カンピオーネ!~旅行好きの魔王~ (首吊男)
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一話

この作品は処女作で、作者もこれといった才能がありません。ので、過度な期待はせずに、気ままに見てくだされれば幸いです。


「どうしたもんかねぇ」

 

ただっぴろい神殿の大聖堂。その真ん中で一人の青年、天童竜司は呟く。ただ、この言葉はこれからの計画を立てている、とかそんな空気は発せられてない。口調はどこか投げやり、諦めた感も漂わせている。

周りに竜司以外の人間は一人だけ。嫌、目の前に鎮座するこの少年も実際は人ではない。身体から放たれているオーラと言うか覇気と言うか、なんとなくでしかないのだが分かる。自分じゃ足元にも追いつかないほどの生物としての差があるということが。

 

「俺死んだな」

 

なんか一週回って開き直っちまった。だってあれだよ、こいつ自称神だぜ?普通ならんなこと信じないっつうか呆れるとこだけどな......

くるっと後ろを振り向く。そこには戦車の大砲でも撃ち込まれたのとでもいうような大きな穴が一つ、大聖堂の壁にできていた。あー、俺って確かイタリアに観光しに来たのであって、紛争地域に来たわけじゃないよな.......

 

「おい、そこの少年」

 

ビクっと砂浜に打ち上げられた魚よろしく身体を仰け反らせる。だってしかたないだろ!あの穴を作った張本人だぜ!?それが話しかけてくるとか何ホラーですか!?夢でも怖ぇよ!やべっ、小便ちびりそう。

 

「なんでせうか?」

 

やばっ、噛んじまった。殺されんじゃね?俺。

そう危機感じていると、何事でもなかった様に少年が答える。

てか、見た目自分より年下に少年呼ばわりって......

 

「我は今からしばしやることがある身でな。死にたくなければここから離れよ」

 

え?何?死にたくなければって何する気?それより.......

 

「あなたは何者ですか?」

 

瞬間ギロリと言った目つきで睨み付けてくる。あー、地雷踏んだんかなー

 

「お主、この姿を見ても何も分からんのか?我はこの地の神であるぞ!」

「えっと...俺よその国から来たんであまりそういうことは知らない...です」

「ほぉう。他国の者とな、しかしそれでも知っとらんか。最近の若い者はこれだから貧弱者ばかり。うぬ、ならば今しかと聞けい、我はクロノス!神々の父であり、この世の時を掌る者なり!」

 

(おいおい、何だよ神々の父って、それって超大物じゃね?ってか本当にこいつ神?)

 

「神々の父がこんな子供なのか?」

「言ったであろう。我は時を操る身、少しばかり見た目を戻すぐらい造作もない事よのう」

「へー便利だな」

 

(って何関心してんだ!?早く逃げないとだめだろ!)

 

「それにしても、神である我を前にして堂々たる姿勢、お主もその身に魔をやどした者なるか?」

 

(なんだそれ?言ってる意味が分からん。ボケてんのか?)

 

「いや、違うと思う?魔って何だ?」

「ほう、只の人の身でありながら我と交えるか、うぬ実に愉快」

 

おい!何が愉快だ!俺の質問に答えろアホ!......とか言ったら殺されるだろうな。

 

「しかし我はやるべき事がある、すまんが話しはここまでだのう」

 

一瞬それは本当に一瞬だった。何が起こったか直ぐには理解できなかった。目の前にいる自称神が右手を振りかざした瞬間、俺の直ぐ目の前に二メートルほどの鎌を持った少年が現れ、首から上---つまり頭を切り落とされていた。

 

「どうじゃ?これでお主と我の絶対なる差が分かったであろう?」

 

(あれ?頭がある...どういうことだ?まさか今のは幻?いや、違う。痛みも感じたし、妙に生々しかった。あれが幻とは思えない)

 

「今...のは?」

 

何だ?酷く衰弱している。まるで海で溺れて命からがら生き延びたみたいだ。

 

「今のは現実じゃ、ただしこの世界とは別の世界だけどのう」

「別の.......世界.......」

「そう、つまり平行世界じゃ、我の権能でその世界の時とこの世界の時をシンクロさせたのじゃ、だからと言って所詮違う世界、あちらでお主を殺してもこの世界のお主は死なん。まぁ感覚を共有するぐらいはするがな」

 

つまり、俺はこいつに違う世界で殺された?レベルが違う、天と地よりも圧倒的な差が......

やばい、今まで心のどこかでまだ信じていなかった。だが、今じゃ違う、こいつは神だ。人一人殺すのなんてアリを踏み潰すかのごとく簡単にやってのける無慈悲な存在。逃げるなんてさっきは考えてたけど、こんな奴相手に逃げることなんてできるか?できるわけがない。

 

「さて、それではこの世界を創り直そうかの」

「おい、今なんて言った」

「ん?まだいたのか?まぁいい、世界を創り直すのじゃ。我がこの世界を治めていた時代にの」

 

普段ならイラッっと来るはずの言葉も今じゃ耳に入らない。

 

(世界を創り直す?何言ってんだこいつ...

こいつがさっき見せた力があるなら可能かも知れねぇ、けどないくら神様でも限度があるだろ!)

 

「おい!お前が何の為に世界を創り直すのかなんてこの際どうだっていい、けどな、今いるこの世界の全員はどうなるんだよ!?」

「我の野望をどうだっていいだと?まぁ先ほどまでの我の話相手になってくれた礼として今回は許そう。しかし、次は無いものと思え」

「そんなことを聞いてんじゃねぇ!この世界の人たちはどうなるかを聞いてんだよ!」

「決まっておろう、この世界は本来無かったことにされる。つまり存在が無くなる。我の知ったことではないがの」

 

狂ってやがる。こいつは自分一人の為に世界を無かったことにしようとしている。そんなこと許されるはずがねぇ。嫌、俺が許さねぇ!

 

「このトンチキ野郎!どうしても世界を創り治してぇってんなら、俺と勝負しろ!それで俺に負けたらもう二度とそんなことはしないと誓え!」

「何?我と勝負とな?ふはははは、おもしろい事を言う、あれだけ我との差を教えておいてまだ戦う勇気がでるとはな。うぬ、いいだろう、ただし手加減はせぬでな死ぬ気でまえれ!!」

「上等!その減らず口叩き折ってやる!!!」

 

とは言ったものの只の人である俺に勝てるのか?---いいや、勝つ!

 

「うおおおおおお!!!!!!」

「ふっ、小細工も無しに神である我に突進してくるか、おもしろい」

「うおおおおおぅぅぅ....せいっ!」

 

突進するようにみせかけて、物陰からガレキを投擲。

え?何、さっきまでの勢いはどうした?冗談はよしてくれ、相手は神だぜ?

 

「小賢しい」

「なに!?空中で止まった?!」

「こんな物、石の時間を止めればいいだけよ、当たった処でさしてダメージは無いがの」

「ならば数で圧倒する!」

「無駄じゃ」

 

(くそ!卑怯だろ、これじゃジリ貧だ!嫌、これでもあいつは本気を出してない)

 

「次はこちらからじゃ」

 

そう言うと、クロノスの右手が淡く光る。

 

(あれはヤバイ!)

 

俺は一目散にその場から全力で離れる。次の瞬間先ほどまでいた場所に、隕石でも落ちたのではないかと言うほどのクレーターが出来ていた。

これは、あの背後の大穴を空けた時と同じ...

 

「どうした?もう降参か?」

「言ってろ!今にお前をぶん殴ってやる!」

 

(とは言ったもののどうすれば...ん?)

 

不意に何かが俺の頭を駆け巡った。

 

(確かあいつが操っているのは時間のはず?じゃあ、今の力はどういう原理で?)

 

「余所見とは随分と余裕じゃの、はっ!」

「どわぁあ!」

 

いつの間にか鎌を持ったクロノスが、身を隠していた柱と共に切りつけてきた。

それをしゃがむ事でなんとかかわす。幅が二メートル近くあった柱が嘘のように切断された。

 

「ほう、今のを避けるとは中々の反射速度」

 

無論避けられたのは危機感からなる火事場の馬鹿力でも言うべき偶然だ。次は無いだろう。

考えていた以上に化け物だと、あらためて痛感する。

 

(何か打開策は無いのか?)

 

床を転がるようにして一度距離を置く。追撃してこないのに、安堵の息を漏らした。

 

(考えろ、なんでもいい、状況を変えられる手段を考えるんだ)

 

「なぁ?」

「なんじゃ?今更命乞いか?」

「違ぇよ、只お前は時間を操る神だろ?なのになんであんな大穴作れんだ?」

「うぬ、冥土の土産に教えてやろう、あれは紛れも無く我の力。あの一部分だけ時を遡り無かった事にしたのじゃ」

 

(つまり作られる前まで時間を戻せば、それは自然に無くなると言うことか)

 

「それ、生き物に効かねぇのか?」

「ほう、なかなかに鋭いのう、ちとばかし違うがだいたいは察しの通りじゃ。この権能は使いがってが良いが、時を認識してるものには効かん。まぁ強いて言うなら自我を持った者にか...、人間には効果が無いが、植物などには問題なく効く。とは言っても、我自身にも効くがの」

 

(勝機があるとすればそこか)

 

「ちと喋り過ぎた、お主には知らぬで良いことじゃ」

 

来る!と悟った瞬間持っていた石を四方八方投げつけた。

だが、それをなんなくかわし、時にはその能力で時間を止め、するすると懐に潜り込まれた。そこで胸に掌打を打ち込まれた。鎌にばかり気を向いていた俺は、あっけなく攻撃を防ぐ動作もできずに、吹き飛ばされた。その衝撃たるや大型トラックにでもぶつかったのではと錯覚するほどだ。

 

「ごほっ!っがぁ..」

 

胃の中が逆流する。なんとか壁を支えにして立ち上がる。

懸命に倒れそうになる体を気力と根性だけで持ちこたえる。その時、壁際に置いてあった鎧の置物から槍を拝借する。

非常に重い、この身体で持つには大きすぎる槍、しかし駄々は捏ねられない。

 

「くっ、ぅらあ!!」

 

クロノスの胸めがけて槍を突き出す。助走に身を任せての攻撃。ふらふらの足で走った為、勢いが乗らず素人でもかわせそうな苦し紛れの一撃。けれど、何もできず終わるよりはいい。

 

「無駄じゃ」

「なっ!?」

 

槍は後少し当たると言う所で途端に、一ミリとも動かなくなった。

クロノスはあえて自分の力を示す為、槍の時間を止めて、かわせる攻撃をわざと自分の能力で止めたのだ。

 

「くっくっく」

 

クロノスは笑う、最後のチャンスであろう攻撃も、簡単に止められ絶望で打ちひしがれているだろうと考えて。それが間違いだと気づかず。

槍を止められた竜司は頬を殴られ、またしても吹っ飛ばされていた。

 

「くっそ!」

 

(あいつのあの力、こっちの攻撃を全て無力化しやがる。だからといって肉弾戦じゃ勝機は無い...どうすれば......)

 

圧倒的な力の前で、勝ち目など傍から見ても無いだろうと言うのに、まだ勝つことを諦めていなかった。常人なら一目散で逃げようとするこの惨状でだ。

 

(これだ!!)

 

だからなのだろうか、この状況を打開する神のお告げとも言える案が脳裏に走った。

 

(これならあいつに勝てるかもしれねぇ!...けど失敗すれば死ぬ。失敗しなくても死ぬ。それで勝てるのかと言われたら---かなり薄い...)

 

そこで迷った、それもその筈だ。自分が死ぬと分かっていてできるのか?否、無理であろう。それでも迷ったのは一瞬だった。

 

「それで勝てるなら俺の命の一つや二つ、安すぎて釣りに困るぐらいだろ!!!」

「ほう、まだ戦うことを止めんか、それなら次で終わらせてやろう」

 

二人は互いに睨みあう。目の前のあいつは敵だ!

先に動いたのは竜司の方だ、クロノスの周りを半時計回りに走りながら、ガレキを投げ牽制する。

勿論これが倒す策ではない。絶対に当たらないことは先程までに充分身にしみている。

最初にいた場所と反対の位置で急停止する。そのまま向きを変え真正面に突っ込む。

何を考えているのか分からないクロノスであったが、そんなことでは乱されはしない。何事にも対処できるように身構える。

 

「くらえぇー!!」

 

殴りかかってきた、自分の能力にかからない肉弾戦に持ち込んだのかと悟る。人間にしては筋の良いパンチだ、が神である自分にしてみれば、それこそ時が止まったのかと言う様な攻撃だ。軽く上体をひねりかわす。そのまま勢い余って少年は盛大に転げる。

所詮こんな物かと、もう少年には興味など失せていた。せめて楽に殺してやると大鎌を振り被る。そこで少年が左手から何かを投げてきた。また石ころかと時を止めようとした瞬間、一気に少年の姿が消えた。

否、消えたのではない見えなくなったのだ。

先程投げたのはガレキでは無く、大量の砂だとここで理解した。それも只の砂ではなく、ガレキを粉々に砕いたもので普通の砂より、空中に舞う時間が長い。

 

「目くらましとは卑怯なことを...」

 

この隙に逃げるのか。そう半ば確信していた。だから、視界が開けた時、まだ正面に少年がいた時は素直に驚いた。

 

「今の内に逃げれば良かったものを」

「あ、その発想は無かったわ」

 

などとも言う。今まで出会ったことのない人種の人間に、また興味を持った。だが、それはそれで別だ。

 

「ふん、お主は我にさえ理解の範疇を超えた分からない奴じゃ」

「それは褒め言葉として受け取っとく」

「じゃがこれで最後」

 

今度はクロノスが飛び出した。目で追うのがやっとの速度。大鎌を上段に振り上げて迫る。

だが何故か、正面にいる少年は避けようとも、ましてや動こうともしない。

多少おかしくは思ったものの足を止める事は無い。

少年が鎌の射程範囲に入った瞬間、そこで少年は一気に後ろへ飛びのいた。クロノスも後を追う、そこで不意に胸に違和感を感じた。

 

「上手く.....いった、な」

「なっ!!?」

 

そこで胸の違和感を悟った。---胸に先程の槍が突き刺さっていたのだ。少年を貫いて自分にも突き刺さる感じに。

槍は先程、時を止めてから能力を解除していない。つまりそれは、動かせない代わりにどんな盾をも貫く、最強の矛とかしていたのだ。それを竜司は利用した、自分の命も投げ打って。それがこの結果につなっがった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

酷く頭痛がする.....

 

「はっはっは、よもや我が人間の少年に野望を打ち砕かれるとは、幾ら時を操れても未来は確定ではないと言うことか」

 

うっさいな、てか勝った俺の方がダメージがでかいって...嫌、あっちも相当なもんか、自分自身の力にやられてんだから。ざまぁ。

それを感じさせないあたりさすが神様っていった処か。

あー、このまま死ぬのかな?まぁ最後に世界を救ったってカッコいい死に方じゃないか。

 

「あら?それは少し違うわよ?」

「うぬ、お主はパンドラ」

「はーい、叔父様。この子が新しい私の子ね。あら?うふふふふ、これはどんな因果かしら。近い未来に一悶着ありそうな予感ね」

 

誰だ?この妙に若作りしてる様な声は?と思ったらいきなり誰かに殴られた。

 

「誰がおばさんですってぇ~!」

「おいパンドラ誰もそこまで言っておらんじゃろう」

「あらいけない、そうねそろそろ始め-------

 

そんな声を背景に俺は意識を手放した。主に殴られたせいで。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ここはどこだ?」

 

俺寝てた?てか何してたんだっけ?...はっ!思い出した、確か神様と戦って...つうか俺生きてる?夢だっ---嫌、現実だなうん。だって、あの大穴があるんすもん。

 

「ってか、痛ってぇ」

 

身体中が痛い。何だこれ?嫌、分かるけど、神様とケンカした時のだろ?にしては傷は無いし、動かせいってほどじゃない。確か胸を貫いたはず...

 

「俺は今、自分の身体でビックリ体験を経験してる途中です」

 

誰に言ったんですかね、でもこんな広い空間で一人って悲しくて...

 

「そんなことより!まずは現状把握が先だ!」

 

そう言って立ち上がる。

身体が痛いが四の五の言ってらんねぇ。...まずは病院探そうかな。

俺は自分の身体に鞭を打ち外に出る。(ちなみに、外へ出るときは壁の大穴から出た)

 

「一回、ホテルに帰ろう。服もボロボロだし、汚れがひどい」

 

見ると、赤い血のようなものがベットリついてる。

一旦、頭の中で人目につかないホテルへの道順を思い出す。人に見られて騒ぎになったらめんどくさい。かと言って、土地勘が全然ないのであまり意味がないとは思うが。

 

「ねぇ、ここにいた神様、君が殺ったの?」

 

突如背中から掛けられた声に、思わず飛びのいた。

誰だ!?こんなに接近されて、今まで気がつかなかった!?

掛けられた言葉は日本語でなかったが何故か分かった。それはカンピオーネになった代償なのだが、この時は知るすべもない。

 

「お前は?」

「あ、名乗ってなかったね、僕はサルバト-レ・ドニ。それで君は神様を殺めたのかい?」

 

そう名乗った男は金髪の整った顔立ちの背が高い美男子だった。後、どことなくアホっぽい。

しかし、こうタイムリーに神様という単語が出るとは。

 

「お前も神とか言う奴か?」

「ははは!違うよ。けど、遠からずって感じだな」

「言ってる意味は分かんねぇけど、名乗ってきた相手に名乗らないのは失礼だからな。俺は天童竜司。お前が言ったように、神を倒した...はずだ」

「へぇ...そうか、これで八人目だね。しかも護堂と同じ極東の島の名前だね。ふふふ、おもしろいことになりそうだな」

 

護堂?誰だか分からんが、俺以外にも日本で神を殺した奴がいるってことだろうか?

そう思考していると、怪訝そうにサルバトーレ・ドニが顔をのぞいて来る。

 

「どうかした?」

「何でもない。それより、何で神様を殺したなんてこと知ってる?」

「それは実に簡単なことだよ、僕も神様を殺しているからね。それより僕と決闘しない?」

「はあ!?」

 

なに言ってんだこいつ?文脈がおかし過ぎるだろ?アホだと思ったが本当にアホだとは。

 

「どう見たってこんなボロボロな相手に決闘って、そんなのイジメじゃねぇか。俺はそんなのやらねぇぞ」

「うん、つまり身体が治ったら、その時は全力で戦おうってことだね」

 

話しが通じねぇー!これがカルチャーショック!!

 

「誰もんなこと言ってないだろ!?ともかく、俺は明日には帰らないと行けないんだよ!その為にも早くホテル行って風呂入って、飯を食いたいんだ!分かったか?もう俺は行くからな」

「君も護堂もそうやって、僕の誘いを無下にするんだね」

 

後ろでまだ何か言ってるが、知らん。とにかくあんなのと相手している時間はない。そういえばさっき、あいつも神様殺したとか言ってたな。...あの化け物を殺した人間!?

やべっ!相手をするのがだるくて驚きが後にきやがった。

ふと後ろを振り返る。まだ動いていなかったサルバトーレの背中に担いだ、円筒等のケースから禍々しい何かを放っているそんな気がした。

 

「君も中々に鋭いね。君との決闘の日もそう遠くはないかもね」

 

ドニの口元がほころぶ。竜司はそれに気づかず、その場を後にした。



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二話

空港に着いた俺は忘れ物がないか再度チェックする。他にすることが無いからな。今回の旅行は満喫できた。最終日以外は。

 

「あれから妙に身体から力がみなぎるな」

 

神様を倒した?せいによるものなのだろうか?今なら何でも出来そうな気がする。自意識過剰か?

何にしても、あれから妙な変化があるのは事実だ。

 

「まだ出発まで時間あるな。ちょっと散歩でもしようかな」

 

出発の時刻は三時。今は一時のちょい前なのでかなり時間はある。

 

「もうちょいイタリア満喫しとくか」

 

言うが否や、竜司はそそくさと付近を出歩く。もちろん目的など皆無だ。

近くのカフェで休憩しようとした時、そこで異変に気づいた。先程まで辺りに多少なりとも人が歩いていたのに、今はその影すらもない。それどころか、鳥や猫などの姿もない。嫌な胸騒ぎがする。

 

(誰かに見られている?)

 

竜司は感じとった。普段なら気づく筈もない、些細な違和感。それを竜司は身体で感じ取った。そこで竜司は思いっきりその場から飛びのいた。瞬間、何もないはずの場所からいきなり、爆発が起きた。

 

「何だこれ?」

 

竜司に迷いや戸惑いなどはなかった。驚きはしたもののそこまでだ。仮に自分が避けていなくとも、何の問題もなかったかのように。

 

「誰だ?出て来いよ」

 

その声は、彼の普段の声を知っている者なら、あまりの変化に驚きを隠せないであろう、ひどく好戦的な声だった。

彼の問いかけは、何もないはずの空間から返答があった。

 

『効かないとは分かっていたが、まさか感づかれるとは。間違いない。神を倒したと言うのは本当だったか』

 

声だけで判断するなら、二十代そこそこの男であろう。さっきの爆発もこいつがやったのは明らかだろう。

すると、予想どおりの外見をした男が、突然現れた。

 

「お前が今の爆発をやったのか?」

「いかにも。私は、ソルナーリ。あなたの存在を確認しに来ました。以後お見知りおきを」

「よくわからねぇけど、街中であんな爆発起こすとか考えろよ」

「それは心配いりません。あらかじめ、人避けの術を仕掛けておいたので、ここら一帯には誰も来ません」

「人避けのじゅつぅ?」

 

なんだこいつ、中二病か?

 

「ええ。もしかして、魔術の類をご存知ないのですか?」

 

ソルナーリと名乗った男は、さっきまでの薄ら笑いの顔ではなく、本当に不思議そうな物を見るような目でこちらを見てくる。

 

「知らん。てか何だ魔術って?魔法かなんかか?」

「これは驚きました。まさかそのような方が神をも殺めてしまうとは。・・・魔術というのは、仰るとおり魔法に似たものと言う認識で構いません。先のように、何もない所から爆発させたり、姿を消したりと、術者によっては得て不得手がありますが、そのようなものです」

「へぇ」

「驚かないんですか!?普通そこは少しなりとも興味がでてもいいでしょう!?」

「いやまぁ、つい最近。神様とか分からん奴が相手だったし、俺は見たことが無かっただけで、そう言うのは無いとか信じてるわけじゃないからな。まあ、世界は広いっていうしそんなのがあってもいいんじゃない?」

 

俺も昔はよく想像していたもんだ。漫画とかで見た技とか魔法を俺も使えたらなぁーとか。決して中二病じゃないぞ。誰だってそういうの考える時期はあるはずだ。うん。

 

「それよりも、お前一人か?まだ視線を感じるんだけど」

「やはり魔王。魔術の知識がなくとも、高位魔術の隠蔽術をこうもたやすく見切られるとは。いやはや、先程の無礼はお許し願いたい」

 

いるのか、後数人。なんかことごとく未知の世界にどっぷりとはまってってるなー。

そこでソルナーリは、何かの合図のように、指をパチンと鳴らした。途端に辺りから、黒布を全身に纏った怪しい連中が続々と出てきた。ひぃふぅみぃ....十を切ったところで数えるのを止めた。なんかバカバカしくなってきた。誰だよ、数人とか言った奴、多すぎだろこれは。

 

「なんだこの犯罪予備軍どもは?」

「これは私の部下、<<百合の都>>の組織員たちであります。気分を害したのであれば立ち去ります。のでどうかここはお納めください」

「いや、そんなに頭下げなくても。全然気にしてない、っていうか、何の為に俺を襲ったのか教えてくれ」

「それは、申し上げた通り。あなたの存在を確認するためでございます。つい先日のまつろわぬ神の気配が急に消えた為、付近の聞き込みと調査で、あなたが倒したのではないかと推測したわけでございます。多少手荒なマネをした件に関しては、私は覚悟はできています。なんなりとお言いください」

 

二十にも達しそうな数の、全身黒ずくめの男達が、そろって土下座する光景は中々にシュールだった。

 

「それはいいってか、時間!?やべ!?もう出発の時間過ぎてる!?ああー、帰れないぞこれ」

「それならば、私共の方でチャーター便を手配しましょう。ですので心配なさらないでください。当然、お金などもこちらで用意しますので、他に必要があればなんなりと」

 

それってつまり、帰りの飛行機代タダ?まじで?

 

「時間とかも俺が決めてもいいのか?」

「それは勿論でございます」

「なら聞きたいことがあるから、ちょっといいか?」

 

そうして、俺は疑問に思っていた、神やら魔術の件を教えてもらうことにした。帰る時間はいつでもいいっていってたしな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

俺、天童竜司は一週間前、イタリアの地で神を殺した。

何を言ってるのか分からない?俺も現在進行形で分からん、が、まあ聞いて欲しい。

俺は夏休みと言う、部活にも入ってない、習い事もテストの成績が悪くて追試といったこともない、一高校生としてはまさに、至高の時間とも呼べる期間を使い、バイトで貯めたお金で一人旅行に行ったんだ。

 

観光巡りに、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会という、覚えるのも苦労するような、長ったらしい名前の教会に足を踏み入れた。そこは、かの有名なレオナルド・ダ・ウィンチの、最後の晩餐が飾られている、世界遺産として登録されているすごいところである。

そこで一週間前に神と出会い一悶着あったわけであり、その時の惨状が今でも根深く残っている。

帰りにソルナーリっていう、術者組織にあったおかげで色々と疑問は解決したわけだが。

 

ようやく、家に帰って一眠りしようという俺を待ち受けていたのは、正史編纂委員会という、国の直属の組織と名乗る所属の二人組みだった。

どこから嗅ぎ付けたのか、俺が神を殺したことを知っており、何かよく分からんが、あって欲しい人物がいるとお願いされた。二人が多少ぎくしゃくしたり、俺におびえてる雰囲気を見せていたが、今は置いとくとしよう。

無論、俺に拒否権などないので従うことにした。相手は国だからな、一般市民としては断れない。そんなことで反逆罪とか嫌ですから。

そんなことがあって一週間がたった。今日は約束の日だ。

 

 

 

 

 

「すみません。王の身にはいささか無礼ですが、これで約束の地へとお送りいたします」

 

そう言われて目の前にあるのは、どう見ても、自分には一生乗れないであったであろう高級なリムジン。生で見るのも初めてなのに、これで無礼とは...俺、いいご身分出身じゃなかったはずだよな?

対面で笑みの一つもない顔で、ご丁寧に頭を垂れているこの男。まぁ流れ的に正史なんちゃらとかの人だろう。

 

「あー、あなたは?」

「これはこれは申し送れました。私は甘粕と申します」

 

そう言って、これまた丁寧に名詞を差し出してきた。一応受け取って置く。

 

「俺は天童竜司です。えっと、年上に敬語で喋られるのって慣れてないんで、タメ口で良いですよ」

「いやいや、私などのような者が、魔王であられる御方にタメ口とはとんでもない」

「魔王?俺が?」

「はい。まつろわぬ神を只の人間でありながら殺めた、数少ないカンピオーネであられる」

「確かに色々あって神様を殺したけど、俺は自分で思っている限りはまともですよ」

「そうは言っても、他の方々がこれまでにして来たことを思えば、そう考えられるのが普通ですよ。ですが、それが御身の命令とあらば、私はそれに従います。私としても、そのような事で逆鱗に触れたくはないので」

 

どんだけ俺は危険視されてるんだよ。今時のガキでも、そんなんでキレるか。

だが、まぁソルナーニが言ってたことを思えば分からんこともない。

 

「もうそれでいよ。命令ってことで、これからはそんな畏まった喋りかた無しにしてくれ」

「分かりました。ええ、あなたはこれまでのカンピオーネたちとは違うようだ。嫌もう一人いましたかねぇ」

 

(なんかいきなりだらけ出したな!?そりゃあ命令したのはこっちだが、いいのかそれで!?)

 

「それより、早く出ないと間に合いません。話しは行きながらにでもしましょう」

 

そう言って、リムジンに乗り込む。

 

(うわあすげぇー、ソファーみたいにふかふかだ。これが上流階級の特権なのか)

 

まさかここまでとは思わなかった。家柄、車になど滅多に乗らないがそれでも、これが一般的などとは言いがたい物だった。竜司は今は一人暮らしをしており、身近に車を運転できる人がいないため、久しぶりの車で酔わないか心配だったが、それは杞憂に終わった。ものすごく振動がない。寝てしまえば家の中と間違えてしまうのではないか。

 

「で?どこに向かってるんすか?」

「言っていなかったですか?東京ですよ。少し遠いですが我慢してください」

「東京!?」

 

遠い。少し程度じゃない。俺が住んでる所は日本海側、本州の真ん中程度。以外に近い気もするが、車でとなると三百キロぐらいはあるはずだ。朝に出たが、日が落ちる前に着けるだろうか?

 

「東京かー。昔一度行ったきりだなー」

「おや、左様ですか。ならば、私が案内してさしあげますよ。どこか、ご要望とかありますか?」

「う~ん。あ、一回東京タワー見たいな。なんか燃えたんでしょ?」

 

つい先日まで、テレビや新聞に報道されまくってたニュースだ。雷が落ちたとかなんだとかが原因らしい。と、何故か甘粕さんが笑っている。何がツボに入ったのだろう?

 

「すみません。ちょっと込み入った事情がありまして」

 

と必死に笑いを噛み堪えながら言ってくる始末。かなり気になる...

にしても東京とは。あまり人込みと言うのが苦手な性分としては、いささか観光に行きたいと思える場所ではない。

竜司の趣味は旅行だ。特にヨーロッパ圏内の、日本じゃお目にかかれない石造りの街や、ツンツンしたお城などが好きだ。成人になったらあっちに住もうとか、結構本気で考えたりもしている。

 

「それにしても、天童さんが話しの分かる人で良かった。人は見かけによらないものですね~」

「それはどういう意味ですか?」

「いや~、最初に会った時は結構怖かったですよ。目つきがするどいですし、体格も同年代にしては中々。昔何かされてました?」

(うっ)

 

俺は昔から何かスポーツなどに嵌ったことはない。俺が小さい頃に父親が交通事故で死んでから、金がかかる部活など入ってるより、少しでもバイトしてた方がいいからな。まぁ、そのバイトが工事現場や物資運びなどの、主に肉体労働系だった為か、嫌でも筋肉はついた。中学の頃、それが理由で荒れていたのも拍車をかけた一因だろう。今でも、タバコを隠れて吸っているのはその名残だ。止められないんだもん。仕方ないよね。皆、お酒とタバコは二十歳になってからだぞ。

 

目つきが悪いのはきっと寝不足だからだ、うん。少し相手を威圧するような感じはするが、少しだ。ほんのすこ~しわるいだけだ。そこまで酷くはない。

 

「いえ、ナニモシテイマセンヨ」

 

後ろめたさがあっただからだろうか、棒読みになってしまった。

 

「それより、俺に会わせたい人ってどんな人なんですか?」

 

咄嗟に話題を変える。これぞ、逃げの常套手段。

 

「私の上司ですよ。日本に生まれた二人目の魔王を一度見てみたいらしくて。全く物好きな方だ」

「二人目、確か草薙護堂っていいましたか?」

「おや知っていたんですか。それなら話しは早いですね。こんな小さな島国に魔王が二人も誕生するのは異例の事です。それが、同年代とは、いささか神の采配を疑いますねぇ」

 

ソルナーリから他の魔王についても聞いていた。世界に俺を含め八人しかいないと言った時は驚いたものだ。当然草薙護堂についても知っている。今現在のカンピオーネでは(俺抜いて)一番若く、新参らしい。しかもそれが今年の春だと言うのだから、今の甘粕の言葉も同意せざる終えない。

 

「まだ、東京までかなり時間もあるので、休まれてはどうです?着いた頃には起こしますよ」

 

そう言われては、さすがに何時間も話す話題もないので、気まずくならない内に寝るのが打倒だと判断した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「なんだ...」

「おや、起きましたか」

「これはどうなってるんです?」

「どうもこうも見ての通りですよ...」

 

目を覚ました俺は、窓の外に見える景色に驚愕した。空は漆黒の雲に覆われ、豪雨が地面を抉るように降り注ぎ、落雷がところどころで落ちているのが見える。

 

「...まつろわぬ神!!」

 

こんな大規模な災害は大騎士とて、起こせない。それができるのは、自分と同族か神だけだ。まさかこうも早く神様が出てくるとは。もうちょい間を置こうぜまったく。

 

「ええそのようです。このままでは被害が拡大する一方ですね。困ったもんですよ、なんてタイミングの悪さですかね」

 

おちゃらけて言っているようだが。甘粕の声音は本当に困ったように聞こえる。途惑わないだけ流石と言うべきだろう。

 

「見えた。...あれは、蛇神?竜っぽい感じだった」

 

雲と雲の間。ほんの一瞬細長い神が見えた。形状から蛇神だろうと予測した俺は、甘粕さんに聞いてみる。

 

「それだけでは、まだどの神だか分かりませんねぇ。他に何か分かったことなどあります?」

「いえ、すいません。分かったのはそれだけです」

「そうですか。ならばこちらの方で探りを入れましょう」

 

それにしても、最初に戦ったクロノスとは大違いだ。あいつは世界を無かったことにするとか言っていたが、ほとんど害はもたらしていない。その前に倒したって言うのもあるだろうが、こいつは周りに実害を及ぼしてる分性質が悪い。

 

「そういえば、草薙は?ここには来ていないんですか?」

「それがですね...先程のタイミングが悪いとはそのことなんですよ。天童さんがイタリアから帰国した前日に、草薙さんもイタリアに向かっているのですよ。つまり、早くても12時間以上は帰ってこれない状況でして...」

 

なんてことだ。つまり現段階、俺以外にあの神と戦える奴がいないと言う事だ。まさか、初陣がこうも絶望的とは。自分の不幸さに腹が立つ。

 

「無いもの強請りはできないか...。甘粕さん。俺があいつをなんとかするんでサポートお願いします」

 

そう言って、まだ走行中の車から勢いよく飛び出す。

 

「え、ちょっと天童さん!どうするお積もりですか!?」

「あいつを倒す」

 

すとんと着地する。60キロぐらいは出ていたはずだが、やはりこの身体は色んな意味で無茶苦茶だった。

深呼吸をする。今なら...

 

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

 

淡々と言霊を紡いでいく。神から簒奪した権能を使用する為に呪力が湧いてくる。

 

「産まれる時も死ぬ時も殺す時も癒す時も。全ての時は我が手に!!」

 

瞬間、周りが自分を除き、スローモーションになる。降る雨の一粒一粒が今なら見える。初めてにしてはいい出来だ。

今の俺は、周りから見たら超高速で動いてるように見えるだろう。実際は、自分の時の流れを早くしただけなので、俺からしたら普通に動いているのと変わらない。だが、何かあった時は対処しやすくなった筈だ。このまま一気にあいつの所まで駆け上がる。

竜司は思いっきりジャンプした。普通ならばその後自由落下が始まるのだが、竜司は空中の空気の時間を止め、それを足場とする。それを繰り返し、空を翔る。この時間を操る能力は実に自由度が高い。使い方次第で良くも悪くもなる。これは腕の見せ所だな。

とその時、巨大な落雷が竜司めがけて飛翔してくる。竜司の存在に気づいたのだろう。数十と稲妻が迸る。その全てを危なげなく避ける。これも体感速度を数十倍上げた恩栄だろう。

 

「ゴロゴロとうるせぇなぁ。少しは付近の住民のことを考えろよ」

 

言ったとこで無駄だろう。神なんて、人間を虫けらのようにしか見てない奴らばっからしいからな。

右から来る雷を時を止めた空壁で防ぎ、真上からは間に合わないと判断して、瞬時に飛びのく。

まいった。万能は万能だが、圧倒的に火力がない。このままじゃジリ貧だ。早くしないと被害が拡大するっていうのに。

と突風が竜司を襲う。なんとかその場に持ちこたえたものの、次の落雷をかわしきれなかった。左腕があまりの電圧に焼け焦がれる。

痛い。あまりの痛さに思わず叫びそうになる。けど我慢できないほどではない。

 

「くそ、覚えてろよこの野郎」

 

いつの時代の捨て台詞だよと思いながらも必死に目の前の黒雲まで迫る。そして見えた。この嵐の現況であるまつろわぬ神が。

ここぞとばかりに自分が持てる最速で突っ込む。そこで始めて、全長二十メートルは超えそうな、蛇の形をした神と対峙する。

 

「汝、人の子でありながら神を殺めた者よ。我、大物主と戦うことを望むか」

「望まねーよ。けど、このままこの国の人間に迷惑かけるってんならぶっ飛ばす」

「ふふ、おもしろい。神を殺した力、見せて貰うとしよう」

 

またしても雷を飛ばしてくる。が、さっきまでと大違いの速度と大きさ。

 

「時よ!!」

 

あわやと言う所で、先端が突然止まる。

 

「時間を操る能力か。ならば、数で圧倒するとしよう」

 

と周りに数十の稲妻が現れる。

 

(まじかよ!一つでもかなりしんどい威力だってのに...くそっ)

 

内心で悪態を付きつつ、能力を駆使して避ける。全体に空壁を張り、一度距離を置く。

 

「ああ、我は願う。邪悪なる者を倒す力を。愛する人を守る力を。子供から大人へと、弱者から強者へと、相応しき力を。ここに誓おう。我が道を阻むものを、敵を、全てなぎ倒すと」

 

新たなる聖句を唱える。そこに顕現したのは、全長二メートルほどの大きな鎌だった。クロノスが使っていたのと全く同じものである。

次々に飛来してくる雷を手にした鎌で打ち落とす。武器としては未完全であるはずの鎌を易々と操る様は、さながら死を刈り取る死神のようだ。

 

「その首切り落とす!」




甘粕さんのキャラが掴めない...
すごいのか!?すごくないのか!?普通!?変態!?どっち??
と、書くのにすごく苦労する。これであってる?大丈夫?


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三話

車を止めて空を見上げる甘粕は、先程の光景を思い出していた。

急に飛び出した竜司が何か言霊のようなものを唱えると、彼の動きが突然高速化しだした。それに加え、何も無い空中を跳躍し始め、瞬時に空へと駆け巡り、襲ってくる稲妻をモノともしない風貌は、もはや賞賛の一言に尽きる。一度危ない場面があったが、致命傷というものでもない。

 

「確か、神から権能を略奪したのはついこの間と聞いていましたが、これ程とは...」

 

そこで、右ポケットに入れていた携帯が鳴り出す。甘粕は液晶画面も見ずに電話を出る。

 

「はい。天童竜司は間違いなくカンピオーネでしょう。今、突如あらわれた神と抗戦中です。ええ、直ちに付近の避難を早めてください」

 

電話を切る。今は雲の中で見えないが、あの中で必死に頑張っているのだろう。

こうしてはいられない。自分も動かねば。

 

「誰か草薙さんに連絡を!後の者は直ちに持ち場に!今から結界を張ります!」

 

人間の作った結界ごとき、神には簡単に壊せるだろう。それでも、あるのと無いのとでは、ある方が良い筈だ。

 

「天童さん。ご武運を」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ぐはっ!」

「どうした、その程度か小僧!」

 

(こいつ、強ぇ)

 

刃物のような物で抉られたような傷が、竜司の全身に何十と出来ていた。

油断した!そう竜司は己を責める。

この傷は雷でできたものではない。それならば、火傷の類が残るはずだ。だが竜司にはそれが最初の左腕以外には見当たらない。

 

「っ!?」

 

何かを感じとった竜司は、反射的に大鎌の柄の部分を自身の前に突き出す。瞬間、ガキン!と、甲高く響く音と共に、とてつもない圧力が腕全体に圧し掛かり、竜司は吹き飛ばされた。

 

水圧カッター。それが今の正体である。大物主は、空気中の水分を高速で放ち攻撃してきたのだ。

カンピオーネとなって身に得た集中力が無ければ今ので終わっていただろう。

あまりの速度に、普通の金属でさえ切断できてしまうのではないか。神の権能であるこの大鎌だからこそ防げたのだろう。それでも勢いを殺しきれずに吹き飛ばされる始末。

 

ここは雲の中。そこらじゅうに水分があるのだ、どんなに連発しても困ることは無いだろう。

しかも、雷を放ち、視界を一時的に奪った後の、いわばコンボ技。それが厄介だった。せめてどちらかさえ無力化できれば...

只でさえ、地上から何千メートルの雲の中。足場にも気を使うし、寒さで身体機能が低下してきている。...まずは、自分の戦い易い戦況を作らなければ。

 

「ふっ!」

 

大物主めがけて走る。周りからはそれを追いかける稲妻と水圧の数々。

竜司は思う。先程までは、時を止めるか早くするか遅くするか。この三パターンしか使ってない。けど、それ以外に使い道があるとしたら?時を操る能力なんだ、なら...

 

後少しで稲妻と水圧が身体を襲う。五メートル、四メートル、三、二、一...

ここで大物主は勝利を確信した。いくら神殺しと言えど、これだけの数の攻撃を喰らえば無事ではあるまい。

 

「時間短縮!!」

 

竜司が何かを叫んだ瞬間---その場から姿を消した。

対象を失くしたことによって、水圧カッターは空を切り、稲妻はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

(どういうことじゃ?あやつは時を操る能力の筈?もしや、二つ目の権能か?)

 

「どこじゃ小僧!!」

「ここだ」

 

いつの間にか背後に移動していた竜司は、大物主の背中を切り裂く。さすがの反応といった処で、振り切る前に、尾で叩かれた。だが、背中の傷はかなり深い筈だ。

 

「ぬうっ!?...小僧、どうやって消えた?いや、それよりも、どうやってワシの背後を取った?」

「それを教える義理も道理も俺には無いな」

 

竜司が使ったのは、紛れも無く時を操る能力である。---時間。できごとや変化を認識するための基礎的な概念。時刻と違う時刻の間、および長さ。

時刻とは時の流れの一点のこと。その間にある時間。それを竜司は消したのだ。

つまり、自分がいた場所から大物主の背後まで行くのにかかる時間。それを消したことにより、あたかも消えたような、瞬間移動が可能なのだ。

 

(けど連発はできないな。瞬間移動ってことは、光速に動くのと同義。あまりの速さにカンピオーネである筈のこの肉体にも、かなりの負担がかかる。...これは使い時を間違えたら、逆にこっちが危ないな)

 

「はっはっは、その通りじゃの。面白くなってきたわ!」

「はあー、行くぞ!!」

 

ここからは第二ラウンドだ。お互いに全力での力と力とのぶつけ合い。

 

「時よ!!」

「ぬぅん!!」

 

竜司は時の連打で、大物主は雷と水圧で。

あまりのエネルギーにより空間が歪む。

鎌による斬撃を軽くかわされる。牙によるカウンター、なんとか鎌で防ぐ。後ろから不意をついての雷を、寸でのところでかわす。そこで水圧カッターによる追撃、瞬間移動で大物主の頭上へ跳ぶと同時に避ける。そのまま縦に回転しながら切りつけ、片目を切り裂く。

 

「があっ!」

 

突然の苦しみに声を上げる。身体が今の瞬間移動に耐えられなかったのだ。

そこに生まれた隙は決定的なものだった。

竜司は水圧により身体を斜めに切り裂かれ地上へと落下していった。

 

「.....」

 

竜司は落ちる際、何かを呟いていたように見えたが、雷鳴にかき消され大物主の耳には届かなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「.....く、っはあ、はあ」

 

気が付いた竜司はここがまだ空中だと気づく。落下し終える前に気づいた自分を褒める。空中でなんとか体勢を立て直すと、落下のスピードを能力で落とす。

傷がかなりひどい状況だった。痛みはとうに通り過ぎているが、血の流れ方が尋常じゃない。ここはリスクを冒してでも傷を塞がねば。

 

そっと手のひらを傷口に当てる。大きく息を吸い能力を行使する。途端に傷口が無くなって行く。

傷の部分だけを限定に時を戻したのだ。...何とか異常はないようだ。自分に能力を使用するのは躊躇う。もし、傷だけじゃなく脳も遡ったら?その時は記憶を失うのだろうか?あまり能力が分からない内は無茶な使い方は止めよう。今日初めて使ったのに、こうも沢山の問題が出るとは。

 

「傷を塞いだのは良いけど、体力なんかは戻らないのか。まぁこればっかりは仕方ないか」

 

このままあそこに戻ってもまた同じことの繰り返しだ。あそこはあいつの土俵、わざわざそんなアウェーで戦う意味など無い。なら、こっちの土俵に引きずり出すまでだ。

 

「まずは甘粕さんを見つけよう。後、何か食料も」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「甘粕さ~ん!」

 

自分の名を呼ぶ声がする。だが、今聞こえた声の主は神と戦っている最中で聞こえる筈が無い。空耳だろう。そう思い、作業に集中する。

 

「お~い!甘粕さん!?聞こえてんだろ?スルーは無いよスルーは!!」

 

間違いない。空耳じゃなかった。まさかとは思うが振り返る。そこには、思った通りの人物がいた。

 

「天童さん!?今神様と戦っている筈じゃ!?」

「えっと細かい話しは後で。探すのに結構時間食ったから。それより、神の名前は大物主ってらしい。自分で名乗ってたから間違いないと思うけど、何か知ってることは無い?」

 

そう言う竜司の身体には、それらしい傷が見当たらない。左腕の火傷さえ消えている。いくらカンピオーネでも、こんな短時間で治せるほど甘い傷じゃなかった。この人の権能は未知数だ。

 

「大物主ですか。少し厄介ですね。日本神話に登場し、別名、三輪明神。蛇神であり水神、雷神、豊穣神、疫病除け、酒造りなどの性格を持つ、朝廷などから厚く信仰された神です。また、国の守護神---軍神であり、一筋縄ではいきそうにないですねぇ...」

「ああ、さっきやられた」

「ええ!?大丈夫なんですか!?」

「おう、だからちゃんとやり返す為に力を貸してほしんだ。頼む甘粕さん」

 

両手を合わせ頭を下げる竜司。こんなとこ他の人に見られたらなんて言われるか分かったもんじゃない。天童さんも魔王なんだから、簡単に頭下げないでくださいよ。

 

「分かりました...。それで、頼みと言うのは何です?」

「それはな......」

 

突然竜司が甘粕の耳元にまで近づき、内緒話でもするように小声で話す。周りに人がいないんだから意味ないんじゃ・・・

けど、やはりカンピオーネ。私では考えつかないような事を平然と...

 

「はぁ、分かりました。出来る範囲でやってみます。...しかし、よく思いつきましたねそんなこと」

「あいつには目に物喰らわせてやりたいからな。借りはきっちり返す」

 

この新参者の魔王は、他の魔王と同じような感性の持ち主なんだと、甘粕はその時心から思った。

 

「全く...私に何かあったら責任取って貰いますよ.....」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「準備OK」

 

腹も膨れたし、体力は全快...とまではいかないが、ある程度回復した。

今竜司は、付近で一番高い建物、四十階建てのビルの屋上にいる。ここが、甘粕さんとの作戦のスタートラインだ。

 

「おい!俺はまだ死んでねぇーぞ!!今度はそっちからかかって来やがれ!!!」

 

天に向かって叫ぶ。あまりの声量に大気が震える。数秒---雲に異変が起きた。

光が当たりを包む。

 

(来る!)

 

「時よ!」

 

迸る雷が竜司の頭上で弾ける。轟く雷鳴。

後少し遅かったらやばかった。

 

「どうした!そんなもんか!雷程度じゃ俺は殺れねぇぞ!!」

 

尚も挑発する。すると、丁度竜司の真上。雲の中からあいつが姿をあらわす。さあ来い!

 

「あれだけやっておいてまだ戦意があるとは。よかろう。望み通り殺してやろうではないか!」

 

天から降臨する様はまるでひと昔前の、願いを叶えてくれる竜を連想させる。まあ、あれより大分小さいが。

竜司は一目散にビルの屋上からダイブする。直後、ビルを落雷が襲う。そこで四十階建ての高層ビルは、粉塵を撒き散らしながら倒壊する。

それを音だけで判断しながら、後ろを見ずに走り出す。

 

「どうした!大口を叩いて措いて逃げるのか!!」

「悔しかったら追いかけてみな!」

 

ここからは体力が肝心。後ろを振り向くな、全力で疾走しろ。

右へ左へ、直ぐ横を通り過ぎる落雷や水圧を、自分の直感だけで避ける。

ああああ~~~~これ一発でも当たれば死ぬ!!比喩なしで!!

 

「敵を前にして背中を晒すとは良い度胸だ!!何の考えか知らんが、その前に捻り潰してくれる!」

 

さらに一段と攻撃の量が増す。それでも後ろを振り向かない。これは自分で決めたんだ。こうなるのも覚悟の上。若干、心が折れかかっているが...

 

(ここだ!!)

 

突然走る足を止め、急停止する。と、同時に右手を上空に振り上げる。

いきなり止まった事で大物主が何事かと、辺りを見渡す。---瞬間爆発が起きた。付近の家屋が崩れ、爆風が辺りを包んだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

甘粕は、竜司がいるビルから二キロ程離れた場所で待機していた。

 

「本当に成功するんですかねぇ...」

 

竜司から言われた命令を思い出す。

 

『俺があいつを誘き出す。そこで甘粕さんには、周りの家を吹き飛ばして欲しんだ。盛大に。壊れたのは、何もかも終わったら俺が元通りにするから。...勿論時間は稼ぐ。・・・出来る?』

 

『一瞬でいい。注意を他に移せれば勝てるはずだから』

 

「どうしてあの時引き受けたんでしょうか、本当...。まあ、他に方法が無いのも事実ですが」

 

竜司と別れてから、数回目のため息をつく。

 

「そもそも、忍の私が爆発系の術を得意なわけがないじゃないですか」

 

これは当人に言ってないので仕方無いのだが。

と、思案していた時。ビルの方から声が聞こえた。忍である甘粕だから聞こえたのかもしれないのだが。

 

「それでも、ここまで声を届かせるなんて、どれだけ大きいんですか...。しかも、言ってることが小学生っぽい」

 

どうやら作戦が始まったらしい。倒壊するビルを見て、本当に帰りたくなっていたが、乗りかかった船だ。

遠くで巨大な蛇が、宙に浮いてるのが見える。あれが今回のまつろわぬ神。

 

「怖いんで来て欲しくないですが、早く逃げたいんで、速く来てください」

 

言ってることが矛盾しているが。極限状態なのだ。一々気にしていられない。

それよりも、準備をしなければならないのだ。まつろわぬ神に気づかれないよう、自分が持てる最高の隠蔽術を施す。

甘粕の隠蔽術に右に出る者などそうそう居ないだろう。竜司が知るソルナーリが使っていた物よりも、数倍は高位だ。時に神々の目を欺ける程に。

 

「見えましたね」

 

大物主の数メートル先を走る竜司の姿が目に映る。顔を見るに必死なのが良く伝わる。これは失敗はできない。

後は合図を待つだけ。

...竜司が急停止してから右手を上げるのが見えた瞬間、術を放つ。

燃え上がる炎と暴風。竜司と大物主を遮る様にして起こった爆発。無論偶然ではない。これも竜司からの指示だ。

それを確認した途端に、甘粕は全力でこの場から去る。

 

「死にたくないので、私は全速力で逃げますよ。...ここまでして負けたら、その時は一人でイタリアでも行きますかね」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「こんな神力も宿っていない爆炎で、ワシを止められると思うな!!」

 

見えない神殺しに向かい叫ぶ。そのまま爆発がまだ続いている中に突っ込む。

 

「ああ、止められるなんて、端から期待してねぇよ」

 

途端に全身が切り刻まれたかのような苦痛が、大物主を襲う。

 

「こいつはお前を倒す為の算段だからな!!」

 

爆炎の中に見えた。自分を襲った正体を、大物主は逃さなかった。それは破片だった。ガラスや、木片などといった、注意しなければ見えないような破片。それを、時を止めて置いたのだろう。つまり、爆発はこれを隠す為のプラフ。それ自体が罠だったのだ。

 

「カァあ!!」

 

衝撃派と共に、爆炎を吹き飛ばす。しかし、竜司の姿は無かった。

 

「終わりだ!!」

 

瞬間移動で空中に跳んだ竜司が叫ぶ。咄嗟に反応した大物主は、空を見上げ反撃しようとする。

 

「解除!!」

 

竜司がまたしても叫んだ瞬間、竜司のまた遥か上空で何かが光った。その光は竜司を逆光で隠し、大物主の反撃の機を奪った。

そのまま大物主の身体は、竜司による大鎌により、真っ二つに引き裂かれた。

落下する途中に時を止めておいた雷がここで役立つとは....。さっきまですっかり忘れてたし。

 

「グあああああ!!!」

 

断末魔を上げながら、竜司の渾身の一撃を喰らった二十メートル級の蛇は、倒れた後ピクリとも動かなくなった。

竜司もその場に倒れる。仕方が無かったとはいえ、またしても瞬間移動を行使した肉体が限界を迎えたのだ。

 

(もー無理。絶対起き上がってくんなよ)

 

数分後、蛇の神は灰になって風に散っていった。これで竜司の勝利は確定しただろう。ガッツポーズでもしたいとこだが、身体が動かん。

 

(今回は甘粕さんがいなかったら勝てなかった。今度ちゃんとお礼言わないとな)

 

そんな事を思いながら、長い休息に入った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「久しぶりリュウジ。どう?また私に会えて嬉しい?」

 

気が付いた時、そこは何も無い空間と、目の前には自分を知っているらしい美少女が立っていた。

 

「あー誰?」

「え!?まさか母親である私を忘れたの!?何て.....あっ!そういえば、この前はぶん殴っちゃって、気絶させたんだったわ」

 

何ですと?俺が知らない内にそんな事が?・・・いや、待て待て。それよりももっと変な事言ってなかったか?確か母親とか?

 

「質問いいですか?」

「いいわよ。息子の悩みを聞いてあげるのも母親の仕事だから」

 

また言った。今度は息子とも。

 

「えーっと、母親があなたで、息子が俺?」

「そうよ、良く分かったじゃない」

「つまり、おままごと?」

「ちがーう。あたしはパンドラ。そして、あなたのちゃんとした母親よ。義理だけど」

 

義理の母親はちゃんとしたものなのだろうか?っていうか、すげー口調軽いな。俺はたった今、衝撃の事実に驚いているのに...

 

「ま、そんな訳だから、あたしの事は母ちゃんでも母上でもお母さんでも好きに呼んでいいわよ?」

 

そんな訳とはどんな訳だ?まあ、呼び方は大事だしな。

 

「んじゃ、マザー」

「ははははは、その発想は無かったわ。うん、あなたはゴドーと違って素直でよろしい♪」

 

推定十代半ばの女の子に頭なでなでされるとは...。うぬ、悪くない。

じゃなくて、ここでも護堂の名前が出るとは、一体どんな奴なのか気になる。

 

「で、ここは?」

「ここはまあ三途の川みたいな感じ?」

「へえ、三途の川って、死んだばあちゃんとかが手招きするようなとこだと思ってたんだけど。...こんな可愛いマザーがいるとは、帰ったら皆に教えてやろ」

「嬉しいこと言ってくれてるようだけど、それは無理よ。地上に帰ったら忘れちゃうから」

「えー、忘れるのか。じゃあ今回もそれで忘れたから記憶が無かったのか?」

「そんなことより。まさか最初の実戦なのに、ヒントも何も無しに勝っちゃうって、流石あたしと旦那の子よ」

 

あれスルー!?何か最近多いぞこんなの。

 

「なので、リュウジ!あなたに新しい権能を授けるわ!これで他の神様をケチョンケチョンにぶっ殺しなさい!」

 

物騒だな!?

 

「大丈夫。他の神様殺せば、また権能を奪えるから」

 

一層危ないな!?まあ貰える物は素直に貰っておこう。別に困るものでは無いし。

 

「んで、新しい権能ってどんな能力なんですかい?」

「それを今いったら面白く無いじゃない。使ってからのお楽しみよ。どうせ教えても忘れちゃうんだしね」

 

そうっだった。...面白いて....。

 

「そろそろ地上に戻る時間ね。それじゃリュウジ気をつけなさいね。あたしと旦那の子って皆早死にだからねー。あたしの教えた内容は無意識に残ってるはずだから、心配することはないわよ♪」

「あーありがとうマザー。ま、死なないように頑張るわ」

 

それを最後に竜司は元の世界に帰った。

 

「う~ん。たまには素直な息子も悪くないわね~」




今回、甘粕さん大活躍!
誤字脱字あったらごめんなさい。


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四話

イタリアに居る護堂の下に届いた日本にまつろわぬ神の出現の連絡は、その数時間後にまつろわぬ神の討伐と、あらたに変わっていた。

 

「百合の会が、新たなるカンピオーネと友好関係を結んだって言うのは本当だったのね。最初は半信半疑だっだのだけど・・・まつろわぬ神を倒したのならば間違いないわ」

 

隣にいるエリカが、神妙そうな面持ちで呟く。

護堂は困惑していた。 

新たなカンピオーネが誕生したとの知らせが来たときは、嘘だと信じたかったが...。他のカンピオーネとは違う事を祈ろう。ヴォバンのような典型的なタイプのカンピオーネだけは勘弁して欲しいところだ。

しかし、まつろわぬ神を殺したということは、彼もまた一般人とは大きくかけ離れた存在なのだろう。

 

「同じ国なんだから、友好的に行きたいよなぁ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一方その頃の竜司はと言うと。

 

「被害広すぎだろ...。早く帰りてぇーよ...」

 

まつろわぬ神との戦で傷ついた町の修復を行っていた。気が付いてすぐ働かされるとはな。

 

「天童さんの権能は随分と応用が利くんですねぇ、私の知っているカンピオーネとはえらい違いですよ」

 

甘粕さんが俺の作戦の手伝いをしてもらう報酬として要求してきたものは、俺の持つ権能の詳細についてだ。

元々俺が壊してくれと頼んだ場所の修復はするつもりだったが、まさか町全体の修復をさせられることになるとは...。

 

「ふぅ...これで最後だな」

 

(でもどうすんだこれ?)

 

目の前には、半壊したビルがあった。壊れる前は推定百メートルは越していた筈だが、今は見る影も無い。

 

「これ戻しちゃうと、流石に人目に付きませんか?」

「そこは問題ありません。正史編纂委員会の方でちょちょっと記憶を操作すれば、今回は只の嵐が過ぎたことになるでしょう」

 

それでいいのか!?まぁ、神様と戦っていましたなんてばかげたことを正直に話すよりは随分ましだろうが。

 

「時よ!!」

 

そう竜司が唱えると、まるでテレビの巻き戻し映像を見ているかのように、ビルは元通りの状態にもどった。

 

「やっと終わった~」

「お疲れ様です。しかし、天童さんの権能があれば壊れた建物の修理代が浮きますねぇ。どうです?私共の組織で働いてみませんか?勿論給料も弾みますよ?」

「いえ...遠慮しておきます」

 

神々の戦いの度に働かされては身体が持たない。

 

「冗談ですよ、カンピオーネであるあなたをこき使えるほど、私の神経は図太くありませんよ」

 

苦笑をしながらそう言う甘粕さん。やれやれどこまで本気なのだか。

 

「そういえば、俺にあわせたい人ってどうなってるんですか?」

「ああ、その事でしたら大丈夫です。今回の件で貴方がカンピオーネであることは充分証明されましたので。その姿もちゃんと撮ってあります」

「まぁ簡単に言えばもう帰ればいいと言うことです」

「なんですとっ!!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

今俺は、自宅の机の上に置いてある一枚の紙を凝視していた。

話しは数分前に遡る。

あの戦いから数日後。久方ぶりの我が家でのんびりと過ごしていた処、家に一通の封筒が届いた。

...あて先人不明。何だろう、すごく嫌な予感しかしない。だが、こうして封筒を睨んでいても埒が明かない。

 

「捨てるか」

 

ゴミ箱に放り投げようとした時、携帯が鳴り出す。液晶画面には先日交換したばかりの、甘粕さんの番号が映し出されていた。

 

「もしもし?」

「あ、天童さん。お久しぶりです。と言っても数日程度ですが」

「お久しぶりです。...何かあったんですか?」

 

もしかして、またまつろわぬ神が顕現でもしたのだろうか?

 

「ええ、そちらに封筒が届いていませんか?」

 

封筒?もしかしてこれのことか?

 

「来てますけど、あて先人が分からないんですよ。もしかして甘粕さんが送ったものですか?」

「あ、ちゃんと届いていましたか。それなら話しは早いですね。その中から紙を取り出して、目を通しといて下さい。では」

 

そこで電話が途切れる。もう何がなんだか分からん。

 

「はぁー、あて先人だけでも分かったのは良しとするか。そうなると、中身を当然見ないといけないんだが...」

 

やはり躊躇う。何か、見たら行けない類の物ではないのか?

えーい!しかたない!どんな物でも来て見やがれ!

竜司は勢い良く開封した。そこで冒頭に戻る。

 

「なんだこれは?」

 

いやまあ、分かるけどね。一番上にでっかく書いてあるし。

 

「入学手続書ぉ~?」

 

(どういう事だ?俺は学校に通ってるし、転校する気も無いぞ?)

 

甘粕さんの考えていることが読めない。そもそも、どこに転校させる気だ?分からん。一度どういうことか電話してみよう。

prrrrrrr只今電話に出ることができません...

 

「どういうことだぁー!!さっきまで普通に電話掛けてきただろ!?甘粕さーん!!!」

「うるさいっ!!!平日の昼間から騒ぐんじゃないよっ!」

 

くそっ!隣のおばちゃんに怒られちまった!覚えてろよ甘粕さん!

そう毒付きながら、俺はおばちゃんに謝りに行った。

だが、竜司は知らなかった。その一部始終を監視していた者が居たことを...

 

「あれがおじいちゃまの言ってた天童竜司。...う~ん見た目だけじゃ強そうには見えないなぁ~」

 

三百メートルは離れた木の陰から、一人の少女が呟いた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あ~なんか久しぶりにここらを歩く気がするなぁ~」

 

(昔は兄貴とよくこの近くを歩いたもんだ...)

 

竜司は気分転換に散歩に出ていた。

 

「兄貴今頃何してんのかな?」

 

竜司はふと昔の事を思い出す。

天童家は、元々裕福な家庭では無かった。その為一番上の兄は高校を卒業すると同時に自衛隊に入隊していった。

 

その数週間後に悪夢は起きた。

父親が交通事故で死んだのだ。仕事の帰り道に飲酒運転をしていたトラックに撥ねられ即死だった。

そこから天童家に亀裂が入り始めた。

 

生前父が生命保険に加入していたことで、多少の保険金が入ったが、母親がその保険金を持って他の男と蒸発してしまった。

それにより俺ともう一人の兄は、一番上からの兄の僅かな仕送りだけで生きていかなければならなくなった。

 

当然、それだけでは足りる筈も無く。俺は当時中学生でありながらもバイトをしなければならなくなるはめになる。

もう一人の兄は昔から俗に言う引きこもりというもので、当てにならず俺はもう一人の兄の分も稼がなくてはならなくなった。

 

俺が必死に働いている間も、なにもしない兄に何度も苛立ちを感じていた。

そういった経緯からか、俺は次第に荒れていった。

 

そんな生活から逃げたくて、高校から一人暮らしを始めた。

奨学金をもらえるように必死に勉強したおかげで、地元では有名な進学校にトップで入学することができた。

それからというもの、誰一人家族には会っていない。

 

「ふうぅー」

 

ため息と共に、重苦しい気分を吐き出す。気分転換の為に外に出たのに、これじゃ本末転倒だ。

 

「あっ」

 

いつの間にかここまで来ていたのか。

そこは小さな公園だった。子供の頃、毎日と通っていた思い出の場所だ。竜司は特にすることもなかったので、少しベンチにでも座って休憩することにする。

 

「変わらないな...」

 

遊具の数も、生えている並木の数々も、昔と何一つ変わっている処がなかった。周りの建物が次々と新しくなって行く中で、ここはまるで時代に取り残された様だ。

公園の真ん中で遊んでいる子供達が見える。最近の子供は、家でゲームばっかしてるもんだと思っていたが、そんなことはなかったらしい。ボールを蹴って追いかける無邪気な笑顔は、見ているだけで心が和んだ。

 

「ああっ」

 

すると、過って跳んできたボールが竜司の足元に転がってきた。竜司は立ち上がり、ボールを拾う。

 

「返せよ!!」

「は?」

 

見るからに活発そうな一人の男の子が、俺を睨みつけながら怒鳴ってくる。多分俺がボールを奪ったと勘違いしているのだろう。

 

「あー、返す返す。ほら上手く取れよ」

 

軽くボールを投げる。ではないと、俺の身体じゃ子供たち通り越して、公園の外にまで飛んでいってしまう。

胸元に丁度届いたボールを、少年はキャッチする。すると、円陣を組むようにして子供達が何か内緒話をし始めた。

 

「おい見たか今の」

「見た見た。あいつ、あそこからノーバンでボール投げたぞ。それも軽い感じで」

「ここからかなり距離あるのにな」

 

何を言ってるんだ?時折こっちを見てくるが、一切変なことしたつもりはないぞ?

 

「おいお前!!」

「ああ?」

「俺達と勝負しろ!!」

 

はあ?意味が分からん。いきなり何を言い出すんだ?

 

「勝負?何の?」

「サッカー!お前大人だから一人な」

 

確定かよ。まぁいい、俺が面倒見がいいのをご近所さんに知って貰える良い機会かもな。俺は腰を上げると、少年たちの方へ歩き出す。

 

「はやくしろよー」

 

はいはい。そう急かすなって。

 

「遅いぞノロマ」

 

ん?ピクッ

 

「始めちまうぞバカ」

 

んん?ピクピクッ

 

「本当見るからにダメな奴だな」

 

......ビクビクビクッ!

最近のガキは教育がなってねぇなあ...コロス!!

 

「オラあ!!!言わせておけば随分な物言いだなクゾガキャア!!!!」

「逃げてんじゃねーぞチビどもォォォォォォォ!!!!」

「うわわあああああ!!!」

 

こうして、何故かサッカーをやる筈が。いつの間にやら鬼ごっこに変わっていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「はあ...はあ...はあ...」

 

舐めていた。子供の元気っぷりを舐めていた。

辺りは夕日で黄金色に染まっていた。...三時間。俺はこいつらを追いかけるのに、三時間も休憩無しに走っていたのだ。この炎天下の中。

 

「あー、休憩...タイム」

 

公園の脇にある自販機で飲み物を買う。

 

「ほら、これは俺のおごりだ。ありがたく飲めよ」

「え、いいのか?」

 

答えるのもだるかったので、頭だけ頷いておく。俺は、缶コーヒーのプルタブを開けて一気に飲み干す。

 

「ありがとう!アホな兄ちゃん!」

 

感謝するのはいいことだが、...誰がアホじゃ!!

はあー、何故か鬼ごっこをしてる間に子供たちに懐かれた。相手をしてくれたのが余程嬉しかったのか、途中で新たに他の子供も参加していた。中には女の子もいる。お前らみたいな奴らがもっといれば、この先の少子化止められそうだよホント。只、大人の財布的には困る...。

 

「次何する?」

「俺はかくれんぼがいい」

「ええー、ケードロしようよー」

 

まだ遊ぶつもりかこいつら!?どんだけパワフルなんだよ!?

 

「お前ら、そろそろ暗くなるから帰れ。今度また遊んでやるから」

「何でだよ~。まだ明るいからいいだろ」

「駄目だ!暗くなってからじゃ遅いの!さあ帰れ帰れ」

「じゃあ約束だぞ!今度また遊べよ!」

 

どんだけ懐かれてんだよ俺...。悪い気持ちはしないが、また走るのは嫌だ。

 

「ああ、わぁーたわぁーた。約束な」

 

そう言って無理矢理家に帰らせる。駄々を捏ねながらも、言うことを聞いて帰る子供たちを見送る。...約束ねぇ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

家に帰ると机の上で携帯が鳴っていた。

 

(そういえば、携帯置いて出てきたんだっけ)

 

携帯を取ろうとした瞬間、そこで着信音が途絶えた。...履歴を見る...。

 

(うおっ!?二十件も甘粕さんから電話来てる!)

 

こんなに男から電話来ても嬉しくないんだが...

prrrrrrrr。また甘粕さんからだ。

 

「はいもしもし」

「ちょっと天童さん!どうして電話にでてくれなかったんですか?」

 

こんなに来てたら、気づいていても躊躇うレベルだ。

 

「いやあ、色々とありまして。ってか、甘粕さんこそ出てくれなかったじゃないですか」

「それには色々と事情が...。それより、ちゃんと封筒の中身に目を通しましたか?」

「まあ、一応。入学手続書って何ですかこれは?」

「見ての通りです。天童さんには東京の学校に通って貰いたいのです」

「なんでわざわざ」

「それは国がカンピオーネを監...目の届く範囲に置いときたいからです。天童さんに転校して欲しい高校には草薙さんも通ってます」

 

監視って言いかけたよなこの人...。

 

「気持ちはわかりますけど、転校するだけのお金が家にありません。今の学校も奨学金を貰ってなんとかしている状態なんです」

「天童さんの言い分も分かります。ですが安心してください。高校にかかるお金は、全て国の予算で賄いますよ。ご自宅もこちらで用意します。無論生活費は諸々免除でお買い得。どうです?」

「それでも...」

 

俺は今日遊んだ子供たちの顔を思い出す。東京に行ったら今度遊べるのは何時になるか分からない。

 

「いきなりで今すぐに結論を出せとは言いません。ですが、期限は明後日までです。それまでにイエスかノーか、どちらにせよ決めて置いてください」

「......」

「いい返事が返ってくるのを祈りますよ」

 

そこで電話が終了する。

...転校。話しだけなら、かなり自分に都合の良い条件だ。国の中枢である東京に居て欲しいと言う理由も分かる。...それでも。

 

「ああ~!最近色々あり過ぎるんだよ!」

 

頭をムシャクシャと掻き立てる。考えるのは晩飯を食ってからにしよう。

竜司は冷蔵庫の中の野菜や肉を取り出し、料理を始める。コンビニ弁当などは高い為、普段から自炊を行っている。お金を掛けない料理を作る事に関しては一つの特技と言えよう。

 

「......」

 

一人での食事は大抵静かなモノだ。それで騒がしかったら可笑しな事だが...。昔から一人で食うのには慣れている。不便は無いしな。

 

「ごちそうさまっと」

 

食器を洗う。今一度先程の会話を思い出す。悪くない話しである。どこに躊躇う必要がある?勿論学校の友達に会えなくなるのは淋しい。けど、永遠の別れってわけじゃない。

 

「...そうだ。休みの日に帰ってこれることぐらい出来るんだ。その時でいいから約束を果たせばいいじゃないか」

 

それでもまだ釈然としない。何かが腑に落ちない。何でなのかは自分でも分からないが。

このままでは寝ることも儘ならない。竜司は携帯と財布をポケットに入れると、家から出て、月が上った暗い町の中を歩き始めた。

 

向かっていったのは昼間の公園だ。理由があって来たわけではないが、ここでなら何故か答えが出そうな気がした。

ザッザッザ...

足音が聞こえる。何だ誰かいるのか?

 

そーっと、草葉の陰から覗くと...居た!けど、何か小さいな?

改めてよく見ると昼間の活発な男の子だった。その足元にはボールが転がっている。

 

(何してんだあいつ!?)

 

もう子供が一人でうろついていい時間じゃない。なのにも関わらず、少年の顔は真剣そのものだった。

 

「おい!おま.....」

 

え何してんだ!と叫ぼうとした時。少年を軸に、俺がいる場所の反対側に何かを見つけた。...あれは人?

フードを被った(体格からして)男がゆっくりと忍び足で少年に近づいている。が、それに少年は気づいていない。ふと、男の懐で何かが月の光を反射した。

 

「やべっ!!」

 

その場から勢いよく飛び出す。少年の直ぐそばまで近づいた男は、懐から何かを取り出す。淡い光を放つ銀色のそれは---サバイバルナイフだった。

 

(くそ、間に合え!!)

 

そこでようやく気づいた少年だが、時既に遅し。男のナイフが握られた右腕が振り上げられる。そのまま一気に振り下ろした。

ザクッ。手応えがあった。なのにどういうことか、そこから寸とも動かない。---原因は直ぐに分かった。

横からナイフを掴み掛かるようにして竜司が抑えているからだ。掌から流れ出た血が地面に落ちる。竜司は男の腹を思いっきり蹴り、吹っ飛ばす。

 

「ぐうええぇええ、うぐううがああああああ!!」

 

男は奇妙なうめき声を上げたと思うと、すかさず竜司を襲ってくる。

 

(コイツ、薬中か!?)

 

男の目は血走り、口からは涎が垂れている。

竜司は男の単調な攻撃をかわし、少年を抱きかかえる。腕の中からは恐怖の為か、小刻みに震えていたのが分かった。

 

「お前だけは絶対に許さねぇ」

 

大物主から簒奪した権能を使う。たちまち竜司の身体は巨大な蛇に変わった。

 

「ああ、あがっ、あがっ、がっ」

 

男は目の前の恐怖に、失禁しながら気絶した。

 

「ほらもう大丈夫だぞ」

「...兄ちゃん、今何したんだ?」

 

竜司が蛇に姿を変えたのは一瞬である。それも、顔を抑えるように抱きしめていたので今の光景は見えなかった筈だ。突然男が倒れていることに驚いているのだろう。

 

「あー、俺覇気使えんだ」

 

それっぽく誤魔化しておく。

 

「え、ホントか?じゃあ、身体伸びたりするのか?」

「それはできねぇ。...それよりこんな時間まで何してたんだ?」

「それは...」

 

急に少年が口篭る。

 

「どうした?何か言えない理由でもあるのか?」

「......上手くなりたかったんだ」

「上手く?何が?」

「サッカー。...今度兄ちゃんと遊ぶ時、少しでも凄いとこみせたかったから。ごべぇんなさぁい~」

「はあー、全く。練習するのはいいけどこんなに暗い時間までやっちゃ駄目だろう」

 

そう言いながら頭を撫でてやる。

 

「う...ひっぐ、怒らないの?」

「ああ?俺の為にやってくれてたんだろ?なら許す。けど次はこんなことしたら駄目だぞ。分かったな?」

 

こくりと頷く。

 

「アホな兄ちゃん」

「何だ?後、そのアホっての止めろ」

「アホな兄ちゃんはアホだけど、すげぇーカッコいいんだな!俺見直した!」

 

ぐはっ!!そんなド直球で褒めるな!

 

「いつかもっと俺が大人になって、サッカーで金メダル取れるぐらいに上手くなったら、その時は見ててくれよ!」

「金メダルぅー、お前がぁ?」

「なるんだよ!悪いのか!?」

「まあ、精々頑張れ。無理だと思うけどな」

「なんだとー!じゃあ約束。俺はいつか絶対金メダルを取る。兄ちゃんはその瞬間を絶対見ること!」

 

そう言って右手の小指を突き出す。察するに指きりだろう。

 

「んじゃあ、当分は遊べないなー。金メダル選手になるなら、すごい努力が必要だぞ?」

 

竜司も右手の小指を突き出す。

 

「頑張る!いつか兄ちゃんに負けないぐらい強くなるからな!」

 

そうして固く結んだ指を数秒間維持していた。

 

その後竜司は少年を家まで送り届けた後。男を刑務所に放り投げ、帰路についていた。

竜司は約束を思い出しながら右手の小指を見つめる。

 

「お前ならきっとなれるさ」

 

家から出たときの心境は、今では激変していた。竜司の顔は清々しい程に爽やかだった。

ポケットから携帯を取り出し電話を掛ける。

 

「甘粕さん。俺...決めたよ。ああ、転校する!」



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番外編 上

一度こういうのやりたかった。
なんか書いてるって気になるよね。
では、どうぞ。


※これは、天童竜司がカンピオーネになる前の物語である...

 

 

「天童くん、いつも何してるの?」

 

放課後、そう話しかけてきたのは、小学校からずっと同じクラスであり腐れ縁の女子、唯一俺の境遇を知っている友達だ。

名前を森崎さゆり。肩を少し越すぐらいの黒髪に、整った顔立ち。十人居れば九人は美人と答えるだろう。家は飲食店を経営している。...そしてちょっと腹黒い。告って行った男子が、次の朝死んだ魚の目で登校してくるのは、今や学校では有名な話だ。

 

「バイト」

 

簡潔にそう答える。

 

「はぁー。私の知ってる人で、中学からそんなことしてるのあなたぐらいよ。そろそろ辞めたら?」

「そうは言ってもなぁ~...」

 

一身上の都合働かないと生きていけないからな。今のバイト先も探すのに大変だった。中学生で雇ってくれるところなんて中々無い。それをわざわざ辞めるのは躊躇われる。

 

「一人ぐらいなら内で雇ってあげるわよ?」

「う~ん、いやいいよ。お前に迷惑掛ける訳にいかないしな」

 

有難い申し出だが、やはりさゆりやさゆりの家族に迷惑を掛けるのは筋違いというものだろう。

 

「そう、まあいいわ。でも覚えておいて、私だって誰にでもこうやって言う訳じゃないのよ?」

「分かってるよ、ホントさゆりには感謝してるって。じゃあ、俺もう行かないといけないから。またな」

 

少し話しすぎた、もう行かないとバイトに間に合わない。

 

「ほんとに分かってるのかしら?」

 

走り去る竜司の背中を見ながら、さゆりは呟いた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

バイトに行く前にもしなければならないことが沢山ある。

 

「あと四十分、まだなんとか間に合いそうだな」

 

俺はそう呟きながら冷蔵庫を開ける。中身を見ると賞味期限が近い豚肉があった。

 

「よし、今日はピカタにするか」

 

そう言って俺は素早く夕飯を作ると、二階にある兄の部屋の前に料理を持っていく。

 

「ここに夕飯置いとくぞ」

「.....」

 

返事は無い。分かっているがどうしても苛立ってしまう。

だが今はコイツに構ってる暇は無い。

 

「やべぇ!そろそろ時間だ」

 

慌てて下に降りる。仕事ようの服に着替えて貴重品だけ持って家から飛び出す。

 

「そうだ!忘れてた!」

 

家から出て数歩のとこで戻り出す。やらなくてはいけない事を思い出したからだ。

もう一度家に上がり居間へ向かう。そこにあったのは一つの写真。

 

「ゴメン父さん」

 

そう言って、写真の前に置いてあるコップの水を交換する。その後数秒両手を合わせて目を瞑る。

 

「行って来ます」

 

その場を後にし、急いでバイト先に向かうのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一方ここは自衛隊の訓練所。

ここでは、日々新入隊員たちの訓練が行われていた。

 

「天童曹長っ!訓練終了しましたっ!!」

「よしっ!それでは、今日の訓練は終了するっ!各自しっかりと休養をとるように!!」

 

天童曹長と呼ばれる男は隊員たちに素早く指示を出し、その場を後にした。

 

「天童曹長ってさ、この前たまたま聞いたんだけど。かなりすごい人らしいよ」

 

訓練が終わり後始末を終え、各々が寮へと帰る途中に、一人の新入隊員がそう他の新入隊員に話し掛ける。

 

「訓練兵時代、一発で2000m離れた的を射撃したり。サバイバル中に遭遇した熊を一人で撃退したり。素潜りで50m浸水したり、息を止めて五分は動けたりとか。すごくねぇか!?」

「どんな無敵超人だよ。まあ只者じゃないってことは普段から確かだけど」

「お前らぁ!」

「ヒィ、天童曹長」

「無駄な事を喋ってる暇があったら、さっさと寝ろ!それよりも、お前らがまだ訓練を続けたいと言うのなら、話しは別だがなぁ...」

 

訓練生の肩に腕を回し、耳元で悪魔のそれに近い声音で囁く。

 

「いや、あの...俺!もう寝ます!明日も早いですしっ!!」

「おっ俺はトイレ行ってきます!」

「俺はそれに付き添いますっ!!」

 

新入隊員たちは、次々と逃げるようにその場から去っていく...まあ、実際逃げているわけだが。

 

「まったく、人のうわさなどしやがって」

 

その場に一人残された天童曹長は、呆れたように呟く。

 

「まぁいい、それよりあいつら元気かな?」

 

天童曹長は、もう数年は会っていない自分の兄弟たちに思いを馳せながら星空を見上げた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

同時刻、竜司は帰路についていた。

 

「ふぃ~、今日も疲れた~」

 

今月はいつもより多くシフトをいれているのだ、あの計画のためにも...

俺は、その計画の事を考えると無意識のうちに口角があがっていた。

 

「なに道の真ん中でニヤけてるのよ、気持ち悪い」

「うおっ!ビックリした、なんださゆりかよ」

 

突然の暴言に驚いて、声のするほうに目を向けるとそこにはさゆりが居た。手に持っているものを見るに、恐らく学習塾の帰りなのだろう。何故、さゆりは頭がいいのに塾に通うのだろう?

 

「なんだとは何よ失礼ね、それより今までバイトだったの?」

「おう、そうだぜ。さゆりも塾の帰りか?」

「ええ、そうよ。もうすこしで受験じゃない、まあ学年首位の貴方からしたら関係ないと思うけど」

「いやぁ、照れるなあ~」

「皮肉で言ってんのよ。全く、あれだけバイトしておいて勉強もできるなんて羨ましい限りね」

 

そう、数ヶ月後には受験が迫っているのだ。普通ならば、バイトをしている場合では無い。

 

「それより、大事な話しがあるんだけどいいか?」

「え、なにきゃしら!?」

「何噛んでんだ?顔も赤いし、熱でもあんのか?」

「な、なんでもないわ!それより話しって!?」

「お、落ち着けよ。とりあえず、近くの公園で話そうぜ」

 

そう言って公園の方に足を進める。後ろの方で「な、なっ、なぁ、な!?」ってさゆりの声が聞こえるが...しゃっくりか?

 

公園のベンチに二人並ぶように座る。さゆりの顔はまだ若干赤い。これは手短に話した方がいいな。

 

「さゆり!」

「は、はい!」

「俺と一緒に行かないか!?」

「バフン!!」

 

な、何だ!?いきなりさゆりの方からありえない音がしたぞ!?ってかさゆり!顔がヤバイほど赤いぞ!

 

「さ、さゆり、大丈夫か!」

 

肩を掴み揺さぶる。熱う!これホントに平気なのか!?

どこかさゆりは虚ろな目で、トロンとした表情になっている。やばい、意識が朦朧とし始めてる。病院って今の時間空いてるのか?

 

「だいりょぶ~。だいりょぶだから~」

「そ、そうか?でもこのままじゃ旅行にいけないな」

「りょ、旅行!?それはまだ、早過ぎっ!それよりももっと先にやることが...」

「でも、高校に入ってからじゃ遅すぎるだろ?卒業旅行なんだし。俺はどっか外国にでも行きたいなぁ」

「ふぇっ!?で、でも...え?卒業旅行?」

「おう、そうだぜ!それで何処に行くって...ひっ!?」

 

返事が無いので、振り向くとそこには今まで見たことも無いほど冷ややかな目をしたさゆりがいた。

 

「ど、どうしたんだ?さゆり...]

「どうしたんだ?ですってぇ!!!あなたの馬鹿さ加減に呆れただけよっ!!」

 

訳がわからない、さっきまで真っ赤だったと思えば今は絶対零度を思わせる目を此方にむけているのだ。

 

「そもそも、子供だけでいくつもり!?お金は!?それに貴方外国語わかるの!?」

「うっ!それを言われると...」

「ほら見なさい!なにも考えてないじゃない!!そういったところがあるから鈍感っていわれるのよ!!!」

「それは、いま関係ないんじゃ?」

「なにか文句でもある?」

「いえ!何も無いです!」

 

こっ怖え!!なにも言い返せねぇ、なんでこんなに怒ってんの!?

 

「もういいわ。とにかく、私は旅行なんて無理よ。...まあ、天童くんなら一人でも大丈夫だと思うし、一人で行けば?私にはまだ、日本から出る勇気なんてないわ」

「そ、そうか」

「悪いわね、一緒に行って上げられなくて」

 

全然悪いと思ってるように見えないんだが...

 

「それじゃあ、私はもう帰るわ。親も心配する頃だろうし」

「そうか、それなら送っていこうか?」

「大丈夫よ、家ならもうすぐそこだし。私の家が何処にあるか位知ってるでしょ?」

 

確かに、さゆりの家はここから数分程度で着ける距離だ。しかし、それでも心配だ...

 

「でも、やっぱり...」

「だから、大丈夫よ。あんまりしつこい男は女の子から嫌われるわよ?」

「そうか、でも気をつけて帰れよ。帰り道おまえになにかあったら申し訳ないからな。」

「ええ、気をつけるわ。それじゃあね」

 

そう言うとさゆりは家に向かって帰って行った。

 

「本気にしちゃったじゃない」

 

と言っていたのは、竜司には知る由も無かっただろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

真っ暗な部屋にパソコンの液晶画面から漏れる光だけが部屋を照らしていた。

 

「これで、これで!今まで兄さんと僕を比較してきた馬鹿共を見返してやれるっ!」

 

真っ暗な部屋で青年は静かに笑っていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

時は流れて、竜司が通う中学校の卒業式が始まった。

 

『卒業証書、授与』

 

(今日で卒業かあ、長いようで短かったな...)

 

『三年一組 天童竜司君 』

 

「はい!」

 

(これで最後なんだ、シャキッとしないとな...)

 

階段を上がりステージに上ぼる、そして校長先生から賞状を貰う。

 

 

そのあとも、特に何の問題も無く式は進み残すは校歌斉唱と退場のみとなった。

校歌斉唱の時には感極まって泣いてしまう者や、今までに無い位精一杯歌う者もいた。

まあ、さゆりなんかはいつもと変わらず淡々と歌ってたが。

俺はと言うと、この後の旅行に心を躍らせていた。半年前から計画してようやく実行できるのだ、楽しみで仕方ない。

 

(早く終わんねーかな?)

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

卒業式から数日後、俺は自宅で旅行の用意をしていた。

かれこれ、もう十回は荷物の点検をしていると思う。まるで、遠足の前の日の小学生だ。

国内の旅行なら何度か行ったことはあるが、今回は初めての海外旅行だ。

一応さゆりに言われた日からロシア語を猛勉強したおかげで、日常会話程度ならなんとかこなせるようになった。しかし、本当に自分の言葉が現地の人々に伝わるかどうか少し不安だ。

そう、今回の旅行先はロシアだ。なぜロシアかというと、世界地図にダーツを投げたらそこに刺さった為だ。まあ、国土面積は世界一だからな。

 

「旅行の内容は行ってから決めるからな~楽しみだな~」

 

そう、俺はいつも旅行先についてから観光先を決める。俗に言う行き当たりばったりという奴だ。

中には公園で野宿をした時もある。

あいつには、既に俺がしばらく家を空ける事は伝えてある。何時もどうり返事は無かったが、んなことは些細なことだ。

prrrrrrr prrrrrrr

 

「ん?こんな時間に誰から」

 

ケータイの液晶には、 森崎さゆり と記されていた。

 

(さゆり?なにかあったのか?)

 

「もしもし?」

「天童くん?あしたから旅行なんでしょう、用意はすんだの?」

「ああ、勿論だぜ!もう何回も見直ししてるよ!」

「そう、まるで遠足前日の小学生ね」

 

うっ、確かに自分でもはしゃぎすぎだとは思うがひどい言われようだ。

 

「言い返してこないところをみるに図星ね。それより早く寝たら?明日早いんじゃないの?」

「はっ!そういえばそうだった!早く寝ないと!!!」

「夜なのにうるさいわね。お土産期待してるわよ」

「おお、まかせとけ。しかし、色々気遣ってくれてありがとな。さゆりみたいな人が彼女にいたらおれも楽なんだけどな~、じゃあな」

「なっ!?ちょ、ちょっt「ブツッ」あ、もう!」

「なによもう、期待させるような事言って!」

 

さゆりは怒ったようにそう言ったが、彼女の顔は嬉しさを隠せないかのように緩んでいた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

次の日、竜司は空港にきていた。

 

「え~と、ロシア行きの便どこだ?」

 

手に持ったチケットに表記された数字を確認しながら、自分の乗る飛行機を探す。

 

「お、あれだ!」

 

俺はつい急ぎ足になる。その為つい目の前の人物に気づかずぶつかってしまった。

 

「うおっ!」

「なっ!?」

「す、すまん!つい急いでて」

「いや、こちらこそ余所見していたんで」

 

見たところ、俺と同じくらいの年齢のようだ。この人も一人旅なのだろうか?

 

「アンタも旅行か?」

「ん?ああ、まぁそんなとこ。イタリアに届け物をしにな、そういうアンタもか?」

「ああ、初めての海外旅行なんだ。あ、やば!急いでんだった。ぶつかって悪かったな」

「気にするな、お互い様だ」

 

なんて人間ができた人なんだろうか。それより急がないと!

 

これが、後のカンピオーネ二人のファーストコンタクトだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

日本を出発してから、数十時間後。

 

「着いた~!初ロシア!!!」

 

竜司は始めての海外にはしゃいでいた。

 

「取りあえず、何処にいくかな~。何か食べるか!」

 

そういって竜司は街の中心地へと向かった。

 

 

「ふぅ~食った食った!ピロシキって美味いなあ!それに、俺の言葉が本物のロシアの人達に伝わって良かった!言葉が通じなかったらどうしようかと思ってたからな」

 

俺が覚えたロシア語は現地の人にも理解してもらえた。それどころか、お店のおっちゃんに

 

『兄ちゃん、ロシア語上手いじゃねえか!』

 

と褒められた。頑張って覚えた甲斐があるというものだ。

 

「ん?」

 

なにやら向こうで女の子と数人の男が言い合っている。あ!路地裏に連れて行かれた。取りあえず、様子を見に行こう。

 

なんだこれは!?

 

それが俺が様子を見に行ったときの感想だった。

路地裏には、数人の男達が皆蹲って倒れていた。その真ん中にはさっきの少女が居た。髪は腰まであるきれいな銀髪ですっと通る鼻筋、綺麗なパープルの瞳、熟した林檎のような色の形の良い唇。十人中十人が可愛いというだろう。まるで、神話から抜け落ちた聖女のような、神秘的なオーラみたいなのが感じる。ただし、その右手に拳銃が握られていなければ。

 

『ん?貴方もこいつらの仲間なのかしら?うふふ、丁度良いわ。この人たちにはちょっとやり過ぎてしまいましたし、半日は起きないだろうから貴方に教えて貰おうかしら?』

 

聞きなれない単語に、おそろしく流暢な喋り方。どこかあふれる気品が、お嬢様を連想させた。

って、それよりも待て!見とれてる場合じゃないぞ!この状況は何だ!?

 

『あら、固まっちゃって上手く喋れないのかしら?』

 

何か言ってるけど、全然分からねぇ。くそっ、あんだけ勉強したのに、いざという場面で全く効果をなさないとは。

俺がそう思案していると、ジャキっと眉間に銃口を突き付けられた。

 

『大丈夫よ。ちゃんと死なないように改良してあるから。...この距離で頭部に当たれば分からないけど』

 

大丈夫ってだけ分かったが、絶対大丈夫じゃないだろ!何これ?本物?

 

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!」

 

あまりの出来事に思わず日本語で叫んでしまった。

目の前に居る彼女は、一瞬燻し噛んだかと思うと。

 

「あなた、あくまで白を切るつもり?こんな外国の言葉まで使って。けど残念ね、私も喋れるから」

 

と、これまた綺麗な日本語でそう話してきた。

 

「あんた日本語喋れるのか?」

「ええ、大体の国の言語はマスターしてるわ」

 

なっ!?見た目自分と同じかちょっと下ぐらいの女の子が、衝撃の事実を放って来たのだ。普通なら、まず嘘だと考えるだろう。だが、先ほどの日本人もあわやと言うような日本語を聞くに、本当のことに思えてしまう。俺があんなに覚えるの苦労したのに...。

 

「えっと、で今の状況は何?」

「へ~。これで気づかないなんて、あなたよっぽどの馬鹿ね」

「なんだと、俺だって学校で一番の成績だったんだぞ」

「そんなの今はどうでもいいわ」

 

こ、この女。顔は綺麗だけど、中身は最低だな。

 

「それより早く吐きなさい。あなたたちはどこの組織で何の為に私を襲ったのか。二十秒、三十文字以内に答えなさい」

「はぁ?俺がそんなこと知るか!だいたいロシアに来たのも今日でなんだぞ」

「そんな嘘は自分を貶めるだけよ。次言わなかったら只じゃおかないわよ」

 

話しが全然通じない!これは言語とかの問題ではなく、第一印象が悪すぎたせいだ。何とか誤解を解かなくては。

 

「あのな、さっきも言ったとおり俺は「パァン」うおっ!あぶっ!!」

 

おい!今頬を掠ったぞ!!本物じゃねーか!命中してたら死んでたぞ!?

 

「へえ、今のを避けるなんて中々の手練れね。けど今ので貴方が嘘をついていたことが分かったわ」

「何が分かっただ!もし直撃してたらどーするつもりだったんだよ!」

「...さぁ?」

 

ロシアの女の人って皆こんな凶暴なのか!?俺は旅行に来た筈だけど、あの世を旅行する気はまだねーぞ!ここは逃げるが吉だ!

 

「おーいっ!ここだ!速くきてくれー」

「ちっ!まだ居たの」

 

(今だっ!)

 

彼女が俺の声を仲間を呼ぶ為のものだ勘違いして振り返った隙に、大通りに向かって一目散に走る。命の為に奪取だダッシュ!

 

「あっ!こら、待ちなさい!」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(捕まりました)

 

いや~、だってあれですよ?普通に街中で銃乱発するし、俺土地勘無いし。おまけに目茶苦茶しつこいのってなんのって。一番厄介だったのは、まるで俺の位置が手に取るように分かっていたことだった。何だよそれ、チートじゃないか!チーターや!

 

「何ぶつぶつ言ってんのよ気持ち悪い」

 

今の俺はさっきの女の子に後ろから拳銃を突きつけられている。腕はがっちりと拘束されているおまけつきで。

 

「なぁ?何処に向かってるんだ?」

「何でそんなこと教えないといけない訳?いいから黙って歩きなさいよ」

 

(こ、こいつ~)

 

「まぁいいわ。どうせ最後なんだし仕方なく教えてあげる。今向かってるのは私の家。そこでパパに突き出して上げる」

「こんな歳でまだパパ呼びかよ」

「なんだったら、今ここで殺してもなんの問題もないわよ」

「素晴らしいお父様ですね!」

 

いや知らんけども。こう言っとかないと命が危ない。

 

「ほら、着いたわよ」

 

背中を銃で押されて、仕方なく前を見る。...まぁ、あえて言わせてもらおう。

 

「このブルジョワめ」

 

そう言って俺と彼女は、なんでこんなでかい門が必要なんだ?って思えるほどのデカイ門をくぐった。




作者は二番目の兄に個人的な恨みをもっています。笑
この物語は、三割の事実と二割の妄想と四割のフィクションと一割の原作からできています。
さゆりのポジションは実際は男でした。

それと、作者は神話にそこまで詳しくありません。こんな神様だしたらいいよなどのご意見があれば、メッセージを飛ばしてくれればできる限り書いていきます。


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番外編 中

門をくぐった竜司達を待ち受けていたのは、見渡す限りの手入れが行き届いた芝生だった。

 

「広っ!」

 

おいおい、なんの為にこんなとてつもない庭がついてんだ?軽く俺の家十個ぐらいは収まりそうだぞ。

 

「大げさね。このぐらい普通でしょ?」

「普通?馬鹿か!」

「貴方、今誰に向かって言ったの?」

「いや、だって俺ん家なんか、あっからそこぐらいの二階建てだぜ」

 

そう言って、指で大体の大きさを示す。

 

「そう...ごめんなさい」

 

すげー謝れた!何だその哀れみの目は!?別に困ったこともないぞ!これが格差社会!なんというヒエラルキー!

 

「止めてくれ、なんか惨めになる」

 

あーなんか空気が重くなったよ。俺か?俺が悪いのか?

ええーい、何か話しを変えなくては。

 

「それより名前なんてんだ?」

「えっ?」

「だから名前だよ、お前の」

「何でそんなこと貴方に教えないといけないの?」

 

う~ん、そうだよなー。誰だってそう思うよ。また警戒の目を強めたし。

 

「えーと、あれだ。名前知らないと不便だろ?それに俺なんかからお前とか言われんの嫌だろ?」

 

彼女はしばし考えたように俯くと、そっぽを向いて萎んだ果実のような声で。

 

「.....アリサ」

 

とだけ言ってきた。

 

「そうか、俺は天童竜司。よろしくなアリサ」

「何言ってるの。貴方はもうじき死ぬんだからさよならよ」

 

おいおいまじかよ...俺殺されるの!?

 

「なぁ...それってなかったことにできない?」

「無理よ。貴方は死ぬしかないの。その前に死にたくなるような苦痛を味わって、情報を聞きだせる分聞いたら処分よ」

「だから俺は何も知らないんだって」

 

そっからは再び銃を突きつけられて連行される。今思ったんだが、なんでアリサ普通に銃持ってんの?初めて会ってからずっと持ってたから違和感が無くなって来てた。この国の法律大丈夫なの?

 

「ほら、さっさと入りなさい」

「痛て」

 

もうちょっと丁寧に扱ってくれよ...。

 

「ねぇ、パパを呼んでくれない?」

 

うわー、セバスチャンって本当にいるんだー。

 

「分かりました。このセバス、お嬢の為ならなんなりと」

 

本当にセバスちゃんかよ!!?

 

「いいわね、絶対にパパの前で粗相がないようにね。じゃないと速攻で貴方の人生終わるから」

「お、親父さんは何をしている人なんだ?」

「そんな事も知らないで私を襲ったの?呆れた」

 

襲ってないんですけど...

 

「パパはシナーズファミリー、マフィアのトップよ」

 

ああーなる。だからこいつ銃なんか持ってんのか。

 

「ってそうじゃない!ヤベー奴やそれ!」

 

動揺しすぎて口調が可笑しくなったが、さすがにそれは想定していなかった。泣いて命乞いしたら許してくれるかなあはは。

 

「ほらパパが来たからもう逃げられないわよ」

 

大広間にある階段から降りてきたのは、いかにもマフィアといった風貌の男だった。

アリサより少しくすんだ白髪を、狼のような鬣を思わせるような後ろ髪を伸ばしたオールバックで、それと同じ色の武将髭。一番驚いたのは、そのとてつもない背だ。優に190はあるだろう。同年代で割りと高めの175cmの竜司の身長よりも、頭一つ飛び出ている。

 

「パパ、こいつギーベリファミリーの手下よ。多分」

 

多分で俺は命の危機なんですか!?

 

「なにぃ?こやつがか?」

「ええ、路地裏で私を襲った仲間に違いないわ」

「襲っただと!?」

 

いや、だから!襲ってないって!むしろ襲われたんだよ!!

 

「小僧、覚悟はできてるんだろうなぁ!」

「うおおおおお!待ってくれぇぇぇぇぇぇ!!」

「あらあら皆そろってどうしたの?...あら?其方の方は?」

「ママ!」

 

寸でのところで迫り来る拳が止まった。あ、危なかった。

ていうかママ?俺は俺の命の恩人の方へと顔を向ける。

はぁあ!?あれがママ!?若けぇーよ!どう見ても二十代後半ぐらいだろ!?

 

「ぬぅ、ニーナか」

 

アリサの母親はニーナと言うらしい。それより、母親って言えばこういう場面じゃ、言わば助け舟だ。お父さんを嗜めたりとか、漫画や小説でよくあるパターン。そうか、お母さんが俺を助けてくれるのか!そうに違いない!

 

ニーナはセバスちゃんから事の経緯を聞いている。最後まで聞き終えたニーナはアリサ、父親、最後に俺を見て言い放つ。

 

「あらあら、どこの馬の骨かしら」

 

詰んだああああああああああああ!!

これはもう死ねってことなのか!?

 

「最後に言い残す事はあるか小僧。あっても聞かんがな!!」

「待ってパパ!殺すのは後にして!それよりも情報を聞き出すのが先よ」

「う、そうじゃった。...セバス後は任せるぞ」

 

あ、アリサ...。おかげで助かった。そもそも俺が死にそうなのお前の所為だが。

 

「かしこまりました。...すまないが、君には気絶してもらわねければならない。私もこんなことはしたくないのだが、これも命令だ。悪く思うな」

 

ドスッ!!

 

「がはっ!!」

 

思わず身体がくの字に折れる。拳が鳩尾に5cmほどめり込む。セバスちゃんは只の執事じゃなかったのか!?

 

「ほう。今の一撃でまだ意識があるとは、鍛えられてあるな」

 

なんだって、こんな痛い思いしなくちゃなんねぇーんだよ。俺は旅行を楽しみに来た筈だろ。可笑しい。これは可笑しい。

 

「痛てぇーじゃねーか.....。あ?俺が何したってんだよ?ふざけんじゃねー.....」

「何をぼそぼそ言ってるんだ?まぁいい。次で楽にしてやる」

 

そう言って放たれたセバスの拳は、空を切った。

 

「何?」

「シッ」

 

竜司は殴られる直前、思いっきりジャンプし、回し蹴りを放った。竜司の右足のかかとが、セバスの側頭部を思いっきり弾く。それをセバスは、伸ばした拳を瞬時に戻し、手の甲で受け止める。

 

「くッ」

 

受け止めた筈のセバスの身体がたじろぐ。体重を乗せた蹴りは、何とも重い一撃だった。腕を縛られた状態で、尚且つジャンプしながらの空中で、バランスを崩さずに放たれた回りながらの蹴りがだ。

 

「何をしているセバス!さっさと仕留めろ」

「はっ!」

「すまんな、少年。奥の手を使わせてもらおう」

 

そういうといきなりセバスが消えた。気が付くと俺は地面に横たわっていた。

 

「正直驚いたぞ少年。まさか私に一撃いれてくるとわな」

 

その言葉を聞いて、俺は意識を失った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「それでは、お前の知っている事を全て話してもらおうか」

 

竜司は魔法陣が描かれた床の上に横たわっていた。アリサの父の言葉をきっかけに魔法陣が青く輝き出す。これは他人の意識がない時に、対象の潜在意識を呼び出す。言わば自白剤の様なものだ。

 

「それではまず、お前の生い立ちについてでも聞かせてもらおうか。その歳でギーベリの手下をしているのだ、何か訳ありなのだろう?」

 

そう言われると、横たわっていた竜司が人形のように、不自然な動きで起き上がる。目は瞑ったままだ。

竜司は自分の今までの人生を語り出した。父親が死んだことから、母親が蒸発し貧しい生活を送ってきたことまで。

 

「俺の兄さんは高校を卒業して、すぐ軍に入隊した。二人目の兄はもう何年も家から出ていない引きこもりだから、俺は生きる為にがむしゃらに働いた。ここに来たのは只の旅行でギーべリとの関係は一切ない」

 

話しを聞いていた全員は竜司の話を信じられないような表情をしていた。

 

「それなら、何故アリサを襲った?」

「襲ってなんかいない、路地裏に怪しい男たちに連れられていくのをみて助けようと思って行っただけだ」

「えっ!?」

 

アリサはありえないといった表情で竜司を見ていた。今までマフィアの娘と言うこともあり、同い年の子どもから避けられたアリサにとって、それは衝撃の事実だった。

 

(今まで、皆わたしのことを怖がって助けてくれるなんて一度もなかったのに。たとえ私の正体を知らなかったからとは言え、見ず知らずの人を普通助ける?)

 

アリサは生まれて初めて知る、同い年位の男の子からの度が過ぎた親切に触れて、思考が定まらなくなっていた。気づけば竜司に目が釘付けになっていた。

 

「なら小僧。お前はアリサの事をなんと思っておる」

「最初見た時は素直に可愛いと思った。けど、こっちの話しは聞かないし、銃乱発するしで中身は最悪だと思った」

「こ、小僧ぉぉお!!」

「お、落ち着いてください!」

 

竜司の言葉にキレた父をセバスが必死に止める。

 

「でも、俺みたいな奴に名前教えてくれたし。両親を未だにパパママ言ってるのは笑ったけど、それだけ家族を愛してるんだとも思った。俺から見たら、とても輝いて見えた。だから、思った以上に悪い奴じゃないと、今なら分かる」

 

ドキンッ!

 

(な、何これ?なんか胸が締め付けられるような。...苦しい...)

 

今まで感じた事のない胸の痛みがアリサに襲った。何故だか分からない、だがこのまま竜司を失いたくないと思った。

 

「パパ、そいつどうするつもり?」

「そうだな、取りあえず私達に関する記憶を消そうか。一般人だったみたいだしの」

 

(ダメ、......それだけはダメ!)

 

「あなた、まあそう焦らなくても。私達の所為でここまで連れて来てしまったのですし、このままかえしてしまうのはシアーズの名折れなのでは?聞けばその方、ここには旅行に来たと言うのでしょう?ならばアリサ、これまでの非礼と助けて貰いそうになったお礼として、観光にでも付き合ってあげたら」

「ニーナ!何をいっておるのじゃ!?」

「あら?どうしたのかしら あ・な・た?」

 

般若もあわやと言う様な眼つき。それにたじろぐ父。何時の時代も、どんな時でも、女は男より強し。それはマフィアのボスとて例外では無かった。

 

「どう?アリサがよければの話しだけど?」

 

それを聞いてすかさずアリサの父が

 

「断るんじゃアリサ!何も見ず知らずの他人にそこまでする義理など無かろう!」

 

そうだ。赤の他人なのだ。そこまでして何の得がある?...けど、それでも彼は必要無かったにせよ、赤の他人であるわたしを助けようとしたのだ。なら...

 

「わたしは---------」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「っは!...痛ぅ~。ここは?」

 

確かセバスちゃんにやられて、気を失っちゃって、それから?

 

「う~ん。何かあったような気がするけど、無かったような気も」

 

ってか、すごい部屋だな。ベッド無駄にでかいし、シャンデリアとか普通についてるし。

 

「死後の世界?」

 

なのか?にしては実感が湧かない。死んだ記憶もないし。殺されそうな記憶は何回かあったけど...

 

「確かめるしかないか。外にでれば此処がどこか分かるだろ」

 

そう言って、俺は唯一この部屋にあるドアに向かう。と、ノブに手をかけようと伸ばした瞬間、ドアが独りでに開いた。そして

 

ボフッ 

 

っと、クッションを叩くような音が聞こえた。それと同時に、俺の胸に何かが当たった感触。

 

「えっ?」

 

続いて間の抜けた声。

恐る恐る自分の胸元に視線を向けると...俺の胸に埋まるアリサがいた。

俺は今二つだけ分かったことがある。一つは俺はまだ死んでいなかったこと。そして、まさにこれから殺されるという事だ。

 

ああーなんでこうなっちゃうんだろうね?俺は静かに瞼を閉じた。さぁ、俺は全て受け入れてやるよ泣

・・・が、なんもこない。未だ胸の中に埋まるアリサも、さっきから全然動かない。そっと目を開ける。すると、あんなに白くて綺麗な肌が真っ赤だった。しかも全身。こ、これは、怒りが頂点に達し過ぎてオーバーヒートしたのか。そうか、ならまだチャンスはある筈だ!

 

「そのまま動くなよ!」

 

俺は銃を取り出されて撃たれたりする前に、動きを封じる為、思いっきり抱きついた。頼むぞ、そのまま動かないでくれ、俺の命の為に!

 

「キャ、キャアアアアア」

 

そうだろうな、嫌いな男に抱きつかれたら嫌だもんな。う、ちょっと自分でも傷ついてきた。

 

「我慢してくれ!お互いの為にも!俺も我慢すっから!」

 

女の子の叫び声を間近で聞くのは辛い。それが自分のせいなら尚更だ。けど如何せん、まだ死にたくないんじゃ~!

そのまま数分後、アリサが急に身体の筋肉を緩めた。逆に、俺に項垂れ掛かってくる。

 

「き、気絶した!?」

 

そんなに強く圧迫したか!?いや、死に物狂いだったからありえない事も無い。

 

「ふみゅ~」

「う、海?」

 

どうしてこんな時に海?ん、海?

海=水

そうか!身体が熱いから、水に浸してくれってことか!

 

「いや、でもそんなことしたら...次は絶対に殺される!」

 

そうだ、わざわざ身体を冷やすのに水に浸す必要なんて無い!

 

「わ、悪いがこれで許してくれ」

 

俺はアリサをベッドに寝かせると、空気の循環を始めた。ついでに着ていたTシャツをうちわ代わりにして扇ぐ。これで大分ましになる...といいが。いや、良くならないと俺の身が危ないんだ!

俺は必死にTシャツを扇ぎまくった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

---日本にて

 

「天童くん、無事に行けたかしら?」

 

ベットの上で寝転がり、一人ごちるさゆりは一人の青年に思いを馳せていた。

 

「私も行きたかったなぁ」

 

本当は一緒に行きたかった。あの時は勢いで行かないと言ったが、今考えると勿体無い...。

でも、実際に現実的に自分じゃ行けない。家のことや他にも行けない理由があるのは確かだ。

 

「あの時、もし行くって言ってたら駆け落ちでもしてたのかしら」

 

と、口にして

 

(無い無い無い無い無い!何言ってるの!?天童くんよ?ありえないわ!)

 

自問自答したあげくもがきだした。

今のさゆりの心境は、穴があったら入りたいぐらいの羞恥で覆われていた。

 

「...そうよ。あの鈍感正直バカがそんなことした時点で、地球滅亡しても可笑しくないんだから!」

 

そうやって、何とか必死に自制心を取り戻していく。だが、急にフッと熱が冷めていく。

 

「もしかして、あっちでもフラグ立ててるんじゃ無いわよね?...でも有り得ない事じゃ...」

 

本人は絶対に気づいてないだろうが、竜司は結構もてる。頭も良いし、部活こそ入っていないが運動もかなりできる。多分、どこの部活でもレギュラーを張るぐらいに。実際、多くの部活から勧誘が来てた。そんな男が、今まで色恋沙汰が無いと言うのは、かなりの有料株だ。さゆりが知ってるだけでも三人は竜司を好きな人はいた。

 

「あいつ、無駄に優しいから...」

 

そんな面でかなりお世話になっている。だからこそ、同年代の男子に嫉まれそうなものの、そんな話しは聞いた事がない。

 

「もう...気が気でないんだから」

 

そう呟きながらゆっくりと瞼を落とした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「う、ん...あれ?私」

「お?やっと起きた」

 

ふぅ~疲れた。ずっと扇ぎっぱなしだったから汗掻いたぞ。

 

「何で、ここ、確.......キャアアアアアアアアアア!!!!」

「ど、どうした!?や、やっぱ俺に抱きしめられたのが原因か?」

「な、何ではだ、か?て、抱き!?あれ?なんっで、べッッッと?わた、し覚え...」

 

プスー

 

「お、おい!またか!」

 

またオーバーヒートしやがった。ってかこれ冷静になった後が怖い...

 

「おーい、アリサ大丈夫か?」

 

ゆっくりと身体を揺すってやる。意外にも、今回の復帰は早かった。

 

「大丈夫よ!触らないで!!」

 

ここまで拒絶されると、俺だってさすがに傷つく。まあ、自分を襲った相手には仕方ないか。...誤解だけど。

 

「なぁ、俺はホントに襲った訳じゃないんだ。だから俺を「分かってるわよ」殺すのは...はい?」

 

聞き間違いか?

 

「今なんて?」

「だから分かったって言ってるの!貴方が本当にあいつらの仲間じゃなかった事が!だから、もう貴方を殺したりなんかしないわよ」

 

まさか、アリサが自分の非を認めた!?

出合って間もないが、コイツの今までを見ると信じられない。

 

「でも、そうかそうか!やっと分かってくれたのか。ちゃんと俺の話を聞いてくれたんだな!ありがとう!」

 

殺されないと分かった途端、安堵からなのか、盛大に俺は喜んだ。

 

「よ、良かったわね」

 

良かったという割に、何故こちらを向かない?そんなに俺を見るのは嫌か?

 

「んで?ここどこ?」

「私の家」

「はあ!?」

 

き、危機はまだ去っていないということなのか!?

 

「何?嫌なの?」

 

アリサがジト目で睨みつけてくる。

 

「嫌って言うより、大丈夫なのか?」

「何が?」

「親父さんとか」

「別に?パパがそうしなさいって言ってたし」

 

何だって!?もう何が何だか意味が分からない!誰かこの状況を説明してくれ!

 

「それより貴方、ホテルとか予約してあるの?」

「いや、してない」

「そう。なら、今日はここに泊まってくといいわ」

「...悪い。俺の脳ミソじゃ理解できなかった」

「だから、泊まっていきなさいって言ってるの!」

 

聞き間違いじゃ無い。これはどういう事?夢?

軽く頬を抓る。痛い。

 

「寝てる間に寝首を掻こうとか、そんなんじゃなくて?」

「違う」

「純粋に?」

「そうよ」

「急展開過ぎじゃないか?」

「そういうものよ」

「そうか」

 

・・・

 

「はぁ?」

 

思わずそんな声が漏れた。無理も無いだろ?殺されそうになった女の子に、何もしないから家に泊まりなさいって言ってるんだぜ?違う意味でドキドキして眠れないわ!

 

「一日この部屋使っていいから。嫌ならもっと大きな部屋あるけど、そっちにする?」

 

え、なになに?俺が泊まるのは確定ですか?後、さりげない優しさが怖い。

 

「はぁー、分かった。お言葉に甘えさせて貰う。部屋もここで充分過ぎる」

「そう。...良かった」

「良かった?」

「そんな事言ってないわよ!それより早く寝なさい。明日は早いんだから」

 

ああ、明日の朝にはさっさと出て行けってことか。

 

「分かったよ。直ぐに出てけるように準備しとく。それでさよならだな」

「何言ってるの?さよならはまだよ」

「はい?」

 

可笑しい。全然話しが噛み合っていない気がする。

 

「ああ、まだ言ってなかったわね。明日から私が、この国の観光を案内してあげる!」

 

ん?今なんて言った?



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番外編 下

「寝れなかった...」

 

外を見ると、朝日が昇り始めている頃だった。雲ひとつない青空。それに反比例してか、俺の心は曇天だ。

昨日はあれから無理矢理に事が進んだ。矢継ぎ早に飛んでくるアリサの言葉に反論しきれなかった。まるでマシンガンのようだった。あの弾丸娘...。

最後に勘違いした償いと言われれば、無理に拒否するのも気が引けた。途中、ドアの隙間から覗いてた親父さんがものすごく怖かったからではない。

 

「眠い...。だがさすがに今から寝るのもなぁ。ちょっとこの屋敷の中でも探索すっかな」

 

アリサの家であるこの広大な敷地の中に、建物は四つある。一つは中央にある本殿。普段アリサの家族が暮らしてる主な建物で、多分百人ぐらい余裕で住める。アメリカなどの海外の物件って、日本より大きいのがざらだが、これは何が何でもでか過ぎるだろう。

 

二つ目は北側に佇む横長の建物。大きさは本殿の半分ぐらい。ここで、マフィアの団員が住んでるらしい。絶対に近づきたくない場所だ。

 

三つ目。南西に位置する格納庫。ジャンボジェット機すら入れるだろう大きさ。何が入ってるのかは考えたくないな...

 

最後は、今俺がいる東にある屋敷。中では一番小さいが、それでも日本なら超お金持ちが住むような華々しい外見。今は何にも使われていないらしく、廃屋同然らしい。なのにも関わらず、隅々まで綺麗に整備されており、水道や電気などのライフラインも完備らしい。お金持ちの考えることは分からん。

 

その為、こんな時間に誰かに会うのは無いだろう。よって、安心して探索できるはず。ちょっとした肝試しみたいだ。

 

「本当広いな、迷子になりそうだ」

 

明かりのついていない廊下を、窓から差し込む光だけを頼りに進む。視力が1,8はあるのに、一番奥まで見えない。中学の校舎の端から端より長いのではないか?奥の暗闇から、女の人がスタスタと歩いてくるような考えが思い浮かんでしまう。

 

「天童さま」

「うわぁ!!」

 

突然背後から声を掛けられ、その場を1メートルほど跳びず去った。

見ると、そこにはセバスがいた。

 

「せ、セバスちゃん?」

「ちゃん?」

「あ、え~と、何でここにいるんですか?ってか何でさま呼び?」

「君は今はお客様だ。礼儀を尽くすのは当然だと思うが?」

「そ、そうですか」

 

この人はマフィアに仕えている身でありながら、ものすごく落ち着いている。歳は多分三十程度ぐらいか。でも、あの時最後に見せたスピードは人間を超えていた。どうなってんだここの人間は?

 

「それより何でこんな処にいるんですか?」

「私の仕事は、ここの管理も任せておられてるんですよ。後は、天童さまに昨日のお詫びを申し上げようと思ってね」

「いや、俺も蹴りましたしお互い様ですよ。さすがにあの時は怒りましたけど、今は別に気にしてないんで」

「今回はこちらに全て非がありましたので、そういう訳にはいきません。あの時は本当に申し訳ありませんでした。それと、後二時間程たったらお譲が御呼びしてるので、門の前に行って下さい。では」

 

そう言うと、セバスは踵を返しその場から立ち去った。

 

「普通に良い人だ」

 

竜司はしみじみそう思った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「遅い!」

 

開口一番がそれだった。時刻は朝の九時。日本は昼過ぎぐらいだろうか。

 

「貴方、女の子を待たせるとか紳士失格ね」

「俺は紳士になった覚えはない」

 

見るものを吸い込ませる様な青紫色の瞳と、くせっ毛一つ無い美しい銀髪を持つアリサ。服装は上からニット帽、パーカー、ミニスカート、ニーハイ、ブーツ。以外にも、今時の女の子って感じだ。ってか、そんなひらひらのスカート寒くねーの?

 

「さ、とっとと出発するわよ」

「どこに行くんだ?」

「私一度行きたかった処があるの。そこへ向かうわ」

「ふ~ん」

 

(このお嬢様が行きたい場所ねー、ちょっと興味があるな)

 

余程行きたかったのか、さっきからアリサは上機嫌だ。鼻歌まで歌っている。

 

「それで、どうやってその場所に行くんだ?」

「車で行くのもいいんだけど、その辺ぶらぶらしたいし、今日は電車でも使って行きましょ」

「へー、アリサみたいなお嬢様でもそういうの使うのか」

「え?今回が初めてよ」

 

思わぬ重大発言だった。

 

「初めてって、よくそれで行こうと思ったな」

「だって、乗るだけでしょ?何の問題も無いじゃない」

「そうか、まぁ頑張れ」

 

そこまで言うならとやかく言うまい。うまくいく事を信じよう。

 

「早く行きましょ。時間が勿体無いわ」

「あ、ああ」

 

アリサが目の前を先導する。それに続き歩き始めた。

 

 

 

「まぁ、何だ。そういう時もあるって、元気出せよ。なぁ」

「.........」

 

さっきからずっとこれだ。

と言うのも、駅でのことだ。アレだけ自信満々にしてたアリサだが、切符の存在を知らぬわ、乗り違えるわ散々だった。どこかでしくじるとは思っていたが終始ダメダメだ。

だが大変なのはこの後、機嫌を損ねたアリサを宥めることである。こんなとこで乱射されたら俺の人生にピリオドが打たれる。だから、あれこれ三十分程、ご機嫌取りに勤しんでいた。

 

「仕方なかったって、初めてだったんだしな。それにしたら充分良かった方だぜ」

 

電車に乗るのに良いも悪いもあるのか知らないが。

 

「...まぁいいわ。それよりあと少しで着くわよ」

 

あれだけ励ましていた俺への言葉を、それだけで終わらせたアリサ。そして十時の方角へと向く。

絶対いつかこいつにありがとうを言わせてやる、と固く心に決めた竜司。

 

「確か、この国の観光を案内するって言ってたよな」

「そうよ。だからここに決めたの。丁度私も行きたかったから」

 

竜司たちの目の前にあるそこには、大人や子供たくさんの人であふれていた。

遊園地。それもかなり大き目の。

 

「普通そういうのは、もっとこう歴史的に重要なとことか、美術館とかじゃねーの?」

「そんなとこ行って、何が楽しいの?」

「それは...」

 

その後の言葉が出てこない。別に楽しくない訳ではない。只、それを言ったところで同意はされないだろうし、楽しいを目的とした施設と比較すると、まぁ楽しさでは負けるだろう。

 

「ほら、もういいでしょ。早く入るわよ」

 

何も言い出せなかった俺を横目に歩き出す。

この施設は入場料というものがないらしい。入るだけなら誰にでもできる。その代わり、一つ一つの遊具に料金が設定されている。ここにはデパートなども混合されているらしく、買い物目的で来る人も多い。大きさ的には、アリサの家より少し大きいぐらいか。

 

「ねぇ!あれ何かしら!すごい人が叫んでるわ!」

 

完全に興奮度MAXになったアリサ。興味を擽られる物を見るたびに、その都度聞いてくる。笑っている姿は、歳相応の女の子だと実感させられた。さっきまでの態度は一体...

 

だが、少しだけ問題がある。すごく周りから注目を受けている事だ。

美少女のアリサは、男女問わずに視線の的になる。加え、ここでは俺は外国人だ。日本でも、やっぱ違う人種の人間はよく目立つ。それを今回身を持って体験できた。

 

「あれはジェットコースターだな。ああやってエンジンとか使わず、落下運動だけで走る絶叫マシーンだな」

 

まさかジェットコースターも知らないとは、遊園地に行きたいとよく思えたな。

 

「へぇ、じゃあアレに乗りましょ。あんなに叫ぶ程なのか興味があるわ」

「そうか、アリサなら大丈夫だろ。俺はあっちの方で待ってるから」

「ダメよ。私一人で行かせる気?さっきみたいに乗れなくて私が困ってもいいってことね」

「はぁ?」

 

さっきって電車のことか?確かにあの時は散々だったが、今回は行ける・・・訳が無いな。安全装置を付け忘れて大惨事っていう未来が想像できてしまう。

だけど、俺絶叫系苦手なんだなぁ~。別に速いのとか高いのが怖い訳じゃない。あのがっちりと固定されるのが嫌なんだ。もしレールが外れたらどうする?固定されていて逃げれないじゃないか!

 

速いのが好きならコーヒーカップに乗ればいい。高いのが好きなら観覧車にでも乗れ。どっちでもジェットコースターよりもいいぞ、固定されないから。

 

「分かったら行くわよ」

 

そう言って俺の服の裾を持つアリサ。

 

グイッ!

 

「な!」

 

一瞬浮いた!

あまりの勢いにバランスを崩す。それをアリサは気にも止めずに、ズルズルと引っ張っていく。どうやったらあの身体からここまでの力が出るんだ!?

片手で人一人の重さを引きずっているのにも関わらず、アリサの顔は重さを感じていないように見えた。本当、ロシアに来てから驚いてばっかりだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「はぁ、はぁ、はぁ、うっ」

 

もう駄目だ。あの後、無理矢理乗せられてから、絶叫マシーンに嵌ったのか、またもや何回と無理矢理乗せられた。世界が回ってる...

 

「少し休憩しないか...?ほら、あの中にでも入ろうぜ」

「もうお昼なの?いいわ、少し昼食を取ってからまた行きましょ」

 

どんだけ気に入ったんだよ...

ふらつく足で目の前にある建物へと入る。三階建てのレジャー施設で、中には食事も取れる場所があった。一旦そこに向かうことに決めた。

 

「うるさいわねここ」

 

一階のそこはゲームセンターになっていた。ゲーセンは慣れていない人からすると騒音なんだろう。確かにさっきまでの悲鳴より音がでかい。

 

「まぁ、食事スペースは二階だし上は静かなんじゃねーか?腹も空いたし速く行こうぜ」

 

そう言って階段の方へと足を踏み出す。

 

「待って」

 

いきなり呼び止められた。振り向くと、アリサは顔を此方には向けて居らず、右側を向いていた。

 

「どうしたんだ?」

「あれ」

 

アリサが指を指した場所を見る。なるほど。

 

「射的ねぇ」

 

ロシアにもこういうのあるんだな。弾丸娘が興味を引くのも無理も無いか。

 

「食事を取る前に一回だけやらない?」

 

射的ならそこまで動くこともないし、いいかもしれない。だが、只普通にやるだけじゃつまらないな。

 

「よし、いいぜ。その代わり勝負しないか?」

「勝負ぅ?貴方が?おもしろい冗談ね。いいわ、コテンパンにしてあげる」

「ルールは一回でどれだけ景品を落とせたかな」

「まぁ打倒ね。でもそれだけじゃつまらないし、勝った方が負けた方に一つ命令できるってのはどう?」

 

(命令ねぇ、特にして欲しいこともないが...ここは)

 

「乗った!!」

 

竜司とアリサは二人並んで、火縄銃ではなく、多分ドラグノフかなんかをモチーフとした銃を構える。使い方は日本となにも変わらないコルクを嵌めて撃つ奴だ。

 

(貰った!)

 

竜司は勝利を確信した。

実はよく地元の夏祭りなどで、日雇いとしていくつかバイトをしていた。その中にもちろん射的もある。暇な時などは、おじさんに教えられたりしていたのだ。

 

そして俺が言ったルール。一回でどれだけ落とせたか。つまり、どんなに小さくても一。どれだけ大きくても一だ。日本円にして700円程度で、コルクは十発。俺は狩れない獲物を狙うような間抜けではない。

 

「じゃあ、私から行くわね」

 

そう言ったアリサが狙っている場所。そこは一番上の段だった。一番上の段と言えば、一番遠く、そして大物揃い。ここも例外ではない。最早勝ちも同然だ、と思った瞬間。

 

ドゴォン!

 

まるで大砲でも撃ったような音だった。

竜司は目の前で起きた事が理解できなかった。アリサの放ったコルクの弾は、見事大きな箱に当たった。当たっただけならなんともない。それぐらいなら竜司もできる。当たった箱、多分、WIIの本体かそれぐらいの大きさの箱が吹っ飛んだのだ。

 

「まずは一つ」

 

何事でも無さそうにアリサは言う。おじさんは言っていた、あんなもん飾り、だと。

 

「ほら、貴方もさっさと...どうしたのよその顔」

 

気づけば顎が大きく開いていた。

 

「お、おう。よし行くぜ」

 

パァン

 

こっちは普通だ。コルクはラムネ?に当たり、見事に落とす。だが、なんていうかショボイ。さっきの後だと余計に。いや、だが勝負はまだ互角だ。

 

「勝負はこれからこれから」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「まぁ当然よね」

 

目の前で高らかに言うアリサ。その勝ち誇った顔が憎い。

先ほどの勝負を完敗した竜司とそれに圧勝したアリサは、二階の食事スペースでお昼を食べていた。あの後、一番上の段を独占したアリサは荷物になるから邪魔と言って、近くの子供たちに分け与えていた。俺もラムネ?を上げようとしたが、いらないとバッサリ言われた。

 

「絶対可笑しい。なんでアリサが撃つときだけ、あんな威力が出るんだ。俺が撃っても普通だったのに」

 

銃を交換して撃っても、何故かアリサの方だけは明らかに威力が違った。何か仕掛けてるのかと思ったが、どこにもそれらしい変化も無かった。

 

「勝ちは勝ちよ。それより約束覚えてるわよね」

「くっ!」

 

勝った方は相手に命令をできる。勝負をする前に言っていたことだ。

アリサの事だ、どれだけ無茶苦茶なものなのか想像もつかない......。

 

「男に二言はねぇ...。あ、でも痛いのは勘弁」

「私をなんだと思ってるのよ」

 

それはもう、我侭直進弾丸娘ですね。

 

「はぁ、じゃあ命令するわよ」

 

せめて命だけは!

 

「私の友達になりなさい!!!」

「ギャアアアアア.........あ?」

 

竜司の視線とアリサの視線が交差する。片方は信じられないモノを見るような目で、もう片方は今にも泣き出しそうな目で。

 

「アテンションプリーズ?」

「友達になれって言ってるのよ!このバカ!」

「それが命令?」

「そうよ!」

 

アリサの表情からは嘘を言ってるようには見えない。

どうして友達?アリサの真意が分からない。

 

「そんなんでいいのか?」

「そう言ってるでしょ!で、返事は!」

「えっと、別に良いけど...」

 

なんていうか、押しに弱いな俺。

返事を聞くや、アリサは立ち上がった。

 

「どうしたんだよ」

「何でもないわよ!」

 

そう言って、ズカズカと立ち去っていってしまう。多分方向的にトイレだろう。

 

「天童さま」

「ぬわぁ!」

 

ビックリして後ろを振り向くと、セバスが感極まった顔で立っていた。

 

「セバスちゃん...。背後盗るの上手いですね...。って言うか、何でここにいるんですか?」

「主人からもしもの為にと、最初からずっと見守っておられました」

「そうなんだ...」

「天童さま!これからお嬢をお願いします!」

「はぁ?」

 

ものすごい勢いで頼み込むセバス。何かが竜司の中で音を立てて崩れた。

 

(セバスちゃんってこんなに感情を露にするんだな...)

 

「お嬢は昔から友達が少なく、いつも一人で遊んで居られました。家がマフィアというのが一番の理由でしょう。最初はお嬢と仲良くなろうという度胸のある方も居たのですが、その時はあまりにも溺愛しておりまして、組織の者全員で脅しに行ったりしたものです」

 

気の毒に。それは一生もんのトラウマだな。......仲良くしようとした子。

 

「その後一人寂しく遊ぶお嬢を見て、皆が心を改めたのです。ですが、時既に遅し。それからと言うもの、同年代で仲良くなろうと言うお方は現れませんでした。そんなお嬢が今日!自分から友達を作ろうとしたのです!ああ、立派に成られました...」

 

遂にセバスは泣いた。それはもうすっごい一目に着く。早くここから逃げ出したい!

 

「あの、分かりましたから泣き止んでください」

「そうですか。ありがとうございます。では、楽しんで下さい」

 

そう言うと、すっと泣き止んでどこかに消えていった。またどこからか監視しているのだろう。

すごい切り替えの早い人だ・・・

 

「それにしても、あいつも苦労してたんだなぁ」

 

その後直ぐに帰ってきたアリサによって、今日一日絶叫コースへと引き摺られて行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

なんだかんだ言って、今日でロシアとおさらばだ。

あれから色んなことがあった。遊園地から帰るなり、『今日も泊まっていきなさい。わ、わ私たちはお友達なんだから普通でしょ』ってアリサから言われたり。いやいや、会って数日の男を友達だからって泊めないだろ普通。

 

断ろうとしたら、折角の娘の誘いを断るのかとか何とかアリサ父が切れだして、目から血を流しながら機関銃片手に脅すわ...。ニーナさんが居なかったら今頃死んでた。

本当あの人どこに向かってんだ?ほっといたら修羅にでもなりそうな勢いだっだぞ!

 

他にも色々あったがここではよそう、思い出したくねぇ...

んで今は身繕い中。つっても、カバン一つしか持ってきてねーから、こっちで買った土産などを整えるだけだ。

 

「っとお、何か紐みたいなのが欲しいな。セバスちゃん辺りにでも頼もうかな?」

「それでしたら、これを」

「おっ、ありがとう。......何でここに居るんですかニーナさん?」

「あら?何か可笑しいことでも?ここは私の家ですから」

 

微笑ましい優しい笑顔で告げるニーナさん。だが俺は知っている。この笑顔の裏に修羅でも逃げ出す般若の一面を。

 

「酷いわ、私を般若呼ばわりなんて...これはお父様に言うべきかしら?」

「そ、それだけは勘弁してください!!ってか何で俺の心の声が聞こえてんすか!!?」

「え、ただかまをかけただけなのに。これは見過ごせないわ」

 

Sだこの人。正真正銘のドSだ。

 

「ふふ、冗談よ。今日はこれを渡しに来ましたの。今日お帰りになられるんでしょう?」

 

そう言って差し出されたのは、シンプルな造形の指輪だった。

 

「これは?」

「アリサと仲良くしてくれたお礼です。あ、その指輪、一千万以上するので失くさぬよう、肌身離さず持っていてください」

 

な、なに!一千万!!これが!!?

 

「それでは私は用があるので失礼します。気をつけてお帰りください」

「え!ちょ、待ってください!え、え~~~!」

 

行ってしまった...どうすればいいんだよこれ...

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

なし崩し的に空港に着いてしまった...

どれだけ探してもあれから使用人一人も見つからなかった。未だに指輪は返せないままだ。

 

「可笑しいだろ!何で今日に限って全員出かけてんだよ!俺が居たのにも関わらず!!」

 

他の屋敷に行ってもすっかり施錠され入れなかった。俺が居た部屋の脇に見つけた置手紙に、探しても誰も居ないわよ、と言うニーナさんが書いたと思われる紙を見つけるまで、俺がどんだけ必死だったか。

 

「嘆いても仕方ないか...はぁー。え、マジでこれでさよなら?」

 

もう出発まで十分を切ってる。もう行かないとな...

 

「竜司!」

 

カバンと土産を持ち、一歩目を踏み出そうとした時だ。ここ数日聞きなれた声がした。

 

「アリサ」

 

あの俺をさんざん振り回した美少女がそこにいた。

 

「アリサ・シアーズオブナ・アナスタシア。それが私の名前よ!」

 

いきなり自己紹介された。さっぱり意味不明。

 

「じゃあまたね竜司」

 

俺が口を開く前にそう言って走り去っていった。もはや理解不能。

それにしても初めて名前で呼ばれた。前までおいとかそこのとか良くても貴方だったのにだ。

 

「何だよ、可愛いとこもあんじゃねーか」

 

誰にも聞こえないような、それさえ自分自身も聞き取れないような小声で呟いた。

やっぱ着てよかったな。そう思えた。

だからか、帰りの空でとんでもない悲鳴を上げたのは。

 

「指輪返しそびれたぁぁぁぁあ!!!!!!!」




遅くなりました!夏の暑さのせいか、PCが壊れちゃって...
修理代二万は痛い。この温暖化!くそっ!覚えてやがれ!!


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五話

外は強風が吹き荒れていた。今にも彼女がいる小さなお社が、飛ばされるかと思うほどに揺れている。

周囲には彼女以外誰も居なかった。時刻は午前五時程、別段そのことに不思議は無い。

只彼女の雰囲気はその場には異様に見えた。体を包む制服、それで彼女が女子高生であることが分かる。その目は覚醒しきっており、先には十数枚の書類がばらまけられていた。

 

「わかってるって、おじいちゃま。大丈夫だよ、多分。......うるさいなー。そりゃ男の子とつきあったことなんてないけど。誰のせいでそうなったとおもってんのさ?」

 

外では更に風が荒れ、空には暗雲も立ちこめつつある。今にも雨が降ってきそうな勢いだ。

 

「え、男のたぶらかし方?......そんなのおじいちゃまから教わったって、役に立たないに決まってるよ。どうせ時代遅れのやつでしょ?自分で勉強する」

 

彼女は携帯電話で話し込んでいた。携帯を持つ逆の手で、片手にも関わらず床に置いてある包みを器用にほどく。

中から黒漆の鞘に収めた大刀が現れる。刃渡り三尺三寸五分。彼女の相棒だ。

 

「それよりさ、面白そうな子を見つけたんだ。うん、そう、王様の愛人のひとり。負ける気なんてないからね。絶対、日本から追い出してみせるよ。......うん、うんうん。もちろん、最後は腕ずくで何とかするつもり。その方が面白いし。---じゃあ、また連絡するよ」

 

話し終えた彼女は、散らばった紙切れから一枚取り上げた。

エリカ・ブランデッリ。<<紅き悪魔>>の個人情報と写真が添えられたそれを眺め、彼女---清秋院恵那は不敵に笑った。

 

「相手にとって不足なし。この娘ならきっと、恵那たちを楽しませてくれるはずだよ。...それともうひとりの王様とも話しておきたいな」

 

自分の相棒に呼びかけながら、恵那は外を見た。

あれほど激しかった風も弱まり、空には晴れ間さえ広がっていた。

 

「あの風、やっぱりおじいちゃまのか。ほんと、迷惑なじいちゃんだよねェ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「はぁー、緊張するわー」

 

俺こと、天童竜司は新たに通う高校の校門にいた。夏休みが終わってから一週間程経ち、まつろわぬ神との闘いの傷も完全に癒えた今日、竜司の転入が決まった。

何故一週間、間が空いたのかといえば、上のお偉いさん達の間でいざこざがあったらしい。

 

カンピオーネを二人、同じ高校に通わせるのは危険だと判断した反対組たちの説得に時間がかかった、と甘粕さんから他人事のように聞かされた。

そのおかげで、一週間夏休みが長引いたので、俺としては嬉しいことである。

 

「俺以外のカンピオーネに会ったことないからなー。ん?そう言えばイタリアで会ったのか?...あんなバカみたいなのは絶対に勘弁だな」

 

神殺しとなった直後に、えっと名前は確かサルバトーレとか言ったっけな?に会った。

顔は整ってたが、頭の方が名前通り、こちらの言葉が通じないチンパンジーのような男だった。

 

「確かクラスは一年五組の筈。いや、その前に職員室に行くべきか」

 

そう決めて校舎の方へと向かう。一歩目が手と足同時に出たのは緊張からか。...メンタル弱いな俺。

待てよ?職員室がどこにあるのか知らねぇ。誰かに聞いとくか。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

一番近くにいた生徒に声をかける。

 

「はい?何でしょうか?」

 

振り向いた顔を見ると、それは女の子だった。艶のある栗色の髪と、同じ色の両目。高校生にしては物腰の落ち着いた、柔和な雰囲気。正しく大和撫子を思わせる美人だった。

いや、気付けよ!普通に分かるだろ!ナンパみてぇじゃねーか!どんだけ焦ってたんだよ!

 

「どうかしましたか?」

 

自分から声をかけたのにも関わらず、沈黙してしまった俺を気遣うように彼女は尋ねる。この子には警戒心というものが無いのだろうか?

 

「いや、ちょっと職員室の場所を聞きたくて。今日始めてここに来たから。俺転入生でさ」

 

捲くし立てるように説明すると、彼女は優しく道を教えてくれた。

その数メートル離れたところから、その様子を見ていた男達がいた。

 

「おい、誰だ俺の万理谷さんに話しかけているのは!」

「見ろ、万理谷さんが笑っているぞ!草薙以外の男と喋って笑ってるの、始めて見た気がする!」

「なっ!あ、あいつ、汚らわしい手で、万理谷さんの手を握ってるぞ!高木!どうする!?」

「......よし。殺ろう」

 

朝の、一番生徒が登校する時間帯で騒ぐ彼らを、他の者は離れて汚物を見るような目で通り過ぎてゆく。そのまま、校門で挨拶をしていた教師に連行されるまで、彼らの暴走は続いた。

 

一方竜司の方は、なかなか道を覚えられずにいた竜司に、彼女がわざわざ紙に地図を書いてくれたのを、手渡された後だった。その時、不意にちょんと、手と手が当たってから、彼女は辛辣そうに押し黙っていた。

 

「どうかしたのか?」

 

さっきとは逆に竜司が問いかける。

 

「あ、い、いえ。何でもありません」

「そうか?あ、地図ありがとな。これなら迷わずに行ける」

「ええ、もしそれでも迷ったら、お近くの人にでも聞いてみて下さい。ここにいる人たちは、皆さん心優しい人たちばかりですから」

「おいおい、流石に地図もあるのに迷わないって、そこまでバカじゃない。んじゃ、行くわ。ありがとな。今度お礼すっから」

 

別れの挨拶を済ましてから、竜司は地図を手に職員室に向かっていった。

その背中を見届けながら、彼女---万理谷祐理は呟く。

 

「さっき、一瞬視えたあれは、一体......」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「おーいお前ら、今日は新しい転入生を紹介するぞー」

 

朝のSHで、いかにもダルそうに担任の先生が発表する。それを聞いて男子が次々に女の子ですか!どんな子ですか!カワイイですか!など、矢継ぎ早に質問する。途中からもう女だと確定してるみたいだ。

 

「いや、男だ」

 

キッパリと言い捨てた教師に、クラスの男子一同は、さっきまでと打って変わって意気消沈する。

 

「なんだ男かよ、期待させんな」

「おいおい、何で内のクラス?転校生多すぎだろ。他行けよ」

「あー俺寝るわ。終わったら起こして」

 

などなど、ブーイングの嵐が起こっていた。

 

(お前ら手のひら返しすぎだろ!)

 

扉の外で聞いていた竜司は、あまりの理不尽さに呆れていた。さっきまで緊張していた自分がバカみたいだ。

 

「おーし。んじゃ入れー」

 

中から呼びかけがあったので、扉を引く。うん。想像以上に男子からの負の視線が痛いな。

 

「あー天童竜司です。まだこっちに来て間もないので、友達もいません。えっと、仲良くして貰えると嬉しいです」

 

と簡易な自己紹介をする。男子からはどうみても、仲良くする気は無いって態度だな。

その代わり、女子の方は俺が入ってから妙にざわめいている。思ってたよりカッコいい、オタクみたいなの想像してたけど、以外にがっちりしてるよねー、友達いないの可哀想だから、私が最初の友達になってあげようかなー、みたいな会話が聞こえる。

 

なんで皆、そう一言多いの?わざと?わざとか?

クラスを見渡す。と、日本じゃ見慣れない色をした髪が見えた。

他の女子とは違って、異彩の雰囲気を放つ彼女。どう見ても、日本人には見えない顔つき。

 

彼女は銀髪だった。それを見てか、思わず笑みがこぼれる。あいつを思い出す。

その子も負けず劣らずの美少女だった。今は隣に座る男子と話している。

 

「んじゃ、後は各自で適当にやっとけ」

 

そう言い残し、担任が教室から出て行く。その様子を尻目に、担任がどんな人か分かった所で、指定の席についた。

その後、クラスの女子から質問攻めという、半ばお約束の展開が待っていたのは、どれだけ時間を操れても知る由も無かっただろう。そのせいで更に男子の視線がきつくなったのは、まぁ言わなくても分かるからいいか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「草薙護堂。あの転校生は...」

「ああ、多分そうだろうな。名前が一致してる」

「やはり日本に二人目の魔王が誕生したのは事実のようですね。あの者から感じられる魔力、人間であれほどの量は、いくら魔術の天才でもありえません。...いかがなさいますか?」

 

護堂の隣に座るリリアナが、不振げに聞いてくる。

 

「どうもこうも何もしない。知ってるだろ?俺は平和主義者なんだ。ヴォバンみたいな、余程の迷惑を巻き込まない限り、俺は闘わない」

「ナポリで、あれだけの騒動を起こしたのに、よくそのようなことが言えますね」

「う...あの時はしたかなかったんだよ」

 

呆れた声を出すリリアナに、ばつの悪そうな顔をする護堂。ちなみに、護堂の横、リリアナの反対側にいつもいるはずのエリカの姿はない。今朝護堂に遅れてくるとの電話があったらしい。

本当にあの女は、昔から何一つ変わっていない。やはり、何事もそつなくこなし、いつでも手助けできるよう警戒を怠らない、私みたいな騎士が、王の隣にいるべきなのだ!そう、騎士として!

 

ふと、視線を感じそちらの方に視線を向けたリリアナの背筋が凍った。

 

たった今、話題にあがっていた魔王が、此方を見て、笑っていた。

旧友を見るかのような、優しい笑み。しかし、リリアナの背中から嫌な汗が流れる。

自分はつい最近報告書を視るまでこの男の存在を知らなかった。なのにあの男はもっと前から此方を知っていると言わんばかりの表情をしている。

 

「んじゃ、後は各自で適当にやっとけ」

 

担任の言葉で、リリアナの金縛りにも似た緊張が解ける。かの魔王は教室から出て行く担任を横目で見ながら指定された席へと向かっていく。

 

「...どうした?リリアナ」

 

怪訝そうな顔をする護堂になんでもないと返す。

好奇心旺盛な女子生徒達に囲まれて質問攻めにあい、しどろもどろとするカンピオーネを見て、先ほどの真意を確かめることはできないのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「やっと、休める...」

 

午前の授業が終わり、今は昼休み。授業の合間にも休み時間はあったが、全く休み時間とは言えるものではなかった。

転校生という理由だけで、教師に散々と問題を当てられたり、板書させられたり。俺はここより二つか三つ偏差値の高い学校に通っていたので、全て余裕でこなせた。それが問題だった。

授業が終わる度に、勉強を教えてと頼まれたりして、朝よりも俺を取り巻く連中が増えた。この中に男子が一人もいなかったのは、言うまでも無い。

 

「大変だね。まぁ、僕には関係ないんだけど、やるなら他でやってくれない?ゲームの音が聞こえないから」

「あぁ、できればそうしてぇ。それはあいつらに言ってくれ」

 

話しかけてきたのは、俺の隣の席に座る男子生徒、名前は灰村啓。

休み時間の度にゲームをしている。

所謂、廃人ゲーマーと呼ばれる人種なのだろう。

その為か、容姿はイケメンと言えるレベルなのに女子がよってこない。むしろ避けられている。

 

「そういえばさ」

「なんだい?」

「なんでお前は俺に話しかけてくれんだ?」

 

銀髪の女子(クラニチャールさんと言うらしい)と話していた男子生徒(あいつがカンピオーネの草薙護堂らしい)以外の男子は俺が女子に取り囲まれているのが気に食わないのか時間が経つごとに視線がきつくなっていく。

カンピオーネになったことで強化された聴力が『いい気になりやがって...』『転校生のくせになまいきだ』『...死ねばいいのに』などの怨嗟の声を拾う(本人達は聞こえていると思っていないだろうが)。

なので、普通に話しかけてくるこいつが不思議だった。

 

「ああ、それはね、他の皆みたいに君の事が羨ましくないからだよ」

 

ここで彼はなぜか胸を張り

 

「僕は三次元の女に興味がないからね!」

 

と、堂々と宣言した。

 

......えーと

 

「まったく。あんな立体共の何処が良いんだか、理解に苦しむよ。どう考えたって二次元の方が何万倍もすばらしというのに!」

 

火の付いたように二次元のすばらしさを語り始める灰村。目からは変な光を放っている。

周りの女子達は不快気な顔で離れていく。

 

「―――つまり二次元というのは―――」

 

...どうりで女子がよってこないわけだ。

完全に自分の世界に入った灰村を放置することにして、朝コンビニで買っておいたパンを持って教室を出る。

周りからの視線が気になって食べることに集中できないからだ。

廊下を歩きながら静かな場所がないか探索する。

 

「さて、何処かいいところは...」

 

きょろきょろとまわりを視ながら進んでいく。

 

「ん?あいつは...」

 

自分の前方を歩く人影に注目する。

そいつは俺と同じクラスの魔王、草薙護堂だった。

背中からはなぜか哀愁が漂っているように見える。

 

「どこ向かってんだあいつ?上?」

 

草薙は、一段一段と階段を上っていく。

竜司は少し興味が湧いた。自分と同じ神殺しで、同年代の日本人。それだけで親近感に似た何かを感じていた。

 

「憑けてみるか」

 

気付かれないように注意を払いながら、隠れるようにして尾行する。気だるそうに歩く草薙の様子からして、気付いては無いようだ。

 

草薙が向かっていた先は、屋上だった。草薙に続いて、少し時間を置いてから竜司も屋上に出る。

 

「お待ちしておりました。......しかし、どうせ目的地は同じなのですから、わたしといっしょにいらっしゃればよかったではありませんか」

 

屋上で一番最初に視界に入ったのが、不満そうに草薙に声をかける、クラニチャールさんだった。

あの二人付き合ってんのか?そういえば教室でもいちゃいちゃしてたような気もする。

 

「いや、待て。何だあの集団は?」

 

草薙を中心に、朝の女の子と中等部の制服を着た女の子が囲んでいる。どうやら皆で昼食を取っているらしい。

 

「ソルナーリが言ってたように、本当に色欲魔なのか......!」

 

ああ、止めだ止め。うん、あんな野郎とは仲良くできねぇーわ。

パンの袋をあけ、草薙たちの様子を見ながら食べる。パンだけではのどが渇くので、コーヒー牛乳も持ってきている。

なんかこうしていると、張り込みを続ける刑事みたいだ。パンはあんぱんじゃなくてカレーパンだけどな。

 

「うえー、何か良い雰囲気醸し出してるよ。.........死ねば良いのに」

 

おっといかんいかん。クラスの男子達の怨霊が、憑依してしまったらしい。煩悩退散。煩悩退散。

 

「みなさん、ごきげんよう。にぎやかで楽しそうね。おはよう護堂、今朝は伝えられなかったけど、代わりに今、愛をこめて言うわ。あなたの顔を見られて、とてもうれしいって」

 

おいおい、また増えやがったぜ。本当、リア充爆発しろ。しかもなんだ?またしても超絶美人。茶髪、銀髪ときて金髪...。今度は黒髪ストレートでも来そうな勢いだな。

中等部の子も、一応黒髪っぽいが、聞き取れた会話から草薙の妹だと分かったので、カウントしない。

 

「はぁー、飯食ったし戻るか」

 

何しに来たんだろうな?まだ教室で食ってた方がマシな気がしてきた。

 

「ふふ、あなたも出て来たら?そこにいるのは分かっているのよ」

 

屋上のドアのぶを捻ろうとしたとき、突然背後から声が聞こえた。

辺りを見渡すが俺以外誰もいない。草薙たちの方を見ると、先ほど来た金髪の女の子が此方を見ていた。どうみても、さっきの声は俺にかけられていたのだろう。

 

「よく分かったな」

 

彼女達から見える場所へ行くと、そう発言する。

 

「ええ、あれだけ視線を感じるんだもの。初めましてね、天童竜司さん。私は同じクラスのエリカ・ブランデッリよ。今朝は色々あって、今学校に来たとこなの。それと、ここにいる草薙護堂の愛人よ」

 

エリカと名乗った彼女は、優雅に風雅に、女王といった気品で自己紹介をした。

周りに目を配ると、誰といった感じの草薙妹、驚く今朝の子、何故か畏まるクラニチャールさん。そして警戒心むき出しの草薙。

 

「そうか、まぁ最後のは聞かなかったことにするとして...。朝はありがとな、えっと、そういや名前聞いてなかったな」

「あ、私は万理谷祐理と言います」

「なぁに祐理、知り合いだったの?」

「今朝、そちらの方に道を聞かれて、私が教えて差し上げたんです」

(祐理、一応言っとくけど、彼は護堂と同じ、カンピオーネよ)

(え!この方が!......やはり、あれは)

(もしかして、何か視えたの?)

(はい。...ですが、一瞬だったので覚えていなくて)

(分かったわ。もし何か思い出したら、言ってちょうだい)

 

何やら、万理谷さんとエリカさんが小声で話している。

 

「お兄ちゃん、この人は?」

「ああ、今日、俺のクラスに転校してきたやつだ。転入早々、女子からモテモテなんだよ」

「へぇ~、それをお兄ちゃんが言うんだ」

 

隣の草薙たちの会話で、何を話しているかまでは、聞き取れなかった。

 

「な、なぁ天童。よかったら一緒にどうだ?少し話したかったんだ」

 

妹から逃げるような形で、俺に会話を降ってくる草薙。

...良い機会かも知れない。どんなカンピオーネかは、実際に話してみないと分からない。ここにいる面々が、どういった関係なのかも知れるかもしれない。

 

「ああいいぜ。俺もお前には興味があったんだ」

 

そう言って、どけてくれたスペースに腰を下ろす。

何故か草薙妹が、この世の終わりみたいな顔で「まさか、お兄ちゃんってそっちの趣味も!」とか呟いてる。趣味?

 

「リリィ、あなたのサンドイッチ、分けてあげたら?」

「あなたに言われなくとも、元からそのつもりだ」

 

差し出されたバスケットの中から、礼を言って一つ貰う。どれどれ咀嚼。

う、うまい!ちょっとさっき食ったパンで腹は多少膨れてたが、これなら、それでも後三つは食えそうだ。

 

「これはうめぇ!お店で出されても遜色ねーぞ。すげぇなリリィ」

「な、なぜあなたがわたしをそのような名で呼ぶのだ!?」

「え?だってそれがあだ名じゃねーの?」

「それはそこにいるエリカだけだ!そのような名で呼ぶのは止めていただきたい!」

「そ、そうか。悪いな。...ちょっと落ち着け」

 

何で俺の時だけこんな怒られるんだろうな?自分では、結構良い顔してると思ってるのに。もう鏡見れないわ...

 

「べ、別にわたしは怒っているわけではないのです。ただ、突然だったもので...。そこは踏まえて置いてください」

 

ってことは、別に顔は悪くない?なんだよーびっくりさせんなよー。

 

「...それで、何であんなとこに隠れてたりなんかしたんだ?」

 

そこで口を挟んだ草薙。ちょっとした好奇心って言うのも何か俺の保身的に言わないで置くとして。

俺は右腕に集中する。身体の中の力を一点に集める感じ。難しそうな気もするだろうが、別段とそれほどでもない。言ってみれば、殴る前にモーションに入る。だいたいそんな感じだ。

 

「ッ!」

 

草薙、エリカ、リリアナ、万理谷の四人が、一同に身構える。草薙妹だけが皆を見て首を傾げている。

だいたい分かった。今の反応を見て、この四人(草薙は当然だが)は魔術などの、何らかの類の関係者と見ていいだろう。反応の仕方で誰がソルナーリみたいな、ある程度の戦力になりそうな奴かも分かった。

 

「どうしたんだ?いっせいにそんなに見つめて?...隠れてたのは、そりゃああんだけ女に囲まれている男子が気になった。それだけだ」

 

おどけたように返す竜司。そこで右手に集めた魔力も四散させる。

ふっふっふ、これだけ女はべらせてんだから、こんぐらいの意地悪許されるよな?むしろ感謝されるぐらい?

まぁ、それから昼休みが終わるまで、ずっと警戒されてたがな。何食わぬ顔でサンドイッチ味わってた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「それじゃあ、明日決行するぞ」

「ああ、調子に乗ったあの二人を、俺らが鉄槌を下す!」

「全てはモテない男達による、モテない男達のための、モテない男達だからこその夢を叶えようじゃないか!」

「待っていろよ楽園(ユートピア)!!」



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六話

竜司がカンピオーネとなってから、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。その間に色々なことが起きた。

 日本に帰ってすぐに、まつろわぬ神と戦った。あの時は甘粕さんがいて本当に助かった。自分ひとりではどうなっていたか分からない。その後、いきなり家に転入手続きが来たと思えば、近所の子供達となかよくなったり。

 転入のために引っ越したら、すげー家がでかくて、自分家なのにめっちゃ挙動不審で、三日経つまでずっと同じ部屋から動かなかった。カンピオーネって環境の変化に強いんじゃなかったか?

 とまぁ、本当に色々あった。だが、これで終わりなんてそんな筈が無かった。現在進行形で続いているのだ。別に俺は平和主義者じゃないが、一回でいいから、普通に旅行して普通に観光したい。行った旅先で神様に会うとか持っての他だ。それが俺の今の夢。でもな、俺はその時気付いて無かった。人の夢と書いて儚いんだと。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 転校初日の学校が何とか終了し少し気疲れしながら竜司は帰路についていた。

 

(ふぅ、やっぱり知らない奴らと長時間居るのはキツイものがあるな)

 

 そんなことを考えながら歩いていると数m先に、大きな筒を背負った女子高生が目についた。他にも通行人が数人いたのだが、何故かその少女に目がいってしまった。視線に気付いたのか、少女と目が合った。前髪で隠れていた顔が此方を見たせいで彼女の顔を真正面から見ることが出来た。

とてもカワイイ子だった、少しつり目の整った顔立ちをしていた。と、そこで竜司は自分が彼女を凝視している事に気付き慌てて目を逸らした。そのまま彼女の横を通りすぎようとすると今度は彼女が自分を凝視している事に気が付いた。

 

(やばい、もしかして変な奴だと思われたか?それとも怪しい壺でも買わされんのか?とにかく目を合わさない様にして)

 

「初めまして、もう一人の王様」

 

(何か言ってるけど振り向いちゃだめだ!きっと俺に言ってるんじゃない、自意識過剰だと思われるだけだ。はやく家に帰ろう)

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!王様!」

 

(もしかして俺に言ってんのか!?まさか、俺の中にもう一人の俺が?いや、俺は黄金のパズルなんて揃えた覚えは無いぞ?)

 

「ねぇ・・・・・ちょっ・・・・・・聞い・・・」

 

(もしかしてこの子ちょっとヤバイ人なんじゃ?それならなおさら関わらない方がいい!このところずっと変な事に関わった所為でろくなことが無いんだ!これ以上変な目に遭うなんて冗談じゃないっ!)

 

「それ以上無視するなら痴漢されたって大声で叫ぶよ?(ボソッ)」

 

「なんですか?」

 

(変な人に関わる?知った事か!ここで犯罪者になっちまうよりはましだ!)

 

「やっとこっちを向いてくれたね、王様」

「ところで、その王様ってのは何だ?俺は君に会うの始めてのはずなんだけど?」

 

(そう、この子に会うのは今日が初めての、筈だ。だがこの子はまるで前から俺の事を知っているみたいだし・・それにこの子は何か普通の人と違う気?がする。となると・・・)

 

「もしかして、甘粕さんの関係者か何か?」

「おお~中々鋭いね王様、だけどちょっと違うよ。まぁ立ち話もなんだしどっか行かない?」

 

俺達は近くのファミレスに向かった。ちなみに最初は拒否ったが、あまりにしつこくて仕方が無くな。

 

「まずは自己紹介からだね、私は清秋院恵那って言います。以後お見知りおきを」

「初めまして、俺は多分知ってると思うが天道竜司だ。いきなりで悪いがお前は何者だ?」

「あはは、そう警戒しないでよ~。私は日本の姫巫女。ただし、私は戦闘専門だけどね」

 

(姫巫女が何なのかはよく分からないが、恐らく正史編纂委員会とか言う組織の関係者であることは間

違いないだろうな。恐らくあの筒の中に武器が入っているんだろう。カンピオーネである俺を恐れないという事は腕に相当な自信があるんだろうな)

 

と、憶測を立てる。だからと言って別にあまり興味は無いが。

 

「で用件は?」

「そう急がないでよ~、まずは何か食べようよ」

(仕方ない、腹も減ってたし今日はここで夕飯を食べていくか)

 

 俺はこの店で一番安かったハンバークセットを頼む事にした。安いわりに、ご飯が大盛りでから揚げも付いてきて、しかもスープの御代わりし放題。これにドリンクバーが付いたら最高なんだけどなー。と、ついつい昔からの貧乏癖のせいか、ある程度お金は貰っている筈なのに、そんなことを考えていた。

 

 対する目の前の清秋院は、食べれるのか疑問に思うぐらいどでかいパフェを頼んでいた。ちなみに値段は俺のセットより数倍高い。その名もDXパフェ。もうちょっと名前捻れなかったのかよ?

 

「いや~こういうの、こんな時にしか食べられないから興奮する!」

 

 そう言うのはもうちょっとボリュームを下げていってくれ。周りの視線が痛い。これはイジメとなんら変わりないのだろうか?やっている本人ってのは、それをイジメだと思っていない場合が多い。何が言いたいのかと言うと、羞恥心で死ねる!

 

「そ、そうかそれはよかったな」

 

あああ!!!周りのお客さん達がみんなこっちみてるよ!中にはニヤニヤしてるオッサンまでいるし・・・端っこに居るオバチャンたちなんて若いっていいわね~なんていってるぞ!

 

「おまたせしました、ハンバーグセットになります」

 

 よしっ!!ナイスタイミングだ・・・と思ったら店員まで笑いを堪えてるわ!!何だよこの店!防音対策しっかりしとけ!くそっ!こうなりゃさっさと食べてこの店を出よう!

 

「どーしたの王様、顔真っ赤だよ?」

 

誰の所為だと思ってんだ。

 

「な、何でもない。それよりその王様って言い方やめてくれ、周りの人に誤解されたら溜まったもんじゃねぇ」

 

もう誤解されてるけどな!

 

「うーん、じゃあなんて呼べば良いの?」

「普通に名前で呼べば良いだろ」

「しょうがないなー、じゃあ天童さん。まずは何で恵那が天童さんに話しかけたのかを言うね」

 

 と、パフェをパクパクと食べながら切り出してくる。大変行儀悪いが、俺も飯を食ってるので人のことは言えん。軽くうなずくと、それを肯定と判断したのか話しを続ける。

 

「天童さんの前に日本に生まれた神殺しって知ってる?」

「ああ、草薙護堂だろ?」

「まぁ、同じ学校なんだから知ってて当然か。その王様にいつもくっ付いてる二人を日本から追い出すのが恵那の目的」

 

 草薙にいつもくっ付いてる?今日初めて会ったからよく分からないが、昼休みに一緒にいた奴らか。日本から追い出したいとなると、エリカとリリアナの二人?だいたいの予想だが、考えなくても知ってる奴からしたら、それしか思い浮かばない。が、だ。

 

「三つ疑問がある」

「どうぞ」

 

 俺の発言にさして驚くこともなく促す。

 

「一つ。お前の目的から、俺に話しかけてきた理由が完全に分からん」

 

 うんうんと聞く清秋院。顔は何が面白いのか検討つかんが笑顔だ。何ていうかやり辛ぇ。

 

「二つ。何故にその二人を追い出したいのか」

 

 周りのお客も今や此方に注目している人は少なかった。俺は手元の水を軽く口に流し、最後の疑問をぶつける。

 

「三つ。それは誰の命令だ?」

 

 そう俺が言い放った瞬間、清秋院からさっきまでの笑顔が嘘のように消えていく。その顔は、無闇にはしゃぐ子供めいた表情から一転して、歳相応の大人とでも言うべきか、否に綺麗で儚い顔だ。裏腹に、軽く口角の上がった口元からは、ジャングルの奥深くにいる野生のトラ染みた、獣の獰猛さ。そんなものを感じた。

 

「最後の質問、どうしてそう思ったのか教えて」

「只の勘だ」

 

 勘というものでも無いが、単純にそう思っただけだ。甘粕さんの関係者かと聞いたとき、鋭いが少し違うと彼女は答えた。それは逆に言えば甘粕さんを知ってるという事。最初は彼女のことを正史編纂委員会の者と思ったが、今となってはそれも疑問だ。あそこは政府直属の組織だった筈。仮に彼女が正史編纂委員会だとしても、どうみても高校生の彼女の独断で決められるような話しではない。あまり内情を知らない俺ではどういった組織が他にあるかも分からない。

 

 ここからは推測だが、カンピオーネって言うのは一人で全人類と戦えるほどの怪物。逆に言えば、味方でこれほど頼もしいものはない。そのカンピオーネが日本に生まれたのはここ最近。国からしたら、恐怖と喜びが一緒にきた感じだろう。それなのに、その近くにいるのが外国の魔術関係者。昼にエリカなんて草薙のことを愛人などとも評していた。これは面白くない展開だ。だが、カンピオーネを怒らせるようなことはできない。俺だったら他に美女を放り込んだりして、草薙自信に二人に帰ってもらうように言わせる。だけど、清秋院は戦闘専門って発言した。...武力排除。やり方は単純だが、そんな単純な話しでは無い。

 

 彼女は自己紹介の時に日本の姫巫女と名乗った。日本と。考えすぎかも知れんが、巫女なんてそもそも日本ぐらいにしかいないだろ。つまり、このとき言った日本とは日本の政府って意味じゃないだろうか?それなのに、こんな行動を許されるわけない。ってことは考えられるのは二つ。コイツが余程の大バカで、やろうとしていることに政府も気付いてない。それか、裏に誰かが意図を引いてるのか。それも、カンピオーネぐらいに恐ろしい存在が。

 

 と、不意に清秋院が再び笑い声を上げる。

 

「本当に鋭いねー。この前監視してたときはそんなこと一切無かったし」

「おい待て、今なんつった?」

 

 絶対に日常では使われない言葉に、いささか糾弾せずにはいられなかった。

 

「あっ!...えーと、看視してたって言ったんだよ!」

「どっちもそんなに変わらんわ!」

 

 ガタッ!っと勢いよく立ち上がる。瞬間、またもや視線を集めてしまった。数秒してゆっくりと腰を下ろすと、今回はちゃんと自分のせいだと感じているのか、清秋院は居た堪れないような顔をしていた。

 

「え、えっと...何かごめんなさい」

 

 あー妙に気まずい。俺は正面向けねーし、あっちは俯いてるし。

 

「あー、もういい。そんなの後でいい。それよか、俺の質問に答えてくれんのか?」

 

 ここでドリンクバーを頼んでいたら、一旦席を外せると言うのに。ケチるんじゃなかったな。

 

「許してくれるの...?」

 

 俺がカンピオーネだからか、はたまた単に申し訳がなかったのか、まるで雨の中の子猫のような表情だ。さっきの笑みはどこにいったのやら。だが、そんなことで許せるほど、俺の心の傷は浅くない。

 

「アホか、んな訳ねーだろ。...ここの飯代でチャラにしてやる」

 

 うん。人が話してるときにその顔は反則だね。強く行けませんでした。

 

「本当?それで良いの?」

「ああ、いいいい。男に二言はねぇ。それよか、さっきの話しの続きの方が気になる」

 

 いつの間にか、すっかりハンバーグを食べきってしまっているのに気付く。仕方なく添えてあったキャベツを塩で食べる。

 

「そ、それじゃあ、何で二人を追い出したいのか説明するね。ぶっちゃけて薄々天童さんも勘付いてると思うけど、二人ってのはエリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール」

 

 まぁそうだろな。俺が知りたいのは他だ。視線を清秋院と合わせる。言外にそれで?と言うように。

 

「日本に初めて生まれた神殺しに、外の人が近づくのを良く思わない人がいてさー。それで恵那にその役目が廻って来たんだよ」

 

 やっぱ、裏に誰かいるのか。こういうのがあるから、何か政治ってドロドロしたイメージがあるんだよ。

 

「んで?俺に何の関係があるんだ」

「んー、実際には別に無いんだけどねー。ただね、やるなら正々堂々討ち負かしたいんだ。一対一でね。でも、王様がそれを許してくれそうにないんだよ」

「草薙か」

「そう!だからさ、恵那がエリカさんと戦ってるとき、天童さんには王様の足止め役をお願いしたいんだ」

 

 話しが終わる頃には、すっかりキャベツの山も消えていた。清秋院もパフェを平らげていた。

 

「それで俺に何のメリットがある?」

 

 しばし考えるように清秋院は顔を下げる。

 

「きっと王様との戦い楽しいよ!」

「んじゃ帰るわ。飯ありがとな」

「あーちょっとちょっと、今の無し!冗談!嘘だから!」

 

 必死に俺が帰ろうとするのを食い止める清秋院。分かった分かった、それ以上ひぱっるな!服が破けちゃうだろ!

 

「...はぁー、で?その良く思わない奴って誰だ?」

「それはちょっと言えないな。で、でも大丈夫!天童さんには迷惑かけないから」

 

 今の時点でかなりの迷惑なんだが...。だが、だいたいの予想は当たってるっぽい。

 

「まぁ直ぐにとは言わないよ。恵那にも準備とか色々必要だからさ、それまで考えといてね。王様もそうだけど、天童さんともやっぱ仲良く行きたいし。良い返事が返ってくるのを待ってるから」

 

 そう言い残し、立ち上がってそのまま店から立ち去っていった。ん?てかあいつ金払わずに行きやがった!絶対に許さん!手もかさん!お金は返してもらう!

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 俺が転入した城楠学院の体育は、男女べつべつに行うらしい。そして二クラス混同。俺の五組と隣の六組とが一緒だ。

 

「おまえらな、俺に恨みでもあるのかよ!?何だってこんな真似をするんだ!」

 

 隣でマットに埋もれた護堂が叫ぶ。体育倉庫という狭い空間で、俺の耳元で大声を出すな。ちなみに何故か俺もマットの下敷きだ。

 

「俺は今、お前に恨みができた」

 

 マットのせいでくぐもって、自分でも何を言ってるか分からなかった。そんな俺を無視して、目の前の五組と六組の男子のほとんどが話しを進める。聞くに、こいつらは俺達がじめじめとした体育館で体操などとやっているのに、女子はプールをやっているらしい。暑いからな、俺もプールの方がよかった。でもこいつらは、プールに入りたいのではなく覗きに行きたいらしい。それを止めようとした護堂が反感をかって、ついでに俺も巻き込まれた形だ。巻き込まれたのか、端からそうするつもりだったのかは分からんが。

 

「学校のプールを隠れてのぞくなんて、犯罪スレスレの行為だぞ。第一、そんなの女子に悪いだろ」

 

 みんな、何かいってっぞこいつ。

 

「この偽善者め......」

「ちくしょう。こいつら自分だけ女に困ってないからって、上から目線かよ......」

「みんな、落ち着け。みんなの怒りと悲しみとともに、オレが話しをしよう。この同時攻略が当たり前な潜在的ハーレム野郎どもに男の純情を教えてやる!」

 

 わぁーお。何で俺まで?産まれて此の方、一度も女子から告白されたこともねぇーし、付き合った経験すらねぇーのにか?どっちかっていうと、俺もそっち側だろ?

 ちなみに今体育の教師はいない。数分前に平均台から落ちて骨折したらしい生徒に付き添って、病院へ行った。その生徒は隣の席の灰村啓。足を抱えながら「くそ、昨日徹夜でカクゲーしていたのが仇になったか...。今の僕なら、後ろ宙返りしながら目隠しして、モンハ〇の神王雅亜種をも倒せると思っていたが、フッ。寝不足のせいか」とか言ってた。...痛そう、いや痛いな。

 

ガチャン

 

 物思いに耽ってたら、いつのまにか男子達の姿が消えていた。ついでに鍵もかけられた。

 

「くそッ!あいつら、好き勝手にやりやがって!」

「なぁ草薙」

「何だ?」

「何が悲しくて男と密室で、二人きりにならなきゃいけないんだ?」

「俺が知るか!それより、まずはどうやってここから出るのか考えろ!」

 

 身体をうねうねとねじらせて、マットから抜け出す。同じタイミングで草薙も抜け出した。はぁー、よし。どうやってあいつらを懲らしめようか。

 隣を見ると、草薙も余程頭に来てるのか、めっちゃしかめっ面だ。

 

「さてと、どうやって鍵を開けるか...」

 

 権能使うのが一番手っ取り速いが、それはどうなんだ?何か力の無駄遣いな気がする。

 

がちゃがちゃ

 

 鍵を外す音が聞こえ、ドアが開く。

 

「ごめん。あいつらが隠した鍵を見つけるのに手間取っちゃって」

 

 そういいつつ姿を見せたのは、クリクリって鳴き声のモンスターに似た癖っ毛の、小柄な男子。確か同じクラスのはずだが...悪い、まだ殆んどの名前覚えて無いんだわ。

 

「とんでもない、助かったよ。ありがとう」

「さすがに、クラスの全員が三バカにつきあうわけないからね。ぼくもふくめて三分の一くらいはこっちに残っているよ」

「......三分の二もあいつらにつきあってる事実が、逆にすごいけどな」

 

 二人が話しあってる横でざっと体育館を見渡すが。あれだな、ここに残った連中は何だか気の弱そうな、いわゆる草食系が大半だ。プールにいったあいつらはどちらかというと肉食。いや、もうあれは偏食の粋だな。

 

「え、えっと、天童、くん?」

「あ?どした?」

「草薙くんはもう行っちゃったけど、天童くんは行かないの、かな?」

 

 ああ、そうだった。

 

「行くぜ。さすがに頭にきたからな」

「そ、そうなの?じゃあちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」

 

 そういって差し出されたのは小型のカメラ。

 

「実はさ、草薙くんには逃げられたんだけど。ぼくはメガネがとても好きなんだ。だから、プールの方へ行くついでに、ちょっと水着の澤さんを撮ってきて欲しいなぁ~って。女子を助けるんだしいいだろ......?」

「......ああいいぜ。けど、ちょっと頭に血が上って、それを鈍器代わりにするかもしんねぇ。壊れてもいいなら引き受けてやる」

 

 無言でしばし見詰め合う。

 

「「あはははははは」」

「ごめん...やっぱいいや」

 

 別れを告げると、プールの方へと駆け出した。何故か、灰村が男子の中で比較的マシに思えてきた。マシってだけだからね!勘違いしないでよ!......誰に向かってツンデレ何ぞしてんだ、俺?

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 流石に目を疑った。プールの近くまでやってきたら、近くから轟音が聞こえた。何があったのか音のする方へ向かったのはいいが。―――何だこれは!

 

 木造立ての建物。聞いた話しだと、取り壊される予定である旧校舎。されが何故か、すでに取り壊されていた。そのガレキの中に男子生徒が埋もれている。その近くでは、草薙とあのお三方が居た。女子三人はちゃんとウィンドブレーカーやバスタオルを羽織っている。

 

「これ、お前らがやったのか?」

 

 駆け寄りながらの問いに、エリカが平然と答える。

 

「あら、もしかしてカンピオーネであるあなたも、私達の水着がそんなに見たかったのかしら?」

 

 いっせいに鋭い視線。見たいか見たくないかと言われれば、見たいです!

 

「別に!お前らの水着に興味はねぇ!」

 

 興味があるのは水着姿のあなたたちです!ってだから誰にツンデレしてんだよ!この場合は目の前のエリカさんです!...と、不意に背筋に悪寒が走った

 

(な、なんだ今の?)

 

「エリカ、天童はただあのバカどもに巻き込まれただけだ」

「分かってるわ。冗談に決まってるでしょ」

 

 と草薙が話しに割って入ってきた。いや、ナイスタイミング。いつの間にか変な違和感も感じない。

 

「い、いてぇ...頼む誰か助けを」

「巫女の祝福を......」

「後少しだったのに...くそッ」

 

 そうそう、何しにここに来たのか忘れちゃいけない。崩れた旧校舎のほうへ歩み寄る。

 

「おお!天童!さっきは悪かった、だからここからだしてくれないか?」

「なぁ俺達友達だろ?助けてくれたら、お礼に俺のコレクション見せてやるからさぁ」

 

 こいつら良い度胸してるなぁ。

 

「そうだな。友達なら助けるのは当然だよな」

「わ、分かってくれたか!俺は信じてたぜ!」

「ああ、お前ら全員救ってやるよ。欲望の魔の手からなぁ!」

 

 ガレキから出した男子全員を、投げっぱなしジャーマンをして、体育の授業は終わった。いやー久々にいい運動したわ。

 

 

 五組と六組の男子による楽園に向けての進軍は、ここで幕を閉じたのだった。




次あたりで戦闘...に入れたらいいな~っと思っていますが、どうなることやら。


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七話

 高層マンション七階の一室。たまたま空いていたこの部屋に、甘粕冬馬の差配で潜り込むことができた。

 ここからは、私立城楠学院。二人の魔王が通ってる学校の校舎と、校庭が見渡せる。清秋院恵那と甘粕はそれぞれの望遠鏡をのぞいていた。

 

「あ、天童さんが来たよ!あはは、驚いてる驚いてる」

「ええ、そのようですね。いやー、急な転入だったのに、うまくやれてるようで。それにしても、何時の間に天童さんと恵那さんが面識があったのかが気になりますね。前までもう一人の王様と言っておりましたのに」

「...ねぇ、甘粕さん。どこ見てるのかな?」

「え?そりゃあ勿論皆さんの方にですが」

「それにしては、少し方向が違うような気がするんだけど。もしかして、プールの方をみてるんでしょ?」

「それは心外ですねェ。私をそこらにいる下心満載の男どもと一緒にしないで下さい。ただ私は無防備な女の子達を見守っていただけです」

「見ていたことは認めるんだね...」

 

 ふと視線を旧校舎の残骸の方へと向ける。なにやら言い合っているのが見えた。ここからでは何を言ってるのかは分からない。

 

「う~ん。やはりカンピオーネ二人を同じ学校に通わせたのはまずかったですかねェ?エリカさんもよく思ってないようですし」

 

 どうやら今回は真面目に見てたらしい甘粕が、普段のおちゃらけた表情ではなく、仕事で見る真面目な顔をしている。

 

「ッ!」

 

 何があったのか、二人は突然望遠鏡から顔を離した。

 

「うわぁー...今天童さん、気付きかけてたよね?」

「ええ、まさか、ただ見ていただけで勘付くとは。いささか侮れません。流石カンピオーネと評しておきましょう」

 

 もう一度覗き込むと、天童竜司は崩れた旧校舎に視線を向けており、今回は大丈夫なようだ。

 

「それにしても、草薙さんの方が日が長い筈なんですけどね。あちらは女性陣に問い詰められてますし...。あ、祐理さんが走りさっていきましたよ」

「ありゃりゃ、祐理ったら逃げちゃったねー」

 

 その後、何気無いやりとりを交わし、最後に甘粕の失礼なつぶやきを聞き流しながら、恵那はニヤリと笑った。

 老朽化していたとはいえ、木造建築の校舎を一瞬で吹き飛ばした魔術。それだけでも、エリカ・ブランデッリの手並みが推測できる。今日、監視していた甲斐があったのは、あれだ。――――――やはりいい。勝負を挑むに足る大敵だ。

 そして、この距離からでも気付きかけた天童竜司。前はもっと近い距離から見てても、気付かなかったのに......。何とも興味が湧く。

 床に転がした鋼の相棒に手を伸ばし、意気込む。勝利するのは自分達だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 最近、どうにも天気が荒れ気味だ。急に強風が吹いたり、豪雨になることが、ここ数日続いている。

 濡れた道路の上を歩きながら、護堂は空を見上げた。今朝方、短い間であったが、嵐を起こした雷雲はすでにどこかへ行ってしまったようだ。

 時期的にはもう秋なのだが、まだまだ夏の残暑が続いている。朝の七時半。学校が始まるまで、まだ一時間ほどあるが、護堂の向かう先は学校ではない。エリカの家に行って、彼女を叩き起こすのが彼の日課なのだ。

 

 それにしても、ここのとこ色んなことが起きている。起き過ぎていると言っても過言じゃない。

 中学卒業後の春休み、何故か護堂はイタリアへ届け物をすることになり、そこで自称神さまに会い、友達になった。かと思えば実際に神様で、エリカに会い、一緒に行動して再会した神と戦い、そして相打ちになりながらも倒した。そしたら人類から恐れられる存在になって、またしても神やら同族とやらとも戦う破目にもなる。

 

 思い返してみれば、何一ついい事など起こっていないのではないかとしみじみ悩む。よく分からないうちにエリカやリリアナまでこっちに来るし、新しく生まれた同族も転校してきた。その新しく生まれたというカンピオーネ。天童竜司。あいつが何しに護堂たちの通う学校に転校して来たのか、目的もなにもかもが謎。ただでさえ護堂の知るカンピオーネたちは、どこか頭のネジが数十本は外れているような輩なのだ。考えたところで無駄なのかもしれない。

 

 ほぼ毎朝通っている道を歩いていると、見覚えのない少女が近づいてくる。つややかな美しい黒髪。それと似合いの、大和撫子風の顔立ち。護堂の学校とは違う制服を着ており、肩には竹刀でも入ってそうな細長い布袋をかけている。

 

「草薙護堂さまですね?はじめまして、清秋院恵那と申します」

 

 また変なのが来たと思わずにはいられない護堂であった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 時を同じくして竜司はと言うと...

 

「す~ぅ、ふぅ~...ん、ふー」

 

 寝ていた。

 普段なら目覚ましをかけていなくとも、自然に起きているような時間なのだが、今日に限って何故か目覚めなかった。起きる様子もなく、良い夢でも見ているのか、なんとも気持ちよさそうな顔をしている。

 竜司は今一人暮らしである。無論、起こしてくれる幼馴染や彼女などもいないので、竜司の睡眠が邪魔されることはない。

 授業が始まるまで後三十分程。自宅から歩いて十五分程度の場所に学校があるので、今から猛スピードで支度すれば間に合わないこともない。

 

「カァー、すぅー、カァーッガ......スぅー」

 

 もはやいびきまで掻き始める始末。先程より深い眠りについてしまった。学校まで遅れずに行くのは不可能なようだ。

 

 

 

 

「マジか・・・」

 

 俺の目がくるったか、あの時計が壊れていない限り、今の時刻は十二時を十分とちょいぐらい。普通に考えて寝坊だ。

 

「やべー、やっちまった。......どう言い訳すっか」

 

 長時間の眠りから覚めたばかりなので、思考が全然廻らない。

 元々竜司は、どちらかと言うと真面目ではなく、遊んだりした方が好きな人間だ。勉強も実は好きじゃないし、嫌いな方。今までは生きるために必死でしていたが、カンピオーネになってそんなしがらみがなくなったからか、ちょっとだらけてしまった。

 

「こういう時は素数を数えるのが一番だよな」

 

 頭を覚醒させる為、脳の体操をすることにした。

 

「えっと、1、3、5、7、9・・・ってそれは奇数や!」

 

 自分でボケて自分で突っ込む。

 

「・・・・・・」

 

 突っ込みの声が結構大きかったので、部屋の静けさが強調されていた。居た堪れなくなった竜司は、もう一度ベッドにダイブして、一瞬でも早く今の出来事を忘れたい衝動に駆られた。それはもうルパンのごとく。

 

「とりあえず飯食おう」

 

 冷蔵庫を開けて朝飯の用意に取り掛かる。いや、時間的にもう昼飯か。胃の中が空っぽな感覚がするので、若干多めに作る。

 

「あーだる。今日はもう学校行くの止めて、どっか行こう」

 

(一日程度の遅れなんて問題ないだろ。多分。今やってる授業、前の学校で習ってるし)

 

 皿の上の肉を口の中いっぱいに放り込み、それを牛乳で流し込む。醤油ベースで味付けされた肉と牛乳が口の中で混ざりあい、何ともいえない後味の悪さをかもしだしていた。

 食器を全て洗い、口の中も水で漱ぐ。時計を見ると、丁度午後の授業が始まる時間帯だ。未だに寝間着のままなことに僅かな優越感。もはや竜司の中で学校をサボるのは決定事項だった。

 どこに行こうかと竜司は悩む。今日は平日。明日も学校があるし遠出はできない。だけど今住んでるここは東京。あちらこちらに楽しそうな場所はごまんとある。なら―――

 

「行き当たりばったり、即日即決」

 

 いつも通りに行くのが無難だと判断した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「思ってたよりやたらうるさいな」

 

 右からは大音量の音楽が流れ、左からは商品の宣伝をするテレビからの音。後ろからは多分女性の名前だろうが、変わった名前を大声で叫ぶ、男どものむさ苦しい声。正面にはドデかいスクリーンの中で踊る、髪が奇妙な色の女の子。

 ああ、あれどっかのアイドルかなんかだと思ってたら、立体に見せた映像なのか。後ろの男どもはどうやら、目の前のスクリーンに向けて叫んでるようだが......感情もないただの動く絵に声援を送る意味とかあるのか?なんとも理解しがたい。

 

「秋葉原、凄い街だ」

 

 俺にはとても受けきれない。

 そう、今いるここは世界でも名高い、電気街アキハバラ。世界の半分のメイドがここにいると言われている。

 ここに来て驚いたことは、実はここの地名は秋葉原ではなく、秋葉原と言う地名は全くこの電気街から外れたところにあるという事だ。

 

「ちょっと寝室にテレビでも欲しいなぁって立ち寄ったけど、だめだ、くらくらする」

 

 チカチカと色とりどりに変わる視界。脳が麻痺するぐらいの騒音。道行く人々の奇抜とか通りこしたファッション。

 ここには電波商品より電波を発している人間の方が多いのではないか?まさにまつろわぬ神ならぬ、まつらわぬ民。

 

 竜司の卓越した感覚では、ここの空気はまさに毒とも言えた。

 

「俺は異世界にでも来てしまったのか?開けてはならないパンドラの箱でも開けたか?」

 

 次元と次元の狭間にでもあるような異質な空間。俺はこの地を間界と名づけることにした。もう二度とくるまい。

 もともとこの地は鬼門であるらしい。そうと分かれば迷う事はない。帰ろう、迅速に。そして明日からまた規則正しい生活習慣を心がける。

 

「お帰りなさいませご主人様!」

「いや、そういうの間に合ってますんで」

 

 だから、メイドさんがいきなり営業スマイルで話しかけてきても気にしない。家までの最短距離を最速で向かう。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいご主人様!!」

 

 さっきのメイドが追っかけてくる。ヤメロ、他を当たれ。

 

「お願いです!一度でいいから立ち寄って下さい。ご主人様が入らないと、今日のノルマが!」

 

 仕事に私情を挟むなよと言ってやりたいとこだが、そんな余裕などない。

 

「五分!五分だけでもいいですから!お時間は取らせません!」

 

 五分取るんだろ?

 腕をとられる。だがただのメイドに止められるはずも無い。―――一人ならの話しだが。

 

「お、おい。放せ。どこ掴んでんだ!」

 

 ぞくぞくと湧いてきたメイド、計五人に羽交い絞めにされる。口々に「騙されたとおもってさ?」「だいじょうぶだよ~?怖くないから」「久しぶりの上物。カモン!」と、まくし立てる。完璧私情じゃねーか!本当に大丈夫なのかこの店!?

 

「おや?あなたは?」

 

 メイドに揉みくちゃにされて、思考が大気圏まで吹っ飛んだ竜司に声がかけられた。

 年端も行かない少年。端正な顔立ちがここの風景と明らかにマッチしていない。どこか偏屈そうな雰囲気。それと同じ色をした表情。見知った間柄のように声をかけられたが、こんな知り合いはいない。

 

 サッサッっと離れるメイドたち。何か知らんが助かった。

 

「いや、まさか。ちょっと顔を出しに来てみれば、随分と大物に出会いましたね...。誠に失礼しました。日本の羅刹王。僭越ではありますが、僕がここメイド飲茶房『国士無双』を経営している、名を陸鷹化(りくようか)と申します」

 

 右の手で拳を作り、左の掌で胸の高さぐらいでそれを受け止めながら、頭を下げる。実に流れるような仕草だった。名前から察するに、中国辺りの者なのだろうが、日本人顔負けの日本語を使う。だが、別段不思議じゃない。結構周りにそういった輩がいる。

 

「ところで、今日はどういった用件ですか?まさか、神殺しにもそういった欲が御ありで?」

「バカやろう。んな偏った趣味、俺には無いわ」

 

 妙な勘違いをされる訳にはいかない。ガーターベルトもしていないメイドはメイドじゃない!

 

「それより、俺より小さい子供が店開いてるとか...。しかもメイド喫茶って」

 

 店の名前が、どう見ても不釣合い過ぎる。

 メイドよりチャイナの方がいいんじゃねーの?と変なところに着目してしまった。

 

「んで、えーっと、陸鷹化だっけ。俺が神殺しなのって結構知られてんの?」

 

 こんなに頻繁に、自分の正体を知ってるやつらに出会うと、もう驚きなど無くなる。それより、そんなに裏に関わっている人間が、ここのとこ子供しかいないことの方が驚きだ。

 

「いえ、僕が知っていたのは神殺しが生まれたという事だけです。気付いたのは、別に不思議なことではないですよ。あなたさまから溢れ出る呪力が、人間には到底かなわない量。考えられるのは神か、それと同等の神殺しだけ。分かる者には分かります」

 

 なにその、歩く情報発信機みたいな。

 

「じゃあ、俺がどこにいるのかもただもれなのか?」

「そこまでは、魔術師が何らかの術を使えば分かるかも知れませんが。権能も使っていない状態では、至近距離に近づくまで分からないでしょう」

「へー」

「なので、僕にはあなたさまが、どちらの魔王でいらっしゃるのか分からないのです。何せ、どちらも拝見したことがないですから」

「あ、ああ。そういえば言ってなかったっけ。俺は天童竜司。八人目、っだけな?のカンピオーネだ」

「そうでしたか。今日はお会いできて光栄です。誠に勝手ながら、この後やるべき事がある身でして。...おい、お前ら!この方を案内してあげろ。ただし丁重におもてなしして差し上げろ。他の客より優先して構わん」

 

 ずっと静かにしていたメイドたちに命令すると、全員が軍隊のように統率された動きで、威勢よく返事した。 

 いやまて、俺は別にそんな気遣いなどいらん。それより家に帰りたいんだ。

 

「お、お「それでは失礼ながら、後はここの者に任せますので。何か不愉快な点があったら、なんなりと言ってやってください。では」...い?」

 

 本当に急いでいるのか、言うや直ぐに走り去る。何か魔術を使っているのか、五階建てのビルの上まで跳躍。あまりの速さに、周りの通行人は気付いていない様子だった。んなバカな...。

 取り残された竜司は、開いた口を塞ぐのも忘れ、メイドたちに無抵抗なまま奥へ連行されたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 金曜日。今日はきちんと学校に登校して、今は昼休み。昨日の出来事を少しでも頭の隅に追いやる為、人気のない屋上の貯水タンクの上で、風に当たりながら焼きそばパンを、竜司はほうばっていた。

 もう秋葉には近づかない。そう思わせるほど昨日の事は、竜司の中でトラウマと化していた。

 次々に運ばれる料理に、めまぐるしいほどのメイド。無駄に近づいてくるメイドから、果敢に退き。帰ろうとするも、何かイベント的なものを店内ではじめ、湧き立つ他の客が、見事に出口までの通路をシャットダウンするし。望んでもない、ぶりっ子やツンデレ、クーデレやヤンデレの演技をいやというほど見せられる。他にもetc......

 

「あー、お茶買うの忘れた」

 

 この学校の購買で売られている焼きそばパンは、かなりの人気商品だ。昼休みになると、数分で品切れになる。だからクラスメートの購買部に入っている女子に、お金を前払いしてとっといて貰った。それを受け取りにいっただけだったので、見事にお茶の存在を忘れていた。

 口の中で特性ソースの甘辛さが絶妙に広がる―――のだが、それが喉の渇きを促進させている。

 昼休みもそろそろ終わる。買いに行こうかどうか迷っていると

 

バンッ!!!

 

 勢いよく屋上のドアが開かれた。

 

「な、何だ!?」

 

 見ると、男子に抱えられて登場してきたのは、泣く子も黙る魔王さんではありませんか。抱えてるのは、前に俺を体育館倉庫に閉じ込めたバカの、え~っと、そう!高木だ!

 

「ここまで来れば、もう十分だろう・・・・・・」

 

 屋上の端っこで、息をはぁはぁと吐く高木。え、なにお前ら、そういう趣味なの?

 

「十分って、何が十分なんだよ!?」

「もちろん、この高さから飛び降りれば、オレも草薙も十分に死ねるという意味でだ」

「無理心中なんかしたら、おまえの家族も悲しむぞ!ってか何で俺だけなんだ!天童は!?あいつも敵じゃないのかよ!?」

 

 おい草薙、本人目の前にして売るってどういう意味だぁ?あっちからは俺に気付いてないようだけど。

 

「ふ......我が家の妹は、おまえんところの静花ちゃんとはちがうのだ。毎日『アニキ超ダセェ、死ねよ』とか言われてみろ。この世への未練などきれいに失せてしまうわッ」

 

 確かにそれは辛いな。

 

「天童?あいつは我らが相手にするにしては、いささか不釣合いというものだろう?(あいつは怒らしたらいけない人種だ。七十キロもある俺を投げ飛ばすとか、化け物だ)」

 

 草薙の言葉を鼻にかけるようにして答える。なに?今俺がディスられてんの?

 と、高木の暴走を止めたのは、いつの間にか乱入した第三者だった。えいと手刀で高木を眠らすと、飛ばされそうになった草薙を空中でキャッチする。

 黄金の髪を風でなびかせるそいつは、エリカ・ブランデッリだった。

 草薙は彼女にお礼を言ってると、またしても新たな乱入者が登場してきた。最初に清秋院恵那。待て、何でここの生徒でもないのに釈然と出てきてんの?あと、草薙と面識あったのかよ!次にリリアナ・クラニチャールと万理谷祐理。おい、なにがどうなったら、女子が女子をお姫様だっこして登場してくんの?宝塚でやれよ。ちなみにだっこされてるのは万理谷さんの方。

 

 何故か今あいつらの話は、誰が草薙とデートをするからしい。お前マジでなんなん。

 本物のデレって凄くかわいいよね。昨日の俺とは大違い。

 

「どうでもいい。凄くどうでもいいが、少しはそこで寝転んでるそいつも心配してやれよ」

 

 ピクリとも動かない高木。彼女たちの目にはあいつが見えないのか、そこら辺に転がる石ころと大して変わらないのか、どちらにせよ、話題にすら上がらないのは事実だ。

 

 ほどなくして、デートする相手はエリカ・ブランデッリに決まり、他の面々は苦渋の面影をしながらも、草薙が言った手前批難はしなかった。

 昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。話はまた今度と、草薙が区切りをつけ、ぞろぞろと屋上から撤退していく。最後まで全く相手にされてなかった高木。

 

「はぁ、今回だけだぞ...」

 

 パッと飛び降りる。高木のとこににじみより、抱え上げる。ここにくるまでに汗を掻いていたのか、かなり男くさい。

 

 この一週間、いいことが一度もない。明日は休み。家でゆっくり過ごそう。そう決める竜司。

 この時彼は知らない。もうそれは次の事件のフラグを意味してると。




だめだ、すげ~色んなとこで寄り道しますた。
話が進まない。進めない。


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八話

 目の前でお茶をすする男性。そろそろ三十路にも近い年齢で、体つきは服の上からでもよく鍛えられているのが窺える。昨日の夜、電話で話があると言われ、本当は家でゆっくり過ごしたかったのだが、この人には色々お世話になっているので、仕方なく今日、指定の店で待ち合わせをした。

 

「いや~すみませんね。わざわざお休みの日に呼び出してしまって」

「それは別にいいんですけど、何かあったんですか?」

「実は、天童さんにお願いがありまして。・・・清秋院恵那を監視していただけませんか?勿論タダでとは言いません、然るべき謝礼を払わせていただきますので」

 

 ん?清秋院は正史編纂委員会の人間ではないのか?

 

「清秋院は、そちら側の人間じゃないんですか?」

「おや?知っていらしたしたんですか、なら話は早いですね。実は彼女はこちらが抱えている媛巫女の一人なんですが、最近なにやら不穏な動きをしていましてね。彼女のバックには大物がいるので、私のような下っ端ではあまり手を出せないんですよ」

「はぁ・・・」

 

 社会の厳しさをこんなところで目の当たりにするとは・・・

 だけど、謝礼も嬉しいがここで借りを作っておくのも悪くない。

 

「分かりましたが、清秋院について詳しく教えてくれませんか?」

「ええ、それは勿論。年齢15歳。身長―――。バスト―――。ウエスト―――。ヒップ―――。あだ名はえっちゃん。特技は剣術。趣味は散歩。身分は生粋のお嬢様で、見ての通り美少女と言って過言ではない顔立ち。武術に関しては、もはや天才ですね」

「・・・そういうプライバシー的なことではなくて・・・」

 

 そもそもなんで知っているのかが疑問だ。こういう所がなければ、頼れる人なのにと思う。

 

「知りたいのはですね、どういった魔術を使うのとか、どういった立ち位置にいるのか、監視をする理由とかですよ」

「ふふふ・・・、まぁそう言わないで下さい。知っていて損はありませんよ」

 

 得もないと思うけど・・・。

 コーヒーを啜りながら、少し眉間にしわをよせる。苦くてそうしたのではなく、話を進めるためだ。

 

「そうですね、では順を追って説明しましょう。まず、正史編纂委員会についてどこまで知っていますか?」

「・・・いや、全く」

「では正史編纂委員会の役割についてお教えしましょうか。まぁ平たく言えば、国内の呪術師や霊能者を総括し、彼らの関わった事件などの情報操作ですかね。天童さんの時は骨が折れましたよ。何と言ったって範囲が広かったですからね」

 

 大物主の時か。確かにあれだけ大きな神様人目にもつくし、被害が尋常じゃなかったしな。それは俺が直したけど。

 

「秘密組織ではありますが、政府直属ですから一応国家公務員なんですよ。媛巫女というのは日本の呪術界の女性の呪術師であり、高位の巫女に与えられた称号みたいなものです。媛巫女は正史編纂委員会に協力する義務があるんですが、貴重な存在ですし伝統もあるんで、こちらとしては下手にでることの方が多いですかねェ。恵那さん、それと万里谷さんも媛巫女ですよ。その中でも恵那さんは媛巫女筆頭。加え四家の令嬢。私などとは比べ物にならない位の方です」

「四家と言うのは?」

「古来より呪力を以て帝に仕えてきた名家です。清秋院、九法塚、連城、沙耶宮の一族。恵那さんは清秋院家の一人娘なんですよ。清秋院家は武力と政治に物凄い権力を持ってまして、現在その四家で勢力争いが絶えない状況なんです」

「だから俺に頼みに来たと?」

「ええ。貴方は一夜で世界中の人間の頂点に立ちましたからね。どんなに偉いと言ってもカンピオーネには頭が上がりません。こんなに最適な人選はないですよ」

 

 そう言ってうすら笑いを浮かべる。「ちょっと失礼」と断りを入れてからタバコを吸い始めた。

 カンピオーネに頭は上がらないなどと言いながら、その目の前でタバコを吸うのもふてぶてしい。

 

「つっても、監視とかやったことないですし、どうすればいいとかも全くもって検討がつかないんですけど」

「それは簡単です。用はバレずに見てればいいんですよ」

 

 簡単に言われてしまった。

 

「いや、でもちょっと待ってください。確かカンピオーネって、持ってる魔力が大きいから魔術師なんかにはバレるとかって聞いたんすけど」

「ええ。その通りです」

 

 え?どこが最適な人選なのか一から説明していただきたい。

 

「ですから私がサポートしますよ」

 

 そこで甘粕の思考が何となく読めた。読めてしまった。だが、あえて質問する。

 

「甘粕さんほどの実力があれば俺はいらないと思うんすけど。実際、大物主と戦った時も気づかれなかったし、俺がいたら足で纏の何者でもないでしょ」

「いやいや、そんなことないですよ。確かに天童さんを連れて行くのはかなりの負担です。ですが、それ以上のプラスアルファがあるということです」

「つまり、俺をダシに使って、うまくごまかそうとしているんですよね?」

「はは、天童さんには感服ですよ」

 

 まさか、最初からカンピオーネを利用するつもりでいたのか。ふてぶてしいと言うより、むしろ甲斐甲斐しい。

 甘粕さんほどの実力があれば、気づかれることの方が難しい。それは分かる。だが、もしもの場合を想定して、保険の為に俺を連れて行くのだろう。そうすればバレた時、俺も一緒に監視していたとなれば、あちらも強くでれない。そう考えているのだろう。用意周到な。

 

「これは相当な貸しになりそうですね甘粕さん?」

 

 そう言った俺の言葉に、甘粕さんは引きつった苦笑いを作るしかない様子だった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「監視って、思ったよりすることないですねー。つまらないですし」

「おや、天童さんはラッキースケベをご所望ですか?」

 

 気だるけに吐き出した俺の言葉を、やはりこういったことには慣れてるのか、普段の調子のいい口調で甘粕さんが返す。

 文句の一つや二つ言ってやりたいところだが、いかんせん、怒る気力も湧いてこない。

 

「俺、こういうのって普通アンパンと牛乳だと思うんですよ。やっぱしそこは譲れない」

 

 右手に収まるひんやりとしたものを見つめながら、昔みた刑事モノのドラマを思い出す。張り込みの時はやはりアンパンと牛乳が鉄板だ。好きか嫌いかは置いといて。

 

「時代錯誤・・と言うか、別にそれだけしか食べたらいけないってことはないですよ・・・。刑事も張り込み中は好きなものを食べていると聞きますし。ですが、今日の相手はそこらの犯罪者と一緒にくくると痛い目みそうですからね。なるべくゴミや音がでないものを選びました」

 

 甘粕さんは俺と同じ容器のフタを開けると、ものの数秒で完食した。視線を落とし、右手のソレを見る。マスカット味。これよりグレープ味の方がよかったな。そう思いながらウィダーゼリーをすすった。

 

「んぁにしてうんすかえー?」

 

 口を容器につけながら、遠くにいる人物を注視する。一人で誰かに話しかけるような素振りを見せながら、ふらふらと歩いている。場所は俺が通っている学校。

 

「何か確かめているようにも見えますが、魔力は何も感じませんね」

 

 男ふたり肩を並べながらひとりの少女を遠くから見つめる。そんな状況を半日行ってるのだ。流石にそろそろ限界だ。

 

「俺トイレ行きたいんすけど」

「もう少し踏ん張ってください。今動くと気づかれますよ」

 

 自由にトイレにもいけない。理由は俺がカンピオーネだから。以上。

 今、俺と甘粕さんの周囲には結界が張ってある。これは、内部の魔力を外に漏らさない上位魔術らしい。周囲に張っているために、魔術が効かないカンピオーネでも効果はあるとのこと。それに幾重の隠蔽の術を重ねて気づかれないようにしている。

 もしここで俺が動けば、その術をカンピオーネであるこの体が打ち消し、そうなればバレるのは必然だ。この術は甘粕さんの半径五メートルまで効果が及び、甘粕さんが動けば術も動く。トイレに行くにはふたりで行くしかない。だが、そうすると監視する者がいなくなる。そんな状況。ふたりは一心同体。

 

「絶対刑事にはならないって決心がつきましたよ」

「何かと公務員は不自由ですからねェ」

 

 妙に実感の隠った口調だった。

 

「ん?あれは」

 

 今まで監視していた清秋院がいる場所とは違う方向、校庭で男女二人組が歩いている。

 

「草薙さんとエリカさんですか。タイミングが悪いですね、天童さんも気を張ってください」

「あいつら、確か今日デートとか言ってたけど・・・。休日にお忍びで学校とか卑猥だな」

 

 傍らにおっさん。対してあっちはパツキンの美女。同じ魔王だというのに、この差はいったい。

 ふたりは校庭をあちこち散策して回っていたが、お目当てのものがないのか、そこらへんを行ったり来たりだ。数分、そうしていたかと思うと、草薙がある校舎の壁を一点眺める。

 

「あそこに何かあるんですかね?」

「ここからじゃなにも・・・って、マズイ。恵那さんが二人に近づいてます」

 

 草薙たちも清秋院の接近に気づいたようだ。

 

「な!いきなり学校で何始めてんだよ!」

 

 話し始めたと思った途端、急に清秋院とエリカが斬り合いを始めた。

 

「ヤベ、止めなきゃ!」

「待ってください!今出て行くと色々と面倒な展開になりますよ。それにほら、草薙さんが身を呈して止めていますし」

 

 甘粕さんが言った通り、エリカの剣と清秋院の刀の間に、草薙が身を投げ出している。ふたりとも咄嗟に止めていなければもう少しで切り刻まれるところだ。

 

「カンピオーネだからって無茶するなあいつ」

「自分の女に手出しさせねぇ的なやつじゃないんですか?ああやって女の子を惚れさせてるんでしょうねェ」

 

 でも、おかげで学校で流血沙汰にならなくてよかった。そう思ってたのも束の間。辺りが急に暗くなる。反射的に空を見上げて仰天した。――何だこれは!

 太陽が黒い。真っ黒に染まっている。

 

「この感じ、神がすぐ近くにいるような。それも七箇所も!」

 

 とてつもない量の神力。草薙がみていたあの壁からも感じ取れる。ヤバイ。何かがヤバイ。

 草薙の足元に底なし沼のような黒い渦が出現した。ずぶずぶと草薙が沈んでいく。草薙は懸命に出ようともがくがどこも掴めず踏ん張りも効かない。

 

「あの黒い渦。草薙を飲み込んでる。甘粕さん、あれは!?」

「多分、恵那さんの仕業です。いや、御老公の方ですか」

 

 誰だ御老公ってのは?そんな疑問を聞く時間も無かった。草薙が完全に消え去ったあと、それに続いてエリカ、そして清秋院までもあの黒い渦に飛び込んでいったのだ。最早考える時間ももったいない。

 

「時よ!」

 

 権能を駆使した瞬間移動で、まだ微かに残る闇へと飛び込んだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 どこだここは?

 意識が覚醒しだす。暗い。けど、あの黒い渦のせいじゃない。目を瞑ってるからか。

 

「暑い。頭も痛ぇ」

 

 ムクリと体を起す。それだけでグワングワン頭の中で鐘が鳴り響く。

 そこはまるでこの世の終わり。いや、始まりのような場所だった。

 数キロ先では火山からマグマが流れ出ており、霧のような雨が辺りを包む。草木といった類が見当たらず、地面は岩盤がせせりでている。所々で水溜まりができており、まさしく、地球が出来始めた頃を見ている感じだ。勿論生物の気配は皆無だ。

 

「ここに草薙たちもいるのか?」

 

 数分ほど頭痛や吐き気を堪えて、だいぶ体調がマシになってきた。歩くぐらいなら問題なさそうだ。

 右も左も霧のせいでよく見えない。マグマが光っているのだけは遠くからでも分かった。それ以前にマグマ以外なにもないのかもしれない。

 数十分歩き通す。何もない。

 気づけば喉がカラカラだった。お腹も空いている。やはり育ち盛りな体が、昼にゼリーだけでは持たない。

 

「ここらに一つコンビニでもあれば…」

 

 ここが日本かも怪しいのにあるはずが無いけどな。

 流石にそこらの水溜まりを飲むのは躊躇われる。実際は飲もうと思ったけどすっごい熱くて無理だった。

 

「なにもないなほんと。さっき感じた神の気配も消えてるし、もし帰れなくなったら飢え死にするぞこんなとこ」

 

 最初はひどく頭痛や吐き気がしたが、命の危険ってほどではなかった。今のところ異変はないし、早く草薙たちを探さなければ。

 

「どうやって探す?クロノスの権能じゃ、人探しに向いていないし、大物主も使えそうにない気がするんだよな」

 

 一度だけ使ったことがある。一瞬だったが、大物主の力はどっちかって言うと、戦闘向きな感覚があった。

 八方塞がり。連絡先も知らないし、そもそも携帯自体が使えなかった。本当にここに草薙たちはいるのだろうか?

 

ドゴォン!

 

「何だ!?」

 

 とてつもない爆音が響く。噴火だ!

 ここから見える範囲で、一番大きな山が噴火した。一気に周りの温度が上がる。風が熱い!焼かれる!

 

「嘘だろ・・・」

 

 この場所は危険だ。カンピオーネだからといって、火山弾やマグマは普通に命の危険だ。けど、動けない。俺の目はもうそいつに釘付けだった、

 火山から吹き出すマグマの中に、巨大な人型のシルエット。間違いなく神だ!

 巻き上げられた火山灰などが雲と混ざり、灰色だったのが黒くくすんでいく。熱風が霧を飛ばして視界を鮮明にする。

 

『よく来た。現存する最も新しき魔王よ』

 

 頭の中に直接響くような声。大気が震え、一層噴火が強まる。

 

「・・・あんたは?」

『そう警戒を強めるな。今すぐ戦うつもりはない。・・・最終的にはそうなるであろうがな』

 

 びりびりと声に体が反応する。決して敵意を向けてきている訳ではないのに何たるプレッシャー。

 

『少しばかり会話を弾ませようではないか。こうやって誰かと言葉を交わせるのは久しぶりでの。柄にもなく心を弾ませておる』

「悪いけど、俺は今人探し中でそんな暇はないんだ。また今度にしてくれ」

『案ずるな。お前の探してる人物ならここにはいない。・・・いや、ここではないこの場所にいる。が、今のお前にそこへ行く手段はない』

「何でそんなこと知ってるんだ?」

『無論、全て見てたからだ。他の魔王を助けにくるなど、随分と変わっている』

 

 くくく、と炎の揺らめきの中で苦笑する。俺からすると、こいつも随分変わっている。今までの神とはえらい違いだ。

 

「あんたは何者だ?」

『アグニ。それが私の名だ。お前の名前は知っているから名乗らなくてもいいぞ。歓迎しよう。天童竜司』

「分かったアグニ。俺が知っている神とあんたは違う。それで頼みがある。どうすれば草薙たちのところへ行けるか教えてくれ」

『簡単なこと。私を倒せばいい』

「・・・それ以外には」

『ほう。神殺しならそれでいきなり襲いかかるのが普通だがな。まぁ他にも手段がないことはない。だが、それを教える義理も道理もない』

 

 アグニがマグマの中から姿をあらわし、ふっと消えたかと思うと、一瞬で目の前に顕現する。

 大きい。炎に身を包んだ巨漢。

 

『本当のことを言えば、私にはその場所を教えられない。少し恥ずかしい話。私は今スサノオとケンカしていてな。互いに不可侵条約を結んでいるのだ。お前はスサノオが意図的に連れてきたのではないから、私がこの場所にお前を連れてきた』

 

 スサノオ?それぐらいなら俺でも知ってる。連れてくるってことは、そんな神が草薙をここへ?ってことは、清秋院の後ろ盾はスサノオってことか。それなら正史編纂委員会も手出しできないな。相手は神様なんだから。

 

「なんで俺をここに連れてきたんだ?」

『何百年も一人でいると流石に暇でな。生まれ落ちた神としての本分。神殺しと一戦やりたくなったのだ』

「あんた、何百年もそのスサノオとケンカしてるのか?」

『ああ、私などは、半永久的に生きられるからな。寿命で死ぬことはまずない。それを考えればたかだか数百年ぐらいと思っていたが、何もすることがないとここまで退屈とわ』

 

 そう言って笑うアグニからは、悲しむような感情は感じられなかった。本当に暇だったのだろう。不老不死も考えものだ。

 

「じゃあ、なんであんたを倒せば草薙たちのところへ行けるんだよ?」

『それは倒してみれば自ずと分かる。簡単には倒される気はないがな』

 

 さっき簡単だって言っていたのは聞き間違いだろうか。ふんぞり返って見下ろしてくるアグニ。後ろで火山が吹き出し妙に決まった感がある。なんだろう、苛立ちしか湧いてこない。

 

「ここはどこなんだ?何もないし、何ていうかここはそもそも現実なのか?」

『感がいいな。ここは幽世。お前が住む場所は現世。分かりやすく言えば、幽世は天。現世は地』

「死後の世界なのかここは?」

『そういった見解で間違いはない。違う言い方をすればアストラル界とも言う。幽世と現世は互いにあいまみえておるが、時間軸が異なるため、普通は気づくこともない』

「時間軸・・・。ならクロノスの権能で重ね合わせれば帰られるのか・・・?」

 

 カンピオーネになる前、俺はクロノスに違う世界で殺されている。クロノスは時間軸を重ねて、その映像や感覚を共有させたと言っていた。

 

『辞めておけ。それは反発しあう磁石を無理やり合わせるようなことだ。どんな天変地異が起こるかも分からん。ここに迷い込む人間も出るかもしれん。ここでは普通の人間は生きられないぞ』

 

 アグニが親切に教えてくれる。驚いた。そんなことになるかも知れないのは勿論のこと、それ以上に神様が人間の心配をするのが異常に思えた。

 

『それに最悪、まつろわぬ神が地上に顕現するかもな』

「なんだって!?」

 

 これまで以上の驚愕。思わず声が裏返る。まつろわぬ神が現れる!?

 

『可能性の話だがな。幽世は生と不死の境界。不死の領域にいる神がここで肉体が形作られ、現世に出現してまつろわぬ神になるそうだ。お前が言ったことはそれを後押しするような形になる。神はどんな天変地異よりも厄介だぞ』

 

 可能性の話・・・。それでもやろうという気持ちはおきない。

 

「アグニ。あんたも昔はまつろわぬ神だったのか?」

『そうだ。色々あって今は暇を持て余した老人だ』

「老人か。見た目じゃ判断できないけどな」

 

 軽口を叩いてはいるが、内心では意気消沈していた。どうすればここから出られる。草薙たちの方はどういう状況だ。甘粕さんは今頃どうしているのか。焦りや不安が心の中で渦巻く。

 

『私と戦え。天童竜司。お前との会話は楽しかったぞ。次は男同士、拳で語ろうではないか』

 

 そうだ。それが一番の最善策だ。勝てばここから出られる。アグニも嘘を言ってる感じはしなかった。

 けど、戦うということはどちらかが死ぬということだ。俺はこの気のいい神と戦いたくないと思っている。

 

『お前には私と戦う権利と義務がある』

 

 勝手なことだ。考えればこいつがここに俺を連れてこなければ、こんな状況にはなっていなかったのかもしれないのに。

 

『さあ、構えろ。お前とは全力で殺り合いたい』

 

 憤然としてアグニが大地を踏み鳴らす。

 

「あんたとは出来ればもう少しちゃんとした形で会いたかったよ。せめて俺があんたの数百年の暇を解消して、引導を渡してやる」

『ふはは。それは楽しみだ』

 

 悔いのないよう全力で倒す。決心を決めたと同時に、最大限の呪力を込め始める。

 開始の合図のように、噴火の物凄い爆音が鳴り響いた。



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九話

ああじゃないこうじゃない、と書いては消して書いては消しての繰り返しで、気づけば半年。そろそろやばい!と感じて、これまでにない集中力で書ききりました。はいこれ言い訳ですね。
もう皆さん忘れきっている頃とは思いますが、遅くなってスミマセン!
どんなコメントが来ても受けきります!読んでくれたら幸いです!


「時よ!我が前に永遠を与え、いかなる攻撃も防ぎ給え!!!」

 

 目の前で炎の渦が弾け、厚い空気のバリアに押し返される。火花が飛び散り、辺りが炎に包まれる。

 状況は拮抗していた。アグニはまだ力を温存している様子だが、こちらはやはり決め手に欠ける。相手の攻撃を防ぐしかない。お互いに呪力の消費は激しいが、損傷はなかった。

 

『ここまで全て私の猛攻をよく退けた。思えば私が最初に交えた神殺しは、お前と同じくらいの齢の南蛮の者だった。ふふ…あの時と同じ高揚感を感じるぞ!』

 

 瞬間、アグニの姿が陽炎のように揺らぎ、ふっとその場から消えた。まるで火が燃え尽きたように、微かな消炎だけを残して視界から居なくなった。

 何がきても対処できるように身構える。

 不意に異変を感じた。影が、足元にできている自分の影が前方に伸びていっている。思わず後ろを振り返る。

 

「なッ!!?」

 

 血よりも赤く煌めいた炎がもの凄い勢いで飛んでくる。当たれば火傷どころじゃすまない。

 

「止まれ!!」

 

 火球に向かい、権能を使って止めようと試みる。ダメだ、止まらない!

 逆に勢いを増しながら接近してくる。今からよけようにも間に合わない。当たってもいないのにこの熱量。それが、視界を覆い尽くし、今まさに焼き尽くそうと猛火を振るってきた。

 着弾と同時に上空へ跳ね上がる火柱。さきほどの噴火とは比べられない威力。地面をえぐり、岩を溶かし、衝撃派がほとばしる。

 

「危ねぇ・・・」

 

 少しでも瞬間移動で回避するのが遅れていたら、今ので終わっていた。

 そう、何故かクロノスの権能がアグニが操る炎には効かない。空気や自分自身には問題なく発揮しているのに。

 考えている間にも次の攻撃がやってきた。ムチのようなしなびやかな熱線が飛んでくる。それを自分の体感速度を極限にまであげて危うげなく交わす。

 熱線が六本に増える。しかも今度はそれぞれが意思を持っているかのように自在に動き、タイミングを合わせてやってくるおまけ付き。交わすことは可能だが、ギリギリだ。これ以上数を増やされたらたまったものではない。

 右に避け、顔に迫るのを首だけで交わし、足元を狙ったものは飛んで、無理だと判断したのは空気の壁で阻む。

 

『どうした?守ってばかりじゃ私は倒せんぞ』

「勘違いすんなよ。守りってのは逃げじゃねえ。相手の全力を受け止める為の戦略。言わば総力戦だ!それに、このまま終わらせるつもりも毛頭ない!」

 

 アグニを睨みつけながら、右手に呪力を集める。アグ二もそれを察知したのか、口をつぐみ臨戦態勢をとる。

 額からするりと流れる汗がすぐさま蒸発していく。それほど周りの温度は高かった。けれど、極限に集中した今の状態では微塵も暑さは気にならない。これが、心頭滅却すれば火もまた涼しってやつか。

 

「大地よ、何千年の時を超え砂塵と化せ」

 

 アグニが立つ地面の一定の範囲がみるみる内に風化していく。さっきまでは数センチほど火山灰が積もっていたが、その下は堅い岩盤だった。それが全てきめ細かい砂となり、砂地獄のようにアグニをどんどん地中へ沈めていく。

 

『この程度、すぐに抜け出せる』

「そうか、なら元通りにしたらどうだ?」

 

 今度は逆に、早めた時間を逆戻りにしてさっきと同じ岩盤に戻す。唯一違うのは、アグニの足が地面に埋まったままだ。

 いくら神と言えど、地面と一体化した足を引き抜くには時間がかかるだろう。その間はまさに死に体だ。

 

「ああ、我は願う。邪悪なる者を倒す力を。愛する人を守る力を。子供から大人へと、弱者から強者へと、相応しき力を。ここに誓おう。我が道を阻むものを、敵を、全てなぎ倒すと」

 

 全てを刈り取るアダマスでできた大鎌。目の前に顕現したそれをしっかりと両の手で握りしめ、後方へと構える。そうすることで、刃を体で隠し、どの方向から来るのか分からなくさせる。

 最初の応戦で分かった。アグニは強い。俺よりも格段に。カンピオーネになったばかりで実戦も少ない俺じゃ、経験では負ける。その差を埋めるには頭を使うんだ。闇雲に戦って勝てる相手じゃない。

 勢いよく飛び出し、身を低く走る。狙うは地に埋まった足。図体がでかい分、足を動かせない状況じゃ反撃されにくいと判断した。地を這うように鎌を滑らせ斬りつける。

 

『甘い!』

 

 だが、そう安々と攻撃を許してくれる相手ではなかった。周りに細かい火の粉が舞っている。一つが爆発すると、連鎖的に次々と爆発する。粉塵爆発は爆竹のような音を鳴らしながら、威力は人など軽く木っ端微塵になるようなものだ。

 

「どうかな!?」

 

 だからといって俺もやられてなどいない。最初から足を狙いに行ったのはフェイク。注意が下に向いたら瞬間移動で、アグニの上空まで跳んで、鎌を振りかかる。

 瞬時に気づいたアグニが、右手で裏拳を放ってくる。人間がハエを払うときに似た動作。それは確実に俺を捉えていて、一秒も経たない内に当たるだろう。アグニも確信めいて、腕に力を込めるのが分かった。

 拳が真横から当たった瞬間――俺は消えた。

 感触の無さにまた瞬間移動をしたのかとアグニが辺りを見渡す。

 

「かかったな!」

 

 アグニの驚いた顔が目に映る。無理もない。さっきと同じ体制で、同じ場所に俺が居たのだから。

 アグニが払った俺は、権能で映し出した未来の映像。つまり裏拳は只単に空中を切っただけだ。どんなに警戒していても、一度罠を突破すれば気が緩むもの。その心理をついた二段構えのフェイント。腕を振り払ったことで懐はガラ空き。目に見えてのチャンス!

 

「…くらえ!!」

 

 肩から横腹にかけて斜めに切り裂く。上体を仰け反らせ後ろに倒れていきながら、切り裂いた傷口から血が吹き――はしなかった。感触が無い。

 実体がないように、鎌がアグニの体を通り過ぎるだけ。アグニの体が歪み、消える。

 全力の空振り。空中で体制を崩す。

 

『どうやら、騙し合いは私の勝ちのようだな』

「な、何でそこにいる………!?」

 

 さっき消えた時は一度炎と化してからだ。だけど今回は違う。一回もそんな兆し…いや、まて。まさか最初から。一度消えてから再び現れた時には、既に偽物!

 その根拠を裏付けるように、地面に接合されていた場所には何の痕もない。実体があったなら、足が埋まっていたという二つの穴があるはずだ。

 やられた。戦い慣れてやがる。心理をつかれたのはこちらの方だった。

 

「と、時……!」

『遅い!』

 

 炎を纏った拳での一撃。これも偽物だったらと淡い期待を抱いたが、そんなことある訳もなく見事に的中する。

 まるで弾丸のように何十メートルも吹き飛ばされる。重力を無視したかのように思えてならない程の水平移動。やがて運動エネルギーが徐々に小さくなり、今度は位置エネルギーでの落下。地面を数回バウンドしたあと、ゴロゴロと転がる。

 体中が痛い。全身に火傷、骨も何本かイっている。それでも、気絶せずにいた自分を褒めてやりたい。

 気合を入れてなんとか立ち上がる。膝がカクカク笑っていた。鎌を棒替わりにして、倒れないように踏ん張った。

 

『咄嗟に鎌で防御するとは、中々の反射神経。私の一撃をくらって立ち上がる耐久力。そして、先ほどの戦術は実に良かった。見事だ』

 

 追撃するのでもなく、身構えもせず、こちらの実力を図っているような口ぶり。勝ち誇っている訳ではない。アグニは純粋に楽しんでいる。この息が詰まりそうになる、幾重もの情報が飛び交った密度の濃い殺し合いを、あいつは心から喜んでいる。

 こちらを見つめる二つの視線は、「まだこんなものじゃないだろ?」とでも言いたげな様子だ。

 そうだな。そんな眼で見つめられたら、その期待に応えたくなるじゃないか。後でギャフンと言わせてやる。

 

『私は火を操る神ではない。私は火そのもの。全てを浄化せし神秘の炎。決まった形を持たずして、時に命を奪う死神にも成り兼ねる。私が燃やせぬものは無し!』

「そうか……だからお前には権能が効かないんだな…」

 

 最初はアグニの方が呪力が大きくて、俺の権能が弾き返されてるのかと思った。アグニ自身が火ってことは、火はアグニの一部。手や足と同じ。そしてクロノスの権能は、意思を持った相手には効かない。例え何万回繰り返しても、どれだけ呪力を高めようと意味がないってことだ。

 

「だったら…とっておきを見せてやるよ」

『そう来なくては!私も今まで以上の力を、お前にぶつけよう!!」

 

 と言ったものの、とっておきなんて半分ガセだ。とっておいたのは、どんな力なのか全く把握しきれていないのに、いきなり使って役にたたなかったら目も当てられないから。それでも、状況を変えるにはこれ以上の手は思いつかない。良くなるか、さらに悪くなるのか・・・

 昔やっていたドラクエで、ラスボス相手にパルプンテを使う心境に似ている。あの時はどうなったんだっけ?

 

(ま、俺のモットーは行き当たりばったり即日即決。出たとこ勝負!)

 

「我を前に畏れることなかれ。義なる者も不義なる者も、我を祀り崇め給え」

 

 一句唱えるごとに体を纏う呪力が膨れる。最初に現れた変化は足だった。二本の足がいつの間にか交わり、変型する。

 

「我は和魂。この地を守護する偉大なる勇士なり。我は荒魂。如何なる者も支配する雄大なる魔王なり」

 

 続いて肌が黒く変色していき、その表面が鱗なようなもので覆われていく。

 

「故にして、我が心のゆくままに、くにの退き立つ限りまで」

 

 腰、胴、首の境目が無くなり、緩く湾曲した姿に変貌していく。大きさは水を吸ったように肥大していき、妖艶な光沢が全身から放たれる。

 

「何人も抗い、寇し、歯向かうことなかれ。受け入れ、奉り、崇拝せよ!」

 

 そして、巨大な顎と鋭い眼を持った巨大な蛇に姿を変えた。高さはだいたいアグニと同じほどになり、全長は軽く三倍超。

 

『化けたか・・・。これほど邪気が禍々しいのも珍しい。・・・私は咎人を裁く聖なる焔。天上より舞い落ちた、消えることのなき光明。暗き闇を照らし道を標し、咎人の罪を焼き払い、その魂を送る者なり!』

「我は言った。汝我を讃えよ。汝我を崇めよ。汝我を敬えよ。汝我を貴えよ。さもなくば、我の荒ぶる魂の迸りが災いを呼び、祟り絶たぬと」

 

 小手調べも様子見もない、同時に相手を屠る為だけの神力を練る。

 アグニの体が形のない炎となる。まさしく地に堕ちた太陽。雲から光が差し込むように、辺りの霧が晴れていく。

 それとは打って変わって途端に嵐が吹き荒れる。火山灰も混じった泥々しい雨粒。強風のせいで殆ど横向きに流れ、勢いも凄まじい。空では稲妻も走る。

 

「ガアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 

 魂の咆哮とでも言うべきか、大地を轟かすほどの声を天を仰ぎながら叫んだ。それに応えるように、空から雷が降り注ぐ。そのうちの一つがアグニを捉えた。

 雷が地表に落ちるまでの速度はおおよそ二百キロと言われている。科学の授業で聞いただけで、実際に測定したりとかしたことはないが、普通の感覚でもまず人間じゃかわせないのは確か。しかも只の雷じゃない。神力を宿した神の一撃。俺みたいに時の流れを他より早くしてもギリギリ対処しきれるかどうかだったんだ。さあこれに対してどう出るか。

 意外にもアグニは何もしなかった。避ける素振りも見せず燃え上がるだけ。そして火と雷は交じり合う。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

 

 それ以外の音が全て消えたようにも感じる爆音。アグニに衝突した雷は、そのまま雪崩のように空から流れ続ける。それを火がせめぎ止める。スパークしながら、周りを吹き飛ばしながら、どんどん地形を変えていく。

 

『ふははははは!とっておきと言うものはこれだけか!』

 

 なんとアグニの炎は今もなお降り続ける雷を溶かし始めた。

 これには流石に目を疑うしかない。なんて無茶苦茶だ!だが、よく考えれば雷が溶ける筈もない。炎の熱量に空間が歪み、陽炎のせいで溶けているように見えているんだ。

 そのエネルギーは雷をも凌駕し、数秒後、呆気無く雷は雲散霧消した。それで終わりではない。触手みたいな炎の熱線が数え切れないほど飛び出し、四方八方を破壊する。ドラクエでいうメドゥーサボールみたいな形だ。

 全方位拡散攻撃。しかも一撃の威力がやたら大きい。それを同時に互が行っている。

 

「このままじゃ押し負ける・・・!こっちはアグニと違って実体がある分不利だ・・・!」

 

 雷は山を消し去り、炎は足場を無くす。

 

「この権能、嵐を呼び出すだけで雷を狙って落とすのはあまり制御できないのか。だけどまだ、まだ何か出しきれていない力を感じる。嵐自体が権能ってんじゃなくて、本質はもっと別な感じの・・・」

 

 それが何なのかは分からない。ただ感覚でそう思うだけに過ぎない。それでもこのまま負けるのは御免だ。

 蛇の体を塒を巻く。次いで、その体制から跳躍した。バネのように飛び上がり、地上数百メートルの位置で権能を解き、元の人間の姿に戻る。そして足元をクロノスの権能で固めて落下を止める。

 

「流石にこの位置までは届かないみたいだな。アグニ相手に把握しきれてない権能で押し切れるとは思わなかったが、仕方ない。なるべく時間をかけて能力を解明してやる」

 

 その為には一撃で殺られるなんてあってはならない。まずは傷を治して、できるだけ距離を置いた。

 

『ふむ、不利と判じてすかさず距離をとったか。だがそこは私の射程範囲だ』

 

 攻撃が当たらなくなったアグニは元の実態に戻る。

 アグニは左手をこちらに向けて伸ばした。また火球でも飛ばしてくるのだろうか。

 予想通り、アグニの左手からは炎が吹き出した。だが炎は飛ばず、その場で形を変えていく。自然ではありえない湾曲した細長い炎を、アグニは握った。火を握るという不可解な現象も、もはや驚くこともないが、不気味だった。

 

『この矢は敵を燃やすことはない。当たれば最後、燃える前に跡形もなく破壊する』

 

 アグニは構えた。左手に持つのは、炎でできた弓。そして右手に現れたのは、青白い光を放った輝かしい矢。異様なのは、先端に向けて徐々に鋭く尖ったその矢だった。それだけ他の炎と妙に違う。

 

(あれはヤバイ!!)

 

 カンピオーネの超直感がそう告げていた。あれを喰らえば終わりだと。

 瞬間移動は回数的に限界だ。跳んで逃げても確実に捉えてくるだろう。残るはどれだけ時の壁が耐えられるかだ。呪力が尽きるのも覚悟して右腕に根こそぎ集める。

 

『今更なにをしてももう遅い。一瞬の痛みも感じず散るがよい』

 

 限界まで引き縛られた弓矢は、アグニが手を離したと同時に飛来した。

 

「あああァァァァァア!!!止まれェェェえ!!!!!」

 

 全力で権能を解放した。すぐさま来たとてつもない負荷。矢を時の壁で遮っているが、あまりの威力に呪力の使用量が尋常ではない。圧倒されて、少しずつ矢が押し込んでくる。このままでは呪力が尽きた瞬間に殺られるのは明らかだ。

 完全に防ぐのは無理だ。防いでいるのにいっこうに威力が落ちる気配がない。むしろ上がっていっているようにも感じる。

 

「このままじゃ耐えられねェ・・・」

 

 真っ向から防いだら駄目だ。矢を止められないなら、せめて直撃しないように逸らすしかない。

 角度的に上方へ逸らすのが一番負担が少ない。目に見えない板を傾けるようなイメージで、焦らないように、地雷を取り除くようなほど慎重に矢先を上へと押し上げる。

 

ズガガガガアアアア

 

 時の壁との摩擦音をたてながら推進方向を上へと向けていく。完全に物理法則を無視している。炎が摩擦音をあげるなんて人生初めての出来事だ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 何とか命はある。肉体にもそれらしい傷はない。だが、致命的とも言える問題が浮上した。

 呪力が底を尽きたのだ。もはや微塵も体内の呪力を感じられない。

 勝ち目がない。このまま無残に殺されるのは火を見るよりも明らかだった。

 足場として作った、時の空気も維持できなくなり、俺は頭からだらりと落下していく。地面に激突して死ぬのが先か、アグニにやられて死ぬか。どちらにせよ生き残るほどの力はない。

 

『終わりか。さらばだ天童竜司。お前との時間は忘れることはなかろう』

 

 アグニが背を向ける。そうか、もう戦えない奴には興味がないと、そういう事か。

 

『せめてもの餞だ。言ったとおり痛みも感じさせず送ってやろう』

 

 ピカリと空が輝く。雷によるような光り方ではない。花火のような儚く綺麗な光だった。その突如、先ほどの炎の矢を小さく分裂したような、無数の炎の雨が降り注ぐ。

 どうやらアグニは結構律儀な神様らしい。ここまで俺とアグニには力の差があったのかと、改めて痛感する。

 

(悔しいなぁ・・・)

 

 奥歯いっぱい噛み締めながら、瞳をギュッと閉じる。

 そして刹那。猛炎の嵐が世界を包み込んだ。



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