清楚系ド淫乱アイドル『逢坂冬香』 ( junk)
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第1章 アイドルデビュー編
プロローグ


 ――トップアイドル。

 それは全ての女の子の憧れ。

 しかし、その頂に立てるのは、ほんの一握り……。

 

 ここに一人、頂点に立ったアイドルがいる。

 名前を逢坂冬香(おうさかとうか)

 現代最高のアイドルと称される少女である。

 

 冬香は素晴らしい容姿を持っていた。

 腰まで届く黒い髪は、常に濡れているかの様に艶やかであり、枝毛の一つもない。

 シミひとつない綺麗な白い肌は、赤子の様に柔らかかった。

 大きな瞳は美しく、それ自体がまるで宝石の様に輝き、右目にある泣き黒子が得も言えぬに色気を出している。

 顔も良いが、プロポーションもまた最高峰。

 爆乳というわけではないが、十七歳にしては大きめな胸……。

 平均よりやや高めの身長。足は当然長く、指先は陶器の様に完成されていた。

 

 まさに男の欲望を具現化した様な女の子である。

 

 容姿もさることながら、彼女は才能にも恵まれていた。

 アイドルにとって最も大事な要素の一つである歌声も素晴らしく……元々のハスキーな音質、それでいて通りが良く、音程もかなり広い範囲が出せる。喉も強く、いくらボイストレーニングをしても喉が掠れた事はなかった。

 また運動神経も良く、ダンスパフォーマンスにも優れていた。

 頭脳の方もかなりのもので、台本は二、三度読めば大体暗記出来た。当然学校の成績も良く、清楚系である彼女のイメージを損ねない程度には、何もせずとも成績をキープ出来た。

 

 まさに、アイドルに成るべくしてなった人間と言えるだろう。

 

 今日はそんな彼女の、単独ライブの日。

 ドームを埋め尽くす観客達は、一瞬でも彼女の目に留まろうと、力を振り絞ってサイリウムを振っている。

 その中でも、まばゆいスポットライトを浴びる彼女は、誰より輝いていて――

 

(私、今沢山の人に視姦されてる!)

 

 ――誰より濡れていた。

 

 逢坂冬香。

 清楚系として知られる彼女は……その実、誰よりも淫乱でドMだった。

 冬香はどうしようもなく淫乱である。

 男子校で育った男子高校生の数倍――下手をすれば数十倍の性欲があった。

 しかも超のつくドMであり、背中を叩かれただけでイクなど、訓練された風俗嬢顔負けのマゾっぷりである。

 

 将来の夢は雌豚性奴隷。

 趣味はオナ◯ー。

 プライベートの服装は全裸にコート。

 日課は寝る前にあらゆるシチュエーションで犯される妄想をすること。

 尊敬する人は輿水幸子。

 一応まだ処女。

 アイドルをしている理由――頂点に立った最高に美しい自分が、中年の脂ぎったデブ巨漢に犯される愉悦を味わうため。

 

 これは、最高峰の才能を持った清楚系ド淫乱な少女が、トップアイドルになるまでのインモラルな物語である。



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第1話 スカウト

 ある冬の朝。

 私はベッドの上で目を覚ました。

 冬の朝はとても寒くて、まるで針で体を刺されたようで、少し濡れてしまいます。

 

 私は寝るとき、いつも全裸です。これは夜中、もし私の寝込みを襲いに来て下さった方がいらっしゃった時の配慮――エチケットなのです。乙女なら当然の嗜みです。女子高生はみんなやってます。

 さて、これから学校に行くので、制服を着なければなりません。ですがその前に、やるべきことがございます。毎朝の日課、ルーティーンというモノです。

 

「今日も私をお導き下さい」

 

 御神体(オナホール)に向けて全裸土下座。

 これも乙女の嗜みです。

 今時の女子高生の朝といえばメイク、髪のセット、そしてオナホールに全裸土下座、必ずこれらをやります。

 

 オナホール。

 男性を気持ちよくするためだけにこの世界に産み落とされた物。使い終われば、ゴミのように捨てられる。加えて日々より男性を悦ばせる為に、進化していらっしゃいます。

 それはまさしく、私にとって理想です。

 いえ、世の中の全女性の憧れでございます。

 なので私は毎朝、オナホールに土下座しているのです。この時、土下座のフォームのチェックもしております。

 

 たっぷり十分ほど祈りを捧げた後、ようやっと着替え出す――わけではありません。

 一旦五回ほど、自分で達しておきます。

 これをしておかないと、落ち着かないのです。こないだうっかり忘れた日など、授業中に……うふふ。あの時はヒヤヒヤしたものです。ですがその背徳感が私を更に昂らせ――

 

「ふぅ……」

 

 虚しい。

 事が終わった後は、いつだって虚しいものです。

 ですが泣き言ばかり言ってられません。

 かの松下幸之助様はおっしゃいました。

 

“山は西からでも東からでも登れる。自分が方向を変えれば、新しい道はいくらでも開ける。”

 

 つまり松下様はこう伝えたかったのです。

 前の穴に飽きたら後ろの穴がある、と。

 流石松下様です。私は感謝の念を感じずにはいられません。

 私は下半身へと手を伸ばしました。

 

 

 起床してから一時間半後、ようやく学校に行く支度をし始めます。

 制服はしっかり校則通りに、メイクは薄く。

 この姿の自分が一番男性映えすることを、劣情を抱かせることを、私は理解しているのです。

 

 私の家――逢坂家はかなりの良家です。

 なのでその気になれば専属の運転手に送り迎えしてもらえるのですが、もちろん私は歩いて学校に向かいます。

 痴漢される機会をわざわざ見逃す私ではございません。

 もっとも、実際に痴漢された事はまだないのですが……原因は私にも分かりません。

 本当に何故なのでしょう?

 いかにも世間慣れしていない、清楚な美少女が電車に乗っているというのに……

 スカートが長すぎるのがダメなのでしょうか。あるいは、制服をキッチリ着過ぎているのかもしません。ですが、スカートの丈を短くしたり、制服を着崩す事はしたくないのです。

 だってビッチな格好をして痴漢される、ではつまらないでしょう。

 いかにも清楚な自分が痴漢されるのが、私にとってはたまらなく刺激的に感じるのです。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 一人のプロデューサーがいた。

 彼は駆け出しで、担当アイドルも一人しかいないし、曲も二曲ほどしか作曲していない。

 それでも美城プロダクションという大きなプロダクションのプロデューサーを任されているあたり、彼は優秀な男なのだろう。

 そんな優秀な彼は……困っていた。

 一時間ほど前、彼はアシスタントである千川ちひろから「アイドルをスカウトしてきて下さい」と言われ、会社から追い出されたのだ。

 

 結果から言えば、彼にはスカウトの才能がなかった。

 痩せ型で平均的な身長の彼は、そう怖がられるような見た目でもない。なので初見の印象で敬遠される、ということはないのだが、生真面目な彼は女の子を口説き落とすのが絶望的なまでに下手だった。

 

(なんか違うんだよなぁ……)

 

 そして何より、彼のやる気だ。

 今は16時――下校時間だ。女の子自体はそれなりにいる。

 食生活が良くなったせいか、はたまたメイクが進化しているおかげか、見た目が綺麗な女の子も少なくはない。

 しかし、どうにも「ティン」と来るものがないのだ。

 当たり前のことだが、トップアイドルの原石など、そう何処にでもいるものではない。

 ましてや未熟とはいえ、養成所で数多くのアイドルを見て来たプロデューサーのお眼鏡に叶う女の子など、そうはいないだろう。

 場所を変えようか。

 そう思い、歩き出そうとした瞬間――

 

 ――彼は圧倒的な『美』を見た。

 

 彼女は、ただ歩いていた。

 たったそれだけの事で、そこがただの雑多な通りではなく、豪奢なブロードウェイへと変わる。

 周りの者をねじ伏せる美ではない。

 周りを輝かせ、その輝きでもって己を照らす。周りをも取り込む圧倒的な美。

 彼女に惹かれ声をかけようとする者もいたが、勇気が出ないのか、はたまた彼女の持つ“何か”に当てられたのか、結局誰も話しかけることはなかった。

 

(彼女だ……)

 

 正しく「ティン」と来た。

 彼女こそトップアイドルの原石。

 アイドルのために生まれてきたような存在。

 それが一目で分かった。

 

 スカウト、しよう。

 いや、しなければならない!

 

 プロデューサーはそう決心したものの、直ぐに踏み出せなかった。

 彼女に話しかけることは、まるで奴隷が貴族に話しかけるかのような、禁忌を犯しているような感覚がしたのだ。

 それでも彼はプロデューサーで、これは仕事だ。

 一歩、また一歩と、彼女に向かって歩く。

 彼女に近づけば近づくほど圧力がますようで、足がどんどん重くなっていった。比例するように、心臓も激しくなっている。

 

「あの!」

 

 それでもなんとか、プロデューサーは彼女に話しかけた。

 

「はい、なんでしょう」

「わ、わたくしですね、その――」

「歳上の方に失礼だとは思いますが、先ずは深呼吸をして、落ち着いてはいかがでしょうか。声が上ずっていますよ」

 

 子供を諭すように、彼女は言った。

 女子高生に落ち着くよう諭されるなんて、社会人失格だ。プロデューサーはちょっと落ち込みながら、言われた通り深呼吸した。すると驚くほどに体から、緊張が抜けていくのを感じた。

 落ち着くと、彼女の整った顔がよく見える。

 プロデューサーはまた心臓が跳ねるのを感じた。

 

「見たところ社会人かとお見受けしますが、何の用で?」

「346プロダクションでプロデューサーをさせていただいている『相嘉(あいか) 奏佳(そうか)』と申します」

 

 慣れた手つきで名刺を渡す。

 346プロダクションは知名度のある会社だ。

 これで怪しいキャッチやナンパだとは思われないはず。

 

「僕はこういったことが苦手なので単刀直入に言いますが、アイドルに興味はありませんか?」

「アイドル、ですか?」

「はい、アイドルです!」

 

 彼女はちょっと悩んだ後、小さく言った。

 

「アイドル……マクラ営業……中年太りの大御所……AV堕ち……輿水幸子様………」

「はい?」

「いえ、なんでも」

 

 何を言ったのか、プロデューサーには聞き取れなかった。

 きっとアイドルになった時の不安とか、デビューした後成功出来るかとか、そういったことが思わず口をついて出たのだろう。

 可愛らしいところもあるものだ。

 プロデューサーはほっこり笑った。

 

「お受けしますわ、アイドル」

「本当ですか!?」

「ええ」

 

 どんな心境の変化か、即座に同意してくれた。

 このままトントン拍子にデビューしてライブを……となればいいのだが、ことはそう単純ではない。

 彼女のご両親にいくつかの書類にサインしてもらわなければならないし、他のプロデューサーや千川ちひろも同席での面接も受けてもらう必要がある。

 学校が疎かにならないようレッスンの日取りを組み、ある程度形になってきたら記者会見を通じてデビュー。

 とにかく、やることは山積みだ。

 しかし目の前で笑う彼女の笑顔を見て、プロデューサーは確信した。

 彼女ならなんの問題もなく、それらを全てこなせる、と。

 

「聞き忘れてました。お名前を教えてもらっても?」

「逢坂冬香と申します。逢引の逢に坂の下の坂で逢坂。冬の香りで冬香です。これからよろしくお願いしますね、相嘉さん」

 

 ――相嘉プロデューサーの予感は正しい。

 今彼の目の前で礼儀正しく自己紹介しているこの少女は、正に神に愛されたとしか思えない才能を有している。

 その気になれば、どの世界でだって頂点に立てるだろう。

 しかし相嘉プロデューサーはたった一つ、読み間違えをした。

 彼女に頂点に立つ気などさらさらない。

 いや、一度くらいは頂点に立ってもいいと考えている。

 だがゴールはそこではないのだ。

 頂点から下へ。

 最も汚濁の塗れた下へ。

 それこそが彼女の望み。

 

 逢坂冬香はドMである。

 世界最高の才能を持ったドMなのだ。



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第2話 レッスン

 今日は冬香の初めてのレッスンだった。

 小さなダンススタジオの中で、ルーキートレーナーの指示を受けながら、冬香が踊っている。

 それを見た相嘉プロデューサーの感想は「レベルが違う」だった。

 今まで見てきた養成所にいるアイドルの卵はおろか、現役のアイドルとも、ともすれば本職のダンサーでさえ……

 

 冬香には敵わないかもしれない。

 

 ――才能。

 凡百の人間の努力を嘲笑うかのような、圧倒的な才能。

 基礎的なダンスや体の軸がブレないのはもちろん、指先の動きや表情、果ては『魅せ方』まで全てを完璧にこなしている。ダンスを始めてたった一日目の人間だとはとても思えない。

 いやそれどころか、凡人では一生かけても届かない領域にすら入っているような……

 

 プロデューサーは今まで、才能溢れる人間を何人も見てきた。

 いや、見てきたつもり(・・・)だった。

 しかし――しかしなんだこれは。

 プロデューサーが今まで培ってきた価値観の全てを壊すような、彼女の動きは。

 ただ踊っているだけなのに、自分という存在すら忘れてしまいそうなほど、彼女に惹き込まれる。

 人とはこれほどまでに美しく踊れるものなのだろうか。

 

「凄い……」

 

 ルーキートレーナーが感嘆の声を出した。

 最初に簡単なステップを教えた後、一回通しで踊って見ようと提案した。もちろん踊れるとは思っておらず、運動神経と体力を測定しよう、という程度のつもりだった。

 しかし今はもう、リズムを取るための「わん、つー」という声や手拍子もすっかり忘れてしまっている。

 冬香の踊りに魅了されている、一人の観客だ。

 

 冬香がステップを踊りきり、最後のポーズを取った。

 少し遅れて我に返った相嘉プロデューサーとルキトレが拍手する。

 

「凄い、凄いですよ冬香さん!」

「ありがとうございます、ルキトレさん」

「前にダンス習ってらしたんですか?」

「いいえ。お琴と茶道は習っていましたが、それだけです。二つとも座ってするものなので、踊りは関係ないかと」

「なるほど……運動系の習い事は」

「学校の体育くらいです」

 

 信じられない、とルキトレは思った。

 ダンスのキレも運動神経も未経験者のそれではない。というより、熟練者のそれだ。

 まったく息が切れておらず、流暢に話せているのも信じられない。

 それがダンスどころか、運動もほとんどしていない?

 つまり生まれ持ってのセンスだけでこれということ?

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃんを呼んできます」

 

 私では手に負えないかもしれない。

 現にもう、ルキトレが教えられる初歩的なところは、とっくに通り過ぎてしまっている。

 彼女の一番上の姉は高垣楓や星井美希といった、トップアイドルのダンスも指導している超一流のトレーナーだ。お姉ちゃんならあるいは……ううん絶対冬香さんの才能の大きさがわかるはず!

 そう思い彼女は、たまたま控え室で休んでいた姉のマスタートレーナーを呼びに行った。

 

「よし、やってみろ」

 

 やってきたマストレが言ったのは、それだけだった。

 本来彼女がルーキーアイドルのレッスンを見る、ということはあり得ない。

 しかし今回妹の頼みだから、ということで特別に来たのだ。あまり時間をかけたくないのだろう。

 

「ほう……」

 

 冬香が踊り出すと、みるみるうちにマストレの表情が変わった。

 初心者の踊りを採点する目から、トップアイドルのレッスンをつける際のそれへと……

 冬香が踊っているのは複雑なステップのない簡単な踊りだったが、その完成度の高さたるや、類を見ないものがあった。ダンスはいかに派手な動きをするかではない、いかに人を魅了するかである。そんな当たり前だが難しいことを、彼女の踊りは如実に表していた。

 

「よくここまで仕上げたな」

 

 マストレがルキトレの頭を撫でながら褒めた。

 恐らくマストレは、ルキトレが冬香のダンスを教育し、ここまで昇華させたと勘違いしたのだろう。

 それも無理はない、とルキトレは思った。

 

 ダンス系のアイドルとして頂点に位置する菊地真や我那覇響も、最初から筋が良かった。しかしそれはあくまで初心者の中で上手いというだけで、ダンスとして完成されているかと問われればそうではない。

 一方冬香の場合はどうだろうか。

 基礎は既に完成され、『冬香の個性』をダンスに盛り込み始めている。

 マストレの様な熟練のトレーナーでさえ、上級者と間違えてしまう。冬香はそのレベルに来ているのだ。

 人と比べてみると、改めて冬香の異常さがよくわかる。

 

 更にマストレの勘違いに拍車をかけたのが、冬香の容姿だ。

 絵に描いたような深窓の令嬢の冬香は、正直言って運動ができるように見えない。手足もスラリと長い部分は確かにダンス向きに見えるが、いかんせん細過ぎて頼りないイメージを受ける。

 しかし冬香はしっかりと、むしろ力強く踊っている。

 体力増強トレーニングやレッスンの賜物だと、マストレは思ったのだろう。むしろ普通、そうとしか思えない。

 実際は冬香の資質によって、全てを強引に解決してるのだが。

 

「デビューはいつだ? この出来なら、明日にだってデビューできるだろう」

「え、えっと……まだ決まってないみたい」

「なに? 何をやってるんだ、相嘉のやつは。これほど踊れるのに、レッスン漬けでは勿体無いだろ」

「それなんだけどね。冬香さん、今日が初レッスンなの……」

「――は?」

「ついでに言うと、今のダンスは人生で二回目。運動も普段からやってるわけじゃないって」

 

 マストレは混乱した。

 妹は決して嘘を言うような性格ではない。アイドルのことに関してはなおさらだ。

 しかし妹の言うことを信じるとすると、目の前の少女は一時間かそこらのレッスンで一流の領域に達したことになる。

 ダンスはそう甘いものではない。

 全身を激しく動かすダンスは思っている以上に消耗する。普段使ってない筋肉も使うため、素人が踊れば直ぐに筋肉痛になることだってある。

 それなのに、この少女は……

 とても信じられない。

 

「冬香、と言ったな」

「はい」

「今から教えるステップを刻んでみろ」

 

 初級アイドル専門のルキトレでは、まず教えないような複雑なステップ。

 横でルキトレと相嘉プロデューサーが驚いた顔をしていたが、関係ない。

 たまにだが、ダンススタジオに通っていながら、注目を集めるために素人のフリをする候補生がいる。

 マストレは冬香もその仲間ではないか、と考えたのだ。

 

(本当にそれほどの素質があるなら見せてみろ)

 

 マストレがステップを刻み終えた瞬間、冬香が同じステップを刻んだ。

 寸分の狂いなく。

 マストレと同じステップを。

 

「――ッ! よし、次だ」

 

 次のステップは、マストレが独自に考案したものだ。

 例えダンススタジオに通っていようと、やったことがないはず。

 それもただのステップではない。ダンス中も笑顔を保ち続けなくてはならないアイドルには難しいかと思い、作っては見たものの世に出さなかったステップなのだ。

 それをやれ、と冬華に指示した。

 ――また、さっきと同じことが起こった。

 マストレが刻んだステップを、冬香が全く同じように刻んだ。それも笑顔で。

 

 足がもつれやすいステップ、柔軟な動きをしなければならないステップ、二つ三つ繋げて――その後もマストレは様々なステップを冬香に踊らせた。

 完璧だった。

 完璧としか言いようがない。

 それほど上手に、冬香は踊りきった。

 

「なるほど……そうか、そういうことか」

「お姉ちゃん?」

「この娘――逢坂と言ったか――は本物だ。信じられないほどの才能を持っている。そして逢坂、お前の秘密が分かった」

「秘密……?」

「ああ。逢坂、お前には“癖”……いや“反射神経”がない、違うか?」

「ええ、おっしゃる通りです」

 

 冬香がにっこり答えた。

 疲れた様子はない。

 体力面でも化け物じみてるな、とマストレは笑った。

 

「反射神経がない? それってどういう意味ですか?」

「うむ。相嘉、お前ゴルフの経験はあるか?」

「ええ、まあ。接待でたまにやるくらいには」

「練習中、これ以上ないってくらいのショットが打てた時があるだろう」

 

 相嘉プロデューサーはちょっと考えた後、コクンと頷いた。

 

「しかし、ベストショットはいつも打てるわけではない。一回打てたということは、身体能力的には問題ないはずなのに、だ。

 それは何故か?

 人間には“癖”があるからだ。それが足を引っ張る。長年培ってきた動かしやすい体の形。例えそれが理想と異なっていたとしても、体が“癖”に引っ張られてしまう。無意識にな」

 

 相嘉プロデューサーは、ちょうどプロのコーチに練習をつけてもらった時のことを思い出していた。

 コーチに「こういう風に動け」と手取り足取り教わり、実際最初はその時に出来たが、次第に元の自分のフォームに戻ってしまった。

 

「そして“癖”を作るのが“反射神経”だ。頭ではなく本能によって起こる動き、それは細胞単位で体に染み込まれる。それを克服するために、アスリート達はひたすら反復し、理想の動きを反射的にできるよう体に覚えさせるのだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 逢坂さんにはそれがないってことは――!」

「そうだ。教えられた通りの完璧な動きを最初からできる」

「凄い! 凄いですよ冬香さん!」

「ありがとうございます」

 

 ルキトレがべた褒めし、冬香が微笑んでそれに応えている。

 

(口で言うほど簡単なものではない)

 

 マストレはそう考えていた。

 “癖”がないということは、冬香は体を動かすとき、毎回頭で“どう動くか”を考えてから動かなければならない。

 つまり冬香は――一度見ただけでマストレのステップを完璧に頭の中に叩き込んだ、ということだ。

 化け物じみた身体能力に、コンピューターの様な頭脳。その二つがあって初めて、冬香のような動きができる。

 

(しかし何故反射神経がない? 人間の根源的な防衛本能だぞ……)

 

 マストレは知る由もないが、その答えは単純明快である。

 ――冬香が度を越したドMだからだ。

 熱々のヤカンを触ってしまった時、うっかり汚いものに触れてしまった時、殴られた時、人は反射的に逃げたり体を硬直させる。

 しかしドMの冬香の場合、むしろ喜んで受け入れる。というか喜んで触りに行っちゃう。

 その時一々反射が働いていては、自慰行為に支障をきたす。

 冬香の持つ天性の才能は、彼女の性癖によって身体を進化させた。

 人間が持つ逃走の本能を捻じ曲げ、反射神経を消したのだ。

 

 マストレはきっと何か家庭の事情でもあるんだろう、と勝手に納得した。

 

「逢坂、まだ体力はあるか」

「はい。今暴漢の方に襲われても、キチンと対応できるくらいには」

「よし」

 

 暴漢が来ても、戦って倒せる……いや、逃げることが出来るということだろうか。

 少し変な例えだと思ったが、マストレは気にしないことにした。

 

 その後マストレは、付きっ切りで冬香にダンスを教えた。

 先程までの細かいステップではない、通しでのダンス。それをいくつも冬香に踊らせた。

 無尽蔵の体力を持つかのように思われた冬香も、流石に呼吸が荒くなり、大粒の汗をいくつもかいている。足や腰も、きっと痛むことだろう。

 しかし冬香の表情ときたらどうだ。

 疲れれば疲れるほど、良い笑顔になっている。動きもどこか艶かしく、それでいて美しい。

 

(そうか、ダンスは楽しいか……!)

 

 きっとダンスが楽しくて仕方がないのだろう。それこそ、疲れや痛みを忘れるほど。

 マストレはそう考えた。

 

 もちろん真相は違う。

 疲労や痛みを感じて嬉しいだけだ。

 ただの疲労だけならまだしても、今回はマストレの厳しい指示つき。冬香が悦ばないわけがない。

 

「相嘉」

「……」

「相嘉!」

「はっ、はい!」

「担当アイドルに魅了されて集中力を欠くな。プロデューサー失格だぞ。ま、気持ちはわからんでもないがな」

 

 何人ものトップアイドルのレッスンを担当してきたマストレから見ても、冬香のそれは一歩抜き出ている。

 相嘉プロデューサーが見惚れるのも無理はない。

 だがそれを律してこそのプロデューサーだ。

 

「相嘉、あの娘を私に一月預けろ」

「……何故です?」

「ダンスの才能は超一流。表現力も申し分ない。容姿は私でも嫉妬を覚えるくらいだ。歌唱力の方も、この分だと問題ないだろう。

 きっと今デビューしたとしてもあいつは瞬く間に人気になる。いや、トップアイドルにだってなれるやもしれん。だが、それでは勿体無い。トップアイドル程度では勿体無いのだ」

 

 いつも「基礎が大事だ」とマストレは言っている。

 その彼女がレッスンをすっ飛ばして今デビューしても問題ない、と冬香を評価しているのだ。きっと本当にそうなるのだろう。

 

「人気になってからでは、レッスンの時間が取れなくなる。あいつならそれでも問題ないのだろうが……それではトップアイドル止まりだ。

 ここで一月――たった一月だけ待て。そうすれば、私が歴史に残るアイドルにしてやる」

 

 相嘉プロデューサーの両肩をつかみ、マストレが力強く言った。

 ドクン、と心臓が高鳴る。

 冬香を見つけたときは漠然と「良いアイドルになりそうだ」程度にしか思っていなかった。

 しかし、彼女の才能は予想の遥か上を行き――トップアイドルという枠組みすら越えようとしている。

 

「相嘉、お前は逢坂に相応しい曲を作ってやれ。振り付けは私が考えてやる」

 

 相嘉プロデューサーは、元は作詞・作曲を担当していた人間だ。

 プロデューサーとしての能力はまだ低いが、作詞・作曲の分野でなら、他のどのプロデューサーにも負けない自信がある。

 一月。

 たったそれだけの期間で、マストレは冬香を完成させると言った。

 それなら――担当プロデューサーである相嘉は、もっと頑張らねばならない。

 

「一週間後までに、冬香用の曲を仕上げてきます。

 一月後、冬香さんに完璧なデビューを飾らせてあげましょう」

 

 相嘉プロデューサーはマストレの手を取った。

 そして一月後――世界は逢坂冬香を知る。






せっかくなので取材のために私も日に二時間、一週間毎日ダンスの練習をしてみたのですが、思いの外キツかったです。


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第3話 デビュー

 『幸運エンジェル』というアイドルユニットを知っているだろうか。

 ファンのみんなに幸せを。

 そんなことを大真面目に考えていた、馬鹿なユニットである。

 馬鹿も貫き通せば信念。

 彼女たちは地方巡業や握手会――地道な仕事を繰り返し、本当にファンのために努力していた。

 そんな真摯な姿がファンの心を掴んだのか、トップアイドルとは程遠かったが、徐々にファンも増えていった。

 

 しかし幸運エンジェルはもうこの世に存在しない。

 

 彼女たちはどうしようもない現実、芸能界の闇に触れ、潰れたのだ。

 芸能界にはよくあること。

 過去何万というアイドルの卵達が、そうしてこの業界を去っていった。

 芸能界の長い歴史に、また一つ悲劇が刻まれるだけ。きっと直ぐに忘れ去られるだろう。誰もがそう思った。

 だが幸運エンジェルはそうはならなかった。

 幸か不幸か、メンバー全員がトップアイドルに近い才能を持ち。そしてリーダーの東豪寺麗華は――幸運エンジェル時代には不正を嫌い隠していたが――東豪寺プロダクションの令嬢だったのだ。

 復活は簡単だった。

 そして彼女達は誓った。

 この馬鹿げた――ファンのために尽くしてきた者が損する、愚かな芸能界を潰すと。

 そのためには、何を利用するのにも躊躇わない。

 あれほど遠ざけていた東豪寺プロダクションの力を、麗華は嬉々として振りかざした。

 元々の高い実力と、歪な権力の力。

 元幸運エンジェルのメンバー達は、瞬く間に人気になっていった。

 

 今の彼女達の名前は『魔王エンジェル』。

 そして逢坂冬香の初めてのフェス相手でもある。

 

 

   ◇

 

 

「くふふ……」

 

 つい笑みが溢れてしまいました。

 私ったらはしたない……

 

 座右の銘は『七転八倒を超えてその先へ』。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 私は今、一人で部屋におります。

 昨日相嘉プロデューサーから言い渡された私のデビュー戦の相手、魔王エンジェルさん達について調べておりました。

 彼女達は良い。ああ、実に良いですわあ。

 具体的に申しますと、上の口と下の口から涎が出るくらい良いです。もうぐちょぐちょです。

 

 ……失礼、少々お花を摘みに。

 

 ふう、ただいま戻りました。

 “色々”とさっぱりしました……ふふ。

 それで、なんの話でしたっけ……そうそう、聞けばリーダーの東豪寺さんはプロダクションの社長令嬢のようで、審査員の買収、曲やキャラクター・イメージの乗っ取り、悪評の流布、あらゆる卑怯な手段を使って芸能界を生き抜いてきたそうではありませんか。

 今回彼女達のようなAランクアイドルが、駆け出しアイドルの私とフェスを組んで下さったのも、新人アイドル潰しの一環ということでございましょう。

 

 魔王エンジェルのファンで固められた、アウェイ一色のステージ。

 一月かけて仕上げてきた私が必死に歌って踊っても、誰も見向きもせず、それどころか「うるせえ! 魔王エンジェルちゃん達の声が聞こえねえだろうが!」と野次を投げかけてくる始末。きっとサクラも忍び込ませていらっしゃるでしょうから、運が良ければ物を投げて下さるかもしれません!

 

 たまらない――ああ、たまりませんっ!

 

 私は相嘉プロデューサーさんを誤解しておりました。

 清潔感にあふれ、仕事は丁寧、いつも紳士的でレッスンの後の差し入れは欠かさず、何をしてても私のことを心配してくれる。非常に優秀ながら、人が良すぎて悪意を見抜けない。あとなんとなく遅漏っぽい――そんなつまらない殿方だと、私は誤解しておりました。

 あれはすべて、私を上げて落とすための演技。でなければ普通の方が、悪名高い魔王エンジェルといきなりフェスを組ませるはずありませんもの。まさか魔王エンジェルからのフェスの打診を、素直に彼女達が私とフェスをしたいと思っている、なんて額面通りに受け取るはずありませんから。

 申し訳ありません、相嘉プロデューサーさん。貴方が素敵な感性の持ち主だと、私は気がついていませんでした……

 私の全裸土下座でここはひとつ、許して下さいね。まあ許していただかなくても構わない、というかそちらの方が嬉しいのですが……

 

 さて、本来なら明日のフェスに備えて寝なくてはならないのですが、私は三十分ほど寝れば疲労や体力をすべて回復できるので、夜更かしをしたいと思います。

 やるべきこと――それは明日のフェスに備え、魔王エンジェルのネット掲示板に張り付き、ひたすら私を罵ることです。SNSで叩くことも忘れません。

 これに感化されて、一部の人間が暴動でも起こしてくれたら嬉しいのですが……

 それはいくらなんでも望みすぎというものでございましょう。

 私に出来ることはただ一つ。

 いかに私がアウェイの空気を作れるか、それだけです。

 

 ところでこれって、自演に含まれるのでしょうか……?

 

 

   ◇

 

 

 相嘉プロデューサーは困惑していた。

 

 今日は記念すべき、冬香のデビューの日だ。

 魔王エンジェルさん達からフェスの打診があったときは、とても嬉しい気持ちになった。Aランクアイドルが、切磋琢磨するために、デビューしたてのアイドルとフェスを組んでくれる。

 やっぱりアイドルは最高だ! と相嘉プロデューサーは喜んだ。

 しかしこの空気はなんだろう。

 スタッフもファンも、まるで冬香を邪魔者のように扱っている。

 

 セットもそうだ。

 魔王エンジェルの方は派手なレーザーや多量のスモーク、それから電灯の色もとりどりなのに対し、冬香の方はマイクとライトだけ……本当に最低限の設備しかない。

 Aランクアイドルと今日デビューのアイドル。格差があるのは仕方ないと思うが、これは流石に……

 

「レディースアンドジェントルメンッ!」

 

 そんな相嘉の疑問をよそに、とうとうフェスが始まった。

 ハコユレ――お客さん達の盛り上がりは、かなりあるように感じる。

 ただ、その盛り上がりが冬香の方に向いてるかと言われると、否だ。

 

「先ずはご存知、闇から舞い上がった堕天使『魔王エンジェル』!」

 

 熱狂的な歓声が湧き上がった。

 相嘉プロデューサーはステージ裏にいたが、声が聞こえるどころか、振動で床が震えているくらいだ。

 デビューしたてのアイドルが、これだけの歓声をもらえるのは難しい。

 この歓声が冬香の時にも起きるんだ……相嘉プロデューサーはフェスを受けて良かったと思った。

 

「お次は新人アイドル『逢坂冬香』ちゃんだ!」

 

 ピタリと、声が止まった。

 まるで誰もいなくなったような――いや、誰かを非難するような沈黙だ。

 これほど多くの人間がいるのに、誰も言葉を発さない。それがこんなに嫌な威圧感になるなんて。

 どうしてこんな……

 いやそもそも、こんな状況で前に立たされた冬香は?

 ステージ裏にいる相嘉でさえ、冷や汗が止まらないんだ。きっと彼女は――

 

(冬香!)

 

 相嘉は慌てて、ステージを見た。

 そこには――

 

 ――とびっきりの笑顔を振りまく冬香がいた。

 

 出会ったときから、魅力的な笑顔をする女の子だった。マストレとのビジュアルレッスンで、それはより一層磨かれたと思う。それでも、それでもここまでの笑顔を、相嘉は見たことがなかった。

 相嘉の不安を消し飛ばすような、本当に楽しそうな笑み。

 

(そうか……こんな空気の中でも、お客さんと触れ合えて楽しいのか)

 

 健気な冬香を見て、不意に相嘉は泣きそうになった。

 こんな苦境に立たされて、辛くないわけがないのに。それでもファンに見てもらえることが嬉しいと、冬香は……

 

 やがて挨拶も終わり、曲が流れ出した。

 お客さん達は魔王エンジェルの方にだけ集まり、冬香のステージの前には誰もいない。

 冬香の曲は『Snow World』。

 相嘉が作った渾身の曲だ。

 冬香の儚さと力強さを、相嘉なりに最大限まで表現したと思う。その分難しい曲になってしまったが、冬香は見事に――いや、期待以上に歌いこなした。

 素晴らしい曲だ。

 絶対の自信を持ってそう言える。

 しかし、どんなに素晴らしい曲だとしても、誰も聞いていないなら何の意味もない。

 

 ――冬香の前には、誰もいない。

 

 それは冬香が歌い出しても変わらなかった。

 たった一人ステージの上で『Snow World』を歌っている。

 こんな悲しいステージがあるだろうか。

 これまでの一ヶ月は何だったんだろう。こんな、こんなもののために、冬香はひたすらレッスンを受けて。

 もう冬香は立ち直れないかもしれない。

 そう思わせるには充分なほど、冬香の初デビューは酷かった。

 

「……え?」

 

 冬香は歌い続けていた。

 それも一層輝きを増して。

 楽しくて楽しくしょうがない。心の底からそう思っているのが伝わってくる。

 一体どうして……?

 辛くはないのか……?

 

「信頼ですよ」

 

 声をかけてきたのは、アシスタントの千川ちひろだった。

 

「この一ヶ月、冬香ちゃんは文句の一つも言わずに、マストレさんのあの厳しいレッスンを受けてきました」

 

 そうだ。

 冬香がどれだけ頑張ったのか一番知っているのは、他でもない相嘉だ。

 見てるこっちが辛くなるようなマストレのレッスンを、冬香は弱音の一つも吐かずに、一生懸命やっていた。

 目頭が熱くなるのを、相嘉は感じた。

 

「その冬香ちゃんのサポートをずっとしてきたのは、プロデューサーさんです。欠かさず行ってきたドリンクの差し入れや、熱心なメンタル面のサポート。思い出してください、プロデューサーさん。冬香ちゃんと過ごしてきた、この一ヶ月を」

 

 辛いことは山ほどあった。

 しかしそれも全部、二人で乗り越えてきた。

 

「きっと冬香ちゃんの頭には、マストレさんが教えてくれた技術への信頼と、プロデューサーさんへの信頼があるんです。だからあんなに、冬香ちゃんは頑張れるんだと、そう思いますよ」

 

 ――辛くないはずがない。

 まだ高校生の女の子が、こんな目に遭わされて。

 辛くないわけがないんだ。

 それでも冬香は、たった一人歌い続けている。お客さんのために、あんなに笑顔で――!

 僕への信頼が、少しでも力になるのなら。

 応援しないわけにはいかない。

 

「頑張れーーー!」

 

 こんなに大きい声が出せたんだ、と自分でも驚くほどの声が出た。

 隣で千川さんが笑っているが、関係ない。

 相嘉はもっと声を張り上げた。

 頬を熱いものが流れていくのを感じた。

 

「威勢がいいな、相嘉」

「マストレさん! 来てくださったんですか」

「可愛い教え子の初デビューだからな。それに存外、私も暇なのさ」

 

 そんなわけがない。

 マストレは引っ張りだこの超人気トレーナーだ。そのスケジュールは分単位だろう。

 それでも冬香のために来てくれたのが、たまらなく嬉しかった。

 

「不安になる気持ちは分からんでもない。だがまあ、安心して見てるといい」

「どういうことです?」

「逢坂の才能は、この程度まったく問題にしないということだ」

 

 マストレは不敵に笑った。

 

「――そろそろ始まるぞ、反撃が」






冬香の噂その1
「試しにやってみたらちょっとだけ北斗神拳が使えた」


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第4話 初めての快感

 好きな食べ物は激辛冷製蒙古タンメン、嫌いな食べ物ははんぺん。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 平均的な女子高生程度には被虐主義者の私ですが、この世にたった三つ、興奮できない嫌なことがございます。

 本当にお恥ずかしい限りなのですが……

 一つはただ一人私の本性を知る、無二の親友が寝取られることでございます。

 彼女が他の方と仲良くしてらっしゃると、なんと申しますか、なにもかも破壊したい気持ちになりますわ。

 破壊されるのは好きでも、するのは好みませんのに……不思議なこともあるものです。

 

 もう一つははんぺんを食べることでございます。

 幼い頃より「好き嫌いはするな」と教えられてきたので、殿方の吐瀉物や足の汚れまで舐める覚悟がございますが、どうもはんぺんだけは……

 はんぺんで快楽を得ようと、ダース単位で食べてみたり、お尻を叩いたりしてみたのですが、どうにもなりませんでした。ああ、もちろんお尻を叩いたはんぺんは食しました。ご安心下さい。私、食べ物を無駄にすることはしませんの。イメージが崩れますので。

 

 三つ目、輿水幸子様を馬鹿にされること。

 説明不要。

 

 さて、余談はここまでとしまして――今日は私のデビューの日。

 記念すべき初フェスです。

 お相手して下さっているのは、魔王エンジェルのみなさんですわ。

 ああっ、魔王エンジェルさんには本当に感謝です。

 このような素晴らしい時間を私に与えて下さるなんて、恐悦至極でございます。

 ご覧ください、私の放置されっぷりを!

 たまに見て下さる方がいても「あっ、まだいたの君?」とか「早く帰れようぜーな」というような視線なのです。私たいへん人に好かれやすいので、このような扱いを受けるのは初めての経験ですわ。

 はしたないのですが、腰が砕けてしまいそうで――下着など、もう取り返しがつかないところまで来てしまって、もう、ねえ? うふふふ……この快楽をもっともっと貪りたくて仕方がありません。

 

 ですが……ふぅ。正直申しますと、拍子抜けした部分もございます。

 魔王エンジェルのみなさん、ぬるすぎませんか?

 酷い妨害をなさると聞いていたので、照明が落ちてきて私の手足がぐちゃぐちゃになるだとか、ファンが暴動を起こして乱暴されるとか、曲の代わりに私の家を盗聴した音声やAVが流れるとか、そういった事を想像していたのですが……

 今のところ、私の望むようなことは起きておらず、残念でなりません。

 いえ、これだけ私に無関心な人間を集めて下さった点は素直にお礼申し上げるのですが。何故その無関心を悪意にしておいて下さらなかったのか……

 

 放置プレーも好きですが、もっと乱暴にされたいのです!

 

 それに魔王エンジェルさん自体も、正直手応えがなくて困ります。

 今は私が大分セーブしているので、魔王エンジェルさんが優勢でいらっしゃいますが、ちょっとその気になれば一分程度でファンの方を全て奪えるでしょう。

 理想としては――圧倒的な力でねじ伏せられ、手も足も出ない。あれだけ頑張ってきたレッスンとはなんだったのか……というのを期待していたのですが。

 私の方から手を抜いて蹂躙されるのは、なにか違うと申しますか。

 残念ながら、私を真に満足させる器ではないようで。

 

 そこで私は考えました。

 ここで完膚なきまでに魔王エンジェルさんを叩き潰そう、と。

 私のような新米アイドル、しかも世間知らずの無知なほんわかお嬢様に負けたとなれば、魔王エンジェルさんは怒り狂うはずです。きっと私にかつてない悪意を向けて下さるでしょう。

 

 ああっ、想像しただけでたまりません!

 

 それにここでアイドルとして上に行けば、もっと強いアイドルの方と戦える日もくるでしょう。その時私は、全力を出し切った上で、それを嘲笑うかのように一蹴されるのです。

 夢を叶えるためにひたむきに頑張ってきた無垢な少女が芸能界で潰れ、ズルズルと堕ちてゆく……シチュエーションとしては最高です。

 堕ちた後は、東豪寺麗華さんが素晴らしい就職先を斡旋してくれるでしょう。

 ああ、想像するだけで子宮が疼いて仕方ありません!

 

 というわけで、今回は勝とうと思います。

 どうか存分に、私を恨んで下さいましね。

 

 1/fゆらぎ、という言葉をご存知でしょうか。

 簡単に言えば「人を安心させる周波数」です。

 なんでも安定的なゆらぎと不安定なゆらぎを繰り返す物に、人は惹かれるのだそうですね。

 具体的に申しますと、火のゆらめきや小鳥のさえずり、普段穏やかな夫が夜だけに見せる激しい一面、などが挙げられるでしょうか。

 著名な歌手や声優の方も、この1/fゆらぎの声を持っていることが多いそうですよ。

 余談ですが、別名「ピンクノイズ」なんて呼び方もあるのだとか。

 安心――私が最も嫌悪する物の一つなので、できれば使いたくはないのですが、私はこの「1/fゆらぎ」の声を任意で出すことができます。

 魔王エンジェルさんの曲は激しいパンクロック調。そこに私の1/fゆらぎの声を差し込むとどうなるか……?

 

 観客のみなさんには、次第に魔王エンジェルさんの曲が耳障りに感じられるようになるはずです。

 安心感と安らぎを求めて、ちょっとでも私の歌に耳を傾け下さったなら、後は簡単です。

 声――音とは、つまり振動。私の声は鼓膜を越え、相手方の「脳」を直接振動させます。つまりあり得ないくらいの幸福感、絶頂を「脳」に直接お届けできるのです。

 それにどれだけ遠くへ行こうと、私の声が聞こえる範囲にいる方なら、まるで耳元で囁いているように感じさせて差し上げられます。これも来るべき時に備え、喉を毎日いじめ抜いた成果でしょうか。

 

 次にダンス。

 男のダンスは自分を鼓舞するため、女のダンスは異性を魅了するため、なんて言われていますね。

 日々のレッスンはもちろん、ストリップやポールダンスを見て勉強しましたので、私は踊りには相当な自信があります。

 必ず殿方を魅了する、確かな自信が……

 

 ほら、こんな風に。

 

 私の声に釣られて、魔王エンジェルさんのファンが次第にこっちへ流れてきています。歌声に虚ろになる方や、踊りを見て放心する方もいらっしゃるようで……

 ああっ、なんということでしょう。

 また一つ、アイドルの魅力に気がついてしまいました。

 私を見るファンの方々――明らかに発情しています。

 つまり私は今、視姦されているのです!

 街を歩いているとき、少し見られる、というレベルではありませんっ!

 なんと甘美な……なんと甘く美しいことでしょう。

 こちらを振り向いていただくために艶やかな声を出し、見ていただくためにエロティックな踊りを披露する。

 これがアイドル――偶像。

 視姦されるために日々努力し、そして数多くの方に視姦していただく。アイドルという物の本質を今、頭ではなく、子宮(本能)で理解しました。

 

 ですが楽しい時間というのは、過ぎるのが早いものですね。

 そろそろ歌の終わりです。

 四分の三程度は魔王エンジェルさんのファンを取り込めたようですので、今日はプチ成功でしょうか。本来なら大性行したかったのですが……

 

(えぇ……)

 

 ところで、なぜ相嘉さんは舞台袖で大泣きしてるのでしょうか……?

 下半身と上半身、濡らすところを間違っておいででは?

 そしてその「僕はちゃんと分かってる」的な視線はお止め下さい。何も分かってない、何も分かってないですから。

 なんというか、もっとこう、ねっとりした視線が欲しいのです。

 

 うーん。

 察するに、プロデューサーの中の私は、初めてのフェス、それも格上相手のフェスで、頑張りつつも心の底からフェスを楽しみ、奇跡的に勝利を掴んだ夢見る少女、といったところでしょうか。

 それならそれに合わせた方が、後々いい気がしますね。

 そうすれば、私を「清楚系アイドル」としてプロデュースして下さることでしょうから。

 

 歌が終わり、フェスが終わりました。

 盛り上がっていたのは、明確に私のブース。

 恐らく買収されていただろう審判も、流石に私の勝ちとしました。僅差ならともかく、ここまで差があるのに私の負けでは、買収されてると言っているようなものですからね。

 

「さあ、格上のアイドルに見事勝った冬香ちゃん! 何か言いたいことはあるかな?」

 

 司会の方が、私に勝利者インタビューを振りました。

 とりあえず……泣いておきましょうか。

 この方が儚い雰囲気が出るでしょう。

 

「グスッ……は、はい。ちょっとま、待ってください。涙を拭きますので……。こんな顔では、応援してくださったファンの方々に、顔向けできませんっ!」

 

 泣き声、というのは意外に不快に聞こえることがあります。

 言ってみれば異様な高音なので、当然かもしれませんが。その辺を加味して、泣き声もしっかり上品な物にしました。

 ハンカチで涙を拭いて、深呼吸を数回。

 目元の血流を早くして、赤く腫らしておくのも忘れません。

 

「先ずは私のような新人アイドルをこのような場に誘って下さった魔王エンジェルの方々に、深い感謝を。ありがとうございます」

 

 しっかり腰をおり、深々と頭を下げました。

 日頃練習しておいたので、フォームには自信があります。

 今、魔王エンジェルさんは腹わたが煮えくりかえる思いでしょう。新人を潰そう、なんて考えているのですから。今の私のように実直な少女は、腹立たしく感じるはずもの。

 その怒りを私にぶつけて下さるよう、切に願いますわ……ふふ。

 

「そして何より――私を応援して下さったファンの方々!

 この舞台に立つとき、私は不安で仕方がありませんでした。今まで注目を浴びることと言ったら、お琴の発表会くらいのもの。ここまで多くの方に注目されるのは初めてで、とても緊張しました。足が震えたくらいです」

 

 嘘は言ってません。

 もっとも緊張ではなく、快楽で震えたわけですが。

 

「ですがみなさん、本当に私を温かく迎えてくださって……いつのまにか緊張はなくなり、いつも以上のパフォーマンスが発揮できました。本当に、感謝の言葉も――っ!」

 

 もう一度涙を。

 私の目指す理想像――無垢で清楚な女の子になれたのではないでしょうか。

 この後熱狂したファンの方が襲ってくれれば、これに勝る喜びはないのですが……それは流石に、望みすぎでしょうか。



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第5話 東豪寺麗華

 なんだ、あの化け物は……!

 

 魔王エンジェルから見て、冬香への率直な感想だった。

 麗華と冬香、名前が似ているから。

 今回の『新人潰し』で冬香を選んだのは、そんな簡単な理由だ。とはいえ“如何に目立つか”が重要なアイドル業界、キャラ被りはもちろん、名前が似てるというだけで思わぬ結果を生みかねない。少なくとも麗華から見れば、潰すには十分な理由だった。

 それに――美城プロダクションには、否、美城プロダクションで働く一人のプロデューサーと、魔王エンジェルには浅からぬ縁がある。麗華は否定するだろうが、彼女の深層心理には、美城プロダクションへの対抗心があったのだろう。

 

 冬香と魔王エンジェルには、大きな差がある。

 ファンの数はもちろん、実力や機材、場馴れなど、魔王エンジェルが負ける要因はどこにもない。

 しかし一夜にして頂点の一角に立った765プロダクションや、わずか一年でSランクアイドルにまで上り詰めた高垣楓のような例がある以上、麗華は決して新人アイドルを舐めてはいない。

 だから周到な準備をして、新人アイドルを潰すのだ。

 

 事前準備は完璧だった。

 調べた限り、冬香のプロデューサーは相嘉奏佳。プロデューサーの経験としては日が浅いが、それでもB級アイドルを一人、A級アイドルを一人育てたやり手だ。そして何より、今いるプロデューサーの中では恐らく、最も作詞・作曲能力に長けている。

 とはいえやはり経験は乏しく、芸能界の裏事情には精通していない。元来お人好しということもあり、妨害工作の方にまでは頭が回らないだろう。

 

 観客も魔王エンジェルのファンで固めた。

 例えば選挙――政治家がやるような大きい選挙ではない、そう、学校の生徒会長選挙があったとして。

 壇上で喋る立候補者の言葉など、ほとんどの人間が聞いていない。

 では何を根拠に投票するかと言えば、先ず九割がた知り合いに投票する。立候補者に知り合いがいなければ、可愛い女の子やカッコいい男の子、つまりルックスだけで判断するのが大多数。公約に耳を傾けて判断する生徒など、それ以下の人数しかいないだろう。

 アイドルのファンは知り合いどころか、言わば『信者』だ。

 フェスで観客を自分達のファンで固めたということは、選挙において知り合いだけで固めた以上の効果がある。

 

 だが稀に――圧倒的なカリスマを持った人間が、たった一度の演説で全ての人間を虜にすることがある。

 

 裏工作をしてきたとはいえ。

 膨大な資金に物を言わせてきたとはいえ。

 そんな物は関係ないと、一瞬で全てを薙ぎ払う何かを持っている人間が、確かに存在するのだ。

 

 魔王エンジェルはA級アイドルだ。

 あまりアイドルに詳しくない、一般の人間には実力しか通用しない。買収することも、脅すことも不可能なのだから。

 そんな一般層を取り込んで初めてA級アイドル。

 魔王エンジェルには実力もあった。

 

 事前準備、裏工作、そして実力。

 全てが圧倒的に上。

 万に一つも負けはない。

 そんな勝負をあの化け物は……薙ぎ払ったのだ。

 実力があるからこそ分かってしまった。

 あれは化け物だ。

 麗華が用意した策は所詮、人間相手を想定した物。実力があるといっても、それは人間の物差しの中での話。人間が知恵を振り絞って武器やら作戦やらを用意したところで、津波や嵐に勝てないように……魔王エンジェルは逢坂冬香に負けたのだ。

 

 ――逢坂冬香は化け物だ。

 

 それが魔王エンジェルから見て、率直な感想だった。

 

(あの表情にあのインタビュー……アイドルが楽しくて仕方がないってか? 相手にするだけ損だな、アレは。今回は天災に巻き込まれたと思うしかねーな)

 

 何より厄介なのは、冬香に自分が化け物だという自覚がないことだ、と麗華は思っている。

 欲があればそれに付け込むことも出来たかもしれないが、あの感じはそれもなさそうだ。

 潔白はアイドルにとって大きな武器になる。

 認めたくないが、正にアイドルのために生まれて来たような女……

 

 正直、心が折れた。もう二度と会いたくない。

 魔王エンジェルの仲間や東豪寺プロダクションの運営――背負うものがあるからなんとか冷静でいられるが、麗華一人だったら泣いてたかもしれない。というか泣きたい。

 本当になんなんだよあいつ。もうどっか行けよ。

 

「で、どうすんだよ麗華ぁ」

 

 メンバーの一人――朝比奈りんが麗華に声をかける。

 どうすんだよ、と言われても、どうしようもない。

 りんの質問は「隕石が降って来るらしいけど、どうする?」と言っているようなものだ。

 とはいえ麗華にもプライドはある。

 冬香にもう関わりたくはないが、別のアプローチで……

 

「……他の美城の新人を潰す」

 

 麗華の耳はあらゆる所にある。

 まだ公表されていないが、美城プロダクションの新しい企画――シンデレラ・プロジェクト。

 かなり大規模なプロジェクトだ。流石の麗華も、潰すには大掛かりな準備が必要だからと避けていた。巨額の資金が動いているので、千川ちひろが動く可能性もある。

 それでもあの化け物と戦うよりはマシだ。

 

「シンデレラ・プロジェクト……いいの、麗華?」

「なにが?」

「だって、担当プロデューサーはあの人だよ?」

 

 三人目のメンバーである三条ともみが、心配そうな声をかけてくる。

 魔王エンジェルが幸運エンジェルだったころ、麗華は社長令嬢でもプロデューサーでもなく、一人のアイドルだった。

 幸運エンジェルには、プロデューサーがいた。

 彼は――よく笑う人だった。

 決して大声で笑うわけではないが、いつもニコニコとしていて、愛嬌があり、麗華達のことを気にかけてばかりいた。

 

 幸運エンジェルとプロデューサー。

 二人三脚だった。

 

 しかし事件は起きた。

 ある日プロデューサーがとってきた、フェスの仕事。それは麗華達が前からずっと願っていた仕事だった。

 憧れのアイドル『雪月花』。

 彼女達とのフェスだったのだ。

 麗華達は喜んだ。プロデューサーも、いつもより笑っていた気がする。

 無邪気なもんだと、あの頃を思うと、麗華は妙に腹が立つ。

 

 結末はなんてことない。雪月花が勝って、幸運エンジェルが負けた。

 実力は拮抗していた――いや、幸運エンジェルがわずかに勝ってたように思う。

 ただ、向こうは裏工作をして、こっちはしなかった。たったそれだけの差だった。

 

 その日を境に幸運エンジェルは魔王エンジェルになり、プロデューサーは笑わなくなった。

 「私達も妨害や裏工作をしよう」

 麗華はプロデューサーに持ちかけた。

 だが、彼は頑なに首を縦に振らなかった。

 経営方針が違うなら仕方ない。麗華はプロデューサーをクビにした。そのプロデューサーが偶々美城に拾われ、今度潰そうとしているプロジェクトを担当している。それだけの話だ。広いようで狭い業界、こんなのはよくあること。

 ともみやりんが心配するようなことは、なにも起こらない。

 

「失礼します!」

 

 ドアが開き、相嘉と冬香が入ってきた。

 負けたとはいえ、魔王エンジェルは先輩アイドルだ。向こうが楽屋に挨拶に来るのは、自然なことだろう。

 麗華はすぐに表の顔を作る。

 ともみは前から無口なので問題ないが、りんは少し不機嫌そうだ。

 

「本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます! ほら、冬香も」

「はい。先程述べさせていただきましたが、改めてお礼を。ありがとうございます。また誘っていただけたら、これに勝る喜びはありません」

 

 にこりと、冬香が笑った。

 その笑顔には一片の穢れもなく、正に夢見る少女そのものだ。

 隣に立つプロデューサーも、馬鹿丸出し。アイドルを信じてるって顔だ。

 ……反吐がでる。

 麗華はそう思ったが、グッと堪えて、社交辞令を述べた。

 

「ところで今回、差し出がましいと思ったのですが、差し入れをご用意しました。差し入れを受け取ったことはあっても、渡したことはなかったので、ちょっと奮発しちゃいました。喜んでいただけると嬉しいな……なんて。うふふふ。トップアイドルのみなさんは、きっと食べ飽きてしまってますよね」

 

 冬香が取り出したのは、少し大きめの箱だった。

 

「あまり有名ではないのですが、私がご贔屓にさせていただいているお店のショコラです。みなさんで食べて下さい。あっ、感想なんか聞かせてくれると、私とっても嬉しいですっ!」

「わざわざありがとう、冬香ちゃん。でもごめんなさい、私達は何にも用意してないのよ」

「そんな! 今回のイベントに招待して下さっただけで、充分過ぎるほどです。私なんてまだまだ新人ですから、麗華さん方に気を遣って貰う必要は、まったくありませんわ」

 

 社長令嬢である麗華は、この手の洋菓子に詳しい。

 記憶によればこのロゴは――確かフランスのメーカーだったはずだ。確かに有名ではないが、知る人ぞ知る高級店。通販などやってないし、現地に行かなければまず手に入らない。

 

(逢坂……偶然の一致だと思ってたけど、こいつの家はあの逢坂家か)

 

 それなりの財力を持つ家を、麗華はほぼ暗記している。

 その中に逢坂家という家は、一つしかない。

 冬香のことを社交界で見かけたことはない。それなら彼女は、末席ということになる。それでも逢坂家に名を連ねる者なら、やはり関わらない方がいいだろう。

 

(つーか社長令嬢の所も被ってんのかよ)

 

 夢見る世間知らずのお嬢様。

 プロデューサーとの関係。

 認めたくないが、冬香と麗華にはいくつか共通点がある。

 といってもそれは昔の麗華との共通点であって、今の麗華には関係ないことだが。

 

「チッ」

 

 りんが不機嫌そうに舌打ちした。

 きっと麗華が気を遣っているのが気に食わなかったのだろう。

 りんは身内を大切にするあまり、他人を極端に嫌う癖がある。目線で行儀良くするよう言ったが、りんは目を逸らした。

 

「あの……ごめんなさい。私、何か気分を害されるようなことをしてしまったようで」

「いいえ、気にしないで下さい。冬香ちゃんが悪いんじゃないの。りんもほら、負けて気が立ってるのよ」

 

 冬香は一瞬目を見開いた後、目に見えて動揺しだした。

 さっきまで勝利の余韻に浸るあまり、敗者のことなどすっかり忘れてました、という感じだ。

 それを見て一層苛立ったのか……遂にりんが机を蹴った。

 

(馬鹿!)

 

 麗華がそう思った時には既に手遅れ。

 机の上にあった三つのカップが落ち――なかった。

 いや正確にいうなら、一度落ちはしたのだが、冬香が空中でキャッチしたのだ。

 りんとともみ、そして麗華の前にバラバラに配置されていた、それも熱々のコーヒーで満たされているカップを三つとも、一滴も溢さず。手だって相当熱いはずなのに。

 

「落としましたよ、りんさん」

 

 ――ゾッとした。

 何がそんなに楽しいのか、目の前で楽しそうに笑う冬香を見て、心底恐ろしいと思った。

 こんな人外じみた動きをしているのに、彼女はそれが当たり前だと思っているのだ。

 正に怪物。

 そうとしか言い様がない。

 

「冬香は凄いなあ。動きが速すぎて、ブレて見えたよ!」

「まあ。プロデューサーったら、口がお上手ですのね。あの程度、女子高生なら当然の嗜みですわ」

「へえ、そうなんだ」

 

 ……なんでこのプロデューサーはこんな鈍感なんだろう。

 昔の担当プロデューサーも相当鈍感な方だったが、ここまでではなかった……はずだ。

 

「ということは、東豪寺さんも出来るのかな?」

 

 そんなわけねーだろ!

 麗華は叫びだしそうになるのをグッと堪えて、出来る限り優しく微笑んだ。

 

「いいえ。冬香ちゃんが特別なだけです。それより、ごめんなさい。そろそろ次の仕事があるので……」

「ああ、申し訳ない! 時間を取らせてしまって。僕たちはお暇させてもらうよ。ほら、冬香」

「はい。重ね重ね、本日はありがとうございました。また機会があれば、ご一緒したく思います」

 

 二人はペコペコ頭を下げながら、楽屋を出ていった。

 笑顔で見届けた後、一瞬で素の顔に戻り、麗華は一つ決意した。

 

「もう絶対あの二人とは仕事しねー」

 

 

   ◇

 

 

 その日の帰り道。

 相嘉プロデューサーは冬香を家まで送ると言ったのだが、冬香は頑なに電車で帰るといって聞かなかった。

 そんなに遠慮しなくていいのに……

 相嘉はちょっと悲しい気持ちになった。

 そんなわけで相嘉は今、一人車を走らせている。

 

「それにしても、麗華さんいい人だったな……冬香のことも気に入ってくれたみたいだし。そうだ! もう少し冬香が有名になったら、麗華さんと二人でやる番組を作ろう!」

 

 降って湧いた天啓に、相嘉は心が躍るのを感じた。

 番組の内容は……麗華と冬香が二人でカフェを巡る、みたいな、二人の会話メインのほのぼのとした物がいいだろう。

 相嘉は家までの間、ずっと番組の構想を練っていた。

 

 ――東豪寺麗華の受難は続く。






麗華さんて忙しすぎると思うんですよね。
自身がトップアイドルだから、先ずその仕事をしなくちゃいけない。でもプロデューサーがいないから、仕事は自分でとってこないといけない。この時点で結構キツイ。なのにその上、東豪寺プロダクションの運営もしてる。凄い。しかも他のアイドルユニット(レッドショルダーとか)のプロデュースもしてる。暇さえあればうっかりSランクアイドルの佐野美心の勧誘とかもしちゃう。凄い。こんな凄い人なのに新人潰しも怠らない。やばい。麗華さんやばいよ。

【この世界のアイドルランクについて】
・Sランクアイドル 国民的アイドル。ほぼ全ての人間が存在を知っている。
・Aランクアイドル かなり有名なアイドル。アイドルに詳しくない、一般人でも存在を知っている人は数多くいる。
・Bランクアイドル 有名なアイドル。コアなファンが一定数おり、一般人でも知る機会はある。
・Cランクアイドル ファンクラブを開ける程度にはコアなファンがいる。一般人でも知ってる人はいるが、それほどではない。
・Dランクアイドル コアなファンは数える程度しかいない。一般人はほぼ知らない。
・Eランクアイドル アイドルに詳しい人なら、一応存在だけは知ってる程度。
・Fランクアイドル 知名度ゼロ。


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第6話 どんな仕事が来ても冬香ならやり切る

タイトルは某動画のパロディ。


 それは正に一瞬のことだった。

 デビューしてからわずか二ヶ月。冬香はAランクアイドルに登り詰めていた。いや、もうSランクアイドルにさえ手をかけている。

 これは驚異的な速度だ。

 魔王エンジェルに勝った時既にDランク相当の人気があったが、これはちょっと桁が違う。

 前例がないわけではない……確かに765プロダクションなどは一夜にしてAランクアイドルになった。しかし元々それなりに人気だった竜宮小町の後押しがあったし、そもそも下積み時代が長かったおかげで下地はあったからできたことだ。

 それが冬香の場合は、正真正銘デビューしたてである。

 こんな前例はたった一つ――即ち日高舞しかいない。

 

 冬香の急上昇には次のようなカラクリがある。

 先ず片っ端からフェスを吹っかけての蹂躙だ。

 Aランク以上のアイドルともなると半年先まで予定がいっぱいなので無理だが、Bランクアイドル以下ならどうにかなる。

 都合がつくアイドルに毎日フェスを仕掛け、ファンを根こそぎ奪った。

 

 普通フェスをすればその日の仕事はそこまで。後はクールダウンして休養を……という風になるが、冬香の場合移動中の車でちょっと寝れば全快だ。

 フェスをしたその足で雑誌の撮影やインタビュー、ドラマの脇役、テレビ出演。果てはその日中にもう一度フェス、なんて日もあったくらいだ。

 それだけやるとパフォーマンスが疎かになりそうなものだが、冬香は一度記憶したことは一度も忘れなかった。

 

 ちょっと働きすぎじゃないだろうか……

 相嘉は心配したが、逆に冬香のモチベーションは上がるばかり。最近より一層魅力を増したようにすら思える。

 ちょっと休憩した方がいいんじゃないか、なんて持ち掛けてみても、もっと上の方とフェスがしたいです、なんて言われてしまう始末。向上心の塊だ。

 少なくとも空元気ではなさそうで安心したが、やっぱり心配な物は心配である。

 

 この日冬香は、初めての主演ドラマの撮影だった。

 デビューしたてのアイドルがこれだけ早く主演を務めるのは、やはり異例のことだ。

 スタッフにも「事務所のゴリ押しだろ」という空気や戸惑いが蔓延している。

 そんな中でも冬香は楽しそうに――むしろいつもより生き生きと演技しているくらいだ。現場入りした時から、ずっと笑顔なほどに。

 

(初めての主演が嬉しいんだな!)

 

 プロ意識の塊であり、アイドルを心から楽しんでいる冬香のことだ。

 きっとそうだろう、と相嘉プロデューサーは確信した。

 

 今回のドラマ『雪の降る中で死ねたら』は、普段は普通の女子高生である主人公なのだが、実は超人的な力を持っており、同じく超人的な力を持つ悪人達を影で倒している……という、アイドルの初主演としてはちょっとどうなの? と思うようなストーリーだ。

 相嘉としては恋愛メインの物を演じさせてあげたかったのだが、冬香がこっちの方がいいと断固反対した。

 

「ハイカット! 次アクションシーンね。スタントさん、お願いしまーす」

 

 会話シーンが終わり、次はいよいよアクションシーンの撮影だ。

 冬香とまったく同じ格好をしたスタントマンが現場入りする――のを、冬香が止めた。

 

「お待ち下さい。アクションシーンを私に演じさせていただけないでしょうか?」

「はっ?」

「このドラマのために、スタントマンとしての技術を一通り勉強して参りました。どうか私に、アクションシーンをやらせて下さいっ!」

「そんなこと言ったって、君ねえ……」

 

 現場がざわつきだす。

 当たり前だ。

 アイドル本人がアクションシーンをやるなど、聞いたことがない。

 それもこのドラマは、設定上、アクションシーンがかなり過激だ。

 わざわざ来て下さったスタントマンの方にも申し訳ない。

 

「監督、僕からもお願いします!」

 

 それでも相嘉は、冬香と一緒に頭を下げた。

 アイドルのやりたいことを応援するのが、プロデューサーの仕事だと相嘉は思っている。

 ワガママで無茶なお願い事だとしても。これが例え叶わなくとも、後悔がないようにやらせてやりたい。

 

「……監督さん。私の技量をお疑いでしょう。無理もないことです。なのでここは一つ、テストをしていただけませんか? それをご覧になっての結果でしたら、潔く受け止めます」

 

 監督は冬香の提案を受けた。

 結果がどうあれ、監督に冬香を使う気はないだろう。とっとと済ませて、約束は守りましたよ、と言う気に違いない。お嬢様である冬香は、それに気がついてないかもしれないが……

 早くやれよ、めんどくせえな。アイドルの道楽に付き合ってる暇はねえんだよ。そんな空気がスタッフの中に走る。実際口に出している人もいるくらいだ。

 それでも冬香は、いつも通り笑っていた。

 

「では監督、私の頬を殴って下さい。スタントマンらしくリアクションを取りますので」

 

 面倒くさそうに、監督が冬香の頬を軽く叩いた。

 せいぜいその場でちょっとオーバーに倒れるくらいだろう――その場にいた誰もがそう思った。

 しかし冬香がした演技は、まるで物が違った。

 

 殴られた瞬間、まるでダンプカーに轢かれた様な凄まじい勢いで五メートルほど後方に吹き飛び、着地点でバク転。

 その後衝撃を殺すように吹き飛びながら地面を蹴り、最後に着地した後ファイティングポーズをとった。

 

 スタッフ全員ぽかんと口を開けている。

 監督は「えっ?」という顔で冬香と自分の拳を交互に見つめていた。

 たかが小娘の演技だろうとたかを括っていたプロのスタントマンは、何度も目を擦っている。

 

「お次は監督、私の襟を掴んで下さい」

 

 言われた通り監督が冬香の襟を掴んだ瞬間、冬香が投げ飛ばされた。

 まるで歴戦の達人がやるように、監督が冬香のことを投げ飛ばしたのだ。

 真相はもちろん違う。

 外野からはそう見えるように、冬香が自分で飛んだのだ。

 

 スタッフ全員顎が外れそうなくらい口を開いている。

 監督は「もしかしたら俺って超強いのでは?」という顔で冬香と自分の拳を交互に見つめていた。

 プロのスタントマンは帰り仕度を始めている。

 

 それからはもう、冬香の独壇場だった。

 まるで少年漫画の世界から飛び出て来たかのような技の数々を、冬香が披露する。

 沸き立ったスタッフが手を叩いて拍手し、監督がひたすら自分の拳を高々と上げている。

 スタントマンはせっかくの休暇を心ゆくまで楽しんだ。

 

 新人アイドルなのに、ドラマのためにここまで仕上げてくるのは素晴らしい!

 スタッフ達は信じられないくらいのやる気を見せた。監督も明らかに目つきが違うように見える。冬香本人も、求められている以上のアクションシーンを演じた。

 かなり良い物が撮れた――相嘉含め、その場にいた全員がそう思ったことだろう。

 

 後日『アクションシーンには一切のCGは使っておらず、またアクションシーンはスタントマンではなく、逢坂冬香本人が演じております』という触れ込みで放送されたこのドラマは、当初の予想を遥かに上回る視聴率を叩き出した。

 特に冬香が車に轢かれながら、ビルの三階から落下するシーンは圧巻という他ない。

 当然「流石に嘘だろ」という声も上がったが、メイキング映像を流したことによりこれも直ぐに鎮火。むしろアクションシーンをノリノリで演じる冬香を見て、プロ意識が高い、とまた一つ評価が上がったほどだ。 

 こうして冬香の初主演ドラマは、無事大成功したのだった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 冬香の長所の一つに、営業の上手さが挙げられる。

 アイドルになるような容姿の優れた女の子は、これまで大抵ちやほやされて生きてきた。

 それ故、慣れていないのだ。

 苦労に、目上の人間を敬うことに、下手に出ることに。

 もちろんそんな女の子ばかりではないのだが、スカウトされてきた女の子はこの傾向が強い。

 特に営業先――つまり偉い人は、それだけ実績を積んでるということで、年配の方の場合がほとんどだ。

 おじさん、というだけで若い子が嫌うのも、まあ分からないでもない、と相嘉は思っている。だからこそ相嘉がアイドルと営業先の間に立ち、上手く橋渡しをしてあげないと、と思っていたのだが……

 冬香の場合、その心配はないようだ。

 

「どうかこれからは私をよろしくお願いします。どんな脇役、どんな仕事でも構いません。私を少しでも使ってくれたら、と思います」

 

 小太りな中年男性に、にこやかに話しかける冬香。

 顔に浮かぶ笑顔は本当に楽しそうで、まるで恋する乙女のようだ。

 色んなアイドルを見てきたはずの男も、もう冬香にメロメロ。そりゃあこんな可愛い女の子が、営業とはいえ自分をここまで慕ってくれて、嬉しくないわけがない。

 流石は冬香である。

 プロ意識の塊だ。

 

「いやあ、冬香ちゃんは愛想がいいねえ。おじさん気に入っちゃったよ」

「まあ、そんな。私なんかの愛想がいいだなんて。お上手なんですね」

 

 ちょっとやりすぎでは?

 と思うくらい冬香の距離は近い。さりげなく相手のパーソナルスペースに踏み込むのだが、病的なまでに上手いのだ。

 加えて、最早相手の思考を読んでるとしか思えないほど、相手の要望に応えるのが上手い。

 ちょっとタバコが欲しくなったら直ぐに火をつける役を申し出るし、料理が欲しくなればその人の好みの食べ物をいつのまにか皿によそってる。その身のこなしは、まるで何年も付き添った従者のようだ。

 

 しかし……心配な面もある。

 営業の際、相嘉はちひろに頼んで『黒い噂のある営業先』を弾いてもらってる。

 流石の相嘉とて、芸能界に闇があるくらい、少しは把握しているのだ。

 だが冬香はどうだろうか……?

 もし純粋なあの子が、今と同じように“そういう人間”に寄り添ったらと思うと、ゾッとする。

 

(だからこそ、僕がしっかりしないとな)

 

 その辺りのバランスを取るのが、プロデューサーの仕事だ。

 この間の握手会もそうだった。

 営業先の人間は例え年配だとしても、身なりは一流だ。しかしアイドルのファンはそうではない――どころか、わざと汚い格好できて、リアクションを楽しむ者すらいる。

 冬香はそういうファンにも、非常に愛想良く対応していた。正にアイドルの鑑、といえる。ネットでも冬香の“神対応”が話題になっていた。

 誰にでも優しく出来る点は冬香の美点だといえる。

 しかし、それが仇となることもある。

 例えばファンとの距離が近すぎるあまり刺されたり――ないわけではない。

 もちろん相嘉は盾になるつもりだが、いつも側にいられるわけじゃない。今は新人である冬香に付きっ切りだが、他にも担当しているアイドルがいるし、企画や作曲などの仕事もある。

 

 冬香と取引先の会話がひと段落ついたようだ。

 今回の取引先はゴールデンにバラエティを持っている大物である。内容は所謂『体当たり物』で、こないだなんかはゲストが野生のワニに餌をあげたとかなんとか。

 動物が好きなのか、冬香は目をキラキラさせながらその話を聞いていた。

 熱心な営業の成果か、この日冬香は大変気に入られ、なんとそのバラエティのレギュラー入りが決定した。

 

 ――司会者として。






世界一位様(https://twitter.com/shekai_ichi)に挿絵をいただきました。
あらすじに載せてあるので、是非見て下さい。とっても良い出来ですので!


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第7話 冬香と親友

 SNSをやってくれないか?

 相嘉さんから、そんな指示をお受けいたしました。

 正直に申しますと、私はSNSというものにそう親しみ深くありません。前にアカウントを作り、私を批判したことがありますが、あれは他の方を参考にしたに過ぎませんので。

 アイドルらしい普通の呟き、と言われると、少し気後れします。

 なのでここは、私の本性を知る唯一の友達を頼ることにしました。

 彼女は俗に言うヲタクで、こういったことでは頼りになります。

 

 ファミレスで待っていると、彼女がやって来ました。

 手を上げて、こちらの位置を知らせます。

 

「お久しぶりですね、山田さん」

「神谷だよ!」

 

 鋭いツッコミをしながら座るのは、私の無二の親友神谷奈緒です。

 もう随分と昔のことになるでしょうか。

 幼少期の私は、大変に捻くれていました。「大人になったら人類根絶やしてやろー」とか、大真面目に考えていたくらいです。まったく、お恥ずかしい……

 私と奈緒は同じ幼稚園でした。

 そこで奈緒とちょっとお話しする機会があって、それがすごく楽しくて、奈緒のために世界を滅ぼすのをやめました。それからはずっと友達です。奈緒がツンデレになっても、私が被虐主義者になっても、奈緒がふと眉になっても、私がアイドルになっても、私たちは友達です。

 

 奈緒はドリンクバーを頼み、コーラを持って来ました。

 私はカフェオレです。

 

「突然ですが奈緒、相談があります」

「ん、なんだ?」

「プロデューサーからSNSをやるように、と言われたのですがよく分かりません。アイドルっぽい呟きとか、教えて下さい」

「お前、アイドルになってもその『完璧清楚系美少女』やってるのかよ」

「もちろんです。私の理想の殿方に会うまでは、崩すわけにはいきません」

 

 奈緒が怪訝な目つきで睨んで来ました。

 奈緒は私の性癖――というより理想をあまり快く思ってません。

 しかし例え親友の頼みであろうと、こればっかりは譲れないのです。

 

「とりあえず『私を犯してくれる逞しい殿方募集中』と呟いてみようと思うのですが、いかがでしょうか?」

「いかがでしょうか? じゃねえー! 一瞬でYahoo!ニューストップになるわ!」

「話題作りは成功ですね」

「失敗だよ! もっと別のにしろよな。なんかこう、女子高生っぽいやつに」

「25ホ別、ゴム有りっと……」

「お前の女子高生のイメージはどうなってるんだよ!」

「奈緒を参考に致しました」

「あたしへのイメージそれ!?」

「冗談です。奈緒なら裏アカを作って、ちょっと下着姿を投稿するだけですよね」

「リアル路線はヤメロォ!」

「ナイスゥ!」

「建前じゃねえよ、本音だよ!」

 

 ああ、これです。これこれ。

 打てば響くと申しましょうか。

 奈緒との会話は、私にとって最高のリフレッシュです。

 

「なら趣向をちょっと変えて……現役女子高生()の、着替えシーンを、アップする予定です、っと」

「確かに人気になるかもしれないけれど! 今までで一番それがヤバイからな! 絶対に止めろよ」

「なら奈緒のお着替え姿を……」

「何でだよ! あたし一般人だからな! てゆーか冬香なら、もうちょっとマシなの思いつくだろ」

「そう言われましても……今回みなさんのおかげでデビューすることができました、逢坂冬香と申します。SNSは不慣れなのですが、せめて少しでも喜んでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。応援してくださると、大変嬉しいです。くらいしか思い浮かびません」

「完璧じゃねえか!」

 

 まあ、SNSの投稿内容くらいなんとでも思いつきます。

 基本的に普段見せないような一面を呟き、そしてたまに顔写真を投稿すれば良いでしょう。女の子向けに、全身のコーディネートなんかも載っけたほうが喜ばれますかね。

 それとさりげない、SNSに弱い世間知らずのお嬢様アピールも忘れません。

 そこまで分かってるのに何故奈緒を呼び出したのか……ぶっちゃけ建前です。

 普通に奈緒と遊びたかっただけです。

 

 カフェオレを一口。

 程よい苦味がちょうど良いです。

 ですが……お茶請けに、甘い物が欲しいですね。

 

「奈緒」

「なんだよ」

「スイーツが食べたいです」

「自分で頼め、自分で」

「だって私が注文すると、奈緒が「あたしがピンポン押したかったのにぃ!」って怒るじゃないですか」

「五歳の頃の話だろ、それは!」

「まあ冗談はさておき、私が注文するのは不可能です」

「なんでだよ」

「私有名人ですので、人にバレると騒ぎになってしまいます」

「ああ、そっか。……てゆーか、それだったらもうヤバいんじゃないか? あたし達、結構デカイ声で話しちゃってるぞ」

「それなら心配いりませんよ。私忍術を一通り修めてますので、奈緒以外の方々は私を感知出来ません」

「それじゃああたしが一人で叫んでるように見えてるってことか!?」

「あははは」

「笑って誤魔化すなよ!」

 

 キョロキョロと奈緒が辺りを見回しました。

 みなさん、奈緒を不思議そうに見つめています。

 

「本当にあたし一人に見えてるじゃないか!」

「今私が奈緒を脱がしたら、露出狂に見えますね……ふふ」

「悪魔かっ!」

 

 スパーン! と奈緒が私の頭を叩きました。

 相変わらず奈緒のツッコミは一流です。

 奈緒がツッコミを一つ入れるたび、私の子宮が1センチ下がるほどです。

 

「おい、あたしを性的な目で見るのは止めろ」

「むっ。何故わかったのですか」

「ま、なんだかんだ長年の付き合いだからな」

「つまり私を日々視姦してると、そういう認識でいいですね?」

「よくねえよ!」

「ホテルに行きましょうか、奈緒」

「行かねえよ!」

「では私の家で? 初体験で家族に見られながらとは、中々奈緒はわかってますね」

「色々とツッコミたいところはあるけど、家族に見られるのも快感なのかよ!」

 

 会話がひと段落すると、店員さんを呼んで奈緒がモンブランを頼んでくれました。

 相変わらず気がきくといいますか、ツンデレと言いましょうか……

 やっぱり奈緒は私の親友です。

 

「そ、そういえば冬香!」

「はい、逢坂冬香でございます」

「その……なんだ、ちょっとお願いごとがあるんだけどぉ」

 

 奈緒がモジモジしながら、私にお願いごとをしました。

 この場で押し倒してしまおうか、と思うくらい可愛らしいです。この親友は。

 

「小関麗奈ちゃん、いるだろ。冬香の事務所に」

「いますね。二、三人」

「一人だろ! それでぇ……その、ライブのチケットとか、欲しいなぁ、なんて」

「なるほど。そしてあわよくば紹介してほしい、と」

「そ、そこまでは言ってねえよ!」

「いいんですよ、奈緒。私の前でくらいは素直になって。小関ちゃんを獣のように犯したいのでしょう?」

「本当にそこまでは言ってねえよ!」

「奈緒は本当に淫乱ですね」

「既に事実として認識されてるだとっ!? てゆーか、い、いい、淫乱なのはそっちだろ!」

「言い辛いなら言うのをやめればよろしいのに……」

 

 なんでそんなにツッコミ魂が熱いのでしょうか、この子は。

 まあ奈緒のためなら、プロデューサーに頼んでライブのチケットを融通してもらうことくらいします。ええ、喜んでしますとも。

 ですが、奈緒は私のライブには興味ないのでしょうか……?

 むう。

 

「……なあ冬香」

「はい、逢坂冬香でございます」

「アイドルって楽しいか?」

「ええ、まあ。沢山のファンの方々に視姦されるのは、身悶えるような快楽ですよ」

「そんな方向性で楽しんでるのはお前だけだろ! いや、そうじゃなくてさあー。やりがいとか、そういうのだよ」

「やりがい、と申されましても。私、やろうと思えばなんでもできてしまうので、あまり感じませんね。ああいえ、感じてはいるのですが、それは性的な意味で、です」

「うん。その注釈は絶対に要らなかったけどな」

 

 奈緒は何か悩んでいるようです。

 眉間にしわを寄せて、分かりやすくウンウンと唸っております。

 一体なんでしょう……?

 ああ、そういうことですか。

 私は答えに行き着きました。

 

「奈緒、学校は辛いですか?」

「なにかとんでもない勘違いをされてる気がする!?」

「いじめを打ち明けるのは大変なことだと思いますが、頑張って下さい」

「いじめられてないわっ!」

「なんなら、私が奈緒の代わりにいじめられてきますよ」

「絶対自分がいじめられたいだけだろ、それ!」

「親友の代わりに、己の身を投げ出す健気な美少女。どうも、逢坂冬香でございます」

「だーかーらー! いじめられてないし、お前がいじめられたいだけだろ!」

「よよよ……そんな誤解を受けて、悲しいです」

「と、冬香……って、なるか! 嘘泣きスッゲー上手いけど、もう騙されないからな!」

 

 むう。

 過去に何度も嘘泣きをしすぎて、流石にもう騙されてはくれないようです。

 昔はもっとチョロかったのに。

 悲しいです。奈緒が大人になってしまって。

 

「奈緒はもう、大人の階段を上がってしまったのですね」

「その言い方は誤解を生むから止めろ」

「あら、誤解って何のことですか? わかりませんわ」

「そうやってあたしに恥ずかしいことを言わせようとするのも止めろ」

 

 むう。

 昔は顔を真っ赤にして恥ずかしがって下さいましたのに、落ち着いた対応でつまらないです。もういっそのこと、友達でいられなくなるくらい激しいディープキスしながらおっぱいでも揉んでやりましょうか、こいつめ。

 

「だから、あたしで妄想するのを止めろ!」

「おっと。失礼しました。つい欲情が抑えきれず」

「“つい”でよ、よ、よよ、欲情するなァ!」

 

 欲情、という言葉でさえ恥ずかしがるなんて……

 まったく、一体どれくらいピュアなんでしょう。私のような一般的な女子高生からすると信じられません。奈緒は女子高生の平均点を大きく下げています。

 

「あー、ところで冬香」

「はい、逢坂冬香でございます」

「なんだ、その……ほら、あれだ。デビューおめでとぅ」

 

 後半は聞き取れないくらい小さな声でしたが、しっかり聞こえていますとも。私の聴覚を舐めないでいただきたいものです。難聴系ヒロインどころか、私は超聴覚系ヒロインなのですから。

 それにしても、メールでも言ってくれたのに、わざわざ改めて言うなんて……まったく奈緒は。もう本当に、まったくです。まったく、まったく、まったくです。

 

「ふんふんふふーん♪」

「ちょ、冬香! 忍術解けてるぞ! しかもその無駄にいい鼻歌も止めろって! めっちゃ見られてるから! なんか音に誘われて、小鳥とか集まってきてるし! ああ、もう。人だかりができ始めてる――って冬香ぁ! 聞いてるのか、おいっ」

 

 まったく奈緒は、まったくです!







最近ふと「冬香がドSだったらどうなってたんだろう……」と思って遊びでプロットを立てようと思ったのですが、無理でした。何をやっても相嘉Pが死ぬ。ア、アイカダイーン!


【オマケ・『雪の降る中で死ねたら』2話の予告】
 敵の策略により、50kgあるオモリを両手足に付けられた状態でベーリング海に落とされた冬香……。
 そして迫り来る4匹の改造巨大鮫!
 冬香は博士から託された『ちょっとでも濡れたり傷ついたら一瞬で壊れる上にもう二度と作れない謎の精密機器』を守ることが出来るのか!?

 次回『雪の降る中で死ねたら』第2話。
 『天気が良いから今日は海水浴の気分♪』
 乞うご期待ッ!


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第8話 冬香の目指せ!シンデレラNO.1

 趣味は意外にも普通に読書。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 みなさん、本はよくお読みになるでしょうか?

 日本は非常に文明レベルの高い国ですので、多かれ少なかれ、一度くらいは何かしらの本を読む機会に恵まれたことと思います。

 私に関して言えば、本を読む機会は多く、また人より早く訪れたと言えるでしょう。と申しますのも逢坂家の教育方針として、自我が芽生えると、毎日20冊以上の本を読むことを義務付けられるからです。

 産まれた瞬間とほぼ同時期から自我があった私は、手に本をめくる程度の筋力が備わり始めた時期から、既に本を読むよう命じられていました。

 

 本、と一口に申しましても、様々なジャンルがございますよね。私が特に好んだのは大正文学でしたが、もちろんそれ以外の本も多く読みました。

 色んなジャンルの本を読んだ――と聞いてみなさんが抱く印象と、私の本意は多分異なっていることと思います。

 ミステリー、恋愛物、純文学、SF、啓蒙思想本、エロ本――この辺りがメジャーどころでしょうか。

 ですが私にとっては、例えば第二種電気工事士の資格を取るための参考書や、指圧師に向けた指南書などを読むことも、立派な読書の範疇なのです。

 自分にまったく関係ない分野の専門書を読むことで――大正文学を読むことで過去の偉人を身近に感じる時と同じような――まったく未知の世界を覗き見る。そんな風に専門書を読むのも、案外楽しいものです。

 

 読書を通じて、様々な世界に触れる……

 そんな幼少期を過ごしてきた私を以てしても、これは流石に未知の世界でした。

 

「なんと申しますか――凄いですね」

 

 両耳につけたイヤホンから流れてくるのは、女の子のえっちな喘ぎ声です。

 普段使っているアダルトサイトのオススメに出てきたので試しに買ってみたのですが、中々良いではありませんか。目を閉じて音声のみを聴き取ることで、逆に妄想力が掻き立てられますね。

 私の場合乱暴されている女の子に自分を重ねているわけですが、映像がないので、事実いつもよりイメージしやすいと感じました。これは画期的な物です。

 

 その時――私に電撃が流れました。

 

 ああいえ、スタンガンを使ったプレイをしたとか、電撃のような快楽が流れたとか、そういうことではないです。普通に良い案を思いつきました。

 今度私の『Snow World』のCDが発売されるのですが、美城のアイドルはソロCDが発売されると、毎回特典をつけるのが慣例のようです。その特典として私のえっちな喘ぎ声が込められたCDを封入するのはどうでしょうか。もちろん直接的な単語は出しません。シチュエーションも、頑張ってトレーニングをしているとか、ちょっと過激なマッサージを受けているという“テイ”にして……ふふふ。

 これは結構良いアイデアな気がしますよ、真面目に。

 ファンの方は私のえっちな喘ぎ声を聴くことが出来て、私は不特定多数の方に自分の喘ぎ声を聴いていただける。正にWin―Winの関係ではないでしょうか。事務所的にも、売り上げに期待できると思います。

 

 これは早速、明日にでも相嘉さんに提案してみましょう!

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 えーっと……これは少し予想外でした。

 

 相嘉さんに話を通したところ、意外なことに結構乗り気だったんです。元々音楽関係の出身だから、バイノーラル録音――音が繊細にレコーディングできる録音方法です――のスタジオが直ぐ借りれる。台本は僕が書いておくよ、と。あっという間に話がトントン拍子で進んで行きました。

 そして進みすぎて、私の手を離れて何処かへ行きました。

 私が録りたかったのは“喘ぎ声が入ったえっちなCD”です。なのに出来上がったのは“アイドルが寝かしつけてくれる添い寝CD”でした。流石の私も怒りました。ぷんすか!

 バンドの解散でよくある「音楽性の違い」というのをよく理解出来ましたよ、ええ。私と相嘉さんも、音楽性の違いを理由に解散しそうです。

 

 しかも、しかもです。

 “DVの夫に暴力を振るわれながらも泣き続ける息子を必死に寝かしつけているCD”とか“ファンに拉致され密室に閉じ込められた状態で誘拐犯を憎く思いながらも生きてゆく為に興奮する誘拐犯を寝かしつけるCD”とかの安眠用添い寝CDならともかく、内容は至ってシンプルな添い寝CDです。

 ……まあ、分かってましたけどね。私の要望が通らないのは。いつも黙々と仕事をこなすだけの私が提案したことだから、と相嘉さんが張り切って何とか形にしてくれたってことも分かってはいるのですが。

 

 もっと聴く人が身悶えるような、えっちなCDにしたかったです……

 

 ですが泣き言ばかり言ってもいられません。常に前向きな女。どうも、逢坂冬香でございます。

 というわけでレコーディングに行って参ります。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「か、買ってしまった……」

 

 奈緒は部屋で一人、とあるCDとにらめっこしていた。

 パッケージには満面の笑みを浮かべる親友――逢坂冬香。

 そう、このCDは冬香のCDなのだ。記念すべき初のソロアルバムである。当然友達として、奈緒はCDを買った。

 友達としての贔屓目を抜きにしても、冬香の歌は良かったと思う。個人的にはかなり好みのタイプだ。

 問題はそのあとだった。このCDは二枚組なのである。そしてその二枚目こそが、奈緒を苦しめている元凶なのだ。

 奈緒はネット通販のレビューやSNSなどを見て、この二枚目がどんなCDなのか知っていた。大変評判は良い――が、それは男性ファンからの声がほとんどだ。

 つまりこのCDは、男性向けのちょっとあれなやつなのである。

 

「でも聴かなかったら、あいつガッカリするよな……」

 

 冬香が感想をねだってくることは間違いない。

 その時聴いてないと答えたら、冬香はシュンとするだろう。

 ……自分が同じことされたら、嫌だろうなあ。

 奈緒はそう考えた。

 

「ええい、ままよ!」

 

 奈緒は意を決してイヤホンをはめ、冬香の添い寝CDを流した。

 

『あら。どうしましたか、こんな夜更けに。

 まあ、寝付けないなんてお可哀想に。

 ですが……ふふ。ご安心下さい。私があなた様を癒やして、甘やかして、蕩かして、寝かしつけて差し上げます。

 そうですね。では歴史についてでも語りましょうか。きっと退屈で、直ぐに寝てしまうと思いますよ。なんて……ふふふ。冗談です。そんな悲しそうな顔をなさらないで下さい』

 

「……冬香ってやっぱり、いい声してるよな」

 

 1/fゆらぎを自在に操るだけの事はある。

 耳元で声を聴いてるだけで、もうちょっと眠くなってきた。

 

『さあ、こっちへいらっしゃって下さい。私のお膝を貸して差し上げます。

 どうですか、私の膝枕は。ダンスを習っているので多少筋肉質だとは思いますが、それなりに柔らかいので、ご満足いただけるかと……ふふ。

 ……寝心地がいい、ですか? ありがとうございます。あなたに喜んでいただけると、私もとっても嬉しいですわ。

 ええ、ええ。構いませんよ。足を撫でても、匂いを嗅いでも。なんでもなさって下さい。あなたに喜んでもらうことが、私の喜びなんですから。あなたの望むことは、なんだってして差し上げます。いいえ、してあげたいんです。

 私って強欲な女でしょうか?

 だってこんなに頼ってもらえて、今とっても幸せなのに、もっと頼ってもらいたいって、そう思ってしまっているんですから。

 頭を撫でてほしい?

 はい、もちろんです……ふふ。いいえ、あなたは私の望みをなんでも分かってらっしゃるんだな、と。それだけです』

 

「うわあ。なんだこれ、なんだよこれ。やばいだろ、これは。なあ」

 

 なんだか恥ずかしくって、誰が聞いてるわけでもないのに、奈緒は声をあげた。

 あいつからドMをとったらこんな感じなのかな……

 結構尽くすタイプだし、見た目とか声は癒し系だし。近くにいると不意に漂ってくる匂いも、あたしと違って、正に女の子って感じだ。

 正直、女である奈緒でさえ、冬香がここまで尽くしてくれる、というのはグッと来た。全てを委ねて甘えたくなる。

 ドMでさえなければ完璧なのになあ、本当に。

 

『よしよし――人様の頭を撫でて差し上げるのは初めてなので、なんだか緊張しますね。私は上手くやれてますか?

 まあ、それは良かった』

 

「嘘つけ。しょっちゅう人の髪の中に顔を突っ込んでモフモフしてくる癖に」

 

『なでなで、さわさわ。耳の裏をこちょこちょ……ふふ。くすぐったかったですか? あなただけに教えちゃいます。実は私って、結構イタズラ好きなんですよ。

 頭だけではなく、肩や首も撫でて差し上げますね。眠くなったら、寝てしまっても構いませんよ。明日ちゃあんと、私が起こして差し上げますから』

 

「と、冬香ぁ……」

 

 しばらく、冬香が頭や肩を撫でる音が続いた。

 冬香は特に喋らなかったけど……手を長く動かしているせいか、息遣いが聞こえてくる。意識しているのか、していないのか。その声はどこか喘いでいるようで、扇情的だった。

 恥ずかしくって顔が真っ赤になるのを感じながらも、身体中の力が抜けてしまい、奈緒は動けなかった。

 

『……ふわぁ。私もなんだか、眠くなってきてしまいました。ちょっとお隣に失礼しますね』

 

「えっ」

 

 奈緒が驚いたのもつかの間、布団が擦れる音がしたすぐ後、耳元から冬香の呼吸音が聞こえてた。

 「すう、すう」と。どこまでも無防備な吐息が、耳元をくすぐる。不思議と、嫌な気持ちではなかった。

 

『ふぅ――……」

「うひゃあ!」

『最後の意地悪です。それでは本当に、お休みなさい』

 

 最後に油断したところで、冬香が耳に息を吹きかけた。

 思わず身体がピーンと張ってしまう。

 せっかくリラックスしてたのに……

 

 しかし、これはやばい。

 途中で本当に身体が動かなくなった。寒い日に目が覚めた時、金縛りに遭う感覚に似てる。脳の感覚だけ残されて、身体の自由が奪われてしまう。

 そもそも冬香の声をこんな間近で聴くのが間違いなのだ。

 正面に座ってても、脳に直接響くくらいなのに。

 

「しっかし、誰がシナリオ書いたんだ、これ」

 

 これを書いたやつは、相当な変態に違いない。

 奈緒はそう思った。






【オマケ・『雪の降る中で死ねたら』3話予告】
 ひょんなことから寝て起きたらサバンナに放置されていた冬香。
 左から迫り来るライオンの群れ、右から突進してくるヌーの大移動。
 冬香は博士から託された『シマウマも肉食に目覚めるくらい美味そうな匂いを発する生肉の塊』を守りきれるのか!?


 次回『雪の降る中で死ねたら』第3話。
 『お日様の下で動物さんとピクニック』
 乞うご期待ッ!


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第9話 集うアイドル達

 今日は珍しく美城内での仕事のようで、相嘉さんに呼ばれてやって来ました。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 しかし、何の用件で呼ばれたのでしょうね。仕事は順調ですし、思い当たる節は――沢山ありました。ひょっとして、自分で自分の脱ぎコラを作ってネットに流してるのがバレたのでしょうか。

 あるいは複数回線を使って自分のアンチスレを伸ばしまくったこととか。

 他には、こないだのフェスの折に、“うっかり”下着を着け忘れたことでしょうか。うーん、分かりませんわ。

 まあ行けば分かることです。

 相嘉さんのオフィスを目指しましょう。

 

 私アイドルになって以来、フェスに撮影にインタビューに、で。あんまり美城プロダクションにはいたことないんですよね。

 美城プロダクションのアイドル部門は新興とはいえ、かなり設備が整っています。エステやサロンは、社内の人間なら無料で出来るそうですよ。ですが残念ながら、SMクラブや怪しい地下室はないみたいですね……手抜き工事でしょうか。

 

「失礼いたします」

 

 指定された部屋に入ると、仕事をする相嘉さんがいました。

 ……いえ、相嘉さん一人だけではありませんね。

 この匂いと気配――目には見えませんが、この部屋に後二人いる。恐らく女の子、背丈は私より低く、そして年齢も私より下。うーん、殺気は感じないので、襲撃犯の類ではないようです。残念。

 

「おはよう冬香!」

「おはようございます、相嘉さん」

 

 何がそんなに嬉しいのか、私を見た瞬間、子犬のような笑顔を浮かべました。

 

「うん、今日も調子良さそうだね。最近仕事が沢山入ってたから、少し心配だったんだ」

「相嘉さんがケアをしっかりして下さるので、健康そのものです」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。ほら、僕は男で一回りくらい違うからさ。その辺の機微に疎くてね」

「そんな。相嘉さんはまだまだお若いと思いますよ」

 

 ……うへぇ。

 爽やかな会話すぎて、自分のことながら嫌悪感が。

 助けて下さい奈緒。貴女とのお互い叩きあうような会話が、今の私には必要です。

 

「さて。実は冬香に紹介したい人がいるんだ」

「新しい営業相手でしょうか?」

「違うよ。僕がプロデュースする、他のアイドルさ」

 

 ほら、挨拶して。

 相嘉さんがそう仰ると、相嘉さんの机の下から二人の女の子が出てきました。

 えぇ……

 見たところ机の下で相嘉さんに“奉仕”していたわけでもないようですし、何故机の下に?

 

「初めまして、冬香さん。佐久間まゆです」

「は、初めまして……星、輝子です。フヒッ」

「初めまして、お二人とも。どうも、逢坂冬香でございます」

 

 お近づきの印に、と。

 佐久間さんからは手作りのクッキー、星さんからは手作りのブナシメジをいただきました。

 何か返礼を……と思ったのですが、私の手元にあるのは穴開きコン◯ームとピンクロ◯ターしかありません。せめてお二人と同じように手作りだったら……!

 

「さて、自己紹介も済んだところだし、そろそろ本題に入ってもいいかな」

 

 真っ白な垂れ幕が降りてきて、相嘉さんがそこに映像を映しました。美城プロダクションの設備は凄いですね。

 

「もうすぐ美城プロダクションの大規模ライブがある。輝子はサブで参加、まゆはメインで参加だ。そして冬香。冬香には、楓と二人でダブルセンターを務めてもらいたい」

 

 ほお。

 なるほど、ダブルセンターですか。大役ですが、私のような新人に任せてしまってもよろしいのでしょうか。

 

「大丈夫だよ。冬香は初参加だけど、今や美城を代表するアイドルの一人だ。誰も文句は言えないし、僕が言わせない。

 アイドル部門創設以来ずっとトップを走り続けてきた楓と、異例のスピードで駆け上がっている冬香。絶対良いペアになると思うんだ」

「……そういうことでしたら、喜んでお受けいたします。非才な身ではありますが、ファンの皆様に喜んでいただけるよう、精一杯努めさせていただきます」

「うん! 良い返事だ。まゆ、経験者として冬香を助けてあげてね」

「はぁい、奏加さん。冬香さん、よろしくお願いします。分からないことがあったら、まゆになんでも聞いてくださいね」

「ええ。若輩者ですが、どうか良くして下さい」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 これから早速レッスンがある、ということで。美城プロダクション内にある一番大きなレッスンスタジオに参りました。とっても大きいです。ひろーい。

 もう既に何人か、アイドルの方が来ているようですね。

 

「こんにちは、冬香ちゃん」

「どうも、逢坂冬香でございます。そして初めまして、川島さん」

「あら、私のこと知ってたのね」

「もちろんです。美城プロダクションの方は全員、プロフィールを暗記してますよ」

 

 最初に話しかけてくれたのは、川島瑞樹さんでした。

 今回のライブ参加組で最年長らしく、メンバーを引っ張っているそうです。川島さんを皮切りに、他のアイドルの方々が次々と話しかけてきて下さいました。

 この中に私を倒してくれる方がいるかどうか、良い機会なので見定めておきましょう。本命は高垣楓さんですが、もしかすると思わぬ伏兵が――

 

「ふふーん、カワイイボクが挨拶に来ましたよー」

 

 くぁwせdrftgyふじこlp!

 

「ええ!? ど、どうしたんですか逢坂さん! は、鼻から大量の鼻血が!」

「だ、大丈夫でよわ。おほほほ。さ、幸子様。どうかお気になさらず。へへ、ただの持病なもんで」

「な、なんか凄まじくキャラ崩壊を起こしてますが……」

「ぐはぁ!」

 

 ま、不味いです!

 幸子様から心配されたことで脳内麻薬が多量分泌、血流が加速し過ぎてます!

 鼻だけではなく、口や目や耳、身体中の毛穴や汗腺からも血が! このままでは後五分ほどで出血死してしまいます!

 と、止めなくては! もし幸子様のお洋服にでも血がついたら大変です!

 

 大丈夫です、私ならやれます。

 集中……先ずは身体中の血流と筋肉の動きを感知。

 次に筋肉を最大まで膨張、後に硬化させることで血管を圧迫。同時に筋肉を操作し、心臓の鼓動をスローペースに。最後に副交感神経を使って脳内麻薬を落ち着かせれば――

 

「どう見ても大丈夫じゃないですよね、これ!? 床がち、血のプールになってますよ! え、えっと救急車! 救急車呼んでください!」

「ブハァ!」

 

 だ、ダメです!

 幸子様がこんなにお近くに!

 わ、私の意思とは無関係に身体が動く、動いてしまう! 細胞の一片までが狂喜乱舞してて、手がつけられません!

 これはもう……仕方がない。一度死ぬしかないようです。

 

 ――次の瞬間、冬香は渾身の力で己が胸部を叩いた。

 

 適切な角度、適切な力で放たれた拳は、筋肉や骨を一切傷つけることなく心臓のみを揺らした。

 強い衝撃を受けた心臓は一瞬強く鼓動した後、停止!

 紛れもなく心肺停止!

 逢坂冬香は、紛れもなく死んだのだ!

 血流が止まり、脳に血が送られなくなる。停滞した酸素の通ってない血では、冬香の脳といえど流石に十分な動きができるわけもなく……脳内麻薬の分泌をやめた。

 

 ――こんな噂を聞いたことがないだろうか。

 人は死んだ後も動く、という噂を。

 この噂は真実である。

 江戸時代初期、1675年のこと。決闘に敗れた侍が、死した後に刀を取り、一太刀だけ振り抜いた、という文献が残っている。

 強い意志が細胞に刻み込まれ、死んだ後も10秒ほど死人が動いた、という実例は確かに存在するのだ。

 

 人類にできることなら、冬香は大抵できる。それも今は幸子に会い、細胞がこれ以上ないほど活性化している状態なのだ。出来ないはずがない。

 冬香の左腕はひとりでに持ち上がり、先程と同じように胸部を殴打した。

 ――ドクン。

 心臓が鼓動を始め、血液が身体中に巡りだす。

 脳死寸前まで追い込まれていた脳も動き始め、先程の高揚状態と差し引きゼロでイーブンへ。

 

 復活!

 逢坂冬香復活ッ!

 

「ごきげんよう、幸子様」

「何事もなかったように!? も、もう大丈夫なんですか?」

「ええ、おかげさまで。少し貧血気味ですが、この程度なら問題ありませんわ。心配してくださってありがとうございます」

「まあ、ボクは気配りも完璧ですからね。もっと感謝してくれてもいいんですよ!」

「はい。本当にありがとうございます、幸子様! 私にできることならなんなりと! 全力を以て尽くさせていただきます!」

「そ、そこまでは言ってませんが……。まあいいでしょう。それより早くレッスンしませんか。みなさん時間がないと思うので」

 

 この日冬香は、今までで最高のパフォーマンスを見せた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 レッスンも終わり、帰路に就いている最中。

 私は一つのことを考えていました。

 相嘉さんの話を聞いた瞬間、私の中に一つの考えが浮かび上がったのです。

 ――そろそろ潮時、なのかもしれません。

 アイドル業界にいる方々は、みんな良い人です。相嘉さんも佐久間さんも川島さんも幸子様も。

 だからこそ、私の欲は満たされない。 

 高垣楓さんや765プロのみなさん、それからジュピターさんあたりと戦えなかったのはわずかに残念ですが。そろそろ引退、ですかね。

 かの小説家井伏鱒二様は、干武陵様の漢詩『歓酒』の一節「人生別離足 人生別離足」を「さよならだけが人生だ」と訳しました。

 つまりこういうことです。

 

「やり捨て上等」

 

 大きなライブ――そこで私の本性を全て告げ、引退することとしましょう。





 相嘉Pはアニメにいた『存在は明記されてるけど出てこないまゆのP』です。まゆが好きになるのはどんな人だろう、と考えた結果、仕事は有能だけど実直過ぎて欠点も多い、みたいな人かなと。まゆってほら、世話を焼くのとか好きそうだし。


【オマケ・『雪の降る中で死ねたら』第4話予告】
 博士の不手際で火星探査用に乗り込み地球を後にしてしまった冬香。
 極限状態の中襲いかかる過去最大の敵エスパー・ユッコ!
 冬香は博士から託された『普段は何の意味もないけど自分をエスパーと偽る敵だけにはえげつない殺傷能力を発揮する兵器』を守りきれるのか!?


 次回『雪の降る中で死ねたら』第4話。
 『えっ、本当にエスパーじゃないんですか?』
 乞うご期待ッ!


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第10話 色々と限界が近い

 夢は灰かぶり(ただし王子様はNG)、どうも逢坂冬香でございます。

 

 昔に書かれた童話は意外と残酷、なんて話を聞いたことがありますでしょうか。

 例えばグリム版のシンデレラでしたら、意地悪な叔母達はガラスの靴を履けるよう足を削いだ。しかもそうなるようを唆したのはシンデレラだった、などですね。

 童話なのになんでそんな残酷な、と思う方がいらっしゃるかもしれません。

 ですがそれは大きな間違いです。

 

 日本の古典などもそうですが、書物というのは書かれた当時の目線から書かれているので、現代から見ると少し変わった風に思えるのです。

 グリム童話が書かれたのは1800年代初頭。

 ほんの100年前の江戸時代と今でこれほどまでに価値観が変わるのですから、200年前に書かれた童話と今の常識は違って当然と言えます。

 200年前は復讐といったら徹底的に、そして王族と結婚すれば全てが手に入る。そんな時代だったのでしょう。

 できることなら、私もそんな時代に産まれたかったです。悪性の限りを尽くす貴族に、平和な村々を襲う山賊や海賊。なんともロマン溢れる時代ではありませんか。

 

 それに比べて今の時代はロマンに欠けています。

 警察は優秀ですし、無能だなんだとバッシングを受けている政府も法治国家として国を運営しています。

 まったく退屈でなりません。

 

 こんなロマンのない時代、現代版のシンデレラを書くとしたら、アイドルとしてスカウトされ、一夜にしてトップアイドルに……そんなストーリーになるのでしょうか。

 

 私はそんなのまっぴらゴメンです。熨斗をつけて返してやりたいです。しかし現実として、私は今、そんなストーリーをシンデレラとして歩いている……

 だからぶち壊してやろうと思います。

 もし童話のシンデレラが舞踏会で突如全裸になり「私はど変態です! 誰でも良いから私を襲って下さい! 王子様ぁ? 中年で脂ぎった悪政王になってから出直してきな!」とか叫んでいたら、どうなっていたんでしょうね。

 ちょっと気になりません?

 だから私が見せて差し上げます。現代版のシンデレラとして。

 

「というわけで退屈なので本性を明かしてみようと思うのですが、どう思います?」

「頭がおかしいと思う」

「出会っていきなり言葉責めとは、奈緒もレベルを上げて来ましたね」

「違う、今のはシンプルな感想だ」

 

 ジトっとした顔で奈緒に睨まれました。

 今日は奈緒と二人で、いつものファミレスに来ています。

 路線変更したいのですけれど、とりあえず相談したいです、ということで来ていただきました。

 

「てゆーか冬香は『清楚で完璧な自分』が虐められるのが好きなんだろ? だったら本性バラしたら、意味ないんじゃないか?」

「まあそうなんですけどね……」

 

 奈緒の言うことは正しいです。

 今回のことは、私の本来の趣旨とは大幅にズレています。

 ですがそう、これには仕方ない事情があるのです。とてつもなく大きく、そしてどうしようもない事情が。

 それは――

 

「性欲の限界が近いです」

「昼間から何言ってんだ、お前は」

「むしろ今までよく持った方だと、私を褒めてくれてもいいくらいです! 私の性欲は常人の15〜20倍! つまり二人でこうして話している間にも、私は奈緒の約3倍ムラムラしているのです!」

「サラッとあたしを常人より上に位置するな!」

「あっ、またムラっときた」

「あっ、お腹空いた、くらいのテンションで言うなよな!」

「同じ三大要求ですから」

「くくりは同じだけど、全然違うものだろ!」

「ちょっと我慢できないんで、思いっきり殴ってもらってもいいですか?」

「断る!」

「その場合、私が奈緒を襲うことになりますが、よろしいですか?」

「よろしくないに決まってるだろ!」

「仕方がありません。ちょっとダンプにでも轢かれてきますね」

「それは流石に冬香でも死ぬだろ! 死ぬ……よな?」

「さあ? 昔お兄様がロードローラーに轢かれたときは、ピンピンしてましたけどね」

「あの人はまたちょっと別だろ」

 

 私も身体能力は高い方だと自覚していますが、お兄様はまた別格です。スポーツでは勝ったことがありません。

 

「てゆーかあんなにテレビとか雑誌に出てるのに、そんなに退屈なのか?」

「もちろん時間的には忙しいですよ。肉体疲労度的には悪くないです。でもほら、精神的に満たされないんですよ。例えるなら、身体だけの関係で心は繋がってない、みたいな」

「その例えは絶対いらなかったけど、言いたいことは分かった」

「最近の楽しみといえば、ライブの合同レッスンの時に、小日向美穂ちゃんにセクハラすることくらいです」

「何してんだお前!」

「休憩時間、何気ない談笑をしてるとするじゃないですか。その時、真っさらな笑顔を浮かべながら『最近ちょっと小耳に挟んだのですが、その、あお◯んってなんですか?』って」

「最悪だな」

「これを逆無知シチュと名付けようと思ってるのですが、どうでしょう?」

「どうでしょう、じゃねえええ! 小日向さんに謝ってこい!」

「すまんなコッヒー」

「どうした急に!?」

「いやほら、今日は元々私のキャラを変えたいという話だったじゃないですか。色んなキャラを模索しようと思いまして」

「頼むからもうちょっとアイドルらしいキャラを模索してくれ」

「おうさか星から来たぷりぷりキュートなお姫様、とうかりんだよ!」

「お、おおう……。友達がそうゆー路線て、思ったよりキツイな」

「おえ」

「自分で胸焼けしてるじゃねえか!」

「違うんです。今のはあまりにもキャピキャピした自分が気持ち悪くて、胸焼けしただけなんです」

「何も違くねえじゃねえか! あたしの想定そのままだよ!」

「あっ、ムラっときた」

「だーかーらー!」

 

 腕をぶんぶん振りながら、目をギューっとする奈緒。そんないいリアクションするから、みんないじりたくなるんじゃないでしょうか。その辺を自覚してるんですかね、この人は。

 

「それで話を戻しますが、路線変更したいんですよ。今の清楚路線から、淫乱路線に」

「路線変更どころか、もうそれは車両ごと変わってるだろ」

「えっ、何ちょっと上手いこと言ってるんですか。こわっ」

「い、いいだろ別に! あたしがちょっと上手いこと言ったって」

「太眉なのに?」

「関係ないだろ!」

「アンダーヘアも濃いのに?」

「おま、なに言ってっ!」

「すいませーん! モンブランひとつ下さい」

「会話の流れ無視か!」

「それでですね、次のライブで本性をぶっちゃけてしまおうと思うんですよ」

「あーもー! 勝手にしろよ!」

「じゃあそうします」

「…………いやいやいやいや! やっぱりダメだろ、それは!」

「前代未聞ですよ、これは」

「末代まで聴きたくないわ!」

「失礼します。モンブランをお持ちしました」

 

 店員さんが一礼しながら、モンブランを持ってきてくれました。

 ――奈緒の前に。

 そして怪訝そうな顔をしながら去っていきます。

 

「さてはお前、また忍術使ってるのか!」

「ええ。周りの方からは、奈緒の姿しか見えていませんよ」

「さ、最悪だ……」

「最悪? それはつまり、最も悪いという意味ですよね? 家族がみんな死ぬより、今の状況の方が悪いと、そういう意味なんですよねえ!?」

「なんだ急に!? 言葉の綾だろ、めんどくさいな!」

 

 今気がついたのですが、話がちっとも進みません。奈緒をいじるのが楽しすぎて、つい脱線してします……

 

「奈緒って相談相手としては三流ですよね」

「あたしが悪いのか!? 絶対冬香が悪いだろ! 相談内容が意味分からなさすぎるんだよ、まったく。普通そういうのって、プロデューサーに相談するもんじゃないのか?」

「いや、あの人はちょっと……」

 

 興味はありますけどね。相嘉さんに相談したらなんておっしゃるのか。この私をして、なんて返すのかまったく想像できません。

 

「……なあ、今のままじゃダメなのか?」

「どういう意味です?」

「今のままアイドルとして成功していって、トップアイドルを目指すだけってのもいいんじゃないか。アイドルの仕事にやりがいとか楽しさとか感じてさ」

「やりがい、ですか……」

「ないのか、ちょっとは」

 

 やりがい、楽しさ……

 そういえば合同レッスンのとき、誰かがそんなことを言ってましたっけ。こうしてみんなで頑張って、その結果ファンのみんなに喜んでもらえるのが嬉しい、と。

 私はアイドルという仕事を使って愉悦を感じる瞬間はあっても、例えばファンのみなさんからの応援に嬉しさを感じたりとか、レッスンが上手くいって達成感を得たとか、そういった感情を抱いたことはないですね、そういえば。

 あのとき、あのセリフを言っていたのは誰だったか――

 

「……高垣楓」

「ん?」

「そう、あれは高垣さんがおっしゃっていました。もう一人のセンターであるあの人が」

「楓さんがどうかしたのか?」

 

 奈緒が心配そうに顔を覗き込んでいます。

 ちょっと待ってて下さいね。今頭の中を整理しているので。

 あと少し、あと少しで私の中に渦巻くこの奇妙なわだかまりの正体が分かりそうなのです。

 

「――奈緒、正直なところを言います」

 

 やっと考えがまとまり、口が動きました。

 ……先程の評価を改めなくてはいけませんね。

 私が考えている間、奈緒は黙って待っててくれました。そして今は真剣に、私の話を聞いてくれています。

 申し訳ありません、奈緒は良き相談相手でした。

 

「私はアイドルという職業を使って楽しむことはあれど、アイドル自体に楽しさを見いだしたことはないですし、それを目標ともしていません。だからいくらアイドルとして成功しようと、まったく嬉しくないのです」

「……そっか」

「そこで刺激を求めて、私は本性を明かすことにしました。裏を返せば、アイドルとして仕事をすることが楽しいと感じるのなら、本性を明かす必要もないということです」

「うん」

「しかし今のままですと、アイドルを楽しいと思う瞬間は未来永劫訪れないでしょう。まあ私はそのままでも良いのですが、正直な話、お世話になったプロデューサーやスタッフの方に申し訳ないという気持ちもあります」

「…………」

「そこで考えました。私と同ランクであり、そしてアイドルとして仕事をすることが楽しいとおっしゃっていた高垣さんなら、私にアイドルの楽しさという物を教えてくれるのではないのだろうか、と」

「で、具体的にはどうするんだ? 話を聞くだけ、じゃ収まらないんだろ」

「ええ、はい。奈緒は私のことを本当によく分かってますね」

「ま、腐れ縁だからな」

「ふふふ」

 

 まったく奈緒は、こんな時でもツンデレですね。

 

「次のライブ、高垣さんと二人で歌う場面があります。そこで高垣さんと勝負をしてきます。私が負ければ私が未熟なだけ、今のままアイドルを続けます。私が勝てばその時は――本性をその場で全て公開する。という風にしようかと」

「――複雑だな」

 

 そんなに複雑な話だったでしょうか。

 小首を傾げると、奈緒は笑いながら言いました。

 

「だってその場合、あたしは冬香と楓さん、どっちを応援すればいいか分からないだろ?」

「たしかに」

 

 これは一本取られましたかね。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 冬香と別れたあと、あたしは考えた。

 冬香はアイドルが楽しくないって言ってたけど、それは嘘だと思う。いや、嘘っていうのは少し違うかな。たぶん自分で気がついてないんだと思う。

 ああ見えて、冬香は飽き性なんだ。

 なんでもやればできちまうせいか、何か始めて長続きしてるところを見たことない。

 ……え、えっちなこと以外。

 と、とにかく! その冬香がここまで長くやってるんだから、心の奥底ではアイドルを楽しんでるんだと、あたしは思う。

 だからこそ、冬香は勝つ。

 あいつがここまで長く打ち込んだ分野で、負けるところが想像できん。楓さんには悪いけど。

 ただの勘だけど、あいつは楓さんに勝ったら、遠くない未来アイドルを辞めちまうと思う。自分がアイドルを好きだってことに気がつかないまま。それはなんてゆーか、すごいもったいないとあたしは思う。

 だってさ、本当に珍しいことなんだ。ここまでなにかが続いてることも、何かに悩んであたしに相談することも。

 ちょっと嬉しかったんだ。完璧な冬香があたしなんかをアテにして相談してくれることが。

 

「――あっ、もしもし。すみません、神谷なんですが」

 

 だから今回は、あたしが助けてやろうと思う。

 言ってなかったけど、あたし、アイドルにスカウトされたんだ。は、恥ずかしかったからその場では断ったけど、あの人しつこくってさ。連絡先だけ交換したんだ。

 あの人が冬香の担当プロデューサーなのかは知らないけど、いいや違くても、頼めば冬香の担当プロデューサーに話を通してくれると思う。

 もし冬香が本性を明かしてもなんとかしてもらえるよう頼んでおくからさ、だから、勝てって応援はできないけど。

 頑張れよ、冬香。

 

「アイドルになる件なんだけど。その、受けてもいいかな、て」

 

 もう少しそこにいてくれたら、あたしがそこに行って、遊んでやるから。



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第11話 宣言

 たまにはシンプルな挨拶を。

 どうも、逢坂冬香でございます。

 

 やって来ました、シンデレラ・ライブ当日。

 率直な感想としましては、人が多い、でしょうか。

 私が体験した中で一番、観客の方が多いですわ。それにアイドルの方々も、ちょっと多すぎるくらい居ます。そのせいでセットリストが長くて、スタッフさん達が大変そうですね。

 羨ましい……

 

 今、私は暇です。

 やることがないです。

 とうかたいくつー。

 

 最初のオープニング、

 最後に全員揃って歌うカーテンコール、

 それから前半部分のラストを締めるソロ曲、

 そして後半部分中盤の高垣さんとのデュオ。

 この四つしか、私が出るシーンはありません。

 ソロ曲は歌い終わってしまったので、後は高垣さんとのデュオを待つばかりです。

 新人で持ち歌も少なく、ユニットも組んでないので当たり前なのですが、暇です。

 ですがそんな退屈な時間も、ようやく終わりを告げました。

 

「逢坂さん、スタンバイお願いします」

「かしこまりました。直ぐに行きますね」

 

 スタッフの方が、私を呼びに来ました。

 彼の誘導に従って、舞台袖へ。

 彼が私を密室に誘導して襲って下さる――なんてことも考えましたが、心拍数と表情を見る限り、そんなご様子もないようで。残念です。

 

 舞台袖では、相嘉プロデューサーと高垣さんが待っていました。

 遅れて申し訳ありません、と頭を下げると、お二人は笑って迎えてくれました。まったく、いい人達です。一般的には美徳とされるのでしょう。私からすると退屈なのですが。

 

「今日はいいライブにしましょうね、冬香ちゃん」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 お客さんが一人でも喜んでくれるといいのだけど。高垣さんはそう仰りました。

 お客さんが一人でも悦んでくれるといいのですけれど。私はそう思いました。

 あるいは私を悦ばせてくれれば、それでいいです。お客さんでも、高垣さんでも構いません。来るもの拒まず。私もアイドルの端くれですから。

 

「冬香……」

「はい、なんでしょう」

「信じてるぞ」

 

 そう言った相嘉さんの表情は、いつもとどこか違います。

 この表情から読み取れるものは。

 決意――そう、決意に満ちています。

 いつもなら、私への心配と応援の気持ちが半々くらいなのですが。

 まあ、いいです。

 それよりも今は……ふふ。ええ、今は目の前のことに集中しましょう。高垣楓さんという今までで最高のバイブレーションと、今までで一番観客の方が多いというシチュエーション。これを愉しまずして、何を愉しむというのか。

 今日こそは、私を倒してくれるのでは?

 考えただけで、ビショビショ――失礼、ワクワクして来ますね。

 

「お次は、高垣楓さんと逢坂冬香ちゃんのデュオです!」

 

 司会の千川さんの声と、私達を呼ぶ観客のみなさんの声が聞こえて来ました。

 それでは、行くとしましょう。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 本日歌う曲は『こいかぜ』。

 様々な代表曲を持つ高垣さんですが、どれか一つと言われれば、やはりこの曲だろう、と言われるほど有名な歌です。

 それと私唯一のソロ曲である『Snow World』。

 この二曲を、それぞれデュオで歌います。

 

 先ずはこいかぜから。

 しっとりした出だし……私と同じように、高垣さんも、最初はゆったりとした顔で観客のみなさんを引き込んでいるようですね。1/fゆらぎも当然のように持っていますか。流石です。

 高垣さんの持ち歌であり、高垣さんが引っ張り続けて来た美城プロダクションのライブ会場ということもあってか、私が少し負けてますね。

 

 ああっ、いいです。

 とてもいい。

 記念すべき美城プロダクションのライブ。

 創立からの想い出に浸るみなさんに紛れ込んだ異物(新人)、それが今の私です。

 お腹の奥から、熱い物が湧き出て来ます。

 私は今、初めて強敵と戦っている。

 そう実感できます。

 このまま自分の色も出せないまま、完膚なきまで負けてしまう……

 なんとも燃えるシチュエーションではありませんか。率直に言って興奮します。

 いつもの私なら、それでいいと思ったかもしれません。

 ですが、そう。ふふふ。

 

 ――今日だけは、本気を出しましょうか。

 

 耳から入ってくる高垣さんの声。

 そして観客のみなさんの声。

 声、というより呼吸。

 先ずはこれを良く聞きます。

 高垣さんが声を出している間は、観客のみなさんも興奮した息遣い。逆に高垣さんが息継ぎをしている間は、観客のみなさんも一息つく。良い一体感です。会場中が一つになっている、完璧と言ってもいいでしょう。

 この一体感を乱さなければなりません。

 私だけ異物扱いされて興奮している場合ではないのです。

 ですが、長い年月をかけて出来上がったこの一体感はそう簡単に崩れるものではない……と、思われるでしょう。

 固い物ほど、土台が崩れれば脆い物。

 狙うのは高垣さんの歌、そのものです。

 

 高垣さんの歌い終わり、息継ぎをするタイミングで、少しだけ声を出す。

 歌い初めには、逆に少し早めに歌い出す。

 こうすることで、私の歌を印象づけ、高垣さんの歌から注意をそらす――というのはどうでしょうか。

 

「―――、―!」

「――、――――、―!」

 

 どうも上手くいきませんね。

 まあ、一筋縄ではいかないということでしょう。

 手はまだあります。

 

 ある音に対して、逆方向からまったく同じ音を出すと無音になる、という話を聞いたことがありますでしょうか?

 次に狙うのはそれです。

 私はやろうと思えばどんな音でも出せますので、反響を利用して、逆方向から高垣さんと同じ音を出すことも可能です。

 流石に完全な無音になると不自然なので、高垣さんの歌声を少し弱める程度には抑えておきますが。それでも、効果はあります。単純に声量で勝てれば、それだけ注目を集めやすいので。

 

 ……これも効果なし、ですか。

 高垣さんの場合、声量云々というよりも、その声質そのものに魅力されてる方が多いようですね。

 それなら声質を悪化させれば……

 

 

 

 結局、声質を乱す作戦もあまり上手くはいきませんでした。

 それだけではございません。

 その後も色々試してみましたが、どれも不作に終わってしまいました。

 サビに入る前の段階では、完全に高垣さんペースですね。

 ……よく分かりました。

 高垣さんは、小細工を弄して勝てる相手ではございません。

 何か仕掛ける時、ほんの少しだけですが、パフォーマンスが崩れます。高垣さんほどの方になると、その僅かな乱れが命取りになるのでしょう。

 

 王道に勝るものなし。

 つまりは、そういうことです。

 

 それならば、王道で勝負しましょう。

 高垣さんの持ち味はサビとサビ前の強弱、その振れ幅にあります。

 サビ前には、生来の落ち着いた声で観客のみなさんをなだめ、

 サビでは一転して力強い声で衝撃を与える。

 その高低差が、高垣さんの強みなのです。

 ならば私は、それ以上の振れ幅を出しましょう。

 

 先ずはサビの前の静かさ。

 大きい声を出しながら“静か”を表現するのは、至難の技です。

 ですが私なら、そう難しいことではありません。もちろん、高垣さんも。問題はどちらの方がより大きい声量で“静か”になれるのか、という点です。

 そして今のところ、それは私に軍配があるようで。

 私の方がより“静か”です。

 この後サビに入りますが、当然より下にある私の方が、その振れ幅は大きいはず。

 どうやらこの勝負、私の勝ちのようですね。

 さあ、サビへと参りましょう。

 

「――!?」

 

 驚きました。

 本当に久しぶりに、驚かされました。

 私は高垣さんの人柄を見て、勝手に勘違いしていたようです。

 サビに入る前のしっとりした声質、それが彼女の強さ、長所なのだと。そう思っておりました。

 ですが高垣さんの長所は、サビの前ではなく、むしろサビに入った後!

 盛り上がり部分での高さ――いいえ、苛烈さこそが本質。

 サビ前の静かさを高垣さんが9だとすると、私は9.5は出ていました。

 しかし今、私のピークが9だとすると、高垣さんは10は出ています。

 サビにいかに入るか、ではなく、いかにサビを盛り上げるか。高垣さんが振れ幅を出しているのは、こういうことだったんですね……

 見誤りました。

 気がついた時には、既に時遅し。

 このままですと、私は負けるでしょう。

 

 くひっ。

 

 おっと。

 人生初の敗北を前にして、つい笑いが。

 これでははしたないですね。失礼いたしました。

 しかし何故、高垣さんはこれほどまでに強くサビを歌えるのでしょうか。肉体的には、私の方が優れているはずなのに……

 歌、つまり音とは振動。

 喉から出せる音には、限界があるはずですが。

 

 ……。

 ………。

 …………ああっ、そういうことですか。

 喉だけで音を出そうとするから悪いんですね。

 肺の振動を喉からだけでなく、全身を震わして出せれば、その方が音が出るに決まってます。

 普通の方なら無意識にやっているのでしょうが、私は反射神経がないので、意識しなければ出来ません。

 喉を使うように、全身の筋肉を使う、ですね。

 

 ――こういう感じでしょうか。

 

 ん、ちょっと違いますね。

 もっと細かく、全身の細胞を振動される感じで。

 ……おお、やってみるものですね。

 それっぽくなってきました。

 もう少し、続けてみましょうか。

 後もう少しだけ。

 せめて、このライブが終わるくらいまでは。

 

 ああっ、気がつけば『こいかぜ』が終わっていましたね。

 次は『Snow World』ですか。

 

 ……あら?

 そういえば、同じことを反復練習するのは、いつ以来だったでしょうか。

 一つのものに時を忘れるほど熱中したのも、記憶にありませんわね。

 まあ、いいでしょう。

 

 それより今は、次の歌を歌いましょう。

 次はどんなことを試しましょうか……ふふ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 アイドル黎明期時代、頂点に立ち、伝説を残したアイドル・日高舞。

 オーガとまで呼ばれていた彼女も、今ではすっかり落ち着き、今ではただの主婦だ。

 そんな彼女は主婦らしく、自宅で夕食を作っていた。

 夫はまだ帰ってきていないが、娘は既に帰宅しており、リビングでテレビを見ている。

 娘はアイドルのライブを観ているようだ。

 参考にするのだという。

 そう、娘である日高愛もまたアイドルなのだ。

 血は争えないということだろうか。

 

「ママー! 楓さんが映ってるよー!」

「はいはい。それより夕食の準備を手伝いなさい」

「はーい」

 

 返事をしたものの、愛はテレビにかじりついて離れない。

 舞も昔は、何か好きな物が出来るとこうして延々と観ていたものだった。

 せっかくの夕飯なのに、心ここに在らずで食べられるのはちょっとねー。夕食は少し遅らせた方がいいかな。

 舞はそう考え、少しの間愛と一緒にテレビを観ることにした。

 

 映っているのは、最近アイドル業界に参入した美城プロダクションのアイドル達だ。

 最近、と言ってもそれはアイドル部門に限ったことで、美城プロダクション自体は老舗の大企業である。

 その証拠に、既に単独ライブを開いているようだ。

 

「ほら、この人が楓さんだよ!」

 

 愛が指差したのは、高垣楓。

 もちろん、舞は楓のことを知っていた。

 引退したとはいえ、まだそれなりにツテはある。業界の情報は、それなりに持っていた。

 舞の記憶によれば、楓は美城プロダクション唯一のSランクアイドルであり、遠くない未来トップアイドルになるとまで言われている人物だ。

 

「まあまあね」

 

 しかし舞は、まあまあという評価を下した。

 悪くはないが、良くもない。

 これは舞の本心だ。

 もっとも、彼女に「悪くない」と評価されるアイドルは、日本に10人もいないだろうが。

 

「隣にいるのはだれ?」

「えっとね、逢坂冬香さん! 最近デビューしたばっかりなんだよ!」

「ふぅん」

 

 冬香に関しても、悪くはないと思ったが、興味をそそられるほどではなかった。

 さして面白くもないが、見ていられないほどではない。娘が飽きるまで付き合ってもまあいか。二人のライブは、舞にとってはその程度の評価だった。

 

 ――そんな舞の評価が崩れたのは、これから僅か1分後のことだ。

 

 サビ部分に入り、先ず、舞は楓の評価を改めた。悪くない、から、中々やるじゃない、へと。それ程までに、楓のサビは良かった。

 逆に冬香は、少し悪くなったように思う。

 どこかライブに集中出来ていないように感じた。

 もちろん舞だからこそ感じれる僅かな違和感であり、傍目には分からないだろうが。

 だがそれも一瞬のことで、直ぐに冬香のパフォーマンスは元に戻った。

 否、元に戻ったどころではない。

 進化していた。

 舞すら想定もしていなかった、ありえない速度で。

 

「……ママ?」

 

 心配そうな愛の声は、もう耳に入っていなかった。

 家庭を守る主婦も、もうそこにはいない。

 

 全身に鳥肌が立つ。

 血が熱い。

 やっと現れてくれた。

 何年も待ち焦がれた戦う相手が!

 全力を出してもいい、と思える敵が!

 

 そこにいるのはもう主婦ではない。

 伝説のオーガがいた。

 彼女は愛と共に、876プロダクションへと向かった。

 再びアイドルに戻るために。

 逢坂冬香と戦うために。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 逢坂冬香の出現に気がついたのは、日高舞だけではなかった。

 日本中のアイドル関係者達もまた、気がついていた。

 その少女の才能、異常性に。

 否が応でも、気づかされていたのだ。

 

 

 

 961プロダクション本社ビルでは、社長である黒井の怒声が響き渡っていた。

 

「なんだ、こいつは――!」

 

 信じられなかった。

 黒井は、この業界では最も情報網が広い。

 故に逢坂冬香が最近スカウトされてきた、新人であることを知っていた。

 そんな新人をメインに据えるとは、美城プロダクションも馬鹿なものだ。高垣楓の評価を下げるだけではないか。つい先程前までは、そうやって鼻で笑っていた。

 しかし今では、そんな侮りは少しもなかった。

 この少女は異常だ。

 今のアイドル業界を壊しかねない。

 

「クソッ!」

 

 黒井は電話に手をかけようとした。

 相手はあの美城プロダクションだが、黒井が全力を出せば、権力で潰せるかもしれない。

 

「落ち着けよ、おっさん」

 

 だが、黒井は手を止めた。

 いや、止められた。

 自社の抱えるSランクアイドル・天ヶ瀬冬馬の手によって。

 

「実力で真っ向勝負だ。だろ?」

「……ふん」

 

 冬馬の言葉を鼻で笑った後、やはり黒井は電話を掴んだ。

 しかし、先ほどのように、潰すためにではない。

 逢坂冬香のことを調べるために。

 冬馬は笑い、黒井の肩を叩いた後、メンバー達の元へと戻った。

 

 それでいい。

 いつでも真っ向勝負。

 それが冬馬の、否、ユニットの心情だ。

 

「とんでもねえ奴が現れちまったな」

 

 どこか嬉しそうな冬馬の声に、ユニットメンバーもまた笑って答えた。

 冬馬が所属するユニット『ジュピター』は、冬馬を含めた男三人のユニットである。

 しかし今日は、もう一人少女がいた。

 彼女は特別だ。

 黒井自らがスカウトしてきたその少女は、来たるべき時に備え、ここで待っていた。

 

 アイドル業界で最高峰と言われるSランクアイドル。

 彼女はそれを超えたオーバーランク。

 

「やっと好敵手が現れた」

 

 『オーバーランク』玲音が動き始めた。

 日本で見つけた仲間と共に。

 遂に現れた好敵手と戦うために。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 『歌姫』如月千早はテレビを見つめていた。

 

 最初は勉強のために、高垣楓を見るつもりだった。

 しかし、他の何万人ものファンと同じように。

 今ではもう、別の人物に心奪われていた。

 

「――逢坂冬香、さん」

 

 業界にあまり詳しくない千早は、その少女の名前を知らなかった。

 しかし生涯、もう忘れることはないだろう。

 心の中に落ちたその名前は、紙に落とした墨汁のように、千早の中に染み込んでいった。

 

「如月くん」

「しゃ、社長! いらしたんですか。今、お茶をお淹れしますね」

「いや、是非ともいただきたいものだけどね。その必要はないよ」

 

 いつも社長室にこもりきりの社長が、珍しく出てきた。

 社長と話したのはいつぶりだろうか。

 前は、そう、千早の声が出せなくなった時だった。

 その前はデビューの時だ。

 社長はいつも、千早が転換期の時だけ出てきて、一つだけアドバイスをくれた。

 

「逢坂冬香くん、か。私もテレビで見させてもらったよ。すごいねぇ、彼女は」

「はい。私もそう思います。この人の歌は――進化しています。私が、いえ、どんな人も使ったことがない様な技法を、どんどん取り入れて」

「ああ。かつての日高くんを見ているようだ」

「日高くん、というとあの日高舞さんのことですか?」

「そうだよ。彼女は特別だった。無論、君たちもだけどね」

「ありがとうございます」

 

 特別、と社長は言ってくれた。

 しかし、本当にそうだろうか。

 私の歌は、努力で築き上げたものだ。日高舞さんや逢坂さんのように、才能で作り上げたものじゃない。もし逢坂さんが努力すれば……

 

「社長」

「ん?」

「私はレッスンに行ってきます」

「……そうか。頑張りたまえ。私はまた、仕事に戻るとするよ。楽しい時間をありがとう」

「こちらこそ、為になるお話をありがとうございました。お仕事、頑張って下さい」

「うむ」

 

 社長はまた、社長室へと戻った。

 しかし扉を閉める前に振り返り、口を開ける。

 

「彼女はきっと、いつか如月くんと相見えるだろうね。悔いのないように、準備しておくといい」

「! ――はい!」

 

 如月千早はレッスンスタジオへと向かった。

 いつか目の前に立ち塞がるであろう、少女を越えるために。

 ……ではなく、

 自分の歌を、より高めるために。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 日本中の業界人達は、誰もが伝説の始まりを感じていた。

 いや、もう始まっているのかもしれない。

 そう感じていた。

 舞台袖で己のアイドルを見る相嘉も、また例外ではない。

 

「冬香……」

 

 だが、相嘉の顔は優れない。

 彼は伝説とは、まったく別の物を予期していた。

 

 今から二週間ほど前。

 相嘉は一人の少女をスカウトした。

 最初は素気無く断られたが、相嘉の熱意が通じたのか、会うと少しだけ話してくれるようになった。

 驚いたことに、彼女――神谷奈緒は、冬香の親友なのだという。

 世間は狭いものだ、と相嘉は思った。

 

 そして三日前。

 相嘉は奈緒から、冬香の本性を知らされた。

 更に冬香は、楓に勝った暁には、自らの本性を明かす気だ、と。

 

 いくら冬香と言えど、美城プロダクションのトップアイドルである高垣楓には勝てないだろう。

 周囲はそう言った。

 しかし奈緒と相嘉だけは、冬香なら勝つと。

 勝ってしまうだろうと思っていた。

 

 目の前で楓を糧に、進化を続ける冬香。

 相嘉の悪い予感は当たってしまった。

 もちろんこれはライブなので、どちらが盛り上がったかなどMCが言うはずもないが、冬香の方が盛り上がったのは明らかだ。

 

 そして到頭、ライブが終わった。

 冬香がマイクを握る。

 言わないでくれ。

 相嘉は願った。

 一応準備はしてきたが、それでも言わないでくれたのなら、それが一番なのだから。

 

「今日はみなさんに、告げなければならないことがございます」

 

 ざわめく会場。

 楓もちひろも、そんなことは聞いていないと慌てている。

 

「実は私は――淫乱な女なんです」

 

 この日、世界は逢坂冬香を知った。



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第12話 デビュー

 私の声は届きませんでした。

 マイクの音声が切られていたからです。もちろん本気を出せば肉声だけでファンのみなさんに声を届かせることは出来ます。ですが私はそうしませんでした。

 舞台の袖で、何か言いたげなプロデューサーが、マイクのリモコンを持って立っていたからです。

 私は自分を虐げることは大好きです。しかし他人を虐げることは良しとしません。ファンのみなさんへの挨拶もそこそこに、プロデューサーの元へと行きました。

 

「よかったよ冬香。これで名実共に、君は美城プロダクションのトップアイドルの一人だ」

「ありがとうございます」

「だけど僕は、君をトップだとは思わない。少なくとも今の君を」

「なぜ、でございましょうか」

「プロ意識がないからだ」

 

 それはまあ、ないでしょう。

 私は趣味や道楽でアイドルをやっています。もし明日アイドルを辞めることになってもさほど後悔はありません。

 

「君はファンのみなさんの期待を裏切ろうとしたね。神谷さんから聞いたよ」

「奈緒からですか?」

「うん。たまたま街で見かけてスカウトしたんだ。そしたら友人だって聞いてね。冬香の話をしたんだ」

「そんな関係があったとは」

「神谷さんは言ってたよ。あれで冬香は結構飽き性なんだって。そろそろアイドルに飽きて、変なことをしようとするって。君の……なんて言っていいか分からないけど、本性のことも教えてもらった」

「性癖と言って欲しいです」

「ああ、うん。それでいいんだ」

「むしろそれ以外に何が?」

「女子高生だろう、君は」

「はい。ピッチピチです」

「おじさんか。まあ、それで、だ。君はどうしたい?」

「犯されたいです」

「えぇ……。途端にストレートに来るね。びっくりしたよ」

「隠す意味がなくなりましたから。あっ、でもプロデューサーは嫌です。清楚すぎます。もっと脂ぎってから出直して下さい」

「それは無理だなあ。営業があるからね。ってそうじゃなくて、アイドルとしてどうしたい、って話なんだよ」

「うーん、特にはないですわ」

「そうか。それじゃあ君には明後日から温泉のロケに行ってもらう」

「……へ?」

 

 話の方向性が急に方向転換しました。

 今ちょっとシリアスなシーンでしたのに。温泉のロケとは?

 

「僕は考えたんだ。君は未来ある子供だ! 頭も良くて気立てもいい! なのに破滅への道を歩もうとしてる! そんな子を放っておいていいわけがない! だから君のプロデューサーとして僕は一層頑張ると決めた!」

「いや、頑張らないで下さい。てきとーに枕営業でもさせてていいですよ」

「冬香!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 プロデューサーにがっしり肩を掴まれました。

 近い、ちかい。

 

「君は子供だ。将来のことなんて想像できないだろう。君が変なことをして、将来後悔したらどうするんだ!」

「そ、それもプレイの一環として受け入れます! むしろばっちこい!」

「バカ!」

「もっとなじって!」

「アホ、マヌケ!」

「あぁん! もっと!」

「君はとんでもない性癖を持ってるなあ!」

「その調子です! 次は更に感情を込めて!」

「分かった! ――って違う! いやでも、わかった! こうしよう。僕は君に仕事を持ってくる。だけど次からはある程度要望も聞くし、その、なんだ。溜まったら僕が今みたいに発散させる。だからアイドルを続けなさい」

「えー、プロデューサーはタイプじゃないんですが」

「楽しんでたじゃないか」

「不意打ちだったからです。今はもう覚悟が決まったので、何をしても無駄ですよ。不感にして鉄の女。どうも、逢坂冬香でございます」

 

 私は安い女です。意識高いやつになど屈しも感じもしません。もっと舐め腐っていただきたい。

 

「……まあ、いいよ。冬香、君の最初の目標はなんだ」

「完璧清楚な私を、最底辺の男に惨たらしく犯させることです」

「そうだ! 今暴露したら、願いが叶わないぞ!」

「はっ!」

 

 そ、そうでした。

 私はなんて愚かなことを……

 冬香、猛省です。一時の快楽に惑わされて大義を失うなど、逢坂家の人間失格でした。

 

「ふっ、お前には負けたぜ。いいだろう、この私を煮るなり焼くなり好きにすればいい。出来るだけ熱い温度で頼むぜ」

「さっきからコロコロキャラが変わるな、君は! そっちが本性か」

「まあ、割と。シモの方では突っ込まれたいですが、日常ではボケていたいです」

「最低の心情をありがとう。この分だとバラエティの仕事を持って来ても大丈夫そうだな」

「過激なやつですか?」

「いや、スタジオでVTR見てコメントするタイプ」

「嫌です。もっと過激なロケに行かせて下さい。要望を聞くと言ったではありませんか」

「……はあ。そうだったな。じゃあ、そっちも少し取ってこよう」

「やったあ! プロデューサー大好き! タイプではありませんが」

「そ・の・代・わ・り! 他の仕事もきっちりこなしてもらうぞ」

「分かりました。飴とムチですね。私の場合、ムチが飴で飴がムチなのですが」

「ややこしいな!」

 

 その時、後ろから歓声が聞こえて来ました。

 どうやら次のセットリストに移ったようです。ここでは邪魔だから、と私達は移動しました。

 

「高垣さんの所に挨拶に行くぞ。これから長い付き合いになるんだから」

「長い付き合い?」

「言ってなかったか。冬香にはユニットを組んでもらう。高垣さんはメンバーの一人だ」

「え!?」

「まだ確定じゃないけどな。他の事務所のアイドルさんとも合同になりそうで、プロデューサーレベルの話でしかないんだ」

「私、ユニットは嫌です。組むなら奈緒か幸子様がいいです」

「ユニットの方向性的にダメだ」

「性的にダメ?」

「一部分をピックアップするな!」

 

 そうこうしている内に高垣さんの楽屋前に着きました。

 ノックをしてプロデューサーが中へ。私も後に続いて、二人で頭を下げました。

 

「高垣さん、今日はありがとうございました」

「いいえ。同じ事務所ですから、気を使わないで下さい。冬香ちゃんも、とってもお歌が上手いのね」

「戦いの中で成長する女。どうも、逢坂冬香でございます。今日はありがとうございました。それと……ステージの和を乱してしまってすみません」

 

 私が前に出ようとするあまり、高垣さんは気を使ってサポートに回ってくれました。

 今回はフェスではありませんでしたから、勝った負けたではなく、いかにお客さんを盛り上げるかが大事です。

 それを私は一人でよがってしまって。

 まだまだアイドル業界は、奥が深いようです。

 

「若い子が成長するときはサポートする、当然です。私もいい経験が出来ました」

「お、お姉様……」

「お姉様?」

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 何という包容力でしょう。

 まだ私にはない魅力ですね。

 

「高垣さん、ライブの最中で申し訳ないのですが、この度はご挨拶に伺いました。そう遠くない未来、この逢坂冬香とユニットを組んでもらうことになるかもしれません」

「まあ。素敵な提案ですね。デュオですか?」

「メンバーは全員で五人を予定しています」

「五人……ふぁいぶ多いですね」

「えっ?」

「えっ?」

「ああ、えっと、それで総合プロデュースは僕がやることになりそうです。またよろしくお願いします」

「相嘉さんが。私、とっても嬉しいです。セルフプロデュースは寂しいですから」

 

 ほう。

 どうやらお二人は、過去に何かあったみたいですね。

 

「スキャンダルですか?」

「んなわけあるか。それでは、失礼します。冬香も頭を下げて」

「子供扱いしないで下さい。そのくらい分かってますよ。高垣さん、失礼いたしました」

「はい。この後のライブも一緒に頑張りましょうね」

 

 私達はお姉様――高垣さんの楽屋を後にしました。

 そしてまた、ステージへ。

 その日のライブはかなり盛り上がりました。

 特に高垣さんと私のデュオは、この日を境に殿堂入りしました。高垣さんと歌うと私のパフォーマンスはどんどん向上するのです。

 この人と一緒にユニットが組めるなら、もう少しアイドルやろうかな、なんて。

 思ってしまうのでした。

 

 

   ◇

 

 

「私もうアイドル辞めます!」

「ダメだ!」

「だって、だってぇ!」

 

 震える指でプロデューサーの持ってきた書類を指さします。

 そこには『冬香ちゃんの一週間ご褒美旅』と書いてありました。要はマッサージや温泉、サウナを経験するタイプのロケ番組の企画書です。

 

「一週間もリラックスさせられるなんて、我慢できません!」

「需要があるんだ! 世の女の子たちは、冬香がどうやって美容ケアしてるか気になるんだよ!」

「朝と昼と夜のSM! 幸子様を崇める! 私の美容の秘訣はそれだけです! はいこの話終わりー。もうしなーい。私のロケは滝行とか激痛マッサージにして下さい」

「そんなこと地上波に乗せられるわけないだろ! 大人になれ、冬香」

「大人に……ごくり。ふへへ。それはどういう意味ですか?」

「黙ってロケに行けって意味だ」

「ロケ嫌ああああああああ!」

「今なら豪華な夕食もあるぞ」

「そんなものいらないです! せめて精◯ぶっかけるとか、豚の口移しで食べさせて下さい」

「食べ物を粗末にするな」

「そ、それは! ぐぬぬ……ごめんなさい」

「じゃあロケ行くぞ」

「いや! せめてご褒美が欲しいです! 幸子様か高垣お姉様か奈緒と仕事を下さい! それか枕営業でもいいです」

「ワガママ言うんじゃありません!」

 

 私達は事務所で喧嘩していました。

 プロデューサーが嫌がることばかりするからです。

 

「またやってんのか冬香」

「な、奈緒。違うんです、プロデューサーが悪いんです」

「そうか」

「はい」

「冬香、ちゃんとプロデューサーの言うこと聞け」

「そ、そんな!」

 

 親友にまで裏切られました。

 スカウトされて事務所に入った奈緒ですが、めでたく相嘉プロデューサーの担当になり、私達と同じ部屋にいます。

 こないだまでは不安そうにキョロキョロしてたというのに、今はこの態度。

 私の味方はこの事務所にはいないようです。

 

「冬香さん、あまりプロデューサーを困らせてはダメですよぉ」

「ま、まゆちゃ?! でもっ!」

「ダメですよぉ」

「はい……」

 

 まゆちゃんは歳下ながら、すごく迫力があります。

 最近はプライベートでも付き合いがあって、よく二人で遊びに行くのですがその時は普通の女の子なのに、事務所にいるとなぜか異様な迫力を見せてきます。

 

「冬香、行くぞ」

「はい……」

「今回のロケ上手く行ったら、レッスン三倍マシにしてやるから」

「本当ですか!?」

 

 それならそうと早く言って欲しいものです。

 まったく、プロデューサーは焦らし上手で困ります。ムチがあれば頑張れる馬みたいな女。どうも、逢坂冬香でございます。

 まあ最近はアイドルも楽しくなってきたんで、いいんですけどね。

 ユニットも悪くないです。むしろいい感じまであります。特にユニット・メンバーの一人である如月千早さんからは、本当に学ぶことも多くて勉強になります。

 他のメンバーについてはまあ……おいおい話すことにしますか。

 

 私のアイドル活動はあの日、ライブの時から始まったのかもしれませんね。

 

「さあ、今日からお世話になる一流エステティシャンの方々だ。挨拶して!」

 

 ……やっぱり辞めたいかもしれません。



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第2章 アイドル活動編
第13話 冬香とシンデレラ・プロジェクト


 度重なる美容ロケと旅番組ロケで疲労なし、不満あり、お肌ツルツル。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 メディア関連のお仕事も大切ですが、本業はアイドル。日々のレッスンやユニットのチームワークの育みも疎かには出来ません。最近はまた事務所で過ごすことが増えてきました。

 美城プロダクションはアットホームな職場です。それぞれのプロデューサーに応じて個室が与えられ、プロデュースするアイドルを囲うことが許されています。アイドルのみなさんはレッスン前後や仕事の前後をここで過ごすことが多いようですよ。芸能界は飛び入りのお仕事が多いので、事務所にいると不意に仕事がもらえたりするからでしょうか。単純に仲が良いから、かもしれませんけど。

 私みたいに。

 

「うりうりー」

「だー! やめろ鬱陶しい!」

 

 暇そうにしてる奈緒のほっぺたをうりうり。

 柔らかい感触です。この素材でベッドを作りたいですね。

 

「ごろごろー」

「肩の上に乗るな! 猫かっ!」

「それどうやってるんですかぁ」

「単純な体重の移動ですよ。自分の重さを自分の中に分散させて消し去ってるんです」

「まゆでも出来ますか? プロデューサーの肩に乗ったりとか……」

「体幹と腹筋さえあれば可能ですよ」

「やめとけやめとけ。こいつの言うことは真に受けちゃダメだぞ」

「ひどいですなおー。長期ロケでお疲れの冬香さんが久しぶりに帰ってきたのに。もっと構ってくださーい」

「ご褒美ロケだって聞いてるぞ。それに毎晩電話してただろ」

「人肌が恋しいんですよ。奈緒は乙女心が分かってませんね。そんなんだから太眉なんですよ」

「眉毛は関係ないだろっ!」

「まゆは太ってないですよぉ」

「えっ?」

「えっ?」

「ああっ! ふとまゆだから……」

「高垣お姉様が聞いたら爆笑しそうですね」

 

 まゆちゃんは恥ずかしそうに縮こまってしまいました。

 そんな風に可愛いと清楚系ド淫乱美少女の私が襲っちゃいますよーぐへへ。

 

「……おっと。プロデューサーが来ますね」

「はい。珈琲を淹れましょうねぇ」

「なんで分かるんだよ」

「「足音です」」

 

 私とまゆさんの綺麗にはもった声を聞いて奈緒が口端をピクピクさせたのと同時に、プロデューサーが入って来ました。

 手にはいくつかの書類とファイルがあります。どうやらまた仕事を取って来たみたいですね。

 

「みんなおはよう!」

「おはようさん」

「おはようございますぅ」

「おはようございます」

「みんな元気そうだね。安心したよ」

「プロデューサーこそ元気そうで安心しました。今珈琲を淹れてますからねぇ」

「うん、ありがとうまゆ。それで……冬香、ちょっと来てくれ」

「はいはい、逢坂冬香でございますよ」

 

 私だけ面談室に呼ばれました。

 詳しいことは知りませんが、プロデューサーは美城プロダクション内でそこそこ信用を得ているようです。与えられている部屋も他の部屋より大きく、仮眠室や簡単なキッチンなんかが併設されてます。今いる面談室もそんな部屋のひとつですね。

 

「実はね……って冬香、なんで服を脱いでるんだ」

「えっ? プロデューサーのどうしようもなくなった性欲を処理するために呼ばれたんじゃないんですか? プロデューサーはタイプではありませんが、友人二人が近くにいるというシチュエーションと相殺して許してあげます」

「冬香」

「はい、逢坂冬香でございます」

「服を着なさい」

「はい」

 

 服を脱いでた、と言ってもセーターを脱いだだけなんですけどね。

 セーターを着ようとして、はたと気がつきました。一旦手を止めてセーターを片腕にだけ通します。

 

「片足にぱんつをぶら下げたえっちシチュエーションを腕とセーターで再現してみました」

「早く服を着なさい」

「興奮しますか? えちえちですか?」

「冬香」

「はい」

「服を着なさい」

「はい」

 

 今度こそ言われた通りにセーターを着ました。

 そう、言われた通りに。従順な女ですからね、私は。私をペットとして飼いたい素敵な殿方(私基準)いつでも募集中です。

 

「実は新規プロジェクトで大型アイドル候補生が14人入ったんだ」

「そういえば募集してましたね。この間スタジオで面接したと聞き及んでいます」

「流石耳が早いな」

「耳年増ですから」

「ちょっと意味が違うけど、うん。それでな、デビューする新人さんをバックダンサーとして使って欲しいんだ」

「ほう」

 

 私は少々普通とは違うやり方をしましたが、新人アイドルはまず先輩の尻に乗っかることが多いとか。

 美城プロダクションのトップアイドルは大人の方が多いですし、年齢的にも私はちょうどいいのかもしれません。

 

「構いませんよ」

「ありがとう冬香」

「その代わり、後でご褒美を下さい」

「………………どんな?」

「奈緒と二人でやる番組を下さい。内容は出来るだけ自由がいいです」

「なんだそんなことか」

 

 プロデューサーはほっとした顔をしました。

 

「いいよ、その条件で。後で顔合わせするから、アドバイスもしてやってくれ」

「了解致しました」

「うん、すごいいい笑顔で返事してもらっておいてごめんだけど。不安になってきた。僕のことを新人アイドルだと思ってアドバイスしてみてくれ」

「はい」

 

 席を立ってプロデューサーと距離を取ってから、真っ直ぐ目を見て、深呼吸をひとつ。

 堂々とした顔で。

 

「先ず、フェスをハシゴして格下アイドルを蹂躙します」

「待った!」

「はい?」

「そんなの出来るのは冬香だけだからな?」

「むう」

「能力的な面で冬香のアドバイスは、残念ながらあんまり意味がないかもしれない。もっと精神的なアドバイスをしてあげてくれないかな」

「分かりました」

「じゃあ、もう一度だ」

「はい」

 

 深呼吸をして、もう一度。

 

「枕営業はばっちこいの精神!」

「違う! いやもう分かってたけどね!」

「言い換えると、仕事を選ばないと言うことですね。どんな仕事でも誠心誠意務めるのが大切です。現場で信頼が得られないとスタッフさんは付いてきてくれないですし、次の仕事ももらえませんから」

「おおう……。急にまともなアドバイスするな。そう、そう言う感じだよ。やれば出来るじゃないか」

「やれば出来る女ですからね。いえ、すぐヤれる女ですから」

「その言い換えは確実にいらないね。というか冬香、本性だすなよ」

「なんでですか?」

「みんなお前に憧れてるからさ。それに普通に倫理違反だ」

「なるほど、盲点でした」

「盲目の間違いじゃないか?」

 

 これは一本取られました。

 

「それじゃあちょっとお着替えしてきますね」

「どうして?」

「先輩アイドルとしてご挨拶をするのですよね。なのでトラ柄のファーとサングラス、高いピンヒールが必須かなと」

「いつの時代の大女優を想定しているんだい。普通でいいから」

「はーい」

 

 新人アイドルに「オーホッホッホ!」とか言いながら高圧的に話しかけて、後々「この私がこんな小娘ごときにッ! 覚えてなさい!」とか言いながら永遠に負ける役とかやってみたかったのですが、仕方ありませんね。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「どうも、逢坂冬香でございます」

 

 やべえ、本物だ。

 シンデレラ・プロジェクト候補生達はそんなことを思った。

 

 自分達のプロデューサーの同僚が連れて来たトップアイドル逢坂冬香。

 清楚系アイドルとしてデビューした彼女が瞬く間にランクを駆け上がり、美城の頂点の一角にまで上り詰めた話は最早伝説のひとつとして語り継がれている。

 普通の女の子でも憧れる人間が多い彼女だ。アイドルの卵達の憧れは当然それ以上。

 

 候補生達は駆け寄ろうとしたが、しかし、出来なかった。

 それは、例えるなら絵だ。

 可愛い物や美しい物を見たとき、人は近寄りたくなるが、有名な絵画の様にあまりにも美しいと、どこか神秘的で近寄りがたい。

 彼女達から見て冬香は近寄りがたいものに見えた。

 それも仕方のないことかもしれない。冬香の所作は基本的に完璧で、歩き方や指先の動きなど全てが洗練されている。元来の美貌もあるが、常に微笑んでいることがその魅力を一層引き出していた。

 

 極め付けはお辞儀だ。

 冬香から見れば圧倒的に格下の自分達に「よろしくお願いします」と言って頭を下げるその姿勢は、どこまでも美しかった。まるで頭を下げる仕草だけを、何度も練習したかのように。もちろんトップアイドルたる彼女が、そんなわけはないのだが。

 

「あなたがシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんですね。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 そして自分達のプロデューサーにもにこやかに挨拶した。

 彼は非常に強面で、体格も大きい。

 まだ慣れてないアイドルも多く、急に扉から出て来たときなんかは悲鳴を上げてしまうこともある。

 それなのに冬香は見惚れるような笑顔で握手までしていた。

 誰に対しても礼を尽くす。格下だから、人相が怖いからと分け隔てしない。

 これがトップアイドルなのだ、と嫌でも差を分からされた。

 プロ意識が違う。

 

「……みなさん、ご挨拶を」

 

 時が動き出した。

 慌てて全員で挨拶を返す。本来ならば自分達から挨拶しなければならないのに、冬香はにっこり笑ってくれた。

 無礼をしても許してくれる包容力がある。

 

「今回はこの子達の誰かをバックダンサーに、というお話のようですが」

「はい。ですがデビューが決まっているグループが2つしかありません。そのどちらかということになってしまいます。申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらず。私以外には誰かに依頼しましたか?」

「城ヶ崎美嘉さんにもお願いしています」

「まあ、美嘉さんにも。豪華なデビューになりそうですね」

「恐縮です」

 

 冬香はプロデューサーから資料を受け取り、さっと目を通した。

 どちらを選ぶか吟味しているのだろう。

 ニュージェネレーションとラブライカはもちろんのこと、何故か他のメンバーまで「ゴクリ」と生唾を飲む。

 

「それでは、ラブライカのお二人にお願いしてもよろしいでしょうか?」

「やったあ!」

「ハラショー! やりましたね、ミナミ!」

 

 美波とアナスタシアは飛び上がって喜んだ。

 反対に未央と卯月は落ち込み、凛が慰めている。二人は冬香のファンだったのだ。ちなみに凛は「なんかテレビで見たことある人」くらいにしか知らなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーも、内心ほっとしていた。

 こちらからお願いしているので要望を伝えられなかったが、ラブライカを冬香に、ニュージェネレーションを美嘉に頼みたかった。そちらの方が相性が良いと思ったのだ。

 もしかしたら、こちらの意図を汲んでくれたのかもしれない。

 冬香の気立ての良さならあり得る。

 

「それではあらためて、よろしくお願いしますね。新田さん、アナスタシアさん」

「こちらこそよろしくお願いします!」

「私も、よろしくお願いします、ね?」

「お二人とも敬語は使わなくて大丈夫ですよ。むしろやめてもらえると嬉しいです。なんだかくすぐったくて苦手なので」

「そ、そう? それじゃあえっと、よろしくね冬香ちゃん」

「……ごめんなさい、冬香。アーニャまだ、日本語あまり上手くないです。だからタメ口、そんなに使えません」

「そうですか。それならそれで構いませんよ。話しやすい言葉で話しかけて下さいね」

 

 冬香はにっこり笑った。

 そして美波の方を向く。

 

「さっき資料を、拝見させていただいたのですが、新田さんは大学生なんだとか。サークルなどには所属しているのですか?」

「うん。ラクロスサークルに入ってるんだ」

「ラクロス?」

「ラクロス!」

「ラ・ク・ロ・ス……なるほど、そういうのもあるんですね。勉強になります」

「? えっと、どういたしまして?」

「ところでやはり、サークルだと飲み会とかあるんでしょうか。飲まされすぎて前後不覚に……とか」

「ううん。私のサークルは女子がメインだから、そういうのはあんまり」

「ふーん、そうですか……はーん」

「心配してくれてありがとうね、冬香ちゃん」

「えっ? ああ、はい。どういたしまして」

 

 アイドルにとって、暗い過去は時に致命傷になる。

 冬香はそれを心配してくれたのだろう、と美波は思った。どこまでも気が利く子だ。

 美波の中で冬香への評価は、最早不動のものになっていた。

 

 今度は冬香はアナスタシアの方を向いた。

 

「アナスタシアさんはロシア人と日本人のハーフなんですよね」

「ダー。パパがロシア人でママが日本人です」

「ご尊父はやはり、屈強な体格をしてるのでしょうか」

「パパはとてもマッチョです。タックルで木を倒します、ね」

「素晴らしい! いつか是非に、お家に招待して下さい」

「ニェット。アーニャのお家は北海道……遠いです」

「私がポケットマネーでどうにかしますよ。アナスタシアさんもご両親に会いたいでしょう」

「冬香!」

 

 アナスタシアは冬香に抱きついた。

 感極まってしまったのだ。

 アナスタシアはホームシックだった。友人がいないわけではないが、やはり両親に会えないのは寂しいのだ。それに、故郷の夜空も。大自然の中で育ったアナスタシアに東京の夜空は暗すぎた。

 冬香はそんなアナスタシアの寂しさを汲み取ってああ言ってくれたのだろう。初対面の冬香が「家に招待してほしい」なんて、それ以外の動機で言うわけがない。

 世間知らずのアナスタシアでもそれくらいは分かった。

 

「冬香、悪いけどそろそろレッスンの時間だ」

「楽しい時間は過ぎるのが早いものですね。それではそろそろお暇させていただきます。本日は貴重な時間をありがとうございました」

 

 またしても冬香が先に頭を下げてしまった。

 慌ててこちらも頭を下げる。

 

「冬香。最後に、みんなにアドバイスがあれば言ってあげるといい」

「そうですね。メンタルや能力的なことはこの先レッスンで身につくでしょうから、大切なことをひとつだけ」

 

 息を殺して、出来るだけ静かにする。

 冬香の口から出るものはため息ひとつ聞き漏らさない。冗談抜きにそれくらい気合いを入れて、アイドル候補生達は冬香の言葉を聞こうとしていた。

 

「芸能界には良い人も悪い人もいます。権力を持ってる人もいます。みなさんではどうにもならないことが起きるかもしれません。大人に言いづらいこともあるでしょう。ですからそんな時は、この逢坂冬香までご一報ください。必ずみなさんの一助となることを、逢坂家の名にかけて約束します」

 

 それは、想像していたアドバイスではなかった。

 レッスンや営業のノウハウを言われると思っていた。そういったことは、現役の先輩からしか聞けないからだ。

 

「はい!」

 

 しかしアイドル候補生達の返事はそろっていた。

 小手先のことではない。

 アイドルとしてもっと大事な根幹の部分――そう、“優しさ”を教えてもらったと、彼女達は感じていた。

 それを理解出来ない愚かな人間は、ここにはいなかった。

 

 そして逢坂冬香は今度こそ立ち去った。

 

「ふぅ――……」

 

 誰とはなしにため息をつく。

 まるでライブを見終わったファンのようだ。

 美城プロダクションには数多くのアイドルがいて、トップアイドルも何人かいるが、こうして間近で話す機会は少ない。

 芸能界に入りたての彼女達は緊張しっぱなしで、やっと気が抜けた。

 

「逢坂さん優しかったなあ」

 

 と言ったのは多田李衣菜。

 彼女が目指すのは『ロックなアイドル』であり『清楚系アイドル』の冬香とは方向性が真逆なのだが、それでも得るものはあったようだ。

 李衣菜の言葉に返事をする者はそう多くはなかった。

 余韻に浸っていたのだ。

 本物のトップアイドルと触れ合えたこと、将来あるべき姿を見た経験を出来るだけ胸に刻もうとしていた。



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第14話 ご褒美(激痛足つぼマッサージ)

 最近仕事をがんばっていたからと、プロデューサーからご褒美をもらえることになりました。

 内容はオーソドックスに『激痛足つぼマッサージ』です。

 いつの頃からかアイドルの汚れ仕事としてすっかり定着してしまったこれ、実はやりたがる人はそう多くありません。というのも、定着し過ぎてしまった結果『激痛足つぼマッサージをやるアイドル=落ち目のアイドル』なんてレッテルが貼られるようになってしまったんですよね。

 イメージを売るアイドルでそんなイメージがついてしまうのは致命傷です。

 少し前まで本格歌手派アイドルだったのに一度の激痛足つぼマッサージのせいでバラエティ路線に、気がつけばお馬鹿アイドル――なんて例もあるのだとか。

 そもそも大体の方が痛いことは嫌でしょうし、その姿が地上波に乗るのはもっと嫌でしょう。

 

 私ですか?

 大好きです。

 

 なんならこの機にバラエティ路線に変更したいです。

 プロデューサーは私の『清楚系アイドル』としてのイメージを大切にしているので、体を張る系の仕事がほとんどありません。

 今回も『えっ! あの逢坂冬香がこんな仕事を!?』的な宣伝をして、イメージをほとんど崩さない方向で行くそうです。

 ですがそうは問屋がおろしません。

 どんな仕事が来ても全力でやり切る女。どうも、逢坂冬香でございます。

 

 

 

 バスローブ姿に着替えて、準備万端です。

 施術用のベッドの脇には、頑固そうな初老の殿方が控えていました。あの方が本日の私のプレイ相手でしょうか。

 元気はなさそうですが、ねちっこい技を持っていそうで、期待が高まりますね。

 

「本日はよろしくお願いします」

「おう」

 

 私の挨拶に対してこの塩反応、ますます期待が高まります。

 ベッドに横たわって、いざ!

 私は初老の殿方に向けて足を差し出しました。

 

「……お嬢ちゃん、ただ者じゃあねえな」

 

 私の足に触れた瞬間、男性の目つきが一層鋭くなりました。

 

「俺ぁ普段はプロスポーツ選手を相手にしてる。アイドルも何人かやってやったことはあるが……星井美希や天ヶ瀬冬馬って知ってるか?」

「先輩です」

「なら話は早ぇ。お嬢ちゃんの筋肉はそこいらのスポーツ選手なんかよりよっぽど鍛え込まれてる。天賦の才ってやつだな。それでいて柔らけぇ。俺が世話したどんなアイドルよりお嬢ちゃんは洗練されてやがる。この業界も長ぇ、ちょっとは一人前になったつもりだったが……まいった。お嬢ちゃんみてえなのもいるとこにはいるもんだな」

「お褒めにあずかり光栄です。なんだか恥ずかしいですね。自分のことを褒められるのは」

「お嬢ちゃんはアイドルだろ。褒められ慣れてるんじゃあねえのかい」

「見慣れた朝日が、山の頂上から見るとまた別の感動を覚えるように、言葉というのも語り手によって別の意味がある、と私は思いますよ」

「口までうめえと来たか。神様ってのはたまに、とんでもねえ気まぐれを起こすもんだ。お嬢ちゃんは大成するよ。俺が保証してやる」

「ありがとうございます。期待に応えられるよう、非才の身ではありますが精進いたします」

「ん。……で、だ。お嬢ちゃん、本題だ」

「はい、なんでございましょう」

 

 彼は目を瞑り、残念そうに告げました。

 

「――痛えぞ」

 

 ひゃっほう。

 願ったり叶ったりです。

 

「お嬢ちゃんの筋肉は完璧すぎる。凝り、なんてものが何処にも見当たらねえ。となると、だ。凝りをほぐすマッサージは出来ねえ。そんでも俺はこの仕事を受けちまった。一度受けたからにゃ、男は突き通さなきゃならねえ生き物だ。だからお嬢ちゃんには“痛いだけのマッサージ”をしなきゃならねえ。すまんがな」

「お気になさらず。これも仕事ですから。全力で痛めつけて下さい」

「お嬢ちゃん……そんな蝶よ花よの見た目しといて、肝が据わってんなあ。いやいや、アイドルの性ってやつかね」

 

 哀れみやら悲しさやら、色々と入り混じった顔をした彼はゆっくりと私の足の裏に手をかざしました。

 そして、握る。

 最初は手のひらで包むように優しく……次はさするように動かして、そして遂に。

 

「――あっ」

 

 吐息が溢れる。

 これは、来るな。

 そういう予感がありました。

 

「あ〜っ。ん、んぅ、んっっッ! うわぁ、こんな……ううううう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛」

 

 吐息は少しずつ、嬌声へ。

 指の動きが変化しました。これが、ツボ押し。わずかな動きなのに、まるでハンマーで殴られてるみたいに「ドス!ドス!」と私の弱点を突いてきます。痛みは神経を伝って頭に。殴られた脳はバカになってドバドバ快楽物質を垂れ流してます。あひゃまバカになるぅ! というやつです。

 

「は、はひぃ! ふううううっ! そ、そこは!? ――あっあっあっ!」

 

 私にはある種のスイッチがあります。

 オフになっている時はただの一般的なマゾヒストなのですが、一度オンになると超の付くマゾヒストになってしまいます。そうなるともう、何をされても快楽を感じるようになってしまうんですよね。

 今、私のがばがばドMスイッチを連打されてます。

 瞬く間にアイドルが知っちゃダメなものを覚えさせられて、真の快楽というものを強制的に身体に叩きつけられました。その証拠に足裏が「ほ〜ら弱点はここですよ」と言わんばかりに、私の意思とは関係なくピクピク動いて、はしたなくおねだりしてしまってます。

 

「ふぎゃっ! ひゅぐっ! あっン、んぅぅぅぅ!」

 

 しかし、流石に熟練の腕を持ってますね。私が痛がるスポットを的確に見抜いて攻めてきてます。いや、これほんとに凄いですよ。目にチカチカ花火が上がって、頭が茹だっちゃいそう。

 気がつけば私は泣き叫びながら、腰をよじらせていました。

 男の人は指を動かしてるだけなのにこの始末、徹底的に敗北の味を味合わされてます。こんなの女の子が知ってしまったら、アイドルは廃業ですね。

 

「はあ゛ぁあ! ほんとにすっごい、ですぅう゛! おごっ!」

 

 初対面の人、それも男性には聞かせてはイケナイ声。それが地上波に乗ってしまうとは……恥ずかしくて興奮しますね。

 最初に予想していた通りのねちっこい攻めは、私の足裏を開発しきっていました。もうとっくに屈服して「ごめんなさい!」と足裏土下座をしているのに、御構い無しにしつこく苦しめて来ます。

 

「ぐうううううううぅぅ゛っ゛!」

 

 あまりにも強い快楽を耐えるように、右手の指を噛みました。

 空いた左手はせめてもの抵抗として、目元を隠すように覆います。「見ないでっ!」というアピールをするため、そしてそれ以上に「恥辱で感じる私を見て下さい」というどすけべアピールのために。

 

「ぐぎゃあっ! はひぃ、〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 ひときわ強いツボ押しが来ました。

 か弱い雌である私の華奢な身体を蹂躙する、自分本位の雄の一撃。

 私の身体は飛び跳ねて、下っ腹が餌を欲して浅ましく痙攣、最後には潰れたカエルのような無様な姿を晒しました。

 

「はあ、はあ、はあ――ひひひ。ぅあ……終わり? うそ、まだ、ひゃるんですよねぇ?」

 

 指が止まってしまいました。

 ですが、これで終わりだとは思ってません。

 

 気がつけば私の肌には汗が滲み、髪が頬に張り付いています。時折口の中に入ったりして、我ながらとても艶やか。

 呼吸も早くて浅ましくて熱くて、まるで雌犬のようです。

 腹筋もすっかり癖がこびり付いてしまい、大きく波打っていました。

 

 後もう一押しで、私の身体に取り返しのつかない疵が刻まれる。

 確信にも似た予感がありました。

 それは相手も分かっているはず。

 ここで終わりのはずがありません。

 

「お嬢ちゃん、あんたすごすぎだ。指がもう持たねえよ」

「……えっ?」

「筋肉がすぐ対応しちまうんだ。一度押したツボがもう効きやしねえ。それどころか触ってもねえツボが勝手に先読みして閉じてやがる。負けたよ」

 

 もう一度、足つぼを押されました。

 そんな……さっきまでの痛みが嘘のように何も感じません。後ちょっとで完全に達せたというのに! これじゃあ生殺しです! 後生ですから、もう一度お願いします!

 

「無理だ。世界は広いな。まさかこんな身体を持ったお嬢ちゃんがいるなんてよ」

 

 何を一人で悟った顔を……!

 わ、私の気持ちを知りもしないで!

 

「冬香、残念だけどここまでだ」

「プロデューサー! でも!」

「冬香。仕方ないんだ。僕もこんなことになって残念だよ」

「悪ぃなお嬢ちゃん。もっと腕を磨いて出直すよ」

 

 二人して頭を下げられました。

 そんな風にされると何も言えません。

 こうして、私のご褒美ロケは終わってしまいました。

 

 

   ◇

 

 

「というわけで、欲求不満です」

「その報告をあたしにしてどうしろって言うんだよ!」

「とりあえず殴って下さい」

「嫌だよ!」

 

 次の日、事務所で暇そうにしていた奈緒に不満をぶつけました。

 ですが奈緒はピュアピュアなので、あんまり分かってくれません。

 

「とゆーかあれ、よく放送出来たよな」

「まあ、出演料先払いでしたから。番組の尺もありますし。流石に一部の音声を後で吹き替えしましたが……元の喘ぎ声から上品に「んっ、あっ」と堪えるような喘ぎ声に変えてオンエアしたみたいですね」

「あれで!? スタジオに戻ったときみんな唖然としてたぞ」

「私が可愛すぎたせいですね」

「下品過ぎたせいだ」

「それでもいいです」

「いいのかよっ!」

「やっぱりよくないです。私は清楚系美少女、そういうテーマで行くんでした。でもバラエティで身体は張りたいです」

「両立は無理だろ。……さっきから何してるんだ」

「これですか? 私の激痛足つぼマッサージの動画を切り抜いて、えっちな動画投稿サイトに投稿してます」

「なにしてるんだっ!? やめろ!」

「奈緒。私はアイドルとしての心構えが他の方に比べて出来てない方ですが、それでも、アイドルとしてやらなきゃいけないことってあると思うんです」

「冬香……ってなるか! それっぽいこと言っても、もう騙されないからな!」

「むう」

 

 止められてしまいました。

 まあ家に帰ってからやればいいだけの話なんですが。

 

「あ〜あ。ご褒美ロケが終わってしまったので、明日からまた普通の仕事ですよ」

「なんの仕事なんだ?」

「ドラマです。親に捨てられた三人姉妹が力を合わせて、貧乏ながら生きていくとか。そんな内容だったと思いますよ」

 

 ちなみに私は次女です。

 長女役は三船さん、三女は白坂さんですね。

 

「はあ〜。流石だなあ」

「何がですか?」

「そんなに仕事があってだよ。あたしなんかずっとレッスンと営業だけなんだ。ま、デビューしたてのEランクアイドルだから仕方ないけどさ。実際、冬香はすごいよなあ。この業界に入って、Sランクアイドルの凄さがよくわかったよ」

「私はMですけどね」

「そういうことじゃねーよ! こっちは真剣な話してんだぞ、これでも」

「はあ。でもまあ、そんなに気にしなくても大丈夫だと思いますよ。プロデューサーが担当したアイドルは、みんなBランクにはなっていますから」

「あの人けっこうやり手だよなー」

「ヤリ◯ン?」

「お、おま、ままま、何言ってんだー!」

 

 冗談はさておき、確かにプロデューサーは有能な方かもしれませんねえ。

 私の仕事は途切れませんし、ご褒美も絶妙なタイミングでいただけます。担当アイドルみなさんへのケアも欠かさず、ロケに行くときはスタッフ全員にお土産を買っていくとか。

 マメな一面もあるんですね。

 ますますタイプじゃありません。

 もっと雑に扱ってくれる人がいいんですよね。シンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんとか不器用そうで強面で、かなり好みなのですが。担当変えてくれませんかね。

 

「冬香、ひとつ聞きたいことがあるんだ」

「スリーサイズなら公式HPをご覧になってください。ブラジャーとショーツの色なら、今日は紫ですよ」

「わー! わー! あたしは何も聞かなかったからな!」

「奈緒は耳が遠いんですね」

「あたしをこんなに怒らせて何が望みだ?」

「殴って下さい」

「くぅ! 怒りたいけど怒ると喜ばせちゃうこの矛盾がぁ! ってそうじゃなくて、先輩アイドルの冬香に聞きたいことがあるんだよ!」

「はあ。なんでございましょう」

「あたし、その、もうすぐ初めてのフェスなんだよ」

「つまりヴァージンですか。奈緒もとうとう“初めて”を捨てて、その豊満な肢体を世に晒すのですね」

「言い方悪いな! 一応これでも不安なんだ! あたし大して可愛くもないし、歌も上手くないし……」

「太眉ですしね」

「眉毛はいいだろもう、眉毛はぁ! 個性なんだよ、個性ー!」

 

 ……むぅ。

 いつものツッコミにややキレがないですね。

 普通の人では分からないかもしれませんが、私には声色で分かります。

 少し真面目にアドバイスしましょうか。奈緒のツッコミがないと私の被虐趣味が満たされないから――ではなく、奈緒を安心させるために。

 私達は親友ですから。

 奈緒が困っていたら助けてあげたいですよ、やっぱり。

 

「気負わなくていいと思いますよ。たとえ負けても勝っても関係ありませんから」

「関係ない?」

「ええ。フェスはトーナメントではありません。一応勝った負けたはありますが、目的はファンを増やすこと。フェスに出場すれば――別に負けると言っているわけではありませんが――負けてもファンは増えるでしょう」

「そう、かな」

「はい。でなければ私がフェスをハシゴしている時に、辞退する方がもっといたはずです。負けても旨味があるから、みなさん勝負を受けたんですよ。もちろん勝った方がファンは増えるので、勝つに越したことはありませんが」

「た、たしかに。うん、そっか。なんか気が楽になった。……ありがと、な」

「いいんですよ。親友じゃないですか」

 

 奈緒はそっぽを向いてしまいました。

 でも、ふふ。頬が赤いですよ。その頬を掻く照れ隠しの仕草も変わりませんね。

 奈緒……。

 まったくあなたは可愛らしい。

 

 そういえばこの後ユニットでの練習ですね。

 もし奈緒がユニットを組むことになったら……私はメンバーに入れるでしょうか。

 万が一入れなかったとしたら、奈緒は他所の女と組むことになるというわけで。それは、我慢ならないかもしれませんねえ。

 

 そうなってみないとわかりませんが、ね。






ご褒美パートのところ「流石にこの描写はやりすぎた」って思った部分を消したら、文字数が半分くらいになってました。


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第15話 テロリスト現る

 美城プロダクションの敷地内にはカフェがあります。

 アイドルはなにかと注目されてしまうので、こうやって落ち着ける場所があるのは有り難いことです。

 ……まあ私は視姦されても一向に構いませんが。

 一向に構いませんが!

 

「それじゃあ冬香。スケジュールの確認をしようか」

「かしこまりました。今ちょっと手が空きませんので頷く程度しか出来ませんが、ご容赦下さいね」

「構わないよ。聞き逃しても後でデータで送るつもりだから。冬香がそんなミスをするとは思えないけどね」

 

 今はプロデューサーと二人で、一週間のスケジュールの確認をしていました。

 こういう気軽な話は面談室でやるよりもこういう開けた場所でした方が効果的、というのがプロデューサーの持論です。

 

「……なんだか騒がしくありませんか?」

「そうだね。何かあったみたいだ。僕が聞いてこよう」

「大丈夫です。ちょっと耳をすませば、周囲800m以内の音は全て拾えますから」

 

 ふうむ。

 ふむふむ、なるほど。そういうことですか。

 

「どうやらテロリストがここを占拠してるみたいです」

「なんだいそれ。中学生の妄想みたいだね」

「今度奈緒の前でその話をしたら、面白いリアクションが見れると思いますよ」

 

 カフェの入り口付近に机でバリケードが張られています。

 いつのまにか他のお客さんもいません。

 どうやら集中し過ぎていたみたいですね。

 

「あっ、冬香さんとそのプロデューサーさんにゃ!」

「おはようございます前川さん。どうも、逢坂冬香でございます」

「この間ぶりですね前川さん。お元気そうでなによりです」

「みくって呼んで欲しいにゃ!」

「わかりました、前川さん」

「みくにゃ!」

「こら冬香、前川さんに失礼だろう」

「み・く・にゃ!」

 

 この人、面白い方ですね。

 

「それで、どうしたんだい。こんなことして。テロなんて穏やかじゃないね」

「うっ! そ、それは……。Pちゃんが悪いのにゃ!」

 

 みくさんのお話はこうでした。

 先にデビューしたニュージェネレーションとラブライカが羨ましい。努力では負けてるつもりないのに、どうして自分じゃないのか。

 それでも諦めずプロデューサーに話してみたり、プレゼンしてみたりしたけれど、相手にされない。

 こうなったらもう強硬手段に出るしかない――……と勇んでテロしてみたものの、仲間は次々と離れていき、今となってはみくさん一人。

 みくさんとしても、どう収拾していいか困っているようです。

 

「なるほど。話は分かったよ」

「み、みくは自分を曲げないよ! Pちゃんがデビューを約束してくれるまで、ここから出ないもん!」

「……それは、無理じゃないかな」

「えっ!? ど、どうしてそんなこと言うの!」

 

 私も少し驚きました。

 まさかプロデューサーがそんな厳しいことを言うとは。

 

「みくさん……でいいかな。少し話をしようか」

「う、うん」

 

 迷いながらも、みくさんは私達と同じ席に座りました。

 外の様子を探った限りでは、まだシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんは来てないようですし、警備員さんがなにかする様子もありません。

 話をする時間はありそうですね。

 そのことをプロデューサーに伝えると、向こうもしっかり意図を汲み取ってくれました。

 

「美城プロダクションは大きい事務所だ。規模もそうだけど、単純に設備も整ってる。自社のレッスンスタジオがある事務所なんて、業界を見渡してもあんまりないんだよ」

「……うん。知ってるにゃ」

「みくさんは勤勉だね」

 

 プロデューサーはそう言って笑いました。

 こうやってさり気なく褒めるところがずるいんですよねー、このプロデューサーは。

 もっとも私にとっては逆効果なんですが。

 

「他にもアイドルなら無料で使えるエステやサロンだってある。ここのカフェにしたってそうだ。社員ならほとんどタダで使えるようになってるよね。

 特に美城プロダクションでは、前川さん達のように“素質あり”と認められた子は、デビュー前でも無料でレッスンが受けれる制度を導入してる。それどころか曲を作ってくれたり、専用の衣装も用意してくれるんだ。

 これら全部、すっごくお金がかかるってことはわかるよね」

 

 普通のアイドル事務所ですと、デビュー前の子からはレッスン料をもらっています。

 ですが、美城プロダクションではそれがありません。

 老舗の事務所らしく、儲けよりも業界の発展が優先、という考え方のようです。

 

「そのお金がどこから来てるかっていうと、ほとんどはここにいる冬香が稼いでるんだよ」

「えっ!?」

「まあ、冬香だけじゃないけどね。冬香を始めとした数人のSランクアイドル達が、美城プロダクションを支えてるんだ。ちょうど一週間のスケジュールがあるから見るかい?」

「冬香ちゃんのスケジュール! 見たいにゃ!」

「どうぞ。いいよね、冬香」

「構いませんよ」

「ありがとうにゃ。――うわっ! ビッシリなのにゃ! 明日なんかドラマの撮影にロケにバラエティで番宣、フェスまである! こんなに出来るもんなのにゃ?」

「冬香はちょっと多いけど、Sランクアイドルはみんなそんなものだよ」

 

 まあ私や楓お姉様がそのくらい働かないと、収益がまだないデビュー前の子達のレッスン料を賄えませんからね。

 

「凄いことだよね。たった数人でこんな大きい事務所を支えてるなんて。その辺の人じゃ絶対に代えの効かない、美城の支えだよ」

「うん。冬香ちゃんはみくの憧れだよ。だからみくも――!」

「まあまあ。焦る気持ちもわかる。だけど土壌がしっかりしてないと樹は育たない。早くても簡単に折れてしまう。最悪には腐ってしまうかもしれない。君達のプロデューサーは今、これから先君達が困らないように、しっかり地固めをしてるんじゃないのかな」

「そう、なのかな」

 

 はやってデビューしてしまうと、レッスン不足でパフォーマンスのレベルが低かったり、営業の仕方が分からなくて仕事が取れない、なんていうのはよく聞く話です。

 多少経験を積んでからデビューしても、忙しさの中で基礎を忘れた結果、ある日フェスで大失態を、なあんてこともあるようで。

 トップアイドルであればあるほど、定期的なレッスンを大切にします。特に千早さんなんかは、どんなに忙しくても日に2時間はボイストレーニングをするそうですよ。

 

「でもだったらなんで最初がみくじゃないの?」

「僕はみくさん達のプロデューサーじゃないから詳しいことは分からない。でもそこには、絶対にちゃんとした理由がある。僕達の仕事は子供の未来を預かる仕事だ、雑なことはしないよ」

 

 私は雑な方がいいんですけどねー。

 

「……みく、相嘉さんにプロデュースしてもらいたかったにゃ。今のPちゃんは何にも教えてくれないんだもん」

「はははははっ。僕は他の能力が低い分、対話を大事にしてるからね。でも悪いけどキャパシティ・オーバーだよ。これ以上アイドルを見ると、たぶんどっかで見切れない部分が出てしまう。そういう意味では、君達のプロデューサーは凄い人だよね。14人も新人を同時にプロデュースするなんて、中々出来ることじゃない」

「そうなのにゃ?」

「…………クラスメイトを出席番号順に14人思い浮かべてごらん」

「ん」

「その人達の趣味や好きな食べ物、誕生日を全部言える?」

「え? えーっと、1番目の東さんは編み物が趣味って言ってたかにゃ。誕生日は一月で、好きな食べ物は……分かんないにゃ」

「それじゃあスケジュールは? 一週間程度でいいから」

「わかんないっ!」

「そうだろうね。だけど君達のプロデューサーは君達14人全員のプロフィールを全部覚えてるよ。趣味や好きな物が仕事に繋がることはよくあるからね。スケジュールにしたって、一週間どころか年単位で把握してるはずだ」

 

 みくさんはびっくりしていました。

 まあプロデューサーの仕事内容なんて、アイドルはよく分からないかもしれませんね。仕事を持ってきてくれる人、なんて認識で終わる可能性も少なくないでしょう。

 

「本気で君達14人全員をSランクアイドルにするつもりなら、緻密なスケジュールを組まなきゃいけない。デビューだってインパクトが薄れないように、近すぎず遠すぎずの日程で順番にするはずだ。少なくとも僕ならそうする」

「Sランクアイドル……」

「心配しなくていい、みくさんは大切にされてるよ。じゃなかったらもうデビューしてるはずだ。準備も何もない状態でね。ある程度儲けを出してポイ、だ」

「ぴ、Pちゃん!」

 

 一件落着でしょうか。

 みくさんは自分が大切にされてることに気がつけたようです。

 

「よーーしっ! そうと分かったら明日から、ううん、今日からがんばるにゃ! 冬香ちゃんのプロデューサーさん、何をやったらいいと思う?」

「とりあえず、学校の勉強かな」

「えー! なんで!? レッスンとかじゃないの!」

「レッスンの方はスケジュールを組んで、デビューの時に完成する様になってるはずだ。そっちは言われた通りでいいよ。それよりは変なことで足元を掬われないよう、今のうちに勉強しておくこと。デビューしてからじゃ中々時間が取れないからね」

「な、なるほどにゃあ」

 

 ちなみに私も今は勉強中です。

 逢坂家の人間として、勉学は疎かに出来ません。学校の勉強程度なら一教科30分程度で済むのですが、逢坂家ではまた別の試験がありますから。

 だから今はちょっと手が離せなくて、会話に参加出来ないんですよね。

 

「それにデビューするとなると、契約書を親御さんに書いてもらわないといけない。そういう時に『アイドルを目指すようになってから成績が落ちました』って言うのと『アイドルを目指すようになってから成績が伸びました』じゃ説得のし易さが全然違うんだ」

「うん、うん! みくも帰ったら勉強するにゃ!」

「そのいきだ! 冬香、最後に君から何かあるかい?」

「ここで私に振りますか。そうですね……テロを起こしていいのは起こす覚悟があるやつだけ、と言っておきましょう」

「どういうこと?」

「このテロが原因で干されたり、最悪クビもあり得ますよね?」

「……」

「……」

「少なくとも私が幹部でしたら、アイドル候補生がこんな騒動を起こしたと聞いたらいい顔はしないでしょう。加えて――自分で言うのもなんですが――私というSランクアイドルの時間を奪ってるわけですから」

「ど、どどど、どうしよう!? みくのアイドル生活終わりにゃ!」

「大丈夫ですよ前川さん」

「みくにゃ! どんな時でもここは曲げないよ!」

「テロを起こしていいのはテロを起こされる覚悟があるやつだけ――そして私にはその覚悟があります」

 

 私は鞄から手錠を取り出して、みくさんの両手を拘束しました。

 ついでに首輪も付けておきます。

 そしてみくさんが持っていたメガホンを取りまして、っと。

 

「みなさーーーんっ! このテロはこの逢坂冬香が起こしました! えーっと、人質に取った前川さん――」

「みくにゃ!」

「――を返して欲しかったら、あのー、あれです。そう! カフェに激辛メニューを載せて下さいませ!」

 

 そう宣言しました。

 これでテロリストの称号は私のもの。

 怒られること間違いなし! 責任を取る代わりに、美城プロダクションのお偉いさんからえっちなことを要求されるかもしれません!

 

「冬香ちゃん! みくのために自分を犠牲にするなんてっ!」

「いいんです。自分のためですから」

「もう、謙虚過ぎるにゃ! みくを庇う必要なんてないにゃ。はやく撤回して、みくを差し出すにゃ! 自分の責任くらい自分で取れるよ!」

「前川さん」

「みくにゃ!」

「言ったではありませんか。どんな悩みでも言って欲しいと。私に二言はありません。私がすべての責任を取りましょう」

「と、冬香ちゃん!」

 

 ……なんでかみくさんの目が潤んで来ました。

 

「みくは、みくは馬鹿だったにゃ! ううぅ……こんな優しい冬香ちゃんに迷惑かけて! こんなことにも気がつかないみくには、デビューなんてまだ早かったにゃ。ごめんなさい、冬香ちゃん!」

「ええっと、本当に気にしなくていいんですよ?」

「気にするよ! 冬香ちゃんはもっと自覚した方がいいにゃ!」

「は、はあ……」

 

 すごい剣幕で仰るものですから、少し気圧されてしまいました。

 

「これはこれは。どうやら一件落着のようですね」

「今西さん! お疲れ様です」

 

 現れたのは、物腰の柔らかそうな白髪の男性でした。

 私もあまり面識がない方ですね。

 プロデューサーの態度を見る限り、高い地位の方のようですが。これは早速チャンス到来ですかね。

 

「一部始終を見させてもらいました。逢坂さん、あなたはアイドルとして一番必要なモノをお持ちなようだ」

「……ありがとうございます?」

「そのままの逢坂さんでいてくれると、僕は嬉しいよ」

「はい。私も自分を変えるつもりはありませんわ」

 

 今西さん……でしたっけ。

 頷くと、今度はみくさんの方を向きました。みくさんの方がびくっと震えてます。

 

「前川さん――」

「みくにゃ」

「こほん。みくさん」

「は、はい……」

「逢坂さんは素晴らしい人ですね」

「うん!」

「そんな逢坂さんを育てたプロデューサーもとても優秀な人です。でも君達のプロデューサーも、同じくらい素晴らしい人ですよ」

「Pちゃん……」

 

 私の聴覚が、遠くから走ってくる音を捉えました。

 この足音と風を切る音の感じから言って、どうやらシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんのようですね。

 

「今日は良いものを見させてもらいました。この一件は僕の方で預かりましょう」

「そ、それじゃあ!」

「はい。みくさんも、そして逢坂さんも。責任を取ることはありません」

「やったにゃあ! 冬香ちゃん!」

「えっ? ああ、はい。よかったですね」

「冬香ちゃんも一緒に喜ぶにゃ!」

「わーい」

「わーい! わーい!」

 

 みくさんは飛び上がって喜んでいました。

 そんなに嬉しいものなのでしょうか。

 

「みく、みくね! すっごく不安だったの……、みくのせいで冬香ちゃんのお仕事が減ったらどうしようって。そしたらシンデレラ・プロジェクトのみんなが、ううん、アイドルみんながレッスン出来なくなるかもしれない。だから、不安だったにゃ」

「そんなに思い詰めてらしたんですね」

「冬香ちゃんは気にしなさすぎにゃ! 世間知らずにゃ! 冬香ちゃんはお嬢様だから分からないかもしれないけど、世間は世知辛いものなのっ!」

「も、申し訳ありません」

「でもそんな冬香ちゃんだから、きっと手を差し伸べられるんだよね」

 

 いえ、マゾヒストだからです。

 

「みくさん。逢坂さんから、とても素晴らしいモノをもらったようですね。それを忘れなければ、迷ったとき、きっと道を指し示してくれると思いますよ」

「もちろんにゃ!」

「相嘉くんも。いいアイドルを育てましたね」

「……………………はい」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でプロデューサーは返事しました。

 今西さんは満足そうに頷いて去って行きました。入れ替わりでシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんが走ってきます。

 

「逢坂さん、相嘉さん。ご迷惑をおかけしました」

「気にしていませんよ。それより、みくさんとお話ししてあげて下さい」

「! ……はい!」

「それじゃあ私達は行きましょうか。そろそろ次の仕事の時間ですから」

「ああ。それじゃあ僕達も失礼するよ」

「うん。バイバイ! 冬香ちゃんと、プロデューサーちゃん!」

「はい。……あら。みくさん」

「なんにゃ? って近い近い近い! うわっ、冬香ちゃんお肌しろっ!」

「猫耳が曲がっていてよ。アイドルなんですから、身嗜みには気をつけて下さいね」

 

 さっき飛び跳ねた時にズレてしまったんでしょう。

 直してあげると、みくさんは顔を真っ赤にして俯いてしまいました。キャラ道具がズレていると結構恥ずかしいのかもしれませんね。

 

 さて。

 私達がいるとしづらい話もあるでしょうから、早々に立ち去るとしましょう。

 

「冬香」

「はい、逢坂冬香でございます」

「ほんっっっっとに! ぜっっっったい! 本性ばらすなよ!!」

「ええ! 理想の殿方に会うまでは、このキャラで行く予定です!」

「そういうことじゃないんだよ! ……はあ」

 

 帰り道、そんなことを言われました。

 まったく、プロデューサーは心配性ですね。



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第16話 合同ダンス・レッスン

「……なにやってるんだ、冬香」

「見ての通り縛りプレイです」

 

 部屋に入って来たプロデューサーが私を見て唖然としています。

 私は事務所で、一人縛りプレイをしていました。

 椅子に座った状態で手を縛って、身体は亀甲縛りしてあります。もちろんアイマスクも着けてますよ。エチケットですから。

 

「……僕以外の人が入って来たらどうするつもりだったんだ」

「ご安心を。入ってくる前に音で分かりますから」

「誰か分かっても抜け出せないだろう」

「肩と手首の関節を外せば抜け出せますよ。そもそも自分で自分を縛ったんですから、抜けられて当然です」

「最近なんでもありだな、君は」

「そうでしょうか? ですが、うーん、あんまり興奮しませんでした。原因は“誰が部屋に入って来るのか分からない”という緊張感がなかったことでしょうか。もしくはいつでも抜け出せたから……? 縛りプレイには縛られる痛みだけではなく、ある程度の緊張感も必要みたいですね。勉強になりました」

 

 聴覚が生きてるといくら目を塞いでも周囲の状況が分かってしまうので、ヘッドホンを着けた方がよさそうです。

 それと、次やることがあったら、私でも抜け出せない縛り方を考えないとダメですね。紐も普通の縄ですと単純な筋力でちぎれてしまいそうです。これも緊張感の欠如に繋がる要因、なにか考えないといけませんね。

 

「あ、プロデューサー」

「なんだい」

「ちょっと写真撮ってもらっていいですか? 自分がどれくらいえっちに見えるか知りたいので」

「もう、ばかっ!」

「お、いいですね〜。もっと罵って下さい。ついでにムチで叩いてもらえると嬉しいです」

「色々言いたいことはあるけど、僕は仕事場にムチを持ってこないよ!」

「ベルトで代用が利きますよ。この臭いからして、プロデューサーが着用しているベルトはダチョウ製のものですね? 流石にブランドは特定出来ませんが……一般的な牛革のベルトより丈夫なはずですので、思いっきり叩いても壊れないでしょう。ああもちろん、ベルトを外したついでに犯しても構いませんが」

「分かった。分かったよ。オーケイ、写真を撮る。それで満足してくれ」

 

 真面目な性格ゆえか、プロデューサーはスマートフォンとデジタルカメラの両方で写真を撮ってくれました。

 アイマスクを取ってもらって確認します。

 ……私の見た目で縛られていると、我ながら禁断の匂いがしますね。

 

「男性から見てどう思いますか、これ。胸を強調するように縛れてるのは良いのですが、鎖骨をもう少し出したらいいかな、と個人的には思うのですが」

「うん。僕は縛らなければいいと思うよ」

「それに太ももはもう少し露出するべきでした。上半身が縛られているのに対して下半身は(あらわ)というコントラストを作った方がえっちになりますね」

「縄じゃなくて常識に縛られて欲しいな」

「おっと、これは一本取られましたね」

「っと、そうじゃなくて。今日はラブライカのお二人と合同レッスンの日だろう。早く準備しなさい」

「かしこまりました」

 

 ラブライカのお二人をバックダンサーに起用するにあたって、ある程度の合同レッスンは必須になります。

 もちろん個々のレッスンはしていますが、立ち位置やタイミングの調整をしないといけませんので。

 お二人のダンスがほぼ完成したと聞いて、今日さっそく三人で合わせることになりました。

 ただ、問題がひとつございまして。

 

「私がダンスレッスンを他のアイドルの方とご一緒するのは、原則禁止なんですよ」

「えっ!? や、やっぱりトップアイドルだから?」

「あー、そういうわけじゃないんですけどね」

「そこから先は私が説明しよう。自分の口からは言いづらいだろうからな」

 

 と言ったのはマストレさん。

 合流したあと、三人でダンススタジオに参りました。普段はルキトレさんに教わっているお二人ですが、今日は私に合わせてもらっています。

 

「端的に言えば、逢坂のダンスは魅力的過ぎるのだ」

「スパシーバ! 見てみたいです!」

「うん。でも、それのどこがダメなんですか? 私達のレベルが足りないなら、美波、もっとレッスン頑張ります!」

「レッスンを頑張るのは当たり前だ! 問題はそこではない!」

 

 トレーナーさんが一喝しました。

 

「Sランクアイドルともなれば魅力・注目度は常人のそれを遥かに凌駕する! 同時にレッスンすればそちらに目が行き、無意識に真似しようとするだろう。だが、こいつの動きは真似できん。結果、自分のダンスが崩れるのだ!」

 

 そうなんですよね。

 これは私に限った話ではありません、他のSランクアイドルの方のレッスンも分野によって非公開になってます。

 例えば楓お姉様のヴォーカルレッスンとか、他事務所では星井美希さんのビジュアルレッスンとか。

 

「貴様らひよっこでは逢坂に呑まれる! しかし安心しろ! 私が対策を立てておいた!」

 

 指を鳴らすと、一斉に妹さん達が出てきて四方八方にカメラを置いて行きました。

 

「先ずは自分達だけで踊れ。その様子を徹底的にカメラに収めておく。逢坂とレッスンした後は必ず見て、自分を取り戻せ!」

「はい!」

「ダー!」

 

 そして二人のダンスレッスンが始まりました。

 汗をかいて頑張って踊るお二人。

 熱心にアドバイスするトレーナーさん。

 それを見守る退屈な私……これが、放置プレイというやつですか。

 流石はマストレさんです、私のやる気の出し方を知っていますね。

 

「よし。もういいだろう。新人アイドルにしては及第点だ」

「はあ、はあ――あ、ありがとうございます!」

 

 ……汗をかいて息が上がった新田さんえっちいですね。

 

 真面目な話、私から見たお二人のダンスは“普通”でした。

 決して悪い意味ではありません。それだけ基礎が出来ている、ということです。

 ある程度動けるようになるとつい癖が出てしまうものですが、お二人にはそれがありません。

 基礎の大切さを理解して、反復を重ねたのでしょう。

 これなら“応用”もすぐに踊れそうです。

 

「逢坂、先ずは一人で踊れ。二人は見学! ぼーっと見てるなよ。逢坂のダンスを見ながら、常に自分の立ち位置を考えておけ」

「はい!」

「わかりました!」

「……まあ、最初は無理だろうがな」

 

 曲が流れ出しました。

 曲はやはり、私の『Snow World』です。

 

 冷たく寂しい世界を歌ったこの曲は、だいぶゆったりとした曲調をしています。

 ダンスもそれに合わせて、静かなものとなっていますから、お二人の雰囲気にもあっているでしょう。

 しかし動きのないダンスは逆に、魅力的に見せるのが難しいもの。ですが私は、とある方法でこの問題を解決しました。

 

「これは、スケートです!」

「スケートって……ふぃ、フィギュアスケート?」

 

 フィギュアスケートの先進国出身のアナスタシアさんは気がついたようですね。

 そう。

 ゆっくりとしたクラシック音楽で踊るフィギュアスケートは、私の『Snow World』にぴったりでした。

 氷の上で滑るフィギュアスケートを地上で再現するのには少し苦労しましたが、今ではこの通り、地上でのホバーリング移動をものにしています。

 

「ど、どうやってるのこれ……」

 

 実際のところは高速すり足の連続と、単なる体重移動なんですけどね。

 ただそれをスムーズに行うことで、本当にフィギュアスケートしているように見えているだけです。

 ちなみにこのダンスは足首とヒラメ筋に物凄い負荷がかかるので、私は大好きです。むしろそのためにこのダンスを作ったまでありますね。

 

 曲がサビに入りました。

 ここで回転しながらジャンプ――そのまま空中で4秒ほど停止して、サビの終わりと共に舞い降ります。

 ここまでで一番が終わりました。

 

「そこまで! ダンス自体は完璧だが、もっと悲しい雰囲気を出せ。顔だけでなく、身体全てで悲しさを演出しろ!」

「はい。アドバイスありがとうございます」

 

 筋肉への負荷でどうしても楽しくなってしまって、笑ってしまうんですよね。

 

「おい、二人とも。なにを惚けている。ここは仮眠室じゃないぞ」

「――あっ! つ、つい見惚れちゃってた!」

「ぷ、プリクラースナ……冬香は、人間じゃないです」

「まあ、こうなることは分かってたがな。逢坂のダンスをここまで至近距離で見ていたんだ、むしろその程度で済むとはな。私の想定よりも少しいい。お前らもアイドル力がついて来たらしいな」

 

 アイドル力=戦闘力というのが、この業界で通説です。

 

「ど、どうやって飛んでたの冬香ちゃん! どうみても浮かんでたけど! ワイヤーも見えなかったし……」

「ジャンプの瞬間に足元をひねりながら飛ぶことでつむじ風を起こしたんです。あとは体内で体重を分散させて風に乗ってあげて、という感じですね。細かいことを言えば、ジャンプの際に出来た運動エネルギーを体内に残して――」

「逢坂! 余計なことは言わんでいい。二人も絶対に真似しようとするなよ」

 

 またしてもトレーナーさんの一喝が入りました。

 私はいいのですが、普段優しい末妹さんのレッスンを受けているお二人は慣れないようです。

 体がびくってしてました。

 

「しかしやはりというべきか、お前らのアイドル力では逢坂の魅力に抗えんか。先ずは一週間ほど逢坂のダンスを見て慣らせ。レッスンはそこからだ」

「はい!」

「家に帰ったら自分のビデオを見ておけよ。逢坂のバックダンサーも大事だが、それ以上に自分のダンスだからな」

「アーニャ、了解です」

 

 その後はしばらく、私一人でダンスしました。

 純真でフィギュアスケートが好きなアナスタシアさんはすぐに意識が持っていかれてしまいましたが、新田美波さんの方は努力家な性格のおかげか、少しずつ慣れてたみたいです。

 トレーナーさんからお許しが出たので、最後には新田さんだけ一緒に踊りましたが、途中で注意されて自分がどこを踊っているのか分からなくなってしまい、棒立ちに……。

 完成まではもう少しかかりそうですね。

 

「ふぅむ。新田とアナスタシアも成長しているが、逢坂の方も成長しているな……相嘉、想定より時間がかかりそうだ。期間を延ばすことは可能か?」

「出来ますよ。代わりに、ダンスレッスンの録画をもらってもいいですか?」

「ほう」

「話題性が落ちないように、動画投稿サイトに載せておきます。お二人の顔売りにもなるでしょう」

「お前もプロデューサー業が板についてきたな」

「まだまだですよ」

 

 不敵に笑うトレーナーさんに、恥ずかしそうに返すプロデューサー。

 プロデューサーは昔はヴォーカルレッスンのトレーナーをしていたそうです。直接のプロデュースこそしてないものの、楓お姉様の今を作ったのに大きく貢献したとかなんとか。

 とにかくお二人は、昔からの知り合いだそうで。

 

「新田さんとアナスタシアさん、二人はSNSはやっていますか?」

「はい。あんまり更新は出来てないですけど……」

「アーニャも、美波に教わりながら、少しずつやってます、ね」

「分かりました。後でURLを教えて下さい。公式HPの方で広告無しバージョンを載せますので、ついでにリンクを貼っておきます」

「あ、ありがとうございます!」

「それと、冬香も。二人のことを呟いておいてね。動画か写真付きだとよりいいかな」

「かしこまりました。さり気なく動画の方にも誘導しておきます」

「助かる。君達のプロデューサーには僕から話しておくよ」

 

 そう言って、プロデューサーはレッスンルームを出て行かれました。

 すみっこにはさり気なく、スポーツドリンクと酸素スプレーが置いてあります。

 相変わらずマメな方ですね。

 

「わあ。冬香ちゃんのプロデューサーさんって気が利くんだね」

「そうですね。喉が渇いてるのでしたら、どうぞ私の分も飲んで下さい」

「ううん、大丈夫だよ。冬香ちゃんも疲れてるでしょ? 一番踊ってたもんね」

「お気遣いなく。お二人の方が場馴れしてないでしょうから。緊張感は喉を乾かすと聞いていますので」

「でも……」

 

 躊躇する新田さんに、私は飲み物を押し付けました。

 この喉の渇きを、今は楽しみたい気分です。かといって飲み物を無駄にするのはもったいないので。

 

「ありがとう、冬香ちゃん。みくちゃんが言ってた通りだね」

「?」

「ダー。冬香はいい人です」

「そうですか?」

「そうだよ! 冬香ちゃんのプロデューサーさんも優しい人だし、やっぱりトップの人達は違うなあ。成功するべくして成功した! って感じがするよ」

「いえ、性行はまだしてませんよ」

「そっか……うん。高いなあ、目標。まだ上を目指してるんだねっ!」

「ズヴィズダー。冬香は星のようです」

「あ、はい」

 

 何か噛み合ってない気がします。

 今の会話のどこに、そんなキラキラした眼差しを私に向ける要素があったのでしょうか。

 もしかして新田さんもマゾヒストだった、とか。

 

「プロデューサーさんとは普段はどんなお話してるの? 私もプロデューサーさんとお話ししたいんだけど、きっかけが上手く掴めなくて。参考にしたいな」

「あー……今日の朝はしば、いえ、そう。ダチョウ革の話をしました」

「ダチョウ革? あっ、ファッションのお話だね!」

「……ええ。プロデューサーさんに写真を撮ってもらって、可愛く見える角度や服装を話し合いました」

「なるほど! 日常会話もレッスンのうち、なんだね。勉強になるなあ」

 

 新田さんは私の言葉をメモに取りました。

 その間に、アナスタシアさんにも飲み物を渡します。ついでにタオルもセットで。

 どちらも私には必要ないので。

 

「冬香は優しいですね。自分に厳しくて、人に優しいです」

「そうだね! トップアイドルなのに私達よりハードなレッスンしてて、ほんとにすごいな」

「そんなことありませんわ。好きなんですよ、レッスン」

 

 特に疲れるところが。

 

「私も見習わなきゃ! 美波、がんばりますっ!」

「そのいきです! アーニャと一緒にがんばりましょう!」

 

 お二人は一緒に気合を入れ直していました。

 よいコンビのようですね。

 このお二人でしたら、きっと私とのレッスンも無事に遂げられるでしょう。



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第17話 オールナイト・美城プロ

冬香がラブライカの二人をバックダンサーにする代わりにプロデューサーに要望して作ってもらった番組です。
知る人ぞ知る深夜のラジオ、というノリ。
何を言われても「あれは台本なので」でゴリ押してます。ファンも「なんだ台本か」と納得して、そういうもんだと思って楽しんでます。




 ――毎週火曜夜十一時きっかりに、

 『それ』は始まる

 穏やかな日常を壊し、君を非日常に引きずり込む『それ』が……

 

冬香:はい、というわけで今夜も始まりました『オールナイト・美城プロ』、パーソナリティを務めますのはどうも、逢坂冬香でございます。

奈緒:私にも名乗らせろ! ラジオの前のみんな、今日も付き合ってくれよな! 神谷奈緒だ! ……なあ、やっぱりオープニング変えないか? 明らかにこの番組と合ってないだろ。

冬香:いえいえ。私の危ない発言に、きっと偉い人達の穏やかな日常は壊されてることと思いますよ。

奈緒:自覚してるならやめろよ!

冬香:全方位に喧嘩を売ることで、全方位から攻められる。私はそうありたい。

奈緒:そうありたい、じゃねーよ。それ私も巻き込まれてるから!

冬香:興奮しているところ大変恐縮なのですが、そろそろオープニング・トークを切り上げてもよろしいでしょうか?

奈緒:よーし喜べ。あたしへの喧嘩の売り方は満点だ。

 

 

オープニング曲『こいかぜ』

 

 

冬香:えー今回は記念すべき第10回ということなので、なんと十五時間拡大スペシャルでお送りいたします。

奈緒:拡大しすぎだろ! 台本が骨太SFハードカバーみたいになるわ!

冬香:と言ってもこの番組の台本、ペラッペラですけどね。ラジオの前のみなさんに説明しますと、基本『フリートーク』とだけ書かれていまして、たまに『この辺でこのコーナーやって』とある程度です。

奈緒:実際1ページしかないからな。卒業証書挟むアレみたいになってるとか、おかしいだろ……企業宣伝もないし。

冬香:あっ、でも奈緒今日はちょっとセリフ書いてありますよ。読み上げますと『いやぁ、今日は寒いねえあっ、寒いと言えばさ――』

奈緒:誰のセリフなんだよ、これは! 口調完全におっさんだろ! しかも『寒いと言えばさ――』の後何にも書かれてねえじゃなねえか! 寒いと言えばなんなんだよ!

冬香:寒いと言えば、全裸オナ◯ーが捗るなあ、とかじゃないでしょうか。

奈緒:そんなこと言ったら、記念すべき第10回で番組が終わるわ! それに寒いのに全裸になるな!

冬香:いえ、寒いときこそ全裸になることで――

奈緒:あー! あー! 聞きたくない!

冬香:――寒さに攻められるという自然とのSMプレイがですね、

奈緒:続けるなよ!

 

 

挿入歌『雪の華(高垣楓カバー)』

 

 

冬香:――というわけで、残念ながらそろそろサヨナラのお時間です

奈緒:いやいやいやいや。まだ全然序盤だから、コーナー何一つ消化してないから! なんならフリートークしかしてないから!

冬香:ほお、つまりコーナーを消化するまで終わらないと?

奈緒:しまったああぁぁぁ! うぅ、コーナーやりたくない……

冬香:やって参りました大人気コーナー『神谷奈緒は処女なのか? 非処女なのか?』。読者様方から投稿されたお題を奈緒が体験していなければ処女、体験していれば非処女となります。

奈緒:おかしいだろ! やっぱりこれおかしいだろ! なあ! 深夜ラジオとはいえ、あたし達アイドルだぞ!?

冬香:最初のお便りは『社食で奈緒ちゃんの眉毛食べたい』様からです。

奈緒:無視! しかもよりによって社食かよ!

冬香:なんだかんだ言ってコーナーが始まると素直に受け入れるその姿勢、私は好きですよ。さて、お便りを読みますね『冬香さん奈緒ちゃんばんわっす!』。はい、ばんわっす!

奈緒:番組恒例のように言ってるけど、そんな挨拶初めて聞いたからな?

冬香:『奈緒ちゃんはラ・ク・ロ・ス未経験でしょうか、それとも体験済みでしょうか。気になって奈緒ちゃんのCDを100枚も買ってしまいました』とのことです。

奈緒:これ本当にラクロスの話かっ!? ラクロスの話なんだよあ! なんか悪意感じるぞ!

冬香:……

奈緒:なんで冬香もスタッフさんも真顔で黙るんだよ! 今まで見た中で一番迫真の顔するな!

冬香:……

奈緒:く、ぅ……! あーもう、仕方ねえな! しょ、処女だよ! 悪いか!?

冬香:はい、いただきました。奈緒の処女発言いただきましたよ。社食で奈緒ちゃんの眉毛食べたいさんには、番組特製オリジナル高垣楓ステッカーをプレゼントしちゃいます。

奈緒:なんでだよ! あたしか冬香のステッカーにしろよ!

冬香:いやでも、これ凄く出来がいいんですよ。しかもこの番組用にわざわざ新しい衣装まで用意してもらって撮影したので、本当に価値のある品ですよ、これは。

奈緒:明らかに力入れる所おかしいだろ……

冬香:ちなみに予算を使い過ぎて、スタッフさん達が自腹を切ったそうです。

奈緒:ここのスタッフって本当に頭おかしいよな。

冬香:頭おかしいといえば、こないだ奈緒の大食い企画あったじゃないですか

奈緒:ああ、あったな……ラジオなのに何故か大食いさせられたな。

冬香:奈緒がラストスパートに入った際、BGMに千早さんの『arcadia』使ったせいで、しばらくゲストどころか飲み物さえ用意出来てませんでしたよね。

奈緒:かんっぜんに力入れる所明らかに間違えてたよな世界一無駄な『arcadia』の使い方だと思うぞ。

冬香:でもこないだ共演した時、如月さん爆笑したって言ってましたよ。

奈緒:まさかのリスナー!?

冬香:社食で奈緒ちゃんの眉毛食べたいさんが如月さんの可能性もあるわけです。

奈緒:765プロの社食があたしの眉毛になったら、いよいよ末期だな。

 

 

挿入歌『Nation Blue(高垣楓ソロリミックス)』

 

 

冬香:続いてのお便りは『死ぬ時はせめて奈緒ちゃんと冬香ちゃんに挟まれながら愛を囁かれて死にたい』さんからです。

奈緒:せめてって言いながらさらっとデカイ要求してくるな、こいつ。

冬香:読み上げますね『奈緒ちゃん冬香さんばんわっす!』はい、ばんわっす!

奈緒:だから、なんで今日はみんな『ばんわっす!』統一なんだよ。どこで示し合わせてきたんだよ。

冬香:『いつもお二人の仲睦まじい会話を聴いて癒されてます。本当に仲が良いんだな、と声越しでも伝わってくるのがとっても微笑ましいですね』。

奈緒:おお! 普通のお便りが来て、何故かあたし感動してる! ほら、まともなお便りが来たの、初回だけだったからさ……

冬香:『そこで質問なのですが、お二人は百合なのでしょうか? そして仮に百合であった場合、どちらが攻めでどちらが受けなのですか? お二人は一体どこまで進んでるのですか?』とのことです。

奈緒:あたしの感動を返せ。

冬香:うーん、これはちょっと……

奈緒:だよな! 冬香も変なお便りだと思うよな!?

冬香:処女か非処女で答えるの難しくないですか?

奈緒:そこかよ!

冬香:ふざけつつも、しっかりコーナーはやり切る女。どうも、逢坂冬香でございます。

奈緒:うん。そのしっかりやり切ってるコーナーが良くないんだけどな。

冬香:というわけで死ぬ時はせめて奈緒ちゃん冬香ちゃんに挟まれながら愛を囁かれて死にたいさんの質問には答えません。ステッカーもなしでーす。

奈緒:うぉい! この手のやつでステッカープレゼントしないの初めて見たよ! てゆーかなんで採用した!?

冬香:それにまあ、私と奈緒の進展具合を申し上げると、流石のこの番組といえどピー音のオンパレードになりますからね。

奈緒:ならねーよ!

 

 

挿入歌『2nd SIDE(高垣楓カバー)』

 

 

奈緒:今更なんだけどさ。

冬香:はいはい。

奈緒:なんで挿入歌全部楓さんなの?

冬香:第10回にしてそこに触れますか。

奈緒:いや、おかしいだろ! あたしと冬香のラジオじゃん! なんならゲスト一回も来たことないからな!

冬香:多分楓お姉様に予算を使ってるから呼べないんでしょうね。

奈緒:そこがもう間違ってるだろ! あたしと冬香に予算をさけよ!

冬香:お金より、面白さ重視。昔の各方面に噛み付くラジオの精神を忘れてなくて好きですけどね、私は。

奈緒:噛みつきすぎたんだよ! 流石に普通アイドルのラジオって言ったら、メイクとかファッションとかお仕事の話をするもんじゃないのか?

冬香:はあ、しょうもな。

奈緒:しょうもなくないだろ!

冬香:そんなキャッキャウフフな話をして、誰が喜ぶんですか?

奈緒:ファンの皆さんだろ!

冬香:このラジオのファンですよ?

奈緒:ああ……そっか。

冬香:というわけで、コーナーを続けましょうか。

奈緒:うん。あたしももう諦めたよ。

冬香:続きまして『来世は奈緒ちゃんのストッキングになって寒さから守ってあげ隊』さんからです。

奈緒:ここのリスナーはそんなんばっかか!

冬香:でもこの投稿者さん、女子高生みたいですよ。

奈緒:えぇ……

冬香:『奈緒ちゃん冬香ちゃんこんば――えっ、あ、はい。ばんわっす!』

奈緒:これ誰かからの指示受けてるよなあ!? 書いてる途中ばんわっす! て書くよう指示されてるよなぁ!?

冬香:『私事なのですが、最近イギリスに旅行してきました。海外に行くのは初めてだったので、日本とは違うことばかりの連続で、凄くビックリしちゃいました! そこで質問です。奈緒ちゃんと冬香ちゃんは海外に――えっ、し、下ネタ? わ、分かりました……島村卯月、がんばります! え、えーっと、奈緒ちゃん、今日パンツ何色だよ!?』とのことです。

奈緒:やっぱり指示受けてるじゃねえか! どう見ても途中で方向転換させられてるじゃん! ありなのか、これ!? そして思いっきり身内だよ!

冬香:あまり話したことない身内と気まずい思いをしながらこんな話をする。そんなのもアリですね。

奈緒:アリじゃねええええええええ!

冬香:いえーいしまむー聴いてるぅ〜?

奈緒:身内ネタ止めろ!

冬香:あっ、メールで『はい、しっかり聴いてます!』ってきました。

奈緒:オンエア中にメールするな!

冬香:ではここで、島村さんに電話してみましょう。

奈緒:!?

冬香:呼び出してっと……はい、奈緒。島村さんにお電話が繋がってますよ。

奈緒:キラーパス過ぎる! あたしあんまり関わりないぞ! ……あ、お電話代わりました神谷です。

謎のリスナー『はい、島村うづ――じゃなかった来世は奈緒ちゃんのストッキングになって寒さから守ってあげ隊です!』

奈緒:あっ、本人的にはまだバレてないていなのな。

謎のリスナー『初めまして、奈緒ちゃん。いつも応援してます。ぶいっ!』

奈緒:応援ありがとな! あたしもニュージェネ大好きだぞ!

謎のリスナー『えへへ、ありがとうございます! 今度凛ちゃんと未央ちゃんも誘って五人でご飯でも行きましょう!

奈緒:是非! 先輩の話とか、もっと聞きたいって思ってたんだ。冬香の話は参考になんねーから。

謎のリスナー『私なんかでよければ! ――えっ、あっ、はい。奈緒ちゃんごめんなさい。ちょっと失礼しますね』

奈緒:ん?

謎のリスナー『はい、はい。もっとちゃんと悪口言います……だからもう、許して下さい……』

奈緒:やっぱり脅されてるじゃねえか! おい、大丈夫なのか!?

謎のリスナー『許して下さい、楓さん……』

奈緒:まさかの黒幕!?

冬香:はい、ここで電話を切りますね。というわけで来世は奈緒ちゃんのストッキングになって寒さから守ってあげ隊さんでした。当然ステッカーはなしでーす。

奈緒:後味悪っ!

冬香:最後に、奈緒のパンツの色なのですが。

奈緒:くぅぅぅ! 忘れてると思ったのに! これは本当に答えたくない! 番組的につまらないのは、あたしだって分かってるんだ。それでもあたしは、これにだけは答えたくない!

冬香:それでは私がお答えしますね。

奈緒:え?

冬香:ちょっと失礼しますよ。

奈緒:うおい! 自然にあたしのスカートを捲ろうとするな!

冬香:ふっ、笑止! その程度のガードでSランクアイドルたるこの私の攻撃を防げるとでも?

奈緒:! お、おま、その手にあるの!

冬香:『忍法・変わり身押し付け』です。奈緒のパンツを奪い、代わりに私のパンツを穿かせておきました。等価交換だ! というやつです。

奈緒:待て待て待て! あたしの理解が追いつかない!

冬香:奈緒のパンツの色は――いえ、これはやはり、私の心の中にだけ留めておきましょう。

奈緒:なんだその『死んだ師匠から送られた自分にだけ意味が分かる遺言を受け取った奴』みたいな顔は! そんな場面じゃないだろ!

冬香:例えツッコミが長いですね。

 

 

挿入歌『Snow World(高垣楓カバー)』

 

 

冬香:続いてはこのコーナー『逢坂冬香を丸裸にひん剥こう』です。

奈緒:ま、普通に質問コーナーだな。プライベートが結構謎な冬香に質問をして、どんな人なのか解き明かしちゃおう! って企画だぞ。名前がちょっとあれだけど……

冬香:『神谷奈緒は処女なのか? 非処女なのか?』では私がハガキ厳選していますが、こちらは奈緒が厳選しているので、私はどんな質問が来るのか本当に知りません。

奈緒:この厳選がな、本当に苦痛なんだ。変な質問して来る人とか、あたしがハガキ厳選してるから、その……なんだ。あたしに向けて、ら、ラブレターとか、変な自撮りとか送って来る人がいて。あ、ありがたいんだけどな! 応援してくれることは。でももうちょっと節度を守ってもらえると、嬉しいな。

冬香:普通ある程度スタッフさんが選別して、安全なハガキだけ渡すんですが、この番組はそういうの一切ありませんからね。

奈緒:あたしはここのスタッフに良識とか心遣いを期待するのをやめたよ。

冬香:ここまで信頼関係のないスタッフとクリエイターの組み合わせは珍しいですね。割と長寿番組ですのに。

奈緒:よし。それじゃあ最初の質問を読み上げるぞ『魚の塩漬け』さんからの投稿だ。ありがとうございます!

冬香:急に普通のラジオっぽくなりましたね。

奈緒:いいんだよ、これで! こほん『奈緒ちゃん冬香ちゃんばんわっす!』ってここでもかあ! こっちでも『ばんわっす!』か! てゆーか、え、あたしが厳選した時はこんな挨拶じゃなかった気が……

冬香:まあまあ、いいじゃありませんか続きを。

奈緒:あ、ああ。なんか釈然としないな……まあいいか。こほん、『冬香ちゃんは最近、ユニットを組みましたね。冬香ちゃん、如月千早さん、高垣楓さん、東豪寺麗華さん、水谷絵理さんの五人ユニット『6 eye(シックス・アイ)』。音楽は本当に素晴らしいのですが、この五人がトークしているところを見たことがありません。普段はどんな感じでお話ししているんですか?』ということです

冬香:お便りありがとうございます。

奈緒:あー、これはあたしも気になってたんだよな。冬香以外全員クール系だろ? どんな話するんだ?

冬香:えっ? いやいやちょっと、私もクール系でしょう。キンキンですよ。

奈緒:どこがだよ。頭パッションだろ。

冬香:そんなこと言ったら奈緒もツッコミパッションだと思いますが。

奈緒:誰のせいだ、だれのっ!

冬香:わはははは。だーれのせいかね、こりゃあ。

奈緒:誤魔化し方下手かっ! でも本当に、冬香のユニットかっこいいよなあ。ジャケ絵とか曲調もそっちに寄せてるし。全員スーツ姿のジャケ絵、あたし結構気にいってんだよなあ。メンバーカラーがワンポイント付いてるのもいいよな。

冬香:知らない方のために説明しますと、私達のユニットはメンバーカラーが設定されてるんですね。例えば私ですと薄紫なので、淡い紫色のチョーカーを巻いてます。他には麗華は紅いネクタイ、という風ですね。

奈緒:楓さんは翡翠色の髪飾り、絵理ちゃんは水色のメガネ、千早さんは青色のリボンを手に巻いてるんだっけ。

冬香:基本的には。

奈緒:応用はなんだよ。

冬香:まあその話はおいておきまして、質問にお答えするとですね。私達の練習は基本的にクッソ空気悪いです。

奈緒:えぇ……

冬香:先ず、大体私が麗華をいじります。そして喧嘩になります。

奈緒:なにやってんだよお前。

冬香:腹を立てた麗華がついつい大声を上げ、絵理さんがちょっとビクつきます。で、麗華ってヒール気取ってますけど、結構根は良い人じゃないですか。なんで絵理さんに謝ろうとするんですけど、ヒール役魂がそれを許さず、微妙な空気になります。

奈緒:うわぁ……

冬香:すると楓お姉様がニコニコしながら、そろそろレッスンしましょうか、と言います。すかさず千早さんが乗ります。

奈緒:流石楓さんと千早さんだな。

冬香:ですがそうは問屋がおろしません。再び私が麗華をいじります。

奈緒:なんでだよ!

冬香:こないだは麗華と絵理さんがお互い泣きながら謝るところまで行きました。

奈緒:そんなんだから色んなアイドルから共演NG食らうんだよ……

冬香:後はまあ、会話が盛り上がりかけた時に不意に私が「ところで、枕営業とかしたことあります?」とか「握手会の最中キモヲタが急に乱入して来たらどうします?」みたいなこと言って空気を凍らせてます。

奈緒:なにしてんだよ!

冬香:ちなみに奈緒は、枕営業したことあります?

奈緒:ないわっ!

冬香:私もです。このラジオを聴いてる偉い方々、逢坂冬香は枕営業いつでも歓迎ですよ。なんなら仕事はくれなくてもいいです。

奈緒:後でプロデューサーにチクっとこ。また冬香が枕営業しようとしたって。

冬香:いやあぁぁあ! こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛な゛お゛おおぉぉぉ!!!

 

 

挿入歌『Absolute Nine(高垣楓ソロリミックス)』

 

 

奈緒:続いてのお便りは『ばんわっす!』さんから……ってもう名前が『ばんわっす!』じゃねえか!

冬香:いえーい! ばんわっす!!

奈緒:どうした急に!? ……こほん、冬香に付き合ってるといつまでも進まないからな。続きを読むぞ。これも『6 eye(シックス・アイ)』関連だ。

冬香:あんなクソユニットがなんでそんなに人気なんですかね。

奈緒:自分のユニットをクソって言うな!

冬香:ごめんなさい。

奈緒:すなおっ!

冬香:奈緒、お便りの続きを。

奈緒:はいはいっと『冬香ちゃんは『6 eye(シックス・アイ)』の中だったら、誰と一番仲良しですか? 一番仲良しな人と、どのくらいプライベートで遊んでますか?』とのことです。お便りありがとうな!

冬香:私からも、ありがとうございます。質問に答えるとですね、一番仲良しさんなのは麗華ではないでしょうか。

奈緒:あれは……仲良しって言うのか?

冬香:お互い罵倒しながら蹴落とし合うのを友人と呼ぶのなら、私と麗華は間違いなく友達ですね。

奈緒:うん、それは敵だな。

冬香:強敵と書いて友と呼ぶ、というやつでございましょうか。

奈緒:いや、怨敵と書いて敵だな。

冬香:じゃあ仲悪いです。

奈緒:認めちゃったよ。

冬香:まあ、誰とでも仲良いですよ。プライベートでの付き合いもあります。こないだは千早さんのお宅でお鍋を突きました。

奈緒:その場面撮って、ライブの特典とかに付けたら凄そうだな。

冬香:千早さんに泣きながら、もう二度と来ないでと言われました。

奈緒:やっぱ仲悪いじゃねえか!

冬香:違うんですよ。机の上にカセットコンロを置くじゃないですか。その後麗華が火をつけたんですよ。そこに私が『いぇーい、一番乗りー!』って言って手を突っ込んだら、みんなビックリして泣いちゃったんです。

奈緒:何が違うんだよ! むしろあたしが想定してたより数倍やべえ! そんでテンション高いな!

冬香:その後私は言ってやりましたよ。楓、何か言ってやれって。

奈緒:人任せっ!

冬香:シャレになってませんねーシャレも言えないほどに、ふふふって言ってました。

奈緒:どんなメンタルしてんだあの人。

冬香:まあオッドアイですからね。

奈緒:関係ないっ!

冬香:ふと気になったんですけど、オッドアイの人がいるってことはオッドキャンタマの人もいるんですかね。

奈緒:いたとしても、解剖しないとわからないだろ。それにあたしはそんな議論はしたくない。

冬香:司法解剖の結果、被害者はオッドキャンタマでした。

 

 

エンディング『お願いシンデレラ(高垣楓ソロ)』

 

 

冬香:そろそろお別れの時間のようです。キス・ミー・グッバイ♪

奈緒:それ他の事務のアイドルのやつだから! しかもカバー!

冬香:一曲歌うだけで二人の歌手を敵に回してしまう女。どうも、逢坂冬香でございます。

奈緒:もう終わるのに自己紹介すんな!

冬香:もう自己紹介すんなって言う女。こちら、神谷奈緒でございます。

奈緒:あたしの紹介もしなくていい! てゆーか紹介なのかこれ。

冬香:この番組ももう10回ですから、新しいリスナーを獲得しなければなりません。今のは私から新しいリスナーの方々への配慮です。

奈緒:うん。初めて聞いてくれる人に配慮するのはいいことなんだけどさ。あたしへの発言とか放送禁止用語とかももうちょっと配慮してくれな。

冬香:初期からのファンの方々はどのくらい脱落してらっしゃるんでしょうね。8割くらいでしょうか。

奈緒:そのうちの9割くらいは初回でお前がテンション上げすぎたせいだよ。

冬香:ちょっと覚えてないっすね。

奈緒:叱られたバイトかっ!

冬香:っす。じゃ、次のゴーシーあるんで、おつっしたー。

奈緒:うおい! そんな感じで記念回を終えるなあああああああああ!






一応、お便り募集中です。
フリートーク用のお便り、今回やったコーナー用のお便り、新しいコーナーの要望&お便りなど、どんな感じでもいいんで活動報告に書くか、私にユーザーメッセージを送って下さい。
ペンネームは添えてもらえましたらそちらを使いますが、なかった場合はこちらで勝手に作ります。
使わなかったり、一部の表現をこちらで勝手に改変するかもしれませんが、ご容赦ください。


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第18話 とあるファンから見た清楚系アイドル(真)

 俺の名前は鈴木サトシ。

 鈴木家の次男として産まれた。

 

 その頃の記憶はほとんどないが、産まれてから最初の2年ほど、俺は身体が弱かったらしい。だからだろう。両親は俺に甘かった。駄々をこねれば大抵の物は買ってくれたし、食卓には俺の好物がいつも並んでいた。

 ここで面白くないのが兄貴のノボルだ。

 兄貴は優秀だ。勉強でもスポーツでも、俺は勝てた試しがない。それなのに両親が気にかけるのは俺だ。そのせいか、兄貴はたびたび俺に変な目線を送っていた。子供心に「きっと不満なんだろーなー……」とか思っていたよ。

 

 さて、俺の方はといえば、変な勘違いをしていた。

 俺にはきっと凄い能力がある。両親はそれに気がついていて、俺に期待してくれてるんだ。いつか兄貴を超えるんだ。

 そんなことを思っていた。

 

 だけどそれは勘違いだったんだ。

 

 大学受験の時のことだ。

 一年先に受験を済ませた兄貴は、地元の国立大学へと進学した。それも独学で、だ。俺は兄貴を超えたかった。超えるならここだ、って思ったんだ。だから両親に頼み込んで予備校に通わせてもらい、必死に勉強した。全てを捧げたさ。

 結果、俺は落ちた。

 滑り止めも落ちて、誰でも受かるような大学に行くことになった。

 

 その日の夜、俺は両親に謝りに行った。

 期待に応えられなかったことを、謝りたかったんだ。

 そして、俺が謝ると、両親は困ったように「仕方がないよ」と笑った。

 その時になってようやく気が付いたんだ。両親は俺に期待なんてしてなかったんだ、って。馬鹿な子供のワガママを聞いてただけなんだ。期待や信頼なんて言うのは、ワガママを聞くことなんかじゃない。黙って信頼を置いて、成果を挙げて来たらその分だけ褒めてやること。そう、両親が兄貴にしたように……。

 

 そのことに気がついた時、俺の心はぽっきり折れた。

 

 無気力なまま大学生活を送った俺には何も残らず、就職も散々だった。それでもやっぱり、両親は変わらない。落胆もしない。期待なんかしてないんだから当然だ。

 就職祝いだから、と豪華にしてくれた夕食が、俺には酷くみじめに感じたよ。

 

 そんな俺を支えてくれたのは、意外なことに兄貴だった。

 会社で怒られて嫌になった時も、俺を呑みに誘ってくれた。そして、黙って話を聞いてくれたんだ。

 子供の頃に俺を見ていた兄貴のあの視線、あれは嫉妬なんかじゃなかった。俺のことを気にかけてくれてたんだ。兄貴はずっと俺を心配してくれていた。本当に、完璧な兄貴だよ。

 

「なあサトシ。お前、今週末空いてるか?」

「空いてるけど……」

「だったら俺と一緒にライブに行こう!」

「えっ」

 

 ライブに行くのはDQNとキモヲタだけ。

 そんな風に思っていた俺は、爽やかな兄貴からの提案にかなり面食らった。だけどすぐに、バンドとかポップなアーティストのライブだろう、と思い直した。

 だから余計に、行こうとしてるのがアイドルのライブだと知らされた時は、かなり驚いたよ。

 

「逢坂冬香ちゃんって言ってな、今すごく人気なんだ。俺もどハマりしちゃってさ。な、一緒に行こうぜ。ぜっっっったい面白いから!」

「まあ、いいけど」

 

 兄貴はなんでも出来るせいか、意外と飽き性だ。

 そんな兄貴がここまでハマるアイドルなんてどんなものか、見てやろう。そんな思いで、俺は兄貴と共に逢坂冬香のライブに向かった。

 

 結論から言おう。

 冬香ちゃんサイコー!

 

 冬香ちゃんは可愛すぎた。

 アニメから出てきたみたいな極限まで整った容姿と清楚な性格。めっちゃいい匂いがしそう。

 そんで声が綺麗。歌もめっちゃ上手い。脳がとろける。ダンスも上手い。人の動きじゃないくらい動く。なのに見やすい。すごい。最高。最高すぎる。そこらのアイドルとは次元が違い過ぎる。

 

 家に帰ってから調べたところ、冬香ちゃんは最近デビューしたアイドルらしい。飛ぶ鳥を落とす勢いでのし上がり、今は業界のトップの一人なんだとか。

 しかもガチでお嬢様なんだそうだ。

 道理で清楚に見えるはずだ。本当に清楚なんだから。きっと蝶よ花よと育てられたんだろう。休日はご学友とユリの花の美しさとかを話し合ってるに違いない、俺には分かる。

 

 そのまま暫くネットを見ていると、ふと気になる一文が飛び込んで来た。

 

『逢坂冬香の握手会はマジでやばい』

 

 気がつけば音速でクリックしていた。

 記事をまとめると、冬香ちゃんの握手会は神対応で有名らしい。どんなに気持ち悪い奴が来ようと完璧な対応をしてくれる。行ったら最後、絶対にガチ恋するそうだ。

 行ってみたい。だけど……冬香ちゃんの握手会の倍率はシャレにならないくらい高い。冬香ちゃんの意向で握手会は誰でも申し込める。ファンクラブに入るとか、CDを買わなくても。冬香ちゃんが『出来るだけ多くの方と触れ合いたいので』と言ったからだそうだ。天使か。

 

 まあとにかく、誰でもネットで簡単に申し込めるせいで、倍率がすごく高い。

 

「……受かってしまった」

 

 ある朝、手紙が来た。

 中を開けてみると、手書きの可愛らしい文字で『私の握手会に申し込んでいただきありがとうございます。会場でお待ちしてますね』と書いてあった。

 わざわざ手書きで招待状を書いてくれるなんて……何千枚もあるはずなのに。きっと手が痛んでしまうだろう。でも、冬香ちゃんはファンの人に喜んでもらう為なら、なんでもするって言っていた。あれは本当だったんだ。

 

「あ、兄貴! 受かった! 俺、受かったぜ!」

「お前もか!」

「兄貴も!?」

 

 兄貴の手にも手紙が握られていた。

 こうして俺たちは、二人揃って握手会に行くことになった。

 

 

   ◇

 

 

 鏡の前に立つ、豚とイケメン。

 俺たちを言い表すとそんな感じだ。昔はそれなりにイケメンだったはずだが、落ちぶれて以来、ぶくぶくと太ってしまった。今ではすっかりこの有様だ。

 反対に兄貴はカッコいい。中学生でサッカー部に入ってからメキメキと頭角を現してからスポーツを続けてたおかげで、筋肉もしっかり付いてる。顔には自信が張り付いていて、女の子にもモテる。

 

 昔はここまで差がなかったはずなのに、いつのまにかこんなに……。

 いや、最初からだったのかもしれない。

 小さい頃の俺は夢見がちだった。

 

「それじゃあ、行こうか」

「ああ」

 

 俺たちは握手会に向かった。

 電車を乗り継ぎ、たどり着いた会場で、長蛇の列に並ぶ。

 最初は待ち遠しかったが、列が進むに連れて不安になってきた。俺のことを冬香ちゃんは受け入れてくれるだろうか。こんな気持ち悪い俺を……。

 隣にいる兄貴を見る。

 俺たちが並んでたら、誰だって兄貴を選ぶだろう。もちろん冬香ちゃんはアイドルだから、対応してくれないなんてことはないだろうが。それでもきっと何処かで、俺より兄貴の方がいいと感じるはずだ。

 

「次の方、どうぞ」

 

 冬香ちゃんに呼ばれて、先に兄貴が行った。

 握手をしながら、にこやかに話している。俺じゃあとても真似できない。家族以外の女と話したことなんて、記憶にある限りじゃあ中学生以来だ。

 

「次の方、どうぞ」

「ひゃ、ひゃい」

 

 自分でも分かるくらい鈍臭い動きで、俺は冬香ちゃんの所に行った。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 冬香ちゃんが手を差し伸べた。

 恐る恐る手をとる。柔らかい。なんだ、これ。信じられないくらい手触りがいい。この素材でクッションを作りたいくらいだ。

 

 ふわりと、いい匂いがしてきた。

 作られた香りじゃない。お花みたいな匂いがする。行ったことはないが、富良野の大自然はきっとこんな感じだろう。

 冬香ちゃんの匂いに感動していると、ふと自分の臭いが気になった。風呂には入っているが、太ってるせいか俺は臭い。香水とか防臭剤を買ってくればよかった。

 

「……あ」

 

 気がついた。

 だけど、冬香ちゃんはまったく嫌な顔をしてない。むしろ嬉しそうなくらいだ。俺なんかと会って、何がそんなに嬉しいのかっていうくらい、笑顔を浮かべてる。

 

「そ、その。冬香ちゃん!」

「はい、逢坂冬香でございます」

「いつも、応援、してます……」

「ありがとうございます。みなさまの応援があっての私ですから。感謝の言葉もありません」

 

 うっ!

 冬香ちゃんの言葉を聞いた瞬間、頭が飛んだ。可愛すぎる。清楚の塊だ。色々言いたいことがあったのに、全部飛んでしまった。

 いつのまにか時間が経って、後ろから剥がしの人が俺を押してる。

 まだ、話したいことがあったのに……。

 

「お待ちを。まだ何か、仰りたいことがあるようです」

「えっ」

 

 信じられないことに、冬香ちゃんが剥がしの人を止めた。

 冬香ちゃんはまっすぐ俺を見ている。

 

「私に何か言いたいことがあるんですよね?」

「は、はい!」

「待ってますので、どうかお話しになって」

「うん。えっと、その、自信がないんだ。俺。アイドルの冬香ちゃんに、こんなことを言うべきじゃないんだけど」

「なぜ?」

「だって、太ってるし、頭が悪いし、兄貴に負けてばっかりなんだ!」

「お兄様とは、あちらの方ですね」

 

 冬香ちゃんは兄貴の方をちらりと見た。

 

「太っている、頭が悪い。何をやっても負けてしまう……それがなぜ欠点だと?」

「な、なぜって」

「そんなことでは人間の価値は測れません。だってほら、現実に――」

 

 一息。

 

「――私はこんなにもあなたが好きですよ」

 

 目から鱗だった。

 笑いながらそう言う冬香ちゃんには、まったく嘘を言ってる様子がなくて。本当に俺のことが好きみたいだった。

 そんなわけない。アイドルだから言ってるだけ……なんてことはまったく思わなかった。

 

「だからほら、あなたも私にしたいことがあるでしょう?」

 

 ああっ、冬香ちゃんはなんでも分かるんだな。

 

「ありがとう!」

 

 俺は頭を下げた。

 感謝、したかったんだ。気がつけば目から涙が溢れていた。今まで生きてて、こんなに誰かに受け入れてもらったことはなかったから。

 

「……泣かないで下さい。これで涙をお拭きになって」

 

 そう言って差し出されたのは、ひとつのハンカチ。

 真っ白でお花の匂いがするそれは、まるで冬香ちゃんみたいだった。

 

「それは差し上げます。これからお使いになって下さい」

 

 冬香ちゃんは優しすぎる。それに純粋だ。こんな匂い付きのハンカチなんて、変な輩が持てば良くないことに使うに決まってる。それなのにこうして渡してしまうなんて……本当に世間知らずだ。

 

 家に帰ったらガラスケースに飾ろうと、俺は決心した。

 

 

   ◇

 

 

 握手会を終えて、俺はひとつ気がついた。

 冬香ちゃんは言った。

 能力がないことは、欠点にはなり得ない。俺のことが好きだ、と。

 

 自信がついた。

 

 世界で一番魅力的な女の子が、俺のことを好きなのだ。

 俺は世界で一番かっこいい。

 

 だから、次の日から俺は努力し続けた。もちろん、何度も失敗した。だけどもう落ち込まない。そんなところも含めて、冬香ちゃんは好きだと言ってくれたのだから。

 兄貴への劣等感も無くなっていた。

 他の何で負けていたって、冬香ちゃんは兄貴より俺の方が好きなのだ。それだけで俺は全てで勝った気になれる。

 

 そして、気がつけば俺は変わっていた。

 体格もスマートになり、会社では出世した。

 冬香ちゃんに相応しい男になってきているという確信がある。

 

 待っててくれ冬香ちゃん……もう少ししたら、完璧な男になって君を迎えに行く!



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第19話 とあるドラマ撮影

 俺はしがないカメラマンだ。

 

 学生時代を遊んで過ごした俺はマトモな大学に行くことが出来ず、結果として専門学校へと進学した。

 そこで編集や撮影方法なんかを学んで、今はテレビ局で働いてる。忙しくて給料も少ないが、まあ、なんとか生きてはいける。これも昔に遊んでたツケってことかね。

 

 さて。

 今はとあるドラマ撮影の真っ最中だ。

 撮影の状況は良くない――というか、最悪だ。俺が見てきた現場の中だと一番悪い。

 原因はメインヒロインを演じてる女優にある。どうやら主役を演じてる俳優に気があるらしく、手を繋ぐシーンや見つめ合うシーンなんかを過剰にやるんだ。そのせいで一々カットが入って、他の演者も今ひとつ役に入り込めてない。元からあの女優は嫌がらせやワガママで有名だったが……今日は更に酷いな。

 あの俳優も俳優だ。撮影そっちのけで自分にちょっかいを出してくる女優に、笑うばっかりでなんの対応もしない。顔はカッコイイと思うが、俺から言わせれば男らしさに欠けるぜ。

 

 しかも最悪なことに、あの女の嫌がらせのせいでライバル役の女の子が降板してしまった。

 代わりを探すことになったものの、あの女の悪評のせいで誰もやりたがらない。まあ俺だってこんな最悪な現場は嫌だ……と思っていたのだが。たった一人、名乗りを上げた女がいた。

 

 逢坂冬香、というらしい。

 

 女優じゃなくてアイドルだそうだ。それなりに有名だそうだが、畑が違うせいか俺は知らなかった。まあ忙しくてテレビも見れないから仕方ないんだが。

 しかし、不安だ。

 こんな現場に来るアイドルなんて名前を売りたい奴かノーテンキなアホに決まってる。

 俺以外のスタッフも大体そう思ってるみたいだ。唯一面識がある監督だけはなにやら安心していたが……。

 

「逢坂さん入りまーーーーす!」

 

 そんなアウェイな空気の中、名前を呼ばれた逢坂冬香が現場入りする。

 

 その瞬間、音が消えた。

 

 静寂だ。

 スタッフ達の声どころか、不思議なことに、機材の音さえも聞こえなくなった。

 言ってみれば、10代の小娘が入ってきただけだ。

 それなのに、目が肥えてる芸能関係者達が揃いも揃って押し黙っちまった。

 その真ん中を、逢坂冬香ただ一人が洗練された動作で歩いて行く。コツン、コツンとローファーが音を鳴らす度に、一人、また一人と呑まれていく。そこかしこから生唾を飲む音が聞こえた。もちろん、俺からも。

 

 逢坂冬香は美しかった。

 先ず、容姿が整っている。これを聞いた人は「当たり前のことだろ。大抵のアイドルは見た目がいいじゃないか」と言うかもしれない。だけれども、彼女は別格だ。

 グラビアアイドルの様に爆乳なわけでも、一流女優の様に成熟しているわけでもない……。

 逢坂冬香は、そう、そんな所とは別の場所にいる。黒いロングヘアーや肌の仕草、顔のパーツなんかが完璧な配分で調合されているんだ。神が“清楚な美少女”を作ろうとしたら、絶対にこんな感じになる。

 それでいて仕草が完成されている。

 髪をかきあげて微笑む姿がこんなに似合う女の子はいないだろう。

 

 一目見ただけで分かる、分かってしまう。

 この女の子は絶対に清楚だ。

 きっとこの世の汚い部分は何も知らない、花のような女の子なんだ。

 話しかけるだけで汚してしまいそうな、神聖なものに思えた。

 

「あの……みなさん? どうかなさいましたか? 誰か現場のことを教えてくれると嬉しいのですが」

 

 彼女の一言で、現場は慌ただしく動き出した。

 

「あっ、ああ……はい、ただいま!」

「とりあえず、こちらの椅子にお掛け下さい!」

 

 スタッフ達がセットの説明や今のシーンなどを説明していく。彼女は真剣な顔つきでそれらを聞いていた。

 そしてあらかたの事を聞き終えた彼女に、近づいていく人間がいた。

 今回で主人公役を演じる、あの俳優だ。

 ちっ、こんな時ばっかり仕事が早いらしい。

 

「逢坂さん、よろしくね」

「はい。どうぞ、よろしくお願いします」

「逢坂さんは礼儀正しいね。困ったことがあったら、なんでも聞いてよ」

「ありがとうございます」

 

 どうやら逢坂冬香は、かなり礼儀の正しい女の子の様だ。

 頭を下げる仕草がかなり洗練されている。まるでそこだけ何度も練習しているみたいだ。

 もちろん、そんな訳はないのだが……。

 

「ところで、今晩とか空いてるかな。僕のオススメのレストランがあるから、よければどう? 現場のこととか教えてあげるよ」

「有り難いお話ですが、お断りさせていただきます」

 

 即答だった。

 彼女は食事の誘いを、予定表を見ることもなく一瞬で切り捨てた。

 

 まさか断られると思ってなかったのだろう。

 あいつは固まっていた。

 その横を逢坂冬香は通り抜けて――俺の所に来た。

 そして、深々と頭を下げた。

 

「今日から撮影に参加させていただきます、逢坂冬香と申します。未熟者ですが、どうかよろしくお願いします」

「……えっ、あっ、はい。よろしくお願いします」

 

 ……初めて、だった。

 俺みたいなただの1スタッフが、こんなにも手厚い挨拶をされたのは。

 

 俺は、正直に言って見た目がチャラい。昔に遊んでいたせいで、こんな格好しか知らないのだ。だからこういうタイプの女の子から話しかけることなんてないと思っていた。

 だから面食らってしまって、言葉が出なくなった。

 そんな俺に、逢坂冬香は微笑んでくれている。

 

 色眼鏡なしで、こんなにも真っ直ぐに俺を見てくれている。

 

 こんな見た目のせいで、俺は初対面の人には大体怖がられちまう。慣れたこと、と思っていたが、それでも心の何処かでは傷ついていたんだ。

 それなのに逢坂冬香――逢坂さんは、こんなにも可憐な見た目をしているのに、恐れることなく俺に近づいて話しかけてくれた。

 しかも彼女から見れば、たった一度の仕事で出会った、名前も知らないスタッフなのに。

 

 こんなに嬉しいことはない。

 

 我ながら単純だと思うが、元気が湧き出てきた。

 さっきまでは最悪の現場だと思っていたが、逢坂さんがいるというだけで、最高の現場に思えるくらいだ。

 見回せば周りの奴らも似たような顔をしている。

 

 逢坂さんは一瞬で現場の雰囲気を変えた。

 これが一流のアイドルなんだ。

 俺たちはそのことを痛感させられた。

 がんばろう。

 このドラマを成功させようという気持ちがメキメキとでてくるのを俺は感じた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「ふざけないでっ!」

「(や、やりやがった……!)」

 

 ドラマの撮影の中で、事件は起きた。

 

 逢坂さんは天才だ。

 アイドルとしても売れてるらしいが、女優としてもやっていけるだろう。むしろかなりの所まで行くんじゃ……と思うくらい演技が上手かった。

 ライバル役のはずの彼女が、メインヒロインに見えてくるくらい惹き込まれていく。

 だが、それがよくなかった。

 

 あのイケメン俳優からの誘いを受けたことと、演技の上手さ。

 それが気に食わなかったんだ。

 

 あのクソッタレ女が、演技の最中、逢坂さんを思いっきり引っ叩いた。

 確かに一応、今は二人が喧嘩するシーンで、手を挙げる場面もある。だけどそれは“フリ”だけで、本気で叩くわけじゃない。

 それなのにあの女は渾身の力で逢坂さんを叩いた。

 

「(と、止めるか?)」

 

 俺はそう思った。

 周りの人間もそう思ったはずだ。

 だが、監督は……、

 

「あの子が少しでも止める素振りを見せたら止めろ。でなければ撮り続けるんだ」

 

 と言った。

 

 目を見開いた。

 あんな華奢な女の子が叩かれて、ショックを受けないわけがない。今にも泣いてしまうんじゃないかと思ったくらいだ。

 でも、監督は続行すると言った。

 

 後で監督から聞いた話だが、逢坂さんはプロ意識の塊らしい。

 難しい演技であればあるほど演技力に磨きがかかり、時にはたかがドラマ一本のためにスタントアクションを勉強してくることもあるのだとか。

 

 そして監督曰く、チャンスだと思った、と。

 逢坂さんは集中していた。しかし相手の女優はひどい演技だ。だからこそ、本心からしたビンタがキッカケで何か変わるんじゃないか。

 そして、逢坂さんも。純粋な彼女は、あの一発のビンタを、まさか嫉妬からされたものだなんて思わない。本気の演技だと思うだろう。その演技に応えるために、より演技に磨きがかかる――というのが監督の読みだった。

 

 果たして、その通りになった。

 

 逢坂さんは明らかに変わった。

 さっきまでも天才的な演技だったが、それより一段も二段も。逢坂さんの演技は進化したんだ。

 

 昔、こんな話を聞いたことがある。

 とあるプロサッカー選手が相手のファウルで鼻血を出した。

 その出血がキッカケで頭の中がクリアになり、その後のプレイで大活躍をしたらしい。

 

 今の逢坂さんにも同じようなことが起きてるのだと、俺は思った。

 プロ意識が高い故の“ゾーン”のような状態にいるんだ。

 

 逢坂さんはその後の撮影で、頬を赤く腫らしたまま完璧な演技を遂げた。

 アイドルのくせに女優なんかやりやがって、などと思う者は誰もいなくなっていた。

 あの子ほど仕事に真摯な人間を、俺は見たことがない。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 

「この女! ちょっと顔がいいからって!!」

 

 そしてまた、事件が起きた。

 撮影の後で挨拶に行った逢坂さんに、クソ女が水を掛けたのだ。

 

「だ、大丈夫ですか逢坂さん!」

「はい。お気遣いなく」

「お気遣いなくって、でも!」

「こんなものただの水です。硫酸でなければ、毒でもありませんから」

 

 そりゃあそうだ。

 そんなこと誰だって分かる。

 なのになんでそんなことを……と考えて、俺は気がついた。逢坂さんは庇っているのだ。

 もっと悪い想定をすることで、たかが水を掛けられただけ、と言いたいんだ。

 大御所と揉めないために、こんな可憐な女の子が。

 

 逢坂さん……なんていい人なんだ。

 人間が出来過ぎている。

 

「それでは私は失礼しますね」

「逢坂さん、せめてタオルを持って行って下さい」

「大丈夫ですよ。そのタオルはあなたが使って下さい。どうやら随分と汗をかいているご様子ですので」

 

 そう言われて気がついたが、びっしりと汗をかいていた。

 焦ったせいだ。

 

「そうだ。私が拭って差し上げますわ」

 

 逢坂さんは一瞬で俺からタオルを抜き取ると、本当に汗を拭ってくれた。

 アイドルがやることじゃないのに……すっげえ楽しそうだ。本当にいい人だなぁ。

 

「はい、綺麗になりました」

 

 そう言って微笑んだ彼女を見たとき、俺は心臓が跳び跳ねるのを感じた。

 ……帰ったらライブに申し込もう。

 俺はそう思った。

 

 後で聞いた話なのだが、監督は逢坂さんのデビュー作を監督したらしい。

 それから偉く気に入ったとかで、芸能界の闇から守ってるそうだ。

 流石だ。

 尊敬するべき人だ。

 逢坂さんは天然記念物だ、汚れた大人からは守らなくちゃいけない。あの俳優みたいなやつとか、さっきから続く嫌がらせからも。俺たちスタッフ一同は、逢坂さんに変なことをしてる奴がいたら叩きのめそうと、決意を固めた。

 

 逢坂さんに知られなくたっていい。

 むしろ知られない方がいい。

 でも俺たちの行為はきっと、逢坂さんの為になるはずだ!



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