魔法少女リリカルはにゃーん様 (沢村十兵衛)
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無印編
第1話 はにゃーん様、御転生


前回出した短編が思ったより好評だったので始めました。
暇潰し程度にどうぞ。


そこは寝室だった。

ダブルサイズのベッドが一つと、他には向き合うように置かれた二脚のソファーとその間にある小さなテーブルだけだが、寧ろ余計なものを好まない彼には丁度良い部屋だ。

その寝室のソファーの一つで、バスローブに身を包んだ金髪の青年は片手に琥珀色の液体が入ったグラスを片手に、物憂げな表情で液体の中に浮かぶ氷を見つめている。

 

「人類が、宇宙へ上がっても覇権争いを続けたのは何故だ?」

「……例外に、地球へ居続けた人種がいたから……だろ?」

 

そう言いながら、彼と同じくバスローブ姿の自分は彼の肩に手を乗せる、彼はそれを無視してグラスを見続ける。

 

「ああ、だが足りないな。人類が己のテリトリーを欲しがる社会性を持つ動物だからだ」

「それで、私と共に地球潰しかい?」

「人類全てを宇宙へ上げるには、誰かが業を背負わねばならん」

「そう言って……実はアムロ・レイと決着を着けるのが本当の目的だから笑えるな」

「私は真実ニュータイプでは無いからさ。生の感情が有りすぎる」

 

彼は自嘲してグラスをグイッと傾け、その中身を喉に流した。

自分は黙って膝を着いて、彼と同じぐらいの高さになるとソファーの後ろから彼の首へ腕を回して、彼の喉辺りに自分の頬を押し付けた。

今度は少し驚いたようだった。

 

「いきなりどうした?」

「この戦力差でよくも考え付くな、無謀だよ」

「手足をもがれた百式でお前に勝負を挑んだようにか?」

「集結したネオ・ジオンの艦艇でもロンド・ベルとやり合うのが精一杯だ、お前は……」

「明日は頼む、私は先にアクシズへ先行するから……」

 

そう言って彼は顔をこちらへ向けるとそのまま自分の唇を近付けた……

 

 

「はっ!夢か……チッ」

 

いい気分でいるときに、急にそれを他の要因に強制的に止めさせられた時、心地良い気持ちが急にサーッと引く海の潮のような切ない気持ちに、朝からさせられるのはあまり良いものではない。

せめて持ち主に少しぐらいの融通は利かないのか、と恨めしくピンクのケータイを睨む。

だがそうしていられる程、朝はのんびり出来ないのはどの時代も同じで、彼女も直ぐにお気に入りのピンクと白のパジャマを脱ぎ捨てると小学校の制服に着替え、洗面所で髪をリボンでツインテールに可愛く結んでリビングルームにトタトタと向かう。

 

「おはよー」

「おはよう、なのは」

 

私は、人は死んだ瞬間に無に帰るか、それとも意思だけが永遠に現世とあの世の狭間をさまよい続けると思っていた。

特に俗物の数倍意思の強いニュータイプは、死んでもその意思だけは永遠に生き続け、生者を見守り、時には力を貸す……

私もそうなるつもりだった。

死んでもシャアやジュドーの事を永遠に見守り続けるつもりだったが……

どういった訳か、私は私で居た頃の記憶を持って、この子どもに生まれ変わってしまった。

初めは無論、取り乱し、何度となく親と兄姉の手を焼かせてしまった。

けれど、これは人生をたった二十数年で棒に振った私にとってまたとないチャンスだ、しがらみから解放され、奔放な、本来の私が望んだ人生を歩める。

シャアやジュドーが居ないのは未練だが……

今度こそ、幸せな家庭をモノにしてみせる!

 

「う~ん、やっぱり桃子の料理は何時も美味しいなぁ」

「あらやだ、士郎さんったら~」

 

元の私の家族といえばマハラジャ・カーン、ザビ家に媚びを売るため姉を差し出したアクシズの指導者だ。

そういう意味では今の両親はかなり良心的な親といえる。顔を見る度新婚生活をしている所を除けば……

いいや!私だって昔はシャアとイチャついて、その頃二歳だったミネバ様もおられたので、充分新婚生活はしていた……ハズだ。

シャアが偵察に出た後、シャアの意を汲んで私情を挟まずミネバ様を利用さえしなければ……

あの会談は成立してジャミトフなどいう老害は直ぐにでも抹殺し、シロッコとかいう頭に輪っか着けた変人は木星に送り返し、連邦を建て直した後はシャアとミネバ様とで地球の何処か静かな所へ隠居し、質素ながら幸せな家庭を築けたモノを……!!

 

「なのは?何処か具合でも悪いのか?」

「ン……何でもないよおにーちゃん、大丈夫」

「そうか……なら良いが……」

 

そういえば、イチャついているといえば私の兄は、シャアのように無自覚に女を寄せ付ける男だった。

 

「美由希、リボン曲がってるぞ」

「あっ、ありがとう恭ちゃん……」

 

忍とかいう女がいながら妹を魅了して……

自分の見識では、既にひい、ふう、みい……五人の女から好意を向けられている筈だ。

背中を斬られないよう注意するのだな兄上……

ちなみに私も、実の兄である以上、好意は向けている。

ラブではなくライクだがな。

俗物の諸君は勘違いせぬようにしろ。

生きていればチャンスはやってくる、シャアを失って途方に暮れた私の前にジュドー・アーシタが現れたように。

その時までは……この高町なのは耐えてみせるさ!!

 

「行ってきまーす」

「はい行ってらっしゃい」

 

朝食を食べ終えたなのはは元気よく家を出てバスの停車場まで走る。

普通の公立小学校ではなく、私立校に通っているので歩くのは家からバスの停車場までの短い距離なので非常に有り難い。

殊に今の自分は運動神経がガザC並なので少し走った程度でも息切れを起こす、それを自覚して家からバス停までの間は走るよう心掛けているのだが、なかなか成果は見られない現状だ。

 

「シャアのようには……いかないか……グフッ」

 

と、虫の息でいるとき、予想した時刻になってバスがやってきて目の前で止まる。なのははおぼつかない足取りでバスへ乗り込み、蚊の鳴くようなか細い声で運転手に挨拶して、友人達のいる奥へ進んだ。

 

「おはようなのは、相変わらず死にかけね」

「無茶はダメだよなのはちゃん」

「おはよう……アリサちゃんにすずかちゃん……」

『こんな体でなければこんな醜態も晒さずに済むというもの……!』

 

表面上は小学三年生でも中身は三十路近い女傑なので、やはり子どもに同情されても嬉しくはないが、二人とも気の合う人間なので嫌いではない。

環境が違えば態度や言動も変わるのか、嘗てはどんな人物と話すときも隙を見せず絶えず見下していたというのに、この人生を歩んでから彼女は一切そういう気が起こらなくなった。これも親の愛情の賜物というべきか……

何はともあれ、なのはと気の合う二人はバスへ揺られて、有名私立校まで送られるのであった。

 

* * *

 

「そしてここで……」

『……やはり退屈だ……』

 

第二の人生を歩んだ彼女にとって、授業程退屈なものはない。

彼女は十代の内にアクシズの指導者に抜擢された才女、そこらの人間とは頭の構造が違うような人間だ。

当然、小学で習う程度の学問はミネバのお守りをしている間に皇室警護官を勤めていたシャアに全て教わり、帝王学や戦闘技術も彼から学んだ。

それでも授業を真面目に受けているのは大勢の子どもに紛れて一人の教師から知識を授かるという風景が新鮮だったから、それに将来家庭を持ったときこの経験は必ず役に立つ。

 

『もしシャアと手を組んで、ミネバ様には地球の一般大衆と共に学問を受けていただいたらどうなったか……』

 

まず間違いなくシャアはミネバ様の送り迎えをするだろう。

ある日、寝坊したシャアが慌てて朝食を食べるのを笑いながら見る私と、早く学校に行こうとシャアの袖を引っ張るミネバ様……

そこで私が今日は私がお送りしますと言って、咽せながらも止めようとするシャアの手を振り払いミネバ様と共に学校へ……

校門の辺りでミネバ様を下ろし、学校へ走っていくミネバ様を見送る私……

と、そこでようやくやってきたシャアは、何故起こしてくれなかったのかと詰め寄り、私はシャアに「ふふん、赤い彗星が朝寝坊とは堕ちたものだ」と得意げな顔で一言。

ええい、何だ何だと騒ぐシャアに此処では人目があると言ってひとまずは家に帰らせ、玄関に入るやまた騒ぎだすシャアになら、仕事仕事と言って夜中まで仕事をするな。私も手の合いてる時間は内職ぐらいするさ、と耳元で囁きシャアはハッとした表情で私を見る。

驚く顔を見せるシャアに私はすかさず「夫を支えるのが妻と言うものだろ?少しは相談でもしたらどうだ」と呆れ顔で言えば、私の言葉に感激したシャアは……

 

「じゃあ、この問題はなのはさん!」

「はい、答えは3xです」

「はい正解です!なのはさんに拍手~!」

「やるわねなのは……」

「すご~い、私も見習わないと」

「ありがとうアリサちゃん、すずかちゃん」

『ええい、私の邪魔をするな俗物め!』

 

しかし、この脈絡もなく急に問題の解答者に指名される制度は考え物だ……教育委員会には改正させる必要がある……

 

はにゃーん様の理想の家庭はまだまだ遠い……



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第2話 はにゃーん様、御説教

退屈な主要科目の授業が終わり、いよいよ午前中授業の最後を迎えるなのは、もといはにゃーん様。

午前中の授業の最後は道徳という事でとうとう溜め息を吐いた。

彼女には日本人の道徳心というのがどうも理解できない、子どもに道徳教育を施したところで社会に出た人間にその様な心があるのか、それどころか教育者である彼等ですら道徳心を持っているか怪しい。

冷たい事だが、人間の悪意に敏感な彼女には矛盾のある教育は許せない、これでも一児の母であった人間、それならばここの教師を取っ払ってシャアやブライト・ノアを据えた方が余程教育的だ。

 

「……皆さんも自分の将来について考えてみると良いかもしれませんね」

 

ただ、授業の終わり際に教師が言った一言は、はにゃーん様の心に妙に引っかかるのであった。

 

* * *

 

「将来の夢かぁ……」

 

授業が終わり、なのはとアリサ、すずかは何時もの指定席、屋上のベンチで各々弁当箱を広げて中身を突っついていた。

弁当箱を突っつく間、話題になるのは大抵昨日のドラマやすずかの家で飼っている猫か、なのはの家族が経営している翠屋の新メニューなのだが、今日は何時もと違って直前の授業で教師が言っていた将来の夢となっていた。

 

「そう言えばアリサちゃんやすずかちゃんは大体決まってるんだよね?」

「私はパパもママも経営者だし、色々勉強して会社を継ぐかな……」

「私は工学系かな……」

「ふぅん……あっ、今日の運勢占ってなかったっけ。ちょっと持ってて」

「ちょっ……何よ運勢って……」

 

弁当箱を押し付けられたアリサの苦言を無視して、なのはが鞄から取り出したるはピンクとワインレッドの二色に彩られた一本の筒。

この奇妙な筒に目を見張る二人を気にせずなのははフンフフーンと鼻歌歌いながら筒をシャカシャカ振ってひっくり返すと、筒に開けられた長方形の小さな穴からは黒塗りでスカートを穿いたような一つ目の絵が描かれた薄い板が飛び出しなのはの足元にカランッと乾いた小さな音をたてて転がった。

 

「【ジオング】か……まあまあかな……」

「なのは……それ何?」

「アリサちゃんもやる?赤い彗星占い」

「お、面白そうじゃない!やるわよ!」

「じゃあいくよ~フンフフーンっと」

 

鼻歌を歌いながら、また筒を振ってひっくり返すと、今度は金塗りでノースリーブの男性が描かれた薄い板が飛び出し、なのはの足元にカランッと転がる。

それを見たアリサは「やった大吉ね!」と大喜びし、すずかも「良かったねアリサちゃん。じゃあなのはちゃん、次は私も……」と微笑み次は私が……と言いかけるのだが、それはなのはの「いや、アリサちゃんこれはその逆、大凶だよ」と突飛な事に遮られ、同時にそれまでの和やかな雰囲気から一転、場の雰囲気は一気に氷点下にまで下がった。

 

「ちょっとなのは、それはどういう事よ!金ピカなら普通大吉よ!?それが……」

「アリサちゃん、この赤い彗星占いは普通のおみくじとは違うの。三倍は違うかな……」

「どういう事よ!説明しなさい!」

「じゃあまずはこの赤い彗星占いの説明から……」

 

なのは、もといはにゃーん様お手製『赤い彗星占い』は普通のおみくじより内容はかなりシビアなおみくじだ。

先程なのはが引いた黒塗りに脚のないスカートを穿いたような一つ目の絵が描かれた札【ジオング】は吉に当たる札で、内容は『失恋をバネに新しい技能を身に着け遂に積年のライバルと一騎打ち、相討ちとなる。ただし油断すると後々まで遺るような怪我をするので要注意、ラッキーアイテムはヘルメットで貴方に贈る言葉は「ヘルメットが無ければ即死だった……」』となる。

そしてアリサが引いた金ピカの札にノースリーブの男性が描かれた札は【百式】、大凶だ。

『何事も思うようにいかず、ここぞというとき以外殆どは大失敗。今まで秘密にしていたことが皆に知られて公然の秘密になり、挙げ句みっともない言い訳すると"修正"されてしまうでしょう。ラッキーアイテムはサングラスで、貴方に贈る言葉は「まだだ、まだ終わらんよ!」』である。

 

「こんな感じかな~」

「なんか妙に生々しいおみくじね……」

「勿論、モデルがいるからね~」

「ウソ!?誰よ!?」

「にゃはは、秘密だよ~」

「……まあ良いわ、にしてもぬか喜びさせるおみくじねぇ」

「ふふふ、でも私はこの【百式】はアリサちゃんにピッタリの結果だと思うよ」

「何ですって!なのはのクセに!!」

 

なのはの一言にアリサは怒り心頭に立ち上がり、弁当箱にあったレモンのスライスをなのはの頬に投げつける。

すずかはオロオロしながらか細い声で「二人ともダメだよ~」と声は出すがアリサの耳には届かず、はにゃーんは馬乗りにされて口を思いっきり引っ張られてしまったのであった。

 

「痛たたた……でも、勿論アリサちゃんにピッタリだと思った理由だってあるんだよ?」

「何よ、しょーもない事だったら許さないわよ!」

「アリサちゃん、暴力はダメだよ……」

「ではゴホンッ、【百式】はね?どんなにひどい失敗とかしても絶対に諦めない札なの。急に大役を

任されて、周囲の期待に応えられず何度も頭を下げて……沢山恥をかくんだけど、粘り強く踏ん張るの。それに、【百式】は他の札と違って頼もしいお友達が沢山いるの。そう言う意味では、【百式】は一番良い札かな……」

「へ、へぇーそう?」

「うん、でもねアリサちゃん、【百式】は悩みの札でもあるの、自分のやりたい事と周囲の期待とでとっても悩むの。それが失敗する一番の原因かな……」

 

そう、【百式】のモデルはシャアが自分を偽って戦っていたグリプス戦役の頃だ。

風の噂や何度かの会談で目にしたシャアは、あの頃アクシズに居た頃より大分情けなく思えた、しかし一番シャアが人間的に満足していた時期ではなかろうか?

旗艦アーガマのキャプテンはあの伝説の戦艦ホワイト・ベースのキャプテンを歴任し、ニュータイプ部隊を率いたというブライト・ノアで、直属の部下たるカミーユ・ビダンはアイツが育てたかなりのニュータイプだ。

ラーディッシュにはキャプテンのヘンケン・ベットナーを始め、エリートのエマ・シーン、嘗てホワイト・ベースに乗艦したカツ・コバヤシ。

支援組織カラバにはホワイト・ベースでガンタンクに主に搭乗したハヤト・コバヤシを中心に嘗てのライバル、アムロ・レイが地上で彼等を支え、あの歴史的事件、ダカールの議会を武力制圧して、シャアの全世界への演説を成功に導いた。

奴は既に旧式ともいえる百式でキュベレイとシロッコのジ・Oの猛攻からコロニー・レーザーを死守し、ティターンズの艦隊を殲滅させるに成功した。

それも奴一人の功績とは言えない、劇場跡で窮地に立たされたシャアの救援にカミーユとファ・ユイリィとかいう小娘が入り、アーガマキャプテンのブライトが三人の脱出までコロニー・レーザーの発射にストップを掛けていたからからだ。

ジオン公国時代とは見違えるほど、シャアは周囲の人間に信頼されていたのだ。

 

「自分のやりたい事と、周囲の期待?」

「さっきアリサちゃんはお父さんの会社を継ぐって言ってたけど、それは本心なの?それはお父さんや周りの人の希望じゃない?」

「うっ……それは……」

「その人はずっと、独りでその悩みに苦しんでいた……だから結局は……」

「結局……なによ」

「ともかく、周りにお友達が沢山居るんだから、独りで悩まないでね?」

「う……わかってるわよ……じゃあさ、なのはの夢は何よ。大層なこと私に説教したんだから」

「私?」

 

勿論シャアと幸せな家庭を築ければ私も本望だが、無い物ねだりは仕方無い。

だがビジョンが無いわけでない、私にだって夢はある。

それは……

 

「えぇー、自由奔放で何時も前を見て笑っていたい?パッとしないわねぇー」

「そう、でもねアリサちゃん、幸せな家庭っていったら何を考える?」

「?そりゃあ……やっぱり、裕福でないにせよそれなりの収入があって、それに家族もいて、気の合う友人がいるってトコじゃない?」

「私はね、何もそれなりの収入が無くても、家族や沢山の友達がいればその家族は幸せだと思うよ」

 

私がこの考えに至るようになったのはジュドー・アーシタの影響だ。

どんな悲境に立たされても前を向き、そして奴の仲間だけで私に戦いを挑み、そして勝った。

それは一対多を想定に入れたZZガンダムが有ってこそ得られた結果だが、奴にはカミーユ・ビダンや、あのアムロ・レイにはない強い力が有った。

どんな苦境でも諦めない点はシャアと似てるが、奴にもアレほどの明るさは望めまい。

弁当箱を空にし、なのは達は予鈴が鳴る前に教室へ戻った。

これからの午後の授業はさっき説教したジュドー・アーシタのような明るさが無ければ乗り切れない授業がある。

 

『無傷とはいくまい……だがこの高町なのは、この程度に屈する訳にはいかん!』

 

* * *

 

「行くわよなのはっ!」

「くっ、動けっ!何で私の体は……!」

 

この学校の教師は、何故かドッジボールをやらせたがるらしい。

それは構わないが、このガザC並みの反応しかないこの体では、意識だけが前へ進み、かなり遅れて体が進む様なものだ。

非力な女子児童の割には豪速球を投げるアリサのボールなど、ニュータイプ能力が高まった私にはスロー・モーションのように見える。見えるのだが、悲しい事にこの体は私の反応に着いて行かず、ようやく動き出した頃にボールは命中し、私は外野に行くことになる。

それでも、プレッシャーでなど放たなくとも殺気を放てばこの程度の児童は私に畏れをなしてボールを差し出し、集団的な動きを見せるアリサ達の動きなどは先読みしてボールを投げれば直ぐにでも戻れる。

お陰で私はゲームの間ずっと外野と内野を行き来する事になり、気は大分滅入る。

だが、私の努力の甲斐もあって、ゲームは私陣営の勝利、アリサの悔しがる顔を見れただけでも良しとしよう。

 

「ホントやるわね~なのは、一人で私以外を狩るなんてそうそう出来はしないわ」

「まぁ、私の努力の賜物かな……」

「私もなのはちゃんみたいに頑張らないと」

「あっ、ここよ、近道」

 

放課後、私達はアリサの提案で何時もの帰り道とは違う、周りが木に囲まれた道を通る事になった。

だがそれが、私の新しい人生の中で戦いのなかった最後の瞬間だったとは、ニュータイプでも分からぬ事だ。

 

はにゃーん様の苦労は益々増えてゆく……



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第3話 はにゃーん様、御変身

放課後、アリサが近道を知っているというので興味本位で着いて行ったが、私がアリサの防犯感覚を改めて疑うこととなったのは非常に残念だ。

何故ならその近道とは見通しがかなり悪く、そして人通りも非常に少ない寂しい道だったからだ。

「さっ、行きましょ」

『アリサ・バニングス……余程攫われたいらしいな……』

幾ら私といえど、幼女体型では大の大人に太刀打ち出来ん、直ぐにでも引き返すよう説得しようと走り出した瞬間、私は少年の助けを求める声を聴いた。

〈助けて……誰か助けて……〉

『ふむ……これは……?』

前をゆく二人の様子から、恐らく聞こえているのはこの私だけ……ならばあの子供はニュータイプか?

いや、同じニュータイプなら私の感覚が捉えているハズだが……しかし……これは!?

「うぅぅ……!」

「?ちょっ……どうしたのなのは!?」

何だこの忌々しい感じは!?

無邪気な欲望が増幅されている……これはいったい何なのだ!?

「ちょっと気分が悪くて……もう大丈夫だよ」

私をここまで不快にさせる、あの子供か!

頭を抑えてうずくまるなのはを心配するアリサとすずかだが、そのなのはがゆっくりと立ち上がったのでホッと胸をなで下ろす。

どうやら嫌な気分も治ったようだが、どうもなのはの顔つきがいつもと違う。

何と表すべきか、まるでオーラが違う、そう何時もはにゃーんとした感じのなのはなのに……まるで猫の皮被った虎だ。

「小僧如きが生意気な……!」

「え?」

「ど、どうしたのなのはちゃん!?」

なのはは険しい表情のまま、キッと近道の奥を睨み走り出す。

少し遅れてアリサとすずか等も口々に叫びながら後を追うが、あのなのはの何処にこんな力があったのか、と思うくらいなのはの足は速く、見失わないようにするのが精一杯だった。

* * *

コレほどマズいことを起こしたのは何時以来だろう……

一年前に潜った遺跡で、うっかり貴重な発掘品を奈落に落とした事か?

半年前に掘り当てた巨大な石像を、誤って空間ごと消し去ってしまった事か?

思い出す度にとんでもないことをしたもんだと背筋が寒くなるけど、今回しでかしたのはこれまでのミスが些細なことに思えるぐらいとんでもないことだ。

このままじゃ間違い無くこの世界は………

『ん?誰か来た……?助かった!コレでどうにか協りょ…………』

こういう時は、運がなかったと言うべきか、それとも当然の結果だったと言うべきだろうか、立て続けに起こる災難にユーノは神を呪った。

足音を鳴らして駆け寄ってきた少女を見て、初めユーノは安心した。

そしてその次に絶望した、駆け寄ってきた少女は確かに少女だ、だがその中はまるで違う……悪魔だ……

「キュウッ!!」

「私を……不愉快にさせた事を呪うんだな!」

「ちょっとなのは!何やってんの!」

「そうだよ!怪我をしてる動物をいじめちゃダメだよ!」

間一髪、追い付いたアリサとすずかによってユーノは魔の手から救い出されて難を逃れた。

恐ろしいオーラを漂わせていたなのはも、流石に友人の前では大人しくなり「あっ、ごめん……ちょっとビックリしちゃってつい……」などと驚いた風を装って白々しいことを並べる。

「全くもう。でもどうする?この子怪我してるみたいだし……」

「あっ!病院だよアリサちゃん!病院に連れて行かないと!」

「そうそうこういう時は病院……って病院に動物の医者なんていたっけ?」

「アリサちゃん、獣医さんの方に連れて行くべきだと思うよ」『その方が幾らか手薄だしな……』

「じゃあ決まりね!」

こうして、なのはもとい、はにゃーん様が捕らえたイタチは、市内の動物病院へ送られることとなり、獣医からはしばらく寝かせれば大丈夫だと言われたので三人はイタチを獣医に預けて帰ることにした。

* * *

『……あの小僧、一体何者何だ?ニュータイプではないのならあの力は一体……』

イタチを獣医に預けて帰ることにした三人、アリサとすずかは塾があるのでその足で塾へ。

一方、塾など必要無い聡明な頭脳をお持ちのはにゃーん様はというと、そのまま帰宅しリビングでアニメーションをご観賞なさっていた。

そのアニメーションとは人気で、アクシズにも古いハードディスクの中に残っていた位の作品で、ハマーンであった頃はミネバとシャアとで仲良く見ていたぐらいだ。

そして観賞していた際ミネバがそのキャラクターを気に入り、シャアもかわいいと言っていたので、意を決したハマーン様はお気に入りだったツインテールを解いて、そのキャラクターの髪型を真似ることにしたのだが、余りにも大人気になったためツインテールに戻す機会を完全に逸し、以後死ぬまでその髪型を維持することになってしまったという因縁のあるアニメーション。

しかし過去の事は全て水に流したはにゃーん様にとっては良き思い出、このアニメーションもアクシズの将兵が熱狂的ファンになるのも頷ける出来だ。

「ん?メール……?」

いよいよクライマックスという場面で場を乱す不協和音が乱入し、はにゃーん様は一時停止ボタンを押して不協和音の根源であるケータイを操作、送り主はアリサからだった。

「何……?すずかもアリサもダメだから私の方で面倒を見ろ……?ふざけるなっ!」

直ぐさま自宅は飲食店なのでそれは厳しいという旨を記したメールを返信、すると今度はすずかからメールだ。

「頼れるのは私だけ、どうかあの子の面倒を見てあげて……か。ふふふ、そう言われると嬉しいな、よしっ!」

「なのはー?ご飯よー!」

「はーい!今行きまーす!」

テレビを消し、はにゃーん様は食卓に向かうまでの短い距離の間に思考を巡らせ、どの様に言えばあのイタチを引き取れるかのシミュレーションをし、そして席に着いた。

「ん?フェレットとは何かって?知らないなぁ……恭也は?」

「ああ、知ってる。ペットそしてよく飼われてるイタチの一種だよ。それがどうかしたのか?」

「うん、実は……帰り道で傷だらけのフェレットをアリサちゃん達と見つけて、獣医さんの所へ連れて行ったから……」

「傷だらけのフェレット……逃げ出したのか、それとも捨てられたのか……」

「その子どうするかって、さっきまでアリサちゃん達と話したんだけど……アリサちゃんのお家はダメで、すずかちゃんのお家も猫がいっぱい居るからって……」

ここまで話したなのはは如何にも悲しそうな表情で俯き、声も段々か細くなっていく。

それを見てそれなら家でどうにかしようと考えないほど、この家の住人は冷たくない。

寧ろ自分達の家の中で何時も蚊帳の外のなのはに対して、申し訳無く思っているのだからこのぐらいのことはしなければ。

「じゃあ、なのははその子をどうしても飼いたいんだな?」

「うん!」

「お父さんは良いとして……桃子は?」

「私は大賛成よ」

「俺も」

「私も!そのフェレット見てみたいし」

「じゃあ決定だ。なのは、しっかり面倒を見るんだぞ?」

「はーい!」

コレで準備は整った。

部屋に戻って後ろ手に鍵を捻り、とても少女とは思えない笑みを浮かべてなのははベッドに寝っ転がり天井を見る。

これほどシャア……いやジュドーも容易ければよかったものを……

いや、ジュドーの周りには何時も女子供で溢れかえっていたからな……

シャアは……元々ミネバを祭り上げるのに反対だったな……対立して出て行き、戻ってきて愕然、これでは無理だな。

あれほど冷静だったシャアが人目はばからず激怒したのだ。

シャアが怒った姿を見たのは初めてだったな……

その様に過去を憂いているとまたもやあの不愉快な感覚がなのはを襲い、そして謎のバケモノがフェレットを預けてある動物病院を襲撃するビジョンが見えた。

『あの時の不愉快さはあのバケモノ!?ともかく行かねば!』

* * *

「グオオオオオ!!」

「キューッ!!」

なんてしつこい奴!

追っ払ったと思ったら意趣返しに来るなんて!

あのバケモノ相手にこのケージじゃかえって邪魔だ、なので持てる力を振り絞ってケージを破り、割れたガラス戸をくぐって外へ。

しかし、運悪くバケモノの攻撃が当たって、ユーノは宙を舞った。

『しまった……もう力が……』

「諦めるのはまだ早いぞ少年」

「え?」

あの少女の声が聞こえたと思ったら手に優しく抱かれ、そしてあの時自分を殺そうとした少女がそこにいた。

「貴様を殺そうと思ったが……どうやら私を不愉快にさせたのはアイツらしいな」

「あっ……はい……」

「貴様が何者かは後で聴かせてもらおう、まずは奴を仕留めるか」

「グオオオオオ!!」

「あっ!危ない!!」

「見くびるなよ……俗物!!」

バケモノが少女をターゲットに変えて、襲い掛かって、そしてボクが危ないと叫んだ時、彼女から凄まじい殺気と圧迫感……いやそれ以上の何かをヒシヒシと感じた。

なのはから放たれた凄まじいプレッシャーに、バケモノは動きを止めて、禍々しい赤い目も何だか怯えているようになる。

彼女は凄まじいプレッシャーを放ったままバケモノに近付き、彼女が一歩進むとバケモノはその二倍は後退った、本能的に彼女に適わないと悟ったのだ。

「この私に牙を剥こうとは……余程死にたいらしい……」

「グ、グルルルル……」

「どういう云われがあるか知らんが、私に対して無礼を働いたのなら生かしておけん!」

「グルルルル……グオオオオオ!!」

バケモノめ、追い詰められて自棄になったか!

これじゃあ流石にあの子でも……

「それ以上の無礼は止めい!!」

その瞬間、ボクを抱いている少女からピンク色のオーラが放たれ、バケモノを包み込んだ。

そしてバケモノはオーラに包まれ身動きがとれなくなって……そして……

「ふん、容易いな」

バケモノは霧散した……

跡形もなく……

そしてバケモノが居たところには月明かりを反射する綺麗な宝石が。

なのははバケモノが居たところまで歩いて、それを拾い上げると月明かりに照らした。

とても綺麗な宝石だが……アクセサリーにするには少々曰く付きのようだ。

「これがバケモノの正体……子イタチの悪さかな?」

「ち、違いますよ!ボクじゃありません!」

「まあいいさ。して、これはこのままで良いのか?」

「あっ、はい!ちょっと待って下さい……」

イタチは宝石に向かって何かを唱え始め、なのはは周囲に意識を広げて先程のような奴がいないか気配を探る。

しかし、今は何も拾えずなのはは意識を広げるのを止め、先程何かを唱え始めたイタチを見る、すると……

「宝石が消えた?」

「いえ、封印したんです。あれは危険ですから……勿論それが何故なのかはキチンと説明します!あっ、その前に……これを」

「お詫びに別の宝石かい?」

「いえ、コレはタダの宝石ではありません。取り敢えず悪いようにはしませんので……」

「……不屈の心はこの胸に、レイジングハート、セットアップ」

《Set Up》

「えぇっ!」

「ほう?これはこれは……」

説明無しに契約を結び、セットアップをするなのはは流石といえよう。

しかし、これではにゃーん様の普通は終わり、新たな道を歩む事に……

 

はにゃーん様の戦いはこれから始まる……

 



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第4話 はにゃーん様、御帰宅

ジュエルシードの魔物をプレッシャーのみで撃破したはにゃーん様には最早不要だったのだろう……

不思議なフェレットから貰った綺麗な赤い宝石、はにゃーん様はそれをお取りになった瞬間、それが何なのか、そしてどうすれば自分の忠実なる僕となるのかを理解した。

見事魔法少女はにゃーん様へと変身を遂げたはにゃーん様は左手で杖をクルクルと回しながらその使い勝手を見る、狙うは電柱の頂に留まる一羽の鴉。クルクルと回していた杖をピタリと止めて鴉へ向け、頭の中で無数の弾丸がどの様に疾駆するのかイメージし……カッと目を開く。

「行け……ファンネル!」

〈Funnel Shutter〉

「ギャーッ!!」

可愛らしい魔法の杖から放たれたピンク色の六つの弾丸は小刻みにその軌道を変えながら一羽の鴉を包囲しつつ猛進し、逃げ出す暇すら与えずこれを撃滅させた。

だがはにゃーん様にとって予想外だったのは、幾らか威力をセーブしたつもりが爆発の威力が大き過ぎて留まっていた電柱どころかその側にあるブロック塀まで吹き飛ばしてしまったこと。

「あの………これは……」

「加減をしくじったか……逃げるぞ、ユーノ」

「あっ、ちょっ!?」

どうやらはにゃーん様は、魔法少女としてはまだまだ未熟者だったようです。

* * *

『逃げ切ったか……ん?二人分の気配……』

門を開く前に感じる人の気配。

流石に夜中に抜け出してそれをみすみす見逃してくれるほど、兄上も姉上も甘くはないらしい……

ここは大人しく叱られるのが得策か……

門を開ける前にふっ、と息を吐き、堂々と門戸を開く。

当然、なのはを挟むように両脇には恭也と美由希の姿があり、恭也はこんな夜更けにお出かけか?、となのはを詰問する。

「ごめんなさい、あのフェレットがどうしても気になって……」

「その肩に乗ってる奴が?可愛いじゃん!きっとお母さんも気に入るよ!」

「それは否定出来ないが……全く、次はこんな事するんじゃないぞ」

「ごめんなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「さっ、なのはも早く入って寝な。明日も学校なんだから……」

「はーい」

美由希に促されてなのはは家へ入り、美由希は恭也とフェレットを弄りながら入る。

この家族はやはり自分には勿体無いぐらい優しい、せめてこの家族だけは壊さないようにしたい……

暖かい家庭に帰れるとは、どの時代においても良いことなのだ。

 

「さて……説明して貰おうか?」

恭也等からユーノを取り戻し、部屋に入ったはにゃーん様は鍵を掛けるなり早速事の顛末をユーノから聴くことにした。

「はい、えっと……名前はユーノ・スクライアといって、とある世界で発掘調査を生業としていました」

「発掘調査……若いな……」

「ええ、まあ一族で発掘調査を生業としてるので……」

「続けろ」

ユーノがいうには、発掘したジュエルシードは全部で二十一個、元々は持ち主の願い事を叶える宝石だったという。しかしその性質は非常に不安定で、ちょっとした拍子に願い事を叶えてしまったり、無差別に周囲の動物などの願いを叶えてしまうなど取り扱いに難の有る品物。

なので当然、ユーノはそれを使おうとは露にも思わず発掘したジュエルシードは全て船に載せて運んで貰うことにした。

しかし運悪く、そのジュエルシードを輸送中の時空航行艦が不慮の事故で撃沈、輸送中だったジュエルシードはバラバラに散らばってしまった、そうだ。

これを発掘してしまった責任として、ユーノは単独で回収しようとこの地球、この海鳴にやってきたらしい。

だがジュエルシードの暴走は思った以上に凄まじく、一個目を回収したあたりでこの通り力尽きてしまったそうだ。

「あと五日もすれば力は戻りますので、その時まで協力していただけるだけで良いんです!」

「ほぉ……」

「もちろん、タダでとは言いません!あとできっちりお礼は充分にしますから……」

「子供の貴様が充分な謝礼とな?笑わせてくれる。それに貴様一人でこの事態は収拾がつくのか?」

「それは……ですが、これ以上ご迷惑は……」

「貴様一人死ぬだけでこの事態が終わるならそれで構わん、だがそのためにこの地球がダメになったら、貴様は死んでいった者達にどう詫びるのだ!」

「それは……その……」

「ならば大人しく助けを乞うがいい、私は協力してやる」

「……分かりました。ジュエルシードを回収するために協力して下さい!お願いします!」

「良いだろう、手を貸してやる」

これは余りに滑稽な茶番だ。

かつてダブリンにコロニーを落とし、歴史の大罪人に名を連ねることとなったこの私が地球存亡の危機に立ち上がる……嘗ての私なら余りの可笑しさに笑っているだろう。

今の私はごく普通の小学生、なのでこの子供に手を貸す事もないハズなのだ。

しかし、汚染が進むあの地球を見てしまえば、そしてこの美しい姿の地球を見てしまえば手を貸さずにはいられない。

シャアがダカールで叫んだ通り、美しい地球を残したいのなら、自分の欲求を晴らすだけに地球に寄生虫のようにへばりついていて良い訳がないのだ。

「さて、今日はもう遅い。私は眠るからお前も寝るんだな……」

 

はにゃーん様の戦いは、幕を上げたばかりだ……



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第5話 はにゃーん様、御怒り

ユーノなるイタチ少年をお助けになったはにゃーん様は、その翌日から、魔法少女はにゃーん様となってジュエル・シードの回収にご尽力なさり、一週間の内に十ものジュエル・シードを回収なさった。

それは、はにゃーん様の類い希なる能力だけでなく、はにゃーん様の並々ならぬ努力と精神力によってなされた結果である。

そんなユーノなる少年と出会って一週間たった日曜日の朝、はにゃーん様はいつも通りに起床して、父士郎が持つサッカークラブの観戦に行かれた。

はにゃーん様やそのご友人方には、サッカーなどという低俗な競技より乗馬やヴァイオリン等の方が余程教養になるのだが、これも男の性と言うものと納得してご友人方と観戦なさることに決めた。

《ふーん、これがサッカーね》

《たまの休日には悪くないだろ?ま、私には無縁の競技だ》

《じゃあ、どんな競技ならやるのさ》

《パイロット》

《えぇっ!?》

《フッ、冗談だ。乗馬とヴァイオリン、それと料理か……》

《……意外な趣味だね……》

《貴様のような俗物と一緒にされては困る。それに、そうでもしなければ……》

《どうしたの?》

《……少し感傷に浸っていただけだ。おっと、そろそろ決まるか?》

はにゃーん様の読み通り、試合は3-0で父士郎のクラブチームが圧勝で幕を下ろした。キーパーの少年があそこまで奮闘しなければ危うい試合だったかもしれなかった。

その後は、父士郎の翠屋で祝勝会となり、はにゃーん様とご友人方は外のテーブルでケーキをお食べになっていたのだが……

「このフェレット、なんかフェレットっぽくないわよねー」

「うん、お医者さんも、この子はちょっと違うねって言ってたしね」

「にゃはは、そこはまぁ……ね。でもホラ、ユーノ君お手」

「キュッ!」

笑顔で手を差し出すはにゃーん様、しかしその裏では《私の指示通りやれ》とご命令なさっている、それに若干八歳のイタチ少年が反発できるはずもなく、ただただ賢い愛玩ペットの体を振る舞って、大人しくお手をする。

するとその仕草にご友人方は「キャー!可愛い!」と黄色い声援を口々にあげて、ムチャクチャにユーノの頭をなでたり触ったり引っ張ったり……

ユーノは「キューッ!キューッ!」《助けて!痛い痛い!そこは引っ張らないで!ウアァァッ!!》、と悲鳴を暗に上げるのだが、そこでじゃあかわいそうだから、と助けるほどはにゃーん様は慈悲をお持ちになっていない。

男なら、これぐらい切り抜けてこそ、というものだ。

「ご馳走様でした!ありがとうございました!」

『ン……祝勝会が終わったのか……アレはっ!?』

祝勝会を終えて翠屋からゾロゾロと出て行くサッカー少年達の中に、一人バックから何かを取り出しそれをポケットに入れた少年を、はにゃーん様は見た。

少年がポケットに入れたのは、あのジュエル・シード……のように見えた。

だが直ぐ別の少年が前を通り過ぎたのでハッキリとした確証は無いし、プレッシャーもまだ感知されていないので何ともいえない。

だがその後、その少年は待ち合わせていた少女と合流して、仲良く雑踏の中へ紛れてしまった……

『あの二人……男と女か……』

「あー楽しかった、はいなのはこれ」

「キュゥゥゥゥ……」

「アララ、すっかり揉みくちゃだね。えーっとこれから二人は用事があるんだよね」

「うん、私はお姉ちゃんと……で」

「私はお父さんと」

「そ、じゃあここでお別れだね。私も少し用事ができたから」

「バイバーイ!」

手を振って、翠屋から立ち去ってゆくお二人をお見送りし、はにゃーん様はそれまでの年相応の顔付きから一変、真剣な面もちになってテーブルの上で目を回すユーノに話し掛ける。

「さて、行くぞユーノ」

「キュゥゥゥゥ……」

「ボヤボヤするな、時間が惜しい」

役に立たないユーノはポケットに押し込んで、はにゃーん様は駆け出す。

行く先はあの仲良しアベック、悪い予感は何時だって当たるもの。

もしあの少年がジュエル・シードを持っていて、そしてそれで面倒なことを願ったりすればそれはまた厄介なことになる。

特に今回、女と仲良く歩いていて、その二人が恋人同士ならば願う事は只一つだ。

「間に合えよ……!」

* * *

「そこのご両人ちょっと待った!」

えっ、と振り返るとそこにいるはチームのオーナーのご息女。

相当走ったのか額に汗が浮かんでいるが息が切れた様子は全くない。

「えーっとご両人って……」

「そう、あなた方お二人だ。なかなかの仲のようで」

「いやぁそんな事……」

「いやいやご謙遜なさるな、だが貴殿の心には邪がおありのようで……」

「まさか!」

「フフフフフフフフ……貴殿がズボンのポケットの中に入れている綺麗な石がそれを物語っている」

オロオロしだす彼女を横に、少年はコレのことか、とポケットの中からさんさんと輝くジュエル・シードを取り出した。

『やはりな、追って正解だった』

「だけどなぁ!コレがどこが邪だって言うんだ!」

「貴殿はあろう事か隣に立つお嬢さんと添い遂げたいとお考えのようだ」

「えっ!?そうなの?」

はにゃーん様がそう仰られるや、少女の方は目を丸くし、少年の方はギョッとした顔付きになった。

「えっ……ああっ!!なんでそれが」

「顔に出ていれば誰にだってお分かりになりましょう?ですが、それを願掛けするとは見過ごせませんな」

「願掛けして何が悪いんだ!オ、オレは本気なんだぞ!」

そう言って、少年はポケットの中を弄って青い宝石を掲げた。

宝石は日光を反射してキラキラと光が、それ以外に不審な輝きを見せている、そろそろ処置を施さねば危険な証拠だ。

「なんで願っちゃいけないんだ!」

「願うとは、そこ心の何処かに不信不安があるからだ。確信が有る者が神等の類に縋るはずはない」

「当たり前だろ!もしもフラれたりしたら怖いし」

「人間とは不確定な動物だ。どれだけ純粋であろうと、社会のや大人の醜さを見れば嘗ての志を捨てるか、または社会に同調して同じムジナとなる。貴様の行為はそれを認めてるようなものだとお分かりか!」

「そんな……!そんなつもりじゃ…」

少年は青白い顔でブツブツと呟き、それを見た少女が「大丈夫?」と声を掛ける。

そろそろ限界だ。

これ以上長引けばこやつはバケモノになるだろう、とはにゃーん様はお思いになった。

「ならばコソコソ願掛けなどに頼らずその思いを吐き出せ、そのお嬢さんなら受け止められよう」

「あ、ああ……そうだな……そうだ。願掛けなんて情けないよな、ごめんよ」

はにゃーん様の御言葉を聴いて感銘を受けたらしい少年は、何度も頷きながら少女へ頭を下げた。

そして少女が顔を真っ赤にしてアワアワしている内に少年はジュエル・シードをはにゃーん様へ献上し、仲睦まじく帰って行く。

しかしそれを見るはにゃーん様のお顔は穏やかとは程遠いものだった。

『これはジュエル・シードを手に入れるために必要であった、と考えよう。でなければこんな情けないこと……』

並んで帰るアベックを一睨みしてはにゃーん様もご両人に背を向けてもと来た道をたどる。

 

はにゃーん様の行き場のない苛立ちは冷める事はなかった……



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第6話 はにゃーん様、御嘲笑

はにゃーん様が、お若いアベックに直々の御説教をなさった日の夜のことだ。

その日は雲が少なく、月や星々が一段と綺麗だった。

そんな気持ちの良い夜なので、海鳴市全体がすやすやと眠っているようで人通りも、そして騒音すらも全く無くとても静かな夜だ。

その真夜中の海鳴市のビルの屋上に、彼女はいた。

「形状は……青い宝石……必ず集めてみせる……!」

狼の遠吠えが市内に木霊し、海鳴にもう一人の魔法少女が降りたったことを伝えた。

* * *

友人関係でみると、月村家と高町家はアリサの家よりも親密な関係といえる。

それは単にはにゃーん様が月村家を贔屓目にしているとかそういうのではなく、高町家には私以外にも月村家と親密な関係を持つ人物がいるということ、即ち兄恭也のことだ。

兄恭也と月村すずかの姉とは高校からの付き合いで、その親密さはアクシズにいた頃のシャアと私と引けを取らないほど、何時籍を入れるかはカウントダウン間近といっていい。

今回、私が兄と共にバスに揺られているのも、二人そろって月村家から誘いが来たからだ。

はにゃーん様等を乗せたバスは市内を抜けて海沿いの道を走る、さすが"海鳴"という名前が付くだけに視野一杯に広がる海は宝石の様で美しい、夏が好きなはにゃーん様にとっては見る以外にも楽しめるのでこれほど良い所はない。

バスはそのまま海岸線を走り抜け、とうとう二人は月村家邸宅へと足を踏み入れることとなった。

『遂に来たか……』

ここへ足を踏み入れる度、私は迷路へ足を踏み入れた、と考えるようにしている。

何故なら、今いる門から屋敷の玄関まで徒歩では優に三十分は掛かる、視界が悪い日に入ろうものなら忽ち迷うだろう、いやほぼ間違いなく迷う。

地下にMSでも隠してるわけじゃあるまいに、これほど広くする必要が何処にあるのか……

流石のこの私でさえ初見の日は遭難してしまい、兄恭也が来なければ今頃ミイラ化していたかもしれぬ……

ともかく、月村家は魔性の家だ。

油断一つすれば命を吸われる。

「なのは、何やってんだ。行くぞ」

「はーい」

はにゃーん様のお心を知らぬ恭也は月村家邸宅へとずんずん進んでゆく、こんな時ほどキュベレイが恋しくなるのもバカバカしいモノだが、コロニー一つ分とほぼ等しい月村家を知ると、そう笑ってもいられないのだ。

およそ三十分後、二人は月村家の屋敷の巨大な玄関前までやってきた、恭也は鍛えているため涼しい顔をしてインターフォンに手を伸ばすが、通常の三倍運動神経のないはにゃーん様は既に死にかけていた。

「いらっしゃいませ……担架をお持ちしましたので、なのはお嬢様どうぞ」

「ありがとうございます……ノエルさん……」

「おいおい、少し大袈裟過ぎやしないか?」

流石メイド長行動が早い、褒めてやるぞ。

担架にお乗りになったはにゃーん様は、そのまますずか等がお茶してる部屋へと運ばれた。

子猫等とお戯れになりながらティータイムをなさっていたはにゃーん様のご友人二人は、担架の上から「おはよー」と手を振って挨拶なさるはにゃーん様を見て最初は呆然と、そして次には腹を抱えてお笑いになる。

それを見て、はにゃーん様はお怒りになるが、かえって友人お二人は更に笑い出す一方。

運んでくれたノエルさえクスクスと笑っている。

「ちょっと笑わないでよ!これでもこっちは真剣なんだから!」

「来る度担架乗ってりゃ笑うわよ」

「大丈夫?なのはちゃん?」

「うん、栄養ドリンク二三本飲んだから大丈夫だよ」

徹夜明けのサラリーマンのような事を仰りながら、はにゃーん様は担架からお降りになって椅子へ座った、とするとはにゃーん様のお肩に乗っていたユーノが床へ駆け降り、子猫と格闘を始める。

恭也はもうすずかの姉と部屋へ行ったらしい。

「なのはのお兄さんとすずかのお姉さんは相変わらずねー」

「うん」

「まぁ、何時もああされるとこっちも気を使うけどね。それよりすずかちゃん、また猫増えた?」

「ははは、まあね」

そう笑うすずかを聞き流しながら、はにゃーん様は手近の子猫をお抱えになる。

子猫は気持ちよさそうに鳴き声を上げ、はにゃーん様のお手の中でもぞもぞと動いた。

「キュー!!」

「ん?」

「ありゃ、アンタんとこのフェレットも元気ねぇ」

見れば足元でユーノが猫相手に敗走しているではないか。

必死になってチョコマカと逃げ回るユーノを、猫は猫じゃらしを追っかけているつもりなのかのそのそと追い掛けてユーノを弄ぶ。

逃げ回るユーノは部屋を走り回った挙げ句廊下へと逃げ出すが、そこにはお盆を持ったメイド、ファリンの姿が。

「ああっ!?」

「マズいっ!?」

目を回したファリンはお盆を持ったままフラフラと、すずかとはにゃーん様が後ろから支えなければお盆ごとダウンしていたこと間違いなし。

何はともあれ、はにゃーん様とご友人二人は場所を移して庭でお茶をする事にする。

『子猫が戯れるのを眺めながら飲む茶も悪くはないな……』

すっかりほんわかしながら、はにゃーん様がクッキーに白磁のような白いお手を伸ばされたその時、はにゃーん様の絶大なるニュータイプのお力が、近くの森から凄まじきプレッシャーを感じ取った。

『こんな時に無礼な事を……ユーノ!』

優雅にカップを傾けながら、足元で転げ回るユーノに精神的なへ御言葉を走らせる。

するとはにゃーん様の御意志を感じ取ったユーノ、森を一瞥すると一目散に森の中へ駆け出した。

当然、ペットが逃げ出したのではにゃーん様はお立ちになってご友人二人にペットを捕まえてくる旨をお伝えしてから森の中へお入りになる。

残されたお二人は、「最近何か変わったわよねー」「ねー」と、少しはにゃーん様のお変わり様に心を痛めるのであった。

* * *

《いやまさかこんなトコから反応があったなんて……》

《私の手を煩わせるとは……随分と調子がいいな?》

《お、お許し下さい!ど、どうか命ばかりは……!》

一体この一週間、二人の間に何が有ったのか……

はにゃーん様のお手を煩わせてしまったイタチ、ユーノはこれ以上はにゃーん様のお気を悪くさせる事は出来ないと足を速め、その後ろをはにゃーん様はスィーっと宙を浮いて追い掛ける。

この一週間の間に何があったのかはご想像にお任せしよう。

「あっ、この地響きは……!?」

ズシン……ズシン……

森を揺るがせ、木々を薙ぎ倒す音が、イタチ少年ユーノと幼年ながらも聡明でお可愛いらしいはにゃーん様に近付く。

その正体は…………

「にゃーん」

「……ね、猫……」

「ほぉう……これはまた随分と成長したじゃないか」

木々を薙ぎ倒しながら現れたは巨大化した子猫……いや猫だ。

呆然とするイタチ少年と、可愛らしいヤツだと微笑みなさるはにゃーん様をよそに、巨大化した猫はのそのそと歩き回りながら可愛らしい鳴き声を上げる。

「たぶん……大きくなりたいって思いが、猫を……」

「フフン、私はコレよりもっと大きな犬を見たことがあるし、コレよりもっと大きな狼を飼っていた事もある……案ずるな」

「ええ!?それは本当ですか!?」

「私はウソは言わんよ。まっ、こやつ程可愛げはなかったがな……レイジングハート!!」

《Yes MyMaster》

桃色のオーラに包まれ、はにゃーん様は一瞬の内に魔法少女へと変身なさる。

レイジングハートの杖をお手に、はにゃーん様は猫の頭の上に飛び乗ると、耳の裏を軽く掻いてやった。

なんということだろう、猫は「にゃーん」、と眠たげな鳴き声を上げてその場に寝転んだではないか。

「さ、流石なのは様……一瞬の内に猫を手懐けるとは……!!」

「この程度、造作もない……それそれ」

「にゃーんにゃーん、ゴロゴロ……」

「おぉぉ……猫が眠った!!眠ったぞぉぉ!!」

ユーノは歓声を上げた。

お可愛らしいはにゃーん様がフッと笑ったとき、左から鋭いモノを感じ取り、はにゃーん様は杖を持つ手を上げた。

《Protection》

「フッ、この私に牙を剥こうとは……どんな俗物だ?ユーノ、邪魔が入らぬよう見張っておけ」

「はっ!なのは様!」

左から来る"鋭いモノ"は、はにゃーん様が作り出す鉄壁の障壁に阻まれて爆散する。

俗物の健気な奇襲を無慈悲にも防ぎなさったはにゃーん様は、それが来た遥か遠くを見据えて薄ら笑いをお浮かべなさった。

* * *

巨大化した猫を狙ったはずが、どうやら見くびっていたようで狙撃は防がれたようだ。

彼女は僅かに首を傾げて、今一度デバイスを遥か遠くで眠っている猫へ向けた。

「効いていない……防がれた?フォトンランサー、連撃」

《PhotonLancer FullAutoFire》

バルディッシュの先端から無数の槍が放たれ、今度こそ攻撃は命中し猫は悲鳴を上げ爆炎の中に消える。

「決まった……」

《Warning!》

「何が……?」

「何だろうなぁ……」

「!?」

あったのと言う前に、背後から声が聞こえた。

直ぐに振り返りバルディッシュを向けるが、そこには誰もいない……

「か弱い猫一匹に何を……」

「クッ!」

また後ろから声。

しかし当然ながら誰もいない……いや、少し離れた所の茂みに誰かが入っていった。

彼女は電柱から飛び降り、茂みの中へ飛び込んだ。

《Scythe Form》

「そこかっ!」

白いスカートが消えた樹木へ魔法の鎌を一閃。

逆袈裟に切り裂かれた樹木はずり落ちて轟音を轟かせる、だがその向こうには誰もいない……

「まさか……勘違い?」

「私はここだ……小娘」

「なぬ奴!?」

振り返り、バルディッシュを構える。

奴は居た……私の真後ろの木の枝に立っていた。

白いスカートを履いた私と同じくらいの奴。

左手に杖、インテリジェント・デバイスを持った白いヤツ!

「アナタが防いだの……あの攻撃……」

「フッ、フフフフフ……ああ、そうだ。私だよ、なぁ?」

《Yes》

さも可笑しそうに肩を揺らして笑いながら白いヤツは杖に話し掛ける、すると杖もそうだと言った。

「アナタも……ジュエル・シードを……」

「ああ、マニアでな。かれこれコイツで十二個目か?」

《Yes》

「だそうだ」

私の目的を知っているのか……

白いヤツめ、私を見て愉快そうに笑っている。

「どうする?」

「無理矢理でも……頂きます!」

喋りながら溜めていた甲斐があった。

言い終えると同時に地面を蹴って、一瞬の内に距離を詰めて一閃。

今度こそヤツは逆袈裟に切り裂かれて、地面へ落ちた。

「ごめんなさい……」

「ああ全くだ。せっかくのスカートが台無しだ、クリーニング代を弁償して貰おうか?」

落ちたはずが少女はむくりと起き上がってまた笑う。

逆袈裟に切り裂いた所為でスカートはざっくりと切り裂かれて、チラリとそこから下着が見えた。

「ほぉう……お前、そんな趣味か」

「!?」

私の中を読んだ!?

いや……偶然だ。

いやでも、さっきのは……

「か弱い猫を襲い、あまつさえ私に刃向かうヤツは……どうしてやろうか?」

《Surch and Destroy!》

「そうだレイジングハート、私からのオーダーはオンリーワン、見敵必殺サーチアンドデストロイだ!」

《Understand MyMaster!》

「来るかっ!」

正面にバルディッシュを構えて、白いヤツの出方を窺う。

あの一閃を耐えきった程の大物だ、油断は出来ない。

スィーっと白いヤツは宙を浮かび、私に向けてデバイスではなく人差し指を向ける、私は瞬時に正面に障壁を展開させた。

「見くびるなよ?小娘」

《Funnel shutter》

「あっ、こ、これは一体……!?」

指先からピンク色の魔力弾が綺麗な弧を描きながら放出される……その数およそ二十。

その魔力弾は、個々に意思を持っているように、独立して俊敏に動き回りながら私へ迫る。

「このっ!」

《Arc Saber》

対抗してバルディッシュから魔力刃を五つ程射出して幾つかを撃ち落とす事に成功する、しかしまだ大多数が健在だ。

大地を蹴って宙へ舞い上がり、バルディッシュを振って叩き落とす。

それを他人事のように傍観する白いヤツはせせ笑っていた。

「それなりにはやるようだ。では少しレベルを上げようか」

「何をっ!なっ!?」

ふざけたことを、という前に驚嘆した。

生き残った魔力弾が、先程の動きはただの準備運動に過ぎなかったと思えるほど高速で動き回り、私へ突貫してきたのだ。

体を反らし、腰を捻って魔力弾を回避するも掠め、そこから鮮血が吹き出した。

「うっ!殺傷設定!?」

「サーチアンドデストロイと言ったろ?それに……私は非殺傷設定などという馬鹿らしい仕組みは嫌いでな」

白いヤツから笑みが消える。

私は死を覚悟した。

それでも、とせめてもの抵抗で障壁を張り巡らすも、白いヤツの攻撃は全て、障壁をかい潜って私の体を切り裂いた。

次の瞬間には、私の目の前には青い空が広がっていた。

全身が灼けるように痛い……

側で小枝の折れる音がして、首だけそっちの方に向けるとあの白いヤツが私の側に立って、私を見下ろしていた。

自然と、恐怖は感じなかった。

「私に感謝するのだな。致命傷は避けてやった」

「え?」

「だが、小娘といえど傷だらけで帰してやるわけにもいかんな。どれ……」

「うっ!」

白いヤツはそう言って屈み、ポケットから取り出した消毒液を私の傷口へ垂らした。

走る激痛に目を瞑った。

痛みが引いて、目を開けるとそこにはもう白いヤツの姿はなかった。

体を見てみると傷口全てに某赤い彗星の絆創膏が余すことなく貼られていて驚いた。

「あの人は、一体……」

何者なんだろう……

ただ、あの白いヤツには同性ながら何か惹かれるモノがある。

というのはわかった。

 

はにゃーん様の戦いはまだ始まったばかりだ……



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第7話 はにゃーん様、御入浴

我が高町家の誇るべき店、翠屋は年中無休の人気店である。

しかし、そんな翠屋にもただ一つだけ、連休時のみは店の切り盛りを店員に任せて、私達一家は旅行へ出掛ける。

そして今日はその待ちに待った連休である。

二泊三日の温泉旅行である!

しかも今回は、我が親友アリサとすずかも同行する。

……我が兄恭也もさぞかし嬉しいだろうよ、想い人と水入らずの温泉旅行だもんなぁ……

と、はにゃーん様は御両親が運転なさっている御車のバックミラーをチラリと御覧になる、そのバックミラーには御両親が運転なさっている御車の真後ろを走る車、兄恭也とその想い人忍が運転している車が映っていた。

車を運転中にも関わらず、恭也と忍の間には笑顔が絶えない……

しかしながら、今回は思いっ切り羽目を外すと決めた温泉旅行、つまらぬ嫉妬心などは温泉で流してしまうとしよう。

* * *

温泉旅館に到着して、ユーノはこの短い人生の中で最大のチャンスを目の前にして身震いをしていた。

畏れ半分、好奇心や自分の欲望半分……

それは、とてつもなく微妙な、繊細なバランスをこれまで保ってきていたものだった。

しかし今回、その拮抗状態は撃ち破られつつある。

そのきっかけはアリサの何気ない一言が、全てだった。

「温泉に入るなら、なのはんトコのフェレットも入れましょうよ」

『神よ……いや違うな、なのは様が神だから……女神?いやそれもなのは様じゃないか……まぁいいや』

ユーノは考えるのを止めた、この暖簾の先には桃源郷がある、そこには赤裸々になって御戯れなさっているなのは様が……

つまりは現世からかけ離れた神の世界だ、楽園なのだ。

今ボクはその神の世界へ反逆を起こそうというのだ、その楽園へこの不肖ユーノ・スクライアは足を踏み入れようというのだ!

ならば考える事はない、心を無にしなければ……!

ユーノは女湯の前で瞑想を始めた。

「……めてよー……」

「……じゃないの、女同士……むむむ……じゃない……」

「……り、お姉さんには…………ごく大きいし……」

『うぅぅおぉぉ!心頭滅却すれば火もまた涼し!これしきの雑念如きで!!』

「ふふん、…………にはまだまだね……はもっと……ないと……こうはならないわよ」

「うわー…………がお姉ちゃん、凄いんだねー」

「こういうの、グラマーって…………ない?」

『むふーっ!こ、これ以上は……!なのは様!バンザーイ!!』

すっかり雑念に踊らされ、顔中真っ赤にしたイタチ少年ユーノは、意を決し桃源郷への特攻をしかけた。

しかし暖簾の下を潜ろうとした瞬間、ユーノは動きを止めた……いや止められたのだ。

何者かに、精神的に、強制的に。

そしてユーノは見た、見せられたのだ………

暖簾の僅か布一枚の向こう側から発せられる強烈な思念が集まり、密を濃くし、はにゃーん様のお姿を形作るその光景を……

『貴様……ユーノ・スクライア、私がこちらにいると知っての謀反か?』

「あ、ああああ……お、お許し下さい……!つ、つい魔が差して……」

『お前はもっと賢いヤツだと思っていたが……失望させられたよユーノ・スクライア』

「ああ、お待ちを!なのは様!なのは様ーーっ!!」

はにゃーん様の思念から、ユーノは己のしたことの浅はかさ、そしてはにゃーん様のご期待を損ねた計り知れない失望感を感じ取り、涙した。

『ああ……ボクは……取り返しの付かないことをしてしまった……』

煩悩如きに犯された自分が余りに情けない、こんな事ではにゃーん様に御仕えしようなどよくも考えられたものだ。

ユーノはクルリと向きを変えて、トボトボともと来た道を辿る。

今はどうすればこの汚名を濯ぐ事ができるか、それだけを考えよう……

* * *

「楽しかったねー」

「ねー」

「……」

温泉へ御入浴なされたはにゃーん様とご友人お二人は、温泉に浸かった余韻を楽しみながら、はにゃーん様達の御部屋へとお戻りになられていた。

アリサとすずか両名は、ユーノが居なかったことに少しばかり残念がられていらっしゃった、そしてはにゃーん様は、己の素性が隠れているからとお二人の無垢なご好意を巧みに利用しようとした鬼畜ユーノに深い失望感をお感じになられていた。

『さて……謀反を起こした罪、どの様に償って貰おうか……ユーノ・スクライア』

「はぁーい!おチビちゃん達」

「え?」

「は?」

「ン?」

邪魔が入り、一旦思慮をお止めになってはにゃーん様は声を掛けてきた女性を見やる。

凡庸な女性、ただしさっきのテンションといい、体型といい、どこかキャラ・スーンのヤツと似通った雰囲気のある女。

というのがはにゃーん様の初見の印象だ。

そのキャラ・スーンと似た雰囲気の女は、ご友人お二人の後ろに立つはにゃーん様を見定めるとツカツカとはにゃーん様に近寄り、あろう事か「君かね、ウチの子をアレしちゃってくれたのは」などという酔っぱらいの様な因縁をはにゃーん様に付けた。

勿論、頭脳明晰で気高さとお可愛らしさを兼ね備えているはにゃーん様は俗物の女になどとうに興味は失せて、本日のディナーのメインディッシュは何だろう、とお考えなさっていた。

「聞いてんの?キミだよキミ!」

俗物の女改め低俗で愚かな女は、自分が身分が低く下賤な人種であるにも関わらず、話を取り合わないはにゃーん様のお顔を掴み、無理やり自分の方へ向けさせた。

「あっ!?」

「なのはちゃん!」

「おチビちゃんのクセに、生意気だねぇ……。フェイトを傷モンにしてその上私まで無視しようっての?」

「……フッ」

鋭く尖った犬歯を覗かせながら低俗で愚かな女ははにゃーん様を睨み付ける。

強く気高いはにゃーん様は低俗で愚かな女の睨みなどに一切退かず、その低俗な愚かな女の醜態を御覧になってお笑いになった。

絶対的弱者が強がりで絶対的強者に挑みかかっている、それは幼子の御戯れより滑稽でみっともない、恥ずべき行為である。

この下賤な女はそれを自ら進んで実行した、その有り様はまさしく滑稽の一言、温泉旅館へ来てわざわざこの様な余興をやった下賤な女に、はにゃーん様は先程の不快感など忘れて愉快になられたのだ。

「アンタ……あんまり調子乗ってるとガブッと……」

「身分を弁えろ……俗物……」

しかし滑稽で愉快な余興も、度を過ぎれば不愉快になる。

この下賤な女はその一線を越えてしまった。

その瞬間、はにゃーん様と下賤な女との間だけの、とても小さな空間のみ絶対零度の温度となった。

「何……?」

「つけ上がるなよ?人でもない使い魔如きが……」

アルフは背骨辺りでゾクリと冷たいモノを感じた。

何故素性を知っているのかはこの際どうだっていい、この得体のしれないおチビ……人間は何者なんだ?

子供にしては余りに大人びて、そして"器"を持っている。

常人の絶対的強者である器だ……

そしてこの人から感じる並々ならぬオーラ……

もしかすると、とんでもない相手に私は喧嘩をふっかけたのかもしれない……

「ねぇ、なのは?」

「大丈夫だよ、人違いだってさ。行こ?」

「なら……良いけど……フンッ!」

見逃してくれた……?

小さい足音が遠ざかっていきアルフはホッと息を吐く。

『次は無いと思え……お前の主人にそう伝えろ……』

その瞬間、アルフの頭の中は真っ白になった。

フェイトの事がバレている……!?

マズい、このままじゃフェイトがやられる!

浴衣の動き辛さを無視してアルフは人気の無いところへ駆け込むと森の中で探索を行っているフェイトへ念話を送った。

《フェイト!アンタが言ってたあのガキンチョ!アイツヤバいよ!》

《アイツ……?あの白いヤツの事?》

《ああそうだ……アイツ何者なんだい!?とてもガキンチョに見えやしない!》

《落ち着いてアルフ……ジュエル・シードの在処は絞れてきた……封印して早く帰れば白いヤツとはかち合わない……》

《流石フェイト!私の御主人様!》

《アルフはもう一度、温泉にでも入って汗を流すといい……》

《じゃ、そうさせて貰うかね!》

念話が終わるなり、アルフは重くのしかかっていたモノが綺麗に無くなったようで清々しい気持ちになり、もう一度女湯の暖簾を潜り、温泉へ浸かった。

「ふー極楽極楽……」

温泉に浸かり、すっかり気分の良くなったアルフは、浴衣を脱いだ際に見た異常な冷や汗の量など温泉で流して綺麗さっぱり忘れているのであった……

* * *

一方、御自分の御部屋へお戻りになられたはにゃーん様は、早速大罪人ユーノ・スクライアを呼び出し「汚名返上のチャンスをくれてやる」と、あろう事か極悪人ユーノ・スクライアに慈悲深い御言葉を仰られた。

これには極悪人ユーノ・スクライア、感涙の極みと大粒の涙を幾つも零して頭を垂れる。

《この辺りに先日無礼を働いた小娘がいる》

《はっ!このユーノ・スクライア、必ずや憎き小娘の首級献上してみせましょう!》

《いや、違う。小娘がいるということはこの辺りにジュエル・シードがあるということだ》

《申し訳御座いません!一度ならず二度もこのような失態を……!》

《貴様の使命は、あの小娘よりも先にジュエル・シードを見つけ出し、確保する事だ……よいな?》

《ははーっ!仰せの通りに!なのは様!》

今一度ユーノは深く頭を垂れ、はにゃーん様がお与えになった使命を必ずや遂行して見せましょう、と誓い窓の外へ飛び出していった。

『フフフフフ……小娘の使い魔、か……あの様な者がいるとは世の中捨てたものでないな……』

はにゃーん様は御部屋から望める河原を御覧になって妖美な微笑みを湛えつつ、牛乳をお飲みになるのであった……

* * *

憎き狼畜生がはにゃーん様にとんだ無礼を働いた日の深夜のことだ。

その日は何時もより月が明るく、大きな夜だった。

その月明かりの下、海鳴温泉の側を流れる川の真ん中で、コソコソと動く影が二つあった。

「うーん、おっかしいなぁ……」

そうしきりに呟きながら、小さい方の影は長い棒の様なもので川底を突っついて何かを探しているようである。

「ホントしっかりしとくれ、もう真夜中じゃないかい。ジュエル・シードはホントにここらなのかい?」

そう言いながら、大きい方の影も何かを探して川底を攫っている。

月に掛かっていた雲が流れ、深夜にコソコソ何かを探している人物像がくっきりと晒された、フェイトとアルフだ。

「おかしいなぁ……」

「ホント、シャレになんないよ?早いとこ見つけて……!?」

アルフの耳がピクリと反応した、ヤツだ。

ヤツが来たんだ……

「こんな夜更けに労働とはご苦労」

「!お前は!」

後ろに掛かる橋の上から可愛らしくも気品に溢れるお声が河原に響き、フェイトは振り返った。

「今晩は、小娘と……小娘の使い魔」

そのお姿はそう、まさしく満月の月夜に降り立った天女のよう。

月明かりを浴びて更に神々しいお姿となったはにゃーん様が、そこにおられた。

そしてその斜め後ろには、ちょこんと座りつつも二人に対し憎しみを込めた目線を送るはにゃーん様の手足、この度はにゃーん様の御慈悲によってその罪を赦されたユーノ・スクライアが、いつ何時命令が下されてもいいよう控えている。

「ジュエル・シードはどうした!」

「あれかい?アレは貰ったよ、コイツがやってくれた」

「光栄の至りに御座います、なのは様」

「フフフフフ……どうする?ここにはもうジュエル・シードは無いぞ?それともまだ川底を攫い足りないか?」

「くぅ……!」

悔しさ滲ませて歯を食いしばるフェイト、白いヤツの恐ろしさはこの間身に染みて思い知らされたので、奪おうものなら忽ち返り討ちがオチだ。

ならばここは逃げた方が良いのか……しかしまだ集めたジュエル・シードは一個も無い、これでは母親に顔向けできない……

フェイトは覚悟を決めた。

その意志は魔力を通してアルフにも伝わり、アルフは狼型へと変身を遂げ、はにゃーん様達に襲いかかる。

「ユーノ」

「はっ!お任せを!この犬畜生めっ!なのは様に楯突こうなど!」

「な、何だコイツ!?このパワーは……しまった!」

狼へと変貌を遂げたアルフの突進をユーノは魔法の壁で受け止め、はにゃーん様へご迷惑が掛からないようアルフごと強制転移魔法で姿を消した。

ユーノの意外な活躍ぶりには、はにゃーん様も御満足戴けたようで感心なさり、ユーノを褒め讃えなさった。

「あやつめ、私にあの様な能力を隠していたとは……驚かせてくれる」

「やるね、君の使い魔……」

「ああ、チッとばかし……まぁいい。一つ訊くが、お前はこの宝石、ジュエル・シードを集めどうしようというのだ?」

「……答える義理なんて無い……」

気丈に私が答えると、白いヤツは可笑しそうに笑った。

だが同時に白いヤツから感じる魔力が一気に膨れ上がり、収まりきれない魔力がオーラのように白いヤツから溢れ出る。

そして可笑しそうに笑っていた顔から目つきが鋭くなって、キレイだけど冷たい目が私の体を射抜いた。

「フェイト、お前にはチャンスをやろう」

「チャンス?」

脈絡のない言葉に思わず聞き返すと、白いヤツはそうだ、と言った。

「私の攻撃を掠めることなく、全て回避しきったらジュエル・シードをやろう」

《Master!》

「いいんだ、コイツがどれ程のものか試してみたい」

《Understand》

ヤツのデバイスの先端が輝き、青い宝石ジュエル・シードが白いヤツの手に握られた。

「行くぞ……ファンネル!」

《Funnel Shutter》

「バルディッシュ!」

《Yes Sir》

白いヤツの手からおよそ三十余りの魔力弾が放出され、それぞれが意志を持って私へ襲い掛かる。

宙へ舞い上がり、まずは正面から来る魔力弾を回避、しかし回避行動をとるや後ろから迫っていた魔力弾に足を掠められた。

「目先のことしか考えられぬ……か。やはり貴様も俗物か」

「くっ!ならぁ!」

直ぐにターンを切って白いヤツへバルディッシュの鎌で切りかかる、が、これもコースを魔力弾に邪魔されて、一旦空へ逃げ、魔力のチャージを始める。

「バルディッシュ!」

《Yes Sir Thunder Smasher》

「偶には真似てみるのも一興か……レイジングハート!」

《Understand! Mega Divine Buster Launcher》

サンダースマッシャーの発射態勢に入っていたフェイトは驚いた。

白いヤツのデバイスが変形したのだ、傍目に見てもかなり威力のありそうな魔砲だ……

「むぅ……プレッシャーは無いが、目標が小さいと狙い辛い……シャアもよくもこんなモノ使おうと考えたものだ……」

そう呟きながら長く伸びたレイジングハートをステップとサブ・グリップでしっかりと保持なさって、はにゃーん様は宙で発射態勢に入っているフェイトに狙いを付けた。

「ええぃ!サンダー・スマッシャー!!」

「メガ・ディバイン・バスター・ランチャー、発射」

威力の差は歴然、そもそも庶民たるフェイトが高貴なるお方であるはにゃーん様に楯突こう事自体おかしいのである。

しかしながら、思慮深いはにゃーん様は発射するやすぐに外れたとお感じなさって、レイジングハートをメガ・ディバイン・バスター・ランチャー専用の形態から、それよりか幾らか威力を落とした反面連射が出来るディバイン・バスターのシューティング・モードへと変更なさり、後ろから迫る"鋭く速いモノ"目掛けてレイジングハートを突き出した。

「がっ!」

「残念だったな……俗物……」

ビーム・サイズのようなデバイスを振りかぶって、お可愛らしいはにゃーん様を後ろから斬りつけようとした下郎フェイトは、振り始めた瞬間に喉元にレイジングハートによる突きを食らい、そのままだらしなく宙ぶらりんの状態になった。

「このまま貴様の首を跳ねてやるのも悪く無いが……時間だな。ユーノ!」

「はっ!なのは様、ここに!」

「引き上げだ、折角の温泉旅行を初日から血生臭くしたらアリサやすずかに申し訳ない」

「御意」

「アルフとやら、そこで伸びてる俗物は任せたぞ」

はにゃーん様は茂みの辺りに身を潜める犬畜生アルフへ御言葉をお掛けになって、温泉旅館へと飛び去りなさったのであった。

残された犬畜生アルフは、圧倒的強さを持つはにゃーん様に恐れをなして、はにゃーん様が旅館の御部屋で御就寝なさるまで一歩も動けないのであった。

 

はにゃーん様の強さはますます磨きがかかるのであった……



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第8話 はにゃーん様、御激突

先日の月村邸での無礼から始まり、この間の温泉旅行では更に使い魔の犬畜生まではにゃーん様に無礼を働いた。

しかし、お心を強くお持ちのはにゃーん様はその後の温泉旅行を存分にお楽しみになり、連休明けという精神的に怠惰感を覚える学校にも元気に登校なさった。

そんなある日の昼休みの事だ。

いつもの如く、ご友人お二人と談笑なさっていると、唐突にアリサが「最近のなのはってどこか変わったわよねー」とはにゃーん様に仰り、はにゃーん様がそれに同意しかねているともう一人のすずかも「そうそう、何か凛としたようなそんな感じするよねー」とアリサの御意見に同意する。

『凛とした、か……いかんな、昔に戻っている。もっとはにゃーんとした少女を目指さなくては……』

そうお考えになったはにゃーん様は、「そんな事ないよぅ。私はまだ小学生だもん」とこれまで以上にお可愛らしい仕草をしながらお答えなさり、それを目撃した男子全員がふやけた様な表情になった。

ますます光り輝くはにゃーん様の魅力の前に皆の衆ひれ伏すのである。

「でもさぁ、最近なんか楽しそうだしさぁ」

「ああそれ?最近流行ってるアニメの女の子の真似が楽しくてね、アリサちゃんやすずかちゃんもやってみる?」

「い、意外な趣味ね……あんだけヴァイオリンやら乗馬のうんちく言ってたなのはがアニメ鑑賞なんて……」

「ふふふ、『月に代わってお仕置きよ!』とか『リリカルマジカル!』とか結構おもしろいんだよぉ」

またしてもお可愛らしいはにゃーん様の仕草に男子勢は顔を紅潮させ、女子勢はどの様にすればはにゃーん様の様になれるのだろう、とコソコソ話始めた。

間近ではにゃーん様のお可愛らしい仕草をご覧になっても動じないアリサとすずかは、やはりはにゃーん様が親友と仰るだけあって素晴らしい精神をお持ちである。

「ふーん、ま、時間あったら観てみるわ」

「私もそうしよっと」

予鈴が鳴り、二人は席へお戻りになった。

アリサとすずかとは入学以来の親友である、しかし、最初から友人であったというわけではない。

入学して当初、すずかは元来大人しい性格をお持ちなので、典型的なイジメの標的であった。

そのイジメを行っていたのが、今では想像もつかないがアリサなのである。

そしてアリサがすずかのリボンを取り上げ、それを取り返そうと必死になるすずかとそれを嘲笑うアリサ、そこで一喝したのが入学当初から稀代の才覚を現していたはにゃーん様であった。

「アリサ・バニングス、高貴な家系の令嬢がこの様な愚劣な真似をするようでは……立派に育てようと御尽力なされてきたご両親が悲しむぞ」

「何よ!偉そうに!」

「高貴な生まれを持つものにはそれ相応の振る舞いが要求されると言っている。今の行動をよく省みるのだな……」

そう言ってはにゃーん様はアリサの手からリボンを取るとすずかにお返しなさる、呆気と衝撃に途切れ途切れのお礼を仰るすずかに「気にするな」と言ってはにゃーん様は席へ颯爽とお戻りになっていった。

当然その放課後、納得のいかないアリサからはにゃーん様へ意趣返しがくる。

勿論、最初にアリサとすずかの争いの時点でそれを予期なさっていた賢いはにゃーん様はそれを真っ向勝負する事で受け止めお互い頬を引っ張り合い、すずかが止めに入るまでそれはそれは凄まじいものだった。

その一件があって以降、三人は行動を共にする良き友となったのだ。

『だが……良き友といえども私は二人に、少なくとも秘密を持っている。どの時代、どの世界にいようと人間とは皆同じなのだな……』

シャアは、親友を謀って戦死に追いやったと聞く。

同じことをするつもりは無いが、人は生きている限り独りなのだろうか……

今回ばかりは同じ轍を踏むことは無いと思いたいが……

はにゃーん様の人知れぬ想い、それは壮絶な過去を持つ故の願いなのである。

放課後、アリサとすずかは塾があるというので、はにゃーん様は随分久方振りにお一人で帰られることになった。

特に今日は予定も何もないので、はにゃーん様はまたもやジュエル・シード探しに奔走なされることに決め、帰路についた。

* * *

海鳴市から少し外れた住宅街、そこには一軒家が多いが、高層マンションも立ち並ぶ。

その高層マンションの一室で、ドッグ・フードを食べ漁る一人の浅ましい女がいた。

先日はにゃーん様に無礼を働いた結果、配下のユーノにみっともなく撃沈し、あまつさえはにゃーん様の御威光に畏れをなして主人の庶民フェイトを置いて独り茂みの奥でガタガタと震えていた犬畜生アルフだ。

「ウーン、やっぱり手軽で美味しいねぇ」

元が狼とは思えない、犬のエサを喜んで食べる辺り堕ちるところまで堕ちたというのがよくわかる。

ひとしきりドッグ・フードを食べたところでアルフは自分の御主人の様子を見てみようとようやく動き出した、勿論ドッグ・フードも忘れず。

犬畜生アルフの御主人はまだ寝ていた、出しておいた食事にも手を付けずベッドに横になっている。

「フェイト、いい加減食べないと動けやしないよ?」

「大丈夫、少しは食べたから……ジュエル・シードの探索も大分出来てきた」

「広域探索は骨が折れるんだから無理はいけないよ」

「私は頑丈だから……さぁ、行こう」

アルフの制止を無視してフェイトはバルディッシュを起動させた、海鳴市に上陸して既に一週間近く経過するにもかかわらず未だ収集できたジュエル・シードが一つもなく焦っているのだ。

このままむざむざと手ぶらで母親に会いに行けるはずも無く、急がなくてはならない。

最も、どんな時でも綿密な計画を立てて行動に移すはにゃーん様と、無計画にただ闇雲に探そうと躍起になるフェイト、この辺りが高貴なるお方と庶民の違いというものだろう。

早速アルフと共に、ジュエル・シードの反応があった市街地へと飛行するが、人が多すぎて全く検知出来ない、そこでフェイトは周囲に魔力流を流し込んで強制的に発動させる事を提案する。

その言葉通り、ジュエル・シードを無理やり発動させて居場所を見つけるというかなり原始的な手段だ。

しかも無駄に魔力を消費するので識者ならば必ず避ける手段、後先考えないオールドタイプのやりそうな手段である。

「ちょっと待った、それは私がやるよ。ジュエル・シードを強制発動なんてすれば、あの白いヤツも来ちゃうからね」

「ああ、ならお願い……」

御主人と違い、命のやり取りに敏感なアルフは聡明なはにゃーん様がやってくると予見して、自ら魔力流を流し込むとフェイトに告げて前へ出る。

犬畜生が学習するのだからフェイトも少しは見習うべきである、が、この時のフェイトにそれが解るはずもなかった。

アルフによって強力な魔力流を受けたジュエル・シードは暴走し、その影響か市内の天候もガラリと変わる、当然それははにゃーん様も察知していた。

「フェイトか、ご苦労だな。ユーノ」

「はっ、なのは様!広域結界!」

「この様な手段に出るとは、アイツは焦っているようだ……レイジングハート、行くぞ」

《Yes MyMaster!Mega Divine Buster Launcher Mode》

はにゃーん様は待機状態のレイジングハートを空へと御投げになり、レイジングハートは瞬時にメガ・ディバイン・バスター・ランチャーの巡航体型へと変化する。

はにゃーん様はそれを手に空へと舞い上がった。

* * *

ジュエル・シードの居場所を突き止めたフェイトはバルディッシュをシーリング・フォームへと変化させて、ジュエル・シードを封印させることに成功した。

「ぃよっし、あとは確保するだけだねぇ。今回はあの白いヤツも出てこなくてラッキーだねぇフェイト」

「うん……これでやっとだね。じゃ、早く確保に……」

と、お互い言い合いながらジュエル・シードへ飛行していると、真横から強大な魔力の奔流が自分達の方へ向かってきていた。

「来たっ!」

「応さっ!」

二人は上下に別れて激流の様な魔力流を回避して二手に別れる、ジュエル・シードの確保する方と魔力流を放出した元を叩く方だ。

勿論、主に危険を課すことはできないのでアルフが魔力の奔流の元を叩く方を買って出て、比較的安全と思われるジュエル・シードの確保にはフェイトが当たった。

そしてフェイトがジュエル・シードのあるビルの屋上へ降りたったとき、遠くの方で幾つもの爆発が聞こえた。

「ごめんねアルフ……でも、無駄にはしない!」

使い魔といえどあっさり死んだことにする辺り、このフェイトがどれ程の器量の持ち主か伺える、そしてそんな人間を見逃すはにゃーん様ではなかった。

「使い魔を捨て駒にするか……解らん話でもないが期待ハズレも甚だしい……レイジングハート!」

《Fate Must Die! Mega Divine Buster Launcher!》

使い魔を捨て駒に、ビルの屋上へと飛び込む鬼畜フェイトに、はにゃーん様は正義の鉄槌を下すべく、メガ・ディバイン・バスター・ランチャーをフェイトの感知出来ない超高高度から御構えになって狙いをつけた。

「そこが……お前の墓場になる!」

「ん?この肌が切り裂かれるような殺気……まさか!?」

しかし、はにゃーん様のお身体から溢れる強烈なプレッシャーがかえってフェイトの命を繋ぐ事となってしまい、殺気から自分を狙うはにゃーん様の存在に気付いたフェイトは素早くその場から退避した。

行き場を失ったメガ・ディバイン・バスター・ランチャーはビルを倒壊させ、その凄まじい余波に吹き飛ばされたジュエル・シードは道路の上をコロコロと転がる。

はにゃーん様は下劣の極みフェイトにはそれを拾わせる余裕すら与えず、第二波のファンネル・シューターを差し向けなさる。

「うぅっ!なんて速い!?」

はにゃーん様の意志を持つファンネル・シューターは、そのお気持ちを代弁するかの如くフェイトを翻弄し、その華奢な身体から鮮血を迸らせた。

だがフェイトはファンネル・シューターの猛攻を省みずにジュエル・シードへ突撃、そして……

「くぅぅぅっ!」

「はぁぁぁっ!」

ジュエル・シードを巡って二つのデバイスが激突する。

その瞬間、その凄まじいエネルギーによりジュエル・シードは再び暴走を起こした……

 

はにゃーん様の運命や如何に……



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第9話 はにゃーん様、御感心

ジュエル・シードを巡って激突するはにゃーん様とフェイト、二人のデバイスが交錯した瞬間にお互いの得物から発せられた魔力に触発され、ジュエル・シードは再び暴走を始める。

その余波に二人は吹き飛ばされ、ぶつかり合ったデバイスは大破してしまい、最早封印は困難と思われたとき、何とフェイトは暴走するジュエル・シードを止めようと素手で掴んだのだ。

「フェイト!」

「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ……」

「アイツ……!」

「よせユーノ……無粋な真似はするな」

フェイトを強制転移させてでもジュエル・シードを奪おうとするユーノを手で制し、はにゃーん様の庶民に過ぎないフェイトが何処までやれるか御見届けなさろうという心意気を察したユーノも大人しくフェイトの行く末を見届けた。

フェイトの両手の平の中で、ジュエル・シードの輝きは激しさを増し、その有り余る強烈なエネルギーで手の平からは血が弾けた。

しかしそれでも尚、フェイトはジュエル・シードを離そうとはしなかった……

フェイトの想いが通じてか、ジュエル・シードの光は徐々に弱くなり、そして消えた。

同時にフェイトも力尽きてその場に倒れ込み、駆けつけた使い魔が彼女を介抱する。

「ユーノ、行くぞ」

「なのは様、しかし……」

「ジュエル・シードの一個ぐらい見逃してやれ、コレはヤツの働きに対する対価だ」

「はっ」

『これほどの力を持った子供が此処にもいたとは……』

はにゃーん様はこれほどの意志の力を持つフェイトにその様に思われた。

『意志の力』人の想いは時として摩訶不思議な、神懸かり的な力を授ける時がある。

それが顕著に現れるのがはにゃーん様を筆頭とするニュータイプ、ジオン・ダイクンの提唱した人類の革新たる新しい人種だ。

もしかするとあのフェイトという庶民にもその様な素質が有るのか……

それはまだはにゃーん様でさえお分かり出来ない事だ……

 

その日の夜、マンションへと帰宅したフェイトは、ジュエル・シード確保の際に負った傷をアルフに手当てしてもらいながら、その時の事を思い出していた。

『あの時、ジュエル・シードを確保する事しか頭になかった私は、あんな無茶をした……だけどジュエル・シードの輝きが増した時、誰かが後ろから支えていてくれたような……アルフじゃないもっと親しい……昔から知っていた?』

確認しようにも直後から記憶は途切れ、アルフもそんな人間知らないと言っているのだから、気のせいで片付ければそれまでだが……

ふと夜空を見上げたとき、金色に輝く流星が一つ、空を駆けた。

* * *

翌日、フェイト等は母親への経過報告の為、ようやく確保した一個のジュエル・シードと、気持ちとして甘い物を持ってマンションの屋上にいた。

しかし当然の如く、彼女達の気持ちは重い……

幾ら何でも一週間近く滞在して確保したのがたったの一個では褒められるはずがない。

しかも散らばった二十一のジュエル・シードの半数以上は既に海鳴市の大正義はにゃーん様の御手の内にある。

つまり、どう足掻いてもジュエル・シードの完全収集は不可能、確保出来ても半数以下、更にはにゃーん様との圧倒的能力差を加味すればもう絶望的だ。

「ねぇフェイト、流石に一個ではシャレになんないって。どういう目的があって欲しがるか知ったこっちゃ無いけどさぁ」

「フフフ……でも母さんきっと心配してるし……」

「わたしゃフェイトの心配で胃に穴が空きそうだよ……」

「大丈夫、その為に甘い物も買ったんだから……」

「……つまり最初っから雷落ちるとわかってんじゃん……」

甘い物差し出しゃそれで万事オーケーとでも思っているのか、ダメな主を持つと僕が苦労するとはこの事だ。

だが流石庶民派だけあって甘い物のチョイスは良い、海鳴の大天使はにゃーん様の御両親が経営なさる翠屋の桃子のオススメを買ってきたのであれば、もしかすれば雷は免れるかもしれない。

運を天……いや桃子のオススメケーキに任せ、いざ庶民フェイトと使い魔アルフは母親の下へ次元転移した。

が……

「フェイト、母さん悲しいわ。だって私の娘が一週間近く探してたったの一個しか集められなかったのだもの……」

案の定フェイトの母親、プレシア・テスタロッサは激怒して、フェイトを縛り上げた上で鞭打ちに処した。

「同じくらいの女の子に十個以上集められて、どうしてフェイトに集められないの?」

同じくらいの女の子、プレシア・テスタロッサには理解し得ない事だが、フェイトと大天使はにゃーん様との間には天と地程の格差がある。

そもそも大天使はにゃーん様と同格の人間など存在するはずがないのだ。

それを知らない哀れな女、プレシア・テスタロッサは何度も鞭を振り上げてフェイトを引っ叩いた。

しかしフェイトは痛がる素振りは見せれど、恐がる素振りは見せなかった。

幾度となく大天使はにゃーん様の逆鱗に触れ、恐るべきプレッシャーによる洗礼を受け続けたフェイトにとって、母親の拷問など比べるまでもない。

「……随分と涼しそうな顔ね……」

「ごめんなさい、母さん。お詫びにケーキ買ってきたから食べて」

何度も鞭を浴びた割に涼しげな顔で吊し上げられているフェイトに、流石のプレシアも疑問を抱いた。

『あれほど鞭を浴びても顔色一つ変えない……何かあったのかしら……』

その答えはすぐに見つかった。

鞭打ちでボロボロになった服からチラリと見える治りかけの生傷、それがタダの生傷でない事は自称大魔導士を名乗るプレシアにも直ぐに分かる。

『この子、とんでもない魔導士と戦っていたのね……それも私と同程度の大魔導……』

これもプレシアのとんだ誤解だ。

プレシア如きではにゃーん様と同程度と考えるなど不敬にも程がある。

はにゃーん様が大魔導士ならばプレシアは良いところ下等魔法生物、鏡で自分をよく見ろと言いたい。

「まぁいいわ、今日はここまでにしましょう……フェイトは支度して直ぐにジュエル・シード確保へ向かいなさい……」

「はい……母さん……行って来ます」

バインドが解除され、フェイトは手首を少しさするとすぐにマントを羽織って私室から出て行った。

* * *

前回の激突で大破してしまったレイジングハートのおかげでしばらくの間ジュエル・シード探しは出来ず、本日もはにゃーん様は通常通り学校で勉学なさる事になった。

かと言って聡明なはにゃーん様に勉強は最早不要、ようやくの昼休みの時、アリサとすずかと笑顔で談笑しながら毎回はにゃーん様の行く道を忌々しくも邪魔立てするフェイトなる小娘を、はにゃーん様お手製『赤い彗星占い』で占ってみることにした。

その結果は……

『……ゲルググ、つまり凶か。哀れだな……』

筒をひっくり返して出てきたのは通常のおみくじで『凶』に当たる『ゲルググ』だった。

ゲルググ、つまりロクな戦果も上げられぬまま敗北を重ね、遂には親しい人物から邪魔者扱いされる……

『フェイトとやらの命運も、最早これまでか……』

「あ、それ例の赤い彗星占いね。で……コレはどうなの?」

「これだと凶、才能はあるんだけど更に才能のある人に連敗を重ねて……遂に親しい人までその人に傾いちゃうの。それで取り戻そうと躍起になる余り、今度は自分を庇って親しい人まで失っちゃうの」

「……毎度の如く生々しいのね」

これを製作するにあたり、多大な経験を供出してくれた某赤い彗星には感謝しなくてはならないだろう……

そしてすずかよ、平穏な生活を送るお前にこのおみくじは不要だ。

下手に引いて『リック・ディアス』など出てきたらシャレにならんからな……

「なのはちゃん、今失礼なこと考えなかった?」

「ううん、そんな事ないよぅ」

『リック・ディアス』

それは大した出番もなく消えてゆくだろう、という末吉のおみくじだ……

凡人が教える、凡庸な授業が終わり、バスで送迎されたはにゃーん様は、役立たずデバイスレイジングハートも無いので御帰宅なさろうとする。

だがバス停から少し歩かれた所ではにゃーん様の忠実なる僕、イタチの騎士ユーノが、はにゃーん様のデバイスを持って参上し、跪いた。

「レイジングハート……もう使えるんだな?」

「はっ、整備は万全に御座います」

《Condition Green》

「よし、では早速……来たな」

笑みを湛え、はにゃーん様は夕日の方を向かれる。

そこではジュエル・シードの影響を受け、巨大化した樹木が暴れ始めたところだった。

「ユーノ、結界を張れ」

「はっ、なのは様!広域結界!」

「レイジングハート、行けるな?」

《Yes MyMaster!》

レイジングハートを放り上げ、はにゃーん様は地面を蹴って宙へ舞う。

瞬時に御変身なさったはにゃーん様はイタチの騎士ユーノを従え、暴走する樹木の方へ御向かいなさった。

同時刻、再びこの地へ戻ってきた庶民フェイトも、ジュエル・シードの暴走を感知し、修復したばかりのバルディッシュを使い、はにゃーん様と同じく暴走する樹木の下へ向かった。

「いたか……ファンネル!」

《Funnel Shutter》

「アーク・セイバー!」

《Arc Saber》

はにゃーん様の放ったファンネルは暴走する樹木の枝という枝を撃ち抜き、凡人フェイトが放った光の刃は直線的過ぎる余りバリアのようなものに防がれてしまう。

「アイツ、バリアなんか持ってんのかい?」

「でもコレなら……バルディッシュ!」

《Yes Sir》

「貫け雷神!サンダー・スマッシャー!」

バリアを張る暴走樹木に砲撃を放とうというのは至極真っ当な話、しかしそれもフェイトのような凡人が放つ砲撃で破られる程ヤワな暴走樹木ではなかった。

暴走樹木はフェイトの放つ砲撃を真っ向勝負で受け止める、が……

「メガ・ディバイン・バスター・ランチャー!」

《You Must Die!》

その様なバリアが、お可愛らしい大天使はにゃーん様の砲撃を受けきれるはずもなかった。

はにゃーん様の砲撃を防ぐなら、物理的なバリアよりも精神的なオーラでなければならない、が、それもごく少数の強力なニュータイプと強化手術を受けた者のみ出来る芸当だ。

はにゃーん様のメガ・ディバイン・バスター・ランチャーを受けた樹木は消滅し、残ったジュエル・シードに二人は封印を掛け、対峙した。

「ジュエル・シードは譲れない。けど……」

「安心しろ、私も同じ轍は踏みたくない……だが譲るつもりもない」

そう仰るなり、はにゃーん様は全身からオーラを浮かばせ、一気に解放した。

するとどうだろう、凡人フェイトはもちろん、イタチの騎士ユーノや使い魔のアルフなどこの場に動く者ははにゃーん様のみ、その外は動きを止めたではないか。

「こ、これは……金縛り?」

「なんだいコイツは!身体が……!」

「お、お見事に御座います!なのは様!」

「貴様等はそこで固まっていろ」

そう仰り、はにゃーん様は光り輝くジュエル・シードを、その白雪のような純白の御手でお取りなさった。

すると……

「ストップ……ありゃ?なんだコレ?」

空にもう一人の俗物が現れた。

 

はにゃーん様の御判断や如何に……

 



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第10話 はにゃーん様、御策略

はにゃーん様がプレッシャーでその場をお収めなさった時より僅かに時は戻る。

その頃ようやくになって、時空管理局所属の時空航行艦アースラは地球周辺の時空間へ辿り着いていた……ちなみに、過去にはにゃーん様がハマーン様であった頃に幾多の激戦を繰り広げた反連邦政府組織A.E.U.G.の初代旗艦アーガマとは何の因果関係も無い。

はにゃーん様による圧倒的戦いをモニタリングしているブリッジにアースラの艦長、日本被れと味覚障害で有名なリンディ・ハラオウンがやってくると、オペレーターの一人がジュエル・シードに関する報告をする。

「現地では二名……いや一名により戦闘が終結しました。バケモンですね、あの子」

「ロストロギアはA+、不安定な上無差別攻撃を行っていた模様です」

「戦闘は終わったのでしょ?なら早いとこ回収しちゃいましょ、クロノ・ハラオウン執務官、準備の方は?」

「転移座標についてもバッチシです。命令さえあれば何時でも」

「それはよろしい、では、ジュエル・シードの回収と二名への事情聴取、お願いね」

「了解です、艦長」

「よろしくねー」

「はぁ、行って来ます」

せっかく引き締まった気分もすっかり拍子抜けしてしまい、何ともいえない気持ちで転送されるクロノであった……

* * *

「コレは一体……」

転送されるされるやクロノ少年の目の前に広がるは青く輝くジュエル・シードを手にした大天使はにゃーん様と、はにゃーん様のオーラ力の前に畏れおののく庶民フェイト嬢、そしてオーラ力を前に跪くイタチの騎士ユーノ、戦場は既にはにゃーん様の御手の上にあった。

「時空管理局のクロノ・ハラオウン執務官だが……これはどういう状況だ?」

「おやおや、ようやくご登場かい?」

「ああ君、これはどういう状況か教えてくれないか?理解が追い付かない……」

「貴様!なのは様にその様な言い方は無礼だぞ!」

「な、何だぁ!?君は!?」

「よせ、ユーノ。それよりハラオウン執務官には職務があってこちらへ参られたのでは?であればそれを全うすべきでしょう」

微笑を浮かべながらそう言う白いバリアジャケットの少女、しかし何故だかボクにはジュエル・シードよりも彼女から感じる薄気味悪さの方が質が悪いように思えた。

猫被り、という表現が一番彼女に合うだろう。

「そこの黒いバリアジャケットの君、事情を伺いたい。来てもらえるな?」

「…………」

白い少女よりは少なくともまともそうにみえる対照的な黒いバリアジャケットの少女、でも彼女からは明確な敵対心が見える。

来てもらえないなら無理やり引っ張るまで、と愛用のS2Uを黒いバリアジャケットの少女へ向けると、茂みから赤い狼が飛び出して魔力弾をムチャクチャに放ってきた。

「逃げるよ!フェイト!」

「アルフ……うん!」

「くそっ!待てっ!」

「今更追いかけても既に手遅れでしょう。ですが、幾らかあの子に関する情報は持っているのでご安心を……」

「あ、ああ……助かるよ……」

いつの間にか安全な所まで退避していた白い少女……

やっぱりこの子は薄気味悪い。

* * *

フェイト等を差し置いてジュエル・シードを手に入れた瞬間に現れた、時空管理局とやらで執務官をしているクロノ・ハラオウンという少年。

自信に満ちた口調から執務官とはかなりの地位にあるようだ。

しかし直後にあの狼にまんまと出し抜かれ、フェイトを逃がした所を見るとそれ程脅威でもないらしい……

宙に現れた魔法陣の中に映る女と二三言話した後、事情聴取したいのでと私に同行を求めた。

勿論私は了承した、時空管理局がどの様な組織か見るためでもあるし、アースラという艦にも興味ある。

魔法陣に入ったと思えばそこは既に艦内だった。

だが、グワダンやアーガマのような暖かみはどこにも感じられない、周囲が暗色に覆われ「陰気臭中だ」というのが印象か。

《なのは様は、時空航行艦がどの様なものか御存知でしょうか?》

《訊かなくとも大凡の見当ぐらい付く、地球と似たような世界が幾つもあるんだろ?》

《はい、時空管理局は今回のような事件、他の世界が干渉しあう様な事件が起きた時に出動するのですが……》

《フン、所詮は連邦と同じ、事件が終わる頃に出動を掛けるような組織か……》

《はい?》

吐き捨てるようなはにゃーん様の口調にユーノは疑問を抱きつつ、クロノに連れられた二人はオート・ロックのゲートを潜り抜けて艦内廊下に出る。

「ところで、キミは何時までバリアジャケットを着ているんだ?ここならもう安全だよ」

「フフフ……見知らぬ艦に連れ込まれて武装解除する者が居りましょうか?ハラオウン執務官」

「ヤケに用心深いんだなぁ……キミは。そっちのキミ、キミもそろそろ戻ったらどうだい?」

《どう致しましょう……なのは様……》

《私は貴様の正体などに興味は無い、自由にしろ》

「ではその様に……」

緑色の魔力の光に包まれたイタチの騎士ユーノは、その姿を変えて如何にも庶民らしい服装の少年へと姿を変える。

しかし当然、主人のはにゃーん様は既に正体を見抜いておられたので何も驚かれる素振り所か興味さえ抱かず、そのままクロノについて艦長室へ向かう。

「艦長!来て貰いました!」

「まぁ二人とも、どうぞどうぞ、気を楽にして」

オート・ロックの扉が開くやはにゃーん様の前に見えたのは盆栽、そして茶器、正座してはにゃーん様等を迎える女性の姿。

部屋を自由に改装できるというのは個室の与えられる士官の特権、無論中に持ち込む私物に関して咎められる筋合いもないので、この部屋には文句の言いようもないが、流石にミスマッチと言える。

「まぁ、あのロストロギア、ジュエル・シードを発掘したのがアナタなの」

「はい、それで回収しようと……」

「立派ね」

「でも無謀でもある、発掘したとはいえどういうシロモノかは、解っていたんだろ?」

事情聴取が始められ、無謀にも単独で回収しようとしていたユーノの行動は褒められつつも、やはり愚かな行動だと切り捨てられた。

それは確かに考えるまでもない事、宝探しで古代の失われた技術の結晶を掘り当て、それが散らばったからと一人でノコノコ探すのはバカな真似だ、が……

「しかしながら、ユーノの行動には一理有りましょう。危険な遺失物ならば時間が経過すればそれだけ被害も拡大します。迅速な行動が有ればこそ、被害は最小限に食い止められたのですから……」

「そうねぇ、到着が遅れた私達に言えたことでは無いわね、クロノ?」

はにゃーん様の御指摘を受け、リンディは素直に自分達の非を認めて謝罪した。

クロノは釈然としない様子だが、はにゃーん様にお褒めの御言葉を戴いたユーノは感激の余り「はにゃーん様!バンザァァァァイ!!」と叫びそうになる、が、はにゃーん様のプレッシャーを全身に浴び、不発のまま失神するのであった。

「でもホント、特に目立った被害もなくて良かったわ。アナタ達が以前衝突して起きた次元震、アレがちょっと大きくなっただけで、この世界は崩壊してしまうんだから」

「記録に残っているモノでも、中には平行世界諸共崩壊して滅んだ文明さえあるんだ」

「死を実感する暇さえ無かっただけでも幸運でしょう、その住人には」

「ああ、そうだな。しかしそれを繰り返さない為に、時空管理局が設立された。太古の遺失物を正しく管理しなけりゃならないんだ」

「しかし……人の心まで管理出来ましょうか?」

「……人が自ら世界を滅ぼすと言いたいのか」

「ええ、荒んだ心は人に何をさせるか解りませんもの……」

「…………」

ここに来る途中、クロノから薄気味悪い少女がいると念話で報告を受けたけれど、それは本当ね。

彼女、モニター越しでも感じる底知れない力を持っている……

そして今の物言い……まるでその世界を体験したかのような口振り……

彼女は一体何者かしら、ね……

「今回のロストロギア事件、私はこの事件には人の意志を感じてなりません。次元世界を滅ぼすやも知れぬこのジュエル・シードを利用しようと企む人間……果たしてどの様な人物な者か……」

「……その言いようでは……まるで知っているようにも聞こえるが……?」

「フフフ……子供の勝手な邪推ですので、お気になさらず……」

妖美な微笑みを御浮かべながら、はにゃーん様は優雅な手付きで出されたお茶をお飲みになる。

「ともかく、これよりジュエル・シードの回収は我々時空管理局が引き継ぎます」

「君達は元の世界で、元通りの生活を送るといい」

姿勢を正したリンディとクロノがそういった瞬間、ユーノははにゃーん様のお口元が僅かに歪んだ事に気付いた。

「それは助かります。が、果たしてアナタ達が信用できるのでしょうか?」

「それはどういう……」

「このジュエル・シードは、たった一個の、それも全エネルギー総量の何万分の一の威力でも危険なのでしょう?なのにあなた方はそれを今日まで見過ごしていた……私にはアナタ達時空管理局は、このジュエル・シードの存在を嗅ぎ付けたテロリストの様に思えてなりません……」

「到着が遅れたことは謝る。だから……」

「そうは言っても、あの黒衣の少女でさえこのジュエル・シードを欲しているのです。アナタ達がテロリストでないという保証は何処にありましょう?」

「アナタは……時空管理局にどうしろと?」

リンディがはにゃーん様にそうお訊きになったとき、はにゃーん様のお口元が意地の悪そうに大きく歪んだ……

* * *

一方、時空管理局の介入を知ったフェイト達は、その日はマンションに戻ったきり、一歩も外に出ることはなかった。

彼女等のような捨て駒でさえ、時空管理局の恐ろしさはよく知っている、しかも今回はその中でもエリート中のエリート、執務官直々のお出ましときた。

そうなれば一般庶民のフェイト達が二人だろうが十人だろうが、束になって掛かっても勝てる見込みは薄い。

「ねぇ、フェイト、もう無理だよ。時空管理局が、執務官が出てきちゃお仕舞いだよ!いくら何でも執務官じゃあ……!ここもいつバレるか解んないし、フェイトのお母さんだって訳わかんない事してるし……!もう逃げようよ!」

いつかの強気は何処へ行ったのやら、ここが一般庶民と高貴なる御方はにゃーん様との差である。

「母さんの事は……あんまり悪く言わないで……」

「言うよぉ……!私だって使い魔何だから……フェイトが痛い時は痛いし、フェイトが悲しい時は悲しいし……!」

「使い魔とは少し精神リンクしてるからね……でもごめん、私は母さんに喜んで貰いたいんだ……だから後少し、頑張ろう……アルフ……」

「へぇ、意外といい部屋取っているな君達」

「アンタ!白いヤツの使い魔!?どうしてここが……いやいい、アンタと引き換えにジュエル・シードを戴けば!」

「まぁまぁ、落ち着きなよ。君達に悪くない話しを持ってきたんだ……」

 

その日の夜、ユーノを再びイタチの姿に戻し、密命を言いつけた上で外へ放ったはにゃーん様は、その後の管理局との会談を思い出しお笑いになった。

時空管理局に何を望むと訊くリンディに、はにゃーん様はこう答えた。

「アナタ達の指示通り、私はこの件から一切の手を引きましょう。ですが、アナタ達がテロリストでないという確証を得るまで、手元のジュエル・シードを引き渡すわけには参りません」

「なら、首謀者を君の前に引っ張ってくれば良いんだな?」

「ええ、それと引き換えにジュエル・シードは全て時空管理局に引き渡しましょう」

「それなら……」

「いいでしょう、あなた方が必死になって集めたジュエル・シードですもの、そうそう気持ちよく渡せるはずないわ」

そう言ってリンディはその条件を飲んだ。

「フフフ……精々足掻くのだな、俗物共め……」

 

はにゃーん様の狙いとは如何に……



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第11話 はにゃーん様、御静観

絶望と悲観に暮れるフェイト達の前に現れた一匹のフェレット。

散々自分達を痛ぶってきた白いヤツの使い魔は興味なさげに部屋を見回しながら私達の所へと歩いてくる。

アルフが牙を剥いて人質にしてやろうかと脅しを掛けると、小さなフェレットは愛くるしい顔を横に振って私達に悪くない話しがあると言ってきた。

「何だい、悪くない話したぁ?」

「一つ目、なのは様……君達の言う白いヤツはこの件から手を引くことを御決断なされた、つまりもう戦場には出てこないということだ」

「へへぇ、そりゃ良いねぇ。出来れば引退ついでに餞別としてジュエル・シードも欲しいんだがね」

牙を剥いたままのアルフが慎重にユーノとの間合いを詰めながら言う、するとユーノの周囲に緑色の魔法陣が現れ、フェイトもアルフも遂に本音を見せたか、と臨戦態勢に入った。

「二つ目、なのは様は君達にジュエル・シード十二個、渡してもいいと言っている」

しかしユーノの口から出てくるのはまさに予想外の言葉。

フェイト達が真偽を計りかねている間に、ユーノの魔法陣からは十二個もの青く輝く宝石を浮かび上がり、それらは全てフェイト達の目の前にバラバラと落ちて転がった。

「なのは様は到着の遅れた時空管理局を快く思われていない、なのでちょっとした意趣返しに困らせてやろう、と君達に協力する気になられたのだ」

傲然とした態度でそのように語るユーノ、アルフはジリジリと引き下がりさっきから床に散らばったジュエル・シードに目が行きっぱなしの哀れな一般庶民フェイトに耳打ちする。

「どうするフェイト……あの白いヤツ何をたくらんでるか……」

「でも……これだけ持って行けばきっと母さんも喜んでくれる……!」

「そりゃきっとそうだろうけどさぁ……時空管理局が出てきたんだよ?」

「大丈夫、きっと母さんには何か考えがあるんだよ……本当にこれ全部良いの?」

「煮るなり焼くなりお好きに」

「やった!早く母さんの所行くよアルフ!」

「まぁ、ウチのお姫様が喜んでるならそれでいいか……」

不安はあるけれど、久しく嬉しそうな表情を見せるフェイトを見て、逃げたところでどうせ捕まるなら……とアルフはそれ以上口にするのを止め、小走りに屋上へと向かうフェイトの後を追いかけた。

 

「こないだ言ったことが解ってくれたのね……母さん嬉しいわ」

急遽フェイトの母親の居城へと戻り、早速プレシアにユーノから受け取った十二個のジュエル・シードを見せるや、予想通りプレシアは能面のような表情を崩し、フェイトへと微笑んだ。

そして更に優しく頭を撫でるというサービス付きだ、その時のフェイトの喜びようは言うまでもない。

『フェイトを散々痛ぶってきてよく言うよ……』

離れた距離でその光景を指をくわえて見届けるアルフはそう心の中でプレシアの事を罵る。

だが、これでフェイトもまともに食事を取るだろうし、今フェイトが喜んでいるならそれが自分にとって最もの幸福だ。

「今日はゆっくり休んで行きなさい……疲れてるでしょう……?」

「はい、母さん」

* * *

「よろしかったのですか?これで手元に残ったのはたった二個ですが……」

はにゃーん様の御自宅へと戻ったユーノは食事をとる間も惜しんで、私室でおくつろぎなさっているはにゃーん様の御前へと参上し、フェイトにジュエル・シードを譲渡したことを伝え、無礼を承知の上で何故あのような救いようのない一般庶民に救いの手を差し伸べたのかを訊ねた。

「ああ、傍目にもフェイトは疲弊しきっていたからな……ヤツには残りのジュエル・シード六個確保してもらわねば困るのでな……」

ベッドの上で足をパタパタさせながら下ろした御髪を指でくるくると弄るはにゃーん様は、不適な微笑みをお浮かべになった。

それを見てすっかり鼻の下を伸ばしきったユーノは確信する、これで後十年は戦えると……

* * *

翌日、すっかり実母プレシアの手により骨抜き……もとい十分な休養をしたフェイトは、プレシアに見送られ、後ろ髪引かれる想いでマンションへと戻った。

マンションの屋上へと降り立ったフェイトは空を見上げ、決意を新たにする。

「母さん……私、絶対残りのジュエル・シード集めるから!」

『……あんな疲れ切ったフェイト見るのは嫌だけど……コレもちょっとねぇ……』

「アルフ!行くよ!残りのジュエル・シードの場所は母さんが特定してくれた!」

「へいへい、んじゃあ行きましょ!」

黒衣のバリアジャケットを羽織り、彼女等はマンションを飛び立つ。

最後のジュエル・シードの在り方は海の上、つまり原始的な手段で強制的に発動させる必要があるため、作業は困難を極める……

だが、母プレシアのきょ……寵愛を受けた今のフェイトは絶好調の為、不可能ではなかった。

一方、今日もお可愛らしいはにゃーん様は、ベッドからお起きになられると眠気眼を擦りながらカーテンを開ける、海鳴の空を走る二つの光が海へ向かっていくのをご覧になり御機嫌になられたはにゃーん様は直ぐに着替え、元気に食卓へと向かわれるのであった。

今日は傘を持って行った方が良さそうだ。

そしてもう一方の勢力、今更ノコノコやってきた時空管理局、時空航行艦アースラ艦長のリンディはモーニング・ティーを邪魔されて不快感を露わにしながらブリッジへと入った。

「状況は!どうなってるの!」

「海上で膨大な魔力を感知!」

「例の女の子ね……」

モニターには海上で巨大な魔法陣を形成し、精神統一を計るこの間の黒衣の少女が映っている。

そしてそれと共に周囲から感知される魔力の量が半端じゃないほど膨れ上がる、これは明らかに彼女の限界を超す事だ。

「丁度いい、自滅するか体力を使い果たしたときに捕獲しましょう」

「ええそうね、私のティータイムを邪魔するような輩は容赦しないわ」

 

「フェイト!やっぱり無理だよ!」

「いいや、行ける!無理というのはそこで諦めるから無理なんだよ、アルフ。だけどそこでやりきればもう無理なんて無い!」

と、すっかり小心者に落ちぶれたアルフに檄を飛ばしつつ、フェイトはバルディッシュの刃を嵐目掛け思いっ切り飛ばす。

フェイトの気合いによって増幅されたアーク・セイバーは放たれるや巨大化し、海上を荒らす嵐の内二つを切り裂き、フェイトはそこからジュエル・シードを二つ掠め取り、手のひらでバルディッシュを回転させ、手の中で暴れるようなエネルギーを放つジュエル・シードを無理やり封印し、バルディッシュへと収容する。

明らかに彼女は以前のフェイトと違っていた。

「さあ!残り四つ!」

「一体……どうしちまったんだい……」

フェイトからみなぎる異常なオーラにアルフは恐怖した。

アルフがぼやぼやしている間にもフェイトは巨大な魔力の刃を形成して残り全ての嵐を叩き切り、ジュエル・シード四つを全て封印した。

「フェイト……」

「そこまでだ!」

「チィ、この間の執務官かい!」

嵐が収まった瞬間、二人の真上から無数の魔力弾と怒声が降り注ぎ、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンのご登場を二人に告げた。

アルフはとうとう来たか、と張り詰めた面持ちで身構えるが、その主で、本日絶好調なフェイトはつまらなさそうな目でクロノを見る。

ジュエル・シードを全て回収した彼女にとって、クロノは、時空管理局は大事な家族団らんを邪魔する存在、昨晩家族愛を確かめたフェイトにとってそれを邪魔する存在には容赦しない。

「私の、母さんとの一時を邪魔するヤツ……!」

『なんだコイツ……昨日とはまるで雰囲気が違う……』

フェイトの豹変には流石にクロノも気付いた。

だがそれで怖じ気づくようでは執務官は務まらない、彼は愛用のデバイスを構え、そしてフェイトが放った魔力の刃を撃ち落とし、魔力弾を放ちながら叫ぶ。

「これ以上止めろ!ここらで大人しくした方が身のためだぞ!」

「お前に言われる筋合い無い!」

「グゥッ!」

アルフからの攻撃に気を取られて後ろを取られたクロノは背中をバッサリと切り裂かれて墜落する、が、直ぐに持ち直して上昇し、初速の速い照射系の攻撃で先ずはアルフを撃ち抜く。

ついでに動きの速いフェイトには幾つもの魔力弾を放って、一瞬動きを止めた瞬間、本命を放って肩を撃ち抜いた。

だがそれに倒れる今日のフェイトではない、フォトン・ランサーとアーク・セイバーの連撃でクロノの足を止めた瞬間、クロノをバインドで拘束し彼にデバイスを向けた。

「アルフ、彼をお願い」

「な、何をするつもりだ……!」

「黙ってな、チェーン・バインド!」

「ウワッ!」

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

歌唱を始めたフェイトの周囲に幾つもの光の球が浮かび、クロノは嫌な予感がした。

しかしフェイトの歌唱は中断されず、浮かび上がった光の球からは電撃がほとばしる。

「オイ……まさか!」

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトン・ランサーファランクスシフト!」

《Photon Lancer Phalanxes Shift》

その瞬間、クロノは雷の嵐に晒された。

容赦なく貫く雷に既にクロノの意識が途絶えようとも、天神の雷はクロノの肉体を切り裂き、余りの破壊力にアルフのチェーンバインドが砕け、彼は海へ落ちた。

「戻ろう、母さんの所へ……」

「こりゃ戦争だな……」

フェイト等は海へ飲まれたクロノには見向きもせず、街の方へと飛び去る。

管理局へ戦争をふっかけた以上、情けを掛ける必要もないのだ。

 

はにゃーん様の戦いは終わりを迎えようとしていた……



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第12話 はにゃーん様、御出陣

「……これで集まったジュエル・シードは十九個。これだけあれば問題ない、けど……」

私室にて集めさせた十九ものジュエル・シードを眺めるプレシアは何とも言えない気分だった。

時空管理局の現役執務官を気合いで乗り切ったフェイトは大金星を上げた、これでほぼ確実にアルハザードへは行ける。

しかし、しかしだ、集まったジュエル・シード、シリアルナンバーⅠとⅩⅩⅠ、最初と最後のシリアルナンバーだけが欠けている。

どうせなら全部持ってくれば良いのに何故最初と最後だけを取り逃すのか……

「スッキリしないわ……」

プレシアよ、お前はいつからジュエル・シードのマニアになったのかと言いたい。

一方、見事現役執務官を叩きのめす大金星を上げたフェイト嬢はというと、プレシアから与えられた部屋のベッドで休んでいた。

時空管理局の現役執務官を叩き落とした事は戦争をふっかけたのと同義、それ程大部隊とはいかなくともかなりの武装局員達が此処へやってくるだろう。

プレシアからはそれまでの間に休んでいるよう言われ、この部屋を与えられた、つまり決戦に備えろということだ。

しかし当のフェイト嬢はというと……

「あの白い子にお礼しなくちゃ」

律儀にもはにゃーん様への御礼を考えていた。

今更遅いというべきか、それとも決戦が近いにも関わらず能天気と言うべきか、ともかくフェイト嬢ははにゃーん様へのお礼は何にするべきか、早速ベッドの下で丸まっているアルフを揺り起こして相談することにする。

「ねえねえ、アルフ起きて」

「何だい?わたしゃまだ眠いんだ……」

「あの白い子のお礼、何がいいと思う?」

「あの白いヤツに?んなモン何でもいいでしょ」

「ダメだよ、こういうのは気持ちだから……」

「ウーン……んじゃドッグフードでもあげな」

「もういいよ、アルフは寝てて」

「アーイ」

やっぱりこういうのはアルフには相談すべきではなかった。

仕方なくマントを羽織り、彼女は一人海鳴へ戻る事にした。

幸か不幸か、彼女が海鳴に降り立った直後にプレシアはジュエル・シードを発動させ、その次元震で位置を割り出した時空管理局所属時空航行艦アースラは武装局員の大部隊をプレシアの居城へ送り込んだ。

* * *

その日のはにゃーん様はというと、通常通りの学業を終えられ、そのままの足でアリサの家へ遊びに行かれるため、ご友人お二人とご一緒に下校なさっていた。

俗に言う、嵐の前の静けさ、というものである。

ご友人お二人はというと、最近になってどこか変わったような気のするはにゃーん様を気遣ってよくはにゃーん様とお話をなさるのだが、やはりはにゃーん様とご友人お二人の間には見えないシコリのようなモノがあるようで、今まで解決に至っていない。

むしろその妙なシコリがあると感じるのは、自分達がどこか変わった所為なのではと思う位だ。

「そうそう、実は最近面白い子と知り合ったのよ」

そう切り出したアリサに、当然はにゃーん様とすずかはそれが誰なのかと訊いた。

アリサが言うに、その面白い子と知り合ったのは図書館とのこと。

海鳴市にはそれなりの蔵書を誇る図書館があり、はにゃーん様も一時期は学校以上の叡智を養われる為に足繁くそこへ通われた事もある。

その面白い子と知り合ったキッカケは、アリサが大名行列のようなSPを伴って図書館で借りた本を返却し、新たな本を探して無数の書架の間を歩き回っていた時のこと。

「うーん、やっぱりここらには面白そうな本は無いわね。工学系の本なんてすずかやなのはの領分だわ……」

「……ええい、何だこの主観的な記述は……これでは構造の本質など完全に理解出来ん……コレもか……!」

「ん?ちょっとここは図書館よ、もう少し静かに読みなさいよ……!」

小難しい本が並ぶ列なので人気無いといえどここは公共施設、いくら記述が酷いといえど騒ぎ立てるのは御法度、アリサが書架の向こう側へ注意を呼び掛けるとイラついた声は止まった。

代わりに極低音の駆動音が聞こえて、アリサの元へ車椅子に乗った少女が現れる、その少女は茶髪で何故か頭をヘアバンドで縛っていた。

「あいや申し訳無い、本に没頭しすぎてここが何処だか忘れてしまったようだ……」

「次からは気をつけなさいよ。ところでアンタ、それ……」

「ああ、気にしないでくれ。物心付いたときからの因縁だ、今やこの車椅子のおかげで大分楽になった」

「そ、なら私も気を遣わないようにするわ。却って嫌になるだろうし」

「そうしてもらえると助かる。所で君がここ居るとは……なかなか勉学に励んでいるらしいな」

「ええ。パパの会社継がなきゃなんないから」

「ほぉー、是非とも頑張ってくれ。これからの時代を担うのは我々女だからな」

「そうね、男ばっかりに負けてらんないもの」

とすっかり車椅子の少女と意気投合したアリサはそのまま場所を移して様々な議論を交わし、日が沈み別れるときには両手で握手してまた議論しよう、と約束を交わしたのであったそうだ。

「へぇー、その子頭良いんだねぇー」

「車椅子がお手製って聞いたときは流石に驚いたわ」

「凄いねー」

「ねー。あれ?」

「あっ…………」

はにゃーん様がすずかとその天才少女を褒めていたとき、不意にすずかが足を止めたのではにゃーん様とアリサも足を止めてすずかの見ている正面を向く、するとそこには翠屋のケーキの入った箱をぶら下げてこちらを見ているフェイト嬢の姿が。

どうやら結局マシな案が浮かばず、前回同様桃子オススメのケーキに決めたらしい。

こちらを見て気まずそうにするフェイト嬢、はにゃーん様は迷わず佇んでいる彼女に近付くと、なんとフェイト嬢の手を引いてアリサ等の元へ連れて行ったではないか。

「ちょっ……」

《今は私に合わせろ》「私も紹介するね、最近親しくしているフェイト・テスタロッサちゃん」

「へぇー、一緒に遊んでるならもっと早く紹介しなさいよ」

「そうだよ、私達だけ外すなんて酷いよ」

「えへへ、ごめんね……」《お前も何か言ったらどうだ?》

《あっ、うん》「初めましてフェイト・テスタロッサです、よろしくお願いします」

「そんな堅苦しい挨拶は良いわよ、それじゃ一人追加ね」

「えっ?」

「これからアリサちゃんのお家で遊ぶの、フェイトちゃんも来るよね?」

「……うん!」

* * *

一方、時空管理局と本格的な衝突が始まったプレシアの居城は正に一方的なワンサイドゲームと化していた。

プレシアがジュエル・シードを発動させたことにより引き起こされた次元震、それに引き寄せられるように到着した時空航行艦アースラは、ジュエル・シードの発動阻止の為武装局員等を次々に居城内へ投入する。

しかし城主プレシア・テスタロッサの圧倒的火力の前に武装局員等は消し炭とされ、アースラ自身も直接攻撃を受けてメイン動力炉に致命的なダメージを負わされてしまう。

事態を打開すべく、まだキズの癒えていないクロノが単独で居城へと乗り込むが、残念ながらプレシアにたどり着く前に使い魔のアルフにガブッとされてしまい、あえなく戦闘不能になる……

もはや艦隊特攻以外やむなし、という状況で事態は最悪のシナリオを迎えようとしていた……

「艦長!こうなったらアースラであの居城をブッ壊しましょう!」

「バカ言わないで!少し落ち着きなさい!」

「ですが……もう戦力らしい戦力なんてありゃしません……」

「居るわ、あの白いバリアジャケットの子。民間人のあの子に頼るのは心苦しいけど……」

 

「バイバーイ!」

「じゃあねー!」

「さようなら!」

フェイト嬢を連れてバニングス邸でゲームに没頭し、気がつけば既に日は傾いて水平線へ消えつつあった。

アリサとすずかに別れを告げて、はにゃーん様とフェイト嬢は並んで帰路につかれた、最初に沈黙を破ったのははにゃーん様からだ。

「フフフ……まさかお前が礼を告げに私の前に現れるとはな……」

「気に入ってもらえたら嬉しいんだけど……」

「そんな事はない、美味しく頂いたよ」

「そう……なら良かった」

そういってまたしばらく沈黙。

するとまたはにゃーん様が沈黙を破られた。

「お前、時間あるか?」

「え?」

「私も礼には礼を尽くす、私の家へ案内しよう……」

そう仰られてはにゃーん様はフェイト嬢の先を歩かれる。

フェイト嬢は逡巡するも直ぐにはにゃーん様の後を追った。

はにゃーん様の御自宅に到着し、はにゃーん様は手短に新しい友達が出来たと桃子や美由希に説明して自室へと上がられ、フェイト嬢もキョロキョロと新鮮な高町邸を見回しながらはにゃーん様の自室へと入る。

白とピンクに彩られたはにゃーん様の御部屋は正に年相応といった内装で、フェイト嬢は少し戦闘時とのギャップに驚いた。

「フフン、驚くだろう。だが私も子供だ、可愛い物は好きだし甘い物も好きだ」

「そ、そうなんだ……」

「しかし、今日は私の方が驚かせられた。フェイトがお礼をしにここまで来るとは思っていなかった……」

「でも、こういうのは気持ちだし……」

「気持ち、か……。一昨日まで一方的にやられていたヤツの言葉とは思えんな……」

「ソレとコレとは別だよ……あの時はジュエル・シードを賭けて戦っていたんだし……」

フェイトのソレはおそらく違うだろう。

はにゃーん様からジュエル・シードを承って素直に嬉しいと感じ、そしてお礼をしようと考えたのは彼女の優しさからであることも否定できないが、感受性豊かな子供の感覚がはにゃーん様の本質的な優しさを無意識に感じ取ったからだ。

『ニュータイプへの覚醒で人類は変わる、か……』

グリプスの劇場跡でシャアが語った人類への希望、確かにジュドー達子供にはその希望はあった。

だが人間は生きている限り、しがらみや生まれの呪いから逃れる事は出来ないし、それを無くそうとすれば人類そのものが無くなる。

今回の事件、裏で糸を引く者からはにゃーん様は計り知れない絶望と悲しみを感じなさっていた。

アクシズからシャアで出て行った時の自分のような、ジュドーが自分の手を振り払ったあの時の自分のような、深い絶望と悲しみだ。

そして今も、自分がシャアの事を忘れられないでいるのが何よりの証拠だ。

『ふっ、ジオンも連邦もない世界だというのに私は……』

「あの、どうかした?」

「いや、気にするな。フェイト、今頃お前の帰る家には時空管理局が向かっているハズだ」

「え!?」

「先ほどからおぞましい程のプレッシャーを感じている……恐らくは渡したジュエル・シード全てを発動させたな……」

「そんな!?母さん!」

「フェイト、私が何故お前にジュエル・シードを渡したか解るか?」

「何故って……」

「お前に休息をとらせる為でもあるし、私の為でもある……」

「それはどういう意味?」

「それは言えないし、言ったところでフェイトには栓無き事だ」

「そう……じゃ、母さんの所で待ってる……」

そう言ってフェイトは窓から飛び出して消えた。

ちょうどその後になって桃子がケーキを持って部屋へ入って来たが、はにゃーん様は今さっき帰っちゃったと伝え夜空を見上げた。

星の綺麗な夜空だ、決戦を迎えるには丁度いい。

 

はにゃーん様の戦いは遂に幕を下ろす……

 




次でラストです!


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第13話 はにゃーん様、御別れ

時の庭園内は静まり返っていた。

爆発や足音すら聞こえず、生々しい戦場の傷跡を見つけさえしなければフェイトはなのはの言った事は嘘だと決め付けたかもしれない。

動く陰すら見当たらない通路を駆け抜けて、人影を見つけたのはプレシアの私室の扉の前だった。

「アルフ!大丈夫なの!?」

「ン……あぁ、やっと帰ってきたかい。あまりに遅いモンだからすっかり寝ちまったよ……」

「そう……良かった……そこの人は?」

「ああ、怪我を押して飛んできたバカさ。ちょっと捻るだけでこのザマさ」

のっしりと起き上がったアルフはチェーン・バインドで縛り上げたクロノを鼻でちょっと笑って、プレシアの私室の前まで歩いてフェイトを振り返る。

「あの女、たった一人で武装局員を消し炭にしやがった。ちょっと作業が終わるまで一歩も入らせるな、ってさ」

「じゃあやっぱり……母さんはジュエル・シードを全て発動させたんだ」

「何だって!?だから管理局が……でもジュエル・シードを一気に発動させてなにしようってんだい」

「さぁ……そこまでは……」

ジュエル・シードの一つ一つには膨大なエネルギーが内包されているが、ジュエル・シードの数を増やすことによってその成功率は比例する。

プレシアがあれ程までに多くのジュエル・シードを渇望したのは、より確実に自分達を失われた都へと誘う為であった。

しかし反面、それは巨大な次元震を誘発し易く、次元断層を引き起こす可能性も増大する行為でもある。

『でも、ジュエル・シードを発動させる事をあの子は予期しているようだった……。ジュエル・シードの発動が私と、あの子の為になるっていうのはどういうことなんだろう……?』

そう、プレシアの狂気を予期していたような素振りを見せたなのはが何故、自分達の世界を危機に晒してまでジュエル・シードを自分達に譲渡したのか……

* * *

「戦力が私達だけでどうにかなるんですか?」

「ジュエル・シードの発動は中央やや後部の、この場所から確認されているわ。そして発動させたのはSランク魔導士プレシア・テスタロッサ、あの黒衣の少女はその娘と見ていいわ。となると相手の数もこちらと同じぐらい。といえば聞こえは良いわね」

アースラの転送ルームで説明された作戦の概要は、今アースラに残された戦力を揶揄したような内容だった。

イタチ少年はもちろん、艦長職に就いて前線で戦う事は久しいリンディではサポートするのが精一杯で、力押しの作戦で発動を食い止めるのには厳し過ぎる戦力だった。

リンディが特に悲観するような素振りは見せずに淡々と説明をしたのも、絶望的な状況を前に開き直ったようなものだからだ。

「どうにか敵は抑えられたとして、ジュエル・シードの発動は止められるんですか?」

「そうね、タイムリミットはあと五分。ジュエル・シードのエネルギーが臨界に達したら、その時は……」

そう言ってリンディは顔を俯かせた。

そして、神の見えざる手によってシナリオへ事態は傾いている事を思わせるかのように、潜入した庭園内大広間には多数の傀儡兵が配置されていた。

ユーノとリンディのサポートとはにゃーん様のメガ・ディバイン・バスター・ランチャーで一掃したものの、最後の大型タイプを撃破するのに手こずり、残された時間は既に三分を切っていた。

そして、私室前に彼女達はいた。

「プレシア・テスタロッサ!」

「遅かったわね……ジュエル・シードのエネルギーが臨界するまで、もう三分切ってるわよ……?」

「あなたがどうしてこんな事をするかは知らないけど、あなた一人の独善の為に大勢の人が犠牲なるのよ?あなたは何とも感じないの?」

「フフフフフ……この次元世界には同じ様な世界がゴマンとあるわ……一つくらいなによ……?」

「ならばもはや語るまい、ここがお前の死に場所だプレシア・テスタロッサ」

リンディの背後から飛び出したはにゃーん様はプレシア目掛けディバイン・バスターを放ち、その砲弾はプレシアの手によって霧散される。

だがプレシアが砲弾に気を取られたので、はにゃーん様は彼女の背後にファンネル・シューターを滑り込ませることが出来た。

「させない!」

直ぐさまプレシアの後ろに控えていたフェイトがはにゃーん様のフェイクに反応して、ファンネル・シューターにアーク・セイバーを放ち、撃ち落とすまではいかなくとも弾丸の軌道を反らしプレシアは危機を脱した。

「チッ」

「フェイト如きに助けられるなんて……屈辱だわ!」

フェイトに助けられた事に、プレシアは憎悪ともとれる感情を隠しもせず、感情の赴くまま紫電を走らせた。

はにゃーん様は更なるファンネル・シューターを出現させつつ体を捻り、迸る紫電をやり過ごしながらディバイン・バスターを三連射する。

だが三発目を放った瞬間利き腕に違和感を覚え、着地したときにはにゃーん様は片膝を着いてしまった。

回避したはずのプレシアの電撃も、怨念が籠もってか視認できる範囲以上にまで影響を及ぼし、はにゃーん様の左腕を完全に封じ込めたのだ。

「チッ、こんな時に利き腕が……!」

舌打ちしながらはにゃーん様はレイジングハートを持ち替えてファンネル・シューターを再び三人へ放つ。

が、利き腕が痺れてか思うように集中できずファンネルは散漫な挙動をし、これを機とフェイトはバルディッシュをサイズ・フォームに切り換えはにゃーん様へと突進した。

飛び回っているファンネル達は一斉に突進するフェイトへと集うが、それを叩き落として跪いているはにゃーん様へ肉迫する。

遂にはにゃーん様は障壁でフェイトの斬撃を防ぐほか無かった。

ファンネルはそれ一つが意志を持つ弾丸故独自に動くが、素早い動きの標的には追従しきれない欠点がある。

そして一発辺りの威力が低いので初見ならまだしも、その特性を見破ってしまえば見掛け倒しの攻撃にすぎないのだ。

一撃、二撃とバルディッシュと障壁はぶつかる度にスパークを起こし、その余波は容赦なくフェイトを襲いバリア・ジャケットをボロ切れのようになってゆく。

だがフェイトは押し切れば勝てると確信していたので手を緩めるつもりはなかった。

「はにゃーん様!」

少し離れた場所で獣人と化したアルフにと戦うユーノとリンディらも苦戦を強いられていた。

アルフと違い、コレといった攻撃魔法を持たない二人には防御、または捕縛する以外手段はなく、動きの遅いチェーン・バインドでは人外の速さを持つアルフを捕縛できないでいるのだ。

ユーノとリンディ等がアルフに攻め倦ねている間に、フェイトがバルディッシュを叩き付ける障壁には亀裂が走り始める。

「ええい小賢しい!」

守り一辺倒では敗北必須。

ならば負傷を引きずってでも攻勢に出るべしとはにゃーんは自らに檄をいれると同時に、フェイト目掛け凄まじいプレッシャーを押し付けた。

「邪魔はさせんぞ……この私の宿願を果たすため……貴様如きに、やられはせんッ!!」

「な……こ、コレは……」

フェイトに押し付けたプレッシャーは、はにゃーんの意識により凝結し、嘗てのハマーンの愛機キュベレイの形となってフェイトに立ちはだかる。

無論、それはフェイトの錯覚、幻視だろう。

しかしその蜃気楼は無言の恐怖でフェイトを釘付けた。

「何をマヌケな……!真面目になさい!」

「ああっ!?」

だがその光景を、プレシアは怖じ気づいたと判断し、フェイト目掛け紫電の雷を落とし、フェイトは仰け反った。

当然、同士討ちで一瞬動きの止まる戦場をはにゃーんは見逃さず、右手に持ち替えた杖をフェイトの鳩尾へ突き出し、くの字に曲がるフェイトの体へ至近距離から砲撃魔法を唱えた。

「ディバイン・バスター」

「か、母さん……助け」

フェイトの最期の言葉は光に掻き消されていった。

はにゃーんは崩れ落ちるフェイトに目もくれず、正面をキッと睨んだ。

「ちっ、ここまでね……」

はにゃーんの視線の先で、プレシアはあくまでも冷静に、けれども明らかな失望と侮蔑の籠もった声を漏らして杖を掲げ、紫電を走らせて周囲を無差別に破壊してはにゃーんとプレシアの中間点に瓦礫の即席のバリケードを築き上げ、土埃が落ち着かない内に奥の間へと退いた。

「逃がすか」

「待て!」

はにゃーんが杖を振るい、ユーノは彼女の盾となって瓦礫を破壊して、プレシアを追って奥へ走り抜け、リンディも彼女達に続いて走り出す。

「フェイト……」

背中から聞こえるアルフの悲しげな声が、不気味なほど大きく庭園の中に響いていた。

* * *

「良くも邪魔てくれるわ……でも、コレで全てお仕舞い」

最深部、プレシアの私室である玉座の間の中央にプレシアと集められたジュエル・シード、そして彼女がいた。

その彼女は、はにゃーん等と激戦を繰り広げていた人物と瓜二つの容姿を持っていたが、明らかな違いがあった。

「プレシア・テスタロッサ、彼女は……」

「私の可愛いアリシア……後少し、後少しで元通りになるからね?」

その光景を目の当たりにして、リンディの顔から血の気が失せていった。

ユーノは全身の毛を逆立てる。

はにゃーんのみ冷めた目つきでプレシアを見ていた。

「後少し……そうすれば、直ぐに目が覚めるからね……?」

プレシアは、とても愛おしそうに、大切な宝物を扱うように大きな試験管の中に浮かぶ少女に話しかけていた。

その少女は……これまで自分達に立ちはだかったフェイトと瓜二つの容姿の持ち主ながらも、既に生気のない人形に過ぎなかった。

「プレシア、その子はもう死んでいるわ……かわいそうだけど」

「違うわ……アリシアは眠っているだけ。だから起こしてあげるだけなのよ」

「いいえ、今わかったわ。アナタがジュエル・シードを欲するのは、ジュエル・シードの願望実現能力を利用してその子を……」

「全く分かってないわね、私の望みは"失われた都"アルハザードへと旅立つ事よ!」

「……どういう事だ?」

リンディとユーノが愕然とする中、ただ一人上手く飲み込めないはにゃーんはソッとリンディにその真意を訊ねる。

「アルハザード、いわばお伽話の世界。そこには多くの失われた技術が眠っていて、死者蘇生さえできる……って伝説だけど……」

「この期に及んで、何ともメルヘンチックな発想だな」

あの娘にしてこの母親ありだな、とどこかマヌケたフェイトを思い浮かべ、はにゃーん様はネジ一本抜けた考え方をするフェイトの母親に冷ややかな目線を向けた。

「何よ!夢の国の何処が可笑しいのよ!」

「その言い方は紛らわしいから止めろ」

「私の望み……アルハザードへアリシアと旅立って、そこで何もかも……あッ!」

プレシアが全てを言い終える事さえまだるっこしい、そう言わんばかりに閃光が奔り、その耳を掠めてガラスポッドを貫通し、揺り籠に眠るアリシアの胸に突き刺さった。

「ああっ何てこと!アリシア!」

プレシアは悲鳴を上げる。

はにゃーん様はプレシアの悲鳴が耳に入る前に、アリシアの胸に突き刺さったファンネル・シューターに命令すした。

果物ナイフのように佇立する閃光は四散する。

アリシアの姿は、その過剰ともいえる炎の中に消えた……

「そんなっ!アリシア!」

我が身を顧みず、プレシアは炎に身体を投じようとするが、はにゃーん様とその他は、阿吽の呼吸と呼べる連携で、プレシアの見動きを封じた。

もっとも、はにゃーん様の思考の片隅にも冷徹な部分があり、そのまま焼死させてしまえば、見え透いた形ではあるが最も楽な形でケリが着くと分かっていた。

そうしなかったのは、せめてもの償いである。

「ああああっ!!いやぁ!」

「……火力は高めに設定しておいた。生命活動が残っていたかは知らんが、骨も粉々になっているだろう」

少し間を置いたのは、はにゃーん様なりのご配慮といえよう。

レイジング・ハートで床を強く突くと、炎は一瞬で鎮火した。

プレシアは拘束されたまま、すすり泣いている。

アリシアのいた箇所には高熱で溶解したガラスポッドの残骸がこびり付いていて、アリシアであったものは見当たらない…

頃合いを見計らって、リンディはプレシアの肩に手を置いた。

抵抗は、なかった。

「人は……いえ、今はそんなことはどうでもいいわね。みんな、行きましょう」

「なんだか、あっけない終わりですね」

「言ってしまえば、いつまでも葬式を挙げない喪主に代わってやっただけだからな。こんなものだ」

正直な所、もう少し場を乱したいのがはにゃーん様の本心であった。なぜならば、はにゃーん様はドサクサに紛れてジュエルシードを頂戴するつもりだったからだ。

しかし……

『プルとプルツーを、この二人に重ねるとは……私も毒されたものだ。アイツに配慮するなんてな……』

今頃、狼娘に介抱してもらっているフェイトを一瞬想いやる。

もしかすると、アリシアもそうされることを望んでいたのだろうか?

至近距離で爆発したはずが、プレシアには火傷一つないのだ。

『ま、どうでもいいか……』

三人はプレシアとやや熱のあるジュエル・シードと共に、帰艦した。

そして間もなく、アルフから自首をしたいという通信が入り、彼女たちが乗艦すると庭園は崩壊していった。

* * *

「本当にありがとうございました」

人気のない公園でリンディとクロノ、そして事の発端のユーノが深々と頭を下げ、はにゃーんは気にするなと手を振る。

「何というか……その、君には驚かされるよ。とても10歳の」

「執務官殿、わたしはまだ9歳でございます」

「ああごめんごめん。とても9歳のやることとは思えないな」

「フフフ……時として感情を吐き出させるよりも、行動に移した方が手っ取り早いことがあります。執務官殿もよく覚えておくと、今後役に立ちましょう……」

ははは、覚えておくよと、朗らかに答えるのがクロノだが、リンディやエイミィは何かを察したのか、引き攣った笑いを見せた。

一団から、フェイトが一歩前へ進み出る。

はにゃーん様は一瞬顔色を窺ってみるが、その色はやや疲労気味というもので、引き摺ったものはみられない。

プレシアは真相を話してないようだ。

「恐らく長くなるだろうが、体を大事にな。もうこんなバカはするなよ」

「はい、ご迷惑おかけしました……あの」

「どうした」

「これからも、友達に、なってくれますか?」

恐る恐るといった様子で訊ねるフェイトに、はにゃーんはふっと微笑んで勿論と返し、涙ぐむフェイトの頭を撫でた。

「そうだ、ユーノ」

自分の胸で泣き出したフェイトを撫でながら、はにゃーんはユーノを呼び、飛び上がったユーノはうわずった声で返事してはにゃーんの前へ出る。

「もうあうこともないだろうからな。今まで助かった、ありがとう」

コレまで我が儘に付き合ってくれてありがとうと微笑んだ。

「ワ、ワ……バンザーイ!」

「……やりすぎたか」

叫び出すユーノにはにゃーんは溜め息を吐きながら、ふと思い出したことがあって少しポケットの中を弄り、少ししてユーノに赤い宝石を差し出した。

「元はといえば、これはユーノの所有物だったな。今までは私が使っていたが、返しておこう」

「あっ、持っていても飾るくらいしかできないので、管理局の方々さえ良ければ、はにゃーん様に……」

言いながらリンディ達の方を顧みると、構わないわ、と返答があった。

「私の身代わりと言っては何ですが、お守りに持っていただけたら……」

「そうか、大切に持っておくよ」

そうした後、まずリンディが一足先に、と言って魔法陣の中に消えた。

それを合図にアルフ、エイミィも魔法陣の中へ消え、フェイトは名残惜しそうにはにゃーんから離れ、リンディ達の所へ戻る。

「そうだ、フェイト、お前とアルフに」

「え?」

振り返ったフェイトは投げ渡された一対のリボンを受け取り、それを見たユーノはフェイトを仇敵のように睨み付けるが、キョトンとリボンを見つめるフェイトは気付かない。

「餞別だ」

「じゃあ私も」

そう言ってフェイトもリボンを解いてはにゃーんへ投げ渡した。

「じゃ、行きましょう。なのはさん、本当にありがとうございました」

最後にもう一度、リンディは頭を下げた。

そして魔法陣が消え、公園にははにゃーんだけが残された。

「さて、これで静かになってしまったな」

ほんのり寂しさを感じる、静まり返った公園。

はにゃーん様はポケットから、残された二つのジュエルシードを取り出した。

旅立つ前、ユーノに命じて魔力は空にさせてある。

「ようやく手に入った、ジュエル・シード……この願望実現機能は興味深い。今すぐには役に立たんだろうが……その人の意思に反応する機能、サイコミュ・システム構築の良い手本となるだろう……」




考えた挙句、なんだか葬式やってやるのが楽だろうという結論に至りました。


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