ラーメンが食べたい (桑阿亭四迷)
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ラーメンが食べたい
「あの、転校生さん! その、商店街に新しいラーメン屋さんが出来たの知ってますか?」
いきなり何の話だろうと彼は思う。ラーメン屋が出来たことは知っているので軽く頷く。それを認めた智花は話を続ける。
「一緒に行きませんか!」
強まった語気に転校生はややのけ反った。智花が慌てて補足する。
「あ、その、いやそんなんじゃないんですけど、そのラーメン屋さんがクラスでかなり話題になってるんです」
そうだったかなと転校生は記憶を遡る。思い当たることが無かったけれど、ここのところクエストが多かったし、先生に呼び出されることも多々あったので、知らなくてもおかしくないかと開き直る。
「あの、転校生さん、聞いてますか?」
開き直るまでに智花を置き去りにしていたらしい。「大丈夫、聞いてるよ」と一言入れる。どことなく訝しげな様子を残しながら智花は続ける。
「それでですね、そこで福引きを回したら、このラーメン無料券が当たっちゃったんです」
実際は聞いていなかった転校生は何のことかすぐには分からなかったが、毎年この時期に商店街で福引きをしていたことを思い出す。きっとそのことだろう。
「みんなの評判が良くて、そんなに美味しいなら行ってみたいなと思ってたんです。でも一人で行くのはちょっと気が引ける、というか……」
転校生は、ラーメンを食べるくらい気にしなくてもいいのにと言おうとしたが、女の子ならそういうものかな、と思い直す。
「さっきの無料券、二枚当たったので、なら転校生さんの分もあるしと誘ってみた訳です。どうでしょうか?」
彼にとってどうということは無かった。
「勿論行くよ!」
転校生の快諾に安堵の表情を浮かべながら、智花は彼の予定を聞いていつ行くか調整する。結果、明日の午後七時に寮の前で待ち合わせということに決まった。
* * *
遅いなあとデバイスの時計を確認する。もう十分を通り越している。門にもたれ掛かりながら空を見上げる。寮の明かりはあるものの、ちらほらと星が瞬いている。
ようやくタッタッタと足音が聞こえた時には、二十分近くになっていた。
「もう、遅いですよ! バス行っちゃいました」
「ごめんごめん。クエストの報告書出し忘れたのを思い出しちゃって」
息を切らしながらそう話す彼にくすっとしてしまう。いつもしっかりしている転校生さんにもそんなことはあるんだなと安心した。
強い光線が二人の影を映し出す。
「ほら、次のバスが来ましたよ。早く乗りましょう」
そう言った。
* * *
暗い山道をバスは下る。彼の隣、窓側の座席には智花が座っている。並んで座ると触れそうな幅しかないが、彼女はずっと窓に体を寄せ外を見上げているため、カーブに差し掛かったときに肩が当たるか当たらないかという程度だ。
空席ばかりのバスは静かに走る。
バスを降り、商店街に着いて、少し歩いた先の店の前にやってきた。今夜の目的地、最近出来たあのラーメン屋だ。
「なんだか緊張しますね」
そう智花は言う。転校生も僅かばかり同感だったが腹の虫はお構いなしのようである。智花がくすりと笑い、転校生もそれにつられる。
気恥ずかしい転校生は、無料券を二枚持っていることを確認してさっさと暖簾をくぐる。智花も入店し、がらがらがらとガラス戸を閉める。厨房にいた店主が、へいらっしゃいと声を出す。狭い店内には客がいない。智花の言うところには人気店らしいが実際どうなのだろう。単に閉店時間が近いからだろうか。
まず転校生がカウンター席に腰掛け、その隣に智花が座った。店主が厨房から注文を取る。智花が無料券を出すとへいよっと受け取った。ついでに炒飯も注文する。
店主は麺を茹でながらこんなことを言ってくる。
「デートでラーメン屋かい? 若者はみんなもちっと小洒落た喫茶店なんかに行くもんかと思ってたぜ。ハハハ。お、どおした、お嬢ちゃん顔が赤いよ。ってあんちゃんも赤くなっちゃって。おっとそろそろ茹で上がるからちろっとだけ待っててな」
智花も転校生も混乱したのか目が泳いでいる。そんな様子ににやつきながら、店主は茹で上がった麺の湯を切っている。どんぶりに移し、スープをかけて、チャーシューやメンマを載せる。
へいおまちっ。二人の目の前に出来立てのラーメンが置かれる。白い湯気が立ち、匂いが立ち込める。早速手を合わせると、頂きます、と二人して普段より大きめの声が出た。仲が宜しいようでと茶化してくる。
麺を啜り、スープを飲み、一呼吸置いてまた麺を啜る。
もう一つの注文品の炒飯を置くと、
「どうや、俺のラーメン美味いだろ」
と聞く。
「美味いです、とっても。特にこのスープ、何て言うんだろ、他のどの醤油ラーメンとも違う……とにかく始めてです、こんな美味いの」
「本当にとても美味しいです。秘伝のスープ、だったりするんですか?」
うんうんと頷いて、そうだろ美味いだろと言う。
「実はな、この間ようやく納得いく味が出てな……」
その後は話が弾み、店を出る頃には九時も近くになっていた。
ごちそうさまでしたー、と言って二人は店を出る。商店街の店はもうあちこちで閉まっていてどこか閑散としている。秋の夜風はとても冷える。転校生の隣を歩く智花が身震いした。転校生は冷えるだろと、智花の手を取り彼女を自分の方へ引き寄せる。智花は、え、あ、あの、と少し驚いた様子を見せる。そして僅かばかりどうしようか迷った後、眠気に任せて彼の左腕に抱き着く。今度は転校生が驚いた様子を見せた。
美味しかったねー、等と話しながら歩いていくと、不意に智花が呟く。
「なんだかこうしていると、恋人同士みたいですよね」
転校生は明らかな動揺を見せ、智花ははっと自分の言葉に目を覚ます。
「あ、あの、その、そういうことじゃなくて、って、いや、まあ、そうなんですけどそうじゃないっていうか」
二人は人気のない夜の商店街を盛大にふらつきながら、それでも相手の温もりを感じながら、バス停まで向かった。
換気孔から溢れるあのスープの匂いが秋風に乗って、二人を温かく冷やかす。
《了》
智花ちゃん誕生日おめでとう!!!
智花ちゃんとラーメンが食べたい
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