対魔忍世界に対魔忍♀で転生 (VISP)
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第一話 (尊厳を)守るために

 間違って死なせちゃった☆ お詫びに特典付き転生させてあげる!

 

 そうハガレンの真理みたいな奴に言われたので、思い切って言ってやった。

 

 「転生先の世界で、必ずチートになる能力持たせて転生させてください。」

 

 おっけー☆

 

 聞いた瞬間、意識が暗転した。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「ターゲット確認。」

 

 夜、東京キングダムにも程近い、ビル風の吹き荒ぶ高層ビルの屋上に、人影があった。

 灰色のローブを纏い、ゴーグルをつけた姿からは人相は見て取れないが、それ以上に目を引くのが床に伏せた状態で構えられた物々しい対物ライフルだ。

 元々は米連の装備品であるバレットM82の鹵獲品だ。

 その入手法は非合法と言うか…戦場で死体から剥いだものだ。

 

 「すー…はー…すー…はー………。」

 

 風向きと風速、銃身の向き、手の震え、更に呼吸による僅かな振動。

 スコープの先にいる標的に、安全な距離から鉛玉をプレゼントする。

 標的、それはここ最近妙に羽振りのよくなった、一見にして普通の輸出入業の社長だ。

 しかし、この男の会社は今まであった借金を全て返済し、更に大幅に売り上げを向上させている。

 そして、運ぶものは人だ。

 食料としても、娯楽品としても、これ以上ないと言える程の贅沢なもの。

 無論、人間相手ではない。

 魔族と言われる、この世界の外に住まう者達。

 東京キングダムと言われる人工島に、否、この世界の各地の裏側に潜む彼らへと蜜を運び、褒美に快楽と富を貪る。

 実によくできた関係だ。

 素晴らしい、感動的ですらある。

 思ったと同時、呼吸も手先の揺れも全て止まり、ほんの僅かな凪の瞬間に弾丸が宙を駆け抜けた。

 

 「………命中、確認。」

 

 そして、狙い澄ました様に汚い鮮血と肉片が飛び散っていた。

 周囲の人間が慌てて周囲を警戒するが、もう遅い。

 これでミッションは終了した。

 

 「帰るか、学園に。」

 

 灰色のローブが立ち上がる。

 やたら小柄な人影は、それ以上自らが作り出した惨劇に興味を示さず、その場から霧の様に立ち消えた。

 

 

 

 ……………

 

 

 五車学園 校長室にて

 

 「貴方ね、これで何度目なの?」

 

 その部屋の、否、この学校の長である井河アサギは、笑顔のまま額に血管を浮かせながら目の前の生徒に詰問していた。

 

 「ターゲットの周囲は警備が厳重であり、指定された娼館や会社には常に魔族が控えていました。よって、不必要な交戦による混乱を避け、狙撃で対処しました。」

 

 詰問されているのは、一人の少女だった。

 日本人としては極普通の黒髪はショートだが、前髪の左側だけが伸ばされ、左目を隠している。

 隠れていない右目は濃いブラウンであり、常に眠そうな半目だ。

 前髪さえ除けば、特におかしな所のない、一見極普通の少女は、この五車学園の生徒の一人だった。

 小中高まで一貫したエスカレーター式かつ対魔忍の育成機関であるこの学校で、ここまで目立たない特徴をした女子生徒もそういまい。

 だが、生来の美貌か、将来的には確実に美人になる、と言う片鱗にも似たものも確かにあった。

 要はこの生徒は美少女なのだ。

 クラスで三番目位の目立たない感じがするだけで。

 

 「私が貴方に命じたのは班員と共同しての潜入、後に標的の暗殺だったと思ったけど?」

 「あのまま校長と班長の指示に従い、奴隷として潜入した場合、高確率でそのまま娼館に売られていました。」

 

 実際、この女生徒の意見を聞かず、校長の指示のまま動いた二人の班員は奴隷として拘束及び軽度の人体改造を加えられ、抵抗する事も出来ず娼館に売り払われていた。

 が、ギリギリの所でこの少女に救出されており、心身共に無事で済んでいた。

 

 「貴方なら、それ位切り抜けられると思うけど?」

 「はい。実際、切り抜けました。」

 

 別に彼女にとって、魔術を込められた奴隷の首輪や肉体改造、精神や魂、感情への干渉等、その気になれば容易に無力化できる。

 しかし、だからと言って敢えてかかりたい訳ではない。

 少なくとも、この学園の結構な数の関係者や裏側の住民たちの様に、好き好んでそんな戻れない道に入りたくはなかった。

 

 「…まぁ、今回は以前と違って、班員を見捨ててないから良いでしょう。」

 「ありがとうございます。では失礼します。」

 「待ちなさい、話はまだ」

 

 一瞬、本当に一瞬目を離した隙に、歴戦の対魔忍である井河アサギの前から、女生徒は消え去っていた。

 

 「本当に勿体ないわね…。」

 

 嘆息と共に、アサギは報告書に目を通した。

 そこに書かれている事実に、また頭が痛くなってくる。

 先程の生徒、倉土灯がターゲットの移動の際の警備の薄さを突き、狙撃一つで解決していた。

 しかし、班員であった二人はあっさりと無力化され、後一歩で娼館の洗礼(これで心を折り、快楽漬けにする事で脱走や反抗を防止するため)のオークによる輪姦直前だった所を、灯が班員二人を抱えて撤退、仕掛けていた爆弾によって娼館を発破解体して離脱に成功する等、前者に比べて大分派手だった。

 幸いと言うべきか、班員の二人の負傷は心身ともに治療すればすぐに治る程度のものだし、爆破されたのも東京キングダム内部なので、こちらがどうこうする必要は無い。

 だが、班員二人の救助には「おまけ」感が漂う。

 無論、助けた事だけでも結構な進歩なのだが。

 

 「これでもう少し協調性があれば言う事は無いんだけど…。」

 

 と言うのも、この倉土灯、以前受けた任務では仲間を見捨てて帰還しているのだ。

 内容は情報収集であり、素早く潜入捜査を行い、首尾よく情報をゲットした灯に対し、班員の一人が競争意識を抱き、独断専行したのだ。

 下手に指示とは異なる行動をして灯が情報を集めたため、それなら自分だって出来る!と競争心を燃やしたらしい。

 もう一人は班長であり、責任感があったため、その一人を追いかけたのだが…あくまで冷徹な灯は班の二人を置いて帰還してしまった。

 なお、二人は今現在に至るまでも発見されていない。

 常人よりも遥かにタフな対魔忍である。

 きっと何処かで元気にアへってる事だろう、と灯はそこで思考を打ち切っていた。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「つかれた…。」

 

 どさりと、灯は寮の自室にあるベッドに倒れ込んだ。

 

 「もういっそ楽に…いやいや、アへ顔は嫌だよ、うん…。」

 

 せめて純愛ルートが良い…と一人愚痴る姿は、先程までの冷徹さは感じられない。

 そこには、ただ死んだ目を虚空へと向けてブツブツ呟く、人生に疲れ切った少女の姿があるだけだ。

 なお、その枕元には胃薬の入った瓶とミネラルウォーターの入ったペットボトルが置いてある。

 しかも、瓶の中身は殆ど入っていないので、割と結構頻繁に利用している事が分かる。

 余談だが、この部屋は元々二人部屋なのだが、今現在は灯一人だ。

 かつての同室者は敵への内通及び情報漏洩を灯にばらされ処分、その報酬として灯の一人部屋にしてもらったのだ。

 

 (実際、チートが無かったら危なかった。)

 

 本当に、この世界は一歩表を外れたら、即行で凌辱ルートが待っている。

 ナンパ男が、ポン引きが、スカウトが、保険・宗教勧誘が。

 一見普通の人間だが、どいつもこいつも裏側の匂いがするのだ。

 無論、本物の上位の魔族に比べれば、それは格段にマシだが、それでも一般人では一方的に狩られるしかない。

 そんな展開を、この能力で嫌になる程に見てきた。

 その能力の名を「シュレディンガーの猫」。

 要はあのヘルシングの敵役、ミレニアムの人狼部隊の准尉殿の能力だ。

 自身が自身を認識できる限り、何時何処にでも存在出来ると言う破格の能力だ。

 これを用いて、私は状態異常無効化(胃痛は既に常態化しているので治り難い)や瞬間移動、物質透過や装備品の取り寄せ等を瞬時に行っている。

 その気になれば短時間の時間遡行も可能なので、仕事面でも色々と重宝している。

 だが、私は必要に迫られなければこの能力を多用する事は無い。

 似た能力を持つ血界戦線のチェイン・皇の様に、多用し過ぎると自己を見失いかねないからだ。

 そうなると、私は完全に消滅するしかない。

 誰にも気づかれず、誰にも葬られず。

 別段、それは良いのだが、一応世話になった祖父母には恩返ししたい。

 両親?そんな奴らいない、いなかった、いない事にしてくれ…。

 スワッピングNTRプレイにド嵌まりしてる変態カップルなんて、私の身内にはいないんだ(白目)。

 

 「どいつもこいつも…どうしてあんなアへ顔で興奮できるのか…。」

 

 時折ネットで見かける校長や教師陣のアへ顔動画を目撃すると、一気に萎える。

 本当に萎える。

 止めてくれ、私はアンタらのアへ顔なんて見たくないんだ…。

 一歩間違えるとアレらの仲間入りする可能性がある世界になんて転生したくなかった…。

 でも仕方ない。

 転生先自体はランダムだったし、この能力のお蔭で何とか生きていられるのだから。

 

 「取り敢えず、寝るか…。」

 

 既に予習復習は終わらせ済みだった事もあり、灯は疲労感に身を任せ、夕食も取らずに眠りに就いた。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 倉土灯は優秀な対魔忍の卵である。

 それは周囲の人間全てが認める所だった。

 常に成績は5~10位で維持され、実技面もそんな感じだ。

 また、同年代のゆきかぜや凛子の様なカリスマや美しさ、人当たりの良さこそないものの、猪武者やプライドの肥大したボンボンなんかと比べれば、遥かに話が通じる。

 更に、任務の達成率は今の所100%なので、悩みの種でもあるが、何だかんだで教師陣からの受けは良い。

 数少ない欠点は、その徹底した人付き合いの悪さと引きこもり癖にある。

 必要が無い限り、誰か他人と話す事が無い。

 学校の売店や授業においてもそれは同じで、寧ろそれ以外で話している所を目撃した者は五車学園においても数える程しかいない。

 引きこもり癖だが、本当に出不精なのだ、灯は。

 土日や祝日に他の生徒が街へと繰り出すのに対し、彼女は一歩も部屋から出ない。

 中で何をしているのかと言えば、授業の予習・復習に、漫画やライトノベルの読書、ネットサーフィンにネットゲーム位で、本当にゴロゴロしつつも一歩も出ない。

 ある日、クラスメイトの一人が突撃して外に連れ出そうとしたのだが、ドアを開けると、先程までアニメの声が漏れ聞こえていたのに、静かで片付いた無人の部屋が広がっていたと言う。

 そんな訳で、彼女は誰とも話さないし、誰とも出かけない。

 時折、通販で漫画やゲームを取り寄せているが、それにしたって一階の寮長室で預かった筈のものが、顔も見せずに何時の間にか消えていたりするので、本当にもう筋金入りだった。

 灯本人からすれば「何があるか分からないのに、気軽に出歩いたりしたくない」との事だ。

 実際、休みで気の抜けた対魔忍の卵が拉致されたり手籠めにされたりするのはよくある事例なので、その警戒は間違っていないのだが。

 だが、そんな変人と言っても良い灯だが、ファンが存在する。

 悪く言えばコミュ障の引きこもり、良く言えば孤高の天才とも言える灯は、その容姿に相反する雰囲気もあって、男女問わず人気が高い。

 実際はこの世界の余りの惨状に絶望しているが故の陰鬱とした雰囲気なのだが…知らないとは幸運な事だった。

 中には家の力を利用して彼女を抱こうと画策した馬鹿な男子もいたが、気づけば不幸な事故(棒)で入院していたり、転校していたりするので、誰も近づけなくなった。

 そんな隠れた人気が気に食わない女子が突っかかった事もあったが、徹頭徹尾無視され続け、逆にその女子の心が折れた事もあった。

 正に触らぬ神に祟り無しである。

 だが、倉土灯が密かな人気者である事は事実であり、学園に設置された監視カメラ(と言う名の盗撮カメラ)や生徒以外の関係者(MADな天才外科医や汚いおじさん系用務員、潜入中の魔族等)等に、目下最大の標的にされている事を、隙あらば強引な手で拉致強姦とか普通にされかねない事を、本人だけが知らない。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 視点は戻って校長室

 

 「どうにかしたい所だけど…あ。」

 

 (他にやる事は大量にあるのに)灯の事を考えていたアサギだが、不意に良い事を思いついたのか、ポンと手を打った。

 そんなアサギの脳裏には、コミュ力の高い明るい妹の姿が浮かんでいた。

 もしこの場に灯本人がいたら「おい馬鹿止めろ」と立場を気にせずに言っていただろう。

 だが、今此処に彼女はいない。

 

 (さくらなら、あの灯でも打ち解けられるでしょ。)

 

 そして、アサギも一度思いついた事を止める程、頭の良い人間ではない。

 寧ろ、勢いのままに突っ走るのがアサギと言う女だった。

 斯くして、灯は未だ見習いの身でありながら、またもや任務に就く事となってしまった。

 

 (簡単な内容で、お出かけ的なものにすれば…うん、さくらとも口裏を合わせて…よし、行ける!)

 

 対魔粒子って肉体は強化するけど、知性や精神は確実に劣化してるよね。

 その任務を通達された時、内心をひた隠しにしながら、灯は内心でそう愚痴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 Q.そんな状態で大丈夫か?

 「…………はぁ。」

 

 ハァイ!対魔忍の無口可愛い女子(チャームポイントは死んだ魚の様な目)こと倉土灯だよ!

 今日はお仕事に来てます!

 と言っても、対魔忍でもないし、勿論娼婦(ガチ)でもありません!

 内容は…

 

 「死ネェェェ下等種族メェェェ!」

 「プギィィィプギャァァァァ!」

 「コロセコロセコロセー!」

 「撃て撃て撃てぇい!」

 「く、数が多い!増援回せ!」

 

 ペーパーカンパニーを通しての傭兵です。

 まーた懲りずに東京キングダムで危ない薬品なんかの売買で資金集めしてる魔族と潜伏がばれた米連の特殊部隊が只今交戦中です。

 学校側からは米連側の動き探ってこい娼婦になってな!とかほざかれたので、即行で単独任務に出ました。

 班員?いつもの如くどっかその辺でアへってるんじゃないの?

 視界にでも入らない限り、一々確認なんてしないよ。

 余程余裕がない限り、基本的に女の対魔忍とその卵は殺されないんだし、それで良いのさ(但し社会復帰できるとは言ってない)。

 ………言ってて何だけど、どう考えても生贄の類だよな、対魔忍の存在って。

 対魔粒子ってのも元は魔族との交配によって得た魔力が人間界での生活で適応・変質したと考えれば……いや、或は魔力や異能を持った魔族との交配に適応したと考えれば……この先は考えるべきじゃないな、鬱になる。

 現在そっちの才能があるせいで絶賛鉄火場にいるのに、考え事とか死亡フラグだし、これに関しては後でじっくり調べよう、うん。

 

 「ターゲット確認。」

 

 今回のお仕事の内容は至って簡単、米連が何を狙って態々特殊部隊を送り込んできたのか、その目的を調べる事だ。

 で、それはもう分かってる。

 最近、と言ってもここ数ヵ月程度だが、米連内で新手の麻薬が流行しており、依存性もさる事ながら、高い催奇性を持っている。

 更に長期間摂取し続けると、脳を始めとした肉体が大きく変化していき、最終的には魔族擬きとも言うべき存在になってしまう。

 米連側のデータによれば、個体差にもよるが、大抵はオークやゴブリン、獣人等の下等な種族(無論性機能も同様)になるのだが、一部では理性を保ったまま、吸血鬼や竜人、魔人の様な高位の魔族にも変化し得るのだとか。

 それ、一体どこのサイオキシンなんでしょうねぇ(白目)。

 現状、魔界勢力に対して軍事面に関しては装備面と物量を揃える事で辛うじて対処している米連側としては、この新型麻薬による安定した戦力の拡充を図りたいらしい。

 だからこそ、その新型麻薬を売っている組織のアジト周辺に潜伏していたのだが…これ、どう考えても蜥蜴の尻尾きりだ。

 明らかに頭悪そうだし、そんな薬を開発出来そうにも仕入れられそうにも見えない。

 となれば、確実に高位の魔族がバックにいて、それが分かってても米連はそれに食いつかざるを得ない状態な訳だ。

 まぁ同盟国とか本当に役に立たないしな!特にこの世界の東アジア系(極東含む)は!

 なんであぁまでガッツリ政府機構に魔族の浸透許してる上に喜々として何とか対抗可能な戦力である対魔忍を売っぱらっちゃうかな本当に!

 クローンでも作って量産するなりちゃんと育成するなりしやがれ!

 人的資源の運用に関しては、既に自衛隊って言う参考にできる立派なのがいるだろうが!

 そんなだから大陸からの難民なんて押し付けられて経済停滞&治安悪化に拍車が掛かるんだろうが!

 

 (まぁ其処ら辺の愚痴は置いといて。)

 

 で、このまま米連側が戦力の拡充に成功すると、米連側にも準対魔忍的な戦力が出来上がる訳で。

 それは必然的に米連に対しても生贄とかを求めて魔族の魔手が伸びる上に、連中が遊ばずにガチで戦争状態に入る可能性もある訳でして。

 そうなると、こちらよりも遥かに戦力のある魔界勢力(群雄割拠状態なので纏まる確率は低い)が纏まって行動するとか言う死亡フラグが立ってしまう。

 嫌だよ、私は。

 そうなった場合、先ず間違いなく対魔忍関係者は今以上に真面目に酷使されるかお偉いさん方の身の安全と引き換えの生贄として差し出されるしか想像できない。

 組織的な反抗?ゲリラ戦?

 断言するが、絶対に無理だ。

 だって、うちの組織って、皆戦闘系は多かれ少なかれ脳筋だし。

 TOPであるアサギ校長すらあぁなのに、下に何を求めてるんだ。

 なお、そうなった場合、私は祖父母抱えて逃げるので悪しからず。

 で、要するに何が言いたいのかと言うと…

 

 (その研究データ、ここで消えてもらうよ。)

 

 既に一帯の無線通信網(衛星回線含む)はジャミングで潰して、有線通信もケーブルをドサクサで爆破したので無理。

 まぁその爆発のせいで、こうして魔族に見つかっちゃった訳だけどね!(確信犯)

 だから後は、データが保存されたハードとUSBはこちらで確保済みで偽物とすり替えてあるし、多少のデータを覚えてる米連側のスタッフ、特に技術士官を消せばそれで終わる。

 とは言え、作って売ってる魔族側にはもっと情報があると見て間違いないし、そっちはそっちで後々どうにかしないといけない。

 なお、入手した情報は明らかにヤバいし、対魔忍側に持ち帰ってもアホな事になるのが目に見えてるので、何処かに隠す事にする。

 自分が潜り込む実存と虚数の狭間にでも隠せば、余程の化け物でない限り、見つける事も接触する事も出来ない。

 ドン、と慣れ親しんだ反動が強化された身体を揺らす。

 ほぼ同時、軍服の上から白衣を着た技術士官の頭が弾け飛んだ。

 これで情報は何処にも残らない。

 

 「ミッション終了、帰還する。」

 

 そして、またも私は生き残った。

 その後の展開だが、米連側は全滅判定を受けた状態だったものの、何とか撤退に成功し、魔族はそれをしつこく追跡したが取り逃がした。

 なお、やっぱりアへってた班員(片方♂)は魔族の注目が米連に向いてたので、割と楽に救出できましたとさ。

 

 

 ……………

 

 

 「ではこれより、第○○次職員会議を始めます。」

 

 五車学園のとある会議室では、定期・不定期に職員会議が行われる。

 これは学内外の出来事の定期報告の他、議題に上げる必要性があるとされた事柄を話し合うための場でもある。

 まぁ、その辺りは普通の職員会議と変わらない。

 問題は、今回議題にあがった生徒の事だ。

 

 「高等部の倉土灯さんですが…現在、彼女は未だ学生の身でありながら立て続けに任務をこなしており、そのほぼ全てにおいて成功しています。」

 

 ほぼ全て、の例外にあたる事項に関しては、事前情報が完全に間違って、任務遂行が最初から不可能だった場合だ。

 その場合、彼女はその情報を収集した後に即座に離脱し、再度学園側に判断を仰ぐ等、常識的な対処をしている。

 どうしても連絡が困難な状況では、決して無理をしない範囲で標的への対応を行い、必ず帰還している。

 こうした想定外の事態における判断力については、既に見習いながらも決戦戦力と言える同年代のユキカゼや凛子よりも遥かに優越している。

 

 「もう彼女は十二分に任務をこなしていますし、言いたくはありませんが、既にベテランの対魔忍に匹敵する戦果も挙げています。ユキカゼさんや凛子さんの事例もありますし、直ぐにでも実働部隊に組み込むべきでは?」

 

 その教員の言う事ももっともだった。

 何せ能力が基本的に血統に依存する対魔忍では、どうしても数を揃える事が難しい。

 日本国内で引き入れる事のできる人材に関しては、既に払底していると言っても過言ではない。

 アサギが頭領となってからは、一般からも才能に目覚めてしまった者を引き入れもしているが、それとて滅多に見つからない。

 もし日本に米連並の国力があれば、対魔力の無い人間でも装備と物量でどうにかなるのだが、そんな国力なんて無いし、そもそもこの国に巣食う魔族側の政治勢力の存在もあり、到底実現する事は出来ないだろう。

 そこにほぼ一般生まれで、成績は常に図った様に必ず平均点だが、任務達成率はほぼ100%の生徒がいるのだ。

 しかも、能力は火力こそ武器依存であるものの、物質透過と言う生存にも潜入にも優れたものであり、現場としては直ぐにでも使いたいだろう、思惑(拉致・洗脳・スカウト・肉奴隷化)は兎も角として。

 

 「駄目よ。」

 

 にべもなく言い捨てたのは、この学園の事実上の最高権力者のアサギだ。

 無論、理由はある。

 

 「資料の14ページ目、見てくれる。灯と組んだ班員の記録。」

 「これですか?殆ど全員が魔族に乱暴されたと記載されていますけど…。」

 

 別に何の変哲もない内容だし、組織としてどうかと思うが現場ではこの位日常茶飯事だ。

 但し、一人もMIA(戦闘中行方不明)がいない事を除けば、と付くが。

 

 「誰一人として欠けていないのよ。灯はね、助けられる範囲なら必ず助けるの。」

 

 必ず助けようとして、ユキカゼの様に自らも捕らわれる様な事は無い。

 徹頭徹尾、リスクとリターンを合理的に計算し、殆ど毎回班員の救出に成功、後に離脱している。

 例外はその生徒が裏切っていた場合であり、その場合はほぼ間違いなく魔族側や米連に殺されるか、不運(笑)な事故(灯による敵ごと爆破や偽装した流れ弾)で死亡している。

 

 「勿論、現場に出しても直ぐに活躍してくれるでしょうけど、学園と言う場で生徒に実戦を経験させるには持って来いの性質なの。」

 

 基本的に、学生の対魔忍達にはそう難易度の高い任務は一部の例外を除いて割り振られない。

 しかし、どう頑張った所で(このガバガバでスカスカで砂上どころか砂のお城な)組織では、卵の内からどうしても危険な任務に就かされる場合が多い。

 そんな場合、灯を班員に就けると、ほぼ例外なく実戦を経験した上で帰還できるのだ。

 その上、脳筋傾向の強い対魔忍に対し、必ず諜報戦・情報戦を経験させた上で、初めて必要最低限と判断した武力を行使する。

 本来の意味での忍者としては極めて真っ当と言える戦い方は、本来なら多くの対魔忍にしてほしい戦い方だとアサギは思うし、灯の強いではなく巧い戦い方を知った生徒には、真似しろとは言わないが、常に参考にしてほしいとも考えていた。

 要するに、他の生徒に実戦経験を積ませるのに都合が良いので、彼女は学園に残したいのだ。

 無論、卒業すれば即座に実戦部隊行きではあるが、それまでは今のままでいてほしい。

 同時に、生徒内の離反者も自発的に処分してくれるので、アサギとしては丁度良いのだ。

 

 「と言う訳で、倉土灯に関しては現状維持のままで、卒業と同時に実戦部隊に組み込みます。異論があるならば、後で私の所に個別で陳情する様に。」

 

 文句あるならかかってこい。

 アサギが言外にそう言ってのけた後、会議は次の議題へと移った。

 

 

 ……………

 

 

 「ごめんなさいね、態々あんな事言わせて。」

 「いえいえ、こちらこそあの子には悪い事をしてますからね。」

 

 会議後、校長室で二人の教員が会話していた。

 一人は勿論校長であり、部屋の主であるアサギ。

 もう一人は朴訥とした、無害そうな眼鏡をかけた、特徴の少ない典型的な日本人男性だった。

 

 「他の生徒のためとは言え、倉土さんには無理させてしまっていますからねぇ…。」

 

 だからこそ、比較的難易度が低い任務を多めに割り振っているのだが、どうしても他に人手がない時は灯にお鉢が回ってくるのだ。

 その上、常に足手纏いを引き摺って任務に当たるのだ。

 例えベテランだろうと、否、ベテランだからこそ、聞けば激怒するだろう。

 

 「一応、他では便宜を図ってるけど…。」

 「焼け石に水ですね。」

 「そうよねぇ…。」

 

 きっぱりと言い切る男性教諭の言葉に、アサギは項垂れる。

 確かに内申点や報酬では十分に便宜を図っているものの、それ以外が出来ていない。

 なにせ装備の都合や事前の情報収集など、本来なら実働部隊を動かす前に組織なら当然しておく義務が出来ていないのだ。

 それを現場の努力で補っている上、灯が使う火器類すら潤沢とは言えず、本人が現地調達している位なのだから、そりゃ火器類の必要としない能力を持った対魔忍が注目されるのも仕方ないと言えた。

 まぁ本人からすれば、土台からして腐り果ててる組織をよく運営しているものだと、寧ろ感心されそうだが。

 

 「取り敢えず、裏方としても出来る限りサポートしますので…。」

 

 疲れの滲んだアサギの声に、男性教諭は内心をひた隠しながら返事をした。

 元々対魔忍としてではなく、自分の率いる組織の事を考えれば、度重なる理不尽な任務に灯が対魔忍に愛想を尽かして出ていく事を期待していたのだが、どうやらそれは難しいと判断していた。

 なにせ普通の見習いなら既に数度はMIAになっているのに、何ら消耗した様子も無いし、そもそも感情が極端に読み辛いし、そうした能力や忍術を使えば、一発でばれる恐れもある。

 かと言って、家族を人質に取るのは下策中の下策だ。

 短期的には可能だが、長期的には絶対に不可能だ。

 だから、彼としては彼女個人との信頼関係の構築こそが大事だと方向転換する事にしたのだ。

 

 「えぇ、よろしくお願いするわ、山田先生。」

 

 こうして、お館様の方針変更により、灯の人生難易度はちょっと低くなったのであった。

 

 




A.大丈夫な訳ない。問題だ。


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第三話 戦闘力のみインフレ

 レインコート、と言う傭兵がいる。

 

 ここ数年、日本の裏業界で活躍している傭兵の一人であり、要人警護や施設防衛でもない限り、基本的に単独で活動している。

 その名の通り、普段から雨合羽に似たフードで全身を覆い、その下に防弾・防刃等の効果のある米連製の特殊部隊向けのプロテクトスーツを纏い、顔は各種機能を持ったゴーグルと覆面で隠す等、その素性は一切不明だ。

 ただ、その高い任務遂行率だけが知られている。

 成功率7割超過と言う数字は、一般的な傭兵としては低いように見えるが、それは彼が常に困難な潜入・破壊工作系の任務を受け、その悉くを成功させているからだ。

 無論、そんな悪目立ちする傭兵には所謂「騙して悪いが…」系の依頼が回されるのだが、彼はそれら全て受けた上で雇い主や斡旋した者含む敵を全滅させる事でも有名となっており、今では一種のアンタッチャブル扱いされている。

 標的、或は報復の対象となった者には大組織であるノマドの幹部も何名か含まれており、ノマド自体もこのレインコートを探しているのだが、元々容姿も本名も不明、武器類は信頼性の高い米連製の銃火器であり世界中に輸出されている関係で珍しくもないため、特定するには至っていない。

 そのため、レインコートの情報には密かに懸賞金が掛かっており、現在も追手がかけられている。

 そんな裏世界の恐怖すべき存在の一角であるレインコートだが、普通の依頼以外にも頭の足りない馬鹿や自信過剰な馬鹿が敢えて喧嘩を売ってくる事もあるので、割と休む暇が無かったりする。

 

 

 ……………

 

 

 今日、また懲りずに現れた馬鹿に対して、姿を偽装した倉土灯は相手をしていた。

 

 対魔忍業の片手で傭兵として働いている灯にとって、傭兵業は当初武器弾薬を調達するための手段でしかなかった。

 適当な依頼を受け、敵地に潜入して保管してある重要物資や武器弾薬を能力による実存と虚数の狭間、所謂四次元ポケットに丸ごと収納した後、敵施設ごと標的を爆破して任務を達成する。

 まぁ、余りに警備が厳重な場合とか、関係者に死ぬ姿を晒す必要がある場合とかには狙撃等で片を付ける事もある。

 中華系?確かに連中はこの国では米連以上の数がいるが、装備の質が基本的に劣悪なので、回収は基本的にせずに爆破時の燃料にするしか使い道がないのでNG。

 時々何もしてなくても爆発するし。

 なので、灯が直接使うのは専ら米連製の正規品なのだが…今回ばかりは銃火器では相手が悪かった。

 

 東京某所の高層ビル 地下駐車場にて

 キン!と言う甲高い音と共に、ビルを支える柱の一つが切断される。

 ギリギリでその斬撃を回避したレインコート姿の灯は、例え切り殺されても意味は無いと知りながら、久しぶりに冷や汗を流した。

 

 「レインコート、貴様の命も此処までだ。神妙にしろ。」

 

 目の前に立つ上位魔族の一角、その姿に実に微妙な気分になる。

 防御性能を一切考えてなさそうなボディコン染みた格好、片手に持った魔界製の魔剣、そして特徴的な褐色肌にピンクブロンド。

 そう、あの魔界騎士イングリッドだ。

 エドウィン・ブラックの直属の部下である彼女は、まぁ脳筋ではあるものの、政治・武力・指揮のどれも優れた一角の人物だ。

 なんで魔界勢力なの?と問いたくなる程度には騎士然とした価値観を持っているが、そういった点さえ除けば、優秀と称して問題ない人物だ。

 だがまぁ、そんな奴をまともに相手にしてやる道理など無い訳で、しかしこちらは現在対魔忍ではなく傭兵として動いている。

 そのために能力も殆ど使わずにこうして時間稼ぎに徹していたのだが…それも終わった様だ。

 

 (米連側の要人の脱出を確認…後はこいつだけか。)

 

 既に依頼内容は完遂され、口座への入金も確認された。

 米連のこの辺りの金払いの良さは特筆に値する。

 となれば、後は長居は無用だ。

 

 「諦めろ。既に周辺は私の部下達が囲んでいる。退路は無いぞ。」

 

 暗に投降を勧めるイングリッドに、しかし灯はゴーグルの奥から冷めた視線を向けるのみ。

 この女自身は高潔な人柄なのだが、こいつの主君である吸血鬼の真祖、ガチの不死者であるエドウィン・ブラックが一片も信用できないのでは、無理からぬ事だが。

 

 「ミッション完了。同時に帰還不可能ケースに該当、対処行動を実行。」

 「何を…!」

 

 訝しんだイングリッドが問い質す前に、奥歯に仕込んであったスイッチを噛んで押し、全身の防御スーツの内側に仕込んであった爆薬が一気に炸裂、地下駐車場全体に爆風が吹き荒れた。

 

 

 

 ……………

 

 

 「ん………。」

 

 パチリ、と寮の自室で目を覚ました。

 ヘルシングにおけるシュレディンガーが行った死に戻りによる帰還。

 自爆によって肉体の消失を隠蔽した上でのこの撤退は、実は結構久々だった。

 最初の本当に実戦慣れしていない頃には三回に一度位の割合でしていたのだが、今となっては滅多にない。

 一応、能力無しでもイングリッド単体程度ならギリギリなんとかならない程度には戦えるのだが、それは滅茶苦茶疲れるし、弾薬の消費も凄まじい事になる。

 はっきり言って割に合わない。

 なので、久しぶりに死に戻りする事にした。

 無論、その時装備していた防御スーツにゴーグルに外套、使用した炸薬、装備していたアサルトライフル等の装備は損失したが、予備は幾らでもあるので問題らしい問題はない。

 掛け替えのない貞操と言う名の人間としての尊厳を失って生きるよりも、一瞬だけの死の苦痛の方が遥かに楽な事もあり、灯はこの手段を重宝していた。

 

 「眠い…。」

 

 なので、今は取り敢えずこのまま睡魔に身を任せる事にした。

 イングリッドらと遭遇し、正体がばれない様に立ち回ったせいで、随分と消耗していた事もあり、灯はあっさりと意識を手放した。

 すぅすぅ…と静かな寝息を立てて眠る様は年相応のものであり、彼女が齢17にして歴戦の傭兵であり対魔忍でもあるとは欠片も思わせないものだった。

 この時、彼女は無意識レベルで能力を使用する事を体得しているので、彼女を認識し睡姦するには、同格以上の魔眼や魔術での探査や空間操作による認識が必要なため、彼女の寝込みを襲う事は極めて困難だったりする。

 

 

 ……………

 

 

 「申し訳ありません。命令を遂行できず…。」

 「いや、良い。寧ろその傭兵には感心したよ。」

 

 何処とも知れない豪勢な客室で、イングリッドは跪き、報告を行っていた。

 その相手は彼女が女としても騎士としても慕う主君、真祖の吸血鬼、不死者にしてノマドの創始者、エドウィン・ブラックだ。 

 

 「ブラック様?あの傭兵は確かに自爆しましたが…。」

 

 危うくビルが崩落しそうな程の爆薬を一体どこに忍ばせていたのかは定かではないが、お蔭でイングリッドもそれなりのダメージを受け、部下達も暫くは動かせない。

 他勢力は知らないが、灯と言う対魔忍見習いによってノマドの動きが大幅に鈍った事は確かだった。

 

 「いや、生きているよ、その傭兵は。」

 

 ワイングラスを傾けながら、エドウィンは本当に愉快そうに唇の端を曲げながら、確信を持って告げた。

 殆ど勘だが、報告書と監視カメラの映像を見るに、何処か手を抜いている印象があった。

 そして、永きを生きるノーライフキングの勘働きと言うのも馬鹿に出来ないものがある。

 

 「私も若い頃、不死性任せで無茶をしていてね。その中には自爆によって敵を道連れにする事もあったし、死んだと偽装して後から嬲ってやった事もあった。」

 

 イングリッドの様子から見るに、余程偽装に長けていると判断したエドウィンは本当に愉快そうに笑っていた。

 なにせ不死による退屈を持て余している彼にとって、こうして自分と遊べそうな相手は本当に貴重なのだ。

 つい最近ではアサギ等がそうだが、彼女は最近は前線に出てくれないので、そろそろちょっかいを出そうとも考えていた所だ。

 

 「我が騎士イングリッドよ。此度の事でお前を罰しはしない。寧ろ褒めてやりたい程だよ。面白そうな者を見つけてくれたのだから。」

 「は、ありがとうございます。」

 

 騎士としての礼を決して無くさないイングリッドに、スッとブラックは目を細める。

 この優秀な騎士に偶には褒美を与えてやるべきだと思ったのだ。

 

 「来い、イングリッド。偶には君の忠誠に報いてあげよう。」

 「あ…ブラック様…。」

 

 こうして、ノマドのTOPとその右腕の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 




※但し知能は含まれない。


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第四話 何時何処にでもフラグはある

 レインコート、と言う傭兵がいる。

 

 凄腕の傭兵で知られる彼だが、やっぱり人間であり、散財する事もある。

 彼?は時折、ヨミハラや東京キングダムの奴隷市にふらりとやってくる。

 そして売れ残りの幼い奴隷を買っていく。

 それは魔族であったり、一般人であったり、男であったり、女であったりと一定ではない。

 だが、総じて大人しく幼い性質の商品であり、つまる所そういった趣味があるのだろう、と関係者は考えている。

 また、毎回少し多めに出して買ってくれるので、奴隷商売関係者からすれば太客ではないが、売れ残りの在庫処分をしてくれる良い客の一人だった。

 

 無論、実務的な理由があるからなのだが。

 

 

 ……………

 

 

 私は魔族のポチと言います。

 犬の獣人で、一応魔族ですが、人間よりも少し頑丈な程度で、特に何かできると言う訳でありません。

 魔界の何処かにある森で暮らしてたんですが、ある日奴隷商人に捕まってしまって、こうして人間の世界に売られてきてしまいました。

 歳はよく分かりませんが…今は大体15歳くらいだそうです。

 奴隷商人の所は今に比べると格段に不衛生で…どんくさい私は何時も殴られたりしてました。

 ご飯も殆ど貰えず、檻の中で絶望しながら、たくさんのオークに興奮した目で見られながら過ごしていました。

 どんくさいし、汚いし、小柄で女性らしい起伏の無い私は当たり前の様に売れ残って、もうすぐオーク達の巣に投げ込まれる所でした。

 そうなったらもう正気ではいられないでしょうし、脱走を試みた他の奴隷の子がどうなったのかも見てますから…きっと沢山犯された果てに、食べられてしまうのでしょう。

 私もきっとそうなると、毎夜ガタガタ震えながら過ごしていました。

 そんな時の事でした。

 ご主人様が市場に現れて、私を買ってくださったのは。

 ご主人様は冷たいけど暖かくて、私をこの家に住ませてくれました。

 それ以来ずっとこのお家に住んでますけど…ご主人様はお忙しいらしく、滅多に帰って来てくれませんので、時々とても寂しくなります。

 それに、お外に出た事はありません。

 食料は何時の間にか補充されてますし、周囲は何もない山の中ですし、ネットもテレビもありますし、この家にいる事だけを言いつけられていますので、私は絶対に外に出る事はありません。

 でも、時々ご主人様と一緒に広い野原を自由に駆けまわってみたいです!

 

 「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 「ただいま。」

 

 そんなちょっと寂しい毎日ですが…今日は久しぶりにご主人様が帰ってきました!

 滅多に帰ってこないご主人様は時折誰もいない筈の部屋から現れたりする事も多いので、こうして玄関からやってくる事は本当に珍しいのです。

 だから、私は滅多に言えない帰宅を迎える挨拶を言えました。

 

 「ご飯ですか?お湯ですか?それとも休憩ですか?」

 「ご飯で。」

 「はい!」

 

 ご主人様は何時もフードやゴーグルで顔を隠してますが、食事の時はフードを取ります。

 自室だけですけど、湯で身体を清める時は裸になる時もあります。

 フードを取ったご主人様は贔屓目に見ても黒髪黒目の美少年なので、ご主人様の雌奴隷としては是非とも全部見たいのですけど…生憎と覗こうにも監視カメラを仕掛けようにも全てばれてしまって出来ませんでした…。

 でもでも、ポチは絶対に諦めません!

 何時か絶対にご主人様からお情けを貰いたいと思ってます!

 

 

 ……………

 

 

 さて、セーフハウスの見回りも終わったし、とっとと学園に帰るとしよう。

 欠伸を噛み殺しつつ、最後のセーフハウスから何時もの様に奥歯に仕掛けてあるスイッチを押し、学園の自室へと死に戻る。

 先日の様な魔界騎士()相手のガチの自爆ではなく、心臓のみを爆破してショック死する事で、装備を消失する事もない。

 まぁショック死する程度には痛いのだが。

 で、セーフハウスなのだが、これは元々能力の制御がまだ甘かった頃、自分を認識できずに意味消失しかけた際に(何とか復帰できたのだが)、その保険として始めたのだ。

 意味消失、これは自分の能力の制御に失敗した場合に陥る状態で、これは「情報の破壊による存在発生源の消去」であり、結果として対象の存在したと言う事実すら消え去ってしまう。

 この対策として、自身を強く認識してくれる者を増やすか、自身の精神にトリガーを設ける事で安全装置としている。

 この辺りはチェ〇ン・皇の「この世界に絶対に戻らなければいけない理由」を記した「鍵」に近いものがある。

 私の場合、能力でうっかり消してしまわない様に保管してある漫画や小説なんかを捨てられたくない、まだ見てないアニメや映画の存在なんかが該当する。

 そのため、各セーフハウスには私のコレクション等が保管してあり、私の生体反応の消失と同時に、各セーフハウスの奴隷達にメッセージが届き、それらを捨ててしまう。

 で、捨てられてたまるか!と私が復活する訳だ。

 まぁ、今の所そこまで追い詰められた事は無いのだが。

 また、能力が封じられた際の予備の兵器保管庫でもある。

 そのため、不定期に巡回しているのだ。

 先程会ったポチが最も古いセーフハウス付き奴隷で、もう2年はあの山小屋から出ていない。

 彼女の今までの人生に比べれば遥かに清潔で安全なのだが、それでも不自由である事には変わらない。

 定期的に行けば、誰かに何がしか気づかれる可能性もあり、そうすれば彼・彼女らに被害が及ぶ可能性が高いので、もう少し甘やかしてやりたいのだが、それもできない。

 そのため、セーフハウスに行く時は必ず顔を変えていくようにしている。

 こうすれば、彼・彼女達が情報目当てで殺される事もないと考えたからだ。

 私に出来るのは衣食住の安定した提供と、私にもしもの事があった場合、彼・彼女らの手に渡る拘束した期間に見合う報酬、そして彼・彼女らの身元を保証してくれる里親だ。

 ほぼ未調教であり、大人しい気質である彼・彼女らなら、何処に行ってもやっていけるだろう。

 

 まぁ、こっちの貞操を虎視眈々と狙ってるのは感心しないがな!

 

 

 ……………

 

 

 さて、今日も今日とて対魔忍のお仕事である。

 今回は情報収集であり、余り厄介なものではなかった。

 存在を希薄にし、情報を握っている標的に近づき、その記憶の中に入り込み、必要な情報のみを抜き出す。

 終われば、標的は怪しまれない様に心不全を引き起こす毒を盛るか、精神そのものを破壊して脳死に近い状態にしてから撤退する。

 いつも通りの、楽な仕事の筈だった。

 

 問題は、同じ仕事を請け負ったらしい魔族?が標的の施設に単独で、正面から、目につく全てを破壊しながらやってきた事だった。

 

 「さぁ、キリキリ吐きな!…ってもう死んでるし。使えねー。」

 

 そう言って警備のためのオークの死体を投げ捨てるのは、ピンクのショートブロンドの少女だ。

 対魔忍染みたピッチリ防護スーツに身を包む姿は、対魔忍と見紛いそうになる。

 しかし、腰裏から生えた機械式触手を見るに、明らかに対魔忍ではない。

 一応対魔忍に於いて人体改造は、医療目的は別として、基本的に御法度となっている。

 これは日本国の法律に則ったものなのだが…となると、魔族特有の魔力が妙に薄い事もあり、何処かの組織の改造人間である可能性が高い。

 以前アサギ校長が遭遇したと言う人造魔族の沙耶との類似点もあるが、差異も多いので、発展型か量産型の実戦試験のつもりで送り込んだのだろう。

 戦闘能力は…腰の触手がやや厄介だが、性能的には精々ベテラン以下と言った所だろう。

 それに格下相手にはしゃいでいる様子を見るに、対魔忍同様知能の方に問題があると考えられるため、脅威度はそこまで高くはない。

 これがきっちりと軍事訓練を受けていたのなら違うのだが、この程度のものを量産しても、喜ぶのは米連位のものだろう。

 まぁ自爆やリミッター解除、暴走や変身等の奥の手や隠し機能位あるのかもしれないが、態々相手をする意味もないし、任務は果たしたし、こうして監視カメラ越しにある程度情報を入手できたので、さっさとずらかるとする。

 

 後日、アサギ校長に報告した折、随分と複雑そうな表情をしていたので、やはり沙耶とやらの量産型か何からしい。

 あれが大量生産されたところで米連が兵隊を使わずにオークや獣人等の下位の魔族を一方的に虐殺出来る程度なのでそこまで問題は無いのだが、アサギ校長としては思う所があるらしい。

 

 

 

 まぁ私には関係ないがな!

 そんな私情満々な任務、一部の人間兵器とかご自分でやっていただきたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話 敵に捕まって凌辱を楽しむ女教師()がいるらしい

 仕事をしていると、時折ブッキングする場合がある。

 一番多いのは対立した組織の双方からの依頼がほぼ同時期に発生するものだが、表の対魔忍としてのものと裏の傭兵としてのものの場合もあるし、自分が傭兵をやっている時に他の対魔忍が現れる時もある。

 しかも、救い様がないのは、後者の場合は大抵同じ目的で動いている場合が多いと言う事だ。

 標的への情報収集が目的なのに、周囲の人物ではなく、何故標的本人にカチコミをかけ、剰え正面から殺そうとしているのだろうか、この脳筋対魔忍共は。

 

 こういった輩はその内魔族の肉便器かオナホになるのがお決まりとは言え、手加減できる程度の相手なら捕獲して奴隷市に売り捌き、後の任務のために生かさせてもらう。

 場合によっては依頼主に献上し、パイプを作り、そこから情報を吸い出したり、暗殺したりもする。

 その後、奪還任務を組んでもらう様に報告書に記載するのも忘れない。

 

 だが、一番面倒なのは基本能力無しで遂行する傭兵時に、能力無しでは勝てない程度に(戦闘力では)格上の対魔忍と遭遇してしまった場合だ。

 所謂人型兵器と言われる連中で、有名処だとアサギ校長とその妹、若手ではユキカゼや凛子が該当する。

 こういった連中は頭が残念な割に、戦闘能力に全振りしてる連中なので、そこらのオーク100体よりも遥かに厄介だ。

 能力無しの私は精々が中堅どころの傭兵であり、事前に情報収集し、最適な戦術で以て可能な限りリスクを減らして依頼を達成するが故に、高い依頼遂行率を持っている。

 故に、事前準備に引っかからず、引っかかっても準備する前に突撃してくる馬鹿や、引っかかった所でどうしようもないバグキャラとかの対応は出来なくはないが苦手なのだ。

 先日の任務で遭遇したイングリッドはこちらの動向を調べていた事もあり、何とか依頼を遂行したが、米連製と思われる人造魔族に関しては完全に後手だった。

 なお、あの人造魔族に関しては被害が多発したらしく、見つけ次第情報収集を命じられた。

 知能対魔忍と本物の対魔忍と言う知能が低い者同士が激突した結果、性能と物量で勝る方が勝つらしい。

 つまり何が言いたいかと言うと、厄ネタは突発的に訪れるから注意しろ、と言う事だ。

 

 例えば、傭兵としての任務先で、自分の通う学校の女校長と出会うとかな(白目)。

 

 「さて、貴方で最後ね。」

 

 100を超えるオークや獣人等の雇われ下位魔族を悠々と下して、井河アサギは宣言した。

 確かに自分以外はもう雇い主しかおらず、その雇い主も最奥の部屋でガタガタ震えている状態だ。

 まぁその道中に催淫ガストラップがあるから大丈夫だとは思うけどね!

 

 「傭兵レインコート。依頼とは言え、これ以上の任務妨害は目に余るわ。ここで仕留めさせてもらうわよ。」

 「………。」

 

 敵の装備は小太刀一本に腰のポーチのみ。

 なのに通信用のインカムすら無く、腕時計型の端末のみとなると…………。

 

 「往くわよ!」

 

 轟と、風を切り、踏み込んでくるアサギ。

 しかし、自分の内心は白けていた。

 能力も使わず、態々通常の白兵戦を挑んできた井河アサギに呆れていた。

 

 

 この女…………………やはりストレス発散に来やがったな!(激怒)

 

 

 アンタくらいだよ、ストレス発散のために敵に取っ捕まって凌辱されて、満足したから全滅させて脱出するのは!!

 知らずとは言え生徒の邪魔してんなよ校長先生よォ!

 

 「…頭来た。」

 「な!?」

 

 亜音速の斬撃、それを放つ腕の予想軌道上にこちらの腕を割り込ませる事で止める。

 至近距離でその整った美貌を睨みつける。

 一切学習せず、猪突猛進で、力で何でもかんでも解決しようとする馬鹿共のTOPに怒りを視線に乗せて叩き付ける。

 本当に、本当に久しぶりに頭に来た。

 なので、久々に全力で行く事にした。

 大丈夫、ズタボロになってもオークや魔族は貴方を可愛がってくれますよ(はぁと)  

 

 自分はオークや魔族と穴兄弟になりたくないからご免だがな!

 

 

 ……………

 

 普段と同じ、他の対魔忍では難しいと思われる任務だった。

 何てことは無い、自分なら大丈夫だと、この時点まではそう思っていた。

 実際、此処までは予想通りだった。

 

 (こいつ!?)

 

 だが、アサギは自分の斬撃が一切の予備動作無しに止められたと言う事態に衝撃を受けた。

 基本的に自分の斬撃を途中で止められた事は現場に出るようになってからほぼなかった。

 能力無しで放ったとは言え、対魔忍最強の自分の一撃であり、防御や不死性による無力化なら兎も角、自分と同じく業で止められる事は本当に数える位しかない。

 それこそ、あの朧位なものだし、ベテランの対魔忍でも今の様な動きは出来ない。

 

 「光陣華!」

 

 消耗の多い光速化の術。

 視界がモノクロとなると同時、自分以外のあらゆるものが停止する。

 これを用いれば、自分を止められる者はいない。

 あのエドウィン・ブラックならば真祖の不死性と重力制御の能力で対応してくるだろうが、この速さについてこれた者はいない。

 ならばこれは何なのだろうか?

 何故、自分の動きについて来れる!?

 

 「嘘!?」

 「………。」

 

 レインコートは騒がない。

 ただ、右手に握った大振りのコンバットナイフでこちらの斬撃を往なしていく。

 その技量は自分に劣る。

 しかし、防戦に徹すれば即殺は免れる程度には巧い。

 

 (こいつ、生き残りなれている!)

 

 位置取り、足捌き、往なし方。

 その全てが生存のために特化した動きをする。

 これがレインコート、近年稀に見る本当の意味でのプロの傭兵…!

 

 「フゥッ!」

 

 その動きに、アサギは本当の意味で腹を括った。

 何をしてでもこの場でこいつを殺す。

 こいつは生かしていては危険すぎる!

 

 「!」

 

 ギン!と、甲高い音と共にナイフが弾き飛ばされる。

 同時、その動きが宙で停止する。

 それを見て、アサギは相手の能力に見当をつけ始める。

 

 (やはり、こいつは私の速さに合わせる事が出来る。)

 

 レインコートの主兵装は銃火器だ。

 なのに、使い慣れたそれではなく、こちらに合わせる様にナイフを使用している。

 それはつまり、使えない理由がある事を意味する。

 

 (私と同じで、加速中は飛び道具が使えない!)

 

 自分の術、光陣華は亜光速での行動を可能とする術。

 無論、加速と肉体の保護で消費する対魔粒子の量は多いが、その脅威は言うまでもない。

 しかし、欠点として飛び道具は使えない、と言うか役に立たない。

 何せ光速、弾丸等よりも遥かに早く動けるのだ。

 しかもこの術、実は自身から離れたものには効かないのだ。

 そのため、弾丸を発射しても、少し進んだだけで停止してしまう。

 だからこそ、飛び道具は意味がないのだ。

 

 「覚悟!」

 「…!」

 

 首を一刀で切り飛ばす。

 そのつもりで放った横薙ぎの一閃は、しかし突然レインコートの手の中に現れたナイフによって防御された。

 

 「はぁぁぁぁ!!」

 

 内心の驚愕を押し殺しつつ、アサギは刀を振るう。

 少なくとも、剣術でなら自分の方が格上だ。

 その確信と共に、ナイフごと両断するつもりで斬撃を放つ。

 だが、レインコートは異常だった。

 

 「………ッ」

 

 一本、二本、三本…幾度もナイフを斬り、折り、弾いた。

 しかし10を超えてなお、何時の間にかその手の中に握られるナイフに、斬撃は往なされ続ける。

 

 (こいつ、一体!?)

 

 相手の能力に見当がつかない。

 否、恐らくは複数の能力をストックできるか、恐ろしく応用範囲の広いものなのだろう。

 そうなると、このままでは何れこちらが詰む可能性が高い。

 

 「殺陣華!」

 

 光速状態を維持しての分身術の発動に、体内の対魔粒子がごっそりと持っていかれる。

 こちらの数は自分も入れて三人、斬撃の数は単純に三倍であり、自分同士での連携によりその戦闘能力は更に高まる。

 実戦での運用は初めてだが、これなら往ける!

 身体に圧し掛かる喪失感をそんな確信で塗り潰しながら攻撃を再開しようとして…

 

 「流石。」

 「となれば、」

 「こちらも容赦しない。」

 「「「なッ!?」」」

 

 相手もまた、三人に増えていた。

 同時に、今までにない恐怖を感じ、身体が竦みそうになる。

 こいつは何なのだ!?

 得体の知れない存在、未知への恐怖。

 それが今自分が相対しているものの正体だ。

 

 「「「っ、嗚呼アアアアアアアア!」」」

 

 恐怖を叫びで押し潰し、三人全員で突撃する。

 今まで一度も戦場で相対した事の無い事態に、歴戦にして最強の対魔忍であるアサギをして、動揺してしまった。

 全力にして最速の刺突の構え、それによる一斉突撃。 

 自らへのダメージも顧みないその行動はレインコートにとって、能力によって井河アサギの知覚領域に侵入してみせた倉土灯にとって厄介だった。

 井河アサギが灯を知覚・認識する限り、灯は彼女のいる領域に現れる。

 また、アサギの人数が増えたのなら、灯の人数もまた増えるのだ。

 とは言え、彼女の素の防御力は防護スーツとコートで補う必要がある程度であり、対魔粒子の貯蓄・生産量もアサギ程に高くはない。

 となれば、同じだけのダメージを受ければ、耐久力と体力の上限に大きな差がある現状、アサギが一方的に有利となる。

 

 「「「勝った。」」」

 

 だが、灯にとってそもそもダメージは意味が無い。

 三人それぞれが互いに刺突を受け、貫かれた状態で目の前の相手に抱き着く。

 直後、コートの内側に忍ばせていた爆薬が炸裂、部屋全体を爆風が満たした。

 

 

 ……………

 

 

 「く、そ…!」

 

 全身から血を流し、何とか刀を支えにして床に倒れ込むのを防ぎながら、アサギは悪態をついていた。

 最後の最後、あの得体の知れない傭兵は差し違えての自爆と言う回避不能の攻撃によってこちらに大ダメージを与えてきた。

 何とか無理矢理分身をもう一体出し、空蝉の術も併用してそちらを身代わりにして直撃を避けたものの、部屋全体を満たした爆風による少なくないダメージを受けてしまった。

 淫術やガス、洗脳の類で無力化された事は幾度もあれど、正面からの戦闘でここまで深手を負った経験はそれこそエドウィン・ブラック位しかなかった。

 つまり、あの得体の知れない傭兵はそれだけの強敵だったのだ。

 

 (多分、生きてるでしょうね。)

 

 それは勘と言う名の確信。

 あのエドウィン・ブラックの様な、不死者特有の自身の生命を顧みない行動がその証拠だ。

 だからこそ、アサギは重傷を負ってなお、未だ警戒を解かなかった。

 

 「キ、キキキキキキキキキ!予想通り、いや、予想以上だ!」

 

 すると、今まで頑なに閉じられていた奥へと繋がるドアから、小太りの中年男性の魔族が現れた。

 その周囲には部屋一杯のオーク達がおり、皆一様にボディスーツの破れたアサギの姿に興奮し、股間を膨らませていた。

 

 「あの雨合羽男と最強の対魔忍、果たしてどちらが強いかと思ったが…まさか一番良い結果になってくれたとは!」

 

 勝利を確信した魔族の中年は喜色を隠す事なく、べらべらと勝手に話し始めた。

 

 「あの雨合羽も、貴様も!我らノマドにとって目障りだ!故に対魔忍に情報を漏らして誘き寄せ、奴を雇ってぶつけさせた!結果は見ての通りだ!ハハハハハハハハハハハハハハハ、我ながら完璧だ!」

 

 つまり、最初から罠だったのだ。

 それを知ってもなお、アサギは動揺しなかった。

 余りにタイミングが良すぎた。

 

 「さて、あの井河アサギも死に体だ。念のため眠らせてから拘束しろ。私が楽しんだ後はお前達にも好きにさせてやろう。」

 「「「「「プギー!」」」」」

 

 ガスマスクをかぶったオークが五体、火炎放射器にも似たガスボンベを持って進み出る。

 話通りなら、恐らく催眠ガスが入っているであろうそれを避ける術は、今のアサギには無い。

 だが、危機感も抱いていなかった。

 

 「そうか、つまり最初から踏み倒すつもりだった訳か。」

 「そうとも!あんな正体不明の不気味な奴に払う金など一銭も無い!」

 「そうか。ならもう十分だ。」

 

 ガチャリ、と撃鉄の上がる音がする。

 

 「…へ?」

 

 中年魔族が振り向いた先にあったのは、無骨な銃口。

 そして、拳銃を突き付けるレインコート。

 それにアサギは驚かない。

 何故なら、彼は最初からそこにいた。

 ただ、この場では彼女だけがそれに気づいていた。

 直後、銃声と共に発射された弾丸に眉間を貫かれ、魔族は絶命した。

 

 「プ、プギィ!?」

 「………。」

 

 銃声が連続する。

 それと同じ数だけオークが倒れていく。

 中には逃げようとした者もいたが、しかしその後頭部にも容赦なく銃弾が贈られ、汚い脳漿と鮮血の花が咲いていく。

 気づけば、この場には重傷のアサギと無傷のレインコートしかいなかった。

 

 「………。」 

 「く、ぅ…!」

 

 コツコツと、軍用ブーツの音を立ててレインコートが歩いてくる。 

 それに対し、重傷の身体を何とか立て直し、刀を構えようとするアサギ。

 この窮地にあってなお折れぬ精神力と生命力は感嘆に値するが……しかし、意味は無い。

 

 「………。」

 「な…」

 

 レインコートはあっさりと、アサギの真横を通り抜け、そのまま外へと歩き続ける。

 

 「待ちなさい!」

 

 アサギの叫びに、ピタリと軍靴の音が止む。

 両者とも背中を向け合いながら、しかし先程の戦闘とは異なる緊張感があった。

 

 「何故見逃すの!?」

 「依頼が白紙になった。それだけだ。」

 

 あくまでもプロに徹するレインコートの言葉。

 一切の感情を滲ませないその返答に、アサギは言葉を失った。

 そして、振り向いた時には雨合羽は影も形も無かった。

 まるで先程までの事が悪い夢だったかのように。

 だが、この場の惨状が先程までの出来事が現実だと雄弁に語っていた。

 

 「レインコート……。」

 

 彼の通り名と共に、囁かれる言葉がある。

 その雨合羽は例え血の雨が降ろうとも、一切の汚れなく、違う事なく依頼を果たす。

 そして、彼は裏切りを許さない。

 例え依頼人でも、昨日の友軍でも、裏切れば必ず消される。

 汚れなく、違う事なく、裏切り者には死の制裁が訪れる。

 雨合羽を雇うなら、決して裏切ってはならない。

 

 「二度と会いたくないわね…。」

 

 今まで遭遇した敵とは全く異なる不気味さと精神性を持つ傭兵を、アサギは戦慄と共に記憶した。

 

 

 ……………

 

 

 「つっかれたぁ…。」

 

 バフン、と自室のベッドへと倒れ込む。

 えらく消耗した罠依頼だった。

 別に依頼が罠である事はよくある事だが、それでもここまで消耗したのは久々だった。

 光陣華を発動したアサギに認識される事で、彼女の知覚する世界へと潜り込む。

 文章にすれば短い事だが、普段とはまた異なる状態への潜入は神経を使うし、そこからのアサギの最も得意とする距離での戦闘など、冷や冷やものだった。

 無論、よい経験にはなったが。

 アサギが分身する事で、自分は彼女に三重に認識された。

 それを生かし、またも相手の知覚する世界へと潜り込み、こちらも疑似的な分身を可能とした。

 そのお蔭で彼女は動揺し、その隙を突く形で自爆戦法に成功した。

 もし平時のアサギなら、この程度は何と言う事もなく対処していただろう。

 しかし、戦闘中に動揺し、術の多重発動により消耗した状態だったが故に、戦闘続行が極めて難しい程度にはダメージを与える事が出来た。

 これで暫くの間は彼女は事務仕事にかかりっきりになる。

 つまり、現場で自分の邪魔をする事は無くなる訳だ。

 

 「これに懲りたらもう少し組織運営に力を入れてほしい…。」

 

 それが無駄な希望だと分かっていても、灯はそう願わずにはいられなかった。

 実力があるのは分かるけどさ、TOPが肉便器になってストレス発散て駄目でしょう?

 そう思いながら、溜まった疲労による眠気に身を任せ、灯は夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ケーケッケッケ!俺様は夢魔!さぁ今日はこの対魔忍の卵に淫夢をグペ!?』

 

 なお、夢の世界でも休めなかった模様。

 

 

 

 



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第六話 平穏は遠い

 校長であるアサギが重傷を負った事は生徒を始め、下忍等には伏せられた。

 しかし、先生方の物々しい雰囲気は隠せず、また任務も下火になった事もあり、生徒達は一様に不安がりつつも学業に専念していた。

 

 その当事者のもう一方の倉土灯はと言うと、趣味のネットサーフィンに勤しんでいた。

 部活にも所属せず、自室で趣味に耽る事が一番の幸福だと思っている彼女にとって、この時間は一番心安らぐ時間だった。

 無論、割としょっちゅう邪魔が入るのだが。

 

 『ンホおぉぉぉぉぉぉぉォ!逝き過ぎて脳みそ馬鹿になっちゃうぅぅぅぅぅぅぅ!』

 

 それは対魔忍(含む知り合いや教師)のアへ顔や逝き声が流れる時だったり、

 

 『ケケケ、此処が対魔忍の卵がいる五車学園の回線か!よし、手当たり次第クラックして、最後には情報やら盗撮でもしてやるか!』

 

 電霊やグレムリン、雷獣の類なんかが時折侵入してきてはエロ凌辱展開へと持っていこうとする時である。

 

 「死ね。」

 『へ?ぐぎゃッ!?』

 

 だが、そこは応用範囲の広い自己強化型の能力の持ち主にして、絶対凌辱許さないウーマンである倉土灯である。

 見つけ次第即行で始末していたりする。

 例え電子の海であろうと、一度認識さえしてしまえば潜れる様になるし、そこにいる馬鹿を殺す事も出来るのだ。

 

 「…ガ〇オンしよ。」

 

 ネサフで一気に萎えた灯は日課のオンラインゲームを始める事にした。

 

 

 

 緊急メンテナンスでプレイできず、結局不貞寝したが。

 

 

 ……………

 

 

 さて、アサギが重傷を負い、入院中であっても、どうしても緊急性の高い任務と言うものはある。

 その中には政府内の有力者の護衛であったり、米連や魔族の大規模作戦の兆候を掴んだ場合もある。

 

 「ヒヒヒ、この新人の対魔忍…芋っぽいし、多分処女だな!呼び出して手籠めにしてやる!」

 

 こんな豚の護衛をしなければならない時もある。

 

 「しかし、まだ来ないのか?もう随分時間が経ってるが…?」

 

 まぁ仕事は仕事だ。

 一応プロ意識を持っている者としては、ちゃんとこなさなければならない。

 とは言え、こんな豚の接待をしなければならない理由は無いので、先程から存在を薄れさせて誰にも認識できない様にしているのだが。

 

 その日、結局依頼人が屋敷から動かなかったので、スマフォしながら待機で終わった。

 

 

 ……………

 

 

 帰還してから数日後、流石に前回の依頼人からクレームがついた。

 曰く、ちゃんと仕事しろ、直接見える範囲で護衛しろ、との事だ。

 次も依頼すると言っているが、狙いははっきりしているので、仕込みをしておく。

 これならまぁ大丈夫だろう。

 

 「よし、今度こそあの対魔忍を…」

 

 ビシッ!と窓ガラスに穴が空くと同時、「前回」の依頼人であった男の額に穴が開いた。

 これで今回の依頼は終了だ。

 やった事は単純で、要はマッチポンプだ。

 態々この男の屋敷から敵対派閥に不利な情報を入手し、それを敵対派閥に情報屋を通してそれとなく流す。

 暗殺をしようにも、以前レインコートとしての依頼でこの派閥の私兵集団や懇意にしていた傭兵を皆殺しにした事があったので、戦力が足りていない。

 なので傭兵を雇うしかない、それも緊急で信用できる者を。

 そして、こと日本国内において活動中で信用の出来るプロの傭兵となると片手で数えられる程度だ。

 こうして、素早く「前回」の依頼人を排除する事で、面倒な依頼を無くす事に成功した訳だ。

 

 

 なお、今回の依頼人が難癖をつけて報酬の支払いを拒否してきたので血祭に上げた事をここに明記しておく。

 

 

 ……………

 

 

 今朝、学校に登校すると、机の中にハートマークのシールが貼られた便箋が入っていた。

 中身を見た後、その場で簡単な火遁の術を使って灰になるまで燃やす。

 放課後まで待ち、待ち合わせ場所に指定された校舎裏には行かず、そこを監視できる場所に狙撃態勢で待ち構える。

 装備しているのはM24 SWS。

 名作レミントンM700シリーズの派生品で、アメリカ陸軍や陸上自衛隊を始め、世界中の軍や警察でも採用されている信頼性の高い一品だ。

 アクセサリー類も豊富で、米連の鹵獲品でも割とよく見る。

 見れば、待ち合わせ場所にいる一人だけでなく、その死角になっている位置から4人の生徒が確認できた。

 

 (…やはり悪戯か。)

 

 膨れ上がる殺意を抑えつつ、インナーボックスマガジンから7.62x51mm NATO弾を装填する。

 ものは勿論ペイント弾だが、防弾装備をしていない状態なら例え対魔忍でも相応に痛いだろう。

 それを順番に馬鹿共へと発射する。

 一発目、一人だけ佇んでいた馬鹿を狙撃する。

 二発目、死角から覗いていた馬鹿を狙撃する。

 三発目、四発目も同上だ。

 どいつもこいつも狙撃への対応が遅すぎる。

 後で先生方へ狙撃への対応策をもっと密にすべきと具申…する前にやるべき事が多すぎるし、言っても無駄だな、うん。

 五発目、漸く気づいた馬鹿が逃げるが、死角に入って安心した所を予測位置に跳弾を叩き込む事で仕留めた。

 全員ヘッドショットだが、目や鼻、耳は避けたし、ペイント弾だから問題ないな、うん!

 狙撃銃を片付け、憂さ晴らしと懲罰を終えて悠々と帰還した私は、少しだけ機嫌がよくなった。

 

 後日、復帰したアサギ校長に「程々にしなさい」と小言を貰った。

 げせぬ。

 

 

 ……………

 

 

 傭兵レインコート。

 彼はつい最近、裏世界における最強の一角であり対魔忍の頭領である井河アサギを破った事で、以前から高かった評価が更に上がった。

 同時に、今まで高めだった依頼料が地味にUPしていた。

 とは言え、その成功率を考え、依頼しようとしていた者達はまぁこれ位なら…と渋々納得しながら支払った。

 無論、踏み倒そうとした連中の末路は言うまでもない。

 で、高くなった依頼料をどう使うのか、それは誰も知らない。

 ある者はいつもの売れ残り奴隷を買うのかと言い、ある者は装備品を買うのだと言い、ある者はついに娼館デビューか!?と期待し、ある者は私は飼われたいと言うが、真相はいつも通り誰も知らないのであった。

 

 何せ中の人の趣味は完全にインドアで、稼いでいる金額に比べれば、そこまで趣味に費やさない。

 まぁ例によっていつもの如く、また実務的な使い方をするのだが。

 

 

 ……………

 

 

 日本国某所、とある山中のセーフハウス

 

 「く、殺せ!」

 

 買ったのは名前も知らない対魔忍だ。

 多少火遁の術を使える程度の、本当に探せば何処にでもいるし、銃火器で代替できる程度の力しか持たない対魔忍。

 それこそ東京キングダムやヨミハラでは極当たり前に死体か娼婦か雌奴隷として転がっている程度の代物である。

 

 「これより訓練を開始する。」

 「く、訓練?」

 

 特殊な首輪と腕輪、足輪の効果により命令には絶対服従とは言え、言葉を発せる自由はある。

 

 「一、口答え・質問・抵抗をしない。

  二、脱走及び外部との連絡をしない。

  以上二つを訓練終了まで守れたら、奴隷契約を解除してやろう。」

 「く、誰が下賤な傭兵なんz」

 

 手の中に出現させた拳銃から、かなり大きな銃声が一発響いた。

 米連で使用される対対魔忍・魔族用の強装弾が元下忍現奴隷の頬を掠め、背後の壁にめり込む。

 防弾仕様の壁でも危うく貫通しかけるそれは、下忍程度の身体強度では確実に致命傷を負う事になるだろう。

 

 「一、口答え・質問・抵抗をしない。

  どうしても守れない場合、鉛玉をくれてやる。」

 「全面的に従いますので、どうか命だけは…。」

 「よろしい。それでは訓練を開始する。」

 

 下忍だけあって、どうやら志は低いらしい。

 そんな何処にでもいる下忍を相手に、プロの傭兵レインコートによるガチ軍事教練はスタートした。

 

 

 ……………

 

 

 元下忍・現奴隷は思う。

 どうしてこうなった、と。

 

 「走り続けろ。何があってもだ。」

 

 そうして走り続ける事、既に三時間。

 全身から汗が吹き出し、動悸は荒れ果て、女としてしちゃいけない顔をしている状態だ。

 だが、数m程後ろを走っている自分の飼い主、あの傭兵レインコートは小銃を担いだ状態で、息も乱さず同じペースで走っている。

 そして、少しでもこちらが止まるそぶりを見せたら、躊躇いなく銃撃を行うのだ。

 なので、こちらはもう死に物狂いである。

 通常は体内の対魔粒子の存在により、通常の人類よりも遥かに高い身体能力を持つと言っても、その生産量・貯蓄量には個人差が多く、一部の高位の忍具等に別に溜めておく事も出来るが、そんなものを下忍が手に入れられる筈もない訳で…。

 目下、元下忍現奴隷は対魔粒子を使い果たし、自前の体力のみでこの終わりの見えないデスマラソンに挑んでいた。

 

 (早く終わって~~!)

 

 なお、終了したのは2時間後、転倒と共に下忍少女が気絶し、それをレインコートが受け止めた時であった。

 

 

 ……………

 

 

 (やはり対魔忍だけあって反骨心は旺盛だな。)

 

 訓練を開始してから一週間、予想以上の食い下がりぶりに少し驚いた。

 衣食住に関しては他のセーフハウスごとの奴隷に任せており、栄養状態が抜群な事もあり、下忍とは思えない程の成長を始めていた。

 

 (うーむ、やっぱり通常の人類よりも成長速度も上限も上だ。)

 

 昔から魔族と戦ってきた(同時に交配してきた)だけあり、対魔忍の身体能力も成長の余地も普通の人間よりも遥かに高い。

 なので、真面目に訓練すれば、当然ながら強くなる。

 現に下忍である筈の少女はメキメキと強くなっている。

 だと言うのに今まで体系化された訓練をせずにいる。

 その原因を考えると、アサギの祖父への下克上が考えられる。

 無論、当時の情勢を余り知らないのでとやかく言わないが、此処で少なからずノウハウの喪失があったと思われる。

 現在はそれを再構築している段階なのだが…ここで対魔忍と言う組織の欠点が出てくる。

 それはふうまや井河、古くは甲賀や風魔、伊賀の様な有名処含む忍びと、対魔専門の武士や巫女の家系と言った古い家が多い事だ。

 そうなると、どうしても家々で目指す方向性は異なり、忍び系は諜報部門、対魔系は対魔族戦闘に特化しており、必然的に訓練内容も異なる。

 では部門別に分けて訓練しようと普通はなるのだが…ここで古い組織である事が裏目に出る。

 家々の派閥争いや後継者争い、更に魔族側や政治屋側の思惑も重なり、体系だった訓練の構築が阻害されたのかもしれない。 

 後は家々で好き勝手に家伝の技の修行をすればよい、名門と言われる家なら人数もそれなりなので、割と初期はそれでもどうにかなったのだろう。

 だが、現在の人手不足になる程に人数が減れば、話は変わる。

 少ない人数を特化させるよりも、ある程度平均化した方が戦力の数値化がしやすいし、何より管理しやすい。

 そのため、近代化に合わせてある程度組織として再構築、及び訓練の体系化が成されたのだろう、アサギの祖父の代で。

 無論、アサギの祖父は優秀だったが、米連や魔族との取引等、常に黒い噂の付き纏う人物だった。

 実際、アサギが邪魔だったので亡き者にしようと敵方に情報を渡し、捕えさせる等もしている。

 だが、老いたりとは言え実務と事務、双方のTOPだった祖父が下克上された事は、今まで彼が抑えていた問題が噴出すると言う事だ。

 具体的には名家間のいざこざとか、祖父が纏めてた訓練の体系化だとか。

 事務や政治方面では無能も良い所のアサギでは、それら発言力の強い名家を排除する事は(物理を除いて)難しい。

 と成れば、後はもとの時間の何倍もかけて技術の蓄積を行っていくしかない。

 勿論、その間に敵対勢力も雇い主である政府(売国奴が多数)も待ってくれはしない。

 そうなると必然的に人数不足も重なり、訓練未了の状態で現場に出さなければならない訳だ。

 

 うん、推測混じりだけど組織として終わってるな!

 政府はよくこんなボドボドな組織に金出そうと思うよ!

 そんなだから国営風俗デリヘル派遣業とか言われるんだよ!

 

 (今後、私一人では辛くなる任務が出るかもしれない。助手か使い捨ての駒で良いから、一人位人手が欲しい。)

 

 そうなると、頼りになるのは自分自身だが、倉土灯はチートとは言え一応人間だ。

 対処能力には限りがある。

 そして、対魔忍が頼りにならないのなら、頼りになる傭兵に依頼を…と言う事で厄ネタがこっちに来る可能性は高い。

 今の所どうにかなっているが、それでも用心に越した事は無い。

 しかし、誰かと組むと言っても、下手な相手ではその時点で裏切りフラグが立つ。

 なので、使える人材を自分で育てる事にした。

 教導の経験はないが、それでも他の傭兵(一番多いのはオーク、次いで他の下位魔族)を雇うよりは自分で育てた方が良い。

 幸い、練習用の使い捨てとして対魔忍の下忍が手に入ったので、こいつで凡その感覚を掴んで、改めて本式の方をセーフハウスの管理をさせている奴隷達に教えてみよう。

 無論、裏切り防止のための措置を今以上にきつくした上でだが。

 

 (さて、明日はどんな訓練をさせるべきか。)

 

 意外にも成長が早くて虐め甲斐があり、何だかS気が出てきた灯なのだった。

 

 

 

 

 なお、練習用の下忍はある程度成果が出たら、適当に学園近くで放流する予定。

 



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第七話 鍛錬&鍛錬

 一ヵ月、それが下忍の女の体力づくりに要した時間だ。

 

 元々鍛えていたとは言え、この短い期間でオークや獣人等の一般的な低級魔族以上の身体能力を持つに至った辺り、流石は肉体:対魔忍と言う事だろう。

 ここから先は座学や精神修養、そして実技に移行する。

 手始めに銃火器の扱いだ。

 ローリスクハイリターンの権化であるこの武器は、形を変え品を変え、世界中で量産・配備されている。

 即ち、世界のほぼ何処でも入手可能だと言う事だ。

 この日本でも方法と購入資金さえ都合できれば、割とあっさり入手できる。

 最初は座学で基礎知識を教え、次に比較的構造の単純な実銃を撃たせ、後に分解整備等をさせる。

 そして、徐々に構造の複雑な銃も同様の講義をし、最後には全ての銃から自分で選ばせ、使用させる。

 標的も常に同じものではなく、高速で移動するレーンだったり、そこら辺の野鳥だったり、数百m先の木の先端だったりと、常に変動させる事で状況に適した銃とその扱いを覚えさせていく。

 自分の様に普段は信頼性抜群のAKMや汎用性の高いM16、遠距離狙撃用にバレットM82とM24 SWSを使い分けるのも有りだが、自分と違って常に状況に最適な装備を持ってこれる訳もない。

 なので、自分で状況に最適な銃を選択しつつ、更に自分に合った銃を探し出す。

 次第に、下忍の女は軽量化された銃を好んで選んでいった。

 身体能力は対魔粒子のお蔭で高くとも、その手足の長さや重量は普通の人間と変わらない。

 そのため、軽い銃の方が取り回しやすいのだ。

 自分の様に、傭兵時に肉体を変化させての偽装とかしていないのだから当然と言えば当然だが。

 具体的にはPSL狙撃銃や自分も対魔忍の時に使うM4A1等だ。

 サブアームに関しては、携行性と咄嗟の時の使い易さを重視しているため、調達のしやすさからもニューナンブM60を使用する事が多い。

 だが、私の場合はそうなった時は追い詰められ、大抵死に戻り前提なのでサブアームは余り使わないため、調達のしやすさを最優先にしてシグザウェル系のP220や226、230等を使用している。

 肝心の射撃の腕だが…まぁ悪くない。

 筋肉の付き方もある程度訓練して矯正したものの、射撃時の効率の良い反動の逃がし方や抑え方はどうしても数撃つ必要があるので、一朝一夕とはいかない。

 まぁただ撃たせるのも芸がない。

 

 「次から一発外したら夕飯から一品マイナスな。」

 「そんなぁ!?」

 

 悲痛な叫びを上げつつも、元下忍現奴隷は言われた通りに射撃を続ける。

 が、反動を抑え切れず、銃口が跳ね上がり、的から外れる。

 真ん中とは言わんが、これでは駄目だな。

 

 「先ず一品。」

 「ひぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 最近、こいつのリアクションが面白くなってきたな、と思いつつ、私は暗くなるまで訓練を続けた。

 

 

 ……………

 

 

 私がレインコートの奴隷となってから始まった訓練は過酷の一言でした。

 もうね、寧ろいっそ殺せ!と言いたくなる事が何度もありましたとも。

 特に最初の体力づくりとか、五車学園でもしない様な超ド級ハードでした。

 例えば、フル装備での寒中水泳や気絶するまでのマラソンとか、ナイフ一本で一週間自給自足とか、チキチキ森の中で鬼ごっこ☆頭パーン(物理)もあるよ!とか。

 アホかと、バカかと。

 私は対魔忍であって、特殊部隊の隊員じゃねーんだよ!と言いたくなったが、そんな事をすれば額に風穴が開くので必死に堪えて食らいついていった。

 傍から見れば奴隷を鍛えるなんておかしいのだろうが、あの冷酷無比なキリングマシーンにしてド外道なレインコートの事だ、きっと何かを試しているに違いない。

 そう思いつつも、私は生きるために訓練を受け、先輩奴隷の獣人の子が作ってくれる美味しいご飯を食べる。

 あぁ、この瞬間だけが幸せだ…。

 しかし、よく考えれば、自分は凄まじく贅沢な環境にいると思う。

 1、任務に失敗して奴隷として売られたのに、処女こそ奪われたが人格崩壊する程の責め苦を受けていない。

 2、売られた先で軍人?として本式の訓練を受けさせてもらっている(強制)。

 3、衣食住に困っていないどころか、個室すら与えられている。

 結論、奴隷としては滅茶苦茶好待遇。

 それに、最近は以前よりも座学の割合が大きくなり、その中には対魔忍としての任務に使えそうな知識の割合も多い。

 正直、こうなる前に五車学園で同じ内容の教育を受けていたら、こうして奴隷となる事は無かったと断言できるレベルだった。

 そうなると俄然気になるのは主人であるレインコートが一体何処でこんな高度な知識を身に着けたのかだが、彼の素性を調べる様な事はしない。

 不審な行動を取れば確実に本人にばれるし、何より顔は笑ってるのに虫が獲物を見る様な無機質さを感じさせる先輩奴隷の獣人の女の子に何をされるか分からない。

 下手をしなくともこの生活のグレードが下げられる可能性は大いにある。

 なので、取り敢えず私はレインコートの思惑に従って訓練し、何時か此処から逃亡するための力を蓄えるのだった。

 まぁ、結局は現状維持なんだけどね!

 

 

 ……………

 

 

 (頃合いだな。)

 

 元下忍、現奴隷の少女の訓練状況を加味し、レインコートこと灯はそう判断した。

 即席なのは否めないが、既に十分な訓練を施す事が出来た。

 他の先住奴隷達に訓練をするためのノウハウも十分積む事が出来たし、これ以上は実戦経験が必要になってくる。

 となれば、そちらにシフトすべきだろう。

 簡単なものから徐々にある程度難易度の高い依頼(罠含む)を受けさせよう。

 依頼の受託から、自力で情報を収集し、装備を調達し、作戦を構築し、それを実行し、不意の事態にも対応させる。

 学業における本人の知識と身体能力ではなく、実際に問題に直面した時にこそ、その人間の真価は問われる。

 あの奴隷の少女が本当の意味で殺人を犯し、死と紙一重の実戦を潜り抜けた果てにどうなるのか…。

 自分の様に元々人嫌いな上、この世界を頭の悪い凌辱エロゲと斜に構えて見る事で精神の安定を図っている者とは違う、この世界の本当の住人が依頼とは言え殺人を犯した時にどうなるのか。

 それは灯には完全に未知の部分でもある。

 何せ東京キングダムやヨミハラに転がっているのはどれも極悪人か哀れな犠牲者であり、それ以外は知能対魔忍しかいないので、参考にならなかった。

 

 その点で言えば、彼女の訓練はやはり自分にとっても得るものが多かった。

 特に、対魔忍と言えども正規の訓練を積めば、予想以上に使えると言う点において。

 訓練を施していく内に、彼女は知能対魔忍とは思えない程の優秀さを示してくれた。

 肉体面のスペックでも、十代後半程度でありながらプロの軍人以上を示しており、やはりフィジカル面では下忍であっても対魔粒子のお蔭で優れているらしい。

 こうなると、やはり対魔粒子による高い身体能力と才能で増長し、それが教育で矯正される事無く、自分達の行いが正義だと妄信した上で実戦に出されるが故の無能ぶりなのだろう、対魔忍のアレっぷりは。

 やはり日本を守るためには組織と政府の膿を叩き出す処か、一度完全に崩壊させた上でまともな例外か真っ新な新人だけを引き連れて別組織として再構築するしかないな、うん。

 とは言え、そんな手間をかける気は一切無いので、今後も馬鹿な事して魔族に生体オナホと言う名の生贄にされ、その上で魔族の油断を誘い続けていただきたい。

 

 さて、話を戻して現奴隷少女の初の依頼は…これだな。

 初っ端から罠依頼ではなく、極普通の情報収集だ。

 無論、敵地への侵入なので、偽装する必要はあるが、最低限の身分保障として自分の部下(と言うか使い捨ての道具)として登録されているため、早々邪魔してくる輩はいないだろう。

 勿論、そんな事を気にする知性すらない者もいるため、どうしたってリスク自体は消えないが、それもまた勉強であり経験だ。

 

 「と言う訳で依頼だ。遂行しろ。」

 「唐突!?いや、やりますけど…。」

 

 微妙な顔で元下忍少女は依頼内容を記した書類を受け取る。

 そこには中規模の娼館の見取り図と警備の人員の配置と交代時間、侵入者用迎撃兵器の種類と配置、更に娼館を経営する魔族のプロフィール等が列挙されていた。

 

 「…これ、娼館にしては重武装過ぎません?」

 

 現奴隷少女の言う通りだった。

 中規模とは言え、たかが娼館にしては規模がデカすぎる。

 となれば、その大きな規模で一体何をしているのやら…。

 

 「その点も含めた依頼だ。こなしてみせろ。」

 「分かりました。装備類は…」

 「全て自分で、だ。」

 「了解です…。」

 

 これからの事に思いを馳せ、元対魔忍現奴隷の少女は肩を落としながら了解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 結実

 日本において、数少ないソロかつプロの傭兵として名の売れているレインコート。

 その成功率に比して、彼に依頼を出す事、それ自体は難しくはない。

 何故か。

 それはネット上に依頼専用のサイトがあるからだ。

 サイト名は「雨合羽」、そのままである故に分かり易い。

 依頼内容は基本的にはターゲットの名前と依頼料のみだが、望むシチュエーション等も希望は出来る。

 但し、支払いを値切ったり拒否した場合は報復不可避だが。

 注意事項として、シチュエーションがどうやっても達成不可能である場合等もあるため、完全に望み通りにならない事もある。

 時には依頼そのものを受け付けない事があり、その時には丁寧な文面で依頼を受けられない理由が記載されたメールが依頼主に届くと言う。

 また、依頼人がレインコートを嵌めるための偽依頼を出した場合、関係する者は誰一人の例外なく皆殺しにされているため、間違ってもその手を使ってはならない。

 他にも、レインコートに多数の依頼を出して自分への暗殺依頼を受けられない様にした者も過去にはいたが、レインコートはどうやったのか、その全ての依頼を熟した上で、その多数の依頼を出した者の暗殺依頼も請け負い、苦も無く成功させている。

 こうした異常性と高い成功率から闇の住人達、取り分けノマドや米連等からは要注意人物としてマークされており、暗殺するにしても味方に引き入れるにしても常に身柄を探されているが、名を売り出して数年経った現在になってなお、その行方は誰にも掴まれていない。

 

 

 ……………

 

 

 元対魔下忍、現奴隷にしてレインコートの弟子である少女が受けた依頼は、レインコートの依頼サイトにあった比較的重要度の低いものだった。

 だが、それにしたってレインコートに出された依頼であり、簡単なものではない。

 娼館への情報収集だが、妙に警備が厳重であり、数も多い。

 こちら側では珍しくないオーク傭兵等は言うに及ばず、中には米連製の装備に身を固めた正規兵崩れの傭兵、一部にはサイボーグに魔族まで見られる。

 どっからどう見ても娼館の警備ではない。

 

 (じゃぁ正面から潜る以外のルートを探そうか。)

 

 なので、馬鹿正直に突撃したり潜るのは避ける。

 先ずは警備の陣容及び娼館そのものの構造や営業内容等を調べる。

 無論、軽い下調べ程度は師であるレインコートが行っているが、本腰入れてのそれではない。

 幸い、期間は十日程なので、じっくり腰を据えてやることが出来る。

 一々焦りや苛立ちを感じていては、裏稼業等できはしないのだ。

 

 (対魔忍やってた頃に知りたかったなぁ…。)

 

 等と若干遠い目になりつつも、現奴隷の少女は一先ずの拠点を確保しつつ、先ずは外からの情報収集に励んだ。

 

 

 ……………

 

 

 (うん、此処までは合格かな。)

 

 弟子の元対魔下忍少女の仕事ぶりを存在を希薄にした状態で観察しながら、レインコートこと灯はそう評価していた。

 これが自分や一部の魔族や対魔忍の様に隠密やそれに類似する能力持ちだったら、もっと簡単に済むのだろう。

 しかし、多少強力な火炎放射能力しかなく、しかも使い捨ての下忍として教育もそこそこであった彼女が、此処までしっかりと熟しているのなら、それはもう合格と言って良い。

 無論、満点ではないのだが。

 

 (変装技術や話術とかも仕込んでおくべきだったかな?)

 

 風魔の頭領程とは言わないが、その手の技術もあって困る事はない。

 特に能力を使わずにこういった任務に臨む際は。

 だが、その手の技術は灯もそこまで得意ではない。

 寧ろ拷問とかそっちの方が、好きではないが得意な位だ。

 まぁ対魔忍世界だけあって、エロ調教した方が情報は集め易いんだけどね!

 

 (さて、そろそろ事態が動くか。)

 

 外から採れる情報は凡そ集め終わった。

 客を入れず、一部の者だけが入れる重要そうな区画の特定も終わった。

 問題なのは此処から先だ。

 

 (この程度で躓く程度なら、やっぱりリリースかなぁ。)

 

 一応兵士として動ける程度には仕込んだ。

 だが、単独で裏稼業が出来るかと言えばそこまででもない。

 銃火器の扱いに体力、そして諜報戦の技術。

 仕込んだと言えばそこまでで、自分の様なソロの傭兵として生きていくための用心深さや疑い深さはまだまだ足りない。

 まぁ己の様に周囲全てを悪意だろうが善意だろうが疑ってかかるようになれとは言わないが。

 それでも、彼女には是非とも頑張って証明してほしかった。

 例え対魔忍として生まれても、ちゃんとした教育を受ければ、真っ当な人間として活躍できるのだと。

 

 

 ……………

 

 

 (うーん。)

 

 自分の師匠兼ご主人様が付きっ切りで見ている事に気づけないまま、元対魔忍現奴隷の少女は頭を捻っていた。

 凡そ外から出来る調査は終了した。

 問題はここから先だった。

 

 (潜入するべきだよね。幸い、警備体制はもう分かってるし。)

 

 分かっていないのは重要区画内とそこに入るためのドアを開くパスコードだ。

 そのドアには常に監視の人員が二人と監視カメラがあり、ドアを開けるには備え付けのキーボードへパスコードを入力する必要がある。

 その内容が分からない。

 正確に言えば毎日変わる上にその共通点等が掴めないため、実質分からないのだ。

 だが、付け入る隙はある。

 

 (三日ごとに必ず資材の搬入がある。その時だけは外部の人員が中に入れる。)

 

 一応この娼館もノマドの系列(孫の孫の甥っ子程度だが)なので、上納金を集めに来る上役の者もいるらしいが、そちらは不定期なために利用は出来ない。

 となると、利用するとなればやはり物資搬入の人員だろう。

 

 (とは言え、頭の回る奴ならそれをデコイにするかもだし…。)

 

 客も入り込める場所なら、客付きの嬢に成り済ます事も、誰にも気づかれずに情報を集める事も出来る。

 しかし、此処から先は気付かれる可能性が高すぎる。

 

 (依頼内容は情報収集だけど…。)

 

 ここから先は、明らかに死地である。

 少なくとも、自分にとっては。

 

 (昔の同僚や上役の対魔忍だったら、間違いなく突っ込んでるんだろうけど…。)

 

 だが、師の教育を受けた彼女にとって、その選択によるデメリットを思えば、決して取りたくはない選択肢だった。

 無論、それ以外に活路が無ければ行かねばならないのだが。

 

 (となると私がすべきことは…。)

 

 そして、彼女は選択した。

 

 

 ……………

 

 

 「よく戻った。」

 

 指定の回収場所に戻って来た現奴隷にして弟子である少女に対し、雨合羽の傭兵はそう告げた。

 

 「でも、私は肝心な情報は集められませんでした…。」

 

 しょんぼりと告げる少女に、レインコートは否と告げる。

 

 「リスクとリターンを最後まで天秤に掛け、お前は無用なリスクを負う事を避けた。」

 

 彼女は結局あのドアの向こうに潜入する事は無かった。

 だが、搬入される物資及び搬出されるゴミ、そしてゴミの中に偽装されていた一部の荷物を綿密に調べ上げ、凡そドアの向こう側で何が行われているかをかなり正確に把握してみせた。

 

 「女の胎から卵巣を摘出、それを下級魔族の精子で受精させ、人間の汎用性と下級魔族の生命力と繁殖力を持った人造人間とし、更に外部からの記憶の植え込みと急速成長剤による兵士としての促成培養。女と下級魔族は兎も角、記憶干渉のための機材が特殊過ぎたのが良かったな。」

 

 別に女が下級魔族に犯され、その子どもを産む事は裏側では珍しくもない。

 しかし、両親の特性を受け継ぐ事、それを安定して大量生産できる事を活かし、更には兵士としての情報を脳に直接書き込んで兵士とする。

 実用化できれば現在のパワーバランスが崩れかねないものがある。

 そして、こんな物量任せの計画を本気で推し進める組織は大抵一つだけだ。

 

 「行くぞ。次の依頼は今回の娼館に出資していた米連の高官及び研究者とそのデータの抹消だ。油断するなよ。」

 「ッ、はい!」

 

 元々正義感の高い対魔忍、少女は次の依頼の内容に疲れながらも元気よく返し、立ち去っていく師の後を追う。

 レインコートの訓練を受けた今の彼女は下忍程度だったスペックも中忍程度まで向上しているため、自分で無理と無茶の境界に気づけない可能性があった。

 だが、彼女は最後までリスクとリターンを測り、よりリスクが少ない上に得られるリターンが安定して多い策を選んだ。

 

 「喜べ。お前はもう唯の対魔忍じゃない。」

 

 それは通常の対魔忍には出来ない事だった。

 唯の対魔忍から、この世界の法則から逸脱した少女を、レインコートは先達として祝福する。

 良くぞそこまで成長してくれたと。

 

 (これで希望は芽生えた。)

 

 自分の様な異端でなくても、対魔忍として生まれても、ちゃんとした教育さえ受ければ、プロにも成り遂せる。

 その確信を、レインコートは漸く掴む事が出来た。

 

 

 

 

 




 大げさだと思う?
 でもマジなんだよなぁ


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第九話 変革の始まり

 最近、何かと裏の業界で噂に上るレインコートに、ある噂が増えた。

 それは、あのレインコートが弟子を取ったと言うもの。

 別にこの業界であっても弟子を取ると言う事は探せばある。

 長命の魔族なら兎も角、人間なら、と付くが。

 つまり、レインコートの種族は人間なのか?

 そんな憶測も飛び交ったが、如何せん確かめようが無いのでそれ以上話は発展しなかった。

 また、レインコートの名が知られるようになってからまだ5年と経っていないので、後継者を必要とする年齢なのか、それとも単なる趣味なのかも不明なのだ。

 それはさて置き、話題の焦点はその弟子となった。

 こちらの方は完全に正体不明な師匠と違い、情報通の者達から割と直ぐに正体が割れた。

 元対魔忍の下忍であり、任務に失敗して奴隷市に売られている所をレインコートに買われ、その教えを受けて傭兵を始めたのだと言う。

 腕としては始めたばかりにしては良く、師匠の存在もあり、今後が期待できると言われている。

 しかし、師匠と違って、未だに未熟だ。

 そうすると必然的にレインコートの弟子としての色眼鏡で、つまりはレインコートに恨みを持つ者達の標的にされる事になる。

 実際、その情報を得た者達の多くは少なからずそれを考え……殆どは妄想だけで終わらせた。

 何せあのレインコートである。

 最大組織たるノマドすら依頼とあれば敵対し、幾度となく報復と襲撃を退け、その得体の知れなさに行方を掴めずにいるプロ中のプロの傭兵だ。

 敵対したらどうあっても無事では済まない。

 そう考え、殆どの者は手を引いた。

 だが、それは殆どの者に過ぎない。

 何時如何なる場所でも、身の程知らずと言う者は存在するものだった。

 

 

 ……………

 

 

 今回の依頼はどう見てもこちらを誘き寄せるためのものだった。

 無論、すぐに弟子である少女は気付いたが、師であるレインコートから「これも勉強だ」と言われたので仕方なく受ける事になった。

 なので、弟子である私はこの地雷依頼を受け、尚且つ最低でも生還しなければならない。

 所謂「騙して悪いが…」な依頼だが、当然ながらそんなものを出す連中は信用を失う。

 そのため、大抵は偽装に偽装を重ねてこんな依頼を出す。

 その偽装を見破り、そんな命知らずに代価を払わせる。

 これはそのための勉強なのだ。

 無論、ある程度は師匠からのフォローがあるだろうが、それを前提で動くのは不安過ぎる。

 何せ訓練とは言え毒物を極普通に摂取させる御人だ。

 余りにも無様を晒せば、それこそ見捨てられるだろう。

 となれば、無様を晒さないためにも最低限依頼そのものをある程度達成しつつ、向かってくる敵戦力や罠等を打破する必要がある。

 正直、素直に依頼を受けずに過ごしたい。

 が、それも出来ない。

 なので…

 

 「仕方ない。禁じ手を使うかー。」

 

 そして、私は依頼を出そうと通信端末を手に取った。

 

 

 ……………

 

 

 素直に驚くべきか、教育に成功した事を喜ぶべきか、判断に困る。

 正式に弟子となった元対魔忍少女だが、今回の修行としてこちらを陥れるための偽依頼への対応を課題とした。

 無論、失敗すればそのまま肉オナホルート一直線であり、もしかしたら彼女が辿っていたであろう末路になる。

 これで普通に自分の腕を過信して進む程度ならある程度見切りをつけるが、彼女はそんな事はしなかった。

 寧ろ依頼を受ける前の段階でちゃんと気づき、それをこちらに提示してきた。

 ちゃんと情報収集してから、受ける依頼を取捨選択しているのだ。元対魔忍が。

 対魔忍の存在を知る者からすれば、自分がどれ程の驚きを感じたかを分かってくれると思う。

 その上で、彼女は自分の腕前を過信する事なく、更なる情報を収集した上で、この手の依頼に対して禁じ手とも言える手で依頼に臨んだ。

 

 何と、多数のオーク傭兵を事前に雇い、正面から突撃させたのだ。

 

 これにより、対魔忍を想定してエロトラップ等を仕掛けていた依頼者側は半壊、更に催淫ガストラップに引っかかって普段以上の暴走状態となった敵味方双方のオーク達により多数の被害が出た。

 その混乱を横に指定された施設に侵入、指定された重要物資(発信器付きだったので外してから)を入手し、更に各所にタイマー付き爆薬を仕掛け、混乱が冷めやらぬ内に離脱した。

 そして、後はタイマーが設定された時刻に起爆、施設を完全に倒壊させた。

 なお、この時既に雇われていたオーク傭兵達は殉職しており、後払い分は丸々儲ける形になったそうな。

 とは言え、問題はある。

 

 「余りこの手を活用すると、信用を失うぞ。」

 「ごめんなさい…。」

 

 反省会でその点をがっつり言っておく。

 この業界、そうした裏切りや味方の全滅前提の行動をすると、頭の足りない輩には特に問題はないが、割と頭のキレる連中からは信用を失いやすい。

 更に言えば、半分前払いの傭兵の雇用費も数が多ければ結構な額になる。

 とは言え、安全マージンと言う点では完璧なので、今後も指導を続けるつもりだ。

 

 「が、可能な限り自分の安全を確保する手段は間違っていない。これには過剰と言う事は無いからな。」

 「では?」

 「取り敢えずは合格だ。使える戦力の確保は今後の課題とする。」

 

 と言う訳で、

 

 「来週、奴隷市がある。それまでに新規人員への教育カリキュラムの再検証を行う。」

 「それって…。」

 

 そう、証明は既に成されている。

 例え対魔忍でも、しっかりと教育を受ければ、一端の非正規戦闘員に、一人の人間へと成り得る事を。

 魔族と高い親和性を持ち、それ故に魔族からの誘惑に弱い対魔忍であっても、邪悪を成す人と魔へのカウンターへと成り得る事を。

 

 「今後は教育を多数へと広める。その中には、魔族の血を引く者やお前の様な対魔忍であった者もいるだろう。」

 

 だが、それには心身を鍛え上げる必要がある。

 それを広げ、対魔忍本来の役割を、人界の守護をさせるためには、現状のままではいけない。

 と言うか、本来最も危機感を持っておくべき連中が持っていないので、こんな迂遠な手しかできない。

 ならば、在野に広げるべきだろう、そうした教育を受けた人材を。

 そうすれば、僅かながらとは言え、魔族側へのカウンターに成り得る。

 とは言え、余り攻めてあちらに本気になられても困るので、そちらはそちらで対応を考える必要もあるのだが。

 

 「行くぞ。これから忙しくなる。」

 「は、はい!」

 「それはそれとして、ケジメを付けに行く。一度セーフハウスに行き、装備を整える。」

 (あ、やっぱりその辺はきっちりやるんですね。)

 

 後に、この世界で初となる異能者で構成された傭兵団レインギア(雨具)の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 




次回から番外編になります。


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番外編 もしお館様がスカウトに成功していたら

 レインコート、と言う傭兵がいる。

 既に業界内では知らぬ者はいない程のプロ中のプロであり、金に困っていなければ確実に雇うべき者の一人として知られる人物だが、今現在はその活動を休止しているらしく、ここ半年は一切の目撃談が無い。

 あの傭兵は一体どこに行ったのか?

 その疑問を多くの者が呟いた。

 ある者は死んだのだろうと言い、ある者は仕事中に重傷を負って回復しているのだろうと言い、ある者は十分な金を貯めたからやめたのだろうと言うが、誰もが真実を知らない。

 確かな事は、今現在レインコートを雇う事が出来ない、と言う事実だけだった。

 

 

 ……………

 

 

 「先生、今日の分です。」

 「あぁ、ありがとう。」

 

 日本国某所にあるふうまのアジト。

 そこで、倉土灯は自身の主となった男へと報告書を提出していた。

 

 「やはり米連は米国との連携を強化しつつ、事に当たる様です。」

 「順当だな。逆にそれ以外が殆ど君に潰されたとも言えるが。」

 

 五車学園の教師にして、ふうまの現当主である男は部下となった少女へとそう返す。

 実際、彼女が傭兵レインコートとして雇われ、多くの任務を果たした結果、米連・魔族側の動きは低調で推移している。

 とは言え、時折逆撃をしようと躍起になるので、その時はどうでもいい生きオナホ連中=対魔忍を相手に発散させる事で過度なストレスや警戒心を抑えているが。

 

 「君としてはどうだ、うちの連中は?」

 「一部問題外ですが、時子さん等は本当に優秀で助かっています。装備の調達の手間も減って、以前よりは遥かにやりやすいです。」

 「あー…一部の奴らに関しては今まで通りの対応で頼む。」

 「了解です。」

 

 五車学園の制服をきっちりと隙なく着込んだ、ややスレンダーな肢体の少女は無表情でそう返す。

 ボブカットにした黒髪と光を一切映さずに飲み込む暗黒の瞳、整った容姿をその瞳が全て台無しにしている少女だった。

 

 「どうだ、少しは慣れたか?」

 「多少は。時子さんにはお世話になっています。」

 

 言葉はどれも当たり障りのないものであり、卒がない。

 しかし、それでいて何処か硬質な一線を感じさせる。

 完全に馴染むにはまだ時間がかかるだろう。

 

 (とは言え、完全にこちら側に付いてもらいたいな。)

 

 傭兵レインコート。

 登場から僅か数年で裏の世界に鳴り響く伝説的な傭兵。

 依頼達成率は驚異の9割越えで、尚且つ裏切者は絶対に許さず粛正する。

 だが、その依頼料の高さに見合う様に油断なく、確実に、依頼を遂行する。

 この世界において、本当に貴重なプロ中のプロ。

 それが彼の傭兵に対する業界での評価だった。

 

 しかし、その正体が未だ学生の対魔忍の少女であると知る者はふうまの者しかいない。

 

 (確か彼女は学生時代も特に男の影は無かった筈…。)

 

 となれば、取るべき手段は一つだろう。

 無論、今の関係から悪化する様な事が無いよう、万全を期す必要はあるだろうが。

 

 

 ……………

 

 

 (さて、どうしたものか。)

 

 最近、どうにもお館様からの接触が多い。

 無論、あくまで上司としてのものなのだが、それにしても距離を詰めようと言うものが多い。

 

 (裏切るつもりなんて無いのになぁ。)

 

 この世界の法則に逆らうのは、はっきり言って無理ゲーと悟った。

 だって特異点な自分を除けば、どいつもこいつもエロゲ法則にがっつり捕まってるんだもの(白目

 ならば寄らば大樹の陰と思ってお館様の下へと下ったのだ。

 無論この選択には理由があり、お館様の持つ原作中でも随一の生存力を頼ったものだ。

 まぁモブは割とバカスカ死ぬし、拠点を壊滅させられたりもするが、どんな状況でも生き残って立て直す辺り、時子さんと合わせても底知れない有能さと言える。

 後、アサギ校長とかと違って、普通に外道な行動も選べるので、任務さえ果たせば割と我が儘を聞いてくれるし、サポートも対魔忍と違ってしっかりしている。

 正直、職場環境としては対魔忍等足元にも及ばないレベルだと思う。

 それでいて給与もそう差はないのだから、どちらに就職するかはもう言うまでもないと思う。

 

 (となると、有能を魅せ過ぎたか。)

 

 大方こちらの能力を加味して、現状の処遇だけでは足りないと思い、より確実な繋がりのために逆ハニトラを考えているのだろう。

 まぁ確かにレインコートを恒常的に雇うと考えれば安過ぎて不安になるのも分かるが。

 

 (とは言えハニトラかー。)

 

 知識が無い訳ではないが、実践の経験は皆無だ。

 まぁ年頃の身体なので性欲はあるし、時折一人で慰める事もある。

 だが、相手は百戦錬磨で守備範囲も美人なら何でもOK!なお館様である。

 普通の恋愛や結婚なんて望むべくもないし、抱かれて正気を保てる保証も無い。

 

 (最悪、死に戻りしてリセットかな?)

 

 流石にアへアへ言うようになる事は無いだろうが、もしもの時もある。

 薬物や道具等は断固拒否する所存だが……遅かれ早かれ、こうなっていただろう。

 

 (腹の括り時、か。)

 

 はぁ…とため息をつく。

 一応今は女だ、準備位はある。

 だが、やり方が分からん(きっぱり)

 

 (となると、やはり時子さんに聞くべきか。)

 

 と言うか、こういった相談を出来るのがあの人しか此処にはいない。

 

 「どうなるんだろう…。」

 

 経験のない世界だ。

 前世でも、今世でも、完全に未体験な領域だ。

 それに対して本当に自分が正気を保てるのか分からない。

 正直に言えば、怖い。

 もしかしたら、今の自分が無くなって、この世界の人間らしい人格になってしまうのかもしれない。

 それが怖い。

 自分が消えるのが、怖い。

 私は結局、この世界の人間になる事が怖いのだ。

 

 

 ……………

 

 

 割とあっさりと食事に誘えた事にやや疑問に思いつつ、お館様は時子からの報告を聞いていた。

 

 「やはり経験はないと?」

 「はい。私に事前の準備の仕方やお館様の好み等を聞いてきたため、問題のない範囲で答えました。」

 「ふむ…。」

 

 となると他の対魔忍、特に脳足りんや色狂いの連中に対する態度からするに、そういった事そのものに何かしらのトラウマを抱えている可能性がある。

 こちらは無論処女相手の和姦も凌辱も経験済みだし、一発で相手を墜とす事も出来なくはないが、下手にやり過ぎて灯の明晰な頭脳に陰りが出るのも良くない。

 

 「焦らずに、少し強引なボディータッチやキスから慣れさせてはどうでしょう?」

 「本番は拒否感が薄れてからか?」

 「えぇ。余り強引に迫っても、拒絶されるだけでしょうし。」

 「ふむ…では王道を踏襲するとしよう。」

 

 

 ……………

 

 

 三日後 都内某所

 

 「お待たせしました。」

 「いや、今来た所だ。」

 

 灯は思う。

 何故こうなった、と。 

 とは言え、原因は分かっている。

 

 『三日後、空いているか?』

 『はい、予定はありません。』

 『そうか、なら一緒に食事でもどうだ?』

 『了解しました。』

 

 こんなやり取りがあったからだ。

 その後、時子さんのアドバイスに従い、新調した私服に着替え、態々アジトではなく現地集合したのだ。

 まぁ言わんとする事は分かる。

 私にこの手の事や色事の経験が無いため、焦って詰めを誤るより、こうして距離を縮める事を選んだと言うのは。

 その辺の気遣いは打算によるものだとしても感謝している。

 しているが……この恰好は正直落ち着かない。

 白いシンプルなワンピースに青いリボンを巻いたカンカン帽、そして薄らとだが化粧にヒールの高い靴まで履いているのだ。

 はっきり言って、落ち着かない。

 学園に通っていた頃は制服の裏地に防弾防刃仕様の強化繊維を仕込んでいたし、レインコートとして活動する時は全身が米連の正規装備で固めてあった。

 だから、余計にこのヒラヒラで薄手の服装が不安になってくる。

 

 「よし、行くか。今日はオレがエスコートしよう。」

 「よろしくお願いします。」

 

 とは言え、今回の自分はエスコートされる側。

 相手は上司とは言え今日ばかりはオフ。

 多少は気を抜いて、素直に身を任せる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の夜、二人が関係を持ったかは定かではない。

 ただ、この日から灯の雰囲気が随分と柔らかくなった、とふうまでは暫くの間話題となった。

 

 なお、この件に関して我らがお館様は「恥じらう無表情クール美少女最高」とコメントしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q どうしてお館様の所へ?
A 頑張って何人か教育したけど、殆ど実らなくて心折れたから。

Q R18書かないの?
A エロは疲れる&対魔忍プレイした事ないのでお館様のキャラが今一分からん。


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番外編 卒業後 微修正

ぽつぽつと小ネタを交えてみました


 五車学園は対魔忍育成機関としての面を色濃く持つものの、他にも民間の中に突然変異的に生まれてしまった異能者の保護及び能力の制御のための教育機関としての面も持つ。

 そういった人員は毎年少数ながら存在し、大抵は対魔忍と関連のある企業等に就職するか、業界の闇(主に生オナホ的な意味)に埋もれて消えるか、或はごく少数ながらも市井へと戻っていく。

 無論、市井に戻った所で能力自体は消えないため、必ず定期的な報告等が義務化されるが。

 だが、そうして市井に戻れるのは極々一部であり、学園で優秀な成績を示した者は大抵対魔忍としての道を歩む事になる。

 

 まぁ対魔忍やってる限り、生オナホから逃れられはしないのだが。

 

 

 ……………

 

 

 五車学園 校長室

 

 「…何やってるんですか校長先生…。」

 

 はっきり言って倉土灯はドン引きしていた。

 だってさ、仕方ないじゃん。

 

 「どうか、どうか卒業後の進路は対魔忍へ就職してください。」

 

 呼び出し食らったと思ったら、自分とこの学校の美女校長が全裸土下座してるんだから。

 これは幾ら何でも酷い(白目)。

 

 「私一人抜けた所で大した違いなんて無いですよ。後、見苦しいし話しづらいので服着て下さい。」

 「いいえ!貴方がうんと言ってくれるまでは頭を上げる訳にはいかないわ!」

 (その意志力はもっと別方面で発揮しろや。)

 

 と青筋立てて怒鳴りたいのをぐっと堪えて、灯は努めて平静を保とうとした。

 

 「で、どうしてまたそんな事をしたんです?」

 「だって、若手最優秀の貴方が卒業後は出ていくって言うから…。」

 「逆に聞きますが公営生オナホ工場である事に気付いて就職したがる奴とかいます?」

 「…………。」

 「何とか言ってください。」 

 

 超辛辣だが事実過ぎて困る。

 

 「お願い!お願いだから残って!後方勤務でも実働部隊でも好きなポスト上げるから!要望は可能な限り叶えるから!」

 「んじゃ窓際部署作ってください。365日ダラダラ出来て給料出るようなの。」

 「お願いだから働いてよぉぉぉォォォォォォォッ!!」

 

 全裸のまま泣きながらアサギが足に縋りつこうとするのを背後に跳んで回避する。

 端的に言ってエロさ以上にキモイ。

 

 「と言うか、実働ならもう若手最優秀の凛子先輩とユキカゼとかいるじゃないですか。後方勤務も山田先生とパートの時子さんが来てからは大分楽になったと聞きますよ?」

 

 なお、山田太郎先生とはふうまのお館様の偽名である。

 対魔忍が潰れない程度に仕事しつつ、情報と人材をガツガツ抜いてふうま再興のために役立ててるそうな。

 

 「貴方みたいに人間不信クラスに用心深くて隠密と撤退が巧い人がいないの!教導だって班員全員生き残らせつつ実戦経験積ませてくれるって人気なの!頼むから残ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「それを教えるのが教員の仕事でしょうが!」

 「出来ないから言ってるのよぉォぉォぉォォォォォォォ!!」

 

 それが出来ない非正規戦専門の組織って…と言い出すと悲しい事にしかならないので、もう今更くどくどとは言わない。

 だが、その辺が分かっててこんな組織に所属する奴は頭おかしいと思う(小並感)。

 

 「で?私に何をしてほしいんですか?」

 「教導を主にしつつ情報収集全般。貴方なら何処でも入れるし、逃げれるでしょ。」

 

 灯の異能は表向き透過であるとされている。

 学園に登録されている能力の中でも上位とされる彼女は、それを活かした単独での敵地への侵入・離脱を得意としている(と言う事になっている)。

 その上で非正規戦を行うに相応しい技量と用心深さを兼ね備えた人材と言うのは……今の対魔忍の中には誰一人いないと言って良い。

 アサギでも思いつくのは、嘗て自分を追い遣ろうとした祖父位な者と言えばその希少さが分かるだろうか?

 曲がりなりにも魔族と国家相手に組織を十全に運営し、率いていた男の有能さを失った今になって実感するのも皮肉でしかないが。

 

 「じゃ、失礼しますね。」

 「待 ち な さ い。」

 「離して下さい。どう考えても過労死フラグじゃないですか!?」

 

 実際、ガバガバどころか敷居すらない対魔忍の諜報網をどーにかこーにかしつつ教導?

 あの脳みそスポ〇ジボブで「オレ対魔忍オレ強い」な知能対魔忍共をどうにか矯正しつつ実戦を経験させる?

 ふざけるのも大概にして頂きたい。

 

 「離して!離してください!私には年老いた祖父母を介護しつつ在宅で仕事すると言う夢があるんです!」

 「凄い具体的で小さな夢ね…。でも離さない。貴方がうんと言ってくれるまでは…!」

 

 対魔忍TOPの実力なだけあって、こうした揉み合いではアサギの方が勝っている。

 まぁ傍から見れば完全に痴女とその被害者な図なのだが。

 

 「お姉ちゃーん、どうしたの?なんかすっごいドタバタしてるけ、ど…。」

 「さく、ら?」

 

 そして重要人物であるアサギのいる校長室の周囲に、誰もいない筈がなく。

 騒ぎを聞きつけた井河さくらが様子を見にやって来て……カオスな室内を見て、アサギはアサギで妹に自分の恥部を見られて互いに彫像の様に固まった。

 

 「、戦略的撤退!」

 

 この隙を見逃さず、灯は咄嗟に能力による転移でこの場を離脱した。

 

 

 

 後日、灯は正式に離脱を表明し、表向きは資産家の祖父母の世話をしつつ、真っ当に暮らす事となる。

 裏向きは勿論傭兵稼業に精を出している事は言うまでもない。

 

 

 ……………

 

 

 「先生、指定された銃の分解整備終了しました!」

 「よろしい。次は整備した銃で射撃訓練を各50セット。後に分解整備を行い、どの部分に特に負荷がかかり、整備を重点的に行うべきか報告せよ。」

 「了解しました!」

 

 表向きがあれば裏向きがあるのは当然で、灯は裏で相変わらずレインコートとしての活動を続けていた。

 とは言え、依頼の殆どは弟子一号ことブーツ(長靴)に任せて、現在は他のセーフハウスの奴隷達に訓練を付けている。

 

 「照準が遅い。狙撃なら兎も角、拳銃に頼る状況ではそれは遅すぎる!」

 「はい先生!」

 

 どんな武器にも最適な使用距離と言うものがある。

 銃は全般的にそれ以外の武器に比べて射程距離が長めだが、拳銃や散弾銃、突撃銃や短機関銃の様な比較的短い距離で使うものは構えと照準、そして射撃をほぼ同時かつ瞬時にこなす必要がある。

 とは言え、奴隷達の中には銃弾並に速く動ける者もいるので、全員が全員銃を使う訳ではない。

 それでも対銃撃のための学習としては大きな意味があるので、例外なくやらせているのだが。

 

 「馬鹿者!対物ライフルを立射するな!反動で怪我するぞ!」

 「でもご主人様ー、にゃーはこれ位でこけないにゃー。」

 「…大抵の敵はそれを伏射で撃つから、勉強の意味で伏射にしなさい。」

 

 だが、多様な魔族が居るので、個別にカリキュラムを組むのが面倒だったりする。

 

 

 ……………

 

 

 ヨミハラでも東京キングダムでもない、普通の東京都内某所。

 そこで珍しく、灯は開放的なカフェテラスでコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいた。

 恰好も学生時代のそれではなく、皮のブーツに紺のロングスカート、白のセーターと肩掛けのバッグと言う、垢抜けたものになっていた。

 

 「相席、よろしいかな?」

 「どうぞ。」

 

 視線を向けずに返事をすると、向かい側の席にスーツを纏った老紳士が座った。

 周囲にたくさんの空席があるにも関わらずに、だ。

 

 「良い日だ。そうは思わないかな?」

 「貴方にとって、日光とは不快なのでは?」

 

 目の前のモノ、その正体に見当を付けながら灯はあくまで穏やかに返す。

 表向き、自分は五車学園を優秀な成績で卒業しながら、対魔忍に就かなかった狙い目な人材だ。

 そう考えれば、何処かの組織から声がかかるのはおかしくはない。

 しかし、目の前の大御所中の大御所が来るとは予想していなかった。

 

 「ふむ、一目で私の変身を見破る眼力、私と知って怯えもしない胆力。実に素晴らしい。」

 

 そして、本来なら偽装をバレた場合に抱く警戒もなく、本当に面白そうにこちらを眺める、不死者特有の無防備さ。

 本当に何でこんな所に来ているのだか。

 

 「どうかね、我がノマドの一員にならないかい?」

 「結構です。」

 

 きっぱりとNoを突き付ける。

 何せ味方となった所で何時戯れに切られるか分かったものではないし、無茶振りされて魔界騎士()さんの様な苦労を背負い込みたくはない。

 別に金で困っている訳でも無し。

 まぁ、祖父母に手を出されたらとことんやるが。

 尚、私に両親はいない。イイね?

 

 「ふむ…。」

 

 不意に、ギラリと老紳士に化けた吸血鬼の眼が赤く光る。

 吸血鬼の持つ魔眼、特に魅了による暗示等がよく知られるそれは、流石は不死の真祖だけあって凄まじい効果だ。

 だが、その手の状態異常は私には意味が無い。

 以前は薬による自死を用いたリカバリーによって無効化していたが、今はもうそんなものを使わずともレジストできる。

 こういった成長を考えると、灯が過ごした五車学園の地獄の様な日々も無駄ではなかったと言える。

 そして、自身の魔眼が無力化されたのを見た怪物は、ニンマリと満足気な笑みを浮かべた。

 

 「惜しい、実に惜しい。」

 

 くつくつと、喉の奥から余裕たっぷりに漏れる笑い声。

 自身が優位だと疑っていない、強者の驕りがこれ以上なく含まれたそれに、灯は何時でも撤退できる様に身構えていた。

 此処でこいつとやり合うつもりも、する義務も無い。

 既に自分は対魔忍ではなく、一介の傭兵であり、買った奴隷達を使役しつつも養う立場だ。

 得る物の無い戦いなど、実にナンセンスだ。

 

 「ではさらばだ。」

 

 そして、老紳士に化けたエドウィン・ブラックを中心に、局所的重力異常が発生した。

 

 

 

 その日、東京都内某所の喫茶店を中心に、爆破テロの発生と多数の死傷者の発生が報じられた。

 だが、その中には倉土灯の名は無かった。

 

 

 ……………

 

 

 「顔は覚えた。また会うとしよう。」

 

 その独白は闇夜に消え、偉丈夫の姿へと戻った真祖は己の塒へと戻っていく。

 また楽しみが増えた、と嗤いながら。

 

 「殺す機会が来たら、確実に殺すとしよう。」

 

 そして、手に握った銃火器を虚空へと収納しながら、傭兵たる女性もまた闇夜の中へと消えていく。

 

 

 ノマドの創始者にして不死の真祖、エドウィン・ブラック。

 世界最高峰でありながら未だ正体不明の傭兵、レインコート。

 共に個人と組織の双方で裏世界の圧倒的強者に立つ二人が全面的に対立するのは、まだ先の事だった。

 

 

 

 

 

 




何事も「ま、いいや」と書き続けるのが作家に必要なスタイル


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番外編 レインギアが逝く

 レインギアと言う傭兵団が存在する。

 一年前に設立されたソレは団長たる伝説的な傭兵レインコートの指導の下、急速に裏世界にその名を広め、数多くのミッションを遂行してきた。

 対魔忍・ノマド・米連・日本政府といったあらゆる勢力からの依頼を遂行する彼らは、多くの裏世界の勢力から注目を集め、干渉を受けている。

 中には自勢力に取り込もうと強引な行動に出る者もいたが……そうなった場合の末路は言うまでもない。

 そんな彼らだが、とある疑問が常に付いて回る。

 

 彼らの武器弾薬は、一体どこで調達しているのだろうか?

 

 基本的に米連や日本国国防軍、そして米国等で採用されている信頼性の高い銃火器に対魔粒子や魔術等で威力を上げて使用しているが、時には派手に建物ごと発破をかけたりもするので、常に弾薬の消費が激しい。

 なのに他には一切気取られずに弾薬を確保できているのは、勿論理由がある。

 レインギア、正確にはその中で戦闘をメインとして動く者達はレインコートの厳しい選抜を潜り抜けた者達だけで構成されており、20人にも満たない人数しかいない。

 その分、彼彼女は誰もが精鋭であり、単体で上位の魔族や対魔忍とも戦闘を可能とする。

 とは言え、団員達は皆単独で動く事は無く、最低でもツーマンセルで動くため、単体で戦闘を行うことは決してないのだが。

 それはさて置き、選抜に漏れた団員はどうしているのか?

 選抜に漏れた、とは言っても彼彼女らは皆レインコートの教導を受け、資格ありとされた者達だ。

 五車学園近くで「コイツいらね」と放流された連中とは異なり、実働団員としての選抜に落ちたとは言え、戦闘面以外で有能と判断された故に残された者達だ。

 彼らは皆チームを組んで実働団員らの補佐として動いており、その中には勿論物資調達を行う者達もいる。

 彼らはそれぞれの特技を生かし、物資や拠点、資金源の確保等を行っている。

 例えば、情報収集が得意な者は任務上必要な情報の収集の他、他勢力の物資集積拠点(対魔忍除く)や研究所、工廠等の割りだしも行っている。

 その情報が確かだとレインコートが確認すると、その場所に潜入、己の能力を用いて物資を根こそぎ奪っていくのだ。

 また、勢力争いの激しい極東方面ではなく、他の紛争地域や裏社会で普通に身分を隠したりして購入する場合もある。

 無論、エロゲ世界の法則通り「騙して悪いが…」もあり得るため、護衛として実働団員の何人かを連れての事となるが。

 他にも、他勢力の情報の売買に悪徳有力者の表に出来ない資金の奪取等、堅気に迷惑がいかないのなら何でもOKと言う具合であちこちで資金・物資収集を行っている。

 こうして、傭兵団レインギアの土台は実働団員の数倍の支援団員の存在によって成り立っているのだが……それを表立って自慢する者は殆どいない。

 その理由を一言で言うと……

 

 「いや、だって団長がそれ以上の額をほぼ一人で稼いでるんだもん。」

 

 こう言う事だったりする。

 何せノーコストで世界中を転移できる上に、物資のある場所に行ってはあっと言う間に根こそぎ奪い取ってこれるのだ。

 更に言えば、仕事で得た情報を生かして、幾つかのペーパーカンパニーを通したダミー多国籍企業による投資を行い、更にタックスヘイブン等の節税を積極的にしている事もあり、凄まじい利潤を叩き出し、それによって得た資金でも物資の納入を行っている。

 能力の応用による転移や多重偏在が無ければ出来ない仕事量だが、それだけに傭兵団それそのものよりも多くの利潤を叩き出す事に成功している。

 それを思えば、確かに彼らの思いを理解できる。

 

 では、何故レインコートは傭兵稼業を止めないのだろうか?

 既に一生かかっても使い切れない程の資金を持っているにも関わらず、だ。

 その事を彼女に問えば、内心でこう返してくれるだろう。

 

 「近年、裏世界のバランスはやや対魔忍側が有利に推移しているが……そんなものは微々たるものだ。何かあればあっと言う間に崩れ、現在の均衡を無くすだろう。その時、日本に魔族や米連が雪崩れ込めば、困るのは私や私の家族だ。」

 

 しかし、そのバランスを維持するには、対魔忍ではどう足掻いても無理だ。

 頭脳対魔忍の脳筋集団に、何かを期待する事程空しい事は無いと、実感として知っている故に。

 だからこそ、程好く各勢力が噛み合うように調整するのが、何処にも属さぬ傭兵として出来る事だと、レインコートは考えたのだ。

 無論、殺せる時が来れば魔族も米連も躊躇いなく殺せるが、そのタイミングはまだ先の事だった。

 

 

 ……………

 

 

 「はふぅ……。」

 

 レインコート、倉土灯も一応は人間である。

 そのため、休暇を取る事もある。

 無論、緊急時には即座に駆け付けるが、そうでない場合もある。

 今現在、彼女は祖父母が出掛けているのを理由に、家でのんびりまったりと入浴していた。

 浴槽でスラリと細くも強靭な筋肉を纏った手足を一杯に伸ばし、脱力し切った姿からは常の張りつめた姿を想像する事は出来ない。

 また、その手には完全防水加工された通信端末があり、それでニュースや小説サイト等を流し読みしていた。

 

 「ん、このアニメの会社、買いだな。」

 

 そして、生活費以外の彼女の資産の使い道は、主に気に入った会社の買い支えだったりする。

 特に国内のアニメーター企業への投資は大きく、ダミー企業等を通してとは言え、既に100億を超えた額を出している。

 だが、こうしてスポンサーとなる事で、よりクオリティの高い作品が世に出されているのだから、彼女にとっては最終的に+になるのだ。

 

 「あ~~これぞ真の大人買いだよなぁ~~。」

 

 とは言え、流石に会社ごと買う様な事はしない。

 精々敵対的買収を防ぎ、それをやってきた団体を破滅させる事しかしていない。

 

 「あ、そう言えばFateのHFルート、ブルーレイで予約しとかなきゃ。」

 

 ステマであるが、作者の推しである桜ルートがコミック・劇場版化した事に感動を禁じ得ない。

 

 「そう言えば、最近はVRとかが流行ってたっけ…。」

 

 一応PS4に更新してあるとは言え、仕事もあってゆっくりプレイしている暇がない。

 況してやVRとなると全くの未知の領域な事もあり、少々しり込みしてしまう。

 

 「まーまた今度で良いかー。」

 

 こうして、灯の休日はゆっくりと過ぎていった。

 

 

 ……………

 

 

 「くそ、どいつもこいつも!」

 

 人気の無い場所で悪態を吐いたのは、五車学園の生徒の一人だった。

 彼女はつい最近、任務で行方不明になっていた一人だったのだが、人買いに捕まり、奴隷市で競りに掛けられ……そこでレインコートと出会い、厳しい訓練を受けたのだ。

 しかし、どうしても人格面に問題(主に忍耐面において)があり、五車学園に放流されたのだ。

 

 「そう言うなって。アサギ様だって、好きでこんな状況放ってる訳でも無いんだしさー。」

 「我々がどうこう言った所で、他の連中の脳筋思考が治る訳もない。」

 

 他の二人も何がしかに問題があったため、或は本人が望まなかったために放流された者達だった。

 彼女らは誰も彼もが一度は対魔忍としての理想に燃え、しかし現実の前に心を圧し折られ、屈辱を味わい、そしてレインコートによって一度は拾い上げられた者達だった。

 能力があり、美貌もあり、しかし、本当に学ぶべき事を学べなかった者達の末路は悲惨だ。

 そして、この学園にはそうした者が大勢いる。

 

 「だったら、何故校長は少しでも改善しようとしない!?」

 「出来たらとっくにやってるからだ。」

 

 現状はそれに尽きる。

 内部に入り込んだ敵対組織のスパイや工作員、元々忍者を排出していた一族の思惑、そして何よりも力に酔って現実を知ろうともしない対魔忍の卵達によって、この阿呆らしい現状は維持されていた。

 圧倒的数の暴力に、ごく一部の有志の行動は余りにも無力だった。

 それは彼女達、レインコートの薫陶を受けた者達も同じだった。

 

 「ま、良さげな新入りとかいたら、誘いをかけて鍛えてやるのが関の山じゃない?」

 「だな。その方が有意義だ。」

 

 とは言え、現状を把握したら、少しでも最善手を打とうとする辺りはちゃんと教育できていたらしい。

 少しでも影響力を拡大し、対魔忍を少しでもまともな組織にするためにも、多くの者に教導を行っていくしかない。

 まぁ選抜に落ちた彼女らなので、結局はたかが知れているのだが。

 

 「畜生、畜生…!」

 

 それでも、彼女は少しでも報いたかった。

 恩義を返したかったのだ。

 嘗て己を助け、多くを教えてくれた、あの傭兵に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (うーん、このチョロイン。)

 (面倒な方に恋煩いをしているな。)

 

 その内心を、仲間達は冷静に解析していたが。




灯「何で放流したか?猪突型とやる気ないのと諦観したのとか面倒だから。能力面もそこまでぱっとしないし、忠義も微妙だし。」


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番外編 終わりの始まり

ちょい短いけどお気にせず!


 魔族側の活動が大幅に縮小した事を確認した対魔忍と米連の多くは、自分達と覇権を争う相手が勝手に脱落した事を無邪気に喜んだ。

 それに対し、事態を把握していた者達は一様に顔を青ざめさせた。

 やがて、これは嵐の前の静けさ、本気の大攻勢の前の準備期間なのだと誰もが悟った。

 これに対し、各勢力は相変わらず一致団結する事など無く、一時的に勢力争いを止めて、戦力の拡充へと走った。

 しかし、如何に人員と資金源の大きい米連でも、如何に優秀()な対魔忍でも、畑から兵(オーク)が採れるレベルの魔族の本気での総動員には勝てる訳も無く。

 事態を重く見た日本国政府上層部の一部は、この事態の解決のために本物のプロを動員する事を決断した。

 

 

 ……………

 

 

 「各員、聞いているとは思うが、事態は極めて深刻だ。」

 

 日本国内某所。

 薄暗い会議室とテレビ電話で繋げられた先へと、彼らの長の静かな声が響く。

 団長である伝説の傭兵が直々にミーティングを開くと言う異常事態に、誰もが覚悟を決めていた。

 この傭兵団が始まって以来の、本当の大仕事が始まるのだと。

 

 「魔族側の本腰を入れた大侵攻。今まで我々はこれを防ぐために活動してきたが……遂に恐れていた事態が現実となってしまった。」

 

 コツコツと、靴底に金属板を仕込んだブーツ特有の硬質な足音が響く。

 

 「日本国政府はこの事態に遂に国防軍の動員を決定。名目上は対テロ演習と言う事だ。」

 

 勿論、こんな事態になってすら未だ騒ぎ立てる馬鹿はいるが、生憎とそういった連中はこの国に限って言えばつい先日消えた。

 無論、何者の仕業なのかは公式には不明だ。

 

 「米連も本国に泣き付きつつ、旧中華時代から秘匿されていた核弾頭の使用を決定。魔界とのゲート境界線で起爆し、何もかにも吹き飛ばす予定だ。」

 

 それはつまり、ゲートのある日本に再び核を落す事に他ならない。

 その屈辱、その憤怒、その憎悪。

 日本国に生まれ、生きた者にとっては絶対に許せない暴挙だった。

 

 「対魔忍は…まぁいつも通りなので省くぞ。」

 

 いつも通り、魔族など何する者ぞ!と気炎を上げる無能な老害と未熟者と学習能力のない連中。そして極一部の理性ある者だけが真っ青になっている事だろう。

 うん、実に平常運転だネ☆

 

 「依頼主は日本国政府首相。内容はこの事態の収拾だ。」

 

 ごくり、と誰もが唾を飲んだ。

 レインギア。

 裏の業界においてなお超一流とされる彼・彼女らにしても、余りに大き過ぎるミッションだった。

 

 「現在、情報収集を進めているが……現状のまま推移すれば、大侵攻の開始は一ヵ月前後だと思われる。」

 

 これはオーク等の数を担当する下級の魔族の動員(と言う名の強制徴兵)に時間がかかるからだ。

 ブラック達吸血鬼一派の治める魔界の領域に住まう全ての下級魔族を戦力として徴兵する。

 集めた後は出番までそのまま放置で、集め切ったら進撃を開始する。

 そんな簡単な事だが、数が数百万ともなれば、その間に消費される食糧を始めとした物資も凄まじいだろうし、局所的な飢餓により最悪は共食いのために殺し合いが始まる。

 数を集めた上でそうした混乱状態を抑えつけ、進撃するにはどれだけの手間がかかるか分からない。

 それでいて、指揮官である中級・上級魔族達は楽しむ暇も獲物も無くなるので、彼らとしては得らしいものが土地位しかない。

 それでも大侵攻を実行すると言うのだから、覇権以外の何らかの別の目的があるのだろう。

 

 「今回の我々のミッションは、魔族側の大侵攻及びそれに付随して起きる日本国へと降り掛かるあらゆる災害の排除だ。」

 

 団長の纏ういつも通りの雨合羽が薄暗い部屋の中で鈍く照明を反射する。

 そこに隠された顔は絶対に見る事は出来ない。

 変装も隠蔽も完璧にこなす団長の本当の姿なんて、決して知る事は出来ない。

 だが、そんな事は瑣末事だとばかりに、団員達は団長を信頼していた。

 

 「作戦内容はゲートの接続先の変更だ。対象はヨミハラと東京キングダムの二大ゲート。第一段階として、ゲート周辺を掃討し、陣地構築。第二に術者総出で接続先を変更。変更先はまた別の異世界の予定だ。その間、支援要員は周辺防御に、戦闘員は中級以上の魔族及びネームドの対処。」

 

 はっきり言って無茶苦茶だった。

 どれ程の人員が犠牲になるか分かったものではない。

 だがしかし、現状ではそれ以外のらしい手はない。

 

 「が、次善の策として、米連及び対魔忍内の『分かり易い連中』には話を通しておいた。」

 

 あ(察し)と言う空気が団員達の間に広まった。

 団長、暫く見かけないと思ったら、そんな事してたんですね…。

 

 「また、作戦開始前に魔界側でも妨害工作を行う。オーク共は兎も角、指揮官連中は多少だが足も鈍るだろう。」

 

 あ(察し)二回目。

 やはりこの団長を敵に回してはいけない。

 団員達は何度目になるかも分からない誓いを立てた。

 

 

 「まぁ、そのオーク連中にも餌を撒く予定ではあるが…。」

 

 ぼそりと呟かれた声に、この人は何処まで入念なんだろうか、と何度目になるかも分からない疑問が湧くが、団員達は賢明にも何も問う事は無かった。

 

 「作戦開始まで未だ時間があるとは言え、悠長に構えていては間に合わん。今までの諸君らの訓練と経験はこの時のためにあったと言っても過言ではない。各員、己が最善を尽くせ!」

 「「「「「「了解!」」」」」」

 

 こうして、レインコート率いる傭兵団レインギアはこの一大作戦「ターンアウト」に挑む事となった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 なお、その頃の他勢力

 

 「あ、あれ?核弾頭は何処に…」

 

 米連では折角隠し持っていた核弾頭が何処かへと持ち去られていた。

 他にも、核弾頭を隠匿していた事が米国本国へと漏洩、この事態にあって政治的泥沼に陥り、貴重な時間を消耗してしまう。

 

 「おい、オーク共の間で疫病が広がってるぞ。」

 

 医療技術こそあるものの、そんなものを利用できるのは知性や資産を持った中級以上の魔族のみ。

 下級魔族として獣同然に生きてきたオークに衛生や医療の概念等ある筈もなく、あっと言う間に感染拡大して大きな被害となってしまった。

 

 

 「……………。」返事がない、ただの屍の様だ。

 

 語るに及ばず。

 精々国防軍と連携していつもより多めに武器弾薬を融通してもらった。

 

 

 



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番外編 終わりの前奏

久々の更新。ちょっと短いです。


 「実はだね。今回の一件での損害、私は特に気にしていないのだよ。」

 

 闇の中、不死者の王は悪戯が見つかってしまった悪童の様な笑みを浮かべながら、そんな事を宣った。

 

 「不死者とは退屈なものでね。広大な領土も巨大な城も贅沢な食事も、全て全て時と共に当たり前になって色褪せていく。」

 

 既に周囲には人の気配はなく、喧噪も遠く、ただ東京キングダムという瓦礫の山となった人工島自体が上げる悲鳴にも似た軋みの音が響くだけ。

 

 「配下共に伝染病をまき散らし、我が領土に核弾頭を配置して焼き払い、魔界側からゲートごと腐敗の温床となったこの島を吹き飛ばす。実に素晴らしいプランだ。」

 

 朗々と語るその姿は威厳と威圧、狂気に満ちていた。

 

 「だが、そんなものはどうでも良いのだよ。」

 

 単体で国家を容易く壊滅し得る超越者。

 その視線は、その興味は、たった一人の人間へと向けられていた。

 

 「そんなものは後で幾らでも作り直せる。しかし、君という存在を呼び寄せるには、今夜この状況こそが必要だった。」

 

 魔族によるわざとらしい大規模侵略の兆候も、それが米連や日本国政府に容易く掴めたのも、全てが全てたった一人の人間を誘き寄せるための手だと、一体誰が信じられるだろうか?

 こんな事態に対処可能な唯一と言ってもよい傭兵集団、そのTOPこそが唯一にして最大の目標であると、誰も予想する事は出来なかった。

 

 「さぁレディ、私と一曲踊ってもらえるかな?」

 

 答えなど聞いていないお誘いの言葉に、相変わらずの雨合羽を着た不在にして自在の暗殺者は返答としてその両手に見たことのない白銀と黒鉄の大型拳銃を取り出し、まるで十字架の様に交差させて構えた。

 

 「……………。」

 

 その両手に握った余りにも無骨な、鉄塊とも思える一対の大型拳銃。

 その銘を対人外殲滅用大型拳銃「454カスールカスタムオートマチック&対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル」。

 どちらも人間が扱うには余りにも強力で、過剰威力であり、とてもではないが扱えない。

 故に、幾ら死んでも問題ないし、反動そのものを受け流せるレインコートだからこそガンスミスも請け負った。

 格上の魔族を想定し、弾頭はジャッカルには法儀式済み水銀弾頭を、カスールカスタムには古き大聖堂の銀十字錫を溶かして製作された物を、炸薬も最新のものに法儀礼を施した特別製を使用している。

 勿論、元ネタは某有名吸血鬼漫画であり、金が山程あるレインコートが趣味と実益を兼ねて発注したのだが。

 

 「さぁ、楽しい夜を過ごそうじゃないか!」

 「………!」

 

 空間が重力で歪み、無数の触手が床と壁を砕きながら殺到する。

 だが、人間なら圧死している筈の加重を受けながらも、レインコートはそんな不利を一切感じさせない挙動で襲い来る触手全てを圧倒的火力を持った銃弾で撃ち抜き、爆散させていく。

 

 この夜に起きた表に出ない、しかし歴史に残る戦いは、漸くフィナーレに至ろうとしていた。

 

 

 ……………

 

 

 当初、傭兵団レインギアが構築した魔族の大規模攻勢への対策、即ち「ゲート周辺を確保してからの接続先の変更」は早々に頓挫してしまった。

 大規模攻勢の準備段階に入ってしまった事で、余りにも防備が厚くなった事、そして魔界とのゲートを構築する術式及び建築物が原因だった。

 東京キングダムにおけるノマドの本部ビルは東京キングダムの中枢に建てられている。

 そして、ゲートはその地下にあり、ビルの土台部分がゲートの術式を構築するための神殿であり、魔界産の建材だけでなく、魔術による強化を受けて大幅にその強度を増しているのだ。

 更に言えば、ゲートを構築する術式そのものも極めて精緻なものであり、とてもではないが限られた時間で介入するには時間が足りない。

 そんな状況で、ここに攻め入るのは即ち難攻不落の要塞へ挑むのとイコールだ。

 即ち、「正面から挑むのは愚策」である。

 破壊工作を行おうにも、その強度から余り損壊は期待できないし、何より魔界騎士イングリットを筆頭に上位魔族達が常に複数常駐している。

 それらに加えて無数の下級・中級魔族の存在がレインギアをして攻め入る事は不可能だと判断させた。

 

 「なら発想を変えよう。別に攻め落とす必要はないんだと。」

 

 ノマド本部ビルの余りの防衛網に頭を抱えていた面々の前で、レインコートが告げた。

 

 「東京キングダム。既に魔界からの瘴気によってこの島周辺は異界化が完了してしまっている。内部にいる人口の過半も魔族や米連の非正規部隊に犯罪者、おまけの対魔忍と消えた所で問題はない。ならば、これを機に島ごと破壊すればよい。」

 

 これは政府中枢の害虫が既に排除されているからこその強引な手だった。 

 今の政府中枢にいる政治家達はこの一件に関する依頼者であり、多少のコラテラルダメージは黙認するだろう。

 東京キングダムという巨大な人工島破壊による副次的被害。

 それは東京近海への影響のみならず、拉致・洗脳されているであろう民間人の全てを見捨てるという事に他ならない。

 

 「しかし、実際にはどうやるのですか?人工島ですから普通の島よりは簡単ですが、それでも基礎部分だけで相当頑丈な筈ですが…。」

 

 レインギアの戦闘メンバーの一人が声を上げる。

 内容は至極当然のものであり、他の多くのメンバーも同様の意見だった。

 東京キングダムは海底から護岸となる壁を築造し、その内側を土砂で埋め立てた構造だ。

 海底の下は巨大な土砂であり、護岸壁を破壊した所で直ぐに崩れる事はない。

 

 「米連からせしめた核弾頭をゲートの向こう側へ設置するプランがあったな?」

 「え、えぇ。とは言え、設置自体は隊長にお任せする事になりますが…。」

 

 米連が隠し持っていた核弾頭、その数実に10を超える。

 そのどれもが広島型原爆の100倍は優に超える威力を誇る。

 それだけの核弾頭を用いれば、確かに東京キングダムを沈めるだけの威力は出せる。

 しかし、東京湾沖で核弾頭の使用は即ち日本政府を本気で敵に回す事に他ならない。

 

 「それと、以前アホな好事家や宗教団体を処分した際に入手した後に封印処理したブツが多数あったな?」

 「あれを使うんですか!?」

 

 封印処理。

 それはレインギアにとって「破壊する事も難しく、封印するしかない危険物」を意味する。

 それこそ国家転覆級の怨念や呪力を秘めた代物だって存在する程だ。

 例えば、とある宗教団体が保有していたシャム双生児のミイラ。

 例えば、ある遺跡から発掘されたという奇妙な笑顔の仮面。

 例えば、古物市で発見された奇妙な絡繰り細工の箱。

 例えば、未知の金属製小箱に収められた、黒く輝く凧形二十四面体。

 それら全てが余りにも危険過ぎると封印されていたものだった。

 

 「どうせだ。あの汚染物質も向こう側にくれてやろう。」

 

 全員が絶句する。

 誰もがあれを末代先まで封印するべき危険物としか考えていなかったからだ。

 あんな危険な代物を利用するなんて、とてもではないが考えられなかった。

 

 「…危険では?」

 「無論。だが、我々に何かあった時、あれらがこの世界に解き放たれる事を考えれば、まだマシだろう。」

 「具体的には?」

 「比較的危険度の低いものをノマド周辺に撒く。その際の混乱を用いて核弾頭及び他の超危険物を向こう側に設置する。」

 「肝心の東京キングダム崩壊は?」

 「これを使う。」

 

 ごとり、と会議室のテーブルの上に、レインコートの懐から(どう見ても膨らみとか無かったのに)大玉スイカ並みの大きさの石が置かれた。

 その石はしめ縄でぐるぐると何重にも巻かれており、見る者が見ればそこに込められた莫大な霊力に目を剥いた事だろう。

 

 「あの、隊長?これは一体……。」

 「要石。成金の馬鹿が盗んだものだ。」

 「これ、本物ですか?」

 「さてな?だが、効果は折り紙付きだ。」

 

 要石。

 それは茨城県鹿嶋市の鹿島神宮と千葉県香取市の香取神宮にあり、地震を鎮めているとされる、大部分が地中に埋まった霊石である。

 遥か昔の神代、未だ固定されない浮島であった常陸・下総の地は頻繁に地震に襲われていた。

 その構造上の問題もあるのだろうが、これは地中に大きな鯰が住みつき、暴れているせいだと言われていた。

 芦原中国を統一した武御雷と経津主らはこの地にやってくると、地中に深く石棒をさし込み、地下の鯰を抑え込み地震を鎮めたと伝わっている。

 この石棒の地表に露出している石突の部分が要石なのだ。

 そして、レインコートが持ってきたものはその石突の部分だった。

 

 「これがあれば地震の被害に遭わないと思ったのだろうが、その金持ちはこの石が抑え込み、吸収していた地震の力が漏れ出たせいで屋敷とその周辺ごと木端微塵になって死んでいたよ。」

 「うわぁ……。」

 

 どう考えても戦略兵器である。

 地震に過剰に備えている日本なら兎も角、他の国で内部に蓄えた地震を解放すれば、どれだけの被害が出るか分かったものではない。

 

 「日本ならまぁ地震が起きても滅びる事はない。そして、首都直下型地震は以前から予知されていた。来月起きた所で問題も無いだろう。」

 「依頼主がなんて言うでしょうね…。」

 「何、地震の予知は不可能なんだ。気にする事はない。」

 

 とは言え、使用するには細心の注意が必要になるだろう。

 

 「私自身の負担がデカいが、まぁ仕方あるまい。東京キングダムの地下か、或いは海底か。崩壊に最適な地震発生箇所の算出を頼む。」

 「は、了解しました!」

 「それと、アナログかつ頑丈な核弾頭起爆装置も作ってくれ。電源が落ちたから爆破しませんでしたじゃ話にならん。」

 「は、やってみせましょう!」

 

 支援部隊の代表格から何とも威勢の良い返事が出る。

 彼らの多くは職人肌で他の組織では肌が合わず、窓際に追い遣られたり、追放されてしまった者も多い。

 そのため、忠誠心と仕事の完成度という点においては実働部隊にも全く引けを取らない。

 

 「過酷な作業になるが、何とか間に合わせてくれ。私も暫し魔界に潜入し、最適な設置個所を調べる。留守は任せるぞ。」

 

 居並ぶ部下達の強い意志が籠った目を眺め、レインコートは満足そうに頷く。

 厳選した甲斐があり、皆優秀で忠誠心に溢れる良い連中ばかりだった。

 この世界で数少ない信用できる存在に、倉土灯は安堵した。

 

 「では各自最善を尽くせ。この一月が後の世界の行く末を決める。」

 

 偉大なリーダーに向け、全員が一斉にそれぞれの形の敬礼で敬意を示す。

 彼らの胸の中には偉大な恩人にして指揮官への忠誠と感謝、そしてこの国を守るという使命感が渦巻いていた。

 

 

 

 「さぁ頑張ろう。さぁ戦おう。ちっぽけで脆弱な、しかし価値のある時間稼ぎを。」

 

 

 

 

 

 

 




後二話くらいかな?


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