそのまま保健室の鍵を開け走って出て行ってしまった。頬が赤くなっていたのは気のせいだろうか。

 

「さてと……戻るか」

 

 教室に戻る途中で俺は、由夢の料理の改善点や教え方を考えると同時に、昨日気絶してしまった夢宮のおかずについて考えて

 

「いったい何をどうやったんだろう……」

 

 別の意味で夢宮に対する疑問と少しばかりの恐怖を感じた。



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12月21日(夜) 前半

 午後の授業も終わり放課後も少し経った頃、俺は明後日に控えているクリパの準備を進めていた。もちろんクラスの出し物をだ。とは言っても俺達のクラスは焼きそば屋というごく普通の物なので準備のほとんどは当日になる。

 

「だから作業しない人が出るのも仕方ない……か」

「なーに、バカな事言ってんのよ?」

 

 そう言われ俺の後頭部にコンと衝撃が来る。振り向くと呆れたような目をしたクラス委員の北上美香だ。分校の1年から同じクラという妙な縁だ。しかも周りをよく見ており気配り上手だからか1年の担任からクラス委員を勧められて以来ずっとクラス委員をしている。

 

「そう言っても仕方ないだろ? 暇になるのは?」

「そりゃ、あんたは当日担当だからね? 一応、調理班のリーダーなんだからしっかりしてよね?」

 

 俺の役割は当日実際に焼きそばを作る事だ。他の手伝いをしても良いのだが、現時点ではどこも手伝いを要する状況じゃない。そういうと北上は分かっていたかのようにプリントを俺につきつけ言う。

 

「だったら、仕事あげるわよ。これを生徒会室に持って行って」

「これは?」

「生徒会への提出書類よ? 春野にも火気申請書を書いといてってお願いしたわよね?」

「あれ? それって明日までで良かったんじゃなかったっけ?」

「そうだけど早いほうが色々と楽なの。それに遅いとあんたも問題児扱いされるわよ? いや、もうされてるわね」

 

 いまさらといった風に北上は言う。ここ最近は色々あって出来なかったから明日にでも出す予定だったのだが

 

「しかし、俺はまだ大丈夫だと思うぞ? 例のクラスになってないところからすれば……」

「そうね。沢井さんには同情するわ……」

「じゃあ、今から書いて出してくるよ」

 

 ここで言う例のクラスとは無論義之たちのクラスだ。北上も苦笑いを浮かべる。話を区切りがつき、とりあえず申請書を書く旨を北上告げ筆記用具を取りに行こうとする俺の肩を北上が掴み引き止める。

 

「話を聞いてなかったの? これを持って行けばいいのよ? 既に必要事項は書いてるから」

 

 渡されたプリントは丁寧な字で記入されている物だった。俺が遅いのを見越して書いててくれたのだろうか?

 

「本当だ……ありがとな」

「まったく。じゃあ私他の班も見ないといけないから提出よろしくね?」

「了解」

 

 笑顔で北上は別の班に向かっていった。この書類も面倒であっただろうに嫌味の一つもなくさらっとやってのける。その上見返りも要求しない。周りから信頼を得るのも分かるというものだ。プリントを受け取り俺は生徒会室に向かった。

 

 

「失礼します」

「……はい」

 

 そこにいたのは、音姫さんでも高坂先輩でもなく、長い金髪の女子だった。書類整理している感じだ。制服から見るに付属の1年生だろう。

 

「あの……私の顔に何か?」

 

 ぼーっと見てたからか、不思議そうに女子が言う。いきなり見られていい気はしないだろう。

 

「あ、すみません。朝倉生徒会長は今どこに? 高坂副生徒会長でもいいんですが」

「朝倉先輩は今現場の見回りに出ていて、高坂先輩は今日は風邪っぽいとの事で既に帰っています」

「そうですか……」

 

 音姫さんは仕方ないとして、あの高坂先輩が風邪とは珍しい。何かの前触れだろうか。

 

「あの、何の用件だったんですか?」

「いやちょっとクリパでの書類を出しに来たのだけど……」

「それなら、私が預かりましょうか? 後で朝倉先輩に渡しますので」

 

 そういって彼女は席を立ちこちらに来る。

 

「じゃあ、お願いして良いかなえっと……」

「……?」

 

 名前が分からないからなんて言えば良いのか悩む。彼女はそれを分からないのさっきと同じく不思議そうに俺を見る。

 

「えっとごめんね? 名前は何ていうのかな? 1年生はあんまり分からなくて」

「あ、すみません自己紹介してないですね。私はエリカ・ムラサキと申します」

 

 そう言って少し頭を下げる。どこか気品を感じる挨拶だ。

 

「つい最近こちらに来ましたので、ご存知でないのも仕方ないかと……」

「つい最近? あ、あの義之たちが見に行った転校生って君の事か」

 

 俺が先日の事を思い出し言う。するとエリカさんは途端に不機嫌そうに

 

「あなた? あの野蛮人の知り合いなのですか?」

 

 訝しげな視線とともに言う。義之か渉の奴が何かしたのだろうか。経験から予想すれば多分義之だろう。

 

「いや、知り合いっって言えば知り合いだけどそいつらに何かされたのか?」

「部外者には関係ないです。あんな変態……」

 

 ホント何をやったんだろう。初対面の人をここまで不機嫌にさせるとは

 

「何かあったか分からないけど、とりあえず申し訳ない」

 

 俺は頭を下げる。あの時俺も行くか止めていればこうはならなかっただろうから。エリカさんは面食らったのか

 

「え?」

 

 そう言ってきょとんとしていた。やがて慌てて

 

「あの、あなたは関係ないんですから頭を上げてください」

 

 こう言ってきた。これで少しは義之への認識を改めてくれればいいな。そんなことを思いながら俺は顔を上げ

 

「そっか。ありがとう、じゃあこれお願いねエリカさん」

 

 北上から渡された書類を渡す。エリカさんはそれを受け取って

 

「わ……分かりました。えっと……」

 

 少しおろおろするエリカさんを見て俺は気付いた。名前も言ってなかったことに

 

「俺も自己紹介も自己紹介してなかったね。名前は春野翔也。付属の三年生だよ」

「春野翔也先輩ですね。私のことは呼び捨てで構いません」

「でも、いきなり呼び捨てって失礼じゃないか?」

 

 エリカさんは、表情を和らげ言う。

 

「そんなの関係ないです。私が年下なのは事実ですから」

「……そっかじゃあそうさせてもらうよ」

「はい。それにしても先輩があの春野先輩だなんて……」

 

 信じられないといった表情で俺を見るエリカ。何かしただろうか?

 

「どういう意味?」

「いえ、生徒会のブラックリストにある人でしたから。どんな人かと思っておりましたので」

「そうなの?」

 

 エリカは頷く。さっきの北上の推測は当たっていたということか。

 

「でも、あの男はいるのはともかく先輩が載ってるのは意外です」」

「……その資料ちょっと見せてくれないかな?」

 

 エリカは少し考え問題ないと判断したか、その資料を見せてくれた。そこには杉並等を筆頭に義之や渉、雪月花の面々。それに加えて他のクラスにもちらほら名前がありそこに俺の名前もあった。俺は過去に少しあったが、月島は完全な被害者だろう。

 

「ふーん……ありがとう」

「いえ」

 

 資料をエリカに返す。その受け取り方一つをとっても優雅だ。どこかのお嬢様といった所だろうか。

 

「それじゃ俺は戻るから。書類よろしくね?」

「分かりました」

「それと、余計な気遣いかも1年生だしあんまり無理しないようにね?」

「……はい」

「それじゃまた何かあったらよろしく」

 

 そう言って俺はクラスに戻った。生徒会室を出るときにみたエリカの笑顔は可愛いというよりは気品を感じる美しさが強く綺麗だった。

 

 

「遅い! どこでサボってたの!?」

 

 教室戻ってきたと同時に北上が言いながら詰め寄ってくる。少々お怒りのようだ。

 

「サボってたわけじゃないんだが……」

「じゃあ、なんで書類出すだけでこんな時間かかるの?」

「生徒会長はいなかったし副生徒会長も風邪で居なかったんだよ。それで他の生徒会の人に頼んだら遅くなった」

 

 正直に理由を言うと北上は

 

「ふーん……なら仕方ないわね。それが本当ならだけど……」

 

 訝しげにそういった。一応認めてくれたようだ。

 

 

「なら、さっさと調理班の予定組んで?」

「はいはい」

 

 北上に急かされ俺は調理班のメンバーを集めシフトを話し合った。期間は二日どちらを担当するかどの時間が良いか等だ。その話し合いの中でさっきの北上との話を聞いていたのか女子から

 

「ねえ春野君。まゆき先輩風邪なの?」

「ん? そうだよ。既に帰ったらしい」

「大丈夫かな……」

 

 まるで好きな人を心配しているような顔をする女子数人。まゆき先輩は女子に人気があるということを改めて思い知った。そんな中、俺の携帯が震えた。どうやら着信のようだ。

 

「ちょっとごめん」

 

 そういって教室から出て階段を上がる。屋上への扉前で着信に出る。見つかったら注意を受けるからだ。

 

「もしもし?」

「でるのが遅いよー? 翔也君」

 

 番号に見覚えはあったが声で確信した。

 

「愛梨か。いや見つからない場所に移動してたからな」

「あ、分校はそうだったけ? 本校はけっこう緩い方だから……ごめんね?」

「いや別に良い。それで用件は何だ? クラスの奴を待たせてるんだ」

「あーそうだね。もうちょっと話したいけど私も似たような状況だし仕方ないか……」

 

 電話口から残念そうな夢宮の声が聞こえる。

 

「えっとね、今日一緒に帰ろう? 正門前に集合して」

「分かった、正門前だな。なるべく早く来るようにする」

「うん。先に着いてもちゃんと待っててね?」

「分かった、ちゃんと待つよ」

「それじゃ、また後でねー」

 

 そう言って電話は切れた。夢宮の性格だ。待たせたら色々言われそうだ。

 

「先に待てるように急ぐか……」

 

 そのためには話し合いを終わらせる必要がある。そう思った俺は携帯をポケットにしまい教室に急いで戻った。



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12月21日(夜) 後半

 

 先の夢宮との電話から俺は、どこでクリパを回りたいか考え明日にでも決めるという形で話し合いを終え正門に急いだ。着いた時にはまだ夢宮の姿はなく、とりあえず電話で言われたとおり待つことにした。というよりは、昨日の考え事のせいで携帯の充電を忘れており電源が落ちていて待つしか出来なかった。

 

「……遅いな……」

 

 既に、空はだいぶ暗くなってきた。校舎を見ると既に今日の準備を終えたのか明かりが見える教室のほうが少ない。俺達のクラスはちょっと前まで明るかったが既に明かりはなく全員帰ったのだろう。そんなこと考えていたら

 

「何してんの?」

 

 声をかけられた。振り返るとそこには意外なものを見る目で立っている北上がいた。

 

「人待ちだよ」

 

 素っ気なく返すと、北上は目を細め

 

「へぇ……話し合いを適当に終わらせて他を優先するんだ……」

「あ、いや……」

 

 どうやら今日中に決めなかったことにご不満のようだ。

 

「えと、明日中……昼休みが終わるまでには決めるからさ!」

「当たり前よ! まったく1年の頃から変わんないわね……」

 

 ため息をつき北上が言う。仕方ないといった雰囲気で続ける。

 

「ホントにお願いね? 昼休みまでに出なかったらあんたの意向抜きで勝手に組むからね?」

「分かった。ちゃんとするよ」

「返事だけはいいのよね……それじゃ、私帰るね」

「おう、気をつけて帰れよ?」

「あんたこそ風邪とか引かないでよ?」

 

 そう言って、北上は歩いて行く。風邪など引いたら大変だろう。体がキツイのもそうだが勝手にシフトを組まれたものなら休みなど無いような形で組まれる気がする。

 

「でも、確かに寒いんだよな……」

 

 吐く息は白に染まる。先程よりもだいぶ暗さは深くなっている。しかも防寒着であるコートは夢宮に渡しているのだ。

 

「本校に見に行くか?」

 

 そう考えもしたが、何年かも知らないわけだし各学年しらみつぶしに回ったものなら生徒会に不審人物として捕まるだろう。ブラックリスト入りしているという事実があるのだから。

 そんなことを考えながら待っていたら

 

「しょうやくーん」

 

 待ち人が来た。今朝貸したコートを着て元気そうに走ってこちらに向かってくる。そして俺の前に来て

 

「ごめんね? すごく待ったでしょ?」

「まぁけっこう待ったけど……」

「クラスの方で色々あって遅くなりそうでね? 連絡しようしたんだけど繋がらないし……急いできたんだけどこんな時間になって……」

「それは俺の携帯の充電が切れてたからだよ」

 

 俺は動かない携帯を見せる。それを見た夢宮は大きく息を吐き

 

「……良かったー。翔也君が倒れてたらどうしようとか思ったんだよ」

「さすがにここでぶっ倒れたりしないと思うが……」

「寒いんだから分かんないでしょ? ほら、早く行こう?」

 

 そう言って俺の先を歩き出す夢宮。確かに高坂先輩ですら風邪らしいという話だからそうかもしれない。

 

「そうだな」

「ほら、早く早く」

 

 そんな考えてる俺をよそに夢宮は楽しそうに歩いていた。俺は駆け足で夢宮の横に並んだ。

 

「そういえば、愛梨のクラスって何するんだ? さっき色々あったとか言ってたが……」

 

 帰り道の途中、クリパが近いこともあり自然とクリパの話になった。

 

「私のクラス? 言ってなかったけ?」

「うん。まったく」

「私のクラスは喫茶店だよ。特別な何かがあるって訳でもないけど」

「へぇ……何が問題になったんだ?」

「うーんとね、最初は普通のウェイトレスの衣装でって話になったんだけど途中で男子がもっと過激なミニスカートのメイドさんがいいって……それで女子と口論になって……」

 

 それは、男子が言い分が危険だろう。前の卒パで過激すぎてえらい目にあった奴らが居るっていうのに

 

「ん? その口論って愛梨が男子としたのか?」

「違うよ。私は衣装作ってただけだから」

「……ん?」

 

 何だろう。今の話に妙な違和感がある。少し考えて違和感に気付いた。

 

「なぁ愛梨」

「んー?」

「愛梨は口論の中衣装を作ってたんだよな?」

「そうだよー」

「何を作ってたんだ?」

 

 そう決まってないのに衣装を作っているという所だ。何故決まってないのに作れたのか未来でも見えていたのだろうか?

 

「ウェイトレスのほうだよ。それでね? それを男子が見たら、やっぱりウェイトレスが良いって言って口論も終わったんだよ?」

 

 思い出しているのか、夢宮はクスクスと笑っている。男子の心変わりも凄いがそれって実質夢宮が口論を終わらせたも同義だろう。

 

「愛梨って凄いな……」

「うーん? どういうこと?」

 

 よく分かってないのか夢宮は首を傾げる。まぁ、自覚が無いからこそ出来たのだろうが。

 

「そんな方法でクラスの口論を止めたことだよ?」

「そうなの? わたしそんなこと考えて無かったよ? 欲しかっただけだもん」

「……ん? どういうことだ?」

「えっとね、今回作った衣装は作った人が持って帰って良いって話になってね? 衣装の絵を見たときに欲しいなーって思って……だから作っただけだよ?」

「…………」

 

 少し、見直して後悔した。結局自分の欲求に素直に従っただけでそれが結果として口論を終わらせたということだ。

 

「衣装見てみる?」

「いや、いいよ」

「むー……」

 

 見せたそうに衣装を出そうとする夢宮を止める。夢宮は不服そうに俺をみるがやがてニヤニヤとしだし

 

「そっかー。衣装だけじゃ物足りないよねー。人が着ないと翔也君には意味無いもんねー」

 

 そんなことを言う。確かにそれは大事だ。

 

「そんな翔也君に良いお話です。私、これ着るよ?」

「……は?」

「だから、私もこれ着て接客するの。まあ担当の人がいない間だけの代わりだけど。私のウェイトレス姿が見れるんだよー?」

「…………」

 

 それは予想外だった。そうか夢宮がウェイトレスを……俺は過去に義之から借りた漫画に出てきたウェイトレスが頭をよぎった。

 

「なあ、愛梨」

「ん? なにー?」

「こけたりするなよ?」

 

 そう確か、漫画の中では飲み物が乗ったトレイを運んでるときにこけて大惨事になったのだ。それを聞いた夢宮は心から呆れたような目で俺を見て

 

「そんなことないよ」

 

 そう返してきた。それなら良いのだが

 

 

「ちなみにいつにするんだ?」

「うーんとね24日の昼過ぎから1時間ぐらいだよ? 代わりだからね」

「24日ね……分かった行くよ」

「うん。待ってるね」

 

 そんな話をしているうちに桜公園に着いていた。待つ時間に比べたらあっという間だ。それにしても防寒着を着てないとはいえ今日は随分と冷える。手足がだいぶ冷えている。

 

「今日はここまででいいよ」

 

 夢宮が言う。俺としては枯れない桜の所まで行きたいが我侭を言うわけにもいかない。

 

「そうか……」

「ちなみに、翔也君は何するの?」

「俺か? 俺達のクラスは焼きそば屋だよ」

「翔也君が作るの?」

 

 夢宮は目を輝かせる。

 

「ああ、作るよ。俺だけじゃないけど」

「そっかー、何時くらいに作るの?」

「まだ、時間は決まってないけど……23日にしないとな。24日は愛梨を見に行かないと行けないし」

「じゃあ、開会式が終わった後とかなら準備から見れるからそのくらいがいいなー」

 

 名案といった感じで夢宮が言う。一番最初は、鉄板のセット等の準備から他の班と一緒に行うから不人気なのだ。無論俺も避けたい。

 

「最初はなー……」

「良いでしょ? 一番最初に食べたいんだもん」

 

 まるで子供の様に言う夢宮。こうなったらうんと言うまで言われるだろう。

 

「分かった分かった」

「……なんか適当だね?」

「そんなことないぞ?」

「じゃあ、指きりしよ?」

 

 夢宮は小指を出して言ってきた指きりなんていつ以来だろう。本当に子供のような行動をする人だ。

 

「分かった……」

 

 そう返し夢宮の小指に自分の小指を重ね組む。そして指切りをした。終わった後夢宮が俺の顔を覗き込んできた。

 

「…………」

「どうした?」

「うーん……」

 

 夢宮に聞くも答えず俺の顔を見続ける。するといきなり俺の手を両手で握ってきた。

 

「……愛梨?」

「翔也君、体調悪い? 手が凄い熱いけど……」

「……え?」

「ちょっと、ごめんね?」

 

 そう言って、夢宮は片手を離し俺の額に手を当ててきた。やがて頷き

 

「やっぱり熱いよ? 風邪?」

「いや大丈夫だよ……」

 

 そんな自覚は無かった。手足は冷えてるがそれは時間がいつもより遅いからだろう。

 

「ホントに大丈夫?」

「大丈夫だよ。しっかり食べてれば風邪なんか引かないよ」

「…………」

 

 心配そうな目で俺を見てくる夢宮。だがやがて諦めたのか納得したのか

 

「分かった。じゃあ……また明日学校でね?」

 

 そう言った。俺は大きく頷いた。それを見てやっと笑顔になり

 

「またね? 翔也君」

 

 手を振って帰っていった。一人になって俺は

 

「風邪……か……」

 

 そう呟いていた。そう言われるとそうなんだと体が思ったのか確かにいつもより寒く感じるし頭痛は無いが体はいつもより少し重い。

 

「馬鹿は風邪を引かないって……やっぱり自覚できてないって意味なんじゃないかな……」

 

 そんな愚痴を言いながら俺は帰路に着いた。家に着いたときには少し頭痛も出てきた。

 

「ただいまー……」

 

 いつもより重く感じる居間の戸を開けるとそこには音姫さんのマッサージをしている義之の姿があった。

 

「…………すまん、邪魔したな……」

「いや、待て翔也。これは――」

「分かってる、分かってるから。今日はもう寝るから。ごゆっくり」

 

 そう言って俺は戸を閉じた。そのまま台所に行き、棚から風邪薬を取り出す。本来なら食後が望ましいが

 

「ちょっとまずいな……」

 

 夕食はシチューだろう。だけど食べる気がしなかった。自分の先の発言に背く事になるが

 

「早く寝るか……」

 

 そう決めて薬を飲んだ後、部屋に戻り着替えて布団に入った。風呂には誰かが入っていたので入りたかったが体が重いので明日の朝にまわす事にした。

 

「…………」

 

 

 布団の中で今日と明日のことを考える。明日は、北上に言われたクラスの調理班のシフト決めをしないといけないし最初にするなら何がいるかの確認もしないといけない。そして何より、別れる前の心配そうな夢宮の表情が浮かぶ。

 

「……絶対行かないとな……」

 

 そう呟き俺は目を閉じた。薬が効いてるのか眠気はだいぶ早く来た。

 

 



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12月22日
12月22日(朝)


「…………」

 

 早い時間に目覚めたというのに、今日の寝起きは最悪に等しかった。昨日の寝る前より多少は頭痛は引いたものの完全に無いとは言えず、体も重い。極めつけに体温計で計ってみたら

 

「38度1分か……」

 

 これは、風邪だろう。しかし、学校に行かねば……

 

「とりあえず、薬飲もう……」

 

 飲めば多少は無理が利くだろう。そう考えた俺は誰かが来る前に台所に向かった。

 

「あれ? 翔也君早いねー」

 

 そこにいたのはさくらさんだった。昨日俺が寝た後にでも帰ってきたのだろうか、のんびりと朝食を作っており振り向いて笑顔を見せる。帰ってきていることは嬉しいがこれでは薬は取り出せない。

 

「いえ、なんか目が覚めてしまって……」

 

 苦し紛れにそう言うと、さくらさんは納得したように

 

「そっかー雪が降ってるもんねー。翔也君もはしゃいじゃうよね?」

「雪?」

 

 言われて窓越しに外を見れば雪が積もっていた。しかもまだ振り続けている。

 

「……雪降ってたんですね……」

「え? 気付いてなかったの?」

 

 そういって驚いたようにまじまじと俺を見る。その目はやがて不思議そうな目に変わり。

 

「翔也君。調子悪いの?」

 

 そう聞いてくる。

 

「いや……別に問題ないですよ?」

「そう? それにしては顔色がだいぶ悪いけど……ちょっと待ってね? 体温計だすから」

 

 気になるのかさくらさんはそう言い棚から体温計を出す。結果が見られれば噓だというのが一発でばれるだろう。

 

「ホントに大丈夫ですから……」

「いいから! ほら、計る!」

 

 結局、抵抗むなしく再度体温を測ることになり結果は

 

「38度2分……うん。風邪だね」

「…………はい」

 

 さっきよりも上がっていた。こんなことなら最初から言っておけば良かった。結果を見てさくらさんは残念そうに

 

「じゃあ今日は翔也君お休みかー。今日はみんなで鍋しようと思ったのに……」

「いや、薬飲んでいけば……授業くらい大丈夫ですよ」

 

 鍋って何だ? 疑問には思うがいまは突っ込まいで言うがさくらさんは

 

「ダーメ! 今日は休んで。学校で他の人にうつしたら大変でしょ? クリパだって近いんだし、だから休んで早く治したほうがいいの!」

 

 有無を言わせぬ口調で言う。そう言われてしまえば反論のしようがない。俺は

 

「……分かりました……」

 

 頷くしかなかった。そして学校へ連絡しようとしたら

 

「あ、学校への連絡はボクがしておくから。翔也君は早く部屋で休んでね?」

 

 読まれたようにそう言われた。しかし他にも電話しないといけないところがある。俺は家の電話から連絡をとった。数回のコールの後

 

「はい、北上ですが?」

 

 電話口から声が返ってくる。これは北上のお母さんだ。

 

「あの、春野ですが」

「あ、春野君ね。ちょっと待ってね美香を呼んでくるから」

 

 そう言って保留のメロディに変わる。北上はまだ携帯を持ってないのだ。だから連絡するとなると家に連絡しないといけなくなる。

 

「もしもし? どうしたの? こんな朝から」

 

 相手が北上に変わる。無論伝えることは

 

「えっとな、今日学校に来れなくなった……」

「はあ? 何? 寝ぼけてんの? まさか風邪じゃないでしょうね?」

 

 信じられないといったように聞いてくる。そりゃ昨日あれだけ言われたのに引いているのだから情けない。

 

「……ああ、少し熱っぽくてね」

「少しって何度よ?」

「……38度2分……」

「……」

 

 電話の向こうからため息が聞こえてくる。やがて呆れているのか

 

「少しじゃないじゃないの……ああもう、それならむしろ休んで。他に休みが出たら困るから。シフトはこっちで組むからね?」

 

 そう言ってきた。電話をした理由はそのことだ。

 

「あのさ、北上そのシフトなんだけど……」

「何? このごに及んで入りたくないとか言うんじゃないでしょうね?」

 

 電話の向こうでは頭を悩ませているのだろう。少しお怒り気味だ。

 

「いや、出来ればなんだけど23日の最初に入れて欲しいんだ……」

「…………」

 

 要望を出したが返事が返ってこない。これは通らないだろうか。

 

「北上?」

「……あ! ごめん。まさかあんたがそこに入りたいなんて言うとは思ってなくて……分かった。23日の最初ね?」

「すまんが頼む」

「善処はするわ。あんたはさっさと……いや、今日中に風邪を治すこと! 良いわね?」

「……善処する……」

「うん。じゃ、お大事に」

 

 そう言って電話は切れた。夢宮との約束の為、現在の状況で出来るのはこのぐらいだろう。後は北上に任せるしかない。

 

「……後は……」

 

 連絡しないといけないのはもう一人。夢宮だ。そちらの方は携帯ですれば良いだろう。そう考えて部屋に戻る。その途中で

 

「翔也、どうしたんだ?」

「……ちょっとな」

 

 起きて来たのだろう。義之に会った。

 

「ちょっとって風邪か? 顔色悪いけど……」

 

 今の俺はそんなに顔色が悪いのだろうか、少し見てみたい気もする。

 

「少し熱があるくらいだけど、さくらさんが休めってさ……」

「ふーん。今はクリパ前だし休まんといけないかもな。分かった、帰りにお粥とかの材料買ってくるから今日はゆっくり休め」

「……そうさせてもらう」

 

 義之の気遣いに感謝しつつ俺は部屋に戻った。そして携帯の着信履歴から通話を掛けるがコールが続くも出ず

 

「……留守番せービスに接続します」

 

留守番に繋がった。そこで電話を切り俺は

 

「……寝よう」

 

 早く治すため、もう一度布団に入った。そしてそのまま眠りについた。



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12月22日(昼) 前半

「んん、んんん……」

 

 耳元で鳴る携帯の音で目が覚める。俺は気だるい体を動かし携帯を手に取る。時間を見ればまだ10時にもなっていない。こんな時にいったい誰だろうか?

 

「……夢宮……愛梨?」

 

 携帯の液晶に出ている名前を理解するのに多少時間がかかった。慌てて着信に出る。

 

「もしもし?」

「……嘘つき……」

「……え?」

「翔也君の嘘つきって言ったの! 学校で桜内君に聞いたんだよ!」

 

 電話口から、怒ったような心配しているような不思議な印象を受ける声が聞こえてくる。嘘つきとは昨日のことだろう。

 

「……ごめん……」

「やっぱり昨日の時点で風邪だったんだね……熱はどのくらい?」

「朝計ったときは……38度くらい……」

 

 寝る前よりかは少しは良くなったのだろうか?それとも寝起きだからなのかは分からないが頭痛はほんの少しだが良くなった気がする。

 

「38度って……高熱じゃない! 私のせいだよね……ごめんなさい」

 

 電話の向こうから謝る。そんなに高熱だろうか。熱になったのは久しぶりだからあまり分からない。

 

「いや、愛梨の責任じゃないだろ……」

「ううん。だって……昨日待たせたの私だし……」

「うーん……そんなに気にするな」

「ううん、私責任取るから! ちゃんと取るから!」

 

 何かを決めたように言う夢宮。

 

「責任って……」

「細かい事はいいから! 電話切るね? ちゃんと寝るんだよ?」

「いや、細かいことって……お前――」

「いいの! 翔也君は寝なさい! 返事は!?」

 

 有無を言わさぬ強い口調で言う。夢宮の前に俺は頷くしかなかった。

 

「分かったよ……」

「うん。それじゃお休み!」

 

 そう言って電話は切れた。一体何をやらかす気だろうか。考えるもうまく頭は回らず俺は、言われたとおり寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 次に気付いた時俺が居たのはどこか別の町だった。

 

「この感じ……夢だな……」

 

 いきなりこんな所で目覚めたならどんな奇跡だろう。

 

「ここは何処だ? とりあえず、歩いてみるか……」

 

 立ち止まっていても始まらないと思った俺は歩き出した。熱があったのを忘れそうになるぐらい足取りは軽かった。

 

「……ん?」

 

 歩き始めてから数分、視界には商店街が広がっていた。不思議に思った事は初めて見る景色じゃないような気がした事だ。

 

「……まさか!」

 

 気がついたら俺は走っていた。まるでこの場所を知っているかのように。しばらく走った後、俺は立ち止まった。目の前には一軒の家があった。

 

「……やっぱり」

 

 見覚えのある形、色。それは昔の自分の家だった。あの日、両親とともになくなったはずの。

 

「……何でいまさら……」

 

 家の前で立ち尽くしていると、家の中から誰かが出てきた。その人が誰なのか俺にはすぐに分かった。分かって当たり前だった。

 

「母さん……それに父さん……」

 

 自分の両親だった。父の手の先には小さい子供がいる。小学生ぐらいだ。早く外に出かけたいのか父親を頑張って引っ張ろうとしている。

 

「と、小さい頃の俺か……」

 

 あの頃の自分をこんな形で見ることになるとは思わなかった。この時の光景には俺も覚えがある。おそらくこの世界の今日は6歳の俺の誕生日だ。あの日俺はプレゼントを買ってもらいたくて仕方なくてあんな風に手を引っ張っていた記憶がある。

 三人は家の前に立つ俺が見えないかのように小さい俺を二人の間に挟み歩いていった。

 

「……家の中か……」

 

 入れるのだろうかという疑問が頭をよぎる。あの日以来、形そのものがなくなってしまった家の中。もしこれが夢なら入れる筈だ。そう思い俺は手を伸ばした。しかし、その手はドアにつくだけだった。鉄製のドアの冷たさが伝わる。

 

「そう、甘くないか……」

 

 そんな都合のいい話はない。それに今さら家の中を見てどうしようと言うのだ。

火事の原因でも探ろうとでも言うのか。

 

「……どうしようもないのにな……」

 

 もしこれが俺の記憶通りならこの家は、この後火事になる。それも誕生日の夕食の直前にだ。そして俺はさくらさんに助けられて、母さんと父さんは……

 

「……そして養子として初音島に行くんだな」

 

 もし、この日火事もなく両親が生きていたら俺はどうなっていたのだろう。そんなことを考えてしまう。そうなったら初音島に来ることもなくここで育ち大人になっていったのだろうか。

 

「……考えられないな、正直」

 

 それは、さくらさんや義之の出会いもなく。今の風見学園での学校生活もないということになる。そして何より

 

「愛梨に会えないのか……」

 

 言葉にして初めて思う。ここまで俺の中で夢宮……いや、愛梨への気持ちが大きくなっていることに

 

「出会いからしてとんでもなかったな」

 

 こんな状況でふと思い返す。

 

 初対面で木の上に居て降りられなくなってこちらの呼びかけに躊躇なく飛び降りてそれを抱きかかえた事。自分は魔法使いだって言い、使える魔法は二種類だというのを話してくれたこと。学校でお昼時に声をかけに来て大勢から一緒に逃げたこと。その後お手製のお弁当を食べて気絶したこと。

 

「ほんと、たくさんあるな。密度が今までと違いすぎる」

 

 出会ってからそんなに経ってない筈なのにこんなたくさんの事が起きた。傍から見ればいいことばかりでもないが俺自身は悪い気はしていない。何と言うか大事な思い出のような感じだ。

 

「それが無くなるのは耐えられないな……」

 

 この世界への未練を出さないように俺は目を閉じる。願うはこの夢の終わり。

 

【パリン!】

 

 愛梨との夢の世界で聞いた夢の終わりを告げる音がする。頭も冷静になったのか少しひんやりとする。

 

「お父さん早く早く!」

「こら、そんなに走ると危ないぞー」

 

 

 薄れいく意識の中、小さい俺が父親を呼んでいる。その後ろから両親が笑いながら言っている。

 

「さようなら……父さん……母さん」

 

 夢の中の親に別れを告げ俺は夢から覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 夢から覚めた俺には違和感があった。何故か頭の……額の所が冷える。額に手を当ててみるとタオルが置いてあるようだ。ご丁寧に濡らされており冷たさが心地よい。

 

「12時を回ったくらいか……」

 

 どうやらあれから三時間ほど眠っていたようだ。タオルのおかげもあるのかだいぶ楽になっている。

 

「……お腹すいたな……」

 

 良くなったせいもあるか食欲も出てきた。今なら少しは何か食べれるだろう。それと薬飲まねばと思い俺は体を起こそうとした。その時部屋のドアが不意に開いた。

 

「あー。起きちゃダメだよ翔也君」

 

 そういいながら、部屋のドアから入って来たのは

 

「……愛梨?」

「そ、愛梨さんだよ」

 

 笑顔を浮かべる愛梨だった。手には小さな洗面器を持っている。愛梨は俺の横に座り額のタオルを取り洗面器につける。どうやら洗面器の中身は氷水のようだ。

 

「調子はどう?

「少しは良くなったよ…」

「本当に?」

 

 愛莉は俺の額に手を当ててくる。やがて

 

「うん。確かに少しは良くなってるみたいだね」」

 

 安心したような笑顔で言う。一体いつから居たのだろう。

 

「いつからいたんだ?」

「私? さっき来たばかりだよ。玄関の鍵が開いてたから中に入ってみたら翔也君が苦しそうだったから急いでこれを作ったんだけど……」

 

 そう言って、愛梨は俺の額にタオルを載せる。ひんやりとして気持ちいい。

 

「…………」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

 俺は愛梨から視線をそらす。夢の中で気付いた愛梨への気持ちへの大きさ。それを意識してしまうと今までみたいに振舞えない。

 

「どこか、痛いところでもあるの?」

 

 そんな俺の態度を体の不調と捉えたのか顔を覗き込んでくる愛梨。額のタオルを落とすわけにもいかず近い距離に愛梨の顔がある。

 

「なんでもないから」

 

 出来る限り平静を装い返す。愛梨はそのまま俺を見続け

 

「……そうみたいだね」

 

 納得したのか、距離が離れる。どうやら顔が赤くなるまではならなかったようだ

 

「じゃあ、私ちょっと一階に降りるけど大人しくしなきゃダメだよ? 今は薬が効いてるだけなんだから」

「……分かった……」

 

 頷くと、愛梨は静かに部屋から出て行った。

 

「…………」

 

 一人になって考える。その中で色々と疑問が浮かんできた。そのほとんどが愛梨に関することだ。

 

「……本人に聞いてみるか」

 

 ついさっき大人しくしてと言われたが、俺は布団から出てタオルを洗面器に戻し一階に降りていった。

 

 

 



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12月22日(昼) 後半

 一階に下りて、一旦深呼吸した後俺は居間の戸を開ける。

 

「……なぁ、愛梨。ちょっといいか?」

「え? しょ、翔也君!?」

 

 そこに居たのは、居間の隅で何かを漁っている愛梨の姿だった。こちらも見てあからさまに焦っている。

 

「どうしたんだ?」

「な、なんでもないよ! どうしたの? まだ病気なんだから寝ないと!」

 

 

 愛梨は、俺のほうに小走りで来て言う。まるで先に進ませたくないように目の前に立つ。どうやら漁っていたのは小さい鞄のようだ。学校のものではない、おそらく私物だろう。

 

 

「いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「聞きたいこと? あ、ちょっと待ってね! 今お粥作ってるから!」

 

 そう言って焦ったように台所に向かう。その途中で顔だけ覗かせ

 

「アレの中は見ないでね! 絶対だからね!」

 

 と思い出したように言って顔を引っ込めた。何だろう、これは見てくれと言っているようなものではないだろうか?

 

「…………」

 

 俺の中では見るべきかそれとも言われたとおり戻るべきか葛藤が続いた。やがて

 

「……」

 

 なるべく気配を殺し足音を立てず鞄に近づく。幸い気付かれず鞄の前に着いた。漁ってた途中だからか開いており中が見える。

 

「……ノート?」

 

 中にはノートが数冊だけだった。一冊を手に取り表紙を見る。名前やどの教科で使うかといった使用用途など書いておらず新品のような状態だ。中を見ようとしたときその本がいきなり上に動いた。

 

「こら!」

 

 声のほうを向くと愛梨が立っていた。その手には俺が手に持っていたノートがある。

 

「何で見ちゃダメって言ったのに見るかな?」

 

 笑顔で言う愛梨。だがその目は笑っていないむしろ怒っている。

 

「いや……これは?」

「これは?」

「……ごめん」

「まったく、しょうがないな」

 

 これ見よがしに愛梨はため息をつく。

 

「はい、さっさとしないとお粥冷めちゃうから部屋に戻って?」

「うーん、部屋じゃなくてもここで――」

「部屋で食べたいよね?」

 

 先程と同じ目が笑っていない笑みを浮かべる。なんとなくではあるが音姫さんに義之が逆らえない理由が分かった。これは逆らってはいけない。

 

「部屋で食べたいです」

「うん。じゃあ行こうか」

 

 俺達は部屋に戻りお粥を食べた。食べさせた貰ったのではなく食べた。おかゆは薄めの味付けで俺の行動を知る前の愛梨の優しさが入っている気がした。

 

「それで? 聞きたいことって?」

 

 お粥を食べ終わり容器を片付け戻ってきた愛梨来客用の椅子に腰掛け言う。

 

「……ああ、そうだった」

 

 本来の目的を思い出す。そのために降りたはずなのに

 

「えーっと、まず一つ目に……」

「うん」

「学校はどうした?」

「早退したよ? 無断で抜け出したら不良でしょ?」

 

 仮病で抜けるのもダメなんじゃないだろうか。

 

「二つ目だけど……何で来たんだ?」

「責任取るって行ったでしょ?」

「責任って……愛梨に責任は無いだろう。俺の体調管理が悪かっただけなんだから……」

「それでも、昨日普通に帰っていれば風邪は引かなかったと私は思うの」

「そうかもしれないが……だからって学校休んでまで来る必要があるか?」

「私にとっては学校の授業より翔也君が大事なの」

 

 真剣な目で言う愛梨。その瞳はまっすぐで迷いも何もない。だがその目が急に悲しそうになり

 

「それとも……迷惑……だったかな……」

 

 申し訳無さそうにそう言われた。

 

「……え?」

 

 そんなことを言うとは思っていなかった。予想していなかった言葉に驚く俺に愛梨は続ける。

 

「いきなり、押しかけて勝手に振舞って……」

「いや、迷惑なんかじゃ……」

「……本当に?」

 

 次の回答を待っているがその回答に怯えている様なそんな印象を受ける目をしながら愛梨が聞いてくる。

 

「そりゃ全然迷惑じゃ無いと言えば嘘になるけど少なくとも俺は嬉しかったよ……」

「……フフッ」

 

 突然、愛梨が笑い出す。

 

「そっかー。翔也君はそう思ってくれたんだー」

「愛梨?」

「ん? いや、あんな真剣な目で言われたら嬉しくって」

「はぁ……」

 

 つまりさっきのは演技だったということか。まんまと騙された訳だ。

 

「あ、でも迷惑じゃないかなって思ったのは事実だよ?」

「はぁ……」

 

 なんだかどっと疲れた。主に精神が疲れた。

 

「うん。じゃあ病人は寝ないとね。ほらベッドに戻る」

「まだ……」

「ダーメ。病人は薬飲んで寝るのが仕事なんだから」

「分かったよ」

「ほら、早くする」

 

 愛梨はぴしりといった感じで言いベッドの方に俺を押す。

 

「大丈夫だって……うわっ!」

「きゃっ!」

 

 どちらかの足が滑ったのか俺達は二人揃って倒れた。後ろがベッドだったからか痛みは無かったが

 

「…………」

 

 倒れた拍子でお互いの体はこれまでに無いくらい近い。そして愛梨の顔が俺の目の前に来ている。

 

「…………」

 

 互いに無言で相手の顔を見る。こうして近くで見ると改めて愛梨の可愛さを認識すると同時にこの状況への恥ずかしさもあり顔が赤くなる。

 

「ご、ごめん!」

 

 いきなり愛梨が言い離れる。

 

「……あの愛梨……」

「わ、私下にいるからさっさと寝ることいい? いいよね? それじゃ」

 

 まくし立てるように言って愛梨は部屋を出て行った。顔が赤かったのは気のせいだろうか。

 

「俺も人の事言えないだろうけどな」

 

 そんな事を呟きながら俺は愛梨が作り直した氷水にタオルを浸し絞る。それを額に載せた。

 

「冷たい……」

 

 これで少しは頭も冷めるだろう。そんなことを考えながら俺は再度眠りについた。



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12月22日(夜) 前半

「たいぶ良くなった……かな」

 

 時刻は既に夕方を過ぎ窓の外は暗くなっていた。起きてみての体の調子はだいぶ良くなっていた。だいたいの熱を計るべく自分の額を触ろうとタオルに手をかける。

 

「まだ……冷たい?」

 

 タオルは使い始めたばかりのようにひんやりとしていた。体を起こして見て理由が分かった。机の所で突っ伏している愛梨の姿があった。おそらく俺が寝た後ずっと近くで看てくれていたのだろう。

 

「…………」

 

 ベッドから出てタオルを洗面器に戻す。その音に気付いたのか

 

「……あれ? しょうや……くん」

「おはようさん」

 

 寝ぼけ眼で俺を見る愛梨。だがすぐに

 

「ダメだよー? ちゃんと寝てないと」

 

 ベッドに戻るように促す。

 

「だいぶ良くなったから」

「本当にー?」

「本当だよ。寝る前より凄くいいよ」

「ちょっと待ってね……」

 

 そう言って、愛梨は俺の額に手を触れてきた。そのままお互いに動かず時計の時を刻む音が少しだけ響いた。

 

「…………うん。本当みたいだね」

 

 納得したのか頷いて手を離す。その顔は嬉しさに満ちているようだった。

 

「あの、ありがとうな……」

「え? 何が?」

「いや、タオル……取り替えたりしててくれたんだろ?」

「ううん。大したことないよ」

「そんなこと――」

「それより、体調いいならご飯にしよ?」

 

 俺の言い分を遮るように愛梨は言い俺の手を引っ張る。

 

「分かった。分かったから引っ張るなって」

「いいからいいから」

 

 そのまま引っ張られ俺達は一階に降りていった。気のせいか愛梨の手を握る力が少し強く感じた。

 

 

 

 愛梨に連れられ一階の居間に入った俺が見たのは

 

「うー」

 

 恨めしそうに時計を手に持っている音姫さんと、それに困っているような義之と由夢だった。

 

「あれ? 翔也さん。大丈夫なんですか?」

 

 こちらに最初に気付いたのは由夢だった意外そうな目でこちらを見る。由夢の発言で後の2人も気付いたのか。

 

「大丈夫なの? 翔也君」

「もういいのか?」

 

 三人揃って心配してくる。嬉しいが少し小恥ずかしい。

 

「大丈夫だよ。元々ただの風邪なんだからさ……」

「ダメだよー? 風邪だってこじらせたら大変なんだから。ちゃんと治さないと」

 

 俺の返事に対して音姫さんがぴしりといった感じで言う。これに愛梨は大きく頷き

 

「うんうん。そうだよー翔也君? 治る直前が一番気が緩んでぶり返しやすいんから」

 

 ここぞと言わんばかりに言う。この2人こんなに仲良かっただろうか。

 

「や、ならまずは中に入れて閉めませんか? 廊下は翔さんも寒いでしょうし」

「そうだな、ここでぶり返したら世話ないし」

 

 助け舟は他の2人が出してくれた。その言葉を聞いて二人は

 

「そっか……それもそうだね」

「そうだね。入ろう? 翔也君」

 

 納得してくれた。そして中に入りコタツに入る。程よい暖かさで心地よい。

 

「翔也。食欲あるか?」

「……そうだな、普段どおりとほぼ変わらないと思う……」

「よし。じゃあ俺雑炊温めてくるわ。音姉、練習はその後でね」

 

 俺の回答を義之はまるで待ってましたと言わんばかりに台所に向かう。

 

「うー」

 

 一方、音姫さんがまるでお預けを食らった子犬のように見ている。

 

「そんなになるなんて……お姉ちゃん、本当に好きだねー?」

 

 由夢が感心したように言う。先程まで義之が座っていたところには人形劇の台本がある。おそらく人形劇のことだろう。音姫さんは笑顔を浮かべ

 

「うん。だってすごく面白いんだもん。ここの最後のシーンなんて――」

「あれ? 台本完成したんだ?」

「うん。私、もう何回も読み直しちゃったよ」

「そんなに凄い話なの?」

 

 音姫さんの反応に気になったのか愛梨がおずおずと尋ねる。

 

「愛梨ちゃんも読んでみる?」

「うん、読んでみる」

 

 互いに頷きあい2人は仲良く台本を見だした。ここまで意気投合していると少し怖くなる。

 

「なぁ由夢。あの2人最初からあんな仲良かったか?」

「いや、私も良く分からないんです……最初は普通だったんですけど私が一旦家に戻ってまた来たら今みたいになってて……」

 

 どこか接点というか共感するところでもあったのだろうか。昔からの親友のように仲良く台本を見ている姿は微笑ましかった。

 

「というか、台本って完成してなかったんだな……」

 

 雪村が作ったのなら最初に渡された時点で既に完成品かと思っていた。

 

「ああ、昨日ようやく完成したんだよ……」

 

 そう言いながら義之が戻ってきた。手には小さい土鍋を抱えている。

 

「ほい。特製鮭雑炊」

「ありがとな。義之」

「いや、これを作ったのは夢宮さんだから」

 

 そうなんだ。昼と言い夜と言い感謝しないとな。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 ゆっくりと雑炊を食べる。味付けは昼のお粥と同じで少し薄かったが今はこのくらいがちょうど良い。食べている最中にふと思い出した。

 

「義之たちはもう食べたのか? そういえばさくらさんが鍋にするとか言ってたけど……さくらさんはいないし……」

「あー……あれな……」

 

 聞いちゃいけなかったのか、義之はばつの悪い笑みを浮かべる。由夢の方を見ると視線を少しそらした。

 

「あれな。夜じゃなくて昼だったんだよ。夜はもう作って食べた」

「昼? 食べにでも行ったのか?」

「いや、学園長室で……」

 

 義之たちの話からすれば、学園長室で鍋をしたとの事でそこで色々あったようだ。

 

「なんていうか、さくらさんも凄いな……」

「ああ……確かに学校で鍋をするとは思わなかったよ……」

「そうだね」

 

 そんな話をしながら食べていたらいつの間にか食べ終わった。食べ終わった食器は自分で台所に持って行った。洗うのは義之が後でするらしくお願いした。

 

「……いい話だねー」

「でしょ?」

 

 台所から戻ると音姫さんと愛梨がまた頷きあっていた。どうやら台本を読み終わったようだ。音姫さんが義之が戻ってきているのを見て

 

「弟くん? お稽古しよう?」

「えーっと……翔也達もいるし……」

「遠慮しないでいいぞ? 確か他の人が見てる中での練習も効果があるって誰かが言ってた気がするし」

「お姉ちゃんのシャルル上手なんだから兄さんも釣り合う位に上手くならないと……」

「お前ら……」

 

 義之が落ち込んでいるように見える。フォローの仕方を間違えただろうか? 音姫さんは待ちきれないのか台本を義之に押し付け始める。

 

「ほーら、早くしようよー弟くん」

「……はいはい……」

 

 どうやら観念したようだ。公開は明後日だろうからかなりの急ピッチなんだろう主役は大変なようだ。

 

「じゃあ、私はあっちに戻ろうかな」

 

 それと同時に由夢はそういい立ち上がる。音姫さんが意外と言った感じで

 

「え? どうして?」

「や、そ、その……見たいテレビがあるから。たまには一人で見てみようかな……って、あははは」

 

 ひょっとすると由夢は先の展開を知りたくないんじゃないだろうか。そんなことを考えていると

 

「なぁ、由夢。この話の最後なんだけど――」

「わー! わー!」

 

 義之が水を得た魚のように目を輝かせてネタバレしようとする。由夢は両耳を塞いで声を出す。どうやらあたりのようだ。

 

「最後のネタなんだけど――」

 

 ネタバレを続けようとする義之だがそれは

 

「ていっ!」

「こらっ!」

 

 愛梨と由夢のダブルキックにより阻止された。うまい具合に両足の脛を捕らえていた。

 

「あだっ!」

「兄さん、性格悪い」

「もぅ。そういう意地悪ばかりしたらダメだよ?」

「そんなんじゃ女の子に嫌われるよ?」

 

 両足をやられ三人に説教されている光景。人によってはご褒美らしいがちょっと可哀そうだった。

 

「ただいまー」

 

 そんなとき、玄関から声がした。他は取り込んでるため俺は玄関に向かった。そこにいたのはさくらさんだった。

 

「んにゃ!? 翔也君?」

「おかえりなさい、さくらさん。遅かったですね」

「体は大丈夫? 痛いところとかない?」

 

 俺が出迎えたことに驚いてるのか靴を脱ぎ捨てあがって来る。

 

「はい、だいぶ熱も下がりました」

「どれどれ……」

 

 さくらさんは俺の額に手を当てる。少し背伸びをしているようだ。愛梨にもされたので大丈夫だろう。

 

「うん。これなら大丈夫だね」

 

 さくらさんも納得してくれたようで手を離し笑顔で言う。

 

「良かったよー。風邪が酷くなってなくて……」

「そうですね」

 

 さくらさんを連れて、居間に入る。

 

「あ、さくらさん」

「ただいまー。義之君。音姫ちゃん、由夢ちゃん。それと……」

「えっと、夢宮愛梨です」

 

 会うのは初めてなのか愛梨が頭を下げ挨拶する。さくらさんは

 

「愛梨ちゃんだね。確か本校生だよね?」

「はい。そうです」

「音姫ちゃんに用事?」

「い、いえ……」

 

 愛梨は、首を横に振り俺のほうを見る。それに気付いたさくらさんはニヤニヤしだし

 

「そっかー。翔也君の恋人かー」

「いや、違いますよ」

「そ、そうですよ!」

 

 俺達は、つい否定してしまった。好きだけど彼女ではないのは事実なのだが……

 

「にゃはは、そっかーでも愛梨ちゃん。こんな時間だけど大丈夫?」

「え?」

 

 さくらさんの一言で全員時計を見る。時刻は夜もだいぶ経っていた。それを見た愛梨ははっとしたように

 

「えっと、今から帰ります」

 

 そう言い出した。こんな時間に一人で帰るのはさすがに危険だ。

 

「じゃあ、送るよ」

「何言ってんの? 翔也君は風邪なんだからダメに決まってるでしょ?」

「なら、俺が送りましょうか?」

 

 義之が名乗りを上げた。だが

 

「兄さんがですか?」

「弟くんが?」

 

 その後ろで朝倉姉妹がぽかんとしていた。

 

「なんだよ……」

「や、兄さんが送るのは危険なんじゃないかと……」

「弟くんがねー……」

 

 遠慮がちに言う2人。確か生徒会のエリカにも野蛮人とか言われてたな。いったい何をしているんだろうか。2人の言い分を聞いた愛梨は

 

「えと……1人で大丈夫ですよ」

「だけど……」

 

 何かあったら風邪どころじゃない。そう考えていたらさくらさんが名案を思いついたのか

 

「うん。ならこうしよう」

 

 そう言った。なにを思いついたのかは分からないが今はそれにすがるしかない。

 

「ねぇ、愛梨ちゃん」

「はい。何ですか?」

「今日、家に泊まっちゃいなよ」

 

 さくらさんの一言に俺達は

 

「…………」

 

 

 一時言葉を失い、やがて

 

「えーー!」

 

 揃って驚きの叫びが出た。 



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12月22日(夜) 後半

「今日、家に泊まっちゃいなよ」

 

 さくらさんの一言に俺達は驚いた。さくらさんはきょとんとして続ける。

 

「あれ? ボク何かおかしいこと言った?」

「いや、おかしいも何もいきなり泊まれって言うのは誰だって驚きますよ……」

 

 ふと我に返り俺は言った。義之たちも頷く。さくらさんは

 

「そう? 嫌じゃなければ布団もすぐ使えるし名案だと思ったんだけどなー」

「布団って……来客用の布団は前に干したのいつでした?」

 

 おれ自身も思い出せない。そんなので愛梨を寝させたくないという気持ちもある。

 

「違うよー。愛梨ちゃんはボクが使ってる布団で寝ればいいんだよ」

「あの……そうしたら……さくらさんはどこで寝るんですか?」

 

 愛梨が控えめに言う。さくらさんは少し寂しそうに目を細め

 

「うにゃー。ボクも一緒に寝たいけどそろそろ学園に戻らないといけないんだ……戻ってきたのも翔也君の様子を見る為だし……」

 

 仕事を中断して戻って来てるとは……というよりは

 

「学園の仕事……って、こんな時間までですか?」

 

 音姫さんが驚き言う。言うとおりこんな時間まで働いているなんて労働基準とかまるで無視している。

 

「そうなんだけどねー。いろいろあるんだよ、ボクにも……」

「そうなんだ……大変ですね……」

 

 由夢は感心したように言う。由夢からすればこんな時間まで学校に拘束されるのはかったるいなんてものじゃないだろう。

 

「そうでもないよ。ただ……」

 

 さくらさんは笑顔で答えてニヤニヤとしだす。

 

「こんな時間って言うなら、女の子を1人にするのは危ないよね? 義之君は音姫ちゃん達にダメって言われてるし……」

 

 勝ち誇るかのように言うさくらさん。どうやらさくらさんの中では泊まって貰う事で決まっているようだ。

 

「う……」

「それは……」

「うん。なら決まりだね。愛梨ちゃん今日は泊まっていって?」

「は、はい……」

 

 さくらさんの笑顔の前に俺達は頷くしかなかった。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるねー」

 

 そう言ってさくらさんは部屋から出て行った。少しして玄関のドアが閉まる音がした。残された俺達は、とりあえず寝る支度を始めた。途中で音姫さんたちは帰っていった。いや、帰ったというよりは

 

「や、やっぱり心配だからお姉ちゃんも泊まる!」

 

 何を考えたか突然言い出す音姫さんを由夢が

 

「お姉ちゃん! 無理だから!」

「あー! 弟くーん!」

 

 無理やり引っ張る形で朝倉家へ連れて行った。由夢達が朝倉家に入る直前に聞こえたのは

 

「弟くーん! 変なことしちゃダメだからねー!」

 

 音姫さんの叫びだった。これを聞いた義之は

 

「そんなに俺信用ないのかな……」

 

 ちょっと真面目な顔して頭を抱えていた。

 

「どうだろうな……」

「翔也まで……なんか俺もう寝るわ。明日も早いし。それじゃおやすみ翔也。夢宮さん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 義之は大きく欠伸をしながら部屋に戻って行った。となると、案内は残った俺になる。

 

「そんじゃ、行こうか」

「うん」

 

 俺達は、さくらさんの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがさくらさんの寝室だから……」

「う、うん……」

 

 俺はさくらさんの部屋に愛梨を案内していた。俺自身もさくらさんの部屋に入るのは久しぶりだった。部屋にはあまり物は無いがどこか心が温かくなる気がした。愛梨は緊張しているのか辺りを見回しながらゆっくりと入ってきた。

 

「確か、布団は……」

「ねえ、翔也君」

 

 布団を出そうとする俺に愛梨が聞いてくる。

 

「何だ?」

「本当に泊まっていいのかな?」

「良いも何も……さくらさんが良いって言ったんだから良いんだろ?」

「そういうもの……なのかな……」

 

 確かにいきなりあんな言われて去って行ったら不審に思うのも仕方がないだろう。俺は話題を変えることにした。

 

「それより、愛梨は家は良いのか?」

「え? なんで?」

「いやだって親とかいるだろ? 連絡とかしないでいいのか?」

「ああ……」

 

 そう言って、愛梨は何を納得したのか何度か頷いて笑顔で言ってきた。

 

「大丈夫だよ?」

「大丈夫って連絡くらい……」

「だって私の家、親いないもん」

「……え?」

 

 今度はこちらが絶句した。親が居ないってそれはつまり……

 

「あ、違う違う。家に居ないってだけだからね?」

 

 愛梨は焦ったように訂正する。

 

「そ、そっか……」

「うんうん。はい、この話題はおしまい! それじゃ私シャワー浴びてくるから」

「シャワーって着替えはどうするんだ?」

「あれに入ってるよ、一応制服もね」

 

 愛梨は先のノートが入っていたバックを指差す。用意がいい……というより制服までご丁寧に入ってるということは

 

「なあ愛梨。もしかして言われなくても泊まるつもりだったのか?」

「えーっと熱が下がらなかったらだよ? 本当だよ?」

 

 そうは言うが目が泳いでいる。これはさくらさんが帰ってきてくれて感謝しないといけないだろう。何もなしに泊まると言われたらどうなっていたことか。

 

「そっか、じゃあ俺部屋に戻るから……」

「あ、翔也君」

 

 布団を出し、部屋を出ようとする俺を愛梨が呼び止めた。

 

「どうした?」

「えっとね、覗いちゃダメだよ?」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべ言う愛梨。何を考えているのだろうか。

 

「しない。それじゃ」

「むー……」

 

 むくれている愛梨に背を向け俺は部屋を出た。付き合うと長くなりそうだし、少し眠くなってきた。薬が効いてるのだろうか。

 

「早く寝ないとな……」

 

 俺は部屋に戻り明かりを消した。そのまま布団に入り、そのまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどう?」

 

 いきなり声をかけられた。辺りを見回すと何故か学園の中だった。声のするほうを見れば愛梨が立っていた。

 

「ここは夢か?」

「そう。多分明日の予知夢じゃないかな?」

 

 言われてみれば、周囲には露店が並び生徒以外の人も見える。去年のクリパで見たことある風景だった。

 

「しかし、ご苦労様だな」

「え?」

「いや、わざわざ夢の中に入ってこなくても……近くに居るんだから話があるなら起こせばいいだろ? それも魔法なんだし」

「…………」

 

 愛梨は呆れた目で俺を見る。

 

「あのね? 今の翔也君は風邪なの。寝ないといけないんだから起こすわけにいかないでしょ? だからこうして来たのに……」

「そっか……悪い」

 

 頭を下げる。愛梨から見ればまだ俺は病人のようだ。

 

 

「あ、ちょっと待ってね」

 

 そう言って愛梨は校舎の影、俺から見えない位置に走って行った。それからしばらくして突然頭が冷えた感じがする。手で触れてみると額が一番冷えていた。

 

「ただいまー……ってどうしたの?」

「いや、少し頭が冷えてな……」

「あー……それは、今翔也君にタオルを置いたからだよ。分かる?」

「……そういうことか」

 

 夢の中と体は繋がっているという話は聞いていたがこういうことをされると実感が湧いてくる。

 

「それにしても楽しそうだね……」

「そうだな……」

 

 並んで、クリパの風景を眺める。露店の商品を子にねだられる親子。冬だというのに雰囲気を出すためかこった衣装で調理をする男子。そんな風景をしばらく眺めている中、愛梨が口を開いた。

 

「…………翔也君」

「ん?」

「明日、楽しみだね……」

「そうだな」

「うん! ……あふ……」

「眠いのか?」

 

 小さく欠伸をした愛梨は頷く。そろそろ愛梨も寝たほうがいいだろう。

 

「じゃあ、そろそろ寝るか」

「そうだね……それじゃおやすみ。翔也君」

「ああ、おやすみ」

 

 そう言って、愛梨は先程と同じように校舎の影に歩いて行った。少ししてから確認しに行ったがそこに愛梨の姿は無かった。俺はそのまま進み暖かい中庭に移動した。無論俺も寝るためだ。

 

「やっぱりここは空いてるな……」

 

 少し外れた場所にあるベンチに寝転がる。日差しも届きまさに絶好の寝場所だ。

 

「……楽しみだな……」

 

 明日にあるクリパのことを考えながら俺は目を閉じた。明日の成功を示すような太陽の暖かい陽気も手伝ってくれて夢の中での眠りも早く訪れた。

 

 



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12月23日
12月23日(朝)


「……いい天気だな……」

 

 窓から入る朝日で目が覚める。どことなく気分も軽く明るくなる。少し体を動かしてみる。昨日まであった疲労感などはなくむしろ軽いくらいだ。

 

「天気も体も絶好のクリパ日和だな」

 

 時間を確認してみる。いつもより少し早めにアラームをセットしていたがそれよりも早く起きていた。我ながら単純だ。

 

「まずは、復帰がてら朝食でも作るか……」

 

 そう思い一階に降りると義之の姿があり俺のほうを見て

 

「おはようさん」

「おはよう」

「調子は良さそうだな。夢宮さんの看病が効いたか?」

「そうかもしれないな」

 

 軽く笑って返す。既に朝食は義之が作っているようで、手持ち無沙汰になった俺は洗面台に顔を洗いに行った。冷たい水でさっぱりと目を覚ましてまた義之のところに戻る

 

「なあ、義之。手伝うことあるか?」

「いや……特に無いけどな……」

 

 手を動かしながら、義之は思い出したように

 

「なら、夢宮さんを起こしてきたらどうだ? さくらさんの時みたいに」

「ああ、それもそうだな……」

 

 寝起きはいいほうなのだろうか? さくらさんのようなら今のうちに起こさないと大変だろう。女性は身支度に時間がかかるとさくらさんに言われた事もあるし。

 

「じゃ、俺ちょっと起こしてくるわ」

「りょーかい。なら三人分出すぞ? そのほうが一気に洗い物済ませられるし……」

「わかった」

 

 そう行って俺は2階のさくらさんの部屋に向かった。

 

「愛梨? 起きてるかー?」

 

 ノックしながら言う。返事は返ってこない。まだ寝てるのだろうか。

 

「開けるぞー? いいかー?」

 

 再度言うも返事は無い。俺は出来るだけ静かに戸をあけた。

 

「…………」

 

 そこには、すやすやと眠っている愛梨の姿があった。近づいてみるがおきる気配はまったく無い。

 

「愛梨。朝だぞ」

 

 布団の外に見える肩を軽くたたいて呼びかけるが

 

「…………」

 

 起きる気配はまったく無い。今度は頬を指でつついてみる。愛梨の肌は柔らかく何だか癖になる触り心地だ。

 

「って……何やってんだ俺は……」

 

 ふと我に返り恥ずかしくなる。頬が緩んでいたかもしれない・他の人に見られたらからかわれるいい材料だ。

 

「愛梨、起きろー」

 

 真面目に体を揺らしながら呼びかける事数秒後

 

「……んん……」

 

 少し反応があり愛梨の目がわずかに開く。

 

「……しょう……やくん」

「おはよう」

「…………」

 

 挨拶するも反応が無い愛梨はじっと俺の顔を見て寝ぼけているのか突然

 

「えへへー」

 

 と言いにっこりと笑う、幸せそうな顔だ。

 

「おはよー翔也君」

「うん、おはよう」

 

 改めて、挨拶をした後

 

「翔也君ってこんな時間に起きるんだー……早起きだねー」

「今日はたまたまだよ」

「ふーん……あっ、今日が楽しみで仕方ないんだー。夢でも言ってたもんね」

 

 どうやら、夢のこともちゃんと覚えているようだ。

 

「確かに楽しみだよ」

「そっか……じゃあ早く行こうか。えっとシャワー借りて良い?」

「良いと思うぞ、空いてるだろうし」

「じゃあ、シャワー浴びてくるねー」

 

 バックから着替えをささっと抱えて愛梨は部屋を出て行った。

 

「布団は使いっぱなしか……」

 

 意外だと思いつつも俺は布団をたたんで。一階に戻った。

 

「ご馳走様でしたー」

「ご馳走さん」

「ご馳走様」

 

 その後、シャワーを浴び制服に着替えて愛梨を含む俺たち三人は朝食にした。1日ぶりとは言えやっぱり普通の朝食は美味しい。

 

「んじゃ、翔也洗い物任すわ」

 

 身支度は終わってるのか義之が言う。

 

「随分早いな……」

「まあ、劇の練習も今日が最後だからな……」

「そっか、頑張れよ。主役さん」

「頑張ってね。桜内君」

「おう!」

 

 俺達の応援にガッツポーズで答えて義之は出て行った。

 

「人形劇かー」

「見たいか?」

 

 愛梨は大きく頷き表情をうっとりさせる。

 

「だって凄く良い話だったもん。そうだ、翔也君。一緒に見に行こうよ」

 

 名案といったばかりに愛梨は言う。断らないと信じて疑わない目で言われ俺は

 

「分かった。でも今日じゃないからな……」

「そうだった……でも今日は今日で楽しもうね」

「うん」

「じゃあ、私も先に行くね。焼きそば楽しみにしてるから」

「え? なら俺も行くよ」

「ダーメまだ時間はあるんだし。洗い物任されたでしょ? ちゃんとしてから来てね」

 

 愛梨はそう言って先に家を出て行った。残された俺は言われてように洗い物を片付け早めの時間だが学校に向かった。

 

 

 学校への桜並木に入った所で少し先にある人物に会った。

 

「よっ北上」

「えっ……」

 

 先を歩いていたのは北上だった。振り返ってる間に横に並ぶ。

 

「何だ春野か……脅かさないでよ」

「悪い悪い。昨日は悪かった、いきなりシフト決めとか頼んで……」

「別に良いわよ……ちょうど良かった。はい」

 

 そう言って北上は俺に一枚のプリントを渡してきた表が書いてあり上には俺の名前や一部クラスメイトの名前がある。

 

「何だこれ?」

「シフト表よ? あんたの要望どおり今日の最初に入れてるから」

「シフト表……」

 

 言われて見れば書いてある名前は調理班の人間だ。俺の割り当ては昨日の要望どおり今日の最初だった。気になったのは時間だった。

 

「俺だけ時間長くないか?」

「昨日居なかったんだから仕方ないでしょ? 諦めて? 他にも最初が良いって人も居たんだから。それを諦めて貰う代わりに春野に長く入ってもらうことにしたの」

「そっか……」

 

 わざわざそこまでして通してくれるとは思わなかった。これは多少の時間延長は大目に見よう。

 

「分かった、頑張るよ」

「そうね、わざわざ最初に入りたいなんて言うからには今日は多少きつくても働いてもらうからね?」

 

 意地悪な笑みを浮かべて北上がこちらを見る。俺は首をすくめながら答えた。

 

「はいはい……委員長の仰せのままに……」

「…………」

「ん? どうした?」

「春野……なんか楽しそうね……」

「いつも楽しみだよ? クリパとか卒パとか……」

「あ、違う違うそうじゃなくて」

 

 慌てたように北上が手を振る。どういうことだろうか

 

「なんていうか、これから楽しそうだなって感じじゃなくて……これから楽しいのが分かってるて言うのかな……なんかそんな風に見えてから」

「ああ……」

 

 おそらく昨日の夢のせいだろう。あんなことが起こるのだろうという気持ちが出てたのかもしれない。

 

「まあ、楽しいだろうな……なんだかんだでこれが付属最後のクリパでもあるんだし……」

「そうね……最後だからってクラスのほうをサボる理由にはならないからね……」

 

 北上が俺を睨む。

 

「そんなことしないから」

「そう言って去年、杉並たちに協力させられていたのは誰?」

「……すみません」

「まったく、ほらさっさと行くわよ? 最初の人の段取りとか叩き込んであげるから」

「りょーかい!」

 

 もうすぐ、校門前の所で北上が歩くペースを速める。俺は頷き同じように歩く。楽しいことが起こるだろう。というより起こるのは夢で見た。ならそれを全力で楽しむためにもまずやるべき事をやろう。

 

 そんな決意をしながら俺は校門を通った。



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12月23日(昼) 前半

今回も前半と後半に分けます。

ご容赦ください。


「――ということで、本日14時よりクリスマスパーティーが開催されます。パーティーには一般のお客さんなど学園外からの来訪者もたくさん訪れます」

 

 壇上でさくらさん――いや、芳乃学園長がクリパでの注意事項を述べている。開会式も始まりいよいよクリパもいよいよ本番なんだと気持ちが一気に高ぶってくる……

 

「なので、風見学園の学生として恥ずかしくない行動をするように心がけてください」

 

 さくらさんはそう言って壇上を降りる。周りの生徒も気分が高まっているのか少しざわついた空気が漂っている。改めて壇上を見ると生徒会長である音姫さんが上がっていた。

 

「それでは、各クラス準備を始めてください。くれぐれも怪我などないように気をつけてください」

 

 やっぱり、仕事をしているの音姫さんは凛としていて真面目な生徒会長さんだ。周りの男子から嬉しいのかため息がこぼれる。ふと義之のほうを見れば板橋を含む一部の男子に小突かれている。難儀なものだ。

 

「おい、春野? 行くぞ」

 

 クラスの男子に呼ばれる。いつの間にかクラスメイトは移動を始めていた。

 

「ああ、分かった」

 

 俺は、自分たちの準備をするために教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に全員が戻ったところで北上が前に立ち言う。

 

「それじゃ、準備班は設置場所で準備して。春野は材料受け取った後、準備班と一緒に作業を手伝って。他の人は何かあったら呼びますのでそれまでは楽しんでください」

 

 その一言を受けてうちのクラスはそれぞれ動く。クリパを見に行く人。準備に向かう人様々だ。俺は北上に近づき

 

「材料ってどこに来るんだ?」

「それは、私も一緒に行くから。注文したのは私だし……付いて来て」

 

 北上はそう言って、部屋を出て行く。俺はついて行く。ついていった先は学校の正門だった。少し先に小さなトラックが見える。中から運転手が出てきてこちらに歩いてきた。

 

「あの、北上さんでしょうか?」

「はいそうです」

「荷物はここに置けばいいですか?」

「はい、お願いします」

 

 そういって、運転手さんは荷台から積荷を降ろす。数にしてダンボール3箱分だった。

 

「なんか、予想より少ないな……」

「当たり前でしょ? これ1日分なんだから」

「そういうことね……」

「後、言ってなかったけど明日運ぶのもあんただからね」

「…………は?」

 

 それは初耳だ。聞き返した俺に北上は、少し面倒そうな表情を浮かべ

 

「あんた休みだったんだから。文句言わないで。私も手伝うから……」

「いや、いいよ」

 

 俺はダンボール3つ一気に持つ。持てないほどではない。

 

「ちょっと、無理しないでいいって」

「いいからいいから」

 

 焦るように言う北上を置いて俺は歩き出す。後ろから付いてくる北上は

 

「待ちなさいよ。あんた病み上がりなんだから」

「大丈夫だって。それより材料は明日もこの時間か?」

 

 立ち止まり、北上の言い分を置いて聞く。北上は一瞬ためらったのだろうか、少し間があってから言う。

 

「そうだけと……」

「そっか……なら、明日も俺が行くわ」

「……え?」

「だって北上もクリパ楽しみたいだろ? 一緒に回る相手いないのか?」

「…………」

 

 北上はしばらくした後、睨んでくる。

 

「別にいないです! そういうならとことん働いてもらいますからね!」

 

 そう言って、足早に先に行ってしまった。何かまずい事いっただろうか。

 

「よく分かんないな……」

 

 そう思うも、とりあえず俺は北上の後を追った。

 

「……ここでいいか?」

「ああ、そこらへんにおいといてくれ」

 

 設置予定場所に着き、準備班の男子に聞く。彼が頷いたのでとりあえずそこに持ってきた材料を置く。

 

「何か手伝う事あるか?」

「いや、特に無いな……」

 

 そういわれると手持ち無沙汰になる。準備状況を見れば鉄板などは終わっており調理自体はできそうだ。俺はあたりを見回し北上を探す。北上は1段落した所なのか。暇そうに周りを見ていた。

 

「なあ、北上」

「ん? なに?」

 

 声をかけるも先ほどの件があるからか。不機嫌そうに返してくる。

 

「ちょっと試しに作ってみてもいいか?」

「……いいけど……」

「それとさ……味見手伝ってくれないか?」

「え?」

 

 意外だったのか北上は目を見開く。

 

「あんた、料理上手だったでしょ? いまさら味見なんていらないでしょ……」

「いや、さっき北上が言ったように病み上がりだからさ。ちょっと自信なくてさ……」

「あっそ……ようは毒味係って事ね私は」

 

 呆れたように北上は言う。そんなことは思っていない。毒味というのは昔の……由夢の料理を食べるような事を言うのだ。

 

「そ、そんなこと無いって!」

「あはは、分かってるわよ。」

 

 先程とはうって変わって笑顔を浮かべる。

 

「はい、ならさっさと作る。時間あんまり無いから急いで急いで」

 

 そう言って、わざとらしく俺の背中を押し出す。ちょっと前まで不機嫌だったのが嘘の様だ。

 

「分かった分かった」

 

 そうして、作ってる間に他のクラスメイトも昼飯抜きで食べたくなったのか。いつもの間にか結構な量を作ってしまう事になった。

 

「でもまあ……いいリハビリにはなったかな」

 

 おかげで、調理に関しては感覚はほとんど戻ったと思う。これなら長時間のシフトも大丈夫だ。焼きそばを食べ終えたのか北上がこちらに来る。

 

「やっぱり美味しいわね……春野の料理」

「そうかな?」

「そうなの! まったく、去年といい女としてちょっとキツイわ……」

 

 一部の女子がうんうんと頷く。そんなに複雑なものなのだろうか。

 

「料理なんて人それぞれだと思うけどな……」

「それでも思うの! さてと……みんなちょっと集まって!」

 

 北上が集合をかける。現在いる班員が全員集まる。

 

「そろそろ開店します。調理班と宣伝班は忙しくなるけど頑張りましょう!」

「おー!」

 

 そんな掛け声とともにクリパは始まりを告げた。

 

 

 



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12月23日(昼) 後半

「春野君。そっち出来てる?」

 

 売り子のほうから声が聞こえてくる。俺は手を動かしながら答える。

 

「ちょっと待ってくれ……」

 

 クリパが始まってから30分くらい経過しただろうか。今の俺はひたすら焼きそばを焼いていた。予定よりもお客が多く休憩も取れない状況だ。

 

「しかし、なんでこんなに多いんだ? ただの焼きそば屋なのに」

「普通に美味しいからって事でしょ!?」

 

 俺の隣で北上が言う。本来調理班ではないのだが状況が状況なので急遽入ってもらっている。

 

「卒パの件があったの忘れてたわ……」

「あれ……そんなに影響あるのか?」

「この客足みればあるんでしょうよ!」

 

 お互いに手を動かしながら話す。焼き上がりを見てパックに詰め売り子の方に渡す。

 

「出来たからお願い」

「うん、分かった」

 

 渡し終えたらまた次の分を作る。さっきからこれの繰り返しだ。

 

「後どのくらいいるんだ?」

「時間的にまだまだでしょうね……」

 

 横目で見ると、結構な列が出来ている。

 

「意外に……女性が多いんだな……」

「それが、あんたのせいなんでしょうが」

 

 自分の分が焼き上がったのかパックに詰めながら北上は言う。

 

「とにかく! この行列が終わるまではあんたは変われないからね!」

「まじか!」

「驚くより手を動かす! この分だとあんたは入らないと回しきれないから我慢して!」

「……分かった!」

 

 自分のせいでこうなったと言うのなら仕方が無い。ここはこの列を回すまでは変われないだろう。俺は息を大きく吐く。だがふと思ってしまうことがある。

 

「……猫の手でも借りたいな……」

 

 鉄板の幅から言えば後1人くらいは作業できそうだ。そこに人が居ればもう少し回りも良いのだろうが。調理班はおそらく交代までは来ないだろう。売り子に作らせるわけにもいかない……

 

「どっかにいないかな……」

「困ってるねー。翔也君」

 

 不意に愛梨の声がした。声のする方を向くと店の前……カウンターに愛梨がのんびりと手を振っていた。どうやら列に並んでいたようで、売り子に断るような仕草をしてこちらに歩いてきた。

 

「愛梨……」

「はらほら、手を動かす」

「あ、ああ……」

 

 言われて手を動かす。それを愛梨は見ながら言う。

 

「手伝おうか?」

「何言ってるんだ?」

「さっき猫の手も欲しい……って翔也君言ってたよね」

「確かに言ったが……」

「ちょっと春野! ……どちら様?」

 

 手が遅くなったからか北上がこちらを見る。愛梨に気付いたのか尋ねてくる。

 

「えっと……」

「通りすがりのお手伝いさんって事で良いかな?」

 

 俺が言うのを遮り愛梨が言う。北上は目を見張り

 

「いやお手伝いって…それに本校生が手伝いなんて……」

「いいからいいから、ちょっとこのエプロン借りるねー」

 

 北上が遠慮しながら言うも、気にしてないかのように言う愛梨裏側に来て女子用のエプロンを着用する。

 

「私はしたいんだけど……ダメかな?」

「い……いえダメな訳じゃ……」

「なら良いよね?」

「分かりました……」

 

 真正面からじっと見つめられ、渋々北上が納得する。それを受け愛梨は

 

「焼きそば……だよね。よーし頑張ろう!」

 

 そう言って作り始めた。北上はこちらを見て言う。

 

「あの人……春野の知り合い?」

「そうだな……うん」

「名前は?」

「夢宮愛梨」

「あんたはホント……何をすればこうなるのかしら。ここに本校生がいるなんて……」」

 

 北上はため息をつく。もしこの場じゃなければ頭を抱えながら言ったであろう。

 

「だけど、手伝ってくれるなら助かるわ……早く終わらせるわよ!」

「はいはい」

「えっと……夢宮先輩もよろしくお願いします!」

「はーい!」

 

 そこから、俺・愛梨・北上の三人体制で列が終わるまで作り続けた。列が終わりを迎えたのはそれから予定より30分程後だった。

 

「疲れた……」

「私もちょっと疲れたなー」

「お疲れ様、2人とも……」

 

 交代し後ろの机で休憩している愛梨と北上に買ってきたお茶を渡す。

 

「ありがと」

「ありがとー」

 

 俺も自分の分を空け飲む。長時間の調理は結構汗をかくものだ……そんなことを考えていたら北上が愛梨に向かって頭を下げた。

 

「あの、夢宮先輩ありがとうございました」

「いいよいいよ、私が好きでやったんだし……」

「でも……」

「気にしないで。楽しかったから……ね?」

 

 腑に落ちないような表情を浮かべる北上に愛梨が笑いかける。その笑顔には少しの迷惑も感じてない……むしろ楽しかったというのが見て取れるくらいに明るい眩しさを放っているように見えた。それを見た北上は

 

「……はい!」

 

 屈託の無い笑みを浮かべた。この2人相性良いんじゃないだろうか。

 

「あ、春野。お疲れ様今日はあんたのシフトもうないから。お疲れ様」

「大丈夫か? 何かあったときに居たほうが……」

「大丈夫よ。それに夢宮先輩はあんたに用があるんでしょうが……」

 

 呆れたような目で俺を見る北上。そりゃあんな風に振舞えばそうなるか。

 

「そっか……分かった。何かあったら連絡くれ。すぐ戻るから」

「何も起こらないから安心して」

 

 北上は愛梨のほうを向く。

 

「夢宮先輩、春野空きましたんでどうぞ」

「ありがとう。それじゃ行こう、翔也君」

「ああ。じゃあ北上、後頼むな」

「ええ、残りをしっかり楽しみなさい」

 

 北上はそう言って、売り子のほうに向かっていった。働き者な事だ。

 

「翔也くーん、遅いよー」

 

 いつの間にか先に行っていたのか愛梨が大きく手招きしながら言う。俺は小走りで向かった。校舎内に入り歩いてると愛梨が口を開く。

 

「しっかりした女の子だったねあの子」

「北上のことか?」

「北上って言うんだー、もうちょっと話したかったなー」

「そうなんだ……」

「うん……ああ!」

 

 頷きかけた所で何かを思い出したように愛梨が叫ぶ。そして表情は先程の明るさはどこへ行ったか落ち込んだ表情に変わった。

 

「どうした?」

「……焼きそば……」

「へ?」

「焼きそば……買ってなかった……」

「ああ……」

 

 おそらく手伝う前のカウンターで断った時にあそこで買ったと勘違いしたのだろう。

 

「……残念だなー」

「そんなにか?」

「うん。だって翔也君が作ったんだもん」

「…………」

 

 また表情の変わる愛梨。こうストレートに言われるとさすがに照れる。

 

「そんなになら今度作るよ」

「ほんと!? わーい」

 

 両手を上に上げ喜ぶ愛梨。こう見ると本当に子供のようだ。

 

 

「あの……私、ケガ人がいるって聞いたからきたんですけど……」

 

 階段の踊り場の近くを通ってる時、困っているような声が聞こえた。俺はその声に聞き覚えがあった。

 

「由夢?」

「どうしたの?」

 

 声のするほうを見ると

 

「ちょ、ちょっと……やめてください!」

「そんなこと言わないでさぁー」

 

 そこには、少し…結構頭の悪そうな他校生徒に絡まれている由夢がいた。状況からして、ケガの振りでもして近づこうとしたんだろう。周囲を見るとほとんどの人が迷惑そうにしていた。

 

「……はぁ」

「ああいう人……居るんだね……」

「そうだな……仕方ない……愛梨ちょっと待っててくれ」

「なんとなくそういうと思ったよ。こっちで待ってるね」

 

 さすがの愛梨も呆れているようだ。しかし風貌は不良っぽいので誰もいえないのだろう。ここは自分が行くしかないだろう。もしくは義之がいれば違ったかもしれないが……俺は、待っとく旨を愛梨に伝え由夢の方に向かった。

 

「朝倉さーん? どうしたんですか?」

「へ?」

 

 俺は、他人を装い他校生徒と由夢の間に入った。その時他校生徒を引き剥がす。いきなりで不意をつけたからかあっさりと引き剥がせた。そのまま他校生徒と由夢の間に立つ。

 

「翔さん……」

「なんだぁ? てめぇ?」

 

 由夢は驚き、男はイラついたように睨んでくる。

 

「すみません。俺は保健委員の春野と言います。ケガ人はあなたですね?見たところ大きなケガはなさそうですが」

 

 保健委員というのはうそだがこの方が円滑に進むと思ったので言わせて貰った。男はイラつきながら

 

「けがしてんだよ! 分かるだろうが!」

 

 そう返してくる。そこで俺は

 

「なるほど……頭が少し悪いんですよね。分かりました」

「……は?」

 

 周囲に聞こえるように大きな声で言った。周囲は意味が分かったのかクスクスと笑いが聞こえてくる。男は最初きょとんとしたが遅れて意味が分かったのか

 

「てめぇ……」

 

 ぷるぷると震えながら怒っている。ちょっと面白い。

 

「なぁ、春野よ。楽しいことしてるな。俺に教えてくれんとはつれないなぁ」

 

 後ろからの声に振り向くと杉並が居た。ホントに神出鬼没だなこいつは。よく見ると周囲はさっきより人が増えていた。見世物じゃないというのに男はばつが悪くなったのか

 

 

「くそっ! 覚えてろよ!」

 

 そんな台詞を吐き逃げていった。それと同時に

 

「うちの生徒と他校生徒が争ってるのってここ?」

「まったく、ホントこの学校は問題ばっかり!」

 

 高坂先輩とエリカの声が聞こえてきた。どうやらこちらに向かっているようだ。

 

「どうしようか翔也君」

 

 愛梨はいつの間にか横に来ていた。今ならまだ逃げられるだろう。それに杉並は既に居なくなっていた。

 

「そうだな……逃げても良いけど別に悪いことしてないしな……由夢。大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です……」

「そっか、なら由夢は仕事に戻ってくれ。生徒会への説明は俺がしとくから……」

「で、でも……」

「大丈夫! 被害者役なら私が代わりにするから」

 

 愛梨は笑顔で言う。一緒にくるつもりなのか……

 

「えっと、すみません……」

「いいって、次は気をつけろよ?」

「はい、それではお願いします。翔也さん。夢宮さん」

「またねー由夢ちゃん」

 

 そう言って、由夢は階段を下りていった。それから少しして高坂先輩とエリカが来た。

 

「へ? 翔也君?」

「春野……先輩?」

 

 2人とも予想外といった感じで驚くが

 

「お疲れ様です。高坂先輩、それにエリカ」

「な、なんで春野先輩がここに?」

「取り合えず、翔也君は生徒会室に来て」

「あの、私も行きます。私のせいなんで……」

「……そう。分かったじゃあ一緒に来て」

 

 そういい、俺と愛梨は生徒会室に連れて行かれた。そこで事情を説明し、それならしょうがないだろうと許しを貰うことが出来た。生徒会室を出た後愛梨の携帯がなりその通話が終わり

 

「ごめん翔也君。クラスのほうに来てって言われて……」

「そうか……分かった」

「ごめんね。明日サービスしてあげるから……」

 

 といった感じで愛梨とも別れて一人で残り少しの時間を見て回った。こうして少々慌しかったクリパ1日目が終了した。



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12月23日(夜)

「ただいまー」

 

 特に寄り道もせず俺は家に帰った。明日もあるし寄り道する気も起こらなかった。そのまま居間に向かう。

 

「あ、おかえり翔也」

「おかえりなさい翔さん」

 

 居間には義之と由夢が居た。ただ音姫さんの姿は無かった。

 

「あれ? 音姫さんは?」

「なんか、生徒会の用事で遅くなるってさ……」

「はい、私もお姉ちゃんから遅くなるって言われました……」

 

 確かに生徒会室にお世話になったときも音姫さんの姿は無かった。今回は杉並もだいぶ力を入れてるのだろうか。

 

「義之は絡んでないんだよな?」

「当たり前だよ。そんなことに構ってられないしな……」

 

 真剣な目で義之が言う。

 

「何かあったのか?」

「小恋の体調がな……今日の練習中も辛そうだったし……」

「月島が? 知らなかったな」

「それは、早退した日は翔さんも休んでましたからね……」

「ま、とにかく今は劇しか考えられないかな……ここまで来たら成功させたいし……」

 

 手をグッと握って義之が言う。

 

「まぁ、お姉ちゃんも練習に付き合ってたしいざとなったら代わってもらってもいいかもね」

 

 由夢が言う。確かにあそこまで練習したのを見れば十分に代役は出来るだろう。

 

「それはありだけど……まあそれは最後の手段だよな。基本はクラス内でやらないといけないからな」

 

 自分の発言に自信を持てない。実際自分達は愛梨を手伝わせてしまったのだから。俺の発言に聞いた義之はニヤリとして

 

「そうなのか? 俺が聞いた話だと翔也のクラスは本校の美人さんが手伝ってたって話なんだけどなー」

「う……それは……」

 

 戸惑う俺を見て義之は笑う。その後表情を引き締めて言った。

 

「ま、そうならないようにしないとな。そこは子恋に頼むしかないんだけど……」

「そうだな……当日は俺も見に行くからへましないようにな。なんたって主役なんだから」

「気をつけるよ。そんじゃ俺そろそろ寝るわ……」

 

 義之は立ち上がる。時間的にはいつもよりだいぶ早い時間だ。

 

「兄さん、もう寝るんですか?」

「ああ、明日は朝から練習とか最終確認があるからな。早いんだよ」

「そうですか……じゃあ仕方ないですね……おやすみなさい、兄さん」

「ああ、おやすみ」

 

 義之は2階に上がっていった。部屋には俺と由夢が残る。

 

「あの、翔さん。今日はありがとう」

 

 そう言って由夢は頭を下げる。おそらく学校での件だろう。

 

「別にいいよ。ああいうのはほっとくと周りに迷惑かけるし」

「でも……」

「それに、俺が行かなかったら多分愛梨のほうが飛び出していくから変わんないよ」

「そうですか……愛梨さんが……何だか翔さんに似てますね……」

「そうかな?」

「そうなの。困ってる人に迷わず手を貸したりする所とか……」

 

 しみじみと由夢が言う。確か会った最初の頃に本人から似ているもの同士といわれた気がする。

 

「そう見えるかな」

「見えますよ」

 

 即答する由夢を前に俺は反論できなかった。まあ否定する気も起こらないが

 

「さてと、私もそろそろ寝ようかな……」

「由夢も早いな。何かあるのか?」

「や、明日も朝から保健委員の件でいろいろあるから……」

「なるほどな……」

 

 学校では清楚に振舞ってる分、朝が早い分早く寝ようという考えだろう。

 

「送ろうか?」

「いや、隣だし大丈夫だよ」

「なら、玄関先までな」

「それならいいかな」

 

 由夢と一緒に外に出る。朝倉家のほうを見ると2階の明かりがついている。

 

「音姫さん帰ってきてるみたいだな……」

「そうだね……それじゃ……」

「そうだ、由夢」

 

 そう言って朝倉家に戻ろうとする由夢を呼び止める。

 

「何ですか?」

「その、音姫さんにお手数かけてすみませんって伝えてくれないか?」

「……いったい何したんですか?」

 

 由夢がジト目で見てくる。何って昼の由夢の件なのだが

 

「いや……それは……」

「ふふ、分かってますよ。昼の件ですよね。伝えときます」

「悪いけど頼むな」

「はい、じゃあ……おやすみなさい翔さん」

 

 そう言って由夢は朝倉家に戻って行った。1人になり空を見上げる。夜空に星が輝いている。予報では明日は雪が降るかもしれないとのことだ……

 

「俺も戻るか……」

 

 さすがに冷えるので俺は家の中に戻った。それから風呂を済ませてベッドに横になる。

 

「明日はクリスマスイブか……」

 

 今までは特に意識することも無かったが今年は少し違った。

 

「しかし……答えが見えないな……」

 

 考えるのは愛梨の事。あの日から変わって欲しいと言われて考えてはいるがこれといえるものはない。

 

「俺の中にある。かぁ……」

 

 今の俺の中にあるのは愛梨への気持ち。風邪を引いたときに親との夢の中で気付いた大きな気持ちぐらいだ。ただ気持ちで言えばそれ以前から好意というか気になるという気持ちはあった。

 

「……ん?」

 

 考えに耽っているとふと携帯の着信有を伝えるランプが光っていた。確認してみると愛梨からだった。慌ててこちらからかける。数回のコールの後

 

「もしもし? 翔也君」

「ごめん、出れなくて……」

「本当だよー。何かあったのかと思ったよ。それで、何かあったの?」

「いや、ちょっと前愛梨から言われたことを考えたらちょっとな……」

「言われたこと? あー……」

 

 電話の向こうで納得したのか愛梨が言う。それから少し間をおいて

 

「それはね? そんなに難しいことじゃないよ?」

「そうなのか?」

「そうだよ。それよりさ、明日一緒に登校しない?」

「明日か?」

「うん。今日一緒に帰れなかったし良いでしょ?」

 

 電話の向こうで駄々をこねる愛梨。俺も特に断る理由も無い。

 

「いいよ。待ち合わせは何処にする? 枯れないさくらが良いか?」

「ううん。私が翔也君の家まで行くよ」

「それだと愛梨が大変じゃないか?」

「いいの! 私が行きたいんだから。それとも私が家まで来たら困る?」

「いやそれはないけど……」

 

 俺の意見を聞き電話から弾んだ声が聞こえてくる。

 

「なら決まりだね。じゃあ電話切るね。おやすみ翔也君」

「え? ああ……また明日」

「うん。また明日、じゃあねー」

 

 そう言って電話は切れた。あっさり切られて少し面食らう感じだ。携帯を置きもう一度考えてみる、そんなに難しいことじゃない……か

 

「明日で確信が掴めるかもな……」

 

 そんな楽観的な考えにして、明日の愛梨の迎えに寝坊しないように目を閉じて眠りについた。



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12月24日
12月24日(朝)


「もう、2人とも出てるの?」

 

 家の鍵をかける俺に愛梨が言う。今日は昨日と同じくらいに早めに起きたのだが、義之は既に出ていたのか。家には誰も居なかった。さくらさんは泊まりこみで仕事したのかもしれない。学校に歩きながら愛梨に言う。

 

「ああ、今日は俺が最後だ。義之は劇の練習だって昨日言ってたし」

「人形劇かー。見に行こうね」

 

 内容を思い出してるのか、うっとりした表情で愛梨が言う、少々歩き方がふらついている。

 

「考えながら歩くと転ぶぞー?」

「大丈夫だよー……わわ!……」

「っ!」

 

 言ったそばからバランスを崩しかける愛梨。俺はとっさに愛梨の手を掴んで支える。

 

「いったそばから……だな?」

「そ……そうだね……」

 

 立ち直した後、恥ずかしいのか少し視線をそらし空を見る愛梨。

 

「雪……降りそうだね……」

 

 俺も空を見てみる。晴れ間はあるがその片隅には微妙にどんよりとした灰色の空が見える。これなら夕方とかには降るかもしれない。

 

「そうだな……」

「雪が降ったらホワイトクリスマスだね……降って欲しいなー……」

「クリスマスイブか……」

 

 ここ数年でホワイトクリスマスは無かった気がするし降って欲しいと思う人はたくさん居るだろう。現に隣の愛梨は降るのを望んでいるし。

 

「今日はさ……昨日よりももっと楽しくなりそうだね」

「そりゃ今日は朝からクリパだからな……」

「翔也君……その言い方はドライすぎるよ……」

 

 呆れたように愛梨に言われる。事実だけを言うのはいけないだろうか……

 

「あ、そういえば。今日の朝はね? 一緒に回れなくなっちゃった……」

「何かあったのか?」

「うん。昨日翔也君と分かれた後ね? クラスの子が体調崩しちゃって翔也君と同じで調理もすることになったの……」

「他に代われる人は居なかったのか?」

 

 そう聞くと愛梨は困ったような顔をして

 

「えっとね? ほら、昨日翔也君のお店手伝ったじゃない? それで私が料理が出来るって知られちゃったみたいで……」

「つまり……俺のせいか?」

「そ、そんなことないよ! 私が好きでしたんだから」

「……でもまあ俺も朝はシフトがあるかもしれないしおあいこだな」

 

 昨日と同じ客足になると考えたら休む暇は無いかもしれない。そうなると一緒に回れないのと同じだ。

 

「やっぱり午後からになりそうだね。ちゃんと来てよ?」

「ああ、愛梨のウェイトレス姿を見れるように頑張るよ」

「私も待ってるからちゃんと来てね。その後は人形劇だよ?」

「そうだな、人形劇か……」

 

 人形劇といえば月島は来てるのだろうか。もし居なかったら最悪中止もありえるかもしれない。今度は俺が考えに耽っていると愛梨が顔を覗き込んできた。

 

「どうしたの? 何か考え事?」

「いや、義之から聞いたんだけどヒロイン役の月島が昨日調子が良くなかったみたいなんだよ……」

「月島さんって……あの時の……」

 

 一度面識はあるから愛梨は頷く。

 

「心配だね……」

「そうだな……今日休んでたら最悪中止かもしれないな……」

「えー。そんなのやだよー」

「まあ、休んでないかどうかは朝確認しとくよ」

「うーん……お願いね……」

 

 中止になるかもしれないことがショックなのか沈んだ調子で言う愛梨。言わないほうが良かったかもしれないな。

 

「そういえば愛梨。昨日言ってたサービスって何をしてくれるんだ?」

「え?」

 

 話題を変えるために俺は昨日去り際に愛梨が言ったことを聞いてみた。

 

「だから昨日別れ際にサービスするねって言っただろ? あれはどういう意味なのかなって……」

「そ……それは……」

 

 愛梨は少し頬を染めうつむく。いったい何をしようというのか。やがて顔を振りこちらを見る。

 

「き……来てからのお楽しみだよ! 最初に……言ったら面白みが無いでしょ? うん!」

 

 早口で言い、1人で頷く。本当に何を考えているのか分からない。おれは

 

「わ…分かった」

 

 と言って頷くしかなかった。気付けば反している間に正門前まで来た。

 

「それじゃ、ここで一旦お別れだね……」

「そうだな、じゃあまた後で」

「うん、翔也君が来るの楽しみにしてるからね!」

 

 先程の沈んだ感じは何処へやら。ご機嫌にウインクして愛梨は本校に歩いて行った。

 

「さてと……」

 

 俺はさっきの件を確認するべく義之たちのクラスに向かった。クラスの窓には暗幕が張ってあり、練習中のようだ。俺はなるべく音を立てないように中に入る。見回すと話が出来そうなのは雪村ぐらいだった。

 

「なあ、雪村。少しいいか?」

「……っ!」

 

 静かに近づき小声で話しかける。雪村は一瞬ビクッとしてこちらを見る。そして安心したように

 

「なんだ……翔也じゃない……驚かさないでよ」

 

 小声で返してくる。どうやら劇に集中していたようだ。

 

「悪いな。あの、月島は来てるのか?」

「小恋? ええ。来てるわよ? それがどうかした?」

「そっか来てるならいいんだ。劇が中止になったら困るからな……」

「ふーん……翔也も観に来るの?」

「そうなるだろうな……」

「へえ……翔也が人形劇をねー……」

 

 話が進むにつれ、表情がニヤニヤしていく雪村。これは尋ねる相手を間違えたか。

 

「とにかく、月島が来てて良かったよ。体調は良さそうだったか?」

「そうね……可もなく不可もなくといったところね……油断は出来ないけど……」

「練習で飛ばしすぎないような?」

「そうね。私達としても中止なんて事態は避けたいから……忠告として受け取っておくわ」

「演劇部様には余計な事だったかな? じゃあ、邪魔しちゃ悪いしそろそろ出るよ……」

 

 さすがにこのまま観続けるのも気まずいので俺はそう言って教室を出ようとした。

 

「ええ。本番には彼女さんとちゃんと来なさいね。終わった後彼女さんの前で感想言わせてあげるから……」

 

 去り際に意地の悪い笑みを浮かべて雪村が言う。実際にはないんだろうが乗っておこう。

 

「その時はその時で答えるさ……」

 

 そう言って俺は教室を出て、自分のクラスに向かった。既にクラスには結構な数のクラスメイトが揃っていた。みんな今日の開始が待ち遠しいのかどこかそわそわしている。

 

「あ、春野」

 

 北上が声をかけてくる。北上はいつもと変わらないと言うか浮かれた調子もなく普通だった。

 

「ん?」

「ん? じゃなくてさっさと行くわよ?」

「行くってどこに?」

「今日の分の材料を取りに行くのよ。昨日あんたが行くって行ったでしょうが。だからこうして待ってたの」

 

 北上が言う。確かに昨日そう言った。言われるまで忘れてしまっていたのも事実だ。俺は少し頭を下げて謝る。

 

「悪かった」

「まったく……もういいから行くわよ?」

「了解」

 

 昨日と同じ場所で受け取るとのことで指定場所に向かう。途中で俺は北上に聞いてみた。

 

「そういや、お前落ち着いてるよな?」

「何が?」

「ほら、クラスの奴らなんかそわそわしてただろ?」

「ええ。そういうあんたもね。」

「え?」

 

 自分の頬に手を当ててみる。緩んではいないはずだが俺も同じだったという事か。

 

「大方、好きな人を誘おうとか、彼氏彼女と一緒に回るとかそんな感じでしょ?」

「北上はいないのか? こう、一緒に回りたい人とか……」

「…………」

 

 北上が信じられないようなものを見る目で俺を見る。そしてため息をつき

 

「あんた、他の女子にもそんなこと聞いてるの? そうだったらデリカシー無さ過ぎよ……」

「いや、何かお前があんまりにも落ち着いてるように見えたからさ……」

「私は別に? そんなの無いわよ? あってもクラス見てないといけないからダメだろうし」

 

 歩きながらどこか投げやりな感じで言う北上。クラス委員となるとそんなにしないといけないのか。

 

「何か悪いな……」

「何よ急に……何か変なものでも食べた?」

「いや、話し聞いてたらクラスの仕事をずっと押し付けて俺達だけ楽しんでるんじゃないかって感じてさ……」

「気にしないでいいって言うか。私は別にこういうの好きだから楽しんでないわけじゃないし……そう思うんだったら……」

 

 北上は思いついたように手を叩く。指定場所には既に配達員がいた。昨日と同じようにダンボールを置いていく。量としては昨日より1.5倍程だ。北上は俺に向き直る。

 

「そう思うんだったら少しは楽させて? これ1人で持ってって?」

「え? この量を?」

「申し訳ないって思ったんでしょ?」

「それはそうだが……」

「なーんてね」

 

 慌てる俺をみて北上が笑う。そして、割と小さいほうの箱を数個持つ。

 

「そんなことさせないわよ。でも少しは頑張ってね。一回で運び終わりたいから」

「そうだな……頑張らせてもらうよ……っと!」

 

 残りの箱を重ねて持つ。昨日より量上がる分重さも増している。

 

「ありがとね。それじゃ昨日と同じ場所だからこけないようにね?」

「分かった……」

 

 そうして材料を持っていき、店で調理等の準備が終わる頃にクリパの始まりが告げられた。



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12月24日(昼) 前半

「今日も多いな……」

 

 クリパも二日目を迎えて俺達のクラスは昨日までとはいかずも忙しい状態だった。昨日の反省を生かして調理人数とシフトを少し変更したので昨日の様に調理が追いつかないという事は無かった。

 

「春野君、そろそろ交代だよー?」

 

 今焼いてる分がちょうど良い焼き加減になった頃、後ろから声がかけられた。振り向くと次のシフトのクラスメイトが着替えて待っていた。

 

「分かった。これで上がらせてもらうよ……」

 

 焼きあがった焼きそばをパックに詰めながら返す。集中してたらだいぶ時間がたったようだ。

 

「よし、これで終わり…っと。ほい、出来たぞ」

「ありがと」

 

 パックを売り子の北上に渡す。昨日は調理をしていたが本来北上は売り子のほうをまとめる予定だった。俺は調理班のまとめ役になってはいるが元々しっかりしている為そこまでとやかく言う必要も無かった。

 

「後、俺のシフト終わりみたいだけどさ……」

「あ、もうそんな時間なの? 分かったわ。お疲れ」

 

 腕時計を見ながら感心したように北上が言う。短くそう言ってまた来客対応に戻る。どうやら手はいらないようだ。俺は他の調理班に離れる旨を伝えて本校に向かった。

 

「既に、1時は過ぎてるか……」

 

 本校に入り愛梨のクラスを探しながら時間を確認する。既に1時は過ぎていていた。愛梨も待っているかもしれない。

 

「ここか……」

 

 本校を探して喫茶店のようなものを見付ける。どうやらこの場所のようだ。俺は店内に入っていった。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 中から聞こえた声は愛梨のものでは無かった。このクラスの生徒さんだろう。こちらを見て確認をとってくる。

 

「お一人様ですか?」

「えと……はい」

「分かりました。こちらにどうぞー」

 

 店員に連れられ店内を進む。辺りを見ると意外にも1人客のほうが多かった。こういう店には基本恋人同士で行くものだと思っていた。

 

「こちらでお待ちください。後ほど注文をお聞きしますので……」

「分かりました……」

「では、失礼します」

 

 そう言って、優雅に礼をして去っていった。本校の制服にはない長めのスカートがひらりと舞う。新鮮な光景だ。気を取り直してメニューを見る。

 

「けっこうな品揃えだな……」

 

 意外にもメニューはデザートや飲み物だけでなく、軽めの昼食なども取れるようなメニューの種類だった。

 

「ご注文は決まりましたか?」

「いえ……まだですね……」

「悩まなくても私が決めるからいいよ? 翔也君」

「え?」

 

 突拍子も無いことを言われて俺は思わずウェイトレスのほうを見る。そこには

 

「やっほ、翔也君!」

「……愛梨」

「やっと来てくれたんだねー。待ちくたびれたよー」

 

 約束していた愛梨がいた。普段見る格好とは違いウェイトレス服に身を包んでいるからかいつもと違う可愛いという印象を受けた。

 

「ごめん、ちょっとシフトが変わってて……」

「ふーん……まあいいよ。とりあえずメニューは任せてもらっていいかな?」

「そうだな……いいよ」

「ふふ、ありがとう」

 

 そう言って愛梨はこちらにウインクをして見えないようにしてある厨房のほうへと駆けて行った。周囲の一部の男子の頬が緩む。どうやらかなりの人気があるようだ。

 

「知らなかったな……」

 

 ここまで人気があるとは思っていなかった。確かに見た目はきれいな方だが出会ってからの印象はどこか子供のような感じだったので、男子にモテているとは考えてもいなかった……

 

「お待たせ。翔也君」

 

 そんなことを考えていたら完成したらしく、愛梨がテーブルにまで来ていた。

 

「はい、どうぞ?」

 

 テーブルに置かれたのは、オムライスのようだ。卵できれいに包まれておりケチャップはお店の物のような美しさを感じるようにかけられている。

 

「これは……すごいな……」

「ふふ、ちょっと本気を出してみたんだよ?」

 

 どこか勝ち誇るように言う愛梨。周囲の男子は

 

「なにあれ? メニューにあるか?」

「なんであいつが……」

 

 等々……どうやら驚きと嫉妬にあふれているようだ。これが付属なら追いかけられること間違いないだろう。

 

「これ、メニューにあるのか?」

「ううん。無いよ? サービスするって言ったでしょ? じっくり味わって食べてね?」

「そうだな……ありがたくいただくよ」

「うん。それじゃ私他の仕事があるから……」

 

 そういって愛梨は戻って行った。人気な分忙しいようだ。あれでよく代役で済んだものだ……

 

「ねえ君、ちょっといいかな?」

「はい?」

 

 さっそく食べようとしたとき声をかけられた。スプーンを置き声のほうを向くと席を案内してくれたウェイトレスの先輩がいた。

 

「えっと……何ですか?」

「うーんと、君名前は?」

「春野ですけど……」

「君が春野君かー……愛梨とどういう関係なの?」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくる先輩。単純に興味本位で聞いてきているのだろうか……それとも……

 

「そうですね……」

「うんうん」

「い――」

「ちょっと、離してください!」

 

 言おうとしたところで不意に大声が聞こえた。声には聞き覚えがある、愛梨の声だ。半ば反射的にそちらを向くと

 

「すみません……今は取り込み中なので……」

「いいじゃん。俺とパーティーを楽しもうぜー?」

 

 これまた見事な迷惑行為だった。昨日もこんな光景を見た気がする。ただその被害者が愛梨というのが俺の中での重大さを引き上げていた。

 

「いえ……私、予定ありますので……」

「予定って何? 彼氏? 俺のほうがいいに決まってるってー」

 

 そういってそいつは愛梨の腕を半ば強引に掴む。それを見て俺は既に席を立っていた。

 

「先輩、少しすみません……」

「え? ちょっと……」

 

 少しばかり残っている頭を使って先輩に言う。返事も待たず俺は愛梨のところに向かう。

 

「おい」

「あ?」

 

 俺の呼びかけにこちらを向く男子生徒。そいつの顔には見覚えがあった。

 

「お前、昨日の……」

「な、何でてめえがここにいるんだよ!?」

 

 そいつは明らかにうろたえていた。昨日の一件で分かってなかったようだ。

 

「別に良いだろ……それより、これで二回目だよな……」

「う……」

「まずは、その手を離せ。それと二度とこんなことするな」

「う……うるせえよ!」

 

 口ではかなわないと思ったのか。殴りかかってくる。だが杉並や高坂先輩といった面々の動きに比べれは十分に遅い。

 

「…………」

 

 俺は、そいつの拳をかわして鳩尾を狙って拳を突き出した。拳に入る衝撃と

 

「うっ……」

 

 そいつから漏れる息。蹲りはしなかったが片手で鳩尾付近を押さえる。そして

 

「お、覚えてろ!」

 

 またも惨めな台詞を吐いて逃げて行った。ああいうタイプはまた同じ事をするだろう……俺以外に会ったときにはこんなものじゃすまないかもしれないのに

 

「あ……翔也君……」

 

 安心したのか気が抜けたのか、愛梨はへたりと座り込んでいた。気丈のふりをしていたのかそれとも他に理由があるのかは分からないが

 

「立てるか? ほら」

「えっと、うん……」

 

 手を出すと愛梨はそれを掴んで立ち上がる。やっぱり軽かった。愛梨は制服の裾をパンパンと払い

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げてきた。今は仕事中だからだろうか? 敬語を使われるのは久々だったので思わず

 

「いえ、そんなことないです……」

 

 俺も頭を下げていた。お互いにそのまま顔だけ上げる。その時

 

「…………」

 

 あいりが笑顔を浮かべ唇が数回動いたそして頭を上げて

 

「それじゃあ失礼します」

 

 そう言って厨房のほうに戻って行った。それを受け俺も席に戻る。そこにいた先輩は呆然とした感じだった。

 

「あの、先輩。大丈夫ですか?」

「あ、ううん。春野君度胸あるなって驚いちゃって……」

「はあ……それよりさっきの質問ですけど……」

「あ! それいいよやっぱり、何か分かったから! じゃあ、私も仕事あるから!」

「あ……」

 

 そういって先輩も他の席に向かった。いったどういう関係に見えたのだろうか? それを聞いて見たい気持ちもあったがまずは

 

「少し冷めちゃったかな……」

 

 愛梨の作ってくれたオムライスをこれ以上冷めさせない為に食事をとることにした。少し外は冷めてはいたものの中の部分はまだまだ温かくとても美味しかった。



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12月24日(昼) 後半

「うーん! 大変だったよー」

「お疲れ様……」

 

 廊下を歩きながら愛梨は大きく背伸びする。あれから特に事件ももなく愛梨の仕事時間は終わった。俺は残りの時間愛梨を眺めていたが飽きることは無かった。ただ、これでウェイトレス姿が見納めだと思うと少し残念だ。

 

「さてと……これからどうするか……」

「そんなの決まってるよ!」

 

 生徒にも配布されるクリパのパンフレットを見ながら愛梨に聞く。愛梨はもう決まっているのか即答してくる。

 

「一応、聞くけど……何だ?」

「人形劇だよ!」

「……やっぱりか……」

 

 しかし、開演時間を見てみるとまだだいぶ後だ。

 

「結構時間あるけど良いのか?」

「ふふ、甘いね翔也君。クラスの子に聞いたんだけど既に開演待ちの列が出来てるって話だよ?」

「そうなんだ?」

 

 それは初耳だった。それだけあのクラスへの期待は大きいということなのだろうか。

 

「だから、行こう? ほら早くー!」

 

 愛梨は俺の腕を掴み歩き出す。最近、こんな風に愛梨に引っ張られる事が多い気がする。

 

「分かった。分かったから……そんなに引っ張るなって」

 

 こうして俺達は義之たちのクラスに向かった。着いた先で会ったのは

 

「あ、翔也君。それに愛梨ちゃん」

「翔也さん。夢宮先輩」

 

 音姫さんと由夢だった。列の1番前と2番目で待っている。音姫さんがこの人形劇が好きなのは知っていたがまさか1番前に来るほどとは思ってなかったしかも由夢も連れて。しかし由夢の表情が少し暗いのが気にかかった。愛梨は気にしていないのか音姫さんに近づき

 

「やっほー音姫ちゃん!」

「きゃっ……もー」

 

 そのまま音姫さんに飛びついた。音姫さんは一瞬驚くも愛梨を受け止める。お互い笑顔だった。その光景に後ろに並んでいる男子は嬉しそうなため息をついている。女子には微笑ましい光景なのかうっとりしている人が多かった。だが、一部の男子は近くに居る俺を睨んでいる。俺は何もしてないというのに……

 

「音姫さん、1番前なんですね」

「うん! だって楽しみだもん!」

「うんうん。そうだよね!」

「でも由夢はどうしたんだ? さっき表情が暗かったですけど……」

「や、全員で何か話し合ってるように見えて……」

「何かあったのかな? ねえ、翔也君見てこれる?」

 

 愛梨が俺に言ってくる。確かに普通の劇なら今は準備を終えて舞台裏で何かしてるといった所だろう。気になるのも事実だ。だが他に気になるところがあった。

 

「だけど、列順はいいのか?」

「あ、それならね? 後ろの人が入って良いですよって……」

「そんなの迷惑じゃ……」

「あの翔也さん。嘘じゃないと思いますよ……」

「うん。みんな優しいねー」

 

 後ろを見て音姫さんが嬉しそうに、由夢は少し驚いたように言う。

 

「まさか……」

 

 俺も三人の後ろに隠れた列の後ろを覗いてみる。後ろの男子は既に下がり2人分の空間を開け頷いていた。周りの男子も女子も頷いている。何だか申し訳ない気分だ。だが俺の為ではないだろう。音姫さんに由夢、それに愛梨の為であって俺はおまけなのだ。

 

「本当みたいだな……」

「私、嘘つかないよー」

「分かった……じゃあ行ってくる。後ろの人にちゃんとお礼言っとけよ?」

「分かったー」

 

 俺は教室の中に入っていった。

 

「失礼します……」

「……春野? 何の用? まだ開演してないはずだけど」

 

 このクラスの委員長である沢井がこちらを見る。その顔つきは真剣で周りの空気も少し重い。

 

「いや、外のお客から何かあったんじゃないかって聞いてこいって言われてね……」

 

 ドアの窓を示す。

 

「音姉達か……」

 

 義之が悔しそうに呟く。

 

「何かあったのか?」

「小恋がいないのよ……」

 

 返事は雪村から返ってきた。周りは驚いたように雪村を見る。そして

 

「ちょっと雪村さん!」

「どうせ今から外にも言うんだしここで翔也に言っても変わりないでしょ?」

「でも……」

 

 淡々と雪村が言う。沢井はどこか納得しきれないのか俯く。

 

「ちょっと待ってくれ。朝は月島居たんだよな?」

「最終準備中に倒れたんだよ……さっき保健室に連れて行った……」

「そういうことか……」

 

 朝から無理をしていたのだろう。沢井がどこか中止を割り切れないのも月島の性格を考えてのことだろう。責任を感じていらないことまで背負い込んでしまう。月島はそういう奴だ。

 

「何か手はないのか?」

「無理よ。他にヒロインが出来る人は居ないもの……」

「…………ちょっといいか?」

「何? なにかあてでもあるの?」

「いや、あるかは分からないがそのヒロインの名前って何だ?」

「え? シャルルだけど」

 

 それを聞いて思った。いやむしろ何で気付かない。

 

「……それなら心当たりあるけど」

「誰?」

 

 俺の返答に雪村が鋭く聞いてくる。周りの生徒もいっせいに俺を見てくる。

 

「おい、翔也。誰だ? 教えてくれ」

 

 義之が俺に迫ってくる。人間焦るとこうも周りが見えなくなるのだろうか。

 

「誰というかお前が1番知ってるだろ?」

「え?」

 

 俺は再度ドアを指差す。ちょうどその心当たりがガラス部分からひょっこり顔を覗かしていた。

 

「そっか! その手があったか!」

 

 義之は分かったのか手をパンと叩く。

 

「これなら大丈夫そうだな……」

「ああ、ありがとう翔也」

「ちょっとどういうこと?」

 

 何か分からないのか、沢井が焦ったように聞いてくる。

 

「後は、義之が言うさ……」

「ああ、シャルルの台詞なら完璧に覚えている人が居る」

 

 説明しだす義之たちに背を向け俺は教室を出た。

 

「おかえりーどうだった?」

 

 戻るとそわそわしている愛梨が聞いてきた。他の生徒も気になるのか耳を済ませているように見える。

 

「えっとな……とりあえず公演中止は無いそうだ」

 

 何があったかを言うのはさすがにまずいので結論だけ俺は言った。愛梨たちはそれを聞き

 

「よかったー」

 

 と安堵していた。周囲もほっと一息ついている。本当に周りへの影響力の高いクラスだ。感心していたその時教室のドアがガラリと開いた。中から義之が

 

「音姉、頼みがある」

「え?」

「とにかく来てくれ」

「え? 弟くん?」

 

 音姫さんの手を掴み中に連れて行った。それを見て由夢が

 

「ひょっとして……」

「ああ、多分由夢の想像通りだ……」

「そういうことですか……」

 

 保健委員として事情を知っているのだろう。由夢は分かったようだ。愛梨はぽかんとして

 

「音姫ちゃんに何の用事だろう?」

 

 そう言ってガラス部分から中を覗こうとする。俺は愛梨の頭をポンと

 

「ふにゃ?」

「勝手に覗いたらダメだろ?」

「でもー……」

「言っただろ、中止にはならないからって。ちゃんと待とうぜ?」

「ううー分かった」

 

 渋々といった感じで愛梨が頷いた。それを見ていた由夢が少し苦笑いを浮かべ

 

「なんだか……夢宮先輩ってお姉ちゃんみたいですね……そう思いませんか? 翔也さん」

「そうかもしれないな……」

 

 俺はそう返していた。そして

 

「それでは、前の方から入場していってください」

 

 ドアが開き中に誘導される。最初の方だったのもあり俺達は最前列の端のほうだった。そしてブザーが鳴り照明が落とされた。

 

「な、何だか緊張するね……」

 

 小声で言いながら愛梨が手を握ってくる。

 

「どうした? 愛梨が演じるわけじゃないのに……」

「違うの、何だか真っ暗って怖いなって……」

「劇が始まればすぐに明るくなるよ」

「そっか……そうだね……」

 

 そう言って愛梨はさっきよりも強く握ってくる。俺は痛くはならないように少しだけ力を入れて握り返した。

 

「でも、お姉ちゃん大丈夫かな?」

 

 今度は反対側から由夢が言ってきた。ちなみに今の位置取りは窓に近いほうが由夢。劇場に近いほうが愛梨。その間に俺だ。ちなみにこれは愛梨と由夢が話し合ってたようで音姫さんもいたら愛梨の隣でさらに劇場側の予定だったらしい。

 

「大丈夫って言うと?」

「や、緊張のし過ぎとかしてないかな……」

「心配しなくても義之が何とかするだろ?」

「でも……」

 

 由夢は不安を拭えない様だ。事情を知っている分失敗して欲しくないのだろう。

 

「義之だってやるときはやるさ。それは由夢も知ってるだろ?」

「……うん」

「なら大丈夫だって。ゆっくり見ようぜ? 2人の稽古の成果を」

「うん……そうだね……」

 

 言い終わったとき劇場の照明がついた。どうやら始まるようだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄かったねー!」

 

 帰りの桜並木を歩きながら愛梨が興奮冷めないのか言う。結果から言えば義之たちの劇は大成功だった。劇が終わった後、一瞬にして教室中が拍手に包まれる。劇の最中で気付いている人も居たが気付かなかった人も居たのか、舞台の前に出てきた出演者の中に音姫さんが並んでいたことに驚いている人も居た。

 

「でも、音姫ちゃんが本当にヒロインするとは思わなかったなー」

 

 そう愛梨は気付かなかった人の1人で1番驚いていたかもしれない。それだけ劇に集中してたんだろう。俺と由夢は頷きながら返す。

 

「そうだな……」

「そうですね」

「でも、午後の時間使って見る価値あったよー」

 

 思い出してるのかうっとりしながら愛梨が言う。結局劇で午後の時間は終わったのだ。でもそれだけの時間があっという間に感じる出来だった。

 

「でも、まだ終わりじゃないですよね? 翔さん」

 

 由夢はどこか期待したように俺を見る。呼び方も家でのものに変わっている。

 

「そうだな。今日は主演だった2人の為に気合入れるか」

「何々? 何するの?」

 

 愛梨も何を期待しているのか俺のほうを見る。俺が答えるより先に由夢が答える

 

「夜は、翔さんがご馳走を作ってくれるんですよ。いうなればクリパの二次会ですね」

「あー、私も行きたいー」

「良いんじゃないですか? ね? 翔さん」

「そうだな、いつも余るくらいあるし大丈夫だろう」

「わーい! じゃあじゃあ由夢ちゃん。出来るまでの間さっきの劇について話そうねー」

「はい!」

 

 両手をあげて喜ぶ愛梨。由夢も話す相手が欲しかったのか楽しそうに頷く。こうなると作るのは俺1人で行うことになりそうだ。

 

「……あれ?」

 

 ふと先を見ると、同じ学生だろうか? 2人組みが仲良く歩いていた。そしてその姿に見覚えがあった。

 

「義之……それに音姫さん?」

「え?」

「あ」

 

 先を歩いていたのは劇の主役だった2人だ。抜け出してきたのだろうか? のんびりと歩いている。

 

「本当だ。音姫ちゃーん」

 

 愛梨は2人を見つけるとそちらに駆けて行った。邪魔しないほうが良いという考えは無いのだろうか

 

「翔さん。私達も行こう」

 

 ボーっとしてると由夢に腕を引っ張られる。

 

「そうだな」

 

 そのまま、俺達も義之たちのところに駆けて行った。

 

「え? 愛梨ちゃん?」

「由夢? それに翔也も……」

「お疲れ、兄さん。お姉ちゃん」

「主役が2人とも抜け出して大丈夫なのか?」

 

 義之たちは驚いたように俺たちを見る。だがすぐに笑顔を浮かべ

 

「いいんだよ。打ち上げでテンション上がった渉は面倒だから」

「それに、まだパーティーがあるもんね」

 

 義之は少しうんざりした口調で言うがその口元は緩んでいた。音姫さんは楽しそうに言う。

 

「いや、音姫さんはゆっくりしてくださいよ」

「そうだよ。今日は翔さんが腕によりをかけるみたいだから」

 

 由夢は言質をとったからか笑いながら言う。

 

「うん。音姫ちゃんは私達と劇について話すんだから」

「む……無理だよ……恥ずかしいもん」

 

 演じてる時のことを思い出したのか顔を少し染めあたふたする音姫さん。だけど突然

 

「あっ!」

 

 そう言って、空を見上げる。つられて全員が空を見上げる。空からはちほら雪が降ってきていた。

 

「雪だ……雪だよ!」

 

 そう言って愛梨と音姫さんがはしゃぎだす。由夢はしみじみと

 

「ホワイトクリスマスかぁ」

 

 そう呟いていた。俺と義之は

 

「今年は何だか違うな……」

「そうだな……いつもよりも楽しい気がする。夢宮さんのおかげかもな……」

「いや、それだけじゃないだろ」

 

 そんな話をしていた。どこか今年のクリスマスは特別な気がした。

 

「おーい、桜井君、翔也君!」

「弟くーん。翔也くーん」

「兄さん。翔さん」

 

 俺と義之は立ち止っていたのか、愛梨達三人は少し先で俺達を呼んでいた。

 

「まずは、帰ってパーティーをするか」

「そうだな。休んでいたシェフの本気を見せてもらおうか」

「期待に沿えるように努力しますよ」

 

 義之の物言いに俺は返し、お互い走って愛梨達に合流した。義之はそのまま

 

「寒いから早く帰るぞー!」

 

 家のほうに走っていく。

 

「待ってください! 兄さん!」

「待ってよー」

 

 音姫さんと由夢も義之を追うように走っていく。残されたのは俺と愛梨だけだ。

 

「あ、翔也君!」

「ん? なんだ?」

「メリークリスマス!」

「ああ。メリークリスマス」

 

 満面の笑みで言う愛梨。その笑顔に返す俺の口元も緩んでいたかもしれない。

 

「それじゃ、寒いし手を繋いで帰ろう!」

 

 そう言って愛梨が俺の手を掴む。俺はその手を握り返し家へと向かった。



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12月24日(夜)

「……すぅ……すぅ……」

「…………ぐぅ…………」

「すっかり寝てしまったな……」

「そうだな……」

「そうだね」

 

 あれから自宅に戻り、5人でパーティーをしていた。だいぶ時間もたち疲れたのかそれとも途中で空けたシャンパン……の代わりに買った甘酒の酔いが回ったのか音姫さんと由夢の2人は眠ってしまった。それも義之に寄りかかる形で。

 

「……重い……」

「こら、桜内君? 女の子に重いって言ったらダメだよ?」

 

 愛梨が少し強めに義之に言う。ちなみに、俺と愛梨はシャンパンは飲まなかった。愛梨は帰らないといけないし俺はその送りがある。

 

「そういうものですかね?」

「そういうものなの! 女子に人気なのにそういうのには鈍いんだね」

「ま、今日は早々にお開きだな」

「そうなるな。音姉達は俺が運ぶよ」

 

 俺の言い分に義之は頷く。しかしどうやって運ぶのだろうか? 2人とももたれかかって動けそうに無い。

 

「いいのか? 俺も手伝うぞ?」

「いいって。それより夢宮さんを送らないといけないだろ?」

「あ、私は後で良いよ? お隣さんなんだしそんなに時間かからないでしょ?」

「愛梨もこう言ってるし……手伝うよ」

 

 俺達の言い分に義之は苦笑し

 

「なら由夢を頼めるか? 俺は音姉を運ぶから」

「了解」

 

 俺は由夢の肩を軽く叩く。

 

「由夢? 少しおきてくれ」

「……う……」

 

 由夢の目が少しだけ開く。またすぐに眠りそうな雰囲気だ。

 

「立てるか?」

「……グルグル……しま……す……」

 

 どうやら、酔いが回っているようだ。自力では無理だろう。俺は由夢に背を向けじゃがむ。

 

「由夢? 背中に乗れ。家まで運ぶから」

「……ふぁい……」

 

 もそもそと由夢は俺の背中に乗る。そのまま首に手を回してきたと同時に、背中に柔らかな感触が当たる。隣を見ると義之も同じように音姫さんを背負っていた。

 

「んじゃ行くか」

「そうだな」

「私も行く」

 

 義之が部屋を出ようとしたとき愛梨が立ちながら言った。

 

「どうした?」

「ふたりともおんぶだったらドアとか大変でしょ? もし落ちちゃったら雪の中だし……だから私も行きます」

 

 俺達の返事を聞かず愛梨は玄関に向かっていった。愛梨の言うことにも一理あるため俺達はお願いすることにした。芳乃家を出てそのまま朝倉家の中に入る。

 

「おお。おかえり。今日は随分と遅いじゃないか」

 

 出迎えてくれたのは二人の祖父純一さんだった。

 

「ええ。音姉も由夢も酔っちゃって……」

「そういう義之君だって少し顔が赤いじゃないか」

 

 純一さんは笑いながら言う。そして俺と愛梨のほうを見て

 

「翔也君は……飲んでないみたいだね。後ろの子は制服からして音姫の友達かい?」

「えと……はじめまして夢宮愛梨と言います。音姫ちゃんとは最近仲良くなりました」

「そうかそうか、2人の祖父の純一です。ごめんね? わざわざ手伝ってもらって。これはお詫びだよ」

 

 そう言って、純一さんは懐に手をいれた。そこからはちいさな饅頭が出てきた。

それを愛梨に手渡す。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 愛梨は戸惑いながらも饅頭を受け取った。ただ視線は饅頭というより純一さんの手を見ていた。

 

「じゃあ翔也。上行こうか。」

「あ……ああ……」

 

 愛梨の様子は気になるがとりあえず俺達は由夢達をそれぞれ部屋に連れて行った。そのままベッドにおろし布団をかぶせる。

 

「……くぅ……」

 

 由夢は相変わらず眠っている。楽しい夢でも見ているのかその表情は楽しげだ。

 

「おやすみ。由夢」

 

 俺はそう告げ部屋を出た。部屋から出ると愛梨と純一さんがなにか話していた。

 

「そっか。そうだな」

「はい。はじめて見ました……」

 

 何の話か内容までは分からなかったが、純一さんは相変わらずかったるそうにしていた。

 

「何の話をしてるんですか?」

 

 階段を降りながら純一さんに聞いてみる。純一さんはこちらを見て笑顔で言う。

 

「いや、あんな音姫ははじめて見たかって聞いてみたんだよ」

「学校であんな姿は見せないと思いますよ」

「うん。そうだね」

 

 俺は少し苦笑気味に愛梨は笑顔で返す。そこに義之も戻って来て

 

「ふう。疲れた……」

「お疲れ。じゃあ悪いけど片付け頼むな」

「おう」

「どこか……出かけるのかね?」

「はい、愛梨を送らないといけないので……」

「場所はどこだい?」

「えっと……」

「いつもどおり枯れない桜まででいいよ」

「そっか……」

 

 純一さんはそれを聞き頷いた。やがて、また懐に手を入れる。

 

「それじゃ、これは道中で小腹が空いたら食べなさい」

 

 そう言って俺に饅頭を2個渡してきた。

 

「わ……分かりました……」

 

 俺はそれを受け取り頷いた。先程パーティーもあったばかりなので大丈夫な気もするが……

 

「それじゃ、行って来ます」

「おじゃましました」

「気をつけてな」

「また、いつでも来なさい」

 

 義之と純一さんに見送られ俺達は愛梨の家への帰路に着いた。道中で愛梨が最初に貰った饅頭を食べながら言う。

 

「……おいしいね……」

「よく食べれるな……」

「デザートは別腹なんだよ?」

 

 女の子はそういうものだと言わんばかりに愛梨は言う。数人の女性を思い浮かべてみる……案外そうかもしれない。

 

「そういえば……見つかった?」

 

 愛梨が饅頭を食べ終える頃には既に桜公園に着いていた。そしてそう言って愛梨は真剣な目でこちらを見てきた。前の約束の件だろう。嘘をつくわけにもいかないので俺は自分の考えを言った。

 

「うーん……正直これだっていうのはまだ無い……」

「そっか…………でも何かはあったんだね。良かった……」

 

 愛梨は安心したのかほっと一息ついている。

 

「悪いな……ちゃんと見つけるって言ったのに……」

「そうでもないよ……翔也君はちゃんと答えに近づいているよ」

 

 肩を落としそうな俺に愛梨は笑顔で言う。俺のほうに何か変化があったのだろうか?

 

「それって、どういう……」

「それはね…………」

 

 そう言って愛梨は足を止めた。視線の先には枯れない桜がある。

 

「どうした?」

「誰かいる……」

「え?」

 

 俺も目を凝らして見て見る。よく見ると桜にもたれかかるように誰かが座っていた。長い金髪に小柄な……

 

「さくらさん?」

「行こう、翔也君」

 

 俺と愛梨は走った。木に近づいてはっきりと分かった。

 

「何してるんですか? さくらさん」

「え……?」

 

 そこにいたのはさくらさんだった。どこか悲しそうな表情で木にもたれかかっていた。呼ばれたさくらさんはぼーっとしていたのかこちらを見て驚いていた。

 

「翔也君。それに愛梨ちゃん……」

「こんばんは、さくらさん」

「こんなとこにいちゃ風邪引いちゃいますよ? 何してたんですか?」

 

 俺の質問に対してさくらさんは

 

「うーん、ちょっと考え事とかね……ここで考えるといいアイディアが浮かぶから……」

 

 苦笑気味に答えた。どこか疲れているように見えるのは気のせいだろうか。ただ次にはニヤニヤとこちらを見て

 

「それより、2人はどうしたの? こんな時間に外を出歩いちゃうなんて……」

 

 何を期待しているのかそう聞いてきた。

 

「ただの見送りですよ」

「はい。何も無いですよ」

「ちぇ、なーんだ」

 

 がっくりとうなだれるさくらさん。その時小さくお腹がなる音が聞こえた。同時にさくらさんが恥ずかしそうに頬を染める。

 

「さくらさん。夕食食べました?」

「うーん。食べたことは食べたよ?」

「そうだ、翔也君。こういうときこそアレだよ」

 

 愛梨に言われて気付く。もしかしたら純一さんは知っていたのではないだろうか。俺は先程貰った饅頭を2つともさくらさんに渡す。

 

「これ、純一さんからです」

「お兄ちゃんから?」

 

 さくらさんは目を見開く。しかしすぐに微笑み

 

「そっか。お兄ちゃんが……ありがとう翔也君」

「いえいえ、俺じゃないですから」

「そうだね。翔也君じゃなくて、純一さんのクリスマスプレゼントって所でしょうか?」

 

 愛梨が笑いながら言う。それを聞いたさくらさんは

 

「それなら、翔也君はボクに何をくれるのかな?」

 

 期待しているように俺を見る。だがあいにく持ち合わせが無い。

 

「すみません。今は何も無いです……」

「ふにゃー、残念だよー」

「ダメだよ翔也君。いつでも何か出せるようにしないと」

 

 二人に言われるが返す言葉も無い。ただ、最初に見たときと違って笑っていたのでなんとなく俺も笑ってしまった。

 それから、俺と愛梨も座りしばらく3人で話をした。クリパの事、準備期間……さくらさんが帰ってこれなかった日の芳乃家であったこと……いつもと変わらなかったこともあったがどれもさくらさんは楽しそうに聞いてくれた。

 

「さてと、そろそろ戻ろうかな」

 

 そう言ってさくらさんが立ち上がる。

 

「今日は家に帰ってこれそうですか?」

「うー。お仕事あるから今日はダメだと思う……はあ、翔也君や義之君の手料理が恋しいなー」

 

 俺の質問にさくらさんはため息交じりに答え家があるほうを見る。

 

「手料理なら……翔也君が学校で作ればいいんじゃない?」

 

 愛梨が思いついたように言う。それを聞いたさくらさんは

 

「そっか! 鍋パーティーと同じその考えがあったね!」

 

 大きく同意していた。そして俺のほうを見る。

 

「翔也君からのクリスマスプレゼントはそれでいいよ。今日じゃなくていいから美味しい手料理を学校で食べさせてね?」

 

 そう言われたら断れない。もともと断る気もないのだが……

 

「分かりました。その時は腕によりをかけて作りますよ」

「にゃはは。じゃあボクは戻るね? 2人も風邪引かないうちに早く帰るんだよ? メリークリスマス!」

「メリークリスマス! さくらさん!」

「気をつけて帰ってくださいね!」

 

 さくらさんは大きく手を振りながら学園に戻って行った。

 

「私もそろそろ戻るね」

「そっか、気をつけて帰れよ?」

「心配ご無用ですー。それより翔也君も早く家に帰ってね? 明日から冬休みなのに風邪とか引かないでね?」

「……そういえば、愛梨って1人で住んでるんだっけ?」

 

 この前の事を思い出し、愛梨に尋ねる。

 

「そうだけど? まあ少し寂しいのはあるけど……大丈夫だよ」

 

 愛梨は笑いながら答える。こういう所は女性は強いと本当に思う。家に帰って誰もいないというのは寂しいものだ。

 

「良かったらさ……これから、夕食は家で食べないか?」

「え?」

「い……いやえっと……なんていうか」

 

 つい口に出てしまった一言。どうすればいいのか慌てて考えるが当然言い答えは出てこない。

 

「あははは」

 

 そんな俺を見て愛梨は大きく笑い出した。

 

「そんなに慌てる翔也君久々に見たよ。でもそうだね……」

 

 笑いをこらえながら愛梨は言う。

 

「せっかくのお誘いだから受けたいなー。翔也君たちがいいなら私も翔也君家で食べたい」

 

 あっさりとOKがもらえた。愛梨は何か考えているのかニコニコしている。

 

「それじゃ、私帰るね? バイバイ!」

 

 さくらさんと同じように手を振りながら帰っていく愛梨。その笑顔はいつもより嬉しそうな感じだった。残された俺は

 

「上手くいったの……かな」

 

 こんな事態になるとは思ってはいなかったが自然と頬が緩みそうになる。

 

「いかんいかん」

 

 こんな所を誰かに見られる前に帰ろうと俺は来た道を急いで帰った。今年の冬休みは本当に何かが変わる……

 そんな確信が俺の中で芽生えていた。

 



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12月29日
12月29日(朝)


 あれから少し日にちが過ぎた。あのクリスマスの日から変わった事と言えば愛梨が家に夕食を食べに来るようになった事だ。最初こそ義之やさくらさんは驚いたものの家を親が空けている件を伝えたら

 

「なら、良いんじゃないか? 来なかったら何かあったっていうのも分かるし……」

「うん。ボクもこの家が賑やかになるのは嬉しいし良いと思うよ。翔也君の彼女だもんねー」

「いや、別にそんなんじゃ……」

「本当か? 翔也が家に女子を連れ込むなんて俺ははじめて見るけどな……」

 

 俺自身突拍子も無く考えたことだから上手い返しが思いつかなくて2人ともニヤニヤしていたが認めてくれた。それと朝倉姉妹もこのことは知っている。音姫さんは

 

「今日から愛梨ちゃんも晩御飯一緒なの?」

「うん。そうだよー」

「やったぁ!」

 

と無邪気に喜び由夢は

 

「ふーん……ま、これで翔さんがより一層腕によりをかけるんならいいかな」

 

といった風に嫌な訳では無さそうだった。

 

 

 そして、今日は愛梨の提案で朝から勉強会をしていた。勉強会というよりは冬休みの宿題を全員で実施している形だ。本心は朝から家に来たかったのかどうかは聞いてないので分からない。ちなみに、ここでいう全員は俺・愛梨・義之・由夢だ。音姫さんは高坂先輩と約束があるらしく朝早くに出ていた。

 

「…………」

 

 ある程度簡単な問題にしてあったからか割とスムーズ解ける。愛梨や由夢も同じなのか集中している。だが1人義之は頭を抱えていた。

 

「……うーん……」

「どうした? 義之?」

「……いや、どうにもやる気が出なくてさ……」

「……頑張れよ……今やれば後が楽だろ?」

「そうは言ってもねぇ……」

 

 どうやらもう義之はやる気が無いようだ。始まって30分も経ってないというのに……と考えていると義之の携帯の着信が聞こえた。

 

「おっと、電話電話」

 

 やや嬉しそうに電話を取り部屋の外に出る。相手は誰だろうか……

 

「相手は誰だろうね? 由夢ちゃん、分かる?」

「どうせ板橋さんとか杉並さんじゃないですか?」

「えらい適当だな由夢……」

「別に? 兄さんに来る電話なんて興味ないから……それよりも愛梨さん。ここ教えて欲しいんですけど……」

「いいよー。えーっと……ここは――」

 

 ちなみに今の由夢の服装は、ジャージに眼鏡といった家でのスタイルだ。先日、愛梨には見られて良いのか聞いてみると

 

「別に……もう何回も見られてますし……」

 

 と言った。どうやら愛梨には知られても構わないと考えているみたいだ……まあ一番の理由は最初にジャージ姿の由夢を見た愛梨が

 

「ジャージ楽だよねー。私もたまにするよー」

「え? 夢宮先輩もこの格好するんですか!?」

「うん! 楽だもん」

 

 と言ったからだろう。それから仲間意識と言うかなんというか音姫さんほど無邪気になったりしないがだいぶ打ち解けてきた。

 

 しばらくして義之が戻ってきた。しかし服装がさっきと違った。

 

「悪い翔也、ちょっと出かけてくるわ」

「電話の相手は?」

「杉並だよ。何か学校に来てくれってさ……本当に困るよ」

 

 とてもそうは思ってないような調子で言う。抜け出せてラッキーとでも考えているのだろう。いずれしなければならないのに……

 

「分かった。昼はどうする?」

「多分、あいつらと一緒に食べてくるから大丈夫だ。じゃあ勉強頑張れよ」

 

 俺達の返答を待たずに義之は出て行った。そんなに嫌なのだろうか? 確かに俺もあんまり好きではないけど……

 

「……で、こうなるの。分かった?」

「へえー。そうなんだ……」

 

 2人のほうを見るとちょうど解説が終わったのか、由夢がスッキリしたような表情をしていた。

 

「愛梨さんって、教えるの上手って言われないですか?」

「え? どうして?」

「だって翔さんに教えてもらうときより分かりやすかったから……」

 

 どうやら比較されたようだ。一応成績は上のほうなんだが本校生と比べられたら負けるだろう。

 

「うーん……どうだろう……あんまり人に教えることってないから分かんない」

 

 あっさりと愛梨が言う。この前、料理の腕前が知られてしまったと言ってたし学校では隠しているのだろうか。

 

「でも、そうだねー……翔也君には負けないかな? 困ったらいつでも聞いてね」

「そりゃそうだろ。付属と本校じゃ差が出るって」

「どちらにしても由夢ちゃんに教える事なら私も、翔也君も習ってきてることでしょ?」

「うぐ……」

「ほら。翔也君も手が止まってるよ? 今日の分はお昼までに終わらせよう?」

 

 愛梨の言い分に由夢も乗っかってくる。

 

「そうだよ翔さん。さすがに1日中はかったるいよ……」

「……分かったよ……」

 

 俺は渋々頷くしかなかった。多少気分が沈んでいるほうが効率が良いのか予定していた以上の分を午前中で片付けることが出来た。

 

「さてと……そろそろ昼飯にするか」

「あ、翔さん」

 

 昼食を作ろうと立ち上がったとき由夢に呼び止められた。

 

「どうした?」

「あの、今日のお昼なんだけど……私が作っても……良い?」

 

 なんだろう。物凄く嫌な予感がする……予感と言うが確信だ。

 

「えーっと……由夢1人でか?」

「うん。そのつもりだけど……」

「うーん……」

「あ、だったら私が手伝うよー」

 

 俺が悩んでいると愛梨が自信満々に言う。どうしてだろう、不安が増したような気がする。思い出せばこの2人のお弁当で俺気絶したりしかけたりしたんだっけ……

 

「…………」

「何で頭抱えるかなー?」

「そりゃ、そうだろう。愛梨の弁当で倒れたんだから」

「え?」

 

 由夢が意外といった感じで愛梨を見る。対して愛梨は

 

「ちょっ! ちょっと翔也君ここで言わないでよー」

 

 心底焦っているのか俺の口を塞ごうとするが片手で難なくあしらえた。

 

「うー。私のイメージがー」

「倒れたのは事実なんだから情けない声出すな。まったく……」

 

 しかしどうするか……この2人に全部任したらいけない予感がするし。今日のメニューを思い出して俺はある手段を思いついた。

 

「なら、俺が教えるからやり方は教えるから由夢と愛梨作ってくれ」

「え?」

 

 俺の妥協案に由夢が驚いていた。いったい何に驚いているのだろうか。

 

「あの翔さん。メニューはもう決まってるの?」

「そうだな。昨日のエビが余ってるからエビフライだよ」

「エ……エビフライ……」

「美味しそうー」

 

 未知のものを聞くように復唱する由夢。その一方で愛梨は出来上がりを想像できたのか笑みを浮かべていた。

 

「あの、材料は用意するからメニュー変えちゃ……」

「ダメだ。ほら、前に揚げ物を教えるって話しただろ? その良い機会だ。それに作るものもあの時と同じだしな……」

「う……」

 

 由夢もちゃんと覚えていたのか目をそらす。だがやがて決心したのか

 

「そうだね……やってみる」

「うん。私も手伝うからね? 良いでしょ?翔也君」

「いいぞ? と言っても昨日の時点で下準備はしてるけどな」

 

 由夢は少しほっとし、愛梨は少し残念そうにしていた。これなら問題は起きないだろう。

 

「じゃあ、台所いくか」

「うん」

 

 俺達は台所に向かった。

 

「さてと、とりあえずは……衣をつけないとな……」

「え? エビの殻とかは?」

「……?」

 

 愛梨の言い分に由夢はぽかんとしている。確かに由夢は殻ごと揚げてたのだから分からないだろう。

 

「下準備してるって言っただろ? 後は衣つけてあげるだけだよ」

「そうなんだ。それならそっちは由夢ちゃんにお願いしていい? 私サラダ作るから」

「う、うん」

 

 そう言って愛梨は冷蔵庫から一部野菜を取り出し切り始めた。どうやら炒めたり何か一手間加えたりはしないようだ。自分の家ではないからだろうか……

 

「さてと、じゃあ衣だけど……いいか?」

「う……うん」

 

 今回はメモを持ってなかったからか由夢も集中して説明を聞き1つ1つ作っていった。やがて作り終わり

 

「ふう……」

 

 由夢は大きく息を吐いた。同時に緊張が抜けたのか強張っていた肩の力が抜ける。

 

「お疲れ様、由夢ちゃん」

「そんなに疲れたか?」

「うん……でも上手く出来たかちょっと分からない……」

 

 由夢は少し不安そうに言う。手順も間違ってないし材料もおかしくないから問題ないだろう。俺は出来あがったエビフライの1尾を包丁で1口大に切る。サクッという音がするこれはかなり良いんじゃないだろうか? 

 

「なら、試食してみるか?」

「え?」

「おいしそー。私がするよ!」

 

 言ったと同時に、愛梨が指でつまみ口に運んだ。

 

「……」

「どうだ?」

 

 由夢が見つめる中聞いてみた。由夢は先程の不安に緊張が加わっているのか表情が硬い。愛梨は目を閉じながら味わいそれを飲み込んだ、そして頬を緩ませながら言った。

 

「…………おいしいー」

 

 その言葉に由夢がまた大きく息を吐く。そして笑顔になり

 

「よかった……」

「よし、なら盛り付けて食べるか。ほら由夢盛り付けまでしっかりな」

「うん!」

「えーっと、この切られちゃったのは翔也君ので……」

「こら、自分のを大きいのだけにするな」

「ううー。美味しかったんだもん」

「あははは」

 

 こんな感じで、昼食は過ぎていった。今回作ったエビフライは確かに美味しかった。これなら切り分けたエビフライを試食で食べた愛梨の分にすればよかったと少し後悔した。

 



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12月29日(昼)

「翔也君、買い物行こう?」

 

 昼食も終わり、三人で居間でのんびりしていた所に愛梨が言ってきた。

 

「何でまた? 今買うものなんて無いだろ?」

「違うよ。音姫ちゃんに買ってきてってメールが来たんだよ」

 

 そう言って、愛梨が携帯の画面を見せてくる。そこには音姫さんからのメールで

 

「愛梨ちゃん。お願いなんだけど晩御飯の材料買ってきてー」

 

 と書いてあった。下には材料の数などが箇条書きで書いてある。量からして1人じゃ大変そうだ。

 

「ああ……そういうことね。つまり荷物持ちって訳か」

「そうは言ってないでしょ? ねえ、いいでしょ?」

 

 小さい子のように言う愛梨。まあ用事も無いわけだからいいのだけど

 

「分かった。行くよ」

「ありがとうー。由夢ちゃんも一緒に行く?」

 

 愛梨は由夢にも言う。だが由夢はコタツに入ってテレビを見ながら

 

「や、私はいいよ。外寒そうだし」

 

 あっさりと断った。どうやら今日の残りはのんびり過ごすようだ。

 

「そっかー。残念」

「それじゃ行くか?」

「え?」

「どうした?」

「その服装で行くの?」

 

 愛梨に言われ自分の服装を確認する。由夢のジャージ姿のような寝間着ではないが普段外に出ている服装ではないだろう。

 

「……大丈夫だろ。上にコート羽織るし」

「そっか。そうだよね……男の子って楽だなー」

 

 俺の回答に愛梨はうらやましそうにため息をつく。そういうものなのだろうか。

 

「まあいいや。それじゃ行ってきまーす!」

「行ってくるな」

「いってらっしゃーい」

 

 こうして俺達は買出しに向かった。外に出て思ったのは

 

「寒いな……」

「そうだねー」

 

 年末だけあって寒さは前よりも増していた。家の中で温まっていた体もすぐに冷えてくる。

 

「手袋ないから手とかすぐ冷えちゃうねー」

 

 自分の手に息を吐きかけながら愛梨が言う。手袋を持っていないのだろうか。

 

「それなら、商店街に売ってるから買おうか?」

「…………」

 

 俺の返答に愛梨は呆れたような目で俺を見る。

 

「翔也君……やっぱり鈍いね……」

「え?」

「分からないないなら……えい!」

 

 掛け声とともに愛梨は俺の手を握ってきた。握られた手は俺の手よりも温かくすこし驚いた。

 

「これは?」

「あのね? こういうときは普通男の子のほうから手を握ってくるものなの。これなら温かいでしょ?」

「それはそうだが……」

 

 果たして男からするべきなのか……一歩間違われれば不審者として通報されないだろうか? 例えば北上にしたとしたら、する前に叩かれるだろう。それ以前にあいつはちゃんと手袋をしているか……

 

「ぐずぐず言わないの。ほら早く行かないと遅くなっちゃうよ?」

 

 考えをまとめている内に愛梨は俺の手を引っ張り歩き出す。その時後ろから声がした。

 

「へえー。これは珍しいもの光景だねー」

「そうかな? 私は結構見るけど……」

 

 声のほうに振り返ると

 

「やっほー。翔也君」

「買出しの途中?」

 

 そこに居たのは音姫さんと高坂先輩の生徒会タッグだった。高坂先輩は獲物を見つけたような目でこちらを見ている。

 

「どうも……」

「あ、音姫ちゃん。やっほー」

 

 愛梨は片手を挙げて返事をした。それを見て音姫さんもニコニコしだす。本当に仲が良い2人だ。

 

「それで? 翔也君はこんな所で何をしてるのかなー?」

 

 ニヤニヤとしながら先輩が聞いてくる。

 

「さっき、音姫さんが言ったように買出しの付き添いですよ」

「買出し?」

「うん。さっき愛梨ちゃんに頼んだんだ。まだ生徒会の用事かかりそうだし……」

「なーんだ……ようは音姫の友達の荷物持ちか……」

 

 つまらなそうに先輩は言う。何を期待していたのだろうか。

 

「それにしても、生徒会がわざわざ学校外で何をしてるんですか?」

「郊外のパトロールだよ。 半分はまゆきの杉並君捜索も兼ねてるけどね……」

 

 音姫さんが苦笑しながら事情を説明してくれた。どうやらついさっき義之と話す杉並を目撃したらしく何を企んでるのか捜索中といった所らしい。義之は何をしてるんだろうか……

 

「それで? 見つかったんですか?」

「うんにゃ。まったくの成果なし。地面の下にでも隠れてるんじゃないのかな……」

 

 うんざりしたように先輩は言う。実際にありそうで怖い。

 

「それは残念ですね……」

「まったく、でも次は捕まえてやるんだから……」

「まゆき? そろそろ戻らないと」

 

 音姫さんが時計を見ながら言う。どうやらまだまだ仕事は残っているみたいだ。

 

「翔也君。私達も行かないと……」

「そうだな。じゃあ俺達行きますんで」

「2人とも買い物お願いね。まゆき、私達も行こう?」

「うん。翔也君? 変なことしちゃダメだぞー」

 

 2人共違う笑顔を浮かべながら学校に向かって行った。一方で俺達も商店街に向かった。

 

 

 

 

「けっこう多いな」

「そうだね。後は……」

 

 あれから商店街に着いた俺達は、愛梨が貰ったメールを参考に買い物を進めていった。材料からしてお鍋だろうか? さすがに6人分となればそれなりの量になる。それにいつもより肉の量が多い気がする。愛梨は貰ったメールを見ていた。これ以上になると片手では少々キツイ気がする。

 

「まだ何かあるのか?」

「えーっと……ううんさっきので最後みたい」

「じゃあ、戻るか」

「うん」

 

 家に帰りながら時計を見る。時刻は3時を少し過ぎたくらいだ。今から帰って音姫さんがいないなら少し準備を始めたほうが良いかもしれない。

 

「とは言っても鍋だから問題ないか……」

「どうしたの?」

「いや、夕食の件でな」

「これだと晩御飯はお鍋だよね? 早く食べたいなー」

 

 横断歩道での信号待ちでそう言った愛梨は、自分が食べている所を想像したのかうっとりしている。ちなみに、行きと同様に片手は愛梨が握っている。商店街では材料を選んだりするので離していたが帰路に着いたらまた繋いできた。俺のほうも特に断る理由もなかった。

 

「…………」

 

 一つ懸念があるなら先程言われたように俺からしなかったことぐらいだろうか。そして想像に耽ったまま愛梨は立ち止っている。それは同時に俺も動けないという訳で……

 

「愛梨」

「……」

 

 信号が変わったので愛梨に呼びかけてみるがよっぽど楽しみで想像しているのか返事が無い。

 

「愛梨!」

「え? な、何?」

 

 少し強く呼びかけて愛梨は反応した。

 

「いや、愛梨が立ち止ると俺も動けないわけで……」

「あ、ごめんごめん。じゃあ、急ごうか」

 

 そう言って愛梨は走り出そうとした。その時横からクラクションが聞こえた。そちらを見るとこちらに走ってくるトラックが見えた。その表情は急いでいるのか焦っているように見える。その証拠にスピードが落ちる気配はまったく無い。

 

「愛梨っ……!」

 

俺は愛梨の手を握る手に力を入れ自分の方に引き寄せた。

 

「きゃっ……」

 

 小さく聞こえた声と共に愛梨はポスンといった感じに背もたれた。まあ引っ張ったからそうなるんだが、その後すぐトラックが俺達の目の前を通過した。トラックの進む先を見ているとバスが見える。確か保育園の送迎バスだろうか。次の瞬間、トラックが突如進路を変えバスに突っ込んだ。

 

 ――キキィィ!

 

 止まろうとブレーキをかける甲高い音と共にトラックはバスにぶつかった。

 

「……え?」

 

 その光景を俺は呆然と見ていた。あまりにも唐突過ぎて動けなかった。

 

「翔也君!」

 

 愛梨の呼びかけでふと我に返る。愛梨はトラックのほうを指さしながら

 

「早く行こう!」

 

 そう言って、愛梨は手を離し駆け出した。俺もそちらへと向かう。どうやら周囲の人も手助けに向かっているようだ。俺も急いで事故現場に向かった。駆けつけたところ不幸中の幸いかトラックの運転手と送迎バスに乗っていた人達に怪我は無いようだ。その後警察が来て立ち入り禁止となって俺達は再び帰路に着いた。

 

「何か不思議だったね……」

「ああ……」

「あんな事故がいきなり起こるなんて……」

「確かに、今まで無かったのにな……」

 

 とにかく、怪我人が出なくて良かったと思う。その中で俺はトラックの運転手の表情が気になった。そこまでして急ぐ用事でもあったのだろうか。

 

「翔也君? 聞いてる?」

「え? 悪い。何だ?」

「もー。いきなり立ち止ったうえに無視なんて酷いよー」

 

 気付けば足が止まっていた。愛梨を見ると頬を膨らませる。何を言ったのか考えてるとふと手に目がいった。繋いでない手は暇なのかそわそわしていた。それを見て先程言われたことを思い出した。

 

「悪い悪い。それじゃ行くか」

 

 事故の事は一旦置き俺はそう言った。そのまま愛梨の手をとって歩き出す。愛梨は一瞬驚くも手を握り返してきて

 

「うん」

 

 と大きく頷いた。こうして俺達は家に帰った。その途中で

 

「さっきは何て言ったんだ?」

「えっとね。翔也君はお鍋頑張って作ってねって言ったの。私食べる専門だから」

 

 こんな会話を繰り広げながら……



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12月29日(夜) 前半

「やっぱり、鍋だよねー。日本人の心だよ。グツグツとなったダシ汁と、たくさんのお肉で心も体も温まるよー」

 

 夕食時、コタツの上でグツグツと煮立つ鍋を前にして、さくらさんが幸せそうな表情を浮かべる。今日の夕食は予想していた通り鍋だった。人数も人数なので

 

「さあ、みんな準備できたよぉー。いっぱい食べてねー」

 

 音姫さんの一言を皮切りに、全員がいっせいに具を取り始める。その中由夢が箸を置き春菊を入れようとした。

 

「ああっ、由夢! いきなり春菊を入れるんじゃない!他の具に味がうつるだろ?」

「どうせ後で入れるんでしょ? 今入れちゃっても変わんないよ」

 

 義之の制止を無視して由夢は具材を鍋に次々と放り込んでいく。その光景を見た愛梨は感心したように言う。

 

「由夢ちゃんって結構大胆だね……」

「まぁ、大きく変わる事はないから良いと思うけどな……」

「あ、翔也君のお肉良い感じじゃない? もーらい」

 

 俺が返している間に、愛梨がお肉をひょいと掴み自分の取り皿に入れる。

 

「まったく人が――」

 

 育てた肉を……と言おうとした時

 

「そ、それ、俺が育てた肉だ! 待て! 貴重な食料を強奪するなっ!」

 義之が慌てるように言った。義之の領海とでも言うのだろうか、義之の管轄区域から由夢が次々と肉を奪取していた。その勢いは遠慮は微塵も無い。

 

「2人とも、ケンカしないの。お肉はいっぱいあるんだから、仲良く分け合いなさい」

 

 音姫さんが言い聞かせるように言う。それを受けた義之は

 

「由夢、こうしよう。ここからここまで、国境線として相互不干渉に……」

「却下」

 

 妥協案を提案するもばっさり切り捨てられ次々と肉をとられていく。

 

「にゃはは……このお肉、柔らかくておいしいね。義之君、もっとちょうだい」

 

 そこにさくらさんも加入して、義之の育てた肉はほとんど2人に回収される形になっている。

 

「大変だな……義之」

「そうだねー。でも美味しいねー」

 

 愛梨はそう言って、ごく自然に俺の分の肉をとっていく。そのペースは先の2人に比べればゆっくりなので自分の分は何とか確保出来そうだ。

 

「当たり前のように人のをとるな……」

「うーん……でも私が自分で作るよりかも翔也君が作ったほうが美味しいでしょ? 私お鍋あんまり経験ないから」

 

 笑顔で言う愛梨。そういうことなら仕方ないのだろうか……まぁ作る量はさほど変わりないので気にしないでおこう。

 

「音姫ちゃん。お肉あげるー」

「あ、ありがとうー愛梨ちゃん」

「ううん。さっきから音姫ちゃん作ってばっかりだし……」

 

 それは俺も似たような状況なのだが口には出さない。そして音姫さんに渡した肉は当然俺が育てた肉だ。人数的に言えば、俺と義之はそれぞれ2人に取られていることになるがそのペースは義之たちの方が圧倒的に早い。

 

「くそー、こうなったら!」

 

 さくらさんと由夢の波状攻撃に耐えかねたのか義之は、由夢の所にある肉を獲ろうとするが

 

「や、あまいです!」

 

 カチリと由夢の箸にガードされる。こういった時は由夢の反応はかなり鋭くなる。というか

 

「行儀悪いぞ、義之。由夢?」

「そうだよ? まだまだお肉はあるから取り合いしないの」

 

 音姫さんがいって義之は渋々箸を戻す。それを好機と見たかさくらさんと由夢は再び義之の領域に牙を向ける。

 

「そうは言っても音姉。こう二方向から攻められたら……領海維持も危うく……ぐぁ!」

「みんな? お肉ばっかり食べないの。ちゃんと野菜も食べないと栄養が偏っちゃうよ?」

 

 ごもっともである。しかし、俺のほう問題ないと思う。自分の見立てでは肉と野菜を4:6の割合で作っているので自然と取り皿には野菜が目立つ。本当は5:5にしたいがこれ以上肉を……正確には自分の取り分の肉キープしようとすれば侵攻対象がこちらに変わる気がするので止めておいた。

 

「はーい。音姫ちゃん、お肉だよー」

「何回もありがとうー」

 

 4:6とは言ったが俺の分の一部は愛梨と音姫さんに持っていかれるのでおれ自身は2:8ぐらいじゃないだろうか。

 

「にゃはは……そうは言ってもやっぱりお肉おいしいんだもん」

「うんうん」

 

 さくらさんはそう言い由夢も同意するように頷く。そして再度義之の肉を取りに箸を動かす。

 結局、その後も激戦区の三人はお互いの領域を侵攻し侵攻されるのを繰り返した。これには音姫さんも

 

「まったく……しょうがないなー」

 

 とため息をつくも笑顔だった。こうして本日の夕食は進んでいった。

 

 

 

 

 夕食後、肉にほぼありつくことが出来ず落ち込んでいる義之を呆れたように見る由夢と苦笑いを浮かべながら

 

「ちょっと……可哀想だね……」

 

 そう言って愛梨は見ていた。そんな中片付けを終え戻ってきた音姫さんが口を開いた。

 

「ところで、さくらさん。ちょっとご相談があるんですけど……」

「相談? なになに?」

「あの……明日から1月2日まで、私達2人を、こちらに泊めていただけませんか

?」

「んん? どうして?」

 

 突然のことにさくらさんは驚く。何か理由があるのだろうか……」

 

「実はおじいちゃんが、明日から2日まで温泉旅行に出かけるみたいで……」

「という事は……明日から音姫さんと由夢の2人きりになるって事か」

 

 俺の言い分に音姫さんは頷く。由夢は少々不満そうに

 

「私は別に、2人だけでも大丈夫だって言ったんだけど……」

「ダメだよ。もし何かあったらどうするの? 刃物を持った強盗さんが押しかけてくる可能性だってゼロじゃないんだし」

 

 音姫さんが強盗さんって言うとどこか緊張感に欠けてしまうのは気のせいだろうか……

 

「なるほどね。女の子ふたりっきりじゃ、やっぱり心細いよね」

 

 さくらさんはうんうんと頷き俺と義之を交互に見てから言う。

 

「義之君、翔也君、どう? ふたりを、ここに泊めてあげてもいいかな?」

「んー、まぁいいんじゃないですか? 人数多いほうが楽しいだろうし」

 

 義之は特に迷うそぶりも無く言う。一方で俺は少々困っていた。

 

「…………」

 

 音姫さんたちの話を聞いてから愛梨はそわそわしていた。視線だけ何かを期待しているようにこちらを見ている。率直に言えば反対する理由も無い。理由は無いんだが……

 

「あの、だったら私も泊めてもらって良いですか?」

 

 待ちきれなかったのか愛梨が口を開いた。その言葉は俺の予想通りのものだった。

 

「愛梨ちゃんも?」

「えーっと、愛梨の家も親が出てて1人なんですよ。だからえっと……」

 

 説明しようと口を開くも肝心な部分が恥ずかしくて言いづらい。

 

「にゃはは。知ってるよー。前に泊まった時に言ってたもんね。ボクは別に構わないよ? 義之君も良いでしょ?」

「そうですね。別に構いませんよ?」

「じゃあ、決まりだね!」

 

 さくらさんが笑顔でそう言ったときに、音姫さんと愛梨はそれぞれ

 

「やったぁ!」

 

 と喜びをあらわにした。

 

「子供じゃないんだから、そんなにはしゃがなくてもいいのに」

 

 そういう由夢も、さっきの愛梨のように少しそわそわしていた。さくらさんは何かを思い出したのか俺を見て

 

「ただ……来客用の布団は2式しかないから買ってこないといけないね……」

「ああ、そういえば……そうでしたね。良いですよ。明日俺が買ってきますから」

「うん。お願いね。三人が来てくれると、お家の中も賑やかになって嬉しいよ」

 

 さくらさんはニコニコしている。義之達のほうを見ると正月のことでも話しているのか音姫さんが腕まくりをしていた。愛梨は

 

「楽しみだねー」

 

 まるで遠足前日の小学生のようにうきうきしていた。

 

「た・だ・し」

 

 そんな中、さくらさんは全員に注目されるように少し間をおきながら言った。この場にいる全員がさくらさんに注目した。

 

「エッチなことしちゃダメだよ?」

「はわっ……」

「えっ……」

「うっ……」

 

 その言葉を聞いたと同時に女性陣は顔を赤くして俯いた。そんなことあったとしてもここであるのだろうか……

 

「そんなことあるわけ無いじゃないですか」

 

 義之は、特に何も思わないのか平然と言った。

 

「そりゃ、義之君たちを信用してないわけじゃないけどね。若いと歯止めがきかない事ってあるから……」

「無い無い、無いですよ」

 

 義之はそういうも、女性陣は相変わらず俯いていた。こういうのは女性のほうが想像力が豊かなものなのだろうか……

 

――ピッ

 

 義之は雰囲気を変えようと思ったのかテレビの電源を入れた。

 

「本日は、予定を変更し臨時ニュースをお送りします」

「臨時ニュース?」

 

 由夢が顔を上げテレビを見る。つられるように愛梨と音姫さんも顔を上げる。

 

「本日午後3時頃、初音島保育園の送迎バスとトラックが衝突事故を起こした件について――」

「翔也君。これって」

「ああ、たぶんアレのことだろう……」

 

 ニュースの内容は、俺達が現場に居合わせた衝突事故の事だった。事故が少ない初音島だからか

 

「保育園のバスが衝突事故? こんな事故あったのか……」

「乗ってたのは、保育園の子達でしょ? 大丈夫なのかな。この島でこんな事故が起こるのは珍しいよね……」

 

 義之や由夢は驚いていた。現場にいた俺達はこの時は驚かなかったが

 

「尚、両車両共に異常は見つかっておらず、運転手はそれぞれいきなり操作がきかなくなったと言う事です」

 

 ニュースのこの言い分に俺は驚いた。

 

「本当かな? トラックの人明らかに急いでるように焦ってたよね……」

「そうだよな……でも……」

 

 仮に操作がきかなくなったからあそこまで焦ったのか? 当人じゃないので真相は分からないが仮にそうだとすれば……

 

「えいっ!」

 

 チャンネルが変わりバラエティ番組の笑い声で思考を断ち切られる。

 

「せっかくの団欒なんだから、暗い話は無し無し。もっと楽しい話をしようよー」

 

 チャンネルを変えたさくらさんは子供のように頬を膨らませて怒る。それがさまになっており改めてさくらさんの年齢について疑問が生まれた。

 

 

 それから俺達は、明日からの予定について大いに盛り上がった。先程さくらさんが言った様に楽しい話での団欒の時間は過ぎていった。



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12月29日(夜) 後半

「フンフフフーン」

「随分と楽しそうだな……」

 

 冬休みに入ってから数回目になる帰りの送りでご機嫌に鼻歌を歌う愛梨を見て俺は言った。愛梨は笑顔のままこちらを見て

 

「そりゃ楽しみだよ。だってお泊りだよ? あー楽しみだなぁ」

「その前に布団買ってきたりしないといけないがな……」

「それも含めて楽しみなんだよ!」

 

 そう言って愛梨は俺の数歩先を踊るように回りながら歩いて行く。枯れない桜へと続く道なので道路より足元は少し危ない。

 

「あんまりはしゃぐとこけるぞ?」

「そんなことないよー」

 

 間延びした声で言う。俺は少し歩を早め愛梨に追いつこうとした時愛梨が突然足を止めた。

 

「あ……」

「ん?」

 

 愛梨が見ている方を見る。そこは昼間事故があった場所が見えた。車などは片付けられているも地面などはまだ事故の傷跡が残っており周辺は立ち入り禁止を示すテープが張られている。

 

「けが人がいなくて良かったね……」

「そうだな……」

 

 本当にそう思う。仮に誰か1人でも重傷……もしくは死亡でもしたら残された家族はどうなるのだろう……俺はどうだっただろうか……

 あの日からしばらくは必要な事……返事ぐらいでしか声を出すこともしなかった気がする。

 

「翔也君?」

「……」

「翔也君!」

「……ん?」

 

 愛梨の呼ぶ声で我に返る。最近少し考え事が多くなった気がする。愛梨を見ると少し心配そうに俺を見ていた。

 

「悪い悪い。どうした?」

「あの事故って、本当に操作がきかなくなったのかな……」

「運転手の言ってることが本当ならな……」

 

 ただ、少し気になるのも事実だ。片方だけならまだ機械の異常や運転手の過失等の可能性が高いと思うが両方の車が異常はないのに操作不能になったということが不思議だ。

 

「うーん……やっぱり由夢ちゃんの言ったように幽霊の仕業とかなのかな……」

 

 さっきの夕食の後も一時また事故の件が話題になり、由夢が幽霊じゃないだろうかと言って音姫さんが怖いのに強がっていた。声がちょっと震えていていつものお姉さんぶってる姿はなりを潜めていた。とまぁ、今は関係ないか。

 

「仮にそうだとしたらどうするんだ?」

「そんなの決まってるよ。何でこんなことするのか話をしないと!」

「…………」

 

 言葉が出なかった。幽霊と話が出来るのだろうか。話が出来る幽霊がいるとしたらどんな姿なのか見てみたいがそれ以前に……

 

「愛梨は幽霊と話せるのか?」

「当たり前だよ。私魔法使いだもん!」

「そういえば……そうだったな……」

 

 最近は、ほとんど魔法なんて見てないから忘れてしまいそうだが愛梨は自称魔法使いという事だ。

 

「むうー。自称じゃないもん」

 

 頬を膨らませながら愛梨が言う。顔に出ていたのか分からないが今思ったことを当てられ俺は驚いた。

 

「本当に考えていることが分かるんだな……」

「当たり前だよ? 魔法を使えば翔也君が妙なことを考えてもすぐに分かるんだから」

 

 この言い分からするとどうやら見えないところでだいぶ魔法を使っているようだ。

 

「確か、無差別に使わないって言ってなかったか?」

 

 俺の質問に愛梨は表情はニヤニヤさせながら愛梨は言う。

 

「それも大丈夫。使ってるのは翔也君だけだから! 話が出来る幽霊が見たいって言うのも。音姫ちゃんの事を考えていたのもぜーんぶ知ってるんだからね」

 

 なんで音姫さんなのだろうか。しかしこれは厄介な話だ。妙なことを考えようものなら大惨事になりかねない。何とかほかの事を考えてみる。

 

「…………」

 

 関係の無いこと……とりあえず先程の事故について考えてみる。事故の状況から思い出す。トラックがスピードを落とさず俺達の前を通る。その先にあった保育園の送迎バスと衝突。ニュースから言えばこの時、双方の車は操作を受け付けなかったらしい。

 そしてバスから出て来る園児達と先生。安心したように駆け寄る周囲の人々……

 

「あれ?」

 

 そんな中愛梨がふと声を出した。顔を見ると何か困ったような表情をしている。

 

「どうした?」

「あ……えっとね……翔也君。さっきの考えの中で周囲の人が駆け寄る場面があったでしょ?」

「ああ、確かにあったけど……」

「そこにね? その……知ってる人……居た?」

「え?」

 

 突然言われ俺は先程の光景を思い出す。だが駆け寄った人の顔まで見ているわけでもないのでその中に知り合いがいたかなんて分からない。

 

「いや、分からない……」

「そっか。そうだよね……」

「何かあったのか?」

「ううん。なんとなく翔也君の記憶力を試したいなって……」

 

 俺はため息をついた。何か気になることでもあったのかと思ったのに……愛梨を見ると今度は不満そうにこちらを見ていた。

 

「でもさー翔也君。帰り道に暗いこと考えないでよー気分が沈んじゃうよー」

「そうかな?」

「そうなの! まったく……それより明日の予定考えようよ」

「はいはい」

 

 その後は明日の予定について話し合い、

 

「それじゃ、明日は朝からそっちに行くからね」

「ああ、その後買い物だな。なるべく朝のうちに終わらせよう」

「うん! それじゃ、また明日ねー!」

 

 枯れない桜の下で愛梨と別れた。その後、特に寄り道もせず家に戻ったら

 

「あ、翔也君」

 

 2階に上がろうとしていたさくらさんに会った。

 

「ただいま、さくらさん」

「うん、おかえりー」

 

 さくらさんはニッコリと笑う。そして何かを思いついたように両手をポンと叩き言う。

 

「そうだ翔也君。ちょっと時間ある?」

「なんですか?」

「ちょっとお話、付き合わない?」

「俺はいいですよ? どうせまだ寝付けないでしょうし……」

「やったねー。じゃあ、義之君も呼んできてよ。まだ寝付けてないと思うから」

「義之も? ……分かりました」

「お願いねー」

 

 さくらさんはそう言って台所に向かった。俺は2階に上がり義之の部屋に向かった。さくらさんの言ったとおり義之は寝ておらず話の件は

 

「俺も寝付けないしいいよ」

 

 と言って了承した。そして、居間に降り三人で話をしているなかさくらさんが

 

「で、義之君はどっちが本命なの?」

 

 いつもと変わらない感じで義之に聞いた。

 

「へ?」

「だから音姫ちゃんと由夢ちゃん。どっちが義之君の本命なのかなって」

 

 これはまた凄い質問だ……義之は慌てて

 

「だ、だから違いますって。ふたりはそんなんじゃなくて」

「なくて?」

「何ていうか……姉と妹みたいなものですからそんな感情はないですよ」

「ふーん……」

「だ、だいたいなんで俺なんですか翔也に聞いてくださいよ」

 

 唐突に話題が俺に向けられた。さくらさんは俺を見てニヤニヤとして

 

「だって、翔也君は愛梨ちゃん一筋って感じだもん。あ、美香ちゃんもかな?」

 

 唐突に北上の名前が出てきて俺のほうが驚いた。確かに付属から三年間同じだが

向こうがその気はないと思う……実際前にクラスの女子が聞いたときに

 

「春野と? ないない」

 

 とごく当たり前のように言っていたというのをその話を聞いていたクラスの男子から聞いたことがある。

 

「へ? 北上ですか? それはないと思いますよ」

「そうなの? そっか、やっぱり愛梨ちゃん一筋だもんね」

「……そんなことは……」

「無い訳ないよな。俺は翔也があそこまで向き合った女性を知らないよ」

 

 面と向かって言われると恥ずかしくなる。実際そうなのだろう……この場に愛梨がいなくて良かったと心底思う瞬間だった

 さくらさん達はそんな俺をみて笑う。

 

「にゃはは……でもね?」

 

 さくらさんがそこで一旦区切る。俺と義之はさくらさんに注目する。

 

「ボクは、姉妹みたいに育ったとか単に付き合えそうだからとかそういう理由なんかで本当に大切なことを見逃して欲しくないんだ。もちろん、義之君にふたりのどっちかを選べって訳でも翔也君に愛梨ちゃんを選べと言ってるわけじゃないよ」

「……」

「…………」

「ただ、大切な人と歩めばたくさんの問題や障害があってもものともしない。それを乗り越えて必ず幸せになれる。ボクはそう思うんだ……」

 

 さくらさんは、少し寂しさを含ませた微妙な笑顔を浮かべていた。

 

「さくらさんもそういう出会いがあったんですか?」

 

 俺はそう聞いていた

 

「え?」

「いや、そう言えるのはさくらさんにもそういう出会いがあったからかな……って思って」

 

 義之が俺に続いて言う。さくらさんは少し考えた後

 

「うん。あったよ」

 

 先程とは違う笑顔で言った。思い出したのか少し声も弾んでいる。

 

「それっていつ頃だったんですか?」

 

 義之は続けて言うとさくらさんは

 

「こら、レディーの過去を聞くなんて失礼だよ!」

 

 頬を膨らませて言う。やっぱり年齢に関する事は言わないし聞いてもいけないのだろう。

 

「さてと、ボクはそろそろ寝ようかなー。おやすみ、2人とも」

 

 そう言って立ち上がるさくらさん。その次の瞬間

 

「うわ……っと」

 

 急にさくらさんがよろけた。

 

「さくらさん?」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 俺と義之はとっさにさくらさんを支える。その体は予想以上に軽かった。

 

「にゃはは、ちょっと立ちくらみ。大丈夫だよ。少し夜もおそいしねー」

 

 心配させない為か元気そうな声が返すさくらさん。

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

 そして、そう言って居間を出て行った。それを見送った俺はさくらさんはどこか無理をしているような感じがした。

 

「……」

 

 義之は義之で何か思うところがあるのだろうか呆然とさくらさんが出て行った戸を見ていた。

 

 

 

 

「うーん……」

 

 ベッドに入ってから先程のことを思い出す。

 

「本当に大切なことを見逃して欲しくない……か……」

 

 さくらさんが言った言葉それと同時に考えることは

 

「私はね? 付き合うなら1つだけすっごく大事にしたいことがあるの……」

 

 愛梨に好きかどうかを聞いて、そして俺に変わって欲しいと言われた時の愛梨の言葉だ。

 

「大事な事か……」

 

 いったい何なのだろう。愛梨曰く、答えには近づいていってるらしいが……何かは聞けなかったし……

 

「うーん……」

 

 思考に耽っていると眠たくなってきた。事故の件や愛梨との件……考えることはたくさんあるが

 

「とりあえず……寝よう」

 

 明日は色々あるので今日は寝ることにした。いろいろあったからか思った以上に早く眠気はやってきた。



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12月30日
12月30日(朝) 前半


「朝飯どうするかなー……」

 

 冷蔵庫の中を見ながら呟く。愛梨と音姫さん達が芳乃家に泊まりに来る今日、俺は少しばかり早く起きて朝食の準備をしようとしていた。

 

「残ってるもので何か作れればよかったんだけどな……」

 

 準備をしようにも、昨日がお鍋だったからか冷蔵庫の中はほぼ空に近く材料は無いに等しい。

 

「幸い卵があるし……卵焼きでも――」

 

 作ろうかと言おうとしたとき、玄関のチャイムが押された音がした。

 

「はーい!」

 

 返事をして玄関に向かう。ドアを開けると

 

「あ、翔也君。起きてたんだー」

「おはようございます……翔さん」

 

 来客は、弾んだ声をさせながらいつも以上にニコニコしている音姫さんと眠たそうにしている由夢だった。

 由夢はいつもどおりジャージだが音姫さんは朝早くても服装はきちっとしているあたりさすが規則正しい生徒会長さんといったところだ。

 

「えっとね。弟くんもう起きてるかな?」

「いや、まだ寝てると思いますよ?」

 

 一階に降りるとき義之の部屋から物音一つしなかった大方寝てるだろう。

 

「ほらね? だから言ったんだよ。兄さんは寝てるって」

「むうー……」

 

 どうやら、2人とも義之に用事があるようだ。

 

「2人とも、上がって良いですよ? 義之ですよね?」

「うん。それじゃお邪魔しまーす」

 

 そういいながら音姫さんは家の中に入ってくる。一方で由夢はその場に立って動こうとしなかった。

 

「由夢? どうした?」

「や、えっと……」

 

 呼びかけに応じるも困ったように目を逸らす。

 

「由夢も義之に用事じゃないのか?」

「それは……」

「出来ることなら俺がやっても良いけど?」

「え?」

 

 由夢は驚いたように俺を見る。何かまずいことを言っただろうか? しばらく由夢は

 

「うーん……」

 

 と唸りながら何かを考えた後

 

「別にいいよ。後でまた来るからその時には兄さんも起きてるだろうし……じゃ、私戻るね」

 

 そう言って欠伸をしながら朝倉家のほうに戻って行った。もう一眠りする気だろうか?

 

「ほーら! しゃんとする!」

「分かったから……」

 

 そうしているうちに音姫さんが戻ってきた。無論義之を連れてである。義之は由夢と同じように眠たいのか大きな欠伸をする。

 

「大体、音姉も翔也も早いんだよ。今は冬休みだろ?」

「ダメだよ? あんまり夜更かしとかすると冬休みが終わる頃には今の時間に寝付けなくなっちゃうんだよ?」

 

 愚痴る義之に音姫さんが指をピシッと立てながら言う。確かに、一度崩してしまった生活習慣を戻すのは結構キツイことだ。おれ自身も付属に入学した年は大人ぶって夜更かしばかりしてたがそのせいで寝付けなくなったことがある。それ以来なるべく規則正しい生活を持続させるように心がけている。

 

「そんなことないって。それより早く用事を済ませようぜ」

「もう……それじゃあ行こう?」

 

 ため息をつきながらも次には笑顔で言う。今日の音姫さんはコロコロと表情が変わっている気がする。

 

「にしても、由夢はいったい何を……」

 

 後で義之に言うと言ってたから横槍を入れるのは無粋な気がする。

 

 ――♪

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていたら携帯が鳴り出した。着信相手を確認してみると

 

「愛梨か……」

 

 着信に出ると

 

「相変わらず出るのが遅いよー? 翔也君」

 

 電話の向こうで少し不満そうな愛梨の声が聞こえた。今回はそう遅くなかった気もするが黙っておこう。

 

「悪い。ちょっとあってな……」

「そうなの? じゃあ……後のほうがいいかな?」

 

 先程の由夢と似たようなことを言う愛梨。

 

「何かあったのか?」

「うーん……あのね? 今日がね私凄く楽しみなの」

「ああ、昨日もそう言ってたしな」

「それでね、いつもより早く起きちゃって朝ごはんとかももう済ましちゃったの」

「うん」

「だから、ちょっと早いけどお買い物に行きたいなーって……」

「…………」

 

 つまり、一緒に買い物に行こうという事だろう。昨日決めた予定よりも大幅に早い時間でそれは出来かった。

 

「あの、愛梨?」

「うん? 何?」

「まだこの時間じゃ店は開店してないだろう……」

「あ……」

 

 そう。こんな朝から空いているお店はコンビニくらいだろう。少なくとも今回買おうとしている物を扱っているところはこの時間には開店してない

 

「そっか……」

「うん」

「じゃあ、とりあえず翔也君家に行くね? 荷物もおきたいし」

「え? おいそれって――」

「それじゃ!」

 

 その言葉と同時に通話終了の音が鳴った。

 

「ああ……昨日の予定とかけ離れ過ぎてる……」

 

 昨日の予定で行けば開店の15分くらい前に枯れない桜で合流する予定だったのだが……

 

「愚痴っても仕方ないか……」

 

 とりあえずは、まだ食べてない朝食を作るため家に戻った。作った朝食を食べ終わり出かける準備を終えた頃に愛梨はやって来た。小旅行に行くようなボストンバック等を持っている。

 

「おはよ、翔也君。今日からよろしくね」

「こちらこそよろしく。とりあえず荷物置くか。持とうか?」

「ま、

「あ、うんお願い」

 

 ひとまず一階の居間に荷物を置いてからひとまず炬燵に互いに入る。

 

「それにしても電話からけっこうかかったな……何処か寄ってたのか?」

 

 答えに迷っているのか愛梨は視線を空中に泳がせている。

 

「え? それは……」

「ま、まぁそんなことはどうでもいいでしょ? ほら買い物行くよ?」

 

 どういう結論に至ったのかは不明だがそういう愛梨は立ち上がり外に向かう。今から行けば待ち時間はそんなに無いだろう。そうなればこれに反対する意味は無い。

 

「分かったよ」

 

 先程義之が似たようなことをいってた気はするが、とりあえずは要件を済ませよう。午後からはゆっくりしたいと思うし。

 

「お買い物、おっかいものー」

 

 愛梨を見れば小学生のように歌?を歌いながら歩いてる。今回買うのは先日話に上がった布団だ。それ以外にも商店街を回りながら必要なものがあればその場で判断して買ったり放置したりする考えだ。必要かどうか決めるのはもちろん愛梨になる。

 

「そういえば、板橋とかには見られたこと無いよな……」

「ん? 何を?」

「いや、こうして手を繋いだりしてるところをさ。前は学校内を追い回されることになっただろ?」

 

 学園内なら勝手知ったるとはいえ商店街で遭遇したなら危険になるかもしれない。

 

「きっとみんな商店街なら分かってくれるよ」

 

 笑顔で愛梨は言うがそれはいったいどういうことなのだろうか。

 

「とにかく、面倒なことが起きないように願う」

 

 心からそう思う。その後は買うものは他に何があるのか。どこにあるのか等を愛梨から聞いた。やっぱり予定通りと行かず買うものはだいぶ増えていた。

 

「翔也君。荷物持つとき頑張ってね」

 

 荷物持ちとしてなかなかハードな一日になるんじゃないかと考えながら俺達は商店街に進んで行った。

 

 



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12月30日(朝) 後半

「さてと……まずは」

「布団だね」

 

 商店街に着いた俺達はまず寝具店に向かった。中に入ってみると朝で客も少ないかった。俺達含めて数人といった具合だ

 

「いらっしゃいませー!」

 

 奥から店員が出てくる。若い女性店員だ。新人なのだろうか凄く張り切っているように見える。

 

「今日はどんな用件ですか?」

「えっと……布団を一組探してるんですが」

「お客様がお使いに? それともお連れの方ですか?」

「はい。私が使います!」

 

 大きく頷き愛梨が答える。

 

「なるほど……なら実際に試しながら選んでいきましょうか。そちらの方がお客様も納得できそうですし」

「そうですね。愛梨、それでいいか?」

「うん。でも」

「でも?」

「試してるところを見られたくないから翔也君は待ってて?」

「え?」

 

 以前、寝ぼけてるところを見たことがあるのだがどうやら愛梨の記憶には無かったようだ。それを聞いて店員さんも頷く。

 

「そういうものなのか?」

「そうなの! だからここに居てね。それじゃ行きましょう!」

「はい。とことん付き合いますよ!」

 

 意気投合したのかそんな掛け合いとしながら奥へと向かっていく愛梨。とりあえず辺りを見回してみる。こう見ると随分と品揃えも増してる気がする。まあ、前に来たのは数年前だから当たり前なのだろうが……

 

「あら? 翔也じゃない」

 

 いきなり名前を呼ばれその方を見ると

 

「こんな所に居るなんて珍しいじゃない」

「雪村か……」

「随分な物言いね……」

 

 そこに居たのは雪村だった。俺と同じように誰かを待っているのか暇そうにしている。

 

「何か買い物か?」

「ええ。ちょっと美夏のパジャマを買いにね」

「美夏? 天枷さんか?」

 

 確か由夢と一緒のクラスの転入生だったはず。いつの間に雪村と仲良くなったのだろうか。

 

「そうよ。それより、私がここに居るよりも翔也がここに居るほうが珍しいと思うのだけど? 何の用なの?」

「別に、ただ布団を買いに来ただけだよ」

「へぇ……」

 

 そう呟いた雪村はニヤニヤとしだした。

 

「これは、面白い情報ね……誰が使うの?」

「別に大したことじゃないよ」

「そう? てっきり夢宮さんが使うのだと予想してたのだけど……」

「っ……」

「その反応だとあたりみたいね」

 

 勝ち誇ったように言う雪村。その時かまをかけられたのだと理解した。

 

「ふふ。翔也って一部のことに関しては義之以上に顔に出るのね……意外な一面だわ」

「ほっとけ……」

「杏先輩。遅くなりました」

 

 そうこうしてるうちに、雪村の連れである天枷が戻ってきた。既に会計も済ませているようだ。

 

「結構時間かかったわね」

「すみません先輩……」

 

 頭を少し下げてる天枷に雪村は意地の悪い笑みを浮かべながら

 

「気にしないで。おかげで面白いものが見れたし聞けたから……」

 

 こちらをチラッと見て言う雪村。これはしばらくからかわれるネタにされるかもしれない……

 

「じゃあ、私達行くわね……行くわよ美夏」

「分かった」

 

 雪村達は外に向かう。天枷が先に出て、雪村も出ると思ったとき雪村がこちらに降り向いた。

 

「そうだ。翔也」

「何もすることがないなら何かパジャマでもプレゼントしたら?」

「プレゼント?」

「そう、露出の激しいのにすれば色々と困らなくて済むかもよ?」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら雪村は言う。最後がなければまともなのに……

 

「別に困らないよ」

「そう?」

「それより、天枷が待ってるぞ」

 

 外を少し行ったところで天枷はこちらを見て待っていた。

 

「そうね。じゃあね翔也」

「ああ、またな……」

 

 小さく手を振りながら雪村も出て行った。

 

「……プレゼントか……」

 

 先程雪村が言った事を思い出す。

 

「仮に送るにしても、何にするか……」

 

 辺りを見回してみる。やっぱりパジャマだろうか、それともクッション類のほうが良いだろうか……

 

「何をお探しですか?」

「え?」

 

 気付いたら、俺の横にさっきとは別の男性店員が立っていた。

 

「おっと、失礼しました。お客様が何かをお探しのように見えたものですから」

 

 店員が笑顔を浮かべながら言う。客も少ないから目に付いたのだろう。

 

「それで何をお探しなんですか?」

「えっと……ちょっとプレゼントを買おうかなと思って……」

「プレゼントでございますか。先程の彼女さんにですか?」

「彼女?」

 

 俺が聞き返すと意外そうな表情を浮かべ

 

「先程、奥に行かれた方にですよね? てっきり彼女かと思ったのですが……」

「いや、まだ彼女じゃないですよ」

「あ、まだですか」

 

 しまったと思ったときには口を滑らせていた。店員は安心したように笑う。そして少し考え

 

「少々お待ちください」

 

 何か思いついたのか、やや駆け足で行ってしまった。そして何かを抱えて戻ってきた。

 

「なら、これはいかかでしょう?」

 

 そう言って見せられたのはパジャマだった。特にデザインにこだわったものでもなくシンプルで着やすそうな物で、色が薄い桃色で桜を思わせるような色だ。

 

「お連れさん綺麗ですからこういったシンプルな物が良いかと思いますよ」

「……色合いが綺麗ですね。それと模様も」

「これを作った方はこの島の桜の色をイメージして作られたそうですよ。だから模様も桜の花びららしいです」

 

 楽しそうに話す店員。俺はこれを着た愛梨を想像してみる。うん、なかなか似合ってると思う。

 

「えっと、おいくらですか?」

 

 値段を聞いてみる。店員さんも気まぐれなのか値札の金額よりもだいぶ安くしてくれた。

 

「いえ、ただ応援の意味を込めただけですよ」

 

 と言うのが安くした理由だそうだ。そんな理由で値下げして大丈夫なのだろうか。

 

「お待たせー」

 

 会計を済ませたところで愛梨が戻ってきた。だいぶ試したのだろう。後ろに居る女性店員にはけっこうな疲れが見える。

 

「いいのはあったか?」

「うん。ばっちり!」

 

 両手をグッと握って答える愛梨。どうやら満足いくものが見つけられたようだ。

 

「えっと、お値段はどのくらいになりますか?」

「は……はい。えっとですね……」

 

 掲示された金額は予算内で納まるものなので問題なかった。

 

「それでは、こちらのほう後ほどお届けしますので。何時くらいがよろしいでしょうか?」

 

 全部の会計を済ませた後男性店員が聞いてくる。

 

「昼過ぎからは居ると思いますので……」

「あ、ちょっと待って翔也君。後一つ買いたい物があるから」

 

 そう言って愛梨はパジャマ売り場に走って行った。自分の分を買う気だろうか。戻ってきた愛梨は可愛らしいデザインのパジャマだった。

 

「それ、自分で着るのか?」

「ううん。由夢ちゃんにあげようかなって思って」

「由夢に?」

「うん。だって由夢ちゃん凄く可愛いもん。ジャージも良いけどパジャマでもより一層可愛くなると思うの」

「そうか……」

 

 愛梨の言い分を聞き心の中で安堵する。自分の分を買われたら意味がなくなってしまうからだ。

 

「それではそちらも含めて家のほうに届けさせていただきますので……」

 

 店員はそう言って話を進める。どうやら先程俺が購入したのも含めて送るようだ。

 

「はい。お願いします」

「ありがとうございましたー」

 

 俺達はそう言って店を後にした。愛梨はそのまま鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌だ。

 

「良いのが見つかったみたいだな……」

「うん! あー楽しみだなー!」

「じゃあ、次はどうするか……」

「そうだねー。後は少し日用品を買って戻りたいな。さっき持ってきた荷物も整理したいし」

「分かった。でもそんなに荷物多くなかったよな……」

 

 家に来たとき愛梨が持っていたのは、少し大きめのボストンバック1つと小さめのトートバックの2つだっだ。

 

「そりゃそうだよ」

 

 愛梨は笑顔で頷く。そのまま

 

「だってこれから買っていくんだから」

「…………」

 

 それから俺達は、愛梨の必要と言う物を買って家へと戻った。女性って言うのは買わないといけない物が多いのだと改めて感じさせられた。



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12月30日(昼) 前半

「一旦……ここに置くぞ」

「うん」

 

 買い物から戻り購入品を一旦荷物の付近に置く。

 

「はぁー疲れた……」

「お疲れ様」

 

 ちなみに、家に戻ったときには音姫さん達の荷物運びは終わっていたようで上の客間で荷物整理をしていた。

 

「えーっと、私は音姫ちゃんたちと同じ部屋になるのかな?」

「そうなるだろうな」

「じゃあ私も荷物整理してくるねー」

 

 そう言うや愛梨は、荷物を持って2階へと上がっていった。

 

「どうするかな……」

 

 俺はとりあえず自分の部屋に戻った。時計を見ると昼まであと少しなので昼飯でも作ろうと思った時、コンコンとドアをノックする音が響いた。

 

「どうぞー」

 

 俺の返答を聞いてドアが少し開きから音姫さんが顔を覗かせた。

 

「音姫さん? どうかしたんですか?」

「ううん。大したことじゃないんだけど」

 

 そこで音姫さんは一旦区切り

 

「今日からよろしくね」

 

 と丁寧に挨拶された。

 

「別にそんなにかしこまらなくても……」

「ん、でも一応、ね」

 

 真面目な性格な事だ。

 

「それとね、今日のお昼は私が気合を入れて作ります」

 

 むん、と言った感じで言う音姫さん。どちらかというとそっちが本題だろう。

 

「それを言いに来たんですか?」

「うん。弟君もだけど先に作っちゃいそうだから」

「確かにそんな時間ですね……でも五人分ですけど大丈夫ですか?」

「いいのいいの。任せて?」

「でも……」

「大丈夫だよ。私も手伝うから」

 

 そう言って来たのは愛梨だった。

 

「荷物はもういいのか?」

「うん。もう大丈夫だよ。それより私も手伝うんだから翔也君は休んでて?」

「何か申し訳ない気もするんだけど……」

「いいから。こういう時は年上の言うことを聞くもんだよ?」

「うん」

 

 愛梨の言い分に音姫さんも頷いている。どうやら2人して引く気はないようだ。

 

「じゃあ、お願いします。材料は適当に補充してますんで使ってください」

「任せて、腕によりをかけて作るから」

 

 音姫さんはそう言って腕まくりをしながら出て行った。その後ろに愛梨も続く。出る直前にこちらに振り返り

 

「楽しみにしててね」

 

 そう言って出て行った。これは昼食からかなり豪勢になりそうな予感がする。ただ

 

「何するかな……」

 

 出鼻を挫かれてどうしようかと考えてる時

 

「翔也ー」

 

 のんびりした口調で義之が入ってきた。

 

「翔也。暇だろ?」

「確かに暇だけど……」

「だろうな。音姉に言われて俺も暇だしさ。俺の部屋でゲームでもしようぜ」

「ゲームか……やるか」

 

 たまには息抜きも大事だし。暇になった者同士でゲームで過ごしたがあんまりゲームをしない俺は対戦系になると

 

「よっしゃ! これで俺の10連勝な」

「義之。少しは手加減してくれよ」

「ふふふ。ゲームに手加減などない!」

 

 といった感じでボコボコにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから1段落して昔やっていたRPGを二人で進めながら俺は思った。

 

「にしても、遅いな……」

「何がだ?」

「昼飯がだよ。あれからだいぶ時間も経ってるし……」

「言われてみればそうだな……」

 

 音姫さん達が下に降りていってから既にだいぶ過ぎている。

 

「何かトラブルでもあったのかな……」

「うーん、気になるな……」

 

 2人して唸っているとき、玄関からチャイムが鳴った。窓から見ると朝の寝具が届いたようだ。

 

「ちょっと布団受け取ってくるわ」

「お、なら翔也。少し様子見てきてくれよ」

「そうだな……分かった」

 

 気になるのはお互いに同じのようだ。事故が起こってたなら一大事だし。そう自分に聞かせながら俺は玄関に向かった。

 

「えっと、春野翔也さんですよね」

「はい」

「先程はどうも」

「え?」

 

 配達員は先程の男性店員だった。

 

「先程のプレゼントは一応ラッピングしましたよ。うちの店員がこれでラッピングされたら嬉しいと言われてるのでしときましたから」

「あ、わざわざありがとうございます」

 

 俺は頭を下げると

 

「頭を上げてくれよ。僕は応援したいからしてるだけだから。頑張って」

 

 気さくにそう言ってくれた。

 

「そんなこと言って。過去の自分を思い出してるだけでしょ?」

 

 そう言って後ろから姿を見せたのは、愛梨と一緒に試していた女性店員だった。

 

「おい。せっかく良い感じだったんだから壊さないでくれよ」

「別に良いでしょ? それにしても彼女が羨ましいなー。あんな可愛いプレゼントくれるなんて」

 

 俺の前に横並びに立つ二人。

 

「もしかして、2人は付き合ってるんですか?」

「うん。まぁ一応ね」

「おい、一応って何だよ」

 

 目の前で簡単に言えばいちゃつく二人。幸せそうな光景だ。

 

「あの……」

「あ、ごめんなさいね? こいつのせいで……」

「お前の責任もあるだろ? まぁいいや。とりあえず……はい」

 

 そう言って渡されたのはラッピングされたプレゼントだった。シンプルながらアートフラワーとリボンが丁寧かつ綺麗に装飾されていた。

 

「ありがとうございます」

「私のオススメの装飾だからね」

「あんまりプレッシャーかけるなって」

 

 咎める様な口調で言うが全然そんなことはない。

 

「いえ、ありがとうございます」

「それじゃ、後は他のを渡していこうかな。中に持って行った方が良いかな?」

「いえ、ここに置いてくだされば中に運びますんで」

「そっか。じゃあそうさせてもらうよ」

 

 そう言って、手際よく置いていく。慣れているのかこちらが持ち易いように置いてくれた。

 

「これで最後だね。じゃあ後はお願いします」

 

 そう言って頭を下げてくる。もう1人は既に車の中に戻っており

 

「ちょっと、次のお客さんもあるから急いで?」

 

 と言っている。

 

「ああ、言ってるから行くね。あいつ怒ると面倒だから」

「いえ。ありがとうございました」

「それじゃあね」

 

 そう言って車の中に入っていきそのまま行ってしまった。残された俺が思ったことは

 

「名前、聞いとけばよかった……」

 

 そんな事だった。他にもないことはないが

 

「まずは……運ぶか……」

 

 とりあえず、当初の目的を果たそう。そして運ぶ途中で俺は階段の前に布団を置き台所を覗いた。

 

「あっ、包丁、そんな風に持っちゃ危ないよ?」

「こう……だっけ?」

「うん。そうそう」

 

 そこには、由夢を中心にして料理をしている三人の姿があった。

 

「なるほどね……」

「あ、こら翔也君覗いちゃダメだよ?」

 

 こちらに気付いた愛梨が詰め寄ってくる。

 

「いや、布団が届いたから気になったんだよ。いつもより遅いし何かあったのかなって思ってさ」

「そっか。じゃあしょうがないね」

 

 あっさりと認めてくれる愛梨。その奥では由夢が

 

「えっと……次は……」

「あ、由夢ちゃんよそ見しながら調味料は入れちゃ危ないよ?」

 

 どうやらレシピはあるようだがなかなか苦戦してるようだ。これはどうなることやら……

 

「はーい。時間切れでーす! ほらお部屋に戻る戻る」

 

 愛梨が俺を追い出そうと押してくる。正直このまま見てたい気もするが

 

「分かった分かった。ところで愛梨」

「ん?」

「さっき買ったアレはどこに置いておけば良い?」

「あ! 翔也君の部屋に置いてて? 後で受け取るから」

「分かった。じゃあ由夢に頑張れって伝えといて」

「はーい。じゃあ後でね」

 

 そう言って俺は追い出された。不安がないとは言えないが二人が監修の上レシピもあるなら大問題は起こらないだろう。

 

「さてと……運ぶか……」

 

 気合を新たに入れ俺は布団を運んだとは言ってもそう重いものでもないので苦労はなかった。愛梨のプレゼントは机の上に、愛梨へのプレゼントはばれない様に鍵つきの棚の中にしまった。そして義之の部屋に戻る。

 

「おかえりー。どうだった?」

「うーん。結構頑張ってたよ。まぁスグに愛梨に追い出されたけど……」

「そっか。俺も見たいけど今じゃもう見れないだろうな……期待して待ちますか」

「そうだな」

 

 その後、音姫さんが呼びに来るまで俺達はのんびりした冬休みの一時を満喫した。

 



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12月30日(昼) 後半

「弟くーん。出来たよー!」

「翔也君。降りてきてー」

 

 下から呼ばれ、俺と義之は一階に降りた。居間には既に昼食が並べてありすぐに食べられる状態だ。長い時間かかったからか義之は

 

「おー。美味しそうじゃん!」

 

 と目を輝かせている。しかし、

 

「あ、グラタンは由夢ちゃんが作ったから、じっくり味わって食べてあげてね」

 

 音姫さんの一言を聞き

 

「って、まじか!?」

 

 一転して驚きの表情を浮かべる。それを見て由夢は言う。

 

 

「その反応はどういう意味です?」

「概ねお前の予想通りだよ。どうりで時間がかかってるなって思ったら……まさかこうゆうことになるなんて」

「大丈夫だよ、弟くん。由夢ちゃんだって、ちゃんとお料理できるんだよ」

「そうは言っても……」

 

 ここ最近の由夢の努力を知らないからか。義之は納得しきれてないようだ。まぁ俺も完璧だとは思っていないのだがしかしグラタンとは愛梨も音姫さんも随分と思い切ったと思う。

 

「べ……別に、無理して食べてくれなくてもいいよ」

「……」

 

 そう言う由夢が作ったグラタンは、2人のサポートもあったからか一部焦げてたりちらりと見えるマカロニの1部が溶けていたりと少々気になるところはあるが特に問題無さそうに見える。由夢自身は緊張してるのかそれとも失敗が悔しいのかどこかしおらしくしていた。指先には調理中に切ったのか絆創膏が見える。

 

「いや、食うよ」

 

 義之も何かを感じたのかそう言って、一回深呼吸をした後グラタンを口に運んだ。

 

「ぐっ……!」

「……」

 

 由夢は緊張した面持ちで義之の口元を見ている。

 

「あ……あれ?」

「え?」

「何だこれ、意外と美味いじゃないか……見た目はちょっとあれだけど味はわりと……」

 

 先程の躊躇いはなんだったのかもぐもぐと食べていく義之。俺は愛梨のほうを見てみると小さく親指を立てた。由夢は信じられないのか

 

「……お、お世辞なんて言わなくてもいいよ」

 

 慌てたように言うが

 

「別にお世辞じゃないよ。見た目はまだまだだけど味は十分じゃないか。少し薄いくらいで上出来上出来」

 

 そう言って変わらぬペースで食べていく義之。由夢は呆然とそれを見つめる少し頬が赤くなっているように見える。俺は由夢の横でニコニコしている指導の二人に小声で聞いた。

 

「愛梨。あのグラタンって……」

「ほとんど由夢ちゃんが作ったんだよ。ね? 音姫ちゃん」

「うん。由夢ちゃん凄く上手になっててビックリしちゃったもん」

 

 どうやら、音姫さんが見てないところでも練習を重ねていたようだ。努力は報われると言うのはこういう事を言うのだろう。

 

「どうした由夢? さっきからぼーっとして」

「や、な、なんでもない!」

 

 義之に指摘され慌てるようにぷいと顔を背ける由夢。

 

「ふふっ、頑張った甲斐があったね。良かったね、由夢ちゃん」

 

 音姫さんは自分のことのように嬉しそうに言う。

 

「や、べ、別に兄さんのために頑張ったわけじゃないから。しょ、将来のために出来たほうが良いと思って練習しただけだから」

「そっか。まぁ俺のためじゃないにしろ、美味しかったよ。あと、馬鹿にして悪かったな」

 

 そう言って義之は頭を下げる。自分なりのけじめといった所だろう。

 

「べ、別に良いです」

「うふふ」

 

 由夢はそう言ってまたそっぽを向く。そして音姫さんは笑顔でそれを眺めていた。

 

「そういえば……愛梨」

「んー?」

「愛梨が作ったのはこれか?」

 

 俺が示したのはスープのミネストローネだった。

 

「えっとね。それは私と音姫ちゃんの共同作品だよ?」

「へぇー。こっちのサラダは?」

「それは音姫ちゃんだよ?」

「なるほど……」

 

 つまり、今日のメインは先に見た台所の風景のように由夢だったのだろう。それにしても

 

「愛梨はスープのみか……」

「あー。出来は良いんだからね? 驚いて倒れないでね」

 

 よっぽど自信があるのだろうか。小さい胸を張って言う愛梨。

 

「そんなにですか……ならいただきます」

「私も……」

 

 それを聞いた義之を由夢が口に含む。そして驚いたような表情を浮かべて

 

「美味い……」

「本当だ。凄い美味しい……」

 

 口を揃えて言う。俺も口に含んでみた。味で言えば食べたことはないが高級料理のほうが上かもしれない。でもなんというか心の底が温かくなると言えば良いのだろうか? そんな表現しか出来ないが

 

「……美味しい……」

 

 口はそう呟いていた。

 

「やったね! 音姫ちゃん!」

「うん! 愛梨ちゃん!」

 

 それを見た愛梨と音姫さんはハイタッチをしていた。

 

「隠し味か何か使ったのか?」

「えー? それは言えないよー。ねぇ、音姫ちゃん?」

「うん。これは言えないね」

 

 そこまで言われると気になるが口を割りそうにない。

 

「言ってはくれないか……」

「そんなこと気にしないの。ほら早く食べないと冷めちゃうよ?」

「はいはい……でもその前に……」

 

 俺はサラダを口に含んだ。いつも通り美味しい。音姫さんが作ってるのだし特に変わったメニューでもないし当然か。

 

「うん。いつも通り美味しい」

「ふふっ。ありがとう翔也君」

「まぁ、音姉のが美味しいのは食べるまでもないだろうけどな」

 

 義之が言う。これは由夢も頷いている。確かに毎日食べているからそうなのだろうが何が起こるか分からないのが料理だ。

 

「むー……」

 

 俺がそう考えるようになった理由の1つの愛梨が不服そうに唸っている。

 

「どうした愛梨?」

「なんか、さっきの言い方だと私が今回たまたま美味しく出来たみたいな言い方だなって思って」

 

 それはそうだろう。今まで数回愛梨の手料理は食べたが殆どは美味しいし見た目もこだわってるのも分かる。あのお弁当さえなければ……

 

「言ってもいいのか?」

「何を?」

「ほら、あのお弁当……」

「え? えーっと……ダメダメ!」

 

 忘れていたのか少し考えた後慌てたように言い出す。ただ周囲は

 

「私は興味あるなー。そのお話」

「……ああ」

「そうだな」

 

 聞きたい雰囲気全開だった。由夢だけは先日聞いてるから納得したような顔をしている。それを察したのか愛梨は顔を赤くしながら

 

「は……恥ずかしいなー……もう。なら私の口から言います」

 

 そう言って覚悟を決めたのか顔を上げてあの日の話をした。愛梨の弁当を食べて俺が3時間くらい気絶したことをだ。それを聞いて

 

「へぇー。夢宮さんもそんなことあるんだ……」

「やっぱり誰でも失敗するんだよ……」

 

 意外そうに言う義之と安心したように頷いている由夢。ただ音姫さんは

 

「…………」

 

 何かを考えているかのように黙っていた。

 

「音姫ちゃん。どうかしたの?」

「ううん。 ねぇ翔也君」

「はい?」

 

 音姫さんは俺に話を振って来た。どんな味だったかとかだろうか。

 

「翔也君は倒れちゃったんだよね? 3時間くらい」

「そうですね」

「授業は?」

「え? あ……」

「あ……」

 

 俺と愛梨は顔を見合わせる。

 

「えっと……」

「あのね? 音姫ちゃん」

「もぉ。ダメだよ? 2人とも?」

 

 音姫さんは生徒会長モードに入りそうだ。こうなったら長くなってしまう。

 

「音姉。しょうがないでしょそれは」

 

 助け舟は義之から来た。

 

「でも……」

「でもじゃなくて、実際運べれば保健室が良かったかもしれないけど夢宮さんじゃ翔也を運べないだろ?」

「うーん……」

「じゃあ、音姉の弁当を食べて気絶したら音姉は俺を置いて授業に行くのか?」

「そ、それは……」

 

 それは、少し卑怯な言い方ではないだろうか? 今の俺に口を挟めはしないが……音姫さんは諦めたように

 

「むー。分かりました。でもダメだよ? 授業サボったりしたら」

「はい」

「うん」

 

 俺と愛梨は音姫さんの言い分にしっかりと頷いた。それを見た音姫さんは

 

「じゃあ、早くお昼済ませちゃおう?」

 

 笑顔でそう言った。それからはまたいつもの如く楽しい昼食に戻った。

 今度から話をするときは聞かれても大丈夫かどうかを考えてから話すようにしよう。そう思った俺だった。



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12月30日(夜) 前半

 あれからだいぶ経ち既に夕食の後。いつもなら由夢がつけているバラエティ番組でも見ながらゆっくりするのだがそのテレビでは

 

「次のニュースです。本日3時ごろ商店街で20歳の男性飲食店従業員が突然意識を失い病院へと搬送されました。男性は病院に到着した後無事意識を取り戻しました。なお医者の話では男性の体に異常もなく男性も急に目の前が暗くなったと言っており過労が原因だろうとのことです」

「過労ねぇ…」

「12月に入ってから、この男性のように突然意識を失い病院に搬送される人が増えています。師走の忙しい時期ですが決して無理をなさらないように気をつけてくださいね」

 

 と言った感じで毎日のようにこんなニュースが流れるのだ。何かあったのかと思ってしまいたくなる位だ。

 

「みんな気をつけてね。無理とかしないように。特に弟くんと由夢ちゃんは」

 

 ニュースの話を受け音姫さんが言う。それを聞いた由夢は呆れたように

 

「兄さんが過労で倒れるくらい無理するわけないじゃない」

 

 そう返した。そういわれた義之も呆れたのか

 

「お前にだけは言われたくないぞ」

 

 と言う。しかし由夢は少し当たり前のように

 

「や、私は兄さんなんかと違って繊細だから」

「……繊細ねぇ……」

「何ですか? 何か言いたそうですね……」

「由夢ちゃん? 義之君? そんなにカリカリしちゃダメだよ?」

 

 愛梨の一言に2人はと言うより義之は引き下がる。そして話題を変えるように

 

「でも、1番気をつけないといけないのは音姉だろうけどな」

「へ?」

 

 そう言う。音姫さんは予想外といった感じでポカンとしているが義之は続ける。

 

「生真面目で几帳面だし、完璧主義者だし。そしてなにより、すぐ無理するだろ?」

 

 前半は客観的に見た印象だろうか。隣で愛梨は

 

「うーん? そうかなぁ? 無理はするけど優しいし楽しいし……」

 

 そう小さく呟いていた。話に水を差さないためだろう。まぁ印象など人によって違うのだからしょうがない。

 

「わ、私は大丈夫だよ。無理なんてしてないよ」

 

 音姫さんは、手をわたわたさせて言う。義之には無理してるように見えても音姫さん自身は無理ではないと考えているようだ。でも音姫さん以外にもいるが無理してるのに無理してないと本気で思っている人達もいるのだ。ある意味たちが悪い。

 

「それに、私は規則正しい生活してるもん。弟くんとか由夢ちゃんは冬休みだからって夜更かしとかしてそうだし」

「うっ!」

「それは……」

 

 胸を張って言う音姫さん。痛いところを突かれてたじろぐ義之たち。

 

「ていうか、なんで翔也達は入ってないんだよ」

「そりゃ、翔也君達は規則正しい生活してるもん。今日の朝だってちゃんと起きてたし」

「まぁね……」

「夜更かしは体に悪いんだよー?」

 

 俺と愛梨の返事に音姫さんはうんうんと頷く。

 

「そうだよね。まずは規則正しい生活をすることが健康管理の第一歩だしね。ふたりとも、お休みだからってだらけた生活しちゃだめだよ?」

 

 指をビシッと立てた言う音姫さん。どうやら生徒会長モードに入ったようだ。止めたいが止めようにも手段が見つからない。由夢は物凄く非難めいた目で義之を見ている。義之もこうなるとは思ってなかったのか慌てているように見える。

 

「ふたりとも、聞いてるの?」

「はい!」

「はい」

 

 音姫さんに言われて背筋まで伸ばす2人。団欒の時間は一転音姫さんのお説教の時間に変わったがこちらに被害は無さそうだ。

 

「ねぇ翔也君……」

 

 テレビのほうを見ながら愛梨が言う。何か考え事をしてるのか口調は少し固い。テレビではまだニュースをしているが初音島ではなく本島のニュースだった。

 

「どうした?」

「さっきのニュース……時間は3時頃って言ったよね」

「急に倒れたって奴か? そうだけど」

「私達が見かけた事件の時間も3時頃だったよね……」

「……そうだな……」

 

 正確には3時を少し過ぎたくらいだがそれは大きな問題でもないだろう。

 

「なにか関係性があるのかな……」

「気になるのか?」

「うん。事故は怖いし……後ね?」

「ん?」

「えっと、関係ないんだけどね?」

 

 そこで一旦愛梨が口をきる。なにか共通点でも見つけたのだろうか。そして声のボリュームを落として言う。

 

「由夢ちゃんへのプレゼントいつ渡そうかな?」

「……」

 

 本当に関係のないことだった。俺は由夢達のほうを見る。

 

「だから――」

「……」

「ふぅ……」

 

 今渡せば音姫さんの説教を終わらせられるかもしれないな。

 

「今、渡すか」

「え? でも今は音姫ちゃんが……」

 

 愛梨は音姫派? のようだ。しかし言葉の端から今でも渡しても言いという気持ちはありそうだ。ここは少し押してみよう。

 

「このまま説教が続く中で居ても結構キツイだろうしさ。それに、お風呂前に渡せば今日から着てくれるんじゃないか?」

「うーん…………」

「愛梨も早く見てみたいって気持ちがあるんじゃないか? 泊まりの期間も無期限じゃないし」

「…………」

 

 

 愛梨はしばらく考えた後小さく頷き

 

「翔也君の部屋だよね?」

「ああ、机の上にある」

「分かったー」

 

 そう返事をして立ち上がり上に上がっていった。ちなみに音姫さんは戸の開く音に気付いてないのか説教を続けている。義之も由夢もクタクタの表情だ。

 

「ただいま」

「……はやいな」

「うん」

 

 早く渡したいのか笑顔で頷く愛梨。俺達は早速行動に移した。

 

「音姫さん。少し良いかな」

「ん? どうしたの? 翔也君、愛梨ちゃん?」

 

 声には気付くのか説教を止めこちらを向く音姫さん。2人もこちらを見る。

 

「いや……」

「ちょっと由夢ちゃんに渡したいものがあって……」

 

 そう言って愛梨がプレゼントを背に回し由夢に近づく。

 

「私に?」

 

 由夢は覚えがないのかキョトンとしている。

 

「うん。はいこれ」

 

 愛梨はそう言って、プレゼントの入った包みを渡す。

 

「これって……」

「開けてみて?」

 

 由夢は丁寧に開けていき、中身を取り出す。

 

「パジャマですか?」

「うん」

「うわー可愛いね」

 

 女性陣はそれぞれ反応を示す。

 

「由夢ちゃん可愛いんだから、ジャージ以外も着たほうが良いよ? そう思うよね? 義之君?」

 

 愛梨はそう言って話を義之に振った。不意打ちであっただろう義之は

 

「え? えっと、そうですね由夢は……うん可愛いしジャージはもったいないな……」

 

 一瞬の間にパジャマ姿を想像したのか確信したように頷く。そりゃジャージかパジャマかで言われたら大抵の男なら後者が上だろう。そしてそう言われた由夢は

 

「…………」

 

 誰から見ても分かるくらいに顔を赤くしてした。一方愛梨と音姫さんは

 

「ねー愛梨ちゃん? 私のは?」

「音姫ちゃんは既にあるでしょー? 十分だよ?」

「そうかなー。えへへ……」

 

 そんなほのぼのトークを広げていた。そんな中俺は自分の買ったプレゼントを思い出す。あれを渡したら愛梨はどんな反応をするだろうか? 由夢みたいに顔を赤くするのだろうか。それとも割と普通に受け取るだろうか。

 

「なぁ、翔也……」

 

 気付くと義之が近づいていた。どうやら俺も想像に耽るとボーっとしてしまうようだ

 

「あぁ悪い……何だ?」

「いや、由夢の件お前知ってたのか?」

「ああ。知ってたけど?」

「そういうのは先に言っといてくれよな……」

 

 そう言って義之は頭を抱える。

 

「何でだ? 別に困るわけじゃないだろ?」

「そうかもしれんが、いきなりああ言われたら……」

 

 さっきの回答を意識しているのだろうか、義之の顔も少し赤い。だが

 

「ねぇ。由夢ちゃん早く着替えようよ」

「ダメだよ? 愛梨ちゃん。ちゃんとお風呂に入ってからじゃないと……」

「ちょっ、お姉ちゃん。愛梨さん」

 

 それ以上に顔の赤い由夢は無邪気な2人のおもちゃになっている。しかしまだ顔が赤いとは……

 

「由夢の奴もしばらく尾を引きそうだな……」

「…………」

 

 俺の呟きに義之は反応せず、女性陣のほう……由夢の方だろうかそっちを見ていた。

 

「義之?」

「え? あぁ悪い悪い」

「変な妄想でもしたか?」

「そんなことねーよ」

 

 悪戯に聞いてみたが軽く返された。どうやら少しは立ち直ったのかもしれない。それから、女性陣は何を考え付いたのか由夢を連れて2階に上がっていった。

 

「さーて、音姉達も居ないしゆっくりするかね!」

 

 先程説教されていた顔はどこへやらそう言って義之はコタツの1番暖かくテレビも見える通称ポールポジションに入った。そしてニュースから変わったバラエティ番組を見ながら俺は、いつ自分のプレゼントを愛梨に渡そうかという事を考えていた。

 

 

 



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12月30日(夜) 後半

「どうしたものか……」

 

 自分の部屋で俺は悩んでいた。悩んでいたと言うよりは少し後悔していた。

 

「あんなに早いとは思わないだろ……」

 

 あの後、例のプレゼントを渡そうと思い客間に行ったら、同室だった音姫さんから

 

「愛梨ちゃんならさっきお風呂に行っちゃったよ?」

 

 という事実を聞かされたのだ。それから自室に戻ってきた次第だ。

 

「どうするかなぁ……」

 

 引き出しの中にあるプレゼントをどうするか考える。明日渡すか風呂上りに渡すべきだろうかそれとも……

 

「今から行ってすりかえておくか……」

 

 サプライズとしては大きいかも知れないが見つかろうものなら一発で警察行きになりかねない。

 

「さすがに危険すぎるか……」

「何が?」

「え?」

 

 返事が来たことに驚き振り返ると

 

「音姫さん?」

「うん」

 

 笑顔で頷くのは音姫さんだった。いったい何の用だろうか? それに……

 

「あの、ノックしましたか?」

「え? どうして?」

 

 ポカンとした感じで音姫さんは言う。この人に言うのは意味がないのかもしれない……

 

「どうしてって……一応、俺も音姫さんも子供じゃないんですから……」

「ん? どういうこと?」

 

 頭にはてなを浮かべているような表情の音姫さんを見て俺は言っても無駄だと言うことを思い知らされた。

 

「いや、やっぱりいいです。それで何の用ですか?」

「うん。さっきも弟くん達に言ったけど夜更かししちゃダメだよ」

「夜更かしですか……」

 

 時間を見てみるが確かに良い子なら寝る時間だが俺達と同年齢くらいならまだまだこれからな時間だ。

 

「それをわざわざ言いに来てくれたんですか?」

「うん。まぁ翔也君なら問題ないと思うけど一応ね」

 

 にっこりと笑って言う音姫さん。先程のお説教と言い日頃の行いは大事だ。

 

「それで? 何かあったの? 何か悩んでたみたいだけど」

「いや、別に何もないですよ?」

 

 あるにはあるが言えない事だし。俺はそう返した。

 

「そう? 何かあったら相談してね? これでもお姉ちゃんなんだから」

 

 むんと胸を張って言う音姫さん。単に年上だからと言いたいのだろうがこういう言い方をされたら大抵の男子は勘違いしてしまうだろう。

 

「ありがとうございます。その時は相談しますよ」

「うん。じゃあね」

 

 手を振りながら音姫さんは出て行った。1人になって改めて考えを巡らせようとした時、ドアをノックする音が聞こえた。音姫さんだろうかまだ何かあったのだろうか

 

「どうぞー」

 

 そんなことを考えながら言う。ドアから入って来たのは

 

「やっほー。翔也君」

「……愛梨?」

 

 絶賛考え中の愛梨だった。風呂上り間も無いからか髪は少し湿っぽさを残しており一言で言ってしまえば色っぽかった。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 俺の反応が違ったからか顔を覗き込もうとする愛梨。その仕草と同時にシャンプーだろうか、甘い香りもしてくる。

 

「いや、なんでもない」

「うーん? あぁ……」

 

 愛梨は一瞬キョトンとするもすぐにニヤニヤとしだし

 

「さては、お姉さんの魅力に気付いちゃった? 私のお風呂上りは翔也君はじめてだもんね」

 

 そう言ってきた。見事にその通りなのだがあっさり頷くのも何だか恥ずかしいので

 

「別に、そうでもないよ」

 

 冷静に返そうとしたが最後で少しうわずってしまった。

 

「ふふん。そっかそっか」

「…………」

 

 もう何も言い返せなかった。

 

「で? 何の用だ?」

「あ、うん特に無いよ?」

 

 俺の質問に当たり前のように答え部屋の中に入りベッドに座る愛梨。

 

「そうなのか?」

「むー。用事がないと来ちゃダメなの? せっかく風呂上りの私が見れたのに……」

「いや、そうじゃないが……」

 

 改めて愛梨を見る。愛梨と言うよりはその服装を確認してみるそこで思ったのは

 

「何にも無いな……」

「え?」

「いや、そのパジャマ何も無いな……って」

「あぁ……」

 

 普段見かける音姫さんのパジャマは小さいリボン等がついているが今愛梨が着ているのはそう言った装飾の類も模様も無い。色が白と言うのもありどこか寂しい印象を受ける。

 

「うーん。私は気に入ってるんだけどなー。翔也君にそう言われると何か可愛いのも持っておけば良かったかなー」

「由夢のを買った時買おうとは思わなかったのか?」

「その時は由夢ちゃんので頭がいっぱいだったからねー。そこまで気がまわらなかったよ」

 

 笑いながら言う愛梨。それを見ながら俺は心を決めた。プレゼントが入ってる引き出しを開ける。

 

「どうしたの?」

 

 ちょうど見えない位置に居るからか不思議そうに言う愛梨。プレゼントの包みをとり向き直る。

 

「ほら」

「えっ?」

 

 手渡しは恥ずかしかったので膝上に置いた。愛梨は状況が見えないのか呆然として

 

「えっと……これは?」

「……開けてみれば分かる」

 

 俺もかなり恥ずかしいのでそっぽを向いて答える。

 

「…………」

 

 包みが解かれていく音が聞こえる。やがて

 

「うわぁ……」

 

 嬉しそうな呟きが聞こえてようやく愛梨の方に向き直れた。どうやら不評ではないみたいだ。

 

「あの、翔也君。これって……プレゼント?」

「えっと……うん」

「…………」

 

 愛梨は無言でプレゼントのパジャマを抱きしめている。目尻には涙が見えた。

 

「どうした?」

「……え? あ……ち、違うの……プレゼント……なんて懐かしくて……」

「どういうことだ?」

「ちょっと……待ってね……」

 

 それから、しばらく愛梨は俯いて何も言わなかった。部屋の中はしばらく静寂に包まれた。やがて愛梨が顔を上げた。そこには涙の跡はあるも流れてはいなかった。

 

「……ごめんね?」

「いや、もういいのか?」

「うん! もう大丈夫だよ!」

 

 小さくガッツポーズを作る愛梨。無理をしてなければいいのだが……

 

「それで? 何の話だっけ?」

「いや、プレゼントが懐かしいって話だけど……」

「うーんとね……ほら前ここに泊まったとき親が居ないって話をしたじゃない? あれと同じなんだけど……」

 

 あれと同じ? ということは

 

「つまり、昔からずっと家を空けてるって事か?」

「そうそう。さすが翔也君、頭の回転が速い!」

 

 控えめな拍手をしながら言う愛梨。しかし俺は驚いていた。その話が本当なら愛梨は親が出て行った頃からずっと1人で生活してるという事になる。

 

「ちなみに、何時から親は出て行ったんだ?」

「えーっと私が付属に入った年だから……4年……かな」

「そっか……」

 

 自分がその状況になったと考えてみる。付属に入学と同時に親が家を空けて1人で暮らす……

 

「何考えてるの?」

「え? いや俺がそうなったらどうだろう……って」

「うーん。よく分かんないけど翔也君も同じようなものじゃないの?」

「え?」

「だって、さくらさん今日も居ないし。音姫ちゃん達がいなかったらほとんど1人でしょ? ……って義之君が居るんだっけ」

「いや……そっか」

 

 冷静に思い返せば俺もそうだ。実質初音島に来てから少し経った後は、さくらさんの仕事の関係もあり1人で過ごす事が多かった。まぁ、義之たちが遊びに来ることが多かったのでそんな意識は無かったが……

 

「それに、そんな気遣いはいらないよ? 今は楽しいんだから暗い話は無し無し!」

「…………」

「翔也君? 返事は?」

「え? あ、ああ……」

 

 まずい。何を言ったんだ? 愛梨は怪しむように俺を見ている。

 

「ねぇ、翔也君。聞いてた?」

「えっと……悪い聞いてなかった」

「まったく……思い込むと止まらないね翔也君は」

 

 両手を腰に当て呆れたように言われる。それは事実だから返す言葉も無い。

 

「それにしても……綺麗な色……」

 

 愛梨はパジャマを眺めながら呟く。どうやらかなり気に入ってくれたようだ。

 

「どこで買ったの?」

「えっと……朝の店だけど……」

「そうなんだーありがとう」

 

 満面の笑みでお礼を言う愛梨。それを見て純粋に可愛いと思ってしまい少し顔が赤くなりそうだ。

 

「いや、別に――」

 

 良いと言おうとした時廊下から何か投げたような音と

 

「うわ、おいっ! やめろって! 物を投げるな! 落ち着け!」

「もういいから出てって! さっさとしないと、不法侵入で警察呼ぶからっ!」

 

 言い合いの声が聞こえてきた。声からして由夢と義之だろうか。

 

「どうしたんだろう?」

「なんとなく想像はつくが……とりあえずこうなったら……」

「誰かが止めないといけない?」

「ご近所迷惑にもなるからな」

「そうだね」

 

 

 俺達はドアを開け外を覗いてみた。愛梨はパジャマの入った袋を置いて俺の下から外を覗く。そこには由夢に当てた部屋の前で慌てている義之がいた。ちなみに部屋割りは各自部屋に1人ずつの予定だったのだか

 

「私、音姫ちゃんと同じ部屋が良いなー」

 

 という愛梨の一言と音姫さんの同意もあり2人は同じ部屋になった由夢は

 

「別に子供の旅行じゃないんだから……」

 

 と言って遠慮したそうだ。

 

「2人とも! どうしたの?」

 

 やがて、音に気付いたのか音姫さんが来た。俺達も義之たちに駆け寄る。話に寄れば由夢が愛梨から貰ったパジャマを胸に当てたりしてた所を義之が覗いていたそうだ。

 

「ダメだよ、弟くん。人の部屋を勝手に覗いたりしちゃ」

「うん。女の子の部屋は見ちゃダメだよ? 義之君」

「……」

 

 優しく言い聞かせようとする音姫さんと愛梨。無言で義之を睨む由夢。怒っているのか頬が赤い。結局、約30分に渡る三人からのお説教でこの場は幕を閉じた。閉じたと言うよりかは音姫さんと愛梨が揃って眠たそうにしていた為義之と由夢が終わらせたと言った感じだ。

 そして、各自部屋に戻った。

 

「俺も寝るかね……」

 

 部屋に戻って俺は呟く。先の2人ほどではないが俺もたいぶ眠たいのは事実だ。ベッドに入ろうとした時先程のプレゼントが置きっぱなしだったのに気付く。

 

「……届けるかね……」

 

 俺は包みを抱え愛梨達の部屋に向かった。ドアをノックするも反応は無い。

 

「もう寝付いたかな……」

 

 俺はなるべく音を立てないようにドアを少し開け中を覗いた。そこには

 

「…………」

「……すぅ……」

 

 静かに眠る愛梨達の姿があった。まだ10分も経ってない気がするのだがこの2人だしそうなのだろう。俺は静かに移動し愛梨の枕元に包みを置いた。

 

「…………」

「おやすみ、愛梨」

 

 置いたときに静かにそう言うと、愛梨の表情が明るくなった。夢の中で良いことでもあったのだろうか? 悪戯してみたい気持ちもあったが止めておいた。入った時と同じように静かに俺は部屋を後にした。

 

「さてと……」

 

 自分の部屋に戻った俺はベッドに入り電気を消した。

 

「明日は大晦日か……」

 

 一年最後の日だし大掃除やら御節作り等色々あるだろう。明日は明日でまた大変そうだ。そんなことを考えながら俺は眠りについた。



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12月31日
12月31日(朝) 前半


「……んん……」

 

 冬場の寒さで目が覚める。時刻を確認してみるといつもより少しだが遅い。

 

「……ふわぁあ。とりあえず顔洗うか……」

 

 寝足りないのか欠伸が出る体に鞭打って俺は一階に降りた。

 

「あ、翔也君。おはよう」

「おはようございます。音姫さん」

 

 顔を洗って朝食でも作ろうと思い台所に俺は向かった。しかし、既に音姫さんが居て朝食を作っている最中だった。

 

「やっぱり早いですね。音姫さんは」

「ううん。そんなことないよー」

 

 調理の手を止めず音姫さんは言う。そうは言っても俺だって学校の日なら十分早い時間に起きたのにそれよりも早くしかも身支度までしっかりしてるとなるとやっぱり凄いだろう。

 

「そういえば、愛梨はどうしたんです? 一緒の部屋でしたよね」

「えっとね。私が起きた時に起きたんだけどぽーっとしてるって言うのかな。まだ眠そうにしてたよ」

 

 何かあったのだろうかクスクスと音姫さんが笑う。寝起きといえばこの前は割と普通だった気がするのだが……

 

「んにゃー……おふぁやぁー……」

 

 そんなことを考えていると背後から声がした。振り返ってみると、寒いからか毛布を頭からかぶり裾をずるずる引きずりながらコタツに向かうさくらさんが居た。

何時ごろ帰ってきたのだろうか。起きたばかりなのもあり寝癖で髪の毛は感心してしまうくらい目茶目茶だった。

 

「おはようございます。さくらさん」

「んー……」

 

 挨拶するも、コタツに入ったさくらさんは目を擦りながらぼーっとして返事が無い。やがて体を小さく丸くしたのかこちらから見えなくなった。

 

「猫みたいだな……」

「ふふふっ。さくらさん、もうすぐ朝御飯できますからね?」

 

 朝御飯という言葉に反応したのか、見えない所から

 

「んー……温かいミルクが欲しいぃ」

 

 そんな要望が聞こえてきた。

 

「温かいミルクねー」

「目覚ましに温かい飲み物って言うのはよくある話だからねー」

「そういうモノですかね。じゃあ俺が作りますよ」

「うん。お願い」

 

 さくらさんの要望に答えるべく準備を始めた時また戸が開く音がした。

 

「おはよう……ございまふぅー……」

 

 そう言って入ってきたのは愛梨だった。その姿を見て俺が思わず手を止め

 

「親子なのか?」

 

 そう呟いていた。何故なら愛梨もまた眠そうにしており、さくらさんと違って毛布をかぶってはいないがおそらく店で買っていたのだろう抱き枕を抱えてうとうとしている。そして愛梨はさっきのさくらさんと同じような足取りでコタツに入った。そのまま枕を炬燵台の上に置き顔をうずめる。

 

「あ、愛梨ちゃんまだあの調子なんだ」

 

 支度が済んだのか音姫さんは愛梨を見てニコニコしていた。

 

「まだって事は起きてからずっと?」

「うん。あんな調子だよ」

 

 それは知らなかったというか予想できなかった。前に泊まった時は普通だったのに……まさか、寝たふりだったとか? いや、そうだとしたら……

 

「愛梨ちゃん? 何か飲む?」

「うーん……温かいココアが良いー」

 

 音姫さんの呼びかけに顔だけこちらを向いて愛梨は答えた。しかし、その目はまるで開いていない。

 

「ココアかー。翔也君」

「確か、そこに粉ありますよ」

「うん。ありがと」

 

 そう言って、音姫さんは簡単に見つけてくれた。もはや勝手知ったる我が家といった具合だろう。

 

「翔也君ーはやくぅー」

 

 さくらさんの急かす声が聞こえる。

 

「もうちょっと待ってくださいね」

 

 愛梨の分も一緒に温めながら俺は返す。音姫さんは一緒に朝食を済ませるためそちらの準備をしてる。

 

「はい。出来ましたよ」

 

 出来あがったミルクとココアをそれぞれの場所に置く。2人はそれぞれそれを飲んだ後

 

「はぁー」

「にゃー」

 

 と言いながらやっと目が開いてきた。

 

「はーい。朝御飯だよー」

 

 それを見計らったように音姫さんがテーブルに朝食を置いていく。今朝は洋風なのかトーストしたパンと、サラダそれにスクランブルエッグといった割と軽い朝御飯だ。

 

「あれ? もうご飯出来てたんだ」

 

 さくらさん達がトーストに齧りついてる時に驚いたような声が聞こえた。声の主は戸の方に立っている由夢だった。こちらは先の二人に比べて目も開きしっかりしている。それに、服装も昨日貰ったパジャマを着ているので率直に言えば凄く可愛い。

 

「おはよう由夢」

「由夢ちゃんも食べる?」

「うん。そうする」

「だったら、弟くん起こして来ようかな」

 

 おそらくまとめて洗いたいのだろう。音姫さんはそう言って立ち上がる。

 

「あ、だったら私が起こしてくるよ。お姉ちゃんは準備があるでしょ?」

「そう? じゃあお願いね由夢ちゃん」

「うん」

 

 そう言って由夢は二階へと上がっていった。

 

「準備ってなにかあるんですか?」

「え? あ、ううん。朝御飯を出したりすることだから。大したことじゃないよ」

 

 確かに準備といえば準備だが、長いこと料理をしてるとそれが当たり前の事になってくる。人が来たら出すのは俺の前では当たり前のことだったが。そういう慢心が事故に繋がるのかもしれない……

 

「なるほどー」

 

 そう思った俺は頷いていた。音姫さんは立ち上がり義之の分も持って来た。そして座りなおしてから

 

 

「そういえば、さくらさん。昨日は何時まで仕事だったんですか?」

「んー?」

 

 ふと思い出したようにさくらさんに聞いた。質問を受けたさくらさんはトーストに齧りついたまま音姫さんを見る。そして齧ったトーストを飲み込み

 

「んー。何時くらいだったかなー……」

 

 うーんと唸りながら考えるさくらさん。やがて諦めたのかさっぱりした表情で

 

「分かんない」

「やっふぁり学園のしごふぉですか?」

 

 同じようにトーストに齧りついていた愛梨が言う。だが齧りついていたまま喋ったので少々おかしかった。

 

「うん。それもあるかな……」

「無理はしないでくださいね。」

「にゃはは、ありがとう」

 

 俺の言い分にさくらさんは、笑顔で答える。ただその笑顔が少し無理をしているような印象を受けた。追求しようかどうか悩んでいると戸が開いた。

 

「…………」

 

 そこから出てきたのは由夢だけだった。どことなく不機嫌そうにしておりそのまま座り朝食を食べ始めた。

 

「由夢ちゃん。弟くんどうだった?」

「冷めるまでには来るんじゃない?」

 

 ぶっきらぼうに言う由夢。何かあったんだろうか。

 

「あれ? 由夢ちゃん。パジャマなの?」

 

 その由夢を見てさくらさんが驚く。さっき見てなかったのだろうか。

 

「買ったの? それともプレゼント?」

「えっと、愛梨さんからです」

「そうなの? 凄く可愛いよ」

「え? その、ありがとうございます」

 

 昨日、2人に散々言われた言葉だが人が違えば違うのか由夢はまたも顔を赤くしていた。それを見ていた音姫さんは

 

「うー。やっぱり私も欲しい!」

 

 そう言って愛梨の方を向く。

 

「愛梨ちゃん。今日一緒に買いに行こう?」

「え?」

「一緒に買いに行こう?」

「でも……」

「一緒に買いに行こう? ね?」

 

 愛梨は渋るものの音姫さんは譲る気はないようだ。やがて愛梨は

 

「うん。わかった」

 

 そう頷き続けた。

 

「翔也君も一緒に行こう?」

「……は?」

「だから、翔也君も買い物行こうよ」

 

 何故か俺の方に飛び火させてきた。今日は家でのんびりしようと考えていたのに俺は音姫さんのほうを見る。

 

「そうだね……おせちの材料も買うから……うん。どうかな? 翔也君」

 

 あっけなく賛同し二人から迫られる。2人の目が既に断らないと信じきっている目をしている。これを断れる男はいるのだろうか。

 

「はぁ、分かりました。おせちの材料なら人手が要りますしね」

「わーい。ありがとう翔也君」

「どんなの買おうかなー」

 

 喜ぶ二人を見て後さくらさんが

 

「いいなー。新しい服ボクも欲しいなー」

 

 口を羨ましそうに呟いた。何故か俺のほうを見ながら。さくらさんの寝巻きはパジャマではないだろうに

 

「ボクも欲しいなー」

 

 再度催促するように少し声の大きさを上げて言うさくらさん。正直財布に余裕は無いのだ。

 

「……勘弁してください」

「にゃはは。冗談だよ。ボクのこれもまだ新しいからね」

 

 まったく冗談に聞こえなかったのは気のせいだろうか。そこから一旦間をおいてさくらさんは

 

「でも気をつけてね。最近は事故も多いから」

 

 そう言った。確かに最近は事故が増えていっている。それも原因不明な物が多くケガ人が出ていないのが唯一の救いだろうか。

 

「はい。気をつけます」

「うん。翔也君がそういうなら心配ないかな。今の音姫ちゃんたちはちょっと心配だから」

 

 そう言って音姫さんたちを見る。

 

「音姫ちゃんおせちまで作っちゃうの?」

「うん。そうだよ」

「楽しみだなー。音姫ちゃんのおせち」

「頑張っちゃうからね」

「でも、その前にパジャマだね」

「うん!」

 

 まるで子供のようにはしゃぐ2人。確かにいつもと違って少し不安だ。

 

「どうする? 由夢も行くか?」

「や、いいです。外寒いですし着替えるのかったるいし」

 

 由夢はいつも通りのようだ。とりあえず俺は、先にある買い物のためにも朝食を食べ始めた。腹が減っては仕事は出来ぬ。

 そうして、朝の賑やかな時間は過ぎていった。

 

 

 



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12月31日(朝) 後半

 あれから、支度をして商店街に向かった俺達は驚いた。

 

「わぁ、すごい人込みだねぇ……」

「うん。こんなに居るんだねー」

 

 横で愛梨と音姫さんが呟く。実際、この人の多さには驚く。年の瀬を迎えた商店街というのはここまで人が賑わう物なのだろうか。

 

「これだけ居るとなると、一つの店に行くのも一苦労だな……」

「うーん。疲れそうだけど『一年の計は元旦にあり』って言うし頑張らなきゃ!」

 

 両手をぐっと握って気合を入れる音姫さん。どうやら出来合いの物を買うのでは無くしっかり材料から買うつもりのようだ。

 

「じゃあ、どっちから行く? パジャマ? おせち?」

 

 愛梨が音姫さんに聞く。荷物持ちになる側としては先にパジャマから済ませて欲しいのだが

 

「えっと、パジャマからが良いな」

 

 両手を組みウキウキしながら音姫さんが言う。こちらの意見を汲み取ったと言うよりは早く自分の分が欲しいといった感じだ。

 

「うん。じゃあ行こう?」

 

 そう言って愛梨は俺と音姫さんの手をそれぞれ掴む。突然のことに俺は驚いた。

 

「愛梨、これは?」

 

 音姫さんも驚いたのか頷いている。愛梨はきょとんとして

 

「え? はぐれないためだよ? この人込みの中じゃ危ないし。音姫ちゃんはパジャマを選ばないといけないしおせちもでしょ? 翔也君は荷物を持ってくれないといけないんだから」

 

 当たり前のように言った。確かにこの人込みでは俺は良いかもしれないがこの2人だったらどこかに流されてしまうかもしれない。2人とも年上だがやはり女の子なのだ。

 

「そっか。そうだね」

 

 音姫さんは納得したのか笑顔で頷いた。俺も賛成したいが男としての懸念が残っている。この状況を誰かに見られたら困る。特に付属三年の奴らに見られたら……

 

「翔也君? どうしたの?」

「え? ああ、いや……」

「じゃあ、早く行こうよ」

「そうだよ。早くパジャマ買いに行こうよー」

 

 子供のようにごねる2人を前に俺は悩んでいる時間すら無かった。

 

「いらっしゃいませー。あら?」

「こんにちはー」

「久しぶりって言うか昨日ぶりじゃない。どうしたの? 枕とかが合わなかった?」

 

 あれから何とか昨日の店に着き入った。出迎えてくれたのは昨日と同じ女性店員さんだった。話し方からしてだいぶ親しくなっているようだ。

 

「あ、違うの。今日は音姫ちゃんのパジャマを買うの」

「音姫ちゃんって隣の子? また随分と可愛いわね」

「え? いや、その可愛いなんて……」

 

 褒められて顔を赤くする音姫さん。うん。これは可愛い。

 

「照れた顔も可愛いわねー。よし、今日も付き合っちゃうから!」

「はい、お願いします」

「お、お願いします!」

「それじゃ行きましょうか」

「はい。それじゃ翔也君待っててね」

「なるべく早くするようにするから――」

「ダメよー? 少なくとも私が満足するまでは返さないから」

 

 そう言って女性陣は奥に進んで行った。まぁ音姫さんは連れて行かれたという感じだろう。音姫さんがおもちゃにされるとは何だか珍しい光景だ。

 

「や、翔也君」

「あ。どうも」

 

 そして俺には昨日と同じように男性店員が着いた。二回目だからか昨日の件があるからか話し方もだいぶ楽にしている

 

「良いんですか? あの2人に付きっきりになって……」

「心配ないよ。今日はお客も居ないしね。むしろ来ることの方が驚きだよ」

 

 確かに大晦日に寝具や寝巻き等を買う人は少ない気もするが。あたりを見回すも客の姿は無い。

 

「ま、君達が来てくれた事で僕もあいつも楽しいから良いんだけどね。それで? あの子はどういう関係なんだい?」

 

 興味津々な目で見てくる店員さん。というか名前を聞いてなかった。

 

「あの、そういえばお名前を聞いてなかったですよね?」

「ん? ああ、そうだね。僕は寺村圭介。よろしくね、春野君。俺の事は気軽に圭介でいいよ」

 

 そう言って圭介さんは手を差し出す。握手ということだろう。俺も手を出し握手に応じた。

 

「はい、よろしくお願いします。圭介さん」

「で? どうなんだい? あの子は。お淑やかそうで可愛いというよりは綺麗と言った感じだけど……」

 

 値踏みをするかのように顎に手を当て言う圭介さん。彼女が居るのにそんな事考えて良いのだろうか。

 

「別に、愛梨の友人ですよ。自分も欲しいって事で買いに来たんですよ」

「なるほどね。てっきり彼女候補の2人目かと思ったけど。それでプレゼントは渡せたかい?」

「はい。装飾から気に入ってもらえて嬉しそうでした」

「そうか。それならあいつも喜ぶだろうよ。だけどね……」

 

 そこで圭介さんは一旦間を置く。そして少し真剣な目をして

 

「『嬉しそうでした』っていうのは頂けないな。僕たちが渡すプレゼントじゃない。君が渡したプレゼントなんだから、君はどうだったんだい?」

「え? えっと……」

 

 そう言われて俺は昨日のことを思い出す。貰ってくれたときの愛梨の表情を思い出したら顔がにやけてしまいそうになる。

 

「喜んでくれた嬉しかったです」

「そっか。まぁこんなこと言える程僕もあれじゃないんだけどね……」

「あの、2人は付き合ってどのくらいになるんですか?」

「恵と? けっこう長いと思うよ? なんせ学生の頃からの付き合いだからね。正直に言えば、僕はあいつと付き合うことになるとは思って無かったよ」

 

 恵さんって言うのか……1人納得してる俺と懐かしそうな表情を浮かべる圭介さん。

 

「何かきっかけがあったんですか?」

「きっかけって言うよりはそうだね……簡単に言えば向こうの方から告白してきたんだよ。『付き合ってください。良い彼女になりますから』ってね。僕も当時は若かったからそう言われていい気になったんだろうね。その場で頷いたよ」

 

 苦笑を浮かべる圭介さん。俺だってそんな風に言われればいい気になるだろう。俺が受けたことがあるのは最初の付き合ってください等ばかりだからそんな風に考えることはなかったが……

 

「でもね。酷いのはここからだったんだよ」

「え? どういうことです?」

「何ていえば良いんだろうね。ああいうからにはさぞ出きると思ってたんだけど実際はてんでダメでね……むしろ僕が教えることが多いくらいだったんだよ」

「…………」

「だけどね、僕が教えることを一生懸命にやろうとしたりしてるのをずっと見てる内に僕自身も彼女と一緒に居たいって思うようになったんだよ」

「そうなんですか……」

 

 いってみれば騙されたような物だろう。厳密に言えばそんなこと言ってないのだから騙してはいないのだろうけど……

 

「それで今に至るって訳ですか?」

「そうだね。あんまり感動するような話は無いけど」

「いや、そんなことは無いです」

「いやいや。それより翔也君はどうなんだい?」

 

 話を戻された。逃げようにも逃げられない俺はこれまでの経緯を少しばかり話した。

 

「そっかそっか。彼女の弁当を食べて気を失うか」

 

 圭介さんは笑いを堪えているのか口元を抑えている。話す側になるとかなり恥ずかしい。俺と愛梨に関して言えばまともなエピソードはあるのだろうか……

 

「そんなに笑わないでくださいよ」

「あ、いやいや……ごめんね。どの時代にもそんな弁当を作る人が居るんだなって思ったらつい」

「どの時代もって?」

「うん。あいつじゃないけどほら学校の調理実習とかでそういうのを作る子が必ず居たからさ。そっか今もそうなのか……」

 

 懐かしそうに学園の方を見る圭介さん。しかし、学園にそんな実態があるとは知らなかった。

 

「なーに楽しそうに話してんの?」

 

 そう言って来たのは寺村さんの彼女の恵さんだった。その後ろには買い物を済ませたのか愛梨達もいた。気になるのは音姫さんの顔が来る前より赤いことだろうか。

 

「もう済んだのか? けっこう早かったな」

「うん。もう、ばっちり堪能した!」

 

 うっとりしながら言う恵さん。どういう意味でかは聞かないほうが良いだろう。

 

「それより何の話してたの? 随分楽しそうだったけど」

「別に、ちょっと昔の話をしただけだよ」

「そっか。余計なこと言ってないならいいけど」

「さて、どうかな?」

 

 2人がそんなやり取りをしてる中愛梨達はこちらに来た。

 

「買い物は終わったのか?」

「うん。終わったよー」

「音姫さん。大丈夫ですか?」

「え? あぁ、いや大丈夫だよただ恥ずかしくって」

「恵さん凄く楽しそうだったもんね。『この音姫ちゃんを見たらどんな男も落とせるわ』って言ってたし」

 

 そんなに過激なパジャマを買ったのか? そんな俺の予想は

 

「あ、あんなの無理だよー。私はこれでいいの」

 

 そう言って、取り出したのは薄い紫色のパジャマだったデザインとしてはシンプルだが色合いが他にはない感じのものだ。俺が愛梨に買ったのとデザインが似ている違いは色合いと花の種類だろうか。

 

「その色……」

「紫陽花を再現してるのよ」

 

 いつの間にか寺村さんたちもこちらに来ていた。恵さんはそう言って続ける。

 

「私としてはもうちょっと露出が欲しいけど、音姫ちゃんがその色の話をしたら気に入ったみたいでね。まぁ、音姫ちゃん可愛いから何でも似合うけど」

「はい。この色合い……何だか落ち着くんです……」

 

 そう言って音姫さんは買ったパジャマを見つめる。そして袋にしまった。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか?」

 

 気持ちを切り替えたように音姫さんが言う。

 

「他にもどこか行くのかい?」

「はい。おせちの材料を買うんで」

 

 俺が答えると寺村さんは感心したように

 

「へぇー。自分達で作るのか……」

「凄いね。音姫ちゃん達」

「いや、そんなことないですよ」

「そうです。それにもう何回もやってることですから」

 

 照れたように答える愛梨達を見て

 

「お前もあんな風に言える様になればな……」

「はいはい、どうせ私はおせち作れませんよー」

 

 そんな掛け合いをしていた。その中圭介さんが思い出したように

 

「でも、最近は事故も多いみたいだし気をつけてね」

「はい、分かりました」

「気をつけます」

「じゃあ気をつけてね。バイバーイ」

 

 そう言って手を振る恵さんとそれをみて困ったような笑顔を浮かべながら手を振る圭介さんに見送られ俺達は店を後にした。



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12月31日(昼) 前半

「ん~、こんなものかなぁ? あと足りない物って何かあったかな?」

「うーんと、メモを見る限りは大丈夫だと思うけど……」

「……」

 

 あれから順調に買い物を済ませていく音姫さん達。それに対して俺は買い物が進むほどに焦ると言うか驚いた。そりゃ年越しの買い物だからある程度は覚悟していたがビニール6袋分も買い込むことになるとは思っていなかった。

 

「翔也君、大丈夫? 私も持とうか?」

 

 苦しさが顔に出てたのか愛梨が言ってくる。だがこの重さを単純に持てるだろうか考えてみると答えは

 

「いや、大丈夫だよ……」

 

 という形になってしまう。それに納得しないのか愛梨は引き下がらず

 

「大丈夫じゃないでしょ? 私に任せて」

「そうだよ翔也君。愛梨ちゃんだって私と同じで年上なんだから」

 

 音姫さんの言い分を聞いて自信が付いたのか愛梨はなかば強引に俺から袋を取った。

 

「わっと……!」

 

 しかしおそらく1番重いのを取ったのだろう。愛梨はバランスを取ろうと必死になっている。俺は支えるように愛梨の背に腕を持っていった。動かした分袋が揺れ手が苦しくなるが仕方ない。

 

「大丈夫か?」

「あ、ありがとう……」

「大丈夫?愛梨ちゃん」

「へ……平気……だよぉ」

 

 まだ言うのかと俺は思うがここで無理やり取り返してもただ機嫌を損ねるだけかもしれないし年越しに悪い雰囲気は避けたい。

 

「……そうだ!」

 

 考えを巡らせていると思いついたように音姫さんが手をポンと叩いた。

 

「愛梨ちゃん、一緒に持とうよ」

「え?」

「だから2人で一つを持つの。それなら問題ないでしょ?」

「ふむ……」

 

 音姫さんの案を聞き俺は考える。確かに今の状況ならそれが1番穏便に事を運べるだろう。そうなると、後は

 

「だったら、軽いのをお願いして良いですか?」

「え? いいよ。2人で持つんだし重いのを持つよ」

「そうだよ翔也君。この重いのは音姫ちゃんと私が持つから」

 

 そう言って2人がかりで持ち出したが、それでも袋の下を引きずりそうだ。やっぱり2人とも女の子なのだろう。

 

「あの音姫さん、愛梨。底引きずりかけてる」

 

 そう言うと二人は

 

「へ? う、うそ!」

「そ、そんなことないよ!」

 

 それぞれ似たような言い分だ。気付かないくらい持つことに必死なのだろうか。

 

「とにかくそれは俺が持ちます。どうしても持つなら1番軽いのでお願いしますよ

 

 俺は先程やられたように二人から強引に袋を取り返した。

 

「あっ……」

「むぅー」

 

 袋を取られて驚く音姫さんとむくれている愛梨の奥から

 

「あれっ? 音姫に翔也君?」

「え? あっまゆき」

 

 声の主は高坂先輩だった。その奥にはエリカの姿も見える。

 

「生徒会の見回りか何か……ですか?」

「ふーん。翔也君は私がいつも見回りをしてると思ってるんだー」

 

 実際そうじゃないかと思うが言葉には出さない。

 

「まぁ、間違っても居ないけどね。そんなにガツガツやってる訳じゃないけど。それで? 奥の子は確か音姫の友達の……」

「あれ? 話してなかったっけ?」

 

 音姫さんがポカンとして言う。お願いだから誤解を招くような発言はしないで欲しい。

 

「私達と由夢ちゃん。今、弟くんの家に泊まらせてもらってるの」

「へぇー。それは面白いことを聞いたにゃー」

 

 ニコニコしながら言う音姫さんとニヤニヤとしだす高坂先輩。同じ笑いなのにどうしてこうも違うのか。それにエリカにいたっては

 

「な……あんな変態の家に……」

 

 怒っているのか恐れているのか良く分からない表情を浮かべている。義之の言う誤解とやらはまだ解けて無いようだ。その後はお互いに年越しの予定なんかを話していた。愛梨もその中に混ざっており一種の女子会みたいな光景だ。

 しかし、女性陣はそれでいいだろうが荷物を持った状態で待たされるのはこの上なくきついものがあるのだ。先に行くわけにも行かないし出来ることは早く話が終わることだろう。

 

「あれ? 音姫、それってパジャマ?」

「うん。これね、さっき買ったの。これね――」

 

 どうやら話は先程のパジャマの件に移ったようだ。これなら先に済ませてから寝具店に行ったほうが良かっただろうか。そうしたらそこで休憩が出来たのに……

 

「ところで、三人はもうお昼食べた? もしまだだったら、一緒にどう?」

「どうしよっか音姫ちゃん」

「そうだね。翔也君どうする?」

 

 どうやら話が終わったようでこっちにまわってきた。俺はご一緒するのも気が引けたので

 

「俺はこのまま運びますよ。長い時間外に置けないものもあるし……」

「そ、そっか! ごめんね、気付かなくて。でも1人で大丈夫? やっぱり――」

「だったら私が付いてくよ。音姫ちゃんは楽しんできて」

 

 音姫さんが迷っていると愛梨が名乗りをあげる様に言った。実際に言えば居ても労働的には変わりないが

 

「うーん……じゃあ……2人とも、お願いね」

「了解です。音姫さんも楽しんできてください。息抜きも必要ですよ」

「任せといてよ。翔也君に何かあったら私が何とかするから」

「へぇー」

 

 小さくガッツポーズを作る愛梨を見て高坂先輩が感心したように言った。

 

「どうしたんです? 先輩」

「へ? あぁ何か翔也君がこんなに尻にしかれてるの珍しいなーって」

「しかれてますかね?」

「うん。私から見たら見たこと無い光景なきがする」

「はい。少なくとも私ははじめて見ます」

「そういうものですかね……」

 

 散々言われてる気もするがとりあえずは流すことにした。

 

「じゃあ、俺達はこれで失礼します」

「うん。お願いね」

「変なことしちゃダメだぞー?」

 

 生徒会メンバーに見送られながら俺達は家へと向かった。途中で

 

「翔也君。私も持とうか?」

 

 と愛梨がやる気に満ちた表情で言ってきたが

 

「それは、1人じゃなくて2人で持つなら良いって話だっただろう? ダメだ」

「むぅー」

 

 隣で先程のようにむくれる愛梨。だが突然

 

「えい!」

 

 そう言って俺の持つ袋に手を伸ばしてきた。とっさの事もあり不意に動くと色々危険なので様子を見ていると愛梨は端の袋の取っ手を片方取った。

 

「何してるんだ?」

「1人じゃダメなら翔也君と2人で持てば良いかなって。それなら良いでしょ?」

 

 子供のように言う愛梨。そういう発想で来るとは思ってなかったがそれなら倒れそうなときは支えられるし問題は無いだろう。

 

「なるほどな」

「どう? 私の発想に驚いた?」

「十分驚いたよ」

 

 実際に重さが変わったかどうかを問われればそう変わらないだろう。むしろ愛梨に歩く早さを合わせたりするなどする事が増えたかもしれない。だけど現金なもので俺はそんなに重さは感じなかった。

 そんな状態で進みやっと家が見えてきた。

 

「もう……ちょっとだね」

「そうだな。大丈夫か?」

「大……丈夫」

 

 少し無理をしてるように見えるがもう少しだし問題ないだろう。

 

「はぁ……やっとついたー」

「お疲れ」

 

 家の前まで来た時愛梨は疲れたのか手を離してパタパタさせている。俺は空いてる指で玄関のドアを開けようとしたときドアが勝手に開いた。

 

「おっと、悪い翔也」

 

 中から出てきたのは義之と由夢だった。由夢が着替えているのを見ると出かけるようだ。

 

「いや、それより出かけるのか?」

「ああ、ちょっと大掃除の道具の買出しに行こうと思ってな」

「……珍しいな。ものぐさコンビが揃って大掃除の準備とは」

「俺はものぐさじゃねえよ」

「そうです。兄さんなんかと一緒にしないでください」

「はいはい、分かったから気をつけて行ってこうよ」

「おう」

「行って来ます」

 

 そう言って商店街に向かう二人に

 

「変なことしちゃダメだよー」

 

 愛梨は先程俺達が言われたことを言っていた。その言葉を聞いて先日のさくらさんとの話を思い出した。義之は果たして誰を取るのだろうか……

 

「って、他人の心配してる余裕もないか……」

「ん? どうしたの?」

「いや、それより中に入るぞ。今度は買ったものの整理が待ってるんだから」

「そうだね。運ぶよりは楽だろうし早く終わらせて私達もお昼にしよ」

 

 そう言って愛梨は一足先に中に入って行った。その後愛梨と協力して整理していき終わる頃にはだいぶ時間が経っていた。

 

「だいぶかかったな……」

「そうだね」

「昼はもう軽めでいいか?」

 

 この時間でいつものように食べると夕食に響くと思った俺は愛梨に言った。

 

「あ、だったら食べたいものがあるー」

「何だ? 手がかからないなら作るが」

「ホットケーキ」

 

 その単語を口にした瞬間に食べるとこまで想像したのか愛梨の目はキラキラしている様に見える。ホットケーキとは一体どこまで子供というかなんと言うか

 

「分かった。じゃあ作るまで居間で待っといてくれ」

「ううん。ここで見てる。ホットケーキって作るのも作るのを見てても楽しいよねー」

「そうか?」

「そういうものなの」

 

 そう言われた俺はそうなのだろうと納得しておいた。そのままホットケーキの調理に入る。とは言ってもさくらさんが買い置きしていたホットケーキミックスがあるので大した作業は無かったが作っている間愛梨の目というか視線を凄く感じた。そして出来あがったホットケーキを食べながらゆっくりと時間は過ぎていった。



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12月31日(昼) 後半

「さてと、それでは」

 

 義之たちも帰ってきて。俺達はそれぞれ作業着とまではいかないが着替えて居間に居た。

 

「これから年末の大掃除を始めます」

 

 そう言ったのは音姫さん。俺や義之なんかは見慣れた光景だが

 

「みんなで大掃除ってなんかワクワクするね」

 

 愛梨にとっては違うようだ。そして面倒そうに由夢はため息を吐く。

 

「じゃあ、作業順番と役割分担についてだけど……今年はちょっと変えます」

「え?」

 

 音姫さんの言い分に義之が驚く。いつも通りなら4人それぞれ男女に分かれて……言ってしまえば義之と音姫さん。俺と由夢。といった風に分かれてやっていた。

 

「今回は愛梨ちゃんも居るから3人と2人に分けます。で人員配置なんだけど。弟くんは由夢ちゃんと一緒にやってもらえる?」

「え? 珍しいね音姉じゃなくて由夢とだなんて」

 

 それは俺も予想外だった。

 

「だなんてとはなんですか。だなんてとは」

「うーん。正直悩んだんだけどねぇ。2人で一緒にサボっちゃったりしないかなぁとか」

「その意見にはちょっと同意かも。サボるとまではいかなくともなんせものぐさコンビだからな」

 

 音姫さんはまるで妙案があるように得意げだった。

 

「だからね。去年までは分けてたんだけど。今年は人手が増えたから。弟くんと由夢ちゃんにはある程度のところまでやってもらおうと思うの」

「どういうことだよ音姉」

「ある程度の所までじゃ、大掃除じゃ無いんじゃないのお姉ちゃん」

 

 2人が不思議そうにしている中。

 

「あ、そっか」

 

 隣の愛梨が1人納得したように手をポンと叩く。この2人思考が近いのだろうか。

 

「つまり、弟くん達が掃除した後を、私、愛梨ちゃん、翔也君の3人で細かい所まで掃除する。その間に弟くん達は次の場所をしてもらうの」

「なるほど」

 

 確かに良い案だ。要は追いかけっこになる訳だが義之たちがサボろうものなら俺達が確認できるわけだ。

 

「で、最初のこの部屋だけは全員で最初します。で次の所に行って良いくらいになったら弟くんと由夢ちゃんに言うから。そのくらいにやったら次に進むって感じで行きましょう」

「うーん。要は俺達が先にある程度やっとけばいいんだよな?」

「そうそう。細かい所は私達がするから」

「了解、じゃやりますか」

 

 こうして掃除は始まった。やってみて思ったのは

 

「これ、最終的な負担は俺達に来るんですね」

 

 畳の雑巾がけをしながら言う俺に

 

「だからこっちが三人なの」

「前の人の頑張りに左右されちゃうからねぇ」

 

 同じく雑巾がけしながら返してくる二人。要は明確なラインを決めて無い以上どうしておさじ加減次第でこちらに委ねられるということだ。それを考えての三人なのだろうけど。

 

「あ、プリン見っけ」

「こら由夢」

 

 既に義之達は次の台所の作業に入っていた。だか作業してるのか?今の会話。

 

「しかし、やっぱりこうしてると汚れてるなぁ。こまめにしてるつもりなんだけど」

「うーん。ここは色んな人が来たりしてるしご飯も食べたりだからしょうがないかなぁ……って弟くーん? 由夢ちゃん? 遊んでないー?」

 

 そう言って音姫さんは台所の方を見る。そこにはプリンを取り合いをしている義之と由夢の姿があった。

 

「音姫さん。しばらくなら向こう見てきて良いですよ」

「え? でも……」

「こっちはまだ拭き掃除だけですし。しばらくなら大丈夫です。な? 愛梨」

「そうだねー。それよりもあっちが進んでなかったらそれこそ元も子もないよ?」

 

 愛梨も、音姫さんでいう生徒会長モードなのか真面目な表情だ。

 

「うーん……じゃあちょっと行ってくるね。こーらおとうとくーん」

 

 音姫さんはそう言いながら台所へと向かった。

 

「よし、じゃあ頑張ろう翔也君」

「そうだな。そういえば愛梨の家は掃除しなくて良いのか?」

「あはは、ありがと。でもこっちに来る前にやってるから大丈夫だよ。ほら手を動かす」

 

 そう言って愛梨と二人で作業を進めていく。そうして居間が終わった時

 

「っ!……」

 

 スプーンを咥えた状態の由夢が台所から出てきた。そのまま居間を通り過ぎる。気のせいかやけに頬が赤かったような

 

「どうしたんだ由夢の奴」

 

 台所に移動し尋ねると、そこにはポカンとした義之と

 

「ふふふ」

 

 ニコニコしてる音姫さんの姿があった。そして義之の顔は確実に赤かった。それからしばらくして由夢も戻り一階、二階と順々に掃除していく。そして

 

「後はこの翔也君の部屋だね」

「自分の部屋を他の人に掃除されるのは恥ずかしいな」

 

 それぞれの個室の掃除となった。義之の部屋には音姫さんと由夢が。俺の部屋は愛梨が手伝うことになった。

 

「とはいえ、翔也君掃除してるからなぁ」

 

 物色するように各所を拭きながら愛梨が言う。

 

「そりゃあな。自分の家というか部屋だし」

「ふふ、そうだね。それにしてもこの家で翔也君は育ったんだね」

「そうだな……」

 

 あと少しすればというか来年にはここに来て10年になる。人生の半分以上をこの家で過ごしてると思うと良かったなと思う。もちろん本島に居た頃の生活が嫌だったわけじゃない。でもこの初音島での生活も捨てがたい物になっている訳だ。

 

「まーた考え事してる」

「ん? すまん。なんだ?」

「もういいよ。質問の答えはわかったから」

「どういうことだ?」

 

 一体何を質問されたかすら分からない。考え癖を直さないとな……そう思いつつ作業に戻る。

 

「よし、終わったし――」

 

 戻ろうかと言おうとした時、寒気が走る。あたりの空気が変わった。正確には変わったような気がする。この張り付くような空気。もしかすると

 

「義之の奴……ばれたか?」

「ん? あぁ。なんだかんだ男の子だねぇ」

 

 愛梨は分かったのか怒るでも呆れるでもなくニコニコしていた。だが普通のニコニコしてるのとはちょっと違って見えた。今後もし持つとしたら気をつけよう。

 

「まぁ、こっちは終わったし先に下りて待っとくか」

「そうだね。先に休憩しようか」

 

 こうして、居間に戻り休憩をした。それに由夢も加わり。音姫さんと義之が降りてきて隣の朝倉家の掃除に入ったのはそれから大体1時間くらい後だった。

 

 

 

 

 

 

「ここはこんなもんかな……」

 

 場所を朝倉家に移し掃除は続いた。俺は浴室の掃除に1段落付け息を吐く。自分の家とは違い女性物が多いあたりちょっと良くないことも考えそうになる。

 

「とはいえ、それが発展してえらい目にあった奴もいるし……」

 

 先の義之を思い出す。あれは完全に目が死んでた感じでみっちり絞られたんだろう。それに俺には考えを読む魔法使いまで居るんだからたまったもんじゃない。

 

「清く正しく生きろってお告げかねぇ」

 

 そんな愚痴まがいのことを良いながら浴室を後にする。

 

「へぇー。これが小さい時の音姫ちゃんなんだ」

「うん。そうだよ」

 

 リビングでは休憩中なのか、愛梨と音姫さんが楽しそうに話している。

 

「なんだか今より表情が硬いね」

「そ、そうかなー」

 

 近くまで寄ってみると

 

「アルバム?」

 

 尋ねながら覗いてみる。そこにあるのは音姫さんや義之、由夢の写真がたくさん貼られている。小さい頃のが多い。、

 

「あ、翔也君。そうだよ、棚の中を整理してたら出てきてね」

「せっかくだから見ようよって私が言ったの」

「へぇー」

 

 着物を着て写ってるあたり七五三の写真だろうか。確かにその写真の音姫さんは表情が硬い。どこかムスッとしているような、そんな印象を受ける。

 

「確かに今の音姫さんより硬いですね」

「そうだよね。翔也君もそう思うよねー」

 

 愛梨が賛同を待っていたかのように頷く。音姫さんは恥ずかしそうに目を逸らしながら

 

「そ、そうかな? きっと緊張してたんだよ。うん」

 

 捲し立てるように言う。そして愛梨が次のページをめくる。

 

「あっ……」

 

 音姫さんが呟く。そこに写っていたのは音姫さんでも由夢でもなく。ベッドの上で笑顔を浮かべている1人の女性だった。俺はその人を知っている。

 

「これって由姫さん?」

「……うん」

 

 音姫さんに確認すると頷く。この人は音姫さんと由夢の母親の朝倉由姫さんだ。俺が初音島に来る前に亡くなっているがよくさくらさんや純一さん。それに音姫さんと由夢、そして義之からも話はたくさん聞いている。

 

「大切な役目……」

「え?……」

 

 ふと音姫さんが呟く。それを聞いた愛梨は驚いたように音姫さんを見る。なんのことだろうか。音姫さんの表情はどこか悲しげに見える。

 

「あの、音姫さん――」

 

 どうしたのかと声をかけようとした時。

 

「臨時ニュースです。先ほど商店街のレストランで火災が発生したとの事です」

 

 テレビからのいきなりの話に俺達の視線は思わずテレビに向く。

 

「警察は、放火の可能性が高いと見て捜査しております。尚、今月は類似の事件が複数発生しており同一犯の犯行と見て調べを進めています」

「火災か…」

 

 冬休みに入ってからやたらと今回みたいなニュースを見かける。

 

「連続放火するって怖いなぁ……」

「…………」

 

 想像しながら俺に返す愛梨。音姫さんはというと先ほどのニュースの画面をじっと見ている。テレビは火災現場であろうレストランが写っている。

 

「音姫さん?」

「え? あっ……ううん、なんでもない」

 

 呼びかけたら気付いたかのように反応する音姫さん。明らかに様子がおかしい

 

「音姫ちゃん、どうかしたの?」

「ううん。なんでもない。なんでもないから……」

 

 そうは言うも音姫さんは心ここにあらず。どこか上の空だった。

 

「愛梨ちゃん。翔也君。ありがとう。こっちはもう大丈夫だから。私も自分の部屋を掃除しなきゃだし部屋に戻るね?」

「え? あの、音姫さん」

「それじゃあ晩御飯でね。夕食は期待していて良いから!」

 

 そう言って音姫さんは足早にリビングを出て行った。一体どうしたんだろう。

 

「音姫さんどうしたんだろうな愛梨」

「……」

 

 愛梨の方を見るとこちらはこちらで先ほど音姫さんが出て行った所を見ていた。今までにない真剣な表情で。

 

「愛梨?」

「ふえっ!? な、なにかな翔也君」

 

 もう一回声をかけると愛梨も反応した。がこちらもどこか様子がおかしい。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「あー。うん、ちょっとね……」

 

 愛梨は歯切れが悪そうに言う。二人してどうしたのだろうか。

 

「とりあえず、向こうに戻るか」

「そうだね……」

 

 返答はするも愛梨の表情は硬い。一体2人に何があったのだろうか。尋ねようにも尋ねられない雰囲気のまま俺達は芳乃家に戻った。



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12月31日(夜) 前半

「それでは今年も一年、お疲れ様でした」

 

 お辞儀しながらさくらさんが言う。その雰囲気はまるで学園でのスピーチだ。

 

「音姫ちゃんに愛梨ちゃん。義之君に翔也君に由夢ちゃんそれぞれ健康で過ごせて良かったです。ただ、僕としては義之君の成績が不安になるんだけど……」

「あの、さくらさん」

 

 義之が慌てたように言う。しかしさくらさんは続けて

 

「もし義之くんが留年しようものなら僕は学園長いや……保護者として――」

「……さくらさん、一年の締めくくりはそのくらいにしてそろそろ食べない?」

 

 耐えかねたのか義之が話題を逸らす。これ以上自分が話の種になりたくないのもあるのだろう。それも悪い方向での話しでだ。さくらさんは驚いたのように目を開き

 

「えっ、もう!? まだ、原稿の半分も読んでないんだよ!? 昨夜、徹夜して考えたんだよ」

「と、とりあえず、ご飯冷めちゃったら美味しくないですから、早めに食べちゃいませんか?」

 

 音姫さんが助け舟を出す。それを聞いたさくらさんがうーんと悩んだ後

 

「それもそうだね。それじゃみんな食べよう!」

「いただきます」

 

 みんなで手を合わせ合掌する。

 

「これ上手いな。流石音姉」

 

 文字通りガツガツ食べながら義之は言う。由夢やさくらさんもお腹が空いていたのかいつもより口数が少ない。

 

「そ、そうかな? 気に入ってくれたなら良かった……」

 

 音姫さんはどこか歯切れが悪い。どうやら大掃除の時からの状態が続いているようだ。

 

「……」

 

 それは俺の隣に座って食べている愛梨も同じなようで。この2人が静かなのは違和感が強かった。

 

「音姫ちゃん。それに愛梨ちゃんもいつもの元気が無いみたいだけど、何かあったの?」

 

 さくらさんの問いかけに対し

 

「えっ? い、いえ、そんなこと無いですよ。そんな風に見えますか?」

 

 音姫さんは驚いたように返す。自覚が無いのかそれとも……

 

「ま、大掃除で張り切りすぎたとかじゃない? お姉ちゃん頑張りすぎるから疲れそうだし」

 

 由夢が食べながらさらりと言う。確かに大掃除が原因なのは間違いない。

 

「そうだね。ちょっと疲れたかも」

「そっかぁ……じゃあ愛梨ちゃんもお疲れなのかな?」

 

 さくらさんは愛梨に目をやる。愛梨も視線に気付いたのか顔を上げ

 

「あ、えっと……ちょっと眠たくて」

 

 そんな風にいった。

 

「2人とも普段から頑張ってるもんね。じゃあ今日はゆっくり休んでね。無理しちゃダメだよ。後ご飯も食べる。はい」

 

 そう言って二人のお皿にどんどんおかずを載せていくさくらさん。乗せられた2人は苦笑いを浮かべていた。その後は義之と由夢の食べ物の好き嫌いの話や、この後の予定話した。その結果

 

「それじゃボクは出かけるから、ガスの元栓や戸締りなんかはしっかりしてね?」

 

 玄関先でさくらさんは言う。これから学園でお仕事があるみたいでそれも1月の2日頃まで仕事詰めのようだ。出る際に義之を呼んでなにやら耳打ちしてる。

 

「それじゃみんな良いお年を! See You!」

 

 そう言ってさくらさんは歩いて行った。義之の顔色はどこか赤い。一体何を耳打ちされたのだろうか。

 

「……兄さん? 顔赤くして何を言われたんですか?」

 

 さくらさんが行ったのを見計らうように由夢が質問する。

 

「な、なんでもないよ。それより中に戻ろうぜ。寒い寒い、コタツで暖まらないと」

「ちょっと兄さん!」

 

 ごまかすようにそう言いながら中に入っていく。

 

「おい義之! まったく……愛梨、音姫さんも中に――」

 

 入りましょうと言おうしたが

 

「……」

 

 さっきのやり取りも聞こえてなかったのか、さくらさんが歩いて行った方を真剣な眼差しで見ている音姫さんと、その音姫さんを心配そうに見る愛梨の姿だった。

 

「2人とも? どうしたんですか?」

「あ。翔也君。 さくらさん上着とか着て無いけど大丈夫かなって。ね? 音姫ちゃん」

「へ? あっ……うん。そうだね」

「とりあえず、中に入ろっか」

 

 そう言って音姫さんは身を翻し中に入っていった。

 

「ごめんね翔也君。気を使わせちゃって」

 

 愛梨が隣に来て謝る。

 

「いや、にしても何があったんだ? 大掃除のあたりからだろ?」

「うん……多分だけど、後で確かめてみるから」

 

 愛梨は真面目な顔をして言う。ひとまずは任せるしかない。

 

「確かめるってどうやって?」

「それは……まぁ何とかしてみるよ」

 

 そう言って愛梨も中へと入って行った。

 

「どういうことなんだよ……」

 

 思わず本音を漏らしながら俺も家の中へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、どうして?」

「それは私から話すよ」

 

 そこまで黙っていた音姫さんが口を開く。

 

「とりあえず、翔也君は分かってると思うけど魔法使いは実在するの。私の家系もそう。小さい頃にお母さんから受け継いだの」

「由姫さんから……」

「でも当時の私はそれを受け入れきれなくて、お母さんが死んじゃったことに耐え切れなくて」

 

 音姫さんはそういって苦笑する。

 

「そんな時に当時の愛梨ちゃんが私の記憶を変えた……というよりは忘れさせてくれたの」

「当時の音姫ちゃんは本当に危なかったの。飲まず食わずでずっと」

「そうか」

 

 俺が居ない時の話でもあり簡単に信じるとは言えないがとりあえずそう返す。2人の顔を見るに嘘とも出任せとも思えないが。

 

「で、愛梨ちゃんのおかげで私は普通に過ごせてたんだけど。今日の」

「アルバムか……」

「うん」

 

 愛梨と音姫さんが頷く。

 

「そう。アルバムを見て私は役目を思い出したの。大切な役割」

「役割?」

「うーん。簡単に言えば魔法使いの監視者……とでも言えば良いかな」

「監視者ですか」

「魔法は使い方次第ではとても危険なの。例えば人の意思を無視して物を操ったりとか」

 

 確かに魔法を言われたらそのようなのを想像してしまう。一般的な魔法……超能力のようなイメージだろうか。俺の思考をよそに音姫さんは続ける。

 

「だから魔法をそういうことに使わないように監視する役割を担った魔法使いが必要だったの。で、私のお母さんの家系もその役割を担っていたの」

「なるほど。受け継いだというのは」

 

 音姫さんは頷く。愛梨はそうそうと言い口を開く。

 

「私は違うよ。監視者じゃなくて……まぁ気ままな旅人って所かな」

「魔法使いも色々なんだな」

 

 それぞれ社会があるのだろうと思う。

 

「で、ここからは翔也君にも聞きたいのだけど」

「何です?」

「おそらく、最近初音島で起こってる事件には魔法が関わってると思うの」

「最近の事故とかですか?」

「そう。こんなまるで夢みたいな話信じられる?」

 

 音姫さんが俺に言う。愛梨は黙って俺を見ている。

 

「そうですね……」

「……」

 

 思うところは色々とある。言ってしまえば信じにくいも事実だ。それは正直に言おう。

 

「正直なところ信じにくいです」

「そっか。そうだよね」

 

 音姫さんはそう言って頷き、愛梨は悲しそうに目を伏せる。

 

「でも」

「でも?」

「2人が嘘をついてるとも思えないのもあるんです」

「翔也君……」

 

 愛梨が口を開く。先程とは違い嬉しそうな表情を浮かべる。音姫さんは意外といった風に俺を見る。

 

「とりあえず。2人を信じるって事じゃダメですかね?」

「ね? 音姫ちゃん。言ったでしょ? 翔也君は大丈夫だって」

「うん。 単純に信じるって言うよりは信じれるかな」

 

 ふぅという息を吐き音姫さんの表情が和らぐ。いつもの音姫さんの表情だ。

 

「それじゃ、決まりだね」

「うん。最初から私は大丈夫だと思ってけどね」

「どういうことですか?」

 

 話が見えない。何が決まったのだろうか。愛梨が

 

「あ、そっかそっか。ごめんね翔也君。えーっと」

「これはまだ先の話なんだけど。今の初音島に起こってる事件について調査してみようかなって思ってるの。魔法使いとして」

 

 魔法使いという言葉を強調しながら音姫さんは言う。

 

「それに協力すれば良いんですか?」

「うん。まぁ魔法使いとしてと言ってもやる事はそんなに変わらないと思うけどね」

「まぁ先の話だからね。またその時に言おうとは思うけど」

「そうですか……分かりました。俺に出来ることなら手伝いますよ」

「ありがとう」

 

 そう言って音姫さんは頭を下げる。

 

「さてと、じゃあ私はそろそろ寝るかな」

 

 そう言って立ち上がる音姫さん。

 

「ふわぁ……」

 

 愛梨も眠たそうに欠伸をかいている。緊張感は完全に抜けたようだ。

 

「じゃあ、この件はまた後日だね。そうだ翔也君」

「はい?」

「ちょっと見てて」

 

 そう言って右手を俺の方に差し出し目を閉じる。その瞬間に音姫さんの右手には最中が乗っていた。

 

「はい。小腹が空いたら食べてね」

「え? これ一体……」

「これもね。魔法だよそれじゃ、おやすみなさい」

 

 そう言って音姫さんは上に上がっていき居間には俺と愛梨が残された。



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12月31日(夜) 後半

「緊張した~」

 

 音姫さんが上に上がってのを確認してから大きく息を吐きながら机に突っ伏す愛梨。

 

「いろいろあったみたいだな」

「うーん……まぁね」

 

 顔を上げ仕方の無いことだからと咥え愛梨は小さく笑う。

 

「とりあえず頑張ったご褒美欲しいなぁ……」

「ご褒美?」

「そう。何のことか分からない?」

「そうだなぁ……」

 

 この状況から考えるとそういうことだろうか。しかし

 

「ココア」

 

 愛梨が口を開く。

 

「え?」

「ホットココア飲みたいの」

「そういうことか……」

 

 1人で何あたふたしそうになってるのだか。俺はキッチンに向かいココアを作りにかかるついでに自分用にコーヒーも作る。どっちも粉を溶かすだけなのですぐに出来た。

 

「はい。出来たぞ」

「ありがと。はぁ~」

 

 一口のみ幸せそうに息を吐く愛梨。

 

「上手いな」

 

 俺は先ほど音姫さんからもらった最中を食べる。上品な甘さが口の中に広がる。

 

「こういう魔法もあるんだな」

「それは対価が自分のエネルギーみたいだし、練習すれば翔也君も出来ると思うよ」

「そうなのか」

「うん……」

 

 そんな俺の様子を見ながら愛梨は言う。口調は真面目だが目だけは俺ではなく俺の手元にある最中に向いていた。

 

「食べるか?」

「うん!」

 

 残った最中の半分を愛梨に渡す。

 

「おいひい」

 

 最中を頬張りながら愛梨は言う。そのまま食べ続け

 

「ご馳走様」

 

 食べきってしまった。こちらのはまだ半分。正確には3分の1くらいだが残ってる。

 

「ところで、俺でも出来るって本当なのか?」

「うん。素養自体は翔也君にもあるから」

「なんでそんなことが分かるんだ?」

 

 自分の生まれなどを省みても魔法に関わった記憶なんて無い。なのに素養があると言う愛梨。その根拠はどこにあるのか。

 

「そんなの簡単だよ」

 

 愛梨は笑いながらそう言って続ける。

 

「私が、翔也君の夢の中にに入れるからだよ」

「……」

「ってごめん。これだけじゃ分からないよね。ちゃんと順を追って説明するから」

 

 愛梨はそう言って座りなおす。姿勢正しく真面目な顔つきになって

 

「だいぶ……とはいってもそれほどじゃないけど私の夢の中に入れる条件については説明したよね? 覚えてる」

「条件? ……確か、波長。だったか?」

「うん。正解。あの時の翔也君には魔法の知識に興味無さそうだから色々と省いたんだけどとりあえず覚えてくれてて嬉しい」

 

 正直、正解かどうか怪しかったが何とかなったようだ。

 

「で、波長。分かりやすくチャンネルって言うね。私の魔法は簡単に言えばラジオみたいにチャンネルをその人の夢に合わせて入るって事なの」

「なるほどな。よく俺を見つけられたな」

 

 みんながみんな同じ夢を見るわけではない。十人十色、人の数だけチャンネルがあると考えればその中の特定の人間に合わせるのは手当たり次第にやろうものならかなりの作業だ。

 

「うん。でも翔也君は簡単に見つけられたの。他にも音姫ちゃんの夢にも入ろうと思えば入れるかな……後――」

 

 最後の方は聞こえなかったが音姫さんも出てくるとなると

 

「つまり同じ魔法使いは見つけやすいということか」

「そういうこと。理解が早いね。ついでに言うなら魔法の力は「想いの力」なの。強い想いもあれば見つけられる。今だから言うけど翔也君自身のチャンネルはずっと前に見つかってはいたんだ」

 

 大事な事をさらっといわれた気がするがそれはひとまず置いておこう。

 

「一度合うチャンネルを見つけてしまえば後は簡単。夢の中に入る魔法は多々あるけど。私が習った魔法は数は極々限られるけどまぁマーキングみたいなのが出来るから」

「その分マーキングすればするほど他の人のには入れなくなるとかか?」

「うん。より限定的にすればするほど魔法の力は強くなる。覚えておいて」

 

 何かしたのギブ&テイクというものだろう。しかしずっと前からマーキングされていたのはちょっと怖い。ひとまず強くしたいなら限定的にするというのは覚えておこう。

 

「ま、魔法の事に関しては今後私が少しずつ教えていくよ。私が教わってきたように。本当はご家族の役目だけど」

「家族の……」

 

 脳裏に忘れかけてた光景が浮かぶ。前の夢で見た家族との帰り道。猛る炎、ただただ呆然とする俺の前に走ってくる人影。そして――

 

「……くん、翔也君!」

「……え?」

 

 気が付くと対面に居た筈の愛梨が俺の横に居た。頬が温かい気がするのは愛梨の手が当てられてた。

 

「え? じゃないよって私のせいか。ごめんね?」

「あ、いや……」

「……」

 

 お互いに無言が続く。無言と言うよりはお互いに何を言えば良いのかといった状況なのかもしれない。

 

「えっと、愛梨」

「何かな?」

「ひとまず、手を離してくれるか」

「え? あ、ごめん」

 

 慌てて愛梨は手を離す。頬がひやりとして頭が幾分か回るようになった気がする。

 

「そういえば、事件の調査をするって言ってたけどいつぐらいから始めるんだ?」

 

 話題を変えるため先ほどの音姫さんの話の件を聞く。

「えーとね。多分、新学期が始まってからになると思うよ? それまでの間に私と音姫ちゃんのタッグで翔也君に魔法の知識を叩き込む予定だから」

「叩き込むって……」

 

 普段の学業の成績も良さそうな2人から教えられるのは人から見ればありがたいことだがまるで知らないものを教え込まれると言うのはある意味怖いものだ。

 

「お手柔らかに頼む」

「分かってるよ。それにそれの一番重要なのは翔也君の向き合いだから」

「向き合いか……」

 

 愛梨と付き合う前からずっと問われてきたこと。その答えももうすぐ出るということなのだろうか。

 

「ま、今日の所はこのくらいにしておこうかな」

「まだまだかかりそうだな」

「上出来な方だって。なんたって私が……ふわぁ~」

 

 続けようとした所で欠伸で止まってしまい愛梨が顔を赤らめる。時刻は先程より40分ほど経っており普段の愛梨や音姫さんならとっくに寝ている時間である。まぁ先に上がった音姫さんは既に寝ているのだろうが。

 

「そろそろ寝るか?」

「うん。そうする」

 

 そう言って愛梨は立ち上がり階段へと向かう。途中で振り返り。

 

「そうだ翔也君。おまじないかけてあげる」

「おまじない?」

「そう、よく眠れるためのおまじない。いまの翔也君の心の中、けっこうこんがらがってるでしょ?」

「それは……」

 

 一度にあれだけのことを言われたら困惑もするだろう。

 

「はい。じゃあ目を瞑ってて。おまじないかけるから」

「……分かった」

 

 言われたとおりに目を瞑る。

 

「……ちゅっ」

 

 頬に柔らかな感触がした。そのうえその感触の部分が少し湿って……

 

「え?」

 

 思わず目を開けると少しばかりあった距離が縮まった所に愛梨の姿があった。顔色は真っ赤に染まっており

 

「え、えと、その……じゃあおやすみなさい!」

 

 捲し立てるようにそう言って愛梨は今から出て行き上へと上がっていった。

 

「……」

 

 残された俺はその場に立ち尽くす。少ししてようやく出来た行動は先程の頬を触っていた。

 

「えっと……」

 

 つまり、アレだよな。キスされたんだよな。

 

「……っ!」

 

 途端に自分でも顔が赤くなるのが分かる。何かしていないとどうかなりそうだ。

 

「と、とりあえず洗い物するか」

 

 誰か居るわけでも無いのにおれはそう言って、今のコップを持って台所に行く。そこには誰かが使ったのか、食材の残骸やら使われたままの調理器具が水につけられてるだけの状態だった。

 

「ありがたい……」

 

 誰かは知らないがこの状態に俺は感謝の言葉を呟く。それからは洗い物に没頭した。その後横になったが興奮冷めやらずあまり眠れなかったのはいうまでもない。



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1月1日
1月1日(朝) 前半


 

 ピピピと時計のアラームが聞こえる。半ば無意識に手を伸ばし俺はアラームを止める。

 

「……ん?」

 

 そこでふと気付く。昨日目覚ましはかけていなかった筈だ。時刻を確認してみるとⅴ5時半だった。外もまだ暗めだ。

 

「一体どうして……」

「あ、起きた? 翔也君」

 

 そう言いながら部屋に入ってきたのは愛梨だった。服装からしてどこかに出かけるのだろうか。

 

「愛梨か。どこか出かけるのか?」

「そうだよ。神社に出かけるの。もちろん翔也君もだよ」

 

 愛梨はそう言ってニッコリと笑う。

 

「神社に? 初詣か?」

「そうそう。それと音姫ちゃんがアルバイトするみたいだからお手伝いもかねてね?」

 

 音姫さんがアルバイトというのは初耳だった。おそらく音姫さん自身が隠していたのだろう。

 

「で、俺はなにをすれば良いんだ? こんな時間に」

「うん。お正月と言えばもうひとつ欠かせないものがあるでしょ?」

「えーっと……」

 

 なんだろうか。愛梨のことだからお年玉とか言い出してもおかしくないのだが……

 

「流石の私でもお年玉とか言わないよ……」

「そっか」

「あのね。おせちがいるでしょ? おせち」

「あー。そういえばそうだな」

 

 材料を買ったばかりですっかり忘れていた。つまり今作ってるといった所だろう。というか

 

「もう普通に俺の考え読んだな」

「うーん。翔也君にはもう遠慮しなくていいかなって思ったの。じゃあ、先に降りてるから早く来てね」

 

 それじゃと言って愛梨はさっさと下に降りていった。遠慮しなくていいと思ったか……

 

「今までどこで遠慮していたんだろう」

 

 浮かんだ疑問を呟きながら俺は着替えを済ませ下に降りた。

 

「おはようございます。音姫さん」

「あれ? 翔也君? 随分早いね」

 

 一瞬だけこちらを振り返り驚きの表情を浮かべるもすぐに調理中の手元に視線を戻し言う。

 

「愛梨に起こされて……手伝いますよ」

「そうなんだ。じゃあ、お願いしようかな」

「了解です。そういえば愛梨は……」

 

 先に下に降りた愛梨の姿が見えず音姫さんに尋ねる。

 

「あ、愛梨ちゃんなら居間に居ると思うよ」

「居間に?」

 

 言われて居間の方を覗いてみると

 

「む、むむ……」

 

 重箱の前に正座し唸っている愛梨の姿があった。

 

「あれは一体」

「調理は足引っ張りそうだから詰めるのするって言ったの」

「なるほど」

「それじゃ、お手伝いお願いできるかな」

「分かりました」

 

 重箱の数から見て今年は五段のようだ。去年までは4段だった気がするのだが。今年は愛梨も居るからだろうか。と考えたが一旦置いておいて手伝いに没頭した。そして

 

「ふぅ。こんなものかな」

「うん。凄いよ。彩りも鮮やかだし」

 

 愛梨が詰め終えてようやくおせちは完成した。

 

「ありがとね。愛梨ちゃん、翔也君。随分助かっちゃったよ」

 

 音姫さんが笑顔で言う。この量を1人でするとなるとかなりの労力が必要だろう。4段でもそれはあったのだと考えると

 

「来年も手伝いますよ。というか毎年ありがとうございました」

「え? ううん。別に、私が好きでやってることだから」

「だけど……」

「あ、音姫ちゃん。仲良くしてるところ悪いけどそろそろ時間」

 

 愛梨が僅かばかりに目を細めて言う。嫉妬だろうか。

 

「時間って、ホントだ。愛梨ちゃんは大丈夫?」

「私は全然大丈夫だよ」

「そっか。じゃあいこっか。翔也君はどうするの?」

「乗りかかった船ですし行きますよ」

 

 音姫さんはメモに何かを書いておせちに貼り付ける。義之達に対しての書置きだ。

 

「よし、それじゃ行こうか」

「うん」

「はい」

 

 こうして俺達は神社へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に冷えるな」

 

 真冬の早朝だから当然と言えば当然なのだが寒い。もう少し防寒着を持ってくればよかっただろうか。

 

「しかし、時間かかるな」

 

 事は少し前になる。

 

「今日はよろしくお願いします」

「わざわざありがとうね。忙しくなるかもだけどよろしく頼むよ」

 

 神社で俺達を出迎えてくれたのは、神主の奥様だろうか、

 

「それで? 隣のお嬢さんも手伝ってくれるのかな?」

「はい。一応そのつもりです」

「あなたもありがとうね。じゃあ着替えましょうか。付いてきて」

 

 そう言って愛梨と音姫さんは本堂の奥へと歩いて行った。

 

「お兄さんは寒い中申し訳ないけど少し待っててもらえるかしら」

「いえ、分かりました」

 

 という経緯で今は待っていると言う状況だ。

 

「おや、春野じゃないか」

「ん?」

 

 名前を呼ばれ、声のするほうを振り返るとそこには

 

「よっ! あけましておめでとう」

 

 杉並の姿があった。新年最初に会う友人が彼とは

 

「杉並か。あけましておめでとう」

「ああ。にしてもここに居るとは珍しいな。しかもこんな時間に」

「俺だってそんな時があるさ。そっちは調査か?」

「いや? 今回は普通に初詣だよ。道中何人かお払いしてきたがな」

 

 一体何をしてるんだか。まぁ杉並に関しては気にするだけ無駄なのだろう。

 

「翔也く~ん」

 

 背の方から声がする。

 

「なるほど。そういうことか」

 

 杉並の目がギラリと光る。まぁ仕方ないか。

 

「ふむ。俺はお邪魔なようだな。ではさらばだ」

「何か悪いな」

「何、気にするな」

 

 そう言って杉並は凄い勢いで走って行った。忙しい奴だ。

 

「お待たせー」

 

 そう言って来た愛梨の姿は巫女装束だった。これって貴重なものじゃなかっただろうか。

 

「愛梨ちゃん。待ってー」

 

 続くように走って来たのは音姫さんだった。正確には走ってなく早歩きと言った感じだ。そして同じく巫女装束である。どうやらそう貴重なものでも無いようだ。

 

「ふぅ。やっぱりこういった服は動きにくいね」

「そうかな。そんなに変わらない気もするけど」

 

 服装に対し対照的な感想を述べる二人。男なら袴の様なイメージだろうか。

 

「それで、二人は何をするんだ?」

「私は授かり所担当で、愛梨ちゃんは境内の……正確には本堂周辺の掃除みたい」

「まぁ、飛び入りみたいなものだからね。授かり所も捨てがたいけど……こう」

 

 そう言って愛梨は竹箒を持つ。

 

「こう竹箒使いながら掃除って絵になるでしょ? 巫女服だし」

 

 言われてみればまぁ様になっている。大部分は服装のおかげだろうが。

 

「俺はどうすれば?」

「翔也君はね。特にないって。だから私のお手伝いしてもらうって話をつけたよ」

「掃除か……」

 

 大晦日に大掃除したからしばらくはしないと思ってた掃除だがこうも早い段階ですることになるとは。

 

「後、私も音姫ちゃんもそれぞれ自由時間があるからその間は初詣自体を楽しもうね」

「そうなのか。時間はどうした?」

「翔也君と私は同じ時間帯に、音姫ちゃんはちょっと後だね」

「多分、弟くん達が来ると思うからその時間にしようかなって」

 

 まぁ、勘なんだけど。と音姫さんは言う。流石長年姉弟してるだけあってお見通しということだろうか。

 

「それじゃ、頑張っていこう」

「おー」

 

 音姫さんの号令に愛梨が答える。

 

「じゃ、また後でね」

 

 号令後、音姫さんは授かり所の方へ向かって行った。

 

「さてと……改めてどう? この服装」

 

 2人きりになった所にで愛梨がそう言ってくるりとその場で回る。裾がふわりとなりチラリと足が見える。

 

「そうだな。似合ってはいる」

「まぁそうだね。私達は結構これ着てたから」

「どういうことだ?」

 

 コスプレ趣味でもあるのだろうか。前も衣装作ってたりとか色々してたみたいだし。

 

「あー……そうじゃないそうじゃない。単純に魔法使いでの話。やっぱり服装も大事らしいんだ」

「補助的なものか」

「そうそう。で、日本だと巫女服が1番多いの。元々は神に仕える女性の衣装だからね」

「ふーん」

 

 魔法の力は想いの力とは聞いたがまだまだ分からない事だらけだ。今の話なら想いの力なのか神の行いなのか分からないラインだ。愛梨の話が前提とするなら人の思いに答え神々が想いの力を行使しているのだろうが。

 

「こーら翔也君。思考に耽ると手が止まるんだから今は置いとくよ? はい」

「ん? あぁ悪い」

 

 愛梨から竹箒を受け取る。さらりと自分の心を読まれたが、もうしょうがないことなのだろう。そう割り切って俺も掃除を始めた。

 



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1月1日(朝) 後半

 

 あれからしばらく、掃除、列の誘導や在庫品の授かり所への補充など色々と奔走した。最初は愛梨の手伝いだけだったがどうやら人員が足りていないらしく何でも屋よろしく借り出される事態になったのだ。

 

「えーっと、学業成就のお守りは……」

「おお、いたいた」

 

 倉庫の中でお守りを取り出している時に入り口付近から声をかけられた。

 

「君。そろそろ休憩の時間になるよ。そろそろ戻りなさい」

 

 声をかけてくれたのは、人当たり良さそうなおじさんだった。ちょっと小太りな見た目と声のかけ方がそんな印象を強くしたのかもしれない。

 

「分かりました。じゃあこれが終わったら戻ります」

「すまないね。急な飛び入りの君に色々やらせちゃって。休憩中は彼女さんとゆっくり楽しんできたら良いよ」

「は、はい……」

 

 さして知らない人から言われるとどうにもむずかゆい。それが声に出たからか、おじさんは顎に手を当てながら

 

「その反応だとまだ日が浅いのかな?」

 

 ニヤニヤしながら言ってくる。

 

「いいねー若いねー。私も君くらいの頃はそんな風にドキドキしながら付き合ってたものだよ」

「そ、そうなんですか?」

「驚くのも無理ないか。今はこんな体だしな。ハハハ」

 

 少し主張気味なお腹に手を当て笑う。

 

「ともかく。若いうちは色んな事をするべきだよ。今回みたいなアルバイトも立派な社会経験の1つだ。たとえ無理だろうと思えることでもやってみなきゃ分からないくらいの意気込みでやるくらいが君達くらいの年齢はちょうど良い」

「昔はそうだったんですか?」

「私かい? いやぁ恥ずかしながら違うんだ。出来るかどうかを天秤にかけて安全そうな方ばっかり進んでしまってたよ。その方が当時は気も楽だったからね」

「……」

 

 どこか遠くを見るように視線を上げる。

 

「しょうやくーん!}

 

 そんな中、唐突に愛梨の声が聞こえた。それに気付いたのか

 

「おっと、時間を取らせてしまったね。代わりに私がやっておくから君は行きなさい」

「え、でも……」

「懐かしい話をさせてくれた礼だよ。大丈夫君ほどではないけど私もまだまだ働けるからね」

 

 そう言ってお守りの入った箱を持ち行ってしまった。名前を聞いておけばよかったかもしれない。

 

「翔也君。休憩だよー!」

「そうだな」

 

 入れ替わるように来た愛梨は一目で分かるほどテンションが高い。お祭りに興奮するタイプなのだろうか。

 

「色んな出店があるよ! 早く行こ!」

 

 そう言うや俺の手を握り走り出す。

 

「そ、そんなに焦らなくても」

 

 思わずそう言うと愛梨は一旦止まり

 

「焦ってなんかないよ。ただ、翔也君と楽しみたいだけ」

「そっか」

「そうなんだよ」

 

 そう言ってニッコリと笑い再び走り出す。

 

「あ、あれ食べたい」

 

 出店の通りに出て愛梨が指さしたのは綿アメ屋だった。

 

「綿アメか……」

 

 随分と言うかやはりと言うかどこか子供らし……

 

「綿アメって子供っぽいかなぁ」

「いや、そうでも無いと思うぞ」

 

 そう返すも愛梨は俺の顔を覗き込むように

 

「そうは言っても考えてたよね? まぁ、しょうがないか」

 

 翔也君は男の子だし。と付け加える。

 

「すみません。1つ貰えますか?」

「あいよ。袋はどうするかい?」

「そういえばそうか。愛梨、どうする?」

「そうだねー……うーん」

 

 愛梨は一通りの袋を見た後

 

「そのまま食べるから要らないかな。ちょっと捨てがたい気もするけど袋持ったままお仕事は出来ないし」

「そっか」

「お? お嬢ちゃんアルバイトの子かい? て服装見れば分かるか。なら安くしとくよ」

 

 そんなノリで営業していいのか悩んだが店主が良いと言うのなら言いのだろう。

 

「ほい。服とかに引っ付けないようにね」

「ありがとうございます。ほら愛梨」

「ありがとう翔也君」

 

 受け取った綿アメをその場で一口食べる愛梨。

 

「うん。甘くて美味しい」

「まぁ砂糖だからな」

「翔也君はドライだなぁ……まぁいいや、翔也君はどうするの?」

「そうだなぁ」

 

 歩きながら周りを見回す。そこまでお腹は空いてるわけでも無いけど菓子類という気分でもない。

 

「あれにしようかな」

 

 買うものを決めた俺は愛梨に指で示す。愛梨は指からその先を目で追い

 

「あれって、たこ焼?」

 

 そう口にした。

 

「そう。まぁ簡単に食べれるしお菓子よりは腹に残る」

「こういう場所では雰囲気を楽しむものじゃないの?」

「ただ、遊ぶだけならな。そういうのも悪くないんだけど。とりあえず買って来るから待っててくれ」

「結構並んでるしそうしようかな……」

 

 愛梨は最初はそういうも、ふと何かを思いついたように

 

「さっきの撤回。私も一緒に行く。折角だし休憩所で食べさせてあげるよ。というかさせてさせて」

 

 そう言って来た。その目は「断ってもやっちゃうよ?」と訴えるような言ってしまえば悪戯したそうな目だった。

 

「あー……1つくらいならな」

「わーい。じゃあ早く買いにいこ」

 

 話の間に綿アメを食べ終わり串をゴミ箱に捨ててから愛梨が急かす。

 

「分かった分かった」

 

 それから特に寄り道もせず、せずと言うか許されず。たこ焼を買い俺達はバイト用の休憩所に戻った。

 

「美味しそうだね。こういうのはやっぱり出来立てを食べるのが醍醐味だね」

 

 隣で興味津々と言った様子で目を輝かせる愛梨。

 

「じゃあ1つ食べてみるか?」

「え? いいの!?」

 

 愛梨は思わず顔を上げ目を輝かせるがすぐにハッとしたように首を振り

 

「や、流石にそれは申し訳ないよ。一口目は翔也君が食べなよ」

「そうか。それじゃ冷めるのももったいないし……」

「あ、ちょっと待って」

 

 そう言って愛梨は俺から爪楊枝をひょいととる。そしてそのまま1つに刺し

 

「はい、あーん」

 

 笑顔でそう言ってきた。そういえばしたいとか言ってたな。

 

「……あー」

「はい」

 

 口を開けるとゆっくりたこ焼きを食べさせてもらう。しかも丸々一個。

 

「どう? 美味しい?」

「……あふい」

 

 そう言ってひとまず咀嚼に専念する。流石出来立てホカホカだ。時間をかけ飲み込む。味はもちろん

 

「美味しいよ」

「そっか。じゃあ私も」

 

 そう言って今度は自分の分をとり口に持っていく。巫女服を汚さないよう意識したからか先ほども素早くかつ丁寧だ。

 

「はふ、はふ、あふいね」

「そりゃ出来立てだからな」

「ふぉれも、ふぉっか」

 

 同じ様に時間をかけ飲み込む。

 

「たこがちょっと小さかった気もするけど美味しいね」

「え? そうか? 結構大きかった気もするけど」

「じゃあ私が食べたのがそうだっただけかな?」

 

 愛梨はちょっと悔しそうな顔をする。

 

「出来るなら大きいの食べたかったなー」

「それじゃ、もう1つ食べてみるか?」

 

 どれが大きいたこが入ってるかは分からないが

 

「うーん。食べたいけど翔也君は大丈夫なの? あんまり食べて無いでしょ?」

「別に大丈夫だよ。そんなに食べない日も無いわけじゃないし」

 

 遅刻しそうなときとか。それこそ食欲無い時とか後はそんなに食べたくない時とか。

 

「ふーん。じゃあ貰っちゃおうかな。ちなみに……」

「ん?」

「翔也君はどれが大きいのだと思う?」

「そうだなぁ……」

 

 正直分かるわけ無いので少し考えてみる。

 

「これかな」

「むー、それ単純に1番大きいからって考えでしょう?」

「まぁ、そうだな」

 

 割ってみれば分かるんだろうがそういうのはあまりしたくない。

 

「しょうがないな翔也君は……じゃあはい」

 

 そう言って愛梨は「あー」と口を開ける。これはつまり……

 

「……」

 

 とりあえずたこ焼きを持っていく。声をかけようにもなんて掛ければよかっただろうか。

 

「……フフ」

 

 愛梨がにこっと笑う。

 

「たこが大きかったか?」

「ううん」

 

 首を横に振る愛梨。なら何故笑ったのか。

 

「今の翔也君凄く面白かったから」

 

 飲み込んだ後で愛梨にそう言われ俺には言い返そうと思うも言えなかった。何故なら

 

「フフ、新年早々いいもの見れた見れた」

 

 楽しそうにニコニコしてる愛梨を見たらこういうのも悪くないのかもなと思う自分が居たからだ。こうして俺達の休憩時間は過ぎて行った。



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1月1日(昼)

 

「お、翔也じゃん」

 

 休憩か終わり、再び仕事に戻ってからしばらくしてまた名前を呼ばれた。

 

「よっ。」

「お疲れ様です翔さん」

「義之と……由夢か」

 

 聞き覚えのある声に振り返るとそこにはめんどくさがりな2人の姿があった。

 

「珍しいな。2人が揃ってここに来るとは」

「そうか?」

「兄さんはお姉ちゃんの巫女姿が見たいだけです」

 

 由夢はそう言って口を尖らせる。どうやらご機嫌斜めのようだ。

 

「音姫さんか。そろそろ休憩なんじゃないか?」

「そうなのか? 来る時間言ってたわけでも無いんだけどこれが直感ってやつか」

「兄さんの行動なんて昔から読まれてたでしょ。何を今更」

 

 そういう由夢の目は普段とはどこか違うように見えた……気がする。

 

「弟く~ん、由夢ちゃ~ん!」

 

 噂をすれば影と言えば良いのか音姫さんが向こうから走って来た。恐らく休憩に入ったのだろう。

 

「来たみたいだな。それじゃ俺は行くぞ」

「翔さんは休憩じゃないんですか?」

 

 由夢がそう聞いてくる。

 

「流石に三人同時には抜けられなくてね。俺と愛梨は先に貰ったんだ」

「そうなんですか……」

「新年早々バイトとは大変だな翔也も」

「まぁ、しょうがないさ」

 

 義之に言われてそう返すしかなかった。無論おれ自身嫌なわけでも無いし。その分良いものも見れている。

 

「ふぅ。やっと見つけた。あれ? 翔也君も休憩だっけ?」

「いや、違いますけど」

 

 音姫さんが近くまで来て俺を見て言う。

 

「折角だし翔也君も休憩しちゃいなよ。お昼みんなで食べよう?」

「いや、それは……」

 

 これはもしかすると抜けるタイミングを見失ったかもしれない。

 

「おーい! 君!ちょっと手伝ってもらっていいかい?」

 

 都合よく他のバイトの人から呼ばれた。運が良いのかもしれないな。

 

「じゃ、呼ばれたんで。行きますね」

「あっ翔さん」

 

 不意に由夢に呼ばれそちらを向く。

 

「ん? どうした?」

「えっと、やっぱりなんでもないです」

 

 苦笑いを浮かべる由夢。どうかしたのだろうか。

 

「何か相談か? 話なら聞くくらいなら出来るぞ」

「いや、いいです。別に今じゃなくても大丈夫なので」

「そっか。じゃあ行くぞ。音姫さん、休憩を満喫してください」

 

 そう言って俺はその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと次は……」

「あ、翔也君」

「愛梨か……ん?」

 

 物品を配りまわっていると愛梨に遭遇した。それは良いのだが俺が疑問に思ったのはその姿だ。両手には先の休憩で回ったときとは違う食べ物。正確にはイカ焼きがあった。

 

「それどうするんだ? それとも女子は休憩が多いのか?」

「へ? あ、えーっと休憩じゃないんだけど……」

 

 そう言って目を泳がせる愛梨。何か理由があるようだ。

 

「何だ? 怒らないから言ってみろ」

「ほんとに?」

「ほんどだ」

 

 愛梨はしばし「うーん」と唸った後

 

「あのね、音姫ちゃんと食べようと思って」

「音姫さんと?」

「うん。さっき休憩所で1人で食べてる音姫ちゃん見かけちゃって」

「1人で……か」

 

 一体どういうことだろう。さっき義之達と合流したはずなのに

 

「だから、いてもたってもいられなくて」

「そっか」

 

 確かに折角のこういう場所だ。黙っておいてやるか。

 

「じゃあ、俺仕事に戻るから音姫さんによろしくな」

「うん」

 

 愛梨は頷き駆けて行った。その後ろを追い少し覗いてみたい気持ちはあるが、俺まで離れたら流石にばれるだろう。もしかしたらもうばれてるのかもしれないが。

 

「さて、仕事仕事」

 

 気持ちを切り替えるために声に出して配達に戻る。

 

「すみません。荷物持ってきたんですけど」

「ん? 荷物? ダンボールって事は追加のやつか。そこらへんに置いてくれ」

「分かりました」

 

 指で指された場所に荷物を置き、次へと向かう。

 

「さてと次は射的屋か……ん?」

 

 近づき店主に声をかけようとした時、不意に異臭がした。言うなれば焦げ臭い臭いだ。周囲を見回すと今居る店の隣の荷物の箱から煙が見えた。

 

「何でだよ」

 

 咄嗟に近くの他のバイトの人に叫んだ。

 

「すみません! 消火器をお願いします!」

「何だ、どうしたんだ?」

「あそこから」

 

 煙がと言おうとした瞬間。まるで油が入っていたかのように一気に火がついた。

 

「え?」

 

 思わず体が固まる。

 

「おい! 燃えてるぞ! 早く消火器」

 

 それに気付いた周辺の人たちが声を出す。消火活動にあたろうとする人叫び声。逃げようとする人の悲鳴。色んな声が一気に聞こえだす。それなのに俺は動けないでいた。まるで昔の様に。ただただ人の内容もない声だけがうるさく頭の中を反響する。

 

「翔也君!」

 

 そんな中不意に呼ばれる声に気付く。その瞬間に時が動き出したかのように体が声のほうを向く。声の主は愛梨だった。後ろには音姫さんの姿もある。

 

 

「翔也君! これって!」

 

 

「おい、早く荷物動かすぞ! 兄ちゃん! 手伝ってくれ!」

「悪い愛梨。後で話す!」

 

 体が動くならやれることをやるだけだ。そこからは被害が少なくなるようにひたすら体を動かした。幸いにもすぐに消火器を持ってきてくれた人達のおかげで大事に至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより早く終わっちゃったね」

「仕方ないさ。あんなことがあればな……」

 

 それからしばらくして。安全のために露店などはほとんど営業を中止した。他にも火事が起こるかも知れないと言われてしまえば否定の仕様は無いだろう。愛梨達も元の服に着替え3人で休憩所に居た。

 

「火が出たのが火を扱わない射的屋さんだもんね」

 

 確認した所、燃えた箱の中身は全て人形であり自然発火するような物はなかったとの事だ。それはつまり

 

「…………」

 

 既にその方向で考えているのか音姫さんはずっと真剣な表情で悩んでいる。

 

「あぁあなた達、ごめんなさいね? 折角手伝ってもらったのに」

 

 声をかけてくれたのは朝に声をかけてくれた女性だった。

 

「いえ、あんなことがあったんですからしょうがないですよ」

「そうねぇ。原因は分からないけど多分放火じゃないだろうかって言われてるのよね。あの店主さん良くない噂があったから……」

「良くない噂?」

「あ、ううん。確証は無いんだけど商品を取らせない為に細工したりとかしてたって他の人が言ったりしてたことがあるの」

 

 良い話じゃないわね。と言いふぅと息を吐き

 

「それじゃ、はいこれ。今日のお礼よ」

 

 そう言って封筒を三つ手渡される。

 

「これって」

「バイト代よ。貴方達も十分働いて貰ったしね。あ、一応当初の予定通り夕方まで働いてもらったって事で計算してるから。それじゃ。ありがとうね、出来たら来年もお願いしたいわ」

 

 言うだけ言って返事をする間もなくそのまま去って行ってしまった。はたから見れば押し付けられたように見えかねない。

 

「受け取るしかないか……」

「そ、そうだね。ひとまず帰ろっか」

「……」

 

 俺と愛梨の困惑をよそに音姫さんは尚考え事を続けているようだ。

 

「音姫さん? 帰りますよ?」

「……」

 

 控えめに声をかけてみたが反応が無い。すると愛梨が音姫さんに近づき

 

「えい」

「ひゃ、何? 愛梨ちゃん」

 

 音姫さんの頬に手をあてもみくちゃにしている。痛くないようにはしてるのか音姫さんのそのような反応は見られない。

 

「音姫ちゃん。考えるのはいいけどそれは私達みんなで考えようよ。ね?」

「愛梨ちゃん……うん。そうだね」

 

 ようやく音姫さんの顔に笑顔が戻る。

 

「それじゃ、帰ろう」

「うん。まだおせち食べて無いから早く帰ろうー」

 

 そう言って愛梨が歩き出す。その愛梨の言葉に思わず確かにと呟いてしまう

 

「作っただけで食べて無いもんね。私達」

「そうですね。まぁ今から帰ってもどのくらい残ってるか分からないですけどね」

「フフッ。弟くんと由夢ちゃんがどれだけ食べてるか次第だね」

「音姫ちゃーん! 翔也くーん! はーやーくー!」

 

 愛梨がこちらを振り返り呼ぶ。早く帰りたいようだ。

 

「行きましょうか」

「そうだね」

 

 俺と音姫さんも愛梨に追いつくため駆け出した。

 

 

 



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