サッカーバカとガールズバンド(仮題) (コロ助なり~)
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if 初恋

 

 

 

 夏本番と言っていい八月中旬。学生にとっては夏休み期間であるにもかかわらず、通学鞄を肩に掛けた夏服姿の少年がお日様に熱せられた道の上を歩いていた。

 すれ違う人々が「暑い~」というのに対し、少年は気にも留めずただひたすらに歩いていた。もちろん暑くないなんてことはないのだが、彼からすればこの程度は普通らしい。

 目的地である学校に到着して、靴を履き替えたら学校の図書室へと向かう。

 冷房の良く効いた図書室に入ると先客がいた。

 背中まで伸ばした明るい栗色の髪を持つ容姿端麗な少女。彼女が綺麗な姿勢で勉強をする姿は一種の芸術と言っていいほどだ。

 年頃の少年なら誰もが「おっふ」と見惚れるであろう少女の姿に、少年は何のリアクションもせずに静かに彼女の目の前に席に座った。

 もちろん彼自身彼女のことを可愛い少女だとは思っているけれど、知り合いでそういったものに見慣れているせいか、彼女にリアクションを見せないのだ。

 誰かが来たことに気が付いた少女はノートから顔を上げて、クリっとした可愛いらしい目を少しだけ見開いた。

 

「……あら、こんにちは。あなたのことだから来ないかと思ってたけど、意外に真面目なのね」

 

「意外は余計。……やれるときにやっておかないと出来なさそうだから」

 

 少女の口から漏れ出た軽い毒に大して気にも留めず、鞄から勉強の必要な物をいくつか取り出して机に並べた。

 

「でしょうね。まあ、いいわ。折角来たことだし、今日も勉強見てあげる」

 

「ん、お願いします」

 

 そうして今日も桜木遥と結城明日奈の勉強会は始まる。

 

 

 

 

―――〇〇〇―――

 

 

 

 

 

 桜木遥が結城明日奈という少女に出会ったのは、中学一年の一学期の期末テスト前のことだった。

 三度の飯よりサッカー。花よりサッカー。サッカーがあれば何となる。と言っても過言じゃないような遥は、彼を知っている人なら誰もがサッカーバカであると答える人物だ。

 

「ぐぬぬ……!」 

 

 さて、そんな彼なのだが、今現在、HR(ホームルーム)が終わり、人のいない教室で一枚の紙を見ながらぐぬぬと唸っていた。その名も―――定期試験である。

 誇張なしに世界が注目する次世代のサッカー選手である遥にとって、抜けない同世代の相手などいないのだが、こればかりはサッカーの上手さは関係のない話だ。

 しかも彼が推薦によって入学した学校は、都内で有名な文武両道を謳う名門中高一貫校。サッカーがいくら上手かろうと成績がボロボロでは試合に出るどころか、部活にも参加できず勉強させられてしまう。

 そして、唸っていることからもわかるように彼の今の成績はお世辞にもいいとは言い難い状況。サッカーばかりしてきた末路だろう。

 今年は全国を獲ることもあるが、彼には日本代表として世界に挑む大会も待っている。定期試験如きで足止めを喰らって参加できませんでした、なんて情けないことは言いたくない。

 となれば、結論は一つ。勉強をするしかないのだ。もちろんそれが出来ているなら初めから苦労することなんてないのだが。

 彼には幼馴染が二人いるが、二人共あまり勉強が出来る方じゃないし、親友も一夜漬けタイプ。塾に通うくらいならサッカーの練習に費やしたい。先生に訊くのが一番なのだが、一々担当科目ごとに聞いていくのは効率が悪い。

 となると成績の良い同学年の生徒か先輩が一番の候補に上がるのではなかろうか。

 

「君、いつまで残ってるの?」

 

 誰かに勉強を教わろうとした矢先、不意に教室の扉が開き、一人の少女が入って来た。

 栗色のロングヘアーの一部をまとめた髪型に整った顔立ちの少女。

 

「放課後って残っちゃだめだっけ?」

 

 遥は見覚えのある生徒だなと思いながらも、問い返した。

 

「そう言うわけじゃないけど、いつまでも教室にいるから気になっただけ。ところで……ああ、定期テストの」

 

 少女が遥の座る席にやって来ると彼の持っていた紙を覗き込んだことでその内容を知った。

 そこから更に彼が勉強で苦しんでいることも悟った。

 

「(一年生のこの時期からって……何しに学校へ来てるのかしら)」

 

 表情を変えずに内心で少年のことを見下していた。

 詳細は省くが少女は厳しい家庭環境で育ったこともあって、そういったことに関しては容赦がないのだ。

 

「勉強しないといけないんだけど、如何せんどうやってしたらいいのやら……」

 

「あら、この時期の定期テスト如きで嘆いてる人の割には意外と勉強する気はあるのね。あなたの評価が少しだけ上がったわ」

 

 遥の弱々しい呟きに少しだけ目を見開いて驚きをそのまま口に出す。

 

「そりゃ、どーも。……ねぇ、君って成績いい?」

 

「そうね。良いかと言われればいいわ」

 

「具体的には?」

 

「前回の中間テストは学年1位だったわ」

 

「おお……! それはすごい!」

 

「ふっ、ちゃんと勉強していれば当然の結果よ」

 

 誇るまでもないと言いたげだが、彼女の表情はドヤ顔だ。

 そんな表情に気付かずに遥は学年1位の学力を持つ彼女ならばと思い至った。

 

「お願い! 俺に勉強教えて!」

 

「嫌よ」

 

 思い立ったが吉日。早速お願いしてみたのだが、即答で断られてしまった。

 

「そこを何とか! このままだと試合に出れなくなるんだ!」

 

「試合? あなた、何かの部活に入ってるの?」

 

「うん。サッカー部」

 

「サッカー部? しかも一年生なのに試合に出るってことはレギュラー!?」

 

「そだよ」

 

「この学校のサッカー部は全国に毎年出場してるくらいの名門校なのに、……そう言えば、この学校にサッカー日本代表候補が入学したって聞いてたけどまさか……あ、あなたがそうなの!?」

 

「なにが?」

 

「U-15のサッカー日本代表選手候補よ!」

 

「他にいなければ俺じゃない?」

 

 正確に言うならばつい先日に彼は候補ではなく、メンバーの一人として選ばれているのだが、まだ公開されている情報ではないので少女が知るはずもないことだ。

 

「や、やっぱり……!」

 

「でも、このままじゃなぁ……。他を探すか……」

 

 学年1位の少女は勉強を教えてくれないから、話は振出しに戻ってしまった。

 

「待ちなさい!」

 

「ぐえっ!」

 

 遥はこれ以上学校にいても意味ないだろうから帰宅しようとしたら、いきなり襟首を引かれた。突然の出来事に対処にしようもなく、変な声が出た。やった犯人は考えるまでもなく一人しかない。

 

「な、何すんのさ?」

 

「……いいわ」

 

「へ?」

 

「勉強を教えるのをいいと言ったの!」

 

「ホント!? ありがと!」

 

 先程を180度反転した彼女の回答だが、彼からすれば助かったことに変わりはない。思わず少女の手を握ってブンブンと振ってしまうほどだ。

 

「でも、どうして引き受けてくれたの?」

 

 勉強を教えてくれるのはいいが、どうして引き受けてくれるのだろうかと当然のように質問が出た。

 教わる側の遥としては嬉しい。しかし、教える側の彼女のには何のメリットもないのだ。

 彼女に対する先生からの評価は上がるだろうけれど、すでに優等生と言っていいだろうし、誰かに勉強を教えるくらいで内申点が上がるとは思えない。

 

「世界で活躍するかもしれない人が勉強できなくて試合に出れませんでしたじゃ、笑い話にもならないからよ! 何なら学校の恥にすらされかねないわ!」

 

 それは奇しくも彼が考えていたことと同じだった。

  

「そっか。まあ、そうだよね。そうならないためにもよろしくお願いします」

 

「ええ。お願いされたわ。―――早速、今日からやっていきましょう」

 

「うえっ!? 今日から!?」

 

「何か文句でも?」

 

「イイエ、ナンデモアリマセン」

 

 彼女のドスの効いた声音と鋭い目つきに遥はあっさり屈服。傍から見れば主従関係が生まれている気もするが、それは本人達にはわからないことであった。

 ともあれ、ここから遥と彼女の勉強会が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ」

 

「何かしら?」

 

「君の名前、教えて欲しいんだけど」

 

「……は?」

 

「あ、俺は桜木遥っていうんだ。クラスは1組。よろしく」

 

「…………」

 

「お、おーい?」

 

「私の名前は結城明日奈。()()()()()()()()()()()()()()。よろしくね」

 

 その時の明日奈の表情は遥に相当なトラウマを植え付けたとか。

 

 

 

 

 

 

―――〇〇〇―――

 

 

 

 

 

「……どうしたの? 急にニヤついて。控えめに言って気持ち悪いわよ」

 

 遥が明日奈と出会ったときのことを思い出していると明日奈がいつも通りに毒を吐く。

 控えめに言わなければ一体彼女は何と言おうとしたのか気になるところだが、「なんでもない」と短く返して問題を解いていく。

 

「前から思ってたんだけど、俺にだけあたりが強くない?」

 

 容姿端麗、成績優秀。先生や生徒からの評価も高い明日奈なのだが、遥と接するときだけやたらと毒を吐く。なんなら普段の学校生活は猫を被ってるくらいだとさえ思う。

 

「気のせいよ」

 

「気のせいではないと断言できるんだけど」

 

「それは私のことを知り尽くしてるとでも言いたいの? まるでストーカーね。気持ち悪いわ。あと気持ち悪い」

 

 まるでどこぞの図書委員と同じ毒舌である。

 

「二回も言わなくてもいいっての! ……で? 本当は?」

 

「…………あなたといるとつい意地悪したくなるのよ」

 

「それって―――普通に酷くない!?」

 

「勉強を教えてあげてるのだから私のストレス発散の対象になっても構わないでしょ。というかあなたMっぽいからむしろご褒美にしかならないわね。私に感謝しなさい」

 

「え、えむ? ミッドフィールダーのこと? 俺のポジションはフォワードなんだけど」

 

 流石にサッカーネタで返されては面食らうほかない。

 良家育ちの明日奈でさえ知っているというのに遥はそれを知らない。礼儀作法はしっかりしていることから家庭環境は良いとは思うのだが、どういった風に育てられてきたのかは気になるところである。

 

「でも、感謝かぁ。確かに明日奈のお陰で良い成績は取れるようになったのは事実だし、無償で引き受けてくれるのは凄く感謝してるよ」

 

「な、なによ急に……」

 

「なんかお礼したいなって思ったんだ。よくよく考えると教えてもらうだけ教えて何も返せてないから」

 

「そういうことね。なら私の奴隷にしてあげるわ。死ぬまでこき使ってあげるわ」

 

「……プレゼ―――いったぁッ!? 何すんだよ!?」

 

 遥が何かを提案しようとしたところでシャーペンが手の甲に刺さった。力は込められてなかったようだが、それでもかなり痛いのは間違いない。

 

「あなたが無視するからよ」

 

「奴隷とか誰だって嫌に決まってるでしょ!?」

 

「あら、私という可愛い女の子といられるのよ。十分に嬉しい条件だと思うのだけれど」

 

「見てくれはね。中身最低だけど!」

 

「もうっ、外見も中身も素敵な女の子だなんて……思わずその眼球を潰したくなるわ」

 

「勝手に俺の言葉変えないでくれませんかね!? しかも発想がサイコパスだし!」

 

「遥君、ここは図書室よ。たとえ私達二人しかいなくても静かにするべきよ」

 

「急に真面目になるな……! しかも正論……!」

 

 遥は一度深呼吸をして頭を冷やす。

 彼は毎度のことながら明日奈には言われたい放題だが、不思議とこの時間が、この空間が嫌いじゃなかった。

 いつの日か、幼馴染や親友とは違う明日奈という存在の大きさに気付く日が来るのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編書いてみました。
続きは書くと思います。


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if 五等分のサッカーバカ

 

 

 

俺―――桜木遥は、現在進行形で困った状況に陥っていた。

17年間生きてきた中で一番困ったことと言い切れる。下手をするとこれから先、このこと以上に困るようなことが起こらないような気さえするくらいだ。

その原因は目の前の視線で火花を散らし合う少女達。

 

……わけがわからないよ。

 

片や個性豊かな五つのバンドの少女達。片や同じ顔の五人の少女達。

スタンド使い同士が惹かれ合うが如く、選ばれし勇者が魔王を倒す運命にあるが如く、彼女達の出会いは必然的だったのかもしれない。

だが、ここまで不仲になることを誰が予測できたであろうか。

この状況になるまでの出来事を現実逃避気味に振り返った。

 

 

 

 

 

全ての始まりは、ガールズバンドの一人、戸山香澄の一言だった。

 

「皆で旅行行きたい!」

 

ライブハウス『CIRCLE』に呼び出されたイベント関係者が集まる一室で何の前置きもなく彼女はそう叫んだ。

五つのバンドによる合同ライブが無事終わり、その後も交流が続く中、まだまだ交流を深めたいと思ったのだろう。

 

「そう。日程は?」

 

「決まってません!」

 

「……予算は?」

 

「決まってません!」

 

「…………行きたい場所は?」

 

「決まってません!」

 

「なんも決まってないのか!?」

 

「はい! 昨日思いついたので!」

 

そんな自信満々に返事すんなよ……。

香澄のこれは今に始まったことじゃないからただ呆れるだけで済むからいいものの、もう少し考えて欲しい。

有咲の苦労がほんの少しだけ分かった気がする。

 

「……まあいいよ。とりあえず、皆の中でどこか行きたい場所はある? いきなりで申し訳ないけど提案してくれると嬉しい」

 

「キラキラドキドキできる場所がいいです!」

 

「はい、参考にならない意見ありがと。あとで有咲にお説教されなさい」

 

「任されました」

 

「二人共酷いっ!」

 

「アタシはハルと楽しめればどこでもいいよ」

 

「私も同じね」

 

リサと友希那はどこでもいいらしいが、それは結構困る意見だ。まあ、俺自身二人と一緒なら大抵の場所は楽しいと思えるから気にはならない。

 

「森とか海があるといいわ!」

 

こころは楽しい場所がいいと。それは割とどこでもありそうだ。

 

「出来ればあまり有名な観光地は遠慮したいわ」

 

千聖の意見は芸能人としての周りへの配慮だろう。

名の知れた彼女達によって人だかりができると他の子達の迷惑になると考えてのことだ。

他にも色んな意見を貰ったが、結論から言って場所選びが何とも難しい。

スマホでいくつか調べてもらったが、候補になりそうな場所は予約が埋まっていたり、お金の少ない高校生では少々手の届かない値段の場所がほとんどだ。

 

「ねぇ、ハル。ハルのおじいちゃんのところはどうかな?」

 

「……じいちゃんのところ?」

 

リサから言われたことに最初はピンとこなかったが、徐々にその意味を理解した。

俺の母方のじいちゃんは旅館を経営してる。

こころの提案通り、山と海はそこそこ近いところにある。

しかもこういうのはアレだが、千聖の配慮にも適している人気の少ない場所にある旅館だ。

 

「早速じいちゃんに電話して―――どうやって電話すればいいの?」

 

いつもの機械音痴を遺憾なく発揮して皆を呆れさせたものの、色々条件付きでちょっとお安く泊めてもらえることになった。

その後は紗夜先導の元、日程や予算をサクサクと決めて解散。

夏は仕事で忙しいはずのパスパレは、千聖がマネージャーに交渉に交渉を重ねた結果、夏休みをもぎ取ったそうだ。

 

 

 

 

 

そして、旅行当日。

待ち合わせの駅前からこころのところの黒服さんにマイクロバスで近くまで港まで送ってもらい、船に乗って島へ行き、山の中を歩いてお昼前にじいちゃんの旅館に到着。

俺の隣の席を誰が座るかで揉めることもあったが、割愛させていただく。

 

「じいちゃん、今回はありがと。いきなりこんなに大勢で押しかけちゃってごめんね」

 

「なに、可愛い孫が来てくれるだけで嬉しいもんだよ。友達もこんなに連れ……女の子ばっかなのはどういうことだ?」

 

やっぱりそこに目が行くよね。

 

「あ、あはは……同性の友達あんまいなくってさ」

 

本当ならカズも来る予定だったのだが、前日になってどうしても外せない用事が入ってしまったらしく、今回は不参加。よって男女比1:25という状態である。まあ、カズがいたところで大した変化でもないのだけど。

 

「まあいい。山の中歩いて疲れただろう? 部屋で休んできなさい。あとで手伝いをしてもらうからな」

 

「うん、わか―――」

 

「あれ? もしかして、遥……ですか?」

 

じいちゃんから鍵を受け取って部屋に上がろうとしたとき、誰かに名前を呼ばれた。

振り向いた先にいたのは―――

 

「五月?」

 

俺の従姉妹に当る少女、中野五月とその姉妹。そして、彼女達の両親だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥兄、知り合い……?」

 

25人の誰もが気になっていたであろうことを最年少のあこが尋ねてきた。

 

「俺の従姉妹」

 

『い、従姉妹!?』

 

皆の驚きはさておき、ここで俺の従姉妹について話そう。

従姉妹がいるというのなら、どこにでもあるありふれたことだ。だが、俺の従姉妹は違う。なんと世にも奇妙で不思議で珍しいことに五つ子の姉妹なのだ。

 

長女、一花。

 

次女、二乃。

 

三女、三玖。

 

四女、四葉。

 

五女、五月。

 

顔、声、服装。ありとあらゆる要素が全く見わけの付かないくらいに似すぎている少女達。

中学生になる前あたりからは各々髪型や言葉遣いを変えて特徴が出始めたのだが、赤の他人からすれば顔が同じなので見分けるヒントにはなり得ない。

身内である俺も見分けが付くまでは何度も彼女達を間違え、怒らせたり、泣かせたり、おまけに五つ子ゲームなるもので負けて、罰ゲームとして人には言えない黒歴史も生まれたりしたものだ。

 

と、まあ彼女達の紹介はそこまでにしておいてだ。

 

「ハルカ君じゃん!」

「ハル君、元気してた?」

「……久しぶり」

「サッカー、頑張ってるみたいですね!」

「おじいちゃんの旅館で会うなんて、すごい偶然です!」

 

「お、おう……」

 

ガールズバンドの少女達を押しのけるようにして五人同時に話しかけてくるものだから、適当に返すだけで精一杯。

俺は聖徳太子ではないので聞き分けるなんて無理だ。

 

「五人共、落ち着いてください」

 

『はーい』

 

俺が明らかに困っているのを見かねた五つ子の母親―――零奈さんが助けてくれた。

流石母親。娘の暴走を止めるのは随分手慣れている。

そして五つ子と入れ変わるように零奈さんが近づいてきた。

 

「久しぶりですね、遥。体は大丈夫ですか?」

 

「おば―――零奈さんにだけは言われたくないな」

 

おばと言いかけた瞬間、普段無表情の零奈さんのそれ以上言ったら殺すと言わんばかりの目付きとなって、慌てて訂正した。

……零奈さん、そういうの気にする人だっけ?

 

「叔父さんはそこまで久しぶりじゃないかな」

 

叔父さんは大きな病院で医者をやっている。それ故に、俺がケガをしたときに面倒を見てもらったこともあり、その後も定期健診で月に何度かは顔を合わせる機会がある。

 

「そうだね。……一応聞いておくが、以前のような無茶な練習はしてないだろうね?」

 

「言いつけは守ってるよ」

 

流石に両親や皆に迷惑掛けたくないし、何より俺自身がサッカーできなくなるのは嫌だから。

たまにオーバーワークもあるけど、休む時は休んでるからダイジョーブダイジョーブ。

 

「……どうやら君のサッカーバカは私でも手に負えないようだね……」

 

俺の考えていることをなんとなく察したのか、そんなことを呟いた。

名医も匙を投げる程のサッカーバカか。そりゃ凄い。

 

「それほどでも」

 

「一切褒めてない」

 

はい、知ってます。

 

もう少し久々に再会した親戚と話をしたいところだが、いつまでも玄関付近にいてはいい迷惑だ。

早く部屋に荷物を運んでしまおう―――と、声を掛けようとしたところで、ガールズバンドの少女達と五つ子が無言で睨み合っているという状況(冒頭部分)になっていた。

 

「遥、どういうことですか?」

 

何故か半目で尋ねてきた五月。

他の姉妹達も何か言いたそうにしているが、それよりも今は五月の質問だ。

 

「どういうことって、なんのこと?」

 

「惚けないでください。彼女達のことです」

 

「俺の友達だけど」

 

「その割には女の子しかいませんが?」

 

「いや、本当なら男も来るはず―――」

 

「言い訳は結構です! このスケコマシ! ラノベ主人公! サッカーバカ!」

 

聞いてきたのはそっちなのに酷い言われようである。

零奈さんの真似を始めて頭が固いことで。まるで紗夜が二人に増えたようだ。

 

「まあまあ、五月ちゃん。落ち着いて。ハルカ君も困ってるからさ、ね?」

 

「一花……ですが」

 

「とりあえず、ハルカ君はあの子達のこと紹介してよ」

 

五月を宥めて一花が紹介を促す。

“助けてやったんだからあとでなんか奢れよ?”みたいな目をしていたが気のせいに違いない。

 

「彼女達は最近話題のガールズバンドってやつ。Poppin' Party、Aftergrow、pastel*palettes、Roselia、ハロー、ハッピーワールド!。……以上」

 

『…………え? それだけ?』

 

やや間を開けて全員の声が重なった。

全員分の紹介しろと?

 

「Poppin' Partyのメンバーはキラキラドキドキ戸山香澄、テンプレツンデレ市ヶ谷有咲、主食はチョココロネ牛込りみ、天然兎花園たえ、パン屋で鍛えた握力が自慢の山吹沙綾」

 

「はい! キラキラドキドキしたいです!」

 

「誰がテンプレツンデレだ!」

 

「チョココロネが主食の時はたまにです!」

 

「私って兎だったんだ!」

 

「へぇ……なら、そのバカの頭で握力測ってあげようか?」

 

「Aftergrowのメンバーは世界への反骨赤メッシュ美竹蘭、パンは飲み物青葉モカ、不憫なリーダー上原ひまり、ソイヤッ宇田川巴、皆のためにつぐってる羽沢つぐみ」

 

「別にそういう意味でメッシュを入れたわけじゃないから!」

 

「モカちゃん的にはカレーもだねー」

 

「不憫!? 私って不憫なの!?」

 

「ソイヤッって……まあ、合ってんだけど、なんかなぁ」

 

「それが私の取り柄だからね!」

 

「pastel*palettesのメンバーは決めポーズがイマイチな丸山彩、天災の氷川日菜、腹黒女優の白鷺千聖、ブシドー若宮イヴ、機材オタクの大和麻弥」

 

「遥君にも言われた!?」

 

「えー? アタシの紹介地味じゃない?」

 

「誰が腹黒ですって?」

 

「皆さんもレッツ・ブシドーです!」

 

「ふへへ。機械いじりは楽しいですからね」

 

「Roseliaのメンバーは音楽バカの湊友希那、堅物の氷川紗夜、女子力の塊ギャルの今井リサ、聖堕天使あこ、コミュ障の白金燐子」

 

「音楽バカ……。ふふ、ハルとそっくりね」

 

「堅物とは失礼じゃないですか!」

 

「女子力の塊かぁ、嬉しい事言ってくれるねー♪」

 

「闇に飲まれよ!」

 

「た、確かにコミュ障ですけど……最近は……」

 

「ハロー、ハッピーワールド!のメンバーは三バカその1弦巻こころ、三バカその2瀬田薫、三バカその3北沢はぐみ、方向音痴の松原花音、苦労人の奥沢美咲。あとここにはいないけど中の人なんていないミッシェルもメンバーの一人」

 

『ハッピー! ラッキー! スマイル! イェーイ!』

 

「つまり、そういうことさ」

 

「うぅ……いつもご迷惑をお掛けしてます」

 

「ちょ、ちょっと先輩!? ややこしい紹介しないでくれませんかね!?」

 

俺なりに面白おかしく紹介したつもりだが何人かには不評で睨まれる。あとが怖いがその時はその時だ。

 

「で、見分け付かないだろうけど従姉妹も紹介しとく。一番髪が短くて千聖みたいに作り笑顔してる女優の卵が長女の一花」

 

「ハルカ君?」

 

「反対に一番髪が長くてギャルっぽい見た目のわりに、異性に求める理想が高い夢見がちな乙女が次女の二乃」

 

「余計なことは言わなくていいのよ! あとで覚えてときなさい!」

 

「ヘッドホン付けてて無表情で何考えてるかわからないのが三女の三玖」

 

「……ハル、切腹」

 

「デカリボンが四女の四葉」

 

「私だけ紹介短くないですか!?」

 

「星のヘアピンを付けてて食うことが仕事と言ってる甘えん坊が五女の五月」

 

「わ、私はそんなに食いしん坊ではありません!」

 

と、まあその場にいるほぼ全員の女子を敵に回す紹介を済ませ、今度こそ部屋に行こうとしたのが、彼女達の睨み合いがまだ続いていた。

それとさり気なくいなくなってるの知ってるからな、零奈さん、叔父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、まさか有名人がハルカ君と友達だったなんてビックリです。だけど、あまりハルカ君と一緒にいると問題になりますよ。ストー―――千聖せ・ん・ぱ・い♪」

 

「ご忠告ありがとう。でも、私に掛かればそのくらい握りつぶせるから問題ないわ。腰巾ちゃ―――一花さん」

 

お互い作り笑顔で火花を散らし合う一花と千聖。

片や女優の卵。片や子役時代から名を馳せている女優。

同じ職種の人間同士で良い刺激が生まれるかと思いきや、今にも核弾頭ミサイルが発射されそうな雰囲気と化していた。

 

「へぇ、貴女がハル君のご飯作ってるんだー?」

 

「まあね。花嫁修行みたいな感じかな?」

 

「アタシの方が美味しい料理作れると思うけどね」

 

「は?」

 

「何よ?」

 

「ハル君!」「ハル!」

 

「はいはい。なんでしょう」

 

『食戟するから審査して!(絶対勝つ!)』

 

二乃とリサは料理上手のギャル同士だ。こちらも気が合うかと思いきや戦争勃発一歩手前である。

まだ料理漫画のように料理対決でケリが付くなら安心できるものだ。

ちなみに審査は(強制的に)俺と美味しいものが食べられると嗅ぎ付けた五月とモカがやった。勝った方には俺とのデート権だったらしい。

食戟の結果がどうなったかは想像にお任せである。

 

「あなた全然笑顔じゃないわね!」

 

「……だから何?」

 

「ハルカは笑顔の女の子が好きって言ってたわ!」

 

「は?」

 

「何かしら?」

 

性格が全くの正反対の三玖とこころ。

この場合、無自覚にこころがケンカを売ってるのもあるが、三玖が一方的に敵視している所為もあって二人はあまり仲が良くない。

性格が反対だから仲良くならないのかは永遠の謎である。

 

「貴女は遥さんとはどういった関係なんですか?」

 

「……幼馴染。それだけ」

 

「そうなんですね! まあ、私は生まれた時から遥さんとは一緒にいることが多かったので、パチモンの幼馴染よりも強い絆がありますけどね! パチモンの幼馴染よりも!」

 

「…………」

 

そこのデカリボンよ、何故二回言った。

あと、反骨赤メッシュ。今ので俺を睨むのはお門違いだ。実際、五つ子との付き合いの方が蘭達よりも長いのは事実だけども。

 

「言っておきますけど、遥はあげませ―――」

 

「五月先輩も星が好きなんですね!?」

 

「え、ええ。好きです。それよりも―――」

 

「ポピパの皆と一緒にキラキラドキドキ一緒に探しませんか!?」

 

「ああもう! 話を聞いてくださいー!」

 

三玖みたく五月が一方的に敵視しているだけで、辛うじて五月と香澄は他の奴らよりかは比較的良好?なのだと思いたい。

香澄よ、そのまま堅物の五月をキラキラドキドキに染めてしまえ。

 

 

 

こんな感じでどうにも従姉妹とガールズバンドの少女達の何名かは仲が悪かったり、馬が合わないらしい。

これから同じ旅館で泊まるのにこのままではいけないと考えた結果、俺は答えを見つけた。

俺の尊敬する人も言っていたではないか。サッカーはすべての人を繋ぐと。

だから―――。

 

 

 

 

 

「みんな、サッカーやろうぜ!」

 

 

 

 

 

『やらない!』

 

 

 

 

 

……そういうところは息が合わなくてもいいと思うんだけど。

若干拗ねた俺は一人でサッカーしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第1話

 

 

 

『―――残り時間一分を切ったところでU-15日本代表にチャンス!』

 

実況の熱が観客に広がり、応援の声に勢いが増す。 

勝敗を決める重要な場面のはずなのに、周りの音がはっきりとわかるくらいやけに冷静な自分がいる。

不思議な感じだが悪くない気分だ。むしろ声援が聞こえてやる気がさらに上がるくらいだ。

 

『ボールを持つのは9番・桜木! そのまま一人で持っていく!』

 

仲間が必死につないでくれたボールを、ただゴールを決めるという気持ちだけでドリブルする。

そんな俺の目の前にディフェンスが立ち塞がる。

たった一枚、こいつを抜き去るだけ。

 

―――邪魔だッ!

 

ボールを奪われないようにフェイントをかけ、相手が崩れた隙を突いて抜き去る。

 

『抜いたァッ! 残るはキーパーのみ!』

 

「―――――!」

 

相手のキーパーが何か言っている。日本語以外チンプンカンプンだが、多分「ここは通さない」とかじゃないだろうか。

ゴールまで5mを切った。

 

ここから蹴れば決まる? いいや、違うな。―――俺は決める。決めて勝つ!

 

心理戦なんてどうでもいい。己の直感に任せてボールを蹴った。

結果は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほら、もう朝だぞ!」

 

「んー? あ……リサ、おはよー」

 

俺こと桜木遥が誰かに叩き起こされたかと思いきや、その相手は俺の良く知る人物―――今井リサだった。

 

「うん、おはよう」

 

制服の上からピンクのフリフリの付いたエプロンを着ていた彼女はいかにも―――

 

「お母さんみたいだね」

 

「そこは可愛いお嫁さんとか彼女にしてほしいんだけど!」

 

「うん? リサは十分可愛いよ」

 

「―――っ!」

 

リサが可愛いことは知っている。これでも赤ん坊のころからの幼馴染だから。

だが、この程度のことで赤面する理由が俺にはわからなかった。

 

「は、早く着替えて下に来て! ご飯用意して待ってるから!」

 

バタン、と力強く俺の部屋の扉を閉めて階段を降りていった。

俺はノロノロとベッドから起き上がり、ハンガーに掛けてあった制服に着替えて部屋を出た。

 

 

 

 

 

「おはよー」

 

「おはよう」

 

間延びした俺の挨拶に、リサとは違った声が返って来た。

 

「あら? 今日は友希那も来てたんだ?」

 

珍しいことにもう一人の幼馴染―――湊友希那が俺の家のリビングで朝のニュースを見ながらくつろいでいた。

 

「ええ、少し早めに起きたから」

 

「そっか」

 

「さ、朝ご飯食べて」

 

リサに促され、食前の挨拶を済ませてから食べ始めた。メニューはホカホカの白米に焼き魚、味噌汁、漬物だ。

 

「今日も美味しいね」

 

家庭の事情で彼女にはほぼ毎日のように料理を作ってもらっている。ありがたい反面、申し訳ないと思っていることを以前口にしたら「私がしたいからしてるだけ。迷惑ならいつでもやめるよ」と言われて迷惑だなんて到底言えるはずもなく、それ以来彼女には頭が上がらない。

 

「ふふん♪ 毎日練習してるからっ」

 

そんな彼女はギャルっぽい見た目をしているのだが、見かけによらずかなり家庭的な女の子だ。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末さまでした」

 

使った食器を台所に持ち運び、軽く水洗いして食洗器に入れる。リサが代わりにやろうとしてくるのだが、料理を食べさせてもらったのだからこれくらいはやらせて欲しい。

 

「片付け終わったら学校行くよー」

 

リサの声に軽く返事を返し、自分の部屋に戻って通学カバンを取りに行く。

その際、とあるトロフィーが目に入った。そのトロフィーの手入れを全くしなかった所為で埃まみれの状態だ。

 

「今日は随分懐かしい夢を見たな」

 

今から二年ほど前のことだ。そこから思い出に浸ろうとしたのだが、リサの急かす声が聞こえたのでカバンを取って部屋を後にした。

 

 

 

 

 

リサと友希那とは学校が違うので通学路の途中で別々の道になる。そこで「また放課後」としばしの別れを告げて、俺も自分の通う学校へ歩き出す。

 

「おっす、ハル」

 

「うん、おはよう、カズ」

 

気さくに挨拶してきたのは茶色い短髪の男子生徒で俺の友人――神原和也(かんばらかずや)だ。愛称は“カズ”。こいつとはかれこれ小学生からの付き合いになるのでリサや友希那同様、俺の幼馴染だ。

カズが俺をハルと呼ぶのは、俺の名前が遥だから略して“ハル”と呼んでいるだけだ。リサや友希那も同じように呼ぶ。

 

「相変わらず三人仲良いよなぁ。俺も出会いが欲しいぜ」

 

「出会い? 俺との出会いはダメだったのか?」

 

「そういうことじゃねぇよ! ってかキモイわ!」

 

カズからすればどうでもいいものかもしれないが、俺にとってはカズとの出会いは大切なものだ。

 

「……なんかごめん。それより早く学校に行こうか。新学期の初めから遅刻して先生に目を付けられたくないからな」

 

今日は始業式。それも新学年になる時期だ。

 

「わーってるって! ったく初日から調子狂うな……」

 

駆け出した俺に続くようにしてカズも駆け出した。

 

「ところで、可愛い後輩ちゃんは入ってくるとハルは思うか?」

 

カズは走りながらも話題を振って来た。

 

「は? 可愛い後輩?」

 

しばらく考えて思い当たったことがあった。カズはパシリとして使う後輩が入ってくるか気になっているのだ。

 

「さあね? 俺はサッカーできればいいから」

 

「なんだよそれ……。まあ、お前にはリサちゃんと友希那ちゃんがいるからいいよな」

 

なぜここであの二人の名前が出てくるのかわからなかった。

 

「どういうこと?」

 

「どういうことってそのまんまの意味だろ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

どうやら俺とカズの会話は噛みあってないみたいだった。

話を続けようとしたが、生憎学校に到着してしまい、別の話題になった。

 

「俺のクラスは……Bか。お、ハル、お前の名前もあったぜ。今年もクラスが一緒だな」

 

カズが頼んでもいないのに俺のクラスまで教えてくれた。新学期ということもあって浮かれているのかもしれない。

だが、俺は俺でカズと同じクラスで良かった。

 

「お前がいないと話す相手がいないから助かるよ」

 

「少しは俺以外と話す努力をしろ!」

 

「いや、だってなんか知らないけど避けられるんだから仕方ないだろ?」

 

俺だって好き好んでこいつとだけ話しているわけじゃない。別にコミュニケーション能力が壊滅的なわけでも、ひねくれた話し方をしているわけでもないのにだ。

 

「た、確かに……。でも、流石に部活の仲間とまで喋らないわけじゃないから放課後までの辛抱だな」

 

「そうなるな。あー、早くサッカーしてー」

 

「お前、ホントに頭ン中サッカーしか考えてないのな!」

 

サッカーバカと言われながら新しい教室に向かった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

部活を終え我が家に帰宅。玄関には二人分のローファーが綺麗に並べられていた。間違いなくリサと友希那のものだ。

先に言っておくと彼女達は俺の家の合鍵を持っているから家に入れるのであって、決して不法侵入ではない。

二人が合鍵を持っているのは、俺の両親は共働きでかなりの頻度で家を空ける。だから幼い頃の俺はよく友希那やリサの家に泊めてもらっていた。

だが、時が経つにつれ泊まることが少なくなっていき、実質一人暮らしの状態に近い俺を心配した両親が、何かあった時のために二人に合鍵を渡したのだ。

今では彼女達の第二の住居と化している気もしないでもない。

ちなみに昔、カズにこのことを言ったら「ギャルゲーかっ! 爆発しやがれッ!」と血涙を流しながらどっかに走り去ってしまったことを今でも覚えている。

 

「返事がないから上か」

 

一階にいれば聞こえるはずの声量を出したつもりだったが返事が無いので、恐らく上の階にいる。

 

「先に着替えちゃおっと」

 

二人を探すよりも先に制服を脱いでラフな格好になるために自分の部屋に向かった。

扉を開ければ、必要最低限の物しか置かれていない部屋に―――白い下着姿の友希那がいた。

 

「…………!」

 

友希那の顔が真っ赤に染まり、何かを喋ろうとしているみたいだが口がパクパクと動くだけだ。

 

「えっと、人の部屋で何し―――グハァッ!」

 

俺の部屋にいる理由を尋ねようとしたら顔面に拳が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話

 

 

 

「―――で、申し開きはあるのかしら?」

 

友希那の下着を見たことによって俺は殴られ、現在正座中。

対するは私服に着替えた友希那とお風呂を使っていたらしい湯上りのリサが般若の如き面構えで仁王立ちだ。

正直言って怖い。目も合わせられない。

 

「友希那に似合ってて可愛かった―――イタッ!」

 

可笑しい。女子の機嫌が悪いときはとにかく褒めまくるのがいい、とカズに言われたのを実践したのに頭をはたかれた。

 

女子って難しい……。

 

「そこは友希那に謝るべきじゃない?」

 

「え、アレって俺が悪いの?」

 

「……どういう意味かしら?」

 

友希那の声音がさらに低くなった。

 

ヤバいよ、友希那さんマジ切れだよ!

 

「だってここ俺の部屋だよ。むしろ友希那がここで着替えてる方が可笑しいと思うんだけど」

 

「それは……」

 

よくよく考えるとこの家を我が家同然に使っている二人に問題が在るような気もする。使わせてる俺にも問題はあるのだが、両親が二人を認めた上で合鍵を渡している。今更のことだから追い払うことはないが、年頃の娘がそんなのでいいのだろうか。

 

「ま、そもそも()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()けどね」

 

小さい頃から一緒にいたおかげで下着どころか裸だって見たことある。だから見ても見られても全く気にならない。

 

……あら? なんか空気がさらに冷えたような……?

 

「ねぇ、リサ」

 

「オッケー♪ ちょーっとばかし、ハルにはお仕置きが必要みたいだね」

 

友希那の顔は変わらないが、リサの顔が般若から笑顔になった。なんだかさっきよりも別の意味で怖く感じる。

 

「さ、明日も学校だから早く―――」

 

俺の直感がこの場は逃げるべきだと警鐘をガンガン鳴らす。それに抗うことなく部屋から出ようとしたのだが、両肩を押さえつけられ立ち上がることが出来ない。

 

『まだ時間に余裕はあるから安心して』

 

新学期早々に幼馴染二人に理不尽な目にあわされた。

ついでにその日は二人は元々泊まる気だったらしく、強制的に一緒のベッドで寝かされた。

 

 

 

 

 

「どうりでそんなに顔が腫れてるわけだ」

 

翌日、学校の休み時間中に昨晩のことをカズに話したら苦笑いを返された。しかし、一瞬で表情が変わった。

 

「だがな、その後のことは許せん! 美少女二人と一緒に寝るだと!? なんて羨まけしからんことを!」

 

『そーだそーだ!』

 

いつの間にかクラス中の男子がカズに便乗していた。それを見ていた女子は憐みの視線を向けていたことは俺以外気が付いていないだろう。

 

「昔から良く一緒に寝てたから今更だと思うけどな。それに、なんだかいつもよりぐっすり眠れたかも」

 

理不尽な目にあったが二人のおかげで今日はすこぶる体調がいい。これからは試合前にリサと友希那と一緒に寝てみるのもありかもしれない。

 

「だまらっしゃい! 感想なんぞ聞きたくもないわ! お前は俺達非リア充の敵! いや、怨敵と言っても過言じゃないね! このラノベ主人公が!」

 

「ええー……?」

 

言い訳は無用と言わんばかりに俺の意見は取り消され、勝手に敵にされてしまった。

この面倒な状況をどうしようかと考えていたら、普段全くと言っていいほどに使わないスマホに着信があった。

 

「えっと、確か……このボタンを……。カズ、電話に出るにはこの赤いボタンだっけ?」

 

「それは通話を切るボタンだ! 緑色の方が電話に出るボタン!」

 

扱いに不安になってカズに聞いてみたら、案の定間違えていた。流石カズ、頼りになる親友だ。

緑色のボタンに触れ、相手との通話を始める。

 

『もしもし? アタシだけど、今大丈夫?』

 

「詐欺の電話?」

 

『詐欺ちゃうわ! アタシだよアタシ! 今井リサだっての!』

 

「なんだリサか。こういうのは名前をきちんと名乗るのが大事だよ」

 

『ご、ごめん……って、連絡先登録してんだからアタシの名前出てるでしょ!?』

 

「そうだっけ?」

 

言われてみればリサの名前があったような無かったような。通話ボタンに夢中で気が付かなった。

 

「で、何か用?」

 

『今日さ、ハルは部活休みって言ってたよね? 私も丁度休みでさ……だ、だから、その……放課後で、デート―――じゃなくて買い物でもどうかな!?』

 

「え、やだ。サッカーしたい」

 

『(女子からの誘いを断るとかこいつ勇者(アホ)かッ! いや、ただのサッカーバカだった!)』

 

『そこをなんとか!』

 

リサとの通話中にクラスの人からの視線が痛くなった気がする。なんだか無性に居た堪れない気持ちになり、リサの買い物に付き合うことにした。

 

「……わかったよ。放課後、羽丘女子学園に行くから校門の前で待ってて」

 

むぅ……今日は調子がいいから思いっ切りサッカーをしたかったなぁ……。

 

『ありがと、ハル!』

 

お礼を言い終えたリサは通話を切った。

 

「お前、いい加減にスマホの使い方くらい覚えろ。この時代だと致命的だろ」

 

カズの言う通り、スマホの使い方くらいマスターしたいのだが、俺は所謂機械音痴というやつで、どうしようもなく機械が苦手だ。

本当は使いやすかったガラケーの方が良かったのだが、友希那やリサに強く勧められてスマホに変えた。

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ! ってお前、よくよく考えると普段からLINE使わないし、携帯ゲームもしないし、連絡先少ないし……この先、生きていけるか心配になって来たぞ」

 

普段から連絡とる相手なんて友希那、リサ、カズの三人だ。部活の連絡もあるが、それは既読をつけておけば問題ないと監督に言われてる。

 

「大丈夫、サッカーさえあれば問題ない」

 

「問題大アリだわ! それだけで生きていけると思うなよ!? 炊事洗濯はどうすんだよ!?」

 

「リサが「ハルがプロのサッカー選手になって私を養ってくれるなら、毎日ご飯作って掃除も洗濯もしてあげるよ♪」って言ってた」

 

「それ暗にプロポーズしてねッ!?」

 

「リサは家政婦なりたいんじゃないのか?」

 

「違わない、違わないけどッ! それは絶対に違うって断言できる!」

 

「そっか。……さっきから叫んでて疲れない?」

 

「労ってくれてありがとうございます! 殺意を込めてお礼がしたいくらいです!」

 

「誰にお礼すんの?」

 

「女子の好意に全く気が付かないラノベ主人公サッカーバカにだよッ!」

 

カズが俺の肩を激しく揺らし始めたところでチャイムが鳴り、カズから解放されると次の授業に備えて席に着いた。

 

 

 

 

 

「待ち合わせ場所、間違えたかなぁ……」

 

放課後、リサと友希那の通う羽丘女子学園を待ち合わせにしたのだが、如何せん好奇の視線が多い。

多分、女子校だから関りの少ない男子高校生が余程珍しいのだろう。

 

「ねぇ、あそこにいる人……サッカーの……」

 

「あ、そう言えばさっきからどこかで見たことあるなぁって思ってたんだけど、やっぱり……!」

 

現に、今もすれ違う女子生徒が俺をチラ見しながら小声で話していた。

 

「ハル、おっまたせー!」

 

校門の壁に寄り掛かっていたら、リサが小走りに駆け寄って来た。

 

「助かったよ、リサ」

 

「? 私何かしたっけ?」

 

「女子校を集合場所にするべきじゃなかったってこと」

 

「あー、なるほどねー……」

 

詳しく伝えなくても通じてしまうところは、伊達に十年以上俺の幼馴染をやってきてない証だ。

 

「それにハルってそこそこ有名じゃん? それこそ業界の人であればなおさらだと思うな」

 

思い当たることは一つだけある。

 

「アレってそんなに注目浴びてた?」

 

「十分浴びてるよ! 全国放送だってされたんだから!」

 

リサと肩を並べて歩き出し、会話を続ける。

 

「今年も目指すの?」

 

「聞かずともわかってるでしょ? 俺の答えなんて」

 

「……まあね。これでもアタシは友希那とハルと十年以上一緒にいたんだから大抵のことはわかってるつもりだから」

 

「俺もリサや友希那のことは大抵わかってると思うな」

 

「そりゃそうでしょ。……肝心なことには気が付かない鈍感だけど」

 

後半部分が小声だったがばっちり聞こえた。

 

「肝心なことって?」

 

「何でもないよ、サッカーバカ」

 

「あ、待てよっ」

 

子供っぽくあっかんべーをして駆け出したリサを慌てて追いかけた。

サッカー部に入っている俺からすれば追いつくことは容易く、数秒もすればリサを捕まえることが出来た。

 

「んで? どこに行く?」

 

「もう着いてるよ」

 

俺達の目の前にあったのはショッピングモールだ。

 

「うわっ……ここで買い物……」

 

今日は絶対に帰るの遅くなるな。

 

「そんな露骨に嫌そうな顔しないでよ。ほら、行くよ」

 

「はいはい、今日は付き合うって言ったの俺だし、どこまでもお付き合いしますよ」

 

リサに腕を組まされながらショッピングモール内を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話

リサと買い物が終わり帰宅したのだが、リサが俺の家までついてきた。

 

「買い物終わったのになんでついてくるの?」

 

「今日はこれからRoseliaが集まるんだよ。もうハルの家に皆集まってるって」

 

ほら、と言ってリサがスマホのグループチャットを見せてきた。場所は桜木家。どうせ拒否権なんて存在しないのはわかってるけど、一応一言言って欲しかった。

 

「その話一切聞いてないんだけど! しかも集まるってことは……アイツも来んだよね?」

 

ここだけの話だがRoseliaには苦手な人が一人だけいる。

 

「そりゃメンバーだから当然でしょ」

 

内心でマジか……と呟きながらも来てしまったのだから今更どうしようもない。それならできるだけ穏便に過ごそうと心に決めて家に入る。

 

「遅かったですね、今井さん。あら、桜木さんも一緒でしたか」

 

早速、俺の苦手な人物―――氷川紗夜(ひかわさよ)がリビングで出迎えてくれた。

 

こういうのってフラグ回収って言うんだっけ? 

 

「……こんばんわ。ごゆっくりどうぞ」

 

紗夜から逃げるように自分の部屋に入った。

着替えてから脱いだ制服をハンガーにかけ、ベッドに寝っ転がった。

目を瞑ると紗夜との出会いを思い出した。

 

 

 

 

 

―――俺こと桜木遥と氷川紗夜の出会いはあまり良いものではなかった。

 

紗夜と出会ったのは俺が高校に入ってから五月になった頃だ。

その日は部活が無く、家に帰ってサッカーでもしようかと思っていたら、友希那から連絡があった。

 

『放課後、私の通う学校に来て』

 

友希那は言い終えるなり、俺の返事も待たずに通話を切ってしまった。

詳しい内容も説明されてないし、何よりサッカーがしたい。だが、これで行かなかったら翌日会ったときの友希那が怖い。

 

あれ? 俺って尻に敷かれてない? 

 

なんだか無性に悲しくなってきたが、幼馴染がそんなことするはずがないだろう。

とりあえず羽丘女子学園に向かった。

 

「来たわね。行くわよ」

 

「どこに?」

 

「ライブハウスに決まっているでしょう?」

 

友希那の中では当たり前かもしれないけど、俺の中ではそうじゃないんですけど……。

 

かといって、友希那がコンビニとかショッピングモールに誘うというのも想像し難い。俺も友希那の立場だったらサッカーが出来る場所に行くことが当たり前になってるだろう。

 

「友希那ーっ! 待って……ハル? なんでここにいんの?」

 

校舎の方からリサが駆け足でやって来た。

大方、友希那とどこかに行こうと誘ったが、断られたところだろう。

俺が人に言えたことじゃないが、音楽以外にも目を向けるべきだと思う。

 

音楽以外に目を向けない理由を知ってるからなおさらに。

 

「ライブハウスに行くんだとさ」

 

「へぇー、そっかそっか! ……友希那、ずるい」

 

一瞬だけリサが拗ねた顔になった。

 

ずるいって何に対してだ?

 

「……なんのことかしら。時間が無いからもう行くわ」

 

友希那はリサを置き去りにしてスタスタと歩き出した。俺も友希那に付いて行こうとするのだが、なぜかリサまで付いて来だした。

 

「どういうつもり?」

 

「アタシ、最近できたアクセショップに行くんだ。場所がライブハウス近くだから、途中まで一緒に行くくらい良いでしょ?」

 

「……わかったわ」

 

今度は友希那が拗ねた顔をした。あまり表情が豊かではないからわかりにくいが、こちとら十年以上幼馴染をやっているからそれくらいは気付く。

 

昔はもっと笑う女の子だったんだけどな……。

 

友希那とリサの間に挟まれながら三人で目的地へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「このバンド……」

 

「ギター以外は話にならないわね」

 

一組のバンドの演奏を聴いて、友希那が厳しい評価を下した。

 

「私やお父さんの歌を聴いてきたあなたならわかるわよね?」

 

「まあね」

 

サッカー一筋でやってきたが、それと同時に友希那や友希那のお父さんのバンドの演奏をたくさん聴いてきた。そのおかげか、多少()()()()

ちなみに俺が使うことのできる楽器はリコーダーと鍵盤ハーモニカが精一杯。

 

『紗夜ーーーっ! 最高ーーーッ!』

 

ギターを上手く弾いていたのは『紗夜』と呼ばれる少女だった。

 

「ねえ、あそこにいるのって友希那じゃない? ……迫力あるね」

 

「しっ。聞こえるよ。……友希那は気難しいって有名なんだから」

 

はい、お二人さんばっちり聞こえてますよ。それにしても―――

 

「友希那が迫力ある……気難しい…………プフッ」

 

「笑わないで……!」

 

恥ずかしくて俺の肩をバシバシ叩いてくるが全く痛くない。

 

「あ! 友希那さん、この前は―――」

 

「あれ? 友希那の隣にいるのって……桜木遥じゃね?」

 

「え!? マジ!?」

 

友希那に話しかけてこようとした人は俺の方に注目が集まったことによって遮られてしまった。

 

「よし、退散しよう!」

 

囲まれる前に友希那の手を引いてスタジオロビーに逃げた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……危なかったぁ」

 

ロビーの椅子に座り一息つく。

 

「流石はサッカー日本代表ね。幼馴染として誇らしいわ」

 

「“U-15”と“元”が付くけどね」

 

「それでも凄いこと―――」

 

「もう無理! あなたとはやっていけない!」

 

『!』

 

いきなり怒声がロビーに響き渡り、近くに居た俺と友希那は驚いてしまった。

 

「……私は事実を言っているだけよ。今の練習では先が無いの。バンド全体の意識を変えないと……」

 

声がした方を見れば、先程演奏をしていた『紗夜』とバンドのメンバーが揉めているようだ。

盗み聞きはよくないのだが、俺達がいる席にはっきりと聞こえてしまっている。紗夜と他のメンバーの会話は平行線状態だ。

 

「紗夜にはバンドの技術以外に大切なものはないの?」

 

「ないわ。そうでなければ、わざわざ時間と労力をかけて集まって、バンドなんてやらない」

 

「私達……仲間じゃないの……?」

 

メンバーの一人は今にも泣きそうな声を出していた。そこに紗夜が止めを刺した。

 

「……仲間? 馴れ合いがしたいだけなら、楽器もスタジオハウスも要らない。高校生らしく、カラオケかファミレスにでも集まって、騒いでいれば十分でしょう」

 

「ハル……」

 

友希那が心配そうに俺の名前を呟く。

 

「大丈夫。もう、あのときのことは大丈夫だから」

 

もちろん嘘だ。“仲間”というワードがほんの少し前の出来事を思い出させる。友希那やリサにバレバレだとしても誤魔化す。

結局、そのバンドは紗夜が抜けることで話がまとまった。

紗夜以外の人達はライブハウスを出ていき、紗夜だけが取り残された。

 

「! ……ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」

 

俺達がいたことに気が付くと、紗夜は気まずそうに目線を逸らした。

 

「さっきの演奏、聴いたわ」

 

「……最後の曲で私にはミスがありました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」

 

ほんの一瞬遅れただけのはずだが、それがミスと言うのなら相当な理想の高さだろう。

 

「友希那、この人と組んだら?」

 

『!』

 

俺からの突然の提案に二人の目が大きく見開かれた。

演奏と今のやり取りだけでの判断だが、彼女なら友希那となら波長が合うと思う。

 

俺とは絶対に合わないだろうけどね……。

 

「すみませんが、そちらの方の実力がわからないでの、今はお答えできません」

 

どこの誰とも知らない相手の提案にすぐには答えを出せないのは当然のことだ。むしろ、今すぐに返答を求めているわけではないので、考えてくれるだけでもありがたい。

 

「私はこのライブハウスは初めてなんですが、あなた達は常連の方なんですか?」

 

「そうよ」

 

俺は聴く方でなら友希那に強制連行され続けてきたので、ある意味常連だ。

 

……俺ってやっぱり尻に敷かれてる?

 

「私は湊友希那。ボーカルをしてる。FUTURE WORLD FES.に出るためのメンバーを探してるの」

 

FUTURE WORLD FES.―――簡単に言うと、サッカーでいうワールドカップみたいなものだ。フェスに出るためのコンテストですらプロでも落ちるのが普通のイベントらしい。

小さい頃に友希那に嫌というほど熱弁されて頭に残ってしまっている。

 

「私もフェスには以前から出たいと思っていました。でも、どれだけバンドを組んでも実力が足りず、諦めてきた……。ですから、それなりに実力の覚悟のある方とでなければ組むつもりはありません」

 

「そう。なら、私の歌を聴いてもらえばわかるわ」

 

「待ってください。例え実力があってもあなた達が音楽に対してどこまで本気なのかは、一度聴いたくらいではわかりません」

 

「私はフェスに出るためなら、何を……いえ、一つのことを除いて捨ててもいいと思ってる」

 

「なんで俺を見んの?」

 

「……あなたの覚悟や理想に自分が少しも負けているとは感じていないわ」

 

無視か。

 

「わかりました。あなた達の演奏聴かせてもらいます」

 

「あのさ、さっきから俺も演奏するみたいになってるけど、俺は出ないからね?」

 

「……は?」

 

紗夜が固まった。話の流れからすれば俺も出るみたいに思われても仕方のない事ではあった。

 

「―――って、あなた、もしかしてあの桜木さん……ですか?」

 

「君の言う桜木さんがどの桜木さんかは知らないけど、人違いじゃない?」

 

「U-15のサッカー世界大会で三連覇を成し遂げたメンバーの一人の桜木遥のことかしら? それだったら今あなたの目の前にいる人物がそうよ」

 

「!」

 

紗夜の目が大きく見開かれた。しかし、数秒もすれば目付きが鋭いものに変わっていた。まるで親の仇でも見るかのような。

そして、紗夜は徐に口を開いた。

 

 

 

「―――私、あなたのことが嫌いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第4話


上手く書けないっす……。



 

―――あなたのことが嫌いです。

 

 

 

私こと氷川紗夜は桜木遥さんに直接そう言った。

もちろん、彼のことを理由もなしに最初から嫌っていたわけではない。偶然テレビ越しに見た彼のするサッカーに魅せられ、憧れた自分は確かにいた。

だが、去年の中学全国大会終了後にインタビューで彼が言ったコメントが私に彼を嫌いにさせた。

 

 

 

―――……なんで皆は努力しないんですかね?

 

 

 

話はズレるが、私の妹―――氷川日菜(ひな)は所謂天才だ。

小さい時から何でもできた。たとえ初めてのことだろうと、すぐに完璧に近いレベルでできた。そして、天才であるが故に―――出来ない人の気持ちが理解できなかった。

だから、その時のどうでもいいと言わんばかりの彼の姿が、他者を見下す彼の発言が私がコンプレックスを抱く妹と重なって見えた。それ以来、私は彼のことが嫌いになった。

 

 

 

 

 

湊さんの出番が近づいてきたのでステージに戻った。隣には先程嫌いと言った桜木さんがいる。

彼は嫌いと言われたにもかかわらず飄々としていた。

 

「いつ嫌いになったか聞いてもいい?」

 

その上理由まで聞いてくるとは、嫌われている自覚があるのだろうか?

 

「中学の全国大会終了後のインタビューです」

 

「あー……、そっかそっか。それなら仕方ない」

 

桜木さんは気まずそうに目線を逸らした。でも、どこか開き直っていた。

 

「……言い訳しないんですか?」

 

「しないよ。今更撤回なんてできないし、あの時は本気でそう思ったから」

 

あの時……? 中学時代に何かあったというのだろうか?

 

「今はそうじゃないということなんですか?」

 

「そうだよ。ま、今でも時々思うことはあるけどね」

 

だとしたら、やっぱりあなたは妹と同じ天才(そっち)側の人間だ。この先、この考えは変わらないだろう。

 

「そろそろ友希那が歌うみたい」

 

静まり返る観客の前に湊さんが立った。

 

「すごい熱気ですね」

 

「友希那は凄いよ。ファンもたくさんいる」

 

ファンならあなたの方がたくさんいると思うのだが、彼はそう言うのに興味がなさそうだ。

 

ギュウギュウに押し詰められたライブハウスでも観客は全然騒がない。

 

「わわわわわわ~! り、りんりんの顔が青いーー!」

 

人が少ないところにいる人が騒がしかった。静かなときだと余計に騒がしく感じてしまう。

そこにいたのは同じクラスの白金さんだった。五月蝿くしているのは白金さんの隣にいる子だ。

注意をしに行こうとしたら、湊さんが歌い始めた。

 

「―――♪」

 

こんなの……聴いたことがない。これが湊友希那の実力。彼女は間違いなく本物だ。

私の答えはたった一度の歌で決まってしまった。

 

 

 

 

 

「どうだった? 私の歌」

 

「綺麗だった。いつ聴いても最高」

 

ライブ後に湊さんと合流した。

桜木さんが感想を言うと、彼女は柔らかく微笑んでいた。

 

「ありがとう。紗夜は?」

 

「何も言うことはありません。私が聴いてきた今までで一番素晴らしかったです。ぜひあなたと組ませて欲しい」

 

彼女となら私の理想の頂点を目指せるに違いない。諦めかけていた目標に辿り着けるかもしれない。

 

「それは良かった。これからよろしく、紗夜」

 

「こちらこそお願いします、湊さん」

 

握手を交わし、ライブハウスの予約、他のメンバーを集めることを話し合った。会話に入れない桜木さんは、私達に一言言ってから席を外した。

 

「……ところで、どうしてあなたはハルのことを嫌うのかしら?」

 

話し合いを終えた途端に湊さんの纏う雰囲気が冷たいものに変わった。

彼女は、私が嫌いと言ったところで準備に入ってしまったので理由は聞いていない。

 

「全国大会決勝戦後の彼の発言が気に入らなかったからです」

 

「……全国大会。……それなら仕方ないわ。でも、全部が全部ハルが悪いわけじゃないの」

 

湊さんは事情を知っているのかただ受け入れただけだった。

 

「……やけに桜木さんを擁護しますね? 彼に恋愛感情でもあるんですか?」

 

 

 

「ええ、あるわ。私はハルのことが好き」

 

 

 

「なっ!?」

 

私としてはからかうつもりで冗談を言ったのだが、彼女は顔色一つ変えずに包み隠すことなく答えた。

 

じゃあ、さっき一つのこと以外なら捨ててもいいと言っていたけど、その一つが桜木さん!?

 

「何か問題でもあるのかしら?」

 

「い、いえ……。失礼なことを言って申し訳ありません」

 

「気にしてないわ」

 

本当に気にしていない様子だ。ここまで自分の気持ちがはっきりしているのなら告白もしているのかもしれない。

 

「友希那、話は終わった?」

 

丁度いいタイミングで桜木さんが戻って来た。あと少し早かったら今のを聞かれていたことだろう。

 

「今終わったところよ」

 

「わかった。じゃあ、紗夜。少しだけ時間貰えないかな?」

 

「構いませんが……」

 

そこから、桜木さんがどうしてあんな発言したのかを聞かされることになった。

 

 

 

 

 

きっかけは忘れたが、俺は幼稚園に入った頃から近所のサッカークラブに通い始めた。

その時はまだまだ下手くそ。思い通りにサッカーができることなんて無かった。でも、ボールに触れることが楽しかった。だから毎日のように練習した。いつかはプロになりたいという子供にありがちな目標を掲げながら。

それから数年が経ち、小学三年生頃に俺の努力は実を結んだ。才能の開花、とでも言うべき瞬間だったのかもしれない。

自分のやりたいサッカーが出来るようになり、楽しかったサッカーがもっと楽しくなった、好きになった。

それに比例するかのように練習量も増え、試合で勝ったときの喜びは大きかったし、負けた時は悔しくて泣くこともあった。

そして、小学六年生の時には全国大会に出て、強豪校からスカウトも来た。更には日本代表の選考会にも呼ばれた。

俺よりも上手い人とサッカーが出来るとわかると嬉しくて、勝ちたくてもっと練習するようになった。

その甲斐あって、気が付けば代表に選ばれ、世界大会で優勝していた。その時の計り知れない喜びは今でも覚えてる。

だが、そこから周囲は変わった。

中学三年生の練習試合で俺が出ると、相手チームはやる気を無くしたかのようなプレーをするようになった。公式戦でも同じことが起こるようになり、終いにはチームメイトからも遠ざけられるようになった。

 

―――桜木がいるチームに勝てるわけねぇよ。

 

―――なんせ、俺達凡人とは違う天才様だからな。

 

―――お前は凄いよ。だけど、俺はお前のサッカーについていけない。

 

楽しいはずのサッカーが、その日を境につまらないものに変わった。

いつからか試合にだけ出るようになった。サッカーが好きだという想いは多少あったから、チームの練習には参加しなくなったが、一人で練習するようになった。

そして、中学最後の全国大会で優勝した時にあの言葉が自然と口から零れた。

 

『―――……なんで皆努力しないんですかね?』

 

唖然とするインタビュアーや記者たちに興味もなくその場を後にした。

俺が中学時代にサッカーをしたのは全国大会決勝が最後だった。

 

 

 

 

 

「ざっくり言うと、周囲とのレベルが違い過ぎてあんなこと言ったんだ」

 

今にして思えば最低な出来事だ。

 

「……どうして今はそんな様子を微塵も感じさせないのですか?」

 

「そりゃ、大切な友人達が俺をぶっ叩いて目を覚まさせてくれたから」

 

色んな人達のおかげでもう一度サッカーを頑張ろうと思えた。もちろん、その中に友希那やリサも含まれる。

 

「暇があったらでいいから、今度の日曜日に試合を見に来てくれないかな」

 

「なぜですか?」

 

「紗夜に今の俺のサッカーを見て欲しいんだ。ダメかな?」

 

両手を合わせてお願いすると嘆息を吐きながらも了承してくれた。

 

「ありがと。で、本題はこれからなんだけどいい?」

 

「今のが本題じゃないのですかっ!?」

 

「うん、俺の昔話なんて聞いててもつまんないだけだからね。あこー、おいでー」

 

スタジオの外にいる人物に手招きをすると紫色のツインテールの少女が入って来た。黒髪の女子高生もいるが彼女のことは知らない。

 

「もう長いよー!」

 

「ごめんごめん」

 

「…………その子は一体誰なのかしら?」

 

「ヒッ!」

 

友希那が冷たい声音になるとあこが小さく悲鳴を上げた。俺は俺で内心冷や汗をかいている。

 

「この子は宇田川あこ。ちょっとした知り合い……かな? リサの後輩でもあるらしいよ」

 

俺があこと知り合ったのは小学生高学年くらいのことだ。

 

「今日はお願いがあってきました! あ、あこ、ずっと友希那さんのファンでした……っ! ……だ、だからお願いっ、あこも入れてっ!」

 

席を外した時にあこを見つけた。その際、友希那と話がしたいとせがまれたので連れてきたのだ。

 

「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ! 1番はおねーちゃんなんですけど! だから……もし一緒に組めたら……!」

 

……1番はお姉ちゃん、か……。相変わらず巴のこと大好きだな。

 

「遊びは余所でやって。私は2番目であることを自慢するような人間とは組まないわ。行くわよ、ハル、紗夜」

 

友希那の目標を考えるのであれば、あこのことは入れないのは当然だ。

 

「ええ」

 

…………きっかけくらいいいよね?

 

「ハル?」

 

「あこ、2番目より1番目の方がカッコイイと思わない?」

 

「思う……」

 

「じゃあ、1番目指してみなよ。頂点の景色はすごいから」

 

「! うん、あこ頑張る! 友希那さん、あこ出直してきます! それから今日のライブ最高でしたっ!」

 

「え、ええ……ありがと」

 

「あ……あこ……ちゃん……待って……!」

 

元気を取り戻したあこは黒髪の友人を置いて走り去ってしまった。

 

「……どういうつもり?」

 

「メンバーが必要だと思ってきっかけを与えただけ。友希那と紗夜が認められないなら断っても構わないから」

 

「そう」

 

短く答えた友希那は踵を返して歩き出した。

 

 

 

 

 

桜木さんと約束した日曜日、湊さんと今井さんと共に試合会場に到着した。

 

「見てて、紗夜。俺のサッカー」

 

「……そういう約束ですからね」

 

彼はそれだけ告げるとチームメイトの集まる場所に戻り、試合の準備に入った。

5分もすれば、コートの中に22人の選手と主審と副審2人が並んで各チームは握手を交わす。

選手たちがそれぞれのポジションに付き、桜木さんの所属するチームからのボールで試合開始のホイッスルが鳴り響いた。その瞬間―――

 

「―――え?」

 

桜木さんの雰囲気が同一人物か疑ってしまうほどに一転した。

 

「紗夜は生でハルの試合は見たことある?」

 

「……ありません」

 

「ハルはサッカーをやらせたら普段とは雰囲気変わるんだ。ちょっと怖いけど、カッコいいんだよね!」

 

……なぜ、今井さんから聞きたくもない惚気を聞かされているのでしょうか?

 

「マークが3人!?」

 

桜木さんを囲むようにして3人の選手が集まっていた。桜木さんに何もやらせないつもりだろう。

 

「アハハ、やっぱりハルには人が集まっちゃうか……」

 

「ハルの成績を考えるならば当然のことよ。でも―――」

 

だが、桜木さんは一瞬の隙を突いて包囲網を突破。

 

「この程度で止められるほどハルは甘くない」

 

チームメイトからパスを貰い、足元にトラップを決める。そして、ドリブルにフェイントを混ぜながら相手をドンドン抜き去っていく。

1年ぶりに見るボールと共に走り抜ける彼の姿はあまりにも鮮やかで、思わず憧憬すら抱きそうになった。

そして、開始5分もせずに1点を奪った。

 

いくら桜木さんが天才だとしても、ここまでのプレーは……一体どれくらいの時間をあなたはサッカーに費やしたのですか?

 

妹と重ねていたあの頃の彼はもういないようだ。それどころか妹と重ねるなんておこがましいほどだ。

 

あとで謝らないといけませんね……。

 

自分の浅はかさが嫌になり、試合後に彼に謝ることにした。

今回は練習試合であるため他の選手に経験を積ませるつもりなのか、桜木さんはすぐに交代させられてしまったが、2-1で桜木さんのチームが勝った。

 

「全然試合出てないけど、どうだった? 俺の試合」

 

試合終了後に桜木さんが爽やかな笑みを浮かべて私達の下にやって来た。試合中の雰囲気が嘘みたいだ。

 

「あなたのサッカーは凄かったです」

 

本当ならこんな一言で済ませたくない。月並みな言葉でしか言い表せないのが口惜しい。

 

「ありがと」

 

それでも彼は私の返答に満足したように笑っていた。

今なら謝れそうだと思い口を開いた。

 

「あ、あの、桜木さん……私、あなたに―――」

 

「……音楽に関しては俺からっきしだから、友希那のこと支えてあげて」

 

サッカーしかやってきてないのだから当たり前だろう。これで音楽も完璧ですなんて言われたら、彼を一発殴っても許されると思う。

それよりも謝らせて欲しい。

 

「言われなくてもわかっていますっ。そ、それでですね、あなたに―――」

 

「もしメンバーが揃ってライブの日程が決まったら教えてね」

 

私が教えなくとも湊さんが真っ先に教えるはずだ。

そんなことよりも謝りたい。

 

「わかりましたっ。ところで私はあなたに―――」

 

「あ、俺のことは全然嫌いでもいいよ」

 

ああ、これはもうダメだ。

 

「ええっ! 私はやっぱりあなたが嫌いですっ!」

 

こうして桜木さんに、私は彼が嫌いだと売り言葉に買い言葉で言ってしまい、その誤解は1年後も解けないままになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話

寝っ転がっていたら突然お腹に衝撃が走った。驚きで目を開けるとあこが俺のお腹に乗っかっていた。

 

「どうかした? あこ」

 

「ハル(にい)、あこを家まで送って!」

 

時間を見れば時計は七時前を指していた。

Roseliaの中で唯一中学生のあこをこの時間以降に家の外にいさせるのは危険だ。

 

「わかった」

 

この家に来たときやライブ後はあこを送るのは毎度のことなので断る理由もない。

起き上がって着替え始めると、―――

 

「ちょっ! ハル兄!? 着替えるなら言ってよ!」

 

あこは真っ赤になった顔を両手で塞いで文句を言ってきた。

 

……文句言いながらも指の間からチラチラ見てるよね?

 

「別に上だけだから問題ないんじゃない?」

 

「ハル兄はデリカシーなさ過ぎ!」

 

汗が気になったのでシャツだけ変えるつもりだったのだが、それでもダメらしい。

 

「小さい頃に一緒にお風呂に入ったこともあるのに?」

 

俺が高校に入ってからはないが、中学生のときまでは何度かお互いの家に泊まったこともある。

 

「だーかーらー! そういうことじゃないの!」

 

なぜそこまで怒るのかは不明だが、要するにあこの前で着替えなければいいだけの話だろう。

 

「次は気を付けるから」

 

とか言いつつちゃっかり着替えを終えて、あこ共に玄関で靴を履く。

 

「ハル兄はホントにデリカシーなさ過ぎだよね! 周りに女の子が多いこと自覚してよ!」

 

玄関を出てからもあこからの説教は続いた。

デリカシーがないだの、鈍感だの、サッカーバカだのと最早俺に対する愚痴だった。

途中から説教に飽きたようで、巴の話やRoseliaが次に練習する曲の話をしていたらしい。

他には巴がすごいドラマーだの、巴がカッコイイだの、巴が優しいだのを教えてきた。

 

説教の次は巴の話ばっかだな……。

 

あこの話を一方的に聞いている内にあこの住む宇田川家に着いた。

 

「送ってくれてありがと、ハル兄! またねー!」

 

玄関の前で振り返ると手を振ってきた。

 

「ああ、また」

 

手を振り返しながらあこが家の中に入るのを見届けると、踵を返して元来た道を―――

 

「あれ……? ハル先輩?」

 

声のした方に振り返えればあこの姉である宇田川巴がいた。

 

 

 

 

 

「しばらくぶりですね」

 

巴と遭遇して、宇田川家の壁に二人並んで寄りかかりながら会話をしていた。

 

「そうだっけ?」

 

「……そうですよ。先輩が中学に入ってから、特に高校から会った回数は両手で数えられるくらいですから」

 

そう言われると、中学時代はサッカーで忙しくて巴達と遊んだ記憶はそんなにないことに気が付いた。逆に、近所に住む友希那やリサは毎日と言っても過言じゃないくらいの頻度で俺の家に上がっていたが。

 

「それと、いつもあこを送ってもらってすいません。お礼を言おうとしてもタイミング悪いみたいで……」

 

宇田川家にいる事情を説明すると巴が頭を下げてきた。

 

「ううん、気にしないでよ。中学生が一人で夜に出歩くのは危ないから。それじゃあ、俺はこれで―――」

 

「あ、あのっ!」

 

帰ろうとしたら巴に呼び止められた。

 

「ん? なに?」

 

「たまには……その……昔みたいに家に泊まりに行ってもいいですか?」

 

巴らしからぬモジモジした態度に少し笑いそうになる。

 

「うん、いつでも……は無理だけど、お互いの都合が良かったらおいで。もちろん蘭達も誘っていいから」

 

「はい! あいつらも誘っていきます!」

 

「あ、巴」

 

家に入ろうとした巴を今度は俺が呼び止めた。

 

「? なんですか?」

 

「高校入学おめでとう」

 

巴の学校は中高一貫だから進学の方が正しいのかもしれないが、今の言い方でも問題ないだろう。

 

「ありがとうございます! おやすみなさい!」

 

おやすみの挨拶をした巴は嬉しそうに家の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期が始まり数日が経った。

入学式が過ぎれば、次は部活勧誘で忙しい時期だ。

それは俺の所属するサッカー部も例外ではない。そのはずなのだが、なぜかサッカー部はポスターを張らず、勧誘の声かけもせずに通常の部活をしている。部活動紹介でもキャプテンがサッカー部の成績を説明したくらいだ。

 

「キャプテン、どうしてサッカー部は積極的に勧誘しないんですか?」

 

部活の休憩時間に三年生でサッカー部のキャプテンである烏丸大進(からすまたいしん)に尋ねた。

 

「理由は単純。桜木、お前がいるからだ」

 

黒い短髪でがたいの良い男が、何を馬鹿なことを問うているのだという顔つきで答えた。

 

「え、あー……なるほど」

 

「……お前はもう少し自分がどれだけすごいか理解しろ」

 

この間、リサにも似たようなことを言われた。

 

「念のために言っておくが、桜木遥という新聞やテレビに出た()()()()()()がいると勧誘をしなくても人は来る。無駄に勧誘してギャラリーが増えても練習に集中できないだけだからな」

 

キャプテンが言った通り俺は元U-15日本代表。中学時代に三年間選抜され続けた。

去年はU-18の選考会にも呼ばれたのだが、事情があって行ってない。

 

「入部希望者がいてもお前は相手にするな。それからサインや握手もなしだ。特に女子だ! いいな?」

 

流石にサインや握手は求めてこないと思うんだけどな……。

 

「了解しました」

 

休憩時間が丁度いいタイミングで終わり、チームに分かれてゲーム形式で試合をした。

 

 

 

 

 

「帰らせるって酷くない?」

 

あの後、新入生の見学者がキャプテンの懸念通りに騒がしくなったため、キャプテンに強制的に帰らされた。まさかの監督も部員達とも合意済みだとは思いにもよらなかった。

 

「こういう時は帰ってサッカー―――ん?」

 

道端に光り輝く何かを見つけた。

気になって近くによって確認してみたら、それは金色の星だった。

 

何かについてたもの? 誰かが意図的に? ……この謎が解けた時、俺は名探偵に…………なれるわけがないな。

 

自分の頭の中の下らない考えに苦笑いをして、家に帰ることにした。

 

「―――あなたも星を見つけたんですかっ?」

 

「はい?」

 

星? あ、今のやつか。

 

俺に話しかけてきたのは猫のような髪型をした少女だった。

制服が紗夜の通う学校のものと同じだから、彼女は花咲川女子学園の生徒だろう。

 

「一応そうだけど……」

 

「じゃあ、一緒に探しましょう!」

 

「なにがどうなって“じゃあ”なのか俺にはさっぱりなんだけど!」

 

彼女の頭の中ではどういった超理論が出来ているんだろうか?

 

「この星を辿っていけばドキドキすること間違いなしです!」

 

「すでに俺は君の将来に心配でドキドキしてるんですけどね!」

 

「えへへ、そんなに褒めないでくださいよ~!」

 

「今ので褒められたと思う君が素直に凄いと感心するよ!」

 

結局、この子が心配になり星探しを手伝うことにした。

 

「あ、星見っけ!」

 

電柱、看板、郵便ポスト等々。町の至る所に金色の星は見つかった。そして、星を見つけて辿り着いた先は質屋―――『流星堂』。

両脇の壁に大量の星が貼られていた道を奥に進むと蔵があった。

先に走って辿り着いた彼女が興味深々に蔵を覗き込んでいる間、俺は周囲を見回した。すると、盆栽を手入れしていた金色の髪の少女と目が合った。

 

女の子が盆栽……?

 

「…………」

 

少女はツカツカと無言で近寄ってくる。ハサミという凶器に成り得るものを手に持っているので若干怖い。

 

「……不法侵入」

 

ですよねー。

 

「そこの蔵覗いてる奴も出てこい!」

 

「うひゃああああああッ!?」

 

金髪少女の怒鳴り声に蔵を覗いていた方の少女がかなりビックリしていた。

 

「二人共手を上げて!」

 

「は、はい!」「はーい」

 

少女の言うことを素直に聞いた方が身のためだろう。経験上女性に逆らうと碌な目に合わないことは小さい頃から主に友希那とリサから学んでいる。

 

「名前は?」

 

「戸山香澄です!」

 

今更ながらに少女の名前を知った。

 

「そっちは?」

 

「桜木遥」

 

「ん? 桜木……? あの人と同じ名前……それにかなり似てる……―――――ッ!?」

 

俺の名前を聞いた少女は驚きで目を見開いていた。

 

「どうかした?」

 

「あの、つかぬ事をお聞きしますが、サッカー得意だったりします?」

 

「得意っていうよりそれくらいしか取り柄がないかな」

 

「に、日本代表だった経験とかあります?」

 

「あるよ」

 

「…………」

 

質問が終わったかと思えば、今度は俯いて肩を震わせていた。

彼女は紗夜の時のように俺を嫌う人で、俺が目の前にいることに怒っているのかもしれない。

 

「…………さい」

 

『?』

 

 

 

 

 

「―――桜木遥さん! あなたのファンです! サイン下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 












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第6話

サインをください、か……。よくよく思い返せば、サイン下さいってキャプテンにダメって言われてたよな……? でも、もう部活じゃないからいいのか? 同じ高校じゃなかったらバレなさそうだしいいか。

 

「君は黒代(こくだい)高校の生徒?」

 

黒代高校というのが俺の通う学校の名前だ。運動系の部活が強豪で、進学校としてもそこそこ有名らしい。

 

「いいえ、違います! 私は花咲川女子学園の一年、市ヶ谷有咲です!」

 

「あ、私と一緒の高校だ! しかも同じ一年生!」

 

花咲川女子学園の名が出れば、そこの制服を着た彼女が反応しないはずがない。

 

「うるせぇ! ……それがサインとどう繋がるんですか?」

 

「同じ高校だったらちょっと困ることになるかもしれないからってだけ。君は―――」

 

「有咲って呼んでください!」

 

彼女の鬼気迫る様子に気圧されて名前呼びをすることにした。

 

「わ、わかった。で? サインは何に書けばいい?」

 

ちょっと待ってくださいと言い残して有咲は家の中に入り、数十秒後には彼女の手の中には色紙があった。

 

「この色紙に! 『有咲へ』って書いてくれると嬉しいです! 漢字は有名の有に咲くっていう字です」

 

彼女の要望に応えるのはいいのだが、生憎サインを書いたことなど生まれてこの方一切ない。芸能人がよくやるような書き方は出来ないので、出来るだけ綺麗な字で書き綴った。

 

「…………えっと、こんな感じでいいかな?」

 

色紙を渡すと目をキラキラ輝かせ、余ほど嬉しかったのかその場でクルクル回ったり、色紙を見てはにやけていた。

 

「はい! ありがとうございます! 家宝にします!」

 

「恥ずかしいからやめて!」

 

満足してくれたならいいのだが、たかが俺のサインを家宝なんて話を友希那やリサ、カズが聞けば爆笑する姿が思い浮かぶ。友希那は爆笑じゃなくて必死に笑いを堪える方が正しいかもしれない。

 

「あ、あの……ツーショット……なんてダメですよね?」

 

別に俺はアイドルじゃないから厳しいルールがあるわけではない。写真の一枚や二枚、それどころかいくら撮られてもよっぽど変な写真でなければ平気だ。

 

「写真くらい全然いいよ」

 

「これが噂に聞く神対応……! ありがとうございます!」

 

ファンという存在がこんなにも大袈裟に反応するとは知らなかった。

知り合いにもアイドルをやっている人がいるが、ファンに声を掛けられたときはどんな対応をしているのか気になる。

 

千聖はその辺りに厳しいだろうけど、日菜は二つ返事で写真とか握手しそう。彩は……なんだかんだで押しに負けるかも。Roseliaも有名だからサインとか求めれるのかな?

 

「写真頼んでもいい?」

 

「はいっ! 任せてください!」

 

「……変なの撮ったら警察突き出すからな?」

 

サラッと有咲が脅しを入れながら戸山さんに頼んで写真を撮ってもらった。ついでに戸山さんともツーショットを撮ることになった。だが、有咲はそれが気に食わないのか戸山さんに突っかかった。

 

「おい、お前! 桜木さんのこと知らないだろ!? なのに写真なんておこがましいっての!」

 

「うん! 全然知らない! 有名人っぽいから記念に写真撮ろうかなって」

 

「自信満々に答えんな! それに有名人っぽい人じゃねぇ! 有名人だ!」

 

「そんなに凄い人なの? さっきサッカーがどうのこうの言ってたけど……」

 

「ハッ、知らないなら私が教えてやる。耳の穴をかっぽじってよ~く聞けよな! この人は―――」

 

そこから有咲による戸山さんのための桜木遥についての講義が始まった。

 

 

 

 

 

「も、もう勘弁してください……」

 

五分後、顔色の悪い戸山さんがアリサの講義にストップをかけた。俺も聞いていて恥ずかしくなり、途中から耳をふさいでいた。

 

「あ? 何言ってんだ? 今ので一割にもなってないかんな」

 

「アレで一割以下!?」

 

「当たり前じゃんか。桜木さんの凄いところはまだまだある」

 

「有咲、俺もそれ以上は恥ずかしすぎて死ねるからやめて欲しいかな」

 

なんせ、内容は全部俺自身のことだ。放送された試合全てを見たらしい彼女は、一試合ごとの俺のプレーについて考察を述べていた。

それなりに指摘もあったが、ほとんどが褒め言葉。そんなのを聞いていれば誰だって恥ずかしくなって止めたくなる。

 

「桜木さんが言うなら……」

 

有咲が渋々止まってくれた。

 

「全然語り尽くせてないけど、桜木さんが凄い人だってわかったか?」

 

「うんうん! すっごくわかった!」

 

折れるのではないかというくらいの勢いで首を縦に振っていた。

 

「ならいい。……そう言えば、桜木さんがいたことに嬉しすぎて忘れるところだったけど、どうしてここに?」

 

「あ、それは星を辿って来たらここに着いたんだ」

 

「……星? ―――っ! ……ふーん」

 

何か心当たりがありそうな感じがしたが、有咲はすぐに平然とした様子になった。別に聞きたい理由があるわけでも無いのでこのまま流してもいいだろう。

 

「お願い! あの蔵にあったおっきなケース見せて!」

 

戸山さんは先程覗いたときに何か気になるものでも見つけたようだ。

 

「はぁ? そんなの―――」

 

「俺からもお願いしてもいい?」

 

「良いに決まってんだろ! ついてこい!」

 

「ありがと、有咲ー!」

 

「んなっ!? 気安く抱き着くんじゃねぇ! それと勝手に名前で呼ぶな!」

 

有咲からの許可が下りて、戸山さんが喜びのあまり有咲に抱き着いた。

 

「私のことは香澄って呼んでいいよ!」

 

「呼ばねーよ! あんまり変なこと言うと蔵に入れねえぞ!」

 

「あ、折角だから俺も有咲に名前で呼んでもらいたいな」

 

「へッ!?」

 

俺からの名前呼びの提案に、戸山さんを引き剥がそうとしていた有咲の動きが固まった。

 

「俺だけ名前呼び名乗って不公平というか不満? いや、なんかあまり好きじゃないかな」

 

「私、遥先輩って呼びまーす! 遥先輩も気軽に私のこと名前で呼んでください!」

 

他人との距離感が近いと出会ったときから常々感じていたが、不思議と不快だとは思わない。人と仲良くなれる才能が彼女にはあるのだろう。

 

友達の少ない俺としては是非とも見習いたいところ。

 

「そうさせてもらうよ、香澄。……有咲は?」

 

ちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべて有咲の反応を窺う。彼女の表情は恥ずかしさと嬉しさ、そして困惑が混ざった複雑なものだった。

もしかしたら誰かを名前呼びすることに慣れていなくて、俺と同じく学校で話すことが出来る相手や友人が少ないの娘なのかもしれない。

 

……友達が少ないことを自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「……ま、無理強いはしたくないから、有咲が呼びたいように呼んでいいよ」

 

「………………………。で、でしたら……遥、さん……と呼ばせてください」

 

長い沈黙をようやく有咲が破った。

先輩じゃなくてさん付けなのは桜木さんと呼んでいた名残りだろう。

 

「そっか。うん、良いと思う」

 

「く、蔵に行きましょう! は、ははは遥さん!」

 

名前呼びをしてくれるようになった有咲に連れられ、蔵に入った。だが、“遥さん”と呼び慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうな様子だ。

 

「ここも質屋の商品?」

 

「あー、その……違います。ほとんどがいらないゴミなんです。これから捨てていこうかなって考えてまして」

 

「一人で?」

 

「はい」

 

それはまた……。

 

一人でこのおびただしい量を片付けるのは大変に決まっている。ましてや、女の子一人でなんて余程の筋力がない限りは無理だと思う。

 

「余計なお世話かもしれ―――」

 

「有咲ー! このケース開けてもいい!?」

 

「好きにすれば?」

 

俺達は香澄が見たいと言っていたケースの傍に寄った。香澄が慎重にケースを開けると赤いギターが入っていた。

 

あのギター、どっかで見たことある気がする……。多分、友希那に無理矢理聞かされた知識。

 

「これは……ギター!」

 

「見ればわかるわ!」

 

「弾いてもいい?」

 

「……少しだけな」

 

正しい持ち方をせずに抱きかかえたまま弦を弾いた。静かな蔵に響いたのは小さな音だ。香澄からすれば鳴ったことが嬉しくて楽しそうに何度も弦を弾いた。

 

 

 

―――その姿が、サッカーを始めて間もない頃の自分に重なって見えた。

 

 

 

「はい、終わりー」

 

俺の淡い思い出の続きは有咲によって止められた。

 

「えー!? 待って、もうちょっと!」

 

「ダメだ! そんなに弾きたきゃ楽器屋さんかライブハウスにでも行けよ!」

 

「……ライブハウス? どこにあるの!?」

 

「知らねぇよ! 自分で探せ!」

 

「わかった! 探してくるね!」

 

「あ、おい! 行っちまった……」

 

香澄がギターを抱えたまま蔵から出ていった。

 

「有咲、追わなくていいの?」

 

「……! ドロボーッ!!」

 

ハッと我に返った有咲が叫びながら駆け出した。

 

 

 

 

 

 



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第7話

 

 

ギターを抱えて飛び出した香澄を追いかけて数千年―――なんてことは一切なく、彼女は有咲の家の玄関で俺達を待っていた。

 

「二人共早く行こうよ!」

 

その場で足踏みをしているのでどれだけライブハウスに行きたいかが伝わってくる。

だが、蔵から持ち逃げされかけている有咲からすれば逆効果でしかない。口には出さないが、額に青筋を浮かべてかなり怒っているのが見てわかる。

 

「香澄、それだと本当に泥棒なるからな?」

 

「……あ」

 

俺に言われてようやく自分がしたことに気が付いたようだ。

 

「で、でも……私……」

 

ギターを弾きたい気持ちがわからないでもない。俺もサッカーを初めて知った時、毎日やっていたいと思ったくらいだ。

 

「多分、この近くにあるライブハウスに行っても今日は弾けないぞ」

 

「え? どうしてですか?」

 

「今日はライブの日だから」

 

昨日、ゆりさんからライブすると連絡があった。本来なら部活で行くつもりはなかったのだが、キャプテンに強制送還されたので暇になってしまった。

それにゆりさんがライブする場所じゃなくとも、予約なしに弾ける場所はあまりないと思う。

 

「弾くよりも先にバンドやライブがどんなのか知ってみるのもいいんじゃない?」

 

「はい!」

 

香澄からギターを受け取り、元の場所に戻してからライブハウス―――『SPACE』に向かう。

 

「ありがとうございます……は、遥さん」

 

歩きながら有咲にお礼を言われた。

 

「どういたしまして。香澄、真っすぐ」

 

先走る香澄に道を教えながら歩き続ける。

 

「……あの、ずっと気になってたこと聞いてもいいですか?」

 

「ん?」

 

「どうして去年の途中から()()()()()()()()()()()()んですか?」

 

そりゃあ、ファンなら気になるよね。

 

有咲はネットサーフィンが趣味の一つらしく、俺の試合を見るようになってからずっと観戦している。だが、昨年俺が出なかった理由はネットや新聞には全く書かれていなかったらしい。

書かれなかったのは記者たちが出ない選手には興味を持たなかったからだと思う。

 

「まあ、もう過去のことだから言うね。香澄、そこ左。俺が去年、試合に一切出なかったのは―――体を壊しかけたんだ」

 

「ッ!?」

 

中学時代にサッカーを一度やめてから再びやり始めるまでの間、当然ブランクがあった。少しでも遅れを取り戻すために毎日夜遅くまで練習していたのだが、高校に入学してから初の公式戦前で子供の未完成の体は悲鳴を上げた。

医者が言うにはあと少し遅かったら二度とサッカーが出来なくなるところだったそうだ。

それから強制的に一週間入院させられ、半年はまともな運動が出来なかった。

 

「そんなことが……。今はもう大丈夫なんですか?」

 

「もちろん。でも、あんまり無茶すると怒られちゃうんだよね」

 

主に友希那とかリサにだけど、意外にも紗夜がその次に怒っていた。……他には二人の両親とか自分の両親にも怒られたけど基本的にはあの二人ばっかだ。

 

「遥先輩! ここですか!?」

 

話している内にいつの間にかライブハウスに到着していた。

 

「そうだよ。ここがライブハウス」

 

ライブが間近なのか入り口にはお客さんがたくさん並んでいた。

 

「わー! すっごーい!」

 

「はしゃぎ過ぎだバカ! お前のせいで目立つんだよ!」

 

はしゃぐ香澄を有咲が窘め(?)ながら中に入った。有咲が怒鳴ったことでさらに注目が集まったのは言わない方がよさそうだ。

 

「……騒がしいと思ったらお前さんかい」

 

「あ、オーナー! こんにちは!」

 

杖を持ったお婆さんが奥の方から姿を現した。このライブハウス『SPACE』のオーナー―――都築詩船さんだ。Roseliaを含めた知り合いのバンドがここでライブすることがあるので、気が付けば顔を覚えられ、多少は会話する程度の関係になっていた。

 

「お前さん、いつも一緒の女の子はどうしたんだい?」

 

いつも一緒の女の子とは恐らく友希那のことだろう。

友希那に連れまわされることが多かったことも顔を覚えられた要因の一つに違いない。

 

「今日は行くつもりはなかったんですけど、色々あってたまたま予定が変わっちゃったんです」

 

友希那も俺が部活だとわかってるから誘ってこなかったのだろう。

 

「そうかい。それより、チケットは高校生五枚でいいかい?」

 

「はい、それで―――ん? 五枚?」

 

人数が多い。俺と一緒に来たのは俺含めて香澄と有咲の三人のはずだ。都築さんが顎で後ろを示したので振り返ると、そこには友希那と紗夜がいた。

これで五人の理由には納得がいった。だが、友希那がいつもと変わらない表情でドス黒いオーラを出している理由だけは皆目見当もつかない。

 

こういうのは確か……。

 

「貴様……まさか伝説の(スーパー)サイ―――」

 

「正座」

 

「アッハイ」

 

人目があったにもかかわらず、大人しくその場で正座をした。

前から思うのだが、カズから教わる“マンガネタ”とやらが通じないのはどうしてなのだろうか。

 

「どうしてあなたがここにいるのかしら?」

 

「これにはやむを得ない事情がございまして……」

 

「そう。じゃあ、どうして女の子と一緒なのかしら?」

 

「それもやむを得ない事情で……」

 

「おい! いきなりは、遥さんを正座させるなんてどういうつもりだ!」

 

しかし、ここで有咲が友希那の行動を見過ごせないのか口を出してきた。

香澄はこの状況に(クエスチョン)マークを浮かべ、紗夜とオーナーは「やっちまったな」みたいな呆れ具合だ。

 

「……あなたには関係ないわ。これは私とハルの問題」

 

「は、ハル!? 遥さん! この馴れ馴れしい女とどういう関係なんですか!?」

 

「世間一般的に言うと幼馴染ってやつだよ」

 

「……幼馴染……だと……!?」

 

なんで俺達二人を絶滅危惧種でも見るかのような目をするかな……。

 

「これでわかったでしょ? あなたの入り込む場所なんてもうないの。大人しくハルから身を引きなさい、泥棒猫」

 

「誰が泥棒猫だよッ!? ……そっちは()()()幼馴染じゃんか!」

 

まあ、確かに幼馴染はそれ以上でもそれ以下でもない関係だよね。

 

「! ……そうね、()()ただの幼馴染よ。でもね、私とハルは結婚する約束をしてるわ」

 

『ええッ!?』

 

今の発言にはその場にいた全員が驚いた。

 

友希那と結婚? はて、そんな約束したことがあっただろうか?

 

「ってなんで桜木さんまで驚いてるんですか!?」

 

「だって初耳だから……」

 

「初耳……? つまり、結婚の約束は嘘ってことだな!」

 

「…………」

 

「イタイ! 友希那さん無言で蹴らないで!」

 

嘘がバレた友希那が正座中の俺の脚にガシガシ蹴りを入れてくる。爪先で蹴って来るから地味に痛い。

 

……忘れたのが許せないみたいな感じなのかな? もしそうなら俺が悪いってことになるよな……。え? ホントに結婚とか約束したっけ? でも、あの頃はサッカーするか友希那とリサに振り回されてばっかな気がするんだけど……あ、今も変わんないか。

 

思い出そうとしても自分の記憶にはそんな感じのことはない。

 

「……一緒に寝たことがあるわ。しかもこの一週間の内によ」

 

「ハッ、それもどうせ―――」

 

「あ、それはホントだよ」

 

事実だと知って驚く有咲の顔を見て、友希那はドヤ顔をしていた。

 

「んなッ!? じゃ、じゃあ遥さんは…………じゃない……?」

 

? 俺が何じゃないのだろうか? 間の言葉が良く聞き取れなかった。

 

「は、破廉恥です! いくら幼馴染だからって風紀が乱れるようなことはダメに決まってるじゃないですか!」

 

顔を真っ赤にした紗夜が怒鳴り散らす。

流石は風紀委員と言いたいが、一緒に寝るくらいで風紀が乱れるとは到底思えない。

 

「大体ですね、前から思っていたのですが桜木さんはガードが緩すぎます!」

 

今度は俺一人に対しての説教が始まった。だが、内容は聞き流せるものじゃなかった。

 

俺のサッカーに紗夜が意見するのは初めてだけど、その挑戦受けようじゃないか!

 

「俺、ディフェンスも結構いけると思うんだけど!」

 

自分がされて嫌なディフェンスをすると相手に抜かれることはほとんどない。

 

「今サッカーの話は一切してません! 黙って聞いていなさい、サッカーバカ!」

 

あれ? サッカーじゃないの?

 

そこからガミガミ説教が続き、オーナーからライブが始まると告げられるまで紗夜は止まらなかった。ちなみになんやかんやで俺が全員分奢ることになりました。

原因であるオーナーを非難の目で見るが本人はどこ吹く風で奥の方に戻っていった。

文句の一つでも言ってやりたいところなのだが、時間が時間なので五人でライブが行われる部屋に入ることにした。

 

「……誰かさ、この場所変わってくれない?」

 

右に友希那、左に有咲。二人が俺を挟んで睨み合っている。居心地があまりよろしくない。

 

「ハルが困っているわ。離れてくれないかしら?」

 

「あ? いつも勝手についてくる幼馴染に嫌気がさしてるだけだろ?」

 

さっきからお腹が痛い。もしかして腹筋が衰えてるのかな? よし帰ったら筋トレだな。

 

「香澄……」

 

「嫌ですっ!」

 

まだ名前しか呼んでないのにそんないい笑顔ではっきり言わないでよ、香澄。

 

「紗夜……」

 

「自分で蒔いた種じゃないですか。よかったですね、両手に花で」

 

元々望みは薄かったが、俺のことを嫌う紗夜は皮肉たっぷりに拒否してきた。

徐々にこの場から逃げたいと思い始めた最中、ゆりさんが所属するバンド―――Glitter☆Greenのライブが始まった。

そして―――

 

「これだっ! 私っ、バンドやりたいっ!」

 

香澄、バンド始めるってよ。

 

 

 

 

 

 



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第8話

 

 

「へぇー、女の子と仲良くなったんだー?」

 

「いや、リサが考えてる程には仲良く―――」

 

「なったんだよね?」

 

「アッハイ」

 

正座中の俺を冷たい眼で見下ろすのは友希那とリサだ。

ライブが終わった後、香澄と有咲に別れを告げる間もなく友希那と共に家に帰った。

リサは話をいつの間にか聞いていたのか、帰るなり玄関で正座させられた。

 

最近正座させられること多くないですかね? 今の女子高生の流行りって男を正座させることなの? 世の男性が可哀そうだからそんな流行は一刻も早くなくなるべきだと思う。

 

「えーっと、あのさ、有咲は俺のファンらしいんだ」

 

「ファン、ねぇ……」

 

リサは俺を疑うような眼をしていた。

 

「……今日はこの辺で勘弁してあげる」

 

お、マジか。理不尽な目に合わずに済む!

 

「だから、今度は私も行くね♪ 友希那、そん時はよろしくー♪」

 

「任せて頂戴」

 

急に笑顔になったリサの心情全く分からず首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

香澄と有咲と出会ってから早数日。

部活の勧誘期間が過ぎ、一年生が十数名サッカー部に入部してきた。そうなると、二年生の誰かが雑用やルールを教えることになる。これは運動部共通の宿命のようなものなのだが―――

 

「桜木、お前は練習しろ」

 

キャプテン直々に真っ先に教える役候補から外された。

理由は俺がレギュラーであるために練習時間が削られるのを防ぐためだろう。俺としてはサッカーの時間がつぶれないので大変大助かりだ。

ケガしていた間に雑用を完璧と言っていいほどに覚えたことのだが、こればっかりは仕方がない。聞かれれば答えるスタンスにしよう。それ以前に俺が話しかけられるのかわからないのだけれど。

 

「わかりました。ところで……どうしてあんなにいた見学者が居なくなったんですか?」

 

昨日まではいたはずの人達の姿が全く見えない。

 

「生徒会長がお前のために色々してくれた。今度お礼でも言っておけ」

 

おお、生徒会長凄いな! 喋ったことほとんどないけどいい人に違いない!

 

「全員集合!」

 

キャプテンの号令で全員が集まり、本日の練習が始まった。

 

 

 

 

 

「ちょっと腹が減ったな」

 

新入生が入って知らず知らずのうちにやる気が出ていたのか、いつもより疲労を感じていた上、小腹が空いていた。よって部活帰りにどこかに寄り道をすることにした。

すると、まるでタイミングを見計らったかのように香ばしい匂いが俺の鼻腔を擽った。

 

「パンの匂い……ああ、そう言えばあのお店ここら辺だっけ」

 

もしかしたら他のお店の匂いかもしれないが、それでも慣れ親しんだお店のある方向に歩いて行った。

そして、俺が到着したのは『やまぶきベーカリー』というパン屋さんだ。

窓から店を覗くと閉店間近だったようで、花咲川女子学園の制服の上にエプロンをかけた少女が閉店する準備をしていた。

 

「沙綾、まだパン売ってる?」

 

「お、遥先輩じゃん! もうじきお店閉めるところだけどまだ大丈夫だよ」

 

「ありがと」

 

お礼を言ってパンを選び出す。

 

今日は……うん、どれも美味しいから普通に迷うな。

 

「来るの結構久しぶりだっけ?」

 

「あー、そうかも。前は一週間に一回くらいは来てたから」

 

彼女の名前は山吹沙綾(やまぶきさあや)

出会ったのは小学生の時だ。

今日みたいにサッカーの練習帰りにこのお店のパンの匂いに誘われてやって来たことがきっかけだった。

 

『お腹空いたー……』

 

窓越しに見るパンを見て、余計にお腹が鳴った。

このままでは家に帰ってからのご飯まで到底我慢できなさそうだ。

 

『じゃあ、これ食べる?』

 

空腹が限界に近かった俺に、店から出てきた沙綾がアンパンを差し出してきた。

 

『え、いいの? ……あ、でも、お金ないや。また今度来るよ』

 

今すぐにでも食いつきたいと思ったが、生憎買うためのお金を持ち合わせていなかった。

食べたい気持ちはあるがただで貰うわけにはいかず、断ってまた今度来ようとしたら沙綾が引き止めてきた。

 

『ま、待って! これ、売れ残りで捨てるつもりだからいいよ』

 

結局、空腹に理性は抗えずアンパンをいただいたのだった。

その時食べたアンパンの味は今でも忘れていないし、その日からこのお店に行くようになった。

だが、今にして思えば疑問に思うことがあった。あの時食べたアンパンは温かかった。まるで()()()()と言ってもいいくらいに。

 

「ねえ、沙綾。一つ聞いてもいい?」

 

「ん? 何?」

 

「あの時俺にくれたアンパンってホントに売れ残り?」

 

「…………さあ? 大分前のことだからもう憶えてないや」

 

ものすごーく気になる間があった。これは絶対に何か隠してる。まあ、桜木さんは空気が読める男なのでこれ以上は聞かないけどね。

 

「どれにするか決めた?」

 

「うん。ぜーんぶちょうだい」

 

「あんたはハリー・ポッターか!?」

 

ハリー・ポッターって面白いよね。

 

一時期サッカーや誰かと遊ぶよりも本を読むことに夢中になっていたこともあるぐらいだ。

 

「冗談だよ。でも、そうしたいくらいここのパンは美味しいから」

 

沙綾にパンを三つ差し出した。アンパン、カレーパン、メロンパンだ。

 

「そりゃどーも。作ってる側からしたら嬉しい言葉だね。はい、合計で400円」

 

「はい、ちょうどね。あ、そういや高校生になったんだっけ? 進学おめでとう」

 

お会計を済ませて軽く世間話を始めた。最近ここに来れてなかったからたまには聞いてみるのもありだろう。

 

「ありがと。校舎が変わり映えしないから若干退屈だけどね」

 

羽丘女子学園と同じで花咲川女子学園も中高一貫の学校だ。中等部から通う生徒ならそう思ってもなんら不思議ではないだろう。

 

「ああ、そうそう。花女と言えば、最近知り合った子がいるんだ」

 

香澄と有咲の二人だ。

ただ、あの二人と知り合ってから友希那が不機嫌になることが多い。おまけに話を聞いたリサもちょっと変だ。家に来たらやたらと引っ付いてくるし、一緒に寝ようとしてくる。

 

日頃から誰かを支えてばっかりだけどリサ本人は甘えたいってことなのかな? それなら幼馴染の俺が甘えさせないわけにいかない。

 

「ふーん、ナンパでもしたの?」

 

「難破? 船には乗ってないよ?」

 

「はぁ……何でもない。聞いた私がバカだった」

 

「? うおっ」

 

呆れる沙綾に首を傾げていたら、誰かが腰あたりに抱き着いてきた。

 

「久しぶり、兄ちゃん!」

 

「おお! 純! それに紗南も!」

 

振り返れば沙綾の弟の純がいた。そしてお店の奥の方には紗南がこちらの様子を窺っていた。彼らとも沙綾と同じでお店に来ている内に仲良くなった。二人とはたまに遊び相手になってる程度には仲が良い。

 

「二人共元気にしてたか? ちょっと身長伸びた?」

 

手招きをすると紗南がやって来た。

 

「すっげー元気だし身長も伸びたぜ! てか、そんなことよりももっと家に来てくれよ。姉ちゃんが兄ちゃんに中々会えなくて寂しそうにしてんだからさ」

 

それに同意するかのように紗南も首を縦に振っていた。

 

「ちょ、純!? あんた何言って……! ち、違うから! べつに遥先輩のことなんて何とも思ってないから!」

 

純の言ったことを慌てて否定する沙綾。今にも火を噴きだしそうなくらいに真っ赤な顔になっていた。見当違いのことを言われて激怒しているみたいだ。

 

「ようするに嫌われてるってこと?」

 

「そ、そんなわけない!」

 

「じゃあ、好き?」

 

「へっ!? す、すすす好きッ!? ……あ、あの、それは……いや、えっと……」

 

先程よりも更に顔を真っ赤にした沙綾は、何か言おうとしているがしどろもどろになって上手く言葉を発することが出来てなかった。

 

「すげー……流石兄ちゃん」

 

「? ありがと?」

 

何もしたつもりはないのだが褒められたらしいのでお礼を言っておいたところ、純は苦笑いしていた。

 

「そろそろ帰るね。また来るよ」

 

『バイバーイ!』

 

純と紗南は元気に見送ってくれたが、沙綾は未だに何かブツブツ呟いたままでこちらには見向きもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私! 遥先輩のことが―――」

 

「姉ちゃん、覚悟を決めたところで悪いけど、兄ちゃんならもう帰ったから」

 

「えッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 







有咲はあくまでファンです。……多分。



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第9話

いつものように部活に励んでいた時のことだ。

グラウンドの片隅でウロウロしている挙動不審な少女が目に入った。

 

あれ? なんであの子がここに?

 

少女は俺と目が合うと不安そうな表情が明るなり(恐らく俺に向かって)手を振って来た。

俺も手を振り返したいところのなのだが、生憎今は練習中だ。

 

どうしよ……。

 

『桜木(先輩)ー! あの美少女との関係はなんだ(ですか)!?』

 

「うおっ!」

 

どう反応したらいいか困っていたら部活の先輩・同輩・後輩・マネージャーのキャプテンを除く全員に問い詰められた。

息が合っていて部活内での仲が良さそうでいい事だとは思うのだが、練習を止めると監督やキャプテンに怒られること間違いなしだ。

 

「おい、お前ら! 練習に集中しろ! それから桜木、監督が呼んでるぞ」

 

早速キャプテンから言伝をいただいた。

 

「俺が怒られるのか……」

 

重い足取りで監督の下に向かった。

 

「桜木、あの子との関係は?」

 

監督も部員達と同じなのか!? と一瞬思ってしまったが監督に対して変な態度は取れない。

 

「友達……? いや、知り合い……です」

 

連絡先知らないし、そこまで仲が良いとは思ってない。知り合いぐらいが妥当だと思う。

 

「そうか。今は練習中だから休憩中に行ってやれ」

 

「わかりました」

 

まさかのお咎めなしで練習に戻された。それどころか、休憩中に行ってこいとは予想外だ。

 

まあ、花音の性格というか雰囲気を考えれば心配になるか……。

 

そんなことを考えながら練習に戻り、彼女には両手を合わせて謝るジェスチャーをしておいた。

 

 

 

 

 

「こんなところで何してるの、花音?」

 

休憩時間になると真っ先に彼女の元に向かった。

花女の制服を着ている水色の髪をサイドポニーにした少女―――松原花音。

 

「助けて、遥君!」

 

俺が話しかけると、涙目になって助けを求めてきた。

 

「助けるのは構わないんだけど、何をしたらいいの?」

 

「み、道に迷いました……」

 

花音の困っている理由に思わず項垂れてしまう。

実は彼女、かなりの方向音痴だ。

俺も機械音痴というのを持っているから彼女の苦労はなんとなく理解できる。

 

「スマホで地図は調べられないの?」

 

「今充電がなくて……」

 

となると連絡を取る手段もないことになる。

 

「花音はこの後に予定はある?」

 

「ないけど……それがどうかしたの?」

 

「俺の部活が終わるまで待てる? 出来るなら家まで送る」

 

俺が千聖に連絡出来ればいいのだが、生憎連絡先は持ってないし、仕事だったら心配をかけるわけにはいかない。

 

「で、でもそんなの悪いよ……!」

 

「そうでもしないと花音が帰れないでしょ?」

 

「うっ、それは……」

 

図星を突かれて花音は言葉を詰まらせた。

これ以上何も言わなくても彼女は反論しないだろう。

 

「はい、決まり。あと一時間もしない内に終わるからその間はベンチで見てて」

 

監督に話を付けておけば大丈夫だと考え、早速花音を連れて監督に頼み込んだ。二つ返事で了承してくれて、マネージャーがいる近くのベンチで見学となった。

 

 

 

 

 

「ありがとね、遥君」

 

練習後に寄ってたかって花音との関係を聞いてくる部員達を巻き、花音を送るために学校を出た。そんな帰り道の途中で花音からお礼を言われた。

 

「花音の方向音痴はわからないでもないから」

 

「あ、そっか。遥君って機械音痴だっけ?」

 

「そうそう。……ってなんで笑うの?」

 

「ご、ごめんさい! そういうつもりじゃなくて! ……ただ、サッカーしてる時とそうでない時の差が可愛くて、つい……。それに私達二人共音痴だから親近感が湧いちゃって」

 

花音が話してくれた理由を聞いている内に俺もなんだか可笑しくなって笑えて来てしまった。

確かに機械音痴と方向音痴は両方とも音痴だ。

それにしても前から思うのだが、サッカーしてる時とそうでない時の差が俺自身今一ピンとこない。

 

「あのね、サッカーをしてる時はなんていうか……憧れちゃうんだよね。誰よりも楽しんでいて、かっこよくて、気が付けば目で追ってる自分がいるんだ」

 

「そうじゃない時は?」

 

「うーん、しいて言うなら……どこか抜けてる感じがする、かな?」

 

「あー……なるほどね」

 

サッカーをしている時の俺については「?」という感じだったが、そうじゃない時の抜けているというのはなんとなくわかる気がする。

周りの人曰く、“天然”らしい。

 

「でも、そう言う花音もいつもどこか抜けてない?」

 

「そ、そんなことないよ! …………多分」

 

「はっきり否定しないんだ」

 

「自分では大丈夫って思ってても、千聖ちゃんにどこか抜けてるから心配だってよく言われるから……。今日だって千聖ちゃんがお仕事で一緒に帰れないからすごく心配されて」

 

その話を聞いて千聖が花音の母親に思えてきた。

元々、花音のオドオドした性格は花音が美少女ということも相まって、周りからすれば庇護欲をそそるのだ。

花音が一人っ子だと聞いているが、もしも兄か姉がいたら、その人は世間一般的に言うならブラコンとかシスコンになるだろう。

 

「実際に千聖の懸念通りになったわけだ」

 

「……今日のことは千聖ちゃんにはナイショにしてくれないかな? 聞かれたら千聖ちゃんが―――」

 

 

 

「私がどうかしたのかしら、花音?」

 

 

 

「ち、千聖ちゃん!?」

 

声のした方に振り替えれば、たった今話に出ていた千聖がいた。

手入れの行き届いたパステルイエローの長髪に、凛とした佇まいが上品な雰囲気を醸し出していてる少女―――白鷺千聖。

幼少の頃か子役としてドラマや映画に出演する女優だ。今はPastel*Palettes(パステルパレット)というアイドルバンドにも所属している。

 

花音は千聖に聞かれたくなさそうだから、ここはなんとか誤魔化そう。

 

「今日はお仕事?」

 

まずは日常的なことを話題にして話を逸らす。

 

「ええ、そうよ。……それよりも先程私の名前が二人の会話に出ていなかったかしら?」

 

「俺達の共通の知人って言ったら千聖だから、自然と千聖の名前が出るのは仕方ないんじゃないかな?」

 

「それもそうね。変なことを聞いてしまってごめんさい」

 

何とか上手く誤魔化せたみたいだ。

内心でホッとしていると千聖が俺達に並んで歩き出した。

 

「ところで、どうして二人が一緒にいるのかしら?」

 

『!?』

 

再び歩き始めて僅か3秒で立ち止まった。

全然話題は反らせてなかった。

 

ま、マズい……。このまま答えていたら、最終的には花音が道に迷ったことを知られちゃうんじゃ……。

 

「た、たまたま帰り道で会ったんだよ!」

 

「たまたま? 二人の家は反対方向じゃなかった?」

 

早速花音が自爆した。

千聖は春休みの時に俺の家に来ていたことがあったからすぐに気が付いたのだ。

 

「(花音!?)」

 

「(遥君の家の場所なんて知らないよ! それよりもなんとかフォローして! あと今度家に遊びに行ってもいいですか!?)」

 

「(無茶振りにもほどがある! それと最後のは今言うことじゃないよね!?)」

 

千聖がいるので花音とアイコンタクトを取る。

 

「今日はリサから買い物を頼まれててさ、ここら辺にあるスーパーに行こうかなって。そしたら花音に出くわしたんだ」

 

もちろん嘘だ。スーパーに行く予定もないし、場所だって近所のしかわからない。我ながらよくこんな嘘が口から出るもんだと感心してしまう。

 

「スーパー? それならもう過ぎているわ。戻らなくていいの?」

 

そして俺も自爆した。

 

「(遥君!?)」

 

「(スーパーなんて近所のしか行かないからこの辺のは知らない! 悪いのは近くにないスーパー!)」

 

「(言ってることすっごく理不尽だよ!)」

 

「花音との会話に夢中で気が付かなかったみたい。アハハ……」

 

「も、もうっ、遥君ったらおっちょこちょいだね!」

 

チラリと千聖の様子を窺ってみた。

 

「…………」

 

半眼になって俺達が何かを隠してると疑っていた。

 

「(全然誤魔化せてないんだけど!)」

 

「(流石千聖ちゃん……。私、女優のあなたを侮っていたみたい……!)」

 

「(なんで主人公を強敵認識するライバルキャラみたいになってんの!?)」

 

「ねぇ、あなた達さっきからおかしいわよ」

 

「そ、そそそそんなことはないんじゃないかなぁ?」

 

花音、動揺し過ぎ!

 

「うんうん! 千聖、気のせいだって。疲れて神経質になってるだけじゃないかな?」

 

「今日は打ち合わせだけで疲れるようなことは何もしてないわ」

 

今日の仕事はそれだけ!? いや、ここから仕事の様子でも聞けば逃げ切れる!

 

「他のメンバーの様子はどう?」

 

「どうもなにもいつもと変わらないわ。彩ちゃんは空回りすることが多いけどレッスン頑張ってるし、日菜ちゃんは演奏は凄いけど遅刻魔だし、イヴちゃんは相変わらず武士道だし、麻耶ちゃんは機械いじりに夢中」

 

個性的なメンバーであることはとりあえずわかった。

そこから何とか話題を変えることが出来て、次に行われるイベントや新曲を練習中だと聞かされた。

 

「あ、私の家この近くだからここでさよならだね。バイバイ」

 

自然に会話が出るようになっていたらいつの間にか花音の家近辺まで来ていたらしい。俺達に別れを告げるとそそくさと走り去ってしまった。

無事に帰れたのだから良しとしよう。

 

「……あの子、ホントは道に迷ったんでしょ?」

 

二人だけになった途端に千聖が言い放った。

 

はい、全部バレてました。

 

俺達が頑なに話さなさそうだと思って内心呆れながらも話題を変えなかったのかもしれない。

 

「花音を送ってくれてありがと、遥君」

 

「どういたしまして」

 

「さ、私達も帰りましょうか。花音を送って私を送らないわけないわよね?」

 

要するに送れということだ。わざわざ遠回しに言わなくても断るつもりはない。リサや友希那は遠回しどころか俺の意思に関わず家に上がり込むけど、聞いてくるだけマシだ。

二人並んで千聖の家にまで歩き始めた。

 

「あ、そうだ。もしよかったら今度花見なんてどうかしら? パスパレメンバーも一緒よ」

 

「どうしたの唐突に」

 

まだ四月の初旬で桜は綺麗に咲いてる。多分、苗字の桜木から花見を思いついたのだろう。

 

「わかった。予定が合えばいいんだけど、楽しみにしてる」

 

「ええ。それじゃあ、私はこっちだから。またね、遥君」

 

「じゃあね、千聖」

 

千聖と別れ、元来た道を戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥君、また道に迷っちゃいました」

 

「なんでさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話

 

 

『花見?』

 

「そ。予定が空いてたらでいいんだけど、花見しない?」

 

とある日の放課後。部活の休みの日にRoseliaの練習に顔を出していた俺は、練習終了後に花見を提案した。

 

「すみません。折角のお誘いですが、私達は花見なんかしてる場合じゃ―――」

 

「わかった。その日の予定を開けておくわ。皆もいいわね?」

 

「おっけー♪」「はい!」「……はい……!」

 

友希那を始めとしてリサ、あこ、燐子が賛成してくれた。

 

「―――ないんです。…………。……あ、あの、皆さん? 今、私には花見をするように聞こえたのは聞き間違いですよね?」

 

「何を馬鹿なことを言ってるの? するに決まっているじゃない」

 

「で、ですよね…………は?」

 

おー、紗夜が間抜けな顔してる。普段の真面目な姿からは想像も出来ない表情だ。

 

「湊さん!? 私達は頂点を目指すんですよね!?」

 

「当たり前じゃない」

 

「だったら花見などしてる時間なんてないのでは!?」

 

「紗夜、あなたの言いたいことはわかる。でも、たまには息抜きぐらいしないと練習ばかりで息がつまるだけよ」

 

友希那の言い分は最もだ。ずっと同じことを繰り返して行くことも大事だが、時には息抜きも必要だ。

紗夜の場合、ギターばかりやってきたせいでそういったことをしてこなかったのだろう。

 

「仲間との絆を深める。それもバンドにおいて大事なことだと思うのだけれど?」

 

「そ、それは……」

 

「それに……ハルが誘ってくれたのよ? 行かないわけにはいかないじゃない」

 

「(桜木さんのこと大好き過ぎじゃないですか!? というかそれが主な理由ですよね!?)」

 

初めて会ったときの紗夜なら確実に否定していたところだが、今の紗夜はそうではなかった。

こういうところを見ると友希那と組んでから色々良い方向に変わったんだなと感じる。

 

「……わかりました。あくまで仲間との親睦を深めるためです。但し、学生らしい行動は忘れないでくださいね」

 

最終的には紗夜が折れて、Roselia全員が参加となった。

 

「あ、そうそう。俺以外にはパスパレも来る予定だから」

 

「ということは日菜も!? い、行きません! 私は絶対に行きませんから!」

 

子供のように喚く紗夜を無視して、パスパレで唯一連絡先を知っている日菜にRoseliaの参加を伝えておいたのだった。

 

 

 

 

 

花見当日、集合場所である桜木家に人が集まることになっている。

駅前でも良かったのだが、パスパレはアイドル。人だかりができるのを避けるためにも、皆が共通で知っている我が家になったのだ。

 

「ただいまー」

 

そんな花見の日に急遽練習試合が入ってしまった俺のせいで、時間が夕方からになった。

 

『おかえりー!』

 

リビングに顔を出せば、俺以外の全員が集まっていた。

Roselia、パスパレ、花音、カズ、俺の計13人。

 

「遅くなってごめん」

 

「シショー!」

 

遅れたことを謝罪すると銀髪の少女が俺目掛けて両手を広げて突っ込んできた。それをすんでのところで少女を止めた。

 

「イヴ……ハグしたいのはわかるけど、今の俺、汗臭いからあとでな」

 

「シショーの汗なら平気です!」

 

突っ込んできた銀髪の少女―――若宮イヴは問題ないと言わんばかりに再び両手を広げてくる。

 

「臭いだけじゃなくて汚いからダーメ。シャワー浴びてくるからもうちょっと待って」

 

『!』

 

シャワーを浴びると言った瞬間、何人かがすごい勢いでこちらに振り向いた。若干目が血走っているのは気のせいだと思いたい。

使ったユニフォームや来ていた練習着を洗濯機に押し込み、シャワーを浴びる。

今日は女の子が大勢だ。清潔さに気を使わないと後で何か言われそうなので、念入りに洗うことにした。

 

「お待たせ」

 

シャワーを浴び、着替えを済ませてリビングに入ると再び何人かが俺を凝視してきた。

 

「俺、何か変……?」

 

もしかしてまだ汗臭い?

 

そう思ったのだが彼女達は首を横に振った。

じゃあどうして俺の方を見るのか気になって聞いたが、彼女達は「何でもない」の一点張り。

 

「シショー! 今度こそハグしましょう!」

 

「いいよ。ほら、おいで」

 

「はい!」

 

先程と同じように突っ込んできた彼女を両手を広げて受け止める。

友希那が不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「! シショーから良い匂いがします!」

 

「そりゃあ、身体洗ってきたから」

 

抱き締められながら自分の体臭を嗅がれるのはなんだかこそばゆい。

 

「イヴちゃん、もう十分ハグしたでしょ? いい加減、遥君から離れなさい」

 

「はーい……」

 

「ハルもだ! いつまでもハグなんて羨ま―――けしからんぞ!」

 

千聖に注意されるまでイヴのハグは続いた。カズのはなんだか注意するというよりは私怨を感じた。

 

「それじゃあ、全員が揃ったことだし行きますか」

 

「あ、ちょい待ち。ハル、髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうぞ」

 

出かけることを促したカズを遮ってタオルを一枚とって来たリサが、俺をソファーに座らせる。そして、リサがソファーの背もたれと俺の間に入り込み、後ろから抱き締めるような体制で髪を拭いてくる。

 

「よしっ、これでもう大丈夫!」

 

「ん。サンキュ」

 

準備万端となって立ち上がったら、皆から視線が集まっていた。

 

「……お前らいつもそんな感じなのか?」

 

「そうだけど」

 

「同じ幼馴染なのにどうして俺にはそんなイベントが一切発生しないんだ!?」

 

「さあ?」

 

「何が違うというんだ!? 一万年と二千年前から愛し合ってたのか!? 運命の赤い糸で結ばれてんのか!? これだからラノベ主人公は!」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない」

 

前からそうなのだが、カズの言っていることは時々難しくてわからない。

皆にも上手く伝わってないらしく、適当に流して外に出る準備をしていた。

目的地に向けて出発してからもカズは周りの女子たちが引くほど自分の願望をぶちまけ続けた。

 

「カズは……その、女の子との出会いが欲しいんだっけか?」

 

「ああ、そうだよ! こちとら思春期真っ盛りの男子高校生なんでね!」

 

それを言ったら俺も同じ年頃の男子高校生なのだが、別に出会いが欲しいとは思わない。

 

「あ、俺もサッカーが上手い人には出会いたいかな」

 

あと友達。思ったよりも出会いって重要だな。……案外カズの言ってることも馬鹿にできないな。

 

お前(サッカーバカ)と一緒にすんなや!」

 

「えー? そうかぁ? ……ってか、ここにいる女の子達はどうなの? 可愛い女の子がたくさんカズの目の前にいるんだよ?」

 

友希那やリサ以外とはほぼ初対面だったためまだ打ち解けた様子はなさそうだが、カズの性格なら大丈夫なはずだ。

 

「そ、それは、その……」

 

答えづらそうに赤面したカズはそっぽを向いた。

 

「? どうした?」

 

「俺はお前と違って女子に慣れてねぇんだよ! 言わせんな恥ずかしい!」

 

昔のカズは女子とも仲良くしていた覚えがあるが、時間が経って変わってしまったらしい。異性との会話が恥ずかしいと感じることは思春期特有のものらしい。

 

出会いたい、けど恥ずかしい。思春期って難しいんだな。

 

「彩もカズみたいに出会いが欲しいとか思うの?」

 

俺達の前を歩いていたパステルピンクの髪の少女―――丸山彩に聞いてみた。

 

「えっ!? 私!? ……その、まあ、欲しいって思うこともあるけど、今はいらない……かな」

 

「どうして?」

 

「そ、それは……素敵な人にもう出会えたから。えへへ……」

 

何を想像したのかわからないが、頬を手に当ててにやけていた。

 

へぇ……てっきりアイドルだからそう言うのはダメみたいなこと言うのかと思ってた。

 

最近のアイドル事情に疎い、というかそもそもそういったことにあまり触れてこなかった俺には新鮮なことだ。

 

「皆、着いたわよ」

 

話し込んでいる内に千聖が目指していた目的地に到達した。

桜がそこまで多くはないが、一本一本が一般的なサイズよりも大きな木だ。

見たところ広場のような場所なのだが、人が見当たらない。お昼過ぎに花見をする俺達がたんに珍しいからなのかもしれないが、メンバーに芸能人が含まれるので騒ぎにならないためにも人がいないのは助かる。

何人かが持ってきたレジャーシートを広げ、輪の形になって座る。

 

「コホン……ほ、本日はお忙しい中、おあちゅま……お集まりいただきまして(略)。乾杯!」

 

『乾杯!』

 

カズの噛みまくりで長ったらしく畏まった乾杯の音頭から今年の花見が始まった。

初対面の人のための自己紹介を交えながら、食事を摂っていく。

 

「ねぇねぇ、サクラ君ー」

 

「はいはい、なんだね、日菜さんや」

 

俺をサクラ君と呼ぶ少女―――氷川日菜。氷川紗夜の双子の妹だ。

 

「サクラ君の好きなタイプってどんなの?」

 

「えっと……でんきタイプ?」

 

急にポケモンの話? 俺、ポケモンは知ってるだけでやったことないんだけど。しかもその内で知ってるポケモンはピカチュウくらいだと思う。

 

「もー、違う違う。全然違うよ。そうじゃなくてさー。えーっと、なんて言ったらいいんだろー? あ、わかったー!」

 

どうやら日菜は質問の仕方が思いついたらしく、再度口を開けた。

 

 

 

「―――サクラ君はここにいる女の子で誰が好き?」

 

 

 

 

 

 

 

 










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第11話 

花見の途中で日菜からこの中で誰が好きなのかと問われた。

 

「そんなの―――」

 

「皆大好きとかっていう答えはNGだからね」

 

こいつ、超能力者か……!?

 

言おうとしていたことを真っ先に封じられてしまった。

日菜が納得する別の答えを考えるのに困っていた最中、俺の左に座っていた友希那が口を開いた。

 

「幼馴染である私のことが好きじゃないはずがないわよね?」

 

その眼には確信してると言わんばかりに強い意志が宿っていた。

 

「そりゃもちろん。友希那のことは好き」

 

「ってことはアタシのことも好きってことで良いよね?」

 

今度は右に座っていたリサだ。

 

「そうだな。リサのことも好きだ。あ、カズのことも好きだから安心しろよ」

 

友希那やリサ同様にカズも大切な存在だ。

 

「この状況で俺の名前を出すな! 変な誤解が生まれるだろ!?」

 

変な誤解? よくわらないけど、日菜が言ったのはこの中で好きな“女の子”だったっけ。男のカズはその対象には含まれないから怒ったのかもしれないな。

 

「悪い悪い。で、日菜は今の答えで納得した?」

 

「全然納得しないよー!」

 

「あ、あれ? マジか……」

 

心なしか日菜以外にも数名程不満そうな顔つきになっていた。

 

「サクラ君が言ってるのは友達とか仲が良い人に言うlikeの方でしょ? アタシが聞いてるのはloveの方だよ!」

 

「日菜、桜木さんに迷惑を掛け過ぎよ。自重しなさい」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

姉の紗夜にたしなめられた日菜は渋々黙った。

 

「でも、日菜の気持ちがわからないでもないわ。誰かの恋路が気になるのはよくあることだから」

 

「ん? つまり、紗夜も恋愛に興味があるわけ?」

 

紗夜の今の発言はそういう意味にもとらえられても不思議ではない。

 

「! い、いえっ、私はあくまで一般的な見解を言ったまでです! 私自身恋愛なんて全然興味ありません!」

 

「とか何とか言っちゃって~。ホントのとこどうなの~?」

 

過剰な反応が気になったリサがさらに問い詰める。

 

「しつこいですよ、今井さん!」

 

「あ、この前お姉ちゃん、アタシが貸した恋愛小説読んで顔真っ赤にしてたよ」

 

ここでまさかの日菜からのナイスパス。紗夜からすればピンチに陥ったに違いない。

 

堅物の紗夜が恋愛小説……なんか想像つかないな。

 

「日菜、余計なことを口にしないで! ってどうして皆して笑ってるんですか!?」

 

「だって、紗夜さんが恋愛小説呼んでるのが想像できないもの」

 

この短時間に面識の少ない千聖にまで堅物であることは知れ渡っていたようだ。

 

「ちなみにその小説はどんな内容なの?」

 

「最初は主人公とヒロインの仲が悪いんだけど、学校の行事とかいろんなイベントを通して二人の距離が縮まっていくっていう恋愛ものにありがちな内容だよ。あ、そう言えば主人公の男の人ってサッカーが上手いんだよねー」

 

何か意味ありげに俺を見つめてくる日菜。だが、その視線が何を意味するのかは俺にはさっぱりわからない。

 

『サッカー、ねぇ……』

 

誰もが怪しいといった感じに紗夜を見つめる。

 

「た、たまたまです」

 

「たまたまでもさ、紗夜が小説をきっかけにサッカー好きになってくれたら、俺としてはすっごく嬉しいな」

 

「……フン、やっぱりあなたのことは嫌いです」

 

良い感じにまとめたられたはずなのだが、紗夜の機嫌を損ねてしまったようだ。

ついでに左右から来た理不尽な痛みが脇腹に走った。声を上げることなく耐えた自分を褒めてやりたい。

ともあれ、ここで話題を変えるチャンスだ。

 

「イヴ、学校は大丈夫?」

 

「はい! ……友達はまだあまりいませんがこれから頑張ります! それと学校にはチサトさんやアヤさんがいますし、茶道部ではカノンさんも一緒です! シショーは()()に乗ったつもりで見守っててください!」

 

「そっか」

 

どうやらイヴの高校生活に心配はなさそうだ。日本語についてはかなり心配だが。

 

「ねぇねぇ、ハル兄。ずっと気になってたんだけどさ、どうしてイヴさんはハル兄のことを“シショー”って呼ぶの?」

 

「大した理由はないんだけどそれでも聞く?」

 

「聞きたい聞きたい!」

 

そんなに期待されてもホントに大したことじゃない。

 

「イヴは元々日本が好きで、特に武士道が好きなんだ」

 

その影響で茶道や剣道を始めたみたいだ。

 

「あー、外国人って日本が好きだっていう人多いよね」

 

「そこで問題。サッカーの日本代表がなんて言われてるか知ってる?」

 

「えっと……焼きたてジャパン!」

 

『…………』

 

ドヤ顔で場を凍り付かせたあこが慌てて訂正する。親友の燐子でさえ冷たい視線を向けるのだから当たり前か。

 

「わわっ、今の無し! サムライ・ブルー、だよね? ……ん? サムライ……え、そういうこと!?」

 

「そういうこと。大した理由じゃないだろ?」

 

俺自身、武士道の何たるかなんてわからないし、教えたつもりもない。

 

「ホントに大した理由じゃないじゃん!」

 

「確かに皆さんからすれば、大した理由ではないのかもしれません……。ですが、シショーは私にとって恩人でもあります!」

 

『恩人?』

 

「二人の間に何かあったから師匠と呼んでるってことっすか?」

 

「はい! あれは私が日本に初めて来たときのことです」

 

 

 

 

 

今から二年程前のことだ。その日は、ちょっと遠くの方での試合帰りのことだった。

試合会場の最寄駅内で困っているのか右往左往する少女がいた。

可愛らしい少女は銀髪でスタイルがいい。その上外国人。最近日本では外国人観光客が増えたとはいえ、かなり目立つ少女だ。嫌でも人の注目を集める。

だが、何人かは明らかに困っていることに気が付いてるのに、遠巻きに見るか、チラ見して通るだけ。悲しことに彼女を助けようとする人はいなかった。

そんなことを考えていたら、彼女と目が合った。

彼女は目を大きく見開くと同時に駆け寄って来た。

 

「―――――! ―――――? ―――――!」

 

彼女が使う言語は日本語ではなかった。多分英語でもない。

よくよく考えれば、日本語が使えるなら最初から困るようなこともないだろう。彼女のコミュニケーション能力に問題があるのなら話は変わってくるが。

 

あれ? どうしてこの子は俺に近寄って来たんだ? 同世代だと思ったから? 話しかけ易そうだった?

 

「ハルカ・サクラギ! サムライ!」

 

「!」

 

名前を呼ばれて理解した。この少女は俺が試合に出ているところを見たのだ。

外国にまで俺の名前が知られているとは思わなかったが、悪い気はしない。

しかし、今はそれどころじゃない。この少女を連れて、一刻も早くこの場を離れなければならない。

 

「桜木君がいる!」

 

「テレビで見るよりも可愛いかも」

 

「サインもらえっかな?」

 

初対面だが、そんなの構うもんかと多少強引に彼女の手を取り、押し寄せる人々から逃げるために駅を飛び出した。

 

 

 

 

 

「いきなり走り出してごめん」

 

落ち着ける場所に辿り着いて空いていたベンチに座り込む。伝わるかわからないが、両手を合わせながら謝った。

言葉がわからずとも俺の言いたいことが通じたのか、両手を左右に振っていたことから許してくれたようだ。

 

「ワ、ワタシ……コマッテ、マス。タスケテ」

 

片言の日本語で助けを求めてきた。

 

日本語は話せたのか。

 

You got it(任せて)

 

オッケーサインついでに万国共通(のはず)の英語を使って彼女の頼みを引き受けた。反応を見るに日本語よりかは通じるみたいだ。

それから彼女の名前や頼みを悪戦苦闘しながらなんとか理解することが出来た。

彼女はフィンランドから来た若宮イヴ。フィンランド人と日本人のハーフだそうだ。これから親が住む場所に向かう、とのことだ。あと、日本が好きだと言っていた。

そして、その肝心な目的地なのだが、俺の住んでる地域からそんなに遠くはなかった。

知らない地域だったら別の人に助けを求めていたところだが、俺一人でも問題なさそうだ。

彼女の手を引いて、再び駅内に向かった。

 

 

 

 

 

Is this correct for your parents address?(君の両親の住所はここで合ってる?)

 

「ハイ!」

 

イヴの持っていたメモの住所通りの場所にたどり着けたので一安心。

 

See you(じゃあね)

 

俺の役目はここまでだ。

手を振って別れを告げようとしたら、イヴが俺の手を振ってない方の腕を取って引っ張った。

 

「オンガエシ、シタイデス」

 

「うーん、それはいらない」

 

「? ナゼデスカ?」

 

「見返りを求めて助けたわけじゃないから。って伝わってないか」

 

眉を八の字にしていたので難しい日本語だったようだ。

 

「俺は君を助けた。次は君が誰かを助ける。それでどう?」

 

「ワ、ワカリマシタ!」

 

これは何とか伝わったみたいだ。

 

「じゃあ、今度こそお別れ」

 

「マタ、アエマスカ?」

 

「さあ? それはわからない。でも、不思議とイヴとはまた会える気がするんだよね。だから、またね」

 

手を振って別れを告げた。

そこまでがイヴとの出会いだ。

 

 

 

 

 

「ほほう、それはそれは。運命的な出会いとでも言いますか、良い話ですね」

 

話し終わると麻弥が一人納得したようにうんうん頷いていた。

 

「ちなみに、遥さんがイヴさんと次にお会いしたのはいつ頃なんですか?」

 

「一か月もしないで会えたよ」

 

その時は確かイヴが俺の試合を見に来てた。

 

「そこから交流が少しずつ増えてさ、学校の勉強とか日本のことを教えてたらいつの間にか師匠呼びされるようになってたってわけ」

 

「おかげでイヴさんが日本語を流ちょうに話せるようになったってことですね。……なんだか、ジブン他の方との出会いも気になってきました! 皆さんは桜木さんとどのようにして出会ったんですか?」

 

どうやらここからの花見は皆との出会った話が続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




次回からは過去の話が多いかと思います。


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第12話

 

 

 

お花見での話題は俺こと桜木遥と皆がどのようにして出会ったか、になっていた。

 

「次は誰との出会いがいい?」

 

「ジブン、千聖さんとの出会いが知りたいです!」

 

「あら、麻弥ちゃん。それはパンドラの箱を開けるのと同義なのだけれど、覚悟は出来てるのかしら?」

 

「昔話一つでここまで怖い笑顔見るの初めてっす!」

 

綺麗な笑顔ではあるが、目が全く笑ってない。友希那やリサでよく見てたけど、千聖のもなかなか怖い。

怒らせてはいけないリストに千聖の名前を書いておこう。

 

「ふふ、冗談よ。別にこれと言って面白おかしくもない普通の出会いだったわ」

 

本人は冗談と言っているがさっきの笑顔は恐怖感を抱くには十分だった。思わず口に出しそうになったが、それは心の中にしまっておいた。

 

「―――あれは今から……七年程前のことよ」

 

 

 

 

 

当時、ベルゼスト国と隣国のクリオール国との間では戦争が起こっていた。

私は王族として生まれ、責務を果たす日々と終わらない戦いによって精神も体力も疲れていた。

そんな私を見かねた執事の一人が、しばらく休暇をとるように勧めてきた。

最初は拒否しようとした。だって国民や他の人が頑張っているのに私だけが休めるはずない。だけど、自分がここ最近休んでいないことを指摘され、大人しく休暇を取ることにした。

どういう休みにするか散々迷った挙句、街娘のような恰好をして城下町に出かけた。意外にもだれも私が王族だと気が付かない。

国民として平等に扱われることに違和感を覚えながらも、少しだけ楽しくなっていたら、人とぶつかってしまった。

 

「すみません、私の不注意でした」

 

「あん? 謝って済む話だと思うのか?」

 

最悪なことに、私がぶつかった相手はガラの悪い男だった。

 

「誠意が足りてねぇんじゃねぇか?」

 

誠意。つまり金目のものでも寄越せということ。普段の私ならこの不届きものを捕らえよと言えば騎士達が相手をするのだが、今の私はただの街娘でしかない。金目の物などもっているはずがないのだ。

 

「よく見ると、あんたかなりの上玉だな。俺の女になるならさっきのこと水に流してやるよ」

 

男はゲスい笑みを浮かべながら私に手を伸ばしてくる。その時、一人の少年が男と私の間に割って入ってきた。

 

「あん? なんだてめぇ」

 

「通りすがりの平民さ」

 

「俺の邪魔するってか? ハッ、その軟弱な体で勝てると思ってんのか? 笑えるぜ」

 

「ならやってみるかい?」

 

少年がパンチを男の顔面に容赦なく繰り出す。男の鼻は曲がり、たったの一撃でノックアウト。

 

「大丈夫? 素敵なお嬢さん」

 

クルリと振り返り、私の様子を尋ねてきた。

その時、初めて少年の顔を見たのだが、顔立ちは整っていた。特に印象的だったのが彼の蒼い眼だった。

 

 

 

―――トクン……。

 

 

 

胸が高鳴った。頬が熱い。彼を直視できない。

数秒もすればそれがなんなのか理解した。

 

 

 

―――ああ、私はこの人に恋をしたんだ。

 

 

 

それは間違いなく運命の出会いだった。

 

 

 

 

 

「―――と、ここまでが私達の出会いよ。省略してる部分もあったけど、どうだったかしら?」

 

『どうだったもなにも色々とツッコミどころ満載なんですけど!』

 

七年前に戦争なんか起こってないし、ベルゼスト国とかどこの国だよ!

 

「失礼ね。確かに大幅な捏造はあったけどちゃんと事実だって言ってるじゃない」

 

「七年前ってところだけだよ! 俺が本当のこと話す」

 

 

 

 

 

今から七年前。小学四年生の俺は、夏休みにサッカーのクラブチームの合宿に参加していた。

一年生の頃からも合宿はあったものの、サッカーをやる時間は半分以下。それ以外はピクニックや川遊び。自然と触れ合う時間が多かった。

だが、四年生の合宿からはそういった時間は減り、サッカーメインの合宿となる、小さなものだが大会にも参加する。

それに伴い、コーチや監督の指導に熱が入る。

俺達プレイヤーも指導者達に応えようとするのだが、慣れない環境や強い相手、気合の空回りなどで失敗をしてしまうことがある。

 

「なんでそんなこともできないんだ!?」「どうして適当なプレーをする!?」

 

失敗した時に試合中にもかかわらず怒号がプレイヤー達に向かって飛び交う。

多少はサッカーが出来るようになってきたとはいえ、まだまだ未熟な俺も当然怒られた。

時間が経てば、怒られたことも気にしないようにはなるのだが、如何せん、その日俺は何度も怒られたことがかなり心にきていた。

仲間の慰めの言葉も聞きたくない心境だった俺は、休憩時間に試合会場を抜け出して、一人になれる場所を探した。

 

「はぁ……」

 

比較的近くにあった河原に膝を抱えて座り込むとさっきまでの失敗して怒られたことを思い出してため息が出る。

 

「あんなに怒らなくてもいいじゃんか……」

 

子供だからコーチや監督に怒られたことにどうしても不満を持ってしまう。

しばらく怒られたことを愚痴っていたら隣に誰かやって来た。

パステルイエローの髪色をした自分と同じくらいの年齢の少女だ。

彼女は今にも泣きだしそうな……いや、すでに泣いていた。

 

「なによ、あんなに怒って……私だって頑張ってるのに……!」

 

泣きながら彼女は不満をぶちまけていた。

俺と同じように何かが上手くいかなくて怒られたのだろう。

そんな彼女を見ていたら少しだけ怒られたことに対する不満が消えた。似たような境遇の人を見たからなのかもしれない。

 

「!」

 

不満を一通り言い終わって冷静になった彼女が俺の存在に気が付いた。慌てて涙を拭って平静を装うも、目元が赤いので泣いていたことはバレバレだ。

 

「そこの君、今の聞いてた?」

 

「ばっちりと」

 

「忘れて」

 

「無理かな。忘れろって言うと逆に覚えちゃうかも」

 

「……だったら今のこと誰にも言わないで」

 

それなら大丈夫だ。

 

「わかった。誰にも言わない。……君のおかげで少しだけ楽になったしね」

 

「どういうこと?」

 

「俺、今日一杯怒られたんだ。こっちは一生懸命に頑張ってるのにどうしてそんなに怒るんだよって不満だらけ」

 

「あなたも怒られたのね」

 

“も”ということは先程の予想通り、彼女も誰かに怒られたのだ。俺と同じで凹むくらい。

 

「私ね、この近くで映画の撮影してるの。でも、監督が私の演技に納得してないのか何度も何度も撮り直し。失敗する度に怒られて、それが段々嫌になって……」

 

再び彼女の口から次々と監督に対する不満をぶちまけてゆく。気が付けば俺も時折共感したり、試合でのことを彼女に話していた。

 

『んー! スッキリした!』

 

不満を口にしていたら俺も彼女も心が大分軽くなった。

 

「さて、そろそろ戻ろっか」

 

「そうね。私は監督や他の役者さんにも謝らないと」

 

「俺もコーチやチームメイトにかな」

 

試合会場に戻ろうとしたら、彼女が俺のユニフォームの裾を掴んで止めてきた。

 

「ん?」

 

「あなたとはもう二度と会えないかもしれないけど、私が女優として有名になったら会いに来て」

 

「いつもまでも憶えていられる自信はないよ。それでもその約束する?」

 

「するわ。私はこれからたくさん活躍して有名になる。あなたに私のこと忘れさせないわ」

 

「それなら忘れなさそうだね」

 

俺の声が届かなくても遠くで応援しよう。

 

「私、行くわ」

 

「うん、バイバイ」

 

彼女が裾を離したのを見て、俺は来た道を戻った。

 

 

 

 

 

「―――と、ここまでが千聖との出会い」

 

「一時間にも満たない時間で仲良くなったんだねー。でも、どうしてチサトちゃんはそんな約束したの?」

 

確かにそうだ。互いの名前を知らずに話していたし、二人でいたのも短い時間だ。それなのに約束をするというのはいくらなんでも心を開きすぎじゃないか?

 

「小さい頃から芸能界にいたせいで友達と呼べる人がいなかったの。仕事で忙しかったのもあるけど、芸能人と友達というステータス欲しさや他の芸能人目当てで私に寄ってくる人が大半。そんな人達と仲良くなんてなりたくないわ。まあ、冷たい態度を取ってたら自然と寄ってこなくなってきたのだけれど」

 

やや自嘲気味に千聖は告げた。

 

「でもね、遥君は私が芸能人だと知っても、私を子役の白鷺千聖じゃなくて一人の白鷺千聖として見てくれて話してくれた。それが嬉しかったからだと思うわ。お互いの置かれた状況も同じだったから、というのも理由の一つね」

 

「それでそれで? 約束は果たせたの? 今こうして一緒にいるわけだけど」

 

「残念ながらそれは果たせなかったわ。だって遥君の方が私より先に有名になってしまったもの」

 

有名になったという部分で思い当たったのか皆が「あっ」と小さく呟いた。

 

「サッカーの日本代表になるなんて思いにもよらなかったわ。でも、おかげで簡単に会うことは出来たわ。試合会場に行けばいいだけだから」

 

「では、そこでカンドーの再会に―――」

 

「ならなかったわ」

 

『えっ?』

 

千聖からの冷たい眼差しに耐えられず、目を逸らす。

 

「遥君の試合終了後に話しかけたの。そしたらなんて言ったと思う? 『君、誰?』よ」

 

『うわ、最低だ。死ねばいいと思う』

 

さらに皆からも冷たい眼差しを受けて居た堪れない気持ちになる。

 

「忘れられたことが頭に来た私は一発ぶん殴ってやったわ」

 

一発どころか俺が永久に思い出せなくなるんじゃないかってくらい殴ってた気が……。いや、まあ、忘れてた俺が悪いですけど。

 

「私が伝えてもピンとこないみたいだったから最後の手段で現地まで連れていったわ」

 

まさかの試合の後に出会った場所まで連れてかれた。それでようやく思い出せた。

 

「ちなみに私はあの時のことまだ許してないのだけれど、何か言うことは?」

 

「本当にすいませんでしたっ! 何でもするのでどうか許してください!」

 

「ん? 今何でもするって言ったかしら?」

 

あ、これは言葉の選択に失敗した感じがする。

 

「じゃあ、もう一度約束しましょう。私が日本アカデミー賞・優秀主演女優賞を受賞したら迎えに来て」

 

迎えに行く? それだけなら簡単だ。

 

「わかった」

 

「言っておくけど、ただ会いに来ればいいわけじゃないわ。どうすればいいのかちゃんと考えて迎えに来るのよ?」

 

「え? どういう―――」

 

「自分で考えなさい、サッカーバカ」

 

千聖の優しい微笑みに視線を釘付けにされる。

わからないことは多いが、ただ一つだけわかったことは―――左右の脇腹へのダメージがさっきよりも大きくなったことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきから痛いんだけど……」

 

『あ?』

 

「いえ、なんでもないです」

 

 

 

 



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第13話



大変遅くなって申し訳ないです。





 

 

「飽きた」

 

千聖によくわからない約束をさせられてから思った言葉を口に出した。

 

「何が?」

 

「皆との出会いを話すのが」

 

「あー、まあ確かにアタシもずっと聞いてるだけじゃ退屈かなー。なんか気分転換でもしよっか」

 

そういう時は俺からすればサッカーが一番であるが、生憎今はサッカーボールを持っていない。最初はもちろん持っていこうとしたのだが、リサに止められ敢え無く断念した。それに今回の目的はあくまで花見。一人だけサッカーをしていては空気が読めない奴になってしまう。

 

「皆で出来る遊びとかないかな?」

 

彩の提案に誰もが頭を悩ませてしまう。

 

皆で出来る遊びか。

 

「クイズでも出すか」

 

ほぼサッカー一筋と言っていい人生だったためあまりそういうことに詳しくわないのだが、たまたま思い浮かんだものがあった。

昔同じ日本代表の仲間から教えてもらった遊びだ。

 

「信号の色を答えて欲しいんだ。ちなみに色は赤か青の二種類だけね」

 

他に誰も他の遊びを言い出しそうにないので俺はそのまま続ける。

 

「じゃあ、行くよ。あなたは家を出て真っすぐ歩きます。右に曲がります。また真っすぐ進みます。更に真っすぐ進んで左に曲がります。さあ、あなたの目の前にある信号は赤と青どっちだ?」

 

「全然わかんないよー!」

 

早速あこが諦めていた。

 

「そもそも問題がおかしいです。どこの道を歩いているのかもわからないですし、信号の色なんて時間によって変わるじゃないですか」

 

紗夜は問題全否定で無理だと言ってきた。

 

「はいはい、文句は一切受け付けません。ちゃんと問題として成り立ってるし、俺は()()()()()()()()()よ」

 

子供がするような遊びだから頭の固い紗夜には解けなさそうだ。ついでに答えを聞いた後で納得しない姿が想像できてしまった。

 

「あ……私……わかった……かもしれないです」

 

「アタシも~!」

 

燐子と日菜が答えに辿り着いた。

二、三分待ってみたが、結局二人以外はなにがなんだかさっぱりと言った様子だ。

 

「燐子と日菜は何色だと思った?」

 

「青だと思います」

 

「青だよねー」

 

「正解」

 

「な、なんで!? どういうこと、りんりん!?」

 

答えを聞いたあこが先程よりも余計に困惑しだした。

子供の遊びにここまで反応してくれるのはそれはそれで出した側としては嬉しい。

 

「あこはもう少し考えなさい。どうやってわかったか聞いてもいい?」

 

燐子の傍によって皆に聞こえないよう小声で耳打ちしてもらう。

数名、何か言いたそうな視線を送って来た。

 

『(距離が近い……!)』

 

大方答えを盗み聞きでもしようとしてるのだろう。

 

「最初に“行くよ”と言ったのが……青になるんじゃないかなと思ったんです……。合ってましたか?」

 

「うん、完璧。よくできました」

 

ちなみに赤の場合は“待って”や“止まって”などが最初に来る。

 

「ありがとうございます」

 

元の位置に戻ると友希那が険しい目つきで睨んでいた。

 

「燐子との距離が近いと思うのだけれど」

 

「そう?」

 

「そうよ。恋人でもない異性と触れ合える距離というのはあまり良くないことなの。それに燐子はハルが近くに寄ったことを不快に感じてるに違いないわ」

 

「えっ!? い、いえ……私は……別に……」

 

「不快に感じたわね?」

 

「あ、はい……」

 

なんか無理矢理言わせた感があるんだけど、まあ、いいか。

いや、燐子が不快に思ってしまったのだからこれから気を付けないといけないな。

 

絶対に嫌われてはないと断言できないが燐子とは普通に話せる関係だから大丈夫だと思いたい。

 

「だとしたらこれからは友希那やリサと一緒に寝たりしない方が良いよね?」

 

『!?』

 

途端に友希那とリサがこの世の終わりでも見たかのような顔になった。

 

「そ、それはまた違うんじゃない? えっと、ほら、幼馴染は特別っていうか……」

 

「……合意の上なら問題ないわ。私達はあなたが傍にいることに不満はないもの」

 

幼馴染は特別であることはわからないでもないが、この間は合意とか俺の意思とか諸々無視して一緒に寝ましたけどね。

 

「なるほど。ワタシのハグもシショーが拒否しない限りは問題ナシということですね!」

 

確かにそうだ。友希那の言う合意になるのだから問題ない。……なのにどうして友希那がそんなに苦虫を噛み潰したような表情をするのかは俺にはさっぱりわからない。

 

「……ともかく、異性にむやみやたらと近づくのも近づけるのもダメよ。いい?」

 

「うーん、まあ、納得いかない部分がないわけじゃないけど出来るだけ気を付けるよ」

 

「ええ、そうして」

 

「(コイツ、将来恋人や奥さんの尻に敷かれる未来しか見えない……)」

 

カズの哀れむ視線に首を傾げながら他の問題を色々出題していった。

マッチ棒(は無かったので代わりに割り箸)を使った問題や引っ掛け問題、穴埋め問題等々。

基本的には燐子と日菜がほとんど正解していて、時折彩やリサが、その他はぼちぼち。紗夜に至っては難しく考えすぎなのか全く正解できていなかった。

俺が出題した問題全ては解くために勉強の良し悪しは関係ない。

現にあまり勉強が得意ではないらしい彩は解けていたし、逆に常日頃から勉強している紗夜は解けていなかった。

 

「気分転換も良い感じにできたから過去話に戻ろっか」

 

俺の出したクイズはそこそこ盛り上がった。紗夜だけは答えられなかったのが余程悔しいようだ。

 

「ハイハーイ! 次はアタシがいい!」

 

日菜が挙手をして自分自身を押してきた。

 

「うん、わかった。日菜との出会いね。日菜と出会ったのは……羽丘女子の文化祭だったな」

 

 

 

 

 

去年の秋頃、リサや友希那が通う学校―――羽丘女子高校の文化祭に行った。

男子と接する機会が少ない女子校にとって、文化祭のような部外者を招くイベントは繋がりや恋人を作るチャンスでもあるとリサが言っていた。結構マジな話でもあるとか。

二人もそうなのかと尋ねたら何故か無言で腹パンされた。

女子達の頑張る云々はさておき、俺の案内の前半をリサが、後半を友希那が担当してくれるそうだ。

 

「案内よろしく」

 

「まかしといて♪」

 

リサと正門前で集合し、受付を済ませてから校舎内を回っていく。

 

「最初はどこ行く?」

 

「リサのクラス」

 

「早速!? いやー、アタシのクラスは……」

 

あまりお勧めできないような反応だ。

よくよく考えてみれば今の時間だとリサのクラスに行ったところでリサが何かをしてるのを見られない。

リサはリサで俺とは違う理由がありそうだが、ともかく今は遠慮しておこう。

 

「リサのクラスはあとにする。最初は……」

 

ふと目に入ったのは夜空に瞬く星と天文部の文字が書かれたポスターだ。

 

「ここにしてもいい?」

 

「天文部? ハルが入りたいならいいけど……ホントにここに入る? 学校じゃ変人の住処なんて言われてる場所だよ?」

 

「ふーん……まあ、それは入ってから判断するよ」

 

天文部の部室の扉を開けて中に入る。

部室の中は一切明かりが点いてなかった。更に暗幕で日差しを遮っていたので真っ暗の状態だ。

暗くなっているのは天文部だからプラネタリウムでもやるからだと思う。

 

「まだプラネタリウムの時間じゃないからもうちょっと待っててねー」

 

やけに間延びした声と共に声の主が俺達のいる出入口付近までやって来た。

遠くだと暗くて見え辛かったが、出入口から入る光が近づいてくる人物を照らし出した。

声の主はパステルブルーの髪色の少女だった。

初対面なのに不思議とどこかで会った気がする。そして誰かに似てる。

 

「あ、リサちー!」

 

「え、日菜?」

 

どうやらリサと日菜と呼ばれた少女は知り合いらしい。

アイコンタクトで尋ねると少女のことを紹介してくれた。

 

「この子はアタシと同じクラスの氷川日菜」

 

「氷川……?」

 

「紗夜の妹」

 

今のだけでなるほどと納得してしまった。

どこかで会った気がしたのは紗夜に似ていたからだ。

姉妹ということだけあってホントにそっくりだ。

 

「リサちー、隣にいる人彼氏?」

 

「ううん、残念ながら」

 

「ふぅーん……って、君、サクラ君?」

 

「サクラ君? ハル、日菜と知り合い……そしたらさっきの質問はおかしいか」

 

俺が彼女を知っていたのならば名前なんてリサに聞いていない。

 

「テレビでサッカーの試合見たことあるからアタシが一方的に知ってるだけ。サクラ君のサッカーを初めてみた時にるんっ……いや、るらるんっって感じがしたんだよねー」

 

るん? るらるん? よくわからないが褒められてるのだろうか?

 

独特な擬音語に思わず首を傾げる。

 

「で、二人はなにしに来たの?」

 

ようやく最初の話に戻った。

 

「ハルが天文部見たいって。展示はいつ?」

 

「まだ準備が終わってなくて展示の時間は未定だよ」

 

「え、今日文化祭なのにまだ準備終わってないの?」

 

暗い部屋なのでわかりにくいが、見えるところを見ただけだとあまり作業が進んでいるようではなさそうだ。

 

「いや~、最近仕事で忙しくて。それに天文部はアタシ一人しかいないからね」

 

『えっ!?』

 

俺とリサの驚きの声が同時に上がった。それ以上に彼女から悲壮感もなにも感じられないのが少しだけ辛い。

 

「……手伝えることはある?」

 

ほとんど無意識に口を動かしていた。

 

「いやいや、それは悪いよっ」

 

「でも、このままじゃいつ始めるかわからないままだけど?」

 

「…………じゃあ、机と椅子の移動をお願い」

 

状況が状況だけに数秒迷ったのちに指示をくれた。

 

「アタシもなんか手伝うよ」

 

「えっと、リサちーはこのメモに書いてあることを黒板に書いて。アタシはプラネタリウムを作るから」

 

三人で顔を見合わせて頷き合うなり、すぐに作業に取り掛かった。

 

「できた~!」

 

白紙だったはずの画用紙が三十分もすれば無数の穴があけられ、一面が正五角形の十二面体の形になっていた。

ミス一つなくできたのは彼女の異常なまでの集中力と手先の器用さに他ならない。

 

「二人共ありがとー!」

 

「どういたしまして」

 

「お礼に二人には最初に見せちゃうね」

 

開始時間から遅れたものの、完成したプラネタリウムでの展示が始まったのだった。

 

 

 

 

 

「とまあ、ここまでかな」

 

「アタシたちはそこから仲良くなってRoseliaのライブをちょくちょく一緒に見に行くようになったんだよね」

 

だからなのかいつの間にか連絡先を交換していて、ライブ以外でも合うようことが何度かあった。

 

「……ライブの日を教えてないのにどうして日菜がいるのかと思っていましたが、桜木さんの所為だったんですね」

 

余計なことをしてくれたと言わんばかりの紗夜の視線が俺を突き刺す。

まあ、だからといってこれからもライブの日程を教えることに変わりはないし、たとえ俺が伝えなくてもリサがいるから結果は変わらないだろう。

 

「反省も後悔も全くしてないから!」

 

とびっきりの笑顔とサムズアップを紗夜に返しておいた。

 

 

 

 



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第14話

 

 

 

「はい、次は誰のが聞きたい?」

 

「麻耶ちゃんと花音との出会い聞いてもいいかしら」

 

千聖の要望に応えて二人との出会いを話すことにした。

 

「うーん、ジブンはこれと言って千聖さんやイヴさんのような運命的な出会いじゃないですよ? 作文にすれば二、三行で終わるんじゃないですかね」

 

運命的な出会いがどうかは置いといて、麻弥との出会いを二、三行で纏めてみた。

 

「リサのベース選びに楽器屋に行って出会った」

 

『一行!?』

 

おっと、まったくもって二、三行にならなかった。

 

「……と、まあ、ホントになんの面白みもない出会いです」

 

「えー、そうかなー? アタシは結構面白い出会いだと思うよ? なんせ初対面のハルにメチャクチャ怒鳴ったんだから」

 

「い、いや、アレはそのですね……自分の勘違いで……」

 

麻弥は申し訳なさそうにして顔を俯いてしまった。

あの時のことをまだ引きずっているのだろう。

だが、もう過ぎたことだ。どうせなら笑い話になるように話してみよう。

 

 

 

 

 

部活のない―――というよりはケガで部活に行けない―――日の昼間にリサが桜木家にやってきた。

 

「ハルー、楽器屋行こー!」

 

「やだ」

 

「今晩飯抜き」

 

「どこへでもお供いたします」

 

俺とリサの上下関係がわかるたった二秒のやりとりだ。

即座に支度を済ませてリサに腕を組まされながら楽器屋に向かった。

 

「……退屈」

 

「ハルとデート♪」と呟いてどこか浮かれ気味なリサに対し、俺は楽器屋に着いて早々リサに聞こえないように溜息を吐く。

 

こういうことは友希那を誘うべきだと思うんだけど……。

 

そもそも音楽に関して聴くこと以外からっきしな俺が楽器屋に来たところで意味がない。ましてや、楽器選びのアドバイスなど出来るはずもないのだ。

 

「俺を連れてきた意味ある?」

 

「あるある。一緒にいたいから連れてきたんだよ」

 

一緒にいたい、か。まあ、普段から俺は部活で忙しいし、リサもバイトにバンド活動、部活動もあって……あって…………。

 

「……普段から俺の家に勝手に上がり込んでるよね? 割と多くの時間一緒にいるよね?」

 

むしろ両親よりもいる時間が多い。人生で一番長く一緒にいる存在と言っても過言じゃないだろう。

 

「さー、とっとと楽器選んで他の買い物行こうか!」

 

「露骨過ぎる話の逸らし方! しかもなんか増えてる! ベース買うだけじゃないの!?」

 

「ハル、大声出すと他の人に迷惑だよ」

 

俺が悪いの!?

 

声を大にして叫びたかったがリサの言うことも最もなのでなんとか堪えた。

 

「大まかな候補は決めてるの?」

 

「まあね」

 

ベースコーナーに立ち寄り、候補となってる三つのベースを教えてもらった。

赤、青、黒の三色のベースだ。値段はどれも三、四万する。

 

違いは値段と見た目ぐらいしかわからん。

 

「ハルはどれがいいと思う?」

 

「そういうこと俺に聞く?」

 

楽器選びに俺が役に立たないってことはリサならわかってるはずだ。

 

「いいからいいから。直感でコレって思ったもの教えてよ」

 

「じゃあ―――」

 

「うおッ!? このギター高っけ! 二十万すんぞ!」

 

「マジか! やっべー!」

 

選ぼうとした矢先、二人組の高校生くらいの少年が売り物のギターを片手に騒いでいた。

高価なものを見て触れたいのはわからないでもないが、いささか粗雑に扱い過ぎだ。

注意すべきだと判断して俺は動き出したら、二人組の少年は案の定というか予想を裏切らないというか、ともかく男子の手が滑ったようでギターがフロアに落ちた。

落ちどころが悪かったようで、ギターの弦が切れ、ボディが欠けてしまった。

 

「お、おい、これどーすんだよ!?」

 

「ちゃんと持ってなかったお前の所為だろ!?」

 

「……と、とにかく行こうぜ。黙ってればバレねぇって!」

 

ギターを放置して二人組の少年達は足早に店を出ていった。慌てていたせいで俺らが近くに居たことに気付いてないみたいだ。

 

これ、ホントにどうすんだ?

 

俺の隣にいたリサも二人に対する怒りとこの後の処理に戸惑う様子を見せていた。

軽く片付けてから店員さんに言うべきだろう。

壊れたギターに手を伸ばした―――その時。

 

「な、なんですかこれ!?」

 

誰かが驚きの声を上げた。

ギターから顔を上げてみれば、赤縁の眼鏡をかけた少女が壊れたギター見て驚いていた。

 

「あなたがこれをやったんですか……?」

 

鉛色の瞳がキッ、と擬音が付きそうなくらい鋭い視線で俺を睨みつけてきた。

彼女の思わぬ迫力に一瞬たじろぐ。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

その際、カズの家にあったなんとかボールという漫画でグリリンだか栗きんとんだったかが敵に殺されて怒る主人公を思い出した。

 

「楽器というのは職人の方が一個一個丁寧に作ってるんです! 特にこのギターのように高価なものはより手間がかかっているんです! それなのにあなたという人は……!」

 

「ちょ、待って―――」

 

「言い訳は聞きたくないです!」

 

やったのは俺じゃないと言いたいのだが彼女は余程頭に来ているのか耳を傾けてくれない。

隣のリサも急な出来事に口を挟めずにただ困惑していた。

それから店員さんが止めてくれるまで彼女の微塵も有り難くないお説教が一時間程続いたのだった。

 

「す、すすすすみませんでしたッ!」

 

なんとか誤解が解けて眼鏡の少女―――大和麻弥が何度も何度も謝り倒す。

 

「怒られたのはビックリだけど、もう気にしてないよ」

 

手を軽く振って大丈夫だと伝えるがかなり動揺してるようでまだ謝ってくる。

 

()()桜木さんに対して怒るだなんて……本当になんとお詫びしたらいいか……」

 

誤解が解けた後で麻弥が気が付いたようだが、そんなに畏まられても困る。

 

こういうのって納得のいく落としどころを決めないと終わらなさそうな気がするなぁ。

 

「じゃあさ、この子―――リサのベース選び手伝ってくれない? それでこの件は終わりってことで」

 

「ジブンなんかで良ければ是非とも手伝います!」

 

麻弥は嬉々として俺の提案を受け入れてくれた。

俺へのお詫びよりも楽器の説明やアドバイスができることの方が嬉しそうな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「……リサとデートしたのね」

 

「反応するところそこ!?」

 

話していたのは麻弥との出会いのはずだったが、なぜか友希那はリサとデートしたことを気にしてるみたいだった。

 

「デートについては後で聞くとして、どうやって誤解は解けたの?」

 

千聖さん、後で聞くってどういうことですか? 君も友希那と同じなわけ? いや、どうやって誤解が解けたのか聞いてくるあたりはまだマシか。

 

「店員さんが止めてくれたんだよ。最初は麻弥みたいに怒ってたけど、話は聞いてくれたから」

 

その時の店員さんはグリグリのベース、鵜沢リィさんだ。Roselia繋がりでお互いの顔は知っていたからホントに助かった。

それに結局あの二人の少年達は俺達の証言によって楽器店にバレた。二人にどんな処罰が下ったのかは興味ない。

ちなみにベースを購入してからのリサの買い物―――リサ曰く、デート―――は二、三時間連れまわされた。そっちの方が辛かったとか面倒だったとかは口が裂けても言えない。言ったら何をされるかわかったもんじゃないから。

 

「今井さんにも申し訳ないです」

 

「いいっていいって。おかげで良いベース買えたから。それにハルとラブラブなデート出来たからアタシとしては全然問題ナシ!」

 

リサの言う通り、今使ってるベースは麻弥のアドバイスを参考にして買ったものだ。結構気に入ってるようで手入れも念入りにしてる姿を何度も見た。

 

まあ、それはともかくとしてだ。リサ、無駄に煽るような言い方は止めてね。今ので友希那と千聖がめっちゃ怖いから。視線だけで人が殺せそうなレベルだから。

 

「うぅ……でも、ホントにあの時は」

 

まだ引きずっているのか申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「もういいって。麻弥はちゃんと自分の非を認めたし、サッカーやってて道具の大切さは俺も知ってるから、あの時麻弥が怒ったのは当然だと思う」

 

というかこの場にいる音楽をやってる人なら怒りの度合いが違っても誰しもが怒る出来事だ。

 

「で、ですが……!」

 

あー、このパターンは何か罪滅ぼしの提案出さないと終わらないな。というかその時に会ったときにキチンと清算したはずなんだけど。

 

「この件についてはもう終わりってなったでしょ? 異論反論文句意見一切合切受け付けません」

 

まだ納得のいっていない顔をしてるが俺は無言でスルーして花音との出会いを話すことにした。

 

「さーてと、お次は花音だね」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 

 

 



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第15話

 

 

 

身体が動かない。

無理に動かそうとすれば今までに感じたことのない激痛が全身に奔る。

 

「……っ」

 

だが、そうも言っていられない。今は練習中だ。練習中になに寝てるんだ、と自分に言い聞かせて、地面に這いつくばっている俺は立ち上がろうとするが、どうしても身体が思うように動かない。

悔しくて土を握り締めるもののかなり弱々しく、その手に何も掴めない。

 

「桜木!」「桜木君!」

 

先輩やチームメイトの皆がこぞって俺の傍に寄ってくる。

たかが倒れた程度でなにをそんなに慌ててるんだと思ったが、誰かが持ってきた担架に乗せられたところで俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

次に目が覚めた時には、病院のベッドの上だった。

若い男性の医師が部屋に入ってきて、ここにいる理由を説明された。

 

「桜木君、相当無理をしたようだね」

 

何とか骨がー、とか、何とか筋がー、とかわからないことを言われた。

まあ、簡単に言ってしまえば身体がボロボロだとさ。

最低でも一週間は入院。その間の運動は絶対に禁止と告げられた。

今の俺はサッカーどころか歩くことすらままならない状態らしい。そして、あと少しでも遅かったらサッカー選手になる機会は永遠に潰えるところだったそうだ。

 

―――あーあ、やっちゃった。

 

医者から自分の状態を聞いて、苦笑いとそれくらいの言葉しか出なかった。

中学三年の全国大会が終わってからサッカーをしなくなって、そこから色々あって、高校に入る二か月前にまた始めた。ブランクがあったから他の人達に追いつくために必死になって練習していたのだが、つい一昨日無理が祟って倒れた、ということだ。

薄々違和感はあったが他の人達に追いつくためにはそんなことを気にしてる余裕がなかったのだ。

医師が病室を退室してから一時間もしない内に、俺が倒れた知らせを聞いて真っ先に駆けつけてくれたリサと友希那。その時の二人の青白くなった顔は今でも忘れられない。

それからすぐにRoseliaのほかのメンバー、カズ、(どこから伝わったのかわからないが)千聖やイヴも翌日には来た。両親も仕事の途中だったのにわざわざ来てくれた。

誰も彼もが二言目にはバカと言ってきたので正直参った。あの大人しい燐子にさえだ。あこもわんわん泣きだすから本当に参った。俺のこれまでの人生で一番すごく反省した日だったと思う。

バカと連呼されてちょっと凹んだ俺は不貞腐れながら眠った。

 

 

 

 

 

入院三日目。すでに退屈だった。

サッカーをしたい想いが出てきていた。

 

「あー、サッカーがしたい……」

 

途中まで読んでいた本のページにしおりをはさんで閉じてから、与えられた個室で一人呟く。

今の発言が医者に聞かれたら怒鳴られること間違いなしだ。

また読書に没頭していると病室の扉が控えめにノックされた。

お昼ご飯の時間にしては少し早いし、看護師が来るとも聞いていない。リサや友希那とも考えたが今日はお昼過ぎに来ると言っていたからそれも違うはずだ。

 

「はい、どうぞ」

 

何はともあれノックしてきた相手に入室を促した。

扉を開けた先にいたのは見覚えのない水色の髪の少女だった。

 

「あ、あのぉ~、ここってどこですか?」

 

「病院ですけど」

 

それしか答えようがない。

 

「…………」

 

沈黙が場を包む。

 

「……このあと予定ある?」

 

「よ、予定? 特にはないけど……」

 

「じゃあ、話し相手になってよ。ほら、突っ立ってないでそこの丸椅子使って座りなよ」

 

動くこともままならないし、読書ばかりで飽きていたところだ。退屈を紛らわすための相手が現れたことは案外ラッキーだ。

 

「し、失礼します……」

 

「俺は遥。桜木遥だよ」

 

彼女が丸椅子に座ってから名前を名乗った。

 

「桜木遥!? それってサッカーの?」

 

「え、知ってるの?」

 

「うん、お父さんがサッカー観戦が好きで、あなたが出てた試合をたまたまテレビで見たことがあったから。私、サッカーとかスポーツのことはよくわからないんだけど、あなたのサッカーが凄いって思って、気が付いたら夢中になって応援していた」

 

「そっか」

 

誰かを夢中にさせるサッカーを……なんてことは考えたことは一度もない。むしろ試合中サッカーに夢中になっているのは俺自身だ。ただ、それが誰かに伝わるというのは案外悪くないかもしれない。

 

「それで?」

 

「え、それでって?」

 

何を言いたいのかわからず首を傾げていた。

 

「名前だよ、名前。俺だけ名乗らせる気?」

 

「あ、そっか、そうだよね。私は松原花音です」

 

「花音ね。花音はどうしてここに……って考えるまでもないか」

 

場所を聞いてきたことから大方迷子だろう。

 

「……迷子です」

 

そう言うなり、どんよりと落ち込んだ雰囲気になる。

ここまであからさまな迷子を知って、ちょっと笑えて来る。

 

「花音は方向音痴?」

 

「うん、これでも気を付けてるんだけど」

 

「アハハ、花音はドジっ子だね」

 

「わ、笑わないでよ~……!」

 

怒ってるようだけどフワフワしたイメージが強い所為か全然怒ってるようにみえない。

花音と話すことを楽しく感じていたらいつの間にかお昼になった。

看護師が昼食を持って入ってきた。看護師が退室すると同時に予定よりも早くリサと友希那がやってきた。

 

「ハル、お見舞いに―――……誰、その子」

 

花音を視界に入れるや否や友希那は冷徹な眼差しを俺へと向ける。

あこの時もあったけど冷や汗が止まらない。もうちょっとけが人に優しい空間にしてほしいかなー、なんて考えて思わず現実逃避したくなる。

たが、今回はリサもいるので余計に酷いものだ。

今のリサは笑顔だが目は笑ってないし、背後に般若と思わしき何かが見えた気がした。

チラリと隣を見やれば、花音は涙目になって生まれたての小鹿の如く縮こまって震えていた。

ここは俺が何とかしなければと意を決して口を開く。

 

「……えーっと、この子は松原花音。現在迷子。暇潰しの相手になってもらってた」

 

嘘偽りなく伝えるとそれで納得したのか、二人が発する不穏な空気は霧散した。

 

「わ、私、もう帰る―――きゃっ!」

 

急に立ち上がった花音は足を躓かせたようで体を倒してしまう。

ちなみにだが、基本的に会話をするときは相手に体や顔を向けるものだと思う。

今回の場合、俺は病室のベッドに寝ているのを気遣った花音は、俺があまり体を動かさないようにするために斜め右に座っていた。

つまりだ。その斜め右に俺の方に向いて座っていた花音が倒れた先にいるのは、当然俺になる。

 

「大丈夫?」

 

倒れこむ彼女を受け止め、様子を窺う。

ぶつかった衝撃で痛みがあるかと思ったが、彼女の体重が軽かったのか、勢いがそこまでなかったのか、大したものではなかった。

 

「…………ぁ」

 

受け止めている花音が小さく呟いたかと思えば、その瞳孔が大きく開き、頬が徐々に赤みを帯びてゆく。

 

『…………』

 

病室内に長い沈黙が生じる。

 

「花音? おーい、花音さーん? ……松原花音!」

 

「っ!? は、はい! あ……ごごごごめんなさい! すぐにどきます!」

 

支えるのが段々辛くなってきてボーっとする花音の名前を呼ぶが反応がない。

三度目に少しばかり強く発してようやく我に返った花音が大慌てで椅子に戻った。

 

「ホントに大丈夫?」

 

「大丈夫だよ! うんうん! ホントに大丈夫だから!」

 

あまりに必死になって否定するものだから逆に安心できない気はするがこれ以上問い詰めても仕方がなさそうだ。

 

「気をつけて帰りなよ?」

 

「う、うん……」

 

今度こそ立ち上がった花音は俯きがちに俺をチラチラ見てくる。

 

何か言いたそうにしてる?

 

「花の―――」

 

「また来ます!」

 

花音はそれだけ言い残して病室を出ていったのだった。

無事に家にたどり着けたかは本人のみが知ることだ。……なんて上手く纏めようとしたが、悲しいかな。残っている般若二人がそれを許すはずもなかったとさ。

 

 

 

 

 

「ちゃんと帰れた?」

 

「帰れてなかったら私今ここにいないからね!?」

 

それもそうか、と笑って一人納得すると千聖が口を開けた。

 

「花音は入院中にまた行けたの?」

 

「いや、来てないよ。だって花音だし」

 

「それもそうね」

 

「なんで二人してそれだけ納得しちゃうのかな!?」

 

花音の羞恥を含んだ声は俺と千聖にあっさり受け流されたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第16話

 

 

 

「……彩に言いたいことがあるんだ」

 

「な、何かな?」

 

満開の桜の木の下で向かいあう俺と彩。

 

「実は、俺……」

 

「うん」

 

彩が息を吞む音が聞こえる。

それだけで彩が緊張していることが手に取るようにわかる。

対して俺も手汗が凄いことになってる。

だが、そんな状況でも俺は自分の想いを彩に告げなければならない。

一度深呼吸をしてから口を動かす。

 

「好きなんだ」

 

「ッ!」

 

 

 

 

 

「―――サッカーが好きなんだ!」

 

 

 

 

 

「わっ、私も…………は?」

 

「ふぅ……緊張した~!」

 

「……え? ちょ、……は?」

 

何か言いたそうにしてる彩を放置して座っていた場所に戻る。

 

「どう? ちゃんと“告白”したでしょ?」

 

『いやいやいやいや! 今のどこが告白!?』

 

「王様の判定は?」

 

「うーん、ホントはもう一回って言いたいけど、彩ちゃんの面白い顔見られたからOKにしてあげる!」

 

「だってさ」

 

「うぅ~! 色々納得いかない! もう一回! もう一回ちゃんと告白してよ!」

 

戻って来た彩が頬を膨らませて文句を言い始めるが、王様である日菜がOkを出したのだからもう一回などない。

 

「さあ、王様ゲームを続けようか」

 

周りのほとんどが納得していない中、強引に次へと進めた。

 

 

 

 

 

さかのぼる事、十数分前。

それは日菜が唐突に提案したことだった。

 

「王様ゲームやろうよ!」

 

過去話に飽き始めていたから、タイミングとしては悪くない提案だ。

ただ、一つだけ問題があった。

 

「王様ゲームって、確かクラス中に命令が書かれたメールが来て、それに従わないと死ぬ奴だよね?」

 

「あながち間違いでもないけど、そんな物騒なのやってたまるか!」

 

どうやら俺の知っている王様ゲームと違ったようだ。

所詮、本の内容はフィクションだから当たり前と言えば当たり前か。

日菜がそんな物騒なことを言いだすとも到底思えない。俺の勘違いで済んでよかった。

 

「俺の知ってるのと違うのはわかった。で、どういうルール?」

 

「そんなに難しいわけじゃないよ」

 

ルール自体は俺の知ってる王様ゲームと大体同じ。王様が命令して、指名された人はそれに従う。違うところは王様が一度命令するごとに変わるところか。

スポーツのように複雑なルールがあるわけじゃないので誰にでもすぐに覚えられる。

余っていた割り箸に王様の印と番号を付けて、俺がまとめて持つことになった。

人数が多いのでこの王様ゲームでは番号の書かれていない箸がいくつかある。しかし、番号がないからと言って参加できないわけじゃない。

『番号のない箸を持つ人は○○する』というように命令すれば、それを持ってる人が全員やらなければならないのだ。

準備が整ってゲーム開始。

ほんの一瞬だけ、数名程目つきが怖くなっていたのは気のせいだと思いたい。

 

『王様だーれだ!』

 

俺の手から一斉に割り箸を引き抜いてゆく。

王様の印がある箸を手に入れた人が挙手をする。

 

「私……です」

 

最初の王様は燐子だ。

 

「えっと……3番が5番に……デコピンする」

 

「3番アタシ!」

 

「うぅ……5番です」

 

手を上げた日菜(3番)(5番)

 

「い、痛くしないでね……?」

 

「大丈夫大丈夫。彩ちゃん行っくよ~!」

 

大人しくおでこを差し出す彩に、力の限り溜め込んだデコピンを喰らわせた。

 

―――バチンッ。

 

「痛いっ!」

 

音もそうだが彩の真っ赤になったおでこを見て、本当に痛いと分かってしまう。

 

痛くしないでねと言っていたのをあっさり無視!

 

「もうっ、痛くしないでねって言ったのに!」

 

「アハハ! ごめんごめん!」

 

誠意の欠片も感じない謝罪に恨めしそうに睨むが、日菜がそういう性格だと分かりきっている所為かそれ以上は何も言わずに黙ってしまった。

そして、二回目の王様になった日菜が俺が彩に告白するという命令を出したわけだ。

 

「さてと、気を取り直しまして―――」

 

『王様だーれだ!』

 

「私です!」

 

手を上げたのはイヴだ。

 

「王様の命令です! 1番と2番の人はハグしてください!」

 

「あ、1番は俺だ」

 

「あこ2番だよ!」

 

『…………ッ』

 

一斉に小さな舌打ちが聞こえた。

 

「どのくらいハグしてればいい?」

 

舌打ちは聞かなかったことにして時間を聞く。

 

「そうですね……三十秒程でお願いします!」

 

「オッケー」

 

あこの傍によって背中に腕を回す。

抱き締め返してきたあこの小さな体が俺の中にすっぽりと収まる。

 

「……思ってたよりもハル兄って大きいね」

 

「どうしたの、藪から棒に」

 

「小さい頃から知ってたけど、こうして触れ合うとやっぱりハル兄は男の子なんだねって思っただけ」

 

「俺はそもそも男だぞ」

 

「アハハ、そうだね♪ ……ねえ、ハル兄」

 

「ん?」

 

「あこは昔よりは女の子らしくなったかな?」

 

「なったんじゃない?」

 

「うわー、チョーテキトー。……ハル兄らしいけど」

 

期待して損したと言わんばかりのジト目が向けられる。

俺にそんなことを聞いたところで返ってくる答えなんてわかりきっているだろうに。

 

「まあでも、Roseliaに入りたいって踏み出した時から成長したと思う。いや、それよりもネットゲームで知り合った燐子と出会った頃からか? ともかくそういう意味じゃホントに成長してるよ」

 

巴に引っ付いていたあこはもういない。巴が大好きなのは変わらないままだが。

 

「そっか。ハル兄がそう言うんだったら間違いないね!」

 

そんなやり取りをしてるとあっという間に三十秒が経過した。

名残惜しさは特に感じることはなく、笑いあって離れた。

友希那やリサに何かを言われる前に割り箸を回収して次の王様を決める。

 

『王様だーれだ!』

 

「王様はあこ! ふっふっふ、ついにこの時がやって来た。汝らに命令する……えーっと、えーっと……お菓子を持ってまいれ!」

 

厨二っぽいセリフを言いながらもその命令内容はとても可愛らしい。

そんなあこに誰もが微笑ましい眼差しを向けながらお菓子を渡していく。

 

『王様だーれだ!』

 

「あら、私ね」

 

『!』

 

「どうして私が王様になった途端に皆して身構えるのか小一時間程問い詰めたいところなのだけど、まあいいわ。遥君、番号は?」

 

「ん? 3番」

 

あら? 番号聞くのってアリなの?

 

「ありがと。命令するわ、3番は私がいいというまで私と握手すること」

 

千聖の意図が全く読めない命令だ。顔を見ても余裕の感じられるニコニコ笑顔。

首を傾げながらも差し出された千聖の手を握る。

十秒、二十秒と時間が経過してゆく。

そんな中、視線が集まっていることに気が付いた。

この場で命令を実行してるのが俺達二人なのだから当たり前ではあるのだが、他の意味が含まれているような気がする。

 

「ねぇ、千聖。いつまで握ってればいいの?」

 

「さあ? 遥君が嫌なら今すぐにでも離しても構わないわ」

 

「別に嫌じゃないんだけど」

 

ただね、三十秒過ぎたあたりから両サイドから脇腹に攻撃を受け始めてるんです。徐々に痛くなってるんです。

 

『……………………』

 

一分近く経った頃についにしびれを切らした人物が現れた。

 

「そろそろ離してもいいと思うんだけど」

「いつまで握っているつもり?」

 

ほぼ同時にリサと友希那が沈黙を破った。

 

「はい、おしまい」

 

千聖は反論一つすることなく俺の手を離した。

 

「なにがしたかったわけ?」

 

「ただの興味本位よ。おかげで面白いことがわかったわ」

 

「面白いこと?」

 

「ええ。最初に割って入って来た人はとても焼きもちなの」

 

『ッ!』

 

「へぇー、つまりリサと友希那は焼きもちなんだ」

 

「は、はあっ!? べ、別に焼きもちとか焼いてないから!」

 

「ええ、そうよ。芸能人といつまでも握手してるから止めただけであって、それ以外に意味はないわ」

 

「ふーん、そっか。それならそれでいいや。次の王様決めよっか」

 

割り箸を回収してる際、二人が「……鈍感」と小さく呟く声が聞こえたが、なんだか聞ける雰囲気じゃなかったのでそそくさとゲームを進めることにした。

 

『王様だーれだ!』

 

「私ね」

 

今度は友希那が王様になった。

 

「……ハル、何番?」

 

俺に視線を向けて番号を聞いてきた。

 

「6番だけど」

 

「そう。命令するわ、6番は王様とポッキーゲームしなさい」

 

『なッ!?』

 

ポッキーを一本用意した友希那はそれを口にくわえて俺に差し出してきた。

ポッキーゲームとはなんなのか説明してもらいたいのだが、千聖が待ったをかけたので無理そうか。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。いくらなんでもそれは行きすぎじゃないかしら?」

 

「ハルは嫌?」

 

「別にそんなことはないよ。ポッキーゲームがなんなのかわかんないけど」

 

「本人は反対しないから問題ないわね。ハルは反対側をくわえていればいいわ」

 

話すために一度離したポッキーを何食わぬ顔でもう一度くわえて俺に向ける。

言われた通りに俺もポッキーの反対側を口にくわえた。

そして、ポッキー噛み砕きながら徐々に友希那の顔が迫って来る。

あともう少しで互いの唇が触れ合う―――ことはなかった。

 

「はい、そこまでー」

 

リサが割り箸を使ってポッキーをへし折ったせいだ。

 

「友希那ー、いくらなんでもやりすぎじゃない?」

 

「…………」

 

リサと視線を合わせず不機嫌そうにそっぽを向く。

なんとなく場の空気が悪くなったことを感じ取った皆は、努めて明るく次のゲームを始めた。

千聖と花音が歌ったり、氷川姉妹に互いの好きなところ言ったり、イヴと麻弥に即興の漫才をしたりと色々面白い命令がたくさん出たおかげで、さっきまでの悪くなっていた空気はいつの間にかなくなっていた。

 

『王様だーれだ!』

 

「あ、俺だ」

 

ここにきてようやく王様か。

しかも恐らく時間的にはこれが最後になるだろう。

 

「王様から全員に命令。また来年も花見をしよう」

 

『うん!』

 

返って来たのは肯定の返事ととびっきりの笑顔だ。

色々あったけどこうして今年の花見は幕を下ろしましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っておくけど、王様ゲームで番号聞くのって反則だかんな」

 

「やっぱりそうなの?」

 

「それから……俺、一度も王様になってないし、命令もされてないんだけど!」

 

「それは知らん」

 

カズの叫びを流して片付けを進めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第17話

 

 

 

花見から数日後、部活終わりに有咲の家に顔を出しに行った。

前回と違って今回はちゃんと家の玄関からお邪魔することにした。

出迎えてくれたのは有咲ではなく、おばあさんだった。

 

「どちら様かしら?」

 

「桜木と言います。有咲さんに会いに来たんですけど、いらっしゃいますか?」

 

「あら、有咲に用事なのね。あの子なら今頃蔵にいるわ。お友達も一緒よ」

 

お友達? ああ、香澄かな?

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

おばあさんにお礼を言って蔵の方に向かった。

蔵の側まで寄ると俺の予想していた人物―――香澄が扉付近から蔵を覗き込むようにして立っていた。

 

「香澄、何してるの?」

 

「うわひゃっ!? ……って、遥先輩!? 驚かさないで下いよ!」

 

普通に声をかけたつもりで驚かすつもりはこれっぽちもなかったのだけど。

 

「ごめんごめん。で、蔵覗き込んでどうしたの?」

 

「今、有咲が蔵の掃除をしてるんです。手伝おうとしたら「いらない!」って怒鳴られちゃって」

 

香澄と一緒に蔵の中を覗いてみると有咲が黙々と整理していた。香澄の驚いた声に気が付かないほど集中してるようだ。

 

「有咲」

 

「んだよお前。まだいたのか?」

 

声を掛けたらこちらに振り向きもせずに作業を続ける。

俺と香澄の判別もつかないようで、ぶっきらぼうな返事だけが返って来た。

 

「手伝わなくても大丈夫?」

 

「はぁ? いらないってさっき言ったろ?」

 

「でも、一人より三人でやった方が早く片付くと思うけど」

 

「余計な…………三人?」

 

有咲の動かしていた手が止まる。

そして、錆び付いた機械のように首を動かしてようやくこちらを見た。

視界に俺を捉えると徐々に有咲の顔が青ざめてゆく。

 

「……は、遥さん、いつからそこに?」

 

「今さっき来たばっか」

 

「会話してたのってまさか……」

 

「俺だよ」

 

「…………」

 

無言で立ち上がった有咲が、俺の前まで来る。

 

「殺してください」

 

突然の土下座をし出した有咲の口からそんな言葉が聞こえた。

 

『へ?』

 

理解が追い付かず、香澄と一緒に首を傾げる。

 

「私を殺してください」

 

「……どこがどうなったらそうなるのさ?」

 

「だ、だって遥さんが来たことに気付かなかったし、敬語を使わなかったんですよ!? 切腹ものですよ!」

 

「知らんがな」

 

作業に集中してて俺に気が付いたら逆に怖い。

 

「じゃあ、遥さんの気が済むまで私の体を好きにしてください!」

 

「わかった」

 

「え!?」

 

言った本人が驚いてる。俺がまさか普通に返事を返すとは思いにもよらなかったんだろう。

 

「香澄、有咲に好きなだけ抱き着いてきて」

 

べつに俺がどうこうしなくしてもいいのだから、こういうのは香澄にやらせて有咲の面白い反応を見るとしよう。

 

「はーい! 有咲ー!」

 

喜んで有咲に抱き着く香澄。

 

「うわっ! ちょ、抱き着くんじゃねぇ!」

 

「えー? でも、こうすれば遥先輩が許してくれるんだよ? 有咲は先輩に許してもらわなくてもいいの?」

 

「そ、それは…………もう十分抱き着いたろ!? はーなーれーろー!」

 

「いーやーだー!」

 

何が何でも離そうとする有咲と意地でも離れない香澄。

この二人のやり取りは見てて飽きないし面白い。

 

「香澄、そこまで。ありがとね」

 

有咲が本気で怒る寸前で香澄を止める。

十分に堪能したのかその時の香澄はとてもいい笑顔だった。対する有咲はぜーはーと荒く息を吐いていた。

 

「お節介なのはわかってる。けど、女の子一人で持ち運べないのもあるはずだから頼ってくれない?」

 

日菜のときみたいに無性に放っておけない。日頃から支えてもらってるリサに似てしまったのかもしれない。

 

「遥さんにそんなことさせるわけには……!」

 

「あー、そういうのいいから。ほら、重いのどれ?」

 

俺を特別視しすぎじゃないかな?

 

「…………奥にある段ボールのやつです」

 

多少強引だったが、有咲は悩みに悩んだ末に手伝うことを許可してくれた。

 

「オッケー」

 

ブレザーを脱いで、袖をまくってから片づけを始めた。

香澄も流れに乗って手伝いを申し出たら、有咲が反対することはなく手伝い始めた。

 

「遥先輩はどうしてここに?」

 

「様子見に来ただけ。香澄は?」

 

会話をしながらもきちんと手伝いをこなす。

 

「有咲と友達になるためです!」

 

「噓つけ。あのギターが目的だろ?」

 

「ち、違うよ!」

 

あとになって思い出したのだが、蔵にあったギターはランダムスターという名前だ。

昔に友希那に熱弁された。

興味なんてないはずなのに憶えてるというのは最早洗脳レベルじゃないのだろうか。枕元で囁かれたに違いない。

 

―――ランダムスターっていうギターはね、大抵は変人が持つらしいの! ハルは変人だからきっと似合うわ!

 

そして、良く笑う頃の友希那は無自覚で人の心を抉っていたことに今更ながらに気付いた。

 

「二人はまだ友達じゃなかったんだね」

 

「これからなる予定です! ね? 有咲!」

 

「ない。お前と友達になる予定はこれから先、一生存在しない」

 

全く意見の合わない二人の会話。

なんだかんだ言って本気で突き放そうとしない辺り、香澄に心を開いてると思う。

そんなこと言ったら有咲の全力で否定する姿が浮かんだ。

 

 

 

 

 

三十分程経って蔵の中が半分近く片付け終わった。

一段落着いたところで今日は解散となった。

 

「う~ん! 部活後の肉体労働って思ってたよりもキツイ……」

 

身体を伸ばすと節々からポキポキと音が鳴る。

途中に沙綾のとこにでも寄ろうかと考えた矢先、

 

「千聖、待ってくれ! 話はまだ終わってない!」

 

「私にはないわ」 

 

私服姿の千聖と見知らぬ美少年がいた。

二人の仲はそこまで険悪ではないようだが、何かありそうだ。

 

これは声をかけるべき? でも、変に首を突っ込むと余計に拗れたりしそうだしなぁ。

 

「遥君? そんなところで何をしてるの?」

 

どうしようか悩んでいたら千聖に見つかり声を掛けられた。

 

こうなってしまっては仕方がない。出来るだけ関わらない方向に会話を進めよう。

 

「やっほー、千聖。花見以来だね」

 

「ええ、そうね。本音を言えば毎日のようにあなたに会いたいのだけれど。幼馴染のあの二人が羨ましいわ」

 

「毎日会ってたら飽きない? たまに会うくらいが丁度いいと思うよ」

 

「……それもそうね。今度遥君の家に行こうかしら? (告白まがいのこと言ったのにさらりと流された……ですって!? でも、遥君にしては意外とまともなこと言うわね)」

 

「うん、いいよ。じゃあ、また―――」

 

「待った!」

 

帰ろうとしたら美少年が阻んできた。

背は俺よりもやや低く、紫色の髪をポニーテールにしてる。

 

「君、さっきから千聖と親し気にしているが、どういう関係なんだい?」

 

「ちょっと、かお―――」

 

「千聖は黙っててくれ。私は彼に聞いているんだ。まさか……ボーイフレンドじゃないだろうね?」

 

ボーイフレンド? ああ、男の友達ってことか。

 

「うん、俺は千聖のボーイフレンドだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 






【番外編・からかわれ上手の今井さん】

俺こと桜木遥の隣の席には今井リサさんという人がいる。
見た目はギャルっぽい人なので初めの頃は少し苦手意識があったが、話してみるととてもいい人だとわかった。

「ねぇ、桜木」

「どうしたの、今井さん?」

そんな今井さんがとある日の授業中に話しかけてきた。
俺達のいる場所は教室の一番後ろの窓側の座席だから、こうして会話をしていてもあまり先生に気付かれない。

「桜木って好きな人とかいるの?」

突拍子もない質問が飛び出てきた。

「いるよ」

「ほうほう。それは誰なのかなー?」

「今井さん」

「…………ん? ごめん。もっかい言って? 好きな人は誰?」

「今井さんだよ」

「そ、それって異性として……?」

耳まで真っ赤の今井さんが恐る恐る聞いてきた。

「うん、異性の友達として好きだよ」

「…………」

そう言ったら今井さんはがっくりと項垂れて机に突っ伏してしまった。
ニヤニヤしたり、固まったり、真っ赤になったりと今井さんの面白い百面相が見れた。
これが俺の最近の日常だ。





『(授業中にイチャついてんじゃねぇ!)』













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第18話

 

 

 

「待った。人間は話し合えば分かり合える生き物だ。だから……その手に持った刃物は置いて欲しい」

 

帰宅後早々に刃物を持った幼馴染二人が玄関で出迎えてくれた。

今まで彼女達を怖いと思ったことは何度かあったが、今回は群を抜いて怖い。

流石に刃物を持ってくるとか予想できない。というかしたくない。

 

「じゃあ、納得のいく説明して」

 

電話ですでに伝えたはずなのだが、もう一度聞く理由がわからない。原因不明の怒りを収めてくれるならいくらでも話すつもりではあるが。

 

「千聖と付き合うことに―――うわわっ! 刃物を持って近寄らないで!」

 

言ったのに攻撃!? 話が違う!

 

前髪の隙間から覗く光のない眼、ユラユラと揺れ動く体。まさしく幽鬼という言葉が今の彼女達にふさわしい。

 

「どうしてそうなったのかを説明しなさいって言ってるの」

 

「いや、それは……」

 

これには人に言えない事情がある。

 

「二人共落ち着いて。簡単なことよ。遥君が私にメロメロになっただけのことじゃない」

 

「千聖、火に油を注ぐな! 俺の寿命があとわずかになるから!」

 

俺を盾にしての千聖からの援護射撃はまさかの誤爆。戦場はより混沌と化す。

 

「あ、ついでにしばらくこの家に泊まることになったからよろしくね」

 

トドメの爆弾が投下された。

 

―――仕事で忙しい父さん、母さんへ。どうやら今日が俺の命日のようです。先に逝く息子を許してください。

 

うがぁぁぁああああッ! と狂乱する二人を見てそんな辞世の句が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

桜木家が混沌と化す約二時間前のこと。

部活帰りにあった千聖と美少年こと薫君。彼は千聖の幼馴染だそうだ。

込み入った話があるそうで、近場の喫茶店で彼から話を聞くことになった。

 

「ボーイフレンドである遥君に頼みがある」

 

「頼み?」

 

ボーイフレンドは君もじゃないの? と思ったが彼の真面目な顔を見て言えなくなってしまう。

 

「千聖をストーカーから守ってやってくれないか?」

 

面倒ごとだと思ってはいたがこればっかりは見過ごせない話だ。

 

「それ、ホント?」

 

「…………」

 

彼の言ってることが嘘じゃないと分かっていても聞かずにはいられない。しかし、隣に座る千聖は黙秘。

 

「千聖」

 

「ええ、ホントよ。ここ最近つけられてるみたいなの。家に手紙も送られてきたわ」

 

それが千聖の母親に伝わり、薫君や彼の母親にも伝わったというわけだ。

 

「事務所やパスパレメンバーには?」

 

「誰にも伝えてないわ。大事にして皆に迷惑掛けたくないもの。今がパスパレにとって大事な時期だからこそ……」

 

アイドルがストーカー被害。

世間に広まれば下手をすると解決するまでは活動休止なんていう可能性もあるのかもしれない。

本来なら俺のような一高校生が首を突っ込むような話ではないのだが、知ってしまったからには千聖の助けになりたい。

 

俺が千聖のために出来ることはなに? 

 

姿の見えない犯人を追いかけることは刑事でもなんでもない俺には無駄に等しい。

であれば、捕まえられるように誘い出すのが一番か。

 

「千聖、この件が解決するまでは俺の傍にいて」

 

「……え?」

 

「あとは……うん、やっぱりメンバーとマネージャーには話すべきだと思う。心配されるのはわかってるけど、いくらなんでも高校生でどうにかしていい話じゃない。いい?」

 

「……わかったわ」

 

千聖が折れてくれたところで、早速事務所に向かった。

その際、パスパレ全員に連絡して集まってもらうことも忘れずに。

 

 

 

 

 

『ストーカー!?』

 

事務所の一室にマネージャーと千聖を除くパスパレメンバーの声が響く。

 

「……いつからですか?」

 

「五日ほど前に手紙が届きました。ストーカーされ始めたのはもっと前だと思います」

 

「ど、どうしてもっと早くに言ってくれなかったんですか!?」

 

「……ごめんなさい。皆に迷惑を掛けたくなくて」

 

「そういうことを言っていられる問題じゃ―――」

 

「あー、それ以上はストップで!」

 

話が違う方向に行きそうになったのでマネージャーに待ったをかける。

 

「千聖が言わなかったことも問題ですが、今は千聖を守ることとストーカーの犯人をどうするか、です」

 

「……ですね。すみません」

 

「でも、どうやって千聖ちゃんを守るの?」

 

「俺が千聖の傍にいる」

 

『……ん?』

 

全員が自分の耳を疑うかのような表情で俺を見る。

 

「だから、俺が千聖の傍にいるって。彩達女の子だといざストーカーが現れた時に敵わないだろうし、君等はアイドル。ケガをすれば活動に支障をきたすことになる。その点、俺は男だ。力もそれなりにあるから喧嘩になってもなんとかなる。それでどうでしょうか?」

 

「……わかり―――」

 

「待ちなさい!」

 

マネージャーが頷きかけたところで千聖が遮った。

 

「遥君にだってサッカーのプロ選手になる夢があるじゃない! もしもケガをしたら一大事なのよ!?」

 

夢が叶えられなくなったらライバルたちに怒られそうだ。

 

「そうだね。確かに大ケガを負えばプロになりたい夢は潰える。でも、千聖のためだったら()()()()()捨てられる」

 

もちろん、それがイヴや彩、友希那やリサだったとしてもだ。

常日頃からサッカーバカと言われてるが、誰かを思いやる心ぐらいは持ち合わせてるし、知人を見捨てるような冷徹な人間になった覚えはない。

 

『…………』

 

え? え? 何この空気? なんで急に黙るの?

 

「ま、まあそもそもケガをしなければいいだけであって、俺自身無茶するつもりもないですし、犯人が現れたら極力千聖と一緒に逃げるつもりですし……あのいい加減誰か何とか言ってくれません!?」

 

大勢いる中で一人だけ話し続けるとか辛いことこの上ない。

 

「わかったわ。遥君がそこまで言うなら私も覚悟を決めるしかないわね」

 

千聖がようやく提案を受け入れた。

 

「……遥君がサッカーをやめなければならない事態になったら、私があなたを一生養うわ」

 

「えっ? 俺にヒモになれってこと? 流石にそこまでされんのは嫌かな……」

 

たとえプロになる夢が途絶えてもサッカーに関わる仕事は何かしら出来るだろうから、養われることは必要ないはずだ。

それだけの覚悟がある、ということで解釈していいのか?

 

「あの、もしかして彼……」

 

「今マネージャーが思ってる通りです」

 

「あー、なるほど……。大変ですね」

 

彩と小声で話していたマネージャーから何故か憐みの視線を向けられた。

 

「千聖の覚悟も十分伝わったから具体的な作戦を立てていきましょう」

 

作戦としては千聖を一人にしないこと。

朝、登校する際は俺が学園まで送る。部活が無い日は迎えに行く。部活のある日は迎えに行って黒代高校まで連れていく。そうすれば部活終了後でも送ることが出来る。

仕事に行くときはマネージャーが送迎。

 

「ホントは俺の家に泊まってもらうのが一番なんだけど……流石にそれは無理だよね」

 

手紙が送られてきたということは家を特定されていると言っていい。

千聖が家に一人でいるときに、ストーカーが侵入してこないとも限らない。俺の家に泊まるのがダメならダメで、俺が家まで迎えに行けばいいだけのことだ。

 

「そんなことないわ。ええ、全然問題ないわ。マネージャー、しばらく遥君の家に滞在しますので事務所の方に許可を貰っておいてくださいね?」

 

「え、ええ……?」

 

マネージャーを困らせるレベルの速さでの即答。

しかもてっきり反対するとばかりに思っていたがまさかの賛成ときた。それでいいのか、アイドル。

 

「泊まるのはいいとして。あとは……そうだな……。千聖、俺の恋人になって」

 

 

 

 

 

「―――てことで千聖と恋人になったんだけどまだ話は続くから刃物は置いて!」

 

何とか二人をソファに座らせて事情を伝える。

ふとしたことで一々刃物を持つから心臓に悪いったらありはしない。

 

「前に読んだ小説であったんだけど、おとり捜査ってやつ。俺が千聖の恋人になってストーカーをおびき出すつもり」

 

「つまり、恋人関係というのは偽物で、白鷺さんに対して恋愛感情は一切ないのね?」

 

「あるわけないじゃん。これで納得した?」

 

『全然してない』

 

揃って否定されてしまった。

 

「別に泊まるのはこの家じゃなくてもアタシや友希那の家でも良くない?」

 

「あー、それはもちろん提案したんだけど、千聖が俺の家で良いって」

 

もしや女の子同士の方が過ごしやすいのでは?と考えて言ったのだが、千聖は彼女達に悪いからと頑なに拒否した。

 

「……私も泊まるわ」

 

「アタシも!」

 

「へ?」

 

唐突な友希那が言い出したことに理解が追い付かない。その上、リサもそれに便乗してきた。俺としては特に問題ない。ただ、千聖はそう思わなかったのか顔を顰めた。

 

「あら、湊さんと今井さんがここに泊まる理由はないんじゃないかしら?」

 

「二人が過ちを犯さないよう監視するためよ」

 

「そうそう。それにデリカシー皆無のハルが白鷺さんに迷惑かけないか心配でもあるし」

 

デリカシー皆無とは失礼な。だけど不安になる要素が多いことに言われて初めて気が付いた。普段からここに来ることに慣れている二人と異なる千聖には気を遣うことが多いはずだし、滞在するにあたってのルールでも作った方がいいかもしれない。

 

「お願いしてもいい?」

 

「構わないわ」「オッケー♪」

 

二人に快く引き受けてもらったところで千聖を使ってもらう部屋に案内した。

 

 

 

 

 

「これからよろしくね、小姑さん?」

 

『ケンカなら買う』

 

……これからの生活に不安しかないんだけど、大丈夫かな?

 

 

 

 

 



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第19話

 

 

「おはよう、遥君♪」

 

「ん。おはよー……ん?」

 

目が覚めて一番初めに視界に映ったのは、見慣れたはずのリサ―――ではなく、昨日から泊まりに来ている千聖だった。

 

「なんだ、リサじゃないんだ」

 

ふと思ったことを口に出したらやや不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

 

「……遥君は私よりもリサちゃんに起こされたかったの? “恋人”である私よりも幼馴染がいいの?」

 

恋人の部分をやけに強調していたが、千聖と俺は本当の意味で恋人になったわけじゃない。あくまでストーカーを誘き出すための偽物の恋人。

だからわざわざ家の中でまで演じる必要はないはずだ。

そう言ったら千聖はやれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「遥君はわかってないわ。私の職業を言ってみて?」

 

「アイド―――」

 

「女優よ。最近はアイドルの仕事が多いけれど、私は女優」

 

「は、はぁ……?」

 

何が言いたいのかチンプンカンプン。女優だからなんだというのだ。

 

「つまり与えられた役を演じるのが私の仕事なの。たとえ、それがストーカーを誘き出すための仮初の恋人だとしても私は完璧にこなしてみせる。でもね、その為には遥君、あなたの協力が必要不可欠。どうしてかわかる?」

 

「……恋人の関係、だから?」

 

「その通り。恋人は私一人が演じても意味がないの。あなたにも演じてもらわないと恋人には到底見えない」

 

「あー、なるほど。でも家の中でまでする必要は―――」

 

「大いにあるわ」

 

ない、と俺が続けるよりも先にピシャリと遮られた。

 

「私は人前で演じることに慣れているけれど、遥君はそうじゃないでしょ?」

 

確かに俺に演劇経験なんてものは皆無。小学校時代に学芸会なんてものをしたことはあるが、経験とはとても言い難い。

 

「人前で俺がボロを出さないようにするために家の中でも恋人を演じろってこと?」

 

「そうよ。遥君は誘い出すつもりでいるみたいだけど、本物の恋人のように見せることで相手が諦めてくれる可能性もあるわけだし、何よりも将来恋人ができた時の良い経験にもなるんじゃないかしら? ……まあ、サッカーバカのあなたに出来たらの話なのだけど」

 

一言多い気がするが概ね千聖の考えはわかった。

ストーカーが勝手に諦めてくれる分にはこっちとしても負担が減るのだから良いことのはずだ。

 

「……わかった。千聖の言う通り、家でも恋人のフリしてみる」

 

とは言ったものの、恋人ってどんなことするんだっけ?

 

真っ先に思い当たったのはデートだ。男女交際において一般的なはずだ。

今のところ他には思い当たりそうにもないが、参考にするとしたらドラマや映画だろうか。しかし、今までのサッカー中心の生活を振り返るとドラマや映画を見た記憶はそこまでない。しかも恋愛物となるとさらにその数は減る。

去年、リサと友希那に映画館に連れていかれて恋愛物の映画を見たが開始三分で寝たことだけは覚えてる。

 

カズにでも聞いてみようかな?

 

学校で親友に相談を持ち掛けることを考えながら、千聖と共にリビングに降りていった。

 

 

 

 

 

「恋人ってどんなことするのか? んなの、そりゃ…………」

 

「どうしたの、カズ」

 

千聖を花女に送り届けて、俺も自分の通う学校に登校。

昼休みに自分の所属するクラスで恋人がどんなことをするのかをカズに質問したら、動かしていた口が途中で止まってしまった。

 

「なあ、ハル。いきなりこんな質問するってことは、彼女が出来たのか?」

 

そんなカズの質問が聞こえたのか、談笑していたはずのクラスメイトたち全員が一斉に沈黙。まるで俺の次に発する言葉を待っているようだ。

 

これ、言っていいのか?

 

千聖は芸能人。しかもアイドルだ。

事務所の方針では恋愛は禁止されていないようだが、あまり大事にするのは千聖が困るだろうから隠すべきか。

 

「千聖に恋人役の練習相手になって欲しいって言われたんだ。で、引き受けたのは良いんだけど、恋人ってどんなことするのかわからないからカズに聞いたわけ」

 

今の説明なら恋人(仮)ってことで誤解は生まれないはずだ。

 

「なるほどなー」

 

黙っていたクラスメイトたちが何故か一気に安堵の息を吐いて再び談笑し始めた。

 

「つっても、俺だって彼女がいたことないからよくわかんないな。あんまり参考にはなんないと思うけどキスとかデートするのが恋人のやることじゃねえのか?」 

 

他には手を繋ぐ、膝枕、食べさせ合う、不機嫌な時の対処などの意見をカズから貰った。

 

「あとは…………ホテルに行くとか?」

 

「ホテル? 行ってどうするのさ?」

 

「え゛っ!? いや、それは……!」

 

ホテルについて追及するとカズは忙しなく視線を彷徨わせた。何か言い辛い理由でもあるのだろうか。

 

「言いにくいならいいよ。やれそうなことは十分に教えてもらったから。ありがと」

 

お礼を言うとタイミングよく昼休み終了のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

放課後になるとすぐに花女に向かった。

今日は部活があるので千聖には黒代高校で部活の見学をしてもらいながら時間を潰してもらうことになる。

待ち合わせの約束をした正門前にすでに千聖は立っていた。

 

「千聖ー!」

 

少し遠くから声をかけると俺に気が付いた。

 

こういうときは確か……。

 

歩く速度を速めて近くに寄った。

 

「待った?」

 

「ええ、すごく待ったわ。具体的に言うと台本一冊を暗記できるくらい待ちくたびれたわ」

 

……えっと、どう返せばいいんだ? ツッコミ待ちなのかな? 時間の“待ち”とツッコミの“待ち”を掛けてる?

 

「もうっ、真面目に考えすぎ。『どんだけ待ってんの?』とでも言えばいいのよ。……でも、本当に台本一冊を暗記出来そうなくらいあなたが来るのが待ち遠しかったわ」

 

ああ、結局さっきのは千聖なりのジョークというわけか。わかり辛い。

 

「そっか。俺も千聖に会いたかった!」

 

「え? そ、そう……? そんなにも私に会いたかったのね?」

 

「そりゃ、早くしないとサッカーする時間減るからね!」

 

そう言った瞬間、ピシッと何かにひびが入る音がした。

嫌な予感がして千聖の顔を見たらそれはそれはとても綺麗な笑顔だった。

無言で歩み寄ってくると細い両手を伸ばして俺の頬をかなり強く抓りだした。

下校する花女の生徒たちに変な目で見られるがそれどころじゃない。

 

「い、いひゃいよ(痛いよ)ひひゃひょ(千聖)!」

 

「ホントあなたって人は……ッ! 私のときめき返しなさいよ! 少しでもあなたに()()()があるんじゃないかと思って損したわ!」

 

頬を抓る手にさらに力が加わり痛みが増して、おまけに抓ったままグワングワン首を揺するせいで視界が回る。

十秒程で放してくれたが抓られた両頬がヒリヒリ痛む。

 

「痛い……」

 

「当然の報いよ」

 

完全に千聖の機嫌を損ねてしまったようで目線を合わせずそっぽを向いている。

そんな時にこそカズが教えてくれたやつが役に立つことに思い至った。

 

「千聖」

 

「……なにか―――きゃっ!」

 

未だに目を合わせてくれない千聖を強引に壁に寄せ、逃がさないように顔のすぐ横に手を着いた。

所謂“壁ドン”というらしい。

いきなりのことで千聖の瞳が大きく揺らぐがまたすぐに目を逸らす。

 

「ごめん、千聖」

 

「……え?」

 

「正直に言うと千聖がどうして怒ってるのか全く分からない。でも、俺の所為で怒ってるならキチンと謝りたいんだ。……これでも君の恋人だから」

 

「…………別に、怒ってなんかないわ(こ、これって、壁ドンよね?)」

 

「ホントに?」

 

「ええ(だから今すぐ離れて!)」

 

「じゃあ、俺の目を見て言って」

 

怒ってないとは言うものの目線は未だに合わない。

 

「そ、そんなの無理よ!(今目線を合わせたら耐えられるわけないじゃない!)」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもよ!(積極的な遥君も悪くないけど、こんな大勢の人がいる場所でなんて……!)」

 

ここまで拒否するのはやはり怒ってると見ていいだろう。

 

こうなったら―――

 

「遥先輩、何してんの?」

 

底冷えしそうな声が背後から聞こえた。

錆び付いた機械のように首を動かすとそこには花女の制服に身を包んだ山吹沙綾がいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





千聖が泊まりに来た夜のこと。
与えられた部屋で千聖、リサ、友希那の三人が敷かれた布団の上で仰向けの状態でいた。

『…………』

しかし、彼女達の間に会話はない。
ちょっとした揉め事があったせいか三人はギクシャクしてるのだ。

「……白鷺さんはさ、ハルのこと好きなの?」

その長い沈黙をリサが破った。

「好きよ。もちろん異性として恋してるわ。それはあなた達もでしょ? でなければあんなに突っかかってくるはずがないもの」

「……あなたの言う通りよ。私はハルを誰にも譲る気はない」

「アタシだって誰にも渡さないから!」

今にも一触即発。

『…………ふふっ』

と思いきや、三人が互いの想いを打ち明けると揃って笑った。

「私達いい友達になれそうね」

「ええ。私もそう思うわ」

「だねー。あ、この際だからアタシのことリサって呼んでよ」

「私のことも名前で構わない」

「なら私も千聖でいいわ」

険悪な雰囲気から一転。まさかの三人の仲が良好(?)になった。
それから彼女達は時間の許す限り恋バナに興じたのであった。







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第20話

 

 

 

「えっと、沙綾……さん?」

 

思わず年下である沙綾にさん付けで呼んでしまった。今の彼女の怖さは昨日の友希那やリサ程でないにしろ一歩後退ってしまう。

 

……よし、一旦状況整理だ。俺の前には壁ドンをした千聖がいる。顔が真っ赤なのは心配だが、まだまともに話を聞いてくれそうにない様子だ。

次に沙綾が怖い顔をしてる理由を考えてみよう。……いや、考えるまでもないじゃんか! 俺が千聖に迫ってるように見えたからだよ!

ど、どうする……?

 

即座に判断することを求められる試合中のような感覚で思考回路を総動員して選択肢を導き出した。

 

1、「彼女に壁ドンをして悪い?」と開き直る。

 

2、沙綾にも壁ドンをする。

 

3、紗夜を呼ぶ。

 

どれもまともじゃないんだけど!

 

自分で考えた選択肢のくせにバカなのかと言いたくなる。

1はわざわざスキャンダルになるようなことを自分の口から言うとまた別の問題が起こりそうなので却下。

2は出来ないわけじゃないが下手をすると沙綾が千聖と同じみたいに話を聞いてくれなくなるか、殴られる可能性が無きにしも非ず。

3は一番ダメだ。紗夜がまだ残ってるかわからない。というよりも、仮にいたとしてこの状況を見たら即説教しか想像できない。ついでにゴミ屑を見るような目で見られそう。

 

やっぱりここは……。

 

「―――撤退だ!」

 

様子のおかしい千聖の手を引いて走り出した。

 

「どこに行くのかな? まだ話終わってないんだけど?」 

 

しかし沙綾からは逃げられない! 肩を掴む力が異常なのは実家がパン屋だからなのかな!?

 

「部活だからどいてくれると嬉しい……って言ってもどいてくれるわけないよね」

 

「そりゃね。その人、パスパレの白鷺千聖さんでしょ? 学校も違うのに一緒に部活行く必要あるの?」

 

「まあ、あるにはあるよ」

 

「なんで?」

 

「(ストーカーからいつでも守れるように)傍にいたいから」

 

「ッ!?」

 

だってそうでもしないと千聖が危ないし、何があってからでは手遅れになってしまう。

 

「そういうわけだからもう行っていいかしら?」

 

いつの間にか再起動した千聖が俺の手を引いて歩き出した。心なしか嬉しそうな表情をしていた。

 

「ま、待ってください! お二人は、その……お付き合いしてるってことですか?」

 

「ううん、別にそうい―――イタッ!」

 

痛みの奔った場所を見れば、千聖の足が俺の足を思いっきり踏んでいた。

止め方はアレだが、朝話した偽物の恋人を演じることを早速忘れ、ボロを出しそうになった俺を止めてくれたのだ。

 

「男女交際という意味であればその通りよ」

 

千聖が「演技しろやサッカーバカ」とでも言いたげにこちらを一瞥して、見せつけるように俺の腕に抱き着いてきた。すると沙綾の俺を見る目が鋭くなる。

 

抱き着いてきたの千聖なのに睨まれるの俺なの?

 

「……その割には今遥先輩は否定しようとしてませんでした?」

 

睨むのをやめて、今度はどこか俺達二人の関係を疑うようにジト目で見つめられる。

 

「付き合い始めてからそんなに日が経ってないから慣れてないのよ。それに遥君ってサッカーバカでしょ。あとできつく聞かせておく必要があるわね」

 

その“きつく”って何? なんか怖いんだけど冗談だよね? 沙綾を誤魔化すための嘘だよね? ……というかこの二人が会話を始めてからお腹がキリキリ痛むのはなぜに?

 

「サッカーバカって言われるほどの遥先輩に彼女ができる。それこそおかしいと思いますが?」

 

これでようやく部活に行けるかと思ったが、まだ沙綾は納得がいかないようで食い下がって来た。

 

「そんなことないわ。現に私という彼女がいるのだからサッカーバカだって恋をするのよ」

 

そんな沙綾に対して千聖は嫌そうな表情を一切出さずに微笑を浮かべて応対する。

 

「サッカーバカが芸能人とですか?」

 

「サッカーバカが芸能人と恋してはいけない? 私達だって一人の人間だもの。誰かにとやかく言われる筋合いはないわ」

 

自分でも認める程にサッカーバカだって自覚はあるけど、そんなにサッカーバカサッカーバカって連呼されるとちょっと来るものがある。

 

『…………』

 

今にも一触即発の二人。

二人の発するピリピリした雰囲気に下校する花女生や通行人が怯えながら近くを通ってゆく。ついでに俺のお腹も痛みが増した気がする。

この場から逃げ出したい気持ちを抑えて俺は口を開いた。

 

「……あ、あの―――」

 

「遥君は黙ってて」「遥先輩は黙ってて」

 

「……ハイ、スイマセン」

 

別に二人にビビったわけじゃないし……。

 

「あれ? 遥君?」

 

「彩、花音」

 

花女の校門から彩と花音が出てきた。まだ下校していなかったようだ。

 

二人ならこの状況を―――。

 

「お取込み中みたいだね。行こう、花音ちゃん」

 

「そうだね。急がないとバイトに遅れちゃうもんね」

 

現れた二人に期待したが俺と目が合った瞬間に迷うことなく見捨てられた。

 

判断早過ぎない!? 見捨てるにしてもせめて話ぐらい聞いてくれてもいいんじゃないでしょうかね!? それが嫌なら嘘でもいいから迷う素振りぐらいして欲しかった! というか彩に至っては俺が千聖といる理由知ってるよね!? 

 

千聖に腕を掴まれていて早足で遠ざかる彩と花音の背中を見送ることしかできず項垂れる。

 

「こんなところで何を項垂れてるのですか、あなたは」

 

「紗夜か。そりゃ、こんな状況なら項垂れたくもなるよ……」

 

「? ……ああ、そういうことですか」

 

「事情わかってくれた、紗夜? ………………え? 紗夜?」

 

ふと顔を上げたら会話していた相手は今一番会いたくない人物の氷川紗夜であった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……なんとか説得出来ましたね」

 

紗夜が現れた瞬間に説教コース確定かと思いきや、まさかの火花を散らし合っていた二人を説得し、沙綾を何とか帰らせてくれた。

予想だにしない行動に目を白黒させてしまう。

 

ヤバい。紗夜が救世主に見える。

 

「紗夜、ありがと!」

 

「……が、学校の前で問題を起こされるのが困るからであって、別にあなたのためではありませんッ。そこのところを勘違いしないでください!」

 

「それでもだよ! ホントにありがと! 今度お礼するから! じゃあね!」

 

理由がなんであれ助かったことに変わりはない。

紗夜のおかげで難を逃れた俺は今度こそ千聖を連れて花女から離れることが出来た。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ですか……」

 

桜木さんを見送って一人呟いた。

今思うと彼にお礼を言われたのは初めてのような気がする。

 

顔を合わせるたびに説教しているのだからお礼を言うはずもないわね。彼は私が苦手なようだし。

 

お礼を言われない理由に心当たりが在り過ぎて苦笑いしてしまう。

でも、よくよく考えればガミガミ五月蝿い私だけじゃなく彼にも原因があるから私は怒っているのだ。というか九割方彼が原因ではないかとすら思えて来る。―――主に女性関係でだ!

 

そうよ……! 私だって怒りたくて怒ってるわけじゃない。なのに、あの男は何度も……! 今日のことだって本来ならその場で怒るべきだったのでは? ええ、迷う必要なんかないわ、氷川紗夜!  

 

「今度会ったら説教ですね!」

 

そう決意して帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

学校に戻っている途中なのだが、千聖が不機嫌そうだ。腕は変わらず組んだままだが。

 

「……遥君、言いたいことがあるのだけれどいいかしら?」

 

「なに?」

 

「あなたサッカー関係以外の友達は少ないはずよね?」

 

「まあね」

 

自慢じゃないが部活仲間やカズを除けば、学校で会話したことがある人はほとんどいない。

 

「ならあの女の子とはどんな関係なの?」

 

「どんなって山吹沙綾。実家が山吹ベーカリーやってる。あそこのパン美味くてさ、ほぼ毎週一回は買ってるんだ。あ、そうだ! 今度行ってみれば?」

 

「あなたと一緒なら行くわ」

 

「そっか、ならパスパレのメンバーも一緒グヘッ!」

 

脇腹に肘鉄をくらい変な声が漏れた。犯人である千聖にどうしてこんなことをしたのか困惑しながら見ると、やや冷たい視線が返って来た。悪いことをしたのは向こうのはずなのにこの仕打ち、実に解せぬ。

 

「ふ・た・りで行くわよ」

 

「……ハイ」

 

あー、そういや今の千聖の動きリサや友希那にも同じことされたような覚えがあるな。この有無を言わさぬ圧力、女子ってこえぇ……。

 

「で、彼女とは随分親しいみたいだけど?」

 

「小さい頃からそれなりに付き合いがあるよ。沙綾の弟や妹とたまに遊んでるからってのもあるかな」

 

「弟と妹を使って外堀を埋めてるわけね……!」

 

外堀? 城じゃないんだから埋められる堀なんてないと思うんだけど。

 

「まさかあの二人以外にもいたとは……。山吹沙綾……要注意人物ね」

 

ブツブツと呟きながら考え込む千聖からは不穏な気配しか感じられない。

千聖への返答に気を遣いながら学校に辿り着いた。

学校のすぐそばで千聖には俺のジャージの上を貸して、伊達眼鏡を付けてもらった。髪型も変えてポニーテールにすれば、遠目からなら黒代高校の生徒に見えるだろう。

 

「遥君のジャージ……」

 

俺のジャージを着た千聖が袖を鼻に寄せて匂いを嗅いでいた。

 

「一応、洗ったから匂わないはずだけど……」

 

「え、洗ったの? 少し勿体―――いいえ、なんでもないわ。ありがたく使わせてもらうわ」

 

「どういたしまして。じゃあ、皆に挨拶しに行こうか」

 

「ええ、頼んだわよ」

 

千聖ともに監督のところに行った。

 

「どうした、桜木。ん? その子は?」

 

「今朝伝えた白鷺千聖です」

 

いくら芸能人でもこの学校の生徒ではない千聖は部外者なので、監督には事前に話をしておいた。と言ってもこの様子から察するに信じられてなかったようだけど。

 

「ハハハ、何を馬鹿な―――え? マジで連れてきたの?」

 

「マジです」

 

「ね?」と千聖に目配せをした。

 

「こんにちは、白鷺千聖です」

 

伊達眼鏡を外した千聖が監督に笑顔で挨拶すると監督の目が点になった。

 

「ほ、本当に連れてきたのか……? え、というかお前知り合いだったのか!?」

 

監督が大声を出したことで準備体操していた仲間達が何事かと一斉にこっちに注目してきた。正確には元から俺の隣にいた千聖のことが気になっていたようで、チラチラと俺達を見ていたようだが。

 

「監督、どうかしたんですか?」

 

キャプテンが代表して監督に問いかけた。

 

「あ、いや、そのな……桜木が白鷺千聖を連れてきたんだ」

 

「…………」

 

これにはキャプテンでも唖然としてしまった。

キャプテンはどうしたものかと後頭部を掻いたあと、俺の方を向いた。

 

「皆への説明は任せた」

 

まさかの丸投げです。

こうなるとはなんとなく予想していたから驚きは少ない。

 

まあ、なるようになるさ。きっと、多分、メイビー……。

 

皆に集まってもらいながら、どう説明したものかと頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第21話

 

 

 

部員達の怪訝そうな視線を集めながら口を動かした。

 

「隣にいるのは白鷺千聖です。えーっと、今日からこのサッカー部のお手伝いをしてくれることになりました。仲良くしてあげてください。以上です」

 

「…………いやいや! 普通に可笑しくね!? 何がどうなったらパスパレの白鷺千聖ちゃんが来んの!? えっ? ってか桜木知り合いなの!?」

 

ツッコミを入れてきたのは三年の先輩、宮白健太(みやしろけんた)

そのツッコミにはこの場にいた全員の気持ちを代弁していたようで一同揃って頷いていた。

 

「女優業のための勉強です。まだそういった役をやらせてもらえたことはないので、学べる時に学んでおきたいと思いまして、知り合いの遥君にお願いしてみたんです」

 

「わざわざ黒代(うち)じゃなくても……」

 

「確かにそう思いますよね……。でも自分の学校だと知り合いの中に運動をやっている子がいなくて、それに頑張ってる男の子を見るの、結構好きなんです。……ご迷惑、でしたか……?」

 

よくもまあ、ここまでスラスラと嘘が出てくるものだ。

流石は今話題の女優、アドリブくらいお手の物と言ったところか。

 

『いえいえそんなことはないです! むしろウェルカム!』

 

千聖が不安気に尋ねるとプレイヤー男性陣は滅相もないと言わんばかりに首を横に振った。

 

うわっ。素の千聖じゃなくて完全に仕事モードだ。

 

それなりに付き合いがあるからすぐにわかった。

こういうのを魔性の女というのだろうか。

 

「仕事がある日は来れないですが、よろしくお願いします」

 

「はいはーい! 質問いいですかー?」

 

挨拶を終えて練習再開と思いきや、同学年の河野誠也(かわのせいや)が挙手してきた。

 

「何でしょうか?」

 

「桜木と知り合い見たいな感じだけど、ぶっちゃけどんな関係?」

 

「そうですね……それなりに親しい関係だと思います。ね? 遥君?」

 

「……? まあそうじゃないかな」

 

んん? 沙綾の前では恋人だってはっきり言ってたのにここでは言わないのか。イマイチその基準がわからないが、千聖にも千聖なりに考えがあるみたいだ。

 

河野が質問してからは次々に質問が投げられた。

俺とどこで出会ったのか、好みのタイプだとか、パスパレのイベント情報等々。ちょいちょい際どい質問もあったが千聖は(内心でどう思っているかわからないが)笑顔で対応した。

なんだか転校生がやってきたような雰囲気になったが、キャプテンが声をかけると練習が再開された。

千聖のことはマネージャーたちに頼んで俺も練習に入った。

 

「桜木抜いて千聖ちゃんに良いところ見せてやる! うおぃ! そこは先輩の顔立てろよ!」

 

「白鷺さん俺のシュートを―――見てない!?」

 

「へっ、俺のドリブルは天下一だぜ! あれ? ボールどこ?」

 

「このゴール千聖ちゃんに捧げる! ……普通に止められた……だと……!?」

 

しかし、普段の練習風景からは考えられないような姿がチラホラ見られた。

やはり芸能人という存在がいると気持ちが高揚してやる気が空回りしてしまうのか。 

真面目なプレイヤーだと思っていた人達も口には出したりはしないが、どこか緊張した面持ちだ。

キャプテンに何人かが注意されながらも練習時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

部活終了後、ミーティングをして解散。

校門前で千聖と合流して帰宅する。

部員達には予め顧問から千聖には連絡先やサインを求めないように釘を刺しておいたので人だかりは出来ていない。

 

「部活どうだった?」

 

「かっこよかったわ。やっぱりサッカーをしてる時のあなたが一番楽しそう」

 

「そりゃ楽しいから」

 

俺が聞きたかったのは黒代サッカー部を体験してどうだったかなんだけど、まあ、いいか。

 

「ついさっきだけど、リサちゃんからメールが来たわ。カレーの材料を買ってきて欲しいそうよ」

 

「オッケー。じゃあ、スーパー寄らないとね」

 

千聖と今日の部活の感想を聞きながら、スーパーに入った。

 

「まずはカレーのルーか。えっと、いつものは……」

 

いつもの使ってる中辛のカレールーに手を伸ばそうとしたら千聖に掴まれた。

 

「待って。カレーのルーは甘口じゃないとだめよ」

 

「高校生のわりに大人びてるとは思ってたけど、意外と味覚の方はお子様なんだ」

 

「い、いいじゃない別に!」

 

そう言えば、友希那も甘い方が好きだっけ。ならちょうどいいか。

千聖の意外な一面に微笑ましく思いながらも買い物を済ませていく。

 

「ピーマンとかセロリは大丈夫?」

 

「当然よ! 子供扱いしないで!」

 

野菜は友希那よりも食べられるのか。

 

「納豆とかは?」

 

「あれはこの世の食べ物じゃないわ」

 

「そこまで言うか」

 

「そう言うあなたには嫌いな食べ物ないの?」

 

「うーん、わりとある。キノコ類とか。まあ、食べられないことはないんだけど」

 

「ふっ、子供ね」

 

何をどう思って勝ち誇っているのかわからないけど、まあいいか。

互いの好き嫌いを教え合いながらする買い物はいつもとは違った新鮮さがあった。

 

 

 

 

 

『ただいまー』

 

玄関の扉を開けるとエプロンを付けたリサがリビングから出てきて出迎えてくれた。

 

「おかえりー☆ ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」

 

こういうの漫画で見たことがあるな。

しかし、基本的にはどの漫画も三番目の選択肢が選ばれることはあまり見かけない。……三番目の選択肢を選んだらどうなるんだろうか。

 

「リサにする」

 

「オッケー。……えっ!? アタシ!?」

 

「ん? なにかあるんじゃないの?」

 

「あ、えっと、その……今のは冗談というかなんというか」

 

顔どころか耳まで真っ赤にしてモジモジしだした。

結果:“何も起こらない”。

 

「遥君は先にお風呂入ってきなさい。リサちゃん、これ買ってきた材料よ」

 

「うん、そうさせてもらう」

 

使った練習着を洗濯機に放り込み、着ている服をすべて脱いで浴室に入った。

 

 

 

 

 

「ふぅー、さっぱりしたー」

 

湯船に浸かって疲れを癒して、浴室を出る。

 

「あ」

 

「え?」

 

その際、洗濯機を回そうとしていた千聖とばったり遭遇してしまった。

 

『…………』

 

数秒の沈黙。

 

「きゃー、千聖さんのえっちー」

 

上がったのは悲鳴ではなく、唐突に脳内に浮かんだ棒読みのセリフだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第22話

 

 

 

―――これは事故。偶然の出来事だ。だから私は悪くない。悪いわけがないのだ。

洗濯物を洗濯しようとしたら、たまたま風呂から上がった遥君が出てきた。それだけだ。

 

ほら、私に一切悪いところなんてない。

 

だから遥君の鍛えられた肉体やある一部をガン見してもこれは幸運不幸な事故として処理される。あとで誰かにバラさないように口封じは必要になるだろうけど。

 

「―――ねぇ、千聖」

 

しまった。あまりに見過ぎて不快な思いをさせてしまったかしら……?

 

「俺の裸なんか見て面白い?」

 

「え……?」

 

言い訳の一つでも考えようとしたら遥君から予想外の質問が来た。

 

異性に裸を見られているというのに羞恥心はないのかしら? ……サッカーバカには無縁のようね。

 

「そ、それは……」

 

言葉に詰まる。

私だって年頃の女だ。異性の裸に興味がないわけじゃない。それが遥君のなら尚更。

しかし、正直に見たいと言ってはしたない女だと思われたくはない。

なんて答えたらいいか頭を悩ませていたら、遥君が言った。

 

「まあ、見たいなら好きなだけ見れば?」

 

…………ッ!? 「好きなだけ見れば?」、ですって……? そ、そんな素敵なニホンゴがこの世に存在していたのね!? ……今の言葉で襲ってもいいよと遠回しに言っているように聞こえるのは私だけかしら? まあ、それはともかく、本人の了承を得たのだからこれで心置きなく見ていられる。

 

「遥君がそこまで言うなら―――」

 

「ハル、ご飯が出来た…………あなた達はなにをしているのかしら?」

 

遥君を呼びに来た友希那ちゃんが私達を見てものすごい形相になっていた。このままでは叱られる―――かと思いきや、遥君の裸を見た瞬間に表情は変わらないが顔どころか耳まで真っ赤に染まり、目を逸らした。

幼馴染である彼女にも遥君の裸は刺激が強いようだ。

 

「うーんとね、千聖が俺の裸見たいって」

 

「ちょっと待ちなさい。その言い方だと誤解されてしまうでしょう?」

 

私は見たいとは一言も言ってないわ! ……ものすごく見たいけれど! 

 

早速誤解されて友希那ちゃんが私を見る目に殺意が籠っている。だけど遥君の方が気になるのかチラチラ横目で見ていた。

 

「これは事故よ。洗濯をしようとしたら遥君が上がってきて遭遇したのよ」

 

「……本当に?」

 

「そうみたい」

 

友希那ちゃんが出来るだけ下の方を見ないようにして遥君に確認をとるように尋ねた。

 

みたいじゃなくて本当にそうなのよ。

 

いつまもで三人がここにいるとリサちゃんまで来て、余計にややこしいことになりかねない。それならば今すぐにここを離れるのが吉だろう。

 

「遥君はすぐに服を着るべきね。湯冷めして風邪を引いてしまってはいけないわ」

 

この事故が原因で遥君の体調が悪くなるのは誰も望ま―――。

考えている途中で閃きがあった。

風邪で寝込む遥君。

そんな彼を手厚く看病しようとする私。

 

「遥君、私に出来ることなら何でもするから遠慮なく言ってちょうだい」

 

「じゃあ、背中拭いてくれないかな? 汗が気持ち悪くて……」

 

そう言って自分の服を脱ごうとするのだが、体調が余程悪いのか上手く力が入らず脱げそうにない。

 

「あらら……ごめん、出来れば脱がせてもらえると助かるかな」

 

「え、ええ! わかったわ」

 

異性の服を脱がすという行為に心臓が高鳴る。

 

「……なんだか、少しドキドキする。サッカーやってる時とはまた違ったドキドキ。……なんでだろ?」

 

「それは……」

 

続きを言おうとしたところで脳内ストーリーを中断した。

 

うん、ないわね。遥君に羞恥心なんてないのはさっきのでわかったじゃない。

実際にすることなってもちょっとエロチックなラブコメなんて起こるはずはないわ。……いっその事自分で起こすというのも十分にアリね。むしろそれが正解なんじゃないかとすら思えてくるわ。

 

「―――で、いつまで突っ立ってるの? 本当に風邪ひくわよ?」

 

未だに着替えようとしない遥君に着替えを催促したら、困ったように頬を掻いた。

 

「そうは言っても、二人がいると狭いから着替えられないんだけど。……着替えも見たいの?」

 

『…………』

 

私と友希那ちゃんは無言で後ろに振り返り、脱衣所から立ち去った。

 

 

 

 

 

風呂場で変な事故があったが特に気にすることはなく夕食タイム。

リサが作った甘口カレーを食べながら、世間話に花を咲かせる女子高生三人。

学校がどうたらこうたら、ファッションがどうたらこうたら。彼女達に共通するバンドについては言わずもがな。

女三人寄れば姦しいという諺が今の状況をそのまま表していた。

 

知らぬ間に三人が仲良くなったのは良いことだけど、アウェー感があるなぁ。自分の家なのに。リサや友希那の私物が日に日に増えてるけど間違いなく自分の家だ。……自分の家だよね? いつのまにか乗っ取られてたりしないよね?

 

ちょっとした不安を覚えながらもおかわりをよそって二杯目のカレーを食べる。

流れるBGMは変わらず女子高生トーク。時折日本語なのか疑わしい単語が出てきても些末なことだ。

 

……テレビでもつけるか。

 

ニュースが流れてる時間帯であることを時計で確認してリモコンの電源ボタンを押した。

 

『あなた! 私に隠れて浮気していたのね!?』

 

『待ってくれ! 誤解だ!』

 

『じゃあ、このメール相手は誰!?』

 

『……しょ、職場の後輩だよ』

 

誰かが見ていたチャンネルがそのままになっていたらしく、最初に流れてきたのはドラマのドロドロの修羅場シーンだった。そのシーンは前回のあらすじらしい。

まあ、だからなんだという話でこれといって特に興味が湧くこともなかったし、どちらかと言えばこれ以上先が見たくないから変えようとしたのだが千聖に待ったをかけられた。

 

「この女優さんの演技、勉強になりそうだからもう少し見させてくれないかしら?」

 

「いいよ」

 

流石にそう言われてしまうと断れない。

勉強熱心なことで。

リサと友希那も興味があるようでこのドラマに見入っている。俺も仕方なく退屈凌ぎに見始めた。

 

『ふぅ……なんとか誤解が解けたみたい―――ウッ……!』

 

のだが、本編が始まって開始三分で主人公らしき人物が死んだ。

 

「え……?」

 

「なるほど……こういう展開になるなんて予想してなかったわ」

 

「犯人は恐らく奥さんね」

 

「えー? アタシは後輩の人だと思うなー?」

 

「……いやいやいやいや! 君達おかしくない!? 開始三分で主人公らしき人が死んでるんだよ!? なのに平然と推理してる!? え、これ推理もの!? だったらおかしくは―――」

 

『いや、普通に恋愛ドラマですけど』

 

「どこがッ!?」

 

どう考えても恋愛ドラマに思えないのでリサに頼んで番組表の番組内容を見せてもらった。

 

『番組名:デスストーリーは突然に』

 

『番組内容:妻と後輩に挟まれ葛藤する会社員のお話。ちょっぴりビターな大人の恋、覗いてみませんか?』

 

なにがちょっぴりビターだよ。ビターどころかブラックじゃん、真っ黒でしかないよ!

 

番組内容から先はスタッフや出演している俳優の名前などが載っていた。

ちなみに主人公はやはり死んだ人で間違いないようだ。

 

いや、やっぱりどう考えてもおかしいよね? ぶっ飛び過ぎじゃない? なに? 最近のドラマの主流ってこんななの? 主人公の扱いってモブキャラみたいに扱われるの?

 

『ほらね?』

 

「突然すぎるわッ!」

 

番組内容にあと2クールはあるってなってるけど、どうすんのこのドラマ! 

 

結局、意味の解らない内容にドラマが終わるまで思考回路が一切働かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






リサみたいなギャル系キャラと遥君を絡ませる番外編でも書こうかなって思ったんですけど上手く纏まりませんでした。
出すとしたら艦これの鈴谷とかデレマスの城ケ崎美嘉とか、かな?


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第23話

大変お待たせして申し訳ありませんでした。

一応、挨拶を。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 

 

 

夕食後、食器を片付けてから自室にて俺は勉強中。

友希那達もお風呂から上がって、同じ部屋で友希那は新曲の作詞、千聖はリサからベースの指導を受けてながら思い思いに過ごしていた。

 

……なにも俺の部屋でやる事じゃないと思うんだけど。いや、うん、俺知ってる。こういうのを口に出すと痛い目に遭うってこと。

 

勉強が一段落したところで伸びをすると、タイミングを見計らったかのようにベッドに置いてあるスマホが着信音を鳴らした。

 

『まんまるお山に彩りを! Pastel*Palettsのボーカル担当、丸山彩です! まんまるお山に彩りを! Pastel*Palettsのボーカル担当、丸山彩です! まんまるお山に―――』

 

手に取って画面をのぞき込むと『丸山彩』と表示されていた。

 

「えーっと、確か……あっ」

 

電話に出ようとしてボタンを押したら切れてしまった。どうやら間違えたようだ。

どうしたものかと頭を悩ませていたらすぐさま同じ名前が画面に表示された。

 

赤がダメだったから、緑だな。

 

二つあった内の緑のボタンを押すと今度は繋がった。

この前カズに教わったのに間違えた。どうにも機械の操作は物覚えが悪い。

 

「もしも―――」

 

『どうして切ったの!?』

 

スマホを耳に近づけたら彩の怒鳴り声が耳に響いた。

 

「ごめん、間違えた」

 

『……えっ? あ、そっか。遥君、機械音痴だった……! ご、ごめんなさい! いきなり怒鳴って!』

 

「ううん。それで何か用?」

 

『えっと、その……今日のことなんだけど……』

 

今日? もしかして花女の校門前での出来事のことか?

 

「学校でのことだったら別に俺は怒ってないけど」

 

どうして見捨てられたのか分からないけど、バイトがあったから俺達に構ってる時間もなかったのだろう。

結局、彩と花音がいなくても紗夜に助けられたわけだし。

 

『よ、良かったぁ……。遥君に嫌われたらどうしようってバイト中ずっと悩んでたから……』

 

「そんなことで嫌いになるわけないじゃん。そもそも俺、彩のことは好きだぞ。―――ぐえっ!」

 

彩と電話していたら、いつの間にか千聖達が俺の傍にいて腹パンされた。反射的に彼女達の顔を見ると額に青筋を浮かべて笑っていた。

 

『…………ふぁッ!?』

 

アイドルが「ふぁッ!?」って駄目じゃないか?

 

「おーい、彩?」

 

え、えへへ。遥君に好きって言われた……。えへへへへへ……

 

怖い顔の千聖達から逃れるために彩に話しかけたのだが、ギリギリ聞き取れそうで聞き取れない声で何かブツブツ呟いていて、反応は返ってこない。

 

『あ、もしもし? 遥君』

 

やっと反応が返って来たと思ったら彩とは別の声だ。

 

「その声、花音?」

 

『うん、そうだよ。バイトが今終わって二人でのんびりしてたところなんだ』

 

時計を見ると時刻は9時半辺りを指していた。

学校で会った時間を考えれば、二人は5時間程働いていたことになる。

 

二人共中々体力あるな。彩に至ってはアイドルの仕事もあるというのに……。

 

「それはお疲れ様。ところで彩は?」

 

『あー、彩ちゃんは今はちょっとダメかなー』

 

「なんで?」

 

『…………それ、本気で言ってる?』

 

初めて聞いた花音の冷たい声音に驚きと恐怖を感じた。

大人しい奴ほど怒るとおっかない。それを今身を持って体験した。

 

「えーっと……」

 

全然さっぱりわかりません! なんで花音怒ってるの!?

 

俺の経験から花音に何を言っても地雷を踏み抜く気がする。

 

1、ごめんなさい! わかりません!

 

2、うん、ちょーわかる。アレでしょ? アレがアレでアレだからでしょ?

 

3、めんごめんご。

 

千聖の時と同じで思いついた案に碌なのがないんだけど! 1はまだしも、2と3に至っては軽すぎる! 次会ったときに殴られかねない。いや、花音がそんなことする子じゃないとはわかっているけど、電話越しに伝わる彼女の雰囲気がそう言ってる気がした。

 

「スマホ貸しなさい」

 

なんて返したらいいか全くわからないまま頭を悩ませていたら、千聖にスマホを奪われてしまった。

 

「花音、私よ。遥君が怒らせたみたいだけど、相手を考えなさい。そこのサッカーバカにわかるわけないでしょう? ……そうよ。恋愛なんて幼稚園レベルなんだから。さっきの失言も私が説教しておくから安心しなさい。ええ、じゃあ遥君に渡すわね」

 

千聖が花音を宥めてくれたらしく、一応謝罪するためにスマホを受け取って耳元に当てた。

 

「あ、もしも―――」

 

 

 

千聖ちゃんとどうして一緒にいるのかな?

 

 

 

さっきよりも花音さん怒ってません?

 

「全然収まってないじゃんか」と千聖に目線で訴えかけると「そのくらい自分で何とかしなさい」と返された。

 

「……千聖が俺の家に泊まりに来てるんだ」

 

花音の声音に気圧されて思わず素直に答えてしまった。

 

『……え? 泊まりにきてる?』

 

千聖に鋭い視線を向けられるが受け流して花音と通話を続ける。

 

『も、もしかして、二人きり……?』

 

「いや、リサと友希那もいるよ」

 

『そうなんだ。良かったぁ……』

 

何が良かったのかはわからないけど花音の怒気が治まったようで何より。流石千聖。友人のことをよく理解してる。あ、そうだ。

 

「花音も泊まりに来る? ―――ぐほぉっ!」

 

またしても三人に腹パンされた。しかも心なしかさっきよりも強い気がする。

花音が来れば千聖が喜ぶだろうと俺なりに良かれと思ってやったのになんて仕打ちだ。

 

『ふえぇ……! い、いいの!?』

 

「まあ、花音さえ良ければ」

 

『きょ、今日は流石に急で無理だから、明日泊まりに行くね……!』

 

「わかった」

 

『じゃあ私そろそろ帰るから切るね』

 

「お疲れ。それとおやすみ」

 

『うん、おやすみなさい』

 

彩と花音との通話を終えた。それはいいのだが、この後をどうするか。嫌だなぁ、逃げたいなぁ。

 

「遥君」

 

「はい」

 

「正座」

 

「……はい」

 

千聖お得意の作った笑顔で下された命令に大人しく従う。

 

「色々聞きたいことがあるのだけれど」

 

「なんでございましょう」

 

「まず着信音よ」

 

「この前の花見の時に皆の連絡先入れてもらったんだけど、面白いからって麻弥が着信音をどうのこうのっていじったらこうなった」

 

「なるほどね。……ちなみに私のは?」

 

「全部麻弥がやったから何がどうなってるのか知らない。試しにかけてみれば?」

 

「そうさせてもらうわ」

 

千聖が自分のスマホを触って俺のスマホに電話を掛ける。

 

『おっかあ! おっか―――』

 

今のは『はぐれ剣客人情伝』での千聖のセリフだ。

普段ドラマとかは見ないのだが、イヴの日本語の勉強のために一緒に見たのを覚えてる。

 

「変えなさい」

 

「と言われても変え方知らないんだけど」

 

自慢じゃないが、機械音痴の俺にスマホみたいなハイテク機械の設定を弄れるわけがない。やったところで壊すのが目に見えてる。

 

「なら私がやるから貸して」

 

千聖にスマホを貸して設定を変えてもらう。

数分もしない内に設定が変わったらしく、すぐに返してくれた。

 

「これでいいわ。……麻弥ちゃんにはちょっとお話しね」

 

どうなったのかは千聖に電話を掛けてもらうしかないのだが、黒い微笑みを浮かべる千聖になんだか声を掛け辛かった。

 

「ひょっとして私達のも変わってるのかしら?」

 

「そうかもね」

 

「掛けてみようよ」

 

友希那とリサも着信音が気になるらしく、電話をかけることにした。

 

「まずは私からよ」

 

『暗い夜も―――』

 

友希那の時の着信音はRoseliaの「BLACK SHOUT」だ。

 

「じゃあアタシも」

 

『虚勢を張り続けてる―――』

 

リサのは「Re:birth day」。

この流れだとRoseliaの他のメンバーの着信音はRoseliaの曲になっていそうだ。

 

「自分の歌が流れるのは少し恥ずかしいけれど、悪くないわ」

 

「だね~。麻弥に今度お礼言っておかないと」

 

千聖の時と比べて自分の着信音に不満はないようだ。お陰で千聖の機嫌が少し悪そうだけど。

きっと自分だけまともじゃないのが嫌なのだろう。

 

「まだ遥君には聞くことがあるわ」

 

うへぇ。まだ終わらないのか。

 

「彩ちゃんに「好き」って言ったわよね?」

 

「ん? ああ、言ったね」

 

「私、あなたの彼女なのだけれど」

 

……?

 

「私っ、あなたのっ、彼女っ、なのだけれどっ!」

 

…………? どういうことだってばよ?

 

「はぁ……予想してたけど伝わるわけないわよね。……遥君、いいかしら? あなたは私の彼氏なの」

 

「(仮)だけどね」

 

リサが口を挟むと千聖の足蹴りが俺に太ももに跳んできた。大して痛くはないけど理不尽過ぎる。でも、ここで声に出さないのが出来る男だって誰かが言うてた!

 

「仮とは言え彼氏が自分以外の女の子に好きって言うのを喜ぶ女の子はいないわ。たとえその「好き」がどんな意味であろうとね」

 

「要は千聖以外に言わなきゃ良いってだけね」

 

「そうよ。……はい、どうぞ」

 

「へ?」

 

「……だ、だからっ、私に「好き」って言いなさいよっ!」

 

「あ、そういうこと。千聖のこと好きだよ」

 

「ダメ。気持ちが籠ってないからやり直し」

 

あれ!? まさかのダメ出し!? しかもやり直しときた!

 

「す、好きだよ?」

 

「なんで疑問形なのよ」

 

「愛してる」

 

「べた過ぎて心に響かないわ」

 

この女優メンドクサイんですけど。

 

「ちーちゃん、大好きー!」

 

「……だ、ダメよ」

 

今いい線言ってなかった?

 

「いっぱいちゅき」

 

「ふざけてるの? 刺すわよ?」

 

ですよねー。自分でもないって思ってた。

 

「生まれ変わったら君に愛を―――」

 

「私が欲しいのは今のあなたからの愛よ」

 

来世で待っててくれません?

 

数十分間頭を働かせ続け、自分が思いつく物を一通り言ってみた。しかし、千聖が満足するものは一つもなく、俺は精神的に疲れ果ててしまった。

 

「も、もう無理……アドバイスとかないの?」

 

「そうね、ならサッカーへの愛を私への愛に置き換えて言ってみて」

 

サッカーへの愛……それだったら……。 

 

これで終わりにしようと全力で伝えた。

 

 

 

「俺は、サッカーを愛してる!」

 

 

 

「私への愛はどこに行ったのよ!?」

 

「くっ……ごめん……。俺のサッカーへの愛は千聖への愛に変換できないみたい」

 

「何よそれ! 私とサッカー、どっちが大事なの!?」

 

「サッカーですけど」

 

「即答でサッカー!? 私のためならサッカーなんて捨ててやるって言ったじゃない!」

 

「それは非常事態だから。基本的にはサッカー」

 

―――ブチッ!

 

どこからか不穏な音が部屋に響いた。

 

「…………わかったわ。あなたが私よりサッカーが大切だというなら……その幻想をぶち壊してやるわ!」

 

彼女(仮)にサッカーへの愛を幻想とか言われた件について。

その日、千聖が満足する「好き」を言えるまで俺は眠ることは出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こころ様」

 

「あら、どうかしたの?」

 

「遥様のことでご報告が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第24話

 

 

 

俺は部活、千聖は仕事で別行動の一日を過ごした。千聖の帰りはマネージャーに送ってもらい、事件の進展と千聖の様子を軽く報告してマネージャーは帰っていった。

その数十分後に―――

 

「えへへ、来ちゃった♪」

 

「お、お邪魔します……」

 

玄関で照れ笑いを浮かべる彩とオドオドする花音の二人を迎えた。

昨日、花音との電話で約束した通りに花音が我が家に泊まりに来たわけなのだが、何故か彩も引き連れていた。大方、昨日の電話を聞いて花音に自分も連れて行ってと頼んだのだろう。

 

「いらっしゃい」

 

『…………』

 

先に泊まっている三人からの視線が鋭く突き刺さるが触らぬ神に祟りなし、ということで二人をリビングに案内した。

全員がソファーに座って寝る場所の話をしようとしたのだが、先に千聖がジト目で彩を見て口を開いた。

 

「花音が来たのはわかるわ。……でも、彩ちゃん。あなたはどうしているのかしら?」

 

「うっ……やっぱり聞いてくるよね……。え、えっと、パスパレのリーダーとしてメンバーの様子を確認するためだよ!」

 

「へぇ、そう。で? 本音は?」

 

「遥君の家に泊まってる千聖ちゃんが羨ましいです! ……はッ!」

 

千聖の尋問によって素直に本音をぶちまける彩に千聖の視線はより険しいものになった。

涙目になった彩が可哀想に思えてきたので助け舟を出すことにした。

 

「もう来ちゃったから今更帰れなんて言わないから」

 

「は、遥君……!」

 

「……ただ、困ったことに布団の数が足りないんだよね」

 

「それなら彩ちゃんが帰れば丁度になるわね。彩ちゃん、帰っていいわよ」

 

「まだ来たばっかだよ!?」

 

家主と居候の対応が正反対過ぎるんですけど。

というかさっきから千聖の彩に対する態度が辛辣すぎやしないか? グループ結成当時よりは二人の仲はマシになったとは思うから、千聖の発言も彩に心を開いている証拠だと思いたい。

 

「千聖、彩をあんまりいじめないの」

 

「……ふん」

 

あらら、そっぽ向かれちゃった。

 

千聖を諫めたところで問題が解決するわけじゃない。

さて、どうしたものか。

昔なら蘭達が泊まりに来たところで小さかったから布団の数なんて気にしないで良かったし、友希那とリサが泊まりに来るときは同じ部屋で問題なかった。だが、今回は五人の女子高生。無理矢理詰めることはできないでもないが、そういうのは幼馴染や仲の良い友人とかでなければ寝ずらいだろう。

そうなると誰か俺の部屋で一緒に寝てもらうことになるのが解決策としては良い気がする。しかし、誰を誘うべきか。

 

1、友希那とリサと寝る。

 

2、千聖と寝る。

 

3、花音と寝る。

 

4、彩と寝る。

 

むむむ。思いついた選択肢がいつもより多い。

1は実を言うと昨日もそうしようとしたのだが、千聖が断固反対したためしなかった。

2は恋人(仮)とは言え、そこまでしていいものかわからない。

3と4に至っては今日来た二人のどちらかと一緒に寝るのは如何なものか。

……2が恋人という名目があるから一番無難だとは思う。ダメなら友希那とリサに頼もう。

 

「千聖、今日は俺と一緒に寝てくれる?」

 

『……は?』

 

五人の少女が一斉に困惑した声を出した。

 

「流石にそれくらいしかないと思うんだけど。まあ、千聖が嫌―――」

 

 

 

「嫌じゃないわ!」

 

 

 

普段の千聖からは考えられないような声で遮られた。

声もそうだが、小さくガッツポーズしている理由はよくわからない。

ともあれ、これで問題は解決したわけだ。

 

「お、おお、そっ―――」

 

「そ、そういうの良くないと思う! だってアイドルだもん!」

 

またしても遮られた。今度は彩にだ。

 

「彩の言い分はわかるけど、一応千聖の恋人だし、現状この家の主は俺だから多少のことは目を瞑って欲しいな」

 

「うぅっ……!」

 

これでようやく―――

 

「待って」

 

……二度あることは三度ある。っていうけど、そんな何度も起こられても面倒なだけだな。

 

三度目は花音に遮られた。

 

「千聖ちゃんと恋人ってどういうこと?」

 

花音の声音は心なしか室内の気温を下げた気がした。

これは返答次第で殺されそうな気もするんですが。

考えてみればこの場で事情を知らないのは花音だけだ。「話してもいい?」と千聖に視線だけで問いかけるとこくりと頷いた。

 

「実は―――」

 

千聖の現状を花音に伝えると、次第にいつもの優しい目付きに戻った。

 

「……そっか。そう言う事情があったんだね」

 

「まあね」

 

「でも、一緒に寝る必要ないよね? いくら恋人(仮)だとしてもそこまではしなくてもいいんじゃないかな?」

 

「そうだそうだー!」

 

「いくらなんでも行きすぎよ」

 

「私もそう思うよ!」

 

まくしたてるような物言いをする花音に三人も便乗してくる。

 

「私は家主直々に誘われたのよ。居候の身としては断るわけにはいかないじゃない。たとえ一緒のベッドで寝てと言われたとしてもね」

 

…………ん? 一緒のベッド?

 

「千聖、一緒のベッドで寝たいの?」

 

「? だってあなたがそう言ったのでしょ?」

 

「一緒に寝るとは言ったけど、“ベッドで”なんて一言も言ってないよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……………………………………………………。っ! だ、騙したわねっ!?」

 

「痛ぁっ!」

 

何を勘違いしたのか知らないが顔を真っ赤にした千聖に頬を殴られた。

ベーシストたるもの、もう少し手を大事にしなさいな。

結果として千聖が不機嫌になってしまったが、何とか丸く収まった。

 

 

 

 

 

昨日よりも賑やかになった夕食を終えて就寝前。リサにお願いして布団を貸してもらい、それを俺の部屋に敷いて千聖にはそこで寝てもらう。

 

「ねぇ、千聖」

 

「……何かしら、嘘吐き」

 

先程のことがよっぽど頭に来たらしく、こちらに顔を向けてくれない。挙句の果てに嘘吐き呼ばわりときた。

 

「こっちで寝る?」

 

「嘘吐きのあなたのことだから私がベッドであなたが布団っていうオチじゃないのかしら?」

 

「ううん。俺と一緒にベッドで寝るって言ってる。千聖が望むならそれでもいいけど」

 

「それで贖罪のつもり?」

 

とかなんとか言いつつ枕を持ってベッドに入って来た。だが、顔は反対に向けたままだ。

 

「一応」

 

「全然足りないわね」

 

「えー? 今の俺にはこれが精一杯なんで勘弁してくれません?」

 

「……ルパンだってもうちょっと頑張ると思うわ」

 

「さいですか。なら―――」

 

「っ!」

 

千聖の小柄な体を優しく抱き締めた。

 

「ふ、ふんっ。まあまあね」

 

カズに教えてもらった漫画にあったが、効果はあったらしい。

 

「おやすみ、千聖」

 

「おやすみなさい、遥君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。デートしよっか」

 

「そう言うのはもっと早くに言いなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第25話

 

 

 

「おはよう、遥君! 今日は絶好のデート日和ね!」

 

「お、おう……」

 

いつもより三割増しの笑顔で千聖が俺を起こしてくれた。

千聖が泊まってから見慣れる程には彼女の顔を見てきたつもりだが、ここまで眩しい笑顔は初めてで思わず面食らってしまう。

 

「……千聖? なんか変な物でも食べた? もしくは別人?」

 

考えてもみろ。“あの”千聖だぞ。絶え間ない(作り)笑顔がお得意の白鷺千聖だぞ。

だから俺がそんな風に疑問を口にしてしまったのは仕方がないことだと思うんだ。

まあ、ものの見事に一瞬で無表情になってからいつもの笑顔になったんだけれども。

 

「ねえ、遥君。朝食に毒盛られるのと夜道でお腹を刺されるのどっちがお好みかしら?」

 

未だベッドで仰向けになっていた状態の俺に千聖が覆いかぶさってくる。

さらには互いの息遣いがわかるくらいの距離にまで顔を近づけてきた。あと数cm動かせば唇が触れそうだ。

視界を千聖の顔が埋め尽くし、牡丹色の瞳が目を逸らすなと言わんばかりに見つめてくる。

 

「ハハハ。千聖のジョークは過激だね」

 

「知らなかった? 私、冗談はあまり得意じゃないの」

 

「へ、へぇ……。ところでさ、いつまでもこの状態でいるの?」

 

「いつまでかしらね。私は全然気にしないわ。……もしかして恥ずかしい?」

 

「いや、全然。リサか友希那と寝た翌日は大体こんな感じだし」

 

「……どうやら毒で苦しんでいるところに刺されたいようね」

 

「なんで両方!?」

 

「あーあ、私とっても不機嫌になったわー。このままだと本当にやりかねないわー」

 

おい、仮にも女優だろ。その棒読みなんとかしなさいよ。なんてことは言えず、頭を捻ってご機嫌取りの方法を考える。

根に持つタイプであろう千聖をこのままにするのはよくない。

実際のところそこまで不機嫌には見えないから大袈裟に考える必要もないのだが、今日は折角の千聖とのデートなのだから楽しい気分でしたい、というのが一番にあった。

 

「これで機嫌を直して」

 

両手を千聖の背中と頭に回してゆっくりと頭を撫でた。

 

「とりあえずハグしておけばいいだろみたいな考えしてない? 私の機嫌がそんなんで直ると思ったら大間違いよ」

 

「じゃあ、やめる?」

 

「……やめろとは言ってないじゃない。存分に愛でなさい」

 

「お腹空いたからもう無理ー」

 

「なら朝食が終わったらしてもらうから」

 

朝食後、ソファーで同じことをしようとしたのだが、リサ達に全力で阻まれたのでその約束は叶うことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ家にいるというのに、態々待ち合わせをしたいという千聖の要望に従って、先に駅前で突っ立っていた。

それから五分もしないうちに家でも見た白いワンピースにデニムジャケット姿の千聖がやって来た。

一応伊達眼鏡で変装はしているのだが、隠す気があまりなさそうだ。

 

「待たせたかしら?」

 

学校で待ち合わせした時とは立場が逆だ。

ここで「待ってないよ」というのが普通なのだが、ありきたりな答えというのも味気無い。

 

1、「ああ、待った。正確言うなら4分32秒待ったとも。この失った時間どうしてくれる?」

 

2、「君を待つ時間すらも儚く感じたよ。ああ、儚い!」

 

3、「まあね。でも待つのもデートの醍醐味だから」

 

1は普通にムカつくな。

2に関しては千聖がキレそうだと俺の直感が告げてる。

……ここは3だわな。

 

「まあね。でも待つのもデートの醍醐味だから」

 

「ふーん、なんだかデートに慣れてますよって言いたげね」

 

あれっ!? 不機嫌になった!?

確かにリサや友希那とデートすることはあるし、異性と二人きりというのであればイヴや日菜と出かけるのもデートに含まれるわけであって……。あれ? 一般的に考えると俺って結構ふしだらな男なのかな?

 

「でも今日の私は機嫌が良いから許してあげるわ」

 

フフン♪と鼻を鳴らしていることから本当に機嫌は良いらしい。

今朝は不機嫌になってたけどね。

千聖の心変わりの速さに内心呆れていると不意に見慣れた髪色が視界の端に映った。

正確に言うならサングラスを掛けたリサ達だった。

道行く人達は怪しげな集団に顔を引きつらせて横切っていく。

 

「……」

 

『……』

 

彼女達とばっちり目が合う。

存在がバレた彼女達からガルルルルと狂犬のように唸り声が聞こえた気がして、思わず目を逸らした。

 

何してんの、あいつら……!?

 

彼女達が視界から外れていると着信音が俺のスマホから鳴った。確認してみると相手はリサだ。

内容は『どういうこと?』とのこと。

普段のリサなら顔文字とか絵文字を使うのだが、今送られてきた文章にはそれが一切なかった。長い付き合いだからこそわかるのだが、顔文字や絵文字を使わない時のリサは激おこ状態の証なのだ。

これではまるで浮気調査される気分だ。バレている時点で彼女達の探偵としての腕はたかが知れてるけれど。

今更どうこう言っても仕方がないと諦めを付けて、少なくとも千聖には伝えておくことにした。

 

「あー、千聖? その、リサ達が……」

 

「尾行しているんでしょ?」

 

「知ってたの?」

 

「ええ、だって出かけるときに遥君とデートしてくるってあの子達を煽って来たから」

 

「お前の所為か!」

 

「ふふっ。彼女達の顔、見ものだったわよ。帰ったら今日のデートの話でもしてあげましょうね」

 

「自ら死にに行くなんてしたくないんだけど! うわぁ、帰りたくない……」

 

「だったら愛の逃避行と行きましょうか!」

 

「ち、千聖!?」

 

『ああーーーっ!!』

 

いきなり千聖に腕を引かれて、彼女に連れられるままに駅前の人混みに紛れた。

こうして俺と千聖のデートはドタバタしながら始まった。

 

 

 

 

 

「どうかしら?」

 

試着室から出てきた千聖が俺に感想を求めてくる。

花柄の淡い黄色のフレアスカートとフリルの付いた白いブラウスだ。

千聖元来の凛とした佇まいと合わさって清楚なイメージが強調された気がする。

 

「そんなんじゃまだ地味過ぎるくらいだぜ。もっと腕にシルバー―――」

 

「遥君」

 

ぴしゃりと遮られた。まあ、こうなることはわかってたけど。

 

「真面目に言ってくれるかしら?」

 

「はーい。……元がいいから何着ても基本的には似合ってると思うよ。今着てるのだと清楚なイメージが強調されてるから千聖とは相性良い服なんじゃないかな。あ、でも、スカートが髪とほぼ同じ色だから赤とか別の色にしてみるのもアリだと思う」

 

「…………」

 

俺なりに真面目に感想を伝えたつもりだが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。

 

「正直に言えば、あなたからそんな感想が聞けるとは思っていなかったのだけど、少しだけ感心したわ」

 

「身近にオシャレに五月蝿い子がいるもんで」

 

「ああ、そういうことね。それなら合点がいくわ。じゃあ、次のに着替えるから待ってて」

 

「はーい」

 

さて、リサ達を巻いた俺達がいる場所はというと、大型ショッピングモール内にある洋服屋だ。

俺は来たことはないが千聖がよく来ている場所らしく、有名人が来ても店員が騒ぎ立てるような真似はしてくれないから気に入ってるそうだ。

そんな場所で今現在千聖のプチファッションショーが行われている。

ちなみに、すでに服選びは五着目に突入していた。

その後も何着か試着してから気に入った服を購入することに決めたようだ。

 

「あなたの感想が一番良かったものを買うことにしたわ」

 

それが決めた理由らしい。

俺の意見がズレていないことを祈って、少しだけお会計を出すことにした。

それを見た千聖が不満げな視線を向けてくる。

 

「私、それなりにお金はあるわよ?」

 

彼女の言う通り、女優業だけでなく、アイドルとしても活躍する千聖の稼ぎなら十分に支払えるに違いない。

 

「俺の意見が反映された服を買うんだから多少の責任は持たないとね」

 

「でも―――」

 

「ここは彼氏さんを立ててあげるべきでは?」

 

千聖がまだ何か言おうとしていたところに会計してくれる女性の店員さんが遮った。

 

「か、彼氏っ!?」

 

「あれ? 違いました? 親しそうにしていたからてっきりそうだとばかり……」

 

素っ頓狂な声をあげた千聖に首を傾げる。

リサ達や沙綾には彼氏宣言は堂々としていたのに、サッカー部の皆や見知らぬ人相手だとあまりそうでもない。今回だと言われて照れている。

人数の問題というわけでもなさそうだ。

 

「い、いえ、合ってます……! 私の彼氏なんです!」

 

「そうですか!」

 

顔を真っ赤にした千聖を微笑ましそうに見つめて、俺にウィンクしてくれた。

助け舟を出してくれた店員さんに軽く会釈してサラッと会計を済ませた。

買った服はこの後のデートに邪魔になってしまうので配送してもらうことにした。

このままショッピングモールのフードコートで昼食を済ませようとしたのだが、あまり人目が多いと千聖に気が付く人がいるかもしれないことを危惧して、俺の知り合いが働いてる喫茶店に行くことにした。

 

 

 

 

 

「羽沢珈琲店?」

 

「そ! 喫茶店巡りが好きな千聖なら気に入ると思うよ」

 

「いらっしゃいま―――えっ!? 遥君!?」

 

店の中に入ってすぐに店員さんが迎えてくれた。と言っても俺の知り合いである羽沢つぐみだ。

彼女はこのお店の一人娘の高校生。お手伝いとしてこのお店を手伝ってる良い子なのだ。

 

「二人なんだけど大丈夫?」

 

「へ? あ! う、うん! 二名様、ご案内しますね!」

 

俺が来たことに驚いていたつぐみだが、そこは長いこと手伝いをしてきた経験のお陰ですぐに立ち直った。

つぐみに案内されてお店のあまり目立たない席に座る。

 

「こちらメニューになります。決まりましたら呼んでください」

 

そう言ってつぐみは離れた。ただ、その際にこちらをチラチラ見ては何か言いたそうにしていた。十中八九千聖のことだろうけれど、今は働いているから遠慮したのだろう。

 

それよりも問題はこっちか。

 

「彼女とはどんな関係なの?」

 

沙綾と出会った時みたく、鋭い視線で問い詰められる。

 

「沙綾と一緒で小さい頃からの知り合い。たまにここでバイトもさせてもらってるんだ。あ、今日はいないけどここはイヴのバイト先でもあるよ」

 

「イヴちゃんがバイトをしてるのは知ってたけど、ここだったのね……」

 

「なんたって俺が紹介したからね。……つぐみについてはこんなもんかな。メニュー決めようよ。もうお腹ペコペコでさ」

 

「ふふっ、私もよ」

 

決めたメニューをつぐみに伝え、料理が来るまでこの後の予定を話し合いながら時間を潰すことにした。

数分程してつぐみが「お待たせしました!」と元気よく頼んだ料理を運んできてくれた。

食後にデザートと紅茶を追加で注文した。

紅茶は同じだが、千聖はイチゴのショートケーキ。俺はチーズケーキを頼んだ。

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

「折角だから―――はい、あーん」

 

チーズケーキを小さく切り分け、フォークで刺した物を千聖の前に突き出す。

丁度お互いに違うケーキを食べていたので思い出せた、仲の良い男女がよくやる『あーん』である。

 

「へ!?」

 

「もしかしてチーズケーキ苦手だった?」

 

「そ、そういうわけじゃないの! ……遥君はいつもいきなりでずるいわ」

 

俺に対する不満(?)を少しだけ頬を赤く染めながら呟いて、小さな口を開けて差し出したチーズケーキを口に入れた。

 

「美味しいわ」

 

「このお店のオススメだからね」

 

「……そうじゃないわ」

 

「え?」

 

「あなたと一緒だからよ」

 

「そっか! それは連れてきた甲斐があった!」

 

「全く分かってなさそうね、このサッカーバカは……」

 

「え、どういうこと?」

 

「内緒。はい、お返しよ。あーん」

 

「こ、これは蘭ちゃん達に報告しないと……!」

 

千聖は答えててくれる様子ではなかったので、それ以上は何も聞けずじまい。差し出されたケーキを食べてお店をあとにした。

羽沢珈琲店を出た後はゲームセンターに寄った。

 

「このアーム弱過ぎよ! インチキじゃないかしら!?」

 

UFOキャッチャーで怒る千聖。

 

「ふふ、今ここに私の伝説が始まるのよ……!」

 

レーシングゲームでハンドルを握った途端に性格が変わる千聖。

 

「今日の記念にプリクラ撮りましょ?」

 

二人で撮った写真に楽しそうにデコレーションしていく千聖。

どれもこれも()()()()()()の白鷺千聖からは考えられない姿だ。

きっとファンの人に「千聖ってこんなんだぜー」って話しても信じてくれなさそうだ。

 

こんなに独り占めしてたら、いつかファンに怒られそうだな。

 

「楽しかったわ! 今日はデートしてくれてありがとう、遥君!」

 

ゲームセンターを出ると、もう夕方になっていた。

休憩がてらに人のいない公園のベンチで座る彼女の笑顔は心から笑っていて、夕日という風景も相まってとても綺麗だった。

 

「ああ、俺も楽しかった。デートに慣れてるのも悪くはないでしょ?」

 

「確かにそのとおりね。でもね―――」

 

おどける俺に千聖が距離を詰めてきて耳元で囁く。

 

 

 

―――“あなたの初めてが欲しかったわ。”

 

 

 

「それはどうしようもないな」

 

「ええ、本当にね。だからこれだけは貰うわね」

 

不意に首に腕を回され、二人の影が重なった。

 

「ち、千聖!? は!? いや、何して……! というか……え!?」

 

「流石にサッカーバカのあなたでもわかるわよね? 今の行為の意味」

 

「ま、まあ、うん……はい」

 

「動揺し過ぎじゃないかしら? ちょっと新鮮で可愛いからいいけど」

 

先程の行為なんて何ともないようにクスクス笑う。動揺する俺の姿が滑稽に思えたからなのもあるのだろうけれど、もう少し恥ずかしがってもいいんじゃないかと内心で思う。

 

「だって、これは、その……()()()()()()でしょ?」

 

「ええ、()()()()()()よ」

 

「お、俺は……」

 

「ああ、良いの。返事はまだしなくて」

 

「え?」

 

「だって、恋愛の『れ』の字もしらないサッカーバカのあなたが、私を異性として意識したことなんてないでしょ? だからこれはあなたに対する宣戦布告といったところよ」

 

一度深呼吸をしてから続きを告げる。

 

「私はあなたのことが―――桜木遥君のことが好きです。これからドンドン攻めていくから覚悟してよね?」

 

「は、はい」

 

生まれて初めて自分に対する好意を口にされた。

それは俺にとっての白鷺千聖への印象を嫌でも変えさせられたのだ。

未だにバクバクと五月蝿い振動を起こす心臓と鏡を見なくともわかる真っ赤になった顔が、治まる気配を全然みせない。

それに千聖の顔を直視することが出来ない。

 

「さて、そろそろあの子達が心配してるだろうから帰り―――」

 

 

 

 

「ふざけるなぁっ!!」

 

 

 

 

千聖に手を引かれて立ち上がろうとしたところで怒鳴り声が公園内に響いた。

声のした方に向けば、公園の入り口付近に小太りの男が立っていた。

男が睨みつけていたのは俺達だった。

のしのしと歩み寄って来る男に警戒しながら千聖を庇い距離を取る。

 

「お、俺の、俺の千聖ちゃんを誑かしやがって!」

 

「俺の千聖ちゃん? え、この人と付き合ってたの?」

 

だとしたら俺とこの人は千聖に弄ばれて―――

 

「なわけないでしょ! こんなところで天然発揮しないで! というか、考えればわかるでしょ!? この人が件のストーカーよ! このバカ!」

 

「バカ!? バカってなにさ!? せめてサッカーを付けてくれ!」

 

「ツッコミどころはそこじゃないでしょ!?」

 

「バカとサッカーバカは大違いだ!」

 

「今はそんなことより目の前のストーカーのことよ!」

 

「ストーカー!? 違う! 隠密的にすら見える献身的な後方警備だよ、千聖ちゃん! そ、それよりも、俺だよ! 忘れたのかい!?」

 

世間一般ではそれをストーカーというのでは……?

 

「ごめんなさい! あなたのような人は覚えてません!」

 

「う、嘘だ! だって、いつもイベントで俺だけに微笑んでくれるじゃないか! 握手会だって!」

 

男から語られるのは千聖とのデートの内容やら会話やら。

リアリティ溢れる言葉に思わず『本当に彼氏なんじゃ……?』と納得しそうになったが、千聖がバッサリ否定したことで妄想なのだろうという結論に至った。

否定された男が絶望したような顔をしてすぐに、俺にその視線を向けた。

 

「お前ぇ! 顔が良くて、モデルみたいなスタイルしてるからって、していいことと悪いことがあるだろ!?」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

「褒めてない! さっきから千聖ちゃんにベタベタ触りやがって、催眠でも掛けたんだろ!?」

 

「いや、千聖に催眠なんて掛けたら解けた後が怖いんで」

 

「どういう意味よ!?」

 

「千聖のファンに殺されるってこと」

 

もしくは千聖に倍返しされると思う。

 

「殺されそうになった時は責任もってあなたと添い遂げてあげるわ! ……むしろそれがいいわ! 結婚しましょ!」

 

「今その好意を向けられても困るんだけど! しかも段階ぶっ飛ばしてる!」

 

「俺の千聖ちゃんから離れろぉ!」

 

遂に男の堪忍袋の緒が切れたのか、胸ポケットから折り畳みナイフを取り出して振り回してきた。

 

これはマズい……!

 

俺一人なら当然逃げ切れるが千聖を庇いながらでは動きが鈍くなってしまう。

最悪千聖だけでも、と覚悟したが割って入った複数の黒い影が瞬く間に男を取り押さえた。

 

「な、なんなんだ、お前達!」

 

「名乗るほどの者ではありません」

 

答えたのは男を取り押さえている黒いスーツに黒いサングラスを掛けた女性の一人だ。

すぐに彼女達が何者かを思い出して、お礼を言う。

 

「ありがとうございます」

 

「こころ様の指示でしたから」

 

「こころの?」

 

「ええ。それよりもすぐにここを離れることをお勧めします。すぐに警察がやってきてお二人も事情聴取されてしまいますから。あまり話題にはされたくはないのでしょう?」

 

「まさか―――」

 

「弦巻家の黒服たる者、この程度出来なくてはお嬢様を守れませんから」

 

千聖の問題にしたくないという事情を知った上でここまでしてくれたのか。

 

「ありがとうございます! 今度お礼に行きます! 千聖、行こう!」

 

何が何だかついていけていない千聖の手を少々強引に引いて、我が家へと帰宅したのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

後日談というかまとめ的なお話。

弦巻家のお陰でただの暴漢未遂事件として翌日には報道された。

事件解決に伴い、千聖達のお泊りもこれにて終了―――のはずだったんだけど、未だに泊まっている千聖以外の四人からリビングで問い詰められていた。

理由は千聖がデート前に散々煽ったことに加え、内容を事細かに(時に捏造や大袈裟にしながら)語ったのだ。

おまけに隣にいる千聖が「怖いわ」と絶対嘘と断言できる演技で俺のうでにしがみついてることが、より拍車をかけている。

 

もう、なんていうかさ、抗うのも馬鹿馬鹿しい恐怖っていうのを身を持って体験してるよね。

 

途中から彼女達の言葉を聞き流して過ごしている内に話が終わった。

ようやく解放される。

 

「遥君、ファーストキスはどうだったかしら?」

 

ことはなかった。

最後の最後に白鷺帝国が核兵器をお泊り連合に打ち込んだ。

第二次世界大戦勃発である。

 

『!?』

 

「ん? アレが初めてじゃ―――あ、なんでもない」

 

『それについて詳しく聞こうか』

 

白鷺帝国のまさかの裏切りにあい、五つになったお泊り連合の猛攻に為す術もなく桜木国は敗戦したのだった。

 

 

 

 



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