悪平等のおもちゃ箱 (聪明猴子)
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無印編
安心院なじみの新たなる暇つぶし


「やあ、球磨川君。僕だよ。みんな大好きな美少女にして平等な人外安心院なじみさ。突然で悪いんだけどちょっとお願いがあるんだ。まあ当然のごとく拒否権はないよ。さすがに言彦にやられたのは堪えてね。今さっき復活したばかりなんだが、その足で親愛なる球磨川君に会いに来たわけなのさ。そんな健気な美少女のお願いは断らないだろ。そういえばちょっと見ない間に大嘘憑きが成長したようでうれしいよ。それでお願いだ。というのも今さっき異世界をぶらりと回ってきたんだがね。世界には主人公と呼ばれるような人が二、三人位いるのさ。ああ拗ねるなよ、君に会いに来たのは本当に復活してすぐさ。僕にとっちゃ君と話しながら異世界を巡るなんて容易いことだしね。そうそう話を戻そう。復活したばかりで調子が掴めないな。球磨川君には主人公になって欲しいのさ。その為に先輩たる現主人公に会って欲しいんだよ。君をマイナスとはいえ少しはマシにしためだかちゃんの様な主人公にね。もしかしたら君をプラスにしてくれるかもしれないしね。やる前から諦めるなよ。確率は相当低いだろうけどないわけじゃあない。できないものなんてないってことは僕が散々証明したんだからね。そうそう主人公には会えば分るさ。球磨川君の嫌いなエリートだから。才能に愛されたオーラがあるからね。そろそろ行ってもらおうか。前置きが長すぎるとテンポが狂うからね。あぁ言い忘れるところだった。その主人公ちゃんは今小三でね、球磨川君にはもう一度小学校生活を楽しんでもらう。逆行程度でやり直せる人生だとは思わないけれどね。安心しなよ。今更君のスキルを返せとは言わないさ。これ以上の質問は君が死んだ時に頼むよ。君の成功と勝利を僕は心より祈っているよ」

そういって生まれ変わるスキル『収監は第二の転生なり(セカンドライフ)』を学ランの少年に使う。

 

「さあ球磨川君。君が主人公に引き上げられるか引き下げるのか楽しみに見させてもらうよ」

 

 

 

 

 

『まったく安心院さんはいつも突然だぜ。それでその主人公ちゃんはどこにいるのかなぁ。安心院さんは会えばわかるって言ってたけどなぁ』

 

そう言って少年がベンチから身を起こすと、ポケットに紙片が入っているのに気づく。そこには私立聖祥大附属小学校の三年生であることと、明日から登校する事。

そして自宅の場所が書いてあった。

 

『おぉ本当に小学校からやり直すことになるなんて』

 

不思議な心地で自分の姿を確認するが、それは紛れもなく九歳の時の球磨川禊その人であった。

爽やかさなんて欠片も無い笑顔と混沌を煮詰めたかのような瞳。

それだけが依然変わりなく存在している。

 

大嘘憑き(オールフィクション)は使えるって言ってたけど却本作り(ブックメーカー)も問題なさそうだ』

 

スキルの効果は問題ないとは言えないがおおむね好調だった。

 

『まっ適当にやってみるか』

 

そうして球磨川禊は公園を後にした。

 



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過負荷転校

『清々しい朝だ。僕の新たな逆行チート生活に相応しいよ』『こうなると第一印象が重要だね。ミステリアスな転校生キャラとして、曲がり角でパンでも持って待っていようかな。制服だから同じ学校か分かりやすいし、この作戦は完璧だぜ』『よーしここから僕の逆行ハーレム物が始まるんだね』

 

初日から球磨川禊は学校に遅刻した。

 

『まさか学校にはバスで行くなんて思いもしなかったぜ。策士策に溺れるとはこの事だぜ』

 

歩いて学校に到着した時には四時限目が始まろうとしていた。

鍵の掛かった正門に螺子を螺子込み堂々と入って行った。

 

 

 

その日は四時間目までは、いつもの日だった。

いつも通りのカリキュラム。

昼飯前の最後の授業。

ほほえましい平穏な一場面。

そこにガラリと扉を開けて一人の少年が入って来た。

 

『こんにちはー。球磨川禊でーす。職員室でこのクラスに行けと言われたんですけど』

 

突然現れた見知らぬ人物に皆呆気に取られていると、いち早く復帰した教師が声を掛けてくる。

 

「あぁ今日転校予定だった……。何で遅れたの?」

 

『バスで登校するなんて知らなかったんですよ。だから僕は悪くない』

 

あっけらかんと言い放つ。

その言葉に何か言おうとするも、思い直しクラスに説明する。

 

「今日からこのクラスで学ぶことになった球磨川禊君です。自己紹介お願い」

 

『こんにちは。球磨川禊です。この学校が廃校になるまで短い間だけどよろしくね』

 

言葉を失う担任や一部の生徒とは裏腹に、廃校の意味がわからない生徒は首を傾げる。

そこを察した球磨川は言葉を続ける。

 

『簡単に言うと学校が無くなるまでって事かな』

 

今度こそ完全に沈黙した。

重苦しい空気を無視して紹介を締めくくる。

 

『これからよろしくね』

 

 

 

 

 

三人。

球磨川禊が転校してからの二ヶ月で代わった担任教師の数である。

そして球磨川は今や二人の生徒を除き、教師でさえ話し掛けない存在となっていた。

 

「球磨川君、学校にジャンプ持ってきちゃだめなの。足も机に上げないの」

 

『おいおいおいおいなのはちゃん。ジャンプを読むことは少年の義務だぜ。身体じゃない心、魂が求めてるんだ。それに僕が何を読もうと自由だぜ。なのはちゃんに何の権限があって邪魔するんだい』

 

「うぅぅぅ…で、でも学校には漫画は持ってきちゃだめだって言われてるの」

 

『何で?』

 

「え?」

 

『何で持ってきちゃだめなんだい』

 

「そ、それは…決まってるからなの」

 

『なのはちゃんは何も考えずに決まっているって理由だけで悪いと決め付けるのかい?誰がいつ作ったかもわからないものを盲目的に信じて。一方的に悪いんだと断定するのかい』

 

「えっと、それは…」

 

「球磨川君、そんなになのはちゃんで遊んだら可哀相だよ」

 

『すずかちゃんじゃないか。よっ昨日振り。でもいくら可愛いすずかちゃんでもジャンプの邪魔はさせないぜ』

 

「まず、机が汚れるから足を下ろした方がいいよ。あと読んでない人もいるから義務ではないかな。最後に授業中でも読んでることが問題だと思うよ」

 

「そうなの。すずかちゃんの言う通りなの。っていうかもう木曜日なのに何回読むつもりなの」

 

『やれやれ。すずかちゃんは厳しいぜ。これはあれかな。小学生は好きな子にはイタズラしたくなるってやつかな。あとねなのはちゃん、名作っていうものは何度読んだっていいものさ』

 

「それはないかな」

 

「週刊誌を名作って言う人初めて見たの」

 

そんな会話を遠巻きに眺めるクラスメイト。

怖いのだ。

彼等には理解出来ないから。

正体不明で意味不明で理解不能だ。

人間は自身より劣った存在がいると見下し、優越感を得ることがある。

しかしそれにだって限界はある。

足が無い者に対して早く走れるだとか、紛争地域の少年より頭が良いからといって優越感を得ることはない。

その優越感は哀れみという形を以って表現される。

自分より不幸せで可哀相となるのだ。

振り返って人間の最底辺とまで言われた球磨川禊ではどうか。

多くの人は不快になる。

球磨川はあらゆる欠点を持っている。

そうして見た者は一切の区別なく自分の欠点を、球磨川に見出だす。

見出だしてしまう。

自分の醜さを見せ付けているかのような態度。

明らかに劣り、不幸なのにヘラヘラ笑っている球磨川が不快で仕方が無い。

加えて人を馬鹿にした言動による自己紹介は、球磨川を孤立させるのに十分だった。

何故なのはやすずかのような美少女が話し掛けるのか、普通に接することができるのか分からないのだ。

彼等が恐怖と不快さを込めた視線で眺めていると、なのはとすずかは、会話を終えたのか弁当を持ってアリサと共に屋上に向かって行った。

 

「なのはもすずかも何であんな奴に話し掛けるの?」

 

「うーん、私も曖昧なんだけど球磨川君って変な人だけど悪い人ではないと思うの」

 

「うん。いじめを止められるのは本当に優しいからだと思うんだ」

 

「うっ、それは本当にごめん」

 

「もう気にしてないからいいよ。仲直りもできて友達になれたし」

 

そう言ってくれる親友を大切に思いながらアリサはある事件を思い出した。

忘れたくても忘れられない、まるで現実感のない事件。

 

 

 

球磨川が転校してきてから間もない頃。

すずかのカチューシャを取り上げた時だった。

 

「やめて。返してぇ」

 

しかし全く聞き入れないアリサと、傍観を決め込むクラスメイト達。

なのはが止めようと近付く前に球磨川は喧嘩に介入する。

しかも涙を流しながらである。

ボロボロと涙を流している。

喧嘩に怯えている様子ではなく、心底悲しそうな顔だ。

それが嘘臭い。

胡散臭い。

 

『辞めるんだっ。闘争は何も生まないんだ。争いを辞めて笑顔を浮かべれば万事オッケー。君達は争いを越えて親友になれるさ』

 

「はぁ?何言ってんのよ。あんたには関係無いでしょ」

 

しかし球磨川はそんな言葉をどこ吹く風で話続ける。

 

『なんて酷い事を言うんだ。同じクラスになった時から僕達は同じ授業を受ける運命共同体じゃないか。クラスメイトが喧嘩していたら止めるのが普通じゃないか』

 

「あんたなんか友達じゃないわよ。意味わかんないし気持ち悪いのよ」

 

その言葉を受けると、先程泣いていた事が嘘のように笑顔で言う。

 

『アリサちゃんはキツイね。これまで一緒に学んできたじゃないか。友達だと思ってたのは僕だけなんてひどいや。でも僕は諦めないぞ。これは相互理解が必要だ。可及的速やかに。そうすれば僕と君は友達。いやいや恋人になれるよ。というわけで僕と二人で話そうか。ここは人が多いから屋上にでも行こう。ここにはムードが足りないからね。愛を語り合うには相応しくないし』『まさかとは思うけれど逃げないよね。世界に名立たるバニングスカンパニーの御令嬢のエリート様が、只の平凡な小学生のお誘いから逃げないよね』

 

「言うわね。あんたと恋人になるくらいなら、舌噛んで死んでやるけど……良いわ連れていきなさい」

 

『オッケー』『なのはちゃん、すずかちゃんをお願いね。一人だと心配だから』

 

そう言うと連れだって教室を出て行く。

二人の少女に本当は良い人なんじゃないかと勘違いさせて。

そうしてアリサは、最低の過負荷と二人きりになってしまう。

口火を切ったのはアリサだった。

 

「何とか言いなさいよ。目的があったから連れてきたんでしょう。まさかさっきの言葉が本当だってことはないでしょ」

 

すると球磨川はおもむろにこちらを見下し、無駄に偉そうなポーズを決め、おまけにキメ顔でこう言った。

 

『君も初めは純真な少女だったのに、目立つ容姿をしているせいで人に避けられ、友達がいなかったんだよね。そのせいで人との関わりに慣れていないせいでこんな事をしちゃったんでしょ。本当は友達になりたかったんだよね。そうに決まってる』

 

図星を突かれアリサは動揺する。

球磨川の言葉は概ね真実だったし、アリサもすずかに意地悪をしたい訳ではなかったのだ。

感情を素直に表現する事が出来ないのはアリサの欠点であったし、球磨川に欠点を隠す事など不可能だった。

だからこれは当たり前の事だったし、この最低の過負荷と少なくない期間を過ごした、めだかや善吉には彼が弱点を突く事くらい予想出来た事だった。

しかしまだ出会って数日のアリサは、おおよそ考え得る限り最悪の選択をしてしまった。

 

「うるさい!!!」

 

バチンと思いの外大きな音が響く。

頬を叩く。

逆ギレ。

そんな言葉で表される行為だった。

普段なら絶対にしない行動。

仲裁に来たのが球磨川禊でなければここまでの間違いはしなかった。

只の気持ち悪く不気味なクラスメイトだと思っていた奴に、偉そうに自分の事を語られて、完全に冷静さを失ってしまっていた。

直ぐに後悔するが遅すぎる。

 

『やれやれ』『本当にアリサちゃんはお怒りの様だ』『どうすればいいかなぁ~』『どうしようかなぁ~』

 

彼にとって暴力は決定打にはなりえない。

今までだって自分より力の強い相手と戦ってきた。

自分よりはるかに優れた異常とも呼べる天才を相手にしてきたのだ。

スペックで負けているなんていつものことだ。

だから例え、若返り、身体能力が小学生のアリサ以下になったからといって悲観しない。

いつものことだ。

強いやつを卑劣で汚い不意打ちで弱いまま勝つ。

これは一度勝利したくらいでは揺らがない球磨川のポリシーのひとつだ。

 

『そうだ。良いことを思いついたよ』『僕をいじめればいい』『いらいらしているのなら僕を殴ってでもストレス発散すればいいよ』

 

「あんた…何言ってんのよ…。意味わかってんの?」

 

『勿論』

 

「あんた異常だわ。イカレてる」

 

『そうだよ。僕は弱くって壊れてて汚くてズルい頭のおかしい人間だ』『さあ』『さあ』『さあ』『やれよ、アリサちゃん。すずかちゃんにできて僕にはできないのかい。それとも僕には触れたくもないのかい。それならそう言ってくれよ』

 

そういってどこからともなく取り出した巨大な螺子で自分の小指を潰した。

グシャリと肉がつぶれる音と共に螺子が赤く染まる。

呆気にとられてアリサは反応できない。

球磨川はそんなアリサを一瞥もせず、そのまま薬指を潰す。

グシャ。

中指。

グシャ。

人差し指。

グシャ。

親指。

現実感のない音が連続で五回響く。

そうして笑顔で螺子をアリサの手に押し付ける。

ヌルリとした鮮血が手と制服を汚す。

 

『ほら。右手は全滅だ。これで一生野球ができなくなったよ』『さあ次は何処を刺す?』『左手?』『内臓?』『それとも顔面かな?』『螺子も触りたくないんだったら僕に言いな』『しっかり刺してあげるから』

 

限界だった。

元より球磨川の過負荷は常人が耐えられるものではない。

いくら大人びていようが只の小学三年生なんかに耐えられるわけがない。

 

「あ、あ、あぁあぁぁあああぁぁああああああああああああああああぁぁあ」

 

悲鳴を上げて逃げ出すアリサを無感動に見つめた後呟く。

 

『あらら。おかしいなぁ』『被害者は僕なんだけど。それにめだかちゃんがやってたって言う、上から目線性善説ってのをやってみたんだけどなぁ』『全然効果ないや。おかしいなぁ。これで今日からアリサちゃんとは友達になれるって思ったんだけど……』『これは戻ったらめだかちゃんにクレームを入れなきゃ』

 

そんなとぼけたことを言いながら大嘘憑きで右手の惨状をなかったことにしてクラスに戻った。

 

 

 

結論としてアリサとすずかとなのは親友になった。

帰ってきたアリサは泣きながらすずかに謝り、それを許すことでこの事件は終わった。

アリサは球磨川の手が何ともないのを疑問に思ったが、聞くことはしなかった。

仮に不思議な能力があったとしても、そんなことを知るより球磨川にかかわらない事の方が賢明な事のように思えていた。

敵対するという形でも関わりたくない。

それが今の球磨川に対する感情の全てだった。

教室から出た時と、帰ってきた時の態度のあまりの変貌ぶりに、球磨川に何か嫌な事をされたのかと聞かれたこともあったが、アリサは何もなかったと語り、球磨川も特にその話はしなかった。

そうして今では、球磨川をアリサが一方的に避けている。

親友にもあの奇妙な話はしなかった。

信じられるとかの話ではなく、なのはもすずかも球磨川には、友好的な態度で接していたからだ。

 

 

 

「アリサちゃん大丈夫」

 

アリサが昔の事を思い出していると、なのはとすずかが心配そうにこちらを見ていた。

本当に優しい友人だ。

これだけは球磨川に感謝してもいいかもしれない。



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容疑者 球磨川禊

「おやおや球磨川くん。死んでしまうとは何事じゃ。君はいつになってもすぐに死んでしまうね。僕がちょいと寝ている間に少しは強くなったと聞いていたけれど身体能力は相変わらず貧弱ここに極まれりと言ったところかな。しかし君は本当に過負荷な奴だよ。大嘘憑きが無い時には滅多に死なないのに、なかったことにできるとなると君は毎週のように死んでしまうんだからね。まったく君を照らし続ける過負荷の星って奴は世界を跨いだくらいじゃ君を離してはくれないらしい。おっと『安心院さんも死んだくらいじゃ離してくれない』なんて随分冷たいことを言ってくれるじゃないか。そんなことは言いっこなしだよ球磨川くん。7932兆1354億4152万3222個の異常性(アブノーマル)と、4925兆9165億2611万0643個の過負荷(マイナス)、合わせて1京2858兆0519億6763万3865個のスキルを持つ僕にとって、世界を移動することなんてわけないことだし、何より君は僕が初めて期待した人間なんだぜ。この悪平等に肩入れされてる自覚を持って欲しいね。そうそう、球磨川くんもたまには良いこと言うじゃないか。球磨川くんをここに呼んだ理由だったね。はいっ。球磨川くんでも見れば分かると思うけれど、一応説明してあげよう。それは温泉旅館の招待券だ。ああ勿論日頃小学生を演じている君の疲れを労う為の物ではないよ。第一君は四歳の頃から医者を脅迫するような過負荷野郎だろう。普通の小学生なんか演じられるような器用さなんか無いことは分かっているさ。それは次のイベントの舞台への入場券と言ったところかな。今はそれだけしか言えないけれど僕は球磨川くんを応援しているよ」

 

 

 

 

 

私高町なのはは、現在ちょっと平凡とは言えない魔法少女をしています。

きっかけは数日前の傷だらけのフェレットを拾った日のこと。

深夜に助けを求める声を聞いて、家を抜け出した先で昼間に助けたフェレットと黒い化け物を見つけました。

話を聞くと、フェレットはユーノ君と言う名前の魔法使いで、黒いスライムみたいな化け物は、ジュエルシードという魔法の道具の暴走体だというものでした。

ジュエルシードは願いを歪んだ形で叶える魔法の道具で、とても危険な物だが、ユーノ君はそれを運ぶ途中に事故でこの町に落としてしまいました。

ユーノ君はそれを回収に来たが、ジュエルシードの暴走体が思いの外強くて苦戦していたと言うのです。

だから協力者を探して、魔法の素質のある人にだけ伝わる念話というもので連絡を図ったと説明し、本当に申し訳ないが、探すのを手伝って欲しいとお願いしてきました。

私は自分に魔法の力があるのに驚きましたが、私しか頼れる人がいないと聞き、集めるのを協力することにしました。

そんなこんなで、魔法少女?(魔導師)になって今日も活動中です。

 

 

 

深夜にユーノ君がジュエルシードの反応があると言うので、急いで現場に向かった。

そして到着した瞬間、その惨状を見て絶句した。

ブロック塀が崩れ、街路樹や電柱が折れている。

そして角を曲がってすぐの所にクラスメイトの球磨川君と、ジュエルシードの暴走体がいた。

だが球磨川君はボロボロで生きているかも怪しい姿で倒れていた。

倒壊したブロック塀にもたれ掛かり、既に事切れているかのようになのはに反応しない。

頭からは血を流し、足が変な方向に曲がっている。

際限なく流れ続ける血が、道路を染めている。

息が詰まり、心臓が痛くなる。

酸素が足りなくて思考が纏まらない。

涙が勝手に零れる。

 

「く、球磨川君…」

 

予想外に大きな声が出る。

すると声に反応したのかこちらを向く暴走体。

一瞬身体を縮めたかと思うと、脈動するようにスライム状の身体が波打つ。

そして身体の触手を伸ばし、襲い掛かってきた。

反射的に魔法の杖であるレイジングハートでプロテクションを張る。

 

《マスターしっかりしてください。今は目の前の敵を》

 

レイジングハートが私に何か言っているがわからない。

なんで球磨川君がという思いが何度も思考を過ぎる。

 

「なのはしっかりして。今はジュエルシードを封印するんだ。彼は僕が助ける」

 

助ける……助けられるかもしれない?

今はこんなことをやっている場合じゃない。

邪魔するものは全部倒す。

レイジングハートを構え、呼吸を整えて叫ぶ。

 

「レイジングハートセットアップ」

 

光りが身体を包み、魔法の鎧であるバリアジャケットが顕現する。

 

「ユーノ君球磨川君は大丈夫?」

 

『僕の人生に大丈夫な時なんかないよ。でも死ぬ程っていうか死んだけど今は生きてる』

 

「良かった。今封印するから待ってて」

 

『あれ?』『なのはちゃんはコスプレイヤーだったんだね。魔法少女コスかなぁ。これで大きいお友達も釘付けだー』『かっこいー』『かわいー』『一枚写真いいですか?』

 

「ユーノ君?何を言って――」

 

そう言いながら振り返ると、まるでいつもと変わらない球磨川君がいた。

聖小の制服に、ヘラヘラした笑顔。

淀んでいて、死んだ人間の様な目をした男の子。

まるでさっき見た光景が、嘘だったかのような姿。

 

「く、球磨川君?え…う、嘘?何で…さっき……よかったぁ」

 

何を言うべきかわからない。

思考をそのまま言葉にしたかのように、脈絡のない言葉が飛び出す。

さっきの光景は見間違いだったのか。

あんなに鮮やかな赤に染まっていたのを見間違えるなんてことがあるのか…なんて思考してしまう。

だけどそんなことはどうでもいいとも思う。

球磨川君が死んでない。

助かった。

それだけで今はいい。

 

『おーい。なのはちゃん怪物が襲って来てるけど』

 

はっとして再びプロテクションを張って体当たりを逸らす。

球磨川君がすごーいとかさすが特別だなんて言ってるのを、今は無視して暴走体の封印に取り掛かる。

球磨川君の応援のせいで、いつもより何倍も疲れたけれどどうにか封印を施す。

 

「ジュエルシードシリアル21封印」

 

「お疲れ様。なのは」

 

『お疲れー』『それにしてもなのはちゃんが本物の魔法少女だったなんて驚いたよ。学校でもフェレットに話し掛けているから、なのはちゃんは頭がどうかしちゃったのか、与次郎ちゃんと同じ病気にかかったのかと思ったよ』

 

そして、やっぱりなのはちゃんが主人公だったか、と付け加える様に呟いたが、それは小さすぎて二人の耳に届くことはなかった。

 

「頭は大丈夫だよっ。それに与次郎ちゃんって誰。それって中二病だよね。私そんな風に思われてたの!?ていうか見られてた。ユーノ君に念話を使わずに話していたのが見られてた。うぅぅぅぅぅ。く、球磨川君だけだよね気付いてたの」

 

『さぁ?』

 

「さあって……」

 

そこにオズオズとユーノ君が入って来る。

 

「それより球磨川君だったかな。傷は大丈夫かい?僕たちは君が血まみれで倒れてたのを見たと思うんだけど」

 

自信がないのか、声が小さくなっていく。

 

『わー』『オコジョが喋ってる』『すごーい』『なにあれ』『どうなってるのー』『はっ』『このオコジョをテレビ局に持って行けば、僕は一躍人気者。そしてペットショップなんかに売れば大金持ちだ』

 

「え」

 

『そうと決まれば早速』

 

「駄目なの球磨川君。ユーノ君は我が家のペットなの」

 

「な、なのは君は僕をそんな風に…」

 

助けたのに何故か落ち込むユーノ君。

なんでだろう?

 

『それは残念』『そういえばなのはちゃんは、何であんな怪物と闘ってるんだい』『脅されているのかい』『それとも洗脳でもされているの?』

 

「脅してないし、洗脳なんてしてないよ」

 

『へー』『じゃあ時給はいくら?』

 

「これは人助けなの。ボランティアだからお給料は出ないの」

 

『えー』『なんてこった』『本気かいなのはちゃん。怪物と戦うんだぜ。それなのにお給料も見返りもないなんて……』『もしかして僕の小学生の時の先生が行わせていた、ボランティアと言う名の強制労働なのかい?』『それともなのはちゃんは戦闘狂と呼ばれるような人種なんじゃ…』

 

「そんなんじゃないよ。球磨川君は私を何だと思ってるの。高町家の家訓は、困っている人がいて、助けられる力を自分が持っているのなら躊躇うな…だから!!」

 

『ふーん。立派だ』

 

「にゃはは。ありがとう」

 

『それであの怪物は何だい。ふざけてないでいい加減説明してくれるとありがたいんだけど』

 

「もぉ、今までふざけてたのは球磨川君だけだよ」

 

 

 

そうして私はこれまでの経緯を話した。

ユーノ君のこと、ジュエルシードのことを包み隠さず話した。

話してしまった。

 

『全部ユーノ君のせいじゃん』『街で怪物が暴れるようになったこと』『そのせいで僕が死んだこと』『全部が全部君のせいだ』『それなのに回収を手伝えだなんて、そんなに恥知らずな奴見たことないぜ。パープルヘイズだってそんなこと言わないよ』

 

「球磨川君っ!?ジュエルシードが地球に落ちちゃったのは事故だったんだよ。ユーノ君は悪くないって」

 

『いやいやそんなことはないんだぜなのはちゃん。故意や過失に関わらず、責任は生じるものなんだ』

 

「そんな…」

 

「はい。球磨川さんの言う通りです。なのは僕の為にありがとう。だけどこれは僕の責任なんです」

 

『そうだ君が起こしたことだ。君のせいだ。』『……それで君はこれからどうするのかな?』

 

「なのはには手伝ってもらいます。本来なら一人で行うのが正しいんでしょうが、できそうにありませんので。ジュエルシードを可及的速やかに回収し、できる限りのお礼をします」

 

『ふーん』『模範的な回答だ。なのはちゃんはそれでいいんじゃないのかな。自主的に行っているみたいだし』

 

「そうなの。自分でユーノ君を手伝うって決めたの」

 

『じゃあ他の事はどうするんだい』『君がばらまいたジュエルシードが破壊した家の塀、電柱や道路なんかの公共物。破壊した責任は誰が取るのかな』『それとも君は、魔法を知らない人が悪い』『だから僕は悪くない』『なんて言うつもりなのかい』『魔導師って奴は随分無責任で卑怯な存在なんだね』

 

「……」

 

『簡単じゃないか。自分が過失を犯した時は事情を説明して誠心誠意謝る。これしかないだろう』

 

「ですがっ魔法技術を勝手に管理外世界に伝えるのは、管理局の法律に――」

 

『そんなの君達の都合じゃないか』『でもいいんだよ』『恥知らずで』『みっともなくて』『卑怯で』『無責任で』

 

球磨川君が今までの責めるような口調を一変させ、優しく諭すように続ける。

 

『それがユーノ君らしさなんだから』『皆君の立場だったらそうするしかないさ』『回収しようとするだけ君は良識のある人間だ』『事故なんてどうしようもないさ』『むしろユーノ君は被害者だよ』

 

『だから君は悪くない』

 

 

 

 

 

ユーノがジュエルシード回収の際に遭遇した少年は球磨川禊と名乗る、なのはのクラスメイトだった。

ヘラヘラとした笑顔と、底の無い闇の様な目が特徴的な同年代の少年だった。

ユーノは彼が苦手だった。

喋る言葉どころか、存在全てが嘘のような少年。

彼はなのはの説明を聞くと、僕の責任を追及し始めた。

ジュエルシードの管理責任やそれに伴って起きた被害。

それは管理外世界では、被害者に説明できないものだった。

なのはは、現地協力者であり、仕方ないとも言えるが、普通は魔法技術を管理外世界に伝えることは違法なのだ。

自分の責任だがどうもできない。

何か償える方法がないか思考していると、彼は突然態度を一変させて言った。

 

『君は悪くない』

 

わけがわからない。

今まで嬉々として僕の責任を追及していた者の言葉だとは、思えない。

そう思うのが当たり前だった。

呆れたり、不可解に思う筈だった。

しかし、ユーノを襲ったのは全く正反対のモノだった。

全肯定される。

自分でさえ認めたくないような欠点を。

それも自分らしさだと。

自分が悪いと思っていたことを違うと言ってくれる。

自分の欠点を認めながら、『君は悪くない』と言う彼の言葉は心地良いものだった。

全肯定してくれることは、ユーノの心をじわじわと犯した。

仕方ないかもしれない。

さっきまで自分の所為だと思っていたことが、そう思えた。

そして、その考えは自分の心を大いに軽くしてくれた。

 

「だめ、だめだよユーノ君。私も考えるし手伝うから、頑張ろうよ」

 

その言葉にジュエルシードの回収を手伝ってくれた少女を思い出す。

自分のミスを取り戻すことに、見返りを求めず手を貸してくれた少女。

ここで自分の責任を投げ出すことは、彼女を裏切ることだ。

ユーノは気付くことはなかったが、ここで踏み止まることができなければ自分の生き方、過去の自分自身すら裏切ることになっていただろう。

 

「大丈夫。ありがとうなのは。球磨川さん、僕は魔法を明かさないで、償える方法がないか模索します。自分の行動の責任は自分で持ちます」

 

断ると同時に、先の発言は取り返しのつかない過負荷にさせるものだったのだと直感的に感じた。

 

「私も手伝うよ」

 

なのはが力を貸してくれることが、弱い心に立ち向かう勇気をくれる。

自分はこんなに単純な男だったのかと自分でも驚く。

 

『そっか』『残念だぜ。ユーノ君も過負荷の道に引きずり込んでやろうと思っていたのに』

 

彼は何でもないことのように最低な発言をする。

でも本当に危なかったと思う。

彼は本気だった。

彼はユーノが恥知らずで、みっともなくて、卑怯で、無責任になったとしても、それを知りながらも君は悪くないと言うのだろう。

被害者だと。

温い友情という言葉が浮かぶ。

悪くない、仕方ない。

その言葉は人を腐らせる。

その甘さに一度浸ってしまえば、自分が最悪だと自覚しながらも、罪悪感なんて感じずに楽しく暮らせるのだろう。

一度開き直ってしまえば、プラスに戻るのは至難だろう。

いくら自分が、事故の対応や見知らぬ管理外世界に参っていたと言っても、仕方ないなんて思う。

いや思わされたのは怖かった。

もしもなのはがいなかったら、踏み止まれなかっただろうという確信があった。

それが本当に怖かった。

 

『じゃあもう僕は帰るよ。子供は寝る時間だしね』『また明日とか』

 

そう言って彼は帰って行った。

口を挟む暇もないあっさりとした帰宅で、その背中を呆然と、眺めることしかできなかった。

あんな言葉や雰囲気は子供の、ましてや小学校三年生が出していいものではなかった。

いや、人間の出していいものですらないだろう。

人間ではなく、闇そのものや、邪神だと言われた方が信じられる存在だ。

 

「なのは……すごく言いにくいんだけど………彼って何者?」

 

「うーん…私と同じ学校に通うクラスメイトだと思ってたんだけど……」

 

「変わった所とか能力とかは知らない?」

 

「変わった所は沢山あるけど。能力って??」

 

「僕達が到着した時に、彼は怪我をしていたよね。それも命の危険があるくらいのものを。むしろ死体に近かった。それを僕達は見ていた。だけど彼は突然立ち上がったんだよ………。その時には彼は、さっきみたいに無傷だった。まるで見間違えだったかのように。場面が切り替わるように。始めから傷なんかなかったみたいに。始めは僕も見間違いかと思ったんだ。咄嗟に最悪のイメージを考えてしまったんだって。でもそんなことおかしいし普通じゃない。彼は擦り傷さえ負ってなかったのに大量に出血、骨折しながら倒れていたと見間違うなんて。幻術や高速回復のレアスキルを持ってるって考えた方が自然。彼は明らかに異常だ。僕は、彼がジュエルシードを狙う次元犯罪者でもおかしくないと思ってる。彼は信用できない」

 

自分でもらしくなく辛辣な言葉を使っている自覚はあるが、彼にはそうせざるをえない気味の悪さがあるのだろう。

 

「ユーノ君、球磨川君は少し…かなり性格に難があるけど悪い人じゃないと思うよ」

 

「わかってるよ。まだ全然情報なんかないし、憶測の域を出ないものだ。そもそもなのはと同じ学校に通っている目的なんて仮説さえ浮かばない。でもあらゆる可能性を考えるべきだと思ってる。彼は少なくとも魔法の存在を知っていたと思うしね」

 

「球磨川君が魔法使いってこと?」

 

「うん。彼はクラスメイトが魔法使いで、ジュエルシードの暴走体に襲われたのに全然動揺してなかったからね」

 

「あっ……そうだね。球磨川君いつもあんな調子だから気がつかなかった」

 

「そっか。なのはは、明日も学校で会うんだよね。警戒はした方がいいよ」

 

「そうだね……。気は進まないけど…」

 

気持ちを入れ換える用にゆっくりと頷く。

 

「うん。そうした方がいい。じゃあ警察には悪いけれど今回は結界張れなかったし、すぐに離れ………」

 

僕は最後まで話し続けることはできなかった。

今の今まで倒壊し、散乱していたブロック塀が。

真ん中からへし折れていた街路樹が。

砕かれていた電柱が。

ジュエルシードの暴走体によってもたらされたありとあらゆる痕跡がなかった。

最初からそんなものはなかったみたいに。

完璧に一片の陰り無く修復されていた。

まるで質の悪い冗談みたいに。

 

 

 

 

 

当の球磨川は、そんな話をされているなんて露ほども思わず、歩いていた。

手の中の温泉旅館の招待券を弄びながらだ。

この招待券は、つい先程死んだ時に平等なる人外から渡された物だ。

彼女は多くは語らなかったが、次のイベントの舞台になるらしい。

 

『温泉ねぇ』『どうせなら混浴がよかったのに。安心院さんは配慮が足りないなぁ』

 

ここで球磨川はある大切なことに気付く。

 

『あっ』『しまった。なのはちゃんの魔法少女コス撮るの忘れてた』『くそぅ。なんてこった』『まっいいか。明日学校で撮らせてもらおう』

 

殺された直後とは思えない発言だった。

球磨川禊にとってもクラスメイトが魔法使いだったなんてことは驚くべきことだ。

でもそれだけだ。

それ以上が無い。

しかしそれも当然というもの。

箱庭学園には、それ以上の騒動も多々あった。

異常でない所がない学園とその生徒達。

異常(アブノーマル)極まる天才達。

弱点や欠点を武器に戦う過負荷(マイナス)

途方も無い数の個性を持つ悪平等(ノットイコール)な人外。

魔法のような言葉を操る言葉使い。

不可逆デストロイヤーにして古き英雄の残響。

そしてそれを時に越える普通の努力と絆。

その騒動の渦中に存在し、火種を作ったこともある彼にとってクラスメイトが魔法使いだったなんて、驚くべきことであっても、混乱したり、生き方を変える理由にはならない。

まあどんな理由があっても、球磨川禊が生き方を変えるなんてことはないのだが。

更正しても改心しても生き方は変わらないのだ。

弱くても勝利を諦める理由にはならない。

あいつらに勝ちたい。

格好よくなくても強くなくても正しくなくても美しくなくとも可愛げがなくとも綺麗じゃなくとも、格好よくて強くて正しくて美しくて可愛くて綺麗な連中に勝ちたい。

才能に恵まれなくっても頭が悪くても性格が悪くてもおちこぼれでもはぐれものでも 出来損ないでも、才能あふれる頭と性格のいい上り調子でつるんでいるできた連中に勝ちたい。

友達ができないまま友達ができる奴に勝ちたい。

努力できないまま努力できる連中に勝ちたい。

勝利できないまま勝利できる奴に勝ちたい。

不幸なままで幸せな奴に勝ちたい。

嫌われ者でも!憎まれっ子でも!やられ役でも!主役を張れるって証明したい!!

それが彼の生き方で信念だ。

 

『うーん』『今日はエロ本でも買って帰るか』『身体が若返った反動か裸エプロンに惹かれるんだよなー』『もう僕の中では終わったトレンドかと思ったんだけどなー』

 

そんな球磨川はユーノの仮説を嘲笑うかのようにくだらないことを言っていた。

いつものように自然体で。

ヘラヘラと笑いながら。

そして青い菱形の宝石を見つけて足を止める。

 

『うーん』『ジュエルシードみたいな危険物が町に普通に落ちてていいのかなぁ』

 

拾い、手の中で遊ばせながら笑う。

 

 

 

彼は確かに最低の過負荷(マイナス)を持っているが、それはレアスキルみたいなプラスのものではないし、幻術とか超回復とかそんなチャチなもんじゃなくもっと恐ろしいものだ。

加えて彼は次元犯罪者よりも最低ではあるが、地球やミッドチルダの法では犯罪者として裁ける者ではない。

魔法よりも突飛なものは見てきたが、魔法なんて一時間前まで知らなかったし、使える筈もない。

そもそもリンカーコアさえ無いのだから当然だ。

まあ言ってしまえば、ユーノの仮説は全て間違っている。

正解だと言えるのは、球磨川禊の評価位だろう。

ユーノはこの広い次元世界で最も、球磨川禊の最悪なマイナス思考と精神に近付いた人間だった。




補足しておくと、めだか世界は異世界で、次元世界とは違います。
海鳴に来てるのは人外だけですんで。


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大噓憑き

球磨川がバスに乗ると今までの話し声が嘘のようになくなるという、今やすっかり日常となった光景を当の本人は意に介さず話し掛ける。

 

『おはよう皆』『清々しい朝だね』

 

「おはよう球磨川君」

 

「おはようなの」

 

バスに乗る生徒の殆どが顔を背ける中、すずかとなのはだけが挨拶を返す。

そしてなのはの警戒したような顔を気にも止めず、話し掛ける。

 

『おーい』『なのはちゃーん』『昨日撮り忘れた魔法少女のコスプレ撮らせて』

 

「にぃぃやあぁぁぁあああああああああああ。何言ってんの??何言ってんのぉぉおおぉ」

 

なのはが神速で飛び上がり、掴み掛かる。

 

『あれれ』『どうしたんだよ。そんなに慌てて。僕だったからよかったけれど、いきなり叫びだすなんて頭のおかしい奴だと思われちゃうぜ』

 

「何言ってんの誰のせいだと思ってんのぉ」

 

なのはは涙目になっていた。

哀れ。

 

『昨日の夜はあんなに魔法少女してたじゃん』『リリカルマジカルしてたじゃん』『ノリノリだったじゃん』『まさにコスプレイヤーの鑑』『大丈夫』『恥ずかしがることはないさ』『趣味は人それぞれなんだから』

 

「にゃあああああぁぁ、違うのぉ違うの、あれはなのはの趣味じゃないんだよぉ。人助けの為に仕方なく」

 

『分かった分かった』『なのはちゃんは人助けの過程で恥ずかしい格好をしてるんだよね』『仕方なく』

 

「そうだよぉ。周りの人を勘違いさせるようなこと言わないで」

 

『オッケー』『じゃあ僕はバスの中では少年ジャンプを読む派だから』

 

そういって球磨川が座ると、隣接する席から人が立ち去るが、気にせず球磨川は前の座席に足を置きスタイリッシュにジャンプを読み始める。

少女が何とか誤解を解いて、安堵して席に座るが――

 

「なのはちゃんコスプレする人助けって何?」

 

「危ないことしてない?大丈夫?」

 

「あ」

 

「変な人に強制とかされてない?」「相談に乗るわよ」「明らかに怪しいよ」「魔法少女の格好を強制させるなんて変態よ」「仕方なくってどんな状況だったの?」

 

「あ、あ、あああああ。く、球磨川くんのばかぁぁあぁぁぁあああ」

 

少年は「さっき言ったばかりなのにまた叫んでいる」と溜め息を吐いた。

 

 

 

結局なのはちゃんは放課後まですずかちゃんとアリサちゃんに問い詰められていた。

時折こちらを恨む様に睨んでいたのが印象的でした。

 

 

 

学校からの帰り道を一人で歩く。

 

『あ』『ジュエルシードをなのはちゃんに渡すの忘れてた』『なんてこったい』『結局なのはちゃんも写真を撮らせてくれなかったしなぁ』

 

「そこの貴方、ジュエルシードを渡してください」

 

目的も無く町をうろついていると凛とした声を掛けられる。

そういえばめだかちゃんは元気かなーなんて思いながら振り向く。

そこには金髪ツインテの美少女が斧を構えて、オレンジ髪犬耳の女性といた。

 

『…何……だと…!?』

 

「ジュエルシードを渡してください」

 

少女は再び先程の台詞を繰り返すが、球磨川の耳には入ってなかった。

魔導師しか知らないジュエルシードを知っている。

どうでもいい。

斧を構えて敵対的な姿勢である。

どうでもいい。

そんなことよりも大切なのは一つ。

 

『スク水マント……だと…!?いや誤解して欲しくないんだけどその格好が似合ってないとかそういうのじゃないよ。ただ純粋な疑問なんだ。似合ってはいるんだよ。それを見た後じゃそれしかないってくらい似合ってはいるんだよ。でも天下の往来でそれはどうなのかなって。その格好は僕と二人っきりの時だけにし欲しいね』

 

「「えっ」」

 

「へっ、変態だー。ふぇっ、フェイトこいつ変態だよっ。逃げよう。こういうのは関わらないのが一番だ」

 

「でもジュエルシードが」

 

「そっそうだったね。おい変態。さっさとジュエルシードを置いてどっか行け。いっとくけどフェイトには指一本触れさせないからな」

 

『うん?』『なんだいジュエルシードって』『そんな物僕は知らないなぁ』『それにいきなり人の物を寄越せだなんて女性のすることじゃないぜ』

 

「………青い菱形の宝石です。私にはそれが必要なんです」

 

『うーん』『残念だけど数字が刻まれた魔法の宝石なんて知らないなぁ。見つけたら連絡するよ』

 

「知ってるじゃないですか」

 

「分かっていてしらばっくれているなら容赦しないよ」

 

そう言うと少女は降ろしていた斧を構え、犬耳の女性は拳を構える。真っ黒な柄に映える黄色い光刃は、明確な敵対の意思を感じさせた。

 

「フェイト私がやるよ。相手はリンカーコアも持ってないみたいだし」

 

『物騒だなぁ。やめてくれよ』『僕は小学校ではフェミニストの会の会長として皆に慕われているんだから。何しろ今までの人生で、女性を傷付けた事が無いのが僕の誇りだからね』

 

「いいから渡してください。私にはそれが必要なんです。渡せば危害は加えませんから」

 

『すごいなぁ』『僕の持ち物を脅し取ろうとしているのに、渡せば危害は加えないなんてなかなか言えることじゃあないよね』『そんな交換条件みたいに言えるなんてさ』『さぞかし立派に育てられたんだね』『親の顔を見てみたいよ』

 

「こいつフェイトのことを何も知らないで――」

 

『うーん』『僕もフェイトちゃんがあの人に虐待されてるってことくらいしか知らないからね』『隠してるけど背中。相当傷だらけだよねー』

 

「なっ、こいつプレシアを――」

 

「母さんを知っているの!?」

 

『いや全然』『へー虐待してたのは、フェイトちゃんのお母さんでプレシアさんって言うんだ』『覚えとこっと』

 

地球上で一番弱い生き物であり、弱さという弱さを一つ残らず知り尽くしていると豪語する球磨川禊にとって、相手の弱点や死角、突くべき隙を見抜くことなど朝飯前であった。

球磨川はフェイトが虐待の傷を隠して行動していることを見抜いて鎌を掛けたのだった。

 

「ひっ」

 

二人は遅蒔きながらようやく理解した。

この少年が普通じゃないと。

この男の危険性は、リンカーコアの有無や身体の強さ等ではないと。

真に異端なのは性質じゃなくて性格にこそあると。

いっそ人格とか心とかそういうものだ。

 

『じゃあ君達はプレシアさんとやらの為にジュエルシードを集めてたんだね』『どうしたんだい。そんなに驚くことじゃあないだろう』『君達はジュエルシードを自分達で使うようなタイプには見えないし』

 

「っ、渡さないなら仕方ありません。痛い目にあって貰います。殺しはしませんので安心してください」

 

ここでフェイトとアルフは、最悪の手に出てしまった。

自分達の内面に土足で踏み入るような言葉に耐えられず、実力行使に出たのだ。

真に恐るべきはその性格だとわかっていながら、ただ黙らせたい一心で襲い掛かったのだ。

フェイトは苦悶するように顔を歪めたまま、手にした斧を振り下ろす。

 

『うわっ』『すぐに戦おうとするなんて短絡的だよ』『僕達は分かり合えるって』『危なっ』『暴力は振るう方も振るわれる方も傷つくんだよ』『話せば分かるって』『握手をしよう』『そしたら僕達は今日から友達っ』

 

ひらりひらりとその斧を避けながら球磨川が言う。

 

「話すことなどありません」

 

そう言いながら放った魔法が球磨川を捉える。

そして後頭部から道路に倒れた。

ごんっと硬い何かがぶつかる音と共に。

 

「「えっ?」」

 

呆けた顔の二人の足元へと赤い液体が広がる。

ひどく生々しく、鉄臭い液体。

 

「えっ?何で?」

 

球磨川が知る由もないことだがフェイトの放ったフォトンランサーと呼ばれる雷の魔法は、そこまで威力のあるものではない。

魔法の中では初級のものだ。

また魔法は殺傷設定と非殺傷設定というものが存在し、魔法による攻撃で物理的破壊を伴うか決められるのだ。

フェイトは非殺傷設定で魔法を放った。

だから普通人は死なない。

死なない筈だ。

衝撃や痛みを感じさせることはあっても殺すことはできない筈だ。

しかし死んでいた。

運悪く。偶然に。余波で。

魔法を喰らい、衝撃で道路に倒れ込み、頭を打って、死んでいた。

たしかに非殺傷設定では直接人を殺すことはできないが、間接的には殺せる。

非殺傷設定の魔法では痛みを与えたり、意識を奪うことしかできないが、それだけで人を殺すには十分だ。

意識が無く受け身も取れずに頭から倒れ込めば死ぬ危険は十分ある。

ましてそれが雑魚と言ったら魚に悪く、空気より無抵抗とまで言われた球磨川禊であれば。

 

「…嘘…非殺傷設定は?…」

 

アルフは何も答えられない。

人を殺した。

誰が?

私が。

 

「うそ…嘘だよね」

 

アルフには答えられない。

二人には受け入れられない現実が重くのしかかる。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 

『そう大嘘憑き』『これが僕の過負荷だ』

 

球磨川禊はそう答えた。

死んだ人間が返事をするという現実に呆然とするフェイトの隙を無数の螺子が襲う。

咄嗟に後ろに避けようとして地面に転がった少女の衣服を、何本もの螺子が貫く。

そしてコンクリートの道路を易々と貫いて、少女を地面に縫い付けるように固定した。

 

「フェイトっ」

 

『近付かない方がいいよ』『まあアルフさんがフェイトちゃんを見捨てられるんなら別だけどね』

 

仰向けに固定されたフェイトの頭上で、手の平大の螺子を弄びながら脅迫する。

 

「…あんた死んでたんじゃ……幻覚の魔法か…」

 

『違うよ。大体リンカーコアだっけ?そんなの持ってないし』『なにより魔法なんてプラス、僕に使えるわけないじゃないか』

 

茫然自失であったフェイトは、ようやく死んだ筈の球磨川が自分を拘束していることを理解すると、顔を青ざめさせる。

フェイトには球磨川がわからない。

初めて遭遇する種類の人間にフェイトは恐怖した。

怖い。怖い。怖い。

死んでいたのではなかったのか?

何故魔力を持たないで戦える?

二対一で自分の方が圧倒的優位ではなかったのか?

そんな疑問がぐるぐるとループする。

 

「信じられないね。リンカーコアだって偽装してるんじゃないか?第一魔法が使えないならさっきのあれは何さ。治癒、回復のレアスキルとでも言うのかい」

 

『レアスキル?いや全然違う。僕のは過負荷(マイナス)だ』『治癒能力のように前向きな能力が』『僕のようなひねくれ者から生まれるわけがないだろう』『現実を虚構(なかったこと)にする』『それが僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」だ』『この世で最も取り返しのつかない過負荷なんだぜ』『それで僕が死んだという現実を「なかったことにした」だけさ』

 

「なかったことに……する…?そんなのあるわけない」

 

『そんなに簡単には信じられないかぁ』『そうだ』『ジュエルシードをなかったことにした』

 

ポケットから取り出したジュエルシードが手の平から消滅する。

 

「嘘、ジュエルシードの反応が消えた…?」

 

まるで煙のように影も形もなくなった。

魔力も残さず。

初めからそんな物は無かったかのように。

 

「……そんな」

 

『これで信じてくれたかな』『信じられないならそこにある君の斧でもなかったことにしてみようか?』

 

「やだっ。やめてっ。信じる、信じるから」

 

『それはよかった』

 

「暴力は嫌いなんじゃなかったのかい」

 

『うん嫌いだよ』『でも嫌いだからって逃げてばかりじゃ良くないと思うんだ』『あと言っておくとね』『僕が紳士だからって自分から襲っておいて反撃されないとでも思っていたのかい?』『甘ぇよ』『…が』『その甘さ』『嫌いじゃあないぜ』

 

「……話せば分かるってのも嘘かい?」

 

『僕は話す為の努力は惜しまない質なんだ』『それにね』『殺しはしないから安心してくれていいぜ』『さて』『それでは話して欲しいね』『何でジュエルシードが必要なのかを』

 

「…………」

 

「私達はプレシアに集めて来いって言われただけだ。だからプレシアが何に使うつもりなのかは知らないんだ」

 

「アルフッ」

 

「フェイト、今は仕方ないだろう」

 

『そっか』『じゃあもうひとつ』『僕に謝って欲しいね』『いわれなき暴力やあどけない迫害に僕が慣れてるって言ってもね』『死ぬのだけは嫌なんだよ』『いくら「大嘘憑き(オールフィクション)」があるとはいえ』『お喋り好きな人外に笑われちゃうから』『だから「ごめんなさい」って』『ひと言謝ってくれたら許してあげるよ』

 

「……ご…ごめんなさい…」

 

『えっ!?』

 

「ごめんなさい。私からも謝るよ。私はどうなってもいい。だからフェイトだけは、フェイトだけは許してくれないか」

 

『えっと……』『こんなに素直に謝られるとは思わなかったから驚いただけだよ』『おかしいなぁ』『ここはあと二段階くらい好意を踏みにじられる場面だと思ったんだけどなぁ』『また勝てなかったみたいだ』『こんなに普通な子と会うのは、僕のような過負荷には珍しい』『うん勿論許すよ』

 

服から螺子を抜きながら手を差し出す。

 

『立てるかい』『次からは無抵抗の相手に襲い掛かったりしちゃ駄目だよ』

 

「…それは約束できない…。けど努力する」

 

『うんうん』『まっ今はそれくらいでいいよ』『おっと名乗るのが遅れたね』『僕の名前は球磨川禊』『週刊少年ジャンプが大好きな、魔法も使えない普通な小学生だ』『嘘言(おそごと)使いとでも呼んでくれ』『じゃあね』『縁が合ったらまた会おう』

 

それだけ言うと、まるで親しい友達と別れる様に手を振って立ち去りかけて、振り返る。

 

『おっと忘れるところだった』『僕は本当に忘れっぽいや』『ほいっと』

 

ジュエルシードを投げ渡す。

 

「えっ、な何で?」

 

『いいのいいの』『僕に必要な物でも欲しい物でもないからね』『強いて言えば』『僕は昔っから、女の子とお菓子に関しては甘い奴なのさ』

 

それだけ言うともう用はないとばかりに、本当に去って行った。

 

 

 

 

 

「大丈夫だったかい」

 

球磨川と名乗ったあの男が見えなくなってようやく安心できたのかアルフが話し掛ける。

 

「うん。……アルフ…あのミソギって人は本当に魔導師じゃないのかなぁ」

 

「あぁ。奴にはリンカーコアがなかった。これは確実なことだ……と思う」

 

「私も魔力は感じなかった。じゃあ…この螺子はどこから出したのかな。あと……あのスキルの…」

 

フェイトの言うあのスキルが、先程の少年の言う過負荷だということはアルフにも当然察することができたが、到底信じられるものではなかった。

 

「うん。あたしもハッタリだとは思うんだけど…」

 

でもありえないと断じるには難しい迫力が彼にはあった。

夢だとでも思えれば良かったが、そこには今までのことが決して夢ではないことを示す大量の螺子が散らばっている。

見れば見る程わけがわからない。

ひとつひとつが手の平大のサイズを有しており、到底服の中に隠せる物ではない。

 

「……レアスキルかなぁ」

 

「螺子を創り出すレアスキル?」

 

「うーん………わからないねぇ。そもそもリンカーコアがなくてもレアスキルって持てるもんなのかねぇ」

 

「私にもわからない。けどもう敵対したくはない…かな」

 

「そうだよねぇ」

 

そう敵対しない方が良いことだけはわかる。

彼に負けるとは思わないが戦いたくないと思わされる。

それは頭ではなく心で感じたことだ。

 

「ジュエルシードも反応までなくなってたんだけど、いつのまにか戻ってたし」

 

これもわけのわからないことのひとつだ。

彼はジュエルシードをなかったことにしたと言っていたし取り返しがつかないスキルとも言っていた。

だがジェルシードはここにあるし、数字が刻印されているから別物とは思えない。

なかったことにするというスキルが嘘なのかとも思ったが、そもそもフェイトに渡さない方がブラフになっただろう。

本当にわからない。

支離滅裂で利益が破綻している。

 

「それは本物なのかい」

 

「私には本物にしか見えないけど……あっ」

 

「どうしたんだい」

 

「背中の傷が……」

 

「えっ」

 

「……なくなってる……」

 

「なく、なってる?」

 

プレシア・テスタロッサに付けられた傷が、虐待の証が跡も残さず魔力も残さずなくなっていた。

初めからなかったかのように。

なかったことにされたように。

 

「球磨川禊」

 

少女は知らず知らずのうちに、先程の少年の名を呼んだ




筆者『猫とか狐のケモ耳って萌えるよな』

友人A「えっお前獣姦もいけんの」

そう言った友人を許しはしない。

本文について、球磨川君がまた死にました。







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最高位の最低さ

「あー!!何でこんなところに球磨川君がいるの?」

 

『こんなところとは酷いじゃないか。確かに築五十年位はありそうだけど趣のある良い旅館じゃないか。それなのによりによって「こんなところ」だとっ。あんまりだ。失礼にも程がある。謝れ。ここを気に入って利用している人と、ここの経営者に謝るんだ』

 

「ご…ごめんなさい……」

 

『良いとも。僕は心の広いできた男だからね。許してあげるよ』

 

「ありがとう……って球磨川君は関係ないよね」

 

『ひ、ひどい』『僕はなのはちゃんのことを友人だと思ってたのに。関係ないなんて』

 

「ち、違うよ。そうじゃなくてここのお店の人じゃないってことを――」

 

『おいおい』『僕もここのお客さんなんだぜ。なのはちゃんでもそれくらいはわかるだろ』

 

「ちょ今の本当!?」

 

『おや』『アリサちゃんにすずかちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね』『そしてアリサちゃん。君の疑問に答えるのならばYESだね』

 

「そ、そんな……。うぅ……嘘でしょ…」

 

「あっ球磨川君も『こんなところ』って言ったの」

 

『嫌だなぁ、僕がアリサちゃんに嘘つく筈ないじゃん』

 

「何か良い言葉っぽいの!!全然そんなことないのに」

 

「こんにちは球磨川君。球磨川君はひとり?」

 

球磨川は、努めて明るい声を出そうとしたが悲嘆の色を隠しきれずに最早隠そうともしないアリサと、先程からツッコミしかしていないなのはを、無視してすずかの疑問に答える。

 

『いや違うよ。ここには彼女と一緒に来たのさ。安心院さんといってねぇ。僕より少し年上の美人だよ』

 

安心院なじみは「3兆4021億9382万2311年と287日生きている」という宇宙より長生きな人外だ。

 

「「「…………」」」

 

『いや向こうが僕にベタ惚れでね。本当に困ったもんさ。ここにも一緒に行きたいと駄々をこねられてね。昔から夢の中でも死んでいる時でも、離してくれなかったからね。モテる男はつらいなー』

 

ちなみに毎晩球磨川禊の夢に出てくるのは、好きな時に、好きな場所にいられる「腑罪証明(アリバイブロック)」という、一京分の一のスキルによるものだ。 

 

「あれ本当なのかな?」

 

なのは達は球磨川の戯語を無視して、小声で話し合う。

 

「本当のわけ無いじゃない」

 

「うん、私もそう思う。球磨川君と話す人さえ少ないのに、球磨川君と付き合うような自殺志願者は多分ツチノコより珍しいよ」

 

「そうよ。多分頭の中だけに存在するのよ」

 

『ちょっと君達、僕相手だったら何言ってもいいってわけじゃないんだぜ』

 

「それで球磨川君はひとりなの?」

 

『ちょっと待ってくれるかな、すずかちゃん』『何で僕の話を流すのかな。ここには彼女と――』

 

「うん。それはわかったよ。じゃあ球磨川君は何をしに来たの?」

 

『だからここには婚前旅行に――』

 

「そっか。じゃあ球磨川君卓球しない?」

 

天使のような笑顔でそう話を切る。

球磨川の戯語にいつまでも付き合ってられる程、すずかは優しくはないのだ。

実際、「話させない」は戯言使いには効果的だ。

 

「ちょっとすずか。こいつを誘うの?」

 

「うん、三人だと一人余っちゃうし。駄目かな?」

 

「……わかったわよ」

 

アリサは親友の言葉に渋々、嫌々ながら承認する。

 

『卓球か』『僕の腕前見せてやるぜ』

 

「ラケット以外を持ったり、口を開いたりしたら球磨川君の反則負けだからね」

 

『あれ?』『すずかちゃんって僕のこと嫌い?』

 

「別にそんなことないよ。ただルールをしっかり決めないと球磨川君ズルすると思って」

 

『一方的に規制するのはルールじゃなくて縛りとかハンデって言うんだぜ』

 

「じゃあ球磨川君は男の子だからハンデね」

 

『いいよ』『やってやる』『いつだって僕は自分より強い奴と戦ってきたんだ』

 

「球磨川君、なのはちゃんは気付いてないけどさぁ。それってかっこいい台詞じゃなくて、同年代の女の子より卓球で弱いって白状してるだけだからね」

 

『じゃあチーム分けは、僕とすずかちゃん対なのはちゃんとアリサちゃんね』

 

「しかもここまで言って、私と組むの!?」

 

『何を驚いているんだい。チーム分けは戦力差をできるだけ作らないようにするのが一般的だよ』

 

 

 

足手まとい二人を含んだ卓球勝負は、球磨川禊と高町なのはの関与しないところで勝敗を決した。

そして薄く笑う少年が『また勝てなかった』と言ったとか言わなかったとか。

 

 

 

 

 

高町なのはの父親である高町士郎は友達と卓球をしてくると言い残して別れた娘を探していた。

そうして自らの娘を見つけた時、我が目を疑った。

正確には愛娘の隣に位置し、ヘラヘラと笑いながら話をしている少年を見た時だ。

最初士郎はその少年を人間だとわからなかった。

それ程までにその少年は弱く見えたのだ。

ボディーガードとして裏世界にも精通していた士郎でも初めて見る程のマイナス。

 

「なっ」

 

「あっ、お父さん」

 

娘がこちらに駆け寄って来るが、それに反応できない。

目線が縫い付けられたかのようにあれを見ることしかできない。

 

「あのね、こちら私のお兄ちゃんとお父さん。こっちはクラスメイトの球磨川君」

 

『こんにちは。なのはちゃん達と同じクラスの球磨川禊です。よろしくね』

 

「ああ、俺は高町恭他だ。よろしく」

 

士郎は息子が自己紹介するのをぼんやりと眺めることしかできなかった。

気付いてないのか、この圧倒的なまでの過負荷に。

最高位の最低さだ。

 

「あれお父さんどうしたの?」

 

「あ、ああ。高町士郎だ」

 

動転した気持ちそのままに何とか答えた。

それを聞いた球磨川は、すっと眼を細めてくすりと笑う。

気持ち悪い。

周囲の空気が、空間ごと螺子曲がっていくような感覚。

 

『こんにちは球磨川禊です。なのはちゃんとはお付き合いさせていただいてます。娘さんを僕にください』

 

「なっ!?」

 

「何で球磨川君は呼吸するように嘘をつくのぉ!!」

 

『恥ずかしがるこたぁないぜ。僕となのはちゃんの仲じゃあないか』

 

「あはは。面白い子だね。私はすずかの姉の月村忍だよ。よろしくね~」

 

『こんにちは、球磨川禊で~す。すずかちゃんの命の恩人です』

 

「そうなの?何があったの?」

 

全く信じていないとわかる言葉で聞く。

 

『すずかちゃんが不安に押し潰されそうな時に颯爽と現れて慰めたんですよ』『ま、詳しい事情は二人の秘密ですけどねぇ』

 

「え~気になる!」

 

和気あいあいとした雰囲気だが、士郎は全く馴染める気がしなかった。

 

「…………」

 

結局士郎は終始話に参加することはなかった。

 

 

 

 

 

その日の夜、ジュエルシードの暴走を確認したなのはが旅館付近の林を訪れていた。

そこでジュエルシードの競争相手で、なのはが友達になりたいと思っている、フェイトと呼ばれる少女に遭遇した。

 

「フェイトちゃん。私はお話を聞きたいだけなの」

 

「話すことなど…ない」

 

少女の言葉を示すかのように、魔法が夜闇を切り裂きなのはに迫る。

そしてにべもない反応に呼応するように、なのはも遅れて愛機を構える。

幾筋もの閃光が奔る。

深夜の林をピンクと金色の閃光が照らし、時に交錯し時にぶつかりながら鎬を削る。

空を翔け、地を砕く威力の魔法が飛び交う。

それを見て一人は主人の為、もう一人は協力してくれた友人の為に自らの力を奮う。

意志がある。

目的がある。

覚悟がある。

そしてそれを貫ける力がある。

そうして放たれた、魔法は並の魔導師を遥かに越える。

魔法と言う武力、暴力が飛び交う空間は、空気が質量を持っているのかと錯覚すら覚える程の圧迫感だ。

 

『なーのはちゃん』『夜中に抜け出して喧嘩なんて不良のやることだぜ』

 

しかしそこにプレッシャーをものともせず分け入る男がいた。

男と言っても少女達と同年代位で、少年と呼ばれるのが適切な様な人。

待っていたかのようなタイミングで介入してきた男はいつものようにヘラリと笑い言った。

 

『喧嘩はやめようぜ』

 

球磨川禊その人である。

 

 

 

今までの空気が雲散霧消し、代わりに球磨川の放つあらゆるものが螺子曲がる様な雰囲気が漂う。

彼は先程まで魔法が暴力が支配していた状況を唯の二、三言で鎮めた。

彼はこの場で唯一魔法が使えないのに。

平均よりも遥かに劣る身体能力で。

 

『さて』『ひさしぶりだねフェイトちゃん、アルフさん』『フェイトちゃん。ちょっと教えて欲しいんだけど。いったい何が起こったのかな』

 

「…あっと……えぅ…」

 

フェイトは焦る。

正体不明のスキルを持つ得体の知れない少年。

自分を負かした彼と戦闘になったら勝てる自信が無い。

仲間にしたいとは思えないが、敵対したくはない。

 

「球磨川君……フェイトちゃんと知り合いなの…?」

 

『うん。ちょっとしたね』『それより、フェイトちゃんは答えてくれないみたいだからなのはちゃんに聞くけれど、いったい何が起こったのかなぁ』

 

「えっと……フェイトちゃんがユーノ君のジュエルシードを持って行こうとしてて…それで…

 

『喧嘩になっちゃったってところか』『うん』『じゃあ僕はフェイトちゃんを手伝うよ』

 

「え?」

 

そう言ったのは誰だっただろうか、いやその場の全員が言ったのかもしれない。

それくらい衝撃的だった。

 

「えっえっ!?なっ何で!?」

 

『落ち着けよなのはちゃん。僕はフェイトちゃんの味方になるって言ったんだ』

 

「何言ってるのっ!!」

 

『?』

 

「私には球磨川君の言ってることがわからないよ。何でそんな……」

 

『なのはちゃん』『僕はね、決めてるんだ』『争いが起こったとき僕は善悪問わず一番弱い子の味方をするって』『だから僕はきみの味方だ』『頼ってくれていいぜフェイトちゃん』

 

「待って‼……私は弱くなんか…ない」

 

『いいや、君は弱いよ』『過負荷(マイナス)とは言えないけれど君は哀れな程弱い。普通じゃ痛々しくてとてもじゃないが、見てられない』

 

そして付け足すように言う。

 

『まあ僕はとてもじゃないが、普通とは言えないけれどね』

 

「そんな」

 

『僕は自分の主義の為に人を傷付けられる人間だ』

 

螺子が何本も現れてユーノとなのはを分断する。

そして球磨川の手に大きな螺子が収まる。

 

『だからね』『ジュエルシードが欲しければ、僕を倒して行くと良い』

 

「球磨川君、私は……」

 

『遅ぇ』

 

なのはの身体をバリアジャケットごと貫いて二本の螺子が飛び出していた。

安物の三流スプラッター映画みたいに、ドバドバと血が吹き出す。

身体から力が抜けて立つことも出来ない。

 

『君は戦闘がよーいドンで始まるとでも思っていたのかい』『敵が騎士道精神を持って、わざわざカウントダウンでもしてくれると本気で思ってたのかよ』『甘ぇよ』『だから君は負けるんだ』『が』『その甘さ嫌いじゃあないぜ』

 

「な、なんで殺し……」

 

『何驚いてんだよ』『なのはちゃんはフェイトちゃんの敵で、ジュエルシードの競争相手』『出てきたところをいちいち倒すより、一度目で再起不能にした方が簡単だよ』

 

「なのは、しっかりして………」

 

ユーノがいち早く動揺から立ち直りなのはに駆け寄る。

その瞬間溢れ出ていた血も、それが作った血溜まりも、貫いていた二本の螺子さえも何の痕跡もなく消えた。

まるで初めからなかったかのように。

その中で意識が戻らず倒れ伏すなのははとても不気味だった。

 

「これは……」

 

『これはフェイトちゃんやアルフさんには言ったけど、知らない人もいるみたいだしもう一度説明しようか』『これが僕の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)」』『現実(すべて)虚構(なかったこと)にする、この世で最も取り返しのつかないスキルだよ』

 

「嘘だっ‼そんなでたらめなスキルあるもんか‼そんなのはロストロギアでさえない。それこそ神の領域だ!」

 

それはありえないという感情よりも、嘘であって欲しいという願望がありありと感じられる言葉だった。

 

『ふぅん』『ロストロギアなんて常識はずれの物を研究している割にはありふれた意見だね』『それじゃあ僕が何をなかったことにすればユーノ君は信じてくれるのかなぁ』『君達が必死に集めてたジュエルシードかな?』『なのはちゃんの魔法に関する記憶とか?』『それともユーノ君が一番信頼するなのはちゃん自身とか?』

 

「なっ」

 

『大嘘憑き』

 

そう言って螺子を地面に突き刺す。

ジュエルシードが消える。

 

「何で、どうやって!?」

 

『それじゃあ次は記憶だ』

 

「えっ嘘、信じる、信じるよ」

 

『君が言い出したことだろ』『自分の言葉に責任を持てよ』 『All Fiction!!』

 

「嘘……」

 

『それじゃあ最後に』『なのはちゃん自身を虚構にしてご覧にいれましょう』

 

「やめて‼信じる、信じるから‼それだけは……僕が、僕が悪かったよ…」

 

『そうだね』『ユーノ君が悪い』『だからこれも僕は悪くない』 『あ』『それではみなさんご唱和ください』『It's All Fiction!!』

 

「やめろぉおおおぉ」

 

その言葉を最後にユーノの意識は途切れた。

 

 

 

『見てよフェイトちゃん』『ユーノ君たら確認もしないで寝ちゃってるよ』『相当疲れとかストレスが溜まってたんだね』

 

「「……………」」

 

『さあ最後の仕上げだ』『レイジングハートさんジュエルシードを出してください』『早く』

 

《………》

 

なのはの持つレイジングハートからジュエルシードが放出される。

それを満足気に眺めた後、フェイト達に向き直る。

 

「ひっ!」

 

『はいこれ』『欲しかったんでしょ』『他人を傷付けてでも』

 

やけに他人を傷付けてでものところを強調する。

 

「……本当に記憶を消したのかい?」

 

『いやいや』『そんなことするはずないじゃん』『記憶を弄るなんてことは、人間ならしちゃいけないことなんだぜ』

 

「……そうかい」

 

『ジュエルシードを手に入れたっていうのに二人ともテンション低いなぁ』『せっかく僕が味方してあげたっていうのに』

 

「ありがとよ」

 

全くありがたくなさそうな言葉だったがそんな悪意は、負完全だった球磨川禊にとって暖簾に腕押し、蛙の面に水。

 

『どういたしまして』

 

全然気にしていなかった。

 

『さてと、じゃあアルフさん。なのはちゃんとユーノ君を旅館に連れていってもらえますか』

 

「はっ?」

 

『だってこのままじゃ、風邪引いちゃうかもしれないじゃないですか』

 

「何で私がそんなことしなくちゃいけないんだい」

 

『だって常識的に考えて小三の男の子が同い年の女の子を運べる筈ないじゃん』

 

「アルフ……運んであげて…」

 

そうして深夜の会合は幕を閉じた。

信念とか正義とかそんなものを滅茶苦茶にされて。

善も悪もごっちゃに等しくねじ曲げられた。




獣耳の件で後書きに面白いことを書こうと思ったのですが思い浮かばなかったので創作秘話でも。

この話は、なのはって小三の九歳なんだよな~という発想から始まりました。

なのは九歳《小三》➡のび太より年下➡あれ雲仙君も九歳なんだよな➡雲仙リリなのでクロスとか面白そう➡管理局の二大白い悪魔とかめっちゃ面白そう➡書いてみよう➡書いてみた➡いかん、雲仙の『やり過ぎなきゃ正義じゃねぇ』のせいでフェイトそんがフルボッコや➡こんなん対立するやん➡じゃあ一番人気で俺も好きな球磨川先輩で➡書いてみた➡対立してるやん《イマココ》


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プラスとマイナス

朝早くそれこそなのはの家族達がまだ眠っているような時間に、球磨川は旅館をチェックアウトして外に出た。

 

「どこに行く気だい?」

 

『あれ?見つかっちゃいました?』『でも行く所なんて海鳴しかないじゃないですか。もしかして士郎さんボケちゃったんですか?』

 

「君は本当に最低だね」

 

『ひどいな~』『小学生にそんなこと言ったら泣かれますよ』

 

「君が小学生だとでも?」

 

『ええ、今は私立聖祥大学付属小学校の三年生ですよ』

 

「今はかい?」

 

『ええ、四年後位には中学生です』『まあそれも聖祥大が残ってればの話ですけどね』『……それで何の用ですか?』『僕ってばこれでも忙しいんですけど』

 

「昨日の様にかい?」

 

『え~~』『昨日何かあったんですか?』

 

「さあね。全く記憶にないんだ。酒を飲んだ覚えも、クスリをやった覚えもないんだけどね。まるで昨日の夜の記憶だけ誰かに消されたかのようだよ」

 

『何ですかそれ?北斗神拳とでも戦ったんですか?』

 

「本当にそうかもしれないね。君みたいな異常な人間と同じ旅館で眠る筈もないし、眠った記憶もないんだから」

 

『ふうん』

 

「君が何者だろうとこれだけは言っとこう。なのはに手を出せば楽には殺さないぞ」

 

『肝に命じておきますよ~』

 

 

 

 

 

連休後の学校にてなのはは怒っていた。

ズカズカと球磨川の座る椅子まで近付くと質問する。

 

「球磨川君!前のあれはどういうこと?」

 

『前のあれってなんのことさ。いまいち状況が掴めないんだけど』

 

「だから、フェイトちゃんに味方して私に螺子を突き刺したでしょ」

 

『え~?螺子を突き刺したってなんのこと?』『全然そんな風には見えないけど』

 

「だからそんな嘘は良いの!!大嘘憑き(オールフィクション)を使ったんでしょ」

 

『へえ~』『ユーノ君が話したのか、彼はあれで中々心が強いね』

 

「そんなことはどうでも良いの‼だからあれはどういうことなの!?」

 

『どういう意味って分かり切ってるじゃないか』『僕はフェイトちゃんとなのはちゃんが戦う時はフェイトちゃんの味方をするって決めたんだよ』

 

「何で?何でフェイトちゃんなの?」

 

『う~ん』『何でかって言われたら僕が過負荷(マイナス)でフェイトちゃんもそれに近い、いや過負荷(マイナス)になれるからって話だよ』

 

「分からない‼球磨川君の言ってることが分からないよ‼」

 

『分かるはずないだろ』『僕はマイナスで君は今プラスなんだから』

 

「………とにかく次も私を攻撃するなら球磨川君でも止めるよ。絶対に」

 

『勝手にすればいいさ』『僕を魔法で打ちのめすのも、魔法で殺めるのも、君が僕に許可をとる必要はないんだから。堂々と正義の味方面して僕を魔法でぶちのめせばいい。君にはそれを成せる力も大義もあるだろう?』『何よりこの世界では魔法は証明できないんだから』

 

そう言っていつものにやにや笑いを深める。

 

「っ……」

 

『それじゃあ席に着きなよ。そろそろ次の授業が始まるぜ』『なのはちゃん』

 

 

 

 

 

バンッとそんな音を鳴らして机を叩きながらアリサが問い詰める。

 

「あ、あんたなのはに、私の親友に何したのよ‼」

 

それを聞いて球磨川はゆっくりとジャンプから目を離しアリサに注視する。

アリサはその視線を受けた瞬間、身体中から汗が吹き出る。

今すぐこの男から離れたい。

逃げ出したい。

みっともなくても泣き出してしまいたい。

そんな気持ちがおよそ滝のように湧いてくる濃密な過負荷(マイナス)

空気がねじ曲がり、視界さえ歪んでしまったかのような気持ちに陥る。

前に見た平然と自らの指を潰す光景が浮かび、強い吐き気を覚える。

そしてそんなアリサの様子を一瞥し、焦らすようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

『う~ん何かしたかなぁ?』『悪いけれどまったく思い付かないなぁ』

 

「とぼけないで‼」

 

恐怖を振り払うよいに上げた大声は、普段の人を威嚇するようなものではなく、悲鳴の様に教室に響く。

 

『いやいやとぼけてなんかいないんだけどなぁ』

 

「ぐっ……あんたが何かしたのは分かってるのよ」

 

『分かってる?アリサちゃんは知らないことをまるで相談されたかのように話すんだね 』

 

「なっ」

 

『アリサちゃんだって最近なのはちゃんが何かしてるのは知っているみたいだけれど、具体的に何が関わっているかまでは知らないだろう』『僕らの話はそれに関わることだ』『なのはちゃんから聞いてもいない他人に僕が勝手に話せるわけないだろ』

 

「他人……」

 

『なのはちゃんが自称親友のアリサちゃんにまで話さないことなんだからさぁ』

 

「………」

 

『でもいーんだよ』『それで』『落ち込まないで元気出して!』『思い込みで行動してみっともなくて恥ずかしい』『なーんの役にも立たない頭の弱い奴』『それが きみのかけがえのない個性なんだから!』『無理に変わろうとせず 自分らしさを誇りに思おう!』『きみはきみのままでいいんだよ』『例えいつもは親友、親友言っていても本当に大切なことは話さない』『それが君達の友情なんだから。君達の関係なんだから』

 

アリサの胸中を様々な思いが巡る。

アリサは知っていた。

数日前から親友が何かに悩んでいることを。

だからこそ思ってしまう。

疑問が浮かぶ。

私達に相談もせずに何かをしているということに。

私はなのはにとってどういう存在なのか。

本当に友達と言えるのか。

何でコイツは知っているのか。

何で、何で、何で、何で、何で、何で………何で私には言ってくれないのか……。

その疑問を最後に急速に心が冷めていく。

怒りが恐怖に。

悲しみに。

勇気が自己嫌悪に。

止めどなくマイナス思考やネガティブ思考が浮かぶ。

コイツが何かしたのは間違いない。

しかしそれが私には相談もされてない知らないことだったら。

関係ないと言われてしまったら。

親友に何かをしたと思っていたコイツに対する怒りが薄まる。

そして再び先程とは比べようもない恐怖を感じる。

怖い。

耐えられない。

コイツが怖い。

ニヤニヤとした笑いがあの時を思い出して視界が霞む。

知らず知らずのうちに涙が溢れ、吐き気を催す。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

そんな感情を最後に意識自体が眩み、途切れる。

最後に自分の名前を呼ばれた気がしたが、返事もできなかった。

 

「球磨川君!!アリサちゃんに何したの!?」

 

『なーんにも』『僕はいつものように話したんだよアリサちゃんが考えてること。疑問に思っていること。全部余すところなく』『第一白々し過ぎるぜ。なのはちゃん』『アリサちゃんは君が悩んでること、迷ってることの力になりたがっていたんだから。人一倍人助けが趣味な君なら分かっていただろ。アリサちゃんが君に相談されずに悲しみを覚えてたことくらいさぁ』『それを魔法だなんだと相談しなかったのは君だ』『君が一言相談したら防げたことをしなかったのは君だ』『怠慢だったのは君だ』『悪いのは君だ』『僕は悪くない』『きみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪いきみが悪い』『きみが悪くて』『いい気味だ』

 

「………アリサちゃんを保健室に連れて行くよ」

 

『うん』『安心してよ。先生にはちゃあんと僕が報告しといてあげるからさ』

 

 

 

 

 

「球磨川君アリサちゃんとなのはちゃんに何したの!!」

 

すずかが帰宅途中の球磨川に食って掛かる。

一緒に帰る親友は片方は気分が悪いとかで早退し、もう片方は用事があるとかで挨拶もそこそこに帰ってしまった。

だからいつもは小学生で賑わう下校路は球磨川のせいですずかの他には見えない。

そんな場所だからだろうか思ったよりも強い声が出てしまう。

 

『ふう』『本当に君達は友達思いだね』『君には負けたぜ』『すずかちゃんには教えてあげるよ』『実はなのはちゃんは変なステッキと契約して――』

 

そこまで言った瞬間にこちらを轢き殺すかのように車が迫る。

そして瞬く間にすずかと球磨川を車に乗せると急発進する。

もしもその場面を見ていた者がいれば明らかに誘拐と分かるものであったが、その場面を見た者はいなかった。

 

 

 

 

 

「良いか喋るなよ」

 

そう言って廃墟の床に球磨川君と共に放り出される。

周りには銃を持つ男が私達を囲んでいる。

 

『あでっ』

 

球磨川君が床に頭をぶつけて悶えている。

でもそんなことに反応できない程驚き、恐怖していた。

流石にここまできてしまえば私も自分が誘拐されたのだと理解できた。

 

「……何で?何で私達を誘拐したの!?」

 

声が震える。

嘘だと言って欲しい。

非現実的な光景に頭がズキズキと痛む。

 

「そんなことお前が一番良く知ってるんじゃないか?なあ夜の一族のお嬢様」

 

「夜の一族………」

 

その瞬間に混乱した思考とは矛盾するように納得してしまう自分がいた。

お姉ちゃんは言っていた。

私達の一族は人よりIQも寿命も優れているけれど、それを悪用するような人や、財産を狙うような人物もいると。

 

「おい、しっかり攫ってきたのか」

 

混乱した頭を働かせ何をするべきなのか考える。

思考が纏まらずどうなるのかさえ考えられない。

そこに一人の男が割り込んで来る。

この場には似つかわしくない小綺麗なスーツを身に付けた男。

ボスの人かなぁ。

なんて呑気な考えが浮かぶのは現実逃避からだろうか。

そんな思考で男の顔を見た瞬間、今まで考えていた全てが消え去る。

 

「……氷村の叔父様?」

 

呆然と自分の叔父に当る男の名を呼ぶ。

まるで操られているかのように口が動かせない。

 

『あの〜何かお取り込み中すいませんけど。夜の一族って何ですか?』

 

「あ?誰だこいつ?巻き込まれたのか?……まっいいか。よく聞けよ人間。僕は人を越えた上位種にして支配者、吸血鬼だ!!下等種を凌駕する身体能力と優れた頭脳!そして二百年を越える寿命!それが僕ら夜の一族なんだよ!!」

 

「あああぁあぁあぁあやめて…お願ぃ……します…やめてください……いやだぁ…」

 

涙が溢れる。

嗚咽が溢れる。

知られてしまった。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

一人になるのは嫌だ。

友達がいなくなるのは嫌だ。

バケモノだと知られた。

バケモノだと。

怖い。

拒否されるのが怖い。

 

『……僕にはよくわからないんだけどさぁ』『そこのお兄さんはすずかちゃんに用があるだけですよね?』『僕は関係ないんですよね』『じゃあ』『僕だけは許してもらえますか』『僕はすずかちゃんとは何の関係もないし、いくら巻き添えや理由なき暴力に僕が慣れてるって言っても死ぬのだけは嫌なんですよ』

 

「え!?」

 

自分から間抜けな声が出る。

涙が驚愕の為途切れる。

自分だけは許して欲しい?

関係ない?

私がバケモノだから?

 

「はははははははは!!これは傑作だ!隠していた秘密がバレた瞬間友達に裏切られるとは!ははははははははははは!!面白い!面白いよ!僕を笑い死にでもさせる気かい?分かったかな月村すずか!!僕らは夜の一族という吸血鬼で人間なんかとは違うんだよ!!本質的には受け入れられない!!」

 

『どうでも良いですけど逃してくれませんか?』

 

球磨川君が何かを言っているが聞こえない。

暗い。

視界が暗い。

禄に顔も見えない。

 

「ふふっ、まだお腹痛い。でも残念だけどここにいる時点で君には死ぬ以外の道はないんだ」

 

『嫌だ!!』『死にたくない、死にたくない!!』『こんなところで!!モブというより舞台セットみたいなこんな三流悪役にだけは殺されたくない!!』『お願いします!!許して下さい!!』『死ぬのだけは笑われるか――』

 

バンッという何かを弾くような音と、ゴトンという体が地面に崩折れる音で再び世界に光が灯る。

その視界に映ったのは、血を流し、ザクロみたい頭を破裂させた球磨川君。

眼窩から溢れ落ちた目玉がこちらを見ているような気がする。

ひと目で死んでいると分かる、銃殺のお手本みたいな死体。

 

「いやぁあぁああああぁ!!球磨川君!!くまがわくん、くまがわくん、しっかりして!!死なないで!!」

 

「無駄だよ。即死だ。それより君はまだこのクズを友達だとでも思っていたのかい?」

 

「私は………私は…」

 

「ふん我々吸血鬼が人間なんて下等種族と関わるからこうなるのだ。劣った存在は、大人しく優秀な我々に支配されていれば良いものを」

 

「そんな……」

 

「だからあの少年は――」

 

『ふぅん』『それは聞き捨てならないね』『「劣った存在は優秀な奴らに支配されるべき」そんな悪口言われたら僕だって本気にならざるを得ないよ』

 

「く、くまがわくん」

 

嘘。

死んでない。

生きている?

生きている。

辺り一面に広がっていた血液も。

吹っ飛ばされた頭蓋から溢れ落ちた目玉も。

全てが()()()()

 

「な、何で何で死んでないんだよぉ」

 

『いいや』『死んだよ。君が殺したんじゃないか。痛みも感じる暇もないくらいの瞬殺だったよ』『おかげで安心院さんに大爆笑されちゃったんだから』

 

銃を持つ男をまるで意に介さず、舞台役者のように大仰なポーズで叔父さんに近付く。

 

『さあ』『エリートの吸血鬼さん。僕を女の子の前で恥かかせたんだから死んだくらいじゃあ許さないぜ』

 

「死ねぇ」

 

叔父さんが半ば錯乱しながら放った弾丸はそれでも球磨川君の頭を吹き飛ばし、殺害する。

そしてゆっくりと地面に向かい倒れ込み、何事もなかったかのように歩き出す。

 

「何で、何で死なない……何故…」

 

撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

弾が切れるまで撃ちまくる。

それに触発されて周りの大人達も銃を構えて撃つ。

球磨川君の身体がほぼ全方位から撃たれてマリオットのように跳ね回る。

ビチャリビチャリと水音を響かせて、脳髄を撒き散らし、四肢を穿たれながら踊り狂う。

ベチャりと私にも温かい血液が掛かり、白い制服を染める。

わんわんと狭い室内に銃声が響き、止まる。

そしていつもの格好付けた台詞が耳に届く。

 

『だぁ〜かぁ〜らぁ』『死ぬのは僕だって嫌だって言ってるのに何でやるかなぁ』『格好つけて出て行ったのに、一分も経たずに安心院さんの教室に帰った時はあの安心院さんが爆笑したんだぜ』『あの安心院さんがだぜ』

 

その瞬間再び叔父さんに向けて歩き出す。

ビチャリビチャリと水音を響かせていた血液も、撒き散らしていた脳髄も、穿たれていた四肢さえも嘘だったかのように。

私の制服さえも白いままだ。

全部嘘だったかのように。

 

「…何で……何で死なない…嘘だ……こんな筈じゃ」

 

『だから僕は死んでるって言ってるでしょ。人間より優れた知能を持ってるんだから一回で理解してよね』

 

「ばっ、バケモノ!!寄るな!!寄るなよ!!」

 

叔父は腰が抜けたのか、床に尻もちを着きながら後退る。

整った顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら喚く。

それでも球磨川君は、何処から取り出したのかわからない巨大な螺子を持ちながら叔父に迫る。

 

『おい』『バケモノは君達だろ。自分で言ってたじゃないか』『下等種である人間を凌駕する身体能力で、優れた頭脳で、この状況を打破しなくちゃ駄目じゃないか』『ここを勝って生き残り、二百年を越える寿命を全うしなくちゃ駄目じゃないか』『人を越えた上位種として、夜の一族として、人間を支配しなくちゃ駄目じゃないか』『吸血鬼ってそういう者なんだろ』『僕みたいな人間の底辺と優秀な吸血鬼様を間違えるなよ』

 

「ひぃいぃいいいいぃい!!もう二度と月村家には手を出しません……何でもしますから命だけは…!!ごめんなさい!僕が悪かったですぅ!!」

 

『そうだ』『君が悪い。僕は悪くない』『でもね。残念だけどここにいる時点で君には死ぬ以外の道はないんだ』

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ――」

 

『もう遅いぜ』

 

そう言って叔父さんに突き刺した螺子は頭蓋を貫き、床に固定する。

 

「……く…くま…まが…わく…ん…」

 

掠れ、途切れ途切れに彼の名を呼ぶ。

 

『あっ、タイムセールが終わってる。タイムセールが終わるまでには間に合わせたかったのに』『また勝てなかったなぁ』

 

ケータイで時間を確認して球磨川が呟く。

 

「球磨川くん!!」

 

今度は少し大きめに声を掛けるが、思いの外ヒステリックになってしまう。

それをいつもの飄々とした態度で受け止める。

まるで授業中にジャンプを読んではいけないと注意された時のように普段と変わらない。

 

『なんだいすずかちゃん』

 

「く、くまがわくんは何なの!?」

 

『人類の最底辺にして元負完全。全国平均より大分下の身体能力と偏差値四十もいかないみっともない頭脳、雑魚と言ったら魚に悪く、空気よりも無抵抗の男。どこを狙われても急所であり、地球上で最も弱い過負荷(マイナス)。それが僕さ』

 

「………」

 

『商店街が閉まっちゃう。急いで帰らないと』『あっ』『最後に一つだけ』『優れてる。皆と違うからって理由で排斥されるなんてプラスだよ。マイナスは劣ってるからって排斥されるんだ』『じゃまた明日とか』

 

それだけ言うと球磨川は制服を揺らしその場を後にする。

ぐるりと周りを確認するといつの間にやら私達を囲んでいたガラの悪い男達も全員が螺子に貫かれて気絶している。

その後異常に気付いた姉とその恋人が来るまで、私は一歩も動けなかった。




わーい
球磨川先輩が正統派オリ主の誘拐イベントに参戦したよ。
やったねすずかちゃん。
理解者が増えるよ。


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弱点を暴く

今回は管理局アンチです。
苦手な人は読み飛ばして下さい。
あらすじは後書きに載せておきますので。

そして、この意見は球磨川の意見です。


『やあ、なのはちゃん』『こんなところで会うなんて奇遇だね。なのはちゃんも海でも見に来たのかな』

 

軽く、いっそ楽しげに球磨川が声を掛ける。

 

「…………」

 

港のコンテナが積まれた倉庫区画。

そこに球磨川とフェイト、アルフの三人となのは、ユーノが向かい合い相対していた。

 

「ミソギ、無駄口を叩くな。アンタは今のところはフェイトの味方なんだろう」

 

『あらら』『僕はいつだってどんな状況だってフェイトちゃんの味方だよ』

 

そんな軽口を叩きながらも、球磨川は剣の様に長いマイナス螺子を二本持つ。

いつもの様に飄々とヘラヘラ笑いながら傲岸不遜に振る舞う。

そんな態度になのはやユーノは勿論フェイトやアルフでさえ顔を顰める。

正直この二人にしても仲間にする気はなかったし、現在もない。

だからジュエルシードの探索に同行させてはいない。

それでも球磨川はここぞという時にはまるで図ったかのように現れるのだ。

ジュエルシードの暴走体やなのは達との戦闘には必ずと言っていい程現れる。

正直アルフとフェイトは球磨川に対してなのは達以上の警戒を持っている。

仲間としても関わりたくない存在なのだ。

それでも辛うじて仲間として認めるのは、球磨川の助成を拒否した際の反応が全く予想できないからだ。

それを大人しく受けてくれれば良いが、ほぼ絶対に

『じゃあなのはちゃんの方に付こっと』等と敵対されるのは一番不味い。

何しろ球磨川はここの四人に大嘘憑きという現実を虚構にする過負荷を披露、説明しているのだ。

それが説明通りでは無く、何かトリックがあったとしてもそれでもヤバイ。

そう感じさせる過負荷があった。

 

「「……………」」

 

それを二人の少女は無言で受け流す。

なのはは、前回の反省を生かしたのか既にバリアジャケットを展開し、二メートル程の空中に静止している。

フェイトもそれと向かい合うように同じくらいの高度に停止している。

 

『じゃあさ』『ここはよーいドンで駆け出して先に辿り着いた方がジュエルシードを

 

球磨川の戯言を無視してフェイトとなのはが空中を疾駆し、ぶつかる。

互いのデバイスが交差し、拮抗する。

それを見て残りの三人が駆け出そうという時に、二人の間に新たな人物が現れる。

黒いバリアジャケットに歪な杖という全身黒ずくめの少年。

 

「ストップだ!!僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。 此処での戦闘行為は禁止されている。 この場にいる全員は速やかにデバイスを収めるように。そして詳しい事情を聴かせて貰おうか」

 

「執務官‼」

 

「フェイト、撤退するよ!!」

 

フェイトが焦燥感に駆られてなのはをデバイスで弾き、アルフが即座に撤退を進言する。

 

「させるかっ‼」

 

そう言って魔力弾を生成したクロノはそれを放つ前に、進路を螺子で塞がれる。

クロノの動きを封じる為に五、六本の太く長い螺子が檻のようにクロノを囲む。

 

「なっ!!」

 

そしてそれを成した球磨川になのはとユーノの目が集まった瞬発、それを見越してジュエルシードを回収していた球磨川が魔方陣の上で転移しようとしていたフェイトにジュエルシードをオーバースローで投げ渡す。

 

『それは君へのプレゼントだ』『大事にしてくれると嬉しいぜ』

 

そんなキザったらしい台詞と共に手を振る。

 

「くそっ‼」

 

最後にクロノが放った魔力弾が飛翔するが、対象に当たる前に少しの魔力光を残して転移する。

 

「ぐっ、すいません艦長。逃がしてしまいました」

 

空中に浮かび上がらせたモニターにクロノが報告する。

 

「あの状況なら仕方ないわ。とりあえず話を聞きたいからそこにいる人たちを連れてきてくれないかしら」

 

「了解しました。そういう事だすまないが同行願えるか。君の先程の行動も聞きたい」

 

『えぇ~』『嫌だよ。僕は帰りに本屋さんに寄って エロ本を買おうと思ってたんだから』『あっ』『君が選ぶのを手伝ってくれたら付いていってあげても良いぜ』

 

球磨川のヘラリとした笑みに少年は怖気立つ。

が、職務を果たそうとそれでも続ける。

 

「……悪いが冗談に付き合う暇はないんだ。次元犯罪者の逃亡を援助したんだ。君には逃亡幇助の容疑が掛かっている。多少の無理を通してでも付いて来てもらうぞ」

 

『ええ~』『怖いなぁ』『わかった。わかったよ。付いて行くよ』『これって任意同行じゃないのかぁ』

 

 

 

 

 

メカメカしい通路を進んで、クロノに付いて行く。

時空管理局所有のアースラという船らしきものの中を四人で歩く。

 

『おいおいそんなに見なくても何もしないって』

 

「………念の為だ」

 

クロノが一際奥の部屋に着くと、ノックしてドアを開ける。

 

「連れてきました、艦長」

 

『強制的に半ば拉致られました』

 

「あら、ありがとう、クロノ。すみません、こちらも非常事態で。私は時空管理局・次元航行部隊所属、巡航L級8番艦・次元空間航行艦船『アースラ』の艦長リンディ・ハラオウンです」

 

『へ~何か肩書きが長くて偉そうだね』『でも僕は魔法も管理局とやらもよく知らないんだ』『そんな自分勝手な理由で−−』

 

そうやってクロノに続いて入室すると、そこは何故か純和風の部屋だった。

文字通り次元の違う世界で何故地球のしかも日本の文化が伝わっているのか疑問は尽きない。

しかもここは時空管理局とかいう組織の所有する船の中だった筈なのだが。

しかも兵器を搭載した戦艦。

その光景に流石の球磨川も困惑して部屋を眺めている。

余りの衝撃に先程まで続けていた台詞が止まっていることにも気付いていないようだ。

そんな球磨川を放置してユーノがジュエルシード事件の経緯を話している。

もう球磨川は帰ってジャンプでも読みたい気分であったが、クロノが見張ってるので仕方なく鞄からジャンプを取り出して読み始める。

 

「なるほど。そんなことが」

 

「はい。それで僕が回収しようと」

 

「立派だけど無謀ね。それ程のロストロギアならば、管理局かスクライア一族に助成を頼むべきだったわね。少なくとも一人でやるものではないわ」

 

ユーノは俯き、表情を暗くする。

自身の管理が招いた事故で事件だ。

それを阻止できなかったばかりか、管理外世界の子供に協力を依頼している現状を悔いているのだろう。

 

「ロストロギアは過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法。使用法によっては世界どころか次元空間さえ滅ぼしかねない危険な技術で作られた存在。そういった物の封印と保管をするのも管理局の仕事です。ジュエルシードは次元干渉型エネルギー結晶体でロストロギアの一種であると考えられます。あなた一人では余りにも無茶です」

 

「はい……軽率な行動でした………」

 

『リンディさーん、僕も質問良いですか?』

 

「えっと」

 

『私立聖祥大附属小学校の三年生球磨川禊です』

 

「ええ。勿論、何かしら?」

 

『これって』『ユーノ君が相手の実力を過信してた愚か者だってだけですよね』『でもそんなことは僕にとってどうでもいいんですよ』『ジュエルシードの被害って誰が責任とってくれるんですか?』

 

「……責任」

 

『これはユーノ君にも一度言ってるんですけど、ユーノ君のスクライア一族とやらがばらまいたジュエルシード。そしてその暴走体が破壊した公共物やそのせいで傷付いた現地の人。その責任は誰が取るんですか?』『漠然とユーノ君が取るべきなのかと思っていたんですけど』『ロストロギアの封印と保管をするのも管理局の仕事なんですよねぇ』『この質問はユーノ君は結局答えてくれなかったけれど大人のリンディさんなら答えてくれますよね』

 

ユーノが思い出したのか、びくりと肩を震わせる。

なのはは完全に球磨川の空気に、螺子曲がった空気に影響されて聞くことしかできない。

そしてそれを確認したリンディは少し考え、目の前の少年を諭すように言葉を紡ぐ。

 

「あのね、球磨川君。地球は管理外世界というものに指定されていてね。地球ではロストロギアの被害に対する公的な賠償はできないのよ」

 

『へ~』『それって結局』『地球人は魔法を知らないんだから責任なんか取らないって言ってるんですよね』

 

「………」

 

『次元犯罪者の逃亡を援助したんだ?君には逃亡幇助の容疑が掛かっている?』『魔法を知らないんだから責任を取らないのは仕方ない。それなのに、次元犯罪に関する法律は知らないんだからは仕方ない。とはならないんだね』『僕は魔法も管理局も知らない管理外世界の地球人なのにさぁ』『清々しい位の強者本位だ』

 

クロノがそんな馬鹿にするような発言に怒り、詰め寄りながら喋る。

 

「おい‼我々次元管理局が公的な行動が取れないのは、管理外世界に与える影響を考慮しているからだぞ」

 

『うん御立派』『でもそれ僕達弱者には関係ないよね』『僕らからすればリンディさんが御高説していたロストロギアとかいう危険な技術で作られた存在を僕らの世界にばら蒔かれただけだよね』『管理局側からは魔法とかいう技術で好き勝手に干渉できるのに、こちらからは知ることさえできないなんて。管理局って奴は自分本位な組織なんだね』

 

「………………」

 

『じゃあこれで僕の質問は終わりです。リンディさん続けて良いですよ』

 

そんなことを平然と宣う。

今までもずっと浮かべていたヘラヘラとした笑みが一層恐怖を掻き立てる。

こいつはこの球磨川禊という少年は何を考えているのだ。

目的がまるで見えない。

ただ単に場を心を引っ掻き乱しただけだ。

この管理局の不備を突いて成果がない。

何がしたいのかわからない。

それにそんなことをしておいて続けて良いですよと場を流す。

訳がわからない。

だから怖い。

ユーノは身体を震わせながら涙を堪え。

なのはは痛みに耐えるように唇を噛み締める。

クロノやリンディでさえこんな人間は初めてだ。

仕事柄悪人も善人も含めた多くの人間を見てきた彼らでもこのような醜悪な空気を漂わせる人間を見たことはなかった。

遊び半分に場を掻き乱す過負荷。

 

「………分かりました。球磨川君の言う通りこれはこちらの問題です。球磨川の容疑は誤認。これよりロストロギア、ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます。これで良いわね」

 

『良いよ良いよ。誤解が解けて嬉しいなぁ』

 

「「!?」」

 

「君達も今回の事は忘れて、それぞれの生活に戻るといい」

 

「でっ、でもそれは…」

 

「次元干渉に関わる事件なんだ。ロストロギアの危険性は十分に説明しただろ。君達みたいな民間人が出る話じゃない」

 

「まあ、急に言われても気持ちの整理も出来ないでしょう。一度家に帰って今晩ゆっくり三人で話し合うといいわ。その上で改めてお話ししましょうか」

 

そこまで言ったところで球磨川がわざとらしく小首を傾げて悪意を放つ。

 

『あれれ~?』『おっかしくな~い?』『もしかして君らはなのはちゃんを便利な道具にでもしたいのかな~?』

 

瞬間空気が張り詰める。

事も無げに放った言葉がこの場を凍らせる。

 

「貴様……………!かあさ、艦長に――」

 

怒って彼の襟首を掴もうとしたクロノは、球磨川の身体から黒い邪気のようなものが立ち上る様を幻視する。

球磨川の放つ全てを台無しにする雰囲気が場を満たす。

桁違いの過負荷が質量を持ってこの場を支配する。

さっきまでの全てが螺子曲がる空気が再来し、喋ることさえ儘ならない。

ひどく気持ちがぐらつき、生理的な嫌悪が湧き上がる。

そのまま一秒が十分のように長く感じられる時間が過ぎる。

そしてようやく気持ちを落ち着かせリンディが問う。

 

「…………どういう意味かしら?事によっては私も怒らざるを得ないのですが」

 

『あれ?どうしました?』『僕は理不尽に貴方達に怒られるようなことはないと思うんですけど』

 

「では何故利用するなどとデタラメを言ったのですか」

 

『デタラメ?デタラメですか?』『リンディさんは冗談が上手いなぁ~』『そういうジョークが上手い人って尊敬するなぁ』『でもぉ、僕って人の悪意とか魂胆とか、弱点には敏感なんですよ』

 

「答えろ!!何が利用するだ!!お前は何を言ってるんだ!!」

 

クロノが自身のデバイスを突き付けて吠える。

管理局員が無抵抗の非魔導師にデバイスを突き付けるという異常な事態でも誰もクロノを止められない。

誰も彼もが球磨川の過負荷に呑まれている。

 

『僕には疑問なんだけどさぁ』『ロストロギアって使用法によっては世界どころか次元空間さえ滅ぼしかねない危険な代物なんだよねぇ』

 

「……えぇ」

 

『それでさぁ』『それを管理するのが君達時空管理局なんだよねぇ』

 

「そうよ‼一体何が言いたいの‼」

 

『焦らないで下さいよ』『只の確認ですから。格好付けたのに間違えてたら嫌ですからねぇ』

 

「………」

 

『それでは最後の質問です』

 

そう言ってぐるりと部屋を見渡してオーバーに一礼する。

 

『リンディさんはなのはちゃんに一体何を考えさせる気ですか?』

 

「「「「!?」」」」

 

『「一度家に帰って今晩ゆっくり三人で話し合うといい。その上で改めてお話ししましょう」って一体何を考えさせるんですか?』

 

「なっ!?」

 

『ロストロギアの危険性も、管理局員でもない素人がそれに関わる危険性も説いているのに何でですか?』

 

リンディはこの時感じたことのない恐怖を抱いた。

今まで管理局の提督としてこのような腹の探り合いなど幾つもこなしてきた。

しかしまだ齢二桁に届こうかという少年に暴かれる。

そう思った。

自分の隠していた黒い部分。

弱点とも呼べるべき痛いところ。

 

『答えは簡単。こんなの小学生でも解けますよねー』『 「管理局と契約して使い捨ての駒になってよ」ってことだよね』

 

「違っ――」

 

『何が違うんだい?』『いくらなのはちゃんが魔力が強いとはいえ、何の訓練も受けていないただの小学生。しかも、致命的なまでにお人好し。そんななのはちゃんにゆっくり三人で話し合いなさい?それってとっとと戦う決意をして管理局の駒になれってことと同じじゃないかな?』

 

楽しげに笑みを浮かべながら推理を披露する。

 

「さっきから聞いていたら何を根拠にそんなことを!!」

 

『だからさぁ』『じゃあ一体何を考えさせるんだい?』『魔力は高くて戦闘もできるけど民間人のなのはちゃんにさぁ』

 

「……………彼女も少なからずこの事件に関わったんだ。気持ちの整理とかが必要だろ」

 

『え~』『でももう関わらせる気がないなら「その上で改めてお話ししましょうか」なんて言わないでしょ』

 

「ぐッ」

 

『結局のところリンディさんはなのはちゃんを味方に引き込みたかっただけなんだよ。魔法が使えて、尚且つ管理局のこともよく知らない小学校三年生を、危険だとか言ってたロストロギアが関わる事件にね。死んでも管理外世界の小学生一人。魔法のことは管理外世界の住人には教えられないから、遺族にも説明義務は無し。訴えられる心配もなく行方不明扱いだ』『うん』『本当にエリートは録なこと考えないよ』

 

「「「「…………………」」」」

 

『じゃあ、なのはちゃん』『一度家に帰って、今晩ゆっくり三人で話し合おうか』

 

そう言って凄惨に笑った。




これは一昔前に話題になってた勧誘の所をマイナス思考で編集しただけです。

不快になる読者様がいらっしゃったらごめんなさい。


あらすじ

球磨川君がフェイトちゃんを庇ったせいで色々あったよ。
管理局に喧嘩を売ったのでリンディさんとクロノ君からの嫌悪が上がったよ。


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立ち上がる元負完全

その後の√に関しては活動報告でアンケートがあります。





アースラから降ろしてもらって数日。

一緒に海鳴に帰ってきたなのはとユーノは逃げるように球磨川から離れ、その後も会話することはなかった。

球磨川は普通に学校に行き、普通にマイナスを振り撒き、普通に人から嫌われていた。

学校では、アリサは最早球磨川を視界に入れることさえ嫌がり車で通学するようになり、すずかは言いたいことはあるが親友二人が球磨川を致命的なレベルに嫌悪している為会話はおろか挨拶すらなく、なのははほぼ完全に無視するようになっていた。

つまり晴れて私立聖祥大学付属小学校で球磨川に話し掛ける人間はいなくなっていた。

先生からも話し掛けられない。

球磨川にとっては久方ぶりの完全な独りボッチだった。

 

『あ~あ。これって完全にいじめだよねぇ~週刊少年ジャンプだったら規制されかねない描写だよ』

 

まぁそれが彼の心にダメージを与える事はなかったが。

 

『暇だな~安心院さんともここ何日も会ってないし』

 

ボヤきつつも帰路を歩む。

今日は何を食べようかと思考を巡らせていたが、その思考はプツリと途切れる。

目の前で犬が寝てる。

大きめのオレンジ色の犬。

がっしりした体躯と恐ろしげな牙が存在する犬。

そして特徴的なのは額に輝く宝石のようなもの。

地球上にこのような生物は存在しないが球磨川には正しく覚えのある犬。

 

『アールーフーさーん』『こんな所で寝たら風邪引きますよー』

 

そんな気の抜ける様な台詞を聞いても返事も顔を上げることもしない。

聞くことはおろか球磨川がいることにも気付いていないようだ。

 

「…うぅ……ふぇ、いと…」

 

アルフは弱々しく意味を掴めない言葉を呟くだけだ。

それは本人も認識していない呻き声であることも感じられ酷く痛々しい。

 

『ん?』

 

そこで漸く球磨川は彼女が傷だらけであることに気付く。

裂傷やそれに類する種類の傷が数多く付けられている。

まるで傷の無い場所が無いかような重症。

 

『なーんだ』

 

そんな重症を見つけ、球磨川は納得した風に笑顔を見せる。

 

『はい、これで動ける筈ですよ』

 

球磨川がおざなりに発動させた大嘘憑きはそんな傷を一切合財影も形も残さず虚構にする。

 

「こ、ここは………」

 

『おはよー』『よく眠れた?』『駄目だぜ。あんな所で寝ていたら』『偶々僕が通りかかったから良かったものの、それがなかったら保健所に連れてかれていてもおかしくなかったんだから』

 

「あ、アンタは……」

 

『いつもヘラヘラ、混沌より這い寄る過負荷、球磨川禊、ですっ!』

 

大袈裟なポージングと共に名乗りを上げる。

それを見て悔しそうな顔で拳を握るアルフ。

そんなアルフを見て全てを察した球磨川はアルフの隣に座り言葉を掛ける。

追い詰める様に、追撃する様に、責める様に。

 

『………アルフさん。僕をプレシアさん、フェイトちゃんのお母さんの所に連れて行ってくれませんか?』

 

「なっ、何を言ってるんだ‼ぷ、プレシアの所に行ったりしたらアンタだって本当に死ぬよ‼」

 

確かにアルフは球磨川を嫌ってはいたが、それでも明らかに死地へと分かる場所に送り出せる程ではなかった。

そんな気遣いを球磨川禊は真っ向から螺子伏せる。

 

『アルフさん、このままだとフェイトちゃんは死んじゃうぜ』

 

アルフが考えないようにしていた最悪の可能性を提示する。

文字どおり最悪の可能性。

自分の命よりも大切な主人の死。

アルフが最も避けなければいけない可能性。

それこそどんな手を使っても。

 

「なっ」

 

『あんな虐待をする様な親の下で犯罪なんてしてるんだ。別におかしいことじゃないと思うんですよ。プレシアさんはとてもじゃないけどフェイトちゃんを愛しているようには見えないし、使い捨てが当たり前だと思うです』

 

「………」

 

『アルフさんが僕の心配をしてくれるのは嬉しいですけど、このままだと間に合わなくなりますよ』

 

球磨川がゆっくりと唆す。

水が布を浸すようにゆっくりと、しかし確実に心に這い寄る。

衝撃を与え、 心配を煽り、疑惑を煽り、思考を削る。

あり得るかもしれない可能性を提示して冷静な思考を削ぎ落としていく。

アルフにとって決して看過できない、それだけは許せない可能性。

 

『大丈夫ですよ』『僕には大嘘憑きがありますし、死ぬ事はありません。アルフさんに使ったように僕は傷を治せる。いや、なかったことにできる』『だからただ連れて行ってくれるだけで良いんです』

 

そして更に心配を無くしていく。

唯一の懸念を自分の過負荷を示して。

心身共に疲弊し切ったアルフの心に入り込む。

 

『アルフさん』『僕にフェイトちゃんを助けさせて欲しい』

 

自分の力を遥かに凌駕する強者に立ち向かう術を持たない弱者の為に立ち上がる。

自らが最底辺でありながら、それでも上を目指して喰らい付ける。

これこそが彼が箱庭学園で本来人の言う事を聞かない過負荷を従え、マイナス十三組のリーダーであれた理由。

大嘘憑きでも、却本作りでもない彼の強さ。

黒神めだかが認め、尊敬した球磨川禊のパーソナリティー。

それがこの事件で最も弱く、報われない弱者の為に遺憾なく発揮される。

 

『プレシアさんの所に連れて行って欲しい』

 

球磨川の言葉を拒否するにはアルフはあまりにも余裕がなく、弱すぎた。

 

「……………頼む、フェイトを頼むよ……フェイトを助けられるのなら何をしたっていいんだ………だから……」

 

『安心してよ』『僕は弱い子の味方だ。僕は本気でフェイトちゃんを助けるさ』

 

 

 

 

 

球磨川は歩く。

いつものようにゆっくりと。

ゆっくりと確実にお城の廊下を進む。

武装など両手に持つ螺子だけだと言うのにまるで気負わず進む。

この先に待つのが自らのことなど片手間に殺せる様な実力者だと知りながら。

それは大嘘憑きという異能があるからではない。

死んでもなかったことにできるからではない。

彼は例え大嘘憑きがなかったとしても行くだろう。

何時ものへらへら笑いを浮かべて愚かで弱い奴の味方をするのだろう。

 

「この先だ。この先にプレシアがいる」

 

『ふぅん、道案内ありがとアルフさん』

 

そう言って勢いよく扉を押し開ける。

 

『こんにちはー』『時空管理局、児童福祉課の者です。プレシア・テスタロッサさんに娘さんの件で話があって来ました』

 

「死になさい」

 

入って早々プレシアの地雷を踏み抜いた球磨川を稲妻が濁流のように呑み込み蹂躙する。

肉を焼き過ぎた焦げ臭い匂いが充満し、黒い炭の塊と化した球磨川が床に倒れる妙に軽い音が広い室内に響く。

溜めも躊躇もない一撃は確実に球磨川を死体へと変貌させる。

 

『痛いなぁ』『プレシアさん僕にだって痛みとかはあるんだぜ』

 

「ふぅん。それがあの子の言ってた大嘘憑きって奴かしら?」

 

『Exactly』『これが僕の過負荷だ。現実を虚構にする、この世で最も取り返しのつかないスキルだよ』『なあんてこれも何度繰り返したかわからない』『テンプレ染みていて新鮮味のなくなった自己紹介だよね。幾ら僕が何度も転校を経験してる自己紹介のスペシャリストであろうとこれは飽きるよねぇ』

 

「そう」

 

プレシアは全く彼の言葉を信用していなかった。

今現在狂気に蝕まれ正気を無くしていようがプレシア・テスタロッサは世紀の科学者。

道理の合わないそんな滅茶苦茶なスキルを信じられる程思考も常識も消していなかった。

少なくとも今の所は。

 

『え~』『信じてないよねぇ』『目の前で「僕がプレシアさんに焼き殺される」って現実をなかったことにしたのにさぁ』

 

「確かに私にも貴方が何かしら力を持っているのは分かるけどそんなものはありえないわ。いえ――

 

有り得てはいけないわ。

そう締め括る。

そこにはどうしようもない理不尽さとそれに対する怒りが見てとれる。

球磨川はそれを受けても何時もの態度を変えない。

へらへら笑いさえ止めない。

 

『ありえないねぇ』『僕みたいな人間と呼ぶのさえ烏滸がましいとまで言われてたマイナスにとっちゃそんな理不尽何時ものことなんだけど』

 

「貴方に!!貴方に何が分かるというの!?理不尽に奪われた痛みが!!悲しみが!!怒りが!!」

 

その言葉で球磨川は露骨に肩を落とす。

その態度は球磨川には珍しいことにポーズではなく本気で落胆しているようだ。

 

『……………はぁ』『僕ら過負荷にそれを問うのか』『プレシアさん、僕ら過負荷は』『不条理を』『理不尽を』『嘘泣きを』『言い訳を』『いかがわしさを』『インチキを』『堕落を』『混雑を』『偽善を』『偽悪を』『不幸せを』『不都合を』『冤罪を』『流れ弾を』『見苦しさを』『みっともなさを』『風評を』『密告を』『嫉妬を』『格差を』『裏切りを』『虐待を』『巻き添えを』『二次被害を』『受け入れて此処にいるんだ』『それを少し大規模な不慮の事故があったからってプラスの君達が言うに事欠いてマイナスを分かるかって?』『僕らはプラスがあったからってそれでマイナスがなくなるとは思わないし、マイナスがあったからって自分が最悪だと勘違いしてるプラスを許せない』『プレシアさん貴方こそマイナスの何が分かるというんだい?』

 

手に持った螺子を細く変形させ両手で確りと握る。

 

「私が私がプラスだと言うの!?娘を、アリシアを殺してしまった私を!?」

 

『ああ、僕らからしたらマイナスを取り戻せる可能性がある時点でプラスなんだろうね』

 

激昂したプレシアをまるで意に介さずさらりと言ってのける。

 

「死になさい」

 

『僕は悪くない』

 

そう言って螺子と雷が交差した。

 

 

 

 

 

その行為は戦闘と呼ぶべきものではなかった。

力の有る者が無い者を蹂躙する。

強者が弱者を苛める。

ただただ一方的な暴力。

雷が稲妻が肉を焼き、骨を炭化させる。

球磨川の投げつけた螺子もプレシアに届くことなく眼前で弾かれる。

プレシアが片手間に放つ魔法全てが球磨川に対して必殺。

もう球磨川が死んだ回数も十回や二十回ではない。

アルフの目から見ても余りにも勝ち目のない虐殺。

圧倒的暴力が支配するこの空間に於いてもう球磨川には攻撃を放つことさえできなくなっていた。

しかしそれでも球磨川は螺子を片手に立ち上がる。

まるで勝ち目なんてなくとも、魔導師とそれ以外の武力の差を思い知らされても何の苦もなさそうに立ち上がる。

変わらない笑みを顔に貼り付けて。

そして死に続ける球磨川が何時もの禍々しい笑顔なのに対し、球磨川を圧倒的に蹂躙する立場にあるプレシアが苦悶の表情を浮かべている。

プレシアが球磨川を初めに殺してから三十分以上。

その間あらゆる方法で球磨川を殺していた。

いや殺し続けていた。

雷に焼かれて死んだ。

鞭で打たれて死んだ。

魔法の余波で倒壊した瓦礫に潰されて死んだ。

死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。

何度も無様に床を転がり死んだ。

それでも何度でも立ち上がる。

 

『あ~』『なーんかクソゲーみたいだよこれ。無限残機のコンティニュー前提の死にゲー。まあ攻略法なんて何も思い付いてないんだけどね』

 

いつもの括弧つけた声で球磨川は立ち上がる。

軽く。

何でもないかのように。

だがそれはおかしい。

彼はただ座して死に続けていたのではない。

起き上がる度に全力で螺子を構え攻撃してきていた。

それで何も思うところがない筈がない。

それこそ大嘘憑きでは身体や衣服の損傷はなくせてもこの精神はおかしい。

 

『んっと、プレシアさんは雷で僕を殺すことが多いけどそれは好みの問題かな?』

 

だからこんな風に自分を殺し続けていた相手に普通に接することができるのがおかしい。

死因を聞くことがおかしい。

 

「……ミソギ、だ、大丈夫なのか…?」

 

『あれっ?忘れちゃったのかい?』『ほら』『僕って大嘘憑きがあるからさぁ何度死んでも大丈夫なんだ』

 

大丈夫な筈がない。

大嘘憑きは死すらなかったことにできる凶悪な過負荷だがそれでも死ぬのだ。

死んだという現実は消えても死ぬまでの痛みや苦しみはあったのだ。

球磨川の記憶には確りと残っているのだ。

だから今まで死んだ全ての苦痛を球磨川は覚えている。

それを大丈夫だと言えるという過負荷具合が全く持って大丈夫ではない。

 

『さあ、続けようかプレシアさん』

 

そこで明確にプレシアは怯える。

この少年を。

九歳にしか見えない化け物を。

少年の形をした過負荷を。

死んでもそれを笑って立ち上がれる異常でそれ以下のナニかを。

諦めが悪いとか粘り強いとか言う次元ではない。

明らかにそれは狂人のメンタルだった。

殺しても殺してもなおこちらを襲う過負荷にプレシアは心底恐怖した。

 

「何故、何故そこまでするの!?何が目的!?」

 

『おいおいおい。それはもっと早く言って欲しかったぜ。いきなり稲妻を放つ前にね。いったい僕が何度死んだと思ってるんだ』『そこまでやっといて今さら話を振るなんて虫のいい話があるもんか』

 

「ツッ」

 

そう括弧つけながら一歩を踏み出す。

手の内の螺子を弄び、トントンと靴の先で地面を叩く。

その仕草が妙に気持ち悪い。

理由を問われたら答えられない生理的嫌悪。

 

「バインド」

 

『おっ!?』『ふぅん……………初めての魔法だ……』

 

プレシアのバインドがあっさりと球磨川を拘束し、無力化する。

幾ら球磨川が常人離れした精神を持とうとも身体能力は九歳のものだ。

だからじたばたともがくことはできても螺子を投げたり刺したりなんてできないし、近付くことさえできない。

そう思い、プレシアが一息吐いた瞬間を狙い澄まし球磨川がバインドを解いて走り出す。

理由は、プレシアが「大嘘憑き」を過小評価していたことや、純粋な戦闘者では無いことも挙げられるが一番の要因は異なる。

プレシアは単に球磨川を殺し続けることに耐えられなかったのだ。

気持ち悪く、おぞましい少年を無限とも思える回数を経て殺し続けられなかったのだ。

球磨川が死んでも立ち上がることを直視するのを躊躇った。

だから拘束した。

殺さずに捕縛した。

今まで一度も選ばなかった拘束を選んだ。

単純に殺し続けることから逃げて留めておこうと思ってしまった。

大嘘憑きがあればバインドなど何の障害にもならないというのに。

 

『思いしれぇフェイトちゃんの苦しみとか愛とかそんな感じの奴だぁああぁぁあ』

 

そうやって完璧にプレシアの隙を突いて降り下ろされた螺子は皮膚に傷をつけることなく明後日の方向に飛んでいく。

そしてそれをなした少女は怒気を交えて睨み付ける。

 

「アルフ、ミソギ。母さんに何やってるの」

 

『あらら』『フェイトちゃんお久~』




オマケ
魔法少女チェックリスト

□「またあの夢か…」 
□「なんだろう……初めてきたはずなのに懐かしい感じ……」 
□「みんなの応援で不思議な力が漲ってくる!」 
□「なんだかいやな予感がする……」 
□「世界を救うよりも友達を助けるために戦いたい!」
□ 「クラスのみんなには、内緒だよ!」
□ 「あんな風に誰かの役に立てるとしたら、それは、とっても嬉しいなって」
□ 「独りぼっちは…さびしいもんな」
□ 「なんとかなるよ!絶対にだいじょうぶだよ!」
□ 「やっぱり何事も前向きにいかなきゃね!」
□ 「考えるな!空想しろ!」
□ 「どんな経緯だったとしても、自分が関わったことを、関わった人を、なかったことになんかできない」
□ 「人は飛べる。飛びたいと願って、飛ぼうとする意思があれば、きっと誰だって……」
□ 「友達になりたいんだ」
□「だって、もう知り合っちゃったし、話も聞いちゃったもの。ほっとけないよ」
□「きっかけはきっと偶然でした。だけどいろんな偶然をいくつも重ねて、その中から自分の道を間違わないよう選んでいって……みんな、そうやって過ごしていくものだと思うから偶然で始まったこの日々も……だから私は、間違えずに進んで行きたいと思う。自分の意志で、自分の想いで」
□「伝えたい気持ちがあります。世界にたった一人だけの……あなたの心に」
□ 「名前を呼んで!始めはそれだけでいいの」
□ 「悲しい過去があっても、未来が暗く霞んでも、だけど、立ち向かっていかなきゃいけない。きっと誰もが同じ時を戦ってるから」
□×「思う」○「想う」 


いくつ該当してもソウルジェムかクロウカード、カレイドステッキかリンカーコアが無ければ魔法少女ではありません。ただの思春期です。少し…頭冷やそうか……


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救済

「アリシアを生き返らせてくれてありがとう。私が間違っていたわ」
「フェイトは私の妹なんだから」
「母さんを救ってくれてありがとう」
「アンタを誤解してたよ。フェイトを救ってくれてありがとな」

アリシアも大嘘憑きで蘇生させ、アリシアの説教で改心したプレシア。
フェイトも我が子と受け入れてテスタロッサ一家大円団!!
球磨川は皆に感謝されてPT事件は幕を下ろす!!





な訳ねぇだろ。彼が、かつて負完全とまで称された彼が。球磨川禊が関与してそんなことになる訳ねぇだろ。
人類最低でも過負荷でもある球磨川禊が存在してそんなテンプレありえねぇだろ。







「アルフ、ミソギ。母さんに何やってるの」

 

『あらら』『フェイトちゃんお久~』

 

静かにそれでも明確な敵意を抱いた声が届く。

暫し、静寂が場を満たし誰もが動きを止める。

螺子を弾き飛ばされた球磨川は勿論のこと、間一髪で助かったプレシアや手を出せなかった代わりにフェイトに一番近かったアルフでさえ少しも動けない。

 

『あぁ』『ここまでタイミングが悪いとあの平等な人外の関与を疑うよ』

 

やれやれといった風に首を振りながら軽やかにそんなことを宣う。

 

「………どういうこと?」

 

『アルフさんに君を助けて欲しいって頼まれてね』『だから』『君を助ける為に僕が此処にいるのさ』

 

「…………そんなこと頼んでない」

 

『うん』『そうだね。正直君には余計なお世話かもね』

 

「だったら――」

 

『それでも君は気付いてる筈だぜ』『プレシアさんが君なんか見てないってことにさぁ』

 

「なっ!?」

 

『良いんだよ。そんな強がらなくとも。君はいっそ哀れなほどに賢い。君は気付いてる筈だ。君がジュエルシードを幾ら集めてもプレシアさんが君を愛することなんてないってことに』

 

「…そんな…ことない……」

 

『大体それで道具として愛されることはあってもそれは君の望むものではないだろう?』

 

「そん……な………」

 

球磨川は残酷なまでにフェイトの希望を救いを砕いていく。

目を逸らしていた心の底を。

頑張れば、完璧に仕事をこなせばと抱いてきた脆い希望。

それは最早願いとまで言われる様な脆弱なもの。

それを丹念に潰す。

 

『さあ』『フェイトちゃんはそこで待っててね。僕が諸悪の権化であるプレシアを螺子伏せて君を助けてあげるからね』

 

絶望し、それでもデバイスを手放さないフェイトに笑顔を向けながら朗に言う。

 

「それは……それは駄目…」

 

「何で!?そいつはもうフェイトを助けてはくれないんだよ!!そいつを庇っても不幸になるだけだよ!!」

 

「それでも……それでも私を、私を愛してくれたことは変わらないから…母さんが…私を育ててくれたことは……変わらない…」

 

再びデバイスを構え二人を阻もうと立ち上がる。

過去を頼りに母を守ろうとする様は度を越して健気で酷く痛々しい。

幸せな記憶を頼りに未来を否定されてもなお守ろうとする。

 

「フェイト………」

 

「だから、母さんをやらせはしない。例え邪魔するならアルフだって……」

 

その瞬間何かを突き刺した様な音と呻き声が二人の耳に届く。

大きいものではないが確かな痛みを感じさせる弱々しい声。

そしてそれを確認して二人は目を疑う。

痛みを堪えるように腕を押さえるプレシアとその足元に広がる血溜。

じわじわと服を染める赤色と俯いて歯を食い縛っているプレシアが二人にその惨状を考えるより先に理解させる。

それを成した球磨川はプレシアの血に塗れた螺子を軽く血振りしながら言う。

 

『あ』『ごめん。もう螺子伏せちゃった』

 

「ミソギィイィイイ」

 

一気に思考が怒りで支配され衝動のまま飛び出す。

固まるアルフの横を高速で駆け抜けながら電を放つ。

それが球磨川を貫き、バウンドしながら彼方に弾き飛ばすのも無視してプレシアに駆け寄る。

 

「母さん‼母さん、しっかり‼」

 

「うるさいわ」

 

フェイトは呼び掛けにも悪態を返してくることに少し悲しくなるが、それでも何時もより弱々しい返事に心配が募る。

逸る気持ちを抑えて冷静に魔法で処置を施そうとする時に間延びした声がこの場の全員の耳朶を打つ。

 

『わーなんだーここはー!?何か一杯ガラスのカプセルがあるぞー』

 

その声を聞くとプレシアは自身の腕の傷を省みず半ばフェイトを突き飛ばして慌てて奥の部屋に向かう。

そして断続的に稲妻が駆ける音と閃光が辺りを照らす。

アルフは咄嗟の行動に反応できずに床に倒れたフェイトを抱き起こし急いでプレシアを追う。

フェイトやアルフも入ることを禁じられていた部屋。

その部屋には球磨川と思しき黒焦げ死体と多くのカプセルが存在した。

しかし二人の視線が真っ先に捉えたのは中央に位置するカプセル。

 

「私っ!?」

 

「なっ……何だい…ここ………」

 

巨大なカプセルに入れられた少女。

それはまさにフェイトに生き写しの少女だった。

年の頃はフェイトより幼く見えるがそれでもフェイトにそっくりな少女だった。

眠っているのかと見紛う様な安らかな表情をしているがそれを台無しにするかの様なガラスの容器。

薬液に浸された髪が否応なしにそれがただ眠っているのではないのだと感じさせる。

それがアルフとフェイトには死者の尊厳を踏みにじる行為に思えて受け入れられない。

そしてフェイトは自分の理想が過去が壊れていく感覚に陥っていた。

それが何故かは分からなくとも確実に訪れる気がして恐怖が沸き起こる。

 

『ねぇプレシアさん』『これってフェイトちゃんの妹さん?』『もしくは姉?』

 

そんなフェイトの心中を知らないのか復活した球磨川が尋ねる。

まあ球磨川が知っていたからといって止めるとも考えられないが。

 

「ふざけないでっ!!」

 

球磨川の軽口に反応したのは狂気の表情を湛えて叫ぶプレシア。

少女の入ったカプセルの前でそれを守るように杖を構えていた。

 

「アリシアと、私の娘とあんな人形を一緒にしないで!!」

 

腕から血を流しながらもそう主張する。

叫ぶ度に決して少なくない血を床に溢す。

 

「…に、人……形?…それにアリシアって……………」

 

口が自分の意思を離れたかのようにフェイトが繰り返す。

その名前が妙に心を掻き乱す。

 

「もう止めにするわ。この子の代わりに、人形を娘扱いするのも」

 

プレシアの言葉がフェイトの心を抉る。

 

「せっかくアリシアの記憶を与えたのに、見た目だけがそっくりで全く使えない」

 

何を言っているのか分からない。

それでもフェイトは自分が、自分の全てが偽物となり剥がれ落ちていくような錯覚を覚える。

 

「器だけがそっくりな、役立たずで使えない私のお人形」

 

直接的な侮蔑。

大切な人から不要。

いらないと宣言される中で心が悲鳴をあげる。

普段行われる体罰よりもずっと痛い。

それでも頭の中の警報は鳴り止まない。

 

「聞いていて? フェイトと言う名はね、私が行っていた研究プロジェクト名よ。人造生命の創造計画、通称プロジェクトF《フェイト》。あなたはその計画で生まれたの」

 

「人造…生命……」

 

「ええ。私がアリシアを失った痛みに耐えられなかった弱さの象徴。貴方は私の娘どころか人ですらないのよ」

 

今度は理解できた。

できてしまった。

自分が母にとってアリシアの代替品だったことに。

その為だけに造られたアリシアの、いや人間の偽物。

それを理解できてしまった。

九歳という幼さでは余りにも大き過ぎる真実を賢いが故、球磨川が言うところのプラス故に理解してしまう。

 

「だけど全然駄目ね、ちっとも上手くいかなかった。所詮は作りもの、失ったものの代わりにはならなかったわ。アリシアはもっと優しく笑ってくれた。アリシアは我儘も言ったけど、私の言うことをとても良く聞いてくれた。アリシアは何時も私に優しかった」

 

自分に言い聞かせるように独白を続ける。

 

「でも貴女は偽物。記憶だけ与えた貴女じゃ駄目だった」

 

予想できても母から言われたそれは確実にフェイトの心を砕いた。

 

「どこへなりとも消えなさい」

 

それは突き刺す様にフェイトの心を貫き、じくじくと痛む。

悲鳴なんか上げられない程に精神が疲弊し、自然と床に座り込んでいたことにも気付いていなかった。

アルフが駆け寄って抱き抱えられても何も変わらない。

儚い記憶を頼りに今まで頑張れて来れたフェイトの心はここで完全に壊れた。

自分の信じてたもの、幸せだったもの全てが瓦解していく。

もう何も信じられない。

何も残っていないなぁとぼんやり思考の片隅で感じる。

自分が未来に愛されないとわかっても、過去の愛情を信じていこうと思っていただけにもう何もかもがどうでもよくなっていた。

心に虚無が広がり、絶望が支配する。

世界に丸ごと裏切られたかのような感覚。

アルフが言う言葉もあやふやでまるで意味を感じられない。

視界はこれ以上ないくらいに澄み渡っているのに何も感じられない。

意識があるのに何も感じられない。

 

『いやぁ~』『何て深い愛情なんだ。死んだ娘を復活させたいというありふれた望みながらここまで行動できるのは珍しいね』『うわぁ~』『感動しちゃったな~』

 

白々しい笑みを浮かべ笑う少年。

今までの雰囲気を全く考慮しない発言。

プレシアの狂気を安い三流ドラマのように扱う発言。

今までの行いを前にこの場の全員を嘲笑う発言。

 

「貴方は――」

 

怒りのまま再び魔法を放とうとしたプレシアを球磨川は一言で鎮める。

 

『だから甦らせてあげるよ』

 

「え?」

 

『アリシアちゃんだっけ?プレシアさんの娘さん』『それを甦らせてあげるよ』

 

「な、何を言って……」

 

大嘘憑き(オールフィクション)。僕の過負荷(マイナス)だよ』『まだ説明してから一時間も経ってないんだから勿論覚えてるでしょ?』

 

「嘘……」

 

『そう』『僕の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)」でアリシアちゃんが死んだっていう現実を虚構にしてあげる 』

 

「…………………本当に、本当にできるの?…本当にやってくれるの?」

 

瞳が揺れる。

どうしようもない希望が狂気を纏っていたプレシアの心を揺さぶる。

天才である己をもってしても解析できないレアスキル。

それがありもしないかもしれないアルハザードとどちらが信用できるかなど明白だった。

現に球磨川は自身の傷を、自身の死を、ジュエルシードをなかったことにしている。

球磨川の人格がどれだけ信用できなくとも縋る意味のある提案だった。

 

『全く皆疑り深いなぁ。箱庭学園では一度で皆信じてくれたぜ』『あ』『All Fiction!』『プレシアさん、貴方の病気をなかったことにした』

 

「なっ、貴方気付いて……」

 

『僕の前で弱みを隠せるわけないだろ。僕は誰よりも弱さを熟知した、言わば弱点の展示場や弱者のスペシャリストなんだから』

 

「………ない、本当に病気がなくなってるわ。一体どうやって…………」

 

自分の身体に魔法を掛けて体調を確かめながら。

プレシアが呟く。

プレシアは自身の病が治ったことより、球磨川の大嘘憑きの効果が実証されたことに希望を抱く。

希望を抱かざるを得ない。

 

『さぁ?』『僕らの過負荷(マイナス)を理屈や理論で理解なんてできないよ』 『でもそんなことはどうでも良くないかな?今ここで重要なのは、僕の大嘘憑き(オールフィクション)がアリシアちゃんを復活させられるってことだけだよ』

 

「そうね………貴方にこんなことを頼める義理はないけれどアリシアを生き返らせてくれないかしら…アリシアを助けてくれるのなら私は何でもするわ。アリシアは私の全てなのよ………命より大切な……全てなのよ……………………」

 

『うん。僕を黒焦げにして殺した人を助ける義理はないけれど良いよ』『僕は器の大きい男だからね』『でもフェイトちゃんみたいに復活させたアリシアちゃんが性格が違うとかクレームをつけるのは無しだぜ』

 

球磨川は人を安心させる笑みを浮かべて言う。

確実に相手を皮肉った軽口にプレシアは満面の笑みで答える。

 

「ええ。そんなことはしないわ。だって貴方のスキルはアリシアの死に干渉するのでしょう?あんな出来損ないが生まれる筈ないわ」

 

それは狂気の笑みだった。

自らの娘の死を認められず、拒否し続けた母親の愛の成れの果てだった。

 

『………………じゃあいっか』『All Fiction!!』

 

球磨川がそう唱えてカプセルの中にいるアリシアに巨大な螺子を螺子込む。

そしてプレシアが何か言う前に螺子を引き抜くと、そのままカプセルを叩き割る。

 

「アリシアっ!!」

 

プレシアが急いでカプセルの中から薬液に浸されたアリシアを抱え上げる。

その頃にはアリシアの外傷も貫いた螺子もどこにも見当たらない。

そして直ぐ様呼吸を確認する。

意識は今だ戻らないが呼吸はしているし、生きていることは間違いなかった。

 

「よ、良かった………本当に、本当にアリシアだわ」

 

『はっはっは』『僕が嘘を吐く訳ないじゃないか』

 

「ああ、アリシア……アリシア…」

 

床を涙で濡らすプレシアの横で同じく涙を流しながら笑顔を浮かべる。

 

『なんて感動的なシーンなんだ』『僕がこんなシーンを作る手助けができたことは一生の思い出だよ』

 

「ありがとう、本当にありがとう………」

 

『全然気にする必要はないさ』『さてと』『ちょっとプレシアさんにやって欲しいことがあるんだけど』

 

感動の涙を一転、球磨川はプレシアに頼む。

 

「ええ、勿論良いわ。なにかしら?」

 

プレシアは微笑を湛えて快諾する。

望んだ光景を成し遂げられた高揚感と感謝で先程よりも濁ったプレシアは気付かない。

球磨川が何度も死に続けた際の狂気的ともいえる笑みを浮かべていることに。

今のプレシアは全てを螺子曲げるかのような過負荷を内面に持つ少年をただの善人としてしか見ていなかった。

そんな推測が見当違いなものであることなど球磨川を殺し続けたプレシアが最も良くわかっていなければならなかったのに。

だからこそ球磨川の頼みは完全にプレシアの虚を突いたものだった。

 

『プレシアさんの記憶を消させて』

 

「え?」

 

『だから』『プレシアさんの記憶を消させてよ』『あ』『心配しなくても良いよ。アリシアちゃんに関する記憶を消すだけだから。他の記憶は全く手を着けないよ』

 

「な、何を言ってるのよ……」

 

そこで漸く気付く。

この少年が狂気等というものより更に深く、マイナスのものを持つことに。

空間が球磨川の過負荷で満たされ、全身が怖気だっていることに。

 

『だーかーらーお願いだって言ってるじゃん』『プレシアさんの全てとも言えるアリシアちゃんはこうして蘇生されたんだ。命より大切なアリシアちゃんは復活したんだ』『じゃあ次はプレシアさんの番だろう?何でもするって言ってただろう?』

 

ゆっくりと単語を区切り、言い聞かせるように言う。

 

「嫌、………嫌よ!!何で!?何で漸く幸せになれたのに!!何でそれを邪魔するのよ!!」

 

『おいおいおいおい』『プレシアさん、貴方が言ってたんだぜ。アリシアちゃんは貴方の全てだって。アリシアちゃんを生き返らせれるなら何でもやるって』『それをこうして反故にしようとするなんて良くないなぁ』

 

器用に手で螺子を持ちながらやれやれとオーバーに手を振る。

そして足取りも軽くプレシアに歩を進める。

 

「来ないで!!私からアリシアを奪わないで!!それ以外なら、それ以外なら何でもするわ」

 

『駄目だ』『なあに大丈夫』『プレシアさんもプロジェクトFだっけ?それでもう一度記憶を取り戻せば良いよ』『まぁそもそも記憶の欠損に気付くかは分からないけどね』

 

へらへらと嗤う。

 

「止めて!!これ以上近付くのなら殺すわ」

 

そんな脅迫も無視して歩を進める。

 

『そんなに怯えなくとも大丈夫ですって』『例え貴方が覚えてなくともアリシアちゃんは娘として接してくれますから』『まあ貴方はアリシアちゃんに母としては接することはできませんけど』

 

「っフォトンバレット」

 

射撃魔法が過たず球磨川を貫き、生命活動を停止させる。

しかしそれも今まで散々やってきたのと同じようにすぐに立ち上がるのを防ぐことはできない。

 

「あぁああぁ」

 

それを明確に理解して腕の中のアリシアを抱き寄せる。

思い出を刻むかのように強く、強くアリシアを抱く。

それは大切なものを取られまいとする行動で万人が憐れみを抱くような光景だが、球磨川は歩みを止めない。

そしてプレシアの眼前で止まり、長い螺子を逆手に持ち替える。

 

『これは貴方が悪いんだ。僕は悪くない』

 

そしてそれをプレシアの頭に突き刺そうとしたところで袖を引かれる。

 

『へぇ』『どういう心境だい?』

 

「………止めて下さい」

 

『……フェイトちゃん、君はまだ母親を諦められないのかい?プレシアさんはアリシアちゃんを愛してるのであって君は入ってないんだよ。君が母親に愛されることなんて過去も未来もないんだぜ』『いやそれこそプレシアさんはフェイトちゃんの母親でさえないだろ』

 

厭らしくも心を抉るように、フェイトに現状を再認識させていく。

 

「それでも……それでも…………」

 

『無理しなくてもいーんだよ』『世界中の誰もが君を偽物と断じて蔑んでも僕は君を肯定しよう』『君の全てを肯定しよう』『弱さも』『恨みも』『嫉妬も』『執着も』『怒りも』『報復も』『汚い君の全てを肯定しよう』『だから君が彼女を助ける必要も意味もないんだよ』

 

過負荷(マイナス)の甘依存。

仲間の為を思って仲間を止められる存在ではなく、仲間の為を思って仲間とどこまでも堕ちていける全肯定。

弱さも汚さもどこまでも受け入れられる過負荷(マイナス)の友情。

 

「………………意味ならある……必要もある……」

 

それをキッパリと断ち切る。

自らの意思を持って。

 

『へぇ』

 

その目に紛れもない強さを感じて球磨川はフェイトに向き直る。

それは強い決意を含んだ瞳。

強い意思を秘めた瞳。

学園の彼らが持っていた強い意思。

 

「私がしたいからやるんだ!!ミソギを止めないと進めないからやるんだ!!だから意味も必要もある」

 

『プレシア・テスタロッサは自分の娘の死を受け入れられずに君を作った』『アリシアの復活を望んで君を作った』『自らの弱さに耐えきれずに君を作った』『そして君を利用するだけして君を棄てた』『君は彼女に愛されたことはないし、彼女が君を愛することもないだろう』『だから君には彼女に復讐する権利がある』『彼女の愛するものを破壊して報復する権利がある』『君の悲しみも怒りも正当なものだし、それを否定することは僕がさせない』『それでも君はプレシア・テスタロッサを許せるのかい?』

 

「ありがとう…ミソギ…………それでも、それでも母さんが私を産んでくれたことは変わらないから……私が私になる為にも復讐はしない」

 

『はぁ~』『僕は君を過小評価していたよ。今の君は弱さをひた隠しにしていた弱者じゃない。自分の意思で復讐を思い止まれる紛れもないプラスだ』『あ~あ』『また勝てなかった』

 

球磨川は悔しそうに呟いて手に持った螺子を床に落とした。




私は常々狂気に浸されたプレシアがオリ主の説教で改心したり、簡単にアリシアの説得で思い直したりするのに疑問があった故の今話でした。

てか死んでたss界隈のアリシアの精神年齢の異常な高さが謎。
まあ高町なのはとかいるからあり得なくはないとは思うんですが。


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A's編
争乱と転校


球磨川が私立聖祥大附属小学校に転校し、聖小の生きる怪談として最底辺に君臨してから早いもので約半年。

高町なのはは球磨川禊のせいで辞職した担任教師の数が七人、自主退学した生徒が六人を越えるという事態を除いて概ね常識的な生活を再開していた。

その事態を重く見た教師はいたが、球磨川とお話してから辞職した教師が五人目になってからはそれもなく、相変わらず球磨川はいつもへらへらと笑いながら教室でジャンプを読んでいる。

そしてそんな目を背けたくなるような過負荷や凶悪な性格、破綻した思考回路等も相まって聖少では 一種のアンタッチャブルな存在になっていた。

なのはとすずかという例外だった二人も事件を切っ掛けに球磨川に関わることを避けるようになった為教室で球磨川に話し掛ける人はいなくなっていた。

そしてそんな状態であっても毎日存在するだけで常人なら忌避する過負荷(マイナス)を放ちながら、いつからか席替えで変わらない後ろ窓際の席でいつものごとくジャンプを読んでいる。

球磨川やなのはが魔法に関わりジュエルシードを集めたのも今は昔。

実に三ヶ月もの前の話である。

そんな歪だがある意味バランスの取れた教室は今、久し振りの転校生が来るという話題で盛り上がっていた。

段々と少なくなっていく生徒の補充は学校側は勿論、球磨川の過負荷に晒され続けていた生徒達に取っても嬉しいものだったようだ。

まあそれは球磨川が登校していないのも大きいのだが。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん。今日うちのクラスに転校生が来るらしいよ~」

 

「うん。私も聞いた」

 

「らしいわね」

 

そして一時は球磨川の口撃で崩壊しかけた三人の友情も一応の回復を見せていた。

 

「女の子らしいけどどんな子なのかな?」

 

「友達になれると良いよね」

 

「はぁー、よくやるわね。また球磨川みたいな奴が来るとか考えないのかしら」

 

「「………………」」

 

途端に二人の言葉が止まる。

視線を後方に向けるとそこには空席なのに彼の禍々しい気配が練り込まれているかのような妙な威圧感を放つ机と椅子。

他の生徒の物とも目立った違いなどないのに、同じ量産品とは思えない濃密なマイナスを感じさせる。

持ち主が居らずとも圧倒的な存在感を放つそれ。

自然となのはは苦々しい表情を浮かべ、すずかはどこか悲しそうに目を伏せる。

アリサに至っては自分が何の気なしに放った自分の言葉にありうるかもしれない可能性を感じて身体を震えさせる。

それ程までに球磨川の名前は三人の中では大きかった。

 

『皆おっはよー』『気持ちのいい朝だねー』

 

そんな硬直を断ち切るかの如く球磨川が騒々しく入室してくる。

そんな球磨川に誰もが先程までの喧騒を失い、席に着く。

 

『おいおい、無視なんて少年ジャンプだったら規制されかねないいじめの描写だぜ』『君ら小学三年生の今日は人生に一度しかないんだぞ。それをいじめなんて下らない問題でふいにするなんて勿体ないと思わないのかよ』

 

それに反応する者もできる者もいない。

それくらいクラスは球磨川に支配されていた。

恐れられ、嫌われて、軽蔑されて、見下されて、蔑まれて、忌避されて、嫌悪されて、避けられて。

それでも球磨川は支配していた。

そんなクラス全員の悪意を受けて尚その過負荷(マイナス)で加害者として君臨し続けていた。

そんな球磨川の支配は朝のチャイムが鳴るまで続いた。

その後には転校生への熱意も期待も希望も不安も心配も一欠片だろうと残ってはいなかった。

そんなものは球磨川に全て綺麗に台無しにされていた。

 

 

 

 

 

教室にふらふらと教師が入ってくる。

数週間前に赴任したこのクラス八人目の教師は最早赴任直後の姿は見る影もない。

元々あったがっしりした体格は残っておらず、ただ球磨川が同じ場に存在するという気持ち悪さに心を掻き乱された彼はかなりげっそりとしている。

 

「……今日は転校生を紹介する。………海外から来たフェイト・テスタロッサだ…皆仲良くしてくれ……」

 

そう言って紹介された相手は――

 

「フェイト・テスタロッサです。親の都合で転校して来ました」

 

日本人離れした美貌に白い肌。

透き通るような金髪をツインテールにした美少女。

フェイトを見て二人が絶句し、全員が驚愕する。

あの球磨川禊でさえ困惑した顔で首を傾げる。

 

「国語はまだ苦手だけど、会話はできるので話し掛けてくれると嬉しいです。仲良くして下さい」

 

「ーーという訳だ。皆仲良くしてくれ…………」

 

 

 

「ミソギ!!久し振り!会いたかったよ!」

 

フェイトに質問をしようと席を立ったなのは含めたクラスの男女十数名はその言葉に固まる。

美少女転校生がクラスの誰もが一番弱くて、劣っていて、気持ち悪いと思う男の知り合いで、自ら話しかけているという状況は全員の思考を停止させるに足るものだった。

 

『…………フェイトちゃん…』『どうしてここに?』

 

「うん、話しておきたいことがあるんだ。どこか二人っきりになれる所ないかな?」

 

『えっ!?』『ええと、昼休みなら屋上が開放されてるけど……』

 

「本当?じゃあ昼休みに」

 

その他愛もない光景にクラスメイトは吐き気を催す。

気持ち悪い。

理解できない。

転校生が球磨川と同じ過負荷(マイナス)であったならば絶望はしただろうが理解はできた。

フェイトと名乗った少女は考えるなでもなく想像よりも所謂当たりの転校生だった。

それでもこの光景は気持ち悪い、理解不能の一言に尽きた。

彼はマイナスで彼女はどう見てもプラスだ。

何故彼と話せる。

気持ち悪くて哀れとも思えない程に弱い彼と。

プラスがマイナスに積極的に関わろうとする姿は言いようもないちぐはぐさと不快感を感じさせる。

ここでフェイト・テスタロッサの交友関係は歪む。

彼女の知らない所で徹底的に螺子曲がってしまった。

 

 

 

昼休み。

誰もがフェイトを球磨川と同じように遠巻きに見つめるようになっている。

 

「あ、あのフェイトちゃん?覚えてるかな?」

 

そこになのはが躊躇いがちに話しかける。

 

「あっ……えっと…」

 

フェイトは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後に慌てて目を白黒させる。

 

「なのは、高町なのはだよ」

 

「ごめんなさい。謝って許されることじゃないけど………ごめんなさい…」

 

「ええっと、それは別に大丈夫だよ。でもちょっとお話聞かせてくれない?私結局管理局のジュエルシード回収を手伝っただけだからあんまり詳しくなくて………良かったら今日の放課後にでも――」

 

「ごめんなさい。今日の放課後はちょっとミソギに用事があって。明日でも良いかな?」

 

「えっ、あ、うん………」

 

「ごめんなさい」

 

そう言うと寝ている球磨川の席に楽しそうに駆けて行く。

 

「ミソギ、お昼休みになったよ。屋上に案内して」

 

『やれやれ』『全くフェイトちゃんは我が儘で困るぜ』

 

「ごめんね。でも嬉しくって」

 

『あんまり敗者の心を抉るもんじゃあないぜ』

 

そんな言葉を交わしながら教室を出る二人。

仲のよい友達同士のような仲睦まじい光景。

それがクラスメイトには受け入れられない。

どうして球磨川なんかに。

それが全員の心の声だった。

 

 

 

『それで何で転校して来たの?』『君はあの管理局とか言うオモシロ組織に捕まったんだと思ったけど』

 

屋上に移動した球磨川はメロンパンの包装紙を破りながらそんな風な質問を投げる。

そんな球磨川に肩が触れあうくらいの距離に腰を落ち着けお弁当を取り出しながらフェイトも返す。

 

「うん、まああの後私達は管理局に自首したんだけど私の罪状は母さんが殆ど背負ってくれたんだ。私も管理局で奉仕活動をする必要はあるけど普通に過ごせるかな。母さんも管理局への技術提供であまり罪は重くならないみたいだし」

 

『ふ~ん』『やっぱり管理局は利用できるかどうかで罪を決める碌でもない組織だったか』『それで何で地球に来たの?』 『プレシアさんも来てるのかい?』

 

「来てないよ。私がミソギに会いたくて母さんに頼んだの」

 

『それは照れるね』『てっきり僕はフェイトちゃんに嫌われてると思ってたけど』

 

「うん。毎晩夢に見るくらい嫌いだよ」

 

『じゃあ――』

 

「でもそれの何倍も感謝してるんだ。私はきっとミソギに壊されてなかったら自分になれなかったから。今まで通り人形にしかなれなかったと思うから」

 

『……それは買い被りだよ。フェイトちゃんなら僕の助けなんてなくても立ち上がれたさ』

 

「それは違う、いや確かにミソギが言うならそうかもしれない。でも例え私が自分で立ち上がれたとしても今より状況は悪くなってたと思うんだ。アリシアを生き返らせて母さんの心を救うことができたのはミソギだけだと思うから」

 

『随分な過大評価だね』『僕がいなくても、もしかしたら転生した才能に溢れたエリート主人公が「やれやれ」とでも言いながら助けてくれたかもしれないぜ』

 

「別に良いでしょ?現に私を最低の方法でも助けようとしてくれたのはミソギだし、IFの話なんだから私がそう思ってても」

 

『それはそうだね』

 

「結局母さんはアリシアしか見ていなかったんじゃないかな。だから母さんを救えたのはミソギだけだと思うんだ。謝られ、感謝はされたけど私を娘とは思えないんじゃないかな」

 

そう寂しそうな顔をするフェイトに以前のような依存の色はない。

 

『ふうん』『それを消せる唯一の機会を捨てたのは君だぜ。僕は謝らないし、慰めることもしない。僕は悪くないんだからね』

 

球磨川は興味無さそうにフェイトの後悔を煽ろうとする。

 

「あはは、ミソギは本当に最低だね。でも別に後悔はしてないから良いんだよ。仕方ないと思うんだ。母さんはあの時点でどうしようもなく壊れてたんだから」

 

『何だったら君の中のアリシアちゃんの記憶もなくしてあげようか?』

 

「優しいね。最低だけど優しいよ。でもそれも良い。それも今の私を形作るひとつだしね」

 

『…本当に強くなったね』

 

「そうでもないよ………強がってるだけだよ…」

 

『弱さを否定するのと弱さを改善しようとするのは違うよ』『それは僕ら過負荷のあり方とは違う強者のあり方だ』

 

「そうだと良いんだけどね」

 

しばし沈黙する。

いつも球磨川が昼食を食べる屋上には彼を嫌い誰もここに立ち入ろうとしないのでここには二人しかいない。

ただ風がフェイトの髪を揺れ動かす音だけがこの場を満たす。

それを楽しむように目を瞑っていたフェイトは一度大きく息を吸い込んで吐き出す。

 

「うん、本当にありがとう。これからもよろしく」

 

『僕みたいな過負荷(マイナス)によろしくだなんて自殺志願者かと思われるぜ』

 

「私が私になる為の第一歩だよ」

 

『この学校が終わるまでの間よろしく』

 

「ふふっ、ミソギはひねくれ者だね」

 

『まあ過負荷(マイナス)だからね』

 

そう言って球磨川は手元のパンをかじった。

 

 

 

「ミソギいつも菓子パンばっかり食べてるの?身体に悪いよ?」

 

『そうは言っても僕はどこぞのロボット候補生みたいに料理を作れないしね』

 

「なら私が作ってあげよっか?」

 

『……………あまり好意を振り撒き過ぎない方が良いぜ。好意は人に漬け込まれる。君がそれで漬け込むつもりなら別だけどね』

 

「?私はミソギにしかこんなことしないよ」

 

『……止めて…僕はロリコンじゃないから……そんな純粋な目で見ないで…』



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弱者の強み

「ミソギ、こっちの携帯電話契約したからアドレス交換しよっ」

 

『良いよ~』『ええと、どこにあったかな…』

 

ごそごそと制服を探り、ポケットから携帯を机の上に置く。

そんな何でもないこともかなり異常だった。

携帯が塊で積まれていく。

一、二個ではなく十個以上。

色も機種もバラバラの携帯が文字通り積まれている。

ガラケーもスマホも何種類もある。

 

「えっ!?」

 

『そうそう、これだ』『ごめんねフェイトちゃん。手間取っちゃって』

 

鞄の中からも更に携帯電話を取り出しながら球磨川が謝る。

机の上に置かれたのは全て機種が違う携帯電話数十種類。

 

「何でこんなにあるの?」

 

『僕は携帯電話は全機種持つ男なのさ』

 

「ええっ!!」

 

『まっ』『今じゃ殆ど連絡先なんか入ってないんだけどね』

 

「ミソギとアドレス交換なんかしたら普通携帯解約するもんね。まぁ良っか。ミソギが変なのはいつものことだし。それよりどれと連絡先を交換すれば良いのかな?」

 

そんな仲のよさがわかる光景がなのはは大嫌いだ。

何故かはわからない。

理由なんかないのかもしれない。

生理的に球磨川を嫌っているのは本当だと思う。

それでも以前のようにただ嫌うことはできなかった。

そもそもなのははPT事件をよく知らない。

知っているのはフェイトの母がこの事件を起こしたこと。

その母が自首し、この事件が解決したこと。

彼女達が管理局の奉仕活動で減刑されたこと。

そして公式には球磨川禊がそれには関わっていないとされているということ。

それでも球磨川が何かをしたのだと思った。

否分かった。

フェイトの表情で。

端的に言えばフェイトは変わった。

それもなのはが見て分かる程に。

前に見たフェイトとははっきりとは言えないけれど何かが違う。

悲しげな少女は少なくとも笑顔を浮かべられるまでに回復していた。

それを球磨川が起こしたのだということは簡単に分かった。

だからフェイトに直接言った。

球磨川禊を理解できないのだと。

彼は何を思い、何をしたのか。

どうして球磨川を理解できるのかと。

なのはにはそれ以外思いつかなったし、それが正しいと思ったから。

自分が助け、友達になりたいと思った少女に彼は何をしたのかを知るのは本人達に聞くしかないと思ったから。

それでも進展はなかった。

球磨川の行動は自分の家族にも関わることだから話せないと。

ミソギは自分にも理解できないと。

申し訳なさそうに言った。

そしてその後ごく当たり前に笑顔さえ浮かべて球磨川の悪口を並べた。

楽しそうに、自慢の友達を紹介するかの様に。

フェイトの語った言葉が嘘ではないことは分かった。

球磨川の様な戯言ではないことも。

だからこそなのはの常識を突き崩す。

何で理解できないのに普通に話せるのか。

どうして一緒にご飯など食べられるのか。

全く共感できなかった。

もうこうなったら球磨川と直接話さなくてはならないとは思う。

でもそれができない。

百歩譲って自分に螺子を突き刺したことは許せる。

球磨川ならそれこそ異常だなどと嘯くだろうがそれでも良い。

だが球磨川の放つ過負荷がどうしようもなくなのはを躊躇わせる。

アリサを傷つけた球磨川を生理的に、本能的に嫌悪して怖れる。

それでもどうにか話したい、話さなくてはならないと思っていた。

自室では明日こそと思うのだが、学校のバスに乗り込み、学校が教室が近付く程に決意が鈍り球磨川に会うとその決意が霧散してしまうのだ。

そもそも球磨川が四六時中フェイトと居て、話し掛け辛いのもある。

しかも友達を盗られたみたいでそれも気分が良くない。

そもそも知り合い以上とは言っても友達とはまだ言えない関係だとは分かっているのだがそれでもイライラする。

せっかくレイジングハート以外で魔法に関して話せる友達が作れると思っていただけにそれも大きい。

だからなのはは教室で仲良く談笑する球磨川達を見て心にわだかまりを作ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

だからこそこの状況で彼らが通り掛かるとは思わなかった。

 

『うわぉ』『見てくれよフェイトちゃん』『なのはちゃんがフルボッコにされてるぜ』

 

「ちょっとミソギ!!真面目にやろうよ」

 

『えぇ~』『正直僕は食後一時間は運動しない主義なんだけど』

 

「前はこっちが嫌がってもお構い無しに場を掻き乱してたでしょ!!何でやる気出さないの!!」

 

『だって僕は根っからのマイナスだし』『どうせこんなのはなのはちゃんの強化フラグにしかならないんだしさ~』

 

「ボロボロになったクラスメイトの前で言う台詞じゃないよ!?」

 

『大丈夫、大丈夫』『どんな逆境でも諦めない』『どんなに困難でもやり遂げる』『どんな相手だろうが打ち負かす』『地形に』『状況に』 『努力に』『才能に』『血筋に』『気紛れに』『偶然に』 『友達に』『敵に』『過去に』『未来に』『運命に』『世界に』『助けられる』『それが主人公だ』『こんな雑魚キャラなんて一人でも勝てるのさ』

 

空気を歪めてフェイトの心配を笑い飛ばす。

ぞわりとマイナスが空気に滲む気さえする。

まるで世界が球磨川禊と言うマイナスに犯されているみたいだなんて馬鹿げた考えが浮かぶ。

 

「もうっ!またそうやって自分だけで完結して!!私はあのピンク色の襲撃者を抑えるからミソギはなのはを連れて逃げて」

 

『えぇ~』『そんなのアルフさんにやらせれば良くない?』

 

「アルフはもう既に一人抑えてるよ!!」

 

『なんてこったい』

 

「良いから!頼んだよ!」

 

そう言うが早いかフェイトは一人夜空に浮かび上がる。

そして球磨川が一言も発する前に視認できない範囲まで行ってしまう。

 

「……お前らはそいつを助けに来た…のか?いやそれよりお前…リンカーコアが………」

 

そう私を襲った女の子が疑問を投げ掛ける。

戦っていたときよりも憎々しげで少し腰も引けている。

この状況下で現れる少年に最大限警戒はしているのだろうが恐怖が瞳に浮かんでいる。

 

『ん、人に質問する時は自分の名前を先に語るべきなんだぜ』『まったく最近のロリっ娘は………』

 

「………ヴォルケンリッターがひとり、鉄槌の騎士ヴィータだ」

 

『僕の名前は球磨川禊。今は小学三年生。最近隣りの生徒が登校拒否になったこと以外は普通の魔法も使えない一般人だよ』『よろしくねヴィータちゃん』

 

「………」

 

ヴィータと名乗った少女は差し出された握手を見て目を細めるだけでそれを決してとろうとはしない。

更にきつく自分の槌型のデバイスを握るだけで、目の前の少年が魔法を使えないと分かっても警戒は緩めない。

口を開いてもぺらぺらと益体の無いことばかり並べるこの男に言い様の無い不安感を感じる。

多くの戦闘経験を積んだヴォルケンリッターをしても初めて見る類いの男。

弱者ではあるのだろうがそれだけではない闇や深淵といったものを内に抱えている少年。

その闇よりもなお暗いナニかがゆっくりと漏れ出してくる気さえする。

それが――

 

『そうそう』『さっきの君の質問に答えるとするなら僕らは夜ご飯食べに外出てただけだよ』

 

「なら――」

 

『うん』『僕は帰るよ。子供は寝る時間だしね』

 

一瞬にして掻き消えた。

今までの空気が嘘だったかのような状況にヴィータは困惑するのを隠せない。

先程まで確かにここに停滞し、場を支配していた圧倒的なマイナスがない。

その存在を抹消され、なかったことにされたかのようにすら感じる。

困惑したヴィータと、自らの身を守ろうと立ち上がるなのはを置いて球磨川が踵を返した瞬間、ヴィータの背後、有り得ない筈の死角から現れた巨大な螺子がヴィータを突き刺した。

間一髪心臓を貫かれはしなかったものの、長い螺子は肩を貫通して赤いバリアジャケットをより赤く染める。

 

『あれれ、どうしちゃったのかな?肩に螺子が突き刺さってるけど大丈夫?』

 

「ッ!てめぇ!!」

 

『何を言ってるんだい』『僕は君達に背中を向けていたんだぜ。君の肩に螺子を突き刺すなんてそんなことできる筈がないだろう。そもそもそんな巨大な武器を僕がどこに隠し持ってたって言うんだい?』

 

そう言いながらどこからか取り出した螺子を両手に、ヴィータに向かって歩き出す。

いつから持っていたのかさえ分からなくとも確実に今ヴィータを貫いている物と同じ規格の物だ。

それを手にへらりと笑みを浮かべる。

 

「球磨川君……何で…」

 

『僕は今帰宅中だ』『だから殺す』『君たちの相手をしている暇はない』『だから殺す』『なのはちゃんを守る気はない』『だから殺す』『僕は争いが嫌いだ』『だから殺す』『君にも事情があるのだと思ってる』『だから殺す』『フェイトちゃんが可愛かった』『だから殺す』『昼ごはんが美味しかった』『だから殺す』『昨日の夜はいい夢をみた』『だから殺す』『楽しみにしていた映画が今年公開だ』『だから殺す』『遊んでいたソーシャルゲームがサービス終了した』『だから殺す』『特に何も無い』『だから殺す』『なーんて宗像君の真似っ』

 

瞬間隠れていたマイナスが一気に球磨川から吹き出る感覚が襲う。

なくなっていた筈の強烈な過負荷。

それが今正しく二人を圧倒していた。

ヴィータは球磨川に武器であるデバイスを向けているが、それはドラマでよく見るような往生際の悪い犯人が最後の抵抗でナイフを誇示しているかのようにすら感じられた。

もう終わり切っている感じさえする。

 

「ぶっ潰す!!」

 

『僕は悪くない』

 

そう言って螺子を投げつける。

地面から螺子が飛び出し、ヴィータの進路を塞ぐ。

 

「ちっ」

 

『弱点を僕の前でそのままにしてもらえると思うなよ』

 

負傷した右肩を徹底的に攻める。

辺りには螺子が刺さり、折れて、転がっている。

 

「テートリヒ・シュラーク」

 

力任せに叩きつけたハンマーが交差させた球磨川の螺子を圧し砕きながら球磨川を打ちのめす。

ゴロゴロと路上を無様に転がり血を流す。

幾ら負傷したと言ってもヴィータは古代ベルカの騎士。

最弱と呼ばれた球磨川では基本スペックが桁違いだった。

 

『ひっどいなー』『小学三年生を鉄の鈍器で殴りつけるなんて』『あれ、でも痛くなくなってきたぞー』『治る兆しかなー』『それとも壊死する兆候かなー』『まっ』『どっちでも似たようなもんかあ!』

 

血を流し、腕が折れてもヘラヘラ笑って起き上がる。

その場には負傷しても立ち上がる不屈の勇者も楽天的な小学生もいなかった。

ただただマイナスとして球磨川がいるだけであった。

その様子にヴィータは勿論守ってもらってる筈のなのはでさえ恐怖を禁じ得ない。

その余りにも常人離れした嫌悪感に恐怖の方が強く心を苛む。

 

「うっ」

 

ヴィータも口元に手を当てて必死に吐き気を堪える。

 

『まっ』『こんなパフォーマンスいらないんだけどね』『大嘘憑き』『僕の負傷をなかったことにした』

 

そして何でもないことのように再び螺子を取り出し嗤う。

 

「ぐっ」

 

「駄目っ!」

 

苦し気に顔をしかめるヴィータを宥めるように緑色の法衣らしきものを着た女性がヴィータの腕を掴む。

 

「ここに来て増援!?」

 

『安心してくれちゃっていいぜ』『あいつらは僕がしっかりきっちり壊してあげるからさ』

 

「なっ――」

 

「駄目!あれは関わったら駄目!」

 

「シャマル!でもまだリンカーコアが!」

 

「あれに出会った時点で終わりよ。退きましょう」

 

「くそっ」

 

『駄目だぜヴィータちゃん』『そんな見た目ロリでも騎士なんだから正々堂々戦わなくてどうするのさ』『僕らも真剣なんだからさぁ。もっと真面目にやってくれないと困るぜ』

 

「あれをまともに取り合ったら精神を壊されるわ。風の足枷」

 

闖入者の魔法が球磨川を捕らえる。

 

『うわっ』

 

「球磨川君!?」

 

緑色の嵐が吹き荒れ、気付いた時にはもうどこにも彼女らの姿は見えない。

 

「勝ったの………」

 

『逃げられちゃったか』『あーあ』『また勝てなかった』

 

「……………………………」

 

『大丈夫かい?』

 

「球磨川君、どうして……どうして私を助けたの?」

 

『うーん』『正直本当にここへは通りがかっただけなんだよね』『うん強いて言えば騎士とか言って偉そうでムカついたからかな』

 

「…………じゃあ何で球磨川君はそんなことができるの?どうしてそんなに最低なことを平気でできるの?私には分からないよ。全く理解できないよ」

 

『……なのはちゃん』『君は僕らマイナスを理解したいなんて思っているのかい?』

 

「うん、理解したいし分かり合いたいよ。お礼だって言いたいよ………」

 

『本当に君は良い子だね。普通螺子を突き刺されてそんなこと言えるかい?君も自覚がないだけで相当異常だよ』『まっ』『今はそれは良いか』『それで話を戻すけれど結論から言うとそれは無理だ』

 

「なっ――」

 

『不幸な奴の気持ちは不幸な奴にしか分からない』『マイナスでもないプラスの君じゃ底辺の頂点である僕を理解なんてできる筈がない』

 

「何で、何で球磨川君はそんなに強くあれるの………弱さを、最低さを知って……受け入れられるの…私には………私には…………無理だよ…」

 

『受け入れることだよ』『なのはちゃん』『不条理を』『理不尽を』『嘘泣きを』『言い訳を』『いかがわしさを』『インチキを』『堕落を』『混雑を』『偽善を』『偽悪を』『不幸せを』『不都合を』『冤罪を』『流れ弾を』『見苦しさを』『みっともなさを』『風評を』『密告を』『嫉妬を』『格差を』『裏切りを』『虐待を』『巻き添えを』『二次被害を』『愛しい恋人のように受け入れることだ』『そうすればきっと』『僕みたいになれるよ』







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心の底から

「闇に、沈め」

 

「ップロテクション」

 

血の色をした鋼の短剣が高速で放たれ、瞬時になのはに殺到する。

速く、鋭い。

視認すら困難な魔法をプロテクションで受けるも、容赦なく爆裂した魔力がなのはを痛め付ける。

無人のビルの窓ガラスを突き破り、大きなデスクにぶつかって漸く痛みが襲う。

闇が空を覆い、黒い光が辺りを染める。

桁違いの魔力が吹き荒れ、その余波でさえ常人なら死んでしまいそうでさえある。

仲間はなく、自分では及びもつかない力を持つ相手に逃げることは許されない。

正しく戦場であり、地獄であり、世界の終焉のようだった。

それでも彼はいつものように飄々といつものようにマイナスを撒き散らしながら現れる。

感情の読めないへらへら笑いで私の前に現れる。

その徹底ぶりに彼が人の前で本心を吐露することなどあるのかと疑問に思う程だ。

墨汁を煮詰めた様な闇より黒い瞳で私の前に現れる。

いつだってどこだって彼は場を乱しに現れる。

良いものも悪いものも一緒くたに混ぜて全て台無しにしてしまう。

彼は思想も主義もなく私達の心を掻き乱していく。

 

『こんばんわー』『なのはちゃん、君はもしかして血だらけをファッションだと思ってるのかい?こう会う度にボロボロ、血だらけだと反応に困るんだけど』

 

「…球磨川君か……毎度思うんだけど何で結界に紛れ込むのかなぁ」

 

愛機を杖に立ち上がる。

 

『単純に運が悪いのさ。マイナスだからね』

 

「そっか…じゃあすぐに逃げた方が良いと思うよ」

 

『ふぅん』『随分弱気だね。どうしたんだい?』

 

「……ちょっとね」

 

『助けてあげよっか?』

 

「………どういうつもり…?」

 

『前に言っただろ』『僕は争いが起こったとき善悪問わず一番弱い子の味方をするって』『なのはちゃん』『君は気付いてないかもしれないけれどもうどうしようもない程終わり切ってるんだぜ』『一人では倒せない』『フェイトちゃんもあれに吸収されて生きているかさえ分からない』『これでどうしようって言うのさ』『正しく絶望的だよ』

 

「……球磨川君がそれを何とかできるって言うの?」

 

『うん』『僕の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)」でね』

 

「それは…」

 

『僕が消してあげようじゃないか』『あれの起こした被害も悲しみも全部なかったことにしようじゃないか』

 

「…そんなことができるの?」

 

『僕の欠点を使えばね』『それこそ死さえなかったことにできる、正真正銘すべてをなかったことにできる過負荷(マイナス)なんだぜ』『どんなに強くたって関係ないさ』『ぜぇんぶなかったことにしてあげるよ』

 

心が酷く掻き乱される。

球磨川君の前では冷静であろうと努めていたことを忘れてしまう。

 

「まっ、待って闇の書はバグのせいで暴走してるだけなの!!しかもあれにははやてちゃんがいるの!」

 

『それがどうかしたのかい?』

 

「それは球磨川の言う大嘘憑き(オールフィクション)でなかったことにしたらどうなるの!?」

 

『さぁ』『それは考えたことがなかったな』『まず僕はそのはやてちゃんとやらを知らないし』『まっ大丈夫じゃないかな』『しっかりきっちり闇の書だけをなかったことにしてあげるからさ』

 

「待って!闇の書だって壊れてるだけなんだよ!バグだけを直すことはできないの!?」

 

『どうだろうねぇ』『僕はそのバグも元の物も知らないしどうなるかなぁ』

 

「そんな…………」

 

『うん?』『さっきから何を言っているんだい?』『そんなこと僕らには関係ないだろう』

 

「なっ、それは――」

 

『だってそうだろ?それは僕らが作った物でもなければ持って来たものでもないんだぜ』『「世界を壊す」なんて危険な兵器を僕らの所に流出させたのも全部管理局の責任だよ』『それを助けようとして僕らを危機に陥らせるなんてどういうつもりなのさ』

 

「そんなこと――」

 

『じゃあ安心だ』『おめでとう、なのはちゃん』『君は地球を救う英雄だ』

 

そう嗤った球磨川の顔はいつものへらへら笑いとは違い、とても楽しそうだった。

 

 

 

 

 

「…………駄目!それは駄目だよ」

 

『何がだい?』

 

「あれは……闇の書ははやてちゃんにとって大切な家族なんだよ!!それにユーノ君が何とかする準備だって整えてるんだよ!それがあれば――」

 

『君は本当に優しいね』『でもさぁ』『お前』『今死んだらどうするんだ?』 『「お前が」じゃねーぜ』『お前みたいにどうでもいい奴がじゃなくて』『この町の人やフェイトちゃん、ユーノ君が死んだらどうするんだ?』『その時は墓参りにでも行って「闇の書を守ったよ」とでも言うのかい?』『友人、知人を殺してでも他人を助けたいのかい?』

 

「まだ死んだって――」

 

『あぁ決まった訳じゃあないよね』『でもそれはあり得ないことじゃないよね』『利口ななのはちゃんなら分かってるだろ?』『無様に君を含めて全滅する可能性だって低い訳じゃあない』『そこで質問だ』『君の「人助け」に友人が命を賭けている。君が死んだら悲しむ家族がいる。それがわかっていながら、人助けをやめられない』『じゃあ、いったい君にとって彼らはどんな存在なんだ?』

 

「……ッ」

 

『どうでもいい訳じゃあないだろうね』『多分君はどちらが大切だとかも考えてない』『ただ、それが正しいことだと思ったからしたんだ』『だろ?』

 

「……………………」

 

『なのはちゃん』『君は強くなるべきじゃなかった』『魔法なんて覚えるべきじゃなかった』『君は紛れもなくプラスだが、プラスであり続けられるのが悲惨だ』『君の心は確かに強いだろうね』『死を覚悟できるなんて強過ぎると言って良い』『でも』『それは明らかに異常だよ』『ここは紛争地域なんかじゃないんだぜ。比較的平和な日本で育った九歳が力があるからって命を賭けられる』『そんなのどう考えたって普通じゃない』『よく君は大人びているなんて的外れなことを言われてるけどそれは間違いだよ』『子供の時期に「子供」をやれなかった君は「大人」になんてなれない』『ただ大人のふりができてるだけだ』『歪んで、いや真っ直ぐ過ぎている』『歪みや妥協を決して許さず』『倫理や情を愛した』『歪められなかった真っ直ぐさだ』

 

そこで一度言葉を切り、こちらを指差し断言する。

 

『――本当に君はいい子だね』

 

まるでこちらを非難するかの様な台詞に怒りが湧く。

これはこの気持ちだけは彼に触れさせてはいけないと心の奥が警報を鳴らす。

 

「何で!?それの何が悪いの!?人助けの!真面目の!いい子のどこが悪いって言うの!?」

 

『仲間を捨てるのは勿論他人でさえ捨てられない君の理想』『誰も彼も見捨てられない異常なまでの倫理観』『かと思えば自分の命はあっさりとそれこそ物みたいに捨てられる冷徹さ』『限りなく滅私に近い自己犠牲』『それで君の大切な人が悲しむと分かっていたところで君はそれをやめられない』『ある種君は人類を愛しているのだろうね』『平等に』

 

そこで気付く。

否、気付いてしまう。

彼のマイナスが薄いことに。

いつもの弱々しさが薄い。

 

『公平に、差異無く、自分以外の全てを』『それこそ』『高町なのは』『は』『見知らぬ他人のために生まれてきたんだって程に助けたいんだろうね』『だけどさ』『それは人の生き方じゃあないんだぜ』『それは』『人に愛されたい化け物の道だ』

 

彼の目が語っていた。

折れておけと曲がっておけと。

ここで破綻しておけと。

マイナスを纏う彼の目がいつものただ黒いものではないことに驚く。

微かに光が見え、それが揺れていることに。

怒りが波のように引いていく。

そこから今まで気付かなかったのが不思議な程にストンと幾つかのことが胸に収まる。

彼の声が口調が心配している。

私の未来を嘆いている。

その先に訪れる理想の破綻を知っているかのように。

それはなのはが初めて感じた球磨川の人間性だった。

 

「………」

 

『なのはちゃん』『メサイアコンプレックスって知っているかな』『救世主妄想とも言うんだけどね』『「自分が人を助けることを運命づけられている」って信念を抱く心の状態を指すんだ』『これはね』『自尊心の低さを他者を助けることからくる自己有用感で補償する為に陥るんだ』『「人を助けられる自分は幸せだ」ってね』『本当に馬鹿だよねぇ』

 

その言葉にはいつものような侮蔑の色はない。

痛ましい程の悲しさしか感じられない。

 

『君はただひとりが怖いだけだ』『救えば』『役に立てば』『君はひとりじゃないって思えるから』『人を助けてるって感じていられるから』『自分に価値を見出だせるから』『無価値じゃないって信じられるから』『君は人を助けたいんじゃない』『助けずにはいられないだけだ』『人助けをしない自分に価値を見出だせないだけだ』

 

その言葉が思い出を掘り起こす。

父が怪我をして母や兄、姉が必死になって家庭を支えてる時。

ひとりぼっちでブランコに揺られていたら自分が溶けてなくなっていくような気がした日々。

家族の誰もが忙しいのに自分だけが蚊帳の外で無力感で誰にも必要とされていないのではないかと怯えていた。

だから誰かを救える人になりたかった。

父親や兄や、そして姉のように困難を打ち砕ける人。

格好良く、強く、正しい存在に。

誰かではなく、誰にでも手を差し伸べられる人。

それだけを望んでいた。

 

『人を救うのは義務なんかじゃない』『九歳の女の子がそんなことをやる必要なんかないんだ』『僕と友達になろうよ』『君がイライラするのならムカつく奴を殴って回ろう』『君が人を裏切るのなら僕も一緒に裏切ろう』『君が我が儘を言ったら僕はそれをできる限り叶えよう』『君が人を殺したいなら僕も一緒になって殺そう』『無価値でも外道でも屑でもいい子じゃなくっても良い』『僕らは友達だ』『だから魔法少女や正義の味方なんて辞めちゃっても良いんだぜ』

 

彼はそう言ってくれた。

確かにここで球磨川を頼れば簡単にこの事件は終わりを告げるだろう。

なのはには戦いに踏み込む動機はあれど義務はない。

彼の言う大嘘憑きはロストロギアも越える恐ろしいスキルだ。

私が頷けば彼は先程言ったようにすべてを消してくれるだろう。

問題も、被害も、悲しみも。

確かにここが妥協できるギリギリのラインなのかもしれない。

だけど――

 

「それは駄目だよ。私は確かに人を助けられずにはいられないのかもしれない。こんなのは、自己満足かもしれない。もしかしたら球磨川君の言うことは尤もで、これは賢い行いじゃないのかもしれない」

 

『じゃあ――』

 

「でも私は闇の書さんを助けたい。全部は助けられなくとも私の前で起こったことなら助けたい!我が儘でも偽善でも良い!助けたいって思ったんだ!!」

 

『……ふぅん』

 

「それに負傷してるから、相手が自分より強いから、味方がいないからなんて理由で球磨川君は諦めないでしょ。球磨川君にだけは負けられないよ」

 

『……………』『あーあ』『しまった』『油断した』『こんなとこでそんなこと言われるなんてね』『本当、僕は昔っから惚れっぽい男だ』『また勝てなかった』

 

「何を納得しているのかな?」

 

『ん?』

 

「だって球磨川君は私の友達で、私が我が儘を言ったら球磨川君はそれをできる限り叶えてくれるんでしょ?」

 

『は?えっ?』『………マジ?』

 

「うん、もう友達だからね」

 

『…なのはちゃん……性格悪くなってない…?』

 

「球磨川君のせいだね」

 

『はぁ』『僕のせいねぇ』『まだ僕のことは嫌いなんだろ?』

 

「うん。本当に嫌な奴だよ」

 

心の底からの言葉をぶつけて、それでも一言だけ付け加えておく。

 

「でもありがとう球磨川君」



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別れ

信頼と信用は少し意味が違います。

過去を根拠にするのが信用。
信用取引なんかが分かりやすいイメージ

未来を見据えるのが信頼。
信頼感なんかが分かりやすい。

信用の方が根拠が薄い。ということを踏まえて読んでくださるとより楽しめると思います。



『なのはちゃん』『あれを御覧よ』

 

「すごく、大きいね」

 

『うん』『僕が見た闇の書さんはナイスバディの銀髪おねーさんだったんだけど』『どうしてこうなった』

 

海の上には何かよくわからない気持ち悪い生物がグニュグニュと触手を伸ばして奇声を発している。

しかもデカイ。

巨大な身体を揺すりながら吠えている。

 

「あっ、なのは!!って何でミソギ!?」

 

「フェイトちゃん無事だったんだね…良かった………」

 

『やっほー』『フェイトちゃん元気?』『デートにはいい夜だね』

 

「何でミソギがここにいるのッ!?」

 

『何かねー巻き込まれたんだよねー』『つまり全部管理局って奴が悪いんだ』

 

「またぁ!?」

 

「それで今どんな状況?」

 

「あっ………あの闇の書の防衛プログラムとはやてやヴォルケンリッターを分離させたの。あれを私達で倒せばいいんだけど手伝ってくれる?」

 

「勿論!こちらこそお願いね」

 

「うん、はやても協力してくれるから。それで何でミソギがここに――」

 

再び追求しようとしたところでクロノやヴォルケンリッター、はやて、ユーノ等の魔導師が降りてくる。

 

「なのは無事だったのか。…それと球磨川禊……お前は今は味方でいいんだな?」

 

『そんな悲しいこと言うなよ』『クロノ君』『僕らの仲じゃないか』『いつだって僕は君の味方さ』

 

「てめぇ――」

 

『よっ』『ヴィータちゃん久しぶり』『なのはちゃんのリンカーコアを奪おうと無害な一般市民の僕を鈍器で殴ってボコボコにした時以来だね』

 

「っ――」

 

『おいおい』『加害者がそんな顔するなよ』『僕やなのはちゃん、フェイトちゃんに襲い掛かったのは君達なのに被害者みたいに見えるじゃないか』『誰かの為だなんて都合の良い言い訳ぶら下げて仲間面するなよ』

 

なのはやフェイト以外の人間は球磨川がここにいるのをどうしようもなく不快に思う。

一応球磨川に感謝しているアルフでもそうなのだ。

一度徹底的に詰られたユーノやクロノ、一方的に非難されているヴォルケンリッター達は球磨川のマイナスに心を痛めつけられる。

しかし今は闇の書の討伐を優先したのか無理矢理心を落ち着かせて作戦を語る。

 

「一応作戦だ。闇の書には4層の防御結界が存在する。これを僕らの魔法で貫き、コアを露出させる。その後ユーノとアルフ、シャマルの手でコアを衛星軌道上に転送させ、アースラのアルカンシェルで仕留める」

 

『ふぅん』『ねぇなのはちゃん』『僕は空も飛べないんだしいらなくない?』

 

「球磨川君は回復要員で」

 

『えぇー』

 

「球磨川君。私魔力が足りないし、怪我してるんだ」

 

『ふぅん』

 

「友達の我が儘聞いてくれるんだよね」

 

『……大嘘憑き(オールフィクション)

 

「疲れた」

 

『…………大嘘憑き(オールフィクション)

 

「お腹空いた」

 

『………………大嘘憑き(オールフィクション)

 

「眠い」

 

『……………………大嘘憑き(オールフィクション)

 

「ちょっ、なのは!?何してるの!?」

 

「球磨川君は私が我が儘を言ったらできる限り叶えてくれるって約束してくれたんだ」

 

「えっ!?待って!どういうこと!?しかも眠気とか疲れとか空腹って消して大丈夫なの!?」

 

「とりあえず球磨川君は結界を壊すもといなかったことにする係ね」

 

「ちょっと待って流さないで!」

 

『あぁ、後でなのはちゃんには眠気も疲れも空腹感も一気に戻すから大丈夫だよ』『それより今はとりあえず闇の書を終わらせようぜ』

 

「ぜ、絶対に説明してもらうからね」

 

フェイトに続いてなのは以外の全員が球磨川から逃げるように空に飛び立ち、配置に着く。

彼らが充分に離れ、声が聞こえない距離に行くまで待ってから球磨川がなのはに語りかける。

 

『もうあれは分離してるんだから僕の大嘘憑きであれだけをなかったことにすることもできるんだぜ』『それでも使わないのかい?』

 

「うん。まぁ正直球磨川君をそこまで信用できないから」

 

『そっか』

 

「……でも万が一失敗したら皆を守ってね」

 

『おや?信用してないんじゃなかったの?』

 

「うん。球磨川君を信頼してるんだよ」

 

『本当に君は嘘ばっかりだぜ』『一体誰に影響されたんだか……』

 

「さぁ?じゃあ、無駄話はここまでにしておこっか。行ってくる」

 

なのはがその場を後にすると球磨川も踵を返す。

 

『自分に大嘘憑きを使わせといてよく言うよ』『僕でも嘘だって分かるぜ』

 

その言葉だけが誰にも聞かれることなく、その場に溶けた。

 

 

 

 

 

『なのはちゃん本当に君は何やってんだよ』

 

物悲しい空気を捻曲げるように声が響く。

そしてそのマイナスに反応する前にその場に螺子が降り注ぐ。

そしてヴォルケンリッターを過たず、貫き、固定する。

 

「なっ!?」

 

「うるさいなぁ。私だって球磨川君になんて頼りたくなかったよ」

 

「ミソギこんばんわ。待ってたよ」

 

仲間が螺子を突き刺され意識を失って混乱するリインフォースとは違い、なのは達の口調は状況を理解していないのではないかと疑うくらい自然で穏やかだった。

ヴォルケンリッターは降ってきた螺子に刺されて昆虫採集の標本みたいに固定されている。

 

「お前は……」

 

「大丈夫。気絶してるだけだから」

 

「何でミソギはそうやって物事をややこしくするのかな?」

 

『あぁ』『僕は恥ずかしがりやでね。あんまり知らない人と話すことは得意じゃないんだよ』

 

「嘘ばっかり」

 

『ところで』『なのはちゃん』『あんなに言っといてこれとか格好悪くない?』

 

「うるさいよ。だから守ってねって言ったんじゃん」

 

『本当になのはちゃんも口が悪くなっちゃって』

 

「球磨川君が悪い」

 

『おいおい』『自分の口が悪いのを人のせいにするなよ。それは責任転嫁ってやつだろ』『だから』『僕は悪くない』

 

「絶対にミソギのせいだよ」

 

「しかも遅いし。はやてちゃんがここに来る前で良かったけどさぁ」

 

『間に合ったんだからそんなこと言いっこなしだよ』

 

「待て高町、テスタロッサ。これはどういうことだ」

 

「えーと――」

 

「リインフォースさんを助けられる人を呼んできました」

 

「どういうことだ?」

 

「かなり人格は信用できませんが助けられる人です」

 

「しかし――」

 

『うっさい』

 

螺子をぶち込み黙らせる。

 

『僕はなのはちゃんの我が儘に付き合ってるんだ』『なのはちゃんが救いたいって我が儘言うのなら君が例え死にたくっても絶対に死なせたりなんてさせてあーげない』

 

「…………まぁ間違ってはないけど…私がやりたいからやってるんだし……それはそうとその言い方は良くないと思うんだ」

 

『まあまあ』『そう間違ってないなら良いじゃないか』『そして僕はそっちの方が良いと思うぜ』『行為の理由に他人を使う奴なんて録な奴はいないしね』

 

「うん、許してあげる。じゃあ改めて、私はリインフォースさんを助けたい。手伝ってくれる?」

 

『やだ』

 

「ダメ」

 

『無理』

 

「却下」

 

『ごめんね』

 

「これは許さない」

 

『意味ないじゃん』

 

「約束したでしょ。友達だって。まだ球磨川君のことを理解できてるとは思えないけど、少なくとも理解したいとは思ってるんだ」

 

『恥ずかしい台詞言っちゃって』

 

そう言いながら薄く笑う球磨川の顔はいつもの貼り付けたような笑みとは全く違うものだった。

 

 

 

 

 

その日を境に球磨川禊は海鳴から姿を消した。

小学校にも来ず、住んでいたらしいアパートからも姿を消したようだ。

魔導師がサーチャーで探しても見付からず、彼が海鳴から離れたどこかに行ってしまったことを否応なく実感した。

もう月曜日に買ったジャンプを楽しげに読む姿も、球磨川が登校した瞬間に痛いほど静かになる教室も見られなくなっていた。

学校は球磨川が消えたことで少し活気を取り戻した。

球磨川をいじめようとして不登校になっていた生徒も少しずつだが顔を出すようになっていた。

アリサも元気を取り戻し、笑顔を見せることも格段に多くなった。

すずかも彼に怯えることはなくなった。

なのははフェイトと親友とも呼べる間柄を構築できたし、フェイトも徐々に魔法関係者以外にも親交ができた。

はやても聖小に転校して来て、本当に楽しい日々が多くなった。

 

 

 

 

 

彼がいなくなり、全てがプラスの方向に回り始めていた。

皆が皆幸せになっていった。

それこそマイナスの頂点たる彼がいた時とは比べ物にならないくらいに楽しく、幸せな日々だった。

それでも何となく物悲しい気持ちになった。

どんなに言い繕ったところで私達は彼に救われたのだろう。

どんなに卑怯で劣悪で最低なマイナス的手段であったとしてもそれだけは変わらなかった。

同じように救われた今の親友は殆ど彼について話さなかったし、人前で心配するような素振りも見せなかったので結局私も自分から彼を話題に出すことはしなかった。

彼の失踪とも言える別れを知った当初こそ何となく裏切られたような気持ちにもなったが、それこそ彼らしいと思ってしまう自分もいた。

口では「彼が死ぬわけない。心配するだけ無駄だ」などと言ってはいたが休日にはサーチャーをあちこちに飛ばして彼の行方を探すくらいには彼を気に掛けていた。

それくらい彼の残した影響は大き過ぎた。

私の心に深く根差している。

しかしそんな私の心とは無関係に周囲の状況は変わっていった。

かつて彼が使い、異常なマイナスを有していた机は他の量産品と見分けがつかなくなり、彼の残した物はその机に入れられていた週刊少年ジャンプだけになった。

これを私は時々読んでいる。

勿論彼のように授業をサボって読んでいるのではなく、休み時間や放課後に彼をふと思い出したくなった時に読んでいる。

前回までのあらすじも、次回の展開も全く知らないジャンプを読んでいると彼のことを身近に感じる。

彼は物語の主人公のように万人が認める強さも、人に受け入れられる格好よさも持ってはいない。

ジャンプの主人公とは真逆の、思い付きや自分本意で場を掻き乱す狂人キャラだろう。

でもだからこそ彼を感じる。

彼の理想は彼の愛するジャンプのヒーローなのだと思う。

格好よくて強くて正しくて美しくて可愛げがあって綺麗で才能あふれる頭と性格のいい上り調子でつるんでいるできた連中を理想像にしているんだろう。

彼は自分とはいっそ真逆とも言える作風のジャンプを愛しているんだろう。

本当に変なところで卑屈なのだ。

私達にとっては紛れもないヒーローなのに自己評価は本当に低い。

だから今日も何度目かわからないくらい読み返したジャンプを開く。

親友も読んでいるのだろうか。

挟まれていた栞が場所を移している。

親友達に挟まれて騒がしい屋上はほんのちょっぴり寂しかった。



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Vivid編
思い出と記憶


球磨川禊の印象を訊ねれば大多数がマイナスと答えるだろう。

その印象は決して間違えてはいないし、最も相応しいとまで言ってもいいだろう。

しかし彼と小学生時代を共にした彼女達はもう一歩踏み込んだ意見を語るだろう。

アリサならば「人間の最底辺でイカれた男だ」と答えるだろう。

すずかならば「私からしても人間には見えないけど私を助けてくれた恩人だ」と答えるだろう。

フェイトならば「私達を救ってくれた今の生き方を示したヒーローだ」と答えるだろう。

なのはならば「何も知らなかった私の理想を螺子曲げた友人だ」と答えるだろう。

頭は悪いが狡猾で、馬鹿だけど悪知恵が働き、邪悪じゃないけど凶悪。

すべての人間の欠点を集結させたような過負荷。

過負荷の希望にしてリーダー。

強きを挫き弱きを助く。

それでいて絶対に正義の味方などではない。

それが球磨川禊であった。

 

 

 

 

 

私達の前にミソギが守るように立っている。

色がなく、景色も古いテレビみたいに砂嵐がかかって見える。

目も霞むし、視線は操られているかのようにあちこちを巡るだけで見たい方向が見れる訳ではない。

まるで知らない誰かの記憶を追体験しているかのような感じだ。

また、彼しかまだ視線の内に入っていないのに何となく隣にはなのはもいるんだろうと確信している。

そんな全然理解できない状況に混乱するより早くこれが夢なんだと気付く。

私を守るように立ち塞がるミソギと黒い塊。

朧気で輪郭は愚か、大きささえもわからない黒い塊。

それがこちらに悪意を向けている。

それを受けてか気だるげでいつもヘラヘラとした笑顔を浮かべていた球磨川は別人のように真剣な表情を浮かべている。

そんな姿に「あぁ、やっぱり夢なんだと納得してしまう。

それほどいつもの様子からはかけ離れていた。

 

『よ⬛、⬛』『⬛し⬛⬛だ⬛』『⬛陥⬛◼』

 

ノイズ混じりの声が響く。

益々視界は悪くなり、今まで見えていたミソギも殆ど輪郭しかわからない。

声もぶつ切りにされているようにように聞こえ、誰が言っているのかすらわからない。

 

『………初⬛◼し⬛人◼⬛⬛』『そ◼な⬛◼マ⬛◼い?⬛るで⬛◼⬛⬛みた⬛⬛ぜ』

 

黒い塊が揺れる。

動揺しているみたいにゆらゆらと。

 

『◼⬛◼よ』『⬛◼◼◼こ⬛な⬛◼◼に⬛るだ⬛◼⬛⬛にも⬛わ⬛かった⬛⬛』『⬛の⬛』『⬛⬛⬛と◼◼ら』『彼女達◼◼⬛たい◼⬛思ってる』『⬛◼⬛⬛⬛⬛で⬛⬛てる⬛う⬛ぜ』

 

ミソギの手にあるマイナス螺子が細長く伸びる。

それだけはこの壊れて、ひび割れているかのような世界ではっきりと見えた。

それはミソギの過負荷の象徴。

彼のマイナスの全て。

それが見ているだけの私にも伝わってくる。

 

『⬛◼⬛⬛……』

 

ゆらゆらと揺れていた闇が急速に傾いていく。

 

『⬛⬛◼の⬛◼⬛りの⬛⬛◼⬛』

 

「な……⬛◼⬛…」

 

闇がぐにゃりぐにゃり苦しそうに蠢く。

 

「⬛⬛が⬛⬛◼◼ぜ、◼⬛⬛禊」

 

「⬛⬛か……」

 

「⬛⬛◼人⬛◼⬛⬛⬛じゃ◼いけ⬛⬛◼て⬛る」「僕は⬛◼⬛だ⬛⬛◼けな⬛◼⬛けら⬛⬛い⬛だ」

 

「…………」

 

「二⬛⬛もまだ⬛べ⬛◼⬛◼⬛らは◼◼⬛⬛⬛◼◼いけな⬛⬛◼◼⬛◼⬛⬛」

 

「何を言って――」

 

自分の喉から声が出る。

意識的にか無意識にかはわからないけれど飛び出た言葉に自分が一番驚く。

 

「◼⬛⬛◼せ⬛⬛◼⬛け、⬛◼⬛言って⬛⬛⬛」

 

「わかった」

 

後ろでなのはの声がした。

全然ノイズのかかっていないいつもの凛とした声だ。

 

「⬛◼れ」

 

「頑張る」

 

最後の言葉は聞きなれたなのはの声だったのに涙声だった。

その言葉で夢は急速に暗くなっていく。

あぁ夢から覚めるんだなぁと実感する。

何かを思い出さなければいけないような気がした。

 

 

 

 

 

「おーきーてー!おーきーてー!」

 

そんな声でフェイトは起こされる。

寝間着が汗でぐっしょりと濡れていて気持ち悪い。

頭がぼうっとして酷く痛む。

 

「ねぇ大丈夫?調子悪いの?」

 

そこまで言われてようやく今が土曜の朝でここがミッドチルダであることを認識する。

 

「うん……もう大丈夫。ちょっと悪い夢を見ただけだから」

 

何とかそれだけを返すと益々表情を曇らせるヴィヴィオ。

 

「本当に?」

 

「本当だって、ありがとね」

 

「うう~ん、フェイトママがそう言うなら良いけど……」

 

可愛く唇を尖らせるヴィヴィオを見てそのふわふわな金髪を撫でる。

久しぶりにミソギを思い出したからか何となく人恋しくなっている自分に苦笑してしまう。

それを見て自分が笑われていると思ったのかヴィヴィオが頬を膨らませて離れる。

 

「もうっ、なのはママがご飯作ってるから早く来てね」

 

「わかったよ。シャワー浴びたらすぐ行くね」

 

その言葉を最後にヴィヴィオが部屋を出て行く。

一人になるといつものダブルベッドがやけに大きく見えた。

 

 

 

 

 

ヴィヴィオが休日でも関係なく、ジムへ向かったところで私も久しぶりにティアナとスバルと会いに行く。

 

「そうそう、それで通り魔が出るんですって」

 

「通り魔?」

 

「ええ、ヴィヴィオに教えるかは別にしてフェイトさん達には伝えておいた方が良いと思いまして」

 

「ヴィヴィオに?」

 

「ええ。何でも古代ベルカの覇王を名乗って通り魔紛いの行動をとっている女性がいるとか」

 

「えっ、覇王って男性でしょ?何で女性が?スバル達は何で覇王なんてものを名乗っているのか知ってる?」

 

「すみません。それは知らないです。そもそもこの事件被害届が出されていないので管理局としては介入できないんですよ」

 

「何でそんなことがあったのに出さないの?一件や二件じゃないんでしょ?」

 

「何でも格闘技経験者だけを狙っているらしくて……」

 

「わかった。ヴィヴィオの周りにも不審者がいないか注意して見ておくよ」

 

「あ、不審者と言えばもうひとつ」

 

「もうひとつ?」

 

「ちょっとスバル――」

 

「これはまだ噂話の域を出ないんですが何か最近クラナガンの住宅街の辺りに不審者が出るとか」

 

「どんな人なの?」

 

「何でも実害はまだ出ている訳ではないらしいんですけど、凄く怪しい人らしいです。黒のパーカーにジーンズ、童顔、黒髪の男性で容姿は平凡なんですが、何が楽しいのかずっとヘラヘラ笑っていて気持ち悪いそうです。しかも手に巨大な螺子を持っているとかで巡回中に話し掛けた同期の子が怖がってましたよ」

 

「ふぅん、ん?」

 

螺子?

巨大な螺子?

ヘラヘラ笑い?

それは連鎖的に繋がり、私の中にある少年を思い起こさせる。

 

「何か言い様のない気持ち悪さみたいなのがあるらしいです。別に何か事件を起こしているわけではないんでしょうけど――」

 

「待って」

 

声が上擦ってしまう。

興奮しているのかと冷静な自分が呆れていた。

 

「えっ?」

 

キョトンとした顔でこちらを伺うスバル。

 

「螺子って言った?」

 

「は、はい」

 

その返事に色々な思いが駆け巡り、何とか落ち着かせるのに少し時間を有した。

何故彼が、魔導師でもない彼がミッドチルダにいるのか。

ただの似てるだけの他人かもしれない。

論理的に考えればミソギである可能性は限りなく低いだろう。

私もミソギが相手じゃなければあり得ないと断じていただろう。

管理世界にいる?

結界にはほぼ毎回巻き込まれていたではないか。

他人のそら似?

巨大な螺子を持つのなんて彼だけだろう。

 

「ごめん、用事ができた。その不審者に会ったら私かなのはに連絡して。絶対に話し掛けたり、闘ったら駄目だよ」

 

伝票を手に取り挨拶を済ませる。

 

「そんなに危険な奴なんですか?私達じゃ勝てないんですか?」

 

「う~ん、危険だってのは間違ってないんだけど…………球磨川は勝っても駄目なんだよ」

 

「勝っても駄目?勝てないじゃなくてですか?」

 

「球磨川君に勝つことは難しいことじゃないんだよ。彼は強くないし。でも駄目なんだよ。関わること自体がどんなことになってもおかしくないの!!」

 

「ま、まあフェイトさんがそう言うのなら……」

 

「お願いね。私はなのはに連絡してから探し始めるけど絶対に見つけても関わらないでね」

 

「えっ、はい。わかりました……」

 

「ごめんね」

 

店を出た私は知らず知らずの内に走り出していた。

 

 

 

 

 

「貴方では足りない」

 

碧銀の髪を持つ美女は今しがた打ちのめした大柄な男の傍で拳を下ろす。

そして男性を見下ろしながら尚も言葉を続ける。

 

「才能もあるのでしょう。努力もしたのでしょう。でも足りない」

 

沸き上がるのは守れなかった先祖の哀しみ。

力が足りなかったせいで止められなかった死臭漂う戦場の記憶。

今の時代に生きる者が本来持つ筈のないものだ。

 

「弱さは罪です。弱ければ何も守れない」

 

噛み締めるように続けた独白はクラナガンの闇に染み込むだけで本来なら消える筈だった。

だから数メートルも離れていない距離からいきなり声をかけられて心底彼女は驚いていた。

 

『なるほど』『久しぶりに友達の顔でも見ようかと思って来たミッドチルダだけれど随分面白い所だね』『弱さは罪?』『弱ければ守れない?』『いいぜ』『教えてあげるよ』『本当の罪深さ』『マイナスの極致をね』

 

たまたま彼が通りかかり、それを聞き届けたのは全くの偶然だったのだ。

彼は他人の喧嘩を仲裁する程倫理や人徳を重視する生き方はしていないし、喧嘩を見掛けた時も監理局に連絡するつもりもなかった。

だからこれもただ彼女の台詞にどうしようもなく苛ついて喧嘩を吹っ掛けただけなのだ。

 

「貴方は一体………」

 

声を掛けられる前は勿論掛けられた後も全く気配を感じない。

死んでいるかのように目の前で動く彼には気配というものが存在していなかった。

 

『ただの旅行客だよ』

 

球磨川禊はそう言うと彼の心の象徴とも言える螺子を取り出す。

禍々しい、鈍い輝きを放つ巨大な螺子。

その鉄塊を両手に持ち嗤う。

彼は全然強そうには見えない。

どころか弱そうでさえある。

格闘技経験者ではないだろうし、構えている螺子も独学のようだ。

パンチひとつで倒れてしまいそうな矮軀はあまりにも闘うような人物には見えなかったし、魔法を使うこともできないだろうと確信できた。

なのに先祖の記憶が、本能があらゆる危険信号が彼との戦闘をやめるように訴えてくる。

闘ったら勝てると分析しているのに打ち負かした姿が欠片も想像できない。

それを理性で押し潰し彼女は拳を握る。

元より好敵手を捜してこんなことをしているのだ。

わざわざ変身魔法を使い、管理局に目をつけられるかもしれないのにこんなことをしているのだ。

危険だというだけでやめられる訳がない。

 

「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。覇王を名乗らせて頂きます」

 

『元マイナス十三組所属』『混沌よりも這い寄る過負荷』『球磨川禊』『世界で最も弱い人間だ』

 

 

 

 

 

球磨川が螺子を振るう。

球磨川が螺子を投げる。

球磨川が螺子を突きつける。

球磨川が螺子を蹴りつける。

そのすべてが防がれる。

振るった螺子は砕かれ、投げた螺子は投げ返され、突きつけた螺子は弾かれる、蹴りつけた螺子は避けられる。

それでもハイディはまだ一度も球磨川に攻撃を当てられていなかった。

一撃でもまともに入れることができれば防御の上からでも叩き潰せるのにそれができないように立ち回る。

強いのではなく巧い。

徹底的に相手の強みを潰し、自分の土俵に引き込む闘い方。

球磨川の牽制とフェイントがじわじわとハイディの集中力を削る。

 

『ところで』『僕に圧勝できない君の罪はどれぐらいなんだい?』

 

「くっ」

 

この癇に障る表情も声も冷静な思考を崩す。

目を背けたくなるくらいのマイナスはハイディの心を犯し、精神を蝕む。

 

「っ」

 

球磨川が螺子を投げ、後ろに下がったのを見て業を煮やしたのか被弾覚悟で強引に前に出る。

球磨川のいた場所から道路のコンクリを突き破り螺子が四、五本生えてくるがそれを砕きながら突き進む。

螺子が皮膚をかすり、流血が螺子を赤く染める。

投げられた螺子を急所に当たるものだけを除いて更に進む。

左肩に螺子が刺さり激痛が襲うが、それを無視して球磨川の腹に拳を叩き込む。

 

「覇王断空拳」

 

絶好の機会に叩き込まれた拳が余すところなく衝撃を伝えようとしたところで球磨川を遮るように宙に螺子が表れる。

しかしそれを無視して殴る。

螺子がハイディの拳をズタズタに引き裂き、手から大量の血が滴る。

殴った螺子が砕け破片となって落ちていく。

そうまでして殴っても球磨川には浅い。

螺子が邪魔で直に殴れなかったからかまだ戦闘不能ではない。

 

「があぁあぁああ」

 

絶叫を挙げ、今まさに落ちようとしていた螺子の破片を掴み、球磨川の脇腹目掛けて思いっきり突き刺す。

 

「ぐぅ」

 

『がふっ』

 

渾身の力で突き刺され、黒いパーカーを血で濡らす。

口の端からは血を流し、球磨川がバランスを崩して倒れ込む。

 

「勝っ、勝った……」

 

拳を引き裂かれ、肩に螺子が刺さり、バリアジャケットも所々破れている状態でハイディはよろよろと球磨川に近付く。

止めを刺そうという気持ちもないわけではないが何故か彼が自分に何かを教えてくれるような気がしたのだ。

 

「…球磨川、さん……………何故あ…なた…は……」

 

そして近付いたが故に見てしまう。

球磨川がぐにゃりとマイナスを放ちながら立ち上がるのを。

 

「あっ……あっ…なんで、そんな…」

 

球磨川は立ち上がれる状態ではない。

それこそ出血多量で死んでもおかしくないくらいに血を流している。

ボタボタと妙に重い音で地面に血溜まりができている。

 

『さぁ』『続けようぜ覇王様』

 

「嘘…なんで……」

 

思わず意識が遠のき、目を逸らしたくなる。

 

『君がやったことだぜ』『君が言うところの僕の弱さが招いた罪ってやつなのかな』

 

「ひっ」

 

悲鳴が溢れる。

人が死に向かう様が目の前にあった。

クラウスの記憶で散々見たものとは違う、自分が殺してしまうかもしれない姿。

彼の記憶などこの醜悪なる光景の前では霞んで見えた。

初めて自分が見た戦場だった。

血に濡れても腕を足を失っても続く、自分か相手が死ぬまで続く人類最悪の行為。

 

「ひゃっ、やめて、来ないで――」

 

『逃げるなんてそんな弱さ許さないぞ』『弱いのは罪だ』『殺し合おう君の強さを見せてみろ』

 

「そこまで!!」

 

凛とした声が辺りに響く。

純白のロングスカートに栗色のサイドテール。

高町なのはは十四年の時を越えて友達に再会した。

 

「久しぶりだね。球磨川君」



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再会と再開

前回のアンケートではA's➡GOD➡Vividと時系列順に記載していましたが、私のものではVivid開始➡GOD➡Vivid再開というストーリー展開になります。
前回記載し忘れていました。
すみません。


「お話聞かせてくれるよね。球磨川くん?」

 

『はっはっはっ』『バインドをかける前に言って欲しかったね』『僕これでも脇腹に螺子の破片ぶち込まれてんだぜ?』

 

「大嘘憑きを使え。早く。演出で出し渋るな」

 

『あれっ?』『ひょっとしてなのはちゃん怒ってない?』

 

「早く」

 

『はいはい』『大嘘憑き(オールフィクション)

 

一瞬で今までの負傷がなくなる。

まるでそんなことなかったみたいに。

 

「うん。この子にも」

 

『人使い荒くない?』

 

球磨川が手を翳すと痛みとマイナスで意識を朦朧とさせていたアインハルトの負傷がなくなる。

 

「大丈夫?」

 

「貴方は……」

 

「管理局航空戦技教導隊所属高町なのはです」

 

「か、管理局!?」

 

「バインド」

 

「なっ」

 

「貴方にも聞きたいことがあるんだ。ちょっと待っててね」

 

『おいおい』『それくらいにしてあげてくれないかい?』『僕とハイディさんには不幸な行き違いがあっただけなんだ』『ハイディさんも反省しているからさぁ』

 

球磨川の戯言を無視してなのははにこりと満面の笑みを浮かべる。

つられて球磨川も十四年前と何ら変わらないへらへら笑いを浮かべる。

 

「球磨川君、心配したんだよ。もう怪我は大丈夫なんだよね?」

 

『うん』『僕の大嘘憑き(オールフィクション)でね』

 

「うん、うん。それは良かった」

 

そう言いながら懐からマガジンを取りだし、レイジングハートに装填する。

 

「カートリッジロード」

 

圧縮魔力が込められたカートリッジがロードされ、爆発的に増量された魔力が吹き荒れる。

甲高い音を立てて二発の薬莢が地面に落ちる。

 

『あれ?』

 

「これで心置きなく球磨川君を攻撃できるよ」

 

『待て待て、この距離マジみたいじゃんやめろよ!』 『なのはちゃんとは戦いたくないんだ!』 『僕たちはわかりあえる!』『八つ当たりなんて虚しいことを二十三歳にもなった正義の味方がするつもりなのかい!?』

 

「残念ながら球磨川君のせいで随分前に正義の味方は辞めちゃったんだ」

 

『そうだっ』『じゃあ再会を祝してハグでもしよう!』『それで思い出話でもすれば僕らはわかりあえ――』

 

「ディバインバスター・エクステンション」

 

桜色のビームが線としてではなく、面として球磨川に迫る。

 

『ふっ…』『いいだろう』『だがなのはちゃん、これだけはいっておく』『また勝てなかっ――』

 

球磨川の言葉は言い終わる前に桜色の暴威に飲み込まれっていった。

 

 

 

 

 

管理局の支部のひとつに連行された球磨川は待合室で気絶から叩き起こされる。

 

「それで何で球磨川君がミッドにいるの?」

 

『最近の僕は旅行が趣味なんだよ』『だから』『魔法の世界にでも観光に行こうかと思ってね』

 

「嘘だね」

 

『嘘だなんて……』『なんて酷いことを言うんだ!』『僕が一生懸命考えた言い訳を疑うなんて!』『君には人を信じる心が足りないよ!!』

 

「うん、殴ってもいいかな?」

 

「あ、あの私はどうすれば……」

 

「あぁ、えっと……とりあえずそれ解いたら?」

 

『?』

 

「………わかりました」

 

一瞬光が辺りを照らすと十八歳くらいだったハイディさんが小、中学生くらいの年齢の少女に変身する。

いや、変身が解除される。

美しい碧銀の髪と煌めく蒼と紫の瞳はそのままに美女が美少女に変わる。

 

「St.ヒルデ魔法学院、中等科アインハルト・ストラトスです」

 

『へぇ』『魔法って凄いなぁ』『これは一粒で二度美味しいというあれだね』『ロリコンから熟女好きまでどんな需要にも対応できるじゃん』

 

「球磨川君は砲撃がそんなに気に入ったの?」

 

「あのぉ、なのはさん、そろそろ通り魔事件について聞きたいんですけど」

 

スバルとティアナが困惑した顔でおずおずとなのはに話し掛ける。

 

「うん。じゃあアインハルトちゃんの方をお願いね。私は球磨川君に事情聴取するから」

 

「えっ、ちょっと待ってください。なのはさんは教導官なんですから私に――」

 

「ティアナこそ球磨川君と二人きりなんて死ぬ気!?」

 

「ええっ!?でもあの方非魔導師ですよね!?」

 

「精神が死んじゃうよ!!壊されるよ!崩されるよ!螺子曲げられるよ!」

 

「ええっ」

 

いつもの姿とは余りにもかけ離れた上司の姿にティアナとスバルは困惑する。

しかもそんな元部下の驚愕に気付かないくらいテンションがおかしい。

 

「とにかくっ!ティアナを一人にはできないよ」

 

「ちょっとした事情聴取ですよっ!?事件性なんか皆無ですよっ!?」

 

「じゃあ尚更いいじゃん」

 

「だからといって教導官が事情聴取とかできないですって!!」

 

「そこまでだよっ!」

 

横合いからもの凄い速度でフェイトが飛び出してくる。

しかもバリアジャケットで。

明らかに面倒事が増えた事実にティアナは目眩さえ覚えた。

 

「フェイトちゃんっ!」

 

『よっ』『久しぶり』『フェイト・テスタロッサは続けられてるかい?』

 

「うん、久しぶりミソギ。お陰さまでね。あ、あと執務官権限でこの件は私が預かるからティアナは帰っていいよ」

 

「うわぁ」

 

尊敬する元上司の姿に哀愁と呆れが去来する。

 

「ズルいよフェイトちゃん!そんなことさせないから!あ、ティアナだって執務官だし大丈夫だよね」

 

「勘弁してください」

 

「スバルあんたも――」

 

『あ』『さっきアインハルトちゃん連れて行っちゃったよ』

 

「えっ!?嘘!?」

 

『残念ながら本当』

 

 

 

 

 

管理局の支部のある部屋。

そこには妙に疲れたティアナと、変なテンションに突入したなのはとフェイト。

そしてそれを見て楽しそうに嗤う球磨川禊がいた。

管理局でもエリートの執務官二人にエースオブエース。

そしてその全員が四年前の事件で英雄になった彼女達である。

そんな豪華メンバーが関わる事件とあって局内はちょっとした噂になっていて、ティアナは死にたくなった。

 

「執務官が二人も関わる事件じゃないのに……」

 

『ティアナさんティアナさん』『さっきも言ってたけど執務官って何?』

 

「ええっと、簡単に言うと凶悪事件を多く担当し捜査・指揮を行う役職ね」

 

『へぇ』『随分なエリートコースに進んだね』『フェイトちゃん?』

 

「あっ」

 

「もう始めてもいいですか?」

 

『いいよいいよ』『僕のトレンドからスリーサイズまでどんなことだって答えてみせよう』

 

「はぁ、とりあえず名前を教えていただけますか?」

 

『僕の名前は――』

 

「「球磨川禊」」

 

「聖小が廃校になるまではよろしくなんて言ってたのにその前に失踪した嘘吐き。だよね?」

 

「週刊少年ジャンプが大好きな、魔法も使えない過負荷(マイナス)な人間でしょ?」

 

『………あれ?今の僕への質問だよね?』『てか、よく覚えてるね』『もう十四年前だぜ』

 

「あんなことしといて忘れられる筈がないよね?」

 

「うん。正直ミソギより異常な人は今でも見たことないし」

 

「……………もう話を戻していいですか?」

 

「球磨川君っ!!」「ミソギっ!」

 

『これは僕悪くないよね?』『何で怒られてるの?』

 

「……はぁ、じゃあ何で住宅街に?」

 

『ミッドチルダの観光名所でもなのはちゃん達に訊きに行こうと思ってね』『どこか知ってる?』

 

「「う~ん」」

 

「難しいね。何かあったっけ?」

 

「思い付かないなぁ。ティアナはどこか知ってる?」

 

「………知りません」

 

「ミッドチルダに住んでたティアナと住んでるなのはが知らないんなら私も駄目かなぁ」

 

「う~んベルカ自治領なら教会とかあるんだけどねぇ」

 

「ミソギは聖王教会には連れて行きたくないし……」

 

「………………フェイトさん、なのはさん。まだ取り調べ中なんですけど……」

 

「球磨川君っ!!」「ミソギっ!」

 

ティアナは元上司のポンコツ具合に戦慄して、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

所変わって高町家。

 

「高町ヴィヴィオです。小学四年生です」

 

赤と翠のオッドアイ、金髪、ツインテール魔法少女が挨拶をする。

 

『こんばんわ』『僕は球磨川禊』『まっ』『球磨川でも』『禊でも』『裸エプロン先輩でも』『風でも』『マイナス野郎でも』『人類の最底辺でも』『好きな名前で呼んでくれ』

 

「うぅん、キャラが濃いなぁ」

 

『何ならダーリンやお兄さんでもいいんだぜ』

 

「球磨川君、私の娘に何言ってるのかな?そもそも球磨川君を一人にしたら管理局崩壊とか引き起こしかねないから家に連れてきたんだから勘違いしたら駄目だよ」

 

「私は犯罪者だったらミソギでも容赦なく捕まえるよ」

 

レイジングハートとバルディッシュをグリグリと背中に突きつけられる。

 

『さっきから思ってたんだけど君らキャラ変わり過ぎじゃない?』

 

「だってねぇフェイトちゃん」

 

「びっくりしたよね。よくもそんなことが言えるもんだと感心すら覚えるよ」

 

「これはあれだよね」

 

「うん、うん。一人称を私、ミソギのことはお前で統一ね」

 

「「お前が私達の生き方を螺子曲げたんだろうが!!」」

 

『うわぁい』『もしかして怒ってる?』

 

「『また明日とか』とか言った翌日に失踪したのは誰かな?」

 

「それで再会初日に中学生と殺し合い紛いの決闘をしたのは誰かな?それで面倒を被ったのは誰かな?」

 

『まぁまぁ』『そんなに怒らないでよ』『過ぎたことを今さらどうこう言ってもどうしようもないじゃないか』『もっと建設的なことをやろうぜ』

 

「それはそうかもね」

 

『うん?』

 

「アクセルシューター」

 

「プラズマランサー」

 

『ちょ――』

 

「「だからこれも――」」

 

黄金の魔力光と桜色の魔力光が夜空に尾を引いて球磨川を捉える。

 

「「――私達は悪くない」」

 

「ママ達がおかしい」




今回は球磨川に曲げられたなのはとフェイトが主題なのでちょっと性格が悪くなってます。(球磨川相手だけだけど)






アンケートで重要追記がありました。
一度投票した方も確認してください。
あと最後まで読んでくださると助かります。

④は全然人気ありませんが何ででしょうか。
スキルはありませんがめだ箱キャラも出せるのに……
③は面白そうですがネタが足りないのでネタ提供もあると書きやすいですね。
因みに作者のおすすめは②ですよ。


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得られたもの失ったもの

まだ少しアンケートやっているので補足説明。


メリット
ストーリーがサクサク進む

デメリット
作者がダレた時に他に気分転換できるものがない


メリット
Vividヒロインが参入
なのは達もヒロインなので年上ヒロインになる
原作があるので進め易い

デメリット
なのは達と歳が変わる(肉体の)


メリット
高校生なのは達が出る
すずか、アリサ、はやてとも関われる
学校行事を高校生の球磨川と過ごせる

デメリット
ネタが思い付かないと続けるのが難しい
(今だ構想だけでは三話くらいしかない)


メリット
どのヒロインでも攻略対象
めだ箱キャラが出る

デメリット
魔法、スキルがない



今からでも変更OKです
『③から②に変更』みたいにしてもらえば変更します
でも修正は一回までにして下さい


「それでミソギさんはママ達とどんな関係なんですか?」

 

いつもはあまり料理をしないフェイトがなのはと共にキッチンに行ったことで、二人っきりになったヴィヴィオが訊く。

宝石のように美しい瞳を目一杯輝かせている。

正に興味津々といった様子だ。

球磨川は疲れきってソファに勢いよく倒れ込みながらもそれに応える。

 

『それよりもママ達ってことはヴィヴィオちゃんは二人の娘なのかな?』『流石ミッドチルダ』『女の子同士でも子供が作れるなんて進んでるぜ』

 

「あはは、違いますよ。私は養子です。ちょっとした事件で助けてもらったんです」

 

『ふーん』

 

「気にならないんですか?」

 

『聞いて欲しいのかい?』

 

「いえ……」

 

『それじゃあ話を戻そうか』『僕となのはちゃん、フェイトちゃんの関係ねぇ』

 

「はい」

 

『う~ん』『あれは小学三年生の時だね』『僕がなのはちゃんに告白されてそれを僕が振っ――』

 

「アクセルシューター」

 

台所からなのはの声が響くと同時に、桜色の魔力弾が綺麗に球磨川の眉間に吸い込まれる。

その魔力弾は卓越した魔力制御と一流の空間把握能力がなし得る次元世界最高峰の一撃だった。

家具には掠りもせずに、最短距離を最高速で飛んできたといえばその凄さは伝わるだろう。

 

「ミ、ミソギさーん!!」

 

『ごぉうふ』『僕も惚れ惚れするくらい容赦のない見事な不意討ちだぜ』『一瞬安心院さんが見えるくらいには死を覚悟したぜ』『なのはちゃんもしかして凶化合宿とか体験してない?』

 

「球磨川くぅん?嘘を吐くのはやめようねぇ」

 

球磨川の呟きを無視してなのはの声が届く。

酷く平坦な底冷えするような威圧感が漂う。

 

『僕はこの長い人生で今まで嘘を吐いたことなんてない正直者なんだぜ』

 

「初めて会った私でもわかる明確な嘘!!」

 

『それで僕らの関係はねぇ』『大切に守ってたものを散々に壊して犯した加害者と壊された被害者ってところかな』『僕は』『なのはちゃんの』『理想を』『希望を』『願いを』『否定したのさ』『完膚なきまでに現実を叩き込んでやったんだよ』

 

「えっ?」

 

『あぁ、なのはちゃんに螺子をぶち込んだこともあったなぁ』

 

「それもまた冗だ――」

 

「いや、それは本当だよ」

 

フェイトがエプロン姿でリビングに戻ってくる。

少し落ち込んでいるようで、項垂れながらヴィヴィオを遮るように球磨川の隣に腰掛ける。

 

『おや?』『フェイトちゃん。もう終わったのかい?』

 

「えっ、それは……あんまり料理上手じゃないからミソギ見てた方がいいかなぁって」

 

『あれ?もしかしてフェイトちゃんって家事苦手?』

 

「できないわけじゃないよ!…その……あんまり得意じゃないだけで…」

 

『それを苦手って言うんじゃないのかい』

 

「そ、そもそもミソギだってできない癖にそうやって――」

 

『できるよ?』

 

「えっ?」

 

『家事くらい普通にできるぜ』

 

「嘘っ!」

 

『僕これでも四歳の時にはぬいぐるみを自分で直せるくらいには裁縫できたんだぜ』

 

「…そんな……ミソギのくせに………」

 

「まっ、待って!何でなのはママはその……」

 

『僕と友達なのかって?』

 

「はい、どうしてですか?そんなことしてどうして………」

 

『さぁ?』『僕が聞きたいくらいだぜ』『何をトチ狂って僕と友達になんてなろうと思ったんだろうね』『フェイトちゃんは知ってるかい?』

 

やれやれといった風にあきれた顔をしてオーバーなリアクションをとる。

 

「私がわかるわけないよ。それはなのはにしかわからないんじゃないかな」

 

フェイトは昔を思い出したのか少し苦笑しながら続ける。

 

「ただ当時のなのはを知ってるものとしては、ミソギのそれに救われたんじゃないかなぁ。今でもなのはは人に優しい人だけど、当時はそれこそ常軌を逸しているくらいに人を選べない人だったから。 当時のなのはは人を助けることだけを自分の価値にしていた気がするよ。それが悪いとは言わないし、誉められ、称えられるべき高潔な行いだとは思うんだよ。でも私達からしたらそんな辛い道には進んで欲しくなかったし、自分の為にも生きて欲しかったんだ。だからミソギに螺子曲げられてなのはは救われたんだと思うよ。事実なのはは私達にも頼ってくれるようになったし、我が儘も言ってくれるようになったから」

 

「…………」

 

『まっ』『そんなに気になるなら本人に聞けばいいさ』

 

「…じゃ、じゃあフェイトママとはどういう関係なの?」

 

「ヴィヴィオっ!」

 

『アルフさんと二人で脅されて、それを返り討ちにして、それを謝られたから味方になって、敵だったなのはちゃんに螺子をぶち込んで、フェイトちゃんを助けて、管理局に連行されて、なんやかんやあって友達』

 

「雑っ!?」

 

『嘘じゃないぜ』『ねぇフェイトちゃん』

 

「うん、まぁ嘘じゃないけど…」

 

「待って!なんやかんやの部分を教えて!!」

 

『フェイトちゃんがお母さんに愛されていないことを証明したり、そのお母さんを脅したりと色々さ』

 

「ええっ!?」

 

「止め、止め。この話は終わりっ!!ゲームでもしよう」

 

『じゃあ僕の知ってる面白いゲームでもやろうか』『完全神経衰弱(パーフェクトメランコリィ)』『赤黒七並べ(ブラッディセブン)』『消去しりとり(デリートテールトゥノーズ)』『サイコロビンゴ』『さぁどれがいい?』

 

「うわぁミソギのゲームとか絶対イカサマとかありそう………」

 

『たとえ相手が大嫌いなエリートであろうとも、僕の名前は球磨川禊』『僕の前では主人公だって全席指定、正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討ってあげよう』

 

ゲームが盛り上がり過ぎてなのはには怒られた。

勿論球磨川は負けた。

 

 

 

 

 

『それで何の用だい?』

 

フェイトとソファに座りながら球磨川が話を切り出す。

なのはは今はヴィヴィオと共に風呂に入っている。

 

「うん、あのね。母さんにミソギのことを話したらもう一度話したいって」

 

『ふぅん』

 

「えっと、明日会ってもらえないかな」

 

『良いよ』

 

「本当?」

 

『嘘』

 

「……バルディッシュ・セットアップ」

 

金色の魔力光が煌めき大鎌が出現する。

 

『まっそれも嘘だ』『良いよ』『十四年振りにプレシアさんのお宅訪問だ』

 

「………素直に『はい』って言えないの?」

 

『はい』

 

「そのどや顔やめて。フォトンランサー撃ち込みたくなる」

 

『まっ』『親御さんへの挨拶くらいどうってことないさ』

 

「えっ?」

 

『おやすみー』

 

球磨川はフェイトの驚きも無視してそのまま客室に消えていく。

後には頬を紅潮させてあたふたするフェイトだけが残る。

 

 

 

 

 

『こんにちはー』『時空管理局の者です。プレシア・テスタロッサさんに娘さんの虐待の件でお話があって来ましたー』

 

「………来たわね」

 

ふざけた挨拶と共に扉を開くと、苦痛を堪える顔のプレシアと複雑な顔をするアリシアがいた。

そこには沈痛な空気と余りにも重すぎる空気が漂う。

 

『いいとこ住んでますね』『娘も生き返って、病気も完治して本当に幸せみたいじゃないですか』『皆幸せでほんとーによかったですねー』

 

それでもそんな空気を螺子曲げて、更に混沌としたマイナスな空気を振り撒いていく。

 

「ッ……えぇ、今は幸せよ…」

 

『そうですか』『そうですか』『みーんな幸せでよかったですね』『貴方が娘の死を受け入れられずに作ったフェイトちゃんも』『それが失敗して人形として切り捨てられた後には幸せみたいですし』『いやぁ』『本当に感動的です』

 

「そう……ね…私が自分の弱さからフェイトを作ったのは事実よ…」

 

『それでプレシアさんは何で僕を呼んだんですか?』

 

「……私は貴方に感謝しているのよ。アリシアを救って、生き返らせてくれてありがとう。私は貴方には何も返せなかった。だから――」

 

『ふーん』『そんなものは必要ないよ』『僕は貴方を助けてなんていないし、アリシアちゃんなんてどうでもいい』『それともここでもう一度「アリシアちゃんの絶命をなかったことにした」ことをなかったことにでもしようか?』

 

ガタリと音を鳴らして椅子から立ち上がる。

手に持つは先の平べったい巨大な螺子。

 

虚数大嘘憑き(ノンフィクション)』『って言ってね』『「なかったことにした」ことさえも「なかったこと」にできる僕のスキルだ』『まぁ僕の間違いを正すスキルってんならこれ以上のものもないだろうね』『救い、生き返らせたお返しはこれがいいんじゃないかな?』『僕は正直この便利スキルを使うことに思うところがないわけではないけれど――』

 

螺子をプレシアに向けながら球磨川は嗤う。

 

『プレシアさんの為だ』『こだわりは捨てようか』

 

一気に場が混迷する。

マイナスがこの場を蹂躙し、プレシアのトラウマがフラッシュバックする。

それを――

 

「てい」

 

『うわっ』

 

フェイトがパーカーのフードを思いっきり引っ張り、邪魔をする。

倒れ掛けた球磨川を両手で抱き止めながら、フェイトは拘束するように腕を胴に絡み付かせる。

 

「ミソギ。こういうのは駄目だよ。私が止めるって分かってたとは言え、そんなこと言ったらまた殺されてもおかしくないんだよ」

 

強く腕を絡め、穏やかな口調で言い聞かせる。

 

「ミソギがどんなことを言っても私達が救われた事実は変わらないんだから」

 

『…………まったく』『フェイトちゃんには敵わないぜ』『僕は本当に君らを助けるつもりなんてなかったんだぜ』

 

「それでもいいんだって」

 

「……なに…が」

 

「母さんごめんね。ミソギってこういうところあるからさ。今のもいつもの戯言だからあんまり真に受けないでね」

 

「ざ、戯言?ほん…と……に?」

 

「うん。ごめんね姉さん、母さん。もう帰るね」

 

『うん?』『もう帰るのかい?』

 

「ミソギが暴れたからでしょ」

 

「……あの…」

 

『アリシアちゃんだっけ?』

 

「はい。あの……えっと…生き返らせてくれてありがとうございます」

 

『言ったろ――』

 

「あぁミソギにはお礼は言わなくていいよ。自分の為にやったんだって悪ぶるから」

 

『やれやれ』『フェイトちゃんは九歳の時より馬鹿になってないかい』『僕をツンデレみたいな安易なキャラ扱いなんて正気とは思えないぜ』

 

「でも私が思うだけなら自由でしょ。思想は自由だし、馬鹿であるのも正気じゃないのも自由だもんね」

 

『あぁ本気で今の君はいい性格してるよ』

 

「ミソギのせいだよ」

 

球磨川は扉を押して先に出る。

そしてそれに続こうとしたフェイトをプレシアが呼び止める。

 

「フェイト。……貴方は彼が怖くないの?」

 

「んーん、今でも怖いよ。ただ理解したいと思ったんだ」

 

「そう。………私の都合で産み出してしまってごめんなさい。あまつさえそれであんなことを――」

 

「別にいいんだ。そりゃあ気にしてないって言ったら嘘になるけど今はこれでいいんだ。大切なものがいっぱい増えたから。だから産んでくれてありがとう」

 

それだけを言うと楽しそうに駆けていく。

 

 

 

 

 

「母さん……結局言い出せなかったね…」

 

「えぇ。でもそれでいいのよ。あの子が幸せなら」




プレシアさんは環境が整い、自分の行いを客観的に見れるような正気になってしまうと罪悪感が湧くタイプ。
でも今現在幸せなフェイトに遠慮したり、自分の行いを恥じて好意を向けていいのか戸惑っています。
家族皆で幸せってタイプじゃないけど一応家族間の繋がりは多い。


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なかったことにする

ヴォルケン宅訪問予定だったけどテンポの問題で次回以降に持ち越しです。今回は短め。今回でアンケートは打ち切ります。

②に決定しました。

ヴィヴィオはあざと可愛い。
アインハルトは天然可愛い。


「あー本当に大丈夫かな?私も行った方が良いんじゃないかな」

 

フェイトが悩まし気に球磨川となのはの間で視線をさ迷わせる。

 

『まぁまぁ安心しなよ』『ヴィヴィオちゃんの面倒は僕がしっかりと見ててあげるからさ』

 

へらりと笑顔を向ける球磨川を見て、溜め息を吐いてなのはに向き直る。

 

「だから心配なんだよ……私も仕事がなければ絶対に付いて行くのに…なのは、お願いね。絶対にミソギをひとりにしたら駄目だよ」

 

「うん。私が責任持って球磨川君を見張るから。安心してフェイトちゃん」

 

『おかしい』『僕ら同い年だよね』

 

「ミソギはひとりで管理局と敵対して崩壊させかねないくらいの危険度があると思うんだ」

 

「スカリエッティよりも絶対に厄介だし」

 

「負ける気は欠片もしないけど倒せるヴィジョンが全く浮かばない」

 

「完全勝利には辿り着けないね」

 

「歩くロストロギアよりも歩くアルハザードの方がしっくりくるし」

 

『僕だからって何言ってもいいわけじゃないんだぜ』

 

 

 

 

 

『それでこれからどこに行くんだい?』

 

歩きながら球磨川がなのはに訊く。

 

「聞いてなかったんですか!?」

 

「無駄だよヴィヴィオ。球磨川君とまともに話してたら命が幾つあっても足りないし。流すことを覚えないとノイローゼになるよ」

 

「………なんかなのはママってミソギさんにだけ厳しくない?」

 

「いいんだよ球磨川君だし」

 

『おいおいおいおい』『親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないのかい?』

 

「球磨川君は因果応報って言葉を知らないの?そもそも球磨川君初対面の相手でも礼儀とか気にしてないよね」

 

「話が際限なく脱線していく」

 

ヴィヴィオが肩を落とす。

閑話休題。

 

「話を戻すけど、今からアインハルトちゃんに会いに行くんだよ」

 

『アインハルトちゃん?』『聞かない名だね』

 

「あっ、ハイディさんだよ」

 

『ハイディさん?』『それも初めて聞く名だね』

 

イラッとしたなのはは半眼で球磨川を睨み付けると一応補足しておく。

 

「……球磨川が先日血みどろで殺し合った女の子だよ」

 

「血みどろ!?殺し合った!?」

 

『あの通り魔だね』『何で会いに行くんだい?』

 

ヴィヴィオの驚きをスルーして更に疑問を重ねる。

 

「あの子は古代ベルカの記憶継承者なんだよ」

 

『記憶継承?』

 

「何でも親や先祖の記憶や知識を引き継いでいるって症状らしいよ。その先祖繋がりでヴィヴィオとちょっと試合がしたいんだって」

 

『なーるほど』『格闘技だっけ?』

 

「正確にはストライクアーツだけどね」

 

『それにしても「殴り合って分かり合う」なんて今時の週刊少年ジャンプでもないようなことできるのかよ』

 

「大丈夫じゃない?」

 

 

 

 

 

「アインハルトさん。よろしくお願いします」

 

「はい」

 

ヴィヴィオとアインハルトが向き合う。

アインハルトの足元に翠の魔方陣が輝き、準備が整う。

多くの保護者が見守る中ヴィヴィオとアインハルトが同時に動き出す。

ヴィヴィオが前進し、アインハルトを一方的に攻める。

しかしそれを表情ひとつ変えることなく受け止め、流し、あしらう。

そして反撃の一撃でヴィヴィオは吹き飛ばされ、リングアウトしてなのはに受け止められる。

 

「お手合わせありがとうございました」

 

そんな一方的な試合を受けて、アインハルトは既に興味を無くしたかのように背を向ける。

それを見てヴィヴィオは必死に言葉を紡ぐ。

 

「あ、あのぉ!すみません!私なにか失礼を?」

 

「いいえ」

 

「じゃ、じゃあ弱すぎました?」

 

「趣味と遊びの範囲でしたら充分過ぎる程に」

 

そう言ってこの場を去ろうとするアインハルトの前に球磨川が立ち塞がる。

いつの間に出したのか半分ほど床に刺さっている螺子に片足を掛けながら蔑むように指を突きつける。

 

『…………お前さぁ、何様だよ』『覇王とか何とか言ってもそれは君じゃないんだぜ』『強くなりたいとか』『守れなかったとか』『悲願を成したいとか』『中二病で人に迷惑をかけるなよ』

 

悪意も善意も敵意も戦意も殺意も害意も熱意もない純粋なるマイナスがこの場を包む。

完全なマイナスに心が黒く、黒く浸されていく。

抗い難い生理的嫌悪が全員に襲いかかる。

気持ち悪い。

視界に入れることさえ忌避するようなマイナスだ。

怖い。

人間の悪意や弱点を煮込んだかのようなマイナスだ。

そのマイナスになのは以外の全員がそんな感想を抱く。

 

「駄目っ!!球磨川君っ!!」

 

その雰囲気をいち早く察したなのはが制止の声を上げる。

 

『遅ぇ』

 

足元の螺子に体重を掛けて、地面に捩じ込む。

 

「あ、あ、ぁあぁああぁあああああぁああぁぁぁあ」

 

決して大きくはないが、それでも全員に届く痛々しい悲鳴がこの場に響く。

何かが自分から急速に消えていく感覚がアインハルトを襲う。

大切な何か。

もう思い出せない何か。

大切な何か。

 

「ッ!」

 

最悪な展開になのはも思わず舌打ちする。

 

「何を………」

 

現実離れした光景にヴィヴィオの口から疑問が零れる。

 

「返して!!私のものだっ!あれは私のだ!返せ!」

 

アインハルトが球磨川に掴みかかる。

それは余りにも弱々しく、痛々しい姿だった。

先程まであった威圧感や凛々しい雰囲気が嘘みたいだ。

そこには覇王の末裔も、通り魔もいない。

ただの普通の十二歳の少女が大切なものを奪われ、怒り、縋り付いているだけだった。

 

『ごめーん』『王とか前世の記憶とか責務とか面倒臭いこと言ってたからさぁ』『なかったことにした』

 

「「「「なかったことに…した……?」」」」

 

なのはを除く全員の疑問が重なる。

 

『僕の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)」』『現実(すべて)虚構(なかったこと)にする凶悪なスキルだよ』

 

「マイナス……」

 

「そんなものが――」

 

『「ある筈ない」かい?』『えーと』『ティアナさんだっけ?』『ロストロギアなんて物がある時点でそんなことは今更だとは思わないかい?』

 

「………そんなレアスキルが…」

 

『おおっと!』『僕の過負荷をそんなプラスみたいには言わないでくれるかい?』『僕のはそんな良いもんじゃないしね』

 

嗤う。

口の端を歪に吊り上げてへらへら嗤う。

マイナスが空気を歪めて黒く染め上げる。

 

「………球磨川君何を消したの?」

 

『早とちりしないでおくれ』『僕は先祖の記憶にしか手を出してはいないからさぁ』

 

「何で………」

 

誰もがなのはと球磨川の言葉に耳を傾けることしかできない。

 

『何を言ってるんだい?』『これは君らに感謝こそされ、非難されるものじゃあないだろう』

 

「………球磨川君…」

 

『そう』『本来そんな記憶はない筈だったんだぜ』『あるべき姿に戻しただけじゃないか』

 

「それが彼女の大切なものでも?」

 

『うん』『そんなものがなければアインハルトちゃんだって』『普通の十二歳として生きられんだぜ』『あんなものがなければアインハルトちゃんだって』『通り魔なんてやってないんだぜ』『そんなものを背負わされて生きるなんて辛過ぎるだろう』『これは人助けだ』『だから』『僕は悪くない』

 

そう断言する。

 

「…でもそれだってアインハルトちゃんの一部なんだよ」

 

『変化を、成長を否定するのかい?』

 

「………成長ならアインハルトちゃん自身が乗り越えるべきじゃないのかな」

 

『それで彼女が』『失敗しないって』『間違わないって』『苦しまないって』『誰が証明するんだよ』『なのはちゃん』『君の強さは知っているけれど』『それを誰かに強制するのはよくないぜ』『君が耐えられるのは強いからだ』『君が乗り越えられるのは強いからだ』『君が成長できるのは強いからだ』『強い奴のエゴを弱者に押し付けるなよ』

 

「…………強いから…か」

 

『君らだって考えたことはないかい』『自分の選択を過去を』『なかったことにしたくはないのかい?』『人を傷付け、殺めた過去を』『大切な人が死んで味わった悲しみを』『自身のコンプレックス、弱点をさぁ』

 

ひたすら言葉を重ねる。

 

『アインハルトちゃんが嫌がったって僕ら大人がやるべきなんだ』



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我が儘

『なのはちゃん』『君は強くて凄くて気高くて格好いい』『だからこそ』『君は本当に弱い奴の気持ちがわからない』『頑張れない奴やできない奴の気持ちがわからないのさ』『 プラスに生きている人間は、それだけでプラスに生きていない人間を深く傷つけることを知るべきだよ』

 

ミソギさんはそれだけ言うと弱々しく縋り付いているアインハルトさんの腕を払いのけ去っていく。

一拍遅れなのはママがそれを追いかけるとその場にはどうすることもできない私達と啜り泣くアインハルトさんだけが残された。

彼がいなくなっても私達の心に広がったほの暗いマイナスだけは消える気がしなかった。

 

 

 

 

 

「なのはが帰って来てからミソギを連れて私室に直行したのはそれが理由か~」

 

「うん……」

 

「あぁ、本当にしくじった。確かにミソギが食いつきそうな話だったなぁ。ミソギを連れていくべきじゃなかったね」

 

フェイトママは話を聞くと大きく溜め息を吐いて頭痛を抑えるように頭を抱える。

ミソギさんが来てからフェイトママもなのはママもそういう態度を見せることが多くなった。

疲れたり、呆れたり、怒ったりする姿をママ達は今まで私の前ではあまり見せようとはしなかった。

勿論そんなことで失望することなんてないが少し考えてしまう。

やっぱりママ達はミソギさんに対して私達とは違う信頼を持っているのだろうと。

私達が信頼されていない訳ではないと思うのだがそれとは違う信頼をミソギさんに対して抱いているのだと。

 

「………………フェイトママは、フェイトママ達は何でミソギさんをそんなに特別扱いするの?私はミソギさんが……怖いよ…」

 

気持ち悪いと言いそうになるのを咄嗟に変える。

 

「…そっか……」

 

「何であの人はあんなことができるの?レアスキルとかじゃない。あんなものを抱えて生きていくなんて私にはできないよ………」

 

ミソギさんの纏っていたマイナスを思い出して身体が震える。

それほどまでに根源的で生物的に恐ろしいものを宿していた。

直視を躊躇うレベルの醜悪さだった。

 

「………ミソギが最低なのは知ってるよ。そのせいでミソギが敵を作りやすいのも、その振る舞いで私達がミソギを嫌っていたのも事実だしね。だけどね、それでも私達はミソギのそういうところに救われたんだ」

 

「救われた?」

 

「そう。私もなのはもね」

 

「でも今回のことは……」

 

「うん。正直今回のこれはミソギが手を出していい問題じゃないとは思うんだ。確かにそのアインハルトちゃんが人に迷惑を掛けたんだけどミソギが勝手に手を加えていい問題じゃない。外部の一個人が手を出すべき問題じゃない」

 

「……フェイトママにも止められないの?」

 

「多分ね。ミソギはそういうとこだけ頑固だから。いや私達だからこそ説得できないかな。本質的にミソギは弱いものの味方なんだよ。優しくて甘くて仲間思いな生まれながらの弱者。だからこの件に関しては私達じゃミソギを説得できない。凶行を止めることはできたかもしれないけど撤回はさせられない。アインハルトちゃんならできるかもしれないけど聞いた話では期待はできないし………」

 

フェイトママの言葉は寂し気に聞こえた。

それが何なのかはわからないけどそれだけは感じた。

そんな少しもの悲しい空気を断ち切るかのようになのはママが慌ただしげに自室から戻ってくる。

因みにミソギさんは戻って来ていない。

 

「――ごめんね。すぐにご飯用意するから」

 

「あっ、おかえり。遅かったね」

 

悲しげな空気を霧散させたフェイトママが笑顔を向ける。

 

「やっぱり駄目だった」

 

「まぁミソギだしね」

 

「あの……アインハルトさんのことは………………」

 

「んーどうしようかなー。球磨川君が暴力や法律で自分を曲げたりするとは思えないしなぁ」

 

「大嘘憑きを私達で無効化するのはもっと難しいだろうし」

 

『あはははっ』『なのはちゃんやフェイトちゃんが裸エプロンでもしたら「アインハルトちゃんの記憶をなかったことにしたのをなかったこと」にしてもいいよ』

 

ミソギさんがひょいっと顔を出しながら反応に困る冗談を飛ばす。

その様子は初めて会った時と同様にただのおどけた様子の大人にしか見えない。

あの人間離れした濃密なマイナスも狂いそうな程気持ち悪い空気もない。

それが本気で怖かった。

あんなものを人間の最低を彼が抱えながら生きていることが例えようもなく怖かった。

 

「は、裸エプロンっ!?」

 

「フェイトちゃん!それ球磨川君のいつもの戯言だよ!?」

 

なのはママがあんなことがあっても普通にいつも通りミソギさんに接することができるのは、フェイトママの言うところの恩とやらがあるからだろうか。

理解しているからなのだろうか?

そんなことを考えてしまう。

 

 

 

 

 

「ママはミソギさんが……怖くないの?」

 

ミソギさんが庭に出て、フェイトママがお風呂に入った時に話を切り出す。

最近感じたことだがなのはママとフェイトママはミソギさんの話題になると少し天然が入る。

有り体に言えばポンコツ化する。

これはミソギさんが来て三日とかからず覚えた。

そうしないと際限なく話が脱線していくのだ。

ミソギさんが加わると更に酷く、もう手がつけられない。

でもこんな姿もミソギさんが来てからだ。

つい一週間前まではママ達に呆れるなんて考えもしなかっただろう。

 

「んー私は結構慣れちゃったとこがあるしね。あんまり怖いっていうのはないかな?引いたり、呆れたり、怒ったりっていうのはあるけど。ヴィヴィオは球磨川君が怖いの?」

 

「………うん」

 

「それはおかしいことじゃないよ。多分正常な、球磨川君が言うところのプラスな人間なら誰もがそう思うんじゃないかな?」

 

「じゃあ何でなのはママはそれでも付き合えたの?」

 

「そうだね~球磨川君が同じ街に住んでたってのが一番大きいかな。事実一時期は球磨川君を見るのも苦痛だったからね。『嫌う』という形ですら関わりたくないって思ってたんだ。変わったのはやっぱり私の理想を螺子曲げてくれた時かな?」

 

そういって笑顔を浮かべるなのはママはとても楽しそうで美しかった。

私はそれが少し羨ましかった。

彼が私とは違う関係でなのはママと繋がっていることが。

彼が私も知らないなのはママとフェイトママを知っていることに。

 

「………そっか…」

 

「あんまり参考にはならなかった?」

 

「うん、正直アインハルトさんの件については………」

 

「う~ん、じゃあ球磨川君と付き合う上でのコツじゃないけど心構えを教えてあげよっか」

 

「心構え?」

 

「うん。ひとつめ、自分の気持ちを隠したり、偽ったりしない。そんなことは球磨川君には不可能だし、無意味どころか弱点になる。球磨川君を説得したいなら自分の気持ちや我が儘、理想をありのまま伝えなきゃいけない」

 

人差し指を立てながら真面目な顔で話し出す。

 

「………自分の気持ち…?」

 

「何でヴィヴィオはアインハルトちゃんの記憶を戻したいの?」

 

「それは………」

 

「ふたつめ、球磨川君を定義するな」

 

「定義?」

 

「そっ、『こういう奴だから』『化け物』こう言って定義してしまうと本当に球磨川君には太刀打ちできなくなってしまう。球磨川君の放つ、マイナスや恐怖、嫌悪なんかの雰囲気に流されて彼の人格から離れてしまう。………そんなことになったら彼を理解なんてできない。多分近付くことすらできないんじゃないかな」

 

過去に思いを馳せているのか後悔しているような顔だ。

本当にミソギさんのことを話すママ達は新鮮だ。

 

「……難しいね……………」

 

「それはそうだよ。私やフェイトちゃんだって球磨川君を人間だとは思えなかったし」

 

「ママも!?」

 

「うん。と言うか、今でも私達は球磨川君を理解できてなんかいないよ。知ったり、わかったりはしても理解はできてない。ただ理解したいだけ」

 

 

 

 

 

ミソギさんは家の庭に寝転んで古い漫画雑誌を読んでいた。

確か地球の週刊誌だ。

なのはママもフェイトママもあまり漫画を読んだりしないのに前から家に置いてあったので妙に記憶に残っている。

それでも私が声を掛けるとこちらに向き直る。

 

『ん?』『どうしたんだいヴィヴィオちゃん』

 

へらへらした笑顔だ。

この一週間で見慣れた筈の表情に昼間の惨状が重なって怖くなる。

今だって身体が震えていないのが自分でも不思議な程彼が恐ろしい。

あんなマイナスを振り撒いておいて普通に過ごせるのがおっかない。

闇より黒く、底のない瞳に射竦められると自分が螺子曲げられる気がして酷く気分が悪い。

それでも勇気を振り絞りミソギさんに目を合わせる。

 

「アインハルトさんの記憶を戻して下さい」

 

『それはできないね』『それともヴィヴィオちゃんが裸エプロンでもするのかい?』

 

「何で、何でアインハルトさんの記憶を消したんですか?」

 

『言っただろ』『それが彼女の為だからさ』

 

冷静にミソギさんの言葉を噛み締める。

マイナスに流されないように。

冷静に。

 

「それだけですか?」

 

『何がだい?』

 

こちらを見透かすようにミソギさんが覗き込む。

瞳は光を一切通さないかのように黒く、その瞳に昼間見たマイナスが混じっていることに気付く。

 

「確かにアインハルトさんは先祖の記憶に囚われています。それが彼女を苦しめているのだってわかります」

 

『そうだね』『それで被害を受けている人もいるよ』『事実僕は脇腹に螺子の破片螺子込まれたし』『僕じゃなかったら死んでなければおかしいってくらいにね』

 

そう言って楽しそうに脇腹を擦る。

嫌悪が恐怖が湧いてくるが、それを必死に自制する。

意識していないとミソギさんから目を逸らしてしまいそうだ。

深呼吸して心を落ち着ける。

 

「そうですね。ミソギさんが喧嘩を売ったのは教えてもらいましたけどそれに乗るのも確かに問題です。私が言うことじゃありませんけれど女子中学生が殺し合いをする、できてしまう。それ自体が異常です」

 

『じゃあ――』

 

「――でも乗り越えられるとは思わないんですか?」

 

『言ったろ』『自分の問題を、困難を乗り越えられるのは強い奴だって』『できない奴に求める残酷さを知れ』『自分のプラス加減を自覚しろ』『その意識の高さを弱者に強制するな』

 

「貴方こそ決め付けるな!アインハルトさんを弱いって、何で貴方にわかるんだ!勝手に弱者にカテゴライズするな!!」

 

精一杯の虚勢を張って吠える。

実際言い出したら堰を切ったように言葉が溢れ出る。

実際私は怒ったのだろう。

弱いって決め付けたミソギさんにも今まで気付かなかった自分にも。

 

『ふぅん』

 

「今できていないからって何で乗り越えられないってわかるんだ!!」

 

これはママ達にはできないことだ。

ママ達は私でもびっくりするくらい自分の強さを知らない。

人助けを使命感というより我が儘として捉えているママ達ではできない。

努力を当然として、友情に溢れ、勝利し続けてきたママ達では言ってもミソギさんを説得できない。

 

『………確かにね』『未来は安心院さんにだってわからない領域だ』『アインハルトちゃんが自分の異常(アブノーマル)を完全に制御できるようになることだってあり得るよ』『でもさぁ』『それだって可能性に過ぎないだろ?』

 

「そうですね。だからこれは我が儘です。アインハルトさんを救いたいのは本心です。だけどそれだけじゃない。私は、私のストライクアーツを趣味と遊びの範囲と言ったアインハルトさんを叩き潰したい。その為にはアインハルトさんが腑抜けていては駄目なんです。あのアインハルトさんじゃなければ駄目なんです。先祖の悲願の為に戦うアインハルトさんに私のストライクアーツで勝ちたいんです。だから――」

 

自分の気持ちを、我が儘を正直に語る。

アインハルトさんに負けて悲しかった。

アインハルトさんの態度は辛かった。

アインハルトさんの言葉にムカついた。

でもそんなことが些細に思える程悔しかった。

自分の努力を酷評されて悔しかった。

だからこれは我が儘だ。

あのアインハルトさんをぶちのめしたいから記憶を戻せなど恥ずかしくって人には言えない。

でもそれが高町ヴィヴィオのアインハルト・ストラトスの記憶を戻したい理由だった。

 

「アインハルトさんの記憶を戻して下さい」

 

ミソギさんは数秒目を細めて楽し気にこちらを見つめると大きく溜め息を吐く。

やれやれと若干オーバーなリアクションを取りながらミソギさんが話し出す。

 

『……ふぅ』『僕はこれでも良識ある大人なんだぜ。そんな我が儘に付き合ってなんかいられないなぁ』『そもそもヴィヴィオちゃんじゃアインハルトちゃんには――』

 

「弱くとも勝ちたいんです。相手の方が強くても諦めたくないんです」

 

『――気に入った』『いいぜ、ヴィヴィオちゃん』『僕は君の我が儘を全面的に支援しよう』

 

そう言うとミソギさんはへらへら笑いながら付け加える。

不思議と恐怖はなくなっていた。

 

『その顔、君の母親達にそっくりだ』

 

その言葉で何故ママ達がミソギさんを慕うのか少しだけわかった気がした。

 

 

 

 

 

「み、ミソギ!は、裸エプロン着たよっ!これでアインハルトちゃんの記憶は――」

 

ヴィヴィオが部屋に戻って数時間後のことだった。










フェイトそん……ポンコツ化させてごめんね…

『次回、アインハルトちゃんとマイナス』


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寄り添う強さ

私には理解できなかった。

クラウスの記憶を無くしてしまえば欠片ほども理解できなかった。

自分が、自分の過去が全くと言って良いほど理解できなかった。

何故あんなにも強さを望んでいたのか。

決まっている。

クラウスがオリヴィエを救えなかったことを後悔していたからだ。

守りたいものを守れなかった苦しみを知っているからだ。

知っている。

でも理解できなかった。

弱いのが罪?

強くなくちゃ守れない?

だから自分が最強になりたかった?

そんな時代じゃない。

所詮自分ひとりで守れる範囲なんて僅かだ。

もう私は王様ではないし、王様だったのは先祖だ。

最強になんてなれる筈がない。

訳が分からない。

困っているのなら管理局に通報するべきだし、強くなりたいなら何で闇討ちなんてしたのだろうか?

狂ってるとしか思えない。

痛いのは嫌だ。

痛め付けるのも嫌だ。

理解できなかった。

つい先日。

彼に消されるまで当たり前だったことが。

疑問にも思わなかったことが理解できない。

自分の今までの行いが堪らなく怖かった。

わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない――それがどうしようもなく嫌だ。

だからここに来た。

あの怖い程にマイナスな彼が言う誘いに乗った。

客観的に見てしまえば狂っていると思える行為を正当化できるような何かが、全ての価値観の上をいく何かが自分にはあったのだから。

記憶だけじゃない。

そこから生まれた何かが私の全てだったのだ。

それを知らないまま、失ったまま生きるのは嫌だ。

 

 

 

 

 

アインハルトが待ち合わせ場所の倉庫区画に着いた時にはもう全員集まっていた。

アインハルトを見つけるとあの日よりもずっとラフな格好をした球磨川が嬉しそうに笑顔を向ける。

 

『やあ、アインハルトちゃん』

 

彼の雰囲気に精神がゴリゴリと削られるような感覚に陥る。

何気ない動作全てに目を奪われて離すことができない。

怖い。

彼の気まぐれで全てが意味を失ってしまうかのようで。

また何かを失ってしまうかのようで。

 

「…………………」

 

『とりあえず「よくぞ逃げずにここに来た」とでも言っておこうかな?』『いやいや、馬鹿にしてるんじゃないぜ?寧ろ僕は感心してるんだ』『正直今の君には先祖の記憶なんて厄ネタいらないし興味も無いだろうと思っていたからね』

 

彼の言葉が的確に胸を抉る。

『何か大切らしきモノを知っておきたい』という自分の浅ましい願い事を見透かされているようで気分が悪い。

 

『だってさぁアインハルトちゃん、君は――』

 

「――ミソギさん、無駄話はいりません。お願いします」

 

凛とした声が球磨川の言葉を遮る。

金色の髪に美しい翠と赤の瞳が映える少女。

そんな『向日葵のような』という表現がぴったりの少女は今はその瞳を闘志で輝かさせて、私の不安を断ち切るように声を響かせる。

 

『――本当にいいのかい?』『これって一種の呪いだぜ?』『アインハルトちゃんが乗り越えられないって可能性を考えてるかい?』

 

「はい。アインハルトさんは乗り越えられます」

 

こちらを真っ直ぐに見つめる瞳。

私には眩し過ぎる。

こんな私を信じる、強い目。

盲目的にでも根拠なく言っているのでもない、人を信じ、頼れる目だ。

強いと思う。

身体ではなく心が。

有り様が。

強く、尊いと感じさせる。

だからこそ自分が惨めでしょうがなかった。

先祖の記憶という過去の自分の全てを失ってさえ、それを取り戻すことにしか考えられない自分が。

 

『オッケー』『じゃ』『虚数大嘘憑き(ノンフィクション)

 

軽やかに紡がれた一言にアインハルトの中に記憶が蘇ってくる。

苦しみにまみれた戦乱の記憶。

祖先であるクラウスの悲劇的な最期が。

悲しみが。

苦しみが。

怨嗟が。

思いが、蘇ってくる。

自分の力を、強さを証明しなければいけないなんて強迫観念が私を責め立てる。

大切なモノを守れる強さを求める気持ちが沸々と湧いてくる。

守るようなものなどこの時代にはないというのに。

それが如何に狂った考えなのか分かっていた筈なのに。

本当に気持ち悪い。

これでは彼が言うように本当に呪いではないか。

 

「アインハルトさん。一戦お願いします」

 

「………私は…」

 

迷っていた。

アインハルトは自分の記憶を取り戻してなお、迷っていた。

力は必要だ。

大切なモノを守れる力。

後悔しないような力が。

それが例えどんなに愚かな考えか分かっていたとしても、今の私は非力なことに耐えられない。

でもそれで彼女を傷つけていい筈がない。

自分が彼女と戦っていい筈がない。

弱いことに耐えられない自分が、彼女のような存在を弱いと断じることなどあり得ない。

あってはいけない。

それでも彼女は言葉を紡ぐ。

 

「アインハルトさん。私は勝ちます。貴方の弱さを全て打ち砕き、その上で貴方に勝ちます」

 

「…ヴィヴィオさん………」

 

「それにあんなこと言ったんですから勝ち逃げなんて許しませんよ」

 

そう笑顔さえ浮かべて言い切る。

 

「セイクリッドハート、セット・アップ」

 

ヴィヴィオの身体を虹色の魔力光が包み込み、魔法が肉体を補強する。

あどけない少女から天真爛漫な美女へと姿を変えたヴィヴィオはしっかりとこちらを見詰め笑顔を浮かべる。

変身したヴィヴィオがオリヴィエと重なって見える。

それが嫌で、そんな感情を振り切るように私も魔力を巡らせる。

 

「武装形態」

 

魔力が身体の隅々まで染み渡り、自らの肉体を変えていく。

戦闘に有利な年齢に。

覇王流を十全に生かせる肉体へと。

 

「射砲撃とバインドなしの格闘オンリー。真剣勝負です!」

 

ヴィヴィオが左拳を下げて右腕を肩の高さに構える。

綺麗な構えだ。

油断も甘さもない。

良い師匠や仲間に囲まれて『格闘技を心から楽しんでいる』といった様子だ。

私とはきっと何もかもが違う。

それでも私は構える。

彼女が余りにも楽しそうに笑うから。

勝ち逃げなど許さないと。

捻り潰してやると。

私を元気付けようとしてくれるから。

腰を落とし、拳を腰の横に構る。

 

「ストライクアーツ、高町ヴィヴィオ」

 

「カイザーアーツ正統、アインハルト・ストラトス」

 

「いきます」

 

言葉と同時に間合いを計りながら、突撃を敢行してくる。

踏み込むと同時に、視界を遮るようにジャブを繰り出す。

前回一撃で叩き伏せたことを考えると無謀とも言える攻撃。

それを肘で払い、防ぐ。

軽い。

これならノーガードで受けた方が良かったかと思考を巡らせながらお返しにもう片方の腕で殴り付ける。

ヴィヴィオは上半身を反らして避けるが更に踏み込んで拳を握る。

 

「アクセルスマッシュ」

 

瞬間頭に鈍い痛みと衝撃が走る。

ヴィヴィオのフックがこめかみに突き刺さり、一瞬思考が真っ白になるがそれでもガードを固める。

直後ジャブのラッシュがガードの上から脳を揺らす。

視界が滲み、頭がグラグラする。

思考が纏まらないし、ガードを緩められない。

 

「そこっ」

 

反射的に後ろに下がるが更に追撃で放たれたハイキックがアインハルトを打ち据える。

防御した腕が軋む。

思わず膝を着きそうになるのを堪えて力任せに押し返す。

強引にバランスを崩し、たたらを踏むヴィヴィオを視界に捉えながら、拳を握る。

先程の迷いは完全に振り切れていた。

勝ちたいと思った。

彼女に負けたくないと思った。

私にはこれしかないから。

戦うことしかできないから。

自分が積み重ねた努力が、彼女のもののように綺麗なものではないことは理解している。

それを誤魔化せないくらい、私は自分の醜さも愚かさも直視してしまっていた。

それでも、負けたくないと思った。

彼女がここまで私に勝ちたいと思ってくれているのに、私が全力を出さなくてどうするのだ。

今ここで私全力を出せなかったら永遠に何にもできなくなってしまう。

そんな感覚も自覚するまでもなく、私の内にあったのだ。

だからだろうか。

考えるよりも先に突き出した私の拳は血の滲む思いで習得したクラウスの拳と同じ軌跡を辿り、咄嗟に腕を交差させてガードを固めるヴィヴィオに真正面からぶつかる。

ヴィヴィオはその威力に逆らわず後ろに下がろうとしたようだが、衝撃を殺しきれず、倉庫区画の壁に思い切り身体を打ち付ける。

 

「や、やっぱり強いね」

 

ヴィヴィオは痛みを堪えるように顔を顰めると、重心を前方に傾ける。

ガードを下げてこそいるが、私の一挙一動に気を配っている。

迂闊に追撃すればこちらも大きなダメージを受けるだろうと簡単に予測がつく。

 

「えぇ、貴方も数日前とは比べ物になりません」

 

自分が思っていたよりも、しっかりとした声が出たことに驚く。

一、二度拳を握って調子を確認する。

頬も紅潮し、血が煮えたぎるような熱ささえ感じる。

事実、私は楽しいのかもしれない。

彼女がこんな私と戦いたいと言ってくれることが。

私に期待してくれることが。

 

「ふぅ」

 

「どうしました?疲れましたか?」

 

「『冗談』と言いたいところですが正直結構限界です」

 

「降参しますか?」

 

「いえいえ、それだけはありません。ん~じゃあちょっとやりますか」

 

「えっ?」

 

「こっからは全力全壊です』

 

格好つけて言いながらへらりと口元を歪める。



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主人公特権

「こっからは全力全壊です』

 

格好つけて言いながらへらりと口元を歪める。

 

「なっ」

 

その笑い方にアインハルトは一瞬身体が強ばる。

彼とは違うと頭ではわかっている、反射的なもの。

彼に似たマイナスに咄嗟に面食らっただけだ。

しかしヴィヴィオはその隙を見逃さず、強引に距離を詰める。

なんの気負いも、感情も感じさせずにただただ乱暴に距離を詰める。

何を考えているのかわからない。

先程の真っ直ぐでお手本のように綺麗な戦闘スタイルを捨てて、無謀で考え無しにすら見える戦い方。

それがアインハルトには予想外過ぎて、完全に虚を突かれる。

そして、半ば体当たりのように勢いを乗せた拳を叩き付けられる。

 

「っ!?」

 

放たれたブローが肝臓を抉るように叩き込まれ、アインハルトの肺から空気が溢れる。

息ができなくなるような錯覚と共にじんわりとした痛みが内蔵を襲う。

呼吸が辛い。

 

「アクセルッ』

 

ガードをくぐり抜け、的確に急所を狙って二撃、三撃と続く。

手首から、足先まで全てを戦闘に使って視覚外から攻撃が飛んでくる。

一番やり辛いことに自分の強みが完全に潰されている。

思うように動けない。

懐に入られて、パンチに威力をのせられない。

引いた腕はバリアジャケットの袖口を掴まれるし、ジャブは放つ前に体勢を崩されるし、後退しようとしても足を踏まれる。

一撃でもまともに入れることができれば防御の上からでも叩き潰せるのにそれができないように立ち回る。

つかみどころがなく、じっとりと染み込むように距離を詰めてくる。

気が付けば、体中にまとわりついている。

やり辛いことこの上ないし、振り払える気がしない。

先程までのお手本通りで綺麗な格闘スタイルとは明らかに違う。

神経と精神を磨り減らし、徹底的に相手の強みを潰し、自分の土俵に引き込む闘い方。

まるでスリルとリスクを楽しんでいるかのような戦闘スタイルに否応なく彼が浮かぶ。

弱さを教えてやると言ったマイナスたる男性。

弱さそのものと言っても過言ではない『彼』が。

 

 

 

 

 

「球磨川君はヴィヴィオに何したの?」

 

ヴィヴィオの戦闘スタイルが眼に見えて変わったのをなのはが問う。

 

『別に特別なことはしてないさ』『ただ話して、わかってもらっただけだよ』

 

「球磨川君がそう言うなら喋っただけっていうのは本当なんだろね。うん。それであれはどういうことなの?」

 

『そうだねぇ』『じゃあここは親愛なる善吉ちゃんに倣ってこう言っておこうかな』『凶王モード』『僕ら過負荷に触れ、理解しようとしたヴィヴィオちゃんが産み出したスタイル。弱点や弱味、人が触れて欲しくないものに躊躇なく踏み込み、暴き、曝させて理解するスタイルだ』『なのはちゃん達のプラスと僕のマイナスを混ぜ合わせた、ヴィヴィオちゃんだけの闘い方とも言えるかな』『さながら、人の弱味に漬け込んで問答無用で仲良くなる主人公かな』

 

「悪意のある名前だね」

 

『まっ、あんなのは只の気持ちの切り換えだけどね』『ただのカッコつけだよ』

 

そこまで言うと、なのはに移していた視線をヴィヴィオの試合に向けて独り言のように呟く。

 

『でもね』『お節介なヴィヴィオちゃんの前であんな隙を曝して放っておいてもらえるとは思わないことだね』『面倒くさいぜ』『ヴィヴィオちゃんは』

 

 

 

 

 

「はぁっ』

 

ヴィヴィオが肘を曲げて回転をかけながらフックを叩き込む。

アインハルトが苦手な距離に慣れる前に、何度も拳を振るう。

 

「楽しいですねっ。アインハルトさん』

 

「……………戦いが楽しいなんて――」

 

「友達と競えるのが、です』

 

「…友達………ですか…」

 

真摯に友達になろうとしてくれる姿に、知らず知らずの内に拳が止まる。

 

「ええっ、私はもうライバルくらいの仲にはなれたかな~って思ってたんですけどっ!?もしかして嫌でした!?』

 

「そんなことは………」

 

「良かった~』

 

大真面目に喜んでくれているのが分かる。

 

「これはリベンジです。その為にミソギさんに鍛えてもらったんですからね!』

 

「はぁ」

 

「アインハルトさん』「私は負けたくないから今ここにいます』「強くなりたいから。アインハルトさんを見返したいからここにいます』「アインハルトさん。あなたは何の為にここにいますか?』

 

「………わ、私…は…………………」

 

即答できない。

前のように覇王流の証明だとか、イングヴァルトの未練なんかは言えなかった。

でも――

 

「――私は、私はそれを探す為にここにいます。生きる理由を知りたいからここにいます」

 

覇王イングヴァルトではない、アインハルト・ストラトスの生きる理由。

私はそれを探していきたいと思う。

 

「そうですか。それは楽しそうで羨ましいですね。ご一緒しても?』

 

「勿論です」

 

思えば私は自分でも壁を作っていたのだろう。

自分は相手とは違うのだと、自分は覇王の理想を継いでいるのだと。

それはとても恥ずかしいことだったと今になればわかる。

彼が中二病と言うのも納得だ。

自分は卑屈になって見下していたのかもしれない。

私にはやることがあると。

私には力があると。

生きる理由があるのだと。

当たり前のことだったから。

物心ついた頃から共にあったのだから。

無意識に自分とその他を分けていた。

無意識に自分の弱さを強さだと見て見ぬふりをしていた。

そんなことを考えてしまう。

 

「じゃあ一息着いたところで改めて――』

 

スッと姿勢を正してこちらを見詰めるヴィヴィオさん。

 

「――私の名前は高町ヴィヴィオ。St.ヒルデ学院小等科に通う四年生です。アインハルトさん。友達になりませんか?』

 

「えっと、St.ヒルデ学院中等科一年生、アインハルト・ストラトスです。こちらこそ宜しくお願いします」

 

「じゃあ――』

 

「それでは――」

 

「「――決着をつけましょうか!!」』

 

言葉と同時に思いっきり地面を蹴ると拳を握る。

 

 

 

 

 

私では力も技術もアインハルトさんには及ばない。

アインハルトさんは私よりも長く鍛練を積んできただろうし、人相手の格闘経験も豊富だろう。

だけど負ける気は更々ない。

そんなことアインハルトさんが望むわけがない。

 

「ツッ』

 

強くなりたい。

私が格闘技を始めたのはそんな思いからだった。

私を助けてくれたなのはママ達を今度は助けられる側になりたい。

また失いたくない。

次は頼られるようになりたい。

そんな強さが欲しかった。

だけどそれで弱さを切り捨てたり、弱さを忘れてしまうのは嫌だ。

私はそれをミソギさんで感じた。

弱いなんて嘯く彼は絶対に認めないだろうけれど彼は強い。

弱さを抱えて生きていけるミソギさんはきっと誰よりも負け犬で誰よりも強いのだろう。

そんな強さを持つミソギさんに触れた。

一片とはいえ知ることができた。

そしてそれは私の人生を変えるには十分過ぎるものだった。

ミソギさんみたいにママ達を支えられるようになりたい。

それが今の目標だ。

弱さを知って、弱さを自覚して、弱さと向き合って、弱さを抱えて強くなる。

それはただ強くなるよりずっと難しいだろう。

それでも私はそう行きたい。

なのはママの横に立てる人は多いけど、なのはママの敵になれる人は多分ミソギさんしかいない。

彼は負けることを知っているから。

折れることを知っているから。

弱いことは勝てないことと同義ではないと世界に胸を張って生きているから。

私は守る者ものが無い最強よりも、何度だって立ち上がれる負け犬の方が好きだ。

そして私はアインハルトさんが自ら弱さを捨ててしまう前に――

 

――貴方を覇王になんてさせてあげないっ!』

 

真っ直ぐ行ってねじ伏せる。

それだけを考えて思いっきり走る。

 

「覇王――」

 

アインハルトさんの足元で、一際強く魔法陣が輝く。

 

「――断空拳!!」

 

拳が放たれる直前に、思いっきり重心を低くする。

そして断空拳の下を潜るように回避して、体当たり。

飛び付くように拳を前に突き出す。

 

「アクセルスマッシュ!!』

 

渾身のカウンターをアインハルトに叩き込む。

『勝った』と、思ったのも束の間。

後先考えずに思いっきり叩き込んだパンチは自分でも止められず、バランスを崩してアインハルトさん諸共倒れ込む。

受け身もとれずに転がって意識が急速に遠退く。

 

「か、勝てなかった………』

 

 

 

 

 

「で?どこまでが計算ずくなの?」

 

二人が同時に倒れ、起き上がらないのを近寄って確認しながらなのはが問う。

 

『計算?』『あはは何それ』『なのはちゃんも案外僕をわかってないなぁ』『計算なんて人生で一度もしたことないよ』『僕はただ好きなだけさ』『スリルとリスクで神経を削る』『分の悪い賭けって奴がね』

 

こうして高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスの再戦は終わった。

勝者はいないが敗者もいない。

それでも楽しそうで、嬉しそうだった。



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GOD編
心の欠片


「ぇ?えええぇーーーっ!?」

 

「街の上空っ!?」

 

夜空に少女二人の叫び声が木霊する。

それもその筈、二人はパラシュートも持たずにいきなり空に放り出されたのだ。

紐なしバンジーの心構えなんて欠片もできていないし、何もしなければ間違いなく死亡する。

突然の浮遊感と、直後にかかる強烈なG。

状況を理解できず、目を白黒させて悲鳴をあげることしかできない。

 

「な、な、ななんでぇええぇえ!!と、取り敢えず浮遊制御っ!私とアインハルトさんの落下防止〜!!」

 

「は、はい。手伝います」

 

取り敢えず目先の問題を何とかしなくては文字通り未来がないと悟ったヴィヴィオは、魔法で落下の勢いを殺し何とか着陸する。

 

「た、助かった………」

 

何とか死を免れた二人は安堵と疲労からその場に座り込む。

 

「し、死ぬかと思いました…いったいどうなってるんですか……」

 

「……まず状況を整理しましょう…。私とヴィヴィオさんはついさっき学校が終わってから、リオさんやコロナさんといったん別れて練習場に向かいましたよね?」

 

「はい。そこまでは覚えています。問題はその後です」

 

「そして、上空が光ったら空にいました」

 

「はい。私もそう記憶しています」

 

「「……………………………………………」」

 

「………覚えてないというよりそのまま上空にワープしましたよね?」

 

「はい」

 

「アインハルトさんとジムへ向かっていたのは昼少し過ぎくらいでしたよね?」

 

「はい」

 

「夜ですよね?」

 

「はい。七時くらいでしょうか?町並みから考えてミッド中央区ではないですし、別世界でしょうか?」

 

何とかアインハルトさんとも打ち解けてきたかなぁと思っていた矢先にこれだ。

ミソギさんではないが何かそういった星の元に生まれているのだろうかと天を仰ぎたくなる。

 

「…次元移動ですか。大事な試合も控えてますし早く帰って練習もしないといけないのに………」

 

「…………………どうしましょうか…?」

 

「さ、散策しましょう!!最悪、人がいるみたいですしママ達に連絡がとれれば――」

 

ここはビルの屋上だろうか。

とにかく次の行動を考えなくてはいけないと辺りを見渡して、ヴィヴィオの言葉が止まる。

どこか見覚えのある風景に、通りに並ぶ文字。

 

「あれ?この風景に文字!そうっ!ここ海鳴市だ!」

 

「それって、ヴィヴィオさんのお母様方の故郷の……?」

 

「そうです!第97管理外世界、地球………えぇ??なんでこんなところに飛んできちゃったんだろう?」

 

文字も町並みも何度か連れて来てもらったことのある海鳴市のものだ。

まず間違いはないだろう。

 

「あ、でも大丈夫です。海鳴市なら知り合いもいますし、ミッド直通のゲートがありますからすぐに帰れますよ」

 

「そうですか。よかった……」

 

「じゃあ向かいましょう」

 

歩くこと数分。

なのはママの実家に向かう途中にいきなり声を掛けられる。

 

「おや?こんな時間にどうしました?こんな夜更けに子供の一人歩きは感心できませんよ?」

 

「えっ――」

 

そんな紳士的とも言える言葉に嫌悪感が湧き上がる。

マイナス特有の気持ち悪い空気を受けて、反射的にその場を離れ声の方向を確認する。

その場にいたのは、執事服のような装いにモノクルを身につけている長身細身男性。

高校生くらいだろうか。

胡散臭くはあっても、礼儀正しい態度の男性だ。

普通は嫌悪するような人物ではないと思う。

実際、アインハルトさんも私の行動が理解できず物言いたげだ。

だけど私は手でアインハルトを制しても、この男から目を離せなかった。

悪寒が背筋を這い回る。

彼はミソギさんのような誰もが忌避するようなマイナスを纏ってはいない。

それでも彼がマイナスだということはわかった。

 

「………ヴィヴィオさん??」

 

「あなたは、誰ですか?」

 

ミソギさん以外では初めて見るマイナスに警戒しながら、聞いてみる。

少しでも情報は欲しかったし、マイナスは悪ではないと知っていたから。

 

「おや?我々マイナスが幾ら嫌われることに慣れているとは言ってもあんまりな言い方ですね。ですが、良いでしょう。名乗りましょう。私の名前は蝶ヶ崎蛾々丸。箱庭学園の高校生です私は――」

 

その紹介を聞き終わる前に、即座に魔法で変身して離脱する。

混乱するアインハルトさんを抱え上げて、後ろも見ずに全力疾走。

話している彼を見て、何故彼がマイナスなのかすぐにわかった。

彼は弱点が多すぎるのだ。

どこまでも隙だらけで弱点まみれ。

転んだだけでも死んでしまいそうな程に貧弱だ。

そう、それなのに全く傷がない。

今まで一度も傷付いたことなんてないみたいに無傷で、怪我に耐性がない。

どうしようもなくアンバランスで気持ち悪い。

それ程までに気持ち悪い。

性格だって一見紳士的でミソギさんには似ても似つかないけれど深みがない。

生きて積み上げたものが全く感じられない。

まるで機械のように薄っぺらで作り物臭い。

 

「――ツッ」

 

魔法で強化した身体をがむしゃらに動かす。

ただ彼から少しでも距離を取りたくて脚を前へと動かす。

あれは駄目だ。

私では手に負えない。

私じゃ相手にすらならない。

何と言えば良いのかわからないが彼にはそれだけの過負荷があった。

ミソギさんに劣るとも勝らないマイナス。

彼のマイナスは何かが違う。

ミソギさんとは決定的に違う。

 

「ちょっと、しっかりしてください。ヴィヴィオさんっ!!」

 

宛どなく足を動かしていると、アインハルトさんが声をあげる。

気が付けばどことも知れない公園。

脚を止めると、まとわりつくような疲労を自覚する。

頬が熱い。

 

「と、とりあえず降ろしてください……」

 

「えっ?あ、ご、ごめんなさい!!」

 

言われて、今まで全力疾走する最中ずっとアインハルトさんを抱き上げていたことに気が付く。

先程とは違った意味で顔が熱くなり、大慌てでアインハルトさんを降ろす。

 

「………ごめんなさい」

 

「いえ……………」

 

しかし、気まずい沈黙は続かなかった。

 

「あれ?」

 

「どうしました、ヴィヴィオさん?」

 

「魔力反応……。数はふたつ。速度から空戦魔導師です」

 

「管理局ですか?」

 

「…いえ……おかしいです。気を付けてください。今海鳴に常在してる魔導師は居ない筈ですから……」

 

ミソギさんとはまるで違うマイナスを目の当たりにした衝撃でパニックになっていた頭を冷やし、思考を巡らせる。

いきなり襲われても対処できるようにアインハルトさんにも変身してもらい、警戒する。

脚にも魔力を込めて直ぐに動けるように心構えをしておいたし、逃げ道も確認しておいた。

だが、そんな警戒はほぼ無為に終わった。

感知した魔力反応と思しき人物達が視界に入った瞬間、ハンマーで頭をぶん殴られたかのような衝撃に襲われ、口を開けて呆然とすることしかできなかったのだ。

白いロングスカートに身を包み栗色の髪をツインテールにまとめた少女。

そしてその後ろにいる、黒いバリアジャケットを纏い同色の斧を持つ金髪赤眼の少女。

 

「時空管理局、嘱託魔導師高町なのはです。あの〜次元渡航者の方ですよね?魔導師の入国は制限されているのですが許可証はお持ちでしょうか?」

 

その後の言葉は耳には入っても理解できていなかった。

なぜなら、年の頃は十代に入るかどうかという少女達は、間違いなくなのはママとフェイトママだったのだから。

 

 

 

 

何が何だかわからない。

冷静に考えてもまるで答えが出ない。

何が起きているのだろうか。

いきなり海鳴に飛ばされたこと。

ミソギさんと同じマイナスの出現。

十年以上若いママ達。

どれもこれも繋がらないし訳がわからない。

何を言えば良いのだろうか。

不思議そうな顔でこちらを見るなのはママ達。

 

「えぇっと、わ、私は……」

 

『おや?』『女の子がこんな時間にいるもんじゃあないぜ』

 

どうしたらよいのかわからずしどろもどろに言葉を紡ぐ私を遮るようにかけられた言葉。

その格好つけた口調に反射的に振り返る。

 

『ん?』『邪魔しちゃたかな?』『いいよ』『どうぞ』『続けて?』『四人で十分に殴り合えばいいよ』『争うってことは譲れない何かがあるってことだからね』『僕はそれを観戦させてもらうからさ』

 

マイナス。

黒い学ランに身を包んだ少し童顔の高校生。

特徴的なヘラヘラ笑いと括弧つけた口調は私の混乱なんて関係なく彼を思い起こさせるだろう。

本当にそっくりだ。

容姿は勿論、その身に宿すマイナスまでも。

 

「く、くまがわさん?」

 

「「「違う」」」

 

アインハルトさんの言葉には即答できる。

これは、眼前にいるこの男性は私達の知る球磨川禊ではない。

いくら似ていても。

どんなに似通っていても。

 

『あれれ?』『僕は球磨川禊だぜ?』『箱庭学園マイナス十三組リーダー球磨川禊。こう見えて僕は生徒会長もやってた好青年なんだからそんなに警戒しないでよ』

 

ミソギさんは確かにプラスとは言えない。

いつだって好き勝手に場を掻き乱して、登場して場が好転することなんてほとんどなくて、相手の気持に配慮することなんか全然なくて、仲間みたいに振る舞っていてもいつ裏切ってもおかしくない感じは拭えない。

そんなミソギさんにしてもここまでひどくはなかった。

 

『う〜ん』『とんと覚えがないなぁ』『君らみたいなプラス、一度見たら忘れないと思うんだけど……』『まっ』『いいか』『なんでもいいし』『だれでもいいし』『どうでもいい』『いつだって僕のやることはひとつだ』

 

そうミソギさんそっくりの顔でミソギさん好みの言葉をミソギさんみたいに喋る。

 

『エリートを皆殺しにする』『そうすれば世界は平等で平和でしょ?』



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Vivid編~IFルート~
『久しぶりっ』『僕だよ』


アンケート企画です
As編最終話の『別れ』からの分岐IFルートです。
こちらは不定期更新です。

活動報告にも掲載しましたように、アンケートは執筆の優先順位を決める為のものですので投稿のタイミングはズレる場合があります。

優先順位は本編>②(vividのIFルート)となります。
③や④は本編完結後を予定しています。



球磨川禊の印象を訊ねれば大多数がマイナスと答えるだろう。

その印象は決して間違えてはいないし、最も相応しいとまで言ってもいいだろう。

しかし彼と小学生時代を共にした彼女達はもう一歩踏み込んだ意見を語るだろう。

アリサならば「人間の最底辺でイカれた男だ」と答えるだろう。

すずかならば「私からしても人間には見えないけど私を助けてくれた恩人だ」と答えるだろう。

フェイトならば「私達を救ってくれた今の生き方を示したヒーローだ」と答えるだろう。

なのはならば「何も知らなかった私の理想を螺子曲げた友人だ」と答えるだろう。

頭は悪いが狡猾で、馬鹿だけど悪知恵が働き、邪悪じゃないけど凶悪。

すべての人間の欠点を集結させたような過負荷。

過負荷の希望にしてリーダー。

強きを挫き弱きを助く。

それでいて絶対に正義の味方などではない。

それが球磨川禊であった。

 

 

 

 

 

私達を守るように球磨川君が立っている。

視界は無色で、ピントが合っていないのかぼやけている。

視線は自分では動かせず、無理矢理誰かの身体に閉じ込められているかのような感じだ。

しかも知らない知識が自分の中ではぐるぐると回り気持ち悪い。

まだ視界に入っていないのに、何となく近くにはフェイトちゃんもいるんだろうと確信している。

そんな意味不明な状況に夢なんだと気付く。

私を守るように立ち塞がる球磨川君と黒い塊。

朧気で輪郭は愚か、大きささえもわからない黒い塊。

それがこちらに悪意を向けている。

それを受けてか気だるげでいつもヘラヘラとした笑顔を浮かべていた球磨川君は別人のように真剣な表情を浮かべている。

そんな姿にあぁ、やっぱり夢なんだと納得してしまう。

それほどいつもの様子からはかけ離れていた。

闇の書の防衛プログラムの前でもあのへらへら笑顔をやめなかったのにどんなことが起きればあんな顔をするのだろうか。

 

『よ⬛、⬛』『⬛し⬛り⬛⬛』『欠⬛⬛◼』

 

辛うじて球磨川君のものだとわかる途切れ途切れの声が響く。

益々視界のボヤけは大きくなり、今まで見えていた球磨川君も殆ど輪郭しかわからない。

 

『………初⬛◼し⬛◼間⬛⬛』『それ◼⬛◼マ⬛◼い?⬛るで⬛◼⬛⬛みた⬛⬛ぜ』

 

黒い塊が揺れる。

動揺しているみたいにぐらぐらと。

 

『◼当◼よ』『⬛◼◼◼こ⬛⬛キャラに⬛るだ⬛◼⬛夢にも⬛⬛な⬛◼た⬛⬛』『なの⬛』『⬛⬛⬛と◼◼ら』『彼◼⬛を◼⬛⬛⬛とか◼⬛◼る』『⬛◼で悪い⬛⬛も⬛てる⬛◼⬛ぜ』

 

球磨川君の手にあるマイナス螺子が細長く伸びる。

それだけはこの壊れて、ひび割れているかのような世界でもはっきりと見えた。

それは球磨川君の過負荷の象徴。

私の知っている限りあんな螺子は見たことがない。

あれは何なのだろうか。

 

『⬛◼◼⬛……』

 

ゆらゆらと揺れていた闇が急速に傾いていく。

 

『⬛⬛◼の⬛◼ま⬛◼⬛⬛◼だ』

 

「な……⬛◼⬛…」

 

闇がぐにゃりぐにゃり苦しそうに蠢く。

 

「⬛⬛が⬛⬛て◼⬛、◼磨⬛⬛」

 

「⬛⬛か……」

 

「⬛⬛◼⬛公◼⬛て⬛⬛⬛な⬛け⬛⬛◼て⬛る」「僕は⬛◼に◼⬛⬛◼け◼い◼⬛けら⬛⬛い⬛だ」

 

「…………」

 

「◼人⬛⬛◼だ⬛⬛る◼⬛◼君⬛◼ま◼⬛⬛なきゃ⬛◼⬛⬛戦◼◼⬛◼⬛ね」

 

「何を言って――」

 

すぐ傍にいたフェイトちゃんが球磨川君に叫ぶ。

私もそれに続きたいと思うが、喉は全く動かない。

 

「◼⬛⬛◼せ⬛⬛◼⬛け、⬛そう◼⬛てんだよ」

 

「わかった」

 

今までピクリとも動かなかった喉が勝手に自分の声で言葉を紡ぎ出す。

自分が意識的に強くあろうとしている時に出る声だなぁなんて思う。

 

「⬛◼れ」

 

「頑張る」

 

最後の言葉は明らかな涙声だった。

その言葉で夢は急速に暗くなっていく。

あぁ夢から覚めるんだなぁと本能的に察する。

何かを思い出さなければいけないような気がした。

 

 

 

 

 

「なのは!なのは!しっかり――」

 

スッと思考が目覚め、自分を覗き込む形でこちらを見る親友の顔を眺める。

艶やかな金髪に綺麗な赤い瞳。

同性でも惚れ惚れするような美貌だ。

そんな親友が心配するような表情で見ていることにくすりと笑みが零れる。

 

「大丈夫?かなり魘されてたけど」

 

「大丈夫。大丈夫」

 

「ご飯は私が作るからまだ休んでてもいいよ?」

 

「えぇ~フェイトちゃん料理とか得意じゃないじゃん。大丈夫?」

 

「わ、私だってなのはみたいに上手くはないけど朝御飯くらいなら作れるよ!!」

 

「はい、はい。じゃあお願いしてもいいかな?」

 

「もうっヴィヴィオはもう起きてるし通勤時間も近いから気を付けなよ!」

 

「は~い」

 

これは後でちゃんと埋め合わせをしないといけないなぁと思いながらベッドから腰を上げる。

髪が汗でベタついていて少し気持ち悪かった。

なんとなーく球磨川君にムカついた。

 

 

 

 

 

「――ちょっとなのはママ大丈夫?聞いてる?」

 

「ごめん。ちょっとぼうっとしてて。何の話?」

 

「今日友達を呼んでもいいかなって?」

 

「勿論。全然いいよ」

 

「なのはがそんなことになるなんて珍しいね。どうしたの?」

 

「ちょっと昔を思い出してね」

 

大切な人との穏やかな時間が漠然とした不安を流してくれるような気がする。

こんな時間がいつまでも続くといいなぁと思った。

 

 

 

 

「こちら私の先輩の――」

 

『こんにちわっ』『ヴィヴィオちゃんのお母さん達!』『よろしくおねがいしますっ』

 

ヴィヴィオの言葉を打ち切ってずいっと前に出て来る。

括弧つけた口調に明るい笑顔。

黒髪童顔の小学生くらいの男の子。

至って平凡などこにでもいそうな容姿をした少年。

 

「「………………………………………」」

 

「…ママ?聞いてる?」

 

「「…………………………………………………………………うん…」」

 

それだけで十分だった。

完全に十四年前に彼が名乗っていたマイナスだった。

ヴィヴィオ達は気づいていないが彼と関わり、そのマイナスを文字通り身をもって知っていた二人には確信できた。

彼は球磨川の言っていたマイナスだと。

へらへらした嗤いも括弧つけた口調もすべてが球磨川を思い起こさせる。

 

「えーと、君の名前は?」

 

『St.ヒルデ学院中等科二年球磨川雪ですっ』

 

「く、球磨川ぁ!?」

 

「おおおおおおお、落ち着いてなのは!」

 

「そそそそそ、それもそうだね。ね、ねぇ君の親類に球磨川禊って名前の人いないかな?」

 

『球磨川禊は僕のお父さんだよ』

 

「………………お、お母さんは誰だか知ってる?」

 

『夜天の主八神はやて』『現在別居中だけどね』

 

「……………………………フェイトちゃんちょっとはやてちゃんにお話聞いてくる」

 

「奇遇だねなのは。私も聞きたいことができたんだ。一緒に行こうか」

 

手に持つは九歳の時からの相棒レイジングハート。

折れない心を冠する彼女の武器。

既にバリアジャケットを纏っているフェイトと共にもうひとりの親友に話を聞きに行こうと決める。

 

「なのはママぁ!?フェイトママぁ!?」

 

愛する娘が何か言っているがよく聞こえない。

それくらい私達は混乱していた。

 

『なーんて』『嘘、嘘!』『僕は八神はやての息子でもなければ球磨川禊の息子でもないよ』

 

「「は?」」

 

『久しぶり』『なのはちゃん』『フェイトちゃん』 『球磨川禊本人だよ』

 

「「はぁ!?……はぁあああぁああああぁぁあぁあああ!?」」

 

高町家の玄関に二人の絶叫が響いた。




『さぁ球磨川禊のvividな物語だぜ』

ミッドチルダでの初等科は五年までで、中等科は12歳からなので13歳の球磨川禊は中等科二年生であってます。

次回はアインハルトとヴィヴィオの初会合。


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高町家緊急家族会議

アインハルトとの会合だと言いましたが高町家です。
次回予定が想定通りに進まないので予定載せるの止めようかな。


「お疲れ様球磨川君。久しぶりだね。どうだいなのはちゃん達は。めだかちゃんにも負けない主人公具合だっただろう。正に勝つことを宿命付けられた存在と呼ぶに相応しいよ。君じゃ彼女達をマイナスに墜とすことはできなかったが、君はまた一歩プラスに近づいたって訳さ。おめでとう。あれ?余り嬉しそうじゃないね。そんなに負けっぱなしは嫌かい?その思いやよし。それでこそ球磨川禊と言ったところだ。あぁ、君を褒めに来た訳じゃなぜ。勘違いするなよな。それで本題だ。君はいったい何時になったら再戦しに行く気なんだい?もう四年も経ってるんだぜ。知ってるんだぜ。君が明日になったら会いに行こうとか思ってもう何日も経ってることにさぁ。君このままだったら十年くらいなのはちゃん達に会わないだろ。確かにそんな年数僕にとっちゃカスみたいなもんだけど僕だって暇じゃあないんだ。さっさと会いに行ってくれよ。大丈夫。大丈夫。これは強制だから。十年後、二十三歳のなのはちゃん達によろしくね」

 

『ちょ、いきなり出てきてそれは――』

 

「ばいばい」

 

次元を超えるスキル次元喉果(ハスキーボイスディメンション)と時間旅行のスキル時系列崩壊道中膝栗毛(エブリタイムスリップエブリディドリーム)が発動する。

球磨川の意識は速やかに闇に溶けていった。

それから十年と数ヶ月。

 

 

 

 

 

「うん、球磨川君。どういうことか説明してくれるかな」

 

「そうだね。私もちょっとお話聞かせて欲しいなぁ」

 

リビングのソファーに腰かける球磨川の前でバリアジャケットを展開し、デバイスを持って仁王立ちする二十三歳の管理局員二人。

 

『聖小を出て三年くらい次元世界を見て回ってたら夢で人外に会って十年後に跳ばされた』

 

「真面目に話して欲しいかな」

 

『そうは言っても事実なんだよね』『後中学生にデバイスを向けるのはやめた方がいいよ』

 

「ちょっ、ちょっと待って!何でママ達が球磨川先輩と知り合いなの!?しかも球磨川禊って」

 

余りに衝撃的な展開に理解が追い付いていなかったヴィヴィオが漸く再起動して訊ねる。

 

『あぁ』『僕の名前は球磨川禊』『球磨川雪って言うのは嘘だよ』

 

「えぇ~」

 

「そんなことより何でいきなり失踪なんてしたの?」

 

『んー』『何となくかなー』

 

「じゃあどうしてここにいるの?それにSt.ヒルデ学院に通ってるってどういうこと!?」

 

「待って!今まで接してた先輩の名前が偽名だったのってそんなことじゃないよ!!」

 

『だから言ってるじゃん。安心院さんが全部用意して送り出したんだよ』

 

「待って、待ってどういうこと?全くわからない!お願いだからちゃんと先輩は説明して!!」

 

「待って!先にその安心院さんとやらについて教えて!!」

 

「そんなことより何で今まで会いに来なかったの!!」

 

『やれやれ』『僕はそんな三人の疑問に一斉に答えるような異常(アブノーマル)持ってないんだけどなぁ』

 

口々に疑問をぶつける三人を見て球磨川は肩を竦める。

 

 

 

 

 

「つまり球磨川先輩はママ達と元同級生で、恩人だけど元敵で今は友達。それで十三歳の時に安心院さんと名乗るレアスキルを何個も持つ人に十年後に跳ばされたってことでいいの?」

 

『うん、まぁその理解でいいかな』『あえて言うなら安心院さんは人じゃなくって人外だってことくらいかな』

 

「じゃあ次の質問。何で跳ばされて直ぐに来なかったの?」

 

『だってフェイトちゃん達が何処に住んでるか知らないし』

 

「………じゃあ次の質問。何でヴィヴィオと友達なの?」

 

『図書館で調べものしてたら懐かしい雰囲気を感じたからね。しかも名字が高町だ』『簡単でしょ?』

 

「学校もその安心院さんが手配してくれたの?」

 

『うん。学籍と戸籍だけは用意してもらったよ』

 

「だけは」とそこを強調して答える。

 

「だけ?」

 

『文字通り学籍と戸籍だけ』

 

「えっ、何処に住んでるの?」

 

『なんかその辺の公園』

 

「えっ!?家は用意してくれなかったの?」

 

『まぁ安心院さんだし』

 

素で聞き返すなのはママとフェイトママ。

私は絶句して動けない。

 

『服だってこの妙な制服しかない』『ご飯だってもう何ヵ月も食べてない』『住むところだって勿論ない』『衣食住なんて欠片もないぜ』

 

「……………………学校とか通えなくない?」

 

冷や汗をたらりと流しながらフェイトママが更に切り込む。

 

『あぁ』『そりゃ快適とは言えないけれど、空腹感も汚れも大嘘憑きで解決するし不幸には慣れてるからね』

 

「空腹感って……ご飯食べてないの?」

 

『うん』『これで三日目かな?』

 

大嘘憑きとやらが何かはわからないがママ達が揃って目頭を抑えて天を仰いだのを見てろくなものではないと察する。

ママ達が大きく深呼吸してフェイトママが切り出す。

 

「……………なのは」

 

「……わかってるよ、フェイトちゃん。……球磨川君は今日からここに住むといいよ」

 

「えっ!?」

 

『本当?』『ありがとっ』『まともな所に住めるなんて何ヵ月振りかなぁ』

 

「えっ!?えっ!?えぇえぇぇええ!?」

 

拝啓リオ、コロナへ。

本日実は時間旅行者で元ママ達の同級生で今は中学生、私より三歳年上の先輩が家に居候することになりました。

 

 

 

 

 

『それでなんだい話って』『僕今は中学生二年生だから夜更かしは辛いんだけど』

 

それなりに夜更け。

ヴィヴィオが眠り、球磨川は数ヶ月振りの食事や風呂を堪能していた時に二人に呼び出されていた。

 

「それでこのこと誰に話した?」

 

ミソギの軽口を無視して話を進める。

こんな対応も十四年振りでひどく懐かしく楽しい。

 

『んー』『まだフェイトちゃん達にしか喋ってないよ』『なにしろ一番先に教えたかったし』

 

少し嬉しくなったが初めから真面目に伝える気が全くなかったことを思い出して急激に冷めた。

でもミソギだしなぁ等と思ってしまう時点で相当ミソギに毒されている。

 

「そっか。じゃあヴィヴィオと私達、八神家のメンバーとクロノ君、ユーノ君、プレシアさん達以外にはその事は隠しておいてね」

 

ぼうっと思考に呑まれていたらなのはが言葉を継いでくれる。

 

『ん~』『まぁいいよ』

 

「……それでミソギはこれからどうするの?」

 

『そうだねぇ』『まぁ大人しく中学生でもして過ごすよ。僕の学校生活はちょっとスリリング過ぎたからね』

 

「球磨川君がヴィヴィオと同じ学校に通うことにそこはかとなく不安なんだけど」

 

「まぁこれしかないのかな」

 

『おいおい僕はこれでも中学時代に生徒会もやってたくらい優等生なんだぜ』

 

「絶対にその人達操られてたよ」

 

『惜しい』『それは少し後だ』

 

「まぁ球磨川君の戯言は流すとして、球磨川君は私達に言うことがあるよね?」

 

『何?』

 

「ミソギが私達を騙したでしょ?」

 

『騙したなんて人聞きの悪い』『忘れてるかもしれないけど僕まだ中二なんだぜ。大人としてあの悪戯は許してよ』

 

「謝って」

 

『全然悪いと思ってなくてごめんね』

 

 

 

 

 

「ぉはよぉー」

 

『おっはよー』『さぁヴィヴィオちゃん。今日は一緒に登校しよっか』

 

「………………………夢じゃなかった」

 

『それが開口一番言うこととは流石の僕でも傷付くんだけど』

 

「球磨川先輩、いえ球磨川さんの方が良いですか?一応なのはママ達と元同年代でしたし」

 

『何で一応を付けたのかは疑問だけどなんでもいいよ』

 

「いや、なんかまだ先輩がママ達と知り合いだって信じられなくて。あと呼び名はこれまで通り球磨川先輩にします」

 

『じゃ』『ご飯食べたら学校行こっか』

 

「少し恥ずかしいです」

 

『大丈夫、大丈夫』『君が幾ら恥ずかしい奴だったとしても僕はつきあい方を変えたりはしないからさ』

 

「そっちじゃありません!!」

 

『ひどい!!』『僕が恥ずかしい奴だって言うのか!!』

 

「いや、違くて………あぁ面倒臭い…」




お気に入りありがとうございます。
誤字報告も大変助かっております。
これからもよろしくお願いいたします。

『次回は本編でのアインハルトちゃん回の予定』


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マイナス混入

『おっはよー』『なのはちゃん』『爽やかな朝だねー』

 

「………球磨川君が家にいる…」

 

球磨川がヴィヴィオとの挨拶を終えてなのはに話しかけると、なのはは朝食を作る手を止め感慨深げに呟く。

 

『おい、おい、どうしたんだい?』『なのはちゃんがここに住んだらいいって言ってくれたんじゃないか』『ボケるには早すぎるぜ』

 

「う~ん、やっぱり朝から球磨川君のマイナスを見ると心が沈むなぁ」

 

『それ中学生に言うことじゃなくない?』

 

「球磨川君が中学生になって、しかも家にいるって何か凄い違和感がある。何か道場に騎士甲冑が置いてあるみたいな、そんな感じの違和感」

 

『まぁまぁ、それは安心院さんに言ってくれよ。僕に言われても困るぜ』

 

「どうやったら会えるの?」

 

『死んだら夢の中で』

 

「……球磨川君。普通の人は死んだら生き返れないんだよ」

 

『僕だって死をなかったことにしてるだけで生き返ってる訳じゃないんだけどね。あっ、そうだ。なのはちゃん、僕が死をなかったことにしてあげるから――』

 

「死にません」

 

『まっ、冗談だよ』

 

「いやいや、球磨川君なら言うと同時に螺子の投擲くらい条件次第でするでしょ?」

 

『そんなことないさ。僕も四年で成長してるからね』

 

「そうかなぁ」

 

『そういえばフェイトちゃんは?』

 

「ん?あぁフェイトちゃんはまだ寝てるんじゃないかな。今日は休みだし」

 

『まったくいい大人がそんな自堕落なことじゃ子供の教育に悪いなぁ』

 

「言っておくけど球磨川君の戸籍関係調べてくれたのフェイトちゃんだからね」

 

『起きたらお礼を伝えといてくれない?』

 

「自分で伝えなよ」

 

オムライスを手早く作りながらも器用に半眼で睨みつける。

 

「それより球磨川君は絶対に、ぜぇぇぇったいに学校で問題起こさないでね。学校に呼ばれたりしたくないし」

 

『はっはっは』『そんなことマイナス十三組のリーダーだった僕がする訳ないだろ?』

 

「あっ、学校に呼ばれたりしたくないとは言ったけど学校自体を消せとは言ってないからね」

 

『なのはちゃんは考え過ぎだよ。僕なんてどこにでもいる中学生だよ』

 

「小学生の時にヴォルケンリッターと闘える人なんていないから。まぁそれに救われた方としては複雑だけど」

 

『なのはちゃんそれってすんげぇブーメランだぜ』

 

「………ほらっ、球磨川君は魔力ないし」

 

『体力もないけどね』

 

「知力もないよね。頭は悪くないのに」

 

『フォローして欲しかったなぁ』

 

「今の誉めたんだよ?」

 

『悪口だったと思ったけど?』

 

「……………………球磨川君って人の悪意には敏感だけど好意に鈍すぎるよね」

 

『えっ?』

 

「ご飯できたからテーブルに持って行って。ヴィヴィオもご飯できたから食べなー」

 

球磨川がお皿を持って離れるのを見ながら思わず呟く。

 

「…それでも戦うのを止めないのが球磨川君じゃん……」

 

 

 

 

 

 

高町家から出て暫くすると、八重歯が特徴的な元気っ子と、薄いブラウンの髪をツインテールに纏めた大人しめな少女がこちらに駆け寄って来る。

 

「ヴィヴィオ、おっはよー」

 

「おはよう。…あれ?」

 

「おはよぅ、リオ、コロナ」

 

そしてヴィヴィオに挨拶をしていると、ヴィヴィオの少し後ろを歩いている球磨川を視界に捉える。

 

「お、おはようございます。球磨川せんぱい?」

 

可愛らしく小首を傾げる八重歯っ子改めリオ。

 

『おはよー』『リオちゃん』『コロナちゃん』

 

「くまがわ先輩、おはようございます。先輩がこっちの方向なのは珍しいですね」

 

『まぁね』

 

「ヴィヴィオどうしたの!?すんごい疲れた顔してるよっ!!」

 

「球磨川先輩が居候になった………」

 

「えっ!?どういう状況!?」

 

『高町家に婿入りしました~』

 

「「えっ!?」」

 

「嘘吐かないでください。居候になっただけじゃないですか」

 

「それでも充分普通じゃないと思うんだけど……」

 

「球磨川先輩がママ達と知り合いで、色々とね……」

 

死んだ目で俯くヴィヴィオ。

 

『まぁまぁ、そんな訳で僕は高町家でお世話になっているのさ』

 

「えぇ~」

 

「ヴィヴィオもテスト前日に大変だね~」

 

「本当だよ」

 

『………』

 

「どうしました?」

 

『テストって今日?』

 

「えっ?小中共通だと思いますけど……」

 

『………また勝てなかった』

 

 

 

 

 

「ママ~、リオとコロナ連れて来たよ~」

 

ヴィヴィオがなのは達に友人二人を紹介する。

 

「試験終了、お疲れさま」

 

「皆どうだった?」

 

「花丸評価いただきましたっ!!」

 

「私達はそうなんだけど……」

 

「球磨川先輩がねぇ」

 

『あははは』『マイナスたる僕が試験を一発パスとかするわけないじゃん』

 

「ーーという訳で球磨川先輩は連休明けに追試です」

 

「うん……知ってた………」

 

「ミソギ語彙とかは凄いのに学校の成績は悪かったもんね」

 

そんなある意味当然な結果になのは達が呆れるような視線を向けていると、インターホンが鳴る。

 

「はい、はーい」

 

ヴィヴィオが球磨川達を連れ立ってドアを開けると、ジムのコーチであるノーヴェに連れらたアインハルトがいる。

 

「こんにちは。訓練合宿とのことでノーヴェさんにお誘いいただきました。同行させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「勿論ですっ、頑張りましょうね」

 

『合宿?』

 

「「あっ」」

 

「えっ?」

 

『うん?』

 

「まさかなのはママ達説明してなかったの?」

 

「えっと……その…昨日は球磨川君のせいで忙しかったし、その私も結構混乱してて……うん、その、はい、伝え忘れました」

 

「私もミソギと再会した衝撃ですっかり忘れてたから………」

 

「「………………………………………」」

 

「じゃ、じゃあ私はミソギと留守番してるよ。ほ、ほらミソギ赤点だったし、勉強も見なきゃいけないからさ」

 

「なっ、そ、それなら私が残るよ。フェイトちゃんは何ヵ月も前から予定を組み立てたり有給申請してたじゃん。ゆっくり休んできなよ。球磨川君は私が見とくから」

 

「いやいや、なのはこそ随分温泉を楽しみにしてたじゃん。しかもほらっ、なのはが合宿に行かなかったら皆に指導する人がいなくなっちゃうじゃん。私が残った方が良いよ」

 

「そんなことないよ。スバルやティアナ、ノーヴェ達だっているし」

 

「えっと……ママ?何を言ってるの?」

 

「どっちが残るか決めてるんだけだよ?」

 

「えっ?球磨川先輩も行くんじゃないの?」

 

「「えっ?」」

 

「いや、う~ん。どう思う?」

 

「ミソギ連れて行くのはちょっと不味いよね?友達も連れて来て良いとは言ってたけど事前に連絡もしてないし……」

 

「ましてや球磨川君だしね」

 

「うんミソギは駄目だよね」

 

「うん。球磨川君はね」

 

「ちょっ、ちょっと待って!球磨川先輩が、球磨川先輩が超面倒臭そうになってるから」

 

『いやいや、ヴィヴィオちゃん。僕はちっとも気にしてないよ』『ほら僕ってマイナスだからさ。嫌われるのは日常茶飯事だし軽蔑されるのは当たり前。避けられるのなんて慣れっこなんだよ』『うん』『だから全然、全く、これっぽっちも気にしてないよ』

 

「………ちょっとママ?」

 

「うん。ちょっとメガーヌさんに連絡いれてくる」




ちょっと登場人物が多くて混乱しますね。
次回に纏めて紹介するのでちょっと待って下さい。


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