とある禁術の魔道秘法 (名無しの権左衛門)
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とある禁術の魔道秘法

 


 

 

「ハッハッハッ――」

 

 少女は走っていた。

何かに追われているかのように、時折後ろを見る。

 

「ちょっと休憩……」

 

 少女は足を止め、近くにある壁に背中を寄り添わせる。

そして己の腕の中にある、その本の表紙をさらっと撫でる。

その本の表紙は、茶色であり革のようである。

 

 疲労の表情の中、少女の目の前に炎が現れる。

 

「クソッ!」

 

 少女はその炎が、徐々に人型になっていく前に、その場から去る。

追ってきているのは、その炎の人なのか。

しかし少女が見るのは、人をかたどる炎ではない。

 何かを探すように……炎を作る何かを探すように、周囲に頭を振る。

 

「陰険なガキめっ……!」

 

 長時間の逃走から、嫌味も全て走る呼吸の中つぶやきで消える。

 少女の怒りは、そのガキに対してぶつけられる。

 

「陰湿とは……僕も認められたもんだな」

「!」

 

 逃げる少女は、いきなり前方に星のマークが入った紙が出現し足を止めた。

そして突然聞こえる聲は、少女の意識を眼前の紙に向けられる。

 そんな中、少女は炎と人をかたどる炎に、周りを囲まれてしまう。

 少女は抱きしめるその本を、更に守るかのように強く抱きしめる。

 

「チッ」

「さあ、渡してもらおうか」

「黙れ。これを使って何をしようとしているのかわからんが、渡すわけにはいかない!」

 

 少女は眼前に浮遊する紙に向かって言い放ち、少し炎の勢いが弱いところを突破する。

 

 

「全く……手が焼ける」

 

 星が描かれた浮遊する紙から、ため息が漏れる。

手がかかる獲物だろう。

しかし包囲は狭まってきているようで、その声色は明るい。

 

「クソッ。こんな体じゃなければ、あいつらなんざどうにでもなるのにな!」

 

 少女は走りながら悪態をつく。

 そして何かを感じ取り、表の道から裏道へ入り別のルートへ向かう。

上弦の月が天上より少し東側に傾く時間帯故、とおりに人等の気配はない。

 

 しかしそれでも、ステージは確実に移り変わる。

 

「痛ぇっ!」

「キャッ!」

 

 少女は裏道から表通りへ角を曲がった瞬間、だれかにあたってしまう。

腕に抱えるその本は、少女から弾き飛ばされ遠くに落ちる。

 

「いたた……っ、本!」

 

 少女は手の届かない若干遠いところに、本があることを視認する。

誰かとぶつかったことを気にしないで、その本へ向かって走り出す。

 

「オラァガキ!ちゃんと謝れよ!」

「何っ!?」

 

 少女は腕を取られ、走り出せない。

少女はぶつかったと思われるいかつい青年を目にして、少し怯んでしまう。

しかしすぐに気を取り直して、拘束から逃げようとする。

 だがその細腕に、青年の筋肉質な腕に勝てる膂力はない。

 少女は本の方をみる。

 本は通行人の一人に、そのまま拾われてしまう。

それを見てさらに焦燥感に駆られてしまう。

 

「オイ!聞いてんのか!」

「は、離せ!」

 

 

 少女は背の高い青年に、そのような口調を放つ。

 青年はそれに苛立ったようで、腕をひねり上げる。

容易に空中に浮かんでしまう少女の体。実に無力である。

 

「ぶつかったことより、自分の事を優先すんのか!謝れよ!」

「そっちが勝手にぶつかってきただろ!?」

「よそ見して大通りに出てくる方が悪いだろうが!」

 

 少女はその青年の怒気に充てられ、少々涙目になる。

本に気を取られていたので、礼儀なんて無視していた。

そんな言い訳なんぞ通るわけがない。そんな雰囲気が出ている。

 

「ご、ごめんなさい……」

「チッ、次は気を付けろよ」

 

 青年は乱暴に腕を離して、少女を地面に落とす。

少女は地面に尻もちをつく。

 

「こ、怖かった……この体になってから、こんなことばっかりだ……」

 

 少女は意気消沈する。

更に通行人に本は取られてしまい、どこかに行ってしまったようだ。

 

「本に追跡機能なんてつけてないし……あれがないと、世界が終わる……」

 

 少女はついに、この誰もいない通りで泣いてしまった。

 焦げている服、土埃等で煤けた髪、藪や切り傷で傷んだ肉体、いろんな世界であった本をめぐる闘争で傷ついた心。

最後のよりどころであった本を失い、ダムが崩壊したかのように大粒の涙を流す。

 

「どうしたの?どこかいたいの?」

「ひぐっ……え……?」

 

 少女はいつの間にか隣にいた少年に話しかけられる。

リュックサックを背負っている少年は、膝をついて救急箱を取り出す。

 少女は何も言っていないのに、勝手に処置する少年。

呆然としていた少女は、手際のよい処置によりある程度の傷を回復する。

 

「それで、君はここで何してるの?」

「私は……」

 

 少女は本が盗られてしまい、これからの目的を失ってしまった。

再度少女の眼尻に、涙が溢れてきた。

しかしそんな少女の目の前に、あるものが映る。

 

「はい」

「っ!」

 

 それはあの本だった。

 

「ど、どこでこれを?」

「通行人が窃盗していたのをとがめただけだよ」

 

 少年はただ盗まれていた物を、所有者に戻しに来ただけなのだ。

どれだけお人よしなのか。

少女はそんな少年に、笑みを浮かべる。

しかしその瞬間、脳裏を掠める記憶がフラッシュバックされる。

そう、本を狙う者の襲来だ。

少女は先ほどの青年の件も相まって、一般人に対して自分たちの事にまきこんではいけないという思いが強くなる。

 

「え」

「ごめんなさい!」

 

 少女は少年から本をすぐにもらって、なりふり構わずその場から立ち去ろうと走り出した。

 

「待っ、周り見て!!」

「ひっ――」

 

 少女は少年から本を取り戻し、全力で走り出したかと思うと多量の火炎弾が飛んできた。

 彼女の意識は少年に向いていたようで、周囲に意識が向いていなかったようだ。

少女は少年の必死の形相と指でさされた方向に、顔を向け現実を直視する。

 

 走馬燈が少女を襲う。

 

 覚えのない土地、近くにあった本、頭に流れる記憶と本を狙う輩との死闘、周辺民衆との確執[かくしつ]……。

全身から感覚が消えていくことに、少女はなぜか恐怖を感じなかった。

 

 

焔が少女の体を、本毎飲み込む。

しかしその焔は、少女を完全に飲み込むことは叶わなかった。

全てが火球になる瞬間、その炎は何かにより薙ぎ払われてしまう。

 

 

「っだあ!危ないだろ!?」

 

 

 少女はのどが焼き付く感覚に見舞われる中、耳につくあの声。

少年といいつつ、自身よりも身長が高い彼が少女の目の前に立っていた。

 その姿は守るという動作が正しい。

 

 少女は人に守られたことに関して、思考がその事実を認めるのに時間がかかってしまう。

 

「防がれてしまったか」

 

 そういうのは少年の目の前に出てくる、星が描かれている浮遊する紙だ。

 

「君。悪いことは言わない。その少女から離れるんだ。

彼女は世界を闇に落とそうとしている」

「そうかもしれない。けど悪党って、決まって聞こえのいい言葉を発するんだよね。

だから信じられない」

 

 少年は相手の説得に耳を傾けず、頑なな態度をとる。

少女はいきなりの命の危機と救助されたことに、訳の分からなさを覚える。

結果助かったことをしって、脚どころか体に力が入らなくなってしまった。

まだ安心できる状況ではないのにだ。

 

「ふむ、仕方がない。排除させてもらう」

 

 完全な警戒からの死刑宣告。これを聞いて、少女は少年に向かって叫ぶ。

 

「逃げて!今ならまだ……!」

「逃げないよ」

「っ!な、なんでよ!見ず知らずの奴なのに!」

「知らん!助ける事に、いちいち理由が居るのか!」

「何でよ……バカ……じゃないの……」

 

 

 少年は別に格好をつけているわけではなく、本当に乗り掛かった舟だと思って戦闘意志を明確にしている。

少年に恐怖ややけくそのような表情が全く見えない。

 このなげやりのような行動に、星が描かれた紙からはまた黒焦げ人形ができるなとため息をつかれている。

 先ほどの火球を払ったのは、この都市特有の何かでしかないと結論付ける。

 炎を操る紙の奥にいるそのものは、おのれの炎に自身があるようだ。

 

「焼き殺せ、イノケンティウス!」

 

 その声が周囲に響き渡ると、周辺に大量の紙が散布されあたり一面から炎が出現し始めた。その炎は一か所に集まり始め、巨人を形成していく。

炎の巨人は徐々に大きくなり、周囲に火の粉を散布する。

 それが放つ熱量は圧倒的で、皮膚が熱さで燻るかのようだ。

 炎の巨人がさらに肥大化し、少年少女らを焼き殺せるくらいの大きさになる。

そしてイノケンティウスは、火炎の腕を振るう。

 

地面にぺたんと座り込んでいる少女は、イノケンティウスの炎に押しつぶされない少年を見てあり得ないと思いながら無事を祈った。

 

「何っ!?」

 

 浮遊する紙から聞こえる聲は、驚愕の色を出す。

 その声を聴いて少女も、眼前にたたずむ少年を見る。

その少年は全くの無傷で、無限に等しい劫火に焼かれながらその場にいる。

 

「何で……?」

 

 少女が訝しむのも無理はない。

 その少年はイノケンティウスの炎に包まれても、肉体どころか服や頭髪さえ燃えていないからだ。少年は無意味に攻撃してきている炎の巨人を見て、ため息をつく。

 

「このままじゃ、拮抗したままだよね。じゃあ、攻勢に移るよ」

 

 そう少年は言い、前に歩みを進め始めた。

 

「お、押し返せ!」

 

 紙からの命令に従うイノケンティウスは、少年をさらに焼き殺そうと火力をあげた。

 しかし彼の歩みを止められず、周辺に散らばっている紙を引きちぎっていった。

それによってイノケンティウスは、自らの体を維持することができず消滅していった。

 

「い、イノ、イノケンティウ――」

「はいはい、終わりだよ」

 

 ビリッとその紙も破り捨てる。

終わったと思って、一息つく少年。安堵しているかのようだ。

 少年は少女の方を向く。勝利報告をしようと歩み寄ろうとした。

しかしそんなことは願わず。

 

「後ろ!」

 

 突如道路や花壇を破壊する何かが、少年を襲った。

運よく少年は少女の前にいたので、少女に攻撃が通ることがなかった。

 攻撃を仕掛けてきた方向には、一人の女性が立っている。

 前衛的な服装をしておりながら、雰囲気はいたって剣呑である。

 

「すみませんが、その本を渡してもらえますか?」

「無理です。どんな理由かは知りませんが、正当な手続きなしで殺人強盗をしようとする輩を見逃すほど、僕は人間を捨てていませんので」

「そうですか、残念です」

 

 両手に持つ太刀と月光に反射して映る鉄糸で、周辺を破壊し土埃を巻き上げた。

 まずは視界を奪い、感知能力を低下させる。

これで勝ったと思う女性。

たかが一般人。しかしその勇気ある行動に、心の中で称賛を送りせめて痛くないように逝かせようと攻撃する。

しかしその攻撃はすんでのところで、何の力もなく止められた。

 土煙が少し落ち着き、攻撃対象の顔が映る。

 攻撃対象である少年の表情は、非常に悲しそうなものだった。

 

「お姉さん、学園都市をなめない方がいいと思うよ?」

 

 そういうと少年は、その真剣をつかみ取り片腕で女性をそのまま投げ飛ばした。

その威力はすさまじく、道路の脇にある街灯を二本破壊し奥にある横断歩道の支柱にめりこませ、漸く停止するほどだった。

 

「くっ、あ、ありえない……ステイル、聞こえますかステイル」

「ああ、聞こえている」

 

 横断歩道の支柱付近にばらまかれているルーン文字が描かれているカード。

そこから少年少女を襲った男性の声が聞こえた。

 

「少年の方は任せます。私はあの少女と本を」

「わかった。少女の方も非力ながら、なかなかやる。注意してくれ」

「はい」

 

 女性の視界先では、いつの間にかイノケンティウスが展開しており少年少女の逃げ道を塞いでいた。

その光景に女性は、口元を緩める。

 しかしすぐに気を引き締め、奪還作戦を開始する。

 

 ルーン文字が描かれている紙。

いつの間にか多量にばらまかれており、数多吹きだす火炎と炎の巨人に囲まれる少年達。

少年は苦々しい表情をして、腰が抜けている少女の盾になる。

 

「あのさ、このままじゃ戦況は好転しないんだけど、逃げれる?」

「全然駄目……腰が抜けて動けない。クソッ!折角逃げ切れる好機なのに!」

「まあまあ焦らないでよ」

 

 表情が曇っている少年。しかし口調は非常に楽観的な感じに柔らかい。

冷静とは全く違う。自分の防御を絶対に抜かれない自信があるんだろう。

 

「それでさ。君はこの後行く場所あるの?」

「……」

 

 少女ははっとして、自分の状況を思い直す。

そして結局は堂々巡りだという事を思い出す。

 

「そっか。じゃあ、物は相談なんだけど、僕の家に来る?」

「へ?」

「使ってないからっていうのもあるんだけど、その恰好で外を歩くのはまずいよ?」

 

 少女は自分の恰好を見つめなおす。

ぼさぼさの頭髪、煤けたり燻っている服や靴、傷だらけの肉体。

更に少女は切られたりしているため、服が服としての機能をはたしていない。

とても涼しそうで目のやり場に困るような、そんな恰好になってしまっている。

 少女は今まで平気であったのだろう。

しかし誰かに守られ指摘されたことは、本当に少なかったようだ。

 そのため少女は両腕を使って、自身の急所を隠す。

 少女は少年の後ろでへたり込んでいるため、少年にはわからないが少女は恥ずかしさで顔を紅潮させている。

 

「目的がないのは、たぶんまずいよ。だから、次の目標とか色々、僕の家で考えていくといいよ?僕の守りは絶対だけど、攻撃はできないからね」

 

 少年は近くに落ちている紙、吹き込んでくる紙をちぎって効力を無くしていく。

 

「ほんとに、いいの?」

「情けをかけてんだから、いいよ。寧ろ、君はいいの?」

「?」

「僕に色々されるかもよ?」

「あ、あんたが誘ったんでしょ!?」

「茶化しただけじゃないか、そんな怒らないでよ」

 

 少年は笑い飛ばす。少女はむっとするが、いつの間にか心に余裕ができてきて、笑みを零していることに気づく。

 

「そういえば、君は二人の力に関して何か知らない?」

「……大丈夫、そろそろ炎の方はガス欠になるから」

「OK. それで、女性のほうは?」

「気絶で」

「わかった。そんじゃ、やるよ」

 

 作戦会議が終わった瞬間、炎ではなく先ほど吹き飛ばした女性が少女に向かって高速でよってきた。それをみて、少年はその侵攻をとめるため、少女の前にたち女性の進行を止める。

 少年は女性の体に触ると、女性は琴線が切れたかのようにその場に倒れてしまう。

 ようするに気絶したのだが、何をしたのか全く理解できていない敵のもう一人は、猛攻を仕掛けてくる。

 しかし無駄な火力戦を挑んでいたため、敵の火力が低下し炎すらなくなってしまった。

 

「よし、逃げるよ!」

「え、どうやって!?」

「こうするんだよ!」

 

 少年は少女を抱き上げる。俗にいうお姫様抱っこ。

少女は自身でも驚くほど、恥ずかしい思いが出てくる。

 

 

「な、なんでこれ!?」

「背負うと腰に負担が来るよ?だから、こっちがいい。

それに人っていうのは、上下と後ろに弱い。だから君が、僕の目になるんだ」

「わかった……ありがと……」

「お礼はまたあとで。家に帰るまでが戦闘だよ?」

 

 そうだと肯定するかのように、付近から銃声が聞こえる。

 少年は何だろうと思い、歩む足を止めてしまう。

少女と少年は気づいた。先ほどの発砲音は、少年を狙ったものだと。

 理由はすぐに発覚する。

それは銃弾が、少年の頭の横20センチで回転を止め空中停止しているからだ。

 

「ふむ。面倒な輩とつるんだものよ」

 

 月に少し雲がかかる。しかし時折のぞかせる光の帯は、その声の主を照らす。

その者は紅いローブとフードを身にまとい、ハンドガンを片手に少年らの前に現れたのだ。

少女は驚愕し呟く。

 

「何で、こんなやつらが……」

「さあ、その本を渡しなさい。さもなければ、君の家や周囲・親しい者全てを排除するぞ?」

 

 老齢な聲を放つその者は、武力を背景に少年を脅した。

少年は横に振り向いて、その老人らしき人物を真正面にとらえる。

 

「そっか……だったら、手加減できないよ?」

 

 少年は自身の目の前に浮遊する弾丸に触り、その者目掛けて弾き飛ばした。

弾丸は向きを変え、再度加速しハンドガンそのものの威力となって、彼を襲う。

 弾丸は老人を貫き、鮮血を地面に大量に撒く。

 老人は腹を抑えず、最後にはケタケタと気味が悪い笑い声を上げ、人間のいろんなものを含んだ全てを爆散させた。

その異常な光景を見て、少年はしばし茫然。

 ついには吐き気が湧いてきて、胃液が溢れそうになる。

しかし少年はうつむいて食道を絞め、吐瀉しないよう我慢する。

 

 凄惨な現場から立ち去ろうとすると、少女が走るようにいった。

 

「早く!ここから逃げて!」

「わかった!」

 

 しかし逃げ果せる事等、到底無理だった。

 腐臭が背後から襲い掛かってくる。

 

「右によけて!」

「大丈夫!」

 

 少女が少年の背後からくる恐怖に、肝を冷やしている中少年は冷静に言う。

 少年が言うように、ある程度すすんだソレは後方で止まり、真っ白な骨となってその場で粉末状となった。

 

 少年は無事に倒したかどうか、後ろを向こうとすると少女は後ろを見ないで家に帰るよう言う。実際後ろでは、老人が散乱させた供物により、奇怪な生物が地面に描かれている魔法陣からぞろぞろと出てきていた。

 後に少年は少女からその状況を伝えられた。もしも後ろを振り向いていたらと思うと、と少年は肝が冷えた。

 

 

 少年は少女と彼女が抱えた本を抱き上げ、自宅に帰ってきた。

自宅とはいえ、ただの学生寮だが。

 

「ここだよ。はい」

 

 少年は少女から片腕を外して、ポケットから鍵を取り出し部屋に入れるようにする。

そして少女を抱き上げ、中に入りちゃんと施錠する。

少年は少女の靴を脱がして、自室のベッドに座らせる。

 

「おなか減った?」

「うん」

 

 少年は簡単な鶏肉料理を作って、ごはんも事前の冷凍を解凍して少女と共に晩御飯を食べた。ご飯の間、二人は静かに食べることになる。

 そしてご飯が終わって、片付けをした後少女と話すことになる。

 

「えと……ありがとう……」

「どういたしまして。もう立てるよね?」

「うん、おかげさまで」

 

 少年は少女の回答に笑みを浮かべると、何か思い出したかのように給湯器の電源を入れる。風呂を沸かすようだ。

 

「親切にしてもらってうれしいけど、このままじゃ確実に殺されちゃう」

「大丈夫。ここにはなかなかできる奴がいるし、君をこのまま住ませられる経済力はあるよ?」

「違う。このままだと、君の親も殺される。私のせいで、あなたのような人が傷つくのは見たくない」

 

 少女がそういうと少年は、少し真顔になるけれどすぐに笑顔になる。

そんなわけがないといって、彼は少女の傷の具合を見る。

 

「とりあえず風呂でも入ってきなよ。服は置いといて、洗うから」

 

 少女は後ろめたいながらも、風呂に入ることになった。

 

 そして少女は初めてのお風呂で、ちょうどよい温度のお湯に浸かりながら今日の事を振り返る。

今までの事、少年に助けられてからの事、湯気の出る美味しい晩御飯の事。

 

「……」

 

 少女はため息をついて、意を決する。

それは今後のためというのもあり、更に現状を打開するための決意でもある。

 そう、彼女は初めてのお風呂だ。

 何をすればいいのか、事前に聞くことを忘れてしまったので、少年に聞くしかないのだ。

 

「あの……」

「ん、何?」

「洗剤ってどれ?」

「あー……」

 

 

 少年は結局少女の体から頭髪を、全て洗ってやった。

風呂にしばらく浸かってもらっている間、替えの服を探し出す。

そして台所で少女が着ていた服全てを、桶につけて手洗いすることになる。

 さすがに細切れに近いボロボロな服を、洗濯機に入れてしまっては何も残らなくなる。

そのため彼は精神を研ぎ澄ませて、きれいに丁寧に洗浄に取り組む。

まさにここが戦場で正念場でもある。

 

「服の着替え方がわかんない」

「はいはい」

 

 少年はまたも少女に手を焼かされることになる。

 

 

 

 少女は少年からベッドを借りて寝る。

 初めてのベッドで健やかに寝入る。

 

 そして翌朝。

鳥の声が耳につきながらも、まだ太陽が出ていない時刻。

 

 少女は起きあがって、リビングにある机の上を見る。

そこにはきれいな服がある。手前に伝言の紙があり、その内容により少女は自分の服だとわかった。

 手にもって広げてみると、有り合わせの材料で組み合わされていながらなかなかのデザインである、元自分の服に感嘆のため息がでる。

更に冷蔵庫の中にある、そのパンと一万円札を手に取った。

 少女はパンを片手頬張りながら、机の上にある肩下げバッグにはいった本を見る。

 パンを食べた少女はソレを肩に下げ、気持ちよさそうにソファで寝る少年のそばに行く。

そして一万円札を、彼の目の前に置く。

 このまま立ち去ろうとしたが、少し悩み結局何もしないまま玄関口に立つ。

 

「じゃあね」

 

 少女は靴さえも直されていることに驚きながらも、彼女は彼の下から去った。

このままいると、巻き込んでしまうというのもあるが、本当はずっとその環境に甘えてしまう。そんな恐怖感があったから、少女は少年の下を疾く去った。

 少女は目的もない旅路であるが、何物にも渡さないことが最高の世界貢献だと思いながら、この学園都市をかけていった。

 

「はあ、少しは聲をかけていけよ……まあ、いいけどさ」

 

 眠そうな顔をして、目を開ける少年。

 実は寝ていたわけじゃなかった。そのまま反応を見たいがため、朝方までずっと起きていたのだ。おかげでうれしそうな少女の顔を見れただけで、少年にとってご褒美だったようだ。

 

 




 続きません。多分。


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2

「ふぅ、もっかい寝ようかな?」

 

 数日前少女を送り出した少年は、寝ようとした。

しかし少年は隣の部屋から聞こえる騒音により、頭が覚醒してしまった。

少年はそれを自覚してしまい、大きなため息をつく。

 少年は折角の休日での惰眠を、騒音でかき消した本人たちに宣告しにいく。

 ジャージにサンダルという朝の低いテンションの最中、隣人にお礼参りに訪れる。

 

「やあ、当麻。朝っぱらから、うるさいんだけど?」

 

 インターホンを押した後、やつれた青年が出てきた。

 

「よ、よお、飛び級少年じゃありませんか。ど、どんな御用で……?」

 

 ひきつった表情でありながら、愛想笑いをやめない青年はできたバイトマンだ。

しかし物事には限度というものがある。

その限度を超えてしまったことを、少年は青年にタバスコを渡すことで意思を明確にする。

 

「す、すまねえ」

「それとそこのお腹を空かせているシスターと当麻に、僕から晩御飯のあまりをあげるよ」

 

 といって、寸胴に入った肉じゃがを渡した。

 これには当麻という青年は、非常に喜び舞い上がった。

実際少年のごはんはおいしく、最近から始まったおすそ分けという名の供物だ。

 被害を当麻に集約させ、その受けている害に対してお礼を込めて、料理した物品で手を打っている。実際このような事になったのは、昨日からのことである。

 昨日当麻青年のベランダに、銀髪シスターが干されていたようで訳あって面倒を見るようになったという。

少年は青年に環境法違反の通達と共に、女児誘拐に関して説明を聞いた。

結局不可抗力に落ち着いたが、その結果は調理した料理を使って当麻青年を生贄に捧げるという、とてもあくどいやり方で平穏を取り戻している。

 

「あ、リューマ!今日も持ってきてくれたの!?」

「そうだよ。ほら、二人で食べなさい」

「リューマも一緒に食べるんだよ!」

「いや、いいよ」

 

 あからさまに引いているが、そこは得意な笑顔で切り抜ける。

 しかしどんなに相手に好印象を与える笑顔でも、その断り方は外国人に通用しない。

 

「一緒に食べた方が、断然おいしいんだよ!ね、いいよね、トーマ!」

「アッハイ」

 

 リューマ少年は当麻青年とその少女と共に、朝食を共にした。

 もちろん片付けなどそこらへんを、一緒にやって終わらせるが。

 

 少年は当麻とシスターであるインデックスと朝食を食べた後、すぐに自宅に引きこもって惰眠をむさぼることになる。

しかしそれも束の間、いきなりの爆音に再度目が覚めてしまう。

 

「な、なんだよ!?」

 

 少年は今度こそ着替えて外に出ると、見たことのある文字が書かれている紙をそこら中で確認した。

少年は苛立ち、紙をことごとく踏みにじったり千切ったりした。

 その程度で彼らを邪魔することなどできないというのに。

 

 少年は当麻に割り当てられた部屋につながるその扉が、木っ端みじんに弾き飛んでいるのを確認した。少年は当麻とインデックスが、周囲に居ないか周囲を見渡す。

すると当の本人が、以前戦闘したことがある人物に拘束されているのを目撃した。

 少年は急いで階段を駆け下り、当麻の下へ行く。

 降りていく最中、当麻は女性の鉄糸でからめとられていることを確認。

更にもう一人の赤髪の長躯の男性が、あの紙でインデックスを拘束していることを確認している。

 

「当麻!インデックス!」

「隆馬!?」

「リューマ!」

 

 驚く当麻はボロボロになっており、インデックスも脚の腱を切られているようでその場から動けないようだ。そのため空中に縛られるように浮遊している。

 

「そうか。こいつが言っていたのは、お前だったのか」

「色々と手間が省けました。あのこはどこですか?」

「……ここにはいないよ」

「なるほど。確証できました。彼らの言う事は本当です」

「よし。これで、儀式を執り行える」

 

 少年と当麻は、お互いに言っていない事があることに気づき、視線を合わせるがすぐに説明責任を果たすように言い渡す。

 少年は絶対防御を自負しているが、攻撃性能はほぼ皆無なので無駄な戦闘は生まないように手を出さずにいる。

 

「では説明しましょう」

 

 女性は話し始める。

 

 インデックスは魔導書の原典を、特殊な能力によって覚えさせられている。

しかしその原典の中に、特に危険な本が二つある。

業務上の秘匿で全く知らされていないが、それによって脳細胞に巨大なダメージが与えられるという。

 そのため年に一度、脳のキャッシュを削除し初期化することで、脳破壊を抑えているという。つまり年に一度、記憶を消すことで彼女が死なないようにするということだ。

 

 そしてもう一つ大事なのが、その原典を抑えるためのワクチンソフトであるのが、以前隆馬が助けた少女が持つ本だという。

 

名前は『狭間の書』。

 

 全ての原典とされ、膨大かつ莫大な力を内包しており、ほかの原典の暴走を止められる唯一の本。しかしその原典の根源は、どの魔導書以上の力を持っており、特殊な儀式がなければ彼女すら耐えられない有害なものになっている。

 そこで必要なのは、インデックス側の魔術と原典の根源の一部を知る教団の力添えが必要だと言われている。

 

 今日ここで少年に少女の有無の是非を聞いたのは、今朝その少女と本を確保したと教団から連絡があったからだ。

 もし少年の口から少女に関して嘘があっても、ここで嘘をつくメリットがない。

 そのため少年の言葉を、彼らは鵜呑みにしたのだ。

 

 そして今、人払いの魔術で人を退避させ、インデックスにその儀式を執り行わせるための用意をする。

今ここに当麻と隆馬がいられるのかというのは、偏に彼らへの贐である。

 この儀式は成功する、と魔術師である女性と赤髪の男性は思っている。

 だからそのお礼として、二人を儀式に呼んだのだ。

今現在当麻が捕まっているのは、邪魔されないため。

少年は鍛えられていない肉体とその能力範囲により、物理的に介入できないことをここ数日間の監視で発見された。

 

「む、来たか」

 

「おやおや、お揃いですか。では、セッティングをしましょう」

 

 その声は以前隆馬が来たことがある老人のものだった。

死んでいなかったのか、と少年は驚きを隠せない。

また老人であろうその人物も、隆馬の方をみて笑みを浮かべる。

 

 教団は老人以外にも数人おり、その中に目隠しやらで仮死状態にされている少女が運ばれてきた。隆馬はその姿に驚き、脚を動かそうとしたが地面に亀裂が作られたので前に進めなかった。

 少年は女性をにらみつけるが、女性も同じく少年を据わった目で睨む。

 

 インデックス、原典の根源、少女、直流の本流を並行にするための媒体。

 

 舞台装置がそろった。

 

「では、ゲート000を開示」

 

 赤髪の男性は、その教団に言われるように魔法陣を操る。

 空中につられたインデックスは、徐々に意識がもうろうとして行き無意識状態になる。

そして次に少女がくぐもった声で、うめき声を上げ始める。

少女から流れる力が、原典の根源に流れ込む。

 『狭間の書』に掛けられてある厳重な封印が、徐々に解除されていく。

 解除されたそれは、中をさらけ出しひかりとなった情報がインデックスに少し行く。

強い光は並行措置として設定された媒体へ行く。

 さらにインデックスは苦しみだし、その無意識な目に魔法陣が浮かび上がる。

 

「なっ!? て、停止!停止!!なぜだ!?」

 

 魔法陣を一気に破壊していくインデックス。後方からだとわからないが、明らかに雰囲気が変化したインデックス。

 直後高笑いが聞こえる。

 

「フハハハハハハ!!もっとだ、もっと!さあ、書き込め書き込め!」

「おい、どういうことだ!」

「供物をささげよ!」

 

 突然老人の後ろに控えている教団員が、臓物をまき散らして爆散した。

その光景に赤髪の男性は、口元を抑える。女性はなんとか耐えた。

当麻はインデックスに意識を注がれていて、凄惨な光景を見なかった。

隆馬は二度目だったので衝撃自体は軽かったが、異臭と倍になったその破裂数に近くの花壇に吐瀉した。

 

「テケリ・リ、テケリ・リ」

 

 老人は何かをつぶやくと、供物として生贄に捧げられた教団員のソレからおぞましい生物が出現した。

異臭と共に構成する物質により、女性や赤髪の男性は顔色を悪くする。

 当麻もその光景を見て、顔色が悪くなる。一瞬目の前のことがどうでもよくなるようなことが発生して、彼は嫌だ死にたくない逃げたいと強烈に思うようになる。

 隆馬も後ずさったが、苦しそうにもがいている少女をみて気を取り直した。

少女は四肢を拘束され、目隠し・猿轡をはめられている。

彼の正義感がその場からの逃走を、拒ませるに至る。

 

「お前らに言っておこう。我々の目的は、ある理を人間の手で制御できるようにすることだ。そのために『狭間の書』とその力の欠片、残り魔導書全てをコピーするように仰せつかっているのだ!さあ、コピーしろ!」

「インデックスライブラリに、正体不明の侵入が発生。魔導図書館防衛のため、『聖ジョージの聖域』を発動します。また魔術的痕跡は、皆無。解析できません。侵入者および、そのほか全ての者を破壊します」

 

 機械的な音声がインデックスから聞こえる。

この瞬間インデックスの天上から光が降り注がれ、魔法陣が展開する。

 

「くそっ!」

「あんたらは騙されてたんだ。この拘束、もう意味はないんじゃないか?」

「そのようです」

 

 当麻はそういい、女性は当麻の鉄糸を解放、回収した。

隆馬と当麻はお互いに、助ける者を決め行動を開始した。

しかし赤髪の男性と女性は、動き出せず二の足を踏んでいる。その様子を見た当麻が、二人の事情を知りつつも叫ばずにはいられなかった。

 

「お前らの悲願成就が叶うときだろ!?今あらがえば、インデックスが助かるだろうが!あきらめるんじゃねえ!抗えるのに諦めるのは、ただの自堕落なだけだ!

やって後悔しろ!そんなんじゃ手を差し伸べられることも、救いあげられるその手を掴むこともできねぇだろ!」

 

 当麻は赤髪の男性と女性に迫りくる魔術や光線を、不思議な右手でかき消し拮抗する。

その隙に隆馬が老人の方へ近づく。しかし生物に邪魔されたので、少女を先に助ける。

 もしも邪魔をされても、また粉末状にして蒸発させればいいだけである。

 隆馬は少女の拘束を外し、目隠しと猿轡を外すと彼女がはっと起きる。

 

「あのクソジジイ!って、あれ?な、なんで……?」

「心配したんだよ?」

「っ、ごめんなさい……あ、本!」

「いまから、あのクソジジイと本とコピーを奪取する。いいね?」

「うん!」

 

 久しぶりの出会いに感傷に浸ることなく、現状を認識して次の行動を起こす。

 

「信じるぞ、上条当麻! イノケンティウス!」

 

 ルーン文字が描かれた紙が、周囲に散らばる。

それによって当麻を光線から守るように、イノケンティウスが火力を上げ盾になる。

当麻はそれを見て、すぐに脇を抜けてインデックスに向かう。

 

「術式解析――成功。既存のルーン文字を改組したものと判明。

それに対する術式をくみ上げ――成功。さらに敵性分子が接近。攻撃をソレへ集中します」

「行け!上条!」

「行ってください、援護します!」

「恩に着る!!」

 

 当麻は走ってインデックスの頭を掴む。ガラスが砕け散った音が鳴り響き、機能が停止した。しかし敵はまだ空中にある。

竜の息吹がイノケンティウスにより真上に弾かれたことで、柔らかな羽が大量に落ちてきているのだ。

 当麻は最後の踏ん張りで到達したので、その疲労により勢いそのまま遠くに転がった。

これにより羽の範囲がから抜け出したが、インデックスは魔術師二人の反応が間に合わず羽に埋もれてしまった。

 

「「インデックス!」」

 

 二人がインデックスとついでに当麻も介抱しようと行動を開始した時、隆馬は襲い掛かってくるゾンビらしきものを粉末状に変えながら教団の老人に向かって走った。

しかしその老人は残り3%のところで、撤退しなければならなかったようで苦々しい表情を浮かべながら撤退していった。

 魔術的な転移だったので、検索することなど不可能であった。

 

「終わった……?」

 

 隆馬がそういうと、少女に腕を引っ張られる。

 

「まだ終わっちゃいない!」

 

 少年がいたところに、極大の腕らしいものが殴り込まれる。

その瞬間隆馬は自分の能力が効きにくいことを察知した。

 これくらいの至近距離なら、威力がなくなるはず。それなのに眼前では、地面に罅が入るほどの威力だ。

 

「な、なんだよ、このバケモン」

「空鬼よ。倒すしかないわ」

 

 そういって、少女はサイコロのようなものを地面に投げる。

呆然と立つ隆馬がその場から回避せずとも、空鬼が勝手に攻撃を外した。

 

「それは……?」

「ダイスロールよ。この本の特権。それじゃ、回避させておくから、頼むわね」

 

 そういって、少女は少年への攻撃を、防ぎつつその本を使って空鬼というモノを検索をする。少年は空鬼の風貌に怯む暇なく、その剛腕を叩き込まれる。

 

「うわっ!?」

 

 少年は地面のひずみにつまずき後ろにこけ、尻もちをついてしまう。この隙に空鬼の蹴りが腹に突き刺さる。

 しかし少年は防御姿勢を取っていたため、空鬼の蹴りは少年の腕に触れて静止してしまう。空鬼は必至に足を動かすが動かない。それに焦っている様子も、少々見受けられた。

 

 少年は腕にある変な感触を払拭しようと腕を広げると、空鬼は異常な速度で遠方に吹き飛ばされた。ビル等に当たり瓦礫が空鬼にあたるが、そいつ自体にダメージはあまり内容ですぐに突撃体制に移行する。

 だがそれを甘んじて待機する必要性等皆無である。

 崩落した現場でクラウチングスタートを切ろうとする空鬼に、いつの間にか消えうせていた少女が飛び蹴りを放ち、脳天を勝ち割るほどの爆音を轟かせ地面に陥没させた。

 

 空鬼は腕を微動させると、そのまま意識を失ったのか塵芥となって風に消える。その様子を少女は最後まで見届け、少年は唖然としながら立ち上がる。

 

「大丈夫?けがはない?」

「うん、僕は無事だよ。それよりも、当麻達が心配だ」

 

 二人は後方でも終了していた戦闘の事後処理のため、早急に動き出した。赤髪の男性と女性と共に、救急車の手配やほかにやるべき根回しを済ませる。少年は少女と共に、病院に行くことになる。もちろん男性や女性も、共にそこへ行くことになる。

 

 

 病院側に引き渡した後、少年と少女は赤髪の男性と女性を連れて自室へ連れて行った。

やはり情報の共有と彼らの立場、という物を知りたいがための誘致である。事前に彼らに目的を言ったおかげで、ずいぶんすんなりと彼らを誘うことができた。

 

 少年は全員分のお茶を入れて、席について話を聞く体制を敷くことができた。

 

「まずは……簡単に名前からお願いします」

 

「わかりました。私は神裂火織と言います。インデックスの同僚でもあります」

「……ステイル・マグヌスだ」

 

 二人の紹介が終わると、少女を除いた少年の自己紹介になる。

そして全員の素性がわかると、どのような経緯でこの都市に来たのかというのを聞いた。

簡易的に意訳すると、政治的魂胆を含めてきただけとのこと。

 もちろん十字教という宗教や派閥、ネセサリウスといった専門知識や言語を交えた説明もあった。だが少年には全く関係がない者であるため、耳を貸すだけの会話内容になってしまった。後に濃すぎるほどに密接な関係になるというのに……。

 

 色々話し合う中、火織とステイルがインデックスに関しての確執を知ることとなる。その確執や因縁は、イギリス清教の主が仕掛けた計画に過ぎなかったというのだ。

 掌の上であったことに腹を立てているが、インデックスの年一記憶消去をしなくて済むようになったという事実に、喜色を現さないではいられないようだ。

 

「それで、神裂火織さん。彼女は一体何者なんですか?」

「私も知りたい。あの時から、記憶が消えているんだ」

「わかりました。お伝えしましょう、彼女は―――」

 

 神裂が何かの単語を紡ごうとしたとき、のどから言葉がでなかった。

この結果に魔術的な何かを感じさせることはなく、この言葉自体が世界にとって禁忌なことがわかり、少女の正体に関して謎が深まるばかりだ。

 

 

 そのあとも話し合うが、本人たちを交えた方がよく緩慢に進むとして、話は次の日の病院へ持ち越しとなる。

 

「私たちはこれにて」

「泊っていかないんですか?」

「私たちは私達の巣がありますので」

「わかりました。これからも、仲良くしましょうね」

「ええ、私たちはあなた達と共に、上手くやっていけるとそう確信しています」

 

 そう言い二人は立ち去った。

 少年も彼女らを見送った後、部屋に戻って少女と共に今日を過ごす。

 

 

 

 窓のないビル。

 

 簡易な説明でいえば、この学園都市の長が居る場所。

そんな重要な場所に、異質な姿が一つ見える。

 

「さて、アー君。ちゃんと成長できたかね?」

 

 その者はフードとローブを着込み、素性が全く分からない。しかし唯一の特徴ともいえる右手に持つ分厚い本は、彼にとって重要なのだろう。鎖で巻き付け自身の肉体に絡みつけていた。

 

「やあ、恩師ではないですか。私に何の用で?」

 

 培養液の中に逆さで浮いている囚人っぽい人物こそ、学園都市の統括理事長である。彼は目の前に存在している彼に、尊敬の意を見せている。

しかしその裏では、苦々しい表情を浮かべていた。だが培養液の色素が濃いおかげで、眼前の人物に表情を読み取られずに済んだ。

 いつも冷静沈着で感情的であるが、こんな平穏時に表情を崩すのは如何に眼前の存在が彼にとって忌々しいかよくわかるだろう。

 

「ところで、アー君。龍脈・地脈・虚数空間について、調べがついたのかね?」

「はて、なんのことやら」

「虚数学区の力を貸してもらうため、君の『計画』を利用させてもらおう。何、児戯に等しい遊びより、『大人』の遊びの方が楽しいだろう?」

 

 いったい何を言っているんだこいつ、と内心毒づくアレイスター。

 

「そういえば、『計画』に於いて邪魔ものがいたな。彼らが言うには、“リューマ”らしいが」

「彼ですか……。彼は私の『計画』に深くかかわりませんね。好きに使っていただいて結構」

「では、使わせてもらおう」

「ええ、二言はありません」

 

 その言葉の直後、眼前の彼からリューマが今回のカギを手中に収めていることを暴露した。しかし二言なしの契約により、手出し不可能なことが確定している。

 

「では、最初に“1000番目のSYSTEM”を、彼に充ててみようか」

「……」

「不服そうだな。だが、この方が、面白い。なにせ、どう転ぼうと、我々の勝利だからな」

 

 クツクツと醜悪な笑みが、この空間を支配する。彼らが何を考えているか……。全く皆目つかないが、恐怖の年になることは確定している。

 この笑みにアレイスターも笑みを浮かべる。

 

 両者は静かな夜に、最大の戦争をおこそうとしていた。

 



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3

「ん……ぅん…… ここは……?」

 

「病院だよ、インデックス」

 

 ここは早朝の病院。

 ベッドに寝ているのは、イギリス清教のアークビショップなる人物に呪いをかけられた禁書目録[インデックス]という少女だ。

昨晩彼女はその呪いを破壊した代償として、大きなけがを負ってしまった。そのため今現在、彼女に今の場所を伝えた青年が看病していたのだ。

 

 青年は彼女の事を、同じイギリス清教所属兼同僚の男女二人組に聞いた。

 一人は男性で、赤髪長躯のルーン文字使い、ステイル=マグヌス。

もう一人は女性で、長髪黒髪前衛的服装が特徴、太刀使い神裂火織。

 

 彼らはインデックスにかけられた、一年毎に記憶を消さなければ脳破壊が発生し死に至る呪いについて、保護者になってしまった青年に話す。

この事により―――いや、青年に出会ってしまったことで、全ての歯車が狂ってしまったのかもしれない。

 二人組の男女は、昨晩の出来事により今までの確執に終止符を、青年により打たれたのだ。

 そう、呪いが解け事だ。

 

 これに関して、神裂火織は表情から読み取りにくい感謝を、ステイルからは“僕が解除するはずだった”と憎まれ口を叩かれる。

それでも二人の語気は、とてもうれしさに塗れているように感じた。

 

 昨晩の解呪行動から、インデックスが非常にまずいこともあったりしたわけだが、今は平穏を取り戻している。

 その証拠として、今青年の目の前にいる少女であり銀髪シスター禁書目録[インデックス]は、その眼を開いた。

 

青年は昨晩に起こった魔術的ダメージを深く負っていない事に、安堵を胸に抱く。

 

「ぇと……?」

「どうした、インデックス?」

 

 

青年は少々沈黙した。彼女から、元気の一声が聞きたいのだ。

 病院に送り届けても、治療だったり代えの服を取りに帰る為、家に一度帰宅した。その時自宅で感じた静寂に、青年は一抹の寂しさを覚えたのだ。

 

“ただいまー”

“おかえり、とうま!”

 

 二日ほどでしかなかったその生活は、青年にとって日常に明色を取り込んだようで、今までにない高揚感を味わった。

 

 

「あの……」

「ん?」

 

 青年は焦らされるが、彼女の元気な帰還の宣誓のためしばらく我慢する。

だが……一向に話しかけてこない。青年の心にちょっとした不安が募っていく。

 

 

 そう、それは昨晩、魔術的ダメージも含め、男女二人から聞いたことが頭をよぎった。

 

“竜の息吹[ドラゴンブレス]の術式にある、魔力の塊である羽に埋もれていました。早く、お願いします”

“わかりました。――の病院に運びますので、そこへ来てください。たらいまわしの心配はございませんので、ご安心を”

 

“魔力の塊?羽?”

“貴方の右腕だと消えますが、あれは外的損傷を与えぬまま内部損傷を与えます。術者は自滅しないはずなのですが、念のため話しておきます”

 

 昨晩の顛末にて、羽がインデックスの上にかかったことがある。それは彼女が使った魔術という魔法に近いもので発生した、演出でもあり防御結界でもある。

棒立ちの術者のために用意されたとか、されていないだとか。

 とにかく青年の右腕に宿る、異能の力・現象を消し破壊する幻想殺し[イマジンブレーカー]によって、その羽はすぐに消え去った。

 

 

 すぐに消したはずだ。

 

 術者が自滅するはずがない。

 

 だが発動したのは、術者ではなく呪いによるシステム。

 

 守るべきは、禁書目録の記憶。

 

 ならば、この反応の遅さは何だ?

 

 いたずらならば、まだかわいいが、この素のような反応は何なんだ?

 

「なあ、インデックス―――」

 

「ねぇ―――」

 

 青年が口を開こうとしたとき、インデックスが口を開いた。それに伴い、青年はくちを閉じる。

 

 

 

 

 

「あなた、だれ……?」

 

「ッ!?」

 

 

 

 時が止まったようだった。

 それと共に、青年は目の奥から、何かがにじみ出て表にあふれ出そうになった。

しかし目を力強く閉じ、深く我慢する。

 

 

「っ、ぁあ、いや―――」

 

「何で、泣いてるの?」

「ち、違うんだ……そう、あれだ! う、うれし涙ってやつだよ! ちょっと、先生呼んでくるな!」

 

 

 

 

青年が背中を向け走り出そうとしたとき、インデックスの声が聞こえた。

 

 

それはどんな音よりも優先して聞こえ、青年をその時間と空間にくぎ付けにする。

 

 

 

「――――っ!!」

 

 

「ッ!? インデッ―――」

 

 

「ただいまっ! とうまっ!」

 

 

 インデックスは体を起こして、青年―――とうま、上条当麻に微笑んでその声を伝える。

決して大きくはない声。しかし青年上条にとって、これ以上の声はいらなかった。

 

 

 

 

 青年上条は踵を返して、インデックスに抱き着く。

 

「インデックスッ! 心配したんだからな!?」

 

「ごめんね、とうま」

 

 インデックスは聖母の如く、その雰囲気で彼を包み、彼女自身も上条を抱擁する。

 

 

 

 しばらくして、目元を少々赤くした青年は、顔を洗って先生を呼ぶと言って外へ出ていった。

 

 

 

 そして、インデックスは体を震わせ、青年上条に見せなかった涙を流し始める。

 

 

「違う……違うんだよ、とうま。 貴方が知ってるのは、以前の私で……今の私は、あなたの名前しかしらないんだよ……ごめん……ごめんね、とうま……あなたを悲しませたくなかったから……」

 

 

 ばれたときの顔。そう、彼が見せた悲壮の表情を見れば、どれだけ彼が苦しんでしまうか……。それは容易に想像できてしまう。

唯一彼女に残された言葉、『上条当麻』。これは彼女にとって、最大の枷になってしまったようだ。

 

 

 数分後、扉からノック音が聞こえる。これを聞いて、インデックスはすぐに裾で涙をぬぐい去る。少しでも動揺を隠さないといけないと思ったのだろうか。

 

 しかし主治医である本人は、確実に全てを把握している。その行動は、全く意味がなかったのだ。

 

「君。嘘をついたのかね?」

 

「っ……うん」

 

 インデックスはその幼い瞳を揺らして動揺するも、すぐにその言葉を肯定する。

 医者、まあ彼は特別な医者なのが、彼にとってこれくらい造作もない。

 

「正直言って、長年医療研究に従事してきているけど、記憶障害にこういう事例は極めて珍しいね? 外部から干渉を受けない限り、絶対にありえないと思ったんだがね? そこらへんに、記憶はないかね?」

 

 インデックスは頭を横に振る。それを見て医者は一息つく。

 

「とにかく、彼の名前を知っているのであれば、まあ問題はないね? それに脳自体に損傷はないから、今まで通り生活できるよ。 一応今すぐにでも退院できるけど、どうするね?」

「それは……とうまと決めるよ」

 

「そうかね。では、お大事に。 あと、朝食は食べていくようにね?」 

「うん、ありがと」

 

 大食いの彼女でも、こんなときは少食に――ならなかった。

 普通に全てを完食できたのだから、インデックスはこれから新たな人生を歩んでいくだろう。

 

 

―――一方、病院の外では、上条当麻は少年と少女と出会う。

 

「やあ、当麻」

「よっ、隆馬。昨日はお疲れだったな」

「当麻こそ、疲れが取れ切っていないようだけど?」

 

 少年こと隆馬は、当麻の目を凝視する。花粉症やドライアイもないことを、当麻から聞かされている隆馬は状況との照合を行い、その目の充血は泣いたことを意味していると判明させる。

 

「えーと、隆馬さんのお隣にいる女の子は、だれなんだ? もしかして、隆馬の」

「違うよ? 事情がなければ、声はかけたいね。面倒だけど」

「面倒なのかよ!?」

 

 一時積極的だなぁ、と上条は隆馬の意外な面を聞いた。と思ったら、ただの面倒くさがり屋だった。

 

 

 立ち話もなんなので、この病院にある広場のベンチに座る。早朝なので若干寒いくらいだ。それに人影も少ない。これからの話をするには、絶好のチャンスだ!

 

「インデックスは大丈夫だ。俺の名前、ちゃんと言えてたしな!」

「へー、それはよかったじゃん。これから、インデックスと楽しい同棲、同居生活が待ってるぜー。いやぁ、うらやましいなあ!」

「隆馬も俺と同じだろうが」

「家計と経済力が違うんだよ?」

「ごめんなさい。まじ許して、このとおり!」

 

  男特有のノリで会話を進める。上条が謝罪しているが隆馬にとってこれくらいで、友情云々が揺らぐことはなく、今まで通り支援はしていく所存である。

 

 

「えーと、いい加減私も話の輪に入れてくれてくれないかな?」

 

 

 上条当麻が隆馬の左手側にいるならば、少女は隆馬の右手側にいる。

 この発言でようやく、男二人の意識が少女の方へ向く。

 

「ごめんね、忘れてたよ」

「忘れないでよ……」

 

 あははと苦笑いをする隆馬は、ベンチから立ち上がり上条の視界を妨げないようにする。

これによって上条は右を向くと、少女を視認することができる。少女にとってもそうだ。

 

「この子とはちょっとした縁があるんだよ。でも、名前は知らないんだ」

「名前を知らない? だったら、教えてもらえばいいじゃねぇか」

 

そういうと少女は少しうつむくが、顔を上げて上条の方へ向く。

 

「実はね、私、名前がないのよ」

「え」

「正確には、名前を思い出せない」

 

 上条の呆気にとられるような表情に、少女は後ろめたさを感じる。基本の接点はなく、関係自体もないに等しい。

それでも昨晩、お互いに命をかけて敵を相手に死闘を演じた仲だ。そういう事もあって、少女はこの状況に愛想笑いを浮かべるしかない。

 

「そんなわけあって、これからこの子の名前を決めたいと思います」

「唐突だな!ってか、三人で決めるのかよ!?」

「え、だめ?」

「俺より、この子に聞けよ」

「いいよ」

「いいのかよ!?」

 

 突然の名前を決めるという大切な行事に、参加者が三人しかいない。しかも本人はそれを認めてしまった。

 

「でも、つけるならそれ相応でお願いね?じゃなかったら、ぶっ飛ばす」

「うん、わかってるよ」

 

 少女の脅すような目を向けられる隆馬は、全く意に介せず受け流した。上条もこれには冷や汗だ。

 しかしいざやろうと思っても、いい考えが浮かばない。

 

「よし、駄目だね」

「よしじゃねえよ!?」

「じゃあ、『狭間の書』ということで、LINEにしよう」

「どういうわけだ!?」

「流石にラインは直球過ぎ」

 

 ですよねーと上条も同意する。だが関上げた本人は、これでごりおそうとする。

 

「あー、だめだこりゃ。じゃあ、中間として、『リーネ』でよくないか?」

「安直じゃない?」

「隆馬よりましだと思うぞ?」

 

 隆馬は異論を唱えるが、上条に呆れられた。またこの提案によって、少女の名前がリーネになりました。これにより、名前不明が解消されることになる。

 

「これで謎の文学少女の名前が決まったね」

 

 肩下げバッグに、『狭間の書』を入れて持ち歩いている少女は、リーネという名前を小声で反芻する。LINEからじゃ到底たどり着かない、自分自身の名前ににやけ顔が止まらない。

 

「それじゃ、私はリーネってことで、よろしくね」

「よろしく」

「よろしくな!」

 

 名前も決まったちょうどその時、イギリス清教の神裂火織とステイル=マグヌスが、この病院に到着した。彼ら二人を発見した隆馬は、上条とリーネを連れて二人を出迎えることにんする。

 ステイルはまだしぶしぶといった感じだが、神崎に関しては友好的に彼ら三人を迎え入れる。

 

「貴女の名前は『リーネ』になったのですね」

「ええ、よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 神崎の表情は昨日と打って変わって、無表情ではなくそこらの一般人の様に普段通りの分かりやすい表情を見せてくれた。

 

 さてこんなところに二人が来たのは、インデックス絡みというのと隆馬と上条の今後の扱い方になる。

 

 

「上条当麻。貴方はインデックスの保護者として、責務を全うしてもらいます。

隆馬もリーネと『狭間の書』の保護者として、認可されました。

二人とも重大な責務を負っていますので、死ぬまで守ってください。もちろん紳士的にお願いしますよ」

 

「おう、任せとけ!」

「そうだね。騎士が居ないと、夜も眠れないね」

 

 ちょっとした沈黙が訪れる。それに対して、リーネが少し笑う。リーネが笑ったことに、隆馬が慌ててどこがおかしかったか聞くが、リーネは教えてくれなかった。

上条は全く分からずの様子。しかし神崎とステイルは気づいたようだ。

 神崎は口元を緩め、ステイルはため息をつく。

 

 さて、ひとしきり話した後、この病院の広場からインデックスがいる病室へ向かう事になる。さすがに当事者だけで済ますのも、疎外感を与えてしまうかもしれないから、顔みせと決定を教えに行こうということになった。

 この事を提案したのは、他でもない隆馬だ。

 少年は、顔合わせせず上条の家に訪れ、インデックスを一目だけみて立ち去ろうとする気満々な彼らを、引き留めた。仕事ならばどんな状況や状態であっても、確認しインデックスの保護を引き継ぐことを伝えるべき、と。

 

 

 実際に仕事の事を口に出されたので、責任感がある神崎は逃げ出そうとするステイルを呼び止め、病室へ行くことを隆馬達にいう。

 

「では、行ってまいります」

「応!俺たちは、この階のロビーにいるからな」

「済んだら言ってね。次は僕らの番だからさ」

「何があっても、彼女を否定しないで」

 

「はいわかりました」

 

 気遣いMAXな三人に、神崎は微笑んでステイルを強制連行する。

 さすがに病室前にくると、ステイルも覚悟を決めたようだ。

 

 リーネに促されたように、否定だけはしない。いや、それはずっと前からあった。

寧ろ受け入れる。今までそうだったからだ。警戒心とか、仕事とか、そんなのどうでもいい。

この世界で信頼できる友人として、これから歩めるように努力するだけだ。

それが上条当麻に全てがひきつがれようとも、決して変わりはしない。

彼女の世界を守るには、それは最善の一手なのだから。

 

「いきますよ、ステイル」

「ああ。可能性はゼロじゃない。どんな事だろうと、僕は受け入れる準備はできている」

 

 ステイルの打って変わった表情と覚悟に、神崎も覚悟を決めドアをノックする。

 

 

「どうぞ」

 

 

 インデックスの声が聞こえ、二人はその世界へ入る。

 

 

「失礼します」

「失礼する」

 

 お互いに部屋に入るとき、名前は言わなかった。そうしたほうが、覚えているかどうか確認しやすい。

 神崎は面接者が座る椅子に腰かけ、インデックスと対面する。

 ステイルは神崎の後ろで立ちっぱなしだ。

 

 

 

「えと、二人とも、元気みたいだね……二人の顔を思い出せないけど、凄く懐かしいよ。

きっといろんな世界を、旅してきたんだろね……それで」

「もう、何も言わないでください、インデックス」

「あの、えと……」

 

 神崎は俯く。覚悟はしていたが、やはり胸にくるのだろう。

 ステイルも苦虫を噛み潰したような顔になり、自身の非力さを悲観する。

 二人が徐に表情や態度を示したことに、インデックスは自分が如何に二人にとって大事な存在なのかを痛烈に感じ取ってしまう。

 

 

「ごめんなさい……私、思い出そうとしても、何一つ……思い出せないんだよ……!」

 

 神崎は顔を上げ、インデックスを見る。

 よく見ると若干目が赤く充血し、頬には涙を流した痕跡があった。これはきっと先ほど面会したという上条当麻も、きっとどうにかして切り抜けただけなんだ、と神崎は思う。

 インデックスの様子を見て、先ほどの上条の喜び方について少し違和感がでた。

しかし、いや、人の機敏に聡い上条が、彼女の異変に気付かないわけがない。

 

 

「インデックス、大丈夫です。どんなにあなたが、私達の事を忘れようとも、私たちがあなたの事を覚えています。それに、私たちは友達ですよ? これから思い出を作っていけばいいじゃないですか」

「ごめんね、よろしくね……えっと……」

 

 インデックスは自分のために涙を流し悔しがってくれ、しかも友達だって明言してくれた彼らを愛おしく感じる。だから、離れるのではなく、むしろ近寄っていこうと心に決めた。

だから名前を知りたい。早くその名で呼びたい……友人として、これから仲良くなっていこうと努力する。

 

「私は神裂火織です。後ろの彼は――」

「僕はステイル=マグヌス」

「――です」

 

 ぶっきらぼうなステイルの自己紹介に、神崎は苦笑いする。ステイルにインデックスが目線を合わせると、少し微笑んだ。神崎もいつもの事として、明るくインデックスに紹介する。

 

 インデックスは二人も相当仲がいいという事も確認できた。これで新しく、三人で思い出を作ることができると確信した。

 

 

「よろしくね、火織! ステイル!」

「よろしく、インデックス」

「ああ、よろしくな、インデックス」

 

 

 

 

 こうして三人は新たにお互いの事を確認して、絆を確かめ合った。

そして何故このような経緯になったのかは、あとで説明するので今は隣人住人であるもう二人の友人と話してくれるよう、神崎はインデックスに頼む。

 インデックスは上条当麻・神崎・ステイルのほかに、大切な隣人がいる事を知らされ驚く。

 

「隣人?」

「上条によると、貴方はその隣人の方に、ごはんを沢山もらっていたとか聞いてます。

そして最近の一番の話題だったのですよ」

 

 友人になっても敬語が抜けない神崎に、インデックスは苦笑いではなくこういう人なんだとおもって、ただただ笑顔になる。そしてその神崎の言う記憶消失以前は、友人でなくともただの隣人にご飯を貰っていた事に対して自身の食欲に驚いていた。

 

(あれ?私って、結構大食いだったんだ)

 

 そうだ。まさか、そのことを記憶消失後に、自他共に認めるとは、なんとも悲しいこと。

本来は供物の意味での贈り物なのだが、エンゲル係数やら家計やらが大変な上条にとって、それは二の次の問題なほどうれしい供え物だった。

そう、泣くほど。

 あの不幸に見舞われる上条が、その供物と皮肉やら毒舌やらを込めた言葉を喜んで受け入れるほど、インデックスは色々負担になっていた。

 

「火織。私って、そんなに隣の人に頼ってたの?」

「食料の面で、頼ってた?のかもしれませんね」

「だが、君はそいつの作る料理を、喜んで食べていたぞ?」

 

 記憶消失によって、いろんな出来事が消えたインデックスにとって、それはシスター像を破壊するのに充分であった。普通は支援する側が、支援されていたのだ。

しかも住んでいるのは、料理を持ってきてくれている隣の人ではなく、上条当麻の部屋。

 インデックスはそれによって、顔を真っ赤にする。恥を知ったインデックスは、あとで入って来るその人に最大の感謝としようと、心に決めた。

 むしろこれで感謝しないのは、人間性に劣っているということを認めてしまうからだ。

 

 

 神崎達が出て行って数分後、ノックが聞こえる。

インデックスは入室許可を、声に出して言う。

 

「―――ってことだから、上条はちょっと待ってて」

「いやいやいや、インデックスにそれは―――」

 

 ピシャ。

 ドアを自動ではなく、自力で閉める少年と事前に入ってきた少女。

 

 

「ふう、心配性だなぁ」

「しょうがないと思うんだけど?」

「そだね。 それじゃ、話そうか」

 

(あれ? 隣の人ってこの人なのかな。 雰囲気が柔らかいかも)

 

 

 眼前に来た少年は、来客用のいすに腰掛ける。少女ももう一つある椅子に座る。

 

「やあ、初めまして、インデックス」

「初めまして、インデックスさん」

「!」

 

(落ち着いて。あのお医者さんに聞いてる可能性はないと思う。だから、これは火織かステイルが二人だけに話した事だと思う。だから、警戒心を緩めて……)

 

「初めまして。 えっと、火織にきいたのかな?」

 

 

 インデックスは表情にあまり出さないで、質問をして聞いてみる。きっと火織か、確率は低いだろうけどあのお医者さんに言われたんだと思う。

そう思いたい彼女。

 そう思っているのに、眼前の二人は呆気にとられる。しかしすぐに少年の方が、微笑みだす。

 

 

「何いってるの? 誰に聞いたわけじゃないよ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、インデックスの表情が明らかに悪化。なぜ知っているのか、疑問とともに上条当麻にその事を言ってしまっている可能性が……。

 インデックスはすでに一度死んでしまっているのも同然。

なにせ記憶消失というものは、過去の経験や知識を全て皆無と化し、連日の連続性を虚無にする現象だ。だから、これを正義感が強く、人一倍に人の痛みを知っているであろう彼に、それを知られてしまえば、自分自身を大きく傷つけるのではないだろうか?

 

 そのようにインデックスは、驚愕の表情を表に出した後、彼らをにらみつける。

 

 

「あれ、まずいこと言ったかな?」

「まずいのも、当然でしょうが。私から行くから、ちゃんと黙ってて」

「わかったよ」

 

 少年は身を引いて、少女に場所を明け渡す。

次に近寄るのは少女の方。さすがにインデックスも、謎の集団に感謝するほど馬鹿じゃない。むしろ恩を売って、当然その対価を受け取ろうとする悖逆の二人組なのかもしれない。

 そんな悪に対してとる措置は、口を閉じ無言を貫き情報を与えない事。

 何か発生すればこの病院の事だから、すぐに警察機構が駆けつけるに違いない。そうでなくとも、看護婦さんがこの場に駆け込むかもしれない。

 

 

「あーもう!隆馬のせいで、聞く耳を貸してくれないじゃない!」

「それって僕のせいなの?」

「そうだから。はぁ……。この場はもう無理だから、皆が居るときに話しましょ」

「えっと、ごめんね?」

 

 何をしたいのかわからない彼らに、インデックスは困惑する。

 

「とにかく、自己紹介するね。僕は隆馬だよ」

「私はリーネ。 変な誤解を生んでると思うけど、安心してね。寧ろ、狙われる側だから」

 

 そういって肩下げバッグの中に入っている、原典『狭間の書』を軽くたたいてインデックスにどういう立場か教える。インデックスはそれを見て、リーネに対してだけ哀れみの目を向ける。

 

「リーネ……」

「大丈夫。インデックスさんだって、上条君に守られてるでしょ? まあ、私はこの感性ずれまくってるバカに厄介になってるけど」

「それを直接他人から言われるのは、すっごくつらいわー」

「だったら、主導権をこっちにさっさと渡しとけ、バカ」

 

 がくんと項垂れる隆馬を後目に、リーネは同じ境遇の人物としてインデックスの心に迫る。このおかげで、リーネはインデックスに少しだけ信頼された。

 

「隆馬。紹介できたから、皆を呼んできて」

「ねえ、ぞんざいな扱いになってない?」

「感謝してるけど、それとこれとは別! はい、行ってくる!」

「あいよー」

 

 そういって立ち上がった隆馬は、病室外にでてロビーへ向かっていった。

また間髪入れず、リーネはインデックスの耳元で囁くように言う。

 

「インデックスさん、なんで記憶消失がわかったのかは、昨晩起こった戦闘に発生した魔法陣を解析してわかったわ。それと上条君に、この話はしてないしあのバカ隆馬にも話してないから。あと隆馬は、本当に誰にも聞いてないから。ただの振りだから」

 

 小声で最小限につぶやくには、そんなに大それたことではない。

 だがインデックスは、その吹っ掛けに容易に引っかかってしまったことに歯噛みする。

この事でインデックスは、隆馬にちょっとした憎悪を持つことになるが、子供の怒りに等しいので徐々に霧散していくだろう。

 

 

 

 

 

 少ししてノック音が聞こえ、インデックスが入室許可を出す。

 入ってきた上条当麻・神裂火織・ステイル=マグヌスは、隆馬を置いて其々椅子に座った。

隆馬だけは空気椅子で座っている。

 

「辛くねぇか?」

「全然?」

 

 

 さて……役者がそろったので、昨晩の事をインデックス以外が補完しながら再確認していく。インデックスについては、面接が終わった神崎が、上条に昨晩の戦闘の模様だけしらないことを伝えた。

 

 

“面接しましたが、インデックスは昨日の戦闘の儀式とあの形態の時だけ、記憶が全くないようです”

“やっぱり、そうか……”

“はい。そこで、隆馬と共に何が起こったか確認しましょう。もちろん彼女の病室で”

“OK、わかった。俺もリーネ達の事を知らないといけないからな”

 

 

「というわけで、昨日の事を結論として言いますと、儀式発生、インデックスが暴走、空鬼という怪物が暴走、教団に逃げられたということです」

「あと、『狭間の書』と『原典図書:禁書目録』がコピーされたことですね」

 

 

 

「それだけじゃない。あのクソジジイ、コピペどころかインデックスの記憶まで消しやがった」

 

 

 

「「「は?」」」

 

「記憶消去? 何言ってんだよ……インデックスは、俺の名前、ちゃんと言ってくれたぜ?」

 

「そっちじゃない。『原典』の十万三千冊の99%がコピーと共に、消されているの」

 

「なぜ、君にそんなことがわかる」

 

「魔法陣の読み取りと共に、クソジジイがあと3%のところで撤退しなければならなかったことを、隆馬から聞いたわ」

 

 

「じゃあ、なんだよ。また、インデックスがあの訳分からねぇ奴らに、攻撃されて攫われるっていうのかよ!? ざっけんじゃねえぞ! イギリス清教が絡んでやがんのは、知ってんだ! なあ、神崎、ステイル! あいつらをなんとかできねえのか!?」

 

 

「アレはイギリス清教とは違う、完全に派閥以前に宗教が違います! どうにもできません」

「じゃあ、指くわえてみてろってか?! くそが。どこのどいつかわからねぇが、自分の思い通りに進むと思ってやがる。 そんなクソッたれな奴らの幻想、俺がぶち殺す……!」

 

 

 上条は怒りながら、拳同士を合わせ音を鳴らす。

 

「とにかく、コピーは例の加齢臭がしまくる赤の教団にあるわ。隙を見て、そのコピーまたは魔法陣をインデックスに見てもらいましょ。基本的にああいう原典魔術は、原本文章をそのままの意味で使って、魔術的意味合いを複合させたその副作用で効果を発揮するから」

 

 

 こうしてリーネ進行役の下、上条達は対策を練っていく。

 またこの時隆馬が、インデックスの記憶を埋めるため、数日間に起きたインデックスと上条の間に起こった出来事を話していじりまくった。

 このことに上条は、何しゃべってやがる!、と突っ込みながら隆馬を攻撃する。さらにこの事から赤裸々な事情がばれた為、神崎やステイルに攻撃を受けてしまうが、悉く能力で無効化された。

 

 おかげでインデックスは、当時の状況と自分の性格との整合性を確かにし、上条から何か反応を求められたりしても普段通りに返すことができた。

またリーネもインデックス達の日常を、隆馬たちから得られる情報で様子を知ることができたし、知らない性格を垣間見ることもできた。

 

そしてそのまま数時間が経過した……。

時刻は十二時。

お腹が減ったという事もあって、インデックスを退院させてファミレスでごはんを食べることになった。資金に関しては、イギリス清教持ちなので問題はない。

 インデックスは気化された話の通りにして、上条に違和感を持たれないように頑張った。そしてそれに尽力する隆馬とリーネ。上条はそんな二人のフォローにより、記憶消失に気づかないまま過ごしてしまう。

 

 そして今回の事により、インデックスは上条との会話等のテンポを覚えてしまった。これによりこれ以降上条自身が、インデックスの記憶消失の事実を知る事は自力での発見は不可能になってしまった。完全記憶能力者であるインデックスに、日常の模倣は容易にできる。

それはプロや勘では、どうにもできなくなってしまったようだ。

 上条はインデックスの彼に対して、ばれないかどうかの気遣いを気づかないまま過ごし、ステイルと神崎と友情を結ぶことになる。

ステイルは太々しく、上から目線のなってやろう感が強い。だが神崎とインデックスのおかげで、上条と友人になる道を選ぶしかなかった。

 

 彼らの様子を遠くから見る隆馬とリーネ。

実に近くでも疎外感を感じる二人は、二人なりにお互いを知る機会が与えられたため、二人の関係が進展することになる。

 

 

 

「そんじゃ、今日インデックスは神崎達と行動してね。これからは上条と一緒にすごすから、学園都市の娯楽がある学区で楽しんできなよ」

「色々あったが、すまないな。楽しませてもらうよ」

 

 ステイルはそういって、神崎と共にインデックスを両脇から挟んで手をつなぎ、その学区に向かって歩き始めた。

それを無言で見送る。

 

「そんじゃ、上条……戻るよ」

「ああ。あいつらも、インデックスと一緒にいたいだろうしな」

「そりゃそうさ。昔ながらの友人だもの。これからだってそう。上条だけの占有者じゃないのさ」

「わーってる」

 

 会話に入れないリーネはため息をついて、二人の後を追う。

 

 

 

 

 だが、この歩き出した時公衆面前で隆馬に向かって、多量の雷撃や火炎が飛びかかった。周囲に爆風が立ち込める中、彼らはどうなってしまったのか。

 

 いや、それはいわずもながら、上条が右手を前にして立っている。

その目は怒気に塗れ、この行動に出てくる人物に対して憎しみを抱く。

 

 

 そう、その者の歩みは、三人の日常の逸脱を如実に表すものであった。

 




10/12朝9時から、10/13 6:24に書きました。
できたてほやほやですよ。


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