「別れ」の物語 (葉城 雅樹)
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アルトリア・ペンドラゴン(セイバー)編
第1節 「騎士王」との語らい


※10月4日にサブタイトルを変更しました。

※11月11日に話の内容や今後増えるサーヴァントのことも考慮して精算期間を一年間に変更しました。

この「別れ」の物語はこのアルトリア・ペンドラゴン(セイバー)編の第1節の冒頭設定さえ把握していただければ、どのエピソードからも読めるようになってます。どうぞ気になるサーヴァントの話からお楽しみください。


「お待ちしてました、マスター」

 

 自動扉が開くとともにこちらに向けて透き通った声が聞こえてくる。わたしはその声の主である金髪碧眼の女性に笑顔を向け、言葉をかける。

 

「待たせてごめんね、アルトリア。 じゃあ、最後に少し話をしようよ」

 

「ええ、私も最後に貴方と話がしたいと思っていました」

 

 そう言って、騎士王と呼ばれた彼女はやんわりと微笑んだ。

 

 

 

 ――すべての目的は達成された。魔術王による人理焼却も、その後の人理再編も沢山の困難の果てに乗り越えることが出来たのだ。

 そして、カルデアはその役目を終えることになった。全ての問題が解決し、カルデアの解体が決定された以上、召喚されていたサーヴァント達との契約も終了することになる。しかし、サーヴァントは意思を持っている為に、契約を一方的に断つのは危険だ。

 そういった事情と諸々の手続きや起動している設備の停止にかかる時間を踏まえて、マスターと全てのサーヴァントの関係を清算する期間として一年間の猶予が与えられたのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、何から話そうか」

 

 そう言ってわたしはアルトリアとの思い出を振り返る、共に特異点での戦いを乗り越えたこと、マシュと3人で聖剣の力の更なる解放のための試練に挑んだこと、時々起こるお祭り騒ぎの時に暴走するサーヴァントたちを諌めていたこと、思い出せばキリがない。

 

「そうですね、では召喚された時のことから話を始めましょう。 確か私がここに召喚されたのは第二特異点の修復後、しばらくしてからだったと記憶しています」

 

 わたしは思い出す、アルトリアが召喚に応じてくれた時のことを。

 

 

『――問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 第一声は確かこの言葉だった。それに対して未熟だったわたしは特異点Fで戦った、オルタの方のアルトリアを思い出してしまって、うまく答えられなかった。

 

 

「そうだった、確かあの時、わたしは怯んじゃってアルトリアを困らせちゃったんだよね」

 

 昔のことを思い出して苦笑いしてしまう。今でこそ笑い話だが、当時のわたしにとって特異点Fで対峙したアルトリアのオルタは恐怖の象徴とも言うべきものだったのだ。

 

「ええ、あの時貴方が怯えてるのがはっきりと分かりましたから。 私には心当たりがなかったので少々困ってしまったのをよく覚えています。 ですが事情を知った今では仕方の無かった事だと思いますよ。 それに、貴方はとても強くなった」

 

「そんなに力がついたとは思えないんだけど……」

 

「ふふっ、貴方はたまにおかしなことを言いますね。 私が言いたかったのは肉体的な強さではありませんよ、精神的な強さの話です」

 

 そう言いながらクスッと笑っているアルトリアを見て的外れな受け答えをしてしまったことに気づいてしまった。そして、恥ずかしさで思わず顔が赤くなってしまったのが自分でも分かった。

 

「貴方は覚えているでしょうか、誰もいない荒野で私とマシュとリツカ、3人で聖剣のさらなる力を解放するために戦ったことを」

 

「もちろん、あの時はびっくりしたよ。いきなり悪魔や竜種と戦うことになったから」

 

「いいですかマスター。 貴方は人理焼却、そして人理再編と言う大きな困難に立ち向かった。 そのことはほとんどの人が知らないかも知れません。 力を奮ったのは我々英霊だったかも知れません。 カルデアのスタッフや特異点の住人サポートなしで乗り越えられなかったかも知れません。 しかし、それでも貴方はマスターとして私たち英霊を率い、困難にも音をあげること無く立ち向かい続け、そしてすべての事態を乗り越えたのです。 そう、あの時も言いましたが貴方達は限界のないことを自ら証明したのです。リツカ、貴方の意志の強さは決して我ら英霊にも劣りません。 」

 

 そう言われて気づく、これはアルトリアからわたしへの激励(エール)なんだ。だからわたしは満面の笑みで答える。

 

「アルトリアにそう言われると私も少しは自信が持てるかな、これからも頑張っていけそうな気がする」

 

「それは良かった。 それにしても貴方の笑顔は良い。見ているこちらまで明るい気分になります」

 

 唐突に褒められるとやっぱり恥ずかしい。わたしは彼女の方を見てられなくなって思わず目を逸らしてしまった。

 恥ずかしいと顔が赤くなるとはよく言うけれど今のわたしは正にその状態なんだろう。そんな顔を見られたくなくて間髪開けずに口を開く。

 

「あ、そうだ。 最後だから聞いておきたいんだけど、カルデアでの暮らしはどうだった?」

 

「とても良いものでした。 貴方というマスターに出会えたこと、誇りある戦いができたこと、沢山の英霊と肩を並べて戦えたこと、他にもありますが良い経験を多くすることが出来ました」

 

 あ、ダメだこれ。恥ずかしさから話題を変えようとしたのに結局褒められたことに照れてしまって、思わず顔を伏せてしまう。

 

「マスター、大丈夫ですか? どうも先程から顔が赤いようですし、熱でもあるのではないでしょうか?」

 

 そんなことをしたせいか彼女を心配させてしまった。大丈夫だよと手と表情でアピールをして会話に戻る。

 

「この際だから聞いちゃうけど、不満は無かったの?」

 

 質問をしたわたしは何個かの答えを想像していた。アルトリア多すぎ問題を筆頭として時折男子高校生のようなノリで暴走を始める円卓の騎士、やたらと突っかかりにいったりプリドゥエンを無許可で持ち出すモードレッドに、熱い視線を向けてくるメディアさんやギルガメッシュ王、人違いで追いかけてくるキャスターの方のジル・ド・レェなどなど上げればキリがない。

 

「そうですね、特に思いつかないです。少し厄介なことはあったりもしましたが、不満という程のことはないですね」

 

「えぇ!? 本当に? 自分の別の側面が多すぎることとか円卓の騎士の暴走とか他にもいろいろあるでしょ!?」

 

「む……リツカ、貴方は色々と誤解しているようだ。せっかくの機会です、最後に貴方が考えていた私の持っている不満とやらを洗いざらい話してもらいましょう」

 

 帰ってきた想定外の反応に思わず口を滑らせてしまった。でも自分の想像とアルトリアの思っていたことが違ったのも事実だしこの際全部確認させてもらおう。

 

「そうだね、最後だし全部聞かせてよ。まずは自分の別側面の多さについてはどう思っているの? 人理修復前に冬木に行った時にはセイバーのクラスのオルタくらいしか居なかったけど今となってはかなりの数がいるよね? それに男の方のアーサーも今ではいるし」

 

「その事ですか、フユキでも言ったと思いますが彼女たちは私にとっては別人なのです。まず、男性のアーサー王に対しては境遇や性格が似ているのもあって個人的には話しやすい相手ですよ。そして、私の別側面についてですね。確かにオルタの私の考え方は私とは噛み合わないものでしょうし、私には有り得なかった別の可能性を辿っている幼い私は見てて気恥しいものがあります。挙句の果てには約束された勝利の剣(エクスカリバー)を二本持ってたり訳の分からないサーヴァントユニバースなる世界から来たといい全てのセイバーを殺すなどと言って度々私を付け狙ってくる私までいる始末です」

 

 そこまで神妙な顔で言ったあとアルトリアは表情を和らげて、ですが、と続ける。

 

「以前にも話しましたが、今の私は自分の人生に未練はあっても後悔はないのです。他の可能性を歩んだ彼女たちに興味がないかと言われると嘘になりますが、別に特別な感情を抱くことはありません。それこそ英雄王に比べると大した問題ではないですね」

 

 アルトリアの言葉は衝撃的であると共に至極納得のいくものでもあった。わたしはアルトリアのあまりの達観っぷりに一瞬言葉を発しかけたが、彼女自身は全く不満もない様なのでそのことについては何も言わずに話を続ける。

 

「あぁ……やっぱりギルガメッシュ王が一番苦手?」

 

「そうですね……やはりそうだと思います、かの英雄王は非常に強力な英霊ですし、偉大な王でもあるのでしょう。しかし私とはあまりにも相性が悪いのです。これはここに召喚される前の話なのですが……」

 

 そう言ってアルトリアは自身とギルガメッシュ王の過去の話を聞かせてくれた。その話はあんまりなものであったが同時にあのギルガメッシュ王なら有りうるとも思えるものだった。

 

「私と彼の因縁は理解してもらえたでしょうか?」

 

「うん、それにしてもなかなか災難だったんだね……」

 

「今はあの時英雄王がキャスターで召喚されていればこのような事もなかっただろうにということも考えてしまいますね。キャスターの彼は比較的話のわかる人物のようですし。その点貴方は上手くやっていますよ、英雄王とうまく付き合えているのですから」

 

「いやいや、そんなことないよ。今だってたまにハラハラするもん」

 

「実際ここまで上手くやれているのだから貴方はもっと自分を誇ってもいいと思いますよ。それで、まだ貴方の考える私の不満はありますか?」

 

「じゃあ、自分の部下だった円卓の騎士がその……たまにやらかしてしまう事についてはどう思ってるの? 2016年のハロウィンの時とか」

 

 空飛ぶ居眠り豚呼ばわりされるトリスタンや、タラシのランスロット、トラブルメーカーのモードレッドに、天然ボケを多発するガウェインなど円卓の騎士はなかなかに癖の人物が多い。そんな彼らをアルトリアがどう思っているのかについては以前から気になっていたことであった。

 

「まず、再び彼らとともに肩を並べて戦えることは非常に嬉しく思います。それに彼らの素行についてですが、私は特になんとも思っていませんよ。寧ろ懐かしさすら感じるくらいです」

 

「え……円卓の皆は昔からあんな感じだったの?」

 

 円卓の騎士とマーリンを見てるといつも思うことがある。――いったいどんな国だったんだ、ブリテン。

 

「ええ、ですが彼らが変わっているだけではないのはマスターもよく知るところでしょう。彼らは確かに栄えある円卓の騎士の一員なのです。確かに変わっている部分もありますが、重要な局面では必ずその力を発揮してくれる。本当に頼もしい騎士達です」

 

「うん、皆とても頼りになる仲間だよ。円卓の皆の協力なしじゃこの旅は成り立たなかったかもしれない。ところで――」

 

 そう言いかけてわたしは口を噤む。この話しはとてもデリケートな問題だ。わたしが立ち入っていい問題ではない気もする。気づいたのはだいぶ前のことだけど、それでも今まで直接聞くことが出来なかった。

 だからこそ今聞くべきではないか、未練を残すべきではないと言う思いとあまりにデリケートな問題なのでたとえ最後であっても聞いていい話ではないだろうという二つの考えで葛藤し、思考の海に沈んでいく。

 

「リツカ」

 

 そう私を呼ぶアルトリアの声でわたしの意識は一気に思考の海から引き上げられる。その時見たアルトリアの表情は――微笑んでいるのにとても悲しみを覚えるものだった。

 

「貴方が言いかけて押し黙ってしまった話の内容はおおよそ検討がつきます。恐らく……モードレッド卿の事ですね」

 

「それは――」

 

 これも直感スキルの能力だろうか。わたしの考えていたことは完璧に見抜かれていた。その事実とアルトリアから話題を切り出された事で答えに詰まってしまう。

 

「貴方の顔を見ればおよそ察しがつきます。契約している全てのサーヴァントとのコミュニケーションを大事にする貴方のことだ、きっと私とモードレッド卿との間にある隔たりの原因やその内容についても大体は分かっているのでしょう。ですから私から先にお答えしましょう。私がモードレッド卿について思っていることを。彼女はかつて円卓の騎士の一員であり、反乱を起こし私に敵対した、そして今は貴方のサーヴァントとして共に戦う者である。その実力はもちろん認めています。ですが、元上司として円卓の騎士という肩書きを持つ以上、もう少し騎士らしい振る舞いをして欲しいと言ったところでしょうか。ただそれだけです」

 

「アルトリアはモードレッドを憎んでないの? 聞いた話によるとモードレッドが起こした反乱のせいでブリテンは滅びたんだよね?」

 

「私は生前彼女に憎しみを抱きませんでした。そしてそれは今も変わりません。しかしそれと同様に彼女を自身の子だと思う事はありませんし、おそらく今後もないでしょう。確かに、彼女が私の血を引いている(子である)のは紛れもない事実です。しかし、それは私が認知しない時にモルガンの奸計によってなされた事です。だから私はモードレッド卿を自身の子と認めることは出来ません。そして、過去の話ではありますが王位継承を認めなかったのは、彼女を私の子と認めなかったこととは全く関係ないのです」

 

「そうなの? 聞いてた話からそういうことかと思ってたよ」

 

「仮に私よりモードレッド卿の方がブリテンをより良く治めることが出来ると私が判断していたのであれば王位継承を認めることもあったでしょう。しかし私は彼女が王になることでブリテンが良くなるとは思えませんでしたので、王位継承を認めなかったのです。マスター、貴方が私と彼女の関係について苦々しく思っていることは薄々気づいていました。そしてそれを言い出せなかったのも。そして、これが私の答えなのです」

 

 アルトリアはとても真摯に答えてくれた。でもその答えはとても悲しいものだった。――だって、モードレッドとアルトリア、少なくともセイバーのアルトリアの関係は平行線をたどることしか無いのだから。

 それでも、わたしはきちんと話をしてくれたアルトリアに答えなければならない。

 

「聞かせてくれてありがとう、アルトリア」

 

「こちらの方こそ、今まで悩ませてしまって申し訳ありません、もっと早く貴方に話しておくべきだった」

 

「じゃあ話を戻そうよ、まだまだ聞きたいことがあるんだ」

 

「ええ、先程も言ったように洗いざらい聞かせてもらうとしましょう!」

 

 わたしは重くなった空気を払拭するかのように明るめの声で話題を切り替える。そしてアルトリアもそれに応えてくれる。

 

 二人だけの時間は、まだもう少しだけ続く……




はじめまして。防要塞唯我と申します。物語を綴るのは5年ぶりくらいなので見苦しい点もあったとは思いますがよろしくお願いします。
この小説を書こうと思ったきっかけはFGOのコンテンツが拡大しすぎたことに不安を抱いてしまったからです。大きくなりすぎたFGOは完結を迎えることが出来るのかという危惧からこの話を書き始めました。
Fateとは出会いの物語であると同時に別れの物語であるとよく言われています。その別れが果たしてくるのかどうかが分からなくなってしまったためにまずはこのハーメルンでそのような内容の作品があるかを調べてみました。私の検索が甘ければ申し訳ないのですが、ハーメルンには現在内容がかぶる作品はなさそうでしたので自分で書いてしまえという結論に至ったわけです。私の稚拙な文でも読んで楽しんでくれる人がいるなら幸いです。

後編(もしかしたら中編)についてですが出来れば1週間以内にあげたいと思っています。話の内容はある程度出来ていますのでおそらくは大丈夫だと思います。

ここまで読んでくれてありがとうございました。


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第2節 「騎士王」へ贈るサプライズ

思っていたより筆が乗ってしまったので中編という形になりました。それではどうぞ。
※10月4日にサブタイトルを追加しました。


「――と、こんな感じですかね。私とキャスターのジル・ド・レェに過去にあった出来事は」

 

「あはは……ジャンヌと叫びながらアルトリアを追いかけるジルの姿がはっきりと想像出来ちゃったよ」

 

「この件に関しては今となっては少し納得しています。このカルデアに来て実際のジャンヌ・ダルクを見た時に確かに私と彼女は少し似ていると思ったのです。()()()()()()()()()()顔立ちやその生き方には多少似通った部分があると私自身が思ってしまったのです。とはいえ、彼の行動が迷惑極まりないのも事実ですがね」

 

 アルトリアが強調していたように、体つきを除けばアルトリアとジャンヌは似ているかもしれない。セイバーでもないのにXの標的にされていることからもそれは間違いないことだろう。

 ジルは精神汚染スキルを持っていたから仕方ないかもしれないが、まず胸のサイズで気づくべきではないだろうかなどと思ってしまう。

 あれ、ということはランサーの方のアルトリアはジャンヌと勘違いされてもおかしくないということなのだろうか?

 

「む……マスター、今失礼なことを考えていませんでしたか。私の直感スキルがそう告げています」

 

「直感スキル本当に万能すぎない!?」

 

 わたしの考えが完全に見透かされてしまった。直感……本当に侮れないスキルだ。このせいでアルトリアに隠し事はなかなか出来ない。

 

 

 

 モードレッドについての話のあと、わたしは改めてアルトリアの希望通りにわたしが想定していたアルトリアが不満に思っていそうなことを洗いざらい話した。

 それに対してアルトリアは回答とそれにまつわるエピソードを聞かせてくれた。

 かつてメディアに拘束され着せ替え人形にされかけた事、ジルにストーカー紛いの行為を受けている経緯、マーリンの起こした傍迷惑な事件の話。どれも初めて聞くもので、とても新鮮で興味深い話だった。

 

 

 

『ダ・ヴィンチちゃんが正午、つまり食堂昼の部の開業時間をお知らせするよ! 本日の調理担当はタマモキャット! オススメはお魚定食だ』

 

 館内放送を利用したダ・ヴィンチちゃんの時報兼食堂のお知らせでかなりの時間が経過していることに気づく。それに気づいたのはアルトリアも同じのようで

 

「おや、もうこんな時間ですか。貴方と話していると時間を忘れてしまいますね。ところでマスター、昼食はどうされるおつもりですか?」

 

「ふっふっふっ、実は今日の昼食は既に決まってるんだよ。そろそろ来る頃かな?」

 

 得意げに笑っているわたしを訳がわからないと言ったような顔をして見ているアルトリア。

 

「いったい――」

 

 アルトリアが何かを言いかけた瞬間、部屋のチャイムが響いた。呆然とするアルトリアを置いてわたしはインターホンの画面を見る。そこには褐色の肌と白い髪が特徴的な弓兵と赤髪を短めのポニーテールで纏めたお姉さんの姿があった。

 

『マスター、予約の品を届けに来たぞ』

 

「ありがとうエミヤ、ブーディカ姉さん。今扉開けるね」

 

 そう言って私は部屋のロックを解除する。そこから二人のサーヴァントがたくさんの料理を乗せたサービスワゴンを運んでくる。

 

「マスター、これは一体……?」

 

「ちょっとしたサプライズだよ、最後に二人で一緒にご飯を食べたかったんだ。だからエミヤとブーディカ姉さんにお願いしてこういう形で用意してもらったの」

 

「びっくりしたかな? お姉さん、腕によりをかけて作ったからいっぱい食べてくれると嬉しいかな」

 

「という訳だよセイバー、なるべく君とマスターの好みに合わせて調理した。和食に洋食、中華に菓子類とたくさん作ったから遠慮せずに食べてくれ」

 

「ブーディカさん、アーチャー、そしてマスター。ありがとうございます、最高のプレゼントです」

 

 わたしはアルトリアが食事している時に見せる穏やかで少女らしい表情が好きだ。だからこそ今回はエミヤとブーディカ姉さんに無理を言って大量の料理を用意してもらったのだった。

 

「じゃあ私達はそろそろ食堂に戻るよ、夕食の準備もあるしね」

 

「食べ終わったらワゴンに食器を置いて部屋の外に出しておいてくれ。片付けは私達でやっておく」

 

「うん、二人ともありがとう!」

 

「二人とも少し待ってください」

 

 部屋から出ていこうとする二人をアルトリアが呼び止めた。

 

「アルトリア……?」

 

 予想外のことにわたしたちは驚いてしまったが彼女の瞳は真剣そのものだった。困惑からいち早く抜け出したエミヤがアルトリアに問いかける。

 

「君が呼び止めるとは思わなかったよ。それで、要件は何かね」

 

「あの……そうですね、何と言えば良いのでしょうか…… マスターと話している間に少し心変わりしたと言いますか、えーと」

 

 呼び止めたアルトリア自身も自分が咄嗟にとった行動に困惑しているように見えた。そんなアルトリアを見てブーディカ姉さんは彼女の言いたいことがなんとなく分かったようだ。そして微笑みながら彼女に言葉をかける。

 

「焦らなくても大丈夫、一回深呼吸して遠慮せずになんでもお姉さんに言ってみるといいよ」

 

 アルトリアはすぅー、はぁーと一度深呼吸した後落ち着きを取り戻し、話を再開した。

 

「すみません、取り乱してしまいました。では、改めて話を聞いてください。私はつい先程まで、本日のカルデアからの退去にあたって一部の方がしていたような挨拶回りなどをするつもりはありませんでした。しかし、今リツカと話しているなかで感謝を伝えたい相手には、話せる間にしっかりと伝えてから去るべきだと思ったのです。アーチャー、それにブーディカさん。少し私の言葉を聞いてもらえませんか」

 

 アルトリアがこういう事を言い出すとは思ってなかった。でも、ここはわたしの出る幕じゃないな。そう思ってわたしは話が終わるまでは口を閉じて、聞き手に徹することにした。

 

「嬉しいな、アルトリアの方からそんなことを言ってもらえるなんて。繰り返しになるけどなんでも言ってみて」

 

「ありがとうございます、ブーディカさん。ブリテンの勝利の女王、その話を以前少しですが聞いたことがありました。嘗てローマの侵略に立ち向かった先達がいると。実際このカルデアで貴方に会う事が出来て非常に光栄でした。私や円卓の騎士たちの為にお茶会を開いてくださったこともありましたね。他にも密かに困っている時にそれを察して相談に乗って下さったり、モードレッド卿とガウェイン卿の争いの仲裁をしてもらったりと、とても親切にしてもらって……なんと言うか頼れる()()()()()()()()感覚でした、本当にありがとうございました」

 

「あはは、なんか照れちゃうね。でも姉みたいって言われるのはとっても嬉しいかな。……ブリタニアを守れなかったあたしはね、キミたちの事をほんとにすごいと思ってるんだよ。あたしが出来なかったことを成し遂げたキミは私にとって()()()()だよ。そうだ、最後に一つだけわがまま言ってもいいかな?」

 

「何でしょうか? 私に応えられることなら是非」

 

「あたしにアルトリアをぎゅーっとさせて欲しいんだ、可愛い()の旅立ちだからね、最後に()らしいことをさせて?」

 

 それを聞いたアルトリアが頬をぽっと染める。そして少しの間を開けて

 

「少し気恥しいですけど、どうぞ。()()()()()()()()

 

 ブーディカ姉さんがアルトリアの傍によりぎゅっと抱きしめる。彼女が親愛を表す手段として抱きしめることはよくある事だが、アルトリアには今まで無かったらしい。そんなブーディカ姉さんの気持ちに応えたのかアルトリアは彼女のことを初めて「姉」と呼んだ。

 そして暫く無言で抱きしめたあと、彼女は名残惜しそうにアルトリアから離れて笑顔をつくる。わたしにはその笑顔は少し無理をしているように見えた。

 

「じゃあ私は先に戻ってるよ、夜の用意は先に始めておくからエミヤはちゃんと話し終えた後で戻ってくること。じゃあね、アルトリア」

 

「……()()()()()()()()、貴方に会えて本当に良かった! 私は先に行きますが、貴方が戻る時までマスターと円卓の騎士の皆、それと残っているリリィの方の私をよろしくお願いします」

 

 アルトリアの言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が一気に崩れて泣き出しそうな顔になる。――私の考えていた通りやはり彼女は無理をしていた。

 

「……もう、せっかく笑顔でお別れしようと思ってたのに…… やっぱりね、別れっていうのは悲しいものだよ。これ以降二度と会えないんじゃないかと思うと尚更ね。でもだからこそ笑って別れたかったのに…… そんな嬉しい事言われたからお姉さん思わず泣いちゃった。でももう大丈夫、マスターのことも円卓の子達のこともリリィの方のキミのことも、皆お姉さんに任せなさい!」

 

 そう言ってブーディカ姉さんは涙で濡れた顔で精一杯の笑顔を見せてから再び口を開く。

 

「じゃあ今度こそ行くね、バイバイアルトリア。あたしもキミに会えて本当に良かった!」

 

 そうして彼女は部屋から出て行った。部屋にはわたしとアルトリア、そしてエミヤが残された。そしてその場を余韻という名の沈黙が支配する。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……コホン。それでセイバー、私への話とは何かね。ブーディカにもあの様に言われた手前、私も君からの言葉をしっかりと聞き届ける必要があるだろう」

 

 沈黙を破ったのはエミヤだった。彼はわざとらしく一度咳払いをした後徐ろに話題を振った。それに対してアルトリアも表情を整えて言葉を紡ぎ始める。

 

「アーチャー、今回の私は貴方とこのカルデア以外で出会った記憶を持っています。これまでの言動から察するに恐らくは貴方もそうでしょう」

 

「そうだともセイバー。私は確かに君とカルデア以外で会ったことがある」

 

「ひとまずその言葉を聞けて安心しました。これから言おうとしている事は貴方が記憶を持っている前提で話すことなのですから」

 

 アルトリアとエミヤが過去に面識があるということは知っていた。エミヤの方からはっきりと明言したことは無かったが、それでも二人のやりとりはお互いをよく知った上でのものに見えたからだ。

 エミヤはアルトリアの言葉を待つかのように黙っていた。そんな彼を見ながらアルトリアは再び口を開く。

 

「以前マスターにも話したとは思いますが、私は当初、アーチャー――貴方がここに召喚されて共に戦うことに対して嬉しさも悲しさも含んだ複雑な感情を抱いていました」

 

 以前アルトリアからそのような話を聞いていた。その時のアルトリアの表情はさっきも見た少し物悲しくなるような表情だったのをよく覚えている。わたしは聞いたことがあると意思表示をするために首を縦に振った。

 

「しかし、カルデアに召喚されてからの貴方を見て少し考えが変わったのです。貴方はとても生き生きとしていた。貴方自身は気づいていなかったかも知れませんが食堂で見る貴方の表情はまるで()()()()()()()()()()()に穏やかで優しいものでしたよ。そしてそれを見て私は貴方がここに来てくれて良かったと思うようになりました。ですが逆に、このあとのことを考えると少し悲しい気持ちにもなります。私がこんなことを言うのも烏滸がましいとは思うのですが……」

 

 そう言ってアルトリアは少し口澱む。今まで黙って言葉を噛みしめるかのように聞いていたエミヤがアルトリアの方を向いて微笑む。

 

「大丈夫さ、セイバー。全部聞かせてくれ」

 

「私はこの戦いが終わって貴方が座に戻った後、再び今までのように戦いに身を投じ続けることを考えると少し悲しいのです。例えどのように運命が変わったとしても貴方が戦い続けることには変わりはない、そのことに対して私はやはり何とも言えない思いになる。しかし、それを踏まえた上でも私は最後にあなたに伝えたいことがある。――アーチャー、貴方と共に戦えて私は嬉しかった」

 

 その瞬間、ずっと聞き手に回っていたエミヤは今までに見たことのないような表情をしていた。

 ――それはまるで、今までの全てが報われたと言ったような表情であった。

 一呼吸の間を置いてエミヤは一言一句慎重に言葉を紡ぐ。

 

「ありがとうセイバー、おまえにそんなことを言われる日がくるなんて思ってもなかったよ。オレもまたおまえと一緒に、戦えて本当に良かった」

 

 その言葉のあと、再び部屋を沈黙が支配する。否、この場で音を立てるのは誰にも許されない。当事者たるエミヤとアルトリアも含めてだ。

 そうして永遠にも、一瞬にも感じられる沈黙のあと、その時間の終わりを告げるように、再びエミヤが口を開いた。

 

「ではそろそろ私は失礼するよ。せっかくの料理が冷めてしまってもいけないからね」

 

 そう言ってエミヤは部屋から出ていく。その間にエミヤとアルトリアが口を開くことは無かったが二人は最後に顔を合わせると微笑みを交わした。

 直感的にこの二人にはもう言葉は必要ないと分かる。二人の信頼関係はその域に達しているのだ。

 

「じゃあ、アルトリア。ご飯食べよっか!」

 

「ええ、マスター! 冷める前に頂いてしまいましょう」

 

 二人の時間の終わりはもうすぐ……

 

 

 




前回の最後で二人だけの時間などと書いていたのにその実ほかのサーヴァントとの会話部分が増えてしまいました。申し訳ないです。ブーディカやエミヤとの会話部分はもう少し短くなる予定だったのですが冒頭にも書いたように筆が乗ってしまったので長めになってしまいました。中編でここまでなので後編は少し長くなるかなとも思っています。
完全に余談なのですが作者はエミヤを所持していません。そのためFGOでのエミヤのキャラクターについての理解が少し怪しいかも知れません。もし間違ったことを書いていたらすみません。
主役キャラに関しては所持しているサーヴァントのみで行くつもりですが脇役になるキャラクターは持ってないキャラクターでも頑張って書こうと思っています。

そして、前回の第一節に評価、感想、お気に入り等をして下さった方、ありがとうございます! とても嬉しかったです!
これを励みに書いていこうと思っていますのでこれからも是非よろしくお願いします。

それではここまで読んでくださってありがとうございました。


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第3節 「騎士王」が好きなもの

章機能を用いてサブタイトルを追加しました。今回で最後まで描き切るつもりだったのですが、またまた想定外に長くなってしまったので第三節という形にさせていただきます。


「うわ、すごい量」

 

 思わず声に出てしまった。エミヤが張り切りすぎたのか、目の前のサービスワゴンには十人前を遥かに超える量の料理が積まれている。

 わたしもそれなりに食べるほうだと思ってはいるが、流石に食べれても三人前くらいが限界だろう。アルトリアも健啖家ではあるが十人前以上の量を食べられるかと考えると少し不安だ。

 

「大丈夫ですよ、リツカ。私に任せていただければこの程度の量を完食することなどヴォーティガーンを倒すことより容易い」

 

「それかなり危ないってことじゃないの!?」

 

 ヴォーティガーン、前にマーリンから聞いた話によると日中のガウェインとアルトリアの二人がかりでようやく倒すことが出来たブリテンを滅ぼそうとした巨大な竜種だったはずだ。この料理はそのレベルに匹敵するというのだろうか。

 

「ちょっとしたブリテンジョークです。安心してください、この量なら恐らく問題なく平らげることができるかと」

 

「真面目に考えかけてたわたしの気持ちは!?」

 

 ちょっとした冗談の後、アルトリアは一切曇りのない瞳で完食可能だと主張した。恐ろしや、騎士王の胃袋。その容量には果てがない気すらしてくる。藤太に残ってもらっていたのは大正解だったな。

 そんなことを考えているとふと、藤太が来てくれる前の食料問題を思い出す。英霊たちの食事も用意し続けていた結果、わたしやカルデアスタッフの皆に満足な食事が出せなくなってしまったことがあったのだ。

 その大きな要因となったのが健啖家の上に別側面が多すぎるアルトリアだったりしたが、これは今は重要な話ではない。

 

「それにしても、本当に多種多様な料理があってどれから食べるか悩んでしまいますね」

 

「エミヤのレパートリーは多すぎると思うんだ、流石一流シェフ100人以上とメル友であると自称するだけのことはあるよ」

 

 サービスワゴンの上に乗っている料理は和食、洋食、中華など多岐にわたる。

 具体的な料理をあげていくと()()()()()()()()()()()()寿司、それに芋や大根などの煮物、秋刀魚や鯖などの塩焼き、豆腐とわかめの味噌汁、かき揚げに天ぷら、()()()()()()麻婆豆腐五目炒飯、焼売、かに玉、たけのこグラタン、サンドイッチ……まだまだあるがあげればキリがないが特に目が話せなかったのはかなりの大きさのおひついっぱいの白ご飯である。和食が多いのはやはり藤太の宝具で出せる食材の偏りからだろうか。

 デザートにホットケーキ、クッキー、杏仁豆腐、三色団子などこちらも沢山。中には食べられるのかと疑いたくなるような白玉あんみつチョコ饅頭などという怪しいものまであったりする。

 更にご丁寧に入れ方、タイミングその他もろもろまで指定したメモ付きの紅茶セットやドライアイスで保冷した氷とかき氷機、それと美味しい作り方メモ、みぞれシロップなどやたら手の込んだものまで付いている。

 これがエミヤの本気か……と思わず震えざるを得なかった。

 

「それでは、まずこちらの五目炒飯からいただくのはどうでしょうか? 最初に食べるのには持ってこいだと思いますが」

 

「うん、それじゃあ炒飯から食べよっか」

 

「「いただきます」」

 

 こうしてわたし達はすこし遅めの食事を取り始める。正面に座っているアルトリアは食べ方も美しい。見てるこちらが惚れ惚れするようなほどの美しさである。そうして一段落したタイミングでアルトリアとわたしは話を再開する。

 

「先程はすみませんでした。私達の話に付き合わせてしまって。更に気を使って極力口を出さないでいてくれたこと、重ね重ねありがとうございます」

 

「いいよ、気にしないで。わたしが勝手に黙っていただけだしね」

 

「もしかしてリツカは私があのような行動をとることすら読んでいたのでしょうか」

 

「まさか、そんなはずないよ。わたしはアルトリアとあの二人が最後に話す機会を作れたらなぁと思っただけ」

 

 確かに他のみんなではなくエミヤとブーディカに食事をお願いしたのは、アルトリアと特に関わりの深い二人だからというのはあった。

 でもそれは、最後に少しだけ話すきっかけになればと、ぼんやりと考えていただけの事。三人の会話はわたしが思っていたものよりも遥かに良いものだった。

 惜しむらくは、そこにわたしがいてしまったということ。三人だけならもう少し長く、深い話ができたのではないか?

 机上の空論に思考が飲まれそうになった所でわたしは視線に気づく。

 

「リツカ、あの場に自分がいなかったら……なんてことを考えていませんか」

 

「それは――」

 

 あぁ、ほんとにアルトリアには隠し事ができないな。わたしは思わず口篭った。そんなわたしを見てアルトリアは諭すようにこう告げる。

 

「それは全くの見当違いですよ、リツカ。先程も言ったでしょう、私は貴方と話しているうちにしっかりと別れの挨拶をしようと思ったのです。そもそも貴方が望まなければ、私は戦いが終わった後、早めに座に帰ったでしょう。私が二人と話すことが出来たのはやはり貴方のおかげなのです」

 

 ――その時のアルトリアの顔はわたしに向けられた表情の中でも一番穏やかで、優しい表情だった。

 ふと視線を下に向けると、ほとんど進んでいない食事があった。自分から誘っておいて、なんてざまだ。

 

「ごめん、変な事考えてたよ」

 

「気にしないでください。ただ、貴方の勘違いが解消されたならそれで良いのです」

 

「……うん、ありがとう。……さぁ、せっかくの料理だしどんどん食べよう!」

 

 わたしはまだまだ未熟だ。でも、みんなが支えてくれたからここまで来れた。肉体的にも、精神的にも。そんな事実を再確認しながらわたし達の昼食は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、大分と食べたけどまだあるね」

 

「もしかして、そろそろ限界ですか?」

 

「いや、腹七分目って所かな。あともう少し行けるよ」

 

「デザートもありますし、そろそろ箸を止めておいた方が良いかと。残っている量なら私だけでも余裕を持って食べきれます」

 

「デザートは別腹だから問題ないよ! それにいつも通り美味しくて更にいつもより豪華なご飯、できる限り食べておきたい……」

 

 一時間くらい二人で話をしながら食事をしていたが、それでも料理は二割近く残っていた。エミヤとブーディカ姉さんはどれだけ張り切ったんだ……。と食べ始めた時は完食への不安があったが、アルトリアの食欲はわたしの想像を遥かに超えていた。全然問題なく食べ切れそうである。

 何よりも一口の大きさはほとんど変わらない上に美しい食べ方であるはずなのに食べるペースが明らかに違う。それも、基本的にはわたしが聞き手に回って、アルトリアが話し手になっているはずなのに。彼女は怒濤のペースで食べながら、様々な話を聞かせてくれた。

 

 

 ブリテン時代の料理の話ではガウェインとパーシヴァルによる遠征時の無限の根菜料理(アンリミテッドマッシュワークス)のエピソードを苦虫を噛み潰したような表情で語ってくれた。締めの一言である「……………………雑でした」がブリテンの食卓事情を如実に表している。流石は現在もメシマズ国家として知られるだけはあるな、と思う話だった。

 いや、待てよ? 確かイギリスの飯が不味いと言われるようになったのは産業革命辺りからだったような…… 謎は深まるばかりである。

 以前召喚された聖杯戦争時に食べた和菓子の話も興味深かった。外国の人から見た和菓子はそのように映るのかと、軽いカルチャーショックを受けた。そう言えばドクターも饅頭とかの和菓子が好きだったっけ。今度お供えで持っていこう。

 それと、彼女が日本出身ではないのに召喚された当初から和食を好んで食べる理由については驚いた。これまた以前の、それもさっきの和菓子の時とは別の聖杯戦争でのマスターがとても和食を上手に作ったそうだ。いつかわたしもその人の料理を食べてみたいなぁと零したときにアルトリアが見せた何とも言い難い表情は記憶に鮮明に残っている。

 

 

 

 この一時間に話した内容を思い出してみると、物の見事に食べ物の話しかしていなかった。でも、アルトリアが食事を好む理由がようやくわかった気がした。

 そして、ふととある事に思い至る。

 

「ねえ、アルトリア。貴女が最初にカルデアに来た時にした話を覚えてる?」

 

 アルトリアは少し思い出すように頭を傾けたあと、

 

「確か、貴方のマイルームでマシュを加えた3人でお互いの自己紹介をしたような……」

 

「そうだよ。わたしが最初に怯えちゃって、アルトリアも原因がわからずに困っちゃったから、お互いの理解を深めるために自己紹介をしたんだ」

 

 それ以降、召喚されたサーヴァントと最初に自己紹介を交わすのは恒例になったんだったな、なんて思いながら、わたしはその時のことを少し思い出す。

 

 

 

『そうだ、アルトリアは好きなものとかないの?』

 

『好きなもの? すみません、あまり思いつきません』

 

『じゃあ逆に嫌いなものは?』

 

『嫌いなものもあまり思いつかなくて……。 お恥ずかしい』

 

 

 初対面での会話の鉄板トークである好きなもの、嫌いなものについての話が全くもって成り立たなかったのだ。その時に困惑して一瞬会話が止まってしまい、マシュのフォローが無いと気まずい空気になる所だったのだ。

 

「何となく思い出しました。それで、あの時の会話に何かありましたか?」

 

「あの時にわたしは、貴女に好きなものや嫌いなものについて聞いたんだけど、その時の答えを覚えてる?」

 

「私は、どちらも特に思いつかないと答えた……ような気がします」

 

「うん、アルトリアはどちらにも特に思いつかないと言った。じゃあ今改めて聞かせて欲しい。貴女の好きなものと嫌いなものを教えて?」

 

「改めて言われるとまた答えに戸惑ってしまいますね。嫌いなものは思いつかないですが、苦手なものは先程の会話でハッキリしました。英雄王です。賢王(キャスター)の方はともかく暴君(アーチャー)の方の彼はやはり苦手と言わざるを得ないでしょう。そして、好きなものですがやはり思いつきません……。すみません」

 

「そっか……。わたしはアルトリアとけっこう長い期間一緒に過ごしてきてアルトリアが好きだと思うものを幾つか見つけたよ」

 

「リツカ、聞かせてください」

 

 アルトリアはこちらの答えに興味を示す。その目を見据えながらわたしはさっき思いついたことと、これまでに見つけたものを次々と口に出す。

 

「まずさっき話してたブーディカやエミヤをはじめとしたカルデアのサーヴァントの中で交友関係がある皆。それに円卓の騎士の皆、そして……誰かと一緒にとる食事」

 

 それを聞いたアルトリアは自分自身に問いかけていた。それは自分が好きなものなのかと。少しの間をおいてアルトリアは微笑む。

 

「ええ、確かにそれらを私は好んでいます。ほかのサーヴァント達と会話をするのは確かに楽しいことですし、誰かと共に机を囲んで食事をすることは幸せです」

 

 彼女が好むものというのは実のところわかりやすい。彼女の微笑み、それが向けられる相手は大抵彼女が好ましく思っている者だからだ。

 誰かと共にとる食事というのは、さっき気づいたことで、

 彼女が話していた過去の食事に関するエピソードが、全て誰かと共に食卓を囲んでいたことや、二人で食事を取っている時のアルトリアの表情などから気づいたことだった。

 

「自分自身では気づかないことかもしれないけど、アルトリアは割りと好き嫌いがはっきりと顔に出るタイプだよ。さっき自分で言ってたギルガメッシュと話している時の顔と、円卓の皆と話している時の顔は全然違うからね。そして食事をしている最中は貴女の笑顔の頻度が増えた。自分では分かりにくいかもしれないけどこっちから見るとかなりわかりやすいよ」

 

「私はそんなに感情が顔に出やすいタイプだったのですか……。そしてマスター、貴方は一つ見落としをしているようだ」

 

「見落とし?」

 

「そう、貴方に言われて気がついた私のもう一つの好きなもの、それは貴方ですよ。リツカ」

 

「…………わたし……………?」

 

「ええ、以前にも言いましたが、貴方の指示は不思議と暖かな気持ちになります。その理由がようやく分かりました。……マスター、私は貴方のことも好きです」

 

 とても嬉しい言葉をもらってしまった。その気持ちにわたしも応えないと。

 

「ありがとう、私も貴女が好きだよ。アルトリア」

 

 そう言って、わたしとセイバーは互いに微笑みあった。

 

 

「ふぅ、ようやく寿司も終わりだ」

 

「やたらとかっぱ巻きの数が多かったですね……」

 

 その後もわたし達は食事を続け、とうとう最後のメニューに辿り着いた。なぜだか分からないがその前のメニューである寿司のかっぱ巻きの個数がやけに多かった。

 かっぱ巻きを作ったのは恐らくエミヤだろうが、彼はかっぱ巻きに何か思い入れがあるのだろうか?

 

「最後のメニューは……和風煮込みハンバーグだね。最後に食べようって言ってたけどアルトリアはハンバーグ好きだったっけ?」

 

 最後に残った和風煮込みハンバーグは特にこれと言った特徴もない、エミヤにしては珍しい素朴な感じの料理だ。アルトリアが最後に食べようと言ったので最後にとっておいたものである。

 

「いえ、特別好きというわけではないのですが、このハンバーグには少し思い入れがありまして」

 

 アルトリアはそれ以上の言葉を言おうとしなかったので私も何も聞かず、ハンバーグを食べ始める。確かに美味しいのだが、やはりエミヤらしくない。エミヤの料理によくある洗練された感じがないのだ。ブーディカ姉さんが作ったものでもなく、エミヤが作る料理の味ではあり、美味しいのは確かなのだが。

 

「……()()()()()()変わらないのですね……」

 

 小さな声でアルトリアが呟いているのが聞こえてしまった。その時見た彼女の表情は過去に思いを馳せるようなものだった。それを見たわたしは何も言わずに彼女とハンバーグを食べた。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 ハンバーグを食べ終わり、エミヤとブーディカの気合いの入った食事を完食したわたし達はデザートの前に一息つくことにした。

 

「今何時だろ」

 

「えーと、午後二時ですね」

 

「もうそんな時間か……。 もうすぐだね」

 

「ええ、あと一時間と言ったところでしょうか。これは直ぐにでもデザートを食べはじめた方が良さそうです」

 

「そうだね、じゃあとりあえずこのなんとも言えないオーラを放っている白玉あんみつチョコ饅頭から食べてみない?」

 

「了解です、ではそちらから」

 

「と、その前に紅茶をセットするよ、ちょっと時間がかかるみたいだし」

 

 そう言って私はエミヤメモを見ながら紅茶の仕度をする。

 ――午後四時。アルトリアの退去手続きはその時間に開始される。その時には管制室に居る必要があり、そしてその直前一時間はアルトリアの後片付けとその他諸々の事をする時間に当てられている。

 そのため、わたしとアルトリアに与えられた時間は残り一時間だ。デザートの処理もそうだが、恐らく話せる話題は一つか二つが限界だろう。わたしは彼女と何を話すかを考える。

 考えが纏まると同時に紅茶の準備が終わったので、お湯を注いでアルトリアの所に白玉あんみつチョコ饅頭を二つ持って戻る。

 

「じゃあ、食べよっか。白玉あんみつチョコ饅頭」

 

 アルトリアは無言で頷き、二人でタイミングを合わせ同時に口に入れる。一口噛んで最初に感じたのは甘さだった。そして二度、三度と繰り返し噛むたびに口に広がるのは甘さ、甘さ、そして更に甘さである。

 甘い。あまい(甘い)アマイ(甘い)AMAI(甘い)sweet(甘い)

 甘いものを取り敢えず詰め込んで見た(悪魔合体させてみた)結果、完成したのは甘み爆弾と言えるものだった。しかしそこはエミヤの腕の見せどころ。確かに甘くて仕方が無いのだが、飽きさせることは無い。少しずつ甘さが変わっているため、口の中は甘みに支配されるものの噛むたびに新鮮な味を感じるのだ。

 

「とても甘かった……」

 

「それでいて全く飽きさせないのは流石といったところでしょうか」

 

「次は甘くない感じのものが良いかな、三色団子とかどうかな」

 

「良いですね、今度は私が取りますよ」

 

 そう言ってアルトリアはワゴンに三色団子を取りに行った。そんな彼女の後ろ姿に、白玉あんみつチョコ饅頭の甘さに邪魔されて聞けなかったことを、今度こそわたしは問いかける。

 

「ねえ、アルトリア――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「それではリツカ、また一時間後に管制室前で」

 

「うん、アルトリア。また後で」

 

 午後三時。話を終えたわたし達は二人揃って部屋を出て、そして一時的に別れる。再合流までの一時間、やることは割りと有る。ひとまずカルデアの廊下を歩いてとあるサーヴァントが住んでいる部屋まで行き、インターホンを押す

 

「こんにちは、わたしだけど」

 

「やあ、マスター。何か用かな?」

 

「実は、少し協力してほしいことがあるんだ。かくかくしかじかで……」

 

「なるほど。キミの頼みなら勿論引き受けるさ。存分に僕を使ってくれ」

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず必要な事はできたかな、もう時間もギリギリだしそろそろ管制室に行こう」

 

 午後三時四十五分、わたしは自分のマイルームを出て管制室にむかった。今からなら予定の時間には余裕を持って間に合うだろう。

 歩いているとすぐ隣を焦った様子で誰かが走り抜けていった。一瞬のことなので誰かよく分からなかったが検討はつく。何人か候補がいたのでその中の誰だろうな、なんて事を考えていると管制室の前まで来ていた。アルトリアはまだ来ていない。基本的には決められた時間の十分前には既にその場にいる彼女にしては珍しいことだ。

 そして午後四時の直前にアルトリアは走ってこちらまでやってきた。

 

「珍しいね、何かあった?」

 

「お世話になったサーヴァントの方達にお礼を言いに回っていたのですが、残念なことに一部の方が不在でして。ギリギリまで探していたらこんな時間になってしまいました、申し訳ありません」

 

「結局、その人達には会えた?」

 

 アルトリアは首を横に振る。可能ならば一緒に探してあげたいけど残念なことにそうも言ってられなかった。

 

「そう、残念だったね……。 もし言伝てがあるなら作業しながら聞くからその時に教えて」

 

「ありがとうございます、リツカ。是非お願いします。それでは時間ですし、そろそろ入りましょう」

 

「うん、そうだね。行こう」

 

 そうしてわたし達は管制室の扉を開けて足を踏み入れる。

 

 二人の時間はあと僅か……

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
前書きにも書いたのですが、書いてるうちにどんどん量が増えてしまい、とうとう一万文字を超えてしまったので第三節という形を取らせていただきました。延ばし延ばしになってしまって申し訳ありません。恐らく次でセイバーのアルトリアの話はお終いになると思いますので宜しければ今後ともお付き合い下さい。
アルトリアの次はエミヤオルタとの話を書かせてもらう予定です。エミヤオルタ編は今回の反省を生かして最後まで書ききってからの投稿を予定しています。間が空いてしまうかも知れませんが読んでくださると嬉しいです。
最後に、前回の後書きの繰り返しになりますが、読んでくださった方、評価、お気に入りをしてくださった方。皆様ありがとうございました!とても嬉しかったです!


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終節  「少女」に笑顔でさよならを

 わたし達が管制室に入ると入口に円卓の騎士達が揃っていた。ガウェイン、トリスタン、ランスロット、ベディヴィエール、アグラヴェイン、モードレッド、そして騎士ではないけどマーリン。このカルデアに召喚された円卓の騎士だ。

 彼らが管制室にいる理由はと言うと、わたしがサーヴァント皆との面談兼退去の予定を組んでいる最中に、ガウェインが唐突にわたしの部屋を訪ねてきたことに遡る。

 彼はこのカルデアに召喚されている円卓の騎士皆とマーリンの同意書を持ってアルトリアの最後に立ち会いたいとの申し出を持ってきたのだ。

 そして、その為に円卓の騎士の退去予定を全てのアルトリアが退去した後にして欲しいと相談を持ちかけてきた。

 わたしは快く、その相談を受け入れで、これまでに行われた六人のアルトリアの退去、彼らはその全てを見送ったのだった。

 

「「「「「「「お待ちしておりました、王よ」」」」」」」

 

 彼らが声を揃えてアルトリアに対して跪く。わたしは慣れていたので何一つ問題なかったのだが、アルトリアは衝撃で一瞬フリーズしてしまっていた。

 

「カルデアに召喚された円卓の騎士、マスター藤丸立香の許可の下、ここに皆集結しております」

 

 硬直しているアルトリアに集まった円卓の騎士を代表してベディヴィエールが前に出て言葉をかける。

 

「う、うむ。貴公らよく集まってくれた、私は嬉しく思う」

 

 硬直から解けたアルトリアは戸惑いながら王としての言葉を発する。そしてわたしの方を向いて少し頬を膨らます。

 

「マスター、貴方は彼らがここで待機していることを知っていたのですか……?」

 

「う、うん。既に他のアルトリアたちが去る時も同じような事があったし、一回目の時に許可も求められたから今回もいるとは思ってたよ……?」

 

 その言葉を聞いたアルトリアの顔が険しくなっていく。

 

「……はぁ、つまりわたしの必死の捜索は全くの徒労だった……という訳ですか」

 

「あっ……」

 

 アルトリアが呟いた言葉を聞いてわたしはおおよその事情を察する。アルトリアが探していたけど会えなかった人というのは恐らく円卓の騎士達だったのだ。わたしが話すことを勧めたのもあってか、用意を済ませたアルトリアは円卓の騎士に別れの挨拶をするために、カルデア中を駆け回ったのだろう。だがその頃円卓組は管制室で待機しているのがほとんどだったので会うことが出来なかったという訳である。そして怒りの矛先は円卓の騎士だけでなくその事を知っていたわたしにも向かう。

 

「リツカ、貴方は知ってながら()()()()()()を言ったのですか……?」

 

 静かな、しかし威圧感に満ちた声でアルトリアは訪ねてくる。直感だが、ここで返答を間違えてはいけない気がした。

 わたしが不用意な発言をしたせいでアルトリアに誤解を与えてしまったようだから、誤解を解かねばならない。少し考えてわたしは結論を出す。よし、ここは素直に言おう。

 

「ごめん、アルトリア。さっき話している時に貴女が円卓の皆を探しに行きそうだなって思ってたからこのことを匂わせるようなことは言ったんだけど、私の言葉が足りないせいでちゃんと伝えられてなかったみたい」

 

「どうしてハッキリと言ってくれなかったんですか……?」

 

「これもサプライズのつもりだったんだ。円卓の皆と相談して、ここに来るまでは伝えないようにしようって。だって、アルトリアは王様なんだし皆が来るって言ったら身構えちゃうでしょ? だから管制室に円卓の騎士が集まってることは言わなかったんだ、黙っててごめんね」

 

「…………分かりました。貴方は私のことを気遣ってくれてたのですよね」

 

 その言葉に少しだけ首を縦に振る。するとアルトリアは呆れた様子で表情を緩ませた。

 

「一瞬貴方が私に意地悪をしているのかと疑ってしまいました。ですが、貴方はそんなことをする人ではありませんでしたね」

 

 どうやらアルトリアの誤解は解けたようだ。

 

「そう言えば英雄王の姿が見えませんね。彼なら強引にでも来ると思っていたのですが」

 

「わたしがギルガメッシュにここに来ていいよなんて言うはずないでしょ?」

 

「いえ、それはそうなのですが、彼なら無理矢理にでも来るのではないかと思いまして」

 

 冷静さを取り戻したアルトリアは円卓の騎士がいてかの英雄王が居ないことを不思議に思ったらしい。確かにアルトリアの言うこともご最もだ。

 

「大丈夫、ギルガメッシュ王は絶対ここには来ないよ。いや、()()()()と言った方が正しいかな」

 

「いったいどういう事です?」

 

「実はね――」

 

 そうして私はアルトリアにこの一時間の間のことを話した。ギルガメッシュがここに来るのを防ぐためにエルキドゥ、イシュタル、イスカンダル、レオニダスといったサーヴァント達に彼がここに来れないように管制室近くの番を頼み、更にカルデアの皆に頼んで廊下をシャッター等を駆使して迷路上の状態にしてもらったということ。

 ギルガメッシュには確かにお世話になりっぱなしだけどそれとこれとは話が別だ。アルトリアとのお別れを邪魔させるつもりは毛頭ない。

 

「ふふっ。リツカ、なかなか思い切ったことをしましたね、後で大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、大丈夫。わたしやカルデア職員に繋がる証拠は皆犯罪紳士(プロフェッサー)に消してもらってるから誰かが口を割らない限りわたしにたどり着くことはないよ」

 

「してもらった私が言うのも何ですが、貴方もなかなか酷いことをする。ですが正直助かりました。ありがとうございます」

 

「気にしないで、わたしが勝手にやったことだから」

 

「立香ちゃん、ちょっと来てくれる? そろそろ用意始めないと」

 

 そんな話をしていると男の娘マニア(ムニエルさん)の呼ぶ声が聞こえた。カルデア式の契約は一度に多数のサーヴァントと契約しているため、契約の解消も一苦労だ。

 そのため機械などで補助をして、確実に一騎のみを退去できるようにしている。わざわざ管制室で契約を終えるのもそのためだ。

 

「じゃあアルトリア、わたしはあっちで細かい作業があるからそれが終わるまで皆と話してて。用意が完了したらこっちから声をかけに行くから。それにもう言伝も必要なさそうだしね」

 

「マスター、それに皆さん、宜しくお願いします。」

 

「任せてください、アルトリアさん。確実に座に送り届けますよ」

 

 そうして、アルトリアは円卓の皆が集まっているところに向かい彼らと話し始めた。

 

「じゃあ立香ちゃん、こっちも始めようか」

 

「はい!」

 

 カルデアからのバックアップを受けているとは言っても契約しているのはわたし自身なので、契約の解消にはわたしを介する必要がある。

 そのお陰でアルトリアがわたし抜きで円卓の皆と話す時間をとることが出来たのだから今はこのシステムに感謝したいくらいだ。

 

「もう慣れていると言っても、気は抜かないでくださいね、先輩」

 

「大丈夫だよ、マシュ。それよりアルトリアに挨拶はした?」

 

「いえ、まだ出来てません。ですが、今は先輩に大事が起きないようにお手伝いする方が大事かと」

 

「マシュちゃん、こっちは大丈夫だから作業は僕達に任せて挨拶をしっかりしてくるといい」

 

「ですが……」

 

「わたしたちだけで何とかなるから行っておいでよ。 マシュが行くときっとアルトリアも喜ぶと思うし」

 

「分かりました、行ってきますね!」

 

 そうしてマシュを送り出し、ムニエルさん達とともに様々な作業をしながらアルトリアと会話するみんなを見ていると、さっきアルトリアとデザートを食べながら話していることが自然と思い出される。

 

 

『ねえ、アルトリア。わたし達、未来を守るために色んな特異点に言ったよね。その中で貴女の記憶に一番残っているのはどこ?』

 

『それはもちろん、第六特異点――エルサレムに成立していたキャメロットです』

 

 その時アルトリアは一切の間なくキャメロットと答えた。彼女は、キャメロット攻略には参加していなかった。いや、参加出来なかったと言った方が正しいだろうか。

 あの特異点には彼女とは異なるアルトリア――いや、かつてアルトリアだった女神が存在していた。そのため同一存在であるアルトリアはレイシフトすることが出来なかった。

 しかし後に聞いた話によるとアルトリアはわたし達のキャメロット攻略を観測可能な限りカルデアの中から見ていたらしい。それはつまり、彼女の別の可能性の成れの果てである女神ロンゴミニアドやその彼女に従っていた円卓の騎士達が行った残虐な行為も全て見たということである。

 そして最後まで戦い、無事聖剣を変換したベディヴィエールの姿も彼女の目にはしっかりと焼き付いたという事だ。

 そして、アルトリアは少し言いにくそうな表情をしながら言葉を続けた。

 

『今になってこういう事をいうべきではないと思うのですが、私はキャメロット攻略の様子を見るべきではなかったのかも知れません』

 

『それはどうして?』

 

『私や円卓の騎士達が行った残虐行為や、ベディヴィエールの最期などは受け止めることができますし、罪は背負うべきものでしょう。しかし円卓の騎士が(ロンゴミニアド)のいない所で語った様々な思いを私が知ってしまったという事は良くないことだと思うのです。私は彼らの苦悩を直接聞いたわけでもないのに知ってしまった。知ってしまった事を忘れることは出来ない。騎士達がこのカルデアに召喚されるまでの間、私は彼らがやってきた時にこの知ってしまった事実について話すべきか知らない振りをして今まで通りに接するかで悩んでいました』

 

『悩んでいたならわたしに相談してくれても良かったのに』

 

『第六特異点から帰還したばかりの貴方は酷く疲弊していました。そして第六特異点の黒幕になっていたのは他ならぬ私です。リツカ、私は以前貴方にこのような事を言ったはずです。この戦いは人類を守る戦いであり私たちの責務は何より重いものであると』

 

『うん、確かにアルトリアが来てすぐにそんな話をしたね』

 

『ですが私はそれ以降二度も貴方の敵として立ち塞がった。第四特異点でのほとんど意思がなかった状態であっても私は自らを恥じました。しかしながら第六特異点ではあろう事か別の側面であるとは言っても私自身の意思で貴方と敵対し、人理焼却に加担したのです。私はあの時貴方に会わせる顔がないと思っていました。』

 

 そう言った彼女の表情はとても困った顔をしていた。アルトリアはとても真面目な性格をしている。そんな彼女は、例え自分の行った事ではなくても女神ロンゴミニアドの所業に深い罪悪感を感じたのだろう。

 そうしてどう返答したものか悩んでいるわたしの様子を見てとったかのように彼女は自身から話を再開した。

 

『そして、一人で悩んだ私がどちらの選択肢を取ったのかは、恐らくマスター、貴方の考えている通りです』

 

『知らない振りを続けるのは辛くなかった?』

 

 わたしは反射的にそう聞いた。そんなわたしの問いにも彼女は穏やかにこう答えたのだった。

 

()()()()()()()()()()()()から、辛くはありませんでしたよ。しかし、もどかしさがなかったかと言われると嘘になります』

 

『わたしはね、アルトリア。やっぱりちゃんと話すべきだと思う』

 

 彼女の言葉を聞いて、わたしは思わずそんなことを言ってしまった。

 

『確かに座に戻れば今回の記憶は記録に変わって、今貴女の持ってる忘れられないほどの思いは無くなって、問題は自然に解決するのかもしれない。それでも、わたしは話すべきだと思う。だって……円卓の皆とこうして共に肩を並べて戦える機会が今後もあるかは分からないんだから。今話さないと絶対に後悔すると思う』

 

『リツカ……。 ですがもう私に残された時間は僅かです』

 

『大丈夫。必ず話せるよ、わたしが保証する』

 

 今になって見れば、わたしのこの発言がアルトリアに誤解を与えた所なのだろう。わたしは円卓の騎士と会う機会が必ず訪れると知っていたからこういう事を言ったが、彼女はわたしからの励ましにしか聞こえなかったに違いない。

 

『わたしには円卓の騎士とアルトリアの詳しい関係はあまり分かってないし、話してうまく解決するかも分からない。……でもね、円卓の皆がアルトリアを慕っているのは間違いないと思うから、話した方がいい』

 

 このカルデアにいる円卓の騎士、彼らと二人で話すとみんな揃ってアルトリアの話をする。ある者は後悔を、ある者は忠義を、またあるものは尊敬を。いくら関係が拗れようとも、彼らが未だにアルトリアを思っているのは紛れもない事実なのだ。

 だから、しっかりと話すべきだと思ってわたしはアルトリアに自分の想いを伝えた。

 

『ありがとう、リツカ。貴方のお陰で私の心も決まりました。貴方の言うように忘れられないほど強烈な記憶なのであるならば、記憶であるうちに話しておくべきなのでしょう』

 

 神聖円卓領域キャメロット。あの特異点がアルトリアに与えた衝撃が少しでも円卓の騎士のわだかまりを解くものであれば良いとそのときのわたしは思っていた。

 そして今、目の前で彼女と騎士達は会話を交わしている。ここからは言葉は聞こえないが、表情を見ると不味い事態に陥っているわけではなさそうだ。

 少し安心して、わたしは再び作業に戻った。

 

 

「さてと、あとは帰還促進用の術式を起動するだけだな。立香ちゃん、もう大丈夫だからお別れの挨拶をしてきなよ」

 

 それから一時間ほどの作業の後、残りの作業は帰還促進用の術式を起動する工程のみとなった。アルトリアと円卓の皆の会話も無事全て終わったようだ。ついさっき、マシュが知らせてくれた。そしてわたしはアルトリアに最後の挨拶をするために彼女の元へ向かう。

 

「マスター、貴方のおかげで私は彼らと最後に話すことが出来ました。改めてお礼を」

 

「ちゃんと話が出来たのなら良かった。じゃあ行こうか」

 

「ええ」

 

「それではガウェイン、ランスロット、トリスタン、ベディヴィエール、モードレッド、アグラヴェイン、マーリン。私はそろそろ行きます。再び貴方達とと共に戦えて幸せでした。私が去ったあと、短い間ですが幼い私とマスターをよろしくお願いしますね」

 

「「「「「「「はっ!」」」」」」」

 

 アルトリアは別れの挨拶をした後、彼らに背を向けわたしとともに術式の設置されている場所に向かう。その後ろ姿を円卓の騎士達は跪いて見送っていた。

 

「ちゃんと話はできた?」

 

「はい。貴方が背中を押してくれたおかげです。これで心置き無く帰ることができます」

 

「そっか。それなら良かったよ」

 

 その言葉以降自然とお互いに言葉が止まってしまう。

 ただ淡々と術式に向けて歩みを進める。

 そして術式の前に辿り着いた瞬間、アルトリアが口を開く。

 

「……とうとう、お別れですね……」

 

「やっぱり寂しいな、アルトリアと別れるのは」

 

「それは私も同じです。……でも、お別れはちゃんとしないと」

 

「うん」

 

「それでは、行きますね」

 

 そうしてアルトリアが魔法陣の上に乗り、術式が起動する。

 徐々に退去が始まり体が透け始めたアルトリアが口を開く。

 

「最後に、伝えないと」

 

「何……かな?」

 

 わたしは涙腺から溢れ出そうとする涙を堪えながら彼女に訪ねる。やはり何人目でも別れは辛い。多分これが本当に最後の瞬間だからだ。このあとの人生で会うことは間違いなくないだろう。

 

「リツカ――貴方に召喚されて本当に良かった。ありがとう! さようなら!」

 

 その言葉を聞いた時に既に彼女の退去はかなり進んでいた。

 わたしもそれに答える為に必死で笑顔をつくって言葉を紡ぐ。

 

「わたしの方こそありがとう! さよなら、アルトリア!」

 

 その言葉を聞いたアルトリアは少女らしい満面の笑みをこちらに向けて消えていった。

 

騎士王(アルトリア・ペンドラゴン)の霊基消失を確認しました、退去完了です」

 

 その言葉を聞くと同時にわたしは涙を流す。アルトリアとは笑顔で別れられた。

 だから今は思う存分泣いてしまおう。明日も笑顔で別れられるように、今日の涙は今日の内に流してしまおう。

 

 

 ――アルトリア・ペンドラゴン(セイバー)、退去完了




ここまで読んでくださってありがとうございました。
これにて、アルトリア・ペンドラゴン(セイバー)編は完結です。
最初は無計画に書きはじめた為にこのように二度も引き伸ばしてしまう形になってしまいました。この教訓は次回に生かして、次回は一人分書き上がってから分けて投稿という形にしていこうと考えております。
そして、セイバーアルトリア編の完結に伴って活動報告を上げさせて頂きました。そちらで、本筋に関係ない作品を書いた上での感想等を書いておりますのでもし宜しければそちらも合わせて読んでいただけると幸いです。
それで、こちらではある程度本筋に関わりがある事について少し書いて行きます。

・マシュについて
本編終了後の彼女がどうなるのかという事はもちろん現在本編では明かされていませんので、こちらで勝手にデミ・サーヴァントの能力を失いただの人間になったという設定をさせていただいております。

・フォウ君について
彼もマシュと同様に勝手な設定としてカルデアにはもういないということにさせていただいております。

・ダ・ヴィンチちゃんについて
彼(彼女)は最後の後始末全てが終わった後に退去することが決まっているという設定をさせていただいております。

・オルガマリー所長、ロマンについて
彼らが今後本編で復活したりするかもという話もありますが、こちらではそのような事は考えずにいないものとしております。

・セイバーアルトリアの退去は何番目なのかということについて
細かな数字は決めておりません。ただ、本編で登場したサーヴァントは残っており、逆にリリィ以外のアルトリアは全員退去済みです。

・円卓の騎士について
アグラヴェインが召喚されている扱いでガレスが召喚されていない扱いなのは立ち絵の有無による判断です。全てが終わった後という想定なので、既に立ち絵が存在するアグラヴェインが実装され、カルデアに召喚されている可能性は高いと考えました。逆に言及機会が多いものの立ち絵が存在していないガレスやモルガンはカルデアに召喚されていないと言う風に判断させていただきました。
次にバーサーカーのランスロットやライダーのモードレッドの扱いについてですが、同一人物を二人並べるのを良しとしなかったので両方ともセイバーの方のみを出させて頂きました。

・エミヤの和風煮込みハンバーグについて
食事の場面ではどうせならSNで士郎がセイバーに作ったものを完全に再現したメニューを一つだけ混ぜようと思いました。その中で和風煮込みハンバーグを選んだ理由はハンバーグは切嗣の好みでもあるためです。自身を構成する二人に関わる料理なら記憶の摩耗しているエミヤでも当時の完全再現が可能だと考えました。残りの料理もSNや衛宮さんちの今日のご飯等に登場した料理から引っ張っていますが、味付け等の細かいところは進化し、より洗練されたものになっています。

・アルトリアに対する呼び方について
幕間の物語では主人公は彼女のことをセイバーと呼びますが、セイバーが多く存在するカルデアでは現実的ではないと考えてアルトリアという呼び方にさせてもらいました。因みに他のアルトリアの呼び方は以下の感じです。
黒王→オルタ(ちなみにジャンヌオルタはジャルタなので区別は出来てます)
槍王→アルトリア(セイバーやアーチャーの方と同時にいる時はランサーの方のとつける)
黒槍王→オルタ(セイバーオルタと同時にいる時はランサーの方のとつける)
弓王→アルトリア(ランサーのものと同じく)
サンタオルタ→サンタオルタ(そのまま)
メイドオルタ→メイドオルタ(そのまま)
アルトリアリリィ→アリィ(ジャンヌはジャリィ、メディアはメリィ)
X→X(そのまま)
Xオルタ→えっちゃん(そのまま)

・ブーディカについて
ブーディカとアルトリアの絡みが夏のアヴェンジャーとメイドくらいしかないせいでほぼ参考にならなかった為に勝手にマテリアルにそって設定してみました。
主人公からの呼び方もブーディカ本人の希望通り姉さん予備にしております。

解説は以上となります。ここからは次回以降の話を

次回は前回も述べた通りエミヤオルタを書くつもりです。
その後はまだ予定ですがSN勢を順々にやらせてもらおうかと思ってます。
そして、次回の更新自体はエミヤオルタ編を書き上げてからになるので少し遅くなるかと思います。申し訳ありませんがお待ちいただけると嬉しいです。

最後に、重ね重ねになりますが読んでくださってありがとうございます。
感想・評価・お気に入り等して頂けるととても嬉しいです。もし宜しければお願いします!


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エミヤ〔オルタ〕編
前編  「悪の敵」は何故魔道に堕ちたのか


1ヶ月ほど間が空いてしまいまって申し訳ありませんでした。剣豪シナリオに夢中になったり色々な用事があったせいでかなり遅くなってしまいました。
それではどうぞ

※こちらの話はバレンタインで設定公開される前に書いたものになります。そのため、現在の設定とはズレがありますがご了承ください。


『あの御方は我等にとって必要な人だ。貴方が彼女を殺そうというのなら私達は貴方を殺してでも止めなくてはならない!』

 

 その声を聞いてわたしは眠りから叩き起されるように目覚めた。体を起こそうとするも失敗する。

 逆に意識を手放そうとしても失敗、そしてわたしは気づく。今、夢を見ているんだ。サーヴァントと夢で繋がることは以前から良くあった話だが、最近はほとんど無かったため、この感覚を忘れていた。

 サーヴァントの夢を見る時のパターンは大きく分けて二つある。

 そのうちの一つは夢の中でその夢を同時に見ているサーヴァントと共に行動するパターン。この時は起床後でも夢の中での話をお互いに覚えていることが多い。

 そしてもう一つが、サーヴァントの過去の記憶を追体験するパターンだ。こちらではわたしが彼らの記憶を一方的に見てしまう事になる。そして、厄介なことに夢は目覚めるまで意識を手放すことも、視界を逸らすことも、口を開けることも出来ない。今回は後者のようだ。

 

『どうか降伏■■■■。■は貴方達を殺したい訳では■■。■■院さえ■■■ればそれで■■■■』

 

 わたしの視点になっている人物が言葉を発するも所々にノイズが走ったように聞き取ることが出来ない。それによく見ると視界の一部にもはっきりと認識できない箇所がある。

 

『降伏など有り得るものか! あの御方は我等の救世主だ! 彼女の居ない人生など価値がない!』

 

 そうして彼らはこちらに向かってくる。近くでカチッと引き金を引く音がした。その直後、わたしの視点になっている人物は彼らに銃を向ける。

 

『■■がない。■■するしか■■■■・・・・・・』

 

 ノイズのせいで内容は理解出来なかったが、深い悲しみを込めた声で何かを呟いたあと、彼は引き金を引いた。彼に襲いかかってきた人達は全滅した。元々戦闘経験もなかったのだろう、一瞬のことだった。

 

『■■■罪は無かった。■■■■■■救えないで、■■正義■■■だ・・・・・・』

 

 彼は自嘲するかのようにそう言いながらビルを登り始める。この時点でわたしには彼が誰なのかおおよその検討がついていた。

 

 

 

 

 それからも教祖の女に魅せられたであろう信徒達が自分たちの救世主である彼女を守ろうと彼に攻撃を仕掛けてきた。説得を試み、それがダメなら無力化を試みたが、何れも成功しない。彼らは狂信的なまでに教祖の信奉者だった。無力化しようにも折れることなく彼を殺そうとしてくる。

 中には時間を稼ぐためだけに自らの命を絶ち、道を塞いできた者もいた。そのため、彼が屋上に至るまでに会った人間は()()()()()()()()()()全てが死を迎えた。それは正しく地獄の具現と言えるだろう。

 わたしは目を逸らしたかったがそんなことが許されるはずもない。意識が目覚めることもなく、声を上げることも出来ずにわたしは彼が信徒たちを殺していくのをただ傍らで見ていることしか出来なかった。悪夢というのはまさにこのことを言うのだろう。

 そうしてたくさんの犠牲の果てに彼は屋上へと辿り着いた。屋上の端に目的の人物がいた。その人物にはわたしにも見覚えがあった。今となっては虚数事象として処理されたとある特異点、そこで対峙した恐ろしき獣。それに成り果てる前の彼女だった。

 

『ようやく辿り着いたぞ・・・・・・! ■■■!』

 

『ようこそおいでくださいました、()()()()()さん。良くぞここまで辿り着かれましたね。』

 

『■■はいい! 貴様は放っておくと何れ■■■に成り果てるものだ! ここで■■■■■■■』

 

 そう言って銃を構えた彼をみて彼女は笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「それは到底無理な話です。だって・・・・・・私は今ここで自らの手で死を迎えるんですから」

 

 その瞬間、彼女は柵を越えて身を投げた。一瞬のことに彼は反応することが出来ない。彼が最後に見た彼女の表情は酷く、退屈そうなものだった。わたしの眼にはその表情は彼を嘲笑するように映ったのは恐らく気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・い、・・・・・・ぱい」

 

 誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえる。意識が夢から現実に一気に引き戻され、途切れ途切れに聞こえていた声がじょじょに明瞭になっていく。

 

「・・・・・・んぱい、せんぱい」

 

 ようやくこの悪夢から解放されるんだ、と思った瞬間心に余裕が生まれ始める。この声はマシュだ。起こしに来るなんて珍しいなと思いながら意識はどんどん覚醒していく。

 

「先輩、起きてください!」

 

 そしてマシュが大声を出し始めたタイミングに合わせて体を勢いよく起こす。その瞬間、何かとぶつかった。

 

「せんぱっ!?」

 

「痛っ!?」

 

 どうやら顔をあげた瞬間に丁度マシュとおでこをぶつけ合ってしまったようだ。おでこをさすりながらマシュはわたしに向かって声を掛けてくる。

 

「おはようございます、先輩。次から体を起こす時は気をつけてもらえると助かります・・・・・・」

 

「ごめんごめん、つい勢いよく体を起こしちゃった。ところでマシュ、どうしてここに?」

 

「朝食の時間なのに一向に来る気配が無かったので様子を見に来たんです」

 

 枕元にある時計を見る。時計はいつもの起床時間より一時間後の時刻を指していた。

 以前にも寝坊する時はあったけどこういう時はだいたい頼光さんやきよひーとかが起こしてくれるんだけど。なんて思った時に気づく。もう二人ともここには居ないんだ。

 

「もうこんな時間か、わたし寝坊しちゃったみたいだね」

 

「何かあったんですか? そう言えば少し顔色が悪い気がします、もしかして体調不良ですか、それなら直ぐにメディカルチェックを・・・・・・」

 

「大丈夫、大丈夫! ちょっと夢を見てただけだから」

 

 話が飛躍しそうになってきたのでマシュの言葉を遮りながら寝坊の原因であろう夢を見ていたことを伝える。

 

「夢・・・・・・それはやはりサーヴァントの過去の記憶・・・・・・ですか?」

 

「うん、今さらになってって感じだけどね」

 

 今日見た夢は恐らくエミヤオルタの生前の記憶だろう。彼の話やアルターエゴのキアラの態度やBBから聞いた、あの時に私が彼から離れていた時の記録から薄々察してはいたが事態はわたしが想像していたものよりもっとおぞましいものだった。

 今日はエミヤオルタの退去予定日になっている。そんな日の朝にこんな夢を見るなんて・・・・・・

 

「そう言えば、寝坊した先輩を起こすのは久々な気がします。今までなら私が行く前に清姫さんや頼光さん、その他何人かが率先して起こしに行かれてたのですが・・・・・・」

 

 マシュはわたしの表情から何かを察したのか話題を変える。確かにさっき見た夢の内容は人においそれと話せるものではなかった。なのでマシュが振ってくれた話題を続けることにする。

 

「わたしもさっき同じことを考えたよ。もう皆居ないんだよね。部屋に勝手に忍び込まれたりしたのは少し怖かったけど、居ないとなるとやっぱり少し寂しいな」

 

 と、そこまで言ってまだカルデアにいる中でこの部屋に待機してそうなサーヴァントの事を思い出す。

 

「小太郎、いる?」

 

 そう天井の方を向いて尋ねると音も立てずに目の前に赤毛の忍者装束の少年――風魔小太郎が姿を現した。

 

「お呼びで。主、ご要件は?」

 

「いや、居たのなら起こしてくれても良かったのにって思っただけだよ」

 

「起こすかどうか迷ったのですが、近頃の主殿は疲れが溜まっているようでしたので自然に目覚められるまで起こすのは辞めておこうと考えました。幸い、本日の主殿の予定を見るに起きる予定の時刻から朝食等の時間を考慮しても二時間ほど余分に睡眠ができそうというのもありましたし」

 

 小太郎はわたしの体のことを気づかってくれたらしい。確かにここ数日で退去したサーヴァントの中には帰る前にひと騒ぎ起こしていく人達が多かったような気がする。

 

「わたしを気遣ってくれたんだね、ありがとう小太郎」

 

「いえ、主殿に仕える身として当然のことをした迄です。ですが、顔色を見るにどうやら寝覚めの悪い夢を見られた様子。起こした方が良かったようですね、申し訳ありません」

 

 そう言って小太郎は頭を下げてくる。小太郎は真面目な性格だからこういう事まで自分の責任に感じてしまうかもしれないな、なんて考えていた時に置いてけぼりを食らっていたマシュが再び口を開いた。

 

「ところで小太郎さん、いつからこの部屋に?」

 

「昨日の夜、主がお休みになられる前からです、昨夜から今朝にかけての主殿の護衛当番は僕でしたから」

 

「護衛当番・・・・・・ですか。以前より忍者サーヴァントの方が夜の無防備な先輩を守るために天井裏から護衛をしているという話は聞いていましたが、直接目にするのは初めてですね」

 

 護衛組。人理修復の後に外からやってきた魔術師達や、睡眠時に部屋に忍び込もうとする一部のサーヴァント達を牽制する目的で結成された三人の忍者サーヴァントによる集団・・・・・・と言えば聞こえはいいがその結成の由来は一人のくノ一が常時護衛役として傍にいると言い始めたことに起因する。

 彼女を段蔵と小太郎が諫め、就寝時のみ当番制で護衛を行うという事を決めたことにより現在の形に落ち着き、その後カルデア内で噂が広まることにより後付けで目的が決まった。

 目的が後付けとはいえその存在はカルデア内の抑止力として大きく機能していた。実際、護衛組の結成以降安眠できる日が増えたような気がしている。

 

「いつも助かってるよ、ありがとう小太郎」

 

「お役に立てて何よりです、では僕はこれで」

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 立ち去ろうとする小太郎を呼び止める。

 

「せっかくだし、一緒に朝ごはん食べない? マシュも良いよね?」

 

「はい、私は一向に問題ありません」

 

「ありがたいお言葉。それでは、ご相伴にあずからせていただきます」

 

「じゃあ、行こっか!」

 

 そう言ってわたしは小太郎とマシュと一緒に部屋を出た。今日の朝食は何だろうな、なんてことを考えながら。

 

 

 

 

「おはよう、マスター。今日はやけに遅かったじゃないか」

 

 時間の遅さのせいか、英霊が既にかなり減っているせいかは分からないが人がほとんどいない食堂に着くとエミヤが食事の提供側から声をかけてきた。それにおはようと言葉を返しながら今日のメニューを確認する。

 今日の朝食メニューは日本式、英国式、トルコ式の三種らしい。とりあえず日本式にしようと決めてエミヤの元へ向かう。

 

「エミヤ、英国式を飲み物コーヒーで一つ。それと・・・・・・」

 

 わたしはエミヤの耳元で今朝エミヤオルタの夢を見たことを伝える。そして食後に少し相談に乗ってほしい旨を伝える。

 

「英国式で飲み物がコーヒー、了解した。それと一時間ほど、待つことは出来るかね? その時間に私のマイルームに来てくれ」

 

 エミヤは小さい声でそう伝えてくれた。幸い、エミヤオルタとの約束まであと三時間はある。わたしはエミヤにありがとうと伝え朝食を待つ。

 

「エミヤ先輩、私も英国式朝食でお願いします、飲み物は紅茶で」

 

 会話を終えたタイミングでマシュも朝食を頼みにやってきた。

 

「承知した。小太郎、君は日本式で良いかな?」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 注文を聞き終えたエミヤは厨房に戻り、しばらくして二つのプレートを抱えて戻ってきた。どうやら先にわたし達の分ができたようだ。

 

「待たせたな、マシュとマスター。英国式朝食二人前だ。悪いが小太郎はもう少し待っていてくれ」

 

「分かりました。主、どうぞお先に召し上がっていてください」

 

「うん、分かった。先に小太郎の席もとっとくよ。と言ってもガラガラだから席取りも無いんだけどね」

 

「では、お先に失礼しますね、小太郎さん」

 

 そう言ってマシュとわたしは自分のプレートを持って席に向かう。わたし達が選んだ英国式朝食は一般的にフル・ブレックファストと呼ばれるものだ。

 プレートの上にはロールパン、ベーコンエッグ、ソーセージ、マッシュルームのソテー、キッパー、トマト、リンゴのコンポートが並べられている。そこに紅茶かコーヒーどちらか好きなものを合わせて飲む形だ。私はどちらかと言うとコーヒーが好きなので今日もコーヒーをチョイスした。

 そんなことを考えているうちに席に着いた。小太郎を待っているとマシュが訪ねてくる。

 

「ところで先輩、本日の退去予定者はエミヤオルタさんでしたよね?」

 

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

 

「いえ、特別どうということは無いのですがあの方とは結局よく話せなかったな、と思いまして」

 

「まあ、エミヤオルタは必要のない会話はあまりしないタイプだからね・・・・・・。特にマシュみたいなタイプは会話の機会が少ないかも」

 

「それは一体・・・・・・」

 

「お二人とも、お待たせしました。先に召し上がっていてもらっても良かったのですが・・・・・・待っていてくださってありがとうございます」

 

 マシュが何かを言いかけたタイミングで小太郎が日本式朝食を持ってやって来た。日本式朝食は白ご飯に味噌汁、焼き魚に野菜の和え物、それにお茶と言った王道の内容だ。私も日本人なのでたまに食べたくなる一品である。

 

「やっぱりみんなで一緒に食べる方が美味しいし全然問題ないよ」

 

「ありがとうございます、主。ところで僕は会話のお邪魔をしてしまったでしょうか・・・・・・?」

 

「そう言えばマシュ、何か言いかけてなかった?」

 

「いえ、大した話でも無いので大丈夫ですよ」

 

 そう言うマシュの瞳に嘘はないように見えたのでわたしは深く追求しないことにする。

 

「じゃあ、小太郎も来たことだし食べよっか!」

 

 その合図でわたし達三人は手をあわせて食事時の挨拶をする。

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

 

 食事を終えたわたしは一旦マイルームに戻り、今日の用意を始めつつ、さっき見た夢の内容について考えていた。

 さっきの夢がエミヤオルタの記憶であることはまず間違いないだろう。しかし問題は彼がその事を覚えていないであろう事だ。

 だから彼に対してこの話をするべきかは悩ましいところである。

 悩んでいるうちに準備も進み、エミヤとの約束の時間もあったのでわたしは再び部屋を出た。エミヤと話して少しは良い考えが浮かぶかな、なんて言うことを考えているうちに彼の部屋の前についたので、インターホンを押す。

 

『マスターか?』

 

「うん、開けてくれる?」

 

『承知した』

 

 扉が開くと整理整頓の行き届いた部屋が目に入る。その真ん中、応接用に用意されたテーブルの前に彼はいた。

 

「やあ立香、さっきぶりだな。まぁ、座ってくれ」

 

 彼の言葉に従い椅子に腰掛ける。

 

「急にごめんね、エミヤ。でも時間が無くて」

 

「構わない、私は君のサーヴァントだ。マスターの頼みを聞くのは当然のことだと思うがね。それに、実は今日は夕方までは暇を持て余していたのでちょうど良いタイミングだった」

 

「あれ、食堂当番じゃなかったの?」

 

 その時エミヤが一瞬考えるように見えたのは気のせいだろうか。

 

「・・・・・・実は本日の昼は食堂を閉じて弁当を用意することにっていてね。既に準備も完了しているので私は夜の仕込みまでは休みというわけだ」

 

「そうなんだ」

 

「話が少し逸れたが、まずは確認だ。奴――オレの別側面(オルタ)との約束は何時間後だ?」

 

「だいたい一時間半後ってところかな。でも用意は出来てるしこの部屋から直で行くつもりだよ」

 

「ふむ、あまり時間はなさそうだな。とりあえずマスター、今朝見たという夢の内容についてできるだけ簡潔に話してくれ。」

 

 わたしは今朝の夢の内容を思い出せる限り正確に話す。それをすべて聞き終えたあと、エミヤはおもむろに立ち上がりながら話し始める。

 

「ふむ、なかなかに大変な夢だったようだ。君も災難だったな、立香。さて・・・・・・残り時間はまだあるな。少しだけ思い出したり考えるために時間をくれないか?」

 

「大丈夫だよ、話を再開するタイミングもそっちに任せるよ」

 

「助かるよ、では」

 

 そう言ってエミヤは立ち上がると引き出しから茶葉を取り出し始める。ん・・・・・・? 茶葉っておかしくないかな?

 そして部屋に備え付けたコンロを使いお湯を沸かし始める。

 

「ちょっと待って、エミヤ」

 

「どうかしたかね、マスター」

 

「いや、考えるために時間が欲しいとは聞いたけど何で紅茶を入れてるの・・・・・・?」

 

 わたしの疑問は当然のことのはずだ。考えるために紅茶を入れる弓兵なんて聞いたことがない。

 

「おや、コーヒーの方が良かったか? だが確か君は朝食の時もコーヒーを飲んでいたはずだが」

 

 真顔でそのようなことを言う気の利きすぎる執事(エミヤ)

 

「いや、そういう事じゃなくて、わたしが言いたいのは何で考える時に紅茶を入れてるのかってことだよ」

 

「当然のことだろう? 考え事は作業しながらの方が上手くまとまるものだ」

 

 わたしが何を言っているかが分からないとすら言いたげな様子で彼は言葉を述べる。もう嫌だ、この主夫(オカン)なんて思いながらわたしは口を閉じ、紅茶の完成を待つ。

 

 

 

「待たせてすまないなマスター。とりあえずこれは君の分の紅茶だ。砂糖とミルクは既に入れておいた。暑いので気をつけた方が良いだろう」

 

 十分ほどして、エミヤは紅茶を二つ持ってわたしの元へと戻ってきた。差し出された紅茶を一口飲む。やはりとても美味しい。味もわたし好みになっている。

 本当に完璧なサーヴァントだ。彼が居ないと今頃カルデアの台所事情は詰んでいただろうと思えるほどである。

 

「満足してもらえたようで何よりだ。この茶葉達ももう使う機会は少ないだろう。良ければ私が去ったあと、君が貰ってくれ」

 

「ありがとう、じゃあ今度来た時に貰って帰れる用意はしておくね」

 

「さて、マスター。ではそろそろ本題に入るとしようか」

 

 その言葉と同時に部屋の空気が重くなったような気がする。

 

「うん、聞かせて」

 

 わたしの返事を受けてエミヤは真剣な面持ちで口を開く。

 

「結論から言おう。先ほど君が話してくれた夢の内容。その出来事を私は恐らく経験していない」

 

 その返答は予想済みのものだった。あの記憶は恐らく彼があのようになってしまった直接の要因。致命的な出来事であると私は推測していた。

 

「続けて」

 

「恐らく、という表現を使ったのは私の記憶も摩耗している部分があるからだ。だが、そのような衝撃な出来事なら摩耗するにしても思い出せるはず。思い出せないということはオレは経験していないと考えるのが自然だろう。以前にも述べたと思うが、オレと奴は別の道をたどった平行世界の同一人物が成り果てたサーヴァントだ。多分その始まりと途中のある所まではほとんど変わらない人生を送ったのだろう。だが、どこかで決定的に違いが生まれる出来事が発生した。君が夢で見た記憶は恐らくそれだと思われる」

 

 SE.RA.PHでの出来事ががあってからエミヤオルタの件についてはエミヤに相談に乗ってもらっていた。

 彼があの特異点で行ったこと、名前を喪った男(ロストマン)に成り果てたこと、最後に成したこと。虚数事象になった今ではわたしとBBくらいしか記憶していないであろうその出来事の全てを私はエミヤに打ち明けたのだ。

 エミヤはいつの間にかカルデアに来ていたBBの存在もあってすぐに信じてくれた。そしてそれ以降、わたしはエミヤにエミヤオルタの事を何度か相談していた。

 多分エミヤも自分のオルタについて色々と考えるのを好ましくは思ってないはずだ。それでも彼はわたしに付き合ってくれる。本当に出来すぎたサーヴァントだな、と思う。

 

「そうか、やっぱりエミヤはあの出来事を経験していないんだね。そしてエミヤから見てもそこが決定的な分岐点になるって思うんだ」

 

「かの殺生院キアラの態度や君から聞いていた話全てを総合しての判断だ。そして、これを踏まえた上でいうとだ、君は奴にその話をするべきではないと思う」

 

「理由を聞いてもいいかな?」

 

「理由は大きくわけて二つ。一つは奴が恐らくその事を既に忘却しているからだ。そのことを告げることで余計な火種を蒔くのはやめておいた方が良いだろう。そして二つ目、殺生院キアラが既にカルデアから退去しているからだ。仮に奴が思い出したとしてもその未練は既に達成不可能なものになっている。その状況で思い出させるのはなんとも残酷なことではないかな」

 

「うん、そうだね。なら言わないようにするよ。いつもありがとうね、エミヤ」

 

 エミヤの言うことはとても納得するものだった。本人の苦々しい記憶をわざわざ思い出させる必要はどこにもない。

 そして殺生院キアラは初期に退去済みなのだ。いや、実際には強制退去という形が近いだろうか? 複数の英霊の力とアンデルセンの説得により無理やり返しただけである。その時に借りた力の一人はエミヤオルタ本人だったりもするので既に彼の知らないところで彼の未練は終わっていたりする。

 気づけば時計の針はこの部屋を訪れてから一周以上回っていた。そして、彼はわたしに警告した。

 

「さて、そろそろ良い時間か。マスター、最後に警告しておこう。()()()()()()()()

 

「それはいったいどう言うこと・・・・・・?」

 

 一瞬戸惑ったわたしに彼は補足で説明をつける。

 

「『エミヤ』という英霊は何れも抑止の守護者だ。ついぞオレにその命令が来ることは無かったが君を殺せと抑止力からの指示が下ると『エミヤ』はそれに従う。オレは間違いなく躊躇うし、回避しようとする。だが残りの二人はそうではない。彼らは傭兵だ。雇い主の命令があれば躊躇いなく君を殺す。そして、カルデアは解体されることになったが抑止力が今後のためにその痕跡を全て消そうとすることはありえない話ではない。オレには来てないだけで彼らの元にその命令が来ている可能性は十分にある。もし出来るのならば護衛をつけた上で言ってほしいのだが、君はそれを好まないだろう?」

 

「うん、最後くらい二人だけで話して終わりたいんだ」

 

「だからオレから言えることはこれくらいしかない。立香――オレに気をつけろ」

 

 その会話を最後にわたしはエミヤの部屋を出る。そしてその足でエミヤオルタの部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 時間だ。腕につけた時計が約束の時間を指そうとするのを見て私は扉を開く。鍵はかかっていなかった。

 

「時間ぴったりだな、立香」

 

「エミヤオルタ・・・・・・」

 

 扉を開けるとそこには肌が黒く刈り上げた白髪が印象的な弓兵――エミヤオルタがいた。

 

「何も無いつまらない部屋で悪いな。まあ、座ってくれ」

 

 彼は手で机を指し示し座るように言ってくる。そしてわたしが座ったところで彼は話し始める。

 

「まずは改めて、人理救済おめでとう、マスター」

 

「うん、ありがとう。これも貴方達サーヴァントが私を助けてくれたからだよ」

 

「ふん、おまえらしいな。だが、そのサーヴァントを信頼しすぎる癖は正した方が良いと思うぞ?」

 

 そういった後、エミヤオルタは手に愛用する武器――干将・莫邪を改造した銃の片割れを持ち、私に銃口を向ける。

 

「こんな風に、足元を救われるかもしれないからな」

 

「どうして・・・・・・?」

 

 戸惑うわたしに彼は答える。

 

「カルデアは解体される。だが、おまえ達元職員がいる限り、その痕跡は残り続ける。だからオレはここであんたを殺す。悪いな立香、ここで死んでくれ」

 

 その言葉と同時に銃弾が放たれる。こんなことならエミヤの忠告に従っておけばよかったかもしれないな、なんてわたしは今更思った。

 

 




まず、今までの話よりも一話の長さが長くなってしまったこととエミヤオルタの話なのに彼の出番が少なくなってしまったことについてお詫びします。所謂溜め回なのでご了承いただけると嬉しいです。

それと、感想、評価を下さった方。ありがとうございます!とても嬉しかったです。
今回はあまり補足説明とかはありません。次回以降の中編と後編でするつもりです。
話しは粗方完成しているので次はかなり早いうちに投稿できると思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました!


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中編  「悪の敵」は己を嗤う

前回の前編を上げて以降、お気に入り数が一気に倍増し、UAの数も過去最高を記録しました。
驚きましたし、とても嬉しかったです! これからも皆様に読んでいただける様なものを書けるように頑張っていきます。

また、活動報告に、今後の投稿予定を書いておきましたので宜しければそちらもどうぞ


 結論から言うと、放たれた銃弾はわたしの体を貫くことは無かった。

 銃声の瞬間、思わず目を瞑ってしまったわたしが痛みを感じないことを不思議に思って再び目を開いた時、そこには二つの人影があった。

 

「ふん、やはり護衛がいたか。オレの勘も捨てたもんじゃないな」

 

 一人は当然、エミヤオルタだ。

 

「どうやら、まんまとやられてしまったようですね。最初から僕を誘き出す為の芝居だったという訳ですか」

 

 そしてもう一人はさっき別れたはずの小太郎だった。

 

「・・・・・・いったい何がどうなってるの?」

 

「どうやらまだ混乱しているようだな。仕方ない、オレが説明しよう。立香、まずは足元を見ろ」

 

 その指示に従ってわたしは足元を見る。そこにはさっき撃った弾丸が埋まっていた。

 エミヤオルタが狙いを外した? いや、そんな筈はない。

 小太郎が防いだ? 彼の発言からそれもない。

 ならば――わざと外したということだろう。

 

「おまえの予想通り、その弾丸はわざと外した。そして、その前の抑止力からの命令の下りは嘘だ。そこにいるサーヴァント――風魔小太郎の誘き出しをするための芝居というわけさ」

 

 ようやく事態が飲み込めてきた。理解が進むことによって新たな疑問が生まれてくる。

 

「だいたい分かってきたよ。ところで小太郎は何でここに?」

 

「それは・・・・・・」

 

 小太郎は何かを言いかけて、口を噤む。

 

「それもおおよそ検討はついている。言いにくいならばオレから言おう。恐らくこいつは誰かに頼まれたんだろう。エミヤオルタ(オレ)の事は信用出来ないから万一に備えてマスターの護衛をするようにな。立香、心当たりはないか?」

 

 わたしの脳裏を過ぎったのは先ほどまで話していたもう一人のエミヤだ。彼は恐らくカルデアの中で一番エミヤオルタの事を警戒しているであろう人物。護衛をつけないと言ったわたしを心配して小太郎を送り込んできたのだろう。

 

「多分、エミヤだ」

 

「予想通りだな。あとはマシュ・キリエライトやダ・ヴィンチ当たりも考えたが最もこういう事を行いそうなのはエミヤ(オレ)だろう」

 

 エミヤオルタは反転(オルタ化)したサーヴァントの中でも最も原点と違うと言える。騎士王(アルトリア)のオルタはただの別側面(オルタナティブ)であり、聖女(ジャンヌ)のオルタはジル・ド・レェが作り出した贋作だが、聖女としての記憶は持っているし本質的に真面目な性格なども受け継がれている。

 光の御子(クー・フーリン)のオルタは在り方を歪めて無理やり別側面を作り出したようなものであり、本質は変わらない。

 セイバー殺し(謎のヒロインX)のオルタはそもそものヒロインXがアルトリアのオルタのようなものなので除外。

 そして正義の味方(エミヤ)のオルタである彼はそもそも別人であると言っても良い。平行世界の同一人物ではあるものの守護者になる過程が違う。戦い方が違う。性格が違う。そして何より――本質が違う。

 今回の場合は、その違いのせいでエミヤは読み違えた。そして同じところがあるからこそエミヤオルタはエミヤの考えたことが理解出来たのだろう。

 

「そこまでわかっているのなら仕方ありません。僕からも補足説明をさせていただきます。まず、エミヤ殿から朝食時に密かに護衛をするように頼まれました。彼はエミヤオルタ殿のことを疑っておられたのでしょう。その依頼を引き受けた僕は主がこの部屋に来る直前に気配遮断スキルを用いつつ密かに護衛を始めたのです。結果としてはこのようになってしまいましたが。主殿、勝手な真似をして申し訳ありません。僕はいかなる罰であっても受ける所存です」

 

 そう言って小太郎は跪いた。確かに命令違反には罰を与えるのが定石なんだろう。でもわたしはそれを好まない。だからわたしはしゃがんで、小太郎と目線を合わせて、こう言おう。

 

「朝の時も言ったけど、わたしの事を思ってくれたんでしょう? それならわたしが小太郎を咎める理由はないよ。誰かに被害があったわけでもないんだし」

 

 わたしの本心からの言葉。サーヴァントのみんなには本当に感謝している。わたしのためを思ってしてくれたことをどうして咎めることができようか。そしてそれを聞いた小太郎は跪いたまま口を開く。

 

「相変わらず主はお優しい。そう仰られるならば僕からは何もありません。ですが、エミヤオルタ殿、なぜ僕がいる事に気づかれたのですか? 気配遮断していた僕に気づくことはとても困難なはずです。そして僕をなぜおびき出したのですか? 貴方が主殿を殺すつもりがなかったのでしたらそもそも僕を誘き出す必要すらないはずです」

 

 言われてみればそうだ。わざわざ小太郎を誘き出す()()()()()()()

 

「まず、オレはおまえの存在には気づいてない。最初に言っただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()。誰かが立香についてきてる気がした、それだけだよ。そして誘き出した理由だが、それは立香の為だ。こいつがサーヴァントと別れる時に極力二人きりでの会話を望んでいることは知っていた。だが、様子を見るに誰かがついてきていることを勘づいてる様子はなかった。だから、意図せぬ来訪者がいるならばこいつに教えてやろうと思ったわけだ」

 

「その事、気にかけてくれてたんだ」

 

 わたしがお別れの時に心がけている二人きりで会話を行うというスタンス。どんなに危険とされるサーヴァントであってもわたしはそのやり方を変えてこなかった。

 そんなわたしの、傍から見たら非効率に見えるやり方をエミヤオルタが支持してくれたのはとても嬉しい。

 

「別にオレは誰に聞かれても構わないんだがな。この事をあんたが望まない以上、オレはなるべくそれを実現させるように動くだけだ。雇い主の要望を叶えてこその傭兵だからな」

 

 エミヤオルタは仕事だからな、と言わんばかりな顔をしているがわたしは知っている、彼が何だかんだ良い奴だということを。非道で残虐な行為も行うがその根底はどこまで行っても()()()()。いや、わたしがそう思いたいだけなのかもしれない。

 

「・・・・・・エミヤオルタ殿。どうやら僕は貴方について少々誤解してたかも知れません。疑ったことについて改めて謝罪を。そして去る前に一つお二方から許可をいただきたいのですが」

 

「疑われるのは慣れている。謝る必要も無いだろう。それで許可を取りたいこととはなんだ?」

 

「ここまでの間にこの部屋で起きたことや話の内容をもう一人の貴方(エミヤ殿)に伝えても宜しいでしょうか? 頼まれたのは報告もありますので。もし駄目だと言われるのなら僕が任務に失敗したことと主殿は無事であり、貴方が危害を加える可能性が低いであろうという事実だけを伝えるつもりです。」

 

「わたしは全然構わないけど、そっちはどう?」

 

 エミヤには今起きたことを伝えてオルタが気を回してくれたことを知ってもらいたいと思ったからわたしは二つ返事でOKした。

 

「マスターが良いというのならば、オレもそれで構わない」

 

「それでは、隠密行動がバレてしまった忍はここを去るとします。主、エミヤオルタ殿。どうぞごゆっくり」

 

 そうして小太郎は部屋から去っていった。小太郎が出ていった直後エミヤオルタは呆れたような顔をする。

 

「どうかしたの?」

 

「あいつも中々に甘いと思ってな。ここは本来なら無理を通してでも監視を続けるべきだっただろうに。ここまでのオレの話が全て嘘の可能性は考えてないのか?」

 

「考えたと思うよ。でも、それでも小太郎は貴方を信じた。多分、会話を交わす中で貴方がわたしを殺すことは無いと確信したんだと思う」

 

 小太郎は忍者の頭領だったほどの英霊だ。そんな彼がエミヤオルタが嘘をついている可能性に思い至らないはずが無い。

 そんな彼がここを立ち去ったのはエミヤオルタを信じるに足る英霊であると判断したからだろう。

 

「感情論か、オレには理解できないな。だが、結果としてあいつの判断は間違ってなかったようだ」

 

「じゃあ、改めて。最後の話を始めようか、エミヤオルタ」

 

 エミヤオルタは無言で頷いた。

 

「じゃあ、最初に。カルデアでの生活はどうだった?」

 

「そうだな、愉しくはなかったが、有意義ではあった。古今東西に名の知れた英霊たちがいるこの場所は性格が合わない連中が多かったが、経験を積むには最適な場所だった。この経験は今後どこかで役立つことがあるかもしれん」

 

「楽しくなかったってのは残念かな・・・・・・」

 

 エミヤオルタにとってカルデアは楽しい場所、心安らぐ場所では無かった。そのことは分かってはいたが、本人から言われるとやはり悲しい。

 

「一応言っておくが、お前が気に病む必要は無い。オレは中身が腐っているからな。楽しむという心すらもう無いのだろうな」

 

 そう言って彼は自分を(わら)う。嘲笑(わら)う。

 見てられなくなったわたしは次の話題に移ることにした。

 

「じゃあ、好きなものと嫌いなものは変わった? 最初にここに来てくれた時に話した時にはハッキリとした答えが聞けなかったけど」

 

 彼がここに召喚された時には彼は好きなものは忘れ、嫌いなものは増えすぎてわからないと言っていた。それは変わったのだろうか。

 

「好きなものと言えるかどうかは分からないが、ここに来てからコーヒーをよく口にするようになった。凝ったものでは無く、インスタントのものだがね」

 

「絵面的にはよく合いそうだけど、エミヤオルタが飲み物を飲むって言うのは割と意外かも」

 

「生前時の習性が抜けなくてな、食事は空腹を感じるまでは取らなかったから空腹を感じることのない今となっては不要だが、どうも水分補給は癖になってしまっている。これまでは一つの場所に落ち着くことはあまり無かったから水を取っていたが、ここでは少し時間に余裕があるのと、以前から頻繁に起きるようになった頭がぼーっとする現象の対策も含めてコーヒーを飲むようにしている」

 

「英霊にカフェインって効くんだっけ?」

 

 眠気対策でコーヒーを飲む、彼が真剣な表情で言ったそんな言葉に笑いを堪えながらわたしは尋ねる。

 

「立香、おまえ、プラシーボ効果は知っているか?」

 

「聞いたことはあるような・・・・・・」

 

 以前ドクターがそんな話をしていたのを聞いたような気がする。

 

「プラシーボ効果とは本来()()はずのものを()()ようにするものだ。もう少しわかり易く言うならば、思い込みの力で効果のない薬を飲みながらに症状が改善する効果のことを言う」

 

 思い出した。プラシーボの意味が偽薬だったはずだ。思い込みの力はバカにならないんだよ、とドクターがドリンク剤を飲みながら教えてくれたんだった。

 

「つまりカフェインは眠気覚ましに有効という常識があるから英霊の体にも効いているように感じられるってこと?」

 

「そういう事だ。オレがこんなことを言うなんて意外って感じの顔をしてるな」

 

 その通り。エミヤオルタがそんなことを言うなんて何だか可笑しいくらいだった。

 

「うん、実際予想外だったよ? なんかエミヤオルタの新しい側面を見つけちゃった感じ。そうそう、嫌いなものはどう?」

 

「嫌いなものか。・・・・・・はっきりと言えるものが二点ある。まず第一に、もう一人のオレだ。腐ってない自分を見るのはやはり疎ましくて仕方が無い。そしてもう一つはデミヤやらブロンクスやらボブなどのあんまりな渾名だ。それを広めたタマモキャット(あいつ)も同罪だ」

 

 珍しく感情を顕にして怒るエミヤオルタ。そう言えばキャットに倣ってデミヤと呼んだらすぐに訂正を求められた。気に入らなかったのだろうと思っていたがここまでだとは思っていなかった。

 

「何をニヤけている。気持ち悪いぞ、おまえ」

 

「ごめん、エミヤオルタがそんな顔するところ、久々に見たからつい」

 

 思わず笑ってしまっていたらしい。でも彼の人らしいところを見れたのは嬉しかった。

 

「じゃあ次は・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突にわたしのお腹が鳴った。今までの特異点での出来事などの話をしているうちに結構な時間がたったらしい。恥ずかしくて俯いてしまったわたしにエミヤオルタは立ち上がって声をかけてくる。

 

「そろそろ良い時間だな。立香、食事をとりにいくぞ」

 

「えっ・・・・・・?」

 

「何を固まっている、食堂に行くぞ」

 

 彼から出た思いもよらぬ言葉に一瞬固まってしまったが、二度目の呼び掛けでハッとして立ち上がる。あれ、でも確か・・・・・・

 

「食堂は今日の昼は使えないんじゃなかった?」

 

 確かさっきエミヤと話をした時にそんなことを言っていたはずだ。

 

「・・・・・・余計な気遣いだよ、まったく」

 

 わたしの質問を聞いた彼は、頭を手で抑えながら小声で何かを呟いたようだが、内容はよく聞き取れなかったのでもう一度言ってもらうように頼む。

 

「今なんて言ったの?」

 

「いや、こっちの話だ。食堂はこちらで抑えてあるから問題ない、早く行くぞ」

 

 エミヤオルタは早口で言った後足早に部屋を出ていく。置いていかれないようにわたしも続いた。

 

 

 

 

「待っていたぞ、デミヤとご主人! 誰もいない食堂で一人、いや一匹で待つのはさみしかったワン!」

 

 食堂に入るとそこには人は一人もいなかった。居たのはネコが一匹だけ。いや、ネコかどうかも怪しいサーヴァント、タマモキャットがいるだけだった。

 

「キャット、どうしてここに!?」

 

good (キャッツ)な質問だな、ご主人。それでは、アタシが答えてしんぜよう。それは一週間前の事。いつも通り食堂でのお仕事を終え、報酬のニンジンを齧っていたり、明日の仕込みにかかっていたりしたアタシたちの前にそこにいるデミヤが現れた! とりあえずニンジンを勧めてにべも無く断られたアタシは要件を聞いたのだが、驚いたことにデミヤは別れの日にマスターに料理を振る舞いたいから食堂を使わせてほしいときた! これにはエミヤもアタシも驚いた。正しくネコ騙しを食らった気分だったワン。エミヤは結局OKし、デミヤの熱意に感動したアタシはニンジン抜きで手伝いをすることにしたというわけなのだな」

 

 キャットから聞いた話は驚きの連続だった。あのエミヤオルタがエミヤの所に自ら赴いた事。そしてエミヤオルタの頼み事をエミヤが引き受けていたこと。更にその目的がわたしに料理を振る舞うためだったということ。衝撃の事実が多すぎて混乱しているわたしを置いて二人は会話を続ける。

 

「貴様には忌々しい渾名をつけられた恨みもあるが、人手が欲しかったのも確かだ。仕込みは終わってるな?」

 

「もちろん、そのへんキャットは完璧な故な! しっかりと()()()の仕込みが完了してるゾ!」

 

「流石に料理の能力が高いだけはある。・・・・・・待て、()()()だと? オレが頼んだのは()()()だったはずだが」

 

「確かに頼まれたのは二人前、だがキャットの目は誤魔化せないのだナ! おまえが自ら食べる気がないのはネコっとお見通し、しかしそれではご主人が悲しむときた。それはキャット的には良くない。ご主人の悲しみはアタシの悲しみと同じこと故な。そこでキャットはネコなりにニンジンを貪りながら考えた、そして辿りついたのが先に三人前用意するという逆転の発想! これはデミヤであっても予想出来まい!」

 

 混乱から回復はしたもののキャットのペースで行われる会話にわたしは割り込むすきを見つけることが出来ない。ほんとにフリーダムすぎる。

 

「まさか貴様にそこまで気を使う能力があったとはな。全く、狂戦士(バーサーカー)とは思えん」

 

「アタシはバーサーカーであるが同時にアルターエゴなのだな、それを以前にも伝えたような気もしなくはないがそれはそれだワン!」

 

「色々と話してたけど、要約するとつまり今からエミヤオルタが料理を振舞ってそれをみんなで食べるってこと?」

 

good(キャッツ)!」

 

「まあそういう訳だ、あちらのオレほど料理が上手い訳では無いから期待はするなよ?」

 

「作ってくれるだけでも嬉しいから気にしないよ。でも何で急に作ってくれる気になったの? 前はダメだったよね? 」

 

 以前、エミヤオルタに料理を作ってくれと頼んだことがあったが、その時はにべも無く断られてしまったのをよく覚えている。

 

「あんたには契約分以上に世話になったからな。報酬には相手から請求される前に対価を支払っておくべきだということだ。それと、以前におまえがオレの手料理を食べたがってたことは覚えていたからな、最後に一度くらい作っても良いだろうと思ったという事だ」

 

 彼は意外と世話焼きだったりする。それこそ今回みたいに受けた報酬に対する対価としてカルデアへの様々な協力を行ったり、祭事の時には準備を手伝ったりと色々としてくれた。

 彼が言うにはわたしとの契約がある以上、カルデアの職員やサーヴァント達から受けた行為は別物として対価を支払うべきだとの事だ。傭兵のスタンスを貫く彼には彼なりの考え方があるのだろう。

 

「デミヤよ、そろそろ調理に移るべきではないか? 時間は有限である故な! 時は小判なりと昔のえらい人も言ってたりする!」

 

「そうだな、そろそろ始めるとしよう。立香、お前は席について待っていてくれ。出来たら持って来る」

 

「ご主人、楽しみに待っているが良い。アタシがデミヤをサポートする、つまりネコ百人力の助力という訳なのだナ!だから心配せずニンジンでも用意して待っていてくれるとアタシ的には嬉しかったりするゾ!」

 

 そう言って二人は厨房に消えていった。キャットの料理の腕は信頼しているが、未知数なエミヤオルタの実力とキャットの性格のせいか一抹の不安を覚えざるを得なかった。

 

 

 

 

「待たせたな立香、完成したぞ」

 

 待っていたのは二十分くらいだっただろうか。厨房からエミヤオルタとキャットが料理を持って出てきた。既に辺りには良い匂いが漂っていた。目の前に大皿が三つ並べられる。乗っていたのは麻婆豆腐、青椒肉絲、炒飯の三点だった。

 

「まさか中華で攻めてくるとは思ってもなかったよ」

 

 エミヤの料理のレパートリーでは印象が薄いほうだったから意外だった。彼は大体の料理をプロ顔負けの腕前で作るが、特に得意としているのは和食と洋食のイメージだったからだ。

 

「お前も知っての通り、オレの過去の記憶は殆どが失われていてな。料理を作るとなると体が覚えているものを作るしかなかった。それで、たまたま真っ先に思い浮かんだのが麻婆豆腐だったという訳だ。あとはそこから思い出せる中華の料理を作った、さっきも言ったが期待はするなよ?」

 

「実はアタシも味見してなかったりする! そして味付けにも全く手をつけていない! デミヤが作ったものをアタシが口出しして変えてしまうのは違う気がした故な! さあご主人、一緒に未知の味にチャレンジだワン!」

 

 キャットの気遣いは嬉しさ半分不安半分だった。確かに素のままでエミヤオルタの料理を食べられるのは嬉しいが、味に問題があった時に正してくれるであろうとキャットに期待してたのも事実だ。キャットが味見をしていないと分かった今、料理人(エミヤオルタ)以外にこの料理を口にするのはわたしが最初なのだ。

 

「じゃあ、食べようか」

 

 わたしは手を合わせる。それに続いて二人も手を合わせてくれる。

 

「「「いただきます」」」

 

 まずは麻婆豆腐から食べようと思って、すこし取り皿に移す。そして一口分を蓮華で掬い、口元まで運ぶ。未だに湯気が立つ麻婆豆腐を冷ますべく息を少し吹きかける。ゴクリと息を飲み、恐る恐る口に入れる。

 

「!?」

 

 その瞬間わたしを襲ったのは辛いという感覚だったのか、痛いという感覚だったのかは定かではない。ともかく、わたしの思考は一瞬で麻婆豆腐に支配された。

 辛い、痛い、辛い、痛い、美味い、辛い、辛い。

 気づくと二口目を口に運んでいた。辛くて辛くて堪らないはずなのに体は麻婆を求めていた。

 そして手を止めることなく麻婆豆腐を口にし続け、この世全ての辛味(アンリマユ)とすら思えた麻婆豆腐が取り皿の中からなくなった瞬間、わたしは正気を取り戻した。

 

「わはひはいっはい!?」

 

 辛さで頭だけでなく舌もやられていたようでうまく言葉を発することが出来なかった。落ち着いた頭で辺りを見渡すと、顔色一つ変えることなく麻婆豆腐を食べるエミヤオルタと、机に突っ伏しているキャットの姿が目に入った。

 

「キャット!?」

 

「おぉ、ご主人・・・・・・ アタシはもうダメかもしれぬ。主人を置いて先に逝ってしまう不孝を許して欲しいワン・・・・・・」

 

「キャットォ!?」

 

 どうやらわたしの感じた通り、あの麻婆豆腐は尋常ではないらしい。しかし、わたしの手が止まらなかったあたり辛いだけでは終わらないのだろう。

 

「ねぇ、エミヤオルタ。この麻婆豆腐辛すぎない?」

 

「そうか? オレには丁度良いくらいだが」

 

 不思議そうな顔でこちらを見てくるエミヤオルタ。わたしの勘違いかもしれない。そう思って再び麻婆豆腐を皿に持って食べる。

 やはり辛い。痛い。しかし、この刺激は癖になる。またもや手を止めることが出来ずに皿に盛った分を食べきってしまった。

 

「恐ろしいほど辛いけど美味しい・・・・・・ こんな感覚初めてかもしれない」

 

「どうやら命拾いしたみたいだナ・・・・・・ まさかここまで辛いとは、この麻婆豆腐、ネコ舌にはキツいゾ・・・・・・」

 

「どうやらオレは辛さに疎いようだな。だが、マスターが美味いと言ったのならそれはそれでありなのかもしれん」

 

 キャットは何とか体を起こし、次の料理、青椒肉絲に手、いや、爪を伸ばす。それに合わせるようにわたしも青椒肉絲を皿に乗せ、口にした。

 

「これは!?」

 

 麻婆豆腐の時ほどの衝撃はないが、今度わたしを襲ったのは胡椒と濃厚なオイスターソースの暴力だった。過剰なほどの旨みと共に押し寄せてくる弾ける胡椒の刺激。胡椒は口の中で時間差で弾けるために常に刺激的な味わいを出していた。この刺激は麻婆豆腐でやけど気味の舌には強烈だった。

 ――だが、それでもこれも美味しいと言わざるを得なかった。味はとても濃いのに崩壊してない味わい。何時食べるというのはキツいが、たまに食べるのには全然ありな味の濃さ。やはり彼もエミヤなのだと改めて感じた。

 

「いったいこれはどういうことか! やたらと濃い味付けなのに美味いゾ! ネコも太鼓判を押すレベルなのだナ!」

 

「濃い・・・・・・か。やはりオレは味覚も狂っているらしい。新しい発見だよ」

 

 エミヤオルタの様子を見るに本人は丁度良い味付けのつもりだったようだ。味が崩れてないのもそれを示していると言っても良いだろう。

 

「ではご主人、最後の炒飯に行くとしよう! 一寸先はネコだとしても我らに撤退の二文字はないという訳だナ!」

 

 再び息を飲み、わたし達は炒飯を口元へ運び入れる。

 

「「・・・・・・」」

 

 わたし達を襲ったのは驚く程にパラパラになっている飯部分と再び牙を向いた爆弾(コショウ)だった。過去最高レベルでパラパラのご飯を噛んでいると唐突に弾ける胡椒。口の中で起きているテロのようだった。

 しかしそれでも味は洗練されていた。濃いながらも確実に満足感を覚える味。エミヤが極められた家庭料理とするならばエミヤオルタは濃厚な味が売りの外食店と言った次第だ。

 

「? 何を手を止めている。冷めないうちに食べてしまうぞ」

 

 そういうエミヤオルタからはそういう意図がまったく感じられないのだが。

 そうしてわたし達三人、いや二人と一匹は食事を進め、三十分強で食事を終えた。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

「満足してくれたか、マスター?」

 

「うん、想像してたのとは違ったけどこれはこれで満足!」

 

「ふっ、ならオレも作った意味があったらしい」

 

 微笑する彼を見てわたしも嬉しくなった。実際彼の料理は美味しくて、これで食べ納めと考えると少しもったいないくらいだった。

 

「さて、後片付けしないと」

 

「そうだな、夜にはまたここは使うのだろう?」

 

「うむ、後片付けはアタシに任せろ! 二人はゆっくり最後の時を過ごすと良い!」

 

 そこでキャットが後片付けを申して出てくれた。ほんとによく気の利くネコである。

 

「やってくれるというのならそれに越したことは無いな。では任せるぞ、タマモキャット」

 

「ありがとうキャット。宜しくね」

 

「任されたゾ! では二人とも良い時間をナ!」

 

 そう言ってキャットは食器とともに厨房に消えていった。

 

「まだ時間はあるようだな。一度オレの部屋に戻るとしよう。コーヒーの一杯くらいは入れてやる」

 

 そう言って彼は足早に食堂を出ていく。

 SE.RA.PHでの一件以降、彼の背中を見ていると置いていかれそうな気がして少し怖くなっていた。だからわたしも置いていかれないように彼を追いかける。

 

「ちょっと早いよ、エミヤオルタ」

 

 実際のところ、彼との別れは、すぐそこまで迫っていたのだけども。

 




前書きにも書いたように前話は今までに比べて多くの反響を頂けました。ありがとうございます!

描写や話の展開上、一話で書いたカルデアの解体期間について変更を行いました。一話の前書きにも追記しているのですが、話には直接関わらないので気になる方だけどうぞ。

思えば食事シーンを書く機会が多い気がしますね。別れを書く以上、最後にとる食事について書くのは当然なのかも知れませんが。今後も書く機会はあるかもしれませんがマンネリ化は避けたいところです。

補足説明や裏話等は次回投稿に合わせて活動報告ですることにしました。ぜひそちらも合わせて読んでください!

ここまで読んで下さりありがとうございました。宜しければ感想や評価、お気に入り登録をして下さると嬉しいです。


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後編   おやすみなさい、「正義の味方」

今の自分に書けるものをすべて出し切りました。


「砂糖とミルクはどうする?」

 

「両方欲しいかな、量は任せるよ」

 

 エミヤオルタの部屋に戻ってきたわたし達。彼が宣言通りコーヒーを入れてくれることになった。わたしの予想とは裏腹に彼の部屋には砂糖もミルクも備え付けられていた。

 エミヤオルタは意外と甘党なのかななんて思ってるとコーヒーカップを二つ持ったエミヤオルタが戻ってきた。

 

「なんか意外だな」

 

「なにがだ?」

 

「エミヤオルタの部屋に砂糖とミルクがあるとは思ってなかったってこと」

 

 そう言うと彼は納得したというような表情を浮かべて説明を始める。

 

「オレはブラックコーヒーしか飲まないから本来は不要なものなのだが、この部屋には何故かそれなりに来客があってな。彼女たちのために置いてあるというわけさ」

 

 帰ってきたのはこれまた意外な反応。しかし彼の性格を鑑みると納得がいかないわけでもなかった。

 

「来客か、誰が来るのか少し気になるかも」

 

「覚えている限りではジャガーマンにアイリスフィール。それに彼女がたまにイリヤスフィールやクロエ。あとはさっきも食堂であったあのタマモキャット(ネコモドキ)。それにメイドオルタ(メイドを名乗る黒い騎士王)と言ったところか」

 

「なるほど、その辺りか。納得したよ」

 

 彼の交友関係はわたしが思ってたよりも広かった。意外に思いながらも、わたしは納得していた。

 彼は皮肉屋で人当たりがキツいが、そのような態度をとっても彼の周りを去らない人間に対して無理に突っぱねたりはしない。

 別人である切嗣(アサシンのエミヤ)は英雄嫌いな性格なために、サーヴァントとは関係を持たないようにしていたりするが、彼の本質は士郎(エミヤ)だ。だからアサシンのエミヤよりも人付き合いはまだ出来るほうだろうとは考えていた。

 

「全く、オレのような守護者のどこがいいと思っているのやら・・・・・・。理解に苦しむな」

 

 自嘲する彼を見て、わたしは彼に聞こうと思っていたことを思い出す。

 

「そう言えば、最初のごたごたですっかり忘れてたんだけどさ」

 

「何だ、言ってみろ」

 

「どうしてエミヤオルタは今日まで残ってくれたの? わたし、正直なところすぐに帰ってしまうかなって思ってたんだけど」

 

 以前から気になっていた事だ。彼は傭兵を自称するだけあって仕事に忠実である。だからこそ、全ての事が終わった段階で直ぐに立ち去るものだと考えていた。

 

「何だおまえ、気づいてなかったのか」

 

 そんなわたしの質問にエミヤオルタは呆れた顔をする。しかしそんなことを言われても、分からないものは分からない。

 

「全く心当たりがないんだけど」

 

 悩むわたしの様子を見て、彼はやれやれと肩を竦めながら説明を始める。

 

「まず、おまえは一つ勘違いをしている。オレの仕事はあんたの闘いの手助けだけじゃなく、抑止の守護者としてのものもあるという事だ。具体的に言うと、サーヴァントがカルデア外に出ることの防止といったところか」

 

「サーヴァントがカルデア外に出たら何が問題なの?」

 

 わたしは率直な疑問を彼にぶつける。今までの特異点では街があり、そこでサーヴァントが活動していたことも多々あったからだ。

 

「仮にサーヴァントが市街で暴れてみろ。街は崩壊し、神秘の漏えいが発生する。それが力の強くないサーヴァントなら収集をつけることも出来るだろうが、一部の化け物のような力を持つ連中がそれをすると目も当てられん。そんなことが起きないようにカルデア内で待機を続けていたというわけだ。立香、退去予定表を見てみろ」

 

 そう言われたわたしは手につけた端末を起動して退去予定表を確認する。エミヤオルタより先に退去した英霊とまだ残ってる英霊の違いを考えてみるが、あまりピンと来ないしさっきの話とのつながりも全く見えなかった。

 

「なるほど、さっぱり分からん」

 

「やれやれ、あんたの自陣のサーヴァントに対する警戒心の低さは召喚された時から全く変わってないな。このままじゃ埒が明かないから教えてやる。これまで退去した英霊たちの中にはカルデア外に被害をもたらす可能性がある奴らがいたという事だ。今残っている連中も完全にその可能性がないという訳では無いが、そのような事があってもエミヤ(腐ってない方のオレ)一人が動ければ問題ないくらいだろうと判断しただけだよ」

 

 ようやく理解した。彼はカルデアから去る時に暴走し、外に影響を出す可能性が高いサーヴァントが全員退去するのを待っていたのだ。

 確かに人理の危機は去ったとは言え、カルデアに所属しているサーヴァントが暴走するなんて事態が発生すれば大問題だ。

 実際に未遂事件が何件か起きたのに、わたしはカルデアのサーヴァント(ここに居てくれた皆)が外で被害を起こすかもしれないということは考えられなかったのだ。

 

「だがしかし、おまえのその甘さが今までおまえに対して有効に働いてきたのも事実だ。それがあんたのスタンスならオレがやるべき事はあんたの穴を埋めることというわけさ」

 

 実際、このやり方で問題が起きたことは多々あった。それこそ新宿でもアガルタでも仲間だと思っていたサーヴァントに裏切られたりした。

 そんなことがあっても、わたしはこのやり方を変えることが出来なかった。そんなわたしがここまで来れたのは、その甘さをフォローしてくれたみんなのお陰だ。

 

「つまり、エミヤオルタがここまで残ってくれたのはわたしの甘さをフォローするため?」

 

「そうだ、仮にオレがマスターならばそのような危険な英霊とは契約すらしないし、したとしても要件が終わり次第即刻退却させるだろう。だがあんたはそれをしなかった。召喚に応じた英霊全てを歓迎し、共に戦った。善を好みながらも悪を否定しないなんてことは、早々出来ることじゃない。そのあんたのやり方をオレは評価していた。だから今回も協力した、ただそれだけの事だ」

 

「少し照れくさいけどありがとう、エミヤオルタ」

 

 照れながらもわたしは彼の顔に向き合って笑顔でお礼を言う。

 

「ふん、礼など迷惑だ。オレが好きでやっているだけだからな」

 

 礼など迷惑、その言葉はわたしにSE.RA.PHでの出来事を思い起こさせる。衛士(センチネル)となったキャットを解放するべく戦った時に彼は、キャットについていたKP(カルマファージ)を壊すために銃弾を放った。

 そしてキャットはセンチネルから解放されたが、彼女が伝えた感謝をエミヤオルタは今のように斬り捨てたのだ。

 思い返せば、エミヤオルタがおかしくなり始めたのはあの事変のあとだった。BBが虚数事象として処理したはずであるのに、それを境にしてエミヤオルタは明確に壊れ始めたのだ。

 最初は一部の記憶が摩耗するだけだったそれが日に日に拡大し、彼は今となっては生前の記憶を完全に忘却し、時折頭がぼーっとするなどの症状が発生、更に体のあちこちにも傷跡のような物が出来るようになった。BBやナイチンゲールと言った医療の心得があるサーヴァントによる調査でも原因は特定できなかった。

 しかし、幸いにも症状はそれ以降は進行せず、戦闘にも支障はなかったため、彼は戦線に復帰した。そして、すべての記憶を忘却したせいなのか、彼の性格は逆に軟化した。医療に携わる人やサーヴァント達の見解を聞いたが、恐らくは記憶を失うことにより、フラットな状態になって性格が本来のもの(エミヤ)に近づいたのだろうとのことだった。そういう点も踏まえると、彼が意外と人付き合いが悪くないのも当然のことなのかもしれない。

 

「さて、そろそろ時間だな」

 

 彼の言葉を聞いてわたしは時計を見る。既に針は彼の退去開始予定時刻の一時間前を示していた。

 

「じゃあわたしは一度部屋に戻るね」

 

「ああ、立香、また一時間後にな」

 

 わたしはその言葉に肯いて部屋を出る。さて、最後の用意をしよう。そんなことを考えながら、わたしは部屋に向かって歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 用意を終えて部屋を出るとそこには既にエミヤオルタがいた。

 

「思ったよりも早かったな」

 

「あれ、何でここに?」

 

 反射的に尋ねる。

 

「オレの部屋を見ただろう。片付けるものもろくにない。時間が余ったから此処で待っていたという訳だ」

 

 わたしは彼の部屋を思い出す。確かに物が少ない部屋だった。何着かの服とコーヒーの一式、それに筆記用具くらいしか見た覚えがない。ミニマリストもビックリのものの少なさである。

 

「じゃあせっかくだから護衛してもらおうかな」

 

「オレは『執事』でも『騎士』でもないが、お前に雇われた『傭兵』だ。任務として引き受けるとも。但し、後で()()は頂くがね」

 

 エミヤオルタは微笑を浮べながらそう言う。

 

「報酬? でも今から貴方にあげられるものなんてわたしは持ってないよ」

 

「なんてことは無い、オレの去ったあとに部屋の後片付けをあんたにやってもらいたいだけだ。既に片付けたがいくつかものが残っている。もし使うならあんたが持っていってくれても構わない」

 

「何それ、報酬じゃないよ」

 

 彼が言ったことをそのまま実行した場合、わたしが得するだけ、むしろわたしが報酬を貰うことになる。片付けもほぼ済んでいる以上、ほとんどすることもないだろうし。

 

「オレはそれで構わないと言ってるんだ、それともなんだ。他に差し出せるものがあるのか?」

 

「確かにそれはないけども・・・・・・」

 

「なら決まりだ。いいか、オレの退去が終わり次第直ぐに行ってくれ」

 

 半ば強引に押し切られてしまった。仕方ないなぁと口に出しながらわたしは彼と管制室へ向かって歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 管制室の扉を開けると、いつもの如く見送りのサーヴァントが待機していた。

 

「来たか、デミヤにご主人」

 

 まず、最初に声をかけてきたのはキャット。

 

「待ってたわよ、黒い方のエミヤくん」

 

 続いてアイリさんが声をかけてくる。そしてその後ろからイリヤとクロエも顔を出した。

 

「そして当然、私もいるというわけニャー! アイリ師匠ある所にジャガーマンも有り! 次いでに弟子EX号もいる! 師弟三代集結スペシャルやっちゃいますかニャ?」

 

SSJ(そこまでにしておけよジャガーマン)!」

 

 反射的に言葉口から出てしまった。相変わらずの謎生物(ジャガーマン)がそこにはいた。・・・・・・というかキャットとジャガーが揃っていて大丈夫なのか!? 唐突に不安になってきた。

 

「やあ」

 

 次に声をかけてきたのは意外な人物。アサシンの方のエミヤだった。

 

「アサシンのエミヤ!?」

 

「驚いた。まさか、あんたが来るとはな」

 

「君には何度か世話になったからね。同業者でもあるし挨拶くらいはしておこうと思っただけさ」

 

 確かにエミヤオルタはアサシンエミヤとも上手くやっていけるような背景と性格を持っている。戦闘スタイルも割と似通っているし。

 

「エミヤオルタ殿」

 

「風魔小太郎か、オレ達はさっき会った時ばかりだったと記憶しているが?」

 

 小太郎とエミヤオルタは確かにあの時初対面だったはずだ。そんな彼が顔を出すというのはやはり先ほどのことを気にしているのだろうか。

 

「ええ、確かにその通りです。顔を出すか悩んだのですが結局こちらに顔を出すことにしました。それと・・・・・・」

 

 小太郎がそう言ったタイミングで彼の後ろから最も予想外でありながら、居てもおかしくないと思える人物が顔を出した。

 

「彼に助言を受けてね。気は進まなかったが、顔を出すことにした。驚いたか、()()?」

 

「ああ、おまえが来ることだけは全く計算外だった。やはりオレたちは別人だ。こんな風に、互いの考えてることを読み取れないからな」

 

 そこには、エミヤがいた。この場で恐らく最も彼のことを嫌っているであろう人物。場の空気が一瞬凍ったのをわたしは感じた。

 

「だからこそ、最後に思いの丈をぶつけさせてもらおうと思ってね。オレ(おまえ)もそれで構わないだろう?」

 

「悪くない話だ、初めて気があったんじゃないか?」

 

 険悪な空気は、彼らの会話で霧散するとまでは行かないが少し弱くなった。

 その時ふととある職員の方の姿が目に入った。わたしを呼んでいるみたいだ。

 

「じゃあわたしは帰還のために必要な作業にかかるから皆仲良く・・・・・・ね?」

 

 不安を感じながらその場を離れる。

二人は大丈夫だろうか?

 

「先輩、お二人をあのままにしておいて良かったのでしょうか」

 

 作業場に着くと、マシュが声をかけてきた。彼女の心配も確かに最もだと言える。

 

「二人が衝突しそうになっても止めてくれそうな人がいるから大丈夫だと思ってるよ」

 

 恐らくジャガーマン一人が止めに入れば解決すると思われるので、そこまで大きな心配はしていなかった。

 

「ではいつも通り、始めていきましょう」

 

 わたしはマシュの言葉に頷きながら退去に向けた作業を開始した。

 

 

 

 

 結論から言うと、わたし達が心配していたようなことは起こらなかった。途中怒鳴り声が聞こえてきたりもしたが、衝突までは行かなかったらしい。

 

「これで大体の作業は完了です。あとは私達に任せて、先輩はエミヤオルタさんのところに行ってあげてください」

 

「そうだね、行ってくるよ」

 

 あとは帰還を促進する術式の所まで行くだけだ。準備が完了しかけていることはさっき既に伝えていたのでサーヴァント達の別れの挨拶はもう終わっているように見える。

 

「お待たせ、準備が完了したよ」

 

「よし、行こうかマスター」

 

「うん」

 

 彼は後ろを振り返ることなく私と共に並んで歩き始める。

 

「皆に最後の挨拶をしなくて良かったの?」

 

「挨拶なら既に済ませたさ、それに、長く居座る理由もない」

 

 別れを惜しむ様子もなく、彼は進む。

 

「立香、最後の機会だ。少し話を聞いてくれないか」

 

 前を歩いていた彼がこちらを振り返ることなく切り出した。

 

「いいよ、聞かせて」

 

 わたしはそう答え、彼の言葉を待つ。

 

「初めておまえと会った時、何とも頼りない印象を受けたのを覚えている。そしてその甘さのせいで、直ぐに命を落とすのではないかとも思った」

 

 わたしは何も言わない。ただ無言で、続きを待つ。

 

「しかしおまえは最後まで戦い抜いた。敵対していたとしても正しくそこにある人を殺すことはなく、人の死に心を痛める。その自らの甘さと言われる在り方を変えることはなかった。更にあんたはオレたちサーヴァントにすら殺すことをさせようとしなかった。例えそうした方が効率よく事態を解決に導けるとしても、だ」

 

 確かにわたしは変えなかった。例え後で修復されるだとしても、自らの手で人の命を奪わず、サーヴァントに奪わせることもなかった。偽善だと言われるかもしれない。そうであったとしてもわたしはそのやり方を変えなかった。それが正しいことだと信じていたために。

 

「お陰でオレはここにいた間に、ほとんど人を殺すことがなかった。人殺しだけが上手なサーヴァントに人を殺させない。おまえのやり方は愚かだとも言えるだろう」

 

 そうだ、エミヤオルタの能力は人を殺す事に向いている。対サーヴァント戦でも強力だが、彼が本来最も得手とするものは殲滅なのだろう。そんな彼にわたしは人殺しを禁じた。今でもその判断が間違っていたとは思わないが、彼からすれば愚かなことなのだろう。

 

「だがな、愚かだと、非効率だと、無駄だと言わせたい奴らには言わせておけばいい。誰がなんと言おうと、おまえにはそのやり方しかなかったんだ。甘さを捨てることの出来ないあんたには、できる限りを救うという最も茨の道を進むしかなかったんだろうさ。だが、その道をあんたは走り抜けた。例えオレたちの助けがないと不可能だったとしても、その助けを掴んだのはあんたのその甘さのお陰だ。だから、誰になんと言われようとも、あんたは立派だとも」

 

 皮肉屋な彼らしくもない言葉。だけども、その言葉は本物だった。嘘偽りのない、本心からの言葉だ。そして一呼吸おいて彼は続ける。

 

「あんたこそ正義の味方だ。弱きを助け、強きを挫く。オレのようなただの人殺しとは違ってな」

 

「それは違う! 誰がなんと言おうと、貴方自身が否定しようとも、それでも貴方は、無辜の民が虐げられ、嘲笑われる事に憤る貴方は、わたしにとって間違いなく正義の味方なんだ」

 

 口を出すつもりは無かったはずなのに、気がつけば捲し立てるように感情をぶつけていた。今の言葉にはどうしても耐えきれなかったから。

 SE.RA.PHでの出来事から少したった日、BBにわたしが知らなかった出来事を教えて貰った。BBは渋ったが、あの出来事を覚えているわたしは全てを知って背負うべきだと思って無理に頼み込んだのだ。

 彼女は全てを詳らかに教えてくれた。わたし達がやってくる前に起きた出来事。ガウェインが消えた経緯の詳細。エミヤオルタがわたし達と離れていた時のこと。彼とサーヴァントとの戦い。そして、彼の最後。

 一度わたし達と戦い、倒れた彼が再び立ち上がったのはビーストⅢ/Rが無辜の民を虚仮にした時だったという。そして彼は最後にメルトリリスを助け、彼女の断末魔を聞き届けたあと、再び停止したという。

 やっぱり彼は誰がなんと言おうと正義の味方だった。その事を私は知っている。だから彼が自らそれを否定するのを耐えきれなかったのだ。

 

「・・・・・・」

 

 彼は何も言わずにこちらに振り返る。その時目に映った彼の表情は嬉しさと悲しみとが織り交ぜられて酷く歪なものに見えた。そして、彼の瞳には涙があった。

 

「エミヤオルタ・・・・・・。貴方・・・・・・」

 

「どうしてだろうな。正義の味方なんて、オレを表す言葉としては程遠いはずなのに、それをあんたに言われた瞬間、涙が流れてきた。だが、不思議と悪い気分じゃない」

 

 かつてあったであろう理想。その理想は腐り果て、今となっては思い出すことすらできないのだろう。だがしかし、彼の中にそれは確かにあるのだ。だって彼は()()()なのだから。

 

「あぁ、こんな気持ちで去ることになるとは思ってもみなかった。たまには、(オレ)の言うことも聞いてみるものだ」

 

 再び正面を向くエミヤオルタ。彼の表情はもう見えない。そうしているうちに術式のもとへとたどり着いた。そして彼の退去が始まる。

 

「これでお別れだ、立香。今までで一番長かったお前との契約、悪くなかったよ」

 

「わたしも貴方とともに戦えて良かった。ありがとう」

 

 最後には忘れずに感謝を伝える。

 

「これからもお前の人生は続く。せいぜい悪党に殺されないように気をつけることだ。言い忘れていたが、部屋に置き土産をしてある。使うかどうかはおまえの自由だが」

 

 消えかけていた彼は最後にそう伝えてくる。最後に贈り物をしてくれるのも(エミヤ)らしい。

 

「大事にするよ! じゃあね、エミヤオルタ」

 

 できる限りの笑顔でそういった瞬間、彼は頷き、そして消えた。退去が完了したのだ。

 最後に見えた彼の表情が穏やかな笑みだったのはわたしの目の錯覚だろうか。いや、そうではないと信じたい。きっと彼は笑って去れたのだと。

 

「エミヤ〔オルタ〕さんの霊基消失を確認。退去完了です」

 

 その言葉を聞いたわたしは走る。

 マシュの所で一度止まり、急ぎの用事があることを伝えてからまた走り出す。

 そうして息を切らしながらも彼の部屋に辿り着いた。鍵は掛かっていなかったのでそのまま突入。

 部屋に入るとテーブルの上に封筒があるのが目に入った。迷わず取り、その表面を見ると立香へという文字。裏面の差出人の所にはエミヤ〔オルタ〕と書かれていた。

 封筒を開ける。手紙には机の引き出しに置き土産があることと退去したあとに消えてしまっている可能性があるということへの謝罪が綴られていた。

 引き出しを開ける。彼の危惧は杞憂で終わっていて、確かにそこにはあるものがあった。彼の愛用していた銃剣、干将・莫耶のグリップ部分である。取り出してみるとその下に紙があるのが目に入った。

 広げてみるとこちらも手紙であった。

 

『無事に見つかったようで何よりだ。そのグリップはオレの愛用していた銃剣のものだ。銃剣自体はこれから一般社会に戻るであろうおまえには不要なものだろうからグリップだけを置いてある。これを胸ポケットにでも入れておくと良い。効果が残っているかは分からんがオレのスキル、防弾加工を使ってある。効果が生きていれば防弾チョッキの代わりにはなるだろう』

 

 読み終えたわたしの目からポツポツと涙が零れた。それはグリップに当たることなく外に弾かれる。どうやら防弾加工スキルは明確に機能しているらしい。

 

「――ほんとに、ずるいなぁ。エミヤオルタ、ちゃんと置き土産は受け取れたよ」

 

 空に向かって言う。そして、ボロボロになりながらも最後まで共に戦ってくれた彼のために祈る。

 ――おやすみなさい、「正義の味方」。叶うなら、どうか安らかな休息を。

 

 ――エミヤ〔オルタ〕、退去完了




ここまで読んでくださってありがとうございます。これにてエミヤ〔オルタ〕編は完結となります。
エミヤ〔オルタ〕編の投稿を始めて以降、急激にUAやお気に入り数が増え、前回の中編では日刊ランキングに載せていただくとができました。これも読んでくださった皆さんのお陰です。そして、お気に入り数も100を超えました。こちらも登録してくれた人に改めて感謝を。
皆様の感想や評価、お気に入り登録等のお陰でここまで書くことが出来ました。読者の皆様、今後ともよろしくお願いします。
次回は宝蔵院胤舜と李書文の二人の話を全四篇で書く予定です。十二月頭までには投稿できるようにしたいところです。


それでは少しばかり補足をしていきます。キャラを書いた時の所感等の小話は先にあげた活動報告の方に記載していますので、そちらを参照してくださると有難いです。

・この話当時のカルデアの状況
八割程の英霊が既に退却済み。エミヤオルタが本編でも言っていたように危険性の高いサーヴァントは早期に退却しています。

・暴走事件について
前編で軽く触れたキアラ以外にも何人かがやらかしています。ある程度メンバーは決めていますのでそのうち触れることもあるかと。

・護衛組について
完全に悪ノリで作ったものです。英霊剣豪終えてから取り組み始めたせいもあってかこのようなものがいつの間にか出来ていました。

・小太郎について
実のところ彼は初期プロットでは影も形もありませんでした。寝起きのシーンを書いている時に思いついたために書き足したのですが、前編の終わりのシーンに繋げられたので悪くはなかったかな、と思っています。

・エミヤオルタのご飯について
彼の味覚が弱くなっているというのは最初から決めていたのですが、どのような料理を作るかは割と悩みました。そんな中、ZeroのドラマCD、「イートイン泰山」にて切嗣が麻婆豆腐を美味そうに食べていたことを思い出し、麻婆豆腐を採用、流れるままに残りも中華で決定しました。
しかし、そこは腐ってもエミヤ、ザビーズとは違って激辛麻婆が無理なぐだにも食べられるとても辛いけどたしかに美味しい料理に仕上げています。

・コーヒーについて
エミヤオルタに何らかの嗜好品を持たせようかと考えた時に、絵面のことも踏まえて、最初は酒やタバコで行こうと考えていました。しかし、来客の設定上その二つは却下し、コーヒーを採用する次第になりました。

・CCCコラボに関する設定について
本編で書いたように全て虚数事象となってます。しかし、あのイベントで接点ができたサーヴァント達は、カルデアでも何故か仲良くしていたりするという設定で処理しています。今回はタマモキャットとデミヤの関係性を少し書いたくらいですが、今後もそこに触れることはあるかと思います。
また、本編後のBB/GOの下りで出てきた嫁王、無銘、キャス狐の3人についてもカルデアに戻ってきて以降、出来事についての記憶は無いことになっています。
そして、BBに聞いたことにより主人公は出来事の全てを把握しています。但しBBちゃんの配慮により余りにも悲惨すぎることはオブラートに包んだりはされています。それが冒頭の夢のあとでの独白であった、ここまでだとは思わなかったというところの理由ですね。

・エミヤオルタの崩壊について
こちらも本編で触れたようにCCCイベントの出来事のあと、壊れて言ったということにしてます。CCC時のエミヤオルタは召喚初期に近い形だったので、あの出来事を契機に記憶の消失や体の崩壊が始まったということにさせてもらいました。

・最後の会話や置き土産について
彼らしくない、と言われればそれまでかも知れません。しかし、私は、絆レベル5の彼のセリフで逆に可能性を感じました。記憶をすべて失いフラットな状態の彼ならあのような事を行うのではないかと。これに対しては批判を受ける覚悟もありますが、一つの解釈として受け止めてくださると嬉しいです。
また防弾加工の効果は判明していないので独自に解釈させていただきました。

・ぐだ子の一人称について
これまで「私」と書いてきましたが、公式に合わせて「わたし」に変更しています。気づかなかった自分が恥ずかしいです。

補足説明は以上となります。繰り返しになりますが、ここまで読んでくださってありがとうございました。


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神槍 李書文&宝蔵院胤舜編
第一節 「神域の槍兵」との稽古 (前)


※11月28日午後5時55分に台詞周りや文章全体に手直し入れました。やはり深夜に眠気と戦いながら書くものではありませんね。改行時の空白すら忘れていましたし。

今更ですが、この作品のエピソードは基本的に独立していますので時系列順ではありません。
今回の話はアルトリア・ペンドラゴン(セイバー)編よりも先にあった話となります。

また、活動報告やポツポツ私情を語る用のTwitter始めました。私のユーザーページからアカウントに飛べるはずです。宜しければフォローお願いします。


 昼食を済ませて、部屋で今日の面談の用意をしていた頃である。

 部屋のインターホンが鳴った。わたしは、慌てて受話器の元まで行って返事をする。

 

「はーい」

 

「良かった、まだ部屋にいたか!」

 

 受話器から聞こえてきたのは大音量の男の声。元々昼から会う予定であった彼――宝蔵院胤舜――の声だ。

 

「うん、いるけどどうしたの? まだ約束してた時間じゃないよね?」

 

「うむ、おまえが遅刻したわけでは無いから安心すると良い。なに、少し今日の予定を変えてもらいたいと思ってな。構わないか?」

 

 わたしはサーヴァントのみんなに最後に時間をとってもらう時の過ごし方をこちらで決めているが、それはあくまで相手に希望がなければの話だ。

 相手の希望があるならば基本的にはそちらを優先している。わたしとしては最後にきちんとした形でお別れができればそれでいいので、時間の過ごし方に拘りはあまり無いのだ。

 

「別に構わないけど、どうするの?」

 

「時間は変わりなし。但し場所をトレーニングルーム(鍛錬場)にしてもらいたい。無論、おまえの格好も鍛錬に合わせたものでな。拙僧としては、持ち物は稽古槍だけにしておくことを勧めるが」

 

「分かった。じゃああと・・・・・・一時間後だね。その時間に」

 

「突然の変更、すまないな! ではまた一時間後に」

 

 そうして彼との会話は終わる。それにしても、突然トレーニングルームへの変更。これは明日の鍛錬時には筋肉痛かもしれないな、なんて思いながらクローゼットから道着を取り出す。

 そして道着に着替える中でわたしは、彼が退去予定日を決めている最中に書文先生と共にやってきた時のことを思い出す。その時も確か部屋にいる時にインターホンが鳴ったのだ。

 

 

 

 

 

『マスター、少し良いか?』

 

 やってきた書文先生に対してわたしは大丈夫だよ、と返して扉を開けた。

 

『マスター、失礼するぞ』

 

『あれ、胤舜も一緒だったの? 二人が一緒に来るなんて珍しいね』

 

 書文先生と胤舜。彼らの組み合わせはわたしにとって新鮮なものだった。確かに二人とも槍を極めたという共通点はあるのだが、彼らが共にいる場面は中々になかったからだ。胤舜が言うには、仕合うと間違いなく殺し合いになってしまうからとのことらしいのでわたしも無理に二人を合わせようとはしなかった。

 

『実は折り入って頼みがあってな、聞いてくれ』

 

『うん、聞かせて』

 

『実はだな、退去予定の日に儂とここにいる宝蔵院、その二人で真剣勝負をしたいと思っている。だが、お主も以前に聞いたように儂ら二人が一度勝負を始めたならばどちらかが死ぬまで終わることはあるまい。今までは人理のため、という事でお互いにそうならぬように抑えておったが、全てが終わった今、最後に誰か達人と果し合いたいと思ってな。そこで宝蔵院に話を持ちかけたのだが・・・・・・』

 

『そこから先は俺が話そう。李書文にその話を持ちかけられた俺は正直なところ受けたいと思った。以前にも言ったが、神槍の異名をとる男とは仏に使える身として仕合っておきたかったのだ。だが立香、善良なおまえはサーヴァント同士の殺し合いなど望まないだろう。だから俺は彼に告げた。マスターの意向を確認してからだと。マスターが良いといえば仕合を受け、ダメだといえば断ることにしようと思っている。それでお互いに合意したためにこうして訪れた次第だ』

 

 サーヴァントを失うこともなく、すべての目的が達成され、残すは退去のみとなった時点で、このような話が来ることは想定していた。

 確かに胤舜の言う通り、わたしは仲間のサーヴァントが殺し合うところを見たいと言うような人間ではない。だが、私はこれまでの戦いの中で知ったのだ。闘いに生きた者にとっての生死を賭けた戦いの価値を。

 彼らにとってその戦いは自らの命よりも価値があることかもしれない。もしかしたら聖杯に願うほどにそれを求める者もいるかもだ。

 だから、こういう提案が来た場合の返答も、既に決めていた。

 

『わたし個人としては全然構わないよ。但し、カルデア職員の皆との相談は必要だけどね』

 

 わたしはこの長い旅の中で様々なサーヴァントや人々に出会い、彼らの生き様を目の当たりにしてきた。だからこそ、武に生きる人が闘いに全てをかけようとする気持ちも完璧とは言えないまでも、少しは理解できたのだ。

 元より善意でわたしに協力してくれたサーヴァント達だ。そんな彼らが最後に闘いを望むのならば、わたしとしてはその意思を尊重したかった。

 

『良いのか? 俺達が戦うとなると、どちらかが斃れるまで止まることはないぞ。結果がどうあれ、おまえの望むであろう平穏な別れ方は出来ないであろうよ』

 

『貴方達にとってその戦いはきっと何よりも価値のあるものなんでしょう? だったら、それを止めるなんてわたしには出来ないし、したくもない』

 

 胤舜はわたしの答えに対して少し驚いた様子を見せたあと、快い笑顔を浮かべてこう言った。

 

『ふははは! どうやら俺はおまえのことをまだ見誤っていたらしい。はは! 拙僧もまだまだ修行が足りんな!』

 

『だから言ったではないか、宝蔵院。マスターは許可をくれるだろうと。こやつは儂ら武に生きたものの在り方を理解し、尊重してくれているとな』

 

 書文先生も軽く笑みを浮かべて続いたところにわたしはでもね、と言いながら割って入った。二人の決闘を認めた場合には大きな問題が起きる可能性があった。その説明をしなければならないと、その時のわたしは考えたのだ。

 

『わたし個人としては全然問題ないんだけども、カルデア的に可能かどうかは相談してみないとわからないんだ。二人の勝負を認めると、他のサーヴァントからも最後に決闘したいという声が上がるかもしれないじゃない』

 

『ふむ、確かにそれはあるかもしれんな。だが、それで何か問題が起きるのか? お主の気持ち的に問題がない以上、予定の調整さえ何とかできれば良いように思えるが』

 

『いや、拙僧には立香の言いたいことが分かったぞ。李書文、おまえや俺はサーヴァント化したからと言って、炎や嵐などといったものを扱うようになった訳ではなく、あくまで生前と同じように磨き上げた技術で戦っているだろう?』

 

 少しの説明で胤舜はわたしの危惧してる可能性に気づいたらしかった。そして、その胤舜の言葉で書文先生も理解したらしく、快活な笑い声をあげる。

 

『呵々! そこまで言われれば、儂にも分かる。儂らのような武術のみのサーヴァント同士の決闘ならば全力を出し合っても周りに被害は出ないだろうが、神話の再現の域に達するものだとそうも行くまい。サーヴァントになってから、神話に語り継がれた者の恐るべき力というのは嫌というほど我が身で体験しているというのに忘れておったわ』

 

 書文先生の言う通り、わたしが危惧していたのは全てのサーヴァントが全力で戦える場を提供するのは難しいということだった。

 一番わかりやすい例を挙げるならばカルナとアルジュナ(インド兄弟)だろう。現在の彼らの関係は一触即発という程のものでは無いが、最後に闘う機会があるというのならばそれを望むのはまず間違いないし、わたしもその機会をあげられたらと思ったのだった。

 だが、シミュレーターでそのための舞台を用意してもシミュレーターが耐えきれるかどうかは非常に怪しい。それに、すべてが終わった今では修正途中の特異点へのレイシフトを行うことも不可能だ。

 その為に、なるべく全てのサーヴァントの望みに対応できるように勝負を成立させるための決まり事や、耐久力のある舞台を作るための方法を考えなくてはならなかったのだ。

 

『そういうことなんだ、だから今回の件については一回私に預けてくれないかな? なるべく早めにカルデア職員の皆と一緒に検討の場を設けれるようにするから』

 

『拙僧はそれで構わぬよ。李書文、お主はどうだ?』

 

『うむ、マスターの懸念も確かだ。ならばここは預けるほかあるまい。何、お主なら上手くまとめるだろうよ』

 

『二人ともありがとう、二人の望みが叶えられるように全力を尽くすよ』

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼らの望みを預かったわたしはカルデアスタッフに相談を持ちかけたり、闘いの舞台を作り上げるために力を貸してもらえそうなサーヴァントに協力を求めるなどあちこちを走り回った。

 その結果、三つの条件付きではあるが、最後に真剣勝負を行いたいサーヴァント達が戦える仕組みを作り出すことに何とか成功したのだ。

 ちなみに三つの条件というのは

 一、勝負の実施は事前に定められた舞台で、決められた時間に、誰でも観戦可能な状態で、審判役を入れて対戦を行う。

 また、これらの決まりに抵触したり、審判の指示に従わない場合は警備サーヴァントや技術職員によって即時強制退去処分となる可能性があることに留意するべし。

 二、勝負の成立には参加者全員の合意が必要であり、拒否するサーヴァントや、無関係なサーヴァントや人を巻き込んではならない。

 また、執拗な勧誘を阻止するために申込期間は定められた三日間のみとし、その期間外の申し込みは例外なく認められない。

 三、対戦人数に応じて、その日もしくはそれより前の日に通常退去サーヴァントと同じようにマスターとの面談機会を設ける。

となっている。

 一つ目の条件は魔術協会に許可を出してもらうための方策である。日時や場所、審判役や罰則を決めておくことにより安全性の保証。そして観戦自由としたのは、どんな人でも神秘の塊とも言えるサーヴァント同士の戦いを見れる様にし、貴重な研究資料の提供を行うという意図だ。

 二つ目の条件は双方の同意を必要とし、厳格に期間を定めることと無関係な人への被害を出さないという決まりによって、一方的に勝負を申し込むことを不可能としている。これによって、望まぬサーヴァントに対戦を強要することなく、先程の見学者たちの安全も保証されるという話である。

 そして三番目。これはわたし個人の願望を決まりに入れてもらった。最後に望む相手と戦うのだとしても、それはそれとしてお別れをしておきたいわたしの個人的な感情。その辺りをカルデアスタッフの皆さんが拾ってくれた。

 この三つの条件だってほとんどスタッフの皆さんが考えてくれたものだ。様々な外野に配慮した決まりを作ってくれるスタッフの皆さんには感謝してもしきれない。

 

「さて、そろそろ行かないと」

 

 道着に着替えたわたしは一人呟く。決闘を成立させた経緯を思い出しているうちに結構時間が経ってしまっていた。わたしは、ロッカーの中から一本の樫で出来た稽古槍を取り出す。

 そして、これまでの鍛錬の量を示すようにボロボロになっているそれを持って廊下へ出る。明日は胤舜と書文先生の闘いの日だ。その前日に槍を持ってトレーニングルームに来いという事は恐らく、胤舜が最後の稽古をつけてくれるのだろう。全ての事件が終わってからは自室での動きの確認くらいしかして来なかったからちゃんと出来るか心配だなぁ、なんて思いながらわたしはトレーニングルームに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 学校の体育館に近い形をしているトレーニングルームに入ると、そこには既に胤舜の姿があった。彼もわたしの物によく似た道着を着ており、わたしよりもよっぽど様になっていた。

 

「来たか」

 

 視線をこちらに向けることなく彼は話しかけてくる。

 

「うん、これが最後の稽古・・・・・・かな?」

 

「左様。事件が全て解決してから稽古をつけていなかったが、最後におまえがどこまで出来るのか確認したい。何せ、ほぼ四百年ぶりの弟子なのだからな!」

 

 そう言って彼は立ち上がり、足元においてあった、普段戦闘時に使うものではない、先端まで樫で作られた稽古用の木槍――わたしが持っているのとほぼ同じもの――を手に取る。

 わたしも彼の前に適切な距離を取って立ち、槍を構える。

 

「良いぞ、何処からでもかかって来い!」

 

 彼の呼びかけを受けてわたしは頷き、これまで胤舜から学んで来た宝蔵院流槍術、その全てを披露する。

 無論、稽古の相手は達人、わたしの突きも払いも何もかも全てが捌き切られる。

 わたしが彼から学んだ槍術は、護身用のものが多い。特異点ではサーヴァント以外にも現地の人と戦闘になることがある。サーヴァント戦ならば数の差はほとんどないが、人との戦闘時には数が多すぎてわたしの所まで敵がやって来ることもあった。わたしが彼から槍術を学んだのにはそういった時に自力で対応する為でもあった。

 槍というのは近づいてくる敵に対してはリーチの関係上相性が良い。最も、戦いの際にそう都合よく手元に槍があるとは限らないのだが。

 

「まだまだ甘い! 姿勢が乱れているぞ! ふむ……とは言え間が空いていた割には劣化が見られない。お主、すべてが終わった後にも部屋で鍛錬していたのか?」

 

 胤舜が少し手を休めて訪ねてくる。わたしもそれに合わせて一度槍を置き、答える。

 

「せっかく胤舜に教わった技術を忘れたら勿体ないから、少しだけね」

 

 一騎当千の英霊から武芸を学ぶ。今に生きる人々が願っても叶わないような機会をわたしは得ている。

 その事を分かっていたから学んだことを無駄にはしたくなかった。平和が訪れ、戦う必要が無くなった今であっても教わった技術を忘れたくはないと思ったのだ。

 胤舜は型の名前等は不要として教えてくれなかった為に、わたしは自らの体を動かすことで忘れないようにするしか無かった。

 

「はは、そうか! それは中々嬉しいことを言ってくれる! では再開するとしようか」

 

 そう言って、胤舜は再び槍を構える。それに合わせてわたしも槍を構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ここまでにしようか」

 

「ふぅ、久々に全力でやると体力的にも少しきつい・・・・・・」

 

 途中で休憩を挟みながらだが、三時間ほどの鍛錬が終わった。今まで彼から学んだことは全てぶつけられたと思う。

 トレーニングルームの床に座り込み、水を飲んでいるわたしに胤舜は告げる。

 

「うむ、とりあえず言いたい事は何点かあるが、それは後ほど拙僧の部屋で話すとしよう。それより今は汗を洗い流し、衣を変えるべきだな。ふむ……では、一時間後に拙僧の部屋で再集合とするか!」

 

「じゃあ、一度部屋に戻ってシャワーを浴びることにするよ」

 

「そうすると良い。お主は人の身、汗で体を冷やして風邪など引いては大変だからな! では拙僧は先に戻らせてもらうとしよう」

 

 そう言って胤舜はトレーニングルームから出て行った。さて、わたしも一旦マイルームに戻ろう。そう思いながらわたしは立ち上がり、自室に向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 一時間後。部屋に戻ってシャワーを浴び、カルデアの制服に着替え直したわたしは胤舜の部屋に向かって廊下を歩いていた。

 すると、廊下の先、というか目的地の方から良い香りがしてくる。その良い匂いにつられて歩いていくと、目的地である胤舜の部屋に着いていた。どうやら、匂いの発生源はここらしい。

 とりあえず止まっていても仕方ないのでインターホンを押す。

 

「立香か?」

 

「うん。開けてくれる?」

 

「承知」

 

 その言葉の直後、扉のロックが解除されたので、わたしは扉を開けて部屋に入った。

 部屋に入ってまず目に入ったのは、大きな鍋である。そしてわたしは同時に確信する。あのいい匂いの出処はこの大鍋(こいつ)だと。よって、彼に質問する。

 

「胤舜、この鍋はいったい何なの?」

 

「そうだな、質問で返す形で悪いが、立香、以前今日の予定を決めた時に、夕餉(ゆうげ)を一緒に取ろうと言ったことを覚えているか?」

 

 確か、そんなことを言ってた気がする……。なのでわたしは覚えていると答える。その答えに対して、彼は置かれた鍋の蓋を開けながら話し始めた。

 

「うむ、折角の機会であるから拙僧の作れる料理を作ろうと思ってな。これは狸汁と言い、宝蔵院に伝わる伝統料理の一つだ。本来なら正月明けの初稽古のあとに出すものなのだが、今回の稽古は今年になってから初めてのものである故問題ないだろうよ」

 

 そう言ってニカッと笑う胤舜。そこでわたしはある違和感に気づく。この料理は狸汁と言うのに、狸の持つ獣臭いような匂いを感じない。中を覗いてみると狸かどうかは分からないが肉のようなものは見えた。とりあえずそれを狸(仮)として質問を投げかける。

 

「あれ、これ狸汁なのに獣臭さが無いんだね」

 

 率直な疑問だったので迷うことなく胤舜に尋ねることが出来た。

 

「うむ、実を言うとその狸肉のように見えるものは炒めた蒟蒻(こんにゃく)なのだ。拙僧が宝蔵院の院主をしていた頃は本物の狸の肉を使っておったのだが、何時頃からか寺の境内で肉を食うのは如何なものかとなって、狸を蒟蒻で代用するようになり、精進料理として変化したらしい。だから今回は現代風に合わせて蒟蒻の方で作ってみた。食ってみるが良い。温まるぞ!」

 

 彼は話しながら器に狸汁をたっぷりと入れて渡してくれた。湯気が凄い勢いで立っていて、汁の熱さを想い起こさせる。

 

「ありがとう! じゃあ、いただきます」

 

 口の中に狸汁を運ぶ。想像通り、かなりの熱さだ。だが美味しいのと温まるのは確かだった。そして、狸肉を模したとされる炒めた蒟蒻を口に入れる。確かに食感は肉に似ている。

 他に入っているのは大根に人参、ゴボウにうすあげ、といったところだろうか。感想としては味付けを含めて少し豚汁に似ているなと言ったところか。いや、豚肉は入っていないのだが。

 

「味はどうだ? 坊主故、こういった事には自信がなくてな」

 

「美味しいよ! これ胤舜一人で作ったの?」

 

 聞くと、胤舜は一旦悩むように口を閉じた。そして、少しの間を置いて話し始める。

 

「実のところ、俺は既に狸汁の作り方をハッキリとは覚えていなかったのだ。困った俺は、食堂のエミヤに相談した。すると彼は現代で復元された狸汁の話を教えてくれた。そして彼に教わりながら()()()()()()()なるものを使い、作り方を学んで、自分の記憶と照らし合わせながら狸汁を作ったのだ。だからこれは厳密に言うと俺一人で作ったものではない。エミヤや、いんたーねっとで作り方を書いていてくれた者のお陰で出来たものだな」

 

 胤舜の口からインターネットなんて言葉が出てきたことにも驚いたが、現在でも狸汁が存在していることにわたしは驚いた。

 

「そっか、それにしても胤舜の口からインターネットなんて言葉が出てくることにビックリだよ」

 

「ふははは! 確かに俺のような坊主には全く似合わない言葉だな。だが、あれは便利なものだ。大量の書物の中から目当てのものを探すまでもなく、調べたい言葉を入力するだけで求める情報の書かれた場所を教えてくれるのだから」

 

 江戸時代を生きた彼には、インターネットの技術はそのように見えるのか、とまたもや少し驚く。

 

「胤舜がインターネットを使ってどんなことを調べたのか少し気になるな」

 

「ほう、そこが気になるのか。別に教えても良いが・・・・・・。大して面白い話でもないぞ?」

 

 彼はそう言ったが、わたしはそれでも彼が何を調べたのかは気になったのだ。

 

「いいよ、それでも気になるから良ければ教えて」

 

「第一に調べたのは、拙僧が死んだ後の日本の歴史だ。召喚時にある程度は知識として与えられているとはいえ、しっかりと確認することには大きな意味があった」

 

 確か彼が死んだのは江戸時代初期のことだったはず。そんな彼からしたら今の日本はどう映るのだろう。そう思っているうちに胤舜は次に調べたことについて話し始める。

 

「そして次に拙僧は、宝蔵院がどうなっているのかを調べた。それは聖杯からの知識としては与えられなかったものではあるが、先程調べた日本の歴史からある程度想定はしていた」

 

 宝蔵院という院は確か現在では既に存在していなかったはずだ。

 

「そこで見た話は余りにも意外なものだった。宝蔵院が既に壊されていることは想定通りだったが、宝蔵院流槍術が未だに伝承されていたのだ。俺や胤栄師匠が宝蔵院で編み出し伝えた技術等は失われていたが門派の一つが残っており、正当な宗家の手続きは踏まれていなかったものの、技術は現在も伝えられている。お主は高田又兵衛を知っているか?」

 

「確か、胤舜と兄弟弟子に当たる人で、宮本武蔵と戦ったんだっけ?」

 

「その通りだ、よく知っていたな」

 

「前に胤舜が言ってたよね、確か・・・・・・」

 

 と、そこまで言って気がついた。武蔵ちゃんと話していた()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うん? どうした、唐突に黙って」

 

「いや、胤舜から聞いたんじゃなかった。武蔵ちゃんから聞いたんだったよ、すっかり勘違いしてた!」

 

「・・・・・・」

 

 慌てて取り繕ったが、誤魔化せたかな? その時の胤舜の表情は見えなかったので若しかしたら怪しまれているかもしれない。

 

「まあ、その高田又兵衛なのだが、彼は高田派という門派を開いていてな。その門派が江戸、そして東京である程度伝えられてきたらしい。一部は失伝してしまったらしいが、本家の宝蔵院が取り壊されてもなお、今でも高田派として宝蔵院流槍術は生きているのだ。俺はその話を最初に見た時にひどく驚いた。武術など不要な世の中になったこの時代で、戦うために作られた宝蔵院流槍術が辛うじてとはいえ生きていたのだ」

 

 少しの間が空いた後、再び話し始めた胤舜だったが、高田又兵衛に関するその話は初耳だ。そして、未だに宝蔵院流槍術が続いているというのはわたしにとっても意外だった。

 

「その話はわたしも初めて聞いたけど、ビックリだよ。意外と古武術というものは伝承されるものなんだね」

 

「いかにも。そこで一つ提案と言うか頼みなのだが・・・・・・、立香、おまえカルデアから日本に帰った後も宝蔵院流槍術を続ける気は無いか?」

 

「えっ!?」

 

「先程の稽古を見る限り、おまえは既に基本は全て身につけている。確かに達人と呼ばれる人間のように卓越している訳では無いが、お主は既に努力によって宝蔵院流槍術の基礎的なものはすべて身につけているのだ。聞くところによれば、最近になって、女性に対しても指導を始めたらしい。折角久々に鍛えた弟子だ。例え本来の目的を終えていたとしても、今後も続けてほしいと思うのは悪いことではないだろう?」

 

 胤舜は、とても正直である。坊主だからというのもあるのか、建前等で自分の本心を取り繕ったりしない。そんな彼がこういってくれるのは本当に嬉しい。だからこそ、わたしも正直に答える。

 

「わたしも続けてみたいという気持ちはあるよ。でも、約束することは出来ないかな。ごめんね」

 

「やはりな、お前ならそういう気がしていたさ。だが俺はそれでも良いと思うぞ。他にやりたいことがあるというのならば俺から強制するのは筋違いだろうからな。亡者が生者に干渉するなんて本来は良くないことなのだからな。はっはっはっ!」

 

 そう言って彼は快活に笑う。

 

「やっぱり胤舜はかっこいいね。」

 

「そうか?」

 

 それは、とある平行世界での会話の焼き直しだったのかもしれない。だけどそれを知っているのはわたしだけだ。

 

「それとな・・・・・・」

 

 胤舜が再び神妙な表情になり、何かを言おうとする。

 

「何?」

 

「いや、今は辞めておこう。ここですべてを話してしまうと最後の別れの瞬間に話すことがなくなってしまう」

 

 彼はその話を明日の決闘後の退去時にするつもりらしい。彼がそこで話すをやめた以上、わたしも詮索はしない。

 

「あぁ、そうだ」

 

 胤舜が何かを思い出したかの如く呟く。そして、

 

「おまえが今後どうするのかは分からないが、俺からの最後の贈り物だ、良ければ持っていけ」

 

 そう言って彼が差し出してきたのは先程の稽古で彼が用いていた方の木槍であった。

 

「ありがとう、今後槍術を続ける続けないに関わらず、大切にするよ」

 

 わたしはそれを迷いなく受け取った。胤舜は一瞬、虚をつかれたような表情をしたが、すぐに笑いだした。

 

「はははは! そうやって素直に受け取ってくれるのはお主の良いところだな。さて、冷めぬうちに食べきってしまおう!」

 

「そうだね!」

 

 そうして、二人の食事は再び賑やかなものになっていったのだった。

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
前回の話で初めて推薦をいただきました。ありがとうございます。
また、感想や評価、お気に入り登録をしてくださった皆さんにも感謝を。
そして、活動報告の今後の予定について。を更新してあります。宜しければそちらもご覧ください。
それと、すでに活動報告に書いたのですが、現在この話の次のエピソードも並行して書き進めていますので、投稿ペースが遅くなるかもしれません。ご理解いただけると嬉しいです。

今回取り上げた宝蔵院についての話は基本実話です。
狸汁の話も、現存する宝蔵院流槍術についての話も、女性に対する指導を始めたという話も。
宝蔵院流槍術の公式ホームページに色々と興味深いことが書かれているので興味のある方はそちらもご覧になられると良いと思います。

それでは改めて、ここまで読んでくださってありがとうございました!


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第二節 「神域の槍兵」との稽古 (後)

間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
スマホの買い替え等でキーボードの位置が変わり、打つスピードが遅くなったりして投稿が遅れてしまいました。
それではどうぞ

※投稿日の昼頃に立香の語尾を変更。幕間を再確認するとタメ口も敬語も両方使っていたのでこちらもそれに遵守


 胤舜と共に鍋を囲んだ次の日の朝のことである。少し筋肉痛気味のわたしは再びトレーニングルームに来ていた。理由はもちろん稽古のため。最も、昨日は槍術だったが今日は違う。

 

「ほう、もう来ておったのか」

 

 ふと、背後から声がする。わたしが待っていた人物――李書文――の声だ。その声にわたしは振り向きながら答える。

 

「最後くらいは先に来ておきたかったんだ」

 

「その意気や良し。それでは早速、突きから始めるとしよう」

 

 今日の鍛錬は八極拳。それも李氏八極拳の創始者とうたわれる李書文直々の修行である。

 

「ふんっ! はっ!」

 

 書文先生の教えは一を極めることを良しとするものである。だから、色んなサーヴァント達に、様々な教えを受けているわたしは彼からすれば好ましくないのかもしれない。

 しかし、そんなわたしにも書文先生は八極拳の基礎を教えてくれている。内容はそれこそ基礎の基礎であり、一般的に金剛八式と呼ばれるものに近い。

 ただ、金剛八式は鍛錬用のものであり、ものにするには三年以上かかる事もざらである。そして更にそこから八極小架、八極長拳と呼ばれる套路を身につけて漸く実戦レベルに到達できるのだ。

 八極拳の奥深さは書文先生の技術の全盛期は老年だということからも分かるだろう。だが、人理のために戦っていた頃のわたしにはとにかく時間がなかった。

 そんな事情もあって、わたしのために書文先生が金剛八式を調整し、身を守ることや相手を行動不能にすることに重点を置いた技を覚えるための鍛錬法が、今わたしが取り組んでいるものだ。教わり始めてからこの鍛錬を常に繰り返してきた。

 書文先生曰く、『“千招を知るを恐れず、一招に熟するを恐れよ”』である。同じ修練を繰り返し、功夫を積む。重要なのはただそれだけなのだ。

 

「そら、次だ次!」

 

「せいっ!」

 

「少しはマシになったがまだまだ功夫が足りぬわ! そのまま続けてかかってこい!」

 

 いくら教えて貰ったとはいえ、わたしはまだまだだ。だから書文先生()との最後の修練、一分一秒たりとも無駄にすることの無いようにひたすら技を繰り出し続けるのだった。

 

 

 

 

 そうして三時間ほどの鍛錬を終えたわたしだったが、疲れのせいか床に座り込んでしまった。

 

「ふむ、かなり疲れが出ているようだ。儂は先に部屋に戻って茶の準備をしておく。お主は少し休んで呼吸を落ち着けてから来ると良い」

 

「……分かった。なるべく早く行くね」

 

 そうしてトレーニングルームを出ていく書文先生を見送りながら、わたしは彼が稽古をつけてくれると言った時のことを思い出していた。

 

『仕方あるまい……。突きから教えてやろう』

 

『八極拳、教えてくれるの!?』

 

『そうだ、だが八極拳は習得までに時間がかかるもの。幾らこの人理修復の旅が長いと言ってもその期間中に身につけることは出来ぬだろうな』

 

『それじゃあダメなんです。自分の身の危険は自分で守れるようにならないと……』

 

 今になって思えば、その時のわたしは焦っていたんだと思う。確か、この話をしたのは第五特異点と第六特異点の間の事だった。

 当時のわたしは、第五特異点から帰還後に倒れたマシュの姿を見て少しでも彼女の減らせるように、自分の身は自分で守れるようになりたいと思うようになっていた。

 そこで丁度その頃に召喚された書文先生に八極拳を教えてもらえるように繰り返し頼んでいたのだ。

 

『人の話は最後まで聞くべきだぞ、マスター』

 

『え?』

 

『本来ならば習得に時間がかかる八極拳だが、目的を絞れば期間の短縮や習得途中での実戦運用も不可能ではない。無論、そうした所で修練が過酷なことには変わりはないがな。故に儂はお主に問おう。立香、お主は武に何を求める?』

 

 その時の書文先生の眼はいつもにも増して鋭く、わたしの答え次第によっては殺されるのではないか、と感じるほどの圧力を感じたのをよく覚えている。

 そして、わたしは少し思案した後にこう答えた。

 

『……わたしは、人を痛めつけたり殺めたりする力ではなく、自分、それと出来ることなら仲間を守るための力が欲しい。サーヴァントの相手ができるようにとまでは言わないけれど、特異点の兵士やスケルトンのような弱めのエネミーに囲まれた時にマシュや他のサーヴァントの皆に迷惑をかけないくらいには自分を守れるようになりたい。わたしはその為の力を得るために武を学びたいと思ってます』

 

 それは紛うことなきわたしの本心だった。自分を守るためにサーヴァントの皆が戦闘に集中しきれない、なんて事態にはなって欲しくなかったのだ。

 そんなわたしの答えを聞いた書文先生は、その答えを待っていたとばかりに笑う。

 

『呵呵呵呵! お主ならそういうだろうと思っていた。その言葉には確かな道理がある。己の未熟さを恥じ、他人の為に力を得ようとするその姿勢、悪くない! それでこそ教えがいがあるというものよ』

 

『じゃあ……』

 

『お主の答えで如何様に教えるかは決まった。相手を仕留めるための技ではなく、無力化する技や自らの身を守るための技を身につけられるような鍛錬を考えるとしよう』

 

『ありがとうございます、書文先生!』

 

 今思えば、書文先生と呼んだのはこの時が初めてだったかもしれない。

 

『但し覚悟しておけ、先程も言ったように儂の修行は甘くない。マスターといえど、加減はせんよ』

 

 そうして、わたしは今に至るまで、書文先生考案の金剛八式を元にした、一連の技の修行を続けてきたのだった。

 

 

 過去に思いを馳せているうちに、呼吸が少し落ち着いたのでわたしも書文先生の部屋に向けて歩き始める。さっきの茶を入れて待っているという言葉は、鍛錬の後いつも聞く言葉だ。

 聞くところによると、彼の死因の一つとされるものに茶に毒を入れられたというものがあるらしい。実際、真実がどうだったのかを彼は語らない。だが書文先生は、茶を飲む時は基本的に自分で入れるようにしているのだった。

 

 

 

 

 書文先生の部屋はトレーニングルームから割と近い位置にあるので、辿り着くのにそれほど時間はかからなかった。カルデアでの部屋割りは各サーヴァントごとに一番よく使う施設の近くになっている。わたし達がカルデアに帰還した時に合わせて、一斉に部屋替えを行ったのだ。

 わたしは彼の部屋の前まで行き、インターホンを押して部屋に入れてもらった。そして彼の方から話が始まる。

 

「だいたい予想通りの時間だな。丁度茶が良い頃合になっている」

 

「前にも聞いたけど、体の動きを見ただけで休息に必要な時間までわかるんだよね」

 

「応さ、体をよく理解せねば武術も使いこなせん。儂の場合は自然に感覚が身についたという方が正しいがな」

 

 お茶を湯のみに入れながら彼は述べる。彼の入れてくれるお茶はいわゆる烏龍茶であることが多い。

 

「さて、茶を飲みながら話すとしよう。一応茶菓子も用意してある。全て食べてしまいたいところだが……もし残った場合はマスター、お主が引きとると良い」

 

「分かった、じゃあわたしから話題を振らせて貰います」

 

「いいだろうと言いたいところではあるが、その前に儂から一つ」

 

「うん、お先にどうぞ」

 

「マスター、お主は八極拳の修行を今日まで続けてきてどうだった? お主の率直な感想が聞きたい」

 

 やはりか、と思う。この質問は予想できていた。先程までの鍛錬の中で、見定められているような気がしていたのだ。

 そして、それに対しての答えも既に用意出来ているのでそれを口にする。

 

「八極拳には何度も助けられました。人と戦うことになったいくつかの特異点の中で自分まで向かってくる相手の人から身を守ることが出来たし、一緒にいた現地の人を守ることも少しは出来た。わたしが最初に求めていたものは手に入った。それも書文先生が教えてくれたお陰です、ありがとう」

 

 特異点での戦闘時には、基本的に味方のサーヴァントがわたしを含めた戦闘能力のない人間を守ってくれていたが、それでも数が多いとわたしの所にまで攻撃の手が伸びることがあった。

 そのような時は、手元に使えそうな武器がある時はそれを使っていた。例えば棒があれば胤舜から学んだ槍術を使うと言った感じだ。だが、何もない場合には八極拳の教えが非常に効果的だった。ひたすらに同じ技を練習していたために、体に動きが染み付いており、実戦でも何とか対応することが出来たのだ。何度か命を救われたと言っても過言ではないだろう。

 

「そうか、それは教えた側としても嬉しいものよ。さてマスター、最初に教える時にも言ったとは思うが、お主に教えたのはあくまで身を守る事と、相手の無力化に特化したものだ。八極拳の教えとしては邪道とも言えるだろうさ。だからこそ問う。立香、お主はその身につけた技術を今後どう扱うつもりだ?」

 

 書文先生の言う通り、わたしの身につけた技術は邪道だ。そしてその邪道のやり方である程度完成してしまっている。そして、その技術をどう使うかという彼の問いについての答えに、わたしは悩み、正直な答えを述べる。

 

「正直なところを言うとですね、まだ分からないんです。このままサーヴァントの皆とのお別れを済ませて、カルデアの解体に伴ってこの南極の地から日本に戻る。その後の事がわたしには全然想像出来ない。だから今後、いろんなサーヴァントの皆から教わったことを続けていくかどうかも分からないんです」

 

 昨日の胤舜の時もそうだったが、わたしはカルデアを離れたあとに自分がどうするかが全く想像出来ない。普通に就職して働くのか、それともここでの経験を生かして変わった仕事を始めるのか。それすらもまだ決められていないのだ。

 ただ、昨日胤舜にも言ったように、サーヴァントの皆から教わったことを手放したくないというのは事実だ。

 

「うむ、そうか。まあ無理もないだろう。お主は今まであまりにも衝撃的なことを経験しすぎたからな。今後のことが想像出来ぬのも仕方あるまいよ。さて、お主が未だに悩んでいるというのならこれを渡しておくか」

 

 そう言って書文先生は懐から一冊の本を取り出し、わたしに手渡す。

 

「これは……?」

 

「……それはな、儂が書いた今後の鍛錬用の()()()()()という奴だ。お主のやり方は本来の八極拳からはかけ離れてすぎているが、未だ完成してるとも言えん。故にもしお主が今後も鍛錬を続けることを選ぶならば、それを使うと良い。そこに書いてあることを全て習得した時、お主が求めていたものが真に完成し、同時に新たな八極拳の流派が誕生するだろうさ。もし使わないのならば燃やしてくれ。それはお主専用のものであって、他人用のものではないからな。お主なら言わずとも分かるとは思うが」

 

 受け取ったマニュアルを開いてみると、そこには様々な技や修練のコツなどが事細かに書かれており、技それぞれに完成度の高い絵が付けられていた。

 

「この絵も書文先生が書いたの?」

 

「いや、この絵はとあるサーヴァントに頼んで描いてもらった。本人との約定で名前は出せないが、それは瑣末なことだろう。本来なら写真の方が分かりやすいとは思ったのだが、儂は生前の頃から写真が苦手でな。このような形になった。すまぬな」

 

 カルデアに所属するサーヴァントで、ここまで繊細な絵がかけるサーヴァントと言われるとかなり限られてくる。思いつくのは引きこもりの姫(刑部姫)万能の天才(ダ・ヴィンチちゃん)父娘コンビの邪神絵師(葛飾北斎)くらいだろうか。

 もっとも、わたしが把握していないだけで他にもそんな事ができるサーヴァントは居るのかも知れないけど。

 ともあれ、こんな素晴らしいものをもらった上で謝られるのはとても恐れ多いので素直に感謝を伝えないと。

 

「謝らないで、書文先生がわたしのためにこんなに凄いものを作ってくれるなんて……とても嬉しい!」

 

「マスターに喜んでもらえるのなら、儂も書いたかいがあったというものよ。うむ……たまには慣れないことをするのも悪くない」

 

 そう言った書文先生の表情は、わたしの眼には少し嬉しそうに映った。

 

「さて、儂にとって重要な案件は既に済ませた。ならば僅かな残り時間は立香、お主が先程言いかけていた話の続きとしよう。今の話の間には全く減らなかった茶菓子を食いながらな」

 

 そう言って話を仕切り直す書文先生。確かに茶菓子が目の前にあるのに食べることを忘れていた。この事実はそれだけ話に集中していたということを示しているのだが、それはそれとして折角出された菓子を食べないのも問題だ。なのでわたしは一つの茶菓子を取りながら彼に問いかける。

 

「じゃあ聞かせて。カルデアでの暮らしはどうでした? 良かったところも、悪かったところも教えて欲しい」

 

「ほう? まずはそこからか。では良かった方から先に言っていくとしよう。やはり一番は数多くの豪傑と手合わせできたことだろうな。このカルデアには名の知れた英雄が沢山いるだろう。儂が生前に昔話として聞いた呂布や作り話の登場人物の燕青に哪吒太子。他の国の英傑も数え切れないほどいて、彼らと武を競えたのは儂にとって非常に良かったと言える」

 

 相変わらずの書文先生である。彼は戦いを楽しむサーヴァントだ。かっこよく言いかえるとバトルジャンキー。だがそれでいて、良識は持ち合わせていて問題があった時にはそちらの解決を優先してくれる。勿論、その問題の解決後には果たし合おうとするのだが。

 

「逆に悪かったところといえば、命をかけた戦いは特異点等でしか出来なかった事だ。まあそれについては、最後にこのような絶好の機会を設けてくれたから文句は無いが。後はカルデア自体への不満ではないのだが、ついぞ老年期の儂と相見える機会が得られなかったことか。若年期の李書文(この儂)老年期の李書文(年老いた儂)のどちらが戦闘において上なのかを確かめてみたかったのだが」

 

 李書文はカルデア式の召喚でなくても、若年期と老年期の両方が召喚される可能性のある珍しいサーヴァントらしい。聞くところによると、若年期が肉体の全盛期であり、老年期が技術の全盛期だそうだ。

 基本的に全盛期の姿をとって召喚されるサーヴァントの中で、彼は二つの全盛期を持つ稀有なサーヴァントであるようだ。

 実際、カルデアに召喚されているサーヴァントのうち、沖田さんとノッブが参加した聖杯戦争では老年期の書文先生が召喚されていたらしく、彼女らと激闘を繰り広げたとか。

 とうとうわたしが老年期の彼に出会うことは無かったが、書文先生としては本来ならばありえない自分同士の対決を行ってみたかったのだろう。

 

「何というか、書文先生は変わらないね」

 

「ほう、お主にはそう見えるか?」

 

「うん、ここに召喚されてくれた時から全く変わらないよ。以前に書文先生が自分のことを大悟に至るとは思えない残忍さだって言ってたの、覚えてる?」

 

「確か、いつかの戦闘後にそのようなことを言ったな」

 

「わたしはね、書文先生はその姿でも大悟に至ってるんだと思う。確かに敵に対する苛烈さはあるけど、わたしから見ると考え方が完成されていて、行動に迷いがないように見えるんだ。それは既に大悟に至ってるってことなんじゃないかな?」

 

「呵々、そうか。お主にはそう見えるのか。ならば儂も中々捨てたものではないな。……実のところをいうとだ、儂だって悩むこともあるさ。先ほどの指南書も、渡すかどうか悩んだ。それを与えることがお主にとっての重荷になってしまわないかが少し心配だった」

 

「重荷にならないとは思うけど、やっぱりまだどうするかは考えたいですね。それにしても意外だな、書文先生だって悩むことはあるんですね」

 

「応さ、寧ろ悩まない人間には成長もあるまい。だからお主もこれからしっかりと悩むが良い」

 

 そう言って、書文先生は微笑む。その表情を見て、自分がどうしたいかが少し分かったような気がした。

 

「……じゃあお言葉に甘えてしっかりと悩ませてもらいます」

 

「うむ、それで良いだろうよ。……さて、そろそろ時間だな」

 

 そう言われて時計を見る。既に時間は正午を過ぎていた。

 

「もう少し話したいことがあったんだけどな。それに茶菓子も食べきれなかった」

 

「茶菓子は残り二つだ、今ここで食べてしまっても構わんだろう。それに……儂が勝てば最後に話したいことを話す時間も生まれるだろうさ」

 

 差し出された茶菓子を受け取り、口に入れる。彼の言葉で思い出したが、昨日胤舜も最後に話すことがあると言っていた。戦いの結果によるが、恐らくどちらかとしか話すことは出来ないので片方とは思い残すことがありながら別れることになる。

 でもそれはわたしが決めたことだ。仕方ないと思いながらそれを受け入れて、席を立つ。

 

「ごちそうさまでした。じゃあ、また後にシュミレーションルームで」

 

「うむ、お主が用意してくれた舞台で宝蔵院としっかりと果たし合わせてもらうとしよう」

 

 その言葉に対してわたしは頷き、彼の部屋を出て自室に向かう。

 二人の槍兵の対決は、すぐそこまで迫っていた。その結果がどうなるのかわたしには想像もつかないけど、とにかく覚悟だけは決めておこう。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
まず、老年期の李書文先生についてですが、実装されるかわからないので、今回は召喚されなかったということにさせて貰ってます。仮に老人李書文がいると李書文対決が優先されるだろうということもあったのでこのようなことにしました。ご了承下さい。
次に前回の話で再び日刊ランキングに載せていただけましたことのお礼を。皆様、ありがとうございます。
さて、前回の更新からセイレム、クリスマスイベントのメインストーリーが終わるなどの変化があった訳ですが、私的にはサンソンを掘り下げてくれたことがとても良かったです。いつか、サンソンの話は書きたいと思ってます。もう少しあとになると思いますが。
次回はいよいよ二人の対決です。戦闘描写には自信が無いのですが、精一杯書かせてもらいたいと思ってますのでお待ちいただけると嬉しいです。尚、勝敗についてはかなり前から決めています。
改めまして、ここまで読んでくださってありがとうございました。
宜しければ感想、評価、お気に入り登録などしていただけると嬉しいです。


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第三節 「二人の武人」、相対する

この結末は、最初から決めていました。


 昼食後、わたしは午後二時に開始される二人の対決の審判役を務めるにあたって必要な準備を終えた(アトラス院礼装を着用した)。何故ここでアトラス院礼装なのかというと、この礼装独自の装備品が関係してくる。そう、『眼鏡』である。

 実はこの眼鏡は伊達眼鏡ではなく、かけることによって動体視力を始めとした全ての視覚的能力の上昇が見込めるのだ。他の礼装でも視覚が上がらないわけではないが、アトラス院礼装の効力は段違いだった。これぞ眼鏡パワー! 眼鏡はいい文明!

 

「あ、マスター! マスターもこれから決闘の場に行く感じですかー?」

 

 と、()()()()()()()()()美少女剣士が声をかけてきたので予備の眼鏡を構える。

 

「お前も眼鏡をかけるんだよぉ!」

 

「はいぃ!? どうしたんですかマスター、正気に戻ってくださーい!」

 

「叔母上ー、なんか面白いことになってる! 茶々も混じりたいんですけど!」

 

「沖田が面白いことになってるのう……って何じゃあいつ、眼鏡をかけても似合うとかおかしいじゃろ! ならわしもかけるしかないな! この美女ノッブに眼鏡が似合わないわけないんだからネ!」

 

「人類総眼鏡化計画の始まりだァ!」

 

「ところで、なんで俺まで巻きこまれてんだ? 俺は良い槍術の試合が見れると聞いてきたんだが」

 

 

 

 

 気がつくと、わたしの目の前にはカオスな世界が広がっていた。ノッブ、沖田さん、茶々、土方さんが全員眼鏡をかけていたのだ。

 

「これは一体……?」

 

「マスター、漸く正気に戻られましたか……。全く、大変だったんですよ? マスターに声をかけたら急に眼鏡をかけろと詰め寄られて最終的にわたし達全員に眼鏡をかけるまで止まらなかったんですから」

 

「ちょっとそこの虚弱クソステセイバー、茶々と叔母上は自分でかけたんですけどー! 茶々程の美人ならしっかり眼鏡が似合っちゃう的な!」

 

 二人の言葉で大体状況は理解出来た。恐らく、アトラス院礼装をつけて眼鏡をかけた時にメガネスキーの執念(月や謎のギャク時空からの洗脳電波)を受信したとかで謎のスイッチが入り、たまたま声をかけてきたチームぐだぐだに襲いかかったのだろう。そして、全員に眼鏡をかけさせて今に至ると。

 

「自分でもよく覚えてないんだけど……とりあえず、ごめんね?」

 

「それは別にいい。だがボサっとしてんじゃねぇ、時間くっちまった分急ぐぞ!」

 

「う、うん! 行こう!」

 

 土方さんに喝を入れられたので再びシュミレーションルームに向かっていく。

 

「ちょ、わしの扱い雑くない? ほぼ放置プレイ食らったんじゃが!」

 

「ほぼスルーされる叔母上に茶々大爆笑! ……えっ、茶々もスルーされてる? そんなぁ〜!」

 

「ま、是非もないよネ!」

 

 慌てて追いかけてくる二人、どうやら眼鏡が気にいったらしく、装着しっぱなしである。

 

「そう言えば沖田さんとノッブは前に書文先生と同じ聖杯戦争に参加してたんだよね?」

 

「ちょっと待て……その話初耳だぞ。おい、沖田ァ! なんで先に言わなかった」

 

「えぇー、以前言ったじゃないですか! あっ、土方さんその時作業してて話聞いてなかったでしょう。でもまあ、確かにマスターの言う通り私とノッブは以前かの神槍と聖杯戦争で遭遇したことがあります。だけどあの時は今のような若い姿では無かったですね」

 

「そうそう、老人の姿だったな。……因みにトドメを指したのはそう、わしじゃ!」

 

「あれ、ほぼ不意打ちだったじゃないですか……。でも、そのノッブの不意打ちそして直後のスタイリッシュ自害がないと、私が覚醒してかの伝説の沖田・オルタが爆誕することもなくキャスターの生み出した人造の神(ネオ・フューラー)には勝てなかったんで結果オーライかも知れませんね」

 

「一体どんな聖杯戦争だったのそれ!?」

 

 スタイリッシュ自害信長とか言葉だけで笑えてしまいそうだし、その結果沖田オルタが爆誕したとか理解を拒みたくなるような話ばかりだ。

 

「ねーねー、叔母上ー。その神槍とかいう奴はどれくらい強かったの? ひょっとして叔母上より強い?」

 

「あやつは確かに強敵じゃった。というか神秘ない上に槍捨てて素手で戦った方が強いとか反則じゃろアレ! 日本でわしTUEEEEしとったから良かったものの開催地が中国だったら不味かったかもしれん。ま、火縄連射で勝てそうじゃから問題ないんじゃがのう」

 

「あっ、ノッブ。そう言えばあの方、攻撃すら通らない透明化に近いことできるらしいですよ」

 

「えっ……」

 

「叔母上完全敗北! 織田信長先生の次回策にご期待くださいって感じ!」

 

「透明化出来るとか聞いてないんじゃが……、何その無理ゲー……。ま、是非もないよネ!」

 

「話の勢いについていけないんですけど……」

 

「この流れについて行こうとする方が間違ってるだろ、お前も沢庵食うか?」

 

 ぐだぐだ組が四人集まった時は大抵ノッブと茶々が暴走、沖田さんも釣られて、土方さんは我関せず状態で沢庵をぼりぼり齧り、わたしは置いてけぼりを食らうことが多い。

 

「あ、そうだ。書文先生のことを詳しく知らないなら、土方さんは胤舜目当て?」

 

「まあ、そう言ってもいいな。お前、原田――原田左之助は知ってるか?」

 

 わたしは記憶をたどる。確か昔見たドラマでその名前を聞いたことがあったような……

 

「確か新選組の隊長のひとりだっけ?」

 

「そうだ、原田左之助。新撰組十番隊組長で、剣士が多い新選組では珍しく槍を得物とする男だ」

 

「あぁ、そう言えば原田さんの槍は宝蔵院さんと同じように十文字槍でしたよね」

 

「そうだ、だがあいつが言うには自分の槍は宝蔵院流と種田流の槍術を混合させた邪道だという話だった。まあ、実力は確かだったし他に槍を使えるやつも少なかったからとやかく言うことは無かったのさ。戦いなんていうものは勝てばいい、そこに正道も邪道もない。沖田を見てみろ、あいつも普段から不意打ち上等って感じで動いてるだろ」

 

「確かに。沖田さんも土方さんも正々堂々とした立ち会いをしてるイメージはないかも」

 

「沖田さん的にはその辺は時代の違いって奴だと思いますよ。ま、私達が生きていた頃もそういう正々堂々とした立ち会いをしたがる輩はいっぱいいましたけどね。そんな人はいいカモですよ、カモ! あ、カモと言っても芹沢さんは全く関係ありませんよ」

 

 沖田さんの口からポロッと零れる新撰組ブラックジョーク。率直に言って、重すぎて反応に困る。芹沢鴨と言えば沖田さんや土方さんに暗殺されたはずの新撰組筆頭局長だ。そんな彼の名前をギャグに使うのは円卓組のブリテンジョーク並みに重いのだ。

 そして一瞬の沈黙で事態を察したのか、沖田さんは自ら話題を切り替える。

 

「そ、そういえば土方さん。以前宝蔵院さんとシュミレーションルームに行っていたことがありませんでしたっけ? やっぱり目的は宝蔵院流槍術をその身で体験するためですか?」

 

「まあそういった所だ。確かに以前シュミレーションに付き合ったことはあるが、本当の技は戦いの中で見るのが手っ取り早いだろ。相手も強いなら尚更だ」

 

「ふむふむ。あ、もう着いた」

 

「あっという間じゃったな。既に人がかなり集まっておるのう」

 

「屋台も出てる! 茶々、たこ焼き食べたい、たこ焼き!」

 

「じゃあマスター、私達は先に入ってますねー」

 

 話しているうちにシュミレーションルームについてノッブ達とはわかれた。中には既に対戦場が構築され、観客や飲み物や食べ物を売り込む商魂逞しい人々が既に集っていた。

 

「立香! きみも観戦? マスターだし当然といえば当然だけど」

 

 声をかけてきたのは三蔵ちゃんだ。そう言えば三蔵ちゃんは胤舜とも書文先生とも関係があった。書文先生は言うまでもなく天竺の旅路の時の悟浄役だし、宝蔵院の宗派である法相宗の実質的開祖は玄奘三蔵――つまりここにいる三蔵ちゃんであるらしい。

 

「お師さん、わたしは今回審判役なんだよ。二人の戦いをこの目で見極める為のね」

 

「そっか、大変ね。実のところあたし、本当は二人の殺し合いは見たくないのよね……。無益な殺生は御仏的にはNGだし。でもそれが二人が本当に望むことなら、あたしには止められない。師として、結末を見守るのが務めかなって思ったの」

 

 そう言っていつもの明るい笑顔ではなく慈悲に満ちた仏のような表情をする三蔵ちゃん。

 

「お師さん……」

 

「なんて、そんな事言ってるからあたしはまだまだ未熟なのかもね! じゃああたしも中に入ってくる! トータを待たせてるしね」

 

 手を振ってきた彼女にわたしも手を振り返した。さて、そろそろ二人のところに顔を出しに行こうかな。と考え、わたしはスタッフ用入口から二人の待機場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 まずは書文先生の元へ。いつも鋭い彼の眼は戦いを前にして更にその鋭利さを増していた。

 

「うん、最後の激励……というのも変かな。わたしはこれから胤舜のところにも行く、殺し合いを前にしてどっちも頑張れなんて言えないや」

 

「呵々、それは何も悪いことでは無いだろう。寧ろそれをわかった上でそのような事を言うのならば儂はお主をマスターと認めてなかっただろうな」

 

「だからわたしからはこの言葉を。今までありがとう、書文先生」

 

「その言葉だと逆に儂が負けるように聞こえるが……まあ良い。呑気に頑張ってと言われるより数段マシだろうさ」

 

「じゃあ行くね」

 

「応さ。儂と宝蔵院の戦い、しっかりその目に刻みつけると良い」

 

 その言葉にわたしは手を振る形で返し、胤舜の元に向かう。

 

 

 

「うん、マスターか」

 

 書文先生とは対照的にこちらは落ち着き払っていた。目を閉じ瞑想の体制に入っている彼の姿は確かに仏僧そのもので、これから殺し合いに臨むとはとても考えられない様子だ。

 

「胤舜、調子はどう?」

 

 書文先生程の張り詰めた空気はなかったので普通に話しかける。

 

「気が冴えている。思う存分戦えそうだ」

 

「そっか、それは良かった。先に書文先生のところに行ったんだけど、あっちも準備万端って感じだったよ」

 

「それは良かった。どうせならばお互いの全力を持って戦いたいからな」

 

「…………」

 

「…………」

 

 それ以外にかける言葉が思いつかず、少しの沈黙が場を支配する。

 

「さっき書文先生とも話したんだけどね、頑張れとは言えない」

 

 沈黙を破ったのはわたしの方だった。書文先生とも話した無神経に二人共に頑張れと言えないという話を彼に振る。

 

「そうだろうな、それはあまりに無神経というものだ。だからそれを言わないだけで充分だとも」

 

「だからわたしはこういうよ。胤舜、今までありがとう」

 

「それでは俺が負けるみたいではないか、と李書文も同じことを言ったのではないか?」

 

「うん、そう言われたよ。でも今のわたしにはこれ以上の言葉が思いつかないんだ」

 

「そして彼はこう続けたのだろう。それでも無神経な頑張れよりはかなりマシだと」

 

「細部は違うけど概ねそんな感じ。良くわかるね」

 

「俺も彼も武に生きた者同士、少しは通じ合うところもあるということだ」

 

「そうなんだ」

 

 武に生きた二人だからこそお互い理解できる点もあるのだろう。その領域の話は悲しいことに、わたしには理解できない。

 

「それじゃあわたしは行くね」

 

「うむ、ではな」

 

 ――二人と交わした言葉は少ない、だけどわたしの思いはたしかに彼らに伝わったはずだ。

 

 

 

 

 

 三十分程の間を置いて、わたしは二人より先に決戦の舞台に立っていた。審判役として観客席にいるみんなに諸注意を伝えるためだ。

 

「お集まりの皆さん、間もなく『神槍』李書文と『その槍、神仏に届く』宝蔵院胤舜の決戦が行われます。わたしは審判役を務めさせて頂きます藤丸立香と申します」

 

 そこまで言って一礼。話しながら観客席の方を眺めていたが、結構な数のサーヴァントと魔術師が席についていた。目視で確認できたのはさっき会ったぐだぐだ組と三蔵ちゃん。それに彼女が言っていた藤太、他にもスカサハ師匠や武蔵ちゃん、ベオウルフに新シン(◼◼)などの二人に縁のある人物が多く見えた。

 

「まず皆さんに観戦上の諸注意をお伝えさせていただきます。尚、万一注意にしたがって頂けない場合はSP(エミヤ達)による強制退場処分が行われることもございますのでご了承下さい。それでは――」

 

 そうしてわたしは与えられた台本通りに諸注意を述べていく。内容はとてもシンプルで、対戦の妨害の禁止、観客席での戦闘行為の禁止などがメインだ。

 

 

 

 十五分で諸注意を全て読み終えた。つまりこれから、対戦する二人の入場が行われるという事だ。事前の打ち合わせ通りならば、名前を呼ぶと同時に入場してくるはずである。

 

「それではいよいよ、対戦者の入場に移ります。まずは宝蔵院流槍術二代目宗家、宝蔵院胤舜!」

 

 そう読み上げると同時に十文字槍を構えた胤舜が会場に入場してくる。その動きは無駄がなく、洗練されていた。そして同時に会場から拍手と歓声が巻き起こる。

 それに対して胤舜は穏やかに対応していた。

 

「続いて行きましょう。李氏八極拳創始者、李書文!」

 

 書文先生も3m20cmもある六合大槍を構えて入場してくるが、胤舜の時とは違い、歓声も拍手も起こらなかった。理由は単純で、彼の放つ威圧感が途轍もなかったからだ。その姿はまるで飢えた狼のようだった。

 

「……それでは、両者ともに入場が済んだところで対戦を始めていきたいと思います。開始の合図はわたしが行いますのでそれまで二人とも待っていてください」

 

 二人の間には既にただならぬ緊張感が漂っていた。あまり時間はとれないとわたしは判断し、すぐさま安全地帯に移動し、魔術礼装の起動をするなどして開始の合図をする準備をした。

 

「それでは参りましょう。いざ、尋常に! …………………………始め!」

 

 わたしの合図の直後、二人はほぼ同時に動き始める。

 胤舜は地面に槍を刺してそれを支えに前に飛び出し、書文先生は槍を下に向けながら前へ進む。お互いに即座に攻撃に出るつもりだ。胤舜の着地と書文先生が間合いに入り槍を振り上げんとする瞬間はほぼ同時。胤舜もそれに対応して引っこ抜いた槍を突き上げる。

 バシィ!というお互いの槍の丙の部分が当たる音がした。互いが放った槍撃は互いで防ぎ合われ、胤舜の顔の前には書文先生の槍の先端が、書文先生の顔の前には胤舜の槍の先端があった。

 

「「ふっ……」」

 

 二人は一瞬獰猛な笑いを浮かべ、次の攻撃に移る。書文先生は槍を突き出し、再び頭を狙うが胤舜はそれを読んでいたと言わんばかりに自らの槍を下向きに薙いでその攻撃を地面に落とす。無論その程度は書文先生も想定内だったのだろう。直ぐに槍を手元に引き戻し、今度は霊核(しんぞう)狙いの一撃を放つが、その槍は空を裂く。何故なら書文先生の攻撃を地面に落とした瞬間に胤舜は自らの槍を下向きに薙いだ力を利用して、体制を立て直すべく後ろに下がっていたからだ。

 

「やはりやるな、李書文! 俺も加減はなし、初手から全力で行かせてもらう!」

 

 そう言うと同時に胤舜の体が分身していく。彼の宝具が使用されたのだ。

 

「これぞ槍の究極。生涯無敗を確立させた十一の式。朧裏月(おぼろうらづき)!! いざ参る!」

 

 十一人にまで分身した胤舜が再び一つに収束する。一見何の変化もないように見えるが既に宝具は発動されているのだ。

 

「ははは、いいぞ! 早速宝具とは威勢がいい! ならばその期待に儂も応えるとしよう!」

 

 書文先生の姿が一瞬にして消える。彼のスキルである圏境による透明人間化。彼がいうにはアサシンであれば攻撃に移る瞬間しか彼の姿は認知出来ないらしいが、ランサーである今回の召喚では完全な透明化は出来ておらず、姿は見えないものの実体の存在までは消せていないらしい。

 

「むっ、透明化とはまた変わった技だ。だが甘い!」

 

 再び槍の丙の激突音。その瞬間、一瞬だけ書文先生と彼の得物の姿が見えた。

 そして続けて繰り返される激突音。時間にして一分ほど鳴ったタイミングだろうか。激突音が鳴り止み、胤舜からある程度距離を取った場所で書文先生が再び姿を現した。

 

「呵々! まさか初見で我が圏境が破られるとは思わなんだ! 実に楽しませてくれる!」

 

「透明化は確かに脅威だが、我が宝具は初見の不利をなくすもの。攻撃時に気配が強まり、実体が消えていない以上対処は可能! さあ、続きと行こう!」

 

「おうとも! 血が滾る、もっともっと愉しませてもらうぞ、宝蔵院!」

 

 そうして再び駆け出す二人。距離を詰め、再び打ち合いが始まる中書文先生は狙いを槍を持つ手へと変えていた。それはもう執拗に胤舜の手から槍を手放させようとそちらを狙う。突き、払い、踏み込みからの牽制等多種多様な手で手元を狙い続ける。

 一方の胤舜もそう易々とそれを許すことは無い。書文先生の執拗な攻めに対して、後ろへ跳ね腕の位置をずらした後の突き、腕を上に持ち上げ槍をぶん回しての斬り下ろし、相手の槍を届かせないために書文先生の槍の丙に十字の部分を引っ掛けるなど、多種多様な方法で攻撃を捌ききる。

 そんな一種の膠着状態が続いていたが、その終わりは唐突に訪れた。

 

「好機!」

 

 書文先生のその声と共に今まで届くことのなかった手元への攻撃がとうとう当たったのだ。

 

「ぐっ! ただでは落とさせん!」

 

 苦悶の声を上げて槍を落としかける胤舜だが、その落としかけた槍を投擲し、見事書文先生の槍へ直撃、自らも武器を失った代わりに書文先生の武器をも奪ったのだ。

 だが、これで事態が動かないわけではない。胤舜のスキル、「武の求道」は十文字槍を持って初めて発動するものであり、その槍が手元にない胤舜は弱体を余儀なくされる。それに対して書文先生は、槍がなくとも卓越した八極拳の技術があり、更に猛虎硬把山という八極拳士としての宝具も持っている。

 つまり最悪の事態こそ避けたが、胤舜が不利という状況には変わりないのだ。となると、いち早く武器を回収したいところだがそうもいかない。二人の槍は同じ位置にあり、取りに行く時にできる隙は致命的なものになりうるからだ。

 

「やられたぞ、李書文。まさか俺の()()()()()()がこうも容易く見破られるとはな。そしてその瞬間に確実に俺の武具を落としに来る攻撃。見事としか言えぬ」

 

「なに、それはお互い様だ宝蔵院。まさかあの瞬間に儂の槍をも落とすとは想定外にすぎた。無理やり投げてしまうとは流石に思いつかぬよ」

 

 そして、武器を失った二人の戦いが始まる。正直なところ、書文先生の圧倒的優位を想定していたのだが、そうはならなかった。胤舜が蹴りや跳ねを駆使して辛うじて攻撃を捌いていたのだ。だが全てに対応できる訳ではなく、彼の体には徐々にダメージが蓄積する。このままこの状況を続けると、胤舜の敗北は決定的なものになってしまうだろう。

 

「今だ!」

 

 その声と共に胤舜は足元に来ていた槍を()()()()()。どうやら、攻撃を凌いで後退する際に槍の元へ近付けるように位置を調整していたらしい。蹴り上げられた二本の槍は異なる軌道を描き、それぞれ別の場所へ落ちた。続けざまに胤舜は渾身の膝蹴りを書文先生に当て、その反動を利用して後に跳躍、一目散に自らの槍の元へ向かう。

 

「しくじったか!」

 

 胤舜の一撃に僅かとはいえ怯んで間を作ってしまった書文先生も胤舜を追うのではなく自らの槍の元へ向かった。追いかけたとして、間に合わないと咄嗟に判断したためだ。

 こうして、二人は共に槍を回収することとなった。槍を取り戻した胤舜は再び宝具の解放を行う。

 

「これぞ槍の究極。生涯無敗を確立させた十一の式。朧裏月(おぼろうらづき)!! 再び参る!」

 

「くははははは! 良い、良いぞ宝蔵院! これ程血湧き肉躍る闘いは久しい! 可能ならばまだまだ続けたいところだが、ダメージ的にそうも行くまい! 故に、そろそろ決着をつけようではないか宝蔵院! 俺もお前も全力の一撃を持って力比べだ!」

 

「良いだろう、我が全霊を持って一撃を手向けさせてもらう!」

 

「「行くぞ!!」」

 

 その言葉と同時に、二人は駆け出す。狙うはお互いの霊核(しんぞう)のみ。そして、お互いの間合いに入ると一秒、いやそれ以下の単位で相手より素早く致命傷を与えようとする。

 

「神槍と謳われたこの槍に、一切の矛盾無し! 神槍无二打(しんそうにのうちいらず)!」

 

「これぞ我が武の一つの到達点! 奥義、三段突き!」

 

 そうしてお互いの絶技が放たれる。会場を支配した一瞬の沈黙の後、わたしは二人の様子を見る。

 胤舜は…………腕に書文先生の槍が刺さっているものの致命傷ではない。

 逆に書文先生は…………胸を十文字槍が貫いていた。

 

「ガハッ! 無念、届かなかったか……」

 

 その一言ともに書文先生は倒れた。その様子と健在している胤舜を見てわたしは宣言する。

 

「そこまで! 勝者、宝蔵院胤舜!」




ここまで読んでくださってありがとうございます。前書きにも書いたようにこの戦いの結末は早くから決めてありました。どうしてこうなったか、などの話は次回で詳しくするつもりですのでお待ちいただけると幸いです。
また、戦闘シーンをとても久しぶりに書いたので上手くかけている自信がありません。もし宜しければアドバイスなど頂けると嬉しいです。
そして、お知らせなのですが明日も更新する予定です。年内にこのエピソードを完結させておきたいので何とか仕上げてみせます。時間は夕方や夜になるとは思いますが、特番の放送までには更新できるようにしたいと思ってますのでそちらもよろしくお願いします。
それと、第二部についてですが対応は次の次の話からになると思われます。というのも、次の話は3分の4書き上がっているためです。ちょうどその頃には設定もある程度纏まっているでしょうし、反映できるところはしていきたいとは思ってます。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。もし良ければ、評価や感想、お気に入り登録をしてくださると嬉しいです。


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終節 「二人の武人」は戦いの果てに何を見るか

なんとか間に合わせました。
年内最後の投稿になります。


「勝者、宝蔵院胤舜!」

 

 勝負の決着を宣言したわたしは走って二人のところに向かう。

 

「書文先生! 胤舜!」

 

「マスターか。お主ならば分かっているとは思うが回復は不要だ」

 

 そうだろうとは思っていた。

 恐らく書文先生の傷は、メリィの修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)や婦長の我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)、アイリさんの白き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)と言った回復宝具で対処可能だろうし、そうすれば退去までの時間に余裕を持たせることもできるはずだ。

 だが、彼も胤舜もそんなことは望まない。命を懸けて戦ったのに、決着後にどちらも生きているなんて、茶番もいい所だからだ。

 

「李書文……おまえ、そのまま逝くのか」

 

「応よ、仮にお主が倒れていたとしても同じことを言っただろう?」

 

「……違いない。真剣勝負に負けたのにのうのうと生き残るのは筋が通らないからな」

 

 そう言って二人は顔を見合わせ微笑を浮かべる。同じ武に生きた者同士、通じ合うところがあるのだろう。

 

「宝蔵院、最後にひとつ聞かせてくれ」

 

「聞こう」

 

「最後の儂の渾身の一撃、お主()()()()()()ずらした?」

 

 それはわたしも気になっていたことだ。あの瞬間、わたしはどちらの槍も確実に霊核を貫く、と思った。だが結果はそうはならず、胤舜の槍のみが書文先生の霊核に届いたのだ。

 

「俺もあの一撃を見た時は死を覚悟した。だからこそ、三段突きの狙いを即座に、僅かながらずらしたのだ」

 

「なるほど。高速の三段突きのうちの二撃を儂の槍にかすらせ無理矢理軌道を変え、さらに残る一撃もずらしたために、儂の致命傷を躱す動きに追いつき、霊核(しんぞう)まで届いたということか」

 

「えーと、つまり胤舜が死を回避するために自分の突きの狙いをずらした結果、書文先生の槍の狙いを無理やり外させて、更に突きが胸に届かないように体を動かしていた書文先生の胸に届いたってこと?」

 

 書文先生の言ったことへの理解が怪しかったので、自分なりに内容を噛み砕いて口に出し、それが正しいかどうかを確認する。

 

「そうなるな、俺もここまで上手くいくとは思わなかったが」

 

「謙遜はよせ、宝蔵院。その槍の狙いのずらし加減はまぐれで出来るものでは無いだろう。儂には、お主が()()()を読んで狙いをつけたように思えたが」

 

「確かにその通りだとも。だが、咄嗟の対応なので上手くいく確証がなかったのもまた真実だ」

 

「そうか、やはり儂の読みが少し甘かったようだ。だが、だが宝蔵院この闘いはとても愉しめたぞ! 最後の相手がお主で良かった」

 

 そう言った瞬間、書文先生は再び血を吐き、霊基の消滅が始まる。わたしは思わず彼の名前を呼ぶ。

 

「書文先生!」

 

「……どうやらそろそろ時間のようだ。マスター、お主のサーヴァントとして召喚されたのは儂にとって僥倖だった」

 

「わたしも貴方に会えて、共に戦えて良かった。本当にありがとう、書文先生。さようなら!」

 

「うむ、儂の方こそ礼を言うぞ。此度のことも今までのことも含め、お主のお陰で存分に戦えた。さて、いよいよこの体も限界らしい。ではさらばだ立香、我がマスター!」

 

 その言葉と共に彼は満足そうな表情で消滅した。

 つまるところ霊基消失。本来ならば再召喚は可能だがすべてが終わった今、サーヴァントと結んだ縁を記録したデータは既に厳重保管に移されているために、再び召喚したとしても記憶は引き継がれなくなっている。つまり、今回の退去は全て今生の別れに等しいのだ。

 

「李書文は逝ったか……」

 

 サンソンによる腕の傷の応急処置を終えた胤舜の言葉に軽く頷きを返し、わたしは再びマイクを手に取る。

 

「これにて、対決は終了です。観客の皆さんはゆっくりとシュミレーションルームより退出してください」

 

 これでわたしの仕事は終わりだ。胤舜、と彼に呼びかける。

 

「では、行くか」

 

「うん、行こう」

 

 そうしてわたしは彼と共に管制室に向かって歩き出した。

 

 ――神槍 李書文、退去完了

 

 

 

 

 

「そう言えば胤舜、勝ったら話したいことがあるって言ってたよね?」

 

 管制室に向かう途中の廊下でわたしは彼に問いかける。

 

「うむ、確かにそう言った。だが、まだその時ではないようだぞ」

 

 彼は正面を指しながらそう言った。指された方角を見てみるとそこには一人のサーヴァントの姿があった。

 

「胤舜殿お疲れ様! さっきの試合、バッチリ見させてもらいました。貴方も書文殿もとにかく凄かった、正直今胤舜殿と闘いたくて堪らないんだけど、ここは我慢すべきよね」

 

「武蔵か。驚いた、おまえの辞書に我慢という文字があるとはな。だが、これも覚えておけ、我慢とは口だけではなく体全体でするものだ」

 

 武蔵ちゃんの方を見ると、口では我慢我慢と言っておきながらその手は鯉口を鳴らしていた。

 

「武蔵ちゃん……」

 

「あはは……。立香もお疲れ様、見届けるの辛くなかった?」

 

「大丈夫だよ、書文先生も胤舜も望んでやったことだし、マスターである以上見届けたかったからね」

 

「君はそういう人間だったね。うん、少し安心しました!」

 

 ニッコリと笑う武蔵ちゃん。彼女の笑顔は元気を与えてくれるような明るさがある。

 

「ところで武蔵。こんな所にいるということは、拙僧に何か用があったのではないか?」

 

「そうそう、肝心の要件を忘れてました! お世話になった胤舜殿に最後の挨拶をしておきたかったのです! だいたいの人は朝のうちに済ませちゃったと聞いたから、今になってこうしてここで待ち伏せしてたってわけ」

 

「なんだ武蔵、待ち伏せはともかく挨拶などおまえらしくもない」

 

「私、ここに来る前は世界のあちこちを神隠しのごとく不定期に飛び回るような生活をしてたから別れの挨拶を出来る機会は大切にしてるの。だかららしく無いとしても挨拶はきっちりさせて貰います。宝蔵院胤舜殿、今までありがとうございました。かつて噂に聞いた生涯無敗の槍術に何度も感服させられました、ここでもあなたに会えて本当に良かった」

 

 その言葉はわたしに、以前彼女と()()()()()が初めて出会った時の言葉を思い出させる。あの時も武蔵ちゃんは改まって彼の武術を褒めていたっけ。

 

「ふむ、では拙僧も礼には礼を持って返すとしよう。新免武蔵守藤原玄信殿、まず最初に貴女を武蔵ではないと疑ったことについて改めて謝罪をさせて頂きたい。貴女の武術は紛れもなく二天一流の宮本武蔵のものだった。そして幾度かの手合わせ、交流に関して感謝を。拙僧も貴女に会えて本当に良かったと思う」

 

「じゃあ堅苦しいのはここまで! 胤舜殿、さようなら! また縁があったら会いましょう」

 

「そうだな、武蔵。おまえも達者でな!」

 

 そうして二人は手を振って別れた。以前の突発的な別れからの殺し合いではなく、こうしてきちんと挨拶を済ませて二人が別れられたことがわたしにはとても嬉しく感じられた。

 ふと前を見ると管制室の前まで来ていた。武蔵ちゃんと胤舜と話していたせいで全く気づかなかったのだけども。

 

「ところでさっきの話だが、管制室に着いた故詳しい話は入ってからにするが話す内容だけ先に伝えておくとしよう。()()()の話だ」

 

「え?」

 

 思わず聞き返したが、胤舜は先に管制室に入ってしまっていた。

 一方わたしは、胤舜から出た「下総国」という言葉に衝撃を受けて完全にフリーズしている。

 何故、胤舜からその言葉が――。思考回路はその事でいっぱいになってしまっていた。

 

 

 永遠にも思える硬直を終えて、ようやく平静を取り戻したわたしは管制室に入る。まだ彼の言葉にどう答えるかは決めあぐねているが、それでも進まないといけない。

 

「遅れてすみません、少し固まってました!」

 

「? 先輩、時間的にはまだ大丈夫ですよ」

 

 先に来ていたマシュにそう言われたので手元のデバイスの時計を見ると時間はほとんど立っていなかった。体感時間というのはなかなか当てにならないなと思う。

 

「では、早速作業を始めていこうか、藤丸候補生。宝蔵院さんはどうされますか?」

 

 カルデアの技師であるダストンさんが声をかけてくる。彼は人理焼却の時からずっとカルデアにいた職員の一人だ。そのせいか未だにわたしのことを藤丸候補生と呼ぶ。本人に一度何故未だに候補生呼びなのかと聞いてみたが、候補生呼びが馴染みすぎて変えにくいらしい。そして、彼はかなりの期間この施設に務めてきたというだけあって能力がとても高い。

 

「拙僧もマスターと話したいことがあるので一緒に同伴させて貰いたい」

 

「わかりました。ではこちらへ」

 

 そう言っていつもの作業場所に案内される。

 

「それでは作業は基本的にこっちで進めておきますので我々にお構いなく話をしておいてください。それと分かっているとは思うが、藤丸候補生は令呪のある手を台の上に乗せておいてくれ」

 

「分かりました。ダストンさん、宜しくお願いします」

 

「任せてくれ」

 

 さて、どういって切り出そうかと思いながらわたしは胤舜の方を見やる。至って平然としている彼の様子を見てわたしは、普通に話を切り出すしかないと思い彼に話しかける。

 

「じゃ、話を再開しよう」

 

「うむ、ではまずはおまえが最も気になっていることについて答えようと思う。何故俺が下総国での出来事(知りえないはずのこと)を知っているかいう疑問についてだ。結論から言おうか、拙僧が武蔵に聞いたのだ」

 

 出てきた名前はまたまた意外なもの。だが逆に一番当然であるとも言えるものだった。理由は明解、あの下総国での胤舜殿を詳しく知っているのはわたしか彼女しかいないからだ。しかし、約束こそしなかったが、わたしも彼女も胤舜にあの時あの場所で起きたことを気安く言えるはずがないのだ。

 

「どうして武蔵ちゃんがそれを言ったの? あとそれはいつの話?」

 

「時期としてはまだすべての問題が解決する前の話だ。そして、武蔵が拙僧にそれを教えてくれた理由だが――」

 

 胤舜は下総国のことを知った時の出来事を話し始める。

 

 

 

 

『胤舜殿、手合わせしましょう! 負けた方は勝った方のお願いひとつ聞くって感じで!』

 

『またいきなりだな。手合わせ自体は構わないが、一つ聞こう。何故そのような条件をつける?』

 

『そっちの方が緊張感あって良いでしょう?』

 

『いや、違うな。正直に言えば考えてやらんこともないぞ』

 

『実は今月少しお金使いすぎちゃってね、でも今ものすごく食堂のスペシャルうどんが食べたい気分だから勝って奢ってもらおうかなーって』

 

『はぁ、そんなことだろうとは思っていたが……。仕方ない、その勝負乗った! 無論勝つのは拙僧だが』

 

 

 

「と、その日はこのような流れで手合わせして、拙僧が勝ったのだ」

 

「何というか武蔵ちゃんらしい感じのエピソードだね。でもこれがどういう風に下総国の話に繋がるの?」

 

 カルデアのサーヴァント達には給金として月に一定額と成果に応じた追加額のQPが配給されることになっている。だが、武蔵ちゃんのような金遣いが荒いサーヴァントは月末になると金欠に苦しんでいたりするのだ。

 だからこのエピソードは非常に彼女らしいのだが、口にも出した通り下総国の話との繋がりがまるで見えない。

 

「そう、下総国の話が始まるのはここからだとも。ともかく、拙僧が戦いに勝った後に武蔵が呟いた一言が発端だったのだ」

 

 

 

『くっそー、()()()()()屁理屈で押し通れないほどの完敗か。仕方ない、スペシャルうどんは諦めよう』

 

『ん? 前みたいに? 確かにおまえとは何回か手合わせしたが、屁理屈で勝ちを無しにされたことなどなかったはずだが……』

 

『やばっ、()()胤舜殿は知らないんだった! 今のは忘れてくれない……かな?』

 

『……ほう、大体読めたぞ武蔵。では勝者の俺からの頼みを述べるとするか。おまえの知っている()()()()()宝蔵院胤舜について知っていることをすべて教えてくれ』

 

『しまった……。仕方ないか、こうなった以上話すけれども、覚悟はいい? あなたからしたら辛い話もあるかもしれないから』

 

『大丈夫だ、聞かせてくれ』

 

 

 

「事の顛末はこういう訳だ。これ以降武蔵から聞いた話は立香、おまえもよく知るところだろう」

 

 そう、わたしは知っている。

 あのとても頼りがいがあって優しい宝蔵院胤舜を。

 あのとても怖くて、恐ろしい怪物の宝蔵院胤舜(ランサー・プルガトリオ)を。

 

「……そっか、知ってたんだ」

 

「もう少し早めにこの話はしたかったのだが、中々勇気が出なかったのだ。言っておくが悪いのは武蔵ではない、全ては我を通した拙僧の責任だ。おまえ達が気を使って隠してくれていたことを暴いてしまったのだからな」

 

「分かってる、武蔵ちゃんのせいじゃないよ。わたしだってこれまで何回か怪しい発言しちゃってるしね。それに、胤舜も悪くないよ。自分の知らない自分というのを知りたがるのは当然の気持ちで、わたしだって同じ立場ならそうしただろうし」

 

「……実はここからが本題なのだが……」

 

 そう言って胤舜は少し距離を置いて、槍を壁に立てかけてから地面に膝をつく。

 

「本当にすまなかった!」

 

 その言葉と同時に胤舜が行ったのは土下座だった。日本に古来から伝わる最上級の謝罪方法。それを胤舜は行ったのだ。

 

「何やってるの胤舜! そんなに気にしないで、頭をあげて!」

 

 余りの衝撃に思わず語気が強くなってしまう。

 

「立香、こうでもしないと俺の気は収まらない。一度しっかりと逃がすと約束しておきながら敗北し、霊基を歪められたとはいえあろう事か守ろうとしたもの達を殺すために襲い、姿を隠したからと言って二つの村で虐殺を行った! 仏に仕える身でありながらそのような行為をしてしまった自分を俺は許せないのだ! おまえに許してくれというつもりも許してもらうつもりもないが、どうかあの時の行為を謝らせてほしい!」

 

「でもあの時の胤舜は今の胤舜とは違うし、宿業を埋め込まれて霊基を歪められてたんだよ!?」

 

「それでもだ! 例え仕方なかったことだったとしてもこうでもせねば俺は自分を許せない!」

 

「胤舜……。…………胤舜はそう言うかもしれないけどね、わたしからしたらやっぱり胤舜は悪くないんだよ。全滅を避けるために六騎もの英霊剣豪からわたし達を逃がしてくれて、おぬいちゃんの気遣いを受け取りつつも水を残してくれて、そして宿業を埋め込まれて以降も最後まで逃げろと警告してくれて、血の涙を流しながら自分を殺せと言ってくれた貴方は絶対に悪くない! ……だからね、胤舜。どうかそんなに気を病まないで、顔を上げて欲しいんだ」

 

 わたしは彼に思いの丈をぶつけて手を差し伸べる。気づけばわたしの目からは涙が零れていた。

 

 そして、胤舜はわたしの手を掴み、立ち上がる。

 

「すまない、俺も少し気が動転してしまったようだ。マスターにここまで言わせるなどサーヴァント失格だな……」

 

「ねぇ、胤舜。やっぱり英霊剣豪の時の自分のことは許せない?」

 

「それはもちろんだ。だからこそ、償いと言う訳では無いが、知って以降は全力以上の力を注いで特異点での戦いに望んだとも」

 

「うん、やっぱりそっちの方がいいよ。胤舜は、頭を下げて懺悔するよりも前を向いている方がいい」

 

 そう言ってわたしは穏やかな笑みを作る。さっきまで泣いていたから変な顔になってなければいいけど。

 

「……そうか……そうだな。はは、こんな事ならもっと早く話しておけばよかったかもしれぬ」

 

「過ぎたことを後悔しても意味無いよ、話すのが遅れたことに関しての問題はなかったんだし」

 

「それもそうだな。うむ、最後にこの話に蹴りを付けられただけで良しとするか!」

 

「そうだよ、蹴りが付いただけでも良かった」

 

 わたし達はお互いの顔を見合わせて笑いあった。これで胤舜の悩みが払拭されたかは分からない。でも、きっと少しは良い方向に向いたはずだ。

 

「藤丸候補生、基本工程が完了した。そろそろ退去促進術式の元へ向かってくれ。宝蔵院さんもお願いします」

 

 ちょうどその瞬間にダストンさんから声がかかった。タイミングが良かったのだろうか? いや、そうではない。きっと、話が終わるまで待っていてくれたのだろう。

 

「分かりました。じゃあ行こうか、胤舜」

 

「承知!」

 

 

「胤舜、書文先生との戦いはどうだった?」

 

 退去促進術式まで歩く途中にそんな話題を振る。最後に、彼の感想を聞いておきたかった。

 

「すごく良い戦いだった。予想通り、殺し合いになってしまったがな」

 

「前にも言ってたもんね、その話。だからこそ、最後に二人の望みが叶えられて良かったよ」

 

「恐らくもう二度と無いであろう経験だった。今回のような機会を設けてくれたことは感謝しているとも。ただ、贅沢を言うならばもう一度戦いたいものだ。今度はどちらが勝つか分からないからな」

 

「そうなの?」

 

「如何にも。実を言うとだ、槍を落とされた瞬間に負けは覚悟したのだ。実際、回収に成功するまではかなり押されていたのをお主も見ただろう?」

 

 わたしは頷く。確かに、武器をお互いに持っていない状態では胤舜は書文先生の攻撃を凌ぐのが精一杯だった。

 

「それに、老人の李書文が相手ならばもっと不味かったかもしれぬ」

 

「どういうこと?」

 

「以前に老人姿の彼と面識がある沖田総司が言うには、老人の方の李書文は力は若者より劣るも、技術と冷静さにおいては若い頃の彼を超えるらしい。そのような相手では()()()を読むのも一苦労だろうよ」

 

 老人の李書文、結局出会えなかったのは実に残念だった。

 

「再戦、どこかで叶うといいね」

 

 わたしはそう伝えた。気づけばすぐ目の前に退去促進術式があった。

 

「さて、いよいよ拙僧も去る時だな」

 

「うん、お別れだね」

 

「最後におまえに伝えておこう」

 

 そう言いながら胤舜は術式の上に乗り、術式が起動する。

 

「おまえがこのカルデアにいる間に積み上げてきた全てのものはお前をいつか助ける。だから、お主は精一杯生きてくれ。苦しいことがあっても悲しいことがあっても諦めないでほしい。そして幸せに生きてほしい。それが俺の、最後の願いだ」

 

 胤舜の姿が徐々に透けていく。

 

「分かった! 私頑張る! ありがとう、そしてさようなら胤舜!」

 

「こちらこそ有難う。さらばだ我が弟子、藤丸立香よ!」

 

 その言葉と共に胤舜の姿は消えた。

 

「宝蔵院胤舜、退去完了です。お疲れ様でした。先輩」

 

「ありがとう、マシュ。少し遅いけどおやつでも食べよっか!」

 

 今日去った二人。仲間であり、友人であり、師匠であった彼らは最後までカッコよかった。わたしも20歳を超えて、大人と言っていい年にはなったけど、彼らのようなカッコいい大人にはまだまだ遠い。いつか彼らのようなカッコいい大人に慣れるように頑張ろう、とわたしは思うのだった。

 

 ――宝蔵院胤舜、退去完了




ここまで読んでくださってありがとうございます。
結構無茶をしましたがなんとか年内に完結まで間に合わせました。
これも読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになりますので宜しければまだの人はして下さると作者がとても喜びます。

まずは次回の予定を。次回はメルトリリス編に入ります。実は全四篇のうち三つの話は完成済みなのですが、新年以降少しの間書く時間がほとんど取れない予定なのと、全て書き上げてから投稿したいので、更新は早くて一月の三週目になると思います。
それ以降は時間が取れる目処が立ち次第極力間が開きすぎないタイミングで投稿していくつもりです。お待たせするかも知れませんがよろしくお願いします。


さて、では半ば恒例となっている補足説明をさせて頂きます。

・この話の時系列
アルトリア編より前です。まだほとんど退去は済んでいません。退去済みな英霊は1割にも満たないと想定しています。

・対決に関する細かなルール決めについて
これは今後、対決回を書く時のために作りました。作中でもあげたカルナとアルジュナの激突は本当に洒落になりませんからね。しっかりとルールは決めて起きたかったのです。

・胤舜との修行とその後の会話について
これに関しては第一節の後書きでも書いたように現在の宝蔵院流槍術の公式サイトや動画などを参考にさせてもらいました。
特に狸汁については新年に奈良で振る舞われたりするそうなのでお近くにお住みの方がいらっしゃったら検索の上行かれるのも面白いと思います。同様にとあるレシピサイトにもレシピが上がっていたりするのでそちらもよろしければご覧になってみてはどうでしょうか

・八極拳について
軽く調べたところ、カルデア内での短期間では習得不可能という結論に至りましたのでこのように書文先生オリジナルの練習方法を勝手に作らせてもらいました。作中でも書文先生が言っていたように間違いなく邪道です。八極拳を収めている方がいらっしゃいましたら謝っておきます。申し訳ございません。

・老書文先生について
実装される説もあるのですが、不明瞭なところも多い上に書くための資料も少ないので召喚されなかったことにしてあります。

・眼鏡について
悪ノリです。すいませんでした! ついでにひむてんよろしくです!

・三蔵ちゃんについて
彼女は今回の二人共に関係のあるキャラクターなのですが、あまり上手くいかせなかった気がします。これは反省点ですね。

・対戦直前の面会について
お互いに頑張れというのも考えたのですが、それをサーヴァントの命をも大切にするぐだ子が言うことはないだろうと判断しあのような内容にしました。

・バトルシーンについて
久々すぎるのでかなり苦戦しました。日頃から見ているバトルモーションや様々な型を書いてあるサイトなどを参考に書いたのですがどうだったでしょうか?

・対戦の結末について
書文先生の負けにしたのは胤舜は既に完成された技術を持っていて、書文先生の技術の完成系は老書文先生だからです。この二人の戦いだと、純粋な力ではなく技術がものを言うと判断しました。なのでこのような結末にしてあります。
ちなみに勝手な脳内設定ですが、若書文先生と胤舜だと3対7、老書文先生と胤舜だと7対3というふうになるかなーと考えてます。

・胤舜と下総国について
このような扱いの形にしました。プルガトリオのやったことを胤舜が知ったらどうなるかと自分で考えた結果があの土下座です。賛否両論あるかなとは思いつつも胤舜ほどの人格者であるからこそ気を病むかと思います。特に無辜の民を虐殺したことや幼子に手をかけようとしたことは。

・ダストンさんについて
出しやすかったので出してみました。

補足説明は以上です。繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。


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メルトリリス編
第一幕 「蜜の女王」と(“M e l t l i l i t h” and)人形達( Dolls)


※メルトリリスの絆礼装テキストバレ注意!

まずは、遅くなりましたが明けましておめでとうございます。本年も当作品をよろしくお願いします。

そして予め述べておきますが、今回のメルトリリス編に立香(ぐだ子)との恋愛要素はありません。その理由は昨日の夜に投稿した活動報告に詳細を記していますので、本編読んだ後に、疑問を持たれた方はそちらを参照してください。


 彼女は語った。

 かつての私は完璧で欠けたところなど一つもない強力(かんぜん)な存在だったと。

 彼女は語った。

 今の私は完璧ではなく、欠けたところだらけの脆弱(ふかんぜん)な存在であると。

 

『そう、確かに私は弱くなったわ。人によっては堕ちたとも言うのかもしれないわね。でも今こうしてここに居られるのは()()()のお陰なのよ? あの人が居なければそもそも私が生まれることすらなかったんだから』

 

 その言葉を発した時、彼女は机の上に置かれたフィギュアに目をやりながら、いつもの様に不敵な笑みを浮かべていた。かつては完全だったと言う彼女。わたしは完璧だった頃の彼女――メルトリリスの姿を知らない。だから彼女のその言葉がいまいちピンと来なかった。そして興味本位でこう尋ねたのだ。

 

『わたしは貴女がいう()()()()()貴女しか知らないけども、前はどんな感じだったの?』

 

 そう聞いたわたしにメルトリリスはそうね、と言って少し考えたあと、答えを述べた。

 

『もしアナタが召喚したのがこの私ではなく過去の私だったのなら、立香、アナタは今頃私の経験値か人形になってると思うわ』

 

 さらっとそういった彼女。わたしはその時点で既に彼女がサーヴァントとして登録された過程を知っていた為に、そんなことは万が一にもあり得ないと分かっていた。だが、ごく当然の如く述べられたその言葉に背筋が寒くなったのを今でもよく覚えている。

 

『じゃあさ、仮に過去の完璧な自分に戻れるとしたら、メルトはどうするの?』

 

 無神経にも聞こえるその言葉を当時のわたしは何のためらいもなく発していた。信頼しているから聞けた、と言えば聞こえは良いが、恐らく当時のわたしは何も考えていなかったのだ。ただ、純粋な興味で聞いたのだ。

 

『そんなこと、決まっているでしょう。私は戻らないわ。あの人が気づかせてくれたものを捨ててまで、かつての完璧な自分に戻りたいなんて思いません。同じ快楽から生まれたあの底なしの性悪女と私との決定的な違いは、()を知っているかどうかなのだから』

 

 そこまで言って彼女は一度言葉を区切った。そして一呼吸おいてそうねと言ってから再び話し始めた。

 

『ええ、確かに恋は知りました。でも私のプライドは変わりません。愛しいものは手に入れる。美しいものは傅かせる。多くの愛を踏み台にして、湖上の星として輝くわ。それが私を愛した人へ返せる、最大の感謝というものではなくて?』

 

 そう言った彼女は、やはり不敵に笑っていた。わたしが彼女に贈った、アマリリスの花束を抱えながら。

 彼女はアルターエゴ、かつて生きた人間でも、かつて在った神霊でもない。あるAIの一つの感情をベースにして作られた存在。人によっては、怪物、と呼ぶ人もいるだろう。

 だがあの時、わたしが見た彼女は、花束を贈られた感謝を伝えてきた彼女は、紛れもなく心を持つ人のようにしか見えなかったのだ。

 ――アマリリス。彼女の名前の由来になったという花。その花言葉は「誇り」、「おしゃべり」、そして――「輝くばかりの美しさ」。その言葉は、花束を抱えながら微笑を浮かべる「蜜の女王」にこれ以上無いくらい当てはまっていた。

 

 

 

 

 

 朝起きて着替えながらわたしは過去のある時にメルトと話したことを思い出していた。理由はもちろん、今日の退去予定者が彼女だからである。

 

「マスター、起きてらっしゃいますか?」

 

「うん、起きてるよ。起こしに来てくれてありがとね、静謐ちゃん」

 

 インターホンの音とともに、扉の外からわたしを起こそうとする声が聞こえた。わたしはその声に答えつつ扉を開ける。外には、美しい顔と紫のショートヘアを持つ少女がいた。

 

「おはようございます、マスター。本日もお元気なようで何よりです」

 

「うん、おはよう静謐ちゃん。一緒に朝ごはんでもどう?」

 

 そう言ってわたしは彼女に手を差し伸べる。彼女は少し躊躇いながらもその手を掴む。

 

「では、お言葉に甘えさせていただいて、お供させていただきます」

 

 毒の娘と呼ばれる彼女――静謐のハサンは触れただけで相手を毒で蝕んでしまう。しかし、わたしはマシュのおかげで耐毒スキルのようなものを持っているのでその手を掴んでも問題ない。様々なことがあったせいでその毒耐性も消えてしまったかもしれないと思っていたが、幸い未だにわたしの体に残っていた。

 静謐ちゃんはその体質のせいで人との触れ合いを望んでいる。いや、飢えているというのが正しい表現だろうか。だからわたしは彼女に積極的に手を伸ばす。この手を伸ばせる間は、そうありたいと思うのだ。

 

 

 

 

 静謐ちゃんと話しながら食堂の前まで行くと、そこにはガウェインとメルトが居た。

 

「おはよう、二人とも。こんな所で何してるの?」

 

「おはようございます、立香、それにレディ・静謐。少し二人で立ち話をしていただけです。それでは皆さん、私はこれで失礼させていただきますね」

 

「ええ、ガウェイン。それじゃあ例の件は宜しくね?」

 

「了解しました。太陽の騎士の名にかけて約束を守ると誓いましょう」

 

 そう言ってガウェインはわたし達に一礼してその場を立ち去る。そして残されたメルトはこちらを見た。

 

「随分とのんびりしたお目覚めね、立香。とりあえず私はもう行くわ。後で部屋に来るのでしょう? 来る時には大きめの袋を持ってくること、忘れないで」

 

 捲し立てるかのようにそう言うと、彼女は足早に、廊下を滑るようにしてその場を離れていく。

 

「うん、ちゃんと持って行くよ!」

 

 わたしが返事をした頃には、彼女の姿はほとんど見えなくなってしまっていた。

 

「お二人とも行ってしまいましたね。確か今日の退去予定者はアルターエゴ・メルトリリス、彼女でしたか」

 

「そうだよ、今日はメルトの退去予定日なんだ。……とりあえず、ここでじっとしているのも何だし、食堂に入ろっか!」

 

「そうですね、行きましょう」

 

 そうしてわたし達は食堂の扉を開く。扉を開くと良い匂いがした。この匂いは、焼き魚だろうか。

 

「おはようございます、マスター。今日の朝ごはんは焼き魚が三種から選べる和風朝食ですよ」

 

 食堂の奥から可愛らしい声が聞こえてくる。この声はパッションリップのものだ。このカルデアに来て、いつかの約束通りキャットに弟子入りした彼女。キャットの指導の賜物か、巨大な鉤爪状の腕というハンデを持ちながらも、めきめきと料理の実力を伸ばしていった。勿論、彼女の手では限界があるのでダ・ヴィンチちゃんに頼んで補助器具を用意してもらっていたりはするのだが。それを差し引いても上達のペースが早いと思う。

 それを示すものとして最もわかりやすい例が今日のようなパターンだ。普段はキャットが当番の日に助手として調理をサポートしているのだが、今日のように月に一回くらいのペースで、一人きりで食堂を切り盛りするのだ。

 

「おはよう、リップ。さっきメルトがここに来てたでしょ? 慌てた様子で行っちゃったんだけど何か知らない?」

 

「確かにメルトが珍しくここに来て朝ごはんを食べていきました。でもマスターも知ってるようにメルトって手の感覚がほとんど無いじゃないですか? それで食べるのを苦労しているのを見たガウェインさんが、メルトの食事を手伝ってくれて。そして食後にそのまま二人で食堂を出ていったところまでしかわたしは見てません」

 

 そう言えば、食堂でメルトを見たことはほとんど無かった。彼女は神経障害を持っていて、手の感覚がほとんど無いのだ。

 そして、サーヴァントは本来食事を必要としないので、上手く食べることの出来ない彼女がわざわざ食事をすることはほとんど無かったのだろう。

 そう考えると、今日食堂に来たというのはかなり意外だった。ガウェインに助けてもらってまで食事をとったのは何故だろう。

 確かに、ガウェインは正しく騎士と言えるような立派な人格をしている。彼女の頼みも一切ためらうことなく引き受けて、紳士的に対応してくれるに違いない。

 だが、問題はそこではない。後でメルトに聞いてみようと思っているとリップが声をかけてきた。

 

「マスター、大丈夫ですか? 少しぼうっとしてたようですけど」

 

 どうやら考え込んでいたらしい。わたしは全然大丈夫だよ、と返しながら後ろで待っている静謐ちゃんに声をかける。

 

「わたしはシャケにするけど静謐ちゃんはどうする?」

 

「それでは・・・・・・私はサンマを頂こうかと」

 

 少し考えてから彼女は答える。それを聞いたわたしは、リップに注文を伝える。

 

「じゃあリップ、シャケとサンマ一つずつお願いね」

 

「分かりました!」

 

 リップは笑顔で答えたあと、食堂の奥に戻ってわたし達の朝食の用意を始めた。

 

 

 

 

 朝食を美味しく味わったあと、静謐ちゃんと別れ、わたしは部屋に戻ってきていた。メルトは大きめの袋を持ってくるように言っていたがそんなものはあっただろうか?

 しばらく探していると、以前バレンタインの際にチョコ作りの材料を集めた時に使用した袋が出てきた。サーヴァントの皆にも、職員の皆さんにもあげたのですごい量が必要になったのを覚えている。

 

「うん、この袋でいいかな」

 

 そうやって呟きながら時計を見る。既に時間は約束の時間の三十分前を示していた。

 

「もうこんな時間!? 急がないと遅刻しちゃう!」

 

 遅刻なんてしたらメルトを怒らせてしまうのは間違いない。わたしは慌てて用意をするのだった。

 

 

 

 

 何とか用意を終えたわたしは、メルトの部屋の前に来ていた。腕につけている端末が示す時間は約束の時間ちょうど。部屋のインターホンを鳴らして、来たことを伝えると、返事なしで扉が開いた。

 部屋に入ると一人の少女の姿が目に入る。勿論、この部屋の主であるメルトリリスだ。

 

「時間通りね、優美(エレガント)ではないけど、ギリギリ及第点って所かしら」

 

「もう少し早めに来ようとは思ってたんだけど、袋を探してたら結構カツカツになっちゃって・・・・・・」

 

 こちらを採点する彼女に対して咄嗟に言い訳するわたし。

 

「間に合ってるんだから、別に構わないわ。それより袋のサイズを見せてくれる?」

 

 わたしは持ってきた袋を広げて見せる。それをまじまじと見つめる彼女。

 

「これくらいで良かったかな?」

 

「そうね・・・・・・。丁度いいくらいだと思うわ」

 

 どうやら彼女の希望通りの大きさだったらしく、ひと安心する。そして、先ほど聞き逃した質問をする。

 

「さっきは聞けなかったんだけどさ、この袋、何に使うの?」

 

「それは後で教えるわ。とりあえずは机の上にでも置いておいてちょうだい」

 

 彼女に言われたとおりに机の上に袋を置く。それを確認したあと、彼女は改めて口を開く。

 

「言っておくけど、今日の時間の使い方はわたしが決めるから。アナタの段取り通りに進むとは思わないでね?」

 

 そう言って彼女は不敵に笑う。確かに段取りは考えていた。だがわたしは、退去する本人に考えがあるのならそれに越したことは無いと考えている。だからそんな彼女の様子に気を悪くすることもなく尋ねる。

 

「それでメルト、最初は何をするの?」

 

「よくぞ聞いてくれたわ、最初はこの部屋にある私の大切なガレージキットの整備をするわ。手伝ってちょうだい」

 

 人形蒐集家(ドールマニア)。彼女を指す言葉としてこれ以上ない言葉である。メルトリリスはガレージキット――特に日本のフィギュア――が大好きだ。以前こんなことがあった。

 

 

 

『人形が好きなの?』

 

 それは、わたしがそう尋ねたことが始まりだった。

 

『人形はいいわ、私は人間のことは嫌いだけれども、フィギュア文化を作り上げたところは感謝しているのよ。せっかくだから今日はアナタに人形の素晴らしさをみっちり教えてあげる。まずは――』

 

 そこから続くフィギュア文化の形成されるまでの過程と現在のフィギュア文化についての見解、日本人の職人の繊細さに対しての暑い語り。そしてある種の夢とすら言えるトイ・ストーリー王国建国への展望。

 そこで話が終わると思いきや、私が漏らしてしまったメディアさんの話。そこから彼女のことを根掘り葉掘り聞かれて紹介する約束をさせられ、開放されると思ったら今度は、

 

『せっかくだからアナタにもガレキ作りを教えてあげるわ。そうよ、アナタの腕を磨いて私専属の作り手として育ててあげる』

 

 と、今度はガレージキット作りのレクチャーが始まり、全てが終わる頃には日が暮れていた、なんてことがあったのだ。

 

 

 

 

 そしてそれ以降、たまに手の不自由な彼女の組み立てを手伝ったりしている。作り手育成計画とでも言うのだろうか。みっちり彼女に鍛えられたわたしの腕はそれなりのものになったと自負している。

 

 最も、このカルデアにはそれこそ、ガレージキット自体を作り上げることの出来る職人(メディアさん)や、美少女に関しての彩色や造形へのこだわりについては右に出る者がいないオタク(黒髭)や、その手先の器用さはトップクラスとされる引きこもり(刑部姫)、更に少し守備範囲はずれるが、メイドゴーレムを作るほどのゴーレムマニア(アヴィケブロン)がいるので、わたしの出番はあまり多くはないのだが。

 

「分かった、じゃあどれから手をつける?」

 

「そうね、あのフィギュアからにしましょう、こっちまで持って来て」

 

 そう言って彼女が指したのは棚の上の方にある白百合の騎士王(セイバー・リリィ)のフィギュアだ。このフィギュアの製作者(メディアさん)が語るには自らの最高傑作と言っても過言ではないほどの出来らしい。

 

「よいしょっと」

 

 椅子に登り、棚の上のフィギュアに手を伸ばす。無論、手袋やマスクは既に装着済み。フィギュアを手入れする際は慎重に、指紋一つ、手汗や唾の一滴も残さないのが好ましい。

 落とすのなんて論外だ。慎重に運んだフィギュアを机の上に置き、用具入れから整備キットを取り出す。

 

「何度もやってきたから流石に手慣れてきたわね。私が言わなくてもやるべきことはもう分かっているでしょう?」

 

 わたしは無言で頷き、ブロワーの電源を入れて大半のホコリを吹き飛ばす。そして続いて化粧用のフェイスブラシを持ち、それでも残ってる細かいホコリを取り除く。

 それが終わり次第、お湯を桶に入れる。温度は四十度になるように調整。そしてもう一つの桶を用意し、そこには水を入れる。

 そして洗剤をスポンジに付け、洗っていく。この時、力加減に気をつけることは忘れてはならない。汚れを落とそうとして傷をつけるなど本末転倒も良いところだ。

 

「順調ね、気を抜かずに続けて」

 

 ひと通り汚れを浮かせたらもう一つの桶で洗剤ごと落とす。そしてフィギュアを気をつけないようマイクロファイバークロスで水分を拭き取りベビーパウダーを塗布。それが完了したら、乾燥用の台の上にクロスを敷いてその上に置き、あとは自然乾燥させる。

 

「うん、こんなものかな」

 

 フィギュアを置いて十分に距離をとってからわたしはようやく口を開く。わたしの作業をじっくりと観察していたメルトは作業の出来栄えを評価している様子なので結果を告げられるのを待つ。

 

「作業の素早さ、質、扱いの丁寧さ・・・・・・。全てにおいて問題なし。おめでとう。満点よ、立香」

 

「最後の回で初めて完璧に出来た・・・・・・」

 

 少し気を緩めたわたしにメルトは感慨深そうな表情で語りかけてくる。

 

「思えば最初に教えた時は整備のせの字も知らない出来栄えだったわね。あの時はここまで出来るようになるとは思わなかったわ。・・・・・・これなら・・・・・・」

 

 最後の方がボソボソとなって聞こえなかったのでわたしは彼女に聞き直す。

 

「ごめん、最後の方が聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれないかな?」

 

「大したことは言ってないから、気にする必要は無いわ。そんなことより、次に行きましょう?」

 

「オッケー、次はどれ?」

 

 本人が大したことではないと言っている場合の追求は野暮というもの。わたしは気合いを入れ直して再びフィギュアに向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 三時間くらいは経っただろうか。全てのフィギュアの整備が終わった。途中からは不器用ながらもメルトも一緒にやっていたので少しペースが上がっていたかもしれない。

 

「漸く終わった・・・・・・。メルト、 始めた時からどれくらい経った?」

 

「今で丁度二時間ってところね。以前に比べて数も増えてるのにこの時間で終わらせるなんて、正直驚いたわ」

 

「この量を二時間でやったの? 自分の事ながら信じられない。メルトがやった分もあるとはいえビックリだよ」

 

 体感時間より経過時間は短かった。わたしが驚いているのと同じくらいメルトも驚いているようだ。

 

「ところでメルト、全部綺麗にしたけどこれは退去時に持っていくんだよね? あっ、そうか。だから袋が必要だったんだね。納得したよ」

 

 自分で言って、ようやく袋が必要になった理由が分かった。彼女のこのフィギュアたちを運ぶためだ。

 

「早合点してるところ悪いけど、違うわよ」

 

 と、思ったのはどうやらわたしの勘違いだったらしい。ドヤ顔で分かりましたアピールをしていた自分が恥ずかしい。

 

「うん、じゃあ丁度いいから教えてあげる。袋を持ってきてもらった理由がフィギュアを入れる為なのは間違いではないけれども、そのフィギュアの行き先が違うのよ。簡潔に言いましょうか。アナタに私のフィギュアをあげる。勿論、全てという訳ではないけど」

 

「えっ!?」

 

 彼女の言葉にわたしは一瞬耳を疑った。メルトがわたしに宝物とも言えるフィギュアをくれると言ったのだろうか。信じられないと思っているとメルトは不満そうな顔を向けてくる。

 

「あら、私が何のためにアナタに技術を仕込んだと思ってるの? 私が去ったあと、フィギュアの管理をしてもらうために決まってるじゃない。地球でのトイ・ストーリー王国の夢はアナタに託すのよ」

 

 さも当然の如く言う彼女。嬉しいか嬉しくないかで言われるともちろん嬉しい。それは彼女がわたしに信頼を寄せてくれてるという事だからだ。だが、このフィギュアは彼女の宝と言ってもよいもののはずだし、彼女が抱いていた夢もそんなに安いものではないだろう。そんなものを簡単に手放せるのだろうか?

 

「どうやらバカなことを考えているみたいだから教えてあげましょう。そもそも私には英霊たちと違ってちゃんとした座が残っているのかすら怪しい。英霊でさえ座に記録以外は持ち込めないらしいのに、私がフィギュアを持って戻っても私と同じように消えてしまうだけ。どうせ消えるくらいなら、完璧な管理ができるようになったアナタに任せた方がいいと思った。それ以外の理由は無いわ」

 

 彼女は少し照れた様子でそう説明してくれた。

 英霊の座に物を持ち込めない。そのような話をしてくれたのが誰だったのかハッキリと思い出せないが、その話を聞いた覚えはあった。

 

「まあ、どうしても持っていきたい幾つかは意地で持っていくことにするのだけど。それに、私が譲ると言ってるのよ。そこは素直に貰っておくのが道理ではなくて?」

 

 そう言った彼女の表情は、既にいつも浮かべている不敵な笑みに戻っていた。

 

「そうだね。ありがとうメルト、大切にするよ」

 

「ええ、私からフィギュアを貰えるなんて光栄に思いなさい。そして、必ず大切にすること。今のアナタなら大丈夫でしょうけど」

 

「勿論、任せて。いつ見られても大丈夫なようにしておくよ!」

 

「いい返事ね、でも取り敢えず乾くまで収納するのは待って。……なんて今のアナタには言うまでもない事だったわね」

 

 そう言いながら、彼女はわたしを見て少し口角を上げた。

 それに応えるようにわたしも笑みを向けるのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
感想、評価、お気に入り登録などいつもありがとうございます。大変励みになっております。宜しければそれらをして下さると作者冥利につきます。
このメルトリリス編はリクエストを受けて書いた作品なのですが、実のところかなりの難航でした。一度カルデアのメルトについての考えの整理を挟み、何とか書くことが出来たくらいです。一度書き始めると順調で、今回の後半部の話なんかはフィギュア整備の内容を調べる時間以外は止まることなく書けた程です。
そして先に言っておきますが、第三幕にはかなりの手応えがあります。私の中では、カルデアのメルトリリスにしか出来ないような内容が書けたのではないかと思ってます。ですので、お付き合いいただけると幸いです。

次に第一幕の内容について、一点だけ補足を。
静謐ちゃんの幕間を見るとわかりますが、主人公の彼女の呼び方は「ハサン」になっています。ですが、他のハサンもいるカルデアでこれを使うのは難しいだろうと判断したために「静謐ちゃん」に変更させていただきました。ご了承ください。

続いて、ご報告を。
活動報告の方に一つ目の内容は書いてますので、重要なのは二つ目と三つ目です。
一つ目、神槍 李書文&宝蔵院胤舜編の加筆修正を行いました。所々セリフが増えていたり、表現が変わっていたり、誤字脱字が消えていると思います。内容は大差ないのですが訂正入れましたよーという話でした。
二つ目、前書きにも書いたようにカルデアのメルトリリスに対するこの作品での位置づけに関して私の意見を活動報告に纏めておきました。これを読んでくだされば私のメルトリリス編に対する考えが理解していただけると思いますので、ご一読いただけると幸いです。そして、読んでもなお思うところがありましたら活動報告のコメント欄や、メッセージ機能、名前を知られたくないのでしたら先程あげた質問箱等で意見を下さるとありがたいです。頂いた意見には必ず回答いたします。
三つ目は本作品の舞台設定についてです。一応現時点では、二部終了後にカルデアを奪還、事件の事後処理(2,5部的なもの)をしながらカルデアでの生活を少しした後にカルデアの解体が決定。そして第一話で書いた内容に至るという形で考えています。これは、今後の公式の情報によって変動するので確定という訳ではありませんが、一応ご報告を。

さて少し気が早いですが、次回以降の予定を。
第二幕は二月上旬に更新予定です。そして三月中にはメルトリリス編の完結と次の話を始めるところまでは行きたいところです。
次の話はクー・フーリン(ランサー)を予定してます。メルトリリスがかなり長い話になりますので、槍兄貴の話は短めの予定です。あまり長々と書くのもさっぱりした性格のクー・フーリンらしくないと考えていますので。出来れば前後編に纏めたいところですが、まだ未定です。

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました!


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第二幕 「蜜の女王」(“M e l t l i l i t h”)に五つの質問(answers five questions)

活動報告にてアンケート並びにリクエスト募集やってます。
特にアンケートの方は一人でも多くの方の意見を聞きたいのでよろしくお願いします。


 フィギュア達を自然乾燥させつつ、今後のフィギュアの管理や移送についての諸注意を受けていた時のことである。

 ぐぅ、と食べ物を求める音が鳴り響く。音の出処は勿論わたしのお腹だ。

 

「あら、もう昼過ぎね」

 

 彼女の言うとおり、既に時間はとうに正午を回っていた。

 

「私は別に必要ないけれども、脆弱な人間のアナタには食事が必要でしょう? 今日は付き合ってあげるわ」

 

 彼女が食事に付き合ってくれるという言葉。普段ならば驚いたかもしれないが、朝に彼女が食堂にいたこともあってか違和感なく受け入れられた。

 

「本当に? ありがとう、メルト」

 

「じゃあ行きましょう、のんびりするのはあまり好きじゃないの」

 

 そうして、わたしとメルトは部屋を出て食堂に向かう。

 

 

 

 

 

 

 食堂の前まで来ると、スパイスの香りがした。この匂い、今日の日替わり定食はカレーだろうか。そんなことを思いつつメルトに尋ねる。

 

「わたしは日替わり定食にするけど、メルトはどうする?」

 

「私もそれで構わないわ、普段食事を取らないからよく分からないもの」

 

「了解、了解。じゃあ二枚買っておくね」

 

 わたしは自らのIDをかざして日替わり定食の食券2枚を購入した。カルデアの食堂では、朝の時間帯以外は食券を購入しなければならない。

 朝は、三種の日替わりから一つを選ぶだけなのでそうでもないのだが、昼と夜はメニューの多さと担当者によるバリエーションの変化、料金設定を反映するために食券制を採用しているのだ。

 そして購入処理が終わり、食券を取り出し一枚をメルトに、と考えたところでメルトが食券を握れないであろうことに思い至り、手を止めた。無遠慮に食券を差し出そうとしたこと、バレてないかななんてヒヤッとしながら彼女に声をかける。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

「ええ」

 

 そうして食堂に入り、出来ている列に並ぶ。既にピーク時を過ぎたからか、出来ている列は短かった。

 

「おや、マスターと・・・・・・メルトリリスではないですか」

 

 前にいた人が声をかけてくる。長い赤髪と、閉じているように見える目が印象的な人物だ。

 

「あら、トリじゃない。奇遇ね」

 

「それは私のセリフです。メルトリリス、貴方が食堂にいる所を初めて見ましたよ」

 

「トリスタンも今から昼ご飯?」

 

「いえ、私は夜に開く円卓定例会議時の食事を依頼しに来たのです」

 

「円卓定例会議・・・・・・。ガウェインと貴方、そして噂に名高いランスロット。地獄絵図が容易に想像できるわね。所で何故円卓の騎士の中で何故あなたが依頼に?」

 

 メルトの推測通り、円卓定例会議は基本的に乙女には見せられないものになっている。女子ならば誰もが憧れる騎士、その代名詞とも言える彼らがまるで男子高校生のようなノリで会話をし続けるのだから。

 アーサーの枠として出席する(出席させられる)のが、基本、男の方であるのは不幸中の幸いだろうか。ああ見えて素のアーサーはノリがいい。自分の知っているものとは違う円卓の悪ノリなら乗っかることすらありそうだ。

 ちなみに、モードレッドは叛逆という名目で参加していない。……実際は一度だけ参加したのだが、あまりの惨状に以降顔を出さなくなっただけである。彼女にいうと怒られるが、あれでも女の子なのだ。流石にあのノリはきついだろう。

 

「今、聞き捨てならないような言葉が聞こえた気もしますが、聞かなかったことにしておきましょう。それで、私が担当になっているかの理由ですが、結論から言うと公平なじゃんけんの結果です。しかし、1回目で私の一人負けになってしまったようなのです。私は悲しい」

 

 彼の手元にフェイルノートは無いはずなのに何故かポロロンという哀愁漂う音が聞こえた気がした。

 

「何だかハッキリしない物言いだね?」

 

「いえ、マスター。実際よく覚えていないのです。じゃんけんをしようと言われてから、自分以外の全員がパーを出して、自分だけがグーを出していた時までの記憶が抜けていると言いますか・・・・・・」

 

 その言葉でわたしも、メルトも事態を察した。

 

「(寝てたね)」

 

「(寝てたわね)」

 

 恐らく事の顛末はこうだ。彼は、じゃんけんをしようとしている所で(何故か)寝てしまった。

 それに気づいた他の騎士が、トリスタンの手が握りこぶしを作っているのを確認して、皆で示し合わせてパーを出す。

 そしてタイミングを合わせてポン!だ。これに飛び起きたトリスタンは咄嗟に拳をあげ、敗北が決定する。

 

「なんと言うか、本当に貴方らしいと言うか・・・・・・。何かしらね、この感じ」

 

「わたしは今、メルトとの共感が過去最高クラスな気がしてるよ」

 

「不本意ながら同意見ね」

 

 円卓一の美男子(トリスタン)は時たま想像もできないことをしでかす。普通じゃんけんの最中に寝るだろうか。

 黙っていればイケメンという言葉がここまで似合う騎士も中々いないだろう。というか他に当てはまる騎士の殆どが円卓だったりするあたり円卓の騎士の残念っぷりがわかる。噂によるとシャルルマーニュ十二勇士もその口らしいが、アストルフォとローランを見ているとあながち間違いでもない気がしてくる。

 

「おっと、話しているうちに先頭までやってきたようです。では二人とも、私はこれで」

 

 そう言ってトリスタンは食堂スタッフの方へ向かっていった。そして残された私たち二人は先程のトリスタンの残念っぷりに未だ頭を抱えていた。

 

「そう言えばこのカルデアに来て以降、知りたくない歴史や伝説の真実を知ることが多かったわね・・・・・・。ガウェインの残念さは前々から知っていたのだけれど、他の円卓の騎士もこうも変わった人間ばかりだったなんて、知りたくなかった真実よ」

 

 メルトリリスはこう見えて白馬の王子様に憧れる、乙女らしい所がある。そして円卓の騎士と言えば、王子様イメージの象徴とも言える存在……のはずだ。

 確かに彼らも、決めるところはしっかりと決めるのだ。しかし普段の様子は、望まれる王子様イメージとかけ離れている。だから、メルトが遠い目をしながら幻滅しているのも至極当然と言えることなのだ。

 

「こうやって考えるとタイムマシンなんて無い方がいいよね。多分知りたくなかった歴史の真実がもっと見えてくるんだろうなぁ・・・・・・」

 

 と、最近までタイムトラベルの要素も含むレイシフトやゼロセイルに頼っていたことを棚に上げつつ、わたしは幼少期の憧れを否定したのだった。

 

「とりあえず私が生まれた時代には、まだ無かったはずだから安心しなさい。最も、この世界では違うかもしれないけど」

 

 どうやら、彼女が元いた世界の2030年にはタイムマシンは開発されていなかったらしい。それでも保証されるのはあと10年強。願わくば、わたしが死ぬまでは開発されませんように。まあでも、逆に本来なら知りえないはずの素敵な事実を知ることもできるかもしれないから一長一短なのかもしれないな。

 なんて考えているとわたし達の番が来たようだ。前に進むと、朝と同じくリップが迎えいれてくれる。

 

「こんにちは、マスターさんにメルト。朝以来ですね」

 

「こんにちはリップ。これ食券ね」

 

 そう言ってわたしは二枚の食券をカウンターに置く。

 

「日替わり定食二つですね。 匂いや掲示で気づいているかも知れませんが今日の日替わりはカレーです。辛さはどうしますか?」

 

「じゃあ私辛口で」

 

「カレー・・・・・・。確か月にいた頃から貴女の得意料理だったかしら。とりあえず私も辛口にするわ」

 

「あ、あの時のカレーとは全く違うもん! 皆さんに教わってかなり上達したんだからっ! とりあえず、辛口二つですね。少々お待ちください」

 

 少し頬を膨らませながら注文を繰り返し、リップは厨房へ入っていった。

 

「月にいた時のカレー・・・・・・。少し興味あるかも」

 

「辞めておきなさい、あれは料理と呼べるかすら怪しいと思われるものよ。それこそあの赤いアーチャーが見ればキレるくらいにはね」

 

 そこまで言われる過去のリップのカレーとはいったいどんなものなのか。恐らく一生知ることは無いのだろう。

 

「お待たせしました、辛口カレー二人前です!」

 

 リップの大きな指のひとつに付けられたダ・ヴィンチちゃん特製の補助アームに乗って出てきたのはいわゆるインド式カレーだ。ナンとライス、サラダに鉄の容器に入ったカレー、そしてホットチャイが付いている。日本にいた時にインドカレー屋で食べたランチの構成にそっくりだった。

 

「本当に別物ね、過去のカレーと一緒にしたことは謝るわ」

 

 恐らく、過去の彼女のカレーは日本の一般的な家庭料理のカレーだったのだろう。

 一般的な家庭のカレーの中でもレベルが低かったと推測される彼女のカレーをここまでのレベルまで押し上げたカルデアキッチンの料理人たちは凄まじいな。

 そんな事を思いながらわたしは二つのトレーを持つ。

 

「確かに私の腕では持ちにくいから助かるけれど、間違っても落とさないで。責任重大よ」

 

「気を付けるよ。それじゃあね、リップ」

 

「はい! マスターさん、メルトをよろしくお願いしますね」

 

「任せて!」

 

 そう言ってわたしは空いてる座席――メルトが座れるという条件を満たすもの――に向かってトレーを運ぶ。

 

「・・・・・・っと。危ない、危ない」

 

 座席についたのでトレーを置こうとしたが、バランスを崩して、危うく落としてしまうところだった。なんとかカバーできたので良しとしよう。

 

「よし、それじゃあ食べようか」

 

「ええ、そうね。・・・・・・見たところスプーンとフォークさえあればなんとか食べれるかしら」

 

 彼女は少しの間を開けて、さてと、と言いながら懸命に袖を捲る。確か、初めて会った時――厳密には今の彼女とは違うのだが――に、握手をしようとした時もこんな事があったはずだ。

 

「手伝おうか?」

 

「平気よ、これくらい・・・・・・独りで・・・・・・出来るわ」

 

「わかった、じゃあ待ってるよ」

 

「先に食べ始めてくれて構わないわよ」

 

「いや、待つよ」

 

「そう、好きにしたら」

 

 少しして、彼女は袖を捲りあげきった。

 

「先に食べて良いって言ったのに」

 

「わたしは、食べ始めるのが一緒の方がいいんだ」

 

「そう、変わってるわね」

 

 彼女は素っ気なくそう言った。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「い、いただきます」

 

『いただきます』という言葉に慣れていないのか少し詰まったメルト。意を決したような表情とともにフォークを握るように持つ。

 ――その手は彼女の神経障害のせいもあってかフォークを扱うのに慣れていない子供のようだった。

 それにあわせて私もフォークを持ち、サラダを食べ始める。しゃきしゃきの野菜に独特ながらも美味なドレッシングがかかっていて美味しい。

 

「悪くないわね」

 

「じゃあ次はカレーだけど・・・・・・。食べ方わかる?」

 

「馬鹿にしないで、それくらい知ってるわ」

 

 少し怒りながらそう言った彼女は、カレーのルーにスプーンを突っ込み、そのまま口に入れようとした。

 

「ストップストップ! そうじゃないよメルト!」

 

 間一髪、スプーンは口に入る直前で止まっていた。

 

「メルトが見てたカレーとこれは別物なんだ、食べ方は今からわたしが教えるよ」

 

 そうして、わたしはインド式カレーの食べ方を彼女に教えた。ナンの食べ方、適正サイズ、インドカレーにおけるスプーンの使い道などなど。

 

「こうやってパンをちぎって食べるんだけど、出来る?」

 

「…………簡単にちぎれたわ。まるで最初からちぎれやすいようにされていたかのようにね。…………少しだけ腹が立つわね」

 

 どうやらリップが最初からメルト用のナンだけ少し力を加えれば切れるようにしていたらしい。

 

「……全く、これじゃまるで私の方が妹みたいじゃない……」

 

「ん、何か言った?」

 

 メルトが小声で何かを言ったがよく聞こえなかったので咄嗟に聞き返す。

 

「別に。ただ、インド式のカレーはこのようにして食べるのかって言っただけよ」

 

「うん、最も、わたしもインドで食べたことはないから間違ってるかもだけど」

 

「さて、せっかくの食事、なにか話しましょう。私は普段から食事を取らないから分からないけど、食事時には会話をするのが一般的なのでしょう?」

 

「そうだね、人と一緒の時に黙って食事をとることは少ないかな」

 

「じゃあ、質問タイムにしましょう。五つまでならなんでも答えてあげるわ」

 

 思わぬ話題展開だった。彼女なりにカレーの食べ方へのお礼だったりするのだろうか? いや、わたしの考えすぎか? 何はともあれ、彼女にいくつか聞いてみたいことがあったのも事実だ。折角なので聞いてみよう。

 

「じゃあ一つ目。――未だに人間のことは嫌い?」

 

 過去に彼女が言っていたことを思い出す。

 人間は嫌い、それを口に出すことすら好ましくない。アルターエゴは人間の天敵。このように、とにかく彼女は人間を嫌っていた。

 SE.RA.PHにいたメルトリリス(彼女ではない彼女)を知っているわたしは、彼女が本当に人間を嫌っているのか訝しんでいた。だって彼女は、孤立したわたしを助けてくれて、生き残っていた人間の救出にだって協力してくれた。

 そんな彼女の本心を、わたしは知りたかったのだ。

 

「ええ、もちろん嫌いよ。…………昔程ではないけど。そもそも、昔の私ならアナタなんて直ぐに物言わぬお人形(フィギュア)にしてたわね。アナタ、見た目は良いのだし」

 

 多分、これは偽りなき本心なのだろう。今も人間は好きじゃないけど、共に生きることは出来る。それが()()彼女の考えなのだろうな、とわたしは思う。

 と、ここまで聞くと気になってくるのは昔のメルトがどんな感じだったのかだ。今私が知っているのは、色々なサーヴァントや彼女自身から聞いた断片的な話だけだ。

 カレーを食べ進めつつわたしは二つ目の質問に移る。

 

「じゃあ二つ目。月にいた頃のメルトの話を聞かせて欲しいな」

 

「かなり長い話の上に、アナタにとって聞きたくないような話ばかりになるわよ」

 

「それでも構わない、聞かせて欲しい」

 

「そこまで言うかしら。……しょうがないわね。ならせめて、後で部屋に戻ってからにしましょう。食事中に話し切れる程、薄っぺらい話じゃないから」

 

「分かった」

 

「それじゃあ三つ目の質問に移りましょう」

 

 残る質問はあと三つ。その内の二つはもう決めている。だからあと一つは特別な事ではない、普通のことを質問しよう。そう思い、私は口を開く。

 

「そうだな、カルデアでの暮らしはどうだった? サーヴァントや人間との関係を含めての感想を教えてほしいかな」

 

 そう、さっきのトリスタンやガウェインのように、何だかんだ彼女の交友関係は狭くない。そんな彼女がこのカルデアでの暮らしをどう感じたのかは気になっていたのだ。

 

「そうね、思ってたよりは悪くなかったわ。何よりここには|趣向が多少合って、組み立ての手伝いをしてくれる同士《刑部姫と黒髭と一部のカルデア職員》と腕の良い職人(メディア)が居たから。月には私の趣味を理解してくれる人はいなかったし、それだけで結構なプラスよ」

 

 わたしはふむふむ、と相槌を打ち、暗に言葉を続けるよう促す。まだもう少し彼女の感想を聞きたいのだ。

 

「なに、これじゃ満足出来ないの? ならもう少しだけ話してあげる。ガウェインやアンデルセンを始めとした、来た時から知り合いだったのはそれこそ月にいた時に縁があったサーヴァントよ。その時のことも後で話してあげるわ。彼らとの関係はそれこそ腐れ縁でしかないけど」

 

「その割には結構仲が良いように見えるんだけど。今朝も一緒にいたし」

 

「あぁ、あの時のこと。ただ少し頼み事をしてただけよ。食事の手助けはガウェインが勝手に世話を焼いてきただけ」

 

「頼み事?」

 

「えぇ、私が去ったあとのことを少し……ね。」

 

 恐らく、彼女がガウェインに頼んだのはリップの事だろう。リップはメルトよりもかなり後に退去が予定されている。何だかんだ妹思いの彼女はガウェインにあとの事を頼んだのだろう。

 そんな中、メルトは嗜虐的な笑みを浮かべて言う。

 

「所で、今のも質問のうちに入るのかしら?」

 

「あ、今のは咄嗟に出ただけで……」

 

「ま、別にいいわ。それで、これで満足?」

 

 わたしは頭を振る。彼女の態度を見て恐らくまだ話してくれるだろうと踏んだからだ。出来る限り彼女から色々な話を聞きたい、とわたしは思う。

 もちろん、それはメルトに限らず全てのサーヴァントに共通する。折角だからいろんなことを聞きたいのだ。

 

「強欲ね、でもいいわ。次は不満だったことを教えてあげる。まず、女神アルテミスのスイーツ(あんな)姿を見てしまったこと。正直あれを受け入れるのにはかなりの時間がかかったわ。いえ、今も受け入れきれていないわね。尊敬していたはずの女神があんな感じだったのだもの、私のダメージは分かるでしょう?」

 

「心中お察し致します……」

 

 思えば、メルトとアルテミスの初遭遇はほとんど事故と言えるものだった。

 ぬいぐるみのオリオンとメルトがたまたま出会い、少し話してるところにオリオンを追いかけてきたアルテミスが乱入。そしてそこに居合わせたわたしとのやり取りでぬいぐるみを追いかけてきた女性がアルテミスだと気づき現実逃避、そのあとの事は……最早思い出したくない。

 

「それに殺生院やBBがいるって言うのもあまり好ましくないわ。まあ、BBは百歩譲って許してあげても良いけど、キアラはダメね。あの性悪女だけはホントに無理。全く、何であんなものまで呼んでしまったのかしら」

 

「カルデアの召喚システムは、人理継続のために役立つならどんな英霊でも呼べちゃうからね……。それこそ鬼でも悪魔でも」

 

「ま、そのお陰で私もここに召喚されたのだから贅沢はいえないわね。サーヴァントとの関係はだいたいこんな感じね。さあ、次の質問に行きましょう」

 

 いや、まだだ。この話の中で一番聞きたかったことをわたしは聞けていない。そう思い、わたしは首を振りつつ、彼女に向かって言葉をかける。

 

「いや、まだだよメルト。カルデアにいるサーヴァント以外、人間との関係についてわたしはほとんど聞けてない」

 

 そういったわたしの真剣な表情を見てメルトは虚をつかれた様な顔をした後、溜息をつく。

 

「はぁ、やっぱりアナタは呆れるほど頑固ね。それほど私と人間が上手くやれたかが気になるの?」

 

「当然」

 

「力強い返事ね。仕方ないから答えてあげるけど、さっきも言ったように趣味が合う一部の職員以外とはほとんど付き合いがないわ。でも……ほとんどの人間が、私達に対して()()()()接してきた。最初怯みこそすれ、少ししたら普通のサーヴァントと同じように声をかけてきたの。全身凶器で怪物と揶揄されるような私達をそんな風に扱うなんて、ホントお人好しばかりよね、この施設は」

 

 口では呆れたふうに言ってるが、そのときのメルトの表情が少し嬉しそうに見えたのは、私の錯覚ではないと信じたい。

 

「アナタ、気づいてないかもしれないけど、今凄く気持ち悪いニヤけ顔をしているわよ」

 

「ごめん、何かちょっと嬉しくて」

 

「ま、でも。一番のお人好しはアナタよね。それこそ傲慢な程に」

 

「そうでもないと思うけど……」

 

「自覚なしって所が少しムカつくわね。さて、今度こそ満足した?」

 

 わたしは頷き、少し止まっていた食事をする手を再び動かす。

 

「それじゃ、四つ目の質問を聞かせて。その様子じゃ、もう全部決めてるんでしょう?」

 

「うん、じゃあ四つ目。ここまで残ってくれた理由を教えて欲しいかな。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、私、メルトは割と早めにさっさと帰っちゃうものかと思ってたんだ」

 

「アナタの考えはあながち間違いでも無いわ。私だってそんなに長居するつもりは無かったもの。昨日までは、まだやるべき事が残っていただけ」

 

「やるべき事?」

 

「そう、とある二騎のサーヴァントが退去するのを見届けることよ」

 

 そう言われて、わたしは昨日退去したサーヴァントを思い出す。昨日退去したのはBBだ。彼女は最後にひと騒動起こして、ある種満足そうに去っていった。

 

「BBと……あとはキアラさんかな」

 

「正直アナタがあの性悪女にさん付けで話すのは気に食わないのだけども、その通りよ。私にあの二人より先に帰るつもりは無かった」

 

 キアラさんはともかくとして、BBとメルトがそこまで争ったりする様子は見たことがなかったので少しだけ不思議に思う。

 

「確かに昨日の騒ぎは少し大変だったけど、メルトが言うほどのことにはならなかったよね?」

 

「ええ、そうよ。でもね、前にも言ったようにBBはバグってる。そのバグのせいで大惨事が起きる可能性だって考えられたわ。ほら、いつかのバレンタインの時も危なかったでしょう? だから一応ちゃんと帰るまでは待ってたの」

 

 そう、以前にも聞いたが、BBはAIとして致命的なレベルのバグを抱えてるらしい。普段の態度からはあまり想像がつかないが、暴走してしまったら、取り返しのつかない事が起きる事も有り得るらしい。

 以前のバレンタインの話だが、事前にメルトの警告を聞いてBBにスロットマシンを突き返していなかったら大惨事になっていた可能性もあったとか。

 四つ目の答えを聞き、ほとんどカレーの中身も無くなってきたところでわたしは最後の質問に移る。

 

「そっか、納得したよ。じゃあ最後の質問をしてもいいかな?」

 

 最後に聞く内容は決めていた。昨日もBBに実質的に同じ質問をした。恐らくメルトの答えは、BBのものとは少し変わってくるだろう。

 

「いいわ、アナタの最後の質問、聞かせてちょうだい」

 

「メルト、貴女にとってあの人――岸波白野はどんな人だったの?」

 

「ふむ……やっぱりそう来るのね。まあ、予想は出来てたわ。アナタってそういう人だもの。で、肝心の答えだけどこれも後回しにするわ。白野のことを語るなら私の過去の話と一緒に話すべきだもの。だから、手早く残りを食べて部屋に戻りましょう。そこでじっくりと聞かせてあげる」

 

「分かった、じゃあぱっぱっと残り食べちゃおうか」

 

 そうして私達は手早く食事を済ませ、メルトの部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ月での私の話と白野の話を聞かせてあげる。先に言っておくけど、長い話だからって寝たり、残酷な所だからって耳塞いだり何かしたらお腹に膝だから」

 

 メルトの膝、それすなわち大怪我待ったなしである。しかも彼女にはスキル「加虐体質」があるので下手したら死すらありうるだろう。

 元々寝るつもりなんて毛頭ないし、彼女が言う過去に行った残酷な行為の話もすべて受け止めると決めているが、一応気をつけておこう。

 

「それは怖いな、気を付けるよ」

 

「覚悟はいいみたいね。それじゃあ、月の裏であった、溺れる夜の話の一端をアナタに聞かせてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからメルトは月の裏で彼女が行ったこと、今にも増して冷酷だった頃の自分の考え、そして――彼女が経験した、彼女にとっての運命の恋の話を聞かせてくれた。その彼もしくは彼女――岸波白野の話をする時の彼女は正しく乙女というべき表情をしていた。

 

「私は結局、白野には振り向いてもらえなかったわ。でも最後にね、それまで気づかなかった自分の思いに気づいたのよ。結局気づいた直後に私は死んだ……という表現が正しいのかは分からないけどそこで月の裏の私は終わったわ。さて、これで私の話は終わりよ。満足したかしら?」

 

「…………うん。とても濃密な話だったよ」

 

 色んな話があった。メルトが過去にナーサリー(アリス)そのマスター(ありす)に行った行為や、ロビンへのメルトウイルスの使用など、今私が契約しているサーヴァント達に冷酷なことをした話。戦いの中で出会った敵のマスター――岸波白野――に恋をしたこと。そして最後に彼と戦い、敗北したこと。本当に濃密な話だった。

 

「幻滅したかしら? このカルデアに来てからはそんな残酷なことをあまりしていなかったし、アナタにとって、愉快な話では無かったでしょう?」

 

 そう言う彼女の表情は嗜虐的な笑みを浮かべているように見える。そんな彼女に対して、わたしはこう答える。

 

「確かに愉快な話ばかりでは無かったよ。でも、それも貴女なんでしょう?」

 

 わたしは知っている。彼女の性格も、性質も、彼女自身さえ知らない出来事ですら。あのSE.RA.PHで恐れられていたアルターエゴの話を、わたしは知っているのだ。

 

「呆れた…………。本当に呆れたわ…………。じゃあ、最後に一つだけ聞かせて? もし私がこのカルデアで、ほかのサーヴァントや人間にさっき話した様なことをしたらアナタはどうするのかしら?」

 

「決まってるよ。――止めるよ。そして、繰り返すなら何度でも止める。それがわたしの答え」

 

 そう力強く答えた私の様子を見てメルトはいつもとは違う、優しい表情――それこそ女神のような――を浮かべて、こう言った。

 

「アナタって、ホントにバカな人」

 

 

 

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回でメルトリリス編は折り返しになります。残り2話、お付き合い頂けると幸いです。
また、面白いと感じていただけたのなら評価や感想、お気に入り登録などをしてくださると嬉しいです。皆様の反応が私にとって何よりも執筆意欲に繋がりますので。

さて、まずは前書きにも書いた活動報告でのアンケートとリクエスト募集についてです。
アンケートの方は、バレンタインイベントでの新設定公開に伴う既に完結したエピソードについての扱いについてです。答えてもらえると非常に助かります。
リクエスト募集の方は以前今後の予定欄で募集していたものの形式を少し整えた形での再募集となります。今後のリクエストはそちらをご利用くださると有難いです。

次に、本編に関連することです。
現在開催中のバレンタインイベントで、メルトとリップ、それにBBのチョコイベントを確認しました。
結論から言いますと、今回のメルトリリス編と大きなずれがでてきました。それこそそのまま採用すると修正不能な程にです。
こちらの立香はメルトに恋人扱いされてない時点で違うのですがその事に対するこちらの方針は、女性主人公なので恋人ではなく友人という体でチョコイベントが発生したということにさせて頂きます。そして、選んだ選択肢による分岐展開なのですが、そちらについてはこの作品の本編で書いてある内容的に返品の方の選択肢を選んだように見えるのですが、私が書いているメルトと少し噛み合わないので、両方の分岐の内容が入ったものとさせてください。ご都合展開的で申し訳ありません。
そしてリップの方なのですが、今回のメルトリリス編では普通に料理をしていますが、バレンタインイベントでその域に達していないことが明らかになりました。これに関してはダ・ヴィンチちゃんの助力と、この作品の時系列が第二部完結以降であることを利用させてもらってできるようになったことにさせてもらってます。第一幕の方にもそのうちそれに合わせた描写を追加するつもりです。しかし、そこについて詳しく触れすぎるとメルトリリス編からパッションリップ編になってしまいますので、そちらについてはリップの話を書く時に詳しく書くという形にさせてください。
とりあえず説明という名の弁明はこの程度にさせていただきます。

そして報告なのですが、次回更新は三週間ほど間が開く可能性があります。ご了承ください。

それでは、重ね重ねになりますが、最後まで読んでくださってありがとうございました。宜しければ感想や評価、お気に入りに追加などしてくれると嬉しいです。


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第三幕  「蜜の女王」(“M e l t l i l i t h”)、舞台で踊る(appears on the stage)

前回はアンケートへの回答や、リクエスト投稿ありがとうございました。アンケートは締め切らせていただきましたが、リクエストはまだ募集させていただいております。宜しければどうぞ。
アンケートの結果、一度書いた話の内容を公式設定に合わせて書き直すことは辞めることにしました。今後はこのスタンスでやらせてもらう予定です。

今回の話がメルトリリス編で一番やりたかったことです。全力を尽くして書きました。


「あと少しだからさっさと終わらせてしまいましょう」

 

 メルトが私にそう言ったのは、先ほど手入れしたフィギュアを、わたしが持ってきた袋に収納する作業が大方片付いたタイミングでのことだった。

 

「もしかして、結構時間が経ってたりする?」

 

 作業の手を止めることなく、わたしは彼女に問いかける。

 

「それほど経ってないけど、この後には予定があるの。言ったでしょ、今日の時間の使い方は私の方で決めるって」

 

「分かった、少しスピードをあげるね。勿論、精度は落とさないようにしながら」

 

 彼女の言う予定とはなんだろうか。フィギュアは既に全て手入れが終わっているし、食事も取った。話したかったことも割と話せたし……ダメだ。全く思いつかない。とにかく今は作業に集中しよう。

 

 

 

 十分間ほど作業を続けて、漸くすべてのフィギュアを袋に入れることが出来た。結局一時間ほどは作業をしていただろうか。こうして袋に入れてみると、朝に彼女が言っていた大きめの袋が必要だと言うことに間違いはなかったと実感する。

 

「じゃあその袋を持って。アナタの部屋に寄ってから目的地に向かうわ」

 

「了解!」

 

 その言葉と共にわたしはフィギュアが大量に入った袋を持つ。かなりの量が入ってるだけあって、結構重い。しかしカルデアに入ってから大幅に鍛えられたわたしの腕が悲鳴を上げることは無かった。

 その事実に嬉しいような悲しいような気分になる。力がつきすぎているというのは、乙女心的にはあまり嬉しくないことなのだ。

 そしてわたしとメルトは部屋から出て、一度荷物を置くためにわたしの部屋に向かう。

 

「ところでメルト、目的地ってどこ?」

 

「今は内緒よ。アナタの部屋に寄ったあとに教えてあげる」

 

「あ、あっちにいるのは」

 

 ふと視界に胡散臭い雰囲気を醸し出している、ダンディな叔父様キャスターが目に入った。

 

「シェイクスピアね。……出来ることならやり過ごしたいけど、このままじゃ確実に遭遇するわ」

 

 恐らく全力で反対方向に走れば、やり過ごすことは出来るだろう。しかし、今わたし達はフィギュアを詰めた袋を持っている。全力疾走をすると中身がぐちゃぐちゃになってしまうのは想像に難くない。

 

「仕方ない、そのまま進もう」

 

「そうね、フィギュアの状態の保全には変えられないもの」

 

 そして再び歩き出すと、シェイクスピアもこちらの存在に気づいたのか、悠々と近づいてきてわたし達の前で止まる。

 

「これはこれは、マスターとメルトリリス。宜しければ今の気持ちをお聞かせ願いたい! 何せ、今吾輩が声をかけた瞬間の表情がとても興味深いものでしたので。是非その気持ちを言葉にして頂きたい!」

 

「そうね、率直に言って最悪よ。何故よりにも寄って貴方なのかしら。まだアンデルセンの方が良かったわ」

 

「ふむふむ、()()と来ましたか。ではメルトリリス、貴女にはこの言葉を贈りましょう。

 最悪ではないのです(The worst is not, )『最悪だ』等と言えるうちは。(So long as we can say, ‘This is the worst.’.)今回の場合、それこそアストルフォの様な隠し事ができない英霊に出会ってしまうのが一番不味かったのでは無いですかな。折角まだマスターに隠しているのに、それを他人の手で明かされてはそれこそ最悪でしょう! その時こそ正しく言葉を失う、という訳です」

 

「貴方の言葉は一理ある辺りがムカつくわ。芸術系のサーヴァントと言うのはどうしてこうも厄介な連中が多いのかしら」

 

「確かに、ダ・ヴィンチちゃんもアマデウスもアンデルセンも北斎親子も癖が強い性格してるよ。勿論、シェイクスピアもだけど」

 

「では、ここは同じ芸術家サーヴァントのアマデウス殿の言葉を借りてその疑問に答えると致しましょう! 彼曰く、芸術家のサーヴァントには二通りあるそうです。片や、子どもの姿で召喚される者。片や、大人の姿で召喚される者。英霊というものは基本的に全盛期の姿で召喚されるものと相場が決まっております。では芸術家の全盛期とは何をもって決まるのか? 答えは明白です。最も感性が強かった頃に決まっている! 芸術家にとっては感性が命、その感性が最も強かった時を全盛期と呼ばずして何を全盛期と呼びましょうか! そして、感性が最も強かった時期を彼は他人の迷惑など気にしないクズだった時と言っておられました。まあ、その基準で行くと、吾輩もずっとクズだったということになってしまうのですが、それはそれ。吾輩、クズかどうかは分かりませんが、自らが『執筆中毒(ライティングジャンキー)』であることは自覚しておりますので」

 

 一切口を止めずに長々と語るシェイクスピア。よく噛んだり詰まったりせずに言えるなとも思う。そして彼の話の内容には聞き覚えがあった。

 以前、マシュと一緒にいた時にアマデウス本人から同じ話を聞いたのだ。芸術家サーヴァントと言うのは一癖も二癖もあると言うのは当時から分かっていたが、彼の言葉でその理解を深めることが出来たのをよく覚えている。

 

「かなり長い話だったけど、つまり貴方は何が言いたいの?」

 

簡潔さは知識の命である(Brevity is the soul of wit)、と吾輩はかつてハムレットの中で書き記しました。故に貴女のために一言でまとめましょう。つまり、芸術家のサーヴァントというものは厄介であることが前提な生き物であるということです」

 

「その癖、戦闘ではあまり役に立たないのよね。聖杯戦争でアンデルセンを引いたキアラの気持ちが少しだけわかった気がしたわ」

 

 キアラさんはかつてとある聖杯戦争で、アンデルセンのマスターをやっていたらしい。そのせいなのか、彼女の苦手なものの一つがアンデルセンだったのはよく覚えている。キアラさんの暴走を止めたのもアンデルセンで、結局二人揃って退去することになった。当の本人は最初からその覚悟ができていたらしく、前日の夜に私の部屋を訪ねて来たのだ。その時は大した話はしなかった。だが、彼から帰り際に貰った手紙に何らかの魔術が掛かっていたらしく、貰った時には他愛ない内容だったその手紙が、退去後に読むとしっかりとした別れの言葉が綴られたものに変わっていたのをよく覚えている。

 

「それは大いに結構! ところでお二人とも何か用がある様子、このような所で徒に時間を消費していて宜しいのですかな?」

 

 その言葉で、わたしは話に聞き入って、すっかり忘れていた手元のフィギュアのことを思い出す。

 

「そうだわたし達、この後予定があるんだった。わたしは何があるかは知らないんだけど」

 

「そうね、ここで劇作家と話している時間なんてなかったわ。急ぎましょう」

 

「それでは、お二人とも御機嫌よう!」

 

 それだけ言って、嵐のようにシェイクスピアは去っていった。

 

「シェイクスピアのせいで時間をムダ遣いしてしまったわね、少しだけ急ぐわよ」

 

「そうだね、少し急ごう」

 

 

 

 その後は誰に遭遇することもなく、無事に目的地であるわたしの部屋に辿り着いた。部屋に入って、持ってきたフィギュアをとりあえず安定する位置に置きながら、わたしは聞く。

 

「そろそろ、これからどこに行くか教えて欲しいな。さっきのシェイクスピアの様子を見るに彼も知ってるんでしょう?」

 

「ま、そういう約束だったしとりあえず目的地は教えてあげるわ。シュミレーションルームよ、そこで何をするかはまた後でね。それと、シェイクスピアが知ってる理由は……これも後。全部まとめて種明かししてあげる」

 

 何だかメルトの掌で踊らされている感じだが、それに対して特に不満もないし、悪いことでもないと思うのでそのまま踊らされることにする。

 

「分かった、じゃあシュミレーションルームに行こうよ」

 

「……アナタのそういうところ、嫌いよ。焦らしても食い下がってこないし、虐めがいがないわ。多分敵としていたぶったら凄くいい反応をしてくれるでしょうに、残念だわ」

 

 ほとんど疑わずに彼女の言葉を受け入れるわたしは、彼女にとっては歯ごたえがないのだろう。とは言え今の彼女は味方なので物理的に虐めることも困難であるから、加虐体質スキル持ちの彼女としては不満があるかもしれない。

 

「わたしはメルトと敵対するのは嫌だな」

 

「……っ! ほんと調子狂うわね。もうこの話はいいから早くシュミレーションルームに向かいましょう、時間が無いわ」

 

「分かった、全力疾走するよ!」

 

「そこまでは言ってないけど……廊下を滑るのも悪くは無いわね」

 

 その会話の後、部屋を出たわたしは全力ダッシュを。メルトは華麗に廊下を魔剣の具足(ヒール)で滑り始める。声には出さないがレースは既に始まっていると言っても良い。

 どちらが先にシュミレーションルームに着くかの対決、勝利を目指してわたしは走る。さっき走れなかった分の力も込めてただ走る。

 

 

 

 

 結果から言うとメルトの圧倒的勝利である。幾ら鍛えられたとはいえ、ただの人間であるわたしがサーヴァント、しかも女神三柱からなるアルターエゴのメルトに勝てる道理がない。

 それでも、全力で走る心地良さは感じられたので良しとして、わたしはシュミレーションルームに入る。ここについた時にメルトの姿は無かったので恐らく先に入っているのだろう。

 

「……シュミレーションルームはここであってたよね?」

 

 思わず口からそんな言葉が漏れた。それもそのはず、扉の先に広がっていたのは大きな劇場でサーヴァントやカルデア職員が結構な数集まっていたからだ。

 

「やあ、立香ちゃん。ここはシュミレーションルームで間違いないよ。見ての通り、かなり手は加わってるけどね」

 

「ダ・ヴィンチちゃん? どうしてここに?」

 

 私の独り言に答えるようにして現れたのは、わたしがここに来る前から召喚されていた英霊であり、一時期は所長代理も務めた『万能の天才』、レオナルド・ダ・ヴィンチのスペアボディにして人工サーヴァントである小さいダ・ヴィンチちゃんだった。

 

「それは……彼女に答えてもらうと良いさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの視線の先にいたのは先ほどわたしを追い抜いて、先にシュミレーションルームに入ったメルトだった。

 

「今のアナタ、とても良い表情をしているわ。何が起きているのかわからないと言った感じのとても間の抜けた顔。そうよ、こういう表情が見たかったの!」

 

 不敵な笑いを浮かべながらメルトがこちらに声をかけてくる。

 

「メルト、これがさっき言ってた目的なの? まだ理解が追いつかないから説明してもらえると嬉しいんだけど」

 

「……もう少し焦らしてアナタの困惑する顔を見ていたいところだけど……そろそろ開演時間だし説明してあげるわ。この劇場は貴女もよく知ってるセイバー――赤い方のネロの物よ」

 

 辺りを見渡すと所々手が加えられている様子はあるが、確かにネロの宝具である「招き蕩う黄金劇場(ドムス・アウレア)」が展開されている。恐らくシュミレーションルームの上に展開されているのだろう。

 黄金劇場は固有結界に似て非なる大魔術であるため魔力消費は()()()()()()ので何とかなっているのだろう。

 

「それにしても、良くネロが劇場を貸してくれたね? 今からネロのワンマンショーってわけではなさそうだし」

 

「今日のこの劇場は私のバレエの舞台よ。ネロはスポンサーって所かしら。それとそこにいるダ・ヴィンチを初めとした芸術家サーヴァント達が協力者って所ね」

 

 確かにメルトと言えばバレエだ。彼女の戦闘スタイルにはバレエの動きが多く取り入れられているし、スキルの一つはクライム・バレエだったはずだ。更に時々バレエの登場人物に例えた表現をしたりもする。

 

「そう言えば、戦闘以外でメルトのバレエを見るのは初めてかもしれない」

 

「ええ、実は私もちゃんとした舞台は初めてよ。バレエをしっかりやるには整った舞台が必要だから、私の満足のいくものをするには他のサーヴァントの協力が不可欠だったの」

 

「最初彼女から相談を持ちかけられた時はこの私でさえ驚いたとも。メルトリリスが他のサーヴァントを頼るとは思っていなかったからね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが会話に混じってくる。ん、そう言えば……

 

「何で最初にダ・ヴィンチちゃんの所へ?」

 

「おや、立香ちゃんは知らなかったかな。私、以前バレエに美術や舞台設計で携わったこともあるんだぜ。『楽園』って作品、知らない?」

 

「初耳だよ!」

 

 流石は万能の天才と呼ばれるだけのことはある。ダ・ヴィンチちゃんについてはもはや手をつけていない分野を探した方が早いくらいだろう。

 

「その話を知っていたのと、以前所長代理を務めていた経験から他のサーヴァントに繋いでもらいやすいと思ったのが理由よ。ほら、芸術家サーヴァントってさっきのシェイクスピアみたいに一癖も二癖もある連中ばかりじゃない、その中で一番マシだったのがダ・ヴィンチだっただけ」

 

「ま、彼女の言うとおり私は他の芸術家サーヴァント達との仲介役だったのさ。他にも衣装製作や舞台全体の構成の補助もしたけどね。ここにいる芸術家達は一部を除いて何らかの形でバレエとの繋がりがあったから交渉はそれほど難しくなかった」

 

「え、皆バレエと縁があったの?」

 

 シェイクスピアやアンデルセンは作家、アマデウスは作曲家。そして北斎親子はそもそも日本のサーヴァントだからこれが例外枠だろう。アマデウスがバレエ曲を作っていてもおかしくはないだろうが、残りの二人とバレエの繋がりはあまりピンと来なかった。

 

「まずアマデウスはバレエ曲の作曲を幾つかしてたわ。本来なら失われたはずの作品すら知れたりもしたのは良かったけど、あの性格だけはどうしようもないわね」

 

 自他ともに認めるクズ人間であるアマデウス。本来ならそのようなエピソードは歴史の闇に埋もれるはずなのだが、記録にすらそのような話が幾つも出てくる時点で彼のそういう所は良くわかるだろう。

 

「次にアンデルセンだけど、まずは人魚姫ね。あの作品はバレエでも演じられる機会がそれなりにあるのよ。それに、あの童話作家様は以前バレエ学校に所属していたこともあったそうよ。」

 

「デジマ!?」

 

 思わずエリちゃんのごとく聞き返してしまったが、アンデルセンがバレエ学校に所属していたというのは意外だった。どうしてもイメージはあの子供姿を浮かべてしまうので彼がバレエを踊るところを想像しただけで笑いそうになってしまう。

 

「エリザベートみたいな返事をするのはやめてちょうだい。そしてシェイクスピアだけど、彼はロミオとジュリエットがバレエでよく演じられるという所くらいしか接点がなかったりするわ。まあ、それでも元々が劇作家だからバレエ用の脚本もかなり早くに適応したみたいだけど」

 

「あー、それは聞いたことあるよ。バレエでもシェイクスピアは人気だね」

 

「そして最後にホクサイだけど、彼女は全然関係がないわね。でも流石は良質なフィギュア職人が多い日本人ね。背景美術を任せたけど完璧な仕上がりだったわ」

 

「それにしても豪華なメンバーだね、ネロの黄金劇場でアマデウスの音楽とシェイクスピアとアンデルセンによる脚本、背景美術が葛飾北斎、衣装製作や舞台設計がダ・ヴィンチのバレエをメルトが演じるのか……。道理で人が多いと思ったよ」

 

 客席の方を見ると、サーヴァント達よりも職員や出向中の魔術師の姿が多く見えた。サーヴァント同士の試合を行う時とは比率が逆転しているように思える。

 

「その辺の協力者集めは割とすんなり行ったんだけどね。問題だったのはネロ陛下への劇場レンタルの交渉と立香ちゃん、君への隠蔽だよ」

 

 そう言えばわたしはここに来るまで全くといって良いほど知らなかったのにここには多くの客が入っている。つまりそれは私に対する入念な情報統制が行われていたことに他ならない。

 

「立香ちゃんへの隠蔽は多くのサーヴァントの助けを借りたよ。例えば子供のサーヴァントや、理性が蒸発しているアストルフォ、それによく分かっていない外部の人なんかはうっかり君に情報を漏らしてしまうかもしれないからね。そうならない為に漏らしそうなタイミングで話に割り込める様な体制を整えていたりしたのさ」

 

 そう言えば何度かそのような事もあったっけ。今思えば、バニヤンがうっかり口を滑らせかけたであろう時に急にどこかからオリオンが現れたのは記憶に新しい。

 

「成程、道理で最近オリオンや呪腕先生を見る機会が多かったのか」

 

「その辺が丁度対応役ね。ま、あと三人はいたのだけども」

 

 メルトがそのようなことを口に出したので驚く。それほど多くのサーヴァントから見張られていたとは衝撃的でしかない。

 

「そう言えば、結局ネロはどうやって説得したの?」

 

「結論から言うとしよう、彼女から提示された条件を飲んだだけだよ。最初の方は『余が主役ならば全然構わないのだが、メルトリリスよ、主役を変わる気は無いか』などと言っておられたが、バレエの説明や、スタッフの解説をするとある程度妥協してくれてね。VIP席の用意と、とある話の時に舞台に立つという二つの条件でOKしてくれたのさ。元々あの皇帝は芸術的なものに目が無い、世界最高峰のバレエが見られるとあれば多少の妥協くらいはしてくれるものだよ」

 

 ネロの時代にはまだバレエが成立していなかった。そのため彼女は見る側に行くことに興味を持ったのだろう。非常にハイレベルなバレエ、それを最高の環境で見るために妥協した、そう考えるのが自然だと思う。

 そんなことを考えていると、先ほど廊下であったシェイクスピアが再びこちらに向かってくる。

 

「ダ・ヴィンチ殿にメルトリリス、そろそろ開演に向けた準備をするほうが良いと思われますが」

 

「おや、もうこんな時間。では私達はそろそろ舞台裏に行こうじゃないか」

 

「そうね、行きましょう。それじゃあ立香、また舞台が終わったあとに」

 

 そう言って三人は舞台裏に消えていった。

 さて、まだ開演まで少し時間はあるしどうしようかな。

 

「あら、マスター。ごきげんよう!」

 

 と、思った矢先に声をかけられた。振り向くとそこにはマリー、デオン、サンソンの三人の姿があったのでわたしは返事をする。

 

「こんにちは、三人とも。皆もバレエを見に来たの?」

 

「ええ、バレエはボク達が生きていた頃にもよく公演がありましたから。ボクは数える程しか見たことがないのですが」

 

「私もバレエには多少心得があるくらいだ。ところでマスター、風の噂で聞いたんだが王妃や私をモデルにしたバレエがあるというのは本当かい?」

 

「どうだろう……? 実はわたしバレエを見るのは初めてでよく分からないんだ」

 

「そうなの? ならわたし達と一緒に見ましょう! 開演までにわたしが知ってることなら教えるわ! わたし、子供の頃は家族でバレエやオペラを見に行ったり演じたりしたの。だからきっとあなたがバレエを楽しむためのお手伝いが出来ると思うわ」

 

 そう言って彼女は手を差し伸べる。ただのお誘いなのに彼女の姿から後光がさして見えるのは私の錯覚だろう。マリー・アントワネット、彼女は真に眩き存在なのだ、と時折感じる。

 

「謹んでお受け致します。ありがとう、マリー」

 

「それじゃあ良い席を探しましょう、サンソンとデオンも手伝ってくれるかしら?」

 

「もちろんだよ、マリー」

 

「私もサンソンに同じく」

 

「ありがとう、二人とも。それじゃあ行きましょう」

 

 そうしてわたし達四人はマリーの指示の元、より良い席を求めて劇場内を歩いた。5分ほどでマリーの満足いく席が見つかり、わたし達はそこに座る。

 

「今日のバレエの音楽はアマデウスがするのよね! バレエもそうだけど彼の演奏を聞くことが出来るのもとっても楽しみなの!」

 

「そう言えば……」

 

 第一特異点ではマリーとアマデウスがピアノの演奏の約束をしていたが、結局マリーがゲオルギウスのために体を張った為に叶わなかったということがあった。それ以降カルデアで、何度かアマデウスの演奏を聞くマリーの様子を見たことがあって微笑ましく思ったことをよく覚えている。

 

「マスター、何か言ったかしら?」

 

「いや、さっき言ってたバレエのことについて教えてもらいたいなと思ってさ」

 

「もちろんよ、まっかせて!」

 

 そうして開演までマリーによるバレエの基礎講座が始まった。わたしだけじゃなくサンソンとデオンもその説明に聞き入る。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。間もなく開演となります」

 

「あら、そろそろ見たいだしここまでね。あとは開幕を待ちましょう」

 

「ありがとうマリー。とても良い勉強になったよ」

 

「どういたしまして。あなたの役に立てたのなら良かったわ」

 

 アナウンスの声が聞こえてくるまで三十分程は彼女の話を聞いていただろうか。それまでにかなりの予備知識を入れることが出来た。これで、メルトの舞台をしっかりと楽しむことが出来るだろう。

 バレエの成立過程とその後の発展、アン・ドゥオール、プリエ、アラベスクなどの技法、『ジゼル』、『コッペリア』、『くるみ割り人形』と言った代表的な作品、バレリーナの階級などなどバレエの基礎は十分頭に入った。ただし、教わる最後に彼女が言うには見て見ないとわからないものもあるとの事だった。

 

「それでは、本日の演目の解説や諸注意等をさせて頂きます。担当は私、◼◼◼◼◼◼◼こと語り手のキャスターです。お耳汚しにならないように務めますのでどうか御手柔らかに願います」

 

 幕が開く前に現れたのは褐色の美人。極端なまでに死を恐れる彼女だった。そうして彼女は諸注意の説明に移る。上演中の私語は控える、音や光の出そうなものはそれらが出ないようにしておくなどの基本的な話だ。

 

 

「まもなく開演になりますので、第一の演目についてのお話を少しさせて頂きます。演目は『ジゼル』でございます」

 

 タイトルを告げ、彼女は一息ついてから、物語の概要を語り始める。

 

「この物語の舞台はとある村。踊りの好きなジゼルという娘が身分を隠し村を訪れた貴族アルブレヒトと恋に落ちます。しかし、アルブレヒトにはバディルドという婚約者がいたのです。そして村にもまた、ジゼルに恋しているヒラリオンという青年がいました。アルブレヒトを妬んだヒラリオンはジゼルの前でアルブレヒトの身分を明かし、更にバディルドと彼女の父をその場に招き入れました。貴族として、バディルドを選んだアルブレヒト。それを見たジゼルは発狂し、そのまま死んでしまったのです。さて、今から演じられるのはその後のお話。死んだジゼル、そしてヒラリオンとアルブレヒトがどうなるのかはご自身の目で確かめてください」

 

 そうして、一礼をして解説役を務めた彼女は舞台袖に消えていった。その後即座に証明が消える。

 ――いよいよ、舞台の幕が上がる。

 

「――」

 

 まず、舞台美術のあまりの美しさに息を呑む。これを手がけたのは北斎親子だったっけと思った矢先に音楽が聞こえてくる。これまた、アマデウスと彼の呼び出した楽団員の奏でる音である。その音に再び息を呑む。

 そして、いよいよ本日の主役(プリマ)であるメルトが現れた。彼女は普段着ているロングコートから装いを変えて、チュチュと呼ばれる衣装を身に纏っていた。しかし彼女の棘の膝も、剣のようなヒールもそのままである。

 少しの間があったかどうか分からないくらいで彼女は踊り始める。そしてわたしは、三度息を呑んだ。そう、舞台に立つ彼女の輝きはあまりにも眩しかったのだ。美しい。感情だけではなく感覚でそれを知覚した。一瞬、神経障害で腕を十全に動かせないことすら忘れるほどだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そこからの時間は驚く程に早かった。演目が終わり、衣装直しをしている間に入る語り手の解説、そして再び幕が上がることの繰り返し。

 気づけば既に最終演目に入ろうとしていた。これまで『ジゼル』、『ロミオとジュリエット』、『人魚姫』、『放蕩息子』の演目が二人の作家サーヴァントの手によって換骨奪胎し、短めに纏められた脚本で演じられて、一瞬たりとも目を離さない時間の連続だった。わたしが特に驚いたのはロミオ役でネロが参加し、完璧に演目をこなして見せたことだ。それまではバックダンサーや必要な役者はダ・ヴィンチちゃんが改造したオートマタが務めていたが、『ロミオとジュリエット』だけはネロとメルトの二人が参加した。先程言っていたスポンサーの要望とはこれの事だったのだろう。とはいえ、流石は何でもできると自称する皇帝、腕を扱いきれないメルトをフォローしながら完璧に役をこなして見せたのだった。

 

「では、いよいよ最後の演目です。演目は『白鳥の湖』。物語はオデット姫が悪魔ロットバルトによって白鳥に変えられてしまうことから始まります。夜だけ人の姿に戻ることの出来るその呪い、解く方法は誰も愛したことのない人の愛を受けること。そして、白鳥から人の姿へ移る時に彼女の姿を見たジークフリート王子――最もこちらにいるジークフリートさんとは違いますが――彼はオデット姫に惹かれます。丁度次の日の舞踏会で花嫁を選ぶことになっていた上に彼女に出会うまで花嫁選びを疎んでいた彼は舞踏会にオデット姫を誘います。さて、これからその続きを上演するのですが、この物語には二つの終わり方があります。今回の話がどちらの結末になるのか、内容をご存知の方もどうか最後までお目を離さぬようお願いします」

 

 そう言って彼女――語り手のキャスターは再び舞台袖に去り、舞台の幕が上がる。

 既にメルトは舞台に立っていた。今度の服装は普段から見慣れたコートに近いドレスだ。

 そして、音楽と共に彼女は踊り始める。滑らかに舞台の上でステップを踏み、回り、ポーズを取り、舞い踊る。

 その姿は正しく鳥のごとく、わたしはその瞬間確かに美しい鳥を見た。舞台という狭い場所で華麗に羽撃く美しい鳥。あぁ、これこそが人を惹きつけるプリマなのだと、わたしは感じたのだ。

 

 

 

 そうしてあっという間に公演は終わりを告げる。メルトがこちらに向かってお辞儀――レヴェランスというらしい――をした瞬間、わたしを含めた観客席から盛大な拍手とブラボー!という賞賛の言葉が惜しみなく贈られた。

 ――拍手喝采は未だ鳴り止まない。




ここまで読んでくださってありがとうございます。メルトリリス編も残すところあと一話、最後までお付き合い頂けると幸いです。
また、感想や評価、お気に入り登録などを頂けると嬉しいです。モチベーションにも繋がりますので宜しければお願いします。

漸くこの話にたどり着けました。他人の力を借りて舞台を作り上げるというのはCCCのメルトでは難しいのではないだろうかという事と、バレエを踊るメルトを見たことがなかったので、FGOのメルトにしか出来ないであろう事として、他のサーヴァントと協力してバレエの舞台を作り上げるメルトの話を書いてみました。新鮮に感じてもらえたなら幸いです。
そして、バレエ描写で悩んでいる時に相談に乗ってくださった某掲示板の皆様にもこの場を借りて感謝を。迷いや悩みはなんとか払拭出来ました。

そして、今回本編ではかけなかった舞台裏を投稿後にTwitterの方で会話文のみの形で書いてみようと思います。

さて、次回の投稿ですが二週間後になると思われます。その後は投稿ペース回復も可能かなと考えています。

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。


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第四節 「蜜の女王」(“M e l t l i l i t h”)とありすとアリス(and NurseryRhymes)

お待たせして申し訳ありません。
しかも最終話ではなく第四幕となっております。
LEのありすとアリス回を見たせいで長くなってしまいました。
三月中には終わらせたいと思ってますのでもう少しお付き合いいただけると幸いです。
また、この話ではFGOのナーサリー・ライムに対するかなりの独自解釈を含んでいます。特に、故意的にナーサリーの一人称を「ありす(わたし)」にしている箇所がありますのでその点は留意してもらえると助かります。
詳しくは後書きに書いてますが、もし苦手な方がいらっしゃったらすいません。


 拍手が終わると、そこからはカーテンコールの時間だ。恐らくこれから今回の舞台に携わった人物、つまりメルト、ダ・ヴィンチちゃん、アマデウス、シェイクスピア、北斎親子、語り手のキャスターこと▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️の六人が壇上に現れるだろう。本来ならアンデルセンも現れるはずだが、彼は既に退去してしまった為にここにはいなかった。

 そんなことを考えていると舞台の幕が上がる。しかし、目に映ったのは彼女らしくないメルヘンな格好をしたメルトの姿と、未だにピアノに向き合うアマデウスの姿だけだった。わたしをはじめとした観客が動揺し、観覧席にざわめきが起きる。

 

「一度きりの再演を」

 

 しかしざわめきが大きくなる間もなく、メルトが一言告げた後即座に演奏が始まり、背景美術が展開された。瞬間、わたしは気づく。この常識破りの再演(アンコール)は、ただ1人のサーヴァント、ナーサリー・ライム(ありすを演じる少女)に向けて送られたものだと。

 それに気づいた私は劇場中の観客を目だけで窺う。あまり時間をかけることなく彼女の姿を見つけることが出来たが、劇場の暗さのせいかその表情をはっきりと読み取ることは出来なかった。

 

 

 

 それ以降、ナーサリーの姿を注視することをやめて、舞台に立つメルトが何を伝えようとしているのかを考えながら、彼女の舞う「不思議の国のアリス」を見た。専門的なことはよくわからないが、わたしにはその時の彼女の舞がそれまでの美麗さ重視のものより可愛らしさというものが増しているように見えた。――まるでメルトリリスという個を完全に捨て去って別の誰かを演じているように。

 

 

 

 三十分ほどの再演の後、舞台は幕を閉じた。そして再び巻き起こる拍手喝采。先程と変わらないように感じられるその熱量の中、今度こそカーテンコールの時間である。幕が上がると、そこにはこの舞台に関わったであろうサーヴァントが一列に並んでいた。そして客席に戻っていたネロを加えた後に挨拶が始まる。

 

「まずは脚本担当の吾輩から、もう一人の脚本担当であり我が友人であるアンデルセンの分も含めてお礼を申し上げましょう! 皆様、――」

 

 そうして二十分ほど挨拶が続き、最後に主役であり発起人でもあるメルトリリスに順番が回ってくる。

 

「……ごほん! ……お集まりの皆様、この度は私主催の舞台をご覧頂きありがとうございました。これほど多くの方に見てもらえて私は光栄です! たった一度きりの公演でしたが楽しんでもらえたと信じています。それではこれにて終演とさせていただきます。お気をつけてお帰りください」

 

 彼女らしくない謝辞の言葉の後、終わりの合図が告げられ続々と観客達が退出していく。しかしわたしはその流れに乗らず、舞台の中央にいるメルトの元へ向かう。

 

 

 中央の舞台に向かう途中でそちらを見ると、既に前方の席にいた観客達がメルトをはじめとした制作陣を囲んで話をしていた。これは少し時間がかかるかなと思ったわたしは辺りを見渡す。すると、メルト達を囲む輪の外周に少女達の集団を見つけることが出来た。彼女達も上手く輪に加われていないようなので声をかけてみる。

 

「おーい、そこの少女達!」

 

「あ、おかあさん(マスター)!」

 

 ジャックが走ってこっちまで駆け寄ってくる。その彼女を抱きとめると、後ろから更に三人の少女がこちらまで歩いてきた。

 

「もう、走ると危ないですよジャック! それとトナカイさん(マスター)、こんばんは」

 

「……こんばんは、マスターさん」

 

「ごきげんよう、マスター!」

 

「うん、みんなこんばんは。バレエは楽しかった?」

 

 皆に挨拶を返したあと、それとなく尋ねてみる。あの話を聞いたあとだと、どうしてもナーサリーの反応が気になってしまったからだ。

 

「うん! とっても綺麗だったよ、おかあさん(マスター)もそう思ったよね?」

 

「わたしもジャックと同じだよ。メルトは綺麗だった」

 

 わたしがそう返すとジャックは嬉しそうに微笑む。その笑顔は純粋な子供のものだ。

 

「私もとっても楽しかった! バレエというのを初めて見たのだけれど、演劇とはまた違った面白さがあったわ」

 

「そっか、アビーはバレエ初めてだったんだね。楽しめたなら良かったよ」

 

 アビーの生前の様子は、セイレムの特異点で本物ではないとはいえ知ることが出来た。清貧といえば聞こえは言いが、娯楽に乏しい生活だったのは良くわかる。そんな彼女がこのカルデアで新しい楽しみを見つけてくれるのはわたしとしてもとても嬉しいことだった。

 

「私はここに来る前にビデオを資料室で見て予習してましたよ! でも本物は想像以上でした!」

 

「ジャリィはやっぱり勉強熱心だね。でもやっぱり本物はいいものでしょ?」

 

 本来存在しないはずのジャンヌ・ダルクのオルタから更に紆余曲折を経て生まれたジャリィはサンタの時もそうだったが、形から入ることが多い。そんな彼女がまたひとつ本物を知れたというのはわたしにとっても喜ばしいことだった。

 

ありす(わたし)は……」

 

 何かを言いかけて口篭るナーサリー。そんな彼女の様子を見てわたしは彼女の耳元で可能な限りの優しい言葉を囁く。

 

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。メルトから話は聞いたから。その心のモヤモヤは本人にぶつけた方が良いとわたしは思うよ」

 

「あ、ナイショ話だー! コソコソしてないでわたしたちにも教えてよ!」

 

「えー、秘密だからダメだよ。それよりそろそろ周りの人も居なくなってきたから舞台の方に行こう」

 

 追求を避けるべく無理やり話を切り上げて、少女達と共に舞台の方に向かう。その最中、目が合ったナーサリーに対して少し悪戯っぽい笑みを送る。すると彼女もそれに応じて少しだけ笑ってくれた。

 

 

 

 

「おやおや、これはマスターと麗しき少女達ではないですか! 最後に残ってくださったのは貴女方という訳ですかな?」

 

 最初にわたし達の存在に気づいたのは劇作家(シェイクスピア)だった。そしてそれに続いて他のサーヴァント達もわたし達のことを認識する。

 

「うむ、可愛い少女は愛いものだ! さあ、見事な演技をした余に惜しみなく賞賛を送るが良い!」

 

「なんであんたが主役みたいな雰囲気出してるのサ……」

 

 その姿を見るやいなや、少女達は駆け出し、舞台を作り上げたサーヴァント達に自らの感動を伝え始める。――ただ一人、わたしの元にいるナーサリーを除いて。

 

「やっぱり怖い?」

 

「別に怖いという訳では無いの。ただ、ジャック達がいる前でメルトリリスと話したくないだけよ……」

 

「そっか、それじゃあ二人以外は先にこの部屋を出てもらおうか?」

 

「そうしてくれると嬉しいけれど、マスター。アナタだけは一緒にいて欲しいの。メルトリリスと二人だけになったら、ありす(わたし)はどうなってしまうか分からないわ……」

 

「うん、分かった。じゃあ皆に声掛けてくるから、ナーサリーはここで少し待ってて」

 

 そしてわたしは子供のサーヴァント達にはナーサリーとメルトと三人で話したいことがあるからと説明して戻ってもらった。次に、作家陣にも軽く事情を説明しつつ先に出てほしいと頼んだところ、最後に少しだけ時間を分けて欲しいと言われたのでそれに応えることにした。そして、メルトにはナーサリーが話したいことがあるという要件を伝えて、待ってもらうことにする。メルトの方も最初からそのつもりだったらしく、特に驚いたりすることなく受け入れてくれた。

 

「という訳で、今メルトと他の舞台制作に協力してくれたサーヴァント達が最後に少し話をしてるから、それが終わったらナーサリーとメルトとわたしだけになるよ。今の間に心の準備を済ませておいて」

 

「分かったわ、ありがとうマスターさん」

 

「今は一緒にいた方がいい? それとも一人でゆっくり考えたい?」

 

「少し一人で考えたい……かしら」

 

「ならわたしはあっちに行ってるよ。何かあったら気にせず呼んで」

 

 そして舞台側に戻ったわたしはメルトと他のサーヴァント達との会話に耳を傾ける。勿論許可はとった上でだ。

 

「メルトリリスさん、貴女の舞台はとても素晴らしいものでした。物語の表現技法にこのようなものがあるというのは大変興味深いです。最も、私には難しそうですが……。何はともあれ、誘ってくれてありがとうございました」

 

「こちらこそ感謝するわ、▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️。貴方の前説のおかげで、多少無理を通した台本でも観客にわかり易く伝えられたと思うわ。貴女の語りの素晴らしさ、覚えておくわね」

 

 そう言ってメルトは語り部のキャスターこと▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️に手を差し伸べ、二人は握手を交わす。そして、▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️は舞台から降り、退出していった。

 

「次は余だな。メルトリリス。まさか貴様と共に舞台に立つ日が来るとは思ってなかったぞ。だが……良い舞台であった! 余からの賞賛、喜んで受け取るが良い!」

 

「まさか、貴方から賞賛を受ける日が来るなんて思いもしなかったわ。とは言え、ここは有難く受け取らせてもらいましょう。そして、舞台を貸してくれたことについては素直に感謝してるのよ。貴方にこんなことを言うのは余り良い気分ではないのだけれど、言うわ。ありがとう。感謝してる」

 

 そしてネロもメルトと握手を交わし、舞台から降りて舞台から出ていった。ネロが出ていった以上、黄金劇場の継続時間もあと僅かだろう。それまでに話を終わらせられるだろうか。少しだけ不安になってきた。

 

「おれの番かね。あんまり湿っぽいのは嫌いだから手短にやらせてもらうヨ。『ばれえ』とかいう舞台の背景は流石のおれもとと様も初めてだったから苦労したが、その分楽しませてもらったサ。あんたの描く舞台、良かったよ」

 

「こちらこそ感謝するわ、ホクサイ。流石西洋にまで影響を与えた画家ね。期待以上の働きをありがとう。もし次があればまたお願いしても良いかしら?」

 

「それは構わねぇが、お代はびた一文負けねぇヨ?」

 

 そう言ってニカッと笑った北斎親子ともメルトは握手(北斎本人は上から手を添える形)を済ませる。そして北斎親子も去っていった。

 

「次は私の番かな? メルトリリス、君の舞台は素晴らしかったとも。この万能の天才ダ・ヴィンチが言うから間違いない! どうせこのあとも月で続けるつもりなんだろう? 人手が欲しくなったら遠慮なく言ってくれ、呼んでくれたら手くらいは貸すさ」

 

「そこまでお見通しなら仕方ないわね。本当に遠慮なく呼ぶかもしれないわよ」

 

「望むところだとも」

 

 途中小声すぎてよく聞き取れなかったところがあったが、ダ・ヴィンチちゃんとも挨拶を済ませたようだ。これで、残るメンバーはあと二人。

 

「じゃあ、次は僕だろうね。バレエの伴奏というのも随分久しぶりだったが、良いものだった。最高の音楽に最高の美術、そして最高の舞台とその上で舞う至上のプリマ! これ程良い舞台は滅多に得られない経験だろう。メルトリリス、その機会を与えてくれたこと、本当に感謝するよ。マリアに良いものが見せられたしね。」

 

「貴方の本音は最後の一言でしょう、アマデウス。とは言え、本当にいい演奏だったわ。ありがとう」

 

 そしてアマデウスも去っていく。最後に残ったのは、やはりと言うべきかシェイクスピアだった。

 

「さて、最後は吾輩です。吾輩が演じるものでなかったのは残念ですが、あれほどの喝采を受ける最高の舞台を作り上げられたことは非常に喜ばしい! 吾輩と我が友アンデルセンの脚本や、アマデウスの音楽、ホクサイの美術、ダ・ヴィンチの衣装と設計、ネロ皇帝の舞台ありきのものですが、その栄光はメルトリリス、素晴らしい舞台を作り上げた貴女が受け取るべきものです!」

 

「全く、貴方といいアンデルセンといい、作家サーヴァントの口は休むということを知らないのかしら。でも、賞賛は有難く貰っておくわ。そして貴方にも感謝を。かなり無茶な依頼だったけど貴方と、アンデルセンは完璧にこなしてくれたわ。その成果はしっかりと感謝するべきでしょう。ありがとう、シェイクスピア」

 

「ふむ、それではその感謝に対してこちらから返礼に言葉を贈らせて頂きましょう。恋は盲目だ。(Love is Blind.)

 故に恋する者たちは(And lovers)恋の相手が犯す小さな過ちを(cannot see the pretty follies)

 見逃してしまう。(that themselves commit.)貴女が恋するものと共に往く道は困難かと思われる。だからこそ、相手のミスを見ることの出来る冷静さを保ち続けることを推奨しますぞ。お互いの欠点を補うことが出来たのなら、きっと道は開けるでしょう!」

 

「本当に一言以上多いキャスターね!」

 

 そう言いながらも二人は握手を交わし、シェイクスピアも劇場から退出した。そして、とうとうこの劇場に残っているのは、わたしとメルトと、ナーサリーの三人だけになった。

 

「さて、それじゃあ話をしましょうか、アリス」

 

 メルトがそう呼びかけるとナーサリーがこちらに顔を出してきた。メルトの方に向かいながら彼女は話し始める。

 

「ええ、そうね。話をしましょう、悪い魔女さん(メルトリリス)。あの月の裏側の続きをありす(わたし)と……いえ、アリス(あたし)と始めましょう」

 

「じゃあまず私から話を始めても構わないかしら?」

 

 その言葉にナーサリーは言葉を返すことなく頷くことで返答する。そんな二人の間に漂う緊張感にわたしは思わず息を呑む。

 

「何故今日の舞台に来たのが教えてもらえる? 月の裏側の記憶を持っているのなら、私の舞台にはそもそも足を運ばないのが道理ではなくて?」

 

「そうね、まずはそこからはっきりさせましょう。確かにアリス(あたし)は今日ここに来るのにはあまり気が向いていなかったわ。それでもここに足を運んだのには理由があるの。一つは、ジャック達に誘われたこと。アリス(あたし)あたし(ありす)の姿でいるんだもの。あたし(ありす)がきっと行きたがるこの舞台に行かないわけには行かなかったの。そして二つ目はメルト、アナタと最後に話をするためよ」

 

「そう、どこかおかしいと思ってたけど、貴女はありすを演じているのね。ありすの分まで楽しむために」

 

「寧ろアリス(あたし)にはアナタの方がおかしく見えたわ。アリス(あたし)娯楽品(ホビー)にして、ありす(あたし)観賞人形(プランツドール)にしたアナタはどこに行ったのかしら? アリス(あたし)には、今のアナタは以前よりもよっぽど人間らしく見えるわ。一体貴女に何が起きたのかしら?」

 

 わたしには言ってる話の半分は理解できなかった。メルトに説明を受けてなかったら半分すら分かってなかっただろう。一瞬、ほとんど話のわからないわたしがここにいる意味はあるのかなどと考えたが、彼女達に頼まれたのにはなんらかの理由があるはずだと改めて思い直し、再び彼女達の話に集中する。

 

「そうね、貴女は知らないでしょうから教えてあげましょう。私は最後の瞬間に気づいたの。いえ、あの人に気付かされたというのが正しいかしら。想い人に相手の意思など関係なく愛を捧げて幸せにしたいと思うのとは別に、私の中に想い人に女の子として好きになってもらいたいっていう気持ちがあることをね。だから、私はあの人に好きになって貰えるようなAIになることにしたの。人と共に歩める怪物(アルターエゴ)になるって決めたのよ」

 

 清々しい表情を見せながらメルトは言い切った。その返答はナーサリーにとっても衝撃的なものだったらしく、彼女は咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。少しの間を開けて、ナーサリーは再び口を開く。

 

「……そう、そうだったのね。やっぱりあのお兄ちゃんは凄いわ。幽霊だったありすの声を聞き逃さなかっただけじゃなくて、人間嫌いのメルトをこんな風に変えてしまうなんて……。……ねぇメルト。もう一つ聞かせてくれる?」

 

「構わないわよ、恐らく私と貴女が会うのはこれで最後。お互い先に進むために心残りはないに越したことはないわ」

 

「それじゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ。何故アナタはアンコールで『不思議の国のアリス』を演じたの? アリス(あたし)と話すためだけにそんなことをしたの? アリス(あたし)がそもそも舞台に来なかったらどうしてたの? そしてどうしてあの演目の時だけ、アナタは個を殺してまで『アリス』を演じたの?」

 

 その質問にはナーサリー……いや、アリスの本当に聞きたいことが詰まっているようにわたしは感じた。

 

「……順番に答えるわ。まず、『不思議の国のアリス』を演じたのは貴女に呼びかけるためよ、それ以外の理由はないわ。そして、貴女が舞台に顔を出さなかったらアンコールすら無かったわ。最後、あの瞬間だけ個を殺して演じた理由は明快。今の私を貴女に見せるため――ただそれだけよ。私は過去の自分の行為を悔いてはいないし、貴女に謝罪するつもりもない。だって過去の私の方が完璧で、今の私の方は欠陥品よ。他者を組み敷いて輝くという私の本質は変わらない。その本質を抑えてまで誰かと共にあろうとする方が異常なのよ。だから私は謝らない。貴女も私の事を許さなくていい。それでも、はっきりと過去の私を覚えている貴女に今の私の姿を、考えを見ておいて欲しかったのよ」

 

 暫く沈黙が場を支配する。五分にも感じられたし、五秒も経っていないような気もする。長いか短いかすら分からない沈黙を破るのは、アリスの言葉だった。

 

「……。そうよ、アリス(あたし)はアナタを許さない。たとえありす(あたし)がアナタを許したとしてもアリス(あたし)はアナタを許さないわ。だけどね、今のアナタの姿を見たら、きっとありす(あたし)は喜ぶわ。きっと良いお友達になれるってね。だからメルト、アナタは胸を張っていいわよ。今のアナタならきっとお兄ちゃんとだって共に歩むことが出来るわ! ……そしてもし、その最中でありすとアリス(あたし達)に出会ったら、今度こそ仲良くしてね」

 

 そう言ってアリスは笑みを浮かべた。その笑みはアリスの笑みだったのか、それともありすの笑みだったのかはわたしには分からない。ただ、その言葉がメルトに幾らかの感銘を与えたのは確からしい様だった。

 

「……分かった、約束するわ。次の貴女達と会ったら、仲良く遊んであげる」

 

 その言葉をメルトが発した時、既にアリスは舞台を降りて退出しようとしていた。そして、扉の前でこちらを振り向いて述べる。

 

「ええ、きっとよ。そしてマスターさん、付き合ってくれてありがとう。次に会う時はアリス(あたし)じゃなくてありす(わたし)だけど、また宜しくしてあげてね?」

 

 その言葉を残し、ありすとアリスは去っていったのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
まずは報告とお礼を。
前回の投稿後、新たに評価とお気に入り登録を頂けたおかげで何と日刊ランキング7位に入ることが出来ました! これも応援してくださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


さて、前書きでも触れたナーサリー・ライムに対するかなりの独自解釈の件です。
EXTRAやCCCに登場するアリスことナーサリー・ライムは一人称が「アリス(あたし)」なのですが、FGOでのナーサリー・ライムを見てみると、四章以外では一人称が「ありす(わたし)」もしくは「わたし」なんですよね。
それに、幕間の物語で語られたようにFGOでのナーサリーがアリスのすがたをとっているのはナーサリー自身が「ありす」の姿でいたいと願ったからだとされています。
また、FGOのナーサリーを見るとよくわかるのですが、どちらかと言うと性格がアリスよりもありすらしいように見えるのです。
この事から私は、FGOのナーサリーは「ありす」を演じている「アリス」なのではないかと解釈しました。
それに従ってこの話を書いていますので、かなり変わったものになっているかもしれません。
しかし、メルトリリスを書く上でどうしてもありすとアリスの話は避けては通れなかったのです。
その点を理解した上で読んでいただけたのなら作者としてはとてもありがたいです。

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。
宜しければ評価やお気に入り登録、感想などを下されば作者が喜びます。


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終幕  「気高きプリマ」は月へ跳ぶ(“M e l t l i l i t h” fly to the moon)

何とかメルトリリスの誕生日に間に合いました。



 ナーサリー(アリス)が去ったので、黄金劇場に残っているのはわたしとメルトだけになった。

 

「さて、そろそろ管制室に向かいましょうか。この劇場も、ネロがいない今となっては何時まで持つか分からないわ」

 

「そうだね。とりあえず出ようか」

 

 わたしとメルトがシュミレーションルームを出ると、役目を終えたと判断したのか、振り返りざまに黄金劇場が消えるのが見えた。

 

「やっほー! 二人とも元気?」

 

 そして部屋の外に出たわたし達にかかる声。それはすぐ近くから聞こえてきた。わたしとメルトが驚いていると、ちょうど死角になっている物陰から一人、いや二人のサーヴァントが姿を現した。

 

「貴女達は……アルテミスとオリオン。……なるほど。メルトに用事?」

 

「そうそう、マスター大当たり! 今日は3分の1私ことメルトちゃんに用があってきたの」

 

「なんか……二人とも悪いな。こいつも悪気があって来てるわけじゃないから少しばかり付き合ってやってくれや」

 

 メルトリリス。アルターエゴである彼女の霊基のベースは三柱の女神によって構成されている。その内の一柱がここにいるアルテミスだ。だからこそ、アルテミスがメルトの所にやってくるのは自然といえば自然なことなのだ。ただ、今まで二人が会話してるところを見たことがなかったせいかそこに考えが一切及ばなかっただけのことである。

 とは言えども、以前メルトがアルテミスを見かけてある種の現実逃避をしていたのを知っているわたしとしては、彼女の意思をしっかり確認するべきだと思った。故に私は彼女に問いかける。

 

「わたしは大丈夫だけど、メルトはどう?」

 

「…………大丈夫よ」

 

 消え入りそうな声でメルトは大丈夫と告げる。どう聞いても大丈夫ではないその声。しかし、彼女自身が大丈夫と言ったのだ。勝手な推測ではあるが、それはメルトなりにアルテミスに向き合おうとしている気持ちの表れだとわたしは捉えた。だから止めることはせず、彼女の言葉を尊重しようと思った。

 

「それじゃあまずはメルトちゃんに質問! 私のこと嫌い?」

 

「いきなり直球ですね!?」

 

 ある程度メルトの心境を察しているわたしは思わずそう返してしまう。ふと足元を見ると、オリオンが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。彼もメルトの心境をある程度察しているのだろう。

 

「えー、ダメ?」

 

「おまえなぁ……。ダメというよりもう少し順序ってものがあるだろう……」

 

「答えましょう。貴女は私にとって数少ない尊敬する女神の一柱だったわ。でもこのカルデアで見かけた貴女の姿は、私の思っていた貞淑で、敵対者に苛烈な女神像と全然違っていた。更に貴女が私を構成する要素でもある以上、私も将来そうなる可能性がある。つまり、私がそんな現実を受け入れられなかったというのが正しいかしらね。だから貴女と今日まで向き合うことは無かったわ。嫌ってるといえばそうなのかもしれないわね」

 

 メルトは、自分の中にあるアルテミスへの感情を整理しながら語った。その最中、アルテミスはちゃちゃを入れることもなくメルトの言葉を真剣に聞いていた。

 

「ふんふん、そっか。メルトちゃんは私のことそういう風に思ってたのね。これで色んなことに納得がいったわ。じゃあ次の質問――」

 

「待て待て。おまえ、勝手に自己完結して先に進むなよ。ほら、メルトリリスも困るだろ?」

 

「いいえ、こうなりゃやけよ、何でも答えてあげようじゃない!」

 

「メ、メルト……?」

 

 さっきのアルテミスへの自分の真意を伝える行為で、悪い意味で吹っ切れてしまったようだ。大丈夫かなぁ、心配になってきた。

 

「ダーリンは乙女心が分からないのね。メルトちゃんも良いって言ってるし改めて次の質問行っくよー!」

 

 ほんとに乙女心が分かってないのは貴女ですよアルテミス様!と心の中でぼやいたがアルテミスは神だ。神が人の心を分からないというのは至極当然とも言えるし、メルトもやけを起こしてるとはいえ彼女の質問を了承しているのでツッコミは入れないことにした。

 

「メルトちゃんってさ、好きな人いるでしょ? その人のこと教えて?」

 

「なっ――」

 

 いい加減にしてくださいアルテミス様!! これ以上わたしの胃にダメージを与えないで下さい! 以前にエルメロイ先生が言ってた胃がヘドバンするという感覚が分かりかけてるんですよ!と口に出したいのを抑えて必死に目で訴えかける。

 しかしその目は届くことなく、気づけばわたしの肩にオリオンがいてその小さな手で肩ポンをしてきた。あぁ、これがいつもオリオンが感じてる胃痛か……

 

「……何でも答えると言ったのは私よ。責任はとるわ。私が恋した人、岸波白野についての話をしましょう。まずは――」

 

 場の空気が爆発することはなく、メルトが淡々と岸波白野の話をし始めたことに私は胸をなで下ろす。……それにしても、やけが入ってるとはいえメルトはアルテミスに対しては甘い気がする。彼女を尊敬しているからなのか、それとも彼女が自分の一部とも言える存在なのだからかは分からないが。

 

 

 

 

 

「――これであの人の話は終わり。どう、満足したかしら、女神アルテミス?」

 

 三十分程かけて、メルトの岸波白野に関する話が終わった。

 

「なかなか面白い人ね、岸波白野。でも、かつてのあなたがとった行動を聞いてると、()()()()()()()()()()()()()。人間嫌いなところとかもそっくりだしやっぱりあなたは私と似てるのかも。」

 

 今まで二人を重ねてみることがなかったせいで気づかなかったが、アルテミスとかつてのメルトの恋愛対象への行動は似通っている節がある。永遠に続き、与え続ける一方通行の愛。アルテミスは見返りを求め、嘗てのメルトは見返りすら求めないという違いはあれど、実際に起こした行動の内容は少し通じるところがある。

 

「…………そうかもしれないわね」

 

「メルト、大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫。大丈夫よ」

 

「……仕方ねぇな」

 

 嘘だ。彼女は精神的にダメージを受けている。私がフォローを入れようとした瞬間、オリオンがこっちにやって来てわたしとメルトにだけ聞こえるような声で話し始める。

 

「いいか、嬢ちゃん。確かに以前の嬢ちゃんがやった事は女神(あいつ)と同じかも知れねぇ。それに霊基が女神によって構成されてるのも事実だ。でもな、嬢ちゃんはアルテミスとは違うさ」

 

「一体何を根拠にそんな事を言うのかしら、オリオン」

 

「俺を誰だと思ってる。ギリシャ随一の好色家(プレイボーイ)オリオンだ。見てきた女の数が違う。それにな、アルテミス(あいつ)の愛を一番知ってるのは俺だ。その俺が断言する。()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「貴方がそう言うのならそうかもしれないわね。…………ありがとう、オリオン」

 

 オリオンの言葉を聞いてメルトに生じた迷いは晴れたようだった。それにしても、オリオンはずるいと思う。普段は三枚目でゆるキャラのようなクマのぬいぐるみなのにここぞという場面で男を魅せる。姿は熊ではあるが、その言葉を聞くとオリオンが色々な女性に好かれる理由が分かった気がした。

 

「三人で何話してるの? 私も混ぜてよー」

 

「あいつに今の内容は聞かせたくないな……。悪いが二人とも話を合わせてくれ」

 

 わたしとメルトが頷くと、オリオンはわざとらしく大声を出して話し始める。

 

「嬢ちゃん、という事で座に帰る前に少しだけ二人で話さない?」

 

「せめて貴方がもう少し可愛らしいぬいぐるみだったら考えんたんだけど。見た目を整えて出直して」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 そのやりとりを聞いて笑顔でこちらへ近づいてきていたアルテミスの表情が一瞬で凍りつく。

 

「ひぇっ、違います! だからお仕置きはやめて下さい……」

 

「ダーリン、この話が終わったら部屋でじっくり()()()()しようね」

 

 オリオンの名演技で上手くごまかせたようだ。但し、オリオン自身が尊い犠牲となってしまった。

 

「それでメルトちゃん。話を戻すけど、貴方の想い人は未来の月にいるのよね」

 

「そうよ。2032年の月にいるわ」

 

「さっきの話ぶりからまだ諦めてなさそうだけど、どうやって会うつもりなの?」

 

「大したことをするつもりは無いわ。ネロやあの赤マントのアーチャーと同じように彼の呼び掛けに応えるだけよ。この場所にいる以上、私にも確かに座が存在している。それはつまり、あらゆる平行世界を観測しているはずのムーンセルによる月の聖杯戦争でも召喚される資格は満たしているという事。それに仮に私の予測が間違っていたとしても、多少の無理を押し通すだけの経験値はここにいる間に貯めておいたわ」

 

「つまり月に無理やり押しかけるってことよね? 私はよく分からないけど何だか難しい気がする!」

 

 アルテミスが言う通り、メルトが提示したプランには推測の部分が多く、実現には遠いだろうとわたしも思った。

 

「うん、わたしもアルテミスと同じで難しいと思ってる。だって……」

 

 と言ってわたしはそこで言葉を止める。今言いかけた内容はメルトが知らないことだからだ。

 それは、メルトリリスには正確な座が存在しない可能性があるということ。わたしがそれを知ったのはメルトがこのカルデアに召喚される直前。ちょうどセラフィックスで起きた事変が解決した日の翌日のことだった。

 

 

 

 

 

『BB、いる?』

 

 その日わたしは、カルデア上では唐突に現れたことになっているサーヴァントのBBの部屋に足を向けていた。理由はもちろん、カルデアでの召喚システムで新たに「メルトリリス」、「パッションリップ」という二体のサーヴァントが召喚可能なリストに追加されていたからだ。

 

『はぁ。マスターさん、何か御用ですか? これでも私忙しいんですけど』

 

『悪巧みで忙しいのなら押し通させてもらうよ?』

 

『くっ、察しが良いですね。流石は百以上のサーヴァントと有効な関係を気づいているコミュ力お化け……。分かりました、話くらいは聞いてあげます。出来る後輩系サーヴァントですので!』

 

 すると扉が開いたので、わたしは部屋に入ったのだった。

 

『立ち話もなんですし、適当に椅子にでも座ってください。ここに来たばかりでお茶もないですが許してくださいね? だってカルデアがこんなに用意の悪い場所だなんて思ってませんでしたから』

 

 ラスボス系後輩の名に恥じない悪そうな笑みを彼女が浮かべていたのはよく覚えている。その言葉に従ってわたしは椅子に座った。

 

『さて、私のところに来た理由は分かってます。メルトとリップの事ですよね』

 

『うん。話が早くて助かるよ。さっきムニエルさんに「見覚えのない霊基データが召喚可能なリストに追加されているからすぐに来て欲しい」と呼ばれて見に行ったら、メルトとリップの名前があったから来たんだ。あの事件のことを知ってるのはわたしとBBだけだよね? 何か知ってるなら話して欲しい』

 

『確かに貴女の読み通り、メルトとリップが召喚可能なリストに追加されたのは私の仕業です。では何故虚数事象として処理されたはずのあの出来事で出会った二人が召喚できるようになったのか? マスターさんはそこを疑問に感じてるんですよね』

 

 わたしはその時頷いた。上級AIなだけあってBBの説明は極めて論理的だった。

 

『じゃあその理由は分かりますか?』

 

『……分からないかな』

 

『仕方ありません。物分りの悪いマスターさんにも分かるように説明してあげましょう。私はルール破りの達人BBちゃんですよ。その辺をちょいといじれば召喚システムや英霊の座を騙してしまうことなんて虫さんを潰すことより簡単なのです!』

 

 そう宣言し、決め顔をしたBB。それをわたしは冷ややかな目で見つめたのだ。

 

『え、何ですかその表情。そこは驚いて私を褒め称える所ではないんですか?』

 

『いや、だって不正で呼べるようになったサーヴァントって怖くないかなーって』

 

『そうでした……。マスターさんはとことん善良で損な性格をした要領の悪い人でした。BBちゃん、反省です』

 

 困惑と憐れみを混ぜたような表情でそう言ったあと、BBは真面目な表情に切り替えて話し始めたのだ。

 

『という訳でちゃんとした説明をしましょう。私はあの時、消滅するメルトとリップの霊基を保存し、座に登録されているかのごとく錯覚させる処置を行ったのです。いえ、もしかしたら座自体に登録されたのかも知れませんがそこは私も認識出来ない領域です。ともかく、そのように処置を行うことによってメルトとリップを召喚できるようにしたのです』

 

『ふむふむ、だいたい分かったよ。つまり、二人を呼べるのはBBのお陰ってことだよね?』

 

『ふぅ、漸く分かってもらえましたか。あ、でも一つだけ注意点があります。私が保存したのは霊基のみ。つまり、セラフィックスでの事変の記憶は二人にはありません。そこは覚えておいてくださいね』

 

『そっか。少し悲しいけどそれでもありがとうBB』

 

『お礼は結構です。……それにしても、貴女は私にだけ記録を残して、自らの恋を永遠にするんですね』

 

 お礼を言った私に対してBBがこぼした一言が、何故か強く印象に残っていた。

 

『どういうこと?』

 

『何でもありません、ただの独り言ですよ。それより、用が終わったなら帰って貰えますか? 私はこれから部屋を整えないといけないので』

 

『うん、分かった。ありがとうBB。次に来る時はお菓子くらいは持ってくるよ』

 

 結局、その時にはぐらかされてしまって詳細を聞くことが出来なかった。そしてBBが退去してしまった今、わたしが真実を知ることは不可能になってしまった。

 

 

 

 

「立香!」

 

 メルトの呼ぶ声でわたしは過去の思い出から現実に引き戻される。

 

「ごめん、少しぼーっとしてた」

 

「毎日忙しくて疲れているのは分かるけど話に集中してほしいわね。それで、さっきの話の続きを聞かせて欲しいのだけど」

 

「うん。……さっきのメルトの話は推測部分が多かった。その不確定要素が多い以上、白野さんの所まで行くのは難しいんじゃないかな」

 

 さっき口に出そうとしたこととは別の言葉を述べる。これも本心だったので嘘はついていない。

 

「確かにアナタの言う通りね。不確定要素が多いことは認めるわ。でも、それくらい乗り越えられなくて恋が叶えられるかしら?」

 

 そう言って不敵に笑うメルト。その表情からは自分の恋を叶えるためならばその試練はどれほど難しくても越えてみせると言う彼女の気概が感じられた。

 

「うん! メルトちゃんのそういう所、凄く気に入ったわ! ちょっと手を出して」

 

「少し待ってもらえるかしら。…………これで良い?」

 

 メルトは動かしにくい手を必死で動かして手を出す。

 

「うん、OK! じゃあ加護を上げちゃうわ!」

 

 そう言ってメルトが差し出した手を強く両手で握るアルテミス。暫く握った後、彼女は手を離す。

 

「嬢ちゃん、良かったな。アルテミス(こいつ)は英霊クラスまで能力が制限されているとはいえ神霊、それも月を司る女神だ。その加護を受け取った以上、成功する確率はかなり上がっただろうよ」

 

「あまり実感はないのだけれど……。ともかく感謝するわ、女神アルテミス」

 

「お礼は良いから、その恋頑張って叶えてね。……それじゃあ私達はそろそろ行くわね。最後に話を聞けて良かったわ」

 

「じゃあな嬢ちゃん。頑張れよ」

 

「ええ。二人とも縁があればまた会いましょう」

 

 そう言ってアルテミスとオリオンは去っていく。

 

「じゃあ、わたし達も管制室に行こうか」

 

「そうね、少し時間を取られてしまったし急ぎましょう」

 

 

 

 

 管制室に向かっていると、唐突に後に誰かがいる気がした。

 

「誰かいるの?」

 

 振り向きながら問いかけると、そこにはメルトとよく似た顔をした少女のサーヴァントと緑の衣装に身を包む二枚目のアーチャーがいた。

 

「おいおい、気づかれちまったぞ。どうすんだ?」

 

「ロビンさんが急かすからじゃないですか! やっぱり一人で来た方が良かったかも……」

 

「またオレのせいかよ! そもそも一人じゃ怖いからついてきて欲しいって言ったのはどこの誰でしたかねぇ!?」

 

「わたしだって本当は他の方が良かったです! でも近場にいたのがロビンさんだけだったんで仕方ないじゃないですか!」

 

 そして勝手に喧嘩を始めていた。流石に見ていられないので声をかける。

 

「ロビンとリップ、少し落ち着いて!」

 

「あ、ごめんなさいマスター」

 

「そうだな、オレも少し熱くなりすぎた。すいませんね、マスター」

 

「それで、二人とも何か用?」

 

 そう尋ねると、ロビンは目線でリップに対して話すように促す。

 

「あのマスター、それにメルト。メルトの退去の時にわたしも立ち会わせてもらえませんか?」

 

「わたしは大丈夫だけど、急にどうしたの?」

 

「さっきガウェインさんと話してた時にガウェインさんがアルトリアさん達の退去に立ち会ってると聞いたので、わたしもメルトの退去に立ち合いたいなって思って」

 

 ガウェインを始めとした円卓の騎士はアルトリアの退去に付き合っている。その話を聞いたリップもメルトの退去に立ち合いたいと考えるのは至極当然の事だろう。でも確かリップは今日……

 

「私も別に貴女が立ち会うことは構わないのだけど。リップ、確か貴女今日は食堂の当番ではなかったかしら?」

 

 わたしが気になったことを先にメルトが聞いてくれた。リップは今日食堂の当番だ。それにこの時間は人が増え始める時間である。とても出てこれる状況ではないはずだ。

 

「それは、一緒に話を聞いていたキャットが代わってくれるって言ってくれたのでお言葉に甘えました。ガウェインさんもお手伝いしますと言ってくれたのですが、何故かキャットに止められてしまって……」

 

 そのキャットの判断は正しい。危うく晩のメニューが根菜地獄になる所だった。

 

「分かった。メルトもOKみたいだし一緒に管制室まで行こうか。ロビンも付き添いありがとうね」

 

「いやいや、オレは別に大したことはしてませんよ。それじゃあここいらで失礼しますね」

 

 そう言ってロビンが背中を向けて立ち去ろうとした時のことだった。

 

「待って!」

 

 メルトがロビンを呼び止めたのだ。さっき、メルトとロビンの以前の話も聞いた。話せる機会がある以上、話そうとするのは当然のことだろう。

 

「オレに何か用かい? メルトリリス」

 

「貴方に話したいことがあるの」

 

「そうかい、だがオレにはないね。だいたいアンタの話も月の裏での事だろう? あの時のオレはアンタらの陣営にいながらそれを裏切る行為をしたんだ。アンタがオレを仕留めようとしたことは至極当然。そんな事は既に気にしちゃいないさ」

 

 ロビンはこちらを見ることなく言葉を紡ぐ。シニカルな彼らしい言葉でありながら、怒りや嫌味っぽさは感じられなかった。

 

「貴方はそうかもしれない。でも私の中ではまだ決着がついていないのだけれど」

 

「アンタが実際のところどう思ってるかオレは知らない。オレからすればアンタは自分の恋に殉じ、オレも自分の忠義ってやつに従っただけさ。……仮にそれがメルトリリスの罪だったとしてだ。――アンタは既にその贖罪を超えるくらいには働いたさ」

 

 そこまで言ってロビンは振り返り、いつも通りの飄々とした口調で告げる。

 

「オレもアンタも人類史を救ったんだ。アンタの贖罪分くらいは果たされねぇと割に合わないってもんだろ?」

 

「…………っ」

 

 その言葉はメルトからすれば意外なものだったらしい。驚きに目を開いたあと、納得したように落ち着いた表情になる。

 

「そうね。貴方のいう通りかもしれないわ」

 

「そうそう。ま、そういう事だからあの時のことはチャラだ。次会う時まで引きずらないでくれよ、メルトリリス?」

 

「ええ。次に会う時があれば、ね」

 

 今度こそロビンはこちらに背中を向け廊下の向こう側へ消えていく。それを見送ったあと、リップを加えてわたし達は再び管制室へ向かうことにした。

 

「じゃあ、行こうか。二人とも」

 

「ええ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 そこから先は誰とも会うことなく、わたし達は無事に管制室に辿り着いた。

 

「待ってたよ、立香ちゃん。早速で悪いけど時間が押しているから始めてもいいかい?」

 

「はい、お願いします! 二人とも、行ってくるから最後に二人で話しておいたら?」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 そうして早速退去のための作業が始まる。既に二桁単位で数をこなしているので流石のわたしも慣れてきた。ふと、リップとメルトの様子を見ると二人が仲睦まじい感じで話している様子を見ることが出来、思わずわたしの頬も緩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで大体の作業は終わり。最後にメルトリリスの所へ行ってきなよ」

 

「じゃあ行ってきますね」

 

 作業は何の問題もなく進み、いよいよ退去の時がやってきた。

 

「用意が終わったよ。リップ、ちゃんと話したいことは話せた?」

 

「はい! じゃあ、元気でね。メルト」

 

「そっちこそしっかりやりなさい。一応ガウェインに貴女のことを頼んでいるから、何かあったら彼のことを頼るのよ」

 

「もう、メルトったら!最後までお姉さんぶらないで! わたしだって一人で出来るもん!」

 

「……そうかもしれないわね。ねぇ、リップ。私達、ちゃんと成長できたかしら? 今なら、白野にだって受け入れてもらえるかしら?」

 

 それは滅多に見ることのないメルトが自発的に吐く弱音。いつも自信に満ちているメルトリリスが、姉妹と呼べるパッションリップに吐いた彼女の本心。

 

「うん。メルトもわたしも頑張ったからきっと大丈夫だよ!」

 

「……うん、そうね。私らしくない質問だったわ。それじゃあリップ、機会があればまた会いましょう」

 

「うん! またね、メルト」

 

「それじゃあメルト、行こうか」

 

「そうしましょう」

 

 (リップ)との別れを済ませ、わたしとメルトは退去促進術式の元へ向かう。

 

「メルトはここからが本番だよね。準備は万全?」

 

「不安がないといえば嘘になるわ。でも、このくらいの障害を乗り越えなくて何が恋かしら?」

 

「メルトらしいね。わたしも全力で応援するよ」

 

 そう、だからこそわたしからも彼女へ贈り物をしよう。こんなものしかないけど、彼女は喜んでくれるだろうか。

 

「令呪を持って命じる。」

 

 これが今のわたしから彼女へ贈ることの出来るたった一つのもの。

 

「立香!?」

 

「必ず恋を叶えて、メルト!」

 

 令呪という魔力リソースを使って行う彼女への応援。カルデアの令呪に強制力は無い以上、どれだけ効果があるかは分からない。でも、これがわたしに出来る最大限の応援だ。

 

「あ、アナタはバカなの!? 貴重な令呪をこんな事に使うなんて!」

 

「一日に一画回復するから大丈夫だよ。今日はもう使う予定もないし、保険分は残してあるから。それに、言ったでしょ。全力で応援するって」

 

「全く、アナタは本当にバカなマスターね。でも、ありがとう。この応援を無駄にはしないわ」

 

 そして、こんなやり取りをしているうちに術式の元へ着いていた。

 

「さて、お別れだね。メルト」

 

「ええ」

 

 そう短く返事をした直後、メルトの体が透け始める。最後に感謝を伝えないと。

 

「ありがとう、メルト。貴女のお陰で今わたしはここにいるよ」

 

「大げさね。アナタにはほかのサーヴァントも沢山いたじゃない」

 

「大げさでも何でもない、本心だよ。貴女が私を救ってくれたんだ。だからね、ありがとう」

 

 例え彼女の記憶に無いとしても、わたしは知っている。本来死ぬはずだったわたしを救ってくれたのは彼女だということを。

 

「そう、なら素直に受け取っておくわ。こちらこそありがとう、立香。私の最初のマスター。アナタとの日々は楽しかったわ」

 

 そう言って、メルトは穏やかな微笑みを浮かべ消えていった。

 

「メルトリリスの退去を確認。お疲れ様、立香ちゃん」

 

「頑張ってね、メルト」

 

 わたしは、何もなくなった術式の上でそう呟いてから少し想像してみる。

 

 

 

『死にかけていても立ち上がろうとする不屈の闘志。それでこそ貴方よ。だから、私が助けてあげる』

 

『尋ねましょう。貴方が、私のマスターかしら?』

 

 

 

 メルトが月で岸波白野に無事に出会える姿を想像してみると、何だかわたしも嬉しくなってしまうのだった。

 

 ――メルトリリス、退去完了

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とある平行世界の2032年、SE.RA.PHにて

 

『さて、それじゃあ私達の部屋に戻りましょう、白野』

 

『そうだね』

 

 メルトリリスと彼女のマスターが話している。

 

『白野、手を握ってもらえるかしら』

 

『こう?』

 

 メルトリリスに頼まれ、岸波白野は彼女の袖に隠れた手を握る。

 

『もっと強くして。私がちゃんとあなたを感じられるように』

 

『うん』

 

 そうして、手を繋いだ二人は廊下を歩いていくのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
かなり遅くなってしまって申し訳ありません。
結果的にメルトリリスの誕生日に投稿できたのは幸運というべきか不幸と呼ぶべきかは分かりませんが、とにかくHappy Birthday Meltlilith!
このエピソードが完結できたのも読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになりますのでいただけると作者がとても喜びます。

まずは次回の予定を。次回はクー・フーリン(ランサー)編に入ります。
四月中には投稿したいと思ってますが、年度始めで忙しいためにどうなるかは未だ決まってません。クー・フーリンの話は前後編を予定しています。お待たせするかも知れませんがよろしくお願いします。

それでは、今回も補足説明をさせていただきます。(2018/04/10 20:45追記)
・この話の時系列
胤舜&書文先生の話とアルトリアの話の間になっております。比較的早めの話です。

・第一幕の冒頭について
メルトリリスの絆礼装を見ながらこんな会話が行われているといいなぁと思って書きました。ザビのフィギュアがある、アマリリスの花束など礼装に散りばめられた要素を回収しきった……はずです。

・静謐ちゃんについて
彼女はうまく生かしきれませんでした。これは私の考えですが、カルデアにおけるメルトと静謐ちゃんには被る所が多いと考えています。
静謐ちゃんは蒼銀での恋の記憶を、メルトはセラフィックスでの恋の記憶を保持していません。これは捉えようによってはその瞬間を生きた彼女たちで記憶を永遠にしたとも考えられます。それが1つ目の共通点。
そして2つ目が本来一方通行の愛しか出来なかったはずの二人が手を取り合えるタイプの愛を育める環境や性格になっているということです。
3つ目が二人とも毒を扱うサーヴァントであるという事です。
これらの共通点があると考えているのでもう少しうまく生かせれば良かったのですが……反省です。

・フィギュア関連について
これは、私自身がフィギュアを普段買わない人間なのでかなり苦戦しました。ネットで調べた知識などを組み合わせて、どうにかメルトのドールマニアっぷりを表現出来ていると良いのですが。

・円卓定例会議について
今回の暴走枠です。円卓組がこんなことやってると面白そうだなって内容を書いてみました。

・リップのカレーについて
リップの成長描写も書きたかったのでわかりやすい例として用意しました。投稿途中のバレンタインイベントで設定が崩れてしまった気もしますが、最後まで行くとこれぐらいできるようになってる可能性もありますよね……?

・メルトの食事シーンについて
立香とメルトの距離感、メルトの不器用な姉感を出してみたくて投入しました。FGOでのメルトとリップの距離感はかなり好きです。

・メルトへの五つの質問について
この辺りは勢いで書いた感じもあります。ひとつ悩んだところがあるとすればCCC関連をどこまで書くかでしょうか。すべて話してしまうと長くなりすぎますが、全く書かないと最後のシーンを理解してくれる人が少なくなってしまうという懸念があったので、概要だけ書くという形に落ち着きました。

・メルトのバレエについて
どうしてもやりたかったことです。個人的な話になりますが、私にはメルトリリスに関して絶対に叶わないと思ってる人がいます。
その方も行っていないことを何かやりたいと思った時に、メルトらしいはずなのにほとんど書いてるのを見ないメルトに純粋にバレエを踊ってもらうということを思いつきました。バレエも見た事がないので苦労しましたが、FGOの態度の軟化したメルトだからこそできる他者への協力要請と舞台を全員に公開するという要素も入れられたので満足です。

・メルトと芸術家サーヴァントの絡みについて
本来はアンデルセンとやりたかったのですが、キアラとの退去に付き合うというのは私の中で確定事項でしたので、言及という形にとどめました。その代わりに書くと手間が三倍と噂のシェイクスピアさんに頑張ってもらいました。結果としては上手くいったと思います。

・メルトとナーサリーについて
これもどうしても書きたい話でした。本来ならば終幕に収める予定でしたが、LEのありすとアリス回を見て分割を決意しました。私個人のFGOにおけるナーサリーの解釈を踏まえながら書いたのですが、割と綺麗に、自然に書けたと思ってます。

・オリオンとアルテミスについて
メルトリリスの構成女神の一柱であるアルテミスは避けることは出来ないと考えていました。彼女には自由に動いてもらいましたが、結果的に月へ跳ぶ理由の正当性と、オリオンのカッコ良いところが引き出せたので良い仕事をしてくれたと感じてます。

・ロビンについて
彼は自分の中ではかなりお気に入りのキャラクターです。ですから、セリフは自然な形で出てきました。上手く書けてるかの自信はあまりないのですが。

・最後のシーンについて
最初から白野とメルトで締めることは決めてました。
本来は立香が想像するだけで終える予定だったのですが、登校途中に出たちびちゅきの新刊の表紙を見て、最後のシーンを入れました。白野も喋ってますが、性別がわからない程度に止めてあります。
私が思うに、CCCのメルトと白野は決して結ばれることはないです。ですが、人と共に歩むことを決めたメルトならきっと結ばれることが出来るはず。そう信じてあのシーンを書かせてもらいました。

活動報告なのですが、時間がギリギリなのでのちのち追記させて貰います。申し訳ありません。(補足説明は追記済、活動報告も2018/04/10 22:37に投稿しました。)

もし分からないことなどあればメッセージ、感想で質問を下さればお答えさせてもらいますのでお気軽にどうぞ

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。宜しければ感想等お願いします。


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クー・フーリン(ランサー)編
前編 「光の御子」との穏やかな時間


お久しぶりです。2ヶ月ぶりの投稿になります。
お待たせしてしまって申し訳ありません。それでは、本編をどうぞ。


 コンコンと扉を叩く音がわたしの耳に届く。

 

「うーん、あと五分……」

 

 意識がまだはっきりしないわたしはこの様に布団の持つ魔力に完全に負けていた。世界の危機には立ち向かえるが、この人を堕落させる悪魔(ふとん)にはいつまで経ってもかなう気がしない。

 

「おいマスター、いい加減起きろよ」

 

 聞くと安心感を与えてくれる低く男らしい声が扉の外から聞こえてくる。それと同時にわたしの意識もようやく明瞭になってきた。そうだ、今日の退去者は今、外からわたしに声を掛けてくれている彼だ。

 そこまで考えたところでわたしは肝心な事を思い出した。まずいと慌てながら部屋の時計を見る。時間は六時半を指していた。わたしは飛び起き、慌てて扉のロックを解除して飛び出す。

 

「ごめん、クー・フーリン! 三十分寝坊した!」

 

「起こしに来て正解だったぜ。おはようさん、立香」

 

「うん、おはよう。クー・フーリン」

 

「ところでおまえさん、着替えなくて良いのか?」

 

「あっ……」

 

 あまりにも慌てていた為に思わずパジャマのまま出てきてしまった。しかも、よりによって今着ているパジャマは以前にジャガーマンから貰ったネコ(?)のキグルミパジャマだ。

 え、どうしよう。恥ずかしい、恥ずかしすぎて死にたい。ふと、クー・フーリンと目が合った。彼は微笑ましいものを見たと言わんばかりの表情でこちらにニヤケ笑いを向けている。

 

「うわぁぁぁ! 令呪を持って命じるぅ! 今見たこと忘れてぇぇ!」

 

 そう叫んでわたしは一度開けたドアをすぐ閉めてロックをかけたのだった。

 

 

 

 

 

 三分ほどすると動揺も治まった。なのでわたしは改めてドアの外にいるであろう彼に声をかける。

 

「着替えるからちょっと待ってね」

 

「おう。……その、なんだ。悪かったな。おまえが余りにも変わった格好してたせいで笑っちまった。でも改めて考えてみると似合ってるかもな。オレはあんな可愛いのも良いと思うぜ」

 

 ……え? ちょっと待ってほしい。どういうことだ? 確かにわたしは令呪を使ってしまったはず。手の甲を見ても画数が減っているのが確認できた。

 

「待って。もしかして……さっきの事覚えてるの?」

 

「ん? もしかしてまだ寝ぼけてるのかよ。カルデアの令呪には強制力が無いって教えてくれたのはおまえさんじゃねぇか」

 

 ……あ。そうだった。思い出した瞬間、急に頭が冷えてくる。カルデアの令呪はあくまで魔力リソースで、マスターとサーヴァントの思いが噛み合った時に少しの無茶を叶えるほどの力はある。だけど、純粋な命令は通じないらしい。

 

「という事は……わたしがあんな可愛いパジャマを着てたことも、それを見られて取り乱したしたことも全部覚えてるって事……だよね?」

 

「まあそうなるな。でも安心しな。オレは結構忠実サーヴァントだぜ。アンタが黙ってくれって言うなら漏らさねぇよ。それに、今日で終わりだから言うタイミングもねぇしな」

 

「うん、それもそうか。見られたのがクー・フーリンだったのは不幸中の幸いかも」

 

 既に退去しているのでそんなことは万に一つもないが、これを見たのが黒ひーやメッフィーなら間違いなく碌でもないことになっていたと思う。

 

「分かったならとっとと着替えちまいな。オレはここで待ってるからよ。準備が出来たら声をかけてくれや」

 

「分かった。ちょっと待っててね」

 

 そう言いながらわたしはクローゼットを開き、今日の服へと着替え始める。服というが、カルデアで活動中に着ている服は基本全て礼装だ。不測の事態に陥った時に即時に対応できるようにするため、そういう規則になっている。

 そう言えば、軽装で来るように言われたんだっけと昨夜交わした会話を思い出す。

 

 

 

『よっ、マスター。それにマシュの嬢ちゃんと、円卓のベディヴィエールだったか?』

 

『フーフーヒン!』

 

 昨日、ベディヴィエールとマシュとの三人で夕食をとっているタイミングで彼は声をかけてきた。ちょうどその時のわたしは付け合わせとして出されたじゃがバターを口に入れた所だったので、ちゃんとした返事が出来なかった。

 

『マスター、取り敢えず口に入っているじゃがバターを食べ終わってから話した方がよろしいかと。何でしたらマッシュされるもの(根菜)を素早く食べる方法をお教えしましょうか? 不肖ベディヴィエール、根菜の摂取については(ガウェイン卿の料理への対策は)少々心得があります』

 

『ベディヴィエールさん、今の問題はそこではないと思います……。ランサーのクー・フーリンさん、先輩にご用事ならちょっとだけ待ってくださいね。』

 

『おう、待つ待つ。のんびり食いな。』

 

『……そう言えば、もう残っているクー・フーリンさんは貴方だけですからランサーのとつける必要はありませんでしたね』

 

『確かに、とうとう残ってるのはオレ一人になっちまったからな。自分が沢山いるってのは奇妙な感覚だったが、どうやらそれにも慣れてたみたいでな。今となっては逆に自分一人だけって感覚がしっくり来なくなってる』

 

 そう言った彼は気さくな笑みを浮かべていた。

 

『それにしても自分が何人もいる感覚とは一体どのようなものなのでしょうか……。クー・フーリン殿の様に我が王も沢山おられましたが、そのような話は最後まですることはありませんでしたし……』

 

 自分が何人もいる感覚、経験したことのないわたし達には分かることはないのだろうが、必ずしも良い感覚ではないのだろうなとその時のわたしはじゃがバターを飲み込みながら考えていた。

 

『ごめん、お待たせ。クー・フーリン、何かわたしに用事?』

 

『まあな。早速本題から行かせてもらうが、明日はオレの退去予定日だろう? だから明日の予定についてちょいと話したいと思ってな』

 

『あぁ、成程ね。クー・フーリンに何か希望があるなら教えて欲しいな』

 

 こういう事はこれまでも何度もあった。最後の時間、どうせなら彼ら彼女らのささやかな望みを叶えてあげられるならわたしにとってはそれがベストなのだ。だからこそわたしは彼に希望を尋ねる。

 

『それじゃあ遠慮なく。とりあえず明日は朝六時にオレの部屋まで来てくれねぇか。服装はなるべく軽装がいいな。詳しい内容は明日までのお楽しみってことにしといてくれや』

 

『朝六時か……。起きれるか不安だな』

 

 事実起きれなかったのでこの不安は現実のものとなってしまった訳だが。

 

『おまえさんは朝に弱いからなぁ。まあ、あまりにも遅かったら起こしに行ってやるよ』

 

『頑張るけど、ダメだった時はお願いね』

 

『任せとけ! さて、これでマスターへの用事は終わりだな。ベディヴィエール。アンタにも少し用がある。食事が終わってからで良いから少し顔貸してくれ』

 

『私ですか? よく分かりませんが、この私で宜しければお伺いします』

 

『寧ろアンタにしか頼めない用事だぜ。ま、詳しい事は食後にな。オレは部屋で待ってるから好きなタイミングで来てくれや。じゃあ先に失礼させてもらうぜ』

 

 わたしもマシュも、わたし達が聞くべき話ではないと察したので深く追求することは無く、クー・フーリンは部屋に戻って行ったのだった。

 

 

 

 昨日のやりとりを思い出してみたが、結局今から何をするのかは分からなかった。そして、思い出している間にわたしの着替えは終わったので彼に声をかける。

 

「準備出来たよ」

 

「よし、なら早速行こうぜ。とりあえず部屋から出てこいよ」

 

「うん。今いくよ」

 

 部屋を出る前に一瞬鏡の前で立ち止まり自分の服がパジャマでないことを再確認する。有り得ないとは分かっているが、それでもさっきの失敗はかなりキツかったのだ。

 よし、大丈夫。そう心の中で確認しながらわたしはドアを開き外に出る。

 

「改めておはよう。クー・フーリン」

 

「ならこっちも改めてだ。おはようさん、立香」

 

 仕切り直しと言わんばかりに挨拶を交わすわたし達。そして、クー・フーリンとの最後の一日が始まる。

 

 

 

 

 

「それで、結局今日はどこに行くの?」

 

 廊下を先導するクー・フーリンに向かってわたしは尋ねる。そろそろ教えてくれても良い頃のはずだ。

 

「シミュレーターの一つだよ。設定は既に頼んである」

 

「そこに何があるかはまだ内緒かな?」

 

「そういうこった。ところで、朝飯食ってないだろう? エミヤ(あの赤いアーチャー)から渡されたんだが、食うか?」

 

 そう言って彼は手元のビニール袋から紙で包まれたパンを差し出してくる。わたしはそれを受け取り包み紙を解く。

 

「これって……」

 

「あぁ、()()()()()()だ」

 

「まじですか……」

 

 子供か! わたしは心の中でエミヤに毒を吐く。クー・フーリンがゲッシュの都合上、犬の肉を食べてはいけないことをわかった上であえて名前だけドッグとついているホットドッグをクー・フーリンに渡したのだ。

 

「あの野郎、『良かったら君も食べるかね』とか澄ました顔で行ってきやがったからな。危うく朝から喧嘩沙汰だったぜ」

 

「一応確認だけどホットドッグが犬を使った料理じゃないことは知ってるよね?」

 

「まぁな。前の聖杯戦争の時にたまたま食っちまってよ。その時はゲッシュを破っちまったかと思って慌てちまったが、前に時間のある時にマシュの嬢ちゃんに頼んでホットドッグの名前の由来を教えてもらったのさ」

 

「そう言えば、わたしも名前の由来までは知らないな」

 

 普段の生活の中では知ることのない知識であり、いわゆる雑学という奴である。マシュはちゃんと説明できたあたり流石だなぁと思う。

 

「何でも複数の説があるらしくてな。その中で一番支持されてる説ってのを教えて貰った」

 

「それってどんな説なの?」

 

 わたしが尋ねると、彼はわたしの持っているホットドッグに挟まっているソーセージを指さす。

 

「ソーセージとダックスフントって見た目が少し似てるだろ。だから元々ホットドッグはダックスフントって名前で売られてたそうだ。ところがある日、どこぞやの漫画家がほんとにダックスフントがパンに挟まってる漫画を書いて、タイトルに『ホットドッグをどうぞ!』なんて付けたとだとさ。そっからホットドッグって名前が広まったって話らしいぜ」

 

「言われてみれば確かに似てるかも……」

 

 わたしは手元のホットドッグをまじまじと見つめながら呟く。

 

「それを聞いてから改めてホットドッグを食べる気が無くなっちまったよ。ダックスフントを食べてる気分になって精神的に良くねぇ」

 

 今聞いたわたしもパンの中にダックスフントが挟まってるイメージが頭から離れなくなっている。クー・フーリンからしたら気が気じゃないのは想像に難くない。

 

「ま、それはオレの話だ。おまえさんにはそんなゲッシュもねぇんだ。遠慮せず食っちまいな」

 

「そうだね。じゃあとりあえずいただきます」

 

 ここで変に気を回すのは逆に良くないと思ったのでわたしはホットドッグを食べることにする。

 

「オレの分と言ってあいつが渡してきたやつもある。ついでに食ってくれや」

 

 口にまだ一本目が入っていたので、わたしは無言で頷きながらクー・フーリンが差し出してきた二本目のホットドッグを受け取る。

 

「食べながらで良いから移動するとしようぜ、マスター」

 

 わたしはちょうど一本目を口に入れ終わり空いた方の手で丸印を作った。

 

 

 

 

「ここだぜ」

 

 ちょうど二本目のホットドッグを食べ終わったあたりで、目的地にたどりついた。事前に彼の言っていた通り、シミュレーターの一つで間違いない。

 

「どうやら頼んでた調整も道具の用意もできてるみたいだな。なら早速行くとしようぜ、立香」

 

「オッケー! 行こう」

 

 中に入るとそこには見覚えのある景色が広がっていた。

 

「ベディヴィエールに聞いたぜ。前にも来たことあるんだろ?」

 

「うん。休みの日とかに何回か来たよ」

 

 かつて、カルデアが破壊される前に何度か連れてきてもらった懐かしのシミュレーターだ。マシュがメディカルチェックの日にベディヴィエールに教えてもらって以降、トリスタンやベディヴィエールと一緒に何度か休息を取りに来たことがあった。

 

「やっぱりオレの見立ては間違っちゃなかった。ここはのんびり釣りをするには最適な場所だな」

 

「でも、なんでクー・フーリンがこの場所を?」

 

 わたしが知る限り、ここの事を知っているのはわたしと、ベディヴィエールとトリスタンの三人だけだ。以前来た時に内密にしてほしいと言われたので誰かに教えたことは無い。

 

「そう怖い顔するなって。前に間違えてここに入っちまったことがあってな。その時にトリスタンとベディヴィエールに他言無用って約束をしたのさ。だけど、もうカルデアも解体されるだろ? だから最後くらい使ってみてぇなと思って昨日のうちにベディヴィエールに頼んどいたんだ」

 

「あぁ、昨日のはそういうことか。納得したよ」

 

 昨日、クー・フーリンがベディヴィエールに用事があると言ってたのはこの事だったんだ。言われてみれば納得の理由である。

 

「ま、それじゃあぼちぼち始めようぜ」

 

 そう言って釣竿を1本差し出してくる彼。わたしはそれを受け取る。

 

「ところで、何時くらいまで釣りをするつもり? ここじゃ暗いし時計もないから時間が分かりにくいんだよね」

 

「釣りってのは時間を気にして楽しむもんじゃねぇよ。心配すんな、ちゃんと時間になったら知らせてくれるように頼んである。だからその手につけてる時計も外しとけ」

 

「確かにそうだね。時間を気にしてたら気が休まらないし。うん、クー・フーリンの言う通りのんびり楽しむよ」

 

 そう言ってわたしは手元のウェアラブル端末の電源を切る。彼の言い方的にわたし達がここにいるのは知られてるみたいだし、何かあったら直接ここまで呼びに来るだろう。

 

「そうそう、それくらいで良いんだよ」

 

「じゃあ改めて、始めよう!」

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 釣りを始めてからどれくらいの時間が経っただろうか。その間、わたし達は釣り糸を垂らしながらいろんな話をした。前にキメラ鍋をして犬の肉を食べちゃったかもしれないこと。バレンタインの時の庭園でのカカオ農場のこと。エミヤやアルトリアとの馴れ初めの話。

 その間に何匹からの魚を釣り上げた。それらは後で昼ごはんに食べようとのことらしくクー・フーリンが速攻で締めてくれた。

 

「こうしてクー・フーリンと釣りをしてるとスカイ島の事を思い出すよ」

 

「そういやそんなこともあったなぁ。オレにとっては割とひどい思い出も多いんだけどよ」

 

「確かに男性陣は基本的に大変だったよね……。魔猪にやられたディルムッドにフィンとか、直ぐに退場させられた黒ひーとか」

 

「オレは最後まで生き残ったが、船から落ちた時はもうダメかと思ったね。まあ、しぶとさには自信があるんで何とか生き残ったんだがよ」

 

 あの島の思い出はわたしの中にしっかりと残っている。みんなで作り上げた家、開拓した島。そう言えば、うりぼう達は元気だろうか?

 

「ほんとに色々あったね。そう言えば、あの島も影の国の一部なんだよね?」

 

「どうもそうらしいな。オレも影の国の隅から隅まで知ってるってわけじゃねぇ。全部知ってるのはそれこそ師匠くらいだろうよ」

 

 師匠、スカサハが退去してから既にかなりの時が経過していた。

 

「スカサハ師匠かぁ。あの人、結局影の国に戻ったのかな?」

 

「どうだろうな。そればっかしは実際に行ってみるでもしないと分かんねぇよ」

 

「だよね。出来るならあれで満足して英霊の座に行けてたら良いんだけど」

 

「立香。その、なんだ。あの時はかなり迷惑かけちまったな。改めて謝っとくぜ」

 

 彼の言うあの時、それはスカサハの退去時に起きた騒動のことだろう。

 スカサハ(ランサーの方)が退去の日に、わたしを人質にとって、解放して欲しければ彼女を殺して見せよと言ったところからそれは始まった。

 このままでは不味いと思ったわたしは決死の覚悟で彼女と交渉。最低限のルールとして、スカサハ自身は誰も殺さないという決まりと場所の指定をを設けた上で戦闘が始まった。彼女に挑むのはクー・フーリン全員、フェルグス、メイヴなどのケルト組と腕に覚えのある戦い好きの英霊達。

 戦いは乱戦を極めたが、最終的にはランサーのクー・フーリンがボロボロになりながらも決めたのだ。その最後の瞬間はきっと忘れられない。

 

 

『師匠、いやスカサハ! この一撃、手向けとして受け取るが良い――! 突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!』

 

 そうして投擲された槍はスカサハの霊核(しんぞう)を貫き、彼女の命を奪った。

 

『ふっ、遅いぞクー・フーリン。随分待たせてくれたじゃないか』

 

『待たせて悪かったな、師匠』

 

『うむ、英霊になったとしてもお主4人がかりなら英霊の枠に閉じ込められた私は殺せるか』

 

『全く、ほんとに強くなりやがって。でもこれで終わりってわけじゃないんだろう?』

 

『あぁ。儂は今満ち足りた気分だが、このままここから消えたとしても影の国に戻るだけだろうな。それだけは残念だ』

 

『影の国のアンタはこのレベルじゃすまないんだろう?』

 

『もちろんだ。儂を誰だと思っておる。お前の師匠にして影の国を統べるスカサハだぞ。出来るならば、本体でもこのような感覚を得られる日が来て欲しいものだ……』

 

『逝くのか、師匠』

 

『うむ、どうやらそうらしい。ではな、クー・フーリン。いつかお前が儂の本体を殺しに来てくれるのを楽しみにしておるぞあぁ、これが死ぬということか……。何とも、満ち足りた感覚だ……』

 

 こんな風にスカサハは満足そうに退去したのだが、カルデアの被害は大きかった。でもそれはクー・フーリンのせいではないと思うし、わたしとしてはスカサハ師匠が満たされたのだからそれはそれでよかったのだとも思う。

 

 

「そんな、謝らないでよクー・フーリン。貴方のせいじゃないし、結局すべて丸く収まったんだからそれで良いでしょ?」

 

「……ほんとにおまえさんには敵わないぜ、マスター」

 

 この穏やかな時間はあともう少しだけ続く……




ここまで読んでくださってありがとうございます。かなり間が空いてしまって申し訳ありません。それと、活動報告で宣言した投稿時間からかなり遅れてしまったこともお詫びします。
評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになります。いつも皆さんありがとうございます。

次回ですが六月中にクー・フーリン編の完結を目指したいと思ってます。今度はなるべく間を開けないように頑張りますのでよろしくお願いします。

もし分からないことなどあればメッセージ、感想で質問を下さればお答えさせてもらいますのでお気軽にどうぞ

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。


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中編 「光の御子」と料理をしよう

お久しぶりです。
短いですがちょうど1年になるので投稿させて頂きたいと思います。
こちらの投稿もちょくちょく再開していきたいですね。

それでは、本編をどうぞ


「さて、そろそろ飯にしようぜ。立香」

 

「あれ、もうそんな時間?」

 

言われてみれば少し空腹感がある。最初は少し不安だった釣りであったが、はじめて見ると時間が経つのは早いものだなと、わたしは思う。

 

「ま、それこそ戦士の勘ってやつだ。今どきの奴らに比べたら体内時計が正確でね。時間的には昼飯時のちょっと前ってところか」

 

「お二人共お疲れ様です。有意義な時間は過ごせましたか?」

 

そんな話をしていると、後ろからベディヴィエールがやって来て声をかけてくる。なるほど、クー・フーリンが言っていた時間になったら知らせてくれる人って言うのは彼のことだったらしい。

 

「お、丁度いいタイミングだな、ベディヴィエール。頼んだもんは持ってきてくれたか?」

 

「はい、ここに。あ、そう言えばエミヤ殿から野菜についてはカッティングも済ませてあると言伝を預かってあります」

 

どうやら、ベディヴィエールは昼食の素材を持ってきてくれたらしい。昨日の夜にクー・フーリンがベディヴィエールに頼んでいたのはこのシュミレーションの設定と、昼食に関する事だろう。

 

「あの野郎……相変わらずイヤミなことしてくれるぜ。全く、今頃憎たらしい顔で笑ってるんだろうさ」

 

「さっきは言わなかったたけどさ、エミヤって時折ほんとに子供だよね……」

 

わたしは思わずため息を吐く。二人の仲が良くないのは知っているが、あまりにもやることが子供っぽい。まあ、それこそ大々的にバトルを始めるどこぞやのインドの兄弟に比べたら全然マシなんだけど。

 

「ハッハッハッハッ! 子供か、そりゃ傑作だ! まあ全然可愛げはないんだけどな」

 

クー・フーリン、大爆笑である。それで大爆笑してるあなたも子供っぽいですよと一瞬言いかけたが、さすがに当の本人の前で言う気にはなれなかった。口は災いの元、それこそ何人かの英雄が身をもってそれを示しくれたので、わたしの中ではかなり肝に銘じている言葉になっている。

 

「今のやり取りはエミヤ殿には黙っておきますね……」

 

ベディヴィエールか微妙に口を淀ませながら言う。まあ、彼からしても少し分かってしまったんだろう。よく見ると少し口が緩みかけている。どうやら、この場の全員の共通認識として、エミヤには子供っぽいところがあるというのは確定的だった。

 

「オホン。ベディヴィエール、とりあえず調理用具のセッティングも頼むぜ。多分出来ないこと無いんだろうが、こういうのは詳しいやつに任せた方が良さそうだしな」

 

「分かりました。では二人は食材の用意をお願いしますね」

 

「任せな!」

 

「うん、と言いたいところだけど……そもそも何作るのかわたし聞いてないよ」

 

サーヴァントの退去時に多いことではあるが、結局何をするかがわかっていないことが多い。サプライズをしたいという気持ちはよく分かるし、実際わたしも、もしお別れの時の最後の一日を自由に決めれるとしたら、なるべく当日まで詳細を伏せたいと思う。

 

「まあ、そろそろ教えても良い頃か。いいか、マスター。釣りの最中に食う飯って言ったら焼き魚、これに限るだろ!」

 

「そ、そういう物かな……?」

 

「ま、今日はちょっと違うんだがな。前にとあるところで覚えた料理だ。魚料理には変わりねぇがな。メインが違うってだけで焼き魚も作るつもりだがな」

 

そう言って、クー・フーリンは先程釣りあげた魚の中からリリースせずに取り置いていた鮭を取り出す。取り出した時に快活な笑みを浮かべるその姿は、気のいいあんちゃんそのものだった。

 

「で、結局わたしは何をするの?」

 

「おっと、そうだったな。ほかの魚もクーラーボックスとやらに入れてある。そいつらを串焼きにするから、下拵えしてくれや」

 

「そう言われても、やった事ないんだけど……」

 

小学生の時に野外でバーベキューをしたことはある。その時に、お父さんが自分で釣った魚を焼いていたりもしたが、その時にやり方を教えて貰ったりはしていない。なのでもちろん、やり方は分からないのである。

 

「マジか……これが今どきの若者ってやつかね。しゃーねぇなあ、オレが一回手本見せてやるからその通りやってみな」

 

クー・フーリンは一瞬頭を抱えるような素振りを見せたが、その後すぐに気を取り直した様子でクーラーボックスより1匹の小魚と、割り箸を手に取った。

 

「よく見とけよ」

 

彼からの言葉に頷き、わたしは彼の手元に注目する。彼は手に取った割り箸一膳――つまるところ二本――を魚のエラに突っ込んで、奥まで刺した後にグルグルと二回内部で回した後引っこ抜いた。その風景を見て、特に怖いとか、グロテスクだと感じない自分に気づいて、すっかり耐性ついちゃったなぁと思ってしまう。多分ゴキブリとかを見てもビクビクしなくなっちゃってるだろうし、いわゆる可愛げのない女の子になっちゃった気がする。

 

「っし、内蔵は取れたから後は竹串で刺して上から塩振るだけだな。分かったか?」

 

そんな思考を止めるかのようにクー・フーリンの言葉が耳に入ってくる。わたしは、今考えていたことを悟られないようにいつも通りな感じで話す。相談するほどの悩みでもないし、これから去りゆく彼らに余計な心配を与えたくはなかった。

 

「うん、大丈夫。あとは任せて。何匹くらい下拵えしようか?」

 

「……。そうだな、とりあえずあるだけやっといてくれ! 食いきれなくても夜に回しちまえば良いだろ」

 

「それもそっか、了解。やっとくね」

 

分担も終了したところで、ベディヴィエール、クー・フーリン、わたしの三人は黙々と各々に与えられた作業に入る。

魚の内蔵を抜き取り串を刺す。自分でやって見て思うが、なかなかにワイルドな作業だ。おそらく、ここに来る前――普通の女子学生をしていた頃のわたし――には出来なかった事だろう。ほんとにこの数年で随分成長してしまったものだ。まあ、無人島でサバイバルしたりもしたし当然といえば当然なんだけど。そう言えばあの時はなんでこの作業してなかったんだっけ……と考えてフィンの存在に思い至る。採集メインだったころは、フィンがノリノリで魚の仕込みをしてくれていたのだった。

 

 

 

 

 

黙々と考え事をしながら作業をしていると、あっという間に全ての下拵えが終わってしまった。とりあえずクー・フーリンに完了した旨を伝える。

 

「とりあえずあるだけ終わったよー」

 

「おっ、さすがに早いな。オレももう終わりだ。あとは……ベディヴィエール、そっちはどうだ?」

 

「お待たせして申し訳ありません。こちらの用意も終わりましたよ」

 

ベディヴィエールの方を見ると、そこにはバーベキューコンロがセットされていた。その上に展開されたのはアルミホイル、そしてアルミホイルの上には玉ねぎと人参、しめじ。

 

「おっし、ならこの上に鮭を乗せてっと……あとは、パセリとバターだな」

 

軽快に仕込みをしていくクー・フーリン。彼に料理のイメージはあまり無かったので少し驚く。

 

「なんだ、オレの料理がそんなに珍しいか?」

 

「あ、顔に出てた? ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」

 

「いや、確かにオレもここではあんまり料理なんてもんはしてないからな。それこそあの赤い弓兵(エミヤ)やらの方がそっち向きだ。ま、でもオレも多少は出来るってわけ。ほらこんなふうにな」

 

話しながらも手を止めることなく、ちゃくちゃくと仕込みを済ませていくクー・フーリン。誇張ではなくほんとに料理ができるんだろうなと感じた。わたしは結構な期間長くいるのに、そのことに気づいてなかった。それこそ、既に去ったサーヴァント達にも、まだわたしの知らない側面があったんだろうとは思うけど、少しだけ寂しくなる。

 

「おし、これで仕込みは完了。あとは待つだけだな」

 

「それでは、私はこれで。後片付けなども私の方でやっておきますので、是非時間ギリギリまでお過ごしください」

 

「おう、ありがとよ、ベディヴィエール」

 

「ありがと、ベディヴィエール。また後でね」

 

「いえ、お二人の役に立てたなら幸いです。それでは」

 

そうしてベディヴィエールは再び空間から去っていった。クー・フーリンとベディヴィエールはおそらくこれでお別れだと思うのだが、あまりにもあっさりした別れ方だな、と私は思う。まあ、彼らのスタイルもあると思うし、あまり口出しをするべきではないかなと思って口を出さなかった。

 

この穏やかな時間もあとわずか……




ここまで読んでくださってありがとうございます。かなり間が空いてしまって申し訳ありません。
色々なことに手をつけている最近ですが、こちらのことも忘れず続けていきたいなと思います。(今日に間に合わせるために短くなったのは申し訳ないなという気持ちです。)
評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになります。いつも皆さんありがとうございます。

https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=135235
(評価はこちらから可能です。よろしくお願いします)

次回でちゃんと終わらせられるようにしたいと思います。今度こそ今年の六月中に完結させられるようにしたいのでお待ち頂けると幸いです。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。


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