【エリみほ】のろけるみぽりん (テモ氏)
しおりを挟む

【エリみほ】のろけるみぽりん

「――だって折角の寄港日じゃん! イケメンたちが待ってるかもしれないでしょ!?」

「あはは……」

 

 テーブルの向かいに座る沙織の力説に、みほは曖昧な苦笑を返した。

 そう、今日は寄港日だ。

 あんこうチームの面々は早速街へと繰り出して、喫茶店でこの日の予定を立てていた。

 そこで沙織は「出会いを求めてどこかに行きたい」という由のことを先ほどからずっと語っているのだが、皆の反応はもちろん芳しくはない。

 薄いながらもリアクションを返していたのはみほと優花里だったが、みほはこの後「用事」があるらしく別行動となってしまう。

 それまでになんとか皆に食いついてもらおうと思ってか、沙織の熱弁に力が入る。

 

「ここで本気を出せば、きっと今度こそ声とかかけられちゃったりなんかしちゃったりするかもしれないじゃん! そうだよ! 彼氏ゲットで即入籍だってあり得ない話じゃないんだよ!」

「そ、そうだね……」

「武部どの……それは流石に……」

 

 残る二人は慣れたもので、沙織の右隣に腰掛ける華は一切関知せずに三個めのケーキを食べていた。

 みほの隣の麻子ももちろん知らぬ顔のまま、こちらは白玉ぜんざいを楽しんでいる。

 いつものことながら、このままでは沙織の独壇場である。

 気勢が落ち着いてきたところに華か麻子がぐさりと刺して終わるのが定番の流れであるが、ふたりとも暫く食べ終わる気配はない。

 このままだと恐らく、みほが用事で席を外すまで沙織の勢いは止まらないだろう。

 優花里は、流れを変えようと突然声を上げた。

 

「でもさすがに即入籍は急ぎすぎかな? じゃあやっぱり即プロポーズくらいに――」

「あっ、そ、そうです! 西住どのは、どうですか?」

「えっ!? わたし? なにが?」

 

 突然のキラーパスを受けて、みほは困惑したようだった。

 優花里も特に具体的な質問があったわけではない。ただ、唐突に話を振ることで沙織の話の腰を折ろうとしただけである。

 これは完全な悪手であった。

 

「あーっ! そうだよ、みぽりん! 恋バナあるでしょ!? ほら、いい機会だから話してみ!? ほらー!」

 

 恋愛の匂いに敏感な沙織の嗅覚が、火のないところに煙を感知したらしい――というより、可燃物を見つけたから燃やそうというのが近いかもしれない。驚くべき反応速度で、一気呵成にこの話題を広げようと食らいついてきた。

 優花里はしまった、という表情で頭を抱える。少し考えればわかることである。恋の話をしている状況で「西住どのはどうです?」などと聞けば、それは「西住どのの恋路はどうです?」という意味になってしまうに決まっているではないか。

 そう。西住みほには、恋人がいる。

 つい一月前から付き合いだしたという話なのだが、未だに誰も経緯を知らないままである。もちろん沙織も何度も聞き出そうとしているものの、その都度あいまいに誤魔化され続けていた。

 そんなわけなので、助け舟を出したつもりがむしろ追い詰める形になってしまったのである。みほの困惑もいよいよ深まっているのでは――と思ったが、優花里の予想は外れた。

 

「えっ……と、わたしは、その」

 

 みほは、恥じらうようにもじもじと俯いていた。

 その意外すぎる反応に、優花里は思わず釘付けとなってしまう。これではまるで満更でもないといった風情ではないか。

 ぐいぐいと来ていた沙織ですら、予想外のことに二の句を継げていない。

 麻子も異変に気づいたらしく、興味深げに目を向けていた。

 さらには華でさえも食事の手を止めて注目している。言うまでもなく、これは極めて珍しいことである。

 

「べっ、別に話すほどのことは……あっ」

 

 慌てて取り繕おうとして、みほは途中で携帯を取り出した。

 何か届いたらしく、それを見た途端に表情がぱっと明るくなる。

 そのまますぐに短い返答を打ち込んで膝の上に戻すのを見て、沙織は再び勢いを取り戻した。

 

「ああああ! 今の、『例の人』でしょ」

「だな」

 

 沙織の指摘に麻子が頷く。

 『例の人』――すなわち、みほの恋人のことである。

 

「えっと……うん」

 

 みほは逡巡するように目線を泳がせ、それから小さく頷いた。

 完全に乙女の反応だ。

 

「やっぱりー!! なになに? どんなメールしたの?」

「あ、あのっ、武部どの、あまり追求するのは……」

 

 止めようとする優花里に、沙織は爛々と輝く目で迫ってきた。

 

「でも、ゆかりんだって知りたくない? みぽりんの恋バナだよ!? 色々聴きたいこととかあるでしょ!?」

「そっ、そりゃあ……知りたくなくは、ないですけど」

「みほさん、今日のご用事というのは……デート、ですか?」

「華!?」

 

 歯切れの悪い返答をする優花里をよそに、華が直球の質問をする。

 ノーマークだったせいか、むしろ沙織のほうが驚いていた。

 

「あっ……うん、デート……なのかな?」

「ふふ、だからどことなく普段と違う雰囲気だったんですね」

「えっ!? ど、どこか変なところある?」

 

 華の言葉に慌てるみほだったが、すぐに華は首を振る。

 

「いいえ、すごく素敵ですよ。恋……って、いいものなんですね」

「そうだよ! いつもわたしが言ってるじゃん!」

 

 ふわりと笑う華に、沙織が心外そうに指摘した。しかし麻子が追い打ちをかける。

 

「沙織のは妄想だろ」

「もー! ひどいよ麻子!」

「とっ……ところで西住どの……さっ、作戦状況はどこまで進行されているのでしょうか……?」

「え? 作戦? 状況?」

 

 優花里がなにやら声を潜めて聞いて来るが、みほはその意味を測りかねて首をかしげた。

 しかし沙織はその意味を理解したらしく、素早い援護射撃を開始する。

 

「あー! ゆかりんだいたーん!! それってどこまで進んでるかってことでしょ!? わたしも気になるー! A? B? そっ、それとも――」

「やっ、やめてよー! 恥ずかしいよ!」

「申し訳ありません西住どの! でもその、好奇心が……!」

「そーだよ! みぽりんの恋バナなんて、なかなかこういう機会でもない限り聞けないでしょ!」

 

 慌てて中断させようとするみほだが、優花里はまだしも沙織の勢いは止められない。何しろ初めての実戦的恋バナである。今までと違って目の前に対象がいるのだ。生き生きとした目の輝きからも、その戦意のほどが伺える。

 

「べつにそんな、なにも面白いことなんてないよー!」

「すっっごく面白いし、すっっっごくみんな興味あると思うよみぽりん!」

「そうですよ! 少なくとも私はとても興味あります!」

「ふふ、実は私もずっと気になっていたんです」

「そういうことだ。観念しろ、西住さん」

「ええええ、こっ、困るよぉ……」

 

 この場にみほを庇うものはいなかった。それだけ、この話題は全員が聞きたかった――聞きたくても聞けなかったことなのだ。

 みほが付き合いだしたこと自体は皆とっくに知っていた。しかし、その詳細については誰も自分から問おうとはしないままでしばらく経ってしまっていた。

 しかし、あのみほの恋の話である。興味がなかったというわけではまったくない。

 むしろ機会があれば是非とも詳しく聞いてみたい――というのは全員の共通認識であった。ただ、何となくタイミングを図っていたら延ばし延ばしでこの瞬間まで聴けずじまいだったのだ。

 そのチャンスが思いがけず転がってきたのだから、食いつかない彼らではない。

 

「ほら、なにかない? なんというか……そう! これくらいは言ってもいいかなみたいな、そういうちょっとしたエピソードとか。あっさりして、それでいてふわっとしたおいしい感じの!」

「流石です武部どの! なんかスイーツっぽいです!」

「えっ、えーっと……そ、そうだなー……」

 

 みほがしばし俯いて考え始めると、一同は静かにそれを見守った。

 十秒、あるいは十五秒ほど経過したところで思いついたらしく、みほはぱっと顔を上げる。

 

「……あっ、そうだ。このまえ一緒に水族館行ったんだけど……」

「けど……?」

「たのしかった」

 

 みほはそう言って、にへ、と笑った。

 沙織は一瞬ぽかんとした後、首を振って力強く言い放つ。

 

「違う……! ちがーう!! みぽりんはかわいいけど! そういうことじゃなくって!」

「え!? ちがうの!?」

「もっとほら、詳しくなにかあるでしょ? 手を繋いだとかそういうやつ! ベンチで一緒に座ってどうのこうのとか、お弁当作ってきたとかそういうの!」

「手……繋ごうとしたけど、ダメって言われちゃって」

「え!? うそ!? なんで!?」

「なんか、嫌みたいで……」

 

 苦笑いをするみほをよそに、一同は顔を見合わせた。優花里などは「あり得ない」とでもいいたげな表情である。

 しかし、みほはそのまま話を続ける。

 

「でもそのかわりに腕組んで、そのまま引っ張っていってくれたから……良かったかなって」

「っはぁー!? なにそれイケメンすぎるんですけど? 上げて落とす……違う、落として上げるってやつ!? 大人のテクニックじゃーん!」

 

 嘆息するようなリアクションを見せる沙織に頷きつつ、優花里も唸った。

 

「やりますね……」

「だよね! 男だったら絶対イケメンだよね!?」

「今だって充分かっこいいよ!」

 

 沙織の発言に、みほが反論する。しかしこれはある意味失言だった。

 

「わーっ、みぽりん大胆ー!」

「さすが恋人……ですね」

「だな」

 

 自分が言ったことに後から気恥ずかしくなったのか、みほは再び赤くなってしまう。

 しかし華は微笑みながら、そこに再び直球の問いを投げた。

 

「みほさんは、あの方のどういったところが具体的にお好きなんですか?」

「具体的に!? え、えっと……まずは……」

 

 みほも徐々に慣れてきたのか、さほどの抵抗を見せることなく答え始める。

 

「やっぱり、ああ見えて実は優しいところとかかな……さっきの話もそうだし、ほかにも気づいたら車道側歩いてくれてたり、エレベーターとかも「開」ボタン押しててくれてたり、おそろいのボコのキーホルダーつけてくれてたりとか、あとよくメールとか電話とかくれるんだよ! 心配してくれてるみたいで、ちょっと恥ずかしいんだけどね……あ、ほかにも、記念日とか大事にするところがあったりして、そんなところも意外で……」

 

 あまりにすらすらと出てくるので、一同は半ばあっけにとられてしまっていた。

 思えば、最初の満更でもない反応といい、誰かに話したくてしょうがなかったのかもしれない。

 そんな中で優花里は我に返り、なぜかメモを取り始めている。実は我に返っていないのかもしれない。

 そんな彼らをよそに、みほの暴走は止まらない。

 

「それにね、いつもはあんまり笑わないけど、笑うとすっごくかわいいんだよ。だからもっと笑えばいいのに、って言ってるんだけど……やっぱり素直じゃないところがあるから……そんなところもいいんだけどね。顔といえばやっぱり、真剣な表情もかっこいいんだよねー……キリッとしてるところとか、思わず見とれちゃうし。でも寝顔はかわいいんだよ! たまに寝言も言っちゃうんだけどそれがまた……あ、そうだ。この前なんて、エリカさんってば――」

「ん」

 

 みほの言葉を遮って、麻子がフォークでその背後を指し示す。

 一時停止したみほは、何かを察してゆっくりと振り返った。

 すぐ後ろで立ち尽くしていたのは――逸見エリカ。

 先程から話題となっていた、みほの恋人である。

 エリカは何か言いたげな表情のまま、ぷるぷると小刻みに震えていた。

 

「来てるぞ、西住さん」

「あ、あ、あなたね……」

 

 遅きに失した麻子の言葉を合図に、エリカは口を開いた。色白の肌は、湯気でも出そうなくらいわかりやすく紅潮している。

 みほは自分がやってしまったことに気づいたようで、ごまかすような笑みを浮かべて首を傾いだ。

 

「エ……エリカ、さん。早かったね」

「来なさい! 行くわよ!」

「来るのか行くのかどっちなんだ」

 

 ぼそりと麻子が呟いたが、エリカには聴こえていないようだ。

 エリカはみほの腕を掴んでずんずんとドアへと引っ張っていく。

 

「あっ、ご、ごめんねみんなこれお会計! それじゃわたし先に――」

「いってらっしゃーい! あとで報告聞かせてよー?」

 

 慌ててお茶代を置いて去っていくみほに手を振り、沙織は満足げに頷いた。

 窓の外を見れば、真っ赤な顔のエリカが早足でみほを連れて行っている。

 ちらりとこちらを見たので、沙織はすかさず親指を立ててエールを送った。

 それに気づいたエリカは、大急ぎで雑踏へと消えていく。みほも少しつまずきながら、引っ張られるままそれについていっていた。

 二人の姿が見えなくなると、沙織は一仕事したかのごとく深く椅子に背を預け、感じ入ったようにため息ともつかない声を上げる。

 

「……くぅ~~~~のろけ話なんて、みぽりんもなかなかハイレベルだよね」

「ハイレベル……というか……」

「……まあ、なんというか、すごかったな」

 

 メモを眺めながら呟く優花里に、麻子が頷いた。華は相変わらずたおやかに笑っている。

 

「あんな一面もあるんですね。ふふ」

「わたしものろけ話したいなぁ……みんな聞いてくれる?」

「恋人を作らないとできませんよ、沙織さん」

「うぐ」

「……さすが砲手だな」

 

 ぐさりと命中した一撃に沙織は一瞬怯んだが、すぐに立ち直って再び雄叫びを上げる。

 

「あー……恋したいなー!」

「ケーキお代わりしてもいいですか?」

「五十鈴さん、それでもう三個めだぞ」

「あっ、そういえば私もこのパンジャンドラムロールが気になっていてですね……」

「もー! せめて何か反応してよ!!!」

 

 

「っていうことがあって……もう大変だったのよ」

「そうだったんだ」

 

 エリカのわざとらしい嘆息に、赤星はごく自然な相槌を返す。

 この手の話は、エリカがみほと付き合いだしてからもう十数回――いや、数十回は聞いているはずだ。

 

「みほったら、私と待ち合わせてることも忘れてチームメイトにノロケてたんだから……わかる? 「エリカさんったらかわいくてーきれいでーだいすきー」とか言っちゃってるのに全然ノロケてる自覚ないんだから。ダメでしょやっぱり? そうやって恋人自慢するみたいな? もっと私を見習ってほしいっていうか? ……ま、そんなところがかわいいんだけど。その後のデートでも――」

 

 赤星は何もいわず、菩薩の笑みを浮かべたままいつ終わるとも知れないエリカの言葉を聞き流していた。

 

「ちょっと小梅、聞いてる?」

 

 この調子だと、まだまだ続きそうである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。