アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~ (猫かぶり)
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Prologue:Again
これは夢。
過去の、自分が許せなくなる過ちと後悔の記憶。
いまある風景はずっと昔、といっても約二千年ほど前の風景なのだから。
少し前までは夜空一面を綺麗なオーロラが揺れ、幻想的な光景が目の前に広がっていた。
しかし眼前に広がるのは炎で包まれた戦場。
長さ五百メートル、幅三十メートルの大橋の上はそこだけが〈地獄〉や〈煉獄〉と比喩すべき光景に塗りつぶされていた。
仲間達は一体の〈神〉とも言うべき火の鳥〈スザク〉になす術なく敗走を余儀なくされた。一人でも多く戦場から助けるべく限界近く走り続けた。
最後の一人であろう小柄な少女を助けるために自身の最大の特徴である二足の脚と二丁の拳銃を構えて火の鳥へと挑む。
吐き出される火炎ブレスを掻い潜り少女が伸ばす手に触れる瞬間、鋭いかぎ爪が足と腕を引きちぎり、激しくスパークを上げながら腕と脚が地面へと転がる。
小柄な少女は表情こそわからないがきっと涙を浮かべているだろう。
「私は……大丈夫ですから、次の攻撃を防ぐので全力で逃げてください」
「っつ!?馬鹿言うな。男が女に守られてどうするだ!■■■も戻るんだよ!」
「ユーにいには、お世話になりっぱなしなのです。それにユーにいが守るべきは私ではないのです。ユーにいのなら片足でもここから脱出可能なのはずです」
そう言うと少女は火の鳥へと駆け出す。
差し出した手がその子へと触れることはなく、悔しく何もできずに片足でなんとかバランスをとり立ち上がる。自身のアビリティを発動し、全力で駆け抜ける。
大橋から抜け出しバランスを崩しながらも先程まで戦っていた火の鳥〈スザク〉を見上げる。
最後に見たのは火の鳥〈スザク〉のブレスによって少女が焼かれ緋色の光の柱へと変えられる瞬間。そして自らの片足が黒ずんでいく様だった。
そこで世界が暗転し、景色が変わった。
随分と前に体験した思い出、いや無謀な挑戦と言うべき夢から目を覚まし、眠りにつく前に貰っていた水を口へと運ぶ。やけに乾いている喉に温まった水が染み渡る感覚が広がる。
「ふう……」
横へ視線を移せば、小さな窓から外の風景が見える。寝る前までの景色と違い、薄暗い空が眼前に広がり雲の隙間から夜明けの光が射し込まれる。
後、数時間座っていれば何の問題もなく大地へ足を着けることができるだろう。
約半日あまりの大空の旅を終え、一機の飛行機が空港へ降り立ち、乗客乗員を無事に日本へと送り届けた。
背の高い大人たちが闊歩する中に腰まである長いプラチナブロンドヘアーを首元で緩く纏めた少年が一人。百八十センチを少し越える背丈だが体の線は細く少年の顔はまだどこかあどけない。遠くから見れば背の高い少女に見え、右肩に小さなショルダーバッグを担ぎながら歩いて行く。
預けてあった大型のキャリーケースを受け取り、肘の辺りまで黒い手袋で覆われた右手で引きながら空港内を歩く。
モーターアシストつきのキャリーケースを引きながら港内の様子を眺めるがそんなに代わり映えした感じはない。土産屋やフードコーナーなどを通りすぎ、多くの旅行客や会社員の間をすり抜け港内から出る。
太陽の日射しが眩しく光り、薄い手袋を着けた左手を顔の前に出し影をつくる。僅かな風が吹き、嗅覚に懐かしい匂いを運んでくる。日本の香りがどんなものかは人の感覚によって様々だろうが、二年ぶりの帰国は心臓の鼓動を加速させる。
そこにピロリーンという効果音が響き、眼前にメールが届いたことを知らせるウインドウが開かれる。差出人は母親で内容はマンションに着いたら一言メッセージを、という素っ気ないものだったが無視するわけにもいかず、ホロキーボードで適当に返事を打ち込み返信する。
「……さてと」
小さく息を吐き出し、マンションの住所を確認し、首に装着されたニューロリンカーから近傍のタクシーへ乗車リクエストを出す。数分待たずに目の前のロータリーから一台のEVが停車し、自動で後部座席のドアが開く。
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黒雲の鴉
Accel-1:Akihabara-BG
空港から乗車したタクシーで景色を眺めるわけもなく仮想ウィンドウを開き、ニューロリンカーに入力してある電子書籍をウィンドウへともってくる。
首回りに装着する通信端末〈ニューロリンカー〉は脳細胞と量子レベルでの無線通信を行うことで、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)といった技術を容易に実現し、仮想の五感情報を送り込んだり現実の五感をキャンセルしたりすることができる。このニューロリンカーは携帯電話やパソコンの代用にもなり、第一世代が発売されて十五年。現在では国民一人に一台と言われるまで普及し、現在の人々の生活を支えている。
便利だが一ページ毎に紙を捲る動作を味気ないものだと感じながら仮想ウィンドウに表示されている小説のページを指でスクロールしているとタクシーの速度が遅くなり、やがて静かに停止する。空港からここまでの料金が自動で引き落とされるのをウィンドウで確認し下車する。
着いた場所は東京都杉並区の高円寺北に建つ複合高層マンションだった。一階から三階までを大型ショッピングモールと複合させた巨大な建物が眼前にそびえ立つ。
マンションのエントランスで管理人に挨拶を交わし、注意点を確認、居住者用のエレベータで部屋がある二十三階へ向かう。
視界に浮かぶ解錠ダイアログにタッチし解錠、部屋へと入る。一人暮らしには広すぎる部屋には数日前に引っ越し業者と親が運び込んだ家具類が綺麗に配置されていた。
「また……やたらと金を使ったな。数年は一人暮らしなんだけど」
広いリビングに独り言が響くがそこで意気消沈している場合ではない。ニューロリンカーに設定されている音声命令を口にする。
「コマンド、ボイスコール、ナンバーゼロワン」
【登録アドレス○一番に音声通話を発信します。よろしいですか?】というホロダイアログが浮かび即座にイエス。
呼び出し音を聞くあいだに荷物を置き、リビングのソファーへ移動すると相手が出た。
『はいはい。着いた?』
「着いたよ。けど、何このマンション。あんた帰ってくるまで数年あるんだけど」
『母親に向かってその態度……反抗期!反抗期なのね!』
「……正当な主張だよ」
『数年っていったって仕事で日本に帰ることもあるから今のうちにって思ったのよ。ショッピングモールも複合させてあっていいところよね』
「わかったから。転校するところの制服は?」
『あなたの部屋のハンガーにかけてあるわ。学校はそっちの月曜日からで、行ったら職員室へ挨拶。わかった?』
「……了解」
『ご飯は心配ないと思うけどしっかり食べてね。後、バイクは地下の駐車場にあるから。車は免許取れたらキー渡すからそのつもりでね』
「はいはい。それじゃ」
『最後に、女の子を連れ込んでもいいけど、大人の階段は上っちゃダ』
スパッとコールを切る。
九時間の時差であっちはまだ日が昇る時間ではない、最後に言った一言がなかったら普通だったのだが、などと考えることが多いが諦める。
置いた荷物を持ち、自室へ向かう。部屋に入り、荷物を下ろす。壁に設けられたフックには真新しい制服がハンガーによってかけてある。
「……」
制服を見つめるのを止め、部屋から出る。必要最低限の物を持ち、家を出て、地下駐車場へ。
見慣れたバイクを探すのは案外簡単にいった。全体をシルバーに輝かせる全長二メートル以上あるエレクトリック・バイク。国外販売しかされていないが日本でも人気があるモデルだ。
緩く纏めていた長い髪をゴムでしっかりと纏め直し、白い光沢のフルフェイスヘルメットを被り、音声命令を口にする。
「起動」
バイクのCPUと接続し、視界に各種のメーター窓が開く。何の問題もないのを確認し、バイクへ跨がる。スロットルを開け、りゅうん、という穏やかなモーター音を発生させ、バイクを動かす。行き先は千代田区の秋葉原。
立体駐車場へバイクを入れ、目的地へ歩く。まだ昼間ということもあり、メイド格好の女の子が通行人へホロペーパーを手渡している。
電気街、秋葉原のメインストリートに入り北上、少し裏道に入り、一際うるさいビル〈QUADTOWER〉とネオンが瞬くビルへと入る。いわゆる二十一世紀初期までゲームセンターと呼ばれていた薄暗いコンクリート打ちっぱなしのフロアには前時代のアーケードゲームの巨大な筐体が並び存在感を放っている。
様々なアーケードゲームの筐体が並ぶ中を進み、フロアの最奥のエレベータを使いビルの四階へ。エレベータの扉が開き、目の前に頑丈そうなパネルで仕切られた狭いブースが立ち並ぶ〈ダイブカフェ〉が目の前に現れる。正面の無人カウンターで受付を済ませ、割り当てられた一人用のブースへ入る。なかなかに座り心地の良さそうなリクライニングチェアへ腰を下ろしコマンド発声をする。
「ダイレクト・リンク」
しゅわっ!という音とともに意識が身体から離させ、暗闇を落下する。
下方から、幾つかアクセスゲートが近づいてくるが迷わず〈アキハバラBG〉というタグをくぐり抜ける。円形のゲートに吸い込まれ、わずかなラグが発生する。
フルダイブ用の青い猫を模したアバター―見た目は長靴を履いた猫―の靴底が硬い金属音とともに接地し、巨大な酒場を模した場所が視界に広がった。
薄明かりが酒場内を照らす中、テーブル席には幾つかのアバターの姿が見える。殆どは動物を模したコミカルなアバターで片手にコップやらジョッキを持ち談笑している。天井から吊り下がった大型モニタには【TODAY`S BATTLE】のゴシックフォント。時刻、アバター名が表示されているが見知った名前の表示はない。
それらを見つつ、酒場の奥のカウンターへ。
小さな身体を上手く使い中央のスツールへ腰を下ろし、カウンター内で頭を下げて作業するアバターへ声をかける。
「儲かっているかい、〈マッチメーカー〉」
カウンターの向こうでひょいと顔を上げた見た目ファンタジーゲームに登場するドワーフのアバターがこっちを凝視したかと思ったら幽霊でも見たかのように驚きの表情をしている。
「その様子だと忘れられていたわけじゃないらしいな」
「これを驚かんで何に驚く。お前さんの姿を見なくなって二年、強制退場になったと思っとったわ」
「海外に引っ越してね。今日無事に帰国したのさ」
「実に懐かしい。二年も海外とはの。お主らのレギオンは壊滅し、お前さんも現れなくなったが、こうして再び会えて嬉しい限りじゃわい」
「マッチメーカー、今日は思い出話をしに来たんじゃないんだ。情報を聞きたくて来た。二年間と各レギオンの情報」
「レギオンの領土はたいして変わっとらん。小さいレギオンが幾つかできとるぐらいじゃ。それよりも」
マッチメーカーが声を溜める。
「お前さんとこの〈黒の王〉が復活じゃ。新生〈ネガ・ネビュラス〉と〈銀の鴉〉」
「黒ちゃんと〈銀の鴉〉?」
「やはり知らんかったか。海外ともなれば情報も入らんから仕方ないがの。少し前に現れた〈飛行アビリティ〉を持つアバターで、アバター名は〈シルバー・クロウ〉。復活した黒のレギオン所属じゃ」
「黒ちゃんが生きていたのは疑わなかったけど……〈飛行アビリティ〉がとうとう現れたか」
「そして赤のレギオンじゃが、レッド・ライダーの永久退場で崩れた後、二代目赤の王となったのは〈スカーレット・レイン〉。お前さんの知っとる豹は変わらず赤のレギオンじゃ」
「黒のレギオンの領土は?」
「空白地区だった杉並区の第三戦区。把握している人数は三人の最小のレギオン。お前さんが杉並に出入りすれば黒の王自ら挨拶してくる可能性があるとワシは思っとる。まぁ予測じゃがの。二年間の詳しい情報はお前さんのアドレスへ送っておこう」
「ありがとう、マッチメーカー。情報の料金だが」
「いやいや、随分と懐かしい顔に会えたことじゃし、そもそも料金を貰う情報でもない。料金はいらん。じゃが……お前さんの復帰としてマッチでもどうかね?ベットでもいいがの」
目の前のドワーフがニヤリと口端を釣り上げる。
「……真剣勝負はまた今度にするよ。キティのやつが来たらよろしく言っといてくれ」
「ここの空気が懐かしくなったらいつでも歓迎しよう」
マッチメーカーに背を向けながら手を振り、リンクアウトする。
仮想世界から意識を現実世界へ戻し、ブースから出る。ビルを出る直前にニューロリンカーの効果音が鳴り、マッチメーカーからの情報がメールで届く。
「目を通すのは後でいいか。色々と買い込むものもあるし」
立体駐車場からバイクを取り出し、来たときの逆の順路で高円寺へ戻る。地下駐車場の所定場所へ愛車を停め、モールへ移動し買い物を始める。
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Accel-2: Reunion
目覚まし時計の電子音が鳴り、起床時間を告げる。
ベッドから起き上がり、時刻を確認すると六時を少し過ぎたデジタル時計が刻々と時を刻んでいた。
洗面所へ向かい顔を洗う。まどろんだ意識が冷たい水によりはっきりと覚醒していく。鏡にはプラチナブロンドの髪に深い青色の二つの眼がこちらを見つめていた。
着替えるために自室に戻り、ハンガーに掛けられた白いワイシャツに袖を通していく。
充電用のプラグを白い光沢が輝くニューロリンカーから外し、首へ装着し一応の登校準備を終える。
冷蔵庫から牛乳を取り出しコップへ注ぎ、バターを塗ったトーストをかじりつく。登校時間に余裕があるとはいえ早めに登校しても問題はないだろうなどと考え、トーストを牛乳で流し込む。青いネクタイを結び制服を身にまとい、おかしくないかを鏡で確認し鞄を掴む。
イギリス、ロンドンでの学校まではバス通学であったのに対してマンションから学校までの道を徒歩で向かう。学校までの道を間違えないようにニューロリンカーのアプリを起動し、ウィンドウの地図を確認しながら進んでいく。地図情報を見ながら移動していたため、予想より遅くなってしまったが目的地である学校に着く。
私立梅郷中学校と掲げられた校門前には時間的に登校ラッシュではないが生徒たちが次々と登校をしていく。何人かの生徒はこちらに目を向けてきたが、俺が振り向くと足早に目を背けながら逃げていく。
「……やっぱり、金髪は不良っぽいのか?」
何にしても突っ立っているだけでは事態は進まない。校門をくぐり抜け、職員室を目指す。
昇降口近くにいた生徒に場所を聞き、職員室へ向かう。先生から生徒手帳を貰い、そして学内ローカルネットへのアカウント登録をする。グローバル接続から梅郷中学校のローカルネット接続したことを告げるウィンドウが立ち上がり、はれてこの学校の生徒になることができた。後五分ほどでSHRということもあり担任と一緒に教室まで行くことになった。
担任に連れられて2-Cのタグが表示されている教室前まで行き、扉の前で待たされる。数分待ち、入ってこいと言葉を受け教室内へ足を入れる。
「白鐘、自己紹介だ」
「白鐘夕里です。これからよろしくお願いします」
仮想ウィンドウへ自分の名前が浮き上がり、教室の生徒の目線がネームタグへと集中する。担任が事情その他を簡潔に説明し、席へと案内してくれた。窓際の後ろの席へ着き、一時間目へ。授業の間の短い休み時間になるとクラスの大勢がこちらにやってきた。
「やっぱり英語はペラペラなの?」
「彼女はいる?」
「趣味は?」
「校内案内しよっか?」
「あの……男の娘?」
やはり転校生の質問タイムは始めの休み時間なのだろう。最後の質問は自重してほしいものだ。生憎スルースキルなんて便利なものを持ち合わせてはいないのでこの休み時間は無情に過ぎると思った瞬間。
バシイイイッ!と鋭い効果音に近い音が脳内へ響き、教室内の生徒の動きがぴたりと止まり周囲の光景が青一色に染まり景色を塗り替える。
「おいおい」
油断していたとはいえ、このタイミングで対戦。現在のレベルを考えても戦闘はないだろうと思っていたのだが。最も対戦者がどんな意図でこのタイミングを選んだのかはこちらが知る由もないが。
燃えるフォントで【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】のアルファベットが並んだ。
教室の床や壁が青黒く輝く鋼板で構成されていく。フィールドの特徴は硬く一部の攻撃属性でしか破壊不能の〈魔都〉ステージ。
窓だった部分もツルツルの鋼板へ変化し、今の自分のデュエルアバター〈プラチナ・バレット〉を写し出している。全体的に細いシルエットだが脚や腕の部分は装甲の厚さか幾分太い。全身が薄い金色で特徴として両脚の踵部分に双円錐の車輪を持ち、頭部は鋭いヘルメットで目の部分が鋭いゴーグルをかけたようにサファイア色の青い光を輝かせている。
視界中央に炎の文字で【FIGHT!!】と表示され、上部中央のカウンターが1800から数値を下げていく。
「学内ローカルネットで対戦とは……対戦に自信があるのか、リアル割れ覚悟なのか……はたまた別の理由でも」
対戦相手の名前を確認しようと首を上げようとするが、隣側の教室だった壁がバラバラに刻まれ、一体の黒いアバターが目の前に現れた。
「いや、まさか学内ローカルネットで再会できるとは思ってもいなかったよ、バレット」
凛とした声を発生させ目の前に現れたアバターがホバー移動しながらこちらに近寄ってくる。全身を黒水晶から削り出してきたかのような直線的なフォルムに、両腕両脚が鋭く伸びた剣。頭部前面は漆黒の鏡のようなゴーグルで内部に二つの青紫色の眼を輝かせている。
「久しぶりの再会だというのに無反応とはあんまりじゃないか」
目の前のアバターと対戦相手のネーム〈ブラック・ロータス〉をしっかりと確認して一言。
「あー、ロータス、それとも黒ちゃんって呼んだほうがいい?」
「二年会わなかったが変わらないようだな。それと、その黒ちゃんというのをやめてくれ」
「初めて会った時から黒ちゃんだよ。それよりさ、その登場の仕方はないんじゃない?小学生なら裸足で逃げ出すレベルの怖さだ」
「こちらとしてはそんな演出をするつもりは毛頭なかったのだがな。長い時間、繭に篭っていたリハビリだよ。おいそれとできる立場ではないのでな」
彼女はふふっと小さく笑いながらそんなことを言った。
「で、繭から出てきたのは何かあったわけ?」
「私もその質問を君に尋ねたいんだが……昼休みに時間は空いているか?」
「今のところは空いている。ランチのお誘いか?」
「似たようなものだ。校舎一階の学生食堂に隣接したラウンジで会おう」
「場所を知らないんだが」
「知っている者に尋ねるといい。言っておくが私は迎えには行かないぞ。先約があるのでな」
「対戦申し込んだのはアポが取りたかっただけか」
「レギオンマスターとして確認するのは当たり前だ。転入生の情報は事前に把握していたからな。確率が低いとはいえ転校生がバーストリンカーともわからない。名前と写真、マッチングリストを確認して君の名前があったときは……三分ほど思考が停止してしまったよ」
「まあ、後は現実世界で話そう。今現在、転校生の性である質問タイム中でね」
「ふむ……それはすまないことをしたな。ならばこの対戦をドローで」
ウィンドウをいじろうとするロータスを静止させる。
「いやいや、それには及ばないよ。時間は後千五百秒ほど。復帰して一番初めの対戦がドローっていうのは味気ないし。それにロータス、乱入してきてドローで逃げるなんて真似はらしくないよ」
「しかし、時間はいいのか?そもそも君の足は……」
ロータスの視線が脚部の黒ずんだ車輪へ注がれる。
「気にしなくてもいい。これは無様に生き延びてしまった俺の枷だよ」
「……そうだな、バレット。君はそういうやつだったな」
「腕が鈍ってないのを見せてあげるよ。……弾丸を両手へ」
発声とともに手の中に二丁の銃が握られる。白銀に輝くふたご座流星群の名を冠するリボルバーの大型拳銃〈ジェミニーズ〉を両手に携え、黒の王へと正面から戦いを挑んだ。
現実世界へ戻ってきた夕里を出迎えたのはやはり加速する前の質問をしてくるクラスメイト達だった。何を質問されたかを思い出しながら夕里は何事もなかったように答える。
昼休みになり昼食のために教室外へ生徒達が移動する。前の休み時間に学生食堂とラウンジの場所を聞いていたため素早く移動しようとするが百八十を超える体躯の夕里にはいささか移動がしにくく時間がかかってしまう。やっとの思いで食堂に辿り着き隣接されているラウンジを探す。
が探すまでもなくそこを見つけた。
半円形でなかなかの広さを持ち瀟洒な白い丸テーブルが余裕を持って配置され、大きな採光ガラスからは中庭を望むことができる上等な空間。
ラウンジへと足を踏み入り、近くに座っていたふわふわした髪を揺らしている女子生徒へ話しかける。
「すまないが生徒会の副会長は?」
その質問に女子生徒だけでなく周囲の生徒達がどよめく。そんなに珍しい質問をしてしまったのかと疑問に思うが、女子生徒は小さく咳払いすると口を開いた。
「姫なら窓際の……ほら、あそこに居ますでしょう?」
「〈姫〉……?」
その〈姫〉と呼ばれたラウンジ最奥の窓際に座る女子生徒。自分と同じく腰まで伸びた髪。違うのは色が黒というだけだが。スカートから覗く脚は黒いストッキングに包まれ、学校指定の開襟シャツまでも黒に染まっている。
そのテーブルの対面には丸っこい生徒が座っていている。
「ありがとう」
お礼を言い黒い女子生徒がいるテーブルへ進む。あちらも確認したのだろう。席から立つとこちらに歩み寄ってきて一言。
「ユー……」
ひと呼吸をおき再び口を開く。
「成長し過ぎではないか」
いや、知らんがな。
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Accel-3: Answer
ブラック・ロータスこと黒雪姫―梅郷中ではなぜか〈姫〉だの〈スノー・ブラック〉だの呼ばれている―とのラウンジでの再会を喜ぶ暇もないまま三人で屋上へ移動する。ラウンジでは何やら三角関係だの、転校生が一目惚れだの話ができなくなってしまったためだ。
しかもふわふわ髪の女子生徒―後で話を聞けば若宮恵というらしく黒雪姫とは仲がいい―は俺を睨んでくる始末。何か感に触ることでもしてしまったのだろうか。
まだ冬の寒さの残る屋上にはフェンス近くにいくつかのベンチが設けられていて、その一つに座っている男子生徒へ黒雪姫は歩みを進める。
「タクム君、少々待たせてしまったかな」
タクムと呼ばれた、今ではニューロリンカーで視力補正ができる中で珍しく眼鏡をかけた少年が振り向き、こちらに駆け寄ってくる。事前に呼び出しておいたのだろう。
「いえ、待っていませんよ、マスター。そちらが」
「第一期ネガ・ネビュラスのメンバーだった、プラチナ・バレットだ。後はユーから」
「加速世界での噂は聞いていますよ。色々と。一年の黛拓武です」
「どうも。今日から二年に転校してきた、白鐘夕里だ。よろしく」
黒雪姫の隣にいる丸っこい男子生徒を見ると表情はどうにも困惑している様子だ。
「えっと、挨拶が遅れました。一年の有田春雪です。よろしくお願いします、白鐘先輩」
「畏まる必要はないよ。たった二年の歳の差だし」
「二年?あれ、でもさっき二年生って」
有田君はキョトンとした表情で考えている。
「入院と通院で出席日数が足りなくてね。昔は実務上、履修してなくても本来の学年に編入できたらしいけど、今の教育だとめでたく留年措置をもらってしまったわけなんだけど」
「しかし、なぜ梅郷中に?」
黒雪姫が疑問を口に出す。
「親が家、と言ってもマンションを買ったのが高円寺で通うのが近かったから。学校の方も親に頼みっきりだったからね。編入もネット経由でイギリスからだったし」
「偶然に偶然が重なったのか。まあ、聞きたいことは多いがそれまでにして本題に入ろうか」
「さっきの対戦後の話?」
「対戦!?先輩、黒雪姫先輩と戦ったんですか?」
「一時間目後の休み時間終わりに乱入されてね。復帰後の初対戦が黒の王だったのは少々驚いたよ。残念ながら負けたけどね」
「何が負けただ。半分も力を出さずにゲージの五割を削ったくせに」
黒雪姫が少しムスっとしながらこちらに目線を投げかける。
「黒雪姫先輩を相手に五割も……」
「右腕、左腕ときて最後は首を落とされたよ」
笑いながら黒雪姫に視線を動かす。むすっとした表情をした彼女から察するに最後に容赦なく首を落としたのは絶対に悔しかったからだなと判断する。
「それよりも対戦後に言った事だ!……ユー、いやプラチナ・バレット。ネガ・ネビュラスに、私達に力を貸して欲しい」
黒雪姫が真剣な表情で懇願する。彼女がそんな表情をしたのは解散前のあの事件以来だろう。もっともその時は現実ではなく加速世界であった違いがあるのだけれど。
「もちろん了承するよ。まあ、条件があるけど」
「なんだ?私のできる範囲でならその条件を受けよう」
「条件は……〈シルバー・クロウ〉との対戦」
「え?ええーーーーーーーーーーーー!」
有田君が声を上げて驚いている。黛君と有田君のどちらかがシルバー・クロウなのだからこの様子だと有田君がクロウらしい。
「ふむ……条件としては破格だな。ハルユキ君どうだい?」
「いや、あのですね、黒雪姫先輩。僕まだレベル4に上がったばっかりですよ。それなのに、そんな」
「条件は対戦だ。別に勝てと言ってるんじゃないだ。それにバレット、強者との対戦は学ぶことも多くある」
「あの、白鐘先輩に質問なんですが、なぜハル、シルバー・クロウと対戦を?」
最もな疑問を黛君がしてくる。
「単純な事だよ。加速世界初の完全飛行型アバター……バーストリンカーとしては対戦しない訳にはいかないだろ?」
理由としてはそれだけではないのだが。それを言う場面でもない。
「やはり君は変わっていないな。君ほどにバーストリンカーらしいバーストリンカーは……やつを除けばいないだろうな」
「黒ちゃん、俺はそれほどに評価される人間じゃないよ……どんなにこのブレイン・バーストを極めようともね。有田君、いやシルバー・クロウ」
「は、はい」
「君の力を、可能性を見せてくれないか?」
「……わかりました。一人のバーストリンカーとして白鐘先輩、プラチナ・バレットの対戦を受けます」
「とは言ってもレベルの差もあるから、そっちはシアン・パイルとのタッグでいいよ。二人の合計レベルはこれでこっちと並ぶはずだし」
「随分詳しいな。クロウのことも知っていたし、帰国してから私が乱入するまで加速していないと言っていなかったか?」
「情報を集める手段くらいは残ってるよ。例えばクロウに抱えられながらの復活宣言とか」
「なっ!?」
予想外だったのか黒雪姫が顔を赤く染めながら驚いて声を上げた。
「さて黒ちゃんをいじるのはほどほどにして……〈シアン・パイル〉。元青のレギオン〈レオニーズ〉のレベル4のバーストリンカーで若手の中では評価は高いらしいね。あのナイトがよくレギオン脱退を許したもんだ」
「いいえ、そこまで評価できるほどでは」
「情報は名前とレベル、後は補足事項程度しかないから……続きは対戦で」
有田君と黛君がブレイン・バーストのコンソール画面からタッグを登録したことを確認すると二年ぶりにそのコマンドを叫ぶ。
「〈バースト・リンク〉!」
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Accel-4: Possibility
加速コマンドを叫び、現実世界を初期加速空間である青い世界へと変貌させる。
学校などの公共のフルダイブ環境用に設定している黒猫アバターは金色の鈴つきの尻尾をゆらゆらと揺らしている。
ブレイン・バーストのインストを起動し、マッチングリストをチェックする。リストには〈シルバー・クロウ〉〈シアン・パイル〉〈ブラック・ロータス〉の名前が準々に並んでいた。
そこからタッグを組んでいる〈シルバー・クロウ〉と〈シアン・パイル〉の名前を選び【DUEL】ボタンを手、今の状況では肉球のついた前足で押す。
薄黄色の空が広がり、見渡す限り赤茶けた巨岩が立ち並ぶ。〈荒野〉ステージが眼前に広がっていた。属性はそこそこ強い風が吹くだったかなと思っていると背後でガチャっと音が聞こえる。
「さて」
対戦相手の二人が巨岩の上からこちらを見ている。筋肉質な体躯でメタリックブルーの装甲、頭部は涙滴形のマスクで横に細長いスリット状の隙間がいくつも開き、青白い両眼が輝いているのがシアン・パイルだろう。
このブレイン・バーストには〈カラーサークル〉というものが存在する。アバターの色によって得手不得手がわかるのだ。
赤系統なら遠距離。黄系統なら間接。緑系統なら防御などと。その〈カラーサークル〉で判断するなら、シアンはかなり純粋な青系統。特徴は攻撃と防御に優れた近接型のアバター。
その後ろの小柄なアバターがシルバー・クロウ。全身が細く磨かれたように白銀に輝くアバター。頭部は流線型のヘルメット。そこでクロウの姿がブレる。
いや、懐かしい姿がダブって見えた。
「ファル……コン」
ひと言口にしてしまい、ハッとしながら首をフルフルと振りながら考えを消す。かつての顔見知りはこの世界にもう存在してなく、ある種の幻影なのだと思考をまとめる。
シルバー。つまりは銀色だが銀はそもそも〈カラーサークル〉上には存在しない。別枠、いわゆるレア色。〈メタルカラー〉と呼ばれ特徴としてはその色、金属としての特徴がそのまま反映されるのだ。
「あの……」
「大丈夫だよ……少し考え事をしていただけだから」
「それじゃあ始めましょう。プラチナ・バレットさん」
「よろしく頼むよ」
返事を返すとパイルの右腕が青く輝き肘から下をパイプ型の武装が包み込む。強化外装に内蔵されている尖った金属棒の先端が、ぎらぎらと剣呑な輝きを放っている。
「はっ!」
近づいてくるパイルに蹴りを放つ。だがパイルの外装に止められ、空いている左からのパンチが飛んでくる。それを回避しつつ距離を取ろうとするとガシュン!と鋭い金属音とともに右腕の外装に内蔵されている金属棒が射出された。左の肩へ金属棒の先端が掠めこちらのゲージを僅かに削る。
「驚いた……まさか飛び出すとは」
「先輩はぼくを近接と判断して近づいてくるのが分かってましたし、そこに予想外の攻撃を加えれば少しは効果があると思いまして」
「近接の強化外装だと思っていたんだけどね。まさか〈杭打ち機〉とは。アバターネームのパイルはそれだったか」
打ち出された杭が再装填されるのを確認しながら再び距離を取る。
「距離は取らせません。〈スプラッシュ・スティンガー〉!!」
ズドドドドドゥッ!!と機関銃じみた連射音とともに、幾多の杭が射出される。
近距離で喰らうのはまずいと判断し足の車輪を回転させ杭を避ける。
「ハル!今だっ!」
「なっ!?」
避けた先に待っていたかのようにクロウが立ちふさがる。いや、実際に予測していたのだろう。
「うぉおおおおお!!」
純粋な近接の格闘戦。飛行アビリティというそこだけに注目していたがそれだけではないらしい。どのアバターにも特徴、能力があり、それを昇華させながら戦い抜くのが格闘ゲームであり、このブレイン・バーストの本質だ。
〈飛行アビリティ〉それだけでレベル4になれるほど加速世界は甘くない。体力ゲージが一撃一撃を防ぐごとに確実に減っていく。
「っつ……なかなか、いい動きだね……でも少し遅いかな……〈ソニック・アクセル〉」
「えっ……?」
クロウの気の抜けた声を聞く前にバレットの脚、車輪がギュイン!と音を立て必殺技のライトエフェクトを光らせる。
瞬間デュエルアバターがシュンっと消える。
バレットの必殺技の一つ〈ソニック・アクセル〉。静止状態の車輪を瞬時にトップスピードまで加速させ超機動させる補助系統の技。
「ハル!後ろだっ!!」
パイルの声でクロウが反応するが少し遅い。
「ふっ!」
こちらに振り向きかけていたクロウの腹を蹴りつけ吹き飛ばす。クロウの体が地面に跡をつけながら転がる。
「がっ、く……しゅ、瞬間、移動なのか?目の前から一瞬で」
「そう万能な技じゃないよ。まあ掴み技や拘束技じゃない限り俺は止められないけど」
「ハル大丈夫かい?」
「ああ。ゲージを結構削られたけど、まだ戦える」
「なかなかいい動きだったよ。必殺技を囮にしてクロウへ向かわせるところや近接格闘。でもまだ本気じゃない。クロウの飛行アビリティも見てないしね」
「こっちもまだまだ戦えます!タク、いくぞ!」
「ああ、ハル!」
「じゃあ少しご褒美をあげよう。……弾丸を両手に」
その発声をトリガーに二丁の銀色の銃が両の手に収まる。
「銃?」
「ハル、ぼくが先輩を抑えておくから、君は上空から」
「わかってる」
その返事と同時にクロウの背中から白銀の光沢を持つ翼が現れ、クロウが重力に抗いその身を空へと羽ばたかせる。
「あれが……飛行アビリティ」
銀翼を開放し大気を震わせながら空を翔けるクロウの姿に不覚にも美しいと感じてしまう。空に憧れ最も空へと近づいた彼女のように。
「先輩、よそ見は禁物ですよ……〈ライトニング・シアン・スパイク〉!!」
必殺技の発声とともにパイルの右手武装の〈杭打ち機〉から青いライトエフェクトが輝き、一条の光線と化した鋼針が発射された。鋼針の先端がこちらに向かって伸び進む。
だが、それに当たってやるほどこちらも甘くはない。向かってくる杭を見つめながら前方へと駆け抜ける。
杭の先端が装甲に当たる直前に手に持つ拳銃の側面部分で杭の軌道を少しずらしながら前方にいる、目の前にういる無防備なパイルに向け片方の拳銃を突き出す。
「いい攻撃だったよ。シアン・パイル」
「……流石です。〈ミーティア〉さん」
トリガーを引き、撃鉄が落ち〈ジェミニーズ〉の大口径の銃口から轟音とともに空気の弾丸がパイルのボディへと吐き出される。パイルの体がポリゴンの断片を飛散させ、青い光の柱へと変わる。
その直後、キィィィィィンという振動音が聞こえ体を吹き飛ばした。
「ぐッ…」
装甲の一部が火花を散らせながら砕かれ地面に落ちる。
「上空からの急速降下の一撃か……鴉どころか鷲か梟、猛禽類の間違いだ」
体力を確認すれば両方ともゲージは半分以下。カウントも残り約五分程度。クロウは空中でホバーリングしながらこちらがどう動くのか警戒している。
「やっぱり飛行能力ってのは侮れないよ」
「い、いえ、そんな。先輩もすごいですよ。タクの必殺技と僕のダイブ・アタックで勝てると思っていたんですけど」
「まだまだ後輩にやられるほど落ちぶれてないよ……シルバー・クロウ、決着といこうか」
「はい!」
両手に握られた銃を地面に向ける。目線だけをクロウへ向けトリガーを引く。空気の弾丸が地面を大きく抉り、凄まじい推進力を与え俺を、プラチナ・バレットを空へと押し上げた。クロウの顔に表情こそわからないが驚きが現れる。
そこへ二つの銃口を向けトリガーを引く。空気の弾丸がクロウの装甲をかすめ火花を散らすがゲージの減りは少ない。
白銀の翼が大きく広がり高く上空へ飛翔する。重力に従い体が降下し、その無防備な状態に向かって銀色の光が上空から大気を切り裂きながら落ちてくる。
「う……おおおおおッ!!」
「〈リリース・ライト〉!!」
クロウの雄叫びとこちらの必殺技の発声が重なる。
クロウの急降下からの蹴りとこちらの必殺技の溜め蹴りが激しい光を撒き散らせながら互いに残されたゲージをガリガリと削り合う。
「やっぱり強いな、シルバー・クロウ」
「先輩も」
互いにマスクで顔の表情は見えないがいい笑顔をしているように感じた。
「今度は一対一で対戦しよう」
「はい」
「今回は……俺の勝ちだ」
ぶつかり合っていた脚を横凪に振るいクロウの銀色に輝く装甲を蹴り砕く。ゲージが一気にゼロに達し銀色の光へと変えた。
視界中央に【YOU WIN!!】の炎文字が燃え上がり対戦が決着する。
加速が終了し現実世界へと戻る。目の前には加速する前と同じ光景が広がっている。
「ハルユキ君、タクム君お疲れ様。ナイスファイトだったぞ」
「は、はい。でも負けちゃいましたけど」
「こっちもギリギリだったよ。それに勝つだけが対戦じゃない。負けてわかることもある」
「ユーの言う通りだ。タッグとはいえバレットのゲージを半分以上削ったんだ。誇ってもいい」
「でもぼくの必殺技も避けられるし……」
「最後は結構強引に空にまで追いかけてきましたし……」
黛君と有田君がすごい落ち込んでいる。
「なんか変なものでも見るような目はやめてくれ」
「ユーは銃さえなかったらただの速くて柔い金属だ。そう気にするな」
「なにそれ……すごい傷つくんだけど」
確かに強化外装なしなら速くて蹴りが得意な金属だがその言い方はひどい。
「何はともあれこれで条件はクリアした。ユー、これからよろしく頼む」
最後は何故か、いや納得できないことを言われながら〈ネガ・ネビュラス〉へと復帰を果たした。
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紅炎と災禍
Accel-5:The stormy princess of red - Opening
領土、つまりレギオンによるエリアの支配は、毎週土曜の夕方に設けられている〈領土戦争時間〉中に挑まれるレベル不問、同数対同数の団体戦で、平均勝率五十パーセントを維持することによってシステムに認められる。
支配中の領土では、そのレギオンのメンバーはたとえニューロリンカーをグローバル接続していても〈対戦〉を拒否できるという特権が与えられる。
新生〈ネガ・ネビュラス〉の今のところの領土、杉並区は梅郷中学校周辺の支配維持のみに汲々としている現状である。
「現状としてはあまり急がずに徐々に領土を広げていったほうがいいんじゃないか」
「ここ最近の戦闘パターンだとそうなるか……タクム君との特訓はどうだ?」
「実力はあるよ。少し特殊なアバターだから大変だけど。問題は」
「ああ。こちらの問題は彼が自分自信で気がつかなければならない。なに、ハルユキ君ならば気づいてくれると信じているよ」
「問題解決が済んだら領土の拡大も進むさ。さて、そろそろ剣道部の活動も終わるからこれで。この後も上で特訓なんだ」
「特訓もいいが時間を忘れるまで潜るなよ」
「わかってるさ。そっちも仕事を頑張ってくれ、副会長。それと、あまり惚気るな。聞いてるこっちが恥ずかしい」
少しばかり黒雪姫をからかい部屋を出る。
ここ少しばかりの現状、領土戦におけるエリア拡大が維持にのみ汲々としている理由は簡単だった。こちらに対しての攻略方法が確立されてしまったためだ。
こちらの必勝パターンは味方二人で敵二人を足止めしている間にクロウの飛行能力で相手の拠点を潰すというもの、であったのだが相手は必ず対空能力の高いアバター、つまりは遠距離攻撃の赤系統を含ませ、クロウの飛行を封じてくるようになったのだ。
領土の支配維持にのみ甘んじている現状を春雪君は自分のせいだと思っているらしく、このところは通常対戦の成績もよろしくはない。
「先輩、お待たせしました」
考え事をしていたためかいつの間にか昇降口まで着いてしまったらしい。
「待っていないさ。今日も特訓を頑張ろうか」
「お手柔に頼みますよ」
靴へと履き替え二人で校門から出ると梅郷中のローカルネットからグローバルネットへの接続変更表示が出される。
「あ……タッくん、今帰り?それに白鐘先輩も」
唐突に声をかけてきたのはショートカットの前髪を右横に持ち上げ、青のピンで留めている、猫科めいた小さな輪郭に大きな瞳が特徴の女子生徒だった。
「チーちゃんも部活終わりかい?」
倉嶋千百合。春雪君や拓武君の幼馴染で同じマンションに住んでいる梅郷中の生徒である。
「うん。ハルは今日一緒じゃないの?」
「ハルはやることあるから先に帰るって」
「また、ゲームとかでしょ」
「よくわかってるね。一昨日組み上げたアプリケーションの実け、もとい機能確認をお願いしてるんだ」
「先輩……今、実験って」
拓武君の言葉をスルーする。
「西部の町並みを再現した仮想空間でひたすらガンマンに狙われるってアプリなんだけど」
真実を言うのであれば、春雪君にアプリの組み方を教えてくれと頼まれたので少し本気を出しつつ構築した避けゲーだが。
「白鐘先輩ってなんでもできるんですね。料理もできるんでしたっけ?」
「アプリケーション自体はプログラム構築アプリがあれば誰でもできるさ。料理に関して言えばうちの母親、料理の腕が最悪いや、壊滅なんだ。それで自分でやっている間に料理担当は僕って訳」
「ハルにも見習わせたい。先輩知ってます?ハルったら主食が冷凍のピザとかなんですよ」
「知ってるよ。一昨日にアプリを渡した時に夕食どうですかって言われて冷凍ピザ出てきたし。そんなんだから昨日は拓武君と夕食に招待したしね」
「先輩の料理すごく美味しかったよ」
「タッくんもハルもずるい。そんなに仲良くなってるなんて知らなかった」
「それなら今度食べに来るといいよ。一人で食べるよりもみんなで食べるほうがいいしね」
三人でマンションへと帰りA塔のエレベーターに乗る。二十一階で倉島君と別れ、二十三階の自宅へと帰宅する。
「今日はどうするんです?また昨日の復習ですか」
「組手とか近接格闘の指導かな。まだまだ動きがぎこちないからね。後は〈杭打ち機〉の新たな使い方とか時間が余ったらエネミーでも狩ってポイントの補充」
「時間の方は?」
「あっちの時間で半日。疲れない程度に……3カウントでダイブするよ。3、2、1……」
加速世界でレベル4以上に与えられる加速コマンドを高らかに叫ぶ。
「「〈アンリミテッド・バースト〉!」」
時間が過ぎ加速世界から現実世界へと戻ってくる。
「ふー……無事に戻れてよかったな」
「結構危なかったですよ。ポイントは多めに貰えましたけど」
「まさかこっちの狩りに他の狩りグループが突っ込んで来るなんて思わないよ。しかも巨獣級エネミーなんか」
「チームが無所属混成で助かりましたよ、本当に」
「七のレギオンに入っていないリンカーは基本的に黒のレギオンに期待しているからね。最後は握手までしてきたし」
「それは先輩が有名だからですよ。加速世界最速のリンカー〈プラチナ・バレット〉。二年間消息不明だった高レベルのリンカーが突然戻ってきたら普通驚いて握手求めちゃいますよ」
「悪い気はしないけどね。夕飯はどうする?また食べていくかい」
「いえ、今日は家で家族と食べます。連続でいただくのは悪いですし。それにチーちゃんに知られて拗ねられたらどうなるか」
「それはさすがにフォローできないよ。そうだ、夕食替わりじゃないけどお菓子があるんだ。家族と一緒に食べてくれ」
キッチンから箱を取ってきて拓武君へと渡す。
「これは……」
「スコーンとカスタードタルト。イギリスじゃメジャーなお菓子だよ。感想をもらえるとありがたい」
「ありがとうございます。それではまた明日学校で」
「ああ」
玄関で拓武君を送り自室へ戻る。
ニューロリンカーをXSBケーブルを差込みパソコンへと接続する。
アプリケーション作成。ニューロリンカー用のプログラムを作成することが趣味で春雪君に渡したのも半分趣味と半分実験のゲームだったりする。
元々はPCオタクであった母親の影響だったのかもしれないが、今では暇があれば思いつく考えをまとめてプログラムを組んでいる。
ニューロリンカーの容量で完全ダイブ用のアプリを思いつくままに組んでいたら容量が大きくなり過ぎてニューロリンカーが一時停止したこともあったのでパソコンと経由しながら作成している。今作成しているのは前時代のハードゲームからの信号をVR用に変換し完全ダイブに対応させるもので一般のアプリケーションより容量が大きなものだ。
「こっちをこうすると……こっちが動かない。信号速度を上げると……エフェクトが……でも、クオリティは落としたくないし……」
考えにふけっているとふいにお腹が空いていることに気づく。だいぶ時間がたってしまったみたいで時計は十時を超えている。
「あぁ……上で狩りして、そのまま作業しっぱなしだったな。時間も時間だし夕飯食って明日の準備して……寝よ」
学校の屋上に備え付けられたベンチに腰を落とし空を見上げる。今日は冬にしては過ごしやすく日差しも気持ちいい。
「ふぁー」
「先輩どうしたんです?そんなに大きなあくびして」
「結構夜遅くまで作業していて寝むれて、というか睡眠時間が少ないんだ……そこはこっちの公式使えば楽」
バケットからサンドイッチを取り出し、頬張りながら拓武君の勉強を見る。
「なるほど……そう言えば昨日はお菓子をありがとうございました。母親が絶賛してましたよ。甘さも抑えてあって一緒に入っていたクリームと合わせると絶品だって」
「本場イギリスのクロテッドクリームは濃厚だからね」
「ちょっとすいみません。ハルからメールが」
「大事な用だったら困るだろ。すぐに確認するといい」
「では失礼して……」
そう言い可視モードにしていたウィンドウを一時閉じメール不可視のホロキーボードに指を動かす。
「よし、送信っと」
「早いな、もう返信したのか?」
「ええ、どうやらマスターと一緒に、レギオンについて相談したいことがあるみたいで『僕と先輩は今一緒に屋上にいるよ』と返しただけですので。それに打ち込み速さは先輩の方が速いじゃないですか」
「レギオン関係ね……面倒事じゃなきゃいいけど」
「そう言ってる割に口元がにやけてますよ。それにそんなに問題なんて起きませよ」
それもそうかとコーヒー牛乳を口にする。しばらくすると後ろから足音とともに二人が姿を現した。
「うっす、タク。ユウ先輩も。勉強中だったらすいません。でも、なにもこんな寒いところでやらなくてもいいだろ、タク」
「今日は日差しが気持ちいいじゃないか。ハルもたまには日光にあたったほうがいいよ」
そしてきびきびした動きで立ち上がり、黒雪姫に深く一礼する。
「おはようございます、マスター」
「うん、おはようタクム君」
頷いてから、黒雪姫は大きな苦笑を浮かべた。
「何度も言っているとおり、確かに私はレギオンマスターではあるが、常にそう呼ぶ必要はまったくないんだがなぁ」
「気軽に黒ちゃん先輩とか」
「すみません。でも、ぼくにはこれが一番しっくりくるんです」
そう言ってさっと一歩動くと、今まで座っていたベンチを左手で示した。再度の苦笑とともに腰を下ろし、黒雪姫は黒いストッキングに包まれた細い脚を組んだ。そこでひょいと片方の眉を動かし、拓武君を見上げ訊く。
「私とハルユキ君は失礼してここで食べさせてもらうが、二人とも昼食は?」
「はい、頂きました」
「今まさに頂いているよ」
「ユウ先輩は別にしてタクのはチユが作ったんだろ。なら二人で食えばいいじゃん!」
拓武君が苦笑いになって答える。
「ハルとマスターみたいに、学校でラブれるような関係じゃないよ、ぼくらは」
「ら、らぶってない!」
「らぶってなぞ」
「そう言ってるのは本人たちだけだよ」
異口同音に否定する二人を見ながらそう告げる。拓武君も指先で眼鏡を押し上げながらにやっと笑った。
「毎日ラウンジで見詰め合って桃色オーラを発生させてるって、ぼくの教室まで噂が轟いてるけどなあ。ま、それはともかく……ぼくはもう焦るのは止めたんだ。少しずつ、償うべきものを償っていくだけだよ」
「……そうか」
「それで、話があるってことだけど」
「は、はい。そうでした」
そう言い春雪君が口を開いた。
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Accel-6:The stormy princess of red-Meeting
ベンチから立ち上がり春雪君に席を譲り、フェンスに寄りかかる。
BLTサンドにかじりつきながら春雪君の説明を聞いた。
説明によると二代目赤の王が親戚の子になりすますという大胆な方法でソーシャル・エンジニアリングを仕掛け、黒の王に直接リアルで会うことを望んでいる説明を受ける。
聞き終わった後、拓武君がふーむ、と短く唸った。
「……どう思う、タク?」
「うーん、赤の王がマスターに何を言うつもりなのかは、推測しようにもデータが足りない。ただ、仮に偽装が三日間維持され、君に身元が露見しなかった場合に、何をしようとしていたのかは判る気がするな」
「へー!」
「ほほう」
同時に声を上げる春雪君と黒雪姫に向かって、眼鏡のレンズをきらーんと光らせながら、拓武君が続きを口にした。
「ハルの性格からして、三日も暮らせば〈妹〉にかなり情が移るだろう。そこで、その妹が『実はあたし、バーストリンカーなんです。でも子供だから、頑張って貯めたポイントをレギオンの先輩に無理やり取られてばっかりなんです。お願いお兄ちゃん、あたしのレギオンに来て、あたしを守って!』とか言い出したら……」
「おいおい無茶苦茶だ!」
黒雪姫が呆れ声で叫んだ。確かにそんな手口に引っかかったらもう尊敬してしまう。
「そんな見え透いた罠にハマる奴がどこにいる。逆にポイントを全部カッ剥がれるのが目に見えててるじゃないか。いくらハルユキ君でも、そこまで……」
黒雪姫がちらっと春雪君に目をやり、絶句している。両眼をうるうるさせている春雪君に気がついたからだろう。
「……ばっ、馬ッ鹿かキミは!」
「だ、だって……いじめ、かわいそう……」
途端、黒雪姫の左手が伸び春雪君の頬っぺたをむぎゅーっと引っ張った。
「な、なにふるんれふか」
「おい、言っておくけどな」
黒雪姫が、底光りする目で睨みながらささやく。
「一瞬ちょこっとレギオンを移籍して、妹を助けて戻ってくる、なんてカッコイイ真似は不可能だぞ」
「へ?なんれれふか?」
どうやら本当に知らないらしい。黒雪姫の怒りゲージが振り切る前に、というか振り切っているだろうが口を挟む。
「いいかい、春雪君。レギオンマスターには簡単にレギオンメンバーを〈全損〉に、ブレイン・バーストを永久剥奪する処刑手段があるんだよ」
「え……ええ?聞いてませんよそんなの!!」
「レギオン参加申請時に表示されるドキュメントに書いてあるよ。これから先、何かにサインする場合、全書類には目を通しておく事をおすすめするよ。で、その手段……必殺技の一種なんだけど、レギオンを結成してマスターに登録するとコマンド表に技名固定で出現する。その名もずばり
「ジャッジメント……」
「レギオン、つまり一つの集団に属することはバーストリンカーに大きなアドバンテージを与える。その様々な恩恵の対価に〈断罪の一撃〉は存在するんだ。その一撃を受けたレギオンメンバーは保有ポイントを全損し、二度と加速世界に戻ってくることはできない。有効期間は、レギオン在籍中及び脱退後の一ヶ月間」
「い、一ヶ月も……ですか」
「もし、春雪君が赤の王に騙され、ほんのいっときでもネガ・ネビュラスから脱退してプロミネンスに参加していたら、その瞬間から君の……シルバー・クロウの生殺与奪権は赤の王に握られていたね」
「うっへえ」
「でも、なんでまたそんな面倒な手段まで使ってクロウをレギオンに参加させたかったのか」
「うむ、結局はその疑問に行き着くわけだ」
黒雪姫は唸った。
「ンー……そんな捨て身の芝居までしてハルユキ君をレギオンに加入させ、〈断罪の一撃〉で首根っこを抑えたところで、ハルユキ君の忠誠まで得られるはずがない。そして、レギオンへの帰属意識のないメンバーなんぞ百害あって一利なしだ。つまり……」
「つまり、たった一度だけ、ハルにさせたい、〈何か〉がある、ってことでしょう」
拓武君が中指で眼鏡のブリッジを押し上げながら続きを引き取った。
「一度くらいなら、脅して言うことを聞かせられる……そう考えたんだと思います。そしてそれは即ち、この後マスターと対面する赤の王が切り出す話と同一であるはずだ。妹の偽装がバレたので、搦手から取引へと方針転換したのではないでしょうか」
「ぼ……僕も、タクの推測は正しいと思います。昨日の対戦で、赤の王は僕に圧勝できるのにしなかった。代わりに、先輩に会わせろと言ったんです。それはつまり、次善の策として交渉を選んだってことで、敵対することが目的ではないという意思表示なんじゃないでしょうか……」
「今更調子のいいことを、って話ではあるがな!」
黒雪姫はふん、と鼻を鳴らし、脚を組み替え、食べ終わったサンドイッチの包み紙をくしゃっと握り潰し、離れたくずかごに見事なオーバースローで放り込む。
「だがまあいい、話があるというなら聞いてやるさ。少なくとも、〈リアル割れ〉を覚悟の上で王自らが乗り込んできたクソ度胸だけは大したものだ、子供にしてはな。ハルユキ君、赤の王にコールしてくれ給え。会談は今日の午後四時、場所は……」
くるっと振り向き、にやりと笑いながら。
「キミの家のリビングだ」
春雪君たちより少し早くマンションへと帰宅して制服からジャージへ着替える。
朝食の食器を片付け、デザートの入った箱を持って家を出て隣の家、有田家へ向かう。
通路の向こうから拓武君がこちらへと来る。
「少し遅れました」
「こっちもさっき家を出たところさ」
インターフォンを押し少し待つとドアが自動開錠される。
おじゃましますと言い、中へ入りまっすぐリビングへ向かう。
「いやー、懐かしいなあ。ハルんちに来るの何年ぶりか……な……」
拓武君の朗らかな声が一時的に止まる。
前時代のZ指定ゲームのパッケージが床にばら撒かれた惨状を見て理解し、拓武君が春雪君の肩に手を置いてご愁傷様と表情で語った。
お土産のデザート春雪君へと渡し席へと腰を下ろし、用意されたコーヒーのカップを一口頂くと、拓武君が如才ない調子で言った。
「まずはともあれ、自己紹介から始めましょう。ここは、貴女から名乗ってもらうのが筋じゃないかな、〈赤の王〉」
「ま、いいだろう。そんくらいはサービスしてやるよ。あたしは……ユニコ。コウヅキユニコだ」
赤みを帯びた髪を頭の両側で結わえて細く垂らし、大きな瞳もまた赤茶色。ミルク色の肌には小さくそばかすが散り、全体的に幼さを残した少女が外見とは離れた口調でそう告げ、ぱちんと指を鳴らし真紅のネームタグが視界に浮き上がる。
ちょっと可愛めのフォントで、【上月由仁子】と表記してある。
タグの右下には住基ネットの認証マークが輝き、これを偽造するのはウィザード級のハッカーでも困難であるため、表記された名前はすなわち本名であるということになる。
「アンタも名乗りな、〈シアン・パイル〉」
皮肉げな笑みを浮かべ素直に本名を口にする。
「ぼくは黛拓武。よろしく」
す、と指先を滑らせる仕草。ネームタグを赤の王に送信したのであろう。空中を一瞬凝視した赤の王は春雪君に視線を据えた。
「ぼ……僕の本名はもう知ってるじゃないか。有田春雪」
「タグ寄越しな」
しぶしぶ春雪君がタグを渡す。
「次はアンタだぜ、〈プラチナ・バレット〉」
「白鐘夕里。呼び方は……ユーでもなんでもいいや。よろしく由仁子君」
仮想ウィンドウに現れたタグを指で弾き赤の王に送信する。
最後に、四人の視線が、しばし無言を貫いていた黒の王に集まった。
「ン?ああ、私か。私は黒雪姫だ。宜しく見知り置け、上月由仁子君」
「おいこら、それ本名じゃねーだろ!!」
即座に赤の王が喚くが黒雪姫は涼しげな表情で指先を弾く。
視界にネームタグが浮かび上がり【黒雪姫】と明朝フォントで大書され右下に住基ネットの認証マークが輝いていた。
「あーもー、いいよ何でも!姫とか自称する図太い女だってことだけ覚えておくよ!」
「〈王〉と自称するよりは遥かにかわいいものだろう?ともかく、自己紹介がつつがなく終わったところで、早速本題に入らせてもらうぞ」
笑みが瞬時に消え、漆黒の瞳が鋭い輝きを帯びた。
「まず、赤の王……ことユニコ君。貴様がどうやってハルユキ君のリアルを割ったのか、それを聞かせてもらわねばならん」
まず確認すべきはそこからである。
たしかに、赤の王がハルユキのハトコの身分に偽装したことや、その目的でもない。
〈リアル割れ〉はバーストリンカー最大の禁忌であり現実世界での身の危険にも直結するのだから。
判りやすく青ざめる春雪君の顔をちらっと見やり、赤の王が軽く肩をすくめた。
「んな顔しなくてもいーよ。アンタがシルバー・クロウだってことは、赤のレギオンでもあたししか知らない。これは王の名にかけて誓う。突き止めた方法は……ここンチに潜り込んだテクと一緒。ソーシャル・エンジニアリングだよ。しかも、小学生のあたしにしかできない方法」
「へ……?どういうこと……?」
「あんたらの領地が杉並なのは誰でも判る。んで、出現時間も傾向からして中学生だってことも推測できる。そこまではいいよな?」
「う、うん……」
赤の王が唇の端を吊り上げながら言う答えにハルユキをはじめ、皆こくりと頷いていた。
バーストリンカーになる為の第一条件でもある〈生まれた直後からニューロリンカーを装着していなければならない〉ということから、現在最高齢のリンカーであっても十六歳までだ。厳密に言えば高校一年の可能性もあるが、学生ならば大部分は中学生だろうという推測に俺自身も周りも納得したようだった。
「そこで、だ。あたしは、自分が小学生っつーことを利用して、杉並区内の中学校に学校見学を申し込んだ。見学者用パスを貰えば、その校内のローカルネットに接続できっからな。んで、後は教師に案内してもらってる間にちょいと〈加速〉して、マッチングリストを見りゃ……」
「いつかはシルバー・クロウを発見できる、というわけか。ふん、七面倒臭いが理にかなった手段だ。だが、それでは梅郷中の生徒三百人の誰か、とまでしか判らんだろうに。いったいどうやって、このハルユキ君を特定したのだ?」
少しばかり口惜しげに黒雪はそう言いながら、しかしすぐに次の問いを掛けていた。その問いに対し、赤の王はきゅっと唇を結んで、しばし沈黙してから、横目でハルユキを睨みながらどこか言い訳じみた声を出す。
「いーか、あたしは別にアンタ自身をどうこう思ってるわけじゃねえからな。あくまで用があんのはデュエルアバター、もっと言やその背中のピラピラだけだ。梅郷中学でシルバー・クロウを見つけたあたしは、道路を挟んで校門を見渡せるファミレスの窓際に陣取って、下校する生徒が門からでてくるたびに加速したのさ。マッチングリストにシルバー・クロウが現れた瞬間、校門の境界を跨いでた奴が、このにーちゃんだった時はさすがにちっと吃驚したけどなー」
前半部分はひどいことを言っていた気がするが、言われた本人である春雪君は目を丸くし、何度か口をパクパクしている。
「……それ、いったい、バーストポイントどんくらい遣ったの……?」
「二百ちょいかな」
「にっ、にひゃく!!」
聞いた春雪君本人は驚きで叫び、拓武君はカップを落っことしかけ、俺と黒雪姫は大きな苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……なるほどな。つまり、小学生であると同時に、ポイントに余裕がある〈王〉にしか実行できない方法というわけだ。しかしまぁ……見上げた執念だな。そんなに惚れちゃったのか、ハルユキ君に」
「ちがうっつうの!!」
げしん、とテーブルの下で理不尽にハルユキのむこうずねを蹴り飛ばし、痛がる彼を無視してニコは喚いていた。
「言っただろうが!!あたしは中の人じゃなくてアバターのほうに用があんだよ!!つうか、上手く行ってりゃ今頃こいつを引き抜いて手下にしてたっつうの!!」
「つまり……」
微笑みつつも、切れ長の眼に冷静な光を浮かべた拓武君が静かな声を発した。
「その〈用〉こそが、君が二百ポイントを費やしてまでハルのリアルを割り、我が身を投じてまでソーシャル・エンジニアリングを仕掛け、そしてこの会談を望んだ最終的な理由ってわけだよね?」
赤の王の表情から、子供らしさが抜け落ちた。
細く結わえた赤毛を揺らし、椅子の背もたれに細い体を預けて、赤の王は低い声で肯んじた。
「そうだ」
半眼に閉じられた瞼の下から、鋭い眼光と圧力を持った視線が春雪君を射した。
「アンタの背中の翼……〈飛行アビリティ〉を、たった一度だけ借りたい。〈災禍の鎧〉を破壊するために」
赤の王の口から聞こえた〈災禍の鎧〉という言葉に自分の心臓の鼓動がどくっと跳ね上がるのを感じた。
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Accel-7:The stormy princess of red-Curse
赤の王〈スカーレット・レイン〉のひと言に自らの心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じるが、予想より大きな反応を見せたのは黒雪姫だった。
「馬鹿な!あの〈鎧〉は……すでに消滅したはずだ!!」
激しく動揺し顔を蒼白にした黒雪姫に春雪君が恐る恐る問いかける。
「あ……あの。何なんですか、その……サイカのヨロイ、って?人じゃなくて、モノなんですか?」
沈黙する黒雪姫の代わりに口を開く。
「それを知るには、まず
「強化……外装」
「アバターの武器や防具などの外部アイテム、僕の銃や拓武君の杭打ち機をブレイン・バーストのシステム上では〈強化外装〉と呼ぶんだ」
「あたしの火力コンテナや拳銃もそれだ」
「〈強化外装〉を手に入れる手段は様々で、初期装備として最初から持っている場合、レベルアップボーナスとして獲得できる場合、〈ショップ〉でポイント消費して購入する場合、拾う場合、バーストリンカー同士で譲渡する場合、そして最後に……殺してでも奪い取る場合」
「こ……ころっ……」
瞠目する春雪君に説明を加える。
「最後の、殺してでもっていうのは、まだ完全に解明されてはないんだけど、強化外装を持ったバーストリンカーに対戦し、ポイントをゼロにしたとき、つまりは相手を永久退場させたとき、敗者の強化外装の所有権が勝者に移動することがあるんだ」
「低確率でランダムに発生するイベント、っつーのが今の定説だな」
赤の王がそう言葉を挟み、頭の後ろで両手を組んだ。
「だけど、〈災禍の鎧〉に関しちゃその限りじゃねーな……移動率百パー、まさしく呪いのアイテムだぜ……」
「だが……しかし」
押し黙っていた黒雪姫が呟く。
「有り得ん。破壊されたはずだ。二年半前、私は確かに〈鎧〉の……〈クロム・ディザスター〉の最後を目撃し、その消滅を確認したのだ!」
クロム・ディザスターは元々は加速世界の黎明期、七年前に存在した伝説のバーストリンカーの名前だ。
黒雪姫が語り出したストーリーは、そんな言葉から始まった。
その戦い方は苛烈、あるいは残忍の一言で凄まじい戦闘能力で暴虐の限りを尽くした。しかし、そんな彼にも最後の時はやってきた。当時、最高レベルであったバーストリンカーたちが結集し、これを打ち倒した。加速世界での〈死〉を迎えた瞬間、彼は叫んだという。
『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも蘇る』。
その言葉は真実だった。彼は加速世界から消滅したがその強化外装である鎧だけは消えなかった。討伐に参加していた一人のバーストリンカーに取り憑いた鎧は、彼の精神を乗っ取り、一夜にして残虐な殺戮者へと変貌させてしまったのだ。
そこで言葉を止め、コーヒーで喉を湿らせてから、黒雪姫は低い声で続ける。
「その後、同じことが三度繰り返された。取り憑かれた者が討伐されても、災禍の鎧だけは消えず、また別のバーストリンカーに取り憑いて人格を変貌させる。二年半前、すでに〈純色の七王〉の一席を占めていた私は、他の王たちとともに四人目のクロム・ディザスターの討伐に参加した。その戦いの凄まじさは……今も肌で覚えている。到底言葉では伝えきれないがね……」
カップを戻し、制服越しにそっと二の腕を撫でてから、黒雪姫は突然口調を切り替える。
「そこでだ、ハルユキ君。悪いが直結用ケーブルを三本用意してくれないか」
「え……け、ケーブルを!?しかも三本……?」
「一本は私が持っているからな。長さは、まあ、一メートルあればいい。足りなかったらユー、キミの家から持ってきてくれ」
「いや、常に一本携帯しているから用意するのは二本でいい」
制服のポケットから一メートルのケーブルを差し出す。春雪君はリビングから自室へ行き、ケーブルを持って戻ってくる。
五十センチと一メートルのケーブルを由仁子と黒雪姫が取り合っている中、自分で携帯していたケーブルを拓武君へと渡し、黒雪姫のケーブルともども外部接続端子へと挿入する。
「先輩、いいんですか。放っておいて」
「暴れ馬に蹴られたくなかったら……離れるのが一番だよ」
この場にいる五人でニューロリンカーを数珠繋ぎにし、リビングの床に座る。
「マスター、〈加速〉するですか?」
「いや、それには及ばない。全感覚モードにした後、表示されたアクセスゲートに飛び込め。では、行くぞ……〈ダイレクト・リンク〉」
VRムービー、つまり脳内で直接再生されている記録映像が視界に映し出される。
黒雪姫が見せているのは〈純色の七王〉VS〈四代目クロム・ディザスター〉戦のリプレイ映像だった。
黒の王ブラック・ロータスと緑の王グリーン・グランデが待ち伏せ、四代目クロム・ディザスターが現れる。巨大な体躯で蛇腹状の金属装甲に覆われた胴は異様に細く、それを鎌首をもたげる蛇のように前傾させ、左右の腕もまた有り得ないほど長く、無骨な大斧を携えている。頭部は、巨大な蚯蚓を思わせる滑らかな円筒状で、その先端の二つの黒い穴からは赤く光る眼が盛んに瞬きを繰り返していた。どす黒い銀色の装甲で陽光を反射させながら緑の王と黒の王、二人を相手にしながら肉食獣のような咆哮を上げ大斧を振り回し戦う姿に過去の映像が重なる。
リンク・アウトと小さく呟き、完全ダイブから復帰する。
「彼奴はあの状態から更に二分戦い続け、ようやく果てた。そして、その後私を含め他の王たちのストレージに〈鎧〉は存在しない事を確認した。呪いはあの時断ち切られたはずだ」
漆黒の瞳から発せられる圧力を赤の王は堂々受け止め、鋭く言い返す。
「なら、今の状況をどう説明するんだ!五代目が現れて、暴れまわっているっつうこの事実をよ!」
「……五代目の名前は何だ。いったい王の誰が?」
「……王じゃねえ。五人目は、うちの……赤のレギオン、〈プロミネンス〉のメンバーだ。元の名前は〈チェリー・ルーク〉。チェリーはいい奴だったんだ。派手な能力とかはねぇけど、こつこつ頑張ってレベル6まで上げて、これからが楽しいとこだったんだ!なのに……くそっ!!」
震える声で続く言葉を絞り出す。
「……あいつは、赤のレギオンに所属したまま、他の王のレギオンメンバーを片っ端から襲ってる。不可侵条約を破ってな。だからあたしは……あいつを粛清しなくちゃならねえ」
「……断罪の一撃」
「ああ。だがそいつが当たらねえ。〈断罪の一撃〉は、射程距離ほぼゼロの近接技だ。だがあいつは、化物並みの跳躍力と空中での機動制御でもって軽々と躱しやがる。ほとんど、飛んでるみてえなもんだ」
「そうか。ようやく貴様の目的が解ってきたぞ」
赤の王の言葉で理解できた。シルバー・クロウを、他のレギオンのメンバーを使わせてまでさせたい何かが。
「な……なんなんです?目的って?」
「決まってるじゃない、おにーちゃん♪」
突然雰囲気を激変させ、愛らしい笑顔と甘い声で春雪君に言った。
「ハルユキお兄ちゃんに、クロム・ディザスターを捕まえてもらうんだよっ」
たっぷり五秒近い放心から絶叫する春雪君だったが、黒雪姫がにっこりと笑みを浮かべてささやく。
「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くないと思うが」
「え……ええ!?」
「危険です、マスター。罠という可能性もあります」
眼鏡のブリッジに右手の指先を触れさせながら続ける。
「我々の目的はレベル10を目指す事。つまり、他のレギオンの王はすべて敵。いつかは倒さなければならない存在です」
「何だテメーは。メガネ君キャラか。あだ名はハカセか」
ぐさっ、と言葉の刃が拓武君に刺さったように感じたがすぐに立てなおし拓武君が反駁する。
「何か証拠を見せてくれ、って話をしてるんです、赤の王。ぼくらはたった四人だけのレギオンなんだ、危険を冒して〈上〉にダイブさせるなら何がしかの根拠をあなたも」
続くであろう言葉を遮り、口を開く。
「熱くなり過ぎだよ、拓武君。……赤の王、一つ聞きたい。王自ら他のレギオンに、生身でコンタクトしてきたからには覚悟がないわけじゃないだろ?」
「わかってるじゃねえか、バレット。リアルサイドのあたしは、腕力も経済力も組織力もねえ小学生のガキだ。もしあたしが裏切ったら、いつでもリアルでケジメ取りに来りゃいい」
言い放った赤の王の両眼が赤々と燃え上がり、いっそ自暴自棄と思えるほどの、凄まじい覚悟がそこにはあった。
「ユニコ……ちゃん」
「言いてえことは解る。でもな……あんたもいつかここまで上がって来りゃ気付くだろうが、このゲームは〈加速〉っつーテクノロジーのせいでリアルサイドを果てしなく薄めんだよ。あたしやそこの女、バレットが、これまでいったいどんぐれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら、あんたきっとブッ倒れるよ」
「え……累計プレイ時間……?……三千……時間くらい?」
春雪君の答えに思わず笑ってしまう。黒雪姫たちも苦笑する。
「え、違うの?ユニコちゃんは、じゃあ累計何時間くらい……?」
「教えねー。その答えは、あんたが自分で決めな。それとな……そのユニコちゃんての止めろ。背中がカユくなるだろ。……ニコでいいよ。あたしのことはニコと呼べ、ちゃんとかタンとか絶対ぇつけんなよ」
「えーっと……それじゃ結局、〈ネガ・ネビュラス〉としてはニコちゃ……赤の王に協力する、ってことでいいんですか?」
「……うむ。リスクは多少あるが、メッリトもある。当然交換条件も用意しているのだろうからな」
「ちっ」
小さく舌打ちし、赤の王が軽く右手を振った。
「わーったよ。うちの奴らには、杉並には当面手ぇ出すなっつっとく」
「これで決まりだ。それで、奴が出現する時間と場所は?」
「それはこっちで特定してみせる。……恐らく明日の夕方」
「わかった。では明日の放課後、再びここに集合しよう」
話し合いが終わり玄関まで春雪君が見送りに来る。
「じゃあハル、また明日学校で。うわっ、もうこんな時間か」
拓武君が別棟への空中連絡通路を目指し駆けていく。
「黒ちゃん、どうする。バイクで送って行くけど」
「心配無用だ。じゃあ、お邪魔しました。また明日な」
出て行く黒雪姫の背に、赤の王が間延びした声を投げた。
「ほんじゃな、黒いの。明日遅れんなよー。さって、続き続き」
その言葉に黒雪姫が物凄い速さで振り向き叫ぶ。
「おい待て、ちょっと待て赤いの!」
「ンだよ?」
「まさか貴様、今日もここに泊まる気なのか」
「たりめーじゃん。いちいち帰ってられっかよ面倒くせえ。あたしンとこ全寮制なんだよ。三日分の外泊許可でっち上げてきたから帰ってもメシがねえ……さてとぉ、おにーちゃん、今日の晩御飯なんにしよっか♪」
そう言ってのけ、ぴゅるっとリビングに消えていった。
「なっ……な……」
大激発寸前の顔でわなわなと両拳を震わせた黒雪姫が、唖然と立ち尽くす春雪君を横目で睨み。
「……『また明日』は取り消す。私も今日は泊まっていく」
一度履いたローファーを脱ぎ、どすどすとリビングへ戻っていった。
「あぁ……って、春雪君?」
脳が完全にフリーズし再起動させるまでの春雪君を約一分待った。
黒雪姫の突如の宣言のあと、様子見のつもりで残り、四人でマンション下部のショッピングモールに買い物にいき、協力して夕食を作り、洗い物をしたりと様々なイベントを消化し、今現在はZ指定レトロゲーム大会に興じていた。
「それじゃあ、この辺で俺は自分ちに戻るよ。また明日」
時間も遅くなり、自宅へ戻ろうと玄関で靴を履いていると、赤の王が玄関までやってきて呼び止められる。
「おい待て、バレット」
「何か用かい?」
「パドからの伝言を頼まれてんの忘れてたぜ」
「……」
「『お帰り、白金の流星』だと」
「それじゃあこっちも頼まれてくれるかな、赤の王。『ありがとう。次はICBMも連れて来る』って」
「わーったよ。言伝は頼まれてやる。あとニコでいい。現実でそう呼ばれっと面倒くせえ」
「はいはい。おやすみ、ニコ君」
そう言い残して玄関扉をパタンと閉じたのだった。
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Accel-8:The stormy princess of red-Scar
会談の翌日、朝食を食べ終え登校準備をしているとニューロリンカーからぴろーんとメールが届く音がする。
受信画面を開くと内容は『タク、先輩、やばいたすけて』だった。
とりあえず急いで自宅からエレベーターを使いマンションのロビーへ行く。ロビーにいる住民たちに挨拶をし、前庭の方向へ足を運ぶと梅郷中の制服を着た三人が集まっていた。
後ろからは拓武君がメールを読んで全力でダッシュをしてきたのであろう、白い息を吐きながらやってくる。
「お……おはよう、チーちゃん。おはよう、ハル。おはようございます、先輩。おは……よ……」
拓武君が眼鏡を軽くずり落とし、澄まし顔の黒雪姫をまじまじ凝視した。
「……うございます、マスター」
事情を察したのか拓武君が春雪君へささやく。
「……ハル。君も、虎のしっぽわ踏むのが好きな奴だなあ」
「好きじゃない。ぜんぜん好きじゃない」
いまだに「説明しなさいよー!」と喚いている倉嶋君に拓武君が穏やかな声をかけた。
「チーちゃん、昨日はぼくもハルの家にいたんだ」
「え……?どゆこと?」
不審げな顔になった倉島君に向け、明快な解説を口にする。
「ちょっと、例のアプリケーションのことで問題が発生してね。ハルの家を会議室代わりに使わせてもらったんだよ。でも時間が遅くなっちゃって、そんな時間に中学生が一人歩きしたらソーシャルカメラに引っかかって大変なことになるから、仕方なく先輩はハルの家に泊まったんだ。そうですよね?」
「ま、そういうことだ。妙に勘繰る必要はないぞ、倉嶋君」
「……」
言葉を振られた黒雪姫が素直に頷き、倉嶋君が複雑な表情で沈黙を続け、トーンを低めた声で言った。
「また、アレなの。ブレイン……バースト?」
揃って頷く四人を見回し、ぷーっと頬を膨らませる。
「なんか、納得できない!それってただのゲームなんでしょ?そもそも加速って言われても、想像できないもん。……そうだ、そのブレインなんちゃらってゲーム、あたしにもコピーインストールして!それであたしも〈バーストリンカー〉になる」
「え……えーーっ!?」
三人が驚きのあまり叫ぶ中「修行して勝てるようになっちゃうからね!」と言い残し走り去って行く。その後ろ姿にどこか寂しげな印象を抱いたのは気のせいかもしれない。
「ふーむ」
「チーちゃん、本気なのかな」
「いや、無理だろ。チユどんくさいし」
「マスターと先輩はどう思いますか?チーちゃ、倉嶋がバーストリンカーになれる可能性について」
「そもそも彼女は、第一条件をクリアしているのか?」
「ええ、その筈です」
「実は、第二条件……〈大脳反応速度〉のほうは、厳密な基準があるわけではない。VRゲームは苦手だが、インストールできた、という人間も存在するしな。脳において、肉体を動かす回路とアバターを動かす回路は、ほとんど同一だからな」
「それに装着年数、大脳反応速度の他に僕は別の基準があると思ってる」
「ほう……。その基準とは」
「これはあまり確信的に言ったら駄目なんだろうけど、過去のトラウマが大きく関わってくんじゃないかと思うんだ」
「過去の?」
「アバター形成前に見る悪夢。いわばアバターの形状が明確でなければアバターが形をなすことができないんじゃないか。って事なんだけど」
「ふむ……明確なトラウマか。しかし、トラウマありますか?なんて気軽に口にできることではないな。確信なしに誰かをバーストリンカーにしようとするのは、大いなる賭けと言わねばならん」
「か、賭け……?」
「現在、ブレイン・バーストのコピー・ライセンス……つまり、〈親〉として誰かを〈子〉にする権利は、成否に関わらず、わずか一回に限定されているのだ」
「い、いっかい!?」
「ブレイン・バーストが配信されて数年間は無制限にコピー、適性チェッカーなんてモジュールあったらしいけど今ではたったの一回。これは管理者が今の人数……約千人が〈加速〉を秘匿するための上限であると考えているからだろうけど」
「……タクム君。もし倉嶋君がブレイン・バーストのインストールに成功すれば、君と彼女の間には強い関係が生まれる。〈親子〉という、な。……しかし、そこには、必ずしもプラスの要素のみが存在するわけではないことを覚えておけよ」
「まあ、僕は〈子〉を作ってないからわからないけど」
「ユーの場合、作るつもりがないのだろう。っと少し立ち話に夢中になりすぎたな。急がないと遅刻してしまう時間だ」
「うわ、ほんとだ。ちょっと走ったほうがいいかもだよ、ハル」
「げえ、それはカンベン」
朝イチのチャイムが鳴る寸前にどうにか校門に飛び込み、ニューロリンカーが梅郷中のローカルネットに遅刻カウントなしで接続されるのを確認して、三人と別れ、教室へ移動する。
教室に入り、クラスメイトにおはようと挨拶を交わし席へ腰を下ろす。
放課後になり、一度自宅に帰ってから春雪君の家に集まるというので春雪君たちより早めに帰宅しバイクで黒雪姫を迎えに行く。ナビアプリに住所を入力し、音声に従って運転していくと芝生や街路樹がふんだんに配された、やたら広い敷地に、瀟洒な白壁のタウンハウスが整然とした間隔で建ち並ぶ住宅地へと到着する。
〈阿佐ヶ谷住宅〉と呼ばれる分譲型の集合住宅地の街路にバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ、辺りを見回すと制服姿の黒雪姫がこちらへ近づいてくる。
「結構早かったな、ユー」
「ナビアプリのおかげさ」
バイクから一度降り、座席下から空色のヘルメットを出し黒雪姫へ投げ渡す。
「この色は……」
「俺は黒ちゃんがここに住んでいることに疑問を持たない。だからあんまり、詮索はしないようにしてくれると助かる」
「いや、すまなかった。しかし、それだとここに住んでいる理由を話せば君も話してくれるということにはならないかい?」
「あぁ……もうなんでもいいから早く後ろに乗ってくれ」
黒雪姫をバイクの後ろに乗せスロットを回し発進させる。
『やはり歩いていくのとでは景色が違うな』
『これも一種の〈加速〉だよ』
青梅街道を東へ向かい環七通りへ出て北上し、マンションへ。駐車場へバイクを止め、エレベーターを使い二十三階へと昇る。時間的にちょうどよかったのか春雪君の自宅前で拓武君と合流する。
インターホンを押し、しばらく待つと扉のロックが開錠される。
「そこでマスターたちと一緒になったんだ。あ、これ、お土産。うちにあったの掻っ攫ってきた」
ケーキらしき箱を掲げてみせた拓武君が、なぜか床に座り込んでいる春雪君と、ソファでそっぽを向くニコ君に視線を往復させて首をかしげる。
「……何してるの?」
「大方ケンカでもしてたんだろうさ。結構結構」
「まーな。ケンカするほど仲がいいって言うしな」
スパークを散らしそうになる二人をなだめながら椅子へと腰掛ける。
ケーキの取り合いを一応はすることなく、全員が最初の一口を食べ、お茶を一口含んだところで黒雪姫が表情を改めた。
「……クロム・ディザスターの追跡、できているのか」
問いに、ニコ君が視線を仮想デスクトップに走らせ、小さく頷いた。
「ああ。そろそろ動く頃だぜ」
と言いのけた瞬間。
「……来た!」
ニコ君が鋭く叫び、ケーキの苺に、フォークを突き刺して口に放りこんだ。
「チェリーが、西部池袋線上りの電車に乗った。今までのパターンからして、今日の狩場はブクロだ」
「移動はどうする。我々もリアルで動くか」
「中から行こうぜ。このメンツなら〈エネミー〉にも引っかからねーだろ」
「それでは……ハルユキ君。キミに我々バーストリンカーの真の戦場へとダイブするためのコマンドを教える。バーストポイントを10消費するが、問題はなかろうな?」
「え……ええ、10ポイントくらいなら。それより……し、真の、戦場って……?」
「言葉通りだ。我々が〈加速世界〉と呼ぶものの本質がそこにある。いいか、私のコマンドのとおりに、続けて唱えろ。行くぞ……五代目クロム・ディザスター討伐、ミッション・スタートだ!」
ニューロリンカーのグローバル接続をオンにし叫んだ。
「「「「「アンリミテッド・バースト!」」」」」
視界が一瞬、暗転し銀色に近い輝きとともにフィールドに降り立つ。青黒い鋼鉄の輝きが支配する〈魔都〉が眼前に広がり、空には黒雲が幾重にもうねっている。
「……ここが〈無制限中立フィールド〉……」
「そうだ」
「こんなフィールド、初めて見ます。これ、属性は……」
「〈混沌〉だ。それよりも他に気づくことはないか」
「え……え?の、残り時間がない……!?」
「そーいうこった。だから〈無制限〉なんだ」
通常対戦フィールドとは異なり一八○○秒から始まるタイムカウントが刻まれることのない無制限中立フィールド。つまりは上限のない加速。レベル4から上のレベルに上がる為にこの世界〈無制限中立フィールド〉こそが重大な戦場になりうるのだ。
「一度ダイブすればずっといることも可能だよ。もっともレベル4以上じゃないと入れないけどね」
「僕たち、〈加速〉してるんですよね?」
「無論だ」
「仮に現実世界で丸一日過ごしたとして……さ……三年……!?なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ、タク。それだけあったら、もっと……こう、色々と」
「やめておいたほうがいいよ」
「え?」
「そうだぞ。仮に数日間ならば予定を忘れるくらいで済むが、一ヶ月、半年とこっちで過ごしてしまうと戻った時、人間が変わってしまう。当然だ、肉体はそのままでも魂の年齢が異なってしまうのだからな」
「んなことより、とっとと移動しようぜ。あたしらが加速した時点で、チェリーの乗った電車が池袋に着くまで現実時間であと二分はあったから、まだまだ余裕だけどな」
「池袋までだよね。走って……?」
「なわけねーだろ。何のためにあんたがここにいるんだよ」
「へ?それって……」
真紅のアバターは両手を胸の前できゅっと握り首を傾け、クロウにひと言。
「抱っこしてくれるよねっ、おにーちゃん♪」
そこからまたも醜い争いが始まる。
「私が抱えてもらうしかなかろう。なにせ腕も脚も、このとおりなのだからな。レイン、貴様はシルバー・クロウの脚にでもぶら下がれ」
身体の四肢が剣でできているロータスが両の腕を掲げながら抗議し始める。
「冗談じゃねー!あんたがそんなデザインなのが悪いんだろうが、一人だけ電車で行けよ!」
「なんだと!」
「じゃあ、こうしましょう。ぼくが」
間に入ろうとするパイルを止めようと手を伸ばすが少し遅かった。
「お呼びじゃねえんだよ、メガネ!」
「そうだぞ、ハカセ君!」
落ち込むパイルを慰め、必殺技ゲージを溜めて戻ってきたクロウに案を出す。
「クロウの左右の腕でレインとロータスを抱えて、パイルを両脚にぶら下がらせれば多分大丈夫じゃないかな?」
「それだと、先輩は?」
「下から走って追跡するよ。重量オーバーで多分浮き上がれないだろうし」
「へ?」
「プラチナはシルバーのおよそ二倍の比重があるからね。パイルと比べても俺の方が重いよ」
「池袋方面に直進するが大丈夫か?」
「〈エネミー〉が出ても他のリンカーに擦り付けるし、そもそも出ても追いつけないだろうから。下で飛んだのを確認したら追跡するから」
そのままマンションの二十三階から降下する。五階層ずつぐらいに分けて降下を繰り返し地面に着地する。見上げればシルバーに輝くアバターが翼を広げ三つのアバターを抱え込みながらふらふらと飛んでいく。
「さて、見失わないように走るか」
車輪をキュルっと回転させ地面を蹴り、ビルの屋上部分へと駆け上がる。
その屋上から屋上へとジャンプを繰り返しながら空に浮かぶ銀色のマーカーを追う。
無人の環七通りを横切り、中野区へと侵入、早稲田通りを東へ進み山手通りへ。
北上を続けていると前方から重低音の地鳴りと振動が近づいてくる。
「エネミー……巨獣級か。ここでやり合っても面倒だし……」
車輪を急回転させ建物の陰から陰へと、見つからないよう移動を繰り返す。エネミーをやり過ごし、空を見上げると少し離されてしまったらしく銀の輝きが小さくなっている。
移動速度を上げながら目白通りへ右折し銀色の輝きを追う。池袋の南側へ降りるらしくクロウたちの高度が段々と低くなっていく。
と、クロウたち目掛けて赤外線のような線が何本も視界に映し出される。
「遠距離攻撃!ディザスターか!?」
オレンジ色の光線に続き、青白い光線が放たれ、次には追尾機能の実体弾がクロウたちに襲いかかった。そして落下にも等しい降下をしながら視界から消えていく。
「ディザスター一人であそこまで多様な遠距離攻撃はない……落下したところは南池袋公園の辺り。急ぐか!」
滑るように移動し駆け抜ける。やがて高いビル郡を抜けるとそこだけがポッカリと開けた窪地が見えた。その中央にはネガ・ネビュラスのメンバーとスカーレット・レインが立ち、窪地を囲むように多くのアバターが立ち並んでいる。
窪地の地面からは逆円錐状に光を放ち、半ば透き通る立体画像を映し出していた。
『いや、違うって。そういう意味じゃなくて……まいったな』
『ああ……そうだな。君の言うとおりだ、ライダー。私も君が好きだよ。もちろん、尊敬という意味でだが』
『解ってくれると思ってたぜ、ロータス!』
映像内では赤い装甲のアバター〈レッド・ライダー〉と漆黒のアバター〈ブラック・ロータス〉が撮し出されていた。
『おっと、これは済まない。では……こうしよう』
『ちょっとちょっとぉ!』
紫色に輝く女性型のアバター〈パープル・ソーン〉が叫ぶ。
『怒るなよ、握手の代わりだってば』
『〈デス・バイ・エンブレイジング〉』
必殺技の小さな発声とともにライダーの首に回され交差していたロータスの両腕が輝き、ライダーの頭と胴体を瞬時に別れさせた。
『い……いやあああぁぁぁぁぁぁ!!』
後に残ったのはその悲惨な現状に叫んだライダーの恋人ソーン叫び声だった。
二年前の七王の会議。
即ちロータスがレッド・ライダーを永久退場させた映像が終了する。そして、窪地に立つブラック・ロータスの体ががしゃん、と音を立てて、力なく倒れ込んだ。
「くくく……ふふふ、くふふふはははははは!!」
フィールドに響く高らかな笑い声。声の主は黄色のピエロ型アバターだった。鮮やかな彩度を放つあれは〈純色の七王〉の一席、〈イエロー・レディオ〉だ。
「くふふふ……矢張りね。あなたはまだこの裏切りを引き摺っていると思っていましたよ。その程度の覚悟で、よくもレベル10を目指すなどという大言を吐けたものですね、ブラック・ロータス!」
その直後、打って変わって鞭のような鋭さを帯びた黄の王の声が、クレーターいっぱいに響き渡った。
「攻撃用意!目標、スカーレット・レイン!邪魔する雑魚も容赦なく潰しなさい!!」
クレーターの外縁に散らばる黄のレギオンメンバーがクレーター内部にいるクロウたちへ銃口を向けた。
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Accel-9:The stormy princess of red-Revival
ん……結構無理くり!![+д+]/
黄の王が、高く掲げた右腕を一気に振り下ろした瞬間、地を蹴りクレーターの内部に向け跳躍する。二丁の拳銃を握り、四方八方から打ち込まれる遠距離攻撃の弾幕を払い落とすためにトリガーを引く。
「〈エア・バレル・ブラスト〉!!」
空を引き裂く音とともに空気の弾丸が次々に実体弾、光線系の攻撃の嵐を薙ぎ払う。
「まさか!?遠距離攻撃中止!」
ピエロ型アバター、いや〈純色の七王〉の一席〈イエロー・レディオ〉の声で降り注いでいた遠距離攻撃がぴたりとやんだ。
「邪魔する雑魚だっけ?随分大口叩けるようになったな、レディオ」
クレーター底に着地し、ピエロ型アバター〈黄の王〉を凝視する。
「これはこれは……お久しぶりですね。バレット。貴方が戻ってきた、という噂は聞いていましたが、また愚かにも黒に肩入れするのですか?」
「俺は元々黒のレギオンだ。コズミックの奴らに気を使う必要がどこにある?」
クロウたちに向き、言葉を発する。
「早くポータルから離脱しろ。時間稼ぎと防御ぐらいなら役に立ってやる」
「遅れて来て命令すんな!」
「くっ……遠隔チーム、砲撃再開です!」
レディオの声が響き、砲撃が再開される。ビームや炸裂弾が飛び交う中、メンバーを庇いながらそれらの攻撃を打ち払う。
「オオッ!」
パイルが吠えながら右腕の杭打ち機を殺到する小型ミサイル郡へ向けまっすぐに掲げ、ガシュッ!という金属音とともに鉄杭を打ち出す。衝撃波によってミサイル郡の大部分を爆散させるが幾つかのミサイルが生き残り、パイルの青いアーマーに包まれた体のあちこちに命中した。
「ぐあっ……!」
呻きながら体をぐらつかせるが、倒れずに巨体を振り向かせ、短く叫ぶ。
「ハル、走れ!」
「わ……解った!」
クレーターを囲むアバターの壁の薄い箇所をレインが拳銃による乱射により綻ばせ、クロウがロータスを抱え、地を蹴った。その時、背後でレディオがどこか軋みのある声が一際高く響いた。
「……
「……うわっ!」
突如として発生した現象にクロウが棒立ちになる。周囲が回転し、平衡感覚を狂わせる。耳にはカントリー調の不快なメロディが流れ、クロウが片膝を突き、レインとパイルもグラグラと体を揺らしている。
「フィ……フィールドが、回って……!?」
「回っているように見えるだけだ!本当は何も動いちゃいねえ!眼をつぶって走れ!」
「でも……どっちに!?」
「あっちだ!」
「こっちです!」
レインとパイルが同時に、正反対の方向を指差す。瞬間、生じた硬直を狙い撃つかのように、クレーターの外縁から、怒涛の斉射が襲いかかってきた。
「っ、〈オーバーラップ・アーマード〉!!」
片手を上げ、必殺技を発動させる。
必殺技ゲージフル状態から八割程減少し、全身の白金装甲が外れ、薄く輝く金属の膜が何重にも重なり半円形の盾となり襲いかかる遠隔攻撃からメンバーを防御する。
この技は全身の装甲を犠牲にして一回だけできる切り札であり、追い詰められた状況でしか発動したことのない防御技だ。
「レイン、俺の必殺技の限界は残り二十秒ほど。レディオの必殺技限界はプラス十秒ぐらいだ。なんとか守ってやるが、覚悟を決めろ」
「バレット、てめぇ……」
「効果終了とともに俺の防御は紙みたいに薄くなって、守りながら逃げるなんて真似はできなくなる」
「でも、先輩」
「でもはなしだ、パイル。それにどっちにしろ、戦わなきゃこの状態から抜け出すことは不可能なんだ」
「随分言ってくれるじゃねえかよ、バレット。でも、まぁそれについては賛成だ。ここまでされて、スタコラ逃げるほど修行が成っちゃいねえしな」
直後、防御の装甲膜が消え、周囲からの射撃が停止したと同時に背後から大きな影が現れる。
「先輩っ!」
パイルが叫びながら背後に立っていた青緑色のアバターに向かっていく。
「〈ライトニング・シアン・スパイク〉!!」
青白い閃光が杭打ち機から発射され、その青緑色のアバターの胴体部分を深く射抜いた。
「パイル!」
「こっちはぼくに任せてください。先輩は赤の王の護衛を!」
「解った」
二つの銃を胸の前に構え発声する。
「〈ジェミニーズ〉……モード〈カストル〉!!」
〈カストル〉というコマンドボイスによって、白い輝きが二つの拳銃から発せられ、辺りを覆う。輝きが徐々に収まっていくと二つの拳銃がその姿を変えていた。大口径の砲身は真っ直ぐに伸び先端を尖らせ、鋭い輝きを放っている。
レディオの幻覚攻撃が終了し、世界が本来の様相を取り戻したことを確認すると二つの銃から二つの刃となった自らの強化外装を、レディオへと真っ直ぐに突きつける。
「余裕でいられるのも今のうちだ。それにな、赤の王も……我慢の限界らしい」
「イエロー・レディオ!今度はこっちが借りを返す番だぜ……忘れるなよ、あたしに倒されたら、貴様もその時点で永久退場だってことをなァ!!」
レインが両腕を広げ叫んだ。
「来いっ……強化外装――――ッ!!」
ごう、と炎が猛り、レインの小柄なボディが浮き上がり、周囲から火焔をまとった武装コンテナが次々に湧出し、前後左右から包み込む。両肩のミサイルポッド、分厚いアーマースカート、背中のスラスター、更に左右の腕がわりの長大な主砲。
「おい、バレット、クロウ。悪ぃが、ケツに密着した近接型の相手を頼む」
「誰に向かって言ってんだ」
「わ……わかった。でも……先輩は……」
「奴らはその女には手を出さねぇよ。あたしを倒すまではな。もしあたしがやられたら、構わねぇからロータスと一緒に飛んで逃げろ」
「怖れる必要はありません!あんなものはただの固定砲台、密着すれば単なる鉄の塊です!近接チーム、出番です!遠隔チーム、援護を!行きなさいッ!!」
レディオの叫び声にも似た号令と黄色い反射光を閃かせた右腕が振り下ろされ、クレーター外縁のアバターたちがうおおお、と声を響かせ一斉に突撃を開始した。
レインのミサイルポッドが瞬時に展開し、迫り出した数十のシーカーヘッドが赤く煌き、白煙を引きながら発射される。真上に飛び出したミサイル郡が半円状に展開しながら地上のアバターたちに降り注がれ、爆音とともにそのバーストリンカーたちを飲み込んだ。
「はああぁ!」
その怒涛の爆撃を躱してくる近接型のアバターたちを迎撃する。脚の車輪を高速回転させ、戦場の中を縫うように駆け巡る。双剣状態のジェミニーズをくるくる回し、すれ違いざまに瞬時に斬りつける。レインに引っ付き外装を剥がそうとしているアバターの腕を両断し、空中へと蹴り上げ、レインの発射するミサイル郡へと飲み込まれる。
「レイン、ダメージは?」
「近接型をお前ら三人で相手にしてるから、全然余裕だ。クロウもなよっちい割にそこそこやるじゃねぇかよ」
「そりゃどうも!」
残る近接型十人足らずが、全方向から突進し、それを援護する遠距離砲撃が更なる苛烈さで降り注いだ。
「舐めるなぁぁ!」
レインの咆哮とともに全武装が展開し、一斉に火を噴いた。
その直後、奇妙なノイズが空気を揺らし、レインの発射したミサイル郡が錐揉みしながら、あらぬ方向へと突き刺さった。
「くそっ……ジャミングだ!黄色のどいつかだ!探せ!」
レインの砲撃が不発に陥り、近接型のアバターたちがチャンスと言わんばかりに近づいてくる。
「はっ!」
近づく敵を一人切り裂き、蹴りを放つと脚の関節部から銀色のダメージエフェクトがギラギラと輝いた。
防御力が格段に下がったことで攻撃時にも被ダメージを喰らうようになってしまっていた。
「バレット!?」
「わかってる、レイン!〈リリース・ライト〉!!」
悠然と突っ込んでくる相手に軋む脚の痛みを堪えながら溜め蹴りを放つと、ギシャっという音が響き、右脚の膝下部分が砕け散り、体力ゲージがみるみる降下していく。
「最速も走る足がなけりゃただの亀だぜ」
「だったらその亀相手に勝負するか?〈ソニック・アクセル〉」
不用意に近づいてきたアバターに向かって、加速し瞬時に上半身と下半身へと分断する。満身創痍、と言っていいほどに身体に痛みが伝わり、柄にもなく息が上がる。
「はぁ……はぁあ、モード〈カストル〉解除」
刃をしまい、拳銃に戻し、まだ懲りずにレインへとへばりつく近接型たちに向かって左脚で地を蹴る。全身の関節部から火花を上げながら、銃を構えトリガーを引き、空気の弾丸がへばりつくアバターたちを強制的に吹き飛ばす。
「パイルもクロウも足止めされてる!バレットその銃でジャミングの発生源を潰せねぇのか!?」
「生憎、こいつは射程距離が五メートルの近接型強化外装で狙撃銃じゃないんだ」
「ちっ!」
クレーターの外縁から抑揚豊かな笑い声が高らかに響いてきた。
「ははは!はははははは!!」
細い長身と二股のとんがり帽子をゆらゆら揺らし、パントマイムのような動きをしている。
「加速世界最速と呼ばれ、王の中でも貴方の速度に対応できる者がいなかったのに、なんという無様で滑稽な姿だ。脆弱な身体を晒し、成り上がりの赤を守り、裏切りの黒を庇う。そんな行動をして何の利益があるというのです?」
容赦のない侮蔑に思わず笑ってしまう。
「利益?逆に聞いてみるが、そんなことに何の価値がある?無様?滑稽?そんなので皆が守れるなら……いくらでも晒してやる!」
遠距離からの砲撃が放たれる中で、叫び声がクレーター内に響く。
その叫びに応えるかのようにクロウが、いや春雪君が小さくも力のある声で、横たわるロータスに叫んだ。
「黒の王!!あなたにとって〈加速〉は!〈ブレイン・バースト〉は!!前人未到のレベル10に到達し、この世界の先を見たいというあなたの野望はその程度のものだったんですか!たかが男一人の思い出と引き換えられるほど安いものだったんですか!人間の殻を超えようという人が……過去の後悔にとらわれて、いつまで無様に這っているつもりなんです!あなたにそんなことをしている暇はない、あらゆる障害を斬り倒し、薙ぎ払って、最後の一人になるまで突き進むと決めたはずでしょう、ブラック・ロータス!!」
横たわっていたロータスの黒いボディが、頭部の先端から徐々に四肢全体へと光が広がり満ちる。両手足四本の剣が、りいぃんと強く鳴り、ふわりと、その漆黒のアバターが直立する。
「ま、まさか……!?」
ぽつりと、レディオから小さな呟きが聞こえる。
「零化現象から……立ち上がるなんて」
立ち上がったロータスは闇色の閃光となって、こちらへと移動してくる。
「随分とボロボロじゃないか、バレット?」
「どっかの誰かさんが寝てる時に、必死になって守ってたからね」
短いやり取りを交わして戦場へとロータスが舞い戻る。
「貰ったッ、〈ワンウェイ・スロ……〉」
パイルと相対していたアバターが後ろに現れたロータスの腕を掴もうと手を伸ばすが、掴んだ瞬間、アバターの両手十本の指が切断され、地面へと零れ落ちた。
「済まんが、私に掴み系の技はたいてい効かん」
敵アバターを両断し、残りの近接型の黄のレギオンのバーストリンカーたちを薙ぎ払う。剣である両手両脚で斬り刻み、舞うように戦い続ける姿は、まさしく〈黒き死の睡蓮〉。クレーター内部の近接型アバターを殲滅し、数秒の沈黙が訪れる。
「……なぜ今更現れて、長年かけて準備した我がサーカスのカーニバルを邪魔するのです?二年間もどこぞの穴倉にこそこそと隠れつづけておきながら、なぜ?」
細長い両腕を左右に広げ、ひょいと片脚立ちになり、首をゆらゆら左右に振りながら、小刻みに笑いささやく。
「つまり、もう忘れたというのですか?あなたが裏切り、首を刎ねた我らが友のことを?……彼は今、どこで何をしているんでしょうかねぇ。二度と戻れない加速世界のことを……その原因を作ってくれたどこかの誰かのことを思い出したりしないんですかねぇ?私なら、とうてい忘れられませんよ。尋常な対戦ならともかく、あんな不意打ちじゃあ……ねぇ?」
ロータスは右腕を、黒く輝く黒曜石のエッジをレディオに向け滑らかに声を発する。
「……お前はひとつだけ勘違いをしている、イエロー・レディオ」
「ほう?何をです?まさかあれが、卑怯な不意打ちではなかったとでも?」
「違う。私にとって、お前の首が、レッド・ライダーのそれと同じ重さを持つと考えていることだ。もう一つ教えておいてやろう……私はな……」
りぃん、と右腕を真横に振り払い、ロータスが言い放つ。
「初めて会った時から、お前が大嫌いだったよ!」
ぐ、と黄の王が上体を仰け反らせ、ロータスが素早く叫ぶ。
「レイン、武装のリチャージは終わったな!?クロウ、パイル彼女を守れ!!バレット、休んでろ!!――行くぞっ!!」
クレーターの底に一条の轍を刻みながら、漆黒の王は猛然とダッシュを開始した。
「ち……休んでいいのはバレットだけかよ!」
レインが毒づきながらもミサイルポッドをじゃきっと鳴らし、外縁に残る敵の遠距離型の集団をポイントする。
パイルがレインを攻撃しようとするアバターを牽制し、クロウは外縁のスナイパーの攻撃をギリギリで避け、アンテナの外装を備えた黄系のアバターのそれを叩き、空へと飛び上がる。
その瞬間、レインが溜めていた鬱憤を吐き出すように全武装を展開し外縁へ向けて一斉に掃射した。クレーター外縁をなぞるように炎のカーテンが立ち上がり、遠距離攻撃を行っていた大半の敵が光の柱となって高く屹立した。爆音が収まり、一瞬生まれた静寂を、ロータスの烈火の如き咆哮が貫いた。
「レディオ!!」
ずばっ、と右腕の刃が漆黒の軌跡を描き、レディオの帽子の右側が分断され宙に舞う。
「ロータス!!」
怒声を叫び返し、バトン状の強化外装で反撃を見舞る。レインの強化外装の足元に座り込み、その戦闘を凝視する。
レベル9同士の戦い。サドンデスルールによって相互不可侵条約を結び、実現することのなかった戦闘が今まさに行われている。
「先輩、大丈夫ですか?」
全身の青いアーマーが所々焼け焦げ、ボロボロになっているパイルがこちらに近づいて声をかけてきた。
「見た目ほどダメージを負ってはいないよ。それより眼を離すなよ。この一戦で加速世界がまた変わるかもしれないんだ」
レベル9同士のサドンデスルールによる過酷な戦闘。勝者はレベル10へと、敗者はブレイン・バーストの永久損失。ロータスとレディオ、両者が攻撃と防御を繰り返すたびに、波紋のように衝撃波が広がり、背景を歪ませる。高威力の攻撃が連続し、地形を変える。地面は放射状にひび割れ、瓦礫の破片が飛び散り、あの空間だけが別の空間にあるとさえ錯覚する。
「……そろそろだぜ」
赤の王のつぶやきにクロウが聞き返す。
「な、何が?」
「二人の必殺技ゲージがそろそろ満タンだ。本番はここからだ」
「ロータスの必殺技は直接攻撃。レディオは幻覚系統。速さの駆け引きだ」
「つまり、黄の王の技が発動する前に、マスターの一撃が届くかどうか」
「そこが分かれ目だ!」
四人の目が二人の王へと注がれる中、ロータスの凛と声を響かせた。
「〈デス・バイ・ピアー……〉」
同時にレディオも。
「
双方同時の技名発声は、双方ともに最後の一音まで辿り着くことはなかった。
とん。
という、ごく小さな、しかし圧倒的な存在感に満ちた響きが二人の王の声を押しとどめたのだ。レディオの腹部から鋭い刃の先端が突き出し、背後には黒ずんだ銀色のアバターがゆらりと佇んでいた。
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Accel-10:The stormy princess of red-Preparedness
その場にいた全バーストリンカーの時が止まってしまったかのようだった。
レベル9同士の戦闘に割り込み、黄の王を背後から一刺ししたアバターがゆらりと、その姿を現した。黒ずんだ銀色の装甲が鈍く輝きを放つ。重量感のある中世の騎士型アバターで右手に両刃の長大な剣を携え、極端に先細りになった切っ先がレディオを背後から貫いている。
「〈災禍の鎧〉……。〈クロム・ディザスター〉」
掠れ声を漏らしてから、レインがいっそう密やかに続ける。
「なんでだ。早すぎる。丸一日は余裕があったはずなのに」
「まさか、電車の中で加速したのか!?」
フィールドには異様とも言える静寂さがあった。その静寂を一瞬で壊す者がいた。それは突如として現れた災厄クロム・ディザスターだ。
「ユルオオオオオ……!」
異様な絶叫。人間が放つことのない異質な咆哮が空気を伝わり、ここまで響き渡ってくる。突き刺したレディオを自然に、突き刺したまま持ち上げ、自身の顎を大きく開き、喰らおうとする。
「……
レディオがもがきながらも高い声で叫び、煙を上げて爆発、消滅した。その直後、五メートルほど離れた場所に煙が湧き上がり、その中からレディオが飛び出してくる。
「飢えた犬めが、飼い犬の恩も忘れて、演目を邪魔する気ですか。……いいでしょう、それほど腹が減っているなら、目の前の〈黒〉を喰らうがいい!食欲はそそらない色ですがね!!」
レディオが笑い声を上げているがいつもの余裕のある声ではない。張り詰めた緊張感のある声が響く。黒いあぎとを開閉させながらロータスとレディオの双方を順に見る動作は獣。どちらを先に喰らうか見定める野生の仕草だった。
「ルゥオオ……オオオオオオ!!」
獰猛に吠え、右手の大剣を肩へ担ぎ、巨大な鉤爪状の五指が生える左手をまっすぐに伸ばす。その瞬間に左手から何かがまっすぐ発射されるのが微かに確認できた。何かが黄のレギオンメンバーへと当たり、次の瞬間、猛烈な速度でクロム・ディザスターの左手へ吸い寄せられた。
「ルゥゥッ!!」
一声叫ぶと同時に、黒いあぎとがぐわっと開かれ、吸い寄せられたアバターを無残に喰らった。装甲など初めからないようにあっけなく身体が喰いちぎられ、最後には頭部を喰らわれ、残ったアバターの残骸が無情に光柱に溶けて分解された。
「ルウゥゥゥゥ……」
「狂犬めが……仕方ない、惜しいですが演目中断ですね。皆さん、池袋駅のリーブポイントまで撤退しなさい!!」
レディオが叫び、同時に幻惑系の必殺技でも使ったのであろう、残存するメンバーの姿が半透明に薄れ、北西の方向へと離脱していく。
「くくく……赤、そして黒、我がサーカスの楽しいカーニバルに、またいずれご招待しますよ!その犬に喰われてなお、あなたたちに戦意が残っていれば……ですがね!くくく……くふふふふ……」
遠ざかるレディオの嘲笑がフィールドに広がる中、クロム・ディザスターがすっと体を沈める。散るように逃げる黄のレギオンの構成員たちを追いかけようとする動きを見せようとしたその刹那。
「……〈デス・バイ・ピアージング〉!!」
ロータスの必殺技の発声が響いた。左腕につがえられた右腕の剣が、ヴァイオレットの輝きで膨れ上がり、一直線上に五メートルほど伸長し、その圧倒的な攻撃力が空気を歪ませた。甲高い破壊音が響いたが断ち切られたのはクロム・ディザスターのヘルメットから伸びる右側の角だけだった。
「……ほう、今のを躱すかよ」
ロータスが感心したように言い放つ。
「ユルルルゥゥゥ……」
それに対し、クロム・ディザスターが明確な怒りの唸り声を上げ、大剣を右肩に担ぎロータスを正面から、深紅の眼光を激しく瞬かせ睨みつけた。
「……まったく、これだから黒ちゃんのお守りは」
文句を言いつつも自分の口端が釣り上がるのを自覚した。重たく感じる腰を上げ、両手に持つ愛銃のグリップを強く握り直す。
「先輩行く気ですか!?」
驚きの声を上げたのはパイルだった。
「流石にロータス一人でディザスター相手は無理だよ」
「そんな、あなただってボロボロじゃないですか!」
「心配してくれてありがとう。でも、ここで座って見物しているなんて真似は俺の性分じゃないんだ。それと……シルバー・クロウ」
「え……」
「いつまで、下を見ている気だい?猛獣を前に怖気づくのもわかるけどね、彼女の傍に君がいないでどうする!」
びくつくクロウに言葉を続ける。
「ロータスが零化現象を引き起こしたのは、彼女がまだ二年前の裏切りを悔いているからだ。許せない罪と感じて彼女の闘志、勝利を求める闘争心を心の底で恐れているから」
遠くで両腕の剣を構えるロータスへ視線を向ける。
「でも、君が恐れているのは対戦で負けてしまうことだ。負けることで自分の価値が損なわれてロータスに見放せられると思い込んで。俺と対戦した時を思い出せ!敗北を恐れずにまっすぐに向かってきた君はどこへいった!!」
「やれやれ、バレット。私のセリフを取るなよ。だけど、これだけは私の口から言わせてもらうぞ、ハルユキ君!」
「キミと私を繋ぐ絆が、たかがその程度のものだと……本気で思っているのかッ!!」
その直後、自らクロム・ディザスターに斬りかかる。真っ向上段から撃ち降ろされたロータスの左腕の剣を、ディザスターの大剣が迎え撃ち、凄まじい衝撃を発生させる。両者は互角の戦いを眼前で繰り広げる。
深紅と青紫のエフェクト光が激しく迸り、今も互のHPゲージを徐々に削って合っている。だが、ディザスター共通の能力〈体力吸収〉がある五代目のほうが、アドバンテージは高い。
「なんで……逃げないんです!」
クロウから嗄れた叫び声が漏れる。
「逃げてください、先輩!」
もう一度叫ぶ。
だが、ロータスは引かない。巨剣を正面から受け、弾き返すこともできずに、地面に片膝を突く。雷鳴のような激突音とロータスの周りの地面に生じた放射状のひび割れがその攻撃力の高さを物語る。
「ユルルルォォォォォォ!!」
ディザスターが高く吼える。まるで勝利を確信したかのように。
「これはな……、私の意地だよ、ハルユキ君」
小さく、しかし重みのある声でロータスが口を開く。
「今回、私はキミの前で無様を晒したからな。キミの師として……また〈親〉として、あのままでは現実世界で会わせる顔がない」
「い……意地……?でも……負けたら、なんの……意味も……」
「それがキミの勘違いだというのだ。〈クレバーな撤退〉なんぞ犬にでも喰わせろ!そんなもの何の価値もない!いちど戦場にダイブしたならば……相手が誰だろうとひたすら戦闘あるのみだ!!」
ロータスの叫びが響き渡る。戦場に。そして彼の心にも。
彼に一歩踏み出させるために問いかける。
「さぁ、クロウ。君の翼は何のためにある」
「……大馬鹿野郎だ、僕は」
小さく吐き出された言葉。しかしそれには大きな決意が秘められていた。
「クロウ、先に行け」
クロウがその翼を広げ、思いきり飛び出した。
「レイン、援護射撃を頼む。隙ができたらでかいの一発お見舞いしてくれ」
「……なんでだよ」
「レイン?」
「なんで、てめぇらは他のレギオンの問題事に……そこまで命を掛けられる!!バーストリンカーにとって、自分以外は敵だろ。加速世界に信じるべき何ものも存在しやしねえ!!仲間、友達、軍団……そして〈親子〉の絆すら、幻想でしかねえんだよ!!」
「……それは君の本音かい、赤の王」
「な……んだと」
「君は知っているはずだ、仲間、友達、軍団……〈親子〉の絆を。なぜなら、君はディザスターを、チェリー・ルークをいいやつだったって言った。それに事前に行動が把握できたのも、君とチェリー・ルークが〈親子〉だからだろ?」
レインは黙ったままだった。その沈黙は肯定だろう。いくら同じレギオンでもリアルの情報はわからない。だがその関係がレギオンだけでなく〈親子〉ならば話は違ってくる。
「君と俺は似ているよ。自分じゃ何もできなくて、一人になるのが寂しくて、辛くて苦しい。〈親子〉を、絆を壊すことになってしまうことにある種の恐怖を感じてしまってる」
「……たった一人の〈親〉だ。この世界へ連れてきてくれた、大切な奴だからこそ、あたしはあたし自身の手で呪いから、救いたいと思ってる」
「なら、救おう。チェリー・ルークを。君は一人じゃない。ここには、仲間がいるんだ。領土に帰ればレギオンのメンバーもいる。その気になれば〈子〉だって作れる。君は独りかい?」
その問にスカーレット・レインは小さく、吹っ切れたように言葉を返した。
「……へっ!あたしを……誰だと思ってる?赤の王スカーレット・レイン様だぜ。……バレット、てめぇの強化外装でディザスターを上空に吹き飛ばせ!そこに必殺技を一発ぶち込んでやる!」
「ここまできたら行くところまで行きますよ」
「パイル、二人で挟むぞ。吹き飛ばしたら逃げられないように杭で貫け!」
「はい!」
二人で駆け出す。片脚といってもパイルより速くロータスとクロウ、そしてディザスターがいる場所へと着く。
「随分熱心にあの小娘と話していたじゃないか」
「皮肉と苦情は後にしてくれ、ロータス」
「ならば、現実世界に帰ってからだ。そうだな……シュークリームでもご馳走になろうかな」
「はいはい。ロータスとクロウはあいつの注意を集めろ。隙を突いたらパイルと俺が奴を捕獲する。逃亡したらクロウ頼む」
「解りました!」
「では、各自……いくぞ!!」
ロータスが掛け声とともに駆け出す。姿はボロボロだがその闘志が衰えている様子はない。ダッシュからの両腕による凄まじい斬撃がディザスターに襲いかかる。それに危険を感じたのか、大剣を振るいながらもディザスターが少しずつ押され始める。そこへ空中からクロウが高速で飛来し、ディザスターへダイブ大剣を盾にダイブを防ごうとするが激しい轟音と銀と深紅のエフェクト光とともに大剣がひび割れ、砕け散った。ダイブの衝撃によりディザスターの体がゴロゴロと地面を抉りながら転がっていく。
「今!」
握り締めた双銃を弓を引くように構えディザスターへ向ける。転がりながらもこちらに視線を向け今にも飛びかかって来る勢いのディザスターへトリガーを引く。
「吹き飛べっ〈エア・バレル・アロー〉!!」
銃口から放たれた空気の矢が銀色のエフェクト光を輝かせ、ディザスターを宙へと浮き上がらせた。
「〈ライトニング・シアン・スパイク〉!!」
ディザスターの浮き上がった黒銀の装甲にパイルの杭が深く突き刺さり、宙に固定された。
「ルオォォォォォォ!!」
獣の声が響き渡る中、真紅の巨体を持つレインの両脇の長大な主砲がガキンっと音を立てて狙いをつけた。
「〈ヒートブラスト・サチュレーション〉!!」
ぎゅああっと聴覚につんざくような共鳴音を轟かせ、真紅の火線が伸び上がりディザスターをパイルの杭ごと焼き尽くす。固定されていた体が杭がなくなったことで宙からガシャンっと金属音を響かせ地面へと落ちた。それでもなお、血の色のような光を全身から零し、四肢を動かしているのを見ると耐久力は計り知れない。
「これで……終わりにしよう、チェリー」
全身の強化外装を外したレインが自身の拳銃を携え、こちらへとよって来る。
ロータスとクロウ、パイルも警戒しながら歩みより完全にディザスターを包囲する。
それを見てなのかディザスターの地面に突かれていた左腕がよろよろと持ち上がり、許しを請うかのように掌がレインへ向けられた。
だが、それは間違いだということに気付く。掌からチカっと赤い線が瞬き伸びていくのを認識してしまったからだ。
「ちっ!」
レインにそれが届ききる前になんとかステップし、タックルでレインを軌道上から外す。
「っ!?何すんだバレッ」
レインの言葉が詰まる。それもそうだろう。今、俺のアバターは瀕死状態だったディザスターに片脚を掴まれ逆さ吊りにされている。
「ルオォォォォォォ!!」
大きく開かれた顎が咆哮とともに身体を喰らおうと迫る。
「片脚はくれてやる!」
掴まれている脚のつけ根目掛けてジェミニーズのトリガーを引く。高い金属音と自分の体が地面に転がる音が鳴り響く。
「ぐぅ!」
流石に痛覚二倍の無制限フィールドだけあり意識を失いそうになる。
「先輩!」
「構うな!!奴が逃げるぞ!」
掴んだ片脚を貪り、ディザスターが片手を上げ、驚異的なスピードで斜め上方向に舞い上がった。ほとんど倒壊しかけたビルの上部から突き出した鉄骨に、がしっとディザスターが取り付き、もう一度、高く跳ね上がり、その姿を小さくさせていく。
「っ!サンシャインシティのリーブポイントからログアウトする気だ。ここで逃したら……もう次のチャンスはねぇ……」
「なら……ニコが追いつくまで、ディザスターはオレが押さえる」
クロウが覚悟を決めたように声を出した。
「ハル……」
「一人じゃ無理だ!傷ついてると言ってもまだあれだけ動けるんだ。掴まれたら逆に喰われるぞ!」
「その時は喰われるまでだ!それに少しでも時間が稼げればニコも、いやみんなも来てくれるって信じてるから」
「よく言った、ハルユキ君。さあ行くんだ。私達もすぐに追いつく」
「はい!」
白銀の翼が広がり、クロウが一直線に離陸する。建ち並ぶビルの群れの合間をすり抜けて。
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Accel-11:The stormy princess of red-Phosphorescence
シルバー・クロウがクロム・ディザスターを追いかけビル郡の合間を縫うように飛んでいく。
「さて、皆準備はいいか?」
「パイル、すまないが肩を貸してくれるかい。流石にこの両脚じゃ移動もできやしない」
「それぐらいお安い御用ですよ」
「バレット、君は休んでいるといい。肉体的と言ってもこちらではアバター、つまりは部位欠損が治るわけではないが少しでも精神面を休ませてくれ」
「ああ……そうさせてもらう、よ」
ロータスの言葉に身体から力が抜ける。まるで、深い眠りにつくようにそこで意識が途切れた。
『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも甦る』
悲痛なる叫びが脳内で何度も響く。
幾多の傷を刻み込んだ黒銀の鎧に身を包んだアバターが最後に叫んだ言葉はそれだった。
そして、発光する微細なコードの連なりが無数のリボンのようにばらりと分解され、加速世界の空へと溶けていく。
「……これで、本当によかったのか」
隣にいた青の騎士にでも、誰に言うのでもない。そんな小さな呟きが昇っていくコードの連なりとともに空へと溶けていく。
『あら?バレット、また来たの』
世界の全てが見渡せる場所。地上三三三メートルは旧東京タワー。一歩踏み出せば地上まで真っ逆さま。そんなところに彼女は住んでいた。空色、スカイブルーの装甲は近接の青に属する。しかし彼女が所属するのは青のレギオンではない。
『黙ってるなんてひどいわね』
「ここはリーブポイントで、この世界が見渡せる唯一の場所だ。俺がここにいたって不思議じゃない」
『ふふ、それもそうね。でもね、バレット。貴方、私がいつ加速してもここでボーっとしてるじゃない。何日ここでそう過ごしているの?』
「半年」
『そこまで貴方がこの世界に居続ける理由は』
「うるさいぞ。理由があるにしろ、ないにしろ、あんたには関係ないだろ!」
『心配しているのに、その態度はいけないわ』
次の瞬間、俺の身体は重力に従い一直線で地上に落下していった。
世界が見渡せるこの場所に寄り添う二つの影。
旧東京タワーの頂上、天空の庭園、そんな言葉が似合う場所で二つの影は世界を見渡していた。
『ねぇ、バレット』
「なんだよ」
『私がこの両の脚を失ってでも空を飛びたいと願っているなら、貴方は……どう思う?』
「俺はそれに答えられない。それは……かつての救われず、報われない俺だから」
『そう、でしたね。少し意地悪でした』
「でも、君はそんな俺に声をかけ続けてくれた。君の言葉に、行動に俺は救われた。だからさ、君が願うなら、俺は君に空を願っていて続けて欲しい、レイカー」
ふと、意識が押し上げられる。瞼を上げると、鮮やかなシアンブルーの鎧が視界に入ってきた。それと同時にささやかな銃声が聴覚に届いた。それは多分〈断罪の一撃〉。銃声のした方向から微細な光が空へと昇っていく。チェリー・ルークを構成する全情報がアバターから解かれ、分かれて宵闇の空へと溶かし消えていく。ポイント全損者はこうして加速世界から消えていくのだ。そこには何もなかったかのように。
「無事に、終わったみたいだな」
「先輩いつから」
「今さっきだよ。随分と長く寝てたみたいだ」
「バレットが寝ていたのはほんの数分だ。状態はどうだ?」
「もとより身体は回復しないから、万全とは言い難いけど疲れの方は大丈夫だ。それよりいいのか?」
「何がだ?」
疑問符を浮かべるロータスへ言葉を送る。
「クロウとレインが二人っきりだ。心を痛めた少女。優しく声をかける少年。いつ恋が始まるかわからない状態だ。パイルもそう思わないか?」
「へっ!?いや、まぁそれだけ聞けば始まってもおかしくは」
パイルの返答を待たず、漆黒のアバターはホバー移動で駆けていく。
「……いいんですか?」
「何が?」
「はぁ……。なにはともあれ合流しましょう」
溜息を吐きながらそう言ったパイルの背中に担がれクロウ達と合流する。
「先輩、それにタク」
「クロウ、うまくやったみたいだね。ご苦労様」
「いえ、僕の一人じゃ全然」
「それでもチェリー・ルークを救えたのは君がいたからだ」
「そうだよ、ハル」
「それはさて置き、スカーレット・レイン。貴様、私達に言うべき言葉があるんじゃないか?」
「……」
しばしぷるぷると右拳を震わせていたレインは、やがてぷいっと顔を背け。
「アンガトヨ」
「おい、それだけか!……まったく、これだから子供は……」
「て、てめーこそ、あたしらが苦労してバトってるあいだ、無様に寝っ転がってたじゃねーかよ!」
「……なんだと?」
「なんだ、やっか?」
互いに顔を突き合わせ、赤と青紫の火花を散らす二人の王を、クロウとパイルがまあまあと必死に押し合わせる。
――と。
不意に一際強い風がサンシャインシティの巨塔を吹き降ろしてくる。
「お」とレインが呟き、続けてロータスが、
「ほら、ハルユキ君、見たまえ。〈変遷〉だ」
「へ……へんせん?」
クロウが聞き返すが、それよりも早く、世界がその全貌を急速に変えていった。
青黒い鉄鋼により築かれていた宵闇の都〈魔都〉フィールドが東の方面から、オーロラのようなヴェールによって覆われていく。硬く冷たい鋼材の街並みが、太い幹を持つ大樹の連なりへと姿を変え、その樹に生い茂る幾重の葉が、夜闇の中で薄い燐光に包まれ、森の底を照らし出す。
「最初にこのフィールドにダイブした時、私が属性は〈混沌〉だと言ったろう」
「え……ええ、そう言えば……」
「〈混沌〉とは無制限中立フィールドのみ発生する一定時間で移り変わり。それを〈変遷〉と言うんだけど、フィールドはランダムに選ばれ、その期間も一定時間とはいうが若干の誤差もある」
「しかし、君は運がいいぞ、こんなに美しい姿を見せてくれることはそうそうない」
「ええ……、ええ」
「……もう一回抱えて飛んでくれよ、と言いたいとこだけどな。〈変遷〉が起きるとエネミーもごっそり再湧出すっからな、今うろつくと危ねぇ。ここは、大人しく帰ろうぜ」
レインの言葉にロータスも頷く。
「そうしよう。……おっと、その前に。大事なことを忘れるところだった」
ぐるりと一同を見渡し、厳しさを増した声で続ける。
「……全員、ステータス画面を開き、アイテムストレージを確認しろ。そしてそこに〈災禍の鎧〉があったならば……絶対に消し去れ。二度と、同じことが起きないように」
一時的にパイルの背から下ろさせてもらい、樹の幹に背を預ける。ステータス画面からアイテムストレージへと移動し確認する。ストレージ内はこれまでに手に入れ、使用してないアイテムの文字列が並んでいるが、それ以外は何もない。増えもせず減りもしていない。
「……ありません」
クロウの言葉に続き、残りの三人、そして俺もストレージ内に鎧が存在しないことを確認し、一瞬沈黙した。
この中の誰かが秘匿していた場合、鎧は消滅していない。だが、この中の全員があの鎧の〈災禍の鎧〉が災禍たる事実を知っているのだ。疑うまでもなく、〈災禍の鎧〉はこの加速世界から消滅しただろう。
「消えたんです、今度こそ」
「よし、黄の王との決着は次回以降に持ち越しだが、とりあえずこれで――ミッション・コンプリートだ。さあ、帰って祝杯を上げようじゃないか」
「おっ、じゃあシャンパン開けようぜシャンパン」
「馬鹿者、子供はジュースを飲め」
「フランス産のいい葡萄ジュースだったらあるけど」
「それ頂き!」
またしても言い合いをしながら、二人の王が歩き出す。世界樹の根元には大きく洞が開き、その奥に、渦を巻きながら青く輝くサンシャインの〈離脱ポイント〉が見える。
「ん?」
「どうかしたの、ハル?」
「いや、なんでも!……あー、なんか普通の〈対戦〉の十倍疲れたよ。ハラへって……もうだめ……」
「おいおい、言っとくけど、現実世界じゃほんの何秒か前にケーキ食べたばっかだよぼくたち」
「げー、忘れてた……」
「夕御飯は豪勢にしよう。祝杯なんだからね」
そんな会話をしながら半球状のドーム内、その中央に浮かぶ青いポータルへと進んで行く。
そして、ゆっくりと回転するポータルにパイルとともに飛び込む。
その瞬間、加速されている意識が現実に引き戻される一瞬、懐かしくも朧げで、小さくも優しい声が聞こえた気がした。
――マダ……終ワッテナイワ……。
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Accel-12:The stormy princess of red-Gratitude and bonds
土曜日、午後四時。学校屋上に設置されたベンチから腰を上げる。
「ふぅ」
「お疲れ様でした」
ベンチに腰をかけながらそう言ったのは拓武君だった。
「今日の功績は春雪君だよ」
思い出すのは先ほどまで繰り広げられていた杉並第三戦区での領土戦。その戦いの中、春雪君の操るシルバー・クロウは赤系の遠距離狙撃、つまりはスナイパーの攻撃を空中で回避し見事にその相手を戦闘不能にしたのだ。
「照準維持が高い相手でしたね」
「多分、そういったアビリティでも持っていたんだろう」
「ぼくも頑張らないと」
「焦ってもいいことなんてないさ。じっくりと強くなっていけばいい」
そう言ってまだ寒さの残る空を大きく仰いだ。
自宅マンションのドアを開けると見慣れぬ靴が玄関に並んでいた。そもそも一人暮らしをしているのだから見慣れない靴があること自体が不審なのだが。
「……泥棒か?」
そう呟くが違うだろう。見慣れぬ靴はどう見ても子供サイズで女の子が履くような可愛らしいデザインのものなのだから。
それに何故か甘い匂いが玄関に漂ってきている。お菓子作り、料理全般が一種の趣味と化している生活だがここまで匂いがしているということは、絶賛誰かがキッチンで何かを作っているのだ。まぁ犯人の目星くらいはついている。
リビングへと続く扉を開きキッチンの方へと視線を向けてみる。
「お帰りなさい、おにいちゃん!」
キッチンに立っていたのは真っ赤な出で立ちの女の子。〈
「ニコ、どうやってドア開けた?」
「あれ?あんまし驚かねぇな。クロウはめちゃめちゃ驚いてたんだけどな」
天使のような笑顔から面白くなさそうに不満げな表情へ変化させる。
「結構セキュリティは高いんだけどね」
「細かいことに拘んなよ。つっても簡単なんだけどな。お前の母親にメール送っ」
「ああ、いい。なんとなくわかった。というか聞きたくない」
多分だがこの後母親から変に興奮した通信が入るのは必須だろう。
「まあこんな話をするために来たんじゃなかったっけ」
「で、用件は?」
「ディザスターの事後報告だよ。クロウのやつにはもう済ませたんだが、お前にも報告しておいてやるよ」
「黒ちゃんには?」
「黒いの、ロータスにはメールで済ませちまったよ」
「何だかんだで連絡先の交換はしてたのか」
「うるせぇ!……で報告だけどな、ゆうべ、黒以外の五人の王連中に、ディザスターを処刑したことを通達した。レディオの野郎が〈鎧〉をガメていた事も問題にしたかったけど、証拠がねぇからな。まあこれでこの一件は手打ちっつうことだ」
「〈災禍の鎧〉についてはそれだけ?もう少し面倒なことになっているのかと思ったけど」
青や緑のレギオンはともかく、紫も大人しくしてとは。黄色のレギオン〈クリプト・コズミック・サーカス〉が出張ってこなかったのは自分たちがその場にいた事を言及されたくないからだろうけど。
「それだけだよ。報告だけならメールで済ませて終わりだったんだけどな……なんつーか、礼だよ」
「礼?」
「クロウは当然として、バレットは身体の四肢分くらいには感謝があるからよ。クロウにはクッキー渡してやったんだが、お前には用意すんの忘れててな」
「だからって人の家のキッチンで作らなくても」
「食材も器具も十分に揃ってて不自由はなかったぜ」
ドヤ顔のニコがキッチンに置かれたゴミ箱の方へ視線を流す。バターに砂糖、小麦粉とお菓子作りの材料が空っぽの状態で放り込まれていた。
「おいおい、寮の門限は?」
リンカーの時刻表示は午後六時を回っている。小学生の生活基準から考えて寮の門限はとっくに過ぎているだろう。
「んなもん外泊届学校に出したからねえよ」
呆気からんと言い切るニコには溜息しか出ない。
「また春雪君の家かい?」
「そうだよ。今日の晩御飯何にしよっか?」
「はぁ……春雪君を呼んできてくれ。晩御飯は唐揚げととんかつ、どっちがいい?」
年相応の笑顔を浮かべたニコにそんな質問を返して〈災禍の鎧〉〈五代目クロム・ディザスター〉にまつわる事件は閉幕を迎えた。
彼女の感謝の中に黒のレギオン全体への感謝が見えたのはここだけの秘密だ。
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再会と新風
Accel-13: The plunderer of twilight‐Foot step
五代目クロム・ディザスター討伐から時間は経ち、季節は春へと移り変わった。
私立梅郷中学校でも新学期の春としてただいま入学式が行われていた。全校生徒三六○人の視線は壇上に立ち、凛とした声で語る人物へと注がれていた。
「……諸君の大多数は、いま期待と不安を等しく感じているだろう。ことに新入学生の皆は、見知らぬ校舎、見知らぬ上級生に大いに戸惑っているかもしれない。しかし、考えてほしい。今君たちの後ろですまし顔をしている者たちも、一年前、二年前は君たちとまったく同じ不安を抱えて同じ場所に座っていたのだ……」
壇上で雄弁に語る女子生徒は言わずもがな黒雪姫だ。生徒会に所属している彼女が入学式で挨拶するのは必然ではあるが、どこか背伸びをしているようでどうにも笑えるのは気のせいだろうか。
「……一年間、換算すれば三一五三万六千秒、その時間は膨大なようで過ぎ去ってしまえば一瞬だ。どうか実り多き一年を過ごしてくれたまえ。それでは、以上で私の挨拶を終わる」
頭を下げ、長い黒髪をさっと振り広げて体を戻した黒雪姫が、後ろに並ぶ生徒会メンバーの列に加わった。
入学式を終え新しいクラスへと足を進める最中、後ろから声をかけられた。無論知っている人物だ。先程まで壇上に立っていた黒雪姫だ。
「どうした?」
「何どうということでもないさ。ただ気になることがあってね」
「……バーストリンカーか」
「ああ。杞憂、考え過ぎかもしれないが新入生の中にいるかもしれん。入学式の最中にバーストリンカー特有の視線を感じた」
「マッチングリストの確認は?」
「新入生にローカルネット、アカウント配布があるのがクラス移動直後だ。教室へついてから確認しようと思っていたが、ユーの姿が見えたからね」
「なら具体的な話は後でしよう。教室は?」
「気づいてなかったのか?ユーと私は同じクラスだぞ」
はっと声をかけようとするが黒雪姫は「ではな」と言い残し教室へと入っていってしまった。無論僕の教室も同じ教室なのだが。
『さっき加速してリストを確認したが新たに増えていたのはレベル1の〈ライム・ベル〉だけだったよ』
同じ教室内だが加速世界のことは無闇に話せないので、思考発声で黒雪姫に連絡をとる。
『レベル1……それは多分倉島君だろう。ライムということは彩度の高い緑系統。私が感じたのは中堅かそれ以上の視線だ』
『状況から考えてレギオンに誘うのかい?』
『それについては私も考えるものがあってね。……少々倉島君と話すべきではないかと思っていたところだ』
『春雪君のことかい?』
『ん……まぁ、そうだが。というかユー、読心術アビリティでも身につけたのか?』
『種明かしをすれば、新聞部?の取材で色々聞かれたから情報料として黒ちゃんの噂をちょろっとね。去年の秋に校門前で言い合いしたらしいじゃないか』
『それについてはもう解決している……と信じたいが』
『何にせよ、話さなきゃ伝わらないことは多いからね』
『ユー、君がそれを言うのか?』
黒雪姫との通信を切り、最後の言葉だけがエコーのように脳内に響く。
「そんなの……わかってるさ」
所詮は独り言。そんな独り言も脳内に響き続けた。
そんな繰り返される独り言も放課後に呼び出された出来事でどこぞの彼方へと吹き飛ばされた。
「〈回復アビリティ〉だと!?」
「ええ……先輩にも伝えておくのがベストだと思って」
「もう!なんなのよ!タッくんも先輩もそんな大げさに驚いて」
回復能力。いわゆる〈回復術師〉は他のゲーム、一般向けに発売されているゲームでは割とポピュラーな職種、能力と言えるだろう。
「倉嶋君、ブレインバーストのジャンル区分はわかるかい?」
「え……たしか、対戦格闘ゲームでしたよね」
「そう。しかも現実のソーシャルカメラから現在地を割り出し戦う、遭遇戦。シングル、タッグ、そして領土戦。シングルで戦うには回復能力は実力が拮抗していなければさほど重要ではないんだ。むしろ問題はタッグ戦と領土戦。倉嶋君が対戦ゲームで必死になって相手の体力を削ったとする。もしその相手が何事もなく体力を回復させて戻ってきたら?」
「そりゃあ、ひどいと……あ」
「理解してくれてなによりだよ」
「でも、その〈回復能力〉なんて何十人でも持ってるんじゃ」
「そこなんだ。このブレインバーストが配布され丸七年以上経つけど〈回復能力〉それに置き換わる能力を持っていたアバターはこれまでに二人。一人はブレインバーストを強制アンインストールし、永久退場。もう一人は健在。この稀少さが問題にも直結してくるんだ」
「……私はどうすれば?」
「しばらくはグローバルネットへの接続は控えておくこと。基本的なレクチャーは拓武君と春雪君に。レギオンには強制ではないけどネガ・ネビュラスに入ってくれると助かる。最終判断は倉嶋君、君に任せるよ」
「……はい」
「すみません。四日先には修学旅行もあるのに」
「いや、気にしないでくれよ。大事な後輩の相談ぐらい普通のことだよ」
笑顔で返答するが、〈回復アビリティ〉というのが大きな問題だ。拓武君が言ったように四日先には修学旅行もある。問題の先送りは余りできないだろう。
倉嶋君の問題から二日後の金曜日放課後、いつもなら拓武君と特訓をしているのだが今日の特訓はなしだ。理由としては今週末の修学旅行で必要なものを買いに行くためだ。
自宅へ戻り、バイクで移動する。マンション下のショッピングモールで済ませてもよかったのだがバイクに一週間も乗れなくなるのは少し遠慮したい。目的地は杉並区の隣、中野区は中野ブロードウェイ。
中野区は赤のレギオン〈プロミネンス〉と青のレギオン〈レオニーズ〉の分割領土で中央本線辺りを堺に上を赤、下を青と分けてある。中野ブロードウェイは赤の領土なので心配はないだろう。無期限停戦を取り付けているとはいえ、それは領土戦だけの話だ。中野区に侵入すれば五分を待たずに対戦を申し込まれるだろうが、それについては対策がないわけでもない。杉並と中野の境界、中央本線横にある公園横にバイクを止める。目的の人物は手を振りながらベンチへと腰を下ろしていた。
「どうも。待ったかな」
そんな言葉にベンチで待っていた少女は口を開いた。
「別に待ってねぇよ。ちょこちょこ対戦挑まれて少しウザかったけどな」
見た目とは裏腹な言動。紺色の制服にランドセルを背負った赤毛の女の子。〈プロミネンス〉はリーダー、赤の王ことスカーレット・レイン、上月由仁子がそこにはいた。
「いきなり電話してきてちょっと付き合えなんて言われて何かと思えば、買い物の付き添いかよ。停戦中とはいえ、人をリンカー避けか何かと勘違いしてんじゃねぇか?」
「僕もあまり使いたくはなかったんだけどね。知り合いがいるなら頼るようにしているんだ。それに〈三獣士〉とは戦いたくないからね」
「ちっ……しゃーねぇな。それより、口調はどうにかできないのかよ。加速してる時とは別人みたいできもちわりぃ」
「別段意識して変えているつもりはないんだけどね。それよりも寮の門限もあることだし早く済ませようか」
「それは大丈夫だ。なにせあたしはこれで帰るからな。しかも問題の〈三獣士〉云々は早々に解決だ」
ニコの発言に少し固まる。目の前の少女はいきなり帰ると言わなかっただろうか。
「すまないニコ。リンカーの調子が悪いみたいだ。もう一度」
「だから、あたしは帰るって言ったんだよ。じゃあな」
スタスタと公園から出ようとするニコを追いかけるために彼女の後を追う。がそれが間違えだった。公園から出た瞬間、グローバルネットが警告とともに中野区に切り替わる。
その切り替わりと同時に聞きなれた加速音と【HERO COMES A NEW CHALLENGER!!】の文字列が視界に広がった。
フィールドは〈世紀末〉ステージ。ボロボロの建物や炎を上げるドラム缶、ズタズタのアスファルト道路。戦うステージとしては雰囲気は十分。
「くっ、やられた」
「人聞きの悪い言い方すんなよ。こっちは別に悪気があって嵌めたんじゃねぇんだからな」
そんな言葉を発したのは朱色の輝きを放つ小柄なF型アバター〈スカーレット・レイン〉だった。普段ギャラリーにまわることの少ない彼女がギャラリー側で倒壊しそうなビルの屋上に座り込み呑気に頬杖をついている。
「こっちもこっちで色々あんだよ。あたしの学校は練馬区。隣とはいえ中野区はちと遠いんだよ。それで悩んでたらその役変わるって奴が出てきてな」
「おい……まさかさっきの云々解決ってのは」
「そう。私がレインの変わり。K?」
所々を省略した独特の言い回し。懐かしい口調にため息が出る。
「……キティか」
対戦相手のネームは〈ブラッド・レパード〉。赤のレギオン〈プロミネンス〉が抱える幹部〈三獣士〉の一人、
「?どうかした?」
「はぁ……。こないだの言葉、レインから聞いてないわけじゃないだろ」
「NP。これは私がレインに頼んだ事。バレットは悪くない。K?」
「悪くないじゃない。レインはこっちのリアル情報を知っているから会っていたんだ。キティもリアル割れするんだぞ」
「それこそNP。私はバレット、あなたにならリアルで会ってもいいと思っていた。それにレインのリアルを知っているなら私もリアルを知らせるべき」
昔からだ。こういう頑固者というか言い出したら聞かないのは。しかもその理論なら赤のレギオン全員リアルを知らせなければならなくなるぞ。
「それに問題があるのはバレット貴方の方。その両脚はどうしたの?最後にあった時の記憶と随分違う」
キティの視線は両脚へ向けられていた。
「レギオン解散……いや、壊滅時にね。後で詳しく話すさ。と言っても大筋の顛末は聞いてるんじゃないのか?」
「それはそれ。私は貴方の口から聞いてみたい」
「OK。ならこのバトルをドローで終わらせよう」
「NP。中野駅北口で待ってる。K?」
キティの言葉に頷き、B・Bインスト画面からドロー申請のボタンを押した。
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