ダンジョンに八雪を求めるのは間違っているだろうか (神納 一哉)
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プロローグ

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の10巻96ページ途中からの超ご都合主義八雪です。

キャラ崩壊あります。

超ご都合主義ですので、苦手な人はご遠慮ください。


「すいません、あまり長居してもあれなので……」

 

そうとだけ答えて俺は立ち上がった。そして雪ノ下の前へと移動して彼女の前に手を差し出す。

 

「行くぞ」

 

「え?」

 

困惑した表情で俺を見上げる雪ノ下の手を引っ張って立たせると、そのままそれを引いて出口へと歩を進めた。

 

「ちょ、ちょっと比企谷くん、待ちなさい!」

 

「ヒッキー!?」

 

陽乃さんと由比ヶ浜が慌てて声をかけてくるが、そんなの知るか。まあ理由ぐらいは説明してやろうと口を開く。

 

「雪ノ下は俺が呼び出したのだから俺と出かける。それだけですよ」

 

「雪乃ちゃんはわたしが呼んだのよ」

 

「俺をダシにしてですよね。おとなしく使われる気はありませんよ。報酬として雪ノ下をいただいていきます。では」

 

由比ヶ浜に視線を向けても葉山の隣でおたおたしているだけだったので、見切りをつけて雪ノ下の手を引いて店の外へ。店を出てからも歩を緩めず、幹線道路沿いをずんずんと進みながら曲がり角を左に折れた。

 

「ひ、比企谷くん」

 

「行きたくないんだろ?」

 

「…ええ、まあ」

 

「なら、見つからないように住宅街にでも入っちまうか?」

 

「そうね」

 

「よし、じゃ、もう少し頑張れ」

 

「強引ね」

 

「嫌ならやめるけど」

 

「…嫌、ではないわ。ただ、その、もう少しスピードを落としてくれると嬉しいのだけれど」

 

そう言われたので一旦足を止める。すると雪ノ下はぎゅっと俺の手を握り返してから手を放し、そして腕を絡めてきた。

 

「しっかりエスコートしてね」

 

「お、おう。まかせろ」

 

慎ましやかな感触を腕に感じながら、ゆっくりと歩き出す。胸の高鳴りを感じ取られたりしないだろうかと気にしながら、俺は雪ノ下に話しかけた。

 

「由比ヶ浜は気付いていないみたいだったから置いてきたけど、どうする?このあと呼び出して遊びにでも行くか?」

 

「……いえ、いいわ。比企谷くんが気付いてくれたのだから」

 

「そっか。とりあえず住宅街に行ったとして、このあとどうする?」

 

「その前にお礼を言わせて。助けてくれてありがとう」

 

そう言って微笑む雪ノ下。上目遣いでそんな風に見られたら勘違いしちゃうからやめて。

 

「その、これからも、私を引っ張っていってくれるかしら?」

 

「……俺なんかでいいのか?」

 

「あなたじゃなければ、こんなこと言わないわよ」

 

「ん。じゃあよろしく頼む。雪ノ下」

 

「………雪乃と呼びなさい」

 

「は?何言ってるのお前」

 

いきなり名前呼びを強要されて、ノータイムで聞き返した。どこにそんな要素があったのかを声を大にして問いたい。

 

「私のことを引っ張ってくれるのでしょう?」

 

「おお、現に今も引っ張っているだろう?」

 

「……もしかして、違う意味で捉えられたのかしら?」

 

「なんだよ違う意味って?」

 

「私は告白を受け入れてくれたと思っていたのだけれど」

 

「告白、だと!?」

 

「ええ。私のことを引っ張っていってくれるのでしょう。一生」

 

「そういう意味だったのか。分かり辛いんだよお前」

 

足を止めて雪ノ下を見る。ぎゅっと俺の腕にしがみついて目線を合わせようとしない。

 

「…まあ、なんだ。俺なんかで良ければ、その、よろしくな。雪乃」

 

「よろしくね。八幡」

 

俺が名前を呼んだ瞬間、彼女は顔を上げて、それから頬を紅潮させて俺の名前を口にした。

 

それにしても、何この急展開。雪ノ下が助けを求めてきたから助けた。そうしたら告白されて恋人になった。はい、展開が早すぎてどうしたらいいかわかりません。

雪ノ下は俺の腕に頬擦りしてるし、どうしたらいいのこれ?

 

ちなみに心の中ではまだ彼女のことは雪ノ下呼びのままです。うん。急に変えるのは無理。

 

足元の石畳を見てから視線を上げると、目に入る景色に違和感を覚えてきょろきょろと周りを見回す。

 

さっきまで歩いていたのはアスファルトの舗装路だったはずだ。だが今居るところは石畳の上であり、高層マンションや道路標識、コンクリートの壁や生垣、電柱、自動販売機、自転車や自動車といった物の代わりに、煉瓦造りや石造りの建物が立ち並ぶ街並み、煙突から立ち上る煙、極めつけは中世の騎士のような鎧を着て剣を帯びた男性の後姿が目に入る。

 

ポケットからスマホを取り出すと、電波状況は圏外表示になっており、Wi-Fiも衛星電波も拾えそうにない。電源ボタンを長押しして電源を落とすと、再びポケットにねじ込んで雪ノ下に声をかける。

 

「…落ち着いて聞いてくれ」

 

「なにかしら?」

 

「周りを見てもらえばわかると思うんだが、どうやら俺たちは異世界ってのに来てしまったらしい」

 

「………少なくとも千葉ではないようね。でも、何故異世界と思ったのかしら?」

 

相変わらず俺にしがみついたまま、雪ノ下は辺りを見回してぽしょりと呟く。

 

「中世の鎧を着て剣を帯びた人があっちに歩いて行った。家の煙突から煙が立ち昇ってるから竈や暖炉はありそうだ。スマホは圏外で衛星電波も拾えない。後は気温が高いような気がするな」

 

「電柱は無いけれど街路灯はあるみたいね。でも電線が無いからガス灯かなにかかしら?確かに気温が高いように思えるわね」

 

「とりあえず情報収集だな。人の居そうなところ目指してみるか?」

 

「そうね。あの高い建物が街の中心かしら?」

 

俺たちから見て右斜め前方に結構な高さの建物が聳え立っている。何あれ、バベルの塔?

 

「とりあえず行ってみるか?」

 

「そうしましょう」

 

石畳の右端の方へ寄り、街の中央と思われる場所目指して歩き始める。無論、腕は組んだままだ。

 

少し歩いたところで、石造りの大きな邸宅の門から数十人の人たちが口々に何かを呟きながら出てきて、俺たちが向かおうとしている方向へと立ち去っていくのが見えた。

 

「……猫耳、しっぽ」

 

「犬耳も居たな。あとでかい斧を持った奴とか、耳の尖った人とか。マジで異世界だよな」

 

「そうね。実物を見てしまうと認めざるを得ないわ」

 

「気付いたか?あの人たち日本語を話していたぞ」

 

「ええ。確かに」

 

先ほど人々が出てきた邸宅の門の前で立ち止まり中を覗き込む。そこには邸宅の扉の前でこちら側を見て立ち尽くしている黒髪のツインテールの女の子と、そんな少女を取り囲むようにしている白髪の少年、茶髪の少女、赤髪の青年の後姿と、ツインテールの少女に向かって土下座をしている黒髪の着物を着た少女の姿が目に入った。

 

これって、どんな状況なの?修羅場ではないと思うが。

 

「君たち!もしかして入団希望者かい!?」

 

そのとき、いきなりツインテールの少女がそう叫んで俺たちの方へと駆け寄ってきた。雪ノ下はぎゅっと俺の腕を抱きしめて、顔を俺の肩に埋める。

 

「あー、ええと、その前に一つお尋ねしてもいいですかね?」

 

「なんだい?なんでも聞いてくれたまえ!」

 

「この世界について教えてくれますか?」



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1 異世界

超ご都合主義万歳!

ヘスティアの説明が大雑把だったり、ゆきのんが甘えん坊だったりするのは仕様ですw


「……君は今、この世界について教えてくれと言ったかい?」

 

「ああ。確かにそう言った」

 

「長くなるよ。とりあえず中に入ろうか?」

 

「わかった。お願いする」

 

「よし、じゃあみんな、中に入ろう。お客さんだ。あ、ヴェルフ君は門扉を閉めてきてくれるかな」

 

ツインテールの少女はそう言いながら手を叩き、俺たちの方を振り返って着いてくるように促してから邸宅の扉に向かってとてとてと歩いていく。俺たちは赤髪の青年とすれ違い、ツインテールの女の子に続いて邸宅の中を進んでいき、一階の奥にある広い居室(リビング)へと通された。部屋の端の方には乱雑に木箱が置かれている。

 

「ごめんね。引っ越しの途中だったからまだ荷物が整理できていないんだ。とりあえずそこの長椅子(ソファー)に座ってくれたまえ」

 

暖炉寄りに長椅子と長机(テーブル)が置かれていて、そちらを指差しながらツインテールの少女が着席を促したので、俺たちは並んで長椅子の端の方に腰を下ろす。向かい側の長椅子の中央にツインテールの少女が座ると、俺たちの方を見てからコホンとわざとらしい咳払いをした。

 

「ところで、君たちは恋人同士なのかい?」

 

「……まあ、一応」

 

うわあ、何これ。恥ずかしい。雪ノ下は小さく頷いていた。可愛い。

 

「そうか。それなら一安心だ」

 

何が?

 

「おっと、この世界について教えて欲しいんだったね。この世界って言うことは、つまりは君たちはこの世界の者ではないということかな?」

 

「まあ、そうなりますかね」

 

「では簡単な説明をさせてもらうよ。ここは世界の中心にある迷宮都市オラリオ。地下に広がるダンジョンの上に造られた街だ。ダンジョンの直上にはこの世界一高い摩天楼施設バベルが建ち、ダンジョンには魔物が徘徊している。オラリオには神々と人々が集い、【神の恩恵(ファルナ)】を受けた人々は冒険者となり、ダンジョンを探索して魔物を狩る者もいれば、食物を作ったり物品を作ったりする者もいる」

 

「神が居て魔物が居る、剣と魔法の世界ですか?」

 

「そうだね。君たちの居た世界は違うのかい?」

 

「俺たちの世界は、神は概念でしかなかったな。魔物も居ないし、もちろん魔法なんてなかった。物語では出てきたけどな」

 

「…ヘスティアという名前に心当たりは?」

 

「クロノスとレアの娘でしたっけ?確かディオニュソスとオリンポス十二神の一柱の座を争っている」

 

「ギリシア神話ね。ゼウス、ヘラ、アテナ、アポロン、アフロディーテ、アレス、アルテミス、デメテール、ヘファイストス、ヘルメス、ポセイドン、ヘスティアがオリンポス十二神だったかしら?」

 

雪ノ下とオリンポス十二神について話す。俺は若気の至りで覚えたことをなんとなく記憶していただけなんだけど、すらすらとオリンポス十二神の名前が出てくるとは、さすがユキペディアさん。

 

「君たち、もしかして神なのかい?天界のことをよく知っているようだけど」

 

「いや、俺たちはただの人間だ」

 

「名前を聞いてもいいかな?」

 

「俺は比企谷八幡だ」

 

「私は雪ノ下雪乃よ」

 

「ハチマンって極東の神の名前じゃなかったかな?タケ、タケミカヅチに聞いたことがある」

 

武御雷。日本神話の神も居るのか。この子、やけにフレンドリーな呼び方をしているな。

 

「確かに俺の名前は日本神話の神と同じだけど、誕生日が八月八日だから八幡って名前を付けられただけだ。ところで、武御雷を愛称で呼んでいるところを見ると、もしかしてお前、神様か?」

 

「うん。まあね。ボクはヘスティアだよ。そしてここはヘスティア・ファミリアのホーム。さっき一緒に居た子たちは僕の眷族(こども)だよ」

 

「【ファミリア】?家族?」

 

「そうだね。ボクたち神が【神の恩恵】を与えた者たちのことを眷族と言うんだ。そして神と眷族の集まりを【ファミリア(家族)】と呼ぶ。ホームは名前の通り拠点(いえ)のことさ」

 

「ところで、さっきから違和感なく話しているわけだが、話し言葉は俺たちと同じだと考えていいのか?」

 

「確かに普通に話せているね。話し言葉は今使っている言葉で大丈夫だよ。ボクたちは共通語(コイネー)って呼んでいる」

 

「文字を見せてもらえるか?」

 

「いいよ、少し待っていてくれたまえ!」

 

そう言うとヘスティアは、ぱたぱたという足音を残して居間を出ていった。それを見送った雪ノ下がぽしょりと呟く。

 

「…向こうには戻れないのかしら?」

 

「次元の裂け目みたいなところに入っちまったのかね?少なくともエスコートを開始した時はまだ、向こうの世界だったと思うんだが」

 

「そうね。あなたと腕を組んで歩き出した時はまだ、見慣れた景色を見ていたと思うわ。その、あなたに告白した時、雑踏が消えたような気がするから、もしかしたらその時にはこちらに来ていたのかもしれないわね」

 

「俺が聞き返した時か。言われてみれば確かにそのあたりから周りが静かだったような気がするな」

 

「その時、私は誰にも邪魔されたくないって考えていたのだけれど。あなたと二人きりで居たいって」

 

もしかしてそれでこの世界に来ちゃったとかなの?時空を超えるって、それなんてラノベ?

 

そんなことを考えていると、軽く腕を引かれたのでそちらを見る。すると雪ノ下が潤んだ瞳で俺を見上げていた。

 

「その、二人きりなのだけれど」

 

「いや、すぐ戻ってくると思うけど」

 

「足音でわかると思うわ。だから、…私を安心させて。好きよ。八幡」

 

雪ノ下はそう言うと、顎を上げて瞼を閉じる。いつの間に雪ノ下の好感度がMAXになっていたの!?

 

「お、俺も好き、だぞ。雪乃」

 

雪ノ下の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけていく。ほっぺた柔らかい。睫毛長い。肌が白い。可愛い。

 

遠くから近づいてくる足音を聞きながら、俺は瞼を閉じて雪ノ下と唇を交わすのであった。



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2 言葉と文字

避けては通れない説明回その1。

バカップル要素はある程度散りばめておいた。


無事にファーストキスを済ませた俺たちは、何事もなかったかのように扉の方を向き、ヘスティアたちが入ってくるのを待つことにした。まあ、手はしっかりと恋人繋ぎでいたわけだが。

 

「お待たせ、本を持ってきたよ!あと、極東出身の(ミコト)君にも来てもらったよ。それから、羽ペンとインク、紙も持ってきた」

 

「とりあえず長机(テーブル)に置かせていただきますね」

 

ヘスティアと先ほど外で土下座をしていた女の子が俺たちの前に座ると、長机の上に百科事典みたいな装丁の本や羽ペン、インク、紙束を置いた。とりあえずヘスティアと女の子に頭を下げてから、俺たちはそれぞれ一冊づつ手に取って表紙を眺め、中身を確認していく。

 

「これは、一応アルファベットらしきものが使われているのはわかるのだが」

 

「書かれているのはヘブライ語かしら?共通語(コイネー)と言われていたけど」

 

「まあそれよりも問題は、構文とか単語とかはわからないが、内容がわかってしまうってことだな」

 

「そうね。私には映画の字幕みたいに見えるのだけれど、八幡もそうかしら?」

 

「あながち間違ってはいないな」

 

文字を眺めるとその下に日本語が浮かんでくるという摩訶不思議な現象を確認しつつ、ぽしょりと雪ノ下が呟いた言葉を肯定して本を眺める。異世界限定の自動翻訳機能が脳内にでも追加されたのかね。

 

「とりあえず、君たちの名前を書いてみてくれるかな?羽ペンの使い方はわかる?」

 

羽ペンなんて使ったことない。どうしようと思って雪ノ下に視線を送ると、小さく微笑んでから軽く頷いて羽ペンを手にした。守りたい、そのドヤ顔。可愛すぎるっての。

 

「とりあえず書くことのできるのは、私たちの世界の言葉みたいね」

 

そう言って差し出された紙には、雪ノ下らしい綺麗な文字で、雪ノ下 雪乃、ゆきのした ゆきの、ユキノシタ ユキノ、Yukino Yukinoshitaと書かれていた。ちなみにローマ字は楷書体と筆記体の両方が書かれている。

 

「うーん。一番上と三番目のは、タケに見せてもらった極東の文字に似ていると思うのだけど、命君、どう思う?」

 

「確かに多少の差はありますけど極東の文字に見えますね。ユキノシタが姓で、ユキノが名ですか?」

 

「ええ。因みにそれは一番上と三番目のどちらを見て読みましたか?」

 

「一番上の漢文字を元に、平仮名を読ませていただきました。姓名が共に漢文字というのは、あまり見かけませんが、昔はそうだったと聞いていますのでお気になさらなくても良いかと」

 

「極東の文字は私たちの国の文字との親和性が高いと思っていいかしら?」

 

「そうですね。少なくとも極東出身者には馴染みのある文字と思っていただいて構いません。その、二番目の文字もタケミカヅチ様ならおそらく知っているかと思います」

 

「逆に言うと、四番目と五番目は共通語との親和性が低いということで良いのかしら?」

 

「四番目の文字の形は似ていますけれど、五番目のは崩れすぎていてわかりません。ちなみにユキノシタ ユキノを共通語で書くとこうなります」

 

そう言って女の子が筆記体の下に文字を書き足してくれた。うん。確かにユキノシタ ユキノって字幕が彼女の文字の下に見えている。

 

彼女の文字をよく見てみると、Yukinoの部分が同じ綴りになっていることに気付いた。

 

「なあ、雪乃。違う紙にアルファベットと数字を書いてくれないか」

 

「別にいいけれど、どうして?」

 

「雪乃の下に書かれた文字を見て気付いたんだけど、Yukinoの下の文字が全く同じだろ?だからアルファベットも一緒なんじゃないかと思って」

 

「凄いわ八幡!よく気が付いたわね」

 

「たまたまだよ、たまたま」

 

「さすが私の八幡ね!」

 

なんか、雪ノ下からの俺の評価が天元突破しそうな勢いなんだけど。いや、恋人関係になったから何でも良く見えているんだ。うん。そうに違いない。

 

雪ノ下にアルファベットと数字を書いてもらい、ヘスティアと女の子の前に置く。

 

「俺の考えが正しければなんだが、アルファベットは26文字の2種類、数字は10文字で共通しているんじゃないか?雪乃の名前の文字の配列からして、おそらく読み方も同じと思うのだが」

 

「だとすると、この左側がアルファベット、右側が数字ということで間違いないのかい?ハチマン君」

 

「ああ。そういうことだ」

 

「ふむふむ。では確認の意味も込めて口にしながら書いて行こうか。エー、ビー、シー、ディー、イー、エフ………」

 

ヘスティアが口にする言葉に、自分の考えが合っていたという安堵感のようなものが去来した。

 

「………9、0っと。よしこれでおしまいだ。ついでに下の方に、ボクのおすすめの食べ物を書いておくから解読してみてくれたまえ」

 

「…ええと、じゃがまるくんかしら?」

 

「ユキノは理解力が高いね」

 

「いえ、名前とか、じゃがまるくんの綴りは、私たちの世界の言葉と同じ文法だったから」

 

その雪ノ下の言葉を聞いて、手元にあった本の表紙を見て同じ形の文字を探す。今はまだ慣れていないから大変だが、アルファベットの文字数も同じだしそのうち慣れるだろう。

 

「………これ、英語かもしれねえ。その文字をこの表紙の文字に当てはめると、『The origins of Babel』ってなる」

 

「おー。ハチマン君が上級共通語(ハイ・コイネー)を使っている」

 

「上級共通語?」

 

「今、ハチマン君が口にした『The origins of Babel』だよ。共通語だと『バベルの生い立ち』だね」

 

ヘスティアの言うことから推測するに、Englishが上級共通語で、日本語が共通語ということになるのだろう。詳しく話を聞いてみると、普通の人は上級共通語を使うことが出来ないらしいのだが、英文を読んでも日本語に脳内変換してるってことなのか?いや、おそらくは単語に意味があるようにしているのだろう。

 

とりあえず、雪ノ下は英語も得意だったから、すぐに慣れそうだな。

 

「どうやらアルファベットさえ覚えれば、英語とそう変わらんみたいだ。日本語に翻訳する必要はあるみたいだけど、それは字幕でどうにかなるだろ」

 

「文字を覚えれば、どうにかなりそうね」

 

「なんか、俺たちにとって都合がよすぎるような気もするけどな」

 

「ふふ。相変わらず捻くれているのね」

 

「そう簡単に人の本質ってやつは変わらねえよ」

 

「あら?私に対しては優しくなったのに?」

 

「今、そのことを持ち出す必要ないよね!?」

 

雪ノ下のデレが留まることを知らない。あの、人前なんだけど。神の前ですらある。

 

「まあ言葉の方は何とかなりそうだ。助かった。えーっと、ヘスティア様?」

 

「何で疑問形なのさ!」

 

「いや、なんか威厳を感じないもので…」

 

「それだけ子供達に馴染んでいると考えてくれたまえ!それに、普段から地上で神威を出すことは禁止されているんだよハチマン君」

 

「その神威とやらが何かはよくわからんが、つまりは神としての力を大っぴらには使えないってことか?」

 

「まあそんな感じかな。さて、言葉の問題は何とかなったようだから、改めてこの世界について説明をしたいと思うのだけど、いいかい?」

 

これからどうしたらいいのかを判断するためにも、そのヘスティアの申し出を断る理由はなかった。

 

雪ノ下に目を向けると、離していた手をものすごい勢いで掴まれて指を絡められる。

 

「説明の方、お願いします」

 

微笑みながらそう言った雪ノ下に、思わず見惚れてしまったのは心の内に秘めておくことにした。



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3 考察

ヘスティア()からこの世界の説明を聞いた後、俺たちは少し話し合いたいと告げて二人きりにしてもらった。場所は最初に通された居室のままだ。

 

ヘスティア様と命さんは拠点(ホーム)の片付けをするとのことで部屋を出て行ったが、俺たちは手を繋いで隣り合ったままソファーに座っている。

 

「【神の血(イコル)】で背中に【神の恩恵(ファルナ)】を刻む、ねえ」

 

「そうすることでスキルや魔法なんかが使えるようになるとは言っていたけれども、そういうものなのかしら?」

 

「ゲームとかファンタジー小説とかだと、職業や適性によって使えるものが変わってくるものだから、それが【神の恩恵】によってになっているのだろうな」

 

「そうすると、私たちも【神の恩恵】を受けた方が無難なのかしら?」

 

「個人的には少し待った方がいいと思っている。というか戻れるかどうかを試して、戻れなかったときはヘスティア様に【神の恩恵】を刻んでもらおう」

 

「戻れるかしら?」

 

ぽしょりと、雪ノ下がそう呟いたので思わず俺は聞き返していた。

 

「どういうことだ?」

 

「………その、さっきも言ったけれど、私はあなたと二人きりになりたいと思ったらこの世界に来てしまっていたの。自惚れじゃなければあなたも私と二人きりになりたいと思ったのではないかしら?お互いに二人きりになりたいと願ったタイミングで、地球の神様の神意によって神の箱庭(この世界)に飛ばされたと仮定すれば、ここで私たちが同じ願い、そうね、『地球に帰りたい』と願ったとしても、この世界の神が願いを叶えてくれるとは限らないと思うのだけれど」

 

「あー、地球の千葉に居た何某かの神様が俺たちをこの世界に飛ばしたと仮定すると、この世界でもその何某かの神様を見つけ出さない限り、地球には戻れないってことか」

 

「そうね。同じ神様じゃなければ世界を繋ぐことはできないわね。盲点だったわ」

 

「日本の神は八百万(やおろず)の神と言われるからなあ。千葉限定の神ってわけでもないし、そもそも願いを叶えてくれたのが日本の神とは限らないわけだし」

 

「あら、私たちをこの世界に飛ばしたのが神様だって言うのは否定しないのね」

 

「否定しないってか、できねえだろ。現に俺たちは今ここに居るんだし」

 

「………そうね。もしこの世界に飛ばした神様が千葉県限定の神様だと仮定すれば、千葉神社の北辰妙見尊星王(ほくしんみょうけんそんじょうおう)様、北極星と北斗七星の神様かしらね」

 

「え、千葉限定でそんなかっこいい神様居たの?俺より千葉好きなのん?」

 

「かっこいいかどうかは置いといて、星の神様ってなんか素敵でしょう?千葉神社(妙見様)のお守りには星が描かれていて可愛いと女子の間ではそこそこ有名だったわよ」

 

「ほーん。お前も女の子してたんだな。あ、いや、悪い意味じゃなくていい意味でだぞ」

 

「孤立しても良いことないから、誰かさんとは違って最低限、クラスメイトと交流はしていたわよ」

 

「俺だって最低限の付き合いはあったぞ。戸塚とか」

 

「あなたの場合、そうやって二言目には戸塚くんが出てくるから、海老名さんに揶揄(からか)われるのよ」

 

海老名さん(あの人)は、葉山とくっつけてくるんですけどね」

 

「やめて、気持ち悪いわ」

 

「おお、俺もそうだわ」

 

お互いにぶるっと身体を震わせた後、ジト目で俺を睨む雪ノ下。

 

「なぜこんな話になったのかしら?ホモ(がや)くん?」

 

「違うから!俺、雪乃一筋だから」

 

「二言目には戸塚くん戸塚くん言っていたのに?」

 

「戸塚は数少ない、その、アレだ、友達ってやつ。雪乃は、その、恋人だろ?少し前からだけど」

 

「地球に居たときは恋人じゃなかったわよ」

 

「向こうでは、その、アレだ。助ける約束をした、気になる()

 

「そ、そう。気にしてくれていたのね。一応」

 

「お、おお。実は無茶苦茶気にしていた。夜も眠れないくらい」

 

「………私も、あなたのことを考えて眠れなかった日があったわ」

 

そんなことをつぶやかれて上目遣いで見られたりすると、二人だけの世界に入ってしまうわけで、気が付くと唇が重なってたりするのは仕方のないことだろう。

 

一回目よりも幾分長く唇を重ねた後で、見つめ合う時間ができたりすると欲も出てきちゃうわけで、気が付けばポロリと掠れる声で漏らしていた。

 

「もう一回、いいか?」

 

雪ノ下は答えず、代わりに目を閉じ、俺に唇を差し出すように(おとがい)を上げた。それに応える形で俺は彼女の唇に自分の唇を重ね、軽く口を開いてから唇の間に舌を差し込んでみた。

 

「……っ」

 

一瞬、身体を強張らせたが、それも本当に一瞬のことで、やがて彼女の口は小さく開かれ、俺の舌を迎え入れてくれて、最終的には自分の舌を俺の舌に絡ませてくれた。

 

「……ぷはっ。悪かった」

 

「……いいえ。良かったわ。もう一度しましょう?」

 

「おまっ、いや、確かに良かったけど、これ以上はヤバいからいったん仕切り直しってことで」

 

「そうね。考えたらここはヘスティア様の拠点の居室だったわね」

 

「お、おお。そうだな。とりあえず、ヘスティア様を探しに行くか?」

 

「そうしましょう。しばらくお世話になるということでいいのかしら?」

 

「ああ。この街を案内してもらって、タケミカヅチ様に会わせてもらえるようにお願いして、できたら冒険者の仕事ってのも見せてもらおう」

 

「二人一緒によね?」

 

「ああ。二人一緒にだな」

 

「離さないでね」

 

手を握る力を強めた雪ノ下に、俺はその手を握り返すことで応えると、雪ノ下を促してソファーから立ち上がり、扉へと向かって歩き出すのであった。



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4 ヘスティア・ファミリアでの日常

ヘスティア・ファミリアの拠点(ホーム)に居候をさせてもらえるようになってから三日目に突入した。

 

俺と雪乃(・・)は2階に隣接する部屋を貰い(借り)受け、ただ飯喰らいになるつもりはなかったので、拠点の掃除は俺が、食事の用意は雪乃が担当することでとりあえずはヘスティア・ファミリアの雑用として置いてもらうことにした。

 

俺たちが来たのはヘスティア・ファミリアが拠点に引っ越してきた当日だったらしいのだが、その割にはどの部屋にも家具が備え付けられていたので、その点については運が良かった。俺たちの格好は冬支度だったが、オラリオ(ここ)は春くらいの気候だったので、コートとセーターはクローゼットに仕舞い込むことになった。もっと言うと今着ている服は、オラリオの街中で見ても違和感のないものになっている。居候が決まった次の日に、ヘスティア様の計らいで、ヘスティア・ファミリアの人たちと共に街へ行き、服や日用雑貨を一通り揃えてもらったのだ。

 

靴も革靴になったし、腰の革帯には短剣が差さっていたりする。地球の服は洗濯した後、コートとセーターと同じようにクローゼットに仕舞い込んだ。靴も同様である。

 

「おはよう。八幡」

 

「おお。おはよう」

 

「名前、呼んでくれないの?」

 

「…おはよう。雪乃」

 

「ふふ。ありがとう。今、用意するわね」

 

食堂のキッチンカウンターでそんな会話をする相手の格好もまた、オラリオに違和感のない服装に身を包んでいた。今日は若草色のワンピースに白い大きめのリボンでポニーテールにしている。可愛い。

 

「八幡殿、雪乃殿、おはようございます」

 

(みこと)さん、おはようございます」

 

「お、おはよう」

 

「今日の朝餉は極東風ですな。いやあ、雪乃殿は料理がお上手でありますな」

 

「いえ。命さんが調理場(キッチン)の使い方を教えてくださったから、こうしてお料理ができるのよ」

 

「いやいやご謙遜を。極東風だけではなく様々な地方の料理も極東風にアレンジして作れるのはなかなかできないことですよ」

 

地球人(先人)の知恵なのだけれど」

 

困ったように眉を顰めてぽしょりとつぶやくと、雪乃は俺の方に助けを求めるような視線を向けてきた。

 

「あー、命さん。飯が冷めちまうからそのくらいで」

 

「おお、これはしたり。すみません雪乃殿」

 

「いえ。では用意しますね」

 

ふう。どうやらうまく助け船を入れられたようだ。

 

「八幡殿、ヘスティア様やベル殿たちは?」

 

「いや、俺も来たばかりだから」

 

「そうでしたか。おや、噂をすれば」

 

ぱたぱたと軽やかな足音が聞こえてきたかと思うと、ヘスティア様が食堂に駆け込んできて、開口一番元気に告げた。

 

「雪乃くーん。おはよう。今日も美味しそうな匂いがするね。ボクのご飯は大盛でお願いするよ」

 

「はい。少しお待ちくださいね」

 

「八幡君、命君、おはよう」

 

「おはようございます、ヘスティア様」

 

「お、おはようございます」

 

「うーん、八幡君は相変わらず固いね。もっとリラックスすることをお勧めするよ」

 

「善処します」

 

「そういうところなんだけどなあ。まあ追々慣れてくれたまえ。おっ、ベルくーん。こっちこっち」

 

「あはは。おはようございます神様、八幡、命さん、雪乃さん」

 

「うん。おはようベル君」

 

「おお、おはようベル」

 

「おはようございますベル殿」

 

「おはようございます、ベルくん」

 

おわかりだろうか。俺が人を名前で呼ぶようになった理由。それはヘスティア・ファミリアのメンバーが名前で呼び合っているからだ。それで必然的に雪乃のことも名前で呼ぶようになって今に至る。

 

「ヴェルフ君はへファイトスのところに用事があると言って出かけて行ったし、リリ君はなんか用事があるとかで出て行ったから、雪乃君も八幡君と一緒にご飯を食べてくれて構わないよ」

 

皆への配膳を終えた雪乃にヘスティア様がそう告げると、雪乃は自分の分の食事を持って俺の隣に腰を下ろした。

 

「おかわりは自分で」

 

そう宣言した命さんが茶碗を持って調理場の奥へと消えていく。てかもう一杯分のご飯食べたの。早くない?まあ雪乃のご飯は美味しいから仕方ないね。

 

「この煮物、旨いな」

 

「ありがとう。鰈みたいなお魚を煮てみたのだけれど、お口に合って良かったわ」

 

「それにこの卵焼きも俺好みだ」

 

「ふふ。あなた、甘いのが好きだものね」

 

「それにこの漬物が箸休めにちょうどいいな」

 

「簡単な浅漬けなのだけれど」

 

「まあなんていうか、雪乃の料理は旨いってこと」

 

「ふふ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

雪乃と一緒に食事をしている向こうで、ヘスティア様たちが何かを話していたが気にしないことにした。

 

「………完全に二人の世界に入っちゃってるね」

 

「まあ、あの二人は恋人同士(カップル)だからいいんじゃないですか」

 

「それはそうだけど。よし、ベル君。ボクたちも対抗してイチャイチャしようぜ!」

 

「神様!?別に僕たちは恋人ってわけじゃないですからね。ご飯は普通に食べましょうよ」

 

「いけずだなあ。ベル君は。そう思わないかい?命君」

 

おかわりをして戻ってきている命にヘスティアが話を振ると、そこには卵焼きを箸で突きながらニヤニヤと笑っている少女()の姿があった。妄想で顔が崩れまくりである。人には見せていけない顔であった。

 

「……はぁ。自分もあんな風にタケミカヅチ様と一緒に食事がしてみたい。あーんとかしちゃったりして『命の料理は最高だな』なんて言われちゃったり」

 

「命くーん!?」

 

「あはは。命さんも自分の世界に入っちゃったみたいですね」

 

とりあえず見なかったことにしようと、少年(ベル)はそそくさと食事を済ませ、食器を洗い場に持って行くのであった。

 

ちなみに、八幡たち(バカップル)は二人だけの世界をつくり、ゆっくりと食事を楽しんでいたのであった。

 



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5 タケミカヅチとの対話とこれから

「ふむ。ミョウケンか。確かにその名の神は居るが、彼女は天界で星見をしながら優雅に暮らしているはずだ。極東やオラリオ(下界の)子供が知っているはずはないから、ヘスティアが言うようにお前たちは異世界の子供なのだろうな。とは言え、世界を渡るとは興味深い事象だ」

 

「極東にも八百万(やおろず)の神という概念はあるのでしょうか?」

 

「極東と言うか、我ら極東の神々にはそのような概念があるな。子供たちには希薄だが」

 

「そうね。ヘスティア様たちのこともオラリオの人たちは詳しくないみたいですから。そうなると私たちの居た世界(地球)の神話に準拠している神々の居るこの世界は、神々の箱庭の一つであると思っていいのかしら?」

 

「そうだな。そう考えるのがしっくりくるのではないか?お前たちの居た世界は神の箱庭(この世界)の上位世界であると仮定すれば、お前たちが神々(我々)のことを知っているのも納得がいくからな」

 

「そうですか。わかりました。タケミカヅチ様」

 

「いや、構わない。お前たち、その、大丈夫か?」

 

「ある程度は予想していましたので、大丈夫ですよ」

 

「そうか。なかなか強い子供たちだな。俺にできることがあれば力になろう」

 

「はい。何かありましたら頼らせていただきます」

 

「うむ。では俺はこれで失礼させてもらう」

 

雪乃との話を終えてタケミカヅチ様はヘスティア・ファミリアの拠点(ホーム)を退去していった。その背中を見送った後で俺たちは俺の部屋へと入り、ベッドに並んで腰を下ろしている。

 

ヘスティア様の拠点に居候をして一週間が経過した今日、タケミカヅチ様との対話が実現したわけなのだが、タケミカヅチ様との会話の内容は、だいたい俺と雪乃が予想していた通りだった。

 

「地球には帰れないみたいだな」

 

「そうね」

 

「大丈夫か?」

 

「少なからずショックは受けているけれど、あなたが傍にいてくれるから大丈夫。あなたの方こそ、大丈夫かしら?」

 

「………まあ小町に会えないってのは辛いけれど、雪乃が一緒だから大丈夫だと思う」

 

ぼそりとそうつぶやいてから、隣に座る雪乃と目を合わせる。

 

「抱きしめていいか?」

 

「…はい」

 

どちらからともなく立ち上がり、向かい合ってから雪乃の身体をしっかりと抱きしめる。俺の背中に腕を回した雪乃も、俺の肩口に額を押し付けてしがみついてきた。

 

「ヘスティア・ファミリアに入るのはいいんだけど、背中に【神の恩恵(ファルナ)】を刻むってのがちょっと抵抗あるよなあ。ベルとかヴェルフのを見せてもらったけど、ガッツリと描き込まれてるし、アレが雪乃の背中にも刻まれると思うとなあ」

 

「あら。自分の背中に刻まれるのはいいのかしら?」

 

「自分では見れないから、まあいいかと思っている」

 

「それなら私も自分では見れないのだからいいのではないかしら?」

 

「……綺麗なお前の背中に刺青が入るみたいで嫌なんだよ」

 

「私も、八幡の背中に刺青が入るのは嫌なのだけれども」

 

ぽしょりとそうつぶやいた後、雪乃はさらに小さな声でつぶやいた。

 

「八幡ともお揃いだからいいかなって思ってもいるわ」

 

「いや、ヘスティア・ファミリアのメンバーとも同じだからね?」

 

「【ファミリア】ですもの。それは仕方のないことだと思うわ」

 

「…まあ、お前がいいなら、【神の恩恵(ファルナ)】を刻んでもらうってことでOK?」

 

「ええ。ヘスティア様にお願いするのはいつにしましょうか?」

 

「今からでもいいんじゃね。ヘスティア様居るし」

 

「………その前に、やっておきたいことがあるのだけれど」

 

「別に構わないけど」

 

「ありがとう。じゃあ早速、あちらを向いて、上衣を脱いでくれるかしら」

 

言われるまま、抱擁を解除してから壁へと向かい、上衣を脱ぐ。後ろからも衣擦れの音が聞こえてくる気がしたが無視した。

 

「私がいいと言うまで、そちらを向いていなさい。その、まずは【神の恩恵】を刻まれる前のあなたの背中を見ておきたかったのよ。大きくて逞しいのね。ねえ、触ってもいいかしら?」

 

「お、おお。お手柔らかに」

 

「なによそれ。じゃあ失礼するわね」

 

肩に手を置かれたかと思うと、すっと背中の方へと滑り降ろされた。身体が強張ったが、声を出さなかったことを褒めてもらいたい。

 

「ありがとう」

 

「いや、お粗末様でした」

 

「ふふ。何よそれ」

 

小さく笑った後、雪乃は俺から離れていき、少し身じろいだ後で声をかけてきた。

 

「八幡。こちらを向いていいわよ。声を出さないでね」

 

何故そんなことを言うのかわからなかったが、振り返った瞬間にそう言った理由がわかった。

 

そこにはトップレス(上半身裸)で長い髪を前の方に流している雪乃の白い背中があった。髪ブラ+手ブラ状態なのだろうか。衝撃的な姿である。

 

「【神の恩恵】が刻まれる前の背中を見せておきたかったの。あなたが言うように綺麗かしら?」

 

「ああ。綺麗だ。触れてもいいか?」

 

「…いいわよ。私だけ触れるのは不公平ですもの」

 

「では、失礼して」

 

ふと悪戯心が沸き上がった俺は、人差し指で背筋をすっとなぞる様に滑らせた。

 

「ひゃぁん」

 

ビクンと激しく身体を震わせるのと、可愛い悲鳴が雪乃の口から洩れたのはほぼ同時だった。ぺたりと床に座り込んだ雪乃が俺の方を向いてキッと睨んでくる。

 

うん。睨むのはいいけど、自分がどんな格好をしているのか忘れてるよね。ちょっとだけ先っぽ見えてるんだけど。

 

「悪い、ふざけすぎた。とりあえず服着ようぜ、な。」

 

素早く後ろを向いて謝り、服を着ることを促した。雪乃が身支度を整えていることを衣擦れの音で確認しながら、俺も上衣を身に着ける。

 

「八幡、ベッドに座りましょう」

 

「了解」

 

隣り合ってベッドに腰を下ろすと、雪乃は俺の腕を掴んで下から顔を覗き込んできた。

 

「……見た?」

 

「……見た」

 

「……そう」

 

「ああ」

 

「お見苦しいものをお見せしたわね」

 

「いや、正直言うと見惚れた。そのまま押し倒しそうになった。危なかった」

 

「そう。それなら今回は不問にします。ちゃんとそういう対象として見てくれたということなのでしょう?」

 

「何お前、誘ってるの?」

 

エッチな(そういう)ことはまだ早いと思うのだけれど、キスくらいは構わないでしょう?」

 

「いや、上半身裸で迫られたらキスじゃすまないだろ」

 

「あのときはあなたが擽ったから睨んだだけで、別に誘ったわけじゃないのだけれど」

 

「睨んだのを誘いとは思わねえよ。そうじゃなくて『そういう対象として見てくれた』とか言うのが誘ってるんじゃねえかってこと」

 

「あなたが上半身裸で迫られたらって言うからあのときだと思っただけで、不問にしたときに仲直りの印としてキスしたいと思っただけよ」

 

「あー、お互い取り違えていたわけだ。それじゃあ、仲直りの印しておくか?」

 

俺がそう言うと、雪乃は小さく頷いてから目を閉じたので、そのままゆっくりと仲直りをし(唇を重ね)た。



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6 【神の恩恵(ファルナ)】と【ステイタス】

そろそろ昼食の用意を始める時間に、俺と雪乃はヘスティア様の居室の長椅子(ソファー)に並んで座っていた。反対側にはもちろんヘスティア様の姿がある。

 

「本当にいいんだね?」

 

「はい。俺たちをヘスティア様の眷族にしてください」

 

「お願いします」

 

「じゃあどちらから【神の恩恵(ファルナ)】を刻もうか」

 

「俺からお願いします」

 

「わかった。じゃあ八幡君はその衝立の向こうの寝台(ベッド)で、上を脱いでうつぶせになってくれるかな」

 

「はい」

 

席を立とうとすると、雪乃がぎゅっと手を握ってきたので、軽く握り返してから声をかけた。

 

「大丈夫、すぐ終わる。あの衝立の向こうに行くだけだから」

 

「傍にいてもいい?」

 

「ヘスティア様、構いませんか?」

 

「二人がそうしたいのならそうするといい」

 

ヘスティア様の許可を貰い、俺たちは連れ立って寝台へと向かった。衝立に隠されていた寝台は想像していたよりも大きかった。

 

「ねえ。八幡。この大きさなら二人並んで横になれるわよね」

 

「なれなくはないだろうけど」

 

「八幡と手を繋いだままなら安心できると思うの」

 

「……ヘスティア様、構いませんか?」

 

「雪乃君が安心できるというならボクは構わないよ」

 

「だそうだ。じゃあ、まず俺が脱いで横になるから、そうしたら雪乃も、な」

 

「……はい」

 

なにこれ、ベッドの誘いじゃないのにすげえ恥ずかしいんだけど。ヘスティア様も居るし、疚しいことは何もないのに、とにかく恥ずかしいんだけど。

 

衣擦れの音、パサリと服が床に落ちる音、軽く軋むベッドのスプリングの音。それらが聞こえてきた後で、おもむろに俺の右手に誰かの指が絡められたが、相手が判っているので慌てることなく握り返す。

 

「大丈夫だ」

 

「うん」

 

「いや君たち、【恩恵(ファルナ)】を刻むのにそんな身構えなくてもいいから」

 

「でも、痛かったりするんじゃ?」

 

「君たちは痛くないよ。ボクの【神の血(イコル)】を背中に垂らすだけだからね。ボクがほんの少し痛いだけだ」

 

「そうですか」

 

「うん。じゃあ、始めるよ」

 

カチャリと金属質な音がしたので振り返ると、ヘスティア様が針を取り出して自身の指に刺している姿を見てしまった。血玉がぷくっと浮き上がった指先を俺の背中に向けたところで顔の位置を元に戻すと、肩甲骨の下あたりで何かが当たって弾けたような感じがした。おそらく先ほど見たヘスティア様の血だろう。

 

じわりと背中全体に広がっていく温かい何か(神の血)。無意識のうちに身体が震えたのか、雪乃がぎゅっと手を握ってくれたので、視線を合わせて小さく頷く。

 

「………さて、次は雪乃君の番だね」

 

紙片を手に持ったままヘスティア様が俺から離れて雪乃の方へと移動して、俺のときと同じように太腿の上あたりに跨っていた。再び針を取り出して、俺のときとは違う指に針を刺して、血玉が浮いた指を雪乃の背中に近づけていく。

 

今度は雪乃の身体が震えたので、先ほどのお返しとばかりに手を握ると、今度は雪乃が視線を合わせてきて小さく頷いた。うん、

 

「可愛い」

 

「…恥ずかしいのだけれど」

 

ぽしょりと言い返されて、声に出ていたことに気が付く。うん、その、悪い。

 

「………まあ、仕方ないかな」

 

二枚の紙片を手にして雪乃から離れたヘスティア様は、呆れたようにそうつぶやく。

 

「身支度を整えてから、先ほどの長椅子に座ってくれ。そのとき、君たちの【ステイタス】を説明をするよ」

 

「じゃあ雪乃、先に着替えて。俺このままうつぶせになってるから」

 

「…ではお先に」

 

手を放して雪乃が身体を起こしたのがわかったので、念のため反対()側に視線を向けることにした。まあ何事もなく着替え終わったのだが。

 

居室の長椅子に腰を下ろして手を繋いだところで、先ほどの紙片をそれぞれ俺たちの前に置いてからヘスティア様は口を開いた。

 

「この紙に君たちの【ステイタス】を書き写してあるので、まずは見てもらおうかな。ああ、数値は【恩恵】を受けたばかりとランクアップ後は皆0スタートだから気にしないでくれたまえよ」

 

言われたとおりに目の前の紙片を手に取って内容を確認する。

 

――――――――――

比企谷(ヒキガヤ)・八幡

 

LV1

 

力:I0 耐久I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0 幸運:I 精癒:I 神秘:I 収納:I

 

《魔法》

 

鑑定眼(ティナディス)

・無詠唱で発動可能。

・物品を鑑定する。情報化できる。

・様々なものを測量する。測量の際は対象に触れる必要有り。情報化できる。

 

《スキル》

 

空間収納(マゼーボ)

・物品を亜空間に収納できる。容量は【アビリティ:収納】によって増加する。

・物品を源素(オリジン)に変換できる。

 

錬成(アイヒミア)

・空間収納内で源素を元にして記憶にある物品を作成できる。ただし世界に適合した(かたち)で作成される。

・空間収納内で物品を複製できる。

・空間収納内で物品を解体・精錬できる。

 

記録(オミリア)

・【魔法:鑑定眼】で見たもの・測ったものを情報化して保存できる。

共通語(コイネー)の言語理解・自動翻訳。

 

比翼連理(ゼブガーロマ)

・早熟する。

雪ノ下(ユキノシタ)・雪乃への愛情(想い)が続く限り効果継続。

・愛情の丈により効果上昇。

・雪ノ下・雪乃と【スキル:空間収納】【スキル:記録】を共有する。

・雪ノ下・雪乃と【経験値(エクセリア)】を共有する。

――――――――――

 

異世界転生ではお約束の空間収納(チート)キター!錬成ってやつもチートっぽい。…しかし、最後の比翼連理ってやつ、俺、重くね?

 

「八幡。あなたの紙片(ソレ)を見せてもらってもいいかしら?」

 

「お、おお。俺も見せてもらっていいか?」

 

「ええ」

 

お互いの紙片を交換して内容を確認する。

 

――――――――――

雪ノ下(ユキノシタ)・雪乃

 

LV1

 

力:I0 耐久I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0 幸運:I 精癒:I 神秘:I 収納:I

 

《魔法》

 

聖獣化(ネーヴマ)

・白銀の毛皮を纏う聖獣に変身する。俊敏になる。

・聖獣化しているときは【癒しの女神の円陣(パナケイアサークル)】を作り出すことができる。

・詠唱魔法「この身を癒しの女神(パナケイア)の加護を与えられし矮小なる獣に。聖獣化(ネーヴマ)

 

《スキル》

 

知識の泉(イグノシィ)

・世界の情報を調べることができる。情報収集端末(パソコン)を具現化可能。ただし世界に適合した(かたち)で具現化される。

・入手した情報は【スキル:記録】に情報化して保存できる。

 

空間収納(マゼーボ)

・物品を亜空間に収納できる。容量は【アビリティ:収納】によって増加する。

・物品を源素(オリジン)に変換できる。

 

記録(オミリア)

・【スキル:知識の泉】で入手した情報を保存できる。

共通語(コイネー)の言語理解・自動翻訳。

 

比翼連理(ゼブガーロマ)

・早熟する。

比企谷(ヒキガヤ)・八幡への愛情(想い)が続く限り効果継続。

・愛情の丈により効果上昇。

・比企谷・八幡と【スキル:空間収納】【スキル:記録】を共有する。

・比企谷・八幡と【経験値(エクセリア)】を共有する。

――――――――――

 

うん。雪乃も重かったわ。それにしても聖獣化って何?雪乃の考えそうな白銀の毛皮の獣で俊敏って言えば、猫だろうなあ。猫の姿になっても喋れるのん?知識の泉も見る限りじゃチートっぽいな。

 

「…お揃いね。空間収納と記録と比翼連理」

 

「おお、そうだな」

 

「好きよ」

 

「俺も、好きだ」

 

「八幡」

 

「雪乃」

 

「はいストップ。いちゃつくのは後にしてくれたまえ」

 

おっと、今はヘスティア様に説明を受けるところだった。

 

「コホン。君たちに見てもらったのはそれぞれの【ステイタス】なんだけど、さすがは異世界人というか普通の人族(ひと)と比べるとかなり良い【ステイタス】を持っているし、【スキル】はおそらく君たちしか持っていないから、【ファミリア】の仲間以外には言わない方がいいだろう。ギルドや他の【ファミリア】の人たちに知られると厄介なことになるからね」

 

「はい。わかりました。他言しません」

 

「【ファミリア】の奴以外に話す相手なんていないですけど、了解」

 

「くれぐれも気を付けておくれよ。それでだね、君たちの【スキル】から考えると、二人とも戦闘には向いていないように思えるのだけれど、冒険者になるのかい?」

 

「俺は素材を集める必要があるので、とりあえず冒険者にはなろうと思っています」

 

「八幡が冒険者になるなら、私も冒険者になります」

 

「うん。わかった。ダンジョンへ行くときは、ベル君たちと一緒に行動してくれたまえ」

 

「了解です」

 

「とりあえずそのステイタス(紙片)は、外に持ち出さないようにしておくれよ。部屋の机の引き出しにでも入れておくか、なんなら調理場の竈で燃やしてしまってもいいんだけど」

 

「まあ、【スキル】の考察をしたいので、とりあえず机の引き出しに入れておきますよ」

 

「そうね。私も机の引き出しに入れておくわ」

 

「じゃあこれで解散でいいかな。ちょっと疲れちゃったよ。ああ、夕飯のときに皆に君たちの正式加入を伝えるからね」

 

「わかりました」

 

「では、失礼します」

 

ヘスティア様の居室から退出して俺の部屋へと戻り、机の引き出しに紙片を放り込むと、雪乃も手に持っていた紙片を俺の紙片に重ねて入れた。

 

「八幡が持っていて」

 

「いいのか?」

 

「ええ。【知識の泉】は実際に使ってみれば勝手がわかると思うから大丈夫。あなたとお揃いの【スキル】は二人で検証していきましょう」

 

「そうだな。そうしよう」

 

引き出しを閉じて二人並んでベッドに腰を下ろすと、雪乃がぎゅっと手を握る力を強くした。

 

「あなたは私の片翼で、私はあなたの片翼」

 

「ああ。お互いに、なくてはならない存在だ」

 

「八幡」

 

「雪乃」

 

重いとかそんなことを考えることもなく、俺たちは自然に唇を重ね、お互いの想いを再認識するのであった。



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7 素材集めと情報化

ヘスティア・ファミリア団長のベルに連れられて行ったギルドの受付で冒険者登録をした後、【スキル】の確認をしたいからとダンジョンの一階層へと足を踏み入れる俺たち。

 

同行者はベルだけである。俺と雪乃は武器を持っていないため、魔物の相手はベル任せである。

 

「とりあえず、その辺の岩を収納してみる。おお、できた。雪乃はその岩を収納してみてくれ」

 

「どうすればいいのかしら?」

 

「岩に触れて『収納』って念じればできる」

 

「あら、本当ね」

 

「岩だけじゃなくて土とかも頼む。眩暈や頭痛がしたら精神疲弊(マインドダウン)の兆候だから止めるように」

 

「わかったわ」

 

黙々と素材を回収している俺たちを見て、ベルはぽかんと口を開けてそれを見ていた。

 

「それっていったいどうなってるの!?」

 

「空間収納の【スキル】で、素材を回収しているだけだが」

 

「いやいやいや、岩柱とか、土とか、おかしいって」

 

「そう言われてもなあ。出来ちまうからしょうがないとしか言えない」

 

「そうね。ベルくん。こういうものだと受け入れなさい」

 

「えぇー」

 

「おいベル、あれ、魔物か?」

 

「ゴブリンが3体。周りに冒険者は居ない。じゃあちょっと倒してくる」

 

「ベルが倒したら俺が素材を回収するから、少し間隔をあけて着いていこう」

 

「手を繋いでもらえるかしら」

 

「ああ」

 

雪乃と手を繋いだところで、ベルが素早く魔物に斬りかかり、あっという間に3匹とも倒してしまった。俺にはできそうにないな。え?魔物って砂になるの?

 

「魔物って砂になっちまうのか」

 

「砂って言うか灰だね。あと魔石と、たまにドロップアイテム(魔物素材)を落とすかな」

 

「まあ一応回収してみるか。うへ。生暖かい。おお、回収できた」

 

「しかも素材は砂でも灰でもなく、ゴブリンIと魔石Gなってるわね。どういうことかしら?」

 

「【ステイタス】から考えると、Iだと最低値ってことになるんだろう。まあ後で俺は【錬成】で確認してみるから、雪乃は【知識の泉】で確認してみてくれ」

 

「わかったわ。ベルくんが魔物を倒すところを見たけれど、私にはできそうにないわ。八幡も無理よね」

 

「ああ。魔物ってわかってても、近距離で(ベルみたいに)攻撃するのは無理だな。情けない話だが怖さが先行する」

 

「別に無理に戦えとは言わないよ。八幡と雪乃さんはサポーター的な立ち位置になるんじゃないかな。補助的な攻撃ならリリみたいにボウガンを使えばできるかもしれないね。まあおいおい考えることにして、今日のところは魔石の回収だけお願いするね。魔石はギルドで換金できるから、八幡の収納に入れたままだと換金するときにいろいろ拙いかも」

 

「あー、今回は換金無しってことにできないか?」

 

「僕が一緒に居て成果が無いっていうのはちょっと拙いかな」

 

「じゃあ魔石は俺の財布にでも入れておく。現状ほとんど空だしな」

 

そう言って腰のベルトに結んである皮袋に触れ、中に入っている硬貨を空間収納に取り込んで、代わりに魔石を取り出して袋に入れた。さっき倒した魔物の魔石は親指の爪くらいの大きさなので、そこそこの量は入りそうだ。

 

「というわけで、団長殿に魔物狩りは任せることにする。俺たちはお前の後ろに隠れて着いていくよ」

 

「調子いいなあ。まあ一階層だから、魔物もそんなに沸かないし、魔物狩りは任されました。二人とも壁に寄りすぎないよう注意しながら着いてきてね」

 

「ん。壁に寄っちゃいけないのか」

 

迷宮(ダンジョン)では壁から魔物が生まれてくるからね」

 

「そうなんだ。気を付けよう。ベルのペースで魔物を倒して、引き上げるタイミングも任せる。それで、戻った後は、街の外に出れるようなら出たいんだが」

 

「街の外に?何をするの?」

 

「植物素材が欲しいんだよ。外なら草木があるだろう?」

 

アドバイザー(エイナさん)に聞いてみるけど、街の外に出れるかどうかはわからないよ」

 

「まあ外に出れなかったときはゴミ捨て場でも漁るさ。素材が手に入ればなんとでもなる。それにいろいろな店を覗いて、いろいろなアイテムを鑑定眼で情報化(登録)する作業も待っているし」

 

「随分とやる気があるみたいだけど、あなたらしくないわね」

 

「安定した収入源を確保するまでは甘えたこと言ってられないからな。とりあえず冒険者になったけど、魔物と近接武器で戦うのは厳しそうだから、そうなると俺は【錬成】の方で頑張るしかないからな」

 

そうしないと雪乃(おまえ)を養えないし。言葉には出さずに心の中でそうつぶやいた。いつまでもヘスティア・ファミリアに養ってもらうわけにはいかないから二人分の食い扶持くらいは自力で確保しないといけないからな。

 

「…私はものづくりもできないのだけれど」

 

「雪乃は回復もできるし、サポーターもできる。回復ができるってことは、迷宮(ダンジョン)では俺より役に立つってことだ」

 

「あなたと一緒じゃなければ迷宮には入らないわよ。だからあなたの方が役に立つのよ」

 

「お互い卑下するのはやめよう。できることをやっていこうぜ。二人でな」

 

「わかったわ。ありがとう八幡」

 

「とりあえず今はベルから離れないようにしよう」

 

少し被虐的になっていた雪乃を落ち着かせて、二時間ほど一階層を探索してから地上へと戻った。魔物は見た感じゴブリンしか出なかったようだった。

 

「なあベル、二個だけ魔石貰ってもいいか?」

 

「うん。そのくらいなら構わないよ」

 

「ありがとうな」

 

ベルの許可を取って二個の魔石を空間収納に入れ、24個(残り)の魔石を換金してベルに渡す。

 

「じゃあ、三等分しようか」

 

「いや魔石貰ってるからその分引いてくれ。あと【ファミリア】に収める分もあるんじゃないか?」

 

「今回は研修みたいなものだから僕たちだけで分け合って大丈夫だよ。僕が貰う分が【ファミリア】の取り分で、魔石は初めから無かったってことで」

 

「悪いな」

 

「どういたしまして。それで聞いてみたけど、農場がある方なら日没前までなら街の外に出られるみたいだよ。子供とかもお使いでデメテル・ファミリアの農場に行ってるみたいだし、ガネーシャ・ファミリアの衛兵さんが街道を監視しているから魔物も居ないし。森の奥に入らなければ大丈夫じゃないかな」

 

「それなら、悪いが少し付き合ってくれるか?森に入ってできれば水のあるところも見たい」

 

「それじゃあ農場方面から街を出て、森に入って川を目指そう」

 

ギルドから出て中央広場の噴水前で一旦立ち止まる。そっと噴水に手を入れ、周りにわからないように水を回収してからベルの後を追った。

 

「おう、【リトル・ルーキー】。郊外に何か用があるのか?」

 

「新入団員にオラリオの説明をしているんだ。農園依頼や郊外依頼の説明しようと思って。すぐ戻りますよ」

 

「オーケー。お前を含めて人族(ヒューマン)三人だな。森は少し奥に行くと森林狼が出るって言われてるから、注意するように」

 

「川沿いは大丈夫かな」

 

「ああ、川沿いは問題ない」

 

「ありがとう、行ってきます」

 

ベルが門番との会話を終えると、ベルに着いてそそくさと郊外へと出る俺たち。まごうことないコミュ障である。

 

「出るたびに会話しないといけないのか」

 

「そうだね。まあ所属と目的を伝えれば大丈夫だから」

 

「素材回収じゃなくて採取とかにした方が無難だよな」

 

「そうだね。今日は説明ってことにしているから手ぶらでもいいけど、次からは籠とか持ってきた方がいいね。街道には警備している人も居るから、奥まで行かなければ僕が居なくても大丈夫だと思うよ。護身用に何か武器を持った方がいいとは思うけど」

 

「武器はおいおい考えるとして、とりあえず森に入ってもいいか?」

 

「うん。行こうか」

 

街道を逸れて森へと足を踏み入れる。少し歩いてから周りを見て自分たち以外に人が居ないことを確認してから、目の前にあった木に触れて収納し、少し離れてから地面に生える草や土も収納していく。

 

「雪乃も適当に木を頼む」

 

「わかったわ」

 

「……うん。僕は何も見ていない」

 

ベルが遠い目をしてそうつぶやいたが、聞かなかったことにしよう。

 

適当に間伐しながら進むと川沿いに出たので、川に手を入れて水を収納する。流石に川だけあって水量は豊富で、俺がただ川べりに座って手を入れているだけにしか見えない。

 

雪乃は黙々と俺の近くで草木を収納している。

 

「なんか雪乃、頑張ってるな」

 

「ええ。植物は多くても色々使えるので困らないはずよ」

 

「それにしても、俺たち結構空間収納使っているけど精神疲弊(マインドダウン)ってしないな」

 

「私たち、魔力が多いのかしらね?」

 

「空間収納が省エネなのかもな」

 

「ああ、その可能性が高いわね」

 

空間収納についての検証をしながら、一時間くらい素材を回収して街へと戻った。やけにベルが疲れているように見えたのは気のせいだろうか。

 

お礼として昼食を適当な定食屋で奢り、午後はいろいろな店に連れて行ってもらって鑑定眼を使いまくった。勉強と称して魔物素材の店や魔法触媒の店、布屋、雑貨店、ディアンケヒト・ファミリアの店、ヘファイストス・ファミリアの店などに行っていろいろな素材に触れさせてもらい、ベルと共に竈火の館(ホーム)へと戻ったときには、日も沈みかけていて、命さんが夕飯の支度を始めていた。それを見た雪乃はベルに軽く礼を言ってから、いそいそと調理場へと消えていく。

 

「案内、ありがとうなベル」

 

「どういたしまして。この後、八幡はどうするの?」

 

「飯食って風呂入ってから【ステイタス】更新かな。その後で【錬成】(スキル)を試してみる」

 

「ご飯まで時間あるから、ヴェルフのところに行って護身用の武器とか、採取用ナイフとか貰っておいた方がいいんじゃない?」

 

「それなら雪乃のやつも貰っといた方がいいよな?ちょっと聞いてくる」

 

「わかった」

 

調理場に向かい、雪乃に護身用の武器(エモノ)は何がいいかを尋ねてからベルの元へと戻る。それから二人で鍛冶場(工房)へと行き、ヴェルフから採取用ナイフ2本と、使えるかどうかは別として、小太刀を2本、剣帯を2本貰った。小太刀は細剣と同じ扱いなので、剣帯でも問題なく装着できるそうだ。小太刀は姉妹刀だが、刀の銘である黒猫の爪(くろにゃん)白猫の爪(しろにゃん)については聞かなかったことにしておいた。



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8 やはり俺の魔法とスキルはぶっ壊れて(まちがって)いる。

ベルに伝えたとおり、夕食と風呂を済ませた後で雪乃と合流し、ヘスティア様の居室へ行き、【ステイタス】を更新してもらった。

 

――――――――――

比企谷(ヒキガヤ)・八幡

 

LV1

 

力:I20 耐久I12 器用:I58 敏捷:I14 魔力:G286 幸運:H 精癒:H 神秘:H 収納:G

 

《魔法》

 

鑑定眼(ティナディス)

・無詠唱で発動可能。

・物品を鑑定する。情報化できる。

・様々なものを測量する。測量の際は対象に触れる必要有り。情報化できる。

 

《スキル》

 

空間収納(マゼーボ)

・物品を亜空間に収納できる。容量は【アビリティ:収納】によって増加する。

・物品を源素(オリジン)に変換できる。

 

錬成(アイヒミア)

・空間収納内で源素を元にして記憶にある物品を作成できる。ただし世界に適合した(かたち)で作成される。

・空間収納内で物品を複製できる。

・空間収納内で物品を解体・精錬できる。

・空間収納内で物品を修復できる。

 

記録(オミリア)

・【魔法:鑑定眼】で見たもの・測ったものを情報化して保存できる。

共通語(コイネー)の言語理解・自動翻訳。

 

比翼連理(ゼブガーロマ)

・早熟する。

雪ノ下(ユキノシタ)・雪乃への愛情(想い)が続く限り効果継続。

・愛情の丈により効果上昇。

・雪ノ下・雪乃と【スキル:空間収納】【スキル:記録】を共有する。

・雪ノ下・雪乃と【経験値(エクセリア)】を共有する。

――――――――――

――――――――――

雪ノ下(ユキノシタ)・雪乃

 

LV1

 

力:I20 耐久I12 器用:I58 敏捷:I14 魔力:G286 幸運:H 精癒:H 神秘:H 収納:G

 

《魔法》

 

聖獣化(ネーヴマ)

・白銀の毛皮を纏う聖獣に変身する。俊敏になる。

・聖獣化しているときは【癒しの女神の円陣】(パナケイアサークル)を作り出すことができる。

・詠唱魔法「この身を癒しの女神(パナケイア)の加護を与えられし矮小なる獣に。聖獣化(ネーヴマ)

 

守護獣召喚(キリシィ)

・召喚時、雪ノ下・雪乃を中心として半径3M(メドル)の守護結界を作成する。

・守護獣は敵対するモノに攻撃する。

・詠唱魔法「守護を司る優しくも猛き獣よ、我が召喚に応えたまえ。顕現せよ。守護獣召喚。(アエイ・パン・キリシィ)

 

《スキル》

 

知識の泉(イグノシィ)

・世界の情報を調べることができる。情報収集端末(パソコン)を具現化可能。ただし世界に適合した(かたち)で具現化される。

・入手した情報は【スキル:記録】に情報化して保存できる。

 

空間収納(マゼーボ)

・物品を亜空間に収納できる。容量は【アビリティ:収納】によって増加する。

・物品を源素(オリジン)に変換できる。

 

記録(オミリア)

・【スキル:知識の泉】で入手した情報を保存できる。

共通語(コイネー)の言語理解・自動翻訳。

 

比翼連理(ゼブガーロマ)

・早熟する。

比企谷(ヒキガヤ)・八幡への愛情(想い)が続く限り効果継続。

・愛情の丈により効果上昇。

・比企谷・八幡と【スキル:空間収納】【スキル:記録】を共有する。

・比企谷・八幡と【経験値(エクセリア)】を共有する。

――――――――――

 

「うん。まあ【比翼連理】があるからアビリティが同じなのは、納得がいかないけど許容できる範囲内だ。でもね、なんで雪乃君は魔法が増えているのかな!?あと、八幡君の【錬成】も、『物品を修復できる』とかヤバい匂いがプンプンするし、補助アビリティが軒並み上がっているのもどうかしているんだけど!?」

 

というのが、【ステイタス】更新後に我らが主神(ヘスティア様)からいただいたお言葉である。

 

「そう言われても、魔法やスキルを使いまくったから上がったとしか言えないよなあ?雪乃」

 

「魔法を使ったのは八幡だけなのだけれど。私も試しに使ってみればよかったかしら。魔法が増えたのは、戦う力が欲しいと願ったからかしらね」

 

その増えた魔法の詠唱にある守護獣の召喚呪文(アエイ・パン・キリシィ)を見るに、パンダのパンさん(アイツ)が召喚されるのは間違いないだろう。どれだけ好きなのん?

 

「君たちが規格外なのはわかったよ。ボクとしては他の神に目を付けられないように気を付けて(自重して)くれるとありがたいかな」

 

「まあ、善処する」

 

「それ、絶対にやらかす奴の言葉(セリフ)だからね!?」

 

頭を抱えるヘスティア様を残して、そそくさと居室を退去すると、雪乃と二人で俺の部屋へと戻り、いつものようにベッドに並んで腰を下ろす。

 

「さて、じゃあ【錬成】を試してみるか」

 

「私にも源素(オリジン)への変換はできるみたいだから、植物から源素を作ってみるわね」

 

「俺は土石とゴブリンと水を源素にしてみるから、雪乃は薬草類以外の植物を源素に変えてくれるか」

 

「ええ。わかったわ」

 

岩、礫、土、ゴブリン、水を順番に源素へと変えていき、その後で残しておいた薬草類を精錬してみることにした。

 

――――――――――

空間収納G 13/400 上限40000

 

技能:収納 錬成 解体 精錬 修復 整理 消去

 

植物源素 18451 

生物源素 1254

鉱物源素 12687

硝子源素 3645

魔源素 4287

水源素 18684

 

回復草A 125

魔力草A 92

活力草A 41

瀉下草A 48

解熱草A 74

麻酔草A 62

 

魔石G 2

――――――――――

 

地上の植物でSランクは稀らしいので、精錬ではAランクに止めておいた。まあ採取した物の中にAランクも混ざっていたから、納品しても高品質ってだけで問題にはならないだろう。魔石に関してはゴブリンの魔石のまま精錬をしていない。

 

「随分とすっきりしたわね」

 

「そうだな。普通に使い道なさそうなものは、回収するときに源素にした方がいいかもしれないな」

 

「そうね。空間収納内もすっきりするからいいのではないかしら」

 

試してみたいことがあったので、立ち上がってクローゼットを開け、中にしまっておいた地球の服や靴を鑑定してから回収し、再び雪乃の横に座った。

 

「おお…。すげえな、修復(これ)

 

かなり履き潰していたはずのスニーカーが、新品のように綺麗になって俺の横に置かれている。同様にTシャツやトランクス(インナーウェア)、靴下、ネルシャツ、チノパン、セーター、手袋、マフラー、ロングコートも綺麗な状態となっていた。

 

「ロゴとかは無くなってるし、サイズとかの文字は共通語(コイネー)に置き換わっていて、大きさも俺にジャストフィットしているぞ。材質も違和感ないし、すげえなこれ。名称に【比企谷・八幡仕様】って付くのは、まあ仕方ないか」

 

「ねえ八幡。私のもお願いしていいかしら?」

 

「構わないぞ。回収してこい」

 

「ええ。行ってくるわ」

 

雪乃が自分の分を回収してくる間に、俺はとりあえず下着類と靴下を5着ほど複製してクローゼットにしまい、ネルシャツとチノパンは2着ほど複製してクローゼットにしまった。ロングコートは複製せずにハンガーにかけなおした。

 

「戻ったわ」

 

雪乃が戻ってきて俺の横に座り、少しソワソワしながら俺の方を見る。

 

「どうした?」

 

「その、ね。空間収納に入れてきたのだけれど、私のを修復する前に、鑑定眼で私を測量してから修復してもらえるといいかなと思って」

 

「そりゃまたどうして?」

 

「測量しておけば、私の身体に合わせて大きさを調整できるでしょう?」

 

「確かにそうだけど。いいのか?」

 

「お付き合いしているのだし、別に構わないわよ」

 

「じゃあちょっと失礼して」

 

そう断ってからそっと雪乃の手に俺の手を重ね、【観察眼】で雪乃を測量する。慎ましいとは自虐し(言っ)ていたけれど、意外とある(・・)んじゃないか?

 

「何か不埒なことを考えなかったかしら?」

 

「……気のせいだ」

 

空間収納の中で雪乃の衣類を修復し、下着類・キャミソール・ストッキング・靴下を各5着、ブラウス、セーター、スカートを各2着複製する。それから少し考えて、俺のを元にして雪乃のサイズのスニーカーを作っておいた。色は無難な水色にしておく、って、普通に色とか変えられるのかよ。

 

それならばと複製したセーターとスカートの色もそれぞれ違う色にしてみる。

 

「ねえ八幡。複製してくれている服が色違いになっているようなのだけれど」

 

「ああ、なんか雪乃のスニーカーを作ったら色が変えられたから、服でもできるかなと思ってやってみたら変えられた」

 

「そうなのね。ありがとう。…他のやつも変えてくれていいのよ」

 

お礼の後にぽしょりととんでもないことを言うのはやめてもらえますかね、心臓に悪いんだけど。まあ、ご要望にお応えして、黒と青と桃(着せたい色)の下着類は作っておくけどな。

 

「このスニーカーの方が移動には向いているわね。複製できるから靴はこちらにしてしまってもいいかしら」

 

「地上はそれでいいけど、迷宮は登山靴みたいなのがいいんじゃないか?ほら、こういうやつ」

 

「……何気に凄いことしてるわね。靴底も厚くてブーツ型だから洞窟を歩くにはよさそうね」

 

「おお、雪乃サイズで普通に作れちまった。俺サイズのも作っておいて、と。【錬成】ってチートすぎじゃね?」

 

まさか中学の登山で使っただけ(うろ覚え)の登山靴が作れるとは思わなかった。ん?待てよ、記憶しているものでいいのなら…。

 

「おお、入れ物は違うけど…ゴクッ、美味い!これは間違いなくマックスコーヒー!」

 

なら、アレもできるか?

 

「ほら、雪乃、飲んでみ」

 

「…美味しいわ。これは部室の紅茶を再現したのかしら?」

 

「おう。カップもそれっぽく作ってみたんだが、どうだ?」

 

「悪くないわよ。それにしても、【錬成】のスキルはかなり応用が利くみたいね。これならアレも作れるのかしら?」

 

「アレ?」

 

雪乃は頬を赤らめてぽしょりと尋ねる。

 

「その…、生理用品を見たことはある?」

 

「……小町と母ちゃんは同じの使ってたぞ。買いに行かされたこともある」

 

「作れるかしら?」

 

「……確認してくれ」

 

「ギャザーもあるしテープもあるわね。とりあえず20枚ほど作っておいてくれると助かるのだけれど」

 

「了解。その、生理専用の下着(サニタリーショーツ)も作っといた方がいいか?母ちゃんが重い方でな、存在は知ってる」

 

「……お願いするわ」

 

ここで雪乃は紅茶を、俺はマックスコーヒーを飲むことで、強引に話題を切った。

 

「飲み終わったらカップは収納しておいてくれ」

 

「わかったわ」

 

俺は飲み終わった飲料瓶(いれもの)を収納して修復する(修復は洗浄代わりになる)。ついでにカップも修復しておく。

 

「その、どのみち近々必要になるものだから作ってもらったのだけれど、ごめんなさい」

 

「蒸し返さなくていいから。まあ、そういうものって知ってるから」

 

「…では話を変えましょう。ある程度知っているものが作れるのなら、筆記用具とかも作れるのかしら?」

 

「まあ、作れるな。ほれ、こんな感じでどうだ?」

 

A4サイズのノート、シャーペン、替え芯、消しゴム、ペンケースを雪乃に渡す。奉仕部の部室で見たことがあるものを参考にしたものだ。

 

「あなた、私のことよく見ているのね」

 

「いや、使い慣れてる方がいいだろ?」

 

「そうね。ありがとう」

 

「こっちの世界の物も作れるか試してみる」

 

とりあえず回復薬、魔力回復薬、上級回復薬、上級魔力回復薬、解毒薬、解呪薬、エリクサーなど、ポーション系は問題なく作れた。見せてもらった素材も源素を元に作り出すことができている。【錬成】ヤベェ。

 

「服や靴はまだしも、武器とか防具を複製するのはさすがに拙いよな?」

 

()入りのものは複製できないのではないかしら?」

 

「ヴェルフのやつは複製できるみたいだな。ヤベェ、どうしようこれ?」

 

何の気なしに腰に差している黒猫の爪(くろにゃん)に触りながら【複製】を試したら、空間収納に小太刀【黒猫の爪】が増えていた。しばらく眺めていると、その下に小太刀【白猫の爪】が増えたので、驚いて雪乃の方を見ると、雪乃が腰に差していた小太刀が消えていた。

 

「ふふっ。私のは白猫の爪(しろにゃん)なのね。姉妹刀なのかしら」

 

「ああ。ヴェルフはそう言っていた」

 

「使うこともないでしょうけど、念のため白猫の爪(私の刀)も複製しておいてくれる?空間収納に死蔵しておけばヴェルフくんにもわからないでしょう?」

 

「まあ予備ってことでそうするか。なんなら【保管庫】フォルダみたいなの作って、そこに入れるようにするか?」

 

「そうしましょうか。オリジナルのものを入れておきましょう。部屋に行ってくるから、フォルダ作りお願いね」

 

そう言うと雪乃は自分の部屋へと向かった。まあいろいろあるのだろう。忘れないように空間収納の中に【保管庫】フォルダを作り、クローゼットの中にしまっておいた、スマートフォン、家の鍵、(使わないも)財布、包装された眼鏡(のや貴重品)を入れ、少し考えてからスニーカー、ロングコート、マフラー、Tシャツ、トランクス、靴下、セーター、手袋、ネルシャツ、チノパンも【保管庫】に入れ、最後に空間収納内の登山靴【比企谷・八幡仕様】と小太刀【黒猫の爪】、小太刀【白猫の爪】を入れた。

 

――――――――――

空間収納G 72/400 上限40000

 

技能:収納 錬成 解体 精錬 修復 整理 消去

 

【保管庫】34

 

植物源素 17546 

生物源素 1162

鉱物源素 12247

硝子源素 3505

魔源素 4034

水源素 18368

 

回復草A 115

魔力草A 83

活力草A 41

瀉下草A 48

解毒草A 1

解熱草A 74

麻酔草A 62

解呪茸A 1

麻痺茸A 1

妖精茸A 1

 

鋳塊(インゴット)A 1

鉄鋳塊A 1

銀鋳塊A 1

金鋳塊A 1

白金(プラチナ)鋳塊A 1

魔銀(ミスリル)鋳塊A 1

 

ティーカップ【奉仕部仕様】A 1

飲料瓶A 1

 

回復薬A 1

上級回復薬A 1

魔力回復薬A 1

上級魔力回復薬A 1

解毒薬A 1

解呪薬A 1

エリクサーA 1

 

コボルト爪A 1

キラーアント甲殻A 1

パープルモス翅A 1

サラマンダーウールA 1

魔石E 1

魔石F 1

魔石G 2

――――――――――

 

【精錬】の効果で魔石以外はAランクになっている。店で見た物は殆どがBランクかCランクだったんだけど、気にしないでおこう。おそらく【精錬】が自動(オート)化しているんだろうけど、とりあえずは困るものでもないし。素材とか薬は、納品できるようにある程度の量は作っておくことにしよう。薬はヘスティア様に、鋳塊はヴェルフに渡す分も作っておくか。数はそれぞれ20くらいでいいかね。素材を増やして、薬を増やして、鋳塊を…増や…し…て………。

 

     ×   ×   ×

 

次の日の朝、いつも通り洗顔と歯磨きを終わらせてから朝飯のために食堂へ足を踏み入れると、いきなり雪乃が抱き着いてきた。

 

「八幡。よかった。無事ね?」

 

「え、なに?どうしたん?」

 

「心配したんだから…」

 

「そう言われても何が何やら…」

 

「八幡く~ん。君は昨日、精神疲弊(マインドダウン)で倒れたんだよ。雪乃君の取り乱し方は凄かったんだから。しっかりと反省するように。いいね」

 

「そういえば、昨日眠った記憶無いな。何、俺、倒れたのか?」

 

「そうよ。あなたの部屋に行ったらベッドに突っ伏していたから驚いたわよ。バカ、ボケナス、八幡」

 

「お、おう…。いやちょっと待て、八幡は悪口じゃないだろ。…まあ、悪かった」

 

謝りながら雪乃の頭を撫でると、額をぐりぐりと俺の胸に押し付けてくる。何この()、可愛い。

 

「暫くそうしていなよ。雪乃君が落ち着いたらご飯を食べて、二人で居室に来るんだよ。精神疲弊で倒れたなら、おそらく【ステイタス】上がってるから更新しておこう」

 

「了解です」

 

命さんの視線が辛いが、甘んじて受けるとしよう。



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9 Presentation

雪乃と二人で朝食を食べ終わった後、二人でヘスティア様の居室に行き、【ステイタス】を更新してもらう。

 

――――――――――

比企谷(ヒキガヤ)・八幡

 

LV1

 

力:I20 耐久I16 器用:I70 敏捷:I14 魔力:F323 幸運:H 精癒:G 神秘:G 収納:F

 

《魔法》

 

鑑定眼(ティナディス)

・無詠唱で発動可能。

・物品を鑑定する。情報化できる。

・様々なものを測量する。測量の際は対象に触れる必要有り。情報化できる。

 

《スキル》

 

空間収納(マゼーボ)

・物品を亜空間に収納できる。容量は【アビリティ:収納】によって増加する。

・物品を源素(オリジン)に変換できる。

 

錬成(アイヒミア)

・空間収納内で源素を元にして記憶にある物品を作成できる。ただし世界に適合した(かたち)で作成される。

・空間収納内で物品を複製できる。

・空間収納内で物品を解体・精錬できる。

・空間収納内で物品を修復できる。

 

記録(オミリア)

・【魔法:鑑定眼】で見たもの・測ったものを情報化して保存できる。

共通語(コイネー)の言語理解・自動翻訳。

 

比翼連理(ゼブガーロマ)

・早熟する。

雪ノ下(ユキノシタ)・雪乃への愛情(想い)が続く限り効果継続。

・愛情の丈により効果上昇。

・雪ノ下・雪乃と【スキル:空間収納】【スキル:記録】を共有する。

・雪ノ下・雪乃と【経験値(エクセリア)】を共有する。

――――――――――

 

「アビリティ以外は変わっていなかったから、雪乃君のは写してないよ。発展アビリティについてはもう、見なかったことにする」

 

「雪乃のアビリティは俺と同じですからね。大丈夫です」

 

「話が早くて助かるよ」

 

空間収納が大きくなっていたので中を確認したら、どうやらミスリル鋳塊を作成中に精神疲弊(マインドダウン)で倒れたらしいことがミスリル鋳塊の数と鉱物屑ができていたことからわかったので、鉱物屑を源素に変えて、ミスリル鋳塊も他と同じ数に合わせておく。

 

――――――――――

空間収納F 72/800 上限80000

 

技能:収納 錬成 解体 精錬 修復 整理 消去

 

【保管庫】34

 

植物源素 15347 

生物源素 1037

鉱物源素 10319

硝子源素 3465

魔源素 3914

水源素 17264

 

回復草A 80

魔力草A 40

活力草A 50

瀉下草A 50

解毒草A 20

解熱草A 80

麻酔草A 80

解呪茸A 20

麻痺茸A 20

妖精茸A 20

 

鋳塊(インゴット)A 20

鉄鋳塊A 20

銀鋳塊A 20

金鋳塊A 20

白金(プラチナ)鋳塊A 20

魔銀(ミスリル)鋳塊A 20

 

ティーカップ【奉仕部仕様】A 1

飲料瓶A 1

 

回復薬A 20

上級回復薬A 20

魔力回復薬A 20

上級魔力回復薬A 20

解毒薬A 20

解呪薬A 20

エリクサーA 20

 

コボルト爪A 20

キラーアント甲殻A 20

パープルモス翅A 20

サラマンダーウールA 20

魔石E 1

魔石F 1

魔石G 2

――――――――――

 

「ヘスティア様、八幡にヘスティア様を測量させてください」

 

「いきなりなんだい!?その測量ってやつをすることで、ボクに何か不利益が出たりしないのなら、いくらでもやっちゃってくれたまえ」

 

「では八幡、遠慮なく測量してしまいなさい」

 

「それじゃあ、少しお手を拝借」

 

ヘスティア様の手を握って測量をする。ロリ巨乳って実在したんだね。雪乃の視線が怖いのは気のせいだと思いたい。

 

「八幡、ヘスティア様用の下着とニーソックス(靴下)、スニーカーと、無地でいいから露出の少ないワンピースをお願い」

 

「わかった。色は全部白でいいか?あとワンピースだが、小町が着ていたやつを参考にしてもいいか?」

 

「ええ、構わないわ。ヘスティア様はその、別に露出狂というわけじゃないですよね?」

 

「失敬だな、ボクはいたって普通の処女神だよ」

 

「では、あちらに行って着替えましょう」

 

「了解。衣類(ブツ)は空間収納に入れておくから。予備も作っておく」

 

「ありがとう八幡。ではヘスティア様、行きますよ」

 

「ぬわ~っ!雪乃君そんなに引っ張らないでくれたまえ」

 

雪乃に引きずられるようにして連れていかれ、衝立の向こうに消えたヘスティア様。

 

「むっ。雪乃君。ショーツ(これ)は肌触りがいいね」

 

「……くっ、これは由比ヶ浜さん並みの大きさだわ」

 

「なんだい、このアマゾネスが付けるような上衣は!?これじゃあ君の言っていた露出狂じゃないか!?」

 

「これはブラジャーと言って、上衣ではなくショーツと同じ分類の胸を隠すための下着になります。上からキャミソールを着て下着を隠して、その上にワンピースを着てください」

 

「…おお。エルフみたいな格好だけどいい感じだね」

 

「靴も用意しました。これの方が動きやすいと思います」

 

「ありがとう。うわっ、これ動きやすいね。大きさもぴったりだし」

 

「ベッドの上に衣類の予備を置いていきますから、片づけてくださいね」

 

「雪乃君。予備はありがたいんだけど、ぶらじゃあ(・・・・・)というのは慣れないのだけど」

 

「寝るときは外してもいいですけど、普段は着けていた方がいいですよ。暴れるのを防げるし、形も整えられますから」

 

「確かに、形が安定しているし、振り回されない気がするよ」

 

「くっ、これが巨乳に(持つ者)しかわからない境地……!」

 

雪乃……。強く生きろ。

 

「質問なんですけど、神様も生理ってありますか?」

 

「うん?天界では普通にあるけど、地上に降りた神々(ボク)たちは、降りた時点で身体年齢が固定されるから生理は来ないよ」

 

「神様に必要が無くても、普通に生理用品(ナプキン)には需要がありますよね」

 

「これは…。うん、襤褸切れを使うよりも全然いいじゃないか。素晴らしい道具だね」

 

「衣類は着てみてどうですか?」

 

「うん。悪くないと思うよ。眷族(こども)と同じ服を着ているような気持ちになるけどね」

 

「とりあえず、居室(あちら)に戻りましょう」

 

雪乃とヘスティア様が戻ってきた。参考にしたのは黄色の服だったが、ヘスティア様が着ている白でもその可愛らしさは健在のようだ。下着を着けたせいか、胸が一回り大きくなっているように見えるが、先ほどまでと違い肌色は見えていないので、エロさは薄れている。

 

「元の衣類は【保管庫】に入れてあるから、修復しておいて」

 

「了解。って、着ていた(あの)服類、ヘスティア神衣って御大層な名前で、修復できないんですけど」

 

「ふふん。天界のものだから、痛んだり汚れたりしない優れものなのだよ」

 

試しに複製をしてみようとすると、素材不明とのことだったので、長手袋を取り出して測量をして、再度複製を試みる。

 

「複製も無理みたいだ。禁忌って出る」

 

「うん、まあ神が作ったものを眷族(ひと)が作れたら拙いよね」

 

「そりゃそうですね。雪乃、衣類はヘスティア様に返しといてくれるか」

 

「それが無難ね。ヘスティア様、ベッドの上に置いてきます」

 

「あ、うん。わかった」

 

雪乃が衝立の向こうへと行き、少ししてからこちらに戻ってきて俺の横に腰を下ろしたのを見てから、俺は話を切り出した。

 

「えーと、昨日いろいろとスキルを試してみたんですが、ぶっちゃけると生産チートになります」

 

「こうして服を作ってくれたのも、八幡君のスキルなんだね」

 

「ええ。とりあえず、これをお納めください」

 

長机(テーブル)の上に回復薬、上級回復薬、魔力回復薬、上級魔力回復薬、解毒薬、解呪薬、エリクサーを10本づつ並べた。

 

「こ、これは、エリクサーだけでも一財産だよ!?これも八幡君が作ったのかい!?」

 

「結果的にはそうなりますね。まあこんな風にいろいろなものを作れるようになりましたので、雑貨屋みたいなものをやりたいと思っているんですが」

 

竈火の館(ここ)は立地的にも建物的にもお店に向いていないよ」

 

「ええ。ですからギルドに相談して店舗を借りようかと考えているんですが、とりあえず運転資金が必要ですよね?」

 

「うん。お金が大切だね」

 

「手っ取り早く稼ぐには、何がいいですか?」

 

「深層の魔物素材とか、純度の高い稀少鉱石とかかな」

 

「その魔物素材ってどこかで見れたりしますかね?触れれば完璧です。鉱石より鋳塊の方が純度は高いですよね」

 

「素材はゴブニュかヘファイストスならある程度のものは持っているかもしれないけど。純度で言えばそれは鋳塊の方が高いに決まっている」

 

それを聞いて、魔銀鋳塊の情報を見てみると、適正価格が80万ヴァリスだった。白金鋳塊は60万ヴァリスだったので、この二つをある程度複製して鍛冶系ファミリアに持っていけば運転資金は稼げそうな気がした。

 

「ありがとうございます。少し考えてみます」

 

「うん。あまり無茶はしないでおくれよ」

 

「善処します」

 

「だからそれ、やらかす奴の言葉(セリフ)だってばぁ」

 

     ×   ×   ×

 

ヘスティア様の部屋を退去した後、雪乃は調理場に戻ったので、俺は自分の部屋に戻り魔銀鋳塊と白金鋳塊を40づつ複製した。少し眩暈がしたので精神疲弊(マインドダウン)が近いのだろう。上級魔力回復薬を取り出して一息に飲み干し、空瓶を回収して再び魔銀鋳塊と白金鋳塊を40づつ複製する。それからもう一度上級魔力回復薬を取り出して飲み干して空瓶を回収し、さらに魔銀鋳塊と白金鋳塊を20づつ複製してから、上級魔力回復薬を2本錬成すると一息ついた。

 

【錬成】して、魔力回復薬で回復して、再び【錬成】する。素材は基本、土石、植物、水などを郊外の森で回収しておけば困ることは無いだろう。生物源素の元は、肉屋で廃棄予定の物を譲ってもらえば手に入るだろう。貰えなかったら安い肉でも買えばいいし。

 

とりあえずヴェルフに鋳塊を渡して、見学がてら街に出てみるか。そんなことを考えながら部屋を出ると、階段で雪乃に会った。

 

「ヴェルフに鋳塊を渡したら、ちょっと街を見てくる。雪乃はフード付きのローブとかが作れるようになるまでは、外に出ないで竈火の館(ここ)に居てくれ」

 

「昨日の感じだと、大丈夫だと思うのだけれど」

 

「ベルが居たからな。二人だけだと野郎に絡まれたときに守れる自信がない」

 

「わかったわ。変なところには行かないでね」

 

「行かねえよ。せいぜい肉屋で廃棄物が貰えるか確認してくるだけだ。ついでに鋳塊を鍛冶系のファミリアに持ち込んでみる」

 

「なるほど。それで生物源素が得られれば、他の源素は郊外で賄えるものね」

 

「そういうことだ。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

 

「ちょっと待って。八幡、持ち込みをするなら空間収納を偽装するための鞄を持って行った方がいいわ」

 

「そうか。わかった。リリルカが背負ってるようなバックパックを作って、適当な頭陀(ずだ)袋や木箱でも詰め込んでおくか」

 

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 

胸の前で手を振る雪乃。可愛い。後ろ髪をひかれつつ、鍛冶場へと向かう。

 

「ヴェルフ、魔物素材とか鋳塊、どこに出せばいい?」

 

「おっ、素材はそこの台の上に置いてくれ」

 

コボルト爪、キラーアント甲殻、サラマンダーウール、銅鋳塊、鉄鋳塊、銀鋳塊、金鋳塊、白金鋳塊、魔銀鋳塊をそれぞれ20づつ作業台の上に置くと、空間収納から先ほど作ったバックパックを取り出し、その中に小さな木箱や頭陀袋を詰め込んで背負った。

 

「いやいやいやいや、待てよ八幡。どうしたんだこの素材は!?しかも魔銀鋳塊まであるし、なんだよこの純度は!?それにいったいどこから出した!?」

 

「まあ、俺のスキルが関係しているとだけ言っておこう。他にも欲しい素材があれば、それを見せてくれるところを紹介してくれれば、手に入るかもしれんぞ」

 

「白金、魔銀ときたら、超硬金属(アダマンタイト)最硬金属(オリハルコン)だろう。ヘファイストス様なら持っていると思うが…」

 

「見せてもらえるなら紹介してくれるか?そうすれば納品もできると思う」

 

「この純度の鋳塊は、鍛冶師としては喉から手が出るほど欲しいものだからな。これをおまえが造ったのなら、鋳塊に何か印を入れた方がいいぞ」

 

そう言われたので、少し考えてから俺は目の前に置いてある鋳塊にヘスティア・ファミリアの炎と鐘のエンブレムを刻み、空間収納内の鋳塊にも刻んでおいた。ついでに薬瓶や飲料瓶にも刻印しておくことにした。後でヘスティア様に渡した薬の瓶にも刻印するとしよう。

 

確認ついでに上級魔力回復薬を取り出して、薬瓶の刻印を確認してから飲み干し、薬瓶を収納して修復をかけておく。

 

ヘスティア・ファミリア(うち)のエンブレムか。まあわかりやすくていいな。よし、じゃあヘファイストス様のところに連れて行ってやるから、ついでに売り込みでもしちまえ。まあこの純度の鋳塊ならヘファイストス様も文句はつけないだろうけどな」

 

「よろしく頼む。できればヘファイストス様のところに行く前に、肉屋に寄ってもらえると助かるんだが」

 

「ん?肉屋に何かあるのか?」

 

「おそらくだが、肉を捌くのは朝にやるだろう?廃棄物が欲しいんだが、朝のうちに行かないと処分されてるんじゃないかと思ってな」

 

「廃棄物って、頭とか内臓とか骨とかか?」

 

「まあそうだな。【錬成】の素材になるんだ」

 

「なるほどねえ、それならわざわざ肉屋を探さなくても、商店街の外れのゴミ捨て場を見てみるといい。肉屋の廃棄物もそこに捨てられてるだろうし、朝ならデメテル・ファミリアの回収部隊も来ていないだろう」

 

「おお。それじゃあゴミ捨て場に案内してくれるか」

 

こうしてヴェルフに商店街のゴミ捨て場へと連れて行ってもらった。ゴミ捨て場の一角には大きな甕が並べて置いてある場所があり、その甕に生ゴミを入れるようになっていて、生ゴミ以外は柵で囲まれた場所に積み上げるようになっていた。甕の中身は定期的に農業系ファミリアが肥料として回収していくようだが、俺はそこから生物系のゴミをいただいていこうと考えている。

 

柵の中のゴミは定期的に持ち出して、郊外で焼却したり、埋めたりしているようだ。こちらも定期的に素材としていただくとしよう。甕のゴミは甕の外側に触れて中身を空間収納に取り込んで源素化してしまえばいいので問題ないが、柵の中のゴミはいきなり消えたら怪しまれるので、人が居ないときにいただくことにして、今のところは離れることにした。

 

そして無事にヘファイストス様との顔合わせを済ませ、白金鋳塊と魔銀鋳塊をバックパックから取り出した体でヘファイストス様の前に20づつ並べていく。

 

「これはヘスティアの眷族(こども)である君が作ったのかしら?」

 

「はい。ヴェルフに聞いたら鍛冶に最適な金属とのことでしたので、こちらでも需要があると思いまして売り込みに来ました」

 

「うん。品質は最高級だから喜んで買わせてもらうけど、超硬金属や最硬金属は無いのかしら?」

 

「それなんですが、神様はそれらの鉱石をお持ちでしょうか?お持ちなら、俺に見せてもらえないでしょうか?」

 

「わかったわ。両方とも持っているから鋳塊(これら)のお金を取ってくるついでに持ってくるわね」

 

ヘファイストス様が部屋を出て行くと同時に、ヴェルフが大きく息を吐く。

 

「八幡、鉱石については俺が言うのを待って欲しかった。あれだと多分、ヘファイストス様はおまえの能力に気付いたぞ」

 

「そうなのか。神様なだけあるな」

 

「なんでそんな余裕そうなんだよ」

 

「まあ神様相手ならバレてもそんな問題じゃないだろ?ヘスティア様とも仲のいい神様だし」

 

「そうなんだけどよ。なんか釈然としないな。けどまあ、ありがとうな。ヘファイストス様を信じてくれて」

 

「なんでヴェルフがそれを言うんだ?」

 

「俺、ヘスティア・ファミリアだけど、元々はヘファイストス・ファミリアだったし、今でもヘファイストス様のことはお慕いしているからな」

 

「おお、そうか」

 

部屋の中がなんとなく微妙な空気になったところで、ヘファイストス様が戻ってきた。後ろに着物を着崩した眼帯の女性を連れてきている。

 

「おう、ヴェル吉、壮健か?っと、おおっ、これは良い鋳塊ではないか!ヘスティア様の刻印が入っているってことはヴェル吉が鋳造したのか?」

 

「俺じゃこんなの造れねえよ。久しぶりだな、団長様」

 

「ちと、からかっただけだ」

 

「椿、久しぶりにヴェルフと会ったからといってじゃれないの。隣の彼にそのお金をお渡しして、鋳塊を受け取りなさい」

 

「ということは、お主がこの鋳塊を造ったのかの?」

 

お金(ヴァリス)の詰まった袋を突き出しながら、椿と呼ばれた女性が俺に近づいてくる。圧倒されたまま袋を受け取り、中を覗き込んだ後、バックパックに詰め込む体で空間収納に取り込み、金額を確認して、余剰分の白金硬貨20枚を取り出して鋳塊の傍に置いた。

 

「2800万ヴァリス、確かにいただきました」

 

「ほう。お主、(さと)いのう。少し見ただけで金額がわかるとは」

 

「ええ、それ以前に、まるで金額が判っていたかのようね」

 

「……適正価格ですから」

 

「それは間違いないわ。白金鋳塊が20個で1200万ヴァリス、魔銀鋳塊が20個で1600万ヴァリスの全部で2800万ヴァリスですからね。問題は今までに前例が無い純度の鋳塊の値段をあらかじめあなたが知っていたということなの」

 

「それはまあ、俺のスキルのおかげということで、見逃してもらえませんか?」

 

「見逃せば、鉱石類(これら)の鋳塊も収めてもらえるのかしら?」

 

両手に持った鉱石を振りながら、ヘファイストス様は微笑む。これは、ヴェルフの言ったようにバレてますね。

 

「とりあえず、鉱石類(それら)を手に取らせてもらってもいいですか。そうしないと造れないんで」

 

「それじゃあ受け取って頂戴。椿、もう3袋取ってきてくれるかしら」

 

「わかった。とりあえず鋳塊はこのまま置いておくが構わんのだな?」

 

「ええ。二度手間になるよりましでしょう?」

 

これはどう見ても超硬金属と最硬金属の鋳塊を造る流れである。手の中の鉱石を鑑定し、空間収納内に複製してからヘファイストス様に返すと、ますは超硬金属から精錬して、次に最硬金属を精錬する。それから複製を開始して、30の超硬金属鋳塊を複製したところで眩暈がしたので、上級魔力回復薬を取り出して飲み干し、次いで40の最硬金属鋳塊を複製してから再び上級魔力回復薬を飲む。そんなことを繰り返して、最終的に超硬金属鋳塊と最硬金属鋳塊を100づつ空間収納内にストックしたところで、消費した分の上級魔力回復薬を補充して作業を終了した。

 

超硬金属鋳塊は140万ヴァリス、最硬金属鋳塊は200万ヴァリスという適正価格だったので、今度は6800万ヴァリスという大金を手に入れることになったのだが、ヘファイストス様は普通に支払ってくれたし、それどころか定期的に納品をしてほしいと言ってきた。

 

「他のファミリアにも適正価格だったら納品しますけど、それでもよければ」

 

ヘファイストス・ファミリア(うち)が独占する方が問題になるからそれは構わないのだけれど、本当に定期的に納品できるのかしら?」

 

「まあ、迷宮(ダンジョン)の岩があれば、鉱石にできますから」

 

「……聞かなかったことにするわ。椿もヴェルフも、いいわね?」

 

「手前は良い金属(かね)が手に入るならば、協力を惜しまないぞ。お主が素材を回収するときは護衛をしても良いぞ」

 

「俺は同じファミリアだからな。八幡(こいつ)が狙われるようなことが無いようにするだけだ」

 

「手前は椿・コルブランドと申す。ヘファイストス・ファミリアの団長を承っているが、堅苦しいのは苦手な(ゆえ)、一介の鍛冶師として扱ってほしい」

 

「いや、それ無理」

 

「それがそうでもないんだよなあ。下っ端の俺にも気さくに話しかけてきたし」

 

「一応訂正しておくけど、椿は自分が目にかけた者に対して気さくなだけで、全員というわけではないわよ」

 

「え、そうなの?」

 

「まあヴェル吉のことはそれなりに気にはかけているからな。お主も、良い眼をしておる。名を聞いても良いか?」

 

「比企谷・八幡です。コルブランドさん」

 

「ほう、極東の者だったか。手前のことは椿と呼んでくれて構わん。よろしくな、八幡」

 

「はあ、よろしくお願いします。椿さん」

 

名前で呼ぶと満足したのか、軽く俺の背中を叩いた後、椿さんは鋳塊を持って部屋を出て行った。

 

「あなたが造れるのは鋳塊だけではないわね?」

 

「魔物素材も一度見せてもらえば、おそらくは」

 

「そのうち珍しい素材が手に入ったら差し上げるから、それを元にしていくつか納品してもらえるかしら?」

 

「わかりました」

 

「素材や鋳塊は、ヘファイストス・ファミリア(うち)以外に納品するならゴブニュのところだけにしておきなさい。あとはそうね、ヘルメスのところなら適正価格で買ってくれるわ」

 

「ゴブニュ様は鍛冶神様ですからわかりますが、ヘルメス様ですか?」

 

「ヘルメスのところには【神秘】持ちの眷族()が居るの。魔道具(どうぐ)を造るのに、いろいろ融通しているのよ。紹介状をあげるから団長のアンドロメダに渡しなさい。魔道具の作成に使うから、白金や魔銀は特に喜ばれると思うわ。それにいろいろな素材や魔道具を持っているから、見せてもらうのも勉強になると思うわよ」

 

「そんなこと言われると、ヘファイストス様の道具を見せてもらいたくなっちゃいますけど。天界の(・・・)ものではないのでしょう?」

 

「なるほど。地上の(・・・)ものなら融通が利くというわけね」

 

「まあ、そんなところです」

 

そんな感じで鍛冶神様と軽い腹の探り合いをして、ヘファイストス様の元から退出する。一応ヘスティア様にもバレたっぽいことを報告しておこう。

 

「ヴェルフにも戻ったら渡すからな」

 

「超硬金属と最硬金属をか!?」

 

「おう。お礼は迷宮(ダンジョン)で護衛してくれればいいぞ」

 

「わかった。いつでも呼んでくれ」

 

「じゃあ俺は、ちと郊外(そと)で素材を取ってくるわ」

 

「付き合うか?」

 

「いや、大丈夫。黒猫の爪(これ)もあるし」

 

「そうか。気をつけてな」

 

「おう」

 

ヴェルフと別れ、俺は昨日行った森へと向かうのであった。



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10 商店街と職人通りそして空店舗

独自設定

鋳塊(インゴット)の大きさは50cm×15cm×10cm

オラリオの硬貨はギルドの地下にある造幣所で造られている。偽造防止のため、鋳造した硬貨はバベルの屋上に運ばれ、【神の力】による祝福(刻印)を施される。そのため汚れたり摩耗したりしない。

青銅(ブロンズ)貨 10ヴァリス
(カッパー)貨 100ヴァリス
(シルバー)貨 1000ヴァリス
(ゴールド)貨 10000ヴァリス
白金(プラチナ)貨 100000ヴァリス


思っていたよりもすんなりと郊外に出られたので、昨日よりも手前から森へと入り、木、草、土、岩などを適当に回収しながら川へと向かう。川底の石や砂ごと水を回収しながら、川沿いに上流へと歩いて、昨日よりも多くの素材を手に入れて、入ってきた場所とは違うところを通って素材を回収しながら街道へと出て街へと戻る。

 

ゴミ捨て場に向かい、周りに人が居ないのを確認してから柵の中の割れた食器や瓶、壊れた家具や革製品、襤褸切れなどを回収し、ついでに甕に触れて生ゴミも回収しておく。ゴミ類は収納と同時に源素に変換しているので、汚れたりはしない安全仕様だ。

 

バベルに近い商店街を歩き、目に付いた服屋に入り、フード付きのローブを試着させてもらってから、気に入ったので買うことにした。3万ヴァリスとそこそこいい値段ではあったが、見本(サンプル)にするのに丁度いい。店を出てから空間収納の【保管庫】に入れた。

 

商店街を歩いてみると、ところどころに空き店舗があるのが目に付いた。建物がギルド管理なのかはアドバイザーさんに相談してみればわかるだろう。この辺であれば竈火の館(ホーム)からは少し離れているが、中央広場が近くそこそこの人通りもあるので、悪くない気がした。

 

商店街を離れ、職人通りをしばらく進んだところに、ゴブニュ・ファミリアの本拠地(ホーム)である三槌(みつち)の鍛冶場があった。事前に場所を聞いていたので迷いはしなかったが、店舗でもわかる鍛冶場の熱気には圧倒された。

 

「おう、兄ちゃん、ゴブニュ・ファミリア(うち)に何か用か?」

 

「あっ、その、ヘファイストス様から紹介されて来たんですが、ゴブニュ様はいらっしゃいますか?」

 

「ヘファイストス様からの紹介か。ならこっちに来な」

 

「お邪魔します」

 

筋肉マッチョの髭親父に鍛冶場の中へと連れていかれる。監視されているような視線を感じるが、敵意は無さそうなので無視を決め込んだ。

 

「主神様、ヘファイストス様の紹介で人族(ヒューマン)が来ております」

 

「なに、ヘファイストスの紹介じゃと?いったい何の用だ?」

 

「お初にお目にかかりますゴブニュ様。俺はヘスティア・ファミリアの者ですが、ヘファイストス様のところに鋳塊(インゴット)を納品させていただいたところ、ゴブニュ様を紹介されましたので…」

 

「ああ、まどろっこしいのはいい。鋳塊を見せてくれ」

 

「わかりました」

 

バックパックを下ろし、木箱から取り出す体で超硬金属(アダマンタイト)鋳塊と最硬金属(オリハルコン)鋳塊を1づつゴブニュ様に手渡す。すると俺を連れてきてくれた髭親父がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

「実にいい金属(かね)だ。ヘファイストスのところと同じだけ納品できるのか?」

 

「はい、各20程」

 

「おい、6800万用意しろ。お主はここに残りの鋳塊を置いてくれ」

 

「わかりました」

 

流石は神様、適正価格(6800万)を用意しろと髭親父に伝えて用意させている。

 

「ヘファイストスのところには、他にも何か納品したのか?」

 

白金(プラチナ)鋳塊と魔銀(ミスリル)鋳塊を各20程」

 

「同じだけもらおう」

 

「わかりました」

 

空の木箱を取り出して、その下の木箱から白金鋳塊と魔銀鋳塊を20づつ取り出す体で先ほどの鋳塊の横に置いていく。

 

「おい、2800万追加だ。合計9600万用意しておけ」

 

ゴブニュ様はそう声をかけてから、手招きで俺を側に呼んだので近づくと、肩に手を回されて引き寄せられた。

 

「次からは取り出しているふり(そんなこと)しなくてもいい。髭親父(受付)に話を通しておくから、儂のところに来て鋳塊(モノ)を出してくれ」

 

「やはり気づきましたか」

 

「まあな。華奢なお主が80もの鋳塊を背負えるわけないし、そもそも鋳塊に対して箱の大きさが小さすぎる」

 

「まあ、背負ってるのは偽装(ダミー)ですからね」

 

「薬とかならバレないだろう。だが、鋳塊は無理がある」

 

「そうですよね」

 

「まあいい。それで、鋳塊だけじゃないんだろう?何かいい素材はないのか?」

 

「ヘファイストス様のところには超硬金属と最硬金属の鉱石がありましたので、それを元にして納品させてもらいました。今後、素材が入ったら渡すから、それを元に納品してくれというお話はいただいています」

 

「そういうことか。儂のところも今は良い素材が無いな。お主、名前は?」

 

「比企谷・八幡です。ゴブニュ様」

 

「そうか。では八幡、儂も素材が手に入ったらお主に渡すから、ヘファイストスと同じように頼むぞ。ヘスティア・ファミリアの竈火の館(ホーム)に届ければいいか?」

 

「はい。それで大丈夫です」

 

「納品はヘファイストスのところと同じでいい。ヘファイストスもそのつもりだからお主を紹介してきたのだろう。同じ素材が手に入るようになれば、お互い得しかないからな」

 

ヘファイストス様がゴブニュ様を紹介した真意を知って、神様は怖いと思うのであった。

 

ゴブニュ・ファミリア(うち)は建築や家具なども扱っているから、(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)なんかも欲しい。特に鉄は鋼鉄(はがね)の元になるから多めに欲しい」

 

そう言われたので、銅鋳塊、銀鋳塊、金鋳塊を各20、鉄鋳塊を50造って並べる。銅鋳塊は4万ヴァリス、銀鋳塊は15万ヴァリス、金鋳塊は30万ヴァリス、鉄鋳塊は6万ヴァリスなので、銅鋳塊×20=80万ヴァリス、銀鋳塊×20=300万ヴァリス、金鋳塊×20=600万ヴァリス、鉄鋳塊×50=300万ヴァリスの合計1280万ヴァリスになるのであった。

 

当然のことながらゴブニュ様は適正価格の1280万ヴァリスの追加を髭親父に告げ、合計1億880万ヴァリスを自分の元に持ってこいと告げた。

 

「さすがに1億はかさばるからな。それに店舗(みせ)の入口で受け渡すと悪目立ちする」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、八幡(お主)とは長い付き合いになりそうだからな。ヘファイストスには他に誰か紹介されたか?」

 

「ヘルメス様のところに【神秘】持ちが居るとのことで、団長のアンドロメダさんへの紹介状を貰っています」

 

「ああ、【万能者(ペルセウス)】か」

 

「その【神秘】持ちの人の名前ですか?」

 

「いや【神秘】持ちの二つ名だ。わかってなさそうだから言っておくが、ヘルメス・ファミリアの団長、アスフィ・アル・アンドロメダの二つ名が【万能者】だからな。魔道具作成には魔銀をよく使うし、稀少な素材もあるから、八幡が【万能者】と話して良いと思ったら、お主の能力のことを話して協力するのも良いと思うぞ」

 

「アンドロメダさんと話すのは、ヘスティア様に聞いてからにします」

 

「それはお主の好きにすればいい。この後は竈火の館に戻るのか?」

 

「ギルドに行って、商店街の空店舗を使えるかを聞いてみようと思ってます」

 

「素材屋でも開くのか?」

 

「雑貨屋ですかねえ。戦闘は向いていないんで、同郷の仲間と二人で店をやろうかなと」

 

「そうか。無事に店を開くことになったら建物の改修は儂らに任せてくれ」

 

「そのときはまた依頼し(たのみ)に来ますよ」

 

鋳塊の代金を空間収納に回収して金額を確かめる。

 

「1億880万ヴァリス、確かに頂戴いたしました」

 

「金勘定早いな。それもスキルか?」

 

「まあ、そんなところです。それでは、これで失礼します」

 

「おう。また頼むわ」

 

三槌の鍛冶場を後にして商店街へと戻り、そのまま中央広場へと向かう。昼食にはまだ早いので、このままギルドへと向かうことにした。

 

ギルドに入り、アドバイザーさんを探すために受付を見回す。幸いすぐにアドバイザーさんを見つけることができた。

 

「すみません。ヘスティア・ファミリアの比企谷ですが」

 

「はい。どうかなさいましたか?」

 

「ちょっとお聞きしたいんですけど、商店街の空店舗って、ギルドが管理しているんでしょうか?」

 

「はい。いくつかは我々(ギルド)の管轄ですね」

 

「その、ギルドが管理している物件って、借りられたりするんですかね?」

 

「ええと、どのような商売を始めるおつもりですか?」

 

「雑貨屋みたいな感じの店を考えています。あくまでも予定の段階ですが、維持運営費がどれくらいかかるかを確認したくて」

 

「そうですか。とりあえず個室でお話を伺いますので、あちらの部屋へ移動しましょう」

 

アドバイザーさんに促されて、受付カウンターの奥にある小部屋へと通された。しばらく椅子に座って待っていると、アドバイザーさんがいくつかの資料を持って部屋に入ってきた。

 

「お待たせしました。商店街の地図がこちら、ギルドが管理している建物は青線で囲まれた建物で、店名が書かれていない建物が空店舗です。ギルド管理外の店舗は情報が古いかもしれませんが、何を扱っている店かは可能な限り調べて書いてあります」

 

地図を見てみると、先ほど実際に見た場所は、地図通りになっているようであった。服屋の向かいにあった大き目の建物もギルド管理のようである。

 

「雑貨屋でしたらこちらの建物はいかがですか?家賃は月12万ヴァリス、以前は金物屋で、商品棚やカウンターもそのまま残っておりますので、少しの改装で商売を始められると思います」

 

「賃貸でなく土地建物を買うとしたらどのくらいですか?」

 

「ええと、この物件は4000万ヴァリスです」

 

「なるほど。ではこの建物だったらどのくらいですか?」

 

アドバイザーさんのおすすめは小さい店舗のようだが、俺は目を付けていた大き目の建物の値段を聞いてみた。

 

「ここは元高級レストランですので、かなり大きな厨房や保冷庫があります。賃貸なら月40万ヴァリスで、使用用途は食堂に限定させていただいております」

 

「やはり大き目の建物は結構な値段しますよね?」

 

「使用用途も限られていますし、雑貨屋はできませんよ」

 

「念のため聞きますが、土地建物を買うとしたらどのくらいですか?」

 

「…1億4000万ヴァリスです」

 

「買った場合には、制約はなくなるんですよね?」

 

「ギルドの管理ではなくなりますから、家主の好きにしていいですけど。ええと比企谷さん、買い上げるおつもりですか?雑貨屋にしては広すぎると思いますし、それに失礼ですが、ヘスティア・ファミリアにはこの物件を買う資金が不足していると思うのですが」

 

「その辺はヘスティア様や仲間と相談してから決めます。これらの物件は今のところ、どことも契約されていないということでよろしいですか?」

 

「ええ、今のところは」

 

「ではまた近いうちに話に来ます。それまでにもし何らかの契約が持ちかけられたら、連絡してもらっても構いませんか?」

 

「わかりました。ヘスティア・ファミリアの比企谷さん宛で連絡を差し上げます」

 

「ありがとうございます。実際に商売を始めた場合の注意事項はありますか?」

 

「基本は直接売買ですから取引価格は自己責任になります。それから新しいものを作成したときは、製法を秘匿することが認められています」

 

「ええと、それはつまり独立採算ってことですか?ギルドの運営費とかどうなっているんです?」

 

「ギルドも商会のひとつだと考えていただくとわかりやすいかもしれませんね。運営費はバベルの賃貸料とヴァリス貸付事業などで十分賄えております」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「いえ。どういたしまして」

 

個室から退室し、ギルドを出て中央広場へと戻る。このオラリオはまさかの税金無しの自由都市だった。税金を納めなくていいのはありがたいし、面倒な計算も必要無いのでWIN-WINってやつだ。

 

竈火の館に戻るころには昼飯時なので、商店街にある弁当屋でヘスティア・ファミリアの人数分の弁当(ランチパック)を買っていくことにした。飲み物は雪乃の紅茶を冷したもの(アイスティー)にしよう。デザートも欲しいな。スフレでも作ってみるか。

 

竈火の館に戻りがてら、空間収納内を整理したり、スフレ(デザート)を作ったりする。まあ傍から見れば猫背の陰キャが歩いているだけなんだけどね。

 

――――――――――

空間収納F 75/800 上限80000

 

技能:収納 錬成 解体 精錬 修復 整理 消去

 

【保管庫】35

 

植物源素 22764 

生物源素 3876

鉱物源素 16221

硝子源素 4768

魔源素 2619

水源素 31494

 

回復草A 124

魔力草A 53

活力草A 68

瀉下草A 72

解毒草A 34

解熱草A 102

麻酔草A 98

解呪茸A 29

麻痺茸A 27

妖精茸A 23

 

白金鋳塊A 40

魔銀鋳塊A 40

超硬金属鋳塊A 40

最硬金属鋳塊A 40

 

10000ヴァリス金貨 6

100000ヴァリス白金貨 1638

4090万ヴァリス入硬貨袋特大A 1

硬貨袋中A 4

硬貨袋特大A 2

ティーカップ【奉仕部仕様】A 1

活力亭特製弁当A 7

奉仕部紅茶飲料瓶A 7

スフレプレートA 7

 

回復薬A 10

上級回復薬A 10

魔力回復薬A 10

上級魔力回復薬A 10

解毒薬A 10

解呪薬A 10

エリクサーA 10

 

パープルモス翅A 20

魔石E 1

魔石F 1

魔石G 2

――――――――――

 

4096万ヴァリス(売り上げの2割)はヘスティア様に献上すると決めていたので、ゴブニュ様のところで渡された袋の(貰った)硬貨袋特大に4090万ヴァリスを入れておいた。ついでに使うかもしれないので硬貨袋特大は2つほど複製しておく。ちなみに小額硬貨は腰につけている巾着袋(財布)の中だ。今回はたまたま金貨が6枚あったからいいが、次回も金貨があるとは限らないので、近いうちにどこかで両替をしておきたい。ああ、そうだ。薬草を売ればいいや。

 

竈火の館に戻ると鍛冶場に向かい、約束通り超硬金属鋳塊と最硬金属鋳塊を各20置いてから、昼飯だと言ってヴェルフを連れて館内へと向かう。玄関でリリルカに会ったので、昼飯を買ってきたことを伝え、ヘスティア様と命さんを食堂に呼んでくれるように頼んで、ヴェルフにはベルを呼んでくるように頼むと、俺は雪乃の部屋に向かった。

 

「雪乃、昼飯を買ってきたから食堂に行こう」

 

「おかえりなさい。そろそろ支度をしようと思っていたところなのだけど」

 

「たまにはいいだろ?紅茶とデザートは俺が作ったのを出す予定」

 

「そう。楽しみだわ」

 

食堂へ行くと全員揃っていたので、弁当とスフレプレートと紅茶を配ってから雪乃の隣に腰を下ろした。

 

「とりあえず弁当を買ってきたので食べましょう。飲み物とデザートは俺が作りました」

 

「これは活力亭の特製弁当じゃないか。わかってるね八幡君。それにこの瓶と器に入っているのはヘスティア・ファミリア(うち)のエンブレムじゃないか。飲食店でも始めるのかい?」

 

「お店の話は後で。今は食べましょう」

 

「そうだね。では、いっただきま~す」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

特製弁当というだけあって、野菜とチキンソテーのバゲットサンド、ソーセージと卵とレタスのバゲットサンドはボリュームもあって美味しかった。トマトが入っていないのもポイントが高い。

 

「このデザート美味しいです」

 

「紅茶って冷たくても美味しいのですね」

 

「とても美味しいよ」

 

どうやらデザートと飲み物は高評価を貰えたようだ。その証拠に全員綺麗に食べ終わっている。食べ終わったところですべてを回収した。特製弁当の入れ物は源素に変換し、器類には修復をかけておく。

 

食堂で解散した後、俺は雪乃と一緒にヘスティア様の居室へと行き、長椅子(ソファー)に並んで座ると、長机(テーブル)の上に4090万ヴァリス入りの硬貨袋と6枚の金貨(6万ヴァリス)を置いた。

 

「ヘファイストス様とゴブニュ様に納品をした売り上げの2割を、献上させていただきます。お納めください」

 

「……いくらだい?」

 

「今回ヘスティア様に納めるのは4096万ヴァリスですね。売上総額は2億480万ヴァリスでした」

 

「やっぱりやらかしてるぅぅぅっっ!!」

 

「ああ、ヘファイストス様とゴブニュ様は俺の【スキル】を見抜かれました。お二人とも『いい素材が手に入ったら贈るから、それを参考にして納品してくれ』って言っていましたから、これからも定期的に取引しますけど。あと、ヘルメス・ファミリアのアンドロメダさんを取引先として紹介してくれましたが、アンドロメダさんにも俺の【スキル】知られても大丈夫ですかね?」

 

「いやいやいや、何を普通に報告しているんだい!?まああの二神(ふたり)なら悪用はしないし、アスフィ君も悪用はしないだろうけど、ヘルメスはちょっと注意が必要かなあ。というか、4096万ヴァリス(こんなに)も貰えないよ」

 

「いや【ファミリア】なのだから、売り上げの2割は受け取ってください。これから先、迷惑かけるかもしれないし、力を借りることもあるのだから。どうぞ遠慮なく」

 

「そう言われても」

 

「ヘスティア様の神の恩恵(ファルナ)がなければ、俺の【スキル】は無かったんですから」

 

「それを言われちゃうと、受け取るしかなくなるじゃないか」

 

「納まるべきところに納まったということで」

 

強引ではあったがヘスティア様に売り上げの2割を受け取ってもらうことができた。これから先も渡すつもりなので早々に慣れてもらいたい。

 

「それでですね、ギルドで空店舗について聞いてきたんですけど、見たところ借りるよりも買ってしまった方がいいと思いました」

 

「まあ、2億480万ヴァリスも(あれだけ)稼げればそう考えるだろうね」

 

「雑貨店をやるのは確定なんだが、雪乃は女性用品を扱いたいか?」

 

「そうね。あなたの測量に頼りきりになるかもしれないけれど、なるべく多くの人に質のいいものを提供できたらいいと思っているわ」

 

「大き目な建物を買って、真ん中で店内を仕切って、片方は女性用品の店、もう片方は雑貨屋で、カウンター側は繋がっているみたいなのを考えてみたんだが、どう思う?」

 

「お店の大きさにもよるけれど、二人では回すの難しいわよね」

 

「開店時は少人数で回すしかないから、初めのうちは女性用品の方のみ開けて対応するとか」

 

「それなら完全に仕切るのではなく、入口を中央に持ってきて、間仕切りで左右に区切るのはどうかしら?」

 

「間取りとかは後で雪乃と詰めるとして、店にヘスティア・ファミリアのエンブレムを使いたいのですが」

 

「それは全然構わないよ。さっきの器にも入っていたけど、ああいうものも売るのかい?」

 

「お菓子や飲み物を出すのもいいですね。簡易喫茶みたいな。店の名前は『竈火の館』に合わせて『竈火の店』とかで」

 

「ヘスティア・ファミリアのエンブレムがあるから、普通に受け入れられそうな名前だね。ボクとしては良いと思うよ」

 

「そうね。下手な名前を付けるよりいいと思うわ」

 

「じゃあ店の名前は『竈火の店』で、分類は雑貨屋ってことで決定」

 

店の骨子案を決めたところで、部屋へと戻ることにした。ヘスティア様が硬貨袋を前にして、魂が抜けたような状態になっていたのは見なかったことにしよう。



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11 魔法の検証

自分の部屋に戻ろうとして、ヘスティア様に渡した薬の瓶に刻印を入れ忘れたことを思い出したので、雪乃に断ってからヘスティア様の居室へと戻り、相変わらず呆けているヘスティア様に薬の在処(ありか)を聞いて、刻印入りのものと交換した。

 

「ヘスティア様。まだ先の話ですけど、竈火の店、手伝ってくれませんか?」

 

「どういうことだい?」

 

「いや、ヘスティア様って今バイトしてますよね?竈火の店が出来たらバイトを止めて、竈火の店の店番をしてくれませんか?」

 

その方が受け取りやすいでしょう?とは口にせず、店番をしてほしいと頼んでおく。

 

「それとも、自分の眷族(こども)の店を手伝うのは嫌ですか?」

 

「そんなことはないさ。わかった。竈火の店が開店したら、ボクもお手伝いしようじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

上手く勧誘できたので、気が変わらないうちにヘスティア様の居室から退室して自分の部屋に戻ると、部屋の中には雪乃と命さんとリリルカが待っていた。

 

「八幡、この二人にも測量をして、下着類とスニーカー(一式)作ってあげて」

 

「了解。命さんとリリルカ、悪いが手を握るか、肩を触るかさせてもらうぞ」

 

「自分は握手で構いません」

 

「私も握手でいいですよ」

 

本人の許可が出たのでそれぞれと握手をして測量をし、三人は雪乃の部屋へと移動するのを見送って空間収納にそれぞれの物を作り、予備も含めて入れておく。

 

「八幡。生理用品(ナプキン)を20枚と、空間収納に入れてある命さんの着物一式を複製してくれるかしら?」

 

「了解。このあと靴の履き心地の確認とかも兼ねて、迷宮(ダンジョン)に連れて行ってもらわないか?ああ、迷宮なら登山靴の方がいいか?」

 

「登山靴より歩きやすいからスニーカーでいいと思うわ。でも、どうして迷宮に?」

 

「魔源素は迷宮産の素材や魔物からじゃないと手に入らないみたいだし、雪乃の魔法を確認したい。命さんがいれば一階層なら大丈夫だろ?」

 

「そういうことね。いいわ。私も魔法を試してみたかったから」

 

命さんの着物の襦袢って、下着だよな。あとサラシもあるし…。深く考えないでおこう。足袋と草履もあるから靴下も作っておかないといけないな。ついでにリリルカの靴下も作っておこう。

 

「雪乃も着物一式作っておくか?」

 

「そうね。余裕があればお願いするわ。では私は命さんとリリルカさんに迷宮に連れて行ってくれるか聞いてくるわね。迷宮に行けるようだったら迎えに来るわ」

 

「ああ。わかった」

 

女性陣は全員分作ったから、不公平にならないようヴェルフとベルのスニーカーも作り、ついでに靴下と下着類も作っておく。

 

雪乃が呼びに来たので、断りを入れてから玄関に向かう前にベルの部屋に行って作ったものを渡し、鍛冶場に寄ってヴェルフにも渡してから外門へと向かう。俺と雪乃は念のため深緑色(お揃い)のフード付きローブを身に着けている。

 

「いきなりで悪いな」

 

「いえ。この靴とか(・・)を試してみたいので問題ないですよ」

 

「まあ一階層でいいから、よろしく頼む」

 

命さんと会話をした後、雪乃に左手を引っ張られる。そのまま手を握り返し、二人並んで迷宮へと向かった。

 

「昼過ぎだから、ほとんど人が居ませんね」

 

「一階層ですからね。魔物も少ないし、旨味がありませんから」

 

「まあ、俺にとっては素材の宝庫なんだけどな」

 

適当に二人で岩を回収しながら迷宮内を歩く。しばらく奥に入ったところで、5mくらい先の壁が不自然に歪みだすのが見えた。

 

「ゴブリンです。数は3」

 

リリルカが敵の数を伝え、命さんが刀を抜いたところで、俺が雪乃の手を握ると、それに応えるように握り返してくる。

 

「守護を司る優しくも猛き獣よ、我が召喚に応えたまえ。顕現せよ。守護獣召喚。(アエイ・パン・キリシィ)

 

俺たちの前の地面に魔方陣が現れ、そこから白と黒の守護獣(パンさん)が顕現したかと思うと、素早い動きでゴブリンをその爪で切り裂いていく。あっという間に3匹とも倒すと、雪乃へと近づいて跪いた。

 

「は、八幡。あれ、怒っているのかしら?」

 

「いやどう見てもお前に服従しているだろ。守れって命令すればいいんじゃね?お前の召喚獣だし。俺、ゴブリン回収してくるから」

 

「待って八幡、パンさん。あの魔物の灰と魔石、回収してきてくれるかしら?今度から戦闘後は、同じように回収して頂戴」

 

雪乃が命令すると、パンさんは判ったと言うように右手を挙げ、魔物の灰と魔石に手を翳して回収していく。空間収納を確認すると、ゴブリンと魔石Gが3づつ増えていた。

 

パンさん(あいつ)も空間収納使えるのかよ」

 

「私の守護獣だから使えるのではないかと思ったから頼んでみたのだけれど、予想通りで良かったわ。有能ね。パンさん」

 

「一回の戦闘で帰っちゃうわけじゃないんだな。魔力は辛くないか?」

 

「ええ、今のところは大丈夫よ。パンさんに抱き着いてもいいのかしら?」

 

「俺が嫉妬しちゃうからダメ」

 

「ペットを可愛がるのと同じことなのだけれど」

 

「目つきが俺に似てるからダメ」

 

「ふふっ。わかったわ嫉妬(がや)くん」

 

「おお。久しぶりに聞いたな、その苗字弄り」

 

「……私たち、何を見せられているんでしょう?」

 

「お二人の仲がいいのは判っていましたが、ここまでとは。ここ迷宮の中なんですけど」

 

「「ごめんなさい」」

 

命さんとリリルカに二人で謝ったところで、再び壁が歪む。

 

「再び、ゴブリン3」

 

白黒の獣が難無く処理をしてくれたので、俺は歪みが生じた壁に近づいていき、その壁を周りごと収納する。

 

「こうしておけば、暫くは魔物は湧かなくなるのだろう?」

 

「壁を破壊するってレベルを超えているような気がするのですが」

 

「そうでもないみたいですよ。ほら、下の方から少しづつ修正されてきているから、迷宮の修復は働いているのでしょう」

 

「来るときに岩を回収したところも、修復されるまでは魔物が沸かないのか?」

 

「あの辺は魔物は湧かない場所ですよ。それでも壊したら迷宮は修復しますけれど」

 

「迷宮自体が生物みたいだな」

 

「魔物を生み出すので、あながち間違いではないかもしれませんね」

 

「それで、どうしますか?雪乃様の魔法も検証できましたけど」

 

「修復するのがわかったから、もう少し素材を回収してから帰ろうと思う。雪乃も召喚獣(パンさん)の検証をしているし」

 

「パンさん、あちらの壁を収納してきてくれるかしら?私はこの岩を収納するから」

 

雪乃の命令どおり、パンさんは壁を空間収納に回収する。思っていた以上に有能なようだ。

 

それから30分ほど素材回収に費やしてから召喚獣を還して、俺たちは地上へと戻った。ギルドで命さんとリリルカ(二人)とは別れ、雪乃と手を繋いでギルドの受付カウンターへと向かい、白金貨12枚を銀貨100枚、銅貨190枚、青銅貨100枚に両替してもらう。ギルドではマジックバックで硬貨を数えているようで、両替はスムーズだった。そのうち鍛冶神様たちにもその方法を教えてあげるとしよう。

 

それからディアンケヒト・ファミリアの店舗に向かい、薬草類をいくつか買い取ってもらう。素材ランクAだけあって、なかなかいい値段(75000ヴァリス)になった。鑑定眼で適正価格が判るのはありがたい。

 

ディアンケヒト・ファミリアの店舗の次は、元高級レストランの建物の前へと歩いていく。

 

「ここを店にしようと考えているんだが、元高級レストランで大きな厨房もあるみたいだから、軽い軽食とかも出せる雑貨屋をやろうと思っているんだがどう思う?」

 

「二階はどうするの?」

 

「二階は居住スペースらしいから、使う予定はないかな」

 

「そう。私は竈火の館(ホーム)を出て、二人で暮らすのかと思っていたのだけれど」

 

「いや、俺ら戦闘力無いから、もうしばらくは竈火の館の方が安全だと思うのだが」

 

商店街(ここ)の治安は良さそうだけど?」

 

「まあ、ここに住むにしても、改装してからだから、当分先になるけどな」

 

「楽しみにしているわ」

 

「いい笑顔でそう言われてしまうと、俺も同棲前提で話を勧めちゃうけど構わないのん?」

 

「どうせ日本には戻れないのだから、早く家族になりましょう」

 

「ああ、うん。愛してる。雪乃」

 

「私も愛してるわ。八幡」

 

購入予定の物件の前で何やってんだろう。てか、さらっと雪乃に心を読まれた気がするんだが。

 

「あなた、口に出てたわよ」

 

「マジ?恥ずかしい」

 

「私の方が恥ずかしいことを言ったと思うのだけれど」

 

「まあお互い様ってことで」

 

「そうね」

 

「さてと、じゃあ今日のところは竈火の館(ホーム)へ帰りますか」

 

「もう少し街の様子を見て回りたいわ」

 

「じゃあヘルメス様の拠点(ホーム)を探してみるか。神様からの紹介状もあるし。ヘルメス様のエンブレムは、翼の付いた旅行帽と靴だったな。『旅人の宿』ってことは、ヘルメス・ファミリアって宿屋でもやっているのか?」

 

「拠点の名称がそうだからって、お店をやっているとは限らないわよ」

 

「そういうものかねえ」

 

「フフ、今回に関してはそちらのお嬢さんの言葉が正しいね」

 

後ろからいきなり声をかけられたので、雪乃を庇いつつ後ろへと下がる。帽子を被った金髪のチャラそうな男がニヤケ面をこちらに向けていた。

 

「そんなに警戒しないでくれよ」

 

「いや、それ無理」

 

「ひっどいなあ。オレ、そんなに信用できないかぁ?これでも神なんだけどなぁ」

 

「あー、神様はもう間に合ってますんでお構いなく」

 

「そんなこと言っちゃう?オレ、『旅人の宿』のオーナーだけど?」

 

「…神様たちが信用するなって言ってた意味が分かった気がする。あいにくと用事があるのはヘルメス様じゃなくて団長様の方ですので。あ、『旅人の宿』の場所だけ教えてくれると助かります」

 

「その神様たちって誰と誰よ?ちょっと教えてみ?少年」

 

「鍛冶神様ですけど」

 

「あー、ヘファイストスとゴブニュかぁ。ってことは、少年は鍛冶師?細工師?それともうちのアスフィー君と同じ魔道具作成者(アイテムメイカー)?」

 

「えーっと、他神(たにん)眷族(こども)にちょっかいを出すのは(まず)いんじゃないですか?」

 

「いやだなあ、ただの世間話じゃないか」

 

「あー、すみません。主神からもヘルメス様(あなた)には注意しろって言われてるんで、失礼します」

 

君子危うきに近寄らず。とっとと撤退するに限る。

 

「いいのかい?眷族(うちの子)に君には関わらないように伝えるよ?」

 

「別にいいですよ。取引先が一つ減るだけですから」

 

そう言い残し、雪乃の手を引いてヘルメス様(チャラ男)から離れると、嫌だったが人ごみに紛れるため、わざと通りの真ん中へと向かって歩いていく。もちろん細心の注意を払って人とはぶつからないようにしながらだ。だいぶ人ごみに紛れたところで、ヘルメス様が着いてきていないことを確認して歩く速度を緩めた。

 

竈火の館(ホーム)へ戻ったら、光学迷彩ローブとか作れるか試してみよう。会ってみてわかったけど、友好的じゃない他神(たにん)とは関わらない方がよさそうだ。怖すぎる」

 

「光学迷彩ローブは良いかもしれないけれど、気配察知とかのスキルを持っている人には効かないんじゃないかしら?」

 

「あー、それなら気配遮断の方がいいのか。背景に紛れるってのも完全には無理だし、光学迷彩だと違和感を感じ取った奴から問答無用で攻撃されそうだしな」

 

「そうね。物を隠すだけなら光学迷彩でいいのかもしれないけれど」

 

「光学迷彩は大きいシートみたいなのを作ってみるか。気配遮断はローブでいいよな?」

 

「あら。作るのは確定なの?」

 

「なんとなくだが、できそうな気がする」

 

「もしそういったものが作れるとしたら、概念だけで物を作ることができるのだから、魔力を弾にした銃とかも作れるのではないかしら?」

 

「おお。そういうのもあるな。よし、とりあえず竈火の館(ホーム)へ戻るとしよう。やべえ、テンション上がってきた」

 

「ええ。帰りましょう。ふふ。目が輝いている八幡なんて珍しいものを見られたわ」

 

だってファンタジーなアイテムが作れるかもしれないんだぜ。ワクワクしちまうのは男の(さが)ってものだろうよ。

 

それよりも驚いたのは、雪乃がファンタジー武器(魔導銃)を知っていたことなんだけどな。



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