英雄伝説 閃の軌跡II〜黒き狼の軌跡〜 (絶零)
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黒の起動者

俺は今、走っている。部活で鍛えて来た身体を酷使し、一歩一歩突き進む。

何故なら今日は閃の軌跡に大型アップデートなるものが来ると言う噂があるからだ。

 

「急げ、家に何としても!」

 

困っている友人を無視し、泣いている子どもを……別の友人に押し付け、ヨボヨボと階段を頼りなく登る老人を……少し乱暴に抱き上げ階段の上に降ろしトラックに轢かれそうな子猫を無視……出来るか!

 

「あっぶねぇ!!」

 

危機一髪だったが、飛び込む事で何とか子猫を捕まえてトラックに当たらない場所へ。流石に気が付いたのか、運転手が降りて来るのを視界に捉える。被害者、いや被害猫にここで待つように声を掛け、すぐに全力疾走。

 

「ただいま!」

 

「おかえり、どうしたの?随分慌てて……。」

 

「夜飯まで俺は部屋に籠る!」

 

放課後に携帯に送られて来た情報通りにゲームを起動すると自動でアップデートが完了していた。内容を確認する前に始めた。

 

「おお!これは!」

 

あからさまに怪しい別の話で始めるという項目が追加されている。一瞬の逡巡も無くボタンを押す。

後戻りの出来ない物語が始まりますがよろしいですか?という問いにはいを選択。しつこく迫る質問を肯定し続けると、設定画面が出て来た。

 

「名前やレベルに装備やアイテムまでか?」

 

細かく、主人公の設定まで決めさせられるようだ。この画面を見ると、閃の軌跡の主人公であるリィンとは別の視点だとはっきりと予想が付く。

名前の欄にはナギトと記入するが、苗字は必要だと考え、ナギト・エセルバートと書き直す。所属設定は《貴族連合側》や《身食らう蛇》など他にもあるが、安定択で《VII組》の一員で決定だろう。

装備は……武器しか決められない。選択肢がいくつかあるが不壊剣

"デュランダル"が名前的に琴線に触れたから決定だ。本編では知らない武器だからこれもアップデートの一つなのだろう。

人間関係、マスタークオーツや特殊能力の有無があるが、便利なランダムで決定する。

レベルは一度上げた努力があるから200で良いだろう。

アイテムの持ち込みは一つまで可能らしい。見た事がないアイテムが候補に挙がっているが効果までは見る事が出来ない。ランダムを迷わず選択する。

 

「よし、大体オーケーだな。早速始めるか!」

 

スタートボタンを押し、画面が暗転。中々ロード画面が終わらず次第に瞼が重くなって来た。気分転換に一度リセットでもしようかと立ち上がった瞬間に力が大きく抜けた。

昨日は夜更かししてないのに、と口の中で呟き、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『目覚メヨ、起動者ヨ。』

 

頭の中に直接響く声に意識を覚醒させられるが、あまりの気怠さに起き上がる事が出来ない。どうせ起きられないなら寝てても良いんじゃないかと思い直し、再び眠りの世界へ。

 

『目覚メヨ!』

 

「は、はい!」

 

怒気を孕んだ一喝に反射的に起き上がる。決してビビったとかではなく、起きて返事をしなければならない、そんな気がしたからだ。嘘じゃない。

 

『我ハ黒ノ騎神、エルミスヘカテ。起動者ヨ、心配サセルナ。』

 

「は?黒の騎神?起動者?俺がか?」

 

『他ニ誰ガイル?』

 

「待て待て、状況を整理させろ。」

 

俺は閃の軌跡IIのアップデート後の追加内容を遊ぶ予定で、待ち時間が長くて寝た。起きたらここ。

寝てから起きるまでの間が知りたい!寝る前と起きた後でここまで違うってどうよ?てか騎神とか起動者って単語には聞き覚えがあるな。というか閃の軌跡そのままか。

 

「成る程、夢オチか!まさかオリジナル設定を作る楽しさに夢にまで見るなんてな。高校生にもなって恥ずかしい限りだ。」

 

「起動者ヨ、夢デハナイ。」

 

「はいはい、夢の住人はみんなそう言うよ。」

 

メニューと頭で念じると装備やアイテム、ステータスが表示された。レベルは200。武器は不壊剣"デュランダル"で装備やアクセサリーは無し。服は着ているから関連性はないだろう。

ARCUSにはマスタークオーツにフェニックスという聞き馴染みのないものが。効果が、ターン開始時に体力を十パーセント回復と、クリティカル率上昇。それからターン開始時に全状態異状を回復するという効果だ。

クオーツはかなり極端だ。一つしかセット出来ずに、おまけに効果が凄い。

EPとATSが0になる代わりに他の能力が強化され、HPが50000、STRが4500、DEFとADFが4000。SPDが200でDEXとAGLが70。

MOVが文字化けしていてRNGが1。

そして装備品やアクセサリーを着けてもステータスが変わらない。

近接型ならば最高の能力なのではないだろうか。特にHPは二倍近くになっている。

そして特殊能力だ。本来無いはずの項目を見ると、クラフトポイント、CPが無限化していた。Sクラフトを連発する事は出来ない様だが毎回クラフトを使い放題ならばかなり強い。

 

「俺滅茶苦茶強いな。流石夢、チート万歳。ただ一人で無双出来る程のステータスではないかな。」

 

アーツは全く使えないから飛ばすとして、クラフトを見る。

まず目に付くのはSクラフトのメテオ・ストライクだ。説明が隕石を落とすという説明であり、効果範囲が自分以外。威力は7Sだ。

二つ目はアポカリプティックサウンド。七回目の音が聞こえた時、滅びが訪れる。威力はご察し、不明だ。

メテオ・ストライクが奥の手でアポカリプティックサウンドは封印確定だ。確か世界の終わりを意味する言葉だった気がする。折角の夢を壊されては堪らない。

 

「クラフトも見るのが怖いな……。」

 

強すぎるのは勘弁!と念じながら見ると、一目で封印確定のものはなかった。

四つ程ある。一つは、クリスタルフェニクス。氷のフェニックスを直線上に飛ばす技だ。

二つ目は範囲が円で氷の牢獄を作る、インフィニティプリズン。

三つ目は強化技で、精霊解放。3ターン攻撃に炎属性が付き、STRとSPDが上昇し、クラフトやアーツが強化される。リィンの神気合一の下位互換的な感じだろうか。十分過ぎるが。

四つ目は騎神召喚だ。言うことは特にない。

CPは消費無しで使えるから見ておく必要は無いだろう。

 

「強い……のか?一応MOV下げたり駆動解除も出来るけど。そもそも3ターンって時間にしてどれくらいだよって問題が発生してるんだが。」

 

もう一回り目を通していると、デュランダルに起句と呼ばれる項目があった。『不滅たれデュランダル』で氷の力が剣に宿る。そして、『永遠たれデュランダル』で毎ターン自動回復が付くらしい。後者はMクオーツと被っている感じがするがまあ十分過ぎるくらい強いから良いだろう。

アイテム欄にはステルス薬というアイテムが無限の記号を示していた。効果はどれくらいか後で確認するとして……これはとても良い薬だ。何に使うのかは考えるまでも無いだろう。

 

『起動者ヨ、暫ク霊力ノ回復ヲスル。何カアルカ。』

 

「ん?ああ、俺をリィン達がいる場所に移動出来るか?」

 

『仲間ノ場所ハ無理ダ。シカシ、灰ノ騎神ノ元へナラバ可能ダ。』

 

「それでいい、頼む。」

 

『良カロウ、少シ待テ。』

 

灰の騎神、ヴァリマールの場所次第でどれくらいの時間かが分かる。仲間を探している途中か、トーラス士官学院の解放の為に飛び回っているかは分からないが、精々楽しむとしよう。夢が覚めるまで!

 

そんな決意を固めている時、薄暗い森に獣の雄叫びが木霊した。まるで勝利を確信しているとばかりの音に向かって、咄嗟に駆け出した。

右手には装備したばかりのデュランダルを握り込んで。




不慣れな部分も多いですが頑張りたいと思います。説明不足な点もありますがよろしくお願いします。


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黒の出会い

森の悪路を物ともせずに全力で走り続けると巨体が姿を現わす。魔獣ではなく幻獣と呼ばれる類のものだろう。幻獣の視線の先には人影が見える。どうやら単身で幻獣と遭遇してしまったようだ。

幻獣の口が大きく開き、今にも人影を捕食しそうな勢いだ。

 

「ちょっと待った!」

 

走り込んだ勢いを全く殺さずに横っ腹に斬りかかる。途中で幻獣に埋まったまま止まってしまったが、すぐ様次の攻撃をしようと頭を高速回転。

 

「『不滅たれデュランダル』!」

 

起句を唱えた途端、デュランダルに鼓動が走り抜けたと同時に傷口から凍り始めた。デュランダルを中心に凍り始めてさすがに危機感を感じたのか、幻獣が敵と認識したようだ。

身体を振り回し、引き剥がされると幻獣が一度大きく咆哮した。幻獣には確か駆動無しでアーツを使える個体がいた気がするという思いから横に飛び込むように逃げる。

一瞬後、地面から棘の様に突き出してきた岩を見て冷や汗が喉を伝う。

ステータス的に一撃で死ぬことはないだろうが即死攻撃などもあるだろう。レジストに失敗したらあの世行き、もしくは夢から覚める事になったら冗談じゃない。

 

「あの巨体でこの地形なら素早くは動けないだろうな、よし!」

 

ヒットアンドアウェイを心掛け、斬って氷漬けにしつつすぐに後退。幻獣が咆哮した場合は余裕を持って大きく回避運動。

迷わずSクラフトを使いたいところではあるが威力が規格外過ぎて躊躇われる。ゲームならば問題になっていないが変に現実的なここでは地形が大きく変化する危険性がある。

 

「取り敢えずクラフト連発してみるか。クリスタルフェニクス!」

 

剣の先から放出された氷が炎の様に揺らめき、形を幽幻な鳥に変え幻獣に襲い掛かる。高速で体当たりした部分が凍り、その前の俺の攻撃を合わせれば身体の半分以上が動かないはずだ。

それでも尚動こうとする幻獣に素早く近付くともう一発クリスタルフェニクスを放ち、足止め。トドメにインフィニティプリズンを使う。指定した範囲を中心に地面ごと凍り始め、範囲内の草木に至るまで全てが氷の世界の一部となった。

幻獣も完全に凍ってしまい、動けない様だ。生きているかどうかの判断は不可能だが、一応安全であると言えるだろう。

 

襲われていた人影を探し、視線を彷徨わせるとすぐに見つける事が出来た。どうやら逃げるでも隠れるでもなく戦闘を見ていたらしい。

 

「おい、大丈夫か?」

 

声をかけると此方を見上げる瞳とバッチリ目が合う。そして全体的に黒く、そして薄着で兎型の耳のあるフードを被っている銀髪の少女には見覚えがあった。

 

「はい、大丈夫です。」

 

「あ、ああ。無事なら良いんだ。」

 

《黒兎》、そうブラックラビットのコードネームを持つ少女、アルティナ・オライオンだ。

 

「何故動揺しているのですか?」

 

「い、いやいや。動揺とか冗談よせって。ただ戦闘の余韻で興奮が収まってないだけだよ。多分な。」

 

「多分?」

 

「いや確実にだ。」

 

別に会ったら殺される訳ではないが貴族連合の協力者として裏で色々やっていたみたいだし簡単に心を許すわけにはいかない。

だが実際に目の前で見るとやっぱり可愛いな。ゲームやアニメ特有の髪型や背格好が普通な世界からするとどうなのか分からないが日本基準で考えると物珍しさも相まって普通以上に見える。

 

「……別に構いませんが。」

 

「えっと、名前を聞いてもいいか?」

 

知ってるけど、という言葉は心の奥にグッと押し込み聞いてみる。

誰かれ答えて良いのかは知らないがいつ俺がボロを出して名前を呼んでしまうか分からないからな。怪しまれて貴族連合に暗殺されるとか勘弁してほしい。

 

「名前、ですか。アルティナ。アルティナ・オライオン。」

 

「俺はナギト。ナギト・エセルバートだ。よろしくな、アルティナ。」

 

「はい。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

アルティナの名乗りを若干意識してみたのだが特に何も反応はなく、会話が続かない。感情の起伏があまりないキャラだけど案外無口な面もあったようだ。かと言っても話す事もない。だがこのままでは居心地が悪過ぎる。

 

「えーと、今日は良い天気だな!」

 

「はぁ……?空が見えませんが。」

 

いきなりやらかしてしまったようだ。随分とテンプレ質問な上に初歩的なミスで怪しまれた可能性がある。とそこで逆転の発想が浮かんだ。怪しまれるより怪しんでいる風を装えば良いんじゃね?と。

 

「アルティナはどうしてこんなところにいるんだ?こんな何もない場所にアルティナみたいな子が一人で来るのはおかしいだろ。」

 

「何か怪しい気配があるようなので調査に来ました。ナギトさんこそどうしてここに?」

 

「俺か?俺はまあ……迷子かな。」

 

「こんな場所でですか。」

 

何と誤魔化すべきかと悩んだが、その必要はなくなった。

突如背後で軋む音が聞こえると思った途端、完全に凍り付いていた幻獣が氷を突き破り出て来た。

 

「しまった!甘かったか!アルティナ、逃げろ!」

 

「……いえ、私も手伝います。《クラウ=ソラス》。」

 

アルティナの背後に黒い傀儡が現れる。確か戦術殻とかいうものだったはずだ。正直欲しくはある。

今アルティナが協力してくれるのはありがたい。

 

「頼んだ、行くぞ!」

 

「制圧を開始します。」

 

幻獣が氷を完全に振り払ったタイミングで懐に滑り込み全体重を込めた一撃を放つ。

どうやら起句は既に解除されていたらしく凍り付く事はなかったがステータス補正か大きなダメージが入ったようだ。

反撃を恐れ離れたところをアルティナが走り込み《クラウ=ソラス》による追撃を放つ。戦術リンクはしていないが似たような事になったらしい。

 

「やるなアルティナ。」

 

「一応それなりには。」

 

幻獣の攻撃を避けるとバックステップで距離を取り《クラウ=ソラス》に命令を下すように腕を振り下ろす。

 

「ブリューナク、照射。」

 

《クラウ=ソラス》から熱線が迸り幻獣へと突き刺さる。生命力の高い幻獣といえども耐えられるダメージの許容を超えたらしく大きくバランスを崩す。

チャンスを無駄にしないように接近。時間が許す限り連続攻撃を続ける。アルティナも攻撃に加わり一気に大きなダメージ。

幻獣の咆哮によるアーツの発動と共に起き上がる。アルティナはどうやらアーツに巻き込まれたようで後方に吹き飛んでいる。少々薄情ではあるが横目で無事を確認し先程と同様にヒットアンドアウェイ戦法を取る。

アルティナも立て直し攻撃をするが、幻獣も駆動無しアーツや巨体を使った攻撃で着実にダメージを受ける。俺も何度か攻撃を貰い、木や岩に叩き付けられた。

 

「くそ、しぶといな!」

 

「ナギトさん、足止めして下さい。」

 

「分かった!」

 

Sクラフトでも使うのだろう、集中を始めた。クラフトもあまり頻繁には使っていなかった事もあり、クラフトやSクラフトはゲームのようにポンポンとぶっ放すことは出来なさそうだ。

 

「覚悟しろ、インフィニティプリズン!」

 

指定した範囲を氷が覆い、幻獣の足元だけを正確にからめ取る。全身を狙うとどうしても強度が落ちるらしく、凍る段階で振り払われたのだ。

狙い通り四本の足を地面に縫い付け小さくない隙を作る。その瞬間を待っていたとばかりにアルティナが一歩前に出る。

 

「ターミネートモード、起動します。」

 

《クラウ=ソラス》が呼応するように剣へと姿を変え突撃。一度的を攻撃した後にアルティナが剣の上へ乗り、上空へ舞い上がる。

 

「これで終わりです。ラグナブリンガー。」

 

アルティナが幻獣に向かい蹴り出すように剣を射出。地面にヒビが入る程深く刺し貫く。幻獣は力尽き、粒子を散らすようの消滅していく。ゲームの時ほど派手ではないが幻想的な雰囲気を作り出す程度には美しい光景だ。

《クラウ=ソラス》がアルティナの傍らに戻ると溶けるように消えた。

 

「助かったよ、サンキューなアルティナ。」

 

「いえ、では私はこれで。」

 

「待てよ、どこに行くんだ?」

 

「任務があるのでこれ以上は無駄と判断します。」

 

何の任務かは分からないがこれ以上は藪蛇だろう。正直ここに居ても困るから黙って送り出すのが正解か。

 

「じゃあまたな、アルティナ。」

 

「はい。」

 

《クラウ=ソラス》の腕に乗ると上手く木々の間を抜けてすぐに見えなくなった。

やっぱり便利だよな、戦術殻。

そろそろ準備も出来ただろうと思い、戦闘痕が激しいこの場を離れる。




予め言ったように口調やキャラが異なる可能性がありますがご了承ください


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再開のVII組

エルミスヘカテの元へ戻ると、光の歪みが出来ていた。精霊の道だったか?

エルミスヘカテは既に霊力回復に努めているらしく反応がない。一言ありがとうと呟き、光の渦の中へと身を投じる。

上下左右景色がなく淡白な光に包まれていると歩いているのかも怪しくなってきたが、足を踏み外さないように細心の注意を払いつつ微かに見える出口に向かって歩を進める。

とうとう出口に辿り着き飛び出ると、一面森の中に居た。途中で戻って来たか?と一瞬錯覚するが、すぐ側に灰の騎神ヴァリマールが黙している事に気がつく。

 

「て事はここはルナリア自然公園か。あんまりここは好きじゃないんだよな。」

 

理由は単純に薄暗いし虫が多そうだからだ。虫が嫌いな俺からしたら今後出現する虫型の魔獣とは出来れば戦いたくないというのが本音ではあるが。

 

「まあ取り敢えずちゃっちゃか抜けますかねー。」

 

ここの魔獣自体は大して強くない。道も殆どがゲームと同じであり簡単に進める。邪魔な魔獣は背後からの一撃で簡単に消滅させる。

宝箱も一応覗いてみたもののどうやら開けられた後みたいだ。軽くアイテムが補充出来れば嬉しかったのだがそう簡単にはいかないらしい。

 

「というか魔獣はいるし森になってるしで明らかに公園じゃないだろ、名前考えた奴出てこいよ。」

 

自然公園だから別にこれでも良いのか?などと考えていると出口、いや入り口が見えてくる。森から出ると南京錠が取り付けられた柵があり出る事は出来ないが、そこは高ステータスにお任せ。力を溜めて一気に飛び越える。

 

「西ケルディック街道だったか。久しぶりに見たな。」

 

ゲームでも序盤以外あまりお世話にならない場所で若干マップが怪しい。ゲームと同じように農家があるようだ。リィン達が来て居ないか聞いてみる事にしよう。

 

「失礼します。この場所を旅の格好をした二人組の男性が通りませんでしたか?」

 

「ああ、あの行商人ならついさっきまでここに居たよ。多分ケルディックに向かったと思う。」

 

「ありがとうございます。」

 

ついさっきならば今はトリスタの状況を見に行っただろう。検問されているはずだからすぐにケルディックに向かうはずだから心配はない。今合流しても良いが先にマキアス達に合流してしまおう。ケルディックを抜けてすぐの風車小屋に向かう。

街道に魔獣がうろついていて一般人には危険だろうからと倒しながら進むとケルディックが見えてくる。

活気溢れる喧騒が妙に耳に心地よい。確か大市というものがあるはずだ。交易町ケルディックというくらいだから様々な特産品を売買しているのかもしれない。だがどこか盛り上がりきれていない感じがする。まあ貴族軍の連中が好き放題やってるようだから仕方がないだろう。

 

「大市か、少し寄って行っても……いやいや、マキアスが先だ。」

 

未練を残しつつ町を横断。反対側の街道に出る。ケルディックを出てすぐに風車小屋は見えた。問題を解いて鍵が必要だったような気がするが声をかければ気が付いてくれるのではないだろうか。

ケルディックを出てすぐに風車小屋の前に到着する事が出来た。人の気配はあるが物音は聞こえない。

 

「気配を潜めているか、寝てるかだな。おい!マキアス開けてくれ!」

 

ガンガンと扉を叩きながら呼び掛ける。反応はなし。名前を名乗っても反応はない。

実は設定の不具合で俺はVII組の一員ではないのか?と疑ってしまった程だ。それでも諦めずに叩き続けると、ゆっくりと扉が開き眼鏡の顔が……なんて事はなかった。

さすがに少し頭に来た。

 

「マキアス、扉の側から離れてろよ。」

 

右腕を腰の後ろまで引き、力を蓄える。イメージとしては大気が震える程集中させる感じだ。限界だと思うまで全力で溜め込み、力強く一歩踏み込む。裂帛の気合とともに扉に握り拳を叩きつける。手にかなりの衝撃が返ってきたが予想以上の結果になった。

金具が外れる音に遅れて扉が凹みながら放物線を描いてぶっ飛び、中から現れたマキアスの顔横を高速で通り抜ける。

冷や汗を吹き出しながらマキアスは金魚のように口をパクパクさせている。自業自得だ。

 

「き……君は!なんて事を!」

 

「開錠(物理)だ。言っておくけど開けなかったのが悪いからな。」

 

「こんな開け方認められるか!」

 

高いSTRがあったから出来たダイナミック入室に激しく狼狽するマキアスに片手を挙げて挨拶をする。

 

「ナギト……本当に君なのか?」

 

「よっす、は……いや、久しぶりだな。」

 

つい初めましてと口が開きかけ慌てて直す。名前を知っているという事は面識があるのだと思いたい。

扉を壊した時とはまた違う動揺っぷりはなんとも見ていて面白い。

 

「そんな事よりもどうしてくれるんだ!ここは隠れ家だぞ!?だいたい君はいつもーーっ!」

 

「悪かったって。それよりさっきリィンを見たって噂があったぞ。」

 

「そう、か。では彼がここを訪れるまで僕は待つよ。君はどうするんだ?」

 

「俺も待ってても良いが……他にも仲間がいるんだろ?」

 

「ああ、エリオットとフィーも近くにいるよ。」

 

「じゃあ俺は……。」

 

その時、背後で驚く声が聞こえた。

マキアスと共にまさかという気持ちで振り返るとそこには黒髪の青年、リィン・シュバルツァーが立っていた。

 

「信じていた、君なら必ずここに辿り着くとね。久しぶりだね、リィン。」

 

「マキアス!」

 

感極まったのかリィンはマキアスに近付き抱き着く。マキアスも驚いているようだが、同じく抱き返す。男の友情って言うのも悪くはないが正直そっち系の趣味にしか見えない。

 

「湿っぽいのはその辺りにして置いたら?」

 

黒猫の介入により危険な展開は打ち切りとなった。セリーヌ!とオーバーな反応を示すマキアス。どうやら冷静そうに見えてリィンの事しか見えていなかったようだ。

 

「それと貴方は遊撃士の……。」

 

「ああ、改めて自己紹介しておくか。遊撃士協会所属、トヴァル・ランドナーだ。早速情報交換と言いたいところなんだが……その前に手に入れた鍵の意味を教えて貰っても良いか?」

 

「俺も気になっていたんだ。扉も無いのに鍵なんて必要なのか?」

 

「回りくどく遠回しにしただけなの?」

 

「……つい先程までは必要だったんだ。」

 

「どう言う事だ?」

 

どうやら俺には気が付いていないらしい。距離を取っているとはいえマキアスの隣にいたんだから少なくともリィンは俺を見ている筈なのだがどうやらマキアス以外全く目に入っていなかったようだ。そういう展開は一部の人しか喜ばないぞ?

 

「原因はそこにいる。」

 

マキアスの呆れが入った声とともに振り返る二人と一匹。別に気配を消していたつもりはなかったから驚かれると悲しくなる。この世界に来る前から目の前で気が付かれない事が多かったが影が薄くなる特殊能力をデフォルトで持っていたんだろうか。

 

「まさか……ナギトか!?」

 

「久しぶり、で良いんだよな?リィン。」

 

ゲームでしか知らない相手に知人のように話しかける違和感を押しのけ自然に振る舞えたと思う。トヴァルは俺の事を知らないようで、マキアスやセリーヌが補足説明をしているらしい。実際俺はどういう扱いでどうやってVII組に入ったのか知るために一緒にトヴァルと聞きたかった。

 

「ナギトが原因ってどういう事なんだ?」

 

「ケチな眼鏡が融通効かないから俺流の開錠をしただけだよ。」

 

俺の説明にリィンはハテナマークが浮かんでいるようだが、セリーヌとトヴァルは眼ざとく凹んだ扉を視界に収めたらしく、白い目を向けている。

 

「ほら、マキアス。情報交換だとよ。俺も知らないから教えてくれ。」

 

俺が内心焦りつつマキアスに促すと、一度小さくため息を吐き気持ちを切り替えると語り出した。話の内容を整理すると、紅き飛行巡洋艦《カレイジャス》号に助けられたという事だ。カレイジャスは行方不明で、仲間は三つに分かれて逃げ出した。大体記憶通りと言ったところ。リィンも目覚めてからの事を俺やマキアスに伝えると、話はマキアスに戻った。

 

「それでマキアスはケルディックに辿り着いたんだな。」

 

「ああ、おかげさまでね。そしてこの場所でエリオットとフィーとも落ち合うことが出来た。」

 

「二人もここにいるのか!?」

 

「まあそういう事だろうな。みんなリィンを探すために頑張ってたんだろ。」

 

「君も妹や皇女殿下の件で大変だったろう。僕も彼女達を取り戻す為に協力させてくれ。」

 

「勿論俺も手伝うから、断っても無駄だからそのつもりでよろしくな。」

 

「断る事なんてしない。ありがとう、マキアス、ナギト。」

 

目の前で起こっているこれがVII組の絆かと思うと本当に会話できている事が夢のようだ。今更だがこれは夢ではないのではないかと思い始めた。よく考えればこんなにリアルな痛みを伴う夢はそうそうないからだ。扉を開けた時の痛みがまだ余韻を残している。

現実ならば帰る方法も見つけたいところだがそれはそれとして全力でこの世界を楽しむ事が最優先であることに違いない。

 

「エリオットとフィーにも早く連絡を入れてやりたいな。きっと喜ぶはずだ。」

 

「二人は出かけているのね?」

 

「ああ、東の国境、《ガレリア要塞》方面に抜けられないかを探りにね。」

 

「酒場の女将さんの話だと正規軍が張っているって話だったか。」

 

「ええ、要塞近くの演習場に《第四機甲師団》が陣を張っているようです。」

 

「《第四機甲師団》ってたしかエリオットの父さんのいるところだったよな?」

 

「そして帝国正規軍最強の師団だ。」

 

俺の曖昧な知識をトヴァルが親切に補足してくれた。エリオットの父さん、グレイグ中将がいる師団でストーリーにもかなり関わってくる存在のはずだ。

 

「マキアス達は彼らとコンタクトを取るつもりなのか?」

 

「ああ、現状を打開するヒントを得られればと思ってね。僕はバックアップをしていたんだ。もうすぐ二人から定時連絡が入るはずだ。」

 

「じゃあ定時連絡の時に合流する方法を確認するとして、まだ時間があるんだろ?どうするんだ?」

 

「それじゃあ一旦町に戻って見たらどうだ?情報を集めておくのも良いんじゃないか?」

 

「トヴァルさんの言うようにケルディックに戻るのが良いかもしれません。二人もそれでいいか?」

 

「僕は構わないよ。」

 

「俺もそれでいい。ケルディックをもう少し見てみたかったしな。」

 

エリオットとフィーの定時連絡を待つ間情報収集のためにケルディックに戻る事が決まった。知っている事がほとんどだろうが一応聞いて回るとしよう。俺がこの世界に介入した事で変化が起こった可能性も十分あり得る訳だし。

風車小屋から出た俺たち四人はケルディックへ向けて街道を歩き始めた。



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不穏な影

ケルディックに戻ると、マキアスが変装だと眼鏡を外した。レーグニッツ帝都知事のおかげで特に警戒されているらしいが、眼鏡を外しただけで分からなくなるならこの世界は犯罪が絶えないと思う。コンタクトもあるようだしそこまで無能ではないと思うのだが。

 

「案外分からないものだな。」

 

「そうか?一目でわかりそうなものだけど。」

 

「末端の兵士には特徴くらいしか伝えられていないだろう。眼鏡は大きな特徴だからな。下っ端連中はこれで問題ないさ。」

 

「まあ遊撃士のトヴァルさんがそう言うならそんなもんなのかもしれないな。それよりリィン。俺は少し別行動しても良いか?」

 

「これからオットー元締めに挨拶に行く予定だがナギトは行かないのか?」

 

「少し用事があってな、定時連絡までには戻るよ。多分。」

 

多分って良い加減なというマキアスの呟きが聞こえたが聞こえなかったフリをして三人から離れる。記憶が正しければこの後オットー元締めから依頼を受けるはずだ。薬草探しは兎も角として魔獣退治に参加すると強さというか強力なステータスがバレる。リィン達にレベルの概念があるか分からないが、一応レベル上げの為に戦闘にはあまり介入しない方が良いだろう。

ゲームでは負けイベントで勝ってもストーリーは問題無く進むがここではどうなるか分からないし。

リィン達が見えなくなるとすぐに一目につかない影に入る。今から試すのはアイテムだ。個数が無限になっているステルス薬を取り出す。

 

「瓶に水が入っている様にしか見えないな。」

 

意匠を凝らした瓶の方が珍しいくらいだ。と言うか中身を処理して瓶を売るだけで大量のミラを稼げそうな気がする。

薬というくらいだから飲む物なのだろうが、まずは腕にかけてみる。丁度ステルス薬に触れた部分だけが透明になった。塗った量が少なかった為かすぐに元に戻る。武器を隠す用途などに使えそうである。

次に、瓶に口を付け一気に飲み干す。不味い味を想像していたが、ほのかに甘くて美味しかった。飲み水がわりに幾らでも使えそうだ。

自分の身体が半透明に見える。完全に効果が出なかったと疑問に思ったが、窓に自分の身体は一切写っていなかった。予想だが、消えている本人の身体は見えるようになっているのではないだろうか。

 

「効果時間は……と切れたか。時間にして約一分。」

 

延長できるかという実験で三本同時に飲んでみる。効果は無事に延長し、三分間透明になる事が出来た。色々と試したが音や匂いは消す事が出来ないようで、鼻が良さそうな犬には簡単にバレた。しかし身体に振りかけると匂いも消す事が出来るようで、潜入時には音だけ気を付ければ余程の事がなければ完璧に気配を断てる。

 

「少し遊んでみるか。」

 

ステルス薬をカブガブと飲み干し、おそらく十分程は透明でいられるだろう。悪用はしないにしても簡単に情報は集められそうだ。貴族連合の兵士に近付くとどうやら戦果を上げたいだの何だのと欲望に塗れた会話が大半を占めていた。貴族なんてどこもこんなものなのだろうか。

大市でやたらと絡んでいる兵士を背後から一撃加え追い返すと丁度ステルス薬の効果が切れる。

 

「っと効果切れか。時間には要注意だな。」

 

結局愚痴を聞いただけで終わった。だがステルス薬の効果は申し分ない事も確認できた。異常なほど気配に鋭いリィンの周りをうろちょろしても気が付かれる事はなかったからだ。リィンの間合いに侵入した時に一瞬反応したのはステルス薬が凄いのか、それともリィンの気配察知能力が高いのか。

 

「ついでに少し作って置くか。」

 

雑貨屋で水を大量に買い、作業しやすい大市の外れに行く。樽で買った水にステルス薬を混ぜる。匂いを消す為だけの効果しかない希釈ステルス薬の量産だ。

わざわざ調整して少し振りかけるなんて手間を省くためだ。一切透明にならないが匂いだけは完全に消す事が出来るレベルにすると、便利な副次効果で効果時間がなくなった。つまり消臭剤として使えるのだ。

 

「長旅のお供にって感じか。普通に売れそう。」

 

使い終わった瓶を洗って希釈ステルス薬を入れてアイテム欄に入れ、残りは樽のまま収納。希釈ステルス薬も腐る程完成した。

 

「案外時間余ったな。先に戻っても良いんだけど……。」

 

その時、ふと黒いコートを着た人が何人か目に入った。別段違和感があるわけではなく、少し多いなと思った程度だが一度疑問に思ってしまうと怪しさが際立っていた。何よりゲームでは存在しないはずだ。……追跡してみるか。

本日何本目になるか分からないステルス薬を飲みくだし、一番偉そうにしている黒コートを追う。希釈出来るんだから濃縮もして飲む量を減らしたいところだ。

 

「作戦はどうした。」

 

「全ては計画通りだ。」

 

「作戦……計画……?」

 

「誰だ!」

 

急いで口を閉じ、ステルス薬を追加で取り出し服用。声を出してしまった事を後悔するが、今は息を潜める事に集中する。

気のせいかと呟き黒コート達は別れる。狙いを絞っていた方に一定の距離を保ち尾行を続行。黒コートはケルディックを出ると風車小屋の前を通り過ぎる。

 

「このままだと定時連絡に間に合わないかもな……。いや、こいつらを放って置く方がヤバイな。」

 

執拗に背後を警戒する黒コートのせいで何本追加したか分からないステルス薬を永遠と胃に収めていく。軽く二リットルは飲んでいそうだが案外腹には来ないようだ。

方向的には双龍橋に向かっているようだ。検問の兵士に二言三言話しかけると双龍橋の中へ兵士に連れられて歩いて行く。黒コートの仲間は様々なところにいるらしい。

 

「全てはあの方の為だ。手は抜くな。」

 

「分かっている。」

 

あの方という曖昧な表現も聞こえてきた。味方しかいない状況で尚名前すら呼ばないという事はよっぽど警戒心が強いのか、それとも魔神とかで名前を呼ぶ事すら憚られるのか。

完全にだらけきっている兵士の横を簡単に通り抜けると黒コートの後ろまで足音を忍ばせつつダッシュ。たった一回、小石を蹴っただけで気が付かれそうになり焦った事以外は順調だ。五感が鋭いのは厄介だな。

 

「そこにいるのは誰だ!」

 

「名を名乗れ!」

 

突然大声を出した兵士に顔を向けると此方を睨んでいるようだ。視線の延長線上には怪しい人物はいない。黒コートの事かと思ってそちらを見るが、慌てた様子を見せるものの咎められている雰囲気ではない。ふと自分の身体を見ると本当に僅かではあるが透明化が解けかけている。

時間はまだ十分にあるはずなのにと頭を混乱させながら荷物の中に飛び込む。急いでステルス薬を追加し、ケルディック方面へ全力で逃げる。荷物に隠れた後は無事気が付かれなかったようで、辛くも逃げ切る事が出来たようだ。

双龍橋を振り返り見ると、全体が慌ただしくなり再侵入は不可能に近い。リィン達が来る前にまずい事をしてしまったなと頭を抱えながら検問の隣をすり抜ける。

人目がなくなったところでやっと一息をつく事が出来た。誰かを追跡するというのは驚くほど疲れる。ストーカーなんて人種は精神的体力が人間の限界を超えているのではないだろうか。

 

「定時連絡には間に合わないな。だったらもう合流ポイントに直接行ってもいいか。」

 

双龍橋の近くの合流ポイントは街道を途中で曲がったところだ。変わっていなかったらという条件付きではあるが。

リィン達に心配はかけていると思うがまあ大丈夫だろう。作戦は、道の途中で潜伏して魔獣達と戦っている最中にシレッと混ざる方向でいこう。案外違和感なく溶け込める方法だが誰にでも出来る芸当ではない。存在感が薄く気が付かれにくい者だけが使える奥義にして究極の技だ。これは生まれつきの才能が特に大切になってくる。クラスメイトにコツを聞かれた事もある程使い勝手が良い。……寂しさが胸にクリティカルヒットした。

 

「辞めよう、こんな悲しい話は思い出すべきじゃない。」

 

頭を左右に振り、悲しい記憶を追い出すと手頃な木陰に腰を下ろす。久しぶりに座った感覚に感動を覚えながらリィン達を待つ。

 

「ステルス薬、か。もう少し研究した方が良いな。」

 

過信しすぎないように注意しようと新たに決意を固めた。




黒の騎神ですがIIIに出てくるようですね。現時点では別物として扱う程度の案しかありません。ただどちらにしろまだまだ先の話なので今はこのまま続けたいと思います。上手い具合に何とかしたいと考えていますのでよろしくお願いします。


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双龍橋

しばらく待っていると、リィン達が心なしか暗い表情でやってきたのが見えた。どうやら予想以上に心配させてしまったようだが作戦は予定通り変わらず実行。

 

「ケルディックを探してもいなかった。もし何かに巻き込まれていたら……。」

 

「……心配しなくてもナギトなら大丈夫だ。今はエリオットやフィーと合流する方が先決だ。」

 

目の前を通り過ぎる一瞬だけ足音を消し、あとは自然に馴染ませていく。よく耳を澄ませば足音が増えている事に気がつくだろうが、ここまで来てしまえばバレても問題ない。

 

「まあそこまで心配すんな。話を聞いた限り今まで一人で動き回って来たんだろ?簡単には捕まらんだろう。」

 

「そうそう、俺がそう簡単にミスするかっての。」

 

双龍橋で見つかってしまった事は海に投げ捨てて発言する。あれは俺のミスではない。ステルス薬の効果時間は間違いなく続いているはずだったのだ。

 

「ああ、ナギトが簡単に捕まるはずがない。そのうちまた会えるさ。」

 

「気にすんなって!」

 

マキアスに肩に手を置いて宥めるような仕草をする。これで気が付かれなかったら俺は神の領域に片足を突っ込んだ状態だろう。そう思うと、気が付いてくれと願わずにはいられない。存在感の薄さが神レベルって嬉しくもないし、哀しみしかない。

 

「大体君がいなくなるのがいけないんだ。挨拶くらいしっかり行うのが筋だろう!」

 

「悪いって、どうしても確かめたい事があったんだ。」

 

絶対という訳でもなかったが結果的に黒コートの存在を発見できたのは収穫だ。ゲーマーじゃなくても当然のように怪しいと思う存在はかなり色々悪事を働くといつも感じている。ちなみに今までの協力者が裏切った場合大抵敵の大物だ。

 

「三人はしゃいでいるところ悪いがそろそろDポイントだぞ。」

 

トヴァルが嗜めるように言うと俺を含め三人とも口の端がニヤける。

久しぶりの知人に会うような高揚感を味わい、生きている、楽しんでいると言う実感が湧いて来る。

特に苦労もなく合流ポイントに辿り着くとエリオットが先に到着していた。

 

「リィン!リィンだよね!本当に間違いないんだよね!?」

 

「ああ、間違いないさ!無事で良かった、エリオット。」

 

「良かった!また会えて!」

 

エリオットがリィンに駆け寄り手を包み込むように握る。本気で心配していたらしいエリオットが確認するように声を震わせ呼びかけ、リィンは全てに返事をする。

 

「心配かけて悪かったな。」

 

「そんな事ないよ、リィンなら絶対どこかで無事でいてくれるって信じていたからね。」

 

「ありがとう、エリオット。」

 

「フフ、お帰り、リィン。」

 

お互いに名残惜しむように強く握りしめ合うと一歩離れる。さすがにあれ以上は気持ち悪くなりそうだったから正直助かった。

 

「フィーはどうしたんだ?」

 

「ーーお待たせ。」

 

リィンの疑問の声に、タイミングを合わせたかのように声が聞こえた。全員が声の方向、上を見ると銀髪で寒そうな格好をした少女が飛び降りて来たところだった。リィンが慌てて落下地点で受け身を取ると、押し倒すような形で降り立つ。

 

「フィー、いくらなんでも危ないだろう。怪我でもしたらどうするんだ。」

 

「おいリィン。問題はそこじゃないんだよ。」

 

俺を除いた全員が飛び降りた事に呆れているようだが、俺からしてみれば押し倒されている状況の方が危ない。

 

「本当にリィンだ。」

 

「当然だろ?」

 

「お帰り。」

 

「ああ、ただいま。」

 

「これでようやく揃った……と言いたいところなんだが……。」

 

リィン、マキアス、トヴァルの表情にはまだ足りないんだ、みたいな感じが滲み出ている。猫の表情までは察する事は出来ないが。

リィンが重々しく、ナギトがいなくなったと告げた。

一瞬世界が固まったような錯覚に陥った。俺のナチュラル合流作戦は上手くいきすぎて会話が成立しても気が付かれない極致に至ったらしい。

 

「ん、ナギトならいるよ。」

 

フィーがさも当然のように俺を指差し、フィーとエリオット以外のメンバーが初めて気が付いたとばかりのオーバーリアクションで振り返った。

 

「ナギト、いつから……。」

 

「俺会話成立してた気はするんだけど。リィンともマキアスとも話してたし、トヴァルさんだって俺の事認識してたはずですよね。」

 

「全然わからなかったわね。」

 

つまり俺は気が付かれないレベルで影が薄いを超え、会話が成立しても気が付かれないという一種の才能に目覚めたわけだ。ここまで無駄な才能も珍しいと思う。

 

「まあ何はともあれケルディック方面の仲間とは全員合流出来たみたいだな。これからはどうするんだ?」

 

「ヴァリマールのところに戻るのも一つの選択肢だと思う。だけど俺はこのままガレリア要塞を目指したい。」

 

「リィン、ガレリア要塞に行くって事は双龍橋を抜けるって事だぞ?」

 

心の中で、俺のせいで警戒が濃くなったという一言を付け加えてリィンに聞く。悪いとは思うがまあ仕方がなかったと思う。イレギュラーには迅速な対応が求められるからな。

 

「わかってる。だけどクレイグ中将やナイトハルト教官と会う事で今後VII組としてどう行動すれば良いかを見極めたいんだ。それにエリオットの無事を知らせてあげたいしな。」

 

「リィン……。」

 

「もちろん僕達も異存はない。」

 

「じゃあ俺も遊撃士として最後までサポートするぜ。」

 

「でもあそこも駄目みたい。どうする?」

 

「あそこって?」

 

「線路からの侵入。なんか凄く警戒されてて。」

 

何度目かの冷や汗が俺を襲って来た。原因は間違いなく俺なんだが、まさかここに影響が来るとは思わなかった。祝初ダクト!〜ドッキリもあるよ〜みたいな覚悟はしていたが没シュートされたようだ。

しかし線路を使えないとなるとどうやって突破するのだろうか。ここはステルス薬の出番かもしれない。

 

「よし、ある程度人数もいるしあれをやろう。」

 

「えっと、リィン?あれってなんだ?」

 

リィンの言葉に不穏な響きが混じっている事に気が付き恐る恐る訪ねてみる。慎重なリィン達がと思う自分もいたが、よく考えればトリスタ解放やら公爵家を捕まえるやら色々とやっているという記憶も蘇った。

わかってないのは俺だけらしく、慰めるように、そして気合を入れるようにみんなが肩に手を置いた。最後にリィンが正面から両肩に手を置く。

 

「決まってるだろ。正面突破だ!」

 

「マジかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正面突破と決まった途端全員が行動開始。一度ケルディックに戻り全身を隠すローブを購入。奇しくも俺が怪しんでいた黒ローブの色違いになってしまった。

念入りにアイテムを買い、各自取り出しやすいような工夫をしている。特に煙玉を多く買っており、本当にただ通り抜ける為の装備である事が安心できた唯一のポイントだ。

 

準備を整え、双龍橋へ。黒ローブを追って来た時よりも警戒されており、通り抜けるのは難しそうだ。人の目がない影で全員がローブを着用、見張りの兵士の元へ。トヴァルの遊撃士としての手腕が発揮され、注意がトヴァルに集中したところをリィンとフィーで背後から後頭部を強打。昏倒させる。意識が戻らない事を確認し全力で橋を駆ける。

 

「みんな、中に入ってからが本番だ。注意してくれ。」

 

リィンの言葉に全員が了承の意を込めた返答をし、双龍橋の中へと侵入する。既に異変に気が付いていたのか待ち伏せされていたが、全員で同時に煙玉を使用。散開すると同時に煙玉をさらにばら撒く。短時間とは言え視界が大きく悪くなり、俺たち全員を見失ったようだ。

運悪く見つかった兵士には剣を抜かず鞘に納刀したまま一撃を加え気絶させる。リィン達ほど上手くは出来ずに鼻血で顔が血塗れなのは許して欲しい。

 

「あと私達だけ、行こう。」

 

「了解!」

 

ガレリア要塞方面へと続く入り口には既に他の面々が揃っており、俺とフィーが最後だ。おまけとばかりに煙玉を投擲して再び橋を駆ける。

 

半分程まで行った時混乱から回復した兵士数名と機甲兵が正面から迫って来る。さすがに不味い状況だろう。

しかし装甲車と違って機動力がある代わりに装甲が弱い事が特徴らしい。ならば特に薄いであろう関節部分を狙えば自慢の機動力くらい奪えるのではないだろうか。

 

「くっ、来い!灰の騎神、ヴァリ……ッ!」

 

「待ってくれリィン!膝の裏を集中攻撃だ!」

 

リィンが意図を見抜き、全員が即座に連携。トヴァルを中心にマキアス、エリオットが兵士を足止め。フィーが機甲兵の正面で攻撃を引き付け、その隙にリィンと二人で背後に回り込む。攻撃後の姿勢が下がった状態を狙い、リィンと同時に踏み切る。寸分違わず膝の裏を深く斬り裂き、バランス取る事が出来なくなった機甲兵が倒れ込む。唖然とする兵士を置き去りにして双龍橋を突破。

 

「追っ手が来るぞ!」

 

「線路の下を通ればガレリア間道だ。急げ!」

 

一息着く間もなく走り続ける。機甲兵を何機も同時に相手するには戦力不足だという事は全員が承知しているからこそ必要以上に余裕を持って逃げ切ろうとしている。

 

「思ったよりも距離が離れていないか、俺が足止めする。すぐに追い付くからリィン達は先に行っててくれ。」

 

「なっ!それは出来ない!」

 

俺が原因だから適当に時間稼いで全力で走ろうと決意しリィンに伝えたのだが、完全否定された。

おまけにフィーやマキアスからも一人じゃ無謀だの仲間じゃないかなどと言葉を投げられる。

 

「そういうのは遊撃士たる俺の役目だろ?」

 

「いやでも……。」

 

スタンロッドを構えながら行けというトヴァルに俺の後片付けだからなどとは言えなかった。

やっぱり全員でという話にまとまりかけた時不意に双龍橋内部から轟音が鳴り響いた。追いかけて来ていた兵士が泡を食った様子で引き返す。

 

「なんだか知らないが助かった!今の内に進むぞ!」

 

リィン達の後ろに着いて行きながら俺は双龍橋を振り返る。爆発音は最初の一度きりで聞こえないが、あのタイミングでの爆発は明らかに逃がすためだろう。

本来なら線路に降りるためのダクトへと導いてくれる人物、教官の一人しか思い当たらない。

心の中で感謝をしつつ、ガレリア要塞への道へと歩き出した。




黒の騎神の件ですが、設定を無理やり弄る事や書き直す事も考えたのですが『騎神に似た別の何か』という方向で進めたいと考えました。それに伴って小説タイトルも変更しました。ご了承下さい。


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地霊窟へ

運良く逃げ切った後、あまり双龍橋から離れてはいないが一旦休憩を取ることになった。一度完全に撒いたら簡単には追ってこないだろうという判断だ。それに双龍橋が謎の勢力に襲撃されているような状況では迂闊に動けないだろう。

 

「ここからガレリア要塞までは道のりに進むだけだ。まだ結構な距離があるからしっかり休んでおけよ。」

 

「トヴァルさんはこの辺りに詳しいんですね。」

 

「ああ、まあ遊撃士の仕事で結構来てる。」

 

そろそろ行くか、と全員が腰を上げた時リィンとフィーが同時に頭上を見上げた。他の面々も遅れて見上げるがそこには何の変哲も無い岩があるだけだった。

 

「どうした、何かいたか?」

 

「見た感じ岩だけだな。リィンとフィーは何か見えたのか?」

 

正体は《西風の旅団》だろう。ゲームならばこの先戦う相手になる。初回プレイ時には簡単に倒せる相手ではなかった。どのキャラもそうだが基本本気で戦っていないようだから底が見えない。いくらステータスが高くても油断は許されないだろう。

 

「ーーいや、気の所為だっだみたいだ。」

 

「何でもない、早く行こう。」

 

各々は時々背後を気にしながらもガレリア要塞へ進んで行く。時折邪魔してくる魔獣も敵ではなく、順調だと言えるだろう。

勿論双龍橋からの追跡を警戒しつつだが世間話が出来る程度の余裕ができた。

 

「そう言えばナギトはどこに行ってたんだ?いつ合流したかは……まあもう何も言わないよ。」

 

「あはは、元から影が薄かったからねぇ。」

 

「これは酷い……。」

 

マキアスとエリオットから精神へ向けて強烈な一撃を加えられた。俺のコンプレックスになっている影が薄いという事実は例え世界が変わっても同じらしい。

……今から努力をすれば治るかな。

 

「ちょっと散歩だよ。双龍橋の方までな。帰り側に丁度歩いているリィン達が見えたからスッと紛れ込んだんだ。」

 

「双龍橋まで?」

 

「ん、そう言えばいきなり双龍橋が騒がしくなってた。もしかして……。」

 

「ん〜!!何だろなーあれ!ほら見ろよ、分かれ道だぜ!ガレリア間道って一本道じゃなかったんだな。でもおかしいな、街道から結構外れてるみたいだぞ?」

 

ほぼ間違いなく地霊窟に繋がっている道を、自分でも大根役者っぷり全開なオーバーリアクションで伝える。案外チョロい可能性に賭けてみた。

チラッと横目で覗き見ると五対十あるジトッとした目がこちらを見ていた。完全に失敗だ。

 

「ちょっとわざとらし過ぎたか……。」

 

「ちょっと?」

 

「け、結構だったかな。」

 

「わざとらしいとかの次元じゃない。何もなくても疑うレベル。」

 

今度はリィンとフィーによる連携攻撃でメンタルを削ってくる。マキアスやエリオットといい、体力が多いからって精神攻撃は如何なものか。

 

「まあそれは置いといて、とりあえず行ってみないか?」

 

「追手が迫っている可能性もあるからあまり時間は取れないと思うぜ。」

 

確かにどこかの誰かの所為で時間が限られているがそれでも行っておくべきだと思う。どちらにしろ後々来る事になるが一応だ。

 

「あそこに見えるのってガレリア要塞の外壁だろ?もう少し行けば到着だし、ほんの少しで良いからさ。」

 

そこまで言うならと大きく街道を外れた道に進む。特に障害物もなく、奥まで進むと崩れた廃墟のような建造物が見えてきた。一瞬ただの巨大な岩にも見える。

 

「あれは……。」

 

「建物?」

 

「古びた遺跡に見えるが……。トヴァルさん、これは一体なんですか?」

 

「見覚えがないな。前に来た時はなかったはずだぞ?」

 

トヴァルの言葉に全員が驚いた顔をする。俺も驚いた顔が引きつっていなかったか自信がないが。

確かに以前なかった遺跡が突然現れたとなれば恐ろしいものを感じるだろう。現実世界で言えばいきなり廃病院が出て来たようなものだ。絶対に関わりたいとは思わない。

 

「扉の向こうからの妙な気配、もしかしたら上位属性が働いているのかもしれない。」

 

「上位属性か。たしかトールズ士官学院の旧校舎もだったか。」

 

俺の言葉を受けてか、全員が黒い猫、セリーヌに注目が集まる。周りの空気を読んでかため息を吐くような動作。

 

「……まあ、今は関係ないわね。立ち寄るなら止めはしないけど。」

 

「今は?」

 

「よくわからないんだけど……。」

 

「……これは要塞に向かう前に調べた方が良さそうだな。」

 

「ほら、俺の勘っていうのか?当たっただろ。」

 

知っていた事をいかにも凄くないかと自慢しているようで申し訳ないが、怪しまれないためには仕方がない。若干セリーヌが疑うような視線を向けてくるが、本当に偶然アピールをしているうちになくなった。心臓に悪いからやめていただきたい。

 

「注意しながら進もう。」

 

全員がいつでも武器を構えられる状態で扉をゆっくりと開く。古い遺跡にしてはあっさりと扉が開ききり、中へと進む。

一歩入るとそこはまるで別世界に迷い込んだような錯覚が訪れる。

時折ホタルのような小さな光が飛んでいて、身体の温度が数度下がり背筋に悪寒が走る感覚。

間違いなく上位属性が働いている証拠だ。

 

「階段は下に向かっているな。」

 

「遺跡が崩れたら生き埋めかよ、危険だな。」

 

「大丈夫、そう簡単に崩れたりしないわ。安心なさい。」

 

半信半疑な状態で階段を下ると、再び現れた扉。言葉を交わす事なくアイコンタクトで意思を伝え合うと、エリオットとマキアスが左右から扉を押し開け、リィンとフィーと俺、少し遅れてトヴァルが中に入り、最後にエリオットとマキアスが入ってくる。

 

「へえ、案外小綺麗だな。」

 

「本当に遺跡って感じだな。こういう雰囲気嫌いじゃない。」

 

「ナギトは本当に探索とか好きだよね。」

 

「良いだろ別に!」

 

先ほどから執拗に弄ってくるVII組メンバーに強めに言い返すと笑いが響いた。

不本意ながらも良い感じに緊張感が和らいだ気がする。

 

「さ、ガレリア要塞にも行かなきゃいけないんだ、急ごうぜ。」

 

「ああ、上位属性も働いている。慎重に進もう。」

 

「魔獣もいるみたいだし。」

 

リィンの掛け声を合図に安全を確認しつつ進んでいく。ここの仕掛けは覚えていないが初めの方だし大掛かりな仕掛けではないだろうし、魔獣にしても相手にならないのではないだろうか。

……そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「うああああ!!」

 

「ちょ、ナギト!?」

 

「あんまり暴走すんな!」

 

小型の魔獣ならまだ良かった。問題は大型の強敵に分類される魔獣だ。姿形が完全にG……そう、完全にゴキブリなのだ。

姿を見た瞬間抜剣、即斬。ブシュっという手応えとともに気持ちの悪い悲鳴が響き、光を散らすように消える。

手の中では嫌悪感のある手応えと鳴き声が脳内で無限ループ。

 

「うえ……気持ち悪い……。吐きそう……。」

 

「そう言えば前から虫型は苦手だったね。」

 

「でもここまで酷かったっけ?」

 

「この惨状は完全に重症じゃないの、どうするのよ。」

 

完全に地面に座り込み頭を抱える。小さい虫ならまだ耐えられるが、人より大きなサイズ、しかもゴキブリが相手では耐える自信がない。

こんな気持ち悪い奴いたか!?よく考えたらいたような気がする……。

 

「しょうがない、あれをやろう。」

 

「ん、準備は出来てる。」

 

俺とトヴァルが疑問符を浮かべているところにリィンが突然俺の背後に回って腕を完全に拘束する。

どうにか外そうともがくが、力が入らない押さえ方をされ動けなくなる。エリオットとマキアスが足を押さえ、抵抗が止まった瞬間フィーが白い布で目隠し。そのまま背中側で腕も固定され口も何かで押さえられる。さらに両足も捻られて拘束。

 

「ん〜〜!ん!ん!んーーー!!!」

 

「ごめんね、ナギト。苦しいだろうけど我慢しててね。」

 

「良し、改めて慎重に進もう。」

 

フィーの転ばせるよ、という声が聞こえ、足払い。真っ暗闇で頼りの地面の感覚すら失われ、上下感覚がなくなる。受け身も取れずに叩き付けられ、意思には従わずに足が浮く。

おそらく両足の布は長くなっていて誰かが握っているのだろう。そしてまさかと思っていた通り引きずられ始めた。

道の凹凸の度に身体が飛び跳ね、打ち付けられる。いくら頑丈な身体でも怪我をしているらしく、痛みはないが代わりにすごく熱い。

 

「ん〜!(離せ!)」

 

「あ、ごめんね。痛かったでしょ。……ティア!また痛くなったら言ってね。」

 

エリオットの好意によって回復した側から傷が増え、再び癒える。一種の拷問なんだろうか。

トヴァルの鬼だ……という声だけが唯一の救いだった。



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違和感

久しぶりの投稿ですが、今回でこの作品の投稿を終了します。
理由は後書きにて


無限ループが続く痛みと癒し。そこに敵と会敵した場合には投げ武器として扱われる。トヴァルとエリオット以外の誰かが俺を引きずっているのだが、高三の男子を軽々とぶん投げる程の筋力をリィンかフィーかマキアスが持っているとはにわかに信じられない。

などと考えていると、再び浮遊感が襲ってくる。グチャっというグロテスクな音が耳元から聞こえてくるのには精神が壊れそうになる。俺が自称スライムメンタルでなかったら危なかった。

ちなみにスライムメンタルとは豆腐メンタルのように、強くはないが立ち直りが異常に早い事を言っている。傍目から見ればメンタルが強い人と見分けがつかないだろう。

 

「大変だ、ナギトがさっきのゴキブリに似た魔獣に噛まれてるよ!」

 

「仕留め損ねた。」

 

「そんな事言っている場合じゃないだろう!?」

 

「ん〜ん〜!(早く助けてくれ!)」

 

俺に攻撃が当たるのを恐れてか、どうやらリィンとフィーが連携して倒したようだ。

頭から口に突っ込まれたのか頭が熱い。そしてやたらネバネバする。

またもエリオットが癒してくれたようだがゴキブリの魔獣の唾液は放置のようだ。

 

「それにしても長いな。もう随分と進んだ筈なんだが。」

 

「仕掛けも数個動かしたし。」

 

「僕も疲れたよ、何回もアーツも使ってるし。」

 

「ん〜!(だったら解放してくれ!)」

 

「わかったよ、……ティア!これでもうしばらく頑張ってね。」

 

「ん〜!(違う!)」

 

「あはは、お礼なんていいよ。仲間なんだし当たり前さ。」

 

どうやら俺の呻き声をお礼と勘違いしたエリオットが若干照れているような声を出す。

EPチャージをエリオットが受け取り飲んでいるような会話が聞こえてきた。だったら俺を縛るの辞めたら良いんのに。

 

「それにしても長すぎる気がする。」

 

「これ以上時間がかかるなら引き返した方が良いかもしれないな。」

 

「ん?あれ?……リィン!大変だ、入口が!」

 

「な……!消えた!?」

 

全員が俺から意識が外れている間に、散々乱暴に扱われた所為でかなり傷んだ腕の布を力尽くで千切る。拘束を全て外すとすぐに立ち上がる。

全員の注目している方向を見ると、どうやら巡り巡って入口を見下ろせる位置まで来ていたらしい。入口の扉が徐々に壁に同化するように薄くなっていき、最終的には消えてしまった。

 

「何だよこれは……。」

 

「閉じ込められたっぽいね。」

 

「先に進むしかないか。」

 

「今まで以上に慎重にな。」

 

そして、抜け出している俺には何も言わずに歩き出した。何かリアクションの一つでもあって良いのではないか。

またもや現れたゴキブリ魔獣を鋼の精神力を発揮し何とか反射で駆除しようとする身体を抑えた。

出来るだけリィン達の戦闘を邪魔しないようにしながらも確実に一撃加える。その時、一瞬剣に抵抗が返ってきた。一番最初は精神状態が良くなかった、一種のトランス状態だったが手の感覚は確かに残っている。若干、本当にごく僅かだが硬くなっている?

 

「フィー、どうしたんだ?」

 

「なんか少し強くなって来てる。」

 

「やっぱりそうか。俺も最初より手応えがあると思ったんだ。」

 

まだ問題ないレベルだしとりあえず気にせず進もうという結論に至った。

小さな敵も連携して倒せば殆ど反撃を喰らわないが、案の定というべきか、次第に耐久力が高くなっている気がする。

 

「ねぇ、これ結構危険じゃない?このままだと苦戦が続きそうだよ。」

 

「ああ、確かに連戦を続けてたら疲労が溜まりそうだ。」

 

「虫、キモい。虫、硬い。虫、無視出来ない……。」

 

「ナギトが壊れた。」

 

「全員談笑しているとこを悪いが背後を見てくれ。」

 

トヴァルの声に全員が振り返る。そこには消えた扉があった場所が先程と何ら変わらずの姿である。

そう、それなりに進んだ筈なのに全く同じ光景が広がっているのだ。

 

「ループしているのか?」

 

「これは……。」

 

「本格的にやばいかもしれないな。」

 

「いっそ壁壊しながら真っ直ぐ進むか?」

 

「ちょっ!やめなさいよね!」

 

俺が物騒な発言をするとセリーヌが慌てたように止めてきた。その程度で崩れるような場所でもない気がするが駄目らしい。

そろそろ本気で脱出を考える必要がありそうだ。

 

「こういう場合は戻ってみれば逆に進めるって言うのが定石なんだが、リィン。一旦戻ってみないか?」

 

「……これ以上進んでも結果は同じかもしれない。ナギトの言う通り一度戻ってみよう。」

 

「それに本当に扉が消えたか確かめに行くのも良いかもね。」

 

一応反対意見もなく、一度戻る流れになった。まあ俺の予想が正しければ戻る事も出来なさそうだけど。

どんどん強くなっていく敵を倒しながら進むと、気が付いたら再び元の場所へと戻ってきた。

 

「ナギト……君は戻るのが定石とか言ってなかったか!?」

 

「まあ待てってマキアス。焦るなよ。まだ手は考えているさ。」

 

「へぇ、案外頭は回るようじゃないか。」

 

「トヴァルさん、俺をどういう評価で見ていたのか少し聞きたいんですけど。それは置いといて、次はここからあの見える扉まで直接行く。勿論安全のために俺が言ってくる。」

 

返事を確認せずに飛び出し、結構な高さの段差をジャンプ。背後から静止の声が聞こえるが今更止まれない。

迫ってくる床に眼を閉じそうになるが、我慢。タイミングを合わせて、膝のクッションで衝撃を流す。多少痛みはあるが、問題ないレベル。

手を伸ばし扉のあった部分に触れた瞬間、隣にはリィン達仲間の顔があった。

 

「あれ?ナギトは今壁に触ったと思ったけど……。」

 

「いや、確かに触った。感触も一瞬感じたんだが、気が付いたらここにいたって感じだな。」

 

「気配もいきなり現れた。見えない速度で移動したという可能性はなさそうだ。」

 

「……それで?君はまた失敗してるんだが。」

 

「またまたマキアスは焦っちゃってさ、大丈夫大丈夫。予想外だったけど想定の範囲内だ。次は二手に分かれたい。進む方向に行く人と戻る方向に行く人。これ以上敵が強くなれば余裕もなくなるし、早めにやろうぜ。」

 

リィンが迷った素振りもなくパパッと分け、リィンとマキアスとトヴァル。俺とフィーとエリオットになった。まあ悪くはないのではないだろうか。

 

「よし、兎に角進んでみよう。」

 

リィンのグループと分かれて、俺達は戻る方向へ。魔獣も虫という外見を我慢すればまだ三人でも余裕がある。

何度も通過してきた構造なため、慣れたペースで進んでいくとリィン達と遭遇。だがお互いにすぐに駆け寄るなんて真似はしない。

 

「腕を見せろ。」

 

お互いの腕に丸印を付け、会った時には確認するという方法だ。存在しない展開のために細心の注意をしている。

全員が右腕を掲げると、予め書いていた丸印が目に入る。

 

「良かった、本物なんだね。」

 

「こっちは前に進んでいたんだがリィン達も引き返したりは……。」

 

「勿論していない。ずっと道なりに進んで来た。」

 

お互いに前に進んでいたとすれば、ここで考えられるのは、不思議パワーで途中から引き返して来たか、全く同じに見えるほど似た部屋が二つあるかだ。

 

「丁度ここに頑丈だった布とロープがある。これを目印に進んでみよう。」

 

今度は三つに別れ、この場に待機するグループが増えた。ここにはエリオットとマキアスが残り、俺とフィー、リィンとトヴァルで逆方向にロープを持って向かう。

魔獣が強くなっている代わりにエンカウント率が少なくなっている傾向にあるから逆に人数が少ない方が逃げやすい。

取り敢えず相手にしない方法で駆け抜ける。さすがにただのロープ相手に攻撃したりはしないだろう。

 

「エリオットやマキアスも無事だな。」

 

「うん、魔獣も襲って来なかったから。」

 

「君達こそ大丈夫なのか?」

 

「ん、問題ない。」

 

丁度少し遅れてリィン達も到着。ロープはしっかりと握られている。

エリオットとマキアスに確認すると丁度反対側から出たらしい。

ちなみにセリーヌは気分でどこかのグループに入っているらしく、今回はエリオットとマキアスと共にお留守番していたようだ。

 

「どこかで空間が捻れてるとかそんな感じか。取り敢えず繋がってるか確認するぞ。」

 

フィーがロープを引っ張ると抵抗もなく端が手元にやってきた。俺達のロープを担当しているエリオットの手にもロープはある。

次はエリオットが引っ張ると、結果は同じ。

リィン達の方も同様だ。

 

「どこかで切られた?」

 

「そう考えるのが妥当だろう。どうするか……。」

 

「いや、もう脱出出来たも当然だ。」

 

「え?本当?ナギト。」

 

「ほら、このロープ結構綺麗に切られてるだろ?これはあの生物界の最底辺をウジャウジャしている殲滅すべき存在にやられてないんだよ。」

 

俺の虫への評価を全員が苦笑いしながら聞き流し、そういう魔獣もいるんじゃないかと尋ねてくる。

 

「俺の虫センサーが違うと言っているんだ、虫じゃない。半日以内なら虫が関わったかどうか判別出来る高性能センサーだから間違いない。」

 

疑わしい視線を向けてくるが、取り敢えず続きを聞くようだ。

まあと言ってもここまでくれば簡単。再び左右から侵入し、誰かが中で行ったり来たりを繰り返す。片方に到着したら中で動く人は反対側の人の元へ。そして待機している人が中の人と合流するたびに少し前進。

時間はかかるが、これで空間のねじれている部分に辿り着ける筈だ。あとはそこで暴れるやらなんやらで出られるんじゃね?みたいな感じ。

 

「……というわけだ。どうだ?」

 

「仮に空間の歪んでいる場所を特定出来たとしてもそのあとの部分が雑すぎないか!?」

 

「ガバガバ理論だね。」

 

「まあ試す価値はありそうだ、やってみようか。」

 

フィーとリィンが通路を何度も行ったり来たりし、一応捻れている部分を発見した。判断できた大きな理由はリィンの、気配の感じ方が違うというものだったが、まあ問題はないだろう。

境界を疑いながら見ていると、僅かに、しかし確かに違和感がある。床の石模様がずれていたり、壁の傷が途切れていたりと注意してみればいかにもな感じだ。

 

「最初リィン達と出会わなかった理由はわからないが、取り敢えず暴れてみるか?」

 

「もう少し調べてからだ!」

 

マキアスに怒鳴られた。




終了する理由ですが書き溜めをしていたのですが、致命的なミスに気が付きました。というのもヒロインであるアルティナをこのままでは登場しないまま進んでしまいます。
というわけでヒロインをアルティナのまま別の作品で書き直します。
読んで下さった方、ありがとうございました。そしてすみません。
タイトルなどはまだ未定なので見かけたら読んでやるか程度の気持ちでよろしくお願いします。


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