唯我独尊自由人の友達 (かわらまち)
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始まり

思い付きの見切り発車です。
どうぞ。



 

 

 突然だけど、みんなはこのような質問をされたことはないだろうか。

 

 問・人は平等であるか否か

 

 僕がこの問いに答えるなら「否」だ。

 

 人は生まれながらにして優劣が決まる。

 

 才能と呼ばれるものを生まれながらに持っているものが存在する。

 その逆で才能を持たないものが存在する。

 

 才能を持つものは優遇され重宝される。誰もがそれを羨む。

 

 では才能が全くないものはどうなるのか。それを僕はよく知っている。

 

 だからこそ人は不平等であり、平等な人間など存在するはずがない。いや、存在していいはずがない。

 

 

『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり』

 

 これは偉人が残した有名な言葉だ。この一節には続きがある。それは『生まれた時は皆平等だけれど、仕事や身分に違いが出るのはどうしてだろうか』という問い。

 

 『生まれた時点で不平等』だと考える僕とは逆に彼は、『生まれた時点では平等』と考える。正直、彼とは仲良くなれそうにない。

 

 しかし、その続きに書かれている一節には僕も大いに共感できる。それは『ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり』というもの。ここでは学問に励むか励まないかで人生が変わると書いている。それを僕の言葉に置き換えるとするならばこうだ。

 

『人間は生まれながらにして不平等である。その差は努力によってうめることができる』

 

 もちろん努力でうめることが不可能な事も存在する。だが、その不平等を嘆くのではなく、受け入れて進んでいくべきなのだ。少なくとも僕はそうやって生きてきた。

 

 長いこと話してしまったけど、僕の考えが理解できない人は沢山いるだろうし、少しは共感してくれる人もいるかもしれない。それはそれでいいんだ。自分の考えは押し付けるものではないからね。

 

 この話を聞いてくれた君はどう考えるのかな?

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

「そのバスちょっと待ってください!乗ります!」

 

 朝から全力疾走でバス停まで走ってきた僕、倉持 勇人(くらもち はやと)は何とか目的のバスに乗車することができた。今日に限って目覚ましが壊れると言う不運に見舞われてしまい本来家を出る予定だった時刻の数分前に目を覚まし、急いで用意をしてバス停へと全力疾走して来たのだった。今日は入学式があるため絶対に遅れる訳にはいかないため、必死に走る。

 

 何とか間に合ったバスの車内で乱れた呼吸を整える。椅子に座れないかと車内を見渡すと、通勤中のサラリーマンや、通学中の学生等で席は埋まってしまっていた。中には、僕と同じ制服を着ている生徒も数名見て取れた。全力疾走してきたため座りたかったのだが、仕方がない。一緒のタイミングで乗ってきた老婆も座れていない状況で弱音を吐くわけにはいかないし。

 

 気を取り直し、鞄から小説を取り出し、読み始めると、前の座席の方で何やら揉めている声が聞こえた。

 

「席を譲ってあげようって思わないの?」

 

 OL風の女性が優先座席に座っている人に注意しているようだった。真横には先程の老婆の姿が見て取れた。しかし、こちらからは立っている人の影になり、優先座席に座っている人物を目視することができない。

 

「そこの君、お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

 OL風の女性は、優先席を老婆に譲ってあげて欲しいと思っているようだった。静かな車内での声は良く通り、周囲の人たちから自然と注目が集まっていた。口調は厳しいが、正義感にあふれる行動だろう。それが本当に正しいことなのかどうかは知らないけど。

 

「実にクレイジーな質問だね、レディー」

 

 小説の方へ意識を戻そうとした矢先、優先座席に座る人物らしき声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声に既視感を覚える。

 

「何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい? どこにも理由はないが」

 

「君が座っている席は優先席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」

 

「理解できないねぇ。優先席は優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断することなのだよ。若者だから席を譲る? ははは、実にナンセンスな考え方だ」

 

 何とも高校生らしからぬ喋り方に既視感が増す。まさかあいつがいるわけがないが、この話し方といい、傍若無人な態度は覚えがありすぎる。

 

 嫌な予感がしつつ、立っていた位置から少しだけ移動して優先座席に座る人物の姿を確認した。そこには僕と同じ学校の制服を着た大きな体格に場違い感がすごい金色に髪を染めた男が偉そうに座っていた。僕はその姿を見て額に手を当て項垂れる。間違いない、あれは高円寺だ。

 

 高円寺 六助(こうえんじ ろくすけ)中学の同級生であり、僕の友人。日本有数の大企業、高円寺コンツェルンの御曹司である彼は、その恵まれた環境で育ったせいか周りの人を見下す傾向がある。自分が興味を持った相手以外は本気で道端の石ころと同等と考えている男だ。ちなみに超が付くほどの自分大好き人間。彼を一言で表すなら唯我独尊。生まれ持ってしての才能の塊。

 

 そんな彼に中学時代のある出来事がきっかけで気に入られた僕は、おそらく唯一の友人だと思う。他の人は高円寺が興味を持たないか、高円寺についていけないかのどちらかだ。普通にしていれば悪い奴ではないんだけど。

 

 おっと、そんなことを考えているうちにも話が進んでいるようだ。

 

「どうやら君よりも老婆の方が物わかりが良いようだ。いやはや、まだまだ日本社会も捨てたものじゃないね。残りの余生を存分に謳歌したまえ」

 

 無駄に爽やかな笑顔を浮かべる高円寺。どうやら、OLは高円寺に半ば強引に言いくるめられ反論しようとしたところ、騒ぎを大きくしないように老婆が止めに入ったみたいだ。あの老婆が非常に不憫だ。ただ巻き込まれただけだし、仮にこれで席を譲ってもらったとしても座りずらいだろうに。

 

 そもそも本当に老婆が座りたかったかどうかもかも分からない。次のバス亭で降りるかもしれないし、逆に座るとしんどいって人もいる。結局、あのお姉さんの正義感が裏目に出た結果だろう。まぁ、今回は相手が悪かったってことでこれで終わりかな。

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 

 思いがけない救いの手を差し伸べたのは、これまた僕と同じ制服を着た非常にかわいい女の子だった。思い切って勇気を出した様子で高円寺へと話しかける。

 

「お婆さん、さっきからずっと辛そうにしているみたいなの。席を譲ってあげてもらえないかな? その、余計なお世話かもしれないけれど、社会貢献にもなると思うの」

 

 その勇気は素晴らしいものだが相手が悪い。高円寺が社会貢献になど興味があるわけがないだろう。自分大好き人間だぞ、そいつは。ほら見ろ、パチンと指を鳴らして口撃してきたではないか。こうなっては女の子もOLも老婆も彼を説得するのは無理だろう。

 

「はぁ」

 同じバスに乗ってしまったことを少し後悔する。でもこればっかりは仕方がないか。高円寺のせいで困っている女の子をほっとくわけにもいかない。意を決して人混みをかき分け騒動の渦中に飛び込む。

 

「高円寺、君は何をやってるんだよ」

 

 僕の登場に乗客のほとんどの視線が集まる。まぁこの状況で出てきたらこうなるよね。隣に立つ女の子もかなり驚いている様子だ。どうでもいいけど近くで見ると滅茶苦茶可愛いな。

 

「おお。誰かと思えばマイフレンド、勇人じゃないか。何をしているかだって?見ての通り、見当違いなことを言うレディー達に常識を説いていただけさ」

 

 髪をかき上げながらそう言う彼の言葉を聞き、横にいるOLが鬼の形相でこちらを睨む。僕は何もしてないだろ。

 

「確かに、彼女の態度は良くなかったし、おばあさんが座りたいかどうかも聞かずに決めつけて君に席を譲るように言ったのも良くなかった。そっちの女の子も余計なお世話だったのかもしれない」

 

 僕の言葉を聞いてOLはバツが悪そうな表情をし、女の子は悲しそうな表情になる。すごい心痛むからこっち見ないで。

 

「フッ。その通りさ」

 

「ただ……」

 

 そう、僕の話には続きがある。

 

「今の高円寺は()()()()()()

 

「なに?」

 

 余裕の表情で目を伏せていた高円寺が少し驚いた顔でこちらを見る。

 

「高円寺の言っていることは正しいのかもしれない。だが、正しいことが君の言う美しさとは限らないんじゃない?」

 

「どういうことだね?」

 

 驚いた表情から一転、こちらを興味深そうに見てくる。

 

「今回の場合は彼女の言い分を聞き、間違っている点を指摘した上で、おばあさんの為に席を譲るべきだった。それが一番美しい形だったと思う。少なくとも僕には君が女性二人を強引に言いくるめ、車内の空気を最悪にした現状よりかは美しかったと思うよ」

 

 少し強めの言い方になったが、高円寺と渡り合うにはこれくらいじゃないとダメだ。

数秒の間、沈黙が流れる。あれ?もしかして言い過ぎたかな?お、怒ってるのか。不安になっていると不意に沈黙が破られる。

 

「ハハハハハ!」

 

 急に高らかに笑い出した高円寺。やっぱり怒らしちゃったか?

 

「高円寺?」

 

「いやいやいや、やはり勇人、君は面白い。まさか私に美しさを説いてくるとは。いやはや、しかし勇人の言い分は一理あるな。確かにその方が美しかった。流石は私が友と認めた唯一の男だ」

 

 怒ってると思ったら、何やら嬉しそうだった。やっぱり僕しか友達がいないのかよ。まぁ人のこと言えるほど僕も友達がいるわけではないけどね。

 

「では、老婆よ。我が友に免じて席を譲ろうではないか。心して座り給え」

 

 どうしてこうも上から目線で話せるのだろう。まぁ、今更か。老婆は本当に座ってよいのか迷っているのか、こちらに視線をおくってくる。

 

「大丈夫ですよ。座ってください。座ってくれないと僕が困っちゃいますから」

 

 笑顔で優しく話す。一番の大変だったのはこの人なんだから。

 

「ごめんなさい。不快な思いをさせてしまって」

 

 一応、OLと女の子に謝罪をしておく。少し悪者みたいに言ってしまったし。

 

「いえ、私の方こそごめんなさい。言い方が悪かったわ。ありがと」

 

「ううん。ありがとう。助かったよ」

 

 二人の女性に感謝をされる。これだけでも話に入った甲斐があったといえよう。

 

 僕はもう一度謝罪をし、少し離れた高円寺の元へ歩み寄る。

 

「勇人よ。今日は遅いのだな。君の事だ、もっと早い時間に登校していると思っていたのだが」

 

「ちょっと色々あってね。高円寺だってなんで今日はバスなんだ?いつも使用人の人に車で送ってもらってるじゃないか」

 

 中学の時の登下校は高円寺家の使用人が車で送迎をしていた。だからてっきり今日も車で行くと思ってたのに。

 

「なに、偶には庶民の乗り物を利用するのも一興かと思ってな。これから三年間は()()()()()()()()()のだしね」

 

「単なる気まぐれで問題を起こすなよな」

 

 しかし、これから僕たちが通う学校を考えたら三年間乗れないのも事実だ。そう考えると高円寺の行動も仕方のない所があるのかもしれない。いや、無いな。

 

 この後、他愛のない話をしているうちに目的地である『東京都高度育成高等学校』に到着したのだった。

 

 

 

 




高円寺の口調はこれで合っているのだろうか。


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Dクラスへ

メインヒロイン(予定)の登場です。




 

 

 

バスを降りると、まず初めに大きな門が目に入った。これが僕がこれから通う事になる学校か。試験の際に一度訪れてはいるが、改めてその大きさに思わず見上げて足を止めてしまう。

 

ふと、視線を門の前の階段に落とすと、同じ制服を着た男女二人が向かい合って話をしていた。女性の方は綺麗な黒髪で、これまた綺麗な顔立ちをしており、男子学生の方はパッと見た感じ物静かそうな端正な顔立ちをしていた。美男美女のコンビであったので余計に目に入る。

 

「そうかしら。自分の信念を持って行動しているに過ぎないわ。ただ面倒事を嫌うだけの人種とは違う。願わくばあなたのような人とは関わらずに過ごしたいものね」

 

「……同感だな」

 

何やらいい雰囲気とは言い難い空気が漂っていた。入学早々トラブルか?初日から問題を起こすバカはいないか。いや、バスの中で早々にトラブルを起こした奴がいたか。その問題児をジト目で見てみる。

 

「ん~。やはり今日も美しい」

 

大きな門や、他の生徒に目もくれず、高円寺ミラーこと、いつも持ち歩いている手鏡で自分の顔を見ていた。お前は本当にブレないな。

 

「あの、ちょっといいかな?」

 

これから高円寺がどんな問題を起こすかを想像して頭が痛くなっていたところに後ろから声がかかる。振り返ってみると、先ほど高円寺に果敢にも挑んでいった可愛い女の子が立っていた。やっぱりさっきの件で怒って文句を言いに来たのかな。

 

「えっと、大丈夫?」

 

「ごめんごめん!で、なにかな?」

 

心の中でどうしようかと冷や汗をかいていたら返事をするのを忘れてしまった。結果的に無視をしてしまう形になり、さらに怒らせてしまったかもしれない。そのような考えも彼女の言葉で杞憂に終わる。

 

「さっきはありがとう。私じゃ席を譲ってもらうことは出来なかった」

 

「いやいや、お礼なんていらないよ。元はと言えば高円寺が悪いんだし。逆に不快な思いをさせてしまって申し訳ない。ほら、高円寺も謝っとけ」

 

今回の件でお礼を言われることはしてないし、()()()()()()()()()()など受け取るつもりも無い。

頭を下げながら、高円寺にも謝罪を促す。尤も、こいつが素直に謝罪するとは思ってないが。高笑いして終わりだろう。しかし、その予想を反し、全く反応がない。

 

「高円寺君?だったら、もう先に行っちゃったみたいだよ」

 

「まじでっ!?」

 

顔を勢いよく上げ横を見るとさっきまで美しいと連呼していた金髪の姿がない。あいつ置いていきやがった。どこまで自由人なんだよ。一人で恥ずかしいじゃないか。高円寺に恨みを込めていると、目の前の女の子が笑い出す。

 

「ふふっ。あ、ごめんね。なんか面白くて。私は櫛田 桔梗(くしだ ききょう)って言います。よろしくね!」

 

「恥ずかしいな。僕は倉持勇人だよ。よろしくね」

 

女の子、もとい櫛田さんの笑顔に癒されつつ自己紹介をする。お互い、学年を聞かなくても、この学校の制服を着て学校の()()()()()()で同学年であることは()()()()()

 

「ここで立ち話してるのもあれだし、教室に向かおっか」

 

「それもそうだね。入学早々遅刻して目を付けられるのも嫌だしね」

 

櫛田さんの提案に同意しつつ、大きな門をくぐる。ここから僕の高校生活が始まる。

 

 

 

 

 

櫛田さんと、他愛のない話をしながら校舎に入り、教員らしき人物に名前を言って、自分のクラスが記入された用紙などが入っている封筒を受け取る。どうでもいいが、入学早々、このような可愛い女の子と登校できるなんて、僕はついているんじゃないか。

封筒を開き中の用紙を見てみると、そこには”D”の文字。どうやら僕はDクラスに配属されたらしい。どうせなら、Aクラスの方が響き的に格好良かったな。などと考えていると、手続きが終わったらしい櫛田さんから声がかかる。

 

「倉持君はどのクラスだった?私はDクラスだったよ」

 

「お、奇遇だね。僕もDクラスだよ」

 

「ホントに!?知り合いが一人でもいると安心するね。これから3年間よろしくね!」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

俺としても知り合いがいるのは心強い。だが、櫛田さんに至っては知り合いが居ても居なくても、然程変わらないんじゃなかろうか。と言うのもここまで話してきて分かったが、この子、とんでもないコミュ力を持っている。そんな彼女はすぐにでもクラスの中心人物になるであろう。僕としては()()()()が気になるが。

 

二人で教室に向かっていると、周りの視線が痛い。なんでお前みたいなのがそんな可愛い子と仲良く登校してんだって感じの視線が痛い。しかも、櫛田さんの距離が近い。分かってやってるのか知らないけど、余計周りの視線が鋭くなる。

その視線に耐えながらも、Dクラスの教室に到着する。おはよう。と挨拶をして中に入ると、数人の生徒が挨拶を返してくれる。ざっと教室を見渡すと、先程校門の前で話していた二人も席に座っていた。しかも隣同士で。なんか関わりたくないみたいなことを言っていたが大丈夫なのか。

 

それよりも、気になるのが居る。教室の真ん中の方の席に。足を机の上で組んで、鼻歌まじりに爪をといでいる金髪の大男が。櫛田さんに別れを告げ、誰もが避けているその人物に僕は迷わず近づいて行く。

 

「おい、高円寺。黙って行くなよ。恥かいたじゃないか」

 

「おお、勇人か。また一緒のクラスとはつくづく縁があるようだな。君が同じクラスであるなら、少しは楽しめるだろう。美しい私と同じクラスなのだ。喜んでいいと思うのだがね」

 

いきなりの高円寺節。俺の話を聞いていたのか?確かに高円寺とクラスが一緒だったのは嬉しいが。と言うのも、俺と高円寺の関係は普通の友人とは少し変わっている。放課後や、休みなどに遊んだりしたことがないし、連絡先は一応知っているが、連絡を取り合ったことも数回しかない。その数回も、高円寺がどこかに失踪した時に掛けたものだ。

基本的に高円寺とは、学校の中でしか関わりがないのだ。それでも、何故、仲が良いのかは僕自身もよく分かっていない。恐らく、高円寺の前では変に取り繕ったりしなくて良いからなんだろう。クラスが違っていたら話す機会も格段に減っていただろう。

 

「はいはい。喜んでますよー。それより、その体勢やめた方が良いと思うぞ。友達出来ねぇぞ」

 

「悪いが、マイフレンドの意見でもそれは聞く必要性が無いな」

 

「何でだよ」

 

「私は私がやりたいようにする。周りの事など気にする意味がない。友達ができない?残念ながら今の時点でこの教室に私の友にふさわしい人物など君を除いて誰一人としていないのだ。それに、女性は年上に限る。よって、私が体勢を変える必要が無いと思うのだがね」

 

「そーかい。好きにしてくれ。僕は自分の席に行くとするよ」

 

御覧の様に高円寺は友達である僕の意見は素直に聞き入れる訳ではない。大体は聞き入れずに自分を突き通す男だ。バスでの一件は偶々聞き入れたに過ぎないのだ。ただ、僕の意見は他の人より聞く耳を幾分か持ってくれるだけなのだ。それが分かっているので、そこまで大事じゃなければ、僕も食い下がったりはしない。

一応、忠告はしたので自分の席へ移動する。後ろの方の席か。隣には眼鏡をかけた大人しそうな女の子が俯いて席に座っていた。挨拶しておくか。

 

「おはよう。隣の席の倉持勇人です。よろしく」

 

「え、あ、あの……お、おはよう……」

 

「あ、ごめん。びっくりさせちゃったかな?名前聞いてもいい?」

 

「いや、あの、そ、その……」

 

驚いた。って言うのもあるが、どうやらそれだけでも無いみたいだな。定まらない視線。強く握られた手。そうゆうことか。悪いことをしたな。僕が言えることは。

 

「ごめんね。急に話しかけてたりして。無理しなくていいからね。とりあえず、隣の席だしなにか困ったことがあったらいつでも相談してね。力になれるか分からないけど」

 

できるだけ優しく笑顔で話す。おそらく彼女は人と接するのが苦手或いは男性が苦手なんだろう。いきなり初対面の相手に声をかけられれば、緊張するのも当たり前だろう。無神経だったな。と反省し話を切り上げ、席に座る。すると、横の彼女から声がかかる。

 

「あ、あの……。さ、佐倉 愛里(さくら あいり)です。……私、人付き合いが苦手で……ごめんなさい」

 

「佐倉さんか。よろしくね。それと、ありがとう」

 

「え?」

 

「名前。人付き合いが苦手なのに僕に名前教えてくれたでしょ。それって結構勇気がいると思うんだ。だからありがとう」

 

実際、僕が同じ立場なら相当勇気がいるだろう。急に話しかけてきて、勝手に話を切り上げられた後に自ら名乗るんだから。あー。これも反省だな。櫛田さんとかだったらこんなミスしないんだろうな。

 

「そ、そんなこと、ないです。無理しなくていいって、言ってくれましたし。それに、倉持君の目が優しかったから……」

 

「目?」

 

「な、なんでも、ない、です」

 

優しい目か。そんなことはないんだよ佐倉さん。僕は優しくなんてない。僕は人の顔色を窺ってばかりいたから。だから、少し()()()()だけなんだよ。

 

 

僕の思考を遮るように教室に始業を告げるチャイムが鳴り響いた。




メインヒロインは佐倉さんの予定です。

もしかしたら増えるかも...。



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自己紹介

感想をくださった方々、ありがとうございます。
すごく励みになります。
では、続きをどうぞ。


 

 

チャイムと同時にスーツを着た女性が教室へと入って来る。ポニーテールの美人である。

名前は茶柱 佐枝(ちゃばしら さえ)先生。僕たちDクラスの3年間通じての担任となるみたいだ。先生の軽い自己紹介が終わり、入学式の前に、この学校の特殊なルールについて書かれた資料が生徒に配られる。見覚えがある。合格発表を受けてから貰ったものだ。

 

この学校には、一般的な高等学校とは異なる特殊な部分がある。学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けると共に、在学中は特例を除き、外部との連絡を一切禁じていることだ。たとえ両親や兄弟であっても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されない。当然ながら許可なく学校の敷地から出ることも固く禁じられている。

それだけ聞けば、かなり不便なものだと思えるが、実はそうでもない。学校の敷地内には、スーパーやコンビニ、カラオケやシアタールーム、カフェやブティックなど数多くの施設が存在する。その広大な敷地は60万平米を超えるそうだ。この大都会のど真ん中によくこんな学校を建設で来たな。さすがは、日本政府が作り上げた学校だ。未来を支えていく若者を育成することを目的として建設され、進学率・就職率100%と言われる進学校なのだ。

 

そしてもう1つ、この学校には大きな特徴がある。それがSシステムと言われるものだ。茶柱先生より説明がされる。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

この学生証は学校での現金の意味合いを持つ。なるほど。かなり大切な物だと理解する。

しかし、()()()()()()()()()か。この言葉はどういった意味を持つのだろうか。今考えても仕方がない事か。それよりも、いくら支給されるかだな。これからの生活において重要な事柄だろう。その様な考えを見透かしてか、茶柱先生が説明を続ける。

 

「それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある」

 

教室の中がざわつく。10万って。予想外の金額に驚きを隠せない。多くて3万程かと予想していたのだが、軽く超えてきた。さすがに日本政府が関わっているだけある。

このクラスだけでも一カ月、数百万。学年では一千万円以上ものお金が支給される事となる。

さらに先生が補足説明をする。曰く、この学校は実力で生徒を測り、入学の段階で10万円の価値と可能性がある。ポイントは卒業後には全て学校側が回収。現金化は不可。ポイントの譲渡は可能。いじめ問題には敏感。との事だ。

 

今の段階で、10万の価値と可能性か。僕たちにそこまでの期待があると言うことなのか?

 

「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

先生が戸惑う生徒を尻目に教室から退出する。淡々と説明だけして居なくなったな。横の席を見ると他の生徒と同様に驚いている様子だったので話しかけてみる。

 

「10万は驚いたね。高校生に渡す額じゃないよね」

 

「う、うん。何に使えばいいか分かんなくなる……」

 

よかった。もしかしたら話しかけても拒絶されるかと思ってたけど、そのような事もなさそうだ。隣人と話ができないのは寂しいしね。

 

「だね~。佐倉さんは何か欲しいものとか無いの?」

 

「特に、ない、かな。……あ、で、でも、新しいカメラが欲しいかも」

 

「カメラか。写真撮るの好きなの?何撮るの?」

 

「え!?う、うん。風景、とか……かな」

 

ちょっと踏み込みすぎたかな。あまり話しかけすぎて嫌われるのも嫌だし、この辺りでやめておこう。それに僕にはやらねばならないことがある。

佐倉さんに、また後でね。と別れを告げ、席を立つ。向かうは高円寺ミラー片手に櫛で髪を整えている金髪の元だ。

 

「また、髪いじってんのか。よく飽きないな」

 

「フッ。当たり前だろう。私はいつも美しくなければならない。だから、髪を整えるのだ。尤も、整えなくとも私は美しいのだがね」

 

じゃあ整えなくていいだろう。なんて野暮な事は言わない。言っても無駄だし。僕が高円寺の元へやって来たのはそれを言うためじゃないのだから。

 

「この後の入学式、サボるなよ?」

 

そう、入学式を出るように釘を刺しに来たのだ。高円寺は始業式や終業式には必ずと言っていいほど出席しない。中学の卒業式もサボろとしてたので、説得して連れて行ったのはいい思い出だ。

 

「勇人よ。私はサボった事など一度も無いのだよ。行く意味がないから行っていないだけだ」

 

「それをサボりって言うんだよ!」

 

どこまでも自分中心で世界が回っている奴だ。取り敢えず、入学式には参加させねば。入学早々問題児認定されれば、友達である僕も問題児扱いされかねない。もう遅いかもだが。決意を固めた中、一人の男子学生が手を挙げる。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

優しい声で言い放ったのは、如何にも好青年といった雰囲気の生徒だった。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」

 

すごいな。皆少なからず思っていたであろう事を言ってのけた。この人もコミュ力お化けか。青年の提案にクラスから賛成の声が次々にあがる。自己紹介とか苦手そうだなと思い佐倉の方に視線を向けると、案の定俯いて震えていた。一応保険をかけとくか。

 

「ひとついいかな?僕も賛成なんだけど、やっぱり、初対面で話すのが苦手な人って居ると思うんだ。僕もそうだしね。だから、強制はしないって事でどうかな?名前を知る機会なんて後にいつでもあるだろうし、3年間同じクラスなんだから、ゆっくりと仲良くなれば良いしね」

 

「うん。それもそうだね。僕も配慮が足りなかったよ。自己紹介に参加してもいい人だけこっち側に集まってくれるかな?」

 

青年の言葉を聞き、数名の生徒が近くに集まるが、赤髪のいかにも不良な生徒を筆頭に数名の生徒が教室を出て行ってしまう。近くに集まった生徒の中には櫛田さんの姿や、朝、門の前にいた男子学生の姿もあった。自己紹介が始まる前に謝っておこう。

 

「水を差す形になってしまってごめんね」

 

「ううん。ありがとう。それじゃあ僕から自己紹介するね。僕の名前は平田 洋介(ひらた ようすけ)。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でも、サッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

僕の少し否定的な言葉も、笑顔で受け止めてくれて、青年、平田君が自己紹介をする。すごく良い奴だな。友達になりたいと心の底から思える人だった。高円寺以来だな。

 

平田君の自己紹介を皮切りに数名の生徒が自己紹介をしていく。緊張して途中詰まってしまった子や、明らかに嘘だと分かる自己紹介をしている奴もいた。そして、次は僕の知る人物、櫛田さんの番みたいだ。平田君と同じく非の打ち所がない自己紹介だった。大体の人は一言で自己紹介を終えていたが、櫛田さんは言葉をつづけた。

 

「私の最初の目標として、ここにいる全員と仲良くなりたいです。皆の自己紹介が終わったら、是非私と連絡先を交換してください」

 

全員と仲良くね……。その言葉を聞いて、少し嫌な記憶を思い出す。やっぱり櫛田さんも()()()()()

 

少し考え事をしていると僕の番が回ってきた。無難に済ませよう。

 

「さっきは余計なことを言ってごめんね。倉持勇人です。趣味は読書。好きな言葉は[努力]かな。3年間よろしくね」

 

言い終わるとパチパチと拍手が起こる。良い方向に行けたみたいだ。次に全員の視線が僕の隣に集まる。依然、髪をいじっている高円寺だ。自己紹介をしてもいいから残ったのかどうか皆分からずに困惑しているようだった。そこで平田君が控えめに声をかける。

 

「あの、自己紹介をお願いしてもいいのかな?」

 

「フッ。いいだろう」

 

偉そうに答える高円寺。もう少し態度を隠せないものか。無理だな。高円寺は足を机に乗せたまま自己紹介を始める。せめて降ろせよ。

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

控えめに言って、最悪な自己紹介だった。クラスじゃなくて女子だけに言ってるし。皆ドン引きだよ?

そのような周りの反応も意に介さず言葉を続ける。

 

「それから私が不愉快と感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

 

物騒なことを言うなよ。皆、固まっているじゃないか。不安に感じたのか、平田君が聞き返す。

 

「えぇっと、高円寺くん。不愉快と感じる行為、って?」

 

「言葉通りの意味だよ。しかし1つ例を出すならば、私は醜いものが嫌いだ。そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうやら」

 

もう、ホント、ちょっとは取り繕うことを覚えろよ。このままだと完全に危険人物扱いされてしまうのでフォローを入れる。

 

「こんな事言ってるけど、基本は無害の良い奴だから、僕共々よろしく頼むよ。何かあったら僕に言って欲しい」

 

「倉持君と高円寺君は知り合いなのかい?」

 

「うん。同じ中学で友達だよ」

 

「そうなんだ。仲が良いんだね。羨ましいな」

 

平田君が話をつなげてくれたおかげで、何とか場の雰囲気を戻すことができた。後でお礼言っとかないとな。次に順番は、門の前にいた男子学生に回る。

 

「えー……えっと、綾小路 清隆(あやのこうじ きよたか)です。その、えー……得意な事は特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

自己紹介を終え、男子学生、綾小路君が席に座る。何というか微妙な空気が流れる。しかし、ここも平田君のフォローで何とか立て直す。平田君優秀だな。

 

しかし、綾小路君か。なんか気になる存在だな。自己紹介する時は誰しも、緊張や不安などの感情が見え隠れするものだ。だが、綾小路君にはまったくその類が見て取れなかった。かなりのポーカーフェイスなのか、或いは……。

 

集まった全員の自己紹介が終わり、入学式が行われる体育館へ向かうため一時解散になった。

僕は、やはりサボろうとしていた高円寺を引き連れ、体育館に向かった。

 

 

 




次回、主人公の過去が少し明らかになります。



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考察と過去

オリ主の過去が少し明らかに。
説明不足の部分もありますが、後々補足します。



 

 

「やっぱり、サボる気だったな」

 

入学式が行われる体育館へ高円寺と向かう途中、高円寺をジト目で見ながら話す。

 

「フッ。さっきも言ったであろう。意味が無ければ行かない。それだけなのだよ」

 

「意味はあるだろ?これから学校生活を送るうえで、大事なものなんだし」

 

「私の中では大事な事には含まれない。故に行かなくてもいい。そう言うことか」

 

「違うよ。どれだけ行きたくないんだよ」

 

しかし、これだけ行きたがらないくせに意外とあっさり付いて来たのはどう言う事だ?

疑問に思っていると高円寺から声がかかる。

 

「して、勇人よ。どう見る?」

 

「へ?急になんだよ」

 

どう見るってなんだ?教室から体育館への地味な遠さの話か?そりゃ、もっと近いほうが良いが。

見当違いな事を考えていると再び高円寺が問いかける。

 

「この学校の事だ。君の考えが聞きたいから態々足を運んだのだ」

 

「学校の事か。僕の考えなんか聞いても参考にならないぞ?」

 

「参考になるかどうかは私が決めることなのだよ。少なくとも私は君の意見が参考にならなかったことは無い。と思っているがね」

 

僕の意見が参考になるのなら、何故注意を聞き入れない?そのような事を言っても仕方がないので、素直に僕が感じた事を話す。

 

「そうだな。まず初めに引っかかったのは、ポイントで買えないものが無いと先生が言っていたことかな。何でも買えるとは本当に何でもなのかな。例えばテストの点数なんかも買えたりするんだろうか」

 

「さぁ。どうだろうね。尤も私には必要ないがね。君もそう言った類は()()であろう」

 

「まぁね。テストの為にやった努力を踏みにじる様な行為はあまり好ましくは思わないね」

 

テストでよい点数を取るために必死に勉強した努力を無下にするものはよくないだろう。しかし、仮に買うことができたとしても、かなり高額になるのではないだろうか。買うつもりは毛頭ないのでどうでもいいが。話を続けよう。

 

「次に気になったのは、支給される額。と言うより()()()()かな」

 

「と言うと?」

 

「今の段階での価値と期待。入学したばかりの僕らの価値なんて学校側はまだ測れてないと思う。だから、ほとんどが()()と言う部分にあると推測すると、もし、もし仮に学校側の期待を()()()()になると、どうなるのかな」

 

「支給されるポイントに影響がでると考えるのかね?」

 

「うん。僕の考えすぎって事もあるかもだけど、何らかの影響はあると思う。先生は()()10万ポイントを支給するとは言ってなかったし」

 

僕の推測を聞いて、何やら嬉しそうな顔をする高円寺。視線で続けろと催促してくる。

 

「最後に気になったのが……」

 

「ん?どうしたのかね?」

 

僕が言おうか躊躇していると高円寺がこちらに視線を向ける。あまりこれは言いたくないんだけど。

 

「何て言うか、これは悪口とかじゃ無いんだけど。この学校って将来の日本を支える若者を育成するのが目的でしょ?それなのに僕を含めて何と言うかこう……」

 

「ふむ。無能な者が多すぎると言いたいのか。なるほど。確かに君を除けば烏合の衆だな」

 

「違うよ!無能とかじゃなくて、もっと厳しい雰囲気かと思ってたら意外と緩い感じだったなって事!」

 

人が言葉を選んでいたらクラスを敵に回すようなことを言ってくる。無能とまでは思っていないが進学校にしては生徒の雰囲気が少し違うような感じがする。それとも、進学校でもこのような感じなのだろうか。

 

「なるほど。勇人、君の目にはあのレディーはどう見えたのかね?」

 

「あのレディー?ああ、茶柱先生の事か。んー。そうだな、こちらを探っている感じと、何か隠しているような感じに見えたかな」

 

淡々と説明している中、偶にこちら側を探るような視線があった気がする。それに学校の制度についてすべてを話したとも思えないし。

 

「そうか。君が言うならそうなのだろう」

 

「いや、ちょっとは疑おうよ。あくまで気がしただけだからね」

 

「フッ。私は君の()()()に関しては絶対の信頼を置いているし、その信頼をしている私自身を信じているからね。君を疑うことは私自身を疑う事と同義なのだよ」

 

どんな理由だよ。結局は自分が好きって事か。まぁそれでも信頼してくれるのは嬉しい事だが。

 

高円寺が言う僕の目と言うのは、僕の観察眼の話だ。僕は小さい頃から人に嫌われたくないがため、人の顔色ばかり窺って生きてきた。それ故に相手の表情や言動、一挙手一投足を観察し( み )て、相手の考えている事などが何となくだが分かるようになった。それが僕の観察眼。

恐らく、高円寺が僕の事を友と認めてくれた要因なのだろう。僕としてはこの目があまり好きではない。人の顔色ばかり窺って生きるのはもう嫌なのだ。僕は高円寺の人の顔色など窺わず、本音で生きているその唯我独尊的な生き方に憧れを抱いた。

そして、高円寺と友達になってからは、出来るだけ相手を観察しないようにしているのだが、癖とは面倒くさいもので、どうしても相手を観察してしまう。心の底でやはり人に嫌われたくないと逃げているのだろう。人はそう簡単には変われないのだろうか。

嫌な思考を払拭すべく、話題を変える。

 

「そういや、さっきの自己紹介。あれはダメだろ。物騒すぎる」

 

「そうかい?私は私の思っていることを素直に言っただけだ。それをどう捉えるかは興味が無いね」

 

確かに彼のこの考えに憧れたがさすがに唯我独尊すぎる。もう少し自重してほしい。

 

「自己紹介と言えば、バスに居たプリティーガールだが。あれは面白いな。完全に()()()じゃないか」

 

「あー。やっぱり、高円寺も思った?」

 

そう、彼が言う通り櫛田は昔の僕に、高円寺と友達になる前の僕にそっくりなのだ。僕は誰にも嫌われたくないがためにいつも笑顔で、良い奴を演じていた。クラスの委員長になり皆を観察して好感を得て、クラスの中心にいた。最初の自己紹介の時に「みんなと友達になるのが目標です」って言ったっけ。クラスの皆が僕の事を頼りにする状況を作り上げた。一人を除いては。その一人、高円寺だけは僕の本性を見破っていた。

そして、僕は彼に言われたんだ。

 

()()()()()()()」って

 

その後、紆余曲折があり、今はこうして友達として仲良くなっているが、今思い返してみるとよく友達になれたなと感心する。そんな過去の話はいいとして、兎にも角にも櫛田さんは昔の僕に似ているのだ。動機はどうかは分からないけど。高円寺が言うんだから間違いないのだろう。

 

「だから、バスでも席を譲らなかったんだね?」

 

「無論だ。私を利用して好感度を上げようとしているのが見え見えだったのでな。私を利用しようなどありえないのだよ」

 

見え見えって。普通は分かんないよ。僕より目が良いんじゃなかろうか。

取り敢えず、これから櫛田さんには気を付けておいたほうが良いだろう。もしかしたら、僕が彼女の本性に気付いていると、ばれているかもしれないし。そうなれば僕が邪魔になり何か仕掛けてくるかもしれない。昔の僕なら、そうしているだろう。僕の心配を察してか高円寺が僕に告げる。

 

「安心したまえ。私のフレンドに手を出す輩は私が叩き潰すのだよ」

 

「怖いこと言うなよ。もっと穏便に行こうぜ」

]

高円寺の言葉を聞いて、呆れながらも、友達として嬉しく思うのであった。

 

それから僕たちは入学式を終え、寮への帰路についた。

 




高円寺がオリ主を友と認めた理由は、あくまでオリ主が思っている事です。
実際の理由は少し違います。

二番煎じですみません。


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新たな友達

仕事が終わり見てみると、お気に入り数が急増していて焦りました(笑)
よう実7巻の発売日も決まりましたし良いことだらけです。

お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます!
見るたびに嬉しく思います。

では、続きをどうぞ。
今回は、高円寺君はお休みです。



 

 

 

日本政府が関わっている学校ということもあり、厳かな雰囲気で、壮大な入学式だった。

なんて事は無く、至って普通の入学式を終え、再び教室にて敷地内の説明を受けた後、昼頃に解散となった。終了の合図と同時に数名の生徒が教室から出ていく。隣人も、その中の一人の様で帰り支度を済ませ、席を立った。

 

「バイバイ、佐倉さん。また明日ね」

 

「う、うん。また、明日……」

 

隣人、佐倉さんに手を振ると、控えめにだが、戸惑いながらも小さく振り返してくれた。そのまま気恥ずかしそうに、小走りで教室から出て行った。

 

さて、高円寺もいつのまにやら居なくなっているし、僕も帰るとするかな。残念ながら、まだ一緒に帰る友達は出来ていない。別に急ぐ必要もないだろう。昔みたいに、無理に友達を作る事もしなくていいんだし。

昔の自分の必死さを思い出し、心の中で苦笑していると、声がかかった。

 

「倉持君!ちょっといいかな?」

 

「ん?平田君か。何か用かな?」

 

教室から出て行こうとしていた僕に声をかけてきたのは、コミュ力お化けの平田君だった。先程は早くもできたグループの中で、この後どうするかを話し合っていたみたいだった。

 

「名前覚えてくれてたんだ。嬉しいな」

 

「当たり前だよ。クラスメートなんだし」

 

人の顔と名前を覚えるのは得意だ。人は、一回会っただけなのに名前を覚えてもらえていると嬉しく感じるものだ。特に目立つ存在では無い人なら、余計そう感じる人が多いだろう。それを利用して好感を得るのは常套手段である。尤も、平田君のような存在を覚えれないわけがないが。

 

「自己紹介のときに提案をしてくれてありがとう」

 

「いやいや、お礼を言われるようなことじゃないよ。たいそうな事を言った訳でもないし、平田君を否定するような言い方をしてしまった」

 

「ううん。あのまま自己紹介を始めていたら、僕の言い方だと、全員に参加を強制するように聞こえた人がいたかもしれない。そうじゃなくても、始まってしまったら断ることが難しい、半強制的な雰囲気になっていた。そういうのが苦手な人には余計にね。そこで断ったらその人が悪者みたいになっていただろうしね。だけど、倉持君の言葉で参加しない選択肢を選びやすい状況になった。それに、自己紹介を人に言われてやるのと自らやりにいくのなら、後者のほうが良いに決まってる」

 

僕はただ、佐倉さんが参加しなくてもいいような状況を作りたかった結果、あのような形になっただけなのだが、平田君には僕がクラス皆の為を想って言ったのだと、感じたみたいだ。

しかし、周りが良く見えている視野の広さ、僕の考えを瞬時に理解して切り替えられる順応性の高さ、自らの非を素直に認める事ができる強さ、そしてイケメン。完璧だな。高円寺とは違ったタイプの完璧人間だ。

ここで再度否定をしても無意味なので、落としどころをつくる。

 

「じゃあさ、お礼と言っては何だけど、僕と友達になってくれない?」

 

「もちろんだよ!僕も友達になりたいと思っていたし!下の名前で呼んでもいいかな?」

 

「うん!僕も洋介って呼ばしてもらうよ」

 

下の名前で呼び合うことになり、平田君改め洋介と握手を交わす。高校初めての、本心から友達になりたいと思った二人目の友人ができた。

洋介と握手をしていると一人の女子生徒が近づいて来た。

 

「も~。平田君遅いよ!内緒話?」

 

「ごめんね。勇人君と少し話し込んじゃって」

 

「勇人君?あー倉持君ね」

 

僕の顔を見て、誰の事か理解したみたいだった。正直、名前を憶えられているとは思わなかった。ギャルのような見た目からイケメンにしか興味ないと勝手に思っていた。改めて自己紹介しておくか。

 

「改めて、勇人こと倉持勇人だよ。よろしくね軽井沢さん」

 

「うん。よろしく~」

 

彼女は軽井沢 恵(かるいざわ けい)さん。自己紹介を聞いていた限りでは、強気な性格で人を選ぶが、カリスマ性がある印象。既にもう、一部の女子のリーダー的存在になりつつあるようだ。その彼女が洋介の元に来た理由は、何でも、今からクラスの数人でカラオケに向かう予定らしい。その中で洋介が僕に話しかけに行ったっきり帰って来ないから催促しに来たのだ。

 

「そうだ。倉持君もカラオケ来たら?」

 

「そうだね。よかったら一緒にどうかな?」

 

「んー。悪いけど、今日はやめておくよ。買いたい物があるし、部屋の片付けもやりたいし」

 

せっかくの誘いだが断る。早いうちに荷解きをして、片づけておきたい。それにしても、軽井沢さんに誘ってもらえるとは驚いた。意外と好意的に思ってもらえているのかな。

 

「そっか。急だし、仕方ないね」

 

「せっかく誘ってもらったのに、ごめんね。今度埋め合わせするよ」

 

二人に謝罪をしてから、また明日と別れを告げ、教室を出る。今日の食料や、日用品を調達するため、寮近くのコンビニへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「っせえな、ちょっと待てよ! 今探してんだよ!」

 

コンビニに入ると、大きな怒鳴り声に迎えられる。レジで揉めているらしい。どうやら、見覚えのある同じクラスの赤髪の生徒が、学生証を忘れてしまい、店員と揉めていたみたいだ。そこにまたしても見覚えのある生徒が仲裁に入る。綾小路君だ。奥には綾小路君の隣の席の女の子の姿も見て取れた。案外仲が良いのかもしれないな。

結局、綾小路君が料金を立て替える事になったみたいだ。赤髪の生徒は綾小路君にカップ麺を手渡すと、僕の脇を通り過ぎ、外に出ていった。人に金を出させて作らせるのかよ。赤髪の生徒は見た目通りの性格をしているみたいだな。綾小路君、ご愁傷様。

 

さて、僕も自分の買い物をするとしよう。綾小路君に心の中で手を合わせ、商品棚へ向かう。取り敢えず、今日の食事を買わなければ。今後、自炊するかは兎も角、今日は何かしら手軽に食べれるものにしよう。お、これなんていいんじゃないだろうか。僕は手に取った、Gカップラーメンと書かれたカップ麺を買い物かごに入れた。余談だが、以前、高円寺が僕が食べていたカップ麵を興味深そうに見ていたので、食べさせてあげたら、「君は、この様な物を幸せそうに食べていたのかい?正気の沙汰では無いのだよ」って憐れんだ目で言われた。さすがに怒った。

 

最低限必要な物を買い物かごに入れていると、コンビニの隅に置かれたワゴンが目に入った。一部の食料品や生活用品が置いてあり、一見他のものと同じに見える。だが、明らかに異なる点があった。

 

「無料、か……」

 

歯ブラシや絆創膏といった日用品や、賞味期限が近い食料品などが、無料と書かれたワゴンに詰められている。『1か月3点まで』と但し書きも添えられており、周りから浮いた異質さを放っていた。

まず考えられるのが、処分品。だが、いくら何でも無料にはしないだろう。よくて半額などの値引きだ。それ以外だと、ポイントを使い過ぎた人への救済措置といったところか。10万ポイントも支給しといて救済処置もある、いくら何でもサービスが良すぎる。

学校側の意図が全く読めない。もしくは、()()()()()()()()()()()()が何かあるのだろうか。今考えても答えは出ないので、思考を止める。

 

購入する物が決まり、レジへ向かい、学生証を使い、会計を済ませる。本当に使えた。まぁ、使えなかったら困るのだが。

いざ寮に帰ろうと、コンビニから出ると、ビチャッ、と嫌な音と共に足に何かが当たった。どこからか飛んできたカップ麺が足に当たったのだ。飛んできた方を見てみると、赤髪の生徒が憤っていた。

 

「あークソが、女といい2年といい、うぜぇ連中ばっかりだぜ」

 

そう言うと、こちらの状況に一瞥もくれず、ポケットに手を突つっ込み帰っていった。おい。これどうすんだよ。ズボンが汚れたじゃないか。途方に暮れていると後ろから声がかかった。

 

「おい。大丈夫か?」

 

「綾小路君か。何があったの?」

 

声をかけてきた綾小路君に説明を求める。どうやら、赤髪の生徒、須藤 健(すどう けん)が、店員の次は上級生とトラブルを起こしたらしい。そのとばっちりを運悪く僕が受けてしまった。許すまじ須藤。

 

「仕方がない、片付けるか」

 

「だね。放置する訳にもいかなさそうだし」

 

僕の言葉と同時に二人でコンビニの外壁を見上げる。そこには2台の監視カメラが設置されていた。問題になっても困るしな。そう考え、二人で片づけを始めた。

 

「ありがとう、綾小路君。助かったよ」

 

「別にいい。それより、ズボン、大丈夫か?」

 

相変わらずの無表情で僕のズボンの心配をしてくれる。こうして面と向かって話して見ても表情が読みづらい。

 

「当たり方が良かったのか、そこまで汚れなかったよ」

 

「そうか。それで、倉持、でよかったか?」

 

「そうだよ。倉持勇人。よろしくね」

 

本日何回目か分からない自己紹介をする。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

綾小路君も今から寮に、帰るらしい。せっかくなので一緒に帰る事を提案すると。変わらないと思っていた表情が、少しだけ動いた。喜んでいるように見えたがどうなんだろうか。

 

コンビニから寮までの距離は近く、ものの数分で寮に到着する。

1階フロントの管理人に学生証を提示してカードキーと寮でのルールが書かれたマニュアルを受け取る。カードキーには402と書かれていた。同じく管理人から受け取った綾小路君に話しかける。

 

「部屋何号室だった?僕は402号室だよ」

 

「驚いたな。俺は401号室だ」

 

「隣じゃん!すごい偶然だね」

 

まさかの隣の部屋だった。こんな偶然ってあるもんだな。これで逆側の隣が高円寺とか洋介だったら笑えるな。

 

部屋がある4階に向かうためエレベーターに乗り込む。

渡されたマニュアルに目を通すと、ゴミ出しの日や、水の使い過ぎや無駄な電気の使用を控えることなど、生活の基本の事柄が記載されていた。しかし、予想外な点が一つあった。それは綾小路君も一緒だった様で、それを口に出す。

 

「電気代やガス代も、基本的に制限はないのか……」

 

「みたいだね。てっきり、ポイントから毎月引き落とされると思ってたんだけど」

 

「オレもそう考えてた。それに、男女共用の寮になっていることにも少し驚いた」

 

綾小路君が言ったように、この学校の寮は男女共用である。高校生にそぐわない恋愛をしてはいけないと書かれてあるが、そんなの当たり前だろう。

 

「しかし、こうも待遇が良すぎると、ちょっと不安になるよね」

 

「ああ。そうだが、今は気にしても仕方がない。喜んで今の状況を利用させてもらった方がいい」

 

「それもそうだね」

 

そう結論付けた所で、お互いの部屋の前に到着する。

 

「さて、これから3年間、クラスメイトそれから、お隣さんとして、よろしくね」

 

「こちらこそよろしく」

 

「「また明日」」

 

綾小路君と別れ、部屋の中に入っていく。僅か八畳ほどの1ルーム。だが、初めての一人暮らしにしては十分だろう。今日は友達ができたし、綾小路君ともうまくやっていけそうだ。新生活の滑り出しとしては上出来だろう。

 

明日からの高校生活に胸を躍らせながら荷解きを開始した。

 

 

 

 

ちなみに、逆側の隣403号室は高円寺でした。

 

 

 

 




オリ主の自己紹介がくどくなりましたが、交友関係の構築回と言うことで多めに見てください。

作者は軽井沢さん推しなのでヒロインにしたいんですけど、綾小路とのセットが好きなんですよね。


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昼食

綾小路君の一人称は「俺」ではなく「オレ」でしたね。
修正しておきます。ごめんなさい綾小路君。

しばらくは原作準拠になります。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

目覚まし時計の音で目を覚ます。布団が変わって寝られなかった、なんて事は無く、ぐっすりと眠ることができた。昨日は荷解きをした後、授業の予習を少しだけやってから、すぐに就寝した。入学初日とあって疲れていたのだろう。

さて、学校へ行く準備をするか。今日から授業が始まる。

 

準備が終わり、部屋を出て鍵を閉める。下に降りるためエレベーターホールへ向かうと、そこには見知った人物がエレベーターの到着を待っていた。

 

「おはよう。洋介」

 

「あ、おはよう勇人君。」

 

昨日、友人となった洋介と挨拶を交わす。今日も朝から爽やかイケメン全開だ。

 

「洋介もこの階だったんだね。Dクラスは4階に集められているのかな」

 

「うん。410号室だよ。3階の人も居たしそれは違うみたいだね」

 

なるほど。それなら本当に偶然だったのか。綾小路君はまだしも、高円寺が隣ってのは何らかの意図があると感じたんだが。

到着したエレベーターに乗り込み、寮を出て、話しながら一緒に登校する。

 

「昨日は行けなくてごめんね。楽しかった?」

 

「別に構わないさ。すごく楽しかったよ。仲良くなれたし」

 

「そっか。カラオケって昨日説明があった娯楽施設が集まってる場所にあるんだよね?どんな感じだった?」

 

昨日の説明で大体の施設の場所は聞いていたが、実際にどのような感じなのか、経験者に聞いておく。

 

「そうだね、大きいショッピングモールって感じだったよ。お店もいっぱいあって、僕が思いつく限りのお店は全部あったかな」

 

「ポイントさえあれば不自由はないか」

 

「そうだね。これだけ色々揃っていると、直ぐにポイントが無くなりそうだよ」

 

「現金じゃないから、使っている実感があまりわかないしね」

 

欲しいものが売っていて、それを買うお金もある。更にはそのお金が1カ月単位で支給されるとあれば、後先考えずに消費してしまう人も少なくないだろう。ましてや、ほとんどの人は今でこのような大金を持ったことが無いのだから。

 

「極力無駄遣いは避けた方がよさそうだね。浪費癖が付いたら卒業してからが大変そうだ」

 

「うん。僕もあまり使わないようにするつもり」

 

「でも、洋介は付き合い良さそうだから、それだけで結構消費してしまいそうだね」

 

「一応誘われれば、できるだけ行きたいと思っているけど、その辺もうまくやらないとね」

 

その後も、世間話などをしながら、途中で合流したクラスメート(自己紹介のときに見覚えがある)と一緒に教室へ向かった。

 

教室に着くと、洋介と別れ自分の席へ向かう。朝のホームルームが始まるまで、生徒達は思い思いの動きをしているが、隣人は席に座ってじっとしていた。急に話しかけたら吃驚させてしまいそうだし、ここは一回近くの違う人に声をかけて、僕の存在に気付いてもらおう。

 

「おはよう須藤君。今日もカッコいい髪形だね」

 

「あ?なんか文句あんのか!」

 

話しかける相手を間違えた。だって近くに須藤君しか居なかったんだもん。恐らく皆、須藤に近寄らないようにしていたのだろう。好き好んでヤンキーに声をかけに行く奴などいない。僕がいたか。だが、これだけは言っておくがコンビニでの件は根に持ってるからな僕。

 

会話は不発に終わったが、本来の目的である僕の存在を気付かせることには成功したみたいで、佐倉さんがこちらを見ていた。目が合うと慌てて逸らされた。ちょっと傷ついた。須藤君の横を通り過ぎ、自分の席に着く。

 

「おはよ、佐倉さん」

 

「お、おはよう。く、倉持君……」

 

俯きながらも挨拶を返してくれる。しかも初めて名前を呼んでくれた。名前を呼ばれただけで、さっきの傷心が癒えるあたり、僕は単純なのかもしれない。

 

少ししてから始業のチャイムがなり、先生が入ってくる。ちなみに高円寺は先生が入ってくる数秒前に教室に入って来た。ギリギリすぎるだろ。まぁ、遅刻しなかっただけマシか。

 

今日から授業が始まると言っても初日とあって、授業の大半は先生の自己紹介と勉強方針等の説明だけだった。先生たちは進学校とは思えないほどフレンドリーで、多くの生徒が拍子抜けした様子だった。高円寺はいつもの如く、高円寺ミラーで自分の顔を見ていた。僕と同じ列に座る須藤君に至っては、ほとんどの授業で睡眠を貪っていた。先生達はそれに気づいていた様子だったけど、注意する気配は全くなかった。逆にそれを()()()()()見ているように僕の目には見えた。

義務教育ではなくなったから、授業を聞くのも聞かないのも個人の自由。損するのはお前たちだ。とでも考えていたのだろうか。

 

そんなこんなで、昼休みになった。生徒たちが思い思いに散っていく。僕も席を立ち、高円寺の元へ向かう。途中洋介がクラスの皆に食堂に一緒に行かないかと言っていた。続々と女子が集まる中、僕の方にも視線を向けたが、僕の足が高円寺の方へ向いているのに気付き、断念したみたいだった。視線でごめんと謝っておく。

 

「授業くらい真面目に聞いたらどうだ?後々、後悔するぞ」

 

「後悔?ありえないね。私は生きてきて後悔をしたことなど一度も無い。それにあの教師達の授業は私にとっては、聞くに値しないものなのだよ」

 

「少しは後悔してくれよ。先生たちの授業は結構分かりやすかったと思うけどな」

 

聞くに値しないのは、高円寺が頭が良すぎるからだろう。一般的な頭の持ち主の僕には、授業は凄い分かりやすく、要点もつかみやすかった。さすが進学校の教師だな。と思ったくらいだ。

 

「今日の昼飯はどうするの?学食でも行く?」

 

「悪いが、レディー達と食事の約束があるんだ。また後日だね」

 

「そっか。じゃ、待たしたら悪いだろうし、行ってらっしゃい」

 

高円寺が教室を出て行くのを見送る。そうか、今日は予定があったか。

僕と高円寺は、仲が良いがいつも一緒に行動しているかと言えば、そうでもない。実は高円寺といる時間は意外にも少ないのだ。高円寺は見ての通り自由人だから、偶に僕と昼食をとるくらいだ。

 

それにしても、洋介のグループと昼食行けばよかったな。既に洋介のグループは食事をしに教室から出て行ったようだった。一瞬、佐倉さんを誘おうかと考えたが教室には姿が無い。これはボッチ飯確定かな。そう考えていると、一人の男子生徒が目に入った。綾小路君だ。彼を誘ってみようかな。

 

「綾小路君!」

「綾小路君……だよね?」

 

僕が綾小路君を呼ぶと同時に、違う方からも綾小路君を呼ぶ声が放たれた。横を見ると、美少女、櫛田さんと目が合う。タイミング悪かったかな。

 

「えっと、先にどうぞ、櫛田さん」

 

「ううん。倉持君が先でいいよ!」

 

「いやいや、僕のは後でもいいから、先に話して」

 

「私も少し聞きたいことがあっただけだから後でいいよ!」

 

「当のオレが蚊帳の外なんだが……」

 

「「ご、ごめんね」」

 

不毛な譲り合いが続く中、綾小路君の一言で終止符が打たれる。結局、櫛田が先に用件を言う事になった。

 

「ちょっとしたことなんだけど綾小路くんって、もしかして堀北さんと仲がいいの?」

 

「別に仲良くはないぞ。普通だ普通。あいつがどうかしたのか?」

 

知らない名前が出てきた。堀北さんか。あの時の自己紹介にはいなかったな。綾小路君に聞くってことは、あの黒髪の綺麗な人かな?

僕が疑問に思っていると、それが伝わったのか、櫛田さんが説明してくれる。

 

「堀北さんって言うのは、綾小路君の隣の席の女の子だよ。綺麗な黒髪の美人さん!」

 

フルネームを堀北 鈴音(ほりきた すずね)。なんでも、櫛田さんが連絡先を聞いたら断られたらしい。それで堀北さんがどのような人なのか、一番仲が良さそうな綾小路君に聞きに来たのだ。案外、櫛田さんの本性に気が付いたんじゃなかろうか。尤も、ばれるようなヘマを櫛田さんがするようには思えないが。

結局、綾小路君も昨日会ったばかりでよく知らないと聞き、「改めてよろしくね」と言いながら握手をして去って行った。因みに僕とも握手をした。

 

「それで、倉持は何の用だ?」

 

「そうそう、綾小路君を食事に誘いに来たんだった。一緒にどうかな?」

 

危うく目的を忘れるところだった。僕の言葉を聞いて、予想外だったのか、面をくらったような顔をする。

 

「オレを誘いに来たのか?」

 

「うん。嫌、かな?」

 

「そういうわけじゃない。是非よろしく頼む」

 

少し食い気味に了承される。意外と綾小路君って分かりやすいのではないのだろうか。これがすべて演技なら相当な実力者だろう。

 

一緒に学食に向かうも、少し遅かったので席がほとんど埋まっていた。仕方がないのでコンビニに立ち寄りパンを買って教室に戻った。数名程教室に残っていたクラスメイト達は机をくっつけて友達同士食べる者から、一人静かに昼食を取る生徒など多種多様であった。綾小路君の席で食べることになり、向かうと、先程話に出ていた、堀北さんが席に座っていた。僕らを見て綾小路君に話しかける。

 

「まさか、誰かとご飯が食べたいからってお金で雇うとは驚いたわ」

 

「何でそうなる。倉持から誘って来たんだ」

 

「にわかに信じられないわね。寝ぼけているんじゃないかしら」

 

「もう昼だぞ。寝ぼけているわけがないだろ」

 

「二人は仲が良いんだね」

 

完全に蚊帳の外になっていたので口をはさむ。先程の綾小路君の気持ちがよくわかる。

僕の言葉が気に食わなかったのか、凄い不機嫌な顔で否定される。

 

「どこをどう見て仲が良いと思うのかしら。あなたの目は節穴なの?」

 

「僕には仲が良いように見えるよ。少なくとも、嫌ってはいないでしょ?」

 

「何故そう思うのかしら?」

 

堀北さんがさらに不機嫌になった顔で聞いてくる。怖いよ。綾小路君は我関せず、といった感じでパンを食べていた。

 

「だって、嫌いだったら態々憎まれ口叩かないでしょ?興味なければ綾小路君に友達が居ようと居なかろうと、どうでもいいだろうし」

 

「詭弁ね。嫌いだから皮肉を言ってやっただけよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

「そういうことにしておくよ。そういえば挨拶がまだだったね。僕は倉持勇人。よろしくね」

 

「悪いけどよろしくするつもりはないわ。私に友達は必要ない」

 

そう言って、話は終わりだとサンドウィッチを食べだした。僕も食事を再開しよう。櫛田さん、彼女はかなり手強そうだぞ。しかし、友達は必要ない、か。彼女がこの先大きな壁に当たらなければいいが。

 

昼食をとっていると、教室のスピーカーから放送が流れた。

 

《本日、午後5時より、第一体育館の方にて、部活動及び、委員会の説明会を開催いたします。部活動、委員会に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください》

 

部活動か。中学の時はコミュニティの形成のために何個か掛け持ちしていたな。そんな事を思い出していると綾小路君が話しかけてきた。

 

「二人は部活に入るのか?」

 

「僕は迷ってるかな。中学でも一応やってたし。堀北さんは?」

 

「興味ないわね」

 

 言い方は冷たいが、質問に答えてくれるあたり、悪い人じゃないんだろうな。

 

「綾小路君は何か入るの?」

 

「まだ考えてないが、多分入らないな。ただ、見には行きたいな」

 

「入部するつもりもないのに、説明会には行きたいなんて。変わってるわね。それとも部活動を口実に、友達を作ろうと画策しようとしている、とか?」

 

「いくら何でもそれはないでしょ」

 

「オレにとって部活は友達を作るチャンスだと思うんだ」

 

 本当に画策していた。堀北さん鋭すぎでしょ。会って2日でそこまで理解してるならもう友達でもいいんじゃないかな。

 

「馬鹿ね。けど、私には綾小路くんが、本気で言っているようには思えないわ。本当に欲しいのならもっと自分から主張するべきじゃないかしら」

 

「それが出来れば苦労はしない」

 

「確かにそうだね。堀北さんは、なにか部活やってたの?」

 

「いいえ。部活動は未経験よ」

 

「部活以外は何が経験済みなんだ? やっぱりあんなことやこんなことか?」

 

 意外にも綾小路君が下ネタで堀北さんをからかいに行く。そのまま堀北さんに脇腹をチョップされていた。お前らホントは仲良いだろ。

 

「綾小路君の最低発言は置いといて、どうせなら放課後3人で説明会に行かない?」

 

「軽く貶されたが、オレは賛成だ」

 

「堀北さんはどうかな?もしかしたら、やりたくなるような部活が見つかるかもよ?部活だけでなく、委員会の説明もあるみたいだし。例えば生徒会とか堀北さんに似合いそうだよね」

 

 綾小路君が合意し二人の視線が堀北さんに向く。まぁ、どうせ断られるだろう。しかし、否定の言葉はすぐに飛んでこず、何やらブツブツ言いながら考え込むような仕草を見せる。生徒会と言う言葉に反応を示したように見えた。興味があるのだろうか。

 

「ねえ、少しだけでも構わない?」

 

「もちろんだよ。長居するつもりはないしね」

 

「だな。オレはキッカケを探すだけだし。それよりいいのか?」

 

「少しだけならね。それじゃあ、放課後に」

 

 そう言い終え、再度食事に戻る。さっきまで行く雰囲気は全くなかったのにどうしたのだろう。やっぱり、悪い奴じゃないんだろうな。

 

「友達を作れず、右往左往するあなたを見るのも、少し面白そうだしね」

 

 悪い奴ではないが良い奴って事も無いみたいだ。

 

 その後、昼休みが終わり、午後からの授業を受けた僕たちは、放課後に3人で体育館へと足を運んだ。

 

 

 




話が進まない...。
少し端折ったほうが良さそうですかね。

ヒロインの件はかなり悩んでいます。
平田君の役をオリ主にさせるのは考えていましたが、無人島編後の展開をどうするかが難しい所なんですよね(^-^;

今回も読んでいただき、ありがとうございました!


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説明会と水泳

お気に入り、感想、評価ありがとうございます!

続きをどうぞ。


 

 

 

 午後の授業が終わり放課後になる。説明会までは少し時間があるな。暇なので隣人に話しかける。

 

「佐倉さんは説明会行くの?よかったら一緒に行かない?」

 

「う、ううん。部活は入らない、かな」

 

「そうなんだ。写真好きなら写真部もとかあるみたいだよ」

 

「写真は好き、だけど、人と話すのは苦手、だから.……」

 

 やっぱり駄目か。余計なお世話だと思うが、佐倉さんが部活を通して友達を作れればなと思ったんだけど。同じ趣味を持つ人なら話しやすいだろうし。強要することじゃないし大人しく引き下がろう。「帰るね」と一言残し立ち上がった佐倉さんに手を振ってこれからどうするかを考える。すると帰ろうとしていた佐倉さんが立ち止まり、踵を返して僕のところに戻って来た。

 

「どうしたの?忘れ物?」

 

「あ、あの!その、えっと……」

 

「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」

 

 かなり緊張している様子の佐倉さんに落ち着くよう促す。どうしたのだろう。深呼吸した佐倉さんは小さな声で話し始めた。

 

「く、倉持君。さ、誘ってくれて……ありがとう」

 

 最後の方はかなり小さい声で周りの喧騒にかき消されてしまいそうだったが、しっかりと僕の耳に届いた。僕は微笑みながら佐倉さんに返事を返す。

 

「どういたしまして」

 

「え、えっと……じゃ、じゃあ帰る、ね」

 

「うん。また明日」

 

 顔を少し朱色に染め、再び帰って行った。かなり勇気を出したのだろう。彼女も変わろうとしているのかな。何かきっかけがあれば大きく変われるのではないだろうか。隣人として彼女の成長を見守りたいと思った。しかし、今まで眼鏡と前髪で分かりづらかったが、佐倉さんって結構可愛いんだな。ちょっとドキッとした。

 

「勇人よ、顔が緩んでいるぞ。その顔は美しくないのだよ」

 

「なってないよ。元々美しい顔でも無いけどね」

 

 急に高円寺に話しかけられ、吃驚する。そんなに緩んでいたのだろうか。高円寺が来たってことは何か用があるのだろうか。

 

「で、どうしたの?」

 

「別に大した用はない。結局、部活動には入るのかね?」

 

「まだ迷っているよ。説明会聞いてどうするか決める。高円寺は……やるわけないな」

 

「無論だな。時間の無駄なのだよ」

 

 きっぱりと言い切る。入ろうか悩んでいる人の前で時間の無駄とか言うなよ。遠回しに僕に部活に入るなと言っているのか?

 何がしたかったのか、高円寺はそのまま帰って行った。

 

 その後、再び僕の元に来訪者が現れる。洋介だ。

 

「ホント、高円寺君と仲が良いね」

 

「まぁ、中学からの友達だからね」

 

「羨ましいよ。本当に」

 

「洋介?」

 

 洋介の顔に影が差す。心配になり顔を覗き込むと、何事もなかったかのように話を続ける。

 

「勇人君は部活はやってたの?」

 

「え?うん。何個か掛け持ちしてたよ。洋介と同じサッカーとか」

 

「そうなんだ!それじゃあサッカー部に入るの?」

 

「いや、まだ考え中かな」

 

 よかった。いつもの洋介だ。あれは何だったんだろう?一瞬洋介が抱える心の闇が見えた気がした。二人で部活について話していると、三度、来訪者が現れる。

 

「なになに?何の話?」

 

 軽井沢さんが洋介の後ろからヒョコっと現れた。洋介が先程の話を軽井沢さんにする。

 

「へー。倉持君もサッカー部だったんだ!意外だね」

 

「そうは見えない?」

 

「ううん。見た目的にはスポーツやっててもおかしくなさそうだけど、趣味は読書って言ってたからインドアだと思ってた」

 

「僕も運動はしないのかと思ってたよ」

 

 やはり、第一印象ってのは大きいんだな。それよりよく僕の趣味なんて覚えてたな。

 

「趣味はいっぱいあるけど、その中でも特に読書が好きってだけだよ。もちろん運動も好きさ」

 

「そうなんだ。倉持君イケメンだからモテたんじゃない?」

 

「それがそうでもないんだよなー。洋介みたいにモテなかったよ」

 

 軽井沢さんの言葉は冗談だろうけど女の子にイケメンって言われて嬉しくない男はいない。それが可愛い女子だったら余計だ。しかし、本当にモテなかった。甘酸っぱい青春をおくってみたいものだ。

 

「僕だってモテないよ」

 

「「それはない」」

 

「えぇ!?」

 

 軽井沢さんとハモリながら否定する。モテていない訳がないだろう。冗談も言って良いことと悪い事があるぞ。それはもちろん後者だ。

 

「それじゃあ説明会は行くのかな?」

 

「うん行くよ。綾小路君と約束してる」

 

「綾小路って誰?」

 

「誰って、自己紹介のとき居たよ。窓際一番後ろの席の男の子」

 

「ああ、影が薄い奴ね」

 

 綾小路君に厳しいな。僕の事を覚えてくれていたから、綾小路君の事も覚えているのかと思ったが、そうでも無いみたいだ。偶々だろうか。

 

「綾小路君と仲良くなったんだね。どうせなら、僕らと一緒に行かないかい?綾小路君と皆が仲良くなるきっかけになるだろうし。ね、軽井沢さん」

 

「え?まぁ倉持君が来るなら別にいいけど」

 

 またとない提案が来た。綾小路君は友達を増やしたがっていたので丁度いいのではないか。だが、今回は見送るしかなさそうだな。もう一人の同行人がそれを良しとするとは到底思えないし。

 

「実は綾小路君だけじゃなくて堀北さんも一緒なんだ。堀北さんはあまり大人数は嫌いみたいでね。ごめんだけど、別々で行こう」

 

「堀北さんもいるの?よく誘えたね」

 

「そうだったんだ。それなら仕方がないね。残念だけど……」

 

「悪いね。断ってばかりで。今度遊びにでも行こうよ」

 

 あまり断ってばかりだと心象はよくないだろう。一回、遊びに行って親交を深めておきたい。僕の提案に二人は笑顔で乗ってくれる。

 

「そうだね。他の皆も誘っておくよ」

 

「いいねー!楽しみ!」

 

 二人と話しているうちに、体育館に向かうには丁度いい時間になったので、二人と別れ、綾小路君と堀北さんと合流し、体育館へと向かった。

 

 体育館は予想以上に人が集まっていた。中にはDクラスの生徒の姿があったが、ほとんどが知らない生徒であった。

 

 しばらくして、部活代表による入部説明会が始まった。特に変わった所の無い普通の説明会だった。壇上で部活の部長さんが説明している最中も二人は面白い掛け合いをしていた。本当は、お前ら付き合ってるだろ。

 

 何事もなく淡々と進んでいたが、急に堀北さんの様子がおかしくなった。声をかけても返事はなく、その視線は壇上の一人の眼鏡をかけた生徒を捉えていた。

 マイクの前に立ったその生徒は落ち着いた様子で一年生を見下ろす。何だあの人は。冷たい。一目見ただけで冷たい印象を受ける。その生徒は一言も発さない。体育館全体がざわつきだすも、微動だにしなかった。

 そして、空気は突如として変わっていく。体育館全体が、張り詰めた、静かな空気に包まれる。誰に命令されたわけでもないのに、話してはいけないと感じるほど、恐ろしい静寂に。そのような静寂が30秒ほど続いた頃、ゆっくりと全体を見渡しながら壇上の先輩が演説を始めた。

 

 壇上に居た生徒は、生徒会長の堀北 学(ほりきた まなぶ)。堀北か。苗字が一緒なのは偶然か。いや、堀北さんの様子を見れば一目瞭然だろう。

 結局、生徒会長の2分ほどの演説中誰も一言も発することができなかった。雑談でもしようものならどうなるか分からない。そう思わせる気配があった。異様な雰囲気の中、司会者の終了の挨拶で説明会が終わる。しかし、堀北さんは立ち尽くしたまま動く気配が無かった。綾小路君とどうしたものかと目で話していたら、不意に声がかかった。

 

「よう綾小路。お前も来てたんだな」

 

 須藤君だ。隣にはクラスメイトである池 寛治(いけ かんじ)君と山内 春樹(やまうち はるき)君の姿も見て取れた。二人とも自己紹介のときにいた生徒だ。

 

「倉持も一緒だったんだな」

 

 池君が僕を見てそう言う。池君とは今日、少し話していたのでこちらにも話しかけてくれた。それから五人で雑談した後、男子用のグループチャットに誘われ入会し、その場の全員と連絡先を交換した。堀北さんはいつのまにやら居なくなってしまっていた。後を追っても仕方がないと判断し雑談に興じた。

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ったある日の朝、僕たちは次の授業のため移動をしていた。

 

「勇人君は水泳は得意なの?」

 

「得意ではないけど好きかな」

 

 洋介の質問に歩きながら答える。現在次の授業である水泳の授業のため更衣室に向かっている。僕らの前には最近、一部から三馬鹿トリオと言われている、池君山内君須藤君の三人がやたらと高いテンションで騒いでいた。綾小路君はついていけないみたいだった。

 

 何故、三人があれだけ騒いでいるかと言えば、この水泳授業が元凶だろう。この学校水泳の授業は男女合同である。つまりはスケベ心だ。尤も僕も男だし、期待していない訳じゃないけど。

 

「ホントキモイ」

 

 一瞬、僕に言われたかと思った軽井沢さんの一言は前の三馬鹿に放たれた一言だった。すごく焦った。危うく謝るところだった。僕は気を取り直して、気になっていた事を軽井沢さんに聞いてみる。

 

「ところで、何でジャージ着てるの?」

 

「ああ、これ?そりゃもちろん見学するからに決まってんじゃん」

 

「軽井沢さん見学するんだ。風邪とか?」

 

「違う違う。ああゆうのがいるから見学すんの!」

 

 洋介の質問に蔑んだ目で前を見て答える。確かにあれを見て水着になりたいとは思わないだろうな。

 

「泳ぐのが嫌いって訳ではないんだ?」

 

「うん。嫌いじゃないよ。しばらく泳げてないけどね」

 

 いつもの強気な表情の軽井沢さんではなく、どこか弱弱しく見える表情で答える。泳げてないか。この言葉にどのような意味が込められているのか、今の僕には分からなかった。

 

 水着に着替えて、プールに出てくると、綾小路君達が何やら怪しげな会話をしていた。何をしているのか気になって近づいてみると不意に山内君の声が聞こえた。

 

「ここだけの話、俺実は佐倉に告白されたんだよ」

 

 近づいていた足が止まる。マジか。あの佐倉さんが告白!?にわかには信じられないが、当事者が言っているということは本当なのか?何故だろう、少しもやもやする。

もやもやが気になっていると、更衣室からガタイが良い金髪の男が颯爽と現れた。

 

「浮かない顔をしてどうした、マイフレンド。私の完璧な肉体美を見てリフレッシュしたまえ」

 

「そんなんでリフレッシュできるか!」

 

 高円寺が無駄にうまいポージングを披露する。リフレッシュはしないが、先程のもやもやは無くなった。これが高円寺効果か。いや、関係ないな。

 

 ほどなくして、先生が来て授業が始まる。最初の先生の言葉が気になった。

 

「泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」

 

 確かに役に立つだろうが断言しているのが気になる。必ずと2回も念を押して。

 

 僕の疑問も関係なく授業が進む。初めに全員が50m泳ぎ、終わった後に競争すると先生が言い出した。1位になった生徒には特別ボーナス、5000ポイントを支給すると付け加えて。

 タイムが早かった5人で決勝をして優勝を決めるらしい。僕は高円寺と洋介と一緒の二番目の組だった。

 

「やぁ、勇人。君と同じ組とはね。少しは楽しましてくれよ」

 

「うるせぇ。吠え面かかしてやる」

 

「残念ながら私は、負けるのは好きじゃないんでねぇ」

 

 バチバチと僕と高円寺の間に火花が散る。それをみて洋介が恐る恐る話しかけてくる。

 

「随分と燃えているね」

 

「まぁね。高円寺と勝負するときは全力でと決めてるんだ!洋介も全力で来てよ!」

 

 高円寺と僕は何かあるたびにこうして勝負をする。しかし、結果はいつも惨敗。これまでの成績は89敗1()()である。

 

 前の組が終わり、僕らの出番になる。全員がスタート台に立つ。すると女子から喜びの悲鳴が上がる。洋介がスタート台に立ったからだろう。しかし、中には僕の名前を呼んでくれる声が聞こえた。幻聴だろうか。2階を見ると、見学組の面々がこちらを見ていて、その中には、軽井沢さんと佐倉さんの姿もあった。軽井沢さんがこちらに笑顔で手を振っていたので振り返しておく。可愛いなおい。

 

 全員が準備を整え、スタートの笛を待つ。絶対に負けない!

 

 先生の笛が鳴り、一斉に飛び込む。

 

 まずは序盤、高円寺が獣のような瞬発力でスタートダッシュに成功するとグングンと加速していく。それを追随するかのように僕と洋介君が続いた。

 このままでは負けてしまいそうなので、ペースを上げる。水泳に大事なペース配分を捨て、後先考えずに全力で泳ぐ。すると半分を過ぎた頃に高円寺に追いつく、このまま行けるかと思った矢先高円寺のスピードが上がった。

 いや、違う。僕のスピードが落ちたのだ。そのまま高円寺が1位でゴールして、僕は2位、洋介が3位だった。敗因は単純に体力の差だろう。

高円寺のタイムが22秒56、僕が24秒46、洋介が25秒13がだった。

 

「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ。悪くないねぇ」

 

 ムカつく。プールからあがった高円寺は余裕の笑みを見せ、髪をかきあげた。少しだけ息が切れているようだったが余裕の表情だった。それに引き換え僕はプールから出るのもままならない程に疲れ切っていた。

 そんな僕を見て高円寺が手をつかみ引き上げてくれる。

 

「やるではないか。私も途中本気を出してしまったぞ」

 

「全然余裕そうじゃないか。僕はもう無理だ」

 

 そう言って、プールサイドに座り込む。決勝は辞退させてもらおう。そこに洋介がやって来た。

 

「二人とも早いね!付いて行くので精一杯だったよ」

 

「僕とそこまでタイム変わらないだろ。あんまり疲れてないみたいだし」

 

「そんな事は無いよ。つられてスピード上げちゃったから後半はバテバテだったよ」

 

「悲観する必要はないぞ。二人とも実にいい泳ぎであったが、私の泳ぎはそのさらにその上をいくのだよ。美しいこの肉体でね」

 

 高円寺が他の人を褒めるのは珍しい。だが、一言余計だ。そのポージングをやめろ。

 

 決勝は高円寺が圧勝して幕を閉じた。




この頃の軽井沢さんって綾小路君の事全く認識してなかったんですよね。
軽井沢さん自身もモブって感じでしたし。

オリ主の影響により、高円寺、平田君のタイムが上がっています。
本気の泳ぎにつられた結果です。




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日常

設定を見直した結果、軽井沢さんをヒロインにする目途が立ちました。
しかしながら、ヒロインは一人でいい、と言う意見もありますしアンケートとかとったほうが良いのでしょうか。果たして投票してくれる方がいるかどうか(-_-;)

長くなりましたが、続きをどうぞ。


 

 

 

 入学して早3週間が経った。授業中の生徒の態度など、目に余るものはあるが、特に大きな問題も起こることなく日常が過ぎて行った。3週間が経つと、おのずとグループがほぼ出来上がり、自らの立場が確立されてくる。洋介はすっかりクラスのまとめ役となり、櫛田さんと軽井沢さんは女子のリーダー的役割に定着していた。軽井沢さんが一部の女子と、櫛田さんはより多くの人と関わっているようで、互いに違った形でカリスマ性を発揮している。

 

 僕はと言うと、基本的には洋介のグループに属しているが、高円寺や綾小路君、佐倉さんなど、多くの人と関わり、様々なグループを転々としていた。堀北さんも話しかければ、ぶっきらぼうではあるが、返してくれる。綾小路君が最近、三馬鹿と仲が良い為、僕も三馬鹿とも話す機会が多くなっていた。そのこともあり、一応クラスの生徒全員と話すことは出来るようになっていた。

 

 しかし、気になることが一つある。それは先ほども言ったように、授業態度が目に余る事。授業中の私語は当たり前で、居眠りをしていたり、携帯を触ったり、ゲームをしている生徒もいる。余りにも自由すぎる。この先本当に大丈夫なのだろうか。

 ただ、それよりも気になるのが、すべての教師がそれを黙認している事。その態度のせいもあり、今現在の有り様なのだ。放任主義と言っても、度が過ぎるのではなかろうか。これで、果たして未来を支える若者を育てていると言えるのだろうか。

 

 今日の3時間目、茶柱先生の社会の授業で唐突に小テストが行われる旨が伝えられる。それを聞いた生徒からは大ブーイングが起きる。しかし、このテストが成績表には反映されることは無いと知らされると、反対の声も無くなる。

 本当に茶柱先生は含みのある言い方をするな。成績表()()反映されることはない。

 まるで、成績表()()()()反映されるようではないか。成績表に関係なくてもテストはテストだし、頑張って解こう。

 

 先生より小テストが配られ、開始の合図とともに問題用紙を裏返し問題を解き始める。

 一科目4問、全20問で、各5点配当の100点満点。毎日勉強しているのである程度は解けるだろうと踏んでいたが、問題が異様に簡単すぎる。受験の時の問題が比にならないくらいだ。そう思いながら順調に8割ほど解き進めていくと、最後2割の問題に差し掛かったところで僕の手が止まる。ラスト3問程が急激に難しくなったからだ。授業ではまだ習っていないであろう問題だった。高円寺の方を一度だけ見ると、迷うことなく答えを埋め続けていた。僕も負けていられないな。そう思い、頭をフル回転させて、問題に挑んだ。

 

 授業終了を知らせるチャイムが鳴り、問題用紙が回収される。それにしても、学校の意図が読めなさすぎる。今の実力を測るものだとしても、ラスト3問程の難易度の高い問題は異質すぎる。プリントミスと言われた方が説得力があるくらいだ。そんな事を考えていると、洋介と軽井沢さんがこちらにやってきた。

 

「テストどうだった?最後の方難しかったね」

 

「一応全部埋めたけど自信はないかな。急に難問になったね」

 

「そうなの?最後までやってないから分かんないや」

 

 キョトンとした顔で首を傾げる軽井沢さん。クラスのほとんどの生徒は軽井沢さんみたいに真面目にテストを受けていなかったみたいだ。テスト中聞こえた、字を書く音が少なすぎた。

 

「そんな事はどうでもいいっしょ、倉持君この後暇?」

 

「そんな事って。予定は無いけど、どうかしたの?」

 

「さっき軽井沢さんと、勇人君を誘ってどこかに行こうかって話していたんだ。松下さんと森さんも来るよ」

 

 洋介が説明をする。松下さん、森さんは軽井沢さんとよくつるんでいる女子生徒だ。特に予定もないし断る事もない。

 

「いいね。行くよ」

 

「よーし!そうと決まったら早くいこっ」

 

「そうだね。森さんと松下さんを呼んでくるよ」

 

 その後、女子二人と合流し教室を出る。

 

「それで、何処に行くの?」

 

「どうしよっか?カラオケはこの前いったし」

 

「ボウリングも行ったね。軽井沢さんがビリだったやつ」

 

「うっさい!倉持君もそんな点数変わんなかったじゃん!」

 

「うっ。でも僕は軽井沢さんと違って、ストライク取ってるからね!」

 

「あたしは、倉持君みたいにガターばっかじゃなかったもん!」

 

 口を膨らまして反撃してくる。どんぐりの背比べ。目くそ鼻くそ。そんな言葉がぴったりな言い合いだった。そんな僕たちの言い合いを洋介が笑いながら止めに入る。

 

「ははは。まぁまぁ落ち着いて。二人ともうまかったと思うよ」

 

「「嫌味か!」」

 

「えぇ!?」

 

 軽井沢さんとハモる。洋介よ、その言葉は僕たちにダブルスコアを付けた君が言っちゃダメだ。そう言えば同じ様なやり取りが前にもあったな。僕たち3人は一緒にいることが多かったので、こうやって仲良く話せるようになっていた。

 

「と、取り敢えず、色々な施設を回ってみて決めようか」

 

「さんせー」

 

「それでいいと思うよ」

 

「二人もいいかな?」

 

「「うん」」

 

 洋介の提案に全員賛成する。完全に蚊帳の外だった二人にもしっかりと確認を入れるあたり洋介って感じだな。靴を履き替えるために下足ロッカーに向かっていると、櫛田さんとエンカウントする。

 

「あれ?みんな揃ってどこか行くの?」

 

「うん。今から施設を回ってみようと思ってるんだ」

 

 洋介が櫛田さんの質問に答える。軽井沢さんは少しだけ不機嫌そうな顔をする。軽井沢さんは櫛田さんの事があまり好きではないようだ。かく言う僕もあまり関わりたくないと思っている。だが、妙に避けてしまうと、面倒なことになりかねないので、表面上は仲良くしている。

 

「そうなんだ!私もこれから池君達と施設を周りに行くんだけど一緒にどうかな?」

 

「それはいいね。多い方が楽しいだろうし、どう?」

 

 櫛田さんの提案に洋介が合意してから、僕らに意見を求める。僕としては全く問題ないのだが、軽井沢さんはどうなんだろうか。気になって彼女の方を見ると目が合った。目で、断れと言われている気がする。仕方がないここは僕が断りを入れますか。

 

「せっかくなんだけど……良いんじゃないかな。やっぱりみんなで行った方が楽しいよ」

 

 断ろうと櫛田を見ると、涙目+上目遣いの最強コンボをくらわされた。正直、櫛田さんの本性をなんとなく分かっているから、ときめいたりはしないんだけど、分かっているからこそ断ると後が怖い。

 

「軽井沢さんもいいかな?」

 

「いいよ、別に。()()()()そう言うんなら」

 

 櫛田さんの問いかけに軽井沢さんが了承する。僕の名前の部分が妙に強調された。仕方ないだろ。櫛田さんに目を付けられたくないし。軽井沢さんの視線が痛い。

 

 一緒に行くことに決まり、池君達と合流する。合流した時に軽井沢さんが不機嫌だった事もあり、ひと悶着があったが無事にそろって歩き出す。

 

 洋介と並んで歩いていると、僕らの脇を池君と山内君が取り囲む。どうしたんだ?綾小路君が完全にボッチ状態になってるぞ。

 

「ぶっちゃけ聞くけどさ、平田、倉持。お前らどっちが軽井沢と付き合ってんだ?」

 

「え?」

「はい?」

 

 いきなりの池君のぶっこみに、呆けてしまう。なんの話だ?僕は軽井沢さんと付き合っていないし、洋介と彼女もそういった男女の関係の雰囲気はなかった。僕と洋介が黙っていると山内君が補足を入れる。

 

「いやさ、平田か倉持が軽井沢と付き合ってるって噂で聞いたんだ」

 

「そう言う事か。残念ながら僕は付き合っていないよ。可能性があるとしたら洋介じゃないかな」

 

「いや、僕も違う。一緒にいることが多いから、誰かが勘違いしたのかな」

 

 僕と洋介がともに否定をする。しかし、洋介ならともかく、僕とはないだろう。確かに洋介と一緒で仲良くしてるが。どこからそのような噂が流れたのだろうか。

 

「マジでどっちも付き合ってないのか!?じゃあ二人とも敵って事か?」

 

 敵?何を焦っているんだ?僕らのどちらかが、付き合ってないと困ることがあるのだろうか。周りを見渡して考えてみる。ああ、そう言う事ね。おそらく池君達は洋介と僕が櫛田さんを狙う敵ではないかと疑っているのだ。それにしても必死だな。洋介みたいなイケメン相手だと当然か。次に池君が櫛田さんに恋愛感情があるか聞いて来たので否定しておく。洋介も続いて否定した。僕らの言質を取って安心したのか、二人とも櫛田さんに話しかけに行った。

 

 それから僕たちはそれぞれグループに分かれて話しながら歩いて行く。その中でも櫛田さんは全員に話を振ってこの急増のグループを繋げていた。ホント、頑張るね。

そして、敷地内にあるブティックに到着し中に入る。店内は生徒で賑わっていた。僕らは思い思いに服を物色をする。僕も新しい私服を買おうかな、と考えていると軽井沢さんが声をかけてくる。

 

「ねぇ、これとこれ、どっちがいいと思う?」

 

 両手に違った服を持って僕に聞く。僕の好みを聞いても仕方がないと思うが。軽井沢さん可愛いし、どちらでも似合うと思うけど。

 

「えっ?」

 

「あ……」

 

 最後の方が声に出ていたみたいだ。急に可愛いとかキモすぎだろ。僕はどこの軟派野郎だよ。滅茶苦茶恥ずかしい。慌てて弁明する。

 

「ち、違うよ?いや!違うってのは軽井沢さんが可愛くないって事じゃなくて、十分可愛いんだけど、その……ふ、服だよね?僕は右手に持ってる方が似合うと思うな!イメージにピッタリだよ!」

 

 僕は何を言っているのだろう。穴があったら入りたいとはこの事。固まっていた軽井沢さんが動き出す。

 

「う、うん!じゃ、じゃあこっちにしよっかな。ありがとっ!」

 

 慌てた様子で僕が言った方の服をレジに持って行った。可愛いなんて言われ慣れてるだろうにそんな焦らなくても。こんなことしてるから付き合ってるとか言われるんだよな。誰かに聞かれてないだろうなと思っていると、後ろから視線を感じた。振り返ってみると綾小路君がこちらを見ていた。心なしかその表情はニヤニヤしている様に見えた。

 

 皆の買い物が終わり、近場のカフェへと足を運んだ。少し軽井沢さんと気まずい雰囲気が流れたが、すぐにいつも通りに戻った。カフェでは学校の話になる。それぞれが学校について、ポイントについて感じていることを話す。僕は前に高円寺に話したことは伏せ、周りに合わせておいた。ここであの話をしてもいい雰囲気になるとは思えないし。

 

 あたりも暗くなり、解散となる。と言っても住む所は皆同じなので一緒に帰路につく。その中、櫛田さんが話し出した。

 

「今日は楽しかったね。また行こうね!」

 

「そうだね櫛田ちゃん!でも今日でポイントほとんど使っちまったな」

 

 櫛田の言葉に食い気味に返答した池君。もうポイントを使い切ったのか?

 

「別に問題ねぇだろ。どうせあと数日で10万入るんだし」

 

「だなー。来月は何買うかなー」

 

「あたしとしては、10万なんて言わずにもっとポイントが欲しいって感じ?化粧品とか洋服とか買ってたら、足りないし」

 

 皆一様に、次のポイント支給に夢を膨らます。

 

 その夢も希望も打ち砕かれることになるとは、この時の僕らは思わなかった。

 

 そして、僕たちは5月を迎える。

 




この小説の軽井沢さんはまだ誰とも付き合っておりません。
平田君とオリ主、二人と一番仲が良い女子として、クラスの女子から一目置かれているって感じです。

今回も読んでいただきありがとうございます!
いただいた感想を見ているとやる気がみなぎります(笑)


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ようこそ、”D"クラスへ

感想、評価、お気に入りありがとうございます!
活動報告にて発表がございますので、よろしければご覧ください。

では続きをどうぞ。


 

 

 

 5月。僕らがこの学校に入学してきて1カ月が経過した。この日、僕らの日常は終わる。この学校の恐ろしさと”D"クラスの本当の意味を知る事となったのだ。

 

 

 5月最初の登校日、教室内は一つの話題で持ちきりだった。本日支給されるはずだったポイントが振り込まれていなかったのだ。僕は珍しく早く来た高円寺とそのことについて話していた。

 

「高円寺は振り込まれてた?」

 

「いいや。こちらも増減はないな」

 

 聞いた限りだと、クラスの人は誰も振りこまれていないらしい。学校側のミスか?理由を考えていると、だが、と高円寺が続ける。

 

「ポイントは既に振り込まれているのではないかね」

 

「それは支給されるポイントが無かったって事か?」

 

「さぁ?どうだろう。ただ、マイナスになっていてもおかしくはない思うがね」

 

 支給されるポイントが無かった。つまりは0ポイントだった。前に高円寺に話した考えが当たっていたのだろうか。

 

 始業のチャイムが鳴ったので、話を切り上げ席に戻る。程なくして、手にポスターの筒を持った茶柱先生がやって来た。その表情はいつになく険しいものだった。池君のセクハラまがいの発言に目もくれず、生徒全員に質問が無いか、と問う。まるで生徒たちからの質問があることを確信しているかのような口ぶりだ。実際、数人の生徒がすぐさま手を挙げた。

 ポイントが振り込まれていないのは何故か、この質問に対して先生は既にポイントは振り込まれていると言う。

 

「お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

 

 理解が及んでいない生徒に向かって、不気味な気配をまとった茶柱先生がそう言った。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想、可能性もない。わかったか?」

 

 先生の発言を聞く度に予想が確信に変わっていく。誰もが黙り込んでいる中、あの男が声高らかに笑い出す。

 

「ははは!なるほど、そういうことなのだねティーチャー。勇人、君の予想通りみたいだぞ」

 

 首だけ動かし僕の方に視線を向ける。するとクラス中の視線が僕に集まる。それは茶柱先生も例外は無く、少し驚いた表情でこちらを見ていた。

 この空気をどうしようかと考えていると高円寺が足を机に乗せ、偉そうな態度で先程質問をしていた生徒に指をさす。

 

「分からないのかい。簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、それだけさ」

 

「はあ? なんでだよ。()()10万ポイント振り込まれるって」

 

「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」

 

 高円寺は再び僕に視線を向ける。

 

「そうだね。先生は()()とは言ってなかった。つまりは今月10万ポイントが振り込まれる訳ではない。そうですよね?」

 

 僕の質問で一斉に生徒の視線が先生へと向く。呆れたような口ぶりで先生は説明を続ける。

 

「高円寺の態度には問題ありだが、二人の言う通りだ。全く、これだけヒントをやって自分で気がついたのが数人とはな。嘆かわしいことだ」

 

 やはりあの含みのある言い方は意味があったのか。そうすると、いくつかの予想も的中しているのではないか。寒気がしていると洋介が質問をする。

 

「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得出来ません」

 

 それに対して茶柱先生は、なおも呆れながら機械的に返答する。

 

「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、()()()()()()()ポイントに反映される。その結果お前たちは10万ポイント全てを吐き出した。入学式の日に説明した通り、この学校は実力で生徒を測る。そして今回、お前たちは0という評価を受けた。それだけに過ぎない」

 

 予想が最悪な形で的中するとともに、一か所だけ僕の予想を裏切るものがあった。もちろん最悪の方向で。

 それは、ポイントは()()()の成績が反映される事。()()ではなく()()()。これはかなり大変な事だぞ。個人であれば各々が頑張れば良いが、クラスとなれば話が違ってくる。一人が頑張ってプラスの査定になっても他の人がマイナスの査定をくらえば無に帰る。個人の努力じゃどうにもならない。

 

 洋介が生徒の代表として、先生に食い下がるも正論で論破される。ポイントの増減の詳細も教えてもらえないらしい。それだけでも難しいのに先生がある意味爆弾発言をする。

 

「遅刻や私語を改め、仮に今月マイナスを0に抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることはない。つまり来月も振り込まれるポイントは0ということだ。裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても関係ない。どうだ、覚えておいて損はないぞ?」

 

 薄っすら笑いながらそう言った。この発言に洋介の表情がさらに暗くなる。今の言葉の意味を理解してない生徒もいるが、遅刻や私語を改めても意味が無いと言っているようなものだ。生徒の意識を削ぐのが先生の狙いなのか?

 

 静まり返った教室にホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。茶柱先生は本題に入る、と言い、筒から白い厚手の紙を取り出し、黒板に広げた。どうやら、各クラスの成績らしい。その紙を見て違和感を覚える。最大4桁の数字が表示されておりおそらく1000ポイントが10万に値するのだろう。

 

Aクラス 940

Bクラス 650

Cクラス 490

Dクラス 0

 

「おかしい……」

 

「え?」

 

 無意識に出てしまった声に隣人の佐倉さんが反応する。

 

「並びがいくら何でも()()()()()

 

「た、確かに、順番通りだね」

 

 偶然か?それとも……。

 

「段々理解してきたか? お前たちが、何故”D"クラスに選ばれたのか」

 

 選ばれた。このクラス分けは意図があると言う事か。僕と高円寺が一緒のクラスに選ばれた理由。

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒は”A"クラスへ。ダメな生徒は”D"クラスへ、と。つまり、Dクラスは落ちこぼれが集まるクラス。お前たちは、最悪の()()()ということだ。実に不良品らしい結果だな」

 

 ()()()。その言葉に身体が強張る。僕が小さい時から()()()()()()言葉。だからボクは……。

 

「倉持君?だ、大丈夫?」

 

 佐倉さんの声で現実に引き戻される。あまりにも様子が変だったのだろう、佐倉さんが心配そうにこちらを見ていた。

 

「ごめんね。ちょっと考え事していただけ。ありがと」

 

「う、うん」

 

 出来るだけ優しくお礼を言う。そんなやり取りをしていると、ガン、と大きな音が聞こえる。どうやら須藤君が机を蹴った音みたいだ。

 

「これから俺たちは他の連中にバカにされるってことか」

 

 クラス順に優劣が決まるのなら、当然一番下のDクラスは周りから卑下される対象だろう。

 しかし、この状況を打開する術はある、と先生は言う。それは、クラスポイントが他のクラスを上回る事。つまり、今回で言うと僕たちがCクラスの490ポイントを1ポイントでも上回っていればCクラスへと昇格していた。

 

 もう一つ残念な知らせがある、と言い、一枚の紙を貼る。そこには小テストの結果が記載されていた。高円寺や堀北さん、洋介や僕の名前が上位にある中、ほとんどの生徒が60点前後で、須藤君に至っては14点だった。さらに先生は衝撃的な事を僕らに説明する。

 

「この学校では中間テスト、期末テストで1科目でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば、32点未満の生徒は全員対象だ。7人は入学早々退学になっていたところだったな」

 

 その7人である生徒が驚愕の声をあげる。先生に食って掛かるが軽くいなされる。そんな中、空気を読めないあの男が火に油を注ぐ。

 

「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」

 

 爪を研ぎながら偉そうにほほ笑む。そんな高円寺に池君が同じ赤点組だと思ったのか反論する。

 残念ながらその男は同率トップである90点だ。因みに僕は洋介と同じ85点だった。

 

「それからもう一つ、高い進学率と就職率を誇っているこの学校だが、その恩恵を受けれるのはAクラスのみだ。それ以外の生徒には、この学校は何一つ保証することはない。お前らのような低レベルな人間がどこにでも進学、就職できるほど世の中は甘くできているわけがないだろう」

 

 もう既に満身創痍の僕らに先生は止めとばかりに言う。その言葉に男子生徒、高円寺と同率トップだった幸村君が立ち上がり文句を言う。そこにも空気を読めない男が立ちふさがる。

 

「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど惨めなモノは無い」

 

「お前はDクラスだったことに不服はないのかよ」

 

「不服?まぁ一つだけ()()()()()()()があるが、私自身は不服に思うことはないねぇ」

 

 腑に落ちないの部分で僕の方を見たが、何だったんだろう。

 

「お前はレベルの低い落ちこぼれだと認定されて何も思わないのか!」

 

「フッ。愚問だな。学校側は、私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。学校側がどのような判定を下そうとも私にとっては何の意味も持たない」

 

 唯我独尊。この言葉が本当にピッタリな男だ。誰がどんな評価をしても関係ない。自分自身を評価し認める。高円寺は自分に芯を持っている。だからこそここまで強いのだろう。自分しか見ないが故、他人に興味が無さすぎるのが短所ではあるが。

 周りの評価ばかりを気にして生きていた僕は、彼の生き方に憧れ救われた。しかし、彼の様な生き方をするには自分自身を認めなければならない。僕はまだ、自分自身を認める事はできていない。

 

「それに私は高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっているのでね。DだろうがAだろうが些細な問題なのだよ」

 

 最後に余計な事を言う高円寺。そりゃ将来を約束されている男にとっては関係のないことだろう。なぜそんな彼がこの学校に入学したのか、友達である僕もそれは知らされてない。最初は某有名進学校に行くって言ってたんだが。

 

「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいHRにも意味はあったかもな。中間テストまでは後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している」

 

 そう言い残し教室から出て行った。またもや意味深な事を言って。乗り切れる方法、それは勉強する以外にって事か?

 

 茶柱先生がいなくなり、教室は非常に荒れていた。洋介と櫛田さんが必死にクラスのフォローをしている。

 

「佐倉さんはポイントは残ってるの?」

 

「えっと、デジカメを買ったくらいだから、半分以上は残ってる、かな」

 

「それは良かったよ。でも仮にポイントが無くなっていても、生活はできるようになっているみたいだね」

 

「どういうこと?」

 

「学校の随所に無料で利用できるものがあったんだ。それさえ使えば生活はできる」

 

 コンビニの商品棚や食堂の山菜定食、自販機の水など随所に無料の物があった。光熱費や水道代も無料なのはその為だろう。ただ、一度僕たちは大金を手にし、娯楽を味わってしまっている。そのポイントでしか賄えない部分を乗り切れるかどうかだな。

 

「皆、授業が始まる前に少し真剣に聞いて欲しい。特に須藤くん」

 

 まだ騒然とする教室で、洋介が教壇に立つ。来月のポイント獲得のため協力をしなければならない、遅刻や私語などをやめる必要がある旨を伝える。

 しかし、僕たちが危惧した意見が出る。それは改善してもポイントが変わらない点。真面目にしてもポイントが増えないならやる意味が無いと。そこに櫛田さんがフォローに向かうも、結局須藤君には届かず教室を出て行こうとする。

 

「須藤君。意味はあると思うよ」

 

「あ?」

 

 出て行こうとする須藤君が僕の言葉に足を止める。

 

「確かに遅刻とかをやめてもポイントは増えない、けどスタートラインには立てるんじゃないかな」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「今の僕たちは、ビリを走っている事はおろか、スタートラインにすら立っていないんじゃないかな。0ポイントって言うのはスタートラインに立つ資格が無いという事だと思うんだ。今のままじゃポイントをもらうことは不可能だ。だから、意味はあると思う。君は戦わずして負けを認めるのか?土俵に立ちたいとは思わないのか?」

 

「……うるせぇよ。俺には関係ねぇ」

 

 少し考える素振りを見せたが教室を出て行ってしまう。ダメだったか。須藤君みたいな人は負けることを嫌うと思ったけど、それよりもプライドが勝ってしまったか。まぁ特に問題はないだろう。()()()()()()()

 須藤君が出て行ったことで須藤君への文句を言い始める生徒達。そんな中、洋介がこちらへやってくる。

 

「さっきはありがとう」

 

「いや、力になれなかった」

 

「そんな事は無いさ。須藤君にも響いていたと思うよ。一回出て行こうとした手前、引っ込みがつかなかったんだよ」

 

「そうだといいけどね」

 

 僕のフォローをしてくれる。相変わらず良い奴だ。本心で言っているのだから。

 

「勇人君。放課後、ポイントを増やすためにどうしていくべきか話し合いたいんだ。君も来てくれるかな?」

 

「ああ。もちろん」

 

「ありがとう。それで、みんなに参加してもらいと思っているのだけど……。」

 

 そう言って、洋介の視線が高円寺に注がれる。

 

「一応誘ってみるけど、間違いなく来ないよ。来てもさっきみたいに空気読めない発言して場をかき回す。絶対に」

 

「それでもいいよ。全員が参加する事に意味があると思うから」

 

「分かった。聞いてみる」

 

 ありがとう、と言って洋介は綾小路君の席へ向かっていった。綾小路君と堀北さんも誘いに行ったのだろう。堀北さんが来るとは思えないが。

さて、僕も行きますか。参加する意味が無いとか言われそうだけどな。

 

 

「嫌だね。参加する意味がないのだよ」

 

 即答された。しかも想像した通りに。いつもの僕ならここで引き下がるのだが、洋介と約束をした手前少し粘ってみる。

 

「意味はあるだろ。これから0ポイントで生活するなんて嫌だろ?」

 

「勝手にやりたまえ。ポイントに関しては自分でどうにかするから問題ないのだよ」

 

 自分でどうにかするって。高円寺なら本当にどうにかしかねない。

 

「その場にいてくれるだけでいいんだ。頼むよ」

 

「その場にいるだけ?ますます意味が無いではないか。何故雑音を聞きに態々出向かなくては行かないのかね。理解に苦しむ」

 

 ごめん洋介。無理だ。取り付く島もない。最低限の仕事はしたし、いいだろう。高円寺の説得は諦め、気になったことを聞いてみる。

 

「腑に落ちない点ってなんだよ。学校の評価がどうでもいいんなら腑に落ちないことなんてないだろうに」

 

「フッ。言ったであろう()()()()()()は何ら不服に思っていないと」

 

 どういうことだ?高円寺の評価ではなく他の事に不服があるということか?

 

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、僕は席に戻った。

 

 そして放課後、対策会議が開かれた。

 




ようやくここまで来ましたね。
今回のテストではオリ主は特に動きません。

今回も読んでいただきありがとうございました。


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倉持勇人という男

今回は茶柱先生の視点があります。
そして、オリ主の過去がまた一つ明らかになります。

もしかしたら、分かりにくいかもしれないので、後で書き直すかもしれません。


それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 放課後。朝の話通り洋介は教壇に立ち、黒板を使って対策会議の準備をしていた。

 洋介の提案とあり、クラスのほとんどが参加していた。しかし、予想通り堀北さんや須藤君は不参加だった。

 会議が始まるまで、皆雑談に興じる中、山内君が綾小路君にゲーム機を買い取ってくれと懇願していた。だが、綾小路君は無理だと感じたのか、目が合った僕の方に来た。

 

「倉持ぃ~!これ25000ポイントで買ってくれよ~!ポイント無くて困ってるんだ!」

 

「いや、いらないよ。てか、くっつくな」

 

 気持ち悪い声で寄りかかってくる山内を振り払う。というか、さっき綾小路君には20000ポイントって言ってなかったか?何故値上げしていけると思ったんだ。なめてんのか。

 

「くっそー。綾小路か倉持ならいけると思ったのになー」

 

 その根拠はどこにあるんだ。まったく、自業自得だろうに。

 山内君は僕も無理と判断し、新たな標的を探す。そして運悪くロックオンされたのが、僕の隣にいた人物だった。

 

「佐倉!お前ゲーム好きだろ?俺には分かる。特別に23000ポイントで売ってやるよ」

 

「え!?あ、あの……わたしは……」

 

「皆まで言うな。俺には分かる。さ、買ってくれ」

 

 押し売りに近い形で佐倉さんに迫る山内君。佐倉さんの何を知っていると言うのだこいつは。おそらく、大人しい佐倉さんなら強引に行けばいけると思ったんだろう。だが、さすがにやりすぎだ。

 

「ストップ山内君。それ以上強要するのなら、冗談じゃ済まされないよ」

 

「お、おう。悪かった。あ、博士!最大の友として頼みがある!」

 

 僕の注意で冷静になったのか、逃げるように博士こと外村君の所へ駆けて行った。そんな事より佐倉さんは大丈夫だろうか。

 

「大丈夫佐倉さん?助けるの遅れてごめんね」

 

「え、あ、うん。だ、大丈夫、だよ。ちょっと怖かった、だけ」

 

「そうか。山内君も悪い奴じゃないんだ。今は気が動転してるんだよ」

 

「そう、だね。私も、ちゃんと断らないとダメ、だね」

 

 人付き合いが苦手な彼女にとって、押しの強い男に断りを入れるのは大変な事なのだろう。本来はこんな集まりに参加する性格じゃないしな。

 それでは何故佐倉さんがここにいるかと言えば、僕が誘ったからだ。高円寺を誘えなかった僕は洋介に申し訳なく思い、代わりに佐倉さんを連れて行こうと考えた。最初は断られたが、「黙って僕の隣にいるだけでいい。何かあれば僕が助けるから」と言うと、それならと承諾してくれた。

 

 しかし、今思い出したが、山内君は佐倉さんに告白されたんだよな?本当かどうかは分かんないけど。もしそうだったら、さっきのは僕が邪魔してしまったことになる。もしかしてやっちまったか。少し探りを入れてみるか。

 

「佐倉さんは好きな人とかいるの?」

 

「ふぇ!?な、な、なんで?」

 

「いや、何て言うか、気になったんだ」

 

「き、気になった!?わわ私がす、好きな人が!?」

 

「ん?佐倉さんしかいないでしょ」

 

「あわわわわわ」

 

 何を動揺しているんだ?私がって佐倉さんしかいないだろ。もしかして本当に山内君が好きなのか?もう少し踏み込んでみるか。

 

「綾小路君とか山内君とかどう思う?」

 

「え?えっと、話したことない、から……分からない、かな」

 

「あれ?山内君と話したこと無いの?」

 

「ない、よ。さっき初めて話しかけられたし……く、倉持君以外の人とは話せてない……」

 

 あれれ?どうなってんだ?話したことなければ告白なんてできないだろうに。佐倉さんが嘘を言っている様には見えないし。やはり、山内君の嘘だったのだろうか。そうだとしても、さっきの動揺は何だったんだ?

 

 僕が考え込んでいると、落ち着きを取り戻した佐倉さんが、不思議そうにこちらを見てくる。これはもう直接聞いてみるか。そう思った矢先、洋介の対策会議を始める声に遮られ結局、疑問が払しょくされる事は無かった。

 

 因みに、対策会議では特に策は思いつかず、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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高度育成高等学校学生データベース    5/1時点

 

氏 名   倉持勇人    くらもちはやと

 

クラス   1年D組

 

学籍番号  S01T004667

 

部活動   サッカー部

 

誕生日   9月25日

 

 

評価

 

学 力    B

 

知 性    C+

 

判断力    B

 

身体能力   C+

 

協調性    B

 

 

面接官からのコメント

 

全ての能力で平均を上回る数字だが、特に秀でたものが無い生徒である。本来であればBクラスへの配属となるが、高円寺六助の唯一の友人であり、彼を制御できる存在であるため高円寺六助と同じDクラスへ配属とする。また、情報によると中学1年2年とクラス委員長をしており生徒、教師から絶大な信頼を得ていたが、ある日を境にまるで人が変わったかのようにクラスの中心人物では無くなったらしい。その不明瞭な点も含めDクラスとし、経過を見る事とする。

 

 

担任メモ

Dクラスの生徒全員と分け隔てなく接しています。同クラスの中心人物である平田でも仲良くできない人物とも仲良く接しているところを見るとコミュニケーション能力は平田よりも優れているのかもしれませんが、その他には特に秀でた所は無いように見えます。引き続き経過を見ます。

 

 

 

 

 

高度育成高等学校学生データベース    5/1時点

 

氏 名   高円寺六助    こうえんじろくすけ

 

クラス   1年D組

 

学籍番号  S01T004668

 

部活動   無所属

 

誕生日   4月3日

 

 

評価

 

学 力    A

 

知 性    C

 

判断力    C

 

身体能力   A

 

協調性    E

 

 

面接官からのコメント

 

これまで当校では、成績、運動神経を兼ね備えた生徒を多く輩出してきたが、卒業生と比較しても数年に一人の逸材と言える高いポテンシャルを持っている。しかしながら、集めた情報だけでは計りきれない知性、判断力に関しては評価保留とする。非常に稀である身勝手な性格である点は大問題であり、唯一の友人である倉持勇人とともにDクラスへと配属し改善されるよう強く期待する。

 

 

担任メモ

 

クラス内での友達は相も変わらず倉持一人だけであり、倉持以外とは全く接していなく協調性も皆無です。ただ、倉持がいるおかげか、当初想定していたものより問題行動が少ないと感じます。現在改善策を模索中です。

 

 

 

 

 

 

 パタン、と開いていた書類を閉じる。

 ここ、生徒指導室で私、茶柱佐枝は一人の生徒が来るのを待っていた。綾小路と堀北と話した後に呼んだ生徒だ。現在、指定した時間を過ぎており少しイライラする。元より来ないことは想定していたがいざ現実にそうなるとムカつくものだ。

 職員室に戻るか、と考えていると生徒指導室の扉が開かれた。

 

「ティーチャーよ。私に話とはなんだい?もしや愛の告白かね」

 

 そこに立っていたのは私が呼び出した生徒、高円寺六助だった。

 

「教師をからかうな。取り敢えず座れ」

 

「手短に話してくれたまえ。レディー達を待たしているんだ」

 

 椅子に座るなり足を組んで偉そうに言う。こんなので怒っていても仕方がないので話を続ける。

 

「そうだな。お前と長話をするつもりもない。単刀直入に聞こう、あいつは何者だ?」

 

「あいつ?はて誰の事やら。私にはわからんね」

 

「とぼけるな。倉持勇人の事だ」

 

「フッ。私が話すことは何も無いのだよ。失礼するよ」

 

 帰ろうとする高円寺を止めるべく私は切り札を使う。出し惜しみしても仕方がない。

 

「待て。私の許可なくこの部屋を出れば退学にするぞ」

 

「退学?私に退学にさせられる理由など無いと思うのだがね」

 

「そんなもの私ならどうとでもできる」

 

「フッ。面白い。しかし、私が退学など恐れると思っているのかい」

 

 そこだ。正直これは賭けだ。高円寺が退学になった所で彼には何の支障も無いだろう。逆に高いポテンシャルを持ち期待されている生徒を退学させたとあったら、私の方が危ない。少し不安になっていると高円寺が話を続ける。

 

「本来なら、退学など、どうでもいいのだが、今の私にはこの学校に()()()()()()()()()()()があるのだよ」

 

 そう言って再び椅子に腰かける。よく分からんが何とかなったらしい。こいつの気が変わらないうちに話を進めよう。

 

「ホームルームの話だが、学校のシステムを倉持が見破っていたのは本当か?」

 

「無論だ。彼奴はすべてを見抜いていたさ。ティーチャー、君が隠していたこともね」

 

「にわかに信じられんな。そこまでの能力がある様には見えんが」

 

「フッ。それは君の目が節穴だと言うだけの話だ」

 

 高円寺がそこまで倉持を評価する理由が分からん。私のクラスがA()()()()()()()()()()に利用できるか確かめなければ。綾小路、堀北の他にも駒は欲しい。

 

「倉持について知っていることを話せ」

 

「知っている事か。そうだな、ティーチャーよ彼奴の実家は知っているかね?」

 

「ああ。倉持家だろ」

 

 倉持家、江戸時代から続く武士の名家で現在は企業を立ち上げ、高円寺コンツェルン程ではないが、日本有数の大企業であり、それが倉持勇人の実家である。政界のトップや名立たる政治家と繋がりがあると噂されている。

 

「倉持家は代々男が家を継ぐのだが、中々男子が生まれなかったらしい。しかし漸く一人の男が生まれた。それはそれは大きな期待を皆持っていた。やっと生まれた跡取りだ無理もあるまい。だが、残念なことにその男児は才能がまるでなく何をやらせても人並み以下だったそうだ。当然周囲の人間はこぞって男児を罵倒した。不良品だとね。そして男児は心が壊れた。無理もあるまい、物心ついた時から罵倒される日々だったのだから。それから男児は一つの処世術を身に着けた。人の表情、挙動を観察し、相手の思考を読み取るものだ。その術を使い誰にも嫌われないように尽くした。男児は人に嫌われるのを恐れた。だから、必死に努力をした。人が1回やって覚えることを彼は100回やって覚えた。まさに死に物狂いの努力さ。全ては嫌われないため。そうすると周りの人間は手のひらを反すように彼を褒め称えた。そして彼は常に偽りの仮面をかぶり、人の顔色を窺い嫌われないように陰で必死に努力するそんな生き方しかできなくなったのだ。それが私の知る倉持勇人の過去なのだよ」

 

 今の倉持を見ているとそのような過去があったとは到底思えない。

 

「倉持と友達になった理由はなんだ?お前が認めるとは思えない生き方だが」

 

「残念ながら、そこまで話す気は無いのだよ」

 

 高円寺が私の質問を拒絶する。これ以上は踏み込むなと言う事か。まぁいい。こいつらが友達になった理由などどうでもいい。

 

「そうか。なら倉持は観察眼に長けている。それだけだな。櫛田や平田の下位互換と言ったところか」

 

 あまりの期待外れにがっかりする。コミュニケーション能力が高い人間などいっぱいいる。駒としてはそこまで必要ではないな。そう考えていると高円寺が高らかに笑い出す。

 

「ははははは!まったく、ティーチャーよ君の目は本当に節穴のようだね」

 

「どういう意味だ」

 

「勇人がただのコミュニケーション能力が高い男と思っているようだがそんなものではないぞ」

 

「なに?」

 

「彼奴が中学でクラスの生徒や教師から絶大なる信頼を得ていたのは知っているな。その信頼を彼奴はどれだけで得たと思うかね?」

 

 クラス全員しかも教師もとなるとかなりの歳月が必要だろう。少なくても半年はかかるのではないか。そんな考えを見透かしてか高円寺が不敵に笑う。

 

「彼奴はそれを一週間で得た。それも私以外のクラスの生徒全員と教師の信頼をね。この異常さが君には理解ができるかね」

 

 ありえない。いくら相手の思考が読めても一週間で全員の信頼を得るなど不可能だ。

 

「あれは、もはや洗脳のレベルなのだよ。彼奴の恐ろしさはそこだ」

 

 倉持勇人という人間は私が思っていた以上に危険な人物であったらしい。果たして私はそんな奴を利用できるのか。

 

「安心したまえ。彼奴はもう昔の生き方は捨てている。君の障害にはならないだろう」

 

 こいつはどこまで分かっているのか。私の考えをすべて見透かしているかのように話す高円寺。

 

 どうも今年のDクラスはとんでもない奴が集まったらしい。綾小路に高円寺そして倉持。もしかしたら、本当にできるのではないだろうか。”D"が”A"に変わる下克上を。

 

 




感想、評価、お気に入りありがとうございます!

この小説の高円寺は幾分か丸くなっております。


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勉強会と後悔

お気に入りが気付けば500件を超えていました(^-^;
驚きです。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 気付けば僕は一人だった。最初は周りに人が溢れていた。僕の存在を受け入れてくれていた。だが、次第に僕の周りから人が居なくなる。僕には才能が無かった。僕の名前がいつしか呼ばれなくなる。代わりに不良品と呼ばれる。誰も僕を見てくれない。一人は嫌だ。一人にならない為にはどうすればいい。嫌われない為にはどうすればいい。

 

 そうか。相手が喜ぶことをすればいいんだ。相手が望む事をすればいい。ただひたすらに相手が望む()()を演じればいい。簡単な事じゃないか。相手が望むボクになるために努力すればいい。睡眠なんていらない。血を吐いたって構わない。僕が()()であればそれでいい。

 

 足りない。いくら相手の望む()()になっても離れていってしまう。これじゃダメだ。また昔に逆戻りだ。

一人は嫌だ。いやだ。イヤだ。

ならどうする。そうだ。相手がボクから離れなくすればいい。()()に依存させればいい。簡単だ。僕の同い年などガキばかりだ。思考なんて簡単に読める。それを利用すれば問題ない。

 

 おかしい。なんだあいつは。なぜ思考が読めない?なぜ一人で平気なんだ?なぜ()()に依存しない?あいつの存在は容認できない。()()に依存しない存在などいてはならないんだ。()()を嫌う人間など。

 

 邪魔だ。あいつさえいなければ僕が()()でいられる。邪魔者は消せばいい。使える駒はある。仕方が無い。これも僕が()()でいる為の必要なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 薄らと意識が覚醒していくのが分かる。夢を見ていたようだ。過去の夢。僕がボクであった時の夢。かなり寝汗をかいていたみたいで、着ていたTシャツが肌に張り付き気持ちが悪い。登校するまで、時間はあるしシャワーを浴びるとしよう。汗と一緒に嫌な過去も流すように念入りにシャワーを浴びた。

 

 

「たうわ!?」

 

 先生より衝撃の事実を聞かされた5月の初日から約1週間が経ち、クラスの全員(須藤を除く)が授業を真面目に受けている中、綾小路君が急に謎の奇声を上げた。ポイントに敏感になっているクラスメイトから痛い視線が注がれていた。綾小路君の隣の席を見ると、堀北さんがなぜかコンパスを握っていた。今は社会の授業だから使うはずは無いんだけど。まさかあれで刺したのか?恐ろしいことをするな。

 先生が軽く注意をして授業が再開される。先生の様子を見る限りだと今のが私語扱いとなるかは何とも言えないな。未だに僕たちはポイントをプラスにする術を見つけれていない。その為、取り敢えずは授業は真面目に聞く、遅刻はしない、などを徹底するしかなかった。その中でも須藤君だけは授業中に居眠りをしていた。どうも改善するつもりはないらしい。唯一、この数日は遅刻をせずに来ていることは良い事だろう。それでもクラスメイトから煙たがられていくことには変わりない。

 

 

「みんな!先生の言っていたテストが近づいてる。赤点を取れば、即退学だという話は、全員理解していると思う。そこで、参加者を募って勉強会を開こうと思うんだ」

 

 授業が終わり、昼休憩になったところで、洋介が皆に語りかける。

 

「テストで赤点を取って退学してしまう事だけは避けたい。それだけでなく勉強してクラス全体で高得点を取ればポイントの査定だってよくなると思うんだ。小テストの点数が良かった数人で、テスト対策に向けて用意をしてみたんだ。だから、不安のある人は僕たちの勉強会に参加してほしい。もちろん誰でも歓迎するよ」

 

 この対策には僕も一枚噛んでいる。噛んでいる、と言っても対策問題を作る際に意見を出しただけなのだが。

 

 皆に語りかける中、洋介の視線は須藤君の目をジッと見ていた。最後の誰でも歓迎するは、須藤君に宛てたものだったのだろう。その思いも空しく、須藤君は舌打ちをして目を閉じた。

 

 これ以上はどうしようもないと踏んで、洋介は須藤君から視線を外し勉強会の概要を説明する。洋介の説明を聞き、赤点組が洋介の元へ向かうが、須藤君、池君、山内君は向かう事は無かった。洋介の事を良く思っていない三人だから仕方がないか。

 

「あれ?」

 

 三人の事で綾小路君と話しながら昼食でも、と思い誘いに行こうとすると綾小路君は堀北さんと教室を出て行ってしまった。珍しいこともあるもんだな。一緒に食べるのだろうか。僕も気を取り直して誰かと昼食に行くとしよう。そう考えていると丁度洋介と軽井沢さんから誘いがあったので、一緒に食堂へ向かった。

 

 

「こう見ると結構いるもんだね」

 

「ん?何がー?」

 

 軽井沢さんが昼食に頼んだオムライスのスプーンを咥えながら聞き返してきた。

 

「山菜定食を食べている人がさ」

 

「そう言われればそうだね」

 

「あんなまずそうな物よく食べるよね~。ありえないっ」

 

「そうは言っても、いつ僕らもお世話になるか分かんないよ」

 

 少なくともこのままいけば、いずれポイントは枯渇するだろう。そうなったら晴れて山菜定食デビューだな。

 

「うげ。想像しただけで気持ちわるぅ~」

 

「そうならない為にも、まずはテストを乗り切らないとね」

 

「う~。それも嫌だな~」

 

 勉強が嫌いなのか、軽井沢さんがテーブルに項垂れる。テストの結果がどのように影響するかは分からないが、高得点を取っておいて悪いことは全くないだろう。少なくとも、この学校が生徒の実力を測りポイントに反映しているのなら、テストは学力を測る機会であることは間違いない。

 

「こればっかりは我慢してやらないとね。分からないところは僕たちが教えるよ。ね、勇人君」

 

「うん。僕の出来る範囲で力になる」

 

 人に教えることで自分が本当に理解しているか分かるし、復習にもなるから断る理由はない。

 

「心配なのは、やっぱりあの三人だね」

 

「三馬鹿のこと?」

 

「三馬鹿と言うか、須藤君達だね。彼らも赤点組だったからできれば参加してほしいんだけどね……」

 

「二人は別として、須藤君は厳しいだろうね。完全に洋介と敵対関係にあるようなもんだし」

 

 洋介と敵対関係になくても勉強会なんて参加しないだろうけど。彼をやる気にさせれるのはクラスでは一人しかいないだろう。

 

「別にいいじゃん。気にする必要ないって」

 

「そう言う訳にはいかないよ。クラスメイトだし。勇人君、何かいい方法はないかな?」

 

「うーん。そうだね。綾小路君と相談してみるよ。彼らと仲が良いし」

 

「よろしく頼むよ」

 

 その後、昼食を食べ終えた僕たちは食堂を後にし教室に戻った。教室を見渡すと綾小路君と堀北さんも食事を終えて戻ってきていた。何やら二人で話しているようなので様子を窺ってみる。

 

「使えない」

 

「今聞こえたぞ、何て言った?」

 

「使えない、って言ったの。まさかそれで終わりなんて言わないわよね?」

何の話だ?気になったので話しかけてみる。

 

「二人とも何の話?」

 

「倉持か。いや、実はな……」

 

 綾小路君の説明によると、堀北さんが洋介の勉強会からあぶれた三人に勉強を教えるべく、もう一つの勉強会を開こうとしているらしい。その人集めを綾小路君が任されたらしいのだが、見事玉砕したのだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前だな。説明を終えた綾小路君に堀北さんが再度、質問をする。

 

「それで?これで終わりなの?」

 

「そんなわけないだろ。まだオレには四百二十五の手が残されてる」

 

「どんだけ残ってんだよ」

 

 綾小路君は席に腰かけ何やら考え出す。その間に堀北さんに気になったことを聞いてみる。

 

「勉強会を開こうなんてどうしたの?」

 

「別にどうもしないわ。私の為に必要と判断しただけよ」

 

「堀北さんの為、か。それは支給されるクラスポイントを上げたいって事かな?」

 

「そうね。ポイントの支給はどうでもいいのだけど、クラスポイントを上げる為ではあるわね」

 

 ポイントの支給以外にポイントを上げる理由。クラスの変動か。もしかして堀北さんはAクラスを目指しているのか?このDクラスで?

 

「閃いた!」

 

 目を伏せ考え込んでいた綾小路君がその目を開ける。

 

「お、どうするの?」

 

「堀北、お前が勉強を教える以外に別の力がいる。協力してくれ」

 

「別の力? 一応聞いてあげるけど、何をすればいいの?」

 

「例えば、こういうのはどうだ? もしテストで満点を取ったら、堀北を彼女に出来るとか。そうすれば間違いなくあいつらは食いつくぞ。男の原動力はいつだって女の子だ」

 

「死にたいの?」

 

「いいえ、生きていたいです」

 

 綾小路君の提案にすぐさま否定の言葉を入れる。さすがにテストで自分の彼氏が決まるのは嫌だろう。

 

「綾小路君。着眼点は悪くない。ただ、彼女になるってのは堀北さんに負担が重すぎる」

 

「その通りよ」

 

「だから、キスをしてあげる、に変えたらいいんじゃないかな」

 

「はぁ?」

 

 僕の続けた言葉に堀北さんの表情が変わる。

 

「キスと言っても口にする必要はない。どこに、とは言ってないから頬にキスするだけでもいいしね」

 

「なるほど。その手があったか。堀北、それで行こう」

 

「あなたたち死にたいの?」

 

「「生きていたいです」」

 

 怖い顔で睨まれる。冗談で乗ってみたが、案外効果はあるんじゃなかろうか。尤も、堀北さんが了承する可能性は皆無だが。

 

「はぁ。早く何とかしなさいよ」

 

 そう言って、堀北さんは席を立つ。どこか行くのだろうか。僕と同じことを思った綾小路君が聞いてくれた。

 

「どっかいくのか?トイレか?」

 

 そのデリカシーの無い問いに手刀で返した堀北さんは教室を出て行った。良い所にもらったのか、悶絶している綾小路君に大丈夫か聞くと、問題ない、と帰って来た。綾小路君が落ち着いたところで、真剣な話をする。

 

「三人を誘う方法だけど、君は気付いているんだろ?」

 

「ああ。可能性があるとすれば()()()だろうな」

 

 そう言って、その人物へ視線を向ける。そこにはクラスメイトと楽しそうに喋っている櫛田さんの姿があった。

 

「何で堀北さんに言わなかったの?」

 

「あー。それはだな、前に櫛田とのトモダチ作戦をして相当怒らしたんだ。それに赤点を取ってない櫛田が関わることを堀北はまず認めてくれないだろう」

 

「そうだったんだ」

 

 トモダチ作戦が何かは知らないが、大体想像はつく。おそらく堀北さんは櫛田さんの事を嫌っているのだろう。

 

「でも、櫛田さんしか集めるのは無理だろうね」

 

「そうなんだよな。仕方がない。放課後に堀北が帰ってから頼んでみよう」

 

「それがいいかもね。僕としても堀北さんの勉強会に三人が参加すればありがたいし」

 

 そのまま綾小路君と雑談した後、昼休みが終わり午後の授業を受けた。

放課後には綾小路君が櫛田さんと教室から出て行く姿があった。

 

 

次の日の放課後、教室には洋介を中心とした生徒が教室に集まっていた。

 

「みんな集まってくれてありがとう。少しでもいい点が取れるようにみんなで頑張ろう」

 

「それじゃ、小テストの結果が良かった人を中心に4つのグループに分かれて勉強していこうと思う。テスト対策の問題を洋介達と作って来たからそれを解いていって分からなところがあったらその都度聞いてほしい」

 

 僕の説明を聞き、みんながそれぞれのグループに分かれて勉強を開始する。

 

 開始から1時間、最初は皆真剣に取り組んでいたが、次第に空気が弛緩してきた。横の軽井沢さんに至ってはもう限界なのか、僕にちょっかいを出してくる始末だ。このままだと良くないな。僕は立ち上がり、皆に向かって話す。

 

「みんな、今日はここまでにしとこっか」

 

「え?でもまだ予定だと1時間あるよ?」

 

 一人の生徒が返答する。

 

「うん。そうなんだけど、最初から長くやっても意味は無いと思って。普段勉強をしてないのに急に続けてやっても集中できないでしょ?テストまで時間が無いのは分かっているけど、まずは勉強する環境に慣れないとね。取り敢えず最初は自分が何ができて、何ができないかを理解することから始めればいい」

 

 普段やってないと集中力なんてすぐに切れる。ましてや苦手意識を持っている人は余計に脳に負担がかかり良くない。まずは勉強を身近にする必要がある。毎日少しの時間でいいから習慣づけ、次第に増やしていくのが一番理想的だろう。テストまであまり時間が無いから悠長なことを言ってられないが、テストは今回だけじゃないんだし長い目で見ないと。

 

「そうだね。集中力は人それぞれだから、一度休憩にして、それからまだできそうな人だけ続けようか。もちろん無理強いはしない」

 

 洋介が僕の提案をくんだ案を提示してくれる。他の生徒は皆その案に賛成のようで、5分間の休憩となる。

 

「ごめんね。勝手にしちゃって」

 

「ううん。僕もあの状況はどうにかしなくてはと思ってたから。それで勇人君はどうする?」

 

「まだ集中力は大丈夫なんだけど、堀北さんの方の様子を見に行こうと思う」

 

 綾小路君に聞いた話だと、堀北さんの勉強会は図書室で行っているらしい。正直、平和に終わるとは思えないので、様子を見に行こうと思う。

 

「分かった。そっちは頼むよ。僕も行きたいところなんだけど拒絶されそうだしね」

 

 苦笑いしながらそう言う洋介。あっちには三馬鹿と堀北さんがいるからな。無理もない。

 図書室に向かうため、教科書などをしまっていると、軽井沢さんから声がかかる。

 

「倉持君も帰り組?それだったらクレープ食べに行こうよ!頭使ったから甘い物が食べたい」

 

「ごめん。今から図書室に用事があるんだ」

 

 女の子と二人でクレープを食べに行くなんて魅力的な誘いだが、泣く泣く断りを入れる。

 

「そっか。残念。また行こうねっ」

 

「是非!それじゃあまたね」

 

 軽井沢さんとクラスメイトに別れを告げ、図書室へ向かう。

 

 

 

 

 

「あれ?いないな」

 

 校舎の三階にある図書室の中を覗く。何人かの生徒がいたがお目当ての生徒が一人もいなかった。もう解散したのか、と思っていると、自分の間違いに気付く。

 

「あ!図書館か」

 

 そう、綾小路君が言っていたのは、図書()ではなく図書()だったのだ。そうと分かれば早々に向かうとしよう。どっちの階段の方が行きやすいだろう?まぁどっちでも変わらないか。

 

 この選択を僕は後悔する事となる。

 何故、図書室と図書館を間違えたのだろう。

 何故、態々あまり生徒が利用しない階段を選んでしまったのだろう。

 

 階段についた僕が見たのは、屋上に続く階段の踊り場で密着している男女の生徒。

それだけなら良かった。

 その生徒が綾小路君と櫛田さんで、綾小路君の手が櫛田さんのその豊満な胸を鷲掴みにさえしていなければ……。

 

 どうやら僕はついていないらしい。




僕のゲシュタルト崩壊しそうですね。

次回もよろしくお願いします!


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脅迫

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

物語を書くのって難しいですね。改めてそう感じます(>_<)


それでは続きをどうぞ。


 

 とんでもないものを見てしまった。綾小路君が櫛田さんの胸を鷲掴みにしている場面を。

 あれか、屋上へ上る階段で間違えて大人の階段を上ってしまった感じか?

僕は何を言ってんだ。落ち着け。幸いなことに二人は話に夢中なのかそれまた行為に夢中なのか、こちらには気づいていない様子。静かに立ち去ろう。

 そう思い、足を踏み出した瞬間、人は焦っている時はうまく体を動かせないのだろう、足がもつれてしまう。転びそうになるところを何とか耐える。だが、耐えた時に足を地面に強く踏み込んだため、静寂に包まれていた校舎にドン、と音が鳴り響いた。恐る恐る二人の方を見てみるとこちらをかなり驚いた表情で見ていた。

 

「……倉持君?」

 

 やばい。完全にばれた。かくなるうえは……。

 

「いや~。まさか二人がそんな関係だったなんて知らなかったよ。邪魔してごめんね!僕はこう見えても口は堅いから安心してほしい!誰にも言わないし、今見たことは忘れるから!じゃあね!」

 

 早口で捲くし立て、逃げる。僕たちの距離は開いていたので容易に逃げることができた。去り際に櫛田さんの制止の声が聞こえたが、構わず逃げた。止まっても碌なことにならないから。

 

「なんとか逃げれたな」

 

 靴を外履きに履き替え、校舎を出て一息つく。勢いで逃げてきてしまったが、この先が思いやられる。もう疲れた。帰ろう。あの二人が校舎にいたということは勉強会はお開きになったに違いない。そうであれば、図書館に行く意味はないからな。

寮までの帰路につくと、前方に見覚えのある黒髪が風で揺れていた。

 

「堀北さん!今、帰り?」

 

「ええ」

 

 声をかけるとあまり元気のない声が返ってくる。何かあったんだろうか。

 

「勉強会はどうだった?」

 

「どうもこうもないわ。完全に時間の無駄だったわね。彼らに勉強を教えようだなんて間違っていたわ。彼らみたいな無能な生徒は今のうちに脱落してくれた方が今後の為よ」

 

 堀北さんの様子を見れば、勉強会で何があったかは想像がつくな。かなりご立腹の様子だ。

 

「そんなに須藤君達は酷かったの?」

 

「酷いってものじゃないわ。彼らは中学1年生で習うようなことも分からなかったのよ。そもそも彼らは退学がかかっているのに、やる気が無いのよ」

 

「やる気が無い、か。でも勉強会には来たんでしょ?」

 

「ええ、櫛田さんに言われてね。ただの下心よ」

 

「なるほどね。でも僕も人のこと言えないかな。僕が勉強する理由はあいつに勝ちたいからだし」

 

「あいつ?高円寺君のことかしら?」

 

「そうそう。あいつ生まれた時からすごい頭良くてさ。中学でも勉強していないくせに学年1位だったんだよ。だから、僕は必死に勉強してテストで高円寺の点数を上回って一泡吹かしたいわけ。努力は才能に勝つんだぞって。不純かな?」

 

「……そうね。不純ね」

 

 少し照れながら話す僕に堀北さんはそう言った。だけどその声色は優しく感じたのは僕の気のせいじゃないと思う。

 僕は勉強する理由なんて何でもいいと思う。頭が良くなりたいとかモテたいとか認められたいとか。原動力になればそれでいいんだ。

 

 堀北さんは最初から須藤君達を無能と判断し、見下し寄せ付けない。それが堀北さんの欠陥、Dクラスたる所以ではなかろうか。少しでも視野を広く持ち、受け入れることができれば彼女はもっと上に行けると思う。ただ僕がそんな説教まがいの事を言っても仕方がない。僕は適任ではない。少しアドバイスをするくらいが丁度いい。

 

「堀北さん、問題を解くときってまずは問題文を見るよね?」

 

「急に何?そんなの当たり前でしょ。問題が分からなければ解きようが無いわ」

 

「そう、解くことができないんだよ。まずは問題文を理解することから始めるんだ。今回の事も同じなのかも。まずは彼らの事を理解するべきなのかもね」

 

「……そんなことに意味はないわ」

 

 それから僕たちは寮につき、別れた。少しでも堀北さんが考え方を変えるきっかけになればいいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、部屋でテストの勉強をしていると、呼び鈴が鳴った。誰かが僕の部屋に来たらしい。こんな時間に誰だろう。

 

「はーい。どちらさん?」

 

 僕は誰かも確認せずにドアを開けてしまった。それが僕の運の尽きだろう。堀北さんとの話ですっかり忘れてしまっていたんだ。階段で見たあれを。

 

「こんばんは、倉持君。ちょっと話したいんだけどいいかな?」

 

 来訪者の正体は櫛田さんだった。部屋着に着替えた櫛田さんはお風呂上りなのか、少し髪が濡れており、シャンプーのいい匂いがした。そんなことはどうでもいい。口封じに来たのだろうか。そんな事を考えていると返事が無い僕が変に思ったのか、櫛田さんが心配そうに見上げてくる。

 

「大丈夫?タイミング悪かったかな?」

 

「いや、問題ないよ。それで、話だよね。分かった、ロビーにでも行けばいいかな?」

 

「えっと、あまり聞かれたくない話だから、倉持君の部屋じゃダメかな?」

 

 はい?何を言い出すんだこの子は。夜中に女子が軽装で男子の部屋に入るなんて襲って下さいって言っているようなもんだろ。間違っても襲わないが。ここで断っても仕方がないので、部屋に招き入れる。

 

「その辺適当に座ってて。コーヒーでいいかな?」

 

「うん!ありがと。結構片付いてるんだね。男の子の部屋ってもっと散らかってると思ってたよ」

 

「暮らし始めたばっかで散らかるようなものが無いからだよ」

 

 とは言っても、須藤君とか池君の部屋よりかは綺麗な自信がある。あいつら絶対掃除とかしないだろ。ただの偏見だが。

 コーヒーを二人分入れ、床(もちろんカーペットを敷いている)に座っている櫛田さんに渡して、僕は勉強机の椅子に座った。しばらく無言が続く中、櫛田さんがようやく切り出す。

 

「今日の放課後の事だけど、話聞いてた?」

 

 やっぱりその事だよな。話はさすがにあの距離じゃ聞こえなかったので、正直に否定をする。

 

「あの距離じゃ、何か話してるのは分かったけど内容までは聞こえなかったよ。それに僕が二人を見つけてからすぐに立ち去ろうとしたし。……足がもつれてこけそうになったけど」

 

「そうだったんだ……」

 

 再び沈黙が流れる。櫛田さんは何やら考え込んでいる様子。ここはもう一回謝った方が良いのか。そう考え口を開こうとすると、先に櫛田さんが口を開いた。目に涙を溜めて。

 

「実はね……私、綾小路君に脅されてるの……」

 

 とんでもないことを言い出した。脅されている?あの綾小路君に?

 

「私の秘密を知られちゃって。それでばらされたく無ければって。さっきもそれで……む、胸を触られてたの」

 

「その、秘密ってのは聞いても?」

 

「ごめんね。勝手だと思うけど、それは倉持君にも教えられない……」

 

 どうなってんだ?予想の斜め上の展開に動揺する。

でもそれが事実なら、放っておけないだろう。

 

「僕はどうすればいい?彼に止めるように言えばいい?それとも学校に報告する?」

 

「ダメ!」

 

 僕の言葉を聞いてそれを強く否定する。

 

「そんなことしたら、私の秘密をばらされちゃう。そうなったら私……」

 

 顔を俯かせ泣き出す櫛田さん。僕は椅子から立ち上がり、彼女の前に座る。

 

「僕にできることはある?」

 

「ちょっとだけ……胸を貸してもらっていいかな?」

 

「どうぞ」

 

 涙目で僕を見上げる櫛田さんに手を広げてそう言った。すると櫛田さんは僕の胸で泣いた。優しく背中をさすってあげた。

 

それから数分が経ち、泣き止んだ櫛田さんが僕から離れる。

 

「ごめんねっ。変なお願いして」

 

「このくらいならいつでも」

 

「この事は誰にも言わないでほしいの。綾小路君も倉持君に見られたことで私に手を出し辛くなったと思うし」

 

「分かったよ。誰にも言わない。でも、本当に助けがいるときは言ってほしい」

 

「うん!ありがとねっ!倉持君がいるだけで心強いよ」

 

 櫛田さんはそう言って、自分の部屋へ帰って行った。

 

 その後、僕は水が無くなっていた事に気付き、寮のロビーに設けられている自動販売機に向かった。しかし、大変なことになっているな。エレベーターに乗り、これからどうするかを考えていると、エレベーターは1階に到着する。エレベーターのドアが開くと、目の前に一人の男が立っていた。何とも今日は偶然が続くな。件の男、綾小路君がそこにいた。

 

「倉持か。こんな時間にどうしたんだ?」

 

「水を買いにね。綾小路君こそこんな時間にどうしたの?」

 

「オレも一緒だ」

 

 そう言って右手に持つペットボトルを僕に見せる。ここで会ったのも何かの縁か。色々と話したい。

 

「ちょっと話せないかな?」

 

「ああ。構わないぞ」

 

 僕たちは寮に隣接された緑豊かな公園へと向かった。夜なのでさすがに誰もいなかった。僕は公園の真ん中にある大きな噴水の前で足を止めた。

 

「単刀直入に聞くよ。綾小路君、君は櫛田さんを脅しているのかい?」

 

「何でそう思う?」

 

「さっき櫛田さんに聞いた。彼女泣いてたよ」

 

「そうか。櫛田が言うならそうなんだろ」

 

 綾小路君が僕の質問に淡々と答える。その表情はどこまでも無だった。そんな彼に僕は続ける。

 

「否定はしないのか?このままだと僕は学校に報告するよ」

 

「好きにすればいい。櫛田がそう言うのならオレが否定する事は無い」

 

「そうか……」

 

 綾小路君の言葉に僕の疑心は確信に変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()脅されているんだね?」

 

 雲の合間から出てきた月明かりに照らされ、綾小路君の表情が鮮明に見える。

初めて見る、驚きの表情であった。

 それが答えなのだろう。

 

「やっぱりそうだったんだ」

 

「お前は櫛田から真相を聞いたんだろ?オレも否定していない。なんでそうなる」

 

「確かにね。でも色々とおかしいとこがあったんだよ。まず、階段で君が櫛田さんの胸を触っていたとこだけど、君から触ったにしては手の位置がおかしかった。櫛田さんから綾小路君の手を胸に持って行ったかのようにね。そもそも君が脅していたのならあんなところでやらないだろ。いくら人通りが少ないって言ってもリスクが高すぎる。やるならもっと、安全な場所、例えば寮の部屋とかでするはずだ。尤も、君にそういう性癖があるなら別だけど」

 

「それはない」

 

 きっぱりと否定する。それを否定するなら脅していることを否定しろよ。否定できない理由があるんだろうけど。おそらく、あの階段で何かがあったんだろう。

 

「次に櫛田さんの言動で気になってね。彼女は君に脅されていると僕に告白してきたにもかかわらず、何もするなと言った。君への抑止力になってくれでもなく、何もするなだ。まぁ、これは何かすると、秘密をばらされる可能性があるからだと考えれるけど、それなら僕に脅迫されていると告白する事も危険すぎるだろ。特に僕があの場面を見たことを君にも知られているんだし」

 

「ただ誰かに聞いてほしかった。味方がほしかっただけじゃないか」

 

「そうだね。だから決定打に欠けていた。でも君と話して確信した」

 

「オレは否定しなかったが」

 

「うん。否定しなかったし、()()()()()()()()

 

 そう、綾小路君は1回も否定も肯定もしていない。まるで肯定しているような言い方だが、自らは肯定していなかった。

 

「それが確信した理由。どっちもしないなんてメリットが無い」

 

「なるほどな」

 

 それにしても、櫛田さんは凄いな。あれがすべて演技だったんだから大したもんだ。危うく騙されるところだった。

 

 

「それで、何があったか聞かせてもらえる?」

 

 綾小路君は僕の言葉に目を伏せ考え込む。言うか言わないかを考えているのだろう。僕も無理に聞くつもりも無い。言わない、と言われればすぐに引き下がる。綾小路君が目を開き、僕に質問をする。

 

「一つ聞きたい。お前は櫛田の事をどう思っている?」

 

「どう、って。そりゃ可愛いと思うし、皆に分け隔てなく……」

 

「違う。そうじゃない。お前の本音を聞いている」

 

 僕の言葉が遮られる。

 こいつは誰だ?目の前に立っているのは本当に綾小路君なのか?そう思うほどに今の彼から放たれる空気は異質だった。いつも無表情だがそれ以上だ。見ているだけで寒気がする。初めて高円寺に会った時以上の異質さを感じる。

 本音。彼は僕の本質にも気が付いているのか。そうであるなら取り繕う必要もない。

 

「そうだね。()()だよ。彼女の誰からも好かれようとする生き方が。()()()()()()()()()()()で虫唾が走る」

 

 笑顔で僕はそう言う。尤も、僕が嫌っているのは櫛田さんではなく、その奥にちらつく僕自身だから、彼女は何も悪くないんだけど。

 

「……そうか。倉持の言う通り、オレは脅されている」

 

 いつもの綾小路君に戻る。さっきのは何だったのだろう。

僕の言葉に満足したのか、綾小路君が櫛田さんとの出来事を説明してくれる。

 彼の真意は読めないが理由を知ることができた。

 櫛田さんが仮面を外し、堀北さんを罵倒しながら屋上の扉を蹴っているところを見てしまった。見られた櫛田さんが綾小路君に胸を触らせ、ばらせばレイプされたと言い触らすと脅されたらしい。証拠として胸のあたりに綾小路君の指紋が付いた制服を置いておくと言って。

 

「そこで偶々、僕が現れたって事か。何ともお粗末な脅しだな」

 

「櫛田も焦ってやってしまったらしい」

 

 焦っていたとしても他にやりようがあっただろうに。

 

「それで?綾小路君はどうするの?」

 

「どうもしない。あっちに証拠がある以上オレは逆らえないからな」

 

 綾小路君はそう言うけど、そんなの証拠にされても正直どうとでも言い逃れは出来るだろう。それを考えていない訳ではないだろうし、意図が読めないな。

 

「倉持、お前はどうするんだ?オレが脅しているわけじゃない、って分かって」

 

「僕もどうするつもりも無いよ。僕は櫛田さんが綾小路君に脅されていると思っていることにするよ。だって、真相を知っているってばれたら、矛先が僕にも向くじゃん」

 

「オレとしてはそっちの方がありがたいんだが。でも、隠し通せるのか?櫛田は人を見る目が確からしいぞ。嘘ついてたら見破られるんじゃないか?」

 

「それは大丈夫だよ。仮面をかぶるのは得意だったから」

 

 ただ騙されているフリをするだけだ。問題ない。

 

「そうか。そういえば櫛田に誰からも好かれるよう努力することが悪いことか、それがどれだけ難しくて大変なことか、オレに分かるかって言われたな。倉持なら分かるんじゃないのか?いい友達になれそうだと思うのだが」

 

「どうだろうね。そうなれたらいいんだけどね」

 

 彼女と友達になる事は、昔の僕を受け入れる事だ。それはまだ、できそうにないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 話が終わり、部屋に帰るため、寮へ入る。綾小路君と別れる前に聞いておきたいことがあった。

 

「ねぇ、綾小路君。君は何者なんだい?君にはどんな()()()()()()?」

 

「……さぁな。オレが聞きたいくらいだ」

 

 そう言って、綾小路君は部屋に入って行った。僕も突っ立ってても仕方がないので部屋に入る。

 

 綾小路清隆。もしかしたら、彼が一番危険な存在なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、水買うの忘れてた」

 

 どうやらもう一度、ロビーまで行かなくてはならないようだ。




櫛田さんは何故倉持君を味方に付けたんでしょうね。


今回も読んでいただきありがとうございました!


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青春

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

お気に入りの数が日に日に増えて行き嬉しく思います。

それでは続きをどうぞ。

追記
少し気に入らないところを修正しました。


 今日もいつも通りに学校が始まり、終わる。放課後になり、勉強会が始まる。

 

「じー」

 

 そんな中、横に座る彼女、軽井沢さんがジト目でこちらを見てくる。さっきからずっとだ。てか口でじー、っていう人初めて見た。

 

「えっと、軽井沢さん?どうしたのかな?」

 

「べっつにー。何か、櫛田さんと仲良さげだったよねー」

 

「そうかな?いつも通りだと思うよ」

 

「ふ~ん」

 

 全く納得していないな。ここまで不機嫌なのは軽井沢さんが櫛田さんの事があまり好きじゃないからだろうな。僕が今日一日櫛田さんと一緒にいることが多かったのを良く思ってないのだろう。僕から櫛田さんのところに行ったわけじゃないのに。

 話は今日の朝にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 挨拶をしながら教室に入ると、数人の生徒が返してくれる。

 僕はそのまま、洋介たちの元へ向かう。

 

「二人ともおはよう」

 

「おはよう、勇人君」

「おはよ~」

 

 洋介の元に来たのは昨日の堀北さんの勉強会についての報告のためだ。

 

「堀北さんの勉強会だけど、うまくいかなかったみたい。僕が向かった時には解散になっていたよ」

 

 実際は、向かう前に色々あったのだが、それを話すわけにもいかない。

 

「そっか。他の方法を考えたほうが良いのかな」

 

「それについては僕に任せてほしい。堀北さんがもう一度やり直してくれるように頼んでみる」

 

「うん。わかった。そっちは勇人君に任せるよ」

 

「そんなのほっとけばいいじゃん。そこまで面倒見る必要あるわけ?」

 

 軽井沢さんの言うように正直僕もほっといてもいいと思うが、洋介はそうは思わないだろう。彼はクラスメイトを見捨てるようなことはしない。一カ月彼を見てきてそれはよくわかっている。それで自分が嫌われようとも彼は見捨てない。それじゃあ洋介の負担が重すぎる。一人でクラスの全員のケアをするのは大変だ。だから僕が彼の負担を少しでも減らせるように、堀北さん組をフォローする。そうすることで、洋介も勉強会に集中できるだろう。

 

 

「そういえば、きの「倉持君、おはよっ!」」

 

 この話は終わりだとばかりに軽井沢さんが話題を変えようと話し出したとき、一人の生徒が割って入る。

 

「お、おはよう」

 

 元気よく挨拶してきたのは、櫛田さんだった。

 

「平田君も軽井沢さんもおはよう!」

 

「おはよう、櫛田さん」

「……おはよ」

 

 二人にも挨拶するが自分の話を遮られたからか、軽井沢さんの機嫌が悪くなっている。普段態々やってきて挨拶なんてしないのにどういった風の吹き回しだろうか。

 そんな事を考えていると、櫛田さんがおもむろに僕の手を両手で包み込む。

 

「昨日はごめんね、恥ずかしいとこ見せちゃったね。でも嬉しかったよ」

 

「いや、別に構わない」

 

「優しいね。ありがとっ」

 

 そう言って、自分の席へ帰って行った。僕が言い触らしていないか確認しに来たのか。それとも裏切れない状況に持っていくためか。よく分からんが、面倒くさい事をしてくれた。

 クラスの人気者である洋介、軽井沢さん、櫛田さんが集まっていれば自然と視線が集まるもの。そこで櫛田さんがあのような行動をすれば、面倒なことになるに決まっている。こちらを見て、ひそひそと話すやつもいれば、キャーキャー言っている女子もいる。その中でも一番面倒くさそうなのが池君と山内君だろう。こちらを親の仇かの如く睨んでいた。

 それよりも、背中にひしひしと感じる視線が痛い。恐る恐る振り返ると、軽井沢さんが僕を睨んでいた。横の洋介は苦笑いだった。

 

「なに?あれ。意味わかんないんですけど」

 

「いや、何て言うか、昨日色々ありまして」

 

「へぇ~色々ね」

 

 怖いよ。いくら櫛田さんが嫌いでもそこまで怒らなくても。友達が自分の嫌いな人と仲良くしていたら心良くは思わないだろうけど。

 

「ははは。櫛田さんと勉強会の話でもしていたのかな?」

 

「そんなとこだよ。どうしたらいいか分からないって相談されてね」

 

 洋介が出してくれた助け舟に乗る。本当はそんな相談受けてないけど、ここはこれで乗り切ろう。

 

「まぁ、倉持君がどこで何しようとカンケーないけど」

 

 言葉に棘があるが、何とかなったらしい。朝から胃に悪いな。

 

 しかし、それから事あるごとに櫛田さんが絡んできた。休み時間には話しに来るし、授業でペアを作るときは誘ってくるし、その都度、軽井沢さんと池君から睨まれるしでかなり疲れた。そして昼休憩に入っても櫛田さんが僕のところにやってくる。

 

「倉持君!お昼一緒に食べない?」

 

「別にいいけど、なんでそんなに僕に絡んでくるの?」

 

 疑問に思う事を聞いてみると、櫛田さんの顔が曇る。

 

「迷惑だったかな?私、昨日ので倉持君と仲良くなれたと思ってた」

 

「いやいや、迷惑なんかじゃないよ。ただ急に来たからビックリしただけで」

 

 だから頼むからその悲しそうな顔をやめてくれ。演技と分かっていても良心が痛む。

 

「良かった。でもさすがに話しかけすぎたね。反省だねっ」

 

 そう言って、自分の頭をこつん、と軽くたたく。くそ、あざといが可愛いな。

 

 そんなやり取りをしていると、珍しい人から声がかかる。

 

「櫛田さん。話したいことがあるの。良かったらお昼付き合って貰えないかしら」

 

 堀北さんだ。しかし僕の聞き間違いか?今、櫛田さんをお昼に誘ったように聞こえたが。

 

「お昼? 堀北さんからのお誘いなんて珍しいね。私はいいけど……」

 

 僕の聞き間違いなんかではなく、本当に誘ったらしい。櫛田さんがこちらを見る。

 

「僕の事は気にしないでいいよ。高円寺らへんと食べるし」

 

「いいえ。倉持君。貴方もよ。付き合って貰える?」

 

「え?僕も?構わないけど」

 

 何と僕も誘われた。珍しいな。槍でも降るんじゃなかろうか。

 

 綾小路君も一緒に4人で学校でも随一の人気を誇るカフェパレットへ向かった。

堀北さんが奢ってくれるということでドリンクを買ってもらった。4人席に僕と櫛田さんが横に、綾小路君と堀北さんが正面へ座った。

 

 それから話が始まる。話を要約すると、堀北さんがもう一度、勉強会を行うために櫛田さんに協力を頼みそれを櫛田さんが了承したのだ。あれ?これ僕必要か?

 その後話は堀北さんがAクラスを目指している話に変わる。櫛田さんの本気で目指しているのか、の質問に対し、堀北さんは力強く肯定した。そこで櫛田さんがAクラスを目指す活動の仲間に入ることを志願し、今回の勉強会の結果次第で協力を要請することとなった。

 話がひと段落して、ようやく僕の番になる。

 

「倉持君。貴方への話の前にお礼を言わせてほしいの」

 

「お礼?僕に?」

 

「ええ。貴方の助言、考え直す良いきっかけになったわ。ありがとう」

 

「うん。それは良かったよ」

 

 考え方を変えるきっかけになればと僕も思っていたので素直に嬉しい。おそらくあの後誰かに背中を押されたのだろう。十中八九隣の人物だろうけど。

 

「それで、綾小路君とも話したのだけれど、貴方にもAクラスに上がるために協力してほしいの」

 

「僕に?それまた何で?」

 

「貴方自身の能力もだけど、その立ち位置がいいのよ」

 

「僕の立ち位置?」

 

「ええ。貴方はクラスの中心人物と密接であり、須藤君達とも話せる。それでいて、高円寺君や、佐倉さんみたいな孤立してる人とも繋がりがある。貴方の存在は稀有なのよ」

 

「それは言いすぎなんじゃない?それなら洋介でもいいだろ」

 

「平田君はダメね。クラスの中心にいすぎているし、一部の男子が嫌っている。でも貴方には()()()()()。貴方を仲間に引き入れて損は無いという結論に至ったの」

 

 確かにクラスの中心にいすぎると何かと不便なとこがあるだろう。須藤君など、一部の生徒が洋介の事を良く思っていないのは事実だ。僕に敵がいないかは無意識に敵を作らないようにしているんだろうな。

 

 ここまでの考えに堀北さん一人で至ったのだろうか。僕は正面に座る人物、綾小路君を見る。おそらくは彼の入れ知恵。僕が使える人物だと考えたのだろうか。

 ここは提案に乗っておくのが無難か。

 

「わかった。断る理由は無いよ。僕も力にならせてもらう。ただ僕はあくまで協力者って事でいいかな?もし、堀北さんと洋介が対立した場合、今の僕は洋介の味方をするだろうから」

 

「ええ。それで構わないわ」

 

「それじゃあ、改めてよろしくね!堀北さん!綾小路君!倉持君!」

 

 戸惑いながらも4人で手を合わせる。こうして、Aクラスへ上がるための奇妙な同盟ができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在、僕はこうして洋介の勉強会に参加している。何とか機嫌を取り戻した軽井沢さんは熱心に問題と格闘していた。僕も勉強に集中するとしよう。昨日と同じでグループに別れて勉強していた。何回か分からないところを聞かれて、できるだけ分かりやすくかみ砕いて説明する。そんな感じで1時間が経過し、昨日みたく一時解散となる。

 今日は残ろうと思っていると、軽井沢さんから声がかかる。

 

「ねぇねぇ倉持君っ。今日こそクレープ食べにいこっ」

 

 僕の服の裾を引っ張りながらそう言う。残念ながら今日は残るつもりなんだ。昨日は残れなかったからね。僕の意思は固い。

 

「櫛田さんの誘いは受けるのにあたしの誘いは断るんだ?」

 

「さてと、勉強したら甘いものが食べたくなったな。軽井沢さん、クレープ食べに行かない?」

 

 せっかく機嫌が直ったのに、ここで断ればさらに面倒くさいことになりそうなので行くことにする。洋介に詫びを入れ、僕らはクレープを食べに施設へと向かった。

 

「おいし~!やっぱ頭使った後は甘いものっしょ」

 

「おいしいね。久しぶりに食べたよ」

 

「そなの?」

 

「うん。クレープは好きなんだけど、男だけじゃ買い辛くて」

 

 女の子が沢山並んでいるところに男一人で並ぶのは恥ずかしいのだ。

ふと、軽井沢さんのほっぺたにクリームが付いているのに気が付く。

 

「もう、クリームついてるよ」

 

「え?どこどこ?」

 

「そっちじゃなくて。あ~もう」

 

 見当違いなところを触っていたので僕が指で取ってあげる。そのままその指を口に運ぶ。あ、こっちのクリームもおいしいな。

 

「へっ?」

 

「ん?」

 

 軽井沢さんがこちらを見て固まっている。どうしたんだ。

 ちょっと待て。今僕は何をした?

 彼女の頬に付いたクリームを指で取ってそれを口に運んだ。

 何をやってんだ僕は!そんなベタな事するのは洋介みたいなイケメン限定なんだよ!何とか弁解しないと変態扱いされる!

 

「ご、ごめん!僕のクレープとクリームが違うからおいしそうでつい……」

 

 今の僕は顔が赤くなっているであろう。物凄く恥ずかしい。

 

「そ、そうだったんだ!じゃ、じゃあ一口食べたら?はいっ!」

 

 そう言って軽井沢さんが僕にクレープを差し出してくる。

 

「ありがと。あむっ。う、うん。やっぱりおいしいね!僕のも一口どうぞ!」

 

「う、うん!はむっ。ホントだねっ。こっちも美味しいじゃん!」

 

 そうして僕たちは重大な事に気付く。これって間接キスと呼ばれるものではないか。

体温がさらに熱くなる。それは軽井沢さんも一緒のようで、顔が真っ赤であった。

 しかし、これは食べていいのだろうか。軽井沢さんが口にした部分を見て考える。そんなこと意識している方がきもいだろ。たかが間接キスくらいで狼狽えてどうする。男らしく食べようではないか。でもあれだな。少し様子を見よう。軽井沢さんが食べたら僕も食べることにしよう。何事もレディーファーストだ。

 そう思い、横眼で軽井沢さんを見ると、目が合った。お互い様子を窺っていたのだろう。

 

「「ぷっ!」」

 

「ハハハハハ!何やってんだろうね僕たち」

 

「バカみたいじゃん。あたしたち」

 

 何だか可笑しくなって同時に噴き出す。こういうのが青春と言うのだろうか。

 

 それからクレープを食べ終わった僕たちは、ゲームセンターで遊んでから帰ることになった。

 

「楽しかったー。また行こうねっ」

 

「そうだね。今度は洋介も一緒に。でもその前に勉強を頑張らないとね」

 

「うげ。せっかく忘れてたのに何でゆうかなー」

 

「退学になったらまた行けないでしょ?」

 

「そうじゃん!ヤバいなー」

 

 まだテストまで時間はあるから大丈夫だろう。見た限りだと、そこまで勉強ができない訳じゃないみたいだし。

 

寮の前につき、中に入ろうとすると、軽井沢さんが僕の手を掴み立ち止まる。

 

「どうかしたの?忘れ物?」

 

 僕の質問に答えない軽井沢さんを心配に思っていると、意を決したように口を開いた。

 

「倉持君。こっちきて」

 

「え?う、うん」

 

 手を引っ張られそのまま連れて行かれる。たどり着いたのは寮の裏手。生徒はまず近寄らない場所だ。こんなところでどうしたんだろう。

 

「倉持君。あのね……」

 

 彼女が夕日に照らされながらこちらに振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしね、倉持君の事が……す、好きなの!だから、付き合ってくれない?」

 

 

 

 

 

 そんな彼女から放たれた言葉で僕の思考が停止するには十分だった。だって、彼女の口からそんな()()()()()()を言われるとは考えてなかったんだから。

 

 

 

 青春とは甘酸っぱいものと聞くそして、()()()()()()とも。

 もう一度言おう。これが青春と言うものなのか。

 




まさかの告白に、勇人君は何を思うのでしょうか。

今回も読んでいただきありがとうございました!



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軽井沢恵の本質

遅くなりました。
かなり難産でした。
うまく書けなくて何度も書き直し一応完成しました。
原作4巻のネタバレを多量に含まれますので、お気を付けください。今更ですね(笑)

それでは続きをどうぞ。


 

 

 少しだけ、僕の話を聞いてほしい。

 僕の目は相手の感情を読むことができる。相手の嘘を見抜くことができる。意識して相手を観察すれば、大抵の人は分かる。

だが、僕にはどうしても読めない感情がある。それが人を愛する感情。要するに恋愛感情だ。

 何故、読むことができないのか。

 それは、単純に()()()()()から。僕がその感情(愛情)()()()()からだ。

 

 僕が最初に覚えた感情(モノ)は、物心ついたころから僕に向けられていた嫌悪、憎悪、軽蔑、失望、諦念といった負の感情(マイナス)ばかりだった。それが向けられるのが嫌で必死にもがいた。

 それから、僕は喜びを、安心といった感情(モノ)を知った。人に褒められる喜び、興奮。人に嫌われない安心。

 それでも僕に向けられる負の感情(マイナス)を無くせなかった。焦燥や不安、恐怖を知った。

 

 だから僕はボクとして仮面を被った。

 そうして僕に向けられる感情(モノ)正の感情(プラス)へと変わった。

 憧憬や親愛、期待や尊敬。そして愛情。これらの正の感情(プラス)を向けられた。

 だが、それが向けられた先はボクだ。僕に向けられた感情(モノ)では無い。

 だから分からなかった。理解ができなかった。

 

 しかし、一人の男に会い、それを理解する。その男に憧れ、その男を尊敬し、その男を親愛する。僕はこの時、ようやく一人の人間として完成したのだと思う。

 

 それでも分からない感情(モノ)がある。それが愛情。人を好きになる感情(モノ)

 家族に、友人に向ける親愛とは同じであり全く違う感情(モノ)。それが僕には分からないのだ。その人が僕に好意を向けてくれているのは分かっても、それが親愛なのか、愛情なのか、が分からない。

 

 故に、彼女の告白が僕には()()()()()

 でも、分かる事が、一つだけある。それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の告白を聞き、僕は何も言わなかった。いや、何と言ったら良いかが分からなかったのだ。

 沈黙が続き、周囲には風が木の葉を揺らす音だけが静かに響いていた。

その沈黙に耐えれなくなったのか、軽井沢さんが口を開く。

 

「ちょ、ちょっと!なんかいってよっ。恥ずかしいじゃん!」

 

「うん」

 

「もっかいゆうよ?あたしは倉持君が好きなの。だから付き合ってっ」

 

 僕が聞いてなかったと思ったのか、もう一度そう彼女が告げる。二回も聞けば、僕にも分かる。

 

「ねぇ、軽井沢さん。何でそんな()()()()()?」

 

「えっ?」

 

 軽井沢さんが僕の言葉に目を見開く。僕には愛情が分からない。

だけど、彼女が、軽井沢恵が嘘をついている事は分かる。

 

「ま、待ってよ!意味わかんないっ!嘘って何なの?」

 

「僕ね、目が良いんだよ。観察すれば、嘘かどうかくらい分かるんだ」

 

 焦った様子の彼女の目をジッ、と見て話す。そうすると、軽井沢さんは目を逸らした。それが肯定の意になるとも知らずに。

 

「この話は終わりにしよう。僕も聞かなかったことにするから。じゃあまた明日」

 

 そう言って僕は彼女に背を向ける。僕の予想だが友人同士の罰ゲームとかで告白したのだろう。そういうのがあることはネットで見たことがある。さすがに自分にそれがされるとは思っていなかったが。少し残念だ。

 帰ろうとすると、後ろから僕の腕が軽井沢さんに掴まれる。

 

「待ってよ。ひどいよ。嘘だなんて。あたしは本当に……」

 

「くどいよ」

 彼女が言い終わる前に冷たく言い放つ。自分の身体が冷めて行くのが分かる。彼女と過ごす時間はとても楽しかった。友達だと思っていた。だから、一度くらい、裏切られた事を水に流そうと思っていた。だが、なおも泣いている演技をして食い下がってくる軽井沢さんを見て、彼女に対する親愛が失われていくのを感じた。

 

 軽井沢さんが僕の目を見て、腕に込めていた力を弱めた。

 そのまま僕は彼女を置いて帰る。

 何やら呟いているがもう僕には関係ない。そう思って立ち去ろうとした時、違和感に気付く。振り返り、彼女を見てみると、あまりにも様子がおかしかった。

 

「やめて。あたしをそんな目で見ないで。やめて。やめて……」

 

 俯き頭を抱えながら、何かに怯えるように、何かに絶望しているように呟く。

軽井沢さんの表情はいつもの強者のものではなく。弱者のものであった。

 この表情を僕は知っている。小さい頃幾度となく見てきた。

 嫌われるのが嫌で、怖くて、いつも怯えていた僕と同じ顔をしていた。

 

 

 僕は大きな思い違いをしていたのではないか?彼女は何故、嘘をついてまで僕に告白をして来た?友達だと思っていた人に裏切られたことにショックを受けて、考えを放棄していたんじゃないのか。

 罰ゲームであればここまでするメリットが無い。ドッキリだとしたらネタバラシされてもいいころだし、何より彼女の今の状態が違うと物語っている。

 

 そうではない理由。僕に告白して付き合った場合に発生するメリットは何だ?

彼女のこれまでの言動、行動を思い出せ。何かあるはずだ。軽井沢恵の本質は何だ?

 

 

 

 

 彼女について疑問に思っていた事がある。それは、今の彼女の地位について。彼女は今、女子のカーストでは一番上にいるだろう。彼女がその地位に立ったのは、入学から3週間経ったくらいだ。何故か急に軽井沢恵の知名度は急上昇した。

 その時に聞いたのがある噂だった。それが『平田と倉持のどちらかが軽井沢と付き合っている』というものだ。池君に聞いたのだが、あの噂が流れだしたのは僕が噂を聞いた1週間前くらいらしい。

 つまりは、入学から2週間が経ったくらい。でもそれだとおかしい。その時の僕らはそこまで仲が良くはなかった。周りから見ても、付き合っていると思われる程ではなかったはずだ。

 僕らが仲良くなったのはクラスの数人でボウリングへ行った時だった。それが2週間が過ぎた後。池君に聞いた話だと、その噂を聞いたのが、僕たちがボウリングに行った日と同じ日だった。噂が流れるにはいくら何でも早すぎる。

 

 何故こんな噂が流れたのか、よく考えれば分かる事だった。この噂で得をした人物が1人だけいた。それが、軽井沢恵その人。あの噂で彼女は今の地位を確立するようになった。

 つまり、あの噂は彼女が流したのではないか。

 クラスの中心人物であり、人気者の洋介の存在が後ろにある中で、強気な発言をしていたら存在感は増すことだろう。なぜ、僕の名前を入れたかは分からないが。

 

 もう一つの疑問が、その強気な態度。なぜ彼女は強気な自分を()()()()()()()

 その理由が自分の地位を確立するため、なのか?何か腑に落ちない。何かを見落としている気がするんだ。

 

 本当にクラスでの地位が欲しい為だけにこんなことをしたのだろうか。そうまでして、地位を欲しがる理由は何だ?自分の発言力を強くし、クラスを支配する為。ってのが妥当な理由なんだろうが、どうも違う気がする。

 そもそも、彼女は特に自分からクラスの皆と関わる事は少ない。発言力を強くしたいのであれば、もっと日ごろから、クラスの面々に向かって何かしらの発言はあって然るべきだろう。

 それにこれだけだと、僕に告白した理由が分からない。

 

 そして、僕の目を見た後に、急に怯えだした。弱者の表情。これが彼女の本当の顔だとすれば。

 

 そこで僕はある可能性を思いつく。

 もし、僕の考えが正しいのであれば、彼女は……。

 

「軽井沢さん、君の今の地位は()()()()()()()()()のものか?」

 

「っ!?」

 

 僕の質問に軽井沢さんは目を見開き、驚く。

 

「な、なにいってんの?自分の身を守る?意味わかんないじゃん」

 

 彼女が噂を流し、今の地位を手に入れたのは、自らを守るため。

 

「君が強気な自分を演じて、()()()()()()()は何だ?」

 

「演じてなんかいない!あたしは普通にしてるだけで……」

 

 守っているもの、それは本当の顔。軽井沢恵の弱者の顔。

 

「君の過去に何があった?君が()()()()()()()()()()は何だ?」

 

「な、なにもない!あたしは怯えてなんかいない!あたしは……」

 

 彼女の過去、彼女が怯えるもの、それが……。

 

 

「君は過去に()()()()()()()()()()?」

 

「っ!?」

 

 僕の言葉に大きく目を見開く。彼女の震えがさらに大きくなった。

 虐め。それが答えなのだろう。彼女は虐めから自分自身を守りたかったのだ。だから今の地位に立てるように画策した。今の彼女を虐める人はいない。

 

「……。本当に目が良いんだね。そうだよ。私は虐められていた。6年間ね」

 

 軽井沢さんが観念したように話し出す。一人称が「あたし」から「私」に変わる。それが彼女の仮面なのだろう。

 しかし、6年間だと。小中学校の間、虐めにあっていたのか。

 

「だから私は、決意した。今度こそは虐められないようにしようって」

 

「それが、クラスのカーストで上位に立つこと。今の地位を手に入れる事か」

 

「そう。初めて平田君に会った時に、この人だって思った。この人と仲良くなれば私は虐められなくて済むって。だから仲良くなって強気な発言をして、クラスの女子にあたしの存在を印象付けた」

 

「噂を流したのは君だね?」

 

「うん。噂が広まればあたしの立ち位置は上がると思ったから」

 

 その考えは見事的中し、今の地位を手に入れた。しかし、疑問がある。

 

「何で、噂を洋介と付き合っている、にしなかった?」

 

「最初はそうするつもりだった。でも、倉持君が現れた。倉持君は平田君の次にクラスの中心に立っていたし、気づいてないかもしれないけど、クラスの女子に結構人気なんだよ」

 

「そうなの?そうだとしても、1人に絞るべきじゃなかった?」

 

 僕に好意的な感情を向けてくれている人がいることは気付いていたが、僕にはよく分からない。

 

「それはね、平田君の本質に気が付いたから。平田君は私一人を選ばない。平田君は良くも悪くもみんなの味方だから。それでどちらかに絞る事をやめた」

 

 要は、保険として僕を入れたのか。それが今回の告白に繋がる。

 

「僕に告白したのは、僕と付き合って立場を明確なものとするためか。噂を流したのもその布石か」

 

「うん。でも計画は失敗しちゃったけどね」

 

 失敗か。果たして本当にそうだろうか。洋介にしたって僕にしたって必ず付き合えるとは限らない。この計画にはリスクが大きすぎる。ここまでの計画を立てれるほどには軽井沢さんは頭が良い。その彼女がこんな賭けに出るか?

 

「違う。失敗なんかしていない。この状況こそが君が求めていたものだ」

 

「……どういうこと?」

 

「告白に失敗する事なんて想定済み。その後、自分の過去を話すことで、自分を守ってもらおうと考えていた。いや、少し違うな。それは僕にじゃなく洋介にするつもりだったのか」

 

「そこまで分かっちゃうんだ。すごいね。倉持君の告白に失敗しても、平田君に事情を話して付き合っているフリをしてもらうつもりだったんだ。平田君は断れないって分かってるし」

 

 洋介は間違いなくこの提案に乗る。彼はクラスの為になる事はなんだってする男だ。それが彼の闇に繋がる部分。

 

「ここで僕に気付かれたのは想定外だという訳か。でもなぜこのタイミングなんだ?今のところは関係を無理に詰めなくても問題はないはずだ」

 

 

「それは焦ったから。倉持君をあいつに取られると思ったから」

 

「あいつ?」

 

「櫛田桔梗!あいつが急に倉持君に近づきだした!平田君は勉強会の事で手いっぱいだし、倉持君がこのまま櫛田さんに取られれば私はまた一人になる!それが怖かったの!」

 

 彼女の本質。それは寄生。1人で生きることの出来ない、弱い生き物。

 だからこそ、僕が離れて行くのが怖かった。洋介だけじゃ自分を守り切れないと分かっているから。

 

「いったい君がそこまでする過去の痛みは何なんだ?何をされたんだ?」

 

「何って……ありとあらゆることよ。考えられる限りのいじめは全部受けてきた。数えきれない。優しいものから悲惨なものまでね」

 

 笑いながらそういう彼女の顔を見ればどれほど辛いものか分かる。

 

 それでも何かを隠している。彼女の闇は違うところにある。もっと深い根源が。

もっと本音を引き出す必要がある。

 

「それだけで、君は怯えているのか?()()()()()()()()()()()()

 

「たかが?あんたに何が分かんのよ!幸せそうに生きてきたあんたに!毎日、毎日殴られて蹴られて汚物を浴びせられる気持ちがわかる?分かんないでしょ!誰も助けてくれない!誰も救ってくれない恐怖があんたに分かんの!私の気持ちを理解できる人なんていない!私を救ってくれる人なんていない!あの日の悪夢を境に、私の人格は壊され、青春も、友達も、そして自分をも失った!どうして、私がこんな目に遭わなければならないの!どうして私が今もこんなに苦しまなけれならないの!どうして、どうして、どうして……」

 

 これが軽井沢さんの心の叫び。変えることのできない、忘れることのできない過去。

 

「失ったのなら取り戻せばいい」

 

「そんなの必要ない!嫌われてもいい!私は自分が守れればそれでいいの!」

 

「なんで?」

 

「私は弱い生き物だから……」

 

 そう言って軽井沢さんはその場に座り込む。

 

 ここで僕は彼女の事を勘違いしていたことに気付く。

彼女は弱い。弱いからこそ、今の状況になっている。そう思っていた。

 だけどその前提が違う。今の状況になっている時点で本当に弱いはずがないんだ。逆だったんだ。彼女は()()()()。僕の中で軽井沢さんの認識を改める。

 

 

 

 僕は彼女の前にしゃがみ、彼女の顔を無理やり上げ、目を合わせた。

まずは彼女に教えなければならない。

 

「軽井沢さん、君は決して弱くなんてない! 君は自分の弱さを受け入れた。君はそれだけの仕打ちを受けても立ち上がった。もう一度戦おうとしたんだ! そんな君が弱いわけがない! 君は()()()()!」

 

「弱いよ。弱いから寄生するの。弱いから1人で生きれないの」

 

「そうじゃない。君には芯がある。どれだけの仕打ちを受けようとも屈しない強い芯が。だからこそ今の状況が生まれている。過去から抗っている状況が! 君が弱ければ、この学校でも虐めれられていたはずだ」

 

 考えてみたらわかる事だ。6年という長い期間虐められていたにも拘らず彼女はそんな過去を変えるために立ち上がった。必死にもがいている。そんな彼女が弱い?断じて違う。

 

 軽井沢恵の本質は、芯の強さだ。

 

 

 

「じゃあ……何で私は、1()()()()? 昔と何も変わってないじゃん」

 

 泣きながら、心の底からの疑問を出す。

でもそれは間違っている。

 

「君はもう1()()()()()()()()()。これからは僕がいる」

 

「え……?」

 

 軽井沢さんは僕と同じような状況に陥りながらも、自分で立ち上がった。仮面を被り、嫌われることを恐れて逃げた僕とは大違いなんだ。だからこそ彼女の強さに敬意を抱く。軽井沢さんの強さに惹かれる。だから……。

 

 

 

 

 

 

「改めて言うよ。軽井沢さん、僕と友達になってくれないかな?」

 

 

 

 

 

 僕の言葉に軽井沢さんの目から涙が溢れ出る。

 

 

 

「なんで?なんで、そんなこと……。私は、倉持君を利用しようとしたんだよ」

 

「うん。だから仮初の友達はあれで解消。僕は、改めて君と友達になりたいんだ。嫌かな?」

 

 軽井沢さんの頭に手を置き、優しく問いかける。これで断られたらかっこ悪いな。

 

そんな考えも杞憂だったようだ。

 

「嫌じゃない!嫌な、わけ……ない!」

 

 泣きじゃくりながら、そう答える。

 

 もう限界だったのか、軽井沢さんは僕の胸に飛び込み、泣き叫んだ。

今までの苦しみを吐き出すかのように。

 

 僕はそんな彼女の頭を優しく撫で続けた。

 

 




勇人君に3人目の友達ができました。
ご都合主義ですみません。
作者の勝手な解釈で軽井沢さんの強さを書きました。
だって、ずっと虐められていたのに、高校で変わろうとするなんてすごい事じゃないですか。普通なら引きこもってしまってもおかしくはないのに。
勇人君はそんな彼女の自分には無かった強さに惹かれたようです。

感想、評価、お気に入り、誤字報告ありがとうございます!



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これから

お気に入りが1000件を超えました!
ここまで増えるとは思ってもいませんでした。
ありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

「落ち着いた?」

 

 ひとしきり泣いた軽井沢さんが僕の胸から顔を離す。

 

「ご、ごめんねっ!変なとこ見せちゃって」

 

「別に構わないよ。友達、だろ?」

 

「えへへっ。そうだね」

 

 軽井沢さんが僕の言葉に嬉しそうにはにかむ。

そして立ち上がり、今度は真剣な顔になる。

 

「本当にごめんなさいっ!倉持君を利用しようとして」

 

「うん、いいよ。僕もごめんね。君を追い込むような事言って」

 

「倉持君は悪くないっ。あたしの為に言ってくれたんでしょ」

 

 それはそうなのだが、きついことを言ってしまったのには変わりはないんだが。本人がいいと言っているんだし、考えるのはやめよう。

 

「……それでね、倉持君に見てもらいたいものがあるの」

 

「僕に?何かな?」

 

「あたしの隠していたもの」

 

 軽井沢さんが隠していたもの。つまりは彼女の根源。おそらく、左脇腹にあるもの。彼女を観察しているとき、何度かその部分を押さえていた。

 

「でも、ここでは嫌だから……。そ、その……」

 

 何やら口ごもってしまう。言い辛い事なのだろうか。

 

「く、倉持君の、へ、部屋に……行っても、いい?」

 

 軽井沢さんが頬を朱色に染め、上目遣いでそう言った。こんなの反則だろう。

どうも僕はこの攻撃に弱いらしい。

 

 僕が了承し、二人で寮の中へ入っていく。そして、僕の部屋へと辿り着く。誰かに見られてないだろうな。

 

「お、お邪魔します」

 

「う、うん。どうぞ」

 

 まるで付き合いたてのカップルの様に気まずい雰囲気が流れる。取り敢えず、飲み物を入れることにする。

 

 二人分のお茶を入れて戻ってくると、軽井沢さんは落ち着いた様子で座っていた。僕もその向かいに座る。少しの間沈黙が流れるが、意を決したように軽井沢さんが話し出す。

 

「見て欲しいもの。倉持君はもう気付いてるかもだけど、見せるね」

 

 そう言って、制服を捲し上げる。普通なら若い男女が密室でこんな状況になっていれば甘い雰囲気になるのだろうけど、そんな事を無かった。

 そして、彼女の制服は胸の下まで捲し上げられ、綺麗なお腹が露になる。

 

 そこには透き通るような綺麗な肌に似つかわしくない生々しい傷跡があった。

鋭利な刃物で裂かれたような深い傷跡だった。

 それを見られるのがよほどの苦痛なのか、軽井沢さんは、顔を歪め、耐えていた。

 

「もういいよ。十分だ」

 

 そう言って彼女の腕を掴み、降ろさせる。

自分の中に怒りがこみ上げるのが分かる。子供の虐めで済まされるような傷ではなかった。見ただけでも、命の危険があったであろうことが分かる。そんな深い傷跡だった。これだけの目に遭いながらも、彼女は立ち上がり、戦ったのか。

 

「醜かったでしょ。これが私の忘れることができない過去」

 

 僕はその言葉に返すことはできなかった。醜くないなんて簡単に言えるものでは無いからだ。これを見せるのにどれだけの勇気が必要だったのか僕には想像もつかない。

 

「なんでこれを僕に見せてくれたの?」

 

「倉持君は友達だから。私の初めての友達。倉持君には知っておいてもらいたかったから」

 

「そっか。ありがとう。よく頑張ったね」

 

 そう言って彼女の頭を撫でる。僕にできる事はこれくらいだろう。

 

 彼女の闇の根源はこの脇腹の傷。これがある限りは彼女の過去は消えないだろう。この傷を乗り越えられるかどうかは彼女次第だ。僕はただ傍にいて支えてあげる事しかできないだろう。

 

 でもね、軽井沢さん、君が知っている闇よりも深いものがこの世にはある。それを僕は知っている。

 そんなことは今の彼女には関係ないが。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「私、変わろうと思う。寄生しない自分に。倉持君が強いって言ってくれたから。私を認めてくれたから」

 

「その気持ちは大事だと思う。でも焦らなくていいよ。ゆっくりでいい。少しずつ変わっていこう」

 

 人はそう簡単には変われない。それは僕が一番よく分かってる。だから、ゆっくり変わっていけばいい。

 

「でも、何をすればいいんだろね〜」

 

 そう言って軽井沢さんは僕の入れたお茶を飲む。

 

「うーん。取り敢えず、僕たち付き合おっか」

 

「ぶふっ!?」

 

 軽井沢さんが飲んでいたお茶を吹いた。何をやってるんだ。僕がタオルで床を拭いていると軽井沢さんが詰め寄ってくる。

 

「な、な、な、なに言ってんの?い、いきなり、つ、つ、付き合うなんて馬鹿じゃないの?」

 

「馬鹿ってなんだよ。さっき告白してきたのは誰だよ」

 

「そ、それとこれは別問題じゃん!」

 

「なんでだよ。元々君の目的は、僕か洋介と付き合う事だろ? だから、僕が彼氏役を引き受けるって言ってんじゃないか」

 

「それならそうと早く言ってよ! 焦ったじゃんか!」

 

 何で僕が怒られているんだ。意味が分からん。他にどんな意味があるというのだ。

 

「でも、いいの? 私、変わろうとは思ってるけど、寄生するかもしれないよ」

 

「さっきも言ったけど、焦る必要は無いよ。君の立場を固めてから少しずつ変わればいい。それに、僕に頼りすぎないように、条件がある」

 

「条件?」

 

「彼氏のフリをするための条件。一つ目が僕が彼氏だと自分から言いふらさないこと。あくまで聞かれたら答える程度で。二つ目は自分の立場を優位にするために僕の名前を使わないこと。ただ、好きでもない男に言い寄られたりした時なんかは使っても構わない。三つ目は好きな人ができたら、すぐに僕に言うこと。その場合はその場で関係は解消する。君が彼氏役を必要ないと思ったときも同様にね。最後に僕のお願いを文句を言わずに聞いてほしい。もちろん変なことはお願いしない」

 

「三つは分かったけど、最後のがよくわかんない。どういう事?」

 

 確かに最後のは分かりにくい言い方だったな。補足しておこう。

 

「実はね、堀北さんとAクラスへ上がるための協力関係を結んだんだ。それで、今後、軽井沢さんの力を借りなければならない事があるかもしれないから、その時は文句を言わずに従ってほしい」

 

「へぇー。堀北さんとねぇー。2人だけの秘密って感じ?」

 

 Aクラスに上がる事よりも、堀北さんに食いついた。だが、2人ではない。

 

「いやいや、堀北さんだけじゃないよ。櫛田さんもいるからね」

 

「ふーん。櫛田さんもいるんだ。両手に花で羨ましいね」

 

 櫛田さんの名前を出したからか、軽井沢さんの機嫌が悪くなる。

 

「そんなことないから!綾小路君もいるから!」

 

 なんだか浮気がバレた彼氏みたいになってるな。

 

「いてもいなくても変わんないじゃん」

 

「扱いが酷いな。でも、真面目な話をすると、綾小路君には気を付けた方がいい」

 

「なんで?影薄いだけでしょ?」

 

「明確な理由はないけど、そう感じるんだ」

 

 櫛田さんの件で話した時の異様な雰囲気が忘れられない。まるで、すべてを見透かしているような無機質な瞳が忘れられないんだ。

 

「まぁ、倉持君がそう言うんなら気を付ける」

 

 あまり納得をしていない感じで話す軽井沢さん。よほど信じられないようだ。僕もあの出来事が無ければ、彼が危険だとは思わない。

 

「話を戻すけど、条件がのめるなら、僕は彼氏役をやってもいいと思ってる。それから、ゆっくり変わるための努力をしていけばいいんじゃないかな。決めるのは軽井沢さんだけど」

 

「うん。分かった。私が変われるまで手伝ってもらっていい?」

 

「もちろん。契約成立だね」

 

 これから僕は軽井沢さんが変わるまで、一時的に彼氏となる。

 

「彼氏か……。倉持君が彼氏……。えへへー」

 

「どうしたの?嬉しそうな顔して」

 

「な、何でもない!それより、他に私にできる事ってないのかな?」

 

 怒ったり喜んだり焦ったり忙しいな。それだけの感情が出せることは良い事だが。

 

「できることか。強気に出るのをやめてみるとか?僕とか洋介以外の男子に基本厳しいだろ?それをやめて、普通に接してみれば」

 

「普通に、うん。やってみるっ!」

 

 軽井沢さんが両手の拳を握り、意気込む。最初はそういう小さい事から始めればいい。

 そんな事を考えていると、きゅうう、と可愛らしい音が鳴る。

 その音のする方、軽井沢さんを見るとお腹を押さえて顔を赤くしていた。どうやら、腹の虫が鳴いたらしい。

 

「ははは。そういえば晩御飯食べてなかったね」

 

「わ、笑うなっ。バカ!」

 

「ごめんごめん。何か作ろうか」

 

「倉持君って料理できんの?」

 

 恥ずかしそうにしながら聞いてくる。愚問だね。

 

「少し待ってて」

 

「う、うん」

 

 そう言って、エプロンをつけキッチンへ向かう。冷蔵庫の中身を確認して献立を考える。アレを作るか。

 

 

作業すること5分。僕は完成した料理を軽井沢さんのところへ持っていく。

 

「おまたせ。どうぞ」

 

「ありがと...う?」

 

 なぜか僕が持ってきた料理を見て固まる。何かおかしなところがあったか?

 

「これって、卵焼き、だよね?」

 

「うん。そうだよ」

 

 軽井沢さんが指をさしたお皿には卵焼きが乗っていた。

 彼女は次に横の皿を指さす。

 

「こっちも、卵焼き、だよね?」

 

「うん。こっちはなんと、チーズ入り!」

 

 見た目からは見分けがつかないが、中にはとろけるチーズを入れてある。これがうまいんだよな。

 そして軽井沢さんは最後の皿を指さす。

 

「じゃ、じゃあこっちは?」

 

「卵焼きだね。こっちは甘いやつだよ」

 

「……えっと、何で全部玉子焼きなの?」

 

「そりゃあ卵焼きしか作れないからかな。あ、もちろん目玉焼きも作れるよ」

 

 だから、僕の部屋の冷蔵庫には卵が常備されている。

 

「も、もしかして、毎晩卵焼き食べてんの?」

 

「自炊するときは卵焼きだね」

 

 軽井沢さんが信じられないものを見るようにこちらを見てくる。そうか、軽井沢さんは勘違いしているようだ。

 

「卵焼きばっかじゃ飽きると思ってるんでしょ?大丈夫!中に色々入れたり、味付けを変えたりしてるから飽きないんだよ」

 

 少しドヤ顔で話す。卵焼きのレパートリーでは負ける気がしない。

 そんな僕をよそに、軽井沢さんはぷるぷる、と俯いて震えていた。

 

「軽井沢さん?どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃないっ!飽きる、飽きない、の問題じゃないじゃん!卵焼きバカなの?玉子焼きの手先なの?そんなんじゃ栄養偏るじゃん!体に良くないっ!」

 

 火山が噴火するかの如く捲し立てられる。卵焼きの手先って何だよ。

 

「もうっ!貸して。あたしが作る」

 

 呆気に取られている僕からエプロンを奪い、軽井沢さんがキッチンへ向かう。今、作るって言ったか?

 

「ちょ、軽井沢さん料理できるの?」

 

「できるっつーの。いいからテレビでも見て待ってて!」

 

 エプロンを着けている途中の軽井沢さんに窘められる。料理ができるなんて意外だな。見た目からできないと思っていた。

 

「何で卵焼きしか作れないのに、こんなに食材があるわけ?」

 

「それは全部卵焼きに使える食材で、例えば「うっさい。黙って座ってて」……はい」

 

 食材の説明をしようと思い、立った僕に、冷たく言い放つ。もう余計な事は言わないでおこう。

 

 

「お、お待たせ」

 

 自分で作った卵焼きを、ちまちま食べながら待つこと数分。軽井沢さんが完成した料理を持ってきてくれた。

 

「すごい!これ本当に全部軽井沢さんが作ったの!?」

運ばれてきた彩り豊かな料理を見て驚く。いつものほぼ黄色の食卓とは大違いだ。

 

 

「当たり前じゃん。あたしも料理くらいはできんの!いいから早く食べよっ」

 

 恥ずかしそうにそう言ってエプロンを脱ぎ、僕の向かいに座る。エプロン姿の軽井沢さんを見るのがこれで最初で最後かと思うともったいなく感じる。ギャルっぽい見た目でエプロンを着ていると、何と言うか、ギャップ萌えみたいなものがあった。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、料理を口に運ぶ。軽井沢さんが、その僕の様子をチラチラと窺う。

 

「おいしい!料理上手なんだね。羨ましいな」

 

「こんなの、ふ、普通だって!大げさすぎっ」

 

 完全に照れてるな。顔が真っ赤だ。指摘すると怒られそうなので黙っていよう。

 

「よかったら僕の卵焼きも食べて。口に合うか分かんないけど」

 

「うん、もらうね。……うまっ!なにこれ!?お店で食べるやつみたいじゃん」

 

「ありがと。卵焼きのおいしさだけは誰にも負けない自信があるからね」

 

 正直、卵焼きに関しては、僕の右に出るものはいないと自負している。そんなの何の役にも立たないが。

 

「それにしても、おいしいね。軽井沢さんは良いお嫁さんになるね」

 

「ぶふっ!?」

 

 本日2回目のお茶を吹いた。まったく、何やってんだよ。再び、タオルで床を拭く。

 

「お、お、お嫁さん!?誰の!?」

 

「いや、誰かは知らないけどさ」

 

 

 

 それから僕たちは食事を終え、二人で並びながら洗い物をする。僕が食器を洗い、軽井沢さんが布巾で拭く役だ。どちらが片づけをやるかでもめた結果、役割分担することになったのだ。

 

「本当においしかったよ。ありがとね」

 

「もう、いいってば!恥ずかしい」

 

「でもその分、これからが大変だな。卵焼きだけの食事に耐えれなくなりそう」

 

 一回こういう食事を食べてしまうと、今まで何とも思わなかったが、物足りなくなりそうだ。何か考えなきゃな。

 これからどうするかを考えていると、軽井沢さんが、か細い声で何かを言った。

 

「ごめん。何て言った?」

 

「だ、だから!これからも定期的に作ってあげよっか?って言ってるの!」

 

 今日みたいに手料理をご馳走してくれるのだろうか。気を使わせてしまったかな?

 

「さすがにそれは悪いよ。大変だろうし」

 

「別にいいよ。一人分より二人分作る方が楽だし、卵焼きばっかじゃ体に悪いでしょ?それで体壊されたら、あたしが困るし。そう、あたしが困るから、仕方なくだよっ!」

 

「無理しなくていいよ。コンビニでサラダでも買って食べるし」

 

「あー、もう!何でこうゆーときだけ鈍いかな!あたしが作りたいの!迷惑?」

 

「迷惑なんかじゃないよ。僕としてもありがたいし」

 

「なら、決まり!分かった?」

 

「は、はい」

 

 なんだか、勢いで決まってしまったが、軽井沢さんが良いのであれば僕は断る理由はない。食材は僕が買えばいいんだし。幸いポイントは結構残ってるから。

 

 

 片づけが終わり、一息つく。そろそろ時間も遅くなってきたし解散したほうが良いだろう。

 

「それじゃ、明日からもよろしくね」

 

 僕は、右手を向かいに座っている軽井沢さんの前に出す。

 

「うん!こちらこそよろしくっ」

 

 軽井沢さんが僕の右手を掴み、握手をする。

 

 そして立ち上がろうとした時、やってしまった。

 足元に軽井沢さんが脱いだエプロンがある事に気付かずに踏んでしまい、滑って体勢を崩す。軽井沢さんの方に。

 

「うわっ!」

「きゃ!」

 

 最悪な体勢になってしまう。僕が軽井沢さんを押し倒している形に。少しの間、時が止まったかのように見つめ合い、動けなくなる。

 なぜすぐに離れなかったのだろう。後に僕は後悔する。あいつのせいで。

 

「邪魔するぞ、マイフレンド。おや?これはこれはお楽しみの最中だったみたいだね」

 

 玄関の方から聞こえた声の方を見ると、バスタオル1枚を体に巻いたびちょぬれの金髪、高円寺が立っていた。

 あまりの衝撃に、軽井沢さんを押し倒している体勢で固まってしまう。

 

「私の事は気にするな。バスタイムを満喫していたのだが、シャンプーが無くなってしまってな。勇人のを借りに来ただけなのだよ」

 

 そう言って、風呂場に入っていく高円寺。余談だが、高円寺は僕の部屋に無断で入ってくることがある。高円寺曰く、勇人の部屋は私の部屋と同等なのだよ、らしい。どこのガキ大将だよ。プライバシーもあったものじゃないのだ。自由人にも程があるだろ。

 

「それでは借りて行くぞ。後はゆっくりと楽しむがいい。ハッハッハッハー」

 

 高笑いしながら、勝手に人のシャンプーを持って帰っていく高円寺。

 そこでやっと、自分の状況に焦りを覚える。慌てて軽井沢さんの上から飛び退く。

 

「ご、ごめん!わざとじゃないんだ。足が滑ってそれで、……あれ?」

 

 全く反応が無いので不思議に思い軽井沢さんを見てみると……。

 

「きゅう」

 

 目を回して気絶していた。

 

「軽井沢さん!大丈夫!?おーい!」

 

 その5分後に意識を取り戻した軽井沢さんは記憶が飛んでいたみたいなので、ごまかして解散した。

 もし、思い出してしまったら大変なことになるだろうな。

 

 長かった1日がようやく終わった。

 

 おっと、寝る前に廊下を拭かなきゃ。どっかの馬鹿が濡らして行きやがったからな。

本日三度目の床拭きをして就寝した。

 




結局、軽井沢さんと付き合う(偽)ことになりました!
今後の展開上、その方が動かしやすいので。強引ですみません。

次回から、原作の話に戻ります。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!



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平田洋介の闇


次回から原作の話に戻ると言いましたが、今回はオリジナルの話になりました。
すみません(__)

ご指摘があり、一角スペースをいれる事と三点リーダーの書き方を変えました。
随時、これまでの話も変えたいと思います。

鶴マタギ様、ぜにさば様ありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 次の日、学校に行くためロビーへ降りると、軽井沢さんがいた。ロビーに設置されているソファーに腰かけ、誰かを待っている様子だった。

 

「おはよう。誰か待ってるの?」

 

「おはよっ。倉持君を待ってたに決まってんじゃん」

 

「僕を?何か用があったの?」

 

「仮とはいえあたしたち付き合ってるわけじゃん。それなら一緒に登校してもおかしくないっしょ」

 それもそうだな。今日から仮の恋人になるのだ。一緒に登校するのは不思議な事ではない。だが、それだけではないようだ。

 

「理由の半分はそれ。もう半分はもうすぐ来るよ」

 軽井沢さんがそう言ったのと同時にエレベーターが到着した音が鳴り、中から一人の男子生徒が出てきた。なるほど。軽井沢さんの意図が読めた。

 

「おはよう、二人とも。話したい事って何かな?」

 その男子生徒は僕らのよく知る爽やかイケメン、平田洋介だった。

 

「おはよ、平田君。取り敢えず場所を変えて話そっか」

 僕たち三人は歩き出す。洋介に話すのは僕たちの事。仮の恋人を演じることになった事。そして、軽井沢さんが虐めに遭っていた事。

 

 これらの事を洋介に話そうと決めたのは昨日、晩御飯を食べ終えた時だった。

 

 

 

 

 

「ねぇ軽井沢さん。提案があるんだけど」

 

「提案?」

 食事を終え、満足感に浸っているときに、僕が考えていた事を口にする。

 

「そう、あくまで提案だから最終的に決めるのは軽井沢さんだ」

 

「うん、わかった」

 確認をしたところで本題に入る。

 

「提案っていうのは、洋介に僕らの事を話さないか、って事」

 

「平田君に?どうして?」

 

「洋介にも知っておいてもらった方が何かと動きやすいと思うんだ。手助けもしてもらえるし、何より信用ができる」

 

「そっか」

 

「でも、僕たちの事を話す場合、君が虐めに遭っていた事も同時に話さなくてはならない。洋介ならそれを聞いて、言い触らしたり、脅してきたりは絶対しないだろうし、どうだろう」

 彼の性質上、友達を裏切る事など絶対にしない。それは僕らが1ヶ月一緒にいてよく分かっている。だからこそ軽井沢さんは洋介に彼氏役を頼もうとしたんだ。

 僕の提案に軽井沢さんは黙ってしまう。洋介に言うべきか考えているのだろう。

 

「さっきも言ったけど、あくまで提案。断ってくれても問題はないよ」

 必要ないとは思うが、一応断りやすい空気をつくる。少しの間沈黙が続き、軽井沢さんが口を開く。

 

「うん、いいと思う。元々話すつもりだったし、メリットしかないもんね」

 

「君が良いのなら、話そう。タイミング的には早いほうがいいけど、折を見てだね」

 

 

 

 

 

 

 こうして、洋介にも話すことに決まったのだが、まさか昨日の今日で話すとは思わなかった。行動が早いな。

 寮の裏手にある公園に移動した僕らは、昨日の状況を掻い摘んで話した。もちろん、軽井沢さんが泣いた事や彼女の傷の事は話してない。あくまで、偽の恋人を演じることになった経緯を話しただけだった。

 

「そんな事があったんだ」

 

「うん。だからこの事は誰にも言わないでほしいの」

 

「もちろんだよ。絶対に言わない。約束するよ。それで、僕にできる事は?」

 

「いや、洋介は何もせずに今まで通りにしてほしい。ただ知っておいてもらった方が何かあったときに都合がいいと思ってね。君にとっては理不尽な事だけど頼むよ」

 

「うん、分かった。すごく嬉しいよ。話してくれたって事は僕を信用してくれているって事でしょ。だから理不尽だなんて思わないさ」

 勝手に秘密を話しといて何もするな、と理不尽な事を言われているにも拘らず、そう言ってのける彼は本当に優しい奴だと思った。一応、嘘を言っていないか観察をしていた僕が恥ずかしくなるほどに。

 しかし、一つだけ気になったことがあった。

 

「洋介、もしかして軽井沢さんが虐めに遭っていた事を知っていたのか?」

 

「え?」

 僕の質問に軽井沢さんが驚く。当の本人は何も言わなかった。

 

「軽井沢さんが虐められていた事を話したとき、君は驚きの表情を見せなかった。君が見せた表情はどこか納得したようなものだった」

 

「よく見てたね。知っていたわけじゃないけど、そうじゃないかな、とは思っていたよ」

 

「うそっ!?なんで?」

 洋介の言葉にまたも軽井沢さんが驚く。洋介にも僕の目のようなものがあるのだろうか。

 

「……僕はね虐められている人特有の匂いとか気配が分かるんだ。申し訳ないけど、軽井沢さんからそれらが薄っすらと感じ取れたんだ。だから話を聞いた時納得したんだ」

 

「そ、そうだったんだ。隠しきれてなかったんだね」

 

「それは偶々洋介が気配に敏感だっただけだよ。でも何でそんな事が分かるの?」

 少し落ち込んだ様子の軽井沢さんをフォローしつつ、疑問に思ったことを聞く。

それが、()()()()に繋がると分かっていながら……。

 

「そうだね。二人になら話してもいいかな。僕はね中学二年生になるまで、どちらかと言えばクラスで目立たない生徒だったんだ」

 

「平田君が?ほんとに?」

 いつもクラスの中心に立っている洋介からは想像ができない。

 

「本当に普通の生徒だった。そんな僕には杉村君って男の子の幼馴染が居たんだ。小学校6年間同じクラスですごく仲が良かった」

 懐かしそうに、過去を話す洋介。その表情はどこか儚げだった。

 

「中学に入って初めて別のクラスになった。だからかな、次第に遊ぶことも少なくなった。僕も新しい友達とばかり遊ぶようになっていたしね。それ自体はどこにでもある話じゃないかな」

 クラスが違えば疎遠になる事だって自然だ。新しい友達と遊ぶ事だって何もおかしくはないだろう。

 

「でもね……僕が新しい友達と遊んでいる裏で、杉村君は虐めに遭っていたんだ」

 洋介の表情が変わる。彼の表情は、初めて見る、怒りのような、悔しさのようなものだった。

 

「杉村君は、何度か僕にSOSを発信していた。でも僕は、元々喧嘩っ早い彼の性格もあって深く考えなかった。新しい友達と遊ぶ事を優先したんだ。でもね、二年生に上がって再会したときに僕はその間違いに気付かされた。彼の心は壊れてしまっていた。明るかった彼は見る影も無くなっていた。教室には暴力は当たり前の、酷い虐めの光景が広がっていた……」

 

「っ!?」

 その話を聞いて昔の事を思い出したのか、軽井沢さんが震える。僕は彼女の手を握り落ち着かせた。

 

「それで洋介はどうしたの?」

 

「何となく分かるでしょ。僕は何もしなかった、出来なかった。自分がターゲットになる事を恐れて、僕の日常が壊される事が怖くて……。いつかは飽きてやめる。誰かが助けてくれる。そんな都合の良い事ばかり考えて目を逸らしたんだ」

 

「杉村君はどうなったの?」

 それだけじゃないはずだ。洋介の顔が物語っている。彼の闇に繋がる()()があったんだ。

 

「あの日の事は今でも頭に焼き付いているよ。朝、教室で杉村君が顔を腫らして僕を待っていたんだ。僕はその時、最悪な事を考えてしまった。彼に関わると僕も虐められてしまうんじゃないか、ってね。そんな僕の醜い心が見えていたのか、何も言わず、だけど訴えかけるように、その日の授業中に窓から飛び降りてしまったんだ」

 

「だから洋介はみんなを助けようとするのか」

 

「うん。彼が飛び降りたとき、わが身可愛さのために大切な友人を死に追いやってしまったんだって気付いたんだ。だから僕は償いをしたい。そしてそれは誰かを救う事でしかなし得ない。傍にいる人たちを助けたい。()()()()()()()()()()。そう考えたんだ。それが罪を背負った僕の責任なんだ」

 これが洋介の闇。救えなかった友人への償い。これが杉村君を救う事に繋がるわけではないのを分かっていながらも、周りを救う事で償いになると考えたのだろう。

 でもそれは簡単な事ではない。

 

「洋介、その生き方は大変だよ。周りの人すべてを救う事なんかできないんだ。絶対に。それで、もし救えなければ君はそれすらも背負う事になる。いずれ君は()()()()

 

「……分かってる。それでも僕にはそれしか出来ないんだよ。それくらいじゃなきゃ償いにはならない」

 大変な生き方だからこそ意味がある。自分を追い込むことで償いになる。それで君自身が壊れてしまったら意味が無いだろ。

 だが、まだ間に合う。僕と違い、洋介は()()壊れていないのだから。

 

「君はその生き方を変えるつもりは無いんだね?」

 

「うん、無いよ。僕はヒーローじゃない。だから全員を救えるわけじゃない。だけど、せめて傍にいる人たちは救いたいんだ」

 迷いがない。一点の曇りもない決意を話す。これは何を言っても無駄だろう。

 だけど、ここで引き下がるつもりはない。

 

「はぁ~。洋介の決意は分かった。だけど、君が壊れるのは見逃せない」

 

「なんで?」

 

「友達だから。高校に入って初めてできた友達。だから、僕は洋介を手伝う。洋介が救えない人を僕が救う。救えなかった責任を僕も一緒に背負う。そうすれば少しは荷が軽くなるだろ?」

 溜息をつき、笑いながらそう告げる。それは偽善かもしれない。でも僕は洋介が壊れていく姿を見たくないんだ。僕が彼と友達になりたいと思ったのは彼が優しい男だったから。心から人に優しくできる男だったからだ。そんな洋介が壊れる姿なんて見たくないのだ。

 

「あ、あたしも!あたしも協力するっ。あたしには杉村君の気持ちがよく分かる。あたしも同じ道を辿っていたかもしれないから。だから、今の平田君が壊れて行くことを杉村君は望んでいないと思う!」

 軽井沢さんも僕に続いて協力を申し出る。本当に杉村君がそう思っているかなんて誰にも分からない。それでも、彼女はそう感じ、洋介が壊れてほしくないと思ったのだろう。

 僕と一緒で既に壊れてしまった者として。

 

「勇人君……。軽井沢さん……」

 

「どうする?今なら仲間が2人もできるチャンスだよ、勇者さん」

 少しふざけながら洋介に問う。洋介の場合、重く受け止めてしまいそうだから少しふざけた方がいいだろう。

 

「ははは!そうだね、パーティーは多い方がいいね!」

 笑いながら僕の問いに答える。僕が彼に会ってから見た笑顔の中で一番良い笑顔だった。

 

「あー!もうこんな時間!遅れちゃうじゃん!」

 軽井沢さんが焦ったように言う。時計を見てみると、ホームルームまで10分を切っていた。このままだと遅刻だ。

 

「本当だね、急ごう。走れば間に合うよ」

 

「「うん」」

 洋介パーティーの最初の試練は授業に間に合う事みたいだ。僕らは校舎に走って向かった。

 

 

 

 走りながら僕は考える。

 軽井沢さんは虐められていた過去を話し、その根源である傷を僕に見せてくれた。

 洋介は過去に友達を見捨てた罪を話し、自分の償い方を生き方を僕に教えてくれた。

 

 それに対して僕はどうだろう。自分の過去、醜い過去を少しでも二人に話したか。いや、話していない。未だに僕は怖いのだ。嫌われるのが。

 

 僕は卑怯者だ。人の弱みを聞いといて自分の弱みを見せない。

 僕は臆病者だ。人の過去を詮索しといて自分の過去は晒さない。

 

 話さなければならない。話したくない。

 僕の事を知ってほしい。僕の事を知らないでほしい。

 僕は変わりたい。僕は変われない。

 

 そんな矛盾が僕の中に渦巻いている。このままで、友達と言えるのだろうか。

 胸を張って、彼らの友達だ、と言えるのだろうか。

 

 「無理しなくてもいいよ。ゆっくり、いつか話してくれればいい」

 僕の心を見透かしたように洋介が僕に語りかける。

 そうか、洋介にとって()()()()()()なんだな。

 

 洋介の言葉に気を取り直す。今は遅刻しないように精いっぱい走るとしよう。

 

 




次回こそは原作の話に戻ります。
まだ一巻の内容すら終わっていないですね(^-^;
遅くてすみません。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

明日は更新予定はないです。


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再集結の勉強会

更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
仕事が忙しい+体調を崩すのダブルパンチで中々時間が取れませんでした(´;ω;`)
お待ちいただいていた読者の方々にはご迷惑をかけました(__)

それでは続きをどうぞ。



 僕たちが教室に入ると、クラスの大半の生徒がこちらを見てざわつく。何かあったのだろうか。不思議に思いながらも、ホームルームがもうすぐ始まるので、席へ向かう。すると、急に後ろから肩を組まれた。池君と山内君だ。

 

「よう!倉持!」

 

「うわっ、どうしたの?」

 

 やけにテンションの高い二人に絡まれる。ニヤニヤ顔で山内君が話しかけてくる。

 

「聞いたぜ~。お前、軽井沢と付き合ってるんだってな」

 

「何だ。またあの噂か」

 

 その件については前にも聞いてきたはずなんだけど、なんでまた聞いて来たんだろう。

 僕のその疑問は池君の言葉で解消される。

 

「違う違う。昨日の夜に軽井沢が倉持の部屋から出てくるのを見たんだよ!やっぱりお前らそういう関係だったのな」

 

「え!?」

 

 まさか見られていたとは。確かに入るときは周りに注意していたが、帰りは色々あって注意していなかった。それを偶々、よりにもよって池君に見られていたとはな。もうクラス中には広まっているのだろう。教室に入ったときの好奇の視線はそれがあったからだ。

 

 でもなぜ二人はこんなにも嬉しそうにしているのだろう。彼女ができた、なんて聞いたら恨み妬み嫉みの嵐になると思うんだが……。いや、待てよ。櫛田さん関連か。僕が軽井沢さんと付き合っていて、敵でないことが分かったから嬉しそうにしているのか。特に最近は怪しまれていたからな。ここで否定する意味はないか。

 

「そうだね。付き合う事になったよ」

 

「やっぱりか!いいなー、軽井沢みたいな可愛い彼女がいて羨ましいぜ」

 

 思ってもないことを言うな。可愛い、とは思っているけど羨ましくはない。そんな感じか。それにしても、嘘とはいえ、交際を認めるのは地味に恥ずかしいな。

 そんな事を考えていると、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。僕は急いで席に座った。勉強会の事を聞きたかったのだが、仕方がない。後で聞くことにしよう。

 

 ホームルームが終わり、僕は堀北さんに勉強会の事を聞きに行こうと思っていると、向こうからこちらに来てくれた。

 

「おはよう、倉持君。少し話をしてもいいかしら」

 

「おはよ。勉強会の事だよね。僕も聞きに行こうと思ってたから大丈夫」

 

 僕が了承したことで堀北さんが話し出す。なんでも、放課後に勉強会を開くのをやめたらしい。その代わり、授業を真面目に受けさせ、休み時間の度に勉強会を開き、分からなかったところを教える形に変えたそうだ。良い考えだとは思うが、これはそう簡単な話じゃない。現時点で授業についていけていない須藤君たちが、休憩時間の短い時間で学習できるのだろうか。

 それについては堀北さんが授業中に全ての問題に対して分かりやすく解答をまとめておき、それを堀北さんと綾小路君と櫛田さんの3人でマンツーマンで教える事で10分と言う時間を無駄なく消化することにするみたいだ。

 

「うん、いい考えだね。僕にできる事は?」

 

「あなたには綾小路君のサポートと、昼休憩の20分を使って図書館で勉強会をするからそれに参加してほしいの」

 

「勉強会の参加はいいけど、綾小路君のサポートはいるのかな?」

 

「彼がどの程度できるのかが未知数なのよ。だからあなたにも勉強を見てもらいたいのよ」

 

 人に教えるほど勉強はできない、って言ってたもんな。それが本当なのかは分からないが。

 

「分かった。洋介の勉強会は放課後だけだから大丈夫」

 

 これによって両方の勉強会に参加できるようになったのだからよかった。クラス全体の状況を把握しやすくなった。

 

 

 授業が始まり、僕は少し驚いた。正直、3人はすぐに諦めて寝てしまうのではないかと思っていた。だが、そんな考えを否定するように、必死に授業を理解しようとしている3人の姿があった。須藤君は時折意識が朦朧としているのか、首が前後に揺れるが、ギリギリ踏みとどまり、黒板を見ている。その姿を見て、僕も頑張ろうと思った。

 

 

 昼のチャイムが鳴ると同時に、須藤君たちは一目散に食堂へと駆けて行った。昼休みは全部で45分、勉強会が20分だから25分で昼飯を食べなくてはならないからだ。僕も急ぐとしよう。そう思い、席を立つと軽井沢さんから声がかかる。

 

「倉持君っ、お昼食べに行こっ」

 

「構わないけど、ゆっくりはできないよ」

 

「なにかの用事?」

 

 軽井沢さんに堀北さんの勉強会に参加する旨を説明する。

 

「それって櫛田さんも参加するんだよね?」

 

「そうだよ」

 

「……そっか。じゃ、早くいかないとねっ!あたし、パンケーキが食べたい」

 

 一瞬、深刻そうな顔になったがすぐに笑顔に戻り僕の手を引いて歩き出す。軽井沢さんにも櫛田さんについて何か思うところがあるのだろう。

 

 そうして僕たちは軽井沢さんの提案でカフェに来ていた。メニューのほとんどが、パンケーキやパスタなどの女子受けが良い物ばかりとあって、店内は女子生徒であふれていた。

 軽井沢さんは食べたいと言っていたパンケーキを頼み、僕は一番量がありそうなパスタを頼んだ。頼んだものを受け取り、奥の席が空いていたのでそこへ向かう途中、声をかけられた。

 

「おや?そこに居るのはマイフレンド勇人ではないか」

 

「ん?高円寺か、って何やってんだよ」

 

 声がする方へ向くと多人数用のテーブル席で女子に囲まれる高円寺の姿があった。おそらく上級生だろう。いつも、「女性は年上に限る」と言っているし。

 

「見れば分かるだろう。レディーたちと楽しいランチタイムを満喫しているのだよ」

 

 そう言って、隣の上級生の女性とに昼飯を食べさせてもらっていた。あーんとか別に羨ましくないからな?

 

「勇人も加わるかね?君もレディーたちに食べさせてもらうと良い」

 

「やめとくよ。一緒に来てる人がいるしね」

 

 高円寺の提案を断る。元々この空間に入るつもりは毛頭ないが、横の軽井沢さんの視線が痛いから。

 僕の言葉に高円寺は、同行者がいることに今気付いたのか、視線を軽井沢さんに向ける。そしてニヤリ、と不敵に笑い余計な事を言う。

 

「誰かと思えば昨日のリトルレディーか。あの後は楽しめたかね?」

 

「あの後?何のこと?」

 

「何の事、ときたか。私に言わせたいのかね?おもしろい」

 

「ストップ!そろそろ食べないと時間がヤバいから席に座ろう!あっちのテーブルが空いてるみたいだ。じゃあね高円寺」

 

「へ?あ、ちょっと!」

 

 高円寺に別れを告げ、軽井沢さんの背中を片手で軽く押して退散する。もし、昨日の事を思い出されたら、絶対面倒なことになる。それだけは避けなければ。

 

 そうして僕たちは空いてる席に座り、食事を始めた。しかし、軽井沢さんは何か納得していない表情をしていた。

 

「えっと、どうしたの?」

 

「さっき、高円寺君に誘われたとき、同行者がいるから、って断ってたけどさ、あたしがいなかったら参加してたわけ?」

 

 ジト目でこちらを見ながらそう言う。よかった、そっちか。昨日の事を聞かれると思い焦った。

 

「しないよ。あの中に入る勇気は無いかな」

 

「でも、あーんしてくれる、ってゆってたけど?」

 

「……それでもいかないよ」

 

「なに、今の間」

 

 本当に行く気は無いのだが、間を空けてしまった。だって女の子にあーんしてもらうなんて、男としては羨ましいだろ。本能には逆らえないのだ。

 納得してない様子で食事を進める。取り敢えず、話題を変えよう。

 

「パンケーキはおいしい?食べれて良かったね」

 

「うん、おいしいよ。……食べる?」

 

「いいの?じゃあもらおうかな」

 

 パンケーキなんて食べる機会があんまりないからちょっと嬉しい。軽井沢さんが一口大に切り分けてくれた物をフォークで取ろうとすると、先に軽井沢さんがそれをフォークで取った。不思議に思っていると、それを僕の前へ突き出す。

 

「えっと、軽井沢さん?」

 

「食べるんでしょ?だから……あ、あーん」

 

 恥ずかしそうに軽井沢さんがそう言う。確かにしてほしいとは思っていたが、いざするとなると、尋常じゃないくらい恥ずかしい。それでも、食べない訳にはいかないので、顔を近づけパンケーキを食べる。

 

「う、うん。おいしいね。ありがと」

 

「こ、こんなのいつでもやってあげるしっ」

 

 正直、味なんて全く感じなかったが、甘いのだけは分かった。

 それから僕は食事を終え、軽井沢さんと別れて図書館へと向かった。

 

 

 

 約束の時間に少しだけ遅れて綾小路君と櫛田さんが来て、全員が揃った。池君が、2人で昼食を取っていたのか、と怪しんでいたが、櫛田の肯定に親の仇を見るように綾小路君を睨んでいた。そんな彼らに一瞥もくれず、堀北さんの一言で勉強会が始まった。

 

 今日受けた授業の内容から櫛田さんが問題を出すと、3人はすんなり、とではないものの答えることができた。これも授業を真面目に聞いていた成果だろう。このまま行けば赤点を免れることができそうだな。

 

 

 

 

「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせぇな」

 

 勉強会が順調に進む中、隣の机に座っていた生徒の一人がこちらに顔を向ける。

 

「悪い悪い。ちょっと騒ぎ過ぎた。問題が解けて嬉しくってさ~。帰納法を考えた人物はフランシス・ベーコンだぜ? 覚えておいて損はないからな~」

 

 へらへらと笑いながら言った池君に対して、隣の生徒は訝しげに聞いてくる。

 

「あ? ……お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」

 

 その言葉に、隣の男子たちが一斉に顔をあげ、僕たちを見回した。その視線が癇に障ったのか、須藤君が少しキレながら食ってかかる。

 

「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」

 

「いやいや、別に文句はねえよ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな。ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしててくれてよかったぜ。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからなぁ」

 

「なんだと!」

 

 山脇という生徒は、ニヤニヤ、と笑いながら僕たちを見回し、馬鹿にしたようにそう言った。最初は食ってかかった須藤君に短気だな、と思っていたが、僕もさすがにイラっと来た。その中でも、やはり真っ先に怒りで立ち上がったのは須藤君だった。しかしそんな須藤君を怖がることなく山脇は続ける。

 

「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント査定に響くだろうな。いや、お前らには失くすポイントが無いんだっけ?って事は退学になるのかもなぁ?」

 

「上等だ、かかって来いよ!」

 

 あまりにも馬鹿にした態度の山脇に須藤君が吠える。静かな図書館にその声が響き、周囲から注目されてしまう。まずいな。このままだと問題になりかねない。

 

「須藤君、落ち着いて。ここで騒ぎを起こせば、どうなるか分からない。退学だってあり得るかもしれない。これまでの努力を無駄にしてはダメだ。それに、山脇君。君にそこまで言われる筋合いは無いと思う。君もそこまで上のクラスではないだろ」

 

 僕の言葉に須藤君は少しだけ落ち着きを取り戻す。今日一日だけでも、頑張ってきたんだ。それを無駄にはしたくない気持ちがあるのだろう。それでも、山脇は僕たちを馬鹿にしてくる。

 

「C~Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどなぁ」

 

「随分と不便な物差しを使っているのね。私から見ればAクラス以外は団子状態よ」

 

 次は山脇に堀北さんが返す。それにムカついたのか睨みながら山脇が反論する。

 

「1ポイントも持ってない不良品の分際で、生意気言うじゃねえか。顔が可愛いからって何でも許されると思うなよ?」

 

「脈絡もない話をありがとう。私は今まで自分の容姿を気に掛けたことはなかったけれど、あなたに褒められたことで不愉快に感じたわ」

 

 堀北さんの返しに更にムカついたのか、山脇が机を叩き立ち上がる。それを周りのCクラスの生徒が止めていた。ここで手を出してきてくれたら()()()()のに。

 

「今度のテスト、赤点を取ったら退学って話は知ってるだろ? お前らから何人退学者が出るか楽しみだぜ」

 

「残念だけど、僕たちからは退学者は出ないよ。みんな頑張っているからね。僕たちを心配する暇があったら自分たちの心配をすると良い。足元をすくわれても知らないよ」

 

「く、くくっ。足元をすくわれる? 冗談はよせよ」

 

 僕の言葉を一蹴する。何故こいつはこうも自信に溢れているのか。その疑問も山脇の言葉にかき消される。

 

「俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねえ。より良い点数を取るために勉強してんだよ。お前らと一緒にするな。大体、お前らフランシス・ベーコンだ、とか言って喜んでるが、正気か? ()()()()()()のところを勉強して何になる?」

 

「「え?」」

 

 僕と櫛田さんが同時に発した。()()()()()()だと?どうなっている?確かに僕たちは茶柱先生に聞いた範囲の勉強をしていたはずだ。山脇が言っていることが事実だとすれば、クラスごとで範囲が違うのか?いや、それだと公平性が無い。実力を測るこの学校でそれは無いだろう。もしかして茶柱先生が嘘を言っていた?それも何のメリットがある?ただの嫌がらせか?もし、全ての教科の範囲が間違っているとしたら……。

 

 そんなことを考えていると、須藤君が山脇の胸倉を掴み上げ、殴ろうとしていた。まずい!ここで殴ってしまえば、間違いなく停学、あるいは退学だ。

 

「はい、ストップストップ!」

 

 止めなくては、と思い席を立つと同時に1人の女子生徒が割って入った。僕はそれに驚く。

 

「んだ、テメェは、部外者が口出すなよ」

 

「部外者? この図書館を利用させてもらってる生徒の一人として、騒ぎを見過ごすわけにはいかないの。もし、どうしても暴力沙汰を起こしたいなら、外でやってもらえる?」

 

 須藤君のすごみにも全く動じず、淡々と正論を言う彼女に須藤君もたじろき、手を放す。そして今度は山脇に向かって話し出す。

 

「それから君たちも、挑発が過ぎるんじゃないかな? これ以上続けるなら、学校側にこのことを報告しなきゃいけないけど、それでもいいのかな?」

 

「わ、悪い。そんなつもりはないんだよ、一之瀬」

 

 一之瀬、と呼ばれた女子生徒の言葉に山脇を筆頭にCクラスの生徒がこの場を去っていった。

 

 一之瀬がこちらを向く。僕は未だに驚いたままだった。それは須藤君と山脇君が大人しく引き下がったことや、それを女子生徒1人がこの場を治めたからでもなかった。

 

 その()()()()()()()()に僕は驚いていた。

 

「君たちもここで勉強を続けるなら、大人しくやろうね。ってあれ?勇人君?」

 

 高円寺とは違った色合いの綺麗な金髪の美少女、一之瀬 帆波(いちのせ ほなみ)が驚いたように僕の名前を口にする。

 

「久しぶりだね。一之瀬」

 

 まさか彼女がこの学校にいるとは思いもしなかったんだ。

 

 

 




先に言っておきますが、一之瀬さんはヒロインではありません。
一之瀬さん押しの方々すみません。
一之瀬さんの髪色は原作通り、金髪と表現しています。

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過去問

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それでは続きをどうぞ。


 

 

 

「やっぱりこの学校に居たんだ!高円寺君が居るから勇人君も居るんじゃないか、って思ってたんだよ」

 

「何で高円寺が居たら僕が居る事になるんだよ」

 

「だって二人はセットみたいなものでしょ?」

 

「違うよ!」

 

 真顔で言っているあたり、本気で思っているのだろうな。しかし高円寺が居る事は知っていたんだな。どこかで会ったのだろうか。尤も、高円寺の事が噂になっていても不思議ではない。あいつ変人だし。

 

「おい、倉持!このカワイ子ちゃんと、どういう関係だよ!軽井沢にチクるぞ!」

 

 池君が詰め寄ってくる。何でこんなに怒ってるんだよ。櫛田さん一筋じゃなかったのか?あと、チクるのはやめてくれ。やましい事は何もないが、ややこしいから。

 僕が困っているのを見かねて、一之瀬が話し出す。

 

「私と倉持君、あと君たちのクラスの高円寺君は中学が同じだったんだよ。元クラスメイトだね」

 

「同じ、って言っても数ヶ月だけだけどな」

 

 一之瀬が言った通り、僕たちは同じ中学のクラスメイトだった。中学3年生の秋くらいに一之瀬が転校してきたのだ。実を言うと僕は彼女が苦手だ。超が付くほどのお人好しで、世話焼き、それでいて裏表が全くない絵に描いたような善人だ。それが僕には理解ができず苦手意識を持ってしまった。善意は裏があるのが当たり前。櫛田さんは人に好かれたい裏があり、洋介であっても、その裏には贖罪がある。だけど、一之瀬には裏が全く無いのだ。善人を素で行く彼女を当時の僕は理解ができなかった。いや、眩しすぎたのだろう。だから苦手、なのだ。

 

「ホントにただのクラスメイトなんだろうなぁ」

 

「そうだよ。()()()クラスメイト」

 

「私は友達だと思ってるんだけどな~」

 

 ただのを強調して言う僕に友達だと言い張る。僕がクラスメイトと距離を置いていたのをクラスに溶け込めていないと勘違いした彼女は僕に話しかけてくるようになった。それでも僕が頑なにクラスに溶け込もうとしないと思ったのか、毎日のように世話を焼いてきたんだ。まさに余計なお世話だった。しかもその世話焼きが日に日にエスカレートしていき、「ちゃんとご飯食べてる?」とか「忘れ物してない?」など、母親かというレベルに達していた。苦手になるのも仕方がないだろう。

 

「ねぇ、勇人君はクラスでどう?ちゃんと、溶け込めてるのかな?」

 

「溶け込んでいるも何も、クラスの中心に居るようなもんだろ」

 

「ホント!?いや~、君も成長したんだね。おねえさん嬉しいよ」

 

 誰がお姉さんだよ。同い年じゃないか。一之瀬は3年の途中で転校してきたので、僕がクラスの中心に居た事を知らない。彼女から見た僕は、友達が高円寺しかいない準ボッチ、ってところだろう。

 

「そんな事より一之瀬、聞きたいことがある」

 

「ん、何かな?」

 

 このままだと嫌な流れになりそうだったので話題を変える。堀北さんから怒りのオーラが感じ取れたのも話題を変えた理由だが。

 

「さっきCクラスの生徒が僕たちが勉強しているところを範囲外と言っていたんだけど、それは本当?」

 

「範囲外?ちょっと見せてね」

 

 そう言って、一之瀬が僕のノートを見る。もしこれで一之瀬も範囲外と言えば、茶柱先生が嘘を言っている可能性が高くなる。一之瀬の事だ、間違いなくAクラスもしくはBクラスだろうし。

 

「うん、ここは範囲外だよ。先週の金曜日に範囲が変わったって連絡があったから」

 

「……そっか。因みに一之瀬のクラスは?」

 

「Bクラスだよ」

 

 これで確定した。テスト範囲が変わっている。しかもそれを僕たちは知らされていない。これは一刻も早く先生に確かめに行くべきだ。

 

「堀北さん」

 

「ええ、勉強会は切り上げよ。職員室へ急ぎましょう」

 

 堀北さんの言葉で、勉強道具を片付けだす。昼休みの残り時間は10分も無い。急がなくては。その前に一応お礼は言っておかないと。

 

「一之瀬、ありがとう。さっき止めに入ってくれたのもそうだけど、テスト範囲も正直に答えてくれて」

 

「当たり前だよ。勇人君がお礼を言う必要はないない。それより今度ゆっくりお話ししようね!」

 

「……考えておく」

 

 そうして一之瀬と別れ、みんなで職員室へと早足で向かった。

 

「先生。急ぎ確認したいことがあります」

 

「随分と物々しい様子だな。他の先生たちが驚いてるぞ」

 

 僕たちが全員で職員室に押し入った為、何事か、と他の先生たちがこちらを見ている。だが、今はそんなこと気にしていられない。

 

「茶柱先生、テスト範囲が変わったのは本当ですか?」

 

「……そうか、中間テストの範囲は先週の金曜日に変わったんだったな。悪いな、お前たちに伝えるのを失念していたようだ」

 

「なっ!?」

 

 言葉とは裏腹に悪びれた様子がない。この先生は何がしたいんだ。何が目的なのだろう。僕たちを退学にしたいのか、それとも僕たちを試しているのか。

 戸惑っている僕たちを尻目に茶柱先生はノートに五科目分のテスト範囲と思われる部分を書き出し、ページを切り取ると堀北さんへ渡した。それを見てみると、一気に血の気が冷める。そこに書かれた範囲は既に習っているものの、須藤君達は全く勉強していないものだった。これは本格的にヤバくなってきた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ佐枝ちゃん先生! 遅すぎるぜそんなの!」

 

「そんなことはない。まだ一週間ある、これから勉強すれば楽勝だろう?」

 

 池君の反論も空しく、茶柱先生は用が済んだのなら退室するように促す。ここで食い下がっても時間の無駄だろう。同じことを思ったのか、堀北さんが退室しようと踵を返した。それに僕たちも続き退室する。そのとき周りの先生を見たが既に誰一人としてこちらを見てはいなかった。

 おかしい。テスト範囲を伝え忘れた、なんて教師としては重大なミスだろう。ましてや退学がかかっているのだから。それなのに今の話を聞いて誰も反応をしなかった。聞こえていなかったはずは無い。ではなぜ問題にならないのだ。ここから逆転する一手がある、という事なのか。

 

「倉持君、あなたにお願いがあるのだけれど」

 

「うん、皆に伝える役だね。次の休み時間に洋介に言って、皆に伝えるよ」

 

「話が早くて助かるわ。私は明日以降に備えて、新しいテスト範囲から更に絞り込みをするわ」

 

 堀北さんは平静を装っているが内心は焦っているだろう。僕も同じだ。時間が無さすぎるし、一番の問題は須藤君たちのモチベーションだ。努力がすべて無駄になり、振出しに戻った。果たして彼らはこの事実に耐えれるのだろうか。

 

 そんな僕の考えは杞憂に終わった。須藤君が堀北さんに頭を下げお願いしたのだ。さらには部活も休むと言う。時間的にそれは必要な事だが、あの部活人間の須藤君から申し出があるとは思わなかった。須藤君のやる気に触発され他の2人もやる気になっていた。意外と良い方向に進んでいるのではないだろうか。そんな中、綾小路君だけが静かに考え事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、休み時間になった。僕はすぐさま洋介に範囲の件を話しに向かった。

 

「それはまずいね。もう一週間しかない」

 

「うん、だから早いとこ皆に伝えなくちゃ」

 

「そうだね。みんな!ちょっと話を聞いてほしい」

 

 洋介と僕は教壇に移動し皆に範囲が変わった旨を伝える。その事実は赤点組やギリギリだった人には堪えたようで、口々に不満を言う。諦めようとしている人もいた。

 

「大丈夫だよ!まだ一週間ある。みんなで協力して頑張ろう!」

 

「一週間じゃ無理だよ。それに今までの頑張りが無駄になっちゃったし」

 

「だよねー。こっから勉強しても無駄じゃない?」

 

 洋介のフォローも届かず教室の雰囲気は悪いものになってしまった。一度折れてしまった心は元に戻すのは難しい。やる気を出させるにはどうしたらいいか。

 

「Cクラスの生徒が言ってたんだ」

 

 急に関係のない話を始めた僕に皆が注目する。

 

「僕らの事を底辺だって、不良品だって。そんな僕らのクラスから何人退学者が出るか楽しみだってね。ねぇ、みんな。悔しくない?僕たちの事を何も知らないくせにDクラスってだけで下に見て、無能だと決めつけられて。でも、もし今回退学者が出ればそれを否定する事ができなくなる。見返す事ができなくなる。そんなの僕は嫌だよ。みんなはどう?」

 

「当ったり前だ!あんな奴らに馬鹿にされたまんまでいられっか!」

 

 僕の言葉に真っ先に同意してくれたのは須藤君だった。クラスで一番成績が悪く協調性が無い、そんな須藤君がやる気を出している。それだけでクラスの皆がやる気を取り戻すには十分だった。次々とやる気を取り戻す皆を見て、何とかなると思えた。

 

 

 それから僕たちは以前よりもやる気を出して勉強に励んだ。怪我の功名と言ったところだろうか。そして、テスト前日を迎えた放課後、櫛田さんが紙の束を持ち、教壇へ立った。

 

「皆ごめんね。帰る前に私の話を少し聞いて貰ってもいいかな?」

 

 クラスの皆が櫛田さんの言葉に立ち止まり、耳を傾ける。

 

「明日の中間テストに備えて、今日まで沢山勉強してきたと思う。そのことで、少し力になれることがあるの。今からプリントを配るね」

 

「テストの……問題? もしかして櫛田さんが作ったの?」

 

 配られた紙を見るとテストの問題用紙だった。まさかこれは……。

 

「実はこれ、過去問なんだ。3年の先輩に貰ったんだけど、一昨年の中間テストがこれとほぼ同じ問題だったんだって。だからこれを勉強しておけば、きっと本番で役に立つと思うの」

 

 櫛田さんの言葉で歓喜に沸く教室。池君に至っては用紙を抱きしめていた。

 

 全員が過去問を受け取り、帰路につく中、僕は櫛田さんに話に行く。堀北さんと話している最中だったが、確認したいことがあるだけなので話しかけさせてもらう。

 

「櫛田さん、これは君が手に入れたの?」

 

「うん、そうだよ。仲が良い3年の先輩に譲ってもらったの」

 

「……そっか。助かったよ。ありがとね。明日は頑張ろうね」

 

 確認したいことはできたので、帰るとしよう。櫛田さんと堀北さんに別れを告げ、下足ロッカーへと向かう。そこで1人生徒と出くわす。

 

「綾小路君、一緒に帰らない?」

 

「倉持か。いいぞ」

 

 僕たちは靴を履き替え、寮まで歩き出す。綾小路君と帰るのは久しぶりな気がする。

 

「過去問が手に入って良かったね。これで点数アップが期待できるね」

 

「そうだな。櫛田のお手柄だな」

 

「そうだね。()()()()()だね」

 

 僕の言葉に綾小路君が視線を向ける。

 

「……なぜオレのおかげになる。テストを手に入れたのは櫛田だ」

 

「違うよ。テストを手に入れたのは櫛田さんじゃない。この目で確認してきたから」

 

 僕はそう言って、目を指さす。さっき櫛田さんと話していた時に観察させてもらった。そのときに嘘をついていると分かった。それに合点がいったように綾小路君が話し出す。

 

「櫛田じゃないにしても他の人かもしれないだろ」

 

「まぁね、でも君しかいないよ。過去問と同じ問題が出題されると気付くのはさ」

 

「……はぁ。お前は想像以上に頭が回るらしいな」

 

 溜息をついて観念したように綾小路君がそう言う。正直、確証はなかったがやはり彼だったか。

 

「その口ぶりだと倉持も気付いていたんだな。いつからだ」

 

「僕がその可能性を最初に思いついたのは先生がテストの説明をしたときに『お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している』って言ったからかな。まるで勉強しなくても乗り切る事ができると言っているようなものだし。でも可能性の一つとして考えていただけでその時は思いもしなかったよ」

 

「次にその可能性が強まったのは小テストを受けたときかな。明らかに難しい問題が数問あった。あれは解くことを想定して入れられたのではなく、別の狙いがあるんじゃないかと考えた。実力を測るためにしては難易度が高すぎたしね。でも確信に至るまでにはいかなかった。小テストの過去問を見てみないことには何とも言えないから」

 

「そうだな。お前の予想通りだ」

 

 そう言って、携帯の画面を見せてくれる。そこには小テストの画像が映し出されており、僕らが行ったものと一致していた。

 

「最後に確信したのは、職員室に行ったときの先生たちの態度だよ。テストの範囲を伝え忘れていたにも拘らず、先生たちは平然としていた。普通は問題になるはずだよね。退学がかかっているんだから。だから確信した。直前に範囲が変わっても乗り切れる方法があることを。それが過去問であることをね」

 

「オレと同じ考えだ。だが、疑問がある。なぜお前は過去問を()()()()()()()()()()()()?オレが手に入れたのを知っていたわけではないだろ」

 

「理由は簡単だよ。僕は()()()()()()()。それだけさ」

 

「実力でテストを乗り越える事か。だがそれだと退学者が出る可能性が高いぞ」

 

「そうだね。でも、僕はそれに賭けてみたかった。そうすればクラスの団結が深まるんじゃないかって思ったし、今後の為にもその方が良いと思った」

 

 皆で必死に勉強して、実力でテストを乗り越えれば団結力が高まると考えたのだ。それで退学者が出ても仕方がないと思った。

 だが、それだけじゃない。綾小路君は盲点に気付いていないのだろうか。もし、赤点が32点じゃなかったら、()()()()()()3()2()()()()()()()()だとすれば、過去問を与える事により、赤点のボーダーは高くなり、退学者が出る可能性が高くなるのではないか。そんな考えが頭によぎったのだ。

 

 最悪な事に、その考えは的中していたのだった。

 




一之瀬さんは中学時代、長期の休学をしていましたがその後、オリ主たちの学校に転校して通いだした設定です。一之瀬さんの過去は原作でも中学時代に長期の休学をしていた事しか分かっていない為、独自の設定で行きます。ご了承ください。

そして、ようやく次回で原作1巻分の内容が終了します。
長かった(-_-)


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取引と中間テスト終了

今回の中間テストは独自設定で2日間に分けています。ご了承ください。
感想、評価、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 テスト当日の教室内は張り詰めた空気が漂っていた。今日の結果次第では退学者が出る。その事実がこの空気を作りだしていた。テストは二日間に分けて行われる。今日は社会、国語、英語の三科目が、明日に化学、数学の二科目が行われる。やれる事はやった。皆、頑張った。それに綾小路君のおかげで過去問を手に入れた。それさえやっていれば、満点も夢じゃない。そう、やっていれば……。

 

 

「欠席者は無し、ちゃんと全員揃っているみたいだな」

 

 緊張感が漂う中現れたのは、不敵な笑みを浮かべた茶柱先生だった。先生が現れたことにより、教室はさらに張り詰めた空気になる。そんな僕らを見回し、先生が続ける。

 

「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやって来たわけだが、何か質問は?」

 

「僕たちはこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒は居ないと思いますよ?」

 

 洋介が自信満々に答える。周りの生徒の顔にも自信が表れていた。その中で、茶柱先生が僕を見る。

 

「倉持、手を上げようとしていたみたいだが、何か質問か?」

 

「……いえ、この試験を乗り越えられたら何かご褒美でも貰えないかな、って思いまして」

 

 本当は赤点の基準について聞きたかったのだが、それでもし予想が当たっていたら、今の空気が悪くなってしまいかねないので適当な事を言う。ご褒美を貰えるなんて微塵も思っていない。

 

「褒美か……。そうだな、今回のテストと7月の期末テスト、この両方で赤点者がいなければ、お前ら全員を夏休みにバカンスに連れて行ってやる。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」

 

 僕の考えとは裏腹に茶柱先生がご褒美をくれると言う。バカンスか……。嫌な予感しかしないな。先生も悪い顔しているし。

 しかし、このクラスの生徒はそんな事微塵たりとも思っていないらしい。

 

「皆……やってやろうぜ!」

 

「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」

 

 池君の言葉にクラスメイト(主に男子)が咆哮する。茶柱先生もこれには驚いたようで、呆気に取られていた。張り詰めていた空気が少し和らいだ。結果的に良い雰囲気でテストに臨めそうだ。

 

 

 話が終わり、全員にテスト用紙が回って来る。そして、先生の合図と共に一斉に表へと返した。僕はまず、全ての問題に目を通し、過去問と一緒かを確認した。

 うん、大丈夫。ざっと見た限り、過去問と同じ問題が並んでいた。これで過去問をやっていれば、かなりの点数アップが期待できる。しかし同時に、やっていない人の退学の可能性が高まったかもしれない。こればっかりは祈るしかないな。

 

 社会、国語のテストが終了し、休憩となった。僕は須藤君たちの様子が気になったのでみんなが集まっている堀北さんの席へ向かった。

 

「みんな、どうだった?」

 

「おう、おかげさまで楽勝だぜ!」

 

「俺なんて120点取っちゃうかも」

 

 二人は笑顔で答える。この分だと手ごたえはかなりあったみたいだな。それでも気は抜いていないのか、手には過去問が握られていた。

 

「須藤くんはどうだった?」

 

 一人机に座って過去問を凝視する須藤君に声をかける櫛田さん。だが、須藤君は問題を食い入るように見ていて気付いていないみたいだ。その表情は暗い。焦っているようだ。

 

「須藤君、もしかして過去問をやれてない?」

 

「英語以外はやった。寝落ちしたんだよ」

 

 僕の質問に少しイライラしながら答える。これはまずいな。テストまで10分程しかない。その間に覚える事ができるかどうかだな。かなり焦っている須藤君に堀北さんが席を立ち近寄る。そして、点数の高い問題と答えが極力短いものを覚えるようにアドバイスをする。今の状況でできる最善の策だろう。

 

 そして、時間は瞬く間に過ぎ、英語のテストが始まる。テスト中、須藤君の様子を見てみると、かなり苦戦しているようだった。しかし、もう誰も彼を助けることは出来ない。須藤君は自分の力で乗り切るしか道は無いのだ。

 

 

 テストが終わり、僕たちは須藤君の周りに集まった。皆が不安そうに声をかけるが、須藤君は苛立ちを隠せないでいた。何故寝てしまったのか、と自分を責めていた。

 そんな中、堀北さんが須藤君に話しかける。過去問をやらなかったのは須藤君の落ち度だが、精一杯やった、とそんな事を言った。慰めではなく、本心で須藤君を褒めていた。

 

 それだけでも驚きなのに、堀北さんはさらに僕たちを驚かせる。それは、堀北さんが須藤君に謝ったからだ。態度こそいつものままだが、不器用に以前須藤君を、バスケットを馬鹿にした事を謝罪をした。そして、ゆっくりと頭を下げ、教室を後にした。

 

「な、なあ見たか今の。あの堀北が謝ったぞ!? それもすげぇ丁寧に!」

 

「うん、驚いたね……」

 

 周りにいた全員が驚きを隠せないでいる。それは綾小路君も同じの様で少し驚いた表情をしていた。そして、僕たちは須藤君の言葉に三度驚くことになる。

 

「や、やべえ……俺……堀北に惚れちまったかも……」

 

 そうして、テスト初日は驚きの連続で幕を閉じた。

 

 

 

 

 テスト二日目の朝、この日の二教科ですべてのテストが終了する。僕は登校する為、ロビーで軽井沢さんを待っていた。しかし、約束の時間になっても彼女は現れなかった。心配になり、電話をかけようと携帯に手をかけたとき、エレベーターから軽井沢さんが現れた。

 

「ご、ごめん。遅くなっちゃった」

 

「時間はまだあるから大丈夫だけど、どうしたの?」

 

「ちょっと寝坊しちゃってさ」

 

 軽井沢さんの髪を見てみると、いつも整えられている髪が少し雑に結ばれていた。急いできたからだろうか。軽井沢さんにしては珍しい。

 そして僕らは教室に向かうのだが、軽井沢さんの様子がおかしかった。足取りが悪く、何度もつまずいたり、話をしている最中も心ここにあらず、と言った感じだった。

 

「軽井沢さん、大丈夫?」

 

「え!?何が?あたしは大丈夫だよ」

 

 校舎に着き、靴を上履きに履き替えているときに聞いてみるが、慌てたように否定する。彼女の顔を見て、一つの可能性が浮かび上がる。

 

「軽井沢さん、じっとしていて」

 

「ふぇ!?く、く、倉持君?」

 

 僕は軽井沢さんの両肩を掴みこちらを向かせる。そして、彼女の目をまっすぐ見つめる。

 

「ちょ、こ、こんなとこで」

 

 なおも慌てて、目をつぶってしまった軽井沢さんに僕は手のひらを彼女の額に当てる。

 

「やっぱり。すごい熱だ。君が隠していたのはこれか」

 

「あう~。だ、大丈夫だよこのくらい」

 

 そう言っている今も息は荒く、顔は火照っていた。触っただけでもかなりの高熱だと分かる。

 

「熱は測った?」

 

「ううん、部屋に体温計ないし」

 

「そっか、じゃあ急ごう」

 

 そう言って軽井沢さんの手を掴み、歩き出す。向かうは保健室だ。

 

「おはよう二人とも。どうしたの?」

 

「ちょうどいい、洋介も来てくれ」

 

「え?わ、わかった」

 

 途中、洋介と会い、一緒に来てもらう。そうして僕たちは保健室に着き、保健室の先生に体温計を借り、渋る軽井沢さんに熱を測らせた。

 

「40.2度か。かなりの高熱だな」

 

「これじゃあ今日のテストは厳しいね……」

 

「大丈夫!二時間くらいならもつし!早く教室に行こっ」

 

 そう言って、腰かけていたベッドから勢いよく立ち上がる。だが、足腰に力が入らないのか、よろけて倒れそうになる。僕はそれをギリギリで受け止める。

 

「ほら見ろ、歩くことすらままならないじゃないか。こんな状態でテストを受けれるわけがない」

 

「……いやだ」

 

「え?」

 

「いやだよ!だってテスト受けなかったらあたし退学になっちゃう。そうなったら、また私は1人じゃん!せっかく、友達ができたのに!」

 

 泣きながら、なおも立ち上がろうとする。しかし、今ので体力を消耗したのか、立ち上がる事が出来ず、床にへたり込んでしまう。

 

「それでもこの体調では無理だよ。どうにか後日に受けさせてもらえないか先生に聞いてみよう」

 

「そうだね。それしかない」

 

 洋介の提案に僕もうなづく。軽井沢さんを抱き起し、ベッドへ寝かせる。

 

「安心して。必ず君が退学にならないようにするから」

 

「でも……」

 

「僕たちを信じて、今は寝ているんだ」

 

「……うん、分かった。信じる」

 

 真っ直ぐ彼女の目を見て話す僕に軽井沢さんは信じると言って、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。張り詰めていたものが解けたのだろう。

 保健室の先生に軽井沢さんをお願いして、僕たちは足早に職員室へ向かった。

 

 

「無理だな」

 

「どうしてですか!軽井沢さんは高熱を出していてとてもじゃないけど、テストを受けられる状態じゃありません!」

 

「だとしても無理だ。前例がない」

 

「そんな……」

 

 茶柱先生に事情を話すも取り合ってもらえない。洋介の訴えも拒否される。だが、諦めるわけにはいかない。正攻法が無理なら残された道は一つだ。

 

「洋介、先に教室に戻っといてくれないかな?」

 

「え?」

 

「もうすぐホームルームが始まる。なのにクラスの三人と()()()来なければみんな不安に思うだろ?だから洋介にはみんなに言って来てほしい。()()()()()()()()()ホームルームには遅れるって」

 

「うん、分かった。頼んだよ」

 

 洋介は僕に託し、教室へと向かった。そして僕は先生へ向き直る。

 

「随分と勝手な事を言っているな。用事など無いのだが」

 

「用事ならありますよ。僕との話し合いです」

 

「残念だが話す事は無い。軽井沢は今日受ける事ができないのであれば退学だ」

 

 話は終わりだ、と僕の横を通り過ぎようとする。悪いがここで終わらすつもりはない。

 

「待ってください。僕の話を聞いたほうが良い」

 

「何?」

 

 通り過ぎようとした茶柱先生が足を止め、再び僕の方へ向く。

 

「先生、あなたは教師としてあるまじき行為が多いと思いませんか?」

 

「……」

 

「あなたは教師でありながら、テスト範囲を伝え忘れるという重大なミスを犯した。しかもただのテストじゃない。僕たち生徒の退学が、運命がかかったテストです。ですがあなたはそれを悪びれる様子もなく淡々と受け流した。さらには他のクラスには知らされていたのにDクラスだけ知らされていませんでした。競争するうえで、不平等なのはおかしいのではないでしょうか。これは教師として相応しくないものです。これを教育委員会に報告したらあなたはどうなるんでしょう」

 

「それは脅しか?しかし仮に上に報告されたところで証拠が無い。私は伝え忘れたことを誠心誠意謝罪したと記憶しているが?」

 

 僕の言葉を聞いても、茶柱先生はあくまで冷静に答える。証拠か。堀北さんたちも聞いていたが、生徒のしかもDクラスの生徒の話を信じるかはかなり怪しい所だ。ならば他の証拠を出せばいい。

 

『そんなことはない。まだ一週間ある、これから勉強すれば楽勝だろう?』

 

 僕は携帯を操作し、音声データを再生した。職員室での会話である。

 

「これでも誠意があったのでしょうか」

 

「わざわざ録音していたのか」

 

「なにかあるかもしれないと思いまして」

 

 あの時、職員室に向かった僕は茶柱先生がテストについて何か重要な事を言うかもしれないと思い、こっそり録音をしていた。こんな事に使うとは思いもしなかったが。

 

「脅そうなんて考えていません。ですが、先生が軽井沢さんの試験を後日に延期していただけなければ、間違って教育委員会に話してしまうかもしれません」

 

 正直、脅しの材料としては弱い。だがこれで少しは考え直してくれるだろうそれから畳みかければいけるかもしれない。

 そう考えていると、黙り込んでいた茶柱先生が急に笑い出す。

 

「ははははは!教師を脅迫するとは面白い。教師をやっていて初めての経験だ」

 

「……それはそうでしょうね」

 

「だがな、残念だがそれは()()()()では脅しにはならん。なぜならお前たちは学校側から突き放された不良品だからだ。その扱いは私に一任されている。もし私がテスト範囲が変わっていた事を言わずに今日を迎えていたとしても、問題になる事は無い」

 

 余裕の表情が崩れなかったのはこれがあったからか。茶柱先生が言っている事が本当かどうかはどうでもいい。重要な問題は脅すことができなくなった事だ。

 どうするか考えていると、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。

 

「はぁ、結果的にホームルームには遅れてしまったようだ。倉持、早く教室に行くぞ。楽しませてくれた礼だ、遅刻はつけないでやる」

 

 そう言って、歩き出す茶柱先生だったが、僕の言葉にまたもや足を止めることになった。

 

「どうせ遅れたんだし、もう少しお話しをしていきませんか?」

 

「くどいぞ。もう私には脅しは「僕と取引をしませんか?」……何?」

 

「僕と取引をしましょう、と言ったんです」

 

 茶柱先生が呆れたように話すのを遮って僕が提案をする。ここからが()()()

 

「取引だと?何度も言わせるな、教育委員会に言われても私には何の問題も無い」

 

「違いますよ。その話は()()()()()()。僕が取引したいのは別の事です」

 

「別の事だと?まだ何かあるのか」

 

 溜息をつき呆れたように言う茶柱先生だったが、その表情はどこかワクワクしているようなものだった。食いついてくれたみたいだ。

 

「茶柱先生の狙いは何ですか?」

 

「藪から棒だな。狙いなど無い」

 

「違うでしょ?あなたは()()()()()()()()()んでしょ?」

 

「!?」

 

 話し始めて初めて驚きの表情をみせる。そんなに分かりやすい表情をしていたら肯定しているようなものだ。

 

「だからあなたは試していた。僕たちが下克上を起こすのに相応しいかどうか。いや、下克上を()()()()()()()()()人物がいるかどうかを」

 

 そのためにわざと含みのある言い方をしたり、テスト範囲の変更を意図的に伝えなかった。それらを誰がどう解決するかを見るために。

 

「あなたは自分の駒を探している。おそらくそれは今回テストの問題を解決した綾小路君と堀北さんが候補なんじゃないですか?」

 

「だったら何だ。それが取引と何の関係がある?綾小路たちにこの事を話すとでも言うのか?」

 

 僕の話を黙って聞いていた茶柱先生が口を開く。あと一押し。あとは釣り上げるタイミングだ。

 

「それでは脅しじゃないですか。僕が言ったのは取引ですよ。綾小路君や堀北さんでは足りない部分があると思いませんか?」

 

「足りない部分だと」

 

「はい。それは人間関係、或いは人脈。クラスメイトとの関係が薄すぎる。果たして彼らだけでクラスをまとめられるのでしょうか?」

 

「何が言いたい?」

 

 僕の遠回しな言い方に少しイラついた様子の茶柱先生。そろそろ頃合いか。

 

「だから、僕があなたの駒になります。()()()()()()()()に」

 

「何だと……」

 

 予想外の僕の発言に目を見開き先程よりも大きく驚く。それもそうだろう。自分から駒になるなんて言う奴普通はいない。

 

「僕だったらクラスメイト全員と話せますし、影響力がある人物全員と仲が良い。高円寺を制御できる可能性があるのも僕です。自分で言うのもなんですけど、これほど使いやすい駒は無いと思いますが」

 

 堀北さんだってそれを理由に僕を仲間に入れた。尤も、それを入れ知恵したのは綾小路君だろうが。

 

「……確かにお前ほどクラスをまとめるのに使える奴はいない。だが、その見返りはなんだ?取引と言うんだ、何かあるのだろう」

 

「そうですね。これから何かあれば()()()()()()()()()もらいたい。それが僕の提示する条件です」

 

「そう来たか」

 

 それから茶柱先生は目を伏せ考え込む。もしこれが断られたら、僕にはもう打つ手がない。しかし、断られるとは微塵も思ってない。茶柱先生にとって必要なものだから。

 3分程沈黙が続いただろうか、ようやく茶柱先生が口を開く。

 

「分かった。その取引に応じようではないか」

 

「そうですか。ありがとうございます。では早速なのですが、融通を利かせていただけませんか?」

 

「軽井沢の件か。しかし私にも出来る事と出来ない事がある」

 

「ええ。ですがこれは出来る事、ですよね?だって先生、前例がない、って言っただけで出来ないとは言ってなかったですもんね」

 

 先生は目ざといな、とボソッと言った。前例がないだけで出来ない訳じゃない。出来ないのなら態々あんな言い方はしない。あれも僕らを試していたのだろう。

 

「いいだろう。今日は金曜日だから、明日の休みに軽井沢には学校に来て試験を受けてもらう。ただし、今日のテスト終了後から明日のテストまで軽井沢との接触を禁止する。テストの問題を教えられたら困るからな」

 

「もちろんです。ありがとうございます」

 

 僕は茶柱先生にお礼を言い頭を下げる。ホームルームはあと5分ほどで終了するので急いで教室に戻ろうとしたが、茶柱先生がホームルームはいい、と言うので足を止めた。

 

「しかし、何故こんな取引を持ち出してまで軽井沢を助けた?」

 

「クラスメイトですから。と言うより、彼女ですから当然です」

 

「そうか、私には他の理由に思えるがな」

 

「他の理由?僕は軽井沢さんに居なくなってほしくないだけですよ」

 

 茶柱先生は不敵な笑みを浮かべ話を続けた。

 

「そうだろうな。軽井沢がいなくなったらまた櫛田が寄ってくるしな」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

「いや、私は一応お前にも興味があってな、様子を窺っていたのだが、櫛田がお前に執拗に絡むようになってすぐに軽井沢と付き合いだしただろう?あれは櫛田を近づけない為に利用したんじゃないかと思ってな。軽井沢は女子のリーダー的存在だから櫛田としても倉持に絡みすぎて軽井沢に嫌われて敵にするのは嫌だろうしな」

 

「……邪推しすぎですよ」

 

「そうか?櫛田は()()()()()()()タイプみたいだから近づかれるのが嫌なのかと思ったのだが」

 

 先生の言葉に、今度は僕が驚かされる。櫛田さんの本質を見抜いていた事もそうだが、僕の過去を知っているような物言いに驚く。何故知っているのか、しかしそれはすぐに一つの可能性が思いつく。

 

「高円寺ですか?」

 

「さぁな」

 

 あのお喋りナルシストめ。今度文句言ってやる。軽井沢さんとの誤解も解かないといけないし。

 

「今回も軽井沢の為に私と取引したかのように見えるが、実際はこの状況に持ち込むのがお前の狙いではないのか?」

 

「茶柱先生は僕の過去を聞いたんですよね?じゃあ、あまり僕の詮索をしないほうが良い。敵に回したくはないでしょう?」

 

 そう言って僕は茶柱先生の元を後にし、保健室へと向かった。テストが始まればその後は明日まで会えないので今のうちに大丈夫だと言っておこうと思った。

 そして、保健室に着いた僕は丁度目が覚めた軽井沢さんに明日の事を伝え、今日は良く休むように告げ、教室に戻った。それから洋介にも説明し、最後のテストを受けたのだった。

 

 

 

そして迎えたテストの結果発表。結論から言えば、退学者はゼロ。全員が32点を超えていた。しかし、予想通り今回の赤点の点数は変わっていて、40点となり、39点の須藤君は赤点となった。堀北さんや洋介が食い下がるも取り付く島もなく、先生は教室を去った。その後を綾小路君が追い、それまた後を堀北さんが追っていった。彼らに任せておけば何とかなるだろう。

 僕の予想通り、須藤君の退学は取り消しになった。後で綾小路君に聞いた話によると、テストの点をポイントで買ったらしい。1点を10万ポイントで。中々大胆な事をするな、と感心した。

 

 その後、綾小路君の部屋で堀北さんの勉強会組が集まりささやかな祝勝会が開かれた。須藤君の退学を取り消した方法の話から、Aクラスへあがることを目指している話になる。その中で須藤君たちが協力する話になると堀北さんがこう言った。

 

 

「この学校は実力至上主義よ。きっとこれから、激しい競争が待ってるはず。もし協力すると言うなら、軽はずみな気持ちでやるのだけはよして。足手まといだから」

 

 実力至上主義、ね。この学校にピッタリの言葉だと思った。同時に少しだけ過去を思い出す。倉持家に居た頃を。しかしそれはどうでもいい事だ。今の僕には関係ない。

 

 Aクラスへと至る道のりは平たんなものでは無い。でも、綾小路君や堀北さん、洋介に軽井沢さんに櫛田さん、そして高円寺、これだけの戦力がうまく噛み合えば大きな力になる。Aクラスにだって届くのではないだろうか。そう思った。

 

 なんにせよ、やれる事をやって頑張るしかない。せめて良い学校生活を送れるように。

 

 

 




原作1巻分の内容が終わりました!
気付けばお気に入りが1000件を超ました、書き始めた当初ではこんな多くの方に見ていただけるとは思ってもいませんでした。
ここまで書けたのも、応援してくれる読者方々のおかげです。
これからも不定期ではありますが続けて行きたいと思います!



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奇妙な組み合わせ

2巻の内容に入ります。
感想、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

私は人と触れ合うのが苦手だ。人の目を見て話すのが苦手だ。人が集まっているところで過ごすのが苦手だ。そして、男性が苦手だ。男性が向けてくるあの視線が苦手。

 だけど、彼は違った。私の隣人、倉持勇人。なぜか彼の目は見て話せる。なぜか彼がいれば、人が集まるところでも過ごせる。なぜか彼の視線は嫌じゃない。たった2ヶ月隣の席で過ごしていただけなのに不思議だ。彼と話すのは今でも緊張はする。でも嫌じゃない。むしろもっと話してみたいと思う。

 

 でも私にそのような権利があるのだろうか。私は偽りの仮面を被って、本当の自分を隠して生きている。人は一人で生きていけない。だから私は仮面を被る方法にたどり着いた。その時だけ私は、私じゃなくなって、私になることができる。この真っ暗な寂しい世界の中で、生きていくことが出来る。

 

 教えて欲しいことがあるの。

 皆も私と同じように、誰かの前では偽りの仮面を被っているの?

 それとも皆は分け隔てなく、本当の自分を見せているの?

 人との繋がりを持たない私には、その答えを知る方法がなかった。

 

 私は心の底から、心を通わせることが出来る人が欲しい。

 倉持君、あなたが私が求めている存在になるのかな?

 

 そんな事を考えながら、今日も隣人と会話をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、僕は特別棟に来ていた。理由は今日の授業で視聴覚室を使用した際に忘れ物をしたから。職員室で鍵を借りて視聴覚室へと向かっているのだ。この特別棟はあまり使用されない視聴覚室や家庭科室が集まっている校舎で、授業時間外は人がいる気配が全くない。何か用事が無い限りは近寄る事がないので人の気配がないのは当然だろう。僕としても少し薄気味悪いので早く取りに行って立ち去りたい。

 

「それにしてもこっちは暑いな」

 

 特別棟の中はかなり蒸し暑かった。本校舎の方は空調設備があり基本的に快適なのだが、こっちはそれが無いらしい。一日中冷房の効いた建物に居過ぎた影響もあり、一層暑く感じる。これだけ暑いと頭がうまく働かなくなりそうだな。

 そんな事を考えながら、階段を上ろうとすると、上から見覚えのある生徒が早足で下りてきた。

 

「佐倉さん?こんなところで何してるの?」

 

「え?く、倉持君……」

 

 佐倉さんはかなり驚いた表情をしていた。その右手にはデジタルカメラが握られていた。写真撮るのが好きって言ってたし、何か撮っていたのかな?それにしては慌てている様子だけど。まるで何かから逃げているようだ。

 

「ご、ごめんね、私帰るね」

 

「へっ?」

 

 そのまま僕の横を小走りで通り過ぎて行ってしまった。やっぱり何かあったのかな。

 心配に思っていると、またもや上から見覚えのある生徒が下りてきた。

 

「須藤君?」

 

「あぁ?なんだ倉持か。わりぃが今はイラついてんだ。じゃあな」

 

 そう言って須藤君も僕の横を通り過ぎる。二人連続でスルーされると少しへこむな。それにしても、二人に何かあったのだろうか。あの二人に接点はなかったはずだし、須藤君はバスケット練習があったはずなのだが。

 

 階段を上りながら、様々な可能性を考えていると、廊下の奥に3人組の男たちが見えた。なにやら誰かに電話しているようだ。

 

「うまくいきました。これで須藤は終わりですね」

 

 うまくいった?終わり?なんとも不吉な言葉が聞こえた。須藤君が何かやらかしたのか、或いは彼らに嵌められた?情報が足りなさすぎる。

 

「あとは任せてください、龍園(りゅうえん)さん」

 

 そう言って、男子生徒は電話を切った。彼らに見つかる前にここから離れることにしよう。

 龍園、聞いたことがないな。彼らに何かを指示した人物なのだろうか。まぁ、今は考えても仕方がないか。分からないことが多すぎる。ただ、分かっている事は、これから何かが起きる。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、いつも通り軽井沢さんと登校すると、教室はかなり賑やかだった。いつも賑やかなのだが、今日はいつにも増して浮き足立っていて騒がしい。無理もない。今日は入学以来、久しぶりにポイントの支給があるかも知れないからだ。中間テストを乗り切り、遅刻や欠席、私語をやめた事によるポイントの増加に皆が期待している。かく言う僕もポイントがもらえる事を期待している。なぜなら、プライベートポイントの重要性に気付かされたからである。

 中間テストで赤点を取ってしまった須藤君の点数を綾小路君が学校側に売ってもらったという事を聞いて、認識が一変した。この学校においてプライベートポイントを持つということは、必要に応じて状況を有利に運ぶことが可能になることを意味している。先生が言っていた通り、本当に買えないものは無いのかもしれない。

 

 

「おはよう、佐倉さん」

 

「あ、えっと、おはよう」

 

 軽井沢さんと別れ、席に着き、隣人に挨拶をする。昨日の事で探りを入れてみるか。

 

「昨日は大丈夫だった?なんか困っているようだったけど」

 

「……大丈夫。き、気にしないで」

 

「そっか。そういえば、今日からクラスポイントが支給されるかもしれないね」

 

 大丈夫、と言っている以上、踏み込むわけにもいかないので、話題を変える。

 

「そう、だね。増えてると良いけど」

 

「みんな頑張ったから大丈夫だよ」

 

 とは言ったものの、先程確認したら、ポイントは振り込まれていなかった。まだ振り込まれていないだけの可能性もあるが、これだけの結果ではプラスにならない程の負債を抱えていた可能性もある。

 そんな不安を抱えながら、ホームルームを迎える。茶柱先生がいつもと変わらない表情で教室へ入ってきた。

 

「おはよう諸君。今日はいつにも増して落ち着かない様子だな」

 

 教室を見回し、そう言った先生に真っ先に反応したのは池君だった。今月のポイントが振り込まれておらず、またもや0ポイントだったのか、と先生に問いただす。死ぬほど頑張ったのにあんまりじゃないか、と。

 しかし、それは池君の早合点だったようで茶柱先生が落ち着くように諭し、手にした紙を黒板に広げて貼り出す。今月のポイント結果が書かれていた。

 

 Aクラスから順に公開されていく。Dクラスを除くクラスのポイントが、先月と比べ100近く数値を上昇しており、Aクラスに至っては、1004ポイントという入学時のポイントを上回る数字を出していた。早くも、ポイントを増やす方法を見つけたのだろうか。さすがはA、といったところか。

 

 それよりも気になるのは僕たちDクラスのポイントだ。クラスの生徒が固唾を飲んで見守る中、その結果が開示される。

 

「え? なに、87って……俺たちプラスになったってこと!?やったぜ!」

 

 ポイントを見るなり、池君が飛び跳ねる。池君が言った通り、そこには87ポイントと表記されていた。皆が喜ぶ中、茶柱先生がそれを窘める。

 

「喜ぶのは早いぞ。他クラスの連中はお前たちと同等かそれ以上にポイントを増やしているだろ。差は縮まっていない。これは中間テストを乗り切った1年へのご褒美みたいなものだ。各クラスに最低100ポイント支給されることになっていただけにすぎない」

 

 なるほど。しかし、悲観する事はない。得たものはある。

 

「がっかりしたか堀北。まあ、クラスの差が余計に開いてしまったからな」

 

「そんなことはありません。今回の発表で得たこともありますから」

 

 茶柱先生の問いに堀北さんは、僕と同じ事を思ったのか、そう答える。池君が立ったまま得したことは何か、を堀北さんに聞くが、答える気になれなかったのか黙り込んでしまった。それを見て、洋介が代わりに答える。

 

「僕たちが4月、5月で積み重ねてきた負債……つまり私語や遅刻は見えないマイナスポイントにはなっていなかった、ということを堀北さんは言いたかったんじゃないかな」

 

 得たものはそれだ。負債が無かったこと、これが分かったのはかなり大きい。今回、100ポイントを貰っていても0ポイントだった場合、負債が残っていることを意味するし、それがどれほどかも不透明であったはずだ。それが無いと分かったのは大きな収穫だ。

 しかし、一つだけ疑問が残る。

 

「茶柱先生、ポイントがプラスになったにもかかわらず、それが振り込まれていないのは何故ですか?」

 

「そうだぜ、佐枝ちゃん先生!ポイントが振り込まれてないんだよ!」

 

 僕の質問に池君が同調する。この話が本当なら、8700ポイントが振り込まれていないのはおかしい。学校側のミスであってほしいものだが……。

 

「今回、少しトラブルがあってな。1年生のポイント支給が遅れている。おまえたちには悪いがもう少し待ってくれ」

 

 茶柱先生の返答に生徒達から不満の声が上がる。8700ポイントでも、あると無いとでは違うからな。それよりも気になったのが、トラブル、と言った際に茶柱先生が須藤君の方を少し見た事だ。やはり、何かあったのだろうか。

 

「そう責めるな。学校側の判断だ、私にはどうすることもできん。トラブルが解消次第ポイントは支給されるはずだ。ポイントが残っていれば、だがな」

 

 意味深な言葉を残して、教室を出て行った。ポイントがなくなる事態に発展するとでも言いたそうだな。

 

 

 

 昼休みになり、僕は誰と食事をとろうか考えていた。洋介や軽井沢さんと食べる事もあれば、綾小路君と食べる事もあるし、三馬鹿とも食べる事がある。その日の気分で転々としている。今日はお弁当があるし、軽井沢さんは佐藤さんたちと中庭に行ってしまったので、教室で食べる事にする。教室を見渡すと、綾小路君や堀北さん、高円寺といった一人でいるのが多い面々が揃っていた。隣人である佐倉さんも例外ではなく、お弁当箱を出していた。

 

「佐倉さんは手作り派だったね。僕も今日はお弁当なんだ。一緒に食べない?」

 

「え!?う、うん。いい、けど」

 

 了承を貰い、一緒に食べる事にする。と言っても、元々席が隣だから移動することもないのだけど。お弁当箱を開け、中身を確認する。うん、おいしそうだ。手を付けようとすると、僕の前の席にドカッと誰かが座った。

 

「マイフレンドよ、今日は一緒に食事をとってやろう感謝するといい」

 

 今日も偉そうな事を言って登場したのは高円寺だった。椅子にどっしりと足を組んで座り、手にはサンドウィッチを持っていた。

 

「何で感謝しないといけないんだよ。今日は佐倉さんと食べるんだよ」

 

「フッ。良いだろう。特別にそこのリトルレディーも共にとる事を許可しようではないか」

 

「えっと、あ、あの……あ、ありがとう?」

 

「お礼なんて言わなくていいからね」

 

 高円寺の偉そうな態度に何故か佐倉さんがお礼を言ってしまう。こうして奇妙な三人での昼食となった。

 

「佐倉さんはいつも手作りだね。朝から大変じゃない?」

 

「そうでもない、かな。前日にほとんど下ごしらえとか終わらせてるし」

 

「それでも僕にはできそうにないな」

 

「ん?お前が食べているのは手作りではないのかね?」

 

 高円寺が、僕が食べている弁当箱を指さす。確かに手作りだが、僕が作ったわけではない。

 

「これは軽井沢さんが作ったんだよ。食材が余ったとかで偶に作ってくれるんだ」

 

「ほぅ、あのリトルレディーか。小耳に挟んだのだが、あれと付き合っているのは本当なのかね?」

 

「!?」

 

 あれだけ噂になれば高円寺の耳にも入るわな。それより、チラチラと僕を見てくる佐倉さんの方が気になる。女の子はコイバナが好きだと聞くし、興味があるのだろうか。

 

「本当だよ。高円寺が気にする事でもないでしょ」

 

「そうかそうか。だが、私には本当に付き合っているとは思えないのだがね」

 

「何でだよ」

 

「勇人よ、()()()()()人を好きになる事は無い。ましてや恋などはね」

 

「……」

 

 僕は黙って高円寺を睨みつけ、言葉の真意を探る。それを意にも介さず、ニヤニヤ、と笑っている。

 険悪な雰囲気になっている中、それを変えたのは意外にも佐倉さんだった。

 

「あ、あの!……こ、高円寺君のは、て、手作り……なんですか?」

 

 徐々に声が小さくなっていき、最後の方は聞こえ辛かったが、この空気を変えるために勇気を出してくれたのだろう。少し面食らった表情の高円寺を久しぶりに見た。何が楽しかったのか、高らかに笑い出した。

 

「ははははは!そうだともリトルレディー。レディーが作ってきてくれたのだが、私の口にはあまり合わなくてな。高貴な舌を持つばかり、困ったものなのだよ」

 

「作ってもらっといてそんな事言うなよな。そういえば、最近は食堂とか行かなくなったけどポイント無くなったのか?」

 

 空気を変えてくれた佐倉さんに感謝しつつ、話題に乗る。最近の高円寺は教室に居る事が多くなっている。それまでは食堂や、カフェで上級生の女生徒と食事をしていたのだが。

 

「金が無いなど、初めての事なのだよ。いつもは腐るほどあるのだがね。尤も、レディー達が食事を作って渡してくるから困らないがね」

 

「それならもっと感謝しろよな。ポイントと言えば、弁当作る材料費、バカにならないんじゃない?」

 

「ううん、スーパーに無料で提供されてる食材がある、から」

 

「それで毎日作るとは殊勝な事だな。褒めてやるぞ、リトルレディー」

 

「えっと、あ、ありがとう?」

 

 だから礼を言う必要はないって。それにしても、高円寺が褒めるのは珍しい。そもそも、人の話をちゃんと聞いているのも珍しい。

 

「ずっと思ってたんだけど、その呼び方どうにかならないの?」

 

「呼び方だと?おかしいところは無いと思うのだが」

 

「リトルレディーってやつだよ。誰の事か分かんないじゃん」

 

「では何と呼べというのかね?メガネガールか」

 

「それも誰か分からないよ。普通に名字で良くない?」

 

 高円寺は人の名前を呼びたがらない。と言うより名前を憶えたがらない。だからレディーとかガールとか呼ぶのだ。

 

「フム」

 

「あ、あの……」

 

 高円寺が佐倉さんの顔をまじまじと見る。見られている佐倉さんは、かなりオドオドしていた。傍から見れば、金髪の不良に脅されている気弱な女生徒だ。

 助け船を出そうかと思ったとき、高円寺が、パチン、と指を鳴らした。

 

「いいだろう。今からウサギガールと呼ぼうではないか」

 

「うさ……」

 

「いや、普通に名字で呼べばいいだろ」

 

 こいつはドヤ顔でなにを言っているのだろうか。確かに佐倉さんには小動物的なイメージはあるし、ウサギの静かな感じもある。だからと言ってウサギガールは無いだろう。

 

「それでは私は失礼するとしよう。用事があるのでな」

 

「おい、本当にウサギガールでいくのか!?」

 

「ピッタリだと思うがね。勇人よ、ウサギは寂しがり屋で寂しいと死んでしまうらしいぞ。せいぜい死なせぬように気を付けるんだな」

 

 そう言い残し、教室を出て行った。ウサギが寂しくて死ぬなんて嘘だ。だが、それを知らずに高円寺が言ったとは思えなかった。何かしらのメッセージがあったのかもしれない。

 それよりも、佐倉さんだ。さっきから俯いている。ウサギガールがショックだったのだろう。そりゃ誰だって嫌だろ。リトルレディーの方がましだ。

 

「ごめんね佐倉さん。高円寺には止めるように言っとくから」

 

「……は、初めて……」

 

「へ?」

 

「初めて、あ、あだ名を、つけてもらえた……」

 

 嫌がるどころか少し嬉しそうだった。確かにあだ名をつけられるのは親しくなった感じがして嬉しいものだが、ウサギガールだぞ?いいのかそれで。それとも僕のセンスがおかしいのだろうか。

 

 奇妙な組み合わせの昼食は佐倉さんに、初めてのあだ名がつけられる形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 




やっと佐倉さんのターンがやってきました。
原作7巻を早く買いに行きたいんですが、しばらく行けそうになく残念です。



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波乱の始まり

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 放課後になり、帰り支度を始める。いつも通り軽井沢さんと洋介と帰ろうと席を立つと、茶柱先生が須藤君を呼び止める声が聞こえた。職員室に来い、との呼び出しのようだが、もしかすると昨日の事、或いはポイントが振り込まれていないことに関係しているのだろうか。

 

「変わったようで変わってないよな、須藤の奴。退学しといた方がよかったんじゃ?」

 

 茶柱先生と須藤君のやり取りを見ていたクラスの誰かが呟いた。今後の事を考えると、問題児である須藤君はいなくなっていた方が良かったとも言えるし、須藤君が活躍する場面がやってくる可能性もあるといえる。今の段階では何とも言えない。

 だが、退学のペナルティがあるかもしれない以上、下手に退学させるのは得策ではないだろうな。

 

「ていっ!」

 

「痛っ!」

 

 須藤君について考え事をしていると、背中に衝撃を受ける。背中を押さえながら後ろを振り向くと、頬を膨らました軽井沢さんが立っていた。

 

「何するんだよ」

 

「何回呼んでも返事しないからじゃん!」

 

「叩かなくてもいいだろ!ビックリしたじゃないか」

 

「無視する方が悪いっ」

 

 どうやら考え事をしている間に何度か呼ばれていたらしい。考え込むと周りの音を遮断してしまうのは悪い癖だな。直さなくては。しかし、何も背中を叩くことないだろ。しかも思いっきり。

 

「まぁまぁ、落ち着いて二人とも。勇人君は何か考え事?」

 

「ちょっと須藤君が呼び出されたのが気になってね」

 

「何か問題が起きたって考えてるの?」

 

「その可能性があるかもしれない」

 

 洋介が仲介に入り、話が変わる。僕たちは話しながら、教室を後にした。いつもは部活があるのだが、今日は休みなので、直接寮へと帰るつもりだ。

 

「問題って、須藤君は何をやらかしたわけ?」

 

「それは分からない。だけど、須藤君が呼び出されたタイミングが気になって」

 

「今朝に先生が言っていた事だね」

 

 靴を履き替えた僕たちは、校舎を出て、寮への帰路につく。周りには多くの生徒が下校しており、前方には綾小路君と堀北さんの姿も見えた。一緒に下校しているあたり、やっぱり仲が良いんじゃないだろうか。

 そんなどうでもいい事を考えながら、話を続ける。

 

「先生の言っていた事って、ポイントが振り込まれなかったやつ?」

 

「そうだね。なにかトラブルがあったらしいけど、勇人君はそれが須藤君とそれが関係してると考えているんだね」

 

「問題が起きたと話してからすぐの呼び出しだからね。何らかの関係はあるんじゃないかな」

 

「うーん、考えすぎなんじゃない?」

 

「僕も考えすぎだと思うよ。Dクラスだけがポイント支給されなかったわけじゃなくて1年の全クラスがされていないわけだから、学校側の問題の可能性が高いよ」

 

「そうだといいんだけどね」

 

「この話は終わりっ!今日のお昼の話なんだけど……」

 

 その後、他愛のない話をしながら、寮へと帰った。尤も、僕には考えすぎとは思えなかった。あの日、特別棟で何かがあったのは間違いないのだし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」

 

「当たり前じゃんっ」

 

 今日は軽井沢さんが夕食を作りに来てくれていた。それを食べた僕はいつも通り、一緒に洗い物を済ませ、ゆっくりとしていた。

 

「はぁー、早くポイント振り込まれないかなー」

 

「そんなに携帯ばっか見ても意味ないよ」

 

「仕方ないじゃん。ポイントがもう無いんだし」

 

 何度も携帯のディスプレイを睨みながら溜息をつく軽井沢さん。夜になったが、未だポイントが振り込まれる様子は無い。先月0ポイントであったこともあり、8700ポイントでも振り込まれれば、かなりありがたいのだが。

 そんな話をしていると、部屋に来客を告げるチャイムが鳴る。

 

「こんな時間に誰だろ?」

 

「高円寺君とか?」

 

「いや、あいつはチャイムなんて鳴らさずに我が家の様に入ってくる」

 

 急かすように何度もチャイムが鳴らされる。僕は急いでドアを開けると、そこには須藤君が焦った様子で立っていた。

 

「倉持!ちょっと来てくれ!」

 

「急にどうしたの?来てくれってどこに?」

 

「綾小路の部屋だよ!話があんだ」

 

 そう言って隣の部屋のドアを指さす。この焦りよう、やはり何か問題が起きたのだろうか。これは行ったほうが良さそうだ、と思い靴を履こうとすると、部屋の奥から軽井沢さんが顔を出した。

 

「騒がしいけど、どうしたの?」

 

「あぁ?何で軽井沢がここに……そういえばお前ら付き合ってるんだったか」

 

「ま、まぁね」

 

「乳繰り合ってたとこわりぃが、倉持借りてくぞ」

 

「なっ!?ち、ち、ちちく……そんなことしてないっ!」

 

 顔を真っ赤にして否定する軽井沢さんなど眼中にないようで僕の腕を引っ張って、部屋を出る。取り敢えず、軽井沢さんには先に帰っといて、と言ったが聞こえていたかは分からない。

 そんなこんなで、綾小路君の部屋の前に着く。須藤君がインターホンを押すのかと思いきや、ポケットからカードキーを取り出した。

 

「まさかそれって」

 

「あ?倉持も持ってんだろ?いいから行くぞ」

 

 そう言って、当たり前のように鍵を開け部屋へ入っていった。僕も申し訳なく思いつつ、その後を追った。

 

「助けてくれ綾小路!」

 

「……いきなり何だよ。というか、どうやって入ってきたんだよ」

 

 中に入ると、ベッドの上で携帯をいじっている綾小路君が居た。いきなり来たのにそんなに驚いていないように感じる。チラッとドアの方を確認していたので、須藤君がドアを蹴破って入ってきたのではないかと考えたのだろう。

 

「ここは俺たちのグループが集まる部屋だろ? だから池たちと相談して部屋の合鍵作ったんだ。知らなかったのか? 俺だけじゃなく当然他の連中も持ってる」

 

「物凄く重大かつ恐ろしい事実をオレは今知ったぞ……お前もか倉持?」

 

「いや、僕は断ったよ」

 

 須藤君が言った通り、勉強会の打ち上げの後に池君が勝手に合鍵を作っていたのだ。三馬鹿に加えて櫛田さんも持っている。僕と堀北さんも勧められたがさすがに断った。だって綾小路君がこの事を学校に訴えたら、退学になるかもしれない。尤も、綾小路君がそれをするとは思えないが。

 

「つかそんなことはどうでもいい。マジやべえんだって! 助けてくれよ」

 

「全然どうでもよくない。鍵返してくれ」

 

「は? なんでだよ。俺がポイント払って買ったんだ。俺のだろ」

 

 変な理屈で反論する須藤君。これには綾小路君も呆れた様子だった。それからフローリングに腰を下ろした須藤君がカーペットを買えと催促をするなど、どこかの金髪を彷彿とさせる行動をとっていた。

 僕も、腰を下ろさせてもらうと、綾小路君の部屋のチャイムが鳴った。入口から顔をのぞかせたのは櫛田さんだった。須藤君が呼んだのだろう。

 

「櫛田も来たことだし、本題に移ってもいいか?」

 

「こうなったら仕方ないよな……。それで相談ってのは?」

 

 諦めた様子で須藤君の話を聞く綾小路君。なんだか、可哀そうに見えてくる。

 

「俺が今日担任に呼び出されたのは知ってるよな? それで、その……実はよ……俺、もしかしたら停学になるかも知れない。それも長い間」

 

「停学?何かあったのか?」

 

「実は俺、昨日Cクラスの連中を殴っちまってよ。それでさっき停学にするかもって言われてよ……。今、その処分待ちだ」

 

 須藤君の言葉に綾小路君と櫛田さんは驚いていたが、僕は内心予想通りだったと思っていた。

 

「殴ったって……それ、え、どうしてなの?」

 

「言っとくけど俺が悪いわけじゃないんだぜ? 悪いのは喧嘩を吹っかけてきたCクラスの連中だ。俺はそれを返り討ちにしただけだっての。そしたらあいつら俺が喧嘩を売ったことにしやがったんだ。虚偽申告って奴だ」

 

 須藤君も頭の整理がついていないようで、全く情報が伝わらない。何故殴ったのかを聞かなくてはならない。

 

「須藤君、落ち着いて。それじゃあ何も分からない」

 

「悪い、ちょっと端折りすぎた……。昨日、部活の時に、顧問の先生から、夏の大会でレギュラーとして迎え入れるっつー話をされたんだよ」

 

「レギュラーって凄いね須藤くん! おめでとう!」

 

「まだ決まったわけじゃないんだけどな。その可能性があるっつーだけで」

 

 決まったわけではないにしろ、凄いことには変わりないだろう。入学してまだ2ヶ月なのに、レギュラーに選ばれるとは、運動神経が良いとは聞いていたが、かなりのもののようだ。

 

「その帰りに同じバスケ部の小宮と近藤が俺を特別棟に呼び出しやがった。無視してもよかったんだが、バスケ部の二人とは部活中にも度々言いあってたからいい加減ケリつけてやろうと思って。もちろん話し合いでだぜ? そしたら石崎ってヤツがそこで待ってやがったんだ。小宮と近藤はそいつらのダチでよ、Dクラスの俺がレギュラーに選ばれそうなのが我慢ならなかったんだと。痛い目みたくなけりゃバスケ部を辞めろと脅してきやがった。そんでそれを断ったら殴り掛かってきたから、やられる前にやったってことだ」

 

「それで須藤くんが悪者にされちゃった、と」

 

 なるほどね、だからあの日特別棟に居たのか。Cクラスの生徒が脅迫に失敗し、暴力を振ろうとしたところを返り討ちにあい、嘘をついて学校側に訴えたのか。

 だが、僕はそれがCクラスの生徒が仕掛けてきた罠だと考える。おそらく、電話で話していた『龍園』という人物が考えたものなのだろう。

 

 櫛田さんが、明日、自分たちで茶柱先生に事実を報告しよう、と言うが、そんな単純な話ではない。須藤君も今話したことは学校側にも話しているはず。それでも、停学になるかもしれないというのは、受け入れられなかったのだろう。証拠も無ければ、日ごろの行いも悪いしな。

 

「学校側は今の須藤の話を聞いてなんて言ったんだ?」

 

「来週の火曜まで時間をやるから、向こうが仕掛けてきたことを証明しろとさ。無理なら俺が悪いってことで夏休みまで停学。その上クラス全体のポイントもマイナスだってよ」

 

 このまま停学になれば、せっかく掴んだレギュラーが白紙になってしまうのを危惧しているのだろう。しかし、それだけじゃない。停学になんてなってしまえば、クラスの雰囲気は最悪なものになり、Aクラスなど夢のまた夢になってしまうだろう。

 

「須藤くんが嘘をついてないって先生に訴えていくしかないんじゃないかな? だっておかしいよ、何も悪くない須藤くんの話が信じて貰えないなんて。そうだよね?」

 

「どうかな……そう話は単純じゃないと思うぞ」

 

「どうかなって何だよ。まさかおまえ俺を疑ってんのか?」

 

「落ち着いて。綾小路君が言いたいのは、同じクラスの人間が須藤君を庇ってもポイントを減らされたくないだけの嘘と思われる可能性が高いって事。それが人気者の櫛田さんであっても同じだよ」

 

 綾小路君に詰め寄ろうとする須藤君に説明をして落ち着かせる。しかし、櫛田さんは須藤君は何も悪くない、と言うが本当にそうだろうか。どちらが仕掛けたにしても、須藤君が殴った事実は変わらない。どう転んでも罰則は免れないのではなかろうか。須藤君は正当防衛だ、と言うがそれは今回のケースでは無理がある。相手は傷を負い、須藤君は無傷なのだから。

 今ある証拠は須藤君が殴った際に負った傷のみ。他の証拠が無ければ須藤君に重い罰が下されるのは当然といえる。完全にイニシアティブを相手側に取られている状態だ。

 

「納得いかねえっつの。俺は被害者だ、停学なんて冗談じゃねえぞ。もしそんなことになったらバスケのレギュラーどころか今度の大会も出られねえ!」

 

「気持ちは分かるが、確実な証拠が無ければ厳しいだろうな」

 

「Cクラスの3人に正直に話してくれるよう頼んでみようよ。悪いと思ってるならきっと罪悪感でいっぱいなんじゃないかな?」

 

「あいつらはそんなタマじゃねえよ。正直に話すわけがねえ。クソが……絶対許さねえ、雑魚どもが……!」

 

 そう言って、テーブルに置いてあったボールペンを真っ二つに折った須藤君だが、そのボールペンは綾小路君のではないだろうか。しかも、インクが床に落ちてしまっているし。

 綾小路君と僕がティッシュを取って床を拭いていると、櫛田さんが話を続ける。

 

「確実な証拠かー。須藤君、なにか無いのかな?」

 

「そうだ!倉持!お前もあの時特別棟に居たよな?何か見てないか?」

 

「そうなの!?」

 

 須藤君と櫛田さんが僕に詰め寄ってくる。須藤君とは特別棟で会っているので何かを見ている可能性があると思ったのだろう。

 

「……いや、()()()()()()()。僕が階段を上がったときには()()()()()()()()

 

「くっそ、マジかよ」

 

「残念だね。他に何かあればいいんだけど……」

 

 櫛田さんの言葉に須藤君は何かを考え込むような仕草を見せた。そして、あまり自信なさげに口を開く。

 

「あるかも知れないぜ。もしかしたら俺の勘違いかも知れないんだけどよ……。あいつらと喧嘩してた時妙に気配を感じたっつーか、傍に誰かいた気がするんだよな。あれが倉持じゃなければ、目撃者がいたかもしんねぇ」

 

 これで合点がいった。須藤君が言っている目撃者は佐倉さんだ。だから彼女は慌てて階段を下りてきたのだ。もし、佐倉さんが全てを見ていたなら証拠になるかもしれない。だが、彼女もDクラスだ。本当だと受け入れられる可能性は低いのではないだろうか。

 頭を抱え込んでうな垂れる須藤君を見て、重い沈黙を嫌った櫛田さんが口を開いた。

 

「須藤くんの無実を証明するためには、方法は大きくわけて二つ。一つはCクラスの男の子たちが自分の嘘を認めること」

 

「それは無理だろうね。訴えを起こした彼らが嘘を認めるとは思えない」

 

「だね。そしてもう一つが、今須藤くんが言った目撃者を捜すこと。もし須藤くんたちとの喧嘩を誰かが見てたなら、きっと真相究明の力になってくれるはずだよ」

 

 現状で出来る事はそれくらいだろうな。しかしそれも不発に終わるだろうけどな。

 

「目撃者を探すつってもよう、具体的にどうやって探すつもりだよ」

 

「一人一人地道に? もしくはクラス単位で聞いて回るとか」

 

「それで素直に名乗り出てきてくれればいいんだけどね」

 

 綾小路君が席を立ち、コーヒーを入れて戻ってくる。僕は礼を言いつつ、それを受け取り、息を吹きかけ冷ましながら、口に入れた。須藤君も同じようにお茶を飲み、テーブルに置くと、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「図々しいようだけどよ、今回の件……誰にも言わないで貰えねーか?」

 

「誰にも?」

 

「須藤、それはいくらなんでも……」

 

「分かってくれよ。噂が広まるとバスケ部の耳にも入るだろ。俺からバスケ取り上げたら何も残らないんだよ」

 

 綾小路君の両肩を掴みながら須藤君が熱く説く。まぁ、むやみに噂を広める事は無い。目撃者を探すにしても暴力をふるったことが知られていれば難しくなるだろうしな。

 

「取り敢えず、須藤君はこの件にはかかわらないほうがいいね」

 

「そうだな。当事者が動くと良くないだろうな」

 

「けどよ、おまえらに全部押し付けるなんて……」

 

「押し付けなんて思ってないよ。私たちは須藤くんの力になりたいだけなんだから。どこまで出来るかはわからないけど精一杯やってみるから。ね?」

 

「……わかった。お前らには迷惑かけるけど任せることにする」

 

 櫛田さんの言葉を聞いて自分が関わることで厄介なことになると理解できたようだった。

 これで今日は解散となり、須藤君と綾小路君の部屋を出る。どうやら櫛田さんは少し残る様だった。何か話でもあるのだろう。

 

「倉持も悪かったな。いきなり巻き込んじまって」

 

「気にしなくていいよ」

 

「それじゃあ、頼むわ」

 

「……うん。できる限りのことはするよ」

 

 須藤君と別れ、自分の部屋に入る。軽井沢さんは既に帰ったようで部屋は真っ暗だった。一応、お詫びのメッセージを送り、ベッドへ仰向けに倒れこむ。

 

「どうするのが今後の為になるか……」

 

 今現在自分が持っている情報を基に、思考を巡らせる。しばらくそうしていると、携帯が震える。軽井沢さんからの返信だと思い、ディスプレイを見ると、そこには綾小路の文字が映し出されていた。

 メッセージには『聞きたいことがある』と書いてあった。あの場で聞かなかったって事は二人には聞かせたくない事なのだろう。

 

 部屋で待っている、と返信し明かりをつける。するとすぐにチャイムが鳴った。綾小路君を向かい入れ、椅子に座る。

 

「それで、聞きたい事って?」

 

「須藤の件だ。本当に倉持は何も見ていないのか?」

 

 本当に綾小路君は鋭いな。僕が嘘をついていたのを見破ったのか。

 

「ううん。殴っているところは見ていないけど、須藤君が去った後、Cクラスの生徒が話しているのは見たよ」

 

「素直に話すんだな。もっと白を切ると思っていたんだが」

 

「白を切る意味が無いからね。あの場で須藤君にこの事を知られたくなかっただけだし」

 

「倉持は須藤を助けるつもりは無いのか?」

 

「ない、とは言わないよ。でも、ある、とも言えないかな」

 

 綾小路君の質問に曖昧に答える。正直、須藤君をここで助けるべきか悩んでいる。Dクラスの為に彼をここで切るべきではないのか、と。

 

「尤も、僕が見たのはCクラスの生徒が話しているところだけだし、証拠能力としては弱い。僕もDクラスの人間だからね。それを須藤君に言ったら変に期待しちゃうだろ?」

 

「確かにな。取り敢えず聞いたことを教えてくれないか」

 

「うん。いいよ」

 

 Cクラスの生徒が話していた内容を綾小路君に教える。と言っても聞いたことは少ないのだが。

 

「なるほどな。間違いなく今回の事件は仕組まれたものだな」

 

「うん、狙いは須藤君の停学。もし仮にCクラスの生徒も停学になっても、須藤君の罰の方が重ければそれでいいって感じかな」

 

「難しくなったな。目撃者の方は誰か知っているのか?」

 

「それに関しては黙秘するよ。ごめんね」

 

 目撃者は100%佐倉さんだ。でも、それを言うつもりはない。僕は須藤君と佐倉さんなら、佐倉さんの味方をする。彼女が自分から言い出せば別だが。

 

「そうか、仕方がないな」

 

「あっさり引き下がるんだね」

 

「まぁそこまで重要な事でもないしな。それで、倉持はこれからどうするんだ?」

 

「どうもしないかな。取り敢えずは成り行きを見守るよ」

 

「そうだろうな、こっちは地道に目撃者を探すか」

 

 そう言って、綾小路君は自分の部屋へ帰っていった。彼の真意は全く読めない。彼は須藤君を助けるのだろうか、それとも……。

 

 何はともあれ、今回は見守らせてもらおう。そう思って寝る準備をして就寝した。

 

 

 

 

 

 次に日の朝、ホームルームの前に茶柱先生に呼び出された僕は、僕の考えを否定するかのように、こう告げられた。

 

「須藤の問題をどうにかしろ。停学は必ず避けろ」

 

 駒になるといったが、これは無茶なのではないだろうか。朝一番から憂鬱な思いで、教室に向かうのだった。

 




未だに7巻を読めていません。
凄く気になります…。



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目撃者

お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

翌朝のホームルーム。茶柱先生は、クラス全員に連絡事項がある、と言った。その内容は須藤君の件だった。須藤君がCクラスの生徒と揉めたこと、停学になるかもしれないこと、それによって、クラスポイントの削減が行われること。全てを隠すことなく、淡々と告げる。

 人にどうにかしろって言っといて、ややこしくなる方向に持っていくなよ。と言いたいところだが、担任の先生として、クラスの生徒に事実を伝えなくてはならないのだろう。

 

 ざわつく教室の中で、洋介が茶柱先生に、結論が出ていないのは何故かを問う。なるかもしれないのだから、当然の質問と言えるだろう。その質問に双方の意見が食い違っているからだ、と説明する。

 それを聞いて、悪びれもせず正当防衛だと言い放つ須藤君にクラスメイトは冷ややかな視線を向けていた。頼むから余計な事は言わないでくれよ。

 

 その後、話は須藤君が言っていた目撃者の件に変わる。

 

「どうだ、喧嘩を目撃した生徒がいるなら挙手をしてもらえないか」

 

 茶柱先生の問いに答える生徒は誰もいなかった。

 僕は横目で隣人の様子を盗み見る。彼女は俯き、どこか怯えているかのようだった。人と関わるのが苦手な彼女がこの場で名乗り出るのは無理があるだろう。

 他の生徒の様子も観察していると、堀北さんがこちらを見ている事に気付く。見ているのは僕ではなく、佐倉さんのようだ。堀北さんのことだ、佐倉さんの様子から彼女が目撃者であるかもしれないと気付いたのだろうな。

 

 目撃者がいないことを確認した茶柱先生は、各クラスで同じ説明がされている旨を話し、教室から退出した。これには須藤君もかなり驚いていた。事件のことを隠したかった須藤君にとってはよくない状況だろう。内々に事件を解決することができなくなったのだから。

 

 茶柱先生の後に続き、須藤君もすぐに教室を後にする。この場にいたら、誰かの発言に苛立って、さらに問題を起こしかねないと悟ったのだろうか。それなら良い判断だ。須藤君が出て行った瞬間にクラスメイト達が口々に不満を漏らしだす。この件でポイントがまた0になってしまうかもしれないのだから無理はないが。

 

 次第に収拾がつかなくなり始めた。このままではまずいと思い、動こうとした矢先に立ち上がったのは櫛田さんだった。

 昨日、須藤君に聞いた話をそのままクラスメイトに話す。ただ須藤君の主張を話しているだけなのに、心が籠っている()()()言葉にクラスの大半の生徒は黙って聞き入っていた。

 

「改めて聞くね。もしこのクラスに、友達に、先輩たちの中に見たって人がいたら教えてほしいの。いつでも連絡下さい。よろしくお願いします」

 

 茶柱先生と言っている内容は一緒のはずなのに、クラスメイトの受け取り方はまるで違った。櫛田さんがこのクラスでどれだけ影響力があるかは今の彼女の立ち位置が物語っている。あまり敵に回したくないな。

 

 しかし、櫛田さんの言葉でも須藤君に対する不信感は拭いきれなかった。山内君を筆頭に須藤君への不満が飛び交う。どれだけ日ごろの行いが悪いかが露見している。

 だが、さすがにこれ以上はまずい。須藤君が完全に孤立してしまえば、今後が大変だ。

 

「僕は信じようと思う。彼は日ごろの行動に目が余るところがあるけど、バスケットには真摯に向き合っている。そんな彼がレギュラーに選ばれそうなときに自分から問題を起こすとは思えないから」

 

「あたしもさんせー。だってもし濡れ衣だったら問題じゃん!無実なら可哀そうだしっ」

 

「僕も信じたい。他クラスの人が疑うならまだ僕も理解できる。だけど同じクラスの仲間を最初に疑うような真似は間違ってると思う。精一杯協力してあげるのが友達なんじゃないかな?」

 

 僕の発言に軽井沢さんと洋介が乗ってくれる。これでクラスの中心人物が信じると言っていることになり、クラスの大半が賛同の意を表し始めた。心の中ではどう思っているかは分からないが、表向きはクラスで協力体制になったので良かった。今の流れを変える事ができればそれでいい。

 賛同者を集め、須藤君の無実を証明するための場が発足したのだった。

 

 

 

 

 

 昼休みになり、僕は櫛田さんに連れられ堀北さんの勉強会のメンツと食堂に来ていた。そこでの議題は当然、須藤君の無実の証明方法についてだった。

 しかし、話し合いは序盤にてつまずく。堀北さんが協力を拒否したからだ。

 

「Dクラスが浮上していくために最も大切なことは、失ったクラスポイントを一日でも早く取り戻してプラスに転じさせること。でも、あなたの一件で恐らくポイントはまた支給されることはなくなる。水を差したということよ」

 

 堀北さんの目的はDクラスをAクラスにあげることだ。今回の件はそれを成すための大きな痛手となるかもしれない。怒るのも無理はないか。

 

「待てよ。そりゃそうかも知れないけどよ、マジで俺は悪くないんだって!あいつらが仕掛けてきたから返り討ちにしたんだよ!それのどこが悪い!」

 

「あなたは今どちらが先に仕掛けてきたかを焦点にしているようだけど、そんなことは些細な違いでしかない。そのことに気が付いてる?」

 

「些細ってなんだよ。全然ちげえよ、俺は悪くねーんだ!」

 

「そう。じゃあ、精々頑張ることね」

 

 そう言ってまだ手を付けていない食事をトレーごと持ち上げ席を立つ。堀北さんの言う通り、須藤君の問題は別にある。

 

「助けてくれねーのかよ!仲間じゃねえのか!」

 

「笑わせないで。私はあなたを一度も仲間だと思ったことはないわ。何より自分の愚かさに気づいていない人と一緒にいると不愉快になるから。さよなら」

 

 堀北さんが露骨な溜息をついて去っていく。フォローを入れるべきだろうな。彼女の力は必要になるはずだ。

 

「ちょっと堀北さんと話してくるね。彼女なりの考えがあるのかもしれないし」

 

「うん、分かった。お願いするね」

 

 僕もトレーに食事を乗せ席を立つ。堀北さんを探すと奥の方の席に座り食事を始めていた。席が埋まる前に声をかけよう。

 

「隣、いいかな?」

 

「別に私に許可を取る必要はないんじゃないかしら」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 一度だけ視線を僕の方に向けすぐに食事に戻る。そんな堀北さんの隣に座り僕も食事を始める。

 

「態々来たのだから何か用があるんでしょう」

 

「堀北さんと食事がしたかっただけさ」

 

「……」

 

「ごめん、冗談だよ」

 

 和ませようと冗談を言ってみたのだが不発に終わった。堀北さんにジト目で見られたので謝っておく。慣れない事はするものじゃないな。

 堀北さんは呆れた表情に変わり、溜息をつきながら話を続ける。

 

「須藤君の件で来たのだろうけど無駄よ。私は協力する気はないわ」

 

「須藤君がテストの頑張りを無駄にしたのが許せない?それとも被害者面しているのが理由?」

 

「その通りよ。もし今回の事件、本当にCクラスの生徒から仕掛けたものだったとしても、結局は須藤くんも加害者なのだから」

 

「この騒動は起こるべくして起こったって感じかな」

 

 須藤君の普段の態度はお世辞にも良いとは言えない。気に入らないことがあれば暴言を吐くし、傲慢で横暴な態度を取っていることもある。誰かに恨まれていても不思議ではない。クラスの皆から不満が噴出していたのは当然だろう。

 だからこそ、このような事態は起こるべくして起きたのだ。

 

「どうして彼が今回事件に巻き込まれたのか。その根本を解決しない限りこれから永遠に付きまとう課題だわ。私はその問題が解決されない限り協力する気にはなれないわね」

 

「もし仮に、須藤君が退学になってもいいのかい?マイナスがどれだけあるか計り知れないよ」

 

「それもいいんじゃないかしら。彼に救う価値があるかどうか。これから事あるごとに問題を起こされるよりかはましかもしれないわね」

 

「そっか。須藤君が自分で気づけるかどうかだね。まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ。本題に移ろう」

 

「え?」

 

 僕のどうでもいい発言に目を丸くする堀北さん。そんなに意外だったか。口を開けてポカンとしている。

 

「僕が堀北さんと話したかったのは今回の事件を利用できるかもって話だよ」

 

「利用?何にかしら」

 

「もちろん、Aクラスに上がるためのだよ。この間、協力関係を結んだでしょ?」

 

「ええ、そうね。話を聞かせてもらえるかしら」

 

 箸を置き、食事をやめて堀北さんがこちらに視線を向ける。彼女がどれだけAクラスに上がりたいかがよく分かるな。

 

「もし、今回の事件が須藤君の言う通り、Cクラスが嘘をついているのだとしたら、それを暴けば、Cクラスは大きなマイナスポイントになると思わない?学校側に虚偽の訴えをしてこれだけの騒ぎにしたのだから代償は大きいはずだ」

 

「確かにそうだけれど、須藤君が本当の事を言っている保証がないわ」

 

「そうだね。でも、Cクラスが須藤君を陥れようとしている保証はあるよ」

 

 そう言って、僕が特別棟で聞いたCクラスの生徒の会話を堀北さんに伝える。しかしこれも保証とまではいかないだろう。

 

「もちろん、僕の聞き間違えかもしれないし、証拠がない。須藤君と一緒だね」

 

「……分かったわ。少し考えてみる」

 

「あれ?信じてくれるの?」

 

「協力関係にあるのだもの。それくらいの信頼はするわ。それとも信じてもらえない程あなたも日ごろの行いが悪いのかしら?」

 

 最後は冗談めいた感じだったが、すんなり受け入れられるとは思っていなかった。どうやら、一定の信頼はあるようだ。あくまでも、協力者としてだが。

 

「だけど、証明するのはかなり難しいわね。取り敢えずは目撃者に話を聞いてみるしかなさそうね」

 

「その言い分だと目撃者が誰か分かっているみたいだね」

 

「あなたも分かっているのでしょう。直接聞いてみましょう」

 

 やっぱり堀北さんも気付いていたんだな。僕は初めから確証があったが、堀北さんはあの短時間でクラス全体を見て見つけ出したのだから凄いな。素直に感心する。

 だが、堀北さんが聞きに行くのはやめたほうが良いだろうな。絶対認めないだろうし、かえって警戒させてしまうだろう。

 

「佐倉さんに確認するのは任せてくれないかな?僕の方が何度か話しているから話しやすいだろうし」

 

「そうね。任せるわ。私としてもその方がありがたいもの」

 

 その後、食事を再開する。何とか話がまとまってよかった。これからは堀北さんが何か策を講じてくれるだろう。あとは須藤君に対する見方が少しでも変わってくれたらいいのだが。

 

「そういえば、先輩に聞いたんだけど、部活の活躍や貢献度に応じて個別にポイントが支給されるケースがあるらしいね」

 

「そうなのね。入賞したりしたら貰えるのかしら」

 

「みたいだよ。だから文科系の部活も盛んなんだよ。もちろん体育系もね」

 

「ポイントがもらえるのは良い事ね」

 

「そうだね。そう考えると須藤君の価値も少しは出てくるんじゃないかな」

 

 僕は食べ終わった食器をトレーに乗せ、堀北さんに別れを告げ、席を立った。堀北さんは何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、グループに分かれて聞き込みをすることになった。グループに分かれてと言っても参加人数は多くない。やはり須藤君の為に動くことに抵抗がある人が多くいるみたいだ。

 聞き込みの前に、櫛田さんと綾小路君が僕の元へやってくる。

 

「倉持君、堀北さんはどうだった?」

 

「須藤君の根本的な問題が解決しないと協力するつもりがないって言ってたけど、取り敢えずは説得は成功したかな」

 

「良かった~。でも、須藤君の問題って何かな?」

 

「それは、綾小路君に聞いてみるといいと思うよ」

 

「オレにふるなよ」

 

「あ、それじゃあ僕は先に帰るね!少しやる事があるんだ」

 

 そう言って、僕は急いで教室を後にし、下足ロッカーで靴を履き替えていた人物に声をかけた。

 

「佐倉さん、良かったら一緒に帰らない?」

 

「ふぇ!?い、いいけど」

 

 了承を貰ったところで横に並んで寮までの帰路につく。どう切り出そうかと考えていると、佐倉さんはチラチラとこちらの様子を窺っていた。どうやら僕が何を聞きに来たかを察しているようだった。

 

「あ、あの……も、目撃者の……話、ですか?」

 

「うん、そうだね。今から二つ質問するね。答えても答えなくてもいいからね」

 

「え?う、うん」

 

「一つ目の質問。佐倉さんは目撃者ですか?」

 

 変に遠回しに聞いても仕方がないので単刀直入に聞く。すると、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。

 

「二つ目の質問。これは重要な事だ」

 

「な、なに、かな?」

 

 足を止め、真剣な顔で佐倉さんを見る。この質問の答え次第ではこれからの道が大きく変わってくる。

 

 

 

「……たいやきは好き?」

 

「う、うん。……へっ?た、たいやき?」

 

「そう!たいやき!この間おいしそうなたい焼きの屋台を見つけたんだ」

 

「あ、あの、目撃者の話じゃ……」

 

「ああ。それは最初の質問で終わり。確認したかっただけだし」

 

 もとよりどちらでもよかった。答えなくても、聞いたけど答えてくれなかったという事実があるだけでいいのだ。

 それより、たいやきだ。軽井沢さんと遊びに行ったときに見つけたのだが、軽井沢さんがあんこが苦手で買えなかったのだ。それ以来、食べたくて仕方がなかった。

 

「それじゃあ話も終わった事たし、食べに行こう!お礼に奢るから」

 

「わわっ!」

 

 佐倉さんの手を取り、早足で屋台へと向かう。もう、僕の頭の中はたいやきで埋め尽くされていた。

 

「ついた、ここだよって大丈夫?」

 

「きゅうっ……だだだ、だい、だいじょうぶ」

 

 少し急ぎすぎただろうか、顔を真っ赤にしてへなへなになってしまっている。取り敢えず近くのベンチに座らせ2人分のたいやきを買って隣に座る。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとう。いただきます」

 

「「おいしい」」

 

 期待以上の味に無言になって食べてしまう。少しの間、2人とも無言で食べていると、佐倉さんの食べる手が止まり、ぽつりと話し出す。

 

「名乗り出たほうが良いのかな?」

 

「目撃者の話?」

 

「うん。で、でも私、勇気が出なくて……」

 

「うーん、別に名乗り出なくてもいいんじゃないかな。佐倉さんのやりたいようにすればいい」

 

 僕の返答が予想外だったのか顔を上げてこちらを見る。

 

「目撃したからって名乗り出る義務はないしね」

 

「で、でも、それだと、須藤君が……」

 

「目撃者が現れなかったら別の方法を探すでしょ。あまり考え込む必要は無いよ」

 

 もし、佐倉さんが名乗り出なかったとしても他に方法を探せばいい。目撃者が現れればすべて解決する訳でもないし。

 

「決断するのは佐倉さんだ。でも、無理はしなくていいからね。君がやりたいことをすればいい。言ってくれれば手を貸すし」

 

「やりたいこと……」

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

「うん。あ、あの、ありがとう、倉持君」

 

「どういたしまして」

 

 佐倉さんが言ったお礼はたいやきに対してなのか、他の事なのかは定かではないが、この一件を通して、彼女自身が一歩前へ進むことができればいいなと思った。

 




これから軽井沢さんの出番がしばらく減りそうですね


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進展

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 教室では昨日の目撃者捜しの情報交換を行っていた。洋介のグループも軽井沢さんのグループも櫛田さんのグループも目ぼしい情報は得られなかったらしい。佐倉さん以外に目撃者がいれば、と思ったのだが、難しいようだ。まだ一度しか聞き込みを行っていないので見切りをつけるのは早計かもしれないが、仮に他にいたとしても未だ名乗り出ていないとすればその気は無いのだろう。

 

「はー。本当にCクラスの奴らが悪いって証明なんてできんのかな……」

 

 池君の言葉に数人の生徒が須藤君に対しての不満を漏らしだす。それを洋介が窘める。もし須藤君が黒であるとなって0ポイントになってもまた皆で1から貯めればいい、とブレることなく言う洋介にクラスの女生徒は頬を赤らめながら見ていた。

 それが面白くなかったのか、池君が反論する。

 

「ポイントは大事だと思うんだよ俺は。それが皆のモチベーションに繋がるじゃん?だから何としてでもクラスポイントを死守したいんだよ。87ポイントでもさ」

 

「気持ちはわかるよ。だけどポイントに固執し過ぎて本質を見失うのは危険だ。僕たちにとって一番大切なのはどこまでも仲間を大切にすることだよ」

 

「須藤が……悪かったとしてもかよ」

 

 洋介はその問いに迷うことなく、力強く頷く。それが洋介の生き方であり贖罪なのだ。その洋介の雰囲気に気圧されたように、池君はたじろぐ。

 しかし、そんな洋介に反論したのは洋介に熱い視線を送っていた篠原さんだった。

 

「平田君の言うことはもっともだけど、やっぱりポイントは欲しいよねー。Aクラスの人たちなんて毎月10万近く貰って、好きなもの買ってるし」

 

「だ、だよな!やっぱりポイントは大事なんだよ!」

 

 篠原さんの言葉に池君が息を吹き返したかのように同意する。それを機に他のクラスメイトも口々に無いものねだりをする。なぜ自分が最初からAクラスではなかったのか、などと言っている生徒もいた。その様子を遠目で見ていた堀北さんは呆れたような表情をしていた。大方、お前たちがAクラスでスタートできるはずがないだろ、とでも思っているのだろう。

 無いものねだりをする場になっていたのを変えたのは意外にも軽井沢さんだった。

 

「あたしはこのクラスがそこまで悪いとは思わないけどな~。確かにポイントが無くてオシャレな服とかアクセとか買えなくて、他のクラスの子に差を見せつけられてるなって思うけど、今の生活が楽しくないとは思わない。嫌な事はいっぱいあるけど、良かったことも同じくらいあるし」

 

 これには、堀北さんも感心したように見ていた。今までの軽井沢さんだったら同じように不満を漏らし、無いものねだりをしていただろう。彼女なりに変わろうとしているのだ。今の発言は下手したら敵を作りかねないものだったが、そうはならず、好感触だったようでクラスメイト達も賛同していた。僕もその勇気に素直に感心した。

 

「確かに今でも楽しいっちゃ楽しいけどな~。クラスがAになったらもっと楽しいんじゃないかって思っちゃうよな。一瞬でAクラスになれるような裏技とかあったら最高なのにな」

 

「喜べ池、一瞬でAクラスに行く方法は一つだけ存在するぞ」

 

 それでもAクラスに行きたい想いを口にする池君の言葉に反応したのは教室に入ってきた茶柱先生だった。

 その返した言葉にクラス中から視線が集まる。池君が聞き返すと、クラスポイントが無くてもAに上がる方法がある、と言う。様子を見る限り、場を混乱させる嘘ではないようだ。クラスポイントではないとすれば、もう一つのポイントか。

 

「私は入学式の日に通達したはずだ。この学校にはポイントで買えないものはないと。つまり個人のポイントを使って強引にクラス替え出来るということだ」

 

 そう言って、堀北さんと綾小路君を見る。2人はプライベートポイントを使って茶柱先生からテストの点数を買っている。それが裏付けになるだろう。

 仮に、クラスポイントが0であったとしても、プライベートポイントを増やす方法はいろいろある。昨日堀北さんに話した部活の件もそうだし、ポイントを譲渡できるシステムがあるのだから。

 

 しかし、Aクラスへのクラス替え権はそう簡単に買えるものではないらしい。必要なポイントが2000万ポイントなのだ。普通に考えて達成するのは不可能な数字。3年間で頑張っても半分もいかないだろう。普通の方法ではない、『なにか』があるのだろうか。

 

 過去にクラス替えを成功した生徒はいるか、の質問に対し、茶柱先生はいないと答える。これでさらに現実味が薄れてしまった。生徒のほとんどがこれを聞いて興味を失ったようだったが、まだそうではない生徒もいた。静観していた堀北さんだ。

 

「私からも一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか。学校が始まって以来、過去最高どれだけのポイントを貯めた生徒がいるんですか?もし参考例があるようならお聞かせ願いたいです」

 

 Aクラスに上がる手段として多くの情報を聞き出しておきたいのだろう。堀北さんの質問は確かに聞いておきたいものだった。2000万近く貯めれた生徒がいれば、貯める方法が存在することを意味するからだ。

 

「3年ほど前だが、あれは卒業間近のBクラスにいた生徒だったか。一人の生徒が1200万ほどポイントを貯めていたことが話題になったな。だが、その生徒は結局2000万ポイントを貯めきることなく卒業前に退学になったんだが。退学理由は、その生徒がポイントを貯めるために大規模な詐欺行為を行ったからだ」

 

 茶柱先生曰く、その生徒は入学したての生徒を騙し、ポイントを集めていたそうだ。それが学校側にバレ、退学になったらしい。犯罪を犯しても2000万には届かないことを突き付けられただけだった。

 僕は一つ気になったことがあったので、挙手をする。茶柱先生はその僕を見て少し笑みを浮かべ、質問を許可した。

 

「退学になった生徒はその後どうなったんですか?」

 

「……さぁな。ただ、ロクな職には就けないだろうな。この学校を退学になる、ということはそういうことだ」

 

 詳細は分からないがやはり、退学になった生徒が歩む道は大変なものになるみたいだ。国が運営する学校から退学になることは、国から価値がない無能だと烙印を押されることと同義なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、昨日に引き続き目撃者の聞き込みが始まる。僕は正体が佐倉さんであることを知っているが、それを僕の口から皆に言うつもりはない。だが、だからと言って聞き込みに参加しないのは怪しまれるので、洋介たちに付いて行くことにする。

 その前に堀北さんに話をしておこう。帰ろうとしている彼女に声をかける。

 

「堀北さん、話いいかな」

 

「ええ、構わないわ」

 

 教室を出て、人気が少ない階段の踊り場で話を始める。

 

「結論から言うと、佐倉さんは目撃者だよ」

 

「やはりね。名乗り出る気は?」

 

「今は無いみたい。それでこのことなんだけど……」

 

 僕が言葉を続けようとしたタイミングで、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。階段の上に現れたのは洋介だった。

 

「あ、ここにいたんだね勇人君。これから聞き込みに行こうと思うんだけど」

 

 僕の姿がなくなったから呼びに来たのか。洋介は僕の横の堀北さんに視線を移した。

 

「私は帰るわ」

 

「う、うん。じゃあね」

 

 洋介を見てすぐに帰ってしまった。聞き込みに参加するように言われるかもしれないので逃げたのだろう。堀北さんは洋介のこと苦手にしているしな。

 

「ごめん、邪魔しちゃったかな」

 

「そんなことはない。大した話でもないしね」

 

 階段を下りてきて申し訳なさそうにする洋介に気にしないように言う。ただ、佐倉さんが目撃者であることをあまり言わないでほしいと伝えたかったのだが。まぁ、堀北さんが言い触らすとも思えないし、問題ないだろう。

 

 その後、洋介とともに聞き込みに向かったが、目ぼしい情報は得られず、解散となり、寮へと帰宅した。

 

 

 

 

 帰宅して少し経ったくらいに、部屋のチャイムが鳴る。ドアを開けると、櫛田さんと池君が立っており、今から綾小路君の部屋で作戦会議をするから誘いに来た、との事だった。

 綾小路君の部屋に入ると、山内君がすでに座っていて、程なくして須藤君がやってきて作戦会議が始まった。

 

「どうだったんだよ。なんか進展はあったのか?」

 

「全然ないっての。須藤、おまえほんとに目撃者はいたんだろうな?」

 

 聞き込みで全くと言っていいほど情報が手に入らなかったため、本当にいたのか疑いを持っているようだ。池君は初めから疑っていた気がするが。

 その質問に対して須藤君は否定も肯定もしなかった。

 

「は?誰もいたなんて言ってねえし。気配がしたって言ったんだよ俺は」

 

「確かに須藤くんは『見た』とは言ってないね。いた気がするって」

 

「そんなん須藤の幻覚じゃん。危ない薬とかやってるんじゃねぇの」

 

 池君の発言に須藤君が怒りヘッドロックをする。じゃれ合っている二人をよそに作戦会議は続いた。

 

 あれこれと話し合っているところで、櫛田さんが何かを閃いたかのように口を開く。

 

「少し方向を変えた方がいいかも知れないね。例えば、目撃者を目撃した人を探すとか」

 

「事件当日、特別棟に入って行く人を見ていないか探すんだな?」

 

「それなら倉持だろ!誰か見なかったのかよ?」

 

「僕は見ていないけど、特別棟の入り口そのものは目の届く範囲にあるから誰かは見ていたかもしれないね」

 

「いいじゃんそれ。さっそく頼むわ」

 

 投げやりに言った須藤君は携帯を出し、ソーシャルゲームに夢中になっていた。須藤君にできる事はないがこの態度はあまり良くないだろう。口には出さないが池君や山内君は不服そうに見ていた。

 さすがに注意しようかと思ったとき、部屋のチャイムが鳴った。誰かが訪ねてきたようだ。綾小路君が玄関に向かう。綾小路君の部屋に訪ねてくるとしたら、堀北さんだろうか。そう思っていると、玄関から声が聞こえた。やはり堀北さんだった。

 その声を聴いて櫛田さんが立ち上がり玄関へ向かった。面倒くさいことになりそうだから止めようとしたのだが、無理だった。結果、堀北さんを連れて、2人は戻ってきた。

 

「お、おぉ堀北!協力してくれる気になったのか? マジ歓迎だぜ」

 

「別にそんなつもりはないわ。どんなプランで行動しているのか気になっただけ」

 

「話だけでも聞いてくれるなら嬉しいよ。アドバイスも欲しいし」

 

 そう言って櫛田さんは今まで話してきたことを堀北さんに聞かせる。堀北さんはその話を聞いて訝しげにこちらを見ていた。

 

「ちょっと待って。まだ目撃者が分かっていないのかしら」

 

「仕方ねえだろ!情報がないんだから」

 

「情報がないってもう誰か分かっているでしょ」

 

「ええ!?だ、誰なの?」

 

 そういえば、まだ堀北さんに口止めをしていないんだった。まずいと思い止めようとするも時すでに遅し。堀北さんがその名を口にしてしまった。

 

「佐倉さんよ。彼女、目撃者の話をしているとき、様子が変だったもの」

 

「つまり、その佐倉か小倉だかが目撃者の可能性が高いってことか」

 

「あくまで可能性の話だね。偶々、行動がおかしかっただけでしょ?」

 

 堀北さんにアイコンタクトでごまかすように伝える。堀北さんのことだ、僕の意図をくみ取ってくれるだろう。

 

「何を言っているのかしら。確認を取ったじゃない。他でもないあなたが」

 

 全然くみ取ってもらえなかった。むしろ何言ってんだこいつ的な目で見られた。

 

「おい!倉持、どういうことだ」

 

「目撃者が誰か知ってたのか?」

 

 三馬鹿+櫛田さんに詰め寄られる。これはごまかしきれないと判断し溜息をつく。

 

「はぁ。そうだよ、僕が佐倉さんに確認した」

 

「何で黙ってたんだよ?」

 

「言ったらみんな、佐倉さんに詰め寄っていただろ?佐倉さんは人好き合いが苦手なんだよ。そんな事をすれば、口を閉ざしてしまう。だから黙っていた」

 

「倉持君は、佐倉さんを守っていたんだね。それなら仕方がないんじゃないかな」

 

 櫛田さんの一言で三馬鹿も黙っていた事を追及してくるのをやめた。これには櫛田さんに感謝だ。正直、後で綾小路君だけに目撃者の事を話そうと思っていたのだが、予定が崩れてしまった。

 

「何はともあれ、やったじゃん須藤。目撃者が見つかってよ」

 

「おう。目撃者がいたのは嬉しいけどよ、佐倉って誰だよ。知ってるか?」

 

 佐倉さんのことが分かっていない様子の須藤君に山内君が席の場所を教えるが、山内君も間違えている。池君が違う場所を言うがそれも間違っていた。櫛田さんが不機嫌そうに訂正する。

 

「全然記憶にないな。多分知ってんだよ。何となく聞き覚えある、ような気もしてきたし。何か特徴教えてくれ」

 

「じゃあアレだよ。クラスで一番胸の大きい子って言えばわかるか? やたら胸だけ大きい子いるじゃん」

 

「あー、あの地味メガネ女か」

 

 何故だかこの会話を聞いているとムカついてくる。胸だけ大きいだの地味メガネだのお前らが佐倉さんの何を知ってるんだと言いたくなるが、それを言うのもお門違いなので黙っている。櫛田さんが池君を少し軽蔑していたので心の中でざまあみろと思う。

 

「後は佐倉さんがどこまで知ってるかだね。その辺はどうかなあ?」

 

「そこまでは聞いてないよ。目撃者かどうか確認しただけだよ」

 

「じゃあ、ちょっと電話してみようか?」

 

「ストップ」

 

 携帯を出した櫛田さんの腕を押さえ、止める。すぐに押さえた手を放し、理由を説明する。

 

「いきなり電話しても困惑するだけだろうし、慎重にしたほうが良いと思うんだ」

 

「そうだね。それによく知らない私なんかに連絡されても迷惑に感じるよね。実際話しかけても相手にされてないみたいだし」

 

「堀北みたいなタイプってこと?」

 

 池君が本人を前にしてそう聞く。だが、堀北さんは全く気にしている様子はなかった。そもそも池君の発言には興味がなさそうだった。

 それからすぐに隙を突くような形で堀北さんは部屋から出て行ってしまった。出て行ってから、須藤君がツンデレめ、と言っていたが、堀北さんにはどっちも無いと思うのは僕だけではないだろう。

 

「私の見たところ、佐倉さんは単純に人見知りだと感じるけどどうなのかな」

 

「まぁ、大体はそうかな。特に男性が苦手みたい」

 

「地味だよな、何にしてもさ。ほんと宝の持ち腐れだよな、あれ」

 

「そうそう。ほんとに乳だけはすげえデカいんだよ。あれで可愛いけりゃ、うわっ!」

 

 池君が驚いた声を出す。その理由は僕がテーブルをドン、と叩いたからだ。自分でも驚くくらい2人の勝手な言い分にムカついていたのだろう。

 

「く、倉持?」

 

「その話はもうやめよう。聞いていて気分が良い物じゃないから」

 

「お、おう。悪かったよ」

 

 極めて笑顔で話す。池君も山内君も分かってくれたようで、佐倉さんの陰口を言うのはやめてくれた。池君が重くなった空気を変えるべく、話題を変える。

 

「そ、そういや俺、佐倉が誰かと話してるところとか倉持以外知らないや。山内は?って、あれ……?確か山内、おまえ佐倉に告白されたって言ってたよな?」

 

「あ、あー。まあ、そんなこと言ったような言ってないよな」

 

 そういえば、水泳の授業の時に言っていたな。すっとぼける山内君を見ると、どうやら嘘だったみたいだな。池君が追及する。

 

「やっぱり嘘かよ」

 

「ば、違うし。嘘じゃねえし。勘違いだし。佐倉じゃなくて隣のクラスの女子だったんだよ。っと、悪い、メールだ」

 

 そう言ってわざとらしく携帯を取り出し操作する。誤魔化し方が下手すぎるだろ。佐倉さんはかなり整った顔立ちをしているから、間違えることはないだろうに。しかし、佐倉さんが山内君のことを好きではなかったようで少し安心した。何を安心したのかは分からないが。

 

「明日まずは私一人で聞いてみるね。大勢で話しかけても警戒すると思うし」

 

「それがいいだろうが、倉持も同行したほうが良いんじゃないか。倉持となら話せるだろう」

 

「そうだね。お願いできるかな?」

 

「うん、わかった」

 

 綾小路君のありがたい提案に乗る。佐倉さんは櫛田さんのようなタイプは苦手だろうし、余計な事をされても困るからな。取り敢えず、三馬鹿には接触しないように釘を刺しておこう。

 

 そうして、作戦会議は解散になり明日、佐倉さんに話を聞くことになった。

 




サブタイトルを考えるのが地味に難しい。


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拒絶

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

最近、お気に入りが減って増えて、結果プラマイゼロ。という変な状況が続いております。私の力量不足ですね。頑張ります。
それでは続きをどうぞ。



 

 

 

 今日もつつがなく授業が終わり、放課後になる。櫛田さんが佐倉さんに話を聞くと言っていたが、今のところ接触はしていない。櫛田さんが接触する前にバレてしまったことを佐倉さんに謝っておこうと思った矢先、櫛田さんが佐倉さんに声をかけた。声をかけられると微塵も思っていなかったのだろう、かなり慌てていた。

 

「ちょっと佐倉さんに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「私……この後予定あるから……」

 

「そんなに時間取らせないよ。須藤君が事件に巻き込まれた時に見たことを聞きたいの」

 

「な、なんで……!?私が目撃者だって……」

 

 櫛田さんに話しかけられてから一度も顔を上げなかった佐倉さんが、櫛田さんの言葉に驚き、顔を上げる。そして僕の顔を見て悲しげな表情をする。

 

「ごめん、佐倉さんが目撃者だって話してしまった」

 

「っ!?……信じてたのに」

 

「待って!話が聞きたいだけで……」

 

「な、なにも知らない、ので、話すことはありません。さ、さよなら」

 

 僕から視線を外し、強い拒絶を示し距離を取るように荷物をまとめ立ち上がる。机に置いてあったデジカメを握りしめ、歩き出す。

 その時、前を見ずに電話をしながら歩いていたクラスメイトの本堂君とぶつかってしまう。その拍子に手に握られたデジカメが手から零れ落ち、高い音を出しながら床へ叩きつけられた。

 

「嘘……映らない」

 

 佐倉さんは慌ててデジカメを拾い上げデジカメを確認する。どうやら落ちた衝撃で壊れてしまったようだ。何度も電源ボタンを押したり、バッテリーを入れ直したりするが画面は真っ暗なままだった。

 

「ご、ごめんね。私が急に話しかけたから」

 

「違います……不注意だったのは、私ですから……さようなら」

 

 咄嗟に櫛田さんが謝るも、佐倉さんは落胆したままこの場を去っていった。それを櫛田さんは悔しそうに見送り僕は何も言えなかった。

 

 『信じていた』か……。佐倉さんにとっては目撃者が自分だったことを僕が話してしまったのを裏切られたと感じたのだろう。……当たり前か。やりたいようにすればいい、なんて言っておいて、すぐに詳細を聞きに来るなんて最低だろう。しかも他の人にバラして。

 僕の認識が甘かった。ちゃんと堀北さんに口止めをしておくべきだったんだ。心のどこかでバレても話を聞くだけなら問題ないと思っていたんだ。彼女の気持ちも考えずに。

 

 何やら須藤君と堀北さんが言い合っているようだが、どうでもよかった。僕は予想以上に佐倉さんに初めて拒絶されたことにショックを受けているらしい。

 ダメだ。ダメだと分かっていても昔の事を思い出してしまう。久しぶりに受けた拒絶。それが引き金となりトラウマが蘇る。寒気がする。吐き気がする。頭痛がする。克服したと思っていた。拒絶される事なんてもう怖くないと思っていた。でもそんなことはなかった。心の奥底で渦巻く闇が溢れてきそうになる。

 

「美しくない」

 

 耳に入ったその言葉に嫌な思考が強制的に打ち切られる。自分に言われたのかと声の方を見ると、そこには高円寺ミラーを持ち髪形を整えているいつもの男がいた。

 

「……何だと? もう一度言ってみろよオイ」

 

 その言葉に反応したのは須藤君だった。どうやら高円寺は僕にではなく、須藤君に向けて言ったみたいだ。

 

「何度も言うなんて非効率。ナンセンスだ。物分かりが悪いと自覚して言ったのであれば、特別にもう一度だけレクチャーしてあげても構わないが?」

 

 須藤君に一瞥もくれずに煽る高円寺にキレた須藤君が、机を蹴飛ばし勢いよく立ち上が

り、無言で高円寺の元へ歩き出す。教室の雰囲気は凍り付いていた。

 

「そこまでだ。二人とも落ち着いて。須藤君もだけど、高円寺君も悪いよ」

 

「フッ。私は生まれてから一度も悪いと思うことはしたことないのでね。君の勘違いなのだよ」

 

「上等だ。ボコボコにしてから土下座させてやる」

 

 洋介が制止に入るも更にヒートアップする。どんどん近づいて行く須藤君の腕を掴み止めようとしているが止まる気配はない。たまった鬱憤を高円寺にぶつけるつもりなのだろう。

 

 さすがに止めなければ、と思い三人の元へ急いで向かおうと足を踏み出した瞬間、うまく足に力が入らない事に気付く。さっきまで思い出していたトラウマの影響だろう。倒れそうになるも片足で前に飛びながらこらえようとする。だが、それが悪かったのだろう。洋介と須藤君の元へ一直線に向かってしまう。

 

「ちょ、よ、よけて!」

 

「え?」

「は?」

 

 途中で止まる事が出来ず、洋介に思いっ切り突っ込んでしまう。

 

「いてて」

 

「だ、大丈夫か?洋介」

 

「う、うん。それより勇人君に怪我がなくてよかったよ」

 

 急にタックルをかまされて床に叩きつけられ馬乗りにされても怒ることなく僕の心配をする洋介。良い奴すぎだろ。……ん?馬乗り?

 ヤバいと思った瞬間、女子の黄色い悲鳴が教室に響き渡る。今の状況は僕が洋介を押し倒したような形だ。まぁ実際押し倒したんだけれども。

 

「カメラ!早く撮らないと!」

「こんなところで大胆!」

「やっぱり2人はデキてるのよ!」

 

 口々に騒ぎ出すクラスの女子たち。やっぱりってなんだよ。前かろそう思ってたのか!?写真を撮られるのは絶対嫌なので慌てて飛び退く。その時に軽井沢さんと目が合う。彼女は何とも言えない表情をしていた。

 

「違うからね。事故だからね」

 

「……」

 

 仮とはいえ彼女にホモ疑惑を持たれるのは精神的に辛い。

 

「え~、とにかく!須藤君は落ち着こう。高円寺が言いすぎたのは僕が謝る。ごめん。でも須藤君も、今、騒ぎを起こすのは良くないことくらい分かっているでしょ?」

 

「……ちっ、わかったよ」

 

 高円寺を睨みつけ、教室から出て行く。僕の説得で引き下がったと言うよりかは、僕のドタバタで怒りが霧散したのだろう。まぁ、結果オーライだ良しとしよう。

 

「高円寺、お前は何で喧嘩を売るかね」

 

「別に喧嘩を売ったつもりは無いのだがね。ただ正論を言ったにすぎない。それをレッドヘアーくんが逆上してきたのだよ」

 

「お前の言い方が悪かったんだろ?」

 

「残念だがそれはないのだよ。おっと、そろそろデートの時間だ、僕は失礼するよ。君も少し拒絶されたぐらいで動揺しないことだね」

 

 そう言って高円寺は教室から出て行った。僕の様子に気付いていたのか。やはりあいつは侮れない。

 騒動の元である二人が去り、教室は落ち着きを取り戻す。軽井沢さんの誤解を解いた僕は堀北さんたちの会話に加わる。

 

 堀北さんたちは監視カメラの話をしていた。教室には天井付近に2か所のカメラが設置されている。おそらく、毎月の査定に用いられるのだろう。それを聞いて池君が衝撃を受けていた。でも何故、監視カメラの話をしているのだろうか。

 

「なんで監視カメラの話?」

 

「綾小路が今回の事件が教室で起きていればって言いだしてな」

 

「教室には監視カメラがあるからCクラスの人たちの嘘も一発で暴けたんだろうってね」

 

「なるほど。確かにそうだね」

 

 少し違和感を感じながらも話の流れに納得する。動かぬ証拠があればこの事件も簡単に終わらせるし、目撃者である佐倉さんも必要が無いんだけどな。

 

 

 

 今日は精神的に疲れたので、帰ろうと思っていると、堀北さんが綾小路君を一緒に帰ろう、と誘っていた。それを聞いて綾小路君は堀北さんに熱があると思ったのか手のひらを堀北さんの額に触れていた。それを見てニヤリと笑い思ったことを口にする。

 

「昨日池君が触ろうとしたら投げ飛ばしていたのに、綾小路君は大丈夫なんだね」

 

 僕が言った通り、昨日の作戦会議の中で池君が堀北さんの肩を触ろうとした際に堀北さんが池君を投げ飛ばしていたのだ。それなのに綾小路君が額に触れても何もしないのでからかってみた。

 だが、堀北さんは怒ることも焦ることもせず、無表情で綾小路君に手をどけるように言った。

 

「あと、倉持君。あなたも一緒に帰れないかしら。相談したいことがあるの。それとも平田君とイチャイチャするので忙しいかしら」

 

 前言撤回。からかわれたことに、結構怒っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑いね……」

 

 僕たちは教室を出た後、綾小路君が行きたいところがあると言い、特別棟に来ていた。特に変わった様子はないが、相変わらず、異常な蒸し暑さだった。綾小路君も暑そうにしていたが、堀北さんはその様子はなかった。

 

「悪いな、こんなところに付き合ってもらって」

 

「構わないよ。どうせ帰るだけだったし」

 

「貴方も変わっているわね。自分からこの件に首を突っ込むなんて。目撃者は見つかったし、それも不発。もう打つ手がないのに、何をしようというの?」

 

 目撃者の言葉にビクッとする。不発に終わったのは僕のせいでもあるのだろう。

 

「須藤は数少ない友達だからな。多少の協力はするさ」

 

「ならあなたには、彼を無罪にする方法があると思っているの?」

 

「それはどうかな。まだ何とも言えない。それにオレが1人で動くのは、倉持みたいに大勢で行動するのが得意じゃないからだ。今日も聞き込みをやると思ったから逃げただけだ」

 

「僕も得意ってわけではないけど。綾小路君が言う、事なかれ主義らしい考え方だね」

 

「本当にね。それで友達だから協力するって、相変わらずの矛盾よね」

 

 堀北さんと綾小路君は普段から一人で行動することが多い分、お互いに分かり合える部分があるように感じる。二人とも洋介とか櫛田さんのこと苦手にしているように見えるし。

 

 僕たちは事件があった廊下に着き、何かないか見て回る。すると、堀北さんが何かに気付いたように辺りを見渡し、考え込む。

 

「何か見つけた?」

 

「いいえ、ただここには無かったようで残念に思っただけよ」

 

「無かった?あ、もしかして監視カメラのこと?」

 

 堀北さんが見ていた天井を僕も見てみるが設置するためのコンセントはあったが、肝心の監視カメラは一つも見当たらなかった。それさえあれば一発で解決だったのだが、そううまくはいかないらしい。

 

「そもそも、学校の廊下にはカメラは設置されてなかったよな?」

 

「確かにそうだね。トイレにも、もちろんないし」

 

「他に設置されてない場所は、更衣室くらいかしら?」

 

「だな。後は大体ついてる」

 

「今更残念がることでもないわね。監視カメラがあるようなら、学校側は最初から今回の件を問題になんてしていないわけだし」

 

 堀北さんの言う通り、監視カメラがあれば始めからその映像を確認し、どちらが嘘をついていたかを明らかにしているはずだ。監視カメラがある事に期待していたわけではないが、いざ無いと分かると、少し落胆する。

 

 それから暫くの間うろうろとしていたが、特に得るものは無かった。会話もなくうろうろしていたが、堀北さんが口を開く。

 

「それで、須藤くんを救う策でも浮かんだかしら?」

 

「浮かぶわけないだろ。策を講じるのはお前ら二人の役目だ。須藤を救ってくれとは言わないが、Dクラスにとって良い方向に転ぶ手助けをしてほしい」

 

「無茶を言うね」

 

 綾小路君の言葉に堀北さんは呆れたように肩を竦めていた。しかし、須藤君のためでなく、Dクラスのためとはうまく言ったものだ。これなら堀北さんも協力することに前向きになれる。

 

「私たちを利用しようって話?ひょっとして、それで私たちをここに?」

 

「目撃者が佐倉ってことで状況は逆に悪化するかも知れないからな。何か手が無いか探っておいた方が良いだろ。まぁ、倉持はおまけみたいなものだが」

 

「おい、本人を前におまけって」

 

「冗談だ」

 

 Dクラスの生徒が目撃者であれば必然とその証言の信ぴょう性は低くなる。逆に目撃者をでっち上げた、と疑われる可能性もある。諸刃の剣であるのは間違いがない。堀北さんもそれは分かっているのだろう。

 

「須藤くんは気に食わないけど、彼に科せられる責任は軽くしたいと思っているわ。Dクラスの印象を悪くするのも損だしね。それに倉持君が言った通り、Cクラスにマイナスポイントを与えるチャンスでもあるわ」

 

「……そうだね。それに加えてポイントも残せればクラスメイトの不満も無くなるね」

 

 堀北さんの言っていることは全て本心なのだろう。他の人と同じく須藤君を救おうとは考えている。だが、一つ違うのは須藤君を無実にするのは完全に諦めている点か。須藤君が暴力を振ってしまってることを考えると仕方がないか。

 

「でも、佐倉さん以外の目撃者が現れない限り、須藤くんの無実を証明するのは不可能よ。Cクラスの生徒達が嘘を認める、でも構わないけれど。あり得るかしら?」

 

「あり得ないな。特にCクラスは絶対に嘘だとは認めない」

 

「あっちも証拠がないことを確信しているからこそ、この状況になっているしね」

 

 こっちの手札も須藤君の証言と、佐倉さんと僕が見たものだけだ。決定的な物とは言えない。

 

「本当に放課後のここは誰もいないな」

 

「この特別棟は部活でも使用しないもの、必然ね」

 

「呼び出すには絶好の場所だね。それにしても暑すぎる!」

 

「頭がどうにかなりそうだな。堀北は暑くないのか?」

 

 僕と綾小路君は暑さに参っているが、堀北さんは涼しげな顔で立っていた。

 

「私、暑さや寒さには比較的強いから。あなたたちは大丈夫……じゃなさそうね」

 

「汗だくだ」

 

「取り敢えず、窓でも開けよっか」

 

 そう言って窓を開けるが、すぐに閉める。

 

「危なかったな」

 

「うん……」

 

 窓を開けた瞬間、外の熱風が飛び込んできたのだ。すこし考えたらわかることなのにこの蒸し暑さのせいで思考が鈍くなっていた。

 

 やれることはこれ以上はないと判断し、僕たちは引き返し始める。すると、廊下を曲がろうとしたとき、向かい側から来た生徒とぶつかってしまう。

 

「あっ」

 

「わっと、ごめん、大丈夫?」

 

「は、はい、すみません、不注意でした」

 

「僕こそ、って佐倉さん?」

 

「く、倉持君……」

 

 ぶつかった女子生徒の顔を見ると見知った顔だった。お互いに誰か認識したところで気まずい雰囲気になる。こちらに顔すら向けてくれない。何を話していいか悩んでいると、それを見かねた綾小路君が佐倉さんに話しかける。

 

「佐倉はこんなところで何をしていたんだ?」

 

「あ、えと。私は写真撮るのが趣味で、それで……」

 

「趣味って、何撮ってるんだ?」

 

「廊下とか……窓から見える景色とか、そういうの、かな」

 

 何度か教室で聞いたことがある。須藤君の事件の時も写真を撮りに来ていたのだろうか。それを聞こうと思うも声が出ない。すると次は堀北さんが声をかける。

 

「少し聞いてもいいかしら佐倉さん」

 

「あ、あの……」

 

 佐倉さんがこの場に現れた不自然さを見逃すはずがなく、堀北さんは一歩前へ詰めてくる。それに怯えるように後退する佐倉さんを見て、無意識に堀北さんを手で制止する。

 

「さ、さよならっ」

 

 それを見て、佐倉さんは踵を返し、階段を下りて行く。これで良いのだろうか。このまま何も言わず別れても良いのか。何か言わなくては、と思い佐倉さんの名前を呼ぶ。

 

「佐倉さん!」

 

 佐倉さんはこちらを振り返ることはしなかったが、階段の踊り場で足を止める。

 

「君を裏切るような形になってしまって、ごめん。僕の事をもう信じれないかもしれない。でも、これだけは信じてほしい。僕は君の味方だ。もし、誰かに証言を強要されそうになったら相談してほしい。僕が絶対に守るから」

 

「……今は何も考えられないよ」

 

 そう言って佐倉さんは階段を下りて行った。

 

「残念ながら振られたわね」

 

「追い打ちをかけないでください」

 

 項垂れている僕に堀北さんが追い打ちをかけてくる。まださっき教室でからかったことを根に持っているのだろうか。持っているだろうな。

 

「千載一遇のチャンスだったかも知れないわよ? 彼女、事件のことが気になって足を向けたんだろうし」

 

「本人が知らないって言ってるんだから無理強いしても仕方ないんじゃないか?それに堀北も、Dクラスの目撃者の証言は弱いって分かってるだろ」

 

「まあ、そうね。倉持君に仕返しができただけ良かったわ」

 

「鬼だな」

 

 堀北さんをからかうのは容易にしてはいけない、と僕は学んだ。仕返しがえげつないからね。

 

「ねぇ君たち、そこで何してるの?」

 

 気を取り直して、引き返そうと階段を下り始めたとき、一人の生徒が声をかけてくる。

 

「ごめんね急に呼び止めて。ちょっと時間いいかな?もしや甘酸っぱいデート中かな?でも三人だからそれはないか。でもそういう関係もあるかもだし」

 

「げっ」

 

 振り返ってその生徒を確認した僕はそんな声を出してしまう。そこには美少女が立っていた。しかし、美少女でも、僕が苦手とする美少女。一之瀬帆波であったが。

 

 

 




文字数が6066字。少し不吉だなと思いました(笑)


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苦手なもの、一之瀬

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

今回の話は、キャラ崩壊が少し含まれるかもしれません。
ご了承ください。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

「げっ、とは失礼だね!普通、友達の顔を見てそんな声出すかな?」

 

 僕の出した声に目ざとく反応した一之瀬。苦手な相手に会ったらそんな声も出てしまう。面倒くさいことになりそうだし。

 

「勇人君はもう少し女の子の扱いを勉強するべきだね」

 

「余計なお世話だ」

 

「そんなんじゃモテないよ!」

 

 本当に余計なお世話だ。一之瀬は僕の事をなめている。それもかなりだ。

 

「私たちは帰っていいかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 蚊帳の外になっていた堀北さんが呆れたように言う。それを一之瀬が焦って止める。

 

「私たちに何か用かしら?」

 

「用って言うか……。ここで何してるのかなーって」

 

「別に。何となくうろうろしていただけだぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 隣の堀北さんが視線でプレッシャーをかけてきたのでそう言う。別にプレッシャーがなくても正直に話すつもりはない。だって、こいつに話したら絶対首を突っ込んでくる。おせっかいが大好きな奴だからな。

 

「何となく、かあ。君たちって勇人君と同じDクラスの生徒だよね?」

 

「……知ってるのか?」

 

「君とは前に2回くらい会ったよね。直接話はしなかったけど。そっちの子も、図書館で一度見た覚えがあるんだよね」

 

 一之瀬とは二人とも勉強会の時に会っているからな。一之瀬が物覚えは良い方だからね、と付け加えるが、物覚えが良くないと覚えていない、と言っているようにも聞こえるぞ、それ。

 

「てっきり喧嘩騒動がらみでここにいるんだと思ったんだけどな。昨日、私がいなかったタイミングでBクラスに情報収集に来てたみたいだしね。Dクラスの生徒が無実を証明しようとしてる、って後で聞いたんだよ」

 

「もし僕たちがその件でここにいたとして、一之瀬には関係ないだろ」

 

「んー、関係はあんまりないね。でも、話を聞いて気になったことがあったから、一度様子を見に来たの。よかったら事情を聞かせてくれないかな?」

 

 やっぱり首を突っ込んできた。単純な興味本位で聞いているのが半分。お節介で聞いているのが半分、といったところだろう。

 僕たちが沈黙していると、一之瀬は困ったように口を開く。

 

「ダメかな? 他のクラスのことに興味持ったら」

 

「いや、そんなことはないが……」

 

「裏があるようにしか思えないわね」

 

「裏って? 暗躍してCクラスやDクラスを妨害する、みたいな感じの?」

 

 綾小路君が穏便に済ませようとしているのに対して、堀北さんは直球で思っている事を言う。だが、それに対しては否定させてもらおう。

 

「それはないよ、堀北さん」

 

「あら、何故かしら?」

 

「こいつは超が付くほどのお節介で困っている人がいたら放っておけない性質なんだよ」

 

「そんな褒められたら照れるなぁ」

 

「褒めてないよ!」

 

 どこをどう聞いて褒めていると思うんだよ。結果的に一之瀬を庇う形になってしまい、内心少し後悔する。堀北さんは勝手にして、と言い少し距離を置いて窓の外を眺めた。僕もあまり相手にしたくないので綾小路君に任せる。

 

 綾小路君が今回の事件について、須藤くん側の主張を説明する。一之瀬は終始真面目な様子で話を聞いていた。聞いた話を自分の中で処理して話し出す。

 

「そんなことがあったんだね。それでBクラスまで来たんだね。なるほどなるほど……。ねぇこれって結構大きな問題なんじゃない?どちらかが嘘をついてる暴力事件でしょ?真相をはっきりさせないとまずいんじゃない?」

 

「だからこうして色々調べてるんだよ」

 

「別にここには何もなかったけどな」

 

「勇人君たちはクラスメイトとして、須藤くんの方を信じるんだよね。友達なら当然だろうけど。Dクラス側から見れば冤罪事件ってわけだ」

 

 中には須藤君を信じていないクラスメイトも多々いるのだが、話がややこしくなるので黙っている事にする。

 

「もういいかしら。知りたい情報は知れたはずよ」

 

 黙って聞いていた堀北さんがしびれを切らしたかのように口を挟む。彼女の言う通り、情報は渡したんだし、解散してもいいだろう。

 そう思っていると一之瀬は予想外の言葉を発する。いや、予想通りか。

 

「んー。あのさ、もしよかったら私も協力しようか? 目撃者探しとか。人手が多いほど効率的でしょ?」

 

「どうしてBクラスの生徒に手伝ってもらう流れになるのかしら」

 

「BもDも関係ないんじゃないかな?こういう事件はいつ誰に起こるか分からないよね。今回はその最初の事件のようだしさ。嘘をついた方が勝っちゃったら大問題だよ。それと話を聞いちゃった以上、個人的に見過ごせないってのもあるかな」

 

 前半は建前で後半が本音だ。一之瀬はそういう奴だ。困っている人がいれば手を貸さずにはいられない。堀北さんと綾小路君は判断に困っているようだった。

 

「私たちBクラスが協力して証人になることが出来れば、信ぴょう性は高くなるんじゃない?ただ、逆も然りで、Dクラスが被害を受ける可能性はあるけど……。どうかな?私は悪い提案じゃないと思ってるけど」

 

 須藤君が嘘をついていてCクラスが正しかった場合、Dクラスは致命的なダメージを負うことになるだろう。最悪、須藤くんは退学になる可能性もある。

 この提案に対してどう答えるのか。堀北さんと綾小路君を見る。二人ともすぐに返事をしないあたり迷っているのだろう。

 

 沈黙が少し続いた後、堀北さんは僕の方を向き口を開く。

 

「倉持君、あなたは彼女を知っているのよね?」

 

「まぁね。中学の同級生だったからね」

 

「あなたから見て、彼女は信用できるのかしら」

 

「……はぁ、さっきも言ったけど、一之瀬はお人好しだ。その点では信用はできる」

 

 溜息まじりにそう答える。堀北さんとしては、Bクラスが協力するメリットを考えたうえで一之瀬が信用できるか、がネックになると考えたのだろう。そこで少しでも人となりを知っている僕に聞いたんだ。それを聞いて堀北さんが決断を下す。

 

「分かったわ。手伝ってもらいましょう」

 

「決まりね。えーっと」

 

「堀北よ」

 

 協力関係として一之瀬の事を認めたのか、素直に自分の名を言った堀北さん。それに対して僕は口を挟む。

 

「本当に良いの?本当に信用できるか分からないよ」

 

「ひどいなぁー」

 

「今ある材料で判断しただけよ。彼女よりあなたの方が信用できるだけ」

 

 信用されていると喜んでいいのか微妙な言い方だな。何はともあれ、Bクラスとの協力関係が結ばれた。これが良い方向に進むといいのだが。

 

 

 その後、話を進めると、意外な事実が分かった。それは、部活などで大会に出て活躍すれば、個人にだけではなく、クラスのポイントにも繋がることだ。Bクラスは担任から教えてもらっていたみたいだが、うちはいつも通りの伝達漏れだろう。

 

「なんか変だね、君たちの担任」

 

「元々やる気ないと言うか、生徒に無関心だからな。そんな教師もいるだろ」

 

 中学でもそんな教師はいたんだ。綾小路君が言う通り、この学校に居ても不思議ではない。だが、一之瀬は何か引っかかたようだった。

 

「どうしたんだよ」

 

「この学校じゃ担任の先生の評価は卒業時のクラスで決まるって話、知ってる?」

 

「初耳ね。確かなの?」

 

 堀北さんと同じでそんな話は聞いたことがない。興味を示す、というよりも興味を示さざるを得ない。それは非常に重要なことだ。

 

「うちの担任の星之宮先生がさ、口癖のように言ってるんだよね。Aクラスの担任になれれば特別ボーナスが出るから頑張りたいって。結構違うみたいだよ」

 

「担任の先生に関しては羨ましいわね。Dクラスの担任と変えてほしいくらいだわ」

 

 堀北さんは、茶柱先生はDクラスの事などどうでもいいと思っていると考えているだろうが、実際は違う。茶柱先生は誰よりもAクラスに上がることを望んでいる。執着してるともいえるほどに。それは特別ボーナスのためだったのだろうか。僕には違うと思えてならなかった。

 

「そうだ、円滑に物事を進めるためにもみんなの連絡先聞いてもいいかな?」

 

 堀北さんは視線だけで綾小路君に指示を飛ばしていた。私は嫌だからよろしく、といった感じか。僕も同じく綾小路君に視線を送る。

 

「オレで良かったら。連絡くれたら対応する」

 

「うん、わかった」

 

 僕の視線も通じたようで、綾小路君が連絡先を交換する。よし、これでようやく帰れる。そう思っていると、何故か一之瀬が綾小路君と交換したまま携帯を僕の方へ向けた。

 

「はい」

 

「なに?」

 

「何って、連絡先だよ。勇人君も交換しよう」

 

「嫌だよ」

 

「なんで!?中学の時は交換してくれたでしょ?」

 

 中学の時は交換したんじゃなくてさせられたんだ。毎日毎日あまりにもしつこいから、嫌々教えたのだ。それに交換して後悔したことがある。

 

「だって教えたら一之瀬、めちゃくちゃ連絡してくるじゃん!ご飯食べた?だの、宿題ちゃんとやった?だの、学校遅れたらだめだよだの、母親かって」

 

「当たり前だよ。勇人君のこと心配だからね。あと、母親よりお姉さんかな」

 

「頭痛い……」

 

「だ、大丈夫?風邪かな?ちょっと額だして」

 

「違うから!一之瀬の発言で頭痛いって言ってんの」

 

 僕を心配して、熱があるかを確認しようとする一之瀬から距離を取る。一之瀬が僕の言葉に首を傾げる。本当に意味が分かっていないみたいだ。

 この状況を見かねた堀北さんが口を挟む。

 

「何でもいいから交換したらいいんじゃないかしら。もう帰りたいのだけど」

 

「そんな他人事みたいに」

 

「他人事でしょ。早く交換しなさい。時間の無駄だわ」

 

 堀北さんに催促され渋々交換する。まぁ、非通知にしていれば問題はないか。

 

 もう疲れたから帰ろう。そう思い、別れを告げ、帰ろうとすると、後ろから襟を引っ張られる。誰かは見なくても分かる。一之瀬だ。

 

「何するんだよ?」

 

「勇人君はステイ。明日にでも友達に相談して計画を練っておくよ」

 

「ええ、お願いするわ。それじゃあ」

 

「また何かあれば連絡してくれ。倉持、よく分からんが頑張れ」

 

 そう言って、2人は帰っていった。何で僕だけ残されたのか疑問に、というか不満に思っていると、それを察してか一之瀬が話し出す。

 

「久しぶりに会ったんだから話そうよ。いつも友達と行くカフェがあるんだー」

 

「僕に拒否権は?」

 

「んー、ないんじゃないかな?」

 

「……奢りだろうね?」

 

 満面の笑みでそういう一之瀬に反論する気も失せ、大人しく付いて行くことにした。せめてもの抵抗で奢らせようと決意して。

 

 

 

 

 特別棟を出て、施設が集まる場所へと移動する。その道中、何人かの生徒とすれ違い、Bクラスと思われる生徒ともすれ違った。カフェに着いた僕たちは、注文を済ませ、適当な席に座った。

 

「相変わらず人望があるんだね」

 

「え?なんで?」

 

 注文したフラペチーノのクリームをすくって、おいしそうに食べている一之瀬は僕の言葉に首を傾げる。

 

「ここに来るまでにすれ違ったBクラスの生徒、みんな一之瀬に声かけてただろ」

 

「あー委員長やってるから他の子よりかは目立つのかもね。それくらいだよ」

 

「委員長?そんなのこの学校にあった?」

 

「ううん、Bクラスが勝手に作っただけだよ。あとは副委員長と書記かな」

 

 勝手に作ってそれが受け入れられているってことは、やはり人望があるのではないだろうか。しかし、Bクラスはかなり統率が取れているみたいだな。僕たちのクラスとは大違いだ。

 

「そんなことより、驚いたな~。まさか勇人君が一緒の学校だったなんて」

 

「こっちのセリフだよ」

 

「でも、もっと驚いたのは勇人君がDクラスだったことかな。勇人君なら私たちのクラスに居ても不思議じゃないっていうか、そっちのほうが自然だったと思うんだけど」

 

「買いかぶりすぎだよ。一之瀬こそAクラスにいても不思議じゃないだろ」

 

 一之瀬はこう見えて、頭が良い。それに運動もできるし、コミュニケーション能力がずば抜けて高い。それでいて性格も難はない。僕にとってはあるが。贔屓目抜きでもAクラスに配属されていてもおかしくないのだが。

 

「それこそ買いかぶりすぎだよ。それに私はBクラスで良かったと思ってるよ。Aクラスに負けてないとも思ってる」

 

「羨ましい限りだよ。僕らじゃ勝っているところは何もないよ」

 

「そんなことないよ。堀北さんや綾小路君、あと高円寺君もいるんだから」

 

 堀北さんと綾小路君は間違いなくDクラスにとって貴重な戦力だろう。だが、高円寺は今のところそんなことはない。ポテンシャルはそれこそAクラスの生徒に引けを取らないものがあるが、如何せんそれを発揮する気がない。

 

「それに、高円寺君と勇人君が一緒のクラスってだけで脅威だけどな」

 

「どういうこと?」

 

「さぁね。それより勇人君!」

 

 何か嫌な予感がする。というか、面倒くさいスイッチが入った気がする。

 

「友達はたくさんできたかな?私が聞いた噂ではクラスの人気者の一人みたいだけど本当?」

 

「いや、知らないよ。友達はまぁいるけど」

 

「そうなんだ。やっと友達の大切さに気付いてくれたんだね。お姉さん嬉しいよ」

 

「毎回言うけど、お姉さんじゃないからね。誕生日は僕の方が早いし」

 

「あはは。背伸びしちゃって」

 

 頭を撫でてくる一之瀬の手を振りほどく。何故一之瀬はここまで僕に構うのだろうか。

 

「何で僕に構うんだよ。僕は別にボッチでもないよ」

 

「んー何でって聞かれると難しいんだけど、何となくそうしないといけない気がしたの」

 

「何だよそれ」

 

「初めて会った時に、この子は誰かが守ってあげないと消えてしまいそうだって」

 

 一之瀬には今までの生き方を捨てた僕がそう映ったんだろう。そんなに儚かったのか僕。ただ、クラスメイトと距離を置くようにしていただけなんだが。

 

「それとなんかね、保護欲を掻き立てられるっていうか、なんていうか、そう!手のかかる弟みたいな感じかな。だから私はお姉ちゃん」

 

「意味が分かんないな」

 

「それでいいんだよ。きっと」

 

「ん?」

 

 一之瀬が優しく微笑みながら僕を見る。でもそれに違和感を感じる。どこか、僕を通して違う何かを見ているかのようだ。

 一之瀬にも確実に闇がある。それが極稀に見えるときがある。僕に対する行動がその闇に繋がっているのか、それはまだ何も分からない。

 

「それで、ちゃんとご飯は食べてるのかな?ポイントが無くて食べれてないなんてことはないよね?」

 

「またそれか。問題ないよ。無料でもらえるやつもあるし」

 

「それでも心配だよ。ポイントが足りなくなったらいつでも言ってね。貸してあげるから。もちろん、卒業までには返してもらうからね」

 

「そのときはお世話になるよ」

 

 尤も、そんな日は来ないと思うが。女性に金を借りるなんてヒモみたいでなんか嫌だし。一之瀬に借りを作るのも怖くてできない。

 

 それからクラスの事など根掘り葉掘り聞かれ、気づいた時には日が落ちる時間帯だった。さすがに、寮へ帰る事にする。

 

 寮に着き、エレベーターを待つ。一応礼は言っておかなくちゃな。

 

「ありがとな。協力を申し出てくれて」

 

「ううん、これは私たちのためでもあるから」

 

「そっか」

 

 エレベーターが一階に着き、乗り込む。しかし、一之瀬は立ったままだった。

 

「どうかした?」

 

「あのさ、やっぱり私が世話を焼くのって迷惑かなって思ってさ。勇人君がホントに迷惑してるならもうやらないよ」

 

 何を深刻な顔で言いだすかと思えばそんな事か、迷惑かだって?そんなの決まっているだろ。

 

「うん、迷惑だよ。逆に迷惑だと思っていなかったのが驚きだよ」

 

「あう!?やっぱり、そう、なんだ。あはは、ごめんね」

 

 何で涙目になってるんだよ。これじゃあ僕が悪者みたいじゃないか。これだから僕は一之瀬が苦手なんだ。

 

「でも、嫌じゃないよ」

 

「え?」

 

「嫌だったら、一之瀬とこうして話してないだろ。だから、その、そういうことだよ」

 

「ホントに?じゃあ今までみたいでいいの?メールも送っていい?」

 

「ああもう、うるさいよ。勝手にすればいいじゃん」

 

「うん。勝手にさせてもらうよ」

 

 さっきまでの表情が嘘みたいに明るいものになる。さっきのは演技だったのではないかと、本気で疑うほどに。

 一之瀬は何故か憎めないんだ。その好意に裏がないと分かっているから。何をされてもそれが善意だと分かっているから。だから僕は一之瀬が苦手だ。

 

 

 それから、一之瀬と別れ部屋に帰ってくる。僕の精神はもうボロボロだ。風呂は入らずに寝よう。そう考え、着替え始めると、携帯が震える。メールが届いたようだ。

 差出人の欄には一之瀬と映し出されていた。

 

『今日はありがと!これからもよろしくね!あと、ちゃんとお風呂は入らないとダメだからね』

 

 了解、と返信して、携帯を置く。進言通り、風呂に入るか。そう思い、浴室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その後、寝る前に戸締りをしろだの、歯磨きをしろだの、続けてメッセージが来たときは軽く後悔した。

 

 




この小説の一之瀬さんはこういうキャラクターです。
一之瀬さんファンの方は受け入れられないかもしれませんがよろしくお願いします。


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番外編 休日のエンカウントpart1

評価、お気に入りありがとうございます!
久しぶりに日間に載っていて嬉しかったです。

番外編といいつつも、本編と繋がっています。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 休日。それは月曜から金曜まで勉学に励んできた自分たちへのご褒美。この二日間は学校のしがらみから解放される。外で遊ぶもよし、部屋でゴロゴロするもよし、勉強をするもよし、全てが自由なのだ。選択は無限大だ。

 

 なんて、たいそうな事を言ってみたが、実際は特にやる事なんて限られている。僕の休日は誰かに誘われて遊ぶか家で読書するかの2択しかない。

 今日も今日とて、部屋で一日中読書して過ごすつもりだ。色々あったから精神的なリフレッシュが必要なのだ。僕にとっての読書がそれにあたる。

 しかし、計画は始まる間もなくつまずく。

 

「まだ読んでない小説が……ない……」

 

 この学校に来てから、ポイントの消費を抑えるため、小説を買う事がかなり少なくなり、読むものがなくなっていた。同じ小説を読み返すのでも良いのだが、今日は新しいものが読みたいのだ。じゃないとリフレッシュできそうにない。

 

 図書館にでも行って借りようかと考えたが、休日に制服に着替えて行くのは気が引ける。仕方がない、本屋にでも行って新しい小説を買うか。そう思い立ち、着替えをして用意をする。

 

 このときの僕は今日が長い一日になってしまうことなど微塵も想像していなかった。

 

 

 

 

 

 部屋から出て、エレベーターに乗り込む。程なくしてエントランスである1階に到着する。そのまま出口に向かおうとすると、一人の女子生徒が目に入った。

 

「はぁ、困りましたね。どうしましょうか」

 

 何やら困りごとのようだ。女子生徒の視線の先には段ボールが一つ。結構大きいが、何が入っているのだろうか。

 まぁ、僕には関係のないことだしこの場を去ろう、と考えたのだが、足が止まる。話だけでも聞いてみるか。困っている女性を捨て置くほど性根は腐っていない。

 

「何か困りごとかな?」

 

「え?」

 

 その女子生徒に近づき声をかける。振り返った女子生徒を見て思わず息をのむ。綺麗な銀髪をなびかせた人形のような可愛らしい女の子だった。遠目でも思ったが、背が低い。

 女子生徒は僕の問いかけに一瞬驚いた表情を見せるが、直ぐに笑顔に変わった。

 

「すみません、声をかけられるとは思っていなくて。実は以前にモールで買ったものを宅配していただいたのですが、部屋までどうやって持っていこうか悩んでいたのです。部屋まで持ってきてくださると勘違いしてました」

 

 この学校はモールで買ったものを宅配してもらうことができる。しかしそれはエントランスまで。管理人の方が受け取り、それを生徒が取りに来て自分で部屋まで持っていく仕組みだ。家具などの一人では運べないようなものは例外だが。今回の宅配物はその例外ではないようだ。

 

「良ければ僕が部屋まで運ぼうか?」

 

「お気持ちだけ受け取っておきます。見ず知らずの方にそこまでしていただくのは申し訳ないので」

 

「……1‐Dの倉持勇人」

 

「えっと……」

 

 女子生徒は急に名乗りだした僕を困惑した様子で見る。そりゃあ会話の途中で急に名乗りだしたら意味が分からないが、僕が名乗ったのには訳がある。

 

「これで見ず知らずの人じゃなくなったでしょ?尤も、僕に部屋の場所を知られたくない、とかだったら断って。親切の押し売りはしたくないし」

 

「……ふふふ。あなたは面白い方ですね」

 

 マジで僕に運ばせたくないから遠回しに断ったのかと少し不安になる。それを見透かしてか、女子生徒が笑い出す。面白いことは言ってないと思うが。

 

「1‐Aの坂柳 有栖(さかやなぎ ありす)と申します。お願いしてもよろしいでしょうか、倉持くん」

 

「ああ、構わないよ」

 

 そう言って、女生徒、坂柳さんの段ボールを持ち上げる。中には何かがギッシリと詰まっているようでかなり重かったが、女性の手前冷静を装い持ち上げた。

 そのままエレベーターに乗り込み、坂柳さんの部屋がある階へ向かった。

 

 

 

 

「この辺りにでも置いていただければ大丈夫です」

 

「分かった。よいしょっと」

 

 坂柳さんが部屋の鍵を開け中に入る。続いて僕も部屋に入らしてもらい、言われた場所に段ボールを置いた。用事も済んだことだし、早急に出たほうが良いだろう。

 

「それじゃあ僕はこれで」

 

「ちょっと待ってください」

 

 部屋を出て行こうとした僕を坂柳さんが制止する。まだ何かあるのだろうか。

 

「よろしければお礼に紅茶でもいかがですか?」

 

「さすがに会ったばかりの女性の部屋にお邪魔するのは……」

 

「もうすでに入っているではないですか。それにお邪魔とは思いませんので大丈夫です」

 

 断りを入れるもすぐに返される。それは屁理屈なのではないだろうか。でも、厚意を無下にするのもよろしくないのでお言葉に甘えるとするか。

 

「それじゃあ少しだけ頂こうかな」

 

「ええ、直ぐに用意いたしますので適当に座ってお待ちください」

 

 そう言って、坂柳さんはキッチンへ向かった。取り敢えず立っていても仕方がないのでテーブルの椅子に座らしてもらう。しかし、考えてみると、こんな形ではあるが女性の部屋に入ったのは初めてかもしれない。そう思うと少しばかり緊張してくる。

 それから数分が経ち、紅茶の良い香りとともに坂柳さんが戻ってきた。

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません。お口に合うか分かりませんがどうぞ」

 

「ありがとう。いただきます。……なにこれ?滅茶苦茶おいしい!」

 

 今まで飲んできた紅茶が水に感じられるほどおいしい。紅茶なんてどれも一緒だと思っていたがここまで変わるのか。

 

「お口に合ったみたいで良かったです。大したものをお出しできず申し訳ありません」

 

「そんなことはないよ。お店で飲むやつよりおいしい。荷物を運んだだけでこれを飲めたんだ。安いもんだよ」

 

「そう言っていただけると入れた甲斐があります。改めて、運んでいただきありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

 しかし、こうしてみると凄い礼儀正しい子だな。言葉遣いもそうだが、礼の所作一つ取っても綺麗なものだ。

 

「倉持くんにお聞きしたいのですが、なぜ私を助けたのですか?」

 

「なぜって」

 

「ただの善意でしょうか?それとも私に()()()()からでしょうか」

 

 そう言って坂柳さんはテーブルに立てかけていた杖を触った。僕はここまで一度も話題に出さなかったが、坂柳さんは足かどこか悪いのか、杖をついていた。それを見て僕が同情して手伝ったのか知りたいのか。何やら試すような視線が向けられる。

 

「あ、私が可愛いから、という可能性もありますね。答えていただけますか?」

 

「なぜかって聞かれたら、同情したから、かもね。杖を持っているのを見かけて絶対運ぶのは無理と判断して声をかけた。君が杖を持っていなければ声をかけていなかったかもしれない」

 

「ずいぶんと素直に答えるのですね」

 

「不快にさせてしまったかな?」

 

「そんなことは一切ありません。むしろ素直に言っていただいて嬉しく思っていたくらいですので。倉持くんに下心がないことは初めから分かっていましたし」

 

 同情した、なんて言われたら普通は怒っても不思議ではないが、坂柳さんは嬉しいという。全く真意が読めない。

 

「それは違うよ。声をかけたのは坂柳さんが可愛かったからって理由もあるし」

 

「あら、光栄です。お世辞でも嬉しいものですね。ただ、それはないと言い切れます。なぜなら、倉持さんが初めて私の顔を見たのは声をかけた後ですもの」

 

 驚いたと同時に確信する。坂柳有栖はかなりの切れ者だ。そして、僕と同じような目を持っている。確かに僕が坂柳さんの顔を見たのは声をかけた後が初めてだ。それがバレているということは、声をかけた瞬間から、僕は観察されていた。そのうえで彼女は僕の提案に乗ったのだ。

 

「ふふふ。そのような難しい顔をしないで下さい。私は倉持くんと会話を楽しみたいだけなのですから」

 

「坂柳さんが試すようなことを言うからでしょ。杖の事を聞いても?」

 

「ええ、構いません。私は重い先天性疾患でして、運動などは全くできないです。歩くのにも杖が必要なのですよ」

 

「手術とかでは治らないの?」

 

「現状では無理です。でも私はこの生活に不満はありませんし満足しています。おかげで、こうして倉持くんにも会えましたし」

 

 彼女の表情を見ている限り本当に病気について受け入れているのだろう。後半の話は本当に思っているかは分からないが。

 そんな事を考えていると、坂柳さんが何かを思い出したかのように手を叩き、そういえば、と続ける。

 

「倉持くんはどこかに行こうとされていたのですよね?お時間は大丈夫でしょうか」

 

「それは問題ないよ。小説を買いに行こうと思っていただけだから」

 

「それでしたら丁度良かったです。ちょっと待っていてくださいね」

 

 そう言って坂柳さんは椅子から立ち上がり、先程運んできた段ボールの元へ向かう。段ボールを開けると、中には大量の小説が入っていた。

 

「これはまた凄いね。どうりで重かったわけだ」

 

「重いのを我慢して持ってきて下さりましたものね」

 

 我慢していたのはバレていたのか。それは中々恥ずかしいな。

 

「読書が好きなの?」

 

「ええ、この足ですので読書くらいしかやることがないですし。でも、読書が好きなので問題はないです」

 

「体が丈夫な僕でも似たようなものだよ」

 

「お心遣いありがとうございます」

 

「そういうのは言わないでくれ。恥ずかしくなる」

 

 ふふふ、と坂柳さんが笑う。分かってて言っているのだろう。完全にからかわれてるな。しかし、見たことがない小説がいっぱいだ。

 

「まるでおもちゃを見ている子供のようですね。今回のお礼に何冊か差し上げます」

 

「やったー、と言いたいところだけど貰うのは止めておくよ」

 

「遠慮せず受け取ってください。これはお礼なのですから」

 

「礼なら紅茶を貰ったから。本まで貰うほどのことはしてないよ」

 

 この本はこの学校に来てから買ったものだ。それなら当然、プライベートポイントを使っていることになる。これからこの学校で生き残っていくために必要なポイントで。それを易々と受け取るわけにもいかないだろう。

 僕が頑なに受け取らないのを見て坂柳さんが溜息をつく。

 

「思ったより頑固な方なのですね倉持くんは。分かりました。ではこの本を貸します」

 

「へ?」

 

「本を貸すのなら問題ないでしょう。友人として感想を聞きたいから本を貸す。何らおかしなことはありません。それでも受け取りませんか?」

 

「わかった、それなら貸してもらおうかな」

 

 それから、小説の話を色々しながら坂柳さんのおススメを2冊借りることにした。僕の事を頑固だと坂柳さんは言ったが、坂柳さんもそうだと思う。

 

 気付けば1時間以上お邪魔してしまい、さすがにそろそろお暇させてもらうとする。その前に最後に聞きたいことがある、と坂柳さんが言った。

 

「Dクラスの綾小路くんはご存知ですか?」

 

「うん、同じクラスだからもちろん知っているよ」

 

 坂柳さんの口から思いもしなかった名前が出てきて驚く。知り合いなのだろうか。

 

「倉持くんから見て、彼をどう思いますか?」

 

「どうっていわれても、物静かだけど話すと面白いとか、意外と切れ者だって感じかな」

 

 僕の返答を聞いて、どこか落胆したような表情をする坂柳さんを見ながら、だけど、と続ける。

 

「それよりも僕は綾小路君が怖い。彼が何を考えているのかが全く見えない。と思ったら急に分かりやすくなる。それが僕には怖くて仕方がない。どれが本当の綾小路くんなのかが不透明すぎるんだ」

 

「……そうですか。ありがとうございます。やはりあなたは面白い人ですね」

 

 さっきの落胆した表情は無かったかのように今は嬉しそうな表情を浮かべている。思考が読めないって点では坂柳さんも怖いんだけどね。

 

「それじゃあ僕はこれで。紅茶ごちそうさま」

 

「いつでも飲みにいらしてください。本を返していただくついでにでも」

 

「それは魅力的な提案だね」

 

 おそらく社交辞令だろう。それでもまた飲みたいと思ったのは本当に美味しかったからだろう。

 坂柳さんに別れを告げ、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 坂柳さんと別れた後、自分の部屋に帰ろうかと思ったのだが、せっかく着替えて外に出たので、ついでにカフェにでも行って読書をすることにした。

 寮を出ると、蒸し暑さが体がべたつく。早くも自室に帰りたくなるが、我慢して向かうことにする。

 

 モールにある読書に最適なカフェに向かう途中、見知った顔が前方に見えた。あちらも僕に気付いたようで手を振ってくれる。

 

「やっほー倉持くんっ」

 

「こんにちは、軽井沢さん。それに佐藤さんと篠原さんも」

 

 軽井沢さんに加え佐藤さんと篠原さんがそこにはいた。いまからどこかに行くのだろうか。

 

「三人でモールに行くのっ。洋服とか化粧品とか見にね」

 

「まぁ、ポイントが無いから買えないんだけどね~」

 

「ウインドウショッピング、だっけ?それだけでも楽しいじゃん。欲しくなっちゃうかもだけど……」

 

「そうなったら、ポイントがもらえるまでの辛抱だね。このまま頑張ればポイントも徐々に増えて行くさ」

 

 やはり、女子高生にとってお金が無いのは死活問題なのだろう。それでも彼女なりに今を楽しめるように頑張っているに違いない。

 

「それで、彼氏さんは何か用事?」

 

「その呼び方はやめてよ佐藤さん。ちょっとカフェで読書しようと思ってね」

 

「カフェに行くなんて珍しいね。いつもは部屋から一歩も出ずに読んでるじゃん」

 

「まぁ、偶にはね」

 

 坂柳さんの部屋に行ったことは言わないほうが良いだろう。変な勘違いをされても困るし。僕の曖昧な返しに佐藤さんがニヤリと悪い笑みを浮かべる。嫌な予感がする。

 

「さては浮気?倉持くん人気あるもんねぇ」

 

「そんなわけないだろ。僕なんか相手にされないよ」

 

「そんなことないでしょ。倉持くんのこと良いなって思っている子何人か知ってるよ」

 

 篠原さんまで悪い笑みを浮かべ参加してくる。まぁ、明らかに冗談だと分かるから問題ないが。そう思い軽井沢さんを見る。

 

「う、う、うわき!?そ、そんなことあるわけが……で、でもネットとかでよく見るし」

 

 普通に動揺していた。そもそも偽の恋人関係なのだから動揺する意味が分からない。僕が裏切ると思っているのだろうか。

 裏切る。佐倉さんのことを思い出して少しへこんでしまう。それも早く解決しなければならないんだけどな。

 

 結局、誤解を解くのに時間を有し、3人と別れた頃には1時間近く経過していた。

 

 それから僕はカフェに着き、念願の読書を始めた。

 

 




坂柳さんの口調がいまいちわからない……

次回も番外編が続きます。
この番外編は今後、物語に関係してくる人たちと出会うことを主軸としています。次回はあのキャラと出会う予定です。



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番外編 休日のエンカウントpart2

評価、お気に入りありがとうございます!
今回で番外編は終わりです。

よう実7巻をやっと買いました。まだ最初の方しか読めていませんが……。
それでは続きをどうぞ。


 

 目的地であるカフェに到着し、アイスコーヒーを注文し席に座る。余談だが、僕はブラックコーヒーは飲めない。いつもコーヒーフレッシュをニつとガムシロップ半分を入れている。コーヒーフレッシュを二つも入れるのは僕くらいなものだろう。

 

 午前中に部屋を出たはずが、もう昼を過ぎてしまった。だが、まだ半日はある。小説を読むには十分だ。昼ご飯も食べたいところだが、先に小説を読もう。坂柳さんの薦め方が上手すぎて中身が気になって仕方がないのだ。

 

 暑い中歩いて来たので喉がカラカラだったので、コーヒーを一気に半分近く飲んでしまう。かなりもったいない気がするが、読みだしたら夢中になって飲むことを忘れそうだし丁度いいだろう。

 いざ読もうと本を開くと、何やら横から視線を感じる。気のせいだと思い、再び読み始めようとする。だがそれもすぐに止める。気のせいなんかじゃない。確実に見られている。それも食い入るように。

 誰かに覗かれているかもとか、監視されているかもとかじゃない。ガン見だ。隣に座っている女子生徒が僕の方をガン見していた。僕が何かしたのだろうか。気になって読書どころではない。

 

「えっと……何か用かな?」

 

「はっ、私としたことが……ごめんなさい」

 

 僕の事を、というよりは僕の持つ小説をガン見していた女子生徒は僕の呼びかけに我に返ったかのように謝罪をしてきた。別に謝られることではないのだが。

 

「あなたが持っている、年季の入った小説が初めて見るものでしたので、気になって見入ってしまいました」

 

「そ、そうなんだ」

 

 どこか抜けたような、おっとりとした雰囲気の女子生徒は僕を見ていた理由を話す。一度、小説から外した視線がまた小説へと戻っている。そこまで気になるのか。

 

「良ければ少し見てみる?」

 

「よろしいんですか?」

 

「かなり気になっているようだからね」

 

「それでは少しだけお借りします」

 

 そう言って僕から小説を受け取り、目を輝かせながら小説を見る。さっきの僕もこんな表情をしていたのだろうか。

 

「かなり古い本のようですね。作者も聞いたことがありません。この作者の本は他にもあるのですか?」

 

「どうだろう。実はそれ、借りものなんだ。貸してくれた人の私物だよ。この学校に来るときに持ってきたらしい」

 

 坂柳さんに借りた小説のうち、これだけは買ったものではなく、持ってきたものをおススメだから、と貸してくれたのだ。僕もこの女子生徒と同じく、見たことも聞いたこともないものだったので興味がそそられたのだ。

 

「そうだったんですね。内容も気になりますが、さすがにお返しします。ありがとうございました」

 

 すごい名残惜しそうに小説を見ているが、坂柳さんの私物であるため、僕が彼女に貸すわけにもいかないので、申し訳ないが返してもらう。

 

「借りものだからごめんね。しかし、よほど小説が好きなんだね」

 

「はい、特にミステリーが好きですね。あ、自己紹介がまだでしたね。わたしは1‐Cの椎名(しいな)ひよりと申します」

 

「これはご丁寧に。僕は1‐Dの倉持勇人。よろしくね」

 

「よろしくお願いします。それで、倉持さんはどんな小説がお好きですか?」

 

 軽く自己紹介をして、女子生徒、椎名さんが目を輝かして聞いてくる。

 

「僕は雑食かな。どのジャンルでもそれぞれ良い所があるし」

 

「その回答はずるいです。それがありなら私も同じです」

 

「ずるいって何だよ。しいて言うなら僕もミステリーが一番読むかな」

 

「それは喜ばしいことです。それで、えっと、くら……あ、クラリスさんは好きな作家は誰ですか?」

 

「ちょっと待った、僕はクラリスさんじゃなくて倉持」

 

 自己紹介したばっかりなのにもう名前を忘れたのか?それにしても絞り出した末にクラリスって。そんな外人みたいな名前なわけないだろ。

 

「これは失礼しました。どうしてこう、人の顔と名前は覚え難いんでしょうか」

 

「それにしてもクラリスは無いでしょ。どっからでてきたの」

 

「思い出そうとしたら最近読んだ小説の登場人物の名前を思い出してしまって。それで少しの可能性に賭けて呼んでみました」

 

 この子はおっとりとした見た目に反して、なかなかアグレッシブな子なのかもしれない。基本表情が変わらないから冗談か本気かも分かり辛い。

 

「小説の登場人物ね。思いつくのは『アルセーヌ・ルパンシリーズ』のクラリス・デティーグとかかな」

 

「驚きました。ルパンと最初に結ばれる妻ですね。読んだことがあるんですか?」

 

「あれは名作だからね。さっきの質問の答えだけど、好きな作家がモーリス・ルブランなんだ。彼の小説は、ほとんど読んでいるよ」

 

「素晴らしい作家ですよね。ルパンを創造した奇才です」

 

「そうなんだよね。それにルブランの『アルセーヌ・ルパンシリーズ』はルパンの活躍から始まり、冒険もの、探偵もの、恋愛ものってバリエーションが豊かで前期の作品と後期の作品ではそれぞれ違った趣があるんだよね」

 

「分かります。それに物語の中でルパンを自殺させたときに言った言葉が苦悩が分かる名言なんですよね」

 

「「ルパンが私の影なのではなく、私がルパンの影なのだ」」

 

 小説について、しかも僕が好きなルブランについてここまで話ができる人は初めてだ。今の僕はかなりテンションが上がっている。やっぱり好きな事について語れるのは良いものだな。

 

「すいません、蔵臼さん。少し興奮してしまいました。Cクラスには小説を好む人がいなくて」

 

「いや、僕も一緒だよ。あと倉持ね」

 

「倉持って覚えにくいと思いませんか?」

 

「そうなのかな?確かに同じ苗字の人はあまりいないかも」

 

 外国人の名前じゃなくなったのは進歩だが、どうも名前が覚えにくいみたいだ。本当に変わっているな。

 

「下の名前はなんでしたっけ?」

 

「はやとだよ」

 

「漢字ではどう書くんですか?」

 

「勇ましい人で勇人」

 

「なるほど……」

 

 椎名さんは何やら考え込みだした。そして何かを思いつき、口を開く。

 

「決まりました。それでは、ゆうくんと呼ばせていただきます」

 

「えっと、僕の名前は、はやとなんだけど」

 

「はい。だから、ゆうくんです」

 

 これ以上言っても駄目だ。勇気の勇から、『ゆうくん』になったのだろう。あだ名をつけられたと解釈しよう。

 

「覚えれるのなら、もうそれでいいよ」

 

「バッチリ覚えました。早速ですが、ゆうくん、もう少しお話をしませんか?」

 

 その提案にどうしようかと考える。もちろん話をするのは構わないのだが、借りた小説を読みたい気持ちもある。

 どうしようか悩んでいると、椎名さんが何かに気付いたように手を叩く。

 

「CクラスとDクラスが敵対している状況で仲良くすることを気にしているのでしょうか。それならご心配なく。私は争いごとのようなものに興味はありません」

 

「それは全く考えていないけど」

 

「良かったです。そのようなつまらないことで、無意味にゆうくんと亀裂が入るのは嬉しくありません。仲良くすることが一番いいことなんですから」

 

 椎名さんは今起きている事件をつまらないこと、と言い切る。この言葉にはどんな意味が込められているのだろうか。

 

「もう飲み物がないですね。私が買ってきます」

 

「それは悪いよ。自分で出す」

 

「それには及びません。話をしていただくお礼とお詫びです」

 

「お詫び?」

 

 お礼は分からなくもないがお詫びとはいったい何のことだろう。疑問に思っていると、椎名さんの次の言葉に衝撃を受ける。

 

「はい、私のクラスの生徒が()()()()()、ゆうくんのクラスに迷惑をかけているお詫びです」

 

「椎名さん、今なんて?」

 

「嘘をついてそちらの生徒を陥れようとしているお詫びですよ。それより、私のことは、ひよりでいいですよ。龍園くんもそう呼びますし」

 

 さらに龍園の名前も出てきて、頭の中が少しパニックになる。少しお待ちくださいね、と言って椎名さんはレジへ向かって行った。呆気にとられながら、その姿を眺める。

 今の発言の狙いは何だ?僕にCクラスが嘘をついていることを言うメリットが全く分からない。それになぜ龍園の名前を出した?或いは何も考えていないのか?

考えても答えは出なさそうなので、思考を打ち切り大人しく椎名さんを待つ。

 

 なんにしても、かなり椎名さんに振り回されているな。この後も話を続けることも自然と決まっちゃってるし。かなりマイペースな子だな。誰かさんの相手で慣れているが。

 程なくして飲み物を持って椎名さんが帰ってくる。

 

「お待たせしました。こちらをどうぞ」

 

「ありがとう。それよりさっきのは言ってもよかったの?」

 

「問題ありません。龍園くんが勝手にやっているだけですので。私は普段龍園くんとは距離を置いているので」

 

「Cクラスが嘘を言っている話はいいんだろうけど、その龍園君の名前を出してもよかったの?」

 

「……ゆうくんが誰にも言わなければ問題はありません」

 

 何も考えずに言ったんだな。少し警戒していたがその必要はないみたいだな。そう結論付けた僕は椎名さんが買ってきてくれたコーヒーに口をつけた。

 

 一口飲んだ瞬間、ある違和感に気付く。それは僕が先程飲んでいたものと味が一緒なのだ。似ているとかじゃない。()()()()()

 

「コーヒーフレッシュとガムシロップの方は勝手ながら入れさせていただきました。ゆうくんはコーヒーフレッシュ2つにガムシロップ半分ですよね?」

 

「……なんでそれを?」

 

 ガムシロップの量が分かるのは納得できる。先程の僕のトレーにはガムシロップが半分残っている容器が残っていたからだ。足りないと思ったら入れれるように、捨てずに置いていた。

 だが、コーヒーフレッシュについては分かるはずがない。入れた直後に捨てているのだから。

 

「先程飲んでいたコーヒーの色から逆算しました。通常よりも白かったので」

 

「椎名さんはそれを見ただけで分かったのか?」

 

「意外と出来るものですよ。こう見えて、洞察力にすぐれているんです、私。あと、ひよりでいいですよ」

 

 簡単そうに言うが普通は出来ることじゃない。再度彼女に対する認識を改める。彼女は底が見えない。注意しておいて損はないだろうな。

 

「そんなことはどうでもいいんです。早く話の続きをしましょう」

 

「わかったよ、ひより」

 

 ひよりと話していると、どうも気が抜けてしまう。それが計算なのか天然なのか、それはまだ分からないが、今は同じ趣味を持つ者同士の会話を楽しむことにしよう。難しいことを考えるのはそれからでもいいだろう。

 

 

 

 

 

「こんな時間まで付き合わせてしまい申し訳ありません」

 

「謝ることはないよ。僕も楽しかったし」

 

 結局、小説の話が盛り上がり、気づいたときには夕方になっていた。長居しすぎてしまったのでカフェから出た。

 

「そう言っていただけると嬉しいです。またお話がしたいので連絡先を交換してもらっても?」

 

「うん、構わないよ」

 

 携帯をポケットから取り出し、連絡先を交換する。Cクラスの生徒では初めて交換したな。

 それから、ひよりは寄るところがあるらしいので、別れのあいさつを交わし解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひよりと別れた後、他のカフェに行くのもあれなので寮へ帰る事にした。帰って、部屋で小説を読むことにしよう。色々あってまだ1ページも読めていないのだから。

 

「あ、勇人君だ。おーい」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえたが気のせいだと思う事にしてそのまま歩き続ける。

 

「あれ?聞こえてないのかな?勇人くーん」

 

 なおも幻聴が聞こえるが気にしない。読書の方が重要だ。

 

「無視!?これが噂に聞く反抗期なのかな……」

 

「誰が反抗期だよ、一之瀬」

 

「やっと反応した!もう、無視は良くないと思うけどなぁ」

 

 僕を呼んでいた人物、一之瀬が、いかにも怒ってますって感じに頬を膨らませる。無駄に可愛いから腹が立つ。

 

「悪かったよ、こんなところで何してるの?」

 

「友達と遊びに行った帰りだよ。勇人君は?」

 

「僕も似たようなものかな」

 

「休日に友達と遊ぶようになったんだね。いいことだよ。うんうん」

 

 中学の時は何回も遊びに行こうと誘われたけどすべて断っていたからな。ほぼ毎週誘ってきてたっけ。

 

 一之瀬と話していると後ろから一之瀬を呼ぶ声が聞こえ、2人の女子生徒がこちらにやってくる。Bクラスの生徒だろうか。

 

「やっと追いついた。一之瀬ちゃん急に走り出すからびっくりしたよ」

 

「ごめんごめん。勇人君見つけたからつい」

 

 友達と遊びに行ったのに、その友達の姿が見えないと思ったらほったらかして来たのかよ。一之瀬は意外と猪突猛進なところがあるからな。意外でもないか。

 その後、一之瀬から2人を紹介された。やはりBクラスの生徒だった。なぜか片方の白波さんって子に凄い睨まれてるんだけど、僕が何かしたのか。

 

「君が例の弟君か」

 

「はい?弟君?」

 

「うん、一之瀬ちゃんがいつも話してるよ。弟みたいな子がいるって」

 

「おい、一之瀬。何変なこと吹聴してんだよ」

 

「あはは、でも実際、弟みたいなものだし」

 

 まさかBクラスの生徒みんなに弟だって言ってないだろうな。風評被害だ。名誉棄損で訴えるぞ。それよりも白波さんが怖い。さっきよりも僕の事を睨んでいる。この子に恨まれることをした覚えはないぞ。もしかして一之瀬がまた余計なことを言ったんじゃないだろうか。

 

「何度も言ってるけど僕を弟扱いするなよ。それにクラスメイトに変なこと言うの禁止」

 

「変なことなんて言ってないよ」

 

「もう手遅れじゃない?Bクラスの女子の間では有名だよ。弟君」

 

「嘘でしょ、勘弁してよ」

 

 ということは、Bクラスの女子から僕は世話が焼ける男だと思われているのか。一之瀬なんかに世話をしてもらってるなんて思われているのか。それはかなり屈辱的だな。

 

 これ以上話を聞いて、精神的なダメージを負いたくないので先に帰る事にする。白波さんの目が怖すぎることもあるが。だってずっと僕の事睨んでるんだもん。一之瀬の奴、何を吹き込んだんだよ。

 

 

 一之瀬たちと別れた僕は寮へと向かう。そろそろ日が落ちるころだ。段々と夕日が沈んでいっている。

 寮までの道を歩いていると向かい側から一人の男子生徒が歩いて来るのが見えた。身長は平均より少し高いくらいで、黒髪だが癖のあるやや長めのヘアースタイルが特徴的な男だった。何よりその男が醸し出す雰囲気が異質なものだった。どこか自信が溢れているような、実力者がだすもののようだった。

 

 徐々に距離が近づき、何事もなくそのまますれ違う。しかし、すれ違った後にその男子生徒に呼び止められた。

 

「おい、おまえ」

 

「ん?何かな?」

 

「……気のせいか。なんでもねぇ、忘れろ」

 

 人を呼び止めておいて勝手な奴だな。それを言って突っかかっても仕方がないので、気にせず歩き出す。

 すると、またもや向かい側から男子生徒が小走りでやって来る。その男子生徒には見覚えがあった。今回の騒動のCクラスの生徒の一人、石崎君だ。

 

「待ってください龍園さん」

 

 石崎君は僕の横を通り過ぎ先程の男子学生に駆け寄る。やはりあの男がCクラスのボス、龍園君か。Aクラスを目指すうえで、まず初めに乗り越えなくてはならない壁になるであろう男だ。まさかこのタイミングで会えるとは思っていなかった。

 

ㅤしかし、今日は色んな人に会ったな。Aクラスの坂柳さんに始まり、Dの軽井沢さん、Cのひより、Bの一之瀬、そして、Cの龍園くん。全クラス制覇だな。

 

ㅤ今日の出来事を頭の中で振り返っていると、寮の入口に到着する。すると、同じタイミングで寮へと帰ってきた男がいた。

 

「最後はお前か、高円寺」

 

「マイフレンドか、何だその呆けた面は」

 

「いや、最後の最後に高円寺か、と思ってね」

 

「よく分からんな。だが、私に会えたんだ、感涙してもおかしくはないと思うのだがね」

 

ㅤあいも変わらず、自分大好き人間だな。何で高円寺に会ったくらいで感動して泣かなければならないんだ。

 

ㅤ高円寺と並んで寮へと入っていく。

 

「そういえば、今日は高円寺並のマイペースな子に会ったよ」

 

「それはおもしろい。是非会ってみたいものだな」

 

ㅤひよりと高円寺が会話するところを想像する。……ダメだな。僕が苦労する未来しか見えない。

 

「しかし、勇人よ。今日は読書すると記憶していたのだが」

 

「その予定だったんだけどね。色々あって結局まだ読めてないよ。今日は1日中読書のつもりが最悪だよ」

 

「そうか。しかしながら私には君が落胆しているようには見えないのだがね」

 

ㅤ高円寺は含みのある笑みを浮かべながら、僕の方を見る。完全に見透かされてるな。

 

「まぁ、その分()()()()は大きかったからね」

 

「そうか。()()()()()()だったようで何よりだ」

 

「そうだね、有意義だったのは間違いないよ」

 

ㅤ僕たちDクラスがAクラスに上がるために乗り越えなければならないものが少し見えてきた。

 

ㅤ中でも坂柳有栖、椎名ひより、この二人はかなり危険だ。僕が()()()()()に気づいていた。龍園も反応はしたが気づくまでには至らなかったみたいだ。それでも警戒しておく必要がある。

 

「随分と楽しそうだな。まるで新しい玩具を与えられた子どものように見えるぞ」

 

「この学校にもすごい人がいるみたいだからね」

 

「ほぅ、それが私のことも楽しませることができる人物であればいいのだがね」

 

ㅤそうして、僕たちはそれぞれの部屋の前に着き、別れを言って入っていく。

 

「やっと帰ってこれた」

 

ㅤ帰るなりベッドにダイブして一息つく。今日一日は本当に長かった。少し小説を買いに行くだけのつもりだったのだが。

 

ㅤしかし、やっと落ち着いて読書ができる。

ㅤそう思い、小説を手に取る。そこでふと、思い出す。

 

「宿題やるの忘れてた……」

 

ㅤ休日は学校のしがらみから解放されると言ったが、そんなことはなかったみたいだ。

 

ㅤまだ、僕の長かった休日は終わらないようだ。




坂柳さんに続き椎名さんも口調が…
この小説の椎名さんは人の名前を覚えれない設定を盛り込んでいます。

これで倉持君は全クラスの人と繋がりが持てました。
次回から原作に戻ります


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告白

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

今回は長くなったので2話に分けました。

それでは続きをどうぞ。



 

 

 僕らが通う高度育成高等学校には寮が4つある。生徒が住む学生寮が3つ、教職員やショッピングモール等の施設で働く住み込みの従業員が住む寮が1つの計4つだ。学生寮は各学年ごとに分かれている。

 つまり、1年生全体が同じ寮で生活している。それは男女問わずだ。そのため、必然的に他クラスの生徒たちとも出会ったり関係を持つことことになる。

 

 何が言いたいかというと、会いたくない人でも、同じ寮に住んでいる以上、ばったり遭遇してしまうこともあるということだ。

 

 

 

 いつも通り軽井沢さんと登校するためロビーに向かう。ロビーに着いたがその姿はなく、待つことにする。軽井沢さんは早く来たり遅く来たり日によって変わる。まだ約束の時間にはなっていないので大丈夫だろう。

 

 ロビーに設置されているベンチに座りながら待っていると、エレベーターが1階に到着し、生徒が降りてきた。その生徒が僕に気付き声をかけてきた。

 

「おはよう、倉持」

 

「おはよう、綾小路君。いつもこの時間だっけ?」

 

「いや、ちょっと早く目が覚めてな」

 

 僕に声をかけてきたのは綾小路君だった。いつもこの時間に見かけないので聞いてみると、やはりいつもより早いらしい。

 

「軽井沢を待っているのか?」

 

「うん、そろそろ約束の時間なんだけど……ごめん、電話だ」

 

 話の途中で携帯が震える。ディスプレイを確認すると軽井沢さんからの着信だった。綾小路君に詫びを入れて、その電話に出る。

 

「ごめん、倉持君!寝坊したっ」

 

「あらら、学校は間に合いそう?」

 

「うん、それは大丈夫。だから先に行ってて」

 

「分かった、遅刻しないようにね」

 

「頑張るっ」

 

 通話が終了する。声が寝起きのものだったので、起きたばっかりなのだろう。それでも時間的には十分間に合うので心配する必要はないだろう。先に行っていいとの事なので、せっかくだし綾小路君と行こうかな。

 

「何かあったのか?」

 

「軽井沢さんが寝坊したみたい。先に行っていいみたいだから、一緒に行かない?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「じゃあ、行こっか」

 

 ベンチから立ち上がり、学校に向かうため歩き出そうとすると、聞き覚えがある声が聞こえた。声の方を見てみるとそこには、一之瀬がいた。管理人と何かを話していたようで、お礼を言っていた。見つからないうちに早く寮を出よう。

 

「あっ!やっほ、勇人君、綾小路君。おはよう」

 

「おはよう、一之瀬」

 

「……おはよう」

 

 歩き出そうとしてすぐに見つかってしまった。見つかった以上、諦めるしかないだろう。

 

「二人は仲良いんだね。この間も一緒にいたし」

 

「今日は偶々だ」

 

「綾小路君、これからも勇人君のことよろしくね」

 

「一之瀬によろしく言われる筋合いはない。それより管理人と何を話してたの?」

 

 このままだと一之瀬の面倒くさいスイッチが入りそうなので、話題を変える。

 

「うちのクラスから何人か、寮に対する要望みたいなのがあって。それをまとめた意見を管理人さんに伝えてたところなの。水回りとか、騒音とかね」

 

「なんで一之瀬がわざわざそんなことを?」

 

「私が学級委員やってるからかな」

 

「学級委員って……もしかしてDクラス以外にはあるのか?」

 

 綾小路君がそう思うのも無理はない。Dクラスの担任があの人だからね。言い忘れていたとかあり得ない話ではない。でも今回はそういうわけではない。

 

「ないよ。Bクラスが勝手に作ったんだって。それで一之瀬が学級委員長」

 

「役割が決まってると色々楽だからね。文化祭とか体育祭のときとか」

 

「なるほどな。Bは統率が取れているみたいで羨ましいな」

 

「そうだね、Dではまず無理だろうね」

 

「別に変に意識したりはしてないよ?みんなで楽しくやってるだけだし。それに少なからずトラブルを起こす人もいるしね。苦労することも多いんだから」

 

 苦労することも多いと言いながらも楽しそうに笑う一之瀬。少なくとも須藤くんみたいなトラブルを起こすクラスメイトはいないのだろう。もしいれば、もっと苦労が顔に出ているはずだ。尤も、一之瀬ならそれでも今のような笑顔をしているかもしれないが。

 

 結局、流れで一之瀬も加えた3人で登校することになり、歩き出す。僕たちが学校に近づくたび、当然ながら生徒の数も増えて行く。

 僕が一之瀬と一緒に登校したくなかった理由の一つはこれだ。周りの視線が集まってしまう。一之瀬は顔は普通に、というかかなり可愛いし、スタイルもいい。女性人気もすごい。だから、周りの視線を嫌でも集めてしまうのだ。

 横を通り過ぎる生徒が次々に一之瀬に挨拶をする。この間カフェに行ったときと同じだ。相変わらずの人気である。

 

 そして、もう一つ僕が、一之瀬と一緒に登校したくない理由がある。

 

「おはよう一之瀬委員長!それに弟君も」

「おはようございます一之瀬さん!弟君と一緒なんですね」

 

「弟君?倉持のことか?」

 

「それには触れないで」

 

 Bクラスの女子に弟君と呼ばれるからだ。だから嫌だったんだ。仲の良い姉弟を見るような目が非常に腹が立つ。それを否定しない一之瀬にも。

 ここで僕が弟じゃない、と言っても、恥ずかしがってるんだね、と言われるだけだ。というか既に言われた。解せない。

 

「あ、そうだ。二人は夏休みのこと聞いた?」

 

「夏休みのこと?」

 

「南の島でバカンスがあるって噂、耳にしてないんだ」

 

 僕も綾小路君も聞いたことがなかった。だが、テストの時に茶柱先生がバカンスに連れてってやる云々言っていたな。あの時は褒美として、と言っていたがこれのことか。茶柱先生が個人的に連れて行ってくれるわけではないのかよ。当たり前だが、あの言い方だとそう聞こえるだろ。うまいこと言いやがったな。

 

「信じてなかったんだが、本当にバカンスなんてあるのか?」

 

「今までの事を考えると、ね」

 

「怪しいよね、やっぱり。私はそこが一つのターニングポイントだとみてるんだよ」

 

「バカンスでクラスポイントが大きく動く何かがあるって?」

 

「そそ。テストよりもグッと影響力のある課題。そうじゃないとクラス間の差って中々埋まらないからさ」

 

 一之瀬の言うことは一理ある。今のままでは差を縮めるのはほぼ不可能だ。競争を促す学校としてはこの状況は望んでいないだろう。差を縮めることができる何かがあっても不思議じゃない。

 

「あとさ、疑問に思ってることがあるんだけどね。最初に4つのクラスに分けられたじゃない?あれって本当に実力順なのかな」

 

「入試の結果で判断しているわけではないだろうな。うちにも成績だけならトップクラスの人間はいるからな。総合力、とかじゃないか?」

 

「私もね、最初はそうかもって思った。勉強は出来るけど運動が苦手だとか。運動は出来るけど勉強は苦手みたいな感じで。だけど、総合力の判断だと下位クラスは圧倒的に不利じゃない?」

 

「この学校は個人戦ではなく団体戦。総合力でAからDに分かれていればDに勝ち目は全くないね」

 

 一之瀬の指摘はもっともだ。クラスの変動は個人の力でどうにかなるものじゃない。クラス全体の力が必要だ。それなのに優秀な生徒をAに集めてしまえば、下のクラスが勝つのはほぼ不可能であろう。

 

「一之瀬はクラスの差が埋まる何かが隠されていると?」

 

「そんな感じかな」

 

「一応聞くと、根拠は?」

 

「あははは、あるわけないじゃない。でも、しいて言うなら、Dクラスに勇人君や高円寺君がいることが根拠にもなるかな」

 

 確かに僕だけならまだしも高円寺がDクラスなのは何かある可能性はある。いくらコミュニケーション力が皆無だとしても実力はAクラスのものだ。彼以上のポテンシャルを持った人物など見たことがない。

 

 その後もクラスのことを話したり、綾小路君が一之瀬に敵に塩を送ることをやめたほうがいい、と忠告したりしながら学校へ向かった。

 その途中、一之瀬が何かを思い出したかのように、その場に立ち止まる。顔を見るといつになく真剣の眼差しを向けられる。一之瀬がさっきまでの明るさから一転し、真剣な顔になったので僕も真剣に彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「あのさ……勇人君にお願いが……」

 

「断る」

 

「断るの早すぎだろ。話くらい聞いてやったらどうだ」

 

 条件反射で断ってしまった。話を聞くつもりがなかったわけではないのだが、お願いと言われて勝手に口が開いたのだ。

 

「悪い、つい断ってしまった。それでお願いって?」

 

「あのさ、良かったら今日の放課後少し時間貰えないかな?事件のことで忙しいのは百も承知なんだけどさ」

 

「特にやることないし、少しだけなら」

 

「ありがと、放課後……玄関で待ってるね」

 

 最後まで真剣な顔で話して校舎へと消えて行った。かなり真剣だったので引き受けてしまったが、何があるのだろうか。

 

「もしかしたら告白かもな」

 

「それはないよ」

 

「そうか?オレから見たら、一之瀬は倉持に少なからず好意を持っていると思うが」

 

「絶対ないって言いきれるよ。だって姉が弟を好きになるわけないでしょ?」

 

 一之瀬が僕に向けている好意は家族愛みたいなものだろう。異性に向けるものではない。一之瀬が僕のことを弟と言っている以上、そんな展開にはなることはないだろう。

 

 

 

 

 教室に着くと、何人かの生徒は既に席に座っているか、他のクラスメイトと談笑していた。自分の席に向かうと、隣人である佐倉さんが顔を俯かせて席に座っていた。

 

「おはよう、佐倉さん」

 

「……お、おはよう」

 

 挨拶を返してはくれたものの、こちらに視線を向けてはくれない。今まで話しかければ視線をこちらに向けてくれていたので少なからずショックを受ける。

 もう一度謝るべきか。謝っても何も解決しないのは分かっているが、僕にできることはそれくらいしかないのだろう。

 

「佐倉さん、目撃者の件だけど……」

 

「……その話は、やめて、ください」

 

「そうじゃなくて、謝りたくて」

 

「わ、わたし、トイレに行って、きます」

 

 立ち上がった佐倉さんはそう言って教室から出て行ってしまった。完全に失敗した。今まで、こんなことになったことがないので、僕にはどうすればいいのか分からないんだ。

 

 それから休み時間などに違う話題で話しかけるも、撃沈。気付けば放課後になり、佐倉さんも足早に帰ってしまった。

 

「どうすりゃいいんだよー」

 

 机に突っ伏して弱音を吐く。どうにか仲直りする手段はないのだろうか。

 そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。

 

「倉持、何をやってるんだ?一之瀬との約束があるんだろ」

 

「そうだった。綾小路君、代わりに……」

 

「じゃあな、オレは帰る」

 

 綾小路君に見捨てられる。まぁ、約束したのは他でもない自分なので仕方がない。重い腰を上げ、玄関へと向かう。

 

 

 

 玄関には帰宅する生徒で溢れていた。その中でも一之瀬は目立つため、見つけるのは容易だった。しかし、声をかけようにも、一之瀬の元には次々と声をかける生徒が現れ、タイミングがない。

 

 もう、このまま帰ろうかと思った直後に一之瀬と目が合う。一之瀬が僕に手を振り名前を呼ぶ。周りの生徒、特に男子に睨みつけられる。だから声をかけたくなかったんだ。

 このまま無視をして帰るわけにもいかないので、一之瀬の元へ向かう。

 

「いま、帰ろうとしてなかったかな?」

 

「気のせいだろ。お願いって何?」

 

「直ぐに終わらせるつもりだから、ついてきて」

 

 一之瀬に手を掴まれ、そのまま引っ張られる。離せ、と言っても無駄なことは過去に経験済みなので、黙って付いて行く。それから一之瀬が足を止めたのは体育館裏だった。

 僕の腕を離した一之瀬は僕の方を振り返り、呼吸を整え話し出す。

 

「さてと……勇人君を呼んだのは私が告白……」

 

「されるんだろ?」

 

「そう、ここで告白されるみたいなの」

 

「はぁ、帰る」

 

 真剣な顔で何を言い出すかと思えば、そんなことか。来て損したな。さっさと帰って佐倉さんの問題をどうするか考えよう。

 僕が踵を返すと、一之瀬が再び僕の腕を掴み、帰るのを阻止する。

 

「ちょっと待って!私、恋愛には疎くて、どう接したら傷つけずに済むか分からなくて。これからも仲の良い友達でいたいから……。それで勇人君に助けを求めたの」

 

「断ることは決まってるのか。それは僕に頼むことじゃないだろ。自分のクラスの人に頼めよな」

 

「それが、Bクラスの生徒なんだよね。告白相手。今日のことは出来るだけ秘密にしたいの。そうじゃないとこれから先、気まずくなりそうだし」

 

「それなら僕にも話さない方が良かっただろ。それをネタにBクラスの団結を壊すかもしれないぞ」

 

「それはないよ」

 

 一之瀬は迷いのない顔で断言する。確かにそんなことするつもりも無いが、断言されると何か変な感じだ。それでも、やらなくてはいけない状況になれば、僕は迷わずそれを実行するだろう。一之瀬の信頼を裏切ってでも。

 

「だから……彼氏のフリをしてもらえないかな?」

 

「断る!」

 

 絶対面倒くさいことになると直感した僕は再び帰ろうと踵を返すと、三度腕を掴まれ、それを阻止される。早くしなければ相手が来てしまう。

 

「お願いだから!色々調べたら、付き合ってる人がいるのが一番相手を傷つけないで済むって……」

 

「知らないよ!そんな嘘、後でバレたら逆に傷つけるぞ」

 

「バレる前に、直ぐに分かれたことにするとか!大丈夫、勇人君に私がフラれたことにするから」

 

「そんな心配はしていない!絶対に止めといたほうが良い」

 

「でも、あっ!」

 

 引っ張り合いをしながら言い争っていると、一之瀬が何かに気付いたように声を上げる。嫌な予感がして、ゆっくりと首を後ろに回す。

 そこには告白相手であろう人物が立っていた。驚いたのはその人物が女性であり、前に僕を睨んでいた白波さんだったのだ。

 

 これは思った通り面倒くさいことになることは間違いなさそうだ。

 

 

 

 




続きます。


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伝えたいこと

続きです。
今回は2話投稿しているので、最新話から来られた方はご注意ください。

それでは続きをどうぞ。


「あの一之瀬さん……なんで()()()がいるんですか?」

 

 いきなりそいつ呼ばわりか。完全に敵意を持ってるな。

 

「えっと、ごめんね千尋ちゃん。この間会ったから知ってるよね?倉持勇人君」

 

「知ってますよ。でも、どうしてここにいるんですかっ」

 

 白波さんがこの状況に涙目になっていた。その様子を見て一之瀬があたふたと慌てる。軽くパニックに陥っているようだった。こいつは優しすぎるんだ。

 しかし、白波さんの様子がちょっとおかしい。混乱しているというより何かに怒っているように感じる。

 

「あの、どこかに行ってもらえませんか。これから大切な話があるんです」

 

「わ、ちょっと待って千尋ちゃん。その、えっとね、実は勇人君は……」

 

 かなり焦っている一之瀬。告白する前に彼氏だ、と言って断りを入れるつもりなのだろう。だが、それは僕が阻止させてもらう。やっぱり、こういうのはちゃんと話すべきだ。

 そう思い、口を開こうとすると、先に白波さんが口を開いた。

 

「一之瀬さん、それ以上言わなくていいです。私、分かっています」

 

「え?千尋ちゃん?」

 

 予想外の言葉に僕も一之瀬も固まる。白波さんは断られることを察知したのか?それなら僕の出番はないな。早急にこの場から退却させてもらおう。

 しかし、そうはいかないみたいだ。白波さんが僕の方を向く。

 

「あなたが一之瀬さんをたぶらかしているんですよね?」

 

「……はい?」

 

「一之瀬さんが優しいのをいいことに、それに付け込んで最低ですね」

 

 なぜか僕が罵られる事態に発展している。僕が一之瀬をたぶらかす?ありえないだろ。

 

「待って、千尋ちゃん。勇人君は悪くなくて……」

 

「一之瀬さんは下がっていてください。私知っているんですよ。この人が4股をかけていること」

 

「よ、4股!?」

 

 さっきから構図が僕から白波さんが一之瀬を守るようになっている。白波さんが言うには僕が4股をかけているらしい。身に覚えがなさ過ぎて他人事のように感じる。

 

「あなたはDクラスの軽井沢さんと付き合っているんですよね?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「ええ!?勇人君、彼女いたの!?ねぇねぇ、どんな子?」

 

「話が進まないから黙ってて。それでなんで4股だと?」

 

 一之瀬が無駄に食いついてくるが、黙らせる。

 

「しらばっくれないで下さい。他にもDクラスの生徒をたぶらかしていますよね?何度か食堂で仲良くお昼を食べていたのを見ましたよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「堀北さんのことか?あれはただ食事をしてただけだよ。Dクラスについての作戦を練っていただけ」

 

「この間も綾小路君と一緒にいたもんね。やっぱり千尋ちゃんの勘違いだよ」

 

 一之瀬がフォローを入れてくれる。一緒に食事をしただけでそんなこと思われたらたまったもんじゃないぞ。もう一人も同じような感じだろう。

 

「そうですか。でも、もう一人は言い訳できませんよ。この間、メガネをかけた生徒と手をつないでいましたよね?その後一緒にベンチに座って、たい焼きを食べていました。あれはどう説明するんですか?」

 

「あちゃー、完全にデートだね。それは言い訳できないよ勇人君」

 

「それは、元気がなかったから元気づけようとしただけで、デートじゃない。手をつないでたわけじゃなく、手を掴んで引っ張っていただけだ」

 

 まさかアレも見られていたとは。確かに傍から見たらそう見えても仕方がないと言える。というか、一之瀬は味方じゃなかったのかよ。

 

「そんなの信じられません!」

 

「そうだよ、勇人君!浮気はダメだよ」

 

 どうしてこうなった。何で僕が二人に責められてるんだよ。二人とも目的を忘れてないか?もういい加減面倒くさくなってきた。

 

「ああ、もう!僕のことはどうでもいいだろ!白波さん!」

 

「な、なんですか?」

 

「君はここに何しに来たの?僕を責めに来たの?違うでしょ。君は一之瀬に伝えたい思いがあってここに来たんだろ。勇気を出して手紙を出してさ。だったら僕になんか構ってないで伝えたいことを伝えればいい。君が一之瀬のことを大事にしていることはよく分かるから」

 

 思えば初めて会ったときから睨まれていたのはこれがあったからだろう。でもそれは一之瀬を思っての行動だった。おそらく彼女は本来、気が弱い性格だろう。それでも大事な人を守るために動いた。それほどまでに一之瀬のことが好きなんだ。

 

 次に僕は白波さんから一之瀬の方を向く。

 

「一之瀬、君もだ。白波さんがどれだけの勇気を振り絞って手紙を出してここに来たか分かるだろ。この告白で今の関係が壊れても、それでも気持ちを伝えようとしたんだ。その気持ちに君は本音で答えなくてはならないんじゃないか?もしそれが傷つける結果になっても。君が白波さんのことを大切に思っているなら猶更だ」

 

「っ……」

 

「僕が言いたいのはそれだけだ。一応言っておくけど、本当に4股なんてしてないからね」

 

 最後に念を押してこの場を去る。何様だよ、と思われるような発言だったかもしれないが、あれで一之瀬がちゃんと向き合ってくれればいいのだが。

 

 それから僕は帰ろうと思っていたのだが、足が止まる。そのまま並木道のベンチに座り白波さんに言ったことを考える。伝えたいことを伝えればいい、か。良くも偉そうに言ったもんだ。僕自身ができていないのにな。

 

 5分ほどたって一人の女生徒が小走りで駆けてきた。その生徒は僕を見つけ、立ち止まる。

 

「あの……。ごめんなさい。失礼なことを言ってしまって。全部私の誤解だったんですね」

 

「ああ、構わないよ。一之瀬を守るためだよね」

 

「はい、でもフラれちゃいました」

 

「そっか」

 

 彼女の目には涙が浮かんでいた。でも表情は曇ったものではなく、晴れやかなものに感じた。

 

「ありがとうございました」

 

「なんのお礼?」

 

「一之瀬さんに言ってくれたことです。おかげで一之瀬さんの本音が聞けました」

 

「僕のおかげでもないでしょ。一之瀬は僕が言わなくても本音で答えたんじゃないかな」

 

「どうですかね、一之瀬さんは優しいですから」

 

 今回の場合の一之瀬の優しさはあまり良いものではない。相手を傷つけまいと空回りしていて、相手の言葉に向き合おうとしていなかった。優しいからこその弊害だ。

 

「一之瀬被害者の会でも作ろうか。僕が喜んで会長になるよ」

 

「いいですね。でも残念ながら、参加はできそうにないです。だって私は一之瀬さんが好きだから」

 

 僕の冗談に笑顔でそう返した白波さんは、そのまま寮の方へ帰って行った。

 その姿を見て、僕は羨ましく思う。僕もいつか彼女みたいに誰かの事を心から好きと思えるのだろうか。その問いに答えることは出来ない。

 

 

 白波さんが去った後も僕はベンチに座り続けた。その間にメールを打ち、それを送信する。しばらく経って、一之瀬がトボトボと歩いて来た。僕の姿を見つけ気まずそうな顔をする。

 

「人生初の告白を受けた感想は?」

 

「思ったよりきついね。私が間違ってた。千尋ちゃんの気持ちを受け止めようとしないで、傷つけない方法だけを必死に考えて逃げようとしてた。それって間違いなんだね」

 

「一之瀬は優しすぎるんだよ」

 

 難しいね、と呟き、ベンチに座っている僕の横に一之瀬も座る。かなり疲労しているようだった。

 

「明日からはいつも通りにするから、って言ってたけど。元通りやっていけるのかな」

 

「知らないよ。でも、白波さんの方は大丈夫だと思う。だから後は君次第だ」

 

「そっか。ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」

 

「全くだよ。変な誤解されるし」

 

「それは勇人君にも問題があると思うなー」

 

 否定できないのが悔しい。でも、そもそも一之瀬があの場に連れて行かなければこんなことにはならなかったんだから、一之瀬が全部悪い。

 だが、悪いことだけじゃなかった。白波さんを見て勇気を貰えた。

 

「今度は私の番だね。やれるだけのことはやってみるね」

 

 一之瀬がベンチから飛び立ち、僕の方を向いてそう言った。須藤君の件で動いてくれるのだろう。一之瀬の働きに期待するとしよう。

 

 それから一之瀬は寮へと帰って行った。僕もそろそろ行くか。

 

 

 

 

 

 僕は寮には帰らず、ある場所に来ていた。そこは以前に佐倉さんとたい焼きを食べた場所だった。僕はたい焼きを2人分買い、ベンチに腰掛ける。

 

 1時間くらい経ったくらいで僕の前に一人の生徒が現れた。その生徒は走ってきたみたいで少し息が上がっていた。

 

「来てくれてよかったよ、佐倉さん」

 

「……来なかったらどうするつもり、だったの?」

 

「取り敢えず、来るまで待つつもりだったよ」

 

 先程メールを送った相手はこの佐倉さんだった。話したいことがあるから、とこの場所に来てもらえるようにメールをした。来てもらえないことも想定していたが1時間で来てくれたのは良かった。

 

「まずは、目撃者の事を話してしまってごめんなさい。僕は佐倉さんの気持ちをちゃんと考えていなかった」

 

 頭を下げて謝る。まずはここから始めないと。

 しかし、佐倉さんは黙ったままだった。

 

「もう弁解はしない。どんな理由があろうと信じてくれていた佐倉さんを裏切ってしまったことには変わりないから。でも、前にも言ったけど、僕は君の味方だ。須藤君の退学と佐倉さんを選ぶなら、僕は佐倉さんを選ぶ。それが僕の本音だ」

 

「……なんでそこまでいえるの?」

 

「佐倉さんが僕と教室で初めて話したときに、言ってくれたでしょ。僕の目が優しかったって。実はあの言葉がすごく嬉しくてさ。僕は自分の目が嫌いだから」

 

「そ、それだけで」

 

「君にとってはそれだけのことでも、僕にとっては大きなことだったんだ。だから僕は佐倉さんとこのまま話したりできなくなるのは嫌なんだよ」

 

 嫌われてもいい、伝えたいことを伝える。それは白波さんの告白で学んだものだった。思っていることなんて簡単に人には伝わらない。ちゃんと言葉にしないとダメなんだ。その結果嫌われたとしても、また考えればいい。まずは伝えたいことを伝える。それからだ。

 

「結局の所さ、僕は佐倉さんと友達になりたいんだよ」

 

「とも、だち……」

 

「そう、友達。まだ僕は友達が少なくてね。佐倉さんにも友達になってほしいんだけど、ダメかな?」

 

 僕が友達と言える人は片手で数えるくらいしかいない。だからってわけじゃないけど佐倉さんとは友達になりたい。彼女と話していても疲れない。ようは気楽なんだ。

 しばらく沈黙が続き、ようやく佐倉さんが話し出す。

 

「ダメだよ……」

 

「そっか、やっぱり僕のことはもう信じられないか」

 

「ち、違う!そうじゃ、ない」

 

「どういうこと?」

 

 完全に断られたと思い、諦めかけたが、どうも違うみたいだ。

 

「ダメなのは、私の方……。倉持君は誰にも言わない、なんて言ってないのに勝手に裏切られたと思って……。倉持君のこと避けてた。こんな私じゃ、倉持君の友達になる資格なんてないよ……」

 

「それは違う。僕は友達になるのに資格なんて必要ないと思う。もし、必要だとしたらもう持っているよ」

 

「持ってる?」

 

「うん、僕と友達になるのが嫌なわけじゃないんだよね?」

 

「そ、それは……そうだけど」

 

「それならもう資格はある。それは友達になりたい、っていうその気持ちなんじゃないかな」

 

 友達の定義なんて人それぞれだ。話しただけで友達と思う人もいれば、お互いを下の名前で呼び合ったらと思う人もいる。それぞれが友達の定義を持っている。だが、一方が友達だと思っていなければ、それは本当の友達とは言えないのでないか。

 そう考えると、互いに友達になりたいと思っている。これは友達になる資格としては十分すぎやしないだろうか。

 

「で、でも、私は仮面を被ってる……。本当の自分を隠してるんだよ」

 

「僕だって一緒だよ。そうやって生きてきたんだ。でも誰しも少なからず仮面は被って生きているんだと思う。中には仮面を被らず、自分をさらけ出している奴もいる。そいつは凄い奴だ。だからといってそれが正しいとも限らない。だって、みんながみんな本音をさらけ出していたら、世界は大変なことになると思わない?」

 

「いいのかな……?私は私のままで」

 

「僕は今の佐倉さんと友達になりたいと思った。もちろん変わっても友達になるけどね」

 

 もし、佐倉さんが今の自分を変えたいと思うのなら、それはそれで良いと思う。友達として手助けしたい。

 

「……そっか。それでいいんだ。私馬鹿みたいだね、変なことで悩んで」

 

「そんなことはないよ。僕も同じような悩みがあったしね。それで、返事を聞いてもいいかな?」

 

「うん、私で良ければ、と、友達になってください」

 

「ありがとう、佐倉さん」

 

 僕はお礼を言いながら右手を前に出す。佐倉さんは最初それが何か分かっていなかったが、直ぐに気付き、恥ずかしそうにしながらも、右手を前に出してくれた。そして僕たちは握手を交わす。話してよかった。白波さんには感謝だな。一応、一之瀬にも。

 

 和解した僕たちはベンチに座り、僕が買っておいた、たい焼きを並んで食べる。

 

「完全に冷めちゃったね」

 

「それでも、おいしいよ」

 

「そうだね、おいしい」

 

 日も完全に落ちてきたし、そろそろ帰ろうかと思っていると、佐倉さんが話し出す。

 

「く、倉持君にお願いしたいことがあるんだけど……」

 

「なにかな?」

 

「実は明日、櫛田さんと、デジカメの修理に行くことになって……」

 

「櫛田さんと?ああ、櫛田さんに誘われたんだね」

 

 僕の言葉に、こくんとうなずく。佐倉さんの性格上、一人で修理に行くことができないと踏んで櫛田さんが申し出たのだろう。おそらく、それだけが目的ではないだろうが。

 

「そ、それで、できれば倉持君も……」

 

「分かった、一緒に行くよ。櫛田さんには僕から伝えておく」

 

「あ、ありがとう」

 

「構わないよ。櫛田さんと二人ってのも佐倉さんにとってはきついだろうし」

 

 僕としても櫛田さんと二人きりってのはきついしな。明日の放課後に行くことになっているらしいのでそれまでに櫛田さんに断りを入れておこう。

 

 それから僕たちはたいやきを食べた後、寮に戻り解散した。今日も一日色々あったが、今日はぐっすりと寝れそうだ。

 

 




千尋ちゃんの勇気はすごいとおもいます。同性に告白するってかなりの勇気ですよね。
それより早く7読まないと……


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やりたいこと

感想、お気に入りありがとうございます!

おかげさまで、UA10万突破しました!ありがとうございます!
ちなみに作者はUAが何か、いまいち理解しておりません。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 翌日の朝、今日の放課後のことについて櫛田さんに伝えるため、彼女の席へ向かう。いつも通りクラスメイトに囲まれ楽しそうに会話をしていた。

 

「おはよう、櫛田さん。ちょっといい?」

 

「おはよう、倉持くん。大丈夫だよ、何か用かな」

 

「今日の放課後の件だけど、僕も行くことになったからよろしく頼むよ」

 

「そうなんだね、分かった。でもよかったよ」

 

 櫛田さんは了承した後に安堵のため息を漏らした。何がよかったのだろうか。

 

「この間、私のせいで佐倉さんと険悪な感じになっちゃったと思って、心配してたの。でも、行くことになったってことは佐倉さんから誘われたんだよね?それならよかったと思って」

 

「変な心配させてごめんね。佐倉さんとは仲直りしたよ」

 

「そっか、私のせいでごめんね。でも、倉持君が来れるなら必要なかったかな」

 

「別に櫛田さんのせいではないよ。悪いのは僕だし。それより何が必要なかったの?」

 

 本当に今回ばかりは櫛田さんは何も悪くない。だから謝る必要はない。櫛田さん自身も心の中ではそう思っていることだろう。

 

「えっとね、私と二人きりじゃ佐倉さんも嫌だろうから誰か誘おうと思ったんだ。でも、一番の候補の倉持君はあの時はダメそうだったから、他に誰がいいか佐倉さんに聞いたの」

 

「佐倉さんが話せる人か」

 

「それで帰ってきた答えが綾小路君だったの。だから昨日のうちに一緒に来てもらえるようにお願いしてたんだ」

 

 なるほど。それで僕が佐倉さんと仲直りして、一緒に行けるようになったから、必要なかったのか。佐倉さんが綾小路君の名前を出したのは意外、でもないか。綾小路君は積極的に話すタイプでもないし、佐倉さんのことを変な目で見ないだろうしね。

 そんなことを考えていると、櫛田さんがでも、と続ける。

 

「ビックリしたのは、綾小路君の前に違う人の名前を言ったことだね。誰だかわかる?」

 

「違う人?誰だろ、洋介とか?」

 

「ううん、それが高円寺君だったの」

 

「高円寺!?」

 

 完全に候補外にしていた人物の名前が出てきて驚く。佐倉さんが高円寺となら話せるといったのか。この間昼を一緒に食べたからか?そういえば普通に話せていたな。ニックネームを付けられたって喜んでたし。でも、高円寺と佐倉さんと櫛田さんがモールに行く姿なんて想像もできないな。

 

「ビックリだよね。でも、私が高円寺君を誘える気がしないから別の人にしてもらったんだけどね」

 

「賢明な判断だよ」

 

 それから放課後の予定を決め、席に戻る。綾小路君もせっかく誘ったのだから一緒に行くことにした。佐倉さんがいいと言ったのなら問題ないだろうし、彼女の友好関係が広がるいい機会でもあるだろう。綾小路君にその気があるかは分からないが。

 

 

 

 

 そして放課後になり荷物を片付ける。一緒に行くメンバーは同じクラスの人間なので、わざわざ待ち合わせをする必要はない。全員が用意ができ次第、モールへ向かう。

 僕と佐倉さんは用意ができたが、櫛田さんはクラスメイトと、綾小路君は堀北さんと何かを話していたので席で待つ。そこにやって来たのは軽井沢さんだった。

 

「倉持くん、一緒に帰らない?」

 

「ごめんね、今日は佐倉さんと用事があるんだ」

 

「佐倉さんと?そうなんだ、それじゃあ仕方ないね」

 

 軽井沢さんはこういうときに変に食い下がって来ないから好感が持てる。巷では束縛する彼氏彼女がいるらしい。相手の行動を逐一把握していて、異性と遊びに行くことはおろか、話すことすら禁止することもあるらしい。軽井沢さんがそれじゃなくてよかった。

 

「じゃあ、あたしは他の子と帰る……」

 

「ごめんね、お待たせ」

 

 軽井沢さんが話している最中に櫛田さんが現れる。その後ろには綾小路君の姿があった。櫛田さんを見て軽井沢さんの表情が強張る。

 

「用事って佐倉さんだけじゃないの?」

 

「う、うん。4人でモールに用事があって……軽井沢さん?」

 

「……それ、あたしも一緒に行くっ」

 

 僕の用事が佐倉さんだけでなく櫛田さんも行くことが分かると、軽井沢さんの態度が一転した。軽井沢さんは以前から櫛田さんを警戒している節がある。その理由を聞いても、女の勘、としか答えてくれない。

 

「急にどうしたんだよ。さっきは仕方ないって」

 

「事情が変わったの!ダメ?」

 

「僕はダメじゃないけど……」

 

 軽井沢さんの勢いに気圧される。思わず佐倉さんの方を見てしまった。それを逃す軽井沢さんではなく、今回の用事の決定権が佐倉さんにあることを理解したようで、佐倉さんに目標を変える。

 

「佐倉さんっ、あたしも一緒に行ってもいい?」

 

「へっ?は、はい」

 

 物凄い良い笑顔で了承を求める軽井沢さんに佐倉さんは気圧され、首を縦に振る。佐倉さんが了承した以上、僕たちが言えることはないので、軽井沢さんを含めた5人で行くことになる。

 しかし意外だったのが、佐倉さんが軽井沢さんに詰め寄られ、かなり怯えているのでは、と思ったが、見た限りだとそうでもないこと。困惑はしているが怯えてはいない。櫛田さんに話しかけられたときの方がよっぽど怯えていたように思える。

 ただ単に、恐怖よりも驚きが勝っただけなのか、或いは……。

 

 

 その後、軽井沢さんに今日の目的を説明しながら5人でモールへと向かう。櫛田さんと綾小路君が並んで前を歩き、僕と佐倉さんと軽井沢さんが後ろに並んで歩いていた。

 

「じゃあ、その壊れたカメラを直しに行くんだ」

 

「直しに、というよりかは修理に出しに行くんだけどね」

 

「それだけでこの人数は必要なわけ?」

 

「まぁ、色々あったんだよ」

 

 軽井沢さんの指摘はもっとだ。修理に出しに行くだけでこの人数は全く必要ない。このあと遊びに行こうなどの予定も一切ない。おそらく櫛田さんと綾小路君はついでに目撃者の件について聞き出そうとしているだろうが。

 軽井沢さんは腑に落ちない顔をするも、どうでもいいと思ったのか直ぐにいつもの表情に戻る。そして、僕ではなく佐倉さんに話しかける。

 

「カメラ、好きなの?」

 

「え、えっと……その」

 

「あ、急に話しかけてごめんねっ。ちょっと馴れ馴れしかったかな」

 

 軽井沢さんに話しかけられたのが予想外だったのか、佐倉さんが驚きのあまり返事ができないでいた。それを見た軽井沢さんが拒絶されたと勘違いしているようで少し落ち込んでいる。

 以前の軽井沢さんなら、拒絶されても落ち込む素振りは見せず、高圧的な態度を取って優位性を保とうとしていただろう。これも変わろうとしてる結果なのだろう。

 フォローを入れようと思ったがやめる。それは佐倉さんが何かを言おうとしていたからだ。

 

「あ、あの!馴れ馴れしくなんかない、です。ちょっとビックリしただけで……」

 

「そうなんだっ。嫌われたわけじゃなくてよかったー」

 

「嫌うだなんて、そんな……」

 

「それで、カメラはいつから好きなの?」

 

 話が進みそうもないので口を挟む。昔からカメラが好きなのか気になったので聞いてみた。

 

「うん……小さい頃はそうでもなかったんだけど。中学生になる前くらいかな、お父さんにカメラを買ってもらってから、どんどん好きになっちゃって。って言っても、撮るのが好きなだけで、全然詳しくないんだけどね」

 

「へぇー、夢中になれるものがあるって素敵じゃん」

 

「風景とか撮ってるんだっけ?自分とかは……さすがに撮らないか」

 

「ふぇっ!?そ、それは……」

 

「倉持君は分かってないなー。今時、自撮りなんか普通っしょ。ねー佐倉さんっ」

 

「う、うんっ」

 

 僕のちょっと否定的な言い方に表情を曇らせた佐倉さんだったが、軽井沢さんの言葉で直ぐに笑顔に戻った。今の反応を見る限り、佐倉さんは自撮りもしているのだろう。しかし自撮りは普通なのか。高円寺がよく自撮りしているのを見てキモイと思っていたが、それは間違いだったのか。

 それにしても佐倉さんが軽井沢さんと普通に、とはいかないものの話せているのは内心驚いている。佐倉さんは軽井沢さんみたいなギャル系は苦手だろう。それでも話せているのは通じる何かがあるのだろうか。

 

 それから僕たちはモールの中にある家電量販店につく。ここは全国的にも有名な量販店で、利用客は学生だけということもありお店そのものはけして広くないが、日常で必要そうな電化製品などが揃えられている。僕もここには初めて来た。

 

「えっと、確か修理の受け付けは向こうのカウンターでやってたよね」

 

「そうだな、奥の方だ」

 

 櫛田さんと綾小路君はここに来たことがあるのか、迷うことなく店内を進んでいく。それを僕たち3人が付いて行く。

 

「すぐ直るかな……」

 

「有名なお店だし、任せとけば問題ないっしょ」

 

「そ、そうだよね」

 

 不安げな様子でカメラを握りしめる佐倉さんを軽井沢さんが励ます。この短時間でかなり打ち解けたみたいだな。

 

「本当に好きなんだね、カメラ。早く直るといいね」

 

「うんっ」

 

「あったよ、修理受け付けてくれるところ」

 

 櫛田さんの声に前を見てみると、店の一番奥に修理の受付場所があった。しかし、それを見た佐倉さんが何故か足を止めた。その横顔は嫌悪感を表したものに感じた。不思議に思い、もう一度カウンターを見るも特に変なところはない。

 佐倉さんが止まったのを不思議に思った櫛田さんが声をかける。

 

「どうしたの? 佐倉さん」

 

「あ、えっと……その……」

 

「何かあった?」

 

「大丈夫、何でもない……」

 

 何か言いたげな様子だったが、首を左右に振り、懸命に笑顔を浮かべる。その様子が気になったが、本人が大丈夫、と言っているので追及はしないでおこう。

 全員で行くのもアレなので、カウンターには佐倉さんと櫛田さんと軽井沢さんの3人が行き、僕と綾小路君は少し離れた所にいて話をしていた。

 

「しかし櫛田はさすがだな。初対面の店員とは思えん」

 

「コミュニケーション力がずば抜けてるよね。あの店員さんもすっかり気を良くしちゃってるし」

 

 後ろの方で様子を窺っていても、店員がハイテンションなのが分かる。まくしたてる勢いで櫛田さんに積極的に話しかけていた。嫌がる素振りを見せない櫛田さんを見て、上手くいっていると思ったのか、デートにまで誘うしまつ。仕事中だろうがお前。横にいる軽井沢さんが、かなり引いていた。

 

 話が進まなくてイライラしていた軽井沢さんが話を進めるべく、佐倉さんにデジカメを出すよう促した。それを店員が渋々といった感じで、簡単に確認する。どうやら、落ちた衝撃でパーツの一部が破損してしまったため、上手く電源が入らないとのことだった。佐倉さんの壊れたデジカメは、この学校に入学してから買ったものなので、保証書があれば無償で修理を受けられるとのことだった。もちろん佐倉さんは保証書を持って来ているので、あとは必要事項を記入すれば終わりだ。

 

 だが、佐倉さんの手は用紙を前にして止まっていた。何か様子がおかしい。佐倉さんの手は微かに震えていた。何かを恐れている?デジカメを修理に出すことをか?それなら櫛田さんの提案の時点で断っているはずだ。佐倉さんの様子はこのカウンターを見てから変わった。それなら原因はここにあるはず。

 そう考え、店員の方に視線を移すと、原因が何かを理解する。それは、さっきまで櫛田さんとの会話に夢中になっていた店員が、ジッと佐倉さんを見つめていたからだ。櫛田さんと佐倉さんは用紙の方に視線を向けているから気付いていないようだが、その視線は不気味なものだった。こいつが原因か。

 

 佐倉さんはおそらく住所を書くのを戸惑っているのだろう。あの男に知られたくないのだ。あの男と佐倉さんに面識があるのかは分からないが、最初に嫌悪感を抱いていたのは間違いない。それなら僕がすることは一つだ。

 考えたことを行動に移すべく、カウンターの方へ向かう。しかし、僕より先に動いた人物がいた。

 

「もう、佐倉さんってば連絡先忘れちゃったわけ?ドジだなぁ。貸してっ。あたしが書くから」

 

 隣に座っていた軽井沢さんがそう言って佐倉さんからペンを受け取る。軽井沢さんも佐倉さんの様子と、店員の不気味な視線から状況を把握したのだろう。軽井沢さんの状況を把握するの能力は中々高い。

 軽井沢さんが住所を書こうとすると、店員が慌てて止めに入る。

 

「ちょ、ちょっと君の連絡先を書くつもりかい?それはちょっと……」

 

「はぁ?何か問題あるわけ?あたしのでも問題ないじゃん」

 

「このカメラの所有者は彼女だよね?それなら彼女のじゃないと……」

 

 食い下がる店員を見て、呆れる。所有者だからといって佐倉さんじゃなければいけない理由にはならないだろ。だからといって軽井沢さんの住所を書かせるわけにはいかないので口を挟ませてもらう。

 

「そのカメラは販売店も購入日も問題なく保証されていますよね?それなら何も問題はないでしょう。購入者のみに保証されるわけでもありませんし。それでも問題があるとおっしゃるのなら、責任者の方を呼んできていただきたいのですが」

 

「そ、それは……」

 

「まだ何か?どうしても彼女じゃなければいけない理由があるのでしょうか?」

 

「い、いえ、そのようなことは」

 

「それならよかったです。では僕の連絡先を書いておきますので終わったら連絡してください」

 

 そう言って、自分の名前や寮の部屋番号等の必要事項を記載し、店員にカメラと一緒に渡す。店員はそれを引きつった笑みで受け取った。

 用は済んだので、全員でカウンターから離れる。

 

「凄い店員さんだったね……物凄い勢いでまくしたてられたから焦っちゃった」

 

「……ちょっと、気持ち悪いよね……?」

 

「ホント、きもい!佐倉さんを見る目がヤバかったもん。あれは犯罪者だよ」

 

「それは言いすぎだと思うが、佐倉はさっきの店員のこと知ってたのか?」

 

 綾小路君の問いに佐倉さんが小さく頷く。カメラを買いに来た時に会ったようだ。

 

「前に話しかけられたことがあって……。それで、一人で修理に行くのが怖くて……」

 

「あっ!もしかして、それで軽井沢さんが?」

 

「まぁ、明らかに佐倉さんの様子が変だったし、何よりあの店員の視線がキモかったから。でも、結局倉持君が書いたけどね」

 

 少しだけ不満そうに僕を見る軽井沢さん。あのまま軽井沢さんに書かせるわけにはいかなかったのだから仕方がない。

 

「佐倉さんを助けるためだからって軽井沢さんが書いたらダメだろ。君の方に矛先が向く可能性もあるんだから。その分僕が書けば何も問題はない」

 

 櫛田さんにもあそこまでアプローチしていた男だ。同じくらい可愛い軽井沢さんをターゲットに変えても不思議ではない。そうならなくても、邪魔された報復をする可能性もある。なんにしても、あの場で軽井沢さんの情報を書くのは得策ではない。

 

「あ、あの……ありがとう、軽井沢さん。凄く、助かった」

 

「べ、別にお礼を言われることじゃないし。あたしも無理やり付いてきちゃって、その、申し訳ないというか……」

 

「照れてるね」

 

「照れてるな」

 

「そこの二人!うっさい!」

 

 佐倉さんにお礼を言われて顔を赤くして照れている軽井沢さんを、綾小路君と一緒にいじる。いじられた軽井沢さんはさらに顔を赤くしていた。やっぱり、軽井沢さんと佐倉さんは、仲の良い友達になれるのではないだろうか。

 軽井沢さんの方を向いていた佐倉さんは、次に僕の方を向く。

 

「倉持君も、ありがとう。おかげでカメラを修理に出せたよ」

 

「うん、よかった。また連絡が入ったら伝えるよ」

 

「よろしくね。二人も付き合わせちゃてごめんね。ありがとう」

 

「全然、こんなことで良ければいつでも協力するから」

 

 最初はどうなることかと思ったが、いい感じで終われたな。用事も済んだので解散かと思っていると、綾小路君がついでに見たいものがある、というのでみんなで付いて行くことになった。

 女子3人が楽しそうに話している中に入るのもきついので綾小路君と話そうとしたのだが、当の綾小路君は誰かと電話をしていた。

 少しして電話が終わり、綾小路君用事は終わった、と言い戻ってきた。今日は下見だったらしい。それから僕たちは店を出るために歩き出す。

 

 僕は綾小路君が最後に見ていた売り場で足を止め、考えを巡らす。彼は()()()()を何に使うのだろうか。まさか……。

 

「おーい、倉持くーん!おいて行っちゃうよっ」

 

 僕の考えは軽井沢さんの呼ぶ声に遮られた。ここで考えていても仕方がないのでそのまま考えを中断し、皆の元へ向かった。

 

 そのまま全員で寮へと帰る。その途中、櫛田さんが佐倉さんにどこかで会ったことがある?というナンパかと思うようなことを言っていたが即座に否定される。その後眼鏡をはずして見てほしいとお願いするが、それは拒否された。何も見えないくらい目が悪いから、と言っていたが、それは嘘だろう。彼女の眼鏡には度が入っていない。それなのに嘘をついてまで断った理由は僕には分からない。

 

 寮の前につき、解散を切り出そうとした矢先、佐倉さんが少し声を張り、僕たちに目を向ける。

 

「あのっ……!今日のお礼って言うと、少し語弊があるけど……須藤君のこと、わ、私も協力しようと思う……」

 

「それって佐倉さんが須藤君たちの喧嘩を見てたってことだよね?」

 

 突然の佐倉さんの協力要請に櫛田さんが確認を取る。

 

「うん、私、全部見てた。本当に偶然なんだけど……信じられない、かな」

 

「そんなことないよ。信じないわけないよ!」

 

 櫛田さんは佐倉さんの申し出が嬉しかったようでかなりテンションがあがっているようだ。だが、悪いが口を挟ませてもらう。

 

「佐倉さん、本当にいいの?別に今回のことで恩を感じる必要はない。無理をして名乗り出る必要はないんだよ」

 

 佐倉さんのことだ、色々迷惑をかけてしまったからそのお礼に協力するのを無理しているかもしれない。

 しかし、僕の言葉を聞いて佐倉さんはゆっくりと首を左右に振る。

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。これは()()()()()()()()、だから。このまま後悔するのは嫌、だから」

 

「そっか、それなら僕が言うことはないよ。僕はそれに手を貸すだけだ」

 

 それが彼女がやりたいことなら僕は口を出さない。ただ、手を貸すだけ。僕が彼女に約束したことだ。

 

「ありがとう佐倉さん。須藤君も喜ぶよっ」

 

 櫛田さんが佐倉さんの手を取り喜びを露わにする。どことなく佐倉さんも嬉しそうだった。

 

 これで僕たちDクラスは目撃者を手に入れたこととなる。果たしてそれは僕たちの勝利に繋がるのだろうか。ここからは堀北さんの腕の見せ所。いや、違うな。堀北さんじゃない。()()()()の腕の見せ所だろう。少しばかり見極めさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

「え?なに?目撃者?佐倉さんが?ど、どういうこと?」

 

 その前に、状況が全く掴めていない軽井沢さんに説明をしなければいけないみたいだ。

 




気付けば30話目。
思い付きで書き始めたものがここまで続くとは……。
30話で2巻の内容すら終わっていないのはどうかと思いますがね(笑)


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厄介な依頼

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

投稿が遅れました。
1週間投稿していなかったのに、日間に載っていたみたいですね。不思議です。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

 佐倉さんが協力を申し出た翌朝。僕はいつも通り、軽井沢さんと学校へ向かっていた。まだ夏になっていないにもかかわらず、今日も一段と暑い。

 

「佐倉さんが目撃者だったのはビックリだけどさ、協力するってこれからどうすんの?」

 

「どうするんだろうね。武器を一つ手に入れたことには変わりないけど」

 

 僕の横で歩きながらタオルで汗を拭く軽井沢さんが、これからについて聞いてくる。これからどうするかは僕には分からない。決定打がない状況でどう対処するのだろうか。

 僕の返答を聞いて、軽井沢さんは腑に落ちないような顔でこちらを見る。

 

「何か変なこと言った?」

 

「ううん。そういうわけじゃないんだけど……」

 

「けど?」

 

「今までの経緯とか教えてもらったじゃん?それ聞いて思ったんだけど、倉持くんが今回の事件を解決したいと思っているのか分かんなくて」

 

 軽井沢さんの指摘に少し面を食らい黙ってしまう。それを見た軽井沢さんは僕が怒ってしまったと思ったのか、慌てて口を開く。

 

「べ、別に倉持君が何もしてないって思ってるわけじゃないよ?ただ、倉持君の行動が解決するために動いているように見えないと言うか、何というか……。気を悪くしたならごめんね」

 

「怒ったわけじゃないから謝る必要はないよ。軽井沢さんの指摘は、あながち間違いではないから」

 

「はぁ~よかったっ」

 

 安心したように息を吐く軽井沢さん。あまり勘違いをさせるような態度は控えなければな。でも、まさか指摘されるとは思わなかった。いい機会だ、軽井沢さんには話しておこう。

 

「僕は今回の事件を解決したいと思っているよ。だけど、自由に動けない理由があるんだ」

 

「どうゆうこと?」

 

「茶柱先生からの依頼が厄介でね」

 

 軽井沢さんには僕が茶柱先生と取引をして、Aクラスに上がるための駒として働くことになったことは既に話している。それに伴い、軽井沢さんにも協力をお願いするかもしれないこともだ。

 

「先生からの依頼は2つ。1つは須藤君の停学を阻止すること」

 

「それだったら倉持君も自由に動いても問題ないじゃん」

 

「うん、そうだね。でも、もう1つの依頼がそれを難しくしているんだ」

 

 1本だけ立てていた指を2本立てる。これが本当に厄介なんだよな。

 

「2つ目は、堀北さん、或いは綾小路君にこの問題を解決させること。僕はあくまでサポートするだけなんだ」

 

「何でそんな依頼を先生がするわけ?倉持君も一緒に解決したほうが確実じゃん」

 

「それは、堀北さんと綾小路君が有益な駒かどうか見極めるためだよ。Aクラスに上がるためのね」

 

 今回の事件をどう解決するかを見て、実力を測りたいのだろう。だからこそ僕にはサポートだけしろ、と言ったんだ。停学させるなと言いつつ、メインで動くなと言う。これを厄介な依頼と言わず何と言えばいいのだ。

 

「そういうことだったんだ。でも堀北さんは分かるけど、綾小路君はどうなの?いつも一緒にいるからおまけみたいな感じ?」

 

「いや、その逆だと僕は思っている。もちろん堀北さんは優秀だ。性格とか協調性は抜きにしてもね。それは疑いようはない」

 

「それなら堀北さんを見極めるべきじゃん」

 

「言っただろ、()()()()()()()って。堀北さんは良くも悪くも底が知れているんだ。だけど綾小路君は違う。彼の底は計り知れないものがある。だからこそ見極める必要があるんだ」

 

 堀北さんは既にAクラスに上がるために必要な存在だと分かっているだろう。元々Aクラスにいてもおかしくない生徒だ。だが、綾小路君は違う。先生は綾小路君が何かを隠していると思っている。僕もそれは思っているが、確証がない。ただ、茶柱先生は何か確証があるように僕は感じた。

 

「何か大変だね。でも、やっぱりあたしには倉持君が言うような人には見えないんだけどなぁ」

 

「まぁ、僕もまだ確証はないからね。もしかしたら普通の生徒かもしれないし。それも含めての今回の依頼だろうね」

 

「とにかく、あたしは倉持君の指示に従うっ。それに佐倉さんのことも気になるし」

 

 それから世間話などをしながら教室へ向かった。その途中で学校の掲示板に張り紙がしてあるのを見つけた。そこには今回の事件の情報を持つ生徒を募集する旨が書かれていた。堀北さんがこんなことをやるとは考えられないので、おそらく一之瀬あたりが動いてくれているのだろう。しかもその張り紙には、有力な情報提供者にはポイントを支払う用意があるとまで書かれていた。これなら、事件自体に興味がない人でも興味を持つだろう。

 

「ちょっといいか?」

 

 その張り紙を見ていると、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには高身長の洋介とは違ったタイプのイケメンが立っていた。

 

「何か用かな?」

 

「張り紙を真剣に見ていたから何か知っているかと思ってな」

 

「ああ、なるほど。それなら悪いけど力になれそうにないね」

 

「そうだね。あたしたちも探している側だしっ」

 

 不思議そうな顔をする男子生徒に僕たちの事情を説明する。説明を聞いて納得したような表情を浮かべていた。

 

「そういうことか。二人ともDクラスだったんだな」

 

「勘違いさせてごめんね。僕は倉持勇人、それでこっちは軽井沢恵さん」

 

「Bクラスの神崎 隆二(かんざき りゅうじ)だ。よろしく」

 

 改めて自己紹介をし、差し出された手を握り握手をする。やはり神崎君はBクラスの生徒だったか。その神崎君が僕の顔をじっと見ているのに気付く。

 

「何かついてる?」

 

「いや、お前が話に聞く倉持なんだと思ってな」

 

「なになに!?倉持君ってやっぱり有名人?」

 

「そんなわけないだろ。その話を聞いたのって……」

 

「一之瀬だ」

 

 一気に頭が痛くなった。神崎君が僕を見て何を思ったかも想像できる。この話は広げるべきではないことは明確だ。

 詳細を聞きたがる軽井沢さんを抑えて、張り紙の話に戻す。

 

「この張り紙は神崎君が?」

 

「ああ。一之瀬に聞いて昨日のうちに用意して貼っておいた」

 

「協力してくれるんだね。ありがとう、助かるよ」

 

「何か情報はあったの?」

 

「残念ながら使い物になりそうな情報は無かった」

 

 軽井沢さんが期待をこめた視線を向けるも、神崎君は首を横に振った。そう簡単にはいかないみたいだな。

 期待通りの返答が帰って来なかった軽井沢さんだったが、何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「掲示板と言えば学校のHPにもあったけど、あれも神崎君?」

 

「あれは一之瀬だな」

 

「何の話?」

 

 よく分かっていない僕に、軽井沢さんが説明をしてくれる。なんでも、学校のHPには掲示板があるらしい。そこに張り紙と同じく、情報提供を呼び掛けるものが掲示されているようだ。実際に掲示板を見てみると、そこには目撃者を募る書き込みがあり、閲覧者数まで見られるようになっていた。その数はまだ数十人のようだったが、直接聞いて回るよりも効率的だろう。これがBクラスとDクラスの差だろうか。

 

「それにしても大々的にDクラスに協力してしまって大丈夫?これでCクラスに目を付けられるかもしれないよ」

 

「それは問題ない。元々AとCに挟まれている以上、両方から狙われるしな。それに、ルールに基づいての競争なら望むところだが、今回はそのルールの外、許していい行いじゃない」

 

 彼も一之瀬と同じく正義感が強い生徒なのだろう。仲間としては心強いが、敵となると厄介な存在になるかもしれない。

 話の途中で神崎君の携帯が鳴る。悪い、と言いながら神崎君が携帯を操作する。

 

「一之瀬からのメールだ。情報が一つ入ったらしい」

 

「マジっ!?」

 

「聞いてもいいかな?」

 

「ああ、例のCクラスの一人、石崎は中学時代は不良で有名だったらしい。喧嘩の腕も立ち地元で恐れられていたみたいだ」

 

 その情報は予想以上に良い情報だった。須藤君が殴った生徒は普通の生徒だと思っていたが、そうではないのだ。喧嘩慣れしている人物が須藤君に一発も殴れずに終わるなど明らかに不自然だ。

 

「情報が正しければ、須藤にやられたのはわざとかもしれんな。須藤をハメるために動いたと考えれば自然と話が繋がる」

 

「それじゃあ、須藤の無罪に繋がるかもってこと?」

 

「そうだね、でもまだ証拠としては弱い。そもそも一方的に殴ったという事実は変わりないからね」

 

「そうだな、上手く心証を操作できても難しいだろうな」

 

 神崎君の言う通りだ。これでは無罪にするのは難しい。良くて喧嘩両成敗。両方に罰が下されること。でも、それでは意味が無いんだ。

 

「神崎君、色々ありがとね」

 

「こちらが勝手にやっていることだ、気にするな。また何か情報が入れば連絡する」

 

 神崎君にお礼を言って、連絡先を交換してもらい、教室へ向かう。後ろに綾小路君と一之瀬の姿が見えたが、気にせずその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ホームルームを終え、茶柱先生が教室を出て行く。それを櫛田さんと綾小路君が追って行ったのを見て僕も席を立つ。

 

「行ける?佐倉さん」

 

「う、うん」

 

「みんなついてるから大丈夫っしょ」

 

「ありがとう」

 

 ホームルームが終わったと同時にこちらに駆け付けた軽井沢さんが佐倉さんを励ます。佐倉さんが心配と言っていたのは本心だったのだろう。

 

 僕たちも教室を出て職員室の方へと向かう。職員室の前で櫛田さんが茶柱先生を呼び止め、目撃者の件を伝える。そして佐倉さんを呼んだ。

 佐倉さんの少し後ろで軽井沢さんと様子を見守る。横を見ると軽井沢さんも緊張した面持ちだった。

 

 それから、茶柱先生に凝視されながら、佐倉さんがゆっくりと証言する。自分が見たことを言葉にする。茶柱先生は最後まで口を挟まずに聞いていた。佐倉さんが話し終わると、すぐに先生が口を開く。

 

「おまえの話は分かった。が、それを素直に聞き入れるわけにはいかないな」

 

 やはりそう来たか。僕としては予想通りの返答であったが、櫛田さんはそうではなかったみたいで慌てて理由を聞く。

 その質問に茶柱先生が答える。それは佐倉さんが初日に名乗り出なかったこと、期限ぎりぎりになって出てきたのは、Dクラスがマイナス評価を受けるのを恐れてでっちあげた嘘だと思っていることだった。

 それを聞いていた軽井沢さんが茶柱先生に反論する。

 

「嘘なわけないじゃん!佐倉さんは勇気を出して証言することに決めたのにどうして信じてあげないわけ?あんた担任でしょ!」

 

「私が担任だからこそ聞き入れられないと言っているんだ。このまま証言してもDクラスにとって有益になるとは思えん」

 

「そうやってあんたたち教師は自分のことしか考えてないんだ。クラスで何があっても見て見ぬふりをする。私たちが本当のことを言っても取り合ってくれないんだ」

 

「落ち着いて、軽井沢さん。今はその話じゃないだろ」

 

「……うん。ごめん、取り乱した」

 

 おそらくは過去の体験。虐めに遭っていた時のことを思い出したのだろう。勇気を出して虐められていることを先生に言って助けを求めたが、助けてもらえなかったのだろう。もっと悪ければ、先生自体も虐めに参加していたのかもしれない。

 

 頭をポン、と優しく叩いて落ち着かせる。そのまま茶柱先生に視線を向ける。

 

「信じるかどうかは別として、目撃者であることは変わりないですよね?」

 

「そうだな、頭ごなしに嘘と決めつけるわけにもいかない。受理はしておこう。ただ、佐倉には審議当日の話し合いに参加してもらうことになるだろう。人と関わるのが嫌いなお前に、それが出来るのか?」

 

 茶柱先生の言葉に佐倉さんが顔を青ざめる。先生に完全に否定された後だ、無理もない。これは証言者としては辞退したほうが良いだろう。

 そう思い、佐倉さんに伝えようと視線を向ける。すると、佐倉さんと視線が合い、先に彼女が口を開いた。

 

「わ、わかりました」

 

 返事を返したものの、自信は薄れているように感じる。それでも逃げずに出ることに決めたのは、彼女自身の強さなのかもしれない。

 

「その話し合いは他の生徒が参加しても?」

 

「須藤本人の承諾があれば許可しよう。だが、最大で二人だ。よく考えておくように」

 

 さすがに須藤君と二人だけで参加させるのは酷だ。そう思い、ダメもとで聞いてみたのだがいい返事が返ってきて良かった。

 そのまま追い出されるように職員室を後にする面々だが、僕だけその場に残っていた。それは茶柱先生に残るように言われたからだ。軽井沢さんと佐倉さんのフォローをしたいところだったが、無視するわけにもいかない。

 

「それで、何の話ですか?」

 

「進捗報告をしてもらおうと思ってな。今のところどうだ?」

 

「特に動きはありません。このままでは須藤君の停学は避けれないかと」

 

「それは困るな。Dクラスにマイナスが付くことになる」

 

 困ると言われても、こっちが困る。僕に動くなと言っているんだからどうしようもない。綾小路君が須藤君が救う気がなければそれまでなんだから。

 

「それと、話し合いの件だが、お前は参加するな。綾小路と堀北を参加させろ」

 

「それまた無茶を言いますね」

 

「無茶でも何でもやるんだ。()()()()()()()を払っているのだからな」

 

「まぁ、そうですね。何とかしてみますよ」

 

 そう言って、僕も教室へ戻る。とりあえず、堀北さんに参加してもらえるように頼むとしよう。

 

 

 

 教室に戻ると、既に堀北さんの所にみんな集まっていた。堀北さんに説明をしていたようだ。

 

「ごめんなさい……私が、もっと早く名乗り出てたら……」

 

「確かに事態は多少違ったかも知れない、けれどそれほど大きな違いはなかったでしょうね。目撃した人物がDクラスだったことが運のツキよ」

 

「そうそうっ、堀北さんの言う通り。悪いのは先生だよ」

 

「ちょっと待って、私はそんな事言ってないのだけれど。それに、なぜあなたがいるのかしら」

 

「そんな細かいことはいいじゃん!それよりこれからどうすんの?」

 

 堀北さんは軽井沢さんの返答を聞いて、諦めたかのように溜息をついていた。軽井沢さんも落ち込んだりしていないようで安心した。

 

「当日は私と倉持君が参加するべきでしょうね。佐倉さんの支えになれるのは倉持君が適任でしょう。討論になっても問題ないでしょうし」

 

「うん、そうだね。私じゃ、その部分は力になれないと思うし」

 

 堀北さんの提案に櫛田さんが賛成する。しかし、それを僕は承諾するわけにはいかない。本当なら出てやりたいのだが。

 

「それは待ってほしい。僕が参加するのは控えたほうが良い」

 

「なぜかしら?佐倉さんと親しいあなたが適任だと思うのだけど」

 

「親しいからこそだよ。ただでさえDクラスが仕立て上げた嘘だと思われる可能性が高いのに、クラスで一番親しいであろう僕が出てきたらどう思う?」

 

「倉持君が親しいのをいいことに、証言を強要してるって感じ?」

 

「ちょっと言い方がアレだけど、そう思われても不思議じゃない。さらに心証が悪くなりかねないと思うんだ」

 

 それらしいことを言ったが、実際は誰が出ても一緒だろう。普段、大人しい佐倉さんが証言者なので、誰が出ても強要していると思われても不思議じゃないだろう。

 

「分かったわ。そこまで言うなら違う人にしましょう。あなたの言うことも一理あるわ」

 

「それなら、綾小路君かな?事情を知っているメンバーの中では一番の適任だろう」

 

「そうね、そうしましょう。佐倉さんも、それで構わないかしら?」

 

「……わ、わかった」

 

 佐倉さんがこちらにチラリ、と視線を向けたあと、了承する。本当は話せる人がいた方が彼女にとって心強いだろうが、こればっかりは仕方がない。

 

 とりあえず、審議会に参加するメンバーを決めたところで一時解散となった。




そろそろ2巻の内容も佳境に入っている……はずです。
原作に追いつくのはいつになるのでしょうね。


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きっかけ

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

やはり、評価を付けていただくとテンションが上がりますね。
その分、低い評価だとダメージを食らいますが(笑)

それでは続きをどうぞ。


 

 授業が終わり、放課後になる。いよいよ明日、須藤君の運命が決まる。堀北さんと綾小路君、それに櫛田さんは残って明日の話し合いをするらしい。僕もそれに参加する予定だったが、櫛田さんに佐倉さんのフォローをしてほしいと頼まれた。断る理由は全くないので、あちらは任せておこう。

 僕は帰り支度を始めている佐倉さんに声をかける。

 

「今日は一緒に帰らない?」

 

「え?で、でも、軽井沢さんは……」

 

 佐倉さんがチラリ、と軽井沢さんに視線を向ける。その軽井沢さんはクラスメイトと楽しそうに話していた。僕と軽井沢さんが付き合っていることになっているから、佐倉さんなりに気を使ってくれたのだろう。

 

「軽井沢さんは、この後遊びに行くんだって。佐倉さんに断られたら一人で帰るんだけど、寂しいなー」

 

「わ、私でよければ、お願いします!」

 

 冗談めかして言ってみると、勢いよくお辞儀をしてお願いされる。お願いしてるのは僕の方だったはずなのだが。まぁどっちでもいいか。

 僕たちは帰宅するために教室を出る。そのまま靴を履き替えるため、1階へと階段を下る。その途中、佐倉さんが申し訳なさそうに話し出す。

 

「私は帰ってもいいのかな?」

 

「堀北さんたちのこと?」

 

「うん……明日のことで色々と話し合っているのに私は何もしないでいいのかなって」

 

「気にすることはないさ。それは堀北さんたちの領分だ。君は今できることをすればいい。ようは適材適所ってやつさ」

 

 話し合いなんてものは佐倉さんは苦手だろう。堀北さんと相性が良いとは思えないし。円滑化を図るなら参加しないほうが良いに決まっている。それに佐倉さんにはそんな余裕はないだろうしね。

 僕の返答に納得しつつも、力になれないもどかしさがあるのか、表情は晴れない。

 

「私が今できること、か……。何があるんだろう」

 

「僕が一つ君ができることを挙げるとするなら、それは……」

 

「ん?そこに居るのはマイフレンドにウサギガールではないか」

 

 佐倉さんに言おうと思っていた事を伝えようとすると、横槍が入ってしまった。声がした方を見ると、そこにはいつも通り、金髪をなびかせている高円寺がいた。こんな呼び方をする時点で誰か分かり切っていたが。

 

「今からデートにでも行くのかね?無論、私はデートに行くのだが」

 

「で、ででで、デート!?」

 

「そんなわけないだろ。一緒に帰るだけだ」

 

「うん、そうだよね。私なんかとじゃあり得ないよね……」

 

 何故か佐倉さんが落ち込んでしまう。僕なんかとデートだと思われるのは嫌だろうからきっぱり否定しておいたのだが、言い方がまずかっただろうか。それとも、勘違いされた時点で気分を害したとか?いやいや、彼女の僕に対する好感度はそんなに低くないはずだ。……違うよな?

 

「ナンセンスなのだよ、勇人。もう少しレディーの扱いを学ぶべきだな。空気を読みたまえ」

 

「お前にだけは言われたくないよ!」

 

 普段、空気を読むことなど全くしない人間に、空気を読めと言われた。屈辱だ。呆れたような顔をしているのが、余計に腹が立つ。

 

「まだ君も成長途中というわけか。まぁ、いい。それより早くしたまえ、デートに遅れたらどうするのかね」

 

「いや、勝手に行けよ。何で一緒に行くことになってるんだよ」

 

「途中まで一緒に帰ってやろうとしているのだ、光栄に思うのが普通だと思うのだがね」

 

「どんな普通だよ!お前は自己評価が高すぎなんだよ」

 

「やれやれ。最近の君は価値観がずれてしまっているのではないかね」

 

 またもや呆れたように髪をかき上げながらそう言う高円寺。高円寺と下校できて光栄に思う価値観なんて初めから持ち合わせてはいない。

 高円寺は僕から視線を外し、佐倉さんに視線を移す。

 

「ウサギガールも共にすることを許可しよう。光栄に思いたまえ」

 

「え、えと、ありがとう?」

 

「お礼なんて言わなくていいから」

 

「君よりウサギガールの方が正しい価値観を持っているようだ。精進したまえ」

 

 僕の肩に手を置きながら、無駄に爽やかな笑顔で高円寺が言う。物凄く腹が立つ。なんで僕の実力不足みたいになっているんだよ。

 

 それから高円寺を筆頭に歩き出す。高円寺に聞こえないように小声で佐倉さんに話しかける。

 

「ごめんね、変な奴が付いてきちゃって」

 

「ううん、大丈夫。高円寺君面白いし」

 

 高円寺が面白い?もしかして佐倉さんの感性はずれてるんじゃないだろうか。それとも僕の方がずれているのか。

 

「ときに勇人よ、夏のバカンスの話は聞いたかね?」

 

「ああ、聞いたけど。あれって噂だろ?」

 

「私が噂などに惑わされると思うのかね?バカンスがあるのは事実なのだよ」

 

「あ、あの、バカンスって何の話ですか?」

 

「あれ?噂で聞いたことない?」

 

 結構広まっている噂だから知っていると思っていたが、知らなかったみたいだ。佐倉さんに、夏休みにバカンスがあることを説明する。

 

「へぇ~、そんなのがあるってすごいね。知らなかった。噂をする友達がいないから……」

 

「フッ、知っているぞ。そういうのを『ボッチ』と言うのであろう?」

 

「はぅ!?」

 

「なんてこと言うんだよ、高円寺!佐倉さんはボッチじゃないから!友達なら僕がいるから!」

 

 高円寺の歯に衣着せぬ発言がクリティカルヒットした佐倉さんを慌てて慰める。もうちょっと言い方があるだろ。言っとくけど、お前もボッチみたいなもんだからな?本人に全く自覚はないが。

 

「あ、ありがとう、倉持君」

 

「これからは僕と噂話しようね」

 

「ふむ、ボッチではないのか。ああ、そうか。もうひとつの方だったのだな。これは失礼した」

 

「もうひとつ?」

 

 嫌な予感がしながらも、聞き返してしまう。だが、ボッチ以上に佐倉さんにダメージがある言葉はないだろう。

 

「存在感が薄く、自己主張が乏しい。まさしく『空気』というやつだな」

 

「あぅ!?」

 

「お前は佐倉さんに恨みでもあるのか!?」

 

「あははは、そうだね……空気だね。私、影薄いし。ぶつかられたときの理由がほぼ『いたのに気付かなかった』だし、中学の時も、出欠を先生が取ってるとき、席に座ってるのに欠席になったこともあるし……」

 

「佐倉さん!戻ってきて!」

 

 高円寺の発言に佐倉さんは、乾いた笑いを出しながらブツブツと過去のエピソードを話し出してしまう。負のオーラが漂っている。原因を作った奴に至っては高笑いをしていた。

 

「お前は、もう少しオブラートに包むことができないのか」

 

「そんなもの私には必要がないのだよ」

 

「高円寺になくても、周りにあるんだよ。とりあえず、謝りなさい」

 

「わ、私は大丈夫だから!私なんかに謝ることないよ。そ、それより高円寺君に聞きたいことがあるんだけど……」

 

 高円寺に謝罪させようとしたが、それを佐倉さんが止める。尤も、佐倉さんが止めなくても、高円寺が謝罪するとは思えないが。さっきまで落ち込んだりしていた佐倉さんだが、聞きたいことがあると言ったその表情は真剣なものだった。

 

「フッ、特別に許可しよう。言ってみるといい」

 

「ありがとう。あのね、高円寺君は怖くないのかな?『本音』を話して嫌われたりするのとか」

 

「愚問だな。何を恐れる必要がある。『本音』を言えずして、通じ合うことなどないだろうに。それで嫌われようが好かれようが私には関係ないことだ。私は自分に絶対の自信を持っている。故に私は正しいのだ。だからこそ取り繕う必要はないのだよ」

 

「……もし……もしそれで相手を傷つけてしまっても?」

 

「それこそ愚問だ。『本音』とは()()()()()()()()()()。そもそも君は前提を間違えているのではないのかね?」

 

「前提を?」

 

 予想外の高円寺の返答に佐倉さんは首を傾げる。

 

「『本音』とは『告白』だ。自分がどう思ったか、どう感じたかを言っているに過ぎない。『本音を言えば他人が傷つく』なんて前提はおかしいのだよ。『本音』は『指摘』ではない」

 

「でも、傷つけてしまうことには変わりないんじゃ……」

 

「それは結果だ。そもそも人は、『()()()』のではなく『()()()()()()()()()()』ものだ。私の『告白』で勝手に相手の古傷がうずいただけなのだよ。結局、『傷つく』のは受け取る側の責任だ」

 

「どういうこと?」

 

「『自分に価値がない』『自分は役に立たない』そんなことを思って生きているから事あるごとに『傷つく』のだ。そしてそれを他人のせいにして逃げようとする。私は常に『自分が正しい』と思っている。『自分には価値がある』『自分は唯一無二』だと思っている。だからこそ『傷つかない』。他人に何を言われようと、『傷つく』ことはないのだよ」

 

 自分自身を認められないから『傷つく』。相手の『告白』を『指摘』と受け取り、『傷ついた』のを相手のせいにする。自分自身と向き合うのが怖いからだ。それが間違っていると高円寺は言う。これは僕も中学の時に高円寺に言われたものだ。正直、高円寺だからできることだ。人は皆、そこまで強くはない。全てが受け取る側の問題ってのもおかしな話だ。しかし、高円寺の主張は間違ってはいないんだ。

 

「ウサギガール、まずは今の自分自身を認めるべきではないのかね?強さも弱さも全て、ありのままの自分を見つめることだな。安心したまえ、君よりはるかに重症だった男を知っている。彼奴も少しはマシになっていると良いのだがね。それで私はデートに行くとしよう。精々、悩みたまえ」

 

 最後は僕に視線を向けて言った。それには佐倉さんは気付いていないようだった。高円寺にしては珍しく真剣に話をしていた。いつもなら興味がないと一蹴するのだが。

 

 高円寺がいなくなったあと、少しの間沈黙が続く。佐倉さんなりに高円寺の言葉を頭の中で咀嚼しているのだろう。僕は彼女が話し出すまで待つことにした。

 

 そのまま歩き続けていると、佐倉さんがようやく口を開いた。

 

「やっぱり高円寺君って凄いね」

 

「そうだね、あいつは凄いよ。でも、高円寺が言っていたことを鵜呑みにする必要はない。人それぞれの考え方があるんだし、一つの材料として持ってるだけでいいと思うよ」

 

「うん……あーもう!どうして私はこんなにダメなんだろぉ!」

 

 頭を抱えて叫びだした佐倉さんに驚く。変わりたいのに変われない。そんなもどかしさがあるのだろう。気持ちは痛いほどわかる。

 

「前から思ってたけど、佐倉さんって意外とハイテンション系だよね」

 

「はっ!ちが、違うくて……これは違うからぁ!」

 

「ははは、今もハイテンションだよ」

 

「あうぅ」

 

 よほど恥ずかしかったのか耳まで赤くして俯いてしまう。しかし、直ぐに顔を上げて話し出す。

 

「私ね、さっきまで逃げようと思ってた」

 

「明日の話し合いを?」

 

「うん……昔からダメなの……人前で話すことが苦手で……明日、先生たちの前であの日のことを聞かれたら、ちゃんと答えられる自信がなくて……それに倉持君が出席しないと分かって心細くて」

 

「それはごめん。僕もサポートしてあげたかったんだけど」

 

「ううん、倉持君は何も悪くない。私が弱いからダメなんだ。……でも、頑張ろうと思う。やりたいこと、って言ったのは私なんだから」

 

 どうやら高円寺の言葉は佐倉さんにとって良い方向に進むきっかけになったみたいだ。それは今の佐倉さんの顔を見ればよく分かる。佐倉さんがやるといった以上、僕は止めることはできない。僕にできることは少しでも佐倉さんの負担を減らすことか。

 

「じゃあ、明日は佐倉さん自身のために証言してくればいい」

 

「私自身のために?」

 

「誰かのためとか考えなくていい。君自身が変わるための一歩として今回のことを利用すればいい。その結果、須藤君が救われれば一石二鳥だ」

 

 誰かのためとか、そういう無駄なものを背負う必要はない。自分のためだけに話すと考えれば少しは気が楽になるのではないだろうか。

 

「ありがとう、倉持君。私、頑張るね」

 

「うん、頑張れ」

 

 笑顔を向けてくれる佐倉さんを見て、僕は思う。佐倉さんや軽井沢さん、洋介に僕は胸を張って友達と言えるのだろうか。偉そうにアドバイスをしたりしているが、そんな資格があるのだろうか。僕自身が未だ変われていないのに。自分自身を認められていないのに……。

 

 

 

 

 

 その日の夜、櫛田さんの呼び出しで、いつもの如く綾小路君の部屋に集まっていた。今回は須藤君と堀北さんがいないみたいだ。しかし、いまさら何の集まりだろうか。池君もそれは気になっていたようで、櫛田さんに聞いた。すると、凄いことに気付いた、と言い綾小路君のパソコンを使い、何かを検索し始めた。

 

「じゃーん。これをご覧くださーい」

 

 妙にテンションが高い櫛田さんが見せてきたのは誰かのブログだった。作りも凝っていて、個人が作ったというより業者が手掛けるような本格的なページだ。そのページに載っている人物を見て、僕は絶句する。

 

「あれ、この写真って雫じゃん?」

 

「雫?」

 

「グラビアアイドルだよ。ちょっと前まで少年誌にも出てたことあるんだぜ」

 

 池君が、綾小路君の聞き返しに答える。雫?グラビアアイドル?違うだろ。これは……。

 

「佐倉さん?」

 

「はぁ?倉持、お前何言ってんだよ。佐倉なわけないじゃん」

 

「やっぱり倉持君もそう思うよね!」

 

 池君は否定するも、櫛田さんが同意する。間違いない、これは佐倉さんだ。どういうことなんだ?

 池君はそれでも否定するも、山内君と綾小路君が同意する。なおも否定する池君に綾小路君が決定的な証拠を指さす。

 

 それは、アップされた写真の一部に僅かに写った、寮の部屋の扉だった。

 

「じゃあやっぱり佐倉は雫なんだ……まだ、ピンと来ないけど」

 

 さすがにこればっかりは池君も認めざるを得ないようだ。僕としては写真を見た瞬間に佐倉さんだと分かったんだが

 

「でも確か雫って人気出始めた後、急に姿消しちゃったんだよな」

 

 山内君のその一言が少し気になった。姿を消したにもかかわらず、今でもホームページに写真をアップしているのはどうしてなのだろう。

 

 

 夜の9時が近づき、流石にそろそろ解散となり、部屋に戻る。すぐにパソコンを開き、先程のホームページを見る。どうやら、2年ほど前からスタートしているみたいだ。丁度佐倉さんがグラドルとして活動を始めたタイミングなのだろう。

 

 ブログを始めてから1年間、ほぼ毎日ブログを更新していた。その日あった出来事や思いを綴っている。ファンからのコメントにもほぼ全て対応していた。

 けど、さすがにこの学校に入学してからはコメントに返答をしていない。外部との連絡を取ってはいけないルールがあるからだろう。

 

 ファンのコメントを見てみると、早く雑誌のグラビアに戻って来て欲しいという意見や、テレビ等に出る予定はないのかといったものがほとんどだった。そんな中、3ヶ月程前の書き込みに目を引かれた。

 

『運命って言葉を信じる? 僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』

 

「なんだこれ?こんなファンもいるんだな」

 

 それだけなら良かったのだが、毎日のように書き込まれたいるコメントに次第に顔が強張っていく。そのコメントは段々とエスカレートしていた。

 

『いつも君を近くに感じるよ』

『今日は一段と可愛いかったね』

『目が合ったことに気づいた? 僕は気づいたよ』

 

 思わずドン、と机を叩いてしまう。それほど気分が悪くなるものだった。関係ない僕がこう感じるんだ。当事者の佐倉さんはどれほどのものを感じているのだろうか。

 

 そこであることに気付く。このコメントがされているのはおよそ3ヶ月前。既にこの学校に入学しているころだ。もしこの書き込みが妄想の類でなければ、学校に入学してから佐倉さんのことを見ていることになる。生徒か、或いは教師か……。

 

 そのままブログを見ていると、ある書き込みを見つけ、身の毛がよだつ。

 

『ほら、やっぱり神様はいたよ』

 

 この書き込みがされたのは、昨日。デジカメの修理を依頼しに行った夜だった。

 

「あの店員か!」

 

 あの店員がこの書き込みをしている人物だとしたら行動の説明がつく。佐倉さんに連絡先などを書かせようとしたのはそれが理由か。好きなアイドルの本名から電話番号までを知り得るチャンスだったのだから。

 おそらく、入学してからすぐデジカメを買いに行った佐倉さんの対応をしたのがあの店員であり、その時に佐倉さんの正体に気付いたのだろう。ファンならすぐに気付いても不思議じゃない。

 そして昨日、修理に出すときに鉢合わせてしまった。だから佐倉さんは最初に躊躇っていたんだ。

 

 他の書き込みを探してみると、次々と危うい書き込みが見つかる。これを見て佐倉さんはどう感じているのだろうか。想像を絶する恐怖を身近に感じて怯えているんじゃないだろうか。

 

 だが、僕には今の時点で出来ることがない。あの店員が直接手を出してきていない以上、どうすることもできないし、佐倉さん自身からのSOSもない。せめてSOSだけでもあればいいのだが……。変わろうとしている彼女が一人で抱え込んで取り返しのつかないことにならなければいいのだが。

 

 結局、手立てが浮かばず、歯がゆい思いをしながら、翌日の審議会を迎えるのだった。

 

 




久しぶりに高円寺君がいっぱい話しましたね。
的外れなことを言っているかもしれませんが、雰囲気で見てください(-_-;)


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審議

感想、評価、お気に入りありがとうございます!

最近かなり寒くなってきましたね。こたつを出そうか悩んでおります。
皆さんも風邪には気を付けてくださいね。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

「来るよね?」

 

「うん、大丈夫。必ず来るよ」

 

 翌日の朝。軽井沢さんと登校するためにロビーにいた。しかし、今日は軽井沢さんだけでなく、もう一人と一緒に登校する予定だ。それは、軽井沢さんが昨日の夜に提案してきたものだった。

 

 目の前のエレベーターが1階に止まる。そこから降りてきた生徒を見て、軽井沢さんは安堵のため息を漏らした。

 

「おはよっ、佐倉さん」

 

「お、おはよう、軽井沢さん、倉持君」

 

 現れたもう一人の人物である佐倉さんは少しぎこちない感じではあったが、笑顔で挨拶を返した。

 

 昨日の夜に軽井沢さんから電話で『佐倉さんは不安だろうから一緒に登校して少しでも和らげてあげたい』という旨を聞いて、僕が佐倉さんに電話をして誘った。そのときの佐倉さんの声色は、どこか嬉しそうなものだった。他人に気遣ってもらえることは嬉しいものなのだろう。

 

「おはよう、それじゃあ行こうか」

 

「う、うん」

 

「まだ緊張するのは早いよっ。話し合いは放課後じゃん」

 

「そ、そうだよね」

 

 緊張した面持ちの佐倉さんに、軽井沢さんが笑いながら話しかける。それで幾分かましにはなったが、未だに緊張は拭えない様子だ。

 

 

「あっ、そうだ。夏休みの噂って聞いた?」

 

「うん、昨日の帰りに高円寺君から」

 

「高円寺君?変なとこから聞いてんだね」

 

 登校の途中に軽井沢さんが佐倉さんに話を振った。おそらくは放課後のことを気にしないようにさせようとしているのだろう。それにしても変なとこって……。あながち間違いでもないか。

 

「楽しみだよね、バカンス!いっぱい遊んで、いっぱい美味しいもの食べたいっ」

 

「この学校のことだし、そんな楽しいことばっかりじゃないと思うけどね」

 

「もう、夢がないなー。そんな事言ってたら女の子に嫌われるよ。ねぇ佐倉さん」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 佐倉さんがハニカミながら同意する。楽しそうな2人をよそに、軽くダメージを食らう。そうか、女の子は夢があることが好きなのか。確かに、白馬の王子様とかに憧れると聞くし、某夢の国が好きと聞く。

 そんなしょうもないことを考えていると、軽井沢さんが立ち止まり、佐倉さんの方へ向く。

 

「だからさ……こんな面倒くさいことなんかさっさと終わらして、バカンスのこととか楽しいこと考えよっ」

 

「うん、ありがとう」

 

 これは軽井沢さんなりのエールなのだろう。それを分かってか、佐倉さんがお礼を言う。その表情は会ったときと比べてかなり柔らかくなっていた。やっぱりこの二人は……。

 

 

 

 

 

 放課後を告げるチャイムが鳴り、いよいよ審議会が始まる。僕は参加はできないが直前まで佐倉さんと一緒にいることにした。それは佐倉さんがいつ止めたいと言ってもいいようにだ。僕だけは彼女の味方をしよう。

 

 参加する4人と僕を含めた5人で職員室へ向かい、茶柱先生と合流する。しかし、審議会が行われるのは職員室ではないらしい。今回のようなケースでは問題のあったクラスの担任と、その当事者、そして生徒会との間で決着がつけられる。とのことで、生徒会室に向かうことになった。生徒会、と聞いた時の堀北さんの様子が少し気になった。

 

 

 生徒会室の前につき、僕と佐倉さんを抜いた3人と先生がその中へと入って行った。佐倉さんは目撃者の話になってから中に入ることになっている。その佐倉さんを見てみると少し震えていた。直前になり、かなり緊張しているようだ。

 

「佐倉さん、落ち着いて」

 

「う、うん、大丈夫」

 

「はぁ、全然大丈夫じゃないだろ。震えてるし」

 

「ははは、やっぱりダメだね。口では頑張るとか言って、結局直前で怖くなって逃げたくなってる」

 

 佐倉さんは自らを蔑むように笑う。もうやめてもいい。そんな言葉をかけたくなる。でも、それは違う。前に進もうとしている今の彼女にかける言葉じゃない。僕が掛けるべき言葉は、彼女の背中を押す言葉だ。

 

「ダメなんかじゃない。佐倉さんは頑張ったじゃないか」

 

「私は、まだ何もしてない。できてない」

 

「君はここに立っている。怖かった、逃げたかった。でもここに立っている。頑張ったんだよ佐倉さんは。だから、もう少し。もう少しだけ頑張ってみない?ここまで頑張ってきたんだから。それで失敗してもいいんだよ。頑張った君に文句を言う奴は僕が懲らしめてやる」

 

「懲らしめてやるって……ふふ、ありがとう。そうだよね、ここまで来たんだもん。最後まで頑張らないとね」

 

 決意を固めた佐倉さんの震えは止まっていた。少しは背中を押せたみたいだ。ここからは僕は何もできない。佐倉さんだけの戦いだ。全ては佐倉さん次第だ。

 

 そして、いよいよ中から佐倉さんを呼ぶ声が聞こえた。その声を聴いて、また少し緊張した面持ちになったが、それでも前を向き歩き出す。その背中には迷いがないように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室から名前を呼ばれ、また緊張してしまう。不安や恐怖が黒いものが襲ってくる。でも、その中に光が見える。私が勇気を出そうと決めたきっかけになった、高円寺君。私を何度も励ましてくれた軽井沢さん。そして、こんな私と友達になってくれて、支えてくれて、背中を押してくれた倉持君。皆の顔を思い出せば、不思議と黒いものが引いて行った。

 気付けば私は一人じゃなかった。支えてくれる人がいる。それだけでこんなにも違うものなのか。皆のおかげだ。だから私は恩返しをしなくちゃいけない。今度は私が支えてあげれるように頑張らなくちゃ。そのためにはまずは頑張って証言をしよう。

 

 私は扉を開け、中に入る。その場にいた生徒と先生に注目される。それでも前に進む。そして、真ん中で立ち止まる。堀北さんが私の紹介をする。それを聞いてCクラスの先生が訝し気な視線を送ってきたが気にしないように努める。

 

「では証言をお願いしてもよろしいでしょうか。佐倉さん」

 

「は、はい……。あの、私は……」

 

 堀北さんに促されて話し出そうとする。でもうまく言葉が出ない。皆が私を見ている。それが怖い。その視線から逃げようと顔を伏せてしまう。それでも私はもう一度前を向く。息を吸い込み、言葉を放つ。

 

「私は確かに見ました……!!」

 

 予想以上に声が出てしまった。生徒会室に居る人たちのほとんどが呆気に取られていた。凄く恥ずかしい。でも、この勢いで続けなくては。

 

「最初にCクラスの生徒が須藤君に殴り掛かったんです。間違いありませんっ!」

 

 私が見たことを言えた。これでいいのかな。もっと詳しく言った方が良かったのかな。

 不安になっていると、声を発したのはCクラスの先生だった。確か坂上先生だったと思う。発言していいかを生徒会長さんに聞いて許可を得た坂上先生が私を見て口を開いた。

 

「佐倉くんと言ったね。私は君を疑っているわけではないんだが、それでも一つ聞かせてくれ。君は目撃者として名乗りを上げたのが随分遅かったようだが、それはどうしてかな? 本当に見たのなら、もっと早く名乗り出るべきだった」

 

「それは……巻き込まれたくなかったから、です……私は人と話すのが苦手で、それで……」

 

 坂上先生の視線に思わず怯んでしまう。発言がしどろもどろになってしまった。

 

「なるほど。良く分かりました。ではもう一つ。人と話すのが得意ではないあなたが、週が明けた途端目撃者として名乗りを上げたのは不自然じゃありませんか?これではDクラスが口裏を合わせてあなたに嘘の目撃証言をさせようとしている風にしか見えない」

 

「そんなことはありません!私はただ、本当のことを……」

 

 坂上先生の質問は以前に茶柱先生にも言われたことだった。嘘じゃない。それでも坂上先生の勢いにおされて声が小さくなってしまう。

 

「私には君が自信を持って証言しているようには思えない。それは本当は嘘をついているから、罪悪感に苛まれているからではないのかな?」

 

「ち、違います!」

 

「私は君を責めているわけではないよ。恐らくクラスのため、須藤君を救うために嘘を強いられているのだろう。可哀そうに。君みたいな大人しい子に誰かが近づいて来たんではないかな?それで君を利用しようと甘い言葉をかけてきたのではないかな?ひどい生徒だよ」

 

 坂上先生の発言を聞いて、堀北さんが口を挟もうと手を挙げる。しかし、堀北さんが口を開く前に私が口を開いた。それはどうしても許せない事があったからだ。

 

「倉持君はそんな人じゃありません!私は自分で考えてここに来たんです」

 

 私が急に大きな声を発したことにより、またもや呆気にとられる面々。坂上先生は別に倉持君のことを言っていたわけではない。それでも私には倉持君のことを言われているように感じた。だから否定せずにはいられなかった。でも、それが良くなかった。

 

「な、なるほど。倉持と言う生徒が君に証言を強要したんだね」

 

「ち、違います!倉持君は関係ありません」

 

「その慌てようから察するに倉持君から脅迫でもされているのではないかね?そうであれば、倉持君も罰則の対象にする必要がありそうだね」

 

「待ってください!私は脅されてなんか……」

 

「少しいいでしょうか。坂上先生、話の論点が多少ずれているように思えるのですが?佐倉さんも落ち着きなさい」

 

 堀北さんの言葉で少し冷静になる。ホントにダメだな、私。余計なことを言って倉持君が悪者にされた。しかもそれを訂正できなかった。最低だ。

 

「そうですね。少し話がそれましたか。しかし、これで終わりでいいでしょう。他に証拠もないようですし」

 

「証拠なら……あります」

 

「もうこれ以上無理はよしたまえ。本当に証拠があるなら、もっと早い段階で……」

 

 坂上先生が言い終わる前に、バン、と私は机に手のひらを叩きつけた。手がジンジンする。それだけ私はイライラしていたのかな。この先生にも、私自身にも。

 それでも、私にできることを最後までやろう。そう思って、机の上に写真を置いたんだ。

 

「私が、あの日特別棟にいた証拠です……!」

 

 私の言葉を聞いて、生徒会長の横に座っていた女生徒が確認に来た。生徒会の一員なのかな。

 写真を確認した女生徒は、それを生徒会長の元へ提出した。暫くの間その写真を見ていた会長は、それを机の上に並べ、他の人にも見えるようにした。それをその場にいる人が見ているのを見て恥ずかしい気持ちになる。だって、その写真には『雫』としての私が写っているから。

 恥ずかしい。だけどそれ以上に証言を信じてもらえるようにしたい気持ちでいっぱいだった。

 

「私は……あの日、自分を撮るために人のいない場所を探してました。その時に撮った証拠として日付も入っていますっ」

 

 私はあの事件の日、特別棟でブログに乗せるための写真を撮っていた。その際に偶々、須藤君たちの騒動に出くわした。

 

 写真を見て、周りの空気が変わる。Cクラスの生徒も動揺しているように見えた。これで私の証言が本当だと信じてもらえるはず。その写真の中には須藤君が石崎君を殴った直後が写っているのだから。

 

「これが……私がそこにいたことの証拠です」

 

「ありがとう、佐倉さん」

 

 堀北さんにお礼を言われた。嬉しかった。私がしたことでお礼を言われたのが嬉しかった。これで須藤君も助かるんじゃないかな。

 

 でも、そんなに甘いものじゃなかった。

 

「なるほど。どうやらあなたが現場にいたという話は本当のようだ。その点は素直に認めるしかありません。ですが、この写真ではどちらが仕掛けたものかは分かりません。あなたが最初から一部始終を見ていた確証にもいたりませんし」

 

「そ、そんな……」

 

 頭が真っ白になる。これでやっと信じてもらえると思ったのに。結局私は何もできなかった。信じてもらうことはおろか、倉持君に余計な疑いをかけてしまった。

 

 その後どうなったかは覚えていない。気付いたら話し合いは終わっていた。退室を促され、私は生徒会室を逃げるように後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐倉さんが生徒会室に入って15分くらい経っただろうか。そろそろ審議会が終わってもおかしくはない。生徒会室の前の廊下で僕は終わるのを待っていた。佐倉さんはうまく言えただろうか。そんな不安が浮かんでくる。

 

 廊下をうろうろとしていると、生徒会室の扉が開いた。そこから出てきたのは佐倉さんだった。

 

「あ、佐倉さん。審議会はどうだっ……」

 

 極めて明るく出迎えてあげようと思っていた僕だったが、途中で口を閉ざす。それは佐倉さんの表情を見たからだ。その表情は今にも泣きだしそうなものだった。

 

「ごめんね、倉持君……私、うまく出来なかった。私のせいで全部……」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 大粒の涙を零して泣き出した佐倉さんを優しく抱きしめる。何があったかは分からないが、落ち着くまで背中をさすってあげよう。

 

 そうしていると、次はCクラスの面々が生徒会室から出てきた。その中の坂上先生がこちらを見て近づいてきた。

 

「君の嘘が、大勢の生徒を巻き込む結果になったことは反省してもらいたい。それと、泣けば許されると思っているのなら君の策略は実に愚かしいことだよ。恥を知りなさい」

 

 そう言って、踵を返しCクラスの生徒と去ろうとする。僕はそれを止めた。

 

「ちょっと待ってください。訂正してください。佐倉さんは嘘なんてついていません」

 

「君はもしや倉持君かな?」

 

「そうですけど、だから何ですか?」

 

「君がそうか。残念だが君の策も崩れたよ。その子を利用して我々を悪者にしようとしていたのだろうがね。君の処分も決めておかないとね。それでは失礼するよ」

 

 そう言い残し、去って行った。何のことを言っているのか分からないが、佐倉さんを傷つけたのはあの先生で間違いないようだな。

 

 その後、Dクラスの面々も生徒会室から出てくる。堀北さんは確かめることがある、と言い足早に去って行った。須藤君もそのままどこかへ行ってしまった。残っていた綾小路君に何があったかを聞く。

 

 佐倉さんの証言は信用されなかったらしい。それはおろか、僕が佐倉さんを脅したことにされたみたいだ。だから佐倉さんがここまで泣いているのか。自分の非力さを痛感したのだろう。

 

「佐倉さん、よく頑張ったね。ありがとう」

 

「な、なんで、お礼を、言う、の?」

 

「だって僕のために坂上先生に怒鳴ってくれたんだろ?」

 

「それは……私が、余計な、こと、言ったから」

 

「それでも嬉しいよ。だからありがと」

 

 またもや佐倉さんは泣き出してしまう。もう僕のシャツは佐倉さんの涙と鼻水でビチョビチョだ。それでも嫌とは思わなかった。

 

「綾小路君、審議自体はどうなったのかな?」

 

 佐倉さんの背中をさすりながら、綾小路君に状況を説明してもらう。なんでも、明日の4時にもう一度再審の席を設けることになったらしい。坂上先生が須藤君に2週間の、Cクラスの生徒に1週間の停学を申し出たのだが、堀北さんがそれを断ったらしい。泣き寝入りするつもりは毛頭ないと啖呵を切ったそうだ。

 堀北さんの判断は正しい。例え、喧嘩両成敗であっても、僕たちDクラスが少しでも重い罰を受けてしまっては意味が無いのだ。一見引き分けに見えても、実質は僕たちの敗戦を意味する。

 

「再審はいいけど、策はあるの?」

 

「さぁな、俺にはさっぱりだ。堀北に託すしかないだろうな」

 

 綾小路君はこう言っているが、堀北さんだけでこの問題を解決できるとは思えない。カギを握っているのはこの男だ。

 

 佐倉さんが動けるようになるのを待っていると、生徒会室から生徒会長たちが出てきた。もう一人の女子生徒が鍵を手に戸締りをする。その間に生徒会長が綾小路君に話しかける。

 

「まだいたのか。どうするつもりだ?」

 

「どうする、とは?」

 

 短いやり取りが二人の間で交わされる。お互いに様子を窺っているようだった。

 

「今日この場に鈴音と共に現れた時には、何か策を見せると思っていたが」

 

「俺は諸葛亮孔明でもないんで策なんてありません」

 

「完全無罪と言い放ったのは、鈴音の暴走というわけか」

 

「絵空事ですね。そう思いませんか」

 

「そうだな」

 

 綾小路君と生徒会長のやり取りを見て、完全に蚊帳の外だな、と思う。短いやり取りの中でも、けん制し合っているのが、ひしひしと伝わる。

 

「それから佐倉と言ったな」

 

 綾小路君と話していた生徒会長が突然佐倉さんに声をかける。急に声をかけられた佐倉さんは、びくびくしていた。

 

「目撃証言と写真の証拠は、審議に出すだけの証拠能力は確かにあった。しかし覚えておくことだ。その証拠をどう評価しどこまで信用するかは証明力で決まる。それはDクラスの生徒であることでどうしても下がってしまうものだ。どれだけ事件当時のことを克明に語っても、100%を受け入れることは出来ない。今回、お前の証言が『真実』として認識されることは無いだろう」

 

「わ、私は……ただ、本当のことを……」

 

「証明しきれなければ、ただの戯言だ」

 

「戯言なんかじゃない。僕は佐倉さんを信じている」

 

 生徒会長と佐倉さんの会話に口を挟む。さすがにこれ以上は我慢の限界だ。生徒会長は僕に初めて視線を移す。

 

「お前はDクラスの生徒か。それならば、信じたいと思うのは当然のことだ」

 

「信じたいんじゃない。佐倉さんを信じると言っているんです。生徒会長ともあろう方が、その意味の違いすら分からないのですか?」

 

 僕の挑発的な言葉に生徒会長は眉をひそめる。その眼光は普通の人なら怯んでしまうものであったが、僕は怯まない。この程度の睨みなど怖くはない。

 

「ならば証明できるのか?佐倉が嘘をついていないと」

 

「証明して見せますよ。佐倉さんと約束しましたから。頑張った君に文句を言う奴は僕が懲らしめてやるってね」

 

「それは楽しみにしておこう」

 

 微かに笑いながら、生徒会長は去って行った。その笑みは出来るはずがない、という意味だったのだろう。

 

 去って行く二人を見送った後、未だに動けないでいる佐倉さんの顔を無理やり上げる。

 

「そろそろ顔を上げなさい。佐倉さんはよくやったじゃないか」

 

「だって……私のせいで……倉持君がっ……」

 

「佐倉さんは何も悪くないだろ。悪いのは嘘だと決めつけるやつだ。君は本当のことを言っただけ」

 

「……でも……っ……」

 

 それでも自分を責める佐倉さん。もう一度、佐倉さんの目を見て、僕は言う。

 

「君は何も悪くない。だから自分を責める必要はない。胸を張るんだ」

 

「だけど……私……何の役にも立たなかったよ……?」

 

「そんなことはない。佐倉さんのおかげで再審まで持ってこれた。道を繋げれたんだ。君が証言しなければ、須藤君は停学になっていたよ。だから、よく頑張った」

 

「……うん……ありがとう」

 

 頭を撫でながらそう言ってやると、またもや佐倉さんは泣き出してしまった。でも、その涙は先ほどまで流していた悔し涙とは違ったものに僕には見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「オレのこと忘れてないか」

 

 完全に蚊帳の外になっていた綾小路君が困ったような顔でこちらを見ていた。

 

 




ようやく、原作7巻を読みました。面白かったです。龍園くんが意外に良い奴で驚きました。
軽井沢さんの話をどうするか。でも、そもそもこの小説では倉持君と付き合っている
(仮)なので原作のような展開にならない気が……。
これからどうするか考えないといけませんね。



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唯一の解決策

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

それでは続きをどうぞ。


 

 

 

「ごめんね、もう大丈夫」

 

 泣き止んだ佐倉さんは立ち上がり、恥ずかしそうに笑う。誰だって人前で泣くのは恥ずかしいものだ。

 

「佐倉さんは溜め込むタイプみたいだから、少しはスッキリできたんじゃないかな?」

 

「うん……スッキリした。そのおかげで落ち着いて考えることもできたよ。……やっぱり私は弱いんだね」

 

「そんなことは……」

 

「ううん、弱いよ。また倉持君の優しさに逃げようとした。それじゃあダメなんだよね。受け入れないとダメなの。悪いのは私。信じてもらうことが出来なかった私の力不足」

 

 まだ少しだけ涙が残っていたのか、目を拭った佐倉さんが落ち着いた声色で話す。自虐しているわけではなく、自分の弱さを受け入れようとしている。

 

 ああ、なんだ、そうだったのか。佐倉さんは()()()()()()()()()弱くなかったんだ。そして、そんな彼女を僕は信じていなかったんだ。

 坂上先生に責められ、生徒会長に責められた彼女を見て、僕は佐倉さんが壊れてしまうと思った。昔の僕みたいになってほしくなかった。

 だから、僕は()()()()()()()。『佐倉さんは何も悪くないだろ。悪いのは嘘だと決めつけるやつだ』と言って責任から逃れられるようにした。それが彼女のためにはならないと分かっていながら。

 

 そんなことをしたのも、僕が佐倉さんを信じていなかったからだ。彼女では現実を受け止めるのは無理だと決めつけていたのだろう。実際に佐倉さんは僕が作った逃げ道に行こうとした。

 だが、引き返した。自分が進むべき道は、この道ではないのだと自分で気づき、引き返してきたのだ。

 

「坂上先生も生徒会長さんも言っていることは正しかったんだよね。私は『真実を話すこと』に固執しすぎて、『真実と認めてもらうこと』を考えていなかった。それが私の悪かったところ……」

 

「そこまで佐倉さんは受け入れることができたんだね。信じてあげれなくてごめん」

 

「あ、謝らないで。あのとき倉持君にも否定されていたら私は立ち直る事が出来なかったよ。倉持君の優しさのおかげで、こうやって受け入れることができたの。だから、ありがとう。勇気を出して、良かった」

 

 笑顔でそう言う佐倉さんを見て、自分の愚かさを改めて痛感する。なんで彼女を信じてあげれなかったんだろう。

 いや、僕は信じたくなかったのかもしれない。僕を必要としてくれる友人がいなくなってしまうことを恐れたのかもしれないな。彼女が成長してしまえば僕のことなんて必要じゃなくなる可能性があったからだ。

 

「あ、あのね……実は……私、今……ううん、何でもない。今言うことじゃないよね。……私、頑張ってみるね。勇気を出して。それじゃあまたね」

 

「え?ちょっと、佐倉さん?」

 

 佐倉さんが何かを言おうとしてすぐに止めた。そしてそのまま小走りで帰ってしまった。何か無理をしなければいいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 佐倉さんが去った後、僕は綾小路君と並んで玄関まで歩き出す。すると、玄関に見知った顔が見えた。

 

「やっほ。随分遅かったね」

 

「一之瀬に神崎君か。結果を聞きに来たのかな?」

 

「ああ、聞かせてもらえるか?」

 

 玄関に立っていたのはBクラスの二人だった。協力関係にある二人は結果がどうなったか気になって、わざわざ待っていてくれたみたいだ。

 そして、綾小路君が生徒会室であった一連の出来事を話した。

 

「そっか。坂上先生の提案蹴っちゃったか。Dクラスはあくまでも無罪を主張するんだね」

 

「提案を飲んでしまえば、うちの負けだからね」

 

「それはどうなんだ?須藤が相手を殴ったのは事実だ。相手に譲歩をさせたんだから、そのタイミングで受け入れ妥協すべきだった」

 

 神崎君は受け入れないことを選択したのは間違いだったと主張する。確かに彼の言うことは正しい。でもそれでは意味が無いのだ。

 

「そうだな。オレもそう思う」

 

「そう思うなら、お前が止めるべきだったんじゃないか?」

 

「再度話し合いに持ち込まれたらこっちの負けは必至だ。神崎の言うように完全無罪を勝ち取ることは()()()()()だからな」

 

 神崎君の主張に同意する綾小路君。彼の言う通り『完全無罪』は不可能だろう。それでも戦うのは何らかの手が残っているのということか。

 

 その後、Dクラスの勝ち目はなくなったと言っているようなものであったが、一之瀬と神崎君は協力の継続を申し出てくれた。

 しかし、その申し出を断る声が聞こえた。先に帰ったと思われた堀北さんであった。

 

「一之瀬たちの協力が必要ないってどういうこと?」

 

「話し合いの場では無罪は勝ち取れないからよ。けどその代わりと言っちゃなんだけれど……あなたたちに用意してもらいたいあるものがあるの。唯一の解決策のために」

 

「あるものって?」

 

 一之瀬の返答に堀北さんは欲しいものの名前を口にする。唯一の解決策のために必要な物を。

 それを聞いて一之瀬は硬い表情を見せる。それほどに用意してもらいたいものは予想外であり、難しそうなものだった。考え込む二人。決定打に欠けるのだろう。理由もなしにそんなものを用意するのは許容できないはずだ。

 

「堀北さん、それは何に使うのかな?それを聞かない限りは二人も返事が出来ないと思うんだけど」

 

「確かに倉持君の言う通りだわ。じゃあ、今から私が話すことに納得がいったなら協力して」

 

 堀北さんは唯一の解決策だと言った詳細を僕たちに聞かせる。なるほど、そういうことか。

 説明が終わり、少しの間沈黙が続く。考え込むしぐさを見せた後、一之瀬が口を開いた。

 

「それ……いつから考えてたの?」

 

「話し合いが終わる寸前よ。偶然の思い付き」

 

「凄い手だね。現場に足を運んだ私自身そのことは全く意識してなかった。というより想像の範疇になかったなぁ」

 

 一之瀬が言う通り、あまり思いつかないようなものだった。素直にこれを考えついたのは凄いと思う。ただ、本当に堀北さんが偶然思いついたのだろうか。誰かにそこまで誘導されたのではないだろうか。

 一之瀬たちには、しっかりと狙いと効果が伝わった。しかし、それでもまだ考えているようだ。

 

「想定外の発想。効果も、多分見込めると思う。だけど、そんなのってあり?」

 

「一之瀬の性格的に厳しいかもな。どうしてもこの作戦には『嘘』が絡むからね」

 

「あはは、だよねぇ……。好ましくは無いけど……確かにたった一つの方法かも」

 

「嘘から始まったこの事件に終止符を打てるのはやはり嘘だけ。私はそう思う」

 

 目には目を、嘘には嘘を。堀北さんの作戦はそういったものだった。

 また少し考え込んだ一之瀬がため息を漏らしながら口を開いた。

 

「はぁ、参ったなぁ。Dクラスに勇人君や高円寺君以外にも君みたいな子がいるなんて。ひょっとして今私たちがしようとしてることは、後々自分たちを追い込むことになるんじゃないかな」

 

「かもしれんな」

 

「うん、決めた。これは貸しだからね。いつか返してもらうよ」

 

「ええ、約束するわ」

 

 一之瀬の了承を得て、堀北さんが安堵する。彼女の協力なくして、今回の作戦は実行に移すことができなかった。いい返事が聞けて良かった。

 

「それから、綾小路君、倉持君、あなた達にも手伝ってもらいたいことがあるの」

 

「うん、構わないよ」

 

「面倒なことでなければ手伝うぞ。じゃあ行ぐっ!?」

 

 綾小路君が返事をして歩き出そうとした瞬間、その体が横に吹き飛ぶ。突然のことに皆啞然とする。一人を除いて。

 

「あなたが私の脇を触った件、これで許してあげる。だけど次は倍返しよ」

 

 堀北さんが綾小路君の脇腹を蹴ったのだ。いったい、綾小路君は何をしてしまったんだよ。この一件で堀北さんの容赦のなさを再確認したのだった。

 

 

 

 僕たちは、作戦の確認をしてから解散した。僕はそのまま寮に帰らず、ある人物に電話をかけた。呼び出し音が数回なった後、相手が電話に出た。

 

「もしもし、話があるんだけど今から会えないかな?」

 

 僕は僕で佐倉さんが嘘をついていない証明をするために動く。たとえそれが堀北さんの意向に背くことになっても……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後、あと30分で再審が始まる。僕は綾小路君と共に、教室を後にする。しかし、向かう先は生徒会室ではなく、特別棟だ。

 

「やっぱりここは暑いね」

 

「そうだな。早く終わらしたいとこだ」

 

「手筈通りなら、もうすぐだね」

 

 そんな話をしていると、3人組の男子が暑い暑いと不満を漏らしながらもやって来た。僕らが待っていた人たちだ。

 

「……どういうことだ。なんでお前がここにいる。そっちのもDクラスの生徒だな」

 

「初めまして、Dクラスの倉持です」

 

「てめぇの名前なんてどうでもいいんだよ。何の真似だ?」

 

「お前らと話し合いがしたいんだよ」

 

「話し合いだと?そんなもの俺たちには必要ねぇよ。どう足掻いても真実は隠せねーんだよ。俺たちは須藤に呼び出されて殴られたんだ。暑いんだから面倒くさいことをするんじゃねぇよ」

 

 露骨に嫌な顔をして、暑そうにシャツを掴み、パタパタと仰ぐ。だが、あいにく僕たちはそんな話をしに来たんじゃない。

 

「大人しく諦めることだな。じゃあな」

 

 あまりの暑さに早々に引き返そうとする3人だが、もう一人の存在がそれを邪魔した。

 

「観念した方が良いと思うよ、君たち」

 

「い、一之瀬!?どうしてお前がここにいるんだよ!」

 

「どうしてって、私もこの件に一枚噛んでいるからかな?ね、勇人君」

 

「僕に振るな。それにしてもお前は有名人みたいだな」

 

「そんなことはないよー。Cクラスとは何度か色々あっただけ」

 

 僕らが知らないところでやり合っていたのか。おそらくCクラスの連中からちょっかいを出されていたのだろう。

 Cクラスの生徒は一之瀬の登場に明らかに取り乱していた。必死に一之瀬を追い払おうとしていた。そんなことはどこ吹く風、一之瀬はバッと右手を広げ、高らかに宣言する。

 

「えーい、そろそろ年貢の納め時だよ!今回の事件、君たちが嘘をついたこと。最初に暴力を振るったこと、全部お見通しなんだよね。それを明るみにされたくなかったら今すぐ訴えを取り下げるべし」

 

「は? 訴えを取り下げろ? 笑わせんなよ。何寝ぼけたこと言ってんだ。俺たちは須藤に一方的に殴られたんだよ」

 

「はぁ、もう少し頭を使った方がいいんじゃない?この学校が日本でも有数の進学校で、政府公認だってことは分かってるんだよね?」

 

「当たり前だろーが。それが狙いで入学してんだからよ」

 

 相手を煽るように話す。Cクラスの3人がイライラしてきているのが手に取るようにわかる。

 

「だったらさ、今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしいと感じなかった?」

 

「あ?どういうことだ」

 

「君たちが訴えを学校側に出したとき、どうしてすぐに須藤君を罰しなかったのか。猶予を与えて、挽回するチャンスを与えたのか。その理由は何だろう?」

 

「そりゃ須藤が学校側に泣きついたからだろ」

 

「本当にそうなのかな? 本当は別の狙い、目的があったんじゃないかな」

 

「わけわかんねぇ。あーくそ暑ぃ」

 

 窓を閉め切った廊下は、太陽に照らされ蒸し暑くなっていく。それに伴い、集中力が低下していく。さらに苛立ちも加わり、冷静な判断ができなくなる。

 それを分かってかどうか、3人はこの場を離れようとする。

 

「もう行こうぜ。こんなところに居ても意味はない」

 

「いいのかな? もし君たちがここを離れたら、一生後悔するかもよ?」

 

「さっきから何なんだよ、お前ら!」

 

「分からないなら教えてあげるよ。学校側はね、知っているんだよ。君たちが嘘をついていることを。それも初めから」

 

 Cクラスの面々が僕の言葉に固まる。予想だにしていない言葉に理解が及んでいないのだろう。それでも何とか正気を取り戻したリーダー格の石崎君が反論する。

 

「俺たちが嘘をついてる?それを学校側が知ってるだと?笑わせんじゃねーよ」

 

「あはははは。ホント、笑わせないでほしいよね。君たちはずっと手の平で踊らされてるんだから」

 

「そんな嘘は通用しねえ!」

 

「そう?でも確実な証拠があるんだよね」

 

「はっ。だったら見せてくれよ、その証拠とやらをよ」

 

 食いついた。証拠がないと確信しているからこそ乗ってきたのだろう。でもそれが敗北につながる。ここまできたらもう、終わりだ。

 

「君たちにはアレ、見えないかな?」

 

 僕が指をさした先。そこにCクラスの面々も視線を向ける。そこを見て、あるものを発見した瞬間、顔は青ざめ間抜けな声を出す。

 

「……へ?ば、な、何で()()()()()()()()()!ウソだろ!?だって、他の廊下にはカメラなんてなかった。ここだけ設置されてるなんておかしな話だろうが!」

 

 僕が指をさした場所には特別棟の廊下を、隅から隅へと監視するように、時折左右に首を振る監視カメラがあった。

 

「ダメじゃない。誰かを罠にハメるならカメラのないところでやらなきゃ」

 

「俺たちをハメようったってそうはいかないぜ。アレはお前らが取り付けたんだろ!」

 

「後ろ見てみたら?カメラは一台だけじゃないよ?もし私たちが取り付けたんだとして、あっち側まで用意するかな? と言うか、そもそも監視カメラなんて学校から出られない状況でどうやって用意するの?」

 

「そんなはずはねぇ。廊下にはカメラはないはずだ!」

 

「知らないのか?職員室と理科室の前には例外的に設置されているんだぞ」

 

 逃げ道を少しずつ潰され、石崎君たちは反論する言葉を失う。あと少しだ。

 

「そ、そんな馬鹿な……そんな、俺たちはあの時確認した……はず」

 

「本当に3階だったのかな?別の階を調べたんじゃない?だってここにはカメラがあるんだから」

 

「それに君たち、自分自身でボロを出してるって分かってる?監視カメラがあるかないかなんて普通の人は気にしないし確認なんてしないよ。自分たちが犯人だって認めてるようなものだよ」

 

 一之瀬のとどめの一言に3人は頭を抱えるようにしてふらついた。体中に大量の汗をかきながら。

 

「じゃ、じゃあ……あの時のも、まさか……」

 

「音声はないにしても、君たちが殴りかかった瞬間は写っているだろうね」

 

「本当は、学校も待ってるんじゃないか?お前らが本当のことを話してくれるのを。だから生徒会長自ら審議に参加してたんだろ。今思い返したら、全て見抜かれていたと思わないか?」

 

 綾小路君の言葉を聞いて、3人は昨日のことを思い返しているだろう。もちろん、嘘を見抜かれていたなんて事実はない。しかし、生徒会は中立の立場として、C,Dどちらも疑っていたはずだ。それが自分たちだけに向けられていたと思い込むには十分だろう。

 

「何でオレ達がわざわざお前らに教えると思う?それはな、この事件は起こった時点で、双方が痛みを負うことが確定しているからだ。どちらが先に仕掛けたにしても、結局は罰を受けるんだ。それじゃ、うちも困るんだよ。悪い噂が一つでも残ればレギュラーの座は危ない。大会にだって簡単には出られないだろう」

 

「何だよそれ。じゃあお前らだってカメラの映像は困るんじゃねえか。だったら俺たちはこのまま何もしなくていいんだ。須藤を停学にできればそれでいいんだからよ」

 

「へぇー、君たちは退学が怖くないんだ」

 

「は?退学……?」

 

 頭が回り切ってないようだな。そんな簡単なことも分からないのか。

 

「君たちは3人がかりで嘘の供述をしたんだ。停学なんかで済まされるとは思えないよ」

 

「じゃ、じゃあ、何で学校は俺たちに何も言ってこないんだよ!」

 

「学校側は試してるんだよ。私たち生徒間で問題を解決できるのか、どんな結論を導き出すのかを試してるだね。この学校らしいね」

 

 逃げ場がなくなった3人は慌てだす。それほど退学と言う二文字は大きなものなのだ。

 

「お前らに最後のチャンスを与えてやる。両方を救う方法だ。それは訴えそのものを取り下げるんだ。訴えが無くなれば誰も処罰を受けることはない」

 

 堀北さんの唯一の解決策。それが訴えそのものを取り下げさせることだ。Dクラスが無傷で終わることは事件が存在している以上、ありえない。それなら、事件そのものが存在しなければいい。

 

「……一本、電話をさせてくれ」

 

 石崎君が最後の悪あがきをする。龍園くんに電話をして指示を仰ぎたいのだろうが、そんなことはさせない。ここで考える時間は与えない。勝負を決着させる。

 

「残念だよ。交渉は決裂したみたいだね」

 

「そうみたいだな。今すぐ学校側に映像の確認をしてもらって、こいつらを退学にしてもらおう」

 

 僕たちはもう話すことはない、といった感じで踵を返す。これでチェックメイトだ。

 

「まっ、待ってくれ!わかった……取り下げる……取り下げれば、いいんだろ……!」

 

「分かってもらえてよかった」

 

 これで堀北さんの作戦は成功した。あとは生徒会室で彼らが取り下げる旨を申告すれば、取り敢えずは終わりだ。

 

 連絡を取られないように注意しながら、僕たちは生徒会室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室の前につくと、もうすでに堀北さんと須藤君は来ていた。そして、2人だけでなく、他にもDクラスの生徒がそこにはいた。

 

「あ!倉持君っ、言われた通り佐倉さんを連れてきたよ」

 

「ありがと、軽井沢さん。ごめんね佐倉さん、呼び出しちゃって」

 

「ううん、大丈夫。だけど、私はなんで呼ばれたの?もう、証言は必要ないんだよね?」

 

「そうなんだけどね……っと、来た来た。生徒会長!」

 

 2人と話していると、生徒会長が現れた。まずはこの人に了承を得ないとな。

 

「何か用か?」

 

「お願いがあるんですが、再審に僕と佐倉さんも同席して構いませんでしょうか?あと、これを」

 

 僕は同席のお願いをするとともに、一枚の紙を生徒会長に渡す。それを見た生徒会長の眉がかすかに動いた。

 

「別に構わん。今更2人増えても変らんからな。それと、これは受理しておこう」

 

「ありがとうございます」

 

「どうなるのか見させてもらおう」

 

 そういって生徒会長は生徒会室へ入って行った。もうすぐ再審が始まるし、僕たちも入っておこう。

 

「それじゃあ、行こうか佐倉さん」

 

「え?え?どういうこと?」

 

 理解が全くできていない佐倉さんの手を引っ張り、入室する。そのまま堀北さんの横に座った。僕の姿を見た堀北さんと茶柱先生が何か言いたそうだったが、すぐに再審が始まったため、口を開くことはなかった。

 

 

「ではこれより昨日に引き続き審議の方を執り行いたいと思います。着席してください」

 

 生徒会の生徒、橘先輩が着席を促す。しかし、Cクラスの生徒は一歩も動くことなく、坂上先生の前で立ちすくんでいた。

 

「あの……坂上先生。この話し合い、無かったことにしていただけませんか」

 

 約束通り、石崎君が訴えの取り下げを申し出る。坂上先生が説得を試みるも、石崎君たちが考えを変えることはなかった。審議取り下げにはある程度諸経費としてポイントを収めることになることを生徒会長に聞いて、少し動揺するが、直ぐにそれを受け入れた。

 

「では話し合いは終わりだ。これでこの審議を終わりにさせて貰おう」

 

 何とも呆気ない幕切れだった。これで終わりだと席を立つ面々だったが、生徒会長の次の言葉で動きを止めた。

 

「それでは()()()()()()()に移らせて貰おう」

 

「もう一つの審議だと?どういうことだ?」

 

 坂上先生が生徒会長に問う。それはここにいた全員の疑問だろう。僕を除いて。

 

「先程、新たな訴えを受理した。今回の件と関係が深いのでこのままそちらに移らせて貰う」

 

「新たな訴えだと?なんだそれは」

 

「佐倉愛里に対する坂上先生の不適切な発言についてだ」

 

「なっ!?」

 

 生徒会長が発表した議題に生徒会室が騒然とする。坂上先生は予想だにしていないものに驚きながらも生徒会長に詰め寄る。

 

「堀北、どういうことだ。誰がそんなふざけたことを……」

 

「坂上先生、着席を。審議は始まっています」

 

「くっ……」

 

 もう既に始まっているとあれば、全ての行動や発言が不利になりかねない。それを理解した坂上先生は渋々席に座った。

 

「では始めるとする。まずは訴えを説明してもらおう」

 

「はい、分かりました」

 

 全員が驚いた顔で僕に注目する。さぁ、ここからが僕の戦いだ。

 

「訴えの内容は先ほど会長が言った通りです。前回の審議会での佐倉さんに対する坂上先生の発言は教師として、あるまじきものでした。その言葉に佐倉さんは精神的に痛めつけられました。それに伴い、坂上先生に何らかの罰則を求めるものであります」

 

「ちょっと待ちなさい!私はそのような発言はしていない」

 

「そうでしょうか。かなり執拗に責めていたと聞きました。それに審議終了後にも『君の嘘が、大勢の生徒を巻き込む結果になったことは反省してもらいたい。それと、泣けば許されると思っているのなら君の策略は実に愚かしいことだよ。恥を知りなさい』と仰っていましたよね?」

 

「そ、それは、彼女が嘘をついていたから教師として注意をしただけです」

 

 それだ。坂上先生は佐倉さんが嘘をついている前提で発言していた。だから、それを崩せばいい。

 

「佐倉さんが嘘をついていた確証はあるのですか?もし、彼女が全て本当の事を話していた場合、坂上先生の発言は問題なのではないでしょうか?」

 

「確証?そんなもの彼女の態度を見ていれば分かる。そもそも、彼女が本当のことを言っていた確証もないでしょう。時間の無駄です。もう終わりにしましょう」

 

「嘘をついていないと証明すればいいんですよね?」

 

「そんなものできるわけがないでしょう。前回にそう結論がでたはずです」

 

 確かに前回は佐倉さんの証言が真実だと認められることはなかった。だけど今回は違う。そこを認めさせればいい。

 

「生徒会長、新しく証人を呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「証人だと?」

 

「入室を許可する」

 

「では、お願いします」

 

 僕の言葉に生徒会室のドアが開かれ、生徒が入室してくる。その生徒はゆっくりとした足取りで、生徒会室の中央へ来る。

 

「皆さんごきげんよう。1-Aの坂柳有栖です」

 

 杖をつきながら綺麗にお辞儀をした坂柳さんは不敵に笑った。

 

 

 




最近、執筆意欲が湧かなくなってきてしまっています。
もしかしたら今まで以上に更新の頻度が下がるかもしれません。

次回で2巻の内容が終わると思います。


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『真実』にする方法

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

今回で2巻の内容が終わるといいましたが、次回で終わる予定です。すいません。

それでは続きをどうぞ。



 

 

 

 思いがけない人物の登場に戸惑う面々。驚くのは無理もない。この場にAクラスのリーダー的存在がいるのだから。だが、うちのクラスの生徒はAクラスのことを全く知らないのだろう、誰だか分かっていないようだった。

 

「何故君がここに居るのですか?」

 

「あら、坂上先生、聞いていらっしゃらなかったのですか?私は証人として呼ばれたのです。そちらの倉持くんに」

 

「どういうことですか倉持君。関係のない彼女が何を証言するというのですか」

 

「ええ、坂上先生の発言に対しては坂柳さんは全く関係ありません」

 

「でしたら……」

 

「でも、佐倉さんが嘘をついているか否かには関係しています。なぜなら、坂柳さんは()()()()()()()()()()()ですから」

 

「なっ!?」

 

 僕の発言に今回はDクラスの生徒も含めた全員が驚く。そして、一番最初に反応したのは坂上先生ではなく、堀北さんだった。

 

「ちょっと待ちなさい、目撃者がもう一人いたなんて聞いていないわ」

 

「言えなかったんだよ。坂柳さんが証言してくれる気がなかったからね。変な期待を持たせるのは危険だと思ったんだ」

 

「はぁ、何かと思えばまた目撃者ですか。どうせまた嘘に決まっている。倉持君にでも雇われたのですか?」

 

 

 もちろん、坂柳さんが目撃者というのは真っ赤な嘘だ。昨日、堀北さんたちと別れた後に、電話をした相手は彼女だった。彼女と会った僕はある契約を交わし、今回の偽りの目撃者役を請け負ってもらった。

 佐倉さんの証言を真実だと証明する方法の一つ目は、他の目撃者が現れることだ。佐倉さんと同じ証言をすれば、信憑性は高まる。

 

「雇われると申しますと、私が金銭などで買収されたとおっしゃりたいのですか?Dクラスの生徒がだせる金額などに、Aクラスの私がなびくとでもお思いですか」

 

「べ、別に金銭だとは限らないでしょう」

 

「DクラスとCクラスの問題に全く関係のないAクラスの生徒が嘘をついてまでここに立つメリットとは何でしょうか。嘘がばれれば、停学の可能性もあるリスクを背負ってまで欲しいものなど思いつかないのですが……よもや惚れた弱み、などとはおっしゃいませんよね?」

 

「うっ」

 

 なぜ目撃者役を坂柳さんにお願いしたのかは、彼女が言った通り、嘘をつくメリットがないからだ。それに彼女がAクラスのリーダー格であり、成績も良く、先生から優等生としての評判がいい。それは他のクラスの先生であっても知っているはずだ。だからこそ、坂柳さんが嘘をついてまでこの場に現れるのは考えにくいのだ。

 しかしまだ足りない。

 

「ひとつ、私からも質問させてもらおう。なぜ今になって目撃者としてこの場に来た?出てくるならもっと早く出てくるべきではないか?それに嘘をつくメリットがないのは認めるが、目撃者として現れるメリットもないのではないか?」

 

「堀北の言う通りだ。名乗り出るなら最初のうちに出ればよかった」

 

「ええ、おっしゃる通りです。ですが、そもそも私は名乗り出る気はかけらもありませんでしたから。先程も言いましたけど、Aクラスの私には何もメリットはありませんから」

 

「では、なぜここにいる?」

 

 『本物の目撃者』であるとするならば、今更出てきた『理由』が必要だ。これは佐倉さんの時にも言われたことだ。あの時はDクラスの生徒ということで、確実にでっち上げたものだと思われたが、今回は違う。坂柳さんが、『Aクラスの生徒』であり『優等生』であることで、印象が変わってくる。さらには嘘をつくメリットがないことを認めているので、『本物の目撃者』であることに近づいている。それなら『理由』なんてそれらしいことを言っておけば問題はない。

 

「それは倉持くんの熱意に負けたからでしょうか。彼とは趣味が一緒でして、話す機会が少しだけあるのですが、その際に私が目撃したことをうっかり話してしまったのです。それからは大変でした。毎日毎日証言してほしいと頭を下げに来られたのですから。それだけ熱意を見せられれば私が絆されてしまってもおかしくはないでしょう」

 

「須藤君の事件の再審とこの件で証言をしてもらおうと思っていたのですが、前者はCクラスの方々が取り下げてしまったので」

 

「なるほど、理由としてはおかしなところはないな。そういえばまだ何を見たのか聞いていなかったな。話してくれ」

 

 これでまた一歩前進。いや、ここまで来れば、チェックメイトまであと一手だ。

 

「私が見たのはCクラスの生徒が殴りかかるところからです。その後、須藤君が反撃するも、無抵抗で攻撃を受けていました。ああ、それから、そちらのDクラスの生徒があの場から去って行くのも見ました。私はこの足ですので逃げることは難しかったので、隠れてやり過ごしていましたが」

 

「佐倉と証言の食い違いはないか。立ち去る佐倉の姿も見ている。それが本当であれば証拠としては十分だろう」

 

「本当なわけがないでしょう!証言が一緒なのは事前に聞いていただけの可能性もある、それに証拠がない。そう、証拠がないんだ。仮に言っていることが真実であっても、それを確実に証明するものは無いはずです。これ以上は時間の無駄ではないのかね?」

 

 坂上先生の言う通り、確実なものがない。いくらこちら側から目撃者を出しても、確実なものにはなりえないのだ。片方が『真実』だと主張しても、もう片方が『嘘』と言い張れば、平行線だ。

 では、どうすれば共通の『真実』にできるか。そんなものは簡単だ。

 

「そうですね。そちらの生徒が佐倉さんと坂柳さんが言っていることが『真実』だと認めてくれない限り、こちらとしてはどうしようもないですね」

 

「それはありえないでしょう。うちの生徒は嘘をついていないのですから」

 

「これで無理なら僕の負けですかね。すいません、みなさん。時間を取らせてしまって。……あ、最後に一つよろしいでしょうか?」

 

「……構わん」

 

「そういえば、坂柳さんの証言には続きがあるんですよ。須藤君が立ち去った後にもその場に残っていた坂柳さんにはね」

 

 これが最後の一手。これが不発に終われば、本当に打つ手がなくなる。尤も、不発に終わるなんて思っていないが。

 

「何を言おうと無駄ですよ。うちの生徒が認めるわけないでしょう」

 

「まぁ、最後の悪あがきと思って聞いてくださいよ。しっかりとね。お願いするよ坂柳さん」

 

「ええ、任せてください。私の証言には続きがあります。須藤君が去った後、私はCクラスの生徒がいなくなるのを待っていました。それでその後の行動も見ていましたの」

 

「ちょ、そ、それって」

 

 Cクラスの生徒の顔がみるみる青ざめていく。自分たちがあの後何をしたのかを思い出したのだろう。

 

「おもむろに携帯を取り出し、どなたかへ電話をかけていましたよね?これで須藤は終わりだ、とか」

 

「ま、待ってくれ、もしかして……」

 

 坂柳さんが何を言おうとしているかを完全に察したのだろう。『その名』をここで言われることが、彼らにとってどういう意味をさすのか。『その名』が彼らにとってどれほど恐ろしいものなのか。

 

「確か、電話の相手の名前をおっしゃってましたと記憶してますが……名前は……そう、りゅ……」

 

「ま、待ってくれ!!」

 

 チェックメイト。これで僕たちの勝ちだ。もう彼らは認めざるを得ない。仮にそれで停学になっても、それ以上に『その名』を、彼らのボス『龍園』の名前をこの場で出されることの方が怖いのだ。

 

「あら、何を待てば良いのでしょうか。私の証言が『真実』だと認めていただけまして?」

 

「ああ、認めるよ!坂柳が言った通りだ!全部、俺らがやったことだ。俺らだけで!」

 

「な、なにを言っているんだ君たちは!」

 

「今回の事件は、須藤君を石崎君たちが呼び出し、わざと殴られ、須藤君をハメようとした。それで間違いないんだね?」

 

「そ、そうだ。須藤のくせにレギュラーに選ばれてムカついたから……」

 

 これで、佐倉さんの証言も、坂柳さんの嘘の証言も、『真実』になった。共通の『真実』にする方法、それは相手側が『真実』だと認めればいいだけのこと。

 これが、僕の佐倉さんが嘘をついていないことを証明する方法だ。

 

 証明はできた。あとはこの審議をどう終わらせるかだけだ。

 

「本当に君たちは何を言っているのですか!そんなことを言ってしまえば停学、あるいは退学になってしまいますよ」

 

「そうだな、嘘をついてここまで騒ぎを起こしたんだ。それ相応の罰を受けることになるだろうが……どうするつもりだ?」

 

「はい、この場合Cクラスの生徒にも改めて罰を受けてもらうのが普通ですが、それは止めときます」

 

「おい!倉持てめぇ何言ってんだよ!こいつらが認めたんなら罰を受けさせるべきだろうが」

 

 今まで事態の急変についてこられずに黙っていた須藤君が水を得た魚のように声を上げる。こいつは本当に分かっていないな。

 

「須藤君が言う通り、そのほうが良いかもね」

 

「あたりめぇだ。悪いことをしたら罰を受けるなんて常識だぜ」

 

「じゃあ、君も停学だね」

 

「はぁ?何言ってんだ?俺は悪くないだろう」

 

「理由が何であろうと、一方的に暴力をふるった事実は揺るがない。暴力は悪いことじゃないのかい?」

 

「だから、正当防衛だって……」

 

「君はまだ分かっていないのか?事件の真実なんてどうでもいいんだよ。君が殴らなければこんなことにはならなかった。大切なのは事件そのものを起こさせない事だ。そろそろ自分の非を認めるべきだ。それがかっこ悪いと思っているのなら、それは間違いだ。自分の過ちを認めるのも強さだと僕は思うよ」

 

「う……」

 

 須藤君に思っていたことを口にする。割り込まれて少しイラついていたので言い過ぎてしまったかもしれないな。須藤君は項垂れて席に座ってしまう。とりあえず、今は須藤君よりもこちらを終わらせよう。

 

「今言った通り、Cクラスの生徒の処分を求めれば、須藤君も罰を受けることになってしまう。それはこちらとしても避けたいんです」

 

「避けたいだと?そんなものどうしようもないでしょう!君もうちの生徒みたいに取り下げるとでもいうのですか」

 

「そんなことはしませんよ。忘れていないですか?僕が訴えているのはCクラスの生徒じゃない。坂上先生、あなたです。事件の真実を認めさせたのもそのためです」

 

「どちらでも一緒でしょう。共倒れするしかもう道はない」

 

「ありますよ。僕は示談を求めます」

 

「示談だと……」

 

 ここからは考える隙を与えるな。この先生も馬鹿ではないだろう。考える隙を与えれば、反撃される恐れがある。冷静でない今が好機なのだから。

 

「示談金として、クラスポイント50ポイントの譲渡。そして、これまでの佐倉さんに対する発言の撤回並びに謝罪を要求します」

 

「そんなの受け入れるわけが……」

 

「それなら、本格的にそちらの生徒を訴えさせていただくだけです」

 

「それでは須藤も罰を受けることになるぞ」

 

「仕方がないでしょう。それに、こちらが受ける罰はそちらよりかは軽くなることは明白ですし。ああ、それともし示談を受けていただけないのであれば、そちらの()()()()にもご足労願うことになると思いますのでよろしくお願いしますね」

 

「なっ……」

 

「早く決めていただけますか?」

 

「待て、一回持ち帰らせていただこう。クラスの生徒に相談するべきだろう」

 

 一時退避を選んだか。それが正しい判断だ。落ち着いて考えれば、突破口が開けるかもしれない。だが、それをさせるつもりはない。

 

「何を迷う必要が?示談を受け入れなければ、そちらの生徒3人は退学でしょう。それで失うクラスポイントがどれほどのものかは先生ならお分かりでしょう。それが50ポイントの損失で片が付くんです。それとも、謝罪することが先生のプライドが許しませんか?」

 

「そ、そんなことは……」

 

「あなたのプライドは生徒3人を退学にしてまで守らなければいけないものなのでしょうか」

 

「っ……!……わ、分かった。示談に応じる」

 

 坂上先生が、先生としての自覚がある人で良かった。これでようやく終わりだ。黙って状況を見守っていた生徒会長が、口を開く。

 

「話は纏まったようだな。それでは書類の作成を始めるとしよう」

 

「あとひとつ、この件はこれで終わりにすることを約束してもらえませんか?後々蒸し返すのはお互いに良いことではないでしょう」

 

「ええ、分かりました。約束しましょう」

 

「それでは、その旨も含めて作成する」

 

 それから、書記の橘先輩が、書類作成をするため、完成を待つことになった。Cクラスの面々は満身創痍といった感じで、覇気が全く感じられなかった。

 完成を待つ間に、須藤君に一応、謝っておくか。

 

「須藤君、さっきは少し言い過ぎたよ。ごめんね」

 

「いや、倉持が言ったことは間違ってねぇ。どっかで分かってたんだ。バスケも喧嘩も、自分が満足するために突っ走ってきた。けど、今はもうそれだけじゃないんだよな……。俺はDクラスの生徒で、俺一人の行動がクラス全体に影響を与える。それを身をもって体験したぜ……」

 

「それに気付けたのなら、須藤君は変われるさ」

 

「そうだといいんだけどな」

 

 彼も彼なりに思うことがあったのだろう。彼が変われたとは思っていない。でも、今回の件で変わるきっかけができたかもしれない。それを生かすも殺すも彼次第だ。

 

 そして、書類の作成が終わり、坂上先生の謝罪が行われる。謝罪を受けた佐倉さんはどうしたらいいのか分からず、わたわたしていたが、しっかりと謝罪を受け取り、審議会は閉会となった。

 

 Cクラスの面々は早々に生徒会室を後にした。坂柳さんも、続いて退室する。その後に佐倉さんが勢いよく立ち上がり、僕に頭を下げる。

 

「本当にごめんなさい!私が弱いせいでこんなことまでさせてしまって……」

 

「僕はただ約束を守っただけだよ。だから、ごめんなさいより違う言葉が欲しいかな」

 

「……うん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「私も頑張らないとダメだね。勇気を出してみる」

 

 そう言って佐倉さんは小走りで生徒会室を出て行ってしまった。何か嫌な予感がする。

 

「もう終わった?って佐倉さん?なんで走って行って……」

 

「軽井沢さん!佐倉さんを追いかけてくれない?もしなにかあれば僕に連絡してほしい」

 

「へ?よ、よくわかんないけど、まかせてっ」

 

 生徒会室に入ってきた軽井沢さんに佐倉さんのことを任せる。僕が追いたいところだが、まだやることが残っている。

 特に明らかに怒っている堀北さんをどうにかしなければ。

 

「どういうつもりかしら?何も聞いていないのだけれど」

 

「ごめん、ごめん!先に言うと反対されると思って」

 

「当たり前でしょ。下手したら全てが無駄になっていたのよ」

 

「まぁまぁ、結果的にはクラスポイントも入ったことだし、結果オーライってことで」

 

「はぁ、倉持くん、次はないわよ」

 

「うっ、じゃ、じゃあ僕は先に出ておくね」

 

 睨んでくる堀北さんから逃げるように生徒会室を後にする。それを見てか、生徒会長も席を立つのが横目で分かったので生徒会室の外で待つ。

 

「うまくいってよかったな」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「あれがお前の言った佐倉が嘘つきではないと証明する方法か。Cクラスの生徒自体に認めさせる、か」

 

「手っ取り早い方法ではありますが、随分危ない橋を渡りましたね。示談に応じてもらえてよかったですね」

 

「本当にそう思うか橘」

 

「え?どういうことですか?」

 

「こいつが危ない橋だと思っていなかったということだ。確実に坂上先生が示談に応じると分かっていたのだろう。その上で話をあそこまで持って行った。徐々に逃げ場を無くしてな」

 

「それは買いかぶりすぎですよ。内心ひやひやしてましたから」

 

 こちらを見ていた堀北会長は、さらに真剣な顔で僕を見る。男に見つめられてもうれしくないんだけどな。

 

「お前は佐倉のために行動を起こしたのだな」

 

「そうですが、どうしたんですか?」

 

「本当に佐倉のためなのか些か疑問でな。得たものがありすぎる」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「今回の件でDクラスは、クラスポイントを失うか現状維持かの2択しか存在しなかったはずだ。それをお前はプラスにした。それもCクラスのポイントを削ってだ。これでCクラスの完全敗北で話を終わらせることができた。それに目撃者役を坂柳にやらしたことも、坂柳とのパイプを作ることに繋がっているのではないか。ただ佐倉の証明をするだけなら、鈴音の策だけでよかったはずだ。Cクラスが訴えを取り消した時点で問題はなかったのだからな」

 

「確かにCクラスが取り消したことが広まれば、嘘をついていたのは須藤君でもなく、佐倉さんでもなく、Cクラスだったんだ、と噂が立つでしょうね。でもそれだと噂どまりじゃないですか。真実は結局闇の中に消えてしまう。それが嫌だっただけですよ。あとは偶々です」

 

 そう、偶々だ。偶々、クラスポイントをCクラスから奪えた。偶々、目撃者役に丁度いいのが坂柳さんだっただけ。すべては偶然の産物なんだよ。

 

「まぁいい。最後に一つだけ聞こう。いつから考えていた」

 

「最初から。とでもいえば満足ですかね?」

 

「フッ、行くぞ橘」

 

「は、はいっ」

 

 生徒会長は少しだけ笑みを浮かべ、去って行った。どうやら満足のいく返答ができたようだな。

 

 さて、僕も行くか。向かうは校内のカフェ。そこに待ち人がいるはずだ。

 

 

 

 

「あまりレディーを待たせるのは感心しませんよ。あまりに遅いので帰ろうかと思っていました」

 

「すまない、ってそんなに時間たってないでしょ」

 

「ふふふ、冗談です」

 

「まぁ、待たせたのには違いないからね。ごめん」

 

「あら、律儀ですね。そういうの嫌いではないですよ」

 

「好きでもないってパターンだろ?」

 

「さぁ?どうでしょうか。ふふふ」

 

 坂柳さんとは会うのは実はまだ三度目。それでも彼女の性格は大体把握している。人をいじるのが好きなんだろう。Sってやつだな。サイズもSだし。

 

「今、失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「いや、坂柳さんは小さくてかわいいなと思っただけだよ」

 

「小さいは余計ですが、可愛いと言っていただきましたので、見逃しましょう」

 

 どうしてこう、女性は鋭いのだろうか。いわゆる女の勘と言う奴か。

 

 しょうもないことは置いといて、本題に入るとする。坂柳さんの向かいの席に座り口を開く。

 

「目撃者役お疲れ様。助かったよ、ありがとう」

 

「いえいえ、それが契約ですので。それでもお役に立てたのならよかったです」

 

「うん。次は僕が働く番だ。と言ってもまだ先の話だけどね」

 

「ええ、倉持くんには期待していますよ」

 

 僕と坂柳さんとの間で交わされた契約。僕の要求は『目撃者役』。そして、坂柳さんから出された要求は予想外のものだった。

 

「本当にあれでよかったの?あれだと僕も得することになってしまうんだけど」

 

「それはいいことではないですか。まさにwin‐winの関係ですね」

 

「いや、正しくはwin‐winwinの関係になってしまうってことで」

 

「細かいことはいいのですよ。先程の目撃者役は楽しかったです。どうでしたか?私の演技は」

 

 笑顔でそういう坂柳さんを見て、本当に楽しかったんだろうなって思う。あんな状況、普通は楽しめないと思うけど。

 

「上出来だよ。100点をあげよう」

 

「それは嬉しいですね。でも、あそこは少し盛りすぎたでしょうか」

 

「あそこって?」

 

「倉持くんが毎日毎日頭を下げに来た、ってところです。あれではまるでストーカーですね」

 

「ストーカーって大袈裟……」

 

「どうかしましたか?」

 

 坂柳さんが話している途中で黙り込んだ僕に心配そうに声をかける。でも、僕はそれどころじゃなかった。

 

 ストーカー。その言葉は最近僕の頭の中に浮かんだはずだ。そう、佐倉さんのブログを見たとき。さっき佐倉さんは何て言っていた?私も頑張らなくては。何を頑張るんだ?勇気を出す。何に勇気を出すんだ?佐倉さんは何を決意して生徒会室を飛び出たんだ?

 

「まさか、あいつの所に一人で!?」

 

「きゃ!急に立ち上がるからビックリしました。どうかしたんですか?」

 

「ごめん、坂柳さん。話はまた今度!」

 

 坂柳さんの返事を聞く前に僕は走り出す。玄関に着き、靴を履き替える。そのまま携帯を操作しながら校舎を出た。

 

「もしもし、軽井沢さん?いまどこにいる?」

 

《佐倉さんを追いかけてモールまで来たはいいけど、この間の電気屋のとこで見失った!》

 

「やっぱりか!軽井沢さんはそのまま……」

 

《あっ!佐倉さんいたっ!あれ?横に居るのってあの店員じゃん。何で一緒に……とりあえず、追うね!》

 

「待って、軽井沢さん!……くっそ切れてる」

 

 やはり佐倉さんはあのストーカー野郎と決着を付けに行ったのだ。悪い予感がしたときに何故止めなかったんだ。あの手の男は逆上したら何するか分からない。

 

「無事でいてくれよ」

 

 2人の無事を祈りつつ、モールの方へ全力で走った。

 

 

 





次回で2巻の内容が終了。
いつ投稿できるかは分かりません(-_-;)




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ヒーローは遅れて登場する

お久しぶりです。
少し短いです。

原作以上にストーカー男がヤバイ奴になっています^^;
どうしてこうなった


 

 

 

 校舎を出てモールに全力疾走で向かう。本気で走れば5分もかからないだろう。だけど今はそれでも長く感じる。この間にも二人の身に危険が迫っているかもしれないんだ。とにかく今は一秒でも早く二人の元へ行かなければ。

 

 

 

 

 

 

「どこにいるんだ」

 

 暑い日差しの中で走ったせいで汗だくになりながらも、モールへと辿り着く。しかしここからが問題だ。この近辺にいるのは間違いないのだろうが、どうやって探し出すかだ。学校の敷地にあるといっても、決して小さくはないモール。それも放課後の生徒でにぎわっている中から探し出すとなると、至難の業だ。

 考えていても仕方がない。行きそうな場所を虱潰しに探すしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、私に付きまとうのはやめてください!」

 

 私が今いるのは、家電量販店の搬入口がある場所だった。目の前にいる男、私のストーカーの男に話があると言ったら、ここに連れてこられた。

 

「私に連絡してくるのもやめてください!」

 

 もう一度、私の想いを口にする。私が今まではっきりと拒絶をしなかったからダメだったんだ。私の口から言えば、この人も分かってくれるはず……。

 

「……どうしてそんなこと言うんだい?雑誌で君を初めて見た時から好きだった。ここで再会した時には運命だと感じたよ。好きなんだ……君を想う気持ちは止められない!」

 

「やめてください!」

 

「僕と君は運命の赤い糸で結ばれているんだよ?」

 

 私の言葉はこの男には届かない。気持ちが悪い。それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「こんなものを送ってくるのもやめてください!迷惑なんです!」

 

 私は鞄から手紙の束を取り出す。これはおそらくこの男が送ってきたもの。どうやって住所を特定したのかは分からないけど、毎日郵便受けを見るたびに入っている手紙を見て怖かった。この手紙の見るだけでその恐怖が襲ってくる。

 その恐怖を打ち消すように、その手紙を地面にたたきつける。

 

「……どうしてこんなことするんだよ!君のために……君を想って書いたのに!」

 

「こ、来ないで!」

 

 私に近づいてくる男。怖い、怖い、怖い。距離を取るように後退るも、背中にシャッターがあたり、これ以上下がれないことを認識する。逃げ場がなくなったことが分かり、さらに恐怖が押し寄せてくる。寒気がして、膝が震える。

 

「痛いっ……」

 

 男は、私の手を掴み、シャッターに叩きつけるように押し付けてきた。身動きが取れなくなり、男の顔が目の前に迫る。

 

「今から僕の本当の愛を教えてあげるよ……そうすれば愛里も、わかってくれるはずだ」

 

「いや……いや!離して!」

 

 抵抗しようとするも、恐怖でうまく力が入らない。男の手が私の太ももに触れる。気持ちが悪い。吐き気がする。怖い……。

 

 結局私は自分では何もできないんだ。目撃者として何もできなかったのと一緒で。

 

 私は変わりたいと思った。自分の無力さを痛感したから。だから、勇気を出して、この男のストーカー行為をやめてもらうように言いに来た。

 

 でも結局何もできなかった。私の言葉は一つも届かなかった。

 

 これは神様からの罰なのかな?今まで色々なものから逃げてきた私への罰なのだろう。それなら仕方がないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ佐倉さんを追ってやってきたのは搬入口だった。見つからないように物陰に隠れて様子を窺う。

 

ㅤ話をしているのを聞いてると、どうやらあの男は佐倉さんのストーカーらしい。そのストーカーに佐倉さんはやめるように言いに来たのだ。

 

「凄いな……」

 

ㅤ無意識に口から零れ落ちた。それほどに彼女の勇気が凄いと思った。自分だったら怖くてどうしようもなくて、逃げることも出来なくて、結局耐えるしかないだろう。そうやって私は生きてきたから。

 

ㅤネガティブな方向へと思考が向かっていたが、大きな音でそれが遮られる。

 

ㅤ音のした方へ視線を向けると、佐倉さんがストーカー男にシャッターへと押し付けられていた。

 

ㅤ一目見ただけでも分かる。これはヤバイと。

 

ㅤそう思った瞬間、あたしは駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤもう、諦めよう。これは罰だ。そう思い、抵抗する力を緩め、目を固く閉じる。現実から目を背けるように。

 

 

 

「やぁー!」

 

「ぐはぁっ」

 

ㅤ誰かの声と共に、男の呻き声が聞こえた。その直後、私を押さえつけていた力がなくなった。

 

ㅤ何が起きたのかと、目を開けると、そこにはポニーテールの女の子が立っており、ストーカーの男は地面に倒れ込んでいた。

 

ㅤ一瞬理解ができなかった。呆然としてる私に女の子が声をかける。

 

「大丈夫?佐倉さん」

 

「か、軽井沢さん……」

 

ㅤ私の前に立っていたのは軽井沢さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ気付けば、あたしは二人に一直線に駆け寄り、男を蹴飛ばしていた。初めて人を蹴った気がする。

 

ㅤそれより佐倉さんだ。怪我はしてないかな?

 

「大丈夫?佐倉さん」

 

「か、軽井沢さん……」

 

ㅤ見たところ怪我はしてないみたい。あたしが現れたことにかなり驚いているようだ。そりゃ、あたしが佐倉さんのことを追いかけていたのを知らないわけだから当然か。

 

「事情はよく分かんないけど、さっさと逃げよ」

 

「う、うん、あ……」

 

ㅤ佐倉さんの手を取り、この場から逃げようとするも、できなかった。先程の恐怖で腰が抜けてしまったみたい。これじゃあ、逃げることは無理だ。

 

「いてて……な、なんなんだよお前!僕と愛里の邪魔をするなよ!」

 

「うっさい!佐倉さんに近づくな、この変態!」

 

ㅤ逃げることができないと分かり、一気に恐怖が湧いてくる。それを悟られないように必死に虚勢を張る。いまはあたしが佐倉さんを守らないと。

 

「変態!?僕が?何を言ってるんだ?僕はただ、愛里に愛を教えてあげようとしただけで」

 

「それが変態だっていってんの!キモイんだよ!」

 

ㅤストーカー男があたしの言葉に寄ろける。気が弱い男なのかな?このまま押し切れば何とかなるかもしれない。

 

ㅤこの時のあたしは知らなかった。この類の男がキレたら何をしでかすか分からないことを。

 

「ああああああああ!!何だよ、何なんだよ!どうして僕と愛里の邪魔をする!何で僕の愛が分からないんだ!」

 

「なっ……」

 

ㅤ目の前の男の雰囲気が変わった。急に怒り狂い、地団駄を踏む。これはヤバイ。どうにかしないと。

 

ㅤそう思っていると、男はピタッと地団駄を踏むのをやめて、こちらに視線を向けた。その目は据わっており、狂気をはらんでいた。

 

「そうか、そういうことか。これは僕と愛里の愛の試練なんだね。待っててね愛里。すぐに助けるから」

 

ㅤそう言ってストーカー男がポケットに手を入れる。そこから取り出したのは一本のカッターナイフだった。

 

ㅤ男は刃を出し、こちらへ向ける。

 

「ひっ!」

 

ㅤそれを向けられただけで、あたしの膝は震え、立っていられなくなる。恐怖が体中を支配し、何も出来なくなる。

 

ㅤ頭の中には過去のトラウマが瞬く間に蘇る。カッターナイフを向けられた事なんて何十回とある。その記憶が蘇ってしまうのだ。虐められていた頃の記憶が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ㅤ目の前のストーカー男と軽井沢さんのやり取りを私はただ見守ることしかできなかった。私には何もできない。今だって腰を抜かして動けずにいる。

 

ㅤでも、私と違って軽井沢さんはすごいな。男の人相手でも気圧されることなく立ち向かえてる。怖くないのかな?このまま軽井沢さんに任せていればどうにかしてくれるかもしれない。

 

ㅤそんな思考に陥りかけていた私は視線を軽井沢さんの足元へ落とす。そこで、自分が間違っていた事に気付かされる。

 

ㅤ軽井沢さんの膝が震えていたから。手をギュと握りしめていたから。

 

ㅤ怖くないなんてことはないんだ。軽井沢さんだって怖いんだ。それでもストーカー男の前に立っている。

 

ㅤそれは何故か。私のためだ。全部私のためにやってくれているんだ。さっきの審議会だって、倉持君は私のために戦ってくれた。今も軽井沢さんが私のために戦ってくれている。

 

ㅤそれなのに私はまた逃げようとした。最低だ。

 

ㅤ今からでも遅くない。私が戦わなければ。変わりたいと思うなら、立ち上がらなければ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう、やめてください!軽井沢さんは関係ありませんから……軽井沢さんには手を出さないでください!」

 

ㅤ先程まで、腰が抜けて立つことも出来なかった佐倉さんがあたしを庇うようにして前に立つ。その膝はガクガクと震え、顔は真っ青だった。それでも、その瞳は強い決意のようなものが宿っていた。

 

ㅤあたしは何しに出てきたのか。助けに来たはずが、今はあたしが助けられている。過去のトラウマなんていう、見えないものに縛られて、足がすくんでいる。

 

「愛里さえ、僕の愛を受け入れてくれればそれでいいんだよ。僕達は運命の赤い糸で結ばれているんだから」

 

ㅤそう言って、ストーカー男は佐倉さんの腕を掴もうと手を伸ばす。

 

 

 

「えっ?」

 

ㅤしかし、その手が佐倉さんの腕を掴むことは無かった。なぜなら、あたしが、佐倉さんの腕を引いてこちらに引き寄せたから。

 

「まだ僕達の邪魔をするのか?お前には関係ないだろ!」

 

「うっさい!関係あるっ!友達だから、助けるのは当然じゃん!あんたなんか怖くないっ!何が運命よ!バカじゃないの?ただのあんたの妄想でしょ!キモイんだよオタク野郎!」

 

ㅤ恐怖に打ち勝つように、過去のトラウマを払拭するかのように、言い放つ。

 

「な、何を……愛里?僕と君は運命の赤い糸で結ばれているんだよね?」

 

ㅤ縋るように、佐倉さんに問うストーカー男。

 

「佐倉さん、本当のことを言ってやればいいよ。もう、こんな奴怖くないんだからっ」

 

「わ、私は……」

 

ㅤいま、ここで否定の言葉を出してしまえば、ストーカー男はカッターナイフであたしに襲いかかってくるかもしれない。そう思って躊躇してるのだろう。それでも、決意をしたように口を開く。

 

「私はあなたなんて知りません!運命なんてありません!大っ嫌いです!」

 

「な……お前らァ!殺してやる!」

 

ㅤ佐倉さんの言葉に逆上したストーカー男がカッターナイフを振りかざす。

 

ㅤあたしは佐倉さんを庇うように抱きしめ、来る痛みに目をつぶって備えた。

 

「あれ?」

 

ㅤしかし、その痛みは来なかった。疑問に思い、振り向くと、あたしは安心感からか、一気に体の力が抜ける。

 

「遅いよ」

 

「ごめん、でも、間に合ってよかった」

 

ㅤそこにはストーカー男の腕を掴み、こちらに笑顔を向ける、あたしのヒーローが立っていた。

 

ㅤヒーローってのは本当に遅れて登場するらしい。

 

 

 

 

 




次回こそ、本当に2巻の内容を終わらせます。


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塞翁が馬

お久しぶりです。2巻の内容がようやく終わります。
感想、評価、お気に入りありがとうございます!

それではどうぞ。



 

 

 

ㅤショッピングモール内を走り回ること数分。僕はまだ、佐倉さん達を見つける事が出来ないでいた。とにかく今は走り回るしかない。

 

 

「あ、勇人くーん」

 

ㅤそんな中、僕を呼び止める声が前方から聞こえた。だが、僕はその声を無視して、横を通り過ぎ、捜索を続ける。

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

ㅤしかし、後ろから腕を捕まれ、強制的に止められる。

 

「無視は酷くないかな?そんな急いでどうし───」

 

「今はお前に構ってる暇はない」

 

ㅤ相手が話し終わる前に突き放す。急がないといけないんだ。それでも、掴んだ腕を離そうとしない。

 

「離せ、一之瀬。急いでるんだ」

 

「ダメ。離さないよ」

 

「いい加減にしろ!今はお前のおふざけに付き合ってる場合じゃないんだよ!」

 

ㅤ急に大きな声を上げた僕に、周りにいた生徒達は何事かとこちらに視線を向ける。そんな中で一之瀬の顔を見て、僕は少し面食らった。

 

ㅤその表情は、驚いたものでもなく、困惑したものでもなく、ましてや、笑顔でもなく、真剣なものだった。いつもみたいに、絡んできただけだと思っていたから、想像もしない真剣な表情に面食らったのだ。

 

「事情は全く分からないけど、何か大変なことが起こってるのは分かるよ。でもね、落ち着いて。焦りや怒りは思考を停止させる。緊急なときこそ、一旦落ち着こう」

 

「……ああ、そうだね。その通りだ」

 

ㅤ一之瀬の言葉に冷静さを取り戻す。僕はかなり焦っていたみたいだ。普通に考えて、ただ走り回るだけでは意味がない。

 

「それで、何があったのかな?お姉ぇさんが協力してあげよう」

 

「まったく、僕は君の弟じゃないって言ってるだろ」

 

ㅤ冷静になった僕は、掻い摘んで事情を説明する。

 

「あくまで僕の予想だけど、あの男は危ない」

 

「それは私も同意かな。話を聞く限りだと、佐倉さんが危険だね」

 

ㅤ今僕が言った通り、確証があるわけではない。もしかしたら、話がうまく運んで何事もなく終わってるのかもしれない。それでも、嫌な予感がするんだ。

 

「二人はお店から出て、どこかに向かったんだよね?」

 

「うん、軽井沢さんの連絡ではそう言ってた。それからは連絡がつかない」

 

「となると、佐倉さんが店員を連れ出したか、店員が佐倉さんを連れ出したかだね」

 

「そうだな……」

 

ㅤどちらが連れ出したかによって、行く場所は大きく変わってくるだろう。

 

「前に聞いた話だけど、佐倉さんはモールに来たのは2回だけらしい。それも、デジカメを買いに来たのと、修理に来た2回だ。だから、この辺の地理には疎いはずだ。その佐倉さんが行きそうな場所はあらかた探した」

 

「それなら、店員の方が連れ出したと考える方が妥当かな」

 

「店員が連れ出すなら人気が少ない所だろうな」

 

「うん、でも、お店にいたってことは、今は仕事中ってことだよね?それならあまり遠くには行けないはず」

 

「それに、あの手の人間が連れていくとすれば、自分が良く知っている所だろうね。気弱な人間ほどホームでなら強気になれる」

 

「イニシアチブを取れる場所か……」

 

ㅤ人気が少なく、店からあまり離れることなく、よく知る場所。そんな都合のいい場所。

 

「搬入口……」

 

「え?」

 

「店の裏手に商品の搬入口があるはずだ。そこなら条件にあう」

 

「そっか。それにそこなら、在庫確認に行くとかで仕事を抜けることができる!」

 

「急ごう」

 

ㅤ考えればすぐに浮かんできそうなものだが、それほどまでに僕は焦っていたのだろう。一之瀬が止めてくれなければ、未だに走り回っていたに違いない。

 

「ふふっ」

 

「急に笑い出して、どうした?」

 

ㅤ搬入口に走って向かってるときに、一之瀬か僕の顔を見て笑う。

 

「嬉しくってつい」

 

「嬉しい?」

 

「うん。あの他人に興味がなさそうにしてた勇人くんが、今は友達のために必死になってる。焦って思考が停止するほどに。それが嬉しいんだよ」

 

「……」

 

ㅤ確かにいままでの僕では考えられない。誰かを心配するフリをすることがあっても、心から心配することは無かった。

 

「成長したねー」

 

「……うるさいよ」

 

ㅤどこか気恥しさを感じて、走るスピードをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いるとしたらこの辺だと思うけど」

 

ㅤ搬入口付近に到着した僕らは周りを見渡す。何事も無ければそれでいいんだけど。

 

「あ、あれ!」

 

ㅤ一之瀬、驚いた声を出しながら、指をさす。その先を見ると、探していた人物の姿が見えた。しかし、安堵はしてられない。店員の男がカッターナイフを持ち、二人に迫っているところだった。

 

「一之瀬は警備員を呼んできて」

 

「へ?ちょ、ちょっと!」

 

ㅤ一ノ瀬に一言残して僕は駆け出した。

 

 

 

 

「お前らァ!殺してやる!」

 

ㅤ男がカッターナイフを振りかざす。しかし、それは二人に届くことはなかった。僕が腕を掴んだからだ。

 

ㅤ痛みが来ないことに不思議に思った軽井沢さんが顔を上げ、僕を見る。驚いた顔がすぐに安堵の顔に変わる。

 

「遅いよ」

 

「ごめん、でも、間に合ってよかった」

 

ㅤ見える範囲では怪我などはないようなので安心した。僕の存在に気づいたのか、佐倉さんも伏せていた顔を上げた。

「倉持くん?」

 

「やぁ、佐倉さん。さっきぶりだね」

 

「倉持君、私……」

 

「話は後で。今は離れといて」

 

ㅤ佐倉さんにも色々と思うところがあるだろう。でも、今はそれは後回しだ。その前にこいつを片付ける。

 

「な、なんなんだよお前!」

 

ㅤ突然の僕の登場に唖然としていた店員の男が我を取り戻したかのように、後ずさって距離をとる。腕を離さないことも出来たが、それはしないでおいた。

 

「お前はあの時僕の邪魔した生徒か!また、僕の邪魔をしに来たのか!?」

 

 

ㅤ僕の顔を見て、佐倉さんがデジカメを修理に出しに行った際に一緒にいたのを思い出したみたいだ。邪魔をした覚えはないんだが。でもたしかに、彼のストーキングの邪魔はしたか。

 

「まずはお前から殺してやる!今更謝ったって許してやらないからな!」

 

「謝る?何に対してですか?」

 

ㅤ僕は今、かなり不思議な顔をしているんではないだろうか。それほどに彼の言っている意味が分からなかった。殺す?許さない?こいつは何も分かってない。

 

「あなたの気持ちが悪いストーカー行為を邪魔したことですか?」

 

「死ねぇぇぇぇ!!」

 

ㅤ店員の男は雄叫びをあげながらカッターナイフを前に突き立てながら迫ってきた。男の動きは直線的なので避けるのは容易だ。少し体を捻るだけでいいし、こんな光景は見飽きている。

 

ㅤだが、僕はそれを()()()()()()

 

ㅤカッターナイフが僕の脇腹に刺さり、血が滴り落ちる。

 

「く、倉持君!」

 

「う、うそ……」

 

ㅤ僕の背後から悲痛な声が聞こえる。

 

「ち、違う……僕は悪くない……」

 

ㅤ人を刺してしまった事実を認識して、店員の男はカッターナイフから手を離し、後ずさろうとする。

 

ㅤしかし、今度はそれをさせない。男の胸ぐらを掴み引き寄せる。

 

「何が……違うんですか?」

 

「ぼ、僕は、殺すつもりなんてなかったんだ!ほ、本当に刺さるなんて思ってなくて……」

 

ㅤああ、ダメだ。こいつはやっぱり分かってない。

 

 そのまま男の胸ぐらを思いっ切り引っ張り、地面にたたきつける。ろくに受け身も取れずに硬い地面へと叩きつけられた男は、蛙が潰れたかのような声を出した。

 

「僕を許さないんでしょ?殺すんでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

 男に馬乗りになり、冷たく言う。人を殺すことがどういうことなのかこいつは分かっていない。

 

「ふざけるなよストーカー野郎。その程度の覚悟で殺すだの死ねだの言ってんじゃねぇよ」

 

「ひっ……」

 

 軽く殺気を出しただけで男はガタガタ震えだす。だが、こんなもんじゃ足りない。佐倉さんが受けた恐怖はこの程度ではない。

 

「まぁ、仕方ないですよね。大好きな人との仲を邪魔されてカッとなってやってしまったんだ。そういうときもありますよね」

 

「え?そ、そうなんだよ!ちょっと頭に血が上って、だ、だから───」

 

「ええ、だから僕が今、あなたに報復をしてしまっても()()()()()ですよね?」

 

「……へ?」

 

 何を呆けた顔をしているのだろう。本気で許してもらえるとでも思っているのだろうか。それは無理だ。こいつは僕の大切な人たちを傷つけようとしたんだから。

 

 僕は脇腹に刺さっているカッターナイフを自分で抜き、逆手に持つ。それをみた男は再び恐怖で震えだした。

 

「ま、ま、ま、待ってくれ!あ、謝るから!僕が悪かった!頼むから許してくれ!」

 

「面白いことを言いますね。じゃあ僕はあなたの言葉を引用させてもらいます。『()()()()()()()()()()()()()()()()()』」

 

「あ……あ、あ……」

 

 あまりの恐怖に言葉になっていない声を出す男。

 

「それじゃあさようなら」

 

 僕はカッターナイフを持っていた手を男に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんでいいかな」

 

 白目をむいて気絶している男の上から起き上がりながら、そうつぶやく。僕が振り下ろしたカッターナイフは、男の顔をかすめ、地面に突き刺さっていた。さすがに僕もこいつを刺すつもりはなかった。こんなやつを刺してしまってここに居れなくなるのはごめんだ。

 

「倉持くん!」

 

 大きな声で僕を呼ぶ。その声の方を向くと、心配そうにこちらを見つめる二人がいた。

 

「二人とも怪我はない?何かされなかった?」

 

「う、うん。私たちは大丈夫だけど……」

 

「そっか。よかった」

 

 特に何もなかったみたいで良かった。後は一之瀬が警備員を連れてきてくれれば終わりだな。

 

「よかった、じゃないっ!倉持くん刺されてるじゃん!」

 

「そ、そうだよ!血も出てるし、早く病院に行かないと」

 

「ああ、大丈夫だよ。そんなに深い傷じゃないから。止血さえすれば問題ない」

 

 血は出ているが、見た目ほどの重症ではない。というのも、男が刺してきた際に腰を後ろに引いて力を相殺していたから、カッターナイフは軽く刺さっただけで済んでいるのだ。

 

「そういう問題じゃないじゃん!馬鹿じゃないの?絶妙なタイミングで現れてヒーロー気取りなわけ?だいたい倉持くんはいつもすました顔してかっこつけて……」

 

「ちょっと待って、言いすぎじゃないかな?」

 

「うっさい!本当に心配したんだから……」

 

 そこでようやく軽井沢さんが泣いていることに気付いた。横の佐倉さんも、声を出しながら泣いている。そうか、僕が二人を心配していたのと一緒で、彼女たちも僕が刺されたのを見て心配してくれていたんだ。僕としてはカッターナイフごときで死ぬはずは無いと分かっていて、わざと刺されたのだが。二人には申し訳ないことをしたな。

 

「ごめんね、軽井沢さん、佐倉さん。逆に心配かけちゃって」

 

「ホントだよっ、バカ!」

 

「良かった……私のせいで倉持くんが死んじゃうかと思った……」

 

 とりあえず二人が泣き止むのを待とう。ろくに話もできない状態だし。おっと、止血はしとかないとな。傷は浅いが、出血が多すぎると後々ヤバいからな。

 

「倉持くん、私───」

 

「おーい!みんな大丈夫ー?」

 

 佐倉さんが泣くのをやめて、僕に何かを言おうとしたが、大きな声にかき消される。どうやら一之瀬が警備員を連れてきてくれたらしい。

 

「おまたせ。あそこで伸びてるのがストーカーの人だね。警備員さんに連れて行ってもらおう、って勇人君怪我してるじゃん!」

 

「大した傷じゃないから大丈夫だよ。それより何があったかを警備員さんに説明しないと……」

 

「そんなの後回しだよ!早く病院に行かなくちゃ!さ、私につかまって」

 

「ちょ、おい、待てって」

 

 結局、一之瀬に強引に引っ張られ、その場を後にすることに。病院(敷地内)に行き、医者に診てもらった。僕の考え通り、大した刺し傷ではなく、数針縫って、自宅で療養で問題はないとの事だった。

 

 その後は、すぐに警察の人や、茶柱先生が事情を聴きに、僕の部屋へと訪れた。事件の内容を話し終わり、先生たちが帰った後僕は、さすがに疲れたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 トントントン、とリズミカルな音で目を覚ます。それが包丁で何かを切っている音だと認識すると同時に、みそ汁のおいしそうな匂いがした。体を起こし、台所の方を見る。

 

「あ、起きた?もうちょいでご飯できるから、顔でも洗ってきて」

 

「う、うん」

 

 まだ意識が覚醒していないのか、彼女の声に従い、洗面所へ。冷たい水で顔を洗う。ようやく完全に目が覚め、部屋へと戻る。そこには、もうすっかり見慣れたエプロン姿でおいしそうなご飯を並べる軽井沢さんの姿があった。

 

「えっと、軽井沢さん、おはよう?」

 

「残念。もう夕方だよっ」

 

 その言葉に外を見てみると、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。その次に時計を確認する。時刻は18時過ぎ。

 

「そっか、丸一日寝てたのか」

 

「うん、学校行ったら倉持くんが休みって聞いて心配したんだよ。それで様子を見に来てチャイム鳴らしても出ないし、でもドアは空いてるしでビックリしたんだから」

 

 ドラマとかだと、訪ねて行って留守だと思ったらドアが開いている、これは間違いなく中で人が死んでいるパターンだな。

 

「あ、茶柱先生が今回の休みは事情が事情だから、クラスポイントからマイナスはされないって。次からは連絡を必ずするようにだってさ」

 

「先生にしては寛大な処置だね」

 

 茶柱先生のことだから問答無用で無断欠席扱いにしそうだが、今回は見逃してくれるらしい。助かった。無断欠席しようものなら、クラスメイトに何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「そういえばクラスはどんな感じだった?」

 

「須藤君の件で持ち切りって感じかな。須藤君の無罪を証明した上にクラスポイントまで増えて、みんな倉持くんに感謝してたよ」

 

「待って、『須藤君の無罪を証明した』というより『事件そのものを無かったことにした』だけど、それは堀北さんの手柄だろ?」

 

「そうなんだけど、ほとんどの人は倉持くんが一人でCクラスを撃退したって思ってる」

 

「マジかよ……」

 

 多少目立つのは仕方ないとして、ほとんど堀北さんがやったように見せかけようと思っていたのだが、そうはいかないらしい。今日学校を休んでしまったのが失敗だ。その場に居ればやりようはあったんだけど。

 

「じゃ、あたしは帰るね」

 

「あれ?食べて行かないの?」

 

 いつもなら一緒に食べるのだが、今日は用事でもあるのだろうか。

 

「あたしより話したいことがある人がいるからね。邪魔にならないように帰るの」

 

「それって……」

 

「さっき連絡したからもうすぐ来ると思う。倉持くんはあんまり怒らないであげてよね」

 

 そう言って軽井沢さんは部屋を出て行った。怒らないであげて、か。おそらくだが、危険な真似をしたとして、先生か警察の方に叱られてしまったのだろう。

 

 

 

 程なくして、チャイムが鳴った。扉を開けると、弱弱しく俯く佐倉さんが立っていた。

 

「とりあえず中にどうぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

 適当なところに座らせ、お茶を出す。佐倉さんは俯いたままだった。僕から何かを話そうかと思ったが、待つことにした。数分間沈黙が続き、佐倉さんがようやく口を開いた。

 

「本当にごめんなさい。私のせいで怪我までして」

 

「怪我は佐倉さんのせいじゃないよ。でも、少し無茶はしすぎだったかな」

 

「うっ」

 

 涙を目に溜め、ギュッと手を握る佐倉さん。僕に怒られると思っているのだろうか。

 

「よく頑張ったね」

 

「ふぇ?」

 

 佐倉さんの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。佐倉さんは目を丸くして僕を見ていた。色々と説教したいこともあったが、先に僕がやるべきことは、彼女の気持ちを汲んでやることだ。

 

「佐倉さんは、自分で悩んでいた気持ちに一人で立ち向かい清算しようとした。その勇気は素晴らしいものだよ」

 

「倉持くん……でも私は結局一人じゃ何もできなかった」

 

「そうだね、結果的には男が逆上した。軽井沢さんが助けに入らなければどうなっていたか」

 

「うん、ダメだね。本当に」

 

「でも、一人で出来ないのが悪いことじゃない」

 

「え?」

 

 再び落ち込んだと思うと、次は不思議そうな顔をする。この子は本当に分かりやすいな。表情がころころ変わって面白い。

 

「今回の佐倉さんの失敗は一人で解決しようとしたことだよ。勇気を出したことはすごいと思う。でもね、今回の行動は()()と言わざるを得ない。一人で乗り込んで行けば反撃にあうことくらい想像できたはずだ」

 

 彼女の勇気をただ褒めるのは簡単だ。だけど、それだと彼女は勇気をはき違えてしまう。そうなればきっとまた、今回のような危険な目に遭ってしまうだろう。

 

「厳しいことを言うけど、危険を全くかえりみず、衝動のままに行動するのは勇気とは言わない。無謀だ。勇気というのは危険を考えたうえで、その恐怖と戦い、打ち勝って、実際の行動に移す心の強さだと僕は思う。佐倉さんは考えることが足りなかったんだ」

 

「それじゃあ私はどうすれば良かったの?」

 

「さっきも言ったけど、一人で出来ないのは悪いことじゃないんだ。だから、誰かを頼ればいい。相談すればいい。頼りないかもしれないけど、僕がいる。軽井沢さんだって手を貸してくれる。なんなら洋介だって助けてくれるだろうし、堀北さんもなんだかんだ言って助けてくれると思う。だからさ、約束してほしい」

 

「約束?」

 

「これからは一人でできないことは、誰かを頼ること。無茶はしないと約束してほしい」

 

「うん、分かった。これからは頼りにしちゃってもいいかな?って言っても、もうすでに頼ってばっかりなんだけど」

 

 僕の目をしっかりと見てそう答える。これで佐倉さんが無茶をする事はないだろう。さて、言いたいことは言えたし、この話は終わりにしよう。

 

「そういえば軽井沢さんと連絡先交換してたんだね。ここに来るように言ったの軽井沢さんなんだよね?」

 

「えっと、倉持くんが病院に連れて行かれた後に、恵ちゃんと色々お話しして交換したの」

 

「そうなんだ……ん?恵ちゃん?」

 

 佐倉さんが軽井沢さんを名前で呼んでいるのに違和感を覚える。今まで名字で呼んでいたと思うんだけど。

 

「あ、あのね、その時に恵ちゃんとお友達になって、名前で呼び合うことになったんだ。まだ恥ずかしいけど……」

 

「そっか、良かったね」

 

「うん!」

 

 佐倉さんは笑顔で返事をする。よほど嬉しいのだろう。僕も洋介と友達になれた時は、内心すごく嬉しかったしね。しかし、仲良くなれそうとは思っていたが、一日で名前呼びをするまでになるとはね。

 

「それじゃあ、僕たちも名前で呼び合う?」

 

「ふ、ふぇ!?」

 

「あれ?僕たちは友達じゃないの?」

 

「そ、そ、そんなことないけど、私なんかが倉持くんの友達なんて恐れ多いというかなんというか。べ、別に嫌とかじゃなくて、むしろ大歓迎というか、願ってもないというか……」

 

 僕の意地悪な質問に顔を真っ赤にして慌てふためく佐倉さん。本当に佐倉さんは反応が面白い。もう少し意地悪しようかな。

 

「じゃあ、名前で呼んでみてよ、()()

 

「あ、あいり!?ななな、名前で……はう~」

 

 あたふたしすぎて、佐倉さんの眼鏡が落ちる。さすがにからかいすぎたかな。僕は眼鏡を拾って佐倉さんに返す。

 

「ごめん、ごめん。はい、眼鏡」

 

「あ、ありがとう……勇人……君……」

 

「なっ」

 

 完全に不意打ちを食らった。佐倉さんはかなり可愛い。グラビアアイドルとして人気になるくらいには可愛いのだ。それをいつもは眼鏡をしてごまかしているが、今はその眼鏡はしておらず、尚且つ、顔を赤らめ、上目遣いで恥ずかしそうにこちらを見る。単刀直入に言ってヤバい。可愛すぎる。

 

 お互いに顔を真っ赤にして停止する。この何とも言えない雰囲気をどうしよう。

 

「あ、あの、その、や、やっぱり名前呼びは無理~!」

 

「ちょ、佐倉さん!?」

 

 恥ずかしさが頂点に達したのか、僕の部屋から飛び出して行ってしまった。名前呼びは無理と言われ、地味にショックを受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから洗い物をしたりお風呂に入ったりして、夜になった。明日も学校だから寝たいのだが、丸一日寝ていたので全く眠気がない。諦めて本でも読もうと思っていると、玄関のドアが開く音が聞こえた。普通なら、勝手に誰かが入ってきたと不審に思うのだが、僕は特に不審には思わない。来訪者が誰か分かっているからだ。

 

「やぁ、マイフレンドよ。元気にしているかね」

 

「勝手に入って来るなって何回言えばわかるんだよ」

 

「実にナンセンスだ。この私が来てやったのだ。まずは感謝するのが普通ではないかね」

 

「そんなのが普通なら僕は普通にはなりたくないね」

 

 いつも通りのナルシストぶりで入ってきた高円寺。こいつが勝手に部屋に入ってくるのを慣れてしまっている自分が怖いよ。かといって鍵を掛けたら文句言われるし。

 

「ときに、小耳に挟んだのだが、腹を刺されたらしいね」

 

「どこで挟んだんだよ」

 

 そのことを知っているのは、軽井沢さん、佐倉さん、一之瀬、茶柱先生くらいなのだが。

 

「知っている人の中でお前に言うとなると一之瀬か」

 

「その通りなのだよ」

 

 あのお喋りさんめ余計なことを。まぁ、高円寺になら話しても大丈夫と踏んで話したのだろうけど。

 

「刺されたからお見舞いに来てくれたのか?随分お優しいんだな」

 

「フッ、当たり前であろう」

 

 こいつには皮肉は効かないらしい。知っていたが。

 

「それで?」

 

「はい?何だよ?」

 

「何故刺されたのかを聞いているのだよ」

 

「何でって、ストーカー男の邪魔をしたからで……」

 

「そんなことは()()()()()()()()。私は何故、()()()()()()()のかを聞いている」

 

 こいつは本当に侮れない。僕がわざと避けなかったことを確信した上で話している。どこからそんな自信が来るのだろう。こいつそのものが自信の塊だったな。

 

「はぁ、理由は二つ。一つはあの男に恐怖を与えるため。人を殺すことの恐怖を、人に殺される恐怖をね」

 

「ほう、もう一つはなんだね」

 

「あいつの()()()()()()ため。ストーカーってのは実際大した罪に問われない。最悪の場合、警察から近づくなって警告されるだけで終わる。そんなの僕は認めない。だから、カッターナイフで僕を()()()()()挑発した。これで奴は殺人未遂だ。最低でも懲役5年は堅いんじゃないかな。殺してやるって言ってたから殺す意思があったのは明らかだろうしね」

 

「そのために自分の身を差し出したのかね」

 

「そんなたいそうなもんでもないでしょ。カッターナイフごときでは人は殺せない。そんなの分かり切っている」

 

 あの程度で人を殺せたら、苦労はしないさ。尤も、カッターナイフでも殺そうと思えば殺せるのだが。

 

「はっはっはっは!勇人よ、やはりお前は面白い。実に()()()()()

 

「夜中に高笑いするなよ。近所迷惑だ」

 

 壊れている、か。まぁ、いいさ。大切な物を守れるならどれだけ壊れようとも構いやしない。そう思えるようになったのだから。

 

 

 高円寺と話していると、テーブルの上に置いていた端末が震える。どうやら電話がかかってきたようだ。番号を確認すると、知らない番号。こんな時間に誰だ?無視しようかと考えたが、一応出てみる。

 

「もしもし」

 

「よぉ、坂上を標的にするとは面白いことやってくれるじゃねぇか」

 

「……龍園か……」

 

「今度は俺が鈴音もろとも相手してやるから、楽しみにしてな」

 

 一方的にそれだけを言って切られた。どこで僕の番号を入手したのだろう。方法なんかいくらでもあるか。何はともあれ、面倒くさそうな奴に目を付けられた。しばらくは平穏に過ごすことは出来そうにないかもしれないな。

 

 

 そんなこんなで波乱の一学期が終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高円寺、お前はいつまでいんの?」

 

「遠慮するなマイフレンドよ」

 

 どうやら、高円寺がいる限り、僕には元々平穏はなかったようだ。それもまた悪くはないだろう。

 



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天国と地獄

感想、評価、お気に入りありがとうございます!
今話から無人島試験が始まります。


 

 

 

「どういうことだよ倉持!」

 

「ちゃんと説明しろよ!」

 

「……」

 

 雨が降りしきる中、僕は俯いて黙り込む。

 

「何とか言えよ!」

 

「……ごめん」

 

 クラスメイトの誰かに胸倉を掴まれた。力なく引っ張られる。

 

「お前のせいで俺らは負けちまうじゃねぇか!」

 

「そうだよ!せっかく頑張ってきたのに!」

 

 複数の生徒に詰め寄られる。仕方がない、僕のミスでDクラスが負けてしまうかもしれないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおー!最高だあああ!」

 

 池君の大きな声が辺りに響き渡る。視線を向けると両手を挙げている姿が見えた。

 

「見て見て、凄い眺め!マジ超感動なんだけど!」

 

「わぁ」

 

 池君から視線を僕の横に移すと、軽井沢さんが満面の笑みを浮かべていた。その隣には佐倉さんの姿もある。

 

「ねぇねぇあっち行ってみようよ」

 

「わわ、ちょっと待って」

 

 軽井沢さんは佐倉さんを連れ、走って行った。

 

「みんなテンション高いね」

 

「仕方ないよ、こんな豪華なクルーズ船に乗ったらさ」

 

「そうだよね。まさかここまで豪華だとは思ってなかったよ」

 

 今僕たちがいるのは太平洋のど真ん中、豪華客船のデッキの上だ。見渡す限りの青い海に青い空。夢でも見ているかのようだ。

 

 色々あったが、何とか一人も欠けることなく1学期を終え、夏休みに入った僕らを待っていたのは2週間の豪華客船での旅行だった。

 

「噂は知っていたけど、まさか本当に旅行があるとはね」

 

「ただのご褒美であるならいいんだけど」

 

「裏がありそうで怖いよね」

 

 洋介が言う通りこの旅行には裏がある。この2週間で内容は分からないが、確実に特別試験が行われる。おそらくクラスポイントが大幅に動くものだ。

 

「それにしても豪華すぎるよね。色んな施設があるし、それが全部タダなんだから」

 

「一人あたり何十万とするだろうね。それが1学年分なんて考えるだけで恐ろしい」

 

「ポイントが少ない僕たちにとってはありがたいことだよ」

 

「羽目を外しすぎないといいんだけどね」

 

 そう言って視線を騒いでいる三馬鹿トリオに向ける。洋介もそれを見て苦笑いを浮かべた。本当に余計な問題は起こさないでほしい。変なフラグが立ちそうだから考えるのは止めよう。

 

 その後も洋介と世間話をしていると、見知った顔がデッキに現れた。

 

「おーい、堀北さーん」

 

「倉持くん、ここにいたのね」

 

 堀北さんは僕のことを探していたらしい。

 

「昨日は助かったわ」

 

「別に気にしないで。それよりその様子だと良くなったみたいだね」

 

「ええ、おかげさまで」

 

「二人とも何の話?」

 

 横に居た洋介が不思議そうにこちらを見る。別に大した話ではないのだが、言ってもいいのだろうか。堀北さんに視線を送ると、それに気付き溜息を吐いた。

 

「別に隠すことでもないわ。昨日階段でふらついて落ちそうになったのを助けてもらったのよ」

 

「体調が悪そうに見えたから心配になって声をかけに行ったら落ちそうになってるのが見えてね」

 

「ふらついたって大丈夫なの?」

 

「気付かないうちに熱があったみたいなの。今は倉持くんにもらった薬のおかげで平気よ」

 

「僕の家に代々継がれている漢方薬でね、風邪なんかはすぐに治るんだ。家から持って来ておいてよかったよ」

 

「そんな事があったんだね。病み上がりなんだから無理しないでね」

 

「ええ、分かっているわ。それじゃあ」

 

 堀北さんはそのまま船の中へと戻ろうと僕たちに背を向けた。ここは騒がしいから長居はしたく無いのだろう。それに堀北さんは洋介のことをあまりよく思っていないからだろうな。僕としては仲良くしてほしいのだけれど。

 

 しかし、突如として流れ出したアナウンスによって堀北さんの足が止まった。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたらぜひデッキにお集まりください。間もなく島が見えてまいります。しばらくの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』

 

 どこか引っ掛かりを覚えるアナウンスが流れた。周りの生徒は誰も気にした様子は無く、島が見えてくるのを楽しみにしていた。

 

「確か最初の一週間は無人島に行くのだったかしら」

 

「そうだね。ペンションがあるらしいからそこで過ごすらしいね」

 

「それにしては変なアナウンスじゃないかしら」

 

「堀北さんもそう思う?」

 

 僕だけが引っ掛かっているわけではないようだ。堀北さんと洋介も気になったらしい。

 

「意義ある景色か……」

 

「ただペンションで過ごすだけならそんな言い方はしないだろうね」

 

「島の景色を見ていれば有利に働く何かが無人島にある、ということかしら」

 

 話をしている間にも続々と生徒が集まって来る。そのうちの一人が大きな声を上げた。どうやら島が小さくだが見えてきたようだ。

 

「ここで話していても仕方がないし見に行こうか」

 

「そうね。百聞は一見に如かず、実際に見て見た方がいいでしょう」

 

 集団の方へ近づくと、数人の生徒が揉めているようだった。よく見てみると片方は我らが問題児の須藤君であった。その後ろには綾小路君や櫛田さんもいた。

 

「ちょっと様子を見てくるよ」

 

 洋介はそれを見るなり一目散にかけて行った。洋介が行ったのなら問題はないだろう。

 

「相変わらずのお人好しね」

 

「それが洋介の良い所だよ」

 

「私には理解できないわね。したくも無いけど」

 

 こちらも相変わらずのご様子だ。しかし堀北さんが本当にAクラスを目指すのであれば今のままでは到底無理だろう。誰もが分かる事だが、個人の力だけではAクラスに上がることは到底無理なのだから。それを真に理解する日がいずれ来るのだろう。

 

 遠巻きに様子を窺っていると、洋介が場を治めたようで須藤君たちは談笑を始めていた。洋介はもう自分が必要ないと思ったのか、こちらに戻ってきた。

 

「お疲れ様。大丈夫だったみたいだね」

 

「うん、特に問題なく」

 

「まったく。問題を起こしたばかりなのにのんきなものね。やっぱり退学になっていた方が良かったんじゃないかしら」

 

「きっと彼も彼なりに成長しているよ」

 

「人はそう簡単には変われないわ。特に彼みたいな人はね」

 

 洋介のフォローを堀北さんはバッサリと切り捨てる。まぁ、僕も堀北さんの意見に概ね同意だ。人はそう簡単に変われるものじゃない。痛いほどよく分かる。

 

 当の須藤君は綾小路君と何やら話しているようだ。距離があるので何を話しているかは分からないが、須藤君の声は大きいので時より堀北さんの名前を出しているのは分かった。

 

「なんか堀北さんの話をしてるみたいだけど行かなくていいの?」

 

「冗談でしょ。あの中に入るくらいなら海に飛び込んだ方がマシよ」

 

「風邪がぶり返すからそれはやめた方がいいよ」

 

「本当に飛び込まないわよ」

 

 堀北さんは少し呆れたように溜息をついた。

 

 

 

 話をしていると、周囲が騒がしくなった。島を肉眼で見れる距離まで船が近づいたようだ。どんどん島との距離が近づき、浅橋に近づいてきたが、船のスピードが緩まる気配がない。

 

「親切に島全体を見せてくれるようね」

 

「こうなったら何かあるのは疑いようがないね」

 

 騒ぐ生徒を尻目に島をよく観察する。今のところは意義がある景色の意味が分からないな。試験内容が分からない限りそれは分からないだろう。取り敢えずメモ帳に見て気になったものを書いておこう。今できることはそれくらいだ。

 

「何か見つけた?」

 

「ううん。余り目ぼしいものは無かったかな。堀北さんはどう?」

 

「ダメね。そもそも無人島で何が行われるかによって変わってくるわ」

 

「そうなんだよね」

 

 意義ある景色とかいうからもっとインパクトがあるものが見れるかと思ったが、そう簡単なものではないらしい。

 

「もしかしたら僕たちの考えすぎで、実際は特別試験とかじゃないのかもしれないね」

 

「その可能性もないとは言い切れないのだけど、意義ある景色なんて言い方は気になるわ」

 

「何にせよ今見た景色は一つでも多く覚えておいたほうが良さそうだね」

 

 

 そのまま船は島を一周してから浅橋についた。アナウンスが流れ、30分後に集合する旨が伝えられる。

 

「服装はジャージ。持ち物は所定の鞄と荷物のみ。私物の持ち込みは禁止か」

 

 服を着替えるために客室に戻ってきた。洋介とは同じ部屋であり、他にも綾小路君も一緒の部屋だ。

 

「うむ、今日も私は美しいな」

 

「ポージング取ってなくていいから早く着替えろよ」

 

 そしてこの金髪ナルシスト男の高円寺とも同じ部屋なのだ。班決めするときに押し付けられた。高円寺はもちろん倉持が面倒みるんだよな的な視線が凄かった。

 

「マイフレンドよ、私の美しい肉体をタダで見れるというのに何が不満なのかね」

 

「不満しかないよ。何で旅行に来てまで金髪のガチムチ野郎がパンイチで鏡の前でポージングしてるところを見なくちゃならないんだよ。地獄か。金払うからやめてくれない?」

 

「この美しさが分からないとはまだまだなのだよ。出直してきたまえ」

 

「どこに出直すんだよ。何でもいいから、さっさと服を着ろ!」

 

 

 用意を終え、船のデッキへ戻る。程なくして全員が揃い、Aクラスから順に下船していく。もちろん僕たちDクラスは最後になるわけで、暑い日差しの中、しばらく待機となった。

 

「おっそーい!まだ降りれないわけ?」

 

「思ったよりも時間がかかってるね」

 

「原因はあれだね。ひとりずつ荷物検査をしてるんだよ」

 

 僕が指をさした先には先生が生徒の鞄の中身をチェックしている姿があった。指定されたもの以外を入れていないかのチェックだろうが、慎重すぎやしないか。私物があるとまずい、もしくは試験の結果に影響するものなのだろうか。

 

「ねぇ、なんかおかしくない?海で遊ぶだけであそこまで警戒する必要ある?それに携帯まで没収するって言うじゃん。マジ意味わかんないんだけど」

 

「確かに携帯を没収するなんて今まで一度も無かったね。テストの時もされなかったし」

 

「だよね!絶対なんかある」

 

 軽井沢さんは見た目はギャルだが、結構鋭い所がある。佐倉さんが同意したことで確信に変わったようだ。まぁ、そうなったところでできることは待つことだけなのだが。

 

 

 

 

 

 ようやくDクラスの番になりチェックを終えた僕らは早々に整列させられ点呼が始まる。どうでもいいが茶柱先生や他の先生もジャージに着替えており、いつもスーツ姿しか見ていなかったから新鮮だ。茶柱先生は見た目がかなり若いので、ジャージ姿になると生徒と言われても違和感がないほどだ。性格は置いといて、見た目は美人だから教室に居たらかなりもてそうだな。性格は置いといて。

 

「じー」

 

「どうしたの?」

 

「先生の事じっと見て何鼻の下伸ばしてんの?」

 

「鼻の下は伸ばしてない」

 

「見てたことは認めるんだ」

 

 簡単な罠に嵌ってしまった。更にジト目で見られる。別に悪いことをしていないのに謎の罪悪感を感じる。

 

「どうせ変なこと考えてたんでしょっ」

 

「別に変なことなんて……考えてない」

 

 一瞬返答に詰まってしまう。確かに変なことと言われれば変なことを考えていたな。

 

「やっぱり変なこと考えてたんじゃん。変態」

 

「なんでだよ。変なことっていってもそういうやつじゃなくて」

 

「おい、お前らうるさいぞ。点呼中だ、静かにしとけ」

 

 軽井沢さんの誤解を解こうとしたら、茶柱先生に怒られた。変態呼ばわりされて引き下がるのは癪だが、これ以上騒いだら怒られるどころじゃなくなるかもしれないので黙っておこう。

 

 

 

 点呼が終わると前に置かれた壇上に男性が上がる。Aクラスの担任である真嶋先生だ。英語を担当する先生で、かなり堅物で有名。高身長でプロレスラーのような体格をしていることから、一部の生徒からは恐れられている。

 

「今日、この場所に無事に付けたことを嬉しく思う。その一方で1名であるが病欠で不参加のものがいるのは残念でならない」

 

 真嶋先生が壇上で話し出す。無事に付けたというのは船のことなのか、はたまた、退学者が出なかったことなのかどちらなのだろう。1名の病欠者は間違いなくあの人だろうな。

 

 それにしても、先生たちの様子がおかしい。表情は険しくそこに笑みはない。真嶋先生が無言で生徒たちを見つめだし、生徒たちは一様に困惑の色を浮かべる。先程までの浮ついた雰囲気は一変し、張り詰めた空気が漂う。それを待っていたかのように真嶋先生が冷たく言い放つ。

 

「ではこれより……本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 僕たちの天国は早々に終わりを告げた。

 

 





堀北さんの体調不良は回避です。


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状況整理

お久しぶりです。中々投稿できなくてすみません。

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

それでは続きをどうぞ。




 

 

 

「一週間のサバイバル生活か。これはかなり大変そうだね」

 

 真嶋先生の一言で天国から地獄へと叩き落とされた僕たちは、気持ちを整理する間もないまま試験についての説明を聞かされ、その後、各クラスで集まって話し合いを始めていた。

 

「まずは状況を整理しようと思うんだけどどうかな?」

 

「賛成だよ。あまり理解できていない人もいるみたいだし」

 

「それじゃあ勇人君、頼めるかい?」

 

「うん、任せて」

 

 洋介に頼まれそれを承諾する。僕が真嶋先生が説明している間にメモを取っていたことを洋介は知っているので僕が適任だと判断したのだろう。

 

「まずは今回の試験の内容。それは一週間の無人島での集団生活。試験中の寝泊まりする場所、食料などを自分たちで確保しなければならない。そして試験中の乗船は正当な理由なくして認められない」

 

「正当な理由ってのは何だよ」

 

 説明の途中で須藤君が割って入る。後々になって理解ができてなかったよりかは逐一分からない事があったら聞いてくれた方がこちらとしては楽だ。まぁ、話が先に進まないようでは困るのだが。

 

「体調不良や、続行不可な怪我をした場合だね。でもこれは後で説明するけど『リタイア』になるから気を付けなくてはならないよ。他にここまでで分からないことはある?」

 

 クラスメイトを見渡して確認する。特にないようなので話を続ける。

 

「この試験では最初に300Sポイントが支給される。Sポイントってのは試験専用のポイントね。それでこのSポイントが重要で、マニュアルに載っているリストにある物と交換することができる。少し見ただけだけど、食料から遊び道具まで色々なものをポイントで買うことができるみたい」

 

「このポイントを使えば、とりあえず食料の心配はしなくていいね」

 

「このポイントがあればやりたい放題だね。一週間遊びまくることも可能ってことでしょ?」

 

「うん、実際この試験のテーマは『自由』だからね。海で泳ぐことをするのも、バーベキューをするのも自由だ。それこそ本来頭の中で描いていたバカンスを楽しむこともSポイントが可能にする」

 

 僕の言葉を聞いてクラスメイト達は思い思いにバカンスを想像する。しかし、その想像を現実にすることはない。これは試験なのだから。

 

「これだけ聞いてれば遊びまくればいいんだけど、大事なのはここからだよ。このSポイントは試験終了後にクラスポイントへと加算される。つまり、300Sポイントを残した場合、翌月には30000プライベートポイントが僕らの手元に入る」

 

「そう!それだよ!そんなけポイントが入ればひもじい生活からおさらばできるぜ!」

 

「それに他クラスとの差を埋めるチャンスだよ」

 

 つまりは目先の欲を取るか後を取るかだ。僕たちの現状を考えれば後者を選択するのは当然だ。遊びまくろうとか言うあほがいなくて助かった。みんなが同じ目標に向かっているのは良いことだ。

 

「でもさすがにポイントを全く使わないわけにはいかないね。食料から何から全て自分たちで用意しなくちゃいけないわけだから。ある程度の消費はやむを得ないと思う」

 

「心配すんなよ!魚とか捕まえて、森で果物探せばいいっしょ!テントは葉っぱとか木とか使えば作れるからな。それならポイント使わなくて済むじゃん。最悪体調崩してでも頑張るぜ!」

 

 洋介の言葉に池君が元気よく返すが、そうもいかない理由がある。

 

「残念だけどそれは無理だよ。少しは賄えるだろうけど、クラス全員分の食事を一週間分調達するのは現実的とは言えない。それにこの試験にはマイナス査定というものがあるんだ」

 

「何だよそれ」

 

「言葉の通り、ある行動をとった場合にSポイントがマイナスされるものだよ。さっき言った『リタイア』もその一つ。マニュアルのここに明記されてる」

 

 そう言ってそのページを開けてみんなに見せる。そこには4つのマイナス査定となる項目が記されていた。

 

 

・体調不良、怪我などで続行不可と判断された場合は-30ポイント。そのものは『リタイア』とする。

・環境汚染とされるような行為を発見した場合-20ポイント。

・毎日午前8時、午後8時に点呼を行う。その際に欠席をした場合、一人につき-5ポイント。

・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物損壊などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収とする。

 

 

「もし仮に10人『リタイア』が出た場合にはそこで終了。池君の方法だとリスクが大きすぎると思わない?」

 

「うっ」

 

「だから、いかに効率よくポイントを使って節約して一週間を乗り切るかが重要になってくる。洋介の言う通り、ある程度の消費は割り切るしかない」

 

「最初から妥協する戦い方は反対だぜ。やれるとこまで我慢すべきだ」

 

「気持ちは分かるけど、体調を崩したら大変だよ」

 

「平田ぁ、萎えること言うなよ。我慢あっての試験じゃねぇの?」

 

 少し嫌な空気が漂う。集団での試験において弊害となるのは意見の不一致。ルールを知れば知るほど色々な意見が出てくるのは仕方がないことだ。池くんと同じような考えの生徒も何人かいるようで、皆口々に意見を言い出す。これは不味いな。早く止めないと。

 

「みんな落ちきなよ。倉持くんが困ってるじゃん。今はその辺は置いといていいんじゃない?まずは状況の整理が先じゃん」

 

ㅤみんなを止めようと思い、動こうとした僕より先に動いたのは軽井沢さんだった。クラスのカーストで上位にいる軽井沢さんが止めに入ったことにより口論が収まる。このまま口論が続けば取り返しがつかなくなることを軽井沢さんも察したのだろう。その辺の空気の読む力はさすがと言える。

 

「続きお願いしていい?」

 

「うん、ありがとう。助かったよ」

 

「ううん、あたしも少しでも力になりたいからっ」

 

「じゅうぶん力になってるよ」

 

 そう言って頭を撫でる。恥ずいじゃん、と言いながらも頬を緩めてやめさせようとしないところを見ると嫌がってはいないようだ。僕としても頭を撫でるのは好きなので良かった。

 

「おい、イチャイチャしてないで話続けろよ」

 

 撫でるのに夢中で周りのことを忘れていた。軽井沢さんも幸せそうな顔をしていたから余計に夢中になってしまっていた。池君をはじめ、数人の男子にジト目で見られていた。あの洋介でさえも苦笑いといった感じだ。

 

「ば、ばっかじゃないの!イチャイチャなんてしてないし!」

 

「だらしない顔しててよく言うぜ」

 

「なっ、そんな顔してないっ!別に嬉しくなんてなかったし。もっと撫でてほしいとか思ってるわけないじゃん」

 

 顔を真っ赤にして否定する軽井沢さんを見てクラスメイトが笑う。先程の険悪な雰囲気が一転、和やかな雰囲気になっていた。これも軽井沢さんのおかげだな。また今度頭を撫でてあげよう。

 

「さて、少しそれたけど話を戻そうか」

 

「あなたがそらしたんでしょう」

 

 堀北さんに冷静なツッコミを貰いつつ話を続ける。

 

「スタート時に支給されたものがいくつかある。それが、テントを2つ、懐中電灯を2つ、マッチを一箱ずつ、歯ブラシを各自一つずつ。それから日焼け止めは無制限に借りることが可能。女子に限り、生理用品は無制限に配布される。借りる場合は各クラス担任、つまり茶柱先生に申し出たら貰えるはずだよ」

 

 そう言って茶柱先生の方へ確認の意も込めて視線を移す。僕が視線を移したことによりクラスの皆も茶柱先生へと視線を向けた。

 

「ああ、その通りだ。必要であれば私に言え。お前らが決めたベースキャンプに私も常駐する。点呼もそこで行うことになる。それからテントだが8人が寝泊まりできる大きなものであるため、一つの重さが15キロほどある。運ぶ際には注意しろ。もし破損や紛失しても手助けはしないから取り扱いには気をつけることだ」

 

「ありがとうございます。支給品についてはこのくらいかな。次の説明に移るけど質問は?」

 

 確認に加え、補足の説明を入れてくれた茶柱先生にお礼を言いつつ、次の説明に移るために質問を受け付ける。するとまたも須藤君から質問が飛んできた。

 

「なぁ、ベースキャンプってのはどこにあんだ?」

 

「あなた本当に何も聞いていなかったのね。あなたの耳は飾りなのかしら」

 

「まぁまぁ真嶋先生の話も難しかったし仕方ないさ。今からそれも説明するよ。少しややこしいけどね」

 

 次にしようと思っていた話だから丁度良かった。本気で呆れている堀北さんを宥めて話を続ける。

 

「まずはベースキャンプだけど、これは僕たちがこの無人島で生活するための拠点。そしてそれをどこにするかを決めるのも僕たちだ」

 

「ベースキャンプは一度決めてしまえば変更は難しいらしいから慎重に決めないとね」

 

 洋介が言った通り、正当な理由なくしてベースキャンプの変更はできない。これから一週間過ごす場所だ、よく考えて決めなくてはならない。まずはこれを決めるのが最初の目的となるだろう。

 

「そしてここからがこの試験の肝と言える部分になる」

 

 ここからは先ほど茶柱先生から説明された追加ルールについて整理する。これをどう扱うかによってこの試験は大きく変わって来る。

 

「この無人島の各所にはスポットとされる場所がいくつかあるらしい。それらには『占有権』というものがある。文字通り『占有権』を獲得すれば、その場所を独占して使用することができるんだ」

 

「せんゆうけんってどうやって書くんだ?」

 

 須藤君が馬鹿全開なことを言っているが無視する。そんなことまで説明していたら日が暮れてしまいそうだ。

 

「『占有』したクラス以外のクラスの人はその場所を許可なく使用すること許されない。許可なく使用した場合には50Sポイントのマイナスが科せられる。しかし『占有権』は8時間しか効力が持たなくて、時間が立てば自動的に権利が取り消される」

 

「いつ占有したかをちゃんと覚えておかないといけないね」

 

「『占有権』は同時に取得可能。繰り返し同じところを同一クラスが占有しても問題ないことになっている。そして、スポットを1度占有するごとに1ポイントのボーナスが加算される。でもこれはこの試験中に使用はできなくて、試験終了後に加算される仕組みになっている」

 

「そんなうまい話逃す手はないだろ!俺たちで全部取ってやろうぜ!」

 

 池君の言うことはもっともだが、そうはできない理由がある。メリットにはデメリットがつきものだ。

 

「残念ながらそうもいかないんだよ」

 

「は?なんでだよ?占有すればするほどポイントが増えるんだぞ」

 

「これは特別試験よ。これだけの美味しい話だもの、リスクがあって当然よ。少しは考えて行動したらどうかしら」

 

「リスク?そんなもん聞いてないぞ」

 

「さっきの説明には無かったんだけど、マニュアルには細かいルールが書いてあるんだ」

 

 池君が言う通り、先程の茶柱先生の話ではリスクがあるなんてことは言っていなかった。でも茶柱先生は後はマニュアルに書いてあるからよく読めと言っていたから僕たちを陥れようと考えていたわけではないのだろう。ただ単に説明するのが大変だからマニュアルを読めと言ったんだと思う。

 

「スポットを『占有』するにはキーカードが必要になる。そして、そのキーカードを使用することができるのはリーダーとなった人物だけ。さらにこれも正当な理由なくリーダーを変更することは出来ない」

 

「あれ?それだけじゃ大したリスクじゃなくない?リーダーが走り回らなくちゃいけなくなるだけじゃん」

 

 軽井沢さんの意見はもっともだ。これだけ聞けば大した問題ではない。良いスポットを見つけてもリーダーがいなければ違うクラスに占有されてしまうかもしれないとかくらいだろう。だがもちろんそれだけではない。もう一つのルールが問題なのだ。

 

「7日目の最終日に点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。その際にリーダーを的中させれば、クラス1つにつき50ポイントを得れる」

 

「他クラスのリーダー全部当てたら150ポイントも貰えんのかよ。滅茶苦茶うまい話じゃん」

 

「でもそれだけではないのでしょう?」

 

「うん。逆に言い当てられたクラスは-50ポイント。もし見当違いな回答をした場合にも-50ポイント。これに加えてそれまで貯めていたボーナスポイントも全部没収になる」

 

 説明の続きを聞いて、先程のリスクの意味がみんな分かっただろう。

 

「つまり、容易にスポット獲得に動けば、リーダーがばれる可能性が高まるということだね。もし他クラス全部に言い当てられたら-150ポイントになるってことか。これはリスクが大きすぎるね」

 

「そうねあまりにリスクが大きすぎるわ。スポット占有は極力避けるべきではないかしら」

 

「それに他クラスのリーダー当てもあまり考えない方がいいんじゃない?もし外した場合のリスクが高すぎっ」

 

「まぁこのルールは占有合戦にならないようにするためのものじゃないかな。あまり気にしなくていいと思う」

 

 クラスの皆はリーダー当てはさほど重要なものではないと判断したようだ。だが、このルールがこの試験における一番押さえておくべきものだと僕は考える。他クラスに差をつけるならこのルールを活用しなくては意味が無い。

 

「リーダーは例外なく決めてもらう。欲を出さなかったら他クラスにバレることはないだろう。リーダーが決まったら私に報告しろ。その際にリーダーの名前を刻印したカードキーを渡す。今日の点呼までには決めておけ。決まっていなければこちらで勝手に決める。以上だ」

 

 そう言って茶柱先生は説明は終わったとばかりに離れて行ってしまった。つまり、ここからは僕たちが決めて行かなくてはならない。僕はこの試験を勝つための道筋を頭の中で模索していた。他のクラスがどう出るか。あの龍園という男がどのような手段を使って勝ちに来るか。少し楽しみになっている自分がいた。

 

 

 




原作を知っている方には説明だけでつまらない回になってしまいました。
次話からは物語を動かせるように頑張ります。


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新たな風


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今話からオリキャラが出ます。短かめです。


 

 

 

 状況の確認を終えた僕たちは、ひとまず落ち着いて話せる場所へ向かっていた。その集団の中には池君をはじめ、数人の男子生徒の姿がない。というのも、状況の確認が終わった後に、トイレについての話し合いで女子と意見が分かれ、言い争いになってしまい、そのまま勝手にスポット探しに行ってしまったからだ。

 

「勇人君は……どうしたらいいと思う?」

 

「うーん、こればっかりは難しいよね。どっちも間違ってはいないし」

 

 荷物を持って移動しながら、佐倉さんと話す。事の発端は学校側から支給されるトイレだ。そのトイレは簡易式のトイレで、段ボールにビニール袋をセットして使うものだった。もちろんそれはただの段ボールなわけではなく、災害時にも使われている優れたものだ。給水ポリマーシートで排せつ物を固めることができ、その匂いも抑制することができる。

 

「佐倉さんも簡易式には抵抗があるよね?」

 

「えっと……うん。我慢できなくはないけど、抵抗はある、かな」

 

 やはり女子には抵抗がある。せめて男女別にできれば丸く収めることができたかもしれないが、支給されたのは一つだけ。それも相まって抵抗が強いんだと思う。そしてさらに言い争いを激化させた要因が、仮設トイレの存在だ。仮設トイレは、家庭にあるトイレとほぼそん色なく水を流せるもので、これであれば、女子も納得できるものだった。

 

「でもさー20ポイントは大きいじゃん」

 

「まぁね」

 

 佐倉さんの隣を歩く軽井沢さんがぴょこんと顔を出す。軽井沢さんが言った通り、仮設トイレは一基につき、20ポイントを必要とする。これを高いと思うか安いと思うかは判断が難しい所だが、ポイントを節約したい派の面々がこれに反対をして、言い争いが激化した。

 

「どっちを取っても角が立つ。団結が大事なこの試験において致命的なんだよな」

 

「何も力になれなくて、ごめんね」

 

「佐倉さんが謝ることじゃないさ」

 

「そうそう、愛里が謝る必要はないっ。みんな倉持くんと平田君に任せっきりなんだから」

 

 僕はまだましだが、洋介は大変だろう。どっちの意見も大事にしたい洋介にとっては完全に板挟み状態だ。

 

「こうやって言い争ってるのも学校側の思惑通りって感じだよねー。何かムカつく!」

 

「それを含めての試験か」

 

 マニュアルに何でも揃っているのはそういうことなのだろう。『自由』が効くと同時に、クラスが団結する難しさを物語っている。だからこそ、今回の試験のテーマが『自由』なのだ。

 

「いっそのことポイント全部使いきってバカンスを楽しむのもありかもね」

 

「ええ!?そ、そんなことしたら、ますます他のクラスとの差が広がっちゃうよ?」

 

「そうだよ!ポイントをちょっとでも多く残したいから言い争ってるんじゃん」

 

「もちろんただバカンスを楽しむだけじゃないよ。他にも差を埋める方法はある。ていううか、最初のポイントはこの試験ではあまり重要ではないと思うんだよね」

 

「それって……」

 

「まぁ、それをするにはリスクが高すぎる。そんな作戦を実行できる奴は自分に自信を持っている奴か、リスクに対する別のリターンがある場合だけだよ」

 

 二人は僕が言ったことがよく分からなかったようで、複雑な表情をしていた。大した意味は無いから忘れてと言って二人から離れる。そのまま集団の後方を歩いている堀北さんの横を歩く。

 

「あまり元気がないようだけど、体調悪い?」

 

「いいえ、体調は問題ないわ」

 

「それはよかった。体調じゃないとすれば精神面かな」

 

 どうやら体調が悪いわけではないようだ。体調が悪い中でここで一週間過ごすのは難しいからな。

 

「正直かなり憂鬱よ」

 

「無人島での生活が?」

 

「それもそうだし、何より集団での試験ってところね。私向きではないことは明白だもの」

 

 集団行動が苦手な人にとってはこの試験はかなり憂鬱なものだ。特にAクラスを目指す堀北さんにとっては他クラスとの差を縮める絶好の機会だというのに、自分の不得意な分野だったのがもどかしいのだろう。

 

「これを機にクラスの皆と仲良くなったら?」

 

「冗談でしょ?そんなことより他のクラスはどうするのかしら」

 

「AクラスとBクラスは堅実に来るだろうね。ある程度ポイントを抑えれば大して差が縮まることもないだろうし」

 

「気を付けるべきはCクラスでしょうね」

 

「宣戦布告しといて何もないわけがないからね。勝つためには手段は選ばないんじゃないかな」

 

 この間のやり方を見る限り、彼が卑怯な手を使ってくる可能性は高い。へたしたらDクラスだけが差を広げられる展開もありえる。

 

「一つ聞きたいのだけれど、あなたはこの試験どうするつもりなのかしら」

 

「どうするって?」

 

「勝ちに行くつもりがあるのかどうかよ。あなたは上のクラスに上がりたいって思ってるのかしら?」

 

 上のクラスか。色々な事情を抜きにして、僕自身が上に行きたいと問われれば、答えは決まっている。

 

「Aクラスに上がることはそんなに必要なことなのかな?」

 

「当たり前でしょ。学校の恩恵を受けれるのはAクラスだけなのよ」

 

「恩恵かー。残念ながら進学とか就職には特に興味はないんだよね」

 

 僕は進学とか就職なんて興味がない。いや、関係がないっていう方が正しいのだろう。そこに僕の自由はない。

 

「この学校に入る人たちは、その恩恵を目当てに入学するんじゃないのかしら」

 

「そう考える人は多いだろうね」

 

 今ではAクラスだけがその恩恵を受けることができると分かっているが、入学する前は入るだけで将来が約束されると多くの生徒が期待していただろう。特にDクラスの面々は高をくくってたに違いない。

 

「あなたは何のためにこの学校に入学したの?」

 

 純粋に疑問に思ったのだろう。いつもの堀北さんなら人の過去を詮索するようなことはしないだろう。ただ、僕があまりにもきっぱり否定するから自然と口に出してしまったのかもしれない。そんな堀北さんを見て、少しだけ本音を漏らしてしまう。

 

「堀北さん、『自由』って何だと思う?」

 

「そうね……束縛を受けず、ありのままでいることかしら」

 

「僕の考えもほとんど同じだよ。僕がここに入学したのはその『自由』を得るため。その為に僕はこの学校を選んだ」

 

「『自由』を得るため?この学校はそれには程遠いのではないかしら。『不自由』の方が近いわ」

 

「そうだね。でも、この学校の『不自由』こそが『自由』。そんなこともあるんだよ」

 

 堀北さんは不思議そうな複雑な表情をする。今日はよくこの表情をされる日だ。変な奴だと思われてなければいいけど。

 

「まぁ要するに、みんなそれぞれ理由があるってことだね。堀北さんがAクラスを目指している理由は別にあるみたいにね」

 

「……そうね。人に過去を詮索されるのは気持ちいいことではないわね。ごめんなさい」

 

「別に謝ることではないよ。気にしないで」

 

 それから少し林の奥に進んだ僕達は志願者で数人に別れて拠点となるスポットを探すことになった。メンバー決めをする際、皆が僕を見て、高円寺をみた。まぁ、そうなるよな。

 

「高円寺は僕が引き取るよ」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

「綾小路君も一緒にどう?」

 

「いいのか?」

 

「うん、綾小路君が嫌じゃなければだけど」

 

「……分かった」

 

 綾小路君は少し何かを考えたあと了承した。あとは1人か誰か入ってくれればいいんだけど。周りを見回すと軽井沢さんと佐倉さんの二人と目が合った。4人1チームで別れることになってたけど、別に5人になっても問題ないだろう。そう思い、二人に声をかけようとすると、後ろから声をかけられた。

 

「あのー自分も入れてもらっていいっすか?」

 

「え?」

 

 声の方向を向くと、1人の女子生徒が僕の背後に立っていた。

 

「自分もみんなの輪の中に加わりたいと一念発起して志願したはいいんすけど、このままだと余っちゃって結局ぼっちルートまっしぐらって感じっす」

 

「えっと……」

 

「はっ!すいませんっす。陰キャのくせに陽キャラ筆頭の方に話しかけるなんて百年早かったっすね。ていうか、お前誰だよって感じっすよね!」

 

「ちょっと落ち着いてよ。御影さんでしょ?御影陽(みかげひなた)さん」

 

「なんと!覚えててくれたんすか」

 

「同じクラスなんだから当たり前でしょ」

 

「わぁー感激っす」

 

 彼女は同じクラスの御影陽(みかげひなた)。長い前髪は目を覆い隠しており表情が読みづらい。教室ではいつも端の席で本を読んでおり、誰かと話しているところは全くと言っていいほど見たことがない。そんなことより僕が驚いたのは声をかけられるまで彼女の存在に気づかなかったことだ。いくら影が薄くてもあそこまで近づかれて気づかないなんてありえない。

 

「あのーやっぱりダメな感じっすか?やっぱり自分みたいな陰キャとは一緒にいたくないっすよね」

 

「いや、そんなことはないよ。一緒に行こう」

 

「嬉しいっす。よろしくっす」

 

「う、うん」

 

 彼女はこんなキャラだったかな?1度だけ話したことがあるんだが、もっと大人しい感じだったんだけど。それより軽井沢さんからの視線が痛い。さっきからジト目で僕を見ている。仕方ないだろ。あれで断ったら印象が悪すぎる。軽井沢さんの視線には気付かないふりをして探索へと向かった。

 

 

「……楽しくなりそうっすね、勇人君。にひっ」

 

 

 



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嵐の予感

久しぶりの投稿です。

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「実に清々しい太陽だ。私の体がエネルギーを必要としているねぇ」

 

「わけわからない事言ってないで下りてきなよ」

 

 木の枝に立つ金髪の自由人へツッコミを入れる。エネルギーって光合成でもしてるのか。でも高円寺ならやりかねないな。

 

「ああ、美しい。大自然の中に悠然と佇む私は美しすぎる。そうは思わんかね?」

 

「全く思わない」

 

「勇人よ、少し感性が鈍ったのではないかね?これを究極の美と言わず何というのだ?」

 

「……知らないよ」

 

 相変わらず会話が成立しない。とりあえずこいつは放っておこう。木登りに飽きたら下りてくるだろう。

 

「ごめんね、こんな変人と同じグループに誘っちゃって」

 

「いや、構わん。むしろ他に一緒に行くような人がいなかったから助かった」

 

 綾小路君が探索に志願したのは目立たないようにするためだろう。集団生活の中で何かしらの役割を担っていなければ自然と浮いてしまうものだ。

 

「倉持も大変だな。高円寺のこととなるとすぐに押し付けられて」

 

「まぁ、友達だからね。慣れたら大したことはないもんだよ」

 

「そうか」

 

 高円寺には変に気を使わなくていいから楽な部分もある。変人であることには変わりないけどね。

 

「それでオレに何か用か?」

 

「え?」

 

「オレに話があるからグループに誘ったんだろ?」

 

「よく分かったね」

 

「あの場で一番にオレを誘うのは違和感がある。オレのことを気遣って誘ったにしてはタイミングが早すぎるしな。だからオレに何かしらの用事があると考えた」

 

「さすがだね。綾小路君の言う通りだよ」

 

 彼の言う通り、この試験のことで話したいことがあったからグループに誘った。少人数で別行動するこのタイミングがベストだったんだけど……。

 

「とりあえず今はいいや」

 

「何でだ?話すなら今がベストだろ」

 

「そうなんだけどね……」

 

 僕は視線を綾小路君から後ろに向ける。綾小路君も僕の視線を追って言葉の意味を理解する。視線の先には僕たちの後ろを歩く御影さんの姿があった。

 

「へ?あ、自分邪魔な感じっすかね?自分はいないものとして扱ってもらって大丈夫っすよ?」

 

「そういうわけにもいかないよ。大した話じゃないし、いつでもできるから気にしないで」

 

「優しいっすねー。それとも……他の人には聞かれたくない秘密の話だからっすか?」

 

 長い前髪の隙間からのぞかせた瞳が僕を捉える。闇のように黒く、綺麗な瞳だ。見ていると吸い込まれていくような感覚に陥る。

 

「そうだね、秘密の話だからここではできないんだよ」

 

「ありゃ?否定しないんすね」

 

「まぁ否定する意味もないからね。男の子にも女の子に知られたくない話があるんだよ」

 

「へーそっち系の話っすかー。てっきり今回の試験についての悪巧みでもするのかと思ったっす」

 

 なおも探りを入れてくる。この子の目的はなんだろうか。なんにせよ本当の事を話す必要はない。

 

「さぁどうだろうね。でも、僕なんかが悪巧みしたところで大したことはないよ」

 

「そんなことはないっす。勇人君はこの学校の誰よりも優秀で上に立つべき人間っすよ」

 

「それはさすがに過大評価だよ」

 

「そんなことない!!自分は知ってるんすよ。勇人君がどれだけ強くて弱くて優しくて非道で感情的で冷静沈着で勇敢で臆病で博識で無知で正直者で嘘つきなのかを全部知ってるっす。ずっとずっとずっとずっと見てきたんすから。試験の時も暴力事件の時もあの時もあの時も全部。そんな勇人君に他の有象無象ども敵うわけがないじゃないっすか……にひっ」

 

 雰囲気が急に変わった御影さんの勢いに思わず後ずさってしまう。『ずっと見てきた』その言葉に軽く動揺してしまう。その言葉が真実ならこの学校に入ってから?中学から?それとももっと前から?本当に僕の全てを知っているのだとしたら僕はこいつを……。

 

「なーんて、冗談っすよ。にひっ」

 

「え?」

 

「全部冗談っす。流行りのヤンデレってやつをやってみただけっすよ。怖がらせちゃったっすか?」

 

 先程までのことがまるでなかったかのように、急変するまでの雰囲気に戻った。果たして本当に冗談だったのか、その真意がわからない以上追求するのも厳しい。少しでも動揺したことを悟られたくもないしな。

 

「正直めちゃくちゃ怖くて腰ぬかしそうになったよ。この借りは必ず返すから覚悟してね」

 

「なんと!ご、ごご、ごめんなさいっす!陰キャのカスが調子に乗ってすいませんでした!」

 

「ははは、冗談だよ。でも怖かったのは本当だよ。今はこんなのが流行ってるの?御影さん演劇部とか向いてるんじゃないかな」

 

「そんな自分なんて……恐縮っす」

 

 頬を赤く染めながら俯いて照れる御影さん。こうやって話している分には普通なんだけどな。とにかく御影さんには今後注意していく必要がありそうだ。

 

「でも意外だったよ」

 

「へ?何がっすか?」

 

「御影さんが結構喋ることがね。教室で誰かと話しているところを見たことがなかったから」

 

 教室ではいつも一人で本を読んでいて誰かと話しているところは見たことがない。あの洋介でさえも話を出来なかったほどだ。

 

「あー、そうっすね。自分興味がある人としか話さないんすよ」

 

「興味がある人?」

 

「ですです。基本的に人に興味がないんすよね。特にうちのクラスは社会的に言えばクズの集まりっすから」

 

 うちのクラスが落ちこぼれや、不良品と言われる所以だ。クズの集まりというとは少し言い過ぎではあると思うが、否定はできない。

 

「御影さんが興味のある人ってどんな人?」

 

「強い人。絶対的な強さを持っている人っすよ」

 

「絶対的な強さ……」

 

「誰にも負けない。誰にも染まらない。そんな強さを持っている人。それが勇人くんなのです」

 

 僕が絶対的な強さを持っている?それは違うとハッキリと否定できる。僕は強くなんかない。僕はたくさん負けてきたし、色々なものに染まってきたんだから。

 

「残念だけど僕は強くないよ。本当の僕は御影さんが思っているような人じゃない」

 

「そう、勇人くんは強くなかったっす。むしろ敗者、弱者側の人間だった。でも、そこから這い上がり強者へと成り上がった。だから自分は勇人くんに興味があるんすよ。強者であり弱者である勇人くんに」

 

「……僕の何を知っているの?」

 

「さっき言ったじゃないっすか。全部っすよ……にひっ」

 

 僕が強者だと御影さんが言うぶんには特に気にすることはなかった。だが、彼女は僕が弱者であったと言った。それは僕の過去をしっていることに繋がる。高円寺と出会う前の、仮面を被る前の僕を。

 

「そういえばお二人の姿が見えないっすね」

 

「あ、本当だ。先に進んじゃったんだね」

 

「すいませんっす。自分のクソみたいな話のせいで……」

 

「御影さんのせいじゃないよ。どうせ高円寺が勝手に一人で進んで行ってそれを綾小路君が追ってくれたんだよ」

 

 今思い返せば、御影さんが話しかけてきてからすぐに綾小路君は僕らから離れて行った。何かを察して逃げたな。

 

「とにかく追いかけよう、御影さん」

 

「はいっす。あと、自分のことは陽って呼んでくださいっす」

 

「え?でも……」

 

「呼んでください!あ、さん付けもなしっすよ。勇人君にさん付けされるなんて恐れ多いんで。さぁ、呼んでくださいっす!さぁ!」

 

「わ、わかったから。押さないで転んじゃうから……ってうわっ!」

 

「わきゃ!」

 

 物凄い勢いで詰め寄って来る御影さんから後退ると、木の根っこにつまずいて後ろに倒れてしまう。御影さんもその勢いのまま僕に覆いかぶさるように転んで、結果的に僕が御影さんを抱きしめる形になってしまった。背が低い方な御影さんは僕の腕の中にすっぽり収まっていた。

 

「いてて……大丈夫?」

 

「あわわわわ。すいませんっす。勇人君こそ大丈夫っすか!?」

 

「問題ないよ。御影さん、立てる?」

 

 怪我をしてなくてよかった。大丈夫とは言ったものの、ろくに受け身も取らずに背中から倒れたので正直背中が痛い。何はともあれこの体勢はまずい。誰かに見られたら誤解を受けてしまう。御影さんに立てるように聞くが返事がない。顔を見ると頬を膨らませこちらを見ていた。

 

「な、なに?」

 

「御影じゃなくて陽っすよ!ちゃんと呼んでくれないとどかないっすからね」

 

 予想以上に御影さんは強情な人みたいだ。今日だけで御影さんのイメージが180度変わった。無理やりどかそうにも背中を打った衝撃で力が出ない。ここで渋っていても意味が無い。とにかくこの状況を誰かに見られることだけは避けなければならないのだ。

 

「分かったよ、陽。これでいいでしょ?」

 

「上々っすよ、にひっ」

 

 満面の笑みでそう答える御影さん、もとい陽。兎にも角にもこれでどいてもらえる。そう思った直後、横の茂みが揺れる音が聞こえた。

 

「何してるわけ?」

 

 冷ややかな声がそそがれ目線を上に上げると、これまた冷ややかな視線をそそぐ軽井沢さんが立っていた。その横には顔を赤くしてうろたえている佐倉さんが立っていた。

 

「どうしてこうなるんだよ」

 

 明らかに面倒臭いことになりそうな展開に僕は溜息まじりにそうつぶやいた。

 

「……にひっ」

 

 一方、二人の姿を捉えた陽は僕に抱き着きながら不敵に笑った。

 

 



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綻び

お久しぶりです。
約2か月ぶりの投稿となりました。
一応、区切りの良い所までは連載を続けたいと思っています。それからはまだ分かりません。

感想、評価、お気に入りありがとうございます。
とても励みになります。


 

 

 

 修羅場とは元々、インドの神話で阿修羅と帝釈天との争いが行われたとされる場所である。それが転じて激しい闘争の行われている場所や、それを連想させる状況を指す。日本では痴情のもつれが原因の争いに対して使われることが多い。

 

 いやいや、僕はこの状況で何を考えているんだ。別に痴情のもつれとかじゃないし。そもそも陽は僕に恋愛感情はないだろうし、軽井沢さんも僕と恋人のふりをしているだけなのだからもつれようがない。

 

 だけど間違いなく変な誤解をされているのは確かだ。軽井沢さんの冷ややかな声と目がそう語っている。佐倉さんに至っては顔を真っ赤にしてあたふたしている。何で君が慌ててるんだよ。

 

 兎にも角にも誤解を解いておかなければ後々面倒だ。そう思い事情を説明しようとした僕より先に声を発したのは陽だった。

 

「何をしてるかって、見ての通りっすよ?……にひっ」

 

 陽は軽井沢さんを挑発するかのように僕に抱き着きながら言う。ちょっと待て、何でそんな事態がややこしくなるような事を言うんだよ。軽井沢さんの表情が更に険しくなったじゃないか。後ろにいる佐倉さんは更に顔を赤くしている。

 

「誤解されるようなことを言わないの」

 

「あいたっ」

 

 僕に抱き着いている陽の頭に軽くチョップを入れる。陽が頭を抑えたことにより拘束が外れたので起き上がって体勢を変える。

 

「意外とこの子は冗談が好きなんだよ。実際はそこの木の根っこに躓いて転んだだけだよ」

 

「ふーん。ホントにー?」

 

 ジト目でこちらを見てくる。あれ?僕って意外と信用されてない?ちょっと悲しくなってくるぞ。

 

「えっと、信じてもらえると嬉しいかな」

 

「……ぷっ。冗談だよっ。倉持くんのことだからそんな事だろーと思った」

 

「信用されているようで安心したよ」

 

「まぁ、倉持くんに女の子を襲う度胸があるとも思えないしね」

 

 その信用のされ方はいかがなものだろうか。なんにせよ簡単に誤解が解けてよかった。

 

「あうー。痛いっすよ、勇人君」

 

「ややこしくなるような事を言った陽が悪い」

 

「自分、嘘はついてないっすよ」

 

「嘘はついてなくても言い方があるでしょ」

 

「日本語って難しいっすねー」

 

 陽は顎に手を当てて首を傾げる。しかし、口元はにやけたままだった。

 

「今ので確信した。絶対わざとだね」

 

「そ、そそ、そんなことないっすよ?」

 

「動揺が分かり易すぎ」

 

「自分の動揺を見抜くとはさすが勇人君っすねー」

 

「それ、僕のことバカにしてない?」

 

「そ、そそ、そんなことないっすよ?」

 

「そこは動揺しないでよ」

 

 そこで動揺されるとバカだと言っているようなものじゃないか。

 

「ちょっと待って」

 

 そんな他愛のない会話をしていると、軽井沢さんが僕の腕を引いた。振り向いてみると、その表情には先程までの笑顔は消えていた。ただ、怒りの表情でもなかった。

 

「なんで御影さんと名前で呼び合ってるわけ?御影さんと仲良かった?」

 

「へ?あー、陽が下の名前で呼んで欲しいって言うからさ。御影さんとまともに話したのは今日が初めて、かな」

 

「それにしては仲良さげじゃん」

 

「そうかな?普通だと思うけど……どうしたの?」

 

 先程から軽井沢さんの様子がおかしい。別に怒っているわけではない。今の軽井沢さんの感情を言葉にするなら……

 

「軽井沢さんは、何を『焦って』いるんすか?」

 

「っ!」

 

 陽が発した質問に軽井沢さんが目を見開く。陽が言った通り、軽井沢さんには『焦り』がみえる。『怒り』や『嫉妬』などではなく『焦り』なのだ。何故このタイミングで、何に対して『焦って』いるのだろうか。

 

「べ、別に焦ってなんかないし!意味わかんないんだけど!」

 

「す、すいませんっす!変なこと言ってしまって……」

 

 急に大きな声を出した軽井沢さんに陽が萎縮してしまう。

 

「軽井沢さん、何かあったのなら教えて欲しい。僕にできることがあるかもしれないし」

 

「べ、別に焦ってないって言ってんじゃん!倉持くんは御影さんのかた持つんだ」

 

「そういうわけじゃない。ただ、僕にもそう見えただけで……」

 

「もういいから。あたしのことは放っといて。いこ、愛里」

 

「え、あ、あの、し、失礼しましゅ」

 

「ちょっと待ってよ軽井沢さん!」

 

 僕の制止の声は届かず、二人は森の奥へと行ってしまった。

 

「いったいどうしたって言うんだよ」

 

「……やっぱり、勇人君には相応しくないっすね」

 

「ん?なんか言った?」

 

「いやいや、何でもないっすよ。まぁ、乙女には色々あるってことっすよ。……にひっ」

 

 いわゆる女心というものなのだろうか。そうだとしたら僕には手に追えそうにないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と気になることはあるが、とりあえずは探索を再開した。高円寺と綾小路君を追いかけようにもどっちに行ったのか分からないので僕と陽の二人で探索を続けることにした。あの二人なら何かあっても大丈夫だろう。気がかりなのは高円寺が問題を起こしてないかだけだが、考えないようにしよう。

 

「どうしたんすか、難しい顔をして」

 

「男の子にも色々とあるんだよ」

 

「それは、大変っすね」

 

「うん、お互いにね」

 

 しかし、森の中を歩きながら見ていると何個か気になることがでてくる。一番の疑問はここが本当に無人島なのかだ。それは人が住んでいるかいないという話ではなく、自然にできたものなのかどうかだ。そもそもこれだけ森の中に居て野生の動物を全く見ていないし、植物も毒性のあるようなものが全く生えていない。もし試験のためだけにこの無人島を作り上げたのだとしたら、すごいことだ。

 

「勇人君はどういうスポットを拠点にするのがいいと思うっすか?」

 

「そうだなー、取り敢えずは雨風がしのげる場所かな。それから周りから見えないような場所がベストだろうね」

 

「拠点となるスポットを占有し続けるためにはカードキーを使う必要があるっすもんね」

 

 8時間に一度、占有権はリセットされる。その度にリーダーがカードキーを使って占有しなければならない。拠点となれば占有をし続けなくてはならないだろう。そうなると自然と他クラスにリーダーがばれるリスクが高まるのだ。つまり、周りから見えないようなところ、例えば洞窟などがベストな場所だと言える。

 

「あとはポイント消費を抑えることができる水辺付近だね」

 

「飲み水なんかを代用できれば節約につながるっすね」

 

「もっとも、クラスの皆が川の水を飲むことを許容すればの話だけどね」

 

「あー、それはまぁ、あはは」

 

 陽が苦笑いするのも無理はない。先程のトイレの一件をみていれば嫌でも想像がつく。協調性の無さは学年一だろうな。

 

「ん?ここだけ道ができてるっすね」

 

「本当だ。これが学校側が作ったんだとしたら」

 

「スポットがあるかもっすね」

 

 森を進んでいると、人が切り開いたと思われる道が姿を現した。ここだけ整備してあるのだとしたら何かがあるのは間違いないだろう。陽と二人で早歩きで道を進む。

 

「あったっすねベストな場所」

 

 程なくして見えてきた場所を陽が指をさす。その指の先には山の一部に大穴が開いた空間があった。そう、洞窟だ。

 

「さっそく中をみてみましょうっす」

 

「うん……いや、ちょっと待って」

 

 洞窟手前の茂みに視線を向けると綾小路君が身を隠していた。それをみてすぐにその意図に気付く。

 

「陽、しゃがんで」

 

「ほえ?」

 

 僕の言葉に疑問を覚えながらも、陽は僕に続いてその場にしゃがみ込む。

 

「どうしたんすか?」

 

「洞窟の入り口から誰か出てくる」

 

「あ、本当っすね」

 

 洞窟の中から出てきたのは男子生徒だった。入口から出てきた男子生徒はその場で立ち止まり佇んでいた。

 

「あれは葛城君か」

 

「葛城?勇人君の知り合いっすか?」

 

「いや、直接話したことはないよ。Aクラスのリーダー的存在ってことぐらいしか知らないかな」

 

 坂柳さんとAクラスを2分するのが葛城君だ。聞いた話によるとかなり頭がいいそうだ。

 

「は、勇人君。あの人が持ってるのって」

 

「ここからじゃよく見えないけどカードキーの可能性はあると思う」

 

 葛城君はカードキーのようなものを持っていた。すると葛城君に続いてもう一人男子生徒が洞窟から姿を現した。おそらくAクラスの生徒だろう。

 

「ここからじゃ聞こえないっすね。もう少し近づいてみるっすか?」

 

「いや、聞こえる位置に動くのもリスクが高いからね。このままやり過ごすのが得策かな」

 

「了解っす」

 

 二人の話が聞こえなくても問題はない。聞こえる位置に綾小路君が隠れているからだ。葛城君たちは少し話した後、どこかに行ってしまった。完全に居なくなったのを確認してから綾小路君の所へ向かった。

 

「やっほー綾小路君」

 

「ああ、倉持と御影か」

 

「どうもっす。それで綾小路さん、さっきのハゲの人が持ってたのってカードキーっすか?」

 

 ハゲの人って、せめてスキンヘッドと言ってあげて欲しい。

 

「恐らくそうだろうな。会話を聞く限り、葛城ってやつがそこの洞窟を占有したみたいだ」

 

「占有したんだとしたら見張りが立っていないのは変だよね。他のクラスに横取りされるかもしれないのにさ」

 

「それはオレも思った。中に入れば何かわかるかもな」

 

「それでは行ってみましょうっす」

 

「……御影ってこんなキャラだったか?」

 

「すぐに慣れるよ」

 

 中に入ると葛城君たちが放置していった理由が分かった。壁に端末装置のようなものが埋め込まれていたからだ。

 

「7時間50分、Aクラス……これってスポットの所有の証明みたいなものっすかね」

 

「その通りだろうな。カウントが0になるまではオレたちは手出しができない。強引な手段も取れないって訳だ」

 

「それじゃあやっぱりハゲの人がリーダーってことっすかねー」

 

 この洞窟には他に人は見当たらない。僕たちが洞窟に到着したのはスポットが占有された時間とほぼ同時だ。その後に洞窟から出てきたのは葛城君と綾小路君が教えてくれた弥彦と呼ばれていた生徒だけだ。となると自然と葛城君がリーダーだということになる。

 

「二人ともこの事は取り敢えず誰にも言わずに留めておいて欲しい。いまは余計に混乱するだけだと思うから」

 

「もちろんっす。それに心配しなくても話すような友達はいないっすから」

 

「オレも同じだ。友達がいたら今頃こんなところにはいない」

 

「その反応に困る理由は止めてくれないかな」

 

 説得力があるという面では安心できるんだけどね。

 

「そろそろ集合の時間だね」

 

「ああ、戻ろうか」

 

「目に見える成果はなしって感じっすね」

 

「まぁ他のグループに期待しよう」

 

 僕たちは洞窟を後にし、集合場所と決めていた場所に向かった。

 

「そういえば、高円寺は?」

 

「ああ、あいつなら木の枝を飛び移りながらどっかいったぞ」

 

「高円寺さんは実はターザンだったりするんすか?」

 

「いや、高円寺は高円寺だよ」

 

「よく分からないっすけど、分かった気がするっす」

 

「あいつのことは深く考えたら負けだからね」

 

 常識では決して語れないのが高円寺なのだ。

 



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対話

久しぶりの投稿です。



 僕たち三人は集合場所に合流し、池君達が見つけたというスポットに向けてクラスメイト全員で向かっていた。因みに全員と言ったが高円寺の姿はない。洋介の話では、海に泳ぎに行ったらしい。本当にあいつは自由人だな。

 

 池君達の案内で歩くこと数分、川辺に不自然な大岩がある場所にたどり着いた。裏をみてみると、洞窟でもあったスポットを占有するための機械が埋め込まれていた。川の水は素人目で見ても綺麗で、日陰もあり、テントを設置するのに最適な地面があることを考えると、拠点とするにはかなり優良な場所だ。問題があるとすれば端末の周りに遮蔽物がないことだ。これでは更新しようとした時にリーダーがばれてしまう危険性が高い。もっとも、それはいくらでも対処をしようがあるので大した問題ではないと言えるだろう。

 

 それからこの場所を占有するかどうかの話し合いになるが、それ以前に大きなカギとなるリーダーを誰にするかを決めなくてはならない。この試験ではリーダーの存在が明暗を分けると言っても過言ではないだろう。周りに聞こえないように円になって小声で話し合いを始めた結果、僕がリーダーを受け持つことになった。正直、もっと適任な人はいると思うが、指名されたからには頑張って役目を果たそう。

 

 茶柱先生に報告して僕の名前入りのカードを受け取った。このカードだけは見られるわけにはいかないから気をつけておこう。

 

 これで一つ問題は解決したかなと思ったのも束の間。みんなの元へ戻ってくると何やら言い争ってる模様。なんでうちのクラスはこう息をするように揉めるのだろうか。それもDクラスたる所以か。

 

「どうしたの?」

 

「実は川の水を飲むかどうかで意見が分かれてね」

 

 洋介に話を聞くと、飲料水の節約で川の水を飲んだほうがいいと主張する池君と、怖くて飲めないと主張する篠原さんの意見でぶつかってるらしい。また、この二人か。先程もトイレの件でぶつかっていた二人だ。次第にヒートアップする二人を見て、ため息をつきたくなりつつ、止めに入る。

 

「二人とも落ち着いて。今はお互いに冷静じゃないんだよ。ここは一旦解散してもう一度考え直さない?」

 

「倉持くんがそういうなら……」

 

「あ?なんで倉持の言うことは聞くんだよ」

 

「はぁ?そんなの当たり前でしょ?」

 

 止めに入ったというのに直ぐに喧嘩を始める二人。喧嘩するほど仲がいいとは言うが、この二人には当てはまらないのだろう。

 

「はい、ストップ。池くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「お、おう」

 

 そのまま池くんを連れてその場を少し離れた。物理的に距離を置くのが1番いいだろう。

 

「聞きたいことってなんだよ?」

 

「池くんって結構アウトドア的なことの知識あるよね?

何かやってたの?」

 

「ん?別に何かやってた訳では無いんだけどさ、俺、小さい頃家族でよくキャンプにいってたんだ」

 

「だから川の水を飲むのに抵抗がないんだね」

 

「ああ。水源を見ればその川が綺麗かどうか分かるしな」

 

「それをちゃんと伝えたら良かったんじゃない?」

 

「ただキャンプをやってただけなんだから信用されないだろ。これがボーイスカウトとかだったら話が変わるんだろうけどさ。それに俺のことなんて誰も信用しねぇよ」

 

 池くんが少し肩を落とす。女子達に散々非難されたのが堪えてるのだろう。やり方さえ違っていればもっといい方向に進めていたと思う。

 

「池くんはさ、初めてキャンプした時に川の水を飲むのに抵抗はなかった?」

 

「そりゃあったに決まってんじゃん。でも親父たちが大丈夫っていうから、あ……」

 

「そういうことだよ。その時の池くんと同じ不安を篠原さん達は持っていたんだと思う」

 

「そっか。そうだよな。誰だってキャンプの経験があるんだと思い込んでた。少し無理言ったかもな。……ちょっと川泳いで気分変えてくるわ」

 

 池くんはそのまま川の方へ走っていった。そのタイミングを見計らってか、堀北さんが声をかけてきた。

 

「彼の知識はこの試験においては武器になりそうね」

 

「うん。このクラスの中では1番経験があるんじゃないかな?……いや、もう一人いた」

 

「高円寺くんかしら?」

 

「あいつは野生児だからね。経験は問題ないんだけど、その他に問題だらけだからね」

 

 あいつは森に行って何日も帰って来ないことが何回かあった。聞いたらサバイバルをして美しさを磨いていたとかよく分からないことを言っていたのを覚えている。

 

「彼を頼るのは……無理でしょうね」

 

「理解が早くて助かるよ。特に高円寺はこの島に興味を失ってるだろうしね」

 

「興味を?」

 

「この島が無人島ではないことを知って落胆してると思うよ」

 

「どういうこと?」

 

「人が住んでいないという点では無人島なんだろうけど、この島は自然にできたものじゃなくて、人工的に造られた無人島だってこと」

 

 あれだけ森の中を歩いたのにも関わらず、野生の動物を1匹も見なかったし、スポットとなる場所は必ず地面が舗装されていた。この島は間違いなく学校側が試験の為に造った無人島だろう。

 

「この島ごと学校側が造ったと言うの?」

 

「もちろん試験の為じゃなくて違う目的で造られたのを試験に応用してる可能性もあるけどね」

 

「とんでもない学校ね」

 

「今に始まったことじゃないでしょ」

 

「それもそうね」

 

 この学校がとんでもない学校だなんて今更だ。だからこそ僕達は今、無人島なんかでサバイバルを行っているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプをこの場所に決めた僕達はテントの設営に取り掛かった。二つのテントが設営されるも、このテントは二つとも女子が使うことになっている。男性陣は野宿を強いられる形になってしまった。これもポイントの消費を控えるためとはいえ、1週間野宿は心身ともにキツイ。

 

 各々がベースキャンプの準備をする中、声をかけて来たのは綾小路くんだった。なんでも洋介に頼まれて、夜の焚き火用の枝を拾いに行くらしく、一緒に行かないかと誘われた。堀北さんや須藤くん、山内くんに協力を要請したが、見事に断られたらしい。僕がやることはだいたい終わったので綾小路くんと一緒に枝拾いへ行くことにした。

 

「付き合ってもらって悪いな」

 

「気にしないで。1人でみんなの分を集めるのは大変だよ」

 

「助かる」

 

 しばらく焚き火用の枝を2人で拾う。黙々と拾い続けているとベースキャンプからは少し遠ざかり、川の上流の方へ来ていた。あたりには人影はなく、川の水が流れる音が大きく響いている。他に聞かれたくない話をするには丁度いい。

 

「綾小路くん、少しいいかな」

 

「……なんだ?」

 

「さっきできなかった話をしたいなと思ってさ」

 

 枝拾いを中断して僕の方へ向く綾小路君は、いつも通り表情が読みにくい。やりにくいったらありゃしない。

 

「別に大した話じゃないんだ。せっかくの機会だから一度綾小路君とゆっくり話してみたくてね」

 

「俺と話しても面白くはないぞ」

 

「そんなとこはないよ。僕にとっては面白いから」

 

「なんだそれ」

 

 綾小路君は呆れたように肩を竦め、近くの岩に腰掛けた。僕もそれに続いて横に腰をかける。

 

「さて、何から話すかな」

 

「手短に頼むぞ」

 

「まぁまぁそう言わずに。そうだ、お互いに交互に質問をしていくのはどうかな?僕ばっかり質問するのもアレだし、その方がお互いのことがわかると思うんだ」

 

「好きにしてくれ」

 

 綾小路清隆が常人でないのは間違いない。ただ、彼が何者であるかを知る必要は無い。僕が知りたいのは、彼が僕の障害になるか、ひいては僕が彼の障害になるかどうかだ。僕はこの学校を出る訳にはいかない。もし、僕が彼の障害になってしまった場合、退学に追い込まれる可能性はある。もしそうなれば僕も全力で抗うが、彼の実力が未知数であるため、僕が生き残れるかどうか分からない。そうならない為にも彼と対話をする必要がある。

 

「じゃあ、まずは僕から。綾小路君はどうしてこの学校に?」

 

「そんなもの決まっているだろ。他の奴らと同じだ」

 

「この学校の恩恵を受けるため?」

 

「ああ。だが、現実は甘くなかったがな」

 

「その割には残念そうには見えないけどね」

 

「表情に出にくいだけで絶望したぞ。夜しか眠れなかったくらいだ」

 

「それ普通だよね」

 

 綾小路君は無表情の割に急にお茶目なボケをかましてくるから困る。意外と冗談とか好きなんだろうか。

 

「次は俺か。そうだな、同じ質問だ。どうしてこの学校に?」

 

「僕も綾小路君と同じ答えってことで」

 

「その言い方だと別の意味があるように聞こえるが」

 

「まぁ、あるにはあるかな。でも、恩恵が受けたかったっていうのも理由の一つだしね」

 

「そうか」

 

 少し釣り糸を垂らしてみたが、特に食いつくことはなかった。食いついてくれた方が主導権を握れてやりやすかったんだが。

 

「綾小路君は今のクラスのことどう思ってる?」

 

「不良品が集まったクラスとCクラスの奴が言っていたが、間違ってはいないだろうな。誰しも何かしらの欠陥を持っている気がする」

 

「それは君も?」

 

「質問は交互にだったはずだが?」

 

「質問の延長だからノーカンで」

 

「随分適当だな」

 

「実際ただの談笑だからそんなルールあってないようなもんだよ」

 

「提案した方がそれを言うか」

 

 また肩を竦めため息をつく。心做しか表情が柔らかくなった気がする。気のせいか?

 

「オレにも欠陥はある。人間誰しもそうだろ。完璧な人間なんて存在しないし、もし居たとしたら……そいつはつまらない人間だろうな」

 

「そうかもね」

 

「倉持は何故Dクラスに配属されたと思っているんだ?」

 

「それは僕の欠陥は何かを聞いているのかな?」

 

「お前の自己分析を聞きたいだけだ。堀北と一緒で頭がいい、高円寺と一緒で運動神経がいい、平田と一緒でコミュニケーション能力が高い。本来であればAクラスであるべきだと思わないか?」

 

「そんなに褒めても何も出ないよ。さっき拾った綺麗な石でもあげようか?」

 

「いらん」

 

「そりゃ残念。綾小路君は僕を過大評価しているだけだよ。僕はなるべくしてDクラスになった」

 

「それはなぜだ?」

 

「連続の質問はダメだよ」

 

「さっきの質問の延長だったらいいんだろ」

 

 確かにそう言ったのは僕だ。あまり適当なことは言うもんじゃない。別にどうということでは無いけど。

 

「理由があるとしたら、僕が不良品だからだろうね。生まれながらにして欠陥だらけの不良品。いくら取り繕っても根本は変わらない。学校側はそれを見抜いたんじゃないかな」

 

「自己評価が低いんだな」

 

「妥当な評価だよ」

 

「そんなことはないだろ。お前はクラスの奴らに信用されているし、今日だって皆をまとめている。それにあの高円寺を制御できるただ1人の人間だ」

 

「フォローありがとう。まぁ、冗談なんだけどね。実際のところ高円寺を制御できるってだけの理由で一緒のDクラスに入れられたんだと思うよ」

 

「おい、俺のフォローを返せ」

 

「何かの機会に返させてもらうよ」

 

「その時は倍で返せよ」

 

 フォローを倍で返すってどういうことなんだろうか。彼が堀北さんに余計なことを言った時にでも大袈裟にフォローすればいいのかな。それなら近いうちに返せそうだ。

 

「次の質問。綾小路君が今一番欲しいものは何?」

 

「急に話の方向が変わったな。それは物か?」

 

「なんでもいいよ。物でも概念でも妄想でも」

 

「そう言われると迷うな」

 

「例えば水とか」

 

「何で水なんだ?」

 

「僕が今飲みたいから」

 

「そこに沢山流れている。産地直送完全無料だ。よかったな」

 

「僕、ミネラルウォーターしか飲めないんだよね」

 

「どこの坊ちゃんだ」

 

 綾小路君はボケだけじゃなく突っ込みもできるらしい。思っていた以上にコミュニケーション能力高いな。友達が少ないっていつも言っているが、意図して作っていないんだろうな。

 

「じゃあ、『自由』とかどう?」

 

「また大きく出たな」

 

「欲しくない?」

 

「確かにな。だが、オレ達は今、『自由』を与えられているじゃないか」

 

 そう言って綾小路君は集めた焚き火用の枝を指差した。今回の試験のテーマは『自由』、そして僕達はその試験中であるからして『自由』を得ている。彼が言いたいのはそういうことだろう。

 

「誰かに与えられた『自由』って本当に『自由』なのかな?」

 

「……」

 

「僕はそうは思わない。『自由』というものは誰かに与えられるものじゃない」

 

「じゃあどうすれば『自由』を手に入れれるんだ?」

 

「そんなものは結局自分自身で考え、掴み取るしかないんだよ。そして、1度掴んだものは絶対に手放してはならない。一度『自由』を手にしてしまったらそれを失わないように必死でしがみつくしかないんだ」

 

 失う怖さというものは想像を絶するぐらいに辛く苦しいものだ。だから人はもがく。もがいてもがいて、時には他者を蹴落としてでもつかみ続けなくてはならない。

 

 少し熱くなってしまった。でもここまで話した以上、少し踏み込んでみよう。

 

「僕はこの学校で『自由』を手に入れた。きっと綾小路君もそうなんじゃないか?」

 

「なぜそう思う?」

 

「ただの勘だよ。君は否定するだろうけどね」

 

「……」

 

 綾小路君は間違いなくはぐらかすだろう。彼は自分の心を見せることはしない。ここまで接してきてそれはよく分かっている。別に今日はそれでいい。

 

 そう思っていた僕の考えを否定するかのように綾小路君は口を開いた。

 

「お前が言う『自由』が何なのかは分からんが、オレも『自由』

を手にしたという点については否定はしない」

 

 予想だにしない返答に驚き、声を失った。何より綾小路君の雰囲気がいつもとは違う異質なものになっていた。それにあてられ心の奥から何かが湧いてくる感覚にとらわれる。

 

「そして、俺の邪魔をするやつは排除する。倉持、お前でもだ」

 

 久しぶりに感じたその感覚に体が支配され、硬直する。

 

 彼が『怖い』と。

 

 




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side:綾小路

需要があるか分かりませんが、久しぶりの投稿です。
温かい目でみてください。


 

 

 

『卒業までの間、世間との接触を強制的に絶ち外に出ることを禁じる』

 

 オレがこの学校を選んで入学した理由はこの校則が目当てだったからだ。普通に考えれば不自由極まりない校則だが、オレにとってはこの上なく理想的なものだった。

 

 しかし、不本意ながら入学時からの目論見は大きく軌道修正を強いられることになっている。それはオレを取り巻く環境が確実に変化し始めているからだ。その要因となっている人物が二人いる。

 

 一人目は担任である茶柱先生。この無人島での試験が始まる前に『ある男』が無理やり外からこの学校に接触を計ろうとしていると告げられた。そして、あろうことか茶柱先生はAクラスを目指すための協力をしなければ強制的にオレを退学に追い込むと脅しをかけてきた。教師としてあるまじき行為だが、そんなことは今更だ。厄介なのはオレには受け入れる以外の選択肢が今のところは存在しないこと。何故ならその話が嘘か真かを確かめる術がないからだ。取りあえずは真実だと想定して行動するしかない。

 

 茶柱先生については情報を集めつつ、場合によってはこちらから仕掛けることも検討する必要がある。退学にされる前に辞職に追い込む手立てなど幾らでもある。それをしないのは兎にも角にも情報が少ないから。今は動く時ではない。それにあの男がどう出るかわからないこともある。

 

 あの男というのが二人目の人物である倉持勇人。オレは倉持は茶柱先生と何かしらの関係があるとみている。それがオレと同じで脅迫されているのか、協力関係にあるのか、はたまた恋人関係であるかは分からないが、つながっているのは間違いない。となると茶柱先生を相手取るということは同時に倉持も相手取る必要が出てくる可能性が高い。

 

 倉持勇人という男はコミュニケーション能力が高いだけの男かと認識していたが、それだけではなかった。やつは教室内でうまく立ち回り、クラスの中心人物であるという共通認識を持たせることに成功していた。それだけであれば大したことではない。クラスメイトの中でも平田や軽井沢も同じような立ち位置にいる。倉持が異質なのは誰にも()()()()()()()こと。中心人物として目立てば、必ずそれをよく思わず妬むやつが出てくる。現に平田は池や須藤などカーストが下のやつに嫌われている。しかし、倉持は誰にも嫌われていない。何故だか倉持を悪く言うクラスメイトが一人もいないのだ。あの堀北でさえも信用をおいている。

 

 さらに倉持が異質であると感じたのはCクラスと須藤がもめた事件での立ち回り。あいつはクラスメイトである佐倉のために動き、佐倉の証言が嘘ではないことを証明した。だが、それだけではない。本来ありえなかったCクラスからポイントを奪取することに成功していた。これは佐倉の証言を真実だと証明するための副産物でしかないと奴は言っていたが、果たしてそうだろうか。佐倉の証言が正しいことを証明するだけであればCクラスのポイントを要求する必要はない。最初からCクラスのポイントを奪取することも奴の目的の一部だったのではないだろうか。

 

 つまり、佐倉の証言の証明も、Cクラスから得たポイントも、本来の目的の副産物でしかないのだ。奴の本当の目的はクラスメイトからの絶大な信頼を得ることに他ならない。今回の騒動は詳しい内情を知らないクラスメイトからすれば、倉持が退学になるかもしれない須藤を救っただけにとどまらず、Cクラスからポイントを奪い取り、あまつさえ佐倉の為に身を挺して動いたという認識になっている。騒動を経て、倉持はDクラスにとって絶対的な存在になったといわざるを得ない。

 

 こうなってしまっては倉持を敵に回すのは骨が折れる。こいつの動き次第でDクラスの動きが変わるといっても過言ではない状況だ。現に無人島試験では当たり前のように倉持が仕切る流れになっているし、誰もそれについて指摘することもない。倉持勇人は一番の要注意人物だ。

 

 故に()()()()()使()()()

 

 倉持勇人を協力者にする。それがオレがだした結論。DクラスをAクラスに上げるにはクラスをコントロールできる人物が必要不可欠。特にDクラスは個々の能力は悪くない連中が多いが圧倒的に団結力にかける。それを補うには倉持のような存在が必要になる。

 

 では、どうやって倉持を協力者にするか。1番手っ取り早いのは脅迫だが、オレに逆らえない状況を作るに値する脅迫の材料がまだない。軽井沢や佐倉の弱みを餌に倉持を従わす方法もあるが、倉持にとってその二人がどの程度重要な存在であるか分からない以上、得策では無い。下手をすればそれを逆手に取られる危険性もある。結論的に今の段階では倉持を手駒にするのは難しい。

 

 

 

 

 そう考えていた矢先に倉持からアクションがあった。互いに質問をし合い、仲を深めようとのことだが、オレの情報を引き出そうという魂胆だろうか。しかし、倉持の目的がなんにせよこちらとしても都合がいい。利用できるものは利用させてもらおう。

 

︎︎ 話の内容は何気ないものだった。学校の事、クラスの事、取るに足らない会話だ。だが、何かを探ろうとしている気配は感じる。しかも、それをオレに感づかせるように意図してる節があった。オレがそれに食いつくのを期待しているのだろうが、生憎そんな安い餌に食いつくつもりは毛頭ない。

 

 ここまで話をしてきてオレが抱いたのは『期待外れ』という失望。倉持がアクションを起こしてきたことに少なからず期待をしていた。おそらくだが、倉持はオレが本当の実力を隠していることに気が付いている。それだけ彼奴の人を見る眼に長けており、脅威を感じるほどだ。だからこそ彼奴がどう動くかに期待をしていた。しかし倉持との会話には探るような気配を出してきても、核心を突くような話はしない。

 

 そこでオレは()()()()()に気づいた。

 

 少なからず失望を()()()()()()。人を見る眼、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 それは常人であれば気付くことは絶対にない程度の限りなく小さな変化。感情を表に出さないように訓練を重ねてきたオレの、ほんの些細な変化に気付ける人間がいるとすれば、オレが知る限り一人しかいない。その人間の前で失望という感情を抱いてしまった。

 

 オレが倉持の提案に乗って話を始めた時点で二つの可能性があった。それは、提案に乗る上で打算があるか否か。一つは何の意図もなく、ただ話に付き合っただけ。もう一つはこちら側にも話したい内容があり、聞き出したい情報があったか。倉持はそれを探っていたのではないだろうか。他愛のない話をし、それに失望した。即ち、期待していた話ではなかったということになる。つまりはこの提案に乗ったのには何らかの意図があったということになる。

 

 その程度の情報では何の役にも立たないと普通は思うだろう。だが、倉持に限ってはそうではない。その程度の情報を得たことにより、倉持の考えていた可能性は確信に変わる。その通りだと言わんばかりに彼奴は不敵な笑みを浮かべ話し出す。

 

「僕はこの学校で『自由』を手に入れた。きっと綾小路君もそうなんじゃないか?」

 

 確実に一歩踏み込んできた。これまでの話とは違い、核心を突く質問。

 

「なぜそう思う?」

 

「ただの勘だよ。君は否定するだろうけどね」

 

 ここが重要なターニングポイントだろう。もちろん適当にはぐらかすことも可能である。倉持もオレがはぐらかすことを予測しているのか、ここまで話せれば満足だという表情をしている。だからこそオレは乗ることにした。

 

 

「お前が言う『自由』が何なのかは分からんが、オレも『自由』

を手にしたという点については否定はしない」 

 

 倉持はオレの返答を予想していなかったのか、先程までの余裕が嘘みたいに、驚きの表情を珍しく前面に出している。 

 

「そして、俺の邪魔をするやつは排除する。倉持、お前でもだ」

 

 その表情が小気味よく、殺気をのせて倉持を威圧する。どうやらオレは倉持の思い通りの結果になったことに少しばかり苛立ちを覚えていたようだ。

 

 『まさかオレにもこんな感情が残っていたとはな』

 

 倉持に視線を向けながら、自身の変化に軽い衝撃を受けていた。

 

 



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協力関係


三か月ぶりの投稿。

感想、評価、お気に入りありがとうございます。

とても励みになります。


 

 

「お前が言う『自由』が何なのかは分からんが、オレも『自由』を手にしたという点については否定はしない。そして、俺の邪魔をするやつは排除する。倉持、お前でもだ」

 

 その言葉とともに放たれる殺気に恐怖を抱く。しかしそれ以上に僕の頭の中は驚きで溢れ思考が停止した。それ程までに彼の発言は予想の範疇を超えていた。たが、それは悪い意味でではない。

 

「……なるほどね。じゃあ、お互いにその『自由』を守る必要があるわけだね」

 

「ああ、そうなるな」

 

 彼がこの場で、はぐらかすことなく返答をするということは2つの可能性が考えられる。僕を敵とみなしたか、はたまたその逆か。どちらが正解なのだろう。

 

「単刀直入に言おう。僕と協力してほしい。お互いの『自由』を守るために」

 

 僕の出した答えは綾小路くんが、僕を協力者にしようとしている可能性だ。彼の立場、動き方を考えると僕という存在を協力者にするメリットは高いはずだ。

 

 本当はここでこの提案を持ちかけるつもりはなかった。今日は探りを入れるだけで、もう少し彼の実力を計ったうえで、この試験が終わるまでに提案をできればいいと考えていた。だが、ここにきて綾小路くんが動いた。つまり彼にも僕に近い思惑があるということ。

 

「協力か。すでに堀北と協力関係を結んでいるはずだが」

 

「あれとは別だよ。本当の協力関係を築きたい」

 

「その言い方だと堀北との協力関係は偽物だと聞こえるが?」

 

「僕からしたら君が本気で堀北さんと協力してAクラスを目指そうとしているようには思えないけど?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 ここで嘘をついても仕方ないと思ったのか、綾小路君は肩をすくめて答える。堀北さんには申し訳なく思うが彼女とは向いている方向が違いすぎる。

 

「それが分かっているならオレに協力関係を持ちかけるのはお門違いじゃないか?オレはAクラスを目指すつもりはないぞ」

 

「うん、分かっているよ。だから僕が結びたいのはお互いの『自由』を守るための協力関係なんだよ。例えば今回の試験を乗り切ることとかね」

 

「……やはり茶柱先生とつながっていたか」

 

「詳しくは聞いてないけどね。それよりも僕と茶柱先生がつながっていることに気付かれていたのがびっくりなんだけど」

 

 この試験が始まる前に茶柱先生から綾小路君にもこの試験を勝ちにいくように言っていると聞いていた。なぜ綾小路君が茶柱先生の命令を聞くことになったかは教えてくれなかったが、どうせろくなことじゃないだろう。そんなことより僕と茶柱先生とのつながりに気付いていたのが驚きだ。そんな素振りは見せたつもりはないんだけど。綾小路君は「可能性の一つとしてあっただけだ」と言うが、ほとんど確信を持っていたに違いない。やはり侮れない男だ。

 

「理由は知らないけど、茶柱先生のことだから何かをネタに脅迫でもしてるんでしょ?あの人、容赦なくそういうことするタイプだもんね。僕も事情が少し違うけど同じようなものだよ」

 

「お互いに大変だな」

 

「本当にね。教師としてどうなんだろうか」

 

 普通なら警察沙汰になってもおかしくない案件だ。まぁ、そもそもこの学校が普通じゃないんだけどさ。

 

「だから同じ穴の狢同士協力して、手に入れた『自由』を守っていこうと提案してるわけなんだけど、どうかな?」

 

「その前に1つ答えてくれ」

 

「ん?なに?」

 

「倉持がオレを協力者にするメリットはなんだ?」

 

「別に特別な理由はないよ。強いて言えば、綾小路くんと僕は利害が一致してるからかな」

 

「本当にそれだけか?もし、オレからお前と協力したいと提案するのは分かる。オレにとって倉持を協力者にするメリットがある。だが、倉持が態々リスクを背負ってまでオレに協力を持ちかける理由はなんだ?それが分からないと信用することができないな」

 

ㅤ信用だなんて最初からする気なんて更々ないくせによく言うよ。しかし、綾小路くんの疑問は当然のことだろう。

 

「綾小路くんと協力できる時点でメリットだらけだと僕は思うけど」

 

「まぁ、大方予想はつく。例えば、オレへの牽制。軽井沢や平田辺りか」

 

 それだけ言われただけで、僕は悟った。彼は全て分かっている。僕が協力を持ちかけた一番の理由に気づいている。

 

「分かってるなら聞かないでよね。綾小路の予想通り、僕の友達に手を出させないことが君と協力する1番のメリットだよ」

 

 綾小路くんと協力関係を結ぶ1番の理由は彼への牽制。僕の大事な友達に手を出させないための予防策だ。

 

「一応、先に断言しておく。もし、僕の友達に手を出したら僕は全力で君と戦うよ。それこそ捨て身でね」

 

「それは怖いな」

 

「怖いだなんてよく言うよ。頼むからやめてよ。それさえ守ってくれれば君への協力は惜しまないんだから」

 

「別にどうこうするつもりはないし、そもそもそんな力はない」

 

 綾小路くんはそう言うけど、僕の見立てでは彼は必要とあれば無情に人を切り捨てる。確証はないけど、それが出来るだけの力を持っている。

 

「しかし、倉持の友達と言われてもイマイチ判断ができん」

 

「とりあえず、軽井沢さんと洋介、それから佐倉さんには絶対に手を出さないでほしいかな」

 

「高円寺はいいのか?」

 

「あれは好きにするといい。ただ、そう簡単に相手にできるほどアイツは甘くないよ」

 

「随分高く評価しているんだな」

 

「正当な評価だよ。高円寺は冗談抜きで強いからね。じゃないとあれだけ傲慢な態度とれないでしょ」

 

 高円寺なら強くなくても態度は変わりそうにないが、それは置いておこう。

 

「確かに高円寺は骨が折れそうだ。だが、それ以外はどうなってもいいという解釈で問題ないんだな?」

 

「……うん。僕は聖人君子ではないから。僕の手で守れるものは限られている。もし他の人を犠牲にすれば僕の大事な人達が助かるというのなら僕は迷わないだろうね」

 

「クラスメイト全員を守ると言われないで良かった。そんな奴と協力関係を結ぶわけにはいかんからな」

 

「自分の力量くらい理解してるつもりさ」

 

 この場に洋介がいれば、間違いなく全員助けると断言するだろう。でも、僕は洋介とは違う。周りの大切なものさえ守れればそれでいい。それが僕の『自由』なんだから。

 

「ということで、お試しってことで今回の試験を協力するってことでどう?それから決めてくれたらいい」

 

「……それもそうだな。まずは目先の問題を解決だな」

 

「よし、それじゃあ改めてよろしくね」

 

 僕は綾小路くんに手を差し出す。友好の証といえば握手だ。

 

「ああ」

 

 綾小路は僕が差し出した手を軽く握った。この瞬間、この試験を突破するための心強い仲間ができたのだった。

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「少し時間をかけすぎたな」

 

「洋介あたりが心配してるかもね」

 

「だな。……ん?」

 

 急ぎ足で焚き火用の枝をかき集め、ベースキャンプへと戻る道中、綾小路くんが何かを見つけた。その視線を辿ると、大木に背中を預けるように座り込む1人の女子生徒が居た。あちらも僕達の視線に気づき目線が合うが、すぐに興味なさげに視線を外した。

 

「どうしたんだろうね」

 

「何かのトラブルか、あるいは……」

 

「とにかく、声をかけてみよう」

 

 女子生徒に近づくと、明らかに嫌そうな顔で睨まれたが、すぐに視線を外した。その目より気になるのは、頬にある赤く腫れた痕。誰かに殴られたか、叩かれたことによりできたものだと推測できる。それもあれだけ腫れているとなると結構な力でだ。

 

「おい、倉持」

 

「うん、分かってる。でもさすがに放ってはおけないよ」

 

「……好きにしろ」

 

 女子生徒の様子を見て綾小路くんが抱いた疑念は理解している。でも怪我をしている以上無視するわけにもいかない。

 

「ねぇ、手を貸そうか?」

 

「……必要ない。何でもないから」

 

「とてもそうには見えないがな。先生を呼んでくるか?」

 

「いらない。クラスの奴と少し揉めただけだから……」

 

 僕と綾小路君が声をかけるも、女子生徒は拒絶をしめす。どうしたものか。もうすぐ日が沈み、辺りは暗闇に包まれるだろう。その中で一人にしてしまえば遭難なんてことになりかねない。

 

「しょうがない。とりあえずDクラスのベースキャンプにおいでよ。怪我の手当てをしないと」

 

「は?何言ってんの?馬鹿なの?そんなことできるわけないでしょ」

 

「え?なんで?」

 

「なんでって、私はCクラス。つまりお前らの敵ってこと。それだけで分かるでしょ?」

 

 要するに僕たちが、敵であるCクラスの生徒を助ける義理はないし、敵に助けられる筋合いはないということだ。

 

「それって今の話に関係ないよね?」

 

「は?」

 

「確かに特別試験において君は敵かもしれない。けど、別に殺し合いをしているわけじゃないんだ。同じ学校の生徒が怪我をしていれば助ける。そこに問題があるとは思えないけど」

 

「……偽善だ」

 

「そうだね。でもそれでいいんじゃない?その偽善で君は怪我の手当てをできるし、僕も満足する。意外と偽善ってのも悪くないもんだよ」

 

「……」

 

「それに顔に痕が残ったら大変でしょ?綺麗なんだから大事にしないとね」

 

「ナチュラルに口説いてるな」

 

「……余計な横やり入れないでくれるかな」

 

 せっかくいい感じで話していたのに綾小路君に水を差された。断じて口説いていたつもりはない。

 

「うまく丸め込もうとしているとこ邪魔して悪かったな」

 

「ねぇ、その言い方は語弊があると思うんだけど」

 

「人を丸め込もうだなんて最低」

 

「君まで!?」

 

 女子生徒は軽蔑したような視線を向けた後、目をそらす。何で僕が悪者みたいになっているのだろうか。

 

「ドンマイ、強く生きろよ」

 

「いや、誰のせいだと思ってるの?」

 

「自業自得でしょ」

 

「自業自得だな」

 

「なんでだよ」

 

 理不尽だ。しかし、空気が少し和らいだのか女子生徒は顔色が良くなったように見える。

 

「とにかく、一緒にベースキャンプに戻るってことでいいね?」

 

「相当なお人好しだな。うちのクラスじゃありえない。でもいいわけ?私にベースキャンプの場所を教えても」

 

「まぁ、良くはないよね」

 

「そうだな。まぁ、何とかなるだろ」

 

「おまえら良い奴ではあるんだろうけど、馬鹿だな」

 

 女子生徒は呆れたようにため息をつく。僕らは馬鹿かどうかは置いといて、良い奴なんかでは絶対ないんだけど。

 

「自己紹介がまだだったね。僕はDクラスの倉持勇人。こっちが綾小路清隆くん」

 

「よろしくな」

 

「……私は伊吹」

 

 伊吹と名乗った女子生徒は、目を合わせることなく赤く腫れた頬を押さえていた。ここまで話していて感じたが、彼女は人と目を合わせるのが苦手なのだろう。佐倉さんとかもそうだし、特に気にすることでもない。伊吹さんが立ち上がるのを手を貸し、ベースキャンプへと一緒に歩き出す。

 

「綾小路くん、どうかした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 僕らが歩き出したにもかかわらず、綾小路君は足を止め何かを見つめていたが、すぐに歩き出した。視線の先を辿ると伊吹さんが先程まで座っていた木の根元に土を掘り起こしたような形跡があった。そういえば伊吹さんの爪の間に土が挟まっていたようにみえたな。

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 数分後、僕たちはベースキャンプへと戻ってきていた。綾小路君は焚火用の枝を持って火を熾しに行った。池君と山内君も火熾しに参加しているようで、池君がレクチャーをしていた。一方、伊吹さんは他クラスに迷惑をかけたくないと言い、ベースキャンプと少し離れたところで座っている。僕は手当てだけ行い、洋介のところへ向かった。

 

「あ、勇人君。戻ってきてたんだね。なかなか戻ってこないからみんな心配してたんだよ」

 

「ごめんね。綾小路君と話が盛り上がっちゃってさ。軽井沢さんと佐倉さんも心配かけてごめんね」

 

 洋介のもとには軽井沢さんと佐倉さんも一緒にいた。どうやら森の中で食べれそうなものを探してきてそれを選別しているところらしい。

 

「ぶ、無事でよかった、です。ね、恵ちゃん」

 

「べっつにー。あたしは心配とかしてなっかたし」

 

 軽井沢さんはそう言ってそっぽを向いた。明らかに機嫌が悪い。陽とのことをまだ怒っているようだ。怒る理由は良く分からないんだけど。

 

「口ではこう言ってるけど、軽井沢さんが一番心配していたんだよ」

 

「ちょっ、平田君!?」

 

「ふふっ、落ち着きなく立ったり座ったりしてたもんね」

 

「愛里まで!?別にそんなんじゃなくて」

 

 頬を赤く染め慌てる軽井沢さん。心配をかけたのは申し訳ないが、そこまで気にかけてもらえていたのは素直に嬉しい。

 

「軽井沢さん、心配かけて本当にごめんね」

 

「だ、だから、あたしは……」

 

「それからありがとう。不謹慎だけど、心配してくれたと聞いて嬉しかったよ」

 

「うっ、ちがくて……うん。怪我とかなくて良かった、です」

 

「ははっ、何で敬語なのさ」

 

「うっさい!倉持くんのバーカ」

 

 恥ずかしさが限界に達したのか、僕をポカポカと叩いてくる。痛くもないので笑いながらそれを受ける。

 

「僕たちもいることを忘れないでね」

 

「もちろんだよ。忘れるわけないだろ」

 

「まぁ、いいけどね。それより焚火用の枝は拾えたのかい?」

 

「うん。今、綾小路君たちが火を熾してくれているよ」

 

「助かるよ。ご苦労様」

 

「礼なんていらないよ。協力するのは当たり前のことなんだからさ」

 

「そうだね。ありがとう」

 

「結局お礼いってるじゃん」

 

 軽井沢さんのツッコミにみんなで笑う。こんな感じで平和に学校生活を送れれば幸せなんだけどな。そんなに甘くないのがこの学校だ。

 

「洋介、大事な話がある」

 

「どうしたの?」

 

「実は……」

 

 伊吹さんの事を洋介に話す。偶々怪我をしているところを通りかかり、ベースキャンプまで連れてきて手当てをし、現在は少し離れたところで待機していることを掻い摘んで話した。

 

「なるほど。それは放ってはおけないね。勇人君の判断は間違っていないよ」

 

「で、でも、その人がスパイの可能性もあるんじゃ……」

 

「そうだね。今からそれを確かめてくるよ。勇人君、案内してくれる?」

 

「分かった。二人はここで待ってて」

 

 あまり大人数で行っても委縮してしまう。二人にはここで待っててもらって僕と洋介の二人で行くのが無難だ。

 

「待って。あたしも行く」

 

「え?でも……」

 

「相手は女子なんでしょ?じゃあ、女子のあたしが行った方がいいじゃん。それともあたしが行くと不都合なことがあるの?ねぇ?」

 

「いいえ、ないです」

 

「じゃあ決まりっ」

 

 軽井沢さんの剣幕に押されて了承してしまった。別に何の問題もないけど、そこまで話してみたかったのか?何か小声で「また新しい女の子が……」と言っていたが、よく意味が分からなかった。ちなみに佐倉さんは絶対力になれないからと言ってその場に残った。

 

 

 

 





話が全く進んでない……。


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