グレビッキーと家族になりました。 (sinkeylow)
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沈む太陽

最近ハマり出したので書くことにした。
最後までやるかは未定。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザーと雨が振る東京の某所の路地裏。光があまりない薄暗い空間。そこに一人の少女がビルに寄りかかりながら逃げるようにふらつくその足で歩いていた。

 

 

「・・・・・私って、やっぱり呪われているんだなぁ・・・」

 

 

少女の名前は"立花響"。

 

橙色の外にはねたセミロングヘアー。だがところどころ汚れている。彼女の顔は生気があまりなく、げっそりとしたような頬や体つきをしている。そのことを悟られないようにボロボロの灰色のパーカーでその身を見られないようにしていた。

 

もうお金もなく、身も心も衰弱していて生きる気力をなくしていることはその姿からわかる。彼女の目に希望はない。まるで死んだ魚のように濁り、何もかもに絶望している、虚ろで諦めた眼をしていた。そして普通そこにはあっておかしくない警戒感は無く、どうでもいい、どうなってもいいという感じが見受けられた。

 

時刻は9時を過ぎている。普通の子供ならもう家にいる時間である。だが少女にはもう帰る家がなかった。それどころか居場所も、陽だまりすらもなかった。

 

彼女にあった当たり前の日常も、幸福もなにもかもない。ただ生きているだけ。野生動物と同じ事を響はしていた。そしてついにはドサッと倒れた。

 

立ち上がるにも、もうそんな力はない。そんな気力もない。その時の姿は見るに堪えないだろう。何日も風呂に入っていない汚い体も。着替えないことでボロボロになった服も。空腹でこけた頬も。なにより疲れ切った眼も。彼女はまさしく浮浪者だったのだ。

 

 

(・・・・私・・・・・死んじゃうんだろうだな・・・・。)

 

 

死。

 

頭によぎる言葉はそれだった。

 

だがそれもいいかなと思った。最初は生きることに執着していた。でも日が経つにつれそれはなくなっていた。もう疲れたのだ。ここで死んだとしても迷惑をかけるであろう。自分の身元を調べ、そして罵倒するのであろう。そして喜ぶ。人殺しは死んで当然と。この世からいなくなってよかったと。

 

 

(・・・・・お休み。)

 

 

徐々に瞼が閉じていく。視界も暗くなる。段々と意識が遠のいていくその中で。パシャパシャと水の音がこちらに近づいてきた。目の前には人影があった。

 

 

(・・・え?・・・・誰?・・・・。)

 

 

だが考えるのをやめた。ピンチの時に助けてくれる。そんな展開があるはずがないアニメじゃないんだから。その考えを最後に響の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お・・・・・・・ぬな・・・・!!」

 

 

――――――声が聞こえる。自分を呼びかける。叱咤する声。

 

 

「目を開けてくれ!!」

 

 

―――――誰の声?

 

 

「生きるのを諦めるな!!」

 

 

―――――そうだ・・・・思い出した・・・。奏さんの声だ。

 

 

あの日起きた惨劇で聞いた声。その声で何とか意識を保つことができた。死ぬことだけは避けた。

 

 

―――――あれ、でもなんで?

 

 

ぼやけた視界も徐々に戻ってきた。目の前には自分が目を覚ましたことに安心した奏。その姿は変身系ヒロインアニメのような武装をしている。だがその姿もボロボロだ。そして彼女の後ろには無数のノイズ。ゆっくりとこちらに迫ってきた。なぜ目の前に彼女がいるのか。なぜこんなところにノイズがいるのか。思考を巡らせ、答えにたどり着く。

 

 

―――――ああ、夢なんだ。

 

 

夢。響の運命を決めた惨劇。その夢を響は見ていた。当時は生きていてもこの後ノイズに襲われて炭素分解して死ぬんだろうなと思っていた。夢を見ているという結論にたどり着いた瞬間。ライブ会場の中心に閃光が落ちた。

 

 

―――――え?

 

「っ!!なんだ!?」

 

 

突然の出来事に振り向く奏。その閃光は徐々に広がり、世界を響をやさしく包み込んだ。広がるその世界は安らぎを与えた。

 

 

(あたたかい。まるで―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――お母さんに抱きしめられているみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・う・・・ん・・。」

 

 

徐々に目の前が明るくなってくる。視界がぼやけていたが、だんだん治っていく。そこには知らない天井があった。

 

 

「・・・・え?」

 

 

いやおかしい。

 

天井が見えるのはおかしい。上半身をゆっくり起こす。意識がはっきりしてくると、フカフカという感触に気づく。

 

 

「・・・ベッド?・・・・私、ベッドで寝ていたの・・・・?・・・なんで・・・?」

 

 

どうやらベッドで寝ていたようだ。響は薄暗い路地裏で倒れ気を失った。だが知らない人の部屋で目覚めた。

 

どういうことだろうか。頭が回り始め、これまでの記憶の整理を行うと右手にぬくもりがあることに気づく。

 

響の右手には見知らぬ左手が握られていた。

 

握っていたのは黒髪のポニーテールで寝顔は中性的。おそらく女だろう。その少女は響の右手を握っている状態でベッドにに体を預けていた。静かに寝息を立てている。

 

 

「・・・・・そうだ。意識を失う前に誰かがこっちに近づいてきたんだ。もしかしてこの娘がそうなのかな。」

 

 

きれいな紅色の真珠の付いた髪留めで髪を後ろに止めており、青色のジャージを着ている。寝顔を見るにおそらく年は響と変わらないだろう。響の服も知らないジャージに変わっている。昨日は雨が降っていたから服も着替えさせてくれたのだろう。

 

 

「どうして・・・・助けてくれたんだろう・・・。」

 

 

響は静かにつぶやいた。今の響が思わずを得なかった疑問。

 

今まで誰も救ってくれなかった。スーパーや売店で食べ物を買いに行った時も店員は心配してくれることはなかった。そこに行くたびに周りからには視線が刺さる。

 

心配の視線ではない。

 

異物。気持ち悪い。

 

視線に込められた感情の多くはそれだった。どうしたんだろうという視線もあったりしたが心配してくれることはなかった。助けてくれなかった。その代わり苦情は来た。くさい。汚らわしい。邪魔。まったく知らない人にそんなことを言われる始末。

 

 

(別に・・・好きでやってるわけじゃないのに・・・・。)

 

 

当時の日々を思い出し、恐怖で体が震えだす。そんな震える体を守るかのように自身の体を響は抱きしめた。

 

 

「・・・・・うん・・あ、起きたんだね。・・・よかった。」

 

 

手を放したからだろうか。少女が目覚めた。立ち上がると軽く背筋を伸ばす。終えるとやさしく微笑んで響に言った。

 

 

「待っててね、何か食べ物を作るから。」

 

 

部屋を後にしようとドアに向かう。あ、そうそうといいこちらに振り向く。

 

 

「ボクの名前は川島月華(かわしまげっか)って言うんだ。よろしくね。」

 

 

月のようにやさしく微笑み自己紹介。

 

その笑顔は響にとっては温かく、なぜか懐かしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ではまた機会があれば。


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太陽と月の出会い

1話でオリジナルをぶっこんでいますが、戦闘描くかどうかは未定です。




9月24日に改編。
びっきーの口調をグレビッキーに近づけました。
その他は特に変更ありません。


 

 

 

 

 

 

月華が一度部屋を後にしてしばらくすると、おぼんに湯気が立っているおかゆとミルクを載せて持ってきた。

 

そう言えば、昨日も何も食べてなかったと、おかゆを見てそんなことを考えたら、響のお腹の中から思い出したかのように、ぐぅ~っと音が鳴った。カァッと頬が熱くなる感覚と共にお腹を押さえつける。その様子を見てクスクスと月華は微笑む。

 

 

「我慢しなくていいよ。自分で食べられる?つらいなら食べさせてあげるけど。」

 

「あ・・・うん・・・大丈夫。」

 

「そうかい。」

 

 

月華はおぼんをテーブルに置き、座布団を敷いた。響は座布団に座ろうとするが突然めまいが襲った。

 

 

「・・・・・っ!!」

 

「おっと!大丈夫?」

 

 

よほど体が衰弱していたのであろう。月華がとっさの行動のおかげで何とか倒れることは免れた。やっぱり食べさせてあげようか?と問いかけるが響は断った。一応食べることはできるらしい。支えてもらいながら座布団の上に座らせてもらう。おかゆを手に持ち、レンゲですくい、ゆっくり口に運ぶ。

 

 

「・・・・・・っ!!」

 

 

味の薄いはずのそれは五臓六腑に染み込んだ。それほど熱くなく、いい感じの温度だった。そしてどこか懐かしかった。その懐かしさに思わず手が止まる。

 

 

「・・・・?・・・どうかした?」

 

「そうだ・・・この味・・・。」

 

 

響の耳に月華の問いかけは入らなかった。思い出す。昔のことを。

 

 

(そういえば昔は体調を崩したときによくお母さんがおかゆ食べさせてくれたっけ・・・・。)

 

 

まだ幼かった頃。もともとアクティブな性格だったためかめったに体調を崩さなかった響。体調を崩すたびにいつもそばにお母さんがいた。いつも自分のことを心配し気遣い、介抱してくれた。その時にはよくおかゆを食べさせてくれた。

 

このおかゆはお母さんに作ってもらった物の味にそっくりなのである。そのことを思い出し、響はひどい顔でおかゆをかきこんだ。おかゆを食べた後用意されたミルクを飲むと、はちみつと砂糖の甘さがちょうどいい温度でまた泣きそうになった。

 

 

「・・・・・ありがとう。」

 

「うん、どういたしまして。」

 

 

食べる前は顔色が悪く、病人みたいな見た目をしていたが、腹を満たすと顔色もよくなり、体調もだいぶ良くなった。長かった餓えを凌ぐことができたのだ。

 

そういえば名前を言ってなかった。

 

 

「・・・・・・・・・立花響。」

 

「え?」

 

「私の名前・・・。」

 

 

すぐに消えてしまいそうな声であるが今の響にはそれが精いっぱいだった。

 

 

「立花さんだね。」

 

「響・・・でいい。」

 

「そう、じゃあ響ちゃんで。それにしても驚いたよ、昨日近くの路地裏に倒れていたんだ君は。」

 

「そう・・・・ここどこ?」

 

「僕の家だよ。ああ、そうそう君の衣服はボロボロだったから洗濯した。これから干すから、まあゆっくりしていってよ。」

 

「え、・・・いや・・・いい。」

 

「けが人はおとなしく休んでいなよ。立ち上がることすらやっとに見えるしそれに行く所もないんだろう?」

 

 

行く宛てがない。確かにその通りだ。

 

全部奪われてしまったのだ。何もかもなくなったのだ。今ここで無理して動いてもまたこの家に戻ってくるのがオチだろう。その意思表示に納得した月華は食べ終えた食器をおぼんに乗せ、部屋を後にする。

 

自分が知らないジャージを着ていたのは着替えさせてくれたのか。昨日は雨が降っていた。あのままパーカー姿だと、体温が落ちて非常に危険な状態になっていたのだろう。月華は洗濯物を干しに行った。

 

 

「・・・。」

 

 

響は何もすることはなくなったので、ベッドに寄りかかり何かないかと部屋を見渡す。

 

必要最低限であるが家具が置いてある。テーブルにタンス、机に赤のランドセル。そして一つの写真立てが目に入る。その写真立てには月華に体を預けていおり満面の笑みをしている小さな少女が映し出されていた。おそらく妹であろう。赤のランドセルがここにあることから彼女の部屋であると響は推測する。だとすると一つの疑問が生まれる。

 

 

(・・・・・・・その子はどこにいるのだろ?)

 

 

静かだ。この家はあまりにも静かすぎる。

 

もともと家とは縁がなく、ハイライトが目立つ夜道でも騒がしいところで生活していたのでその騒々しさが身に沁みついていたせいなのかわからない。

 

窓に映し出される景色から察するにこの家は2階建て。1人暮らしに2階建ては家賃的にも普通見ない。両親が共働き、または海外出張ならその疑問は晴れるのだが、どこか違和感がある。

 

もう一つは写真に写っている少女だ。ここは少女の部屋で間違いないだろう。窓から見える青空を見るにまだ朝。なのになぜいない?月華がこちらで寝ていたので、月華の部屋で寝ていたのならそれまでなのだが、やはり釈然としない。

 

 

(なんだろ・・・・この感じ・・・。)

 

 

どこか静かで寂しい。そんな空間。この部屋の印象はそれだった。しばらくすると部屋の外から階段を上る音が聞こえる。戻ってきたようだ。コンコンとノックの音が静かな部屋に響く。

 

 

「響ちゃん入るよ。」

 

「あ・・・・・へ?」

 

 

ガチャリとドアが開き現れる月華。その容姿を見て響は呆けた声を上げる。

 

 

「どうしたの?響ちゃん。」

 

「・・・それ学校の制服?」

 

「うんそうだよ?」

 

「・・・・もしかして・・・男?」

 

「ああ・・・そういうことか。うんそうだよ。」

 

「・・・・・っ!!」

 

 

その返答に目を見開き驚愕する。

 

月華の格好はブレザーで灰色の長ズボン。スカートではない。どう見ても黒髪ポニーテールの少女が男装しているようにしか見えない。

 

 

「・・・・・てっきり同姓って思ってた。」

 

「ちがうんだよなぁ~それが。ちなみに高2ね。」

 

「え・・・・年上・・・?」

 

「あ、年下なのね君。」

 

 

性別よりもそっちに驚愕した。たしかに身長は少し上だから同い年だと思っていたが、まさか二つ上とは。高2すなわち17歳の平均身長は170cm。彼の全体を見るに164cmぐらいしかない。高校生にしては小さいほうだろう。

 

 

「そこまで驚かれる様子を見るのも何度目かな?」

 

「ごめん・・・・・・・・・・・。」

 

「あ~いいよ別に。たいていの人はそんな反応するから。」

 

 

いつものことだしと笑顔でアハハ~と手を振る。

 

 

「まあこの格好からもう察していると思うけど、今から学校に行くから。昼飯は冷蔵庫からテキトーに食べてもいいし代わりの着替えはおいているからゆっくりしていってね。」

 

「学校・・・。」

 

 

学校。普通の子供なら行く学びの場所。大人は人間関係を学ぶや友達を作る場所なんていうがそんなことはなく人間の残酷さを響に教えたある種地獄の場所。あの地獄で人間の残酷さを思い知ったからこそ響はあることを問う。

 

 

「・・・・・・いいの?・・・見ず知らずの私を家に一人にして・・・。」

 

「うん?なんで?」

 

「だって・・・その・・・・・家で変なことするとか・・・・・・・。」

 

 

不思議そうな顔で首を少し傾げ月華は答える。

 

 

「なにかするの?」

 

「いや・・・しない・・・・けど・・・。」

 

「じゃあ大丈夫だね。帰ってくるの夕方の6時ぐらいになるだろうから、ちゃんと休むんだよ。」

 

 

月華は部屋を後にし、そのまま歩いて学校に行った。

 

響一人になったことにより再び訪れる静寂。学習机においてあるデジタル時計を見る。時刻は7時40分。帰ってくるのは夕方6時になるまであと約10時間。

 

そんなことを考えていると異臭に気付いた。部屋からではない自分の身体から。そういえば長い間さまよっていたから体を洗っていないことを思い出す。そもそも月華は男だから全裸の年頃の少女である響の裸を洗うのはさすがにOUTと思ったのだろう。

 

替えの着替えは置いてあると言っていたので自分で洗えということなのだろう。十分睡眠をし食事をしたおかげかまだ足元がフラつくが歩くことができる。

 

 

「身体・・・・洗おうかな。」

 

 

部屋を出て階段を下りる。階段には手すりがついていたので下りるのにそんなに難ではなかった。一階に下りてもやはり静かだった。人っ子一人いない。そのことに疑問を持ちながら洗面所に向かう。着ていた服を脱ぐ。下着は着ていなかった。まあもし年頃の下着を着ていたらそれはそれで問題だが。写真に写っていた少女はブラなどをつける年頃ではないだろう。シャワーを浴びているとあることに気づく。

 

 

 

 

――――――ん?下着を着ていない?

 

 

 

 

それはいろいろとおかしい。だって下着を着ておらず、服も変わっているということは。誰かが着替えさせたということである。つまり見られたということである。響の裸を。

 

 

―――――――そして月華は男である。

 

 

「~~~っ!!」

 

 

その瞬間顔が真っ赤になり自分でも顔に熱が灯っているのがわかる。そのことを忘れるためかのようにゴシゴシとシャンプーで髪を泡立てる。シャワーを浴びた後もその熱が冷めることはなかった。帰ってきたら問い詰めよう。昼ご飯を食べながらそう決めた。

 

 

 

 

 




UAが1000超えたので投稿。
ではまた次の機会に。


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予想

たくさんのお気に入り登録・UA・感想ありがとうございます。
また、ランキングにも乗りました。みんなグレビッキー好きなんだね。(愚問)

2話を少し改編しました。内容はビッキーの口調をグレビッキーっぽくしたぐらいです。




-追記-

この話に新たに文章を追加しました。
1.はすでにみなさんが呼んでいる話。
2.以降が追加したものとなります。

また、短編の設定をしていましたがやれるところまでやろうと思い、連載に変えました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

国公立東星門高等学校。

 

毎年ハーバード大学などの世界的名門大学や東大、九大などへの進学率が高くレベルも高い,国が運営する私立高のような進学校。月華はそこの学校に所属していた。

 

国が運営しているだけであって部活も幅が広い。

 

サッカー部や野球部、バスケ部やバレー部はもちろんのこと、マン研やロボ研(ロボット研究部)、軽音部にハンドボール部など少し有名そうに見えて実は私立高校でよく見る部も存在する。自由度も高く勉強以外にも趣味や娯楽メインの才能を生かせるような部分も強いところから有名でもあり、勉強からでなくともそこから大舞台のステージへ上がる生徒もちらほらいたりする。

 

最近ではゲーム関連で世界に名を上げた生徒がいるらしい。

 

隔離校舎にある教室2階の教室後方の窓際が月華の席である。今現在は午前授業の真っ最中。

 

一心不乱にカリカリとシャーペンと紙がこすれる音があたりに響き続ける。だが月華も含む少数の生徒は既に理解しているのかただ授業を聞くだけである。スラスラとノートの内容を読み上げていく数学教師の声をBGMに、のんびりと青空を見上げる月華。

 

 

「―――――であるので、ここで―――――」

 

「・・・・・・・。」

 

 

今やっているのは課題でやったセンター試験の過去問の解説。

 

センター試験の問題は自主的にさんざんやってきたので月華は特に聞いていないが、一応ノートも内申点に関わるので復習もかねて最低限簡単にはまとめている。だが目に見えるほどだらけても先生の出席簿が飛ぶ。仕方なく、顔と目だけは前に向けて思考だけ別に稼働させることにした。

 

それは昨日拾った少女"立花響"のこと。

 

灰色のフードパーカーと紺色のジーパンの格好の少女。髪は橙色でくせっ毛のあるセミロングヘアー。

 

拾った時はげっそりして生気が感じられないその顔を隠すかのようにフードを深くかぶり、その虚ろな瞳は絶望、恐怖、拒絶がこもり濁っていた。身体的にも精神的にもボロボロで砂でできた城のように崩れやすいであろうな状態。昨日は雨が降っており、あの状態でいると生命にかかわる危険な状態であったであろう。

 

 

(・・・・・・・彼女の身に・・・・何があったのだろう?)

 

 

―――――すぐに思いつく言葉は"家出"。

 

―――――そのきっかけは"虐待"あるいは"家族との衝突"。

 

―――――それ以外だと学校などの"いじめ"または"差別"。

 

 

家出であることはおそらく合っているであろう。その根拠は今朝食べた"おかゆ"にある。

 

おかゆを口にした彼女は今にも泣きそうな顔になった。久しぶりに飯にありつけたという感じではなく、どこか昔のことを思い出し懐かしく思えているように見えた。そのあとに飲んだミルクを飲むとさらに涙を浮かべそうだった。

 

思い出したのだろう。家出する前の日々のことを。それも泣きそうな顔するということはよほど大事な思い出と関わりがあるのだろう。それが家族なのかそれとも孤児園なのかは定かではないが。少なくとも真っ当に生きていた可能性が高い。

 

次にきっかけ。

 

親から虐待の可能性・・・はすぐに否定した。理由は彼女自身の体の傷や痣だ。そんなものは一切なかった。

 

しかし汚れやかすり傷はあった。おそらくそれらは、放浪していた時のもの。異臭から察するに相当長い時間の間放浪していたのだろう。唯一胸に古傷があったが、すでに傷口は閉じていたので特に手当はしていない。

 

その傷がついた原因は家族との衝突かと思ったが、そこで一度考えを止めた。そこは断定もできないし否定もできない。そもそも彼女の身の上のことは知らない。これは聞かないと分からない。少なくとも彼女の状態だけでは判断できない。

 

では学校のいじめや差別か?

 

いまやそれは社会問題となっており、休日の政治番組で児童や学校関連のことになると大体出てくる。いじめてくるは当然悪いがいじめられる方も悪いとか。理不尽に聞こえてくるが原因がいじめられている方が生み出していることもあるらしい。そのいじめで自殺かあるいは家出。そんなことは普通にあるらしい。

 

バラエティーや政治番組より深夜ばかりに放送されることになったアニメの枠をもっと増やしてくれというのが月華の正直な感想である。正直今のテレビはつまらない。語るだけ語っても問題が発生するまで決して動かない。それほどまでにトップの組織とは怠け者の集まりだということだ。

 

 

だが―――――それらが正解ではない気がする。惜しい気もするが何か違う。

 

 

もっと重く、存在そのものを否定されるようなそんな事件。涙を流すほどただのおかゆをおいしそうに食べていたのだ。幸せだった時期は必ずあるはず。そもそも本来家出する理由の半数はそういう状態に陥った場面が多いのだ。いじめしかりDVしかり夢しかり。

 

 

(・・・・・なにかあったっけ?)

 

 

そんな事件があるのならニュースになっているはず。そして彼女の名前が挙がっているはず。仮にもしニュースになっていないのなら関わりがあるのは

 

―――――裏の組織。たとえばテロリスト。あるいは秘密結社。

 

―――――政府。国連。

 

真っ先に思い当たる節はそれら。そして共通するものがあるとするなら武力あるいは権力。武力は対象を破壊する。殺す。権力はいわば支配。力による支配もあれば立場による支配もある。

 

先生の話を聞くふりをしホワイトボードを見ながら思考を巡らす。それ以外に何がある?政府や裏の組織が欲するほどの価値のある物。ただ大きいだけじゃない価値のあるもの。量ではなく質。しばらく考えているとあることにたどり着く。

 

 

(―――――もしかして・・・・ノイズ?)

 

 

今から12年前の国連総会にて認定された特異災害の総称。

 

形状に差異が見られ、一部には兵器のような攻撃手段が備わっているが、全てのノイズに見られる特徴として——

 

 

・人間だけを襲い、接触した人間を炭素転換する。

 

・一般的な物理エネルギーの効果を減衰〜無効とする。

 

・空間からにじみ出るように突如発生する。

 

・有効な撃退方法はなく、同体積に匹敵する人間を炭素転換し、自身も炭素の塊となって崩れ落ちる以外には、出現から一定時間後に起こる自壊を待つしかない。

 

・生物のような形態から、過去にコミュニケーションを取る試みも進められたがいずれも失敗。 意思の疎通や制御、支配といったものは不可能であると考えられる。

 

 

などが挙げられている。

現在、あまりにも謎が多いため、各国をあげて研究・解明が進められている。

 

 

ノイズの対抗策としては

 

・攻撃を当てるもすり抜けてしまう。したがってノイズへの有効手段はなく、発生したノイズに対する一般的な対抗は「逃げる」ことしかない。

 

・そのため日本でも、都市部を中心に避難警報やシェルターを設置しているのだが、果たしてそれが、ノイズの特性と照らし合わせた場合、どこまで有効性があるのかは疑問を禁じえない。政府によるアピール性の高い政策と揶揄されることもあるが、ノイズに対しては、「そうするしかない」というのが実情である。

現在、都心からの疎開も検討されており、疎開に伴う助成金の交付支給も議題にあげられている。

 

 

過去の実例としては

 

・日本とは別の国では、ノイズが減衰する物理エネルギーを、さらに凌駕するだけのエネルギーをぶつけることで殲滅を試みたことがある。

 

・1時間を越えて連続的に行使された爆撃は、周辺にあった山の地形をも変えてしまい、その後に発生した雨による土砂崩れは、ノイズよりも深刻な被害をもたらす結果となったという。

 

 

政府のような大きな組織が欲する力。それはノイズに対抗できる力であろう。ノイズに対抗することができれば人類の死亡率は格段に下がる。それでもノイズの発生源を叩かなければ意味がないがそれでも、人類にとっては歴史的なことであろう。

 

 

これが、彼女の絶望の本質―――――では、ない。

 

 

(―――――違う。)

 

 

その正体は掴めない。しかし、月華自身が漠然としたナニカを掴んでいる。

 

 

(ノイズか・・・。)

 

 

キーワードはおそらくそれだ。いま思いついたことと何らかの関わりがあるはずだ。だが、それは『本質』ではない。おそらくそれらは―――――

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

 

はっとして顔を上げる。

日直の号令の合図が急に鼓膜に叩く。立ち上がり、礼。午前の授業が終わった。大きくため息をつき、一度頭をリセットする。

 

何も焦ることはない。

 

彼女の下着や衣服、靴は干している。今日はあまり日差しは強くない。乾くのに時間がかかる。ノーブラノーパンでどこかに行くことはないだろういくらなんでも。

 

首をコキコキと鳴らし、凝り固まった体をほぐす。やはり長時間同じ姿勢というのは疲れるものだ。昼休みに移り昼食をとるためにかばんを開けるが、弁当と水筒がない。

 

 

(そういえば、彼女の朝食と昼食のこと考えて自分のことを考えていなかったな・・・。)

 

 

いつもは弁当派の月華であったがあんなことがあったのだ。不幸とは考えず、これもいい機会と頭を切り替える。たまには売店や学食で済ませるのも悪くはないだろう。

 

 

(さぁ~て今日の日替わり定食はなにかな~?)

 

 

200円の日替わり定食。学生の財布に優しく美味しい定食。えびフライかそれともからあげか。そのことにワクワクと愉快に髪を揺らしながら月華は教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ではこれでSHRを終わる。全員気を付けて帰るんだぞ。」

 

 

今日あるすべての授業が終わり放課後。生徒は部活や授業の復習や予習のために残る生徒もいる。入学当初は授業スピードがハイレベルすぎて号令の合図とともにうが~と一気にだらけだし、放課後残って復習と予習を血眼になってやっていた生徒が過半数いたが、もう1年以上も厳しい授業を受けているとそんな光景も見なくなった。トマトは厳しい環境で生き抜くことで甘味が出るらしいが、おそらく人間も同じなのだろう。

 

月華は自称帰宅部部長であるので特に理由がない場合は残ることはなく校門を出る。ちなみにこの学園の帰宅部にはキャッチコピーがあり、"早く逝こう。俺たちの楽園へ"らしい。もちろん非公式である。

 

月華はそのまま家に帰らず食料が心許ないので近くのスーパーに買い出しに行った。家にいる響のことも考えておかゆもちゃんと買っておく。おかゆだけだと飽きるだろうから病人でも比較的食べやすいうどんも買っておく。そのあと雑貨店に行き、ノートとシャー芯を補充する。

 

買う物がいつもより多かったので少し時間がかかった。おかげで茜色だった空は黒くなり、建物の明かりで辺りを彩っている。

 

寄り道を終えてさっさと帰省しようと思いながら歩く。そして足を止め、ある場所を見つめる。その場所は昨日、彼女を拾った場所。路地裏。

 

 

「・・・・・。」

 

 

無言でその場所に足を踏み入れる。そこに何かあるわけではない。光は当たらず、広がるのは薄暗い闇の世界。日が当たりにくい場所のせいかまだ昨日の雨でできた水たまりが残っており、自身の姿が水面に映るのを見つめる。

 

 

「・・・・・そういえば・・・・あの日も雨が降っていたっけ・・・。」

 

 

雲が晴れ、月明かりが闇を照らす。

 

 

―――――脳裏にノイズが走る。

 

―――――映像が流れる。

 

―――――映るのは地べたで這いつくばっていた少年。

 

 

 

「・・・・・ほ~んと、この路地裏には縁があるな・・・。」

 

 

ため息。路地裏の闇に溶け、消えていく。その呟きを聞く者はいない。路地裏を後にし通学路に戻った。

 

 

 

 

3.

 

 

 

 

ガチャリとドアが開く音が玄関に響く。

 

 

「ただいま~~。」

 

 

路地裏で少し気分が沈んでいたが、いくら体調が少し良くなったからと言っても彼女はまだ心に大きな深い傷を負っていることには間違いないはず。そんな心に余裕がない響にこんな状態を見せると、心配をかけ悪い状態になるであろう。心配をかけないようにいつも通りのテンションで帰宅する。

 

 

「あれ?」

 

 

家は明かりがついておらず暗い。玄関に置いてある時計を見る。時刻は19時を過ぎている。干していた服や下着も乾いているはずだ。だが明かりがついていない。当然リビングにも。彼女はもう既に家を出たのだろうか?

 

 

「響ちゃ~ん?ただいま~~?」

 

 

階段を上り、二階に向かう。真っ暗。どちらの部屋にも電気もついていない。自分の部屋の明かりをつける。しかし誰もいない。かばんを置いて彼女が休んでいた部屋に向かう。暗いがそこには人影が座り込んでいた。

 

 

「なんだいるじゃないか。ただいま。」

 

 

明かりをつけるとベッドに寄りかかって枕を抱きしめる響がそこにいた。洗面所においていた服装に着替えていたのでシャワーをちゃんと浴びたようだ。

だがプルプルと身体が震えているように見える。そんな状態に不安になり、具合いを覗う。

 

 

「どうしたの?もしかして具合悪い?」

 

「・・・・・・・たの?」

 

「え?」

 

 

顔を枕に付けている状態でつぶやいているためによく聞こえなかった。

顔の上半分だけ出して月華を睨みつける。

 

 

「見たの?」

 

「見た・・・?見たって何を?」

 

 

何を見たのか。その疑問を響が答える。

 

 

「私を着替えさせてくれたよね。」

 

「うん。そうだね。」

 

 

月華は答える。

 

 

「・・・私・・・下着着てなかった。」

 

「まあ、そりゃ・・・替えのなかったし。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ん?・・・・・見た?

 

 

 

 

ハッとなり気づく。彼女の言葉の意味を。

 

彼女を着替えさせたのは月華だ。下着は当然ない。その下着は洗濯をして干している。そしてジャージに着替えさせた。服を着せるためには身体を見ないといけないのは言うまでもない。

 

 

―――――つまり、彼女の裸を見たということだ。あんなところからこんなところまで。

 

 

そのことに気づき動揺する。響を見る。

彼女は顔を真っ赤にして涙を浮かべながら睨みつけていた。

 

 

「で、でも!!見ないと手当てできないし、服も着替えさせれなかったからしかたないよ!!」

 

「~~~~っ!!」

 

 

急いで弁解する。月華が言っていることは正論だ。そうしなければ響は死んでいたであろうから。だが人は感情論重視。正論は逆に煽ることともある。ましてや年頃の女の子ならなおさらだ。

 

 

「バカッ!!」

 

「い~~ったい!!目に当たった~!!」

 

 

響からの枕スローが月華の顔面に炸裂。チャックの部分が目にストライクし廊下に倒れる。

 

 

「・・・・ふんっ!!」

 

 

バタンッ!!

 

ドアが叩きつけられる音が辺りに響く。月華の目の痛みはしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ではまた次の機会に。


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過去の傷

気づけばお気に入りが150超えていました。
ただの思い付きの作品ですが楽しんでいただけているようで何よりです。


今現在はタイトル回収はできていませんが、もうすぐタイトル回収しますのでご心配なく。
「タイトル詐欺じゃねーか」なんて思っている方は今の話は過去編と割り切れば幸いです。

また、誤字報告とかも待っています。


9/26に3話の話に文章を付け足しました。ご覧になってない方はそちらもどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

カリカリとシャーペンとノートが擦れる音が部屋に響き渡る。薄暗い部屋のなかに光が学習机を照らす。今現在、月華は学校の予習をしていた。その内容は本来まだしなくもいい内容。だが学校の授業はハイスピード。一瞬の気のゆるみがついてこれなくなり、退学や留年につながる。実際月華のクラスでついて授業についてこれず、そうなった生徒はいる。そんな風にならないように努力。集中してノートをまとめる。

 

 

「ふぅ~~。終わった~~。」

 

 

溜息を吐く。そしてシャーペンを置く。これで高校の3年間の範囲すべてがようやく終わった。ここまでやれば後は楽だ。今後の授業は今までの復習だと思ってやればいい。少なくともこれで今後の自由時間は増える。

 

徹夜になってしまったものの、彼女のこともある。かなり詰め込んだが人間その気になればある程度はできるものだ。

 

昨日はあの事件が起きた後、その日月華は彼女の部屋に入ることをやめた。仕方ないとはいえ、あんな事件があったのだ。ピリピリしている。元々心に余裕がない響に不用意に近づけばまたゴタゴタが起きることは間違いないだろうし、最悪の場合何も言わず家から出て行ってしまう可能性がある。

 

時間がどうにかしてくれるということを信じてとりあえず放置することを決めた。しかし腹は減っているであろう。人間の三大欲求の一つであるのでどんなに我慢していても抗うことはできない。彼女のために素うどんを作ってビタミン剤と水とともに部屋の前に置いておいた。ちゃんと食べてくれただろうか。時計を見るともうすぐ午前6時だ。

 

 

「・・・・もう朝か・・・。」

 

 

窓を見る。気づけば朝日が出ていた。さっきまで真っ暗だったはずなのに時間の経過は遅いようでやはり早い。まばらに茂る木々のざわめき、朝日とともに鳥たちはちゅんちゅんと歌い、日光が部屋を照らしている。

 

 

「はぁ~~、疲れたわ~~。」

 

 

首をコキコキと鳴らし、凝り固まった体をほぐす。そして背筋を伸ばす。長時間それも徹夜で勉強をしていたせいで身体が少し怠く感じる。ぶっつづけで勉強していたため喉が渇いたのでココアでも飲もうと部屋を後にしする。ギィ・・ギィ・・と廊下からなる音が響く。

 

そして道中あるものを見つける。

 

 

「・・・・うん?」

 

 

彼女のいる部屋の前に昨日おいておいたどんぶりとコップが乗ったおぼん。位置は昨日おいて置いた場所とほぼと変わりない。もしかして食べていないのだろうか?

 

 

「・・・・うん。よかった。」

 

 

空っぽの状態であるどんぶりとコップをみて微笑む。よかった、ちゃんと食べたようだ。そのおぼんを持って月華は一階に下りた。その様子は憑き物がとれたように上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは一切の光がない喰らい暗い漆黒の世界。その身を守るかのように闇に閉じこもる少女。

 

その目映るのは心に刻まれた苦痛の軌跡。記憶。

その耳に聞こえるのは悲鳴。そして罵倒。

 

 

――――――ああ、まただ。

 

 

そこは日常に戻るためにリハビリを続けた病院。

聞こえる。ヒソヒソと自分を罵倒する声が。

 

 

『どうしてうちの子が死んであなたは生きているのよ!!』

 

『なあ・・・たしかあの子か?』

 

『ああ、間違いない。まったく人殺しなんてしておいて近頃の若い子は物騒で怖いのう。』

 

『孫や娘にも気を付けるように言っておかないとな。』

 

―――――なんで・・・なんでそんな目で私を見るの?

 

 

そこは生まれて育った居場所。我が家。

張られる。人々の心もとない非難の声が。

汚される壁。石を投げられ、家に鳴り響くガラスが割れる音。

 

 

『金ドロボウ』

 

『人殺し』

 

『クズ』

 

『自分だけ助かった最低の女』

 

『ぎゃはは!!いい音だなガラスが割れる音は!!』

 

『おい!!聞いてるか!!人殺しのクズ女!!』

 

『お前に居場所なんてないんだよ!!』

 

――――――なんでそんなことを言われないといけないの?なんでそんなことをするの?

 

 

そこはかつて通っていたなじみのある学び舎。

出迎えてくれたのは心配の声ではなく、罵倒。

 

 

『うわ、きたよ自分だけ助かった人殺しが。』

 

『ねえ、なんでのうのうと生きているのかしらね。』

 

『なあ、ひどいやつだよな。』

 

―――――ちがう・・・・私は人を殺していない。やっていない!!

 

 

そこは光が照らされない場所。

裏切られた。過去に助けを求めていた少女に。

 

 

『あんたみたいな人殺しになるわけないじゃん!?馬鹿じゃないの!!』

 

『あんたなんかと一緒にいたから私までひどい目にあったじゃない!!』

 

『私に関わらないで。この人殺し!!』

 

―――――どうしてなの?どうしてみんな離れていくの・・・?なんで関係のない人まで不幸になるの?

 

 

そこは紅く燃え盛る家。モクモクと天を上る煙。

ただ見つめていた。その虚ろな瞳で。

そして聞こえた。非常な声が。

 

 

『ここってあいつの家だよな?』

 

『ああ、そうらしい。焼死体が見つかったらしいぞ。さっき運ばれているのを見た。』

 

『まじかよ。あの女か?』

 

『いや違う。身長が大人だった。』

 

『ち、死んでないのかよ。あの女。なんでのうのうと生きているんだ。』

 

『まったくだな。あいつがいるから周りが不幸になるということをいい加減理解してさっさと死ねばいいのに。』

 

―――――私が悪いの?私のせいでみんな不幸になるの?

 

 

新たな居場所となった孤児園。

もう二度とその地獄に行くことはなかった。もう自分とともにいる人はいない。居場所もない。

そのことに悲しみ沈んでしまった。しかし沈んでしまった心に責め続けられる罵倒の声。

 

 

『ああ、人殺しだ。』

 

『近寄らないほうがいいぞ。あいつ人殺したらしいから。』

 

『え?本当に?』

 

『ああ、あのツヴァイウィングの事件で殺ったらしい。』

 

『そんな風には見えないけど・・・・。人は見かけによらないのね。』

 

『やめましょうよ。あの子をうちで預けるの。いつここの子供たちが襲われるかわからないわ。』

 

―――――私の・・・居場所はないの?もうどこにも・・・ないの?

 

 

暗闇の街中。この世のすべてが死を望んでいるかのようなそんな世界でただ走った。

走って走って走って、彼女のことを知る人がいない所へ逃げ出そうとした。

しかし、逃げる場所はどこにもなかった。

 

 

『次のニュースです。ツヴァイウィングの惨劇のことで――』

 

『解説!あの日、あの場で何があったのか!』

 

『殺された人!仕方なかったのか?』

 

『殺された遺族たちは今どうしているのか――』

 

 

―――――私は・・・生きてはいけない存在なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――・・・・死んだ方がいいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――っ!!はぁ!!はぁっ!!」

 

 

いつも見る悪夢によって目覚める。荒く過呼吸する。少しづつ落着き、冷静になる。

 

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・。また・・・あの夢・・・。」

 

 

眠るといつも見てしまう。光のない暗い暗い世界で、永遠と今までの苦しみを味わう、そんな拷問のような悪夢。誰もおらず、冷たく悲しい一人ぼっちの世界。逃げ回ってからずっとその悪夢を見るようになった。

 

 

「・・・・・。」

 

 

その悪夢を見るたびに本当ここまで生きていくのによう頑張ったと最近よく思う。ずっと一人で、他人の力を借りずにここまで来たのだから。助けてほしいと思った。救い出してほしいと思った。だがそれは淡い願いで、決して叶うことはない。あの惨劇で生き残った者に希望などないのだから。周りの人たちは否定し続けるから。

 

 

(誰かなんていらない。どうせ独りになるなら、最初から独りでいい・・・・・・・・・ううん、独りがいい。)

 

 

最初はどこか彼の好意に甘えていたが悪夢を見て思い出す。

 

孤独こそが唯一信じられることだと。

 

 

きっと助けてくれた月華も自分のことを聞いたら罵倒するのだろう。このまま黙っていたとしてもいずればれる。今までもそうだったから。

 

自分は不幸を周りに与える厄災の女だから。皮肉なことに自分がかつていたところは今までにないくらいいい環境になっているらしい。そのことを知ってわかった。

 

自分はいわば台風。自分を中心に不幸を集めて運ぶ。そしてそこを通ったところは、きれいさっぱりなくなる。台風一過、まさにそれだ。

 

 

(・・・・・決めた。)

 

 

今日でこの家を出て行こう。

 

今のままが続くとは思えない。何かしらのきっかけで知られる可能性がある。罵倒どころか、もしかしたら最悪殺されるかもしれない。すっかり休んだおかげで気分も良くなり、身体も昨日とは段違いに軽い。

だが助けてはくれたのだ。一応お礼だけは言っておこう。他の人よりやさしい人ではあるので、もしかしたらその時にしばらくの食料を強請ることができるかもしれない。

 

 

「・・・・ん・・・・・よ、と・・・・」

 

 

ゆっくりとベッドを降りる。軽く柔軟をし、深呼吸。身体を目覚めさせる。

 

部屋のドアを開けるとあることに気づく。それは昨日食べた晩御飯がないということ。彼が片づけただろうか?もう起きているのだろうか。だとしたらちょうどいい。階段を降りる。

 

 

(・・・・・・何時ごろにこの家を出ようか・・・?)

 

 

そんなことを考えていると、1階から金属と金属がぶつかる小さな音が鳴った。

 

 

「・・・・・何の音・・・?」

 

 

階段を降りる。すると今度は懐かしい香りが響の鼻を刺す。

 

 

(この匂い。昔どこかで・・・・。)

 

 

思い出す。その匂いをカギに。そして思い出した。その匂いは線香の匂いだ。実家にいた頃、何度も嗅いだことがある。物心つく前から祖父は死んでいて、何度も嗅いだ懐かしく独特の古風のある匂い。

 

匂いがする方向へ向かう。その部屋はまだ響が言ったことのない部屋。襖はあいていた。

 

 

「・・・・え?」

 

 

その部屋は六畳の部屋。他の部屋とは明らかに違う空間。昭和時代で使っていたような古いタンスやテーブル。そして仏壇。その仏壇の前で、月華は姿勢正しく合唱をしていた。

 

仏壇のすぐそばに、3枚の遺影が飾られていた。

 

 

―――――厳格で厳つい顔をした男。

 

―――――やさしく温かい眼差しの女性。

 

―――――太陽のように明るい満面の笑顔をする少女。

 

 

ただ響はこの光景に目を見開き、唖然としていた。

 

 

(もしかして彼は――――――)

 

「・・・・うん?ああおはよう、響ちゃん。よく眠れた?」

 

 

彼の言葉にハッとして、月華を見る。

 

 

「・・・・う、うん。」

 

「はは・・・。流石に反応に困るよね。・・・そうだよ・・・・君の思う通りさ。ボクの家族は・・・・みんな死んでいる。」

 

「っ!?」

 

「この家には・・・・・ボクしかいない。ノイズがらみでね・・・、みんないなくなったんだ。」

 

 

悲しむこともなく、ただ黄昏るかのように笑みを見せ、淡々と語る月華。その様子に響は戸惑うしかなかった。そんな響に構うことなく月華は立ち上がり紡ぐ。

 

 

「よい・・・しょっと。じゃあ、朝ご飯にしようか・・・。」

 

 

何事もなかったかのように月華は部屋を後にする。響はその背中をただ見ているだけだった。

 

 

 

 

 




感想や評価もお待ちしております。


ではまた次の機会に


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火種

Q.なぜこんなに遅かったのか?

A.構成を練っていた。思いつきの小説だからね、しかたないね。あと旅行に行ってた。



お気に入りが264となりました。ありがとうございます。

それではどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

『はい!!これが今話題の――――――』

 

 

リビングのフカフカのソファに座り置いてあったクッションを抱きしめながら響はテレビを見る。今見ているのはニュース番組の動物特集。テレビ画面にはかわいらしい子犬達が無邪気に遊んでいる姿が映っている。このニュース番組は見覚えがあるから、きっと過去に見たことがあるのだろう。一年以上まともにテレビを見ていないのでおそらく自分が途方に暮れる前のことのはず。

 

だが響にはテレビのことなど頭に入らなかった。その瞳には子犬たちは映っていない。

 

頭に入ってくるのは台所から聞こえる料理をしている物音。今料理をしているのは、自分を拾い、この家にいさせてもらっている家主の川島月華。視線が台所の方へと向く。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

いままで響は自分が生きていくことで精一杯だった。他に気を回す余裕がなく、誰かが傷ついても関わることはなかった。

 

だがここで短い間であったが月華に助けられ、いろいろと世話になったことにより少しばかり心に余裕ができた。その表れか本来なら自分には関係ないと割り切っていたであろうはずだが、今回は月華のことについて考えだした。

 

ニュース番組の動物特集なんかよりも、どうしても彼のことが気になってしまう。もちろん異性的な意味ではない。そんな風に思ってしまった切っ掛けは先ほどのこと。

 

 

―――――ボクの家族は・・・・みんな死んでいる。

 

―――――この家には・・・・・ボクしかいない。

 

―――――ノイズ絡みでね・・・、みんないなくなったんだ。

 

(・・・・・・・。)

 

 

誰もいない。一人ぼっち。ノイズ。

 

その言葉が脳裏をグルグルと駆け巡る。あの顔があの声のトーンがどうしても脳裏を離れない。そしてなぜか自分の胸に容赦なく突き刺さる。

 

その感じがどうしようもなく怖くて、悲しくて、辛くて、苦しくて。どうしても彼を見るとまるで・・・・自分のことのように思えてしまう。もうそのことで頭がいっぱいで"今日この家を出て行く"ということを伝え、助けてくれたお礼を言うということは完全に忘れてしまった。

 

すべてを失い、一人になった。自分と同じ境遇の人。

 

 

「・・・・もしかして、あの人も・・・私と同じなのかな。」

 

 

そんなことを静かに零していると、動物特集が終わり別の特集に変わる。その番組は響にとっての人生の分岐点となったあの惨劇のことであった。

 

 

『それでは次の特集です。―――――

 

 

 

 

―――――徹底解説!!ツヴァイウィングの惨劇!!あれからどうなったのか!?』

 

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

その特集になった瞬間、思わず目が丸くなり、テレビを見る。血の気が引く。顔が真っ青になる。かなりの発汗をしており、身体が震え、見えない恐怖に怯える。

そんな状態になっても止まらず、番組は進む。

 

 

『さて、国民の皆さんには忘れられない出来事となった一年前のノイズ災害の"ツヴァイウィング事件"についての特集です。』

 

「っ!!」

 

 

"ツヴァイウィング事件"。その言葉に思わずビクッと体が反応し、顔が歪む。

テレビの中の司会者は続けて言う。

 

 

『まずはおさらいをしましょう。こちらの映像をどうぞ。』

 

 

映像が流れ始める。響の瞳にそれが映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――その映像はとある会場の公演中のライブ。

 

 

『みんなーーーーー!!まだまだいくぞーーーーーー!!』

 

 

『"ツヴァイウィング事件"とは"天羽奏"と"風鳴翼"によるツインボーカルユニットであるツヴァイウィングの公演中に認定特異災害ノイズが大量発生した事件です。もう知らない人の方が珍しいでしょう。』

 

テレビに映るのは明るくそして楽しそうに歌う二人の少女。

 

 

―――――長い赤髪で姉貴肌のある右側の腰回りに翼のついた衣装を着ている少女。"天羽奏"

 

―――――長い青髪で淑女という言葉が似合う左側の腰回りに翼のついた衣装を着ている少女。"風鳴翼"

 

 

『ファンにとっては至福の時間であった公演ライブ。しかしそこは一気に地獄絵図と変わりました。』

 

 

次に映り出される光景は言葉通りの地獄絵図。その景色は響自身も脳裏に焼き付いている。忘れるはずがない。忘れることができない。

 

 

―――――ライブ会場のところどころに燃え盛る紅蓮の炎。

 

―――――天へと昇る硝煙。

 

―――――天から雨のように降り注ぐ人類の天敵。

 

 

『ライブの開演中に突如として特異認定災害である"ノイズ"の襲撃が起きたのです。』

 

次に映し出されるのはノイズがその場にいた人々に襲われているところ。流石に人権を守るためか、映像はモザイクで、声は加工されている。

 

 

―――――ノイズによって襲われ、多くの人とともに煤と変わる。

 

―――――その光景は煤が桜のように舞う。

 

―――――響き渡る悲鳴。その数も少しずつ減っていく。

 

 

『ライブ会場は地獄と化しましたが、地獄になったのはそこだけではありません。』

 

映像が切り替わる。それは日本に住む人々の多くの運命が変わってしまったであろうターニングポイント。映像は変わらず加工されている。

 

 

『邪魔だ!!どけ!!』

 

『いたいよぅ~!!』

 

『早くしろ!?ノイズに襲われて死んじまうだろうが!!』

 

『誰か助けて!!うちの子が!!』

 

 

そこはライブ会場の避難路。混乱と逃走によって非常に込み合っている。そして番組のキーポイントが起こった。『ノイズ』の姿を認めた人々は我先にと逃げ去ろうとした。しかし会場の通路や入り口には限りがある。それでも押し通らんとする人達の意志が衝突した時、醜い争いが起こる。

 

 

―――――モザイク越しであるが暴行を加える者。

 

―――――突き飛ばされる者。

 

―――――小さな子供をノイズの盾にして自分だけ助かろうとする者。

 

―――――逃走中の将棋倒しになりつぶれている者。

 

―――――命を繋ぐために他を犠牲にする人間の在り方がここにあった。

 

 

『ご覧のようにライブ会場の避難路で自分が助かりたいがために暴行を加えたり、自分が助かりたいがために他人を盾にする者もいたようです。』

 

 

ナレーションはその惨劇についての明らかになっている情報を告げる。

 

 

『その場には、観客、関係者あわせて"10万"を超える人間が居合わせており、 死者、行方不明者の総数が、"12874人"にのぼる大惨事となりました。

そのうちノイズによる死者は"全体の1/3程度"であり、 残りは逃走中の将棋倒しによる圧死や、 避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死であるということです。』

 

 

ノイズの恐ろしさはその数字が語っている。行方不明者もおそらくノイズに襲われた数のであろう。炭化分解された元は人間だった煤を識別することは現代の科学力では不可能なことだ。だからこその数字は大雑把なの知れない。メディアにとってはノイズの被害は今回はどうでもいいのだから。

 

世間にとって重要な問題なのは残り2/3の死因だ。

 

逃走中の将棋倒しによる圧死や暴行による傷害致死、そしてノイズの攻撃から助かるために他者を肉壁にし、何としてでも生き残らんとする。我先に生き残ろうと一考し、多くのものが己の本心に従った結果だ。

 

命を繋ぐために他を犠牲にする人間の在り方がその数字に込められていた。

 

世間にとっての重要なことがこれであった。なぜこれが重要であるかというと、ノイズ災害と人災の発生率だ。ノイズ災害の発生率は極めて低い。どのぐらい低いかというと通り魔事件に会うよりも低いという。だが人災は違う。毎日のように、世界中に起きている。傷害事件に強盗事件。いじめや差別に詐欺など。人間の醜さを世間はよく知っている。だからこそノイズよりも注目されていた。

 

そしてこれが新たな火種を招いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、おさらいとして映像を見ましたがやっぱりいつ見ても心を痛まれますね。』

 

『そうですね。政府の報告ではいままで前代未聞の被害と報告していました。』

 

『ファンとしてうれしいことはツヴァイウィングのお二人が生きていたということですね。』

 

 

おさらいであるツヴァイウィングの惨劇の映像が終わった。拷問のような時間がようやく終わった。その時間は響にとって余りにも辛すぎて、もう後半は顔はクッションに埋めていた。クッションが湿っているのがよくわかる。よくその映像があったなと映像公開をよく認めたなというのが正直な感想だ。こういうのは政府の報道規制対象に入りそうだが。

 

 

「ぐ・・・・・ぅう・・。」

 

 

小さな泣き声をこぼしながらテレビを睨みつける。台所にいる月華に悟られないように声は何とか抑えている。心の傷は響自身が思っていたよりも深く残っており、傷口がどんどんえぐられていた。

 

当時、響自身もそのライブ会場にいた。

 

当然ノイズの被害に受けた。

 

ただ、他の人と少し違う体験をした。他の人はノイズの姿を認めた瞬間我先にと逃げ去ろうとした。しかし響はある光景に見惚れていてずっとその場で立ち呆けていた。

 

その光景は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。天羽奏は鎧を纏い、身の丈ほどもある巨大な槍を持って佇んでいた。それに対して風鳴翼は同じような鎧を纏って帯刀している。

 

その姿を認めた『ノイズ』は二人に襲い掛かるが、手にした武器を振るい、『ノイズ』を次々に切り捨てていく。本来なら2人が炭化分解されるはずだった。だが炭化分解されたのはノイズのほうだった。どうやらあの鎧が炭化分解を防いでいるようだ。

 

その異様な光景に響は見惚れていた。

 

 

―――――おい、なにやっているんだ!!早く逃げろ!!

 

 

奏がそう叱咤する声を上げてようやくはっ!!と我に戻り逃げ始めた。だが、ノイズの襲撃によって観客席の床にヒビが生えてもろくなっており、逃げている途中で床が崩れ落ちる。

 

ノイズが自分の存在を認識し、一斉に襲い掛かるが、天羽奏がその猛攻を防いでいた。

 

 

(そして私は・・・・・。)

 

 

彼女が纏っていた武器の欠片が自分の胸に突き刺さった。目の前に広がる紅い液体。それを自覚した時には激痛が走り出した。だが不思議と痛がることはなかった。ただ、その時はもうすぐ死んだということしか思わなかった。

 

 

―――――生きることを諦めるな!!

 

 

その自分を呼びかける叱咤する声によってなんとか意識を保ち、死にたくないという気持ちになったが。そのあとはどうなったかよく覚えていない。

ただ、温かかったということは覚えている。

 

確かことはあの時の出来事は嘘じゃないと断定できる。その証拠は響の胸についているフォルテシモのような傷痕だ。

 

病院で目覚めた時、医者から怪我の容体を詳しく聞いた。心臓付近の欠片を摘出したとあの時医者は言っていた。あの時の惨劇を裏づける確かな証拠だ。

 

司会者がさて、といい話を進める。

 

 

『さて、当時の惨劇をおさらいした所で本題に入りましょう。』

 

 

本題。それこそが響にとっての本当の地獄だった。それは――――――

 

 

『その後、遺族の方はどうしていたのか、そしてあの時生き残った被災者は今どうしているのか。』

 

「・・・っ!!」

 

 

それを聞いて、顔を上げる。なぜならそれは今までのニュースとは違う。今まではただ遺族の意見しか取り上げられなかったのだ。「なぜ家の子は殺されて人殺したちが生きているの!?」などのことをしばらく聞かされるのかと思っていた。

 

だが今回は違う。

 

今までのニュース番組は生き残った被災者のことなんて語らなかったのに、取り上げたのだ。そんな響の疑問と驚きに構うことなく番組は進む。

 

 

『どうやらあの惨劇で生き残った被災者たちにもその後大きな悲劇が起きているようです。政府から新たな情報が開示されました。それは学校や職場などで極めて悪質ないじめや差別、嫌がらせを受けているそうです。我々はそのことについて調査しました。』

 

 

政府からの情報開示。ということはいままであの惨劇の後に生まれた地獄の日々は政府が意図的に規制していたということになる。

 

マスコミが調査した詳しい情報がテレビを通じて全貌が述べられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1年前のツヴァイウィングの惨劇から数日後、マスコミなどで生き残るために生存者たちが多くの人を殺したこと知った世間は強く非難し、さらには迫害を受けました。』

 

 

―――――家の窓に石を投げられた。

 

―――――生存者という理由でクビにされた。

 

―――――集団暴行を受けて、骨折し入院した。

 

―――――家族というだけで暴力を受けた。

 

人は何かのトラブルがあると必ず責任がどうこうという話に発展する。

それはまるで魔女狩り。

 

本来"魔女狩り"とは、悪魔と結託してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な魔女裁判が興った。

 

そして初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。

 

かつて魔女狩りといえば、「12世紀以降キリスト教会の主導によって行われ、数百万人が犠牲になった」というように言われることが多かった。

 

このような見方は1970年代以降の魔女狩りの学術的研究の進展によって修正されており、「近世の魔女迫害の主たる原動力は教会や世俗権力ではなく民衆の側にあり、15世紀から18世紀までに全ヨーロッパで推定4万人から6万人が処刑された」と考えられている。

 

そしてその民衆の行動源は"魔女に関する未知による恐怖"である。

 

 

それを今回のことに置き換えるとこうだ。

 

まず、あの惨劇で多くの生存者は生き残るために他人を犠牲にしたあるいは殺した。

 

次に、そのことが民衆に明かされる。人殺しは言わば禁忌でありそれを犯した者は異端者。このご時世、SNSなどが普及しているのだ。それに学校となると噂が一気に広まる。それがたとえ事実でなくとも、誰かが言葉にした瞬間それはフィクションになる。

 

そして、以下に至る。

 

 

―――――1つ目、自分とは違うということ。人は違うということに良くも悪くも人柄を変えやすい。

 

―――――2つ目、それを知った民衆は"次は自分かもしれないという恐怖"に支配される。

 

―――――3つ目、迷い。周りがそうしているからやっておこうという流される系。つまり便乗。悪乗り。

 

 

その無慈悲な迫害は当然響にも向いた。

 

もちろん響は人を殺してなんていない。だが民衆はメディアの情報を信じて迫害を始めた。あの場で人を殺したなんて証拠はないから特定できない。だが逆に殺っていない人がそうだという証拠もない。

 

となるともう民衆はあの惨劇からの生存者だからという理由で問答無用で迫害を受けた。知っている人や友人、さらには知らない人まで。だがそれだけではなかった。

 

 

『―――――そして、生存者は自殺または殺害されました。そしてそのことを知った生存者たちは多くの人々が家出しました。それだけでなく家庭崩壊まで至っている所もあるそうです。被害の数は軽く5万を超えているそうです。』

 

 

それは響も知っていること。現にこうして家出をしているのだから。というより帰る家がないのだが。

 

そして家族も死んだ。それもまったく知らない人によって。

 

あの時を思い出し目元が熱くなる。また涙が溢れそうになる。何も悪いことはしていないというのに。ただ幸せに生きていただけなのに。

 

 

『そして政府の報告では行方不明となっている未成年の数は1000人以上とのこと。政府は発見次第保護する方針を決めました。また学校や会社などでの徹底な指導を行うようにと呼びかけを行っています。』

 

 

今更そんなことをしてなんだというのだ。もう遅いのだ。罪のない多くの人々は自ら命を絶ち、関係のない人たちに迫害を受け、そして殺される。ただその人を味方にしているからという理由で襲われたり、家族という理由で傷つけられる。

 

学校で散々苦しんだ。最初は味方になっていくれた友人も被害にあって自分から離れた。

 

学校以外でも苦しんだ。家族はそんな私を励ましてくれた。味方だからと言ってくれた。だけど家族という理由だから少しづつ崩れ始めて最後は消えてなくなった。

 

だからこそ許せなかった。悔しかった。全部失った。響だけでなく色んな人が。憎んだはずだ。恨んでいるはずだ。

 

 

―――――それなのに、だというのに。

 

 

『まったくひどいですね。元々いじめや差別などは前々から社会的問題となっていましたが、どうしてここまでできるのか。その活力をもっと別のことに生かせばいいであろうに。』

 

 

なぜ政府もこのニュースキャスターもまるで他人事のようにことを進めるのか。火種をまいた元凶であるくせになぜ自分には関係ないような顔をしているのか。

 

その姿を見ると胸の奥底からドス黒い衝動が込みあがってきた。親の仇のように睨み付け、怒りで手がプルプルと震える。

 

 

(―――――ふざけるなっ!!!)

 

 

 

 

暴力を振るわれた者もいれば、迫害によって心に傷が付き、まともな生活ができないものもいる。家を燃やされたものがいれば、家族を失ったものもいる。苦しくてつらくて、そこから逃げだしたいから、周りの人に迷惑をかけたくないから、自殺をした者もいれば、逃げ出した者もいる。

 

 

 

―――――こんなに人生を翻弄されたというのに、めちゃくちゃに荒らされたというのに、なぜこいつらは未だににのうのうと生きているっ!!!

 

―――――なぜ間接的に人を殺したくせに反省もせずにただ毎日を過ごしているっ!!!

 

―――――お前たちが悪意のある報道をしたんだろうが!!私が失ったのも全部お前たちのせいだ!!

 

 

 

胸の傷痕が疼く。

 

 

 

―――――なぜ平気なカオヲシテイルッ!!!

 

 

 

傷痕からどす黒い衝動が響の心を身体を支配する。

 

 

 

――――――ユルサナイ・・・・・。ゼッタイニ・・・・・。

 

 

 

虚ろに濁っていた響の瞳は野獣のごとく赤く鋭い眼光と変わり――――――

 

 

「響ちゃん~~ご飯できたよ~~。」

 

「っ!!!」

 

 

その声ではっと我に返る。身も心も支配していたどす黒い感情が胸の奥底に逃げるように失せる。落ち着いた。興奮していたのであろう、身体は熱を帯びており、少し汗もかいている。数秒前の自分を悟られないように急いでチャンネルを変える。

 

台所からエプロン姿で月華がやってくる。相変わらず男に見えないという感想は浮かばない。響の状態を見て不安そうな顔で月華は響に容態を聞く。

 

 

「大丈夫?もしかしてどこか具合いが悪いの?」

 

「・・・・・・いい。大丈夫・・・・だから・・・。」

 

 

響は立ち上がり、少しフラフラしながら食欲がそそる場所へ向かう。

 

 

(許さない・・・絶対に・・・っ!!)

 

 

ふしふしと憎悪の炎が燃え盛る。それを完全に鎮火する手段はない。しかし、どうすることもできない。そんな力は自分にはない。どうしようもない。

 

 

それが悔しくて悔しくて――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――死にきれない。されど生ききれない。

 

 

 

 

 

 

 




感想や評価お待ちしております。
ではまた次の機会に


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彼と私

最初はオレンジ色だった評価が少し経ったら黄色に下がったことに少しショックを受けましたが、
投稿するたびに、お気に入りが100以上増えていることには大変うれしく思います。豆腐メンタルである私の精神が復活した。

やっぱりタイトル詐欺っぽいのかなぁ。変えるべきかな?
まああと少ししたらタイトル回収する予定なんだけれどね。


またランキングにも乗るようになりました。
たくさんの評価、お気に入り登録ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、今日の献立てはうどんだよ。」

 

「・・・・・・またうどん・・・・・・?」

 

「うん、響ちゃんの体調を考慮してのうどん。顔色もだいぶ良くなってきたけど一応ね。」

 

 

今日の献立ては昨日の夕飯と同じうどん。

 

昨日は響は素うどんであったが、うどんのつゆに白い白濁液が浮いている。それはとろろ芋。つまるところは"とろろうどん"だ。

 

昨日はネギしか入っていない素うどんだった。さすがにまた素うどんだと飽きるので昨日スーパーで買ったとろろ芋で作った。昨日はとろろ芋で別の料理を作ろうかと思っていた。うどんの麺は病人に優しい消化のいいタイプを使っている。

 

肉うどんや天ぷらうどんというともあったが油と食べやすさを考慮してとろろうどんを選んだ。それに対して月華は朝から天ぷらうどんである。隣にある白ごはんはかなりの量でどうやら小さい見た目によらず大食いのようだ。

 

席に着き姿勢を正し、合掌。

 

 

「いただきます。」

 

「・・・いただきます。」

 

 

静寂だった空間にずずずと麺をすする音がBGMとなって辺りに響く。一方では

湧き出てしまったイライラを食欲にぶつけるかのようにがつがつという表現がぴったりな勢いで口にする。

 

 

「どう?美味しいかい?」

 

「・・・・・・うん。」

 

「食べやすいように作ったんだけど・・・・・・食べやすいかな?」

 

「・・・・・・うん。」

 

「そう、ならよかった。」

 

 

頬を少し赤くし、恥ずかしながらも零すようにそう呟く。少しではあるがイラつきは収まった。

 

どうやら味は好評の様子。響の体調のことを気遣って食べやすくしたのも満足の様子だ。シャリっと海老の天ぷらを食べる音が鳴る。天ぷら粉を水で溶くなり手間かかるし、油ではねて飛び散ったりするし、後片付けもめんどくさいのだが頑張って作ったかいがあったと、口に広がる美味がそう決定づけている。

 

 

そんなことを思っていると正面から視線を感じる。

 

 

「・・・・・・ん?どうかした?」

 

「・・・・・・朝から天ぷら食べてる。」

 

「うん。まあ天ぷら初挑戦しようかなって思って。食べる?」

 

「・・・・・・もらう。」

 

 

まだ口をつけていないほうの海老の天ぷらを箸で取り、食べる響。彼女の口からシャリシャリといい音が奏でる。一口で食べたため、口の中にほおばっており、見た目がリスみたいになっている。そして零すように呟く。

 

 

「・・・・・ぃしい。」

 

「そう、ありがとう。」

 

「っ!!」

 

「別に聞かれたからって恥ずかしがることないであろうに。」

 

 

"おいしい"という感想を聞かれ少し赤くしプイッと顔を逸らす。そのしぐさにちょっとかわいいなと月華を思いクスっと微笑む。ただ一緒に食事をしているだけのこの時間。

 

 

何故かこの時間が不思議と"楽しい"と思う様になっていた。

 

 

久しぶりだ。この幸福感。長いこと一人の時間が多かったのだ。それからは勉学以外も家事も買い出しもすべて自分でやっていた。当時覚えていることはただ生きているということ。何も感じていなかった。家族が亡くなってから悲しみのあまりごはんがのどを通らなかったことが何度もあった。

 

頃はいつも通りの風景がどこか暗く見えた。暖かい季節であることは覚えている。それなのにどこか少し寒く感じる。寝るときに体を丸めて自分の体を抱いてみるけど少しも温かくない。

 

子供であった頃の自分に家族の死を吹っ切れというのが難しい話だ。それでも今こうして生きているのは仲のいい近所の人やあの人たちのおかげなのだろう。

 

 

(そんな日が、この子にも訪れますように・・・。)

 

 

目の前の少女は過去の自分。彼女がどうすれば笑ってくれるかはわからない。けどとりあえずは、周りにされたことをする。きっとそうすることで活路が見えてくるだろう。

 

 

「・・・おかわり。」

 

「うんちょっと待ってね。・・・はい、お待ちどうさま。」

 

「・・・・・・がと・・。」

 

 

耳を覚ませば聞こえる程度の呟きだが、些細なことにお礼を言うあたり根はいい子なのだろう。それだけでなく、ほかにもどこか自分に似ている部分があると月華は感じた。

 

十分に茹でたうどん麺を笊に移し、響のドンブリに移す。麺が入ったのを確認すると箸で軽くとかし朝食を再開した。その光景を見て本当においしそうに食べるなぁと月華は思った。こちらもちょうどおかわりがしたかったのでもう一つの笊を自分のドンブリに移し月華も朝食を再開する。

 

 

「・・・・・・ねぇ。」

 

「うん?茹でが足りなかった?」

 

「いや・・・うどんのことじゃなくて・・・どうしてなにも聞かないんですか?・・・・・・なんであそこで・・・・・・路地裏で倒れていたとか・・・・・・私の身の上のこととか・・・・・・。」

 

 

出会って家にいさせてもらってから何も聞いてこなかった。何があったのかとか普通なら聞くはずだ。気を失っている間に着替えさせたということは身体中の傷を見たということ。尚の事、彼は疑問に思っているだろう。しかし月華は一切そういう事を訊いてこないし、訊いてこようともしない。

 

その問いに対して月華は不思議そうな顔で少し顔を傾げる。

 

 

「聞いてほしいの?」

 

「え?・・・・・・あ・・・その・・・。」

 

「あんまり聞いてほしくないんでしょ?まあ、つらい過去があることはだいたい予想がつくよ。あんな顔を見ていればさすがにね。どんなにつらいことなのかは知らないけどね。でも、その過去を・・・・・・あんまり言いたくないんだろう?言いたくなかったら言わなくてもいいもんだよ、何も無理をして話そうとするもんじゃない。話したくなったら話せばいいよ。」

 

 

月華は続けて紡ぐ。

 

 

「確かに君はあの日の夜、あの路地裏に倒れていたよ。だけど、どうして路時裏に倒れていたなんて私には分からないし、どうしてそんなにやつれているのかのもどうしたんだろうとは気になったりはするけれど、それがどうしても言えない事や辛くて言いづらいことなら無理に訊こうとは思わないね。年を重ねると誰しもが人には言えないような秘密の一つや二つ、少なからず出てくるもんさ、あなたから言おうとしない限りは私は別に構わないんだよ?時には流すことを覚えることも大事さ。」

 

 

月華はむやみにそのことを聞いては最悪、心の傷口を抉ってしまうだろうと思ったから響の方が動くまで踏み出すことを躊躇った。そのことを理解し、次の疑問を問う。

 

 

「・・・・・・そう言えばどうして救急車を呼んだりしなかったのですか?」

 

「・・・まあ、本当は呼ぼうとは思っていたんだけど、何となく、本当に何となくだけど私の家に寝かせて置いた方がいいんじゃないかって直感でそう思ったんだよね。あんなにゲッソリしていると多分だけど家の事とかでなにかあったのかなって思ってさ。」

 

まあ実際は、その日の昨日に海外の推理ドラマを見て似たようなシーンがあったのでとりあえずこうしたほうがいいだろうと思っただけである。

 

 

「ただ応急処置は済ませたとは言ってもね、もし明日になっても目を覚まさなかったらさすがに呼ぼうとは思ったけどね。」

 

 

本当に思いやりのある人だ。服まで貸してくれて休ませてくれて。だからこそ疑問に思う。

考えてみればそこまでする義理も義務も、ましては責任すらも彼には無いはず。そこまで優しくする理由が分からない。

 

 

「・・・・・・どうしてそこまでしてくれるの・・・?」

 

 

浮浪者のような生活が始まってから、ここまでしてくれるのは彼が初めてだ。だれも無慈悲なことばかり言うだけで同情はしてくれても助けることは決してしなかった。どこか見えない壁を作っているようし、とりあえずこうしておけば自分は周りとは違うだろうと自己解釈した人々。その人達と彼の違いはなんなのだろうか。

 

 

「怪我人を見捨てられるほどの性分は持ち合わせてなくてね、差し伸ばすことが出来る手があるならなるべく伸ばすようにはしているのさ。困ったときはお互いさま、って言葉もある訳だしね。」

 

「お互い・・・・・・に・・・・・・?」

 

「そうだよ。困っている側は助かるし、助けた側は良い気分になる。また自分が困っているときはもしかしたら助けた相手が助けてくれるかもしれない、そういう言葉さ。」

 

 

困っている人を助けること。

 

 

それはかつて、自分の信条として、己の正義として私の中に立っていたもの。しかし今の響にとってはとてもデリケートな問題で、答えの出せない迷宮の中でずっと彷徨っている。彼の言っていることは確かに正しいのかもしれない、前までの私だってそう思ってきた。

 

 

困った時はお互いさま。

 

 

だけどそれを、それで良いんだと、鵜呑みにして信じることもできなくなったことも事実だ。現に響は窮地に遭ったときにさらに追い込まれる状態にあったから。手のひら返し。それを身を持って受けていた。

 

 

―――――本当にそうなのか?

 

―――――それで本当に正しいのか?

 

―――――その恩を仇で返されたらどうするのか?

 

 

あの惨劇とその後の人間の醜さや愚かさ、暗黒面を色々と酷く見た所為か、疑惑の目を向けざるを得ない現状に、それを解消できないことがすごくもどかしい。

 

自分の心情をもとに助けたクラスメイトは最初こそは助けてくれたのに裏切られた。世間という波に飲まれ、手のひらを返すように罵倒した。そしてその人助けすらも否定され続けた。偽善だとか点数稼ぎだとか言われ続けた。

 

頭の中で紆余曲折しているが結局答えが見つからない。

 

そしてだがその一考を止めるような一言を月華はつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、あの時と同じだしね・・・・・・。」

 

 

―――――・・・・・・え?

 

そう静かにぽつりとつぶやいた声を響は聞き逃さなかった。

月華は悲しそうに微笑んでいる。表情から察するに月華にとって話すことがつらいことなのだろう。

 

 

―――――あの時と同じ。もしかして過去に同じようなことがあった?

 

 

新しい疑問がグルグルと脳裏を動き回り続ける。考えているうちに月華は朝食を終えたようだ。

 

 

「ご馳走様。響ちゃん、悪いけど今日は図書館に本を返しに行かないといけないから家から離れるけどお留守番任せてもいい?」

 

「・・・・・・え?・・・・・・・あ・・・・・・うん。」

 

「まあもし出かけるのなら、予備のカギかもう一つあるからちゃんと戸締りしていってね。」

 

 

時計を見る。時刻は10時を過ぎていた。どうやらだいぶ話し込んでいたようだ。うどんもすっかり熱が冷めている。月華はどんぶりとコップを台所に持っていき洗い始める。蛇口から流れる流水をBGMに月華は語る。

 

 

「まあ、過去に辛いことがあるのは分かったけど、別に今ムリして解決しようとしなくていいさ。ゆっくりでいい。ゆっくり向き合えばいいと思うよ。」

 

「・・・・・・うん。・・・・・・がと。」

 

「うん。どういたしまして。」

 

 

響も食べ終え、ドンブリとコップを台所に持っていく。そして泡だらけの食器に流水で濯ぐ。何もしないというのはどこかもどかしいので響も手伝うことにした。

 

 

「ああ、ありがとう。」

 

 

すべての食器を洗い終え、乾燥機に入れて皿洗いが終了する。さてと、と月華が紡ぐ。

 

 

「響ちゃんはしっかり休むんだよ?まだ病み上がりだしね。栄養剤とか買ってきたからそれを飲んでおいてね。」

 

 

とりあえず心配なので栄養剤も買ってきておいたのでそれを飲むように言っておく。病み上がりが一番怖いのだ。

 

月華は着替えてリュックを背負って家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月華が家を出た後、響は部屋に戻り、ベッドに横になって休んでいた。今朝のことを考える。内容は自分の心の傷についてではなく、彼。川島月華のことについて。

 

あの言葉の真相について響は考えていた。

 

 

(・・・・・・なにがあったんだろう。)

 

 

彼の一瞬見せたあの悲しい笑顔。そしてあの眼。あれは見たことがある。今机に置いてある鏡に映る自分そっくりだ。何かに絶望し黒く濁ってしまった虚ろの瞳。過去に自分と同じぐらいの地獄を見なければあんな顔はしないはずだ。考える。彼について。どんな悲劇があったのか。すぐに思いつくことはやはりあの惨劇。

 

 

(・・・・・・ツヴァイウィングの惨劇にあった?)

 

 

もしそうだとしたら変だ。自分はあの惨劇を生き残ったから今の自分がいる。家にもと結構な被害があった。それなのにそんなことは起きていないようだ。家の壁にあの無慈悲な張り紙は張られていないし、窓ガラスも割れていない。そして彼自身そんなことを受けた様子がない。

 

さっき自分たちの境遇の特集が報道されたばかりだ。この可能性を即座に否定する。

 

 

(じゃあ家族が殺されたから事態が収まった?)

 

 

それもおかしい。なぜなら彼はノイズがらみで死んだと言っていたのだ。それは少し違うだろう。

まあ世間が家族が死んだからということで収まるとは思わない。

 

そもそも受けていたけど誰も知らないところに引っ越しという可能性もあるが。

聞けば分かるだろうが、他人の過去は正直聞きずらい。彼も響の過去は気になるけれど、つらいだろうから言いたい時に言えばいいし、無理をして言わなくてもいいと言っていたし。

 

 

(・・・・・・散歩でもしようかな・・・・・・。)

 

 

気分転換でもしようか。ちょうどお昼過ぎだし、彼はカギどころか変装用のグラサンや髪留め、着替えを置いて行ってくれた。ご丁寧にフードパーカーだ。髪はフード-パーカーを深くかぶれば問題ないだろう。少し怪しまれるだろうがほんの散歩程度だ。少しぐらいなら問題ないだろう。

 

まだ起きて1時間程度しか経っていないというのに、このごちゃごちゃした感情を忘れたかった。

 

とにかく消し去りたかった。

 

 

 




感想・誤字報告・評価はお待ちしております。


それでは次の機会に。


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望む物

日間ランキング最大14位
原作別日間ランキング 10日と11日連続一位
原作別週刊ランキング 1位
評価バー 黄色→赤
お気に入り数 630以上


いったい何が起きたの?
投稿する前はたしか評価バーはカレーのシミだったはずなのに、なんで血がついてるん?


思いつきの小説なのにこんなに人気が跳ね上がるとは正直思いもしなかった。
やっぱりみんなグレビッキー大好きなんだね。





 

 

 

 

 

 

 

 

のんびりとゆったりと自転車を扱ぐ。

 

その容姿ははたから見たら少女であろう男の娘が一人で歩道を通っていた。日本が誇る大都市であるはずなのに通路がこんなに人が少ないのはやはり場所が沿岸付近だからであろうか。まあそのおかげでもうすぐ夏休みになる時期でましてや都会なので暑い気候のはずなのに少し涼しいので月華にとってはいろいろと嬉しいところである。それでもセミのBGMのやかましさはどうすることもできないが。

 

月華が自転車で向かっている図書館は都会にしては小さい図書館であるが、そのおかげか人も少ない。またそれなりに品揃えのいい場所である。

 

そこは最近では昭和のアニメや映画などが見れるようになった。一昔古いもの限定ではあるが機会があれば見ようと思う。クラスメイトがやたらとあるカードゲームのキャベツ頭についてよく語るのでその作品があるかどうかは一緒に探してみようと思う。

 

そんなことを考えているうちに目的地に着いた。駐輪場に自転車を止める。

 

 

「ふい~。でもやっぱり、日差しが暑いわ。」

 

 

やはりこれからはできる限りの外出は控えよう。涼しいとはいえ日射病でやられそうだ。

それに彼女、"立花響"のこともある。

 

今朝見ることができた、彼女のほんの一瞬の笑み。

 

いつも見る暗く沈んだ顔とは明らかに違う彼女の別の一面をあの時確かに見た。彼女の経歴についてあえて踏み込まないようにして様子を見ようとしたが、特に変化も感じられなかったので何も変わらないのではないかと沈痛な思いで過ごしていたが、一応月華が望んだ良い方向に物事が進んでいるようだ。

 

 

「・・・・・・このまま良い傾向であるといいんだけどね。」

 

 

何事にも予想外やイレギュラーというものは存在する。人間よりも正確に事をこなすコンピュータですらも95パーセントは確証を持てても、残りの5パーセントは確証を持つことができないらしい。

 

この世に絶対なんてことは滅多に無いのだ。少なくとも普通の人はそう感じているだろう。対象をしっかり知ることでその絶対に近づくことはできるが、たいてい起きる予想外とは対象のものと"別のもの"によって生じるものだ。

 

例えば今回のことでいうならば、響は良い傾向であるが、もしこれが他の人と関わり、トラブルが起きて悪い傾向になるということ。立花響という少女を理解していても、その"他の人"は理解しているどころか知ってもいないので未然に防ぐのはちょっとした偶然が必要だろうから正直難しい。

 

 

「・・・・・・さすがに家でおとなしくしているとは思うけど、・・・・・・なんか不安だなぁ。」

 

 

この考えがフラグにならなければいいが。そんなアニメのようなお約束を思いながら図書館に入館する。

 

冷房によって十分に冷え切った空間にいるのは受付で読書をしている女性と定位置で読書をしている常連の人が少し。メガネをかけた受付の女性が入館した月華に気づき読書を中断する。金髪のロングヘアーが嬉しげに揺れているように見えた。

 

 

「いらっしゃい。月華君。」

 

「こんにちは、モニカさん。前に借りた本を返却に来ました。」

 

 

鞄から出した複数の本を受付のテーブルに置き、図書カードを渡す。モニカは図書カードと借りた本達のバーコードを専用の機械で読み取る。

 

 

「月華君、勉強の調子はどう?」

 

「順調ですよ。モニカさんが薦めてくれた参考書や問題集のおかげでもう3年間の予習内容が終わりました。さすが現役東大合格者は違いますね。」

 

「フフフ、ありがとう。あとは過去問を解き続ければいいわね。この参考書でやったことはほとんど出るから多分スラスラできると思うわ。私もそうだったからね。」

 

「そうなんですか。じゃあ思ったよりのんびりできそうですね。」

 

「そうね。今のペースだと少しぐらいクールダウンしてもいいんじゃないかしら?昨日も徹夜したんでしょう?」

 

「・・・・・・クマひどいですかね?」

 

「ええ、くっきりできているわ。」

 

 

そういえば今日は彼女が食べた昨日の食器を洗った後に2時間程度しか寝ていなかった。やはり徹夜は身嗜みに悪影響をもたらすとモニカの後ろについている鏡を見て改めて実感する。疲れ切ったひどい顔だ。

 

そんなたわいのない会話をしているとモニカは作業を終え、図書カードを月華に返す。

 

 

「はい、終わったわ。これは返却するわね。」

 

「はい、ありがとうございます。しかし・・・・・・やはり疑問ですね。」

 

「うん?なにがかしら?」

 

 

月華の疑問。それはモニカについてのことだ。

 

 

「モニカさんは、東大に主席で合格して入学後も常に成績トップでそのまま卒業したというのに・・・・・・どうして、ここで図書館の受付の道を選んだんですか?」

 

 

東大。日本人なら誰もが知っている大戦時から存在する名門校。その名と偏差値は今も揺るがない。努力すれば世界にだって名を示すことはできるであろうし大手企業に入ることもできるはず。ましてはモニカは理系少女で、入った学部は工学部のシステム創成学科だ。

 

現代社会はITが急速に発展している。モニカが入った学部で常に成績トップをキープし続けていた状態で卒業し、IT系の国家資格をいくつか持っているのだから面接で特にミスがなければ入社は容易のはず。

 

にもかかわらず彼女はこの図書館の司書に正社員として入社した。当然給料は行けるであろうIT業界と比べて低い。

 

その疑問に対し、モニカは微笑み返答した。

 

 

「もちろん私は本が好きだからよ。でもね、最初は月華君の言う通りIT系に行くつもりだった。」

 

「そうなんですか?じゃあなんで?」

 

「それはね・・・最初は自分のことをよく見ていなかったからよ。」

 

「自分を・・・よく見ていなかった?」

 

 

どういうことだろうか。不思議そうな顔をしている月華に言葉を紡ぐ。

 

 

「そう。元々勉強はトップをキープしてたし、好きだったわよ?私から見れば勉強ってゲームみたいな感じだったしね。だからレベルの高い困難な大学の東大に通用するか・・・腕試し・・・といえばいいかな?まあ、両親の期待に答えたかったからっていうのもあるわ。」

 

 

でもね、とモニカは続ける。

 

「その先に目的がなかったの。受かった後どうするかとかそういうことを全然考えてなかったの。システム創世学科を選んだのは仲良かった友達がそこに行くっていうからじゃあ私もそれでって、何も考えずに決めたのよ。就職先もね。そのことに両親も特に文句を言わなかったわ。」

 

「でも、入学したあとにいろいろと知る機会があったのではないですか?」

 

 

大学に進学した人は将来の進路のビジョンをしっかりできているか、とりあえずこれに興味を持ち、その分野を学ぼうとする。そしてその分野に合わなかったら別の道を探すかそのまま進むか悩む。

 

例え勉強がゲーム感覚だとしてもIT系の国家資格をたくさん持っているし、それを生かせばいい。たいていの人はモニカの経歴を知るとそう思うはずだ。

 

での彼女は違った。その時に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「確かに情報収集はやっていたわ。でもね、いままで私は周りに流されて生きてきたのよ。情報収集していたのは全部IT系のものばかり。幼少の頃から親の言いつけで勉強ばかりして、習い事も勝手に決められていたわ。これからのために今のうちにやっておけて言われて、特に思うこともなく実行していたわ。まあ楽しかったからてのもあるけど。でもね、うちの親は普通より厳しくてね、それが怖くて・・・・・・そのせいで"すれ違い"が起きたのよ。」

 

「すれ違い・・・・・・ですか?」

 

「そう。お父さんもお母さんも本当は私のことを思って厳しく育ててくれたし、そう考えて教育していたのよ。なのに私は、厳しい両親が怖くて・・・・・・だんだんと自分の人生は両親中心に考えるようになったの。自分の意思は二の次で親を納得させることや褒められること、認められることが第一だった。」

 

 

すれ違い。今の時期にはよくあることらしい。親子の場合、その原因の多くは世代の違いにある。

 

親は昭和生まれで平成と比べてまだまだ厳しかった時期だ。親の親、つまり祖父母の世代が戦争の時代であったため厳しい環境だった。それが原因で自分がされたことを参考に我が子にしているというもの。モニカもなぜこんなに厳しいのかというのを自力で調べた時にそこにたどり着いた。

 

 

「月華君の言う通り、就活はIT系の王手企業を受けて一発合格したわ。」

 

 

そのことを親に報告したらもちろん喜んでくれたことをよく覚えている。しかし・・・

 

 

「テレビで就活について特集があったのよ。就活が終わらない人についてや有名校に行ったのに苦しい生活をしている人についてとかね。」

 

 

周りは就活や卒業論文について忙しい中、自分は卒業論文も終わり完全にやることがなくなってしまった時にその番組を見た。取材を受けた人はこう答えている。

 

 

「やりたいことがないから就活が終わらないとか、第一希望に入社したのにこんなはずじゃなかったとか言ってたわね。」

 

 

だが一番胸に突き刺さったのはこの言葉。

 

 

「"自分は親の言いつけにしか従っていないことを就職部の人に指摘されてもう何が何だか分からなくなった。"ってその人は言ってたのよ。」

 

 

それはまるで自分の事みたいだった。

 

 

そのことを両親に話すと、両親から謝られた。苦しめてすまなかったと涙を流して。自分はなんて愚かだったのだろう。勝手に怖いからと怯えて、両親の本当の姿をよく見ないで。

 

それから自分と向き合い始めた。その時はまだ6月。就活の前半戦も終盤に近いがまだ十分間に合うと思い再び就活を行う。

 

 

「そしてたどり着いたのが、この図書館ってことよ。わたし、本に囲まれた状態で死にたいって思うくらいに本が好きなのよ。」

 

「そうなんですね。でもここじゃなくても国立図書館とか本屋とか行けたんじゃ?」

 

「・・・・・・全部落ちたのよ。」

 

「あ・・・すいません。」

 

 

もともと本屋の正社員の就職率は低い。運よくここが受かったのだ。

 

 

「もともとここは常連ってほどじゃないけどよく利用していたし、すぐ溶け込むことができたわ。」

 

「でも給料安いんでしょう?」

 

「昨日、株で600万稼いだからなんの問題もないわ。」

 

「そりゃ・・・マジヤバでちゃけパねぇですね。」

 

 

その歳で株でそんなに稼ぐなんてどんなテクニックを使ったのか、というよりどうやって身に付けたのか。最近の株関連の本に載っているテクニックとかは当たりそうで当たらないようになっているのに。大体儲かる話をやすやすと他人に話すはずがないのだ。

 

そんなことを思っているとモニカから人生のアドバイスを説かれる。

 

 

「わたしはなんとか自分にとっての幸せの道を歩むことができたわ、今のところはね。だからね月華君も勉強もいいけど大学に受かった後、将来どうなりたいかよく考えてほしいの。夢とか、やりたいこととかね。」

 

「・・・・・・そうですね。ありがとうございます。」

 

「うん♪じゃあ頑張りなさい若者よ。」

 

「はい。」

 

 

軽くお辞儀をして新しい本を借りるために本棚に向かう。もちろん向かう本棚は入試関連。向かう途中にある本が目に入り、止まる。

 

自分にも夢はあった。しかしもうそんな熱意はなくなった。

 

 

「・・・・・・夢か。」

 

 

静かに零したその言葉。月華の瞳には、ある音楽家が載った雑誌が映る。

 

 

―――――その音楽家の名は世界的に有名なヴァイオリニスト

 

―――――"川島ゆかな"

 

―――――今は亡き、月華の母親の名でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいっ!!」

 

「すいませーん!これください!!」

 

「奥さん!!今日は生きがいいの入っているよ!!」

 

「ママ~。あれほしい~。」

 

 

川島家の家から歩いて5分程度歩いたところにある商店街。一昨日では天気が悪かったせいで活気がなかったが週末であることと、天気が快晴であるおかげでバーゲンセールやサービスなどが行われており、大変活気にあふれている。その賑やかな空間を外から静かに傍観する少女が一人。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

響はそんな光景を羨ましそうに見ていた。その恰好は浮浪者だった時の格好とは違い、少しはオシャレな格好をしており、サングラスをかけている。髪留めで髪を後ろにまとめており、フードをかぶっているそのためすぐに"立花響"だとは分からないだろう。

 

何の変哲のないただの日常。それが今、目の前で知らない人々が楽しそうに過ごしている。仕事をしている人に子供と買物に行っている人。共通なのは楽しそうで笑顔であるということ。

 

そう、あれが普通なのだ。

 

その"普通のこと"が、"当たり前なことをできるということ"がどんなにすばらしいことなのか、響は改めて痛感した。そして今も憧れ続けている。あの惨劇後に起きた魔女狩りで崩れ落ちた響の日常。もしあの騒動が行わなければ、私もこの賑やかな空間の住人の一員になっていたのだろうか。

 

 

―――――もし叶うのなら平凡な日常に戻りたい。

 

 

それは浮浪者だった頃から望んだこと。だがその時でも無慈悲な迫害を受け続けたため、もうそれは叶うことのない儚い夢だと思っていた。既に諦めていた。

 

 

―――――彼に会うまではそうだった。

 

 

月華に会ってから響は少し変わった。生きることに必死で周りの事なんて考えてもなければそんな暇もなかった。心に余裕がなかった。汚いや臭いなどと知らない人からそう言われる始末だし、誰も助けてくれないのならそうするしかなかった。

 

そんな中で、彼だけは違った。身の上も知らない私を嫌な顔一つせず拾い、休ませてくれた。見返りなんてないのに自分のことを気遣ってくれた。自分のことを心配してくれた。優しく、温かく、安らかで居心地がとてもいい。あんな思いをしたのは一体いつ振りだろうか。至福の時だった。楽しかった。

 

だからだろうか、今の響は段々と諦めたはずの願望を持ちはじめている。

 

その願いは叶わない願望だろう。どこかもどかしい感情が響の胸を駆け巡る。神様がいるなら残酷な人だと思う。自分が救済を望んでいる時に救おうとせず、死を覚悟した時に助けるのだから。普段は自分の願い事をかなえてくれない癖に、ここぞとばかりに自分の願い事を叶えてくれるのだから。もしその法則が正しいのならば、あの時間にもいずれ壊されるのであろう。

 

そしてその破壊者は今も素知らぬ顔で、のうのうと生きているのだろう。

 

多くの人を破滅に導き、殺し、奪い、否定し今視界に移る人たちのように幸せに善人面で生きている。今すぐこのどす黒い感情をどこかにぶつけたいが、ここで感情的になったとしても自分が悪者になるだけ。ただの八つ当たりだ。そんなことをしても彼に迷惑をかけてしまう。

 

胸の奥底から湧き上がる衝動を抑え込む。もう一度フードを深く被り、散歩を続けようと振り返ると知らない男性の肩にぶつかる。

 

 

「って。」

 

「・・・・・・すいません。」

 

 

わざとではなくてもぶつかったので軽く非礼を詫びて立ち去ろうとするが、ぶつかった方は気に入らなかったようだ。

 

 

「ちょっと待てよ。ぶつかっといてそれで済むと思ってんのか?」

 

 

面倒事は本当にいやなのに真逆なことが起きる。本当に神様というのはどこまでもひどい人だと心底そう思う。金髪でサングラスにちょび髭でトラの刺繍が入った上着を着ている。どこぞのヤクザか世の中なめてますよ的な人の見た目だ。こういう人はねちねち因縁つけてきて金を要求したりするし、響は女だからふしだらな要求をしたりするだろう。

 

 

「すいません。」

 

「すいませんじゃねえよ。それで済むんならお医者さんはいらねぇんだよ。」

 

「でも・・・お医者さんて・・・怪我してないし。」

 

「知ったこっちゃねぇんだよそんなこと。」

 

 

ほんとにしつこい。ホームレス時代の頃と違って体は回復しているし、調子もいいから隙を見て逃げるかと冷静に考えていると男性はあることに気づく。

 

 

「あん?お前・・・・・・確かテレビで―――――」

 

「っ!!」

 

(まずいっ!!)

 

 

びくっと体が反応する。あのニュースを見ていたのなら、必ずそれで罵倒するはず。そうなるとまるでウイルス感染のごとく広がり、せっかく逃げてきたのに振出しに戻ってしまう。

 

条件反射で響は走り出した。

 

 

「っ!!おい!待ちやがれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――はぁ・・・はぁ・・・。」

 

 

しばらく走り続け、何とか撒くことができた。だがこの炎天下の中走り続けたので相当体力を使ったし、身体も高熱を帯びている。悲鳴を上げている。もともと病み上がりみたいなものなのだ。気を失うことなくよく持ったと自分を褒めたい。しかし今は、とにかくどこか涼しいところで休みたいところだ。

 

 

(・・・・・・どこだろ。)

 

 

周りを見渡すと知らないところについてしまった。このままじゃあの家に帰れない。少しぐらいなら大丈夫だろうと思っていたあの時の自分を少し殴りたくなる。今回は大事にならずに済んだが、次回もそうなるとは限らない。そのことに後悔しながら、これからどうしようかと悩んでいるとガラガラと店が開く。

 

 

「おや?どうしたんだい?」

 

 

中から出てきたのは白いエプロンを腰に付けた優しそうな女性が現れた。

 

 

「いえ・・・なんでもありません。」

 

 

そう言いその場から離れようとすると、響のお腹からグぅ~と音が鳴る。そういえばお昼過ぎだった。クスクスと目の前の女性のから小さな声が聞こえる。どうやら聞かれたようだ。そのことを理解しすると顔が林檎色に染まる。

 

 

「ふふ、どうだい?家でお昼を食べて行かないかい?」

 

「え・・・でも・・・私お金ないですし・・・。」

 

「いいのよ。おばちゃんのおごりだから。それに汗で服がびっちょりよ?お風呂貸してあげるから汗落として来たら?」

 

「で・・・でも―――――

 

 

ぐぅ~~~

 

 

―――――はぅ・・・。」

 

 

またお腹が鳴る。どうしようかと考えていると別のほうから声が聞こえた。最近よく聞く声の彼だ。

 

 

「あれ?響ちゃんなにやっているの?」

 

「あ・・・月華さん・・・。」

 

 

月華が自転車でこちらに近づく。響の顔の状態に疑問を持ち、響に問いかけた。

 

 

「大丈夫?なんか顔真っ赤だけど・・・もしかして日射病?」

 

「っ!?なんでもありません・・・っ!!」

 

「あらあら♪」

 

 

プイッとその赤い顔を逸らす。なんでもないのならそっとしておこうかと思い、この光景に微笑みながら上機嫌に眺めている女性に月華はあいさつをする。

 

 

「こんにちは、おばちゃん。」

 

「ええ、こんにちは月華君。」

 

「その子は月華君の友達かい?」

 

「はい、そんなところです。何を話していたんですか?」

 

「店の中から人影が見えてね、しばらくその場から離れなかったからね、気になって見てみたらその子がいたのよ。お腹もすいていたし、汗で服もびちょびちょだったからせめてお風呂でも入れさせようと思ってね。」

 

「そういえばもうお昼過ぎだったね。でも・・・いいんですか?お風呂を借りても。」

 

「いいわよ♪月華君の友達だからね、悪いようにはしないでしょうし。困っている人を見捨てて置くわけにはいかないからね。」

 

「・・・・・・。」

 

(・・・困っている人は見捨てない・・・か。)

 

 

本当に自分の心に突き刺さるようなことが最近多くなった。この二人はまるで当時の自分みたいで、羨ましいと思う。自分も迷いなくまっすぐに行ける二人のような存在のままであったらよかったのに。

 

どこまでも神様とは憎たらしい存在だ。

 

 

「―――――ん・・・きちゃん。響ちゃん!!」

 

「っ!!・・・なに?」

 

「うん、ここでお昼にしようと思うんだけど、どうする?お風呂貸してくれるっておばちゃんも言ってるし、汗流して来たら?着替え取ってくるからさ。」

 

「・・・・・・わかった・・・そうする。」

 

「うん♪じゃああとでね。おばちゃん、ご迷惑をかけます。」

 

「いいわよ♪じゃあ後でね。」

 

「はい。」

 

 

そういって、月華は自転車を扱ぐのを再開し一度帰省した。

 

 

「それじゃ中にはいろうか。」

 

「・・・お邪魔します。」

 

 

中はいい感じに冷房が効いており冷えていた。炎天下の中、全力で走り続けたその疲労と汗で湿った身体が冷えるのを感じる。ふと疑問に思ったことをおばちゃんに聞く。それはこの店についてだ。

 

 

「ここはなんのお店なんですか?」

 

「ここはね、お好み焼き屋さんよ。店の名前は"ふらわー"て言うわ。」

 

 

いらっしゃい♪と優しく微笑みながらふらわーのおばちゃんはそう答えた。まるですべてを包み込む聖母のような温かい笑み。その笑顔は響にとってもうできないであろう。

 

 

――――――眩しい。

 

――――――眩しすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――苦しい。

 

 

 

 

 




感想・評価お待ちしております。

それでは次の機会に。


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前進

季節の変わり目はほんとに体調を崩しやすい。
だが、頑張って投稿するぞ~と思ったら体がだるすぎてやる気が出なかった。そして評価バーが少し落ちたことに追い打ちを食らう。

まあ、文章能力を上げるために最後まで頑張るけどね。

ちょくちょくランキングに載るようになりましたありがとうございます。

それではどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

月華といったん別れた後、響はおばちゃん家に上がらせてもらい風呂に入っていた。風呂とはいってもややぬるま湯ではあるが、その温度がまたちょうどよく気持ちがいい。おばちゃんに聞いたところ月華の家はここから近くにあるらしく、すぐに戻って来るだろうと言っていた。

 

身も心もぬるま湯で十分にリラックスしたところで、頭や身体を洗い出す。シャンプーやボディーソープの使用はおばちゃんに許可をもらっているのでお言葉に甘えて使用することにした。せっかくだから使っていいよとのことだ。

 

身体を十分に清潔にした後にもう一度ぬるま湯に浸かり、リラックス。この状態になると頭の中も空っぽになる。ふと鏡を見ると中央にフォルテシモ上の瘡蓋が映った。

 

がツヴァイウィングの惨劇という地獄の象徴。

 

なにかしらのことを認識すると常に脳裏にチラつくのだ。あの二つの惨劇を。

 

 

―――――胸の奥が疼いた気がした。

 

 

 

 

 

「響ちゃん。」

 

「っ!!」

 

 

この身に刺さった十字架のことを少し思い出していると、おばちゃんが洗面所に入ってきたようだ。

 

 

「・・・・・・なんですか?」

 

「月華君が代わりの着替え持ってきたから置いておくね。」

 

「・・・ありがとうございます。」

 

 

月華が家から持ってきた服を置きに来たようだ。となると月華はもう戻ってきたのだろう。彼には責務も義務もないし、ましてやこちらから恩返しもすることができない。それなのに承知の上で助けてくれた彼には本当に頭が上がらない。

 

 

「いいってことよ。じゃあ、待っているからね。」

 

「待っている?・・・なんでですか?」

 

 

もしかしておばちゃんも風呂に入るのだろうか?いや、そんなことはない。まだ営業中のはずだ。そういえば仕事中なのに迷惑をかけたなと申し訳ない気持ちになる。そんな疑問をおばちゃんは優しく答弁する。

 

 

「月華君が響ちゃんを待っているのよ。一緒にお好み焼きが食べたいそうなの。」

 

「・・・別に構わず先に食べていいのに・・・。」

 

「まあ、それほど響ちゃんのことを想っているってことだよ。」

 

「想っている・・・ですか?」

 

「きっと少しでも響ちゃんのことを支えたいのよ。今もそうなんだろう?」

 

「え・・・?」

 

「月華君が響ちゃんの服を取りに行ったということは、今は彼のもとでお世話になっているんだろう?どういう経由で今の状態になったかは知らないけど、ゆっくりでいい。気持ちが落ち着いたら少しずつ前に進むといいよ。」

 

響には訳有りだということはもう既に分かっている口振り。彼が話したのだろうかと一瞬思ったが、それはないだろうと直感でわかった。彼も響と似たような苦しみを背負っているからだ。となるとおばちゃんも彼と同じ、責務や義務とかじゃなくてただ、したいからしている、そういう人だろうと響は推測する。

 

ぼやけたガラス越しとはいえ、おばちゃんがどんな表情をしているのかは声だけで容易に想像できる。初めて見たおばちゃんの顔はそれほどまぶしい笑顔だったからだ。

 

 

「・・・・・・ありがとうございます。」

 

 

それじゃあ後でね、と言いおばちゃんは洗面所を後にする。そういえばお腹がすいていたのだった。考え事をしていたのですっかり忘れていた。彼に世話になってから、こういうことが少し増えている気がする。

 

 

「あの・・・。」

 

「うん?どうかしたかい?」

 

 

ちょうどいいと思い、響は先ほどの疑問を聞こうとしたが・・・やめた。

 

 

「・・・いえ、なんでもありません。」

 

「あら、そう?じゃあ気にしないで、ゆっくりしてね。」

 

 

おばちゃんはそういい洗面所を後にする。

なぜこの疑念を問うことをやめたのかというと、分かったからだ。どうして聞いてこないのか。ふらわーのおばちゃんからは自分がよく知る人に雰囲気が似ているからだ。その似た雰囲気の持ち主を響は思い出した。

 

 

(―――――この人は私のおばあちゃんによく似ている。)

 

 

生々しい胸のフォルテシモの瘡蓋を残している、ただの怪我では説明のできないものだ。それなのに、おばちゃんも月華も聞こうとはしなかった。大体の人はこちらの心情を察して聞かなかったと思うだろう。しかし響はそうは思わない。

 

決して向こうから、こちらに踏み込もうとはしない。まるでこちらが動くのを待っているかのように。

 

響の脳裏に懐かしい記憶が蘇える。

 

ふらわーのおばちゃんはホームレス時代前のいつも一緒にいたおばあちゃんによく似ている。雰囲気もあり方も。おばあちゃんはいつもどんな時も前向きだったお父さんや、辛い思いや悲しい思いをした時に一緒に立ち向かってくれるお母さんとは違う。

 

倒れそうなときには支えてくれるし、相談に乗ってくれる。普通なら気になって聞いて来るであろう辛い過去のことも、自分から話してくれるまで待ってくれる。そして話すと一緒に悩んでくれる。一緒に考えたりはするが答えはあまり出したりしない。

 

おそらくそれはおばちゃんにとっての教育の一環なのだろう。たとえ大人になって困難にぶつかったとしても、自分で解決出来るようにするためだと考えてのことだろう。でもまだ子供だから一緒に悩んでくれたのあろう。

 

ふらわーのおばちゃんも待っている。彼も待っている。響が踏む出すのを。

 

 

だが、まだそれはできない。

一年以上もの積み重なった迫害や罵倒によってついた傷が、それを止めるのだ。身体中の神経に恐怖という形で危険信号を送る。

 

 

(でも、それでも・・・・・・。)

 

 

自分もあんな笑顔をしたい。幸せな日常だったあの頃に戻りたい。

 

月華は言ってくれた。ゆっくりでいいと。待ってくれると。ようやく、自分の味方になってくれそうな人に出会ったのだ。逃げてばかりじゃあ結局何も変わらないのは分かっているのだ。本当は分かっているのだ。

 

逃げ場なんてないし、もう居場所もない。

 

だから―――――

 

 

(少しでいいから・・・向き合おう・・・・・・かな。)

 

 

風呂場の鏡に映る顔は昨日の時とは違い、少し明るくなっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・人がいないね。」

 

「まあ、ここは隠れた名店みたいなもんだし、まだ夕食には時間が少し早いしね。」

 

 

風呂を上がり、月華が持ってきてくれた服を着て、表に既に席をとっていた月華のところに座る。月華や響以外にも大人二人と子供が一人座っていたが、響がちょうど座ったころに食べ終えたらしく、勘定をして帰った。店の中には月華と響、ふらわーのおばちゃんの3人しかいない。がら~んという効果音が鳴った気がする。

 

 

「じゃあ、食べようか。」

 

「うん。」

 

「何食べる?あ、値段は気にしなくていいから。ボクが払うし。」

 

「いいの?」

 

「うん。遠慮しないで。」

 

「・・・。」

 

 

月華からメニュー表を受け取る。バリエーションはそれほど多くはない。だが隠れた名店と言ったので味が好評なのだろう。もし味に評判がなかったらいったい何が好評なのか。どれもうまそうだが、とりあえずおすすめと書いてあるものを選んだ。

 

 

「それでいいの?」

 

「うん。」

 

「おばちゃ~ん。注文決まったよ~。」

 

「は~い♪今いくよ♪」

 

 

月華の呼び声を上機嫌に返して、おばちゃんは勘定科目とペンを持ってやってくる。

 

 

「どれにするんだい?」

 

「僕はいつものやつで、響ちゃんはこのお勧めのやつね。ぼくは自分でやるから材料だけでいいや。響ちゃんはどうする?」

 

「え・・・?自分で作れるの?」

 

「うん。そのための鉄板だし。」

 

 

てっきりおばちゃんが焼くのかと思ったら、この鉄板はそういう事なのかと思ったが、そういえば、お好み焼き屋にはそういう店があるというのを聞いたことがあった。どうしようかと、少し悩んだが、作り方がわからないので安全ルートを選ぶ。

 

 

「いい。」

 

「はぃよ♪すぐにできるからちょっとまってね♪」

 

 

勘定科目をテーブルに置いて、厨房に戻る。そんな背中を見ながら月華は響に話しかける。

 

 

「響ちゃん、少しは心に余裕が持てた?」

 

「・・・・・・うん。」

 

「そうかい・・・。」

 

 

 

 

何があったのかは知らないが、風呂から上がってきた響は少しすっきりしたような顔だったため、何か変化が起きたのではないかと思い問いかける。その返事も不思議と明るくなっているような気がする。少なくとも初めて話した時とは段違いだということは確かだ。

 

 

「ゆっくりでいいから、待っているからね。」

 

「・・・ありがと。」

 

 

少し照れながらもお礼をする。何も聞かなかったし、言う事も無かった。でもそれが、嬉しいと同時に物足りなくも感じた。だれかの温もりを感じるのは久しぶりだ。その感じはどこかくすぐったい。

 

そんなやり取りをしているとおばちゃんが材料をおぼんに乗せて戻ってきた。

 

 

「は~い。お待ちどう様♪」

 

「ありがとうございます。」

 

 

準備ができ、調理を始める。手馴れているのであろう。手際が良く、作業がスムーズに進んでいる。響はそんな料理風景を静かに眺めていると、月華は金属ベラを両手に持つ。出来上がったお好み焼きをお皿に移すそうだ。

 

 

「見ててね。」

 

 

え?という呟きが零れた。いったい何をするのだろうか?とりあえず、彼の言う通りこれから起こる一部始終をしっかり見る。

 

左右から金属ベラと共にその手をお好み焼きの下、その奥まで入れ込み、その勢いに乗って思い切り上へと腕を上げる。それを滑走路にする様にお好み焼きも高く宙を舞った。

 

 

・・・・・・ブオン、ブオンと空中回転を決めるお好み焼きを尻目に月華が用意した大きな皿を持ち上げる。月華がお好み焼きの落ちる方向に合わせて皿の端を持った為揺らぐが、すぐにバランスを戻す。

 

・・・・・・ドス!とお好み焼きは勢いよく皿の上に着陸し、その衝撃に僅かながら皿が揺れ、響は目をつむってしまう。

 

・・・・・・皿を安全圏に下ろし、目を開けるとそこには、とても素人が作ったとは思えない程キレイにできたお好み焼きがそこにあった。

 

 

「・・・すごい。」

 

 

ただその言葉が思わず零れた。驚愕。鮮やかで芸術的。それはまさに職人技のようだった。頬を少し赤めて月華は満面の笑みで照れる。

 

 

「ふふ、ありがとう。」

 

 

その呟きが聞こえたのか月華はお礼をする。そういえば彼は常連だった事を思い出す。何度も練習したからこそできたのんだろう。だが、それを月華はそれとは真逆のことを言った。

 

 

「実はね、今回初めて成功したんだ。」

 

「え?」

 

「いつもは失敗ばかりでね。響ちゃんに出会う少し前が一番ひどかったかな?顔面にべちゃって降ってきたよ。ちょっと手先が器用じゃないから、失敗するたびにおばちゃんに迷惑をかけてね。正直それを最後に諦めようと思っていたんだ。」

 

「・・・じゃあ、なんでやったの?」

 

 

成功の見込みがないのならやる必要がない。ましてや、今回は響もいるのだ。もしかしたら響の方に向かい、火傷するかも知れない。できたら確かにすごいが、リスクの方が大きいはずだ。そこまでする理由は月華には一つしかなかった。

 

 

「それはね、響ちゃんも少しずつ一歩踏み出そうとしたからだね。僕も一歩踏み出そうとしたんだよ。」

 

 

――――― 一緒に悩み、苦しみ、前に進みたい。

 

 

自分が一歩踏み出すことができたのだから、響ちゃんも一歩踏み出すきっかけになるのでは?と思い、失敗覚悟で挑戦した。

 

両親と妹が死んで、心に深い傷を負って一人ぼっちとなっていた月華はふらわーのおばちゃんにお世話になっていた。すぐに立ち直ることができず、何をしても興味を示さなかった。それでもおばちゃんは何とかしようと月華に見せてくれたのがふらわーのおばちゃん命名"スーパーお好み焼きキャッチ"だ。

 

当時はその鮮やかさに目を丸くした。自分もやりたいと、それが初めて一歩を踏み出した瞬間だった。毎回毎回食べたくなったらここに来て、なけなしのお金を払い、たくさん失敗してそれを口に運ぶ。そんなことがしばらく続いた。

 

やり損じが続くが、それからはおばちゃんとは親子と言っていいほどに仲良くなった。おばちゃんがもし病気などで倒れたら、月華の方が看病したり、店の手伝いをしたりいていた。そのたびにコツとかを聞いていた。そして今日、ようやく辛くも成功した。

 

当時は今の響のようにただすごいとしか思わなかった。少しだが年を重ねた今の自分が当時を振り返ると、それはおばちゃんからのメッセージだったのだろうと思う。

 

 

――――― 一人で抱えることはないと。

 

――――― 自分は一人ではないと。

 

 

ただそのことをおばちゃんは伝えたかったのだろう。

だから月華も同じことを響にした。

 

 

「いや~、ひやひやしたけどできてよかった♪ありがとね。」

 

「うん。」

 

 

その思いが響に伝わったかどうかはわからない。だが彼女の顔には少し光が宿っていたことは確かだ。

 

 

「・・・がんばるから・・・。」

 

「うん、頑張れ。」

 

 

頑張るという言葉を響が口にしたことに心の中でガッツポーズをする。また一歩前進したようだ。そんなやり取りをしているとおばちゃんがお好み焼きを持ってきた。

 

 

「はぁ~い、『お好みお玉』1丁!ゆっくりしていってね♪」

 

「・・・ありがとうございます。」

 

「さ、食べようか。」

 

 

彼に出会ってから、自分の何かが変わった。それは温かくて、家族一団で笑顔で楽しく過ごしている時を思い出す。もうあの頃には戻れない。でも時間はそんなこと関係なく進み続ける。そんなことは分かっている。心残りがないと言えばウソになるが当時にも思い出はたくさんあった。それを壊された絶望は大きく、響の心を蝕んだ。

 

だが今は、奇妙な偶然によって始まった出会いにより生まれた新しい幸せがその闇を払ってくれている。徐々に光が灯り始める。

 

 

―――――ずっと自分の心配をし一緒にいてくれる彼に

 

―――――身の上を知らない自分に風呂を貸してくれたおばちゃんに

 

―――――感謝をするかのように姿勢を正し、手を合わせて言った。

 

『いただきます。』

 

 

その笑顔には確かに小さな幸福が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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それでは次の機会に。


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記憶の痛み

というわけで書きました。

感想がオラにモチベーションとやる気を与えてくれる。
もっと感想をくれぇぇぇぇぇぇ。



それではどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

分け皿に一部のお好み焼きを移し、箸でつかんで一口。

 

 

「う~ん♪自分で作るのもおいしいねぇ♪響ちゃんはどう?おばあちゃんが作ったの美味しい?」

 

「・・・うん。」

 

「あらぁ~♪フフフ、ありがとうね。そんなにおいしそうに食べてるのを見ると、作ったかいがあるってもんだね♪」

 

 

おばちゃん自信作のおすすめを食べている響はよほどおいしいのか、それともよほどお腹を空かせていたのか見た目が団栗をほおばったリスみたいにモグモグ食べている。

 

響は元々最初のおかゆの時も厳しい環境の中で生きていたからだろうか警戒心を研ぎ澄ませながら食事をしていた。多分無意識だ。だが食事を出し続けていると徐々にその警戒心を緩めるようになっていた。そして現在も警戒心を少しではあるが緩めている。どうやらおばちゃんも心を許せる人だと判断したようだ。それとも月華の知り合いだからか。それとも食欲を満たせているからだろうか。

 

 

「・・・ほしい?」

 

「・・・うん。」

 

「じゃあ交換しようか。」

 

 

お互いのお好み焼きを一切れにカットし交換。そして同時に一口。

 

 

「うん、流石お勧めだけのことはあるね。こっちよりおいしい。」

 

「・・・おいしい。」

 

「うん、ありがとう。」

 

 

最初のころに比べて口数が増えたことにうれしく思う。ちびちびと食べる微笑ましい光景を眺めながら麦茶を啜った。響はエンジンがかかったのか段々と食べる勢いを上げていく。こちらもまだ量があるし眺めていないで箸を動かし、食事を再開する。

 

 

「っ!!っ!!」

 

 

すると突然声にならない悲鳴を響は上げる。どうやら喉に詰まったのだろう。急いで麦茶に手を伸ばし喉に流し込む。

 

 

「はっ!はっ!」

 

「大丈夫?・・・ほら、口のソースついてるよ?」

 

 

紙ナプキンで響の気つの周りに付いたソースを軽くゴシゴシとふき取る。

 

 

「んん~っ、むぐっ。」

 

「よし、きれいになった。」

 

「・・・ありがと。」

 

 

少しバツが悪い様子に、いいよと少しの笑みがこぼれる。少しの間であるが、彼女と過ごしてわかったことがある。

 

 

それは、時々周りが見えなくなるということ。

 

長い間ずっと一人で生きてきたのだろう。食事から睡眠までもすべて命がけで。おそらくそれは無意識のうちに発せられる鋭い警戒心。これが深く関わっているだろう。周りから存在を否定され続けても、根強く生に固執し続けた結果が今の彼女なのだ。余程苦しい思いをしながら一人で生きてきたのだと改めて実感する。

 

人は誰かと関わりを持つことで生活をしている。たとえ一人ぼっちで友達がいない、あるいは家族がいないなどで自分は孤独だと思っていてもスーパーや家など誰かが生み出したものに関わっている時点でそれは本当の孤独とは言えない。

 

本当の孤独は自分自身の理性や自我、感覚を崩壊させただの野生動物へと回帰させる猛毒になる。

 

自分も家族を失い寂しいという思いをし孤独だと当時は結論付けていたが、ふらわーのおばちゃんやクラスメイトが支えてくれたから今の自分がある。案外自分は孤独ではなかった。でも世界がいつもより暗く寒いと思ったことはある。

 

彼女のポケットに財布が入っていたから真に孤独ではないだろうが、中はもうすっからかん。極めて近いともいえる。本当の孤独でなかったことが唯一の救いか。いや、もしかしたら出会っていた頃にはもうなっていたかもしれない。

 

拾った時にはまだ生きたいという光が見えた気がした。でもそれは淡く今にも消えそうなもの。もし出会っていなかったら彼女は崩れていたのだろう。もし自分もあの時に、すべてから存在そのものを否定されていたら彼女と同じかそれ以上の崩壊をすると思うと、思わず体が震えてしまう。そうさせる原因は彼女の状態を昔の自分に照らし合わせたからか。

 

そんなことを考えていると月華の耳に入る声が意識を戻す。

 

 

「・・・どうしたの?」

 

 

それは月華が初めて見た響の他人を心配する顔。心に余裕が生まれた今の響きだからこそ見せた顔。

 

 

(そうだ・・・、別に焦ることはない。)

 

 

その顔が月華の気持ちを落ち着かせた。小さくではあるが確実に前に進んでいるという事実が月華にとっていい薬だった。

 

彼女の口からその真実を聞き出す。それが彼女が自らの心を開いた瞬間の合図であり、月華が望む展開。確実にゴールに向かっているのだ。なんでもないよと返し、箸を動かす。

 

 

お好み焼きはまだ量がある。腹はまだ満たされていない。まだまだ昼食は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、響にも今この時も少しづつ心に変化が訪れていた。

 

 

(・・・誰かと食べるのってこんなに楽しいんだ・・・。)

 

 

いままではただ生きていくためだけに最低限度やっていた冷たく心寂しいものであった食事。いままでの食事とは違い、その昼食は響にとっては腹を満たすだけでなく、どこか胸の奥も少しづつではあるが満たされるように感じた。響の頬を伝って落ちていく目を凝らさないと見えない小さな一粒の光がその証拠だろう。響は今までの嫌なことはすべて忘れて、ただ少し遅い昼食を楽しんでいた。

 

そして昔のことを思い出す。すべてが崩壊する前の記憶であり、大切な宝物。家族みんなでレストランに行った時の時間。その時の思い出が響の心にさらに温もりを与えた。

 

 

(・・・そういえば口のまわりを汚した時・・・、お母さんがよく拭いてもらったっけ・・・。)

 

 

外食自体久しぶりだったし、そんな些細なことをしてくれるのも久しぶりだった。母親だけじゃない、父親にも、祖母にもしてもらった。元々少し行儀が悪い響はホームレス時代では誰もその行為をしてくれる人がいなくなってしまったためよく汚していた。当時は本当に恵まれていたのだなと実感する。

 

最後に外食に行ったのは、中学1年の時の家族全員で旅行に行った時だったか。

 

 

(・・・また行きたかったな・・・。)

 

 

そんなもう叶わない願いを心の中で零していると―――――突然脳裏にノイズが走る。

 

 

 

 

―――――ほら、口のまわりが汚れているよ。

 

―――――んん~っ、むぐっ、ぷはっ。はは!!ありがと〇〇!!

 

―――――どういたしまして。もう少し落ち着いたら?響のご飯は逃げないから。

 

―――――だって、楽しんだもん!!

 

―――――楽しい?美味しいじゃなくて?

 

―――――そりゃあ美味しいけど、〇〇と一緒に食べるとそう思っちゃって。

 

―――――ふふ、そう?

 

―――――そうだよ!!やっぱり〇〇は私にとっての―――――

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

カンッ!!とプラスチックのコップが床にたたきつけられた音が店内に響く。床に麦茶が広がる。その音を合図に月華は響を危惧する。厨房で洗い物をしていたおばちゃんも反射的に響の方に向いた。

 

 

「っ!!響ちゃん大丈夫!?」

 

「大丈夫かい!?」

 

 

かなり痛そうに頭を抱える。まるで頭に強い衝撃がやってきたかのように。しかしその痛みは思いの外、すぐに治まった。

 

 

「・・・大丈夫・・・だから。」

 

 

背中を擦りながら心配する月華とこぼれた床を雑巾で拭いているおばちゃんにそう答える。

 

 

(―――――今のは・・・なに?)

 

 

どこか懐かしい記憶。家族との思い出と同じぐらいかそれ以上の温かな愛情を感じがした。そんな思い出、今まであっただろうか?

 

その容姿はぼやけていたが、自分と同い年であろう少女だということは分かる。黒髪で白いリボンらしきもので髪を後ろに止めていた。従妹?でも自分に従妹はいない。となると友達だろうか。

 

だが、もし友達なら温かいはずがない。自分の関わりのある友人はすべて手のひら返しのように裏切るか見捨てたはず。そんな奴らからの温もりなんて反吐が出る。これはきっと何かの間違いだと響はそう自分自身に警告する。そう言い聞かせる。こんな記憶は今の響にとって邪魔なものだ。

 

 

(―――――そうだ、見捨てたやつらの記憶なんて・・・邪魔だっ!!)

 

 

こんな記憶、さっさと焼き払いたい。忘れてしまいたい。なのにそれができない。これだけは絶対に忘れてはならないような気がする。決して否定してはならないような気がする。

 

温かい一粒が響きの頬を撫でる。

 

 

「あ・・・。」

 

 

痛い。

 

どうしてこんなにも苦しいのか。どうしてこんなにもつらいのか。自分にとってこの記憶は一体何なのか。いやなモヤモヤが胸の奥で暴れだす。

 

 

「響ちゃん?」

 

 

はっと我に返り急いで涙をふき取る。変に心配されたくない。

 

 

「・・・ねぇ響ちゃん、体調が悪いのなら無理しないでいいんだよ?ボクが全部食べるし、それか持って帰るし。」

 

「そうよ?食べることも大事だけど具合が悪い時は無理しなくてもいいのよ?満腹より腹八分目がいいっていうし。」

 

 

心配する二人の声が響をはっと我を戻す。心配かけないように答える。

 

 

「・・・大丈夫。・・・まだお腹いっぱいじゃないし。」

 

「そう?・・・でも無理はしちゃダメだよ?」

 

「そうだよ?無理は体を壊すからね。」

 

 

不安ながらも本人が大丈夫と答えているので、おばちゃんは持ち場に戻り月華は響を心配しながら食事を再開する。でもそんなことを気にする暇は今の響にはない。

 

 

(・・・痛い・・・痛いよ・・・。)

 

 

本当に痛みを感じているかのように胸の奥が苦しむ。それを紛らすかのように自分のお好み焼きを響は平らげる。それでも変わらず痛みは収まらない。

 

 

(・・・どうして?・・・どうしてこんなに苦しいの?)

 

 

その記憶はとても温かかった。だからこそ、そのせいで余計に苦しい。眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう~美味しかった。おばちゃん、ご馳走様です。」

 

 

食べ終えてゆっくりしているともう夕食時なのでお客が店内に入ってきた。このままいると営業の邪魔になるし、響が報道されているのでもめ事も避けたい。そろそろお暇することにする。響は変装をして先に外で待っておく。

 

 

「ええ、お粗末様♪ああ、お金は良いわよ?響ちゃんにそう言ったし。」

 

「そうですか。じゃあお言葉に甘えて。」

 

 

そう頷き、月華は勘定科目を持っておばちゃんにお金と一緒に渡した。え、というおばちゃんの呟きに月華は返す。

 

 

「これは、ボクが食べた分だけの代金ですよ。」

 

「でも、いいのよ?月華君にもいつもお世話になっているし。」

 

「それを言えば、僕だってあの時からお世話になっていますよ。」

 

 

そんなことを言いながらおばちゃんの好意を拒むのもまた失礼かと思い、あることを提案する。

 

 

「じゃあ、こうしましょう?これは前借ってことで、もしボクが困っていたらおばちゃんはボクを助けるってことで。」

 

「えと・・・つまり?」

 

「またおばちゃんに迷惑をかけるかもしれません。その時のための先払いってことですよ。」

 

 

迷惑。そのことに心当たりがあるとすれば今店の外で待っている響のことだろう。彼女にはつらい出来事があるということは分かっている。もし月華が困っていたら手伝ってくれるということだろう。わかった、と言いおばちゃんは承諾する。

 

 

「じゃあ、その時におばちゃん助けてあげる。でも最後まであきらめちゃ駄目よ?それが条件。」

 

「はい、お願いしますね。」

 

 

月華は遅い昼食を終えて店を後にする。まだ夏だからかもうすぐ夕方なのに青空が天を支配している。だが少しづつ茜色に染まりつつある。そんな光景を静かに響は眺めていた。

 

 

「おまたせ。」

 

「・・・・・うん。」

 

「・・・大丈夫?」

 

「大丈夫・・・。」

 

「そうか・・・無理しないでね。」

 

 

フラワーで食事をしているときと比べるとだいぶ良くはなっているがそれでも沈んだ顔をしている。お好み焼きでなにかつらいことでも思い出したのだろうか?それ以外だと心当たりがあるのは口のまわりのソースを"拭いたこと"やお好み焼きを"交換したこと"。それだけの情報じゃわからない。

 

だがなんにせよ何か辛い過去を思い出させてしまったのだろうということに申し訳なさそうな顔をする。だがこれも彼女が向き合うためにも必然なことだ。支えも必要だがずっとというわけにはいかない。

 

彼女が前に進むためにも仕方のないことだと辛くも割り切った。

 

 

「じゃあ、帰ろうか。」

 

 

2人は帰省する。響は落ち込みながらもちゃんと月華に背後からついていく。曲がり角を曲がった瞬間、目の前が突然真っ白になる。すぐにその白は去っていった。

 

その正体は夕日。さっきまではまだ青だったのにいつの間にか全体が茜色に染まっていた。よく見るとその光景がどこか幻想的でなぜか見惚れていた。

 

その光景が二人の心苦しさを取り払ってくれた。その光景にあることを月華は思いつく。

 

 

「ねえ今度さ、夕日や星がよくきれいに見えるところがあるから、夜は雨が降るから無理だけど・・・今度一緒に行こうよ?」

 

「・・・うん。」

 

「じゃあ、約束だね。」

 

 

その返答に月華は笑顔になる。彼女の過去はつらいものばかり。だがこれからもそうとは限らない。だからこそ彼女にとっていい思い出を作ろうと月華は彼女に約束をした。この約束が彼女の心を癒やすことを願って。

 

夕日を眺めながら歩いていると段々響が見知った所に着く。約束をした後の響の顔は少し明るみを取り戻している事実に月華も思わず微笑んだ。月華が住んでいることは人が少ない。ここまでくれば彼女がらみの面倒事は大丈夫だろう。だがすぐに彼の顔が少し変わる。

 

現在歩いているところは月華にとっては通学路でもある。一昨日、響はその帰宅途中に拾ったのだ。つまり―――――

 

 

「・・・。」

 

 

無意識に月華の視線が動く。視線に映るのは路地裏。月華にとって強い縁がある場所。光があまりない薄暗い空間。響と出会った運命の場所でもある。でもそれだけで歩むことはやめない。だが響は違った。

 

 

「っ・・・。」

 

 

その場所は響もよく覚えている。その場所を見るだけで当時のことを思い出す。この場所で本当は死ぬつもりだった。あの時雨水でできた水たまりには、生気がなく身も心も衰弱していて生きる気力をなくしている姿で虚ろで諦めた眼をしていた自分が映っていたことは頭だけでなく身体も覚えている。

 

思いだして身体が震える。

 

 

「・・・つらい?」

 

 

響がついて来ていないことに気づき、振り向く月華。

 

 

「・・・うん。」

 

「まあそうだよね。」

 

 

静寂が支配する。もともとこの辺りは静かなのだ。あのタイミングで自分が見つけたのが奇跡なのだろう。もし見つけてなかったらどうなていたか想像に難くない。

 

 

「でも・・・大丈夫・・・がんばる。」

 

「・・・そっか。」

 

 

もうわかっている。落ち込み続けても何も変わらない。進むしかないのだ。その眼には怯えつつも決意の証があった。

 

 

「じゃ、帰ろっか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――どうか彼女に幸福になりますように。




大体6000話ぐらい書いたあたりで切りがいいところで一話終了。





そろそろ月華の過去も明らかにしないとね。
あとタイトル回収も。



それでは次の機会に。




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ノイズ

仕事が忙しすぎての久しぶりの投稿。

次もいつ投稿できるか未定です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

 

昼過ぎにお好み焼きを食べたというのに、空型が過ぎるとすぐに腹が鳴った。シャワーを済ませた響は月華が響のために買いためておいた惣菜パンをいくつか食べながらバラエティー番組を見ていた。久しぶりに見るその番組は最後に見た頃の番組比べてずいぶんクオリティーが落ちたものだと軽く落胆する。

 

 

(これおいしい。)

 

 

そのバラエティー番組を見ながらむしゃむしゃといくつかあった惣菜パンをどんどん平らげる。これで15品目。今のところ好評価なのは、ロースカツ&コロッケサンドとチョコレートパンの二種。特にチョコレートパンはホームレス時代だった頃にお世話になったことのあるもの。ワンコインで5個入りセットをよく買っていた。でも中学生が持てる予算はかなり限られていたので、そのため味わうためでなく生きるためにちびちび少しずつ食べていた、いや摂取していた。ちゃんと食事できるとこんなにおいしいとは・・・そのことに少し驚愕していた。

 

 

『―――――それではまた次回にお会いしましょう。さようなら。』

 

 

番組が終わった。時計を見ると時間は23時を過ぎようとしているところ。夏とはいえど、この時間はさすがに天は黒で支配されており、眩い光を放つ満月になりかけの月が登っている。シャワーを浴びている月華もそろそろ上がるだろう。

 

 

「ふぅ~すっきりした、て・・・だいぶ食べたね。別にいいけど。」

 

 

少ししたら月華がバスタオルを頭に巻いた状態で戻ってきた。彼を認識して少し顔が沈む。どこからどう見ても女にしか見えないということじゃなければ、無断で一人で多く食べすぎた罪悪感ではない、まあ多少感じてはいるが。

 

月華は隣に座り、小腹を満たすために惣菜パンの袋を開ける。

 

 

「・・・あ。」

 

「?・・・もしかして食べたかった?」

 

「うん・・・でもいい。たくさん食べたから。」

 

「そう?じゃあ遠慮なく。」

 

「・・・。」

 

 

月華はどこか自分によく見ている。前々からもしかしたら初めて出会った時、あの部屋で出会った時からそう思っていた。

 

今の月華の顔は明るい。今朝見た仏壇とその時の彼の悲しげな表情。それは悲しい出来事だったと他人事で済ますにもすっきりしない。

 

響はあの魔女狩りのせいで誰も信じることはなくなった。どうせ傷つくのなら、どうせ一人になるのなら誰かと一緒にいるより一人でいた方がいいと、そう決めていたので本来ならこの家から出て行っているはずなのに、すぐに出て行かなかったのはもしかしらそれが理由なのかもしれない。

 

響は理解者が欲しかった。自分を理解してくれる、同情してくれる人が。願わくば自分と似たような境遇の人が。

 

 

「・・・ねえ、聞いていい?」

 

「うん?なにかな?」

 

「・・・・・・前に何かあった?」

 

 

今の天気は雨。夏なのに関わらずどこか温度が、湿度が下がった気がした。変わらず笑顔であるが、明るかった月華の顔は少し陰が濃くなったような気がした。

 

 

「・・・・・・それはどういう意味?」

 

「仏壇の人たちとか・・・。」

 

「あ~。」

 

 

まあ響ちゃんならいいか、とあっけらかんとした感じで言葉を紡ぐ。

 

 

「君は・・・ボクと似たような傷を負っているようだし。」

 

「ツヴァイウィングの惨劇・・・あなたもあったの?」

 

「まあ、それも関係ある~かないかといえばあるけど・・・それだけじゃないかな。」

 

「ほかにも・・・あるの?」

 

 

他にあるといえばもう一つしかない。その後の惨劇。魔女狩りの惨劇。

 

 

「ある。響ちゃんが倒れていたあの路地裏とかもそう。」

 

「っ!!」

 

 

そのことに思わず目を見開く。まさかあの路地裏に関係があるとは思わなかったのだ。家族が亡くなったのはまさかあそこで殺人事件が起きたから?もしそんなことなら申し訳ない気持ちになる。

 

 

「話そうか?ちょっと長くなるけど。」

 

 

気になって眠れないのだろう?と微笑みながらそう言った。その言葉に響はゆっくり顔を縦に振る。窓の外――夜のために見えにくいが、雨の降り始めた空を眺めつつ、言葉を紡ぐ。

 

 

「じゃあ、語ろう――――――ッ!!

 

 

その瞬間。一帯に不愉快な音が鳴り響く。災害が起きた時のサイレン音。だが日本のサイレンには二種類のタイプがある。一つは津波や、地震などの災害、そしてもう一つは―――――

 

 

「まさか・・・ノイズ!?」

 

 

人類の天敵『ノイズの出現』を知らせるものだ。

 

その瞬間、どこか遠くから爆発音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被害はどうなっているッ!?」

 

 

ここは特異災害対策機動部二課の司令室。

 

赤いワイシャツにピンクのネクタイをつけた司令・『風鳴弦十郎』は鳴り響く警報の原因であるノイズによる被害を最近入所してきた優秀な新人の『藤尭朔也』と同僚のオペレーターである『友里あおい』の二人に聞く。

 

 

「被害状況は都会のデパートなどが、火災や崩壊の被害にあっています!!」

 

 

目の前のスクリーンに映るのは、今被害にあっている地域のマップと、監視カメラからの映像だけだ。マップにはノイズの現在地を示す赤いマークがたくさんあり、数は五十ほどある。ここ最近の平均よりは数が少ないのと深夜の都会なので人が昼間より少ない、そして都会にしてはそれほど大きくないということが唯一の救いか。もし昼間だったらどれほどの被害が出ていたのであろうか、ツヴァイウィングの惨劇の比ではないかもしれない。

 

だがだからといって安心はできない。相手は古くからの人類の天敵、ノイズ専門組織が数が少ないからと言って気を抜いては、大きな被害を招く。迅速に部下に指示をだし、事態の休息に勤める。

 

 

「特異災害一課が現場に到着!!戦闘を開始しています!!」

 

「現在奏者が現場に向かっている!!現場につき次第、一課は人命救助に務めてくれと通達しろ!!」

 

「了解!!」

 

『司令!!シンフォギア奏者からの通信です!!』

 

「よし、つなげろ!!」

 

 

スクリーンに"sound-only"とか書かれた画面が二つ追加される。それは2人のシンフォギア奏者、『天羽奏』と『風鳴翼』との通信がつながったことを表す。

 

 

「奏!翼!聞こえるか!!」

 

『ああ、聞こえるぜ旦那。』

 

『司令。状況は今どうなっていますか!!』

 

「現在、一課が現場に到着して戦闘を開始している。現場は都会のど真ん中だ!!数はいつもより少ないからお前たちは到着しだい、ノイズの排除に勤めてくれ!!人命救助は一課に任せる。」

 

『ああ、まかせな!!』

 

『了解!!』

 

 

通信が切れる。被害現場が近くもあって、後4分ほどで二人は現場に到着する。被害を最小限に抑えるには選ばれた彼女達にしかできない。まだ少女である彼女たちにこんな危険を任せて申し訳ないと歯痒い気持ちにいつもなるのは仕方ないとはいえど慣れないものだ。

 

だからといって彼女達にまかせっきりというわけにはいかない。本来大人である自分達のやるべきことをまだ先の人生がある彼女達が嫌味や苦言を言うことなく率先してやってくれているのだ。こちらでできる限りのサポートをしなければならないのが大人の使命なのだろう。

 

彼女達がノイズと戦闘に入ってから数分後に更なる異常事態が起きる。

 

 

「・・・っ!?司令!!大変です!!」

 

「どうした!!」

 

 

藤尭が新たな状況を報告する。その報告に弦十郎は驚愕せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音が辺りに広がり、遠くに瓦礫が崩壊する重い音が小さく聞こえる。時間は深夜に入っているというのに遠くの地域は黄金色に染まっているところもある。まだこの辺りにはノイズがいないことが幸いであろう。もしノイズがいたら、今走っている道路にいったいどれほどの量の灰が空中を舞うことになるのか想像したくない。

 

 

「確か、シェルターはこの先だったよな!!」

 

「おあばちゃん!!俺の背中に乗りな!!」

 

「ああ・・・ありがとねぇ・・。」

 

「ハァ、ハァ・・・響ちゃん、まだ頑張れる!?」

 

「ハァ・・・ハァ・・・うん。」

 

 

力のある男たちは年配の人や子供たちを背負った状態でシェルターに向かう。今、月華たちが向かっているその場所は海に近いため、津波などの災害を考慮してシェルターの場所が少し遠い。

 

 

(大丈夫だ・・・被害の場所とここの距離を考えても、間に合うはず・・・!!)

 

「・・・!!おい、あれ!!」

 

 

誰かが声を上げて指を指した天の先には、蝙蝠のような翼をもった飛行機のような何かが空を飛んでいた。

おかしい。深夜なのに、その物体はごちゃごちゃした色をしていた。確かに遠くの地域からの炎の色が夜空を照らしている部分があるが、まだこのあたりにはまだ光は届いておらず、先ほどまで雨だったため未だ曇っている。故に暗いのだ。

 

そしてその物体は急降下し、一家に衝突する、いや接触する。瞬間、その物体と接触した一家が灰となって、桜のように風に乗って宙を舞った。

 

辺りに静寂が支配する。

 

 

「あ・・・、あぁ・・・。」

 

「まさか・・・ノイズ・・・?」

 

 

触れた瞬間人とともに灰になるものなど一つしかない。その事実に気づいた瞬間、人々は悲鳴を上げ、沈黙を破壊する。

 

 

「うわぁーノイズだぁー!!」

 

「いやだ!!死にたくない!!」

 

「お母さん!!助けて!!」

 

 

飛行していたすべてのノイズが急降下をはじめ、月華と響たちに襲いかかる。次々と雨のように降る注ぐノイズは人間を捕え、ともに炭化分解する。逃げろという理性と本能のままにとにかく逃げるが、それを飛ぶことができるノイズにそれは無意味で、その行動を嘲笑うかのように、空中を漂い、狙いを定める。

 

 

(そんな・・・まさか!?)

 

 

月華は焦りつつも今までのケースにない最悪のことが起きたと実感した。

 

それは、ノイズが近くに二ヶ所で出現したという事。

 

今まではどれほど多くとも一点を中心にノイズが出現するのが政府からの公開情報だったが、今回は二ヶ所の点から現れたのだ。少なくとも戦後からそのようなことはなかったはず。運の悪いことにそんな最悪の事象が起きてしまった。

 

 

「っ!!」

 

 

急降下を行い襲いかかるノイズのターゲットには響も含まれている。重力と飛行速度を合わせた急降下に響が当たりそうになるが、紙一重で月華が助ける。しかし勢い余って2人ともコンクリートの坂を転がり落ちる。少し急な坂なので体を少し痛めつつも立ち上がる。痛がっている暇はない。急がないとノイズがこちらへ来る。

 

 

「だいじょう・・・・っ!!」

 

 

月華が響の無事を確認しようと響の方を向いたが、その光景に驚愕した。響の事ではない。響より後ろの、景色に対してだ。

 

 

「・・・?・・・っ!?」

 

 

月華の青ざめた恐怖の顔に疑問しながらその視線の先を見ると、そこにはもう人はいなかった。あるのはたくさんの舞う灰のみ。おかしい。先ほどまでは20人ほどいたはずだ。なのにさっきの一斉攻撃で響と月華以外のすべての人が、灰と化したのだ。

 

文字通り何もない。音さえも。月華の視界に映る景色はもうモノクロの世界にしか見えなくて、響にはあの時の惨劇が脳裏に現れた。

 

これこそが人類の天敵と古くから言われ続けてきた特異認定災害『ノイズ』の恐ろしさだということを改めて身をもって2人は知った。同時に再び思い知った。何もできない無力感と、抗うことのできない絶望感を。

 

だがじっとしていられない。こちらの事なんてお構いなしに向こうは襲い掛かる。生き残るために動かなくては。頭を回し、最善手を月華は思いつく。坂の下は幸いにも住宅街だった。

 

 

「響ちゃん、あそこに隠れよう。」

 

 

月華の小さい声で響を呼び、坂の上から見えないであろう一軒家へと隠れる。ここに現れたとなると、逃げるのはむしろ愚策だ。向こうが襲いかかるときの初速度は自動車などでは比較できないほどのものだ。ましてや向こうは飛行できる。となると最善策は建物内に入り、隠れることが有効策だろうと月華は思った。

 

これなら空からはこちらを発見できないし、おとなしく隠れておけば見つからない。向こうは障壁物なんて当たり前のようにする抜けてくるが、ばれなければ基本的にはやってこない。

 

しかしこっちにいるというのは向こうもわかっているので、必ず探しにくるはずだ。出現個数は思ったより少ない。それに皮肉ではあるが、さっきの一斉攻撃によりノイズの数はかなり減っている。ノイズは炭化分解する際に自身も分解してしまうという欠点を持つ。多くても10体ぐらいのはずだ。ただ運が良かっただけとなるとそれまでだが、なんにせよ生き残ればこちらの勝ち。

 

急いで窓を閉めて、カーテンを閉める。ノイズたちが自分たちはここから走り去っていると思って、ここから過ぎることを願いながら月華はカーテンを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁ!!」

 

「でやあぁぁぁ!!」

 

 

赤の少女が持つ槍の攻撃と青の少女が持つ剣の攻撃がノイズたちを次々と倒していく。あたりに崩れているところがあれば、燃えているところもある。2人の表情に悲しみと怒りが込みあがってくるのは宙に舞う灰を見れば想像に難くない。そして最後のノイズを倒して状況は終了した。

 

 

「・・・これで全部片付いたな。」

 

「・・・うん。」

 

 

被害は当然あった。深夜でも都会を生き歩く人々はいる。小さい都会であるのとノイズの数が少なかったのだから50~100人程度か。ノイズに関する日本の被害はどちらかというと少ない方だ。世界という規模で考えれば1000を超えることもあった。もっとも戦後一番被害が大きかったのは彼女たちが関与しているツヴァイウィングの惨劇だが。

 

都会だからこその最小限の数字。亡くなった人達は運が悪かったといえばその通りなのだが、それでも死体になることなく死んでしまった人たちのことを想うと素直に喜べない。

 

その歯痒い気持ちを胸の奥に抑えて、司令部に連絡を取る。

 

 

「叔父様。殲滅完了しました。」

 

『大変だッ!!そこから13キロ北西と9キロ東にノイズが現れている!!』

 

「な、それは本当ですか!?叔父様!!」

 

「一度に三か所もか!?」

 

 

戦後前例のない複数箇所のノイズによる出現に驚きを隠すことなどできなかった。

 

 

「ぐずぐずしてらんねぇ、早くいかないと!!」

 

『LINKERのこともある!奏は近い東側に向かってくれ!!』

 

「分かった!!」

 

「じゃあ私は北西に。」

 

「気をつけろよ翼。」

 

「奏も。終わったらすぐ行くわね。」

 

「おう!!あとで・・・!!」

 

 

手分けをして各箇所の出現ポイントに向かおうとした時、東の方から大きな波動を感じた。それは目に見える物でもなければ音を聞けるものでもない。ただ感じた。その先にいるとても大きなエネルギーを。

 

 

「なんだ!?」

 

「この感じ・・・。旦那!!何があったんだ!?」

 

 

当然司令部でもその大きなエネルギーは感知していた。解析を急ぎ出た結果は本来はあり得ないであろう驚愕なものだった。

 

その報告にいてもたってもいられなくなった奏は空を駆ける。翼の呼ぶ声は奏の耳に入らない。

 

 

「うそだろ・・・。なんで・・・、なんでガングニールが・・・っ!」

 

 

胸の奥で何かが騒ぎ出す。その波動の正体をこの目で確認しなければ、それはきっと治まらない。

 

 

 

 

 




やはり仕事に楽しいは存在しない。

もし、誤字・脱字があればご報告お願いします。


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灯火


誤字・脱字報告とお気に入り登録、評価付けありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーテンの隙間から外の状態を覗けば、そこには抗うことのできない天敵がうじゃうじゃと動き回っている。生き残るためにも今は身を潜める。まさに命がけのかくれんぼ。見つかれば最後灰と化して死ぬ。そのことに恐怖を覚えながらも外の状態を随時監視する。

 

脳をフルに使い、見つかった場合を考慮してこの地域周辺の地形や建造物を思い出す。完全ではないがある程度は頭に叩き込んでいるので、その脳内マップから推測する。敵の数は10あたりで窓から見える数は4体。

 

住宅街のため家の並びは規則正しい。家の後ろ側はコンクリートの坂。それも少し急で高さもややあるので、もし登ったら即刻堕ちるだろう。

 

かといって反対方向へ向かうとなると時間がかかるため、やられる可能性がある。

 

結論。無理。

 

時間が経てばノイズは勝手に消滅すると政府から情報開示されているので、もうこれはタイムアップを狙うしかない。

月華は考えるのをやめた、というよりノイズの恐怖でもうこれ以上考える力が切れかかった。

 

できる限りのことを尽くしてはいるが、月華もただの人間。最善な行動をとっているがものの、死とは恐ろしいものだ。

 

 

「響ちゃ―――――

 

 

響にこれからの予定を伝えようと振り向くと、彼女は体育座りで俯いていた。その雰囲気は暗い。よく見ると震えているようにもみえる。当たり前といえば当たり前のことだ。とりあえずは難を逃れたもののまだ助かっているわけではない。ノイズはまだ壁の向こうにいるのだ。それで平然といられないのが普通であろう。

 

 

「・・・。」

 

「・・・怖い?」

 

「・・・うん。」

 

「・・・そうだよね。」

 

(・・・この状態で逃げ回るのは難しいかな。)

 

 

何か話すべきだろうと考えたが何を話せばいいのか思いつかないし、そもそも考える気力が残っていない。むしろ彼女の恐怖を煽ることになるかもしれないと思い何も言わずにいた。

 

このまま何事のないよう祈るしかないその状況に少しもどかしさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラウマ。

 

 

響は怯えている。だがその原因はノイズからの死の恐怖が主ではない。

 

 

―――――また奪われるかもしれないという恐怖。

 

 

ノイズによって人生を大きく狂わされた。そしてそれは今回も同様かもしれない。せっかく自分を理解してくれる人が現れたというのに、もし目の前で失ったら?という自分が死ぬことよりも生きている絶望。また放浪生活戻って誰も理解されぬまま一生を終えたらという未来。そんな悪寒が響を襲う。

 

 

(また一人になるのは・・・やだ・・・・。)

 

 

響の視界に現れるのは唯一理解しようと歩み寄ってくれた一人の少年。その瞳はまるで苦しむ我が子を憐れむような、悲しそうな目をしていた。

 

 

「・・・怖い?」

 

「・・・うん。」

 

 

そうだよねと月華は言葉を紡ぐ。

 

 

「今から逃げ切るのは少し難しいだろうから、とりあえずはノイズが消滅するタイムアップまでここで雲隠れするよ。すぐそこにノイズがいるしね。とりあえず静かに、おとなしくね。」

 

「・・・うん。」

 

 

そう言葉を紡ぎながら響の隣に壁に寄りかかりながら脱力するかのように座り込む。

 

チクタクと時計の針が動く音が辺りに響く。最後に会話した時からいったいどのくらいたったのかとふと時計を見ているとまだ5分も経っていなかった。体感的にはもう1時間だと思っていたが、時間を意識してしまうのはやはり落ち着かないからだろう。

 

かつての戦争時代、空爆から地下に避難している人々はこんな気分を日常的に味わっていたのあろうか。そんなことを考えていると、響の肩に物理的な重みを感じた。

 

 

「すぅ・・・。」

 

「・・・。」

 

 

どうやら月華はノイズに襲われる前に疲れて睡魔に襲われたようだ。死ぬかもしれないというのに疲れたからと言って寝れるだろうか。少なくとも自分はいろいろ怖くて寝れない。

 

 

(・・・どうしてこの人は。)

 

 

川島月華。彼は赤の他人である自分を助けてくれた。今までもそうだけど今回もそう。あの時彼はノイズに殺されるかもしれないという死の恐怖の前でも自分を助けてくれた。人が窮地に立つとその人の本性が出るもの。今までの人ならきっとすぐに自分を見捨てるだろう。にもかかわらず自分を助けてくれた。

 

昔似たような女の子と良く遊んだ記憶がある。

 

 

(・・・?だれだっけ・・・。)

 

 

なぜその子を思い浮かべたのかはわからない。小さいころからずっと一緒にいたはず。でも思い出せない。

 

 

(まあいいや。)

 

 

思い出せないということはたいして大事なことではないという事。その人ももう自分のことを忘れているだろうし深く考えているのをやめた。

 

その月華の寝顔をずっと見ていたからだろうか。不思議と震えが止まった。どこか心に余裕ができたように感じる。

 

 

(これからどうしよう・・・。)

 

 

これからとは、今の現状についてではなくこの災害を乗り切った後の生活についてだ。最初は信用してないのもあって早くどこかへ行こうと考えていた。でも、彼との生活はどこか居心地がよかった。このままあそこに居たい。

 

 

(けどもし、私のことがばれてこの人にまで巻き込んじゃったら・・・。)

 

 

そうしたらどうなるのだろうか。彼も敵に回るのだろうか。それとも守ってくれるのだろうか。

 

 

(さっき助けたことも考えてその時でも一緒にいてくれると思うけど・・・でも。)

 

 

そうなるとは断言できない自分がいる。放浪し続けて見つけた温かい場所が実は罠だったなんてもう目も当てられない。ずっと裏切られて奪われていたからどうしても完全に信用できない自分がいる。

 

 

(・・・最低だ・・・私。)

 

 

そんなことを考えている自分に嫌気を感じた。

 

 

(でも・・・もう少しだけ・・・いてもいいよね・・・?)

 

 

温かな気持ちになったのは事実。その温もりにもう少し当たっても罰は当たらないだろう。

 

だが現実はいつも非常だ。

 

そんな願いを持っている少女すら、慈悲もなく災厄が響の視界に映った。月華がさっきまで見ていたカーテンの隙間からごちゃごちゃした色の頭部らしき天敵がこちらをじっと見ていた。その事実に恐怖で顔を青ざめる。

 

 

「起きて!!」

 

「っ!?・・・ノイズっ!?」

 

 

響の声で目覚めた月華はそんなと声を零す。次々とこの部屋に窓を文字通り、通り抜けて侵入するノイズ。そのことを理解した月華は、条件反射で響の手を掴み玄関へと走る。さっさと廊下あたりにいるべきだったと後悔しながら家を飛び出した。

 

とにかく住宅街を出る。住宅街ゆえの規則的な道で周りには家か公園しかない。単調な行動しかできないし、隠れる場所もない。まさに絶体絶命だ。

 

 

「どうすれば・・・っ!」

 

 

曲がり角にあるミラーを見ると、一体のノイズの形状がねじれるように変わる。突進攻撃だ。標準は月華ではなく響。響を抱きしめながら横に飛び込んで緊急回避をする。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

間一髪助かったが、着地の際に足をひねってしまった。その激痛に思わず顔をゆがめる。そして最悪の要素はそれだけではない。すぐに逃れられない絶望が月華たちの目の前に現れた。

 

その正体はノイズ。数は4匹。

 

一匹ならわずかながら可能性はあった。その方法はさっきやったように突進攻撃を誘い、横に緊急回避をして進むという方法だ。足を痛めているが、それでも可能性はあった。だがそれも複数いるのなら話は別。響をかばうように月華は前に立つ。

 

この道路はそこまで広くない。道の横は最悪なことにブロックでできた塀。住宅の入り口すら近くにない。

 

それでも、一人だけ助かるであろう方法は―――――ひとつだけある。

 

 

「響ちゃん・・・。」

 

「・・・何?」

 

「僕に張り付いて台になるから、塀を上って向こうに逃げるんだ。」

 

「っ!?」

 

 

その内容は1人が塀を超え、もう一人はおとりになるという方法だった。それならほんのわずかなものではあるが生きている可能性はある。

 

でもそれは。

 

 

「・・・できないよ・・・そんなの。」

 

「お願いだ・・・行ってくれ。」

 

「いやだ・・・。」

 

 

響にとってはすごくつらい方法で、仮に生き延びたとしても響自身それからどうするか。おそらくは想像に難くはない。でも現実は非常で、月華はもう生き残ることはできない状態にある。だからせめて彼女だけでもと救おうとする。

 

 

「足手まといがいる中じゃ君もやられちゃう。」

 

「いやだ。」

 

 

それでも、おいて逃げないと頑なに響はその方法に応じない。

 

 

「このままだと君も消されちゃうんだよ!!だから―――――」

 

 

諦めかけている月華の様子に響の思いは―――――沸騰する。

 

 

「できないよッ!?そんなこと!!」

 

「っ!!」

 

 

響の大きな声に驚き思わず月華は振り向いた。今まで彼女が見せていない悲しみの顔で響は泣きながら胸の内にある思いを吐きだした。

 

 

「つらかったッ!!お父さんもお母さんもおばあちゃんもいなくなってッ!!住む家も無くなってッ!!何もかもなくなってッ!!」

 

 

あの日をきっかけに、すべてが反転するように世界が変わって。楽園から地獄に変わって。自分のせいで家族がいなくなって。みんな自分から離れてしまって。なにもかも奪われてしまって。

 

 

「でもッ!!それでもッ!!助けてもらって嬉しかったッ!!うどん美味しかったッ!!おばちゃんが作ったお好み焼き美味しかったッ!!いつも私の心配をしてくれて嬉しかったッ!!」

 

 

守ってくれた。一人だった自分を月華は見捨てやしなかった。居心地がよかった。温かかった。その優しさに少しづつ惹かれて。こんな時間が続けばいいのにと願い続けて。

 

 

「だからッ!!だからッ!!一緒に逃げるんだッ!!一緒に生きて帰るんだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪われているってそう思ってた。

 

 

―――――・・・・・うん・・あ、起きたんだね。・・・よかった。

 

 

出会ったあの時は大雨だった。

 

 

―――――ボクの名前は川島月華って言うんだ。よろしくね。

 

 

彼がわたしを拾ってくれなければ今のわたしはいない。

 

 

―――――けが人はおとなしく休んでいなよ。それに行く宛てはないんだろう?

 

 

彼は最初からわたしを信じてくれた。

 

 

―――――盗んだりするの?

 

 

どんな思いがあっても、助けたことに、支えてくれたことに感謝してる。

 

 

―――――それに、あの時と同じだしね・・・・・・。

 

 

もういいだろう。立ち止まるのは。怯えるのは。彼は出会った時から私を待ってくれてる。

 

 

―――――ゆっくりでいいから、待っているからね。

 

 

進もう。前へ。私が歩む道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けたい。一緒に帰りたいという願いを胸に秘めて。

 

そしてその願いは力へと変わる。歌とともに。

 

 

―――――Balwisyall Nescell Gungnir tron...

 

 

胸を中心に『火』が灯る。

 

 

 



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撃奏の覚醒

知らぬ間に、お気に入りが1000件を超えました。
それだけでなくちょくちょくランキングに乗るようになりました。

ありがとうございます。

これからも不定期ではありますがよろしくお願いします。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?・・・う・・ヴゥゥゥ・・・・。」

 

 

 

まるで氷河期のような胸の内を温かく溶かしてくれたのは他でもない月の光。少しずつ氷が溶けて現れたものは願い。その灯火はやがて大きく燃え上がり生まれたのは歌だった。

 

 

「ぐううぅぅぅ!!」

 

「響ちゃん!?」

 

 

その衝動を抑えるかのように響は胸を強く掴み、膝をつく。表情は苦痛と怒りに満ちたかのような、野獣のような鋭い眼つきになる。

 

 

「ヴゥゥ・・・アアァァ・・・。」

 

「響ちゃん大丈夫!?」

 

 

体の内側で何かが蠢くのがわかる。細胞一つ一つが作り変わっていくのがわかる。月華が寄り添おうとしたが、響の内側から飛び出す見えないエネルギーによって近づけなかった。

 

ドクンドクンと心臓の動きに合わせて背中から機械や歯車が飛び出しては戻る。機械は響をノイズと戦うための戦士へとその姿を変えさせる。力の鼓動が終わった。そこに新たな戦士が誕生した。世界の雑音を壊し歌を纏う、常人を超えた存在がそこにいた。

 

それはオレンジ。ヘッドギアを頭につけ両腕にガンドレットを装着し、足にはブーツ型のユニットがついている。深夜の夏風が彼女が巻いているマフラーを静かにたなびかせていた。

 

 

「響・・・ちゃん?」

 

「あれ・・・?どうなってるのこれ?」

 

 

どうやら響本人が意図的に変身したのではない様子。ノイズの出現ポイント複数同時発生よりも予想外なことになったため、ノイズがそこに迫っているとかもう死ぬかもしれないとかそんな状況すらも忘れてしまった。

 

そんな状態をチャンスと見たのか一体のノイズが響に襲いかかる。

 

 

「響ちゃん危ない!!」

 

「っ!?」

 

 

不意の一撃に思わず響はこぶしを突き出した。この行為は自殺行為だ。ノイズは人のみに触れると炭化分解する。このままでは響は死ぬ。

 

 

(っ!!しまった!!)

 

 

だが灰と化したのは響ではなくノイズの方だった。その事実に月華は思わず目を見開いた。ノイズに触れたものはノイズとともに炭化分解される。それは大昔からわかっていたことでその事例も覆されることはなかった。しかしどうだろうか。目の前に常識を覆すことが起きたのだ。

 

 

「あれ・・・?生きてる?」

 

 

ノイズが人を殺すのではなく人がノイズを殺すとは一体どんな奇跡か。なにがなんだかわからないが、これはチャンスだ。

 

 

(どういう理屈かわからないけど・・・。)

 

「響ちゃん!!その姿なら、ノイズを倒せるみたいだ!!」

 

 

はっと響が月華の言葉にこの状況について理解が追い付いた。諦めていたけど、今この姿なら生き残ることができる。生きて帰ることができる。その言葉が自然と頭を横切り、強く握り拳を作る。

 

 

(そうか・・・、これなら・・・この力なら・・・!!)

 

 

視界に映るノイズは前に3体と右に6体の計9体。距離は大体10~9メートル。後ろは壁。月華は足のけがのため動けない。この場を動いたら月華は炭化分解されて死ぬ。だからと言って初めての戦闘のため長期戦は控えるべき。ならばやることはひとつ。それは単純にして明快。

 

 

「一撃で・・・仕留める!!」

 

 

その喝が戦いの合図となり、ノイズが一斉に襲い掛かってくる。その速度は月華からしてみれば車が高速道路を走るくらいの速さを感じている。

 

 

―――――約7メートル

 

 

だか響からしてみれば遅く、そして攻撃点は一点。高さもほぼ同じ。

 

 

―――――約5メートル

 

 

上半身を思いっきりひねる。

 

 

―――――2メートル

 

 

一撃で仕留めるために、右足を軸に勢いよくこぶしを振るう。

 

 

「すぅ・・・。はあぁぁ!!」

 

 

響が行った攻撃はいわゆる'裏拳'。その一撃をもってしてすべてのノイズを撃退した。その威力は草木を大きく揺らがせるほどの台風クラスの拳風が辺りにわたり、その一撃が一体どれほどの威力なのかは容易に理解できた。

 

ノイズはその一撃でかわすことも吹き飛ばされることもなくただ煤となって風にのって夜の果てへと飛ばされた。

 

 

「すごい・・・。」

 

 

一体いつから現実はフィクションの世界になったのだろうか。誰もが理想としていたノイズに対抗する力を彼女が纏っているのだ。もうこれが漫画かアニメなら信じてもいいぐらいの事が現実に起きた。彼女と自分が出会うのは運命だというのだろうか。

 

 

(まあ・・・何やともあれ、生き残った・・・。)

 

 

助かった。思いもよらぬ奇跡によって生き残ることができた。諦めかけていたのに、彼女に救われた。目の前で起きたことが衝撃的過ぎたようで、気付けば既にノイズ出現のアラームは鳴り止んでいた。

 

災害の進軍は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は生き残ったのだ・・・。生き残るべくして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響はただ静かに夜風に乗ってノイズだった煤が遠くへと飛んでいくさまを眺めていた。

 

 

(私が・・・倒したの・・・?)

 

 

人のみでありながら自分がノイズを倒したという現実に響は未だ実感が湧かなかった。けど目の前に起きたことが現実であって真実であって事実であった。目をこする。視界には煤が映る。見間違いじゃないことを意味している。

 

 

(・・・嘘じゃない。私が倒したんだ・・・。)

 

 

でもいつからこんな力が?なんで今になって?

 

そんな言葉が脳裏を横切る。身にまとっているこの力は自分自身の胸の奥から湧き出たような感覚があった。心当たりがまるでない。変なものを口にした覚えもないし、過去に奇妙なことが自分に起こったという記憶もな―――――

 

 

(そういえば・・・。)

 

 

いやあった。ひとつだけ。

 

ツヴァイウィングの惨劇。あの時に胸にある破片が自分の胸に刺さった。それを証明するフォルテシモを意味するの記号の傷跡が今も胸に残っている。ここからだ。ここのおくから熱い何かが現れたのは。

 

 

(・・・でも。)

 

 

だがそんなことはどうでもいいとも思った。

 

 

(この力があれば・・・。)

 

 

すべてを奪った元凶にして大昔から伝わる人類最恐の天敵『ノイズ』。奴らがいなければ、人類は長きにわたり苦しむことはなかった。あの惨劇で大勢の人が死ぬことはなかった。

 

―――――そして生き延びた多くの人たちが、あんな地獄を味わうことはなかった。

 

ノイズという単語を聞くとどうしても連想思考であの惨劇が脳裏をよくチラつく。胸の奥からドス黒い感情が湧きあがる。抑えていたその感情は最近ではそのたびにギリィと強く歯を食いしばり、怒りで顔を歪ませていた。

 

 

「響ちゃん・・・。」

 

「・・・!」

 

 

月華の呼び声にはっと我に返る。振り返ると痛む足を引きずりながら心配そうにこちらの様子を窺う彼がいた。

 

 

「大丈夫?どこか痛めた?」

 

「あ・・うん、大丈夫・・・。」

 

「そう、良かった。でもその姿は?ノイズを倒せた秘密はその恰好にあると思うけど。」

 

「・・・わからない。私も何がなんだか。」

 

「そっか・・・いてて。」

 

「っ!!足が・・・。」

 

「軽くひねっただけだよ、心配しないで。」

 

 

ひねった足に力が入らなくなったのか片足の膝をついた。月華の声を聞かずに響は裾を上げると、その足には明らかに軽くではない青紫色が浮かび上がっていた。いたずらがばれたかのような苦笑いをする。そんな姿を見て胸の多くから罪悪感が湧く。

 

 

「その・・・。」

 

「間違ってもごめんなさいなんて言わないでおくれよ?」

 

「え・・・?」

 

「身を挺して君を守ったんだ。それを自分のせいで傷ついて悲観するなんて失礼だよ?」

 

「あ・・・うん。ごめん。」

 

「ほら言ったそばから。」

 

「う・・・。」

 

「それよりも、もっと言われてうれしい言葉が聞きたいな~。」

 

 

クスクスとからかうように棒読みで紡ぐ。そんな様子に特に不愉快な思いもない。でもこんなに心が苦しむことない言葉でからかわれたのはいつ振りだろうか。いつからだろうか。こんな当たり前なことができなくなったのは。

 

 

―――――こんな友達同士がやるような事を

 

―――――ずっとやりたいと思ったのはいつからだろうか。

 

 

(いつも日常でしていたことなのに・・・。)

 

 

忘れていた大切な気持ち。昔感じていた、陽だまりのような温かな気持ちを少し思い出した気がする。そのことを自覚すると自然と笑みが浮かび上がった。

 

 

(ああそうだ。笑顔ってこんな感じだったな・・・。)

 

「ありがとう・・・、私を助けてくれて。」

 

「うん。どういたしまして。」

 

 

見えた。やっと見えた。彼女の瞳の奥にある光が。まだ鈍く照らしている状態だ。だけど初めて会話した時とはえらい違いだ。長い道のりを経てやっとゴールを見つけた気分だ。

 

そんな彼女の笑顔を見ていると自然と手が彼女の頭をやさしく撫でる。

 

 

「なんだ・・・その笑顔結構かわいらしいじゃないか。」

 

「ッ!?な・・・なにいって・・・。」

 

「ごめんごめん。」

 

 

真夜中の暗い世界なのに、どこか二人だけは明るかった。そんな世界を響はずっと望んていたのかもしれない。

 

その世界に後ろの屋根から第3者の声が聞こえた。

 

 

「・・・マジかよ。なんでガングニールが・・・!!」

 

 

聞き覚えのある声が2人の耳に届く。その声は友達でもなければ家族でもない。日常的ではないが誰もが知っているであろう声だ。声がする方向の先には響と同じ格好をしている赤髪の少女が信じられないような目でこちらを見ていた。

 

 

「なあ・・・なんでガングニールを纏っているか聞かせてくれないか?」

 

「天羽・・・奏さん?」

 

「ガング・・・ニール?」

 

 

天羽奏。日本が誇るアーティストユニット『ツヴァイウィング』の一人。その芸能人がそこにいた。

 

 

―――――その姿はまさしく

 

 

―――――響と同じ()()だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




毎回気づいたらたくさん書いているんだよね。
そして深夜になるという。
仕事休みたい。




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特異災害対策機動部二課

おそらく今年最後であろう投稿。


今回はシンフォギアという作品の説明がメイン。
私にとっては原作の復習みたいなもの。


 

 

 

 

 

 

 

 

特異災害対策機動部。

 

認定特異災害ノイズが出現した際に出動する政府機関である。

 

第二次世界大戦時に旧陸軍が組織した特務室『風鳴機関』を前身として一課が設立。そして世界に先駆けてノイズを駆逐する有効手段を研究することを目的とした今から8年前に設立された二課がある。この機関は一課と二課の二つの組織で構成されている。

 

一課は主に避難誘導やノイズの進路変更、さらには被害状況の処理といった任にあたっており、通常「特異災害対策機動部」と聞いた場合に、一般の人間が思い浮かべるのは報道媒体に取り上げられる一課のイメージとなっている。言うならば特異災害対策機動部の見た目担当である。

 

それに対して、二課は言うならば特異災害対策機動部の中身である機密情報の処理をメインに行っている。だが機密情報の処理ぐらいなら第2次世界大戦の頃から存在している一課でもいいのではないかと思うものもいるだろう。だが機密情報の取り扱いは二課の方がいろいろと手間が省けるのだ。

 

その理由は一課同様、ノイズ被害の対策を担っているのだが決定的に異なる点がひとつある。それこそが―――――

 

 

―――――ノイズに対抗できる唯一の力。『シンフォギアシステム』である。

 

 

対ノイズに対抗できる圧倒的な戦闘力を持つほか、それ以外でも戦況を左右するほどのものである。それ故シンフォギアシステムの保有は、現行の憲法では非常に危うい位置づけとなるため、周辺諸外国の目や日米安全保障条約を鑑みて、その存在を秘匿するとの政府判断が下されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日のノイズ災害で響が纏ったバトルスーツの正体が日本政府が所有するシンフォギアの【ガングニール】。

 

 

【ガングニール】とは。

 

別名グングニルと呼ばれるその名は、神々が持つ武器のひとつで形状は槍に分類する。所有者は北欧神話の主神にして戦争と死の神オーディン。その名は古ノルド語で剣戟の響きの擬音を意味する。

 

ロキのいたずらから始まったロキとドヴェルグ(小人族)との腕自慢対決で作られたその槍は、神々に納められた後にオーディンのものとなった。

 

必殺必中の威力を持つ投槍で、その威力は伝説の剣「グラム」を一撃で粉々にするほど。

 

鋼の穂先にルーン文字を配することによりその魔力で貫けない鎧はなく、人の素たる「トネリコの木」で柄が造られているため、どんな武器もこの槍を破壊することはできない。

 

投げると何者も絶対に避ける事ができず、敵を貫いた後は自然に所有者の元に戻ってくるブーメランのような機能も持つ。

 

最終的にはラグナロクにおいて、オーディンと共にフェンリルに飲み込まれた。だが飲み込まれたとはいえ、一部分の欠片は残っていたらしい。

 

 

それこそが大昔から言い伝えられているもの。そして【ガングニール】とは所謂【聖遺物】という一つの括りに属しているのである。

 

 

大昔から存在するすべての【聖遺物】には現代の科学力では解明することができない【異端技術】が使われている。その【異端技術】こそが重要であり、ノイズに対抗できる力となるのだ。

 

だがそれらは古くから存在するもの。当たり前だが時間が経つにつれてその存在は劣化していく。あるものは災害などでバラバラに欠けていたり、或いは伝承で一部破損しているものもある。そんな状態では当然機能はしなかった。ガラクタも同然である。当然解析はどこの国も進めているが、現状この国日本を除いては、ノイズに対抗できるであろう技術を手に入れていない。

 

それらを一定期間の間だけでも構わないから力を引き出すための方法が必要だった。そのための理論を二課のとある天才が提唱。そしてその理論をもとに生み出されたもの。それこそが【シンフォギアシステム】である。

 

シンフォギアシステムが起動すると、響や天羽奏のようなバトルスーツへと変身しノイズと戦うことができる。逆に待機状態は赤い結晶のペンダントになる。だがここで一つの疑問が現れた。天羽奏と風鳴翼はそのペンダントを持っているのは当然だ。

 

 

しかし響は持っていなかったのだ。

 

 

昨日はここまで。既に日にちが変わってしまっているので続きは明日ということになった。幸い現在は日曜日。学校はとりあえず気にしなくてもいい。

 

そして今回はその続きを知るためにここ特異災害対策起動部2課本部にいる。響はシンフォギアシステムの生みの親である【櫻井了子】女史に検査を受けてもらっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で月華は作戦司令室にて主要メンバーとともに結果報告を待っていた。その間、月華は軽く挨拶を行う。

 

 

「久しぶりだな。月華君。」

 

「はい、お久しぶりです。まさかまたお世話になるとは思いもしませんでした。」

 

 

月華に話しかけたのはいかにも屈強な体という単語が似合う男性の【風鳴弦十郎】。お堅いイメージとはまるでかけ離れたどちらかというと大らかな、器の広いようなものを感じ取れる。過去のノイズ災害の時にお世話になったことのある人だ。月華自身もよく知っている。

 

 

「私ははじめましてね。もう知っていると思うけど、私の名前は【風鳴翼】。よろしくね。」

 

「私は【天羽奏】。よろしくな。」

 

「はい。」

 

「なんか落ち着かないようだけどどうしたの?」

 

 

よくメディアで取り上げられている赤と青の2人の少女。ツヴァイウィングというアーティストだ。有名人を生で見るのは月華自身も初めてであるため少し舞い上がっていることを自覚している。

 

 

「いやぁ、有名人を生で見るのは母以外で初めてですので。」

 

 

その瞬間月華以外の人が俯いた。え?と戸惑っていると力弱く源十郎が口にする。

 

 

「ああ、ゆかな君か・・・。」

 

「え?・・・母を知ってるんですか?」

 

「ああ、じつは君の母・ゆかな君は君が川島家に拾われる前から我々特異災害2課のメンバーなんだ。」

 

「え?お母さんが・・・!?」

 

 

その事実に思わず目を見開く。まさか身内が国家機関の属しているとは思わなかった。母は世界的に有名なヴァイオリニストだということは知ったときはただすごいと驚愕していたが、こっちの事実のほうがもっと驚いている。

 

この組織にある職業なんて【オペレーター】かシンフォギア奏者のような【実働部隊】。あとは【研究職】ぐらいだろう。母は世界的なヴァイオリニストだ。すでに引退はしているものの移動範囲が広すぎる職業のため、【オペレーター】はまず能力云々以前に勤まらない。【研究職】ができるほど知識もないだろう。

 

となると、母・ゆかなの役職はもう一つしかない。

 

 

―――――()()()()()()()()()()()

 

 

ここに来るまでの移動中、大雑把に説明されたシンフォギアの説明を受けていたら、そうとしか考えられない。

 

 

「・・・母は・・・あの惨劇の中戦っていたんですか?」

 

「・・・ああ。」

 

「・・・立派に戦っていましたか?」

 

「立派ってもんじゃないさ。ゆかなさんがいたから私たちは・・・いやあの会場にいた多くの人々は、生き延びたんだ。」

 

「え?母さんがみんなを救った?」

 

 

それほどまでにシンフォギアとは強力なものだろうか。どうやら響は想像以上のものを手にしてしまったようである。

 

 

「・・・ああ、川島。あなたの母君は―――――

 

「みんなお待たせ~~♪」

 

 

翼からその先を口にしようとしたときに、その場を壊すような陽気な雰囲気の方向を向くと櫻井女史と響が入ってきた。どうやら検査は終わったようだ。

 

 

「了子君。どうだった?」

 

「ええ、わかったわ。どうして響ちゃんがシンフォギアを持っていないのか。どうしてガングニールを扱えたのか。」

 

 

作戦司令室のスクリーンが変わった。映し出されたのはレントゲン画像と、シンフォギアを纏っている響の姿。こほんと咳払いをして言葉を紡ぐ。

 

 

「さて2人は、シンフォギアについてどこまで聞いてるかしら?」

 

「えっと、元々聖遺物だった欠片や一部を加工してできたもので、待機状態は赤いペンダント。展開するとバトルスーツを纏って戦えること。あとはそれ自体が現代兵器より強力なため、条約とか憲法とかがいろいろギリギリなこととか・・・大体そんなところです。」

 

「じゃあシンフォギアシステムの概要はまだってことね。それじゃあまず、【シンフォギアシステム】とは、この天才の私が提唱した「櫻井理論」に基づき、聖遺物から作られたFG式回天特機装束の名称のことよ。身に纏う者の戦意に共振・共鳴し、旋律を奏でる機構が内蔵されているのが最大の特徴でそれを引き出すためには歌が必要なの。」

 

「歌?ということは歌いながら戦うという事ですか?」

 

「そういうことよ。」

 

「歌いながら・・・そういえばあの時・・・。」

 

 

肺活量やばそうだなと思っていると、響がそう呟いたことを月華は聞き逃さなかった。聞きたいところだが今は後回しにする。

 

 

「その旋律に合わせて装者が歌唱することにより、シンフォギアはバトルポテンシャルを相乗発揮していくけれど逆に言うと歌うことができなければ、例えば交戦中にダメージを受けるなど何らかのカタチで歌唱が中断されると、バトルポテンシャルは一時的に減衰するの。」

 

「でも、響ちゃんは歌ってませんでしたよ?」

 

「あの姿になる時に歌っていたはずよ。」

 

 

確かに歌っていた。その歌を歌うことで変身できた。でも歌だろうか?

 

 

「そういえば・・・、でもあれ歌なんですか?どちらかというと呪文というか魔法を放つときの詠唱のような印象でしたけど。」

 

「そのとおりよ。シンフォギアのペンダントを通して胸の奥から【聖唱】が浮かび、それを歌うことで初めてシンフォギアを纏うことができるのよ。」

 

 

聖唱を歌えば【アウフヴァッヘン波形】という聖遺物あるいは聖遺物の欠片が、歌の力によって起動する際に発する、エネルギーの特殊な波形パターンが現れて聖遺物が起動しシンフォギアを纏うというのが変身するまでの過程だ。

 

 

「ちなみにシンフォギアによってパターンが異なるからこちらから照合することで特定可能よ。」

 

「なるほど・・・。少し話がそれますが、ノイズに触れるとどうして炭化分解するんですか?それとどうしてシンフォギアだとどうしてその人じゃなく、ノイズが炭化分解するんですか?」

 

 

シンフォギアの起動と特徴は理解できた。次は力だ。その疑問に櫻井女史は答える。

 

 

「いい質問ね。まず、ノイズに触れると炭化分解する事についてなんだけど、【位相差障壁】が要因なの。」

 

「位相差障壁?」

 

 

位相差障壁とは、ノイズの持つ特性のひとつで、存在を異なる世界にまたがらせることにより、通常物理法則下にあるエネルギーを減衰〜無効化させる能力である。

 

例えば、戦車が攻撃したとしてもその砲撃はすべてすり抜けるし逆に建造物などは破壊可能である。

 

これは存在比率をこちらの世界から殆ど切り離すことにより、相手からの物理的干渉を無効化つまり砲弾がすり抜け、自身の存在比率をよりこちらの世界に寄せることで、物理的に相手に干渉可能つまり建造物を破壊可能だということだ。

 

ダメージを500与える攻撃に対して、こちらの世界に100%存在するノイズは500のダメージを受けるが、半分の50%しか存在しないノイズは250のダメージしか受けず、存在比率を限りなく0に近づけたノイズにはほとんど効果がないことがうかがえる。

 

 

後者の質問については二課の保有するシンフォギアシステムだけが持つ力である。

 

シンフォギアシステムから繰り出される攻撃は、インパクトの瞬間、複数の世界にまたがるノイズの存在を「調律」し、こちらの世界(通常物理法則下)に無理矢理引きずり出すことで位相差障壁を無効化、ロス無くダメージを与える機能が備わっている。

 

 

「なるほど。ということはノイズは異世界の生物なんですか?」

 

「現段階だとそういうことね。」

 

 

異世界。最近ではWeb小説を中心によく聞く言葉。現実のいったいどんな世界だろうか。つい思考深く入りそうだったが今は止めておく。そんなことよりも聞きたいことがあるのだ。この場にいる全員が知りたいことが。

 

 

「それで・・・どうしてペンダントがないのに、響ちゃんがシンフォギアを使えるんですか・・・?」

 

「それはね、響ちゃんの心臓にガングニールの破片が見つかったの。」

 

「心臓に・・・っ!!」

 

 

スクリーンに映し出されたレントゲン画像に欠片のような点滅が出る。体中に血液を循環させるために必須となる心臓。その中に広範囲で散らばっていることを表していた。医者じゃなくても危険な状態だということはわかる。そんな状態で生きていたのは奇跡というべきだろう。

 

 

「だ・・・大丈夫なんですか?」

 

「今のところはね。これからどうなるかは・・・正直、過去のケースがないからわからないわ。」

 

「一体いつからなの・・・?」

 

「・・・っ!!まさかツヴァイウィングの惨劇の時の!?」

 

「どういうことだ?心当たりがあるのか奏?」

 

「・・・そうです。」

 

 

消えそうな小さな声。でもそれは確かに作戦司令室全体に響いた。声の主は言葉を紡ぐ。

 

 

「あの時、ツヴァイウィングの惨劇の時、奏さんの武器の破片が私の心臓を貫いた時だと思います。」

 

「っ!!」

 

 

その事実に思わず目を見開いた。すべての悪夢の始まりであったツヴァイウィングの惨劇。あれから立花響の運命は決まっていた。家族を失うことも、居場所を失うことも、そして新たに自分に寄り添ってくれる人に出会うことも決まっていたのかもしれない。

 

 

「思い出した。たしか報告にシンフォギアの破片が子供の心臓を貫いたとあったが、あれは君だったのか。」

 

「・・・。」

 

 

俯いたまま、奏はゆっくりと響のほうへ歩む。

 

 

「奏・・・?」

 

 

そして響を強く抱きしめた。

 

 

「ごめんな・・・。あたしのせいで・・・。」

 

「・・・。いいですよ。そのおかげで私たちはこうして生きている訳ですから・・・。」

 

「でも、あたしは・・・。」

 

()()()()()()()()()()。」

 

「っ!!」

 

「そう言ってくれたのは奏さんです。」

 

 

破片が心臓を貫いたあの時。響は生死をさまよった。もしその一喝がなければそのまま精神は眠り、死んでいたのだろう。でも響は生きている。奏が呼び起こしてくれたのだ。

 

その言葉に奏は顔を上げる。そんな奏を響は辛そうに、それでいて優しそうに言葉を紡ぐ。

 

 

「その言葉があったから、私は今こうして生きているんです。あの惨劇は、間が悪かっただけなんですよ。仮にノイズが現れると分かっていたとしても、どうしようもなかったんです。きっとたくさんの人たちが死んでいた。多くの人が苦しむのはしょうがなかったんです。」

 

 

ノイズについては確かに仕方がない。ノイズは災害だ。機械的に人を襲い、殺す。でも奏は理解した。響が言っているのはそういう事じゃないと。

 

 

「しょうがなくなんかない・・・。」

 

「え・・・?」

 

「じゃあ、なんで響たちは、生き残った人たちはどうして責められなきゃならないんだ?どうして生存者たちは自分から消えていくんだ?」

 

 

ノイズが襲われた後の人間が自ら起こした悲劇。人間が人間を排除しようとするドス黒い悲劇。後悔の涙が頬を伝う。

 

 

「『生きることを諦めるな』なんて言ったのに、あたしは、いやあたしたちはノイズを撃退したことで勝手にみんなを救った気になっていた。」

 

 

ライブ会場での惨劇が終わった後、これまでどおり自分たちも助けた人々も過ごすことに疑問を持たなかった。それは大きな過ちにして力持つ者の傲慢だった。

 

亡くなって言った人たちが大勢いたことにどれだけ胸を痛めたか。どれだけ苦しんだか。。それを知ってどうにかしようと頑張ったけど、生き残った人たちはもうほとんど日常から消えて行った。数字で表すと全体の8割は超える。

 

それだけじゃないのだ。その惨劇以前に自分が救った民間人は苦しんでいた。ノイズ災害にあったものには規模次第では援助金が得られるのだ。それでいつも通りの日常に戻るはずだった。しかしその先にあるのはほかの人々からのひどい仕打ち。『税金泥棒』などと蔑まされ、子供はいじめにあう始末。親は職場でひどい扱いを受ける。

 

すべてを知った時にはもう遅かった。近年増えている自殺などは、それらによるもの。自分たちが助けた人々は地獄を味わい、そして破滅していく。いったい自分たちは何をやっているのだろうか。どうしてそこで救ったと胸を張れたのだろうか。

 

当時の自分を殴ってやりたい気分だ。それほどまでに今も苦しんでいる。奏だけでなく翼も、弦十郎も、2課も。

 

でもそれでも。

 

 

「わたしは・・・、ここにいます。生きてます。だから・・・顔を上げてください。まだ奏さんが自分が許せないのなら、今度こそその手で救ってあげてください。」

 

 

それでも2課達を決して責めないのはやはり彼女が【立花響】だからだろう。少し前の響なら叫んでいた。怒鳴っていた。怒っていた。でもそうしなかったのは、そうならなかったのは一人の支えてくれる少年がいたからだ。

 

どこまでに明るく優しい表情。そんな黄昏を感じさせる顔に奏の視界が歪んだ。

 

 

「ッ!?悪かった!!本当に!!本当に!!」

 

「もういいですよ。もう済んだことですから。」

 

 

そうすべては済んだこと。ならこれからやることは立花響として前に進む。自分は一人じゃないから。一人ぼっちじゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――私ニハ、(ちから)ガアルカラ・・・。

 

 

 

 

 



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家族

令和及び新年度初投稿。


 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・協力ですか?」

 

「ああ、我々特異災害対策機動部二課は正式に君達に協力を要請したい。」

 

 

全体的に落ち着きを取り戻した雰囲気になり、二課にとっての第2の本題に入った。それは述べた通り()()()()()。ノイズに対抗できる唯一の矛・シンフォギア。それを起動し、使うには歌を用いらなければならない。しかしそれは誰にでもできることではない。

 

まず第一に使用者が女性でなければならない。第二にシンフォギアと使用者との適合率が高くなければならない。第三に使用中は歌い続けなければならない。つまり相当な体力及び肺活量が必須。

 

上記の条件を満たすために地上にリディアン音楽学院があるのだ。常日頃から何も知らない少女たちの歌を測定している。しかしそう簡単に3つの条件をクリアできるものではない。現に響という融合症例が現れる前は奏と翼の二人しかいないのが現状。去年までは母・ゆかなも戦っていた。

 

圧倒的な人手不足。それ故に響に協力要請をするのは当然だろう。

 

しかし気になることも言った。

 

 

「え・・・僕もですか?」

 

 

源十郎は()()と言った。月華も含まれているのである。当然戦う力はない。

 

 

「ああ、月華君には()()()()()として協力を要請したい。」

 

 

民間協力者。やることといえばボランティアのようなもの。ノイズ災害発生後災害にあった人達の避難誘導がメインとなるだろう。ちなみに響は二課に所属するため給料は出るが月華は出ない。

 

 

「いいですけど・・・どうして僕も?」

 

「身内が戦っているのに君がおとなしくしているようには思えないからな。」

 

「はは・・・まあそうですね。」

 

 

そこは響と関わって最近改めて自覚した。

 

 

「・・・響ちゃんどうする?」

 

「・・・やります。」

 

 

静かにそう告げた。響の目に宿るは決意。決して揺るがないもの。

 

 

「私は恩返しがしたいんです。」

 

「恩返し?」

 

「はい。」

 

 

響は月華のほうを向き言葉を紡ぐ。

 

 

「月華さんのおかげで私・・・もう一度頑張ろうって思ったんです。すごく辛くて、苦しくて・・・死にたいって思ってたんですけど月華さんが助けてくれたんです。」

 

 

取り戻したい。忘れてしまった自分自身を。

 

 

「月華さんがやってくれたように・・・()()()()()()()()()()()()()()。この手で・・・この力で誰かを助けたいんです。私にも守りたいものがあるから。」

 

 

立花響の原点。困ったときはお互い様。それは、響を愛してくれた今は亡き家族たちの唯一のつながり。それだけは捨てるわけには行けない。それは家族との時間を否定することと同意義なのだから。

 

 

「響ちゃん・・・。」

 

「だから・・・やります。困っている人がいたら最短で最速で真っすぐに駆けつけてみます。」

 

「そう・・・わかったよ。源十郎さん、というわけですので二課の皆さんこれからもよろしくお願いします。」

 

「ああ、助かる。これからもよろしくお願いするよ。」

 

「へへよろしくな!!」

 

「よろしくね、二人とも。」

 

「よろしくねん♡二人とも♪」

 

 

響が自らの意思で選んだ道。それは今まで以上に過酷でつらいものだろう。それでも誰かに言われてではなく彼女頑な意志によってそうさせたのだ。

 

ならば自分にできることは一つ。見守ることだ。

 

 

「響ちゃん。」

 

「?」

 

「これから頑張ろうね。」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで月華ちゃんは男の子なのよね?」

 

「ええ。わかりにくいですよね?」

 

「そうね~♪だからちょっと脱いでもらえる?本当についてるか確かめたいから♪」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特異災害対策機動部二課で必要書類にサインした後、響と月華は地上に上がりリディアンを後にした。自分がいわゆる男の娘であったために特に変装とか周りの目を気にすることなく出れた時には生き残ったという感想だけが胸に残る。

 

男の尊厳は守った。それだけは何としても死守した。その事実があればもう十分だった。

 

負傷をしていた月華のために外で止まっていたリムジンで送車。着いた頃にはもう昼を過ぎていた。空腹特有の違和感が腹を襲うものの何より疲労感が二人を襲う。昼寝をしていたら既に日は沈んでいた。

 

そして現在は入浴中。本来なら真夏日であるためシャワーですましたいところだが、明日も学校だ。湯船には湯気以外にも柚子が浮いている。疲れを全部落とすために考えた柚子風呂だ。柚子の香りが心地よい。

 

 

―――――立派ってもんじゃないさ。ゆかなさんがいたから私たちは・・・いやあの会場にいた多くの人々は、生き延びたんだ。

 

 

ふと、脳裏に奏の言葉が過ぎった。

 

 

「そういえば・・・母さんのこと聞いてなかったな。」

 

 

まるで英雄のような扱いだった。いったいいつから母は知らぬうちにヴァイオリニストから正義のヒーローに転職したのだろうか。確かに家にいることは少なかったが、そんな素振りは感じなかった。母は意外と隠し事が得意ほうだった?ここで考えても良知が明かないため後で聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂に浸かってほくほくと頭から湯気が湧き出た月華がリビングに戻る。既に入浴を済ませた響は庭で天を見上げていた。真夏の夜風が体の熱を冷ませて心地が良い。

 

 

「・・・きれいだね。」

 

「うん。」

 

 

雨が降ったとは思えない星空が宝石にように輝いていた。静かに見惚れるのも納得がいく。月華は響の横に座った。二人は顔を合わせることなく夜空を見上げる。

 

 

「いろんなことがあった。」

 

「うん。」

 

 

それには二人が出会ってからではない。それはあの惨劇が始まってからだろう。ノイズから生き延びたと思ったら同じ人間からそんな仕打ちをされたなんて、やはりマスメディアというのは害悪だと実感する。

 

 

「辛かった・・・ってレベルじゃないよね。」

 

「うん。」

 

 

うまく言葉にできない。それほどまでに想像を絶することが起きたのだ。同情はできそうにない。その思いは受けた本人にしかわからない。

 

 

「でもいいんです。あの時言った通り・・・間が悪かったんだと思います。」

 

 

作戦指令室にいた時と変わらない真っすぐな目。その眼に歪みはない。彼女はその力で人類の脅威と戦い、人類のために戦うことを誓った。その道を選んだのだ。それはまるで英雄。

 

 

「強いね。」

 

「・・・そんなことないですよ。」

 

「ううん。強いよ。」

 

「・・・だったらそれはきっと月華さんのおかげだと思います。・・・ずっと寄り添ってくれたから、今の私があるんです。」

 

「そうかい。」

 

「だから・・・ありがとうございます。」

 

「うん・・・どういたしまして。」

 

 

――――――変わったな。響ちゃん。

 

 

響は自分の道を歩むことを決めた。出会った時とはもう見違えるほどに前に進んだ。きっと目の前に映る彼女こそが本来の立花響だろう。10秒あれば人は変わると過去に教師が言っていた気がするがおそらくそうなのだろう。あまりにも違いすぎる。

 

懸命に生きる人は本当にかっこいいと最近よく思うようになった。

 

 

「・・・ねぇ。」

 

 

そんな人はどうしてか応援したくなる。妹しかり母親しかり、みんな努力してなりたい自分になるべく懸命に生きている。自分の親しい周りはみんなそうだ。だからだろうか、自然とある提案を言葉にした。

 

 

「ここでいっしょに暮らさない?」

 

「え?」

 

 

優しいそよ風が二人の間を駆け巡った。

 

 

「一緒にですか?」

 

「うん。響ちゃんはもう帰る場所がないんでしょ?ならここで暮らすといい。」

 

 

どうかな?と響を優しく見つめる。それはすごく響にとってすごくありがたいことであった。

 

 

「迷惑じゃありませんか?」

 

「うんうん全然。むしろうれしい。」

 

「え?」

 

「前も言ったけど、一人は結構寂しいものなんだ。」

 

「・・・。」

 

 

ノイズによって家族を失った。もうお帰りといってくれる人はもういない。行ってらっしゃいと言ってくれる人はもういない。何かがあったときに支えてくれる人もいない。一緒に悩んでくれる人もいない。いつもそばにいてくれた人が突如消えた。

 

この家に残していった遺品を眺めても湧き出る感情は孤独と悲しみ。それに慣れてしまったらもう何も感じなくなる。

 

結果、この家に残ったものは虚空。

 

楽しいことが外であってもこの空間に入ると溶けてしまう。それほどまでに家族がいなくなるというのはつらい。それは響も感じていることだ。

 

 

「私も・・・一人は寂しいです。」

 

「っ!・・・それじゃあ。」

 

「はい・・・お願いします。」

 

「うん。よろしく。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過程は違えど、家族を失った苦しみを長い間背負ったもの同士。一人は人間によってすべてを奪われた。もう一人はノイズによって奪われた。まるで運命であるかのように悲劇に会い、そして二人は出会った。

 

 

――――――辛い事や悲しい事があっても、決して一人じゃ無い。

 

 

――――――信じるために、お互いに歩み寄った。

 

 

――――――きっとそれは、新たなる夜明けなのだろう。

 

 

 

 

 

 




感想とかお待ちしております。


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同族

今年は40度超えるかな。

また繁忙期にはいったため投稿が間隔伸びます


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は・・・・はあ・・・・はっ・・・・・!」

 

 

逃げる、逃げる。

 

夕暮れに染まる街を小さな手を握り締めて少女は走る。鳴り響くノイズ警報。小学生の自分より年下な男の子を連れての逃亡。周りには両親どころか人一人いない。あるのは宙に舞い続ける()。その災害はすでに人を灰に変えた。

 

 

「・・・ッ」

 

「うぅ・・・おかーさぁん・・・」

 

 

怖い。油断すれば、この子を置いて逃げてしまいそうで。十代にも満たない小さな子供に兵士のような覚悟をいきなり持て、というのが無理な話。

 

 

(――――ダメッ!)

 

 

絶対にダメだと、首を振り回す。そんなことをして果たして自分は今後胸を張って生きていられるのか。生き残ったと本気で安心して平凡な日常を過ごせるのか。そんなことをしたら、自分は人殺しとして一生苦しんで生きていくことになるだろう。

 

 

「だいじょーぶ、こわくない」

 

「おねーちゃん?」

 

 

震える声で安心させる。強く手を握る。

 

 

「――――ぁ」

 

 

涙をボロボロ零す男の子。見れば、こっちをじぃっと見つめるノイズの群れ。引き返そうにも、道をふさぐように別の群れが降ってきた。前もノイズ、後ろもノイズ。わき道は見えず、逃げ場はない。どう見ても十以上はいるノイズ達。飛び掛られれば、一溜まりもないだろう。

 

 

(――――やっぱり、無理だったのかな)

 

 

しがみついてくる男の子を抱き返して、少女は思う。年上とかしっかりしないととかもうそんな思いは死という恐怖の前では砂の城のごとくボロボロに崩れ去る。

 

 

「・・・・ぁ・・・・・ゃ、だ・・・・!」

 

 

とうとう我慢の限界を迎えた恐怖が、溢れそうになってーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――道を開けろォォォォォ!!

 

 

遠くから聞こえた少女の叫び。

 

 

―――――はあああぁぁぁぁぁ!!

 

 

いや、それは憤怒の雄叫び。

 

 

そこから一筋の槍がその場にいたすべてのノイズを蹴散らした。

 

ヘッドギアを頭につけ両腕にガンドレットを装着し、足にはブーツ型のユニットがついている。深夜の夏風が彼女が巻いているマフラーを静かにたなびかせ、まるでナイフのような鋭い目つきであたりを見渡す。

 

10代の少女が絶対にしないであろう顔に思わず二人は恐怖する。

 

 

「ヒィッ」

 

 

標的が存在しないことを確認したオレンジの少女は二人のほうに振り向き、近づく。殺される。脳裏にそう過った。

 

ゆっくり手を二人に向け―――――

 

 

「・・・え?」

 

 

―――――温かい手のひらでそっと頭を撫でる。

 

 

「よく頑張ったね・・・」

 

 

そして。

 

まるで聖母のように、笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは8月下旬のこと。オレンジの少女、立花響が装者となってから1ヵ月以上の時が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノイズの進撃は終わった。被害者がわずかに出たものの、それでも世界という広い範囲で見れば最小限だ。これが他国だったらもっと被害が出ていただろう。聖遺物の技術研究が世界で最も進んでいるからこそ被害が()()で済んだのだ。

 

それは大変喜ばしいこと。しかし、それでも素直に喜ばずに被害ゼロを目指そうとすることは日本人としての性か。それとも日本の地位を高めるためか。

 

本部からの通信ですべてのノイズを排除したと報告を受けて胸の奥から湧き上がっていた闘志(さつい)が鎮まる。

 

その後、事後処理班が現場に到着。その様子を見てようやく響はシンフォギアを解く。先ほどのバトルスーツは粒子化され、私服姿へと変わる。

 

響は煤となったノイズを掃除機のような特殊兵器で吸い取り、どんどん処理している様子を眺める。

 

 

この光景もいったい何度見たのか。ノイズが出現しては倒して出現しては倒してを繰り返し、その数十回以上。

 

シンフォギアを心臓に宿し、纏うことができて憎きノイズを倒すことができた。

 

しかしそれだけだ。その先には行けない。生体。居場所。それらがいまだ未定。根絶させるための手掛かりがない。

 

なぜ、これほどまでに東京都内にノイズが頻繁に出現するのか、いまだ謎のまま。

 

 

(・・・今日は星がきれい。)

 

 

大きな力を手にしたというのに、天から見下ろしている雲一つない星をこうして見上げるだけ。そこにいるのに、ロケットを打ち上げるほどの大掛かりなものがないと宇宙(未知なる領域)には行けない。

 

 

(・・・関係ない。)

 

 

どちらにせよノイズは人間の世界にやってくるのだ。ならばこのまま倒していけばいずれ全滅する。何年経とうとかまわない。怒りに身を任せてただ殺すだけ。

 

それが、それこそが響の悲願。死してでも成し遂げる。響の生きる意味。

 

 

―――――違う。

 

 

それはどうも違うように感じる。満たされないのだ。響の胸にぽっかり穴が開いたような感覚がずっと続いている。殺しても殺しても満たされない。それがどうももどかしい。

 

 

―――――早く、次のノイズが現れないのだろうか。

 

 

「っ!?」

 

 

自分の世界に入り込んでいると、頬に冷たい何かが触れ、現実に戻される。

 

 

「よっ!お疲れ様。」

 

 

振り向くと、近くで買った缶のみかんジュースを持った、響と同じガングニールの少女・天羽奏がいた。

 

 

「・・・ありがとうございます。」

 

「どうした?深刻そうなをして。」

 

「いえ・・・なんにも。」

 

 

なんでわざわざそこの自販機からみかんジュースを買ったのか、疑問に思いながら口にする。蒸し暑い空気とは相反した温度が胃の中に入っているのがよくわかる。

 

 

「響ってさ―――――」

 

 

響の隣に座り、同じジュースを口にした。言葉を紡ぐ。

 

 

「―――――昔の私と同じ目をしてるよな。」

 

「・・・え?」

 

 

その言葉に目を見開いた。同じ目をしていた?昔の奏さんと私が?

 

 

「あたしもノイズが憎い。ノイズに家族を殺されたんだからな。」

 

 

缶ジュースを凹ませる手を見てその怒りを実感する。

 

 

「奏さんも・・・ノイズに・・・。」

 

 

それは意外な言葉だった。初めて会った時もその後を見てもノイズを憎んでいる割には自分と比べて怒りが少し小さいのだ。自分のようにもっと狂気的といえるほどの苛烈にはなっていない。

 

 

「・・・何があったんですか?」

 

 

こういうのは触れないのがマナーというべきだろうが、同じ復讐者(どうぞく)であるからだろうか自然とそう口にしてしまった。

 

 

「ああ、話そうか。」

 

「・・・いいんですか?」

 

「どうせ誰かが語るさ。」

 

 

糧手で軽く投げた空き缶はきれいな放物線を描き、カランとゴミ箱に入った。

 

 

「きっかけは・・・両親と長野の宮上山に旅行にいた時。そこで偶然ノイズに襲われた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長野県宮上山で起きたノイズの襲撃。そこには奏の一家がいた。両親は仕事。奏はその付き添いで来た。奏にとっては旅行の気分だった。そしてノイズによって奏の日常は壊された。

 

煤が舞う山の麓に倒れているところを特異災害対策機動部二課に保護され、目が覚めた時には見知らぬ地下施設の椅子に拘束されていた。

 

手負いの獣。当時の奏を表現するならそれだ。

 

力が欲しい。ノイズを倒すための力が。人間の天敵。奏の家族を奪った憎き奴らを倒したい。

 

 

―――――それは、君が地獄に落ちることになってもか?

 

 

―――――やつらを皆殺せるのなら・・・あたしは望んで地獄に落ちるッ!!

 

 

適合率がない奏がシンフォギアを手にする唯一の方法。それは長い薬物投与による生活を乗り切るしかなかった。薬を体内に流しては吐血する毎日。いったい何度気を失ったか。死にかけたか。

 

 

―――――ここまでしても適合ならずか・・・。

 

―――――ここまでだなんてかたいこと言うなよ。パーティ再開と行こうぜ?了子さん。

 

 

ノイズに復讐を果たせないのなら死んでもいい。舞台に立つか死ぬかの選択しかない。ゆえに自分から薬物の過剰投与をするのに迷いも戸惑いもなかった。

 

 

―――――え?適合係数大幅上昇・・・ッ!?

 

 

その思いが実ったのか、突如飛躍的に適合係数が上昇。内に溜まったエネルギーは周りに衝撃波として研究員達を吹き飛ばす。

 

湧き上がる闘争心(さつい)。祈り続けた願望(ひがん)。払い続けた対価(じんせい)。奏の持つすべてを舞台に上がるための架け橋となる。

 

 

そして奏は・・・歌った。

 

 

―――――Croitzal ronzell Gungnir zizzl

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奏自ら語った拭い難い過去。日常を失い、力を手にするまでの過程を響は聞いた。内容は想像を絶するものだった。死線を潜り抜ける程の執念。奏が口にする言葉一言一言に重みを感じた。

 

 

「薬物投与の日々は本当に地獄だったよ。」

 

「・・・やめたいとは思わなかったんですか?」

 

「全然。ここであきらめてしまったら・・・両親の仇をとれなくなるから。あたしの心は止まらなかった。」

 

 

ノイズという形ある死を目の前にすると普通なら足がすくむもの。しかし強い意志があった。戦地に行くまでの強い意志(さつい)が奏にはあった。

 

自分とは違う。たまたまシンフォギアを手にしたが、もし奏と同じ状況だったら死線をくぐってまで手にしようとするのだろうか。それほどまでの狂気をその身に宿せるだろうか。

 

 

自分は―――――わからない。

 

 

怒りよりも上回ったもの。それは悲しみだった。いつもの日常が崩壊して、消え失せて、泣いた。すべてを奪ったノイズに対して、シンフォギアを手にしたきっかけがあったからこそ怒りが上回ったに過ぎない。

 

()()()()()()宿()()()()()()()()()なのにこうも違うのか。

 

 

―――――あれ?

 

 

響の脳裏になにかがひっかかった。

 

 

(・・・あれ?・・・なんか私は違うような?()()()()()()()()()()って・・・。)

 

 

「響・・・?」

 

「あ・・・なんでもありません。」

 

 

続けてくださいと響の言葉に奏は言葉を紡ぐ。

 

 

「それからは響と一緒だ。」

 

 

特異災害対策機動二課とともに憎しみのままノイズを殺す。そのために歌った。相棒となった翼と戦地に向かって、瓦礫の足場を翔ける。時には天も翔ける。それが終われば相棒とともに訓練。人間とは思えない()()()()()()()()()()()()()()

 

 

―――――へ?

 

 

「へ・・・?司令に?」

 

「ああ・・・てそうか。そういえば響はまだ旦那と戦ったことがなかったな。地ならしをしたり、パンチ一発で吹っ飛ばされたり、空高く飛んだりできる。」

 

 

確かシンフォギア含め聖遺物を取り扱えるのは装者である響達3名のみだったはずだが。まさか聖遺物なしでシンフォギア装者を圧倒したというのか。

 

 

「圧倒したんだよ。旦那は強いから。」

 

「うそですよね・・・?」

 

「マジ。日本が核を持たない理由なんて言われているよ。」

 

「・・・まあそれは置いといて、そのあとはどうなったんですか?」

 

 

まあそのおかげか戦闘未経験からかなり早い段階で戦闘に参加できた。そしてある日。ノイズの襲撃にいつも通り翼とノイズ排除。それが終わった後のことだ。

 

瓦礫に埋まっていた1課の兵士が他の2課の実働部隊に救助された際にあることを言われた。

 

 

『ありがとう。』

 

『え?』

 

『瓦礫に埋まっている中、あきらめかけた時に歌が聞こえたんだ。生きる希望がある。そう思ったら不思議と頑張れたんだ。こうして生き残った。』

 

 

もう一度ありがとうと言って彼は運ばれて行った。

 

 

―――――ありがとう

 

 

ただその言葉が胸に響いた。憎悪と憤怒をもってしてノイズを殺した。自分のためだ。しかし、ありがとうという感謝の礼を受けたとき、初めて自分がしていることを自覚した。

 

 

「私がやっていくことは、周りから見たら()()()()()()()()()()()ように見えたんだって。」

 

「誰かのために・・・。」

 

 

さっき見た怒りに満ちた表情とは違って温かく優しい印象になる。うれしかった。彼のその一言が奏を復讐者から人類を守護する救世主へと変えた。

 

心の穴にピースが埋まった。そんな感じがしたのだ。そして自覚した。これがいつもの自分、天羽奏だ。

 

 

「だから・・・ノイズが憎いのがわかるさ。けど忘れないでほしい。響がやっていることは、りっぱな人助けでもあるんだってこと。」

 

「・・・っ!」

 

 

人助け。静かな夜に、その言葉が胸の奥に響いた気がした。

 

 

「あ!お姉ちゃんだ!!」

 

 

すたすたとこちらに走ってくるのは今回響が助けた少年と少女。きらきらと無邪気な目をこちらに向けていた。

 

 

「「助けてくれてありがとう!!」」

 

「!!」

 

 

心が満たされた気がした。頬に温かい雫が伝う。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「泣いてるの?」

 

「・・・ううん。大丈夫だよ。」

 

 

人助け。それは響の行動原理であり、響にとっての代名詞。ようやく見つけた欠け落ちていたピースがカチャリと、嵌った。

 

 

(・・・そうだ、どうしてこんなことを忘れてたんだろう。)

 

 

涙をぬぐい、幸せそうに微笑む。

 

 

「どういたしまして。」

 

 

そうだ。これだ。これが私なんだ。

 

 

「奏さん・・・。」

 

「うん?」

 

「ありがとうございます。」

 

 

もらい泣きならぬもらい幸せ。響の表情に奏もはにかんだ。

 

 

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「じゃあね、お姉ちゃん!」」

 

 

そう子供たちは親に手を引かれてその場を後にした。丁度事後処理が終わり、響と奏もその場を後にする。明るく微笑んだ表情で車に乗り込む響を見て安心する。

 

同時に脳裏にあの時の出来事が浮かんだ。思い出すのは初めて響と月華が本部に招き入れられた翌日に、月華が響を除く奏達に言った言葉。

 

 

『響ちゃんが本来怒りを向けるべき相手は・・・()()です。』

 

 

なぜなら響の家族を殺したのは他ならぬ人間なのだから。それをわかっているのに怒りをノイズに向けているのは、彼女の優しさのおかげだ。ノイズが人を殺す。ノイズが現れなければあの惨劇は起きなかったことなのだ。

 

しかしそれはきっかけに過ぎない。直接手をかけたのは人間だ。

 

彼女の優しさが無意識に()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『だから、そうならないように注意をしてください。でないと響ちゃんは―――――

 

 

それがもし、もう一度崩れてしまったら。

 

目の前で歪んでしまったら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――響ちゃんは・・・()()()()()()()()()()()。』

 

 

(・・・させないっ!!そんなこと絶対に・・・っ!!)

 

 

自分たちの不手際で不幸にされた少女をこれ以上堕とさせたりはしない。

 

今度は必ず救う。

 

そう奏は己の撃槍に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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