カルデアがダブルマスター体制だったら。 (バナハロ)
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特異点F炎上汚染都市冬木
プロローグ


諸事情により投稿し直しました。すみません。


 ある日の事だ。俺は目を覚ますと、燃え盛る街で一人寝転がっていた。

 あれぇー?おっかしいなぁ、俺は確かさっきまで……えーっと、なんだっけ?お、オル……オルガマリー社長?所長?市長?の説明会を聞いていたはずだ。

 で、何か遅刻して来た奴が機長の平手打ちを喰らって気絶して外に運び出されて、俺は一般公募枠とかでファーストミッションとか何とか言われて………レイシフトでなんか爆発してここに来たんだっけ。

 まるで世界の終わりのような風景、何なのこれ?すっごく暑いし。ていうか、ここにいたら酸欠で死ぬんじゃ………。

 

「……………」

 

 いやあぁぁぁぁあああッッ‼︎いやあぁぁぁぁぁああッ‼︎死ぬううううっつーか死にたくねええええええ‼︎

 と、とりあえず出口見つけないと!窒息死は絶対一番苦しいもの!死ぬなら苦しみのない感じでっ………。

 いやいやいやいや、無理無理無理無理!だって周り炎しかないもの!360度あらゆる方角を見回しても燃え盛る炎しかないもの!

 残念ながら、俺に炎の中に飛び込む勇気はない。ダメだこれ、詰んだなこれ。ファーストミッションからこれってふざけんなよカルデア。クソブラック企業が。

 いや、もはやこの怒りを当てられる相手すらいないか。せめてその辺に八つ当たりしよう。そう思って、その辺のレンガを蹴り飛ばした時だ。炎の中にレンガが入り、ガギッと何かに当たった音がした。

 すると、炎の奥がユラリと揺れた。

 

「えっ?」

 

 そして、姿を現わす人型のモンスター。えーっと、ガイコツ?なんで、ガイコツが剣持ってんの……?まぁ、あれだ。とにかく。

 

「ふおおおおおおおおお‼︎」

『Gyaooooooooooooo‼︎』

 

 逃げろおおおおおおおおお‼︎

 大慌てて走り始めたが辺りは炎で囲まれていて、もはや逃げ道などない。いや、大丈夫だ。火が俺に燃え移る前に火を抜ければ良いだけだ!

 

「風になれええええ‼︎俺の身体ああああああ‼︎」

 

 言いながらヘッドスライディングの如く炎に飛び込んだ。炎を抜けて地面に両手を着け、前転して受け身を取ると走り出した。

 っしゃああああああ‼︎案外抜けられるぜこれええええええ‼︎

 そう思って、ふと後ろを見ると、尻が燃えていた。

 

「嘘おおおお⁉︎漫画かよおおおおおお‼︎」

 

 慌てて走りながらズボンを脱ぎ捨てた。どうせ俺以外に人はいないんだ、恥ずかしいことなんてあるかい!

 そう思って無我夢中で走ってる時だ。

 

「マスター、褒めてやれよ。テメェのサーヴァントは今、ちゃんと宝具を展開してやがった」

「先輩……わたし、今………!」

「うん、すごかったよ、マ……」

 

 ピンクの髪でデッカい盾を持った女の人と、青い髪で杖を持った男と、赤髪の女の人とどっかで見た女の人とすれ違った。

 

「………………」

 

 ………人、いるじゃん。

 呆けながら四人を見つめながら走ってると、足に足を躓かせて盛大に転んだ。

 

「………なんだ?今の変質者は」

「さ、さぁ………」

「知りたくもないわね」

「何処の世界にも変態はいるんでしょう」

「違うわ‼︎」

 

 あまりの言い草に大声で突っ込んでしまった。そんな俺に、青髪の人が冷ややかな視線で聞いて来た。

 

「違くはねぇだろ。ていうか、何者だテメェ。いや、答えなくていい。てか知りたくない。死ね」

「いやいやいやタンマタンマタンマ!そんなん言ってる場合じゃないから!後ろ!後ろ!背後!」

「あん?」

 

 直後、俺を追って来たガイコツが姿を現した。

 それを見るなり、赤い髪の人が叫んだ。

 

「マシュ!キャスターさん!」

「はい、先輩!」

 

 直後、ピンクの髪の人がガイコツの攻撃を防ぎ、青い髪の人が杖からなんか出してガイコツを一撃で倒した。

 え、何この人達。強くない?サーヴァント?とにかく助かった……。ホッと息をついて立ち上がると、青い髪の人は俺に杖を向けて来た。慌てて両手を上げて無抵抗の意思表示をした。

 

「おい、誰だテメェ」

 

 ヤバイ、怖い、ちびりそう。

 

「いえ、わたくし田中正臣と言います」

 

 名乗りながら頭を下げた。

 

「怪しい者ではございませんので、お願いですからその杖を下ろしていただけませんか?」

「パンイチの時点で怪しい者ではないって事はねぇんだよ」

「ぐっ……そ、それは違うんですって!逃げてる最中に炎をペネトレイトしたら炎が俺のヒップをバーンされてて……」

「普通に話せ。殺すぞ」

「先程、追い払っていただいたガイコツに追われ、炎の中に飛び込んだ所、お尻が燃えてしまったので、ズボンを脱ぎ捨ててここまで逃げて来たという所存でございます……」

「………なんで炎に飛び込んだんだよ」

「逃げ場がなかったものでして……いや、でもこれはこれで悪くないものですよ?灼熱の中、布一枚ないだけで割と涼し」

「変態の感想は聞いてねえんだよ」

 

 バッサリ俺の台詞を断ち切ると、青髪の人は「どう思う?」みたいな感じで残り三人を見た。

 すると、何処からか聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

『彼の言ってる事は本当だ!彼はレイシフトファーストミッションの生き残りだ!』

 

 あれ、この声ドクターの声か?

 

「!も、もしかして、田中って……田中正臣っ⁉︎」

「いやだからさっきそう言いましたが……」

 

 ああ、どっかで見た白髪だと思ったら課長じゃん。

 

「な、何故あなただけここにいるの⁉︎」

「どうも、課長」

「所長よ!挨拶は良いから質問に答えなさい!」

「いや、それがなんかよく分からないんですよね。なんか気絶してたみたいで、なんか地面に寝てました」

「よ、よく分からないって……」

「周りに俺以外の人影は無し。なんか無性にイラッとしてレンガ蹴ったらガイコツにあたって、逃げて現在に至るわけです」

「あんた何してんのよ………」

 

 盛大に呆れる所長。すると、青髪の人が状況を確認するように聞いた。

 

「えーっと……この変態は味方って事で良いのか?」

「ええ、まぁ一応ね」

「えっとさ、とりあえず自己紹介してくれる?所長とドクターとマシュは分かるけど……」

 

 ピンク色の髪の人はマシュだ。同じ班になる予定だったから覚えてる。

 …………あれ?待てよ?

 

「マシュってサーヴァントだったの⁉︎」

「いえ、違います。その………デミ・サーヴァントでして」

 

 ふーん……正直、すごい気になるけどまぁ後で良いか。

 自己紹介してもらおうと、青髪の人と赤髪の人を見た。

 

「俺は訳あってこいつらと共闘してる。キャスターだ」

「えーっと、私は藤丸立花。マシュとキャスターのマスターです。一応」

「ああ、所長の平手打ち喰らってた人?」

「うっ……!」

 

 あまり思い出したくないのか、目を逸らす藤丸さん。まぁ、どうでも良いが。

 それより、今俺がすべき事はこの人達と同行する許可を得る事だ。じゃないと、俺に未来はない。

 

「えっとー、せっかくなんで俺もついて行って良いですか?」

「俺は別に構わんが……」

「私も大丈夫です」

「あーうん、私も」

「仕方ないわね」

 

 と、みんな頷いてくれた。いやー、助かるぜ。これで俺の生存率は跳ね上がった。

 とりあえず、現況を聞かないと。

 

「えっと、それで今は?」

「大聖杯を取りに行く為に移動してる途中で、そこの嬢ちゃんの修行をつけてやって、宝具を展開できるようになったから喜ぼうと思っていたとこだ」

 

 ………おい、最後の情報いらねーだろ。俺が邪魔したって言いたいのかコラ。

 

「まぁ、とにかくその大聖杯とかいうのを取れば現状の打破が可能なんですよね?」

「いや、それをするにはセイバーの野郎を倒さなきゃなんねぇ」

「セイバー?」

「ああ。ていうか、同じ説明するの面倒だから誰か頼むわ」

 

 との事で、マシュから大体の話を聞いた。つまり、この時代では聖杯戦争が行われていて、それを終わらせるにはキャスターかセイバーの何方かが生き残るしかない。

 一方、我々カルデアのメンバーは何方かを倒して聖杯を出さなければ帰れない。だから、セイバーを倒して聖杯出して帰ろうって話だそうだ。

 

「………なるほど?じゃあ、さっさとセイバー倒して帰ろうぜ」

「簡単に言うけどな、お前セイバーは今の所、ライダー、アサシン、バーサーカー、ランサー、アーチャーを殺してんだぞ」

「えっ、何それ怖い」

「だから、俺が嬢ちゃんを仲間にしたんだろうが。正直、2対1でもギリギリだ」

 

 なるほど………理解した。

 

「まぁ、なんにせよ勝たなきゃ終わらないんだから、さっさと行こうぜ」

「あんた……なんというか、能天気ね」

「いえいえ、戦闘中は絶対見つからない場所で隠れてますし、マシュ達が負けたら土下座して部下に加えてもらうから」

 

 実際、かなりビビってるし。それが生き残るには一番賢い。

 だが、他のメンバーは俺をゴミを見る目で見ていた。

 

「………やっぱここに置いてく?」

「いや、こんなの相手でも流石にそれは……」

「一応、カルデアの人ですし……」

「しかし、聖杯戦争でこんなのがいたら案外生き残るのかもなぁ」

 

 すっごいボロクソに言われてた。な、なんでだよぅ……。間違った事言ってないだろぅ……。実際、マシュ達がやられちゃったらそうするしかないんだから……いや、世界が滅んで終わるだけか?

 

「と、とにかく行きましょう」

 

 誤魔化すように提案すると、四人は渋々付いて来た。うん、なんか雰囲気壊してごめんね。

 

 ×××

 

 歩きながら、マシュの宝具の名前を決めたり俺のズボンを探したりしてると、洞窟に到着した。ちなみに、ズボンは見つからなかった。

 

「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないようにな」

 

 キャスターさんが丁寧に教えてくれた。これから、セイバーと戦うのか。まぁ、俺は何もしないんだが………。ていうか、今の所はマジで何もしてねーな………。

 とりあえず、対セイバー戦の作戦でも考えてみるか。

 

「ね、キャスターさん」

「なんだ?変態」

「あの、そういうクラスみたいに言うのやめてくれません?」

 

 セイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカー、ヘンタイ。あ、意外と違和感ない。アサシン、がいい仕事してくれてるおかげだ。全然嬉しくないが。

 

「じゃあ、なんて呼んで欲しいんだ?」

「いや田中で良いです……と、言いたい所ですが、そうですね。こう、クラス名っぽく……ブレイバーとか」

「ヘンタイ、用がないなら行くぞ」

「せめて田中でお願いします!」

 

 懇願してから、質問に移った。

 

「これから会うセイバーって人はどんな人なんですか?」

「あん?どんなって?」

「戦力的に、です。他の五人を相手にして倒したのはわかりますが……こう、宝具の真名とか」

「ああ、そういう」

「セイバーは近距離職でしょう?壁役と遠距離職が揃ってるうちのサーヴァント達なら問題なく対処できると思いますが、さっきキャスターさん、2対1でもギリギリだって仰っていましたよね。なら、やはり宝具による影響だと思うんですけど」

「そうだな。他のサーヴァント達がやられたのだって、宝具があまりにも強力だからだ」

 

 やはりか。

 

「ちなみに、その名前は?」

「王を選定する岩の剣のふた振り目。お前さん達の時代においてもっとも有名な聖剣、その名は……」

 

 そこまで言ってキャスターの人は表情を変えた。

 

「『約束された勝利の剣』。騎士の王と誉れの高い、アーサー王の持つ剣だ」

 

 その時だ。前方に人影が見えた。まさか、さっそくお出ましか?

 俺は慌てて岩陰に隠れた。

 

「! アーチャーのサーヴァント………!」

 

 マシュが声を漏らした。おい、なんでアーチャーがいるんだ?倒したんじゃねーのか?ていうか、なんで黒いの?

 

「おう、言ってるそばから信奉者の登場だ。相変わらず聖剣使いを護ってんのか、テメェは」

 

 キャスターさんが黒い人に好戦的に言った。何あれ、言葉通じんの?

 

「……ふん、信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

「ようは門番じゃねぇか。何からセイバーを守ってるのか知らねぇが、ここらで決着をつけようや」

 

 何やら話してる間に、俺は藤丸さんを手招きして呼んだ。近寄って来たので、耳元で聞いた。

 

「ねぇ、何あれ?どういう事?アーチャーは死んだんじゃないの?」

「色々あってね」

 

 おい、その説明はテキトーすぎるだろ。重要な事だぞ。敵の戦力を見誤ると終わる。

 

「藤丸さん、敵は?アーチャーだけなのか?」

「そのはずだけど………」

「なら、マシュに前衛を張らせて、キャスターさんに後衛を頼もう」

「あ、う、うん」

 

 いつの間にか、所長は俺達と同じ岩陰に隠れていた。奴はアーチャー、言うまでもなく遠距離職で、岩に隠れてる俺達を狙う事もできる。

 俺達に出来ることなんて、人質にされないようにして足を引っ張らないだけだ。

 藤丸さんが指示した通り、マシュが前に出てキャスターさんが後衛となって杖を構えた。

 

 



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プロローグ2

 アーチャーとの戦闘が開始された。矢を放つアーチャーの攻撃を、マシュは盾を構えて応戦した。上手くアーチャーの射線上に入り、キャスターさんを護りつつガードしていた。

 流石にあの盾は硬い。誰の英霊のものだか知らないが、敵の攻撃をいくら喰らっても壊れないだろう。キャスターさんの援護もあって割りかし戦えている。

 だが、問題は相手が英霊だという事だ。少なからず戦闘経験がある者であり、従って遠距離攻撃が通用しないと分かれば、必ず近距離での戦闘を仕掛けてくるはずだ。

 そうなれば、さっきサーヴァントになったばかりのマシュに勝ち目はないし、キャスターさんも誤射を気にして撃てなくなる。それまでに手を打たないと。

 

「………どうしたものか」

「? なんで?このままキャスターが宝具を発動出来れば勝てるんじゃないの?」

 

 藤丸さんがそんなことを聞いて来た。

 

「そんなはずないだろ。そしたらあのアーチャーは接近してくるに決まってる。それまでに手を打たないとジリ貧なんだよ」

「………なるほど、接近されたら、こちらのキャスターはマシュへの誤爆を気にして打てない。そういう事ね?」

「まぁ、そうです」

「あなた、なかなか考えてるのね。パンツの癖に」

「……………」

 

 一言多い。そう言うなら誰かズボン寄越せよ。

 

「と、とにかく、奴が接近戦を仕掛けて来る前に何か手を打たないと詰みます。どうにかしないと……」

「あんた特攻して来なさいよ」

 

 いやいやいや、どんだけ俺に死んで欲しいんだよあんた。

 

「無理ですよ。遠距離職を相手に特攻したって矢でブチ抜かれるのがオチですから」

 

 せめて向こうが近距離職ならやりようはあるんだが……。

 すると、アーチャーはキャスターさんの炎を回避しながら、後方に大きく距離を取るとフッと息をついた。

 

「………なるほど、その盾はどうやらいくら撃っても壊せないらしい」

 

 ならば、と言わんばかりにアーチャーは弓をしまうと、なんか短い剣を二本召喚した。つーか、今どこから出したの?異次元ポケットなの?

 

「チィッ……そう来たか!嬢ちゃん、10秒耐えな!」

 

 キャスターさんはそう言うと、何やら詠唱を始めた。何をするつもりか知らないが、何か手があるのだろう。

 

「藤丸さん」

「な、何?パン……田中さん」

「おい、お前今パンツって言おうとした?パンツって言いかけたよな?」

 

 この場でタイマン張ってやろうかと思ったがグッと堪えて続けた。

 

「マシュに近接戦闘の経験は今日しかない、防御に徹しさせて。あのデッカい盾だと機動戦は不利だし、下手に反撃していなされたら体勢が崩れて狩られる」

「わ、分かった」

 

 反撃しようと思わなければ、相手の攻撃は少しは見切れるものだ。

 藤丸さんの指示通りにマシュは防御に徹しながら攻撃を凌いだ。直後、フッと二人に影が掛かった。マシュの後ろから飛び越えて、キャスターさんが何かすごい燃えてる杖を振りかぶって襲い掛かった。

 

「っ⁉︎」

「よくやった、あとは任せな嬢ちゃん」

 

 二人の間に杖を振り下ろし、割って入った。ああ、あの人キャスターなのに接近戦も出来たんだ。最初からやれや。

 マシュは俺達の元へ走って来た。そのマシュに、藤丸さんが声を掛けた。

 

「お疲れ様、マシュ。よく耐えたね」

「は、はい……。先輩のご指示のお陰ですっ……」

「ううん、あの指示を考えたのは田中さんだよ」

「えっ………?」

 

 意外なものを見る目でマシュは俺を見た。それに俺は胸を張って答えた。

 

「そうだよ?田中さんだよ?もっと敬っても良いんだよ?」

「…………えっ?」

 

 おい、なんで一瞬パンツ見たんだオイ。このムッツリすけべが。

 すると、所長から「すごい……」という声が漏れた。

 

「でしょ?俺すごいでしょ?」

「パンツでそういうこと言えるあなた、本当すごいわ」

 

 所長の目線の先では、キャスターとアーチャーの戦闘が行われていたのだが………。

 

「………うわっ」

 

 まー強かった。すんげー強かった。はっきり言って、入り込む余地なんてまるでない程に互角以上の戦闘を繰り広げていた。

 二刀流に対し、炎を纏った杖で完全に押してるキャスターさん。ほとんどランサーだなあれ……。というか、元々ランサーなんじゃねぇの?

 そして、いよいよキャスターさんの一撃がアーチャーの左手の剣を弾き飛ばした。

 

「グッ……!」

 

 後ろに下がるアーチャー。キャスターさんは飛び掛かって追撃した。

 ズガンッという轟音と共に煙が舞い上がり、衝撃波が隠れてる岩陰まで伝わって来た。

 

「っ……!」

「先輩………!」

 

 マシュが衝撃をガードしてくれた。

 煙が晴れ、二人の様子を見ると、キャスターさんの一撃をアーチャーが剣一本で何とかガードしていた。

 

「勝負あったな………!」

 

 キャスターさんがそう言う中、俺はマシュと藤丸さんの肩を突いた。

 

「? なんですか?」

「一応、念の為に………」

 

 俺が二人の耳元で話してる間に、アーチャーがキャスターさんの杖を防御しながら言った。

 

「………最後に一つ聞いて良いか?」

「なんだ?」

「………なんで、あいつパンツなんだ?」

「…………知らね」

「知らねじゃねぇだろ!俺説明したよな⁉︎」

「落ち着きなさい、しょうがない」

「いやしょうがないって何だよ!」

 

 思わず所長にもタメ口でツッコミを入れてしまった。

 二人の戦いで俺を無闇に傷付けた後、キャスターさんは杖に力を入れた。

 

「じゃあ、これで未練なく逝きやがれ‼︎」

「ああ、お前がな」

「あ?」

 

 直後、弾き飛ばされたはずの剣が戻って来て、キャスターさんに襲い掛かった。

 

「しまっ………!」

 

 キャスターさんが思わずそう声をあげた直後だ。藤丸さんがマシュに叫んだ。

 

「マシュ‼︎」

「はい‼︎」

 

 マシュが飛び出して、襲い掛かってくる剣を盾で弾き飛ばした。

 

「何っ………⁉︎」

「ナイスだ、嬢ちゃん‼︎」

 

 キャスターさんはアーチャーをそのまま殴り飛ばした。体勢を崩したままアーチャーの身体は浮き上がり、キャスターさんは再び杖に炎を纏った。

 

「終わりだ」

 

 その炎を思いっきり何度も殴り付け、アーチャーは地面に叩き付けられた。

 

「グアッ………‼︎」

 

 思いっきり魔法が直撃し、地面に叩きつけられたまま、アーチャーは消えていった。

 ………えっと、倒したって事かな?

 

「………ふぅ、終わったぜ」

 

 あ、終わったんだ。良かった。隠れていた三人は姿を現した。

 所長がキャスターさんに安心したように声をかけた。

 

「お疲れ様。よくやってくれたわ」

「いや、それは嬢ちゃんに言ってやれ」

 

 言いながら、マシュの背中を叩くキャスターさん。

 

「こいつの援護がなかったら、俺はやられてたかもしんねぇからな」

「い、いえっ、私はマスターの指示に従っただけですから」

「い、いやいや、私は田中さんに『念の為備えとけ』って言われたからそうしてただけだから」

「あ?田中が?」

 

 キャスターさんがそれを知るなり、俺は全力のドヤ顔を浮かべてニヤリと微笑んだ。

 

「そうですよ?俺がそれしてなかったら、あなた今頃飛んで来た刃に頭部すっ飛ばされてたかもしれないんですよ?何か言う事あるんじゃないですかねぇ?」

「チッ……助かったよ」

「足りない」

「足りないってなんだオイ!」

 

 しかし、と所長が口を挟んだ。

 

「よくあの奇襲が分かったわね、あなた」

「まぁ、そうですね。備えあれば憂いなしって言うでしょ。もしかしたらって思ったから伝えといたってだけです」

 

 戦闘は敵の息の根を完全に止めるまで気が抜けない。英霊なら格上とも戦えるように、必ず奥の手なり切り札なり隠してると思っただけだ。

 

「大したもんだな、お前」

「おう、大したもんだわ俺」

「うん、本当一言余計な、お前」

 

 悪かったな。

 と、そんな事より聞きたいことがあるんだが。

 

「それよりさ、セイバーとキャスターさん以外死んだんですよね?なんでアーチャーいるんですか?」

「あれは……まぁ、生き霊みたいなもんだ。残ってんのはセイバーだけだから気にすんな」

「………なら良いけど。相手の戦力はセイバーだけって事で良いんですよね」

「ああ」

「よし、作戦を決めよう」

「………作戦?」

 

 マシュが首を傾げた。

 

「そうだ。相手はマシュどころかキャスターさんより格上らしいからな。作戦を考えるべきだ」

「な、なるほど……」

「具体的には?」

 

 所長が真面目な顔で聞いてきた。パンイチに慣れてくれたようで嬉しいぜ。

 だと、そんなことより作戦だな。まぁ、宝具が強力な敵が一人、その時点で作戦なんて決まっている。

 

「シンプルだ。マシュが受けて、キャスターさんが反撃する。もう少し色はつけるが、単純にはこれでいいだろう」

「………そんなんでいけるの?」

「他にできる事はないだろ。アーチャーを倒した時点で、奴はもう俺達がここに来た事は知っているはずだ。それに加えて、キャスターがここに挑みに来たということは、向こうは必ず戦力を整えて来た事も予測出来てるはずだ」

 

 俺の確認に四人は頷いた。

 

「マシュ、その盾はどれくらいの攻撃を防げる?」

「分かりませんが、宝具を展開してキャスターさんの宝具を防ぐ事は出来ました」

「なら、それでセイバーの宝具を防ぐんだ」

「っ⁉︎せ、セイバーの……⁉︎」

 

 聞かれて頷き返すと、キャスターさんに質問した。

 

「セイバーは今までの敵全員を強力過ぎる宝具で倒してたんですよね?」

「ああ」

「その一撃必殺とも呼べる宝具を防いだ事による動揺、続いて宝具を使った事による疲労、その隙が重なった時を見て、キャスターさんに最大火力で押し切ってもらいます」

「………なるほどな。理屈は分かった。だが、どうやって奴に宝具を使わせるんだ?嬢ちゃんはサーヴァントとしてセイバーの野郎より遥かに格下だ。そんな奴に、わざわざ宝具を使うか?」

「ふむ……そうだなぁ、例えば……奴を挑発するとか?」

「挑発?」

「挑発?」

「挑発?」

「挑発?」

「まあ、そんな死ぬかもしれない役割、俺は絶対嫌だが」

「「「「…………」」」」

 

 おい、なんだよ四人で順番に。なんで四人で俺を見るんだよ。

 

「挑発って言ったら……」

「そうね、一人しかいないわ」

「正確的にも性別的にもね」

「天職と言っても過言ではないね」

 

 え、こ、こいつら……冗談だよね?そう言う役目は普通、サーヴァントがやるものだよね………?

 俺の心の中の叫びも届かず、四人は俺にジリジリと近寄った。

 この後、詳しくは言いたくないが、俺は上着もひん剥かれた。

 

 ×××

 

 セイバーの待つ、少し開けた場所。中央には大聖杯と言われるものが置いてあり、禍々しい魔力を纏っていた。

 その前では、エクスカリバーを握る黒きアーサー王が鎮座している。とんでもない魔力放出で、今にもチビりそうだ。

 そんなラスボスオーラ全開な空間の中に、俺は足を踏み入れた。………パンツ一枚で。

 

「ふっふふーん♪ロイヤルゼリーが爆薬〜♪」

 

 自分でも意味のわからないオリジナルの歌を歌いながら、小躍りをしつつ大聖杯に近寄った。

 ………あ、ヤバイ。セイバーすごく見て来てる。

 

「何者だ、名乗りなさい」

「ふっふふーん♪我らが母校は〜5円玉で出来てる〜♪ケ○毛にニキビも出来てる〜♪」

「………名乗りなさいと言っている、ヘンタイ」

 

 ………否定できない。パンイチで放り出され、変な歌を歌いながら小躍りしてる俺は最早変態以上の何かだ。それを、セイバーどころか上司一人、後輩二人、英霊一人に見られてる、とても死にたい。

 ………まあ、成功すれば所長がボーナスくれるって言うし、我慢しよう我慢。

 それより、挑発の続きだ。俺はセイバーの前に立つと、両手を上にあげて掌を合わせ、右足をあげて回転し、シュタッとセイバーの前で構えた。

 

「やいっ!アーサー王!」

「………な、なんだ。ヘンタイ」

「貴様、エクスカリバーとかいうアニメとかに出てくる剣の名前にもよく使われる剣を持っているそうだなっ!」

「そうだが?」

「俺の聖剣と勝負しろ!」

「……………は?」

「俺が勝てば、俺の嫁になってもらう!」

 

 直後、ゴミ虫を見る目になるセイバー。

 

「………いきなり何を言い出す、絶対に嫌だ」

「ほう?怖いのか?」

「っ、な、何がだ」

「俺の聖剣が、だ」

「こ、怖いわけがあるか!馬鹿にするな!」

 

 ふっ、面白いほど安い挑発に乗ってくれるぜ。流石、アーサー王だな。

 

「なら受けろ。ただし、お前が勝てば俺は婿になってやる」

「ふざけるな!どちらにしても同じだろうそれは‼︎」

「ふっ、まったく困った娘さんだな」

「黙れ!腹立つ!ていうか何なんだお前は⁉︎」

 

 いいぞ、ドンドンと怒りのボルテージが上がっている。

 

「いいから、勝負を受けるのかを答えろ」

「わ、分かったから!ただし、私が勝ったら貴様には消えてもらう‼︎ただそれだけだ!」

 

 そう言うと、セイバーは剣を構えた。ただ構えるだけでも押し潰されそうな迫力で、今にもちびりそうだったが何とか堪えた。

 すると、セイバーはゴミを見る目のまま俺に聞いて来た。

 

「………おい、何してる」

「何がだ?」

「お前の聖剣を出せ。それで私と戦うのだろう?」

「ほう?出しても良いのか?」

「………どういう意味だ」

「俺の聖剣は、身体の一部だ。それによって、俺の身体から引き剥がすことはできない」

「…………」

「しかも、それは残念なことにとても使いにくい場所にある」

 

 言いながら、俺はパンツに手を掛けた。それを見るなり、ゴミを見る目だったセイバーは顔を赤く染めた。

 

「っ⁉︎な、何故パンツに手を掛ける⁉︎」

「聖剣を出すからだ!」

「どんな聖剣だ‼︎」

「男の聖剣だ‼︎」

「意味が分からん‼︎」

 

 よし、さらに怒りが浸透しているな。女の子を怒らせる一番の方法はセクハラだ。いくらアーサー王とは言え、ここまでされて冷静でいられるか?否だ。だが、まだ宝具を使わせるほどには至っていない。ここからが重要だ。

 俺はニヤリと下衆に微笑んだ。

 

「ちなみに、俺の宝具は性的なことを考える程に、硬く大きくなっていく」

「………ど、どういう意味だ?」

「もうすでに、俺の頭の中で貴様はあられもない姿になっているという事だ‼︎」

「ひぃっ⁉︎」

「ほれほれどうした?もっと抵抗しなくて良いのかー?俺の聖剣があなたの中に入ってしまうぞー?良いのかー?」

「や、やめろおおおお!変な事を想像してそれを口に出すなああああ‼︎」

「なんだ、もしかして満更でもないのか?やめろというのは建前なのか?心なしか先程よりヌルヌルして……」

 

 その直後だ。ドウッとセイバーから大量の魔力が放出された。さっきまでとは比べ物にならない程の魔力だ。

 真っ赤になった顔のまま、俺を全力で睨みつけながら何かを呟き始めた。

 

「『卑王鉄槌』、極光は反転する。光を呑め……‼︎」

 

 あ、詠唱してる。剣からものっそいオーラによる極太ブレードが出て来た。

 その直後だ。待機していたマシュと藤丸さんが走り出した。

 

「⁉︎ サーヴァント⁉︎」

 

 サーヴァントが突如現れ、ハッとするセイバー。流石、英霊というべきか、自身の身の危険を察知して変態より謎のサーヴァントに狙いを変えた。

 だが、それこそが俺の計画のうちであることに気付いていない。

 

「『約束された勝利の剣』‼︎」

 

 それに合わせ、マシュが宝具を展開した。

 

「先輩……!」

「うん!」

「宝具、展開します!『ロード・カルデアス』‼︎」

 

 剣と盾がぶつかり合い、さっきとは比べ物にならない衝撃が洞窟全体に響き渡った。

 

「ぬあっ……‼︎」

 

 その衝撃に吹き飛ばされ、俺は洞窟の入り口に吹き飛んだ。

 俺にはマシュ達が防ぎ切る確信があった。何故なら、少しでも威力を鈍らせるために精神への揺さぶり、そして宝具発動直前による狙いの変換で精度を削ったからだ。

 案の定、エクスカリバーは先に消え、煙の中からマシュ達が姿を現した。

 

「っ⁉︎なんだと……⁉︎」

「焼き尽くせ木々の巨人………!」

「っ!」

 

 さらに、マシュ達の後ろから詠唱する声。キャスターさんの宝具の展開だ。

 宝具を撃ち合えた後で、セイバーはすぐには動けなかった。

 

「『 灼き尽くす炎の檻』!」

 

 キャスターさんが宝具を展開し、なんかデッカい藁の巨人のようなのが炎と共に現れた。

 藤丸さんがマシュを抱えて離脱してる間に、巨人はセイバーに襲い掛かった。

 直後、爆発。エクスカリバーとロード・カルデアスの直撃程ではないが、大きな轟音と振動が辺りを襲った。

 

「っ……‼︎しょ、社長!俺の服は?」

「……………」

 

 無言で上半身の服を手渡してくれる所長。俺は着替えながら聞いた。

 

「………あの、所長?」

「……………」

 

 なんか口を聞いてくれなくなった。俺だって少しは頑張ったんだから、さっきの痴態くらい見逃してくれても良いんじゃないんですかね……。

 しばらくして衝撃が止み、俺と所長、藤丸さんとマシュ、キャスターの人はセイバーの方を見た。

 セイバーの身体はほとんど燃え上がっていた。

 

「………ふっ、なるほど。あの変態の小躍りも、作戦の一部だったというわけか………」

 

 燃えたまま、セイバーは独り言のように呟いた。

 

「聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いた挙句、敗北してしまった。結局、運命がどう変わろうと、私一人では同じ末路を迎えるということか」

「あ?どういう意味だそりゃ。テメェ、何を知っていやがる」

 

 そのセイバーの台詞にキャスターが食いかかった。

 

「いずれあなたも知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー、聖杯を巡る戦争はまだ始まったばかりだという事を」

 

 それだけ言うと、セイバーは消えてしまった。その場所には、何か水晶のようなものが残してあったり

 

「おい待て、それはどういう……‼︎」

 

 言いかけたキャスターも、体が消え始めていた。

 

「おぉお⁉︎やべぇ、ここで強制帰還かよ⁉︎チッ、納得いかねえが仕方ねぇ!お嬢ちゃん、あとは任せたぜ!」

「! キャスターさん!」

「次があるんなら、その時はランサーとして呼んでくれ!」

 

 それだけ言って、キャスターさんも消えてしまった。

 さっきまでの振動が嘘のように静かになる。やがて、マシュがポツリと言った。

 

「………キャスター、セイバー、共に反応消滅しました。私達の勝利、なのでしょうか?」

 

 直後、空から声が聞こえて来た。

 

『ああ、よくやってくれた。所長もさぞ喜んでくれ……あれ?所長は?』

 

 所長は一人、浮かない顔をしていた。

 

「………冠位指定……。あのサーヴァントが、どうしてその呼称を……?」

 

 ………なんだ?何かあったのか?

 藤丸さんも所長の様子が気になったようで、顔を覗き込んで質問した。

 

「………何か気になる事でも?」

「え……?そ、そうね。よくやったわ、藤丸、マシュ」

「おい、俺の名前は?」

「不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします」

「おい、無視すんな若白髪」

 

 お前、後で余計にボーナスもらってやるかんな。

 そう思ってる中、所長はセイバーのところにあった水晶を取りに行った。

 その直後だ、水晶から何か声が聞こえて来た。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして私の寛容さの許容外だ」

 

 その声と共に姿を現したのは、レフ教授だった。

 

 ×××

 

 目を覚ますと、カルデアの医務室だった。

 えっと……なんだ?戻って来れたのか?それなら良かった。でも、もう少しだらけていたいから起きるのは後にしよう。

 しかし、まさかあのレフ教授が敵だったなんてなぁ。所長も死んじゃったし、なんかもういろんな事があり過ぎて頭がパンクしそうだ。

 まぁ、とにかくこのまま少し寝てよう。何もしてないけど、働き過ぎた。

 

「おっと、タヌキ寝入りは良くないな」

 

 ………声が聞こえて来たが、聞こえていないことにしよう。

 そのまま寝腐ろうと目を閉じた直後、頬をかじられた、

 

「フォウ!」

「いっ……⁉︎」

 

 慌てて起き上がると、目の前には見覚えのない謎の生物がいる。なんか白い犬みたいなリスみたいな。

 

「やっと起きたかい?君だけだよ、いつまでも寝ていたのは」

 

 この声は、ドクターロマンか。

 

「どうも、ドクロマ」

「毒沼みたいに略すのはやめてくれ。ドクターかロマンか、どちらでも良いから」

 

 えっと、じゃあロマンで良いか。

 

「まったく、君だけが呑気に寝てるもんだから、もうみんなと現状の事を話してしまったよ」

「あーたんま。えっと……ロマン?」

「何?」

「ここはカルデア、で良いんだよな?」

「ああ、合ってる。帰って来れたんだ。よくやってくれたね」

 

 良かった、やっぱ帰って来れてたのか……。

 胸に手を当ててホッと息をついた。後ろにひっくり返り、枕に頭を置いた。

 

「何寝ようとしてるんですか、田中先輩」

「そうだよ、起きなよ」

 

 声が聞こえてそっちを見ると、マシュと藤巻さんがいた。なんだ、二人ともいたのか………。

 

「ああ、二人とも無事だったんだ」

「はい、なんとか」

 

 まぁ、それなら良かった。

 

「てか、さっきの白いモフモフの生き物は何?」

「フォウさんです。あ、今気づいたんですか?」

「冬木市にいた時からいたよ?」

 

 マジか………。全然気付かなかったわ。

 すると、ロマンが感心したように言った。

 

「田中くん、二人から聞いたよ。中々の指揮能力だったね」

「そう?」

「うん。まぁ、セイバーの時は正直引いたけど……でも、本当によくやってくれたね」

 

 そ、そうか……俺、よくやったのか。あと、セイバーの時に引かれたのは反論出来ないからやめろ。

 

「それで、田中くん。これからの話なんだけど………」

 

 ああ、そうだな。これからカルデアがどうするのかは重要だ。

 

「現在、既に人類は滅びている。おそらく、レフの言葉は本当だ。それは過去の人類史の七つの特異点、現在の人類を決定付けた選択点、これらが崩れてしまったからこうなってしまっているんだ。それらの場所にレイシフトし、修復する」

「………なるほど」

 

 てことはあれか?長篠の戦いを生で見れたりするのか?それは少し楽しみだわ。

 

「で、俺は何をすれば?」

「現状、マスターになれるのは藤丸さん、そして田中くん、君だけだ。だが、田中くんにはサーヴァントがいない。だから、召喚してもらいたい」

「サーヴァントを?」

「そうだ」

 

 きたあああああああ!イヤー楽しみだ。ようやく、俺にサーヴァントができるのか。

 可愛い女の子だと良いなぁ、いやでも命かかってるし強けりゃ男でも良い。とにかく、強い奴をくれ。

 

「田中先輩、表情がかなりゲスになってますよ」

 

 マシュに言われ、顔を引き締めた。

 

「さて、召喚しようか」

「い、いきなりキリッとし始めたなぁ……まぁ良いか」

 

 そんなわけで、召喚した。その結果、

 

「新選組一番隊隊長、沖田総司推参!あなたが私のマスターですか?」

 

 あまりにも親近感のある人が出て来た。

 

 



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第一特異点邪竜百年戦争オルレアン
変態はカレーうどんの汁並みに落ちない通り名だ。


 なんやかんやで、俺にサーヴァントができた。名前は沖田総司。かの有名な新撰組の一番隊隊長で、剣の腕は天才と謳われた最強の侍とも言えるだろう。それが何故、女性なのかは分からないが、とにかく当たりを引いたと言える。

 しかし、その容姿が問題だ。すごく可愛い、しかしセイバーにそっくりなのだ。セイバーといえば、俺がパンイチで暴れ回り、その所為でキャスターさんに焼かれた人だ。

 ………まさか、本人って事はないよな?そう思って、全員との自己紹介を終えて、とりあえず俺の部屋にいる沖田さんをチラッと見た。

 

「? なんですか?」

 

 明るい表情で聞いて来た。やっぱ、気の所為だよな……。あの人、こんな明るい人じゃなかったし。

 

「所で、沖田さんのクラスは?」

「セイバーですよ!」

 

 いや、やっぱどっちだ……?

 落ち着け、俺。もっと簡単な確認方法があるだろ。

 

「あの、沖田さん」

「はい?」

「もしかして、宝具って約束された勝利の剣だったりします?」

「はい?全然違いますけど」

 

 よし、別人だ。俺は盛大にホッとして、胸を撫で下ろした。

 

「いやー、良かったー。マジであのセイバーだったら死んでたわ。特に心臓が」

「私以外に、セイバーがいるのですか?」

「いないよ?」

「じゃあ、あのセイバーって……?」

「いや、さっきまで俺達冬木市にいたんだよな。その時のラスボスがセイバーだったわけだが、そいつがアーサー王でさー」

「アーサー王って?」

 

 ………あーそっか。沖田さんって鎖国してた時の人だから海外の英雄とか知らないのか。まぁ、それなら仕方ないな。

 

「まぁ、いずれ知り合うかもしれないって事で」

「えー、セイバーってことは剣使う方なんですよね?沖田さん、すごい気になるんですけどー」

 

 気にするなっつの。それより、次の任務がいつになるか分からないんだから、寝てた方が良いかな。

 

「じゃ、俺寝るわ。おやすみー」

「ええっ⁉︎なんで寝るんですか!」

「そりゃお前、今日は疲れたからな……。もう起きてるのも面倒だ」

「わ、私は⁉︎私はどうすれば良いんですか⁉︎まさか、同じ部屋で……!」

「いや、沖田さんには沖田さんの部屋があるんじゃねぇの?」

「マスターなら一緒に探してくださいよ!」

「ロマンかマシュか藤丸さんに聞けよ、おやすみ」

「ち、ちょっとー!」

 

 無視して俺は目を閉じた。相手にしてるタイミングではない。もう疲れたしさっさと寝たい。

 

「ふーん?そうですか?そういう感じで来ますか?なら、沖田さんにも考えがあります」

 

 羊でも数えるか。羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹………。

 

「ふんっ」

「あっ、てめっ、布団返せよ!」

「せいっ!」

「ちょっ、わ、脇腹はやめっ……ぷははははは!」

「私のマスターになったからにはもう少しシャキッとしていただきますよ!そんなぐーたらな生活は許しません!」

「てめっ……!マジで疲れてるんだから勘弁してくんない⁉︎」

「疲れてる、というのは働かない人ほど何度も言う言葉なんです!」

 

 くそッ、全国の窓際社員共め………!その文化は新撰組でも同じだったということか。無駄な知識を得てしまった。

 

「俺は本当に疲れてるんだよ!頼むからくすぐるのはやめろ!」

「じゃあ、なんで疲れてるんですか?」

「そっ、それは……!」

 

 レンガを蹴ったらモンスターにたまたま当たり、逃げ回って炎の中にヘッドスライディングしてズボンが燃え、パンツ一枚で宝具展開出来たマシュ達の歓喜を邪魔し、そのまま女の子が三人、英霊が一人いる中でパンツ一枚で共にセイバーを倒しに行き、敵が出て来る度に変態と名付けられ、最後には敵とは言え女の子の前でパンツ一枚で小躍りしながら、演技とは言えパンツを脱ごうとしたなんて言えない。

 

「ほら!やはり特に何もないんじゃないんですか!」

 

 っ!な、何もない、だと……⁉︎俺にあった出来事を知らないとは言えトサカに来たぞ。

 俺はくすぐられながら足を振り上げ、沖田さんの首を脚で挟んだ。

 

「なっ……⁉︎」

「秘技・崩れるレインボーブリッジ‼︎」

 

 脚を力技で振り回し、無理矢理ベッドの上に薙ぎ倒した。完全に油断していたようで、沖田さんはあっさり倒された。そのまま馬乗りになり、両腕を封じるように両膝で押さえつけると、両手を構えた。

 

「っ⁉︎なっ、何をするつもりですか⁉︎」

「そすんす」

「は?そす……?」

 

 この前見たアニメの主人公がやってた。小1でも高1を倒せるように、人間だってサーヴァントを倒せるものだ。

 

「ななななななななななな‼︎」

「あああああああああああ⁉︎」

 

 必殺の鎖骨突きを繰り出した。両手から繰り出される連撃かつ乱撃が沖田さんの鎖骨に的確に直撃して行く。

 

「ちょちょちょちょっと!どどどど何処触っててててるんですかかかかか!」

「フハハハハ‼︎後悔するが良い‼︎我の言うことを聞いて大人しく出て行けばこんな事にはならなかったろうになあ‼︎」

「どどどどドヤ顔で言ううううう事ですかこの変態イイイイイ‼︎」

「好きなだけ我輩を罵るが良い、その度に20発ずつ追加して行くだけだ」

「いいいい好い加減にしななななさい!おおおお怒りますよよよよよよ‼︎」

「馬鹿め!貴様がどれだけ怒ったところでこの状況が打破出来るわけでは……!あ、ちょっ、馬鹿動くなって。どんだけ馬鹿力だよ筋肉ゴリラ」

「いいい言うことにかいてゴリラらららら⁉︎もう絶対に許しませんんんんんん‼︎」

「いや、そうじゃなくてマジで動かない方が」

 

 直後、もにゅっという感触。あまりにも沖田さんが揺れるものだから、俺の突きは狙いが狂った。つまり、おっぱいに直撃した。

 

「あっ」

「えっ」

 

 そのお陰で、乳首を真上から圧迫してる状態でピタリと俺の動きは止まった。

 ………え、何これ、柔らかい。何この弾力。これが、女性のオッパイというものなのか………?

 気が付けば、俺の手は突手モードからキャッチングモードへと変形していた。ああ、柔らかい………。俺が使っていた枕より柔らかい……。これが、女性の胸というものか………。

 

 おっぱいぱい おっぱいぱいぱい おっぱいぱい。

 

 正臣、心の一句。

 そんな事をしながら、気が付けば両手でおっぱいを揉んでると、轟ッと下から魔力が溢れ出てるのに気付いた。

 沖田さんが、顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。あ、ヤバイなこれ。

 

「貴様……!本当にいい加減にしなさいよ……‼︎」

「い、いや、待った。俺は言ったぞ?動いたらダメだって。な?それなのに対抗したのは沖田さんの方で」

「いくらマスターと言えども許しません……!」

「分かった、仮に俺が悪かったとしよう。だが、そもそも疲れてると言ってるのにしつこく聞いて来たのは沖田さんの方で」

「覚悟して下さい……最低でも細切りにしますから……!」

「最低でも⁉︎てかタンマ!俺が悪かったです!純度100%で俺が悪かったので勘弁して下さい‼︎」

「菊一文字‼︎」

「うおっ⁉︎」

 

 沖田さんが俺の膝に押さえつけられていた腕を無理矢理動かして腰の剣を握ったため、慌てて飛び退いて逃げた。

 刀を構えたままゆらりと立ち上がり、俺を睨んだ。前髪に隠れた眼光が赤く光ってるように見えた。

 

「沖田さんタンマ!死んじゃう、俺死んじゃうから!」

「それが何か問題でも?」

「大問題だろ!傷害致死だろ‼︎」

「問答無用‼︎」

 

 沖田さんが突きを放ち、俺は慌ててジャンプで回避した。俺の股間の下の辺りのズボンに突き刺さり、ズボンは引き裂けた。

 

「ああああ⁉︎またぁ⁉︎」

「次は貴様の番だ‼︎」

 

 突き込んだ刀を振り上げられ、俺は後ろの壁を蹴って沖田さんの上を跳んで回避した。

 ヤバイ!殺される!部屋から出ないと!慌てて部屋を出てパンツのまま走り出した。

 

「待ちなさーい!」

「ごめんなさい!俺が悪かったです!」

「もう遅いです!」

 

 直後、前からマシュと藤丸さんが歩いて来た。俺の姿を見るなり、二人揃ってゴミを見る目を向けて来た。

 

「どけええええええ‼︎」

 

 二人のラリアットが俺の胸と腹に直撃した。どいてもらえなかった。

 

「先輩、やはりこの人変態のようです」

「そうだね、牢に放り込んでおこうか」

 

 今夜は牢屋で寝る事になった。つーか、なんでカルデアに牢屋があるんだよ………。

 

 ×××

 

 翌日、ブリーフィングの時間。俺、沖田さん、マシュ、藤丸さんの四人はロマンに会議室に集められていた。

 

「それでは、ブリーフィングを開始………君たち、何かあったのかい?」

 

 ロマンの言う通り、構図は俺が一人と女子三人に別れて座っている。うん、聞かないで。色々あったとしか言えないから。

 

「それよりロマン。話を進めて」

「ああ、うん、まぁいいけど……」

 

 藤丸さんに言われ、ロマンは会議を進めた。

 

「まずは……そうだね。君たちにやってもらいたいことを説明しようか」

 

 言いながら、ホワイトボードに文字を書き始めた。

 

「まず一つ目、特異点の調査及び修正。さもなければ、人類に2017年は訪れない、これは分かるね?」

 

 その確認に、四人は頷いた。

 

「そして二つ目、聖杯の調査だ。これは推測だけど、特異点の発生には聖杯が関わっている。聖杯とは願いを叶える魔導器の一種だけど、おそらくレフはそれを何らかの形で手に入れ、悪用したんじゃないかな」

 

 つーか、聖杯でもなければ時間旅行なんて無理だろうな。ドラえもんでもいない限りは。

 

「なので、特異点を調査する過程で必ず聖杯に関する情報も見つけられるはずだ。歴史を正しく戻したところで、聖杯が時代に残ってるのでは元の木阿弥だ。なので、君達は聖杯を手に入れるか破壊しなければならない。以上の二点が作戦の主目的だ。ここまでは良いな?」

 

 その質問にも、全員頷いた。

 

「うん、よろしい。さて、任務の他にもう一つやってほしい事がある。霊脈を探し出し、召喚サークルを作って欲しいんだ。冬木市でもやっただろう?そうすれば、補給物資も送れるしサーヴァントも自由に召喚出来るようになる」

 

 へぇ、そんなもんがあったのか。知らなかった。

 

「そうやって戦力を強化していくわけだ。分かったかな?」

「把握しました」

 

 マシュが頷いた。待てよ、それって冬木市で俺もサーヴァントを召喚できたって事なんじゃ……。いや、黙っておこう。

 

「それと、最後に一つ」

 

 ロマンがそう言うと、誰かが部屋に入って来た。綺麗な女性だった、変な杖を持ってる。

 

「紹介するよ。我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルドだ」

「………サーヴァント?」

 

 沖田さんが眉をひそめて呟いた。

 

「はい正解〜♪私こそ、ルネサンスに誉れ高い万能の発明家、レオナルド・ダ・ウィンチその人だ。はい、気軽にダ・ウィンチちゃんと呼ぶように」

 

 へぇ、女だったのか……。まぁ、沖田さんですら女なんだし、別にどうでも良いが。

 

「私はこれから主に支援物資の提供、開発、英霊契約の更新などで君達をバックアップする。よろしく頼むよ」

「さて、話を戻そうか」

 

 ロマンがそう言い、早速と言った感じで切り出した。

 

「さっそく、レイシフトの準備をする。みんなは準備は良いかい?」

「いつでも行けます」

「私も大丈夫です」

「はい、私も構いません」

「おk」

 

 二つ返事で返すとロマンは微笑んで頷いた。

 

「よし。………あ、最後に一つ忘れてたよ。この中で、リーダーを決めておきたいと思う」

 

 その言葉に、ピクッと沖田さんが反応した。

 

「私がやります!」

「積極的なのは嬉しいけど、残念ながら沖田さんは適切じゃない」

「どうしてですか⁉︎私は新撰組での一番隊隊長ですよ!」

「いや、というかサーヴァントがマスターを差し置いて隊長になったらまずいだろう」

 

 ………あれ、何となくだけど嫌な予感がして来たぞ。

 

「従って、藤丸ちゃんか田中くんになるわけだが」

「断る!」

「まだ何も言ってないよ田中くん⁉︎」

 

 いやいやいや無理だって!分かるよ?俺だろ?冬木市の様子を見た感じだと俺の方が藤丸さんより頭良いもん!でも、昨日盛大にやらかしたばかりだから!絶対に嫌だから!

 

「困ったな……。田中くんにやってもらおうと思ったんだけど……」

「ロマン、交渉の仕方が悪いんだよ。私ならこうする」

 

 ダ・ウィンチちゃんが口を挟んで来て、俺の隣まで歩いて来た。

 

「な、なんだよ」

「君、趣味は?」

「………ゲーム」

「なら、最新機種を私が作り、テレビと一緒に君の部屋に」

「引き受けよう」

「はい、決まり」

 

 よっしゃ、絶対無事に帰って来てやるぜ。

 ぐははと笑ってると、沖田さんが手を挙げた。

 

「ま、待ってください!その変態マスターがリーダーなんて私は反対です!」

「おい、変態マスターはやめろ。痴漢のプロみたいじゃねぇか」

「そうでしょう⁉︎人の胸をダイレクトに触っといて!」

「ダイレクトじゃないから!服越しだから!」

「………いや、まぁ落ち着いてよ、沖田さん」

 

 ロマンが口を挟み、何とか沖田さんを落ち着かせた。

 

「確かに、その人は少しアレかもしれないが」

「アレって何だよ。人を腫れ物を扱いか」

「でも、落ち着いていれば的確な指示、油断なく僅かな可能性の危険も見逃さない危険察知能力、作戦遂行のためなら羞恥心も捨てる行動力がある」

 

 いい感じに言ってるが、最後のはちょっと違うな。無理矢理、身包みを剥がされて「なんかいい感じに挑発しろ」ってやらされただけだ。飲み会で上司に芸をやらされる時ってあんな気分なのかな……。

 遠い目をしてると、「とにかく」とロマンは続けた。

 

「リーダーは田中くんだ。マシュと藤丸さんもそれで良いね?」

 

 二人は俺の指揮を見てるからか、普通に頷いてくれた。これで4対1、沖田さんも「仕方ないですね」と頷いた。

 

「よし、じゃあレイシフトしようか」

 

 との事で、俺たちは任務に向かった。

 

 



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格好付けるとボロが出る。

 そんなこんなで、レイシフトされた。ここがどこだか分からないが、とりあえず平原にいた。

 とりあえず、リーダーとして全員の無事を確認しなければならない。

 

「点呼!」

「1!」

「2!」

「3!」

「フォウ!」

 

 な、なんだ?みんな割とノリいいな。ていうか、最後なんで英語なんだよ。

 ………いや、待てよ?俺を除いてメンバーは沖田さん、藤丸さん、マシュの三人。なんで四人目がいるの?

 俺は慌てて沖田さんの背中に隠れた。

 

「だっ、誰だ⁉︎お化けか⁉︎」

「違います、フォウさんです」

「………隠れないで下さいよ、情けない……」

 

 な、なんだ、フォウか……。つーか何でお前いんの?いや、まぁ何でも良いか。

 とりあえず、場所の把握だ。

 

「ここどこ?」

「あ、はい。えっと……現在、1431年。百年戦争の真っ最中ですね。ただ、この時期はちょうど戦争の休止期間のはずです」

「ああ、サンキュー」

 

 マシュは役に立つなぁ。しかし、百年戦争か。おっかないなぁ。

 すると、藤丸さんが間抜けな声で聞いて来た。

 

「へ?戦争に休止があるの?」

「はい。百年戦争はその名の通り、百年間継続して戦争を行なっていたわけではありません。この時代の戦争は比較的のんびりしたものでしたから」

「のんびりした戦争なんて……新撰組での戦では考えられませんねー。戦場は一瞬も気が抜けない、斬るか斬られるかだけのものですから」

 

 沖田さんが呑気に呟いた。流石、戦争経験者だ。俺なんかよりも戦争の事については詳しいかもしれない。

 

「だから、私がマスターを斬ってしまっても、誤りで済むわけですよね」

「おい、何怖い想定してんだやめろ。どんだけリーダーになりたかったんだよ」

「別にリーダーになりたかったわけではありません。マスターをリーダーにしたくなかっただけです」

 

 ぐっ……嫌われたもんだなぁ。まあ、鎖骨突きからの乳揉みだから嫌われても仕方ないが。

 

「? 先輩、どうかしたのですか?」

「………あれ見て」

 

 空をぼんやり見てる藤丸さんにマシュが声をかけると、そう答えられたので俺と沖田さんもつられて空を見た。

 

「………えっ」

 

 ちょうど良いタイミングでロマンから連絡が入った。

 

『よし、回線がつながった。画質は粗いけど、映像も通るようになったぞ!………って、なんでみんな空を見てるんだ?』

「………ドクター、映像を送ります。あれはなんですか?」

 

 マシュがそう聞くと、ドクターも驚いてるのか息を呑む声が聞こえた。

 空には、光の輪のようなものが展開されていた。空が割れているように見える。赤髪と白髭でもいんのか?

 

『………あれは、衛星軌道上に展開した何かしらの魔術式か?何にせよ、とんでもないサイズだ……』

「一応聞くけど、1431年にあんなものがあったっていう記録は?」

『ない。間違いなく、未来消失の理由の一端だろう。アレはこちらで解析するしかないな………。君達は現場の調査に専念してくれていい』

「りょ。まずは霊脈探しか?」

『ああ、頼むよ。田中くん』

 

 さて、とりあえずキャンプの設営だが……いや、こんな所でベースキャンプを作れば浮くだろ。一応、戦争中だしどちらかの兵士に見られたら間違いなく敵扱いされる。戦争中の兵士にとって、味方以外は敵だからな。

 ここは街を目指すべきか?町民に成りすませば怪しまれずに生活出来る。服装が少し浮くかもしれないが、外国人って事にすれば何とかなるだろう。

 

「街に行こう。そこで、地道に聞き込みするぞ」

「了解しました」

 

 マシュが返事をしてくれた。藤丸さんも頷いてくれる。うわ、なんかリーダーって立ち位置良いな。………沖田さんは相変わらず膨れっ面だが。

 

「とりあえず行こうか」

 

 四人で歩き始めた。しばらく歩いてると、武装した男達が数人いるのが見えた。

 

「! 止まってください」

 

 マシュに止められ、足を止めた。

 

「? 何?」

「フランスの斥候部隊のようです」

「斬りますか?」

「いや斬らねえよ!何で喧嘩腰なんだよお前は!」

 

 沖田さんを黙らせて顎に手を当てた。ふむ、軍人か。まぁ、何かしら知ってるだろうし情報を掴むチャンスではあるかもしれない。

 

「………よし、藤丸さん」

「へ、何?」

「行こう」

「わ、私⁉︎」

「武装してるマシュと沖田さんは連れていけないでしょ、敵だと思われるし」

「そ、そっか、良し」

「そういうわけで、二人は待ってて」

「え、でももし手を出されたら……」

 

 マシュが心配そうに言って来た。まぁ、確かにその不安はあるか。

 

「じゃあ、沖田さん。刀をマシュに預けて一緒に来てくれない?」

「………仕方ないですね」

「じゃあ、俺はマシュと待ってるから」

「いやマスターは来てくださいよ!」

「いやいや、マシュ一人にはできないだろ」

「じゃあ、私が待ってるから、田中さんと沖田さんで行ってきてよ」

 

 ふむ、それなら良いか。二人でフランス軍の人に声を掛けた。

 

「あのー、すみません」

「! な、何者だ!」

 

 ヤバい、すごい警戒してるな。1431年というと……日本は室町時代か?鎖国はされていないけど、ヨーロッパまで出たっていう話は聞いた事ないし、もしかしたら初めて見る日系人かもしれないな。

 ある意味では怪しい。だからこそ、慎重な言葉選びが必要だ。

 

「実は、遠くから旅してる者なんですが、この辺りで泊まれる場所はありませんか?」

「旅?こんな所をか?」

「はい」

 

 怪しまれても、自分の答えを揺らぐような反応は見せてはいけない。嘘ついてる事を少しでも勘付かれたら即遮断されるからだ。

 

「悪い事は言わないからやめておけ。この辺りは戦争中だ」

「? 休止中なのではないんですか?」

 

 沖田さんがキョトンと首を捻った。

 

「休止中?何処からその情報を聞いたのか知らないが、シャルル王が竜の魔女に焼かれ、休戦条約は無くなった」

「………竜の魔女?」

「ああ」

「ゲ○戦記的な?」

「ゲ……?何の戦記だか知らないが、竜の魔女はアレだよ。ジャンヌ・ダルク」

 

 ! ジャンヌ・ダルクか。

 

「あの、ジャンヌ・ダルクとは誰ですか?」

「………あんた達、ジャンヌ・ダルクを知らないのか?」

 

 あー、沖田さんは知らなくても仕方ないか。まぁ後で説明すれば良いや。

 

「いや、俺は知ってる。こいつ、脳筋だから何も知らないんですよ」

「むっ、誰が脳筋ですか⁉︎」

「うん、ありがとー。それで、ジャンヌ・ダルクが何したの?」

「何って………」

 

 言いかけた直後、兵士はハッと空を見上げた。トカゲのような顔、でっかい胴体から生えた翼、どんな哺乳類動物よりも太い尻尾、ドラゴンだ。

 さらに、地上からは竜牙兵が歩いて来る。

 

「うおおおお!本物!本物のドラゴン!それに竜牙兵も!」

 

 ゲームで何度も見たモンスター達が!スッゲー!

 

「何騒いでるんですかバカマスター!敵です!マシュさんや藤丸さんと合流しないと!」

「マスターと暴言を足すな!その道のプロに聞こえるだろ!」

 

 いや、ちょうど良い機会だ。相手が何者か知らないが、こいつらに恩を売っておけば、上手くいけば兵力を丸々手に入れられる。

 見た所、ドラゴンは全部で6匹、竜牙兵は……20を過ぎた辺りから数えるのをやめた。

 

「沖田さんはマシュと藤丸さん連れて来て」

「はぁ⁉︎マスターは⁉︎」

「俺は少しここに残る」

「何バカ言ってるんですか‼︎アホな事を言ってないで……!」

「いいから早くしろ」

 

 それだけ言うと「まったくもう……!」と愚痴りながら沖田さんは走り出した。その背中を見ながら、俺はさっきの兵士に声を掛けた。

 

「おい、あんたらの兵士はどれくらいいる?」

「な、何だよ急に」

「いいから答えろ」

「そ、それなりに20人以上はいるが……!」

「なら、弓兵達を掻き集めて退がらせ、後方で攻撃の準備。竜牙兵は無視してドラゴンの翼を射貫け。他の兵士達は二人一組になって片方は剣を持ち、もう片方には盾を持たせろ。剣を持つ方は竜牙兵の相手、盾を持つ方はドラゴンからの攻撃に注意し、回避を最優先で考えろ」

「ま、待て待て!弓って……そんな簡単にドラゴンが落ちるか⁉︎」

「だから、弓兵全員で一匹のドラゴン翼を片方ずつ狙って集中攻撃し、確実に射落とすんだ」

「だ、だが……‼︎」

 

 直後、ドラゴンが爪を剥き出しにして急降下して来た。俺と軍人さんは慌ててヘッドスライディングで回避した。

 ドラゴンが通り過ぎ、旋回してまた俺達に狙いを定める。

 

「おい、どうすんだ!」

「わ、分かった!」

 

 慌てて従う兵士達。すると、沖田さんがマシュと藤丸さんを連れて戻って来た。

 

「マスター!連れて来ました!」

「よしっ。藤丸さん、マシュと一緒に後衛の兵士達の攻撃が始まるまで、前衛の兵士達のカバー。沖田さんも一緒に」

「は、はい!」

 

 三人とも割と素直に従い、戦闘を開始した。兵士達も俺の言った通り、二人一組で行動し始めた。

 さて、仕上げと行こうか。俺は中央で全員に叫んだ。

 

「全員、後ろの弓兵からの一斉射撃が始まるまでドラゴンからの攻撃は確実に回避しろ!竜牙兵への攻撃は二の次に考えよ!まずは身の安全の確保だ!絶対に、全員生きて、勝利を勝ち取るのだああああああ‼︎」

『う、うおおおおおおおおおお‼︎』

 

 兵士達の野太い声が平原に響き渡る。

 ………ああ、指揮官の立ち位置って楽しい……!みんなの怒号の返事が気持ち良い………‼︎

 

『………ど、道化の才能があるなぁ』

 

 余計なことを言うロマンを普通に無視した。あいつは後で殴り飛ばそう。

 とにかく、これでここの兵士達は俺のものだ。兵力丸々手に入れば、この時代の事が少しは分かるってもんだ。

 そんなことを考えてると、俺に向かって一体の竜牙兵が襲いかかって来た。フッ、甘く見られたものだな。俺だってカルデアのメンバーだ。多少の武術は心得ている。

 竜牙兵からの剣撃を回避し、手首に手刀を打った。こうすれば手首の力が抜けるはず………と、思ったら剣を落とさない。あっ、そっか。これ神経を刺激して一瞬、手の力を抜けさせる技だから骨だけの人には効かないんだ………。

 竜牙兵は「何しやがんだ?テメェオイ?」みたいな感じで俺に顔を向けた。

 

「ああああ!おっ、おきっ、沖田さああああああん‼︎」

「何やってんですかアホマスター!」

 

 慌てて逃げ出すと、沖田さんが俺の方に向かおうとするが、ドラゴンが襲いかかって来てそっちを対処している。

 ああああ!こんな事なら下手に立ち向かわなきゃ良かった!全力で後悔してると、落ちてる竜牙兵の残骸に躓いて盛大にすっ転んだ。

 ふと後ろを見ると、竜牙兵が「手間ァ掛けさせやがって……」みたいな雰囲気で俺を見下ろしている。

 

「待って!調子こいてすいませんでした!後でラーメン、ラーメン奢るからやめっ……!」

 

 だが、無慈悲にも振り下ろされて来る刃。俺はキュッと目を瞑った。

 その直後、ガギッと鈍い音が響いた。俺の身体に異常はない。薄っすらと目を開けると、金髪の女の人が旗を振り回して竜牙兵を砕いていた。

 

「………大丈夫ですか?」

「っ、あ、あんたは………?」

 

 金髪でおっぱいの大きい美少女。え、何この人。可愛い。

 

「さぁ、立てますか?」

「あ、はい。立てますよ」

 

 手を差し伸べられ、ありがたく手を取って立ち上がった。柔らかい手だなぁ……これが、女性の手か……。

 その直後、弓兵隊からの矢が発射された。数分後、作戦通り、ドラゴンと竜牙兵を殲滅出来た。

 

 



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適材適所。

 ドラゴンと竜牙兵を俺の完璧な作戦通りに全滅出来た。相変わらず、俺の完璧な作戦が怖いぜ………!

 俺は顔に付着した血(さっき転んだ時に擦りむいた時の血)を返り血を拭うように払うと、決め台詞を言った。

 

「我が作戦に一瞬の狂いなし」

 

 直後、ワアッと兵士達から歓喜の声が上がった。

 

「やった……!あの化け物どもに勝ったぞ!」

「勝てる、俺達でも勝てるんだ!」

「今日は深く眠れそうだぜー!」

 

 相当、過去にコテンパにされて来たのか、全員がすごくはしゃいでいた。勝って兜の緒を締めよって言葉を知らんのかこいつら。あ、いや日本人じゃないし知らないよね。

 しかし、眠れなかった人もいたのかぁ。竜の魔女、とはどこの誰だか知らないがかなりの化け物だな。

 さて、後は俺が軽く演説してやれば、この辺の兵士は丸々俺のものだ。グヘヘと笑ってると、遠くで見ていたマシュと沖田さんが「うわあ……」とドン引きした時だ。

 

「りゅ、竜の魔女だー!」

 

 そんな声がしてそっちを見た。

 さっき、俺を助けてくれた金髪さんが竜の魔女と呼ばれていた。あいつが竜の魔女?つまり、さっき俺を助けたのは俺が突如現れた謎の指揮官で、連れ帰って尋問するため?何より、あいつを捕らえりゃ俺の支持率がさらに上がる。

 

「召し捕ったりィッ‼︎」

「よしなさい!」

「グェッフ!」

 

 速攻で走り込んでドロップキックで襲い掛かったが、その俺の襟を誰かに掴まれたため、ものすごく喉が締まって断末魔に近い声を上げた。掴んだのは言うまでもなく沖田さんだ。

 

「何すんだよ!あいつ捕らえりゃここの兵力丸々獲得出来たんだぞ‼︎」

「さっき助けていただいた人に襲い掛からないで下さい‼︎」

「助けてくれたからって味方とは限らないだろ‼︎」

「だからと言って即襲い掛かるのは人としてどうなんですか⁉︎」

 

 なんて話をしてると、周りからヒソヒソと話し声が聞こえて来た。

 

「………なんだ、竜の魔女に助けられた?」

「……そういえば当然のように指揮を執ってたけど、あいつ誰だ?」

「ドラゴンの倒し方も知ってるようだったし……」

「奴の仲間もヤケに強かったし……」

「竜の魔女のスパイなんじゃないか……?」

 

 えっ……ちょっ、待っ………。待て待て待て!違うから!俺、そういうんじゃないから‼︎ヤベェよ、せっかく手に入れた統率力が、支持率が、兵士達が……!

 すると、金髪の人が俺に声をかけて来た。

 

「詳しい話は後でしますので、どうか一緒に来ていただけませんか?」

「ふざけんなテメェいけしゃあしゃあとどの口が提案して来てんじゃ我ボケェッ‼︎」

「えっ?……えっ?」

「だからよしなさいっ‼︎」

 

 沖田さんに頭をパカンと叩かれた。

 

「………おい、お前さっきから何なの?俺マスターだよ?分かってる?」

「申し訳ありません。とりあえず、話を聞かせてもらえませんか?」

「おい、無視かよおい。お前、いっぺんくらい本気で殴り合うか?ん?」

「分かりました。では、私について来て下さい」

 

 との事で、俺の意見など全く無視して、俺と沖田さんとマシュと藤丸さんは金髪さんの後に続いた。

 

 ×××

 

 どっかの森の中で、美少女四人と俺は話し始めた。こんな状況、世の男共なら喜ぶかもしれないが、マスターを全力で嫌ってる阿保、俺を先輩と呼ぶがたまにゴミを見る視線を送ってくるデミ・サーヴァントとそのマスター、俺の兵力入手チャンスを潰した金髪さん改めジャンヌ・ダルクしかいないので何も嬉しくない。

 まぁ、そんな話はともかく、ジャンヌの話をまとめよう。つまり、ジャンヌにはサーヴァントとしての知識やステ、真名看破さえ抜け落ちている、この世界にはもう一人のジャンヌがいて、そいつが竜の魔女と呼ばれている、そのジャンヌがドラゴンの召喚だのシャルル抹殺などやりたい放題やっている、ということだ。

 そんな事が出来る理由はまず間違い無い。

 

「………聖杯、か」

「そうだね、それが一番可能性が高いと思う」

 

 藤丸さんが俺の呟きに賛同したように言った。聖杯の持ち主がわかったのは良いな。ジャンヌからの情報はでかい。その分、戦力も失ったわけだが。

 本来なら敵の戦力を知りたいところではあるが、ジャンヌも数時間前に出て来たばかりらしいし、詳しい事は知らないだろう。

 

「………マドモアゼル・ジャンヌ、あなたはこれからどうするのですか?」

 

 マシュのその問いに、ジャンヌは何の躊躇いもなく答えた。

 

「決まっています。オルレアンに向かい、都市を奪還する。そのために、障害であるジャンヌ・ダルクを排除する。その手段は分かりませんが、ここで目を背けるわけにはいきませんから」

「一人でも戦う……。なんというか、教科書通りの方ですね、マスター」

「私もそう思った」

 

 俺も思ったわ。でも、無謀にも程がある。ただでさえ衰えてる癖にこいつは何を言ってるんだ?まぁ、本人がそう言うなら止めやしないが。

 

「あの、田中先輩」

「何?」

「私達とジャンヌさんの目的は一致しています。今後の方針ですが、彼女に協力する、というのは如何でしょう?」

「…………」

 

 ふむ、それも良いけどなぁ……。

 一応、俺の考えてることを伝えておこうと、沖田さん、マシュ、藤丸さんの耳元で聞いてみた。

 

「それより、こいつをさっきの連中に突き出して兵力丸々ゲットするってのはダメなの?」

「ダメです」

「非人道的です」

「あんたそれでも人間か」

「おい待て。言い過ぎだろ特に最後」

 

 だよな……。仕方ない、仲間に引き入れるか……。

 

「仕方ない、ジャンヌ」

「は、はいっ」

「俺達と手を組もうか?」

「い、良いのですか?」

「ああ、俺達ももう一匹のジャンヌをぶっ倒さないと任務クリア出来なくてね。戦力が増えるならありがたい限りだ」

「分かりました。では、よろしくお願いします」

 

 そう頭を下げられた。確か、ルーラーだったか?役に立たないってことはないだろうしな。最悪、マシュと並べて壁役にでも……。

 そんな事を考えてると、ジャンヌが俺の手を取って安心したように微笑んだ。

 

「実は、私もあなたには協力していただこうと考えていたのです」

「へっ……?」

「先程の戦闘で、あなたの指揮能力と戦略には思わず感嘆の息を漏らしました。少々、軽率な行動も見えましたが、指揮官としては素晴らしいの一言です」

「あ、いやっ………」

「ですから、あなたと手を組ませていただくことができて、本当に助かりました」

「当然でしょう、美人の女性を助けるのはジェントルメェンとして当然です。必ず、もう一人のジャンヌ・ダルクを討ち取ると約束致しましょう」

「っ!は、はい!」

 

 中村○一もビックリなイケメンボイスでそう言うと、ジャンヌさんはパァッと明るく微笑んだ。

 その俺の宣誓を聞くなり、「うわあ……」と本来の仲間達はドン引きしたような声を漏らした。

 

「あの男、チョロいですね……」

「まぁ結果的には良かったと言えますが……」

「さっきまですごくジャンヌさんを嫌がってた癖に……」

 

 うるせぇ、バカども。特に沖田さん?あなたは私のサーヴァントですからね?

 すると、ジャンヌさんが聞いて来た。

 

「それで、これからどうしましょう?」

「敵の情報を集めると共に戦力の増加、これが最優先でしょう。そのために、まずはジャンヌさんについても知りたいのですが」

「………あの、なぜ敬語に変えたのですか?先程のようにタメ口でも良かったのですが」

「いえいえ、ジャンヌ様に対してタメ口など、恐れ多いです」

「え?様?」

「それで、ジャンヌ様について教えていただきたいのですが」

「え?あ、ああ、そうですね……。味方の戦力も把握しておかないと出来ることも……」

「とりあえず、3サイズを詳しく」

「ふえっ⁉︎す、スリー⁉︎」

 

 直後、パガンと後ろから沖田さんに頭を叩かれた。

 

「テメェ何しやがんだコラ⁉︎」

「胸に手を当ててよく考えなさい」

「え?当てて良いの?」

「沖田さんのじゃなくて自分のです‼︎もういいから引っ込んでてください!」

 

 沖田さんに追い出され、藤丸さんが改めてジャンヌ様に聞いた。

 

「それで、ジャンヌは何が出来るの?」

「………申し訳有りません。ほとんど何も……」

「そっか……」

「……ルーラーが持っているサーヴァントの探知機能も私には不能です」

「おい待て今なんて言いました?」

「へっ?」

 

 ルーラーがサーヴァントの探知機能を……?それってさ……。

 

「それ、向こうのジャンヌも持ってるんじゃ……」

「っ!た、確かに!」

 

 それってさ、俺達が何処にいても居場所がバレるって事じゃ……。いや、それどころかこっちの戦力全部向こうにバレることになる。

 これはマズイだろ。どんな作戦立てようがすぐにバレるし、向こうに奇襲は通用しない。それでいて戦力差も負けてるとか終わってんな。

 

「………もう2017年とかなくてもいいんじゃないかな」

「何言ってるんですか⁉︎」

「冗談だから盾を振り上げるのやめろ、マシュ」

 

 いや、今はそんな事考えても仕方ないか。敵がサーヴァントを感知できる以上、こちらがどんなにバタバタしても居場所がバレる時はバレるのだ。

 どうせならゆったり構えよう。さっきのドラゴン軍団を撃退したのは向こうも知ってるはずだし、下手に手は出して来ないはずだ。

 すると、「ふわあ……」と欠伸する声が聞こえた。藤丸さんが眠そうに目を擦っている。

 

「………とりあえず、今日はもう寝るか」

「そうですね……。なんか色々と疲れました」

 

 マシュが賛同した。と、言っても全員で寝る必要はない。てか全員で寝て奇襲にでもあったら最悪だ。

 

「よし、マシュと藤丸さんとジャンヌ様が先に寝て下さい。沖田さんは悪いけど一緒に起きててくれる?」

「いえ、田中先輩も寝て下さい。サーヴァントは睡眠の必要はありませんから」

「バーカ、それは肉体的な話だろ。精神面は別だ(多分)。特にマシュは元は普通の人なんだから寝とけ」

「でしたら、私が起きていますので田中さんは……」

「ジャンヌ様より先に寝るわけにはいきません!」

 

 断言すると、マシュは呆れたようにため息をつき、ジャンヌ様は苦笑いを浮かべた。

 

「………沖田さんもそれで良いよな?」

「はい」

 

 よし、決まったな。マシュと藤丸さんとジャンヌさんはその場で寝転がった。

 さて、俺は作戦でも考えるか。そう決めると、紙とペンを取り出して、マシュの盾の上で色々と書き始めた。

 相手の戦力がわからないうちに作戦なんて考えても仕方ないかもしれないが、ルーラーがサーヴァント感知をできると聞いてから何か気になることがある。

 それは、サーヴァント以外は感知出来ないんじゃね?ということだ。それがもし本当なら、奇襲は可能だし、それと共にやはりさっきの兵士達が欲しい所だ。まぁ、でもあの兵士達を手に入れるにはジャンヌさんを放り出すしか無いし、もう諦めよう。

 とりあえず、どうやって相手の戦力を知るかを考えるか。………思いつく方法は一つだけある。それは………。

 

「……マスター」

「おうっ⁉︎………な、何?」

「………なんですか?今の声」

 

 突然、しかも沖田さんから話しかけられると思わなくて………。

 とりあえず、紙に文字を書きながら相槌を打った。

 

「や、何でもない。何?」

「いえ、その……さっき……」

「殺気?何処から?」

「いえ、違います。さっきの戦闘です」

 

 ああ、そういう「さっき」ね。ビックリした。

 

「その、良くあの兵士達を使ってドラゴンを倒せたなと思いまして……」

「少しはテメェで戦えって事かよ」

「ちっ、違います‼︎ですから、少し見直したと言っているんです!」

 

 見直した?沖田さんが?俺を?

 

「………熱でもあるんですか?」

「なっ、なんでそうなるんですか!」

「いや、だって出会って1日で嫌った人を褒めるとか………あ、何か変なもの食べたとか?」

「食べてません!も、もう!どうして人の褒め言葉を素直に受け取れないんですか⁉︎」

 

 そりゃそうだろ。嫌われてるんだもん。嫌ってる相手を褒める奴はいないだろ。褒められる事があったとしてもだ。

 

「私がマスターを嫌いなのと、マスターが実績を残した事は別です」

 

 おお、そういうとこしっかりしてるのか。さすが、新撰組。嫌いな部下とかいたんだろうなぁ。

 ………そういえばアホ過ぎて忘れてたけど、沖田さんって隊長だったんだよな。人をまとめる立場だったのかぁ。

 

「………なんですかその目は」

「いや、沖田さんの部下だった人は苦労してたんだろうなぁ、と思いまして」

「どういう意味ですか!まったく、人がせっかく褒めたのに………」

 

 まぁ、悪い気はしなかったけどよ。人に褒められるのはやはり良いものだ。

 少し嬉しくなりながら、明日、どうやって敵のアジトに乗り込むかを考えていた。

 

「……ていうか、さっきから何を書いてるんですか?」

「あ?」

 

 後ろから突然、身を乗り出して手元を見られた。

 

「うわっ……これ、明日の作戦ですか……?」

「うわってなんだようわって……。ていうか、作戦というほどのものじゃない。明日からの行動の案を纏めてるだけだ」

「………へぇ〜……マスターって、意外と真面目なんですね」

「まぁな」

 

 これくらいやらないと俺のある意味はないからな。リーダーとして、誰一人死なせるわけにもいかないし。

 

「で、明日はどうするんですか?」

「いや、俺が一人で敵のアジトに潜入に行こうかなと思って」

「………はっ?」

「んっ?」

 

 え、何?なんかおかしいこと言った?

 

「何言ってるんですか?」

「いや、相手の戦力の確認だよ。サーヴァントなら感知される、逆に言えばサーヴァント以外ならバレないって事ですから」

「ダメです!危険過ぎます!」

「あー、だよね。正直止めてほしかった」

「大体、そんな事をリーダーにやらせ……は?」

 

 絶対やりたくないでしょ。そんな下手に捕まれば拷問されるかもしれない事なんて。相手はサーヴァントである以上は英霊であり、従って俺よりも戦争の経験はずっと多い奴だ。99%捕まる。

 

「じゃあなんで言ったんですか!」

「だって案としては有りじゃん。ただ、誰か反対意見が一人でも出れば行かなくて済むかなって思って」

「………やっぱ行って来なさい。一人で」

「嫌だよバーカ。さっきは俺の事心配してたくせに」

「は?全然してませんが。ただ、あなたの指揮が無くなると今回の任務が面倒になりそうだなと思っただけですが?」

 

 ………少しは心配してくれてもいいのに。何度も思うけど、お前俺のサーヴァントだよな?

 

「まぁ、行くのが嫌なら相手の戦力を把握する方法を考えなさい」

「なんで上からなんだよ」

 

 しかし、大失敗したかも。これ、マジで何も思いつかなかったら行かされそうだな。知恵を全力で振り絞らないと。

 

 



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命に比べりゃプライドなんて安いもん。

 翌日。薄っすらと目を開けると、目の前に沖田さんの顔があった。あれ?なんで一緒に寝てるの?恋人?と、思ったが、そもそも野宿の真っ最中だった。割と寝心地は悪くない。

 

「……………」

 

 ………沖田さんの寝顔を見て、不覚にもときめいてしまった。この人、黙ってりゃ超可愛いな……。しかも、確か沖田さんって享年26だったよな?とてもそうは思えないほど、幼い寝顔だ。

 

「……………」

 

 いや、落ち着け。騙されるなよ、俺。マスターに平気で暴力を振るう奴だぞこいつは。見てくれの良い奴にろくな奴はいない。ジャンヌ様は除くが。

 とにかく、もう少し寝よう。それで全部忘れよう。そう思って目を閉じようとした。何を枕にしたのか覚えてないけど、なんか頭の下が柔らかいし、せっかくならもう少し寝………。

 

「………お目覚めですか?」

 

 上から声を掛けられた。ただ、もう起きてたのがバレたか……。そう思って上を向くと、ジャンヌ様の顔があった。

 

「っ………ふぁい、おはようございます………」

「はい、おはようございます」

 

 あれ、待って?なんか顔近くない?ていうか、この柔らかさって……太もも?

 もしかしてこれ、膝枕………?

 

「………あの、ジャンヌ様?」

「なんでしょう」

「………なんで膝枕してんの?」

「いえ、その……我々のリーダーとも呼べる方を地面で寝させるわけにはいかないと思いまして………」

 

 ………ジーンと来た。今、ジーンと来たよ。こんな風に俺を扱ってくれる女性はいなかった。

 

「あれれっ?なんで泣いてるのですか⁉︎」

「………ジャンヌ様、あなたが唯一の良心です……」

「は、はい……?」

 

 意味わからないかもしれないが、マジでそうなんだって。みんな俺に対して当たり強いもん。

 

「だから、もう少しここで寝てても良いですか?」

「………いえ、あの……そろそろ起きないと……」

「………ジャンヌ様の太ももいい匂いする……」

「っ⁉︎な、なんでうつ伏せになるんですか⁉︎」

「クンカクンカスーハースーハー」

「そんな息をしないでください!」

 

 怒られたので、俺は仕方なく起き上がった。気がつくと、藤丸さんとマシュは俺をゴミを見る目で見ていた。変態は死ねという目だ。

 

「おはよう」

「………おはよう」

「………おはようございます」

「とりあえず、朝飯にしようぜ。腹減ったわ」

 

 その視線を全く無視して、俺は再び膝枕されながら言った。

 

「なんで飯にするのにまた寝転がってるんですか田中変態」

「ロリコンじゃありませんフェミニストです」

「起き上がらないと盾で押しつぶしますよ」

 

 起きた。すると、ジャンヌ様は言いにくそうに目を逸らしながら声をかけて来た。

 

「………あの、田中さん」

「なんですか?」

「………そのっ、もう、お昼です………」

「へっ?」

 

 言われて空を見上げた。太陽が真上に上がっている。どう見ても朝、という位置にあるようには見えなかった。

 うん、まぁ、その、何?一言で言うなら、寝過ぎた。

 少し反省しながら、ふと横を見ると沖田さんはまだ寝ていた。綺麗な寝顔をしてる癖に腹を出しながら。こいつ、俺より酷いんじゃねーの?と思わざるを得なかった。

 

 ×××

 

 みんなで起きて、朝食を済ませて作戦を決めた。と、言っても結局はオルレアン周辺の街で地道に聞き込みをすることになった。

 ジャンヌさんの案内でラ・シャリテとかいう街に行くことになった。すると、通信が入った。

 

『ちょっと待って。ラ・シャリテからサーヴァントの反応がある』

「数は?」

『五騎だ』

 

 すぐに聞くと、すんなり答えてくれた。

 

『あれ、でも遠ざかっていくぞ?……あ、ダメだ。ロストした!速すぎる!』

 

 速すぎる……敵だとしたら竜を使えるんだ。それを使ってるのかもしれない。

 すると、「フォア、フォーウ!」とマリオみたいな声が聞こえた。マシュの頭の上で何かを見ていた。そっちを見ると、煙が上がっていた。

 

「!街が……燃えている……⁉︎」

「急ぎましょう!」

 

 マシュとジャンヌさんが走ろうとしたが、それを俺は止めた。

 

「待った、行くな」

「どうしてですか⁉︎」

「奴らは撤退してはいるが、敵だとしたらルーラーがいる。サーヴァントが行くのは危険だ」

「じゃあ、どうするというのですか⁉︎」

 

 そもそも行く必要あるか?あの中に生存者がいるとは思えないが。いや、でも仮にいるとしたら、どんな相手がいるのか知るチャンスでもある。

 ………いや、でもダメだろ。サーヴァントは五騎だし、戦力差は明らかに向かうのが上だ。なら、サーヴァントには待機しててもらうしかない。

 

「し、しかし田中先輩一人で行くのも危険です!」

「ロマン、奴らが撤退してからサーヴァントの反応はないよね?」

『無い。ただ、魔性の反応がいくつかある』

 

 魔性の反応……ドラゴンかな?

 昨日、見た感じだとドラゴンには鼻と目しか無い。つまり、俺を発見するには臭いと目視しかないわけだが、あそこは今燃えている。臭いに頼る事は無理だろう。あとは見つからないように探索するしかない。

 

「とにかく、俺一人で行く。四人はここで待機、良いな?」

 

 それだけ言うと、俺はラ・シャリテに向かった。

 

 ×××

 

 街に入ると、もはや焼け野原といえる惨状だった。ほとんどの建物は焼き払われ、至る所から煙が上がっている。冬木市程ではないから、何とか呼吸は出来る。

 

「………ロマン、生存者は?」

『………ダメだ。いない。とても情報収集なんて出来る惨状ではない』

「よし、帰るか」

『もう⁉︎』

「そりゃここにいても意味ないし。ドラゴンもいるなら危険だろ」

『そっか……そうだな』

 

 よし、帰ろう。そう思って歩き始めた時だ。

 何処かから戦闘音が聞こえた。

 

「………なんの音?」

『………近くで誰かが戦っている』

 

 生き残りがいたのか?いや、さっき生存者はいないって言ってたし……ドラゴンが街を破壊し始めたのか?

 何も分かってないまま、さらにロマンから声が聞こえて来た。

 

『………待った、先程去ったサーヴァントが戻って来た!』

「………まじ?」

『ああ、急いで逃げた方が良い!』

 

 ………なんで戻って来たんだ?俺に気付いた?いや、それはないだろ。奴らが探知できるのはサーヴァントだけだ。まさか、俺を殺すためだけに戻って来たとは思えない。放っておけば、いずれドラゴン達が俺を殺すと思うはずだし。

 

「………ロマン、この辺にサーヴァントの反応は?」

『………あれ?さっきより多い。七騎だ』

 

 七騎………。まさか、あいつら付いて来たのか?いや、それはないな。それならロマンが言うはずだし。他の二人はどこから来たんだ?

 何にせよ、俺を見つけたから来たというわけではない事がわかった。

 

「………ここで身を潜める」

『⁉︎ 本気か⁉︎』

「バカ、声がでかい。何処から召喚されたか知らないが、野良のサーヴァントが二騎、これ以上にない敵の戦力を知るチャンスだ」

 

 正直、死ぬ程怖い。だが、怖くない戦争なんかない。ここは見て行くべきだ。

 

『でも、バレたら死ぬぞ!』

「………おそらく、大丈夫なはずだ。奴らが野良のサーヴァントに勝てば、必ず油断が生まれる。奴らが帰るまで息を潜めていれば見つからないはずだ」

『それは、そうだが………』

「ていうか、絶対死にたくないもん」

 

 おそらく、大丈夫なはずだ。けど、万が一、万が一の時には………。

 

「………万が一の時には、ここの情報を全部藤丸さんに渡して」

 

 そう言いながら、瓦礫の中に身を隠した。

 すると、竜達が降りて来た。メンバーはセイバーっぽいの、杖持ってる人、棺桶持ってる人、唯一の白髪のおっさん、そして黒いジャンヌさんだった。ショートヘアも似合うなぁ。

 

「………ふむ、ここら辺のはずですが」

「あら、物騒な方々が現れましたね」

 

 すると別方向から二人ほど愉快な格好をした二人組が姿を現した。

 

「あなた達が私の竜と戦った方々ですか?」

「ええ。この街に来てから急に襲われたもので」

「それよりも聞き捨てならないね。今、『私の竜』と言ったかい?」

 

 あの赤い人は可愛いな。てかもう一人の格好が面白すぎるわ。何あれ、なんでタクト持ってんの?

 

「ええ、別にあなた達を襲わせようとしたわけではありません。私の出した竜が襲ったのが、たまたまあなた達だっただけです」

「何にしても、この街をこんな風にしたのは君達の仕業だろう?」

「その通りです」

 

 面白い方が聞くと、黒ジャンヌ様は平然と頷いた。

 

「ですので、投降していただけませんか?」

 

 黒いジャンヌ様がそう言うが、赤い方は首を横に振った。

 

「いえ、それも出来ませんわ」

「………何故です?」

「あなたがこの国を侵すというのなら、私はドレスを被ってでも貴女に戦いを挑みます。何故ならそれは……」

 

 直後、セイバーっぽい人が小さく狼狽えた。

 

「! まさか、貴女は………⁉︎」

「まあ、私の真名をご存知なのね?素敵な女騎士さん」

「………セイバー、彼女は何者?」

 

 黒ジャンヌ様が質問した。あいつはセイバー確定だな。

 

「……この殺戮の熱に浮かされる精神でも分かる。彼女の美しさは私の目に焼き付いていますからね」

 

 ………殺戮の熱?どういう意味だ?ただ狂ってるだけか?いや、でもそういうのはバーサーカーだろ。

 

「ヴェルサイユの華と謳われた少女。彼女は、マリー・アントワネット」

 

 ! マリー・アントワネット。て事は、あのセイバーはマリー・アントワネットの知り合いか。

 

「はい!ありがとう、私の名前を呼んでくれて!……そして、その名前がある限り私はどんなに愚かであろうと、私の役割を演じます」

 

 マリー・アントワネットはそう言うと、好戦的に微笑んで質問した。

 

「ねぇ、竜の魔女さん?無駄でしょうけど質問してあげる。あなたこの私の前で狼藉を働くほど、邪悪なのですか?」

 

 …………話しが長いな。早く戦えよ。まぁ、奴らの会話から多少の情報は得たが。

 とにかく、戦闘が始まるまで待機を………。

 

「! ジャンヌ………!」

「本当にもう一人……!」

「マスターは何処ですか⁉︎」

「姿は見えませんが……まさか!」

 

 ………なんであいつら来てんの?待ってろって言ったよな?

 

「………増援、ですか」

 

 ほらぁ、向こうも油断なく構えてんじゃん!来るならせめて奇襲を仕掛けるなら何なりしろよ!なんで堂々と対峙してんだよ!バカか!

 マリー・アントワネットが面白い人と「あ、あれ……?二人……?」と狼狽えてる中、闇ジャンヌ様はジャンヌ様を見るなり、「クククッ」と笑みをこぼした。

 

「ねぇ、お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの、やばいの。本気で頭おかしくなりそうなの。だってそれくらいしないと、あまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう……!」

 

 よし、誰も水をかけるな。そのまま笑い死ね。

 

「ほら、見てよジル!あの哀れな小娘を!」

 

 いや、小娘ってそれ君だからね?というか、ジルって誰の事だ?誰も反応してないところを見ると、あの五人以外にも仲間がいるということになるな。

 とにかく、ジャンヌ様達が来てしまった以上、俺がここにいる意味もう無いよね。

 

「あなた達!田中さんは何処ですか⁉︎」

「………は?タナカ?」

 

 ジャンヌ様が敵五人に問い詰めた。

 

「………誰?」

「さぁ……」

「てか人の名前?」

 

 だよね。ここだと和名とかないもんね。でもね、それを言うとヒートアップすると思うんだ。

 

「あなた達、まさか……‼︎田中さんを人に見えないくらいにまで斬り刻んだというのですか⁉︎」

「へ?いや全然違うんだけど。ごめん、ほんと誰なのその人」

「自分が殺した相手も忘れたというのですか⁉︎外道な……!」

「は?いやそういうんじゃなくて本当知らないんだけど」

「許しません……!」

「え、待って。誰か田中とか言う人分かる人いる?」

 

 ジャンヌ様……お願いだから落ち着いて下さい……。完全に向こう素じゃないですか……。

 すると、空中から声が聞こえて来た。

 

『………あの、沖田さん?』

「なんですか?」

『そこの崩れた建物掘り返して見て?』

 

 あの野郎!裏切りやがった!沖田さんがこっちに歩いてくる。

 あ、ヤバイ。逃げようとすると多分音出るし逃げられる気がしない。ちょっ、やばい。掘り返される!

 

「………あっ、マスター」

「…………ぐへっ」

 

 死んだフリをした。白目を剥いて口を半開きにしてヨダレを垂れ流している。

 すると、俺の体が持ち上げられる感覚が出た。お姫様抱っこされてるのだろうか。いや、考えるな。俺は今、死んでいる。目が乾いて来た。

 

「……………」

 

 静かだな………。なんだ、どうなっている?

 

「ジャンヌさん。いや、白いほうの。あそこで死んだフリしてましたけど」

「………は?死んだふり」

「てか、今も続行中です」

「……………」

 

 あっさりバラされ、俺は薄眼を開けた。ジャンヌ様が涙目で頬を膨らませて俺を睨んでいる。すごくかわいい。

 

「………あー、ど、どうも……」

「田中さん……!あなたという人は………‼︎」

 

 ジャンヌ様が怒鳴りかかって来た直後、ボウッと俺の隠れていた廃墟が燃え尽きた。

 慌てて前を見ると、黒ジャンヌ様が睨んでいた。

 

「茶番は終わりです。何者か知りませんが、男の癖に隠れて覗き見とは情けない。今すぐにでも燃え尽きてもらいます」

 

 グッ、やるしかないのか………!

 ………いや、ここで戦うのはダメだ。オルレアンの目と鼻の先、マリー・アントワネットと面白い人を仲間と見れば人数的にはイーブンだが、増援が来たら終わりだ。ここでの戦闘は……いや、待てよ?

 

「………ジャンヌ様、ごめんなさい」

「はい?」

 

 謝ってから、黒ジャンヌに言った。

 

「おい、そっちの黒いジャンヌ!」

「なんです?遺言ですか?」

「お前はこっちの綺麗なジャンヌと同一人物で間違いないな⁉︎」

「ええ。反吐が出ますが、同じと言えるでしょう」

「なら、身体も趣味も同じ?」

「ええ、おそらく。それがなんなんですか?」

「つまり、こうされたら?」

 

 直後、俺はジャンヌ様のオッパイを後ろから揉みしだいた。直後、ジャンヌ様は顔を真っ赤にし、他のメンバーはブホッと吹き出した。

 当然、黒ジャンヌも顔を赤らめた。

 

「な、何してんのよあんたいきなり⁉︎」

 

 お、素が出たな。いける。

 

「おお、流石ですなぁ、ジャンヌ様のおっぱいは柔らかい。そんな悪そうな顔で身体は随分と女らしいんだなぁ!」

「んんっ!ちょっ、田中さ……!」

「べ、別に女らしくないわよ!ていうか何してるのよ変態‼︎」

「ほれほれ、今すぐ帰らないと人前でもっとすごいことをしてやるぞ〜?」

「す、すごいこと⁉︎何する気ですか!」

「す、好きにすれば良いじゃない!同じ体型でも別人だし!」

「へぇ?そうなんだ?なら、今度は服越しではなく直で揉んでやろうか?」

「「じ、直⁉︎」」

 

 黒ジャンヌは自分の胸を慌てて抱いた。それに構わず俺は服の中に手を入れた。

 

「ほほれほれ、男もいるこの公衆の面前でおっぱいを直揉みされるのはどんな気分だ?」

「やっ、やめなさい!」

「おや?これはあなたの体ではないんじゃないんですかー?」

「っ!そ、それはっ……!じ、じゃあ好きすれば良いじゃない!」

「ほほう?好きに?なら、次は下に行こうか?」

「「しっ、下ぁっ⁉︎」」

 

 俺はジャンヌ様の下半身に手を掛けた。

 するとジャンヌ様は大声で叫んだ。

 

「まっ、ままま待って待って待ってお願い待ってくださいお願いします!お願いだから待ってそれだけはやめて!」

「ふはははは!公衆の面前でパンツを晒されるのだ!趣味が同じである以上、貴様の下着の好みというものがバレるというもの!どうなっても知らんぞ!ふはははは!」

「わ、分かったからやめて!帰る、帰りますからそれ以上はやめてぇ!」

 

 そう言われて、俺はジャンヌ様から手を離した。

 黒ジャンヌは顔を真っ赤にして竜の上に乗り、他のメンバーも竜の上に乗った。

 

「あ、あんた!覚えてなさいよ!絶ッッッ対に燃やし尽くしてやるんだからね‼︎」

「その時は、またオッパイを揉むよ」

「良い顔で何言ってんのよ‼︎行くわよ!バーサーク・セイバー、バーサーク・ライダー、バーサーク・アサシン、バーサーク・ラン……ランサー、何鼻血出してるの?」

「いや、これは……」

「後で殺すわ」

 

 そのまま全員は帰宅した。ふぅ、間一髪だったな……。

 息をつくと、後ろから驚くほど冷たい目線が突き刺さって来た。振り向くと、刀を構えてる沖田さん、盾で素振りをしているマシュ、ゴミを見る目の藤丸さん、マリー・アントワネット、涙目で顔を真っ赤にして肩を抱くジャンヌ様、鼻血を垂らしてる面白い人が俺を見ていた。

 

「…………田中さん」

 

 ジャンヌ様が俺に声を掛けた。

 

「何か言うことは?」

 

 そう問い詰められ、俺の口から乾いた笑いが漏れた。ハッ、ハハハハと呟いた後、全力で頭を下げた。

 

「………すみませんでした」

 

 



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反省と後悔は紙一重。

 全力でジャンヌ様に謝りながら、森の中に逃げ込んだ。近くに霊脈があるそうで、召喚サークルを作った。

 で、ようやく落ち着くことが出来た。とりあえず、岩の上に座って全員に問い詰めた。

 

「で、なんで来たんだよお前ら」

「……………」

 

 問い詰めるが、全員答えようとしない。マリー・アントワネットと面白い人以外目を逸らしている。

 

「おい、こっち見ろバカども」

「………申し訳ありません。私の責任です、田中さん」

 

 ジャンヌ様が俯きながら呟いた。

 

「街から誰かが戦う音がしたもので、もしかしたら田中さんがワイバーンに狙われてるのかもと思って………」

「……………」

 

 ああ、野良サーヴァント二人とワイバーンの戦闘音か。いや、でももしもの場合はロマンが伝えてくれるって言ってたし、わざわざ来ることもなかったろうに………。

 

「ああ、それは私達のですね。ドラゴンが襲って来たものでつい応戦してしまいました」

「あれ、あなた達だったんですか?」

「とにかく、来なくて良いっつったんだから来る必要なかったんですよ。マシュ達が来たことによって、こちらのサーヴァントのクラスも相手にバレる所だったんだから」

 

 そう言うと、沖田さんがムッとして言い返して来た。

 

「そんな言い方ないじゃないですか!こっちは心配になったからわざわざ行ったのに!」

「だーかーらー、来ても全滅しちゃ意味ないだろ!」

「それに、ドクターさんから『彼から万が一の時は、敵の情報を伝えるように言われてるけど……君達はどうする?』なんて言われたら嫌でも不安になります!」

「あ、あいつ!余計な事を………!」

「私はマスターを決して好きというわけではありませんが、それでマスターを見捨てるのは話が別です!」

 

 くっ……流石武士というべきか………!ありがたいお言葉だ。だけど、戦争中でその精神は褒められない。

 

「ま、まぁまぁ、変態のあなた。結果的には私達という仲間も増えたんですし、あまり怒らなくても良いのでは?」

「や、まぁ結果的に言えばそうだけど……」

「それより、自己紹介させてくださる?」

 

 なんか自己紹介タイムになった。まずはマリー・アントワネットからだ。

 

「私の真名はマリー・アントワネット。クラスはライダー。どんな人間なのかは、どうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです。それと、召喚された理由は残念ながら不明なのです。だって、マスターがいないのですから」

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。僕も、彼女と右に同じ。何故自分が呼ばれたのか、そもそも英霊なのか、まるで実感がない。確かに僕は偉大だが、しかし、それでも数多くあった芸術家の一人に過ぎないんだが……」

 

 続いてこちらサイドの自己紹介。まずはマシュが立ち上がった。

 

「私はマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで真名は分かっていません。こちらは藤丸立花。私のマスターです」

「チーッス」

「まぁ、面白い挨拶ですわね。ち、チーッス!シクヨロ!」

「先輩……変な挨拶教えちゃダメですよ………」

 

 なんだ、意外とノリいい人なんだな。

 

「私は沖田総司、セイバーです。で、誠に遺憾ながらさっき公衆の面前で変態行為に走った奴のサーヴァントです」

「あ、俺は田中……」

「で、あなたがジャンヌ・ダルクですのね?」

 

 おっと、スキップされましたよ。スタートボタン押したの誰だよ。

 

「フランスを救国すべく立ち上がった聖女。生前からお会いしたかった方の一人です」

「………私は、聖女などではありません。先程、汚されてしまいました」

「大丈夫ですわ。盛った類人猿に触られたくらいノーカンですもの」

 

 いや言い方。逃げるためなんだから仕方ねーだろ。

 

「それに、あなたの生き方は少なくとも真実でした。その結果を私達は知っています。だから、皆はあなたを讃え、憧れ、忘れないのです」

「まぁ、その結果が火刑であり、あの竜の魔女なわけだが。良い所しか見ないのはマリー、君の欠点だ」

 

 アマデウスが口を挟んだ。

 

「いいかい、マリー。君はいつも他人をその気にさせ過ぎる。たまには相手を叱り、否定する事も大切だよ」

「そんなこと、アマデウスに言われなくても分かっています!こ、こうすれば良いのでしょう⁉︎この音楽バカ!人間のクズ!」

「ああ、そうだ。そんな感じだ」

「変態!キチガイ!大勢の人の面前で女性に恥をかかせる男として最低の人種!」

「おい、なんで俺に矛先向けてんだよ」

「露出魔!」

「パンツ男!」

「ど変態!」

「なんでお前らまで参戦してんだよ!」

 

 藤丸さん、マシュ、沖田さんを黙らせてると、アマデウスが言った。

 

「そんな感じでジャンヌにもかましてあげなさい」

「おい、てめえジャンヌ様に向かって何言わせる気だコラブッ殺すぞ」

「それに、それは無理よアマデウス。ジャンヌには欠点がないんだもの」

 

 よく分かってらっしゃる。マリーとは良い酒が飲めそうだ。

 

「………本気か。これは重症だ。君はそこまで好きだったんだな。ジャンヌ・ダルクが」

「好き、というより信仰ね。あとはちょっとの後ろめたさ。小さじ一杯分くらいのごめんなさい。愚かな王族が抱く、聖女への当然の罪悪感」

「………マリー・アントワネット。あなたの言葉は嬉しい。でも、だからこそ告白します。生前の私は聖女などというものではなかった。私はただ、自分の信じたもののために旗を振るい、そして己の手を血で汚した。その先で、どれほどの犠牲が出るのか想像すらしなかった。後悔はしなかったけど、畏怖する事もしなかった。それが私の罪です。そんな小娘を聖女と呼ぶのは……」

「そんな事ありません」

 

 沖田さんが口を挟んだ。

 

「私にはジャンヌさんの生前に何があったのか分かりませんが、上からの命令だから、相手は江戸幕府を脅かす危険分子だからと言い訳を重ね、自分の剣に何の責任も乗せずに、ただ眼前の敵を斬り捨てていた私などと違って、あなたは自分の夢のために、何か理由があって戦に臨んでいたのですから、それは悪いことではないと思いますよ」

「………沖田さん」

 

 ………会話に入れねぇー。まぁ、そういうのは英霊にしか分からないんだろうな。

 よし、ジャンヌ様がへこたれているのは俺も嫌だ。何か言おう。

 

「しかし、私はとても聖女などと呼ばれるには……」

「ジャンヌ様」

「は、はいっ」

「この世には、国によって様々な法があるし、人によって各々の正義は違います。………が、一つだけ絶対不変万物平等森羅万象オールマイティジャスティスがこの世にあります」

「は、はぁ……?」

「ほう、それは気になるね」

「なんだというの?」

 

 アマデウス、マリーが聞いてきたので、俺は少し溜めを作ってから答えた。

 

「それは『可愛い』だ!全ての『可愛い』のために人は全てを捧げ、全ての『可愛い』が全ての人間の行動原理となっている!」

 

 グッとガッツポーズを作りながら熱く語った。顔の前で両手をクロスさせながらポーズを取ると、シュバッとジャンヌさんを指差した。

 

「つまり、何が言いたいかと言うと、ジャンヌ様、あなたは可愛い」

「い、いきなりなんですか⁉︎」

「だから、正義はあなたにある。過去に何があるか知りませんが、今、可愛いあなたが正義なんです。我々は、そんなあなたとの共闘を望んでいるのです」

 

 あれ、自分で何言ってんだか分からなくなってきた。まぁいいや、とにかく勢いで誤魔化せ。

 

「とにかく!ジャンヌ様可愛い愛でたい結婚したいということで」

「あっ、あのもう分かりましたから!やめて下さい!恥ずかしいです!」

 

 ふぅ、まあそれで良いや。すると、今度はマリーが口を挟んできた。

 

「ねぇ、私は可愛いのかしら?私は正義?」

「え?まぁ、顔だけなら可愛いんじゃねぇの?」

「じゃあ私も正義ね!」

「まったく、馬鹿なこと……ねぇ?先ぱ」

「私は?私は?」

「先輩⁉︎」

「藤丸さんも可愛いよ。中身は割と斬れ味鋭いけど」

「じゃあー、マシュは⁉︎」

「うえっ?わ、私は別に……!」

「超可愛い大人しそうな雰囲気と口調なのにオッパイ大きくてギャップが可愛い」

「ど、どこ見てるんですか!」

 

 よし、盛り上がって来た。この流れでこれからの行動を決めよう。と、思ったら今度は沖田さんがソワソワしながら俺をチラチラ見ていた。

 

「ああ、お前は全然可愛くねーから」

「んなっ……!な、なんでですかー⁉︎」

「当たり前だろ!マスターをサンドバッグのように殴る蹴るし呼吸するように暴言吐くし、お前の事可愛いとかいう奴の気が知れないわ」

「全部自業自得じゃないですか!」

「うるせーバカバカバーカ脳筋!」

「子供かあんたは!」

 

 なんて俺と沖田さんが喧嘩してる間に、クスッと微笑んだジャンヌにマリーが言った。

 

「ねぇ、あなたは聖人ではないのですよね?」

「え、ええ。少なくとも、私自らそう名乗ることはできません」

「なら、ジャンヌと呼ばせてもらっても良い?」

「え、ええ。勿論です。そう呼んでいただけると、なんだか懐かしい感じがします」

「良かった。それなら、貴女も私をマリーと呼んで?あなたが聖人じゃないただのジャンヌなら、私も王妃ではない、ただのマリーになりたいわ」

 

 アイドルみたいなこと言いだしたな、と思った直後に沖田さんの蹴りが脇腹に直撃したため、俺も殴り掛かった。

 

「ね、お願いジャンヌ。私をマリーと呼んでみて?」

「は、はい。では遠慮なく。………ありがとう、マリー」

「こちらこそ嬉しいわ、ジャンヌ!」

 

 そう二人が微笑み合ってる間に、俺は沖田さんに取っ組み合いの喧嘩を挑んで返り討ちに遭った。

 

 ×××

 

 とりあえず、マリーとアマデウスに現状を説明した。黒ジャンヌ様だけでなく、カルデアの事も説明した。

 

「成る程……。現在はそうなっているのですね」

「まぁな。で、とりあえず奴らに対して圧倒的に足りないのは頭数だ。だから、これからサーヴァントを探しに行く。いや、霊脈も見つけたし召喚もする」

「探しに?どういうことですか?」

 

 ジャンヌ様が聞いてきた。

 

「さっきマリーとアマデウスを見ていたときから思ってたんだ。こいつらは誰が召喚したものなのか。聖杯を持ってる黒ジャンヌ様は知らないみたいだったしな。そこで、そもそも現状がどうなってるのかを考えた。これが仮に聖杯戦争だと考えたら、何で聖杯はすでに相手が持ってるのか。聖杯を巡る戦争なのに聖杯を最初から持ってるんじゃ戦争にすらならない」

「………確かに」

「だとしたら、この聖杯戦争は何処かバグってる事になる。そこでルールを変更し、聖杯を巡るのではなく聖杯を奪う戦争になったと俺は考えてる。そして、そのためにマリー、アマデウス、ジャンヌ様は召喚されたんだ」

「それが何?」

「つまり、まだ何処かに召喚されたサーヴァントはいるかもしれないって事だ。流石に聖杯持ちにサーヴァント三人だけって事はないだろ」

 

 そう説明した直後、マリーが手を打った。

 

「なるほど……!それらを探し、味方に引き入れれば……!」

「そんなに単純な話じゃないよ、マリー。そいつが敵になる可能性だってある」

「ああ。向こうは探知性能付きルーラーがいるんだ、俺達よりも早くサーヴァントを見つけることができるし、最悪俺達が仲間を見つける度に戦闘になる」

 

 それは少し面倒だ。こちらの消耗の方が激しい。

 ………それに、向こうの軍師がまともなら、こちらが戦力を欲しがってることもバレてるはずだしなぁ。それなら簡単なゲームになる。野良サーヴァントを探知してそれ餌にして俺達釣って総攻撃すれば向こうの勝ちだ。

 だが、こちらも何かしら行動せねば勝ち目はない。

 

「………まぁ、とりあえずしばらく考えてみるから。みんなは明日に備えて寝ててくれ」

「………寝てて良いの?」

「もう夜も遅いからな。ジャンヌ、マシュ、藤丸さん……あとアマデウスかマリーのどちらかも寝てくれ。バ……沖田さんは悪いけどまた付き合ってくれる?」

「今、バカって言いかけませんでした?」

「じゃあ、僕が起きていよう。マリーは先に寝てくれるか?」

「分かったわ。じゃあ、みんなおやすみ」

 

 さて、とりあえず明日の作戦でも考えないとなぁ。そう思って顎に手を当てて俯いてると、沖田さんが小さく欠伸をした。

 

「ふわあ……」

「眠いなら寝てても良いぞー」

「いえ、大丈夫、れす……」

 

 ていうか、昨日起きるの一番遅かったくせに………。

 と、思ったら沖田さんは俺の肩の上に頭を置いた。よく、さっきまで取っ組み合いの喧嘩をしていた相手に身体を預けられるものだ。

 ………童貞の俺にこのシチュエーションはキツイ。顔が近いんだよ。沖田さんは黙ってりゃ可愛いし、こういうシチュエーションになると心臓がドキドキする。

 

「仲良いじゃないか、君達」

 

 アマデウスが口を挟んで来た。

 

「ねぇよ。嫌われてるし命令は無視されるしロクなもんじゃない」

「さっきの話を聞いた感じだと、君はみんなに待機命令を出したんだろう?それを無視して、危険な場所に助けに来てくれたのなら嫌われているわけではないんじゃないか?」

「………だからって、命令違反は良くないだろ。今回はマジで結果オーライだ」

「まぁ、僕もマリーも彼女達に救われた側だ。君は、僕達を見捨てて敵の戦力を見定めるつもりだったんだろう?」

「…………」

 

 バレたか。まぁ、その通りなんだが。

 

「いや、君の立場になればそれは当然だ。僕達の正体は分からないし、味方になる保証もない。その上、戦えるサーヴァントだ。敵の戦力を見るにはうってつけの二人組が敵と戦おうとしてるんだ、だから君を責めるつもりはない。でも、結果論であれ僕達は君の仲間に救われた。だから言う、彼女達を怒らないでやってくれ」

「いや別に怒ってねーよ」

 

 ただ、今回の事で分かったのは、うちの連中はどいつもこいつも良い奴ばかりだ。誰かがピンチになっていたら命令や任務を無視して助けに行ってしまう。

 これからは、それらも頭に入れて作戦を決めなければならないという事だ。

 

「………まぁ、安心してくれ。アマデウスもマリーも、仲間になり戦力と数えられる以上は捨て駒にはしないし見捨てたりもしない。今は、一人でも戦力が欲しい状態だからな」

「ああ、それに関しては信頼してる。君は任務を第一に考えてるし、戦力の低下は任務の失敗に繋がる。誰かが死ねば士気も下がるからね」

 

 よく分かってらっしゃる。

 

「………田中くん、だったかな?」

「そうだけど?」

「肩の力抜きなよ」

「は?」

「割り切るのも良いし、間違っていない。だが、無理に割り切るといつか崩壊する」

「…………別に、無理になんて割り切っていない。ただ、俺の頭の中で考えられる最善の手を常に考えてるだけだ」

「それなら良いさ」

 

 アマデウスはそれきり黙ってしまった。何なんだ?俺が無理してるとでも言うのか?

 残念ながらそれはない。これは仮にも戦争だ。戦争に勝つには、感情を捨てて必要なあらゆるステータスのアップに神経を注ぐしかないんだ。

 そう頭で思い込ませて、とりあえず再び作戦を練り始めると、コテンと沖田さんの頭が俺の膝の上に落ちた。

 

「……………」

「……すぴー」

 

 クソッ……本当こいつ見てくれだけは可愛いな………。なんか頭撫でたくなって来た。いや、まぁこれ以上嫌われたくないから撫でないけどな。

 ………まぁ、その、何?可愛いから少し頭の中に焼き付けておくだけだ。

 そう思って、沖田さんの寝顔を見つめてると、なんか寝言が聞こえて来た。

 

「………ふへへっ、ますたーのすけべー」

 

 沖田さんの頭を掴んでぶん回しながら木に叩きつけた。取っ組み合い第2ラウンドが始まった。

 

 



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リヨンに行きなさい。

 翌日、なんか騒がしくて目を覚ますと藤丸さんとジャンヌ様とマシュとマリーとアマデウスが肩で息をしていた。

 

「………なんかあったの?」

「……いえ、襲撃にあっただけです」

「はぁ?」

 

 辺りを見回すと、戦闘の跡みたいなのが残っていた。

 

「マジ?大丈夫だったの?」

「はい、藤丸さんのお陰で何とか……」

 

 藤丸さんを見ると、えへへと頬をかいていた。

 

「マジか。よくやってくれたな」

「ううん。マスターならこれくらい当然だよ」

「ていうか、戦闘が終わるまで起きなかった君と沖田の方がおかしいね」

 

 アマデウスが不満そうな顔で俺を睨みつけて来た。

 

「え、そ、そう?」

「本当ですよ。どれだけ寝が深いんですか」

 

 マシュも俺を睨んでいた。うるせぇなぁ、別にいいだろうが。

 

「で、相手は誰だったん?」

「聖女マルタでした」

 

 ジャンヌ様が答えてくれた。

 

「クラスは?」

「ライダーです」

 

 ふむ、ライダーが消えたか……。それは少し助かったかもしんないな。相手の戦力が一人でも削れたのはラッキーだ。これで、少なくとも相手は五人という計算になるな。

 

「一人で挑んで来たのか?」

「ええ、一人と何匹かワイバーンがいたわ」

 

 マリーがそう答えた。ふむ、完全にナメて来ていたな。相手の驕りを逃す事なく倒せたのは大きい。

 だが、ここから先はおそらくそうもいかないだろう。必ず俺達を上回る人数のサーヴァントを送り込んで来るはずだ。

 誰が来るかを予測しようと顎に手を当ててると、藤丸さんが追加で言った。

 

「それでさ。聖女マルタがこんな事を言ってたよ。『竜の魔女が操る竜にあなた達は絶対勝てない。あの竜種を超えるにはただ一つ、リヨンに行きなさい』って」

「リヨン……?」

「都市の名前じゃない?だよね、ジャンヌ?」

「ええ。その通りです」

 

 ………リヨンに行きなさい、か。

 

「罠だな」

「なんで⁉︎」

「バーカ、敵の言葉に耳を貸すな。仮にマルタが嘘を言ってなかったとしても、奴らはサーヴァントの探知が可能だ。そこに竜の魔女が操るドラゴンをどうにか出来るサーヴァントがいるとしたら、確実に向こうは戦力を整えてくる」

 

 すると、他のメンバーは黙り込んだ。

 

「もちろん、希望的観測もある。マルタがそのリヨンにある何かを敵のボスに伝えていなかったとしたら、という事だ。それなら、俺達が大勢でリヨンに行ったところで、向こうは全開のメンバーでは来ないだろう。相手のサーヴァントを一人倒したばかりだ。向こうだって警戒はするだろうし、俺達の情報も欲しいはずだ」

「それなら……!」

「忘れるな、マリー。希望的観測だ」

「あ、そ、そっか……」

 

 リーダーとして決断するのは俺の役目だよなぁ。正直、行きたくないが目の前のメンバーは超行きたそうにしてるし。どうしたものか。

 すると、ジャンヌ様がおずおぐと口を開いた。

 

「でも、田中さん」

「? 何?」

「聖女マルタは、そんなに悪い人には感じられませんでした。何というか、戦いたくないのに戦っている感じがしました」

「………戦いたくないのに?」

「そもそも、聖女が一方的な蹂躙に参加するのはおかしいと思いませんか?おそらく、奴らの部下は狂化されています」

「は?何それ」

「バーサーク化、と言うべきでしょうか?理性を失い、ただ敵を殺す事のみを考えるようになっていると思われます」

 

 バーサーク……そういえば、奴らはお互いの名前をクラスで呼んでだけど、何故か『バーサーク』とか付けていたな。それに、向こうのセイバーが殺戮の熱に浮かされる、とか言ってたし……。

 ………そう考えると、マルタの言っていることは本当かもしれないな。殺戮の熱に浮かされているのに、虚勢を張って他人に代わりに殺させるような事はしないだろうし。

 ………まぁ、リヨンにサーヴァントがいるとしても危険なんだがな。でも、みんなしてそんな「行きたいオーラ」を出さないでくれないかな。

 

「………よし、多数決を取る。行きたい人!」

 

 全員が手を挙げた。満場一致とはこの事かよ。

 

「じゃあ、行かないって事で良いな」

「なんでそうなるんですか!行きましょうよ!」

 

 ジャンヌ様が声を荒げた。

 

「うるせええええ!行きたくない!罠だったら怖い!」

「子供なの⁉︎田中さんは子供なの⁉︎」

「大体、多数決で決まったじゃないですか!」

「そうだ、往生際が悪いぞ!」

 

 マリー、マシュ、アマデウスと口々に文句を言ってくる。

 

「知るかバーカ!大体、多数決を取るって言っただけでそれで決定するなんて言ってないもんね!」

「「「うぐっ………!」」」

 

 はっ、バカどもが。この俺に口論屁理屈口喧嘩で勝とうなど八億年早いわ。

 すると、藤丸さんがジャンヌ様の耳元で何かボソボソと話していた。話し終えると、ジャンヌ様が少し恥ずかしそうに顔を赤くして俺の元へ来ると、ギュッと俺の胸に抱き着いて上目遣いで言った。

 

「………お願い、お兄ちゃん」

「良し、行こうか」

 

 満場一致で決定した。

 まぁ、行くにしても作戦は大事だ。とりあえず、みんなにはもう少し休んでてもらおう。

 そんなわけで、とりあえずサーヴァント達や藤丸さんにはそれぞれ自分のしたい事をしてもらう事にした。もっかい寝たりお話ししたりして始めてる中、俺はふと地面を見た。沖田さんはまだ寝ていた。

 

「……………」

 

 なんだろう、あいつ。ここに何しに来たんだろう。

 作戦を考えた結果、とりあえず召喚する事にした。こちらのサーヴァントの戦闘スタイルはバレていないものの、切り札となるサーヴァントは必要だ。

 何とは言わないけど、六芒星の形の虹色の石とマシュの盾を使って召喚した。

 

「よう!サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうや、マスター」

 

 あれ?この人、何処かで見たような……。

 

「キャスターさん⁉︎」

 

 マシュが声を漏らすと、ランサーの人は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「おいおい、ランサーだって言ってんだろ。嬢ちゃん」

 

 ああ、冬木市でお世話になったキャスターさんか。そういや、ランサーで召喚してくれなんて言われてたなぁ。

 まぁ、当たり前だが向こうに記憶はないっぽいし、とりあえずはじめましてって言っとくか。

 

「お初にお目にかかる。我輩、貴様のマスターである田中正臣でござる。控えあろう!」

「お?おう?」

「田中さん、変な挨拶はやめてください。ランサーの方が困惑していらっしゃるではありませんか」

 

 マリーはそう注意すると、続いて自己紹介をした。その後に続いて他のサーヴァント達も自己紹介した。

 その様子を見て、ランサーさんはポツリと呟いた。

 

「………サーヴァント多くね?」

「あー、これ聖杯戦争じゃないんよ。マシュ、説明を」

「自分でしなさい」

「…………今の現状はですね……」

 

 説明を始めた。

 ポカーンとするランサーさんは、やがて「えっと……」と声を漏らした。

 

「つまり、世界の命運を握る連中に召喚されたってことか?」

「まぁ、そうなりますね。だから、なるべくなら真名も教えてくれると嬉しいんですが」

「お、おう。そうか。悪いな。クー・フーリンだ」

 

 よし、切り札も出来た。

 

「じゃあ、作戦を説明する。とりあえず、あそこで寝てる馬鹿誰か起こせ」

 

 ジャンヌ様が沖田さんを起こした。

 

 ×××

 

 作戦を開始した。とりあえず、クー・フーリンさんに先行してもらい、俺達は10分後に出発する事にした。絶対に戦闘は避けるように言ってあるし、大丈夫のはずだ。

 

「………本当に上手くいきますか?」

「…………いくはずだ。奴ら、野良のサーヴァントに興味はない。マリーやアマデウスの時だって戦闘を始めてから様子を見に来ていたし、今のリヨンにいるのだってサーヴァントだとしたらいつまでもそこに放置されてるのはおかしい」

 

 クー・フーリンさんには少し申し訳ないけどな。

 さて、俺達も行動開始するか。とりあえず、リヨンの現状を知りたい。まぁ、多分滅ぼされてるとは思うし、今更現状を知ったところで作戦は変えないが。

 マリーがどっかの街で情報を集めに行き、その間、街の外で俺達は待機、ジャンヌ様が入るとそれだけでお祭り騒ぎだからな。

 しばらくして、マリーが戻って来た。話を聞いた感じだと、リヨンはもう既に滅んだらしい。だがその滅ぶ前に大剣を持った守り神がドラゴンや骸骨達を蹴散らしていたらしい。

 それと、シャルルの兵隊達はジャンヌ様の信奉者のジル・ド・レェが纏め上げているそうだ。

 その言葉を聞いて、ジャンヌ様は少し嬉しそうな顔をしたが、今の自分はおそらく受け入れてもらえない。また暗そうな顔をした。

 

「………と、そろそろ時間だ。いきましょう」

 

 そう言うと、全員でリヨンに向かった。

 話の通り、リヨンは滅んでいた。前に行った街……なんだっけ?ナントカって街。そこと同じだ。

 

「ロマン、サーヴァントは近くにいる?」

『……………』

 

 あれ、返事がない。なんだ?通信障害か?仕方ない、自分達の脚で探すしかないか。

 クー・フーリンさんから救援依頼は来ていないし、今も街で戦闘している様子は見えない。敵はまだここに来ていないんだろう。

 

「とりあえず、全員最大でも5メートル以内に距離を保って捜索。良いな?藤丸さんはマシュについて行って」

 

 その確認に全員頷いて探し始めた。しかし、さっきの話を聞いた感じだと、まず間違いなく敵はリヨンにいるサーヴァントについて知っている。なら、なんでそのサーヴァントを仕留めない?そいつはまず間違いなく脅威になるはずだろ。

 

「マスター、本当にここに来る必要があるんですかー?別にドラゴンくらい、沖田さんでも倒せると思うんですけどー」

 

 すると、沖田さんがボソッと愚痴り始めた。

 

「いや、だからとんでもないドラゴンがいるんだろ。ウルトラマンサイズのドラゴンが出て来たらどうすんだよ」

「ウルトラマンってなんですか」

「身長40mの光の巨人」

「そんなの、誰でも倒せないと思うんですけど」

 

 確かに。40mはないな。

 

「いいから探せ」

「面倒臭いですよー。大体、こんな所に人がいるとは思えませんし」

 

 ………こいつ、我儘だな……。いや、多分俺がマスターだからか?何それ腹立つ。あまり言いたかないが、ここはビシッと言ってやるべきだろう。

 

「お前さ、今の所全然役に立ってないよな」

「っ⁉︎」

「だってお前が一番戦ったのって俺だろ?このままだと本当に役立たずなんだけど。あと寝てただけだし」

「そ、そんな事ないです!最初にドラゴン退治したじゃないですか!」

「あれは正直お前一人くらいいなくても何ともなったと思うし。俺の指揮のお陰で」

「殺されそうになってた癖に!」

「なってませーん!アレはちゃんと避けようと思えば避けられましたー!」

「なってました!情けなく涙目になってた癖に!」

「なっななななってないから!お前フザけんなよ⁉︎昨日ボコボコにしてやったの忘れたのかコラァ‼︎」

「したのは沖田さんです!寝言は寝て言いなさい!」

「さささされてないから!関節技きめられて『すみませんでした!』なんて言ってないから!」

「鮮明に覚えてるじゃないですか!」

「上等だよテメェ泣くまでボコボコにしてやんぞコラァ‼︎」

 

 そう言って襲い掛かり、沖田さんも拳を構えた時だ。沖田さんの後ろに何かあるのが見えた。顔を半分包帯で隠してる人間だ。

 そいつが、片手を構えて沖田さんに襲い掛かっていた。

 

「ッ!」

 

 俺は殴り掛かり、ガードしようとした沖田さんの手を掴んで自分の方に引き込み、抱き寄せながら背中を向けた。

 

「は、はぁ⁉︎マス……!」

 

 直後、包帯野郎の攻撃が俺の背中に直撃した。ブシッと血が噴き出し、背中をやられたのに全身に痛みが走る。ヤバイ、泣きそう。死にそう。攻撃を喰らうのってこんな痛いのか。

 

「痛ってええええええ‼︎死ぬうううううう‼︎」

「ま、マスター‼︎」

「ふっ、安心したまえ。次の一撃で痛みはなくなる」

 

 ………は、はい?それって、殺すって事?嫌だよ!死にたくないよ!

 そうは思ってが、既に包帯野郎は手を振り上げている。あ、ヤバイ。これ死んだ。

 そう思った直後、ビュワッと空を切る音と共に旗が繰り出された。それが包帯野郎に直撃し、後ろに殴り飛ばされた。

 

「無事ですか⁉︎田中さん!」

 

 うおお、またあなたですかジャンヌ様。結婚しよう。

 

「クッ……!増援か………!」

「ジャンヌだけではありませんよ」

 

 直後、何処からかガラスが飛んで来て、それらが包帯野郎に突き刺さった。マリーとアマデウス、さらに藤丸さんとマシュも現れ、完全に包帯野郎を囲んだ。

 

「何者ですか?私のお友達に手を出すということは、敵である事には間違いないと思いますが」

「然様。人は私を、オペラ座の怪人と呼ぶ。竜の魔女の命により、この街は私の絶対的支配下に。さぁさぁさぁ、ここは死者達が蘇る地獄の只中に。………君達はどうする?」

 

 そんなの決まってる、と言った感じで藤丸さんが答えた。

 

「ぶっ飛ばす」

 

 おい待て、乗るな。一度、滅ぼした街をこいつらが支配する必要なんてない。罠なのか、それともマルタの考えを読んでいたのか知らないが、ここに来る事を分かっていて、そのために配備されたとしか思えない。だとしたらここにドラゴン対策のサーヴァントがいる説は濃厚だ。

 ここは鹵獲するのが正解だが、もう戦闘が始まりそうな雰囲気なんだよな……。ていうか、なんでみんな怒ってんの?

 仕方ないので、俺は沖田さんの耳元で話した。

 

「沖田さん……」

「……………」

「………沖田さん」

「ふえっ⁉︎な、なんですか⁉︎」

 

 なんで顔赤くしてんだこいつ……と、思ったら俺抱き抱えてたわ。一応女の子だもんね、異性が近くにいると赤くもなるよね。少し離れてから言った。

 

「………今のうちにサーヴァントを探すぞ。戦闘はジャンヌ様、マリー、アマデウスに任せれば良いだろ。マシュと藤丸さんにもサーヴァントを探させて」

 

 3対1だ。これで負けることはないだろう。むしろ、5対1はオーバーだ。それに、急がないと黒ジャンヌ様が来る。

 

「バカ言わないで下さい‼︎」

 

 え、なんか怒られた。

 

「その前にマスターの傷の手当てが先です!」

「え?いやそのつもりだけど」

「はっ?」

「死にたくないし。それから探すって意味で………」

「……そ、そうですか」

 

 早とちりが恥ずかしかったのか、顔を赤くしながら藤丸さんから包帯とかをもらって手当てしてくれた。

 

 




なんか沖田さんが無能みたいになってしまいましたが、ちゃんと後で大暴れさせます。すみません。


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卑怯でもなんでも良い、とりあえず勝て。

今回の話から学んだことが一つある。
多機能フォームから1文字開けられるんですね。


 傷の手当てが終わり、俺達は新たな仲間を見つけた。戻って来ると、既に包帯野郎は倒されていた。これで任務は終わりだ。さっさと帰ろう。

 

「………はい、撤収ー」

「そうですね、帰りましょう」

 

 そう言って帰還しようとした時だ。ようやくロマンから連絡がきた。

 

『やっと繋がった!みんな、早くそこから逃げるんだ!』

「そのつもりだよ」

『いやいやそういうんじゃなくて!サーヴァントを上回る超極大の生命反応だ‼︎猛烈な速度でそちらにやって来るぞ!』

 

 サーヴァントを上回る……?おそらく、あれだ。竜の魔女が操るドラゴンって奴。

 

『それだけじゃない、サーヴァントも三騎追随!逃げた方が良い!』

 

 サーヴァントも、か。いや、やりようはある。

 

「やるぞ。みんな」

『正気か⁉︎』

「大丈夫、やりようはある」

 

 何とかなるはずだ。俺の策が上手くいけば、だ。とりあえず、そのために全員に声を掛けた。

 

「全員固まれ!おい、あんた」

「………なんだ?」

 

 さっき見つけた奴に声を掛けた。

 

「…………イケメンだな、ムカつく」

「…………はっ?」

「言ってる場合ですか!」

「あ、ああ、そうだな。えっと、名前は?」

「ジークフリートだが」

「ドラゴン狩れるんだろ?俺が合図したらデッカいドラゴン目掛けて宝具をぶっ放してくれ」

「ああ、分かった……」

『来たぞ!』

 

 直後、アホみたいにデカイドラゴンが降りて来た。………あ、あれ?ていうか、ちょっと大き過ぎるな……。大きいって言ってもF91くらいだと思ってたんだけど………。

 その大きいドラゴンの上にいるのは、毎度おなじみ黒ジャンヌ様だった。………不思議と俺をすごく睨んでる気がするのは気の所為だろうか。気の所為だと良いな。

 

「ひっ、久しぶりですね……。近年稀に見るど変態」

 

 相当ムカついてるのか、頬はひくひくとつり上がっていて、眉間にシワが寄っている。表情は怖かったが、それ以上に真っ赤な顔をしているので全然怖くない。

 

「ハッ、またオッパイ揉まれに来たのか?懲りない奴め!それとも揉んで欲しいのか⁉︎淫乱魔獣め!」

「ち、ちっがうわよ‼︎あんた、アレ次にやったら本気で殺すからね!もう逃げないで殺すから!」

「ハッ、それはどうかな?お前はまだ分かっていない」

「………何がよ」

「この前の奴はまだ序章に過ぎないという事を!」

「は、はぁ⁉︎どういう意味よ!」

「第1章!この公衆の面前で、服を剥ぐ!」

「は、はぁ⁉︎」

「第2章!この公衆の面前で、下半身の服も剥ぐ!」

「もう分かったから黙りなさい!何ぼさっとしてるのよアサシン!早くあいつ消しなさい!」

 

 命令すると、白髪で黒い服を着た男が前に出て来た。それを見ると、マリーが「あっ」と声を漏らした。

 

「知り合い?」

「え、ええ。少しね……。会えて嬉しいわ?気だるい職人さん」

 

 そう言うと、男の方も口を開いた。

 

「それは嬉しいな。僕も忘れた事などなかったからね。白雪のごとき白いうなじの君」

「クー・フーリンさん、今」

「『突き穿つ死翔の槍』‼︎」

 

 直後、後方からクー・フーリンさんが槍をブン投げ、それが男に突き刺ささった。

 

「ガッ………⁉︎」

「………はっ?」

「ジーク、今!狙いはデッカいの!」

「え?今?いや、分かった」

「他全員は撤退準備!クー・フーリンさんもだ!」

「蒼天の空に聞け!我が真名はジークフリート!汝をかつて討ち倒した者なり!宝具解放『幻想大剣……天魔失墜』‼︎」

「くっ……!ファフニール、上昇なさい!」

 

 ジークが剣をぶん回し、ファヴニールとかいうドラゴンは空を駆け上がり、その隙に俺達は走り出した。

 俺がまた挑発すれば、向こうのリーダーは動けなくなる。そうすれば向こうは他のサーヴァントを向かわせてくるだろう。その一瞬の隙を逃さず、今まで隠れていたクー・フーリンさんに攻撃させる。奴らは野良のサーヴァント、もっと言えば自分達の敵ではないサーヴァントに興味はないから奇襲はいくらでも出来た。

 で、一人殺された事によって向こうが動揺した隙にこちらの新たな武器を使って逃げさせる、いやベストはそれでファフニールを破壊する事だったけどね?

 とにかく、敵が逃げた隙にこっちも逃げる。しかも、敵戦力を一人削ぐ事もできた。相変わらず俺の策士っぷりが怖いぜ。

 

「マスター、考えてることが顔に出てますよ。すこぶる気持ち悪いです」

「うるせぇ」

 

 沖田さんは何故かさっきから俺に対して顔を赤くして怒っている。何、俺の事嫌いなの?

 とりあえず、俺は最後尾を走って仲間全員の安否を確認した。前から順番に。ジャンヌ様、マリー、マシュ、藤丸さん、アマデウス、沖田さん、俺。

 

「二人足りねぇ⁉︎」

 

 慌てて足を止めて振り返ると、ジークが倒れていた。

 

「何してんのおおおおお⁉︎」

「すまない……。身体の調子が悪くてな……!」

 

 クッ、せっかく手に入れた戦力を捨てられるか。俺は戻ろうとしたが、そのジークの身体をクー・フーリンが抱えた。

 

「大丈夫か?肩貸すぜ」

「! すまない……!」

 

 よっしゃ、ナイスクー・フーリンさん!再び走り始めた。

 街を出て草原を走る。さて、向こうもファフニールを狩られるわけにはいかない。向こうはジークが動けないことを知らないはずだ。俺達を追うなら黒ジャンヌ様以外だろう。

 厄介なファフニールさえいなくなれば、ジークは使えなくともこちらの戦力に分がある。

 ただ、もう少し離れた場所じゃないと、オルレアンから近過ぎる。そう思って走ってると、背中にズキっと痛みが走った。

 

「ッ………!」

「⁉︎ マスター⁉︎」

 

 後ろを走っていたクー・フーリンさんが俺に追い付いて膝をついた。

 

「どうした⁉︎って、なんだその傷⁉︎」

「あー……油断したとこを敵にやられて………。でも、大丈夫だから。もう少し走ったら戦闘を開始する。それまでは、なんとか……」

「この出血は大丈夫じゃねぇ!クソッ……!」

 

 クー・フーリンさんが俺の事も抱えようとする。この人、良い人だなぁ。やっばり男友達も大事だ。

 涙が出そうになってると、なんか目の前にガラスの馬が現れた。すごい幻想的で、売れば金になりそうな気もするが、超動いてるし多分宝具だと思う。

 

「田中さんを乗せてくださる?」

「お、おう。悪いな」

 

 俺はクー・フーリンさんに抱えてもらって、マリーの馬の上に乗せてもらった。

 そのままパカラッパカラッと走ってると、竜の群れに襲われてるフランスの斥候軍が見えた。いや、襲われてはいない。この前の俺の戦法をちゃんと使って戦闘を行っている。ちょうど良いなアレ。

 

「マリー、あの戦闘が見えるか?」

「え、ええ」

「全員であの中に突っ込むぞ。後ろのサーヴァントも含めて乱戦に持ち込む」

「ば、バカなこと言わないでください!田中さんのお怪我の手当てが先です!」

「後ろの連中なんとかしないと手当てなんて出来ないだろ。まずはドラゴンの排除、それが終わり次第でサーヴァントに掛かれ。サーヴァントには必ず一対一でやるな。確実に仕留められるよう、複数人で囲んで叩け」

「っ……!わ、分かりました……」

 

 俺の言ったことをみんなに伝えてくれるマリー。

 フランス軍の戦闘に割って入り、ドラゴン狩りが始まった。俺とジークは砦の壁際に置いてもらった。

 

「あー。背中痛い」

 

 まるでテスト勉強の休憩中にリビングに戻って来た高校生みたいなことを呟いた。

 そんな俺にジークが言った。

 

「すまない、助かった」

「いやいや。俺は今日助けに来るつもりなんかなかったんだよ。だけど、あいつらが助けに行くって聞かなかったもんだから」

「でも、今回の作戦は全部、えっと……」

「田中です。田中正臣」

「正臣が考えたんだろう?」

 

 おおう、名前呼び初めて。

 

「まぁ、そうですが」

「なら、礼を言わせてもらう。………ただ、」

「李衣菜?」

「さっき、何やら因縁があるようだった二人の会話を遮っただろう」

「え?ああ、うん」

「アレはダメだろ」

 

 ですよね。俺もそう思う。でもね、戦闘中に会話する方が悪い。

 

「俺としてはね、そいつが過去に何をやったとか、そんなのどうでも良いんだよ。今は戦争中だ。敵か味方か、使えるか使えないか、それだけがハッキリしてれば、後はどうでも良い」

 

 過去に囚われて戦えません、なんてのだけはやめて欲しい。それここにいる意味ないし。

 すると、ジークは俺をぼんやりと見つめた。なんだよ?と視線で聞くと、意外そうな顔で続けた。

 

「いや、正臣がそこまで強い男には見えなかったものでな」

「はっ?」

「無理はするなよ」

 

 あ、それアマデウスにも言われた。そんなに無理してるように見えるかな。

 そんな話をしてると、ドラゴンとの戦闘に敵サーヴァントが加わったのか、さらに衝撃が大きくなった。

 

「………あー、眠い」

「眠いって……一応、戦闘中だぞ」

「これ以上、俺に出来ることは何もないでしょ。背中痛いし。下手に口出しして殺されたくないから」

「お、おう……。まぁ、それもそうだが」

 

 ジークがそんなことを言いかけたときだ。突然、俺に手を伸ばした。で、俺の胸ぐらを掴んで自分の方に抱き寄せた。

 直後、俺のいた場所に剣が降って来て、地面を大きく抉った。

 

「っ⁉︎」

 

 真っ黒な鎧を装着した騎士が剣を構えて立っていた。………あ、ダメだ。俺死んだ。なんでか知らないけど、サーヴァントが目の前にいる。他のメンバーはドラゴンやサーヴァントで手一杯、ジークはファフニール戦の切り札。どう考えても俺が死ぬしかない。

 

「グッ……!正臣、逃げろ!」

「いやいやダメだって!あんたがいなきゃファフニール倒せないんだから!」

「しかし……!」

 

 言い争ってる間に鎧の人は剣を振り上げた。完全に終わった、そう思った直後だ。振り上げた剣が横から振られた剣に壁に叩きつけられた。

 

「………むっ、今ので折れないとは……硬いですね」

「お、沖田さん⁉︎」

 

 な、なんでいんの?他のメンバーは?

 

「マスター、下がって下さい。こいつは私がやります」

「アホ!タイマンでどうにかなる相手か⁉︎お前、殺されるぞ!誰でもいいから誰か呼んで来い!」

「無理です。その隙にマスター達が殺されます」

「いや、でもここで戦力を失うわけには……!」

 

 すると、沖田さんはムッとした顔で俺を睨んだ。

 

「マスターはもう少し、私達の実力を知るべきです」

「はぁ?」

「相手は英霊かもしれませんが、私達だって英霊なんですから」

 

 そう言った直後、鎧の人は叩き付けられた剣を無理矢理引っ張り出して沖田さんに斬りかかった。それを横に回転しながら回避すると、顔面に剣を振るった。

 直撃したものの顔にも鎧がある為、軽く後ろにぶっ飛ばした程度でダメージはない。いや、ヒビが入ってるな。

 地面を蹴って沖田さんは追撃した。首筋に突きを放つと、鎧は首を捻って回避し、沖田さんの腹に斬り込んだ。沖田さんはジャンプしてそれを躱すと、空中で身体を捻りながら顔面に蹴りを入れて怯ませ、さらに顔面に斬り込んだ。

 それを左腕の鎧でガードしつつ、右手の剣で下から斬り上げ、沖田さんは鎧を踏み台にして前に回転しながら背中を斬りつつ後ろに着地し、背中から斬り掛かり、鎧は振り向きざまに剣でガードした。

 そのまま、剣と刀で鍔迫り合いになる。

 

「………互角、いや総司の方が少し押しているな」

「………………」

「………正臣?どうした?」

「………いや、俺あんな奴と今まで取っ組み合いの喧嘩してたのかって………」

「はっ?」

 

 怖い……。今まで手加減してくれてたんですね………。今度から逆らうのはやめよう。

 しかし、真面目な話沖田さんが押してる。だが、相手に鎧があるからイマイチ攻めきれていない。それに引き換え、沖田さんはピンク色の着物だ。

 さらに、相手の鎧の人も沖田さんも超攻撃型の様な戦い方をしている。当然、相手の体に剣を多く当てた方が勝つようになるが、相手は鎧を着ている。相手の鎧を全て剥がしてトドメの一撃を当てるまでに沖田さんが一発ももらわないというのは不可能だろう。

 ………ダメだ。勝つか負けるかの勝負をしてる場合ではない。やはり確実に勝てる戦い以外は避けるべきだ。

 俺はほんの一瞬でも相手の隙を作れれば、と思いその辺の石を握った。その俺をジークが手を伸ばして止めた。

 

「よせ」

「いやいや、あのままじゃ勝てないでしょ。剣の腕では勝てても装備に差がありすぎる」

「大丈夫だ。相手は既に全力を出し切っているが、総司はまだ余力を残している」

「………へっ?あ、アレで全力じゃないの?」

「ああ。………見て分からないのか?」

「直接的な戦闘に関しては素人なもので………」

 

 ………あれ?もしかして、俺って当たりのサーヴァント引いた?

 冷や汗を流してる間に、沖田さんの攻撃はさらに鋭くなる。鎧の奴の突きを鞘で横から殴って逸らしつつ防ぐと、腹に剣を叩き込んだ。ピシピシッと鎧にヒビが入っていく。

 怯んだ隙を突いて、沖田さんは後ろに回り込むと鎧の膝の後ろを蹴って膝を突かせた。

 膝をついた直後、振り向きざまに鎧は後ろに剣を振り回すが、沖田さんは手首をガードして攻撃を届かせる事すらしなかった。そのまま手首を掴み、腕を思いっきり叩き斬った。

 

「Arrrrrrrrrr‼︎」

 

 なんて言ったのか分からないが、悲鳴を上げた。なんか獣みたいに暴れていたが、痛覚はあるようだ。

 鎧は前転して沖田さんから距離を取ると、ギリッと沖田さんを見上げた。俺から見ても超怖いのに、沖田さんはまったく恐れている様子なく、斬り裂きた鎧の腕をその辺に投げ捨てた。

 片腕を失っても襲い掛かる鎧、それを見て沖田さんは刀を構え、たんっと静かに地面を蹴った。

 

「一歩音超え……二歩無間……三歩絶刀!『無明――三段突き』」

 

 刀が鎧の腹に突き刺さり、沖田さんはそのまま通り過ぎた。鎧の腹からボバッと血が噴き出し、鎧はその場で膝を着いて倒れ、消滅した。

 頬についた血を拭うこともせずに、沖田さんは俺を見るとすごくステキな笑顔でピースをして言った。

 

「沖田さん大勝利ー!」

「………今まですみませんでした」

「急に素直に⁉︎」

「お怪我の方はありませんか?」

「え、ええ。身体は大丈夫です。まだまだいけますよ!」

「いえ、とんでもない。早くお休みになられて下さい」

「…………」

 

 沖田さんは少し微妙な表情で固まった後、俺を見て急にドヤ顔になった。

 

「ふっふーん、ようやく私への待遇が分かってきたようですね!それなら、私をおぶりなさい!」

「イェス・ユア・ハイネス」

 

 俺は言われるがまま、沖田さんの前で背中を向けて膝をついた。

 

「………正臣、俺の認識ミスじゃなければお前がマスターだよな?」

「そうだけど?」

「……………」

 

 情けないものを見る目で俺を見るジーク。すると、後ろから沖田さんがボソッと呟いた。

 

「いえ、あの、冗談のつもりだったんですが………ま、まぁせっかくですし………」

「お前もサーヴァントなら遠慮しろよ……」

 

 再びジークから呆れたような声が出た直後だ。「あれっ?」と後ろの沖田さんから声が聞こえた。

 

「どうなさいましたか?」

「………いえ、その……マスターの背中、赤いなーって」

「……………へっ?」

「少し、失礼しますね」

 

 沖田さんは俺の服をめくった。俺の背中は見えないが、沖田さんが背中を触って自分の手を見ると真っ赤になっていた。

 

「…………傷口が、開いてる?」

「…………えっ?」

 

 直後、遅れて背中に痛みが走った。そういえば、手当てをしてもらってからジークを探し、敵を煽り、クー・フーリンさんが攻撃した後に走り、途中でマリーに乗せてもらったものの、ここに着いてからはジークに助けてもらったりしてたっけ………。

 ふと自分が寄りかかっていた砦の壁を見ると、血の跡がくっきり付いていた。

 

「……………死んだかも」

 

 直後、俺はその場で倒れた。

 

「⁉︎ ま、マスター?マスター!」

 

 沖田さんの声を最後に、俺は気を失った。

 

 



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女性に手を出す時は慎重に。

 目を覚ますと、どっかの中だった。辺りは瓦礫というか、放棄された砦の中か?ていうか、何があったんだっけな………。

 ………ああ、傷口開いたんだ。それと沖田さんの変態的な戦闘力を見たっけか。とりあえず、あの人には一生逆らわないとして、今はどんな状況なんだ?

 辺りを見回してると「あっ」と声が聞こえた。沖田さんが駆け寄って来た。

 

「マスター!やっと目を覚ましましたか?」

「………沖田さん?いや、沖田様?」

「………あの、お願いだから前の感じに戻って下さい。マスターに敬われるとすこぶる気持ち悪いです」

 

 気持ち悪いって酷くね?いや、ていうか無理。今まであんな強い剣豪を相手にあんな口聞いてたとか俺、命知らず過ぎて泣ける。

 

「そういうわけにはいきません、沖田様。私はあなたを心から尊敬致しております」

「ま、マスター!どうすれば元のマスターに戻ってくれるんですか!」

「元のも何も、ずっとこの形でやらせていただいていますが」

 

 そんな受け答えをしているとさらに新しい声が聞こえて来た。

 

「………あっ、田中さん!目を覚ましましたか?」

「良かったー。やっとリーダー様のお目覚めだよ」

「当然です、私の宝具だもの」

 

 ジャンヌ様、藤丸さん、マリーが俺の方に駆け寄って来た。他にもジーク、クー・フーリンさん、マシュ、アマデウスが揃っている。全員無事なようで何よりだ。

 ジャンヌ様の姿が見えるなり、沖田さんはジャンヌ様に飛び付いた。

 

「ジャンヌさん!マスターが以前のようになってくれません!」

「そ、そうですか。よしよし」

 

 え、何それズルい。俺も飛び付きたい。ていうか仲良いなお前ら。

 

「………えっと、今どうなってんの?」

「はい。先の戦闘で敵サーヴァント、バーサーカーとアサシンを撃破。そのまま撤退し、近くにあった滅ぼされた砦で一休みする事にして、マリーの宝具で田中さんの傷を癒し、現在に至ります」

 

 ジャンヌ様が説明してくれた。ていうか、マリーってヒーラーだったのか。便利だなオイ。

 

「すまん、マリー。助かった」

「いいのよ。それより、傷口の具合はどう?」

「平気」

 

 しかし、サーヴァントを三騎撃破し、ジーグの救出も成功か。これは素晴らしい成果と言えるな。

 

「………じゃ、今日はもう森に帰ろうぜ。疲れちゃったよ俺……」

 

 背中痛……くはないけど怪我しちゃったし。

 すると、マシュが口を挟んで来た。

 

「いえ、その事なんですが、ジークフリートさんの呪いを解こうという話になっていまして」

「は?呪い?」

「はい。現在、ジークフリートさんには呪いがかけられています。生きているのが不思議なくらいの。それを解除するには聖人の力が必要でして………」

 

 それでさっき逃げる時倒れてたのか。

 まあ、とにかく言いたいことは分かった。

 

「なるほど。それで、聖人を探しに行きたい、と?」

「は、はい」

「いいよ」

「あっさり⁉︎」

 

 当然だろ。

 

「今は攻め時だ。さらにサーヴァントを三騎失い、向こうはファフニールがいるとはいえ、少なからず焦っているはずだ。ジークがいる以上、下手に手出しも出来ない。今行くべきだ」

「な、なるほど………?」

「無論、今回は二手に分かれて探す」

「おい、大丈夫かよ」

 

 クー・フーリンさんが口を挟んで来た。

 

「戦力の分散は危険だろ」

「普段ならそうですが、今は違います。さっきも言った通り今が攻め時ですから。それに、こちらが戦力を分ければ向こうも戦力を分けざるを得ないでしょう」

「………なるほど」

「じゃあ、俺の独断と偏見でチーム分けますね」

 

 てなわけで、チームを分けた。

 

 チーム正臣:ジャンヌ様、沖田総司、マリー、マシュ

 チーム立花:クー・フーリン、アマデウス、ジーク

 

 こうなった。

 

「って、田中のハーレム計画になってるじゃないか‼︎」

 

 当然のツッコミがアマデウスから来た。

 

「俺は!女の子に囲まれて過ごしたい‼︎」

「君の願望なんか聞いてないからな⁉︎」

「うるせぇうるせぇうるせぇ‼︎俺は!女の子に囲まれて過ごしたい‼︎」

「同じことを二回も言うな‼︎」

 

 アマデウス以外からも反対の声が上がり、仕方ないのでチームを決め直した。

 

 チーム正臣:ジャンヌ様

 チーム立花:マシュ、沖田さん、マリー、アマデウス、クー・フーリン、ジーク

 

「今度はデートがしたいだけになってるよ⁉︎」

 

 今度は藤丸さんからツッコミが来た。

 

「うるせぇバーカ!俺はジャンヌ様と結婚するんじゃああああ‼︎」

「け、結婚、ですか……?」

「なんで満更でもなさそうな顔してるのジャンヌ⁉︎しっかりして、あの男はあなたのオッパイを揉んだ男よ⁉︎」

 

 顔を赤くしてるジャンヌ様をマリーが肩を揺すった。

 今回も反対意見が相次いだため、結局こうなった。

 

 チーム正臣:沖田さん、クー・フーリン

 チーム立花:マシュ、ジャンヌ様、マリー、アマデウス、ジーク

 

 と、なった。

 こっちには機動力を集めて少数で、そちらは盾持ち二人とヒーラーを入れてある。藤丸さんが聖人を見つけたらその場でジークの呪いを解けるように、俺達が聖人を見つけたら最速で離脱できるようにしてある。

 ジャンヌ様と同じチームが良かったぜ………。空を見上げて涙を流してると、ジャンヌ様が頭を撫でてくれた。

 

「あっ、あのっ……落ち込まないで下さい………」

「………ジャンヌ様……」

「す、少しの間ですからっ。ね?」

 

 なんと……なんとお優しいお方………。感動のあまり、俺はジャンヌ様の胸に飛び込んだ。

 

「うおおお!ジャンヌ様ああああああ‼︎」

「あっ、コラ……!………もうっ、仕方ないんですから……」

「クンカクンカスーハースーハー!」

「っ⁉︎こ、コラ田中さん!息を吸うのやめなさ」

 

 直後、誰かのつま先が俺の顔面に減り込んだ。

 

「………私のお友達に変態プレイはやめて下さる?」

「………おまっ、治した相手を……蹴るとか……」

 

 しかもつま先ってお前………。その場で瀕死になってると、沖田さんが俺の襟を掴んで引き摺ったまま歩き出した。

 

「では、皆さんまた後で」

『はーい』

 

 出発した。

 

 ×××

 

「まったく、ああいう変態的な所が無ければ尊敬出来る人なのに………」

 

 沖田さんがブツクサと呟きながら歩いてる前に俺は膝をついて頭を下げた。

 

「申し訳ありません。沖田様の御前であのような醜態を……。この田中、一生の不覚でございます」

「だから、それやめて下さいと言っているでしょう」

「いえいえ、とんでもございません。過去に私が沖田様に対して働いた狼藉を考慮すれば、当然でございます」

「………ま、マスター……」

 

 死にたくない。プライドより命の方が大事だ。

 すると、クー・フーリンさんが口を挟んで来た。

 

「………あのさ、お前らってどんな関係なの?」

「「マスターとサーヴァント」」

「いやとてもそうは見えねーんだが………」

 

 何言ってんの?マスターよりサーヴァントの方が強いんだから、マスターがサーヴァントに服従するのは当然だろ。死にたくないし。

 

「いえ、沖田さん的には以前のマスターに戻って欲しいのですが……」

「俺は昨日召喚されたばかりでお前らの関係性がよく分からないんだが……前はどんな感じだったんだ?」

「いつも取っ組み合いの喧嘩をしてました」

「はっ?さ、サーヴァントとマスターが………?」

「まあ、毎回私が勝っていましたが!」

「当然でございます。私如きが沖田様に拳を振るうなど身の程知らずにも程がある」

「………それがなんでこうなったんだ?」

「………昨日、敵のバーサーカーをタイマンで倒したらビビちゃったみたいで………」

「別にビビってはございません。寝言は寝て仰ってください、沖田バカ」

「………今、バカって言いました?」

「いえ、幻聴でしょうか?疲れているのでしたら眠った方がよろしいのでは?永遠に」

「…………その口調だったら何言っても良いと思ってるんですか?」

 

 ビキッと沖田さんの額に青筋が浮かんだので、俺は慌てて頭を下げた。しまった、つい本音が………。

 そんな俺と沖田さんのやり取りを見て、クー・フーリンさんがボソッと呟いた。

 

「………お前ら、ほんとは仲良いのか?」

「良くありません!こんな変態マスターと!」

「その通りですよ。こんなバカ………アホ……いえ、中身が足りない頭……いや、頭の軽い……いえ、頭部の味噌が足りない?女性と仲良くなるなどあり得ません」

「言い直す過程が全部丸聞こえだったし、丁寧に言ったつもりでも言いたい事丸分かりですよ!本気で殴り合いましょうか⁉︎」

「ほら、仲良いじゃん」

「「良くない‼︎」」

 

 ありえねーから。沖田さんはぶっちゃけ、外見はどストライクだが中身がもうダメ。この人の義骸を作ってジャンヌ様に着させたい。

 

「まったく……こんな人に助けられたなんて、私の一生の恥です」

「あ?助けられた?」

「はい。クー・フーリンさんが別行動してる時、敵のファントム……ナントカとかいう人と戦ったんですが、不覚にも背後を取られてしまって……それで、助けてもらってしまいまして……」

「………それって、マスターの背中の傷か?」

「は、はい」

「え、俺はマスターが油断してやられたって聞いたが……」

「へっ?」

 

 あ、あー……そういや逃げてる時は確かにそう言ったわ。説明してる時間なかったってのもあるが、わざわざ他人のミスを周りに広める必要もないと思ったし。

 

「なんだよ、沖田を庇ったのか?」

「ま、まぁ。わざわざ言うことでもないと思って」

「そりゃ確かにそうだが……。変わったマスターだな……」

「え、なんで?」

「普通、サーヴァントなんて助けねえぞ?マスターが死んだら元も子もないからな」

「あー」

 

 でも、あの時は反射的に身体が動いてたっつーか……。気が付いたら助けてたっつーか………。

 すると、いつの間にか沖田さんはシュンっと肩を落としていた。どうやら、俺に庇われたことを少し気にしているみたいだった。

 

「…………」

 

 俺が気にするなと言っても良いのだろうか。いや、良くないよなぁ。庇った本人に言われたら誰だって気にするし、むしろ気にしない人なんかいない。

 

「お、着いたぜ」

 

 クー・フーリンさんがそう言う通り、街に到着した。まだ滅ぼされていない街だ。まぁ、それはつまり敵がいつ来るか分からないって事なんだが。

 

「どうするマスター?手分けするか?」

「いや、一人にしないでお願い。三人で探そう」

 

 そう言って、三人で探し始めた時だ。街の中央から炎が上がった。

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 三人で顔を見合わせ、こっそりと近付いた。街の中央では、二機のサーヴァントが喧嘩していた。

 

「このっ!このっ、このっ、このっ!生意気!なのよ!極東の!ど田舎リスが!」

「うふふふふふ、生意気なのは、はてさてどちらでしょう。出来損ないが真の竜であるこのわたくしに勝てるとお思いで?エリザベートさん?」

「うーーーーっ!ムカつくったらありゃしないわ!カーミラの前にまずはあんたから血祭りにしてあげる!この泥沼ストーカー!」

「ストーカーではありません。『隠密的にすら見える献身的な後方警備』です。この清姫、愛に生きる女です故」

 

 ………エリザベートと清姫な、覚えた。えっと、どう見ても聖人ではないなアレは。

 

「………よし、帰るぞ」

「いやいや、一応確認しようぜ」

「ええ……。やだよ。あんなギャーギャー喧しい奴ら、発情期ですかこのヤローって言いたくなるわ」

「でもよ、奴らも情報源かもしれねーしよ」

「……………」

 

 仕方ねーな。俺はため息をついて二人の元に歩いた。

 

「あのー、ちょっと良いか?」

 

「今取り込み中です、見て分からないのですか?類人猿さん」

「引っ込んでなさいよ!小ジカ!」

 

 イラっとした。今、とってもイラっとしましたよ。

 

「あ?お前ら今なんつったあん?」

「類人猿」

「聞こえなかったの⁉︎小ジカよ小ジカ!」

「へぇ?俺がサルに見えるんだ?青いの、お前は俺に喧嘩を売る前に眼科にでも行ってそのいかれ狂った視神経を治し、そのまま手術失敗してこの世から失せろハゲ」

「………は?」

「赤いの、誰も聞こえなかったなんて言ってないのに一度聞き返されただけで勝手にそう解釈するその短絡的思考回路を焼き切って新たな人格を芽生えさせたほうが世界のためだ、早くショッカー本部にでも行って改造されて来い」

「な、なんですって⁉︎」

「分かったらさっさと行動に移せ低脳」

「「いいから引っ込みなさいよ‼︎」」

 

 はい、もう無理。こいつら殺す。俺はクー・フーリンさんと沖田さんに言った。

 

「ボコボコにして。泣くまでボコボコにして」

「お、おう」

「了解しました……?」

 

 戦闘開始。

 

 〜5分後〜

 

「や、やられました……。きゅぅ」

「や、やるじゃないの……。今日はこの辺にしといてあげるわ」

 

 あ?何甘えた事抜かしてんだおい?俺は指をゴキゴキ鳴らしながら倒れてる二人に近付いた。

 

「なめてんじゃねーぞコラ。こちとらお前らみたいなチンカスと違って修羅場を何度もくぐり抜けて来たんじゃ我ボケェ」

「な、なんですか……?まだやる気ですか?私達はもう敗北を認めたはずですが……」

「ふはははは!そんなもん関係あるかああああ‼︎くらえ!そすんす!」

 

 俺が清姫の上に馬乗りになった直後、沖田さんが自分の肩を抱いたが無視して鎖骨突きを始めた。

 

「ななななななななななななな‼︎」

「っ!ふあっ⁉︎やっ、んっ!あっ、ああっ……!」

「ななななななななななななな‼︎」

「ふあっ……やっ、あっ…んんっ!」

「なななっ、ななっ……なっ……‼︎」

「らっ、らめっ……んっ……ああんっ!」

「なっ…………ななっ」

「やんっ……!あっ、はっ……んあっ……!」

「…………………………………な」

「ふわっ、ふわああああ‼︎」

 

 顔を真っ赤にして喘ぎまくる清姫を前に、俺は手を止めた。なんかとんでもない犯罪を犯してしまったような気がして、すごい罪悪感を抱きながら清姫の上から退いた。

 

「………よ、よしっ。この辺で許してやろう」

「………ビビってんじゃねーよ」

 

 クー・フーリンさんから呆れたような声が聞こえた。いや、だってなんか罪悪感がすごいんだもん。決して胸は突いてないのになんで喘ぐんだよこいつ。

 

「………下劣な人間もいたものね」

 

 エリザベートが盛大に引いていた。いやごめん。俺も悪かった。ちょっと大人げなかった。

 反省して、とりあえず清姫に謝ろうと思って顔を向けると、俺の手を清姫が握った。

 

「………あなた、お名前は?」

「え?田中正臣だけど……」

「わたくし、恥ずかしながらあなたのテクニックに一目惚れしてしまいました」

「…………はっ?」

「わたくしをあなたのお嫁さ……ーヴァントにしたください」

「……………」

 

 俺は助けを求めてクー・フーリンさんを見た。目を逸らされた。

 沖田さんを見た。俺をいないものとしてるのか、空を見上げていた。

 エリザベートを見た。沖田さんの後ろに隠れていた。

 ………どうしよう、ややこしい事に。全力で自分の軽率な行動に後悔していると、通信が入った。

 

『田中さん!田中さんはいらっしゃいますか⁉︎』

「ジャンヌ様ですか?助かった!」

「むっ、誰ですかますたぁ?まさか、女性の方ではありませんよね?」

「おいお前マジ黙ってろ。ややこしくなるから」

「電話の向こうの方⁉︎聞こえてます⁉︎わたくし、ますたぁのお嫁さんですが!ますたぁとはどういうご関係なのですか⁉︎」

「おおいバカやめろ!お願いだから黙ってて!」

『田中さん!コントに付き合っている暇はないんです‼︎』

「コントではありません!わたくし達は真剣なお付き合いを……!」

「クー・フーリンさん、こいつ何とかして」

 

 何とかしてもらうと、ジャンヌ様から声が聞こえて来た。

 

『敵襲です!敵サーヴァントが四騎!』

「…………はっ?」

 

 ま、マジで………?

 俺の頬を冷たい汗が流れた。

 

 



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決戦前夜。

 ジャンヌ様から通信が入った。サーヴァントが四騎か……。三騎潰された後で四騎投入してくるとは本気だな。このまま全滅させられるのは嫌だ。

 

『ど、どうしましょう田中さん⁉︎既に、マリーが怪我をしてしまっていて………!でも、サーヴァントが強くて……!』

 

 現況が伝わってこねぇな……。相当ピンチなのか、落ち着きがない。

 

「ジャンヌ様、落ち着いて。オッパイ揉むよ」

『…………は、はい』

「現況を教えて下さい。なるべく細かく」

 

 すると、ジャンヌ様は落ち着いたのか、声が聞こえてきた。

 

『敵サーヴァントは四騎。私、ランサー、セイバー、そしてもう一人セイバーです。ファフニールはいません。現在、藤丸さんの指揮でマシュさんとアマデウスさん、それとゲオルギウスさんが応戦中ですが、長くは保ちません』

「ゲオルギウス?クラスと装備は?」

『クラスはライダー、装備は剣と鎧です』

「なら、ゲオルギウス、マシュを最後尾にして撤退。まっすぐ砦に向かって進んであの辺の兵士を巻き込んで下さい。これと同じ指示を藤丸さんにも伝えて」

『そ、そんな⁉︎兵士達が殺されてしまいます!』

「軍人なら、戦場で死ぬ覚悟くらい出来ているはずです。何より、そこで俺達が合流します」

 

 あ、ヤバイ。今のはカッコいい。俺ってこんなかっこ良い奴だったのか。

 

『………田中さん』

「惚れた?今、惚れちゃった?」

『………台無しです』

 

 うん、それは俺も思った。言わなきゃ良かったなって。

 

『………でも、そうですね。少しですが、安心は出来ました』

「っ」

 

 ………え、何それ?どういう意味それ?逆にこっちがドキッとしたんだけど。ちょっと待ってジャンヌ様、それどういう……。

 

『では、早く助けに来て下さいね』

 

 通信は切れた。俺はいつになく真面目な顔で沖田さんとクー・フーリンさんに言った。

 

「沖田様、クー・フーリンさん。二人は先行して砦を経由しつつジャンヌ様の行った街に向かって。全速力。ジャンヌ様達の戦闘が見え次第、奇襲を仕掛けて敵の数を減らして」

「マスターはどうするんですか?」

「俺も行くよ。ただ、二人の方が足早いじゃん?俺も急ぐけど後から行くよ」

「なら、こうすりゃ良いだろ」

 

 直後、クー・フーリンさんは俺を脇に抱えて走り出し、沖田さんも付いて来た。

 

「あっ、待ってくださいませ!ますたぁ!」

「ち、ちょっと!一人にしないでよ!」

 

 ………なんか、清姫とエリザベートまで付いてきた。いや、まぁ戦力が増えるのはありがたいし別に良いけど。

 

 ×××

 

 砦に到着したが、戦闘している様子はない。まだ着いていないようだ。

 その足でジャンヌ様達のいる方に向かった。しばらく草原を走ってると、何処かから煙が上がった。おそらく、戦闘している。

 

「! あそこです!」

「クー・フーリンさん、さっきやってた技使えますか?」

「ああ、了解」

 

 クー・フーリンさんは頷くと俺を振り上げた。あ、あの、何で俺を振り上げてるの?

 嫌な予感が俺の脳裏に浮かぶが、クー・フーリンさんは御構い無しに叫んで腕を振った。

 

「『突き穿つ死翔の槍』‼︎」

「なんでだよおおおおおおおお‼︎」

 

 俺をぶん投げた。投げられた俺はキィーンっと水平に飛んだ。飛んで行く際、空気が当たってぶべべべべっと頬が揺れる。で、ジャンヌ様に向かって武器を振り下ろそうとする黒ジャンヌ様が見えた。

 ………いや、見えたっつーか、これ……終点黒ジャンヌ様駅では?

 

「ちょまー!どけどけどけ!」

「はっ?」

 

 直後、ゴヌッと黒ジャンヌ様の頭に俺の頭が直撃した。黒ジャンヌ様は後ろに吹っ飛び、俺も後ろにひっくり返った。

 

「………間違えた」

「いや絶対わざとですよね」

 

 そんな会話が後ろから聞こえたが、あまりに直撃した頭が痛くてその場で悶えた。

 

「かはっ……あ、頭、割れ………!」

「たっ……田中さん………?」

 

 隣のジャンヌ様から声が聞こえてきた。顔を向けると、ホッとしたような表情になった。ふむ、ここは俺もカッコ良い台詞を言うべき所かもしれんな。

 

「あなたのために来ました」

「………田中さ」

「ますたああああああ‼︎」

 

 直後、後ろからものっそい勢いで清姫が突っ込んできた。

 

「ますたぁ!大丈夫ですか⁉︎お怪我はありませんか⁉︎」

「たった今、お前に怪我させられる所だったわ!ていうか、今良いとこなんだから邪魔すんじゃねぇよ‼︎」

「ますたぁったら、そんな風に照れなくても良いのに」

「照れてねぇよ!ていうか、こんな事してる場合じゃねぇっつの!ジャンヌ様もなんとか言って下さい!」

「………ふんっ」

「ジャンヌ様ぁ⁉︎」

 

 何で怒ってんの⁉︎なんかしたっけ⁉︎

 どうしようか困ってると、さっき頭突きした黒ジャンヌ様が槍を持って襲い掛かってきた。清姫とジャンヌ様が俺を押しのけながら回避した。

 

「………やってくれたわね、変態」

「………鼻血出てるよ」

「出てない」

「いや出てるから」

「出てない」

 

 すごいラスボスっぽいオーラを放ちながら俺を睨んでいるのだが、鼻血が出てるので小物にしか見えない。しかもそれを全力でなかったことにしようとしてるのがもう………。

 ………あ、ダメだ。耐えろ。今笑ったら殺される。

 俺は笑いを堪えながら辺りを見回した。沖田さんとクー・フーリンさん、エリザベートが追い付き、消耗してるマシュ、アマデウス、ゲオルギウスは十分にカバー出来る。

 戦えないマリーとジークに被害が及ぶ事も無さそうだ。正直、今本気でやり合っても負ける気はしないが、それは相手に援軍が来ない前提での話だ。援軍のストックがないこちらはどうしても不利だ。

 

「黒ジャンヌ様」

「何よ。あんたと話すことなんて無いんだけど?」

「全ては明日決めるとしないか?」

「………どういう意味?」

「俺達は今から撤退してやる。全ての準備を整え、明日の昼の12時にお前らの街に攻め込む。クソめんどくせー戦術はもう飽き飽きしてんだ。それで良いだろ」

「何で私があんた達を逃がすような真似しなきゃいけないのよ」

「逃がす?バカ言うな。こっちが逃がしてやるって言ってんだよ」

 

 話し合いで重要なのは、向こうに利益があると思わせて話す事だ。こちらの話し方、話す内容、それら一つ一つが重要になる。

 

「こっちは過去にあんたらの兵隊を潰してきたサーヴァント達が何人も揃ってる。それに比べ、そっちのサーヴァントはここにいるのが全員ではないんだろ?ファフニールもいないみたいだしな。だから、逃がしてやるって言ってんだよ」

「……………」

 

 しばらく考え込む黒ジャンヌ様。やがて、竜の上に跨り、戦闘中の他サーヴァントに声を掛けた。

 

「撤退します」

 

 それに従い、敵戦力は逃げていった。ふぅ、良かった……。なんとか凌いだぞ。俺はホッと息をつくと、ジャンヌ様が俺に声をかけてきた。

 

「………助かりました、田中さん……」

「いや、礼は後です。さっさと森に帰」

「いえ、今です」

「はっ?」

 

 直後、ジャンヌ様はギュウッと俺を抱き締めた。唐突の出来事で、脳の処理が追いつかなかった。

 

「…………はえっ?」

 

 変な声が漏れた。へっ、何?この人何してんの?

 ちょっ、周りの人みんな見てんじゃん。おい、マリー、アマデウス、エリザベート、何、ニヤニヤしてんだ。ブッ殺すぞ。

 

「……ゎ、あっ、あのっ……ジャンヌ様……?何を……して………」

 

 何とか声を絞り出すと、正気に戻ったのかハッとしたジャンヌ様は慌てて俺から離れた。

 

「すっ、すみません田中さんっ……!」

 

 顔を赤くして離れるジャンヌ様。で、俯いたまま何も喋らない。えーっと、本当に何?え、俺これどうすりゃ良いの?

 沖田さんを見た。興味なさそうに空を見上げていた。あてにする相手を間違えた。

 クー・フーリンさんを見た。「抱き締めろ」というカンペを持っていた。出来るか。

 ジークを見た。「青春だな……」と遠い目をしていた。意味が分からなかった。

 その直後だ。魔力の放出を背中から感じた。振り返ると、清姫がすごい形相で睨んでいた。

 

「………ますたぁ?今、何をしていらしたのですか?」

「いや待て!何もしてないだろ!良くも悪くも無抵抗だったろ!」

「ふふふ、無抵抗なのがいけないんですよ?目の前で浮気とは良い度胸をしていますね?」

「何でだよ!ていうか浮気って何の話……!」

「浮気⁉︎浮気ってどういう事なんですかマスター⁉︎」

「何でジャンヌ様まで怒ってんですか⁉︎」

 

 おい、誰か何とかしろよ、と思ってると、周りにはマリーと沖田さん以外誰も居なかった。

 視線で説明を求めると、二人は答えた。

 

「皆さんなら先に森に帰りましたよ」

「私達の事は気にせずに、どうぞ続けて下さい」

 

 いや気にするだろおおおおおお‼︎ていうか、マリーは怪我してるんだから帰れよ!

 結局、俺達は日が落ちてから帰るハメになった。

 

 ×××

 

 森に帰り、マシュ、ゲオルギウス、アマデウスはマリーの宝具で回復した。

 ジークもゲオルギウスとジャンヌ様に呪いを解除してもらい、ようやく落ち着いた。流石に今日は疲れたぜ………。まぁ、その分成果もデカかったのだが。

 だが、これからもっと疲れそうな気がするのは何故だろう。

 

「はい、ますたぁ?あーん……?」

「き、清姫さん!正臣さんは一人でも食べられます!」

「何を言っているのですか?ますたぁは何処かの誰かの半身の頭突きを喰らって朦朧としているのです。誰かが食べさせてあげないと食事もまともに出来ません」

「で、でしたら責任は私にあります!私が食べさせてあげるべきです!」

「怪我させた張本人が何を図々しいことを!」

「張本人ではありません‼︎」

 

 まるでラノベ主人公のような気分だ。あいつら、こんなに良い思いしてやがったのか……。まぁ、俺も良い思いしてるから許すけどな‼︎

 そんな俺の様子を見ながら、クー・フーリンさんがフッと微笑んで言った。

 

「………やっぱり、わざと間違えて正解だったな」

「やっぱわざとだったんですか」

「清姫、だったか?あいつがマスターに惚れてるのは一目瞭然だったからな。助けに行くのは目に見えていたし、万が一の時は俺が本物をやってた。ちゃんと安全を考慮した上での判断だ」

「いやそれなら良いってわけじゃないと思うんですが……」

 

 そんな会話が聞こえてきたが、俺は気分が良いので許す事にした。いつの間にかジャンヌ様、俺のこと下の名前で呼んで来るし。

 まぁ、いつまでもこのままなのは良くない。俺を挟んで争う二人に、俺は入って言った。

 

「まぁまぁ落ち着けよ。二人の気持ちは嬉しい。だから、二人から食べさせてもらうよ」

「はぁ?何ですかそれ。バカにしてるんですか?」

「二人とかダメですから。どちらかでなくてはダメですから」

「そんな浮気者は許しません。どちらか決めて下さい」

「この変態ますたぁ」

「……………」

 

 あ、あれ?なんか思ってたのと違うな………。思ってたより居心地悪いんだけど………。なんでそんなギスギスしてんの?もしかして、アニメの主人公達はみんなこんな気分だったのだろうか。ごめんね、今まで死ねとか言って来て。

 早くも助けを求める視線を周りに送ってると、アマデウスが口を挟んで来た。

 

「ま、まぁまぁ二人ともその辺にし」

「部外者は黙っててください」

「引っ込んでて下さる?面白ピエロ」

 

 瞬殺された。こいつらほんとに………。ヤバいな、最終決戦を前にしてチームワークがまるでなっていない。

 とりあえず、真面目に話を進めよう。表情を引き締めて明日の話をしようとしたときだ。

 

「はい、正臣さん。あーん?」

「あむっ、んー!ジャンヌが食べさせてくれるから美味しいよ!」

 

 直後、チャキッと俺のジャンヌ様の間に剣が二本割り込んで来た。ゲオルギウスとエリザベートだ。

 

「いい加減にしろ。明日、決戦だぞ」

「うざったいったらないわ」

「な、何ですか!私とますたぁの愛の育みを」

「「あん?」」

 

 二人に睨まれ、清姫は萎縮した。強ぇな、この二人。

 

「とりあえず、彼は没収する」

「ああ!ますたぁ!」

 

 ゲオルギウスに持ち上げられ、俺はジークとゲオルギウスの間に連行された。色気のカケラもねぇな………。

 まぁ、とにかく話を進めないとな。それに、任務が終わればどうせ二人とは別れるんだ。

 

「とにかく、明日の作戦を決める。相手の戦力はセイバーが二人、ランサー一人、ファフニール、ドラゴンが多数、そして黒ジャンヌ様。それともう一人、『ジル』とかいう人」

「! ジルがいるのですか?」

「ああ。初めて黒ジャンヌ様を見た時、独り言で『ジル』と言っていましたから。他にサーヴァントは数人いるかもしれませんが、とりあえずこんなものでしょう」

「どう攻めるのですか?マスター」

 

 ゲオルギウスが聞いてきた。

 

「確か、明日の12時に開戦との事ですね」

「ああ、地の利は相手に合わせてやった。それに追加してこっちが襲撃する時間も教えてある。どう考えても向こうが有利だ」

「じゃあ、どうするつもりだ?」

 

 ジークが聞いてきた。まぁ待て、落ち着け。

 

「だが、相手はどう思う?俺の今までの指揮を見れば、誰だって12時ぴったりに攻めて来るとは思わないはずだ」

「………確かに」

「不意打ちで宝具使わせて一人殺したり、ジャンヌのおっぱい揉んだりと結構最低なことしてましたものね」

 

 藤丸さんとマリーが腕を組んで呟いた。正直、一人くらい否定して欲しかったです。

 

「だから、向こうは開戦の一時間前には兵を並べて置くはずだ。その時間を利用して、俺と藤丸さんとロマンの三人で偵察して相手の陣形を全て把握して来る」

「待ってください!それは明日、直前に作戦を決めるという事ですか⁉︎」

 

 ゲオルギウスから声が上がった。

 

「ああ、余裕だろ」

「そんな悠長な………!」

 

 まぁ、最近入った人だし俺が信頼出来ないのも分かるが………。

 すると、ジャンヌ様が口を挟んだ。

 

「大丈夫です、ゲオルギウスさん」

「ジャンヌ・ダルク………!」

「それが出来るのが、私達のリーダーです」

「っ………!」

 

 まぁ、うちのメンバーの中で三番目に古い人だからな、なんだかんだ言って。

 

「………分かりました。そこまで言うのでしたら信頼しましょう」

 

 ゲオルギウスから許可が降りた。よし、とにかく明日だな。

 

「よし、じゃあみんな疲れただろうし、もう寝よう」

「ますたぁ、一緒に寝ませんか⁉︎」

「おーい、寝る前にこいつを誰か縛れ」

 

 ×××

 

 夜中。みんなが寝静まった後、俺は起きて作戦を決めていた。マシュの盾を机にして、考えをまとめている。

 さっき言ったのは半分本音だが、半分はさっさと寝かせたかっただけだ。今日はかなり働いたし、少なからず疲弊してるはずだ。明日に備えて寝た方が良いと判断した。

 とりあえず、ファフニールの攻略だな。ファフニールは巨体なだけあって単体じゃなきゃ使えないはずだ。味方もろとも吹き飛ばす可能性があるからな。

 だとしたら、サーヴァント戦とファフニール戦をどちらが先になるかだが……いや、同時に使われる可能性もあるにはあるが。使われるとしたら、サーヴァント戦とファフニール戦の二つのチームに分けなくてはならない。

 ………いや待てよ?俺がさっき投げられたのを利用すれば………。だとしたら、物理の計算が必要になる。完全に意表を突くにはそうするしかないか。

 

「なーにが作戦は明日決めるですか、バカマスター」

 

 後ろから声がした。沖田さんが立っていた。

 

「………起きてたのですか?」

「もういい加減、敬語やめて下さい。多少、怒ることがあっても絶対にマスターを殺したりしませんから………」

「………本当に?」

「どこまで怯えてるんですか。本当です」

「………なら良かった。いやー、正直ストレス溜まりっぱなしだったわー」

「…………やっぱり殺したい」

 

 沖田さんは俺の隣に座り、俺の手元の紙を見た。

 

「うわっ、相変わらず何だかよく分からないですね。何の計算式なんですか?」

「お前にはわかんねーよ。つーか寝ろよ、お前にも明日働いてもらうんだから」

「………じゃあ、マスターも寝ましょうよ」

「そうはいくか。俺は作戦決めるので忙しいんだから」

「明日決めるーとか言ってたくせに」

「うるせ。いいから寝ろ」

 

 とりあえず、ファフニールの攻略は思いついた。残りはサーヴァントの対策か。

 正直に言って、サーヴァントに大した脅威は感じていない。複数で叩けば確実に倒せる相手ばかりだし、沖田さんならタイマンでも倒せる相手だ。

 あれ、何とかなりそうな気もしてきた。いや、油断は禁物だが、とにかく不確定要素はほとんど無い。

 

「マスター」

「今度は何」

「結局、ジャンヌさんとはどうするんですか?」

「はぁ?」

「いえ、なーんかいい感じだったので」

 

 まぁ、明日勝てばお別れだからな。少し寂しいけど、そこは仕方ない。世界の命運には逆らえないからな。

 

「永遠の別れになるだけだろ」

「………そう、ですか?」

「ああ。良いから寝ろよ」

「…………分かりました」

 

 言うと、沖田さんはようやく寝ようとしてくれた。別にどうするも何もない。ていうか、どうしようもない。例え、俺とジャンヌ様がお互いの事が好きだとしても、絶対に別れなければならないんだから。

 ………さて、もう少し頑張るか。俺は再びペンを走らせた。

 

 



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最終決戦です!

一応、現状の戦況。
マルタ:マリー、アマデウス、ジャンヌ、マシュによりリタイア。
ファントム:マリー、アマデウス、ジャンヌによりリタイア。
サンソン:クー・フーリンによりリタイア。
ランスロット:沖田さんによりリタイア。
カーミラ:マリー、アマデウス、ジャンヌ、マシュによりリタイア。

主人公視点だと戦闘描写や相手を倒した時の書き方が難しい。分かりにくくてすみません。



 翌日、昼の12時。攻略戦を開始した。まず、何故か先頭で暴れまわっているのはアーチャーだ。早速、緑色のアーチャーがドラゴンを数匹率いて攻撃して来た。

 

「……殺してやる……殺してやるぞ!誰も彼も、この矢の前で散るが良い!」

 

 アーチャーが偵察しに行った時は驚いた。やっぱり、事前に見に来て正解だった。まぁ、サーヴァント一騎をこんな所に配置するのはどういうつもりなのか分からないが。

 

「マシュ、盾を構えて突撃。後ろからアマデウスが射撃とマリーが遠距離攻撃で牽制、動きを封じつつゲオルギウス、エリザベートは接近戦を仕掛けて」

 

 その命令に従って、アーチャーをあっさりと撃破した。

 直後、ロマンから通信が入った。

 

『バーサークアーチャーの消滅を確認した。同時に極大生命反応!オルレアンからファフニールが出発したらしい』

 

 あ、向こうから来ちゃうんだ。てっきり城攻略戦的な感じかと思ってたけど、まぁ良いか。

 

「おk。クー・フーリンさん、ジーク。準備は良い?」

「ああ、いつでもな」

「任せろ」

 

 さて、こちらも戦闘準備と行くか。

 

 ×××

 

 ファフニールが俺達の前に降りて来た。サーヴァントは五人。それらが地上に降りた。

 さて、ここからが本番だ。ここで間違えれば全てが終わる。最悪、カルデアのメンバー以外は捨て駒にする事も考えなくてはならない。まぁ、絶対にそんな事はさせないようにするが。

 黒ジャンヌ様は俺を見てニヤリと微笑んだ。

 

「逃げずに来たようね、変態」

「お願いだから変態はやめて」

「黙りなさい、変態」

 

 どんだけ嫌われてんだよ、俺。いや、嫌われるのも無理ないが。

 すると、ジャンヌ様が俺の前に出て言った。

 

「田中さんは変態などではありません。田中さんの選ぶ行動には、必ず理由があります」

「ジャンヌ様………」

「揉まれた本人が何言ってるのよ。それとも何?あなた、そこの変態に惚れたの?」

「っ…………」

 

 おい、そこで黙るなよジャンヌ様。まぁ、ここは俺が口を挟む時かな?

 

「まぁ、そんな世間話に来たわけじゃないんだからさ。さっさと始めようぜ?」

「そうですね。では、焼き払いなさい、ファフニール!」

 

 やはり、先制攻撃は広範囲に攻撃出来るファフニールにさせたか。それによって全員、回避方向が異なる。戦力を分散させ、一番脆い所から叩く気か?

 想定通り、ファフニールは息を大きく吸い込んだ。全体に炎を撒き散らす気だ。悪くない手だ、だが、一手遅いな。俺はニヒッと笑って空を指差した。

 

「上空注意な」

「何………?」

 

 黒ジャンヌ様が空を見上げた直後、ジークが宝具を構えて降って来た。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る。撃ち落とす――『幻想大剣・天魔失墜 』‼︎」

 

 ジークの宝具がファフニールの首を一撃で斬り落とした。攻撃の直前、一番隙のデカい瞬間、おそらく全生物が弱点とする首に最大火力を叩き込めば、どんな化け物でも殺せるのは明白だ。

 時間を計算して、クー・フーリンさんにジークをブン投げてもらった。

 

「ファフニール⁉︎」

 

 黒ジャンヌ様が声を漏らした直後、ファフニールは消えていった。その隙を逃さず、俺は次の行動に移らせた。

 

「全員やっちまえ!」

 

 直後、全員作戦通りに動き始めた。それは、一斉に黒ジャンヌ様に襲い掛かることだ。敵の首を取った奴の勝ちなんだ。ファフニールを殺され、狼狽えた隙と、いきなり王を狙う大胆な奇襲、そしてジークとマシュ、ジャンヌ様以外の全サーヴァントからの攻撃だ。マシュとジャンヌ様は俺と藤丸さんの護衛。

 回避不能完全無欠絶対確殺の完璧戦術だ。直後、敵の白髪ランサーと青い帽子のセイバーが黒ジャンヌ様のバックアップに回った。

 だが、それでも二騎だ。止められても攻撃は当たる………!そう思った直後だ。

 

「! 全員退がれ‼︎」

「ジャンヌ、お退がり下さい!『螺湮城教本』‼︎」

 

 後ろの敵のキャスターの攻撃が飛んで来た。いち早く気付いた俺の指示で、何とか全員後ろに飛び退いた。

 敵のサーヴァント達も回避し、何とか体制を立て直した。

 

「チィッ、もう少しだったのに……‼︎」

「沖田さん、右‼︎」

 

 沖田さんの右隣から、青いノースリーブの和服を着たセイバーに襲いかかられていた。

 

「!クッ……‼︎」

 

 沖田さんのカバーをジャンヌ様が何とかしてくれた。

 

「サーヴァント達、そしてワイバーン!前に出なさい!戦闘を開始します‼︎」

 

 黒ジャンヌ様の指示で、セイバー二騎とランサー、無数のワイバーン達は前に出た。ファフニールは倒したが、まだ気は抜けない。

 

「ジル、城に戻り新たにサーヴァントを召喚します。付いて来なさい」

「畏まりました」

 

 アレがジルかよ。キャスターだったのか。っていうか、ここで逃すわけにはいかない。これ以上、サーヴァントを召喚されるのは面倒だ。

 それに、ここが良い機会かもしれない。

 

「藤丸さん。ジャンヌ様、マシュ、エリザベート、マリーを連れて奴らを追って。ここのサーヴァントは俺達が片付ける」

「! 大丈夫なの?」

「大丈夫。ていうか、そっちがさっさと終わらせれば、こっちは勝つ必要すらないんだけどな」

「分かった。すぐに終わらせて来る」

 

 俺の指示に従って、藤丸さんはそのメンバーを連れて黒ジャンヌ様とジルを追って走った。

 続いて、残ってるメンバーに声を掛けた。

 

「清姫!ワイバーンを相手しろ!一匹につき10秒も時間を掛けるな!」

「了解しました!」

「クー・フーリンさん!ゲオルギウスとランサーをやって!ジークはアマデウスと組んでセイバーを叩け!」

 

 その指示に全員従い、応戦し始めた。

 さて、ここからが鬼門だ。俺と沖田さんは目の前の着物のセイバーと相対した。

 

「さて、沖田さん。踏ん張り所だ」

「ええ、分かっています」

 

 相手は着物、つまり日本のセイバーだろう。何者だか知らないが、沖田さん的には相手にとって不足なし、という感じだろう。

 

「それよりマスター、良いんですか?」

「何が?」

「この勝負が終わると、ジャンヌさんと話す機会はなくなってしまいますが」

「……………」

 

 俺は俯いた。そう言われると少し痛いんだけどな。ていうか、沖田さんに気付かれるとは思わなかった。

 

「……良いから、集中しろ」

「…………わかりました」

 

 沖田さんは刀を抜いて着物のサーヴァントと向かい合った。

 

「あなた達が私の敵で良いの?」

 

 おお、なんか軽い感じで声をかけて来たぞ。何、狂化されてないの?

 

「ああ、まぁお手柔らかに頼むよ」

「それは無理ね。なんでかわからないけど、私すごく今、人を斬りたいの」

 

 気の所為だった。全然トチ狂ってた。

 で、目の前の女の人は自己紹介を始めた。

 

「一応、名乗っておくね。私は宮本武蔵」

「「宮本ぉ⁉︎」」

 

 マジかよ!あの有名な⁉︎

 

「「サイン下さい!」」

 

 俺と沖田さんは二人して色紙とペンを差し出した。

 

「って、なんでお前も欲しがってんだよ⁉︎」

「いや、マスターこそ!これから斬る敵ですよ⁉︎」

「いやいやいや、こっちがビックリだわ。あんたら二人とも同じだわ」

「あっ、あのっ、読みました。巌流島の決闘」

「いやいやいや、知らないから」

「あのっ、生前からファンでした!」

「ああそう……とにかくサインは嫌」

 

 ちぇー、けちんぼ。

 仕方ない、戦うかー。沖田さんも戦闘スイッチが入ったようで、俺の前に手を差し出して前に出た。

 

「………マスター、下がって下さい」

「言われなくても下がるっつーの」

 

 二人は剣を構えた。この二人の戦いで俺に出来る事はない。剣は素人だし、精々応援するくらいだろう。

 剣を構えたまま動かない二人。静かに風が吹いた。二人の間に、風に吹かれて宙を舞う葉が流れた。その直後だ。二人の姿が消え、いつの間にかお互いの左胸……つまり、心臓に突き込んでいた。

 そして、お互いに左胸を回避させていた。空を切るお互いの刀。宮本武蔵が真横にある沖田さんの剣を横に拳で弾くと、沖田さんの首に向かって刀を振った。

 体勢を崩された沖田さんはその刀をしゃがんで回避すると、顔面に蹴りが飛んで来て、それを左腕でガードしながら退がり、距離をとった。

 その沖田さんの顔面に宮本武蔵は再び突きを入れた。それを半回転しながら回避しつつ、宮本武蔵の首を斬りつけた。それを突き込んだ刀を無理矢理自分の首元に戻してガードした。

 振り回した剣で今度は斜め下から斬り上げたが、それもガードされて刀を地面に抑えられ、刀を踏まれて固定された。

 

「っ!」

 

 で、顔面に突きが飛んで来た。沖田さんは刀を持っていない方の手で腰の鞘を抜き、首を横に捻って回避しつつ刀を握る宮本武蔵の手を殴り上げた。

 宮本武蔵はそれを読んでいたように、刀を踏んでる脚を軸にして沖田さんの顔面に廻し蹴りを見舞った。

 沖田さんはその蹴りを額で受け止め、踏まれてる刀を無理矢理引き抜いて宮本武蔵の身体に斬りかかった。宮本武蔵は刀を自分の胸元に戻して沖田さんの刀を弾き、上から沖田さんの脳天から真っ二つにするかのように刀を振り下ろした。

 その攻撃を若干、バランスを崩しながらもバックステップで回避すると、それを読んでいたかのように下から斬り上げられ、自分の体の前に刀を構えてガードした。

 

「……っぅりゃあッ‼︎」

「っ⁉︎」

 

 宮本武蔵はガードされながらも無理矢理刀を振り抜いた。直後、刀を折られる事はなかったものの、沖田さんの身体はフワッと浮いた。オイオイ、マジかよ。腕力の打撃だけで人の身体が浮いたぞ。

 空中になれば流石に沖田さんは身動き取れず、宮本武蔵の廻し蹴りをモロに食らって、沖田さんは俺の横に転がって来た。

 その隙を逃さず、宮本武蔵は刀を振り上げて飛び掛かって来た。

 

「ぅっ………!」

「ヤバッ……‼︎」

 

 頭を打ったのか、反応出来ていない沖田さんの身体を抱き抱えて、俺はギリギリ回避した。

 

「………っぶねぇ……!とんでもねぇな、あいつ……!流石、宮本武蔵」

「何褒めてるんですか……!あの人とんでもないです」

「お前も褒めてんじゃねぇか」

「このままじゃ殺されるって言ってるんです」

 

 分かってるよ、んなことは。

 俺は沖田さんを起こして耳元で言った。

 

「沖田さん、よく聞け」

「なんですか。それどころじゃないんですけど」

「………奴は沖田さんの心臓や首を狙って来てる」

「…………へっ?」

「つまり、確実に沖田さんを殺せる場所を狙ってるって事だよ。それに合わせてカウンターは狙えないか?」

「……………」

「なんだよ」

「見えてるんですか?私達の剣速」

「そりゃ見えてるけど」

「………………」

「なんだよ」

「い、いえ。カウンターですか?難しいと思います。彼女の剣はそんな簡単にカウンター取れる速さと力強さではありません」

「…………なるほど。なら、こういうのはどうだ?」

 

 俺は沖田さんの耳元で作戦を伝えた。すると、納得したのか沖田さんは「なるほど……」と呟いて頷いた。

 

「………わかりました。やってみます」

 

 そう言って刀を握り直して宮本武蔵を睨んだ。俺は戦場を見回した。他のサーヴァントは既に倒し、ワイバーンの相手をしている。そのワイバーン達も数は減ってきていた。

 

「ジーク、アマデウス、ゲオルギウスはマシュ達の援護に向かって。クー・フーリンさんと清姫は引き続きドラゴンの相手を」

 

 その命令に全員返事をして行動し始めた。

 それと共に、沖田さんと宮本武蔵の戦闘は再開した。

 

 



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運の良し悪しは紙一重。

 沖田さんは宮本武蔵に向かって行った。敵の攻撃を片っ端から回避し続けた。

 俺の作戦は、宮本武蔵の攻撃をひたすら避け続けさせる事だ。そうすることで、宮本武蔵は必ずイラつき始める。バーサーク状態だ、それは尚更だ。そして、イラつけば動きが単調になるのは誰だって当たり前のはずだ。その隙を突いてカウンターを叩き込めば良い。

 オマケに、敵の攻撃はほとんどの確率で首を狙って来るのだ。来る場所がわかっていて、尚且つ単調な攻撃なら、どんな剣速にも対応出来るはずだ。

 

「チィッ……!」

 

 攻撃を回避され続け、若干宮本武蔵にイラつきが見えた。もちろん、狙いがバレないように多少こちらも反撃はしている。

 沖田さんの攻撃を宮本武蔵が回避した時だ。宮本武蔵はニヤリと微笑んだ。

 

「………私がイラつくのを待っているでしょ?」

「ーっ!」

 

 背筋がゾッとした。読みが看破された。これはマズイ。

 

「沖田さん、下がって‼︎」

「!」

 

 宮本武蔵の魔力が高まるのを感じ取り、俺が支持する前に沖田さんは下がろうとした。

 それを読んでいたように、魔力がふっと消えるのを感じた。あ、やばい。嵌められた。宮本武蔵からの斬り上げを沖田さんはガードしたが、刀を弾かれた。

 ヒュンヒュンと宙を舞う刀を、宮本武蔵は握ると沖田さんに振り下ろそうとした。

 

「さぁせるかぁあああああ‼︎」

 

 それを見るなり、俺はズボンを脱いで宮本武蔵に向かって走り出した。

 

「っ⁉︎な、なんで脱いでるのよあんた⁉︎」

 

 顔を赤くする宮本武蔵に無我夢中で突撃した。

 その一瞬の隙を突いて、沖田さんは後ろに下がった。

 

「っ⁉︎く、来るな変態ィイイイイ‼︎」

 

 宮本武蔵は俺に向かって振り上げた剣を振り下ろした。よっしゃ、狙い通り。羞恥から力んだ一撃、途中まで沖田さんを狙っていた事による急な標的変更、そして狙いは俺の首、そこまで条件が良ければ俺にも突け入る隙はある。

 振り下ろされた剣を持つ手首に手刀を入れて、腕の神経をほんの一瞬麻痺させ、刀を奪った。

 

「っ!ナメるなよただの人間が‼︎」

 

 直後、宮本武蔵の蹴りが俺の溝を的確に捉えた。ゴフッと血を吐いた。過去のアニメのキャラ良く血を吐いていたが、こんなに苦しいのか。これからはもっと同情しよう。

 吹っ飛ばされた俺を見て、宮本武蔵は眉をひそめた。どうやら、俺の違和感に気付いたらしい。俺の右手の刀が無くなっているからだろうな。

 そして、その俺の右手の刀は沖田さんの手元にある。その沖田さんは、地面を蹴って宮本武蔵の目の前に迫っていた。

 

「一歩音超え……二歩無間……三歩絶刀!『無明三段突き 』!」

「しまっ………‼︎」

 

 直撃し、宮本武蔵の身体に刀が突き刺さった。

 

「っ……!ああああ‼︎」

 

 そのまま勢い良く通り抜けた。宮本武蔵から鮮血が噴水のごとく噴き出した。

 

「! マスター!無事ですか⁉︎」

 

 宮本武蔵が消え、沖田さんは俺の元に走って来た。

 

「い、いだい……泣きそう………」

「………大丈夫そうですね。内臓も骨も無事です、奇跡ですね」

 

 き、奇跡か………。今度からは気を付けよう。

 ………でも、痛い。とっても泣きそう。泣いても良いかな……。

 

「ていうか、何でパンツなんですか」

「………いや少しでも宮本武蔵を動揺させようと思って……」

「………変態」

「やめろ傷つく」

 

 そんな話をしてるときだ。やかましい声が割り込んで来た。

 

「ますたぁ!大丈夫ですか⁉︎」

 

 完全にワイバーンを全滅したのか、清姫が駆け寄って来た。ああ……嫌な奴が来てしまった。

 

「まぁ大変!痛みで声も出せないんですか⁉︎かわいそうに!」

「いや、出せるけど……」

「ここは、わたくしの熱いキスで……‼︎」

「おい待て待て!やめろ!ていうか何パンツに手をかけてんだ⁉︎」

 

 その直後だ。清姫の身体が光り始めた。どうやら、上手く聖杯を取り返したようだ。

 

「ああ!ますたぁ!そんな、こんな絶好のタイミングで!まだ童貞をいただいていませんのに⁉︎」

「お、おおおお前はこの公衆の面前で何をするつもりだったんだよ⁉︎」

「ますたぁ!いつか必ずわたくしを召喚して下さいねー!」

 

 清姫は消えた。絶対、召喚するのはやめよう。

 まぁ、とにかくこれで帰れる。俺は倒れたまま大の字になった。そんな俺に、沖田さんが声をかけて来た。

 

「………マスター、良いのですか?」

「何が?」

「最後にジャンヌさんと会わなくて」

「…………良いんだよ」

 

 もうすぐ、ジャンヌ様から俺に関する記憶は消える。なら、俺も今のうちに忘れた方が良いに決まってるだろ。

 

「………どうせ、全部終わりなんだ」

「………マスターがそう言うなら、止めませんけど」

「ああ、そうしろ」

 

 すると、ロマンの声が聞こえて来た。

 

『田中くん!藤丸ちゃんが聖杯の回収を完了させた!時代の修正が始まってるから、すぐにでも帰還してくれ!』

「りょ」

 

 そう言って、帰ろうとした時だ。「田中さん!」と声が聞こえて来た。そっちを見ると、ジャンヌ様がこっちを見ていた。

 

「………ジャンヌ様」

 

 ………なんで来ちゃうんだよ。もうすぐで、帰れるところだったのに。

 ジャンヌ様は俺の前まで走って来た。で、俺の両頬に手を当てた。

 

「長く話す時間はありません、一口で済ませます」

「えっ、ジャンヌさ」

 

 直後、俺の口に何かが押し当てられた。プハッと離れ、ジャンヌ様は顔を赤らめたまま俺に言った。

 

「………助けていただいてありがとうございます、田中正臣さん。私の事、いつか召喚して下さいね?」

 

 直後、ジャンヌ様は消え去った。俺は何も言うことは出来ず、カルデアに戻った。

 

 ×××

 

 眼を覚ますと、カルデアの中だった。早速、ロマンとダ・ヴィンチちゃんが出迎えてくれた。

 

「おかえり、マシュ、藤丸ちゃん、田中くん、沖田さん!………それと、クー・フーリンさんも!お疲れ様!」

「初のグランドオーダーは君達のお陰で無事に完遂された。よくやってくれたね」

 

 そう言われたが、俺の気分は沈んだままだった。もう、あのジャンヌ様には二度と会えない。

 俺の事情を知ってるからか、沖田さんも藤丸さんもマシュもクー・フーリンさんも黙っている。

 

「特に田中くん、初の任務なのに良くやってくれたね。君の的確な指示で誰も犠牲者を出さずに任務を成功させた。素晴らしいよ」

「……………」

「………田中くん?どうしたんだい?」

「ごめん、俺部屋に戻るわ。藤丸さん、話聞いといて」

 

 俺は自室に戻った。

 ベッドの上に寝転がり、顔に腕を置いた。………あんな事されたら、あんな事されたら俺がジャンヌ様の事を忘れられなくなるだろうが………。

 ジャンヌ様は消えるからそれで良いかもしれないけど、こっちは……あークソッ。

 

「………………」

 

 ………ダメだ。もう忘れよう。全部忘れなきゃダメだ。クソッ……忘れろってんだ……‼︎もうジャンヌ様とは出会えないんだから!

 ………寝よう。俺はバカで単純だから、寝れば全部忘れられる。もう寝るぞ。寝ろ!クソッ、なんでレイシフト先に理想の女性がいるんだよ!

 

「マスター」

「ッ⁉︎」

 

 声を掛けられ、俺は慌てて振り返った。沖田さんが部屋に入って来ていた。

 

「すみません、ノックはしたんですが……」

「………そ、そっか。ごめん」

「とりあえず、ズボンを履いてください」

「………ほんとごめん」

 

 ズボンを履いた。

 ていうか、何しに来たんだよ。慰めにでも来てくれたのか?

 

「で、何の用?」

「………その、藤丸さんの提案で、序盤は戦力不足でかなり苦しんだそうで」

「ああ、うん」

 

 確かにな。結構大変だったし、最初は逃げてばかりだったからな。

 

「それで、これから次の任務に備えて召喚しに行くことになりました。藤丸さんとマスターの一回ずつです」

「…………で?」

「もしかしたら、ジャンヌさんが出るかもしれませんよ?」

 

 そう言われ、パァっと明るくなった。確かに、その可能性はある。微粒子レベルの可能性でもゼロではない。

 俺は沖田さんの肩に両手を置いた。

 

「急ぐぞ、沖田さん」

「は、はい……!」

 

 慌てて部屋を飛び出し、召喚しに行った。もちろん、ジャンヌ様は元のジャンヌ様ではない。それでも、ジャンヌ様だ。

 藤丸さん、マシュ、クー・フーリンさん、ロマンと合流するなり開口一番で言った。

 

「よっしゃ、お前ら‼︎召喚すんぞコラァッ‼︎」

「超元気になってる……」

「超単純ですねあの人」

「ま、まぁ、凹まれてるよりはマシだろ」

「じゃ、召喚しようか」

 

 四人揃って酷い言われようだが、俺は気にしなかった。

 早速、召喚を開始した。ジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来いジャンヌ様来い‼︎

 そう必死で祈っていると、光の中から英霊が姿を現した。

 

「サーヴァント、清姫。こう見えてバーサーカーですのよ?どうかよろしくお願いしますね、マスター様」

 

 まさか、一番来て欲しくない人が来るとは………。

 いや、まだ諦めるのは早い。藤丸さんの番がある。俺のサーヴァントでなくても、一緒にカルデアとしていられるならまだ良い!

 

「じ、じゃあ私も召喚するけど……そんなに睨まないでよ、田中さん」

「睨んでない」

「………うう、プレッシャーがすごい」

 

 そう言いながらも、藤丸さんも召喚した。

 再び、光の中から英霊が現れた。

 

「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。……どうしました、その顔は?さ、契約書です」

「……………」

 

 ジャンヌ様が出て来た。黒い方の。

 全員が同情するような目線を俺に向けた。俺はただ、その場で立ち尽くした。

 ………いや、待て落ち着け。見た目はあれだけど、何かの間違いでアレは俺の知ってるジャンヌ様である可能性はある。そうだ、そもそも黒ジャンヌ様だって元は一人のジャンヌ様だったんだし、あのジャンヌ様が聖人ジャンヌ様である可能性だってある。諦めるな、俺!

 俺はジャンヌ様の前で膝をついて手を差し出した。

 

「ジャンヌ様、私はあなたに仕えていた……」

「は?誰よあんた。ていうか、あんた見てるとすごい殴りたくなるんだけど」

 

 俺は涙を流して部屋に閉じこもった。

 

 ×××

 

「………ご、ごめんね。田中さん」

 

 布団の中で包まってる俺に、藤丸さんが割と本気で反省してるように声をかけて来た。

 

「少しでも希望を持たせるつもりだったんだけど、死体蹴りするような結果になってしまって」

「…………いや、いいよ。別に藤丸さんの所為じゃないし、そもそもジャンヌ様を手に入れたところで、あのジャンヌ様じゃないんだから」

「………あの、藤丸さん。ますたぁには何があったのですか?」

 

 清姫に聞かれて、藤丸さんは説明した。

 

「……だから、今はそっとしておいてあげ」

「つまり、今ますたぁを支えてあげれば、ますたぁはわたくしの物になるという事ですね⁉︎」

 

 こいつはいきなり何を言い出すんだ。

 

「ちょっ、清姫ぇ⁉︎」

「さぁ、ますたぁ!わたくしの胸に飛びついて来て下さいませ!わたくしは、それを全て受け止めさせていただきますわ!」

「藤丸さん、そいつどっか邪魔にならないところに捨てて来て」

 

 まぁ、さっきも清姫なんか一目惚れしたとか抜かしてたからな。今の俺にはそんな言葉は届かないが。

 すると、同じ部屋にいる沖田さんが俺に声をかけて来た。

 

「マスター、しっかりして下さい」

「………沖田さん」

「確かに、相思相愛であった女性と永遠に会えなくなるのは辛いかもしれません。けど、マスターに凹まれると明日からの任務に影響が出ます」

「……………」

 

 そんな風に言われてもな………。

 すると、沖田さんはため息をついて俺を包んでる布団を剥いで俺の手を引いた。

 

「………来て下さい」

「へっ?」

「早く」

 

 沖田さんは強引に俺を連行した。

 無理矢理、引き摺って俺を連れて来た場所は和室だった。沖田さんの部屋の和室。なんでこんな場所あんの?

 そんな事思ってると、和室を通り過ぎで道場みたいな場所に到着した。

 

「………え、何ここ?」

「マスター。あくまで私の推察ですが、マスターには戦闘のセンスは十二分にあります」

「いきなり何?」

「私と宮本武蔵の斬り合いの剣速を目で追えるのは相当な動体視力です」

「え?そ、そう?」

「ですので、これからマスターには剣術をしっかりと覚えていただきます」

「待て。なんでそーなるの」

「とにかく、私と打ち合いましょう!大丈夫、竹刀はあります!」

「待って待って、なんでそうなるんだよだから⁉︎」

「行きますよー!」

「ちょっ、待っ………‼︎」

 

 一方的にボコられること数分後、俺は道場に倒れていた。

 なんで任務が終わって疲れて帰って来てんのにこんな事しなきゃなんねーんだよ………‼︎

 

「………よし、今日はここまでです」

「………テメェ、俺に……ぇほっえほっ……恨みでもあんのか……」

 

 文句を言うと、思いのほか沖田さんはショックを受けたのか、沖田さんは俯いて呟いた。

 

「………すみません。沖田さんなら、落ち込んだ時は剣を振れば少しは気が晴れるので………」

「…………」

 

 ………お前がそうでも他の人ならそうかは分からんだろ、と思ったが、俺を元気付けようとしてくれたのは素直に嬉しかった。

 

「………サンキュ」

 

 なんか照れ臭くて、頬をポリポリと掻きながらお礼を言うと、沖田さんもなんか照れ臭かったらしく、小声で「はい……」と呟いて俯いた。

 

 



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第二特異点永続狂気帝国セプテム
喧嘩両成敗。


 翌日、目を覚ますと俺の布団の中がヤケにもっこりしていた。いや勃ってるとかじゃなくて。

 布団の中を見ると、清姫が俺の腹にしがみついて寝ていた。

 

「って、何やってんだよお前は⁉︎」

「んっ……?おはようございます、ますたぁ」

「いやおはようじゃねぇよ!何してんだお前⁉︎」

「………いえ、なにやら昨日からますたぁがご傷心と聞いたので、わたくしがその傷を癒して差し上げようかと」

「いらんわ!ていうか一緒に寝て何が癒されるってんだよ⁉︎」

「………ますたぁの童貞心ですか?」

「ど、どどど童貞ちゃうわ!バッキバキのヤリチンだわ!」

「………どなたがますたぁの童貞を奪ったのですか?」

「何で逆レイプされた前提⁉︎てか知ってどうする気だよ!」

「それはもう……」

「ごめんなさい見栄を張りました!バッキバキの童貞だから指をコキコキ鳴らすな怖いわ‼︎」

 

 な、何なんだよこいつ……!ていうか、なんで俺にそんな懐いてるんだよ………?

 清姫のストーカーっぷりにドン引きしてると、コンコンとノックの音がした。

 

「マスター?朝ですよ?」

 

 げっ、沖田さん……!よりによって最悪の相手が来やがった……‼︎

 

「あら?沖田さんですね」

「おい、バカやめろ!お前は布団の中に引っ込んでろ‼︎」

「ああん!顔を蹴るなんて、鬼畜の諸行……!でも、ますたぁにやられてると思うと、何だか悪い気分ではないのは何故でしょう⁉︎」

「知らねーよど変態が‼︎」

 

 め、面倒臭ぇええええ‼︎

 俺は無理矢理、清姫を布団の中に捩じ込むと、沖田さんに声をかけた。

 

「あ、後から行くから!ちょっと待ってて!」

「………怒鳴り声が聞こえましたけど、何かあったんですか?」

「無い無い!何もないから!」

「………怪しい」

 

 チィッ!面倒な奴に捕まった……‼︎どうする?やはり清姫を置いて先に部屋を出るのが先決か。

 

「………目の前にますたぁの童貞が」

「は?」

 

 下から変な声と言葉が聞こえた。

 

「って、おおい!パンツに手をかけるな!」

「ますたぁの!ますたぁの童貞を!」

「やめろ変態!お前マジブッ殺すぞ‼︎」

「ふふふ、わたくしはいつでも準備OKですので!」

「沖田さん!沖田さん助けてぇ!こいつダメだ!誰か殺してくれ‼︎」

 

 結局、沖田さんに助けてもらい、俺は変態の称号を手入れた。

 

 ×××

 

 最悪の目覚めだったが、まぁ仕方ないだろう。というか、何で清姫は俺にゾッコンなの?別人だよね、オルレアンの清姫と。

 で、今は朝飯。食堂で清姫と沖田さんとクー・フーリンさんと飯を食べてると、藤丸さんとマシュとジャンヌ・ダルク・オルタ(そういう名前らしい)と食べてるのが見えた。

 

「……………」

「ますたぁ?どうかなさいました?」

「……えっ?あ、いや」

 

 ………なんか、別にジャンヌ様の事をずっと気にしてるわけではないが、ジャンヌオルタがどうにも気になる。

 何となくボンヤリ見てると、急にこっちを見て来たため慌てて顔を背けた。

 

「………マスター?どうかしたのか?」

「いや……なんでもないよ」

「いや、そうじゃなくて。なんか青タン多くね?」

「ああ、これは昨日、沖田さんにボコられた傷。いやー痛かったわー」

「おいおい、また喧嘩したのか?」

「喧嘩じゃないです!マスターを慰めるために稽古つけてあげてたんですよ!マスターだってサンキューとか言ってたじゃないですか!」

「あらあら、ますたぁったら可哀想に……。あとで、わたくしが手当てして差し上げますね」

「いや、いい。やっぱ全然痛くない」

「おい、沖田。喧嘩するのも良いが、少しは手加減してやれよ」

「ですから、喧嘩じゃないんですってば!」

 

 ………俺のパーティは騒がしいぜ。藤丸さんのパーティが羨ましいわ。

 そんな事を思ってると、隣から「ちょっと」と声が聞こえた。いつの間にかジャンヌオルタが隣で立って俺を見下ろしていた。

 

「………ねぇ、あんた」

「な、何?」

「何?昨日から人のことジロジロ見て来て」

「…………」

 

 言えねー。あなたの半身のおっぱいを揉んで辱めた挙句、あなたを戦術でフルボッコにして、あなたの半身と恋に落ちてキスまでしましたとは言えねー。

 

「………悪い、何でもない」

「あのね、あなたの事を見てると何故か不愉快になるのよ。だから今度から私の視界に入らないでくれる?」

「…………」

 

 そこまで言うことなくね?ジャンヌ様の半身にそう言われなと思うとなんかキツイな………。地味にショックを受けてると、隣の清姫が怒りのオーラを隠す事なく立ち上がった。

 

「あら、ジャンヌオルタさん、でしたか?わたくしのますたぁにあまり失礼な暴言を投げ掛けるのはやめて下さいます?」

「何?あんたに話しかけてなんかないんだけど?それに、文句ならあんたの覗き見マスターに言いなさいよ」

「覗き見マスターとは誰の事でしょうか?………返答によっては、その首落ちても知りませんよ?」

「上等じゃない、返り討ちにしてやるわ」

「………あの、どうでも良いけど俺を挟んで喧嘩するのやめてくれない?」

 

 どちらかの首より先に俺の首が落ちるわ。すると、ジャンヌオルタの後ろからゴヌッとチョップが繰り出された。

 

「はいストップ」

「いったいわね⁉︎何するのよ!」

「ジャンヌオルタ、田中さんに酷いこと言うのはダメって約束したよね」

 

 藤丸さんに怒られ、ジャンヌオルタはうぐっとバツの悪そうな顔をした。何を言われたのか知らないが、ちゃんと向こうはマスターとサーヴァントの関係になっているようだ。

 しかし、今のやり取りでよく分かった。目の前の奴は少なくともこの前のジャンヌ様ではない。

 俺は両手で目と口を広げて舌を出した。

 

「バーカバーカ!やーい、怒られてやんのー!」

「っ!わ、悪くも言うでしょう⁉︎こんなバカ!あんた燃やすわよ⁉︎」

「おいおい、マスターに今怒られたばかりですぐ暴言か?学習能力皆無かよバ」

「マスターも止しなさい」

「カヒュッ⁉︎」

 

 横から沖田さんにチョップされて止められた。こっちはマスターとサーヴァントの関係になれていないようだ。

 

「ごめんね、田中さん。お食事の邪魔しちゃって」

「いや、いいよ。ジャンヌダルクが裸踊りすれば許す」

「は、はぁ⁉︎誰がそんな真似するのよ‼︎」

「マスター、子供じゃないんですしいい加減にしてください」

 

 怒られたので黙った。藤丸一家は飯を終えたようで、食器を片付けて何処かへ行ってしまった。

 

「………さて、そろそろ俺らも行くか」

「そうですね」

 

 今日も任務だ。ブリーフィングの時間だ。

 ………その前にトイレ行こう。

 

「ごめん、トイレ行ってくる。あー清姫、付いて来たら契約切るから」

「ぎくっ」

 

 ぎくって声に出す人初めて見た。とりあえず、沖田さんに

 

 ×××

 

 用を済ませてトイレから出ると、ジャンヌオルタが待っていた。え、何?出待ち?暗殺?

 少し身構えると、ジャンヌオルタはため息をつきながら髪をかきあげた。

 

「………別に何もしないわよ」

「………本当に?」

「聞いてたけど、本当にチキンなのね」

「…………うるせぇバーカ」

「………誰がバカよ」

「お前だよ」

「…………」

「…………」

 

 お互いに指をコキコキと鳴らしながら近付いた時だ。何故かジャンヌオルタの顔色が悪くなった。何か気配を感じ取ったのだろうか、辺りを見回すと、藤丸さんとマシュがすごい睨んでいた。

 

「い、良いわ。今は見逃してあげる」

 

 はっ、あの二人には逆らえないようだな。これは俺の反撃タイムなのでは?

 

「はぁ?見逃してあげるぅ?人間相手にビビってタイマンも張れないサーヴァントが何を抜かしてるのかイマイチ理解出来ませんがそんな奴がこれから俺達『世界を救い隊』メンバーとしてやっていけるんですかねぇ?」

「べ、別にビビってないわよ‼︎ただ、あんたなんかに構うのは時間の無駄だって言ってんの‼︎」

「はい、いただきました『時間の無駄』ね。それは喧嘩を避ける雑魚の予定調和に等しい言い訳なんですよねぇ。それを無意識に出しちゃった時点であなたの雑魚度がよく分かると言うものですよ、ええ?」

「うぐっ………!」

 

 悔しそうに奥歯を噛むジャンヌオルタ。ふははは!あの二人がいる限り、俺の完全勝利だなこれは!ふははははは!

 心の中で高笑いしながら藤丸さんとマシュを見ると、なんかカンペを掲げていた。

 

『やっぱやっちゃって良いよ』

 

 えっ………。直後、目の前から轟ッと魔力の放出を感じた。それも笑えない量の魔力。四つ葉の魔道書確定レベルなまである。

 

「…………き、今日はこのくらいで許してやろう」

 

 そう言って帰ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。ミシミシッと肩から悲鳴が上がる。

 ギギギッと後ろを見ると、悪魔の笑顔を浮かべて俺を見下ろしていた。あ、これはヤバイ。

 

「許可が出たんで喧嘩してあげるわ。まさか、人を散々煽っておいて喧嘩になったら逃げるなんて言わな」

「俺が悪かったです!すみませんでしたあああああああ‼︎」

「えええええええ⁉︎」

 

 土下座すると、なんか悲鳴を上げられた。

 

「あ、あんたプライド無いにも程があるでしょ⁉︎」

「調子に乗ってましたああああああ‼︎」

「………なんかもう、殴るのもバカバカしくなって来たわね……。もう良いわよ。話だけさっさと済ませるから」

「はっ、寛大な処置にわたくし反吐が出ます」

「あんた殴られたいの?」

 

 うるせぇ。

 

「で、何の用?」

「………いや、その……」

 

 言いにくいことなのか、顔を赤らめてそっぽを向くジャンヌオルタ。もじもじしながら、ボソッと呟いた。

 

「………食堂では、悪かったわよ」

「は?」

「………そ、それだけよ!立花……マスターに怒られたの!謝らないとベッドで寝かさないとか言われたから仕方なくよ!言っとくけど全然反省なんかしてないんだから‼︎じゃあね‼︎」

 

 ………ツンケンしながら罵倒する勢いで謝ってくるジャンヌオルタ。ていうか、後半マジで罵倒だし。まぁ、その台詞も照れ隠しだと思えば可愛く見えてくる。

 

「ジャンヌオルタってさ、」

「何よ」

「可愛いな」

「は、はぁ⁉︎いきなり何を……!」

「反抗期の妹みたいで」

「………我慢しなさい、私。どんなに殴りたくても」

「じゃ、そろそろブリーフィングだ。行こうぜ」

「私に指図しないで」

 

 ブリーフィングに向かった。

 会議室みたいな場所に到着すると、既に俺とジャンヌオルタ以外揃っていた。

 

「お待たせ」

「遅いですよ、田中先輩」

「ごめん、う○こがデカくて」

「………下品なこと言わないでください、マスター」

 

 沖田さんに怒られながら席に着いた。ジャンヌオルタも藤丸さんの隣に座り、話し合い開始だ。

 

「さて、今回、レイシフトする先は1世紀ヨーロッパだ。より具体的に言うと古代ローマ。イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国だ」

 

 へぇ、ローマか。よく分からないけど。世界史とか詳しくないし。

 

「存在するはずの聖杯の正確な所在は不明、歴史に対してどういった変化が起こったかもだ。どちらも判明していない。済まないね」

「いや、それは俺達が探すから良いよ」

「うん、ありがとう」

 

 まぁ、向こうにいりゃ分かることだしな。

 

「作戦の要旨は前回と同じ、特異点の調査及び修正。そして、聖杯の調査、並びにその入手、破壊だ。人類史の双肩は君達に掛かってる、今回も成功させてくれ」

 

 その台詞に、全員が頷いた。

 

「で、今回もリーダーだけど……田中くん、またやってもらえるね?」

「⁉︎ ま、待ちなさい!」

 

 突然、黙っていたジャンヌオルタが立ち上がった。

 

「そこのがリーダー⁉︎冗談でしょ⁉︎」

「ジャンヌダルク、指を差さない」

 

 藤丸さんに怒られ、渋々指を引っ込めるジャンヌを見ながら、俺は思わずため息をついた。

 

「何でどいつもこいつも反対して来るのかな………」

「マスターの普段の行いの所為です」

「いや、普段も何もあいつは知り合ったの昨日だろ」

「その短い間でそれだけ奇行を行って来たということです」

「おい、テメェブッ殺すぞオイ」

「上等です。稽古の続きと行きましょうか?」

「ほら!あんな簡単に挑発に乗るようなバカをリーダーにして良いわけ⁉︎」

 

 そう喚くジャンヌオルタに、藤丸さんが冷静に顎に手を当てて聞いた。

 

「………じゃあ、誰が適任なの?」

 

 自分の胸を叩いて、立派な胸を更に張ってジャンヌオルタは答えた。

 

「もちろん、私よ!あんなのに任せておけないわ!」

 

 何それ、少しイラっとしたぞ。俺はそのジャンヌオルタに声を掛けた。

 

「じゃあ、ジャンヌオルタ。俺と将棋をしよう」

「?なにそれ」

「チェスでも良いよ」

「良いわよ、勝った方がリーダーね?」

 

 二人でチェスボードを取りに行こうとすると、後ろでマシュがガタッと椅子を鳴らして言った。

 

「ち、ちょっと!そんな時間ないですよ!」

「良いよ、マシュ。やらせた方が早い」

 

 ロマンに止められ、チェス大会開催した。

 

 〜5分後〜

 

「チェックメイト」

「……………」

 

 勝った。正座したまま動かないジャンヌオルタを無視して立ち上がり、とりあえず宣言しておいた。

 

「と、いうわけで、我輩が大統領に決まりました」

「………おかしい、おかしいわ……。私が先手だったのに……」

 

 たかだかチェスで泣くなよ………。

 そのジャンヌオルタを無視して、ロマンは言った。

 

「よし、じゃあ早速行こうか」

「あータンマタンマ!ちょっと待った!」

「何?」

「行くならさ、俺準備とかしたいから。5分待ってくれない?」

「あ、ああ。まぁ良いけど」

 

 との事で、5分後にレイシフトした。

 

 



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誰も見ていなければ何処でも更衣室。

 レイシフトされた。周りは一面平原、流石一世紀の世界、自然も空気も最高だ。現代日本の東京ではあり得ない話だが、その分この世界には冷房も暖房もゲームも無いので普通に御免だわ。

 

「いやー、空気が綺麗ですねー」

 

 沖田さんが心地良さそうに伸びをした。

 

「本当ですね。なんというか、圧倒されますね……」

「はい。心地良いばかりですね」

 

 マシュ、清姫も頷いた。

 ふと上を見ると、やはり光の輪があった。フランスの時と同じだ。まぁ、あまり関係ないみたいだしどうでも良い。

 さて、これからどうするか。まぁ、現地の人間と接触するべきか、或いは霊脈を探るか………。考えてると、ジャンヌオルタが好戦的に聞いて来た。

 

「これからどうするんですか?リーダーさん」

 

 まだ根に持ってんのかよ………。まぁ、安心しな。考えはある。

 

「とりあえず、お前ら全員着替えろ」

『………はっ?』

 

 全員から間抜けな声が漏れた。清姫を除く女性陣からはゴミを見る目を向けられているが、下心は全くないので平然と返した。

 

「いやいや、違くて。別に野外プレイとかじゃないから。ただ、お前ら今の服装を自覚しろ」

 

 沖田さん←着物

 クー・フーリンさん←上半身裸

 清姫←着物

 藤丸さん←まとも

 マシュ←ヘソ出しタイツ

 ジャンヌオルタ←なんかよう分からん服

 

「どう見てもサーカス団かって感じするんだよ。つまり、目立ち過ぎる。だから、俺がそれぞれ服を揃えた。サイズはとりあえずテキトーに揃えたから、それぞれ合う奴を着るように」

 

 実際、あまり表にサーヴァント感は出さない方が良いだろう。サーヴァントじゃない兵士に警戒されてもアレだし。

 と、思ったのだが、

 

「まっ、待ってください!」

 

 こういう時、文句を言うのは大抵沖田さんの役目だ。

 

「ここで着替えるのですか⁉︎」

 

 ああ、やっぱそこか。

 

「誰も見ないから。俺しか」

「それが一番問題なんです‼︎」

「冗談だよ。いや本当に。刀構えないで。着替え終わったら声かけるように」

 

 そう言うと、俺のボストンバッグの中の服をそれぞれに渡し、俺とクー・フーリンさんと清姫、沖田さんと藤丸さんとマシュとジャンヌオルタに別れて着替え始めた。

 

「って、何でお前もこっち来てんだよ!藤丸さん!藤丸さんは着替える必要ないから清姫を締め上げて縛り上げておいてください」

「ほら、清姫おいで」

「ああ!マスターとの仲を裂く不埒者……!」

「カルデア戻ったら田中さんのパンツあげるから」

「分かりましたわ」

 

 うん、もうそれで良いや。で、着替え終わった。クー・フーリンさんの服装は下半身は同じで、上はTシャツにパーカーと簡単な格好だ。

 

「……なんか動きづらくねぇか?」

「戦闘になったら上着くらい脱いでも良いから。とりあえず、街の中を歩く時だけでも良いから着てて」

「まぁ、構わんが」

 

 すると、藤丸さんから「着替え終わったよ」と声が聞こえたので振り返った。藤丸さんと清姫以外の全員が顔を赤くして俺を睨んでいた。

 やがて、沖田さんが代表するように呟いた。

 

「………マスター、何ですかこの服は」

「何ですかって……服は服だろ」

「このふざけた服はなんだと聞いているんです‼︎」

 

 沖田さん→メイド服

 清姫→チャイナドレス

 マシュ→巫女服

 ジャンヌオルタ→ビキニアーマー

 

「…………?」

「何キョトンとしてるんですか⁉︎惚けるのも大概にして下さい!」

「良いじゃん、似合ってるよ」

「っ……!う、嬉しくないんですからね⁉︎」

「ほら、メイドなんだから俺に紅茶でも淹れなさいよ」

「いや淹れません!百歩譲ってメイドだとしてもご主人様は絶対にマスターではありません‼︎」

「マスターなのに?」

「っ……!あ、ああ言えばこう言う………!」

「沖田なんてまだマシじゃない!」

 

 次にキレたのはジャンヌオルタだ。

 

「何よこのふざけた格好は⁉︎なんでこんな布が少ないのよ⁉︎」

「やはり、ジャンヌ様の体なだけあって巨乳だな……」

「ストレートに何を言ってるのよ!あんたホントはっ倒すわよ⁉︎」

「というか、正直それは冗談のつもりで渡したんだけど……。まさか着るまで文句が出ないと思わなかったわ」

「えっ」

「あ、それわたくしも思いました」

 

 チャイナ服の清姫が口を挟んだ。

 

「とりあえず着てみる辺りが可愛いよな」

「ええ。一人だけ下着を外す羽目になっていた事に気付かなかったのでしょうか?」

「………待てよ?て事は、ジャンヌオルタってまさか外で乳首と股間を晒したって事?」

「これではますたぁの事、変態とは呼べませんね」

 

 そう言ってる間に、カアッと顔を真っ赤にして小刻みに震えるジャンヌオルタ。やがて、俺に向かって手を突き出した。

 

「燃えろ!」

「うおっ⁉︎」

 

 間一髪躱せたが、俺の立っていた場所は一瞬で焼け野原になった。

 

「燃えろ!燃えろ!燃えろ!」

「うおおい待て待て!本当にまさか着るとは思ってなかったんだってば!」

「知らないわよ!燃えろおおおおおお‼︎」

「おい!藤丸さん、マシュ!こいつ止めろ!」

「………あの、マスター。どうでしょうか」

「わー、巫女服似合ってるよ」

「………ありがとうございます」

「イチャついてねーでこいつを止めろおおおおお‼︎」

「燃えろおおおおおおおおお‼︎」

 

 炎何とか躱し続けていると、何処かから騒がしい音が聞こえた。それに伴い、何とかジャンヌオルタの動きは止まった。

 

「! なんだ?」

「戦闘音、ですかね?」

 

 ふむ?この時代の人間と接触するチャンスだ。だけどみんな着替えを脱ぎ散らかしたままなんだよなぁ。

 

「藤丸さん、マシュとジャンヌオルタと沖田さん連れて介入、有利な方に味方して」

「分かりました!」

「俺もすぐ行くから」

 

 素直に返事をして、四人は走って行った。

 俺はクー・フーリンさんと清姫と一緒に脱ぎ散らかされた服を畳んでボストンバッグにしまうと、四人の後を追った。

 敵の戦力をうちの圧倒的なサーヴァント達がフルボッコにしている。こりゃ、俺が口を出すまでもなく終わりそうだ、そう思った時だ。おそらく味方側と思われる赤いドレスの女性が声を掛けた。

 

「剣を納めよ、勝負あった!」

 

 は?いきなり何抜かしたんだ?万全を期すためには殲滅するのは当然だろ?と、思ったが、俺はこの戦場に着いたばかりだし、戦況も何も知らないので黙っておくことにした。

 ボンヤリしてると、赤い服の人は俺に声をかけて来た。

 

「貴公達、もしや首都からの援軍か?」

「全然違うけど」

「では何者だ?」

「通りすがりの仮面ライダーだ」

「ふむ、そうか?いや、何者でも良い。評価するぞ。そして感謝する」

「ああ、感謝されてやる」

 

 ああ、せっかくこっちの肩を持ったんだ。恩をいくらでも買って、こいつの兵隊を丸々手に入れてやるさ。

 それに、この時代にこんな所で戦争があったという記録はない。明らかに聖杯による何らかの力が働いている。なら、敵の兵隊の力も見極めておきたい。

 

「しかし、変わった服装をしてるな、お主ら」

「そう?」

「ああ。何処から来たのだ?」

「まぁ、その辺の話は後でするよ」

 

 さりげなく、後があるように言ってみた。

 

「うむ、そうか?まぁ良い、たっぷりと報奨は与えよう。……あ、いやすまぬ。つい勢いで約束してしまった」

「だから、その辺は後で良いって。それより、敵の援軍が来る前に撤退しよう」

「そうだな。すべては首都ローマへ戻ってからのこと。では、遠慮なく付いてくるが良い!」

 

 ふむ、助かるわ。とりあえず、決まった事を話すために藤丸さんに声を掛けた。

 

「藤丸さん、ローマに案内してくれるって」

「本当?やったね!」

「ああ。みんな連れて来て」

「分かった」

 

 全員を連れて、女の人と歩き始めた。とりあえず、何者か知らないが下手に出て持ち上げつつ話すか。

 

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は田中正臣。後ろの連中は前から清姫、沖田総司、藤丸立花、マシュ・キリエライト、クー・フーリン、ジャンヌ・ダルク・オルタだ」

「うむ、余はネロ・クラウディウス。ローマ帝国皇帝である」

 

 えっ……これがネロ?あ、ヤバイ………。

 

「しかし、余に対してそのようなフランクな口調で声を掛けて来たのは貴様が初めてだぞ」

「申し訳ありません、皇帝陛下。土下座するので殺さないで下さい」

「突然⁉︎」

 

 速攻で土下座した。

 

「い、いや良い。余としてもあの様な口調も悪くないと思っていた所だ」

「………良いんですか?」

「うむ。先程の口調に戻せ」

「いやー助かるよ。正直、敬語って苦手なんだよねー。ていうか、皇帝陛下って女の子だったんだな。うちの奇人変人の集まる女の子と違ってまともそうだから嬉しいわー」

「う、うむ。少しは分を弁えてくれると良いのだが………」

 

 すると、空から声が聞こえて来た。

 

『田中くん!サーヴァントの反応がある!』

「? ど、何処から声が?」

「ああ、気にしないでくれ。ロマン、何処から?」

『後方だ』

「了解。………えっとネロ、で良いのかな?」

「うむ、構わんぞ」

「兵を下がらせてくれ。ここは俺達がやる」

「いや、そうはいかん。助けられてばかりでは………」

「良いから下がっててくれよ。………これから来る敵は、少し普通じゃないぞ」

 

 言うと、サーヴァントの方向を見た。兵隊を数人連れてこっちに向かって来ている。そのサーヴァントの方に歩きながら、全員に声をかけた。

 

「藤丸さん、マシュとジャンヌオルタを連れて戦闘準備、二人への指示は任せるからサーヴァントの周りの取り巻きを始末させて。沖田さん、クー・フーリンさん、清姫。一斉にサーヴァントを叩く。………根こそぎ叩き潰せ」

『了解』

 

 俺の指示に全員が従い、行動に移した。ああああ!今のフレーズ超カッケエエエエエエ‼︎さて、ボッコボコにしてやるぜ。……その前に。

 

「みんな、今のフレーズもっかいやりたいんだけど良いかな?」

「敵が来ました!」

 

 無視ですか、沖田さん。まぁ良いですよーだ。

 敵がようやくこちらの間合いに入って来た。………なんか目が黒いけど。何アレ、穢土転生?

 

「我が……愛しき、妹の……子よ……!」

 

 うわ、バーサーカーだなアレ……。何言ってるか分からんし、さっさと消すか。そう思った直後、後ろからネロが俺の横に走って来た。

 

「!伯父上……!」

「は?伯父?」

 

 ていうか、今更だけどこのネロってサーヴァントなのかな?時代的には人間の可能性もあるんだけど………。ていうか人間だとは思うけど………。

 いや、今は良いか。さっさとあの伯父とやらをブッ殺すか。

 

「ネロ、下がって」

「いや、奴は余の伯父上なのだ」

「だからこそだろ。血縁関係の敵に動揺しない奴なんていねぇよ」

「ッ………!」

 

 奥歯を噛んで悔しそうに俯くネロを無視して、指令を出した。

 

「正面は清姫が引き受けろ。クー・フーリンさんと沖田さんは左右に展開し、隙が出来次第で確実に首を獲りに行け」

 

 その命令通りに三人は襲い掛かった。まぁ、3対1だ。奴がうちのサーヴァントに勝てるはずもない。

 案の定、フルボッコした。ズタボロになったバーサーカーは、それでもネロを見ていた。

 

「あ、あ……。我が愛しき……妹の子………」

 

 直後、バーサーカーは消えた。死んだという意味ではない、本当にその場から消えた。

 すると、他の軍も撤退して行く。今のが隊長だったって事か?

 

「てか、ロマン、なんで消えたの?透過とかされてたらヤバイんだけど」

『いや、霊体化したようだ』

 

 マジか、そんな事もできんのか。知らなかった。

 しかし、バーサーカーが退散なんて頭を持ってるとは思えない、清姫みたいなタイプは別だけど。と、なると、マスターがいるということか?何にしても、バーサーカーに指揮を執らせるのは無能の一言に尽きる。今回も割と楽勝かもな。

 ふとネロを見ると、少し辛そうな顔をしていた。伯父を目の前でボコボコにされたんだから、仕方ないと言えば仕方ないのか……。

 

「あー、ネロ。大丈夫か?」

「っ、な、何がだ?」

「いや、その……なんだ?伯父だったっけ?ボコボコししちゃったから」

「う、うむ。問題ない。さぁ、それより今度こそローマへ戻るとしよう」

 

 との事で、ネロに連れられて首都に向かった。

 

 



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お酒は二十歳になってから。

 ローマに到着した。何というか、RPGに出て来そうな街が並んでいた。

 そんな街を指して、ネロは盛大に語った。

 

「見るが良い、しかして感動に打ち震えるのだっ!これが余の都、童女でさえ讃える華の帝政である!」

「確かに凄い活気だねー」

 

 藤丸さんが感心したように言うと、さらに満足げに頷いた。

 

「そうであろう、そうであろう?何しろ、世界最高の都市だからな!はじめに七つの丘がありし……そういう言葉があってな。そこから全て始まったのだ」

「ま、江戸の方がすごいですけどね」

 

 シレッと口を挟んだ沖田さんに、ネロはギラッと目を光らせた。

 

「何をう⁉︎ローマの方が上に決まっておろう!」

「これくらいの活気でしたら、江戸にもありました。土方さん達に連れていってもらった吉原なんて、何の街だか分からないし私は店の前で待っていただけでしたが、それはもう活気が」

「おいやめろ。それは別の活気だ」

 

 なんで吉原を抜粋したんだよ。一番ダメだろ。

 

「そこまで言うのなら……そうじゃな。店主、これを一ついただくぞ」

「へいらっしゃ……ああっ!皇帝陛下!どうぞお持ち下さい!陛下とローマに栄光あれ!」

 

 おお、すごいな。ネロ人気じゃん。町民にも好かれてるなんてな。

 

「そうかしこまらずとも良いぞ。沖田、だったか?これを食べてみよ」

「ふんっ、林檎くらい江戸にだって……」

 

 ぶつくさ言いながら林檎を齧る沖田さん。直後、予想以上に美味かったのか、目を見開いて頬を若干、赤く染めた。

 

「どうだ!美味いだろう!」

「しゃくしゃくしゃくっ!……ふぅ、まぁまぁですね」

「ほほう?その割には完食しておるではないか?」

「え、江戸にだって美味しいものはありました!全然負けていません!」

「いや卵とか小豆とか生姜が高級食材とされてた江戸より、その辺の店で林檎が食えるローマの方が確実に上だと思うけど」

「ま、マスターは黙ってて下さい!」

「そもそもだな、俺から言えばどちらも大差ない。俺のいた街の方が食べ物は美味かったな」

「な、なんだと⁉︎」

「………マスター、それは大人げないのでは」

「そこまで言うからには何か見せてみろ!食べ物の一つくらい持ってきているのだろうな⁉︎」

「あーいいぜ。少し待ってろ」

 

 言うと、その辺から薪を拾ってジャンヌオルタに声を掛けた。

 

「おーい、ジャンヌオルタ。ちょっと火をくれない?」

「何?燃やせば良いの?あなたを?」

「いや俺じゃなくて。これ、薪」

 

 燃やしてもらい、それを地面に置くと飯盒炊飯セットを用意した。米を入れる容器の中に水を注いで火にかけた。

 

「………なんでそんなもの持って来てるんですか?」

「いや、野宿を覚悟してたから」

 

 マシュに質問され、しれっと答えた。もちろん、ボストンバッグ以外にもリュックとか背負っている。

 

「ていうか、人の能力をお湯沸かすのに使わないでくれる?」

「というか、ジャンヌ・ダルク・オルタだったか?貴様は何故、そんな剥き出しな格好をしている?」

 

 ネロがジャンヌオルタを見て呟き、俺も続いた。

 

「あ、そういやそうだったな。お前着替えなくて良いの?」

「ひ、人前で着替えられるわけないでしょ⁉︎」

「いや、ビキニアーマーなんだし上から着れば良くね?」

「…………燃やす!」

 

 俺に向かって手を伸ばしたが、その手をクー・フーリンさんが掴んだ。

 

「いや、流石に今回はお前の頭が悪いだけだろ」

「そうですね、普通は気付きますものね。もしかして、割とびきにあぁまぁというものを気に入ったのではありませんか?」

「そんなわけないでしょ⁉︎」

 

 清姫にも言われ、顔を赤くしてツッコむジャンヌオルタマジで可愛いな。いじり甲斐がある。

 

「それよりも田中正臣よ」

「正臣で良いよ」

「そうか?なら、正臣よ。何をしているのだ?」

「んー、もう少し待ってて」

 

 頃合いかな?と思ったので、鞄からカップ麺を取り出した。蓋を開け、その中にお湯を注ぎ、3分間待機。

 完成したのでフォークとカップ麺をネロに手渡した。

 

「おら!食ってみろ!これが俺の世界の食べ物だ!」

「ふっ、笑わせてくれよう!お湯を入れただけではないか!そんなものが美味いわけが……!」

 

 言いながらフォークを鷲掴みして麺を啜った。直後、ネロの目が見開かれる。

 そのまま無我夢中で麺を啜るネロ、どうやら相当気に入ったようだ。可愛い。その姿にほっこりしてるとジャンヌオルタが俺の肩を突いた。振り返ると、目の前まですごい形相の顔を近付けて俺を睨んでいた。

 

「待ちなさい、まさかアレをやるために私に炎を出させたの?」

「え?そうだけど?」

「カップ麺のために人に炎出させるとかあり得ないんだけど⁉︎私を誰だと思ってるの⁉︎ジャンヌ・ダルクよ⁉︎」

「良いだろ、減るもんじゃないんだし」

「良くないわよ‼︎」

「おい、肩を振るな」

 

 揺っさ揺っさと揺さぶられてると「ぷはぁっ」と息を吐く音が聞こえた。ネロがスープまで全部飲み干していた。

 

「……ま、まぁまぁじゃな」

「全部飲み干しておいてよく言うわ」

 

 うぐっ、と奥歯を噛むと悔しげに呟き、俺に聞いた。

 

「……ま、正臣よ。これを何処で手に入れた?お主はどこの出身だ?」

「未来だ!」

「………何を言っている?と罵る所だが、この様子を見ると本当のようだな……!」

 

 あ、信じちゃうんだ。まぁ、ほんとなんだが。しかしこの子、アホなのかな。可愛い。

 

「まぁ、俺達がここにいる間はカップ麺たくさんあるから」

「本当か⁉︎」

「ただし、二つ条件がある」

「良いだろう!なんでも聞くぞ!」

「まず一つ、俺達もネロに協力してやる、だからネロも俺に協力してくれ」

「うむ、それならこちらから願い出たいくらいだ」

 

 それに、後ろの沖田さんが「よしっ」と呟くのが聞こえた。うん、それは正直ついでだ。重要なのは二つ目な。

 

「二つ目、俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれ!」

 

 直後、後ろの沖田さんからパカンッと頭を殴られた。

 

「何すんだよ⁉︎」

「何いきなりバカな事を言い出してるんですか、この変態マスター!」

「うるせええええ‼︎お前に分かるか、妹が欲しいだけの人生だった俺の気持ちが分かるか⁉︎」

「分かるか‼︎」

「ネロはなぁ!それはもう可愛くて元気で純粋無垢で、俺の理想の妹なんだよ!」

「いやネロさんは妹ですら無いですからね⁉︎」

「ああ⁉︎テメェやんのかコラ!今日こそ泣かしてやんぞテメェ‼︎」

「上等ですよ!今日もボッコボコにしてやりますよ!」

 

 お互いに指をコキコキと鳴らしてると、ネロが俺の袖をクイクイッと引いた。

 

「? 何?」

「お兄ちゃん、それより早く我が城に行くぞ」

「ゴフッ」

「お兄ちゃん⁉︎」

 

 血を吐いて俺はその場に倒れた。可愛すぎんだろ……。

 

 ×××

 

 なんやかんやで協力関係を結べた。とりあえず、今は城の中でネロから話を聞いていた。

 敵の話とか、色々ととりあえず聞けたし、砦も手に入れたし、兵隊も手に入れたし、前のオルレアンでの苦労が嘘のようだ。色々な備えのために持って来たテントとかが早速お荷物になってしまったが、この際まぁ良いだろう。

 

「まぁ、現況は分かった。とりあえず、その地球連合軍をフルボッコにすりゃ良いんだな?」

「う、うむ?まぁ、そういうことだ」

「把握した」

 

 そこまで押されているわけでもないのか?サーヴァントを持つ相手によくやる。もしかしたら、こちら側にもサーヴァントがいるのかもしれないな。だとしたら助かるが……。

 いや、希望を持つのは危険だ。戦場にいるのなら、常に最悪の場合を想定しないといけない。

 

「………ま、今は寝るか。もう疲れた」

「なーにが疲れたですか。何もしてない癖に」

「黙れ、沖田さん」

 

 こいつはいつも一言多い。

 

「いや、そうだぞ。お兄ちゃん!」

「おうふ………」

「休む前に宴だ!」

「え、なんで?」

「何を言う!あらたな戦友を手に入れ歓迎も出来ぬような皇帝ではないわ!戦時故に普段通りとはいかぬが、贅を尽くした宴を供そうではないか!」

 

 そのテンションに、俺は困ったように沖田さんを見た。ウキウキしていた。クー・フーリンさんを見た。ウキウキしていた。清姫を見た。ウキウキしていた。お前らは猿か。

 

「お主ら、酒はいける口か?東方より取り寄せた、とっておきのものがあるぞ」

「マジで⁉︎飲む!」

 

 俺も猿の仲間入りをした。俄然テンション上がってきたああああ!ゴミを見る目になってる藤丸さん、マシュ、そして少し楽しみにしてるジャンヌオルタを無視して俺は鞄を漁った。

 

「いやー実は俺も酒持ってきてんだよ」

「ほう!未来の酒とは楽しみだ!」

「いやいや、そんな高いのは無いよ?コンビニでも売ってるようなやっすい奴。悪いな、人類が滅んでなきゃもっと高いのあったんだけどよー」

「構わん構わん!さぁ、宴の準備をしろ!」

 

 なんて二人で馬鹿騒ぎする俺とネロを見ながら、藤丸さんとマシュはコソコソと話し始めた。

 

「ねぇ、あの二人……」

「はい、よくわかりませんが気が合うみたいですね……」

「………私、なんとなく今回のオチが見えた気がする……」

「奇遇ですね、私もです……」

 

 だまらっしゃい。すると、俺とネロの間に沖田さん、クー・フーリンさん、清姫も入ってきた。

 

「沖田さんも!沖田さんも飲めますよ!」

「良いねぇ、俺も召喚されてからまだ一回も飲んでなくてよ」

「ますたぁを酔わせて既成事実を……うふふふふふふふ」

「だれかー。清姫だけトイレに流してきて」

 

 なんて盛り上がってきてる時だ。一人の兵士が入って来て、ネロに報告した。

 

「恐れながら皇帝陛下に申し上げます!首都外壁の東門前にて、連合の中規模部隊が襲来!」

 

 その報告を聞いて、ネロは不愉快そうに唇を尖らせた。

 

「むぅ……!稀に見る愉快な宴になりそうだったものを……!」

 

 仕方ない……とでも言わんばかりに立ち上がろうとしたネロの肩に、俺は手を置いた。

 

「問題ないよ、俺達が行く」

「………お兄ちゃん?」

「ああ、こういうのは兄ちゃんの役目だ。ネロは、藤丸さん達と一緒に先に宴の準備を進めていてくれるか?」

「し、しかし!お兄ちゃんを置いて宴を進めるなんて……!」

「安心しろ。すぐに終わらせるさ」

 

 そう言って頭を撫でてやると、俺のサーヴァント三人に言った。

 

「行くぞ、野郎共」

「「「「応ッ‼︎」」」」

 

 ん?なんか一人、声が多かったような……まぁ良いか。

 俺はサーヴァントを連れて東門前に向かった。さて、撤退しても容赦しない。ミドリムシ一匹残さず完膚無きまでに叩き潰してやるぜ。

 

 ×××

 

「………マシュ、あのひと達すごい頼りになるね」

「みんなお酒好きなんですね」

「ま、いいや。私達はいつの間にか押し付けられていた宴の支度でもしようか」

「そうですね。準備するの忘れてました、なんて言ったら私達が殺されかねませんし」

「ジャンヌオルタ。君も一緒に………あれ?」

「ジャンヌオルタさんなら一緒に出て行かれましたよ」

「……………」

 

 ×××

 

 戻って来た(1時間で殲滅した)。宴が始まった。

 

「「あっはっはっはっはっ‼︎」」

 

 俺とネロは肩を組んで爆笑していた。

 

「正臣!いやお兄ちゃん!お主、中々愉快な奴だな!気に入ったぞ!」

「ネロこそ!なんでそんな酒弱いの?まだドルルルァ〜イ一本だよね?」

「何?余はまだ酔っておらぬ。それよりもお主、よく見れば男前ではないか?」

「俺?」

「うむ。実に余の好みじゃ!無闇なイケメンより中の上くらいのイケメンの方が好みなものでな!」

「褒められてんのか微妙だけど喜んどくわ。そんなこと言われたの初めてだし!みんな俺の顔見ると腹立つって言うんだよねー。まったく、酷い話だぜ」

「それは確かに酷いな。まぁ、安心せよ!余が好みならそれで良いではないか!」

「まぁな!こんな可愛い子に好みって言ってもらえてマジで嬉しいわ!」

「か、可愛い⁉︎余がか⁉︎」

「メチャクチャ可愛い!ジャンヌ様と同じくらい!」

「それが誰だか分からぬが褒め言葉として受け取るぞ!」

「俺は可愛い子には褒め言葉しか言わねーから!」

「人を乗せるのが上手い奴め!ほれ、もう一口!」

「おk!」

 

 なんて、まぁやりたい放題である。

 そんな俺とネロのやりとりを見ながら、沖田さんとクー・フーリンさんが何か話しているのが見えた。

 

「………超仲良いですねあの人達」

「そうだな。明日もあるんだし、あんま飲み過ぎなきゃ良いんだが……」

「大丈夫ですよ。ネロさんは酔っていますが、マスターはアレ全然酔ってませんから」

「え?分かんの?」

「新撰組でもよく飲んでましたから。酔ってるかどうかは一目瞭然です」

「え?じゃあうちのマスターは酔ってるフリして皇帝陛下の胸に顔埋めてるってこと?」

「は?」

 

 何を言ってるか知らんが、酒の席なら関係ねぇ!無礼講だ!

 

「うおおおお!ネロおおおおお!」

「きゃっ⁉︎し、仕方のない奴だな、お兄ちゃんは……!ほれ、ハグをしてやろう」

「うひょおおおおお!柔らけええええええ‼︎」

「ふふふ、甘えん坊な奴め」

 

 柔らかいいいいいい‼︎おっぱい最高だあああああ‼︎

 

「……やっぱり酔ってると思います」

「そう信じようか」

 

 ふぅ……そろそろやめておこう。殺されたくないし。

 そのまま、宴は夜中まで続いた。

 

 ×××

 

 夜中。俺の部屋は沖田さんと一緒。なんか酔っ払った沖田さんが俺の腰にまとわりついて来たので、仕方なく部屋に持って帰った。

 とりあえず、同じ部屋で寝るわけにもいかないし、沖田さんが寝たのを確認すると、俺は上着を羽織って双眼鏡とライトと拳銃とその他諸々を持って部屋を出た。

 ベランダみたいな所に出て、手摺に座って表をぼんやり監視した。いつ敵が攻めて来ても良いように。

 しかし、流石一世紀だ。夜は暗くて何も見えねえ。夜勤の門番が火を照らしてる所しか見えない。こりゃ、夜に攻めて来る敵はいなさそうだな。

 

「相変わらず、人の見えない所で働くのが好きですね、マスター」

「………あー」

 

 背後から沖田さんの声が聞こえた。バレたか………。

 

「なんでいんの?」

「頭痛で眠れなくて……」

「飲みすぎだろ」

「マスターには言われたくないです……。というか、あれだけ飲んで酔わないとかどんだけ強いんですか」

「いや、少し酔ってるよ」

「うー……とにかく、宴開いた責任とって下さい」

「いや、開いたのはネロだしお前もノリノリだったろうが」

「………いいから責任取ってください」

 

 言いながら沖田さんは俺の隣に腰を掛けた。

 

「いや、いても良いけど何も見えんよ?」

「本当ですねー。真っ暗で、これはこれで神秘的な感じしますね」

「いや、ブラックホールにしか見えねーんだけど」

「もう、すぐそういうこと言う………」

 

 不満そうに唇を尖らせる沖田さん。ホント、この人仕草や顔だけは可愛いな。

 

「双眼鏡も一応持ってきたんだけどな。どんなに遠くが見えても意味ねーんだよ」

「双眼鏡も持って来たんですか?」

「あーまぁな。一応、必要そうなものは全部持って来たんだよ」

「他には?」

「今あるのはこれと……あと懐中電灯と拳銃だけ」

「け、拳銃………?」

「ああ。護身用に」

「………せっかく沖田さんが剣を教えてあげるって言ったのに」

「まだモノになってねぇんだから仕方ないだろ」

「それは、そうですけど………」

 

 どんだけ俺を侍にしたいんだよ……。てか、そんなにショボくれなくても良いだろ。

 

「………まぁ、その、なんだ。帰ったら、またよろしく頼むよ」

「! は、はいっ!」

「っ………」

 

 あ、ヤバイ。一瞬、トキめく所だった……。沖田さんにトキめいたのが沖田さんにバレたら超いじられるのは目に見えている。

 

「わぁ………」

 

 隣の沖田さんから声が上がった。空を見上げていて、釣られて俺も上を見ると、星が綺麗だった。

 

「綺麗、ですね………」

「………………」

 

 綺麗だ、確かに。昔の人達はこんな空を見ることが出来たのか。いや、むしろそれが当たり前なんだ。だが、俺達がこの戦に勝たないと、もうこんな夜空は見る事が出来なくなる。いや、空気の汚れた日本じゃどの道見ることは出来ないだろうけど。

 

「…………勝たないとなぁ」

「? 何か言いました?」

「いや、何でもない。それより、もう寝ろよ。お前は明日戦うんだから」

「………マスターは」

「俺も寝るよ。このバカみたいに暗い中じゃ、敵も攻めように攻められないだろうからな」

 

 昼に戦ったサーヴァントから、俺達の事はもうバレてるはずだ。それなら、視界の悪い夜中にサーヴァント同士の戦闘を敵のホームで戦うような真似はしないだろう。

 

「………分かりました」

「部屋にソファーあったよな?俺そっちで良いから」

「……えっ?」

「眠れねーんだろ?でも、少しでも寝てくれないと明日の戦闘に響くからな」

「………わかりました」

 

 二人で部屋に戻った。

 

 



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ほんの少しのほころびで全てが崩れる。

 翌日、コンコンというノックの音で目を覚ました。誰だよこんな朝早くから……と、思いながら薄っすらと目を開けると、声が聴こえてきた。

 

「おはようございます、田中正臣様!恐れながら、起床ラッパの代わりに参りました!」

 

 うおお……流石だわ。しっかりそういうのもしてくれるのか。でもすごくいらない。朝は寝たい派だし。

 

「ごめんね、わざわざ。でも、明日から来なくて良いから」

「いえ!先程も伺わせていただいたのですが全く反応が無く、皇帝陛下にご報告した所『今は寝かせておいてやれ』との事で放っておかせていただきましたが、今回はご朝食のお時間ですので『必ず起こして来い』とのご命令であります故、起こさせていただきます!」

 

 おい、その過程の説明いらねぇ………。

 飯は俺の鞄の中にいくらでも入ってはいるが、どれも非常食ばかりだ。パンとかカップ麺とか。なるべく温存したいし同盟相手のご厚意を無下にもできない。ここは行くしかないか。

 

「分かったよ。今行くから待ってて」

「了解致しました!『早く来ないとブッ殺す!』とジャンヌ・ダルク・オルタ様から伝言も預かっております!」

「うん、それは聞かなかったことにするわ」

 

 この兵士腹立つな……。とりあえず、沖田さん起こさないと。ていうか今の会話でも起きてない沖田さん本当にもはや尊敬するわ。

 

「沖田さーん、起きてー」

「んにゅっ………」

 

 んにゅっ、じゃねぇよ。歯磨き粉絞り出した時の効果音か。

 

「おーい、起きろー。朝飯だぞ」

「………あと5分〜……」

「あと5分じゃねぇから。仕方ねぇなぁ」

 

 別に放置しても良いんだけどな。だが、さっきも思った通り、皇帝陛下のご厚意を無下には出来ない。

 おんぶして連れて行くしかないか。そう思って布団を捲ると、沖田さんはパン1だった。

 

「って、何でだよ⁉︎」

「ふぁあ……マスターうるさいです………」

「誰の所為だと思ってんだよバーカ!」

 

 慌てて俺は布団を掛け直した。何?何なのかなこの子?本当に新撰組の隊長さんなの?ダメだ、沖田さんの身体を揺さぶる事も許され……いや、待てよ?逆だ。

 今は急を要する事態なんだし、別に身体に触れることも許されるんじゃないかな⁉︎

 そうだよね、そもそも起きない沖田さんが悪いんだし、皇帝陛下を待たせるわけにもいかないし、これは断じて不可抗力である!

 

「すぅ……はぁ………」

 

 深呼吸をすると、勢い良く布団を捲り上げて沖田さんの生肌の肩に掴みかかった。

 

「沖田さん!起き」

 

 直後、沖田さんのパンツが突っ込んで来て、俺の首を脚が締めた。

 

「ふごっ⁉︎」

 

 ま、前に俺がやった必殺技⁉︎な、なんてこいつがそれを……⁉︎なんて言ってる場合じゃなかった。

 沖田さんは俺の顔の上に馬乗りになり、左腕で胸を隠しながらパンツに挿してある短刀を抜いて俺の首元に刃を当てた。

 

「人の寝込みを襲うとは何奴⁉︎」

「んー!んー!」

「………あれ、マスター?」

 

 ぱ、パンツが!パンツ越しのま☆こが口に!ふおおおお良い匂いだけどそれ以上に命の危機の臭い!

 

「………変態だとは思っていましたが、まさか同じ部屋になったのを利用して襲うような下衆だとは思いませんでした」

「んーっ!んーっ!」

「もう、あなたがマスターなんて流石に無理です。今ここで消します」

「んんんんっ⁉︎」

 

 こ、この野郎ッ………‼︎いや、下心がなかったとは言えんが………‼︎ていうかやばい、殺される!

 待て、落ち着け。幸いにも奴が俺の口に押し付けてるのはパンツだ。こんなエロ同人みたいなシチュエーションで助かったぜ、まだ活路はある!

 押し付けられている唇を何とか開き、舌を出してパンツ越しに秘部を舐めた。

 

「っ⁉︎」

 

 直後、突然稲妻が走ったかのように沖田さんはビクンッと跳ね上がり、手から短刀が落ちた。この反応……処女か⁉︎

 いや、今はそこに興奮してる場合ではない、一時のテンションに流されるな!沖田さんを感じさせる事に全神経を集中させろ!

 

「ふあっ……!んんっ‼︎……らっ、めぇ………‼︎」

 

 必死に俺の頭を両手で抑えて腰を上げようとするが、力が入っていない。

 徐々に腰が上がってきて、沖田さんが後ろに倒れた所で、ようやく舐めるのをやめ、口を拭った。

 さて、今のうちに逃げようか………と、思ったが俺の動きは止まった。沖田さんの様子がおかしい。普段ならすぐに斬りかかってくるのに。

 涙目で顔を赤らめ、息を乱しながらも上目遣いで俺を見上げ、襲い掛かろうとも逃げようともしない。まるで待っているように見える。………えっ、何これ?良いの?いっちゃって良いのか?おい、そんな目で俺を見るな、このままじゃ本当に襲っ……馬鹿野郎‼︎パンツに短刀を隠すような女だぞ⁉︎誘っておいて狩られるかもしれねぇだろうが‼︎

 色気を見せられて乗ったところを殺されるのは俺の一番嫌がる死に方だ。ダサいしキモいからな。

 俺は深呼吸をして、ベッドを降りた。

 

「さて、朝飯にするか」

「…………はっ?」

 

 驚く程冷ややかな声が沖田さんから聞こえた。思わずビクッとしながら沖田さんを見ると、沖田さんはベッドから消え、俺の腕を掴んでいた。

 真っ赤になった顔で震えた声で呟くように言った。

 

「………ておいて」

「えっ?」

「………ここまでしておいて何もしないってどういう事なんですか⁉︎」

「ええっ⁉︎」

 

 その直後だ。ガチャっと扉が開いた。清姫が立っていた。

 

「…………何をしてはるん?」

 

 ………いつぞやの月火ちゃんみたいなことを言い出した。全身から冷たい空気を全力で放出しつつ、俺と沖田さんを睨んでいた。

 あ、ヤバイ。死んだかも。

 

「わ、私は何もしてませんよ⁉︎沖田さんは襲われた側ですから!」

「は、はぁ⁉︎テメェ何一人で逃げてんだよ⁉︎こうなったのもお前が起きねえのか原因だろうが‼︎」

「何人の所為にしようとしてるんですか!襲っておいて‼︎」

「おっ、おおお襲ってねえし‼︎起こそうとしたらお前の方が襲って来たんだろうが‼︎大体、テメェ何つー格好で寝てんだよ⁉︎」

「布団があると下着姿じゃないと寝れないんですよ‼︎着たまま寝ても寝てる間に勝手に脱いじゃうんです‼︎」

「夢遊病の変態verかテメェは⁉︎」

「マスターにだけは言われたくない一言ですね!変態って!ひ、人の………まっ……女性器を舐めておいて!」

「人の話を聞かずに殺そうとしたお前が悪いだろ‼︎」

 

 なんて見苦しい責任の押し付け合いをしてると、清姫の魔力が増した。で、笑顔で沖田さんに言った。

 

「………とりあえず、服着たらどうですか?」

「っ」

 

 言われて服を着始める沖田さん。

 

「それがあなたの死装束になるのですから」

「へっ?」

「くたばれ泥棒猫がああああああ‼︎」

「いや何もしてないんですけど⁉︎」

 

 直後、襲い掛かる清姫と、応戦する沖田さん。

 

「おい待てええええ!お願いやめて!ここネロの城の中だからああああああ‼︎」

「いや沖田さんに言わないで下さいよ!勝手に清姫さんが……!」

「こおおおおおお‼︎」

「「何言ってんの⁉︎」」

 

 この後、マシュとクー・フーリンさんに普通に止められた。

 

 ×××

 

 とりあえず、冒頭の話は伏せて説明したが、ネロとマシュに超怒られた。

 朝食を終えて、藤丸さんのパーティは霊脈に召喚サークルを設置しにいった。その間、俺はネロと今後の計画を考える事になった。

 

「で、これからどうすんの?なんか考えてんの?」

「うむ。ガリアへ向かおうと考えている」

「ガリア?」

「うむ。連合との戦争における最前線の一つだ。そこに共に来てはもらえないだろうか?」

 

 ふむ……どうするかな。藤丸さん辺りに行ってもらえば情報は入るし、藤丸さん自身も少しずつ指揮能力は上がってる。オルレアンでは最後には見事に黒ジャンヌ様を討ち取ってくれた。

 ネロもいるし、俺抜きでもやれるだろう。………だが、不安要素があるとしたら、敵にどの程度の英霊がいるのか、だよなぁ。ネロの伯父さんしか分かってない。

 

「良いんじゃねぇの?行っても」

 

 クー・フーリンさんが口を挟んで来た。

 

「最前線だろ?戦力は整えた方が良いと思うけどな」

「いや……こちらの戦力を全部敵に晒すのは間抜け過ぎるだろ。対策立てろって言ってるようなものだし」

「戦力がバレたなら増やせば良いじゃねぇか。今、立花達が召喚サークル立てに行ってんだろ?」

 

 そう言われりゃその通りなんだが………。

 

「ますたぁには、何か懸念があるのですか?」

 

 珍しく真面目に清姫が聞いてきたので、俺はその懸念をネロに聞いた。

 

「ネロ、ガリアまでどのくらい掛かるんだ?」

「む?まぁ、それなりだが」

「………移動手段は?」

「馬か歩きだ」

「嫌だ!」

 

 疲れる!戦闘ならまだしも、移動だけで何日も歩くのは嫌だ!

 パワフルに駄々を捏ねてみたのだが、周りからの反対意見は出ない。いつもならすぐに騒いで来る奴が静かだからだ。

 沖田さんは顔を赤らめたままボーッと呆けていた。

 

「………沖田さん?大丈夫?」

「……………」

「おーい、もしもーし?」

「ッ⁉︎ ち、近いです‼︎」

「ごふっ⁉︎」

 

 顔の前で手を振ってると、突然の平手打ちが飛んで来た。

 

「な、何しやがんだテメェ⁉︎」

「ううううるさいです‼︎近いマスターが悪いんです‼︎」

「えっ、ええ〜……この人何言ってんの………?」

 

 何のつもりだよこいつ………。殺したい。とても。まぁ、でも気にしないで話を進めよう。

 

「と、とにかく、歩きなら俺は行きたくないからな!」

「別に良いであろう!子供じゃあるまいし!」

「いーやーだー!」

「む、むぅ……協力関係にあるのではなかったのか……⁉︎」

 

 俺は戦場全体を見渡せる所で通信機を持って全軍に指揮を送る黒の騎士団みたいな感じが良かったんだよ!

 すると、クー・フーリンさんが何かを思いついたのか手を打ち、ネロの耳元で呟いた。

 

「………そう言えば良いのか?」

「ああ」

 

 何を言ったか知らないが、何を言われたって俺は長時間労働競歩大会なんて絶対にやらないからな。

 そう決心してると、ネロが俺の腕にしがみ付いて上目遣いで言った。

 

「………私の馬に乗せてあげるから、一緒に行こう?お兄ちゃん」

「ああ、任せろ」

 

 2秒で決意を翻した。さて、じゃあ準備しないとな。

 俺は急いで部屋に戻った。えーっと、必要なものだけ持たないとな。最前線に基地があるらしいし、テントはいらないよな。あと食料もいいか。飲み物と拳銃と……後は双眼鏡、懐中電灯、ナイフ、羊皮紙、ペン、ボード、……こんなもんか?

 拳銃とナイフは腰のホルスターに装着し、他はリュックに詰め込んだ。おいおいおい、ちょっと何?なんかすごいカッコよくね?こういうのだよ、俺が憧れてるのって。後は何か羽織るものがあれば良いんだが……流石にそれは持ってないや。ダ・ヴィンチちゃんに作ってもらおう。

 

「よし、準備完了!」

「おい、マスター」

「えっ?」

 

 クー・フーリンさんがいつの間にか後ろにいて、声を掛けられた。

 

「沖田の奴、何かあったのか?ずっと上の空じゃねぇか」

「え?あー……」

 

 あったと言えばあったけど……。ていうか、さっきの一件しか思い浮かばないが。

 

「………ありました」

「さっき騒いでたことか?」

「うん、まぁ」

「ったく……騒がしいマスターとサーヴァントだな、お前らは……」

 

 悪かったな。

 

「何があったかは聞かないけど、これから戦場に行くんだ。あのままだと困るぞ、俺達も」

「わかってますよ。何とかします。最悪、あいつ前線から外しますから」

「なら良いけどよ。何があったか知らねえし興味もねえけど、戦闘に影響が出るようなことだけはやめろよ」

「はい」

 

 ………まぁ、こればっかりは仕方ないからなぁ。俺の所為でもあるし。

 するとクー・フーリンさんは俺の鞄の中を漁り始めた。

 

「しかし、よく持って来たな。こんなに」

「備えあれば憂いなしって言うからな」

「………おい、なんだこれ」

 

 クー・フーリンさんの手元にあるのは3○Sだった。

 

「ああ、それダ・ヴィンチちゃんに作ってもらった奴」

 

 リーダーを引き受ける代わりにゲーム機を作ってくれるって話だったからな。カルデアに戻ればプレ4とかとにかくゲーム機が置いてある。

 

「そうじゃねぇよ。何で持って来たんだって聞いてんだよ」

「ストレス発散用」

「遊びたいだけだろ………」

 

 まぁね。良いだろ、娯楽の一つや二つくらい。

 出発は藤丸さん達が帰ってきたら。それまでは俺も待機してるしかない。

 

「………なぁ、マスター」

「何?」

「今回はどういう作戦にするんだ?」

「ん?んー……まだ何も決めてないけど………。今回は遠距離攻撃出来る奴がいないからなぁ。ゴリ押しですかね」

「それ作戦か?」

「戦略的ゴリ押しですよ。ちゃんと中身は考えます」

「あそう。邪魔したな。今回も良い作戦頼むぜ。俺は、割とマスターの指揮の元で戦うのが好きみたいだからな」

 

 それだけ言うとクー・フーリンは部屋を出て行った。

 ………俺の指揮、か。今回はそうもいかないんだろうな。何せ、協力関係だし。ま、なるようになれだ、頑張ろう。

 

 



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ツイてない日に旅行は避けよう。

 藤丸さん達が帰って来て、ガリアに向かって出発した。

 俺はネロの後ろに乗せてもらい、馬の上でのんびりしていた。いやー、良いもんだなぁ、この上。ケツが揺れることを除けば。

 森の中を進み、双眼鏡で辺りを見回した。移動中の襲撃は一番ヤバイ奴だからな。

 

「お兄ちゃん、何を覗いておるのだ?」

 

 そういえば、ネロの世代だと双眼鏡は超レアアイテムだよな。

 

「これは双眼鏡っつってな。まぁ、使ってみた方が早いかな」

 

 言いながら俺は前のネロの顔の前に双眼鏡を付けさせた。

 

「うおっ⁉︎な、なんだ⁉︎急に遠くが………!」

「と、いうアイテムだ」

「便利なものもあるものだな……。ぐぬぬ、お主の未来に尚更行ってみたくなった」

「ま、1900年後くらいまで待てよ」

「その時には余はもう死んでおるわ。……お兄ちゃんめ、意外と意地悪な事も言うのだな」

 

 ああ……もう、意地悪って言い方が可愛いよね。この妹超愛でたい。

 

「ま、俺がいる間は貸してやるから。使えよ」

「本当か⁉︎」

「おう。その代わりに、馬の上では抱っこさせて」

「うむ!好きに抱くが良い!」

「いや抱くって言い方しちゃうと意味が随分変わっちゃうんだけど……」

 

 まぁ良いか。俺は遠慮なく後ろからネロを抱き締めた。ほあー、良い匂いするんじゃー。

 

「おおー!すごい、すごいぞ!あんな遠くにいる熊がとても近くに見えるぞ!」

「………えっ、熊いるの?」

「なーに、問題なかろう。これだけの大人数じゃからな」

「だ、だよね。食べられないよね……?」

「安心せよ。お兄ちゃんは私が守る」

 

 そういや、ネロ鬼強かったな。初めて会った時の戦闘を見たが、それはもう元気に暴れ回ってた。

 ………なんか人間のネロが強いのに俺が弱いって情けねえなあ。沖田さんにマジで剣の修行つけてもらおうかな。

 そんな事を考えてると「むっ」と声が聞こえた。

 

「前方に敵部隊!」

「ドクター、サーヴァントの反応は?」

『ないよ』

 

 よし、行けるな。やはり移動中を狙って来たか、或いは偶然出会したか。なんにせよ、叩く必要があるな。

 

「クー・フーリンさん、沖田さんは先行し、清姫はその援……」

「行くぞ!余に続けええええ‼︎」

「えっ、ちょっ、ネロちゃまぁあッ⁉︎」

 

 馬がフルスロットルで加速し、敵部隊に突っ込んだ。

 

「待って待って待ってネロ様待って落ちる!」

「しっかり捕まっていろ!」

「速度落とすって考えはああああ⁉︎」

 

 全力でネロの腰にしがみ付いた。女の子特有の柔らかさと良い匂いに興奮する隙すらない。

 敵の軍に突っ込むと、ネロを筆頭に暴れ回るが、さらに左右から敵が挟撃して来る。

 

「ネロおおおおお‼︎横おおおおおおお‼︎」

「むっ?全軍、左右に分かれ応戦せよ!」

「いやちょっ、待っ………‼︎」

 

 直後、馬が急停止して俺は落馬し、地面をゴロゴロと転がり、木に顔から突っ込んだ。

 

「ちょっ、大丈夫⁉︎」

 

 慌てた様子で駆け寄ってくる藤丸さんに、俺は鼻血を垂らしながら親指を立てた。

 

「ふじ、まるさん……あとは、頼ん……だっ………」

「ちょっ、田中さん⁉︎田中さーん⁉︎」

 

 俺はその場で死んだフリをした。もうこれ以上は無理です………。

 ログアウトした俺の代わりに藤丸さんが指揮を執ってくれた。何とか敵部隊を撃退し、少し休む事になった。

 敵ではなく味方にギッタギタにされた俺が濡れたタオルで腫れ上がった頬を冷やしつつ座ってると、ネロが俺の隣に座った。

 

「ふむ、大丈夫か?お兄……」

「大丈夫か?じゃねぇよ‼︎お前アホか⁉︎」

「うぐっ……す、すまぬ。まさか、落ちるとは」

「そこじゃねぇよ!指揮官自ら出て行ってどうすんだ⁉︎」

「えっ………?」

「この部隊の頭はお前だろ⁉︎そんな奴がノコノコ出て行って狩られたら全滅待ったなしだぞ!前線に立って軍を盛り上げて指揮を上げるのも良いが、それ以上にこの部隊の生死は自分に掛かってる事を自覚しろ!」

「す、すまん………?」

 

 ったく、ついカッとなっちまった。

 いや、そんな事よりさらに重要な事があったわ。

 

「それよりもだ。目的地まであとどれくらいだ?」

「え?も、もう少しだと思うが……」

「このタイミングで敵部隊に遭遇するって事は、野営地が敵に襲われてる可能性もある。何人か先行させて様子を見に行った方が良いな」

「なんだと⁉︎それなら、すぐにでも全員で行った方が良いのではないか⁉︎」

「アホ、それで敵の手に落ちてたら、今の部隊は俺達にそう思わせて誘い込み、敵万全の状態でかち合わせる為に襲撃させられたって事になる。だとしたら、このまま突っ込むのは危険だ。何人かに様子を見に行かせ、野営地の様子を覗いた方が良い」

「な、なるほど………?」

「それと、周りの探索もした方が良いな。俺達がここに来ると分かってて襲わせたのだとしたら、今の戦闘中に何人か抜け、こちらの戦力を把握して敵の大将に伝えに行った可能性もある。こちらの戦力がバレるのは今後に響く」

「わ、分かった」

「悪いけどクー・フーリンさんも、見回り行って来てくれますか?」

「おう」

 

 それでようやく息をついた。ネロも俺に言われた通り指示に従ってくれた。

 ようやく休めるのでその場で息をついてると、ネロが意外なものを見る目で俺を見ていた。つーか、俺その目で見られ過ぎじゃね?

 

「なんだよ」

「いや……お主、割と思慮深いのだなと」

「いや普通だろ」

 

 優れた指揮官に必要なものは勇敢さでも豪快さでもない、臆病さだ。何事にも恐れ、どれだけ相手の手の内を多く読めるかが大事だ。

 ビビリな俺はそれだけ敵の打ってくる手を予測する。そして対策を練る。まぁ、当たり前といえば当たり前の事なんだが。

 

「気に入ったぞ、お兄ちゃん。いや正臣よ、客将と言わず余の配下にならんか?」

「えーどうしよっかなー」

「ちょっ、田中先輩。ダメですよ?」

 

 マシュが口を挟んで来た。

 

「田中先輩には人類を救う使命があるのですから」

「や、そうは言うけどさ、これで世界救えないくらいなら、ここに残ってネロと添い遂げた方が良くね?」

「何バカなこと言ってるんですか!清姫さんもなんとか言ってください!」

「わたくしは別にますたぁが一緒であれば何処へでも参りますし」

「そうでしたね、清姫さんに聞いた私がバカでした。マスター!」

「そ、そうだよ田中さん!私達は田中さんがいないと困るよ!」

「余だってお兄ちゃんがいないと困るのだ!」

 

 ああ〜……美少女に取り合われて嬉しいぜ……。ラノベ主人公の気持ちがよく分かる経験が出来るからこの仕事はやめられないぜ。

 そう思いながら、俺は沖田さんを見た。いつもなら一番にツッコんで来る奴が大人しい。やっぱ、今朝の事気にしてるんだろうなぁ。………でも、その、何?なんで少し不機嫌そうなの?むくれた顔で俺を睨んでいた。

 

「マスター、私も見回りして来ます」

「え?あ、う、うん?」

 

 沖田さんも何処かへ行ってしまった。

 

「………どうしたのだ?沖田は」

「ま、色々あるんだよ、彼女にも」

「良く100億%原因と思われるお主がそれを言えるな……」

 

 勘が良いのですね、皇帝陛下。

 

「悪いけどネロ、ここには残れない」

「そうか……。お兄ちゃんに残ってもらえれば何より嬉しかったのだが……」

「いつか召喚してやるから。それまで待ってろよ」

「ショーカン?」

 

 そんな話をしながらしばらく休んでると、野営地への先行組が戻って来た。問題はなかったようなので、俺達も見回り組が戻り次第、野営地に戻った。

 

 ×××

 

 ネロが兵士に演説してる間、俺達はその様子を見ながら呑気にボーッとしてると、男と女が一人ずつ声をかけて来た。

 

「君達が噂の客将で良いのかな?」

「……あんたら、サーヴァントか?」

「ええ。あたしはブーディカ。ガリア遠征軍の将軍を務めてる」

 

 ……ブーディカって……。いや、今は自己紹介を聞こうか。

 

「で、こっちのでっかいのが……」

「戦場に招かれたのがまた一人……。喜ぶがいい。ここは無数の圧政者に満ちた戦いの国だ。あまねく強者、圧政者が集う巨大な悪逆が迫っている。叛逆の時だ。さぁ、共に戦おう。比類なき圧政に抗うものよ」

 

 その言葉に俺も沖田さんもクー・フーリンさんも清姫も藤丸さんもマシュもジャンヌオルタもポカンとした。

 

「ねぇ、この人何言ってんの?」

「さ、さぁ?」

 

 隣のクー・フーリンさんに聞くけど、まともな返答はこない。ていうか、今ので察したわ。こいつ、バーサーカーだ。

 

「うわぁ、珍しいこともあるもんだ。スパルタクスが誰かを見て喜ぶなんて滅多にない。あ、ううん。訂正、人を見て襲い掛からないなんて滅多に」

 

 直後、俺の目の前に剣が振り下ろされた。ピッと鼻の頭を掠め、ポタッと血が垂れる。

 恐る恐る前を見ると、スパルタクスと呼ばれた男が剣を振り下ろしてニヤリと微笑んでいた。

 

「………あっ、あの……なんで?」

「我が剣が討ち震える……。許せ、名もなき漢よ。我ではなく剣の意志で貴様の首を討ち取ろう」

「………人を襲い掛からないなんて、滅多にないわ。滅多に」

「『滅多に』を強調して二回言うなぁああああ⁉︎」

 

 さらに剣を振り上げられ、俺は慌てて逃げ出した。なんで⁉︎なんで俺だけ攻撃して来るんだ‼︎

 そのまま始まる鬼ごっこ。振り回される剣から何とか回避しながら走り回った。

 

「えっとー……うちらのリーダーが遊び始めちゃったから私が自己紹介するね」

「え?う、うん」

「私は藤丸立花。で、こっちがマシュ・キリエライトであっちがジャンヌ・ダルク・オルタ。この二人が私のサーヴァント」

「で、私は沖田総司です。こちらがクー・フーリンさんで、その隣が清姫さんです。あそこで鬼ごっこしてるのが私達三人のマスターです」

「おいいいい!お前らそれでもサーヴァントか⁉︎助けろよ!マスターが殺されかけてるんだぞ⁉︎」

「まぁ、案外タフなので多分平気でしょう」

 

 こ、この野郎おおおおおお‼︎あいつはさっきからなんで機嫌悪くしてんだよおおおおお‼︎

 そんな事を思って逃げてると、脚を躓かせて盛大にすっ転んだ。俺今日転んでばかり。

 自分に影が掛かるのを感じ、上を見上げるとスパルタクスが俺の真上で剣を握っていた。も、もうダメだぁ………。

 

「じ、ジャンヌ様ああああああ‼︎」

 

 そう涙目で叫んだ直後、沖田さんがムッとしたのが見えた。で、仕方なさそうに刀を構えて走り出そうとした直後、スパルタクスの動きが止まった。

 いつの間にか俺の目の前に移動していた清姫がスパルタクスの腕を抑えていた。

 

「………それ以上、わたくしのますたぁに狼藉を働くようなら、この腕無くなっても知りませんよ?大男さん」

「きっ、清姫ええええええ‼︎」

 

 流石!流石ストーカー!助かったぁ………。

 ホッと胸を撫で下ろしてると、ブーディカとネロがようやく止めに入り、スパルタクスは大人しくなった。

 

「ご無事ですか?ます」

 

 安否確認してくれる清姫の両肩を掴み、抱き締めた。

 

「うおおお!清姫え!お前良い奴だったんだな!」

「っ⁉︎」

「初めてお前を召喚出来て良かったと思たわ!」

「……………」

 

 あれ、なんか静かだな。もっと喜んでくれるかと思ったんだけど……。

 そう思って清姫を見下ろすと、顔を赤くしていた。

 

「こ、困ります。ますたぁ……。こんな、人前で……」

「えっ?」

「で、でも……ますたぁが望むというのでしたら、わたくし……」

 

 ………もしかしてこいつ、受けに回ると弱いのか?可愛い弱点を知ったな。これからはこの手で逃げられ……。

 

「では、早速………」

「おおい待て!お前なんで脱ぎ始めてんだ⁉︎」

「わたくしと性交をするために抱き締めたのでしょう⁉︎」

「そんなサイン聞いたことねえわ‼︎」

 

 ダメだ!一番しちゃいけないことだった!ああもう、どうしてこうなる⁉︎

 何とか清姫を引っぺがすと、ようやく話が進み、ブーディカにリーダーとして言った。

 

「まぁ、これからよろしく」

「う、うん。うちのが迷惑かけてごめんね」

「いや、いいよ。少し帰りたくなってるだけ」

 

 本当に今日は散々だ。どの時代でも一回ずつトラウマ刻まれないと気が済まねえのかよ。

 

「にしても、あれでしょ?皇帝陛下お気に入りの客将なんでしょ?」

「え?そうなの?」

「うん。ね?皇帝陛下?」

「…………」

 

 ブーディカに言われるも、ネロから返事はない。なんだ?ボーッとして。うんこか?

 

「おい、ネロ?」

 

 声を掛けると、ハッとしたのかネロは顔を上げた。

 

「ん?な、何か言ったか?すまん、少し疲れたようだ。ブーディカ、お兄ちゃん達を頼む」

「………はっ?お兄ちゃん?」

 

 ま、マズイ!ブーディカの目の色が攻撃色に!

 訂正してくれることもなく、ネロはテントに向かった。ギギギっと怒りを隠そうともせずにブーディカは俺を笑顔で見た。

 

「…………どういう事かな?」

「いや違うんですよ。あれには事情がありましてね……」

「詳しくお願いしようかな?」

「………はい」

 

 説明した。怒られなかったけどドン引きされた。ブーディカは俺に目も合わせてくれなかった。

 すると、兵士が一人ブーディカに敬礼しながらやって来た。

 

「申し上げます!敵斥候部隊を発見!」

「追撃は?」

「敵兵の速度に追いつけません!このままでは、離脱されてしまう可能性が!」

 

 俺はクー・フーリンさんに声を掛けた。

 

「クー・フーリンさん、それから沖田さん。追撃して。情報が漏れる」

「了解」

「私達も行こう、マシュは待ってて」

「えっ?」

「がら空きには出来ないでしょ?……だよね?田中さん」

「ああ」

「了解」

「ますたぁ、わたくしはよろしいのですか?」

「清姫はここに残れ」

「? わ、分かりました」

 

 藤丸さんが率いて敵の追撃に向かった。さて、俺はブーディカに話がある。

 

「なぁ、ブーディカ」

「? 何?」

「お前はブリタニアの元女王、だったよな?」

「ちょっ、田中先輩……!」

「………ええ。その通りだよ」

 

 反応するマシュを片手で制してブーディカは頷いた。

 

「そんなお前がなんでネロの味方をしている?何のつもりだ?」

「……………」

「返答によっては」

 

 俺はホルスターから拳銃を抜き、ブーディカに向けた。

 

「こいつで、頭ブチ抜く」

「た、田中先輩!」

「黙ってろ、マシュ。裏切り者、或いは敵のスパイのサーヴァントがいたら最悪だ。今のうちに炙り出すのは当然だろ」

「で、ですが……!ていうか何で持ってるんですかそんな物⁉︎」

「いいから黙ってろ」

 

 すると、ブーディカはフッと微笑んでから言った。

 

「もちろん、そういう人が一人はいると思ってたよ。でも、あたしは裏切らないから。証拠みたいなものはないけど、裏切らないって胸を張って言える」

「………何故ですか?」

 

 マシュが問い詰める、というよりも気になるといった様子で聞いた。

 

「確かに、皇帝ネロとローマをあたしは絶対に許さない。ケルトの神々に誓いもした。そんなあたしが現界した。まさか、自分が死んだ直後の世界に。復讐の機会かなーなんて思いましたんだけどね。でも、連合に食い荒らされるローマを見てたら……体が勝手に動いちゃって。ネロのためじゃない、そこに生きる人のために。………それとも、復讐のために殺し尽くしたはずのロンディニウムの連中にすまないと思ってたのか。自分の事なのによく分からないの。でも、考えてみれば、あたしはずっとそうだったし。あたしは守る為に戦う性格なんだと思う。それが一番向いてるっぽいのよね」

 

 …………なるほど、話は分かった。まぁ、そんな事よりもだ。

 

「根拠がないなら、今ここで作る。なぁ?清姫」

「……なるほど、そういう事でしたか。ますたぁ」

「ここにいる清姫は、嘘には厳しい。今から俺がブーディカに言わせる言葉が嘘だと判断された時点で俺達、特に清姫には狙われる。集中して、お前の命を刈り取るまでだ」

「………ふぅん?」

 

 正直、この方法はイマイチな効果かもしれないが、まぁこれくらいしか思い付かないのだから仕方ない。あいつにとって特別な人間がいれば人質になったのに。

 まぁ、良いか。とりあえず言わせよう。

 

「『私、ブーディカは必ずローマ軍とその友軍を裏切らず、敵軍の大将を討ち取るまで尽力する』って」

「………長いんだけど」

「はい、復唱しろ。さんはい、『私、ブーディカは必ずローマ軍とその友軍を裏切らず、敵軍の大将を討ち取るまで尽力する』」

「私、ブーディカは必ずローマ軍とその友軍を裏切らず、敵軍の大将を討ち取るまで尽力する、これで良い?」

「聞いたか?清姫」

「はい」

 

 よし、まぁ良いか。これで何とか信頼するしかない。

 

「でも、えっと……田中だったっけ?」

「ああ」

「ひとつ、お願い出来る?」

「何?」

「ネロは今、あたしのことを『生きていた好敵手』だと思ってるの。だから悪いんだけど、その間は………」

「ああ、了解」

「うん、ありがと。あいつ、なんか前以上に危なっかしいから、余計な気遣いとかさせたら何するか分からないし」

「確かにな。さっき、ポーッとしてたし」

「! 気付いた?」

「そりゃな。ま、そういう事ならわかったよ」

「うんうん」

 

 話してると、藤丸さん達が帰ってきた。

 

「ふー、つっかれたぁ……」

「マスター!ご無事ですかっ?」

「あ、マシュ。うん、平気だよ。ジャンヌオルタも守ってくれたし」

「良かったです……」

 

 こいつらホント仲良いなー。………あ、ジャンヌオルタが少し不愉快そうにしてる。藤丸さんって割とモテるんだな。

 一方、クー・フーリンさんと沖田さんは俺に懐いてないのが丸分かりで、俺に声をかけることもしない。クー・フーリンさんはやけに疲れてるし、沖田さんは相変わらず不機嫌そうにしてる。

 

「お疲れ」

「お、おう……」

「……なんで疲れてんの?」

「………お前の一人目のサーヴァントがすんごい暴れるもんだから、宥めるのに必死で……」

 

 沖田さんか。ていうか、あの人なんで怒ってんの?

 聞こうと思ったところで、ブーディカが手を小さく叩いた。

 

「さ、それよりお風呂にしましょう?みんな疲れたでしょう?」

 

 直後、俺の中に稲妻が走った。

 …………野営地で、風呂、だと………⁉︎

 

 



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悲鳴に男女は関係ない。

 野営地→風呂、という時点で俺の頭の中には温泉、或いは簡易風呂であることが読めた。これを覗かずに何が男か。だが、ここで女子達にのこのこ付いて行けば覗こうとしてるのがバレる。地道に情報収集するしかない。

 俺はその辺の兵士に声をかけた。

 

「ねぇ、ちょっと」

「? 何でありますか?」

「あーいやそんな堅苦しい話し方しなくて良いよ。タメ語で行こう」

「お、おう。じゃあ……なんだ?」

「風呂ってどこにあんの?」

「あそこ」

「サンキュー」

 

 よし、あそこか。いや、男湯だなあれは。だが、「女子は?」なんて聞けない。

 つまり、推測するしかない。だが、大体の検討はつく。風呂というのはトイレと違って自分の全てをさらけ出す場所だ。つまり、見えない角度、というものはなく、どんな場所からでも必ず恥ずかしい所のどこかしらは見えるものだ。ToLOVEると現実は違う。

 だからこそ、厳重かつ一番敷居の高い場所のはずだ。この狭い野営地の中でその場所を探せ。

 そう思って、俺は木に登った。ここからならよく見渡せる。それに、俺にはこいつがある、双眼鏡。こいつがあれば、いかに遠くの裸体であろうと眼前で拝む事が出来る。

 一番大きな敷居………あそこだ!見つけると、俺は木と木の上を跳んで移動した。

 簡易風呂のテントに天井はない。理由は俺が思うに二つある。一つは、布が濡れるからだ。持ち帰る時に手間になる。二つ目は、風呂場の大きさだ。思い付くだけでもシャワー(この時代だと、それらしきもの)、桶、椅子と必要なものがある上に、一人一人入っては手間になるので大浴場になるはずだから、なおさらスペースをとる。よって、高く壁を作れば天井はいらなくなるはずだ。

 だからこそ、俺のように身軽で運動神経の良い奴は覗けるのだ!俺は大きいテントに向かった。テントなら、布と布の隙間から覗けるはず……!

 

「何奴!」

「キャーーーーーーー‼︎」

 

 突然、目の前に黒い刃が布越しに突き刺さって来た。し、死ぬかと思った………。いや、ダメだ。ここが女子風呂だったらどちらにせよ殺される………。

 

「むっ?その声、お兄ちゃんか?」

「………ね、ネロ………?」

「なんだ、敵かと思ったぞ。入れ」

「へっ?は、入っても良いんですか⁉︎」

「構わんぞ」

 

 マジか!風呂に入って良いのか!皇帝陛下のお許しが出たんじゃあ仕方ないな‼︎是非、入らせてもらいます‼︎

 ウキウキしながら……いや、一回深呼吸してから入ると、中は普通にテントだった。何故かベッドや机、椅子が置かれ、床はシートの上に絨毯が置いてある、普通の部屋って感じ。

 おい、これひょっとして……。

 

「ここ、ネロの部屋?」

「そうだが……なんだと思って来たのだ?」

「……………」

 

 言えない。風呂場だと思って来たとは言えない。ていうか、よくよく考えたら女子なんてネロとブーディカしかいないし、女子風呂がそんなにデカいわけがないよね。

 なんか一人で肩を落としてると、クスッとネロは微笑んだ。

 

「それにしても、お主の悲鳴……ふふっ、『キャー』なんて女性が上げる悲鳴だぞ?」

「や、こっちは命の危機だったからね?それに男がキャーって言っちゃいけないなんてルールはないから」

「キャー!」

「…………ネロ?そういう意地悪を言う妹はお仕置きだぞー?」

「ほほう?お兄ちゃん、面白いではないか……!」

 

 構えると、ネロも構えた。ジリジリと隙の伺い合い。………だが、ガチの戦闘ではこんなことやる勇気はないが、この手の遊びで俺に勝てる者はいない。

 

「あっ」

「へっ?」

 

 ネロの斜め上を見上げると、ネロも見上げた。直後、俺は突撃し、ネロの腹にタックルをかまし、ベッドに押し倒した。

 

「ぬおっ……!ひ、卑怯者!」

「褒め言葉だ!ほれほれ、こちょこちょこちょ」

「あっ、ぷははははははは‼︎やっ、やめっ……ひははははは‼︎」

「ほれほれ、今のネロの方が女の子らしい悲鳴を上げてるぞー?」

「こ、これは悲鳴じゃなはははははは!」

「悲鳴も断末魔も大して変わらないから。ほれ、謝るなら今のうちだぞ?」

「ごっ、ごめっ、ごめんなひゃいいいひひはははは‼︎」

 

 よし、許してやろう。それに、これで少しは元気出たかな?

 手を離してからも、ネロはベッドに寝転がったまま肩で息をしていた。

 

「はぁっ、はぁ……まったく、余は皇帝陛下だと言うのに……。こんな事をするのは主だけだぞ」

「バーカ、俺の事をネロが『お兄ちゃん』と呼ぶ間はネロは俺の妹だ。俺の妹である以上、こうして気軽にちょっかい出したりするさ」

「………本当の妹ではないのにか?」

「そんなもん関係ない。ネロは可愛くて良い奴で一生懸命で、それでいて可愛い、だから俺の妹になってもらった。それ以外には何もいらないよ」

 

 自分で何言ってるか分からなかったが、とりあえず勢いでそう誤魔化しながらネロの頭を撫でた。

 

「………お主は変わってるな」

「ま、俺と一緒にいる間は気を抜けよ。アレだけの男共を一人でまとめてるんだ。疲れるだろ?」

「………いや、そんなことは」

「あるでしょ。俺だってうちの馬鹿どもまとめてるの疲れるもん」

「………あれはまとまっているのか?」

「………………」

 

 余計な口を挟むな。それに、いざという時は言うこと聞くから良いの。

 

「と、とにかく、人をまとめる立場ってのは大変なのは俺も良く分かる。必要なのは指揮能力だけじゃない。カリスマ、本人の実力、統率力……まぁ、他にもとにかくいろいろ。何より、部下に絶対弱味は見せられない、そう思う気持ちは分かるよ」

「………お兄ちゃんは見せまくってるではないか」

「良いんだよ俺の事は!とにかく、俺が言いたいのはだな。兵士の前では見せられない部分も、俺の前では見せろって事だ。俺はカリスマも実力も無いし弱味は見せまくってるし、それどころか部下には嫌われてるし………」

 

 あれ、言ってて悲しくなって来た。まぁ良いや、続けよう。

 

「頼りないかもしれないけど、俺に甘えろ!部下には見せられない部分を俺には存分に見せろ!」

 

 バーン、と効果音が出そうなほどに言い切ってやった。

 するとネロは、キョトンと瞬きを数回すると、やがてクスッと微笑んだ。

 

「………まるで説得力が無いではないか。でも、そうだな。お兄ちゃんには、私の息抜きを手伝ってもらおう」

「ああ。所で今更だけど、お前さっき寝るって言ってなかった?」

「………いや、少し頭痛が酷くてな。寝ように眠れなかったのだ。だが、お兄ちゃんが来てくれたからにはもう安心だな」

「寝るのか?風呂とか入らなくて良いの?」

「ふむ、そうだな………。今日はゆっくり風呂にでも浸かるとしようか。お主もどうだ?」

「一緒に入って良いんですか⁉︎」

「アホ。ここで待っていろ。余の部屋にもシャワーだけなら備え付けてあるからな」

「それは良いけど、何で俺もここにいた方が良いの?」

 

 聞くと、突然ネロは顔を赤らめて目を逸らした。言いにくいことなのか、10秒ほどためらった後にボソッと呟くように言った。

 

「………その……今日は、一緒に寝て欲しい、から………」

 

 途切れ途切れに頬を赤く染めながらそう言うネロを見て、思わず心臓がドキッとした。なにそれ、可愛過ぎるだろこの子………。心臓の高鳴りが収まらない。

 

「お、おう。でも俺もお風呂に入りたいんだけど」

「ふむ……なら、余が出た後にシャワーを貸してやろう」

「マジでか!」

 

 ネロは部屋のバスルームに向かった。

 交代でシャワーを浴び、いよいよ睡眠の時間。同じベッドに俺とネロは入った。………童貞にこのシチュエーションは少しハードルが高いな………。

 

「よし、では寝ようか。お兄ちゃん」

「お、おう。そうだな」

 

 ネロは俺の腕にしがみついて来た。柔らかい胸が俺の腕にあたる。というか意外と柔らかいのな。

 

「………ね、ネロさん?近くない?」

「………あ、甘えろと言ったのはお主の方であろう」

「いや、そうなんだが………」

 

 このままじゃ俺の方が眠れねーよ。いや、もう良いか。このまま柔らかさを堪能しちゃおう。

 そう思い、二人で目を閉じた。

 

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

 

 やっぱ眠れねー。ていうか、健全な男子がこんな中で眠れるか。ネロが可愛すぎて眠れねーよ。何その寝顔、反則級に可愛いわ。襲い掛かりたいのをなんとか我慢してる状態ですわ。

 いかんいかん、さっさと寝ればこの無限ムラムラ地獄から解放されるというのに………!

 

「…………お兄ちゃん」

「っ⁉︎な、何⁉︎」

 

 起きてたのかよ⁉︎

 

「その……眠れぬ。心臓がうるさくて」

「へっ?そ、そう?実は俺も何だよね。は、はははっ……」

「何か面白い話をしてくれぬか?」

「お、面白い話?」

「何でも良いから」

「……………」

 

 日本昔ばなしでも語るか?いやでもネロ大人だしなぁ。オルレアンでの話でもするか。

 

「あー……じゃあ、俺達がこの時代の前に来た時代での話でも聞くか?」

「! うむ、聞かせてくれまいか?」

「おk」

 

 そういうわけで、語り始めた。フランスの事、百年戦争の事、ジャンヌ様、マリー、アマデウス、ジーク、清姫、エリザベート、ゲオルギウスの事。そして敵の黒ジャンヌ様と俺の戦術について全部を語ってやった。

 

「………まぁ、そんなわけで何とか宮本武蔵を沖田さんと俺の二人で倒せたんだよ」

「ふむ………なるほどな。お主らも大変だったのだな。それで、そのあとは?」

「宮本武蔵倒したところで、敵の大将を藤丸さんが倒してくれて、それで任務は完了した。それで帰るつもりだったんだがなー」

「………?そのあとに何かあったのか?」

「あー、うん。その、何?ジャンヌ様が消える前に慌てて戻ってきてさ。それで、その……何?告白?的なことされちゃって」

「な、なんだと⁉︎そ、それって愛の告白という奴か⁉︎」

「あー、うん。まぁ……」

「お主は何と答えたのだ⁉︎」

「答える前に消えちまったよ。残念ながらな……」

「そ、そうか………」

 

 あれ、今ネロもしかして、ホッとした?なんでホッとしてんだよ?どういう意味それ?

 

「でも、そうか。お主らにも色々あるのだな」

「まーな。でも、何とか割り切ったよ。沖田さんとか藤丸さんが色々気ぃ回してくれてさー。……あ、そうそう。それで、カルデアに戻ってから藤丸さんの勧めで召喚したんだよ。一回ずつ。もしかしたらジャンヌ様出るかもしんないから」

「………その結果、ストーカーとラスボスが来たというのか?」

「………そうです」

「……お主も何かしら持っておるみたいだな」

 

 いや、ほんとに。運命の神様いたら殺してると思う。

 

「………しかし、そうか。辛かっただろうなぁ、それは」

「もう寂しくないよ。割り切らなきゃやってられないし、何より今はネロがいるからな」

 

 言うと、ネロはかあっと顔を赤くした。うん、正直そんな反応するんじゃないかなって思ってた。

 怒ってしまったのか、ネロは俺とは反対側を向いてしまった。

 

「も、もう寝るぞっ!」

「ん、おやすみ」

 

 今度こそ、寝ようと思ったが、少なくとも俺は眠ることはできなかった。

 

 



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外見と戦闘力は関係ない。

 翌日、俺の作戦の元、ガリアを取り戻す作戦が開始されようとしていた。戦争において、一番重要になるのは情報だ。だが、戦場は完全な平地で敵の兵隊に忍び込む事など出来ない。

 なら、やる事はサーヴァントの数によって作戦を切り替えられる作戦を考える事だ。

 そのために、とりあえず右翼と左翼と中央の三部隊に分け、それぞれにサーヴァントを配置した。残念ながら遠距離攻撃の手段を持つサーヴァントはいないため、前衛にサーヴァントを固める陣形になってしまったが、まぁこの際仕方ないだろう。

 戦場に向かう直前、思い出したようにネロに言った。

 

「あーそうそう。ネロ、お前はもちろん後衛の指揮官だからな」

「むっ、な、何故だ⁉︎」

「指揮官っつーのは基本的に前衛に出るものじゃねーんだよ。俺の伝えた作戦を頭に入れたのなら、臨機応変に判断してそれらを実行しろ」

「なら、お兄ちゃんが後衛でも良いではないか!」

「俺にはサーヴァントへの指揮もある。俺と藤丸さんは前衛に出ざるを得ないんだよ」

「むぅ……仕方あるまい………」

「大丈夫、ネロの力が必要な時はちゃんと前衛に呼ぶから」

「なら良いが……。絶対だぞ」

「ああ、分かってる」

 

 よし、では行くか。右翼は清姫、スパルタクス、ブーディカ。左翼はマシュ、ジャンヌオルタ、藤丸さんに任せ、中央は俺とクー・フーリンさんと沖田さんだ。

 後衛の中央にいるネロに軽く挨拶を済ませると、進撃した。三部隊に別れて進んでると、クー・フーリンさんが聞いてきた。

 

「………なぁ、マスター」

「? 何?」

「沖田の奴は大丈夫なのか?」

 

 そう言われて沖田さんの方を見たが、未だに心ここに在らず、といった感じだ。

 

「大丈夫じゃない」

「なら、なんで前衛に入れたんだよ」

「沖田さんが大丈夫って聞かなくて」

「だからってな……」

「クー・フーリンさんがいるから大丈夫だとは思ってるよ。こう見えて、俺が一番信頼できるサーヴァントはクー・フーリンさんですから」

「……マスター」

 

 それに、沖田さんが機能しなかった場合の陣形でもある。問題ないはずだ。

 ………さて、そろそろ行くか。

 

「全軍、突撃!クー・フーリンさん、お願いします!」

「おお!『突き穿つ死翔の槍』‼︎」

 

 クー・フーリンさんは敵兵が見えるなり、槍を投擲した。水平に飛んでいき、敵兵の心臓を貫いた。向こうが動揺した直後、盾持ちの兵士達に、盾を正面に構えさせて突撃させた。

 その先頭に立つはクー・フーリンさん。盾を借りて戦闘で敵の弓兵からの矢を弾いたり躱しながら一番乗りに到着すると、宝具を持って暴れ回った。先頭にいる弓兵隊が崩れた事により、相手の陣形は次の作戦へと移行する。弓兵を下がらせ、その先に剣と盾持ちが向かって来た。

 それもこっちは読めていた。だって、そうするしかないし。

 

「怯むな、押し切れ‼︎」

 

 途中から入れ替えられた所でこちらの勢いは止まらない。

 俺は先頭ではないが一番後ろでもない位置で戦場を見守っていた。戦闘で暴れるのはクー・フーリンさんと沖田さん。だが、予想通り沖田さんはいつもより動きが悪い。

 

「ロマン、サーヴァントの反応は?」

『奥に一人だけだ。それ以外に反応は見えない』

「りょ。じゃあ、右翼は清姫、左翼は藤丸さんとマシュに中央に向かわせて」

『了解』

 

 よし、予定通りだ。だが、物事が予定通りに進んでる時は、逆に向こうの思惑通りの可能性もある事を忘れてはならない。俺は目の前の戦場より先を見据える必要がある。

 その直後だ。足元から地響きを感じた。何か嫌な予感がする。

 

「クー・フーリンさん、沖田さん!兵士連れて退いて‼︎」

「ああ⁉︎」

 

 その直後だ。前の方の地中からゴーレムが5体ほど生まれてきた。どう考えても魔性の生物だ。やはり、何か手を打って来たか。しかも、最悪なことに前衛を二つに両断される形で現れた。

 

「クー・フーリンさん、沖田さんはゴーレムの相手をして。その他兵士は前の敵だけを見ろ!ただし、ゴーレムからの攻撃には最低限の注意は向けろ!ロマン、清姫とマシュ達に合流を急がせて!合流し次第、ゴーレムの前にある兵士達の援護をさせて!」

 

 その指示に全員から返事が来た。その程度、奇襲にもなっていない。

 それに、相手がどれ程、この戦場にかけてるか知らないが、前線のうちの一つにそこまで魔力をかけるとは思えない。

 

「オラァッ‼︎」

 

 クー・フーリンさんの気合のこもった声が聞こえた。ゴーレムを一体撃破したようだ。

 清姫達はまだ到着してないのが不安だが、クー・フーリンさん達と沖田さんは順調のようだ。ここからゴーレムが増えないとも限らない、何か手を打たねば。

 そう思っていた直後だ。ゴーレムの前の戦場で爆発音が聞こえた。味方兵士がぶっ飛ばされていた。

 

「………来たか。待ちくたびれたぞ。一体、いつまで待たせるつもりか」

 

 その先にあるのはかなり太った男。狸と呼んでも差し支えないくらいのデヴ。だが、味方兵士の中を無双してる辺り、おそらくサーヴァントだろう。

 

「しかし、だ。どうやら私が退屈するだけの価値はあったぞ。面白い指揮官がいるな」

 

 そのサーヴァントは、真っ直ぐと俺を見据えていた。なんだ?俺が指揮官である事がバレたのか?いや、まさかそんなはずは……あるわ。他の人と服装違うし、戦場が見渡せる位置にいる時点で………。

 とにかく、現状はまずい。

 

「全員、クー・フーリンさんと沖田さんがゴーレムを食い止めてる間に撤退しろ!敵サーヴァントとゴーレムの挟み撃ちにされるのは避けるんだ!ロマン、後衛のネロに弓兵の援護射撃をさせろ!」

『了解』

 

 言ってる場合じゃない、俺も退かないと殺される。ネロに頭を潰されてはならないと偉そうに言っておきながらやられるわけにはいかない。

 敵サーヴァントは援護射撃で降ってくる矢を物ともせずに剣で弾き飛ばしている。このままでは、沖田さんとクー・フーリンさんに追い付いてしまう。周りの兵士達は撤退しながら敵兵士と戦うのに手一杯だ。

 

「ロマン、清姫達はまだ来ないの?」

『ああ、他の場所にもゴーレムが出てて足を止められてるようだ』

 

 ………清姫達はまだ来れない、ゴーレムとサーヴァント相手でクー・フーリンさんと沖田さんも手こずっている、さらに沖田さんは本調子じゃないと来た。追い込まれれば沖田さんも少しは調子を戻すと思ったが、アレじゃ並みのサーヴァントと変わらない。

 ………仕方ない、次の一手だ。元々、沖田さんの不調の原因は俺だし、俺が責任を取るのは当然だ。

 

「………仕方ない。ロマン、ネロを前線に出す」

『! 分かった』

「それと、後の事はネロに任せて。敵の増援の事を考えた上でのゴリ押しでいけるはずだから」

『? それって、どういう……』

 

 ロマンからの声を無視して、俺はゴーレムを通り過ぎた。その俺にクー・フーリンさんから声が上がった。

 

「ああ⁉︎マスター、何やってんだ⁉︎」

「サーヴァントは俺が足止めする!」

「バカ言うな、出来るわきゃねぇだろ‼︎」

「クー・フーリンさんと今の沖田さんだけじゃ、三人相手は厳しいだろ!誰かがやらなきゃいけねえんだよ‼︎」

 

 クー・フーリンさんと沖田さんを含みがある言い方で分けた。ピクッと沖田さんが反応したのを見ると、俺はゴーレムの間を抜けてサーヴァントの前に立った。

 

「マスタ……!」

 

 声を上げてクー・フーリンさんが援護しようとするが、黒いゴーレムがその道を阻んだ。あっちは茶色いのより少し強いようだ。

 

「ほう、大将自ら私の相手をしてくれるのか?見込違いだったようだな」

「バーカ、うちらの大将は俺じゃねえ。あいつがお前なんかの相手をするわけがねえだろ」

「まぁ良いさ。私の前に立った以上、斬り伏せるだけだ」

 

 来る………!拳銃は……ダメだ。どうせやられるなら、この時代に存在しない武器は今は使わない方が良い。

 となると、俺にあるのはナイフ一本だけだ。………いやいやいやいや!無理無理無理無理!10秒も保たねえよ!ど、どうしよう……なんか戦うとなったが腰が引けて来たんですけど………。

 

「………殺す前に、名前を聞いておこうか?」

「な、名前ですか?」

「なんで急に敬語?」

「あ、いえ、なんでもないです。えっと……僕は田中正臣でございます。一つ宜しくどうぞお願い致します」

「そ、そうか。タナカマサオミか。私はガイウス・ユリウス・カエサル」

「! それって……!」

 

 初代皇帝以前の支配者………‼︎それがあんなにデヴだと⁉︎

 

「嘘だ!」

「え、いや嘘じゃないけど」

「なんでそんな雪だるまみたいな体型した奴が皇帝なんかやってんだよ!」

「体型は関係ないだろう!それに、ふくよかなのは富の象徴だ!」

「違うね!我慢を知らない暴飲暴食を繰り返すダメサラリーマンと一緒………‼︎」

 

 直後、ズボァッと俺の真横の地面が抉れた。………え、ち、ちょっと待って………?これ………。

 

「と………飛ぶ斬撃…………?」

「おしゃべりは終わりだ。戦いを始めようか」

 

 カエサルは俺を睨むと、剣に手を掛けた。嫌な予感がして反射的にしゃがむと、俺の頭皮の髪の毛先が切れた。

 

「ちょっ、ちょちょちょっと待って!セイバーでそんな鷹の目みたいな事ズルじゃないの⁉︎」

「戦いに卑怯も何もないだろう?」

「いやいやいや!限度ってものが……!」

 

 文句を言ってる最中にカエサルは剣を振り上げた。慌てて横に逃げると、ズバッと俺の真横の地面が抉れた。

 こっ……怖ぇ〜〜〜〜〜⁉︎マジかよ、サーヴァントってこんな化け物ばかりなのかよ!正直、あの丸々した体型見たから三下ポジなのかとばかり………!

 このままじゃ近付くことも出来やしねぇ!いや、近付いたって勝てるわけがないんだが。いや、結果的に足は止められてるから良いんだが………。

 そんなフラグ染みた事を思ってしまったからだろうか。石に躓いてゴロゴロと転がった。何かにぶつかって俺の体は止まり、尻餅をついた。

 

「痛て……」

 

 ふと何に見つかったのか気になって見上げると、目の前にカエサルがいた。

 ものっそい冷たい目で俺を見下ろしている。あ、死んだなこれ。今までありがとう、みんな。

 

「………ここまでだな、ナカタマサオミ」

「いや、俺、田中………」

 

 訂正される前にカエサルは剣を振り下ろした。おいおいおい頼むぞ!このままじゃマジで死ぬ………!そう思いながらキュッと目を瞑って、反射的に両手で頭を抱えた時だ。

 頭上でギィンッという鈍い音が聞こえた。ビーンッと鼓膜に響いたが、それが気にならないほどに何があったのか気になって見上げると、沖田さんがカエサルの攻撃を弾いて立っていた。

 

「………ほう?新たな兵隊か?」

「………私のマスターに、手出しはさせない」

 

 ………思ったより早かったな、覚醒が。マスターが死ねばサーヴァントも消える。沖田さんが覚醒するのは目に見えていた。

 

「もう平気なのか?」

「はい……。マスターには色々言いたいことがありますが、とにかく今は戦闘に集中させていただきます」

 

 そう言って、沖田さんは刀を構えた。しかし、沖田さんがまともに機能すれば、ゴーレム程度何とでもなるのは分かっていたが、にしても早いな。

 とりあえず邪魔にならないように後ろに下がりながら後ろを見ると、ネロが追いついて来ていた。見事なまでのゴリ押しで敵兵士を圧倒している。

 

「………なるほど。今の男は貴様のマスターであったか。名前を聞こう、美しき少女よ」

「私は沖田総司、クラスはセイバーです」

「ほう。その美しさと私の剣を弾いた褒美をやろう。故に一つだけ質問を聞いてやろう」

 

 なんだ?女好きか?とりあえず、質問しておくか。

 

「沖田さん」

「わかっています。私達の質問は一つ、聖杯はどこにありますか?」

 

 おお、よくわかってる。一周回って冷静、と言うか頭が回るようになったのか?

 

「良いだろう。聖杯なるものは我が連合帝国首都の城に在る。正確には、宮廷魔術師を務める男が所有しているな」

 

 ………やはりか。それだけ分かれば十分だ。

 すると、カエサルの魔力が上昇するのを感じた。それと共に俺と沖田さんの後ろの地面から新たなゴーレムが生まれてきた。ざっと見た感じで5体はいる。

 まるでゴーレム達は他のサーヴァント達の相手をするかのごとく立ち塞がった。

 

「!田中先輩!」

 

 声が聞こえて振り返ると、マシュと清姫がようやく来たようだ。その後ろからは元気に指揮をするネロの声が聞こえる。あいつらにはゴーレムの相手を任せるとしよう。

 

「では、これから戦うとしようか」

 

 カエサルの腕が変形し、グレーの鎧のようなものが出てきた。それを見るなり、沖田さんは刀を構えた。

 

「沖田さん、タイマンでいける?」

「愚問です」

「じゃ、頑張れ」

「はい………!」

 

 戦闘開始だ。刀を構えて沖田さんは突撃した。

 

 



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元気を出すには怒らせるのが一番手っ取り早い。

風邪引いて文書ヤバイかもです。すみません。


 ようやく、カエサルを撃破し、俺達は野営地に戻った。今回は初めてサーヴァントだけでなく兵士同士の(いくさ)の指揮官をしたということで、少し反省すべき所が見えた。全く考慮してなかったわけではないが、魔性の生物が出て来ることまで想定していなかった。

 そのため、清姫とマシュの合流が遅れた。それと、前衛をあっさり分断されてしまったことだ。これからはその辺を考えて配置せねばなるまい。

 

「………と、いうわけで反省してるって!なんで怒ってんの⁉︎」

 

 なぜか正座させられています、はい。俺の目の前で仁王立ちしてるのはネロ。

 

「余達が怒っているのはそこではない‼︎何故、弱っちい癖に出しゃばった⁉︎指揮官が倒れるわけにはいかないと言ったのは貴様の方であろう‼︎」

「………あー、や、それは……」

 

 沖田さんの調子を戻すためです、と言おうとしたがそれやると沖田さんが責められるよなぁ………。

 

「の、ノリで………」

「っ!このっ、バカモンが‼︎」

 

 部長みたいな事を言いながら俺の頭をブン殴った。すると、沖田さんが間に入って、まぁまぁとネロをなだめた。

 

「も、申し訳ありません、ネロさん。マスターがあの様な行動に出たのは、私のためなんです……。私が、本調子ではなかったから……」

「む、むぅ……そうなのか?」

 

 思いの外、沖田さんは自分から言い出した。ネロにも確かめられ、頬をぽりぽりと掻きながら「ま、まぁ……」と答えた。

 

「に、にしてもだな……。何も命まで掛ける事では……!」

「は?命なんて掛けてないよ?何言ってんの」

「「えっ?」」

 

 沖田さんとネロから声が漏れた。

 

「だ、だって、カエサルに向かって行ったじゃないですか」

「う、うむ。実力差以前にお兄ちゃんは戦闘兵ですら無いではないか」

「ああ、それはね」

 

 聞かれて、上半身の服を脱ぎ出した。俺の下には防弾チョッキが巻かれていた。

 二人ともそれを見るなり首を傾げた。

 

「? なんですかそれ?」

「防弾チョッキ。拳銃から身を守るためのものだ。剣に有効かどうかはわからないが、せっかく持ってきたし付けるだけ付けとこうと思って。だから万が一、カエサルの剣が当たっても俺は死ななかったよ」

 

 まぁ、部位にもよるし多分一発で鎧が壊れるとは思うけど。

 すると、二人は微妙な表情を浮かべた。なんだよ?と視線で問うと、ネロと沖田さんは答えた。

 

「う、うむ。まぁ、それなら許すしかないのだが……」

「………なんか、まぁ、マスターらしいですね」

 

 なんだよ。良いだろ。俺だって死にたくなかったんだし。

 なんか少し不貞腐れそうになったが、それで話が長くなるのは嫌なので黙っておくことにした。

 

「そ、それよりこれからどうすんの?もう帰る?」

 

 代わりに今後の方針を聞くと、ネロは「ふむ……」と呟いた。

 

「そうだな。今日は皆、疲れたであろう」

「りょ。よし、今日は解散!」

 

 そう言うと兵士達やサーヴァント達は別れた。さて、俺も良いかな。今日は何度も死にそうな目に遭ったし、もう疲れたわ。

 

「………風呂」

「あ、マスター」

 

 簡易風呂に向かおうとすると、沖田さんに呼び止められた。

 

「何?」

「………少し、良いですか?」

 

 そう言うと沖田さんは森の中に向かった。まだ返事してないのに。仕方ないので俺もついて行った。

 森の中に入り、しばらく歩くと沖田さんが止まったので、俺も立ち止まった。

 

「なんだよ」

「………昨日の事なんですけど」

「あー……」

 

 そういやちゃんと話してなかったな。

 

「悪かったよ。その……まんっ……敏感なとこ舐めちまって。こっちも殺される所だったとはいえ」

「………いえ、その件は良いんです」

「えっ?」

 

 じゃあなんで呼び出したんだよ。てか、さっきその件って言ってたろうが。

 

「………その、昨日の事を引き摺って、指揮官を引っ張り出すようなことをして、すみませんでした………」

「あー………」

 

 そういうことか。てか、それは昨日の事なのか?まぁなんでも良いが。

 

「いや、気にしなくて良いよ別に。むしろ、俺の方が悪かったよ。そんな行動不能になるまで恥ずかしい思いをさせて」

「いえ、それは……結局、起きなかった沖田さんの所為ですから」

「いやいや、にしてもやって良い事と悪い事があるだろ。沖田さん、仮にも女だし」

「………それは、そうですが……。マスターの命を狙おうとするなんて以ての外でしょう」

 

 ………うーん、相当凹んでるな。流石、元新撰組。普段なら「仮にも」って所で怒るのに。あまり気にして欲しくないんだが……。仕方ない。

 

「沖田さん」

「? 何ですか?」

「それはそうと、沖田さんって処女なんだね」

 

 開戦の狼煙を上げると、ビキッと沖田さんの頬に青筋が立ったのがすぐに分かった。

 

「なんですか!この期に及んでセクハラ発言ですか⁉︎挑発してるんですか⁉︎」

「いや、だってそうだろ。少し舐めただけで力抜けるなんて敏感にも程があるでしょ」

「う、ううううるさいです、このど変態‼︎マスターだってどうせ童貞でしょう⁉︎」

「てめっ、せめてマスターは付けろコラァッ‼︎大体、童貞じゃないし!経験がないだけだし!」

「それを童貞って言うんですよバーカ!大体、処女だから敏感とか思い込んでる時点で童貞感丸出しですから‼︎」

「うっ、ううううるさいわアホ‼︎俺はお前と違って初チューはしてるしー!」

「はん!どうせこの前のジャンヌさんの時の話でしょう⁉︎あんな舌も入れてないチューは誰にも自慢なんて出来ませんよ!」

「ああっ⁉︎てめっ、今のはマジあれだわ。ジャンヌ・ダルクとキスした人間なんて世界史的に見ても俺しかいねーから。そんな俺の思い出をバカにする者は誰が相手でも許さん」

「はぁ?やるって言うんですか?上等ですよ」

「今日こそ決着つけてやらぁ‼︎」

「いつもぼろ負けしてるじゃないですか!見栄張らないで下さい‼︎」

 

 襲い掛かった。

 

 ×××

 

「痛て……ったく、本気で殴りやがって……あんにゃろ………」

 

 ボロボロになった身体を引きずりながら野営地に戻った。

 そういえば、昨日はネロの部屋で寝たから俺のテントってどれだか分からねーんだよな。

 とりあえず、男湯に入って中で一緒になった人にでも聞こうと思ってると、「お兄ちゃん!」と言う呼び声が聞こえた。俺の事を兄と呼ぶのは現代史的に見ても歴史的に見ても一人しかいない。

 

「少し、話良いか?」

 

 ラブリーマイエンジェルシスターネロたそだ。

 

「良いよ。お兄ちゃんがネロのお願いを断ったことがあるかい?」

「良いから早く来い」

 

 少し冷たいですね。いや、まぁ良いけど。

 ネロのテントに到着し、二人で椅子に座った。

 

「それで?」

「うむ、まずはからかうぞ」

「はっ?」

 

 何その宣言。

 

「沖田を元気づけるために随分と回りくどい事をするのだな?」

「っ!お、おまっ……見てたのか⁉︎」

 

 マジかよ………。しかも見透かされてるとか………。なんか、かなり恥ずかしいんだけど………。

 

「普段は喧嘩ばかりしてるようなのに、随分と優しいのだな?」

「いや、違うから。凹まれてると戦闘に響くから黙らせただけだし」

「ふむ、しかも照れ隠しか?可愛いところもあるではないか」

「……………」

 

 これ以上、この話題は危険だ。話を変えようと思ったところで、ネロが微笑みながら言った。

 

「まぁ、お主のそういう所、余は好きだぞ?」

「っ」

 

 っくりしたぁ……。ネロの笑顔が可愛すぎて思わずときめいたわ。ホント、妹にして良かったと思えるほど可愛いわこの子。

 

「………で、話ってなんだよ。『まずは』って事は何か他にも話あるんだろ?」

「う、うむ。そうだったな。実はここにきてから何度か聞く話なんだが、古き神が現れた、というのだ」

「はぁ?」

 

 なんだよ古き神って。てか誰から聞いたの?

 

「その島があるらしいんだが、どうする?行かぬか?」

「行かない」

「即答⁉︎」

 

 当たり前だろ、胡散臭い。

 

「昔の人の『神』っつーのは火山の噴火や落雷とかを表してるからなぁ。どうせ、どっかの島に雷が落ちたりしただけだろ?」

「いや、余も詳しくは知らぬのだが………。だが、『地中海のある島に古き神が現れた』というかなり具体的な話だぞ」

「地中海のある島の火山が噴火したんじゃねーの?」

「火山はないらしいのだが……」

「じゃあ雷」

「テキトーにも程があるぞ……。そこまで行きたくないのか?」

 

 行きたくない。さっき死にかけたばかりだし、もう疲れたし。城に戻って寝たい。

 

「ネロは行きたいの?」

「うむ。気になるからな」

 

 うわー……でも、リスクがデカイなぁ。特に俺個人に対するリスク。ていうか、行きたくないどころの騒ぎじゃないわ。ネロには悪いが断ろう。

 

「とにかく嫌だ。俺はもう疲れた。誰がなんて言おうと」

「お願い、お兄ちゃん?」

「行くか。今すぐにでも」

「いや今すぐは………」

 

 よし、やってやるぜ。古き神だかなんだか知らないが敵なら速攻しばき倒してやるぜ。

 

「うむ、では次が最後の話だ」

「え、今ので終わりじゃないの?」

「違う」

 

 直後、ネロが俺の腰の辺りにギュッと抱き着いた。

 

「っ⁉︎ね、ネロ⁉︎」

「………馬鹿者。心配したぞ」

「え、なんの話?」

「………先ほどの戦闘だ。カエサル殿に大した武器も持たずに向かって行くなど………」

「あ、あー………」

 

 その話か。いやそれは申し訳ないとは思うよ。

 

「余は……余は、お主が死んだら悲しいぞ。味方の戦意を奮い立たせるためだか知らぬが、お主が死んでしまっては何の意味もない」

「いや、あれはだから命かけてたわけじゃ………」

「首を斬られたらどうするつもりだったのだ?」

「…………」

 

 それは正直賭けだった。まぁ、俺の中でも首と脚への攻撃には気を付けてたんだけどね。

 

「………頼むから無茶はするな、正臣よ」

「…………悪かったよ」

「うむ。では、話は終わりだ」

「ああ、ちょうど良かった。なら、俺の部屋教えてくれない?」

「? 何を言っている?お兄ちゃんの部屋ならここだ」

 

 ? お前が何を言っている?

 

「昨日、お主が言ったのだろう?俺には甘えろ、と」

 

 あーいや確かに言ったけど……。でも、あの時は兄テンションだったというか………。昨日なんて全然眠れなかったし、今日くらいは一人で寝たいんだけど………。

 何とかやんわり断れる言葉を探してると、ネロは悪戯っ子のよう且つ、純粋な笑みを浮かべて言った。

 

「だから、これからはしばらく甘えさせてもらうぞ?お兄ちゃん」

「……………」

 

 仕方ない、今日の睡眠も諦めよう。そう決めると、俺はとりあえず風呂に入る事にした。

 

 



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魅了されちゃったもんは仕方ない。

 古き神、とやらを探す為に地中海に来た。他の面子に話すのそれなりに賛同してくれた。

 

「………よし、沖田さん!おんぶ!」

「はぁ?なんですかいきなり」

「だって泳ぐしかないじゃん。俺、疲れるの嫌だ」

「私もマスターに乗られるなんて嫌です。重そうだし」

「いやいや俺軽いからね⁉︎」

「いえ、だって基本的に動きませんし、この時代に来てからは食事も豪勢ですし」

「そうです、ますたぁ。ここに来る前より体重が2.81キロも増えていますよ!」

「えっ⁉︎マジ……!………てか清姫テメェなんで小数点第二位まで分かるんだよオイ」

 

 清姫さんたまに怖ぇんだけど。いや、たまにっつーか常に怖いわ。

 

「………しかし、太ってたか。少しショックだ」

「と、いうわけでマスターは自分で泳いで下さい」

「いや、泳ぐ必要などないぞ」

 

 ネロが口を挟んだ。どういう意味?と思ったのも束の間、ボートみたいなのが普通に海に停めてあった。

 

「よし、お兄ちゃん。余の華麗な操船を披露してやろう」

「え、ネロたそ船運転出来んの?」

「うむ。まぁ見ておれ。よし、出航するぞ!」

 

 と、いうわけで、全員船に乗り込んだ。

 

 ×××

 

 到着した。死んだ。

 

「だ、大丈夫かマスター?」

 

 クー・フーリンさんが心配そうに声をかけてくれたが、返事をする余裕もない。気持ち悪い、ケツが痛い、泣きそう。なんつー運転しやがんだあの野郎………。

 

「そうかそうか、眠ってしまうほど心地良かったか、お兄ちゃん!」

 

 お前叩きのめすよ?

 

「………ごめん、俺無理。古き神を探すのはみんなに任せるわ。クー・フーリンさん、残って俺の護衛」

「なんで俺なんだ?」

「俺のサーヴァントで一番静か」

「把握した」

「………あ、マスター」

 

 沖田さんが口を挟んで来た。

 

「私が残りますよ」

「お断りよ」

「お断りよ⁉︎」

 

 だってうるせーもん。ていうかなんで立候補してんの?

 

「良いじゃないですか、別にー」

「いや、無理。俺もう頭痛いし腰も痛いしお尻も痛いし気持ち悪いし……。うるさいのはいらない」

「むかっ!」

 

 口で言うな。ネロとかジャンヌ様なら可愛いけどお前が言うと怖いわ。

 

「クー・フーリンさん、代わってください」

「え?いや構わねえけど」

 

 えっ、ちょっ……なんで………。

 

「お待ち下さい!そういうことならわたくしも!」

「絶対清姫には残らせるな。最悪、令呪だわ」

「何故ですかますたぁ⁉︎わたくしはこんなにもあなたを愛しているのに!」

「清姫、今回の任務はお前にしか任せられない。頼むぞ」

「お任せください!」

 

 そんな無駄なやり取りをしてると、ネロがまとめるように言った。

 

「うむ、では立花、マシュ、清姫、クー・フーリン。行くぞ!」

『いや、待った』

 

 その直後、ロマンからドクターストップが掛かった。医者関係なしに。

 

『こちらから探す必要はなかったらしい。向こうからお出ましだ。ただし、サーヴァントの反応だ』

 

 俺は慌てて立ち上がり、ネロの背中に隠れた。ネロが嬉しそうに微笑んだ気がしたが、ロマンの声がまた聞こえて来たので気にしないことにした。

 

『いいや、違うな。これは正常なそれとは違う。これは、なんだ?』

「ええ、そうよ?普通のサーヴァントではないもの」

 

 声のする方を見ると、ピンク色の髪の女の人が立っていた。白い服で神々しいオーラを出している。

 

「ごきげんよう、勇者の皆様。当代に於ける私のささやかな仮住まい、形ある島へ」

 

 ………可愛い。

 

「私は女神ステンノ。ゴルゴンの三姉妹が一柱。古き神、と呼ばれるのはあまり好きではないのだけれど」

 

 …………美しい。

 

「でも、それでも構わなくてよ。確かに、あなた達からすれば過去の神なのだろうし」

 

 ……………綺麗。

 

「どうか好きにお呼びになってくださいな、みなさま。ねぇ?そこのマスター様」

「はっ、ステンノ様。いやマスター。わたくしに何なりとお申し付け下さいませ」

「「ま、マスター⁉︎」」

「お兄ちゃん⁉︎」

 

 ステンノ様の前で膝を着いて手を取り、甲にキスをすると沖田さんと清姫とネロが反応して来たので、俺は心底やかましそうに三人を睨んだ。

 

「なんだよオイ」

「何いきなり絶対服従宣言してるんですか⁉︎」

「そうです!ていうか、あなたがますたぁではありませんか!」

「そ、そうだ!余のお兄ちゃんではなかったのか⁉︎」

「俺はステンノ様に忠誠を誓ったんだよ!」

「ふふふ、そうらしいわよ?三人とも」

 

 ステンノ様は心底楽しそうにニヤリと微笑むと、俺に一瞥した。

 

「あなた、名前は?」

「田中正臣と言います」

 

 直後、ステンノ様は俺の首元に手を添えた。それに気付き、他のサーヴァントやネロがステンノ様に剣を構えた。

 

「! マスター!」

「田中先輩!」

「おっと、動かないでくれる?」

 

 ああ、ステンノ様に命を取られそう、ありがたき幸せ!

 

「この男を助けたければ、今からこの島の洞窟に向かいなさい」

「………どういう意味?」

 

 ジャンヌオルタが聞いた。

 

「簡単なことよ?島の洞窟の奥にある宝を持って来るの。そうしたらこの男は開放してあげるわ。言っておくけど、全員で行くのよ?ここに一切の見張りは許さないわ」

「それってステンノ様と俺が二人きりってことですか⁉︎」

「ええ、そうよ?」

 

 猫を相手にするように、首元をこしょこしょとくすぐって来るステンノ様。直後、ネロ、清姫、そして何故か沖田さんまでが魔力を解放した。

 それにも恐れる様子なく、むしろ楽しそうにステンノ様は言った。

 

「おっと、脅すのは良いけどこの男の身の安全も考えてね?」

「っ………!」

 

 すると、今度は藤丸さんが全員に声をかけた。

 

「みんな、行こう」

「! しかしマスター!」

「行くしかないよ。彼女は女神だし、どうしようもない」

 

 妥当だな。

 

「ステンノ様、宝を取ってくれば良いのね?」

「ええ、そうよ?」

「でも気をつけてね。こちらには嘘に厳しい人もいるから」

 

 そう言う藤丸さんの視線には清姫がいる。それを察したステンノ様は微笑んだまま頷いた。

 

「ええ、分かってるわ。女神は嘘はつかない」

「………了解。じゃあ、行こう」

 

 全員、洞窟に向かった。なんかすごいオーラ出してるが。

 みんなの姿が見えなくなった直後、ハッと意識が戻った。ついさっきまでの記憶がない。

 

「………あれ?みんなは?」

「ごきげんよう」

「………誰?」

「ステンノよ。今、あなたの命を救うためにあなたの仲間は洞窟に向かったわ」

 

 ………つまり、この女は俺を人質に取ったって事か………?

 

「ああああああ!殺されるうううううううう‼︎」

「大丈夫よ、殺さないわ」

 

 いやいやいやいや、敵の言葉を信じろって⁉︎アホか!ど、どどどどうしよう。どうやって逃げよう………。

 

「まぁまぁ、焦らないで。本当に殺さないわ。女神の名の下に約束する」

「ごめんなさい殺さないで……。お金ならいくらでも払います……」

「話聞きなさい。本当に殺すわよ」

「はい」

 

 素直になった。にしても、綺麗な紫色の髪だ。さっきまで何をされたのか知らないが、まずいなこれ。

 

「にしてもあなた、すぐに人質にされたってよく分かったわね」

「そりゃわかるだろ!俺を助ける為に洞窟に向かったってことは、お前は何かしら必要だったって事っしょ?俺の命を引き換えにしなきゃいけないほどに重要なもの」

「なるほどね?でも、全然違うわ」

「は?」

「面白そうだったからやってみただけ」

「………………」

 

 このクソドS女。過去最大級にムカつくなオイ。

 しかし、大体分かってきた。ようはこいつ、島に訪れた俺達で遊んでるのだ。野良のサーヴァントなんだろうな。俺の仲間があれだけいる中で俺の背後を一瞬で取れる、つまりアサシンかな?

 何にせよ、多分俺の事を殺すかどうかは分からないが、あいつらが戻って来るまで俺に出来ることはない。

 

「じゃ、俺寝るわ。あいつら帰って来たら教えて」

 

 仕事サボれてラッキーだわ。その場で寝転がると、ステンノは俺に驚くほど素敵な笑顔を向けた。

 

「あら、それじゃあ私が暇じゃない。暇潰しに付き合ってくれる?」

「御意」

 

 すぐに座り直した。

 

 



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ツイてない日にガチャを引くのはやめよう。

 ネロ達が戻ってきて、俺は解放された。ステンノ様とあと何処から出て来たのかタマモキャットとエリザベートから敵の本拠地を教わった。ネロの伯父がやって来たから、サクッとブッ殺して今は城にいる。

 で、なんで僕は城の修練場的な場所でネロと沖田さんに正座させられているのでしょうか。

 

「………あの、何?二人とも」

「今回の件でハッキリしました」

「はっ?」

「マスターには少しでも戦闘力を持っていただきます」

「な、なんでだよ!」

「当たり前だ!」

 

 ネロが少し怒った口調で口を挟んで来た。

 

「あんなあっさりと人質に取られおって!古き神がたまたま良い神だったから良かったものの、情けないにも程があるぞ!」

「そうです!しかも簡単に魅了されて………!これから、もしあの様な事があった場合に足手まといになります!」

「ええ………で、でも今回は仕方なくない?魅了されちゃったんだから………」

「「仕方なくない‼︎」」

 

 なんでですかいダイビング、なんて言ったら怒られかねないから黙ってよう。

 

「とにかく、貴様はこれから心身ともに鍛えさせてもらう!良いな?」

「えっ、いやいや。戦争中に修行したってそんな意味なくね?それより、せっかく敵の本拠地教えてもらったんだから、攻略方法を考えないと………」

「それは立花に任せておる」

 

 えっ、いやまぁ洞窟から帰って来たのはあの人の指揮で帰ってこれたんだろうし、大丈夫だとは思うけど………。

 

「とにかく、ビシバシ行くぞ!とりあえず、余も皇帝陛下として指揮を取る必要があるため、基本的には沖田にしごいてもらう」

「はい。ネロさんに空き時間があれば交代していただきます」

「いやいやいやいや!その間、俺と沖田さんはどうすんだよ⁉︎」

「戦線から外れてもらうぞ」

「バカ言うな!ネロ達だけで勝てるのかよ⁉︎」

「ふっ、任せておけ。聞けばあのジャンヌオルタとやらは女がてらに兵をまとめ上げた事があるそうではないか。他にもマシュ達もおる、戦力的には心配はない」

「き、清姫!清姫に修行つけてもらう!」

「清姫さんは武器使わないのでダメです」

「じゃあクー・フーリンさん!槍使うじゃん!」

「クー・フーリン殿も挙手しておったが『男だし、1週間くらい何も食わせなくても平気だよな?』とか言ってたが?」

 

 あの人はあの人でサイコパスだったのか………‼︎

 

「では、ネロさん。今日は私に任せて下さい」

「うむ。とりあえず、半殺しにしても構わん」

「はい」

 

 うわぁ……この二人が最悪の形で仲良くなりやがった………!しかも、俺の意見なんて聞くつもりないし………どうしよう。………いや、人質にされてる間に考えていた今後の予定を実施すればワンチャンある。諦めるのはまだ早い!

 

「ネロ、待った」

「なんだ?」

「1つだけ考えてた事があるんだけど」

「だからなんだ?」

「今回のガリア戦で敵に俺達の総戦力を知られていた可能性があるから、召喚だけしておきたいなー……って」

「………ふむ?」

 

 ネロは「どうする?」みたいな感じで沖田さんを見た。

 

「良いのではないですか?どうせしごくのですし」

「………お主がそう言うのなら良いだろう。では、行くとしようか」

 

 よっしゃ!これで心優しい天使様みたいな人(具体的にはジャンヌ様みたいな人)がくれば、この脳筋馬鹿二人のしごきから解放される。

 後は、俺の運命力に賭けるしかない。頼むぜ。

 

「じゃ、藤丸さんとマシュ呼んで」

 

 大丈夫、こう見えてゲームのガチャ運は良いんだ俺。人類が滅ぶ前も、単発でナルメア姉さん出たし。

 

 ×××

 

 そんなわけで沖田さん、藤丸さん、マシュと召喚サークルを設置した場所に向かった。

 もう夜遅いが、そこは俺の懐中電灯のおかげで暗がりの中に光を照らして進めている。

 

「………聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来い聖女来」

「マスター、この人どうしたのですか?」

「マシュ、私に聞かないで。その人がおかしいのはいつもの事」

 

 馬鹿野郎。こっちは真剣なんだ。命が掛かってるからな。今回ばかりは下心はない。まじめにジャンヌ様に来て欲しい。いや、まぁ下心がないとは言えんが(矛盾)。

 いや、ジャンヌ様とまではいかなくても聖人に来て欲しい。ゲオルギウスとかでも良いよね。いや、まぁでも強いていうなら女の人の方が良いや。

 

「マスターはどんな方を望んでいますか?」

「聖女来い」

「私?私は特にそういうのはないかなー。強いて言うなら、ちゃんと言うこと聞いてくれそうな人かな。マシュは?」

「聖女来い」

「私は……特に希望はありません。ただ、バランスを考えるならキャスターやアーチャーといった遠距離攻撃の行える方、でしょうか?」

「聖女来い」

「あー……なるほどね。マシュはちゃんも考えてるね」

「聖女来い」

「いえいえ、私なんて………お、沖田さんはどんな方ですか?」

「聖女来い」

「私はー……土方さんですかね。あの人なら、このダメマスターを何とかしてくれそうですし」

「聖女来い」

「そんなこと言ってさー。洞窟の中では田中さんのこと心配してた癖に」

「聖女来い」

「なっ、何を言ってるんですか立花さん⁉︎そんな事ありません!」

「聖女来い」

「そういえば、いつも以上にイライラしてるように見えましたね」

「聖女来い」

「まっ、マシュさんまで………!で、でもそれを言ったらネロさんだってそうでした!」

「聖女来い」

「つまり二人はライバル?」

「聖女来い」

「ちっ、違いますから!てか、本人を前にしてやめて下さい!」

「聖女来い」

「……………」

「聖女来い」

 

 何か女子達が話してる中、俺はひたすら念じていた。ふと静かになったのを感じ、三人を見ると喧しそうな人を見る目で見ていた。

 

「………なんだよ」

「「「喧しい」」」

 

 本当に喧しかったようだ。

 召喚サークルに到着し、いざ召喚開始。まずは藤丸さんからだ。

 キィィィンっとサークルが回転し、サーヴァントが姿を表す。

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。ここに参上つかまつった」

「ふおおおお!」

 

 直後、藤丸さんから興奮したような声が聞こえ、俺も沖田さんも思わずビクッと肩を震わせた。

 

「えっ、何?」

「イケメンさん!すごいカッコ良い!しかも知ってる人!」

 

 ああ、藤丸さんも女の子だし、そういうの気になるのか。まぁ、俺も可愛い女の子出たら嬉しいし、そういうもんだよな。

 

「お主が私のマスターか?よろしく頼む」

「うん!よろしく!佐々木さん、で良いのかな?」

「好きに呼んでくれて構わない」

 

 しかし、アサシンか……。また近距離職………。どこまで脳筋なんだよ………。いや、アサシンは脳筋とは言わないか。

 若干呆れてると、冷たい空気が流れるのを感じた。ふとそっちを見ると、マシュがものっそい形相で佐々木小次郎を睨んでるのが見えた。………おい、もしかしてそれ嫉妬か?お前女じゃないの?

 いや、ヤバいな。藤丸さんのパーティにまとまりが無くなる。とにかく、ここは落ち着かせないと。

 

「ま、マシュ。落ち着いて。初めての男性だから嬉しいんだよ」

「マダオ(まるでダメな男)は黙ってて下さい」

「……………」

 

 うん、黙って召喚しよう。同じように召喚した。

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 ………誰だ?白髪で色黒で赤い服の人。アーチャーって言ってんのに剣二本持ってるし。どっかで見たことあるんだけどな……。特にその双剣。

 

「………えっと、誰?」

「君が俺のマスターか?」

「あ、うん。田中正臣です。こっちは俺のサーヴァントの沖田さん」

「沖田総司、クラスはセイバーです」

「そうか。俺はエミヤだ。よろしく頼む」

 

 エミヤ………?聞いたことねえな。まぁ、アーチャーだし喜んどくか。

 ………でも、その、なんだ。すっごい厳しそうな人だな。これ、もしかして今の俺的にはハズレを引いたんじゃ………。

 

「えっと、エミヤさん」

「呼び捨てで構わんよ」

「いやいや、そんなゴリマッチョを呼び捨てになんか出来ないから」

「マスターなのだろう?なら、もう少し威厳を持て」

「威厳を持つのと偉そうにするのは違うでしょ」

「………まぁ良い」

「それよりさ、アーチャーだよね?なんで弓持ってないの?」

「持っているさ。俺は武器を作る事が出来る。………こうしてな」

 

 すると、エミヤさんの手元に黒い弓が現れた。おいおい、この人マジかよ。なんでもありか?

 

「………ふむ、なるほど」

「他に質問は?」

「あと二つほど良いですか?」

「構わん」

「その能力って武器以外も作れんの?」

「作れる」

「じゃあ、今からテレビとSw○tchを作ってもらえないでしょうか⁉︎」

 

 直後、ガツンッと後ろから沖田さんに殴られた。

 

「バカなこと言ってないで帰りますよ」

「待て待て待て待て!この能力があればこれから俺は一々、カルデアから荷物を持ってくる必要がなくなるんだぞ⁉︎大事なことだろうが!」

「………すみません、エミヤさん。この人、バカなんです」

「いや、構わん。俺が来たからには、これからバカなことは言わせん」

 

 ………えっ、今なんて?

 

「さて、では帰るぞ。まずはマスター、貴様には色々と教育してやらんとな」

「えっ、凶悪?」

「教育だ。今の会話で大体分かった」

「おい!何言ってんだ!沖田さん!俺の今までの功績を教育してやれ!」

「助かります、エミヤさん。私もこの男にはもうイライラしてて……」

「あれぇ⁉︎沖田さぁん⁉︎」

「ところでエミヤさん、あなたの能力で竹刀や木刀も作れますか?」

「ああ、いける」

「やりましたね、マスター!これで怪我しても死にはしませんよ!」

「おいやめろ!てか何?この人来なかったら死を覚悟した修行をするつもりだったの?」

「よし、では帰るぞマスター」

「待て待てお願い待って!」

 

 助けを求めて藤丸さんとマシュと佐々木小次郎を見たが、三人揃って合掌された。

 

 ___________結論、ゲームのガチャ運とリアルのガチャ運は関係ない。

 

 



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モチベーションが上がるものではなく上げるもの。

ようやく人理修復完了しました。終局までの間、一番のイケメンはアーラシュさんという事で落ち着きました。


 夜中。身体中がボッコボコに腫れ上がった俺は、道場みたいな場所で大の字に寝転がっていた。

 その俺を見下ろしながら、沖田さんとエミヤさんは冷酷に言い放った。

 

「よし、今日はここまでで結構です」

「うむ。しかし、中々やるなマスター。回避に関してだけはサーヴァント並みと言っても過言ではない」

「それは勿論です。さっきだって敵のセイバーと攻撃を避けまくってましたから。………避けてただけですが」

「ほう、では後は反撃できるようになるまでだな。明日からビシバシといかせてもらおう」

「はい、もうやっちゃって下さい。あと精神的にも基本的にヘタレなので、その辺もボコして下さいね」

 

 ………ダメだ。こんなの毎日続くのか?それも最終決戦まで?人類史の前に俺が滅ぶわ。何とかして逃げないと………。

 だが、ネロは俺の事しごくのに賛成してるし、クー・フーリンさんも挙手してたらしい。ジャンヌオルタは俺の嫌がることは進んでやりそうだからアウト。佐々木小次郎はよく知らないから頼るのは危険だ。ブーディカとスパルタクスはいないし。ネロの兵士達はネロの手足だと考えるべきだ。同じ理由で荊軻と呂布もアウト。特に呂布とか論外だから。

 ………残りは藤丸さんとマシュかぁ。一瞬ありだと思ったけど、あいつら女の子同士の癖にラブラブなんだよなぁ。愛の巣に入るのは気が引ける。

 …………あれ?俺っていざという時に頼れる仲間がいない………?

 

「……………」

 

 何それ酷い。もう諦めるしかないじゃん………。

 

「マスター、いつまで寝てるんですか?早く部屋に戻りますよ?」

「……………」

 

 反論する気すら失せてる。こいつらなんでこんな鬼畜なんですかね………。

 

「ほら、早く起きて下さい。今日はまだ序の口なんですから」

「…………」

 

 こ、これで序の口………?嘘でしょ?流石に不貞腐れるぞオイ……。

 

「沖田、マスターはもう疲れてるようだ。運んでやれ」

「えぇ〜……汗臭そう………」

 

 誰の所為だよテメェ………。よくそこまで本人を目の前にストレートな事言えるよな………。

 そんな不満そうな顔が表に出ていたのか、沖田さんも不満そうな表情を浮かべた。

 

「………なんですか、その目」

「………別に」

「良いですよーだ、どーせ沖田さんは可愛くない女です」

「ああ?なんのこ………ああ」

 

 そういえば、オルレアンでそんな事言ったっけか。

 

「いつの話を引きずってんだよお前は」

「うるさいです、色んな女の子に色目を使って」

 

 色目ってお前な………。

 そんな俺と沖田さんのやり取りを見て、エミヤさんは呆れたようにため息をついた。

 

「………ふぅ、仕方ないな。マスター、俺が部屋まで運ぼう」

「その方が良いわ。沖田さんだと途中で投げ捨てられそうだし」

「なっ………!い、今投げ捨ててあげましょうか⁉︎」

「沖田、マスターにその口の利き方はよせ」

 

 エミヤさんに怒られた沖田さんは、ふて腐れたようにそっぽを向いた。

 それに一切気にした様子なく、エミヤさんは俺の腕を掴んで引き上げ、おんぶしてくれた。

 

「マスター、部屋は何処だ?」

「あ、ああ。ここ出て階段上がったとこ」

「了解した」

 

 運んでくれた。

 

 ×××

 

 翌日も稽古は続く。周りのメンバーが前線で踏ん張っている間、沖田さんとエミヤさんは稽古場で俺をボコボコにしていた。いや、ボコボコにはされていない。何とか回避しまくってる。

 

「うおおっ!あ、危ないって!危ないって!」

「マスター!避けてるままでは稽古になりませんよ!」

 

 くっ……!沖田さんの声のツヤが半端じゃない。稽古とか言いながら楽しんでるじゃねぇか!

 

「そこ!」

「おぶっ⁉︎」

 

 顔面に飛んで来た突きをしゃがんで回避した直後、回避した方向を読んでいたように突きが飛んできた。それを右手でガードしたが、ガード出来ずに顔面に右手ごと竹刀が直撃した。

 後ろにゴロンゴロンと転がって壁に背中を強打した。

 

「痛ッ……つつ……」

「マスター!次!」

 

 沖田さんは倒れてる俺に元気良くそう言った。

 

「ふざけんな!もう嫌だよ俺⁉︎」

「ダメです!マスターに死なれたら私達は消えてしまいますし、ここから先勝てるものも勝てなくなるんですから!最低限の戦闘力にはなってもらいます!」

「こんなもんで何が身につくってんだよ!袋叩きにされてるだけだろうが⁉︎」

「これでも昨日よりは手加減はしています!」

 

 クッソ………!こ、この野郎………!

 

「もう嫌だー!俺やりたくないー!」

「うわっ、エミヤさん!駄々こね始めましたよこの人⁉︎お酒飲める年齢の人が⁉︎」

「もう修行も受験勉強もボクシングもやだよー!」

「こ、こんな姿……ネロさんには見せられない………」

 

 だってもう身体中ベッコベコだもん!青タンとか痛いし。もう少し手加減してくれれば良いのに………。

 とにかく、もうプライドなんて完全に捨て去って、両手両足をばたつかせてパワフルに駄々をこねてると、エミヤさんがまた溜息をついて沖田さんに声を掛けた。

 

「沖田、少し良いか?」

「なんですか?」

「マスターと二人で話したい」

「………ああ、そういう」

 

 えっ、め、目上の人と二人きりに………?それ、学校の先生に怒られる前兆という奴では………。

 ドッと顔に汗を浮かばせてる間に沖田さんは修練場から出て、俺はエミヤさんと二人きりにさせられた。

 

「………さて、マスター」

「すみませんでしたああああ!」

「いや、別に怒ったりはしないから落ち着け」

「『怒らないから』って言って怒らなかった人を見たことがないんで!マジですみませんでした!」

「いやほんとに。少し話があるだけだ」

 

 ………それは怒ると言うのでは?恐る恐るエミヤさんを見上げると、エミヤさんは話し始めた。

 

「実は、昨日沖田から話は聞いた」

「は?なんの?」

「マスターのこれまでのだ」

 

 ………それはつまり、エミヤさんが来るまでの俺の活躍をってこと?直後、俺は立ち上がってエミヤさんの肩を叩きながら言った。

 

「そうかそうか!君も俺の偉大な功績を聞いたか!冬木市ではわけのわからない状況に置かれたものの冷静に味方との合流を果たして見事な指揮によって圧倒的戦力差から見事なマシュを勝利に導き、オルレアンでは迷える一匹の子羊であるジャンヌ様に快く手を貸し、徐々に仲間を集めつつも一人の犠牲者も出す事なく聖杯を回収、ローマに来てからは皇帝陛下ネロの懐に潜り込んで交友関係を上手く築き上げ、ガリアを見事に取り戻した俺の活躍を聞いたか!」

 

 少し着色したけど、まぁ同じようなもんだし別に問題ないだろう。

 俺の説明を聞いて、エミヤさんは少し引き気味に答えた。

 

「う、うむ。まぁ聞いたぞ。冬木市については知らんが」

 

 ………そもそも冬木市って何処?という質問も無しか。って事は過去の偉人じゃない?この人、本当に誰なんだ?

 

「俺は少しマスターの事を誤解していた。ただの能天気だと思っていたが、そうではない。それは認める」

「なら良いんだよ。じゃあ適材適所って事でこのサンドバッグごっこは」

「だが、それとこれとは話が別だ」

「……………」

 

 なんでなんすかね。

 

「マスターにも身に覚えがあるはずだ。オルレアンでアサシンはともかくバーサーカーに襲われた時やガリアでカエサルに襲われた時、それらを踏まえて考えろ。マスターは必ず前線に出なくてはならないし、キレる指揮官であればあるほど、敵から狙われやすくなるのも当たり前だ。万が一にも敵サーヴァントに襲われた時、せめて味方サーヴァントが間に合うまで時間稼ぎができる程度の戦闘力は良いだろう」

「いやいや、なら俺に接近できないような戦略を考えれば」

「どんな戦略を考えても、それが絶対成功する保証はないというのは、ガリアで学んだんじゃないのか?それに、ステンノにはあっさり接近されたそうじゃないか」

「……………」

 

 そう言われればそうなんですけどね。でも痛いの嫌なんです。生粋のヘタレなものでして。

 そんな事を考えてると、エミヤさんはため息をついて別のことを言い出した。

 

「昨日、沖田は言ってたぞ。俺が『少しやり過ぎたか?』と聞いたら、『マスターには死んで欲しくないからやるしかない』とな。まぁ、結局、今日は少し手加減していたみたいだが」

「っ………」

 

 そうか、沖田さんは俺をただ殴りたいだけだと思ってたけど、本当に俺の事を心配してくれてたのか………。

 

「…………わかったよ。真面目にやる」

「よし。なら、一つ助言をしてやろう」

「?」

「マスターはよく敵の攻撃が見えてる。ちゃんと避けられているからな。それが出来るなら、マスターの得意な戦略の出番だ。例えば、相手の足を攻撃したら相手はどこに躱す?」

「………上?」

「そう。相手はジャンプする。上からの攻撃、重力の利用で一見相手を有利してるようだが、空中だと相手は身動き取れない。足への攻撃で敵を浮かせてから空中に攻撃へ連続攻撃すれば、相手はガード、もしくは喰らうしかない」

「…………なるほど」

「と、いうか、これはマスターもやっていただろう。宮本武蔵との戦闘の時、沖田に指示を出していたそうじゃないか」

 

 ………ああ、あれか。なるほどな。あんなもんで良いんだ。

 

「………理解したよ」

「よし、では沖田を呼んで来るとしよう」

「あー待った!」

「?なんだ今度は」

「………できれば、もう少し手加減してくれると……」

「………一応、聞いといてやる」

「お母さん………!」

「違う」

 

 エミヤさんは沖田さんを呼びに行った。

 戻ってきた沖田さんは元気良さそうに言った。

 

「よし、ではやりましょうか!」

「あ、待った」

「なんですか?」

「この間合いからはちょっと沖田さん有利でしょ。ほら、沖田さんの方が剣とか使い慣れてるんだし」

「………まぁ、良いですけど」

 

 よし。そんなわけで、7メートルくらい沖田さんから離れた。エミヤさんが「はじめ」と言った直後、沖田さんは突っ込んで竹刀を振るった。

 それを、俺は後ろに体を逸らして回避した。ああ、ほんとだ。攻撃が見える。落ち着けば、どんな攻撃でも捌ける。

 

「!」

 

 さらに沖田さんは竹刀を振り回すが、俺は全部回避し続けた。このままだと体力的に必ず負ける。エミヤさんが言ってたな、この手の戦闘も戦略だって。避けながら頭を使え。

 俺に出来る戦略。おそらく沖田さんにもそれはあるはずだ。なら、向こうの攻撃パターンを思い出せ。その中から学習しろ。

 …………あれ?なんかパターンというパターンが思いつかないんだけど………。もしかしてこの人、いつも勘だけで攻撃してきてるんじゃ………。だとしたらパターンなんて考えるだけ無駄なのでは……?

 

「そこ!」

 

 沖田さんの突きが俺の肩に飛んで来たのを慌てて避けた。「そこ」ということは決めに来てるってことか?そういえば、さっきも決めに来る時は突きだったな。

 だとしたら、だ。やりようはあるかもしれない。それも、アホな沖田さんならな尚更だ。

 

「ねぇ、沖田さん」

「稽古の最中におしゃべりですか⁉︎」

「だからこそだよ。袴の結び目が解けかけてる」

「えっ⁉︎」

 

 嘘に決まってんだろ。こんなのに引っかかるとか呆れるを通り越して呆れるわ。あれ?それ通り越せてなくね?

 その隙に、俺は竹刀で突きをお腹に放った。まぁ、怪我されると困るから当て止めだけどな。

 

「………やっぱり」

「えっ」

 

 直後、真上から手刀が俺の脳天に直撃した。

 

「………これでも、マスターのことは一番良くわかってるつもりです。残念でした」

「…………ぐっほ」

 

 そう断末魔をあげて真下に倒れそうになった時だ。竹刀の切っ先が沖田さんの袴の結び目に引っかかった。

 

「えっ」

「えっ」

 

 ズルンッと盛大に袴の結び目を解き、袴の前の部分だけペロンと垂れ下がった。袴は後ろは後ろで止まってるので全部脱がしたわけではないが、俺は前から脱がしてしまった上に倒れ込んでるので、ピンク色のパンツが下からガッツリ丸見えだった。

 

「………………」

「………………」

 

 沖田さんは頬を赤く染めてギロリと俺を睨みつけた。

 

「………毎度毎度いい加減にしてください」

「………あんま痛くしないでね」

「嫌です」

 

 今度は本気の手刀が脳天に直撃した。

 

 



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これは立場を利用したセクハラではなく、まともな作戦です。

 数日が経過した。俺もある程度、剣は使えるようになった。まぁ流石、新撰組一番隊隊長とローマの皇帝陛下の教えなだけある。ネロの方はたまにしか顔出さないけど。

 これならサーヴァントに勝てることはなくとも、1分くらい時間稼ぎはできるだろう。相手にもよるが。あとエミヤさんってほんと誰なんですかね。何者だか知らないけどメチャクチャ強いんですけど。

 そういえば、もう何日も戦場に顔出してないけど、そっちは大丈夫なのかな。大丈夫だと信じたいが………。

 そんな事を考えながらエミヤさんと打ち合ってると、修練場の扉が開かれた。慌てた様子で兵士が一人入ってきた。

 

「田中正臣殿はいらっしゃいますか⁉︎」

「おお、いるよー。何、どったの?もうネロ達帰ってきた?」

「皇帝陛下より伝達であります!ブーディカ殿が敵兵に鹵獲、ただちに救出せよ、との事です!」

「はぁ?あいつが?」

 

 言われて、俺とエミヤさんと沖田さんは顔を見合わせた。

 んー、まぁ確かに戦力ダウンは困るが………。

 

「一応、どうやって捕らえられたか、とか教えてくれる?なるべく詳しく」

「了解です!」

 

 との事で、詳しく聞いた。どうやら、ネロと藤丸さんが先頭、殿にブーディカとスパルタクス、呂布の部隊で進行中、ネロ達の元にサーヴァントが出現、相手をしてる間に後ろのバーサーカー二人を誘導され、捕まったという事だ。

 捕まったのはブーディカのみで、バーサーカー二人は無事、という事らしい。

 

「………罠、だな」

「そうだな、間違いない」

「? どういう事ですか?」

「えっ、沖田さん分かんないの?プークスクス、マジかぁ。この程度のことも分かんないのかぁ」

「うぐっ……!わ、分かりますよ!ただ聞いといた方が良いかなーと思っただけで………!」

「じゃあ説明してみろよ」

「………あ、アレです。その……なに?すごい、こう……ブラックホールで吸い込んだ、的な?」

「…………ぷふっ」

「あー!今、笑いましたね⁉︎そうですよ、どうせ沖田さんなんて剣しか能のない大馬鹿者ですよ!」

「よく分かってんじゃん」

「〜〜〜ッ!ま、マスター!」

「おい、マスター。あまり女性をからかうのはよせ」

「そうですよーだ!バーカバーカマスターのバーカ!意地悪!」

「えっ、女性?この人が?性別以前に人間じゃなくてゴリラでしょ?」

「っ!あったまに来ました!このクソ童貞!」

「処女に言われたくねぇんだよ若白髪!」

「うるさいすけべ!」

「ムッツリ!」

「変態!」

「低脳!」

「女の敵!」

「おっぱい剣……!」

 

 直後、俺と沖田さんの頭に拳が降ってきて、二人して「あがっ」「いだっ」と断末魔を漏らした。

 

「いい加減にしろバカコンビ。マスター、説明してやれ」

 

 怒られたので、頭を涙目でさすりながら説明してやることにした。

 

「どこでもドアでかっぱらったんだよ」

「そんな嘘に引っかかると思ってるんですか⁉︎バカにするのも大概にして下さい!」

「バカにするっつーかバカだろうがバカ!」

「さ、三回⁉︎今の短いフレーズで三回も」

「もう一撃行くか?」

「「………すみませんでした」」

 

 謝った。畜生、俺と沖田さんの関係がおかしいとか言うけど、エミヤさんだって十分サーヴァントらしくないじゃん………!

 まぁ、今は悔やんでも仕方ないので、敵の考えを教えることにした。

 

「そんな難しい事じゃねーよ。まず、注意を逸らすためだけにサーヴァントを一人捨て駒にしてるし、バーサーカー二人は相手にすらしていない。この時点で狙いはブーディカだけって事になる。そもそも、殺さずに鹵獲してる時点で、こちらを誘って来てるのが丸わかりだ」

「うぐっ………!これだから頭の良いバカは………!」

 

 しかし、懸念もある。この戦法はこちらのサーヴァントが何処に配置されてるのか分からなければ出来ない戦略だ。それに、こちらのサーヴァントが捕らわれた代わりに、こちらもサーヴァントを一人消している。メリットもデメリットも五分だ。

 それでも敵がこちらのサーヴァントを捕らえに来たという事は、こちら側の大将が誘いに乗る確信があるという事になる。それはつまり、ネロの性格を把握していることに他ならない。

 なら、目的はネロを誘い出す事、か………。もしそうなら、こちらの隊列を完璧に把握してる程の相手となる。相当、準備して待ち構えてるに違いない。

 

「あの、田中正臣殿」

「? 何?」

 

 兵士さんが声をかけてきた。

 

「皇帝陛下ご自身もブーディカ殿奪還に参加するとの事でして、一度合流を考えているそうです」

「は?あいつ来るの?」

「はい」

 

 マジかオイ。誘い込まれてる本人が来るのか。いや、まぁブーディカの命がかかってるわけだし、それでも良いけど………。

 

「ま、いーや。とりあえず合流するとしようか。行こう、沖田さん、エミヤさん」

「はい」

「ああ」

 

 そういうわけで、待ち合わせ場所に向かった。

 

 ×××

 

 しばらく歩いてると、何人もの兵士を引き連れる一団が見えてきた。そして、その先頭に立つのは我が愛しき妹だった。それが見えるなり、俺は走り始めた。

 

「ネーロー!」

「お兄ちゃーん!」

「「ひしっ!」」

 

 二人して抱き合うと、沖田さんから冷たい視線で言われた。

 

「………マスター、一々再会するたびにそれはやめてください」

「なんでだよー。良いだろ別にー」

「そうだぞ沖田。余とマスターはとても久々にあったのだ」

「久々って、昨日の夜ぶりでしょうが!」

 

 良いだろー別にー。ていうか沖田さんには関係ないじゃん。

 と、思ってると水色の髪の女の子が目を光らせて飛んでくるのが見えた。

 

「マスター!」

 

 その女の子は、俺の肩を掴んで思いっきり押し倒してきた。

 

「わたくしもいますのよ、マスター!」

「押し倒すな!下、地面だから!」

「さぁ、いつも通り再会のキスを………!」

「いつもしてねぇだろ!いつもの意味知ってる?いつもを辞書で引いてこいよ!」

 

 な、なんでこいつこんなに………!

 すると、ネロが清姫の肩を掴んだ。

 

「お、おい!離れんか!」

「あら?何故離れなければならないんです?」

「正臣は余だけのお兄ちゃんだ!」

「あら?わたくしは恋人ですが?」

「恋人ではないだろ!」

 

 ていうかなんだよ!またハーレムアニメの主人公化してるよ俺⁉︎気持ち良いけど今はそれどころじゃない。

 

「二人とも落ち着け!今はそんな場合じゃないだろ!」

「あ、ああ。そうだったな……」

 

 こういう時、流石に英霊なだけあって二人とも理解は早い。ようやく二人とも退いたので俺も立ち上がると、キュッと手を繋がれた。というか、少し痛いくらいに握られている。横を見ると、沖田さんが拗ねたような顔でそっぽを向いていた。

 

「何?」

「………別に」

 

 ………えっ、何?何拗ねてんの?それとも喧嘩売ってんの?少しイラっとした直後、「マスター」とクー・フーリンさんに呼ばれたため、話を進めることにした。

 

「今から、ブーディカの救出戦の作戦を説明する。全員、この場で頭に入れろ」

「えっ、もう決まってるのか?」

 

 エミヤさんが横から口を挟んだ。

 

「うん、ここに来るまでに考えておいた」

 

 まぁ、向こうにとって重要なのはネロだ。本来なら、ネロをその場に連れて行くのは反対だが、多分ネロは言う事を聞かない。まぁ、ネロとブーディカ仲好さそうだったし仕方ないとは思う。

 

「敵の大将は頭がキレる。だから、隙のない布陣でネロを瞬殺できるように配置してあるだろう。何せ、誘い出してきてるんだからな。つまり、地の利は向こうにある。だからこそ、こちらも隙を作らないようにする。荊軻、佐々木小次郎さんの両名は砦に潜入し、ブーディカの救出をしてもらう」

 

 その確認に、二人は頷いた。

 

「エミヤさん、それと……沖田さんは弓使えんの?」

「はい?え、えぇ、まぁ一応使った事はありますが」

「なら、エミヤさんと沖田さんは後方支援。バーサーカー二人は好きに暴れさせて良い。藤丸さん、ジャンヌオルタ、マシュは側面から砦の様子を見て来て。クー・フーリンさんと清姫は俺についてくる」

 

 作戦を決めると、全員は指示に従うように頷いた。

 すると、ネロが「お、おい」と俺に声をかけてきた。

 

「よ、余はどうすれば良いのだ?」

「ああ、ネロは俺についてきてもらう。ただし、何もしなくて良い」

「………えっ?」

 

 唖然とするネロを無視して、エミヤさんにお願いした。

 

「エミヤさん、少し作ってもらいたいものがあるんだけど」

「? なんだ?」

「俺とネロの顔」

「………はっ?」

 

 ×××

 

 そんなわけで、行動開始。俺の指示通りに全員が配置について砦に向かった。

 そんな中、俺の顔をしたネロは恥ずかしそうにモジモジしながら呟いた。

 

「うぅ……まさか……まさか、皇帝である余があんな所で着替えさせられようとは………」

 

 ネロは現在、エミヤさんの作った俺のフルフェイスマスクを被って、俺の着ていた服を着て歩いていた。その前で、ネロのお面を被り、ネロの赤いドレスを着た俺は服の匂いを嗅ぎながら歩いた。

 

「スーハァースーハァー……ああ、良い匂いが………」

「やめろ!勝手に匂いを嗅ぐな!」

「え?じゃあ許可もらったら良いの?」

「ダメだ!お兄ちゃんの変態!」

「おぅふ……も、もう三回言って!」

「ばっ、バカにしておるのか⁉︎変態、変態、ヘンターイ!」

「そう、もっと、もっとだ!もっと俺を罵れ!もっとゴミを見る目で勢い良く!」

「いい加減にしてください、マスター」

 

 後ろから沖田さんに首を締め上げられ、正気に戻った。危ない危ない、ついうっかりイク所だった。

 

「まったく……!こういう変態的な所が無ければ良いお兄ちゃんだと思えるのに………!大体、何故服を変える必要がある」

「それは説明したじゃん。相手の狙いは間違いなくネロだ。なら、影武者を用意するのは当然だ」

「そ、それでもその影がお兄ちゃんである必要はどこにある⁉︎」

「決まってるだろ!俺がネロの服を着たかったからだ!」

「なら余の服を作ればよかったであろう!」

「いやいや、これ作るのだってエミヤさんは魔力を消費するわけだし、極力節約するべきでしょう。ねぇ?」

「う、うむ………。すまんな、皇帝陛下。本当に」

「いや、主の所為ではあるまい。………余としても、お兄ちゃんの服を着られるのは悪い気はしない」

「クンカクンカスーハースーハー」

「だ、か、ら!嗅ぐな!」

 

 ああ、脳がとろけそうな匂いだ………。

 まぁ、真面目な話は俺しか候補がいなかっただけなんだけどね。まず、相手にサーヴァントがいたらバレるから、その時点でサーヴァントはバツ、人間の中から選ぶとしたら、回避に定評のある男、俺しかいない。

 つまり、キチンとしたまともな理由があるのだ。だから、そんなゴミを見る目で見ないでくれるかな、藤丸さんパーティの皆さん。

 

「変態………」

「セクハラ………」

「ストーカー………」

 

 特に佐々木小次郎さんを除いた3人から酷い迫害を受けていた。ちょっとジャンヌオルタ?ストーカーではないからね?

 すると、エミヤさんが手を軽く叩いて全員に言った。

 

「さて、そろそろ着くぞ。全員切り替えろ」

 

 その台詞で、その場の全員がゴクリと唾を飲み込んだ。さて、ブーディカを取り返しに行きますか。

 

 



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策士、策に溺れる。

第2部プロローグのお陰で、設定を途中で変更し、オリ主を一般公募枠二人目ということにしました。
もう途中まで話を続けてしまってるので、今から設定を変えると色々と矛盾点が出て来るかもしれませんが、目を瞑ってください。


 ブーディカの捕らえられている砦に接近した。さて、これからとりあえず戦闘は避けられない。

 俺は俺でネロの影武者としてしっかりと戦わなければならない。ここ数日で筋力はついたから剣は振れるが、まぁそれでもネロ程の剣の腕はない。なるべく戦いは避けるべきだろう。

 

「マスター、サーヴァントの反応が二つあるぜ」

 

 クー・フーリンさんが俺の顔のネロに言った。ちゃんと俺に聞こえる声で言ってるので問題ない。

 だが、妙だ。サーヴァントの反応がある癖に、ここまで戦闘がない。奴ら、罠でも張ってやがるのか?

 

「声のみの魔術師よ、敵性の反応は無いのか?」

「ううっ……目の前で、目の前で余が……」

 

 後ろで顔を赤くしてボヤく可愛いネロを無視して、口調と声を完コピしてロマンに聞いた。ちなみに声音を自由に変えられるのは俺の数少ない特技の一つだ。

 

『ありません、陛下』

 

 作戦のためとはいえ、ロマンもノリノリやな。

 

「そうか。最大限に警戒してもらうぞ」

『わ、分かった。……プフッ』

 

 よし、あいつは後で殺そう。

 そうこうしてるうちに、砦の前に到着してしまった。さて、じゃあ強襲と行こうか。ブーディカは荊軻と佐々木さんが取り返したと信じよう。

 

「後方弓兵部隊、攻撃開始」

「いや待った。そんな物騒な事しなくても、僕達はここにいるよ」

 

 冷静な声が聞こえ、そっちを見た。赤い髪の少年と黒いスーツを着たメガネのイケメンがいた。

 

「イケメンだ、ムカつく。攻撃開始」

「えっ、ちょっ……」

 

 直後、俺達の後ろからワァッと矢の雨が降り注ぐ。だが、それでも目の前の二人は慌てた様子はなかった。

 

「やれやれ、仕方ないなぁ。行くよ、先生」

「ああ、お前の目的は果たさせてやる」

 

 二人はこちらに向かって、真っ直ぐ走って攻撃して来た。馬に乗って俺に向かって突進して来る赤髪の方。

 それを清姫が止めた。

 

「あらあら、いきなり王将が取れるとお思いで?」

「まぁ待ってよ。僕は彼女と話がしたいだけなんだ」

「話がしたくていきなり突っ込んで来ます?」

「仕方ないだろう。僕だってやすやすとやられるつもりはない。砦に戻るより、君達に接近した方が上からの攻撃は安全だろう?」

 

 ……こいつか、軍師は。いや、同じ行動をとったところを見ると、あっちのメガネも頭が良いと見た。

 なら、こちらの器のデカさと余裕を見せてやり、交渉の余地があるかどうか判断するとしよう。

 

「話ってなんの話だ?ブーディカを返すという話か?」

 

 清姫と取っ組み合いをしてる赤髪にネロの声で聞いてみると、赤髪の方は「うん」と平気で答えた。

 

「それもあるけど、こんなんじゃまともに会話もできない。少し、他所の人には引っ込んでてもらおうかな」

 

 そう言って、赤髪は何か合図を出した。直後、砦の両側面から敵兵士が攻撃して来た。挟撃か……!

 

「魔術師、片翼側は立花達に相手をさせよ。後方部隊の沖田を前衛に出し、反対側をバーサーカー二人と共に迎撃の指示を出せ」

 

 それだけ言って赤髪に言った。こいつは策士だ。本来ならこんな所でウダウダ話すくらいならさっさと片付けた方が良いのだが、余裕が無いように見られるのはウマくない。

 優れた策士なら策士ほど、奥の手は隠してるものだ。この挟撃を乗り切っても、他に兵力は隠されてると考えるべきだ。

 

「……へぇ、側面に兵を配置してたのか。やるね、皇帝陛下」

「まずは、名前から聞かせてもらおう」

「名乗らせてくれるのかい?」

 

 聞かないと、いい加減シャンクスみたいな別称つけるのやだからな。もう片方なんて新八だからね。

 

「そうだね……なんと名乗ろうか。僕には名前が複数あるんだ。……よし、こうしよう。僕はアレキサンダー、正確にはアレキサンダー三世という」

「俺はロード・エルメロイ二世。縁あって彼の軍師をしている」

 

 二人は俺達の前でそう名乗った。えーっと……誰だろう。まぁ良いや。とにかく、頭が良い人なんだろうな。

 

「それで、余に話とは?」

「君は何故、こうして戦い続ける?」

「はっ?」

「何故、連合帝国に恭順せずに。そうやって、いやこうやって戦い続ける?連なる皇帝の一人として在る事を選べば、無用な争いを生む事などないだろうに」

「無用、だと……?」

 

 後ろのネロから声が聞こえた。おい待て、お前は喋るなと言ったろ。その先は俺が聞こう。

 

「無用、と言ったのか、この戦いを。貴様は?」

「言ったよ、ならどうする?」

 

 ふむ、しれっと返して来たな。ネロならそんな風に言われたら怒るだろう。

 だが、ここで怒っても仕方ない。奴の目的がいまだ見えてこないからだ。戦況はサーヴァントの多いこちらが有利だし、どう考えても負ける要素はない。

 だからこそ、敵は何か一発で逆転出来る隠し玉を持ってるはずだ。

 

「別に、どうもしない。人や軍師によって戦場の価値観は違う」

「……へぇ?意外と冷静なんだ?」

「冷静?そう聞こえたのなら訂正させてもらうぞ。今の質問によって、貴様が触れた余の逆鱗は後で返させてもらう」

 

 今にもネロがキレそうだったので、その怒りを伝えるだけ伝えておいた。

 さて、ここからが本題だ。

 

「余からも貴様に聞くぞ」

「なんだい?」

「貴様こそ、何故この戦場にいる?貴様の狙いはなんだ?」

「狙い?狙い、か……。僕の狙いは君と話す事だよ。ネロ・クラウディウス、君の事を気に入っているんだ」

「余と話をする為に、わざわざブーディカを攫うなんて回りくどい事をし、幾人もの兵士を犠牲にした、そういう事か?」

「うん。そういう事だね。いや、僕だって命は尊いものだと思うよ。でもね、こうするのが一番だと思ったんだ」

 

 ……なるほど、そんな奴か。上手く誤魔化しているか、それともそれが本心なのか……。

 何れにしても、これ以上の問答は無駄そうだ。そろそろ蹴散らすとしよう。そう思って、俺はネロから借り物の剣に手を掛けた。万が一、話し合いとなった時、清姫やクー・フーリンさんに戦闘開始の合図としている。

 その直後だ。アレキサンダーが目付きが変わった。

 

「やはり、君はネロ皇帝じゃないね」

「へっ?」

 

 直後、手に持ってる剣を首に振り抜いて来た。反射的に身体を後ろに逸らすのと、ネロが俺の手から剣を奪うのが同時だった。俺の鼻の頭を掠めた。

 血は出ていない。代わりにペリッと鼻の頭が剥がれた。

 

「……何を言う?我こそが、ローマ帝国皇帝……」

「抜刀の瞬間が素人だった。彼女の剣の腕は今まで見て来たからよく分かる。君は偽物だ」

 

 ……まずいな。このまま顔を晒せば、俺の顔が出て来る。すると、ネロがどこにいるか、それは現在俺の顔をしてる奴という事になる。

 奴らに奥の手があったとして、それを使われたら最悪だ。策士にとって、騙された時ほど屈辱的なものはない。戦争なんて策士同士の馬鹿し合いみたいなもんだ。

 ここはさっさと撤退するべきだろう。そう思った時だ。俺の顔のネロが俺の隣に立ち、剣を奪った。

 

「もう良い、お兄ちゃん」

「へっ?」

「この戦を無用な戦い、と言った奴を許すわけにはいかん!」

 

 言い切りながら自分の顔のマスクを取り払うネロ。いや、このままはマズイでしょ。何とかネロを落ち着かせるように声を掛けた。

 

「い、いやいやネロ、落ち着いて……」

「良いだろう、受けて立つよ。僕もこのままそいつにコケにされたままというのは、どうにも納得出来ないからね」

 

 あ、ヤバイ。この展開は男として非常に情けないことになるのでは……?

 

「先生、悪いけどサーヴァントは頼むよ。僕はあそこの可愛い皇帝さんの仮面を被った奴を殺す」

「えっ、なんで俺っ……」

「見て来たから分かる。皇帝ネロは影武者を使うようなことはしない。僕らの目的を巧みに聞き返そうとした辺り、軍師は君だろう?」

 

 流石、頭が良いだけあって指揮官がバレるのも早い。そうなると、俺が前線にいるのはマズイことになった。殺されちゃうよ。

 若干怯えてると、ネロが俺の前に立った。

 

「ね、ネロ……?」

「余のお兄ちゃんに手出しはさせん」

「お兄ちゃん?へぇ、曲者だとは思ってたけど、まさかネロ皇帝に兄君がいたとは」

「え?そ、そう?俺、曲者に見える?」

 

 英霊に褒められるとかちょっと嬉しい。

 まぁ、でも喜んでる場合じゃないのは分かり切った事だ。とりあえず指示だけ出すことにした。

 本来なら人数で買ってるんだし、役割は決めずに混戦させた方が良いんだろうけど、ネロは相手のアレキサンダーをぶっ殺す気満々だ。

 

「清姫、クー・フーリンさん。二人はあっちのメガネを頼む」

「かしこまりました、マスター」

「任せな!」

 

 二人はメガネの前に立ち、俺はネロの後ろに立った。

 

「ネロ、これで良いか?」

「うむ、感謝するぞ。奴は余が叩きのめす。そして、主も余が守る」

「それは良いけど、俺の目の前で戦えよ」

「な、何⁉︎狙われてるのはお兄ちゃんの方なんだぞ⁉︎」

「危ないと思ったら他に救援を寄越すためだ。お前に死なれたら困るからな。この条件を飲まないと、クー・フーリンさんと清姫に令呪使ってでも混戦にさせる」

「っ……。わ、わかった……!」

 

 話が終わり、ネロはアレキサンダーを睨んだ。清姫とクー・フーリンさんがメガネと戦闘を始まっている。こちらもそろそろ始まるだろう。

 睨まれた側のアレキサンダーは、友達と出掛けてるときに、友達が別の友達と出会い、話し込んで待ってると友達の友達が立ち去り、ようやく声をかけた時のように声をかけた。長い上にわかりにくいなこの例え。

 

「もう、良いのかな?」

「ああ。悪いな、待たせて」

「ううん。……さて」

 

 そこで言葉を切り、好戦的な笑みを浮かべてネロを睨んだ。

 

「皇帝ネロ。守って見せろ、自分の兄君を」

「貴様に言われなくとも!」

 

 アレキサンダーが俺に向かって斬り込みに来ると共に、ネロも剣を構えて突撃した。

 念の為、俺はバックステップで回避しようとしたが、アレキサンダーの一太刀をネロが弾き、下から斬り上げた。

 アレキサンダーもその攻撃を寄り身で回避してネロの顔面に突きを放つ。今度はネロが回避して剣で反撃、というのを繰り返していた。

 ラチが明かない、と判断したのか、アレキサンダーはその場から一時後ろに退がったが、ネロは逃さなかった。さらに踏み込んで突きを放ち、さらにアレキサンダーは後ろに大きく飛び退いた。

 

「うーん……やるね、流石は皇帝だ。剣の腕比べじゃ僕じゃ敵わないかな」

「全く本気を出さないでいて良く言う。手を抜くとは余も甘く見られたものだな」

「別に手を抜いてるわけではないよ。ただ、ライダークラスとしては剣だけじゃ分が悪いって事さ」

 

 ライダー?マズいな。何が乗り物だから分からないが、出されると敵の戦力が上がる。

 

「ネロ、乗り物を呼ばせるな!トドメを刺せ!」

「わ、分かった⁉︎」

 

 乗り物について聞かれる前に従ってくれた。超速でアレキサンダーに距離を詰めたが、アレキサンダーはそれを読んでいたようにニヤリと口元を歪ませ、ネロの攻撃を回避してこっちに走って来た。

 

「しまっ……!ま、正臣!」

「いずれ彼方に至るため『始まりの蹂躙制覇』」

 

 直後、アレキサンダーの真下に黒い馬が出現し、俺に向かって突進してきた。

 ヤバいな、いくら剣術を学んできたとはいえ、勝ち目がなさすぎる。だが、相手は馬だ。逃げたって追いつかれて背後から刺されるのがオチだ。

 なら、俺がするべきは馬の突進をギリギリで回避する事だ。それなら、勢い余った馬は俺の後ろをしばらく走り続けるはずだし、その隙にネロと合流できる。

 ここ最近で沖田さんとエミヤさんにフルボッコにされた俺の動体視力はさらに上がっている。それによって、狙い通り馬の突進をギリギリで避けることができた。

 横に受け身を取り、馬のケツを見た。狙い通り、かなり走り去っている。今のうちにネロと合流しようと振り返った時だ。

 

「やぁ」

 

 目の前に、アレキサンダーが剣を振り上げて立っていた。

 

「ーッ!」

 

 こいつ、いつの間に馬から降りて……!ヤバい、逃げないと……!

 そう判断した時には遅かった。ドスッと腹に剣が突き刺さった。

 

 



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R-17.9も大概にして欲しい。

 ふと目を覚ますと、部屋の中だった。なんか頭がガンガンするな。それに目も痛いし足も痛い。ていうか、これ高熱じゃね?刺されて高熱発症とか本当にあるんだな。

 とりあえず、起き上がろうと体を起こした直後、腹にズキっと痛みが走る。

 

「痛ッ……!」

「っ、ま、正臣⁉︎起きたか!」

 

 横から声が聞こえた。ネロが俺の横からガバッと飛びついて来た。

 

「あだだだだ!ネロ、腹に柔らかいオッパイ、略して柔らパイが当たって幸せ痛い!」

「馬鹿者!こんな時まで茶化すな!」

 

 ギュウッと抱き締める力が強くなる。ネロの肩がふるふると震えていた。どうやら、泣かせてしまったようだ。

 

「悪かったよ。……で、どうなったの?ブーディカとか」

「……ブーディカの救出は荊軻と小次郎がやってくれたぞ。敵のアレキサンダーとロード・エルメロイとやらも撃破した」

「そっか。じゃあ、一応成功ってわけね……」

「馬鹿者!」

 

 うおっ、ビックリした。何で怒るの。

 

「お主がそんなザマで成功と呼べるか!」

「えっ?い、いやいや、むしろ戦力減らなくて良かったでしょ」

「そんな事はどうでも良い!」

 

 えっ、大事じゃないんですかね……。今回はサーヴァント二騎倒してるし、割と戦局はこちらに有利だと思う。だからこそ、詰めを誤らずに攻めたいんだけど……。

 ていうか、今気付いたけどネロ以外誰もいないや。相変わらず慕われてねぇなぁ、俺。

 

「すまない……。余の所為で、お兄ちゃんはそんな怪我を……」

「えっ?い、いやいや、俺の判断でああなっただけだから。ネロの所為じゃないよ」

「だが、余は主を守ると約束した……。それなのに、守れなかった……」

「だから、あれは相手が上手かっただけで……。大体、あの場は俺もさっさと逃げるべきだったんだよ」

 

 以前までの俺ならもう少し冷静な判断をしてたはずだ。あんな行動をしたのは、やはり沖田さんとエミヤさんの修行で少しでも強くなったと勘違いしたからだろう。玉狛第二の隊長と同じだ。

 

「馬鹿者、戦場に過程などない。余は……余はお主を守ると言った。それなのに守り切れなかった。それが結果だ」

「………」

 

 流石、俺なんかより長く戦場にいるだけの事はある。そういう結果だけを求める所は俺にないものだ。

 そうなると、いくら慰めてもネロの励ましにはならないだろう。なら、俺の取るべき行動は慰める事じゃない、ちゃんと罰を与えてやることだ。いや、罰を与えるってのもなんか変な気はするけど。

 

「そうだな、じゃあネロの所為だ」

「ああ……」

「だから、あれだ。一つ、俺の言うことを聞いてもらう」

「何でも言え。もう少し位置が悪かったら死んでいたらしいしな。主の命を危険に晒した事と同じだ」

「えっ、そ、そうなの……?」

 

 ……良かった、アレキサンダー がセイバーやアサシンじゃなくて。

 ま、まぁ、とにかく目の前の奴の元気が出る罰だな。そんなの決まってるさ。

 

「オッパイを揉ませろ!」

「………はっ?」

 

 一発で真顔になるネロ。ふっ、こういう時は大学生の飲み会よろしく、セクハラに走るのが一番だ。怒るなり何なりしてくれれば、とりあえず俺への罪悪感なんて消えるだろう。

 そんな事を思ってると、ネロは頬を赤く染めて上半身の服に手をかけた。

 

「………へっ?」

 

 そのままグイッと俺のシャツを脱ぎ、顔を真っ赤にしてる癖に下着しか防御部位のない胸を隠す事も無く言った。

 

「……そ、それでっ…お兄ちゃんの気が済むのなら、喜んで差し出そう……」

「い、いやいやいや!マジで揉んで良いんですか⁉︎冗談に決まってるだろ!」

「本音が先に漏れてるぞ……。まったく、えっちなお兄ちゃんなんだから……」

 

 えっ、なにそのフレーズかわいい。

 いや、そんな事でほっこりしてる場合じゃない。良いのか?揉んでも?マジで?いや、良いわけないんだけど。

 ……でも、その、何?脱がせたのに揉まないってのも失礼な気がするし……。

 

「……本当に良いの?」

「は、早くせぬか。余にも恥じらいというものはあるのだ……」

「しゃぶっても?」

「しゃぶる⁉︎赤子かお主は!」

「挟んで擦っても?」

「ばっ、馬鹿者!それはさすがに無理だ!」

「あ、今のだけで分かっちゃうんだ」

「ーっ!お、怒るぞお兄ちゃん!」

 

 ああ〜、かわいいんじゃ〜。可愛過ぎて顔を直視出来ない。彼女を愛でるには、俺は心を汚し過ぎた。

 とりあえず、心を落ち着けるために両手で熱くなった顔を覆って深呼吸した。いや、別に顔隠す必要はないんだけど、なんか、こう……今、すごい顔してる気がして顔を見せられない。

 

「は、早くしろ。このままだと風邪を引いて……んっ?何をしてる?お兄ちゃん」

「深呼吸」

「……ほう?」

 

 突然、ネロが俺の両手を掴んで顔から引き剥がした。熱くなってる俺の顔が露わになった直後、ネロはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ほう?お兄ちゃん、顔が赤いぞ?」

「っ、う、うるせぇから。風邪引いてるだけだから」

「もしかして、自分で言っておきながら照れてるのか?」

「い、いやほんとうるせぇから」

「可愛いところがあるではないか」

 

 自分だって顔赤い癖に、俺より優位に立ったネロはベッドに上がって馬乗りになった。

 

「ほ、ほら、その姿勢でも触りやすいように正面に来てやったぞ?」

「グッ……!」

「触らないのか?それとも、自分から言い出しておいて触る度胸が無いのか?」

 

 こ、こいつ……!元々、お詫びだってこと分かってんのか……?

 それに、俺にその手の精神勝負を仕掛けるのは10年早い。こういう時はこの一言で片付けられる。

 

「なんだ?ネロ、まるで揉んで欲しいみたいじゃん」

「………へっ?」

「妹がビッチだったなんて、お兄ちゃん驚いたな」

「なっ……⁉︎だ、誰がビッチだ!余はまだ処女であるぞ!」

「いやいや、男にオッパイ揉まれようとして正面に来るなんてビッチ以外の何者でもないでしょ」

「っ……!こ、このっ……!」

 

 顔を真っ赤にしたネロは、俺の硬くなった股間を無造作に鷲掴みした。

 

「ぎゃー!な、何しやがんだテメェ⁉︎」

「こんなにカッチカチにしてる奴のセリフか!このスケベ!」

「うっ、ウルセェな!お前こそ……!」

「ひゃわわっ⁉︎」

「こんなに乳首立たせてんだろうが!」

「いっ、いいいいきなり揉むなー!」

「お前が揉んでも良いって言ったんだろうが!」

 

 ぐぬぬっ、と二人してお互いの恥部を握ったまま睨み合う。しかし、その……なんつーか、何?ネロに握られてると思うと気持ち良くなって……。

 ネロも、徐々に頬を赤らめて息遣いが荒くなって来た。あれ、なんだこれ……何この空気というか……雰囲気?

 心臓の高鳴りが止まない。どんなに頑張っても勃起が収まらない。ああ、そうか……。これが、ムラムラというものか……。

 

「……ね、ネロ……」

「お兄ちゃん……」

 

 ネロが股間を握っていない方の手を俺の顔の横に着いて、徐々に顔を近付けて来る。俺も、抵抗しようと思えば出来るかもしれないけど、しようとしなかった。

 あと1ミリでキスする、そう思った時だ。部屋の扉が開いた。

 

「ネロさん、マスターは起きましたか?」

 

 沖田さんが入って来た。俺とネロは揃って顔を横に向けた。

 

「………」←胸を揉まれ、魔羅を握ってる皇帝

「………」←胸を揉み、魔羅を握られてる男

「………」←胸を揉み、魔羅を握られてる男のサーヴァント

 

 しばらくフリーズしたが、やがて俺もネロも沖田さんも顔を真っ赤に染めた。

 で、まず再起動したのは沖田さんだった。腰の刀に手を掛け、スッと構えた。あ、待て。その構えって確か……。

 

「一歩音超え……」

「おぉい!待て待て!ここで宝具はシャレにならん!」

「二歩無間……」

「ネロ!ネロは関係ないから!俺がお願いしたからこうなっただけで……!」

「三歩絶刀!」

「ネロ!逃げ……!」

「『無明――三段突き』」

 

 城の医務室が滅んだ。

 

 ×××

 

 夜。明日からの事について話し合う事になった為、俺の部屋にメンバーは集まった。

 集まってるのは主要メンバーであるネロ、俺、沖田さん、エミヤさん、藤丸さん、マシュ、荊軻、ブーディカの7人だ。ちなみに、俺とネロは仕事の時以外、特に二人きりで話す事は禁止となった。

 

「さて、とりあえず明日からの事だが……」

「その前に田中さん。良いかな?」

 

 藤丸さんが手を挙げた。誰からも反対意見ないどころか、俺の方をジッと眺めてる辺り、多分俺が寝てる間に全員で決めたことなんだろう。

 

「田中さんは今回の特異点では、もう城で大人しくしてて」

「はっ?」

「みんなで決めた事だから。従ってもらうよ」

「待って、なんでだよ」

 

 その問いには沖田さんが答えた。

 

「まず、刺されたからです。それに高熱も出ていますよね。そんな体で来られても足手まといですし、守り切れません」

「い、いやでもだな……。サーヴァントたくさんいるし、一人に徹底して守ってもらえば……」

「それでも向こうに集中して狙われたら?なんでしたっけ……。れ、レフ?教授?とかいう方はマスターの指揮能力も全て知っていますよね」

 

 そ、そう言われりゃそうなんだが……。

 反論を考えてるうちにエミヤさんが続けて言った。

 

「無論、マスターにも仕事はある。進軍する時の作戦を考えてもらう。だが、前線に出るのは許さんということだ」

「けど、想定外の出来事が起こったらヤバいんじゃないの?序盤の作戦なんかより、そういう時の方が判断力や頭の回転は必要になるもんだぞ」

「その点なら問題ない。マスターほどではないが、ネロや藤丸立花でもそれなりの判断は下せる」

 

 いや、それなりじゃ問題ある気もするんだけど……と、言おうとしたが、その前にマシュが言った。

 

「それに、これまでの戦闘は女神ステンノの洞窟の時以外、ほとんど全て田中先輩の作戦と判断力におんぶに抱っこでした。この先、田中先輩抜きで戦闘をすることだって少なくないはずですし、経験しておいて損はないはずです」

「いや、でもだな。オルレアンでだって聖杯回収したのは藤丸さんじゃん。それに、戦闘は何が起こるかわからないんだから経験しておく、なんて曖昧な理由で最大戦力を投入しないのは……」

「無論、敵を甘く見ているわけではありません。ですが、本当に万が一の時には田中先輩の力もお借りする予定です。その為に、エミヤさんに作っていただきました」

 

 言いながら、マシュが複数のトランシーバーを机の上に置いた。確かにそれなら遠距離からの連絡は可能だが……。

 今度はブーディカと荊軻が口を開いた。

 

「あんたには助けてもらって感謝してる。でも、ここは従って欲しいな。今回、結構危ない目に遭ってるから」

「それよりも、心配されるのは我々としては少し心外だな。目の前にいる私達は『英霊』として召喚されている」

 

 最後、締めるようにネロが言った。

 

「そういうわけだ、お兄ちゃ……正臣。ここから先は我々に任せておけ」

 

 ……正直、少し不安なんだが。英霊、とか言うけど今の所、俺はその英霊との知恵比べでほとんど勝ってきてるからなぁ。

 英霊同士がぶつかり合う事で、条件を五分にする事と同じだ。何より、敵の手駒にもっと頭の良い英霊がいたらそれこそ最悪だ。アレキサンダーやロード・エルメロイとかには見事にしてやられていたし。

 それに、俺は覚悟とか決心とか、そういうのは信じていない。馬鹿は情に流されるから失敗する。確実性を求める事が必勝の鍵だ。

 確かにしばらく前線には出れないかもしれないが、治ってからは復帰させてもらおう。そう思ってそれを進言しようとした時だ。

 

『それでも渋るなら、レオナルドから交渉があるよ』

『私が田中くんの部屋のテレビを60インチのものに改造してあげよう。大画面でのモンハンとか楽しそうだよね〜』

「よし、しばらく君達に任せよう」

 

 ついうっかりオーケーしてしまった。

 

 



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英霊も人もめんどくさい。

 夜中。さっきまで寝ていたからか、俺は眠ることが出来ずに一人で布団で座っていた。

 まぁ、高熱は出てるし腹の傷は塞がりきってないしで、元々眠れるわけがないよね。しかし、今回に限って、俺は戦線に復帰する事はないのかぁ。みんな大丈夫かなぁ。

 特に、ネロは今回、伯父をブチ殺したりしたし割とメンタル面が心配なんだが……。

 いや、でも家にいることを承諾してしまった以上、俺にできる事は作戦を考える事だけだ。明後日の王宮攻略の完璧な作戦を考えなければ。

 布団の中でボードの上に紙を乗せ、ペンを走らせる。ネロのとこの偵察兵にもらった王宮内部の地図を隣に広げて、戦力をどう分散させるかを考えている。

 

「相変わらず夜中に考えるのが好きですね、マスター」

 

 寝てたはずの沖田さんが起き上がって俺の隣に座っていた。

 

「え、何?」

「何?じゃないです。無理しないでください。身体に響きます」

「いやいや、今、無理しないと俺が無理する所なくなるだろ。前線に行けないんだから」

「そんな事言ったら、沖田さんも無理する所はないじゃないですか」

 

 沖田さんは万が一の俺、そして城の護衛のために俺の周りに残る事になった。

 

「そう言われたらそうなんだけどよ……」

「とにかく、明日にしましょうよ。そのために、明日は休みにしたんでしょう?」

 

 まぁ、それもあるんだけどな。それと、ブーディカは捕らえられたばかりでメンタル面が万全とは言えないと思ったからなんだが。サーヴァントは大事な戦力だし。

 まぁ、それは黙っていた方が良いよな。

 

「大丈夫だって……ゲホッゲホッ」

 

 あ、やべっ。咳が……。こんなタイミングで咳をしたら……。

 

「ほらぁ。もう休んで下さい」

 

 こうなる……。もういいや。仕方ないし、沖田さんが退散するまでは寝たふりしてよう。

 仕方なく作業を中断してベッドに寝転がった。その俺の隣に、沖田さんは腰を掛ける。そのまましばらく沈黙が続いた。

 

「………」

「………」

 

 ……気まずい。なんだろ、沖田さん俺になんか話でもあんのかな。

 しばらくボンヤリと二人で座ってると、喉に何かが詰まったような感覚で咳き込んだ。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

「っ、だ、大丈夫ですかっ?」

「ェホッ……!……あー、喉イガイガする。頭も痛いし……。刺されると、こんな風になっちゃうんだな……」

 

 高熱はすごいし、お腹は痛いし、頭も痛いし、咳も止まらない。

 

「もう……寝てください。体の調子も悪いんですから」

「……んっ、寝る……」

 

 寝よ寝よ、もうなんか身体中痛いし。さっさと寝て明日に備えよう。

 布団の上に寝転がると、沖田さんが揚々と語り出した。

 

「まったく、マスターはダメダメですね。やっぱり、沖田さんが付いてないと」

「おー……」

 

 なんだよこいつ。俺に寝て欲しいんじゃねーのかよ。

 

「簡単に敵サーヴァントと相対して、ネロさんという心強い護衛がいるのに簡単に刺されてしまって……」

「おー……」

「沖田さんがちゃんとマスターの面倒を見てあげないとダメみたいですね」

「おー……」

「そ、それにっ、マスターも寂しかったでしょうしね!ほんの短い間でも、相棒である沖田さんに会えなかったのは……」

「ああもうっ、うるっせぇな!寝かせてくれるんじゃねぇのかよ⁉︎」

 

 鬱陶しいので怒鳴り散らすと、沖田さんの表情は思ったより赤かった。恥ずかしさからではない。涙目になってる辺り、多分泣いてるんだろう。

 ……えっ、なんで泣いてんの?今の言い方そんなにキツかった?今のよりもっとキツい言い方でいつも喧嘩してなかった?

 

「え、沖田さん?」

「……マスターのバカ」

「いやいや、頭良いでしょ」

「そういうんじゃ無いですッ‼︎」

 

 うおっ、なんか声大きくなった……。と、思ったら沖田さんは立ち上がった部屋の扉の前に立ち、涙目になりながら俺をキッと睨んで言った。

 

「……心配してたんですから……少しは察して下さいよ……」

 

 そう言い残すと、扉を閉めて出て行ってしまった。

 

 ×××

 

 翌日、熱も下がり、作戦会議が終わった。敵の城の攻略はスパルタクスと呂布のバーサーカー二人を先頭にした電撃戦。

 言うこと聞かない連中を正面に暴れさせ、敵のサーヴァントを引き摺り出させつつ、アサシンの荊軻と佐々木さんに潜り込ませて戦力を探り、その情報次第で藤丸さんパーティ&ネロ、ブーディカが敵の本丸を叩く。

 で、俺のパーティは俺の護衛のために城に残る事になった。昨日の段階では沖田さんだけのはずなのに、清姫まで残ると言い出し、この前喧嘩したばかりで危ないという事で、エミヤさんとクー・フーリンさんも残る事になった。その辺は俺の意思ではないので、正直なんとも言えなかった。

 今日いっぱいは休むことになってる為、俺は部屋のベッドで寝転がっていた。

 ……しかし、沖田さん昨日の夜からずっと怒ってたなぁ……。目が合っても頬を膨らませて目を逸らされてちゃうし。何かやらかしたのかなぁ……。

 それに、昨日沖田さんが涙目になっていたのは本当に何なんだろうか。あんなんで泣くようなタマじゃないだろ。

 頭の中でグルグルと回ってると、ノックの音がした。

 

「はい?」

「入るぞ、マスター」

 

 そう言って入ってきたのは、エミヤさんとクー・フーリンさんの二人だった。

 

「あ、どうも……」

「おう、大丈夫か?」

「一応、熱は下がったから」

「うどんを作って来たぞ」

「え、エミヤさん料理出来んの?」

「まぁ、一応な」

 

 マジか……。ま、ありがたくいただこう。一口もらってみた。

 

「おお、美味いっスねこれ!」

「そんな特別なことしたわけではない」

「いやいや、特別なことしてないのにこの味はすごいでしょ!何これ、え、何これ?美味くね?」

 

 え、エミヤさんってほんと何してた人なの?ほっぺた落ちるとはこの事かよ!

 その場でうどんを貪ってると「マスター」とクー・フーリンさんから声が聞こえた。

 

「? 何?」

「沖田とまたなんかあったのか?」

「……あー」

 

 話ってのはそれか。俺達はお留守番になったとはいえ、やはり戦場でのコンディションは整えておきたいんだろう。

 

「それなんだけどさー、なんか昨日沖田さん怒らせちゃったみたいでさー」

「何したんだよ。てか、いい加減喧嘩するなよ」

「いやいや、普段の喧嘩は沖田さんの方が悪いから」

「バカ者、喧嘩なんて始めた時点でどちらも悪い」

 

 エミヤさんに口を挟まれ「そっすね……」と頭を下げた。

 

「……でも、今回はほんと分からないんですよね。なんで沖田さんがあんな怒ったのか。なんか、いつもと怒り方が違うっつーか……」

「と、言うと?」

 

 聞かれたので、一から説明した。

 すると、二人は顔を見合わせた後に俺の顔を見て、盛大なため息を漏らした。

 

「おい待て。なんだそのため息はオイ」

「……マスター」

「いや、ランサー待て。普段の沖田の態度も悪いし、何とも言えんぞ」

「しかしだな、そこは男が察してやるべきだろ」

「まぁ、そう言われるとそうだが……。しかし、このマスターだぞ?」

「まぁ、そう言われるとそうだが……」

「おい、何二人して同じ事言ってんだ」

 

 そのダメな息子を見る両親みたいな目やめろよ。

 おかんの方のエミヤさんが真剣な目で語り始めた。

 

「……とにかく、マスター。普段の沖田の態度も悪いが、マスターも悪いのは分かるな?」

「……そりゃわかるけど」

 

 本気で心配されてるなんて思わなかったからな。むしろバカだのザマァだの言いたい放題言われるもんだとばかり思ってたし、事実「私がいなきゃダメですね!」みたいな事うだうだと言われたし。

 

「無論、沖田にも非はあるからな。お互いに謝るべきだ。事情はどうあれ、心配になった沖田に怒鳴ったのはマスターだし、心配するようなセリフを言えなくて照れ隠しをうだうだ言い続けた沖田も悪い」

「にしても、俺はあんな分かりやすい態度取ってる沖田に気付かないってのもどうかと思うけどな」

 

 そんな分かりやすかったか?

 

「ていうか、普通に早く寝てくださいって言われてたし、そこは察しろよ」

「まぁ、そうですけど……」

 

 まぁ、確かに冷静になればそうかもしんないけど……。

 

「……はぁ、謝りに行くか」

 

 仕方なく部屋を出た。さて、沖田さんに謝りに行かないと。

 と、言っても何処にいるのか分からない。まぁ、あの剣豪バカなら多分、イライラしてる時は中庭辺りで刀でも振ってるんじゃ……。

 

「マスターのっ!ばかっ!人の気もっ!知らないでっ!いや別にっ!あんなのにっ!どう思われようが知ったこっちゃないけどっ!」

「………」

 

 本当にいちゃったよ……。ていうか、なんで言い訳しながら剣振ってんだ……?

 ……どうしよう、俺あの中に入って行ったらうっかり斬り刻まれたりしないかな……。後にしようかなこれ……。ほとぼりが冷めてから……。

 

「チキるな。それでも男か、マスター」

「! え、エミヤさん⁉︎なんでここに……!」

 

 クー・フーリンさんもいるし、ていうか覗き見かあんたら!

 

「良いから前の相手を見ろ。今のうちに謝っておけ。明日、我々は前線には立たないが、それでも被害が全く及ばないとは言い切れない。万全を期す」

「まぁ、ぶっちゃけギスギスした奴らといると気まずいだけなんだけどな」

「お前らこの野郎本当に!」

 

 そんな話をしてると、エミヤさんが木刀を作って差し出してきた。

 

「これは……?」

「もし、斬られそうになったらそれで身を守れ」

「相手は真剣なんですが⁉︎」

「何のために短い間であったが鍛えてやったと思ってる。何なら斬り合って来れば良い。案外、沖田はその方が喜ぶかもしれん」

「端的な死刑宣告!」

「いやいや、案外アーチャーの言う通りかもよ?」

 

 ……確かに俺の事をボコボコにしてる時は嬉々としてやがるしなあいつ……。

 エミヤさんから木刀を受け取り、建物内を移動して沖田さんの後ろに回り込んだ。武器を持って沖田さんの後ろに回るのは危険だ。あの人の危機察知能力は尋常じゃない。

 だが、正面から行くのは完全に正々堂々とした勝負になり、俺に勝ち目なんてない。

 つまり、俺が無事で済むようにするには、後ろから奇襲を仕掛けるふりをして、反撃を回避するしかない。

 そーっと…そーっと後ろから近付き、沖田さんの真後ろに来た。で、木刀を振り上げ、いつでもガードに回せる速さで振り下ろした。

 ……のだが。

 

「あっ」

「いっ⁉︎」

 

 当たってしまった。あ、どうしよう。こんなの想定外なんだけど。え、てかなんで避けないの?普段のあなたなら振り下ろす前に刀振り回して来てますよね?

 エミヤさんとクー・フーリンさんの方を見ると、既に姿はなくなっていた。お前らほんと後で覚えてろよ。

 木刀で後ろから殴られた沖田さんは、ギギギっと俺の方を振り向いた。

 

「……マスター」

「……は、はいっ」

「何のマネですかこれは……?」

「これはー……」

 

 どうしよう。誤魔化すか?いや、どう転んでもボコボコにされるのは目に見えてる。どうせなら正直に伝えよう。

 

「そのぉ……怒らせてしまったのでぇ……以前元気がない時は剣を振るのが一番だと仰られていたのでぇ……それに沖田さんなら避けられるかなぁって思ってぇ……それでぇ……」

「……なんで後ろからなんですか」

「あんなブツブツ言いながら剣振るってる人に話しかける勇気なくてぇ……」

「………」

 

 言うと、沖田さんは小さくため息をついた、

 

「結局、何の用なんですか?」

「あーその……謝りたくて、要は……。昨日に関しちゃ、沖田さんの心配してる気持ちに気づかなかった俺が悪かったよ」

「………」

 

 素直に謝ると、沖田さんは少し意外なものを見る目で俺を見た後、またまた小さくため息をついた。

 

「……別に、沖田さんも悪かったですし良いです」

「……そ、そう?」

「はい。頭への一撃も、沖田さんの油断が原因であるのも否めませんし」

「いや、それは……」

「そうです。わざと避けられる速さと強さで木刀を振りましたね?喰らった感じで分かりますから、それも許してあげます」

 

 スゲェな、流石は剣の達人。

 

「……悪いな」

「い、いえ……チキンなマスターにしては謝るなんてとても勇気を出したと思いますし」

 

 ……耐えろ、俺。間接的には貶されてても基本的には褒められてる。

 それに、とりあえず仲直り出来たんだし、ここは我慢すべきところだよな。いつのまにか戻ってきたエミヤさんとクー・フーリンさんもウンウンと頷いてる。お前らほんと覚えてろよ。

 とにかく、一件落着かな?そんな風に油断をした時だった。

 

「お兄ちゃーーーーーんッ‼︎」

 

 何処からかネロが飛んで来た。ひしっと俺の身体に飛びかかってきて、反射的に俺も抱きかかえた。

 

「おおう、これはこれはラブリーマイエンジェル、我がシスター&プリンセス、ネロちゃまではないか!」

「お兄ちゃん、明日……ついに明日だな!決戦の日は!」

「ああ、そうだな」

「余は、余は緊張のあまり震えている!お兄ちゃんの指揮がないと思うとなおさらだ!」

「お、そ、そうか?すごいわくわくしてるように見えるが」

「そこで、だ!今夜、お兄ちゃんと一緒の部屋にいさせてもらいたい!」

「喜んで!」

 

 マジでか!それどういう意味なんですか⁉︎あんなことやこんなこともしちゃって良いんですか⁉︎

 

「うむ!では、今夜、余が部屋に行く!」

「今夜と言わず今からでどうでしょうか⁉︎」

「なんと!お兄ちゃんが良いのなら、それで構わんぞ!」

「よし、では早速行き」

 

 ネロの肩に手を回して、早速歩き始めた直後だった。沖田さんが俺の肩に手を置いた。

 

「待って下さい」

「む、なんだ?沖田」

「マスターはまだ私との戦闘訓練が終わっていません」

「えっ?」

「そのつもりで背後から襲い掛かってきたのでしょう?」

 

 え、その話は終わったんじゃ……。あなたの方から許すって……。

 

「ふむ、そうだったのか?それは失礼した」

 

 先程のテンションからは考えられないほどあっさり退きましたね皇帝様!

 

「ではな、お兄ちゃん!」

「えっ、ちょ、待っ」

 

 ネロはあっさりと引き退がり、残されたのは俺と激おこの沖田さんだけ。てかなんで怒ってんの?いつの間にか、またまたエミヤさんとクー・フーリンさんはいなくなっている。行ったり来たり忙しい人だな。

 冷や汗をかいてる俺に、沖田さんは不機嫌そうに言った。

 

「では、訓練といきましょうか、マスター」

 

 このあと、めちゃくちゃボコられた。

 

 



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クライマックスは唐突に。

 翌日、ネロ達が出掛け、俺のサーヴァントだけが城内に残った。が、空気はいつもの5倍くらい重い。

 原因は俺と沖田さんだ。昨日の夜に一方的にボコボコにされ、当然仲は険悪になる。今朝もろくに挨拶もされなかったくらいだ。

 その上、戦場に向かったネロにいってらっしゃいのキスをしてからますます八つ当たりは増え、流石の俺もキレて今に至る。何をそんなに怒ってんだあいつは。

 大体、あの人俺のこと嫌いなんだから俺がどこで何してても良いだろ。なんでそんな妬ましく思われなきゃいけないわけ?なんつーかもう……思い出すだけで不愉快だわあの女。

 元々、別に仲良しってわけでもないうちのサーヴァント達の中、俺と沖田さんの険悪な空気の所為で、広い城内の中、それぞれが孤立していた。あークソっ、なんかもう嫌だわ。トイレ行こう。

 部屋の扉に手をかけた時だ。扉が開き、向こうにはレフが立っていた。

 

「やぁ、田中くん」

 

 直後、俺の手は自動で動いていた。拳銃をホルスターから抜き、レフの顔面に向かって撃ったが、躱されて鳩尾に張り手を入れられた。

 

「カハッ……!」

 

 見事に傷口に当たり、吐血して後ろに倒れ込む俺を見下すように言った。

 

「いきなり不躾だな君は……。挨拶くらいしたらどうだ?」

「ぎゃあああああ!ち、血だあああああああ‼︎血ぃ吐いたああああああ‼︎」

「え、なんでそんな狼狽えてんの?」

「せ、咳き込むと血が出るうううううう‼︎死ぬううううううう‼︎」

「ねぇ、話しにきたのお願い聞いて」

「し、死ぬうううううう!変な帽子のオッさんがああああああ!」

「私はオッさんではない!」

 

 あ、そこはキレるんだ。フッと息を吐いて、改めてレフを見た。

 

「よし、スッキリした」

「ストレス発散だったのか⁉︎」

「いやー、昨日うちの鯖と喧嘩しちゃったんだよねー」

「鯖って何かな?」

「サーヴァント」

「すごい呼び方するな……。ま、まぁ良いか」

 

 良いんだ。ま、そろそろ話を進めるとしようか。

 

「で、何の用?」

「あ、ああ。そうだな。ま、単刀直入に聞こう」

 

 そこで言葉を切って、急にニッと微笑んだ。

 

「まぁ、要件は二つある。いや、厳密には一つだ。君を殺しに来たわけだが……条件次第で見逃してやろうと思って」

 

 見逃してやろう、ね。

 

「条件って?」

「カルデアを裏切れ。そうすれば、次なる世界に貴様だけ生かしておいてやる」

「……はっ?」

「冬木市、そしてオルレアンでカルデアが忌々しくも生き残ったのは、十中八九君の所為だろ?」

「忌々しくってなんだよ」

「いやいや、敵同士敵同士」

「あ、そっか」

 

 しかし、偉くフランクになったなこのオッさんも。

 

「なるほど……。それは悪くないかも……しかし、裏切るって具体的には?」

「簡単な話だ。この時代の特異点の修復を阻止し、最後のマスターである藤丸立香とマシュ・キリエライトを抹殺しろ」

「いやいや、デミ鯖のマシュを殺せないでしょ」

「サーヴァントがいるだろう、貴様には」

 

 確かにマシュくらいならうちの鯖の一人だけで袋に出来る。

 ……まぁ、俺もカルデアとはいきなり連れて来られただけの仲だ。考えてみりゃ、あのジャンヌ様とは一生会えないし、ネロもこの時代が終わったらお別れだ。前の世界に未練などない。

 

「……分かった。殺すよ」

「よし、契約成立って事で……」

「あんたをな」

「……何?」

 

 直後、天井、床、左の壁を突き破って清姫、クー・フーリンさん、エミヤさんがレフを強襲した。

 一瞬で空いてる窓側にレフは飛び込んで中庭に逃れたが、壁側のエミヤさんが双剣を投げ、さらに弓を作り出して追撃した。

 

「チッ……!」

 

 それをも回避したレフは距離を置き、その隙に全員にトランシーバーで指示を与えた。エミヤさんが作った通信機を全員が耳にはめている。

 

「エミヤさんの遠距離攻撃で敵の位置を運び、クー・フーリンさんを主体に近接戦。清姫は確実に攻撃を当てられる時に仕留めに行け。奴は聖杯を持ってる、考える隙を与えるな」

 

 敵の本拠地にどんなサーヴァントがあるか知らないが、レフ本人がここにいる以上、間違いなく聖杯は持ってるはずだ。何処かの馬の骨に渡すとは思えないからな。

 ちなみに、さっき叫んでいたのは、俺のピンチを城内のサーヴァントに知らせるためだ。レフの前で通信機を使えば壊される可能性もあったから。そして来なかった沖田さんはお前マジ覚えてろよ。

 俺の指示に三人は頷きながら行動を開始した。

 

「アーチャー了解」

「ランサー了解」

「ワイフ了解」

「バーサーカーな」

 

 どこで覚えた、ワイフという言葉。

 大きく退がったレフはエミヤさんの攻撃を回避しながら俺をキッと睨んだ。

 

「チッ……!やはり人類か。無能に尽きるな……!だが、私がノコノコと一人でこんな所まで来ると思うか?」

「……!」

 

 直後、後ろから風を感じた。首の後ろは一番冷気やら霊気を感じやすい場所というが、その通りのようだ。間一髪しゃがむと、俺の首があった位置を剣が通り過ぎた。

 

「っ⁉︎」

 

 慌てて後ろを振り返ると、変なオッサンが振り抜いた刀を左手、火縄銃を右手に持って俺に向けていた。

 

「……やばっ」

 

 慌てて回避したが、俺のズボンを掠めた。腰の辺りのベルトだけを破壊され、ズボンが一気に緩くなる。

 

「ああああ!ズボン!」

 

 いや、大丈夫だ!手で押さえてれば脱げやしない……!

 そう思った直後、さらに足に向かって剣を振り抜かれた。ジャンプして回避したわけだが、緩くなったズボンで飛べば脱げるのは目に見えている。

 俺の身代わりにズボンは見事に裂けた。恥ずかしがってる場合ではなく、目の前の男の蹴りが空中に浮いた俺の身体を見事に捉え、レフの飛び降りた穴から投げ出された。

 

「うおっ……!」

「マスター!」

「バカ、お前らはレフから目を離すな‼︎」

 

 清姫が気を取られた直後、レフは隙を見つけたかのように大きく下がって距離を離し、何か始めた。身体が変化し、徐々に巨大な魔力を帯びていく。

 そんなレフを見てる間に、俺を蹴り飛ばした男は落下中の俺に銃口を向けていた。あ、これは詰んだかな?

 そう諦めかけた直後だ。俺の部屋の上、屋根から何かが飛び降りてきて男の火縄銃を弾くと、壁をすごい速さで走って下り、俺の身体をキャッチして地面に着地した。

 

「っ⁉︎」

「ご無事ですか?マスター」

「お、沖田さん……?」

 

 た、助かった、のか……?

 

「まったく、沖田さんが不貞腐れて屋上で寝てなかったらマスター死んでましたよ」

「……テメェ一番近くにいたのに一番来るの遅かったのか」

「寝が深いんです。てか、下半身丸出しの人に言われたくないです」

「斬られたんだよ‼︎」

 

 まぁ、とにかく助かったのは事実だ。下ろしてもらうと、俺と沖田さんの横に何かが降ってきた。さっきの男だった。

 

「久し振りだなァ、沖田……」

「……やっぱりあなたでしたか、土方さん」

「……えっ、土方って……マヨラーの?」

「は?」

「は?」

 

 あ、そっか。銀魂知らないよね。今度、全巻貸したげる。

 

「マスター!こっちもマズイぞ!」

 

 クー・フーリンさんの声が聞こえてそっちを見ると、なんか黒くて長くて目みたいなのがいっぱいある変なのが地面から生えていた。

 得体の知れないものだからか、エミヤさんもクー・フーリンさんも清姫も迂闊に手は出さずに距離を置いている。

 

『フハハハハ‼︎貴様ら、全員終わりだ!無能な人類史もここで全て消し去ってくれる‼︎』

 

 テンション高ェなあのオッさん。戦場は二つ、それに加えて土方はともかくあの化け物は戦闘スタイルすら分からない。

 ここは一度撤退した方が良さそうだが……そうは行かないんだろうな。地面から生えてる所を見ると地中からの攻撃も免れないだろう。

 

『田中くん⁉︎なんかすごい魔力を感じたけど……って、なんだあれは!魔神柱⁉︎』

「……ああ、ちょうど良かった。ロマン、あそこの魔神柱の戦闘の様子が見れる城内のポイントを探せ」

『いきなり⁉︎わ、分かった!』

「沖田さん、屋内戦だ。城内でどんな手段を使っても良い、一人で土方を消せ。なるべく早めにだ」

「了解しました」

「エミヤさん、クー・フーリンさん、清姫は退き気味に戦え。敵の攻撃方法を理解し次第、こちらから指示を出す」

「「「了解!」」」

 

 通信機に向かって指示を出すと、三人は頷いた。

 さて、当然レフは指揮官である俺を殺そうとしてくるはず……。

 

『貴様らサーヴァントごときが私に刃向かう⁉︎笑わせるな、フハハハハ!』

 

 あーバカで良かった。笑わせるなと言いながら爆笑してて楽しそうね。

 お陰で簡単に城内に入れた。まぁ、城内では沖田さんと土方がインファイトしている。それに巻き込まれないようにしないと。

 

『田中くん、4階の左から二番目の部屋、そこなら全体を見渡せる!』

「了解。中に誰もいない?」

『いない。皇帝の二つ目の部屋だから』

「ネロの部屋、だと……⁉︎」

『いや言ってる場合か!』

 

 クッ、興奮してしまう……!特に自慰のシミがベッドに残っていた暁には……!

 い、いやいや落ち着け!今はそんな場合じゃない!慌てての部屋に入り、窓の外を見ようとしたが、ベッドの上にパンツが落ちてるのが見えた。

 

「ロマン!」

『それは僕の名前が男のロマンか⁉︎なんにしてもぶっ飛ばすぞ!』

「くっ……!仕方ない……!」

『ポケットにしまうな!ていうかズボンどうしたの君⁉︎』

 

 無視して窓から外の様子を眺めた。魔神柱の位置はここからでもわかるほどだ。

 魔神柱の攻撃モーションを観察し続けた。モーションと言えるものはほとんどない。目がどう光るか、それと触手の動きに注意せねばなるまい。

 しばらく見てようやく動きが掴めてきた。まぁ、相手はレフだしこちらが動きを掴んだと分かったら動きを変えてくるだろう。その前に仕留めたいものだが、一番重要な事がわからない。

 

「……あれ、どうすれば死ぬんだ?」

 

 とりあえず殴ってりゃ死ぬのか……?それなら楽なんだが……。

 

「……まぁ、とりあえずこのままやるしかないな」

 

 増援は望めないし。

 とりあえず、掴んだ攻撃の直前の動きを通信機に言い残し、一応戦闘の様子を眺めた。指示を出したいが、戦闘に関しちゃサーヴァントの方が俺よりも経験は上だし、今見た動き以外の動きがあるかもしれない。

 引き続き見学を……と、思った直後だった。壁が崩れると共に沖田さんが部屋の中に飛び込んで来た。

 

 



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元仲間との戦闘が一番キツイ。

セプテムは長過ぎた。オケアノスはもう少し短くします。


 壁を突き抜けて来た沖田さんに慌てて駆け寄った。

 

「お、沖田さん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

「邪魔!」

「ゴフッ!」

 

 腹を殴られ壁に叩きつけられた。テメェ心配してやったのに何だこの野郎と思って顔を上げると、土方が沖田さんに追撃して来ていた。

 それを刀で何とかガードする沖田さん。刀と刀で押し付け合いになるが、沖田さんは倒れている。姿勢が悪い上に重力に逆らわなければならない沖田さんには不利な姿勢だ。

 何かしなければ、と思ってホルスターから拳銃を抜いて頭部にぶち込んだ。が、流石サーヴァントというべきか、あっさり躱されてこちらに火縄銃を向けた。

 慌てて向けられた銃口の射線から外れようとネロのベッドの下にしゃがむと同時に、片手になって緩んだ隙を突いて沖田さんが足を振り上げ、土方の腹を蹴り飛ばした。

 

「グッ……‼︎」

「ハッ、ハァッ……!」

「沖田さん、ドア閉めて!」

「へっ?」

 

 言われるがまま沖田さんはドアを閉めた。

 俺はその辺にあった机を持って扉の前に立つと、沖田さんに上を指差した。それだけで察したのか、沖田さんは窓から上の階に上がる。

 その間、俺はドアに向かって銃を撃ち続けた。当然、扉の向こうの土方は撃ち返して来た。

 閉めたドアがボロカスになるまで火縄銃を乱射してきて、俺は机を身代わりにしてその場で寝転がった。一発、左肩を掠めたが、俺は両利きなので問題ないし、むしろ丁度良い。掠めた血を頭に塗りたくった。

 すると、こちらの射撃が止んだのに気付いたのか、土方がドアを壊して入って来た。死んだフリをしてる俺に気付いた土方が、念の為か火縄銃をしまって刀を抜き、振り上げた直後、天井を突き破って沖田さんが上から強襲した。

 刀を振り下ろしたが、土方は刀でギリギリガードし、火縄銃を上の沖田さんに向けた。その隙をついて銃で土方の頭を撃った。効果は無いが、一瞬気を逸らすには十分だ。

 沖田さんが刀を振り抜き、土方の下の床が崩れ、一個下の階に落ちて行った。

 それを眺めながらパンパンっと身体を払って立ち上がった。

 

「……ふぅ、どう?斬った?」

「いえ、その前に床が崩れましたし、何より感触がありませんでした」

「ならこっち来い」

 

 沖田さんの身体を無理に引っ張って部屋から出た。直後、俺達のいた部屋の床が火縄銃の弾丸によって崩れ落ち、誰もいないと分かるとジャンプして俺と沖田さんの前に戻って来た。

 

「途中で戦術が変わったと思ったら、オメェが沖田のマスターか」

「そうだけど?」

「面白ぇ戦い方をするじゃねぇか。だが、戦術の鬼才と言われた俺も、そう簡単に負けるわけにはいかねぇな」

「あそう」

 

 そんな話をしてると、別の声が割り込んできた。

 

「何事ですか⁉︎」

 

 騒ぎを聞きつけてか、ようやく兵士達が数人廊下に現れた。俺達と戦闘中の土方を見るなり剣を構えた。

 

「き、貴様何も……!」

 

 直後、兵士の方を見ることもなく土方は火縄銃を兵士に撃った。

 

「沖田さん、土方の足止め頼む!」

「分かりました!」

「お前らは表に出て魔神柱……黒いバケモノから町民を守れ!馬に乗れる奴らはネロ達の元に合流し、向こうの任務が終わり次第こちらに連れて来い!」

「り、了解!」

 

 こう言う時、素直に従ってくれるのはありがたい。兵士達は散り散りになり、沖田さんは土方と斬り合いを再開した。

 しかし、ここは廊下で一本道だ。俺が介入できる事は何もないどころか、いるだけで足を引っ張る事になりそうだ。

 よって、一度別の部屋に身を隠した。

 

「ロマン、ネロ達の方はどうなってる?」

『ロムルスを倒し、城に戻ってる最中だ』

 

 え、そんなサーヴァントいたのか。いや、この際そこは良い。

 

「なら、こちらに連れて来て魔神柱の相手をさせて」

『わ、分かった!』

 

 ネロ達が来るまでエミヤさん達の指揮は俺が執るしかないが……。しかし、沖田さんが本調子じゃない。かつての仲間と殴り合ってるんだからそりゃそうかもしれないが……。

 とりあえず、一室からエミヤさん達の様子を見た。向こうは敵のレフ自身がアホだからか、然程苦戦してる様子はない。三人とも落ち着いて攻撃を回避し、触手を斬り、目を突き刺し、ダメージを与えている。

 

「……エミヤさん、聞こえる?」

『何だマスター。こちらは確かに優勢だが、呑気におしゃべりしていられるほどではない』

「ごめんね。や、俺しばらく指揮抜けるから。もうすぐネロ達が応援に来るからそれまで踏ん張れる?」

『愚問だな』

「流石」

 

 そこで通信を切断し、沖田さんの方の様子を見に行った。廊下には既に姿は無い。

 念の為、マガジンに消費した分の弾丸を詰めてから廊下に出た。二人の場所を探さなくてはならないが、広い城内の上にサーヴァント同士の戦いだ。移動速度は速い。

 辺りを警戒しながら沖田さん達を探す事数分、城の入り口の一番大広間になっていて、天井にはシャンデリアが吊るされている場所で斬り合いをしているのが見えた。やはり、沖田さんの方が押されてるように見える。というか、調子はかなり悪いようだ。

 蹴りをまともにくらい、後ろに転がる沖田さんに歩いて近寄りながら土方は聞いた。

 

「どうした沖田。そんなもんなら、生前のがよっぽどやり甲斐あったぞ」

「っ……!い、言ってくれますね……!」

 

 そう言うと、土方が再び斬り掛かり、沖田さんはその攻撃をいなして切り返した。いつもの倍くらい鈍い切り返しだ。

 土方の方は火縄銃は使う事なく刀のみだが、沖田さんをほとんど圧倒していた。

 土方の蹴りが沖田さんの脇腹を捉え、地面に転がる沖田さん。元、仲間なのにあれほど容赦無し、か……。もしかしてあいつ、バーサーカーか?

 何にしても、今の所、奴の意識はこちらにはない。沖田さんと土方を切り離すなら今だ。だが、拳銃では気をそらすことしか出来ない。こちらの銃は一切効果が無いし、気を逸らそうにも何度も同じ武器を使っていれば効果は薄れる。

 辺りに効果のある武器はないか。そう思って辺りを見回し、上のシャンデリアが目に入った。重さは見た感じ、4t程か?

 ホルスターから拳銃を抜き、シャンデリアを繋いでる鎖を一本ずつ撃ち抜く。

 バギンッという音がして、斬り合ってる二人とも上を見上げた。

 

「なに……?」

「えっ……?」

 

 二本目を打ち壊し、ようやく二人は俺の位置に気付いた。

 

「あれは……」

「まさか……」

 

 だが、もう遅い。三本目を撃ち壊し、シャンデリアは落下した。

 直後、二人ともシャンデリアの真下から離脱し、俺はその落下するシャンデリアの上に飛び降りて、途中まで降りた後にさらにシャンデリアから飛び降りて沖田さんの隣に降りて着地をした。右足の親指からボギッて音がした気がしたが気にしない。超痛いけどまだ気にしてるタイミングじゃない。

 さらに天井や壁についてる灯りを片っ端から撃ち落とし、沖田さんの襟首を掴んで廊下に逃げた。

 

「ま、マスター⁉︎なんて無茶するんですか!てか殺す気ですか⁉︎」

「あーうるせーうるせー。ボコボコにされてたバカは黙ってろ」

「なっ……⁉︎マスターには言われたくないです!」

「や、いいから。沖田さん、一度しか言わないからよく聞いて」

 

 拳銃のマガジンを入れ替えながら声を掛けた。

 

「土方と戦いにくいなら、今から表に出て魔神柱とエミヤさん達と乱戦に持ち込む。正直、魔神柱の広い攻撃範囲の上に土方の戦術が加わったら、面倒な事この上ないが、ここで沖田さんが死んで加われるよりずっとマシだ。それとも、ここで土方を倒すか。どっちにするかさっさと選んで」

「……マスター」

 

 聞くと、悔しそうに俯く沖田さん。直後、外から凄まじい轟音が上がった。城内にいる俺達にまで振動が伝わる程だ。こんな威力のものは宝具含めてうちのメンツに撃てる奴らはいなかったはずだ。こりゃ外もピンチなのか?

 外を眺めてると、俺の喉に突きを放った。お陰で「ぐぇっ」とカエルみたいな断末魔が漏れる。

 

「な、何しやがんだ⁉︎」

「大きなお世話です!沖田さんが撤退なんて、万に一つもあり得ません!」

「……あそう。なら、さっさと片付けるぞ。

「はい!で、どうすれば……?」

「じゃ、まずは窓から逃げて」

「……はっ⁉︎」

「良いから、さっきと同じだ」

 

 そう言うと、沖田さんは理解したようで窓から出て行った。どの道、戦力が皆無な奴はこうして囮になるしかない。

 囮としてはやはり脚力が必要なわけだが……これ、多分、足の指折れてるんだよなぁ。だってとても痛いもん。まぁ、あと少しくらいなら走れるか。

 カルデアに帰ったら速攻寝るとか考えてると、土方がヌッと姿を現した。

 

「よう、ここにいたか。沖田はどこだ?」

「逃げたよ。表の戦闘に参加してる」

「そうかい……。あの野郎、新撰組の掟忘れやがって……」

 

 乗るな、沖田さん。あれは奴の揺さぶりだ。奇襲作戦はバレてると見るべきだ。

 すると、土方は俺に火縄銃を向けた。

 

「沖田より、テメェを消した方が早そうだ。悪いが消えてもらうぜ」

 

 言われて、俺も土方に銃口を向けた。その俺の行為に、土方は片眉を挙げた。

 

「何の真似だ?テメェならそんなもんサーヴァントには効かねぇって気付いてんだろ?」

「ネロ、ごめん!」

「何?」

 

 直後、俺はポケットから思いっきり布を投げ飛ばした。土方は慌ててその布に銃口を向ける。が、ふわりふわりと宙を待っているのはピンク色のパンツだった。

 

「……はっ?」

 

 マヌケな顔を浮かべる土方。その一瞬の隙を突いて、壁から沖田さんが出てきて、土方に斬りかかった。

 

「チッ……!」

 

 土方なら奇襲は読めていただろう。だが、今の場面からまさかパンツが出てきたとは夢にも思うまい。もちろん、後で回収する。

 とにかく、今の沖田さんの勢いはさっきまでとは違う。火縄銃でガードしたが、見事に火縄銃を破壊し、土方の胸を斜めに斬り裂いた。

 切断、とまでにはいかなかったが出血し、後ろに下がる土方。それでも沖田さんの勢いは止まらない。一歩で間合いを詰めると今度は斜めに斬りあげた。

 今度は土方は躱しつつ刀でガードし、上にいなすと下から沖田さんに斬り上げた。スパッと音を立てて千切れる着物。

 だが、切れたのは着物だけだ。後ろから上半身だけサラシになった沖田さんが土方の腰に刀を振り抜く。

 

「クッ……!」

 

 鞘でガードする土方。その隙に俺はパンツをポケットにしまった。

 鞘と刀で押し合いになる二人。だが、沖田さんは刀の方の力を抜いて土方のガードをいなした。

 力が抜けて体勢の崩れる土方の頭を、腰から鞘を抜いて引っ叩き、地面に叩き付けた。

 その反動でジャンプし、刀を下に向けて思いっきり振り下ろした。

 

「沖田ァッ‼︎」

 

 土方も刀を握って沖田さんに斬りかかる。が、その前に俺は沖田さんに遠くから手を伸ばした。

 

「『瞬間強化』」

「なっ……!」

 

 沖田さんの火力は一時的に莫大な上がるはずだ。刀は土方の胴体を完全に捉えて斬り裂いた。

 土方の体から力は抜け、頭を殴られたその場から動かない。体が黄色く光り始めた。

 

「……ここまで、か……」

「土方さん……」

「そんな顔すんな。やっぱ天才だ、お前は。最後の斬り合いは悪くなかった」

 

 まぁ、まさか上司を斬るハメになるとは思わなかったろうからなぁ。銀魂と違って仲良かったって話も聞いた事あったし、悪い事をさせたかもしれない。

 土方は目だけで俺を見た。

 

「あんた、名前は?」

「坂田、銀時」

「田中正臣です、土方さん」

「そうか……。良いコンビだったぞ」

 

 それだけ言い残して、土方は消え去った。しばらく、その場は静寂が支配した。俺も沖田さんも話さず、聞こえると言えば表からの戦闘音だけだ。

 だが、やがて俺と沖田さんから「……い」と声が漏れた。

 

「「いやいやいや!あり得ないから良いコンビとか!」」

「そもそも沖田さんが最初からやる気あったらこんな事になってなかったからね⁉︎」

「は、はぁ⁉︎ていうか、マスターの方こそ終始邪魔ばっかしてなんなんですか⁉︎魔神……なんとか倒すんじゃなかったんですか⁉︎」

「お前が役に立たねえから手伝ってやったんだろうがバーカ!」

「私一人でも勝てましたー!マスターが参加したそうな顔してたから参加させてあげただけですー!」

「ああ⁉︎テメェもう一生助けねえぞタコ!昨日からなんか知らねーが機嫌悪くしやがって鼻フックデストロイヤーファイナルドリームの刑にしてやろうか!」

「やるってんですか⁉︎上等ですよバカたれ!」

 

 お互いに腕まくりをしたときだ。

 

「何してんの?」

 

 冷たい声が聞こえてきた。俺と沖田さんが揃って顔を上げると、全員が揃っていた。

 

「……え?」

「お兄ちゃん、何してるんだ?二人揃って下着姿で」

 

 言われて、俺と沖田さんの服装を見た。俺は下半身はパンツ一枚で、沖田さんは上半身サラシだった。

 

「………」

「………」

 

 ていうかなんでいんの?魔神柱は?

 そんな感想が顔に出てたのか、藤丸さんがしれっと答えた。

 

「魔神柱はエミヤ、クー・フーリン、清姫が撃破。レフ教授の姿に戻ったところに合流したけど、レフ教授が新たなサーヴァントを召喚し、アルテラが出現。私の指揮でアルテラも撃破したよ」

「………」

 

 マジかよ……。俺と沖田さんが土方一人に手こずってる間に……。

 唖然とする中、ネロが駆け寄ってきて、俺の腕を引っ張った。

 

「沖田、離れろ!お兄ちゃんは余のものだ!」

「え、ええどうぞ?そんなん私もいりませんし!」

「言ったな?なら、今日からお兄ちゃん……いや、正臣は余の夫としてローマに迎える!」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

『えっ』

 

 その場にいた全員から「えっ」という声が漏れた。が、その直後にレイシフトが始まろうとしていた。サーヴァント達や俺、藤丸さんの身体が光り始める。

 

「むっ、な、なんだその光は?」

「悪いな、ネロ。どうやらここまでだ」

「えっ、ま、待てお兄ちゃん!余は、余は離れたくない!」

「安心しろ。この光が終わった頃にはネロの記憶から俺に関する記憶は全て消滅する。何をどうしようがこの時代に俺の記録は一ミクロン足りとも残らず、お持ち帰りテイクアウトは出来ない、良かったな」

「な、何も良くない!記憶から消えるなど、死ぬより酷いではないか!」

「まぁ、気が向いたらこの時代にいつでもレイシフトしに来てやるから。その時は初めましてだけどよろしく」

「っ……」

 

 そう言って頭を撫でると、ネロは心底悔しそうに奥歯を噛んで俯いた。気が付けば、この時代のサーヴァントはみんな消え、残りはカルデアのメンバーだけとなっていた。

 

「……で、では、正臣。一つだけ、余の願いを聞いてくれるか?」

「何?」

「聞いてくれるかだけ答えろ」

「俺がネロのお願いを断ったことがあるか?」

 

 すると、頬を赤くしたネロは俯いてたのがやがて俺に顔を向け、顔を近づけてきた。

 唇と唇が重なり合い、中からは舌が侵入して来る。清姫が顔を真っ赤にして文句を言おうとしたが、沖田さんが切なそうな顔でそれを止めた。

 そのまましばらくくっついたあと、プハッと離れた。

 

「うむ、これで余の体内には、お主の記録が少なくとも残る」

「……そうだな」

「ではな!お兄ちゃん!」

 

 それだけ挨拶した後、俺達はカルデアに戻った。

 

 ×××

 

 カルデア。戻るなり、ダ・ヴィンチちゃんとロマンが出迎えてくれた。

 

「おかえり〜。天才の私が認めよう、今回も一人の犠牲者なしによくやってくれたね」

「や、みんなお疲れ。本当によくやったよ。特に今回は立香ちゃんの活躍が大きいかな。リーダーの田中くんもよくやってくれたよ」

「ありがとう」

「………」

「田中くん?」

「あー……気にしないでドクター。前と同じだから」

「へっ?」

 

 ……俺は肩を落として自室に戻った。ネロ……妹にしたかったし結婚したかった……。前のジャンヌ様の時と同じ感覚だった。

 トボトボと廊下を歩いてると、同じく沖田さんが肩を落として歩いてるのが見えた。何だ?何かあったのか……?

 

「マスター、ちょっと良いか?」

 

 後ろからエミヤさんの声が聞こえた。

 

「な、何ですか?」

「タメ口で構わない。さっきまでタメ口だったろう」

「え?あ、そ、そっか……」

「私は現場で召喚されたからな。部屋を案内してもらおうと思ってな」

「了解」

 

 俺の独断で決めても良いよな。どうせいっぱいあるんだし。

 テキトーな部屋を見つけて案内した。

 

「はい、ここ」

「すまんな。せっかくだ。お茶でも飲んで行け」

「へっ?」

「ついでに少し話そう」

 

 言われるがまま、部屋の中に案内された。てか、どこから持ってきたのかお茶っ葉持ってるし。

 元々備え付けられてるコップにお茶を淹れて俺に差し出してくれた。

 

「で、話って?」

「ハッキリ言う。というより、私もマスターの気持ちは分かる。だからこそ言うが、ネロの事は忘れろ」

「……は?」

「あのネロとマスターが会う事はもう無い。だから、忘れた方がマスターのためだ」

「……そりゃわかるけど……」

 

 と、いうより、前回ジャンヌ様とのことがあったのにまた同じ事を繰り返した俺が悪いというのが冷静なものの見方とさえ思う。

 

「それよりも、もっと身近な女性に目を向けるべきだ」

「……というと?」

「まぁ、そこから先はマスター自身に考えて欲しい所だな」

「はっ?何それ」

「まぁ、そういうわけだ」

「……」

 

 それって……清姫のことか?まぁ、あのバーサーカーはイマイチ俺のこと本当に好きなのか分からんしな……。あれだけ好き好きオーラ出されると逆に疑うっつーか……。

 

「まぁ、分かったよ」

「なら良い」

「清姫のことも少しは考える」

「……こいつ、本物か……」

 

 すっごい呆れられた気がする。

 

 



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第三特異点封鎖終局四海オケアノス
神はどこかで見てくれている。


 カルデアの仮装訓練室。そこで俺は一人で修行していた。前回のレイシフトで結構ボッコボコにされたので、このままではマズイと思ったからだ。

 いくら頭が良くとも、俺だけを集中狙いされたらそれでおしまい。だからこそ、身体を鍛える必要がある。

 その為に、仮想空間で現れる敵に囲まれながらも、冷静な判断力で無双していた。

 

「フハハハハ!遅い、遅過ぎるぞ貴様ら!それで良く私に攻撃を当てようと思ったものだなァッ‼︎」

「速度レベル1だからね」

「その上にパンチ一発で上半身が吹き飛ぶなど、私はまだ百億分の一程度の力しか出していないぞ!」

「防御レベルも1だからね」

「痛ッ!……ほう、私に攻撃を当てたか。しかし、何だその威力は⁉︎蚊に刺されたかと思ったわ!ゼハハハハ!」

「攻撃レベルは0だからね。ていうか痛って言っちゃってるし」

「………」

「あ、ほら勇者様。前から来たよ、ガイコツ」

 

 藤丸さんがとても冷静に俺のテンションを下げにきてた。

 

「……お前さ、もう少し役になり切ろうとか思わないの?」

「そのセリフ、少し脚色して返すね。もう少し厳しい訓練しようとか思わないの?」

「バッカ野郎!痛いと死んじゃうだろ!」

「あのね!私は田中さんが真面目に訓練したいって言うから、田中さんがそのモチベーションを上げるためにお姫様役がいないと出来ないって言うから協力してあげてるの‼︎こんな茶番に付き合わせるなら帰るよ⁉︎」

「茶番とか言うな!一番重要なとこだろうが!」

「じゃあストレス発散!」

 

 グッ……!こ、こいつ……そんなガミガミ怒らなくても良いだろうが……!

 

「良いだろ!俺、レイシフトが始まってからずっとカッコ良いとこ無いんだよ!少しくらいカッコつけさせろよ!」

「ならせめて敵のステータスレベル上げなよ!」

「痛いの嫌!」

「小学生以下の根性!訓練なんだから死なないんだからね⁉︎」

 

 小学生以下は言い過ぎだと思うんだけど……。

 二人で睨み合ってると、ロマンの声が聞こえてきた。

 

『立香ちゃんの言う通りだよ。僕もこんなアホな茶番に付き合ってられるほど暇じゃないんだけど……』

「くっ……!どいつもこいつも言いたい放題言いやがって……!」

『とりあえず、問答無用でレベル二つ上げるからね』

「はぁ⁉︎ま、待て待て待てそんなんやったら死んじゃう……!」

 

 直後、近くのガイコツ兵が立ち上がった。武器も何も持っていないものの、やはり強くなってるのだろう。殴られたら絶対に痛い。

 慌てて俺は藤丸さんの背中に隠れた。

 

「やれ!藤丸さん!」

「ちょっ、勇者役の癖に隠れないでくんない⁉︎」

「うるせぇ!俺勇者じゃないし!マスターは戦闘とか専門外だろ!」

「普通の魔術師は戦うから!」

 

 ヤベェ!殺される!

 いつのまにか囲まれるほどの数になっていた敵に対して、二人で「お前が行け」「いやお前が逝け」と押し付け合い。

 当然、目の前に平気で迫って来た。もはや押し付け合いもせずに二人で抱き合って目を閉じると、ヒュガッと骨を砕く音が頭上から聞こえた。

 

「何やってるんですか先輩方は……」

「「ま、マシュ〜‼︎」」

 

 二人してマシュに飛び付くと、俺だけ顎を蹴られて藤丸さんは抱き抱えられた。

 

「助かったよー!もう、田中さんってば全然役に立たなくてさぁ!」

「はい。助けに来ましたよ、先輩」

「て、テメェ……。いくらなんでも顎を蹴ること無ぇだろ……!」

 

 舌噛むとこだったわ……。

 腫れ上がった顎を抑えてると、マシュは目を腐らせながら俺に言った。

 

「うるさいです、エロ臣先輩」

「正臣だから」

「私の先輩と抱き合うなんて八億年早いです」

「一生抱き合うなってか?てか、藤丸さんだってこっち来てたからな」

「それより、早く訓練室出た方が良いですよ」

「何でさ」

「沖田さんが訓練室の管制室で怒ってらしたので」

 

 速攻で訓練室から出た。ヤバい、殺される。色んな口実で殺されるのが目に見えていた。

 訓練室から出て逃げようとした所で、足を躓かせて盛大にすっ転んだ。畜生、慌てると転ぶ癖を何とかしたいぜ。

 で、大体今回のパターンは読めてる。そろそろだろ?ほら、襟首を掴まれた。無論、沖田さんだ。

 

「……マスター」

「……沖田さん」

「訓練したいなら、私と道場に行きましょうか」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 ボッコボコにのされた。

 

 ×××

 

「もー無理!ホント何なのあいつ⁉︎」

 

 エミヤさんの部屋。そこで俺、エミヤさん、クー・フーリンさん、小次郎さんの四人は集まって俺の愚痴を聞きながらゲームをしていた。あ、ゲームは俺の部屋のもんな。

 

「酷くない⁉︎こんなタンコブが出来るほど殴るか普通⁉︎」

 

 言いながら、3○Sのボタンをカチカチと連打する。やってるゲームはスマブラだ。

 ダ・ヴィンチちゃんに作ってもらった3○Sをいじりながら、クー・フーリンさんがボソッと呟いた。

 

「スッゲーなぁ、こんなもん俺らの時代にはなかったぜ。なぁ?アサシン」

「うむ、私の時代にも無かった。というか、私の時代はゲームというものが無かったから、色々と新鮮だ」

「そりゃ俺もだっつーの。って、アーチャー!テメェさっきから俺にPKファイア投げて来んじゃねぇよ!」

「フッ、貴様は大技を当てようと必死過ぎだ。天空何回連発すれば気が済むんだ」

「チッ……やっぱその辺は普通の戦闘と一緒かよ」

「秘剣燕返し‼︎」

「テメェ、虫網を振り回すんじゃねぇ‼︎」

「I am the bone of my sword.---So as I pray,『無限の剣製』‼︎」

「てめっ、スターストームは卑怯だろうが‼︎」

「お前ら真面目に聞いてる?」

「「「聞いてない」」」

 

 息ぴったりかよ!いい加減にしろよ本当よう!

 ……いや、もう本当にこれ以上こいつらに愚痴っても仕方ない気もしてたしなぁ……。俺の話をちゃんと聞いてくれんのはエミヤさんだけだし、最近エミヤさんも俺に冷たい視線を送るようになって来たし。

 ……でもムカつくからこいつらはボコボコにしよう。

 

「甘い、甘いなぁエミヤァッ‼︎スターストーム如き、熟練者になれば一瞬で見切る事が出来るのだよォオオオオ‼︎」

 

 すいっすいっとスターストームをゲームウォッチが回避し、空中でなんか出しながらそれをスターストームが終わった直後のネスに当ててステージから追い出すと、着地して次の獲物へ。

 アイクに落ちてたアイテムのビームソードを投げつけ、ジャンプで避けた隙を突いて、空中横攻撃で大きく吹っ飛ばし、追撃して復帰しようとしたのをメテオで落とした。

 最後の一人、村人はハニワを飛ばして来たので、それを上手く見切りながら回避すると、弱Aを喰らわせてから上手くコンボを繋ぎ、最後に上スマッシュでトドメを刺した。

 

「フハハハハ!貴様らそれでも英霊か!こんな変態呼ばわりされてるパンピーに負けるなど……!」

「……何初心者に本気出してんだオメーは」

「我々だから良いものの、他の奴にやったら本気で嫌われるぞ」

「うむ、英霊だからゲームも上手いというわけてもあるまいしな」

「……じゃあお前らだけでやれば良いじゃん」

 

 なんで揃って正論言うの……。拗ねてみると、クー・フーリンさんは無慈悲に言った。

 

「もう一戦行くか、マスター抜きで」

 

 ……俺ってやっぱ男性陣にも嫌われてるのかなぁ。

 ショボンと肩を落としてると、エミヤさんが気の毒に思ったのか話題を変えた。

 

「……しかし、我々第三者から見れば、沖田とマスターはかなり仲良く見えるぞ」

「え、そ、そう?」

「ああ。ランサーはどう思う?」

「え、あー……確かにな。喧嘩してるくせに楽しそうにしてるしな。喧嘩するほど何とやらって奴か?」

「うむ、まさしくランサーの言うそれだな。沖田はよく、私のマスターの元に愚痴りに来るが、その顔はとても楽しそうにしているぞ」

「そりゃ楽しいだろ。嫌いな奴の悪口言ってんだから」

 

 てかあの野郎、俺の陰口言ってやがんのか。いや、言ってるだろうとは思ってたけどよ。

 すると、クー・フーリンさんが「つーか」とこちらに質問してきた。

 

「そもそも沖田ってありゃ、元々人嫌いとかじゃねぇだろ。俺やアーチャー……あとほら、あのジャンヌオルタとすら普通に話せてるし。むしろマスターはあいつに何したんだ?」

「えっ、あ、あー……」

「そうだぞ、マスター。人付き合いも何事も最初が肝心だ」

 

 エミヤさんにも言われ、俺は困ったように顔をしかめた。

 

「……まぁ、その、なんだ。タイミングが悪かったんだよ」

「着替えでも覗いたのか?」

「おっぱい揉んだ」

「……はっ?初対面で?」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「待て、三人揃って引くな。色々あったんだよこっちにも。冬木市で色々あって疲れてたのに、あの野郎がしつこく部屋まで案内しろってうるさかったからさ」

「それで揉んだのか?」

「クズめ……」

「やって良い事と悪い事があるだろう」

「や、違う。そすんすしたの」

「? なんそれ」

「鎖骨突き」

「ほぼ胸じゃねぇか」

「そしたら沖田さんが抵抗して、狙いが逸れてガッチリ揉んじゃったの」

「やっぱクズじゃん」

 

 ……グゥの音も出ません。いや、あの後ちゃんと謝ったし。

 この問題は自分達が解決出来ないと思ったのか、エミヤさんもクー・フーリンさんも小次郎さんも何も言わなくなった。

 が、やがてクー・フーリンさんが最初に負けたのか、3○Sを机に置いた。

 

「だー無理!てか、やっぱ四人の方が楽しいなこれ」

「じゃあ俺も入れ」

「マスター、誰か召喚して来いよ」

「……俺は入れてくれないの?」

「もう少し俺らが上手くなったら混ぜてやるよ」

 

 まぁ、確かに俺に無双されるだけじゃつまらんだろうしなぁ。仕方ない、それまではお預けだな。

 

「じゃ、誰か召喚して来る」

「誰来るかな。このメンツならライダーかキャスターかセイバー?」

「ふむ、バーサーカーも外せんぞ」

「というか、貴様らゲームのために英霊召喚することに抵抗は無いのか……」

 

 そんな言葉を背に召喚しに行った。

 

 ×××

 

 召喚室的な場所には藤丸さんとマシュとジャンヌオルタもいた。

 

「あ、田中さんも来たんだ」

「田中先輩も召喚するんですか?」

「チッ」

「まぁな。あと最後、舌打ちした奴死ね」

「あんたが死ね」

 

 ほんと、女の子に嫌われるの上手いなぁ俺は。それも長い付き合いの奴ほど。

 

「どうせ、あんたの事だから巨乳のサーヴァント来いとか考えてんでしょ?」

「あーそれも良いな。いや、スマブラの人数合わせに召喚しようと思って」

「あんた召喚をなんだと思ってるわけ⁉︎」

「人数合わせって……田中さん既に四人サーヴァントいるよね?」

 

 ジャンヌオルタの当然のツッコミの後、冷静に藤丸さんが聞いてきた。

 

「清姫や沖田さんがスマブラやると思うか?」

「いや、そもそも英霊がスマブラやると思えないんだけど……」

「で、代わりに小次郎さんがエミヤさんの部屋に集まってるんだけど……」

「先輩のサーヴァントに何をしてくれてるんですか!」

「知らねーよ、てか小次郎さんからこっち来たんだよ」

「ていうか、田中さん含めてちょうど四人じゃん」

「俺と一緒にやると強過ぎてつまらないから嫌だって怒られた」

 

 藤丸さんとマシュは悲しそうな顔を浮かべたのだが、ジャンヌオルタはプッと吹き出しやがったので襲い掛かった。

 顔面にドロップキックをぶち込むと、尻餅をついたジャンヌオルタはキッと俺を睨んだ。

 

「いったいわね!何すんのよ⁉︎」

「うるせぇ!笑ったテメェが悪い!」

「もう許さないわ、あんた殺す!」

「上等だ表出ろコラァッ‼︎」

 

 なんて俺たちがやってる間に、藤丸さんは召喚を開始した。サークルが回転し始め、中央から新たな英霊が姿を現わす。

 

「……愛憎のアルターエゴ、パッションリップです……。あの……傷つけてしまったら、ごめんなさい……」

 

 すごいおっぱいが出てきた……。どれくらいすごいかと言うと、喧嘩中に思わず余所見して顔面を殴られてしまうほど。

 

「ブフォッ!」

「アハハハハ!喧嘩中に余所見とは良い度胸ね!」

「きゃっ⁉︎な、なんですか⁉︎」

「ジャンヌオルタ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 藤丸さんに怒られ、素直に謝るジャンヌオルタ。で、藤丸さんが自己紹介を始めた。

 

「えっと……パッションリップが名前で良いのかな?私、マスターの藤丸立香。よろしくね」

「は、はい……」

「私はマスターのサーヴァント、マシュ・キリエライトと言います」

「同じく、立香のサーヴァント。アヴェンジャーのジャンヌ・ダルク・オルタよ」

「……」

 

 なんか暗いな、おっぱいの割に。どうやら、何かあるのかもしれない。ま、その辺は俺と違って人に好かれやすい藤丸さんがなんとかするだろう。

 さて、俺は俺で召喚することにし……ようとしたら、なんか四人の視線がこっちに向いていた。あ、俺が自己紹介する番?

 

「ああ、藤丸さんとは別のマスターの田中正臣。俺、女の子に嫌われやすいみたいだから近付かない方が良いよ」

「分かりました……」

 

 あ、分かっちゃうんだ。まぁ良いけど。

 召喚を終えた藤丸さんパーティは、パッションリップにカルデアを案内するとかで部屋を出て行った。

 さて、今度は俺の番か。なるべくなら優しい、天使みたいな子が良いなぁ……。ジャンヌ様みたいな。ジャンヌ様本人とは言わないから。願いを神に届けながら召喚してみた。

 

「やっほー!ボクの名前はアストルフォ!クラスはライダー!それからそれから……ええと、よろしく!」

 

 天使が、舞い降りた。

 

 



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能力はダブると価値を失う。

 召喚に成功してから、俺はアストルフォたんにカルデアを案内してあげていた。

 ここに来て、ここに来てようやく天使を引いた……!こんな可愛くて元気な明るい子がうちの脳筋剣士マッスルランサーヤンデレバーサーカーマッスル(二人目)アーチャーしかいないゴリラパーティに加わった……!その事実がもう嬉しくて嬉しくて……!

 もうテンション上がりまくりで案内していた。

 

「ほら、アストルフォ。ここが食堂だよ」

「わー、思ったより広いねー」

「ああ。基本的に俺のアーチャーのサーヴァント、エミヤが飯作るから」

 

 飯係就任は昨日からだけど。

 

「へー!エミヤかぁ。どんな英霊なの?」

「アストルフォは知る必要ないよ、俺だけを見ていてくれれば」

「あははっ、何それ。マスターって面白いねー」

「まぁ、後で紹介するから。あ、なんか食っていく?奢るけど」

「ほんとに⁉︎じゃあ、何か軽く食べようかな」

 

 ひょー、アストルフォたんとデートだぜ。俺も腹減って来たとこだし丁度良いわ。

 そう思って食券を買い、料理を待ってると後ろから「おい」と声が聞こえた。

 

「マスター、いつまで召喚に掛かって……あ?誰だそれ?」

 

 クー・フーリンさんだった。というか今、アストルフォたんの事を「それ」と言ったか?

 

「おい、クー・フーリン。テメェ、うちの期待のルーキーに『それ』ってどういう事だ。英霊の癖に礼儀も知らねえのか」

「ああ?……あー、そういう事かよ……」

 

 最初の「阿阿?」はかなり怖かったが、察してくれたようで何より。

 

「悪かったな。ランサーのサーヴァント、クー・フーリンだ。あんたは?」

「僕はアストルフォ、ライダーだよ。よろしくね」

「今、アーチャーの部屋でスマブラやってんだが、やるか?」

「スマブラなんてやってねぇよ!人類史が懸かってるって時に何遊んだんだ!」

「………」

 

 叱りつけると、クー・フーリンさんの眉間にシワが寄ったのが見えた。が、それでもクー・フーリンさんはグッと抑えて苦笑いを浮かべた。

 

「わ、悪かったな。マスター」

「ふーん、なんか殺伐としてるんだね、マスターは。僕はそういうの割と苦手なんだよなー」

「なんてな!スマブラでもなんでも好きにやってて良いよ、クーちゃん!あとでアストルフォ連れて行くから」

「……ああ、サンキューマスター。……でも、その前に良いか?」

 

 クー・フーリンさんは俺と肩を組み、耳元でボソッと呟いた。

 

「……テメェあとで覚えとけよ」

「……すみませんでした」

「それと、俺は後で肩パン一発で済ませてやるが、沖田にだけは見つからないようにしとけ?良いな?」

「……はい」

 

 クー・フーリンさんはエミヤさんの部屋に引き返し、俺はアストルフォたんと飯を食い始めた。

 食事を終えると、またまた案内を再開した。他にもなんかよくわからんメンテ室だのトイレだのダ・ウィンチちゃんの工房だの道場だのと案内をし、一通り案内を終えた。

 

「じゃ、スマブラやるか」

「……スマブラって何?」

「一言で言えばゲームだよ。操作方法は俺が教えるから。その時にみんなに紹介してやる」

「やったね」

「じゃ、こっち……」

 

 案内しようとした時だ。アナウンスでサーヴァントと俺と藤丸さんは呼び出された。

 

「……悪い、任務だ」

「へ?あ、う、うん。レイシフトって奴だよね?」

「そう。次の特異点の修正に行くぞ」

 

 セプテムの時にまとめた荷物を取りに行ってから管制室に向かった。

 

 ×××

 

 到着した頃には、俺とアストルフォ以外に全員揃っていた。というか、なんで毎回俺は一番遅いんだろうか。みんな準備するの早く無い?

 

「マスター、遅いですよ!」

「うるせぇ、若白髪」

「相変わらず二人は仲が良いねぇ」

「ドクター、叩っ斬りますよ」

「ロマン、キン肉バスター掛けんぞコラ」

「ほら、仲良しだ」

 

 よし、あいつは後で半殺しにしよう。

 心の中でそう決めると、アストルフォが俺の袖を引いた。

 

「マスター、あの人は?」

「うんこ大好きうんこ丸」

「小学生ですか、あんたは‼︎沖田総司です‼︎」

「はいはい、いちゃつくのはその辺にして……」

 

 ロマンが寝ぼけたことを抜かした直後、俺と沖田さんのライダーキックが炸裂した。

 これ以上は話が通じないと判断したエミヤさんが俺と沖田さんを別々の椅子に縛り付けて、ようやく会議が再開された。

 

「……えっと、じゃあ改めて。レフ・ライノールを倒し、第二の聖杯を回収した……と言えば聞こえは良いけど、疑問は増える一方だ。あの肉の柱は何なのか、七十二柱の魔神を名乗るアレは何なのか」

「そんなの名乗ってたっけ?」

「エミヤくん達が相手をしてる時にね。フラウロスと名乗っていた」

 

 へー、あの登場を引っ張った割に大した活躍しなかったガンダムフレームみたいな名前だな。まぁ、あの作品はバルバトスとダイン・スレイヴ以外は活躍しないから、仕方ないね。

 

「思い当たるものは一つしかない。ある古代の王が使役した使い魔だ」

「古代の王?」

 

 藤丸さんが聞くと、どこから現れたのかダ・ヴィンチちゃんが答えた。

 

「その通り!古代イスラエルの王にして魔術世界・最大にして最高の召喚術士!彼が使役する使い魔こそ、その名も高き七十二柱の魔神だったわけさ」

「フォウ⁉︎」

「ハッ⁉︎あなたはダ・ヴィンチちゃん⁉︎」

「うん。いい。最高。マシュちゃん、その反応さいっっっこう!こっそりカンペを渡した甲斐があった!天才たるものこれぐらいの登場はしないとね」

 

 あそう……。ていうか、さっさと続けてくんないかな。

 それからロマンとダ・ヴィンチちゃんは何かグダグダと会話を続けた。その間にあれは縄からの脱出を試みるが、エミヤさんが俺の肩に手を置いた。どうやら、動くな、ということらしい。

 で、ようやく二人の会議は終止符を打ったのか、「さ、それよりも」とロマンは言葉を続けた。

 

「今は当面の課題、三つ目の聖杯入手の話をしよう。唐突だけど、田中くん。それと立香ちゃん。君達はローマの時に船酔いしたっけ?」

「死んだ」

「私もそれなりに」

「そうかぁ……。うん、そうかそうか……」

 

 え、何その深刻そうな顔。

 

「まぁ、人間は順応する生き物だしね。何とかなるよ、絶対」

「先生、俺欠席します」

「だめだ。君がいなきゃ何も始まらないだろう」

「嫌だ!絶対帰る!」

「エミヤくん、縛っておいてくれてありがとうね」

「お安い御用だ」

 

 畜生!嫌だ!行きたく無い!何とか逃げようとするも、両手両足使えないのでどうしようもない。

 

「というわけで今回は1573年。場所は、見渡す限りの大海原だ!」

「海、ですか……?」

 

 マシュが聞き返すと、ロマンは頷いた。

 

「うん。特異点を中心に地形が変化しているらしい。具体的に『ここ』という地域が決まっているわけではなさそうだ」

「その海域にあるのはポツポツと点在している島だけ。至急、原因を解明してほしい」

「原因は聖杯!はい解明!この任務終わり!」

「エミヤくん、彼の口にガムテープを」

「了解だ」

「ちょっ、魔力の無駄遣いはンムッ!」

 

 酷い!いじめだ!訴えるぞ!

 

「それと、万が一の時のために私が開発したゴム製の浮き輪を渡しておくから。万が一の時はこれで窮地を凌ぐといい」

 

 ダ・ヴィンチちゃんがそう言って藤丸さんに浮き輪を渡した。

 まぁ、その、なんだ。俺だけ縛られたままレイシフトが開始された。

 

 ×××

 

 気が付けば、レイシフトされていた。見渡す限り海しかない。だが、場所は無人島ではなかった。どっかの船の真っ只中だ。というか、海賊船の真ん中。

 メンバーを見渡す限り俺、沖田さん、アストルフォ、クー・フーリンさん、清姫、エミヤさん、藤丸さん、マシュ、ジャンヌオルタ、小次郎さん、パッションリップ、フォウさんと全員揃っている。

 そして、周りは海賊に取り囲まれていた。まぁ、その、なんだ。アシが手に入ったって事でロマンに関しちゃ不問にしよう。それに、口の中からなんか酸っぱい香りが……やべっ、もう酔ってきた……。

 

「え、エミヤざん……」

「どうしたマスター……マスター⁉︎」

「吐きそう……エチケット袋出して……」

「グッ……!やむを得ないか!」

「や、俺の鞄から……」

「あ、ああ、そういうことか」

 

 その直後だ。周りの海賊達が「ヒャッハー!」と騒ぎ始めた。何、デュエリストの軽空母なの?

 

「女だ、女がいるぜ!」

「身包み全部剥いでやれ!」

「ていうかこいつら服装にまとまりがねぇな!」

「サーカスでもやんのか?」

 

 段々、感想が常識的になって来たな……。常識的になって来たのに貶されてる気がするのはなんでだろう。

 

「くっ、どうするマスター!」

「は、吐く……!」

「いやそうではなくだな……!」

 

 だってもう口から出そうだもん……!あ、ダメだ。もらったエチケット袋に全部吐き出した。

 その様子をうちのサーヴァント全員がドン引きしてる目で見てる間に、藤丸さんが全員に指示を出した。

 

「全員、戦闘準備!パッションリップとマシュは私と田中さんの護衛、他の人達はなるべく船員を殺さず怪我もさせないように戦闘不能にして!」

「ほう、それは難しい注文だな、マスターよ?」

「この船を操縦できる人がいなくなったら困るからね。誰が舵を握る人だから分からない以上、そうするしか無いよ」

「なるほど、心得た!」

 

 小次郎さんにそう言われても冷静に返す藤丸さん。全員がその指示に納得したようで、あっさりと船を制圧してしまった。

 すみませんでした、と素直に謝る海賊達を無視して、藤丸さんのサーヴァント達が一斉に藤丸さんに集まった。

 

「すごい、すごいです先輩!まるで田中先輩みたいでした!」

「そうですね、マスター!戦闘後のことも考えて任務を遂行するなんて!」

「まぁ、褒めてあげても良いわよ?別に」

 

 マシュ、パッションリップ、ジャンヌオルタが褒め、小次郎さんもウンウンと頷いた。良いなぁ、向こうのパーティは仲良さそうで。

 

「流石ですね!立香さん!」

「洞窟の時から思ってたけどよ、あんたの指揮もうちのマスターに負けてねぇよ」

「僕の所のマスターは吐いてただけだからね」

「ああ、成長したようだな」

 

 あ、あれ?うちのサーヴァントまで褒め出したよ?ていうか、それってもう俺いらない子なんじゃ……。

 だが、藤丸さんはパンパンと手を叩いた。

 

「ほら、みんな。何のために怪我なしで制圧したと思ってるの。周りの海賊達にどういうつもりなのかとか、時代背景を尋問するよ」

 

 その言葉に「はーい」と従い始めるサーヴァント達。誰も俺の心配なんてしてくれなかった。その事が寂しくなるが、気持ち悪さでそれどころでは無い。

 そんな時だった。誰かに背中をさすられた。

 

「……大丈夫ですか?ますたぁ」

「……清姫……」

「わたくしはますたぁの味方ですから」

「き、清姫……!」

「ですから、存分に吐いて下さって結構ですよ?」

「清姫ぇ……!」

 

 涙目になったが、こいつ背中にタッパー隠してる。俺のゲロを保存する気だと理解したので、とりあえず逃げることにした。

 

 



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男の友情は女子より固い。

船酔い激しい設定にしてしまったため、手抜きに見えるかもしれませんが違います。すみません。


 なんか制圧した船の船員にボスのところに案内してもらえるらしく、何処かの島に来た。

 無論、船酔いダウン星人の俺は海岸で寝転がっている。頭がガンガンする……吐き気は治まったが体調が悪い……。

 

「では、案内させてもらいますぜ」

 

 海賊の一人がそう言うと、元気に案内を始めた。付いて行こうとする藤丸さんパーティ+α(沖田さん、エミヤさん、クー・フーリンさん、アストルフォ)。

 

「よろしいのですか?ますたあ」

 

 清姫だけは残ってくれたが、その理由が俺を襲うためってのはいただけねぇなぁ。

 とりあえず、もう二人ほど残しておきたい。

 

「あー待った、エミヤさん。それと……クー・フーリンさんとアストルフォ」

「? なんだ、マスター?」

「エミヤさんはここに残って。それから、クー・フーリンさんはこれ持って行って」

 

 通信機を投げ渡した。

 

「? 通信機?」

「万が一、罠だったらどうすんだ。というか、罠の可能性も少なくない」

「なるほどな。了解」

「となると、俺はその万が一の時のために残っていろという事か?」

「まぁ、そういう事」

「了解した」

 

 良かった……。了解してくれる程度にはまだ俺は嫌われていないようだ。

 

「僕も?」

「ライダーって事はなんか出せるものがあるんだろ?救出する時に乗り物はあった方が良い」

「分かったよ、マスター」

「わたくしも残りましょうか?ますたあ」

「ああ、頼む」

「えっ⁉︎よ、よろしいんですか⁉︎」

「ああ」

 

 清姫が驚いていたが、当たり前だ。藤丸さんがこれから行うのは戦闘、或いは共同戦線の願い出だ。バーサーカーはいない方が良いし、何より清姫くらいしか俺の事嫌いじゃない人いないからいづらくなる。や、流石にアストルフォたんには嫌われてないと信じたいけど……。

 

「じゃ、行って来るね」

 

 藤丸さんが手を振ってジャンヌオルタ、マシュ、小次郎さん、パッションリップ、クー・フーリンさん、沖田さんを連れて海賊達と歩いて行った。

 しかし、今回は本当に俺は役に立たないかもなぁ。船酔いでダウンとか戦う戦わない以前の問題だし。

 にしても、沖田さんまだ怒ってたな。レイシフトされてから一回も話してない。というか、完全に俺の存在を見てないよね。そんなに嫌ならもう契約解除すりゃ良いのに。

 いまだにガンガンする頭を抑えて頭の中で愚痴ってると、エミヤさんが声を掛けてきた。

 

「マスター、わざわざ持ってきたのか?通信機」

「まぁね」

「必要なら俺が作ったんだが……」

「いや、エミヤさんには魔力を温存しておいてもらわないと困る」

「? なんでだ?」

「多分、船を作るはめになるから」

「……は? 船?」

 

 まぁ、あくまで想定の段階だから下手なことは言えないんだけどね。今回、エミヤさんに同行させなかったのも、万が一戦闘になって戦われたら困るからだ。

 

「……船酔いしない船なら作らんぞ」

 

 やっぱりエミヤさんの中の俺のイメージはそういう感じかよ……。いや、まぁ実際そういうイメージ持たれても仕方ないけども。

 

「……あそう」

 

 お陰で気のない返事をしてしまった。そんなもん作らせるくらいなら、今のうちに酔い止めと頭痛薬もらってるっつーの。

 頭痛を抑えてると、アストルフォが元気に俺の隣に座って聞いてきた。

 

「ね、マスター。今のうちにみんなを紹介してよ!」

 

 あ、ああ。そうだったな。まずは近くにいるメンバーから紹介した。

 

「あそこの着物が清姫、バーサーカーな。変態だから気をつけて」

「よろしくお願いします」

「で、あっちの赤服がエミヤさん、アーチャーな」

「エミヤだ、よろしく頼む」

「うん。二人ともよろしく」

 

 ああ、アストルフォ可愛い……。こんな素直な子、他にいないぞオイ……。婚約したい……。

 

「アストルフォといるだけで心が癒されるなぁ……」

「ほんと?そう言われると僕も嬉しいよ」

 

 可愛い過ぎて死にそうなんだけど……。

 でも、だからこそだろうか……。こんな頭痛でダウンしてる姿を見せたくない……。男として初めて見栄を張りたくなった。

 

「ダメだ……。悪いけど俺寝る。エミヤさん、絶対に能力使わないでよ。通信機渡すから、クー・フーリンさんから通信があって安全が確認出来たらみんなそっち行って良いから。清姫も絶対行けよ」

「了解した」

 

 まぁ、しばらく俺に出来ることはない。その海賊の大将と上手くお友達になれる事を祈るだけだ。

 そう思って目を閉じると、アストルフォが不満そうな声を上げた。

 

「えー、寝ちゃうの?」

「悪い、体調不良だ……」

「じゃ、僕の膝使うと良いよ。ほら、おいで?」

「はーい!」

「お、お待ち下さいますたあ!わたくしのお膝も空いて……!」

「爆弾の膝借りるほど肝座ってねえよ」

 

 そう言って、アストルフォたんの膝を借りた。

 

 ×××

 

 夜中。お腹が空きすぎて目が覚めた。そういや、レイシフトされてから何も口に入れてなかったな……。

 のそっと身体を起こすと、場所は野営地だった。どうやら、ほっといて良いと言ったのに誰か運んでくれたようだ。

 

「んっ……」

 

 頭の痛みも気持ち悪さも引いている。寝てりゃ治るとはこのことか。

 身体を起こすと、辺りはかなり荒れていた。襲撃にあったのかと思ったが、一番多く転がってるのが酒瓶の所を見ると宴会があっただけのようだ。

 しかし、全員寝てる辺り警戒心が薄いな。こういう自然の場所って何があるか分からんのに……。

 

「……腹減った」

 

 大丈夫、カップ麺持ってきてあるし、ライターもある。

 その辺の木を拾ってきて、海岸に移動して火を付けた。その上でお湯を沸かし、カップ麺に注いだ。

 火は危ないのでさっさと消して、カップ麺を持ったままさっきの野営地に戻ってきた。

 

「美味っ」

 

 カップ麺もやっぱ美味いなぁ。なんだかんだ、初代のカ○プヌードルが一番美味いわ。

 さて、見回りだ。昼間は船酔いで役に立たないし、俺の仕事は夜中の警備員みたいな事くらいしか無い。

 今のうちに野営地の中や人数の把握しておくか。食べ終えたカップ麺のゴミをその辺に捨てて歩き回った。藤丸さん達も一緒に寝てるところを見ると、多分同盟は成功したんだろう。

 同盟相手は海賊、名前はわからんけど女か。大将っぽい格好した巨乳がでっかいいびきをかいてる。品がねえな……。

 続いて、うちのパーティは全員無事かを確認。藤丸さんはマシュとパッションリップと寝てるし、ジャンヌオルタも近くの木にもたれかかっている。

 クー・フーリンさん、エミヤさん、清姫、アストルフォも無事だ。

 

「……あれ、沖田さんは?」

「ここですよ」

 

 後ろから声がした。

 

「どうも」

「起きてたん?」

「はい。普段、マスターはこういう時、一人でカッコつけて見回りしてますから」

「カッコつけては余計だろ」

 

 起きてたのか。ならちょうど良い、聞きたいことがある。

 

「つーか、お前なんで怒ってんの?」

「……別に怒ってません」

「嘘つけよ、ヤケに突っかかって来るじゃん」

「………」

「大体、藤丸さんと特訓してたからってボコされるいわれは俺にはないからな」

 

 すると、沖田さんは黙ってしまった。暗くてどんな顔をしてるのか知らないけど、返事はない。

 

「理由はなくストレス発散でボコしてたのなら、契約解除するからな」

「っ……」

 

 それでも返事はない。まぁ、大事な戦力を契約解除はしない。俺が殴られるのを我慢すれば良いだけだしな。

 すると、沖田さんの方から声が聞こえた。

 

「その……すみませんでした」

「? 何が?」

「前から、怒られてはいたんです……。エミヤさんや、立香さんから……。『バカが悪い時はともかく、理不尽な暴力はダメだ』って」

「おい、謝ってる相手にバカはねーだろ」

「え?あ、いや今のは言われたのをそのまま抜粋しただけで……」

 

 俺の別称が「バカ」になってる件について新たな問題が発生してるんだけど。

 

「私もわかってるんです……。バ……マスターが悪い時以外は、確かに私が悪かったって」

「バカって言い掛けなかった?本当に謝る気ある?」

「だから、すみませんでした……」

 

 まさか、こいつが素直に謝る時が来るとは……。やはり、嫌われてはないのかな……?

 しかし、エミヤさんや藤丸さんもそういう注意はしておいてくれてるのか。それは少しありがたい。

 

「まぁ、別に気にしてないから」

「そ、そうですか」

「それより、今回もちゃんと戦えよ。沖田さんいないと勝てるものも勝てない戦が多いからな」

「は、はい!」

「じゃ、見張りは俺に任せてさっさと寝ろ。どうせ明日は朝から動くんだろうし」

「ならマスターも寝たほうが……」

「俺は明日の昼に寝るから。……てか、寝ないと死ぬ」

「あー……理解しました」

 

 船酔いな。夜型の生活になりそうだが、この際仕方ない。

 言われるがまま、沖田さんは寝ようとした。その時だった、別の所からのそっと起き上がる影が見えた。

 

「うー……うるさいなぁ。だれー?」

 

 アストルフォたんが目を覚ました。やべっ、起こしちまった!

 

「アストルフォ!ごめん、起きちゃった?悪いな、眠れないなら一緒に寝てやろうか?」

「うん……眠れるなら、それも良いかな……」

「よっしゃ!オイ、沖田さん!俺寝るから見張っとけよ!」

 

 ボコボコにされた。

 

 ×××

 

「……ター、マスター。起きろマスター!」

 

 翌日、船に乗る前にエミヤさんの背中で寝ることに成功した俺はしばらく寝てたわけだが、何故だか起こされた。眼を覚ますと、日差しがすごい。

 身体を起こすと、陸地だった。え、なんで出港前に起こすの……?バカなの?

 

「着いたぞ、マスター。出番だ」

「は?」

「この島にサーヴァントの反応があるらしい。戦闘になる可能性もある、行くぞ」

 

 ああ、そういう事……。しかし俺がいなくても良い気もするけどな。ま、頑張るしかないか。

 

「へぇ、あんたが立香達のリーダーかい?」

 

 船長っぽい女の人が声を掛けてきた。エミヤさんがサポートするように耳元で囁いた。

 

「……仲間になった海賊の船長、フランシス・ドレイクだ」

「あ、ああ。あなたがひとつなぎの大秘宝を求める?」

「は?何?」

「口に気をつけろ、マスター。人間だが、彼女は聖杯を持っている。自力で手に入れた猛者だ」

「……ま、マジ?」

「マジだ」

 

 ば、バケモノ……。てか、そんな人が味方で良いのか……?

 

「何でも、とんでもなく頭が良いみたいじゃないかい。期待してるから、よろしく頼むよ」

「へ?は、はい……。よろしくお願いします?船長……」

「やめな、そんな丁寧な口調は。背中がむず痒くなる」

 

 そ、そうですか……。てか、改めて見るとオーラがすごいなこの人……。覇王色の覇気でも持ってんのか?

 

「で、この島で何すんの?サーヴァントをシバけば良いのか?」

「いや、まだ敵味方も判別出来ない状態だ。遭遇し、様子を見次第で行動を変える」

「了解」

 

 仕方ないので、俺も戦闘の準備をした。鞄からホルスターと拳銃を用意した。

 その直後だった。

 

「んー、その辺りかあ?」

「きゃっ⁉︎」

「ひゃあっ⁉︎」

「フォウ⁉︎」

 

 ドガン!と凄まじい発砲音が響き渡り、マシュ、藤丸さん、フォウから悲鳴が上がった。

 俺自身も悲鳴を上げそうになり、慌ててエミヤさんの背中に隠れた。発砲音の正体はドレイク船長の銃だった。

 

「ドレイクさん⁉︎敵ですか⁉︎」

「全員応戦準備!」

 

 マシュが確認し、藤丸さんが指示を出すが、ドレイク船長は首を横に振った。

 

「いや、何となく気配がしたから撃ってみた」

「馬鹿野郎!何と無くで撃つな!敵か味方かも分からない段階で手を出すのは軽挙過ぎるし、違ったら敵に居場所知らせるようなもんだろ!」

「そういうネチネチしたのは趣味じゃないねぇ。悪い予感がしたら銃声で撃ち払う。それが生きるためのコツだよ?」

「そんなもん、悪意に怯えて威嚇する野生動物と変わらんだろうが!」

「……今、なんて言った?」

 

 直後、ドレイク船長の鋭い視線が俺に突き刺さった。

 

「言葉に気をつけなよ。あたしはあそこの立香は仲間にすると言ったが、あんたとはそうは言ってない」

「そっちこそ気を付けろ。あんたがいくら聖杯持ちでも、うちのサーヴァントで囲んで叩きゃいつでも殺せんだからよ」

「………」

「………」

 

 まさに一触即発、といった感じで俺とドレイクは睨み合った。それと同時にドレイクの部下は銃やサーベルを構え、クー・フーリンさんや清姫、アストルフォは剣を握って俺の後ろで構えた。

 

「ち、ちょっと二人とも……!」

「落ち着いて下さい……!」

 

 藤丸さんとマシュが慌てた様子で間に入る。その後ろで、ジャンヌオルタは剣を抜き、小次郎さんは鞘を持つ手の親指で刀の鍔を上げ、パッションリップは藤丸さんを守れる位置に移動する。

 いつ喧嘩が始まるか分からない状況で、オロオロし始める藤丸さんとマシュだったが、やがて何かに気付いたように俺の膝を見た。

 うん、俺の膝ガックガクに震えてる。だって怖いんだもんホントに。

 

「って、ビビってんの⁉︎」

「あっ、あああ当たり前だろ!あの有名なドレイクさんだぞ!そんな奴にあんな言い方しちゃってちょっと後悔してた所だよ!」

「台無しだから!色々と台無しだから!」

「うるせぇ‼︎怖いもんは怖いんだよ!でも言うこと言わなきゃダメだろうが‼︎」

 

 すると「ぷっ」とドレイク船長から笑い声が漏れた。

 

「っははは、面白い男だねぇ。チキンってだけならどうしようもないが、それなりに考えて発言出来るなんて、それはそれで男じゃないか」

「っ……」

「安心しな、あんたの事も気に入ったから殺しゃしないよ。ただ、こういう生き方もあるって事は覚えておきな」

 

 そう言うとドレイク船長は「おい!」と一喝し、部下に武器をしまわせると、弾を撃った方向に歩き始めた。それに合わせてカルデアのメンバーもそれぞれ武器を収めた。

 

「ふぅ……。もう、田中先輩!いきなり何を言うんですか⁉︎」

「そうだよ!いや、言ってることは正しかったけど……!いきなり仲間割れかと思ったじゃん!」

「わ、悪い……」

「もう、冷や冷やしましたよ……」

「と、とにかくドレイクと田中さんは合わないみたいだから、今回は私がまとまるからねっ」

「サンキュ、それより早く行って来いよ」

「? 田中先輩は行かないのですか?」

「後から行くから。アストルフォ、沖田さん、清姫も先に行ってて。あー小次郎さん、クー・フーリンさん、エミヤさんは船の護衛な」

 

 その指示に全員従い、早い話が女子は先に行かせて、男子はこの場に残した。

 

「? どうかしたのか?マスター」

「船酔いは大丈夫だったんじゃねぇのか?」

「何か我々にしか伝えられぬ事でもあるのか?」

 

 三人に聞かれ、俺は深刻な表情で俯きながら打ち明けた。

 

「……ちょっとおしっこ漏れちゃったよ……」

「……へっ?」

「……へっ?」

「……へっ?」

「……ここでパンツ取り替えて行くけど……みんなには内緒な?」

 

 この日、過去最大級に可哀想な人を見る目で見られた。

 

 



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バカは調子に乗せちゃいけない。

 まさかのパンツを履き替えるという、情けないどころかトラウマを生み出したわけだが、それでも任務はやめるわけにはいかない。

 まぁ、これまでの修羅場をパンイチで乗り切ってきた俺に、必要となれば服を脱ぐことに抵抗なんてない。いや、少しはあるけどね。脱ぎたがりというわけでもないし。

 で、船の護衛は男達に任せて女子達の後を追った。後を追った先には石板が転がっていた。

 

「なんこれ?」

「ルーン文字だそうです。ただいま、ダ・ヴィンチちゃんが解析中です」

 

 マシュが丁寧に説明してくれた。待ってる間、藤丸さんに袖を引かれた。

 

「……ねぇ、ちょっと」

「? 何?」

「沖田さん、また機嫌悪くなってるじゃん。謝られたんじゃないの?」

「謝られたけどまた喧嘩したんだよ」

「もう……面倒臭いなぁ、なんでよ」

「俺の代わりに夜の見回り頼んだら急にキレたんだよ」

「……どうせまたなんか怒らせるようなこと言ったんでしょ」

 

 すると、同じく待機中のアストルフォが声をかけてきた。

 

「そういえばマスター、昨日は僕と一緒に寝ようとした時、沖田にボコられてたけど大丈夫だった?」

「やっぱり田中さんが悪いんじゃん……」

 

 直後、ギロッと沖田さんが俺を睨んできた。で、あっかんべーと言わんばかりに左目の下まぶたを伸ばして舌を出してきた。ガキかよあいつ。

 

「とにかく、ちゃんと沖田さんに謝って。それは田中さんが悪いから」

「……わーったよ」

 

 また空気重くなるの嫌だしな、と心の中で思いながら頷いておいた。

 すると、ダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえてきた。

 

『一度は眠りし血斧王、再びここに蘇る。大雑把な意味合いはこんな所だな。しかし、血斧王?どこかで聞いたような……』

 

 その直後だ。辺りは海賊みたいな連中に囲まれていた。多分、船長の部下ではないんだろうな。

 

「我らが王、エイリーク王のために!」

「偉大なる王、エイリーク王のために!」

 

 面白いなこの人達。しかし、森の中で囲まれたが位置が悪いな。森の中で囲まれたら、他にどこに敵がいるか分からない。エイリーク王がどんな奴か知らないが、ゲリラ戦に慣れた相手なら条件が悪い。

 

「清姫、俺の護衛を頼む。奇襲を最警戒しろ。アストルフォ、沖田さんも死角を作らないように敵の相手をしてやれ」

「マシュは後衛で私の事守って。ジャンヌオルタ、森の中だから炎は使わずに相手して。パッションリップ、味方を巻き込まないように邪魔になりそうな木を退かして」

 

 その指示に全員が「了解」と戦闘を開始した。船長も頷いて銃を握り締めて周りの敵を一掃する。

 しばらく待ってると、敵を殲滅し終えた。結果、奇襲などはなく、ほとんど力と力のパワーゲームで終わってしまった。

 まだエイリーク王がいるはずなので辺りを警戒してると、戦闘を終えた船長が何処かを見ながら呟いた。

 

「んー、財宝。財宝の匂いしないかなー」

「ドレイク船長、財宝は匂いませんよ」

 

 マシュがその船長に冷静にツッコミを入れた。その呟きを船長は豪快に笑い飛ばした。

 

「あっはっはっ!そう思うかい?マシュ。だが財宝ってのは匂うもんなんだよ」

「えぇ……?」

「ああ、マシュ。そういうもんだよ」

 

 少し共感できるので口を挟んだ。

 

「その道のプロってのは割と求めてるものを匂いとか感覚で当てちまうもんなんだよ」

「そ、そういうものですか……?」

「例えばほら、藤丸さんの胸って多分パッドでしょ?」

「田中さん、死にたいの?」

「田中先輩、死にたいのですか?」

「マスター、死にたいんですか?」

「すみませんでした」

 

 謝ると、マシュは顎に手を当てて呟いた。

 

「……しかし、イマイチピンと来ないのですが……」

「なら、賭けようじゃないか」

 

 船長が男前に微笑んだ。

 

「私の言った通り、財宝があったら……世界一周に付き合うってのはどうだい?その代わり、あたしが負けたら何か欲しいものをやるよ」

「うーん……そう言われましても……どうしましょう、マスター」

「ああ、うん。いんじゃない?このまま協力してもらうって事で」

「そうですね。特に私達は望むものはありませんし、このまま協力していただければ……」

「……あの巨乳を分けて貰えば良いじゃん」

「沖田さん、菊一文字貸して」

「わー嘘嘘!ごめんなさい!」

 

 ていうか藤丸さん怒ると一番怖い!一番怒らせちゃいけないタイプか!

 

「……でも、悪くないかも。私達が勝ったら、その巨乳の秘訣を教えて下さい」

「あっはっはっ、面白いねあんたらやっぱ!良いだろう、あのクズが一発で惚れるくらいのもんにしてやる」

「! そ、それ沖田さんも!沖田さんも知りたいです!」

「わたくしにも是非!」

「あんたらは既にそれなりにあるでしょうが!」

「良いよ良いよ。そうしようか」

 

 なんてやってる時だ。なんか和やかになったな……?とりあえず、殺気が収まってホッとしてる時だ。ドクターの声が響いた。

 

『来たぞ!サーヴァントが動いた!どうやら、君達を感知したらしい。猛烈な勢いでやって来るぞ!』

「話し合いが通じる相手だと良いのですが……」

 

 マシュがそう呟いた直後だった。現れたのは上半身裸で斧を持ってるマッスルだった。

 

「ワガッ!ワガナ!エイリーク!イダイナル、エイリーク!ガゴ、コロス!ジャマヲスルナラコロス!ブチ、コロス!ギギギギィィィー!」

「……通じないですね」

 

 パッションリップが小さくため息をついた。まぁ、相手は単騎だ。指示出すことなんてない。

 

「相手バーサーカーだから。マシュが正面でタゲ取って、残りは四方八方から袋叩きで。マシュだけでタゲ取り難しかったら他にも一人くらい手伝ってあげて。怪我だけはしないようにね」

 

 それだけ言って戦闘を開始した。まぁ、いくらバーサーカーでもこの人数のサーヴァントに勝てるはずない。

 勝負は一瞬でついた。消滅するエイリークにロマンが呟いた。

 

『あれ?おかしいな、消滅した割にサーヴァントの反応が……』

「どうしました?」

『あれ、消えてしまった。うーん、この時代に来てからどうも調子悪いな。すまない。計測器の調子が悪くてね、後を追うのはちょっと難しい』

「島のサーヴァントの反応は?」

『それはないから安心して』

 

 ……なら、この島に用はないな。だが、船長はそうも行かないだろう。

 

「なら、宝探しだね」

 

 ほら見ろ。

 

「悪い、俺は先に船に戻るよ」

「なんでさ、あんたは探さないのか?」

「お宝に興味がないわけじゃないけど、船の様子も気になるから。それと、出航する前に寝ないといけないし」

「なるほどね。じゃ、宝探しは女だけでしようか」

 

 それだけ言って、俺は一足先に船に戻った。

 

 ×××

 

 一言で言えば、そんなすぐに寝られるはずなかった。船酔いでダウンし、船から海にキラキラと吐瀉物を撒き散らした。

 

「……うげぇっ……」

 

 ダメだ……。気持ち悪い……。というか吐き過ぎて腹減った……。でも食欲無ぇな……。

 そんなデスループに陥ってる俺を見て流石に気の毒と思ったのか、アストルフォたんが声を掛けてくれた。

 

「……あの、大丈夫?」

「……天使」

「酔い止めがあれば良いんだけど……」

「マスター、やはり私が作った方が……」

「ダメ!エミヤさんは魔力温存!」

「お、おう……」

 

 クッ……!怒鳴ったらまた吐き気が……。確かに何とかしないとかなり厳しい所まで来てる。だから留守番にした方が良いって言ったのに……!

 

「あ、じゃあ僕の宝具使おうか?『この世ならざる幻馬』に乗れば少しは……」

「それもダメだって……うぇっぷ」

「マスター。せめて、なんでダメだか教えてくれないか?何を考えている?」

 

 エミヤさんが真面目な顔で聞いてきた。いや、正直説明する気力もないんだけど……。

 

「……次の島に着くまで説明は勘弁して」

「それなら良いが……」

「安心しな、次の目的地は見えてる。あと少しだ」

 

 船長が少し安心するような事を言ってくれた。

 それにホッと胸をなで下ろすと「あのぅ……」と控えめな声が聞こえた。顔を上げると、パッションリップが俺を見下ろしていた。

 

「私で良ければ、その……助けられると思うのですが……」

「……マジ?」

「はい。私の手に乗ってもらえますか……?」

「お、おう……?」

 

 言われて、デッカい黄金の手の平に乗った。

 

「……あの、手の平だと危ないので、手の甲にお願いしたいのですが……」

「お、おう……」

 

 言われて、手の甲に乗った。

 

「では、しっかり掴まってて下さいね」

 

 直後、シュボッと手がロケットパンチよろしく飛び出した。

 

「うおっ⁉︎おおおおおお⁉︎スッゲ……!」

「だ、大丈夫ですかーっ⁉︎」

「スゴイ!まだ余韻は残ってるけど、全然マシそう!お前最高かよ!」

 

 おお!飛んでる、飛んじゃってるよ俺!でも、手の平だとなんで危ないんだろう。

 

「ごめんなさい、手を左右変えますね」

「了解!」

 

 なんだ、限界があるのか?それとも単純に疲れただけか。なんにしても気分は悪くない。

 一度パッションリップの手に装着されると、反対側の手の平に乗った。

 

「……あの、ですから手の平ではなく……」

「ああ、悪い。でもそれなら甲を上にしてくれると助かる」

「あっ、そ、そうですね……。すみません……」

「いやいや、ありがたいから」

「では、行きます!」

「おう!」

 

 言われて再び射出される手。スッゲェ!超気持ち良い!すると、耳の通信機に声が入った。

 

『具合はどう?マスター』

「さっきより全然楽ー!」

 

 通信機の先はアストルフォたんの声だった。いや、わざわざ心配してくれて超嬉しい。

 ていうか、これって夢だったドダイの上のガンダムMk-2ごっこが出来るのでは⁉︎

 手の甲の上に立ち、構えを取った。

 

「ハハハ!ザマァ無いぜぇ!」

『あのぅ、危ないですよ!落ちたら手で拾わなければならないので……!』

 

 パッションリップの声が聞こえてきた。続いて、それに対してアストルフォが質問した。

 

『手の平の何がそんなに危ないの?』

 

 ああ、それ気になってた。何がそんなダメなの?

 

『その、手で包んでしまうと、そのものを圧縮してしまうんです』

 

 怖い言葉が聞こえ、何とかバランスを保っていた俺から冷たい汗が流れた。

 

『するとどうなるの?』

『五センチ四方のキューブとなり、二度と元に戻せなくなってしまうんです……。でも、落ちてしまった以上、拾わないわけには……』

「ちょっ、待って待ってスピード落として!船に戻っ……あーっ」

 

 直後、動揺によってバランスを崩した俺は、海の中にドボンとダイビングした。

 

『あ、落ちました』

『マスター!』

『ちょっ、誰か小舟小舟!』

『そんなもん、うちの船に無いよ!』

『やむを得まい!アストルフォ、宝具を……!』

『あ、オイ!』

 

 そんな議論が聞こえた直後だった。誰かが海に飛び込んだようで「ドボン」という擬音が聞こえたが、もがき過ぎて俺の耳から通信機は外れた。

 てか、やべっ……!死ぬ……!いや、泳げないわけじゃないけど、彗星の如く海に突っ込んだから沈殿が止まらなくて……!ガバッ、もうダメッ……!

 目をキュッと瞑って全てを覚悟した直後だった。誰かが俺の身体を引き上げ、水面から顔を出した。

 

「……まったく、何をやってるんですかバカマスター」

「……ェホッ、エホッ!……へっ?」

 

 俺を助けてくれたのは沖田さんだった。

 

「まったく、そんなアホな事で死にかけないで下さい。マスターに消えられたら私達だって消え……」

「おっ、沖田さあああああああん‼︎」

「えええええっ⁉︎」

 

 不機嫌そうな顔をしながらブツクサ愚痴る沖田さんに全力で泣きついた。

 

「な、なんでしゅかマスター!いっ、いいいいきなりそんな……!」

「死ぬかと思ったああああああああ‼︎」

「ま、まったく……!ホントにもう……世話が焼けるマスターなんですから……。このまま沖まで行きますよ」

「……うん」

 

 すみません、世話焼かせて。とりあえず、助かった……そう思った直後だった。ロマンから通信が入った。

 

『田中くん、沖田さん!早くそこから離れるんだ!』

「何?」

『敵だ!どこかの海賊船が船長の船と戦闘中!』

「は?」

 

 そう言った通り、海賊船が一隻、船長の船と撃ち合っていた。

 

「サーヴァントの反応は?」

『無い』

「なら、エミヤさんは待機。アストルフォの宝具にクー・フーリンさんと清姫を乗せて船の上に突撃させて」

『了解!』

「俺達は一足先に島に入るから」

 

 それだけ指示を出し、沖田さんに泳いでもらった。このままなら船酔いしないし。沖に到着した。

 

「ふぅ……マジありがと、沖田さん」

「……いえ、サーヴァントとしては当然ですから」

「ただ、その……何?濡れた服で申し訳ないけど……これ羽織っておいた方が良いかも」

 

 上半身の服を脱いで絞ってから沖田さんに手渡した。

 

「えっ……なぜですか?」

「透けてるから」

「あっ……な、なるほど……」

 

 正直、殴られる覚悟だったんだけど、割と素直に従ってくれて助かった。

 しかし、沖田さんが抱えてくれたとはいえ、随分と流されてしまった。まぁ、しばらくは島の探索だな。

 

「沖田さん、疲れてない?」

「大丈夫です」

「なら、とりあえず島の中を見回ろう。ロマンがいるから合流は容易い。その間に島の探索、いるならサーヴァントの位置を把握し、戦闘になった時、有利になるようにしよう」

「分かりました」

 

 今の所、俺何もしてないしな。少しでも役に立てるようにしないと。

 そんなわけで、沖田さんと二人で島の探索に出た。

 

 



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待機時間は決して遊び時間ではない。

 島の探索を開始して数十分が経過した。しばらく二人で歩いたが敵どころか生き物も見当たらない。一応、来た道から島の全体や道は把握しておいているが、そもそもそんな必要もなさそうな感じがする。

 しかし、こうして沖田さんと二人きりでのんびり任務を遂行するのは初めてな気がする。いや、セプテムで二人部屋だったりしたけど、こう……別の部屋に誰かいるとかそういうんじゃなくて、完全な二人なのは初めてだ。

 ……だからだろうか、なんつーか…こう、なんか沖田さんが鬱陶しい。さっきから俺の方をチラチラ見てはそっぽを向いてる。

 

「……沖田さん」

「っ、な、なんですかっ?」

「や、何かなって。すごいこっち見てくるから」

「べ、別に見てなんかないですっ」

「嘘つけや。超チラチラ見てんだろ」

「……」

 

 すると、黙り込んで少し俯いた。

 

「っ……。な、なんか……こう、沖田さんとマスターが二人きりで出掛けるのって、初めてじゃないですか」

「悪かったな、巻き込んで」

「ち、違います!嫌だったとかではなくてですね!……そ、その……なんか、デートみたいで、落ち着かないなって……」

「……そりゃ嫌いな奴とデートなんて落ち着かないだろ」

「も、もう!なんでマスターはそう言う捉え方しかしないんですか⁉︎」

「だって俺のこと嫌いでしょ?」

 

 大体、みんな俺の事嫌いなんだから。いや、それだけの痴態をしてきたのは俺だが。

 

「……別に、みんなマスターのこと嫌ってないと思いますけど」

「嘘つけ!完全に嫌ってるだろあれは!清姫と天使……アストルフォたんは別にしても嫌ってるだろ!」

「いえ、嫌ってないですよ。みんなマスターの能力を認めていますし、ちゃんと指示に従ってるじゃないですか」

「……そりゃ、仮にも英霊だからな。正しい指示なら嫌いな奴から来た命令でも従うだろ。人類史懸かってるし」

「そ、それはそうですが……。それだけじゃないと思いますけど。最近、沖田さんを差し置いてみんなでゲームしてるそうじゃないですか」

「あ?あー、まぁね」

「普通、嫌われてたらそんなことしないと思いますけど」

「最近、初心者に本気出すなって怒られて相手してもらえなくなったけど」

「それはマスターが悪いです」

 

 だよね、知ってる。でもそれで嫌われたんじゃないかって言ってるの。

 

「……少なくとも、沖田さんはマスターを嫌っていませんから」

「え、そうなの?」

「……一応」

「なんだ、俺のこと嫌い筆頭かと思ってた」

「……確かに、最初は嫌いでしたが……ちゃんと的確に指示を出して、夜中も自分は戦闘に参加しない分頑張るとか言って作戦考えて、土方さんの時も私を焚きつけてくれました」

「……え、急に何?気持ち悪い」

「黙って聞きなさい」

「はい」

 

 聞きなさいって……お前お母さんかよ。

 

「だから、私は嫌いではありません」

「あそう」

「マスターのことを嫌っていない部下が三人もいれば、十分ではありませんか?」

「……」

 

 確かに、そういう捉え方も出来るが……。

 

「……それはつまり、エミヤさん達は俺の事を嫌ってるってことか?」

「あーもうっ!ほんと面倒臭い人ですね!そんなの私はエミヤさんでもクー・フーリンさんでもないんだから知りませんよ!」

 

 なんか怒鳴られた。そんな怒らなくても良いじゃない。

 

「……まぁ、でも沖田さんが嫌ってないってのは分かったよ」

「……な、なら良いです」

 

 まさか沖田さんにここまでべた褒めされる日が来るとは。

 ……ギャップが凄過ぎて逆になんかあるんじゃねぇの?って疑っちゃうんだけど。

 そんな話をしながら森を抜けると、木々が空けて広い場所に出た。

 

「……おおー、なんかローマの時みたいですね」

「それなー。……今の日本にはこんな自然ないからなぁ」

「日本どころか世界がないのでは?」

「や、そういうんじゃなくて、まだ世界が滅ぶ前って事。田舎に行けばあるだろうけど、東京なんてめっちゃビル建ってるからね」

「あー……なるほど」

「分かってないだろお前」

 

 そんな話をしながら歩いてる時だ。ガチャガチャと物騒がしい足音が聞こえてきた。

 もうこの手の足音は何度も聞いてきた。特にオルレアンで。

 

「沖田さん、出番。上着持ってようか?」

「あ、お願いします」

 

 さっき貸した上着を脱いで俺に渡してから竜牙兵の群れに向かって行った。数はそこまで多くない。こちらから指示を出す事もなく沖田さんは暴れ回ってさっさと殲滅してしまった。

 

「沖田さん大勝利〜!」

「はいはい、大勝利大勝利」

「むー、なんですかその気の無い返事」

「良いから上着着ろ。サラシが丸透け」

「っ……す、すみません……」

「良い乳揺れだっ……」

 

 顎に蹴りが飛んできてセリフは中断された。

 さて、もうしばらくこのまま探索するしかない……と思った直後だった。足元が大きく揺れた。

 

「お?地震か?」

「ま、マスター!伏せて下さい!」

「おぶっ⁉︎」

 

 沖田さんに押し倒された。というか、おっぱい!おっぱいが顔面に!何これ、天国?ほんと沖田さん外見だけは可愛いしおっぱい大きいしもっとお淑やかになってくれれば最高やん!

 どうしよう、胸に顔がついてるのは事故だし、むしろ沖田さんの所為なんだから善意を無下にするようなことはしたくないが、俺の顔がおっぱいから離れようとしない。な、なんということだ……!まさか、沖田さんの胸には地球上で第二の重力が存在するんじゃ……!

 

「ま、マスター……!」

「?」

「じ、地震治ったので……離れて下さい……!」

 

 いつの間にか、俺が沖田さんの腰に手を回して顔を胸に押し当てていたようだ。

 

「はっ、手が勝手に!違うんだ、沖田さん!わざとじゃなくてこれは……!」

「……」

「……えっ?」

 

 な、何その黙って頬を赤らめてる感じ……。なんだか、こう……受け入れられてる感じがするんですけど……。

 

「……あの、沖田さん?」

「ま、まぁ……割と大きい地震だったし、許してあげます……」

 

 ……あれ、なんでこの人満更でもない顔してんの?これじゃ、まるで……。

 

「沖田さんってアレな。割とエロいことされたら雰囲気に流されるタイプなのな」

「やっぱり死ね‼︎」

 

 鞘の先端が俺の額にクリティカルヒットした。

 

 ×××

 

 しばらく歩いてると、なんだかまた森を抜けたり何故かある砦の中を通ったりと島の探索は順調に進んだ。生き物は相変わらず見当たらない。というか、さっきの竜牙兵はなんだったんだ。

 で、さらにその砦を抜けると、荒地っぽいところに出た。草木などは生えてなくて、岩とか石がそこら中に転がってる感じの。

 

「……なんか、誰もいませんねー。この島」

「それな。ていうか、もう疲れちゃったから帰りたいんだけど」

「沖田さんもですよ……。帰ります?」

「だな。さっさと船と合流しよう」

 

 いい加減、なんかもう色々と疲れが溜まって少しイラついてる。船に酔って海に落ちて島を歩き尽くして……や、半分以上が俺の不注意の所為だが。

 とりあえずさっさと帰りたい。そう思って引き返そうとした時だ。ふと岩山を見上げると、穴が空いてるのが見えた。

 

「沖田さん、待った」

「? なんですか?」

「なんかあるよあそこ」

「……あー、ほんとですね」

 

 ……ここに来てダンジョン発見とか、正直面倒臭ぇ。何より、何が潜んでるかわからないし沖田さんと俺だけで攻略出来るか分からない。

 あの洞窟の中が広けりゃ良いが、狭かったら作戦も何も無くなるし。

 

「……ほっとくわけにもいかないし、みんな来るまでここで待とう」

「えぇー、沖田さん早く帰って休みたいんですけどー」

「バカお前考えてみろ。ここで待ってるって事はその辺の岩とかに腰を下ろせるんだぞ。休憩みたいなもんだろ」

「あ、なるほど!」

「あいつらにはロマンがいるし、しばらく待ってりゃ沖田さんの反応見つけてここに来れるだろ」

「そうですね」

 

 そんなわけで、二人でぼんやりし始めた。

 ……しかし、暇だ。何かしたいな。でも周りは岩しかないし……。あ、良いこと考えた。

 

「ね、沖田さん」

「? なんですか?」

「あの穴に石投げて、先に外した人が負けゲームやろうぜ」

「良いですねー。どうせなら罰ゲームつけません?」

「あー……じゃあ、寝てるジャンヌオルタの枕元で爆竹鳴らす」

「よっしゃ!負けませんよ!」

 

 疲労のために思考回路が低下しているようだった。

 二人で岩を持ち、まずは先行後攻を決めるじゃんけん。その末、沖田さんが先行になった。

 

「沖田さんからですね!」

「そもそもこれ入るのか?10メートルくらい距離あるけど」

「楽勝ですよ!沖田さん、弓だって出来るんですから!」

「ふーん?じゃあやってみそ?」

 

 沖田さんはその辺の石を拾い上げて入り口を睨んだ。「ほいっ」と声を漏らしながら、ひょいっと音がしそうなほどの山なりに投げ、石は見事に洞窟の中に入っていった。

 

「おお、やるやん」

「こんな距離チョロすぎますよ〜。倍以上はあっても大丈夫ですね」

「言ったな?じゃあ入れば入るほど5メートルずつ下がってみるか」

「上等ですよ!」

 

 そんな話をしながら、とりあえず俺の番。沖田さんは知らないであろう野球の投球フォームの如く大きく振りかぶった。

 片足を上げて石と、あるつもりのグローブを胸に引き寄せてから、グローブは洞窟を指し、石は後ろに振りかぶり、思い切り投げた。

 グィーンと直進し、洞窟の中に入った。

 

「おお……マスターもやるじゃないですか!」

「まぁな。こう見えて小学生の時は野球やってたんだよ」

「……やきゅー?」

「可愛いな発音が……」

「え、えへへ……かわいい……」

 

 お婆ちゃん発音って言いたかったんだが……まぁ照れてるなら余計なこと言わなくて良いや。

 

「まぁ、この勝負終わったら野球教えてやるから、とりあえず5歩下がろうぜ」

「良いですよ?」

 

 お互いに5歩下がって、再び沖田さんの番。英霊に肩の強さで勝負するのはゴリラに握力勝負を挑むようなものなので、コントロールで差を付けることにした。

 特に狙うこともなく入っていく沖田さんに引き換え、必ずど真ん中に俺は石を投げて行けば、いずれそれに気付いてから沖田さんもムッとし始める。それは追加し球速にも差があるから、山なりで投げてたのが急にコントロールと速さを意識すれば絶対に球をブレさせる、という作戦だ。

 お互いに投げて行って、現在、距離は目測で25メートル。一つ前の投球で挑発に乗ったのか、沖田さんも速く投げるようになって来ていた。

 

「……マスター、なかなかやりますね……!」

「早めに決着つけないと、距離勝負になったら勝ち目ないからな」

「でも、英霊に体力勝負なんて、十年早いですよっと!」

 

 プロ野球選手もビックリな速さで石を投げた。が、コントロールというのは力めば力む程鈍くなるものだ。洞窟の端っこギリギリに入った。

 

「っ、あ、危ない危ない……!」

「……」

 

 まずいな、ここでプレッシャーを与えてやらないと次は30メートルだ。それに、そろそろ限界が……。

 次で沖田さんに、外させる!

 岩を拾って振りかぶり、思いっきり腕を振り下ろした時だ。

 

「ち、ちょっと!さっきから人の隠れ家に岩投げ込むのだ……ブッ⁉︎」

 

 誰か出てきて顔面に岩が直撃した。ピンク色の髪でどこかで見た気がする女の子が後ろにひっくり返った。

 おかげで、俺の投げた石は前に転がり、洞窟に入ることはなかった。

 

「いぇーい!沖田さん大勝利〜!マスター、ジャンヌオルタさんの枕元で爆竹ですか……マスター?どうかしました?」

「……肘が痛い」

「え?肘?なんで?」

「……二投球くらい前から我慢してた」

「なんで言わないのおバカ!」

「……沖田さんにだけは負けたくなかった」

「どういう意味ですか⁉︎」

「っ!そ、そこのバカップル!こっちの心配をしなさいよ!」

 

 肘をマッサージしてもらってると、女の子がガバッと顔を上げた。てか、誰がカップルだ誰が。

 少し文句を言おうと思ったんだけど……あれ?つーかこの女って確か……。

 

「ステンノ様?」

「! マスター、下がって下さい!」

「なんで岩を投げられた私が警戒されなきゃいけないわけ⁉︎ていうか、ステンノじゃないわよ!」

「だって……ねぇ?」

「だって……なぁ?」

「こんのっ……!」

「それより鼻血出てるよ。俺の仲間が来ればティッシュ持ってると思うけどそれまで待てる?」

「あったま来たわ……!ホント、さっきとは違う意味でトサカに来た」

 

 なんだか不機嫌なようでステンノ様っぽい女の子は右手を上に挙げた。

 

「アステリオス!あいつらやっちゃいなさい!特に男の方を!」

 

 え、何?いきなり……と、思ったのも束の間だった。洞窟からめちゃくちゃでかい男が姿を現した。

 

「ウウっ……コロス……」

 

 俺と沖田さんは思いっきりその場から逃げ出した。

 

 



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部下の能力はなるべく把握しましょう。

「「ああああ!」」

 

 俺と沖田さんは二人声を揃えて逃げる。後ろからはデッカいツノ生えた男が猛然と走って来ている。

 

「なんで、なんであいつ追ってくるんだ⁉︎」

「そんなのあんたが石ぶつけたからでしょうが!」

「だっていきなりあいつ出て来るんだもん! そもそもテメェ、サーヴァントだろ! サーヴァント近づいて来てるなら気付けや!」

「人の所為ですか⁉︎」

 

 そんな話をしてる時だ。何処からか矢が飛んで来たのに気付き、俺は慌てて沖田さんの方に跳びかかりながら回避した。

 

「あぶねっ!」

「っ! や、矢ぁ⁉︎」

 

 何処から⁉︎

 辺りを見回すと、アステリオスの肩の上にさっきの女の子が弓矢を構えて座っていた。

 

「逃がしはしないわよ!」

「あ、蜘蛛の巣!」

「え、うそ……きゃあっ⁉︎」

 

 俺の嘘に引っかかり、慌てて姿勢を崩して肩から落ちた。

 まぁ、肩車してもらいながら弓なんて撃ってりゃバランス崩すのは当然だわな。あとは女の子が嫌いそうなものを言えば落下するのはすぐだ。

 アステリオスの方は数メートル走ってから、女の子がいなくなったことに気づき、引き返した。

 

「……流石ですね、マスター」

「これで分断出来た。沖田さんはあのデカい男を戦闘不能にして。殺すなよ」

「何故ですか?」

「奴ら、俺以外にも誰かと出会ってるっぽい。俺以外にも腹を立てさせられた男がいたみたいだからな。要するに大事な情報源だ」

「しかし、マスターはサーヴァント相手にどうするつもりですか?」

「話し合うんだよ」

「相手、かなり頭に血が上ってますが」

「何とかする」

 

 それだけ話すと、沖田さんは了承してくれたのか、刀を構えて走り出した。

 戦闘についてまだ詳しいとは言えない俺が行くよりも、沖田さんに分断させた方が良いだろう。

 幸い、バーサーカーが相手なので分断はあっさり成功した。

 俺はのんびりと歩いて女の子の方に歩く。当然、弓を構えられたので、俺はホルスターの拳銃を抜いて女の子の前に放った。

 

「? なんの真似? 命乞い?」

「戦闘の意志はない、サーヴァント相手にはどの道、敵わないからな」

「なら、あっちのサーヴァントを止めなさいよ」

「そりゃ無理だ。あのでっかいの、バーサーカーだろ? いつ手を出して来るかわからないし、足止めの意味でもああしてる必要がある。何より、あんたが俺を人質にとれば、沖田さんは止まらざるを得ないんじゃないのか?」

「……あなた、何が狙い? このままじゃあんた達、不利なだけよ?」

「どうかな?」

「いや、黙ってなさい。どうせ、あなたはすぐになんでも話すわ」

 

 そう言った直後、俺の頭の中は真っ白になった。いや、正確に言えばピンク色か? とりあえず、今の俺は目の前の可憐な女神様のことしか考えられない。

 女神様の前で、片膝をついて手を取った。

 

「失礼いたしました、女神様」

「あら、そう畏まらなくて良いのよ? 私のことはエウリュアレ様とお呼びなさい」

「畏まりました、エウリュアレ様」

「まずは、あのサーヴァントを止めなさい」

 

 言われた直後、俺は沖田に声をかけた。

 

「止まれ! 沖田!」

「は? って、ハァァァァ⁉︎ 何魅了されてるんですかマスター!」

「アステリオスも止まりなさい。そいつは私の新たな兵隊にするわ」

「ン……分カッタ……」

「けど、念のため拘束しておいてね?」

 

 言われて、アステリオスは沖田の身体を両手で挟むように拘束した。

 

「なっ……⁉︎ は、離してください!」

「暴れないで。この男を殺すわよ?」

「ーっ……!」

 

 奥歯を噛みしめる沖田。それを見て愉快そうに微笑むと、改めてエウリュアレ様は俺に質問して来た。

 

「良い? 私の質問に正直に答えなさい?」

「はい」

「あなたは何者?」

「人理消滅を阻止すべく行動している『カルデア』に所属してるマスター、田中正臣です」

「そう。私達の所には何をしに来たの?」

「この島の調査です。ロケットパンチの上に跨って風になろうとしていたらほんとに風になって海に沈み、漂流して来ました」

「そ、そう……。て事は、あなたとあの女以外にも仲間がいるのね?」

「はい」

「……その仲間は、あの忌まわしい黒い髭を生やした奴の事?」

「忌まわしい黒い髭、とは……?」

 

 俺の仲間にそんな奴はいない。みんなイケメンだし。……チッ、なんかムカついて来た。

 

「……そう、あいつらの仲間ではないどころか、人類を守ろうとしていると」

「その通りでございます」

「一応聞くけど、私達がこの島にいる事は知っていたの?」

「いえ、知りませんでした」

「私の顔に石をぶつけたのは?」

「っ、も、申し訳ございません! 決してわざとではなく、あそこのサーヴァントと遊んでいたらたまたま当たってしまった次第でして……!」

「……そう」

 

 その直後、ハッと意識が戻った。どうやら、魅了されていたようだ。

 

「……あれ、沖田さん? 何してんの?」

「! ま、マスター! 戻ったのですか⁉︎」

「アステリオス、放してあげなさい」

 

 言われて、沖田さんは解放されて俺の方に駆け寄って来た。

 

「無事ですかマスター⁉︎」

「おお。で、俺今魅了されてた?」

「はい! それはもう……!」

 

 すると、女の子はキュッと目を細めて俺を睨んできた。

 

「……あなた、わざと魅了されたというの?」

「ああ。とりあえず、お前らに敵がいたのは分かってたし、信頼されるにはそれしかないと思ったから」

「……読めない男ね」

 

 まぁな。簡単に考え読まれてたらリーダーなんて務まらない。

 

「そんなわけだから、よろしく。えーっと……ステンノじゃないんだっけ」

「エウリュアレよ」

 

 そんな話をしてる時だ。ちょうどうちのメンバーが到着した。

 

「無事か、マスター!」

 

 エミヤさん、クー・フーリンさん、清姫、アストルフォ、船長が来ていた。多分、他のメンバーは船の護衛だろう。

 

「大丈夫だよ」

「なんだい、あんたらと逸れちまったから決死の思いで探しに来たってのに、ピンピンしてるじゃないか」

 

 船長がつまらなさそうな顔で言った。

 

「で、その二人は?」

「新しい仲間。こいつら多分、俺達の敵の情報を知ってる」

「ちょっと、女神に向かってこいつとは何よ」

「うんありがとー。じゃ、とりあえず船に戻るか。女神の方はともかく、あっちのアステリオスっつーバーサーカーの方はかなりやるよ」

「ちょっと、聞きなさいよ!」

「へぇ、まぁ面白い奴が増えるのは大歓迎さ。さ、船に戻るよ」

 

 そんなわけで、一度船に戻った。

 

 ×××

 

 船の上。俺は低速飛行してるパッションリップの手の甲の上だけど。

 

「……なるほど、つまり敵は黒髭というわけか」

 

 エミヤさんが顎に手を当てて呟いた。それにエウリュアレが頷きながら返した。

 

「そうなのよ。あいつ、聖杯も持ってるわ」

「……なるほど。今回の特異点はそいつか」

「なら、話が早ぇじゃねぇか」

 

 クー・フーリンさんが微笑みながら会話に参加した。

 

「その船に喧嘩ふっかけて勝てば俺達の勝ちだろ?」

「良いわね。ようは燃やせば良いんでしょう?」

「お、落ち着いて下さい。お二人とも」

 

 賛同したジャンヌオルタとクー・フーリンさんをマシュが止めた。

 

「黒髭といえばエドワード・ティーチでしょう? あの世界的に有名な海賊ですよ。下手に手出しは出来ません」

「大丈夫だと思うが。その辺は我らがリーダーが考えてくれているだろう」

 

 佐々木小次郎さんが低速飛行中の俺に声を掛けた。んー……まぁ、考えてない事もないけど……。

 

「そういえば、マスター。何故俺とアストルフォに魔力を使わせなかった?」

 

 思い出したようにエミヤさんが声をかけて来た。

 

「あ、そうだよ。おかげで僕達、ずっと消化不良だったんだから」

 

 アストルフォきゅんにそう言われちゃ仕方ないな。

 作戦を説明しようとした時だ。船員の一人が声を上げた。

 

「前方に敵船!」

「ちっ、仕方ない。やるよ、お前達!」

 

 船長が声を張り上げ、全員臨戦態勢になる。パッションリップも俺の船に戻した。大丈夫、短く済めば吐く程度で済む。

 

「……よし、やるか」

 

 吐き気を抑えて船の上に立つと、真っ直ぐ敵船を睨んだ。船の中央では黒いヒゲのおっさんがこっちに船を睨んでいた。

 

「……エミヤさん、船を作れ」

「何?」

「船だよ。この船みたいな奴。それを5〜6隻。うち3隻はダミーにして火薬を積んで特攻させる。こういう立っていられる場所が狭い戦闘なら、足場を増やして……」

「や、無理」

「は?」

「さすがにこれと同じものは無理だ。というか、宝具を作れるわけがないだろう」

「……えっ、嘘でしょ?」

「え、まさか策ってそれか?」

「……」

 

 ……これ、マズイのでは? 顔に大量の汗が浮かんだ。

 

「お前なんで先に言わなかったんだよ!」

「マスターが確認取らない方が悪いんだろう!」

「ヤバイって!逃げて、超逃げて!」

「だ、ダメです田中先輩! ドレイク船長、バっ……わ、悪口を言われて大砲発射準備をしています!」

 

 ああああ! これだから沸点の低い海賊はああああ!

 ……あ、だめだ。もう、吐く……!

 

「……え、エミヤさん。エチケット袋を……」

「すまない、戦闘開始してしまった。アストルフォ、マスターを見ててやれ。私は戦闘に参加して来る」

「わ、分かったよ!」

 

 そのまま俺は船の上でダウンした。

 

 



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アン女王の復讐攻略作戦。

 どこかの島に到着したようで、俺は浜辺で大の字に寝転がっていた。戦線離脱は何とか成功したようで、全員無事に船を降りた。

 

「……ふぅ、なんとか逃げ切ったが……」

「船はとてもじゃないけど動かせないよ」

 

 船長が船を見上げながら顎に手を当てた。まぁ、そうだろうな。流石、黒髭だ。簡単に攻略出来る相手じゃなかった。

 まぁ、そもそも今回はエミヤさんが船は作れないっていう事を知らなかった俺が悪かったんだけどな……。

 しかし、アステリオスのパワーには驚かされた。船を持ち上げて泳ぐとはマジモンのバケモンかよ。

 まぁ、そのお陰で助けられたんだけどな。とりあえず、今はアステリオスは休ませるとして、これからの話をしよう。

 

「修理は出来んの?」

「ああ。だが、材料が足りない。この島には森があるようだし、いくつか木を切って材木にするしかないか……」

 

 ……なるほど。まぁ、海上での戦闘である以上はやはり船は必須だ。まずは船の修理かな。

 

「……とりあえず、材料集めだな。黒髭の攻略作戦については俺が考えてみるから、修理の方は藤丸さんに任せる」

「あんたが?」

 

 ドレイク船長が俺を見て片眉を上げた。

 

「ああ。まぁ、ここにきてからロクなことしてないから信用はないだろうけど……とりあえずまかせてくれると嬉しいかな。大丈夫、絶対勝つから」

「船長さん」

 

 怪訝な顔をする船長にエウリュアレが口を挟んだ。

 

「私もこの男の策は支持するわ。私もしてやられたもの。信用して良いと思うわよ?」

「……まぁ、エウリュアレがそう言うなら仕方ないね」

 

 ふぅ、良かった。

 

「じゃあは俺のパーティは残って。敵の船の詳しいことを聞きたいし、一応敵の追撃があったときのために船の護衛を頼みたいし」

「了解した」

 

 そう指示を出すと、全員従ってくれた。

 船長達と藤丸さんパーティは島の探索に向かい、俺達は残って作戦会議。頭数が多いとこうして分けられるから助かるわ。

 さて、まずは相手の船の情報を得なければならないわけだが……。

 

「エミヤさん、黒髭ん所はどんな感じだった?」

「奴らのメンバーはエドワード・ティーチの他にエイリーク、アン・ボニー、メアリー・リード、ヘクトールの四名だったが、エイリークは撃破し、残りは三人だ」

「ふーん……。誰一人分からないんだけど。誰なの?」

「アン・ボニーとメアリー・リードは大海賊時代に、銃の名手と切り込み役として名を馳せた海賊だ」

「……なるほど」

「ヘクトールはトロイア戦争の英雄で、圧倒的な兵差を前にしてあらゆる方法で籠城を続けていた者だ」

「つまり、攻防一体ってわけね、向こうの船は……」

 

 ヘクトールがいる以上、船を沈ませる事は考えない方が良さそうだ。守るのが得意な相手の土俵で戦う必要はない。

 

『それなんだけど、田中くん。少し良いかな?』

 

 ドクターの声が聞こえた。

 

「何?」

『敵の船の魔力を見たところ、ドレイク船長の船より大きいんだが、聖杯を持ってる船長の船よりも大きいんだ』

「で?」

『だけど、途中でその魔力が下がった。そちらで何か無かったか? 敵の船の備品を壊したとか……何かそう言うのは……』

 

 ダウンしてた俺に聞かれてもな……。

 他のメンバーは知ってるかなと思ってクー・フーリンさんに目を向けた。

 

「そんなん聞かれてもな……エイリークを倒したっての以外はほとんどボロ負けだったしよ。マスターの言う通り、攻防一体の上に奴らには海賊として戦っていたサーヴァントが複数いて、戦い慣れって面でもボロカスにやられてたから何とも言えねーよ」

 

 ……なるほど。こちらの方がサーヴァントの数は上なのに負けたのはそう言うことだったか。

 しかし、船のスペック差で負けてるとなるとかなり厳しい戦いになるかもな……。

 

「あの、ますたあ。よろしいですか?」

「? なんだ清姫。パンツならあげねーぞ」

「い、今はパンツの話じゃないです!」

「今はってなんだよ。いつでも受け付けねーよ」

「そうではなく! わたくしにも意見があるんです!」

「何」

 

 バーサーカーの意見なんてなぁ……と、思いたかったが、そういう奴だからこそ分かることもあるのかもしれないし、一応聞いておく事にした。

 

「エイリークがやられ、魔力が減ったのですよね?」

「そうだな」

「でしたら、そういうことではないですか? 敵の船は、サーヴァントの数だけ強くなるのでは?」

「……」

 

 ……え、そうなの? や、確かにそうかも……え、でもそんな単純な話なのか……?

 いや、逆にそう考えるしかないかもしれないが……。

 

『あり得る話だよ、田中くん。目立った戦果が他にないなら、むしろそう考えるべきかもしれない』

「……」

 

 ……なるほど。つまり船の戦力を減らすには敵を減らしたい、でも敵のメンツ的に海上戦で攻めるのは難しい上に船のスペックが劣っていると。

 

「……ま、マスター。大丈夫なの? 勝てるのこれ?」

 

 アストルフォが恐る恐る聞いて来た。いやいや、逆だよ逆。

 

「出来たよ、作戦」

「! 本当⁉︎」

「エミヤさん、エミヤさんの能力はこれ作れる?」

 

 俺はポケットからダ・ヴィンチちゃんからもらった特製の浮き輪を見せた。

 

「ああ、そのくらいなら作れる」

「よし。あとは総力戦だ。全員働いてもらうからな」

「作戦は?」

「船長達が戻ってきてから伝える。まずは、船の修理からだ」

 

 今度は負けない。とりあえず、作戦の説明の前に作って欲しいものがある。

 

「エミヤさん、酔い止めとお薬飲みたいね下さい」

「……酔い止めだけで良いだろう、子供じゃあるまいし」

「……」

 

 苦いの苦手なのに。

 

 ×××

 

 船長達が戻って来た。なんか新しい仲間も引き連れて来たが、アーチャーらしく、今回の作戦的に遠距離戦の人数が多いのは助かる。

 とりあえず、作戦会議の前に船の修理だ。竜の皮で補修しなければならないが、俺はそういうの向かないので森の中で木にもたれかかった。

 エミヤさんにもらった酔い止めをポケットに入れて、ただボンヤリと眺めてると、沖田さんが声をかけてきた。

 

「マスター」

「? 何?」

「珍しいですね、決戦前にマスターが緊張するなんて」

「はぁ?」

 

 何言ってんだこの子。

 

「普段なら時代の女の子捕まえてイチャイチャしてるじゃないですか」

「人をチャラ男みたいに言うんじゃねーよ」

「違うんですか?」

「違うから。え、お前には俺がどんな風に見えてんの?」

 

 何その過ぎる解釈。俺だって傷つくことあるんだからね?

 

「そういえば、今回はどうなんですか? 仲良くなりそうな女の子はいないんですか?」

「だから人をチャラ男みたいに言うな。大体、船長は怖いしエウリュアレはアステリオスがいるし、俺が口を挟めそうなとこなんて無いだろ」

「それもそうですね……」

 

 そんな話をしながら、俺の隣に腰を下ろす沖田さん。

 

「……じ、じゃあ……その、マスター……」

「? 何?」

「……こ、今回くらいは……沖田さんが、イチャイチャして差し上げましょう、か……?」

「……はっ?」

 

 何言ってんのいきなり? え、どうしたの? 熱でもあんの?

 ちょっ、なんで頬を赤らめちゃってんの? 可愛いからやめてくんない? ていうか……その顔色を伺うような上目遣いは顔だけは可愛いお前がやるのは反則で……!

 ドギマギしてると、沖田さんが急にニヤリと意地悪に微笑んで、俺の額をぺしっと叩いた。

 

「な、なーんてねっ、冗談ですっ」

「……は?」

「少しは緊張ほぐれました?」

「……破?」

 

 ……こいつ、まさか……からかったのか? 俺の事を?

 

「何顔を赤くしちゃってるんですかマスター。いつになく可愛いですね? まぁ、緊張がほぐれたなら良かったです」

「……」

 

 ……沖田さんの癖に、キレたぞおい。

 

「俺が緊張してたのは酔い止めの事なんだけどな」

「……はい?」

「一言でも明日の作戦について緊張してるなんて言ったかよ。勘違いして恥ずかしい気遣いしてんじゃねーよバーカ」

「っ、な、なんですと⁉︎」

 

 カァッと顔を赤くした沖田さんに追撃するように言った。

 

「バカのくせに人をからかおうとするから恥ずかしい思いすんだよバカ」

「っ、ば、バカバカ言い過ぎです! マスターだってバカな癖に!」

「ああ⁉︎ お前にバカとか言われたくねーんだよバーカ!」

「っ、や、やるんですか⁉︎ また泣かしますよ⁉︎」

「ッッッ等だよかかって来やがれクソセイバーがあああああああ‼︎」

 

 お互いに殴りかかった所で、何処かから飛んできた二対の双剣が俺と沖田さんの服を貫通し、木に固定された。

 

「喧嘩するな、馬鹿者ども」

「「だってこいつが!」」

「ゲンコツが欲しいのか?」

「「……すみません」」

 

 あれ? 俺マスターじゃなかったか……?

 

「それより、船が直った。作戦会議だ」

 

 エミヤさんにそう言われながら双剣を外してもらい、俺と沖田さんは解放されてお互いにメンチを切った。お互いの裏拳がお互いの肩に当たった。

 

「「っ! コノヤロ……!」」

 

 ガツン! ガツン! と二発のゲンコツが俺と沖田さんの脳天に直撃し、二人揃って頭から煙を上げながら地面に顎を打った。

 

「いい加減にしろ」

 

 ……あの、俺には少しくらい沖田さんよりは手加減してくれても良いんじゃないですかね……。

 そう思いながらも、エミヤさんに連れられて作戦会議に出た。会議、と言ってもまずは腹ごしらえから。全員で円になり、飯を食いながら作戦を説明した。

 

「えーっと、とりあえず作戦は短期決戦でいく。海賊経験のある敵が多い船にケースバイケースで戦うのは不利だ。よって、遠距離の撃ち合いも無し。アーチャーはこちらの方が多いが、肝心の船のスペックに差がある」

 

 その俺のセリフに、船長が舌打ちをした。まぁ、自分の船の方が劣っていると言われれば腹も立つだろうが、事実なんだからここは受け止めて欲しい。

 

「では、どうするのだ?」

 

 佐々木さんが真面目な顔で聞いてきた。

 

「決まってる、敵の船に乗り込んで制圧すれば良い」

「それはまた大胆だな……」

「けど、どうやって乗り込むの?」

 

 アルテミスが聞いてきた。

 

「敵の船の方が早いんでしょ?」

「ああ。だから、敵に序盤は気持ち良く勝たせてやるんだ」

「……ダーリン、今の分かった?」

「あー……そういうことか」

「分かったの⁉︎」

 

 オリオンが頷きながら説明した。

 

「つまり、序盤は敵の得意な撃ち合いをしてやるって事だろ? 派手な銃撃戦を繰り広げ、それを囮にして別働隊に一気に船は突っ込ませるって事だろ」

「なるほど! さっすがダーリンね!」

「や、でもかなり無理あるんじゃね? 大体、サーヴァント同士ならある程度距離が近付いたらバレちまうだろ。特に、敵には守りの得意なヘクトールとかいうのがいんだろ?」

 

 ああ、分かってる。

 

「だから、そこからさらに肉付けする。船自身は砲撃をしながら徐々に敵船に突撃する。まるで『策はなく特攻している』ように見せかけるんだ」

 

 そこまで説明してから、明確な役割分担を始めた。

 

「まずエウリュアレ、お前はサーヴァントではなく敵の雑魚を狙え。魅了が使えるなら、そいつらを使って船上を撹乱させろ」

「ええ」

「それからアルテミスは敵のヘクトールを狙って矢を射貫け。当てる必要はないが、当てるつもりで行け」

「当てなくて良いの?」

「ああ。奴は防衛線が得意らしい、そいつに戦況を見渡しつつ考える暇を与えなければそれで良い」

「りょーかい! 頑張ろうね、ダーリン」

「俺は何もしないけどね……」

 

 そんな会話を聞きながら、アストルフォを見た。

 

「アストルフォはヒポグリフを使って飛びまわれ。ジャンヌオルタはその後ろに乗って炎で船を燃やせるだけ燃やして来い」

「りょーかい!」

「私達だけ先に船に乗り移れば良いの?」

「いや、まだ乗るな。単機で敵船に乗り込むのは悪くないが、リスクが大き過ぎる。上空から船を燃やしつつ、気を引いてくれれば良い」

 

 その指示に頷いた。

 

「あ、あの……それで、どうやって敵の船に乗り込む、んでしょうか……?」

 

 パッションリップが控えめに聞いてきた。

 

「ああ、そこはエミヤさんに頼む。派手な砲撃、鬱陶しいライダー、集中的に狙われるヘクトール、魅了される下っ端で派手に気を逸らし、その足元から突撃する」

 

 そう言うと、エミヤさんを見た。

 

「エミヤさん、一定の位置に近付いたら浮き輪を大量に作って。それを道にして、船内の小窓からアサシンの佐々木さんを先頭にして沖田さん、クー・フーリンさん、エミヤさん、清姫、アステリオス達で突撃し、一気に船の上を制圧だ。万が一に備え、パッションリップ、マシュ、アーチャー達はこっちの船に残れ。そうなったらアストルフォ達も敵の船上に着地し、好きに暴れて良い」

 

 これなら敵の船に乗り込める。

 

「他に何か質問は?」

 

 聞くが、他のメンバーから特に意見はない。よし、それならいけるな。

 

「じゃ、黒髭を落としに行くぞ」

 

 そう言うと、全員が頷いて船に乗り込んだ。

 

 



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作戦は不測の事態に陥った時の対処も含めて初めて完璧と呼べる。

 作戦を決めて島を出た。海をしばし偵察し、黒髭の船を発見。酔い止めを飲んだ俺は完全に復活し、船長の部下の海賊達と肩を組んでいた。

 

「いやー、お前意外といける口だな!」

「そうか⁉︎ いや、あんた達こそ飲めるじゃねぇか! まぁ海賊なんだから当然か?」

「あったりめぇよ! 俺らぁ、ドレイク船長と毎日飲んでたんだぜ。あと樽一つくらいなら余裕よ!」

「俺は二つ余裕だけどな」

「いや俺は実は四つだから」

「よおおおおし! 飲み比べタイマンじゃボケエエエエ‼︎」

「樽を持って来おおおおい!」

「やめんかバカども!」

 

 エミヤさんのゲンコツが俺と海賊の一人に直撃し、後方にぶっ飛ばされた。

 

「ええい、戦前に呑んだくれる馬鹿者がいるか!」

「そんなん関係ねーよバーロー!」

「そうだバーロー! 楽しい時に飲まねえで何が海賊だバーロー!」

「ワンピースでも読んで出直せバーロー!」

「バーローバーロー喧しい! 貴様ら胸に風穴開けてやろうか!」

「やってみろバーロー!」

「俺の動体視力を知らねーわけじゃねーだろエミヤコルァ! しかもお前と沖田さんに育てられて回避に関してはクー・フーリンさん並みと豪語してんだよ!」

「マジか⁉︎ あの回避お化け⁉︎」

「おお! 回避お化けよ! ハッハー、エミヤァ! お前はとんでもない化け物を育てちまったナァ! ハッハ……!」

 

 直後、俺と海賊の間に矢が飛び、壁に突き刺さった。俺も海賊も固まり、エミヤさんを眺めた。マジで頭にきてるのか、ゴゴゴゴッとジョジョみたいなオーラを醸し出している。

 

「……次は当てるぞ」

「「……すみませんでした」」

 

 うん、調子に乗り過ぎた。まぁ、まだ全然酔ってないし良いか。

 

「……私、一歩間違えたらあんな男に召喚されてたのね」

「そうだな、拙者もそう思う」

「わ、私もですぅ……」

 

 藤丸さんのサーヴァントが三人揃って感謝する目で己のマスターを見ていた。ちょっ、それどういう意味なんですかね……。

 一方の俺のサーヴァント達は沖田さんは清姫とアストルフォと仲良くガールズトーク、クー・フーリンさんは何処に意気投合する要素があったのか、エウリュアレとアステリオスと何か話していた。

 まぁ、つまり俺をいないものとして扱っている。逆に説教してくれてるエミヤさんはむしろ優しいのかもしれない。

 

「まぁ、大丈夫ですよエミヤさん。俺まだ全然酔ってないんで」

「そういう問題では無い。頼むから普通におとなしくしててくれ」

「はいはい分かりましたよーだ」

「反抗期の子供かお前は!」

「……テメェも反抗期の息子を持つ母ちゃんみたいだぜ、アーチャー」

「お前は黙ってろランサー!」

 

 怒られ、口笛を吹きながらそっぽを向くクー・フーリンさん。

 そんな話をしてる時だ。船長が楽しそうに口を挟んで来た。

 

「正臣、あんたんとこはなんだか楽しそうだねぇ」

「やめてくれ、ドレイク船長。別に楽しく無い」

「そういうあんたも楽しそうに見えるけどね」

「え、マジ? エミヤさん楽しんでたの? ツンデレ?」

「……こうなるから嫌なんだ、こいつは」

「ははっ、でも殺伐としてるよりずっと良いじゃないかい」

「なんと、エミヤさんはツンデレだったのか!」

「……調子に乗るな」

 

 エミヤさんが俺の頭をひっぱたいた時だ、どこから聞きつけたのか清姫が飛んで来て、俺の顔面に飛びついた。

 

「その通りでございます!」

「ふごっ!」

「わたくしはますたあに召喚されて、とても幸せですのよ」

「あー! き、清姫さん何を……!」

「あ、待ってよ二人とも!」

 

 さらに続々と集まって来るうちのサーヴァント達。そこからはもうやりたい放題。エミヤさんは俺に拳を振るい、清姫は俺に飛びつこうとし、沖田さんは何故か俺に刀を振るい、アストルフォは何故か暴れる。クー・フーリンさんはそれらをなだめようとしてるが、喧嘩っ早さが顔に出ていて、仲介という体の喧嘩目的である。

 ……はぁ、うちの連中は騒がしいぜ。藤丸さんのパーティは静かなのに仲良しで羨ましい限りだ。

 もみくちゃにされながらそんな考えが顔から出ていたのか、見透かしてようにドレイク船長が言った。

 

「まぁ、でも人が集まる奴には何かしらあるもんさね。あんた、その子達大切にしなよ」

「……むしろ俺が大切にされたい」

 

 そんな話をしてる時だ。索敵していた船員が声を上げた。

 

「船長、黒ひげの船を見つけました!」

「! 了解、野郎ども! 喧嘩の時間だよ!」

「「「おおおおおお‼︎」」」

 

 船長の号令に、俺達カルデアも含めて握り拳を挙げた。さて、ここからが喧嘩だぜ。

 アン女王だがなんだか知らねえが、こっちが復讐してやる番だ。

 

 ×××

 

 作戦は順調に進み、敵の船に乗り込むところまで行った。サーヴァントもアンとメアリーを撃破し、敵の船員を数の暴力で片っ端から片付けてる様子を、ドレイク船長の船の方から眺めていた。

 さて、あとは眺めてるだけで決着は着きそうだ。

 

「ふふ、本当にやるわね、あんた」

 

 エウリュアレが俺の隣で愉快そうに笑った。

 

「あの黒ひげ海賊団をボコボコにしてるのよ?」

「まぁ、鯖の数では明らかに勝ってたからな。キチンと作戦考えりゃ敗けはねーよ」

「そんな風に言っちゃって。私に褒められてるのに嬉しくないわけ?」

「や、嬉しいとかじゃなくてな……。一応、向こうが新たに鯖召喚した時の作戦10手くらい考えてたんだが、何もいないし全部無駄になったわ」

 

 ……相当、前回撃退した時に気持ち良かったんだろうなぁ。

 そんな事を考えてる時だ。向こうの船に動きがあった。ヘクトールと黒ひげが部下を盾にしてる間に、海上の浮き輪に飛び移ったのだ。

 なるほど、こっちから向こうに渡る道を作ったということは、逆もまた然りだ。先にマスターである俺を消そうという算段か。

 だが、その道は所詮浮き輪だ。空気が入ってるだけ。矢で射貫けば道にはならない。

 

「アーチャー達、あの浮き輪を射貫け。操舵手、徐々に敵船から距離を離せ」

 

 その指示に従うアーチャー達と操舵手。いやー、オリオンとエウリュアレがいて心底良かったわ。

 と、安堵した時だ。黒ひげの指示的な奴で敵の船から砲撃が来た。とりあえず、こちらも迎撃させようと思ったが、砲弾は射角から見てどう考えてもこの船を飛び越える。

 何をする気だ? と思ったのもつかの間、黒ひげとヘクトールは浮き輪から大きく跳んで砲弾を踏み台にし、一歩でこっちの船まで飛び乗ってきた。

 

「ーっ! まずい……!」

 

 しまった、船に通ずる道は潰しちまった。

 

「アストルフォ、戻って来い! マシュ、藤丸さんを護れ! オルタとパッションリップは前衛に出てアーチャー隊はその援護!」

 

 と、指示を出し従うメンバー。俺もももちろん狙われる可能性はあるので退がった。

 しかし、ここからが向こうの思う壺だ。黒ひげがニヤリと笑って俺を見た。

 

「デュフフ、テメェが頭でござるか……⁉︎」

「っ……!」

 

 しまった、自分で自分を狙えと言ったようなもんだ。俺のバカ、どうすんだよここから……!

 冷や汗を浮かべた時には遅かった。黒ひげは懐から銃を抜き、俺に向けていた。

 しかし、そこで不可解なことが起こった。ヘクトールの槍が、黒ひげを突き刺したのだ。

 

「なっ……⁉︎」

「⁉︎」

「いやー、あんた中々隙を見せてくれないからおじさん手間取っちゃったよ」

「っ、クッ……! しまった……警戒を……!」

 

 なんだ? 何やってんだ? あいつら仲間じゃなかったのか?

 こっちの船に着地し、黒ひげの背中をヘクトールは蹴って倒し、槍を引き抜いた。

 

「グフっ……不覚でござる……が、この状況で裏切るとかあほでござるか、ヘクトール氏……!」

 

 そう言う通り、こちらの船の鯖達は全員ヘクトールと黒ひげに対して油断無く身構えている。

 それでも、余裕な笑みを崩す事なくヘクトールは続けた。

 

「いや何、おじさんもそれなりに勝算があってやってることでね。それじゃ、船長。あんたの聖杯をいただこうか」

 

 ! 聖杯狙いか……!

 

「オリオン、奴に聖杯をとらせるな! と、アルテミスに命令出して!」

「だそうだ!」

「了解、ダーリン!」

 

 この縦社会的命令の出し方に意味とかあんのか……? でも、アルテミスがオリオンの言うことじゃなきゃ聞いてくれないし……。

 アルテミスが弓を引いたが、既に聖杯はヘクトールの手元だ。矢を避けて船首に飛び移った。

 

「てめっ、人の船に何勝手に乗ってんだ!」

 

 船長が叫んで銃をぶっ放したが、それをも回避しながら空中で船長の船の人物達を見回した。

 

「さて、それともう一つ……!」

「! マシュ、藤丸さんを守れ!」

「おおっと、悪くない読みだがこっちの狙いはおたくのマスターでは無いんだな」

 

 なんだと……? と思ってヘクトールを見ると、視線はエウリュアレに向いていた。

 俺の反射神経と動体視力は相変わらず変態じみている。ヘクトールが船の床を蹴ると共に誰よりも早くエウリュアレの前に立ち塞がった。

 

「退きな、坊主。怪我するよ」

「もう18歳で酒を飲める歳だっつーの」

「それはアウトだろ……」

 

 軽口を叩きながら、ホルスターから拳銃を抜いてヘクトールに発砲したが、サーヴァントの速さは人間を遥かに超えている。あっさりと躱されると共に腹を槍で貫かれた。

 

「ブッ……!」

「ど、奴隷⁉︎」

「ヘンタイ!」

 

 エウリュアレとオルタが呼び方とは逆に心配そうな声を上げたが、それにツッコミを入れられる余裕はなかった。

 泣くほど痛いが、それを堪えて身体を後ろに回転させ、右肘でエウリュアレを推し飛ばした。

 その意図にいち早く気づいた藤丸さんが自分のサーヴァントに命令を飛ばした。

 

「マシュ、エウリュアレを守って! オルタとリップは田中さんを助けて!」

 

 その指示通り動き出す音がしたが、それをヘクトールがさせるわけがない。

 

「おっと、そうさせるわけにはいかないんだよな」

 

 言いながら俺から槍を引き抜こうとしたが、俺はその槍を掴んで両腕に力を入れた。サーヴァント相手に力比べなんて勝てるはずがないが、一瞬でも時間が稼げるのなら今は見出せる。

 

「させるかよ……!」

「おいおい、無理しなさんな。死んじまうぞ、カルデアのマスターさんよ」

「い、痛い……泣きそう……」

「いや泣き言言われてもな……」

「抜いてぇ……そんな、奥で……グリグリ、しないでぇ……」

「気持ち悪い声出すな! お前ホントは余裕あるだろ!」

 

 やっぱり、敵の気をひくにはボケが一番だな。ツッコミを入れられた直後、ドスッとヘクトールの肩に何かが突き刺さり、血が噴き出した。

 

「グッ……!」

「そいつを消し炭にするのは私よ、あんた如きが手を出さないでくれる?」

「ちっ……そういうことか……!」

 

 オルタの旗が突き刺さり、俺から槍を無理矢理引き剥がして大きく飛び退くヘクトール。

 さらにそのヘクトールに金色の巨大な手とヒポグリフが襲いかかった。流石にそれは読まれていたのか、ヘクトールは回避し続けた。

 

「あーあ、こりゃあ聖杯持ちながらじゃ、あの嬢ちゃんを手に入れるのは無理そうだな」

 

 そう言う通り、こちらの船にはサーヴァントが揃ってるし、黒ひげの船も片付いてサーヴァント達は臨戦態勢だ。

 

「仕方ない、とりあえず聖杯だけで我慢するとしますか」

「逃げ切れると思ってるのかい? 僕らのマスターに手を出しておいて」

「よせ、アストルフォ。今はマスターを安全な所で治療するのが先だ」

「っ……!」

 

 エミヤさんが向こうの船からアストルフォを止めた。「じゃ、お言葉に甘えて」とヘクトールは言うと、黒髭の船に隠していたのか、小舟に乗り換えて逃げ出した。

 

「マスター、大丈夫かい⁉︎」

 

 まず駆け寄ってきてくれたのはアストルフォだった。続いて、エウリュアレ、マシュ、藤丸さんと周りに寄ってきて腰を下ろした。

 

「あ、あんた……! なんで……!」

「先輩、手当を……!」

「え、えっと……応急手当って人間にも使えるのかな……!」

 

 そんな慌てた声を最後に、俺の意識は落ちた。

 

 



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死の淵に立つと死者が見える。

 眼を覚ますと、視界に青空が広がっていた。雲ひとつない、とはいかないが、眩しすぎるほどに太陽が煌めき、現在の季節が冬や秋だったとしても夏を思い出す、そんな青空だった。

 しかし、空が見えてるということは俺の身体は倒れていると言うことだ。いつまでも寝ているわけにはいかない。

 身体を起こし、現状を把握するために辺りを見回すと、海が広がっていた。波も何も無い海。というか、俺が寝そべっていた場所も海の一部のようで、足は着くのに真っ青な海がどこまでも広がっている。

 しかし、海に付着していた身体に海水はついていない。なんだこれ、何かの魔術に掛かったのか?

 辺りを見回してると、正面に人影が見えた。何か小さな箱の前に座り、こっちを見て胡座をかいている。

 ……アレはー、将棋盤か? 何にしても、話だけは聞いておかないと。ここはどこなのか。

 敵か味方か分からないので、腰のホルスターに手をかけて慎重に接近した。

 

「すんませーん、ココドコですか?」

「久し振りだな、正臣」

「は?」

 

 今の声……まさか、爺ちゃんか……?

 

「……あ、じ、爺ちゃん」

「ほれ、何を突っ立っておる。将棋やろう、将棋」

「え? あ、そ、そうね。はい」

 

 何故か将棋をやることになった。異常事態に陥ってるはずなのに、やけに落ち着いていた。それどころか、なんか、こう……実家のような安心感という奴だろうか、何かを考えようとしなくなっていた。

 爺ちゃんの前で座り、将棋を開始。お互いに一手ずつ手を動かした。

 ……あー、懐かしいな。昔はよく爺ちゃんと将棋してたっけ……。メチャクチャ強くて一回も勝てなかったっけなぁ。

 

「正臣、どうじゃ、最近」

「は? あー……まぁまぁだよ。まぁまぁムカつく事が多い」

「まぁまぁムカつくとは……?」

「俺の部下だよ。全員、俺よりバカのくせに言うこと聞かねーし、平気で人の精神ゴリゴリ削ってくる」

「ほう? つまり、なめられてる正臣が悪いんじゃろ」

「また手厳しいお方で……」

 

 俺が将棋で負けて泣いても慰めるどころか「泣く暇があったら何が悪かったか考えろ、次泣き声上げたらファイナルアタックライドだから」とか抜かして来たからな。今の大学の部活ならパワハラだなそれ。

 ま、それもこれも全て俺のためだ。将棋が好きだった俺も投げやりにならなかったしな。

 

「ま、それは良いんだよ。戦闘中はちゃんと命令聞いてくれるし、舐められてるのは日常だけだから」

「じゃあ何がムカつくんだ?」

「一人だけ腹立つ奴がいるんだよ、女なんだけどな。バカのくせに反論して来て、誤解だっつーのに疑って聞かないし、戦略より義理を優先するし、待てっつっても待てないし、そのくせメンタル弱くて過去の上司相手に動きが鈍くなるし……最近じゃ、英霊の癖に負けず嫌いで生身の人間相手に投球勝負で本気出すんだからよ」

「……」

 

 てか、アレは本当ノーカンでしょ。エウリュアレのあほんだらがいなければ俺の石は入ってたんだから。

 将棋の譜面はやや爺ちゃんが優勢だった。イマイチ、攻め切れない俺の守りに、少しムカムカして来た所だろう。や、爺ちゃんはそんな事じゃムカつかないけど。

 いつでも怖いほど優勢な人だ、この人は。

 すると、爺ちゃんが微笑みながら一手を打った。

 

「正臣よ、覚えてるか?」

「爺ちゃんが畳の裏に隠してたAVか?」

「いや違う違うその話じゃなくて。将棋の話」

 

 だよね、知ってた。

 

「将棋のコツは『王将を自分が大切にしてるものだと思え、そうすれば死ぬ気で守ろうと思える』と言ったのを」

「ああ、言ってたな。俺が勝ったら爺ちゃんの王将を教えてくれるんだっけ?」

「……強くなったな、正臣」

「はっ?」

 

 ……なんだいきなり? と思って盤面を見ると、次の次の一手で詰みだった。偶然、と言うわけではないが、愚痴りながら無意識に手を動かしていたからか、俺の得意な守りの攻めによる勝ち筋がいつのまにか完成していた。

 

「……やべぇ、初勝利やん」

「本当に、強くなったのう」

「いや、全然無意識だったわ。で、教えてくれるんだっけ? 爺ちゃんの大切なもの」

「うむ。ワシの大切なものはな……」

 

 そこで、言葉を切って爺ちゃんは何処かからDVDのパッケージを取り出した。AVの表紙だった。

 

「ドS女教師の特別課外授業じゃ」

「お主ら大切な孫達とかじゃねえのかよおおおおおおおおおおお‼︎」

「「「「きゃあああっ⁉︎」」」」

 

 ガバッとツッコミを入れながら体を起こすと、可愛らしい悲鳴が四つほど周りから飛んで来た。

 急に意識が現実に戻って来たように回復し、胸に手を当てると心臓が急に動き出したように加速した。

 えーっと……あれ? 何これ……。てかお腹痛ッ……! そっか、そういや俺、お腹刺されたんだよな……。

 

「……あれ? えーっと……ここどこ?」

「ま、マスター……?」

「あ、沖田さん。ここはどこ? 俺は誰?」

「いえ、どっかの小島で田中正臣さんですけど……」

 

 ……なんか随分長く寝てたみたいだな。少し頭痛いし。

 俺を囲ってるのは女の子だけだった。沖田さん、清姫、アストルフォ、エウリュアレ、船長の五人。他のメンバーは野営の準備やら船の護衛やら見張りやらを手伝っている。

 

「……なぁ、今可愛い女の子の悲鳴が四つほど聞こえたんだけど。一人悲鳴あげなかったの誰?」

 

 なんかみんな心配そうな顔をしてたので、場を和ませようと思ってそんな事を聞くと、アストルフォが微笑みながら答えた。

 

「僕以外のみんな……んぐ!」

 

 直後、慌ててアストルフォの口を塞ぐエウリュアレ。

 ……あれ? てことは、他三人はともかく、船長が「きゃあ!」なんて悲鳴をあげたって事……?

 案の定、顔を真っ赤にして俯いてる船長が目に入ったので、肩に手を置いて優しく言ってやった。

 

「船長、かわいいとこあるじゃん」

「黙れ!」

「んぐっ⁉︎」

 

 口の中にピストルを突っ込まれたので「船長さん!」と沖田さんと清姫さんが慌てて船長を抑えた。

 怪我人に銃を向けるとは……これだから海賊は、なんて思ってると、俺の意識が戻ったのを知ったのかぞろぞろと人が集まって来た。

 

「マスター、起きたか?」

「大丈夫かよオイ」

「田中さん、良かったよ……」

「先輩の応急手当のお陰ですよ」

「チッ、死んでおけば良かったのに……」

「ほっとしながら言っても意味ないぞ、オルタよ」

「ふぅ〜……安心しました〜」

「良かっ、タ……」

「ああ、俺も美少女に囲まれて目を覚ましてみた……」

「……ダーリン?」

 

 全員、無事のようだ。そのことに一息つくと、沖田さんが声をかけて来た。

 

「大丈夫ですか? マスター」

「ああ……いや、大丈夫ではない。すごく痛い」

「まったく、無茶するからで」

「マスタあああああああああああああ‼︎」

 

 アストルフォたんが突然、飛びついて来て、お腹の傷口なんか御構い無しに抱き締められた。

 

「あだだだだだだ! いや北斗神拳じゃなくて痛い方の!」

「マスター、ごめんよー! 僕がいながら……!」

「い、いや謝るなら離れてくれない本当に」

 

 で、でもなんだろう……。何というか……徐々に気持ち良くなって来ちゃったななんか……。意識も徐々に途切れて……。

 

「あ、アストルフォさん待って下さい! ますたあが逝ってしまいます!」

「へ? あ、ご、ごめんねー」

 

 清姫が止めて、何とか昇天は免れた。ふぅ……疲れたな。お腹痛かった。

 と、思ったら、ぐいーっと頬を抓られた。

 

「いふぁふぁふぁふぁ! ふぁ、ふぁんだよふぉなへ!」

「はい」

「ふごっ⁉︎」

 

 引っ張られてる中、急に手を離されてひっくり返った。抓られた相手はエウリュアレだ。

 何故か不機嫌そうに真っ赤に染まった表情で俺を睨んでいる。

 

「ってぇな……何すんだよ……」

「ふんっ……バカ」

「いきなりなんだお前……会話の脈絡のなさ的にむしろバカはお前の方で」

「あんたなんかの所為で人間に助けられちゃったじゃない……」

「え、それ俺の所為なの……?」

「とにかく、謝りなさい!」

「俺が謝るの⁉︎」

 

 いや、謝られたいわけでも無いけだ、俺が謝るって展開だけは絶対おかしいでしょ。

 何が言いたいのかわからず困惑してると、横からアステリオスが口を挟んだ。

 

「ウウ……エウリュアレ、バカには、ちゃんといわなきゃ、分からない……」

「あれ? 今、バーサーカーがバカって言わなかった?」

「わ、分かってるわよ! アステリオスは黙ってなさい!」

 

 怒られ、しゅんっと凹むアステリオス。それに少し悪気を感じつつも、エウリュアレは俺を見て歯切れ悪く言った。

 

「え、えっと……だから……! そ、そのっ……あ、ありが」

「いや気にしなくていい」

「……ぁあんた最後まで言わせなさいよここまで来たらぁ〜‼︎」

「ふぉぐっ⁉︎」

 

 傷口を踏みつけられ、お腹を抑えて蹲った。お前幾ら何でも傷口は踏んじゃあかんでしょ……。

 しかも、踏みつけた癖にエウリュアレは蹲ってる俺の背中の上に座り、腕を組んで偉そうに言った。

 

「と、とにかく! 人間が私に心配なんかかけさせたらタダじゃおかないんだから! さっさとその穴ふさぎなさいよね!」

「……だったら蹴るんじゃねーよ」

「返事は⁉︎」

「は、はい……」

 

 な、何なんだよこいつ……。てか退いてくんない? お腹に負担がすごいんだけど。

 少しイラっとしてると、沖田さんと清姫が立ち上がり、頬を膨らませた。

 

「ちょっと、エウリュアレさん! 退いて下さいよ!」

「そ、そうです! そこはわたくしの席で……!」

「いや違うだろ。お前らは良いとかじゃ無いから」

「何よ、人間の英霊風情が。ここは私の特等席よ」

「せめてそんな人を椅子にするような真似はやめて下さい!」

「そ、そうです! ますたあの椅子はわたくしの役目です!」

「清姫、お前ほんと全般何言ってんの?」

 

 あの子、会話が出来るバーサーカーだと思ってたんだけど……。

 しばらくギャーギャーと騒いでると、ラチがあかないと思ったエミヤさんが口を挟んだ。

 

「おい、とりあえずエウリュアレ、お前は降りろ」

「っ、わ、分かったわよ……」

 

 相変わらずおかん力が高いな……。一発で言うこと聞かせやがった。

 

「それから、沖田も清姫も今は黙れ。どうせカルデアに帰ればエウリュアレはいなくなるんだ、我慢くらいできるだろ」

「うっ、は、はい……」

「……まぁ、ますたあの椅子になれるなら」

「とりあえず、話を進める。敵から離脱はできたものの、追ってくる可能性もあるんだ、私が独断で決めたメンバーは作業に戻ってもらうぞ」

 

 流石、エミヤさんだ。貫禄が違う。独断で、といっても誰も何も言わねーんだからよ。

 結果、この場に残ったのは俺、エミヤさん、藤丸さん、マシュ、船長、エウリュアレ、オリオンとアルテミスだけ。他は作業に戻った。

 ま、これでようやく話が出来る。エミヤさんの的確なメンバー選びで話も潤滑に進みそうだしな。クー・フーリンさんとか佐々木さんとかは多分、作業組のまとめ役だろうし、その辺もぬかりがない。

 とりあえず、エウリュアレが退いてくれたので座りなおすと、今度は膝の上に座って来た。

 

「……あ、結局座るんだ」

「なに、嫌なの?」

「いや、お尻の感覚が可愛」

「……お尻が、何?」

「うし、じゃあこれからどうするか会議するぞー」

 

 傷口を文字通り抉られたので真面目モードに入る事にしました。

 

 



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開戦の狼煙はド派手に。

 これからの会議、と言えば聞こえは良いが、はっきり言って分からない事だらけだ。

 敵の戦力、目的、エウリュアレを捕らえてどうしたいのか、情報が足り無さすぎる。状況的に仕方なかったとはいえ、ヘクトール一人に良いようにやられたのは情けない。

 ただ、これまでと違うのは、こちらは向こうの欲しがっているカードを手にしている、ということだ。つまり、追う側ではなく追われる側。創部2年目のバスケ部のウィンターカップ準決勝みたいなものだ。

 そうなると、向こうからこちらに攻めて来る、という事になる。

 

「で、えーっと……マサオミだったか? どうすんだ?」

 

 オリオンに聞かれ、顎に手を当てた。

 

「一応、手はある」

「というと?」

「もう気付いてると思うけど、現状はこちらは追う立場ではなく追われる側だ。向こうはエウリュアレを欲してる」

「確かにねぇ。向こうのヘクトールとかいう奴、あからさまに狙ってたし」

 

 船長が頷きながら同意した。

 

「エウリュアレ、狙われる心当たりは?」

「知らないわよそんなの。あ、可愛いから、とか?」

「と、まぁこんな具合にアホの子なのに、だああああたたたた! 傷口を握るな痛い痛い痛いごめんなさい!」

 

 全力で謝りながら、エウリュアレの頭撫でてやった。

 

「ちょっ……な、何よ! 誰の許可を得て撫でてるわけ⁉︎」

「まぁ、本人にないなら仕方ないな」

「話聞きなさいよ! 人間風情が勝手に私の頭を撫でるなんて……!」

「でも、何かあるはずだ。これだけいる鯖の中でエウリュアレがピンポイントに狙われたんだから」

「ちょっ、やめなさいって……ばかぁ……」

 

 よし、制圧完了。顔を真っ赤にして膝の上で俯くエウリュアレを無視して、話を進めた。

 

「ロマン、何か思い当たる節はあるか?」

『無茶言わないでくれよ。相手のサーヴァントの情報も無いのに』

「ヘクトールがトップだとしてもか?」

『ああ。何も思い当たる節はない。本人にないなら尚更だ』

「サーヴァントの性質から見たらどうだ?」

『そう言われても、他のサーヴァントとの違いなんて……』

 

 言われて、ロマンはしばらく黙り込んだ。まぁ、資料を漁ってくれてるんだろう。

 その間、オリオンが声をかけてきた。

 

「それよりも、エウリュアレが狙われてるってのは事実なんだ。そっちの対策の方が必要なんじゃねぇのか?」

「……いや、エウリュアレじゃなきゃいけないってわけじゃないとしたら? もしかしたら、まだこの海域にはぐれ鯖がいて、そいつらで代用が効いてしまうとしたら、こっちは再び追う立場になる」

「細かい可能性を考え出したらきりがないだろ」

「考えなきゃいけないんだよ。人類の命運がかかってんだから」

 

 思わず、少し強い口調になってしまい、オリオンを黙らせてしまった。シンッ、と静かになり、若干、冷たい空気が流れる。

 ……やばい、そんなつもりなかったんだけど。なんだか空気が重くなっちゃったな。

 手早く話を進めよう。

 

「と、とにかく、こっちがこれから取るべき行動は三つ。エウリュアレを狙う理由を突き止める、敵の船の監視、逸れサーヴァントの捜索だ」

「兵を分けるのは危険じゃない?」

 

 藤丸さんが声をかけて来た。

 

「分かってる。だが、全部全員で回るのも賢くない。だから、全部いっぺんに出来るように立ち回る」

「どういう事?」

「籠城戦だ」

 

 ま、言ってもわからないだろうな。一から説明しよう。

 

「島全体に罠を張り巡らせ、敵を待ち構えるってことだ。向こうの計画としては、黒髭と共にエウリュアレを取り返し、こちらな戦力を殲滅した後、不意打ちで黒髭とアンメアリーを仕留め、聖杯とエウリュアレを持って立ち去る予定だったはずだ。そんな危険な任務をリーダーが進んでやるわけがない。また、海の上の戦闘は危険なものだ。ヘクトール以外にも強力な戦力が船に残って護衛してるはず」

 

 トロイア戦争の英雄以上のサーヴァントがいる、なんて考えたくはないけど。

 

「それだけの戦力があれば、わざわざいるかどうかも分からないエウリュアレの代用品を探すくらいなら、居場所が分かってるエウリュアレを捕らえた方が楽だ。それなら、こちらも分かりやすくエウリュアレの居場所を教えてやれば良い」

「それは分かったけど、具体的にどうするんだい?」

 

 船長に聞かれた。

 

「簡単だろ。幸い、この島には木や魔物がうようよいる。それらを資材にして壁や罠を作り、こちらに有利な地形を作れば良い。地の利を有利にして戦えるんだ」

「なるほどね……」

「……まぁ、多分時間はないけどな。とりあえず、敵の手駒がどれだけのものか分からない以上は備えられるだけ備えておくぞ。罠の配置に関しちゃ英霊同士で話し合ってくれ。罠とか張ったことないから分からん」

 

 そう言って立ち上がった。

 

「終わり?」

「ああ。エウリュアレは絶対に一人にするなよ。必ず鯖と一緒にいさせろ。罠の配置はあとで報告して。足りない道具があればエミヤさんに言うように」

 

 それだけ話してその場を後にした。なんか今日はカリカリしてる。刺されたからかな。

 いや、自分の作戦の甘さを知ったからか。あまりに完璧な作戦すぎて、逆に失敗の可能性を考えてなかった。第三勢力がいるなんて思いもしなかったし。

 

「……はぁ」

 

 どうにも作戦に穴が出るな……。というか、気が抜けてるんだろうな。酒とか飲んでたし。

 まぁ、次から気をつける、で済む話なんだけどね。さて、とりあえず今はのんびりしよう。いつ敵が攻めてくるか分からないとはいえ、決戦前は気を休めないと。

 

「おう、マスター」

 

 そんな中、背中から声を掛けられた。クー・フーリンさんだ。

 

「何?」

「籠城戦だって?」

「そうだよ。嫌だった?」

「んにゃ、一騎打ちのが好みだが、頭がそう言うならそれに従うぜ。ただ、罠だってのは正直、専門外だ。ルーン魔術が使えるなら話は別だがよ」

「そんな高等な罠は作らないと思うよ。向こうだって魔力の感知はできるだろうし。もっと原始的で決定打にならない罠だ。こちらの一撃に繋げられるような」

「ふーん……あ、魔術と言えばよ、マスター」

 

 魔術で俺? なんかあったっけ?

 

「マスターは魔術とか使えねぇのか?」

「使えるよ。この魔術礼装についてる奴なら」

 

 前の特異点では、土方にとどめを刺すのに沖田さんの火力を一時的に増した。

 

「そういうんじゃなくてよ……もっとこう、魔術回路を利用したがっつりした奴」

「魔術回路って何?」

「……なるほどな」

 

 正直、右も左も分からないまま連れて来られたからな……。頭がなければ完全にただの足手まといだった。

 

「なら、開いてみるか」

「はっ?」

「それなりに近距離戦でも活躍してるのは知ってるぜ。必要以上に前には出ないが、必要とあらば命を捨てて前に出るし、前回の特異点じゃ、沖田のことを上手くサポートしてたそうじゃねぇか」

「あ、まぁ、うん」

 

 上手く、かどうかは分からんけどな。

 

「だが、敵からしたらマスターは一番厄介で落としやすい駒だ。こっちのチームの頭脳であり、戦闘力も回避力と動体視力以外皆無なんだから」

 

 それを言われるとその通りだ。エミヤさんや沖田さんに剣を教わってるものの、相手にダメージは与えられないし、増援が来るまでの間の時間稼ぎしかできない。

 その結果、結構死にかけてるからなぁ。さっきだってぶっ刺されたし、前の特異点でもステンノにはあっさり魅了されて人質にとられ、アレキサンダーにもボコられたし。

 

「ま、俺はそんなもんのやり方は知りゃしねぇんだけどよ」

「なんだよ」

「その辺は戻ればドクターやらダ・ヴィンチちゃん辺りが知ってんじゃねぇの?」

「分かった。じゃあ後で聞いてみる」

「おお」

 

 まぁ、魔術なんか正直、あんましっくり来ないけどな。今まで、将棋とゲームを生き甲斐にしてきた身としては、科学と真逆のものを言われてもイマイチ、理解出来ない。

 

「ちなみにさ、魔術ってどんなのあんの?」

「あ?」

「例えば、こう……アバダケダブラとか、そんなんはないの?」

「ねぇよ、まず杖とか使わねーから」

「あ、ハリポタ分かるんだ」

「まぁな、立香……だっけ? あいつが語ってくれたよ。少し興味あるけど……」

「あ、ならエミヤさんに作ってもらおうぜ。DVDとプレ2とテレビ」

「相変わらず英霊の能力を舐めたことに使いやがるな……や、その発想は嫌いじゃねぇけど」

 

 と、まぁ上手い具合に、なんか徐々に雑談に変わっていった。

 そんな中、ふと辺りを見回した。周りのメンバーがせっせと働いてる中、なんで俺だけサボってんだ。

 

「……さて、そろそろ働くか」

「お、もう良いのか?」

 

 は? それどういう……ああ、もしかして、気を利かせてくれたのか?

 まぁ、確かに少し落ち込んでたが……しかし、そんな目に見えて分かるほどなんかな。

 

「マスター」

「? 何?」

「なんかあったら言えよ。変態でバカでどうしようもない奴だが、俺達ぁ、別にマスターのこと嫌いじゃねぇから」

「……」

 

 ……す、すごい……。何という、兄貴オーラだ。クー・フーリンさんって、実はこんなに良い人だったのか……。

 カルデアのサーヴァント唯一のランサーがこれほど兄貴肌とは、これは戦闘面だけでなくとも頼り甲斐がある。

 ……ランサーの兄貴、か……。

 

「今後とも、よろしくお願いします! 槍ニキ!」

「槍についたニキビみたいに言うな」

 

 デコピンされた。

 

 ×××

 

 夜になっても襲撃は来なかったので、またいつものように半分は寝て、半分は起きて就寝。

 もちろん、女性が多い藤丸さんパーティに寝てててもらい、俺のパーティ+エウリュアレ、アステリオスは起きて待機していた。

 

「お前は寝てても良かったんだぞ、エウたん」

「あんた次その呼び方したらケツに矢、ブッ刺すから」

 

 それだけ言って、ふいっとそっぽを向くアステリオスの上のエウリュアレ。なんかいつもよりカリカリしてんな。まぁ、狙われてるんだし当然か。

 籠城用の設備は完成し、とりあえず東西南北に物見櫓を立てて、起きてるメンバーでエミヤさんの作った双眼鏡を持って別れて監視している。

 俺の担当は東。エウリュアレ、俺、アステリオスで監視している。本当はエウリュアレは櫓の足元でしゃがんでて欲しいんだけど、なんか言うこと聞いてくれなかった。

 

「ウウ……エウリュアレ、ねむい?」

「平気よ、アステリオス」

「俺は眠い」

「……バカには、聞いてない……」

「ねぇ、アステリオス。俺のことバカって呼ぶの誰に習ったの?」

「みんな」

「みんなって、どこからどこまで?」

「? え、えっと……みんな」

「そ、そう……みんな、ね……」

 

 ……全員、将棋でもチェスでも良いから完封してやろうか。

 そんな小さな下克上を考えてると、ふと灯が海の方に見えた。

 

「エウリュアレ、伏せろ」

「何よ。人間の癖に……」

「敵だ。お前の姿見られたら、速攻狙われるぞ」

 

 短く説明すると、エウリュアレは渋々従った。双眼鏡から海の灯りを覗き込むと、船が徐々に近づいてくるのが見えた。船員達が何か話してるのを、唇の動きで内容を把握した。

 

 金髪『ったく……この俺が夜襲なんて真似を……』

 ヘクトール『まぁ、そう言いなさんな。奴らの頭のことだ、昼間に行けば必ず何か備えてやがるから』

 女の子『ふふ、イアソン様がご参加なさる戦闘でしたら、どんなものでも聖戦になりますのでご安心下さい』

 金髪『ふ、ふははっ。そうだね、僕が出向くものなら全てが聖戦だ』

 

 ……ヘクトールに、イアソンねぇ……。他にも何人かいるようだが、敵であることが分かれば十分だ。

 

「……アステリオス、エウリュアレを連れて全員起こしに行け。それから下っ端の兵隊を引き連れて他の櫓の連中も連れて来い」

「……まさおみ、は?」

「俺はここで敵の視察を続ける」

「はぁ⁉︎ あんた一人でここに……!」

「分かっ、タ……」

「ちょっ、アステリオス⁉︎ 放しなさ……!」

 

 ギャーギャーやかましい女を持って、アステリオスは櫓から降りた。

 さて、奴らの様子は……と、思って船上を見ると、敵の人数まではっきりと見えた。

 その直後だった。

 

 ヘクトール『じゃ、とりあえずあそこで覗いてる奴から蹴散らしますかね』

 

 ……え?

 と、思った直後、ヘクトールから槍が射出され、俺のいた櫓は粉々に砕け散った。

 

 



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災害に罠は効かない。

 吹っ飛んだ櫓からギリギリ逃げた俺は、森の中に隠れて身を潜めた。しかし、危なかったな……死ぬとこだった。俺、ヘクトールおじさん苦手。

 とりあえず、草の茂みの中で敵の一味を見学した。

 船が岸に到着し、兵士と思われるサーヴァントが何騎か降りてきて、砂浜に着地した。

 

「メディア、お前はこの船の護衛だ。ヘクトール、エウリュアレの奪還を任せる」

「俺一人でっスか? 奴ら、櫓とか作ってやがりましたし、多分罠とかもありますよ」

「そんなもの、ヘラクレスを陽動に使えばよかろう。奴に半日やそこらで作れるような罠が通用するとは思えん」

 

 ……え、今ヘラクレスって言った? あ、あの化け物がここにいるの……? ヘクトールだけじゃなくて? あとメディアとかも聞こえたんだけど?

 ち、チート揃いだろ……まずい、確かにイアソンの言う通り、こっちの罠なんか機能しない。

 それに、他にもあと二人ほど船の上に残ってやがるな。ヘラクレスがサーヴァントになってどんなスキル持ってんのか知らんけど……罠を利用してヘクトールと分断させればワンチャンあるな。幸い、他のサーヴァントは出てこないみたいだし。

 トランシーバーを持って、見張り全員に声をかけた。

 

「……全員、聞こえるか? 敵のサーヴァントは五騎。内、ヘクトールとヘラクレスの二騎が攻めてくる。二人を分断し、討伐する。エミヤさんとクー・フーリンさんと沖田さんは俺の元に来て、アステリオスは全員を起こして、エウリュアレと共に万が一の時の逃走経路へ」

『ちょっと! 何よそれ、あんたはどうする気……!』

「急いでよ。速くしないと俺が死んじゃう」

『ちょっ、無視してんじゃないわよあんた!』

『アーチャー、了解』

『ランサー、了解』

『スピー』

 

 そこで通信は切れた。よし、あとはここて待ってれば……。

 

「んっ?」

 

 あれ? 今、一人だけ寝息聞こえなかった? すぴーって言ってなかった?

 

「……おい、もう一回言うぞ。沖田、エミヤ、クー・フーリンの三名はただちに俺の元に集え。良いな?」

『アーチャー、了解』

『ランサー、了解』

『クカー』

 

 今、イラっとしたぞこの野郎め……!

 

「おい、クカーって言った奴、テメェ起きろ。今すぐ起きろオイ」

『ふへへ……ますたあのすけべえ』

「すけべえ、じゃねぇよ! すけべだけどテメェの身体に発情するほど見境無くねえからな!」

『沖田さんのおっぱいはGNツインドライヴじゃあありませんよー』

「どんなプレイしてんの⁉︎ え、エミヤさん! 急いで!」

『急ぎはするが……沖田はどうする?』

「知りません! なんなら海に沈めてやろうか! ガハハハッ!」

『なら、俺が沖田を迎えに行ってやろうか?』

 

 クー・フーリンさんも参加した。が、それはダメだ。

 

「ダメだよ、ヘラクレスとヘクトールいるんだよ? エミヤさん一人がこっちにきた所で凌げないでしょ」

『その辺はまともなんだな……でも、いつまでも寝かせるわけにはいかねーだろ』

「今、就寝組の奴らに迎えに行かせるよ。……と、いうわけだ、アステリオス。良いな?」

『分かっタ……!』

 

 そう言った時だ。ヒュガッと、真横に槍が降ってきた。気付かれた、と秒で勘付いた俺は、手に持ってた血糊袋を割って茂みの下から血の水溜りを作った。死んだふり作戦である。

 

「おいおい、流石に偽物と本物の血の見分けがつかないほど、オジさん訛っちゃいないよ」

 

 ……やっぱり、バレてるか……。クソッ、沖田さんにあんな大声でガンガンツッコミを入れなければ……!

 冷や汗をかいてる間に、俺の目の前に二人の影が立った。もちろん、ヘクトールとヘラクレスの二人だ。

 

「サーヴァントのマスターが、こんなとこで何一人で騒いでんだ?」

「あ、あははー……」

 

 何も言えない。内容がマヌケすぎるから。

 

「……や、大体は察してるんだけどな。聞こえてたし。一人、サーヴァントが寝てたんだって?」

「まぁ、はい。そういう事です」

「……お互い、組織には気苦労が絶えねえな。おじさんの上の人もねぇ……」

 

 ……ヘラクレスはー、この外見だとバーサーカーか? にしては大人しいな……。

 何かヘクトールが愚痴ってる間に、俺は倒れたフリをしてる腹の下で手を動かした。

 

「まぁ、でも目の前に人質としちゃ十分過ぎる餌が転がってりゃ、見逃す手はないわな。おい、動くなよ。今からエウリュアレと……」

「あんたこそ動くな」

「あ?」

 

 直後、腹の下からフラッシュ、エミヤさんに作ってもらった閃光玉だ。俺はサングラス掛けてる上に目を閉じていて、すぐにその場から離脱した。

 その直後だった。

 

「Gruaaaaaa‼︎」

 

 咆哮と共に、何も見えてない状態のヘラクレスが手に持ってる斧を地面に叩きつけた。

 その衝撃波で、俺の身体は浮かび上がり、思いっきり吹っ飛ばされて木に叩きつけられた。

 

「ゴフッ……!」

 

 ま、マジかよ……あいつ、想定以上の化け物火力か……!

 閃光なんか何十秒も保つもんじゃない。すぐに復帰した二人のサーヴァントは、俺の方に歩いてきていた。

 

「ったく……悪足掻きだねぇ。って、おじさんの言えた義理じやねえか」

「くっ……!」

「ヘラクレスの旦那、足の一本くらいやってくれ」

 

 チッ……ここまでかよ。俺が消されれば、こっちの戦力の半分が機能しなくなる。いや、藤丸さんやマシュは馬鹿みたいにお人好しだし、なんなら全部機能しなくなる可能性すら……!

 冷や汗をかきながら、通信機を口元にかざしたが、壊れてる。……あれ? これ、本格的に詰んだか?

 そうこうしてるうちに、目の前にヘラクレスがきて、俺に手を伸ばしていた。

 ああ、終わった……そう覚悟を決めた時だ。ヘラクレスに横からすごい勢いで突進した巨体が視界を横切った。

 

「な、なんぞ?」

「ウウ……バカ、発見」

「見つけたわよ、人間!」

 

 うお、あ、アステリオスとエウリュアレ? なんで来てんの? が、聞いてる場合ではない。目の前に捕獲対象がいて放っておく追跡者は居ないからだ。

 アステリオスの上から、手を伸ばしてきてるエウリュアレの手を掴もうとした直後だった。

 ヘクトールがアステリオスに飛び掛かり、槍を繰り出そうとしている。

 その直前に、ヘラクレスがアステリオスに突進をやり返すのと、俺がエウリュアレの手を掴むのが同時だった。

 結果的に、俺とエウリュアレとアステリオスは同時に吹っ飛ばされ、二体から距離を置くことができた。

 

「ウウ……!」

「痛た……だ、大丈夫? アステリオス……」

「平気……」

 

 マズイな、きてくれたのは助かったが、かといって状況が好転したわけではない。

 何より、どう考えてもこの状況を好機に変えるには、打てる手が一つしかなかった。

 

「……アステリオス、ヘクトールかヘラクレス、どちらでもいいから足留めしろ」

「あ、あんたいきなり何言ってんのよ⁉︎ まずはお礼でしょ⁉︎」

「ありがと。頼むぞ」

「テキトー過ぎるでしょ⁉︎」

「……わかっタ」

「アステリオス⁉︎ 何簡単に返事してるのよ!」

 

 助けに来た割に戦況の読めてないエウリュアレがギャーギャー喚くので、俺はエウリュアレの腰を持って担いだ。

 

「きゃっ……⁉︎ あ、あああんたっ……いきなり何を……!」

「エウリュアレ」

 

 アステリオスがそのエウリュアレに静かに声をかけた。その声は、まるで死を覚悟しているように重く、且つ穏やかだった。

 

「……あえて、たのしかった」

「えっ……?」

 

 それだけ言うと、俺はエウリュアレを抱えて走った。野営地に向かい、全員を叩き起こせばまだ負けてない。いや、ヘラクレスとヘクトールさえ始末すればここで勝つ事も不可能じゃ……いや、その二つはかなり難易度高いな。

 

「ち、ちょっと! 正臣、何なのよ本当に⁉︎」

「だから、アステリオスに足止めを任せたんだよ」

「何考えてるわけ⁉︎ それじゃ、アステリオスが……!」

「足の遅い力任せのバーサーカー、足止めにはもってこいだ」

「そうじゃないわよ! それ、囮って事でしょ⁉︎ あんた……見損なったわよ!」

 

 るせーな……。

 

「こうするしかないんだよ。相手は化け物クラスのサーヴァント二騎、それも守りのヘクトールと攻めのヘラクレスだ。地の利があるとはいえ、二人同時に相手には出来ないが、ここでアステリオスが足を止めてくれれば、俺達の相手は一体になる」

「二人が同時にアステリオスを狙ったらどうするのよ⁉︎」

「それはない。エウリュアレを逃すわけにはいかないからな。逃げてる側は、所詮、30キロの女の子を担いだ人間だからな」

「……なんで体重知ってるのよ」

「持った感覚で」

「……」

「いだだだだ! 首絞めるな! 状況を考えろおおおおお!」

 

 とにかく、ここではアステリオスを置いて行かないわけにはいかない。生存確率が減る。

 

「……安心しろよ。簡単にアステリオスはやられないし、やらせもしない」

「……」

「それよりも、通信機貸してくれない? 俺の壊れた」

「はい」

 

 受け取り、エミヤさんとクー・フーリンさんに声を掛けた。

 

「エミヤさん、全員を起こしに行って。スピーカー作って大声で叫べば一発だから」

『了解』

「クー・フーリンさんはこっちに合流。アステリオスが交戦中だけど長くは保たない、急いで」

『任せな‼︎』

「あと、二人は急いで通信を切って」

 

 ブツッ、と通信が切れた直後、沖田さんに向けて大声で叫んだ。

 

「士道不覚悟で切腹だああああああああ‼︎」

『うえっ⁉︎ な、何……⁉︎ 土方さ……⁉︎』

「起きたかバカ、さっさとこっち来い。敵襲だ」

『は、はい……? マスター? り、了解です!』

 

 よし、これでなんとか……と、思ってる時だ。後ろから足音が聞こえた。追ってきてるのは、意外にもヘラクレスだった。

 

「GURAAAAAAA‼︎」

「うおおおおお‼︎ こ、怖ぇええええええ⁉︎」

「ち、ちょっと! 大丈夫なんでしょうね⁉︎ いくらアステリオスを見捨ててもあなたがやられちゃ意味ないのよ⁉︎」

「見捨てたとか言うな! 戦略的囮作戦だ‼︎」

「同じ事じゃない‼︎」

「全然違うわ! 戦略的な囮には必ず意味があるんだよ! 例えば、囮と思わせておきながら誘い込む罠だったり……げほっ、けぼっ! やべっ、喋ってたら……息切れが……!」

「あんたバカなのかすごくバカなのか分からないんだけど⁉︎」

「バカ一点絞りやめろ!」

 

 チッ、このままじゃ追いつかれる。ここは場所的には森林地帯か……ならこれだ。右手の袖に仕込んでるエミヤさん特製のナイフを投げた。ヘラクレスに、ではなくむしろ正面のロープに、である。

 それをぶつ切りにした直後、別の箇所から丸太が飛んで来て、ヘラクレスに向かった。

 もちろん、そんなもので倒せる相手ではない。当たってもどうもならんだろうが、平然と避けた。

 が、避けた先の罠を、ピストルで再びロープを撃ち抜いて作動させた。今回のは投石機である。それも四発分の。

 まぁ、そんなもんもヘラクレスには効かない。当たりもしないだろう。しかし、バーサーカーなだけあって動きは読める。

 避けた先に仕掛けてあるのは、落とし穴だ。

 

「落ちろ……‼︎」

 

 シャアのようにそう言った。ズボッと足元が沈み込み、落下するヘラクレス。あいつを一つの罠にハメるのに、三つも仕掛けを使っちまった。

 ……どうだ、いくら化け物スペックでも足元が消えれば足を止められざるを得ないだろ。

 

「あなた……何手先きまで読んでるの?」

「偶々上手くいっただけだよ。それより、早く逃げるぞ」

「え?」

「あのとんでも化け物を落とし穴で仕留められるか。少しでも距離を離さないと」

 

 と、言ってエウリュアレの手を引いたときだ。何やらすごい地響きが足元を震わせる。

 それと共に、地面が徐々に割れていくのが視界に入った。

 

「な、何よこれ……⁉︎」

「おいおい、まさか……‼︎」

 

 あまりの地響きに、思わず尻餅をついた直後だ。轟音と共に目の前の地面が噴き返った。火山の噴火の如く地面は噴射され、俺もエウリュアレも尻餅をついたまま後ろに衝撃波だけで飛ばされる。

 

「おいおい……冗談だろ」

 

 野郎、地中から移動してきやがった。しかも、走ってる俺達よりも早く。

 全く冗談きついんだが。こんなもん、戦略もクソもあったもんじゃないだろ。枢木スザクかっつの。

 こうなりゃ、もうエウリュアレだけ逃すしかない。俺が死んでも勝ちの目はゼロになるわけじゃないが、エウリュアレが取られたらその時点でアウトだ。

 

「エウリュアレ、先に逃げろ。もう二人でジリジリ引ける状況じゃない」

「その必要はないみたいよ?」

「は?」

 

 その直後だった。矢と槍が同時にヘラクレスの後ろから飛んできた。それに気付いたヘラクレスが、大きく跳んで俺とエウリュアレから離れる。

 

「これは……!」

「待たせたな、マスター」

「悪い、遅くなった」

 

 クー・フーリンさんとエミヤさんが、ようやく駆けつけてくれた。

 

 



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空気読めない奴はある意味最強。

「え、エミヤさん……クー・フーリンざぁぁぁぁぁん‼︎」

 

 号泣しながら二人に飛びつこうとしたが、二人揃って武器のツカで俺を引っ叩き、追い出した。

 

「アホやってる場合か。リーダーなら指示を出せ」

「奴は強いぞ。緊急時ゆえ詳細は省くが、12回殺さないと死なんぞ。違う殺し方でな」

「は? な、何それ。角都以上?」

「それを抜きにしても折り紙つきの化け物だ。ここまで接近を許した以上、簡単には逃がしてくれないだろう」

「……」

 

 ……なるほど。そりゃすごい。だが、限界は見えてる。わざわざ12回も殺してやる必要はない。

 

「ちょっと、どうするのよ正臣! それに、アステリオスだっているし……!」

「少し黙ってろ、エウリュアレ」

 

 鬱陶しいので黙らせてから、エミヤさんとクー・フーリンさんに声を掛けた。

 

「二人とも、3分ちょうだい。それまでに作戦を考える」

「さ、3分⁉︎」

「「了解」」

 

 それだけ話して、俺は再びエウリュアレを担いで罠の多い方に身を隠した。

 そこで、木に身を隠してエウリュアレを下ろした。

 

「どうする気なのよ。アステリオスは……」

「エウリュアレ、ここからは一人で戻れるか?」

「え?」

「増援を呼んで来い。そいつらにアステリオスの救援に向かわせる」

「そ、そんなの……!」

「それが早く済めば、それだけアステリオスが助かる可能性は上がる。アストルフォなら、宝具を使えば1〜2人運べる上に、上空から迎えに行けるからな」

「わ、分かったわ……!」

 

 そう言って、とりあえずエウリュアレが捕まる可能性は排除した。

 さて、あの化け物を殺す可能性、か……。まぁ、さっきも思ったけど殺してやる必要なんかない。アレがヘラクレスだろうがなんだろうが、生き物である以上はいくらでもやりようがある。

 通信機を取り出し、エミヤさんとクー・フーリンさんに繋いだ。

 

「もしもし? 聞こえる?」

『こちらアーチャー。なんだ? 今、手が離せないのだが』

「作戦は決まった。そいつを殺すことなく無力化する」

『ほう。どう攻める?』

「首だ」

『ああ⁉︎ 首を落とすってか⁉︎ そうした所ですぐに復活しちまうぞコイツ!』

 

 クー・フーリンさんかな? 戦闘中に反応してくれてどうもありがとう。

 

「違う、首の後ろだよ。首の後ろには重要な神経が集まってる。そこを刃物で突き刺せば、上手くいけば殺さずに全神経を断てる」

『……なるほど。そういうことか』

『そりゃおもしれぇが、増援とか来たら厳しいぞ!』

「ヘクトールはアステリオスが相手してるし、相手の頭のイアソンは『ヘラクレスさえいればなんとかなる』と慢心してる。安心してやっちゃって下さい」

『はは、さすがだな!』

『了解した』

「キツそうなら増援よこすけど……いける?」

『『必要ない』』

 

 さすが、とはこっちのセリフだ。まぁ、確実に勝てる試合にするため、増援は呼んでおくが。

 とりあえず、俺はこれ以上、動くべきではない。多分だが、エウリュアレを仕留め損ねた時は俺を仕留めるつもりだろうから。いや、ドレイクを潰して船を動かさせない可能性もあるな。

 とにかく、通信機がある以上、指示は飛ばせるし、盤面はドクターの通信越しに見れるし、どうとでもなる。

 

「……ふぅ、俺も合流するか」

 

 ここで一人でいても危険なだけだ。エウリュアレの後を追おう。

 そう決めて欠伸を浮かべた時だ。通信機から喧しい声が聞こえた。

 

『マスター? なんか、エミヤさんもクー・フーリンさんも通信出ないんですけど……』

「おはよう、バカ。もう開戦してるわ」

『ええっ⁉︎ な、なんで教えてくれなかったんですかー!』

「教えたよ。起きなかったけど」

『いや起きなきゃ意味ないじゃないですか! それ教えたことになりませんよね⁉︎』

「いいから早くこっち来いバカ。お前はエミヤさんとクー・フーリンさんの援護だ。相手、12回殺さないと死なない化け物だから気をつけろ」

『なんですかそれ……!』

「作戦は動きながら聞け」

 

 そう言って、沖田さんは俺の口から作戦を聞きながら動き始めた。さて、とりあえずエミヤさんとクー・フーリンさんの様子でも見に行こうかな。

 首の後ろで殺さずに全神経を断て、とは言ったが、それはかなり難しい事だ。サーヴァントとやらについては詳しく無いが、ヘラクレスは歴史的に見てもとんでも無い奴だ。チート性能をしてる事だろう。

 それに、上手く神経を断てたとしても、出血は止まらない。そのうち、出血多量で死んで再生してしまう。

 木の陰に隠れながら三人の戦場に近付き、戦闘を見学したが……まぁ、俺の出る幕なんてない。ここ2人やっぱすごいや。

 正面を引き受けてるのはクー・フーリンさん。ヘラクレスに捕まらない距離を保ちつつ、受けに徹している。

 ヘラクレスの一撃をバク転で回避すると、着地しながら距離を保って翔び穿つ死翔の槍を放つ。

 回避され、槍は後ろの罠のワイヤーが仕込まれた木を両断する。ヘラクレス再び反撃に入るが、背後に回っていたエミヤさんが弓でクー・フーリンさんの槍を撃ち、クー・フーリンさんの方に返すと、へし折れた木から出てるワイヤーをキャッチした。

 

「ふんっ……!」

 

 弓をしまって両手で木を縛ったワイヤーを握ると、振り回しながらヘラクレスの脳天に思いっきり叩き付ける。

 が、ヘラクレスはそれを片腕でガードしていた。粉々になった木の中から、エミヤさんに向かって拳を振るうが、フリーになったクー・フーリンさんが槍で足を薙ぎ払う。

 バランスを崩し、半端になったパンチの上に手を置き、飛び越えたエミヤさんは自分の魔術で足に金属製の甲冑を装備し、顔面に蹴りを入れた。

 クー・フーリンさんの横に着地しながら両手にいつもの双剣を呼び出す。

 それと共に、クー・フーリンさんは槍を横に振りかぶった。二人同時に槍と双剣をヘラクレスに向かって振り抜く。

 それでもヘラクレスは反応し、手に持ってる剣を盾にしてガードしたが、流石に衝撃は受け止めきれない。大きく後退した。てか、俺の隠れてる木の近くに来た。

 直後、足元がズボッと沈んだ。後退した場所には落とし穴があった。為す術なくヘラクレスは穴の中に沈んでゆく。

 そして、その隙を逃すほどエミヤさんとクー・フーリンさんはマヌケではなかった。まずはクー・フーリンさんが走り込み、穴の上から槍を投げ込んだ。仰向けに倒れてる、ヘラクレスの背中に向けて、だ。

 しかし、仰向けにいるにも関わらずヘラクレスはそれをキャッチした。

 それも、エミヤさん達は読みきっていた。クー・フーリンさんの後ろから二重で飛んでいたエミヤさんが再び弓を構えて放った。その一発はヘラクレスの首の後ろに見事に刺さる。

 

「うおっ」

 

 思わず悲鳴を漏らしながらその後を見に行くと、クー・フーリンさんの槍をキャッチした手から、力がぬるりと抜けた。しかし、ヘラクレスの口からは荒い息遣いが漏れている。

 ……えーっと、上手くいった……のかな? 恐る恐る、俺も穴の中を見に行くと、今気付いたのか、エミヤさんが声をかけてきた。

 

「なんだ、マスター。いたのか?」

「あ、はい。えーっと……終わり?」

「ああ、ようやくな……」

 

 疲弊してる様子でそう言った。穴の中に槍を取りに行ったクー・フーリンさんも、疲れているようだった。

 

「ふぅ……やっとうまく行ったぜ……」

「え、そんなに長く戦ってたんですか?」

「ん、まぁな。7回くらい失敗して、ようやく1回だ」

 

 おいおい……この人達マジかよ。もしかして、俺の引いてきた鯖ってかなりすごい人達ばかりか?

 軽く恐れ戦いてると、エミヤさんが声をかけてきた。

 

「で、どうするマスター。指揮官なら、さっさと次の指示を出せ」

「え? あ、は、はい。了解です!」

「……戦闘を見た後、一々、ヒヨるのはやめろ」

 

 そう言われましてもね……まぁ、確かに指示が先だな。他のパーティの現状を聞いておかないと。

 

「藤丸さん?」

『はーい。えっと、こっちはアステリオスとエウリュアレと合流完了して、船に向かってるとこ。ただ、ヘクトールの姿は見当たらなかったけど』

「バカは?」

『沖田さんはいない』

 

 バカで通じちゃうんだ。まぁ実際、バカなんだけど。しかし、あいつはいないのか。予定通りはないかないもんだ。何処までも邪魔する奴め。

 ……ま、いいや。とりあえず俺達も合流だな。

 

「よし、二人とも。帰ろう」

「……」

「二人とも?」

 

 声を掛けたが、二人とも真剣な顔のまま動かない。

 

「おーい、時間ないよ。動きを封じれるって言っても、出血多量で死なないまでの間だからね? 復活しちゃったら……」

「黙れ、マスター」

「来てるぜ。敵が二人」

 

 思わず俺も真剣な顔になり、身構えた。エミヤさんは両手に双剣を出し、クー・フーリンさんは槍を構える。俺もホルスターから拳銃を抜き、怖くてドキドキ行ってる心臓をなんとか抑え込んだ。

 

「あーらら、ヘラクレスやられちゃってるじゃないの」

「だから、個人の戦力に過信するのはやめろっつったんだよな」

 

 唐突に正面から声が聞こえた。嫌に落ち着いた声が二つ。なんか軽いノリで話しながら歩いて来ている。

 

「え? それおじさんに話しかけてる?」

「お前以外に誰がいんだよ」

「いやいや、お前よく俺に話しかけられたもんだよね。殺すよ本当」

「やってみろやコラ」

「は?」

「あ?」

 

 ……何を喧嘩してんだ? ヘクトールと……もう片方のトンガリ頭。ただ、まぁサーヴァント同士……それもヘラクレスを片付けた俺達を前にしてあの雰囲気でいられる辺り、只者では無いだろう。

 

「……よう、お前ら。誰から死にてえよ?」

 

 しかも好戦的と来たもんだ。どうしたものかな。

 策を練ってるうちに、トンガリ頭が俺に声をかけてきた。

 

「お前がマスターか?」

「ワタシハニホンゴワカリマセーン」

「……ヘクトール、あいつ殺して良いかやっぱり?」

「バカのふりしてるけど、結構なキレモンだ。下手に手を出して早々と退場したいのならやれよ」

 

 チッ、と舌打ちすると、トンガリ頭は続けた。

 

「まぁ、あんたがマスターなんだろうが……」

「停戦しない?」

「ああ?」

「あんたらのヘラクレス、しばらく復活しないよ。掘り起こす作業もあるだろうし、ここは穏便に……」

「テメェは何を勘違いしてんだ?」

 

 背筋が凍るようなゾッとした声で俺を睨んだ。おしっこちびりそう。

 

「俺の任務はヘラクレスの救援でもなんでもない。テメェらを狩りに来ただけだ」

「は?」

「お前らをぶっ殺してから、そこの落とし穴で寝てる奴を持ち帰れりゃそれで良い」

 

 ……なるほど。そんな奴か。中々、気が触れた奴だ。

 しかし、戦術的にはまずいことになった。敢えてヘラクレスを放置し、俺達との戦闘になることが一番、まずい。

 こういう奴を相手にしても時間の無駄だ。ならば、もう片方を相手にさせてもらおう。

 

「なんか、すでに勝ったような言い方だけど、わかってる? ここは俺達のホームだ。仲間も呼べばすぐに来るし、地の利もこっちにある。それでも停戦を申してるのは、こちらも準備を整えたいからだ。現状の俺達では、エウリュアレを守りながらヘラクレスを十二回殺すのは厳しいが、それをやるしかない。その為の作戦を考える時間が欲しいから」

「……なるほど」

「あんたらもヘラクレスを掘り起こす時間が欲しいだろ。……何より、敵地じゃ気持ち良く戦えない。違うか?」

 

 すると、とんがりの横のヘクトールが考えるように顎に手を当てた。奴は流石に俺のペースに引き込まれてることに気付いてるだろうが……でも、そっちのメリットも提示してやった。

 そんな時だった。空気を全く読まないマヌケな声が聞こえてきた。

 

「マスター! こんな所に居ましたね⁉︎」

「……頭のたりない女が来たよ……」

 

 本当に何処までも邪魔な……いや、まぁ良いか。一応、サーヴァントだし、人数の上では有利だ。

 

「まー、誰の頭が足りないって言うんですか⁉︎」

「お前だよ。頼むから黙って1+1の勉強でもしててくれ」

「バカにし過ぎですよ! 流石に1+1くらいは出来ます!」

「じゃあ1+2」

「3!」

「1+30」

「4! ……あ、じゃなかった、41! あれ?」

 

 おい、マジかよこいつ。まぁ、結論は出たな。

 

「はい。足し算からやり直してろ」

「今の流れはズルいですよ! さっきから何なんですか⁉︎」

「敵の前だっつーの! お願いだから黙ってろバカ!」

「なぬっ⁉︎ て、敵の前で沖田さんのバカをバラしたんですか⁉︎」

「自らバラシに行くスタイル! 自覚があるだけ手遅れ感なくて良かったね!」

「マスターだって大した頭じゃ無いくせに!」

「テメェ、今まで誰のおかげで犠牲者無しで勝って来れたと思ってんだ!」

「私の剣の腕ですよ!」

「殺してやろうか本当に‼︎」

「上等ですよ! 今こそ、本当の主従ってもんを教えてやりますよ!」

 

 なんて言い合いをしながら、お互いに胸ぐらを掴んだときだ。

 俺達のやり取りを見てるトンガリが呆れた声で隣のヘクトールに声をかけた。

 

「……なぁ、お前らあんなのに苦戦してたのか?」

「おじさんもたまにあいつが頭良いのか分からなくなるんだよなぁ……」

「おい、バカコンビいい加減にしろ」

 

 なんて声を全く無視して俺と沖田さんは取っ組み合いの喧嘩を始める中、エミヤさんがいつものように仲介し、クー・フーリンさんが話を進めた。

 

「……なんか、悪いな。うちのバカ達が」

「や、いいわ。戦う雰囲気じゃねーし、肩の力が悪い意味で抜けたし。今回は見逃してやるよ」

「待てよ。その前に、テメェの真名くらい聞かせろや」

「ああ、良いぜ。俺の名はアキレウスだ。次に、そこのアホの首をもらうぜ」

「やってみやがれ」

 

 と、知らない間に離脱を完了した。

 

 



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陰が薄い奴は印象がない奴。

 夜が明けたのに、全然眠れなかった。しかも、危なかった。辛うじて罠を使いに使ってみたは良いが、それだけやってようやくヘラクレスとヘクトールを相手に出来たレベル。

 しかも、相手の船にはまだサーヴァントがいる上に、1人も削れていない。次の戦闘では、どんなアホがトップでも警戒し、ヘラクレスとヘクトールの二人だけに分けるような真似はしないだろう。

 悩みの種が尽きない。そんな顔をして船上の樽に座ってると、どっかりと隣にどっかりと巨体が座り込んだ。

 

「なんだい、辛気臭い顔してるね」

「……ああ、船長」

 

 ……別に身長が高いわけでも無いのに大きく感じる人だな……。おっぱいの所為か? 谷間に腕を差し込んでみたいものだ。

 

「何かあったかい?」

「まぁ……あまり良い状況じゃないから。あと眠いし」

「何、そういう時は寝ちまえば良い。煮詰まってんなら、息抜きすることも大事だよ」

「そうも言ってられんって。相手はヘラクレスを撃退されて下手な攻めはしないだろうが、いつまた奇襲をかけてくるか分からないんだから」

「そのくらい、アタシにだって分かってる。けど、あんたみたいに賢しいバカには、睡眠ってのは重要だ」

 

 それは……ん? 賢しいバカ? どゆこと?

 

「何、何年も海賊やってるアタシが言うんだ、間違いない」

 

 ……まぁ、船長がそこまで言うなら。時間がないとはいえ、アドリブの対応力なら俺よりも英霊達の方が上だろうし、海の上ならヘラクレスの機動力は下がるだろうし。

 

「……なんなら、膝枕でもしてやろうか?」

「……マジで?」

「ああ、マジで」

「じゃあ、胸枕でお願いしま」

「眉間でも呼吸出来るようになりたいのかい?」

 

 ……膝にしておこう。

 

 ×××

 

 しばらく仮眠を取った。目を覚ましてからは今後の会議。集まってるのは俺と船長、藤丸さん、マシュ、オリオンの5人だ。や、アルテミスもいるから6人かな? 普段なら参加してるエミヤさんには寝てもらっている。クー・フーリンさんにも寝てて欲しかったけど、アキレウスと向き合った数少ない人だし、参加してもらわないと。

 まぁ、それでもやることは大体、決まってるんだけどな。

 

「仲間を増やすぞ」

「……マスター、なんで頬腫れてるんだ?」

「寝てたら沖田さんとエウリュアレに怒られた」

 

 膝枕してもらってたってだけで理不尽過ぎるでしょあいつら。何処まで勝手な奴らなんだよ。

 

「クー・フーリンさん。なんだっけ、あのとんがり頭の名前」

「アキレウスだ。ありゃ相当ヤベェぞ。かなりの強敵だ」

「やっぱりか……」

 

 まぁ、あのヘクトールを倒した奴だしな。何となく察しはついていたわけだが。

 要するに、敵には最強の矛と盾が揃ってるわけだ。ハハッ、何このクソゲー。無理ゲーにも程があるよね、普通の人ならば。

 

「で、だ。当然、そいつに追加してヘラクレスも一緒に相手にするわけにはいかない。よって、ヘラクレスと奴らの船を引き剥がす」

「まぁ、そりゃ賛成だがな、どうやんだ?」

 

 オリオンが聞いてきたので、簡単に答えた。

 

「当然、エウリュアレを囮に使う他にない。二手に分かれて敵を襲撃する。エウリュアレの方はヘラクレスを引き寄せ、もう片方はイアソンを直接狙い、多少、強引にでも相手の戦力を分ける。エウリュアレが餌になれば、向こうも戦力を投入せざるを得ないだろうからな」

「なるほどな……」

「でも、そんなに上手くいくかい? もしかしたら、エウリュアレを追わせるのがヘラクレス一人かもしれないじゃないか。イアソンの方に全戦力を注がれて全滅させられたらどうするんだい?」

 

 今度は船長のセリフだった。まぁ、それもそうなんだよね。奴らのゴールはエウリュアレを捉え、何らかのアクションを起こすこと。それを達成するまでに誰が死のうが関係ないのかもしれないし、大胆な駒の動かし方も可能だ。

 

「だから、向こうにこちらを追わせる。イアソンは前線には出ない。そこに付け入る隙がある。奴らを圧倒的優位に立たせ、バーサーカーの脳筋っぷりを利用して引き剥がす。状況を見てバーサーカー以外がエウリュアレを追って来ないようなら、イアソン襲撃組も一緒になってヘラクレスをボコボコにし、戦力を減らした上で正面からぶつかる」

「……なるほどねぇ。ヘラクレスと戦闘中に援軍が来たら?」

「むしろその方が良い。はっきり言って、ヘラクレス側は適当に相手をするだけで倒してやる必要なんかない。ヘラクレス以外に、少しでも多く敵の戦力を引きつけるのが仕事だからな。その間に、もう片方がイアソンを落としてくれりゃ、それで勝ちだ」

 

 簡単に言ったが、もちろんこちら側も油断出来ない。頭数で勝ってるとはいえ、相手は命が一つ減って11個のとんでも化け物だ。その上にアキレウスやら何やらと援護が来たら、引き付けるにも限界が来る。

 そのための戦力増強で召喚をしたいって話だし。まぁ、王を取れば相手が消滅してくれる辺り、やり易くはあるんだが。

 

「じゃあ、また罠仕掛けるの?」

 

 藤丸さんの質問に、俺は首を横に振った。

 

「いや、今回の作戦じゃ、その戦法は使えない。こちらの元々の狙いはヘラクレス以外の戦力も引きつける事だから、なるべくナチュラルな形で、相手が俺達を追ってきてるように錯覚させる必要があるから」

「なるほど……」

「とにかく、何処かの島に降りるぞ。二手に別れて船が一つしかない以上、片方は地上戦だ。イアソンは船を持ってるし、万が一、逃げられた時のために船長にはそっちに行ってもらう」

「はいよ」

「それから、藤丸さんパーティもイアソンを追って。あのリップと炎バカオルタなら、船への破壊工作が可能だからな」

「はーい」

「オリオンも藤丸さんの方について行って。藤丸さんの所、アーチャーいないし」

「了解」

 

 よし……大体、決まったな。とりあえず、さっさと島に……。

 

『なぁ、田中くん』

 

 ドクターの声が聞こえた。

 

「なんだよ」

『奴らの目的については良いのか? 女神エウリュアレを使って、一体何をしようとしているのか』

「そんなもんどーでも良いだろ。重要なのは奴らが聖杯を持っていて、エウリュアレを欲してるって事だけだ。お互いの王将がハッキリ見えてれば、こちらの手の打ち方も分かるってもんだ」

『それは、そうだが……』

「それより、ドクターは周囲警戒を頼む」

 

 よし……あとは、どこの島にするか、だが……。

 なんて思いながら彷徨ってると、ヒュガッと何かが俺の頬を掠めた。

 

「……え」

 

 ……な、何? 敵? 呆けてる間に、周りのメンバーはすぐに臨戦態勢になる。

 

「……何事?」

「矢だな、敵か?」

「あ、待って。何かついてるわよ?」

 

 アルテミスがその紙を手にした。

 や、矢文は結構だけど、俺の顔面の横を通らせる意味あったの……? おしっこちびるかと思ったんだけど……。

 

「えっと……何? 宣戦布告? 今、イライラしてるから喧嘩なら買うよ?」

「違うみたいよ。……ふふ、私の知ってる子よ。相変わらず堅苦しいわね」

「え、アルテミスの知り合い?」

「そーよ。やっぱり愛を知らない純潔少女だからかしら」

「知り合い……えっと、どちら様ですか?」

 

 マシュに質問され、アルテミスはニコニコしながら答えた。

 

「ふふ、あの子はね。アタランテっていうの」

「なんか聞いた事あんな。誰だっけ?」

「着いてからのお楽しみよ。さ、行きましょう」

 

 矢が飛んできた方向を辿って船を発進させた。

 

 ×××

 

 島に到着し、森の中の散策を始めた。船の護衛にリップ、ジャンヌオルタ、佐々木さん、エミヤさん、清姫、アステリオスを残し、俺と沖田さんとクー・フーリンさんとエウリュアレと船長と藤丸さんとマシュとオリオンとアルテミスで散策している。

 

「いやー、こうして歩いてると無人島キャンプツアーみたいだよな」

「あ、それ分かる。濱○とかの憧れてたんだよねー」

「それサバイバルだろ、ツアーじゃなくて」

 

 藤丸さんとそんな話をしてると、マシュが隣から質問してきた。

 

「サバイバルをしたことあるのですか? 先輩方は」

「いやいや、ないよ。たまにテレビでお笑い芸人が、無人島で何週間もサバイバル生活する番組をやってたの」

「海に潜って魚を銛で仕留めたりするのな。あとキノコとか探したりして」

「それは……中々、キツそうな番組ですね」

「勿論、ちゃんとプロの人とかに指導は受けてんだろ」

 

 じゃなきゃ危ない。楽しそうだなーと思ったりもするけど、俺は絶対にごめんだね。や、まさに今の俺達がそんな感じなわけだが。

 

「現代にはそんな番組をやってやがんのか」

 

 クー・フーリンさんが楽しそうに笑いながら口を挟んだ。

 

「マスターなら1日で死にそうだな」

「いやいや、俺は賢いからね? まぁ、2日くらいで飽きて死にたくなるかもだけど……」

「賢くても出来ないだろ。釣り一つ取っても、落ち着きとかなさそうだしすぐに癇癪起こすんじゃねえか?」

「え、俺ってそんなイメージなの……?」

 

 それはそれで地味にショックなんだけど……。や、否定できないんですけどね。

 そんな中、現代の話を知らない船長も興味ありげに聞いてきた。

 

「現代、ねえ……。他には何か面白いもんとかあるのかい?」

「ゲームとか?」

「ゲーム? トランプでもやろうってのかい?」

「違うよ。ちょうど今、持ってるから見てみる?」

「オイオイ、持って来てんのかよ。何しに来てんだよマスター」

「や、もしかしたら刺された時に『こいつのおかげで命拾いしたぜ……』とかあるかもしんないじゃん」

「ねえよ。そんなドラマみてえな話」

「ドラマ? ドラマってなあに?」

「物語を演じてテレビに映すんだよ、アルテミス」

「へえ、そんなんもあるんだ」

「エロビデオとかもあるぞ、オリオン」

「マジ⁉︎」

「ダーリン?」

「あ、沖田さんアレ見たいです! 古○任三郎の続き! マスター、持ってきてないんですか?」

「流石にテレビとBlu-rayは無理。エミヤさんに頼めば作ってもらえるかもだけど」

「じゃあ、今夜は上映会ですね!」

「何しに来てんだよ、テメェは特異点に」

「お前が言うな、マスター」

「わ、マシュ見て! 美味しそうなキノコ!」

「先輩、それテングダケです……」

 

 なんて話をしてる時だった。

 

「いや、貴様ら緊張感なさ過ぎだろう‼︎」

 

 何処かから声が聞こえた。その声に、話題も中断して全員で森の中を見回す。

 

「何? 誰?」

「さぁ? 敵か?」

「マスター、下がっててください」

 

 サーヴァントの皆様は臨戦態勢に入る。緊張感は無くとも、油断はしていない。

 だが、謎の声の説教は続く。

 

「呼び出されて何故そんな呑気な話ができる! 敵の罠かも、とか考えなかったのか⁉︎ や、それらを抜きにしてもテレビだのゲームだのテングダケだのと盛り上がるのはどう考えてもおかしいだろう!」

「うーるせーなー。他人に雑談ダメ出しされる覚えはねえよ」

「ダメ出しするわ! もっとこう……戦闘中という意識をな……!」

「エウリュアレ、あそこ」

「はーい」

 

 クー・フーリンさんの指示で、エウリュアレが木の上に弓を引くと「のわっ」と悲鳴が聞こえた。避けられたっぽいな。

 

「な、何をする!」

「場所は割れた。総員、一斉射撃準備」

「ま、待て待て待て! 別に私は敵では……!」

「あと5秒以内に降りてこないとぶち込む」

「わ、分かったから待て!」

 

 そこでようやく、姿を現した。降りてきたのは前髪が緑で襟足の方が全部金髪の少女だった。やっぱ何処かで見た事あんな……。

 

「まったく貴様ら……なんで容赦のない真似を……! 本当にアルゴノーツと敵対する者か? いや、奴らと敵対するのならむしろその方が好ましいが……」

「というと?」

「私達は奴らと戦う者を待っていた。……といっても、私は初めましてではないがな。フランスでは迷惑をかけた」

「え? フランス?」

 

 ……こんな人いたっけ? 俺の反応が気に食わなかったのか、アタランテは眉間にしわを寄せた。

 

「……覚えてないのか?」

「や、覚えてるよ。確か、クー・フーリンさんの投げボルグで倒れた……」

「それはサンソンだ」

「じゃあ、寝てる間に藤丸さんとジャンヌにやられた……」

「それはマルタだ」

「リヨンからジークを担いで逃げてる間に……」

「それはカーミラかランスロット」

「……え、あと他にいたか?」

「……貴様、本当に腹立たしいな……!」

 

 え、だって……後はヴラドとジルと武蔵と……と思い出そうとしてると、沖田さんが俺の耳元で囁いた。

 

「……アレです。ジークさんを探しに行った時にいたアサシンの……」

「ああ! クリスティーヌ!」

「それはファントムだろう‼︎ なんだ、本当に覚えてないのか⁉︎ マスターがマスターならサーヴァントもサーヴァントか!」

 

 あ、ヤバイ。少し泣きそうだ。どうしよう、そんな怒らせるつもりは……と思ってると、今度はマシュが言った。

 

「アタランテさんですよ。最終決戦の時に一番先頭で矢を振り回してた」

「おお! お前は覚えていてくれたか!」

「……すまん、シチュエーション聞いてもダメだ」

「殺す!」

「まぁまぁまぁ! 落ち着いて、アビシャグ!」

「ええい黙れ! 私はアビシャグではないと何度言えばわかる!」

 

 いつのまにかでてきたのか、緑の髪の男が必死にアタランテを止める。うーん、にしても申し訳ないな。それなりに頭は良いつもりだったが、まさかここまで覚えてないとは。

 でも、マシュの話を聞いた感じだとアーチャーの癖にノコノコ単騎で前衛に現れてボコボコにされた人を覚えてろってのが無理な話だ。

 結局、緊張感は無くなったままになってしまった。

 

 



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堂々としろ。トップなら特に。

 想定外にも、新たな戦力を手に入れ、いろんな話を聞けた。奴らがなんかアークとか言う頭おかしい兵器を使おうとしてる事、その為にエウリュアレを必要としている事、と、とにかく色々だ。

 まぁ、大体は理解したわ。要するにイアソンは誰かに踊らされているんだろう。そこは正直、問題じゃない。

 今、重要なのは敵にアキレウス、ヘクトール、ヘラクレスが揃っている、と言う事だ。前回の作戦では受けに回ろうとしていたが、それでは限界がある。

 こちらの味方はマシュ、オルタ、リップ、佐々木さん、沖田さん、クーさん、エミヤさん、アストルフォ、清姫、船長、アステリオス、エウリュアレ、アタランテ、ダビデ、オリオンとアルテミス……うん、頭数だけで言えば多いんだけどなぁ……。

 ……まぁ、うまくやるしかないか。一応、作戦を編み直しているし。

 

「……さて、その前に召喚だ」

 

 藤丸さんとマシュとエミヤさんとクーさんと佐々木さんと一緒に召喚しに来ました。この他にも霊脈があるみたいで良かったよ。

 

「次の戦闘に備えて、って奴か?」

「そういう事。相手はアホ強い英霊が揃ってるわけだし、少しでも戦力は多い方が良いでしょ?」

「まぁ、その通りだが……しかし、マスター。魔力の方は大丈夫なのか?」

「え?」

「扱うサーヴァントが多い程、魔力は消費すると思うが」

 

 ……あ、それもそうか……。じゃあ、次の特異点からは全員を連れて行く、と言うわけにもいかないじゃん。

 

「まぁ、何とかなるっしょ。とりあえず、今は戦力アップが最優先だよ」

「しかし、気に入らねえなぁ。俺達がまるで力不足みてぇじゃねぇの」

 

 クーさんが後ろでボヤく。その隣の佐々木さんがさらに呟いた。

 

「同感よな。我らも英霊、如何に相手が強力であっても、現状の戦力で負ける事はないだろう」

「俺もそう思うよ」

「む?」

「でも、戦いに100%は無いよ。だから、俺は今、99.9%を目指してるってだけ」

「……」

 

 そのためにも頭数は多い方が良いに決まっている。まぁ、他に理由を挙げるとすれば、アーチャーが多い現状では、寄られたら弱いため新たな壁役が欲しいと言う所なんだよね。

 一応、俺の言うことに納得してくれたのか、エミヤさんが別の質問をしてきた。

 

「ちなみに、マスター。細かい作戦は決めたのか?」

「大体ね。……まぁ、やっぱり俺達も戦力を分散させざるを得ないんだけど。特に、藤丸さんには負担をかけちゃうと思う」

「え、わ、私……?」

「うん」

 

 正直に言って丸投げだからなぁ。それに、相手の戦力もヘラクレス、ヘクトール、アキレウス以外にメディア、イアソンと他に二人いる。他二人が不確定である以上、すべてを任せるしかない。

 

「藤丸さん」

「な、何……?」

「後で将棋、教えてあげる」

「なんで急に?」

「んー……何かの参考になれば良いかなって」

「?」

 

 そんな話をしつつ、全員で霊脈まで来た。さて、召喚である。正直、なんかもうこの下りは分かってきたからね。だって、あんま良い思い出した事ないし。欲しい、って時に何も来ないのはわかり切った話だ。物欲センサーという奴。

 しかし、佐々木さんやクーさんの言うとおり、戦力が過剰なのも分かるよ。特に、俺の班の役目は陽動。相手にする人数も多く無い。

 だから、これはどちらかと言うと藤丸さんのための召喚だ。俺の元には単独行動のスキルを持つサーヴァントがくれば、それを藤丸さんの方に回せる。

 

「……って言って来ないんだよなぁ」

 

 多分、どちらかというとサポートメインのサーヴァントが来る気がする。ま、良いさ。もうそういうのに慣れた。出来れば、優しい人が良いんだけどね。

 とにかく、対物欲センサースキルを発動だ。こういう場合は、候補を増やせば良いんだ。全てを兼ね備えたサーヴァントが来ないのはわかり切っている。

 ならば、第一希望、第二希望と分けてリストアップしていけば良いのさ。

 そんなわけで、リストアップ。

 まず第一候補、強いサーヴァント。

 第二候補、優しいサーヴァント。

 第三候補、単独行動を持つサーヴァント。

 第四候補、空を飛べる宝具を持つサーヴァント。

 第五候補、おっぱいの大きいサーヴァント。

 流石にこれだけ候補を上げて、全部外れるなんて事はないでしょ。

 

「よっしゃ来い!」

「相変わらずすごい気合いだな……」

 

 召喚を始めた。まずは藤丸さんから。サークルが回転を始め、中央に白い稲妻が走る。人影が姿を現し、そこに出て来たのは、巨大な男だった。

 

「おおう、よくぞ余を引き寄せた! 征服王イスカンダル、貴様の道を切り開こう!」

「あ、どうもはじめまして! 藤丸立花です!」

「マシュ・キリエライトといいます。よろしくお願いします」

 

 イス、カン、ダル。あ、あの征服王? 最果ての海を目指して東方遠征を行い、道中の国々を蹴散らしてはその国の王や兵士達を配下に加えていったっていうあの人? 

 マジかああああああ。ここに来て大当たりを引いたぞあの人おおおおおお。

 前々から思ってたけど、なんであの人ばっか良いサーヴァント引くの? おかしくない? 

 

「ガッハッハっ、余を前にして元気な娘だ! 気に入った! それで、どんな状況だ⁉︎」

「最終決戦の前でして……後で説明しますね? ……あ、皆さんを紹介致します」

 

 礼儀正しい言葉を使いながら藤丸さんは俺達に顔を向けた。

 

「佐々木小次郎さん、私のサーヴァントです。で、あっちがエミヤさんとクー・フーリンさん。あの二人はあそこにいる私達のリーダー、田中正臣さんのサーヴァントです」

「む……リーダー?」

「はい」

 

 ジロリと俺を見下ろすイスカンダルさん。しばらく俺を見下ろした後、小さく鼻息を鳴らした。

 

「ふんっ……まぁ良い。で、余は何をしたら良い?」

「あ? や、少し待ってて。俺も召喚するから」

「ふむ……分かった」

 

 うん。羨ましがる事はない。俺は俺、藤丸さんは藤丸さん。ちゃんと分けて考えないとキリがない。

 

「よし、来い!」

 

 そんなわけで、召喚を開始した。また円形にサークルが回転を始め、人影が姿を現した。

 

「……召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターというヤツか?」

「……」

 

 オ……オルオルオルオルオルオルタァアアアアアアアアッッッ⁉︎

 

 ×××

 

「っ……」

「おい、マスター。どうかしたか?」

「い、いえ……」

「なら、早く貴様の分の飯もよこせ」

「ど、どうぞ……」

 

 現在、全員での飯中。俺のおかずをセイバーオルタ様に差し出した。

 ……分からなぁい、意味が分からなぁい……。なんでこうなるの? 何を持ってしてこうなるの? 俺、前世でどんだけ悪人だったわけ? どこまでのカルマを背負ったらここまで望み通りにならないの? 

 や、確かに望み通りにはなったよ? しかも第一候補の「強いサーヴァント」が来たわけだ。

 でもさぁ、だからって他の候補の要素がマイナス値に振り切っているのはどうなの? いや、それだけでは無い。俺の脳裏に浮かんでいるのは、あの時の光景。

 

『っ⁉︎ な、何故パンツに手を掛ける⁉︎』

『聖剣を出すからだ!』

『どんな聖剣だ‼︎』

『男の聖剣だ‼︎』

『意味が分からん‼︎』

 

 あの忌々しいトラウマが全力で蘇りやがるうううううう‼︎ 幸い、本人にあの記憶はないようだが……知られたら死んじゃう! 死にたくない! 

 

「……あの、立花さん。マスター、どうしたんですか?」

「……あれは拭い去れないトラウマの擬人化だよ……」

 

 まったくだよ! 

 

「まったく……やはり見た通り臆病な男であったか。アレが余らのリーダーとは、情けない……」

「ま、まぁそう言わないであげて下さい」

 

 イスカンダルさんが苦言を告げるが、それに反応している場合では無い。だって死んじゃうもん。命の方が大事だからな。

 

「……ふむ、マスター。腹が減った。何か獲物でも取ってこい」

「へい、お待ち! ただいま、お待ち下さい!」

 

 頭を下げると、俺はとりあえず近くにいた沖田さんに声をかけた。

 

「おい、沖田! 狩の時間だ! 行くぞ!」

「あーもうっ、情けないバカマスター! 少し黙っていなさい!」

「お、おいおいテメェ何言ってんだ⁉︎ アルトリア様の邪魔をするな!」

「だから黙ってなさい!」

 

 マスターとしての威厳など全く無視して俺を黙らせた沖田さんは、目の前のアルトリア様に言った。

 

「あなた、マスターの何なのか知りませんが、それ以上、私達のマスターに勝手な命令をするのはやめて下さい」

「知ったことか。それに、私から命令をした覚えはない。さっきその男は『何なりとお申し付け下さい、我が王』と私に跪いた」

「……清姫さん?」

「嘘は言っていないそうです」

「マスター! どこまで情けないんですか⁉︎」

「うるせぇばーか! こんな所で死んでたまりますかってんだ!」

 

 俺の命がかかってんだよ! ……特にあの時の戦いを知られた暁には……想像するだけで身震いする。

 そんな時だ。ゾッとするような声が清姫から漏れる。

 

「……しかし、確かにわたくしのますたぁにあまり勝手な命令をされるのは不愉快ですね」

「そうね。あんま不愉快な事してると、出て来て早々、座に返すわよ?」

 

 エウリュアレも同じように声を掛ける。アステリオスの上に乗ったまま。

 が、そんなセリフに怯えるような王ではなかった。ニヤリとほくそ笑むと、聖剣を持って立ち上がった。

 

「面白い……文句がある奴は全員、掛かってくれば良い」

「上等です」

 

 菊一文字を抜く沖田さんを見て「あ、まずい」と思った俺は、反射的に二人の間に入った。

 

「ちょーっ、待った待った。落ち着いて二人……というか五人?」

「退け、マスター。貴様の部下は少々、躾がなっていないようだ」

「いやいや、こんな俺の事で喧嘩する事ないですから。明日、最終決戦なんですし、戦力減らすような真似しないで下さいよ」

「そいつら次第だ。返答と態度によっては……」

「いや、お互い次第でしょ。自分の行動を人の所為にしないで下さいよ」

「……」

 

 ……あ、つい本音が。怒られる前に沖田さん達にも注意を入れておかないと……! 

 

「沖田さん達も。俺はどんなにボロカスな扱い受けても気にしないから、作戦に響くような真似はしないで。一応、人類の命運がかかってるんだから」

「……まぁ、マスターがそう言うなら」

「ですが、ますたぁ! わたくしにますたぁが良いように使われているザマを黙って見ていろと⁉︎」

「そうよ! あんたそれでも男な訳⁉︎ プライドのカケラも無い……!」

「うるせーよ! 俺のプライドなんざ、人類の命運に比べりゃ安いもんだ!」

 

 というより、俺の命だが。生意気な口を叩いて殺されるくらいなら黙って従うわ。

 しかし、その場にいた全員は別の理由で捉えたようだ。

 

「……ふっ、ただの蝙蝠男だと思ったが、中々キモが据わっているようだ」

「生意気だと思って殺さないで下さいごめんなさい!」

「……いや、というよりただの臆病者か」

 

 はい、そうです。

 

「だが、そこまで正直な臆病者も中々いないだろう。ここは、マスターに免じて引き下がろう」

「ありがとうございます。……で、お肉狩って来ましょうか?」

「お前、バカだろう」

「そうですよマスター! なんでまた振り出しに戻すんですか⁉︎」

「えっ、いやだって殺されたくないし……」

「……お前には私がどう見えているんだ? そんなに傍若無人に見えるか?」

「違うの?」

「今の一言で殺しそうだ」

「わー、嘘ウソごめんなさい!」

 

 とにかく、その場は丸く治ったので、とりあえずホッとしておいた。

 

 ×××

 

 ……お腹が空いて眠れない。明日が決戦なだけあって、見張りはサーヴァントの方が変わってくれた。

 作戦は全部会議中に話したし……ハッキリ言って明日の俺の出番なんてないようなもんだから、多少眠れなくても良いんだけど……でも寝たい。

 

「……はぁ、何か夕食余ってないかな……」

 

 身体を起こし、ライターの火を灯して、さっきまで食事をしていた辺りをうろうろし始めたのだが……何にも見えねえ。流石、夜空の星空だけが灯りになってくれているだけある。

 

「諦めるか……」

 

 仕方ない、もっかい寝直そう。もっかいっつーか一回も眠れてねえけど。そう思った時だ。ヌッ、とライターの小さな明かりの中に可愛い人の顔が出てきた。

 

「マスター」

「え……だ、誰? 天使? 結婚して下さい!」

「ふえっ⁉︎ な、なんですか急に⁉︎ 沖田さんです!」

「……なんだ、沖田さんか」

「んがっ……ど、どういう意味ですか⁉︎」

 

 チッ、めちゃくちゃにドチャクソタイプの子が飛び込んで来たと思ったのになぁ……。

 

「何か用?」

「どうせお腹空いて眠れないんでしょう? 獲物、取ってきましたよ」

「……え、わ、わざわざ?」

「はい。……ここではみなさんが眠っているので、離れた場所で食べましょう」

 

 ……マジか。もしかして沖田さんって良い人なのか? 

 

「サンキュ、じゃあ食べよう。一緒に」

「はい」

 

 少し離れた場所に移動し、二人でキャンプ。ライターで火をつけた焚火に串刺しにした肉を焼く。

 こうして星空の下、現地調達した食材を焼いて食べれる、と言うのは、考えたらグランドオーダーならではだよなぁ。日本で山の中に籠って熊を討伐して食おうものなら立派な密猟だし。

 やっぱ、そういう風に考えていかないと息抜き出来ないや。

 そんなことを思ってると、沖田さんが声を掛けてきた。

 

「あの、マスター」

「何?」

「臆病なのも結構ですけど……やっぱり、その……少しはプライドを持ってくれませんか?」

「はぁ? 何急に」

「だって……何があったか知りませんけど、あんなに新人に怯えるのはやめて欲しいです」

 

 ああ、その話。けど、そんなん言われたってなぁ……。

 

「でも……殺されたくないし」

「そこがおかしいんですよ。なんですぐに『殺される』って思うんですか?」

「あー……」

 

 どうしよう、言おうかな。言っちまうか? うん、言っちゃおう。表現をうまく隠せば良いんだから。

 

「……実はさ、沖田さんを召喚する前に、冬木に降りてるんだよ」

「は、はあ……」

「その時のラスボスが、あの人だったわけね? ……つまり、その……バレたら殺される気がして……だから、バレた時に少しでも印象を悪くしないように、と……」

「……」

 

 特に、殺し方が殺し方だったしなぁ……。羞恥と煽りをプレゼントした上で殺され兼ねない。ダイエット中のデブに、ゴリゴリに盛り付けたスタミナラーメンご馳走ようなもんだ。

 そんな俺の身震いとは裏腹に、沖田さんはそれはもう本気で呆れたようにため息をついた。

 

「はあぁぁぁ〜……」

「な、なんだよ⁉︎」

「英霊の皆さんは一度、死んでいるんですよ? その死因が殺されたのか病死なのか事故死なのか知りませんけど、そんな事で一々、突っかかって来る人はいませんよ」

「……え、そ、そうなの?」

「そうです。現に、ジャンヌオルタさん。あの方は過去の戦闘の記録を見ても、立花さんに仕えているじゃないですか。アルトリアオルタさんだって一緒です」

 

 ……いや、でもなぁ……。藤丸さんがジャンヌオルタを倒した時どんな感じだったかは知らないけど、こっちのセイバーオルタさんの倒し方は異常だしなぁ……。

 

「……でも、俺が死んだら人類史が生き残れないっしょ。生き残るための確率は少しでも上げておいた方が良くない?」

「そう言う言い方をされると、その通りなんですけど……」

 

 ……今の質問は少しずるかったな。なんか変だ、今日の俺。

 そんなことを語っている時だ。新しい顔が焚き火に割り込んできた。

 

「なるほど……そう言う魂胆か、小僧め!」

「うおっ、い、イスカンダルさん?」

 

 巨大な赤い人は豪快に笑うと、肉の串焼きを許可も得ずに一つとって頬張った。

 

「邪魔するぞ、セイバー」

「あ、は、はい」

「あ、俺には何も無し?」

「ふんっ、最初はただのヘタレかと思っとったが、中々、見所があるな」

 

 ほほう、ガン無視ですか。その耳は耳っぽい餃子かな? 

 

「だがな、小僧」

「は、はい」

「臣下の価値は上のものによって決まる。貴様がヘコヘコすれば、その分、臣下もそれと同じ価値になるぞ」

「え、そ、そうですか……?」

「そうだ。……それに、トップに立つ者によるが、マスターが醜い扱いを受ければ、配下が不快に思うのは当然だ。そこの沖田や、あのバーサーカーが怒ったのはそういうことだ」

 

 そうなの? って感じで沖田さんを見ると、照れたように顔を背けた。そうだったのか……。なんか、少し意外だ。清姫はともかく、沖田さんにはもっと嫌われてるもんだと思ってたけど……。

 

「分かったら、もっと堂々とせい。生き残るのが貴様のプライド、と言うことかもしれんが、臣下の事も考えろ」

「……あ、は、はい……」

「そんなわけで、いつまでもあの騎士王にビビっている場合では無い。明日辺り、目を覚ましたら少しは堂々とした所を見せてやれ。それが、お前のために怒ってくれた者達への礼儀というものだ」

「わ、わかりました……」

「では、早く寝ろ」

 

 それだけ言って、イスカンダルさんは立ち去っていった。言いたいことだけ言って去っていったなあの人……。

 俺と沖田さんは顔を見合わせる。まぁ、ここは謝るべきところだろうなぁ……。

 

「ごめん、沖田さん……」

「い、いえ……お気になさらず」

 

 そう言って、とりあえず食事を進めた。

 

 ×××

 

 翌朝。

 

「あ、あの……アルトリアオルタさん」

「なんだ?」

「やーい、貧乳」

 

 顔が変形するまで殴られた。

 

 



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最終決戦は派手に(藤丸)

本当は途中で視線を変えるつもりはなかったのですが、せっかくマスターが二人いるんだし、二箇所の戦場を表す事にしました。藤丸目線の時はこれから(藤丸)がつきます。


 作戦は大きく分けて二班に別れた。田中さん達、囮役と私達、奇襲役。私達の班は、マシュ、ジャンヌオルタ、佐々木さん、リップ、イスカンダルさん、船長、アタランテさん、オリオンとアルテミスさん、そして田中さんの所からエミヤさんを借りた。

 さて、そんなわけで待機中。多少の陣形はあれど、海岸で正面から堂々と待ち構えている間、田中さんが全員に言った。

 

「一応、確認するぞ。これからの作戦は基本的にシンプルだ。俺達が敵の囮になり、敵を分断し、藤丸さん達がイアソンの本隊を叩く」

 

 ……やってる事も言ってる事も立派なんだけど、腫れ上がった右瞼、左頬、右顎と脳天のタンコブが気になる……まぁ、あんなことをいきなり女の人に言ったらボコボコにされるよね、そりゃ。

 現在の陣形は、マシュと私、リップが先頭に立ち、壁役。その二列にエミヤさん、ダビデ、アタランテさん、オリオンとアルテミスさん達アーチャー軍団が並び、弓を構える。

 海岸では、エミヤさん達が作った拠点の中に船長の船を隠していて、いつでも発進出来る様に備えていた。他のメンバーは各々、意味深にテキトーな位置に居座っている。

 まず私達の班の仕事は、ここで敵を食い止める事。ここから、あくまで敵を自然に田中さん達が誘い込む。

 

「来たぞ」

 

 直感により、いち早く敵が近づいている事に気付いたアルトリアオルタさんが田中さんに声をかける。直後、海岸の向こうから船が見えた。

 

「よーし、矢放て!」

「え、も、もう撃つんですか?」

「まだこっちに着いてもいない間に片付けられるなら、それはそれでラッキーだからな。削れる分は削っときたいし」

 

 沖田さんの質問に田中さんは平然と答える。ホント、容赦のない人だなぁ……。

 直後、矢の雨がアルゴノーツに向かっていく。しかし、それらはアルゴノーツに届く前に撃ち落とされていく。

 

「な、何が起きてるの?」

「ヘクトールとアキレウスが迎撃してんな。流石、トロイア戦争の化け物二人だ」

 

 オリオンが説明してくれた。しかし、四人がかりの狙撃を打ち払うなんて……本当に凄い人達だったんだな……。

 こちらの狙撃がしばらく続くが、向こうに届く気配は無く、徐々に船は近付いてくる。ならば、次の手と言わんばかりに、田中さんはエミヤさんに指示を出した。

 

「エミヤさん」

「了解だ」

 

 直後、エミヤさんが出したのは、スナイパーライフルだった。私は銃に詳しくはないし、どういう武器なのか分からないけど、遠距離から狙撃するためのもの、ということだけは分かった。

 それを持ってその場で寝転がり、スコープの中を覗き込む。そのエミヤさんに、田中さんが声を掛ける。

 

「一人、行ける?」

「やってみよう」

 

 直後、躊躇いなく引き金を引いた。だが、結果は喜ばしいものではないのか、エミヤさんの表情は変わらない。

 

「……無理か」

「まぁ、仕方な……」

「マスター、上!」

 

 上空から警戒していたアストルフォくんから声が聞こえる。顔を向けると、強引に突破して来たアキレウスが自身の宝具を使って突撃して来ていた。

 あの矢の雨の中を切り抜けて来たの……? やっぱりとんでもないんだな、アキレウスって……。

 

「全員、奇襲に備えろ!」

 

 田中さんの怒号で、まず真下に立ち塞がったのはリップとマシュだった。アキレウスの奇襲を二人がかりで受け切った。

 これにより、前衛と後衛が二つに分離された。しかも、アキレウスの戦車には、他にヘラクレスともう一人、青い髪の侍っぽい人が降り立った。

 

「ハッ、随分と俺達のために準備してくれてたみたいだな。そっちのマスター」

 

 アキレウスの視線の先には、一番後ろで控えている田中さんがいる。まるで、最初からそこにいるって事がわかっていたみたいだ。

 

「どうかな? あんまり何も考えてないかも……」

「ハッ、言ってろボケ。やるぜ、お前ら!」

 

 全員に声を掛けると、まずはヘラクレスが怒号を上げた。その後ろで、青髪の侍もニヤリとほくそ笑む。

 

「おまんら全員、なます斬りにしちゃるわァッ‼︎」

 

 そう言うと、三人は一気に田中さんに向かって走り出した。それを見るなり田中さんは、エウリュアレの手を掴んだ。

 

「よし、逃げるぞ」

「ふふ、キチンとエスコートしなさいよ?」

「お前ら、足止めよろしく!」

「応よ!」

「ああ」

「りょーかい!」

 

 それにより、沖田さんとクー・フーリンさんとアルトリア・オルタさんとアストルフォと清姫が立ち塞がる。アステリオスは護衛なのか、田中さん達について行った。

 さて、ここまでは予定通り。私達には私達の仕事がある。

 

「船長、船は⁉︎」

「行けるよ!」

「全員、突撃準備ー!」

「むぅ……! 余は是非ともアキレウスと戦いたかったが……!」

「良いからこっちに来てください!」

 

 私の号令で、私の班のみんなは船に乗り込んだ。イスカンダルさんだけ渋っていたので、無理矢理、背中を押させてもらったが。さて、ここからが勝負だ。

 船に乗り込むと、私達は一気にアルゴノーツに向けて前進する。だけど、まだ気が抜けない。あそこには、まだまだ手強いサーヴァントが残っているのだから。

 

「さぁて、立花! どうするんだい⁉︎」

「距離を離されず寄りすぎずに保ってまずは射撃戦! アーチャーの皆さん、お願いします!」

「了解だ!」

 

 アタランテさんの返事で、みんなが射撃を始めた。

 

「お前ら、大砲の弾ァガンガン積みな!」

「撃ちまくれ!」

 

 船長も大砲で攻撃を開始してくれる。しかし、それらを迎撃するのは、やはりヘクトールとメディアだ。いや、よくよく見ればもう一人いる。あれが、田中さんの言ってた不確定要素かな? 

 徐々に距離を詰めつつ射撃戦になる中、そのもう一人は動かない。ていうか、あの人思いっきり見たことあるんだけど……まさか。

 

「Arrrrr……」

 

 やっぱり、ランスロットだ! 黒い鎧のバーサーカーはすぐに動き出し、船の上に落ちているさっきまで私達が撃っていた矢を掴むと、メキメキとそれを武器に変換していく。

 

「や、ヤバい……! マシュ!」

「はい!」

 

 その投擲をギリギリマシュが防いだ。が、このまま矢を放っても敵に強力な武器を渡すだけだ。

 ならば、作戦を切り替えるまでだ。

 

「エミヤさん、マシュの盾は作れますか?」

「可能だが……」

「なら、白兵戦の準備! リップ、マシュ、エミヤさんは盾を構えて前衛に! 船長、牽制代わりにガンガン、砲弾をお見舞いして下さい!」

「あいよ!」

「了解です!」

 

 そう言うと、全員で徐々に接近して行った。大丈夫、白兵戦はむしろこっちの望み通りだ。

 船を寄せると、一気に全員に声をかけた。

 

「総員、攻撃開始ー!」

「「「「うおおおおお!」」」」

 

 マシュを残した全員が突撃し、私も敵の船に乗り込んだ。まぁ、出来ることなんてないんだけど、私だけ安全圏から見てるだけ、なんてことは出来ない。

 

「チィッ……奴らめ、おいお前ら! 何とかしろ!」

「へいへい。せいぜい、働かせていただきますよっと」

 

 頭数では勝っているものの、相手はヘクトールにメディアとタッグを組めば防衛最強の二人だ。そこにランスロットが加わったとあれば、簡単には崩さない。

 そんな時だ。イスカンダルが私の肩に手を置いた。

 

「……早めに片付けた方が良いのなら、余が力を貸すぞ」

「え?」

「我が臣下を使えば、あの者らが何者であっても一瞬で蹂躙できるぞ」

「なるほど……でも」

 

 それもありだけど……もし、前の特異点みたいに魔神柱が出て来たら……と思うと、むしろ温存したい所だ。

 

「何か懸念があるのか?」

「懸念、と言えるほどのことじゃないけど……念には念を入れるのが、田中さんのやり方だから」

「……そうか」

 

 あの人、馬鹿でアホでチキンで要らないプライドは高い癖に必要なプライドは皆無の、モテない男代表みたいな人だけど……それでも、戦術に関しては誰よりも上だ。

 

「……了解だ。そういう判断をするのならば、余はマスターの指示に従おう」

「……ありがとうございます」

 

 そう言いつつ、とりあえず前線へと乗り込んだ。

 いくら、守りのうまいヘクトールと好きに暴れられるランスロットがいても、やはり数の暴力には敵わない。それも、私のチームはマシュ以外のみんなの火力が高い。あっさりと制圧してしまった。

 ジャンヌオルタの文字通りの火力が焼き尽くしたかと思えば、その裏から佐々木さんが奇襲を仕掛け、リップがまた派手に攻撃し、イスカンダルさんが豪快に薙ぎ払う。

 

「クソ、クソクソクソ! ヘラクレス達はまだか⁉︎」

「向こうも手間取ってるんでしょうよ。……ったく、だから兵を分けるのは反対だったんだ。……っと!」

 

 ボヤいたヘクトールに、イスカンダルさんが襲い掛かった。

 

「ハッハッハッ、よう。貴様がアキレウスの宿敵、ヘクトールか!」

「……あらら、しかもなーんか立派な英霊にも襲われちまって。前に来た時はあんたいなかったよな?」

「何、余のトップはそちらさんとは違い、中々、有能でな。念には念を入れる男よ!」

「なるほどな。あの野郎にヘラクレス、さらにもう一人からの猛攻を凌いでる時点で、確かに有能か。あーあ、おじさんもあっちに混ざりゃ良かった」

 

 軽口を叩き合いながら、イスカンダルさんは一人でヘクトールを抑えていた。そのヘクトールに、一本の矢が向かって来る。それを、バックステップで回避した。

 

「ありゃ、避けられちゃったダーリン」

「まぁ、守りの闘いに関しちゃヘクトールはしぶといからな。当てるより、足を止めるつもりで射て」

「はーい」

 

 アルテミスさんが援護射撃を行なっていた。これで二対一。あとは任せても問題ないだろう。

 その横で、ランスロットの猛攻を相手にするのは、佐々木さんだった。

 

「Arrrrr‼︎」

「ふっ、まるで獣のような猛攻よ。拙者では、一発貰えば即退去となるだろう」

 

 ランスロットからの攻撃を回避しつつ、受け流しては斬り返す。そのランスロットの背後から、エミヤさんが二刀を構えて姿を表す。

 

「セイっ!」

「ふっ、助太刀、感謝するぞ。赤服の弓兵よ」

「軽口を叩く暇があるなら、奴から目を離さん事だ。簡単にはいかんぞ」

 

 そう言って、二人がかりで仕掛けていた。さて、これで残りはイアソンとメディア。私は船長とマシュとダビデとアタランテとリップと一緒にイアソンへと歩みを進めた。

 

「ひっ……め、メディア! 何とかしろ!」

「そう言われましても……私は回復魔術しか取り柄のない女。この状況を打破出来るような術はありません」

「なんで笑っていられるんだお前は⁉︎ な、なんとかしろ! 俺を守れ!」

「やぁ、イアソン。その前に一つ良いかな?」

 

 慌てて女の子の背中に隠れる男に、ダビデが声を掛けた。

 

「君は何故、エウリュアレを望んでいた? まさか、契約の箱に捧げるつもりだったんじゃないよね?」

「だったらなんだ!」

「いやいや、それはさすがに看過できない。何せ、あれは文字通り世界を滅ぼす箱だ。死を定め、死をもたらす箱だよ?」

「な……ど、どういう事だ、メディア⁉︎」

 

 イアソンに声を掛けられたメディアは、ニコニコと微笑んだままイアソンを眺めていた。

 

 



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逃げるが勝ち。

「アストルフォ! にげてえええええええ‼︎」

「無理言わないで! 定員二人に三人乗せてるんだから!」

 

 俺とエウリュアレは、この世ならざる幻馬に乗せてもらってアキレウスから逃げていた。地上ではヘラクレスからクー・フーリンさん、アルトリアオルタ様、アステリオスが逃げ、あの人斬り星人は沖田さんと清姫が相手をしながらじりじりと下がる。

 とにかく、あんな奴らが相手では撤退あるのみである。

 

「いけるって! エウリュアレは1人っつーか0.5人分だから!」

「どういう意味よ⁉︎」

「アストルフォより色々な部位が小さい的な意味」

「女神の視線!」

「わー! うそうそ!」

「ちょっ、暴れないでって二人とも!」

 

 そんな中、後ろのアキレウスが冷めた声で言った。

 

「ハッ……くっせぇ芝居しやがって」

「は?」

「わかってんだよ。お前ら、俺らを何処かまで誘導してえんだろ?」

「……」

 

 さすが、英雄アキレウスだな。まぁ、別々の相手から逃げてるのにみんな同じ方向に逃げてるし、気付かないわけがないか。どうせ、気付かれたってどうする事も出来ないからな。

 だが、なんであれこのままってわけにもいかない。作戦は気付かれているのと気付かれていないとでは、敵の動揺の振れ幅が違う。

 

「……予定より早いけど、やるしかないな。アストルフォ、高度を落とせ」

「了解!」

「アステリオス、やるぞ」

『ウウ……了解……!』

 

 通信機に声を掛けると、作戦を開始した。まずは、地上班。アステリオスは足を止めると、一気に宝具を解放した。

 

「『まよえ……さまよえ……そして……しねぇ‼︎』」

 

 宝具『万古不易の迷宮』。つまり、迷宮の具現化だ。この中なら、時間稼ぎは可能どころかこれ以上にない名案である。

 その中に、まずはアステリオス組が入り、その背後を追いかけていたヘラクレスも突入する。

 

「はっ、やっぱそうかよ。面白味のねえ野郎だ」

 

 後を追ってくるのはアキレウスだ。まぁ、そうだろうね。如何にも派手な戦さが好きそうだし。でも、だからこそだよ。誘い甲斐がある。

 ピポグリフの低空飛行についてくるアキレウス。続いて、沖田さん組と人斬りさんが迷宮の中に入っていった。

 最後に、俺達とアキレウスが中に突入する。洞窟の入り口のようなものの中に突っ込むと、まずはエウリュアレとアストルフォの安否確認である。

 

「二人とも、いるな?」

「いるよ!」

「私も無事よ?」

「なら、まずは味方と合流だ。グズグズしてる暇はねえよ、急いで!」

 

 二人の手を引いて迷宮の中を走った。何せ、迷宮の中で撒きやすいとはいえ、後ろからアキレウスが走って来ているのだから。

 そう、序盤さえ何とか出来れば、後はどうとでもなるのだ。エミヤさんが作ってくれた発信器はみんなに持たせたし、ドクターがどの辺に相手がいるか、とかちゃんとナビしてくれる。

 方角や迷宮内のマッピングは頭に叩き込んでおいたし、後は運次第か……。

 

「ふぅ……疲れてきた……」

「何よ、だらしないわね。わたしをエスコートしてるんだから、早く走りなさい」

「うるせーな、わーってるよ」

 

 そう悪態をつきつつも走っている時だ。曲がり角で、ばったりとアキレウスと遭遇した。

 

「「「ぎゃああああああ!」」」

「え、なんで背中を追いかけてた奴らが前から走ってくるんだ?」

「たいきゃーく!」

「逃すかってんだよ!」

 

 直後、アキレウスは勢いよく槍を振るう。それが俺のズボンを掠め、ベルトをちぎり、ズルリとズボンが落ちる。

 それにより、走りづらくなった俺は前のめりに転んでしまった。

 

「ぎゃはっ⁉︎」

「な、何してんのよ⁉︎」

「もらったァッ‼︎」

 

 今度は縦に槍を振るってきたのに対し、アストルフォに襟を引っ張ってもらって直撃は避けた。そう、直撃は。

 穂先がズボンに引っかかり、ずるりとパンツが剥き出しになった。

 

「ええええ! またあああああ⁉︎」

「ぷふっ……可愛いパンツね」

「うるせええええ!」

 

 なんで? 何なの? 一々、脱がさないと気が済まないわけ? もう嫌だよこんな惨めなの! クソったれが! 

 

「オラオラ、逃すかってんだよ!」

「ちょっ、待て待て! 大がつく英霊がこんな小者に本気出して恥ずかしくないの⁉︎」

「知るかよ!」

 

 クソっ、ダメだ。まさかこんなに早く遭遇するとは……! これだから、俺の運の悪さは……! 

 

『マスター、聞こえるか?』

「え?」

『今、行く。死ぬなよ』

 

 この声……アルトリアオルタさん? そんな風に励ましてくれるなんて……。あの見た目とはいえ、やっぱり俺は自分のサーヴァントにビビり過ぎてたんだな……。

 と、思った時だ。なんか壁を突き破って黒い剣が降りて来た。目の前に。

 

「え」

 

 俺とアキレウスの間を遮るように降りてくるカリバー。迷宮の壁を何もかも吹き飛ばした。

 俺は唖然とするしかないし、アキレウスは瞬時に壁の亀裂に気付いて避けるしかない。完璧な一手ではあったんだけど……その、何? 心臓に悪いわ。死ぬかと思った。

 その迷宮の穴から悠々と歩いてくるのは、アルトリア・ペンドラゴン。王の剣を手にして、ゆっくりとアキレウスと俺達の元に歩いてきていた。

 

「見つけたぞ、マスター」

「見つけたぞ、じゃねぇよ! 殺す気か貧乳⁉︎」

「殺すぞ」

「あ、いえ冗談ですごめんなさい殺さないで下さい……」

 

 うん、もうナマ言わない。この人普通に怖い。すぐにエウリュアレの手を引いて走り出した。

 

「おら、行くぞ」

「え、ええ⁉︎ 戦わないの⁉︎」

「バーカ、これは勝つための戦闘じゃない。向こうがこっちのクビを取るか、こっちが向こうのクビを取るかの耐久速攻勝負だ。こっちのクビは、俺じゃなくお前。なら、逃げの一手でしょ」

「で、でも……あの男、かなり強そうよ? 彼女一人で手に負えるの?」

 

 どうだろうな。まぁ、俺もアルトリア・オルタさんの実力を知らんからなんとも……。

 

「じゃ、僕も残るよ!」

「アストルフォ? 本気かよ」

「いないよりマシでしょ? 僕だって、マスターのサーヴァントだからね!」

 

 うーん……いや、でもアストルフォがいても何か変わるのか……。うん、念には念を入れておこう。

 奥にいるアキレウスに向かって、大声で叫んだ。

 

「アキレウスてめぇ人のズボン引き裂くんじゃねえよ!」

「ああ? 何の話……」

「ますたあのパンツが公開中ですって⁉︎」

 

 直後、壁を突き破ってバカがやって来た。

 

「来たな、清姫。お前も参加だ。三人がかりであのトンガリバカを足止めしろ」

「畏まりましたわ!」

「はっ、オレはたった三人と同等なのかよ」

 

 バーカ、俺の仲間を甘く見んなよ。勝とうとしなきゃ、この迷宮の中で抑える方法なんていくらでもある。

 エウリュアレの手を引いて、そのまま走って逃げた。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

「ふふ、辛そうね。あなた」

「るせーよ……お前、誰を守るために辛い思いしてると思ってんの?」

「冗談よ。しっかり守ってね、王子様♪」

 

 ……くそ、少し可愛いじゃねえか。ムカつくけど。まぁ、それなら王子様らしく行こうじゃねえの。

 

「任せな、お姫様! どんなやつが出て来ても、この俺が絶対に……!」

 

 言い掛けた直後、壁を破壊しながらヘラクレスが出て来た。

 

「「あんぎゃあああああああ‼︎」」

「Graaaaaaaaaaaa‼︎」

 

 ば、バケモノ──────ーッッ‼︎

 

「マスター、危ねえ‼︎」

「わっ、クーさん!」

 

 慌てて俺とエウリュアレを小脇に抱えてカバーしてくれた。いや、マジ危なかった。死んでたわ、今。

 

「って、クーさん一人で相手してんの⁉︎」

「いや、俺だけじゃねぇ!」

 

 直後、ヘラクレスに一人の巨漢が突進した。この迷宮の主、アステリオスだ。パワーのアステリオスと、速さのクーさんの二人がかりでヘラクレスを足止めしていた。

 

「二人とも、頼むわ!」

「任せな!」

「えうりゅあれ、を……よろシク……!」

「あいよ!」

 

 とりあえず、巻き込まれないように逃げるしかなかった。だってあの中に俺とエウリュアレがいても出来る事ないし。

 そのまま手を引いてとにかく走る。だってボーッとしてたら死んじゃうし。

 

「……はぁ、ここまでくりゃ良いだろ……」

 

 英霊……それもバカ強い二人を相手に「これなら良い」なんて基準は存在しないが、流石に迷宮の中をみんなが抑えてくれてるなら、少しは足を止めたくなる。

 

「……で、あとは立花が勝つまで待つだけって事?」

「そういうこと」

「人任せね」

「仕方ないでしょ。兵力の分散は嫌だったけど、向こうにまとめてかかって来られる方が嫌だった」

 

 そもそも、お前を守るための戦いなんだし、文句を言うなよ。

 

「……ね、正臣」

「何?」

「今のうちに言っておくわね」

 

 なんだ、急に改まって。まぁ、今は落ち着けるタイミングだし、別に良いけどさ。

 

「この戦い、勝っても負けてもあんたとはお別れなんでしょ?」

「そうだね。……お、何。もしかして寂しい感じ? 人のことあれだけボロカスに言っておいて?」

「……そうね。少し、寂しいかも」

「そんなわけな……え、そ、そうなの?」

 

 ……あれ、どうしたんだこの子? 急に頬を赤らめて……。てか、こんな素直なタマだったか? 

 

「……エウリュアレ?」

「だから、お別れの前にあなたに……」

 

 ……あ、なんか殺気が出てる。と思ったのとほぼ同時だった。エウリュアレを抱き抱えて、間一髪ダイビングヘッド、直後、俺の脹脛を刀が掠めた。

 

「なっ……!」

「い、いでえええええええ‼︎」

「ほう……避けちょったか」

 

 痛いいいいい! 死ぬううううう! そしてもう少し踵の方だったらアキレス腱が逝ってたああああああ‼︎

 

「ちょっ、大丈夫⁉︎」

「いだあああああ! もう嫌だあああああ! 俺、人理修復やめるううううう!」

「し、しっかりしなさいよ!」

 

 涙目で顔を上げると、そこに立っていたのは和服の侍だった。てか、今の口調……土佐弁? 坂本龍馬か岩崎弥太郎か……いや、岩崎弥太郎は侍じゃねーわ。

 

「まぁ良いぜよ。おまん、次で殺すきに」

「おまんって……プフッ、何それ。女性器?」

「ちょっ、あんたいきなり何言ってんのよ。殺すわよ?」

「や、だってぽいでしょ。おまんって……じゃあ逆に『チン』で止められて始皇帝を思い出す奴ってどれだけいる?」

「知らないわよ。てか、あんたのソレを踏み潰すわよ」

 

 その直後だ。俺とエウリュアレが言い合いしている間に、さらに刀が振り下ろされる。

 恐る恐る顔をあげると、侍の人が見え隠れしている片目から殺意の波動を放っていた。

 

「おまん……わしを、笑ったか……?」

「え……」

 

 あ、やばい。地雷踏んだ? 何とかしないと……! 

 

「わ、笑ったのは『おまん』という訛りに関してで、あなたの事は笑ってませんよ? いや、笑うわけないでしょう、こんな立派なお侍を!」

「侍? ……何を言うちょる。わしは……人斬りぜよ」

「紐切り? え、そんな地味な商売してたんですか?」

「違う! ひ、と、き、り!」

「あーあー、人斬りね。もう、紐切りなんてそんな駄洒落……面白かったです。わっはっはっはっ、らっはっはっ!」

「……」

 

 ……あ、ヤバい。人を怒らせるエキスパートだからよく分かる。地雷を二度踏みされた人の顔だ。

 

「……おまんはァ、ワシをッ……笑ったかァッ⁉︎」

「「きゃあああああああ‼︎」」

 

 思わずエウリュアレと抱き合って死を覚悟した時だ。振り下ろされた刀が、ガギンッと鈍い音と共に止められる。

 ……い、生きてる……? うん、生きてる。死んでたら、エウリュアレの無乳と香りは感じられない。

 

「この、ヘンタイマスター!」

「あふん⁉︎」

 

 直後、脳天からゲンコツが降り注がれた。思わず顎を地面に強打する威力だ。この声は、もう何度も聞いたアホみたいな声だ。

 

「お、おぎっ……おぎだざああああああん!」

「はいはい、あなたの沖田さんですよー」

「え? いや俺のではないけ……ブゴッ!」

 

 肘打ちが顔面に決まり、後方にはじき飛ばされる。

 

「今のは正臣が悪い」

「ですよね」

 

 ……お前ら仲良いよな……。

 

「さて、あなた……岡田以蔵ですね?」

「そう言うおまんは……新撰組一番隊隊長、沖田総司」

 

 あ、岡田以蔵だったんだ……超人斬りとんでもサイコパスじゃん……。やっぱ、英霊怖い……。

 

「まさか、おまんのような狂犬が、そんな小者臭いガキに飼われちょるとはのう」

「あなたの方が小者でしょう、ダーオカ」

「……なんじゃと?」

 

 ひえっ、見てるこっちが怖くなるようなことを平気で……。

 

「確かに、マスターは小者臭いです。口は悪いし、弱い癖に出しゃばるし、ビビリですぐにちびるし、小賢しいし、すけべだし、どうしようもない人です」

 

 ……言い過ぎでしょ。え、俺そんなイメージ? ヤベッ、この特異点に来てから俺、泣きそうな思いしかしてない。

 

「ですが、これでも二つの特異点を修正した、世界で一番、喧嘩が弱い軍師です。あなたのように、唆されて大きな組織に入って調子こいて下手こいて下手こいて下手こいた人斬り被れに『小者』と言われる程、小者ではありません」

 

 正直、嬉しさより恐怖が勝った。だって、目の前の岡田以蔵、なんかもう超サイヤ人に覚醒しそうなレベルで額にシワを寄せてるんだもん……。

 

「……沖田ァァァ……今、なんて言いおった……!」

「何度でも言いましょう。……あなたの方が、小者、です」

「殺す!」

 

 目の前で、侍達が決闘の火花を散らし始めた。

 

 



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イラつく人はガチャ引くのやめよう。

 沖田さんと岡田以蔵の戦闘は、ほぼ互角だった。剣の天才、というだけあって、岡田以蔵の太刀筋は見事なものだった。剣術素人の俺でもそう思うほどだ。

 が、沖田さんがそれを上回っている。今まで、多くの強敵と戦って来ただけあって、それはもう速さで翻弄していた。

 

「グッ……お、おまん……!」

「良いぞー沖田さーん!」

「頑張れ頑張れ沖田!」

「あんたらうるさいんですが⁉︎」

 

 俺とエウリュアレの応援にキレる沖田さん。でもやる事ないからなぁ。さっさと片付けて他の援護に行こうにも、相手をどんなに倒してもエウリュアレが取られたら負けなゲームである以上、他の戦場に顔を出すわけにもいかない。

 

「だから、俺達は応援する。フレー! フレー! O・KI・TA!」

「頑張れ頑張れOKITA! 負けるな負けるなOKITA!」

「だから喧しいんですけど⁉︎」

「……おまんのとこは、いつもこんな感じか」

「残念な事に!」

 

 微妙に岡田以蔵にまで同情されつつあった。が、すぐに気を取り戻した岡田以蔵は、小さく舌打ちをする。

 

「チッ……おまんらとやりおうてると、気が狂う」

「まったくですね」

 

 テキトーに返しつつ真剣での斬り合いを続ける。

 多分、岡田以蔵としては、このままでは一進一退でラチが明かない。何処かで切り崩しに来るだろう。

 

「……沖田さん」

「なんです?」

 

 斬り合いの最中、鍔迫り合いから一時、離れて沖田さんがこちらに来たのを見計らって、沖田さんに声を掛ける。それに、人差し指と親指、中指を立ててサインを放つと、沖田さんはニコリと微笑んだ。

 直後、一気に地面を蹴って急接近した。それを受け止めつつ、後ろにいなす岡田以蔵。

 それとほぼ同時に、こちらに向かって来た。

 

「……エウリュアレ、下がってろ」

「え?」

「うははは! 貴様を殺せば、それで終いじゃあああああ‼︎」

 

 十二分に引き付けて引き付けて引き付けて……よし、今でしょ。懐から銃を抜き、発砲し……ようとしたが、銃口を切り捨てられた。

 

「おまん……わしを舐めちょるんか?」

「あー、やっぱ無理?」

「おまんが死ねば、わしゃ沖田にも勝ったことになる」

「そう思うなら後ろを見ろ」

 

 直後、岡田以蔵の背後から声がする。

 

「『無明三段突き』‼︎」

「クッ……おまんら……!」

 

 岡田以蔵の背中に沖田さんの一撃が突き刺さった。ふっ、完璧。

 

「グッ……アアアアッ‼︎」

 

 銃を抜いたのなんて、一回分の居合をキャンセルさせるためよ。サーヴァントに銃で勝てる、なんて思ってないし。

 岡田以蔵を消滅させ、とりあえず俺はその場で腰を下ろす。

 

「ふぅ……疲れた」

「お疲れ様。相変わらずメンタル強いのか弱いのか分からない人ね」

「バーカ、俺はメンタル強えぞ? メンタル強くなきゃ、特異点ごとに毎回毎回毎回毎回ズボンを引き裂かれてパンツが剥き出しになっても平然と戦えないっつーの」

「あんた毎回、パンツで戦ってたのあなた……?」

「わざとじゃねえぞ」

「その方が怖いんだけど……」

 

 まったくその通りだよね。でもわざとじゃないんです。なんかみんな俺のパンツを引き裂きに来るんです。

 とにかく、そんな話をしている時だった。近くの壁が一気にぶっ壊され、そこから飛んで来たのはオルタさん。そして、後ろから悠々と追って来るのは、アキレウスだ。

 

「お、マスターとエウリュアレ、みーっけ」

「チッ……なんだあいつは。こちらの攻撃がほとんど効かないぞ」

 

 マジかー……三人がかりでも、止まらないかこの人……。吹っ飛ばされて来たセイバーオルタさんを悠々と追うアキレウスの後ろから、慌てた様子で追ってくる清姫とアストルフォが見える。

 ……あ、そうか。確かこの人の鎧って……逸話的に神性の攻撃以外は無効なんだ。

 ……あれ? でもオルタさんの剣って神造兵装なんじゃ……あ、そっか。アキレウスほどの実力者じゃ、オルタさんが攻撃を当てるには隙が必要。しかし、他二人だとタゲを取るには実力が足りない。

 アキレウスの能力を知らない三人は、オルタさんに壁役を任せ、他二人が攻撃を繰り返していたのだろう。

 

「……なるほどね。よし来た」

「何か策があるのか?」

「まぁね。清姫、アストルフォ。プランBだ」

「え……ま、マジ?」

「よろしいんですか? ますたぁ」

「ああ。よろしい」

 

 それを聞いた直後、二人は走ってエウリュアレの手を引いて走り出した。俺は勿論、その場に残る。沖田さんとオルタさんの二人を傍に置いて。

 

「ほう? まだ手があんのか。意外だな、そっちのマスターよう」

「手なんて呼べるか。大将クビが前線に出るなんてあって良い話じゃないから。あいつらが使えないからこうなるわけであって」

「ハッ、言えてんな。……けど、分かってんのか? お前が死んだらどっちにせよ終わりだぜ」

「そっちこそ分かってんだろうな。お前、俺を殺さなかったら任務失敗で終わりだぜ?」

 

 言いながら、俺は懐の拳銃を放り捨て、端末も投げ、軽くジャンプしながら両手足を振る。少しでも服装を軽くするためだ。

 よし、これで何とかなる。息を吐きながら、続けて言った。

 

「言っとくが、俺を簡単に殺せるなんて思うなよ。何故なら、逃げ腰なら俺の右に出るものはいない、と言われるほどのビビリだ。お前の攻撃なんて、怖過ぎて思わず逃げちまう程にはな」

「お前、勘違いしてやがるな」

「は?」

 

 呆れた様子で言うアキレウスは、ニタリと好戦的に微笑んだ。

 

「お前が恐怖を認識した頃には、お前の頭と身体は離れてるっつーんだよ」

 

 直後、あり得ない踏み込みの速さで、槍を突き込んでくる。俺の、持ち前の反射神経と動体視力を持ってしても、普通に腕を掠める程度の速さだった。

 

「え……早っ」

「ほう、よく避け……うおっ、と!」

 

 アキレウスの顔面に、沖田さんの刀が向かう。今度はアキレウスが避ける番だった。沖田さんの攻撃に神性があるかどうかなんて、真名を言わない限りアキレウスにはわからない。つまり、顔面に飛んでくる刃物は避けるしかないのだ。

 そして、避けた先にあるのは、オルタさんのエクスカリバーだ。

 

「……!」

 

 その一撃も、槍でガードしつつ後ろに下がるアキレウスさん。

 

「ハッ、なるほどな。つまり、タゲを取る役目を変えたってことか」

「当たり」

「……随分、簡単に正解を言うんだな。見抜かれた戦略ほど意味のねえもんはねえぞ」

「戦略ってのは、その時に応じて臨機応変に対応するものだよ。見抜かれたのなら、俺はまた別の作戦を考えるだけだよ」

「……ハッ、面白えな。あんた」

 

 俯きながらニヤリとほくそ笑むと、アキレウスは槍を横に振るった。ヒュッと風を切る音が耳に響く。たったそれだけの仕草で、ビリビリと緊張感が伝わって来た。ヤバいな、これが殺気って奴か? すごくここにいたくない。手足が震えるし、寒気もすごい。今までに味わった事ない感覚だ。

 

「ッ……!」

 

 それでも、やらないとダメだ。震える太ももに拳を叩き込み、強引に震えをかき消した。

 ……ふぅ、よし。よっしゃ来い……! 

 

「オラ、まずはお前からだ!」

 

 狙われたのは沖田さんだった。足が早い沖田さんだけど、耐久面は低い沖田さんを狙った理由は、神性があるかを判断する為だろう。

 まぁ、遅かれ早かれバレることだ。なら、バレる前提で動いた方が良いだろう。沖田さんとオルタさんにサインを出す。

 直後、沖田さんは足を使って捕まらないように動き、壁を使ってアキレウスの攻撃をさばきながら後ろに下がり始めた。最速の二人が動いたため、俺とオルタさんは遅れて後を追っ……あ、違った。まずは一人ずつ撃破するためだこれ。

 

「沖田さん、あんま動かずに戻って来て!」

『そう言われましても……こ、この男……!』

 

 通信機から、珍しく……いや、珍しくはないけど焦ったような声が聞こえる。かなり手を焼いているようだ。

 幸い、この道は一本道。見失う事はない。その辺に落ちてる壁の破片を一つ持ち上げると、オルタさんに声を掛けた。

 

「オルタさん、トスバッティングって知ってます?」

「ああ、任せろ」

「狙いは踵で」

 

 壁の破片を放った直後、オルタさんは魔力を剣に込める。一時的に黒いオーラが剣身に纏わり付き、一気に破片を打ち抜いた。

 一応、神性が込められてると言える石が、アキレウスの足元に向かう。

 

「チッ……野郎……!」

 

 キィーンッ……と空中を突き進む石片を、アキレウスはジャンプして回避する。その隙を突いて、沖田さんもアキレウスが距離を置きつつ、こっちに戻ろうとする。

 が、それはさせまいとアキレウスは槍を振り下ろした。

 

「オルタさん、千本ノック!」

「フッ、面白い」

 

 直後、俺はその辺に落ちてる石片を拾っては放り、オルタさんはそれを見事に打ち返し、アキレウスに向かっていく。

 それらの攻撃を、やはりアキレウスは回避しながらも沖田さんを逃さないように槍を振るう。やべぇ、あいつバケモンだわ、やっぱ。このままじゃ、こっちの球が尽きる。

 

「沖田さん」

『え? ……え、マジですか?』

「マジだよ」

 

 それを言うと、オルタさんにサインを出した。

 

「……良いんだな? しくったら、沖田は……」

「沖田さんなら大丈夫だよ」

「……そうか」

 

 直後、オルタさんに石片を放り、それを打ち返す。その打球は、沖田さんの方へ向かった。

 それに対し、沖田さんは石片を横から刀の峰で打ち払う。その先にあるのはアキレウスのボディだ。

 

「! 跳弾……!」

 

 胸に当たったが貫通とまではいかない。それでも、今まで何のダメージも無かったのとは訳が違う。

 後ろによろけた隙に、沖田さんはこっちは走って来て、オルタさんと俺は迎えに行く。

 作戦はうまくいった。なのに、不安が拭えない。何故だ? あの大英雄のアキレウスなら、今の現状こそ狙い通りなんじゃないか? という可能性が捨て切れない。だとしたら……。

 

「クサントス、バリオス、ペーダソス……!」

「あ、ヤバい。沖田さん、全速前進!」

「え?」

「オルタさん、宝具! なるべく引き付けて!」

「卑王鉄槌。極光は反転する……!」

 

 一直線に沿って突撃して来るつもりか……! まずい、このままだと沖田さんが必ずどちらか当たる。引きつけさせても間に合わないぞこれ。

 

『撃たせて下さい、マスター』

「は⁉︎」

『何とかします! 私の事は気にせず!』

「いや何とかって……化け物と化物の宝具だぞ⁉︎ 分かってる? さっきの魔力放出した石片を横に撃つのとは訳が……!」

『良いから早く!』

「っ……」

「マスター」

 

 隣から、オルタさんが声をかけてくる。

 

「沖田を信じろ」

「っ……」

「いくぞ‼︎ 命懸けで突っ走れ! 我が命は流星の如く‼︎『疾風怒濤の不死戦車』‼︎」

 

 アキレウスは宝具を呼び出してしまった。一直線の道であるここまで来るのに3秒もかからないだろう。

 

「……撃て。オルタさん」

「光を呑め! 『約束された勝利の剣』!」

 

 直後、アキレウスの宝具とオルタさんの宝具が正面からぶつかった。勢いで言えばアキレウスの方が上だが、純粋な威力はこっちが上。ただ、焼き切る前に向こうがこっちに到達したらアウトだ。

 

「オオオオラアアアアアアッッ‼︎」

 

 ……すごい気迫だな……。アキレウスってやっぱりとんでもないや。

 沖田さんが無事かどうかは、もう「なんとかする」という言葉を信じるしかない。

 心の中でそう願いつつ、俺は声をかけた。

 

「今だ、やれ」

『はいはーい』

 

 直後、アキレウスの遥か後方からドシュッと弓を放つ音が聞こえる。

 

「……あ?」

 

 アキレウスの踵に刺さっているのは、一本の矢だろう。それに気を取られたが最後、一気にオルタさんの魔剣に呑まれて行った。

 迷宮を焼き尽くす勢いで大きな黒い渦が通り過ぎて行く。これなら、いくらあの大英雄でも終わりのはずだ。

 オルタさんの一撃が終わり、とにかく俺は走った。

 

「沖田さん、生きてる⁉︎ 沖田さん!」

 

 が、オルタさんの立ち位置からアキレウスのいるところまで、どこを見ても人の姿ひとつ見えない。おいおい……マジかよ。なんだかんだ、ここまで一緒に戦って来た人なのに……。

 ……あれ、嘘。なんか涙が……いやいや、泣かないって。だって、別にあんな喧しい女が一人居なくなった所で……これはあれだよ。目からニトログリセリンが漏れてるだけで……。

 

「ふぃ〜……危なかったですねぇ。流石に今回ばかりは死ぬかと思いましたよ」

「……は?」

 

 何処かからか、聴き慣れた間抜けな声が聞こえた。え、何今の。幻聴? 

 ふと横を見ると、なんか壁に綺麗に切られた三角形のでかい穴があった。そこから顔を出したのは、沖田さんだった。

 

「あ、マスター! すごい威力でしたね……危うく沖田さんも殺される所でしたよ……」

「……」

 

 見りゃわかる。要するに、壁を切ってそこから別の通路に脱出したのだろう。考えりゃ浮かぶ手なのに何故、俺はそれを考えなかった……。

 

「あれ? あれあれ? マスター、泣いてます?」

「ーっ……!」

「もしかして、沖田さんが死んだと思いました? で、マスターってあれだけ私のことボロクソに言ってたのに、実際に死んだら悲しんじゃうんですか?」

 

 こ、この女……言わせておけば……! 

 

「う、ううううるせーよクソ女! テメェなんざオルタさんの一発で一片のDNAも残さずに溶かされりゃ良かったんだよ! ……ぐすっ」

「いや、しゃくり上げられながら言われても全く説得力ありませんよ?」

「調子乗ってんなよ、実は今まで俺にバレないように吐血してクソ女が! お前が病弱持ちなの知ってんだからな俺⁉︎」

「はぁー⁉︎ な、なんで知ってるんですか⁉︎ そしてなんで今、それを言うんですか⁉︎ 沖田さん、別に病弱なんかじゃ……コフッ!」

「はい吐血したー!」

「こ、これは赤のペンキです!」

「手品か!」

 

 なんて言い争いをしている時だ。倒れているアキレウスが声をかけてきた。

 

「は、ははっ……良いコンビだな、あんたら」

「うおっ、ま、まだ生きてる?」

「もう動けねーよ。俺の踵を射抜いたのは、エウリュアレか?」

「そうだね」

「つまり……最初に逃したのも、途中で『あいつらが使えない』だなんだ抜かしてたのも、ブラフだったわけか……」

 

 俺と沖田さんの横にオルタさんが来る。

 

「マスター、トドメを刺すぞ」

「え? あ、うん……」

「そんな複雑そうな顔をするな。こいつは強い。瀕死でも油断できる相手ではない」

「……」

 

 いや、まぁそうなんだけど……実際に動けない相手のトドメを刺すのを見ると、少し、こう……ねぇ? 

 ひよっていると、アキレウスが俺を意外そうな目で見ていた。

 

「なんだ……肝が据わってるし頭の回転も早ぇから戦い慣れてんのかと思ったら……素人かよ、お前」

「だ、誰が素人だい! こう見えて将棋は……」

「なら、一思いに殺せ。人理を修復する気があんなら、こういうのにも慣れておけよ」

 

 ……いや、うん。まぁね。仕方ないので、オルタさんがアキレウスにトドメを刺すところを眺めた。

 その直後だ。ドクターから耳元に通信が入る。

 

『田中くんかい? 立花ちゃんが聖杯を回収したよ。これより、カルデアに帰還させる』

「あ、うん。了解」

 

 ……ふぅ、なんかドッと疲れたな……。その場で腰を下ろすと、エウリュアレ、アストルフォ、清姫が戻って来る。

 

「あら、帰っちゃうのね」

「お前もだろ」

 

 声を最初にかけて来たのは、エウリュアレだ。

 

「残念。あなたとは、もっと一緒にいたかったけど」

「機会があったら召喚してやるよ」

「ダメよ」

「え?」

「あなたには、隣に立派な子がいるでしょ?」

 

 言われて、俺は隣の沖田さんを見……るのはシャクだったので、視線を外した。

 

「あ、ああ、オルタさんね。いやー、確かに立派だよね。胸以外」

「殺す」

「あ、いや嘘です冗談です!」

「待って下さい、オルタさん。……私が殺します」

「待つのはお前だろコラ!」

 

 なんてやってる間に、エウリュアレが俺の方へ歩み寄って来る。頬に手を当て、顔を近くにまで寄せて来る。

 

「え……な、何?」

「あなたのような人間なら、きっと人理は戻される。だから、頑張りなさいよ」

「お、おう……?」

「じゃ、私はアステリオスともお別れの挨拶して来るわ」

 

 それだけ言うと、エウリュアレはその場から早足に立ち去っていった。

 

「そういや、ドクター。クーさんとアステリオスは無事なの?」

『ああ、二人ともずっとヘラクレスを抑えてくれてた。今も無事だ』

「そっか……良かった」

 

 あの二人がヘラクレスを抑えてくれてたから勝てたからね。やっぱギリシャの人はとんでもない奴が多いな……。

 

「オルタさん、清姫、アストルフォ、沖田さん。お疲れ」

「ああ」

「ますたぁも」

「うん」

「で、泣いたんですよね?」

「殺す!」

「やってみなさいよ!」

 

 殴り合いをしながら、カルデアに戻された。

 

 ×××

 

 帰還し、俺はドクターと軽いミーティングを終え、部屋に戻った。

 クーさんもエミヤさんもみんな元気そうだ。良かった。……けど、その……なんだろう。俺、沖田さんに何を求めてたんだろ。なんか、ほんとに泣きそうになったな……いや、泣いてないから。

 クソ、なんつーか……俺ってほんとなんなんだよ。自分で自分がわからないよう……。

 

「あーダメだ! 召喚しよう、召喚!」

 

 こういう時は新しい仲間を増やして、可愛い女の子を増やして、仲良くなれば良いの! どうせ、今回でこれだけ苦戦したって事は、次に向けて新たな戦力が必要になるんだ。

 そう決めて部屋を飛び出して召喚しに行った。

 

「あ、田中さん」

「召喚ですか?」

「まぁね」

 

 さて、誰が出るかなー。可愛い子だと良いなぁ。そんなわけで、まずは藤丸さんから。

 召喚陣が回転し、光の中からサーヴァントが姿を表す。さて、やめろよ。藤丸さん。当たりとか引くのは……。

 

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まああの…… 源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」

「すごいおっぱい!」

「斬ります」

「わー! ま、待って待って!」

 

 思わず漏れた感想に、慌てて藤丸さんが止めてくれた。

 

「こ、この人バカですけべでどうしようもない人ですけど、頭だけは良いから……」

「すけべだけど賢い? 性犯罪者のお手本みたいな方ですね。斬ります」

「わー! だ、だから私達に必要な方ですので待って話を聞いてください!」

 

 大慌てで止めながら、とりあえずマシュと藤丸さんは頼光さんを連れて退却した。

 ……よし、流れはきてるな。このまま引けば、俺にもきっと……! 

 

「新選組三番隊隊長、斎藤一だ。親愛を込めて一ちゃんとでも呼んでくれ。いや、やっぱだめだ。で、あんたがマスターちゃんなわけね。へぇ、いい面構えじゃないの。あ、そうそう、僕ってば堅苦しいの苦手だから、そんな感じでよろしく」

「はぁ……違うんだよなぁ……」

「え、な、何その反応……喧嘩売ってる?」

「ああ、いやごめん。よろしく」

「いや、全然よろしくお願いされてる気がしないんだけど……」

 

 あー……今の対応は良くなかったな。斎藤一って言えば、新撰組だし沖田さん経由で来たのかもしれ……ん、待てよ? てことは、沖田さんの弱点とか色々知っているんじゃ……。

 

「よろしくお願いします! 斎藤先生!」

「お前、今の一瞬でどんな心変わりしたんだ? あと先生はやめろ」

「じゃあ一ちゃん先生!」

「もっとやめろ!」

 

 よっしゃー、ある意味最高の相談役だぜ。これはもうこの人と次の特異点でお世話になるしかないな、うん。

 そんな時だった。

 

「あ、泣き虫マスターと……斎藤さんじゃないですか!」

「ああ、沖田ちゃん。ここにいたんだ」

「お久しぶりですー! また会えて良かったです!」

「あはは、そうだね」

 

 ……は? 沖田「ちゃん」? 何? 沖田さん、その嬉しそうな顔。

 …………はぁ? 

 

 



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第四特異点死界魔霧都市ロンドン
はい終わった(藤丸)。


 私は、マシュと一緒にカルデア内を散策していた。人理の修復のため、色んな人に協力して貰っているここは、今や少しずつサーヴァントが増えていって、数多くの英霊が中を歩いている。

 こうして散歩しているだけでも、色々な人たちとすれ違うのだ。今もまた、前から歩いて来る大きな影が目に入る。

 

「おお、マスター。マシュ。元気か?」

「元気です!」

「こんにちは、イスカンダルさん」

「うむ。散歩か?」

「はい。次の特異点への出撃まで、まだ時間がありますから」

 

 ……にしても、イスカンダルさんのその「大戦略」っていうTシャツは一体、何なんだろうか……。もう筋肉で張られてピッチピチになっちゃってんじゃん……。

 気になってる私の横で、マシュが聞いた。

 

「イスカンダルさんはどちらへ?」

「余はレクリエーションルームよ! 佐々木とクー・フーリンとアストルフォとゲームの約束があってな!」

 

 そういえば、田中さんの影響で色んな人がゲームにハマっているらしい。週一で田中さんのマイルームに集まって、モンハンだとかスマブラだとかア○ビ大全だとかやっているんだったっけ。

 特に、ア○ビ大全は大好評で私も混ぜてもらったことがある。

 ……そういえば、田中さんのこと最近、見ないな……。何してるんだろう? 

 

「ちなみにどんなゲームを?」

「今日はマリカーとの事だ! あのレースの中での戦略というのも中々、悪くないものよ!」

「イスカンダルさん、ライダークラスですし、車のゲームは得意そうですもんね」

「何を言っている、マシュ! 余に苦手なゲームなどない!」

 

 なるほど、なんでも出来る、と。まぁ確かになんでも出来そうではあるかな。この人、イアソンとの決戦の時も、ヘクトールと良い勝負してたし。

 

「ではな、マスター!」

「あ、はい。また!」

「失礼します」

 

 イスカンダルさんとお別れして、そのまま散歩に戻る。

 

「マシュもゲームとかやるの?」

「いえ、私はあまり……でも、先輩とでしたら、何かやってみたいです」

「じゃあ……モンハンで協力プレイでもする?」

「是非お願いします!」

 

 マシュ、でも下手くそそうだなぁ……。ガンランスでもオススメしておけば大丈夫だと思うけど……。

 そんな事を思いながら歩いていると、また前から見覚えのある顔が歩いてきた。

 

「あ、立香ちゃん! マシュ!」

「お、アストルフォ!」

「こんにちは」

 

 女の私から見ても可愛過ぎに見える、田中さんが天使と信仰するのも頷ける天使、アストルフォきゅんだった。これが男の子なんて信じられない。

 

「何してるの?」

「散歩だよ」

「じゃあ僕も行きたい! マスターいないからやる事なくてつまんないんだー」

 

 アストルフォと一緒にいるわけでもないんだ。ホントあの人、何処で何してるんだろう……。

 少し不思議に思っていると、隣のマシュが恐る恐る、といった感じでアストルフォに聞いた。

 

「あの……というか、アストルフォさんはこれからイスカンダルさん達とゲームの予定では……?」

「あ、そう言えばそうだった!」

 

 ヤバイやばい、と言うようにアストルフォは声を漏らした。相変わらず、呑気というかアホというか……その上、サーヴァントの中では決して強い方ではない。

 でも、田中さんは上手いことアストルフォの能力を活用して戦ってるんだよなぁ……。私も見習わないと。

 

「じゃ、またね!」

「うん。またね」

 

 アストルフォが急足で移動して行ったのを見ながら、私とマシュも移動する。

 しばらく、またカルデア内をのんびり歩いていると、何やらビシッ、バシィッという甲高い音が耳に響く。竹刀同士の打ち合いの音だ。

 あれ、でもこの辺にシュミレーター室は無かったと思うんだけど……。

 

「何の音でしょう、先輩?」

「さぁ……ん?」

 

 ふと横の壁を見ると、薄っすらと亀裂が入っているのが見えた。まさか、隠し扉だろうか? こんなのここにあったっけ? 

 開けてみることにして、適当に亀裂の隙間に指を差し込み、横に引っ張るが……固くて、動かない。

 

「わ、私もお手伝いします!」

「お願い!」

 

 マシュと組んで、2人がかりで扉を動かそうとするが、それでも動かない。ただの傷なのかな……と、思いながらも、何処からか開けられないか探していると、ボタンを発見した。押すと、真上に扉が動いた。

 

「あ、そういう……」

 

 ここから音が聞こえているのは間違いないようで、竹刀の打ち合いの音が一層、大きく聞こえた。

 何かな? と思って、二人で中にはいると、奥は剣道場になっていた。竹刀を持って打ち合っているのは、セイバーオルタさんと田中さんだった。

 

「田中先輩……?」

 

 マシュが隣から驚いたような声を漏らす。というか、私も実際、驚いてる。あの人、何をしてるのかと思ったら、特訓していたのか。

 こちらのリアクションに対し反応しない辺り、おそらく本気で特訓しているのだろう。

 

「オオオオラアアアアアッッ‼︎」

「遅い」

「このっ、そらァッ‼︎」

「甘い」

「喰らえッ!」

「鈍い」

 

 正直言って、セイバーオルタさんには全然、勝てていない。田中さんの素人剣術は、平然とあしらわられているように見えた。

 しかし、必死に向かっていくその表情を見ては、実力差など関係なく賞賛する気になってしまった。

 以前、私が付き合っていたごっこ遊びのような特訓とは天と地ほどの差がある、少なからず私はそう思った。

 私もマシュも、普段の彼の痴態も忘れて、ただただ見入ってしまっている。それは、審判の代わりのように立っているエミヤさんの表情からも読み取れた。一体、この人に何があったのだろうか? ここまで人が変わってしまうような事が、前の特異点であっただろうか? 

 その答えは、すぐに本人の怒号から漏れて来た。

 

「くたばれ斎藤一ェエエエエッッ‼︎」

「えっ」

「えっ」

 

 ……き、聞き違い、かな……? 

 

「死ね斎藤一! 座に帰れ斎藤一! 砕け散れ斎藤一ええええ!」

 

 聞き違いじゃないね! え、なんで? なんでこうなる? てか、なんで誰も止めないの? 

 

「そうだ、マスター。人を憎め、他人を恨め、その先に強さがある!」

 

 むしろ煽ってやがった! なんて人なんだ、セイバーオルタさん! 

 私だけでなく、隣のマシュも完全にドン引きしていると、私の後ろから声を掛けられた。

 

「どう思う? 藤丸ちゃん、マシュ」

「ひゃっ……て、さ、斎藤さん?」

「僕、こんなに早く他人に嫌われたの初めてなんだけど……」

 

 こ、この人ずっとここにいたのかな……? 

 

「だ、だいじょうぶ? その……」

「大丈夫だよ。僕ってば、生き残ることに関しては誰よりも優れてるからね。それだけ多く敵は作ってきたから」

 

 さ、流石、英霊……嫌われるくらい、どうって事ないって事なのかな? 

 その隣で、マシュが恐る恐る尋ねた。

 

「な、何があったんですか? どうやったら、田中さんがこんなに人を嫌いに……」

「あー……まぁ、察しはついてるんだけどね?」

 

 あ、ついてるの? でも、どんな理由だろう。斎藤さん、結構緩い人だし、今までの厳しい人達とは違うから仲良く出来そうなのに……。

 と、思っていると、扉がまた開かれた。現れたのは、沖田さんだった。

 

「あ、斎藤さーん! こんな所にいましたか!」

「やぁ、沖田ちゃん」

「甘いもの食べに行きましょう? ほら、早く!」

「良いよ……」

「ああああああ手が滑ったあああああ」

「「「「ふおおおおおおお⁉︎」」」」

 

 直後、道場の方から竹刀がブロロロロッとフル回転しながら飛んで来る。反射的に四人揃ってしゃがんで回避する。

 頭上を竹刀が通り過ぎ、後方からズガンッという音。後ろを見ると、壁に竹刀が突き刺さっていた。

 

「何するんですかマスター!」

「あーいや、沖田ちゃんがキレると……」

「うるせええええ! 死ねバーカバーカ! ブアアアアアアカッッ‼︎」

「はああああ⁉︎」

 

 ていうかどんだけ馬鹿力出してんの……? 怒りは人を強くするなぁ……にしても、なんで怒ってんのあの人……? 

 

「なんですかいきなり! 喧嘩売ってるんですか⁉︎」

「うるせー! 死んでしまえ、アバダケダブラ!」

「なっ……い、いきなりなんですか!」

「沖田ちゃん、落ち着いて」

「止めるのは向こうでしょう!」

「もう止まってるから」

「え? ……あっ」

 

 あ、ほんとだ。セイバーオルタさんに後頭部引っ叩かれてダウンしてる。

 

「まったく……ふんっ、マスターのバカ」

「まぁまぁ。甘味ならご馳走してあげるから、落ち着いて」

「本当ですか⁉︎ 行きましょう!」

 

 あっさりと食べ物に釣られた沖田さんは放っておいて……田中さん、微動だにしないけど大丈夫かな……? いや、まぁ自業自得な気もするわけだけど。

 一応、様子を見に行った。

 

「田中先輩、大丈夫ですか?」

「生きてる?」

「生きているに決まっているだろう。竹刀で殴って加減までしてやった」

「でも、動かないんですけど……」

 

 セイバーオルタさんはそう言うけど、この人普通に喧嘩弱いからなぁ……。沖田さんに何度挑んでも負けてるし。

 少し心配になったので、しゃがんで蹲っている顔を見ると、真下に水溜りが出来ていた。

 

「え、泣いてる⁉︎」

「痛みで涙を流すとは……我がマスターながら情けない」

「そんなに痛かったんですか? エミヤさん、湿布を……」

「いや、必要ないだろう」

 

 エミヤさんがそう言う通り、田中さんは身体を起こす。その表情は、いつもの下衆な顔でも、戦略がハマった時のドヤ顔でも、クー・フーリンさんやエミヤさん達とバカやってゲラゲラ笑ってる時の顔でもなく、力無くしょげている顔だ。

 

「自分で自分が情けない……」

「急にどうしたの?」

「斎藤と沖田がムカつく……何も悪いことされてないのに……そんな自分がムカつく……」

「……」

 

 あ、自覚はあったんだ。ていうか……これってさ……。

 チラリ、とこの中で一番、その手の話に理解がありそうなエミヤさんを見た。

 すると、エミヤさんはコクリと無言で頷く。なるほどなるほど……つまり、やっぱり、要するに……。

 

「リア充爆発しろ」

「だよな! あのクソリア充どもマジ爆破すりゃ良いのにな! 令呪でも使ってやろうか⁉︎」

「するのは田中さんの方だよ」

「え、なんで……?」

 

 説明なんてしないよ、バカバカしい。

 

「ていうか、エミヤさん止めなよ。この人、バカだから本当に斎藤さん殺しちゃうかもよ」

「それはないだろう。どんな理由があれ、鍛錬にやる気を出してくれたのなら良い事だ」

「いやそうだけど……」

 

 まぁ……斎藤さんに対する信頼だとでも思っておけば良いのかな? 

 これはー……私にもマシュにも出来ることはないかな。あるとすれば、沖田さんに少し話しておくことか……。

 

「マスター、それはつまり嫉妬という奴か?」

「なわけねえだろ貧乳! 何も知らねえくせに口挟むんじゃねえよ舗装道路!」

 

 セイバーオルタさんにアッパーを喰らい、天井に減り込む田中さんを眺めながらしみじみと思ったと同時に、緊急の呼び出しが発令された。

 

 ×××

 

 場所はいつもの場所。新たな特異点が発生した為、集められた次第だ。魔神柱やソロモン王の話を聞きながら、今後の予定が決まる。

 次の特異点は十九世紀のロンドン。イギリスの時計塔がある有名な街だ。そして、産業革命が起こった頃の話。車や電車が使えるだけでもありがたいという物だ。

 話はまとまり、ドクターが全員に声をかける。

 

「さて、早速レイシフト……と言いたい所だが、今回からはレイシフトする人数を減らそうと思う」

「なんで?」

「単純な話だよ。魔力が不足してしまうからだ。現在、カルデアには数多くのサーヴァントがいるけど、それらを全てレイシフトさせるのは流石に魔力が枯渇しちゃうし、リスキーと言わざるを得ない」

 

 確かに、一人で指揮を取るにも限界があるからね。田中さんは問題ないだろうけど、私は前回のオケアノスで大分、いっぱいいっぱいだった。

 

「それに、霧の都となれば尚更だからね。逸れたりなんてしたら大変だ」

「そこで、君達マスターには連れて行くサーヴァントの選抜をお願いしたい」

 

 ドクターに続いてそう言ったのは、ダヴィンチちゃんだった。選抜、選抜かぁ……。なんだか、偉そうな真似をしているみたいで少し気が引けるなぁ。

 

「連れて行けるのは……そうだな。四騎まで。藤丸ちゃんの場合はマシュを除いて三騎まで。慎重に選ぶ事。良いね?」

 

 私のサーヴァントはマシュ以外だと、ジャンヌオルタ、小次郎、リップ、イスカンダルさん、頼光さん。この中から三人かぁ……。

 霧の街、か。厄介なのは、敵にアサシンがいた時。ならばこちらもアサシンを連れて行ったほうが良いと思って、まずは小次郎。後は戦力差を覆せる力を持ったイスカンダルさん、あと一人は……そうだな。新しい人だし、頼光さんかなぁ……うん、決まり。

 早速、声をかけに行こうっと。……そう言えば、田中さんはずっと黙っていたけれど、誰にするんだろう? 

 

 〜10分後〜

 

 レイシフトのメンバーが集ったのだが……この人、正気? 

 沖田さんにセイバーオルタさんに、エミヤさん……そして、斎藤さん。え、何この修羅場パーティ……エミヤさんも斎藤さんも少し気まずそうじゃん……。

 一番、嫌な予感がしたのか、斎藤さんは引き攣った笑みのまま自身のマスターに尋ねる。

 

「ま、マスターちゃん? なんで僕も?」

「ん? いやだって霧の都だよ? 上手くやれば逸れて斎藤さんだけ孤立させられて、後ろから刺さるでしょ?」

「それ本人に言うか……?」

「ちょっとマスター、斎藤さんに何かするようであれば私が斬りますからね」

「やってみろクソビッチが」

「だ、だれがビッチですか! この童貞!」

「ああ⁉︎」

 

 沖田さんは斎藤さんに甘味をご馳走されたばかりだからか、微妙に釣られかけていることもあってか、作戦前から揉め始めていた。

 一方で、セイバーオルタさんは完全に「我関せず」を貫いているし、エミヤさんも「もう知らん」みたいな空気をビンビンに放っている。これは……私がしっかりしないといけないパターンかな……。

 

「と、とにかく! 今回も、一人も減ることはないように! 良いね?」

 

 強引にドクターがまとめると、私達は一気に青白い穴に吸い込まれ、レイシフトされていった。

 

 ×××

 

 レイシフトには慣れてきたが、レイシフト後の不思議な感覚にはいつまで経っても慣れなかった。

 目の前にあったカルデアス等の風景から一転し、時代も文化も何もかもが違う地に降り立つことになるのだから。

 それでも、7つある特異点の中では、今回が一番現代に近いはず……なのに、私の視界に広がっているのは、今までで一番、現実味のない世界だった。

 

「え……」

「すごいですね……視界が阻害されるほどの霧です……」

 

 マシュがそう呟くのも頷ける程、濃度の高いからだった。もはや煙の中心にいるような感覚だ。

 そんな中、私の前に誰かが立ち塞がり、腕を握られる感触。

 

「ひゃっ……?」

「落ち着いて下さい、マスター。母が手を握っていますので、逸れないようお願いします」

「あ、ありがとう。頼光さん……」

 

 頼もしいなぁ……。母とか何とか言われた時は少し困惑したけど、こういう時は頼もしい事、この上ない。

 そんな中、セイバーオルタさんの声が聞こえる。

 

「というより、この霧はまずいな」

「どうした? セイバー」

「うむ、まずい。異常なほどの魔力を感じる。濃すぎるなんてものではない。マスター、体の方は無事か?」

「平気だよ」

 

 エミヤさんの質問に同意し、私を気にかけてくれるのはイスカンダルさん。

 

『多分、マシュと同化した英霊の耐毒や神秘性などのスキルが藤丸さんにも身についたんだと思うよ』

「なるほど……私がお役に立てたのならよかったです、先輩」

「うん、ありがとう。マシュ」

 

 とにかく、お互いの位置も把握できない時に奇襲でも受けたら溜まった物じゃない。指示を出さないと。

 

「小次郎、マシュ。周囲警戒して。近くの建物を探して中に入ろう」

「分かりました」

「了解した」

「じゃあ、僕が安全そうな道を選ぶよ」

 

 斎藤さんのそういう所は頼もしい。生き残ることに関しては百戦錬磨の強者さんはとてもありがたい。

 

「じゃ、ついておいで」

 

 斎藤さんの指示で、全員移動を始めた。途中、機械の敵やホムンクルスと出会したが、私達の戦略の前では負ける要素がない。そのまま強引に突破している時だった。

 

「……ところで、マスター」

「何? 小次郎」

「もう一人のマスター殿は無事なのか?」

「え?」

 

 言われて、そういえばさっきから一言も話をしていないことを思い出す。そう言えば、確かに静か過ぎるような……と思って辺りを見回すと、どうにも人影が足りない気がする。

 ……なんか、嫌な予感がするよ? 

 

「み、みんなストップ!」

 

 慌てて動きを止める。

 

「突然だけど、点呼を取ります!」

 

 それを言ってから、全員の名前を呼ぶ。

 

「マシュ!」

「はい!」

「小次郎!」

「うむ」

「イスカンダルさん!」

「おう!」

「頼光さん!」

「はい」

「エミヤさん!」

「うむ」

「セイバーオルタさん!」

「もぐもぐ」

「斎藤さん!」

「はいはい」

「沖田さん!」

「(欠席)」

「田中さん!」

「(欠席)」

「「「……」」」

 

 ……そうだね、マシュのマスターは私だけだもんね……。耐毒スキルなんて、普通の人は持ってないよね……。それどころか、沖田さんは病弱持ちだったらしいね……。

 

「田中さんと逸れたああああ⁉︎」

「さ、探せー!」

「いや待て! この霧の中で単独で動くのは危険だ!」

「どうすんの⁉︎ どうすんの⁉︎」

「み、皆さん落ち着きなさい!」

『話の途中だけど、ホムンクルスだ!』

「あああああ!」

 

 控えめに言って、大ピンチだった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。

 

「……」

「……」

「……置いて、行かれた……」

「……喋らないで下さい、マスター。深く吸い込めば命に関わります……」

「……もう関わってるわ……ていうか、ここどこ……?」

「……もう何処でも良い、です……」

「……」

「……」

「……沖田さん……」

「……なんですか?」

「……今まで、ごめんね……?」

「……こちらこそ……」

「ねえ、お姉さん達」

「「?」」

「かいたい、するよ?」

「「……」」

 

 



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幼女に追われてまた幼女。

「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁッッ‼︎」

「まてまてまて〜!」

 

 火事場のクソ力、とはまさにこの事だろう。おそらくアサシンと思われる相手に追われながら、俺は沖田さんを背負って霧の中を全力疾走していた。

 追い付かれていないのは、向こうがいたぶっているのか、それとも本当に火事場のクソ力なのか分からないが、とにかく走っている。

 

「ま、マスター……私を、下ろしてください……」

「ぎゃああああああ! し、死ぬー! 今度こそ死んだこれー!」

「今の、私は……足手まといです……ましてや、サーヴァントがマスターの足手まといになるなど……」

「おおおおお! もう足パンパンだああああ! 神様仏様エウリュアレ様! なんとかしてくださああああああい!」

「聞いてます?」

「おびょろほおおおおおおおおおおお⁉︎」

「何その奇声⁉︎ てか、死にかけのサーヴァントが一世一代の告白をしているんですから、何とか言いなさいよ!」

 

 ゼッ、ハァッ、ヒェッ……! な、何か……何か無いのかっ……⁉︎ 役に立ちそうなアイテムは……! 

 ダメだ、霧が深くて何も見えやしねえ! そもそも、今歩いている道だってよく見えてねえのに……! 

 そんな中、俺の耳に飛び込んできたのは、金属音。石畳の上を走っていたはずなのに、一箇所だけ金属を踏むような音が聞こえた。

 

「!」

 

 ……ワンチャンある、ワンチャンあるけど……半分は賭けだ。でも、この霧の中、上手くいけば生き残れる可能性はある! 

 

「沖田さん、沖田さーん」

「な、なんです……か?」

「行ける? あと一太刀」

「……あ、当たり前、です……! マスターに助けられたままのサーヴァントでは、いられませ」

「いや『あと』というか一太刀も振ってないから『一太刀くらい行ける?』か」

「ムカつく言い直しはやめて下さい!」

「黙ってろ。合図を待て」

 

 元気そうで何よりだ。そろそろ魔霧の中、全力で走るのも限界だ。次が一発勝負、自分の反射神経と瞬発力にかけるしかない。

 口の中に滲む血の味を強引に飲み込みつつ、後ろを見る。霧の中で姿は見えないが、追って来ているのは分かる。追わない理由が無いからだ。

 

「……っ」

 

 そろそろか、と思った直後、カアンッと甲高い音が足元からする。すぐに合図を出そうと、した時だった。

 

「いっ……コフッ⁉︎」

 

 やべっ、限界か……血が! てか、もう足も動かねッ……! けど、後ろからサーヴァントが……死ぬ! 

 

「マスター、動かないで下さい」

 

 そんな声が聞こえたと思った直後、俺が膝をついていたマンホールが斬り裂かれた。

 その直後、俺と沖田さんは真下に落下する。下水道の真横を通る通路に背中を打つかと思ったが、沖田さんがキャッチしてくれた。

 

「ご無事ですか? マスター……」

「次に、備えろ……!」

 

 俺の言うことが分かったのか、沖田さんはすぐに俺を降ろして刀に手をかける。俺も、形だけでも懐から銃を抜いた。

 息を潜め、耳を澄ませる。聞こえてくるのは、マンホールの上からだ。

 

「あれ? いなくなっちゃった……はーあ、はやめにかいたいしておけば良かったなぁ……」

 

 そのセリフと共に、上から足音が遠ざかっていく。それに、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。

 

「ふぅ……危ねえ……うぶっ……!」

「っ、ま、マスター! しっかりして下さい!」

「……吸い過ぎた、死んじゃう……」

「えっ、ちょっ……し、死んって……ど、どうしよう……⁉︎ 私、回復スキルとかありませんし……」

 

 ……マンホールの下に降りれたのはナイスアイディアだったと思うんだけどなぁ……。この濃い霧が室内にまで流れていたら、特異点とかそんなレベルじゃない。ロンドンは滅亡している。

 その上、視界の悪さを利用すれば、マンホールの穴さえ見つからなければ逃げ切れるのは分かってた。見つかっても、魔霧は消える。いくら死力を尽くしたとはいえ、俺一人に追いつけなかった……或いはいたぶっていた時点で、相手は単騎。沖田さんを援護すれば勝てる。

 でも、やっぱ逃げ切った後だよな……。このままじゃ、結局死ぬ……。

 

「やれやれ、こういうのは俺の役割と違うんだがな。しかし、あの探偵小僧に『面白いものがいる』などと言われれば仕方あるまい」

「! 何奴……!」

 

 そんな中、声が聞こえた。ぶっ倒れた俺の前に、沖田さんが立ち塞がり、声の方を向く。

 

「まぁ、引き受けた以上は最低限の仕事はこなすとしよう」

「何者か答えなさい。さもないと……」

「落ち着け。俺は、敵ではない。……と言って信用するマヌケではないな。俺は勝手に宝具を使わせてもらう。どうするかはお前らが決めろ」

 

 さっさと殺せ、と命じたい所だが、本当に殺すつもりなら何も言わずに宝具を使ってる。このままじゃどうせ死ぬし、味方だと信じて使わせても良いかもしれない。

 

「沖田さん……」

「? なんですか?」

「とりあえず、やらせてみよ……ゴフッ」

「っ、ま、マスター……!」

「『ではお前の人生を書き上げよう。タイトルは……そう』」

 

 そう言うと、下水道の奥の道が薄らと光る。青く光ったその後、俺の身体を包み込むように発生したと思ったら、徐々に俺の身体の魔霧によるダメージが修復されていく。

 ……いや、それどころかなんか力が漲ってくるような、そんな気さえ……。

 

「お、おおお……⁉︎」

「マスター、身体の具合はいかがですか?」

「いや、良いよ。すごく良い感じ」

「他人に自分の宝具をペラペラと話す気はないが、説明だけしておいてやる。元の姿に戻し、外の魔霧耐性をつけてやっただけだ。……まったく、まともな人間を描くなど、俺の主義に反するのだがな」

「サンキュー」

「礼などいらん。取引の一環だ」

「は?」

 

 取引? 何かこっちに要求があると? 

 

「俺が借宿にしている本屋がある。そこの2階に魔本が住み着いている。そいつをなんとかしろ」

 

 そう言いながら、ようやく暗闇から姿を現したのは、青い髪の子供だった。眼鏡をかけていて、ペンのようなものを手に持っている。

 

「あんたがサーヴァントか?」

「そうだ。悪いが、お前らに拒否権は無い。カルデアの諸君」

「……お前は何処の所属だ?」

「お前らを助けた時点で、野良に決まっているだろう。一々、口にしないと確認も出来ないのか?」

 

 ……ほほう、そう言うスタンスね。

 

「バカ言え。口で確認することに意味があんだろうが。頭の中で勝手に理解するのと、相手の口から聞いたものを飲み込むのじゃ全然、違ぇーから」

「面倒なものだな。考えることを放棄した奴はこれだから、好きになれない」

「何でもかんでもショートカットしたがる方が余程、考える事を放棄してると思うけどな」

「……」

「……」

「あの……お二方? そこまでにしておいた方が……」

 

 ……だな。野良なら喧嘩する理由もない。とりあえず、先に進もう。

 

「わーったよ。そいつをぶっ倒せば良いんだな? 沖田さんが」

「そこで結局、私ですか⁉︎」

「それで構わん。行くぞ」

 

 とりあえず、地下水路を通ることにした。のんびりと歩きながら、ふと気になった事があったので聞いてみた。

 

「そういや、沖田さん。なんでまだ合図出す前だったのに、あそこで床切るって分かったの?」

「何となくです。それなりに長い付き合いですし、マスターのことで沖田さんが分からないことなんてありませんよ?」

「……」

 

 ……さいですか。なんか、少し嬉しく感じてるんだけど、多分気の所為だろう。

 

 ×××

 

 そのまま俺達は古書店に来た。店主らしき男が眠っている。

 

「……ここか」

「ここではない。ここの2階だ」

「指摘が細けえな」

「細かいのは当然だ。一階で魔本を探すために荒らされても困る」

「お前の借宿なら、むしろ暴れてズタズタにしてやっても良いかもなオイ?」

「すぐに暴れたがる奴ほど、頭に持ち腐れた宝があるという典型だな、お前は」

「そんな典型、聞いたことねえよ」

「当たり前だ。俺が今、作った。しかし、的を射ているだろう?」

「あの……お二人とも、そこまでにしませんか? ホント、私の身にもなってください」

 

 ……そうだな。今はこのチビガキにキレても仕方ない。さっさと仕事を片付けよう。

 

「おい、ガキ。その本に情報は無えのか?」

「ある。……が、教えはしない。未だ敵か味方か分かっていない俺の言葉を鵜呑みにする程、貴様は愚かではあるまい? まぁ、結果的に言えばその用心深さの方が余程、愚行ではあるのだがな。一度、体験して来い」

「なわけねえだろ。だってお前、あいつを倒せないから、俺達に助けを求めに来たんだろ? どっかの誰かの……探偵? に唆されて」

「まぁ、その通りだな」

「でも、その語彙力の多い罵倒はバカじゃない証拠でもある。お前が知ってる範囲で良い。奴のことを教えろ。さっさと終わらせて、俺達も仲間といい加減、コンタクトを測らないといけねえんだよ。その方がお前の安全も確保してやれるぞ」

「……チッ、やりづらい奴だな」

 

 ……なんか知らんけど、それはこっちのセリフだ。唯一わかってるのは、こいつは自分から前に出るタイプではないキャスタークラスだと言うこと。ていうか、戦闘能力は皆無と見て良いだろう。

 ならば、ハッキリ言って俺はこいつを見捨てて仲間と合流してから、上の魔本を倒しても良いと考えていた。

 それをしない理由は、こいつが敵だったとしたら、当然こいつを動かした探偵も敵だからだ。

 ならば、俺とこのチビの動向を、探偵はどこかで見張っているはず。狙いはこっちの戦力の把握。何なら、全員揃った所で魔本と一緒にドカンなんて事もある。

 が、俺と沖田さんの二人だけにドカンはしないだろう。メリットとデメリットに差があり過ぎるから。

 それに、情報がここで聞いて出て来ないようなら、やはり偽物。ここで目の前のチビを殺せば良い。

 すると、チビは仕方なさそうに言い始めた。

 

「上の魔本は、サーヴァントだ。正確に言えば、サーヴァントになりたがっている魔力の塊、と言うべきか。そこで寝ている主人は早速、襲われ、今や覚めない夢の中さ。この街には、そんな住民で溢れている」

「ふーん……」

「では何故、そういうことをするのか? 簡単だ。マスターを探し、擬似サーヴァントとしての実体を得ようとしている」

「あの……難しくてよく分からないんですが……」

「沖田さんはその辺の本でも読んでて」

「なんでそうやって沖田さんをバカ扱い……!」

「後で甘味」

「役目がきたら教えてくださいね!」

 

 よし、おk。

 

「魔力の塊である以上、実体なんてないわけだ。すると次の問題。なんで魔力の塊が本の形をしているのか?」

「答えが分かっている癖に質問をするな、アホめ。おとぎ話の概念がサーヴァントだからに決まっているだろう。今から奴に名前をくれてやる。実体が出来たら、後はお前らでやれ」

「はいはい。沖田さん、行くよ」

「はーい!」

 

 そんなわけで、二階に上がった。後は、どれだけ強い奴が出て来るか、だが……ま、何とかなるだろ。

 二人で関節を伸ばしつつ、首をゴキゴキと鳴らし、二階に降り立った。まず目に入ったのは、中央でぷかぷかと浮いている大きな本。それが、静かに佇んでいる。

 

「やるよ、沖田さん」

「はい!」

「良い? 基本、好きに暴れて良いけど、なるべく作戦は……」

「お前に名前をつけてやるぞ、ナーサリーライム!」

「「人がまだ話してる途中でしょうがあ!」」

「知るか。早く戦え。ここの本はもう飽きた。一刻も早く外に出たい」

 

 本の中から徐々に象られた少女との戦闘は、唐突に始まった。

 

 



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口の悪い奴らは気が合う。

 ナーサリーライムの撃破が終了したが……まー手強かった。すんげー強かった。沖田さんも超やりづらそうだったし、俺も階段の脇でのんびり眺めているしかなかった。

 それでもアンデルセンの援護もあってか、速度を活かして翻弄し何とか無明三段突きで終わらせてくれた。

 

「……死ぬかと思った……」

「まったくだな。侍が敵を斬るのに時間をかけてどうする」

「それな。手間取りすぎなんだよな」

「黙ってくれませんか⁉︎ 情けない男組!」

 

 いやー、話してみるとおもしろいやつだわ。アンデルセン。何が面白いって、作家独特の言い回しと言葉遣い。沖田さんを煽るのに使えそう。

 

「さ、終わったのならお前らには次の仕事だ。あまり頼りにならなさそうな奴らではあるが、それでも俺一人よりはマシだ。外に出て安全圏まで案内しろ」

「あなたは本当に最初から最後まで何様ですか! ねぇ、マスター?」

「何を言っている、沖田総司。こいつは単体では役に立たないクソ雑魚キャスター様だ。ならば、取引相手に過ぎない奴相手には舐められないよう強気な態度に出るのは当然だろう」

「ほう、話が分かるな、人類最後のマスターの一人。流石、俺と同様に戦闘では役に立たない括りに入るだけのことはある」

「何も分かっていないな、人魚姫の作者殿。俺という魔力の供給源は存在しているだけで役に立つ。今の戦闘も俺がここで大人しくしていたから、沖田さんはナーサリーライムに勝てたんだ。むしろ、口が饒舌なだけの小さい木偶と一緒にされては困るな」

「ハッハッハッ、中々愉快な解釈をしてくれるな。お前,童貞だろう。作家に向いていると思うぞ」

「鬱陶しい! なんですかマスター、そのちびっこと同じような口調になって⁉︎」

 

 おっと、気付いてしまったか。でもこの話し方、わりかし面白いし楽しいのよ。何故か単語がスイスイ浮かんでくんの。

 まぁ、これも仲良くなったからこそのことよ……なんて思いながらアンデルセンを見ると、実に不愉快そうな顔でコチラを見ていた。

 

「おい、待て。それは俺の真似のつもりなのか? 違和感は感じていたが、いざ聞かされると不愉快だ。やめろ」

「真似? 冗談は身長だけにしておけよ、親指姫。俺は元からこの話し方だ。自意識の高さは物語の中だけにしておくんだな」

「言った言葉を訂正するぞ出来損ない。人の猿真似しか出来ん童貞以下には、作家の真似事さえ出来ん。思春期の間にアイデンティティも学べん阿呆は、外でパリピごっこでもしておけ」

「いやもういいですから黙って下さいダブル童貞!」

「「黙るのはお前だ単独バージン!」」

「ぶち殺しますよあんたら⁉︎」

 

 ……まぁ、確かにこんなことしている場合ではないな。そろそろ特異点について調べないといけない。

 コホン、と咳払いして、とりあえずアンデルセンに声を掛けた。

 

「で、お前どうすんの? 出来れば協力して欲しいんだけど。俺も沖田さんもお前の宝具がないと死んじゃうし」

「断る。協力する気など毛頭ない」

 

 言うと思った。こいつあまりにも性格悪いし。ま、それならしばらく休憩で良いでしょ。

 

「あー……じゃあ、沖田さん。しばらくここにいよっか」

「やめておけ。もうすぐここの古書店の主人が目を覚ます。それで警察など呼ばれれば面倒に巻き込まれるぞ。いや、巻き込まれるという表現は正しくないな。不法侵入は事実だ」

「は? え、じゃあお前はどうすんの?」

「俺は魔霧にも耐性がある。外に出るさ」

「一人だけトンズラこくつもりかコラ⁉︎」

「今更その事実に気がつくとは、やはり脳の回りが遅い奴だなお前は」

 

 あったま来た。こいつほんとにムカつくわ。

 

「沖田さん、やっちゃえこいつ」

「やってどうするんですか。やってもどちらにせよ出られませんよ」

「でもこのままやらなかったらやらずに出られないっていう最悪の答えが出てくる」

「いやでも野良サーヴァントなら、これまでの傾向的に私達の手助けをしてくれる可能性が……」

「敵に回る可能性もあんだろうが!」

 

 なんてやっている時だった。ギィッ……と、扉が開かれる音がする。顔を向けると、店の扉をひっそり開けているアンデルセンが目に入る。

 

「じゃあな、五流作家とサーヴァント。その安物のペンでお前達の三文小説を、せいぜい描くと良い」

「あ、待てコラ……!」

 

 逃げられた。最悪だ。まだ一発も殴ってないのに……まぁ、あの様子ならどっちつかずを貫きそうではある。もう放っておこう。

 それよりも……と、思っている時だ。カウンターの方から「んんっ……」と声が聞こえる。どうやら、主人が目を覚ましたらしい。

 

「やっば……お、起きる!」

「隠れましょう!」

「本屋のどこにだよ⁉︎」

「本屋っていったら隠し扉があるものでしょう!」

「お前さてはここに来る前に謎解き系ホラゲやってやがったな⁉︎」

 

 いや、しかし隠れるしかない。まさかここの主人を鏖殺するわけにもいかないし。

 どこに隠れるかを探し回った後、本当に本棚の間に亀裂を見つけた。

 

「こいつ、動くぞ!」

「コクピットだけを狙いましょう!」

 

 そんな話をしながら、その亀裂の間に指を入れて開けると……その奥にあったのは掃除用具入れだった。

 

「なんでこんなもん隠すんだよ本棚の奥に⁉︎」

「でも、ここなら……!」

「定員オーバーだ! マスターに譲れ!」

「ふざけないでくださいよこんな時に!」

「うるせーな! てかお前、刀腰に当たってんだよ!」

「うるさーい!」

「うごっ……!」

 

 強引に押し込まれ、そのまま二人で掃除用具入れに入った。

 ちょっ……お、沖田さん柔らかっ。腹筋も腕も筋肉質なのに近寄ると柔らか! 

 

「ま、マスター! 近いです、離れて下さい!」

「うへへ、綺麗なお嬢さん。おっぱいが非常に柔らかいですね」

「気持ち悪っ! な、なんですか急に⁉︎」

「いやこのシチュエーション悪くないわ! この特異点は解決するまでここでやり過ごそうや!」

「な、何言ってるんですか! そんなの、藤丸さんが怒る……!」

「大丈夫大丈夫。どうせ俺らここから出られないんだし、怒られないって。……それに、ここなら沖田さんのおっぱい揉み放題じゃあうへへっ」

 

 ……と、怒らせれば怒らせるほど沖田さんは恥ずかしさより怒りが増していくから、変な空気にはならないだろう。いや、半分本音なんですけどね。

 でも本当にここにいるしかないのよ。アンデルセンの宝具がどれだけ続くかはわからないし、かと言ってここに警察が来れば一巻の終わり。暇かもしれないけど、その時は二人でしりとりでもやればなんとかなるだろう。

 なんて考えている時だった。

 

「……ほ、ほんとに沖田さんの胸、揉むと嬉しいですか……?」

「へ?」

「でしたら……まぁ、今だけなら……」

 

 ……え、何「今だけなら」って……揉んで良いってこと……? 

 

「……」

「……」

 

 いや、いやいやいやいや、そんなこと言われたら俺揉んじゃうよ? 良いのあんたそれで。仮にも喧嘩してた仲でしょ。確かに周りで誰も見てないとはいえ、やっぱ羞恥心には限度ってものがあると思うけど? 

 

「おいおい、俺をただの口だけすけべだと思わない方が良いぜ沖田さん。そんなこと言ってると、ほんとに揉んじゃうよ? 良いの? 良くないでしょ? 良くないことを口にするのは……」

「誰も見てないのでしたら……」

「でしたら?」

「どうぞ……」

「え……ど、銅像?」

「いえ、ですから……どうぞ」

「……」

 

 ……ダメだろ。いや決してチキったとかではなく、こう……なんか、日本人の倫理的にこう……ダメだろ。

 

「……あ、あの……沖田さん? 流石にそういうのは、こう……俺よくないと思うの。だってほら……マスターとサーヴァントだし、こう……マスターの立場を利用してどうこう、みたいなのは俺もしたくないかなー的な……?」

「……立場を利用してロッカーから追い出そうとしたくせに」

「ううううるせーな!」

「チキン」

「ぶちのめすぞビッチ」

「び、ビッチじゃありません! ……こんな真似するの、マスターにだけです……」

「えっ……」

「……」

「……」

 

 おい、こいつほんと何言ってんだよ……人を緊張させてそんなに楽しいんかコラ。ていうか……なんか、沖田さんって可愛い? あれ、もしかして……実は沖田さんって可愛い⁉︎(2回目)

 いやいやいや、バカ言うな俺。本当に可愛い子って誰のことを言うのよ。今までの俺が恋した女の子たちを思い返してみなさい。

 ジャンヌ・ダルク……言わずもがなの聖女。そのあまりの落ち着きと美女っぷりと胸の大きさは、それはもう天使の如くだ。

 ネロ・クラウディウス……言わずもがなの妹。天真爛漫、純真無垢、そして大きなおっぱい。少なくとも俺が出会ったネロは全然、暴君ではない。

 エウリュアレ……言わずもがなの女神様。余裕まんまの不敵な笑みから漏れるツンデレ感は、それはもう幼馴染かと思うほどだ。胸は小さい。

 よし、そいつらに比べりゃ沖田さんなんて……アホな脳筋で基本的に斬れば何とかなると思っている。だけど割とウブで頭の軽さから非常にチョロい、それ故の純真さを兼ね備えていて、その笑顔はわりかしかわいい。胸も大きい上に美乳で、割と戦闘中の息もピッタリあう……。

 

「ちっがああああああう!」

「何がですか?」

「沖田さんなんて可愛くなああああい!」

「……」

 

 あれ、なんか空気が変わったような……と、冷や汗をかいた直後だ。目の前の沖田さんから、ぐすっとしゃくり上げるような声が聞こえる。

 

「……そうですよね。やっぱり、沖田さんなんて、ジャンヌさんやネロさん、エウリュアレさんに比べたら、可愛くないですよね……」

 

 なんでこいつショック受けてんだ⁉︎ え、ホントどうしたのこの子……いや、そんなことより……沖田さんが泣いてるとなんか俺も嫌だ! なんとかしないと……! 

 

「あー、うそうそ! 沖田さんちょー可愛い! おっぱいもめっちゃ柔らかい! ほーら、もみもみ!」

「……いえ、分かってますから。所詮、沖田さんは人斬りですし……」

「それは俺も一緒だから! てか俺の方が悪いわ。他人に人殺し強要して自分は手を汚してないんだから! だから沖田さんかわいい!」

「……」

 

 なんとか捲し立てる。……俺は一体なんで焦ってんだ……バカなのか? それともアホなのか? 沖田さんがどうなろうが別に……。

 

「もう……ホントにマスターはバカですね……?」

「お、俺は賢いから!」

「でも……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです……」

「は、はははー……」

 

 目を逸らしながら、誤魔化すようにため息を漏らした。……ていうか、流れで揉んじゃったけど、マジでこの人の胸柔らか……なんてやっている時だった。

 

「あっ」

「「えっ」」

 

 掃除用具入れの扉が開かれた。そこに立っていたのは、アンデルセンの首根っこを掴んでいる甲冑の女の人と、その後ろにマシュ、藤丸さん……などなど、その他大勢。しかも、全員ジト目になっていた。そりゃそうだろう。ロッカーの中を開けたら、俺と沖田さんが乳繰り合っているのだから。

 シーン……と、空気が凍りつく反面、俺と沖田さんは顔が真っ赤になる。おい、これどうすんだ。俺のサーヴァントたちでさえゴミを見る目で見てんぞ……。

 そんな中、だ。高らかな笑い声が聞こえて来た。

 

「ふははははっ! これは最高傑作だな、俺にも書けまい! 童貞と処女の粗末な恋愛小説になると思いきや、まさかそれを飛び越えて官能小説になるとはな! 流石、チェリーが並んでいるだけある、俺の腹筋を瓦解させるつもりのようだな! ふはははははは!」

 

 笑い声が古書店内に響き渡る中、真ん中の兜の女は手からアンデルセンを捨てる。

 そして、藤丸さんとマシュの方へ顔を向けた。

 

「あー……こいつら、お前らのツレか?」

「「違います」」

「じゃあ敵だな?」

「「そうです」」

「「そうなの⁉︎」」

「じゃあ、やっちまうぞ」

「「どうぞどうぞ」」

「クラレント」

「「待て待て待……!」」

 

 古書店の壁が本棚と掃除用具入れ諸共吹き飛んだ。

 

 



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