ありふれた職業で世界最凶を目指します! (鞍馬山)
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Life.0 プロローグ

 カーテンの隙間から指す朝の穏やかな日差し。

 それに相反する目覚ましの轟音が部屋を満たす。

 そんな中、ベッドの中から這い出る少年──佐々野タケルは目を覚ます。

 

「……ったく、何時だよ?」

 

 寝ぼけた思考で、サイドテーブルに置かれた目覚まし時計を止めて時刻を確認する。

 

 そこには今日の日付と曜日、日時が表示されていた。

 

「月曜日かぁ……ってか、もうこんな時間かよ……うぅ、学校面倒だぁ……」

 

 文句を口にしながら掛け布団を畳んで、手早く身支度を済ませる。

 眠い目を擦りながら登校すると、四人組の同級生に絡まれている頼りなさそうに背中を縮める友人の姿を見つけた。

 タケルはその光景にまたか、と呆れつつ、溜め息を吐いてドアの入口を陣取る同級生の一人に蹴りを入れた。

 

「痛っ!?っ誰だ!後ろから蹴り飛ばした奴はよ!?」

 

 蹴り飛ばされた彼の名は檜山大介。学校でハジメているグループの筆頭である。檜山の他に斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人がハジメに絡んでいる。

 前のめりにに倒れた檜山は顎を押さえながら後ろを振り向く。他の三人も同様に振り向いた。

 だが、その人物がタケルだと知ると嫌な顔をしつつも、先程の威勢は引っ込めた。

 

「いつまでそんなところに突っ立てんだ。邪魔になるからそこどけよ」 

 

 呆れ顔でそう言うと檜山は睨み、舌打ちして他の三人と離れていった。

 

「ハジメ、おはようさん」

「おはよう、タケル」

 

 南雲ハジメ。

 ハジメとは中学からの付き合いで、その頃からタケルにとって生涯で一番の親友となった。

 ハジメは漫画や小説、ゲーム、映画と言った物が好きで所謂オタクと言う奴だ。中学の時は特になにもなかったが、高校入学してから檜山達がキモオタだのと罵って絡んでくるようになった。

 しかし、ハジメはキモオタと罵られるほど容姿や言動が残念という訳ではない。寧ろ、いつもきちんとしているくらいだ。

 世間ではオタクの風当たりが未だ厳しいところだが、それを理由にいじめを行うなんて言語道断だ。

 だが、ハジメは檜山達だけでなくクラスの男子の大半から敵意を持たれている。オタクという理由以外にも要因があるからだ。

 

「南雲君、佐々野君、おはよう!」

 

 そんな中、タケルとハジメにに声を掛けてくる一人の女生徒がいた。

 彼女の名はは白崎香織という。この高校では二大女神と称される男女問わず絶対的な人気を誇る美少女だ。

 徹夜でゲームをしたりするハジメは授業中よく居眠りをしており、そのことからは香織によく気に掛けられている。もともと面倒見の良い香織は生活態度を改善させようとしたりなど色々と面倒をみたりしていたのだが、改善の気配がないのに親しそうにしているのが他の男子達には我慢ならなかった。

 女生徒達も「白崎さんがあそこまでやってくれているのにそれでも生活態度を改めようとしない」と思っており、ハジメに対して不快さを感じている。

 

「おお、白崎。おはようさん」

「お、おはよう白崎さん」

 

 タケルはいつものように手を軽く上げて挨拶し、ハジメは頬を引きつらせて挨拶する。

 

「南雲君、佐々野君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 クラス中の男子からの殺気を集めている中、三人の男女が話しかけてくる。

 

 タケルとハジメに挨拶をしたのは八重樫雫。高い身長に引き締まった体、侍を彷彿させるような凛とした態度の女生徒だ。実家が八重樫流という剣術道場を営んでおり、タケルも昔通っていたことがある。

 次に話し掛けてきたのは天之河光輝。百八十近くある高身長に加え、引き締まった体、サラサラの茶髪、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人で、正義感も強い男子生徒だ。光輝も八重樫流の門下生で全国レベルの猛者でもある。

 最後に話しかけたのは坂上龍太朗。百九十センチの身長に熊のような大柄な体格に、刈り上げた髪が特徴的で、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋で、努力や熱血、根性といった言葉が大好きな男子生徒だ。

 

「よっ、八重樫。おはようさん」

 

 タケルは雫にだけ挨拶をし、光輝や龍太朗を無視する。

 

「佐々野、雫にだけ挨拶をして、俺や龍太朗に挨拶なしは失礼じゃないか?」

「何様だあんたは。なんで俺はお前らに挨拶しなきゃいけないんだ?お前らからの挨拶なんて聞いてないな。八重樫だけが挨拶したんだから八重樫だけに返すのが普通だろ?まぁ、お前らから挨拶されたって俺は返すつもりは微塵もないがな」

 

 光輝と龍太朗に対し侮蔑を込めた目でタケルは言った。

 タケルは光輝と龍太朗が嫌いだった。

 光輝の思い込みの激しさ、自分の正しさを疑わない性格に加え、無駄に強い正義感、そして性善説で人の行動を解釈するその思考が気に入らなかった。その上、タケルが道場を辞める原因を作ったことも彼である。本人はそんなこと全く知らないようではあるのだがな。

 龍太朗は努力、熱血、根性が好きなこともあり、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうに見える人間は嫌いなタイプだ。それ故にハジメを見下しており、一緒につるんでいるタケルも無視されるなど、そんな態度がタケルは気に食わなかった。

 そんな喧嘩腰になる親友にハジメは相変わらずだなっと思いながら明後日の方を眺めた。

 そうしてる内にHRのチャイムがなり、いつの間にかハジメは眠りについていた。

 気持ち良さそうに寝ているハジメを見て、タケルも居眠りしようかな~と考えるが、特に眠気があるわけではないのでそのまま授業を受けた。

 午前中の授業を終えて、昼休みになるとハジメは机から顔を上げた。居眠り常習犯であるため、昼休み開始の時間がすでに体に染みついているようだ。

 

「ハジメ、飯にしようぜ」

 

 タケルは弁当を両手にハジメの前の席に座る。

 目を擦るハジメの前に弁当を置いて、タケルも自分の弁当を開けて食べ始める。

 ハジメはいつも十秒チャージのドリンクばかりを昼食として食べていたが、タケルは「栄養が片寄って病気になる」と言ってハジメ用の弁当を作り始めた。ハジメは睡眠時間を気にしているので、弁当の量もタケルの半分だが、とても彩りよく塩分量など計算されているのでとても健康志向の弁当だ。

 そんな感じで週に二、三回弁当を作り、その弁当を広げてハジメと談笑しながら食べていた。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?佐々野君もどう?」

 

 すると、香織が弁当を手に近寄ってくる。

 ハジメはしまったと心の中で呟いた。いつもなら香織たちに関わる前に教室を出て、目立たない場所で昼寝をするのだが、タケルの弁当に夢中になっていたことで油断していた。

 タケルはハジメとは別の意味でクラスでは浮いた存在で、思ったことははっきりと言う性格で同級生、上級生からは好ましく思われていない。上級生が昼休みに教室に来るときは絡まれないように人気のない屋上で昼休みを過ごすが、今日は来ていないので教室にいた。

 

「あー、誘ってくれて有難う白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 ハジメはすでに食べ終えた空の弁当箱を見せてそう言う。

 

「えっ!南雲君それだけなの? ダメだよ、男の子はちゃんとたくさん食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」

(もう勘弁して下さい!気づいて!周りの空気に気づいて!)

(あれ?白崎に睨まれている?やっぱ、教室で弁当を渡すのは不味かったか……)

 

 一秒ごとに増していく圧力にハジメが冷や汗を流し、タケルは白崎のライバル視しているような視線にどうしようかと思考を巡らせていると光輝が間に割って入ってくる。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 爽やかな笑顔で気障なセリフを吐く光輝に、タケルはイラッとする。

 

(本当にこいつは何様なんだ……?)

 

 タケルが苛立つ中、少々鈍感というか天然が入っている香織は、光輝のイケメンスマイルやセリフも全く効果がないようだ。

 

「え?何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

 素で聞き返す香織に思わず少し遠くにいた雫が「ブフッ」と吹き出した。光輝は困ったように笑いながらあれこれ話しているが、結局、ハジメの席に学校一有名な四人組が集まっている事実に変わりはなく、ハジメへの視線の圧力は弱まらない。

 深い溜息を吐きながらハジメは内心で愚痴った。

 

(もういっそ、こいつら異世界召喚とかされないかな?どう見てもこの四人組、そういう何かに巻き込まれそうな雰囲気ありありだろうに。…どこかの世界の神か姫か巫女か誰でもいいので召喚してくれませんか~)

 

 現実逃避のために心の中でそう呟き、異世界へと電波を飛ばすハジメ。

 いつも通り苦笑いで退散しようとタケルとアイコンタクトしていたところで………凍りついた。

 ハジメの目の前、光輝たちの足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。自分の足元まで異常が迫って来たことに漸く硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫ぶのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

【To be continue ……】



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Life.1 異世界召喚

 

 突然の出来事にタケルは理解が追いつかなかった。激しい閃光に包まれて、目を開けるとそこは見慣れた教室ではなく、巨大な空間。 

 まず目に飛び込んだのは巨大な壁画。縦横十メートルはありそうだ。こんな巨大な絵は生まれて初めて見た。日本にはこれほど巨大な絵は殆ど無いだろう。後光を背負い、長い金髪をなびかせて微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれたその壁画は、とても美しい絵だ。絵心はないがとても美しいと感じる。しかしその反面、この壁画から何か薄気味悪さも感じる。見た目からはそんな感じは抱かない筈なのに鳥肌が立つほど嫌な何かを感じて目をそらした。

 周囲を見回すと建物の造りが天井はドーム状になっていて、大きな教会──大聖堂を思わせるような造りをしている。これは大理石だろうか?白く美しい光沢を放つ滑らかな石をふんだんに使った建物の祭壇にタケル達はいた。

 タケルの周りには周囲を見回すクラスメイト達がいる。どうやら、あの時、教室にいた人間は全員この状況に巻き込まれているようだ。ハジメもタケルの側で尻餅をついていた。

 そして、この状況を知っているであろう三十人近い人々が、まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好でいた。まるで聖職者のような格好だ。

 その中から豪奢で煌びやかな衣装を纏い、細かい意匠の凝らされた烏帽子えぼしのような物を被っている初老の男が進み出る。歩く度に錫杖がシャランシャランと鳴り響き、深みのある落ち着いた声音で話しかけてきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 訳も分からぬままタケル達は何処かの大広間へと通され、クラス全員が晩餐会などで使われるような縦長のテーブルの椅子に腰を掛ける。

 それと同時に、カートを押しながらメイド達が入ってきた。男子たちはメイドの姿に目を輝かせる中、タケルはこの状況が明らかに普通ではないと感じた。飲み物が配られると、イシュタルはこの世界について語り始めた。

 この世界の名はトータス。タケルにたちはイシュタルたち“聖教教会”が崇める唯一神“エヒト”によって召喚され、ここにいる全員がこの世界の人間より優れた力を有しているらしい。

 この世界には大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三種族がいる。人間族は北一帯、魔人族は南一帯、亜人族は東の巨大な樹海にひっそりと暮らしているらしい。

 この内、人間族と魔人族は長年戦争を続けていた。そして、長年の戦争で人間族の数が減少し、滅びの危機にさらされているとイシュタルは告げる。また、魔人族は魔物を使役を複数使役し始めたらしく、疲弊しながらも数で拮抗していた戦況が覆される恐れも出てきたらしい。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位の存在であり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 タケルが、“神の意思”を疑い無く、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 愛子先生だった。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿は何とも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられた生徒は少なくない。“愛ちゃん”と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ぶと直ぐに怒る。何でも威厳ある教師を目指しているのだとか。

 「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に乗りかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とすと、周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

 

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 

「明日発売のエロゲ買えねぇじゃんか!」

 

 クラスメイト達がパニックになる。何か変なのが聞こえたがそれは無視しよう。荒れ狂う室内の中、タケルとハジメは割と落ち着いていた。ハジメは内心では焦っているようだが、こういう展開は小説やゲームではよくある展開だなという程度の心構えができていたし、何より最悪のパターンではなかったことに安堵していた。タケルも同様にハジメから借りていた小説で読んだことある展開だったため、比較的落ち着いていた。

 すると、光輝は立ち上がり、テーブルをバンッと叩いた。その音にパニックは鎮まり、光輝に視線を向けた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 拳を握り、熱く語る光輝はまさに皆を導き、震え立たせる勇者のようだった。同時に、光輝のカリスマにより絶望していたクラスメイト達は一気にやる気になり、目を輝かせ、希望に満ちた表情になっていた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

 いつもの四人組がやる気になり、クラスメイトたちのモチベーションは最高潮だった。そんな中、タケルだけは苦虫を噛み潰した表情をしていた。

 

(天之河の奴……無駄に熱い演説しやがって!ただの高校生が戦争するって意味理解してんのかよ……!)

 

 いくら優れた力があるといっても、ここにいるのは全員が未成年の学生だ。それに戦争などと言った争いからは無縁の生活を送って平和ボケした奴らばかりだ。おそらく、誰一人として本当の意味で戦争をするということがどういうことを意味しているのか理解してはいないだろう。

 さらに、タケルはイシュタルのことも怪しんでいた。まずは先程のメイド。美人や美少女ばかりを揃えて、男子の気を引くような行動をしてこの世界に居たいと思わせるようだった。次にイシュタルは人間族の滅亡の危機と魔人族の悪逆非道さを語っていた。そんなことを光輝が聞けば、その無駄にありすぎる正義感から世界を救うと言い出すのは明白だった。

 イシュタルは説明をする中で、光輝のことを目ざとく観察し、光輝がクラスで一番影響力が高いことを知り、それを利用して、クラスメイト達をその気にさせたのだろう。

 流石は世界的宗教のトップだな、とタケルはそう考えた。

 

(ここで戦争反対を言うのは簡単だが、俺一人が言ったところで、こいつらは聞く耳を持たねぇだろうな。それに余計なこと言ってイシュタルら教会関係者に目を付けられるのは危険だ。……非常に気に食わないが、ここは大人しく従った方が良さそうだな)

 

 

 

【To be continue ……】



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Life.2 ステータス

 

 翌日から早速、訓練と座学が始まった。

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る俺達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 騎士団長が僕達の訓練に付きっきりでいいのかとハジメは思っていたみたいだったが、対外的にも対内的にも“勇者様一行”を半端な者に預けるわけにはいかないということがメルド団長の口から告げられた。

 メルド団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。おいおい、それでいいのか団長さん。それにしても副長さんは不憫だなぁ………。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 タケル達もその方が気楽で良かった。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰めながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。

 すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 タケルも同じように血を擦りつけ、プレートを見る。

 すると………

 

 ===============

佐々野タケル 17歳 男 レベル:1

天職:錬金術師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:15

魔耐:15

技能:錬金術・言語理解

 ===============

 

 次々とステータスプレートを起動させる生徒達。

 全員が起動し終えるのを確認したメルドは次にステータスの説明を始めた。

 

「まず、最初に“レベル”があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ」

 

 この説明だとゲームのようにレベルアップ=ステータスアップというわけでは無さそうだ。

 

「次にステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている」

 

 なんとなく察してはいたけど、日々の努力の積み重ねで成長するということらしい。現実はそう甘くはないようだ。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう?それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある」

 

 タケルは自分のステータスを見る。確かに天職欄には“錬金術師”とある。技能にも“錬金術”とあることから錬金に特化したもののようだ。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 メルド団長の説明だと各ステータスは数倍から数十倍と言っているが、魔力と魔耐は少し高いくらいで数倍にすらなっていなかった。

 内心不安でいっぱいだったが、メルドに報告しようと近づくが、先に光輝が報告に来ていた。

 

 ===============

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者 

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 ===============

 

 そのステータスに全員が驚く。まさにチートの権化と言っても過言ではないだろう。

 メルド団長もその内容に驚きと喜びを隠せないでいた。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め!頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

 メルドに称賛されて照れたように頭をかく光輝。

 それに対してタケルのステータスは一般人と変わらない数値である。

 タケルは再び自分のステータスプレートにある“錬金術師”を見る。錬金術は使いようによっては戦闘も可能だけど前衛向きではない。剣術を嗜んでいたタケルにとってそれは少し挫折に近い感覚でもあった。

 すると、突如檜山達の声が聞こえだす。

 

「んだよ、コレ!メッチャ雑魚じゃねぇか!」

 

 どうやら、ハジメにまた絡んでるようだった。

 檜山はハジメからステータスプレートを取り上げると、全員に聞こえるようわざと大声でメルド団長に尋ねる。

 

「メルドさん、錬成師ってなんっすか?」

 

「錬成師?言うなれば鍛冶職だが、まぁ、戦闘向きの職ではないな。鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明したメルド団長に檜山たちはさらに笑い出す。他の男子もそれに食いつた。

 

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

「ウハハハ、無理無理!絶対無理!コイツ、絶対直ぐ死ぬっ!壁役にすらならねぇよ!」

 

「武器職人って就職先見つかって良かったな!」

 

「いや~南雲の作った武器とかちょーいらねぇ!どうせコイツが作った武器なんてなまくら以下だろ?死ぬ、確実に」

 

 次々と馬鹿する男子達の中、タケルだけは違った。

 ハジメを囲って嘲笑う男子達を強引に掻き分けて中心にいる檜山の横っ腹に一発拳をお見舞いする。

 

「うごっ!?」

 

 腹を抱えて踞った瞬間、檜山はハジメのステータスプレートを手放して地面に落とした。それをタケルは拾う。

 

 ===============

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 ===============

 

 ハジメのステータスプレートにはそう書かれていた。自分と対して変わらないステータスにタケルは内心安堵していた。

 

「鍛冶職だからって気にすんな、ハジメ。俺も殆ど変わらないステータスだしよ」

 

 そう言って、タケルも自分のステータスを報告しに行く。

 すると、メルド団長は驚いた表情になる。

 

「錬金術師か……珍しい天職だな。少なくとも私は見たことがない。随分昔には王宮御抱えも居たらしいがな」

 

「この錬金術師って天職は錬成師と似ていますが、どの辺りが違うんですか?」

 

「錬金術師ってのは錬成師の上位ランクのようなもので物質変換、術式変換などがある。だが、錬金術の行使には複雑な魔方陣が必要だ。加えて錬成するものによって陣の構成は変わるし、大掛かりな錬成には触媒も必要になる。性能面では錬成師より上だが、扱いという面では錬成師のほうが上だな。どちらにしても錬成師同様、戦闘向きではない」

 

 申し訳なさそうにそう言ってメルドはプレートをタケルに返す。

 タケルは笑顔で「ありがとうございます」とお礼してハジメのところに戻った。

 

「ってことだ。非戦同士一緒に頑張ろうな」

 

「……うん、ありがとうタケル」

 

 そう言って笑うタケルに、表情の暗かったハジメには笑顔が戻った。

 

 その後、愛子先生も“作農師”と言う非戦闘職であることで「三人で頑張ろうね」と嬉々する愛子先生だったが、“作農師”という天職を知ったメルドは「この世界の食糧事情が一変するかもしれん!」と騒ぎ出し、非戦職でも役に立つ愛子と比べられたことにタケルとハジメは死んだ魚のようになり、体育座りして遠くを眺めた。

 少しでも期待してしまったタケルとハジメにはかなりのダメージだった。

 愛子先生の介入によってハジメに対するいじめはそこで止まったものの、上げて落とすような気遣いとこれからの生活の不安に、タケルは乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

【To be continue ……】



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Life.3 最弱

 ハジメ達が異世界トータスへ召喚されてから、早二週間の時が過ぎた。訓練ではタケルとハジメは他のクラスメイトより最弱で役立たずと認識されていた。それ故に訓練場を使用することが中々出来ず、今もこうして王立図書館にて調べものをしている。

 タケルとハジメの手にはそれぞれ“魔法大全”と“北大陸魔物大図鑑”という何の捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。

 何故、そんな本を読んでいるのか。

 ハジメはこの二週間の訓練でハジメは大した成長もできず、力がないぶん知識にて役に立とうと考えたからである。

 タケルは錬金術師という天職について徹底的に調べ、一人でも身を守れるくらいの技術を作ろうと模索していた。まず、錬金術の行使には複雑な魔方陣と魔方陣一つに付き一回とあう制約とされている。ここはハジメの協力のもと現代のアニメ知識を生かして“ループ”という魔法を編み出し、一度きりの魔法も魔力が続く限り何度でも使えるようにした。他にも緊急用に予め魔方陣と魔力を織り込んだ御札を作り、起動時に少量の魔力を込めれば発動出来き、使い捨てタイプの魔法も作り出した。使い捨てタイプはトーラスでも既に存在するものの威力が低いデメリットがある。しかし、タケルの御札は製作時に込めた魔力の分だけ威力が高くなる優れたモノだった。ちなみに製作後は魔力を消費するので物凄く疲れてしまう。だが、どんなに対策しても未だにどうにもならない問題もある。

 そんなわけでハジメと共に、新たな知識を吸収しようと図鑑を眺めていたのだが、突如、「はぁ~」とタケルは溜息を吐いて机の上に図鑑を放り投げた。ドスンッという重い音が響き、偶然通りかかった司書が物凄い形相でタケルを睨む。

 ビクッとなりつつ、タケルは急いで謝罪した。「次はねぇぞ、コラッ!」という無言の睨みを頂いて何とか見逃してもらう。

 

「溜め息していると幸せが逃げていくよ、タケル」

 

「分かってはいるんだがな。これじゃあ溜め息も出るでしょ?」

 

 タケルはおもむろにステータスプレートを取り出し、頬杖をつきながら眺める。

 

 ===============

 佐々野タケル 17歳 男 レベル:2

 天職:錬金術師

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:15

 魔耐:15

 技能:錬金術、錬成術、魔道具生成、言語理解

 ===============

 

 これが、二週間他のクラスメイトに邪魔されないところで訓練したの成果である。二週間で全ステータスは全く上がらず、技能だけ二つ追加されたくらいだ。

 ハジメの場合は………

 

 ===============

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

 天職:錬成師

 筋力:12

 体力:12

 耐性:12

 敏捷:12

 魔力:12

 魔耐:12

 技能:錬成、言語理解

 ===============

 

 タケルに比べたら上昇するものの、二週間でたった2しか上昇していない。「刻み過ぎだろ!」とハジメは改めて自分の立場を認識したようで溜め息を吐いた。

 ちなみに光輝はというと………

 

 ===============

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者 

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 ===============

 

 ざっとタケルやハジメの五倍の成長率である。しかもレベル10で行っている。成長速度がとても早い。

 おまけにタケルとハジメには魔法適性がなかった。

 魔法適性がないとはどういうことか。この世界における魔法の概念を少し説明しよう。

 トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することは出来ず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるという事に繋がる。

 例えば、RPG等で定番の“火球”を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

 大抵の人間は何らかの適性を持っているため、上記の直径十センチ以下が平均であるのだが、ハジメの場合、全く適性がないことから、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率等事細かに式を書かなければならなかった。そのため、“火球”一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

 ちなみに魔法陣は、一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物に刻むタイプの二つがある。前者は、バリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちる。タケルが作った御札はこれの改良型である。後者は嵩張るので種類は持てないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。イシュタル達神官が持っていた錫杖は後者だ。

 そんなわけで近接戦闘はステータス的に無理、魔法は適性がなくて無理、頼みの天職・技能の“錬金術”や“錬成”は鉱物の形を変えたりくっつけたり、加工できるだけで役に立たない。錬金術や錬成に役立つアーティファクトもないと言われ、鍛冶職人が使う錬成の魔法陣を刻んだ手袋をもらっただけ。

 ハジメは一応、頑張って落とし穴?とか、出っ張り?を地面に作ることは出来るようになったし、その規模も少しずつ大きくはなっているが……対象には直接手を触れなければ効果を発揮しない術である以上、敵の眼前でしゃがみ込み、地面に手を突くという自殺行為をしなければならず、結局のところ戦闘では役立たずであることに変わりはない。

 タケルの場合、魔道具生成という技能で何か出来ないかと考えているものの、どういうものを作ればいいのか全く見当がつかないでいる。メイドにも尋ねてみたが、魔道具生成という技能はどういうものか全く見当がつかず、名前からして錬成に近いものだろうと返されただけだった。

 お互い知識だけでもと図書館の資料を読み漁ってはいるが、先行きの見えない現状に溜め息が増すばかりだった。

 

「もういっそのこと旅に出ちゃおうかな……」

 

「旅か。良いかもなそれ。もし、本当に旅に出るなら俺も誘ってくれ」

 

「えっ?タケルも行くの?」

 

「おいおい、まさか一人だけで行くつもりだったのか?まぁ、一人がいいって言うならしょうがないが……」

 

「いやいや。一緒に行きたいよ。一人じゃ不安だし。でも、どうして旅に行きたいの?」

 

「俺も大した強さも無いし、足手まといになるくらいなら異世界観光でもいいかなって思ったんだ。それよりも、旅に行くなら行先はどうする?」

 

「う~ん、僕としては亜人の国に行ってみたいかな」

 

 亜人の国とは、大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】の深部に引き篭っている亜人達が暮らしている場所のことだ。亜人族は魔力を持たない種族ということで人間族や魔人族から差別されている。

 

「亜人の国か。あそこって迷宮があるんだったよな?」

 

「うん。七大迷宮の一つだね」

 

 七大迷宮とは、このトーラスに存在する危険地帯の事を指す。ハイリヒ王国の南西の【オルクス大迷宮】、先程話題に出た亜人の国がある【ハルツェナ樹海】、オルクス大迷宮のさらに南西の大砂漠にある【グリューエン大火山】。現在はこの三つしか確認されていない。古い文献にも他の四つは明記されず、詳しい場所が不明で迷宮自体発見されていない。

 ハジメの予測だと大陸を南北に両断する【ライセン大渓谷】、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】が七大迷宮ではないかと言う。

 

「他にもエリセンっていう海上の町にも行ってみたいな。ケモミミは無理でもマーメイドは見てみたいね。あと海鮮料理が食べたいな」

 

「ハハッ、マーメイドか。確かに樹海で探すよりは会える確率は高そうだな。俺も新鮮な海の幸が食べられる海上都市ってのは興味がある」

 

 【海上の町エリセン】は海人族という亜人族の町で西の海の沖合にある。亜人族の中で唯一、王国が公に保護している種族である。その理由は北大陸に流通する魚介類の八割が、このエリセンから供給されているからである。全く自分勝手な理由である。亜人族に対する壮絶な差別理由は何処へ行ってしまったんだ?と、この話を聞いたタケルは内心盛大なツッコミを入れた。

 ハジメもこれに関しては同意見のようだった。

 しかし、西の海に行くことになると、その手前には【グリューエン大砂漠】を越えなければならない。町に行くために砂漠越えとなると、かなり過酷な旅路になりそうだ。

 他にも【ヘルシャー帝国】や王国の東に【中立商業都市フューレン】という町がある。しかし、帝国は長年亜人族を奴隷として酷使している町らしくハジメは行く気にならないし、残るフューレンも商業都市なので観光には向かない。

 

「はぁ~結局のところ、帰りたいなら戦うしか無いんだよね……あっ、訓練の時間だ」

 

「ホントだ!時間過ぎるのって早いもんだな」

 

 タケルとハジメは急いで本を片付けて図書館を出た。王宮までの道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程には王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主が呼び込みする声、遊んでいる子供達、買い物籠を持った奥様方の世間話。実に平和な日常風景だ。

 

「こうして見れば戦争しているなんて感じないね。戦争ってのは実は勘違いだったりして」

 

「本当にそうだったらどんだけ良いことか」

 

 タケルとハジメは現実逃避のあまり、そんな有り得ないことを妄想しながら王宮へと急いだ。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 王宮に着くとタケルはメルドに用事があると言ってハジメとは別行動を取った。

 タケルはハジメにも内緒である特訓をしていた。メルドに会いに行ったのもそれが理由である。

 騎士団の寄合所でメルドから必要な武器とある魔道具を貰い訓練場へ向かった。

 訓練場ではすでに複数のクラスメイトが模擬戦をしたり、剣を振るっていたりと自主練習に励んでいた。

 

(さて、ハジメは何処だ……ん?あれは檜山か)

 

 ハジメに頼み事をしようと見渡していると、訓練場の裏手へ取り巻きを引き連れて行く檜山の姿があった。ハジメの姿は見えなかったが、胸騒ぎがしたタケルは檜山達の後を追った。

 訓練場の裏手ではハジメが短剣を握って自主練習をしていたようだ。

 

「よぉ、南雲。何してんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

 

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

 

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

 

「なぁ、大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

 一体、何がそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

 

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

 

 一応、やんわりと断ってみるハジメ。

 

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

 そう言って、脇腹を殴る檜山。ハジメは「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。檜山達も段々暴力に躊躇いを覚えなくなってきているようだ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ないこととはいえ、ハジメとしてはその矛先を向けられては堪ったものではないだろう。かと言って反抗できるほどの力もない。ハジメは歯を食いしばるしかなかった。

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 

 檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを取り囲む。ハジメは悔しさに唇を噛み締めながら立ち上がった。

 

「ぐぁ!?」

 

 その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が剣の鞘で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れるハジメに、更に追撃が加わる。

 

「ほら、何寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む、“火球”」

 

 中野が火属性魔法“火球”を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハジメは、ゴロゴロと必死に転がり何とか避ける。だがそれを見計らったように、今度は斎藤が魔法を放った。

 

「ここに風撃を望む、“風球”」

 

 風の塊が立ち上がりかけたハジメの腹部に直撃し、ハジメは仰向けに吹き飛ばされた。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。

 

 魔法自体は一小節の下級魔法だ。それでもプロボクサーに殴られるくらいの威力はある。それは、彼等の適性の高さと魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

 そう言って、蹲るハジメの腹に蹴りを入れる檜山。ハジメは込み上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だ。

 

「さて、今回はきつめのお仕置きをしますかね」

 

 今更ではあるが、タケルは友達が少ない。

 中学から一匹狼だったタケルに初めて出来た友達がハジメだ。中学入学した頃はタケルは人様に迷惑掛けないもののそれまで生き甲斐だった剣術を捨てたことで荒れていて誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。そんな中、放課後に偶々図書室で居合わせたハジメと何でかオタク話が始まり、いつの間にかタケルは熱中していた。それ以来、ハジメと仲良くなり、ハジメのおすすめするラノベやコミックを貸してもらったり、買ったりしてお互いに感想を言い合う仲にまで発展していた。

 この世界に来てからクラスメイト達は全員では無いものの、力を手に入れて浮かれているところがあるが、ハジメは力が無いなりの努力と自分の出来ることを模索している。なによりも一番本気で生きようとしているのだ。

 タケルはそんなハジメに憧れを抱いていた。少し頼りないかもしれないが、お人好し過ぎるほど優しく、曲がりの無い強さも持っている。

 だからこそ、タケルはタケルの憧れであるハジメを助ける。

 

「……タ、ケル、助けて」

 

 耐え難くなってきた痛みに意識が薄れていくハジメ。いつもなら助けに来てくれる頼もしい親友は今はいない。でも、そんな親友をいつも頼ってばかりの自分に嫌気も差していた。

 しかし、無意識に口が勝手に助けを求めてしまった。その小さな悲鳴は檜山達には聞こえなかったが、親友の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

「おうよ。親友からの頼みじゃあ断るわけにはいかないしよ」

 

 ヒュン。グサッ。

 何かが飛んで刺さる音と共に親友を助ける男が不敵な笑みを浮かべて現れた。

 黒色のボロマントを靡かせて颯爽と現れた男──タケルは接近戦をせず遠距離からナイフの投擲で檜山の右肩を貫いた。

 

「あ?ぐあ゛あ゛あぁぁぁっ!?!?」

 

「黙れゴミ!」

 

「ガハッ」

 

 貫いてポッカリと穴が開く肩を押さえながら激痛に悲鳴を上げる檜山の顔を蹴り飛ばす。あまりの出来事に面食らって動けない他の三人にも鳩尾に全力で拳を食らわせていく。それだけで嘔吐しながら悶え苦しむ三人。

 

「ゲホッ!オエッ!」

 

「さてさて、楽しい対人戦闘訓練だぞ。ほら立ち上がらんか?」

 

 血を流す肩を足蹴にしてグリグリと踏みつける。悲鳴を上げると顔面や腹部に蹴りを入れは胃液を吐かせて黙らせるその繰り返しをしていた。他の三人は既に動けなくなっており、タケルは無視していた。

 檜山達は魔法で暴力を振るっていたが、タケルは最初の一撃だけであとは魔法に頼らずに制裁を加えていた。

 あまりにも悲痛な叫びにハジメは思わず耳を目を塞ぐ。

 タケルは何度も何度も痛みで目覚めさせて痛みで気絶させた。そこには檜山を殺す気迫で挑んでいた。

 

「南雲くん、大丈夫!?」

 

 と、その声と共に新たな人間が現れた。香織だった。その後ろには光輝、雫、龍太郎もいた。

 ボロボロのハジメの姿に香織は涙目になりながら治癒魔法をかけていた。光輝達の登場で報復行為を止めたタケルは檜山達から三歩離れる。

 嘔吐物を撒き散らしたり、血まみれになるクラスメイトにぎょっとしながらも光輝達三人は檜山達の介抱をする。ハジメ以上にボロボロの檜山はハジメの治療を終えた香織が嫌々治療していた。いくら憎い奴でもさすがにクラスメイトが死ぬのは見過ごせなかったのだろう。

 

「あ、ありがとう、白崎さん。助かったよ」

 

 檜山達四人の治療を終えたのを見計らって香織にお礼を言うハジメ。香織は泣きそうな顔をしながらブンブンと首を振った。

 

「いつもあんなことされていたの?それなら、私が……」

 

 泣き顔から一転して怒りの形相になる香織にハジメは慌てて止めた。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから!大丈夫だから、気にしないで!それにタケルも助けてくれたし仕返しもしてもらったし……」

 

「でも……」

 

 それでも納得できなさそうな香織を再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながらもようやく香織も引き下がった。

 

「駄目よ!これ以上は私が許さないわ!」

 

 光輝達の方では珍しく雫が怒鳴っていた。何事かとハジメと香織も彼らの方を見る。

 中心にいたのはタケルだった。どうやら、タケルが再び制裁をしようと檜山達に近付こうとしたのを雫が割って入ったようだ。

 

「安心しろ八重樫。なにもしないさ」

 

 近藤ら三人はすでに目を覚ましており、バツが悪そうに目を逸らしていた。未だに目覚めない檜山に蹴りを入れて強制的に目覚めさせた。

 檜山は起きると周りに香織達がいることに気付いて「いや、いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」とか、「佐々野が勘違いして暴力してきたんだ」などと、あまりにもふざけた言い訳にタケルも怒りを通り越して呆れ果てていた。

 

「はぁ~。特訓、ね。それにしては随分と一方的にしていたんじゃない?まっその後、佐々野君にやられてたみたいだけど」

 

「いや、それは……」

 

「言い訳は聞かない。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

「てめぇらもくっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろってんだ」

 

 三者三様の言い募られ、檜山達は肩を寄せ合いながらそそくさと立ち去った。

 一段落するとタケルは張り詰めていた神経を解すように一息吐いた。

 

「ハジメ、大丈夫か?まだ痛んだりしていないか?」

 

 先ほどまで纏っていた殺気を何処へ行ったのやら、タケルは心配そうな表情でハジメに詰め寄っていた。ハジメは苦笑いしながら「白崎さんのお陰でどこも痛くないよ」と言った。それを聞いたタケルは安心したようで、香織にもお礼を言った。

 

「白崎さん助かった。ありがとう」

 

「ううん。怪我を治すのが私の天職だし当然の事だよ」

 

 どこか嬉しそうな表情で香織は答えた。

 しかし、この綺麗な空気に水を差すのが勇者クオリティーだ。

 

「今回はこれで収まったから良いものの、南雲にも問題があると俺は思うぞ?」

 

「……は?」

 

 あまりにも的外れな光輝の言葉にタケルはフリーズしてしまう。

 

「檜山達はやり方こそ過激で非難されるものだが、南雲の不真面目さをどうにかしようとしていたんだ。聞くところ、訓練のない時間は図書館で読書を楽しんでいるとか?俺なら少しでも強くなろうと空いている時間も鍛練に当てるよ。南雲はもっと真面目に取り組む方がいい」

 

 何をどう解釈すれば檜山達の行為が善意の行為に見せるんだろうか?ハジメも半ば呆然としながらも、ああ確かに光輝は基本的に性善説で人の行動を解釈する人間だったんだと溜め息を吐く。

 光輝の思考パターンは基本的に人間は悪いことをしないと定義されている。悪いことが起こればそれ相応の理由あるはず。もしかしたら相手にも原因があるのではないか?という過程を経るのである。

 

「佐々野も佐々野だ。いくらなんでもあれは殺人未遂にもなりかねない。なんでも暴力で解決しようとは考えないことだ」

 

 しかも、光輝の言葉には悪意がない。真剣にハジメを思って忠告している。ハジメは既に誤解を解く気力も萎えているらしく放置するようだ。ここまで自分の正義感に疑いを抱かない人間には付ける薬も無いだろう。

 

「いい加減にしろよ、お花畑のナルシスト野郎……!」

 

 流石にご都合主義解釈でハジメを判断する光輝に収まりかけた怒りが吹き出して、飛びかかりそうになっていた。しかし、それを横からそっと肩を掴んで、無言で首を振る雫によって止められた。

 

「……良いか、よく聞いておけ。お前のその考え方がいつまでも通用すると思わないことだ。いつか必ず痛い目を見るぞ」

 

「は?何を言ってるんだ?」

 

「分からないならそれでも構わない。お前が後悔するだけだ。……ハジメ、王宮に戻ろう。念のため、医者にも診て貰った方がいい」

 

「あ、うん」

 

 促されたハジメは少しよろけながらも汚れた服を叩き、タケルの肩を借りながら王宮へと戻った。不思議そうに傾げる光輝をまたかという表情で雫は眺めていたが、香織と共にタケル達に付いていった。

 

「ごめんなさいね、二人とも。光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

 

「知っている。だからこそ危ういんだ」

 

「アハハ、うん。分かっているから大丈夫」

 

 タケルの横を歩く雫が小声で謝罪してくる。ハジメはやはり笑顔で大丈夫と答え、タケルも表情は穏やかだった。

 ポツンと残された光輝は首を傾げ、龍太郎はやれやれといった表情で光輝の肩をポンポンと叩いていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 その日の夕食の時間、メルド団長から伝えることがあると食事を中断させた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ!今日はたくさん食べて、ゆっくり休めよ!」

 

 そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の食堂の隅でハジメは天を仰ぐ。

 

(……本当に前途多難だ)

 

 天を仰いでいるハジメの真向かいのタケルは無言で食事をとりながら今夜の鍛練の事を考えていた。

 

 

【To be continue ……】



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Life.4 ホルアドの夜

 【オルクス大迷宮】。それは、全百階層からなると言われている七大迷宮の一つである。階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現するが、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 魔石とは、魔物を魔物足らしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 タケル達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし、「ふぅ~」と気を緩めた。それを見て苦笑いしながら、この二人宿屋に入ることができたことにタケルは喜んだ。下手な相手と一緒になってお互い気分を損なうよりは親しい人がいい、という理由だ。

 

「…ねえ、タケル」

 

「ん?何だ、ハジメ」

 

 不意にぼーっと天井を見上げていたハジメが声を出す。対してタケルは持ってきた短剣の点検をしながら返事をした。

 

「明日から迷宮に挑戦だね」

 

「そうだな。不安なのか?」

 

「そりゃあそうだよ。タケルは不安じゃないの?」

 

 上半身を起こして苦笑いするハジメに、タケルは「確かに不安もあるな」と肩を竦めながら返した。今回の迷宮での実践訓練では二十階層ほどまでしか行かないらしいが、それでも最弱と言われているハジメが気後れしているのをタケルは理解していた。だからこそ、下手な言葉をかけることはせずに「頑張ろうな」とだけ返す。

 非戦職であるタケルやハジメまでこの遠征に同行したのは、メルド曰く「非戦闘職でも戦闘がないとは限らないし、身を守るぐらいにはなってもらわないといけない」とのことで、二人も参加することになった。

 それからしばらく、ハジメが借りてきた迷宮魔物図鑑を読んで魔物の攻略方法を模索しながら雑談をしていた二人だったが、就寝時間も近付いていたので一旦切り上げた。タケルは就寝前の鍛練に出掛けるためにボロマントを羽織った。

 

「ちょっくら訓練してくる。先に寝ててくれ」

 

「うん、分かった。タケルも寝る時間は削っちゃダメだよ?」

 

「……ハジメの口からそんなセリフを聞けるとはな」

 

「それ酷くない?こっちに来てから規則正しい生活しているんだよ!」

 

「ハハハ、すまない。……それじゃまたあとで」

 

 部屋から出ると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 誰かと思って目を凝らしながら近付く。月明かりに照らされた廊下で出会ったのは純白のネグリジェにカーディガンを羽織った香織だった。

 

「白崎か。こんな時間にどうしたんだ?」

 

「佐々野君こそ、何処に行くの?」

 

「俺は訓練だ。錬金術をもっと使いこなせるようにしておきたいからな」

 

 そう言ってタケルの口元がにやけた。

 香織がここに来る目的は一つしかない。

 

「ハジメなら部屋にいるぞ」

 

「へ?」

 

「なんだ、違うのか?あいつならもうすぐ寝るところだから、用があるなら早めにって思ってたんだが……」

 

「ううん。違わないよ!ありがとう、佐々野君!」

 

 お礼を言った香織はパタパタと急ぎ足でハジメのいる部屋に向かって行った。

 ハジメは幸せ者だな、と思いながら訓練場に向かった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 タケルが訓練してくると言って部屋から出てからすぐ、扉をノックする音がハジメの耳に届いた。

 タケルがもう戻って来たのか?とも思ったが、それならばノックはせずにそのまま入ってくるはずだ。ならば誰だろうとハジメは首をかしげる。

  しかし、その疑問はすぐに氷解することとなった。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 なんですと?と、一瞬硬直するも、ハジメは慌てて扉に向かう。そして、鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

 

「えっ?」

 

 ある意味衝撃的な光景に、思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。

 ハジメは、慌てて気を取り直すと、なるべく香織を見ないように用件を聞く。いくらリアルにそこまで興味が薄いとはいえ、ハジメも立派な思春期男子。今の香織の格好は少々刺激が強すぎる。

 

「あ~いや、何でもないよ。えっと、どうしたのかな?何か連絡事項でも?」

 

「ううん。その、少し南雲くんと話たくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

「…………どうぞ」

 

 最もありえそうな用件を予想して尋ねるが、香織はあっさり否定して弾丸を撃ち込んでくる。しかも上目遣いという炸薬付き。効果は抜群だ!気がつけば扉を開け部屋の中に招き入れていた。

 

「うん!」

 

 何の警戒心もなく嬉しそうに部屋に入り、香織は窓際に設置されたテーブルセットに座った。

 若干混乱しながらも、ハジメは無意識にお茶の準備をする。といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだが。香織と自分の分を用意して香織に差し出す。そして、向かいの席に座った。

 

「ありがとう」

 

 やっぱり嬉しそうに紅茶モドキを受け取り口を付ける香織。窓から月明かりが差し込み純白の彼女を照らす。黒髪にはエンジェルリングが浮かび、まるで本当の天使のようだ。

 ハジメは、欲情することもなく純粋に神秘的に彩られた香織に見蕩れた。香織がカップを置く「カチャ」という音で我を取り戻し、気を落ち着かせるために自分の紅茶モドキを一気に飲み干す。ちょっと気管に入ってむせた。恥ずかしい。

 香織がその様子を見てくすくすと笑う。ハジメは恥ずかしさを誤魔化すために、少々、早口で話を促した。

 

「それで、話したいって何かな。明日のこと?」

 

 ハジメの質問に「うん」と頷き、香織はさっきまでの笑顔が嘘のように思いつめた様な表情になった。

 

「明日の迷宮だけど……南雲くんや佐々野くんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆には私が必ず説得する。佐々野くんには雫ちゃんが説得しに行ってる。だから!お願い!」

 

 話している内に興奮したのか、身を乗り出して懇願する香織。ハジメは困惑する。ただハジメが足手まといだからというには少々必死過ぎないか?と。

 

「えっと……確かに僕は足手まといとだは思うけど……流石にここまで来て待っているっていうのは認められないんじゃ……」

 

「違うの!足手まといとかそういうことじゃないの!」

 

 香織は、ハジメの誤解に慌てて弁明する。自分でも性急過ぎたと思ったのか、手を胸に当てて深呼吸する。少し、落ち着いたようで「いきなり、ゴメンね」と謝り静かに話し出した。

 

「あのね、何だか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて……南雲君が居たんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

 

 その先を口に出すことを恐れるように押し黙る香織。ハジメは落ち着いた気持ちで続きを聞く。

 

「最後は?」

 

 香織はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。

 

「……消えて、しまうの……」

 

「……そっか」

 

 しばらく静寂が包む。

 再び俯く香織を見つめるハジメ。確かに不吉な夢だ。しかし、所詮は夢である。そんな理由で待機が許可されるとは思えないし、許された場合はクラスメイトから批難の嵐だろう。タケルは味方になってくれるだろうが、本格的に居場所を失ったしまう。故に、ハジメに行かないという選択肢はない。

 ハジメは香織を安心させるよう、なるべく優しい声音を心掛けながら話しかけた。

 

「夢は夢だよ、白崎さん。今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、天之河君みたいな強い奴も沢山いる。むしろ、うちのクラス全員チートだし。敵が可哀想なくらいだよ。僕は弱いし、実際に弱いところを沢山見せているから、そんな夢を見たんじゃないかな?」

 

 語りかけるハジメの言葉に耳を傾けながら、なお、香織は、不安そうな表情でハジメを見つめる。

 

「それに……」

 

「……?」

 

 ハジメは、次の言葉を出すのがなんとなく抵抗があった。しかし、それはただ意地を張っているだけだ。

 

「それに、またタケルが助けてくれるよ」

 

「……うん。でも、佐々野君、怖いところがあるから少し心配。……それにさっきの夢には続きがあるの」

 

「続き?」

 

 言っていいのか迷っているようにハジメには見えた。でも、香織は悲痛な表情をしながらも口を開く。

 

「南雲君が消えちゃった後にね。……血塗れの佐々野君が出てくるの」

 

「そっか。それは確かに怖い夢だったね。でも、さっき言ったように夢は夢だよ。……それでも、もし不安なのなら……」

 

「……なら?」

 

「白崎さんも、守ってくれないかな?」

 

「……えっ?」

 

 ハジメは自分の言っていることが男としては相当恥ずかしいことだと自覚していた。実際にハジメの顔は羞恥で真っ赤になっている。月明かりで室内は明るく、香織からもその様子がよくわかる。

 

「白崎さんは“治癒師”だよね?治癒系魔法に天性の才を示す天職。何があってもさ……たとえ、僕が大怪我することがあっても、白崎さんなら治せるよね。その力で守ってもらえるかな?それなら、絶対僕は大丈夫だよ」

 

 しばらく、香織は、ジーッとハジメを見つめる。ここは目を逸らしてはいけない場面だと羞恥に身悶えそうになりながらハジメは必死に耐える。

 ハジメは、人が不安を感じる最大の原因は未知であると何かで聞いたことがあった。香織は今、ハジメを襲うかもしれない未知に不安を感じているのだろう。ならば、気休めかもしれないが、どんな未知が襲い来ても自分には対処する術があるのだと自信を持たせたかった。

 しばらく見つめ合っていた香織とハジメだが、沈黙は香織の微笑と共に破られた。

 

「変わらないね。南雲くんは」

 

「?」

 

 香織の言葉に訝しそうな表情になるハジメ。その様子に香織はくすくすと笑う。

 

「南雲くんは、私と会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は、中学二年の時から知ってたよ」

 

 その意外な告白に、ハジメは目を丸くする。必死に記憶を探るが全く覚えていない。う~んと唸るハジメに、香織は再びくすりと笑みを浮かべた。

 

「私が一方的に知ってるだけだよ。……私が最初に見た南雲くんは土下座してたから私のことが見えていたわけないしね」

 

「ど、土下座!?」

 

 ハジメは、何て格好悪い所を見られていたんだ!と今度は違う意味で身悶えしそうになる。そして、人目につくところで土下座っていつ、どこでだ!?と必死に記憶を探る。一人百面相するハジメに、香織が話を続ける。

 

「うん。不良っぽい人達に囲まれて土下座してた。唾吐きかけられても、飲み物かけられても……踏まれても止めなかったね。まあ、そのあとすぐに佐々野君がきて、その不良の人達を追い払っていたけれどね」

 

「そ、それはまたお見苦しいところを……」

 

 ハジメは軽く死にたい気分だ。厨二病を患っていた時の黒歴史とタメを張るくらい最悪のシーンを見られていたらしい。もう、乾いた笑みしか出てこない。隠しておいたエロ同人誌を母親が綺麗に整理して本棚に並べ直していた時と同じくらい乾いた笑みだ。実際にはそんなことやったことないからどんな気持ちかは知らないけど、たぶんそんな気持ちだろう。

 しかし香織は優しげな眼差しをしており、その表情には侮蔑も嘲笑もなかった。

 

「ううん。見苦しくなんてないよ。むしろ、私はあれを見て南雲くんのこと凄く強くて優しい人だって思ったもの」

 

「……は?」

 

 ハジメは耳を疑った。そんなシーンを見て抱く感想ではない。もしや、白崎には特殊な性癖が!?などと途轍もなく失礼なことを想像するハジメ。

 

「だって、南雲くん。小さな男の子とおばあさんのために頭下げてたんだもの」

 

 その言葉に、ハジメは、ようやく思い当たった。確かに、中学生の頃、そんなことがあったと思い出す。

 男の子が不良連中にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりと付けてしまったのだ。男の子はワンワン泣くし、それにキレた不良がおばあさんにイチャもんつけるし、おばあさんは怯えて縮こまるし、中々大変な状況だった。

 偶然通りかかったハジメもスルーするつもりだったのだが、おばあさんが、おそらくクリーニング代だろう──お札を数枚取り出すも、それを受け取った後、不良達が、更に恫喝しながら最終的には財布まで取り上げた時点でつい体が動いてしまった。

 といっても喧嘩など無縁の生活だ。厨二的な必殺技など家の中でしか出せない。仕方なく相手が引くくらいの土下座をしてやったのだ。公衆の面前での土下座は、する方は当然だが、される方も意外に恥ずかしい。というか居た堪れない。結果は目論見通りに不良集団はたじろぎ、たまたま近くで買い物をしていたタケルがボロボロの格好で土下座しているハジメを見てブチ切れ、背負い投げ三連発を披露して事は収まった。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝くんとかよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、弱くても立ち向かえる人や他人のために頭を下げられる人はそんなにいないと思う。……実際、あの時、私は怖くて……自分は佐々野くんや雫ちゃんみたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった」

 

「白崎さん……」

 

「だから、私の中で一番強い人は光輝くんや佐々野くんじゃなくて、南雲くんなんだ。高校に入って南雲くんを見つけたときは嬉しかった。……南雲くんみたいになりたくて、もっと知りたくて色々話し掛けたりしてたんだよ。南雲くんすぐに寝ちゃったり佐々野くんと一緒にどこか行っちゃったりするけど……」

 

「あはは、ごめんなさい」

 

 香織が自分を構う理由が分かったハジメは、香織の予想外の高評価に恥ずかしいやら照れくさいやらで苦笑いする。

 

「だからかな、不安になったのかも。迷宮でも南雲くんが何か無茶するんじゃないかって。不良に立ち向かった時みたいに……でも、うん」

 

 香織は決然とした眼差しでハジメを見つめた。

 

「私も南雲くんを守るよ」

 

 ハジメはその決意を受け取る。真っ直ぐ見返し、そして頷いた。

 

「ありがとう」

 

 それから直ぐハジメは苦笑いした。これでは役者が男女あべこべである。今夜のイケメン賞は間違いなく香織だ。タケルにも助けてもらっているのだから、さながら自分は二人の王子様に助けられるヒロインかと、男としては何とも納得し難い気持ちに笑うしかなかったのだ。

 それから暫く雑談した後、香織は部屋に帰っていった。ハジメはベッドに横になりながら、思いを馳せる。何としてでも自分に出来ることを見つけ出して、タケルや香織に守られっぱなしの弱い自分に打ち勝ち、無能の汚名を返上しなければならない。いつまでもヒロインポジなど、ハジメといえど納得できるものではない。

  決意を新たにハジメは微睡みに落ちていった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

  深夜、香織がハジメの部屋を出て自室に戻っていくその背中を無言で見つめる者がいたことを誰も知らない。その者の表情が醜く歪んでいたことも知る者はいない。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 一方その頃、タケルは訓練場にあるベンチで休息を取っていた。

 ハジメはちゃんと香織と話をしているのかなーとか明日の迷宮攻略ではちゃんと魔物とやりあえるのかなーなどと考えながら剣を磨いていた。

 

「ちょっとそこの不審者さん。こんな時間に何をしているのかしら?」

 

 唐突に背後から現れ、手で目隠ししながら話しかける存在がやって来た。

 

「八重樫か。お前こそこんな時間に一人歩きは感心しないな」

 

「それはお互い様でしょ?それに私は強いからね!」

 

 目隠ししていた手が離れて、タケルは後ろを振り向くと、そこには薄い青色のネグリジェとカーディガンを羽織った雫が微笑んでいた。

 タケルは思わずドキッとした。それこそ一目惚れするような感覚だった。

 

「隣、座ってもいい?」

 

 そう言ってタケルの正面に回ってきた雫に「どうぞ」と動揺を見せないようにとぶっきらぼうな口調で答えた。そんなタケルの心を読み取ったのかニコニコしながらすとん、とタケルの隣に腰を下ろした。

 

「あ、あの、八重樫さん?ちょっと、近すぎではないですか?」

 

「何よ、嫌なわけ?」

 

 タケルの左肩にピタッと寄り添いながら、上目遣いする雫にタケルは何も言えなくなり、「す、好きにしろ」と小声でぶっきらぼうに答えた。

 勿論、嫌なはずがない。小学校の頃、八重樫道場に初めて入った時に一目惚れした初恋の相手なのだから。タケルにとって雫は良きライバルであり、家族のような存在であり、なにより愛しい存在だった。雫も他の門下生には見せない甘えるところがあるなどタケルだけに気を許していた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらくお互いに寄り添った体勢で無言の時間が続く。

 気まずくはなかった。しかし、タケルも健全な男子。女の子が隣で寄り添った体勢で座っていることにとてもドキドキして落ち着かなかった。

 しかし、恥ずかしくも心地よい沈黙は破られることになる。

 

「……ねぇ、タケル」

 

「ん?なんだ?」

 

「……なんで道場辞めちゃったの?」

 

 昔の呼び方で話始める雫。きゅっとタケルの手を握り締めて雫は静かに声を発した。それに対してタケルは困った表情をする。あのときの出来事を言うべきなのかタケルは迷っていた。タケルが道場を去るきっかけになった出来事を。

 

「お願いよ。本当の理由を教えて。あの頃、私はタケルの事が好きだった。今でも好き。でも、貴方はある日突然道場も、学校も去ってしまった。高校で貴方と再会してどんなに嬉しかったことか。でも、貴方は剣術を辞めていた。……私は知りたいの!お願い、教えて!」

 

 先程の上目遣いではなく、今にも泣きそうな顔で雫は見上げていた。それを見たタケルは小さく息を吐いて誰にも言わなかったあの日の出来事を語った。

 

「俺が道場を辞める前日、ちょうど雫が熱を出して寝込んでいた日だったはずだ」

 

 あの日、タケルはいつものように自主練習していた。風邪で休みだった雫に変わって、当時若手ナンバー2の光輝と練習試合をした。二時間の稽古が終わって後片付けしていたら門下生の先輩三人と光輝が一対複数で剣術をしようと言い出した。流石に怪我をする危険性もあり、タケルは拒んだが、雫を引き合いに出されたのが運のツキ。当時のタケルは小学生でまだまだ子供だった。故に簡単な挑発に乗ってしまい、先輩の門下生を倒したが、気を抜いた瞬間に光輝の竹刀を右手首で受け止め、結果として砕いてしまった。医者からは暫く竹刀を握るなと忠告された。

 翌日、道場に暫く休む旨を伝えようと師範を訪ねるが、師範から伝えられたのは道場の破門だった。理由は先輩の門下生を竹刀で痛め付けたことだという。タケルは必死に弁明したが、光輝がその証人ということもあり、弁明の甲斐がなく道場を去ったのだ。

 

「その後は偶々親都合で引っ越しが重なってしまったというわけだ。今更だが、黙って居なくなってすまなかった。許してくれ」

 

「……私、全然知らなかった。そんなことがあっただなんて」

 

「まぁ仕方なかった部分もあるんだ。途中から入門した新人が同年代のエースの光輝を圧倒してちゃっかりエースの座に収まっていたんだ。光輝は知らないが、先輩方は面白くなかっただろうな。それに師範も光輝を押していたし、雫とのお見合いも考えていたらしい」

 

「私こそごめんなさい。うちの道場がタケルにそんな仕打ちをしていただなんて……知らなかったとはいえ、八重樫の娘としてこれ以上恥ずかしい事はないわ。本当にごめんなさい」

 

 涙を流しながら謝罪する雫にタケルは面食らっていた。雫が泣いたところはタケルは一度も見たことなかったからだ。だが、すぐに雫の顔を抱いて頭を撫でながら「もう気にしていない。大丈夫」と言い聞かせながら慰めた。

 暫くして泣き止んだ雫は自身の行動に恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら少し離れた。

 

「……まさか、タケルの胸で泣いてしまうんなんて思ってもいなかったわ」

 

「俺は雫の新たな一面を見れて良かったぜ」

 

「もう、バカッ!」

 

 頬を膨らませて拗ねる雫は再びタケルに寄り添った。タケルは何も言わずに雫の肩を抱く。暫く無言になり、元の世界では見れないような美しい星空を二人で眺めていた。

 

「本当はね、タケルに迷宮攻略をしないでって言いに来たの。南雲君のところには香織が行っているわ」

 

「俺はそんなに足手まといか?」

 

「違うわ。夢を見たのよ。タケルが私の前から消えて、見つけたたら血塗れになっているの。香織も似たような夢を見たらしいわ。これが単なる偶然とは思えなくて」

 

 不安と困惑が入り交じった複雑な表情で俯く雫。タケルは何度目かの「大丈夫」を雫に言い聞かせる。

 

「私は貴方を失いたくないわ。貴方が居ない世界はもうたくさんよ。ここまで惚れさせた責任ちゃんと取ってよね!」

 

「……残念だが今の俺は雫をそういう対象としては見てない。だからこれで許してくれ」

 

 そう言ってタケルは雫を思いっきり抱き締めた。

 意外なことに今でも自分に好意を持っていたことに驚いたのと今の自分では雫に釣り合わないという二つの思いが、雫を抱き締めるという行為を選択させた。もし、今でも剣術を続けていたのならここでキスでもして好きだと告白していただろう。だが、今のタケルは昔とは違い臆病だった。でも、初恋の相手に好きだと言われたのが嬉しかったのか無意識に抱き締めたのである。

 タケルは抱き締めた雫を一旦離して目をじっと見つめて安心させるようにこの話をすることにした。

 

「俺は絶対に消えたりしない。約束する。仮に離れてしまっても必ず帰ってくる。絶対にだ。だから信じてくれ」

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「うん、分かったわ。タケルを信じる。」

 

 タケルの決意に、ようやく雫はクスクスと微笑みを浮かべた。雫の笑顔が戻ったことに安堵しながら軽く息を吐いた。

 

「そっか。分かってくれて何よ──」

 

「──でも、足りないわ!」

 

 タケルは雫に押し倒された。いきなりの出来事に内心慌てていると、自分の唇に柔らかい何かが押し付けられた。同時に目を閉じた雫の顔がどアップで視界に写り込む。あまりの唐突な出来事にタケルの思考は完全に麻痺していた。

 されるがままの状態のタケルを良いことに雫は思う存分キスをして、やがて満足そうにゆっくりと顔を離した。

 

「……随分と強引なところがあるな。俺はそういう対象として見ていないって言ったばかりだぞ」

 

「いいの。これは私からの一方的な誓いみたいなものだから。これからタケルをその気にさせるように私頑張るよ!でも、今は物凄く死にそうなくらい恥ずかしいからもうこれ以上は無理だわ」

 

「酷い振り方した相手に好意を持ち続けるお前は大物だな。でも、こんな俺を好いてくれてありがとう」

 

「こんなって言わないの!タケルは私のヒーローなんだから自信持ちなさいよ!」

 

 起き上がった二人は再び寄り添いながら夜景を眺め、軽く談笑してから雫を部屋に送っていった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あわわ……!?雫ちゃんすっごい大胆!良いなぁ~。私も南雲くんとキスしたいなぁ~」

 

 ハジメとの話が終わり、雫の様子を見に寄り道した香織は、ちょうど雫がタケルを押し倒してディープなキスをしていたところに出くわしていたのだ。

 赤面しながらも陰ながら終わるまで見守っていたことなど香織以外は知り得ないし、その後、部屋に戻った雫と遅くまで恋愛談義して若干寝不足になったのは余談である。

 

 

【To be continue ……】



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Life.5 迷宮探索とトラップ

 タケル達は【オルクス大迷宮】の入口の手前にある広場に集まっていた。

 タケルはてっきりゲームで登場する迷宮のような陰気で暗い穴を想像していたが、実際はとても整備されたところで入口には入場ゲートがある。まるで遊園地みたいな感じに内心驚いていた。メルド曰く、ここでは冒険者のステータスプレートをチェックして迷宮に出入りした人を把握するためらしい。

 入口付近の広場には食べ物、武具、アイテムなどの露店が並び立ち、それぞれの店員が客寄せの声を上げている。まるでお祭り騒ぎだ。

 浅い階層の迷宮はいい稼ぎ場所として人気があるようで、人も自然と集まる。冒険者相手の商売なのだから需要は多いし稼ぎ放題だろう。

 そんなことを思いながらタケルはお巡りさん丸出しでキョロキョロしながら勇者一行の最後尾で眺めながらメルドについていく。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 迷宮の中に入ると、外の賑やかさとは対照的に薄暗く物静かで不気味だ。二車線の道路と同じくらいの道幅(およそ七メートル)の通路には光石や光苔などの淡く発光する鉱物や苔があり、松明やランタンがなくてもある程度視認が可能だ。【オルクス大迷宮】は、元々光石などを採掘する鉱山だったとかで、この迷宮の通路もその鉱山の名残らしい。

 一行はメルドを先頭に隊列を組みながらゾロゾロと進む。暫く進んでいると広い空間に出た。かまぼこのような奥行きがあり、アーチ状の天井は高いところで十メートルくらいありそうだ。

 周囲を警戒しつつ見渡していると、壁の破れ目や穴から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通りにラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、女性にとってあれは気持ち悪いらしい。

 間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 光輝は純白に光輝くバスタードソードを目視も難しいほどの速度で振るって数体纏めて葬っている。

 彼の持つ剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は“聖剣”である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”というには実に嫌らしい性能を誇っている。

 龍太郎は、天職が空手部らしく“拳士”であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

 雫は、サムライガールらしく“剣士”の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 後方で控えているタケル達が見惚れていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、“螺炎”」」」

 

 三人同時に魔法が発動され、螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キッーーー!」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命した。

 気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は相手にもならないらしい。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら、しかし気を抜かないよう注意するメルド団長。だが初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。故に、頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。

 やがて、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着く。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、現在では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだと言う。

 タケル達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割りかしあっさりと下層までたどり着くことができた。

 しかし、迷宮で危険なのは魔物だけではない。迷宮で最も注意すべきなのはトラップの存在だ。最悪の場合、死に至るような罠も数多く存在する。

 幸いなことにトラップ対策として魔力の流れを感知してトラップを発見することのできる魔道具を用意しており、厳重な注意を呼びかけながら騎士団員達が誘導をしているのでスムーズに行軍することができてる。

 メルド団長からも、トラップの有無を確認していない場所には近付くなと強く言われていた。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり、連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断はするなよ!今日の訓練はこの二十階層で終了だ!気合入れろ!」

 

 メルド団長の掛け声がよく響く。

 ここまで、タケルやハジメはあまり目立った成果は上げられていない。時々、後方から湧き出た魔物をハジメが落とし穴に嵌めて、タケルが刺殺するということを繰り返していた。そのお陰で錬金術や錬成を多用したことにより魔力が上昇し、レベルも二つほどが上がった。

 

「よし!次、佐々野タケル!」

 

 メルド団長に呼ばれて後方から前線に出る。

 犬のような魔物が一匹いた。

 タケルは魔物に「すまない」と内心で謝り、ボロマントから普通のダガーを取り出す。これはハジメの錬成の訓練で出来たもので小さいながらも強度と切れ味は抜群の代物だった。

 タケルは十分な距離を取りながらダガーを投擲。ダガーは魔物の右目と左前足を貫く。

 この投擲をあと三回繰り返して魔物が動けなくなると地面に手をつけて錬金術を行使し、魔物の真下から十数本の杭で串刺しにして絶命させた。

 その様子を見ていたクラスメイト達の一部からは「時間を掛けすぎだ」とか「ビビりだな」などと罵倒していた。

 タケルはいちいち反応するのも面倒だと思いながら、これが魔力消費を抑えながら確実な勝利を得る一番簡単な方法だと考えていた。

 タケルの装備はハジメと同じで錬成陣を織り込んだ手袋と宝物庫の奥で誇りを被っていた無限収納のマント、錬成の訓練で生み出されたダガーや杭が数えきれないほど。

 タケルとハジメが錬成の訓練で生み出された膨大な量の武器は切れ味や性質にばらつきが有れど相手を傷付ける分には十分に価値があると考えたタケルは全てマントの中に保管している。これぞ勿体無いの精神である。

 

「ほほう、拷問のように相手を確実に弱らせてから、錬成によるトドメか。初めて見る戦法だが、実に面白い。この調子で頑張るよ」

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言ってタケルは後方に下がる。入れ違いにハジメが前に出て戦っていた。ハジメの魔物は予めメルド団長達が虫の息まで弱らせて、トドメをハジメにやらせていた。

 ハジメは倒しづらいと思いながらも、錬成で地面を変形させ、敵の動きを封じてから短剣でトドメを刺していた。

 その戦い方をタケル同様に「面白い戦いをする」と評価していた。

 

「よし、下がって魔力回復薬を飲んでおくように。これで全員終わったし、次の階層に行くぞ」

 

 魔力回復薬を飲みながら額の汗を拭うハジメを見て満足そうに頷くをタケルと騎士団員達。騎士団員達の内心ではタケルとハジメに感心していた。

 実は騎士団員達は当初タケルやハジメには大きな期待していなかった。非戦闘系天職で他の人と比べてステータスも低い。光輝達におんぶに抱っこでお荷物でしかないという認識だった。しかし、先の戦闘でタケルは投擲技術の高さに驚かされた。タケルの投げたナイフは必ず敵の急所を刺す。動こうとすれば脚を潰して体勢を崩し、目を潰して視界からの情報を遮断。五感を確実に潰して戦う姿はさながら拷問師のようだ。トドメも錬金術の応用で複雑な魔方陣を予め手袋に織り込んでいたので魔力を込めるだけで行使していた。ハジメも錬成を利用して確実に魔物の動きを封じてからトドメを刺すと言う堅実な方法で魔物を倒している。

 錬金術師や練成師イコール鍛治職と言う常識がある中で、初めて見る戦闘方法だった。故にメルド団長は面白いと評したし、騎士団員もこれまでの態度を反省して戦闘のアドバイスなど積極的に行うようになった。

 そんなこんなで小休止に入り、ハジメがふと前を見ると香織と目があった。彼女はハジメの方を見て微笑んでいる。

 昨夜の「守る」という宣言の通りに見守られているようでなんとなく気恥ずかしくなったハジメは目をそらす。若干、香織が拗ねたような表情になる。それを近くにいて見ていた雫は苦笑しながら話しかけた。

 

「香織、何南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

 からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織。怒ったように雫に反論する。

 

「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

 「それがラブコメしてるって事でしょ?」と、雫は思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、目が笑っていることは隠せず、それを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。

 

「何の話をしていたんだ?」

 

 そこへ、ポーションを二つ持ったタケルが近づく。休憩中は騎士団員の手伝いとしてポーションを各人に配っていた。香織や雫にも渡すと「ありがとう」と言って受けとり、飲み干した。飲み終えた雫は終始笑顔だった。彼女も香織とどっこいどっこいで単純である。

 

「香織と南雲くんはラブラブだねって話よ」

 

「ちょ、雫ちゃん!?」

 

「ああ、なるほどな。ハジメは幸福者だな」

 

「もうっ!そういう佐々野くんと雫ちゃんはどうなの!昨日は随分とお楽しみだったみたいだけど?」

 

「か、香織!?」

 

 何故かタケルも巻き込まれた形で香織の反撃が始まり、赤裸々に語りだそうとする香織に赤面となった雫が止めようともみくちゃになっていた。タケルは「本当に仲良しだな~」と苦笑いしていた。

 

 ───ギリッ

 

 しかし、ふと背中に視線を感じて思わず振り返る。ねばつくような、負の感情がたっぷりとこもった目線だ。

 実は、その視線は今に始まったことではなかった。今日の朝から度々感じている。それはタケルだけでなくハジメにも向けられているらしく、二人は視線を感じた度に振り返って気配の主を探そうとするが、逃げるように霧散してしまう。今朝から何度も繰り返しており、いい加減二人ともうんざりしていた。

 

(何なのかな……僕、何かしたかな?むしろ無能なりに頑張っている方だと思うんだけど…はっ!もしかしてそれが原因かな?調子乗ってんじゃねぇぞ!的な? …はぁ)

 

 深々と溜息を吐くハジメ。香織の言っていた嫌な予感というものを、ハジメもまた感じ始めていた。

 一行は二十層を探索する。

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 現在、四十七層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 二十層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにつらら状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと、二十一層への階段があるらしい。

 そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。その間も例の視線を感じたりしていたのでタケルは常に警戒心を持ちながらハジメの側にいた。

 すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛ぶ。

 その直後、前方の壁に擬態していたロックマウントというゴリラ型の魔物が出現し、それを光輝たちが包囲する。飛びかかってくるロックマウントの豪腕を龍太郎の拳で弾き返しながら光輝達は包囲網を狭めようとするが、鍾乳洞の地形で足場は悪く思うように囲めない。その間もロックマウントと龍太郎の攻防が続くものの、龍太郎の人壁を抜けられないと悟ったのか、ロックマウントは後退して大きく息を吸い込む。

 その直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 洞窟全体を振動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージは無いものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 硬直してしまった前衛組にロックマウントはサイドステップし、近くにあった岩を見事な砲丸投げのフォームで投げつける。動けない前衛組の三人は「しまった!」という表情になるが、そんな彼らの頭上を岩が通り抜けて香織達後衛組へと迫る。

 咄嗟に香織達は杖を向け魔法で迎撃しようとする。狭い洞窟内で避ける場所が無いからだ。

 しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的な光景に思わず硬直してしまう。

 何と、迫り来るその岩もロックマウントだったのだ。空中で一回転し両腕をいっぱいに広げ、「か・お・り・ちゃ〜ん!」という風に聞こえてきそうなル◯ンダイブして迫るロックマウント。目が血走り、鼻息を荒くしているその姿は、もしかすると本当に言っているのかもしれない。

 香織も恵里も鈴も「ヒッ!」と思わず悲鳴を上げて発動しかけていた魔力を中断してしまった。

 

「はっ!!」

 

 が、香織達の目の前で天井や床から飛び出た無数の杭がロックマウントを貫き、ルパ◯ダイブの格好のまま地面に落ちた。

 

「ふぅ~間に合ったか。無事か?」

 

 いつの間にか香織達の隣にいたタケルが振り返りながら聞くと、三人は慌てて感謝の言葉を述べた。「どうしてここに?」と言いたげな香織にタケルは「ハジメの錬成で地面や壁に足場を造りながら来た」と答えた。

 しかし、内心ではいくら足場を造っても人間離れした芸当をしたタケルに申し訳ないと思いながらも「本当に人間なの?」と失礼なことを考えていた。

 そんな彼女達の疑問を余所に無事なことを確認して頷くタケル。だが、それとは真逆にマジギレしていた若者が一人いた。毎度おなじみの正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。「彼女達を怯えさせるなんて!」と何とも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか、彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ!と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨食らった。

 

「へぶぅ!?」

 

「この馬鹿者が!気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

 

「ッ!?」

 

 しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 部屋の中に光が満ち、全員の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 ふと空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 タケルはなんとか受け身をとって落下の衝撃を最小限に抑え、すぐに立ち上がって周囲を見渡す。ハジメや他のクラスメイトは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 どうやら、先の魔法陣は別の部屋へと転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 タケル達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。シュウ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 “まさか……ベヒモス……なのか……”

 

 

【To be continue ……】

 



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Life.6 激闘と撤退と転落と

久しぶりに投稿しました。
楽しんでいただければ幸いです。


  橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は人一人分くらいの小さなものだが夥しい数だ。

 その無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物トラウムソルジャーが溢れる様に出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がはるかに危険だとタケルは感じていた。十メートル級の魔法陣からは体長十メートル超の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。但し、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

  メルドが“ベヒモス”と呟いた魔物は、大きく息を吸うと体に衝撃が走るほどの咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアアッ!!!!!!」

 

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン!生徒達を率いて“トラウムソルジャー”を突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。何とか撤退させようと再度、メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ!

 

  衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにも関わらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

  ベヒモスとは正反対の方向にいるトラウムソルジャーは三十八層に現れる魔物だ。今までとは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態になった。

 隊列など無視して、我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あっ」

 

 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 死ぬ──女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの足元が突然隆起した。

 バランスを崩したトラウムソルジャーの剣は彼女から逸れてカンッという音と共に地面を叩くに終わる。更に、地面の隆起は数体のトラウムソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動して行き、遂に奈落へと落とすことに成功した。

 橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。ハジメは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。いつの間にか、錬成の練度が上がっており、連続で錬成が出来るようになっていたおかげだ。錬成範囲も少し広がったようだ。

 もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、トラウムソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならず、緊張と恐怖でハジメの内心は一杯一杯だったが。

 魔力回復薬を飲みながら倒れたままの女子生徒の下へ駆け寄るハジメ。錬成用の魔法陣が組み込まれた手袋越しに女子生徒の手を引っ張り立ち上がらせる。呆然としながら、為されるがままの彼女に、ハジメが笑顔で声をかけた。

 

「早く、前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕やタケルを除いて全員チートなんだから!」

 

 自信満々で背中をバシッと叩くハジメをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

 ハジメは周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 

「ハジメ!」

 

  そこへ、トラウムソルジャーを柳葉刀で切り裂き、ハジメに近付く。ハジメはタケルに向かって一つ頷き、再度思考を始める。

  誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが、上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「ちっ、これじゃ敗走どころか全滅確定だ。ハジメ、どうする?」

 

「皆、混乱しているんだ……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

 

「やっぱりか。かなり不本意だが、発言力と行動力のある彼奴しかいないな。嗚呼、マジで最悪だ!」

 

 タケルとハジメは走り出した。光輝達のいるベヒモスの方へ向かって。タケルも文句を言いながらその後を追っていく。

  ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルドも遅滞防御に移行して障壁の展開に加わっているが、焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

 

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルドは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 この限定された空間では、ベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

  その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は“置いていく”という事がどうしても納得できないらしい。また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

 まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで、光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

  その時、二人の少年が光輝の前に飛び出してきた。

 

「「天之河(くん)!」」

 

「なっ、南雲!?それに佐々野まで!?」

 

「南雲くん!?」

 

「タケル!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を!みんなのところに!君がいないと!早く!」

 

「いきなり何だ?それより、何でこんな所にいるんだ!ここは君達がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて二人は……」

 

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。今まで苦笑いしながら物事を受け流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!?みんなパニックになってる!リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

  その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。訓練の事など頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

 

「今は奇跡的に持ちこたえているけど、いつまで持つか分からない。一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

「だが、メルド団長を置いていくわけにはっ……!」

 

 ハジメの説得でも撤退を渋る光輝に痺れを切らしたタケルは一発ぶん殴った。

 

「いい加減にしろ!自分に酔ってんじゃねぇ!お前と奴の力の差くらい見極められねぇのか!」

 

 ハジメだけでなくタケルにも怒鳴られて光輝は唖然とした。

 

「勇者ならなんでも出来ると思ってんのか?勇者なら奇跡でも起こるのか?自惚れるなよクソ野郎!ヒーローごっこがしたいなら今すぐベヒモスにでも喰われてしまえ!お前のくだらねぇ意地であいつらを殺すつもりか!」

 

 タケルの言葉に混乱し怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見つめる光輝は悔しそうに俯き、そして──。

 

「……わかった。撤退しよう」

 

「ようやく認めたか。戦場では即断即決って訓練で習ったろうが、このバカ野郎。とっとと行け。あいつらを死なせるな」

 

「メルド団長、すみません、俺達先に──」

 

「下がれぇ──!!」

 

 光輝が“撤退します”そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴じみた警告と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 暴風のように荒れ狂う衝撃波がタケル達を襲う。咄嗟にタケルとハジメが前に出て、錬金術と錬成術により鉄筋コンクリートのような石壁を作り出すがあっさりと砕かれて吹き飛ばされた。多少は威力を殺せたようだが……舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、タケルとハジメの鉄筋入り石壁が功を奏したようだ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達が何とかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

 

「……何とかしてみるわ!」

 

 二人がベヒモスに突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

 

「うん!」

 

 光輝の指示で香織が走り出す。タケルとハジメは既に団長達のもとだ。タケルは意識の確認と応急処置、ハジメは戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。

 光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! “神威”!」

 

 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

 先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 龍太郎と雫は、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。

 放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

「これなら……はぁはぁ」

 

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

 

「だといいけど……」

 

 龍太郎と雫が光輝の傍に戻ってくる。光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。先ほどの攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

 その先には……

 無傷のベヒモスがいた。

 低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スっと頭を掲げた。頭の角がキィ───という甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケっとするな! 逃げろ!」

 

 メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。

 光輝達は、咄嗟に横っ飛びで回避するも、着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃には、満身創痍の状態だった。

 どうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ香織による治療の最中だ。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

 

「お前等、動けるか!」

 

「雫!しっかりしろ!」

 

 メルド団長やタケルが叫ぶように尋ねるも返事は呻き声だ。先ほどの団長達と同じく衝撃波で体が麻痺しているのだろう。雫は咳き込みながら血を吐き出していた。内臓へのダメージも相当のようだ。

 

「ハジメ、やれるな?」

 

「任せてよ。タケルと一緒なら大丈夫!」

 

 タケルの中にはベヒモスへの憎しみで溢れていた。自分なんかを好きだと言ってくれた女の子が瀕死の状態。何も出来ない悔しさと恨みが全身を支配していた。今にも特攻しそうな衝動を押さえながら全員で撤退する作戦を考えた。

 

「メルド団長。俺達に考えがあります」

 

「なんだと!?」

 

 ハジメと考えたこの危機を突破する作戦を伝えた。

 

「……やれるんだな?」

 

「やれるかじゃありません。やります!」

 

「タケルの言う通りです。やります!」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルドは「ふっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんらに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから、頼んだぞ!」

 

「「はい!」」

 

 メルド団長はそう言うとベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヒモスは自分に歯向かう者を襲う傾向にあるようだ。しっかりとその視線がメルドに向いている。

 そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルド団長は、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。

 

「吹き散らせ、“風壁”!」

 

 詠唱と共にバックステップで離脱する。

  その直後、ベヒモスの頭部が先ほどまでメルド団長がいた場所にめり込んだ。このときに発生した衝撃波や瓦礫は“風壁”でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの光輝達を守りながらでは全滅していただろうが。

 そして、頭部がめり込んだベヒモスに、ハジメが前に出て地面に両手をつける。ベヒモスの攻撃時に発生した熱が地面に残っておりハジメの肌を焼いていく。しかし、そんな痛みもお構いなしに最も簡易で、唯一の魔法を唱えた。

 

「錬成!」

 

 瓦礫が固まり、石中に埋もれたベヒモスは動きを止まる。頭部を引き抜こうと暴れて周囲の石を砕こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうためにベヒモスはその場に釘付けとなる。

 

(流石は錬成師だな。俺も負けてられない。造り出すのは太く長い杭。何者でも貫く硬さと折れない強さ!)

 

「錬金!」

 

 ハジメに負けじとタケルも今まで最高の錬金術を繰り出しベヒモスの足元から全身を貫く長さと固さの杭を無数に造り出して動きを封じる。更にだめ押しにと、埋まった足元を錬金術の物質変換によって金属に変化させて固める。

 ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬金術や錬成をし直して抜け出す事を許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。実に間抜けな格好だ。

  その間に、メルド団長は、回復した騎士団員と香織を呼び集め、光輝達を担ぎ離脱しようとする。トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めているようだ。立ち直りの原因が、実は先ほどハジメが助けた女子生徒だったりする。地味に貢献しているハジメである。

 

「待って下さい! まだ、南雲くんと佐々野くんがっ」

 

 撤退を促すメルド団長に香織が猛抗議する。

 

「坊主どもの作戦だ!ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する!もちろん坊主がある程度離脱してからだ!魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

 

「でも!」

 

 なお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

「坊主どもの思いを無駄にする気か!」

 

「ッ──!」

 

 メルド団長を含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく光輝である。少しでも早く治癒魔法を掛け回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、香織が移動しながら光輝を回復させる必要があるのだ。ベヒモスはハジメの魔力が尽きて錬成ができなくなった時点で動き出す。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん、“天恵”」

 

 香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が光輝を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

 メルド団長は、香織の肩をグッと掴み頷く。香織も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続けるタケルとハジメを振り返った。そして、光輝を担いだメルド団長と、雫と龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。

 トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体以上になり、階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

 だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もし、もっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。

 それでも、未だ死人が出ていないのは、ひとえに騎士団員達のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。代償に、既に彼等は満身創痍だったが。

 騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、あと数分もすれば完全に瓦解するだろう

 生徒達もそれを何となく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどハジメが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。

 誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……

 

「“天翔閃”!」

 

 純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」

 

 そんなセリフと共に、再び“天翔閃”が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。

 

「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ!さっさと連携をとらんか!馬鹿者共が!」

 

 皆の頼れる団長が“天翔閃”に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

 治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒す事より後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。

 そして、階段への道が開ける。

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に走り出す。

 ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って! 南雲くんと佐々野くんを助けなきゃ!たった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。何せ、タケルやハジメは“無能”で通っているのだから。

 だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。

 

「何だよあれ、何してんだ?」

 

「あの魔物、下半身が埋まってる?」

 

「それに串刺しになってるぞ!」

 

 次々と疑問や驚きの声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。

 

「そうだ!坊主ども二人の力であの化け物を抑えているから撤退できたんだ!前衛組!ソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主どもの魔力が尽きる。アイツらが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していた時のこと。緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ったのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。

 檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫?と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。

 部屋を出た香織は次に中庭に向かった。植木に隠れるように見ていた先にはベンチに寄り添って座る一組の男女がいた。タケルと雫だった。しかも熱烈なキスをしている最中だった。

 王宮の訓練場で天職もステータスでも自分より劣るハジメと同質の存在が学園の女神にキスをしている。その光景に頭を殴られたような感覚を感じた檜山。彼は香織に好意を持っているが、雫も女性として気に入っていたからだ。それに王宮で屈辱的な負け方をしたことも相まって檜山の心には憎悪が爆発するように膨れ上がった。

 香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、ハジメをいじめて光輝達に仲裁するように仕向けたのも全ては香織や雫の気を自分に向けさせるため。

 だが、このままでは気になっている女子二人が劣等生の手に渡って汚される。そう考えた檜山は、たった二人でベヒモスを抑えるタケルやハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 その頃、タケルやハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 ベヒモスは相変わらず苦しもがいているが、この分ならあと十数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 二人はタイミングを見計らった。

 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬金と錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 二人が猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒けさせ、串刺しにした怨敵を探し……タケルとハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。二人を追いかけようと四肢に力を溜めた。

 二人の予測より速く拘束を解いたベヒモスに焦った。今、魔法攻撃で時間を稼いでも階段側まではもたない。再び拘束するような時間や魔法を行使するだけの余力も無い。

 

「ハジメ、切り札を使うぞ」

 

「えっ?あれだけじゃなんにもならないよ?」

 

「大丈夫。誰にも言っていないもう一つの切り札もあるし、ハジメはこいつを起動させてくれ」

 

「わかった」

 

 タケルから渡されたのは短冊形の一枚の紙。最高級の紙にびっしりと描かれた魔方陣になけなしの魔力を注ぐ。元々魔方陣自体にあらかじめ大量の魔力を蓄えていたので起動時にほんの少しの魔力を注ぐと発動する仕組みになっていた。

 短冊は光の粒子となって形を再構成する。出来上がったのは一本の槍だ。王宮の宝物庫の隅で埃を被っていた錆び付いた槍を見つけた。メルド団長曰く大昔に王国軍の将軍が使っていたとされる大きさや伸縮を自在に変えられる槍らしい。骨董品と化したその槍を譲ってもらい王国の鍛冶職人の協力のもと能力限定で復元させた。タケルは槍の歴史的観点や外見から某アニメで登場するある槍に酷似しており、「面白いな」と思って名前の一部を貰って『神槍如意』と名付けた。

 

「出来たよ、タケル。どうするの?」

 

 走りながらハジメから槍を受け取るタケル。

 この槍の限定された能力とは伸縮だ。だが、伸ばせば伸ばすほど質量も右肩上がりで比例するし、魔力補助が無いと扱えない。この場面ではお荷物としか言いようがない。

 だが、タケルには一度きりの秘策があった。タケルは懐から一枚の御札を取りだし起動の魔力を込める。すると爆発的に魔力が溢れだしタケルを包み込む。

 

「魔力ドーピング正常。痛覚遮断。瞬発力向上。肉体強化完了。………よし!」

 

 タケルの秘策──それはドーピングである。御札には大量の魔力を蓄積しており、それを取り込むことで強制的に魔法行使を可能にするのだ。

 

(……これなら何とかなりそうだ)

 

 渾身の一撃を繰り出そうとベヒモスが遂に動き出す。

 タケルも立ち止まり、ベヒモスに振り返りながら逆手に持ち替え、強く右脚を踏み込み……全力で神槍如意を投擲するっ!

 魔力ドーピングによって飛躍的に向上した腕力で風を切るように飛んでいく槍は能力によって飛びながらその長さを伸ばして最終的には元の長さの凡そ四倍になった。

 

「貫けぇええええ!!!」

 

「グアァアアァアアァァァァアァアアァアァアアァッ!?!!?」

 

 槍はベヒモスの右目を貫き、三分の二ほどベヒモスの体内に埋まった。ビリビリと空間を震わせるほどの絶叫をベヒモスは鳴らした。

 

「今のうちに!」

 

「うん!やったねタケル」

 

「ああ!」

 

 ベヒモスがのたうち回っている間に再び走り出すタケルとハジメ。

 

「今だ!魔法詠唱!ベヒモスに追い討ちを掛けろ」

 

 メルド団長の合図と同時に様々な魔法がベヒモスに直撃する。

 夜空を駆け抜ける流星の如く、様々な属性で彩られた魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージは殆ど無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 いける!と確信し、転ばないよう注意しながら、頭を下げて全力で走るタケルとハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団が誤射するようなミスをするはずないと信じて駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 思わず、ハジメの頬が緩む。タケルも内心勝利を確信しており笑みを浮かべた。

 しかし、その直後、二人の表情は凍りついた。

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。……ハジメ達の方に向かって。明らかに二人を狙い誘導されたものだ。

 

(くそっ!)

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

 咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメをタケルが庇おうと頭を抱えて包み込む。次の瞬間、二人の眼前に火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すようにハジメを抱きかかえたシュウもろとも吹き飛ぶ。

 

「がはっ!」

 

「うっ!?」

 

  二人は橋の上に墜落し、ゴロゴロと数度転がったのちようやく止まった。なんとか立ち上がるが、ハジメはタケルのお陰で直撃を避けられたが、吹き飛ばされた衝撃で三半規管がやられたことによりフラフラだった。ハジメを庇ったタケルは背中に大きな火傷を負っていたが、魔力ドーピングの効果で一時的にも頑丈になってことでなんとか立ちがるのが出来た。

 

「グルァアアァアァアアァア!!」

 

  背後で咆哮が鳴り響く。思わず二人が振り返ると、四度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりタケル達を捉えていた。

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながら二人に向かって突進する!

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 二人はなけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 そして遂に…橋が崩壊を始めた。

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 ハジメも何とか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。

 

(ああ、ダメだ……)

 

 自然、諦めの言葉を胸中で呟きながら、ハジメが対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして泣きはらしている雫や光輝に羽交い絞めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ていた。

  そして、ハジメの足元も崩落し、奈落の底へと落ちるかと思われた。しかし───。

 

「ハジメッ!」

 

「ッ!? タケル!」

 

 ハジメが落ちる寸前に左手でハジメの右腕を掴んだ。タケルは崩れる寸前に短剣を石橋の隙間に食い込ませ、それを支えにぶら下がっていた所に落ちてきたハジメをキャッチしたのだ。

 その光景に、それを見ていた誰もが僅かに見えた希望に安堵の表情が浮かべる。

 

 ──ブチッ。

 

 タケルだけはすぐそこまで迫っている絶望への秒読みが始まっていることを感じていた。

 魔力ドーピングには一時的に本来のステータスなどを凌駕するメリットがある。だが、どの世界であれメリットには必ずデメリットも存在する。

 肉体を強制的に強化させる魔力ドーピングは使用すると後遺症として本来の肉体に深刻なダメージを負う危険性もあるのだ。

 

 ──ブチッ、ブチブチッ!

 

 例えば今回は槍を投げるために腕力を集中的に高めた。腕に掛かった負担は計り知れないもので強化された分だけ脆くなっているのだ。

 

「っぐ!ぐあぁぁあぁあぁ!!!」

 

 更に魔力ドーピングの効果が切れ掛かっていたためにタケルの肉体は耐久度の許容範囲を越えて悲鳴を上げた。

 あまりの激痛に意識を失いかけながらハジメだけでも脱出させようと投げようとするが──

 

 ───ブヂンッ!!!

 

 一足、遅かった。

 強化された右腕はタケル自身の重さと左腕で支えるハジメの重さに耐久度の限界を越えていとも容易く引き千切れた。

 千切れる瞬間、全身へ駆け巡った激痛に放すまいとガッチリ握っていた左手の力が抜け落ちてしまった。

  ハジメは仰向けの状態で重力に従い、暗い奈落の底へと落ちて行った。徐々に小さくなっていく光に手を伸ばしながら……

 

(雫、すまない……)

 

 自分を好きだと言ってくれた初恋の相手。剣を振るう凛々しい姿は一変して絶望したような顔をしていた。タケルは雫の好意に答えられなかったが、せめて笑顔でいてほしいと思っていたのにそんな表情をさせたことを酷く悔やんだ。

 

「───っ!」

 

 そんな中、雫や香織の背後にはあの男の歪んだ笑みと「ざまあみろ」と口ずさんでいるのが見えた。タケルはすぐに奴の仕業と確信した。

 

「……殺してやる!殺してやるーーーー!!!!!」

 

  殺意。憎悪。激怒。絶望。あらゆる感情が一気に沸き上がり、断末魔として奈落に木霊し、暗い奈落の底へ落ちていった。

 

 

【To be continue………】



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Life.7 絶望する少女達ともう一人の犠牲者

ようやくオリ主以外オリキャラが登場します。


 空間に響き渡り、やがて消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。そして……瓦礫とともに奈落に消えたハジメとタケル。

 その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできなかった香織は絶望する。

 香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた。

 月明かりの照らす部屋の中で、ハジメの入れたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶モドキを飲みながら二人きりで話しをした。あんなにじっくりと話したのは初めてだった。

 夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていたハジメ。それでも真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り、思い出話に花を咲かせていた。

 浮かれた気分で雫の様子を見に行くと、大胆な行動をしていた親友に驚いたり、気付かれないようにそっと部屋に戻った後、自分が随分と大胆な格好をしていたことに気がつき、過去最大級の羞恥に身悶え、特に反応していなかったハジメを思い出して自分には魅力がないのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織に、艶々の肌で満面な笑みで戻ってきた同室の雫が入ってきて直ぐ、呆れた表情をしていたのも黒歴史だろう。

 その後、雫と恋愛談義に花を咲かせて寝落ちするまで語り合ったのは言うまでもない。

 そして、あの晩、一番重要なことは、香織が約束をしたことだ。

 “自分もハジメを守る”という約束。ハジメが香織の不安を和らげるために提案してくれた香織のための約束だ。奈落の底へ消えたハジメを見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。

 どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がっ、私が守るって!離してぇっ!」

 

 飛び出そうとする香織を光輝だけが必死に羽交い絞めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

 このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。

 

「香織!死ぬ気か!南雲と佐々野はもう無理だ!兎に角落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

 

「無理って何!?二人は死んでない!行かないと、きっと南雲くんは助けを求めてる!」

 

 誰がどう考えても南雲ハジメと佐々野タケルは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。

 

 しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。

 その時、メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。ぐったりする香織を抱きかかえ、光輝がキッとメルド団長を睨む。

 

「メルドさん、何をっ!」

 

「……こうするのが一番だ。それともお前は止められたのか?」

 

「っ!」

 

 すぐに反論しようとした光輝だが、図星だったので、「ありがとうございます」と一礼した。あのままでは香織は壊れてしまうだけでなく、彼女の叫びが他のメンバーの心にもダメージを与える恐れを未然に防げたのは事実なのだ、と無理矢理納得させた。

 

「……あれ?そう言えば、雫の奴は何処に……?」

 

 一連のやり取りを見ていた龍太郎は、いつもならすぐに光輝を諌めたり、混乱する香織をいち早く止めに入る筈の雫の姿が何処にもなかった。

 キョロキョロと周りを見渡し、見つけた瞬間雫のいた場所にギョッとして駆け出した。

 

「………」

 

 なんと雫は、いつ再び崩れるか分からない石橋の端に向かって歩いていた。その歩き方はふらふらとしており、まるでゾンビが徘徊でもしてるかのような異常な行動だった。このままでは雫まで転落してしまう。そんな雫の姿にクラスメイトたちもギョッとした。

 

「おいっ!何やってんだ!?危ないだろ!!」

 

 石橋が崩れたところから僅か一メートル手前で龍太郎は雫の腕を捕まえた。しかし、雫の瞳には生気が無く、駆け付けた龍太郎にも見向きもせず、聞き取れないくらいの低い声のうわ言を発しながら尚も前に進もうとしていた。

 

「……いか、ない、で──」

 

 突然の凶行に及んだ雫は奈落へと手を伸ばしながらすれた声で呟いた言葉を最後に崩れるように倒れて意識を失った。

 それを見て呆然としていたメルド団長はハッと我に帰り、素早く全員に指示を飛ばす。

 

「今はまず迷宮を離脱することが先決だ。光輝と龍太郎は彼女たちを頼む」

 

「……わかりました」

 

「はい」

 

 雫を抱えた龍太郎が戻ってくると光輝も我に帰り、香織を背負う。すぐに気持ちを切り替えた光輝は持ち前のリーダーシップを発揮し、二人が死んだことによる精神的ダメージを負ったクラスメイトたちを鼓舞して先導した。

 

「皆!今は生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」

 

 トラウムソルジャーの魔方陣は未だ健在でこうしている間にもその数を増やし続けている。今の状態で戦うのは無謀であるし、戦う必要が無い。

 ノロノロと歩みを進めるクラスメイト達を光輝やメルド団長、騎士団員たちの必死の励ましにより、全員が階段への脱出を果たした。

 上階への道のりは長かった。

 先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、既に感覚では三十階以上登っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。

 そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルドは扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。

 その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。メルド団長は魔方陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

 

「戻ったのか!」

 

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え何時どこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

  そしてついに、一階の正面門と何だか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 だが、一部の生徒──未だ目を覚まさない香織と雫を背負った光輝や龍太郎、その様子を見る恵里、鈴、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。

 そんな生徒達を横目に念のためクラスメイト全員の点呼を行ったメルド団長。だが、奈落へ転落したタケルやハジメを除いても一人足りなかった。嫌な空気が広場に重くのし掛かる。

 光輝を中心に誰が欠けているのか確認した結果、後衛の治癒術師の倉内朱里が行方不明と判明した。回復役として後衛だけでなく前衛にも行き来していた。香織達と仲が良く、明るい印象でクラスのムードメーカーとして定着していた朱里がこの混乱でダンジョンに置き去りにしてしまったことに光輝やメルド団長は酷く慌てた。

 光輝は再びダンジョンに潜ろうとするが、メルド団長に「リーダーが抜けるのは得策じゃない」と説得され、騎士団で救出隊を編成して捜索に出掛けた。

 救出隊を見送ったメルド団長は迷宮の受付に今回の出来事を報告に行く。

 二十層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが、報告は必要だった。そして、ハジメとタケルの死亡報告と倉内朱里の行方不明と捜索の旨もしなければならない。憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルド団長だった。

 結局、倉内朱里を発見することは出来ず、トラムソルジャーとの戦闘で戦死したと結論され、今回の遠征の三人目の犠牲者となり、クラスメイト達は涙を流した。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく、宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 だが実際は……

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツらが悪いんだ。南雲は雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……佐々野も俺を虚仮にした……て、天罰だ。倉内だって、運が悪かっただけだ……俺は間違ってない……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

  暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

 そうあの時、軌道を逸れてまるで誘導されるように二人を襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。

 階段への脱出とハジメ達二人の救出。それらを天秤にかけた時、二人を見つめる香織と雫が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。「今なら殺っても気づかれないぞ?」と。

 そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

 バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメとタケルに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない──と思っていたが、大きな誤算が早くも訪れた。

 

「ちょ、ちょっと檜山……あんた、何やってんの?!」

 

 それが倉内朱里の行方不明に繋がるのだ。檜山が行った一連の流れを偶然にも隣に居た朱里に勘づかれてしまったのだ。檜山はバレるはず無いと思っていた完璧な計画が早くも破綻することに焦った。

 この時、檜山の中の悪魔がまた囁いた。「後には引けない。口封じするなら今しかないぞ?」と。

 檜山は再びその手を血で染めることを決意した。遠距離魔法の連続行使で誰もが前を向いている。そして、運が良いことに檜山と朱里の位置は石橋の端で一番後ろの列にいる。檜山は素早く朱里の口を左手で押さえて右手で短剣を朱里の腹部に何度も突き刺した。朱里は一瞬の出来事に抵抗はおろか、悲鳴を上げること無くめった刺しにされ、石橋から突き落とされた。

 一分にも満たない僅かな時間の犯行を誰も目撃していなかった。これで自分の犯行はバレない。大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

 その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

 

「ッ!?だ、誰だ!」

 

 慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「お、お前、何でここに……」

 

「そんなことはどうでもいいよ。それより…人殺しさん?今どんな気持ち?恋敵やその親友、目撃者をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが三人も死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 呆然と呟く檜山。

 それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

 

「本性?そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……この事、皆に言いふらしたらどうなるかな?特に、あの子達が聞いたら……」

 

「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

 

「ないって?でも、僕が話したら信じるんじゃないかな?あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

「ど、どうしろってんだ!?」

 

「うん?心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない?ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

 

「そ、そんなの……」

 

 実質の奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくハジメ達を殺したのは檜山だと言いふらすだろう。

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか悪魔の誘惑をする。

 

「白崎香織と八重樫雫、欲しくない?」

 

「ッ!?な、何を言って……」

 

 暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。

 

「僕に従うなら……いずれ彼女達が手に入るよ。本当はこの手の話は南雲や佐々野にしようと思っていたのだけど…挙げ句の果てには、君が殺しちゃったから。南雲に近付こうとしても佐々野がいつも近くにいてやり難かったし。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?目撃者も殺しちゃうのは予想外だったけどね」

 

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

 

  あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒げる。

 

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで?返答は?」

 

 あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷いた。

 

「……従う」

 

「アハハハハハ、それはよかった!僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね!まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん?アハハハハハ」

 

 楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去っていくその人物の後ろ姿を見ながら、檜山は「ちくしょう……」と小さく呟いた。

  檜山の脳裏には忘れたくても、否定したくても絶対に消えてくれない光景がこびり付いている。ハジメが奈落へと転落した時の香織の姿。どんな言葉より雄弁に彼女の気持ちを物語っていた。

 今は疲れ果て泥のように眠っているクラスメイト達も、落ち着けば三人の死を実感し、香織や雫の気持ちを悟るだろう。香織が決して善意だけでハジメを構っていたわけではなかったということを。

 そして、憔悴する香織を見て、その原因に意識を向けるだろう。不注意な行為で自分達をも危険に晒した檜山のことを。

 上手く立ち回らなければならない。自分の居場所を確保するために。もう檜山は一線を越えてしまったのだ。今更立ち止まれない。あの人物に従えば、消えたと思った可能性──香織をモノにできるという可能性すらあるのだ。しかも雫まで手に入る可能性も出てきた。二大女神を自分のモノに出来る可能性なのだ。これに乗らない選択肢は檜山には全く無かった。

 

「ヒヒ、だ、大丈夫だ。上手くいく。俺は間違ってない……女神達は俺のモノになるんだ」

 

 再び膝に顔を埋め、ブツブツと呟き出す檜山。

 今度は、誰の邪魔も入ることはなかった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

「まさかあんな下らない理由で殺しに掛かるなんて。所詮、人間はどの世界でも変わらないのね。……あの子は大丈夫かしら?」

 

 はるか高き場所から世界の行く末を見守っていたとある人物は人間の愚かさに呆れつつ、奈落へと落ちてしまった少年少女を心配そうに見ていた。

 彼女には彼らを救い出す術が無い。力無き彼女は見守るしか出来なかった。

 だが、彼女の直感はこう告げている。

 “彼なら──佐々野タケルならば無力な私を助け、神の遊戯場と化したこの世界を救ってくれるだろう”、と。

 

 

【To be continue………】



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Life.8 無力な神と禁忌の成功者

オリヒロが登場します。
主人公少し鬼畜かもです。


 

 

「───ハッ!」

 

  タケルは目を覚ました。そして、瞬時に先程までの記憶が蘇る。ベヒモスに追われ、檜山の魔法攻撃で撤退を妨害され、石橋が崩れてハジメを助けられず、一緒に落ちた。

 起き上がると、周囲には誰も何もなかった。いや、何もないというよりはタケルの周りが白一色の世界と言った方が正しいだろう。ここが何処なのか、少なくとも奈落の底ではないことは理解できる。

 

 ──ズキンッ!

 

「ぐっ……」

 

  不意に鋭い痛みを感じ、痛みの発生源を恐る恐る左手で触ろうとする。だが、左手は右手を触るどころか空振りしてしまう。だんだんと記憶が鮮明になってくる。ドーピングの副作用で肉体はボロボロとなり、右腕を失って、ハジメを救うことすら出来なかった。ドーピングの危険を承知の上でベヒモスとの時間稼ぎに使ったが、助からなければ意味が無い。だが、後悔しても失った腕は元には戻らない。

 そんなことを考えていたが、タケルは周りにハジメがいないことに気が付いた。一緒に落ちたはずなのにタケル一人だけ。同時に手を伸ばしながら絶望の表情で顔を歪ませたハジメの姿がフラッシュバックした。

 

「ハジメを探さないと──!」

 

 コツ、コツ、コツ。

 未だ痛みを伴う右腕を庇いながら立ち上がると、背後から誰かが近付く音が聞こえた。

 ハジメかと思って振り返ると、黒を基調としたギリシャ神話風の服装をしている美女が近付いてくる。

 

「やっと逢えたね。初めまして、佐々野タケルくん」

 

 タケルの前で立ち止まり、可愛らしい声音でにこやかに挨拶をした美女。タケルは一目見てこの人は強いと悟り、色々と聞きたいことをグッと押さえて一礼した。

 

「さて、君は奈落から落ちたはずなのにここは何処なのか、親友の行方や私の存在。色々と聞きたそうな顔をしているね」

 

「そんな顔をしていたのか?」

 

 「してたわよ」と、クスクス笑いながら答えた女性。タケルは分かりやすいくらい表情に出ていたことに内心驚愕していた。自分ではポーカーフェイスを保っていたと思っていたからだ。

 

「君の質問にはいずれ答えるわ。今は時間が無いから必要なことだけ伝えるわ。──まず、私はこの世界の本当の神様よ」

 

 女性は苦笑いしながらタケルに言った。対してタケルは女性の言葉に面食らうも、すぐに頭の中で噛み砕いて消化した。

 

「今更神の一人や二人増えたところでさほど驚かない。異世界転移って常識はずれな事が起こしたのもなんとかって神らしいし。それに何となくあんたの言うことは本当のことだと感じる。……それで、神様が用件はなんだ?」

 

「流石、理解が早くて助かるわ。えっと、手っ取り早く見てもらう方が早いかも知れないわね」

 

「見るって……?」

 

「ちょっとだけ我慢してね?」

 

 そう言うと女性はタケルの額にそっと触れ、“それ”が頭に流れ込んできた。突然、膨大な光景や会話などの情報が流れ込んでタケルの目は大きく見開いた。

 十秒ほど言い様の無い感覚を体感し、触れていた女性の手が離れたのと同時にその感覚から解放された。心臓がドクドクと激しく鼓動し、大量の汗が滲み出る。

 

「かはっ!……はぁ……はぁ……」

 

 吐き気と脳を揺さぶられたような感覚に陥り、地面に座り込んだ。

 流れ込んできた膨大な情報──それは彼女の……いや、このトーラスという世界の記憶だった。世界が始まって何千年、何万年分の歴史が一気にタケルの脳に直接流し込まれたのだ。

 息を荒くして苦しむタケルを女性は申し訳なさそうに「ごねんなさい」と言いながら、背中を擦っていた。

 

「もう、大丈夫だ。ありがとう」

 

 やがて吐き気も立ち眩みも収まり、呼吸も正常に戻ったタケルは立ち上がり、背中を擦ってくれた女性にお礼を言った。こういう事態を起こした張本人に言うのはおかしな事かもしれないけれど。

 タケルは貰った情報に驚愕と怒りを覚えた。これまでも同じことを繰り返していた。そして、今回も。“それ”の当事者の一人としてとても許しがたいものだった。

 

「本当にごめんなさいね。無力な私から出来ることは限られているの」

 

「……ああ。内容はさっきので大体把握した。教会の話とは随分と違うんだな。一つ聞きたい。このままだと、俺達はこれまでの勇者と同じ道を辿るのか?」

 

 女性の意図を理解しながら、タケルは問い掛ける。対して世界を見守る女性──否、囚われの神は優しい表情から一変して真剣な顔で頷いた。

 

「ええ、その通りよ。私からのお願いはただ一つ。無力な私に代わって偽りの神を倒してほしい。その為なら私も出来る限りのサポートするわ」

 

 そう言いながら神はゴルフボールほどの魔方陣の塊をタケルに差し出す。魔方陣の塊はタケルの胸にスッと入り、タケルの体に馴染んだ。

 

「今のは?」

 

 魔方陣が入った胸に手を当てながら、力が沸くような感覚に戸惑いながら神に聞いた。

 

「貴方に天職と技能を追加しました。この力と共に貴方は強くなっていずれ世界を救ってくれる勇者になってくれると信じています。使い方はすぐに分かるかと思います。私に力が無い故にこの程度のことしか出来なくてごめんなさい」

 

「……一応言っておくが、俺の目的はハジメを探して元の世界に帰ること、それだけだ。この世界がどうなろうと知ったことじゃねぇが、俺の目的のついでにあんたの望みを叶える。それで良いか?」

 

「構わないわ。協力の約束が取れただけでも上々なくらいよ」

 

 安堵したような顔をする神に、タケルは一礼しながら新たな天職と技能の情報を頭の中で確認した。

 そんなとき、ふと浮かんだ疑問を神に問い掛ける。

 

「なぁ、何で俺を選んだんだ?」

 

「なんでかしらね。適当に選んだん訳じゃないけど……強いて言えば気に入ったからからかな?」

 

「そいつは光栄だな。だが、神に気に入られることした覚えはないけど?」

 

「いいえ。貴方には他の人にはない素晴らしいものを持ってるわ。度胸だったり、姿勢だったり、思いやりだったり。それらは誰でも真似できるものじゃないわ。だから、貴方に頼もうと思ったんだ」

 

「そ、そっか……」

 

 初めてそんなことを言われたタケルは照れ隠しに頬を掻きながら視線を逸らした。神はそんなタケルを見て、クスクスと楽しそうに笑う。

 

「ええ。だから自信を持ってね。……そろそろ時間みたい。現実に戻ったら貴方の近くに技能の実験するのにちょうどいいものが落ちてるわ。試してみてね」

 

「ああ、分かった」

 

 一通りの会話が終わると眠りに落ちるような感覚になって視界がぼやける。

 

「……最後に一つだけいいか?」

 

「なにかな?」

 

「あんたって笑うとすごく可愛い顔してるよ」

 

「………えっ!」

 

 今までの落ち着いた表情が崩れて、頬を紅く染めた神の姿を一瞬だけ拝んでタケルの意識は途切れた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

「可愛いって初めて言われちゃった♪……ふふっ」

 

 この女性──このトータスの正真正銘の神であり、創造主のペルサは産まれて初めて熱くなった頬を撫でながら照れ臭そうに微笑んだ。そして、自らが送り出した少年がいた場所をじっと見つめながら少し前の出来事を思い出す。

 ペルサはその日、何度目かの召喚の気配を感じた。召喚は偽りの神が始めた遊戯の一つ。最初の頃は数えていたけどいつの頃かそれすらも面倒になるくらいの時間が過ぎていった。

 今回の召喚は地球というこの世界(トータス)より上位の人間が数十人規模で強制的に召喚された。ペルサは今度こそ偽りの神を打倒する為の“代行体”を得ようと召喚された人間達を観察した。真の神たるペルサは偽りの神から世界ごと乗っ取られ、異空間に放逐されて外に出ることが出来ない。

 それ故に、異空間から神の力で召喚された人間一人一人を観察して彼女の大命を成し遂げる“代行体”足り得る人材を選別することにした。観察とは人間の魂からその人の記憶や人間性を見ることだ。数十人の中でリーダー的な人間がいて、「この人なら候補になるかな?」と覗いていると歪んだ正義や価値観を持っていたため即没。もう一人の頼り無さそうな人間は“代行体”としては申し分無かったが、なんとなくタイプじゃなかった。それから候補を探していたけど全員駄目だった。特に一見しただけでこいつは嫌だって人の魂を一応覗いているとやはりと言えばいいのか黒い欲望で汚れた。こいつは絶対何かやりそうだとペルサは危険人物として認識した。

 そして、最後の一人──佐々野タケルを見たとき、思わず目を見開いた。彼を構成しているモノを見た瞬間、ペルサは瞬時に彼しかいない!と思った。

 タケルにも言ったが、彼の記憶を見て、彼の辿った歴史を感じて、思いやりや優しさを知って………そして、彼と初めて会話して彼の度胸や性格が気に入った。

 更に彼が去り際に残したあの言葉。あの言葉を耳にしてから妙に彼が気になってしまう。これまで「人間なんてどいつもこいつも同じだ!」なんて考えていたのに、ペルサは人間である彼にとても興味を持った。そして、彼をもっと知りたいと感じた。

 

「私ってこんなにも単純だったのね。我ながら驚いたわ」

 

 神である前に女だということに気付かされた彼女は神らしからぬ事を口ずさみながら苦笑した。

 神が人間らしい感情を持っていたことを知った彼女の表情はまるで付き物が取れたような晴れやかで満足そうな笑みだった。

 

「これから彼がどんな風に歴史を紡ぐのか楽しみだな。頑張れ、愛しい我が眷属よ」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~ 

 

「うっ……こ、ここは?」

 

 ザァーと水の流れる音が聞こえる。背後には大きな滝があり、流れる水が川を形成している。俺は丁度岸に打ち上げられたかのように倒れていた。

 水に使っていた体を起こして川から離れる。冷たい微風が冷えきった体を撫で回し、くしゃみして身震いした。随分と長い時間水に浸かっていたようだ。

 

「そうだ!南雲は何処だ!……南雲っ!」

 

 奈落の底だと思われる場所にタケルがいるのだからハジメも底に到達しているはず。試しに南雲の名を呼んでも返事はなかった。

 

「南雲ぉ!何処に居るんだ!居るなら返事をしてくれぇ!!」

 

 少し大きく声を出して呼び掛けるが帰ってくるのは木霊したタケルの声と無音の静寂だけだった。

 

「返事は無しか……もしかして別の場所に落ちたのか?それとも、まさか既に……」

 

 タケルは最悪のパターンを想像させるも、すぐに頭を左右に振って考えるのを止めた。

 

(俺は一体何を考えてんだ!南雲は絶対に生きている!)

 

 これ以上考えないように一先ず、自分の状況を考えることにした。周りは薄暗いが緑光石の発光によって僅かではあるが完全に真っ暗というわけではない。視線の先には四メートル程の川があり、その更に先には滝があるようだ。

 

「とりあえず、助かったから良しとするか。そう言えば何か忘れているような……ふぇっくしょん!ってぇ!!」

 

 寒さのあまりくしゃみをしたら右腕が痛み出した。いや、感覚が鈍っていたから気付かなかったのが正しいだろう。ともあれ、タケルはその痛みのお陰で気を失っている間に見た夢が鮮明に思い出した。

 神を名乗る女性から世界の真実と新たな天職と技能を貰ったこと。そして、本来の神から全てを奪い、自らを創造主と名乗っている偽りの神を倒してほしい、と頼まれた。

 タケルは光輝のように正義感があるわけではないし、この世界がどうなろうと関係ない。あくまでもこの世界からの脱出、これが今のタケルの目的だ。

 だが、召喚された勇者の末路を知ったとき、親友のハジメやタケルに好意を向けてくれる雫の顔が浮かんだ。

 このままでは二人も自分自身も破滅の道を辿ってしまう。

 ならばどうする?

 破滅の未来を変えればいい。

 その過程で元の世界に帰る方法が見つかるのなら問題ない。

 しかし、クラスメイトの悪意で親友と共に奈落に落とされ、腕が千切れて脱出の手立てがない。しかもここは迷宮の底。何が起こるか分からない。まさに絶望的な状況だ。救援は期待できない。

 ならば、どうすれば助かる?

 

「ステータスオープン」

 

 タケルは神から貰った新たな力を確認するために銀色のプレートを取り出して唱えた。

 

 ===============

 佐々野タケル 17歳 男 レベル:1

 天職:使徒・錬金術師

 筋力:10(+20)

 体力:10(+20)

 耐性:10(+20)

 俊敏:10(+20)

 魔力:15(+20)

 魔耐:15(+20)

 技能:錬金術・眷属製造・全物理耐性・全魔法耐性・言語理解

 ===============

 

「マジかよ!」

 

 ステータスの数値は変化は見られなかったが天職と技能が追加されていた。あの夢は現実に起きていた事の裏付けとなった。

 念の為に一度ステータスを閉じて、再び「ステータスオープン」と唱える。

 結果はやはり同じだった。

 

「天職の使徒ってなんだろう?」

 

 天職欄をクリックして説明テキストを開いた。

 錬金術師→錬成師の上級職。複雑な魔法を使い、支援魔法を得意とする。

 使徒→光の破壊神ペルサの眷属。自身のステータスを任意で上げ下げ出来る。レベルアップと同時に上限値が上昇する。

 

「マジかよ!」

 

 本日二度目の発言。

 いつの間にかあの神の眷属になっていた。もしかしたらあの球体の魔法陣を貰った時からかもしれない。それよりもステータスを任意で上げ下げ出来るのはかなりのチートだ。まだ上限値は少ないがレベルを上げれば数値も上昇するらしいから戦闘ではかなり有利に動ける。

 

「ってことは技能の方もチートだよな」

 

 次に技能の説明テキストを開く。

 『全物理耐性』と『全魔法耐性』とはその名の通り、物理と魔法の全てに耐性が付いている。とんでもないチート技能なのは明白だった。

 『眷属製造』とは簡単に言えば自分の下僕や部下を作る事が出来るらしい。錬金術にも人体錬成とかあるからそれに近いものだろう。だが、製造には触媒や材料が必要になるようだ。生物の死体でも使えば良いのだろうか?そこまでの説明は無かったから分からない。まぁ、その内分かる

 

「なにがともあれ、現状はステータス上げとハジメの捜索、地上への出口探しだな」

 

 神から貰った天職や技能はチートだった。だが、レベルやステータスを上げないとチートの能力も強化されない。これは他の技能と同様だ。ならば、戦闘をこなしてレベリングをしていくしか道はない。ここはオルクス大迷宮。獲物となる魔物は腐るほどいるからレベリングは大丈夫。技能もその都度検証して理解していけばいい。

 

「あれ?検証?……そう言えばあの神も……」

 

『現実に戻ったら貴方の近くに技能の実験するのにちょうどいいものが落ちてるわ。試してみてね』

 

 と、言っていた。

 技能の実験。耐性の方は戦闘でしか試せないから『眷属製造』の方だろう。こんなところで実験の良いものって何だろうか?と考えながら周囲を探っていく。

 この空間は第二〇層の部屋と同規模の空間で先へ進む洞窟が一ヶ所だけ。それ以外は滝と川が流れているくらい。水の行方も人が進めそうな感じでは無さそうだった。

 魔物の気配は感じない。寧ろここの空間は安全だと思った。何故かはタケルには分からなかったが、本能的な所でこの部屋には敵は居ないし、出てこない。逆に通路の先へ進むと魔物に襲われるということ感じた。これも使徒となったからだろうか、とタケルは首を傾げながら部屋の探索を続ける。

 二十分ほど部屋を動き回って探索したが、特に何も無かった。神が言っていた実験台はここには無いのか?と思ったが、まだ探していないところに気が付いて滝の方へ歩みを進めた。

 この二十分間は川を避けて陸地のみを探索していたからすっかり忘れていた。タケルはどうやってここにやって来たのか。奈落に落とされ、鉄砲水のように流れる滝のようなものがいくつもあり、それに乗せられてここまで来た。気を失っていた時間が長いから確かな事は言えないが、滝や川に流されてここにいる。ならば、実験台もその辺りにあるのではないか、と考えた。

 そして、予想は的中した。

 

「あれは……!?」

 

 滝と川の境の場所に何か浮かんでいるのが見えた。形からして人だ。タケルは同じように落ちたハジメではないかと慌てて冷たい川に飛び込み、浮かんでるソレに辿り着くと、息を飲んだ。

 結論から言えばソレはハジメではない別人だった。

 ハジメでは無いことに安堵と残念さが同時に込み上げ複雑な気持ちとなるが、急いで“それ”を抱えて岸へ運ぶ。

 岸に引き揚げた“それ”は死体だった。腰まで伸びた黒髪。小柄な体躯とそれに似合わないくらいに豊満な胸。冒険者用の服装から複数の刺傷と血が流れ出ている。もしかしたら川の色は血の色になっているのかもしれない。誰が見ても少女の死体だった。

 死体の少女はタケルも知っている人物──倉内朱里だった。朱里は学校で妹にしたい女子一位として知られ、読者モデルとしても活動していることから香織や雫と同じくらい知名度のある人物だ。

 

「もしかして、これが実験台なのか?……ははっ、中々に面白い」

 

 タケルは目の前の少女の死体に興奮しているわけではない。これが神の言っていた実験台ならこれ以上に無いくらいの上物だからである。やはり、部下や下僕を作るにしろ会話が欲しい。況してや誰もいない奈落の底ならばなおのことだ。

 

「まずは検証あるのみ。習うより慣れろ、だな」

 

 タケルは鞄から二メートル四方の大きな紙と羽ペンを用意した。魔法を上手く扱えないタケルはこうして魔方陣を一から書かなければ大きな魔法は扱えない。戦場では命取りの行為だが、ここは危険がない。慌てず、慎重にペンを進める。『眷属製造』の魔方陣の書き方は頭に自然と浮かんでくるので特に大きな問題も無く、順調に作業は進んでいった。敢えて言うなら右手を失って左手で描くのはかなり大変だったって事くらいだろう。

 一時間掛けて魔方陣は完成し、トータスでは史上初、タケルにとって過去最大級の魔法実験が始まろうとしていた。

 魔方陣を描いた二メートル四方の紙の上に朱里を乗せ、最後の仕上げにタケル自身の血を媒体に付けること。タケルは先の尖った石で親指に傷を作り、あふれでた血を朱里の唇に塗り付けた。口紅を塗ったような仕上がりになったが、少し唇からずれたりして不恰好になったのはご愛敬だろう。

 

「よし、完成だ。あとは唱えれば良いだけだな」

 

 『眷属製造』の呪文は魔方陣を描いた時のように自然と頭に浮かんできた。

 

「汝よ、新たな生を受け入れよ。契約の下、我が眷属として生まれ変われ。発動せよ、『眷属製造(ルナティック・バース)』!」

 

 魔方陣が赤黒く発光し始めた。素体の魔力と魔方陣に刻まれたタケルの魔力が融合して新たな命を形成していく。刺傷と思われる穴もじわじわと再生して塞がっていく。

 眷属製造を発動させてから約十分。魔方陣の端から火の手が上がり、魔方陣の紙が無くなっていく。恐らくこれが完成の合図だろう。

 そして、ついに完成した。

 

「お、お~い。倉内さん?起きろ~」

 

 恐る恐る柔らかそうな頬っぺたを突っつきながら生き返ったのか確かめる。次第に閉じた瞳がゆっくりと開き、黒曜石のような生気のある瞳が見えた。目の前で人差し指を出して左右にゆっくりと動かす。すると瞳がそれに釣られて左右に動くことを確認した。

 次にタケルは鼻や口に顔を近付けて呼吸をしているか確かめた。左の頬を近付けると鼻で小さいながらも呼吸をしていた。念のため視線を豊満過ぎる胸に向けると僅かに上下していた。

 

「人体蘇生……成功だ!」

 

 タケルは錬金術師という天職で禁忌とされた人体錬成を史上初の成功者と同時にトーラスという世界の定義を覆した唯一の人間として後の歴史に刻まれた。

 

 

【To be continue………】



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Life.9 初めての眷属と奈落の洗礼

タケルと朱里が奈落の洗礼を受けます。


 

「あ、あれ? 私……生きてる? 刺されたはずじゃ……」

 

 開口一番、倉内は動揺していた。正面にいるタケルに目もくれず、あたふたと体の状態をチェックする。ペロンとお腹を出してぺたぺたと触っていた。

 あまりにも見ていられない光景にタケルはコホンと咳払いして朱里に声を掛けた。

 

「えっと…その、大丈夫か?」

 

 実験が成功したのだからいつまでもここに留まる必要はない。ハジメを探さなくてはいけないし、地上への出口も探さないといけない。やることは山ほどあるのだ。

 だから、声を掛けて手を差し出した。

 

「あ……は、はい……」

 

 倉内は頬をほんのりと赤く染めて返事した。手を取って立ち上がると、ポーと俺を見つめている。その姿はまるで、恋する乙女のようだ。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「わ、私は倉内朱里って言います。助けていただきありがとうございました!えっと…貴方の名前を教えて頂いても構いませんか?」

 

「…………はい?」

 

 タケルは唖然した。何の冗談だ?と思うタケルとは裏腹に倉内はもじもじとしていた。倉内には未だに目の前の人物がクラスメイトのタケルだとは気付いていなかった。

 

「あ、もしかして、嫌でしたか?えっと…腕を怪我していますね。私、治癒魔法使えるんです」

 

 混乱しているタケルを他所に治癒魔法をかける倉内。タケルは僅かな痛みに顔をしかめると「すみません、少し我慢してください」と言いながら治癒魔法をかけ続けた。

 倉内のお陰で完全に止血されたタケルの千切れた右腕。そんな腕を痛ましそうに見つめる倉内にタケルは再び声を掛けた。

 

「なあ、倉内さん」

 

「しゅ、朱里と呼んでください」

 

「あのさ、まだ気付かないか?俺はクラスメイトの佐々野タケルだ」

 

「……え? 佐々野……え?え?」

 

 口をパクパクさせて俺を指差す倉内。

 

「そうだ。錬金術師の佐々野タケルだ」

 

「そ、そんなぁ……!」

 

 ペタンと座りこむ倉内。

 倉内の中で膨らんでいた淡い期待は砕けた。露骨に残念がる倉内を見下ろしていたタケルはかなり傷付いたのは言うまでもない。

 

「なぁ、倉内。教えてほしいことがあるんだけど」

 

「…………ふんっ」

 

「あ、あのさ……」

 

「……私に話しかけてこないでよ、最弱の分際でさ」

 

「…………ほぅ」

 

 流石のタケルも倉内の態度に堪忍袋の緒が切れかかった。正体がタケルだとわかると、手のひらの返しように反抗的になっていた。

 

(相変わらずだな、うちのクラスメイトは)

 

 ハジメを苛める檜山達を囃し立てていた一人が目の前にいる倉内朱里。弱い人間には強気で女子には手を挙げないタケルに漬け込んで罵詈雑言を言っていた数少ない女子。そして、光輝に恋い焦がれ、時々付き合ってアピールするものの華麗にスルーされてしまう残念な子。彼女の事は無視を貫いていたタケルだが、やはりいい気分ではなかった。

 それに既に現実は変わっている。ここは異世界でしかも奈落の底。何が起こるか分からないのが現状だ。使えるものは使うとタケルは決めていた。

 

「倉内さん。これはお願いじゃない。命令だ。質問に答えろ」

 

「はぁ?あんた、なに言ってるの? 佐々野の癖に生意気よ!自分の立場がわかっているの?」

 

 そう言って倉内は魔法を唱えた。

 タケルは魔法適性が無いことを知っていての行動である。

 

「ここに焼撃を生む、火球(ファイヤー・ボール)!」

 

 右手で指差ししながら火の球が構成される。だが、放たれた火球はタケルに到達することなく霧散した。予想外の出来事に倉内は瞬きを繰り返した。

 

「な、なんで!?全力で魔力を込めた筈なのに!?どうして!」

 

「ステータスを確認したらその答えも分かるかもな」

 

 ニヤニヤと嘲笑うタケル。タケル自身もビックリするくらいの悪人顔をしていた。

 実際、タケルは賭けに出ていた。倉内がタケルの眷属になったのなら主に攻撃は出来ないだろうと仮説を立てていたからだ。

 

「ス、ステータスオープン!」

 

 ===============

 倉内朱里 17歳 女 レベル:12

 天職:治癒術師・眷属奴隷

 筋力:190

 体力:620

 耐性:200

 敏捷:320

 魔力:520

 魔耐:450

 技能:自動回復・脈動回復・多重回復・剣術

 状態:眷属奴隷。主→佐々野タケル。彼に対する一切の攻撃は不可能。主の命令には絶対服従。

 

 ================

 

「な、なに、これ…………」

 

 唖然としていた。

 ちなみに、タケルは眷属に属する者のステータスを見れるらしい。

 倉内と同じステータスがタケルの目の前にも映し出されている。

 

「わかったか、倉内? 俺が主人で、お前が奴隷。お前は俺に逆らえない」

 

「そ、そんなの受け入れられるわけないじゃない!」

 

「事実だ。さしずめ、これまでの行いに対する罰ってところじゃないか? 」

 

「わ、私が何やったって言うのよ!」

 

「いじめの傍観者だけでなく、虐めている奴を煽って楽しんでいただろ?あとは俺に対する暴言の数々。まぁそんなところか?」

 

「そんなっ……」

 

「お前には俺やハジメが味わった苦しみがわかるのか? わからないだろうな。お前は安全なところから指差していただけだからな」

 

「…………」

 

 倉内は何も言葉を返せないようだ。当然のことだ。理解されても困る。もし、「分かる」なんて軽々しく言っていれば怒っていた。

 

「……はぁ、まあいい。いつまでもここに居座るわけにはがねぇんだ。いいからさっさと質問に答えろ。……あと、これ」

 

 タケルは自分が羽織っていたローブを押し付けるようにして渡す。

 

「な、なに?」

 

「ローブだよ。見てわかんねぇのか?それで前を隠すことは出来る。それとも誘ってんのか?」

 

「隠す?誘うって …………あ、きゃあっ!!」

 

 今さら自分の様子に気がついたらしい。俺の手からローブを奪うと豊満な胸を庇うように抱き締めた。

 キッと鋭い目付きで俺を睨む倉内だが、今のあられもない姿で睨まれても全く怖くない。

 暫くすると、思い直したように視線を外して、ボソボソと何か呟いた。

 

「ん? なんか言った?」

 

「なんでもない! こっち見ないで!」

 

「ハイハイ。すいませんね」

 

 後ろを向いてローブを羽織ると、タケルは部屋を奈落の脱出とハジメの捜索するために歩み始めた。倉内も何も言わずに黙って後ろに付いてくる。

 

『……ありがとう』

 

 ハジメ以外から聞くこと自体久しい言葉が耳に届いていたことはタケルの胸の内に仕舞った。

 

(……ムカついていた女子から言われるなんてな。でも、悪くない)

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 

 それからタケルと倉内は階段を見つけ出すために階層の中を歩き回りながら今後について話していた。

 

「え……じゃあ、私達はさっきの骸骨戦士以上に強い魔物と戦わないといけないってこと?」

 

「そうなる。当然だな」

 

「そ、そんな……無理だよ……」

 

「何でそんなことがわかる?」

 

「だって、天之河くんでも倒しきれなかったんだよ? 私達が勝てるわけない!」

 

 そんな問答をしながら歩みを進める。どのくらい歩いただろうか。体内時間だと三時間くらいか。陽射しがないので時間の感覚が掴みにくい。お互いに空腹と疲れ出始めた頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。迷宮らしい巨大な四辻である。どちらに進もうか迷っていると視界の端に何か丸いものが動いたのが見えた。

 

「っ!!」

 

 タケルは急いで倉内を自分の背中に隠すように岩の陰に隠れた。音は出さないように隠れたから気付かれてはいないだろう。

 倉内に人差し指を立てながら口元に当てて音を立てないようにジェスチャーする。二人はそっと顔だけ出して様子を窺うと、白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。但し、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。時折「キュウ」と鳴いていた。見た目は可愛いが、俺はそれ以上にそのウサギに恐怖を覚えていた。

 

(ねぇ、あれヤバそう……)

 

(同感だ。少し様子を見よう)

 

 明らかにヤバそうな魔物なので、直進は避けて右か左の道に進もうと決める。ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだ。

 タケルは息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、先陣をきってと飛び出そうとした。

 その瞬間、ウサギが「ピクッ」と反応したかと思うとスっと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

 

(やべっ!み、見つかった!?…いや、大丈夫なのか?)

 

 岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。あの鋭敏そうな耳に自分の鼓動が聞かれそうな気がして、タケルは冷や汗を流す。

 ふと横目で倉内を見ると岩陰に縮こまって荒い呼吸を聴かれないように口を必死に押さえながら耐えていた。

 だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

 

「グルゥア!!」

 

 獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

 その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。一体何処から現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するタケルと倉内。まるでリアル赤ずきんちゃんだ。どう見ても、狼がウサギちゃん(ちゃん付けできるほど可愛くないが)を捕食する瞬間だ。タケルは、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。

 だがしかし……

 

「キュウ!」

 

 可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 

 ドパンッ!

 

 およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。

 すると、

 

 ゴギャ!

 

 という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

 タケルは腰を浮かせたまま硬直する。

 そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて、地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

 ベギャ!

 

 断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。

 その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

 今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、何とウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

 最後の一匹が、グルルと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。

 

「グルゥア!!」

 

 咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。

 しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。二尾狼は、仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。

 蹴りウサギは、「キュ!」と、勝利の雄叫び? を上げ、耳をファサと前足で払った。

 

(マジかよ……)

 

(もうやだぁ……)

 

 乾いた笑みを浮かべながら未だ硬直が解けないタケル。倉内は泣きべそをかいて震えていた。ヤバイなんてものじゃない。タケル達が散々苦労したトラウムソルジャーがまるでオモチャに見える。もしかしたら単純で単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも、余程強いかもしれない。

 タケルは、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら、倉内に視線を向けると、倉内は恐怖のあまり無意識に後退っていた。

 

 ──カラン。

 

 その音は洞窟内にやたらと大きく響いた。

 倉内が下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。タケルの額から冷や汗が噴き出る。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。

 蹴りウサギは、ばっちりとタケルと倉内を見ていた。

 赤黒いルビーのような瞳が近くにいたタケルを捉え細められている。タケルは蛇に睨まれたカエルの如く硬直した。魂が全力で逃げろと警鐘をガンガン鳴らしているが体は神経が切れたように動かない。

 やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとタケルの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

 

(来る!)

 

 タケルが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。

 咄嗟にタケルは、全力で横っ飛びをしていた。

 直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺さり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するタケル。咄嗟の行為で受け身を取る余裕もなく、打撲や擦り傷を負った。陥没した地面に青褪めながら後退る。

 蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、地面を爆発させながら今度は倉内に突撃する。

 

「防壁を張れ、倉内!」

 

 タケルの『命令』に倉内は両腕を突き出して防壁を張る。タケルは地面に手を当てて錬金術で鉄壁を構築するも、その鉄壁を軽々と貫いて蹴りウサギの蹴りが倉内の防壁に炸裂した。

 防壁は次第に亀裂が入り、間を置かずに粉砕された。だが、咄嗟に左腕を掲げられたのは本能のなせる業なのだろうか。障壁のお陰で軌道が逸れたことも合わさって顔面を粉砕されることだけはなかったが、倉内は衝撃で吹き飛び、地面を転がった。停止する頃には激烈な痛みが左腕を襲う。

 

「うぐぅ──」

 

 左腕がおかしな方へ曲がりプラプラとしている。完全に粉砕されたようだ。痛みで蹲りながら必死で蹴りウサギの方を見ると、今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆったりと歩いてくる。

 倉内の気のせいでなければ、蹴りウサギの目には見下すような、あるいは嘲笑うかのような色が見える。完全に遊ばれているようだ。

 タケルは、圧倒的な力の前で無様な姿を晒していた。それでも何とかして倉内を助けようと体勢を立て直して機会を窺っている。

 やがて、蹴りウサギが倉内の目の前で止まった。地べたを這いずる虫けらを見るように見下ろす蹴りウサギ。そして、見せつけるかのように片足を大きく振りかぶった。

 

(……嘘でしょ?こんなところで死んじゃうの……?)

 

 絶望が倉内を襲う。諦めを宿した瞳で呆然と掲げられた蹴りウサギの足を見やる。その視線の先で、遂に豪風と共に致死級の蹴りが振り下ろされた。

 倉内は恐怖のあまりギュッと目をつぶる。

 タケルも同時に錬金術で造り出した短剣を魔力を乗せて投擲しようとしていた。

 

「……」

 

 しかし、何時まで経っても予想していた衝撃、タケルの反撃はなかった。

 倉内が、恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。振り下ろされたまま寸止めされているのだ。まさか、まだ遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見れば蹴りウサギがふるふると震えているのだ。

 

(な、何?何を震えて……これじゃまるで怯えているみたいな……どうして……?)

 

 “まるで”ではなく、事実、蹴りウサギは怯えていた。タケルも脂汗を流しながら硬直していた。タケルと倉内が逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。

 その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は例えるなら熊だった。但し、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

 その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギと倉内、そしてタケルもを睥睨していた。辺りを静寂が包む。二人は元より蹴りウサギも硬直したまま動かない。いや、動けないのだろう。まるで、先程の倉内だ。爪熊を凝視したまま凍りついている。

 

「……グルルル」

 

 と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。

 

「ッ!?」

 

 蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。

 しかし、その試みは成功しなかった。

 爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

 二人の目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。

 しかし……

 着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を吹き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。

 愕然とするタケルと倉内。あんなに圧倒的な強さを誇っていた蹴りウサギが、まるで為す術もなくあっさり殺されたのだ。蹴りウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。あの爪熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるでカポエイラの達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。

 爪熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺しバリッボリッグチャと音を立てながら喰らってゆく。

 二人は動けなかった。あまりの恐怖の連続に、そして蹴りウサギだったものを咀嚼しながらも鋭い瞳で二人を見ている爪熊の視線に射すくめられて。

 爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながらの方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前だと。

 タケルも倉内も、捕食者の目を向けられ恐慌に陥った。

 

「ちくしょおおおおおお!!」

 

「グゥルアアア!!」

 

 タケルは全力で錬金を行使した。爪熊の周囲を囲むように分厚い鉄の壁を形成する。その隙に倉内を連れて左の通路へ走り出す。

 爪による攻撃なら鉄を切り裂くことは出来まいと思ったが、タケルの第六感が大音量で警告を発した。

 

「っ!!?」

 

 タケルは咄嗟に倉内を横に突き飛ばして、自身は後ろに飛びのいた。その直後、囲っていた鉄壁がまるで紙の様に綺麗に切断された。それと同時に俺の体も×印の様に斬られ、血が噴き出した。

 

「ぐあぁあああああ!!」

 

 そんな叫び声を上げながら、俺は後ろに飛ばされた。床を何回かバウンドした後、数回ゴロゴロと転がった後に止まった。

 

(な、なるほど。そういうことか……さっきウサギが躱したように見えて躱せていなかったのはあの熊の固有魔法の所為だったのか……クソ……)

 

 そう、タケルが傷を負ったのは爪熊の固有魔法が原因である。あの三本の爪は風の刃を纏っており最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できるのだ。タケルが咄嗟に後ろに飛んでいなければ、今頃は体が四等分されていたのかもしれない。

 

「ゲホッ!…ゴホッ、ゴホッ! ゲホッ!!」

 

 斬られた所からとめどなく血が流れてきている。先程の衝撃で内臓も損傷しているようだ。その所為で意識も朦朧としてきた。

 

(く、くそっ! 早いとこあの熊から逃げないといけないってのに……右腕は無いし、体はボロボロ。くそっ…動け、俺の体……動けぇ!!)

 

「グルゥアアアア!!」

 

「っ!?」

 

 飛んできた方を見ると、熊がゆっくりと迫ってきていた。周りには何も無く、逃げ切るのは絶望的だった。

 

(…… こんなとこで死んでたまるか! 俺は…まだ……諦める訳にはいかねぇ!だが、どうする?)

 

 タケルはすぐ横にあった壁を見て、手を添えた。親友と一緒に何度も唱えた言葉を詠唱した。

 

「錬金!!倉内、早く入れ!」

 

 そして、壁には人が四つん這いになってようやく移動できるトンネルが出来上がった。スペースはそんなに広くはない。大人二人が入るか入らないかぐらいしか出来なかった。

 急い倉内を穴に押し込んでタケルも飛び込んだ。その直後、タケルがいた場所に爪熊が到達した。

 

「グゥルアアア!!」

 

 目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊。咆哮を上げながら固有魔法を発動し、タケルと倉内が潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。

 

「来るなぁあああ! 錬金! 錬金!!」

 

 タケルは無我夢中で壁に向かって錬金術を行使し続けた。一刻も早く、あの熊から離れたかった。あの熊を倒すことが出来ない現状では逃げるしかなかった。

 どれくらいそうやって進んだのか。

 もう既にあの熊の声は聞こえず、壁を削る音も聞こえなくなっていた。しかし、冬馬はまだ一心不乱に錬成を続けていた。

 

「錬金…錬金…錬金……錬…金……ゴホッ、ゴホッ……」

 

 タケルは既にかなりの量の血を流しており、内臓の損傷で吐血もしていた。意識を保つのも限界だった。

 

(まだ…だ……まだ、俺は諦めるわけには……)

 

 タケルの中にはもう熊のことはなかった。今はただただ得たいの知れない恐怖から逃れる事しか頭になかった。

 

「れ…錬金…のぉわあ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 錬金し続けていると、急に少し広めの空間に行き着いた。しかし、下が坂になっていたらしく、冬馬は坂を転がるハメになった。

 

「いててて……あ、あれ? ここは…冷たっ!?」

 

「う~重い……退いて、よ……」

 

「あ、すまん」

 

 滑り落ちた時に倉内を下敷きにしてしまったようだ。タケルは謝罪しながら倉内から退く。

 一体いつから無意識に錬金術を続けていたのだろうか、全く分からなかった。それよりも今は、目の前にあるものに目がくぎ付けとなってしまった。

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 その鉱石は、壁に同化するように埋まっており、水滴を滴らせて足首ぐらいの深さの水溜りを作っていた。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だと思う。

 倉内もそれに見惚れていた。

 そして、空腹故かその水溜りに手を入れて水を掬い口を付けて、それを飲み干した。

 

「うまい!」

 

「美味しい!」

 

 すると、体の内に感じていた鈍痛や靄がかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。

どうやら治癒作用がある液体のようだ。怪我や出血が、瞬く間に回復していく。

 

「凄い!腕が治ってる!」

 

「この水ってなんだろう?ポーションでも無いし……」

 

 蹴りウサギの攻撃で砕けた倉内の左腕も回復して動かせるようになっていた。タケルの胸に受けた爪熊の裂傷もキレイに治っている。

 首を傾げていたタケルや腕が治って喜んでいる倉内はこの時まだ知らなかったが、実はその石は【神結晶】と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だったりする。

 神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 その液体を【神水】と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているという。

 タケルと倉内は傷が癒えて幾分か心に余裕ができたのか、壁に寄りかかるように腰を下ろした。

 倉内は肉体的精神的に疲れきっていたようで膝を抱えながら横たわって寝ている。

 タケルは周りを見て、この空間に出入りするための道が自分が作った穴以外にない事を確認した後、体育座りしながら顔を膝に埋めた。

 

(傷が癒えたのは良いが……自分自身が弱けりゃあの魔物に勝つことは出来ない。あいつに大見得切っておいてこの有り様だ。情けないな……)

 

 タケルはあの爪熊との戦いで心が折れかけていた。あの時は生き残る事で必死だったが、冷静になってみると爪熊がタケルに向けていたのは『敵』ではなく『餌』の視線だった。タケルは敵としてすら認識されていなかったのだ。

 

「ははっ…こんなんじゃ…南雲を守るどころか…自分の身すら守れないじゃねぇかよ……元の世界に帰るなんて夢のまた夢だ」

 

 タケルは体育座りのまま、体をわずかに震わせ、一緒に奈落に落ちた親友の事を考えていた。

 

(ハジメはどうしているだろうか?魔物に喰われてないだろうか?どうすれば生き残れる?あの熊にはあって俺に無いもの……なんだ?どうすればいい)

 

 タケルは涙を流しながら必死に考えた。親友を守れなかった事、自分自身が弱い事に悔しさと怒りに身を震わせた。

 

「……俺に無いもの……力…絶対的な力……どうすれば手に入るか……無いなら奪えば良い。敵を殺して殺して奪い尽くせばいいんだ……そっか、俺に無かったものは覚悟……なん、だ……あれ?視界がふらついている?」

 

 こんなときでも睡魔は容赦なく襲って来る。タケルは成す術もなく意識を闇へと落としていった。

 

「俺は……強く、なる………」

 

 眠る寸前にタケルは無意識にそう呟いていた。そして、完全に意識を手放した。

 

 

【To be continue………】

 

 



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