機動戦士ガンダムGナッシング~西海岸は煉獄と化した!! (ミノフスキーのしっぽ)
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1話

 第1話 サクラメントに紅き男爵は舞い降りる! その1

 

 

 その日。

 

 鷲は舞い降りたのだ!

 

 それも続け様に!

 

 

 宇宙世紀0079年3月11日

 

 宇宙での激戦に勝利したジオン公国軍は、バイコヌール宇宙基地含むユーラシア中央地区、東西ヨーロッパ地区を、第1次地球降下作戦によりすでに占領していた。

 その成功によって北米での勝利も確信したジオン公国軍総司令部は、すぐさま第2次降下作戦開始を決断した。

 

その直前、ズムシティ公王庁の執務室では斯くの如き会話がギレン総帥と幕僚たちの間で交わされた。

 

 「総帥、我が軍は各戦線において連邦を圧倒しております! その余勢を駆って、北米も占領下に収めるべきかと!」

 

 「ふん…よかろう。第2次降下作戦を許可する。励めよ」

 

 「はっ! 必ずや総統に吉報をお届け致します!」

 

 「うむ。征け」

 

 「はっ!」

 

 北米大陸東部、中央部へと、続々と降下した第2次降下隊第1陣、第2陣は、ギレンとの約束通りに疾風迅雷の働きで各拠点を制圧。次々に周辺地域をその支配下へと編入していく。

 

 「フェアシュテルン閣下、降下準備完了とのことです!」

 

 「ん…ルナ2の連邦艦隊の動きはどうか?」

 

 「哨戒艦からの提示連絡によると、今のところ目立った動きはないとのことです!」

 

 「よろしい。定刻通りに降下を開始する!」

 

 それに引き続き、第3陣も降下を開始する。

 

 「第1陣、第2陣には負けてはいられん! 北米西部担当の我等も、早期にキャルフォルニアを制圧して見せなばならん! ギレン総帥の御期待に沿うようにな! 各員の奮闘を祈る! ジークジオン!」

 

 「「「ジークジオン!」」」

 

 その降下地点とは、旧合衆国と旧メキシコ国を隔てていた旧国境付近。

 

 東部、中央部で公国軍と交戦中の連邦航空隊を出し抜く形で、第3陣は大した被害もなく無事に降下に成功する。

 

 「これより我が機甲兵団は、ザクⅡj型を前面に押し立て進撃を開始する! 不慣れな土地である! 各員、細心の注意を待ってことに当たれ!」

 

 この時期、公国軍人たちの指揮は頂点を極め、自分たちに敗北はないと高を括っていた。その驕りを戒め、主力である打撃旅団を率いるフェアシュテルン准将は、航空隊の発着場を整備する工兵隊、その護衛旅団を残し、西海岸部沿いに北上を開始する。

 

 「敵影見当たらず! このまま直進します!」

 

 「付近住民による抵抗も見られません! このまま各地域への威力偵察を続行します!」

 

 先のコロニー落としの大津波と大地震によって壊滅していた西海岸沿いの組織的な抵抗は少なく、大陸西部担当旅団は、これといった抵抗もないまま連邦軍キャリホルニア基地まで到達。無血での入城を果たすのだった。

 

 「勝った! 勝った! また勝った! 神も我等スペースノイドの栄光を祝福してくれたのだ!」

 

 「連邦に兵無し!」

 

 「「「ジークジオン! ジークジオン! ジークジオン! ジークジオン!」」」

 

 「……」

 

 勝利に沸くジオン地上軍の姿を、西海岸沿いの住民達は無感動に眺めていた。

 

 人為的に巻き起こされた災禍。

 

 その悪魔の如き所業によって多くを失った西海岸沿いの住民たちに、侵略者に抵抗する手段などは残されておらず、おとなしくその軍門に降る以外に選択肢はなかった。

 とにかくコロニー落とし以後の被害が甚大過ぎて、抵抗運動などしている余力などなかったのである。

 それ故に西海岸沿いの周辺住民達は、自らの心を殺してその現実を受け入れた。

 受け入れざるを得なかった。

 

 そう。

 

 「宇宙が! 宇宙が落ちてくる!」

 

 それが、北米に落下したコロニー、アイランド・イフィッシュの破片を目撃したある少女の叫びである。

 

 「お父さん! 大地が波打ってる! 街が! 家が! 学校! 誰か、誰か、みんなを助けて!!!」

 

 それが、大地震で街も家もスクールの友人たちも失った少年の慟哭だった。

 

 「お母さん! 海が迫ってくる! 速くこっちに! 速く…いやあああああああ!!!」

 

 それが、コロニーの破片の1つが太平洋へ落下した結果、母親を津波により失った少女の叫び声。

 

 「流星……お星さまが、いっぱい落ちてくる…」

 

 それが、月のマス・ドライバーからの隕石攻撃を目撃した、ある幼女の呟きである。

 

 その他、北米各地で様々な絶望の叫びが放たれ、諦観が社会を覆っていった……

 

 ……だが、災禍はそれだけに止まらなかった。

 

 2次、3次被害が続いたのである。

 

 「嫌っ! やめて! 同じアースノイド同士でこんなっ!」

 

 「うるせえ! おとなしく服を脱ぐんだよ!」

 

 「お…お母さんを放せー!」

 

 ゴッ!

 

 「がっ⁉…このクソガキ!」

 

 チャッ カチッ!

 

 「⁉ やめて…坊や、逃げてー!」

 

 「…あっ、お母さ…」

 

 パンッ! パンッ!

 

 「嫌ー! 坊や…坊やー!!!」

 

 「へっ…邪魔をするから…」

 

 「…お…母…さん、熱い…よ…助け…て…」

 

 バンッ!

 

 「連邦軍だ! 無駄な抵抗……きっ、貴様ぁー!!!」

 

 「まっ、待ってくれ! 抵抗はしない! これは事故なんだ! だからっ!」

 

 「そんな言い訳っ!」

 

 タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!

 

 ドザッ!

 

 「坊や…坊やぁー!」

 

 「…母…さ…」

 

 「早く! 医療部隊を!」

 

 

 最初は、他の攻撃を受けた地域からの難民の流入だった。続いて、食料、物資の不足から生じた略奪、殺人、レイプなどの治安悪化が生じ、頻発していった。

 その他、描写するのも忌まわしい事柄が続く。etc. etc.

 

 また、地元の連邦軍、治安維持組織も、質量攻撃を受けた工業地帯から流れ込んできた難民の移送、治安の維持で精一杯。

 むしろボランティアを募り市民から様々な助力を得なければ、1日のノルマすらこなせない有様。

 

 北米大陸のインフラ、社会秩序共に、ジオンの度重なる攻撃によってズタズタにされていたのである。

 

 そんな明日が見えない日々が、北米に限らず地球各地で続いていた。

 

 このような状況下、頼るべき信念、助け合うべき隣人たちを次々と失っていた西海岸沿いの住民達に、何ができるというのか?

 

 進駐してきたジオン軍に、プライドを捨て頭を垂れる以外の選択肢といえば、諦めて自ら命を絶つか、あるいは慣れ親しんだ故郷を捨てアラスカのシェルターへと逃げ出すか…それのみであった。

 

 そんな地上の実態を知った上での、ジオン北米侵攻軍第三陣の作戦行動であった。

 

 ジオンの地上での諜報活動は高レベルで機能しており、その情報に則っての効率的な侵攻計画は、これまで痛め続けられていた住民達の精神を、さらに苛めるのであった。

 

 

 ◇◇◇    

  

 所変わって、北米の西海岸側に位置する国際都市サクラメント国際空港の一画に急遽設置された、ある地球連邦議会議員の簡易執務室。

 そこは、度重なるジオンによる宇宙からの攻撃に対し、天外の僻地アラスカに市民たちを逃がすために設けられた執務室であった。

 

 コロニー落としの直後は、津波の被害を受けた西海岸の住民達を逃がすための。そして今現在は、ジオンの地球侵攻作戦直前に実施された、マス・ドライバーによる質量攻撃の被害難民を逃がすための、指示所となっている場所であった。

 

 近隣の軍事基地はジオン航空機隊に対抗するための基地となっていて、スパイが紛れ込んでいるかもしれない難民は進入禁止。

 

 都市のホテルも難民で溢れ、開いた部屋は一室でもあった方が良い。

 

 ならば、直接難民を送り出す空港内に執務室を設置することが効率的と、議員本人がこの場を徴用したのであった。

 

 そんな簡易執務室はこの時、人払いでもされたのか、その場にいるのはたったの二人のみであった。

 

 「…旦那さま、そろそろご決断を。ジオンが迫っています。今を逃せばキャリホルニアからの脱出は困難となります…」

 

 「…ダグラス…私にはやはり、それはできんよ…」

 

 自分を必死に説得しようとする執事に対し、キャリホルニア地区選出の連邦議会議員ローナン・マーセナスは、憔悴しきった表情で、そう弱々しく返答した。

 ローナンにも、主家の存続を第一と考え主をアラスカに逃がそうとする執事、ダグラス・ドワイヨンの忠誠心はよく理解できていた。

 

 これまで不甲斐無い主の下で良く尽くしてくれた。感謝しても感謝しきれないとも思っている。

 

 だが、ある理由からローナンはその提案を呑むことはできないのであった。

 

 「…この状況で逃げ出せば、私は連邦議員として市民を守護するという責務を放棄することになる。まだ多くの連邦市民が助けを待っている…早々に逃げ出した知事のように、ジャブローでモグラになる訳にはいかんのだ……理解してくれ、ダグラス…」

 

 「何を仰いますか! 旦那さまは逃げ出した他の議員たちに代わって、これまで必死に市民たちのアラスカ移送の算段をつけ、寝る間を惜しんでプランを実行してきたではありませんか! 大手を振ってアラスカに赴けば良いのです!」

 

 「…だがなダグラス…私は罪人だ……私はこれまでジオン公国を放置し、その結果、宇宙移民30億を見殺しにしてしまった連邦議員の一人なのだ……」

 

 (見殺しにしてしまった……何の罪もない30億もの人々を……連邦議員の一人として、私はもっとこの最悪の結果を回避すべく働けたはずだ…それにもかかわらず、私はザビ家も暴走はすまいと高を括り、なんら有効的な対策を講じてこなかった……)

 

 「…私は、何らかの形でそれを償わなければならない…今は逃げ出すことができたとしても、いずれその罪が私を追い掛けてくる……ならばいっそ、ジオンと戦い死んでみせてこそ、マーセナスの家名も傷付けず、リディやシンシアの将来を護ることにも繋がっ」

 

 「何を弱気な! 旦那さまが死んでしまって、誰がリディ様やシンシア様をお守りすると言うのです!」

 

 本心を吐露するローナンに最後まで言わせず、そう叱咤するダグラス。

 

 「…ダグラス…」

 

 「…今は…今だけは…このダグラス・ドワイヨンの直言を聞き入れてください……生きてさえ…生きてこそ、汚名を雪ぐチャンスも廻ってきます。共にその瞬間を待ちましょう!」

 

 主人ローナンの想いは理解しつつも、ダグラスは説得を続けた。

 

 長年仕え、支えてきた主人をどうして見捨てられようか。

 

 ダグラスは、その想いを諦め主を見捨てる気は更々なかった。

 

 「リディ…シンシア…理解はしている…理解はしている…だが!」

 

 (まさか人類絶滅規模の戦争が起こるはずもないと高を括っていた自分自身の無能を、私は許すことができぬのだ! これからも地球上では激戦が続き、さらなる犠牲が続く! 我々、連邦議員の無能がその最大の原因なのだ!!!)

 

 一人の男の義侠心。連邦議員としての重圧。そして、連邦大統領を輩出したマーセナス家の現当主としてのプライド。

 それらが渾然一体となってローナンを苛める。

 

 苦しい…だが逃げ出すことはできない!

 

 それらと向かい合い苦悩するローナン。

 

 それ故に、ダグラスの直言を聞き入れることもできず、自身の罪を償うように、これまでこのサクラメント国際空港に居残り続けたローナンであった。

 

 「…旦那さま…」

 

 それを知るが故にダグラスも、これまで何度もアラスカ行きを主に提案するも途中で断念し、こうして側に残り仕えていたのであった。

 

 しかし……もうそれも許されない時期となってしまった。

 

 今回ばかりは、何があってもローナンを説得し、アラスカ行きを了承させようとするダグラスであった。

 

 「だっ…」

 

 そんなダグラスが、主を説得しようと、もう一度発言しようとした瞬間のことであった。

 

 

 カッ カッ カッ カッ

 

 人払いされたはずの執務室に続く通路に、軍靴の音が響いたのは。

 




 愛すべき作品、機動戦士ガンダムシリーズ。でも長く続くシリーズであるため、結構な矛盾点が見られます。

 しかし、どこそこが変だと叫ぶよりは、その矛盾点を解消する形で新たな創作活動をする方が有意義だと、私は考えた次第です。

 それで今回、この場を借りてそんな矛盾点を2,3、解消するための作品を執筆してみることにしました。

 よろしければお付き合いのほどお願い致します。

 
 続いて、あらすじで触れた読者さまの感想のことですが、歴史的事実とは違うデマの書き込みが散見されます。

 とくに現実に影響あるデマを感想に書き込むことは遠慮してください。

 また、デマを根拠とした作品の批判はやめてください。

 
 現実世界に影響するデマに該当する箇所

 少年兵はジオンのように兵隊を確保できない時の非常手段です。


 真実は下記の通り。

 第2次世界大戦において欧米列強は、開戦前からその合理的思考により少年兵の実戦投入を視野に入れて、事前に組織を整備していた。
 開戦前から準戦力として扱われていて、非常手段ではありません。

 ドイツでは1936年からヒットラーユーゲントの10~18歳の少年たちが準軍事訓練を受けていて、素質がある若者が成長と共に軍に入隊していました。
 後の戦況悪化に伴い、SS装甲師団や国民突撃隊へと編入されます。

 アメリカでは1940年9月に選抜訓練徴兵法が整備され、開戦と同時に徴兵年齢を18歳から65歳までのすべての男性に拡大、動員しています。実質的な学徒動員でもあり、大学が休校状態になったそうです。
 なお、アメリカは州によって成人の年齢が違い、21世紀になっても18、19、21歳の州が存在します。
 未成年者の少年兵も、戦力として数えられていた証拠です。

 「敗戦国の日本だけが学徒動員をしてけしからん!」

 そんなデマが世間に流布されていますが、むしろ戦況が悪化するまで動員しなかった日本は有情です。

 また近年の紛争地域では、誘拐や洗脳、薬物依存状態にした子供を無理矢理兵士に仕立て上げるケースも存在します。

 これら上記の事実が、別に少年兵が非常手段ではないという証拠です。

 また、これらは該当するウェブ検索で簡単に知ることができる事柄です。

 
 さて、問題の感想への書き込みですが、書き込みから2週間以上が経過しました。

 読者さまの自主的な改善がなされないので、ここで公表することとしました。

 対応して戴けることを望みます。

 他の読者さまにもお願いします。感想に書き込みをする場合は、なるべく事前にウェブ検索や関連資料を参考にして、トラブルを事前に防止するように努めてください。

 その他の正確でない情報↓

 ZZやUCでのコールドスリープはプルの保管やサイアムの延命に用いられる程度なので希少な技術と見るべきです。

 上記への反論

 月間ガンダムエース2007年2月号035ページのUC連載第一回に、被験者は半ばモルモット扱いだが、一部の研究機関や病院で扱っていると明記してありますよ。
 
 被験者になれば一般の連邦国民だって技術にアクセスできる状態にあります。

 またサイアムは、バカンスや休養と称しては、激務の間にこつこつと時間を貯め、コールドスリープで20年ほど生を引き延ばしたと作中で語られています。

 UC本編は0096年、それから20引いて0076年。さらにこつこつと稼いだ分を加算すれば、5~10年くらい前からコールドスリープは実用化されていたことになります。

 精確な情報に基づいた作品の批評をお願いします。

 ですから、別に連邦軍が地球連邦が成立する以前から研究されている技術を発展させて、0079以前に実用化していても奇妙ではありません。
 たとえば地球連邦軍は、コロニーが多数建設された地球圏以外にも、火星、木星で活動しています。
 宇宙での孤立無援の状況で事故が発生した場合、コールドスリープは最後の生き残りの手段です。
 それを研究していないとは思えません。 

 そもそもコールドスリープは、惑星間の移動用に20世紀からアメリカ航空宇宙局など含め、国策で研究されていた軍事関連技術です。
 合衆国が地球連邦に編入された時点で、技術も連邦軍に接収されているはずです。地球連邦初代首相のリカルドだって、自分は合衆国出身と作中明言しています。

 詳しくはNASAやコールドスリープで検索してください。

 そして、軍事技術が民間に渡る場合は、ほぼ研究が終了してからです。

 たとえば、我々が利用しているパソコンやスマホ、インターネットも元々は軍事関連技術で、1970年代に当時の若者がドット絵のインベーダーゲームを遊んでいた頃、陸軍は3Dでのシミュレーションをしていました。

 軍の技術が民間より20年以上も進んでいた計算です。
 

 次にZZのプルシリーズのコールドスリープも、マハラジャ・カーンらアクシズの者たちが、アステロイドベルトで活動するためにジオン本国から待っていった技術と考えるほうが自然です。

 苛酷なアステロイドで活動するアクシズ艦に、コールドスリープが配備されているのは理に適っています。それをクローン強化人間の機密保持に流用したのではないでしょうか? 

 ジオン共和国が成立した時、一部の連邦軍人が、ジオン・ズム・ダイクン、デギン・ザビと合流しています。
 後のジオン公国軍のお偉いさんたちです。
 その時に、核兵器の技術などと一緒に、コールドスリープの技術も連邦軍から持ち出したのではないでしょうか?

 次の正確でない情報↓ 
 
 1年戦争時の連邦は機密に関わったWBクルー以外に少年兵を招集する描写はないです。(テレビ版)

 ですから、一部の情報を切り取ってくるだけではなく、関連作品を含め、正確な情報を提示してから作品の批評をしてください。

 1年戦争中にノエル・アンダーソン伍長(17歳)や、クロエ・クローチェ(ペイルライダーパイロット15歳以下)など確認できます。


それでは失礼致します。 



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2話

 サクラメントに紅き男爵は舞い降りる! その2

 

 カッ カッ カッ カッ

 

 (⁉ 人払いしたこの状況で誰が! ジオンの暗殺者でも紛れ込んでいたか! それとも…考えたくはないが、空港の警備隊に裏切られて売られたか?)

 

 (こんな処で旦那さまをやらせるわけには!)

 

 「お下がりください!」

 

 

 正体不明の来訪者の接近に、ダグラスが上着の下のホルスターに手を伸ばし、ローナンを守護するために前に出た。

 執事に守られるローナンも無言で肯き、自身もホルスターから拳銃を引き抜きセーフティを解除。姿勢を低くし、ダグラスが射線に入らない形で設置された仕切りの向こう側に狙いを定める。

 

 カッ カッ カッ カッ

 

 なおも近付いて来る靴音。

 

 緊張感からか、ローナンのこめかみとダグラスの額から、つぅと一筋の汗が流れる。

 

 カッ カッ カッ…カッ!

 

 「マーセナス卿、それにドワイヨン卿、突然の来訪失礼致します。自分は連邦軍アラスカ方面軍ミデア輸送旅団指令、アルベリヒ・ハルトマン中佐であります。先程、避難民をアラスカシェルターへと送り届けるため、このサクラメントに到着致しました!」

 

 カッ!

 

 仕切りの向こう側で、今一度軍靴を鳴らし敬礼するハルトマン中佐と名乗る男。

 

 「旅団だと! そんな大規模な輸送作戦など聞いてはおらんぞ!」

 

 しかし、ローナンとダグラスは、報告に聞いていた情報とまったく違う内容を口にするハルトマン中佐の言葉には耳を貸さず、ますます不信感を募らせた。

 

 そもそも北米の連邦軍は現在、降下作戦中のジオンと激戦を繰り広げているはずだ。

 

 レビル将軍の為人ならば、旅団規模の戦力があればそちらに振り分けているはずだ!

 

 これまでと同様に、ジオンの侵攻を拡大させないことこそ連邦市民全体の利益と嘯き、避難民など見て見ぬ振りをして!

 

 はっ! 今更! 

 

 ここまで地球がジオンに浸透された危機的状況で、助けにきたとぬかすか!

 

 レビルに避難民を優先する気概があれば、もっと迅速に救援が来たはずだ!

 

 カチャッ! カチッ!

 

 ドワイヨンも上着の下から銃を抜き、主従共に仕切りの向こう側のハルトマン中佐とやらに狙いを定めた。

 

 (騙されるものか!)

 

 仕切りの向こう側のハルトマンとやらの言葉は、まったく信用ならない!

 

 「お待ちください。もし私がジオンの暗殺者なら、お二人はすでに死亡しています」

 

 「黙れ! 両手を挙げて跪け!」

 

 「早く!」

 

 「…了解です」

 

 おとなしくローナンとダグラスの指示に従い、仕切りの向こう側で両手を挙げて跪くハルトマン。しかし、黙りはせずに、さらなる主張を開始した。

 

 

 「ジオンも降下作戦中は必死です。HLVでの降下後、制空権を得るために簡易航空基地の設置、大気圏用装備の組み立てなど、様々なプロセスを経なければならないのです」

 

 ダグラスが仕切りを強引に退かし、銃口をハルトマンに突き付けた。しかし、ハルトマンは冷や汗を流しつつも自身の主張を続行した。

 

 「そして自軍の姿を隠すため、連中は北米全体に大量のミノフスキー粒子を散布しなければならなかったのです。我々は、そんなジオンの動きを待っていました。ミノフスキー粒子の大量散布が実行されたなら、我々も姿を隠して大規模な救援作戦を実行できる」

 

 「持っている物を出してもらおうか!」

 

 言われた通りに、拳銃入りホルスターを外し、手持ちの書類を床に置くハルトマン。だが、それでも主張だけは続ける。

 

 「だからこそ今、我々はこうしてプレシィ准将の作戦の下、皆様を救援に来ることができたのです」

 

 「⁉ むっ! プレシィだと!」

 

 (⁉ 旦那さま?)

 

 ハルトマンの主張には、全くと言ってよいほど耳を傾けなかったローナンが、その名を聞いて驚きの声を上げ、肩を震わせた。

 プレシィ…それはローナン・マーセナスにとっての若き日の親友であり、政治とは縁遠いスポーツ上での好敵手の名前であったからだ。

 

 「貴様、ルースの…ルース・リュウノスケ・デュ・プレシィ旗下の者だと言うのか!」

 

 「⁉…はっ! 現在、プレシィ閣下は各地の大規模核シェルター兼コールドスリープ施設の最高責任者となっています! 今回の作戦は、プレシィ閣下の発案の下、ジーン・コリニー閣下の協力により実現しました!」

 

 (ジーン・コリニー将軍…反レビル派の大立者か…それにしてもルース…この男が言うことが真実なら、君はあの事件の後、准将にまで上り詰めていたのか…しかし、ほぼ失脚していたはずだ…どうやって…?…いや、それよりも今は…)

 

 「…ハルトマン君だったな。質問がある。若き日の私とプレシィが出場したワイルド・レースの順位は何位と何位だ?」

 

 銃を降ろし、そうハルトマンに質問を投げ掛けるローナン。しかし、一つでも質問の答えが違っていたならば、すぐさま発砲できるように、セーフティを戻しはしない。

 

 「はい。お二人とも要救護者を救助してリタイヤなされたと聞いております」

 

 「…正解だ。立ちたまえハルトマン君。それで、他には誰がリタイヤしたか?」

 

 「はい。後にカントー区選出で連邦議員になられたカイオウジ議員です」

 

 そう言って両手を挙げたまま立ち上がったハルトマンにローナンは正解だと告げ、銃のセーフティを戻した。その様子を見て、ダグラスも銃を降ろす。  

 

 「では最後の質問だ。その大会の優勝者の名前は?」

 

 「現在のコロラド地区選出の議員、アルフレッド・ベーコン氏です」

 

 「正解……両手を下げてくれたまえ、ハルトマン中佐。失礼をした。許してくれたまえ」

 

 ふうっと安堵の溜息を吐き、ローナンが若き中佐に謝罪をした。若き中佐ハルトマンも、同様に安堵の溜息を吐く。

 

 「いえ。私も現在のお二人の心情に思いが至らず、単独で報告に来たのがそもそもの間違いでした…申し訳ないのですが、今回のことは、部下たちには内密に願います」

 

 「そのことについては心配しないでくれたまれ…ダグラス!」

 

 「はい。旦那様、ハルトマン中佐、私は何も見てはいません」

 

 「感謝します。マーセナス卿。それにドワイヨン卿」

 

 苦笑いを浮かつつ床に置いた書類を拾い上げ、そう応じるハルトマン中佐。そして、もう一度溜息を吐いた後、本題を語り始めた。

 

 「できればマーセナス卿には、内密にプレシィ閣下の内心とプランのお伝えしたかったのです。それで部下も連れずにここまで来てしまいました…それでこの様です。お恥ずかしい…」

 

 「うむ…ここでのことは不幸な事故だった。お互い忘れよう。それよりもルースの内心とプランだ。早速だが聞かせてはくれまいか、ハルトマン中佐」

 

 「はっ! プレシィ閣下はこのように仰られていました……このままでは人類の歴史から民主主義が殺される。連邦とジオン双方に巣食う軍閥主義者たちに殺されるのだ。我々はそれに対抗し戦わねばならない。そのための戦いに参加しろ。算段は付けてある……とのことです!」

 

 「そうか! ルースはそう言ってくれるか! では、君たちはこのサクラメントにその対抗手段を持ち込んでいるのだな!」

 

 ハルトマン中佐によって伝えられたプレシィ准将の言葉を聞き、暗闇の中に一条の光が差した気持ちとなったローナンであった。精神に覆いかぶさっていた闇が取り払われ、その表情も幾分か明るいものとなった。

 

 ローナンは、ハルトマンが齎したプレシィの言葉を聞き、完全に理解した。

 

 

 現在の地球圏は、実質ギレン・ザビという皇帝に支配されるジオン公国と、連邦大統領及び議会に軍事面を一任されたレビル(まるで古代ローマの独裁官である)率いる連邦軍閥の決戦場である。

 

 その狭間で一般民衆は忘れ去られ、代表たる一般連邦議員たちもまた、戦後に責任を取るだけの存在となり下がっていた。かつてあったデモクラティック・コントロールは見る影もない。

 

 ジオン、連邦とも軍政下に置かれ、すべてを軍人たちが取り仕切っている状況である。

 

 すでに、ジオンと連邦。どちらが勝つことになろうが、戦後の地球圏は彼等軍人たちが主導する形となることは確定的であった。

 

 そんな状況下、ローナン始め一般の連邦議員たちの未来は暗澹たる様相を呈していた。

 

 どちらにしろ民心を安定させ、新たな体制を整える勝利者が正当性を叫ぶためには、スケープゴートは必要なのだ。

 

 そして、それはジオンとの開戦を防げなかった当時の無能な連邦の権力者、連邦議員たちが最適なのである。

 

 いくらローナンが連邦大統領を輩出した名家マーセナスの直系とはいえ、それからは逃れられない。

 

 いや。むしろかつて高い地位にあった者たちの血縁者ほど、新たな権力者の権威を高める儀式の生贄として価値が高いのだ。

 

 その事実を知るローナンである。

 

 故に、先程ローナンがダグラスに語った、自分が戦って死んでみせてこそ息子リディや娘シンシアのためになるとの言葉があったのだ。

 少なくともローナンがジオンと戦い死んだ英雄となれば、残したリディやシンシアは、ジャブローでモグラをしている他の政治家連中とは別だと、万民に思って貰えると判断したのだ。

 

 しかし。

 

 (連邦の議会重視派であったルースが、この絶望的状況下で万難を排し、我々連邦議員と民主主義の根幹を護るために立ち上がってくれた! 座して死を待つのみの身の上であった我々に、一本の蜘蛛の糸が差し出されたのだ! まさに東洋世界でいう地獄に仏ではないか!)

 

 旧友の救援に勇気付けられ、久方振りにキリリッとした自信に満ちた表情へと回帰していくローナン・マーセナス。

 

 (おお…旦那さま!)

 

 マーセナス家の執事ダグラスも、主が見せた三カ月ぶりの生気溢れる表情に、久方振りの安堵感を得るのであった。

 

 そんな状況下で、ハルトマン中佐の説明が続く。

 

 

 「マーセナス卿、我がミデア輸送旅団はミノフスキー粒子が満ちた大気圏を飛び、対MS戦闘用各大隊を引き連れてきました。我々はその戦力を持って、キャリホルニア基地に無血入城したジオン機甲兵団に対し、遠距離狙撃戦を仕掛けます。そして迎撃に出てきたザクⅡj型隊を撃破、鹵獲するプランなのです!」

 

 そう語り、ニヤリと凶悪な表情を一瞬垣間見せるハルトマン中佐。自分たちの作戦に、相当の自信を持っていることが傍目にも見て取れた。

 

 しかし、それを聞いて奇妙な表情となり顔を見合わせるローナンとダグラス。

 

 「む…? 狙撃?」

 

 「ミノフスキー粒子散布下で、そんなことが可能なのですか?」

 

 半信半疑で聞き返すダグラスである。

 

 「ははは…ご心配は尤もですができるのです。キャリホルニア基地は動きませんので、我々は少数部隊で事前に試射をして誤差の修正を完了しています。今ならジオンに占領された基地を、260㎞離れた狙撃ポイントから、120mm低反動キャノン砲と地対地ミサイルランチャーで攻撃が可能です!」

 

 「むっ! もしや、それで連邦軍はわざとキャルホルニア基地をジオンに明け渡したのか?」

 

 「その辺りは複雑な事情がありますが、結果的にそういうことになりました。それと共に、キャルホルニア基地にはジオンが何としても欲しい別の宝が放置してあるのです」

 

 「宝…プレシャスか」

 

 「それは一体?」

 

 「ジオンが地球の七つの海を征するために必要な潜水艦です。我々は諜報機関を利用し、その情報をジオン側に流してあります」

 

 ⅤⅢ攻撃型潜水艦。連邦海軍の正式採用主力艦で、後にジオンによってMS搭載可能に改良され、ユーコン級へと生まれ変わる潜水艦である。

 

 「そうか…宇宙移民の国であるジオンには潜水艦の技術がないのだな。それを得るためにキャリホルニア基地がある西海岸制圧に、早期に乗り出したということか」

 

 「ええ。こちらの目論み通りならば。今頃はMS搭載を考えて、ジオンの技術スタッフが舌なめずりしている頃でしょう」

 

 「そして、その鹵獲した潜水艦を防衛している状況で、遠距離から狙撃攻撃ですか。ジオンは罠と理解していても、狙撃をやめさせるために隊を割かねばならない…何ともえげつない手法ですが、それが味方であるならば頼もしいですな」

 

 「そうだな」

 

 「それだけではなく、太平洋側から航空隊での攻撃も実行します。ジオンを基地防衛隊と、我が方の狙撃隊の殲滅隊へと分断するのです。また、各兵科によって移動速度が異なることを利用し待ち伏せによる各個撃破を実行。そして、そうした上で切り札をザクⅡj型隊に対し使用し、鹵獲を目指すこととなります」

 

 「ふむ。聞くだけなら作戦に穴はないな…それで切り札とは?」

 

 「あの新素材ルナチタニウム合金すら燃焼させるハイパーナパーム弾頭搭載型の航空機と、シェルター防衛用に配備されていた70式大型戦車の改良型を、ここサクラメントに持ち込んであります」

 

 そう言って、再び凶悪な笑顔を垣間見せるハルトマン中佐。どうやら度重なる友軍の敗走の仇を討たんと、幾分か気が逸っているようだ。

 

 「そうか…それではそろそろ本題に入ろう。ハルトマン君、私は何をすればよいのだ?」

 

 逸るハルトマンを澄んだ瞳で見詰めて、そう問いかけるローナン。その瞳を見返し、冷静さを取り戻した若き中佐が応じた。

 

 「はっ! プレシィ閣下からもう一つの伝言です…ローナン・マーセナス。地球の民主主義を存続させるために、フライ・マンタ/レッドバロンに乗り込み戦え。自らの運命を切り開くのだ…以上です!」

 

 「レッドバロン…紅き男爵か。では見せて貰うぞルース。その勇姿を!」

 

 そう言って、ローナンは滑走路が見える区域へと歩み出した。その後に、執事ダグラスとハルトマン中佐が続いた。

 

 そして。

 

 「…おお!」

 

 「ああ! あれだけのミデアがあれば、難民たちを一気にアラスカまで送り出せます!」

 

 「!…マーセナス卿、ドワイヨン卿、あれです。あれがレッドバロンです!」

 

 「あれか!」

 

 「あれが!」

 

 ローナンとダグラスが叫び、ハルトマン中佐が指さした上空を見上げた。

 すると確かに、そこにはコックピットが複座式に改装され、ターゲットスコープが新たに設置された紅のフライ・マンタが存在した。

 翼下にも新装備としてハイパーナパーム投射装置を持つその機体は、今まさにサクラメント国際空港に舞い降りようとしていた!

 

 キィィィィィィィイン……キュッ!

 

 

 ライディング・ギアのタイヤが設地音を響かせ、見事に着陸するレッドバロン。

 

 この日、ローナン・マーセナスとダグラス・ドワイヨンに鮮烈な印象を与えた紅き男爵は、こうしてサクラメントに舞い降りた。

 




 機動戦士ガンダムの続編であるZガンダムで、ジャミトフとかブレックスは連邦軍の大将、准将である上に連邦議会議員になっています。

 あ…連邦の一般議員たち、1年戦争の責任を取らされ、戦後にポストを軍人たちに奪われたなと理解しました。
 権力を渡すことで共生関係にあったレビル将軍死んじゃったし、まあ、妥当な結果だと思う。

 あれ? じゃあ、地元のキャリホルニア地区をジオンに占領されちゃったリディパパとか、ユニコーンの時代までどうやって権力維持したの? 

 うーん…矛盾だ。

 でもまあ、その程度の矛盾なら、リディパパが連邦軍内の良心である議会護持派と協力して戦果を挙げて、英雄になっていたことにしてしまえば解決するよね。

 そういった思惑で書かれてる小説がこのお話です。

 


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3話

 狙撃ポイントへ その1

 

 「ハイパーナパームか…それほどの威力なのか?」

 

 「はい。レッドバロンの一斉投射が成功すれば、周辺一帯は灼熱地獄です。ザクⅡj型パイロットが即応し、急いでその場から離れようと、脚部の損傷は免れません」

 

 ハイパーナパーム。近未来、サイド7でホワイトベース隊がシャア・アズナブル旗下の部隊に強襲された後、ルナチタニウム性のV作戦成果物を焼却処理した、極めて高い威力を誇る燃焼兵器である。

 先のヨーロッパ戦線の戦訓を基に、できるかぎり効率的に敵機を撃破する兵器を用意してある。そうハルトマン中佐は説明するのであった。

 

 「なるほどな。地上で人型モビルスーツが脚部を損傷すれば致命的だ。そうして機動力と戦闘力を奪い、鹵獲する訳だな」

 

 「そうです。我々も無傷のザクⅡj型を鹵獲できるとは考えていません。手に入れた各パーツを持ち帰り、ニコイチ整備で組み上げることになります」

 

 ザクⅡj型鹵獲作戦内でのレッドバロンの役割。その説明をハルトマン中佐から受けつつ、ローナンとダグラスは軽快な足取りで国際空港内を移動していた。

 新たな未来への選択肢を掴み取るべく、空港内に新設された連邦旅団の司令部に向っているのである。

 

 アラスカのミデア旅団と、ジーン・コリニー将軍旗下の機甲旅団二大軍閥連合軍は、ここ難民輸送を終えるサクラメント国際空港を前線基地とし、合同でザクⅡj型鹵獲作戦を決行するのである。

 

 この前線基地の指令となるハルトマンの指示で、すで空港内には衛兵が各区に配備されていて、ローナンたち三人は、敬礼してくる彼等とすれ違う度に返礼しつつ、司令部へと向かった。

 

 「しかし、敵のモビルスーツの各パーツを組み上げるとは。まるで古典の怪物フランケンシュタインですな。とはいえ、そうでもしてMS部隊を創設しなければ、後の反撃は難しいということですかな?」

 

 「残念ながらその通りなのですドワイヨン卿。我々も敵の兵器を使うのは、正直好ましくは思いません。しかし、残念ながら使えるものは何でも有効活用しなければならない。哀しいかな、それが今の我が軍の現状なのです…む!」

 

 カッ カッ カッ カッ!

 

 「ハルトマン中佐! ステイシア・スタンフォード少佐旗下の70式大型戦車大隊が出撃準備を完了しました! 指示を待つ! とのことです!」

 

 司令部詰めの士官なのだろう。ローナンたちが向かう方向からやってきた男性士官は敬礼し、上司であるハルトマンにそう報告を上げた。

 

 「御苦労。こちらの準備が整い次第、出撃命令を出す。しばらく待機していてくれと伝えてくれ」

 

 「はっ! それと、カイオウジ議員とベーコン議員も、さきほど司令部に入られました!」

 

 (⁉)

 

 士官からそんな不意打ちの報告を聞き、ローナンが驚きの表情となる!

 

 「本当かね君! 今回私と共に作戦に参加するのは彼等なのか! ハルトマン中佐!」

 

 そう言って、男性士官とハルトマンに詰め寄るローナン。まさか若き日の友人である彼等が、今日のこの時、戦友となるとは思ってもみなかったローナンである。

 

 「はい。カイオウジ卿、ベーコン卿共に本作戦に志願し、ここサクラメントにやってきています」

 

 「なるほど……ルースの指示で参加させたか。やってくれる!」

 

 「はい。ではお二人が待つ指令室に急ぎましょう」

 

 「ああ。そうするとしよう!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「おお…カイオウジ! それにベーコン議員!」

 

 「! ローナンか!」 

 

 「ローナン君か! 久しぶりだな! お互い無事でなによりだ!」

 

 「カイオウジ議員、よくぞご無事で! カントーは津波で壊滅状態と聞き、心配していましたぞ!」

 

 「ダグラス君、君もローナンも息災のようで何よりだ!」

 

 ハルトマン中佐に先んじて指令室に飛び込んできたマーセナル家主従が、カイオウジ議員とベーコン議員の姿を確認して駆け寄った。そして、友人政治家たちと数カ月振りの再開を果たしたのだった。

 

 すでに宇宙世紀0079年3月の時点で、地球圏の総人口の三分の一以上が死亡し、総人口の半分の死亡も間近と言われていた時期だ。

 そんな時期に古い友人と無事に再会できるなど、ある意味奇跡と言えた。ローナンとダグラス、共に高揚感を覚えずにはいられなかった。

 

 ローナンはすぐさまカイオウジ議員と固い握手を交わし、続いてベーコン議員と互いの肩を叩き合い、その身が壮健であることを確認し合うのだった。

 

 「聞いたぞ! よくぞキャルフォルニアの難民救済委員となり、避難民たちを根気良く主導し、アラスカに送り続けた! 私の地元コロラドからサクラメント経由でアラスカに渡った避難民たちも感謝していたぞ!」

 

 地元密着型の政治家らしく、カウボーイスタイルで決めていたベーコンが、カウボーイハットを取りローナンに謝意を示した。

 

 「いえ…こちらも内陸部のコロラドには助けられました。西海岸が津波で壊滅した当初は、我がキャルホルニアの難民たちが、そちらでお世話になりました」

 

 「ははは! ならばお互い様だな!」

 

 「はい!」

 

 ベーコンに謝意を示され、まんざらでもないローナンである。コロニー落とし以後、同格の政治家から感謝を示されたのは初めてである。

 

 ジャブローや各地の大規模シェルターに早々に逃げ出した政治家を除いて、皆がその分も重責を背負わされ、職責を果たさんと戦い続けたのだ。

 

 あまりの激務に倒れた政治家、官僚は、両手の指の数では数え切れない。

 

 そんな状況下で倒れもせず職責を果たした。それは並大抵のことではないのである。

 

 それを見事にやり遂げた。そんな大丈夫に謝意を示されれば、ローナンならずとも高揚感を覚えずにはいられないだろう。

 

 その上政治家という立場を越え、これから連邦軍と作戦行動を共にしようという面々との再会だ。いやが上にも気分は盛り上がる。

 

 「しかしカイオウジ、極東選出の君がよくこちらにくることができたな。ニホン沿岸部も壊滅と聞いていたのだが…」

 

 「ああ…じつは、ニュータイプと言うべき少女がニホンには存在してな。彼女が一種の状況把握能力を発揮して、コロニー落着前に早期の避難を呼びかけてくれたのさ」

 

 ベーコン知事との無事を確かめ合ったローナンが、続いてカイオウジ議員にこの場にこれた理由を尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 人類の総数が100億を越えた時代だ。そんな特殊能力者も少数ながら存在を認知されているのであった。

 

 「それでカントーからは多数の市民が津波の被害から逃れられた。その分だけ、俺は自由に行動できたのだ……中央政府の馬鹿共め、我が身可愛さに直前までコロニー落としの情報を隠しやがって! それがなければ、もっと多くの人々を助けられたものを……」

 

 もっと多くの人々を助けられた。自分にニュータイプのような能力があればと嘆き、中央政府の政治家、官僚たちの、我が身可愛さの不実をなじるカイオウジ議員である。

 

 コロニーが阻止限界点を突破したなら、素直にそれを公表しろ! 奇跡がおきて、コロニー落としが失敗するなんて幻想に縋るな! それで被害が拡大したんだよ!

 

 ここでそれを言っても仕方がないが、同僚議員たちにそう心情を吐露し叫びたい。

 

 そんな衝動を必死に抑え、冷静にローナンの質問に答えようとする、ニホンのカントー選出議員であった。

 

 「…ニュータイプの少女…そんなことが…」

 

 「ああ。それで極東の連邦軍と共同で、ホッカイドーやサハリン、カムチャツカの大規模シェルターへのニホン市民避難を終わらせた。その後で、各地の大規模シェルターの最高責任者となったプレシィ准将に作戦の打診を受け、ここまできたのだ」

 

 (⁉)

 

 「そうだ! ルースだ! なぜ失脚したも同然だったルース・リュウノスケ・デュ・プレシィが、准将となって各シェルターの最高責任者になっている! 教えてくれ! カイオウジ! ベーコン知事!」

 

 まだ知らされてない話題が出て、思わず大声を上げてしまうローナンであった。

 

 ルーナンが政治の世界に飛び込む以前のカレッジ時代。若さを持て余しスポーツで発散していた頃に出会い、好敵手と認めた人物。

 

 そのルース・リュウノスケ・デュ・プレシィが、如何にして連邦軍の失脚状態から脱し、准将へと昇進して各地の大規模シェルターの最高責任者となったのか?

 

 詳しく聞かない訳にはいかぬローナンであった。

 




 ちょっとだけ、ガンダムの2次を書くみなさんがあまり触れようとしない、1年戦争当時の難民状況に切り込んでみようかなと思っています。

 まあ、基本的に難民問題なんてつまらないから仕方ないよね。

 そんなことよりも、カッコイイモビルスーツ戦とかの描写をしたい気持ちは理解できます。


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4話

 狙撃ポイントへ その2

 

 「了解した。私が話そう」

 

 説明を迫るローナンの求めに応じ、カイオウジ議員がこの2カ月の間にあった連邦軍内部の変化を語り出した。

 地球各地の連邦軍も、ローナンたち同様に地獄の経験をしていた。

 それらを語ることは、同じく地獄を見てきたカイオウジとしても些か辛いことであったが、旧友の頼みとあれば無視もできぬ。

 

 「プレシィ大佐が准将に昇進し、各地の大規模シェルター最高責任者に抜擢されたのは、レビル将軍が奇跡の帰還を果たしたすぐ後だ……因果なことにレビル派によって失脚させられた彼は、レビル将軍によって大抜擢されたのだよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 2カ月程前。

 

 コロニー落としのあまりの被害の大きさに、地球上の行政機関は停止し、一時期、すべてに置いて空白期間が発生した。

 その僅かな間にも、各地からの被害状況の深刻さと、救助と支援要請が続々とジャブローへと齎された。

 

 しかし、コロニー落としによる空前絶後の被害は、連邦官僚たちにとって想定外のことであり、官僚たち頼みの綱のマニュアルが一切存在しない事柄であった。

 

 そう。

 

 コロニー落とし後の世界は、官僚たちにとって未知の世界。まったくの暗闇の世界。手探りで一歩一歩進むしかない世界であった。

 

 これまで半世紀以上、地球連邦の巨大な組織を運営してきた官僚組織すら、何を優先し、何から手をつけるべきか、全くもって解らない状態だったのだ。

 

 また、コロニー落としの標的とされたジャブローからは、大多数の官僚、軍人たちが逃げ出しており、彼等が戻るまで行政は滞り、それが混乱に拍車をかけていた。

 

 「呆けるな! まずはレーザー通信網の回復からだ! レーザー通信を搭載した航空機! 無人偵察機を全機飛ばせ! そのレーザー通信で、各地との通信インフラを回復するのだ! 各地の航空画像と宇宙からの画像を組み合わせ、正確な被害規模を算出しろ!」

 

 その空白期間を逸早く打ち破った人物こそ、グリーンランドのフィヨルドシェルターにおいて冷や飯を食わされていた、当時連邦軍大佐であったプレシィである。

 

 かつて、人倫を無視したサイド3殲滅を連邦軍上層部に訴え、狂人と見做され閑職へと追いやられたその人であった。

 

 「各シェルターの食料生産設備、医薬品、生活必需品生産をフル稼働! 難民の受け入れ態勢を整えろ!」

 

 「しっ、しかし大佐ジャブローからの指令がまだ…」

 

 「ジャブローからの指令だと? あっても独自に行動しろだろうさ! これから宇宙軍は艦隊決戦だ! ジャブローもその支援優先なのだ! 我々は独自の判断で行動するしかないのだ! 迅速に動かねば、地球の有権者たちがバタバタと死んでいく! 解かれ!」

 

 そのようにしてプレシィは、ほぼ独断で各地の大規模シェルターを経由する航空機を利用したレーザー通信網を造り上げ、コロニー落としの被害が甚大である北米、太平洋沿岸、各諸島、オーストラリア大陸へと、支援物資を満載したミデア旅団を派遣していった。

 

 「貴様、知っているか? あのミデア旅団を指揮しているのは何者だ?」

 

 「はっ! プレシィ大佐であります!」

 

 「プレシィ大佐? 聞かぬ名だな、どういった経歴の持ち主だ?」

 

 「はっ! 大佐はかつて上層部に、ザビ家は危険だ! 連中が事を起こす前に始末をつけねばならない! 人倫を無視してでもサイド3を殲滅すべきだ! そう訴え、狂人と見做されて閑職へと追いやられたお方です!」

 

 「⁉…それは…正しい世情の見方であったと解るな…今のこの地球の惨状を見渡せば…」

 

 「はい。我が隊の隊長殿もそう考え、プレシィ大佐に付き従っております!」

 

 「うむ…励めよ」

 

 「はっ! 少佐殿も御無事で! 失礼致します!」

 

 「…これも…アイランド・イフィッシュを阻止できなかった代償か…寒い時代になったものだ…」

 

 プレシィの経歴が連邦軍内部で噂になると、コロニー落としの被害を受けた地域出身の兵士たちを中心にして、その旗下で働こうとする者たちが続々と集まってきた。

 戦前であれば決して許されない、プレシィのサイド3殲滅論と失脚の経緯を聞き、多くの将兵が共感して、その下で働きたいと申し出てきたのである。

 

 もしプレシィのプランが戦前に実行されていれば、今のこの地球の惨状は無かったのではないか?

 連邦上層部は倫理を重視するあまり、地球の有権者を防衛するための必要な手段を講じていなかったのではないか?

 プレシィも地球を愛していたが故に、倫理を無視したサイド3殲滅論を上層部に訴えたのではないのか?

 

 多くの将兵が、連邦上層部への批判もあり、そう思い込んでしまった。

 

 それは、コロニー落としの惨状を体験した者たちにしてみれば、無理からぬことであったのかもしれない。

 

 誰だって、自分と心情を同じにする者達と共にありたいと願うものだ。

 

 少なくともプレシィ大佐の下で働く限り、故郷を愛し、救いたいと願う者達と共に働けると。

 

 そしてプレシィ旗下となった彼等は、通信インフラが寸断されていたことを良いことに原隊すら離れ、救援活動に注力し始めた。

 そして、自らをプレシィ大佐の軍閥、プレシィ派の一人であると嘯き始めたのだ。

 

 その間にも、ルウムでの連邦艦隊の敗北とレビル将軍の虜囚。それに続く、実質連邦の敗北に等しい休戦協定の事前交渉と、歴史上の重大事件が続いた。

 

 この時期、連邦軍の指揮は最悪の状況であった。職務を放棄し、脱走した兵士も少なくないほどだ。

 

 もしかしたらプレシィ派を自称する彼等の中で、プレシィ大佐を新たな希望と祭り上げることで、自らの精神を何とか安定させようとする意識が働いたのかもしれない。

 

 多くの。あまりにも多くのものを失った代替行為として。

 

 

 そして、そんな状況下で、レビル将軍が奇跡の帰還を果たす。

 

 

 「私はこの目で、ジオンの内情をつぶさに見てきた。我々も苦しいが、ジオンも苦しい。彼等に残された兵力はあまりに少ない!」

 

 

 このレビル将軍の演説により、休戦条約締結間近の連邦は息を吹き返し、ジオンとの交渉は南極条約を含む、いくつかの軍事条約締結に留まり、戦争継続が決定された。

 

 

 無論、地上に帰還したレビル将軍の耳にも、コロニー落とし後に独断専行著しいプレシィ派の動きが入ってくる。

 

 「レビル将軍。じつは連邦軍内部で、こういった動きがありまして」

 

 「何事か?」

 

 「じつは、あのプレシィ大佐がいつの間にか派閥を形成しております…」

 

 「プレシィ? ああ…あの。どういった問題か?」

 

 「こちらの資料をお読みください」

 

 「…30分後にまた来てくれたまえ。この問題の対応を決定する」

 

 「はっ! 失礼致します!」

 

 そして。

 

 「は? 昇進…プレシィ大佐を、でありますか?」

 

 「そうだ昇進だよ。彼の独断専行は目に余る部分もあるが、それによって数多くの市民が救われたのもまた事実だ。我々連邦軍上層部としては、その功績に報いなければならない。違うかね?」

 

 レビル将軍は、居並ぶ軍高官たちを前にそう宣言した。

 

 「し、しかし、将軍…」

 

 「さきほど渡された資料によると、プレシィ君は難民支援だけではなく、孤児たちの大規模コールドスリープによる口減らしや、少年兵の育成など、これからの戦争継続に必要な措置を、大胆に講じているとのことじゃないか。どうだね?」

 

 「はい。その通りであります」

 

 「ジオンと継続し戦い続けるためには、我々は難民たちに足を引っ張られる訳にはいかない。プレシィ君が望んでその問題を解決してくれるというのだ。利用させてもらおうじゃないか」

 

 「それは……確かにその通りですな!」

 

 「うむ。理に適いますな!」

 

 「そうだろう。この際、細々とした仕事はプレシィ君…プレシィ准将に一任し、我々はジオンとの決戦に注力しようではないか」

 

 「確かに…些事にこだわり内輪揉めをしていては、ジオンを利することになりかねません。有能な味方は最大限活用するべきかもしれません」

 

 「細々とした仕事はプレシィに…確かに悪くないアイデアです」

 

 「流石です。レビル将軍」

 

 「それではレビル将軍、ミデア輸送旅団と各地の大規模シェルターの指揮は、プレシィ旗下に組み込んで再編…ということでよろしいでしょうか?」

 

 「ああ。それと勝手に原隊を離れ、プレシィ隊に合流した兵士たちも不問とする。今や正規の訓練を受けた兵は貴重だ。有効活用しなければならんのだよ」

 

 「…確かに、我々はカニンガン准将はじめ、多くの将兵を失いました」

 

 「ジオンも苦しいが、我々も苦しい。いまや我々の兵も、あまりにも少ないのだ。理解してくれるな?」

 

 そう、先の演説を逆にした形で語り、レビル将軍は話を締めくくり、会議を終了させた。 

 

 レビル将軍もまた、敗北を喫したルウム戦役と虜囚を経て変わっていた。ジオンに…いやザビ家に対抗するためには、利用できるものはすべて利用しなければならない。

 必要な措置はすべて講じる。

 まして、内輪揉めなどして遊んでいる余裕はない。

 

 連邦軍の現状を受けいれ、レビル将軍はそちらの方向に舵を切ったのである。

 

 ジオン公国を倒し、地球連邦を勝利させるために。

 

 そしてこの後。

 

 ルース・リュウノスケ・デュ・プレシィ大佐は准将へと昇進。

 

 正式にミデア輸送旅団と各地の大規模シェルターは、プレシィ准将が統括することとなった。

 

 

 ◇◇◇

 

 「…そんな経緯があったか…」

 

 「…プレシィ卿も我々以上に、御苦労なされたのですな…」

 

 連邦軍人の職責を果たした旧友の逸話を聞かされ、ローナンとダグラスは天を仰いだ。

 

 「…さぞかし忙しい日々だったろうに…よくぞ!」

 

 万感の想いを込めそう発言するローナン。

 

 「…それなんだがな、ルースの奴の直近の姿を収めてある。見てやってくれ」

 

 そう言ってカイオウジは、共通の友人であるルースことプレシィ准将の姿を記録した私物の携帯映像機を取り出した。

 すぐさまスイッチをONにする。

 

 ⁉

 

 その映し出された姿を視認し、ローナンとダグラスは愕然とした。

 

 数年前、映像通信で会話した頃、ルース・リュウノスケ・デュ・プレシィの頭髪は黒々としていた。ヤマト系とフランク系統の血筋によるものである。

 

 しかし、現在の彼の頭髪は……真っ白の白髪であった。

 

 「…開戦から1カ月後辺りから徐々にだそうだ」

 

 (おお…ルース)

 

 寝る間も惜しむ激務によって大きく変化した旧友の姿に、言葉もないローナンであった。




 宇宙世紀には宇宙コロニーなんて巨大建造物がある。

 ならばジャブローほどではなくとも、地球上に旧世紀の廃坑やフィヨルドなどを利用した大規模なシェルターがあっても可笑しくないね。
 Vガンダムやクロスボーン・ダストでも海底都市が出てきたし!

 つぎにコールドスリープですが、ZZやユニコーンでシステムの存在が確認されています。クロスボーン・ゴーストでもラストで、主人公がヒロインと一緒にコールドスリープしています。

 核戦争を想定したシェルターや、木星に人類を効率的に送り込むためには必須の技術だったので登場させました。
 
 作中では難民…特に孤児たちを中心にして使用されたとしました。

 口減らしをして食料と生活必需品の消費量を削減するためと、子育ての手間削減、幼児を利用する性犯罪への対策です。

 連邦軍も、大量の難民を抱え込んだまま総力戦なんてできませんから、これだけの設備は用意しているだろうと考えました。

 


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5話

 狙撃ポイントへ その3

 

 コロニー落とし後の世界で、それぞれがどのような活動をしていたかを報告し合っていた政治家たち。

 その輪の中、准将に昇進した旧友が、激務により変わり果てた姿となっていたことを知り愕然とするローナン・マーセナスであった。

 

 「…申し訳ありません、ベーコン議員。そろそろお時間です」

 

 そんな政治家たちの輪の外側から、コロラド選出の議員、アルフレッド・ベーコンに声がかけられた。ここ、新たに連邦軍の前進基地となったサクラメント国際空港指令に就任した、ハルトマン中佐からである。

 

 「ああ…私の出撃時間だな」

 

 「その通りです」

 

 「了解した。ローナン君、カイオウジ君、私は70式大隊の狙撃チームに同行する。先に行かせてもらうぞ」

 

 そう言って、政治家たちの輪から離れようとするベーコン議員。かつて戦車隊に在籍し、退役後に政治家に転身した初老の議員は、70式大隊へと合流しようと指令室を後にするのだ。

 

 「もうそんな時刻ですか…御武運をベーコン議員」

 

 「ご武運を」

 

 「君たちもな。ローナン君、カイオウジ君」

 

 「我々も後に続きます。最初の一撃はお願いしますよ」

 

 「任せろ! ジオンの輩に目のモノ見せてくれる!」

 

 笑顔で敬礼し、指令室から去っていくベーコン。それを二人の連邦議員と、マーセナス家の執事が敬礼して見送った。

 出撃するベーコンと並んで歩き、再びハルトマン中佐が戦闘準備のことで話しかける。

 

 「議員、案内の士官から各種装備の受領を。装備を固めていて悪いことはありません。みなさんには生き残ってもらいます」

 

 「はははは。私の身を心配してくれるのは嬉しいが、元軍人の政治家が真っ先に装備を固めたら若い兵士が怯える。装備は私が乗る車両に運び込んで置いてくれ」

 

 「ですが議員」

 

 「それに戦車兵は軽装でなければいかんだろう。下手にジャケットなど着込むと内部の計器に引っ掛かる。私の心配よりも、問題のない70式の運用と長距離射撃の成功だ。そうだろう?」

 

 「それは…その通りです」

 

 「こう見えて、昔はAIの補佐の下、一人で61式を運用したこともある! 心配せんでくれよ!」

 

 「そこまで言われるのなら…了解であります!」

 

 考えを改めたハルトマン中佐はその場で敬礼し、ベーコンをそのまま行かせた。

 

 「うむ……そうだハルトマン中佐…」

 

 だが、しばらくするとベーコンは立ち止まり、ハルトマンへと振り返る。

 

 「なんでありましょう?」

 

 「…老婆心ながら言わせてもらう。歩兵隊にはずいぶんと若い兵士の姿も見えた。彼等が生きて帰ることができる指揮を頼むぞ。司令官」

 

 そう言って、ハルトマンに再敬礼するベーコン。言外に、彼等を生かして返さんと承知せんぞ。そう伝えているのである。

 事実、ベーコンの指摘通り連邦軍の内情は苦しく、とくに後方は足りない人員を若年兵で補っているのだ。

 これは、食料不足の折、若年者を兵士とすることで、満足な食事を与えるための措置でもある。戦時下では、常に軍属優先となるのである。

 そのことを知っているベーコンは、あえてハルトマンに彼等を使い潰すなと釘を刺したのだ。

 

 「! ご期待に沿えるよう最善を尽くします!」

 

 「うむ。頼む」

 

 そう言い残し、ベーコンは大隊と合流すべく案内の士官と共に空港外へと向かって行った。

 

 「…旦那さま、流石はベーコン議員ですな」

 

 「そうだな。私も見習わねばな」

 

 ダグラスの言葉に同意するローナンである。実際、戦争を早く集結させ、息子のリディが銃を持たされることがない時代が来てほしいと願う。

 

 「…さてローナン。我々もそろそろ出撃の準備をしよう。私はデプ・ロッグ隊で爆撃手となる予定だ。君はフライ・マンタだったな」

 

 「ああ。そうしよう。行くか」

 

 「そうだな。君も死ぬなよローナン!」

 

 「君もな。カイオウジ!」

 

 互いの手を固く握り合い、武運長久を願い合う両議員。これより二人にも、新たな戦いが始まるのである。

 

 「…」

 

 その姿を複雑な表情で見詰めるマーセナス家の執事ダグラス・ドワイヨン。できることなら自分も主ローナンと共に戦場にでたい。

 しかし、一介の執事でしかない自分は、その邪魔にしかならない。

 その現実を知るダグラスであった。

 

 「失礼致します」

 

 再び政治家たちの輪の外側から、連邦士官から声がかかる。ローナン、カイオウジ両議院の護衛兼案内役の士官からである。

 

 「ローナン卿、カイオウジ卿、自分はこの空港警備を担当するニコラス・ベルであります。これから出撃までの間同行し、お二人を御守り致します!」

 

 「うむ。頼む」

 

 「短い間だが世話になる」

 

 「はっ!」

 

 カイオウジと共に、そうベル士官と挨拶を交わしたローナン。出撃を前にして執事ダグラスへと向き直る。

 

 「旦那さま…」

 

 「ダグラス、私は生きて帰ってくる。君が言ってくれたように、リディやシンシアのためにもな! そしてアラスカに共に避難しよう。それまでにここを引き払う準備を進めて置いてくれ。頼むぞ」

 

 「…仰せの通りに。御武運をお祈りしてお待ちしております!」

 

 「ああ!」

 

 もう戦って死んでみせるなど言わんぞ。そう態度で伝え、執事ダグラスとの暫しの別れを惜しむローナンであった。そんな二人の表情には、ミデア輸送旅団がやってくる前の悲壮感は存在しなかった。

 

 

 「ハルトマン中佐、ベル士官、それまで私の執事を頼みましたぞ。まだサクラメントに残っている連邦市民たちと共に」

 

 「必ず!」

 

 そう約束するハルトマンや執事ダグラスをその場に残し、ローナン、カイオウジは肯き合い、ベルと共にそれぞれが乗り込む航空機が待つか滑走路へと向かっていった。

 

 ◇◇◇

 

 ゴゥッ!

 

 空港上空では、連邦軍の戦闘機TINコッドが大気を切り裂き高速で飛行していた。僚機であるミデア戦術輸送機を守護するための任務である。

 その轟音が定期的に空港周辺に響き渡り、疲れ果て、やっとの想いでサクラメント国際空港に辿り着いた難民たちに安堵感を与えていた。

 

 そう。

 

 連邦軍は自分たちを見捨てず助けにきてくれたのだ。

 

 我々は見捨てられたのではなかった。

 

 これでやっと、ジオンによる地球降下作戦の一環、難民を意図的に生み出し混乱を誘発させる攻撃から逃れ、辺境の大規模シェルターへと逃れられる。

 

 重工業地帯や航空基地を攻撃する月のマス・ドライバーはティアンム艦隊により破壊されたという。

 だが、いつ同様の設備が用意され、質量弾攻撃が再開されるか解らない。

 すでに多数の質量弾を撃ち込まれた北米、ヨーロッパ、ユーラシア東部の重工業地帯は壊滅状態だ。

 

 だが地下シェルター兼軍事要塞であるジャブローほどではないが、同様に地下に建造されたアラスカの大規模シェルターなら、それらの攻撃を防げる。

 

 大気中で爆発する隕石の爆風、衝撃波に、生身で晒されるよりかは格段に安全だ。

 

 そんな安堵感を得た難民たちは、徐々に希望を取り戻し、その行動も落ち着いたものとなっていた。

 

 

 ベルに引率された二人の議員が専用通路を抜け滑走路に降り立ったのは、そんな状況下。

 そこには、各種軍需物資を積み下ろしを終えた多数のミデアの姿があり、その開いた格納スペースと機内に、新たに難民たちを機上させている真最中であった。

 

 「ん…あれは、マーセナス議員じゃないか?」

 

 「どれ? ああ、マーセナス議員だ! 間違いない!」

 

 「本当?」

 

 「ああ! 俺たちのマーセナス議員だ!」

 

 すると、もっとも専用通路入り口から近くに着陸していたミデアのタラップを昇り、機上の人にならんとしていた難民たちが、ローナンの姿を見止め手を振り出した。

 

 「ローナン議員、ありがとう! 俺たちを助けるために、これまでずっと連邦軍と交渉を続けてくれたんだな!」

 

 「ありがとう! ありがとう!」

 

 「俺…このままジオンの無差別攻撃で死ぬんだって…ずっと思って…議員! ありがとうがざいました!」

 

 「…議員のおかげでやっと、やっと安心して寝れる場所に行ける…ううう」

 

 「子供たちに言って聞かせるわ! あなたが助けてくれのだと!」

 

 「伝えるわ…私もこれから生まれてくるこのお腹の赤ちゃんに…きっと伝えるわ!」

 

 「議員、ありがとう!」

 

 そんな歓声を聞き、難民たちに対し敬礼する、ベルをはじめとした護衛の連邦軍人たち。

 

 (いや。今回の作戦を指示したのは私ではないのだが)

 

 そう困惑しつつも、ローナンはカイオウジと共に、ベルたちに倣い難民たちに返礼する。

 

 「プレシィ閣下の御命令で、今回の大規模避難作戦はマーセナス卿が話を纏めたと難民たちには告げてあります」

 

 困惑するローナンに、そう説明を始めたのはベルである。

 

 「む?」

 

 「ジオンを倒しても、戦後の地球圏が連邦軍閥中心の軍政下に置かれしまっては、議会制民主主義国家としての地球連邦は敗北したも同然です。マーセナス卿はじめ、連邦市民の代表たる議員のみなさまには、下々の声が政治に活かされるよう、権力と体制を維持してもらわねばなりません」

 

 「そういうことだローナン。そのためにはこういったプロパガンダも必要なのさ。ザビ家以外にもファシスト勢力は存在する。戦後の混乱に乗じ、そういった連中が姿を現し連邦の政治を壟断しようとするやもしれん」

 

 「その通りです。お二人には一議員の枠を越えて英雄となっていただきます。その影響力を持って議会制民主主義を維持し、ファシスト勢力の台頭を防いでいただきたいのです」

 

 カイオウジ議員もまたベルの説明に同調し、ベルもまたその主張を肯定した。

 

 (ハルトマン中佐が言っていた通り、確かにルースによって議会制民主主義を守護する道は整えられているということか)

 

 「…そうすることが、我々にも、連邦市民のためにもなるということか」   

 

 「その通りです」

 

 「その通りだ」

 

 (…ならば私は!)

 

 「良いだろう。地球連邦から議会制民主主義を失くさぬために、ルースがプロデュースした英雄として語り、演じて見せよう。それが巡り巡って、リディやシンシアを含めた連邦市民のためになるというのならば」

 

 ローナンは志を同じとする者たちにそう告げ、名門政治家一族の当主らしく笑顔で民衆たちの許に近付いていった。

 

 「我が同胞、地球連邦市民のみなさん! 長らくお待たせしてしまい申し訳なかった! だが、もう心配はいりません! 私もこれから連邦軍と共に戦場に征き、みなさんとこれより後にやってくる被災者のみなさんが、無事にアラスカに脱出するまでの時間を稼ぎます!」

 

 そう宣言して民衆たちの輪に入り、親身になって彼等の声に耳を傾けた。

 

 「行かくないで! 側にいて私たちを守って!」

 

 そう訴えてくる女性や少女たちには。

 

 「ありがとう。ですが、あなた方を守るために私は出撃しなければならないのです」

 

 そう諭し。

 

 「マーセナス議員、生きて帰ってきてください!」

 

 そう言う少年たちには、無言で頭を優しく撫でてやり。

 

 「御武運をお祈りします。マーセナス議員に神の御加護があらんことを」

 

 そう語り敬礼してきた老齢の男性には、同様に敬礼して返礼するのであった。

 

 

 ローナンは、プレシィ准将のプロデュース通り、語り、演じ、出撃ギリギリまで英雄議員の役目を果たし続けるであった。

 

 ◇◇◇

 

 その頃、一足早く指令室から離れ、行動を共にする70式大型戦車大隊と合流していたベーコン議員は、大隊指揮官ステイシア・スタンフォード少佐を指揮官兼砲手とする70式に、すでに乗り込んでいた。

 

 「これが70式の内部か。しかし、プレシィ君も思い切ったことをしたものだ。本来は拠点防衛用である70式を、ほぼすべて送り込んでくるとはな」

 

 「御言葉ですが、そうでもしなければ我々はジオンのザクとは互角に戦えないのです。それほどまでにザクは…モビルスーツという兵器の汎用性は高く、規格外なのです」

 

 「ふむ。プレシィ君やジーン・コリニー将軍は、その現場の意見を聞き入れたということかな?」

 

 「はい。その通りなのです。ですから一機でも多くのザクを我々は鹵獲し、連邦軍がジオンと同じ土俵で戦えるようにしなければならないのです」

 

 「同じ土俵か…良く解る話だ。そのためのザクⅡj型鹵獲か」

 

 「上層部も、いずれは連邦軍独自のMS開発等やり始めるのでしょうが、それまで待っていては、兵の損耗とジオンの支配領域が拡大するだけなのです」

 

 作戦の目的と意味を話し合い確かめ合うことで、互いの意思疎通を円滑にする作業としているベーコンとスタンフォード少佐であった。

 

 「それで、我々はロサンゼルス方面へとこのまま南進し狙撃ポイントへと向かう訳だ」

 

 「はい。61式戦車大隊を先頭に、強行偵察中の敵地上部隊を突破することになると思われます。エスコートは、航空隊と無人偵察機スカウト・ミサイルを操るエンジェルアイズ中隊です」

 

 「厳しい戦いとなりそうだな」

 

 「はい。しかしジオン側は、キャルホルニアベースと友軍が放置してきたたⅤⅢ型潜水艦を防衛しなければならない状況です。この時点で我々は、すでにジオン地上軍を分断しています」

 

 「やってやれないことはないという訳だな」

 

 「そうです。それにキャルホルニアベースには、フライ・マンタ、TINコッド各隊が太平洋側から仕掛ける手筈となっています。それでさらに敵の分断を誘えます。我々も彼等に負けぬようにやって見せますよ」

 

 「そうか…そうだな。この北米に…いや、地球に住むすべての者たちのために、やって見せねばならんな…と、スタンフォード少佐、こちらはオールグリーンだ」

 

 「こちらの各計器異常なしです。走らせていた各種異常検出プログラムも異常の発見ありません」

 

 会話しつつ、共に各種計器の異常がないかチェックを済ませていたふたりである。

 サクラメントに降ろされた連邦地上軍が、南進を開始するまでの予定時間は、後数分といった時点での各種チェックの終了であった。

 

 「うむ。機関出力も安定している。南進開始予定時間までは、後3分」

 

 「了解です……それでは知事、参りましょう!」

 

 「うむ!」

 

 「各隊に告ぐ! こちらステイシア・スタンフォード少佐である! これより我々アップル大隊を主力とした混成軍は、キャルホルニアベース狙撃ポイントを目指し南進を開始する! 続け!」

 

 ステイシアが無線と外部スピーカーで各隊に檄を飛ばした。空港を司令部とし全体の指揮を執るハルトマン中佐に代り、彼女が前線の指揮を執るのだ。

 

 ドゥルルルル……キュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラキュラ……

 

 大きな駆動音を響かせ、70式各車両が一斉に動き出す。

 それを合図に、前衛の61式戦車隊、後方のホバー式装甲車両ブラックハウンド隊、ホバーバイク隊、長距離ミサイルランチャー隊が移動を開始した。

 

 キャルホルニアベースから260キロ離れた、120mm低反動キャノン砲による狙撃ポイント目指して。

 




 作中で語ったマス・ドライバーによる質量弾攻撃の威力は、ツングースカ大爆発程度を想定しています。

 2000平方メートルに渡り樹木8000万本がなぎ倒され、1500キロ離れた都市でも揺れが観測されたとのこと。

 余談ですが、ゲームの水天の涙作戦が成功していたら、これを上回る被害だったのかな?

 いずれにせよ、ジオンの地球降下作戦前に、小さな都市は消滅してしまう威力の攻撃が、ティアンム艦隊が施設を破壊するまでに、地球に多数撃ち込まれたのです。

 コロニー落としの後も、これで甚大な被害と大量の死傷者が出て、恐怖した北米の住民達が難民となり、サクラメント国際空港に押しかけてきた設定です。

 大規模シェルターがあるアラスカ目指して。

 ちなみに辺境の地に多数の大規模シェルターが存在する理由は、ユニコーンで語られた地球連邦初代首相の暗殺事件に起因する設定です。

 首相官邸であるラプラスコロニー爆破事件です。

 地球連邦は、その創設時から大規模テロと隣り合わせで、いつテロリストによって宇宙から地球の都市部目掛け大質量を落下させられるか、心配は尽きなかったことでしょう。

 だから大規模地下シェルター兼軍事要塞であるジャブロー同様に、テロの標的となっても耐えられるような大規模シェルターが、辺境の地に多数建設された設定にしてあります。


 読者様からご指摘に回答を。

 宇宙世紀が現実世界の歴史とは、まったく関係ないルートを歩んだ完全なパラレルワールドである。

 とりあえずフィクションであることは別にして、上記のような設定がバンダイやサンライズの方から公式見解としてアナウンスされないかぎり、ガンダムセンチュリーなどに掲載されている旧い設定は無視するべきと、私は思っています。

 たとえば、連邦政府樹立の1999年に各国が12の州に再編されたとの御指摘ですが、このようなあまりに時代に即さない設定は、現実世界の時代が下ると共に有名無実化し、死に設定となったのではないでしょうか?

 今現在、2017年です。

 ガンダムは長く続くコンテンツです。これからも、時代に即して設定は度々改変されていくと思います。

 各種兵器も設定も、新しい作品公開と共に拡大し続け、公式に都合が悪い設定は淘汰されていくのではないでしょうか?

 私はこういった事柄には、ファンの立場でも柔軟に対応していく必要があると考えます。

 それはそれとして、御指摘ありがとうございました。

 変更すべき点は、変更しておきます。

 それでは。
 


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