Duhsasana Gita (ひとつ)
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生前編
1 瓶の中から産まれる話


見切り発車。ある曲に触発されてインドが急に書きたくなったんだ……すまない。


 ーー私が、私をようやく認識したのは真っ暗で冷たいところに蹲っている時だった。

 

 状況を確認しようと動こうとするが何かが詰まっているようでなかなか簡単に動けそうにはない。何か、本来あるべき場所に居ないような無理矢理はめ込まれたかのような気持ち悪さに、僅かな身動きで脱出を図ろうとする。

 

 

 

 やっと頭上に僅かな開放感を感じ、上へ上へと身体を押し出し、

 

 

 

 

 

 ーそうして私は今生で初めての呼吸に泣いた。

 

 悲しくも無いのに本能のままに泣く私の身体をとても暖かな腕が包み込んだ。母親の腕と認識するのは遅くはなかった。頬を擽る太い指は父親で間違いないのだろう。

 

 「元気に生まれてきてくれてありがとう。私の愛しい子達…。」

 「子供というのは、暖かいな。」

 

 そこで、私は一緒に泣く者がいたことに気付いた。同じように腕に包まれている者を見れば、黒曜石のような瞳とパチリと目が合い、2人とも同時に泣くのをやめた。

 

 途端、何かの吠え声が響く。

 明らかに室内であると言うのに、すぐ近くにいるかのような肉食獣の叫びと共に、部屋の外で慌ただしく動く人の気配がした。

 

 扉が勢いよく開くと何人もの人間が父親に迫っていった。

 

 「王様、なりません!このような不吉な兆候と共に生まれてきた子は一族を滅ぼしてしまいます!今すぐにどこかにお捨てになるべきです。」

 「控えよ。私の子供だ。それに何故この子達が一族を滅ぼすと決まっている。我らにとっての凶兆ではなく敵にとっての凶兆かもしれぬと言うのに。」

 「王様!」

 

 王妃の体に障るから、と家臣と思わしき者を全て追い払ってから父親はようやく座るまで長い時がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ドゥフシャーサナ。」

 「な、んだ?」

 

 とんとんと軽く左肩を叩かれ振り向くとーーいや、振り向こうとしたが直感的に右に振り向いた。

 

 案の定、左肩に置かれた手の人差し指は立っており、そのまま振り向いていたら頬に刺さっていだろう。見抜かれたことにドゥルヨーダナはムッとしていた。

 

 「つまらない奴だな。他の弟達は皆、引っかかるというのに。」

 「貴方が何をしてくるか察することくらい難しくない。」

 「それは俺が単純だと言いたいのか?……おい、笑うな。」

 

 ドゥルヨーダナが今日も部屋に持ってきた本は、私が出した要望通りで、それは明らかに運ぶのに苦労する量だった。私のために苦労してここまで来てくれたその事実に、やはり毎度のことながら嬉しさが滲んでしまうのはどうしようもないことなのだ。

 

 じっと見つめ続けると黒曜石の瞳が揺れた。その曇のない瞳の映す私の顔と、ドゥルヨーダナの顔はよく鏡写しだと母親は言っていた。

 

 「ドゥルヨーダナ。そろそろ私は外を見たい。」

 

 手元にあった読みかけの本に栞を挟んで立ち上がって私は窓から外を眺めた。そこから眺める街の風景はいつも賑わっていて、今日もその例外ではない。

 

 私を置いて外はいつも賑やかと相場が決まっている。私はただ、歌を歌ったり楽器を弾いたりして音だけでも外に逃がすことしか出来ない。

 

 「駄目だ。あんな場所居ても辛くなるだけだ。お前には行かせない。」

 「貴方に耐えられるなら私に耐えられない道理がない。」

 「何でそんなに自信だけはあるんだ……。」

 

 勉強も武術もこの部屋の中でならやれることはやった。もうここでこれ以上学ぶことはない。それはもう、ドゥルヨーダナも分かっているだろうに。

 

 「…それでも駄目だ。」

 「そう、か。」

 

 私の片割れはどうにも頑固らしい。

 

 

 

 

 

 近々、王家主催の競技会が開かれると決まったようでどうやら部屋の外が騒がしい。毎日耳を傾けてきたおかげで大分遠くの話し声まで拾えるようになった私の耳は、浮き足立った民達の興奮を感じ取った。

 

 「パーンダヴァ五兄弟か。」

 「何?!」

 

 民衆の期待高まる中、頻繁に出てくる言葉を呟くと部屋で茶を飲んでいたドゥルヨーダナが手から器ごと茶を落とし驚愕の声を漏らした。

 

 「あいつらに何かされたのか!ここの警備は厳重にさせていたはずなのだが、あの忌々しい兄弟の事だ。何かあってもおかしくない。何かある前に俺に」

 「ドゥルヨーダナ。」

 

 相も変わらず過保護な片割れの落とした器を拾って机に置く。近くにあった清潔な布で軽く拭いてから、茶をまた注いだ。

 

 「私はまだ貴方と弟達と母上と父上くらいにしか会ったことがない。最近よく聞く名前だと、そう思って声に出ただけだ。」

 「……そうか。そうならいいが。あいつらと違って俺達は人間なの……だ、から……ーー」

 

 茶に入れた睡眠薬がドゥルヨーダナの眠りを誘い意識を奪う。ゆっくりと硬い床に倒れ込む前に支え、寝床まで運んで毛布を掛けた。

 

 きっととても怒るに違いない。睡眠薬を盛った事ではなく、自らを外の世界の危険に晒す事に。でもこのまま籠の中で大切に飼われ続けるよりは幾万倍もましだ。

 

 私は顔の下半分を覆うように布を着け、窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 ああ、なんて。

 なんて外はこんなにも明るいのだろう。大地を踏みしめる感覚が愛おしい。日を浴びる感覚が愛おしい。そこかしこに飛び交う怒声が人の生気を感じさせる。王宮の鬱屈とした雰囲気とは正反対だ。

 

 綺麗ではない。だがそこがいい。

 人間味のある人の営みが、こんな間近で見れることが、片割れを騙した罪悪感を少しの間忘れさせてくれた。

 

 「痛っ。」

 

 向こうから走ってきた少年に軽くぶつかられた。ああこういう事もあるのかとまた嬉しくなった。昔読んだ本にそんな手口で盗みを行うことがあるとあった。大したお金は持っていないし、あの少年の罪を責めるつもりもない。振り向くことも追うこともせず、私は前へ進んだ。何がこの先あるのだろうか、と。

 

 「失礼。そこのお嬢さん。」

 

 振り向くと背の高いガッシリとした肩幅の赤い短く切りそろえられた髪の男が立っていた。男の差し出した手のひらには先ほど少年に盗まれた筈の財布……を含む複数の貴重品と思わしきものが乗っていた。無論、それらは見覚えなどある筈がない。

 

 「さっきお嬢さんから物を盗んだガキから取り返してきたんだが、この中にあるか?」

 「ああ、有る。ありがとう。」

 

 あの少年は早々に罪を償うことになったのだな、と思いつつ自分の物を受け取ると男は誇らしげに笑った。別に少年がどうなったかまではあまり気にならない。自分でやったことには全て其れ相応のお返しが来るのだから。それが良いことにしろ悪いことにしろ。

 

 ふと、気付く。男の手のひらは、決して綺麗ではなかったがそれは水仕事によるものでなく、武術をやっている者の手に見えた。ドゥルヨーダナと同じようなタコのつき方に、みすぼらしく見せているがその着ている服の素材が上質なものだと一目でわかる。

 

 「……貴方は」

 「?何だ?」

 

 乱暴な言葉に似合わず所作に気品に似たものを感じる男に誰なのか、口に出そうとして、やめた。下手な蛇を突いて迷惑を被るのは確実に私だ。変わりに他の疑問をぶつける。

 

 「その残りの盗品の持ち主の居場所は分かるのか?」

 「……しまった。」

 「見当もつかないのか?なのに持ってきたのか?」

 「…すまねぇな。全く分からん。」

 

 全く知らないのに持ってきてしまったらしい。先程まで誇らしげにしていたのに急にオロオロと慌てだした男を見捨てる…わけにも、行かないだろうな。

 

 「これも何かの縁だろうし手伝おう。幸いにもこの時期に人が集まっている場所は一つに決まっているし、そこで持ち主を探せばいいのではないだろうか。」

 

 するとピタリと動きを止め、首を軋ませながらこちらを向く男が今度は感動からか涙を流し始めた。

 

 「あ゛り゛か゛と゛う゛」

 「大丈夫…か?」

 

 なかなか迫力のある顔で子供みたいに泣くのだからこっちが困る。落ち着いてから行くか。

 

 

 

 

 

「何とか見つかったな!あと一人!」

 

 人の集まる競技場付近でひたすら人に聞いていくこと数刻。この男の言う通り、元の持ち主の4人にそれぞれの物を返す段まで行き、残すところあと一人になった。これだけ人が集まってる中だからこそ、逆にとんと見つからないかもしれないと思って途中で切り上げることも頭に入れて探し始めたのだが、予想に反しトントン拍子で男が見つけた。なぜか私が聞いても多くの人が知らないというのに男が聞いた人は何かしら情報を持っているのだ。

 これは私はいらなかったのでは?と普通に思った。

 

「なんか、申し訳無い。」

「ン?気にすんな。俺の運が良かったってだけだろ?それにお嬢さんが楽しそうだったから、俺もなんか楽しかったし。」

 

 日が傾きかけた広場でまるで口説くかのような言葉を口にする名前も知らない男は、本当に心底そう思っているようだった。

 

「あと一人見つける前に、少し休憩するか?」

「お、いいなそれ。さっき見つけた酒場でーー」

 

 

 

 

「ーーーーーーーーAh」

 

 歌い出しは静かに。でも期待を秘めて。まだこの町が一日の準備をしている朝のように。一歩一歩、部屋と違って広いこの外を踏みしめながら、息を吸え。息を吐け。声を、乗せろ。

 背中に背負っていた楽器を取り出して、そのまま思った弦だけめいいっぱい爪弾いた。とても上品なものじゃないけど、この町の人間を表すのにはこれが一番だ。ぶつかってきた少年。大通りで呼び込みをする中年の女性。昼から泥酔する若者。偶然見かけた青年に一目惚れをする娘。

 

 色んな要素が弾けて集まって、形を成して。

 

 そして楽器を手放した。後はいつもみたいに声を飛ばして好きなように踊る。

 この男を表すのにはこの身一つあれば足りる。というか他はいらない。真っ直ぐで不器用で。あってからそれほど時間は経ってないが、私が知り得るこの男はこうなのだ。

 

 

 歌い終わった時には人だかりができてしまっていた。歌が消えたせいで静かになってしまった広場に、私の声だけが、また響いた。

 

「弟達と休憩する時はいつも歌ってやるのだが、何か不味かったのだろうか。こんなに人が集まるとは思わなんだ。」

 

 一拍置いてこちらを圧倒する歓声が湧いた。いきなりこの人達はどうしたのだろうと目を白黒させる。何故こんなに叫ぶのだ。困った顔で赤毛の男に助けを求める視線を向けると、腕を掴まれぐるぐると振り回された。歯車のように回転させられて視界もぐるぐる回る。

 

「お、あああああ!」

「お前、すげぇよ!なんて言ったらいいか分かんねぇけどよ、こう、胸の辺りがあったかくなる、いい歌だった!」

「じゃあ、今すぐやめろ!」

「やだね!俺の気の済むまで、だ!」

 

 周りの人間も良かった!とかありがとう!とか声をかけてくれているようだが、誰も助けてくれない。私がここで吐いたら悲惨なことになるというのに。

 

 …誰か助けてくれないだろうか。

 

 「そろそろやめてやれ。」

 「わ。」

 「お?」

 

 私の足を片手で掴んで物理的に止める猛者が現れた。

 周りの人だかりに解散するように手を振りながら、白髪の大理石みたいな白い肌に、蒼い目の妙に頭に残る青年は、赤髪の男にその真っ直ぐすぎる眼差しを向ける。

 

 「あの、止まったなら下ろして欲しいのだが。」

 「やだ。」

 「聞き分けのない子供みたいだな。」

 「……兄上みたいな事を言うなお前は。」

 

 渋々、手を離してくれた。

 手を、離してくれた。もちろん青年に足を持たれたままなので、顔面が地面と熱烈な抱擁を交わすことになる。

 

 「がっ……」

 

 馬鹿なのだろうか。ああ馬鹿だ。普通こんな扱い有り得ない。顔に傷ができるのは別に気にしないが、打ちどころが悪かったら人間簡単に死んでしまうのに。

 

 「すまんすまん。」

 「……何か、不味かっただろうか。」

 

 上半身から地面に倒れ込む私に、全然すまなさそうに謝る男と、申し訳なさそうに足をまだ持つ青年。

 

 「2人とも…」

 

 

 

 

 「いい加減にしろおおおお!

 

 頭の上に手をついて軸にし、青年の手から足を抜いて勢いよく振り抜き回すと見事に2人に蹴りが決まった。




男は真っ直ぐ過ぎるだけで、ドゥフシャーサナはただ人との距離感を知らないだけ。つまり、2人ともお子様。恋愛ではない。いいね?

産まれてすぐに意識があったのには理由があります。


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2 怒ると歪んで泣きたくなると無くなる話

連続投稿。
明日は1話だけ。


 あれから部屋に帰るとこれまで見たことがないほど、怒るドゥルヨーダナがいた。怒髪天を衝く。まさにこの言葉の通りだった。いつもは優しく、侍女たちにも綺麗と評されるその顔は、目で人を殺せそうなほどすごい形相になってしまっていた。

 

 

 そのドゥルヨーダナに対して、ムキになった私が逆ギレしてそこから殴り合いになった所に弟達がまたか、と駆けつけてきた。1人につき10人がかりで止められるまで場の混乱は収まらず、いつも通り、弟の中でも一番上のアショーカが話を聞き総合的に悪かった方に仕置をした。

 

 

 もちろん私が仕置をされ部屋から一歩も出れず、部屋には暫く誰も寄り付くことが出来なくなり、今晩の夕食は抜きとなった。姉サマー姉サマーと懐く小さい弟達に会えなくなったのが精神的にきつい。

 

 だがこれしきの事で諦める私ではない。

 

 確かに、腹と背中が潰れるのでは、と思うほど空腹に苛まれるが次の計画は既にたっている。決行はもちろん今夜だ。誰も部屋の中にしばらく来ない?上等じゃないか。護衛も人だ。隙が必ず存在する。

 

 話は変わるが実は、

 ドゥルヨーダナを含め兄弟達から聞く話によく出てくる名前の中に、ドローナという人物がいる。どうやら王族付きの武芸の師匠らしくそれぞれにあった武具の扱いを教え、鍛えているようなのだが…。

 

 ドゥルヨーダナも師匠には頭が簡単に上がらなかろう。

 

 私は棚をどけ、棚の後ろに現れたあらかじめ用意していた抜け穴から部屋を脱出した。

 

 

 

 

 「これはこれは、ドゥルヨーダナ王子ではないですか。夜遅くにどのような用件でこのような所へ?」

 

 今の自分の格好は、普段着のためドゥルヨーダナとほぼ変わらない衣服になっていて、見分けはつかなくなっているはずだ。何故そんなことになっているかと言うと、ドゥルヨーダナのもし他人に見られた時の保険として俺の振りをして誤魔化せ、という意図があるのだが、今回は別件で利用させてもらっている。

 

 穴を抜けて庭に出てからは、普通に歩いてきたのに誰にも訝しげな目は向けられなかったのがその証拠だ。

 

 ドローナが一人、練習用の武具を手入れする練習所に私はやってきた。

 

 「今から話す事を内密にすると、約束してくれないか。」

 

 唐突にそう、切り出すとこの姿で初めて、訝しげな目を向けられた。

 

 「……ええ。何を話すかは分かりませんが、こういう場には口にしてはならない事など星の数程ございます。今更一つ増えようと問題ありません。」

 「心配は無用だったか。」

 

 ドローナは作業をする手を休め、改めてこちらに向き直った。実は元王族である(と、アショーカが何処から知ったのか漏らしていた)この老師も秘密の大切さはよく分かっているらしい。

 

 「私に、戦い方を教えて欲しい。」

 

 一歩下がって腰を直角になるまで折る。

 人にモノを頼む基本中の基本は、例えこんな身分でも大切なことなのだ。

 

 「ですが、もう既にドゥルヨーダナ様には……」

 「聞こえなかっただろうか。()に、教えてくれと言ったんだ。兄と私は、見た目は同じでも、中身は違う。例えば一人称だったりな。」

 「百一人目の、カウラヴァの兄弟…。」

 「厳密に言うと始まりの方だがな。兄とは双子なんだ。」

 

 老師は少し目を見開いたが直ぐに理解してくれたようで直ぐに考える素振りを見せた。私はむ、と声を上げてドローナの思考を遮る。

 

 「詮索は無しで頼む。色々事情があるんだ。」

 「いえ、」

 

 老師は初めてその皺の入った顔に微笑を含ませた。

 

 「貴方様のお名前が、気になったもので。」

 

 

 

 

 

 それからは毎晩抜け出しては、特訓。抜け出しては基礎の特訓の日々だった。元々、我流で鍛えたり、師匠(ドローナ)から習っていたドゥルヨーダナと喧嘩していたお陰か、地はあったので修行自体一からの開始では無かったが、完全には程遠いのは道理だった。

 

 修行が始まって少しして、やっと武具に触ることが出来た。

 

 「では、ドゥフシャーサナ様。一番の得意な武具は何ですか?」

 「蹴りだろうか。拳は手の甲が荒れてしまうから、周りに咎められるのが億劫で。そうだな、ドゥルヨーダナとはよく素手で、話し合い(・・・・)をするが、あちらは拳、私は蹴りでやる。」

 「……武具の経験は無いのですね。では、まずは色々試してみましょうか。」

 

 まずは剣。

 持つところまではよかったのだが、振り下ろし方があまりにも脈が無さすぎたらしい。師匠に即却下を喰らった。

 

 次は弓。

 てんで当たらないので矢を直接持って投げたら上手く的に当てることが出来たので、結構行けるかと思ったがダメだったようだ。師匠から残りの矢も取り上げられてしまった。

 

 そして槍。

 槍は弓の時に上手く矢を投げれた様に、投擲する分には才能があるようだ。しかし、突くという動作だと努力すれば上手くなるが平凡止まりで終わるらしい。保留ということになった。

 

 そして棍棒。

 ドゥルヨーダナの得意とする武器のようだが、だからこそ最初から期待はしていなかった。実際この十数年生きていて分かったのだが、片割れの得意とすることはあまり得意になれない傾向がある。ちなみに予想は合っていて持った瞬間に棍棒は師匠に取り上げられた。

 

 「槍しかないか……だが頭打ちが見えているというのは悔しいな。」

 

 ドゥルヨーダナとは素手だから張り合えているものの、武器を持ったら負けてしまう、というのが現状で、だからこそいい巡り合わせを期待していたのだが……。

 

 「いえ……なんと言いますか、あまりお勧めしたくは無かったのですが、もう一つあります。」

 

 差し出されたのは斧だった。

 無骨な斧を片手で握って、特にこれもサッパリ分からないので適当に振る。振る。振る。何度も振って、今度はいろんな方向に振ってみた。

 

 意外としっくりくる感触に顔の笑みを隠せないまま師匠の方に顔だけ向けると、何故か嘆息しながら頭に手を当てた。

 

 「斧の練習を主軸に、始めましょうか。」

 

 何故そんなに渋々なのか、流石に気になった私が問い詰めると師匠曰く、斧には自信がない、との事だった。とある高名な聖仙からあらゆる武器の知識とその秘技を受け取っていると本人からも聞いていた私は驚いた。

 

 「受け取ってはいるんですが、その聖仙の方が斧の使い手でして…」

 

 どうやら知識と秘技は受け取ったものの、その聖仙が斧の極致に達しており、その様をみた自分は、自分程度のモノを他人に教えることは指導者として出来ないと思うようになったのだそうだ。

 

 故に、基礎の基礎のみしか教えられない、と。その代わり槍の投擲はしっかり教えるから勘弁してくれと簡単に言うとそういうことだった。

 

 こちらも少しでも教えてくれるなら有難いが、ゆくゆくはその聖仙とやらに会いに行かなければならないな、と人生計画が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、練習所にはいつもはない来客が現れた。

 

 「おい」

 「ひぇ」

 

 全力で逃げようとしたら逃げる前に捕まった。師匠、今かわいい弟子が窮地なので助けてください。師匠、何故練習所を出ていく。

 

 「逃げるな。」

 「逃げるに決まっているだろう!」

 

 この時間はいつもドゥルヨーダナは起きない筈だし、この話を私は誰にもしていないのにどうしてバレたのか。師匠告げ口したな。内密というのは内に秘密と書いてそう読むように、ドゥルヨーダナは()だから話してしまったのか…。

 

 掴まれた肩からギリギリと走る痛みを堪えつつそっと顔を上げると、思っていたより柔らかな表情の……いや、もはや無表情の兄がいた。

 

 「これはもう、決めたのだが。お前を隠すことはやめにした。」

 

 本当なら歓喜して踊り出したいが、見たことのない程表情の抜けたドゥルヨーダナに対して私はこくこくと従順に頷くほかなかった。

 

 「お前はほかの弟達と同じように普通に暮らすといい。お前がこうも本気で活発に動かれてはいつか取り返しのつかない時に事実が露見するだろう。その前に、仕方なく、の措置だ。」

 

 「だがな、お前は俺の弟として生きろ。」

 

 ん?と訳が分からず固まった。勉強は出来るほうだが、所謂策略、策謀、といったものはとんと分からない私にはそうする意味も分からなかった。

 

 「俺は、長男としてカウラヴァの兄弟皆の弱点を作ることを認めない。そして、お前に2番目の兄の責務として皆を堂々と表立って守る盾になってもらう。あらゆる外敵から家族を守るための手段の一つになってもらう。」

 

 その言葉と共に私の背中になにか重いものが乗った。自由と引換に責任が伸し掛る。でも、少し嬉しかった。ドゥルヨーダナの背負う重みをやっと分けてくれた、その実感に思えて。

 

 ドゥルヨーダナが無表情なのは、泣きそうになるのを堪えているのだろう。妹を女としての幸せな生を歩ませてやれず申し訳ない、とか考えているのだろうが、

 

 「元よりこの身は王族の身と承知している。だから、そんな風に思い詰めなくても良いんだ。」

 

 肩に乗った手に手を重ねると手がするりと外れ、代わりに肩にドゥルヨーダナの頭が乗った。すまない、とくぐもった声が聞こえて暫くの間、無言でそのまま2人とも動くことは無かった。

 

 

 

 

 

 下の弟達の姉様呼びが、やっと兄様呼びに変わった頃、やっと外出の許可出た。正式なお披露目は明日の競技会の時だそうだが、前みたい女として顔を隠して街に出る分には構わないそうだ。

 

 「いいか、男について行ったら駄目だぞ。男は皆、獣だ。」

 「大丈夫。前回蹴り飛ばしてきたから。」

 「おい待て。お前、男と会ったのか!」

 

 なにか騒ぐドゥルヨーダナを無視して王宮の裏口から街に繰り出した。久しぶりの喧騒は心地よくまた、私を迎えてくれた。

 

 今日は時間もあるし、街ではなく少し郊外に足を伸ばそうか。前回は人探しで嫌というほどこの辺りは探索したし、それが良さそうだ。

 

 人の間をすり抜け暫く歩くと、段々建物はまばらになり、いつの間にか風の気持ちよく吹く丘の上に出ていた。これが丘、というのも本でしか読んだことがないが、ここの事で間違いないのだろう。

 

 試しに寝込んでみると王宮の絨毯ほどではないが、心地よい感触に包まれ、土の匂いに包まれた。顔を横に向けると、小さな青い花が咲いた。数回つついて、特に何を考えるというわけでもないが、楽しく眺めていた。これはなんの花だろうか。

 

 「それはケシの花よ。」

 

 心を読んだかのように、傍らに腰を下ろした女性は言った。誰が見ても可憐で愛らしいといった雰囲気の髪の長い女性は細い指先で何かを編み上げていく。

 

 「青いケシの花はね、ここら辺ではあまり珍しくないのだけど…一つ一つの花の慎ましさと色合いが私は小さい頃から好きで、よく今の貴方と同じように眺めていたのよ。…うん、はい、出来た。」

 

 頭の上に乗せられた何かを目線をあげて確認すると、花冠が乗せられていた。

 

 「……返す。これは貴方が付けるべきだ。私には似合わない。」

 「ダメよ。せっかくあげたのだから、受け取って。似合っているわ凄く。」

 

 起き上がって、乗せられたものを取り外そうとすると手を抑えられてしまった。全力でどかそうと思えばどかせないこともないが、流石に女性に対しては抵抗できない。

 

 「それに、顔を隠しているのも勿体ないわね……取っちゃっていい?私の勘が絶対にそっちの方が可愛い!って言っているのだけど。」

 「駄目だ!駄目だって!」

 

 傍から見ると女子同士の戯れにしか見えないだろうが、これは狩りだ。今、私達は一匹の獲物と一人の狩人だ。もちろん獲物は私だが。

 

 

 

 「ラーダー。いい加減相手も困っているよ。そろそろ離してあげなさい。」

 

 暗い青色の髪の青年がそっと間に入って止めてくれた。ラーダーは一目その青年を目にすると、驚きそしてすぐに抱き着いた。ラーダーの顔が幸福感でいっぱいになるのを見ながら、ああこれが恋をした人間の顔か、と納得した。

 

 ラーダーの頭を撫でる青年と撫でられさらに嬉しそうにする彼女に、場違いな自分を感じいたたまれなくなっていると、青年の肩の向こうに見知った赤髪を見つけた。

 

 同時にお互いを視認してとりあえずしたことは、挨拶だった。

 

 「ちょっとその脚どかしてくんねえかな?拳が当たらねぇ。」

 「先にそちらの腕を下げるといい。蹴りが決まらないじゃないか。」

 

 数秒間、睨み合うが、どちらともなく鉾を収めた。前回は相手を振り回した分と、相手を蹴った分で貸し借りは終わっているのだから

 挨拶以上の事はしない。

 

 「ほう。この方が兄さんの話していた方でしたか。」

 

 声のした方を見ると、もう一人、青年がいた。身体からにじみ出る雰囲気は透き通っているのに目だけ真っ暗だなと印象を受けた。

 

 「似てないね。兄の方と違って賢そうだ。」

 「おい、それはどういう意味なんだ」

 

 怖い怖い、か弱い娘になんてことを、と言いながら弟の後ろに隠れると赤髪の男は半眼になった。何か文句でもあるのか。何度目かわからない睨みを効かせると、男はぽんと手を叩いた。

 

 「あ、そうだ。前聞こうと思ってたんだが、名前を聞いていなかったな。」

 「…イクギイ()だ。」

 「……明らかな偽名ですね。」

 「明らかに、お忍びの方に、簡単に名前を言ったら、ここまで無礼を働いたことを咎められるかもしれないだろ?」

 

 すぐに言い当てた弟君に意趣返しとして、来ている服の端をつまんで、上質で手触りも最高だね、この服というと苦虫を噛み潰した顔になった。

 

 「お互い名前は聞かない。それでいいだろ。知らない方が幸せなこともあるんだ。」

 

 花飾りを赤髪の方の頭に乗せた。

 驚くほど似合っていなかった。




青いケシの花の花言葉は「神秘的」とか、「深い魅力」。
ラーダーちゃんがこの花を好きなのは、恋人さんが、アレだから…。


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3 もっと本質的なところの話

ちょっと遅刻。


 今回の祭りの主軸が王族主催の競技会とだけあって、各地から人が集まった街はごった返していた。競技会の会場にはわざわざ外から腕試しに、と来たものもいるらしく既に会場は期待による熱気で溢れかえっていた。

 

 特に、一番の目玉とされているのはパーンダヴァの五兄弟だろう。それぞれが半神の身で生まれ落ち、並々ならぬ才能を秘めた王子達は優勝候補とされている。勿論、カウラヴァの百兄弟もドゥルヨーダナを筆頭として猛者が揃っているが、やはりパーンダヴァの方には見劣りする。

 

 「……とか思われてるのだろうな。気に食わないし、今からでも出場して優勝かっさらうべきか。」

 「兄上。お気持ちはわかりますが、今日は大人しくしていてくださいね。」

 「冗談だ、アショーカ。そもそも私が優勝出来るなどと思うのは些か傲慢過ぎる。」

 

 王族用に置かれた天幕は昼の厳しい日差しを遮り、日陰を作っていたのだが、さっきまで多くの弟達がいたせいでまだ熱気が残っている。暑苦しいから早く競技会の方に行きなさいと言うと渋々出ていったが、人数が多いのも考えものだと感じる一件ではあった。

 

 水を一杯煽ると同時にシャラリといつもはあまり付けない装飾類が音を立てる。

 

 「私は病弱で今まで田舎で療養していた王子だからな。設定を狂わしてこれ以上ドゥルヨーダナに迷惑をかけることは出来ない。」

 

 器を置くと丁度、始まりの合図に一斉に沸く観客の大歓声があたりを包む。私は場へと出た選手達の中でひときわ目立つパーンダヴァの兄弟の中に見たことのある赤髪とその弟を見つけ目を細めた。

 

 

 

 

 競技が始まってみるとそこからはもうパーンダヴァの兄弟達の独壇場だった。どの選手も努力を重ねた素晴らしい戦士達なのだが、もうこれは格が違うとしか言い表せない結果だった。

 

 今、弓で戦っているアルジュナ王子ーー前に出会った真っ暗な弟の事だーーはなんとか打たせまいと妨害してくる相手(これは34番目の弟だ)を一切近付けず、一矢で沈めてしまった。このアルジュナ王子は特にそうなのだが、ある意味既に神域に手がかかっていると言っても過言ではない。どうしても目が惹き付けられるその武技に、よく兄を含め弟達が歯噛みする理由がなんとなく見えてきた。

 

 ああ、これは。

 人間が神に憧れ希うのは、嫉妬してしまうのはもう仕方の無いことだろうと納得してしまうのだ。

 

 いつの時代も(・・・・・・)、憧れるのは人間の特権だから。

 

 そうして、このままアルジュナ王子の優勝が決定する、流れで、あったのだが。

 

 

 「少し待って欲しい。」

 

 どこかで見たような、白い幽鬼を思わせる風体の青年が名乗りを上げた。初めて脱走した夜に、助けてもらい、私が蹴った相手であり、盗品の最後の持ち主でもあった男だった。

 

 その男はアルジュナ王子の殺気を真正面から受け止めているが、その顔にはなんの苦しみも現れない。しかも飄々とアルジュナ王子の先ほどの動きをやってのけて見せた。相手はいないものの、いれば確実に仕留められたであろうその動きと挑発にアルジュナ王子の殺気が膨らむ。

 

 しかし、試合開始とはならなかった。

 王族と試合をする権利があるのは王族のみ、という私から言わせれば何のためにあるかわからないしきたりがあるせいだった。アルジュナ王子が遠回しに駄目なのかと聞いているが審判役のクリパとかいう頑固者の爺さんが首を縦にふらなかった。

 

 しかもどこから見つけてきたのかカルナの親を見つけた観客が騒ぎ出す。聞けば御者(スータ)の子供がでしゃばるな、と侮辱の言葉を浴びせていた。

 

 カルナは気にしていないようだがーー内心では親を馬鹿にされて快くは思っていないだろうがーーアルジュナ王子は歯痒そうな顔をしている。やっと戦いらしい戦いを出来る相手が出てきた端から、出来なくなり、真面目な分彼はしきたりを破ることもできない……随分と難儀な性格のようだ。玩具を取り上げられた子供でももっとマシな顔をする。

 

 「アショーカ、彼はアルジュナ王子に勝てると思うか?」

 「実際にあの御二方が戦わないとわかりませんが、先程の動きを見るにないとは言い切れませんね。ただ、御者(スータ)の子は流石に……」

 

 立ち上がって天幕を出るとアショーカが背後で慌てる気配がしたが、罵倒が飛び交う場内を切り裂くように構わず声を張り上げた。

 

 「クリパ!王族であれば問題ないのだな?」

 「へ?は、はっ、はい!王族であれば、何も……」

 「そこの戦士よ。名と何処に住んでいるのかを聞かせてくれ。」

 

 白い青年は一瞬キョトンとするが直ぐに己のことと理解し、答えた。

 

 「カルナだ。基本はアンガで日々を暮らしている。」

 「それなら丁度いい。なあ、アショーカ。アンガと言えば最近、年老いた国主が後継を残さず亡くなっていたよな。」

 「……確かに現在は代理の者が遣わされています。」

 

 アショーカが溜息を堪えながら答えるのを確認する。後であまり怒られないといいけれども。

 

 「では、カルナをアンガの王に命ずる。以後励むように。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前は……大人しくしてろと言った筈だが、何も兄の言うことを聞いてくれぬのだな。」

 「だが、私たちに足りなかった戦力が増えたから良いじゃないか。真正面から戦ったら絶対に負ける、が負けないかもしれない位にはなったと思うぞ?」

 「……それは、感謝している。」

 

 弟達の怪我を見終え大事無いことを確認したあと、今まで何処に行っていたのかドゥルヨーダナと合流し競技場の外で待つカルナの元に向かっていた。

 

 たまにすれ違う人間がドゥルヨーダナと私のそっくりさに驚いてから呆けて、慌てて道を開けるという光景を繰り返しているのでそろそろ疲れても来た。

 

 日は落ち、人の喧騒は街へ移った。今頃、酒場などは大盛り上がりなのだろう。見たことはないが、いつか行ってみたいものの一つだ。

 

 人気のない道路に、カルナは立っていた。

 

 「……闘うことは叶わなかったといえ、恩ができてしまった。オレは何を返せばいいのだろう。」

 

 日没になってしまったため、結局一騎打ちはされることは無かった。アルジュナ王子の表情とカルナとの雰囲気からするにまた何処かで二人は戦うのだろうが、今はその時ではなかったようだった。

 

 「俺に協力しろ。その力を俺達のために使え。お前はーーうっ!」

 

 即答で憮然と言うドゥルヨーダナに反射的に肘を腹に突き出し黙らせる。

 

 「兄が申し訳ない。こういう物言いしか出来ないんだ。まあ、協力はしてもらいたいけれどもそう簡単には、」

 「問題ない。」

 

 願ってもない答えなのだが、本当に協力させてもいいのだろうかとこの段になって不安が増す。この男は間違いなく、『いい人』の部類だ。もう少し悩んでくれた方が、心持ちが楽なのだが。

 

 いや、一つだけいい案がある。

 

 「ドゥルヨーダナは、友達いるのか?」

 「お前の百倍は余裕でいるぞ。」

 

 これはいい案だ、と我ながら満足した。今まで保護というよりも軟禁というのが正しい状態にあった私には家族はあっても友達はいない。

 ちなみに何も無いのを何倍しても何も無い。

 

 「カルナ、私たちと最初の友達になって欲しいんだ。そうすれば、お互い協力するのは、当たり前。助け合うのは当たり前だ。これは大きな要求だ。私たちの初めての友達という大きな責任が、貴方に出来てしまうのだから。」

 

 カルナは相変わらず即答で問題ない、とだけ言葉にした。

 傍から見るとその全てを抱え込もうとするカルナは問題だらけに見えるな、と不安は残ったものの、少し嬉しそうな兄の顔を見て、そんなものは消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、

 

 剪定事象という言葉をご存知だろうか。

 対となる言葉に編纂事象という言葉もある。

 

 世界というのは様々な可能性で溢れている。例えば、そこにある石を蹴ったら、場合によっては国がひとつ滅びるかもしれない。石が原因で動物が驚き、それに鳥が驚いて飛び立ち、そしてはばたつ鳥の音にまた驚いた侍女がどこかの国王様にお茶をぶちまけ、外交問題になり、戦争になる。有り得ないとは言いきれない。

 

 もし、遠い西洋の島の王が聖槍によって生かされ続けその国が滅びなかったら?

 もし、新しく発見された大陸で国が興らなかったら?

 もし、月の裏側で新王の努力虚しく遊星の使者の魔の手が伸びてきたら?

 

 事象固定帯、量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)と呼ばれるが、簡単に言うと人類の今後のルートが確定される、ターニングポイントの事だ。

 

 固定されたこの時点から枝葉のように伸びる可能性のうち、過程に差異はあるものの結局は同じ結果を迎える大本となるものが編纂事象。

 編纂事象から離れすぎるか、それ以上の可能性を失ったものが剪定事象。

 

 此処で間違ってはいけないのが、悪い結果を迎えたから剪定事象になるという訳では無い。ただ、剪定事象の先にあるのが荒廃した都市や文明が多いというだけで、剪定事象の中には正解を選び続けて発展しすぎた未来もあるのだから。

 

 平行世界が増え続けると100年でこの宇宙は次元の容量が耐えきれなくなり破裂する。そのために100年ごとに不要と判断した可能性を剪定するため、剪定事象と呼ぶのだ。

 

 

 前置きが長かったかもしれないが、これは大切な話だ。

 つまり、私が何を言いたかったのかと言うと、この世界が剪定事象になるか編纂事象になるかはまだ確定していないという点だ。

 

 どう転んでもおかしくない不安定な状況にある。

 どうなるかはきっと君がどうなるかによって変わるのだろう。

 確定していない未来だが、これだけは確かだ。

 

 私は君をよく知らないが、私は君を知っている。

 私は君になり、きっと君は私になる。元々、生まれる(別れる)はずのなかった(精神)(身体)は、今は別の存在だが結局は元に戻るはずなのだ。

 

 その時は、君は苦しむかもしれない。在り方その者が君の周りを必ず害するだろう。だけれども、君は善を成すだろう。悪をきっと許せないだろう。

 

 遍く全てを満たす私たち(Om Namo Narayanaya)故に。

 

 

 

 ところで善悪って誰が決めるんだろうね?

 

 

 

 

 

 

 

 「ドゥフシャーサナが気になるのかい?アルジュナ。」

 

 いつもの事だが、急に出てきては核心をつくこの親友には驚かされる。親友の方を見ると、夜色の毛先が月のあかりを浴びて、一層深みを増していた。白い肌に赤い瞳が揺れるその様は、性別を見失ってしまうほどに美しかった。

 

 「ええ。ドゥルヨーダナと双子というのは聞いていましたし、ナクラとサハディーヴァに劣らない瓜二つ加減でした。……ですが。」

 「どこかで見覚えがあるの?」

 

 先を読むことに関してはこと、この親友は得意だ。心を読んだかのように先回りしていつの間にかそこにいる。親友である私でさえもたまに空恐ろしくなってくる。

 

 「それは街であった娘に、ということかな?」

 

 違う。確かにあのビーマ兄上といた娘は、ドゥフシャーサナが変装した姿なのだということは流石に分かるが、それとはまた別なのだ。一体、どこであの王子を見たのか。

 

 容姿の話ではなく、もっと、本質的なナニカが近しい者を私は知らなかっただろうか。あの恐ろしいまでに、近くて私には遠く、誰もがどこかにあるものをたくさん持っている、そんなモノ。

 

 そうあの王子を見た時に感じたものは圧倒的な、人間的な、

 

 「そこまで君は気付いているのか。でも、まだ早いよ(・・・)。その時じゃない。君はまだ気にしなくていい(・・・・・・・・)。」

 

 

 

 ……気にしなくていい。

 気にしなくていい。ー違う、大切な、何かー気にするな。気にしなくていいなら気にしなくてーいったい、誰ー気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい気にしなくていい

 

 

 

 

 「ああ、何の話をしていましたっけ?」

 「何でもないよ。もう終わったから。」




生前編終わったら、FGOの5章か新宿行きたい…。
5章の方が個人的にすごい好きだけれど、新宿の方が主人公が光るんだよなぁ…。


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4 本当に私と貴方は私の知る私と貴女なのかの話

マーリンの代わりに、単発すり抜けアルトリアさんがきました。オルタなアルトリアさんもきたので、とても慰められてる気分です。


 あの競技会から一年くらい経った。新しい友人(カルナ)はその人がどんな人であろうと、正直で謙虚で悲しいくらいに言葉が足りないために誤解ばかりされていた。そのフォローに私はよく走り回り、ドゥルヨーダナは匙を投げていた。曰く、もう自分は何が言いたいか分かるようになったから別にいいらしい。

 

 また、カルナは優秀な武人でもあった。弟達が妬んで止まないパーンタヴァ相手に遜色ない武を示しており、パーンタヴァの王子たちが褒めちぎられる横で誰に褒められなくとも淡々と自己を磨き上げていた。

 

 夜に私がこっそりと師匠のところに通って練習しているのにも、早々に気付きよく修行に付き合ってくれた。自他共に認める口下手なのでいい指導者ではなかったが、いい先輩であったと断言しよう。

 

 早くいいお嫁さんでも見つけて幸せになってほしいなあと薄幸そうな彼をみて何気なく思う。

 

 ある日唐突に、思い立って私は庭に出ていた。

 

 ドゥルヨーダナの仕事を手伝い終わり、暇になって何気なく愛用の何の変哲もない斧を布で拭いていた時に鼻歌を歌っていた時に、気付いてしまったのだ。

 

 思ったより自分にはどうやら腕力やら脚力が備わっているらしいのだ。両手用の斧も片手で振ることも可能なら、それぞれの腕で斧を持ってしまえばいいのではないかと。

 

 試しにこうして片手ずつに斧を持って立ってみたが、苦になることも無くいつもと変わらないように感じる。まあ、失敗ではないようだ。

 

 さて、動くとなると誰かに教えて貰っているわけではないので、考えながら動くか本能的に動くかの二択になる。後者は相手がいない状況だと、相手を想像しなければやりにくいのでなかなか出来るものではない。一つ一つ考えていくしかないか。

 

 「いや、待てよ。両方の手を大きく振ることに関してなら……」

 

 指先からゆっくりと動かすイメージを、芯まで溶かすように身体を動かす。ああ、うまく行けそうだ。

 

 「……う……ろ……!」

 

 ……あまり楽しそうではない声が聞こえてくるな。これは弟達か。また喧嘩でもしているのだろう。

 

 手早く布で包むと声の聞こえる方へ早足で向かう。前はそのまま持って運んでいたら侍女に悲鳴をあげられてしまったから、本当に悪い事をした。確かに夜な夜な練習した帰りに持つものではなかったかもしれない。

 

 角を曲がると、まだ産まれて10年と少しくらいの弟が二人とビーマ王子が向かい合っていた。

 

 競技会で見たとおり、ビーマ王子はやはり何度見ても街であった赤髪の裏表のない男その人で、まあクシャトリヤ階級の誰かだろうとは思っていたのでどこかで納得はしていた。なんとなくだが、今まで避けていたのではっきりと確認するのはなんだかんだで初めてなことに気が付いた。

 

 弟達曰く直ぐに誰かに手を出す暴力的な男だが、私が話した時はそのようには見えなかった。私に嘘をつくような子達ではないし、私は私の目も信じてない訳では無い。一体真相は如何に。

 

 「いつも兄上達を虐める悪め!」

 「正統な王家の血も流れていないくせに、神の狗どもめ!」

 

 直感的にに2人とビーマ王子の間に滑り込み、布がかかっているのもお構いなく斧の面の部分で、頭上から振ってきた強烈な打撃(・・)を受け止めた。人間が出したとは思えない衝撃を必死に逃していく。

 

 「!…ドゥフシャーサナか。邪魔をするな。」

 

 ビーマの憎しみの篭った目が怒りで充血し、殺気が私を襲う。だがそんな事で簡単に引いてはいられない。後ろにいるのはまだ小さな弟達なのだから。

 

 ビーマが弟達を狙うように拳を繰り出すのを全て弾く。腕に痺れたような感覚が走るが弱音は言ってられない。必死で両手の斧で拳の行く先を追う。相手の動きの先に斧を持っていく。

 

 「アージェイ!ヴィジェイ!謝れ!…いや、無駄か。人を呼んでこい!こいつ止められそうだったら、誰でもいい!走れ!」

 

 走り去っていく弟達を追うそぶりをみせるビーマの足に右足を引っ掛けバランスを崩し少し落ちた顎をしたから柄で殴りつける。獣のような反射能力で交わされまた拳が飛ぶが、それも読んで途中で体をひねり斧の軌道を変えて受け止めた。

 

 「落ち着け、ビーマ!」

 「彼奴らは、侮辱した……」

 「アージェイもヴィジェイが確かに悪かった。だが、殺しに掛かるのはいくら何でも、やり過ぎでは……っ!」

 「煩い」

 

 やはり、何処かおかしい。

 まるでビーマの中で何か切り替わったかのような、切り替えられたような違和感。私の出会ったあの男は実は今相対している、このビーマ王子とはただそっくりな別人なのではないか。人の話を聞かないのは、元からだが、ここまで理由以上の暴力を振るう者では無かった。相手への手加減を知る者だった。

 

 ここまで、ゾッとするような目では無かった。

 

 恐ろしい。見てはいけない。考えてはいけない。引きずられてしまったら戻れなくなる。きっと、人間じゃなくなる。

 

 「ガッーー!」

 

 心が怯んだのと同時に斧の軌道がぶれて反応が遅れる。それを見逃されずに壁に打ち付けられ、呼吸を一瞬忘れる。身体の内側から鈍く広がる痛みが斧で身体を支えて立つ私の脚を震わせた。

 

 ああ、ビーマ王子がーーいや、彼奴が行ってしまう。弟達を痛めつけるべく行ってしまう。盾になると誓ったのに。早すぎる。役立たずだ。

 

 ー諦めちゃうんだ。

 違う。

 

 ー君のせいじゃない。

 違う。

 

 ービーマは半神だ。もうそんな状態じゃ止めることは出来ないよ?

 しかし諦めていい理由と同義ではない。

 

 ーでも諦めなかったらどうにかなるのかな?

 

 

 

 「なる!

 

 残りの力で斧を投擲した。そのまま斧はビーマ王子の頭上の照明にあたり、道を塞ぐ。かなり大きな音がしたので多くの人が異変に気付いてくれたと願おう。それに、彼奴が来る時間くらいは稼げた。

 

 突如襲ってきた安心感と一緒に白く落ちていく意識の最後に、友の姿が写りこんだ。

 

 

 

 

 「……!!」

 

 声にならない声を出して飛び起きた。額に載せられていた冷たい布がずれ落ち視界を塞ぐのを直ぐに取り去り息を落ち着かせた。心の冷えるような嫌な夢を見ていた気がする。例によって記憶には残っていないが、とても気分が悪いのは確かだ。

 

 顔を伝う脂汗を片手で拭い、寝台から立ち上がる。どうやら、自分が倒れたあとに誰かに自室まで運んでくれたようだ。

 

 寝台横の暫く絶対安静にするように、との書き置きが目に入るが一瞥した後、無視して部屋の外へと向かう。

 

 日の落ち方から見るにそう時間は経ってないようだが、今状況がどうなっているのか早く確かめたい。

 

 「あ。」

 「あ。」

 

 扉を開けると、扉の外から丁度部屋に入ろうとしていた二人の少年とばったり鉢合わせた。一人は水の入った桶を抱え、一人は清潔そうな白い布を持っていた。そして、何よりも特筆すべきなのは少年達は、その顔を布で覆い、目元しか顔が見えていなかったことであった。

 

 「確か、貴方達は…」

 「ナクラです。」

 「サハディーヴァです。」

 

 パーンダヴァの双子はそっくりな声を出した。なるほど、僅かに見える目元も、華奢な体型も、声も、この二人が間違いなく双子だということを雄弁に語っていた。そんなこと抜きにしても、同じ双子として生まれた己の直感が間違いないと囁く。

 

 「礼を言う。きっと貴方達が介抱してくれたのだろう。聞くとこの王宮には貴方達以上の医者はいないと聞く。光栄だ。」

 

 頭を下げると、何故かナクラ王子もサハディーヴァ王子も固まってしまった。どうしたのかと問うと二人とも同時に何でもない、と返ってきた。何だ、そこまで反応しておきながら何でもないは無いだろうに。

 

 「ええ、ほんとに何でもないんです!」

 「私たちが世界最高の医者であることは揺るぎがないことなんです!」

 「決してドゥルヨーダナと正反対で思ってたのと違ったとか、そんなんじゃないんです!」

 「決してドゥルヨーダナと同じ顔して謝られたのに動揺したとか、そんなんじゃないんです!」

 

 思わず頭を抱えてしまった私は悪くない。

 全く、私の兄弟は私の知らないところで一体どれだけパーンダヴァの王子達と喧嘩をして恨みを買っているのか。

 

 「頭が痛みますか?私の完璧なる医術で治して差し上げます!」

 「頭が痛みますか?私の完璧なるお薬で治して差し上げます!」

 「そうではなくて、もっと比喩的な意味で頭が痛いんだが!」

 「そうですか?絶対安静と書き残したのですが私達のいうことを聞かずに動いた貴方の頭が心配なのですが。」

 「医者のいうことを聞かないとは貴方の頭がおかしいとしか思えません。」

 

 散々な言われようだ。しかも両方が交互に話すのでこちらも押されてしまい、結局寝台に寝かされた。この個性的な兄弟は確かに医神の父親の性質を多大に受け継いでいるようだが、なかなか残念なことになってしまっている。

 

 もし本当に頭が痛かったとしたら、この喋り方は是非とも遠慮願いたいものだ。

 

 「ドゥフシャーサナ!」

 

 その時部屋にまた騒がしい奴が現れてしまった。頭痛の根源とも言える我が片割れの声だ。

 

 ふと気づくとあの癖のある双子は消えてしまっていた。素早すぎる。余程ドゥルヨーダナは嫌われているようだ。ほんとに、何をしているんだか。

 

 「ドゥフシャーサナ!大丈夫か!ビーマの脳筋野郎にやられたのか!変態傲慢双子に何かやられてないか!」

 「……問題ない。元はといえばアージェイとヴィジェイの言葉が発端だ。後であいつら連れて謝りに行かなきゃな。それに、双子の王子にもお礼を。」

 「行く必要などない!お前達は殺されかけたのだぞ!」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、なんか、頭にきた。

 いくら何でもこれは無い。過程で、おかしなほど(・・・・・・)怒り狂ったビーマ王子が暴走したものの、原因はこちらにある。何故、ここまで嫌う。例え政敵であったとしても、行きすぎだ。仮にも親族ではないか。

 

 「言い方というものがあるだろう!それに、ナクラ王子もサハディーヴァ王子は私から見れば恩人だ。……前から気になってはいたが、貴方を含めいつも皆このような態度をとっているんだな?まだ未熟な弟達ならまだ知らず、貴方が子供みたいに一緒になって侮辱して、長兄たる貴方のやる事か!」

 「部屋に篭っていたお前には分からんだろうが!

 

 その言葉は胸にひんやりとした感触を遺し、頭の中を泥沼みたいにぐちゃぐちゃにかき混ぜた。ドゥルヨーダナは何を言っているのだろう。

 

 へやにこもっていたおまえにはわからない?

 

 どれだけ、私が外に出て貴方達と同じ空気を吸いたいと願っていたことか。

 どれだけ、外の話を楽しそうに、悲しそうに、怒ったように話してくれる貴方達の横に座って、距離を感じていたか。それは、別の世界で生きる貴方達と私の見ているものの差があまりにも耐えられなくて。

 どれだけ、その距離を誤魔化すように私が貴方達の話に合わせて一緒に語らい背伸びしていたことか。

 

 そんな自分が惨めで、情けなかったか。

 そして、貴方達を妬ましかったか。

 でも、それでも

 ーーーー大切な兄弟だから。

 

 「……すまない、言い過ぎた……。」

 

 ーー考えがまとまらない。

 

 私にはわからない。

 私達とパーンダヴァの王子達は違うと、人はいう。

 人並みにしか出来ず、人でしかない王子達と、何でもできてしまって、半神である王子達。家族を大切にして庇うからこそ、お互いが争う。どちらが始めたか分からない、いがみ合いを延々と続けるている今、誰が望んでこうなったのか。誰も望んでいなかったはずなのに。ただ、兄弟を守るために、

 

 「……ドゥフシャー…サナ?」

 

 ーー考えがまとまらない。

 

 ああ、そうだ。何も分からない。

 部屋にいた私は何も知らない。兄弟達は酷い目にあっていたかもしれない。私だけ安全な部屋で守られていたかもしれない。でも、それでも、私にとってはあの王子達だって、家族なのだ。いがみ合ってる立場であっても家族なのだ。貴方と違って私はきっと、この線を越えることはもう無理だ。既に、身内と判断してしまった私にはもうどうあがいても情が少なからず湧いてしまう。どうしようもないほどに甘い人間だから。

 

「ドゥフシャーサナ!おい!聞こえてるか!」

 

 ー君は、本当にちぐはぐだ。

 分かってたさ。私はちぐはぐだ。確かにこの私は人間であるはずなのに、こうして既に体のどこに不調も見られないこと、

 

 ー半神の子の猛攻に耐えきった膂力。

 予測に近い直感。その直感が言っている。

 

 ー君の兄上はもう気付いているんじゃないかな?

 気付いているだろう。いや、気付いている(・・・・・・)。あの日々は保護も目的だろう。だが、信じたくない可能性が、頭をよぎっている。

 

 兄は、神が、嫌いなのだから。だから、ああやってーー

 

「ドゥルヨーダナ。私が、嫌いか。」

 

 

 

 嫌な沈黙が張り詰めた。




難産!話の落ち着けるところが見つかりにくかった…次は花婿選び行きたいなぁ。


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5 家出をして夢を見る話

更新空いてすみません。旅行から帰ってきて急いで仕上げたので誤字があるかもしれません…。


それと、パライソのアサシンって男なの?女なの?
ああ…露出(錯乱)


 パーンダヴァのあの5人が火事で焼け死んだという報告が入ってきたときは、横にいたカルナに咄嗟に支えてもらえなければ、私は卒倒して倒れ込んでいた。無表情に見せかけた兄の表情(仮面)の下にある愉悦に気付いてしまった時には、見なければ良かったと心の底から後悔した。悪寒が背筋を駆け巡った。

 

 つまりは、そう(・・)なのだろう。

 

 心優しい父上が開いた壮大な葬式になっても私には実感が全く湧かなかった。あのパーンダヴァが死ぬわけがない。火事ごときでそんな、簡単に。忌々しい直感もそう言っている。

 

 だが、

 幾ら何でも、きっと生きているなどと軽々しく言うことは出来なかった。

 

 

 

 

 「羅刹…?羅刹とはあの羅刹の事か。」

 「ええ、エーカチャクラはいま1人の羅刹が穀物、牛、人間を定期的に差し出させて治めている状況です。鎮圧の為に兵を向かわせたのですが全く手に負えていません。」

 「領主が殺されて乗っ取られたか。では、手厚く領主の葬儀をやっておいてくれ。犠牲になった者達もだ。…どうせドゥルヨーダナの事だからもう言われているだろうが。」

 

 アショーカは微妙な笑みを浮かべた。正解だったらしい。私はあえてそれ以上掘り下げることはせず、話を進めた。

 

 「大方、この話をわざわざ私に伝えに来たということは、エーカチャクラの羅刹討伐に行ってこいという伝言でも貰ったのだろう。弟達じゃあ力不足だし、パーンダヴァはいたとしても絶対に頼まないだろうし、カルナは自らの傍から簡単に離す事はしないだろうな。」

 

 あの策略家のドゥルヨーダナが自分が策略を掛けられることを危惧していないはずがない。策略を押し通せるほどの武力を持つカルナをこの都から出立させることはありえないのだ。

 

 既に用意していた荷物をまとめ、旅支度が済んでいることを示すとアショーカはまた微妙な表情をした。今度は笑っているのか泣いているのかわからない様な顔だ。

 

 「例の直感ですか。」

 「結構、便利なものだよ。…まあこれもあまりドゥルヨーダナと上手くいってない原因の一つだけれど。」

 

 だからこそ、こうしてアショーカは嘆いているのだろう。

 本当に、こんな顔をさせてしまうなんて()失格だ。

 

 逃げるように私は

 いつの間にか生意気にも背を伸ばしていたアショーカを振り返り、僅かに見上げ行ってきます、と扉に手をかけた。餞別の言葉の代わりに頼りになる弟は忠告をした。

 

 「…早く仲直りして下さいよ。貴方達の喧嘩に振り回されるのはもう御免です。」

 「…私は間違ったことは言って無い。」

 

 きっと、ドゥルヨーダナも間違ってはいないのだろう。

 ただお互いがお互いを理解出来なくなったと言うだけで。だからこそ私達に今必要なのは、時間と距離だと知っていた。

 

 エーカチャクラの件が片付いたら少し旅でもしようか。

 

 

 

 

 「思ったより栄えているな。」

 

 最初に出てきた感想は月並みだが、するりと思ったことそのままだった。旅の女楽師ということにして入ったエーカチャクラは、普通の街の賑わいを見せていた。もっと羅刹を恐れて、閑散としたものを想像していたが予想が外れたらしい。

 

 背中に背負った斧を、外から分からなくなるまで厳重に包んだ布は楽器だと言うだけで、通ってしまえた関所でも同じことを感じた。厳重な警備だと考えていたからである。むしろ、誰も入ることが叶わない可能性が高いと踏んでいた。

 

 ーーしかし

 

 賑わう街は大切なものが足りなかった。都と比べて圧倒的に、人の動きに対しての気力が弱いのである。取り敢えずの活気はあってもどこか、薄っぺらくなってしまった気力。薄くなったのは恐らく、恐怖により押しつぶされてしまっているのだ。

 

 本当はここで歌って人を集めて話を聞きたいところだが、悪目立ちするのも不味いだろうし、話しかけやすそうな子供を見つけて聞き込むことにする。昔から馬鹿な大人より賢い子供の方が、信頼には足りるのだから。

 

 いつも王宮で使う言葉を噛み砕き固さを薄めてから、声にする。

 

 「なぁ、この街ってどんな人が治めているんだ?」

 「お姉さん、旅の人?」

 

 くるりとした小さくて赤い目がこちらを捉える。まだ舌足らずだが、一目で目の前の人物が余所者と分かるくらいには確かに賢さがあるようで、あたりを引いたと確信した。

 

 「だめだよ。こんなところにいちゃ。りょうしゅ様は強くて怖いかたなんもん。お姉さんはきっとたべられちゃうよ。」

 

 そう言われても…と苦笑すると、少年はむむむと可愛らしい声で唸ってから小さな手で服の裾を引っ張り始めた。

 

 「お姉さんはぼくのお家でまもってあげる!」

 「ちょ、うわ、引っ張るな!」

 

 子供とは思えないほど強い力でグイグイと掴まれ、白旗を上げた私は結局少年の家にお邪魔することになってしまった。仕方なく少年を肩に座らせ歩き出すととても喜んでくれた。弟が増えたようで中々悪い気分ではない。

 

 「お姉さんはこのまちに何しに来たの?」

 「楽師として、この街で皆が幸せに歌が聴けるようにしに来たんだ。」

 

 嘘ではない。子供に嘘をつく気は無い。すべてを話すつもりも無いが。喋り過ぎて身を滅ぼす物語は沢山読んできた。

 

 「ガクシのお姉さんってすごい夢持ってるんだね!お姉さんのなまえを教えてよ!」

 

 前後の文が繋がらない話し方はやはり子供だなあと思いつつ、頭に浮かんだ名前を出した。

 

 「…イクギイ。」

 「イクギイお姉さんかー。変ななまえ。あ、こっちがぼくの今住んでるいえ!」

 「こっちだな。…にしても、失礼な。」

 

 肩から少年を優しく下ろすと途端に走って家の中に消えていってしまった。外に漏れるほどの声で両親を呼んでいるようで、実に微笑ましーーー

 

 「……?!」

 

 突然の敵意に驚いて後ろを見ると、驚愕と納得が一緒にやってきた。何故、こんなところで出会うのかという驚愕とやはり生きていたのかという納得。遅れて、強大な殺気に当てられ少年が少し苦しんでいる様子に気付く。私は肩から下ろして背後にかばうように立った。

 

 「アルジュナ王子…。」

 「…我らを追ってここまで来たということは、我が弓を受ける覚悟は宜しいですね?」

 「待て誤解だ!私は貴方達を追ってきた訳では…!」

 

 いつの間にか引き絞られた弓がこちらを狙う。血の気がさっと引いた。この王子相手にこの子をどう逃がすか、ない頭を全力で振り絞る。最悪、私が全てをかばえばこの子は無傷で逃げられるが、その場合後からドゥルヨーダナがそれを口実に全面戦争に入りかねない。私もなるべく無傷でこの状況から脱出するに限る。

 

 さて、どう説得するかと悩んでいると背後から少年が走り出した。慌てて止めようとするが、少年は私をその小さな体で庇うように腕を広げて立った。

 

 それを見たアルジュナ王子の様子が少しおかしかった。瞳が揺れ、弓を持つ手はぶれなかったものの、明らかに動揺していた。まるで、向けてはいけない相手に矢を向けてしまったかのようなーー

 

 「な、何故ガトートカチャがここに居るのです?」

 「アルジュナおじうえ!アショーカお姉さんはこのまちの幸せのためにきたと、いっていました!その言葉にいつわりはないと、ぼくがほしょうします!だから、ころさないで!」

 

 「幸せ?」

 「叔父上?」

 

 唖然とした私とアルジュナ王子の目が自然と合う。

 どうやらお互い話さなければいけないことが出来たようだ。

 

 

 

 疲れきった少年を部屋で寝かせて、私とアルジュナ王子は家の裏手で話し合っていた。廊下で元気そうなナクラとサハデーヴァにすれ違ったのでお辞儀をしたら誰?とでも言いたげな怪訝な顔をしてふたりで顔を見合わせると、そのまま行ってしまった。私のことを覚えていないのか、それとも変装を見破れなかったのかは定かではないが、優秀な医術の使い手が見識眼が無いはずもない。忘れてしまった可能性が…高いかもしれない。

 

 それはさておき。

 

 「成程。全員無事、と。」

 「貴方達には残念なことにでしょうが。」

 「そうやって直ぐに皮肉する癖はやめた方がいい。それに私は残念だなんて、思ってないというのに。」

 「本当でしょうか。」

 「…私は中立だ。さて、それより事情を教えてくれないだろうか。」

 

 どうやら運良く、突然燃え始めた家から脱出したパーンダヴァ達は逃げおおせ、ついでにその途中ビーマと、ビーマに目惚れした羅刹女の間に子ができ、この少年ーガトートカチャが生まれたそうだ。

 

 そして現在は全員がバラモンの振りをしてこの家に匿ってもらっているそうだが、ここの領主の羅刹の魔の手が伸びてきたらしく、ビーマが今さっき飛び出して行った、と言うのだ。

 

 「…今さっきか?なんてことだ…ここから馬を借りれば間に合うか?」

 

 ここまで来て何もせずに帰るのは流石に認められない。一様王族の端くれに名を連ねている以上、のこのこと帰路に着くことは出来ない。もし帰ったら、手柄を取られてしまって無駄足を踏んだ者として、あの根暗貴族たちから、陰口を叩かれ兄弟に迷惑かかること間違いなしだ。

 

 「は?行かれるのですか?貴方が行っても行かなくても……全く人の話を聞かない御人ですね。」

 

 ちょうど近くにあった馬を勝手に借り飛び乗る。アルジュナ王子の静止の言葉を置き去りにして領主の館へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーカチャクラの羅刹がビーマによって倒され私は結局、雑兵相手の対応しか出来なかったものの(まあこれでこの地の平定という大元の目的には関われたわけで)、とりあえずの仕事が終わって結局パーンダヴァの兄弟達に着いていくことにした。監視か、と私の正体を知るアルジュナ王子とビーマには当然疑われたが、敵意がないことを一日中説得し続けたら最後には心なしかげっそりとした顔で了承を得た。ガトートカチャの世話係として随行するなら、と。

 

 「イグ姉さん!歌を歌って!」

 「いいぞ?今日はなんの歌がいい?」

 

 最初に会った時分より少し背が伸びたガトートカチャだが、まだまだ小さいガトートカチャの頭を撫でながらいつも通り要望を聞く。最近は子供扱いして欲しくないようで撫でると少しむっとするが、完全に嫌がってない様子がまた微笑ましい。

 

 馬で揺られながら何を歌うか真剣に考える。

 やはり旅の鬱屈した同じ景色を吹き飛ばすような、明るい曲か。しっとりして感動を誘う悲劇の曲か。はたまた海のようにうねる大きな流れをもった民謡か。

 

 「……ぶふっ。」

 「おい何故笑った。」

 

 前方を進んでいたビーマが話を聞いていたのか急に吹き出した。詰め寄るとさらに笑われる。何がおかしい。

 

 「いや、ただな…お前子供に弱いんだなって思っただけだ。」

 「そうか?…普通だと思うが。弟達にはいつもこうして接しているからな。それに近くなっているのかもしれない。」

 

 ビーマの豪快な笑い声にさらに前方の双子が振り返る。そう言えば双子曰く、ビーマは普段は優しいのだが、極たまに人が変わったように暴れるのだという。

 

 サハディーヴァが何気なく言った一言が胸に刺さっていた。

『あ、でもカラウヴァの子達相手に良くなることが多いかな。』

 

 精神的なものにしろ、何かほかの理由があるにしろ、弟達に危害が今後も及ばないとは限らない。が、当の本人はこの状態の時を全く覚えていないらしいし、要因も分からないらしいので、何もしようがない。…見当がつかない訳では無いが、確証の持てない上での行動は危なすぎる。

 

 その時、前の方からーーユディシュティラ王子のそろそろ目的地だと知らせる声が届く。パンチャーラに着いたようだ。今日婿選びの弓の競技会が行われる街、パンチャーラだ。

 

 そして、きっとこれが王子達がまだ生きてることを証明する晴れ舞台になるのだろう。

 

 「ドゥルヨーダナとアショーカと……みんな元気だろうか。カルナもまた無茶してないといいが。」

 

 そして、久しぶりに皆に会える日。

 胸に響く警鐘を、無視して飲み込みながら前へ踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 ーー僕?僕は彼らについて行かなかったからね。

 

 おかげでなんと、奇跡的に(・・・・)ドゥルヨーダナの策略には引っかからなかったよ。まあ、行っても死ぬことはないんだけど、あの子達の丁度いい試練だからね。僕はきっと手助けしてしまうし、可愛い子には旅をさせよって、東の方の島国では言うらしいし。

 

 他にも理由はあるけどね。

 彼らについて行ったら、君と会ってしまうからというのが正直な話一番の理由だ。

 

 君は、僕と少し会ってしまっただけで、予想外にも醒め始めてしまったからね、細心の注意が必要だ。わかりやすく言うと、一種の衝撃で封印の端っこが解けて呪いがもれてしまっている状態だ。これ以上漏らすと周囲に害をもたらすレベルの呪いだ。正しく条件を整えた上での処理をしないと、何が起こるかわかったものではない。

 

 最近はどうしてか君は、宮殿の外に出て修行に打ち込むか、自分の部屋にいるかのどちらかが多い。誰かにどうしても会いたくないのか宮殿を歩き回らないから、宮殿内なら逆にあまり会わない、なんて不思議な構図ができていたからね。

 

 それに、どう考えても中途半端に醒めてる君は、物事の渦に放り込まれるに決まっている。

 

 その点僕の方は、完全に醒めてる分、ある程度自分の居場所くらいは選べる。僕は、傍観をしばらく決めることで…

 

 おや、そろそろ終わりかな。

 夢の中といえど少し喋りすぎたか。心配しなくていいよ。どこぞの夢魔君と違って、悪戯なんかしないからさ。

 

 さあ、おはよう。




双子は本気で忘れてます。正直、患者と本当に大切な人以外の瑣末なことは忘れます。治った患者は興味ナッシング。

パールヴァティーさんどう絡ませればいいんだ…悩むう


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6 終わりの唄

お久しぶりです。ゆっくりですが御付き合い下さい。
今回はキリの影響で短め。


 「御者の息子を夫になぞ…嫌でございます。穢らわしい。」

 

 競技場に響き渡った声は、さほど大きくなかったものの、一部の人間の心を大きく揺さぶるには充分すぎるものだった。

 

 そこまで拮抗した試合を見せていたアルジュナ王子は、いつものような涼し気な顔をしているが、僅かに感情にさざ波が立っているのだろう。眉がピクリと動いた。

 

 ドゥルヨーダナは己の部下であり尚且つ友であるカルナを侮辱されて青筋を立て明らかに激昂しているものの、カウラヴァの代表としての誇りからか何とか武器を取ろうとする手を抑えていた。

 

 弟達はカルナに救われた者も多いのか何人かは怒っている様子だった。

 

 反対にパーンダヴァの方は嘲りの笑いすら漏らす者もいた。特に王子達付きの護衛の兵士や侍女達がクスクスと笑うのが目に付いた。

 

 ユディシュティラ王子は相変わらずの無表情で席から会場を眺めていた。その無表情ぶりは実は侍女達に『あの視線で睨まれてみたい』だの『あのお顔はきっと今後の国の行く末を憂いていらっしゃるのだわ』だの騒がれるほどの人気だが、ここ最近の生活で、あれは本当に何も考えていないのだということを私は知っている。何か考えてたとしたら、それは賭け事だろう。ここまでの旅路に路銀が足りなくなりかけたのは全部この王子の賭け事のせいである。

 

 ビーマは少し気分を害したようだ。根っからの武人気質なあいつらしくもある。サハディーヴァとナクラはいつもの通り本を読んでいる。患者以外には本当に興味のない2人である。

 

 

 さて、

 

 「覚悟はいいか?

 「……っな、何ですか無礼者!」

 

 どうやら一番冷静でないのは私らしい。どこか客観的に状況を見る冷静な私が、ドラウパディーの首を二本の斧で挟み込む私にそう伝えた。

 

 「何者か?そうだな…カルナの只の友だ。ああ、只の友だとも。私の友を、侮辱した罪、その首で贖ってもらおうか?」

 「わ、私は!この国の王女ですよ?!手を出してタダで済むとお思いですか!」

 「先に此方に喧嘩を売ってきたのは貴様だ。」

 

 まあ、クシャトリヤとしての矜恃故か、普通の女性のように泣き叫ぶことは無いのは評価するが、だがそれだけだ。私の家族も同然の友を侮辱したこいつは許せはしない。

 

 「やめろ、ドゥフシャーサナ。」

 「邪魔をしてくれるな、カルナ!止めるのならば貴方とて容赦しない。」

 

 斧を握りしめる私の腕を抑えようとするカルナを睨みつける。真っ直ぐ見返すその瞳は、揺らがない。

 

 「…やめろ。元より、オレにこの女性は一生つり合う事は無い。無理矢理、婿になれば恥をかいてしまう。」

 

 

 ……。

 

 

 瞬間、轟と先程よりあからさまな侮蔑の言葉が会場を満たした。

 

 分かった。私は分かった。本人がそういうのなら、と少しだけさっきより冷静になった頭で斧も下ろした。

 だが、流石に、その言い方は、無いだろうに。一言足りない。

 

 腐っても他国の王族に喧嘩を売るようなことをして、ただで済むわけがない。

 

 こうなるともう収集をつけることは難しい。あんな奴の婿になんてカルナを出すつもりは無いが、前言撤回だけでもさせなければいけない…と思っていたが。

 

 

 ーそれでいいの?

 いい。これで、カルナの失敗は私の罪で覆い消える。

 

 

 もう1回ドラウパディーに向かって斧を構える。

 投擲の姿勢を取り、本気の殺気を振りまく。

 

 さあ、止めて見せろ。

 

 誰が私を止める?

 このままではドラウパディーが死んでしまうぞ。大事な同盟国の王女を、手にかけてしまうぞ?

 

 矢をつがえたアルジュナか。

 我に返ったユディシュティラか。

 誰よりも手の早いビーマか。

 やっと驚きを滲ませた双子か。

 優秀な観察眼を持つアショーカか。

 

 

 「カルナ、ドゥフシャーサナを捕らえろ。」

 

 ああ、君達が止めてくれるか。

 

 ドゥルヨーダナ。カルナ。

 

 視界の外から迫り来るカルナの気配を、あの忌々しい直感で感じ取った。

 

 腹に鈍い衝撃が来るとともに、瞼と意識が急速に落ちる。確かな安心感の中で私は抵抗せずに沈む事を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピトン、と頭のてっぺんに水滴の落ちる感覚で目が覚める。殴られた腹が痛いが、特に内蔵が傷付いてはいないようだ。まだ霞む視界をはっきりさせようと目を擦ろうと手を上げる。

 

 じゃらりと重い音が鎖を感じさせた。足首にも同様の鎖が付けてある。

 

 岩剥き出しの壁にもたれ掛かって水の垂れてきた上を見上げる。

 この牢の唯一の出口である窓は格子で遮られ、そこから月の光が漏れていた。

 

 

 ああ、カルナは大丈夫だろうか。凶族となった私を捕まえたのはカルナの功績になっただろうし、これで私に全て皺寄せが来れば、理想的なのだが。

 

 私は盾だ。一つの家を守る盾で、侮辱という穢れも弾き、失言という失態も覆い、まとめて守る盾だ。

 ガタが来れば取り替える。武器とはそういうもので、古く壊れたモノは捨てるしかない。

 

 あれだけの事をしたのだ。きっと相手方は私の死をご所望だろう。

 

 ドゥルヨーダナは私の死を有効活用してくれるだろうか。きちんと使ってくれると思い残すこともない。

 

 「…ーーーーー…」

 

 あとどれ位でこの命は終わるのだろう。

 あと何曲口ずさめるだろうか。

 あと幾つ呼吸できるだろうか。

 

 その時、光をサッと塞ぐ影がかかる。

 

 「あら、おはよう。起きたのね。」

 「貴方は…」

 

 柵ごしに月の光を背負うようにして現れたのは、いつか宮殿の外で出会った美女、ラーダーだった。

 

 途端、強烈な情報の奔流が頭に流れ込み、頭痛が襲う。

 

 ー■■むよ■ラー■ー。いつ■■■な■ね。

 ーまあ、困らせられるのはいつもの事ですもの。

 

 「…??!」

 「どうしたの?私の顔に何か付いてるかしら。」

 

 キョトンと首を傾げるラーダーとは数える程しか会っていない…会っていないはずなのだ。しかし、何だ。この強烈な既視感と頭に過ぎる記憶に無いはずの記憶が、繋がらない記憶が頭を強烈に揺らす。

 

 吐き気を抑えて呼吸を必死に落ち着けるのに精一杯になり蹲った。

 

 「…可哀想に。」

 

 ラーダーの口から漏れた言葉は本来到底許すことの出来ない憐れみの一言であったが、不思議とそんな気分にはならなかった。むしろ、心に染みる声で落ち着きが増す。

 

 

 「ラーダー…何をしに来たか、聞かせて欲しい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「兄上!遂に血迷いましたか!」

 

 扉が叩き壊れるかと思われるほど勢い良く開け放って、ずかずかと部屋に入ってきたアショーカは己が長兄に向かって叫ぶ。

 

 「何だ。騒がしいぞ。」

 

 然も、興味無さげに、手に持った書簡から顔を一瞬だけ上げ、ドゥルヨーダナは言った。

 

 「ドゥフシャーサナ兄上の幽閉を、ドゥルヨーダナ兄上がお命じになったとは確かなのですか!また!あの兄上は自由を失われるということを、分かっておられるのですか!他でも無い、ドゥルヨーダナ兄上は!」

 「ああ、その事か。」

 

 確かに、俺が命じた。

 

 アショーカにはドゥルヨーダナの口がやけにゆっくり動くように感じた。寄りによって1番、聞きたくない相手から聞きたくない言葉を、聞いてしまった。大きな後悔が一気に押し寄せる。

 

 「あちらの国長は大切な娘が命を脅かされた事に大層ご立腹でな。もう何時でも戦争になりかねない状況だ。相手方の手を引く条件は一つ……こういう事だ。」

 

 石を置くかのような重い音と共に机に載せられたのは、見慣れた文字で書かれた、

 

 「…処刑命令書?」

 

 震える声に思考が遅れて追いついてくる。

 

 「一つの命と数多の命。どちらを取るかは明白だろう?」

 

 冷たく響くその声に背筋が凍った。そんな、馬鹿な。ありえない。そんな、…処刑なんて、

 

 思わずくらりとふらつく足をアショーカは必死にこらえて、言葉を紡ぐ。

 

 「兄上…正気ですか…姉様を…本当に?冗談にしてはタチが悪すぎますよ…」

 「もういいか。分かったら下がれ。」

 

 何故、その一つの命と言えど、己が片割れの命を天秤にかけてそう易易と処刑場へと送れるのか。何故、それほどまでに淡白なのか。何故、何故、何故!

 

 背中を向けて別の資料を手に取ったドゥルヨーダナに殴りかかりたい衝動を必死にアショーカは抑え、考える。

 

 どうしたら、姉様を救えるか。

 いつから、こうなってしまったのか。

 

 いくら考えても出てこないと分かりながら、アショーカはその日、一晩中考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、カルナ。来てくれたのか。」

 

 「あまり長い付き合いではなかったけれど、それでも貴方は私達家族の良き友であり、一員だった。」

 「そんな顔をするな。私は私のやりたいようにやっただけだ。私は家族を守る盾なのだからな。」

 「最期に忠告するとしたら…そうさな。貴方ももう少し自分のやりたいようにやった方がいい。言いたいことはしっかり丁寧に言った方がいい。」

 「後、直ぐにアルジュナ王子と勝負するのも完全に悪いとは言わないから、たまにはきちんと対話するべきだ。少し期待の重みに潰されかけているところがあるからか、妙に擦れた子だが…いい子なんだ。」

 「それは、もう、年下の従兄弟なんて、弟も同然じゃないか。気にするに決まっている。」

 「もし怪我したらナクラとサハディーヴァを頼るといい。あの二人は腕の立つ信用における医者だ。…ああそうだ、ユディシュティラ王子には賭け事はもうやめろと伝えてくれないだろうか。無理か?無理そうだったらいい。」

 「ビーマには息子と奥さんを大切に、と伝えてくれ。後、弟達を虐めたら地獄の底から斧を投げつけに行くから覚悟しとけよ、とも。」

 「弟達には体を大切に、とだけ。本当は沢山あるけれど…あまり長くても彼奴らを泣かしてしまうしな。」

 「ドゥルヨーダナ…には…そうだな。」

 

 

 「私は貴方には笑顔でいて欲しい、と。」

 

 

 「私は皆の盾であれただろうか。」

 「ああ、もう満足だ。」

 「この首、綺麗に斬り落としてくれよ。カルナ。」

 

 

 

 

 「ありがとう。」




兄としてある前に国を背負う立場を優先した王子と、全て分かった上でズレた結論を出した王子。

家族すら優先順位を付けられる自分を嫌いながらも冷酷に仕分けられる兄と、優先順位なんて付けられないと自分を切り捨て他の全てを取ろうとする()



続きます


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