デスゲームの半死人 (サハクィエル)
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I am a ゾンビゲーマー!

 どうも。最近エグゼイドを見てはまってしまったので書きました。作者はクロノスが好きですが、書きたかったのはゾンビゲーマーなので、これは書いていて楽しかったです。
 前書きが後書き臭くなってきたので、この辺で前書きはしめておきます。
 では、本編をお楽しみ下さいませ!


 その日、神白 玄(かみしろ くろ)は自分のステータスウィンドウを見て全てを思い出した。

 

 ここは世界初のVRMMOゲームの中で、右手を振ることでウィンドウを顕現させることができるわけだ。ウィンドウーー特に、ステータスウィンドウはゲームにとって重要なものであり、サービス開始から数秒後にこのウィンドウを開くことはごく当たり前。ベータテスター、このゲームを発売前に遊んでいた奴らでなければ特に。

 

 そして、思い出してしまったのだ。ここが、自分の溺愛していたライトノベル、ソードアート・オンラインの世界の中であるということ。そして、自分はその世界で、これからデスゲームと化すVRMMORPG、ソードアートオンラインの中に入ってしまったこと。そして、自分に前世が存在するということ。

 

 彼の前世は標準的なオタクだったーーと本人は記憶している。奇妙な表現だが、そう表現するほか仕方あるまい。

 

 ーーとにかく、彼はオタクだった。だから、このソードアート・オンラインのようなシュチュエーションのライトノベルは大量に読んでいたし、実際に書いていたりもした。だからこそ、彼にとってこの世界は「現実」ではなかった。前世の記憶、という厄介なものは、彼から現実味という大事な感覚を奪っていったのだ。

 

 彼の注意はこの世界がデスゲームである、という事実よりも、自分のステータスウィンドウに注がれていた。

 

 ステータスウィンドウは、二次元的なMMORPGでよく見られた簡素なものだ。しかし、彼にとって、こんな表示を見るのは初めてだった。

 

 レベル表示が「0」になっているのだ。標準的なMMOなら、初期レベルは1の筈だ。だが、玄のレベルは確かに「0」であり、それはこのアカウントがどこかおかしいことを示していた。

 

 どうなっているんだーーと彼は思い、色々模索した。ここはウィンドウのホームメニュー。見るべきところは他にもある。そして、模索を始めて数秒、彼はこのレベル表示が間違っていないことに気づく。

 

 玄が見ていたのは、スキル一覧だった。今はサービス開始直後。スキルにはまだ目立ったものは無い筈だがーーそこには確かに、1つ、スキルがあった。

 

 名前を、「ゾンビアクションゲーマーレベルX-0」といった。これだけで、彼はレベル表記の意味を悟った。

 

 これは今世で中毒的に好きだった特撮のキャラクターの名前で、このキャラクターの能力は、「コンテニュー」だった筈だ。つまり、運営、ヒースクリフもしくはカーディナルが、特撮のファンであったなら、このアカウントはデスゲーム内でコンテニューできることになる。

 

 ーーだが、そんなことはあり得ないのだ。あの特撮が終わったのは5年前で、当時の彼は小学3年生。辛うじて見ることが許される歳だが、ヒースクリフは言わずもがな。あの仏頂面が見ていたら呆れを通り越して尊敬するレベルである。

 

 しかし、この能力がその特撮関連のものだというのは紛れもない事実だ。しかし、特撮に関連しているスキルだとしても、どうしてなのか。このようなユニークスキルがどうして、こんな非凡な自分に宿ったのか。玄は理解に苦しんだ。

 

 それに、だ。誰だって死ぬのは怖い。特に、今まで信頼してきたゲーム機に殺される、というのはバカらしい。そう。このスキルが100%機能するという証拠はどこにもないのだ。そんなものに命をあずけるのはいささか抵抗がある。

 

 これらを踏まえて彼が導きだした結論は1つ。「こんなスキルに頼らずにゲームを生き抜く」だ。

 

 このゲームは、開始してからまだ間もない。つまり、今から森に行き、アニールブレードーーゲーム最初期最強装備ーーのクエストをこなしつつ資金を貯めて、隠居生活をすればいいのだ。ここ、はじまりの町で。

 

 どうせこのゲームはクリアされる。ならば、2年、ここで大した危険も犯さずに生活すれば大丈夫だ。大丈夫。きっと、大丈夫だ。

 

 そう思いつつ、彼はこの世界を駆けた。森に入り、初期装備に皮の鎧というチープな格好で例の村ーー「ホルンカ」を訪れると、最速でクエストフラグを立て、森を駆ける。

 

 一時間ほどして、彼は気付いた。

 

 レベルが全く上がらない、ということに。この森に来るまでに数匹、そして、森でリトルネペントを狩り続けた分の経験値が発生する筈なのに、彼のレベルは1として上がらなかった。

 

 やはり、このアカウントのレベルは上がらない仕様なのだろうか。そんな思考を瞬かせつつ、玄は目の前に出現したリトルペネントーー当然のように花は付いていないーーを片手剣ソードスキル「バーチカル」で葬ると、直ぐに駆け出した。あまり時間を無駄にはしていられない。このデスゲームには、このクエストの存在を知っているプレイヤーが1000人は居る。原作に描写はなかったが、数10人単位で人がこの森に集まることは間違いない。

 

 それまでに何としても、「アニールブレード」を入手しなければいけない。そう決意すると、彼は背後から近付いてきていたモンスター、リトルペネントに剣を向けた。この近距離なら、「ホリゾンダル」が有効打になるだろう。

 

 しかし、直ぐに「ホリゾンダル」を打つ気はなかった。下手をして奴の攻撃を食らってしまってはいけない。落ち着いて、奴の動きを見極めるのだ。

 

 そこで見極めなければ、彼はダメージを食らっていた。そう。リトルペナントは触手での攻撃を放ったのだ。勿論、レベル0と言えど防御力は存在する。だから、一度くらいの攻撃はなんということはないのだがーー彼はこれまでの道で消耗していた。精神的にも、数値的にも。

 

 だからこそ、情緒的にはこの攻撃を回避するべきだった。しかし、ゲーム的には大人しく食らっておくべきだったのだ。

 

 次の瞬間、彼の脇腹を掠めて抜けた触手は背後にいた二匹目のリトルペネントーーあろうことか実付きだったーーに命中した。それも、その実に。

 

 耳をつんざくサウンドエフェクトが森じゅうに響きそうな音量でかき鳴らされ、悪臭と共に緑色の煙が立ち上る。

 

 可能性としては、ゼロではなかった。この世界には、ビーストテイマーという役職が存在する。だから、モンスターがモンスターにダメージを与えることは可能であり、そのうち、このようなことが起こる可能性はあったのだ。

 

 だが、彼はそれでも、狩りを続けた。死の危険があると知りながら、命を縮めると知りながら。

 

 これは報いなのだろうか。十分すぎる恩恵を受けた自分への天罰か。彼は最後にそんなことを思い、目の前に現れた数匹のリトルペネントを睨んだ。

 

 勝てない。そう、彼は直感した。リトルペネントを一匹葬るのはわりと簡単だ。しかし、数匹となると話は変わってくる。

 

 だが、それでも、彼は戦いを放棄しなかった。剣を必死に振り、リトルペネントのHPバーを貪るように削っていく。

 

 ーーそうして、1分ほど戦ったところで、ついに玄のHPバーが赤の危険域に突入した。さっきから、攻撃は絶え間なくヒットしていたのだ。いつかこうなってもおかしくはない。

 

 目の前では、3匹のリトルペネントが唸っている。さっきから比べると減っているように見えるが、不利な状況に変わりはない。

 

 玄は唸り、バーチカルを目の前のリトルペネントの頭部に打ち込んだ。リトルペネントのユニット的に、バーチカルよりもホリゾンダルの方が有効打になりやすいのだが、そんなこと、ベータテスターではない、まして、原作でも重要な扱いをされていなかったために忘れていた彼には分からなかった。

 

 リトルペネントの頭部と剣が衝突し、3センチほど食い込んだところでーーー

 

 真横から、リトルペネントの触手が玄の脇腹をどついた。鈍い音が響き、恐怖で瞑目した彼の瞼に火花が散るのと同時に「GAME OVER」という無機質なシステム音声が耳元で響いた。そして、視界に「You are dead」と表示される。

 

 しかし、その表示の真下には、驚くべきメッセージが表示されていた。なんと、蘇生時間と空中に記されているのだ。そして、その表示の真下には猶予時間らしき10という数字が。その数字は秒刻みで減少しているので、恐らくこの「10」は「10秒」の10なのだろう。

 

 そして、その下には即時コンテニューの許可ボタンが存在している。現在は「死んでいる」ので体を動かすことは出来ず、このボタンに触れることはできない。恐らく、一昔前のVRマシンのように、目線で決定をするのだろう。

 

 彼はそう判断すると、許可ボタンに視線を移した。すると、1秒ほどしてから、視線は承認されたらしく、視界がホワイトアウトして全ての表示が消滅する。

 

 ーーと、次の瞬間、彼は軽快なサウンドとともに、死亡地点から少し離れた場所に出現した土管から復活を果たした。そこで、彼の真横には100という数字が表示され、2秒と経たないうちにその数字は99に変わる。

 

 残機か、と彼は思った。これはあの特撮で見慣れた表示に酷似しているーーいや、完全に同一のものだ。それは暗に、このスキルが間違いなく「ゾンビアクションゲーマーレベルX-0」を模したものであることを示していた。

 

 ヒースクリフは、10数個のユニークスキルに特撮のキャラクターを模した能力を設定したのだ。

 

 その事実に驚愕とわずかばかりの歓喜と入り交じらせた、ひきつった笑みを浮かべると、彼はリトルペネントに向き直った。

 

 さて、こいつらを殺すか。

 

「コンテニューしてでも、クリアする......ッ!」

 

 そう叫び、玄は駆け出した。

 




 他ライダーの能力やら武器やらも出したいですが難しそうです。


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一層のけだもの

 不定期更新とは書きましたが、あまりにも更新が遅すぎたと反省しております。申し訳ない。
 これからは更新頻度を上げていきたいです。


「オイオイ、何だこれは」

 

 一層に存在する宿屋の一角で、ステータスウィンドウを眺めていた俺はそう呟いた。

 

 ステータスウィンドウは基本、レベルアップによって得られる努力値を振ることで上昇する、アバターのステータスを写し出すものだ。レベルの上がらないこのアカウントには関係ない。ーーいや、正確には、関係ない筈だった。

 

 だが、残りライフが99となった俺のステータスウィンドウには、何故か、努力値が出現しているのだ。

 

 これは一体、どういうことなのかーーー?

 

 しばし考え込んでいた俺は、2分ほどで、この努力値が何なのか閃いた。この努力値は死んだ瞬間に出現するものではないか? これは死のデータを採取したゲンムとデンジャラスゾンビの再現なのではないか?

 

 もし、この仮説が正しいとするならば、このアカウントは死ぬ度に強くなるということになる。エグゼイド本編では死ぬ度に強くなるなどというドラゴンボールじみた能力はなかったと思うが、このゲーム中ではそうなのかもしれない。

 

 俺はその努力値を敏捷力と攻撃力に全振りすると、ベットに横たわった。目を瞑ると、脳裏に色々な考えが浮かんでくる。

 

 今の努力値から察するに、このアバターのレベルは恐らく通常アカウントに2ほどだろう。この層をキリトが突破した時、彼のレベルは5ほどであった。つまり、俺のステータスではボス戦を切り抜けることなどできない、ということだろう。しかし、かといってライフを削り、レベルを上げるのは正しい判断とは言えないだろう。

 

 このSAOは原作通りいけば75層でクリアされる。しかし、その層に到達したキリトのレベルは90台であり、しかも、そのレベルでも死にかけていたのだ。

 

 そして、俺がその域に到達するには、ライフを10まで減らす必要がある。しかし、ライフを10まで減らしたら、俺はどうやって戦う? キリトはゲームの達人。それは原作を理解している俺が一番よく分かっていることだが、対する俺には、そのセンスが無い。そんな俺が、彼と同等のレベル、条件に立ったとして、果たしてまともにゲーム攻略などできるのか? 答えはノーだろう。

 

 ではどうするか。このまま、一層に留まり続けるのか。

 

 それが、一番良いのかも知れない。恐怖は剣を鈍らせる。だから、無理に戦う必要はない。

 

 いや。それは違う、か。俺は恵まれている。そんな戯言は、ライフが50を切ってから言うべきだ。そうしなければ、死んだ人間も浮かばれないだろう。

 

 そう決意すると、俺は思考を止め、睡魔が俺を夢の世界へ誘うのを待った。

 

ーーーー

 

 あの夜から時は経ち、遂に、一層フロアボス戦が執り行われることになった。

 

 一層。原作ではこの戦いは描かれなかったが、アニメではオリジナル回として放送され、外伝となる、プログレッシブ一巻にはこの攻略の様子が、多少のアレンジを加えられて描かれている。

 

 そのプログレッシブ一巻は一応読んだが、アニメと内容が違い、「あの名言」がないなど、違和感はあったが、それでも、変わらない展開はあった。

 

 そう、騎士ディアベルの無惨な死である。

 

 ディアベルの死は運命によって決められている事実であり、俺が何もしなければ、ディアベルは一層ボスのLAを取るために逸って飛び出し、カタナ系ソードスキルに葬られるだろう。

 

 しかし、それを俺が助ければ、どうだ? それができれば、俺の行動は原作を変えることができるという、何よりの証明になる。

 

 そう思考しつつ、俺は目の前に現れた迷宮区の厳めしいドアを見据えた。

 

 これが開けば、ボス戦闘が始まる。

 

 俺は息を吐き、唾ーーこの世界では自らの意思で生成できるーーを飲み込むと、その瞬間が訪れるのを待った。

 

ーーーー

 

 俺が3匹目となる雑魚コボルドを葬ったのと、フロアボスのHPバーが1段目に到達したのは、ほぼ同時だった。

 

 この戦いで、ディアベルというプレイヤーは死ぬ。その事を分かっている俺は気が気でなく、思うように剣を振れなかったので、他のプレイヤーよりも貢献度が低くなってしまうのだ。

 

 そして、その思慮は、視界端のHPバーが一段目に到達した瞬間、絶頂まで高まった。

 

 この瞬間、このボス、「イルファング・ザ・コボルトロード」の行動パターンはほぼリセットされ、斧系統ソードスキルの類いは一切使わなくなる。そして、悪夢のような、カタナ系ソードスキルの連撃祭りが始まるのだ。

 

 その連続攻撃が始まった時、ディアベルはーー

 

 思いをはせ、アニメ本編で彼がHPを全損して死ぬシーンを思い浮かべた瞬間、狂気にも似た感情ーー何としてもディアベルを助けなければという思いーーが沸き上がり、俺は目の前のコボルドにバーチカルを打ち込みつつ、ボスに向かって突撃した。

 

 ボスはもうこの瞬間にも、ソードスキルを発動しようとしている。ソードアート・オンラインのゲームでカタナを愛用していたので、奴が放つソードスキルは予備動作だけで理解できた。あれは「旋車」だ。確か広範囲にわたって竜巻のような斬撃を拡散するソードスキルで、ゲーム終盤まで利用できた使い勝手のいいものだった筈だ。

 

 ーーと次の瞬間、俺の2センチほど前方を直径の最終到達点として、「旋車」が放たれた。それにより、ゴボルドに向かっていたプレイヤーの殆どはHPを減らしたようで、耳障りな現象音と同時に数人のプレイヤーが呻く。

 

 この状況。今、最もヘイトが溜まっているのはディアベルだ。この後、ディアベルは原作通り、浮舟と緋扇のコンボでHPを全損してしまう。

 

「避けろッ!」

 

 俺は瞼の裏に幻視してしまったその光景を振り払うようにそう叫ぶと、ディアベルを左手に装備していた盾で弾いた。盾はライトエフェクトを伴っている。これは盾系スキル、「ザ・バッシュ」を使ったからだ。「ザ・バッシュ」は威力こそ弱いものの、食らった相手を吹っ飛ばすノックバック性能が高い。ディアベルはこのスキルにようる補正で真横に4メートルほど吹き飛んだ。勿論、ダメージは少な目で。

 

 そして、俺は盾スキルを使った所為で、技後硬直時間を強いられていた。まずい。早く動いて、攻撃を回避しなければ。

 

 しかし、体が動いてくれない。システムが俺のあらゆる挙動を許さないのだ。

 

 次の瞬間、俺は真上に高く打ち上げられた。コンボ始動用のソードスキル、「浮舟」だ。

 

 空中に打ち上げられた俺には最早、反撃の手段はなかった。盾でいなすことも、ソードスキルで反撃することもできない。

 

 上段、下段と攻撃を叩き込まれ、HPが黄色の危険域まで到達する。

 

 ここで使われているソードスキル、緋扇は、3連撃だ。つまり、最後にあと一撃攻撃がーーー

 

 思考は、最後まで続かなかった。

 

 緋扇のフィニッシュとなる突き攻撃が、恐ろしいほど正確に、冷酷に、俺のアバターを貫いた。俺はHPを削りながら後方へ吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。

 

 HPは黄色を突破し、赤の表示と変わった。それなのに、尚もHPは減り続けている。このまま、俺は死ぬのか。

 

 勿論、死んだところでコンテニューして終わりだろうが、ここはダンジョンの中ではなく、迷宮区の最新部だ。このスキルの存在が周知されてしまえば、俺は吊るし上げられる。せめて、この世界のヒースクリフが現れてから、このスキルは公開したかった。

 

 そんなことを考えつつ、俺は死んだ。

 

 そこからの戦いは凄まじい、という一言に尽きる。俺の独断行動と死亡は動揺の波紋を生んだものの、原作とは違い、ディアベルが生きていることが効いたらしい。いち速く陣形を建て直し、多彩なカタナ系ソードスキルを上手く攻略すると、最後には手の空いたキリトが「バーチカル・アーク」で止めを刺し、長かったボス戦は終幕した。

 

 結局、死に物狂いでLAを取ろうとしていたディアベルはLAを取れず、原作通りーー何故か使ったソードスキルも一緒だったーーキリトがLAを取るという結果になってしまった。見ると、当の本人は涼しい顔でウィンドウをいじっている。

 

 後ろから見ていたので分かるが、彼は奴がカタナを使い始めてから今までずっと、回避の示唆をしていた。恐らく、このパーティーの中では、ディアベルと並んで消耗しているだろう。

 

 さて、ここで、俺がするべきこと、というのは何だろうか。

 

 このまま、俺が動かなければ、原作のような展開を迎えるのだと思う。キリトはベータテスターなのではないかと糾弾され、その疑念は積もり積もってアルゴにまで向けられる。

 

 だが、俺が動けば話は別だ。

 

 俺はいぶかしそうな顔でそこに突っ立っていた湾刀使いが口を開くよりも早くパーティーの前に躍り出、誰かの目に留まるように大ぶりな動作で振る舞った。

 

「な...! お、おい、こいつーー!」

 

 俺の存在は、ものの数秒で認知された。見ると、パーティーメンバーの視線は俺に集まっている。見ると、涼しい顔でレアドロップとなるコートを装備していたキリトでさえ、こちらを向いて驚愕を露にしている。

 

「どうして生きてる! お前、さっき確かに死んだよな!?」

 

 ざわめきの中、ふと、プレイヤーの一人がそう問いかけてきた。

 

 それに、俺は心中でガッツポーズした。その問いかけを待っていたんだ。これで、事は有利に動く。

 

「エクストラスキルだよ。死ぬ瞬間にたった一度だけ、ポーチ内の回復アイテムを消費して復活できるっていう」

 

 俺のその告白に、一同は更に驚愕を深めたような表情を作った。勿論、この告白は嘘だ。デメリット無しで、常時発動のコンテニュースキルだと知れれば、吊し上げを通り越して初のプレイヤーキルを引き起こしてしまう。

 

 エクストラスキル......? どういうことだ。 そもそもエクストラスキルとは...? ざわめきの中、一人のプレイヤーが、爆弾発言とも取れる発言をした。

 

「し...出現条件は?」

 

「分かってりゃもう公開してる」

 

 そう、何処かで聞いたようなやり取りを聞いた一同の反応は、次第に嫌悪を内包したものへと変わっていった。

 

 出現条件不明? 知ってて隠してるだけじゃないのか? 大体、どんなものだろうと復活できるってのはズルくないか? 俺の予想通りの反応だ。

 

「兎に角、ちゃんと広めておいてくれよな。ここに、SAO史上初のエクストラスキル内蔵プレイヤーが居るってことをな」

 

 そう。ここでエクストラスキル内蔵プレイヤーが存在する、ということを告白すれば、自ずとプレイヤーの興味はそちらへ集まる。それに、このボス戦闘で誰も死ななかったということは、これによってベータテスターが咎められることがないということだ。

 

 さて、やるか。

 

「コンテニューしてでもクリアする」

 

 小声でそう呟いてから、俺は2層へ続く階段を昇るのだった。

 




 途中に出てきた「ザ・バッシュ」は完全オリジナルです。
 盾で攻撃できたっていいじゃない。ーー盾に攻撃判定なしとか書かれてたような気もするけど。


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デュエル

 投稿までの期間が長過ぎたうえに、内容が薄いです。申し訳ない。
 次こそは、次こそは濃い内容の話を書きます。


 俺は真っ暗闇の中に居た。俺と、手に握られている剣、そして装備品以外、何もない暗闇の世界に。

 

 俺は走り出していた。暗闇の中、どこかへ向かって。目の前に現れるモンスターをなぎ倒し、俺はさながら死神のように、死体の山を闊歩して行く。

 

 ふと、前方に見えてきたのは、このゲームの創製者である茅場晶彦ことヒースクリフだった。

 

 俺は無謀にも、茅場へと剣を振り下ろす。勝てないと分かっていながら、今使えるうちで最強のソードスキル、ホリゾンダル・スクエアを。

 

 結果から言うと、ホリゾンダルスクエアは止められた。ヒースクリフはその十字盾で、俺の剣を弾き返したのだ。刹那、盾の圧倒的な攻撃力によって剣は砕け散った。

 

 そして、ヒースクリフは冷徹に剣を振り、俺のHPバー()を完全に消滅させた。

 

 次の瞬間、自分の体がポリゴン片となって消滅し、そしてーー

 

「うわああっ!」

 

 目が覚めた。

 

 どうやら、全てが夢だったようだ。あの奇妙な光景は全て俺の想像の産物であり、ここ「現実(ソードアート・オンライン)」で起きたこととはなんら関係ないものだった。

 

「び...びっくりした...」

 

 ふとそんな声が聞こえ、俺は驚愕して横を向いた。

 

「なんだ、サチか...」

 

 俺の丁度真横に居たのは、ギルドメンバーのサチだった。

 

 ここは10層の圏内。宿屋の一室ではないので、他プレイヤーが近くに居るのは当たり前のことなのだ。ここは最前線なのだから、尚更。

 

 サチを含むギルド、月夜の黒猫団とは一週間ほど前に知り合った。一週間前と言えばちょうど9層が攻略されて間もない頃であり、俺はその時、強い片手剣を報酬に添えてあるというクエストを進めていた。

 

 そのクエストをクリアするためには、わざわざ4層まで出向かなければいけなかったので、俺は仕方なく4層まで行ったのだ。そして、そこで、危険な状態の黒猫団と出会ったのだ。

 

 死亡回数的にーーつまり、ステータス数値的に、当時の彼らと俺は大差なかった。しかし、死への恐怖が和らいでいる、ということは、つまり、戦闘で保守的な立ち回りをしなくても良くなる。

 

 俺はそのアドバンテージを活かし、黒猫団を助けた。

 

 そして、そこから成り行きでギルドに入った、というわけだ。

 

 現在の残りライフは90。つまり、10レベルということだが、それはこの層、10層を攻略するのにはあまりにも低すぎた。実際、9層のモンスター群にも1、2撃ほどの単純な連続攻撃で殺される程度の防御力、HPしか無く、このままではいけない、と頭をかかえていたところだったのだ。

 

 しかし、黒猫団はそんな俺とレベルが同じ。これからは、彼ら、彼女と一緒に強くなっていけばいい。俺はそう思ったのだ。

 

ーーーー

 

「少し、僕とデュエルをしてくれないか?」

 

 集まりの途中、ギルドマスターであるケイタに不意にそう言われ、俺は思わず「へ?」と間抜けな声を出してしまった。

 

「デュエル?」

 

「勿論、一撃決着のものでいいよ。僕はちょっと、プレイヤースキルの向上がしたいんだ」

 

 プレイヤースキルの向上。そう言えば、俺はこのギルドの中ではプレイヤースキルが高い方という評価を下されている。

 

 しかし、それはこのエクストラスキルのお陰。つまり、対等な条件のデュエルならば、簡単に負けてしまうかもしれないのだ。

 

 ーー正直、怖い。

 

 だが、ここでデュエルを断れば、それは「逃げ」だ。俺が最も恥ずべき行為だと断じている「逃避」をすることになってしまう。

 

「いいよ。やろう」

 

 丁度、ここは圏内の開けた場所。デュエルをするにはうってつけの場所だ。

 

 ギルドメンバー全員を下がらせたうえで、目の前に出現したデュエル承諾の主旨を記したウィンドウをしっかり叩くと、俺とケイタはデュエルを開始した。

 

 デュエルはーー経験はないがーー恐らく、ソードスキルを乱発する、対モンスター戦のような戦い方をしていたら、負ける。

 

 剣士のプレイスキルと反射神経、それが重要になってくるだろう。

 

 だからこそ、俺は普段の定石であるレイジスパイクによる牽制をせず、敏捷力補正の許す限りの速度でケイタに向かって駆けた。

 

 それをケイタはライトエフェクトを伴った攻撃ーーつまり、ソードスキルで迎え撃とうとする。

 

 俺はそれを避けるように跳躍、ケイタの背後に回ると、振り返って何のソードスキルも発動させずに剣を打ち込んだ。しかし、その攻撃は跳ね戻ってきた片手棍に防がれる。

 

 剣が弾かれたことで、一時的に右脇腹ががら空きになった。ケイタはその隙を逃さず、下段から上段へ跳ね上がる起動のソードスキルを使い、俺に攻撃を叩き込んだ。

 

 それを慌てて盾でガード。シールドバッシュで迎撃しつつ、剣を引き戻してバーチカルを頭部へ叩き込む。

 

 この軌道、決まるーー!

 

 バーチカルは正確に、まるで糸を引くようにケイタの頭部を打った。

 

 それによりデュエルは終了し、俺はゆっくりと剣を収めると、ケイタに向かって右手を差し出した。

 

「グットゲーム」

 

「ーーはは、やっぱり強いや」

 

 そう言って笑うケイタ。彼は謙遜しているが、実際、彼は強い。攻撃への反応速度は、アニメの主人公を思わせるところがある。

 

 それに、彼が負けたのは、単に実力が足りなかったからではないのだ。

 

 ギルドのみんなには見えていなかったが、俺は盾で攻撃を防いだとき、確かに見たのだ。ケイタの真横に、レベル減少を示すウィンドウを。

 

 これはレベルドレイン。触れた相手のレベルを下げるマイティアクションXプロト0の能力で、作中(エグゼイドの方)では、パラドのパーフェクトノックアウトの異常なレベルを下げるために、ゲンムが使ったのだった。

 

 これほどPvPに長けた能力はないが、このSAOではあまりPvP能力が重宝されないし、需要もあまりない。このゲームでPKーープレイヤーキルの略だがーーをすれば、それは人を殺すことになってしまう。

 

 ーーこの能力が活用されることはないかな、なんて思いつつ、俺はレベルドレインのことを意識の隅に追いやった。



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運命との邂逅

 お久しぶりです。
 これから、本腰入れて「デスゲームの半死人」書いていきますので、どうかご期待下さい。


 あのデュエルの日から約4か月後のこと。現実時間の6月1日。ギルド、「月夜の黒猫団」は、最前線から離れた、攻略済みの層にレベリングに来ていた。

 

 別段特別な事ではない。いつものことだ。いつもと同じ層の、いつもと同じ場所の狩り。

 

 しかし、昼頃。団員の一人が、不意にこう言った。「迷宮区に行かないか」 と。

 

 最初は反対意見もあった。これまで狩りをしていたのは迷宮区から離れたダンジョンのみであり、迷宮区周辺にだって、たまにしか近づかないからだ。それを、いきなり迷宮区攻略など。死の危険が高まる、と全員が口を揃えて言った。

 

 しかし、しばらくすると、昨日レベルが上がって浮かれた皆はーー勿論俺もーー迷宮区に行くと肚を決めてしまった。

 

 久々に入る迷宮区独特の威圧感を振り払うように抜剣すると、俺たちは迷宮区に入った。

 

 そして、案の定というべきか。3階の比較的安全なエリアから動けなくなってしまったのだ。

 

 ここのモンスターは単騎ではそこまで強くない。しかし、数が多いうえに素早いのだ。このパーティーには攻撃の要であるアタッカーが、俺とケイタしか居ない。ジリ貧になるのは必須だった。

 

 俺たちは階段に向かっている筈だったが、どんどん最新部に追いやられていく。

 

 俺は槍使いがスタンさせたモンスターに向かってホリゾンダル・スクエアを放ち、貧弱なHPバーを貪る。しかし、そのソードスキルの技後硬直時間を突き、真横から短剣の刺突攻撃が飛んできた。

 

 それをまともに食らい、俺はHPを2割りほどまで減らす。

 

 この層まで来ても、俺の残りライフは89ほど。次攻撃を食らったら、確実に仕留められる。

 

 勝てないーー。俺は生き残るかもしれない。残りライフは膨大だ。俺一人だけなら生き残れる。

 

 しかし、黒猫団はどうなる? これはゲームだ。執念や思いの力でこの状況が覆せるわけがない。壊滅ーー最悪、俺を残して全滅だ。

 

 そう思ってしまい、一瞬剣を止めた瞬間、頭上に影が射した。見ると、頭上に牛頭モンスターの装備である大剣が迫っている。

 

 死ぬーー! そう確信した瞬間、俺は自分が死ぬ姿を幻視した。

 

 しかし、一拍おいて聞こえてきたのは無機質な「ゲームオーバー」音声ではなく、ガラスをかち割ったような大音響だった。

 

 見ると、目の前のモンスターは跡形もなく消し飛ばされており、そこには大量のポリゴン片が舞っていた。

 

 ーーモンスターが、倒されたのだ。たった1ドットとして、HPが減っていなかったモンスターが。

 

「危ないところでしたね。ちょっと助太刀させてもらいーーますっ!」

 

 不意にそんな声がーーどこかで聞き覚えのある声が聞こえ、俺は右へと視線をやった。

 

 右には、黒いコートを着込み、紫がかった片手剣を構える剣士が立っていた。俺に声をかけつつ、ホリゾンダル・スクエアをさっき俺に攻撃したゴブリンに打ち込む。

 

 ーー黒の剣士。全線で活躍するソロプレイヤーであり、ベータテスターという経歴を持つ、盾無しの片手剣使い。

 

 そこに立っていたのは、主人公(キリト)だった。声がアニメの声優のままだったので、聞き覚えがあっても無理はない。

 

 俺はしばし唖然として黒の剣士の剣舞を見ていたが、直ぐに正気を取り戻した。俺一人、コンテニューできる俺が一人、状況打破をサボるわけにはいかない。

 

 俺はゴブリンに向けて片手剣重攻撃技「ジャスト・クレイドル」を放った。この技は片手剣スキル熟練度500でウィンドウに出現したもので、ヒット時75%でスタンがとれるうえに、他の重攻撃ソードスキルと比べて切り返しが早いので、愛用させてもらっている。

 

 案の定、ゴブリンはスタンした。そこで俺はスイッチを宣言。後ろに陣取っていたサチに止めを依頼した。

 

 サチの刺突ソードスキルがゴブリンに突き刺さった瞬間、ゴブリンはポリゴン片となって消滅した。それを視界の端に納めつつポーションを喉の奥に押し込むと、完全な回復を待たず全線に復帰。そのままの勢いで、最後の一匹ーー出現率の極めて低い黒いゴブリンを強引なラッシュで斬り倒す。

 

 その一撃で、モンスター郡は一先ず完全に止めることができた。しかし、このままここに留まっていてはいけない。直ぐにモンスターが押し寄せてくる。

 

「や、やっぱり迷宮区攻略なんて無謀だったんだ...」

 

 そうかすれた声で呟いたのは、「テツオ」という名前を設定している黒猫団のメンバーだった。

 

「そうだな。死ぬところだった」

 

 どうにかそれだけ返してから、俺は溜めていた息をゆっくりと吐き出した。思ったより精神的に疲弊しているらしい。剣を持つ手が心なしか震えている。

 

「こ、これからどうするの...?」

 

 それを言ったのはサチ。声には一抹の不安が滲んでいる。

 

「あの、良かったら、出口まで前、支えてましょうか?」

 

 ふと。ギルドの思い空気を傍観していたキリトが発言した。皮肉にも、原作沿いのセリフで。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 

 それから数十分して、黒猫団はどうにか、迷宮区から脱出することができた。

 

 この脱出の立役者は誰がどこからどう見てもキリトだ。彼は原作と同じように、使うソードスキルを制限して戦っていたが、何より、素のプレイスキルが高く、対処が困難なゴブリンをいとも容易く処理するなど、このパーティの戦力に大きく貢献した。

 

「さっきはどうも、ありがとうございました」

 

 黒猫団メンバー全員とキリトの自己紹介が終わり、場が落ち着いた後。その階層の薄暗いBARで、ケイタはキリトに改めて感謝の意を示した。

 

「あなたが来なかったら助からなかった。俺からもお礼を言わせてください」

 

 それに続き、俺もそう言う。因みに、内心興奮しているため、声が少し上ずっているのは俺しか気づいていないようだった。

 

「敬語はできればやめよう。多分年も近いだろうから。それと、あの場面であの行動に出るのは当然のことだ。そんなに感謝されることじゃない...と思う」

 

 そう言って頭をかく主人公の姿に、俺は妙な感慨を覚えていた。

 

 この数分後、キリトは黒猫団に入った。ーーその行動が、このギルドの運命を揺り動かすことなど、知りもせず。

 

 尤も、そのことはこの場の誰も祈念できなかったのだ。そう、「転生者」である俺でさえ。



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告発と覚悟の話

 あの日から一週間。現実時間の6月8日。俺はメールで、キリトから呼び出されていた。

 

 キリトはすっかり月夜の黒猫団のメンバーで、今はテツオや俺と並ぶ、優秀なアタッカーとしてパーティーのレベリングに貢献している。

 

 しかし、俺は知っているのだ。キリトが本当のレベルを隠していることも、エクストラスキルを入手していることも、そして、レベリングの時にパーティーを誘導していることも。

 

 だからこそ、「知らない」この呼び出しには驚いた。キリトが俺を呼び出す理由など思い当たらない。

 

 呼び出された場所、25層の安全コード圏内に存在する路地の裏手に行くと、そこでは一層ボスのドロップアイテムにして標準装備である黒コートを着込んだキリトが佇んでいた。

 

 今日はギルドで、一旦レベリングを休みにして休息日にする、と取り決めたので、本来なら武装をする必要はない筈だがーー。キリトは背中に剣を差している。

 

「話って何だ?」

 

 俺は警戒心も威圧も嫌悪もない、純真な声色でそう問いかけた。相手の目的も、心理も知らずに。

 

「ーークロ、あんただよな。一層の、「エクストラスキル使い」ってのは」

 

 どきりとした。ここ数ヵ月、俺はエクストラスキルのことを追及されなかったからだ。

 

 因みに、俺のエクストラスキルのことはこのゲーム中の新聞に載っており、今でも、様々な憶測が飛び交っているらしい。尤も、エクストラスキルのことを宣言した時点では記録結晶を所持しているプレイヤーは居なかったらしく、スキル概要のみが語り継がれている。

 

 プレイヤーネームがわれていなかったのは何よりの僥倖であったと言えるだろう。俺のプレイヤーネームは「Kuro」で、一層の剣士の碑まで確認に行ったところ、同一のプレイヤーネームを使用しているプレイヤーはなんと三桁単位で存在していたので、名前を流布させても無意味だと思ったかもしれないが、名前がわれてしまえば、今の立ち位置に俺は居なかっただろう。

 

「気付いてたのか」

 

 俺は警戒の滲んだ声色でそう答えた。

 

「あの時のことを思い出したのは数日前さ。おかしいと思ったんだ。クロは戦いへの恐怖が全くと言って良いほどない。普通、HPバーが5割りに迫ってくれば誰でも動きが僅かに鈍る筈なんだ。でも、この前のあんたは動きが鈍るどころか、逆に動きが機敏になっていた」

 

 そんなことができるのは余程の戦闘狂かバカか、エクストラスキル使いさ、とキリトは付け加えた。

 

 全く、よく見ている。この男に隙はないんじゃないかと思えてくるくらいだ。

 

 キリトは尚も雄弁に語る。

 

「で、思い出したのさ。「コンテニューしてでもクリアする」なんてキザな台詞を。どうやら、あの時からプレイスタイルは変わってないみたいだな」

 

「そっちもな。盾なしの片手剣士。そう言えば、前線のダンジョンでそんな風貌のプレイヤーをよく見かけるって聞いたことがあるな」

 

 売り言葉に買い言葉。俺はつい、知っていること(原作知識)を使い、キリトを逆に煽ってしまった。

 

 因みに、この口調はキリト譲りだ。前世のMMOでよくしていたロールプレイがここでも出てしまう。

 

 それを宣言した瞬間、彼の顔が曇る。彼にとっても、ステータスに関する秘密は暴かれたくないのだろう。

 

「今のレベルはどれくらいだ? サチやケイタ、皆のレベルより20は上だろう?」

 

 俺はそこに畳み掛ける。脅迫じみてきているが、そんなことは知ったことではない。早く、論の焦点を俺のエクストラスキルのことから離さなければ。

 

「ーー互いに秘密があったとはな。秘密がない人間なんて居ない、か」

 

 ふと、キリトは遠い目をした。それは、キリトの、他人との間に壁を作りたがる気性と何か関係があるのかもしれないと思ったが、今はそんなこと重要じゃない。

 

「なあ、キリトよ。この、黒猫団は居心地がいいと、そう思わないか」

 

 ふと。俺は知らず知らずのうちにそう呟いていた。ダメだ。これじゃ、本当の脅迫じゃないか。

 

 だが、一度言ってしまったものは止められない。俺の口は止まらない。

 

「互いに、この秘密は仕舞っておこう。口に出さなければいいんだ。ただ、それだけだ」

 

 そんなことはない、と、心の中のもう一人の自分が言う。

 

 このエクストラスキルの性質上、プレイヤースキルや各種ノーマルスキルの熟練度は上昇しても、レベルによって上昇するアバターステータスは上昇しない。このままでは、上がり続ける皆のレベルについていけなくなる筈だ。

 

「ーー分かった。まさか、あんたが逆にこっちを脅迫してくるとはな。正直なとこ、そんなに気が強い奴には見えなかったけど」

 

「それはこっちだって同じことだ」

 

 それだけ言い残すと、俺はその場から去った。

 

(しかし、さっきも考えていたが、本当にこのままでいいんだろうか)

 

 別段することもなく、フラフラと歩いていた10層の圏内で、俺はそんなことを考えていた。

 

 原作では、今、6月のいつかに黒猫団が壊滅したのだった。この世界ではそんな気配はないが、しかし、いつそんなことになってしまうか分からない。

 

 それは、自分の数値的ステータスの低さを憂いているが故の葛藤であるかもしれなかった。

 

 俺の残りライフは昨今、全く減っていない。90だ。つまり、11レベル相等だということ。それは喜ばしいことではあるが、数値的な成長がない、というのはそれはそれで悲しくもある。

 

 否。悲しい、なんて問題ではない。正直、ギルドのメンバーから怪しまれているような気がする。

 

 スキル構成は別に悪くないーーと思う。片手剣スキル、盾スキル、自動回復スキル、そして、隠蔽スキルの派生、誇大スキル、言わずもがな、「プロトマイティアクションゲーマーレベルX-0」

 

 俺が装備しているのはその五つだ。そして、装備数の限界はそこでもある。スキルスロットの増加量速度の早さには驚いたが、とにかく、今の俺には、スキルスロットが五つあるのだ。

 

 しかし、それだけで現在の狩り場のモンスターとやり合うのは些か不安が残る。今も黒猫団の平均レベルは俺を加算しなければ上がり続けている。この調子で狩り場が後一層でも上になれば、俺は死んでしまう。初めて、ギルドメンバーの前で無様な死に体をさらしてしまうかもしれない。

 

 そろそろ、覚悟を決めるか。

 

 思えば俺は今まで、このゲームで、自身に於ける「現実の死」を感じたことはなかった。自分だけは死なないだろう、と自負してさえいたかもしれない。

 

 だが、いつまでもそんな傲慢を抱えているわけにはいかない。

 

 そう思考すると、俺はウィンドウを開き、慣れた手つきで武装を整えていくと、ゆっくりと歩き始めた。

 

 向かうは、圏外、ダンジョンの方向。

 



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性質理解

 その日、俺はいつもの狩り場から五層先の階層へと足を踏み入れた。ポーチになけなしの資金を費やして購入した転移結晶を忍ばせ、万全の体制で。

 

 その日、俺はいつもの通り、技後硬直時間の短いソードスキルをモンスター相手に連発し、二桁単位でモンスターを狩り続けた。

 

 その日、俺はーー

 

 久しぶりに、数ヵ月ぶりに、「死」を体験した。身体中から力が抜け、アバターが殆ど動かなくなる、あの感覚を体験したのだ。

 

 そして、コンテニューの感覚も。

 

 俺が十層でした「覚悟」とは、残機を削る覚悟だ。自分の数値的ステータスを能動的に高めるためのクレイジーな行動ーー。

 

 俺はそこが「安全コード圏外」であると知りながら、ウィンドウをやけに緩慢な動きで操作し、ダンジョンの中でスキルポイントを振り分けようと画策した。

 

 そして、ウィンドウの数値を見て息を呑むことになる。

 

 なんということか。ウィンドウに写し出されている数値は、通常の上昇値の倍、否、3.5倍は増加していた。

 

 俺はずっと、ゲームオーバーによるステータスの上昇値は固定されていると思っていた。通常のアバターのレベルに準拠しているのだと。

 

 だが、違った。

 

 考えれば分かることだ。この、死亡によりステータスが上昇する現象は、「プロトマイティアクションゲーマーレベルX―0」のレベルX要素、「デンジャラスゾンビ」の死亡データ収集を再現したものだ。

 

 つまり、このステータスの上昇は、何らかのデータによって変動するということになる。

 

 これは予想となるが、死亡時、それまでに減少したHPの総量がそのまま上昇値として反映されるのではないだろうか。

 

 ーーと、そんなことを考えていた矢先、俺はまた死亡した。俺がさっき2桁単位でモンスターを葬ることができたのは、この階層のモンスターに鈍重で重攻撃を主体とするものが多かったからだ。鈍重なモンスターの攻撃は回避しやすいのだ。

 

 しかし、まともに食らってしまえばその限りではない。今、注意が散漫になっていた俺は真正面から大剣のソードスキルを受けた。だから死亡してしまったのだ。

 

 蘇生直後、俺はその場から離れることなくウィンドウを確認した。

 

 そこに表示されていた数値は、かなり前のステータス上昇値より高まっていたが、それでも、さっきのポイントと比較すれば明らかに低かった。

 

 そして、良く良く見てみれば、その数値は現在のHP数値と同一だった。

 

 決まりだ。ステータス上昇値は、受けたダメージ量に依存している。

 

 これは、捉え方によっては物凄く大きなアドバンテージとなるものだ。普通、ステータスの上昇値はシステムに定められており、それを変えることはできない。

 

 しかし、このエクストラスキルがあれば別だ。このスキルはその定立を崩壊させる。

 

 俺はそれを確認すると、転移結晶を取りだし、それを発動させようとした。

 

 しかし。転移を宣言した所で、ふと、俺は回廊の奥から、さっきまで狩っていたモンスター、「ストッパー・オーク」の咆哮を聞き取った。

 

 このダンジョンのーーいや、そもそもこのゲームのモンスターは、意味もなく咆哮をしたりはしない。するとしたら、それはある1つの条件下の場合のみだ。

 

 ーープレイヤー、つまり、人間と遭遇した時のみ。

 

 地名を宣言していなかったのが功を奏した。俺は主街区への転移をすんでのところで打ち止め、回廊の奥へ向かって、敏捷力補正の許す限りの速度で走り出す。

 

 俺はステータス上昇値の殆どを敏捷力に注ぎ込んでいる。だから、その地点まではものの数秒で駆けつけられた。

 

 そこでは、剣をさらわれ、満身創痍という形容が似合うくらいにモンスターに追い詰められた女性プレイヤーが、少しでも後退しようと、倒れこんだ姿勢のまま地面を掻いていた。

 

 しかし、それによって発生する推力は微々たるものだ。実際、彼女の眼前で大剣を構えるモンスターが腕を冷酷に降り下ろす速度よりも、彼女の後退のペースの方が遅いだろう。

 

 刹那。あらゆる逡巡を捨てた俺は駆け出した。あのモンスターは刺突攻撃に弱い。レイジスパイクが有効だろう。

 

 俺は思考した通りに片手剣カテゴリの初歩スキル、レイジスパイクを奴に向かって打ち込んだ。仮想の空気が焼ける音が響き、ダメージサウンドエフェクトとダメージエフェクトを伴い、モンスターが仰け反る。

 

 俺はそこから、剣を引き戻し、片手剣カテゴリ重攻撃技、「ジャスト・クレイドル」を発動。大上段に振りかぶった片手剣を勢い良く奴に向かって振り下ろし、HPバーを5割位置まで削り取る。ーーと、そこで、奴はこの攻撃に堪えかねてスタンする。

 

 この技は重攻撃にしては技後硬直時間が短いが、それでも、他の軽いソードスキルと比較すれば長い方だ。

 

 俺が硬直し、モンスターがスタンしているうちに、こいつに襲われていたプレイヤーはそそくさと剣を拾いに行った。その彼女はその短剣を素早く拾い上げると、モンスターに向かって突進を繰り出した。その手にはしっかりと探検が握られている。

 

 ーーと次の瞬間、彼女の突進を食らった奴は、無数のポリゴン片となって爆発四散した。

 

 彼女が使ったソードスキルは短剣カテゴリの中でもそれなりに熟練度の必要な、「カスタード・バイ」か。確か、うちのギルドに一人、あれを使っている奴が居た筈だ。このソードスキルは、短剣の中でも随一の爆発力を秘めている。技後硬直時間が長いことから忌避されがちだが、使えるソードスキルではあるーーとシーフのハルカゼは言っていた。

 

「た、助かりました、ありがとうございます!」

 

 彼女は礼を言うと、そそくさとその場から立ち去ろうとした。しかし、あのモンスターに苦戦するようでは、ここから無事に生きて帰るのは難しいのでないか。

 

 そう判断した俺は、彼女に声をかけた。

 

「ここは危ないモンスターも多いです。良かったら出口まで同行しましょうか?」

 

 彼女はそれを承諾。俺はその日、彼女をそのダンジョンから脱出させた後、しばらくモンスターを狩り続けていた。




 作中に登場した女性と、シーフの名前、「ジャスト・クレイドル」というソードスキルに、「カスタード・バイ」という怪しげな名前のソードスキル。これらはすべてオリジナルです。想像で書いてます。


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小さな俺の話

 本腰入れて投稿すると言っておきながら更新が遅れてしまい申し訳ないです。
 どうすればいいんですかね。まるでモチベーションが上がらない。


「ちょっと、いいかな」

 

 現実時間の6月15日。装備新調やクエストの消化などで休暇日を一日使い果たした俺は、10層の草むらで寝転んでいた。

 

 そんな俺に声をかけたのは、ギルドメンバーのサチだった。

 

「サチか。どうして、ここが?」

 

 確かここが気に入ってることは話していなかった筈だ。

 

「シデンに聞いたの。クロは大体いつも10層に居る、って」

 

 シデン、とはうちのランサーのことで、オリジナルの黒猫団メンバーの中では一二を争うほどの実力者だ。俺は毎回のようにレベリングで助けられている。

 

「ああ、成る程。そう言えばあいつに話してたっけ。ずいぶんとまぁ...俺もこのギルドに溶け込んだなぁ...」

 

 そう感慨深く呟くと、俺は寝転がった姿勢から体勢を起こし、仮想の空を仰ぎ見た。尤も、頭上に広がる夜空も、あくまで上層のタイルに描かれたものであるが。

 

「キミがこのギルドに来て、どれくらい経ったっけ?」

 

「二ヶ月くらいだろ。まー、なんか昔からの知り合いのような気もするけどさ」

 

 で、そう言えば何でサチはここに? と俺は付け加えた。

 

「えーと、その、ね。ちょっと...修行、付けてほしいなぁ、って」

 

「修行ーー?」

 

 突然の言葉に、俺は戸惑う。

 

「最近、別のギルドの友達が、死にかけたらしくて」

 

 締めが甘く、水漏れを起こしている蛇口のように、サチはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「その子は通りかかったプレイヤーに助けてもらったらしいんだけど、その時、ちょうど探索していたダンジョンはレベル的に絶対安全圏って言われてたところらしくてーー」

 

 その友達の心当たりが俺にはあるような気がしたが、直ぐに、傾きかけた思考は彼女の言葉に打ち消される。

 

「それで思ったの。数値的に安全でも、剣士としての力がなかったら、死んじゃうんだ、ってーー」

 

 その声に影が射すのを、俺は耳ざとく聞き取った。そう言えば、ギルドに入ってから、危ない場面は何度かあった。俺が黒猫団に入団するきっかけとなった事件、キリトが助太刀に来なかったら死んでいたかもしれないあの件、そして、最近では昨日、運悪く仕留めきれなかった敵モンスターの所為で、キリトを除くメンバー全員のHPバーが黄色のゾーンに落ちたことがあった。

 

 もしかしたら、サチはそれらの全てに、一抹の責任感を感じているのかもしれない。

 

 それはサチの所為じゃない、と言いたかった。しかし、これはあくまでも推測だ。

 

「だから、修行。べ、別に、迷惑だったら断ってもーー」

 

「いや、いいよ。やろうか」

 

 その代わりに快く返事をしてから、「修行」は始まった。

 

 尤も、修行といっても少年漫画のように奇抜で大層なことをするわけでもなく、暗記しているモンスターの行動パターンでサチに襲いかかる俺を、槍系ソードスキルで迎撃するというものであったのだが。

 

 当初こそ動きに難があったが、ほぼ毎日レベリングをしている甲斐あって、終わる頃にはそれなりに俺の動きについていけるようになっていた。しかし、それでも、俺のスキルに届くことはなかったのだ。

 

 しかし、これは俺の才能でも、努力の賜物でもない。(カーディナル)に与えられた不遜な福音の副次作用なのだ。それを思うと、少し複雑な気分になる。

 

「あー、疲れた」

 

「そうだなぁ...」

 

 こめかみに指を当てつつ、俺は草むらに座り込んで、サチに応えた。

 

「ーーやっぱりクロは強いなぁ。全然追い付けないや」

 

「そうでもないよ。危ない場面だって何度もあったし、実際に一本取ったことだってあったじゃないか」

 

 そう返すと、「そうじゃないよ」とサチは答えてきた。

 

「心が、ね。キミには迷いがない。だから、ずっと迷ってる私より遥かに強い」

 

「それはーー」

 

 違う、という言葉を遮るように、サチは加えて言葉を紡いだ。

 

「ねぇ、クロ」

 

「ーー何?」

 

「クロはさ、このゲームが怖くないの?」

 

 その質問は、ゲームの数値的な話ではなく、根本の状況について問うていうように聞こえた。

 

「怖いよ」

 

 即答だった。少しの迷いもなかった。

 

「ーーーーー」

 

 サチは黙っている。その心情を推察することはできなかったが、それでも、俺は言葉を紡ぎ続ける。

 

「だから、怖くない」

 

「どういう事?」

 

「怖いってことはつまり、自分のHPバーには命が宿っていて、それが無くなったら死んでしまう、って覚悟できているってことだ。ーーそれを認識できなくなったらおしまいだ。だから、まだ人間なんだ、って。まだ自分は生きてるんだって実感できるんだ。ゲームの異常性が霞むほどこのゲームに慣れてしまえばそこまでだ。人間じゃなくなってしまう」

 

 恐怖だって、悪いものじゃないーー

 

「ーーわたし、は」

 

 サチの声はどこか濡れているように聞こえた。軋んだ声だった。

 

「私は、そんな風にはなれない。怖いのに、命があるから戦い続けられるなんて」

 

「そんなものだよ、皆」

 

 ふと。俺は正面から、サチの瞳を見据えた。その瞳はソードアート・オンラインというシステムが作り出したポリゴンの羅列だ。しかし、そこには魂が宿っていて、命がある。

 

「でも、サチは戦い続けている」

 

「それはーー皆に置いていかれたくないからーー大層な目的があるわけじゃない。ホントは、いつも、どこかでーー」

 

 逃げたいと思っている。言葉の裏に隠されたそんな思いを、俺は刹那に読み取った。

 

「命を懸けているんだ。それだけで大層なことだ」

 

 その言葉で、会話は終了した。この後、少し雑談したような気もするが、どうも、この夜の記憶は後々になってもはっきりしない。ここから何を話したのかは全く覚えていないのだ。

 

 しかし、俺の記憶の中には、痛いくらいの哀愁を滲ませる、この日のサチの顔が、いつまでも焼き付いている。

 



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繰り返す歴史について

 不幸。幸運の対義語であり、恵まれない環境にあることを指す言葉である。

 

 俺は刹那的に、そんな言葉を思い浮かべていた。今までの人生で揶揄するように吐き捨ててきたこの言葉の重さが、こんな非常時になって漸く理解できたなど、自分が情けなくなってくる。

 

 とにもかくにも、俺という奴は、「本当の不幸」を知らなかったわけだ。今までずっと、そんなものとは無縁な人生をおくっていたからだ。

 

 ーーしかし、今。俺は「不幸」としか名状できない展開に遭遇している。

 

 誰か。ああ、誰でもいい。俺を、俺たちを救ってくれ。

 

 切に、悲嘆に歪む表情を携え、俺は胸中でそう叫んだ。

 

 

 ことの始まりは、今までの狩り場では稼ぎが悪くなってきているので、レベリングに使うダンジョンを変えようという話が挙がったところだった。

 

 それはメンバー全員が感じていたことで、俺もそれは感じていた。

 

 そして、そんな中、シーフであるハルカゼが言った。「いいダンジョンがあるってNPCから聞いたから行かないか」と。

 

 それに黒猫団メンバーは同意した。キリトは少しキレの悪そうな表情で、ケイタは一切の邪念がないというような爽やかな表情で、サチは少し引け腰で、俺は何の疑いも持たず、テツオとシデンも同様だった。

 

 俺たちは30分ほどで、森の奥にあるというそのダンジョンに辿り着き、数時間にわたってレベリングをしていた。

 

 その時のレベリングは充実していた。今までにないくらいだった。だからこそ、時折キリトの顔にちらつく翳りが、妙にひっかかった。

 

 そして、その瞬間はやってきた。

 

 その数分には、いくつかの不幸が立て続けに起きた。先ず、ハルカゼがマップソナーのスキルを使い、壁の奥に空洞が存在していることを発見したこと。次いで、ケイタが丁度、壁も砕ける重攻撃スキルを覚えてしまったこと。そして、その、壁の向こうへ行こう、という提案に、皆が乗ってしまったことだった。

 

 ケイタは皆の期待に応えるべく、壁を叩き割り、そしてーー

 

 その中に、ギルド全員が侵入した瞬間、床が抜けて下へと落ちてしまったこと。

 

 床が抜けた先には、開けた空間があった。そこは広場というより、地下にある牢獄のようで、それを暗示するかのように、俺たちの前には鉄格子が配置されていた。

 

 その向こうには、大量のモンスター。見たこともないようなNM(ネームドモンスター)から、今までずっと狩っていた昆虫モンスターまで、大小様々な化け物の姿があった。その数は目測でざっと数えても50はある。全員で行って、一人も死者を出さずに勝てる相手ではないだろう。

 

「転移、『オロガイ』!」

 

 ふと、誰かが叫ぶのが聞こえた。それはどうやらテツオのようだった。俺たちが拠点にしている『オロガイ』の名を宣言し、帰ろうというのだ。

 

 しかし、いつまで経っても彼がオロガイに転移される気配はない。聞いたことがある。ダンジョンには、「結晶無効空間」なる、一切の結晶が発動できなくなるマップが存在しているのだ、と。

 

 彼の行動は賢明だった。しかし、今は場が悪かったのだ。却って、皆に絶望を与える手助けをしてしまったのだから。

 

「ハルカゼ、マップソナーは...」

 

 呆然自失、といった調子でランサーのシデンが聞いた。その問いに、彼はしばし言うことを躊躇っていたようだが、やがて呟き声ほどの小さい声で、「ダメだ」と簡潔に言い放った。

 

「どうして、こんなことに...」

 

 懸命に壁を叩いていたケイタも、その発言を受けては行動する気をなくしたようだった。片手棍を取り落とし、地面にへたりこんでしまう。

 

 目の前にあるのは、鉄格子。これの先に出口があることくらい誰にだって推察できる。しかし、あの格子を越えた先に存在するモンスターに、俺たちが敵わないことくらい、このゲームを長くやりこんだプレイヤーなら誰だって理解できる。

 

「あの鉄格子の向こうさえ抜ければ、晴れてゲームクリア...か」

 

 この状況には、さしものキリトも堪えたようだ。声が弱々しい。しかし、口調はいつものように飄々としている。

 

「無理だよキリト、出来っこないーー」

 

 それにはサチが答えた。彼女はいつになく弱気だ。いや、あの10層での夜から、ずっと彼女は迷っているのだ。ずっと弱気だったのだーー。

 

 ふと。自分でも気付かないうちに、俺は剣を抜いていた。ダンジョンは松明で照らされており、剣は、その松明の火の光を反射して煌めいている。

 

 そして、軋るように、あるいは、覚悟を決めた特攻隊の兵士のように、俺はケイタに、ギルドメンバー全員に宣言した。

 

「俺が活路を拓く」

 

「な、何言ってるの、クロ...」

 

「そ、そうだ。あの部屋を抜けるってのか。そんなの無謀だ、何人死者が出るかーー」

 

 その言葉は予想できていたものだった。俺はそれに対し、落ち着き払った声色で応える。

 

「だから俺一人で行く。奴等を全員鏖殺して、活路を拓いてやる」

 

「ダメだ、クロ。ギルドマスターとして、誰一人死なせるわけにはいかない。君の提唱している行為は自殺以外の何でもない」

 

 その言葉に対するケイタの反応もまた落ち着き払っていた。

 

「そうだ。行為自体は自殺としか形容のしようがない」

 

 だが。俺はずっと言えなかった言葉を紡ごうと息を吸い込みーー

 

「ーーでも、俺は違う。俺はもう、死んでいるから...」

 

 しかし、俺の喉から排出された言葉はどこか抽象的で要領を得ないものだった。ここで金輪際すべてを仔細に話しきるほどの精神力、伝達力を今の俺は持ち合わせていなかったのだ。

 

「ごめん、皆」

 

 俺は全てをうやむやにしたまま駆け出した。俺の敏捷力は、そもそものレベルが高いキリトは除くとして、ギルドの中で一番高い。シーフのハルカゼですら、俺の速度には追い付けないのだ。

 

 だから、特に苦もなく鉄格子まで辿り着いた俺は、背後で叫ぶ皆を尻目に、鉄格子に触れた。この類いのギミックは何回か見ている。触れることで、解錠をすることのできるものだ。

 

 次の瞬間、鉄格子が上がり、丁度人一人分の穴が空いた。俺は一切の躊躇なくそこに入ると、鉄格子が降りたのを背を向けたまま確認すると、抜き身の剣を体の正中線に構えて、ソードスキルを発動させた。単発軽攻撃、『ロード・アウェイ』だ。

 

 刹那。一番俺に近い位置に居た蜂型モンスターに、そのソードスキルの迅速な刺突が突き刺さり、そいつのHPバーが五割近くまで割り込んだ瞬間。

 

 その瞬間から、俺と、そのモンスターとの戦争は始まった。

 



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鏖殺碌

 投稿が遅れてしまい申し訳ない。忙しかったのです。僕の心は夢の中にあったのです。
 そして、この先もしばらく、更新が捗捗しくなくなると思われます。本当に申し訳ない。完結させる気はあるのですが.....現実ってやつはいつだって非情ですね。


「あああああああああああああッッ!」

 

 俺は叫び、技後硬直時間が過ぎるとともにソードスキル、「ヴォーパル・ストライク」を発動させ、眼前の手負いのモンスターを殺すとともに、背後に存在していた二体のモンスターにも確実にダメージを与えていく。

 

 この技は原作でやたらとキリトが入れ込んでいたもので、別シリーズにも登場するなど、作者もまた入れ込んでいたので、効果は勿論のこと、初動のモーションまで覚えていた。有能なソードスキルだ。ダメージは多く、出が早く、正確に照準位置を射抜ける。惜しむらくは技後硬直時間が長い点だが、それくらいの誓約は設定しておかないとゲームバランスが崩壊してしまう。

 

 とにもかくにも、そのソードスキルで敵を射抜いた俺は、しばし技後硬直というペナルティを課せられた。その間に、まだ手を付けていなかったNM(ネームドモンスター)の粘液攻撃を食らってしまう。

 

 そのモンスターはカマキリやらハチやらが足された合成昆虫で、口とおぼしき部分から粘液を射出できるのだ。その汁はどうやらデパフを誘発するもののようで、視界端のHPバー下部に移動速度低下表示、バットクリティカル発生確率上昇、猛毒状態を表すアイコンが顕現される。

 

 それを見届け、胸中で毒づいたところで技後硬直時間は終わったようだった。俺はすかさず剣を動かし、初級技となるレイジスパイクで僅か残った敵のHPバーを消滅させた。

 

 そこから、最も間合いの近いモンスターに片手剣カテゴリ5連撃SS「ノイズ・アポイントメント」を発動。神速という形容の相応しい速度で剣を閃かせ、やたらめったらに打ち込んでいるようで規則性のある攻撃でそのモンスターのHPを削る。HPは5割、4割と素早く減少していきーー2割を僅かに切り込んだところで静止した。バットクリティカルだ。与えるダメージ量が上昇(クリティカル)するどころか減少(バット)してしまう魔のデパフ効果ーー。

 

 と次の瞬間、殺しきれなかったそのモンスターが俺に体当たりをかましてきた。そいつは昆虫の癖にゴリラのような体格をしており、防御力を稀薄にしていた華奢な俺は遥か後方に吹き飛ばされる。視界の端でHPバーが4割まで割り込むのが見えた。

 

 俺は手早くベルトに付けていたポーションを喉の奥に押し込むと、HP回復を待たず飛び出した。デパフの効果はまだ続いている。しかし、回復を待っていれば敵にやられてしまう。

 

 ソードスキルによる光芒が宙を舞い、同時に俺の姿がかき消える。否、消えたのではない。高速で姿勢を低くしたため、消えたように見えただけだ。片手剣カテゴリ2連撃SS、「フライ」ーー。上位SSとは思えない名前の短さと手数とは裏腹に、速度、技後硬直時間、ダメージのどれをとっても申し分のないソードスキルだ。

 

 そのソードスキルの一撃目がてんとう虫を巨大化させたような造形のモンスターにヒットし、左足を裂く。それで体勢が崩れたところで、剣のストックによる殴打をそいつの背中に叩き込む。光芒が舞い、僅かばかりの技後硬直時間が課せられるが、この硬直時間は短い。あってないようなものだ。

 

 刹那、それを見た周囲のモンスターは、俺を取り囲むように陣形を取った。剣士である俺が対応できるのは180度前方の敵のみだ。背後からの攻撃には弱い。

 

 厭らしいイベントである。これを設定したカーディナルはアドミニストレータの気があるのか。

 

 俺はふと、そのモンスター郡の背後に存在する階段を見据えた。その階段とこちらの間にはこれまた大仰かつ無常感の漂う鉄格子が配置されている。あれがさっき解錠したギミックのように触れるだけで開いてくれれば話は早いのだが、こんな厭らしい、コロシアムのような仕掛けにそんな「逃げ」が用意されている筈がないだろう。あれに期待していては死ぬ。

 

 俺は囲んでくるモンスターに対し、全方位を切り裂く言わば回転斬りソードスキル「ラウンドアバウト」を発動し、迎撃を図る。

 

 このソードスキルによるダメージはあまり見込めない。あくまでも迎撃用のソードスキルであるからだ。そもそも、こんなソロプレイ用かのような性質のソードスキルがSSスロットに登録されていること自体僥倖なのだ。

 

 そして、SSには技後硬直時間の他にもう一つ、「復帰時間」というペナルティが存在する。これは一度使ったソードスキルを再び使えるようになるまでの時間のことを指す。

 

 そう。つまり、このラウンドアバウトはしかるべき時間にならないと再使用できないのだ。

 

 俺は重攻撃を使用することを躊躇い、ロード・アウェイで眼前の敵を刺突した。軽攻撃のソードスキルだが、ラウンドアバウトでHPの減っているモンスターを倒すには十分だ。刹那、ガラスを砕いたような大音響とともに、その昆虫モンスターは無数のポリゴン片となって爆散した。

 

 俺はそれを無感動に見据えると、再び周囲のモンスターに攻撃を加えようとして、ふと、自分が動けないことに気付いた。緩慢な動きで自分の胸を見ると、そこには何やら、触覚のようなものが突き刺さっていた。その尖端には赤いポリゴン片がこびりついている。それが、俺のものであることは明白だ。

 

 どうやら、その攻撃を繰り出したのは数体存在したNMのうちの一匹であるらしかった。

 

 その触覚ーー否、鎌は、どうやら麻痺を付与する効果があるようだ。視界左上部、HPバーの下にあるアイコンはそれを如実に表している。

 

 動けない。そんな思考が瞬くうちにも、HPバーは減っているのだった。貫通による継続ダメージだ。それによって、俺の命は緩慢に削られていくーー。

 

 麻痺はソロプレイヤーの最大の天敵。どこかで聞いたようなその言葉が脳裏をよぎるが、しかし、もう遅い。俺は死に続けており、それを止める方法は既にないのだから。

 

 視界の端、ここへの入り口付近では、ケイタが必死に鉄格子をこじ開けようとしている。しかし、メイスで叩いていも鉄格子に触れても、筋力パラメーターを限界まで駆使した「こじ開け」も、そのギミックには通用しない。恐らく、一度閉まると条件を満たすまで開かない仕組みになっているのだろう。

 

 俺はもうすぐ死ぬ。ーーもう、希望はない。

 

 遠くで聞こえてくるサチの悲鳴とケイタの叫び、そして、HPバーの減少音を聞き取りつつーー

 

 俺は死んだ。

 




オリジナルソードスキル一覧
・ロード・アウェイ....刺突ソードスキル。ダメージは小さいがその分速く、技後硬直時間もクールタイムも短い
・ノイズ・アポイントメント....5連撃ソードスキル。一撃一撃の重さよりも速さが重視されている。
・フライ....2連撃ソードスキル。全体的な性能バランスが取れており、初動で低姿勢になるのが特徴的である。
・ラウンドアバウト....全方位回転斬りソードスキル。ダメージは小さい。因みにこの単語、直訳すると「迂回」という意味になる。効果とはあまり関係ない気がするが...? モーションはモンスターハンターの片手剣の狩技、ラウンドフォースを思い浮かべてもらえればいいと思う。
・ジャスト・クレイドル.....重攻撃。スタンをとりやすい。しかし重い故に技後硬直も初動も遅いため、ソロプレイではあまり使えない。


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剣舞による鏖殺

 なにとなしにキーボードに向かっていたら創作意欲が溢れてきて、気付いたら3000文字近く書いていました(唐突)
 僕を悩ましている現実の問題もこんな簡単に片付いたらいいのに。


『GAME OVER』

 

 前世、今世で、どれだけこの無機質なメッセージを聞いただろう。

 

 デスゲームと化していないモニターゲーム内では、勝利メッセージと同等の頻度でこのメッセージが画面一杯に浮かび上がる。このメッセージが示すのは死。アバターの一時的な消滅だ。

 

 だが。

 

 ことデスゲームに於いて、そんなものはあり得ない。この世界で失われたアバターは元には戻らないのだから。

 

 だが。

 

 このスキルは、そんな定立を破壊する。

 

 次の瞬間。さっきまで俺が戦場としていたコロシアムの一角に土管が形成され、その中から俺が排出される。それと同時に、「87」と記されたウィンドウの数字が「86」に変わる。

 

 久々の、「死」だ。しかし、感慨など沸かない。さっき仲間にも言ったように、俺はもう死んでしまっているから。言わば、「デスゲームの死人」なのだから。

 

 仲間の唖然とした声がここからでも聞こえてくる。懐疑、驚愕、あるいは畏怖。それらがないまぜとなった混沌とした声が。

 

 俺はもう一度剣を抜き放ち、さっき自分を葬ったNMへと突進していった。あいつの触手。あれで攻撃されればそれだけで即、死だ。なので、最初にあいつを片付ける必要がある。

 

 俺は間合いの外からSS、「ヴォーパル・ストライク」を発動させると、周囲のモンスター3体を薙ぎ払いつつそいつに剣先を向けて突進した。

 

 俺の持っている剣ーーとあるクエストの報酬アイテムとなる片手剣、「クエイクボトムズ」は、要求STR(力)値の低い、軽い剣である。よって、突進系、刺突系のソードスキルの威力を十分に引き出せないと思われがちだが、それは違う。この剣は鋭度の高い設定であり、むしろ、この剣が本領を発揮するのは刺突ソードスキル使用時である。

 

 クエイクボトムズの、松明を受けて輝く曇天色の剣尖は糸を引くようにNMへと向かいーーその眼球に命中した。ぐちゃり、と厭らしい音が響き渡り、次いで、快感を感じるレベルの手応えとともに、そいつのHPバーが7割まで割り込んだ。

 

 相手はNM。威力だけ見れば所持SSの中で最強のものを使用しても、これだけのダメージしか稼げないのは至極当然のことだろう。

 

 しかし、「これだけ」という言葉の判断基準は通常のモンスターだ。NMに放ったソードスキルだと思えば、削れた方なのかもしれない。

 

 と次の瞬間、技後硬直のペナルティを課せられ、嫌でも静止してしまう俺を、横からモンスターがどついた。その反動で俺は吹き飛び、コロシアムの岩壁に激突して満単だったHPを6割地点まで減らしてしまう。

 

 これは痛手だ。だが、あのNMの反則レベルの触角を食らうのと比べれば遥かにマシだ。

 

 俺は凹んだ岩壁から脱出すると、HP回復を怠り、再びあのモンスターへと斬りかかりに飛び出す。使うソードスキルはさっきと同じだ。対モンスター戦に於いて最強の、「ヴォーパル・ストライク」ーー。

 

 今度の突撃は、なんということか、そいつの鎌によって防がれてしまう。さっきは完全な不意打ち故にすんなりと攻撃が通ったが、今回は違った。奴の行動パターンには、「ブロック」というものも存在したのだ。

 

 しかしそれでも、2割ほどはもっていけた。NMのHPは後5割ほど。いける。倒せる。俺がそう思考した瞬間、ふと、飛んできた真横からの攻撃に、俺は麻痺させられ、その場に倒れ込んでしまう。

 

 麻痺し、攻撃してきた相手も見えない中、俺は視界の右隅に浮かび上がるHPバーを見た。このゲームでは、フロアボスやNMがプレイヤーを知覚した瞬間にそいつのHPバーが視界に浮かび上がる仕組みになっている。通常のモンスターとの差別化を図るためのシステムだ。

 

 今、俺はそれのお陰で自分を襲ったモンスターの正体を理解していた。それは、もう一体のNMだ。もう一体存在していたNMが、俺を麻痺させたのだ。

 

 ーー刹那。そいつの鋭利な爪先が俺の背中に食い込むと、神速という形容が相応しい速度でHPバーが減少していきーー0になった。

 

 その瞬間、俺の体は無数のポリゴン片となって爆発四散し、そして、再構成された。離れた地点に発生した土管から這い出ると、俺は再び剣を構え、ずっと練習していた技を放つために二歩前に出た。その間にもモンスターがにじり寄ってくるが、それを無視し、俺はソードスキル、「レイジスパイク」を発動する。

 

 深紅のライトエフェクトが剣尖から散り、人間の限界を超えた速度でアバターが照準したNMへと向かっていく。

 

 そのレイジスパイクは糸を引くように、あるいは吸い込まれるようにそいつに命中した。本来ならば、ここでソードスキルの運動は終わり、ライトエフェクトが消滅し、そして技後硬直時間が課せられる羽目となる。

 

 しかし。そんな定立を壊すのが、この技術だ。

 

 俺は技後硬直時間が課せられる直前、まだ僅かばかり体が動くタイミングを見計らって、剣尖をほんの僅か下へと動かして、伸ばしきった肘を定位置に引き戻す。

 

 と次の瞬間。剣のライトエフェクトが不自然に消滅し、そして、青白い、新しいライトエフェクトが生まれた。

 

 そこから、俺は再び肘を伸ばしきり放った。軽い刺突ソードスキル、「ロード・アウェイ」を。

 

 これは、ソードアートオンラインの、アリシゼーション編でユージオが使った、片手剣のみのスキルコネクトだ。

 

 スキルコネクトとは、二刀流スキルを失ったキリトが考案した技の体系で、ソードスキルの終了間際の時間、技後硬直時間の直前に無理矢理別のソードスキルの初動モーションを取ることで、技後硬直時間を無視して別のソードスキルを発動させるというものだ。

 

 これはシステムを欺く技であるため、成功率が非常に低い。言わば、旧式ゲームハードで能動的に誘発できるバグのようなものであるためだ。

 

 しかし。成功した時のアドバンテージは計り知れない。技後硬直が存在しない技の連続だ。技を受けた相手が反撃するための隙を完全に消すことができる。

 

 放たれた、「ロード・アウェイ」は、そいつの眼球に命中した。さっきまで斬っていたNMと同じ部分への攻撃である。こちらも同じように大きくHPを削ることができた。

 

 しかし、それでも後8割、HPが残っている。それを削り切らなければいけないわけだ。

 

 俺は左手の盾をすかさず体の前で構え、剣が引き戻される直前で盾で唯一の攻撃スキル、「ザ・バッシュ」を発動させた。これまた不自然に右手が自由になり、左手はそれと異なり、NMに向かって打ち込まれた。

 

 ザ・バッシュはダメージが少ないものの、ノックバック性能の高いスキル。それを顔面に食らったそいつは、大きく仰け反ってしまう。

 

 そこが狙い目だ。俺は盾を中心に散るライトエフェクトが消えるよりも早く剣を体の正中線に沿え、放った。重攻撃ソードスキル、「ジャスト・クレイドル」を。

 

 これは出までに僅か時間がかかる。これの初動の時点でやられるなどというのはご愛敬だ。

 

 しかし、奴はーーNMは今、仰け反っている。そして、他のモンスターのCPUは今の動きについてこれていないため、反応することができない。

 

 抜けるーー。そう確信した俺の剣は、確実に、NMの体を裂き、その破壊の一閃が半分まで到達したところで、俺は別のソードスキルを発動させる。回転斬りのソードスキル、「ラウンドアバウト」だ。奴の額から超高速で剣が引き抜かれ、周囲のモンスターを引き裂きつつ、確実にNMへとダメージを与えていく。

 

 スキルコネクトで発動できるソードスキルを全て打ち終わったうえで、俺は最後に、辛うじて動いた足でモンスターの顎を蹴りあげる。

 

 それが致命傷となった。俺の蹴りを受けたそいつは、無数のポリゴン片となって霧散し、そして、二度と蘇らなかった。

 

 やった。俺は僅かな勝利感と、未来への希望で歓喜していた。これで勝てる。厄介なNMを一体葬り、そして、スキルコネクトのコツを掴んだのだ、俺は。

 

 そう、このまま二体目を葬り、周囲のモンスターを一掃すれば勝てるーー。

 

 と次の瞬間。

 

 俺の腕の中で、曇天色の剣が砕けた。

 

 とっくに、耐久値はゼロになっていたのだ。

 



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反旗を翻したように

 お久しぶりです。立て込んだ状況が一段落したので戻ってきました。
 しかし、この物語、どこに向かってるんでしたっけ?


 剣が、砕けた。

 

 その事実を認識し、受け入れ、現実を肯定できるようになるまでには数秒を要した。

 

 剣は剣士ーーSAOプレイヤーの命にも等しい存在だ。だから、ある程度このゲームをやりこんだプレイヤーならば、耐久値にはHPバーの次に気を配るものだ。戦闘中に剣が砕け散る、もしくはヘシ折れるようなことになれば、そこで生命線は絶たれてしまうからだ。未来への道が閉ざされてしまうからだ。

 

 そう。

 

 つまり、俺の生命線は、運命の糸とやらは、切れた、と、そういうことなのだろう。剣が折れてしまったのだ。替えの剣も体術スキルも持っていない俺はーー。

 

 否、あるにはある。前々から、片手剣が俺のプレイに合っているか疑問だったので、俺は曲刀スキルを修練していたのだ。そのスキルポイントは300であり、ソードスキルも十分使い慣れている。

 

 しかし、パワー不足は否めない。今の俺の片手剣スキルポントは943。曲刀スキルとは600以上も数値的な差があるうえに、その化け物のようなスキルポイントを以てしても、俺は二回死んでしまったのだ。曲刀を用いても状況は覆らない。いや、むしろ悪化してしまうだろう。

 

 俺は何も残っていない腕をしばらく見つめていたがーーやがて、こちらへ向かって打ち込まれた攻撃で我に返り、その、中型モンスターの毒針による刺突を盾で防ぐ。衝撃が抜け、腐蝕属性が含まれていたのか盾が僅か溶けるが、構わず俺は「ザ・バッシュ」を放ってそいつを突き放す。

 

 そうだ。迷っていたって仕方がない。戦わなければ生き残れないのだ。この世界では。迷っているうちに死んでしまうならーー例え戦いがどれだけ悪辣でも、この背で背負ってやらなければならない。

 

 取り敢えず、剣が無ければ戦いにならないので、俺は手早くウィンドウを操作して剣を実体化させようと画策する。しかし、その作業時間中ずっと待っているモンスターなど居ない。当然攻撃してくる。

 

 毒針が胸に突き立てられ、体当たりが鳩尾に突き刺さり、鎌で切り裂かれたところで、俺は漸く剣の実体化に成功したのだった。

 

 しかし、その時点で既に、俺のHPバーは赤の危険域まで割り込んでいた。もう助からない。俺はそれを悟ると、剣の柄に手をかけるのをやめ、眼前に迫った相手モンスター向かい打撃を繰り出した。グローブで保護されたひ弱そうな拳で。

 

 俺はあまりSTRの値へとポイントを振っていない。剣舞の際に重要になるのは速さと正確さだと信じているからだ。だからこそ、その打撃で稼げるダメージなど微々たるものである筈だった。

 

 しかし。その攻撃が命中した瞬間、ダメージよりも重要な情報を入手し、俺の顔は驚愕で塗り潰された。

 

 俺の殴打がモンスターに突き刺さった瞬間、敵モンスターの真横に、一つのウィンドウが表示されたのだ。ーーレベルダウンを示す、そのウィンドウが。

 

 そうだ。俺はかなり前、ケイタとのデュエルの最中、このレベルダウンスキルを認識したのだった。あの時は盾でそのスキルを発動させた筈だが、あれは革製の盾が薄く、システムの判定が「素手で触れた」という欺瞞に満ちたものになった故だろう。

 

 ーーしかし、重要なのはそこではない。真に重要となるのは、プレイヤー以外にもこのスキルが有効になったという事実の方だ。確かに、プレイヤーのみならず、モンスターにもレベルは存在する。前世で嗜んでいたSAOのゲームでは、画面右上に、モンスターのHPバーと一緒にレベルも表示されたのだ。

 

 前々からそういう性能だった、というのは可能性から除外していい。俺が前にモンスターに触れた時、レベルダウン現象は起きなかった。

 

 では、どうして? 否、答えを、俺は既に知っているのかもしれない。そもそも、このレベルダウンは「ゾンビアクションゲーマーレベルXー0」の一部だ。今まで深く考えたことはなかったが、それも「スキル」に大別される一つの存在であるならば、通常のそれと同様にスキルポイントが介在し、それに付随する固有技もまた介在する筈である。つまり、このレベルダウンが「成長する」可能性はあった。

 

 その「成長」により変容したスキルの仕様に、俺はたった今、偶々気付いてしまったのだろう。

 

 ーーと次の瞬間。いつの間にか這い上がってきていた小型の昆虫モンスターが、俺の喉笛を噛みきると同時に、無機質な、「GAME OVER」メッセージが視界いっぱいに表示され、俺は死んだ。

 

 そして、蘇る。残りライフ84。

 

 このスキルは使える。どれだけやれるか分からないが、それでも、有効活用しない手はない。

 

 俺は復活地点から、取り敢えず目についた雑魚モンスター目掛けて疾駆した。接近し、間合いの中に入った瞬間にソードスキルを打ち込むのだ。

 

 初歩的なソードスキル、「リーバー」の攻撃がトンボ型モンスターの羽を裂き、地に落としつつHPバーを消滅させる。どうやら、今やったモンスターは雑魚だったようだ。レベルドレインを使うまでもなかった。

 

 それを見た周囲のモンスターは奇怪な叫び声をあげると、こちらへと肉薄してくる。最も俺に近い蟻型モンスターの顎は、既に3センチほどの間合いまで迫っていた。

 

 しかし、焦ることはない。心の中でそう唱えつつ、俺はそのモンスターの頭を掴み、レベルを下げたうえで、袈裟斬りの軌道となるソードスキルをそいつの体へ打ち込んだ。

 

 その袈裟斬りソードスキルは、初歩的な軽攻撃スキルだった。威力が足らないくせに技後硬直時間がそれなりに長いので、今まで敬遠しがちだったものだ。

 

 なので、本来、こんな攻撃でこの12層のモンスターが倒せる筈はなかった。しかし、レベルドレインはそんな常識など破壊する。

 

 どうやら、モンスターであろうと、レベルが低下すればステータスが下がるようだった。

 

 俺はその蟻が消滅するのを待たず、背後のムカデ型の頭部へと剣の鋒を突き刺した。その剣は僅かにライトエフェクトを帯びている。スキル熟練度が300に到達した時に発現したソードスキル、「スパイラル・グラビティ」だ。これは、剣の鋒を下に向けて突き下ろす軌道で繰り出されるソードスキルであり、ピンポイント過ぎるその性能故に、ネタ枠で入れていたものだ。まさかこんなところで使うことになるとは思わなかった。

 

 俺はそのソードスキルが続くうちにムカデへと触れ、レベルを下げる。ある地点を過ぎてから急激にダメージ量が増加し、やがて、そいつはHPバーを散らして消滅した。

 

 いける。俺はそれを確信していた。このまま少しずつ倒していけば、やがてモンスターは全滅する。それまでに使いライフも、多くて15ほどだろう。それでも、70を僅か切るほどだ。後の攻略に支障が出るような減少量じゃない。

 

 しかし、俺は気付いていなかった。このイベントが、正攻法ではほぼ攻略不可能な、カーディナルの設定した罠であることに。



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活路さえ見出だせず

 最近、カスタード・バイとジャスト・クレイドルを混合させてしまっていたことに気付きました。
 カスタード・バイは短剣カテゴリのソードスキルで、ジャスト・クレイドルは片手剣用の重攻撃ソードスキルです。作者ですら間違えてましたが、間違えないように注意してください。


「ふざけんなよーー」

 

 このトラップにかかってから、もう2時間が経過しようとしていた。これはあくまで体感時間なので、もしかしたらもう少し経っているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 

「こんなーーこんなふざけたトラップで.....」

 

 俺の手に握られているのは、武骨なデザインの曲刀。刀使いにに転向しようと考えていた俺の、発展途上な力。

 

「死んでたまるかよぉッ!」

 

 謳うように、糾弾するように。切羽詰まったような声色で、俺は叫んだ。

 

 否、その表現は正しくない。切羽詰まっているのは揺るぎない事実なのだから。

 

 俺の眼前に存在するのは、中型のNM(ネームドモンスター)。そいつは全長こそ長いものの、体はひょろひょろと細い。そのうえ、身長は自分のアバターと大して変わらないのだ。

 

 だが。

 

 こいつなのだ。俺を2時間近くもこの場所に留めさせているのは。

 

 別に装甲が固いというわけじゃない。見れば、HPバーは6割り近くまで割り込んでいる。さっき、偶然にも射程距離の長いSSが命中し、それで、何とかダメージを与えることができたのだ。

 

 それに、速度があるというわけでもない。さっきから、奴はそこから一歩も動いていないのだ。

 

 力もないのだろう。奴は一度だって、こちらに攻撃してない。

 

 しかし、そいつこそがこのトラップ最大の脅威だった。

 

 俺は周囲のモンスターを横薙ぎに打ち払うと、そのモンスターに向かって駆け出す。そいつさえ倒すことができれば、状況は好転する。

 

 だが。そいつに追いすがる直前。横から小型モンスターに突進され、俺は1メートルほど吹っ飛んだ。その隙に、そのNM、「グラッド・メイデン」は能力を発動させる。

 

 次の瞬間、そいつの尾部から、白く、丸いものが大量に射出された。

 

 それはみるみるうちに内側から割れてゆき、そして、内包されている生物を外気へと解き放つ。

 

 グラッド・メイデンが射出したのは、卵だった。そう。そのNMの能力は、「産卵すること」なのだ。

 

 産卵は相手が存在しなければ行えないが、その点は問題ない。元々部屋に存在した小型のモンスターや、産み落とした実の子どもを使えばいいのだから。

 

 俺は今、問題ない、と言ったが、実のところ、問題は大いにある。グラッド・メイデンの「相手」は尽きない。永遠におめでたな状態を繰り返すことができる。

 

 相手が尽きないとはどういうことか? つまり、敵が永遠に増え続けるということだ。

 

 そう。倒しても倒しても敵が減らないのだ、このトラップは。

 

「あああああああああああああッッ!」

 

 俺は咆哮し、周囲の敵をやたらめったらに斬りつけた。

 

 それは最早、ソードスキルですらなかった。ただの斬りつけ。

 

 もう我慢の限界だったのだ、俺は。膠着した状況に嫌気が差し、冷静さを欠いた状態で無闇と剣を振るっていただけだった。

 

 そんな攻撃で、状況が打開できる筈もなくーー。

 

 4体のモンスターを葬ったところで、産まれたばかりの蜂型モンスターに貫かれて俺は死んだ。

 

 残りライフ、78。気付けばそこまで減ってしまっていた。まだまだ余裕があるように見えて、実はあまり余裕がない状態だ。

 

 蘇生された俺は、直ぐ様、状況を打開すべく剣を振るった。眼前の蟻型モンスターを袈裟斬りで殺し、そこから間髪入れず、単発突進系ソードスキル、「パンターブレリュード」を放ち、低姿勢でグラッドメイデンへ突撃する。

 

 しかし、その攻撃は、まだ蛹の形態をとっている小型モンスターの肉壁に防がれてしまう。

 

 その小型モンスター3体を葬ったところでーーSSの動きは完全に止まった。いかにプレイヤースキルがあろうと、所詮は初歩的なソードスキル。この程度の威力が適当なのだ。

 

 それで隙ができた。俺はそこを突かれ、膝ほどまでのサイズがあるダンゴムシ型モンスターの突進に吹っ飛ばされた。意外に威力がある。このモンスター郡の中では最強クラスか。

 

 いや、そんなことを考えている場合ではなかった。

 

 次の瞬間には、眼前のNMは産卵を終えていた。今度産まれたのは中型のモンスターだった。16回に1回ほどの割合で、産まれるモンスターに中型モンスターが混じるのだ。

 

 そいつはなかなかどうして強い、というのが定石で、たとえどれだけ小型モンスターを増やすことになろうと、中型だけは最優先で葬らなければならない。

 

 俺は再びパンターブレリュードを発動させると、その中型カマキリに斬りかかった。当然かのごとく鎌で防がれるが、このまま押しきらせてもらう。

 

 その刹那、俺はそいつに触れてレベルドレインを発動。レベルを下げ、装甲の防御力を下げ、そして、貫く。瞬間、鎌が碎け、俺の攻撃がそいつの表層に突き刺さった。

 

 HPバーはそれで5割り近くまで切り込む。どんなモンスターなのかは初見故に分からないが、しかし、防御力と体力はあまりないようだ。

 

 俺はそいつに蹴りを叩き込み、そこから、リーバーで上部装甲に斬り込みを入れる。

 

 それで十分だった。そいつはその攻撃を受けてポリゴン片となって消滅した。

 

 それを見た周囲の小型モンスターは、偽りに満ちた義憤をたぎらせ、こちらへと向かってくる。直ぐにでもそれを対処したいが、技後硬直という厄介なシステムに、今の自分は縛られているのだ。直ぐに反応はできない。

 

 その隙に、スズメバチとおぼしき造形のモンスターに、俺は針を叩き込まれた。チクッ、と、少々コミカルなサウンドエフェクトを伴って、俺に少量のダメージと毒、ついでに防御力低下が付加される。

 

 しかし、それで、俺の技後硬直は解けた。刹那、轟速、という形容が相応しいような速度で剣を振るい、そいつを躊躇なく殺す。

 

 だが、それでも状況は好転しない。

 

 どれだけ敵を殺そうが、どれだけ優れたソードスキルを使おうが、敵は増えてくる。

 

 勝てない。一体一体を殺すことはできるが、敵を全員殺して完全勝利することができない。

 

 どうすればいいのかーー? 未だ答えは出ない。

 

 俺は闇雲に剣を振るいながら考える。奴等に打ち勝つ方法を。どうにかしてあの大婬婦に白刃を叩き込み、HPゲージを散らしきる方法を。

 

 そうだ。俺はさっき、パンターブレリュードの攻撃を奴に命中させている。あのように、射程距離の長いソードスキルを叩き込めば、奴を倒せるかもしれない。尤も、それができないから困っているわけだが。

 

 せめて剣を投擲することができればいいのだが。そうすれば、肉壁などある程度無視して攻撃をーー。

 

(待てよ。それ、できないか?)

 

 横薙ぎに剣を振り、蝶型のモンスターを葬ったところで、俺は直感から、攻略の着想を得た。

 

 そうだ。下手をすればライフをごっそり持っていかれるが、できないことはない。何よりも、それ以外に方法はない。ならば、それに懸けてみるしかあるいまい。

 

 ーー俺は覚悟を決めると、剣を左手に持ち換えて、右手を素早く、上段から下段へ振り下ろした。




 あれ? コロシアム編長くね?


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決別は彼方の妄想と消ゆ

 投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
 そろそろ夏休みシーズン。更新を早めなければいけないと思っておりますが、中々ペースが上げられずーー本当になんと申し上げればいいのでしょう。
 申し訳ないです。


 あれから5つほどライフを削ったところで、「その策」は完成した。

 

 俺は眼前に迫り来る蜂の攻撃をすんでのところで回避してのけ、そこから、そいつを曲刀で斬り倒して、さっき実体化させた短剣を、曲刀を持っていない方の手で抜き放った。

 

 ーー言っておくと、俺は片手剣と曲刀は扱えても、短剣は扱えない。スキルを持っていないからだ。

 

 しかし、それでも、短剣には使いどころがある。俺はそれを証明するべく、抜き放った短剣の白刃を二本指で持って構え、それを振りかぶった。

 

 次の瞬間。短剣から、出現する筈のないライトエフェクトが迸った。青いエフェクトだった。

 

 ーー「投擲」スキル。その名の通り、小さいものを投げる動作を支援するためのスキルである。これはそのスキルのうちの1要素、「ヘヴィー・シュート」だ。もう1つの初期スキル、「シングルシュート」よりも重いオブジェクトを投擲できるスキルだが、速度や速射性は落ちるところが難点である。

 

 たった今習得したこの「投擲」スキル。これを使って、俺はあの産卵するNM「グラッド・メイデン」を葬り去る。

 

 刹那。弓の弦の如く引き絞られた自分の腕が視認できないほどの速度で閃き、手に握られた短剣が投擲された。最早弾かれた矢と言って差し支えないような速度のそれは、真っ直ぐNMを射抜き、そのHPバーを3割地点まで減少させた。

 

 いける。そんな思考が浮かぶと同時、俺は二本目の短剣を抜き放っていた。それをさっきと同じモーションで投擲すると、青いライトエフェクトを伴って、そいつも宙を駆けたので、もう「グラッド・メイデン」の運命は決まったようなものだった。

 

 次の瞬間。あまりにも呆気なく、短剣は奴の頭部へ刺さりーーそして、HPバーを消滅させた。

 

 それで戦局は動いた。モンスターを追加できなくなった虫は、俺の曲刀で次々葬られていく。最後の一体を葬ったとき、ライフはたった1つだって減っていなかった。

 

 俺が剣を背中の鞘に納めると、どうやら入り口が解放されたようで、背後から黒猫団のメンバーが駆けてきた。それにどこか淡い視線を向けつつ、同タイミングで解放された出口を見据える。

 

 ここまで長かった。漸く終わったのだ。

 

 しかし。この戦いが終わっても、また次の戦いがやってくる。果たしてそれを、俺一人の力で乗り越えられるだろうか。

 

「ーークロ.....」

 

 疲労からか、どこか虚脱したような表情を浮かべる俺に、真っ先に声をかけてきたのはケイタだった。否、それを「声をかけた」と名状していいものかは分からない。実際、彼は名前を呼んだだけだ。その後に言葉が続いていかない。ーー何を言っていいか分からないのだろう。

 

 俺はそんなケイタと、そして、一様に複雑な表情をした黒猫団の仲間の前で、自分のスキルについて、プロトマイティアクション・レベルX―0について、解説を始めた。

 

 このスキルを保有する限り、HPバーが消滅しようが、従来のゲームのように、「残機」を消費して復活できること。そのスキルが発動している時、自分のレベルは一切合切高まらなくなること。そして、そのスキルの存在をずっと包み隠してきたこと。

 

 全てを、自分でも嫌になるくらい饒舌に語り終えた後で、俺は、場の空気が一変したのを認識した。

 

 全員が、同じような目でこちらを凝視している状況。「SAO」は、感情の表現がオーバーな世界だ。それで、彼ら彼女らの心の中にある、「本来包み隠されている筈の思い」が、表現されてしまったのだろう。それで気付いたのだ。

 

 全員が。こちらを。妬みや、憤懣にまみれた視線で見つめてくる。

 

 そう。俺が今説明したスキルは、デスゲームの最も忌むべきルールから逸脱できる。誰ででも、そんなスキルがあると知れば渇望するだろう。

 

 ーーしかし、俺は、「出現条件は不明」だとその渇望を一蹴してしまった。

 

 彼ら彼女らにとって俺は、あの「ビーター」と同じなのだ。アドバンテージを貪欲に貪る、ゲームに棲む本物の魔物。

 

「ーーああ、分かったよ」

 

 気付いたら、俺はそう言っていた。それは別れの言葉に他ならなかった。

 

「それじゃあ、な。元気でやれよ」

 

 吐き捨てるように呟いてから、俺は緩慢な足取りで出口へ歩き始めた出口は厳めしい意匠の階段であり、その階段に足をかけた時、僅かに体が停止する感覚があったので、俺は、その階段は、あのコロシアムとマップ的に隔絶されているのだと悟り、試しに転移結晶を使ってみた。

 

 ーーそれはしかして成功した。次の瞬間、俺の体は空色の光とともに宙に溶け、気付いた時には、10層の主街区画に立っていた。

 

「おわ、ったなーー」

 

「はは、なっさけねー」

 

 気付けば、喉から声がもれていた。10層に訪れる人間の数は少ないので、その呟きは誰の耳に届くこともなく消えていくのだが、しかし、俺の心に呪いかのようにのし掛かっていた。

 

 間違っていた。根本的に。あのスキルのことが周知されて尚、黒猫団のメンバーと良好な関係が築けるという脆弱な希望は、下らない妄想に過ぎなかった。

 

 ずっと考えていた。俺がこの世界に居る理由はなんだろう、と。

 

 転生者としての記憶を持っている俺がやったことと言えば、なんだ? 今のところ、騎士ディアベルの命を救ったことと、黒猫団のメンバーを守り通したことだがーー。俺はその他に、重大な罪を犯していた。

 

 キリトの成長を、妨げている。

 

 原作のキリトは鬼神のごとき強さを持っていた。しかし、それは、黒猫団壊滅後の、精神を削る無茶苦茶なレベリングに裏打ちされたものに他ならない。皮肉なことだが、黒猫団が壊滅したからこそ、キリトは強くなれたのだ。

 

 だが、この世界では黒猫団が壊滅していない。それにより、キリトがレベリングに原作2巻のように尽力することはなくなりーー結果として、この先のシナリオ進行に多大なる影響を及ぼしてしまうのではないか。俺はそう考えていた。

 

 そうであるならば。俺がこの世界に生まれ、存在している意味は「無」ではないか。

 

 せめて、何かを成し遂げたい。荒んだ心に、そんな1つの思念が浮かぶ。

 

 俺にできることーー。何があるだろうか。自分にあるのは、読み込んだ「ソードアート・オンライン」の知識と今まで鍛えてきた剣の腕だけでーー。

 

 そこまで考えたところで、俺は気付いた。自分にできることが存在していることに。

 

 ああ、そうだ。

 

 俺の手で、悪の魔王(ヒースクリフ)を倒せばいいんだ。

 

 そう考えた俺の行動は早かった。先の戦いで貯まった「経験値」を全てステータスに割り振ったうえで、同じく手に入った金銭をはたいて、最前線の武器屋で上質な片手剣を購入。その後、路地の裏にあるような怪しげな露店で麻痺毒入りの小瓶を購入し、同じく手に入れていたナイフに塗りたくり、麻痺属性を付与させてから、情報屋と接触する。

 

 ーー俺が情報屋から買い取るのは、血盟騎士団の動向だ。ヒースクリフが戦場に現れるタイミングを聞くのだ。

 

 その情報を寄越してもらうと、装備を整え、精神的な疲労を癒すために宿屋で一睡したうえで、件の、「ヒースクリフが現れる戦場」へと向かう。

 

 情報によれば、ヒースクリフは周期的に、自分のギルドのメンバーを連れてレベリングに行っているらしい。そこが狙い目である。

 

 その「狩り場」は、ジャングルだった。最前線から2層ほど下の、それなりに腕の立つモンスターが何体も生息しているような狩り場。

 

 俺はそこに現れた、血盟騎士団の編隊を遠目に捕捉すると、腰の麻痺毒入りナイフを全て投てきし、ヒースクリフ以外のメンバー全員を地面に倒した。

 

 残るはあの男だけだーー。

 

 俺は一瞬瞑目し、精神を集中させてから、その男の前に躍り出た。

 



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デス・ザ・クライシス

「おい、茅場ァ.....」

 

 血命騎士団の団員を、全員転がしたうえで。俺は、背中から片手剣を抜き放ち、「相手」のリアルネームを告げた。

 

 眼前に佇むのは、聖騎士ヒースクリフ。赤い鎧を着込み、十字盾をこれ見よがしに掲げる、「SAO」界でも1、2位を争うほどの実力者であった。

 

「ほう、君はーー」

 

「御託はいい。テメェでかけた不死属性を解除して俺と戦え」

 

 そこまで言ったところで、奴の顔は驚愕に歪んだ。

 

「まさかそこまで見抜かれているとはな。否、名前が割れた時点で、そこまで推察されるのは当たり前のことか.....?」

 

 俺はその言い回しに我慢できず、腰から1つだけ残ったナイフを投擲した。そのナイフは真っ直ぐヒースクリフへと向かい、そして、奴に命中する直前で十字盾に弾かれる。

 

「ああ。すまない。御託はいいのだったな」

 

 言いつつ、奴は左手を繰り、ウィンドウを出現させたうえで、それを何やら操作した。

 

「血気盛んなプレイヤーは嫌いじゃあない。いいだろう。望み通り戦ってやる」

 

 手に出現させた無色のクリスタルを放り投げ、未だ残ったウィンドウに何やら情報を入力したうえで、奴は腰から剣を抜き放った。

 

 それを見ると、俺は7歩ほど後方へ下がり、剣を構えた。

 

「ほう、事は急いでいるがーー存外、まだ剣士の心が残っているとは。間合いを開けたな。決闘の基本だ」

 

「しかし、いいのか。私を殺す機会は、偶然にも間合いを詰められた、決闘宣言のあの瞬間だけだろうに」

 

 言い終わらないうちに、俺は地面を蹴り、剣を構えて駆け出していた。手に持っている剣はクリムゾン・レッドの輝きを帯びている。

 

 ーーヴォーパル・ストライク。片手剣上級ソードスキル。

 

 次の瞬間、その攻撃はヒースクリフの構えた十字盾へと命中し、そして、その動きを止めた。奴は仰け反りもしない。当然か。速さだけを貪欲に求めたこのアバターの一撃で、奴にダメージを与えることは難しいのだ。

 

「君は、カーディナルに選ばれた人間だ」

 

 ふと。不躾に奴は呼び掛けてきた。

 

「私は勇者と魔王を設定し、ゲームを開始しようとしたところでーー手を止めた。物語にはトリックスター。つまり、イレギュラーが必要だと思ってね」

 

「ぐぐぐ.....!」

 

 剣は動かない。俺はじれったくなり、盾に剣を構えていない方の手で触れてレベルドレインを発動させた。

 

「おっと。こんなスキルもあるのか」

 

 刹那、奴は、盾でソードスキルを発動させた。ライトエフェクトが盾から飛び散り、俺の重心を後方へと動かしたうえで、横薙ぎに盾を振るい、こちらへと攻撃を入れる。HPバーが、4割ほど減少した。

 

「私はそのイレギュラー選別を、カーディナルに行ってもらうことにした」

 

 しかし、攻撃はそこで終わりではなかった。ヒースクリフは右手の剣で打ちかかってきたのだ。それをなんとか自分の剣で受けるも、STR対抗判定で敗北した俺の剣は、緩慢に自分の方向へと押し込まれていく。

 

「カーディナルによって創造されたスキルだ。その内容は私も知らないがーー」

 

 遂に、剣が押し込まれた。自分の剣が肩口を裂き、そのまま、心臓の位置へと向かっていく。

 

 ーーと次の瞬間。ヒースクリフの片手剣が紫色の輝きを纏ったかと思うと、瞬間的に奴の力が高まり、俺は切り裂かれてしまった。

 

「拍子抜けだったようだな」

 

 その言葉とともに。俺のHPは0になり、HPバーが消滅した。

 

 ガラスを割ったかのような大音響が響き渡り、体が無数のポリゴン片となって大気へ溶ける。

 

 しかし、俺は完全には死なない。1拍後には、奴の後方に配置された土管から飛び出し、復活を果たしている。

 

「な、なに.....ッ!?」

 

 ヒースクリフは俺の復活を早くも認識したようだった。背後を振り返り、剣を構える俺に視線を向ける。対処しようと動いている左手が、俺には良く見えた。

 

 だが、遅い。

 

 次の瞬間。速さだけを極めた単発ソードスキル、レイジスパイクが奴の肩口へ突き刺さった。本当は頭を狙ったのであるが、土壇場で見せた生への執念か、奴は頭を剣の軌道から逸らしたのだった。

 

 奴のHPバーが7割地点まで割り込む。不意をつき、完全に剣を突き刺したからである。ついでに、その攻撃はクリティカル判定であった。

 

 しかし、いかんせん威力が低いソードスキルであるため、奴を殺すには至らない。

 

「復活するスキルか。成る程、成る程ーー」

 

 次の瞬間。生き残ったヒースクリフは、右手の剣をこちらの頭へと突き刺した。

 

「さながらデスゲームの半死人といったところか.....?」

 

「このデスゲームのルールを、カーディナル自ら否定する、か」

 

 刹那。自分のアバターが大気へ溶ける寸前、俺はヒースクリフと目があった。

 

 その目は、怒りに見開かれていた。

 

「ふざけるんじゃないッ!」

 

 それは「ヒースクリフ」が始まって以来の激昂だったかもしれない。奴は恐らく、ゲームのルールに反するシステムが許せないのだろう。

 

 復活後。1秒とかからずこちらを発見した奴に、俺は貫かれた。単発ソードスキルで胸を貫かれ、再び絶命する。

 

「こ、この野郎!」

 

 奴の剣幕に気圧されないために叫ぶと、俺は素早く復活して奴への攻撃を試みた。しかし、放ったレイジスパイクがヒースクリフの胸を貫くよりも早く、俺は再び殺された。姿勢を低くした奴の水平斬りで、胴体が真っ二つに裂かれたのである。

 

 ならばこれならどうだ、と、次の復活の直後、俺は敢えて攻め込まずヒースクリフの攻撃を待った。1秒ほど後、奴の剣がライトエフェクトを纏い、こちらへと肉薄してきたので、それを盾で受ける。

 

 と次の瞬間、その盾にはヒビが入ってしまった。恐らく、後一撃食らえば砕けてしまうような状態だ。

 

 しかし、今隙ができた。このチャンスを無駄にしてたまるか。

 

 俺は剣を、奴の眼球へと向けた。その刃は、恐ろしい速度でヒースクリフへと肉薄する。

 

 だが、奴へと剣が命中する直前、奴はその盾でこちらの剣を弾いたのだった。それで、逆に俺の方に隙ができてしまった。

 

 刹那。奴の盾を喉元に打ち込まれ、俺は大きく吹っ飛んで死んだ。

 

 ダメだ。敵わない。全く、これっぽちも相手にされない。奴は死への恐怖というものがないかのように動く。だから、こっちの攻撃はすべて外れてしまうのだ。

 

 勝てない。俺はうっすら、そう思い始めていた。

 



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ーデスゲームの半死人ー

「ーーもう諦めたらどうだ。クロ.....いや、半死人よ」

 

 ジャングル。日も登り、仮想の温度も緩やかな上昇が絶頂を迎えた昼の刻。

 

 脳に響く軽快なサウンドエフェクトが、自分の命の再構成を告げていた。

 

 自分の真横に出現したウィンドウが、自分の命が残り3つであることを示していた。

 

 ここまでやって、俺がヒースクリフに与えられたダメージは、不意打ちに成功したあの攻撃以来、0だ。奴のHPバーが7割を割り込んだところから動いていない。

 

 HPの自動回復が起きていないのがせめてもの救いだが、それでも、圧倒的不利に変わりはない。

 

 俺は、自分の存在意義を確立するためにヒースクリフを襲った。それが死に急ぎ人の、愚かな行為であることを理解したうえで。

 

 俺は実質暴漢だ。そのため、ヒースクリフには、ギルドメンバーを動員し、俺をなぶって始末する権利があるが、奴はその権利を放棄している。もう、とっくに俺がかけた麻痺効果は切れているはずなのに、その辺には未だ、血盟騎士団のメンバーが転がったままだ。

 

 つまるところ、奴は、俺との戦いをあくまでもフェアなものにしたいのだろう。まるで戦いの前に体力を回復してくれる、スタンドアローン・RPGのボスである。

 

 俺は悠々と構えるヒースクリフに、性懲りもなく斬りかかっていった。何の補正もない疾走で間合いを詰め、レイジスパイクをゼロ距離で撃つ。

 

 ただのダッシュはフェイントだ。レイジスパイクを命中させるための布石。

 

 しかし、そのソードスキルが奴に命中する直前。奴はカウンター系統のソードスキルを発動させていたようで。残り3センチのところで、俺の剣は大上段へ弾かれた。

 

 隙ができた。それを知覚する暇もなく、俺はヒースクリフの十字盾に急所を貫かれ、絶命する。

 

 仮想の肉体が無数のポリゴン片となり、体感覚が完全に消滅してから、視界が、またいつものコンテニュー画面へ切り替わる。

 

 ああ、後2回か。後2回死ねば、俺は全てから解放される。

 

 カウントダウンが告げている。後10秒でコンテニューできます、と。視線で直ぐにコンテニューするか、10秒待つか選ぶことができるシステムをロクに説明していない、どこか抜けたメッセージだ。

 

 もう勝てないのではないか。あの化け物を倒す方法なんて、存在するのか。

 

 俺はうっすら考えた。そもそも、ヒースクリフはこのゲームの開発者だ。このゲームのシステムを熟知している筈の存在だ。そんな相手に、どう勝てというのだ?

 

 否。ーー奴は言っていたではないか。どんなスキルかと思ったが、と。つまり、俺のスキルの概要については知らないということだ。

 

 不明な点。愚直な今までの攻撃ーー。只の「点」だった無数の要因達が、発想という「線」で繋がっていく。

 

 ーーもしかしたら。奴に勝てるかもしれない。という、結論を形作っていく。

 

 神から与えられた、後2つの命を使って。俺は奴に打ち勝つ。

 

 10秒が経過し、アバターが再構成されると同時、俺はいつものように、ジャングルの地面を蹴って駆け出した。

 

 この策は。今までの経過なしには成功しない。黒猫団に所属しなければ、こんな考え浮かびもしなかっただろうし、今まで無惨に死ななければ、こんな泥臭い考えに頼ったりはしなかっただろう。

 

 そして何よりも。この戦いで死んだ71人の俺が居なければ、この策は成功しない。

 

 散っていった無数の「俺」が、どこまでも輝けない結果へと変容する。

 

 走り、走り。ヒースクリフの間合いに入った時、俺は上段から、垂直に振り下ろされた奴の剣を、自分の盾で受け止めていた。刹那、盾が無惨な音をたてて崩れるが、防御判定は成立した。仰け反りはない。

 

 ここで、俺は奴の予想を越えた。奴は洗練された戦士だ。2秒もあればどんな不確定事象(イレギュラー)にも対応できるだろう。だが、そこには確かにある。2秒という隙がある。

 

 それだけあれば十分だ。

 

 次の瞬間、俺は奴の盾に組みついていた。張り付きやすそうな盾の端へ指を引っかけ、盾をホールドする。

 

「な......ッ!」

 

 奴は一瞬驚愕し、その勢いのままに俺を振り払おうと盾をぶんぶんと振った。

 

 しかし、俺は剥がれない。しっかりと盾をホールドしているからだ。そう簡単には剥がれない。それに、この行動は、一見すれば、敗北を突きつけられ、トチ狂った戦士の自暴自棄だ。それの対処に本気になる奴はあまり居ない。

 

 それが勝負の明暗を分けた。俺の目にはしっかりと写っている。下がり続ける、奴の膨大なレベルが。

 

 ーーレベルドレイン。プロトマイティアクションXに内蔵された能力。

 

 盾も、「腕」だ。プログラム上、そういうことになっている。だから、「あの」決闘の時、ケイタのレベルは下がったのだ。

 

 これはステータス・ウィンドウのレベル表記が全てを制する世界だ。数字は絶対である。ーーそれは裏を返せば、レベルさえ変動させることができれば優位性は一瞬にして崩れ去るということだ。

 

 奴は今ごろになって漸く気付くだろう。自分の力が弱まっていることに。

 

 俺はお前を倒す。そのために存在しているんだから。

 

 俺はその態勢から、一瞬だけ盾から手を放し、初歩的な、上段から下段へと抜ける軌道のソードスキルを放った。

 

「あああああああああああッッ!」

 

 気合いとともに打ち込まれた剣の、角度は完璧だった。完全に頭部を捉えた攻撃ーー。

 

 しかし、ヒースクリフは攻撃を受ける刹那、頭部を動かしていた。そもそも、俺がこの命ででやったのは、盾に張り付いたことだけ。奴はフリーだ。回避する隙など大量にあるーー筈だった。

 

 でも違う。奴は今、超人的なステータス・アシストがあった頃の自分と、生身と変わらない今の自分との、体感覚の差異で、まともに動けない。

 

 奴は体を反らし、ダメージを抑えようとした。しかし、俺の剣は、絶対無敵の魔王、ヒースクリフの肩口に吸い込まれ、そこから胎動して確実にHPを奪っていく。

 

 HPが減少していく。6割、5割、3割、2割ーーーー。

 

 最後に。奴のHPバーが1割地点まで到達したところで、減少は遂に止まってしまった。その時には既に、奴は冷静さを取り戻しており、その長剣による刺突が俺を殺していたのだ。

 

 後少し。後一撃でも奴に攻撃することができれば、全て終わる。

 

 だが、それは俺とて同じだ。今死んだことで、レベルドレインの効果は切れた。つまり、奴にはあの超人的なステータスが戻っているということであり、俺の貧相な防御力では、ヒースクリフの剣を一度でも食らえば消滅してしまうのだった。

 

 これは最後の戦い。剣士としての戦い。

 

 最後の瞬間。最後の命で、俺は、あの完全無欠な剣士を、剣の腕で負かさなければいけないのだ。

 

 それがどれだけの無理難題かはよく理解している。俺は今までの72の命で、一度だって奴に打ち勝っていない。

 

 だが最後の瞬間は。それを、そんな奇跡を起こさなければいけないのだ。

 

 コンテニュー画面を抜け。俺の命が再構成される。

 

 泣いても笑っても、これが最後のコンテニューだろう。

 

「やってくれたなッ! この半死人がッ!」

 

 そんな俺を前にして、奴は怒りを露にした。それは、不正な手段で一本取られたことに対する、剣士としての純粋な怒りであったかもしれなかった。

 

「コンテニューしてでもクリアするッ!」

 

 ゲンムの決め台詞を吐いてやってから、俺は地面を蹴って駆け出した。俊敏性だけはある。速度なら負けない。

 

「らあッ!」

 

 盾に一撃攻撃を入れてやると、バックステップで直ぐ様後退する。

 

 俺は視界の端に表示されたメーターに一瞬目をやってから、直ぐに奴へ向き直った。そこから、角度と速度、タイミングを変えて、もう一度盾へと攻撃を加える。

 

「壊れろォッ!」

 

 今度は、その攻撃のタイミングでソードスキルを打ち込まれた。盾が刹那的に発光したかと思うと、こちらが驚異的な力で背後へ吹っ飛ばされてしまうのだった。

 

「まだ、まだァ!」

 

 地面を転がってその場から離脱し、もう一度今のような攻撃を盾へ叩き込む。退くことに重点をおいた攻撃だ。今までのように迎撃こそされなくなったものの、奴にダメージを与えることはできない。

 

 しかし、俺は「もう十分だ」と思っていた。それは諦観の延長の感情ではない。むしろその逆。それは「攻撃」だ。

 

 次の瞬間。俺は、ちらりと視界端のメーターを見やり、大きくバックステップしたところで立ち止まった。さっきまで、速度まかせの攻撃をしていた奴とは思えない行動であった。

 

 それを見かね、奴はこちらへと肉薄する。きちんと盾を構え、剣を振りかざして攻撃をしかけてきた。

 

「地獄へ還れ、半死人ーーーッ!」

 

 上段から下段へと、ライトエフェクトを伴った剣が振り下ろされるーー。

 

 俺はそいつを、自分の剣で受けた。どこか心地よい金属音が響き渡り、迸った火花が地面へと散る。

 

 それから1拍おいて。威力対抗で打ち負けた俺の剣は、半ばからぽっきりと折れてしまった。

 

 そこから、ガラ空きになった体へと剣が叩き込まれる。左腕が切り落とされ、鎖骨を裂きながら、体内へと侵入した剣は下半身へと向かっていく。

 

 HPバーは減少を続けているが、やがて死ぬのはもう確定事項だ。俺はもう助からない。

 

 だが。だからと言って、ヒースクリフを倒せなくなったワケじゃない。

 

 次の瞬間、俺は、右手を使って、切り落とされた剣の鋒を掴みとった。その鋒は既に、ポリゴン片となって崩壊しかけていた。

 

 間に合え。そう思考しつつ、俺は、その「武器」を、力の限り、ヒースクリフのこめかみ目掛けて投てきした。

 

 投擲スキル初歩技、シングルシュート。ライトエフェクトを纏ったそれは、まるで糸を引くように、吸い込まれるように、ヒースクリフのこめかみに命中しーー。

 

 そのHPバーを消滅させた。

 

 しかし。その時には、既に俺のHPバーも消滅していた。視界が黒で染まっていく。とっくに死んでいたということだ、この俺は。

 

『ゲームはクリアされましたーーゲームはクリアされましたーーーー』

 

 最後に聞いたその言葉は、幻聴か、それともーー。

 



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終わりなきGAME

 唐突ですがーーこの物語、「デスゲームの半死人」は、このエピソードで最終回となります。尤も、「物語」としては前回で簡潔を迎えており、このエピソードは、エピローグのような体裁をとらせていただきました。明記しておらず、誠に申し訳ございません。
 それでは、最終話をお楽しみくださいませ。


 その日。昼頃になり、アインクラッドの時計が12時10分を示した時のことだった。

 

 「それ」は、何の前触れもなく、唐突に発生した。

 

 先ず、アインクラッドのあらゆる場所からNPCが消滅した。それに次いで、全プレイヤーのHPが最大値で固定される。

 

 そこまで来ると、薄々、この後の展開を予想できる者も現れるだろう。しかし、その予想を手放しで肯定することは誰にもできようがなかった。ーー早すぎるからだ。このゲームがクリアされるには、あまりにも展開が早すぎる。

 

 だが、ゲームはクリアされた。クリアメッセージを無感情に読み上げるシステムにより、その事実は周知の事実となった。

 

 それは、虜囚生活の終焉にしては、あまりにも呆気なさ過ぎるものだった。本来なら、手放しで幸福を喜ぶべきなのだろうが、不思議と、どのプレイヤーもそんな気分にはなれなかった。

 

 ーー誰もが、このゲームは劇的なエンディングを迎えると、心の底で思っていたのだ。現実世界への帰還へと躍起になっているということは、裏を返せば、ここでの日々に全力を費やせているということである。

 

 そんな日々が、唐突に絶ちきられる。システムはあるべき世界へ帰れと叫んでいる。その事実がとても信じられないのだった。

 

 プレイヤーはそのうち、第一層の、全てが始まった広場へと転送された。

 

 そこには、黒猫団のギルドマスターも居るだろう。本来の運命から爪弾きにされた、黒の剣士も存在しているだろう。同じように運命から見捨てられた、可憐な歌姫も居る筈だ。

 

 彼ら、彼女らが困惑の声をあげるよりも早く。一層の青い空に大きなウィンドウが出現した。そこには、何やら映像が写し出されている。良く見るとそれは、ヒースクリフと、黒髪のプレイヤー、クロの戦闘を映したものだった。

 

『聡明なプレイヤーなら察しがついているだろうが、このゲームの創設者にして、悪の魔王は私、ヒースククリフだ』

 

 ふと。そんなプレイヤーの頭上から、ヒースクリフーー否、茅場の声が降り注いだ。

 

『このメッセージがどのような状況で流れているかは分からないが、恐らく、不慮の事故により、私が勇者以外の要因に倒された状況なのではないか、と思う』

 

 どうやら、それは事前に用意されたメッセージのようだった。今の状況を明確に指した言葉ではない。

 

『君たちは戸惑っているだろうか。突然、この世界での安寧たる日々が終焉を告げ、元の世界への扉が開いたことに対して、懐疑の念を、猜疑心を抱いているだろうか』

 

 そんなことを言っている間にも、上空のウィンドウの中の戦闘は進んでいく。あまりにも長いため、システム的に映像が圧縮され、早送りになっている。

 

 たった今、65番目のクロが死んだところだ。ここから彼が逆転したなど、誰も信じようがない事実だろう。

 

『だが。現実とはそういうものだ。悪辣な阻害も、劇的な展開もない。ただ、ゆるやかな日々の中で、他人の成した「特別」を眺めていることしかできないーーそれが現実』

 

『正に終わりなきGAME。果てに待ち受けるエンディングの前に、傍観者でいる我々は立ち上がらなければならない』

 

 ウィンドウの中で、ヒースクリフのこめかみに剣の鋒が突き刺された。それと同時、クロのアバターが爆発四散し、次いで、ヒースクリフのアバターも無数のポリゴン片となって大気へ溶けていく。

 

 それが、このゲームの結末であった。後には何も残らない。半死人は地獄へと還り、その骸に手を引かれるように、悪の魔王も世を去ってしまった。

 

 

 まだ生きている。俺は最初に、それを知覚した。

 

 死んだ筈だった。全ての命を斬り伏せられ、悪の魔王と相討ちに、アインクラッドの大気に溶けていった筈だった。

 

 だが。俺は、神白 玄は生きている。その理由を、俺はうっすらと理解していた。

 

 ーーアバター、「クロ」に搭載されたスキルには、蘇生猶予時間が搭載されている。これは、HPバーの消滅と同時に発生する時間であり、本来の死亡フェーズとは別に設定されているものだ。

 

 つまり俺は。通常10秒の猶予を、20秒に引き伸ばしてもらっていたということだ。

 

 それにより、ヒースクリフが完全消滅し、ゲームがクリアされた後も、俺はポリゴンの状態でソードアート・オンラインの中を漂うことができたのである。

 

 なんとか生き残った。俺はそれを理解した後、掠れた声で呟いた。

 

「デスゲームの半死人、か」

 

 それは最後の戦いでヒースクリフが口にしていた言葉だった。

 

 俺は死人ではない。半死人だった。だから完全には死にきらず、今もこの世に留まっている。

 

 もう俺の手に、あの超人的なスキルはない。原作知識で切り抜けられる運命もない。ここからは、自分の才能で進んでいかなければならないのだ。

 

 俺は弱々しく息を吐き、瞑目した。今は休みたかった。あれだけの激戦の後だ。

 

 ーーいずれまた。才能の旅に出よう。



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