Below that sky. あの空の下へ (月湖)
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第1章 干物魔術師の事情
1話


 突然だが、テーブルトークRPG(TRPG)という卓上ゲームが、日本において世に知られるきっかけになったのは、ロードス島戦記という小説とソード・ワールドRPGというルールが大きいと私は思っている。

 

 この小説とルールについて語る前に、舞台となった世界についても語らねばなるまい。

 舞台となる世界である《フォーセリア》は神々や妖精、精霊達が存在する剣と魔法の冒険ファンタジーな世界で、シェアードワールドとして、様々な作者さんの小説やTRPGの舞台として使われた。

 

 先に述べたロードス島戦記は、このフォーセリア世界の一つの島の出来事で、昨今のエルフイメージの源になったハイエルフのディードリットといえば、ビジュアルと名前だけは知ってる人も多いはずだ。

 そのロードス島の起源はダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)やトンネルズ&トロールズ(T&T)などの海外のTRPG(あれ、D&Dだけだったかな? よく覚えてない)にハウスルールと独自の世界観を足したリプレイから始まっている。

 その後、世界観がかたまって、独自ルールに変わって最終的には小説やアニメなんかで知られるモノになったそうだ。

 

 まあ、これはざっと三十年ちょっと前の話だし、さすがに雑誌連載当初のリプレイなんて読んだことがない。

 それに、私はロードス島戦記はアニメ派だったため、原作小説は詳しく読んだことがないのだ。

 だから、詳しい友人に聞いた話なので間違っているのかもしれないが。

 

 そして、満を持して出た国産初? のTRPGであるソード・ワールドでアレクラスト大陸とその周辺諸島やケイオスランド、クリスタニアシリーズでクリスタニア大陸と王道的な中世ヨーロッパ風ファンタジー世界としては、国内最大級のシェアード・ワールドとしてフォーセリアは発展していった。

 

 そう、ソード・ワールドRPGの発表からバージョンが2.0に上がって舞台世界が変わるまで、実に二十年以上もフォーセリア世界は展開されていた。

 

 だから、フォーセリア関連の書籍だけでも凄まじい数で、小説に漫画、アニメ、各ルールブックにサプリメントと呼ばれる追加ルールにシナリオ集、ワールドガイド、ビジュアルブックとほんと幅広い。

 どれだけ発展していたか分かる話である。

 ソード・ワールド単体でも、何度も家庭用ゲーム化もした上に、小説の一部は設定を少しいじられて、ロードス島戦記のようにアニメ化もしたらしい。

 

 つまり、フォーセリアと言う世界とロードス島戦記、そしてソード・ワールドは、それだけTRPGと言うものを世に広めてくれた素晴らしいものだったのだ。

 

 そういえば、このフォーセリアをパロディしたファイブリアを舞台にしたコクーンワールドとかティルトワールドなんていうシリーズもあったっけ。

 あのシリーズの作者さんの書いたルナル・サーガのシリーズもすごく好きだったなあ。

 七つの月のしろしめす大地……って書き出しだった覚えがある。世界観がちょっと変わってて良かったし、主人公の双子とか登場人物達に華があったし。

 そのせいでTRPGで同人誌まで買ったのってソード・ワールドとガープス・ルナルくらいだったなあ。

 カルシファードの辺りからあまり読まなくなったし、今は発行元も変わってユエル? とか言うのになってるらしいけど、そっちはさっぱりわからないや。

 

 あの小説も元は海外産の汎用TRPGのGURPSを元にしたやつで、ルールブックやリプレイが文庫本で出版されてたんだよね。GURPSは自由度がとても高くて、ルナルだけじゃなく色んなルールサプリメントが出てた。

 その中でも妖怪になって同じ妖怪が起こす事件を解決する日本産のサプリメントの妖魔夜行は面白かったなあ。

 たしか私は刀の付喪神を作ったんだよねえ。だいたい遠距離頭脳労働選ぶ私にしては、珍しい近接脳筋。

 "刀の付喪神"の妖怪とか……某乱舞のアレみたいなイケメンにしなかった(だって性別不明だし)けど、随分と時代先取りしてたな私。

 今はこれ、百鬼夜翔って言うシリーズになっているらしい。舞台の都市が変わったのは知ってるんだけど。

 

 GURPSは当時の文庫本ルールだけじゃ物足りなくなって、未翻訳の魔法やスキルなんかが使いたくてわざわざ原本を取り寄せて、大学の第二言語で英語取ってた連中が中心になって翻訳したりしてさ。後になって完訳版が出版されて、あの苦労は何だったんだって皆でがっくりしたのもいい思い出。

 

 今はルールは第4版にバージョンアップしてるんだっけ?

 

 

 

 …………ハッ

 

 フォーセリアのこと考えていたのに、なんで関係性皆無な別世界の話やGURPSが出てくるの。

 

 考え始めるとあっちこっち思考が飛ぶのは、良くない癖だよね。

 これ、理系には少なくて文系や女性に多いのが特徴らしいけど。

 連想ゲームのように思考と会話が切り替わるから、話していて疲れるって聞いたっけ。

 

 あ……また、変な方向に思考が飛びそうに……修正修正。

 

 フォーセリアだよ、フォーセリア。

 

「――――チャ。ちょっと、ユーチャったら!」

 

 艶やかな長い黒髪をうなじの辺りでまとめた、背が高めで目つきがちょっとキツい女性が長い杖を片手に、空いているもう片方の手で私の右腕を引っ張った。

 

「あ……フィリスさん。ごめんなさい、ちょっと考え事してました」

 

「貴女ねえ……。もう、皆先に行っちゃったじゃない。追いかけないと」

 

 魔術師であるはずの彼女だが、その怪力は素晴らしい物で非力な私は彼女に引っ張られて道を進む羽目になった。

 筋力差が単純計算でも9倍も貴女の方が強いんだから、もう少しいたわりを持ってほしい。とはいっても、ここでステータス差を言ったところで相手に通じるわけがないけれど。

 

 そう、彼女はフォーセリアを舞台にしたソード・ワールド第三部リプレイの良い意味でも悪い意味でも有名だった”バブリーズ”の脳筋魔術師であるフィリスで。

 

 そんな私は、なんか気が付いたら、昔使っていた中二病なマイキャラになっていた、ただのアラフォー干物女で……

 

 ほんと。

 なんでこんなことになってるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

【Below that sky. あの空の下へ】 第1章 干物魔術師の事情

 

 

 

 

 

 

 

 四月の大安吉日。

 独身を共に謳歌していた友人が結婚した。

 

 お相手は三歳年下のイケメンだが、共通の趣味を通じて知り合ったと式の馴れ初め紹介では言われていたが、さすがに十年以上続く某MMORPGだとは、正直に言えなかったんだろうな……と、ちょっと笑ってしまったのは秘密だ。

 初婚なのに、純白のウェディングドレスも白無垢も着ず、お色直しすら無いという地味な人前式のレストラン挙式ではあったが、それはそれで彼女らしかった。

 

 『絶対、結婚しない』と私と話していた彼女だったが、結局は結婚したのだ。

 私の場合は"しない"のではなく"できない"なので、彼女とはそこから違うが、人生どう転ぶかわからない。

 さすがに三十代半ばをとうの昔に過ぎ去り、自他ともに認めるアラフォーともなれば、余程の事情がなければ、結婚して片付いているのが当たり前。むしろ、アラフォーになってからでも結婚できた彼女は、随分と運がいいだろう。

 一応、言わせて貰うがこんな私だって、二十代の頃は普通に恋人はいたし、その中には結婚の約束を交わしていた相手だっていた。

 しかし、色々と紆余曲折の後に、現在の私は潤っていた過去を思いつつ、立派なおひとりさまの干物女の道を歩んでいる。

 

 女房と畳は新しい方がいい、女と茄子は若いが良いなどということわざがある通り、アラフォーはすでにBBAつまり"おばさん"であり、恋愛対象外なのである。

 女には残念なことだけど賞味期限が有るのだ。子供を安全に健康に産める時期はその期限内にしかない。

 

 その考えは女性蔑視だろうって? そんなつもりはないよ。

 一定の年齢を過ぎると"心身共に健康"な子供を望むのは難しくなるんだよね。医学の進歩でその期限は昔よりは長くなってはいるけれど、その期間を賞味期限と私は言ってるだけだ。

 まあ、私みたいに若いうちに子供は望めないって、医者からお墨付き貰ってしまうと賞味期限すら無いけどさ?

 

 

『自分の子が欲しかったんだ……仕方ないだろ』

 

 頭をよぎった言葉がざっくりと心のどこかを抉っていくが、頭を振って散らす。

 ……過去のことは過去のことだ。

 

 

 その賞味期限……言い換えれば、子供の有無を無視できるほど美人だったり、なにか有能であったりするなら対象になるかもしれないが、私のように見た目も能力も普通オブ普通で、決して給料が良いわけでも資産を持っているわけでもない、そのくせ意識高い系やフェミ女子を激怒させそうなこんな女性の賞味期限と結婚観を淡々と思考するなど、自分でも理解できるほど性格が悪くて、様々な事を面倒くさがり、適当に済ませてしまうならまず無理だ。まあ、良くて親の介護とか看取ってもらうためだけに結婚したがるようなのしか、相手にいないだろうしね。

 

 ……この考え自体がすでに何かをこじらせている気がするが、そんなことはないと思いたい。

 

 そんな私の手元にあるのは、その友人が帰り際に渡してきたA4より一回りほど大きい、黒い箱。

 メイクを落とし、シャワーも浴びてスッキリした私は、ビール缶とつまみのスルメを片手にその箱と対面していた。

 二次会・三次会でも呑んだんじゃなかったのかって? それはそれ、これはこれである。

 

 もちろん引き出物はカタログから選ぶタイプのものだったからそれとは別のものだ。

 かなり重く大きなもので、着慣れないパーティドレス姿で持って帰ってくるのは結構疲れた。

 

 振ってみると、カチャカチャと何かがぶつかり合う音がする。

 思い切って箱を開ける。

 

「おわ、懐かしい……!」

 

 そこには、色とりどりの大量のスケルトン六面ダイスが入ったケースと古びた文庫本が数冊。その下には上製本の大きな本。それから、色あせたA4サイズのムック本。

 ソードワールドRPGというTRPG……卓上ゲームのルールブックの旧版と完全版と、ワールド・ガイドたち。

 

 この古いルール達が私達にとってのTRPG、ソード・ワールドRPGだった。

 使うダイスは6面ダイス2個、つまり2D6。サイコロ2個でできるから手軽だ。

 大量にダイスが必要で俗に"ドンブリダイス"とか、"ボックスの蓋でダイスを振らざるを得ない”とか言われるTRPGもあったから、この大量なダイスはそのドンブリダイスをやった時の名残だろう。

 

 ソード・ワールドの舞台は『フォーセリア』と言う世界だ。

 フォーセリアはシェアードワールドで、様々な作者さんの小説やTRPGの舞台として使われた由緒正しい剣と魔法のファンタジー世界。

 そして、ソード・ワールドはそんなフォーセリアが舞台のTRPGの中でも日本で一番普及し、プレイされたTRPGと言っても過言じゃない。

 なにせ二十年も展開し続け、関連書籍だけでも凄まじい数だった。

 でも今では、これらの殆どは絶版になっていて、手に入れるには古本屋を回るかネットオークションで手に入れる他はない。

 まあ、一部リプレイは改装版が発行されてるし、電子書籍って手もある。でも、電子書籍版のルールブックは書籍ページをそのまま画像としたせいで文章検索できなくて、使い勝手が悪すぎなんだけどね。

 

 絶版になっている理由?

 

 とある関連小説の最終巻でフォーセリアの世界の話が終わったことが宣言されたらしい。らしいというのは、私がその巻を読んでないせいだ。

 そして舞台となる世界がフォーセリアから違う世界へ移って、バージョンが2.0に上がり、ルールが変わった。バージョンが変わったそちらは、一切手を付けていないので世界観もルールも説明もできないけれど。

 まあ、新しい世界を展開するためには、古い世界はいらないから、絶版になるのも当たり前だった。

 

 今はTRPGと言えばクトゥルフの呼び声……CoCのリプレイが動画サイト等で人気だし、他にはオーバーロードっていう人気小説のネタ元が元祖TRPGとも言えるD&Dらしいから、ソッチのほうが有名なんだろうけど。

 

 懐かしい本の下には黒のバインダーファイルと、これまた絶版になっている緑の枠のマスタースクリーンが入っていた。マスタースクリーンというのは、ゲームマスターやキーパーがプレイヤーとの間に立てる衝立のようなアレのことである。

 

 結婚した彼女……マスターは、TRPGを遊び始めた当初からずっとゲームマスターをしていた。

 大変なのだから、持ち回りでゲームマスターをやろうといっても、笑って断られたくらいシナリオを作ることが好きだった。

 もっとも、ゲームマスターだけしかやらないのでは、ゲーム経験が足りなくなると、別のゲームルールやキャンペーンシナリオではない、短いセッションでは持ち回りを認めさせたけど。

 そんなマスターは、シナリオが佳境に入ると周囲への注意力が散漫になるのか、コーヒーやお茶などの飲み物をよくテーブルにこぼしていたが、このマスタースクリーンだけは絶対に濡らさないように他の物を差し置いて持ち上げ、死守していたのを思い出す。

 

 ソード・ワールドのマスタースクリーンは実は2種類あって、旧ルールのものは青色の枠。そのまま、ずばりマスタースクリーンとして書店でも販売されていた。そして、後年に完全版対応で発行されたものはゲームマスター・アクセサリーとしてCD-ROM付で売られていて濃い緑色の枠だった。

 よく覚えているなって? どっちも私は自分用にアルバイト代で購入して持っていたから覚えているのだ。

 流石にこの箱にはCD-ROMや青色の枠の物までは入っていなかったが、このマスタースクリーンをとても丁寧に保存していたのだろう。微かに擦り傷があちこちにあるものの、目立った汚れや痛みは殆ど無い。

 

 高校生になったばかりの頃にすでに、雑誌連載で大人気だったソード・ワールド第三部"バブリーズ"のリプレイにハマってTRPGを知り、時間さえあえば遊んだ。

 高校、大学、そして社会人になってからも。

 暇を見つけては気の知れた仲間同士集まって、セッションしたものだ。

 だが、歳を経るにつれて一緒に卓を囲むメンバーは減り、いつしか遊ぶことはなくなった。

 

 時間の流れというものは残酷ではあるが、仕方ないことだ。

 

 アレほどハマっていたものだが、私は社会人になってからPCゲームを初め、その流れでMMORPGにハマり、ついでにマスターもこの道に引きずり込んだ。

 逆にTRPGの各種ルールブックやマスタースクリーン等、重い本の類は引っ越しが重なったこともあって全て処分してしまった。

 他のメンバーも結婚して子供ができたり、仕事の都合で海外や遠くの土地に引っ越していった人、そして全く音信不通になった人、事故で亡くなってしまった人だっている。

 

 今日の式にも、マスターは私以外にも連絡が取れるメンバーを呼んでいたようなのだが、それぞれの事情で来なかった。

 

 マスタースクリーンに紛れて真新しい風景画の……よくみたら、これ例のMMORPGの風景じゃん……ポストカードがあるのでひっくり返してみれば『いらなければ処分して下さい』と言葉少なく書かれていた。

 結婚した後はどうせTRPGは出来ない。だから……ということなのだろう。

 

「本当は私なんかよりも、もっと大切にしてくれるだろう相手に渡したかったんだろうにね……」

 

 式に参加できたのが私しかいなかったから、私に渡した。そんな彼女の心中を思うと、少しやるせない。

 

「あ。……これ、私のキャラじゃん」

 

 マスタースクリーンも退けた箱の底。そこには数枚のクリアファイルがあった。

 そのクリアファイルに丁寧に保存されていたシートの一番上に、とてもとても長かったキャンペーンシナリオで使った自分のキャラクターシートがあった。

 

 キャラクターシート自体は公式のものではなく、とある同人サークルさんがコミケで頒布していたB4サイズのかなり大きなものだ。

 非公式のシートだが使いやすさは段違いで、二つ折りにして使っても戦闘に必要な情報が集約されて使用可能というなかなか素晴らしい一品だった。

 

「……ここ十年以上、紙のシートなんて触ってなかったな。MMORPG専門になっちゃってたし……」

 

 このシートは何代目のだろう。確か初代のはマスターがコーヒーをこぼしてダメにして、二代目は精神力と生命力の消費部分に消しゴムをかけすぎて擦り切れて、三代目は誰かのお茶(あれ、やっぱりマスターが原因?)でだめになった気がするから……四代目か五代目?

 

 最終的には、余りにもレベルが高くなりすぎてしまった上、世界を滅ぼせそうな人々(正確には()ではない)との繋がりができてしまったため、そのキャンペーンに参加していたキャラクターはNPCにしようか? と参加者全員で話し合って決め、マスターに渡したのだ。

 

 もうそのキャラクターについては記憶が割と曖昧になっているけれど、若気の至りか厨二病設定全開だったはずと苦笑しつつ、それを眺めた。

 

 シートの中央のイメージイラストの部分には、極細ボールペンとマーカー塗りとは思えないほど繊細なタッチで描かれた銀の長い髪と緑の瞳、そして耳が少し長く尖った美少女がそこに微笑んでいる。

 

 このイラストは、今では漫画家になった仲間が描いてくれたものだ。

 まだ洗練されていない頃の手描きイラストだから、ファンにとってはプレミアものになるんだろうか。

 地元の田舎から東京に住まいを移した彼とはもう何年も連絡を取っていない。マスターの結婚式にも祝電だけで来ていなかったし、忙しいんだろうなあ。

 

 種族は取り替え子のエルフで年齢が38歳。

 え……よりによって、種族が取り替え子のエルフ?

 

 ソード・ワールドでは、人間の他にもプレイヤーキャラクターとして選べる種族が何種類かある。

 一般的なファンタジーに付き物のエルフやハーフエルフ、ドワーフ。それから、グラスランナーと呼ばれる人間の背丈の半分くらいの小人族。そして、取り替え子……チェンジリング。

 

 チェンジリングというのは、人間の両親の元に超低確率で生まれる違う種族のことを指し、表記は取り替え子の○○と表記して、能力値は○○に表記された種族のものになる。○○の部分はソード・ワールドにおいてはエルフかハーフエルフ限定。たぶん、隔世遺伝で生まれるから、混血のしやすさが他の種族と段違いに高いからなんだと思う。

 そして、実際のヨーロッパの民話のチェンジリング(妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供)が元になっているために、世間からは忌み嫌われるという設定を持っている。

 そんな超低確率な上に忌み嫌われるという設定から、使用するにはゲームマスターの許可がいるので普通のセッションやコンベンション等では使用はほぼ不可だ。

 

 エルフは、耳が長く尖っていて長身痩躯で長命な美形という、世間に流布するイメージそのままの種族だ。まあ、そのイメージも元を正せば、ロードス島の某ハイエルフだったから仕方ないけど。

 人間よりも器用で俊敏、そして魔法関連の能力値が高い。もちろん、生命力や筋力のようにかなり低い物もあるけれど。

 そんなエルフの外見成長速度は人間と変わらない。でも、フォーセリアの人間の成人年齢が十五歳に対して、彼等の成人年齢は百歳だ。

 その理由は寿命が千年もあり、死期が訪れると急激に老化するけれど、それまではずっと全盛期とも言える十代後半から二十代前後の若い姿のままなせいだ。だから、エルフの中で育つと精神の成長も遅く、外見こそ成人していても中身は子供のままということらしい。

 ちなみにフォーセリア世界のエルフの王族とも言えるハイエルフともなれば寿命はほぼ無い。まあ、ソード・ワールドではプレイヤーキャラとして選べないんだけどね。

 

 でもって……チェンジリングの話に戻るけど、取り替え子のエルフの場合、人間に育てられるので精神の成長は人間と変わらない。だから、成人年齢も人間と同じ扱いだ。

 

 つまり、このキャラクターの精神は年齢通り、アラフォーなのである。

 ひっそりと親近感が湧くけれど、何故普通のエルフを選ばなかったのか当時の私。

 能力値はチェンジリングでも普通のエルフでも変わらないはずだよね? と思いながら、ステータスを確認する。

 

 え。器用値14って低くない? 人間の平均値じゃない。

 でも、同じダイス目が影響する敏捷性は19……って、ああ。その下の知力が24だから、こっちの出目が良かったのね。

 筋力が2、生命力11はエルフだし、まあ、こんなもんだよね。

 ……あれっ、精神力も24? 精神力、エルフだと素のダイス目じゃ24にならなかったよね。少し低い22とかその辺りが限界だったはず……ああ、ダイス目はやっぱりそうだ。ってことは、精神抵抗ボーナスがキリが良くなるように、精神力だけ経験点で成長させたのか。精神力上げる前に生命力上げとけよ私……後1あげとけば生命抵抗ボーナスも上がったじゃん。そっちのが重要だろうに。

 

 無駄に尖った能力値に変な笑いが浮かんだ。

 

 そうそう、この偏ったダイス目の時点で自分の変な才能に気がつくべきだっだったんだよねー。

 ここぞ! と言うときによく出る出目は、自動的成功か自動的失敗。1ゾロ6ゾロ率が、とんでもなかったのだ。

 ダチョ○倶楽部ではないが「やるなよ。絶対にやるなよ!」っていうときに限って、これは確実に発動する。そのせいで仲間や重要NPCを殺してしまったこともあれば、自分が死んだり死にかけたりすることさえ多々あった。

 ちなみに、これがガープスの時はクリティカルとファンブルがよく出るというとんだゲームマスター泣かせでもあった。

 ……誓って言うがダイスに細工なんてしていないし、仲間に借りたダイスで振ってもそんな感じなので、博打率が高すぎて、マスターに『アンタを基準にするとシナリオがヤバイ』と泣かれたことがあったくらい。

 「ダイスの神様に弄ばれる者」なんて、仲間内から呼ばれていたし……ふと思い出した黒歴史に、更に遠い目になった。

 

 持ってる技能は、ソーサラー9、セージ9、バード3、プリースト6、シャーマン4。

 ソード・ワールドにおいて技能のレベル限界は10レベルだ。

 一応、ソード・ワールド版のロードス島ワールドガイド? だったかなそのサプリメントに特殊ルールとして、超英雄レベルとか英雄ポイントなんてものも存在はしているけれど、基本的にその特殊ルールはGMの認可がいるしNPC用だと思う。だから、プレイヤーにはあまり関係ない。

 

 ソーサラーとセージが同じ9レベルで一番高いのは、これがメイン技能だったからわかる。

 バードは多分、初期の頃に話せる言語を増やすためについでに取ったのだと思う。

 共通語と出身である東方語だけじゃなく、西方語、エルフ語、ドワーフ語と全部会話だけでなく読解までできるようになってる。モンスター用の言語はその後にセージ技能で取ったのかな。結構珍しいモンスター言語もとってる……。

 その上、更にプリーストとシャーマンまで持ってたのか……経験値を魔法に割り振り過ぎだ私。

 

 古代語魔法を使うソーサラーは一番経験値がかかる。

 例えば、ソーサラー3レベル分の経験値を他のクラスに注ぎ込んだとすると、プリーストなら大体5レベルくらい、シャーマンなら4レベル分くらいだろうか。あくまで換算だし、低レベルのうちは大して変わらないんだけど。

 ファイターやシーフとプリーストの必要経験値が同じで、シャーマンはもう少し経験値がいるって感じで考えて貰えると大体感じがつかめるだろうか。

 つまり、それだけソーサラーの必要経験値はとんでもないということ。

 そして、キャラクターのレベルは一番高い技能のレベルと同じだから、経験値ばっかり食う技能を何種類も持つなんて経験値の無駄に近い。

 

 種族や技能は参加者同士で相談して決めたから、百歩譲ってチェンジリングのソーサラーでも良いけど、なんでプリーストとシャーマンまで持ってるんだろう。

 確か、神官戦士二人と……精霊使いの彼がいたのに。

 思わず、ファイルのシートをめくっていけば、程なく仲間のキャラクターシートが見つかった。

 

 名前を見るだけで、すぐに各キャラクターそれぞれの設定を思い出せる。

 ……忘れていると思っていたけど、青春時代の思い出なだけに覚えていたみたい。

 精霊使いの彼は、ハーフエルフだ。私とは逆にエルフ育ちで、種族の所にもエルフ育ちと記入している。

 ソード・ワールドでは、エルフは神を信仰しない。だから、エルフに育てられたハーフエルフもこの決まりに縛られる。

 

 ここまで思い出して、天啓のように納得した。

 ああ、そっか。神聖語魔法を取りたいから、だから私はチェンジリングにしたのか。

 チェンジリングは精神性が人間のそれだから、神も信仰する。つまり、プリースト技能を取得するために、当時の私はチェンジリングを選んだらしい。

 許可を出したのはマスターだし、今更だけど、なんというルールの隙を突いたキャラメイクだ。 

 ほんとに厨二病患ってたな、私……と、少し放心気味になりながら、他のシートを眺める。思い入れも大きくて、懐かしさが募る。

 丁度、缶ビールも空になり、少し飲みすぎた気はするものの、フワフワとした酩酊感が心地いい。

 

 折角だから、次の引っ越しまでこのまま持ち続けていようかな。

 私はそう思いながら箱の中身を丁寧に戻して、それをベッドの側にある本棚の上に置き、いつものように眠りについた。

 

 

 

 

 ――――そう、この時まで私はいつもの自分の部屋に居たはずだった。



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2話

 雑多な人々のざわめきと喧騒がどこからか聞こえる中で私の意識は浮上した。

 

「うぅ……頭に響く……どこのバカが騒いでんの。こっちは、二日酔いだっつうのに……」

 

 毛布の下でガンガンと響く頭を抑えて、ふと気がつく。

 我が家がいくら安い賃貸アパートとは言え、こんなに外の音が聞こえることはありえない。

 だって、私の部屋は3階にあるのだから。

 

 慌てて、寝ていたベッドから飛び起きると、そこは知らない部屋だった。

 

「……は? え、どういうこと?」

 

 まず薄暗い部屋の中で目に入ったのは石造りの壁と石造りの床。壁にはガラスのはまっていない窓があるが木戸が降ろされており、隙間から外の光が漏れていた。

 その窓際には机があり、そこには淡く青白い光が灯るランプと何かを書きかけだったのか広げられた羊皮紙とインク瓶に入った羽ペンが見えた。

 床に敷かれた麻のような繊維の粗いラグの上に散らばった、革張りの表紙の本と羊皮紙。

 

 そのまま目線を回すと質素な白木のクローゼットがあり、だらしなく半開きになって中の服らしきものが見えていた。

 そのクローゼットの横には木の扉があるから、そこからこの部屋に出入りできるのだろう。

 

 恐る恐るベッドから降りようとして更におかしな点に気がついた。

 

 色気も何もないジャージを着て寝ていたはずなのに、今身につけているのはノースリーブの生成りのマキシ丈ワンピース。そのワンピースから外に出ている手足はきれいな象牙色で、シミひとつなく細く華奢だ。その細い右手の薬指と左手の中指には、銀色の指輪をつけている。

 そして、顔にかかるように見え隠れしている腰まであるさらさらの長い銀色の髪。私は、こんなに長い髪ではなかったし、第一こんなに綺麗な銀色ではない。事務職という仕事柄、黒髪……とまでは行かないけれど、落ち着いた栗色に染めたセミロングだ。

 

 そして、床との距離に違和感を感じる。目線が低くなっている気がするのだ。

 私の身長は170センチと女にしては、かなり高めなのだけど……身長が少し――具体的に言って10センチは縮んでる?

 

「どういうことーーーーー!?」

 

 叫んでしまった私を咎めることはできないと思う。

 ただ、その一方でこれは夢だと思う自分がいる。夢だからこそ、こんな理解不能な状態なのだ、と。

 

 ガンガンと二日酔い特有の痛みが強くなった頭を抱えて、窓の木戸を開ける。開け方なんてわからないと思ったのだが、どうも身体が覚えている感じだ。

 溢れる強い光に思わず目を細めて、その次の瞬間目に入ってきたのはゴチャゴチャとした石畳の道と階下に立ち並ぶ露店とヨーロッパのような街並み。高台には城や塔、神殿のようなものも見えた。

 

 うん、夢だ。

 夢以外のなにものでもない。

 

 開けた木戸をもう一度閉めて、今度はクローゼットの横の扉を開けた。

 向かい側にも扉があり、廊下の左手奥は行き止まりになっていて、そこにはよくわからない骨董品のような物が積んであった。右手側は鉄柱を中心とした螺旋階段になっていて、階下へと繋がっている。

 その螺旋階段を囲むように円柱の壁にそって棚が作られており、ぎっしりと本が詰め込まれている。だが、無造作に本の縦横お構いなしに並べてあるので、住人の無頓着さが出ていると言って過言ではない。

 そんな螺旋階段を降りてすぐの本棚の間に申し訳程度にあった扉を開けると、左手の方には台所らしきものが見える。

 たぶん、あの台所の更に奥には風呂場があって、その風呂が大理石でできていてやたら大きいはず。

 

 うん……私は、この家の造りを知っている。

 

 何気なく手を自分の耳にやってそこが尖っていることを確認した私は、そのまま無言で風呂場まで向かって、脱衣所にある大きな鏡に全身を映す。

 

「……ああ、やっぱりね」

 

 そこには白いワンピース姿のあのキャラクターシートで微笑んでいたエルフ――ユーチャリス――がいた。

 

 これはきっと、二日酔いが見せる夢だ。

 だから、たとえ痛みを感じたとしても、それは幻痛であり夢である。

 

 酷くなる頭痛と闘いながらそう思う私だけれど、一方でこの痛みの強さに現実なのではとも思う。

 そもそも夢に五感があるかないかと言われれば、無い人のほうが当たり前に多いらしい。

 

 頭の一部でそう考えながら、私は台所に戻る。

 

 ユーチャリスの家があるこの都市オランは、大陸東部最大の国、オラン王国の王都でもある。

 だから上下水道がきちんと引かれ、都市内の道路は全て石畳で舗装されている。もちろん、現代の水道のように蛇口を捻れば水が出るというものではないし、石畳とはいえアスファルト道路とは比べようもないけれど。

 

 この家にも上下水道は完備されているが、飲み水用は古代遺跡で手に入れたマジックアイテムを使用している。それは10カラットもあるブルートパーズをペアシェイプカットし、意匠を凝らしたミスリルのバチカンがついたペンダントヘッドだ。

 下位古代語の命令(コマンドワード)で「水よ溢れよ」で、飲料用に適したきれいな水がペンダントヘッドを入れた容器に湧き出す。止めるのは「水よ止まれ」。

 流れるように棚に置いてある銀製のカップを手に取り、宝石を放り込み水を汲むと、疑問が湧いた。

 

 私にとっては10年以上も前のキャラクターであり、そもそも若干忘れかけていた黒歴史のようなものなのに何故こんな細かい設定まで覚えているのか? と。

 

 まるで、ずっとここで過ごしていたかのように当たり前に行動している。

 食器棚の上に伏せて置いてあったカップが銀製であるとか、都市と水道、そして宝石の件。最初の間取りだってそうだ。

 おまけに極自然に、発音すら難しいはずの下位古代語を日本語のように流暢に発音してる。聞いたこともない言葉なのに内容がわかるとか、現実じゃありえない。

 

「……わからないことは、とりあえず後回しにしよう。きっと夢のせいだから」

 

 そう夢なのだから、わかっていてもおかしくはない。

 

 まじまじと水が溢れそうなカップを見つめていたものの、のどが渇いていた私は一気に飲んだ。

 冷蔵庫で冷やした水とは比べ物にはならないが、十分冷えている水が喉元を過ぎて全身に染みわたる。

 ミネラルウォーターのようで美味しい。

 

 カップの中に残ったペンダントヘッドを取り出し、ざっと拭いてから元のガラスの小皿の上に置く。そして使ったカップを流し台に置こうとして、瓶が足元にいくつも転がっているのを発見した。

 ワインやエール、蜂蜜酒だけでなく、アルコール度数がきつくて大酒飲みのドワーフですら酔って倒れるという火酒の瓶まで……。ユーチャリスが飲んだものだろうか。

 なんとなく、今の頭痛の原因がこの酒たちのような気がする。ちゃんぽん呑みは酔いが回りやすいし、二日酔いの原因にもなる。昨日の現実の私が結婚式の二次会でそうだったように。

 

「む……コレも片付けないと。でも、面倒だな……」

 

 ちらりと、空き瓶の山を見つめて軽くため息をつくが、とりあえず片付けも後回しにする。

 水を飲んだことで、少し落ち着いたらしく頭の痛みが若干引いたようだ。

 

 この体がユーチャリスなら、古代語魔法、神聖魔法、精霊魔法が使える。

 

 古代語魔法を使用するには、発動体と呼ばれる媒体が必要だ。

 基本的に杖を発動体にする者が多いけれど、人によっては他の武器だったり、指輪だったり、ブレスレットだったり、ペンダントだったり、髪飾りだったりする。でも、魔法を使用する際は手に触れていなくちゃいけない決まりがある。

 私の場合、発動体は右手の薬指につけている指輪だ。この指輪は過去の冒険で手に入れたモノでミスリルという特殊な魔法銀でできており、古代語魔法だけでなく精霊魔法の魔力すら+1する逸品だ。

 

 精霊魔法は精霊に精霊語で呼びかけて精霊に手伝ってもらう。

 そのかわり、銀以外の金属を精霊が嫌うから、装備するものには注意が必要。

 

 神聖魔法は神への信仰心さえあればいい。

 ユーチャリスは服の中に信徒の証である聖印を首からかけていた。

 知識の神ラーダの象徴である天空に煌く星光を象ったものだったので、信仰している神は変わらないようだ。

 

 そういえばこの頭痛、精霊魔法の《レストアヘルス》か神聖魔法の《キュアー・ポイズン》で治るかも……?

 

 どちらを使うか悩んだ挙句、《レストアヘルス》を選択した。

 これは女性にしか使用できない精霊魔法で、生命の精霊(ユニコーンのような姿をしているらしい)に呼びかけて、文字通り身体を健康な状態に戻す魔法だ。

 精霊語は風がささやくような、早口言葉のような……不思議な音の言葉だったけれど悩まずに言えた。感覚的には、先ほどの下位古代語と同様で日本語じゃないのに日本語のように意味すら感じ取れる。

 おかけで、全身の倦怠感もスッキリし、頭痛も消えた。

 二日酔い程度に神様に頼るのはなにか間違っていると思うしね?

 

 ついでに他の魔法も確認してみた。

 

 セッションの時は、あまり役に立たない情報源くらいにしか使えなかった精霊語魔法の《ブラウニー》が、実はすごい魔法だと気がついた。

 面倒な家の掃除を彼等に頼めるなんて素晴らしい。散らかった家の中を就寝後、整理清掃するようにお願いする。

 家が建ってから百年以上経たないと、家に居着かない家を護る守護精霊をこんな使い方するなんて……と思うけど、本来のこの魔法の使用方法はこういうものだったのかもしれない。

 

 古代語魔法は、かまどの薪に《ティンダー》で火をつけて感動したり、《テレキネシス》でカップを浮かせてみたりと地味な魔法をためした。

 神聖魔法に至っては、神に祈りを捧げて《インスピレーション》を使用しただけだ。

 

 神聖魔法は信仰する神によって使用できる魔法が変わる。

 《インスピレーション》は知識の神ラーダの加護を願う魔法で、ソード・ワールドにおいては知識系限定だけど、判定を失敗……例え自動的失敗をしたとしても成功に変えるという効果がある。

 ダイス目が偏りやすい私には、頼みの綱とも言える魔法だった。まあ、ここでの効果も同じなのかはわからないけれど。

 さすがに、これ以外の神聖魔法や古代語魔法の派手な魔法は別の意味で色々と問題がある気がしてしまい、使用するのは躊躇してまう。だって、攻撃魔法を家の中で使うとか、馬鹿でしか無いじゃない?

 

 使用を躊躇したといえば《ファミリアー》の魔法もそうだ。

 ユーチャリスの使い魔は"カルマ"という黒猫だったが、残念なことに反応がない。

 どこか遠い場所にいるのか、契約が無効になってしまったのか。

 そもそもこの夢では、使い魔契約をまだしていないのかもしれない。

 だからといって、ファミリアーの魔法を使用して確かめてみるのもカルマの存在を否定してしまうようで嫌だったのだ。

 

 

 魔法の確認を一段落とした私は、寝室に戻って例の半開きのクローゼットから 白の長袖のマキシワンピース引っぱり出して着替えた。これに若草色の袖なしのサーコートを重ねて、黒に近い緋色のフード付きクロークを身に付ければ、フードをかぶった少し華奢な魔術師のできあがり。フードのお陰でエルフ耳も目立たない。

 

 この家は、ユーチャリスの両親が冒険者を引退してから営んでいた古書店でもある。

 道楽半分だったために扱う種類は両親の趣味を反映したマニアックなもので、魔術師や学者の中でも知る人ぞ知ると言う店だった。

 冒険者を経験している両親は偏見も少なく、年老いてから出来たユーチャリスに魔術を教え、愛情を持って大切に育ててくれた。しかし、寄る年波と病には勝てず、相次いで他界して古書店は経営難により閉店。

 そして、ユーチャリスは古書店を再開するために冒険者となった……と言う設定だったのだ。

 

 今のユーチャリスは、この両親の残した古書店を再開して暮らしている。キャンペーンのラストが、古書店を再開できたところで終わったのだ。

 

 この家の1階には台所や風呂トイレと言った水回り関係の他に、その古書店のスペースがある。

 通りに面した場所で、その入り口がこの家の玄関にもなっていた。

 

 私は幼い頃から本が好きだ。活字に触れることは心躍る。だから、ユーチャリスの設定もそれにともなうものだった。今は電子書籍という手があるけれど、あれは手軽ではあるが、本とは違うものだと私は思っている。

 小説やマンガだけでなく、専門書、実用書、雑学、絵本も好きだ。歴史は時代や国によって全く違う描かれ方をするから、その解釈を自分なりに考えながら読むことが好きだ。

 現実であれば収納スペースの問題で、手に入れた本はずっと手元に置くことは出来ない。だから、読んだ後はリサイクルへと回してしまうものだがここにあるものは違う。

 古い本独特の黴臭い匂いや埃っぽい匂いすら、嫌悪感ではなく期待をうながすものだ。

 

 入り口の鍵を開けて、ドアノブに付けた『閉店』と共通語で書かれた看板を『開店』にひっくり返す。

 それから、狭いスペースにごちゃごちゃと本棚が並ぶ中、店奥にある小さなカウンターの中に座り、適当に目についた本を手に取り開いた。

 こうやって、店番していても滅多に客は来ないのは知っているが、一応コレが仕事なのである。

 

 持ってて良かった、セージ技能……!  見たこともないアルファベットを崩したような字で書かれた本も、今の私は読める。日本語のように理解して読めるなんて、なんという幸せだろう。

 聞いたこともない名前の著者が書いた旅行記や、古代カストゥール時代の文献の一部など時間を忘れて読みふけっていた私は、日もだいぶ傾いてから、大きくお腹が鳴ったことで本を読むことを一時中断した。

 

 夢のはずなのに、お腹が空くものなのだろうか?

 

 さらなる不安を感じながら本を閉じて、台所へ移動する。

 そして、台所の隅においてある大きな宝箱のような食料庫を覗きこんだ。

 

 中には、ワインが数本とイモらしきものが数個あるのみ。

 いくらなんでも何もなさすぎだ。外の露店で買うか、酒場に行くことが脳内で決定される。

 

 この食料庫は遺跡から持ち帰ったものの一つで、見た目以上に物が入り、中に入れたものは腐敗することがない。

 効果だけ聞くと、神聖魔法のプリザーベイション機能付きの無限バッグのようだが、箱に入れられるものは飲食物のみ。生きているものは食用植物以外は入れることはできない。また、容量よりも大きなものは入れるということが出来ないつくりになっているらしい。

 売り払うか、使用するか迷った挙句、メンバーの女性が全員私の家に居候していたので、食品が長持ちするなら家に置いておこうと、ここに備え付けられた。

 

 ……そういえば、寝室の向かいの部屋は彼女達の部屋だったはずだが、半日以上ここにいるのに見かけていない。

 夢特有の御都合主義的に出てこないのだろうか?

 

 気になった私は、部屋を覗いてみることにした。

 

 螺旋階段を登リ、部屋の扉をノックするが返事はない。

 扉を開けて見ると誰もいない。きちんと畳まれたリネンキルトが載ったベッドが二台あるが、それ以外の家具もない。

 というか、床にはうっすらと埃が積もっていた。少なくとも半年から一年以上は部屋に入らず、放置しないと積もらないだろう。

 そう思うと、頭の中に唐突に理由が浮かんだ。

 

 もう、彼女達はここには居ない。彼女達はここから旅立っていったのだ。



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3話

 『勇気ある心(ブレイブハート)』というのが、私達が所属していたパーティの名前だった。

 わりとありがちな名前だけど、この名前、実はリーダーの二つ名だった。

 

 そのリーダー、レオンハルト略してレオンは亡国の没落貴族出身で騎士道精神に無駄にあふれ、性格も熱血系脳筋。そのせいでメンバーは彼に引きずられる形で依頼を受けるということが多かった。

 パーティ名が彼の二つ名になってしまったのもそこが原因だったりする。

 

 メンバーは、リーダーであるレオンハルト。

 至高神ファリスの神官戦士であるジークこと、ジークフリート。

 戦神マイリーに仕える戦神官のセア。

 ハーフエルフの精霊使いクラウス。

 元斥候傭兵の魔法盗賊リュミエラ。

 そして完全に後衛職な魔術師の私。

 

 男3、女3そして職バランスの良いパーティだったが、奔放だが純粋なリュミエラに惚れた堅物のジークと皮肉屋なクラウスがギクシャクし始めたところに、レオンを付き従うべき英雄と決めたセアが彼と愛し合うようになり……結果として、勇気ある心は解散した。

 

 戦神マイリーに仕える信徒は、生涯に一人と決めた英雄に付き従い共に戦うことが教義として定められているらしい。それは異性でも同性でもいいし、種族の垣根すら超えたものだという。

 セアのように自分の英雄をみつける信徒は少ない。死ぬまで英雄を探し続ける者もいれば、自分が英雄になろうとする者、諦めて探さない者だっている。それでも敬虔な信徒は死後、マイリー神が統治するという喜びの野へと誘われるのだとか。

 

 そんなセアはレオンと共に大陸西部へ。

 リュミエラとジーク、それからクラウスはオランから船に乗りロードス島へ。

 それぞれ新たな冒険の地に向かったのだ。

 

 もちろん、何も言われずにユーチャリスは置いて行かれたわけではない。

 

 大陸西部に行くセアとロードス島に向かうクラウス、それぞれから一緒に行こうと強く誘われた。

 けれど、折角再開した店を閉めることはできないと断り、ただ一人残ったのだ。

 ……正確には、彼等の邪魔をしたくないとユーチャリス自身が思ったのが大きかったようだけど。

 

 自分の知らないユーチャリスの記憶に、感情が流されて思わず胸が詰まる。

 

 そして、昨日は大陸西部へ行ったレオンとセアの結婚式だったようだ。

 レオンの生国の王族の血を引く王が治める西部の小国に彼が仕官し、セアに子供もできたので、けじめとして式を挙げたらしい。

 ユーチャリスはオランから遠く離れたその国まで、はるばる祝いに行き、二次会・三次会と飲んで騒いだ後に(テレポートで)帰宅。

 さらに自宅でも祝い酒なのか日課の晩酌なのか、かなり飲んだ後に就寝そして二日酔い――という事実。

 

「なんで、ほぼ同じ行動取ってるの……お前は私か!」

 

 ああ、今の私はユーチャリスだったな――などと、ひとりボケツッコミを入れてしまうが、心のなかは穏やかではない。

 

 今、私があげた設定は"無かったもの"なのだ。

 パーティが解散したとか、リュミエラに惚れたジークとクラウスが三人でロードス島に向かうとか、レオンとセアが結婚するとか、ユーチャリスの行動が昨日の私そっくりであるとか……。

 

 だって、リュミエラはあの漫画家の彼がプレイヤーだし、ジークのプレイヤーは海外にいる。

 クラウスのプレイヤーは音信不通であり、セアのプレイヤーは結婚して子供が出来てからはセッション不参加で。

 レオンのプレイヤーに至ってはキャンペーン終了の数カ月後に交通事故で亡くなっているのだ。

 

 だから、新しい設定なんて自分達では作れない。キャラクターシートにだって、そんなことは書かれていなかった。

 仮にマスターがNPC化するために作った脳内設定だとしたら、その設定を知らない私が何故夢でそれを見るのだろうか。

 

 何よりも”ユーチャリス”のこの記憶のせいで、溢れている涙はどう説明したら良いのか。

 

 ここはもしかして、夢ではなく異世界?

 私は何らかの原因でこちらに来て、本来のユーチャリスに憑依なり、成り代わるなりしてしまったのだろうか。

 そんな答えがじわじわと湧いてくる。

 でも、そんな事は認めたくない。

 若い時ならともかくアラフォーにもなって、現実と夢の区別がつかないとかどうなんだ。

 

 目が覚めたら、この悪夢の原因と思われるあの箱は処分しよう。

 そう心に誓って、私は空気を読まずに鳴っている自分の腹を満たすために財布を持って外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都オランは東部地方への商売の中継地として、また貿易の本拠地としても重要な”要”の都市だけに人が多い。

 日も暮れかけているため、外を歩く人は皆早足だ。通りにある露店も、夕暮れに合わせて店仕舞いをはじめたものもある。

 日の出とともに動き、日の入りとともに寝る。そんな生活が私には垣間見える気がした。

 もちろん、夜が稼ぎどきという生活があるのも、昼夜など関係ない冒険者をしていた身として知っている。

 

 その稼ぎどきの商売の一つが酒場だったり、盗賊だったりするわけで。

 

「全く、油断も隙もあったもんじゃない」

 

 人混みに紛れて、私の財布を盗ろうとしたボロボロのフード姿のスリの腕を非力ながらに掴み上げた。

 掴み上げた拍子にフードが外れ、スリが少年であることがわかった。

 しかし、少年はフードが外れたことよりも財布を盗りそこね、尚且つ私に腕を掴まれたことに驚愕したのか、慌てて私の手を強く払って路地の方へと走り去る。

 

「あっ! 逃げられた……」

 

 まあ、まだ小さい子だったし、わざわざ捕まえなくてもいいか。

 捕まえた後のことを考えると面倒だし。

 

 今思えば、せめて護身術程度の体術くらいリュミエラから習っておけば良かったかもしれない。

 無駄にキャラクターレベルが高いから、スリを察知して未然に防げても、白兵戦能力が無いので取り押さえることができないのだ。

 こういう時、シーフ技能かファイター技能をなんで取らなかったのかとちょっと思うけど、勇気ある心はサブ技能を含めるとファイターが3人、シーフが2人。それなら、私一人くらい白兵戦能力が無くてもいいだろうと思ったのが取らなかったのが理由だ。別に、マスターからこれ以上脳筋パーティにしないでくれとか、敵に自分のドッペルゲンガーとか出た時に不利だろうと思ったからとか、何よりも自身が習得するのが面倒だったからとかそんな理由ではないはず……たぶん。

 

 とりあえず、今のは忘れることにして露店で美味しそうな香りを漂わせていた焼き鳥? のような串焼きを2本とトルティーヤのような薄焼きのパンに肉や野菜を挟んだ物を購入した。

 

 串焼きを頬張りながら通りの人々を見つめる。

 

 忙しそうに歩いて行く人、声を上げて品物を売り切ろうとしている商人、冒険者らしい使い込まれた鎧と剣を身に着けている人、修道服を着た人……もちろん、人間だけじゃない。ドワーフや私と同じエルフのヒトたちも見かける。まさにファンタジー世界。

 

「……夢なのかな。それとも現実なのかな」

 

 思わず、言葉が漏れた。

 

 私にはどちらかわからない。

 ただ、言えるのは私の思考が『ユーチャリスのプレイヤー』から、『ユーチャリス本人』になりつつあるということだ。

 元々の私のソード・ワールドの知識もあるけれど、ユーチャリスだから知っている知識や記憶をそのまま受け入れている私がいる。

 幸いなことは、ユーチャリスになったとしても私の行動指針には変わりはなくて。

 適当を愛し面倒を嫌がり、潤っていた時代を思い出しながら、ダラダラするのが好きな干物女であるのは確かなのだけど。

 

「明日、目が覚めてもここにいたら……認めるしかないか」

 

 これが夢なら、それでいい。夢なら、面白い夢が見れたと思う。

 しかし、現実なのだとしたら、私はどうしたらいいのだろう?

 

 そんなとりとめもないことを考えながら、2本目の串焼きを食べ終えた時だった。

 

 少し離れた所で、先ほど捕まえ損ねたフード姿の少年らしき人影が露店を見ている客に近寄っていくのが見えた。

 面倒だなと思うが、見つけてしまったものは仕方ない。

 

 目線を少年に向け、小声で古代語魔法の《パラライズ》を唱えながら、こっそりと指で小さな魔法陣を宙へ描く。

 そして、発動を待機させたまま、何食わぬ顔で客の方に近づいた。

 《パラライズ》は、対象に対して集中している限り麻痺の効果が続く魔法だ。

 本当は、街中で魔法を使うのは色々とマズイのだけど、まあ大目に見てもらおう。

 

 客の方は杖を手にしているから、おそらくソーサラー。長い黒髪の若い女性だ。すこしつり目で、キツイ感じがする美人。ただ、装備自体に使い込まれた感じがしないことから、まだ魔術師として一人前になっていない学院の生徒か新米冒険者のどちらかだろう。

 

 ん? 学院って何って?

 学院は、私の家の窓から見えた高い塔がソレだ。『賢者の学院』という。

 学者や魔術師の卵が学ぶ場所であり、知識と魔法を求める場所であり、魔術師ギルドでもある。

 

 あれ……なんか、この客の人どっかで見たことある気がする。

 

 どこで? ユーチャリスの知り合い?

 まあ、いいか。

 

 横合いから彼女の腰の袋に伸びてきた少年の腕をしっかり掴むと同時に《パラライズ》を発動させる。

 腕を掴まれた少年は、走ってきた勢いでそのまま転んだ。私も巻き込まれて倒れたけれど、魔法効果を乱されるほどじゃない。

 

「!?」

 

 少年は声も出せないことに驚き、動けないことに焦っているみたい。

 動けないのは当たり前だ。麻痺しているのだし、高レベルで高魔力のキャラが使用した《パラライズ》なんだから。

 倒れた勢いで外れた自分のフードを、急いで戻し、埃を払って立ち上がる。

 

「え? ええ??」

 

 突然背後で起きた騒動に魔術師の女性は混乱しているみたい。

 周囲の人々も遠巻きにこちらを見ているようだし。

 

「あー、ええと。貴女の財布狙われてたの」

 

 そう言ってフードから覗く口元で彼女に笑いかけてから、麻痺している少年の側に膝をつく。

 

「盗賊ギルドには所属しているの?」

 

 努めて低く周囲には聞こえないような小さな声で少年に言葉をかけた。

 その言葉に少年は無言のまま泣きそうな顔で私を見ている。

 

 盗賊ギルドは、言うまでもなく犯罪者組織のことだ。

 その目的は金目的であり、そのためには暴力や詐欺、脅迫と手段は選ばない。そして、縄張り意識も高く、構成員でないモノの縄張り内での犯罪行為には制裁行為もある。

 ギルドの規模は都市の規模にも左右され、人口が少ない村などでは存在自体がないが、王都であり大都市であるオランでのギルド勢力は計り知れない。

 あるものは構成員となり上納金を納め、あるものはみかじめ料として上納金を支払い盗賊から自身の財産を守るため。冒険者のように裏をよく知る者や、目端の利く裏に通じる商人であればこの盗賊ギルドと穏便に共生することを考えるのだ。

 

 泣きそうってことは、ギルドには所属していないのね。

 ってことは、常闇通り(スラム街)の浮浪児かな?

 偽善にしかならない行動だけど、小さな子が見せしめにされるのは気持ち的に嫌だ。

 

「……これに懲りたらこんなことはしないようにね。盗賊ギルドに捕まるともっと恐いのよ?」

 

 ガメル銀貨を数枚とまだ手を付けていなかったトルティーヤもどきの包みを少年に押し付けて麻痺をとく。

 渡された品物と私の顔を見比べた後、彼はそれを持って人混みの中に走って行った。

 私のその一連の行動は割とよくある光景なのか、何事もなかったかのように周囲は喧騒の中に戻っていく。

 

「えーと、ありがとう? って言ったほうがいいのかしら、これ」

 

 自体を把握しきれていないのか、それとも勝手に逃がしたことを不愉快に思っているのか。

 どちらとも読みきれないが、とりあえず言葉通り受け取っておく。

 

「自己満足の行動だから、感謝されるいわれはないですよ。むしろ、勝手に逃しちゃったから申し訳ないし」

 

「ううん。不注意だった私が悪いし、被害もないから問題ないよ」

 

「それなら良かったです。夕方以降はああいうの増えるから、気をつけて下さいね」

 

 それだけ言って、彼女に背を向けて、私が歩き出すと後ろから彼女の声が聞こえた。

 

「ねえ、貴女名前はなんていうの? 私、フィリスっていうんだけど!」

 

 意外と大きな声で、ふりかえざるを得ない。

 

「ユーチャリスです」

 

「へえ、花の名前かあ……"エルフ"らしいわね。またね、ユーチャ」

 

 クスッと笑って、フィリスは私に手を振った。

 フードが外れた瞬間を見ていたのか。そんなに長い時間じゃなかったんだけど、目敏いな。

 

 ユーチャリスという名前は、アマゾンユリもしくはエウカリスとも言われる白い花から付けられている。だから、こっちでも花の名前として通じるとは思わなかった。

 

 花言葉は気品、清らかな心、純愛だったか。

 仲間内には、キャライラストは花言葉通りでも、中身はだいぶ違うよねと言われたのはいい思い出である。ええ、どうせ中の人のせいで残念ですよ。

 

 ちなみに、この花は花言葉のせいかウェディングブーケによく使われる花で、花1ついくらという非常にお高い花だったりする。

 そう1本ではないのだ。花1ついくらなのである。

 彼岸花科の花らしく1本の茎に花は複数咲く。ブーケ用の花はそれが分解されて1つづつ、ガーゼに包まれて納品されるくらい高価なのだ。

 

 そういえば、マスターのブーケはユーチャリスだった。

 わざわざ揃えてくれたのかもしれない。

 

 そんな私の名を、花の名前と称した彼女の名前はフィリス……らしい。

 フィリスという名前はよくあるものだが、それがソード・ワールドの魔術師の女性の名前となったら浮かぶのはひとつ。

 ソード・ワールドのリプレイ第三部『バブリー・アドベンチャラー』通称バブリーズの知識系壊滅ソーサラーの彼女のことだ。 

 

「……まさか、ね?」

 

 去っていく彼女の後ろ姿をこっそりと振り返り見ながら、私は思わず呟いた。

 

 たしかにソード・ワールドだから、彼女が出てきてもおかしくはない。

 ただ、どうして彼女なのか。メインが同じソーサラーだから? 夢にしても理不尽である。

 どうせなら、エルフつながりで白粉エルフの方と知り合いになりたかった。

 

「ま、いっか。さっきのトルティーヤもどき買って帰ろっと」

 

 朝から何も食べていなかったせいか、串焼き2本だけでは物足りなかった。

 いそいそと、食べそこねたトルティーヤもどき――確認してみたら本当の名前はトルタだった――を同じ露店で購入して私は家へと帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 私は、なかなか寝付けずにベッドの中でゴロゴロとしていた。

 

 風呂もトイレも面食らうことなく、いつもここで生活しているかのように使用することができた。

 洗濯はまだしていないので、なんとも言えないけれど、裏口の外に洗濯用の水場があるのでそこで洗えば良いみたい。確か、洗濯用のマジックアイテムもあったはずだから、余り心配はしていない。

 

 たっぷりの湯を使って、アパートの狭いユニットバスとは比べ物にならない、まるで旅館の貸切風呂のように大きな大理石の風呂で今日一日の疲れをとることができたのは格別だったのだが……

 

 

 明日、私はどちらで目を覚ますのだろう?

 いつもの自分の部屋?

 それともここ?

 

 繰り返される自問自答は答えが見つからないまま、やがて私の意識は眠りの中に落ちた。



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4話

 翌朝、目が覚めるとそこは昨日私が目覚めたユーチャリスの部屋だった。

 違いがあるとすれば、乱雑に散らかっていた部屋はブラウニーによって綺麗に掃除されているくらいか。

 

「はあ……」

 

 思わずため息をつく。

 うん、残念なことに、これはどうやら現実っぽい。

 

 とはいえ、どうしよう?

 

 現実……じゃなくて日本には、両親や弟達がいる。

 両親には花嫁姿を見せることも孫も抱かせてあげることもできないという親不孝者だった私と違い、弟二人はさっさと結婚して、それぞれが男女の子供を授かっている。

 だから、私は別にこちらで暮らしてもいいのだが……さすがに家族に何かあった時のことを考えるとこのままずっとここにいるという訳にはいかない。

 

 ぼんやりと今後のことを考えながら、机の上に置かれた本を手にした。

 B5サイズのノート程の大きさで、使い込まれた色合いと手触りの革張りの本。

 ユーチャリスの記憶によれば、この本はユーチャリスの古代語魔法の魔導書だ。冒険に出ていた間、ずっと共に旅をして片時も手放さなかったもの。

 

 古代語魔法は『古代』とつくだけあって、現在では失われている魔法、つまり遺失魔法がある設定だ。

 そういう魔法はゲームマスターの裁量によって、遺跡から魔導書や何らかの形でプレイヤーに渡されて、自分の魔導書に呪文を写すことで使用できるようになっていた。

 

 ただ、普通の魔法やバードが使える呪歌にも、後になってサプリメントである各種ワールドガイドや小説で追加されることもあって、それらは遺失魔法と同じ扱いでゲームマスターの裁量に任されていたっけ。

 

 そういえば。当時販売されていたとは言え、ワールドガイドは本屋で注文しないとちょっと手に入れづらいことや小説にまで手が出せないということで、持っていないメンバーも居た。(私は自前で持っていたけど)

 だから、マスターがそれら追加された呪歌や魔法を含めた全ての魔法表をワープロ(PCじゃないんだよ、ワープロ機能のみのアレ)で作って配ってくれたんだよね。

 セッションの報酬で渡された魔法にはチェックつけて管理したりして、アレがこの魔導書みたいなものだったのかな。

 ただ、あの表って無駄にマスターの力作でNPC用の魔法まで載せてたから、竜語魔法や暗黒魔法まで載ってたような……まあいいか。

 懐かしい気持ちに少し浸りながら、書棚ではなく机の上に置いてくれたことをブラウニーに感謝して本を開く。

 

 中には思った通り、ルールブックに載っていた魔法だけではなく、ロードス島ワールドガイドやソードワールドノベルのアドベンチャーとかで追加された魔法も、一部ではあるが写してあった。

 

 一部……一部ってわかるのか、私。

 あー、うん。今思うとあの頃の私は記憶力の殆どをTRPG関連に割いてた気がする。

 だって、ほとんど全部の魔法の名称と効果を覚えてるから判別できるんだよね、これ。

 

 ……あー、そっか。

 ここが現実ならば魔法を使って帰ればいいんじゃない?

 確か、古代語魔法に世界を移動ができる魔法があったはず。

 

 パラパラと書を捲り、何も書かれていないページを開く。

 

 10レベルの遺失魔法である《ディメンジョンゲート》

 異なる場所や次元(世界)へ向かう門を開くことができるようになる魔法だ。

 もちろん、今はレベルが足りないし、覚えてなどいないから、この書には書いてなどいない。

 

 ただ、幸いにも魔法を教えてくれる"アテ"はある。

 問題は、そのアテがとんでもない相手であり、簡単に魔法を教えてくれるとは思えないけれど。

 なにせ、ユーチャリス達をNPC化する原因ともなった"世界を滅ぼせそうな人々"の一人なのだ。

 

 少し迷ったものの、覚悟を決めた私は自室のベッドに腰掛けたまま、左手の中指の指輪に向かって話しだした。

 この指輪はテレパスリングと言うマジックアイテムだ。下位古代語のコマンドワード「言の葉を彼方へ」で、対のリングの持ち主のところへ会話を届けることができる。

 ロードス島のワールドガイドの追加呪文の《マインドスピーチ》を指輪にこめたようなものだ。

 本来の《マインドスピーチ》は自分が良く知る相手と遠く離れた状態で会話することができるようになる魔法だけれど、このテレパスリングはマジックアイテムなので、使用は対のリングを持つ相手に限定される分、精神力の消費もないのだ。早い話がファンタジーな通話オンリーな携帯電話なのだ。

 

 なお、私は本来の《マインドスピーチ》を魔導書に写していないようなので使えないらしい。

 ……残念。

 

 

 

 

 

「断る」

 

 朝の挨拶もそこそこに『ディメンジョンゲート』の呪文を教えて欲しいと連絡した私に、彼は下位古代語でそう言い切った。

 まあ、予想通りである。

 

「大体なんだ。久々に連絡が来たと思えば呪文を教えてほしいだと? 頻繁に連絡をしろと、この私がわざわざテレパスリングを与えたというのに」

 

 ネチネチと不機嫌な低い声で言われ、精神的な何かがガリッと削られた気がする。

 

「でも、一般常識とか今の世のことは、もう大体教え終わってるじゃない? だから、特に連絡することもないかなって」

 

 元々、彼が常識に疎いから私がそれを教えるために預かったのだ。

 その辺のレクチャーが終わっているなら、必要はないと思うのだが。

 

「それに、連絡ないのが不満ならそっちから連絡よこせばよかったのに」

 

「何故、私からわざわざ連絡せねばならない? 私が待っているのだから、貴様が寄越すのが通りというもの。対価はすでに与えているのだからな」

 

 寂しいなら寂しいって素直に言えよ!

 男のツンデレって誰得だよ!

 いや、ツンデレなのこれ? 単にわがままなだけか。口調も姿も声も全く違うが唯我独尊・自分本位という辺りに、型月の金ピカ傍若無人の英雄王が頭に浮かぶ。

 

 彼の名前はエリオルトレーベン・アズモウル。名前が長いのでアズモウルと呼ぼうとしたら、エリオルトと呼べと本人に訂正された。

 彼が"世界を滅ぼせそうな人々"の一人と言う理由は、彼が今はもう滅びたカストゥール王国の魔術師だということだ。

 

 彼との出会いは、ファラリスの暗黒教団を潰すために彼らが占拠していた氷結の遺跡に潜った時だった。

 教団幹部を倒し、遺跡だからまだ見つけていないものがあるかも? と探した結果出てきたのは隠し通路。そして、遺跡の最奥にあったのは、氷漬けにされた絶世の美女……ではなく氷の柱に入った緑のローブ姿の男だった。

 

 もちろん、男性陣のブーイングはすごかった。そこは、美女か美少女が氷漬けにされているものだろうと。

 それに対するマスターも「そんな"ありがち"なものを私が用意すると思うの?」と、これまた酷かったことを覚えている。

 

 装置を起動させて氷を溶いた後に話を聞くと、魔力の塔が立つ以前の魔術師のようで、額には増幅用の水晶は埋め込まれていなかった。魔術装置が誤作動して、千年近く眠り続けていたらしい。

 ちなみに、この誤作動の件はその後のセッションで彼と対立する一門の暗殺者による故意であったことが判明している。

 

 今の彼は、オラン王国の辺境にある小さな村のはずれの幽霊屋敷と呼ばれる館に住んでいる。

 館の召使いたちは、全員が氷結の遺跡から引き上げた人形のように美しいフレッシュゴーレムで基本無表情。それがまた幽霊屋敷と呼ばれる所以でもあったりする。

 元々この屋敷は、王都に住むとある貴族の別荘だったらしい。でも何十年も誰も住んでおらず、まさにお化け屋敷という様相の館を私達のパーティが買って、エリオルトに譲ったものだった。

 それもこれも、私と仲間たちが苦心して説得し、今の世の中を細々と暮らさせるためだった。

 彼や彼の持ち物は間違いなく研究素材扱いされるだろうし、本人の性格から色々と騒動になるだろうと学院にさえ連絡もしなかった。

 そんな彼だが、一応、その村とは良好な関係を築いているらしい。村を妖魔や野盗から守ってくれる、偏屈な魔術師として。

 

 しかし、今思えば知らせておいたほうが良かったんじゃなかろうか。

 知らせていないことで別の面で面倒なことになった気がする。

 

 何が面倒なのかって?

 

 彼の家名のアズモウルに注目してほしい。

 エリオルトは死亡扱いされていたので直系ではないけれど、彼は"あの"ベルーガと同じ一族なのだ。

 精霊都市フーリオンをつくり、ファーラムの剣に精霊を滅するルーンを刻んだ「リハルトベルーガ・アズモウル」と。

 もちろん、これはプレイヤー知識として私は知っているのであって、ユーチャリスとしては知らない。

 だから、もし知っていれば賢者の学院に知らせないなんてことはなかった。魔精霊アトンの件で多少なりとも役に立つはずなのだ。

 

 それにしても、この設定をマスターは良く作ったものだと思う。

 当時雑誌にちょっと載っただけのカストゥール時代の短編を読み、そこからこのエリオルトという男の設定を作り上げたのだ。

 

「わかった、これからは気をつける。だから『ディメンジョンゲート』教えて欲しいんだけど」

 

「ふむ。どこか仲間と行きたい場所でもあるのか? 貴様の技量ならテレポートを使えばすむことだろうに」

 

「……そっか。知らせてなかったのね、ごめんなさい。もうパーティは解散したの。だから、仲間はもういない」

 

 パーティが解散したことを告げると、それを知らなかったのかエリオルトは息を呑んで黙り込んだ。

 

 なるほど、随分長い間連絡を怠っていたようだ。こんなことも知らせていないなんて、相手が相手とはいえ、一応保護者兼友人として失礼ではないだろうか。

 たぶんユーチャリスは、面倒だから後回しにしていて、連絡忘れたんだろうなあ。

 同じ思考回路持ちとして、少しため息が出た。

 

「それにテレポートじゃ行けないし……ねえ、どうしたら教えてもらえる?」

 

 返事がないことに私が焦れ始めると、彼の声がまた聞こえる。

 

「――――何か事情があるということは分かった。しかし、転移は無理でも門ならいける場所というと、後は異なる次元だが、そんな場所の記憶が貴様にはあるのか? 場所のイメージを完璧にせねば発動しない魔法だぞ」

 

「それについては大丈夫。どうしても行きたい場所だし、イメージもはっきりしてるから」

 

 私は、帰るのだ。

 このままここにいる訳にはいかない。

 

「ふむ…………では、教えてやってもいいが、交換条件としてなにか面白いモノを持ってこい。それと、どこに行くつもりなのかも言え」

 

 面白いものを持ってこいと言われても、心当たりなど無い。

 その上、目的地を教えるとか彼の性格から考えてついてくる可能性があるではないか。

 面倒なことこの上ない。

 

「モノと一言でいってもたくさんあるだろう? 人や書物など形あるモノだけでなく、形のないモノ。つまり話でもいい。私が面白いと思うモノを用意しろということだ。満足行ったなら、教えてやってもいいぞ? それに貴様が目指す場所にも興味があるしな」

 

「いやいや、ちょっと待って。どう考えてもそれ私に不利よね? それに話って、私は吟遊詩人じゃなくて魔術師だよ?! そんな面白い話なんてできないし」

 

 私は随分と慌てていた上にマヌケな声を出したのだろう。

 エリオルトは、低く喉奥で笑い声を抑えながら言葉を続けた。

 

「貴様は魔術師の前に冒険者とかいうやからだろう? 話の種はどこにでも転がっているではないか」

 

「ええっ、私引退したのに!?」

 

「どのみち、今の貴様の魔術の技量では門を開くことはできん。魔術の研鑽を積まねばな。引退したというのなら、冒険者に戻るいい機会ではないか。では、楽しみにしているぞ」

 

「ちょっと! エリオルト!?」

 

 返事はない。効果時間が過ぎたのかと、もう一度コマンドワードで起動させてみるが、全く反応しない。

 アレ? もしかして、こっちは会話拒否できなくても、向こうは拒否できると言う仕様?

 なにそれひどい。

 

 透かし彫りの施された美しい指輪を見つめたまま、私はベッドでうちひしがれた。

 

「……おのれ、エリオルト。どっかの金ピカみたいなムチャぶりしやがって……覚えてろよ」

 

 とはいえ、ずっと落ち込んでいるわけにも行かない。

 

 急いで夜着として着ていたワンピースを脱いで、クローゼットを漁る。

 確か、冒険者をしていた時に着ていた旅装がこの中にあるはず。

 

 折角再開した店だが、しばらく休業だ。どうせ客なんてこないからいいとしても。

 頭を切り替えて私は冒険者の店に向かう準備をする。

 

 よくあるファンタジー物だと、冒険者に仕事を斡旋する冒険者ギルドなんてのが出てくるけど、フォーセリアにそんなものはない。

 

 冒険者の店と言われる酒場で依頼を探すのがセオリーで、店によっては店主が依頼内容をある程度選別しておいてくれるけど、完全に責任を持つわけじゃない。

 だから、依頼や仕事の内容は冒険者自身が見る目を持たなければいけない。

 場合によっては犯罪に加担して犯罪者になってしまったり、一攫千金のつもりが大損したりと冒険者は割と厳しい稼業なのだ。

 

 オランには30以上も酒場がある。しかも、人口の増加とともにまだまだ増えているらしい。

 そのうち冒険者の店としても有名なのが「古代王国の扉」亭と「麗しの我が家」亭と言う宿屋も兼ねた店だ。

 昔、SFCでソード・ワールドのゲームが出たときにも、この二つの店はシリーズを通して出ていたくらいだから、オランの代表的な冒険者の店と言っていいと思う。

 

 この二軒の違いは一言で言えば客層。

 大きさも立地もだいたい同じくらいだけど、扉亭は基本的に人間。我が家亭は逆にエルフやドワーフといった妖精族が多い。

 そのために、依頼がその客層にあった内容になっている。

 

 え、ハーフエルフやグラスランナーはどっちにいるんだって?

 

 答えはどっちの店にもいるとしか言えない。

 ハーフエルフは人間育ちなら扉亭で、エルフ育ちなら我が家亭にいることが多い。

 そしてグラスランナーに至っては、物怖じしない好奇心の塊だから気が向いた方にいるのだ。

 

 まあ、私がいたパーティは、どっちにも出入りしていたから何にでも例外はあるんだけどさ。

 

 とりあえず、家から近い店にまずは行ってみようと思う。

 顔見知りの店主から何か仕事を斡旋してもらえるかもしれない。



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5話

 昼間に見る行き交う人々の喧騒は、海外旅行で向こうの市場を覗いた時と少しだけ似ていた。

 その人々の姿は現代ではありえないファンタジーな姿をしているとはいえ、こういう風景は時代に左右されないらしい。

 ユーチャリスの記憶のお陰で、道には迷わずに済みそうだけど、そんな目の前に広がる人の混雑に軽くうんざりした。

 昨日は夕方だったから、人の波も一段落していたのかもしれない。

 人と露店の合間を縫って歩き、目的の店にやっと辿り着く。

 

 麗しの我が家亭。 

 大きな橋二つ渡った向かいにラーダの大神殿が見え、川沿いの道なりに進めば盗賊の神であるガネードの神殿があるという立地で、かろうじて商業区域の端、道を挟んだ反対側は常闇通りにほど近いところにあった。

 外から見る店内は明るく、店の前すら掃除は徹底されていて、居心地が良さそう見える。

 ウェスタン扉というか羽扉というか。

 この扉の正式名称を私は知らないのだけど、少なくともこの蝶番の部分って中世にはないよねえと、あくまでも中世ヨーロッパ"風"であることを実感しつつその扉をくぐり、店の中に足を踏み入れた。

 

 まだ朝方だし、飲んだくれてる客なんてそうそう居ないから、カウンター席に少し人がいるくらいで、テーブル席には人はほとんどいない。これが昼頃になれば、食事を取る客が増えて人が多くなるんだろう。

 人が少ない時間で良かったなと思いながら、店主がいるカウンターに向かう。

 カウンター席の横にある掲示板の所で数人の新米っぽい冒険者が、依頼票を吟味しているのが見えた。

 ちなみに、ここの店主夫婦はドワーフだ。元は冒険者だったらしい。

 

「マスター、お久しぶりです」

 

 フードをおろして、ネコを十匹くらい被ってそうだなと自分でも思いながら、余所行きの言葉遣いで店主に声をかけた。

 

「ん? おいおい……久しぶりじゃねえか、妖精魔女。何年ぶりだよ」

 

 カウンター席の酔っぱらいの常連達と話をしていたらしい店主が驚いたようにそう呟くと、その常連達や掲示板を見ていた連中が、妖精魔女に反応して私の方を見てコソコソ話を始めた。

 

 まさかと思うけど、顔まで知られてるってパターンか、これ。

 妖精魔女は、自分の異名だ。ついた理由については、割と黒歴史なので今は割愛する。

 というか、何年ぶりって年単位? 引退して随分経っているのかな、もしかして。

 ……ってことは、さっきのエリオルトにも年単位で連絡してなかったのか私。

 あちゃあ……そりゃ、機嫌も悪くもなるよ……。 

 

「もう、その呼び名は勘弁して頂きたいんですけど……」

 

「はは、それは無理ってもんだ。ブレイブハートの武勇伝は、吟遊詩人共が歌にしてあちこちで歌ってるくらいだからな。有名税だと思って諦めとけ」

 

 マジか……思わず、引きつった笑いが出る。

 

 ユーチャリスの記憶によれば、確かに『勇気ある心』は所属者が美男美女揃いであったことから、一部ではとても人気が高かった。

 見栄えが良ければ、英雄としても華がある。だから、吟遊詩人達が競うように歌を作った。流行歌になっているものすらあるらしい。

 

 そりゃあ中二病真っ只中な年齢でキャラ作れば、理想を求めて自分達とはかけ離れた美男美女で作るよね。

 その結果がこれだ。殴りたい、当時の自分達を。

 

「それで今日はどうしたんだよ。引退したんじゃなかったのか?」

 

「あー、えと。私一人でもできそうな仕事何か無いです? どんなものでもかまわないので」

 

「一人? おいおい、お前一人でやってくつもりなのか?」

 

 店主の言葉に頷くと、彼は腕を組んで悩むように唸った。

 

「う~ん……お前、魔術師だろ? 一人だとどうしても選択肢が限られる。簡単な依頼なら、お前一人でも行けるだろうけどよ。そういうのはできるだけ駆け出しに回してやりたいんだよなあ」

 

 ああ、うん。私、魔法系以外の技能ほぼ無いに等しいもんね……

 

「やっぱり、一人じゃだめですか……」

 

「どうしても、一人がいいなら別の所で探したほうがいいかもしれねえな。こっちだとどうしても選択肢が限られるからな。まあ、新しい仲間を探すのも良いんじゃねえか?」

 

 ちらりと常連達や掲示板を見ていた連中に店主が視線をやれば、彼等が色めきたった。

 

 

 ――――結局、私は他の冒険者達からの勧誘を丁重にお断りして、麗しの我が家亭を後にした。

 

 まさか、あの場にいた連中全員が店主との会話が終わるやいなや、我先にと声かけてくるとは。

 あとをつけてくる連中を撒くために、古代語魔法のテレポートまで使う羽目になったくらいだ。

 

 正直自分の知名度を舐めてた。これはヤバイ。

 フードで顔を隠していたのは正解だったなと思いながら、人目を避けて路地を歩きながら今後のことを考える。

 

「手持ちのマジックアイテムで、何かごまかせるものなかったかな」

 

 一応、持ち出してきた旅装の一つである無限袋――"無限"てついてるけど、容量は50キロくらいまでしか入らない。そのかわり、重さを感じなくなる優れもの――の中を探してみる。

 

 ファントム・ケープ――シーフ技能の判定全てに+1。白い大きな薄絹の肩掛け。

 あれ、これリュミエラが持ってたもののはずなのに、何で私のところにあるんだ……? まあ、いいか。

 シーフ技能がない私にはこれは使いようがない。

 

 フェイスチェンジ・イヤリング――顔を別人に変えられる、ルビーの小さなイヤリング。

 フェイスチェンジ……これでいけるじゃん!

 ……って、これ変えられる顔は登録してある人物の顔に限るっていうアイテムだった。

 そして登録してある顔は、確かセアとリュミエラの顔。うん、仲間の顔じゃ意味が全くない。

 

 遠見の眼鏡――遠くまで見通せるようになる銀縁の眼鏡。

 眼鏡……これでいいか。かけるだけで印象変わるし。

 ところで、眼鏡って本当の中世の頃にはなかったはずなんだけど、気にしたら負けだろうか。まあ、設定作ってマジックアイテムとして出したのはマスターだし……

 倍率は最大3倍。割と初期の頃に手に入れたもので、視線が通ればかけられる魔法を遠距離にかけるときに重宝したものだ。

 

 そして、それを取り出してかけた。普段眼鏡なんてかけないので、ちょっと見づらいけれど仕方ない。

 路地を出て大通りを歩きながら、古代王国の扉亭にも行ってみるかな、なんて考えていると……突然詠唱の声が聞こえた。

 

「万物の根源たるマナよ……」

 

 え? こんな喧騒の中で聞こえるほど大きな声で詠唱?

 

 思わず声の方に向くと、痩せていて背の高い男が手で魔法陣を描くようにして古代語魔法の詠唱をしている。

 その対角線上に学者っぽい男がいて、彼は青ざめた顔で後ずさりながらなにか言っていた。

 

 なぜそんなことになっているのか、そしてどちらが悪いかは分からないが、少なくとも街中であんな大きな声で魔法を使うなんてありえない。

 

「ちょっ……何やってるの!?」

 

 慌てて私はそちらに向かって走るが、詠唱阻止には間に合わない。

 完成した呪文が青白い魔力の矢をつくり、学者っぽい男を貫いた。その勢いで、彼は思い切り弾かれて石畳に叩きつけられるように倒れる。

 

 白昼の出来事に昨日の私が起こしたスリ捕獲の騒ぎよりも遠巻きに人垣が幾重にもできていた。

 しかも、魔法を使用した背の高い男がきびすを返すと、まるでモーゼが海を割ったかのように人が間を空け、その間を悠々と歩いて男は人混みの中に消えていく。

 

 倒れた学者っぽい彼は少し呻きながら膝をついて、胸を抑えて何とか立ち上がろうとしているから、命に別状はなさそうだ。

 少しホッとした。目の前で死人が出るのはさすがに寝覚めが悪い。

 

「大丈夫ですか?」

 

 立ち上がるのに手を貸そうと近寄って声をかけると、別の方向から同時に彼に声をかけて手を差し出した人がいた。

 手の持ち主に視線を向けると、ラーダの聖印を首にかけ修道服を着た少し小太りの男が胡散臭い微笑みを浮かべている。

 思わずぎょっとして、私は出した手を引っ込めてしまう。

 その間に右手の人垣をかきわけてやってきた黒髪のショートカットの少女というには肉感的な娘が、倒れていた学者っぽい人を助け起こした。

 

 少し落ち着いて見ると、学者っぽい人に私は見覚えがあった。

 確か、彼は賢者の学院で監査委員をしているクナントンだ。

 ユーチャリスとも多少面識があるはずだけど、彼は気がついては居ないようだ。

 

 ん、監査委員……?

 カンサイン、カンサイイイン……街中の魔法……?

 

 ちょっと待て、これバブリーズの最初の冒険の導入!

 

 この胡散臭いメタボ神官はグイズノーだし、助け起こしてるこの娘はレジィナだ。

 昨日フィリスと会っているのに、なんで私気が付かなかった。

 イラストイメージとは変わるせいだろうか。

 

「はあ……ありがとう。すまんね」

 

「いえいえ。それで、どうしたわけで街中で魔法で殴られるような羽目に? よろしければお話をお聞かせ願えませんか?」

 

「そうだな、……うーむ、なんと説明したらいいものか」

 

 私がショックで固まっているうちに、いつの間にかグイズノーがクナントンにキュアー・ウーンズを使ったらしい。

 彼は回復した様子で、グイズノーからの質問に困惑した表情を浮かべていた。

 

「おや、クナントン氏ではありませんか。いったいどうされたのですか?」

 

 そのグイズノーを押しのけるように、腰に剣をはいた男があらわれた。

 ああ、ケイネス先生……じゃなくてアーチボルトことアーチーか。

 

「ん? 見ない顔だが、私の名前を知ってる君は学院の人間かね」

 

「はい。私はアーチボルトと申します。学院の監査委員のクナントン氏のことはかねがね。まあ、そちらはご存じないとは思いますが……」

 

「ふむ、そうか。……ならば話しても良いな。実は少し困ったことになったんだ。そうだな、ここで話す内容でもないし、そのへんの酒場まで行こうか」

 

 クナントンは、あまり事を荒立てたくないらしく、場所を移して話を続けるらしい。

 というか、リプレイのアーチーってクナントンのこと知っていたっけ?

 すでに顔見知りって、リプレイと違う気がする。 

 

 私は、その光景を少し離れたところで見ていた。

 

 とりあえず私は無関係ってことで、そっとその場を去ろうと踵を返す。

 しかし、前方不注意だったせいか、横合いの路地から走って出てきたグラスランナーと金髪のエルフにぶつかりそうになってあえなく失敗する。

 

「にゅ!? あっぶな! おねーさん、前ちゃんと見てなくちゃだめだよ」

 

 とっさに避けたらしいグラスランナーは、私を見上げてそう言う。

 

「おい、彼女は悪くないだろう。謝るならこちらの方だ。……すまない、急いでいたもので」

 

 エルフの方は、私の方を見て少し驚いた表情を浮かべながら、謝罪の言葉を口にした。

 

「……いえ、こちらこそ。前方不注意でした。申し訳ありません」

 

 丁寧に謝りながら、そっと彼等を見る。

 これって、スイフリーとパラサか……やっぱり、遠い親戚漫才していたのかなあ?

 見たかったな。

 こっちにいないで、あの男を追いかけておけば良かったかもしれない。

 

「お急ぎでしょうし、私のことは気にせずに」

 

 そう伝えれば、彼等は私に軽く頭を下げると、真っ直ぐにクナントンへ近づき、先ほどの男の行方と捕縛について話を始めた。

 アーチーやレジィナ、グイズノーも私の方をちらちらと見つつ、話を聞いている。

 

 あれ? なんか、本格的にフラグが立っているような……背筋がゾワゾワする感覚に襲われていると、肩をポンと叩かれた。

 振り向けば、リンゴをかじりながらニコニコと笑みを浮かべたフィリスがいた。

 

「はぁい、ユーチャ。今日は眼鏡かけてるのね。ところで、アレってなにか面白そうじゃない?」

 

 何故私だとわかったんだろう。

 フードもかぶっていたのに……って、フード外れてたし!

 ああ、さっき走ったから……そうか、それでエルフがいたからスイフリーも驚いたのか。

 あれ? でも眼鏡も掛けてるんだけど、意味なかったというパターン?

 

「えーと、フィリスさんでしたっけ?」

 

 困ったように微笑んでから、フードをそれとなく戻す。

 

「そうよー、覚えててくれたのね。っていうか、昨日も思ったけど、ユーチャって美人なのに何で顔隠すのよ、勿体無い。貴女の故郷には顔を隠さなくちゃいけないみたいな決まりでもあるわけ?」

 

 フィリスが、私のクロークをジロジロと見回しながら呟く。

 ああ、眼鏡っていうよりも外見でわかったのか……クローク昨日のと同じだもんね。

 私は返答に詰まり、困ったように笑うしかない。

 

「まあ、良いんだけどさ。さっきの一件は触らぬ神に祟りなしと思って、傍観してたんだけど……」

 

 フィリスの視線の先では、クナントンがアーチーと話をしている。

 

「お金の気配もするし、貴女も関わるなら一緒に行こうかと思って」

 

「え? 私はそんなつもりは……」

 

「あら、行かないの?」

 

 困った。もしかして、私行かないとフィリスも行かないのか。

 そんなことになるのは、それはそれで困る。

 

「ねえ、そこのエルフのおねーさん。おじさんたち、古代王国の扉亭に行くって! 話し聞かなくていいの?」

 

 レジィナが親切心なのか、私に知らせてきた。

 あれ、やっぱり私いつのまにか頭数に入ってたよ。あの背筋のゾワゾワはこれか。

 

「ほら、あの娘もああ言ってるわよ」

 

 クスクスと面白そうにフィリスは笑う。

 

 確かに乗りかかった船だし、このまま依頼を受けるのも悪くはない。

 何よりも傍観者としてリプレイとも小説とも少し違うらしい、現地の彼らを見ていくのも話の種と、経験値のためにはちょうどいいかもしれない。

 

 私の冒険もこれから……か。

 少しの不安と期待を抱えながら、私は歩きながら考える。

 

 ここはアレクラスト大陸のオラン王国。つまりは、フォーセリア世界。

 TRPGの剣と魔法の世界か。 

 

 ……そして私の思考は冒頭のようにあちこちへと飛ぶことになる。

 

 

 

 

 

 第一章 干物魔術師の事情 完

 

        次回、第二章 賢者の事情につづく



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第2章 賢者の事情
6話


 その集団は、周囲から少し浮いていた。

 7人という大所帯、そして冒険者として見ても。

 

「私はアーチボルト・アーウィン・ウィムジーだ。歳は今年で32になる」

 

 円卓を囲む集団の中の一人の男が真っ先に口を開いた。

 剣を腰にはいてはいるが、冒険者にしては優男で身につけている服は高級感があり、所作に育ちの良さがうかがえる。

 

「長い名前やん。面倒だし、これから呼ぶときはアーチーってことで」

 

 ほぼ向かい側の席に座っていたグラスランナーが行儀悪くもテーブルによじ登り、並べられたばかりの皿の上の肉料理を一切れ取りながら彼に言った。

 

「ア・ア・チ・ボ・ル・トだ!! 全くこれだからグラスランナーは……」

 

「えー。アーチーはアーチーだから」

 

 ペロリと掴みあげた肉を頬張り、飲み込み口元を拭うと自己紹介を始める。

 

「えーと、オレはパラサ。歳は……あれ、42? 違う43? だったかな。見ての通りの根っからの根無し草。鍵開けとか手先の技術なら任せてくれにゅ」

 

 グラスランナーらしい大雑把な挨拶をすると、もぞもぞと自分の席に戻った。

 

「わたくし、グイズノーと申します。知識の神ラーダ様の神官をしております」

 

 そのパラサの右隣に座るのは小太りの男で修道服を着ており、星光を象った聖印を首から下げている。

 口調や所作も礼儀正しく丁寧ではあるのだが、隠しきれない胡散臭さがにじみ出ていた。

 

「えっと、私はレジィナ。歳は18だよ。元は旅芸人の一座にいて、護衛も兼ねた歌唄いしてました」

 

 グイズノーの対面に座ったショートカットで小麦色に肌がよく焼けた娘がエールの入ったジョッキを片手にニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて挨拶する。

 

「おお。では歌がお得意なのですね。わたくしも多少心得があります」

 

「あ、そうなんだ。好きな歌は?」

 

「古いものもいいですが、最近のものですとブレイブハート・サーガが好きですね」

 

「うんうん、私もそれは好きー。サーガって英雄の歌だから、あんまり好きじゃなかったんだけど、最近聞いた中にいくつか気に入ってるのがあって。戦乙女の祈りとか、月に誓う半妖精、妖精魔女の苦悩とか……」

 

 グイズノーが相づちを打って最近の流行歌を口にし、レジィナが歌のタイトルを口にすると、同じ卓を囲んでいた銀縁の眼鏡をかけたエルフの少女が盛大にむせて、グラスを倒した。

 

「やだ、大丈夫? どうしたの、いきなりむせるなんて」

 

 少女の隣に座るややきつい目つきの黒髪の女性がむせた少女を心配そうに見た。

 

「ケホ、ゴホ……あ、うん。ごめんなさい、そっちにかかりませんでした?」

 

「平気だけど」

 

「そう。良かった。……ちょっとワインを間違った果実水で割っちゃったみたいで飲みづらくてむせただけですから、お気になさらず」

 

 そう言いながら、慌てて拭く物を持ってきてくれた店員に礼を言い、少女はこぼしてしまったワインを拭く。幸いなことにテーブルの上の被害は少なく、殆どが床に溢れていたが。

 犠牲になりそうだった彼女のクロークは、水を弾く素材なのかワインで濡れた様子もなく、ビロードのような光沢を放っている。

 

「……ふん、音楽家か」

 

 そんな喧騒を視野の片隅に置きながら、うろんげにレジィナとグイズノーを見てアーチーは、ぼそりとつぶやいた。

 

「何? 音楽嫌いなの?」

 

 黒髪の女性がアーチーのつぶやきを拾い質問する。

 

「騒がしいだけで何が面白いのか、私にはわからないね」

 

 肩をすくめてアーチーはそう言うと、手にしていたワインをあおった。

 

「……まあ、人の好みは色々よね」

 

 黒髪の女性も自分で聞いた質問ではあるが、無難な所を落とし所にしたらしい。

 

「あ、あたしまだ自己紹介してなかったわね。フィリスよ。やりたくないけど魔術師をしているわ」

 

 彼女は、テーブルに立てかけた己の杖を指さして名乗る。

 

 パラサの左隣のエルフの青年は、それまで黙って円卓の彼等を観察していた。

 フィリスの知り合いらしいエルフの少女が、珍しく人間社会にいる数少ない同胞であるため彼女の出方も見ていたのだろう。

 しかし、少女の方は注文した飲み物とつまみ代わりの料理が届いた後も、自己紹介をそれぞれがはじめた後も、酒場が珍しいのか周囲をきょろきょろと見回していた。そして今も自分で起こした不始末の処理に忙しい。

 その様子に青年は軽くため息をついて口を開いた。

 

「私はスイフリーという。見ての通り、人間社会の勉強に来ている」

 

 彼は少女の方に視線を向けているのだが、いかんせん本人は気がついていない。それどころか、拭き終わった後も店員を呼び止めて何やら話をしている有様だ。

 

 少女からしてみれば、変に悪目立ちして面倒なことになりたくないという思考から、つい知り合いがいないか周囲を警戒し、まさかという人物達から懐かしいパーティ名と二つ名が出たことで驚いてしまい、倒したグラスで大惨事。拭く物として布巾を持ってきてくれた店員に感謝しているだけで、当人にとっては不幸としか言えない。また、彼女自身は既に円卓に付いている冒険者のことは知識として知っているために、自己紹介を聞く必要がないので軽く聞き流していたのである。

 

「ちょっと、ユーチャ。貴女まだ自己紹介してないでしょ?」

 

 空気の読めていない少女の振る舞いに、フィリスが呆れ混じりに肩をつつく。

 

「え……? ファッ!?」

 

 少女は卓の方を振り返り、座る全員がこちらを見ていることを確認して青ざめて立ち上がった。

 

「え、えーと。ユーチャリスです。魔術師をしています」

 

「ほほう。あの白い花の名前ですね。清楚な貴女にピッタリの名前です」

 

 グイズノーの歯が浮くような言葉にユーチャリスは苦笑しながら座る。

 

「魔術師? ハーフエルフなのか?」

 

 訝しげにスイフリーが、ユーチャリスを見る。

 とがった長い耳と華奢な姿は間違いなくエルフなのだろうが、魔術師であるのは解せない。

 

「いえ、エルフです……まあ、古代語魔法のほうが得意なんですよ」

 

 少し言葉を選んだように話すと、ユーチャリスは視線を逸らした。

 

「とりあえず、これでパーティを組むということでよろしいですか?」

 

 にこやかにグイズノーが会話をまとめる方向に持っていくが、一人不機嫌に卓を見つめている者がいる。アーチーだ。

 

「気に入らないメンツもいるがな」

 

「あら、あたし役に立つわよぅ?」

 

 フィリスがアーチーにしなだれかかるが、それをアーチーはかわす。

 

「貴女じゃない。グラスランナーが一人と音楽家が二人いるだろう。ま、いいけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

【Below that sky. あの空の下へ】 第2章 賢者の事情

 

 

 

 

 

 

 

「……あの目立つ容姿を間違えることはないと思うのだが」

 

 カウンター席でその冒険者達の様子を見ていた男は、額に手をやり考えこむ。

 

 混乱していたあの時は気が付かなかったが、自分の記憶が確かならば、あの冒険者の中にいるエルフの少女は『勇気ある心』の"妖精魔女"だ。眼鏡をかけているため、多少印象が変わっているものの、間違えるはずがない。

 

 『勇気ある心』とは数年前までこのオランを拠点として活躍していたパーティである。

 だが、理由はわからないが冒険者を引退して、パーティは解散。それぞれオランから旅立っていったと聞いていた。

 

 リーダーであるレオンハルトの二つ名が付けられたこのパーティは所属者が美男美女揃いであったことから、一部ではとても人気が高かった。彼等を慕う吟遊詩人たちにそれぞれの歌が作られるほどである。

 その中でも"妖精魔女"は銀糸に勝る美しい髪、白磁の肌、碧玉のような瞳で華奢でありながら黄金比のプロポーションという飛び抜けて麗しい容姿のエルフの魔術師として知られていた。

 普通のエルフは精霊と共にあり、古代語魔法を学びそれを使用することは殆ど無い。だが、彼女はその古代語魔法を鮮やかに操り、魔力の高さならバレン導師をも凌ぐとも言われる。

 そのため、畏怖と畏敬をあわせて"妖精魔女"と呼ばれるようになったのだ。

 

「……性格がどうも違うような」

 

 "妖精魔女"は、あまり知られていないが、その見た目が霞むほど強欲で高慢、そして狡猾であったのだが……先程から見ている限り、どうにもその片鱗はない。

 狡猾というよりも愚直といった印象を受ける。よく似た別人か。しかし、"妖精魔女"ではないと判断するには彼女の容姿は目立ちすぎだ。

 

「まあ、話してみないことにはわからんか」

 

 男はグラスを手にカウンター席から立ち上がり、冒険者たちが囲む円卓へと近づいていった。

 

「……話はまとまったかね?」

 

「ええ。どうぞお座り下さい」

 

 グイズノーが席をずらし、周囲もそれに習って彼が座れるように位置を開けた。

 男は手近な卓の椅子を手にし、移動させてその位置に座る。

 

「それでは、まずは私の自己紹介をしよう。私は賢者の学院で監査委員をやっているクナントンだ」

 

「監査委員?」

 

 スイフリーが不思議そうに口にした。

 

「監査委員というのは、学院のメンバーの監視役のことだ。無認可で危険な魔法や学問の研究をしていないかとか、街中での魔法行使とか……まあ、学院のイメージダウンに繋がることをさせないためのものというべきか」

 

 アーチーが、補足説明をした。

 彼は、グラスランナーは嫌いだが、エルフはそうでもないようである。

 

「なるほど。そう言う意味での監査委員か」

 

「街中での魔法って一言に言っても、色々あると思うんだけどなあ……」

 

 納得したスイフリーとは別にユーチャリスが思わず小声でつぶやいた。

 彼女の脳裏にあるのは先日の行動だ。少なくとも、正義の為に使ったものであるし、一概に扱われるのは不服というものである。

 

「学院の教えを知っているならわかっているはずだが、あのような魔法の使い方はマナ・ライ師はきつく戒めておられる。そして、もう一つ戒めておられるのがコモン・ルーンの扱いだ」

 

 そこまで説明した彼は、手にしたグラスの中身を口に含み、喉を潤わせた。

 

 説明を続けた彼の言葉をまとめるとコモン・ルーンとは、古代語魔法と同等の魔法を共通語で発動させるようにしたマジックアイテムであり、賢者の学院長であるマナ・ライが発明したモノだという。

 理論的にはどんな魔法もコモン・ルーンにできるが、たとえば鍵開けのできる『アンロック』や『エネルギーボルト』といった法律的・人道的に問題があるものは市場に流通しないように自主規制していたのである。しかし、流通させないことと研究をしないことは別の話である。そのため、導師クラスが付与魔術研究の一環として作ることがあり、厳重に保管していたのだが、彼を魔法で襲った男――マルキという名前らしい――が、人目を盗みアイテムを入れ替えて多数のコモン・ルーンを持ち出していたことが発覚した。

 そのため調査担当になったクナントンが、たまたま見かけたマルキを呼び止めたところ、魔法で攻撃されるという事態になったというわけである。

 

「そういう不道徳な行為はいかんな」

 

「何を持ち出したかは、わかっているのですか?」

 

 アーチーがマルキの行為を非難し、グイズノーが被害状況を問う。

 

「今調査中だが『アンロック』の指輪を持ち出しているのは確実だ。何しろ数が多くてな……」

 

 クナントンは困り果てた様子で、ため息をついた。

 

「私は知識を求め蓄えることが専門で、魔法の方は門外漢なのだ。もちろん、剣だって使えん。マルキがあのような行動を取るとなるとどうにもならん」

 

「それで、オレたちに頼みたいってこと?」

 

 追加の酒を注文しながら、パラサはクナントンを見上げた。

 

「そう。全員で3000ガメルということでどうだろうか」

 

「一人当たり400ガメル強ってところですか」

 

 スイフリーが単純計算の金額を思わず口にする。

 

「割り切れないから余りますね。そこで体格によって差を付けるとか」

 

「あら、いいわね」

 

「仕事の出来とか、無駄なコトをしたら減点とか?」

 

 グイズノーがそう言うと、フィリスとレジィナが笑いながら同意して、スイフリーの表情が苦い顔になった。

 

「わかった。そんなことを言うなら私の知っている情報は教えないぞ」

 

「……まったく。くだらない冗談はそのくらいにしとくにゅ。どのみち、その持ってる情報だって一緒にいたオレがしゃべったら、おしまいやん」

 

 呆れたようにつぶやいたパラサの言葉に四人は固まる。

 まさか、一番不真面目そうなグラスランナーに止められるとは思わなかったのだろう。

 

「割り切れないなら割り切れる金額にすればいいんですよ」

 

 そんな最中、笑顔を浮かべたユーチャリスが話に加わった。

 

「まあ、確かに7人いるが……」

 

 クナントンの顔がひきつった。

 このエルフの少女が危惧している妖精魔女であるとするならば、いったいいくらの報酬額を提示してくるのかと思ったのである。

 

「ということで、3500ガメルでいかがですか」

 

 一人当たりに直せば500ガメル。

 警戒するあまり、べらぼうな金額を予想していたクナントンは拍子抜けした。

 ユーチャリスが提案した金額は、駆け出しの冒険者達に払う金額としては少々高めではあるが、熟練の冒険者には満足いかない金額であり、想定よりも遙かに安い。

 

「そんな金額でいいのか?」

 

「はい? 高かったでしょうか。一人500ガメルなら、丁度いいと思ったものですから」

 

 何かおかしいでしょうか? とユーチャリスは言葉を続けて、困ったように首を傾げた。

 

「いや……そうだな。割り切れる金額がいいのは確かだ。その金額で依頼させてもらおう」

 

 やはり、先入観のみで行動するのは良くないとクナントンは心の中で自嘲した。

 このエルフの少女は、自分の知る妖精魔女ではないのだろう。提案された金額自体も許容範囲であるし、仲間たちが冗談混じりで金額に不満を乗せなければその金額自体提案すらしなかったかもしれない。

 

 だが、クナントンも周囲も考えなかったことだが、ユーチャリス自身はプレイヤーとしていつもしている報酬交渉をしたまでだ。もっと金額を値上げしても良かったのだが、今後の展開を知るユーチャリスからすれば、この辺りで妥協しておいた方がその後の交渉も楽になると考えたのである。

 

「マルキが何でそんなコトをしたのか、調べはついているのか?」

 

「え。普通にお金のためなんじゃないの?」

 

 アーチーの質問にクナントンが答える前に、フィリスが思ったことを口にする。

 

「脅されているとか、色々と理由は考えられるな」

 

 スイフリーが、フィリスの金銭目的という発言を否定するように推測を述べた。

 

「捕まえてから調べてもいいのだが、ついでに調べて貰えるのなら幸いだな」

 

 クナントンがそう言うと同時に、パラサが追加注文した蜂蜜酒の瓶と料理がテーブルに運ばれ、一旦会話は切れる。

 そして、軽い食事を取りながら、冒険者達はクナントンからマルキ自身の話を聞くことになった。

 彼の話によれば、マルキは学院内に親しい友人はなく、盗まれたコモン・ルーンはマルキ自身が所属していた研究チームの導師の作成した物であり、その導師とも師匠と弟子以上の付き合いもなかったという。

 

「あとは……そうだな。電光を呼び出す程度の技量は持っていたらしいが、それも人伝で聞いたので確かかどうかはわからない」

 

「電光……やだ、負けたわ。かなり使える相手じゃない」

 

 少し顔色を悪くして、フィリスは言った。

 

「単独行動は控えて、固まって行動したほうが安全か」

 

 スイフリーがそれに続ける。

 

 フィリスと同じ魔術師であるユーチャリスは涼しい顔である。レベル差は歴然であり、自分の方が高レベルであるのだから当たり前だ。

 しかし、注意していなければ聞こえないほど小さな声でユーチャリスは思わずつぶやく。

 

「レベルを言わないってことは、ここ、もしかしてレベルって概念がないの……?」

 

 そういえば、エリオルトもレベルと言わずに『技量』と言っていた気がしたと、思い起こして。



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7話

 クナントンに教えられたマルキの自宅は、大通りからはずれた細い通りにあった。

 学院が用意した寮であり、同じ間取りが並ぶ独り者向けの長屋である。

 狭い家だが、個室の寮を与えられるというのは魔術師として認められた証でもあった。

 

 アーチーが代表してドアを叩き、反応を確かめた後にドアノブも回してみるが、鍵がかかっている。

 

「うむ。やはり、留守のようだ」

 

「学院に所属している限り、居場所は把握されていますし……普通に考えて、いないはずですよね」

 

 アーチーの台詞にユーチャリスが、当たり前だと頷く。

 

 意外かもしれないが、ユーチャリスは魔術師ギルドに所属してはいない。

 まず、両親が魔術師だったことで魔術師になるために学院に入る必要がなかった。その上、魔術師ギルドに所属することによるメリットよりも、どう考えても所在を把握された上に束縛され面倒なことが多いというデメリットが勝った。

 そして、何よりも取り替え子であるという素性のせいだ。一般的に取り替え子であると知られれば忌み嫌われる。

 だからこそ、今回パーティを組んだ冒険者達にも彼女は出自は明かしていない。

 

 かといって、全く学院と接点がないのかと言われれば否である。

 

 かつて仲間のリュミエラが、盗賊ギルドの他に学院にも所属するという滅多に居ない変わり者であった。

 本人曰く「盗賊とはいえ人様の懐を当てにするわけではなく、遺跡発掘と斥候のための技術として学んだものだから問題はない」と豪語していた。

 その上、ユーチャリスの経営する古書店の本当に数少ない御得意様は賢者や魔術師ばかりで、中には学院に所属している者がいる。過去に店を閉めていた間もそのお得意様関係から魔術師ギルド内の派閥争いに絡む事件に巻き込まれた。おかげで高導師や導師の一部、そして監査委員にも面識があるのだ。

 

「ここにちょうどいいのがいる」

 

 スイフリーが、目の前にいるパラサを指さした。

 

「は……?」

 

「鍵開けは得意なんだろう?」

 

「いや。待てよ、兄弟!」

 

「兄弟? そんな近い親戚ではないだろう。せいぜいイトコかハトコだ」

 

「じゃ、ハトコよ。勝手に人の家を開けるのは"違法行為"じゃないか」

 

 パラサは共に逃げていったマルキを追いかけていた際、法を遵守することを口にしていたスイフリーが言うセリフではないと驚きの表情で見上げる。

 

「構わない。我々は捜査を委託されているのだ。やってしまえ」

 

 根拠は無いが無駄に力強い言葉にパラサは渋々了承して、シーフツールから鍵開け用の針金を取り出した。

 簡単な鍵だったのか、少し鍵穴を弄るだけで開いてしまう。

 

 部屋の中には誰もいない。窓はあるのだが空気の入れ替えをした様子もなくカビくさい。

 床には紙くずが散乱して、足の踏み場がないというのはこのことだろう。数少ない家具もゴミに埋もれていた。

 

 レジィナは顔をしかめて部屋自体に入ることを躊躇し、フィリスとユーチャリスは完全に拒否してその隣りで口元を袖で覆って眉をひそめる。

 アーチーやスイフリー達は、中に入りその紙くずやゴミをひっくり返しているが、役に立ちそうなものは見当たらなかった。

 

「三年前の日付のメモがあってもなんの役に立ちませんしねえ……」

 

 グイズノーが何気なく拾った紙くずには三年前の日付の何かの魔法式のようなメモが書かれている。

 

「だから、言ったじゃないですか。その消えた屋敷があやしいって」

 

 部屋の外から、ユーチャリスが中に声をかけた。

 

「そうは言っても、一度はここに来ないと手がかりは無いと納得できなかったのだから、問題はないだろう」

 

 スイフリーが肩をすくめる。

 確かに徒労としか言えないことではあるが、ここにいないと確認できたのだから一応の利にはなったのだ。

 中にいた4人は諦めて女性陣が待つ外へと部屋から出てくると、また元通り扉に鍵をかけた。

 

「そういえばさ。あの消えた屋敷の家主のパイロンってなにか聞き覚えがあると思ったんだけど……大通りにお店構えてるパイロン商会じゃないの?」

 

 フィリスが思い出したようにアーチーに話を振る。

 

「パイロン商会? ああ、そんな名前の店があったな。値段が安くて品が豊富らしいが、うちは先代から世話になっている店があるから行ったことはないが……」

 

 顎に手をやり、通りに並ぶ店を思い出しながらアーチーはさらに続ける。

 

「裏で故買屋でもやっているのかもしれんな。だから、マルキはクナントンに詰問された際にパイロンの屋敷に逃げ込んだのだろう」

 

「ふむ。商人というなら、高利貸しや好事家という可能性もある。それにどちらの場合でもマルキの取引相手であることは考えられるか」

 

 アーチーの推測にスイフリーが補足して、店に行くか屋敷へ行くか相談を始めた。

 

「ここで相談してても仕方ないですし、さっきの酒場に戻って情報の検討しません?」

 

 さすがにいくら人目が少ない路地とはいえ、立ち話状態もどうかと思ったユーチャリスはそう提案してみた。

 だが、話に夢中になっている冒険者達の耳に入らないようである。

 やがて、女性陣が蚊帳の外だった相談の結果は、パイロン邸に向かうことに決まったらしい。

 

「とりあえず、パイロンの屋敷に行ってみよう」

 

 アーチーのその一言で、冒険者達は屋敷へと向かうことになった。

 これに少し焦ったのはユーチャリスだった。

 

「どうしよう……」

 

 思わず呟いた彼女のざっくりとした記憶(もちろん、うろ覚えの部分が多いのであまり宛にできる記憶ではないのだが)によれば、古代王国の扉亭に戻ってから情報検討をして、それによってシティ・アドベンチャーが苦手なパーティと知り合いになり、誘拐されたパイロンの娘を救出することでパイロンに紹介してもらうという一連の行動が破綻し始めているのである。

 

 しかし、面倒なことが嫌いな彼女はここで流れに任せることにした。

 

 介入したからといって、どうにか出来るわけでもない。

 それならば成り行きに任せるしか無いというのが彼女の結論だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街並みが整い、ハザード川に港が設えられているオランだけに、土地の価値の差は激しい。

 王城エイトサークルから離れるにつれて基本価値は下がるのである。

 そのため、王城にほど近い位置には各神殿や魔術師ギルド、代々続く大貴族が屋敷を並べ、そこから少し離れた位置に学者貴族や富豪などの屋敷が立ち並ぶ。

 実はアーチーの実家もこの学者貴族の並びにあるのだが、これは余談の話だ。

 

 ともかく、その高級住宅地の一角にパイロンの屋敷はあった。

 

「で。どうするの?」

 

 レジィナが門前で屋敷を見上げて呟いた。

 

「はぁ……立派な屋敷と門構えね。随分と儲けてるんでしょうね……」

 

 続けてフィリスが感嘆して、閉じられた門から中を覗き込む。

 簡素な門ではあるが造りはしっかりとしており、素人目に見ても先程のマルキの家の鍵よりも複雑そうである。

 

「……さすがに昼間から、入るのは無理か。屋敷に忍び込むなら夜か?」

 

 そんな中、なかなかに物騒なことを言うのは、エルフであるスイフリーだった。

 

「いや、だから待てハトコ。それどう考えても違法だし、担当するのはオレだよね?!」

 

「当たり前だろう。なんのためのグラスランナーだ」

 

「ハトコのグラスランナーに対する認識がおかしい。というか、誰か止めてくれ」

 

 パラサが思わずツッコミを入れ、更には助け舟を求めるが誰もスイフリーを止めない。

 

「手先が器用な技能持ちがパラサさんしか居ないんですし、仕方ないんじゃ?」

 

 クスクスと笑いながら、ユーチャリスが言外に諦めろとパラサに伝える。

 

「く……っ! エルフの良識枠だと思ってたユーチャにまでそう言われるなんて遺憾の極みにゅう」

 

「おい、お前こそエルフをなんだと思っているんだ」

 

 呆れたようにスイフリーがつぶやいたその時だった。

 

「――――お前たちか! パイロンの娘をどこにやったんだ!!」

 

 背後から突然声をかけられ、振り向くと小柄な少年と陰気な青年が、冒険者たちを睨みつけていた。

 

「はぁ?」

 

 あまりの物言いにアーチーがあきれた声で返し、全員がほうけたようにその二人を見る。

 

 少年は軽そうな革鎧を身につけ、短剣を腰につけている所を見るとパラサの御同業だろう。

 陰気な表情を浮かべた青年は杖を手にし、ローブを身につけている。杖を手にしているということは、魔術師のようだ。

 

「意味不明。娘って……どういうことにゅ?」

 

 パラサがわけも分からず騒ぐ二人に、思わず問い返した。

 

「とぼけるつもり? 犯人は現場に再度現れるって言うからね。ずっと張ってたんだよ」

 

 低く落ち着いた声で魔術師の青年が言う。

 先程の声は少し高めの声であったから、少年のものだったらしい。

 

「とぼけてる? いや、何を尋ねたいのかこちらが聞きたいくらいなのだが」

 

 アーチーが困惑した表情で、彼等に返答した。

 

「嘘をつけ! さっき、屋敷に忍び込む云々って話してただろう」

 

 少年はアーチーを無視してスイフリーにまくし立てる。

 

「ちょっと待て。それは言葉の綾というものだ」

 

 言った言わないの問答を繰り返しつつ、結果的にスイフリーのペースに持って行かれ、次第に丸め込まれつつある少年と、内心面白がりつつ傍目は仲裁しようとするグイズノーとパラサ。

 一方、魔術師の方と冷静に話をしているアーチーとレジィナ、それを見守るフィリスという仲間達を無言で見ながら、ユーチャリスは別のことを考えていた。

 

 どうやらシティ・アドベンチャーが苦手なパーティのなかで、得意な方のシーフと魔術師の方と知り合うことになったのか、と。

 

 だが、ユーチャリスは勘違いをしている。というよりもうろ覚えの知識ゆえというべきか。

 本来なら、このシティ・アドベンチャーが苦手なパーティのメンバーの盗賊は背が高い青年であり、この少年ではない。

 些細な差ではあるのだが、ユーチャリスがそのことに気がつくことはなかった。

 

「……これなら、酒場で彼等と知り合わなくても接点はできるか。上手く世界って回るのね」

 

 そんな風にユーチャリスが感心している内にそれぞれの話が終わったらしい。

 

 二人の話を統合してみれば、パイロンの一人娘であるコリーンがいなくなり、彼等のパーティが捜索を依頼されたのだという。二人はあちこち手掛かりを探して歩き回っていたそうである。

 犯人は現場に戻るという、先輩盗賊の教えのような一言を思い出して屋敷前に来た所で、不審な冒険者達を発見したという事であった。

 

「……そういえば、マルキの年齢っていくつくらいだっけ?」

 

 ふと何か思いついたのか、レジィナが振り返るように誰とはなく質問した。

 

「えーと……アーチーより若いか同じくらいでは?」

 

 直接相手を見ていたグイズノーがその質問に答え、その台詞にアーチーは若干不機嫌になった。

 アーチー自身は、マルキよりは若いと思っていただけに、そんな言葉を聞かされては機嫌も悪くなるというものである。

 

「そう。もしかして、コリーンさんはマルキと……? えと、そのいなくなった娘さんて歳はおいくつなの?」

 

 今度は青年の魔術師の方に向かって、レジィナは質問した。

 

「12歳だ」

 

「え……。それじゃ無理か」

 

 コリーンとマルキが実は恋人同士ではないかとレジィナは考えたのだが、歳の差がありすぎたためその考えを彼女は捨てたらしい。

 

「たった20年しか違わないぞ?」

 

 エルフであるスイフリーは逆に歳の差を感じなかったようである。

 

「えと、確かにエルフにとって20年は"わずか"かもしれませんけど、人間にとって20年は親子ほども離れていますよ。普通は恋愛対象になんてなりません」

 

 苦笑しながら、ユーチャリスが訂正する。

 

「そういえば、そうか……失礼」

 

「ふふ、人間を勉強していて、かなり詳しいのに……変な所で疎いんですね」

 

 素直に間違いを認めたスイフリーに対して、ユーチャリスはつい思ったことを口にしてしまった。

 彼女からしてみれば追い打ちを掛けるつもりも、嫌味のつもりでもなかったのだが、笑いながらであったことと、その口調がまるで馬鹿にしているかのようであったたため、スイフリーはユーチャリスを睨んだ。

 そして、それについて何か言おうとして口を開きかけたところで、背後から邪魔するかのようにアーチーがコチラになにか見せてきた。

 

「今、絵姿を見せてもらったんだが、パイロンの娘は本当に子供らしい子供だな」

 

 それは魔術師の青年から渡されたコリーンの絵姿だった。

 

「わあ、かわいい。けど、本当に普通の子供だね。見た目が大人っぽいならともかく……やっぱり、子供相手なんて小児性愛者でもないと」

 

「ちょっと、やめてよ」

 

 思わずレジィナが呟いた言葉にフィリスは背筋が寒くなった。

 性癖は人それぞれだが、小児性愛者はフィリスからすれば関わりたくない最悪の部類だったようだ。

 

「あはは、ごめんなさい。でもロリコンって意外に多いんだよ、フィリスお姉さん? 劇団いた時もお客さんに私や色っぽい歌姫のおねーさんより、座長の幼い娘がいいって人多かったしね」

 

 それは『イエス、ロリータ! ノー、タッチ!』というヤツではないのか。さすがに紳士と小児性愛者を一緒にするのはいかがなものか……と、言葉にはしなかったものの、聞いていたユーチャリスとグイズノーの思考が一致した瞬間だった。



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8話

「……おい。そろそろ、そっちもなんでここで話していたのか教えてくれよ。こっちのことは説明したんだからフェアじゃないだろ」

 

 不貞腐れたように少年が言い、腕組をしてこちらを見る。

 

「我々は娘のことは知らん。ただ、別の事件でパイロンと関わる事になりそうなのだよ」

 

 絵姿を青年に返却しながら、アーチーは続ける。

 

「情報を出しあうという約束だからな。本来なら言いたくはなかったのだが……」

 

 そして、マルキについて二人に説明した。

 賢者の学院から品物を盗み、横流ししていることを。

 

「おそらくパイロンの所に故買屋繋がりで逃げ込んだのではないかと思う」

 

 最後にそう話をしめた。

 

「ところで話は変わりますが、その娘さんがいなくなったのは、どのような状況だったのか教えて頂けませんか?」

 

 グイズノーが何か思いついたのか、そんな質問をした。

 

「二日ほど前の昼間にふといなくなったらしい」

 

 魔術師の青年の話によれば、パイロンは一人娘のコリーンを溺愛しており、文字通り箱入り娘として屋敷から一歩も出さないように育てていた。

 そんな状況であるから、使用人も屋敷の出入りは厳しく見ていたのだが、外出した形跡も外から進入された様子もないにもかかわらずコリーンはいなくなった。

 

「使用人達に聞いてみたが、その日外出したのは、コリーンの遊び相手を兼ねている住み込みの下働きの女の子だけらしい。だが、その女の子も自分は外出なんてしていないと言うんだ」

 

「んー。それって変装したんじゃ」

 

 レジィナが思いついた意見を言うと、盗賊の少年が鼻で笑う。

 

「12歳の女の子が? 親が盗賊なら、習わぬ何とやらかもしれないけど普通無理だろ」

 

「では、見目が似ているとか」

 

 スイフリーが、質問すれば青年が一枚の絵姿を取り出して彼に渡した。

 

「ちなみに、それがその下働きの女の子の絵姿。さっきのコリーンがこっち。似てないだろ?」

 

 パイロンの娘の絵姿を手に、比べるように言う。

 確かに似ても似つかない。コリーンは華奢な子供らしい子供だが、その下働きの少女はすでに働いているせいか、大人っぽく年相応には見えない。同い年であると知らなければ少女の方が遙かに年上に見えた。

 

「ならば、犯人はグラスランナーだ!」

 

「えっ! 唐突になにを言い出すん!?」

 

 突然スイフリーが言いだした言葉に、パラサが動揺して叫ぶ。

 

「子供に化けて屋敷に忍び込み、コリーンを変装させて外に出したのだろう」

 

「自信満々なところ申し訳ないがハトコよ。それは根本的に間違いがある。まず、盗賊技能で他人を変装させることはできないし、もし仮にできたとしてもそのグラスランナーは屋敷に残ってることになるにゅう」

 

「ああ、そうか。どうも推理に矛盾があったようだ」

 

 勝手に推理を披露し、それが的外れだったことをパラサに指摘され、スイフリーは黙り込んだ。

 

「パイロンて、あこぎな商売してるの? それで恨まれたりとか」

 

 代わって、ずっと黙っていたフィリスが口を出した。

 

「いや、あのおっさん、表の商売も故買屋としても、同じ感覚でやってるから悪い噂もないんだ」

 

 困ったように鼻の頭をかいて少年はそう答える。

 こちらの界隈にしては珍しく、薄利多売で買取値も相場よりも高めで買ってくれるという。

 そんな相手に恨みを持つような人間など限定されるし、探しているものの見つかりそうにないという。

 

「思いついたことがあるのだが」

 

「なんだスイフリー。また的外れな推理じゃないだろうな」

 

 アーチーが若干冷ややかな目でスイフリーを見ながら言葉を促す。

 

「コリーンはマルキが持ち出したコモン・ルーンを手に入れた。おそらく、それを使用して外に遊びに行き、なんらかの犯罪に巻き込まれた」

 

「なるほど。合言葉は共通語だから、知る機会さえあれば子供でも使用できるか」

 

「とすると……ディスガイズのコモン・ルーン? 盗まれたコモン・ルーンのなかにあったのかしら」

 

 スイフリーの推理にアーチーが納得し、フィリスが自分の古代語魔法の知識から使われた魔法を推測した。

 ディスガイズは幻影で術者を他者に見せかける古代語魔法である。

 

「後もう一つ考えられるのは、そのコモン・ルーンをマルキが個人的に渡しているかもしれないことだな」

 

「個人的に? 贈り物としてですか?」

 

 更に続いたスイフリーの言葉に、グイズノーが質問すると彼は頷く。

 

「その場合に考えられることは……」

 

「誘拐目的で近づいたってコトかにゅ?」

 

 スイフリーの言葉尻を取り、パラサが言う。

 セリフを取られてしまいスイフリーは少し不機嫌そうに眉を潜める。

 

「……そうだな。あとは、マルキが……」

 

「その話題は、やめて欲しいんだけど?」

 

 また言葉尻を遮るように今度はフィリスが睨みつけながら言った。

 

「ま、まあ……そういった理由を考えられるというわけだな」

 

 コホンと咳払いして、スイフリーは目線をそらす。

 

 ここまでの話の流れは大筋はユーチャリスの知っているものと変わらない。

 そのため、遠い親戚漫才や冒険者達の様子を間近で見れたことに満足し、傍観者になるつもりである彼女は基本的に話に積極的に参加しなかった。ただし、それは大筋であって、細かい部分にやはり差が現れているのだが、彼女はこの時点では全く気がついていなかったのであるが。

 

「うーん……じゃあ、そのマルキってヤツの人相教えてくれよ。その方が役に立つし」

 

 少年がそう言って、手を差し出したのをアーチーが首を振って断る。

 

「それよりも、パイロンに我々を紹介してくれないか? そうすればすぐにでもこちらは解決するはずなんだが」

 

「申し訳ないが、それは無理だ」

 

 今度は魔術師の青年が盗賊の少年に変わって断った。

 

「たしかに、そのマルキという男が誘拐犯の可能性があるかもしれないが、現時点ではそこはわからない。違うかもしれないだろう? その場合、困るのはコチラだ」

 

 裏の仕事の関係者であることは間違いないマルキについて、パイロン自身に聞くことは信用問題にもなるのだ。

 

「じゃ、お互いに調査をもう少し進めてから、また情報を交換するってことでどうかにゅう?」

 

「異論はない。私達の仲間が古代王国の扉亭という酒場に待機しているから、何かあればそっちに連絡してくれ」

 

「え。手分けして探しているわけじゃないの?」

 

 パラサの言葉に青年が頷くと、その言葉に引っかかったレジィナが思わずつぶやいた。

 

「……あいつらこういうことには、全く役に立たないんだよ。腕っ節は強いし、遺跡じゃ頼りになるんだけど……シティ・アドベンチャー苦手とか、マジ使えない」

 

 少年は、何処か遠い目をしてそのつぶやきに答えたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、賢者の学院の前で待ち合わせした冒険者達はクナントンに面会を求めた。

 盗まれたコモン・ルーンの種類を聞くためとマルキの動機を探るためである。

 

 応接室に通された冒険者達は、ソファーに座ってただ待つ者、立ったまま扉を見つめる者、周囲の調度品に目を奪われる者……とそれぞれが思い思いの姿でクナントンを待っていた。

 

 昨日と対して姿が変わらない冒険者達とは別に、ユーチャリスは昨日とは違う黒に近い紫色のクロークのフードを深くかぶり、その表情もわからない。これは知人が多い学院内で無駄な騒ぎを起こしたくなかったため、昨日よりも隠蔽性の高い装備を選んできたためだ。

 

 やがて、部屋に漂う沈黙に耐えられなくなったアーチーが口を開いた。

 

「マルキは学院に席を置き、住まいは学院の寮。ということは、正規の学生だろう? 生活するには金には困らないはずだが……」

 

 アーチーは学院に所属する生徒ではあるが、現在はモラトリアムというのか、自主休学している。そのため、同輩の懐事情についてはよく知っていた。

 

 賢者の学院の学生の年齢は下は一桁年齢から、上は六十過ぎの老人までと幅広い。

 そして、賢者や導師について直に学べる正規の学生と講義のみ聞くことができる聴講生という立場の二種類がある。

 そのうちの聴講生は学問を志す者であれば誰でもなれるが、正規の学生になるには三つの道しかない。

 

 一つは多額の入学金を納入し、高い授業料を払い続けること。これは貴族や商家の子弟が選ぶ道であり、アーチーもこの道で入学していた。

 二つ目は賢者や導師以上の立場の者に素質を見いだされて入学金と授業料を免除される特待生になること。これは、実家が優秀な魔術師や学者の者、私塾出身者に多く、気楽な学生生活とは無縁で常に実績を上げ続ける義務が求められる。

 三つ目は聴講生が入学試験を受け、合格すること。これは年間たった5人程しか突破できない非常に狭き門だが、入学金や授業料は準特待生として免除、あるいは便宜を図ってもらえる。

 一つ目の手段以外で正規の学生になった者は専用の寮が与えられ、生活は保障される。また、そういった学生の中には、余暇時間を利用して一応実績としても数えられるために冒険者や、写本などの代筆屋をやって小金を貯めている者もいるくらいだ。

 

 マルキは寮にいることから、特待生か準特待生であることは間違いなく、その上、数十名程度しかいない魔術師として認められ個室の寮が与えられる程。その生活水準は一般市民より勝るとも劣らないはずである。

 

「……家には金目のモノはなかったにゅう」

 

「ええ、ありませんでしたね。いかにも……な、だらしない独身男性の部屋でしたし」

 

 パラサとグイズノーがそう言って相槌を打つと、扉がノックされた。

 扉に近い場所に立っていたスイフリーが了承の返事をすると、扉が開き、目の下に酷い隈を作ったクナントンと、同様に酷い顔色をした彼の助手が羊皮紙のスクロールを手に現れた。

 

「待たせてしまって申し訳なかった。これが盗品リストになる」

 

 クナントンは持っていたスクロールを広げて、説明を始める。

 

 それによれば、アンロック、エネルギー・ボルト、カメレオン、スリープ・クラウド、ディスガイズ、クリエイト・イメージ、ライトニングの7つが盗まれていることがわかった。

 

「ライトニング? こんなものまでコモン・ルーンにしていたの?」

 

 記されていたものに電光の攻撃魔法があったことにフィリスが驚いて思わず口にした。

 

「難易度の高い魔法のコモン・ルーン化実験の副産物だ。使用者の消耗も激しいので、素養のない人間には使えんとは思うが、危険であることは間違いない」

 

 そう言ってクナントンは溜息をついて、助手からスクロールを受け取り、そちらを広げた。

 

「それから、マルキの同輩に彼について聴取した結果がこれだ。半年ほど前から、彼は才能に限界を感じていたようだ」

 

 その他にも金遣いが荒くなっていたことや賭博場に行っていたこと、講義も休みがちで出席する事が少なくなっていたことなどが書かれている。

 

「このマルキが行っていた賭博場はどこかわかりませんか?」

 

 一文を指さして、スイフリーがクナントンに聞く。

 

「残念ながらそこまではわからんよ。聞いた同輩達は皆まじめな学生でね。知識を捨ててそちらに走る意義がわからないという者ばかりだから」

 

 お手上げだと肩をすくめ、クナントンは目を伏せた。

 

 クナントンに対して、まだ質問を続けている冒険者達を視野の片隅に入れながら、ユーチャリスは今後の展開に思いを馳せる。

 そして、この後の為にもここでしなければならないことを思い出し、スッと手を上げた。

 

「……あの、一つよろしいでしょうか」

 

 壁際にいたユーチャリスが手を上げたことで、話をしている者達の注目を集めた。

 

「うん。なにかね?」

 

「そのコモン・ルーンですが、学院に敬意を示して無償で返していただける相手ならいいのですが、そうでなく有償、つまりお金がかかる場合はどうしたらよいのでしょうか? 相手によっては、かなりの金額を提示されると思うのですが」

 

「む……確かにそれは考えていなかったな。だが、盗品であるし……」

 

「ええ、確かに元は盗品ですが、盗品だから一律に返せというのもいかがなものでしょう。もしかすると相手は盗品と知らずに対価を払っているかもしれないではありませんか。そんな相手の立場を考えるとタダでと言うのは、心が痛みますし印象も悪くなります。あ、所持している相手とはそちらが交渉するというのでしたら、これは関係ないことですね。差し出がましいことを言い、申し訳ありません」

 

 ユーチャリスの知識にある日本の法律には”善意の第三者”というモノがある。これは、第三者が盗品と知らず、対価を支払いその盗品を手に入れた場合、その盗品の所有権は第三者にあるというものだ。

 しかし、このフォーセリア世界では、どの国にもそんな法律は無い。そのため、盗品は元の持ち主に返却されるのが通例である。

 

 だが、ユーチャリスが言っている内容は感情的・道義的に考えればもっともなことなのだ。

 

 そんな事情がクナントンの精神を削る。徹夜明けという状況を差し引いてもクナントンの顔色は悪い。いや、更に顔色が悪くなっていると言うべきか。

 

 交渉を学院で行う場合、その相手先に交渉に行かねばならないのは間違いなくクナントン本人だ。

 監査委員としても、ただでさえ忙しいのに更にそのような雑事に煩わしい思いはしたくない。

 しかも、盗品の返還要求という、場合によっては相手の不興しかもたらさない交渉ごとである。できれば冒険者にやってもらった方が後腐れはない。

 

 この質問は、そこまで読んだ上でのことだろうとクナントンは考えた。

 汚れ仕事とも言えるこの交渉をこなすことで、学院に貸しを作るつもりなのか、それとも金額のピンハネ前提で値段を交渉してくるのか。

 どちらにしても、まさかここで妖精魔女の一端を見るとは思わなかったと、クナントンはため息をひとつついて心の中で愚痴った。

 

「そうだな……そのことについては、学院内でもう一度会議が必要だが、一つあたり出せたとしてもおそらく一万ガメルが限界だ。物によってはそこまでは出せない」

 

「わかりました。レベ――――いえ、元となった魔法の危険度で値段を判断すればよろしいでしょうか」

 

「ああ。……あまり言いたくはないのだが、できるだけ支払いは少なくなるように交渉は頼む。学院の財政的にも厳しいのだ。場合によっては、君達への報酬も削らねばならん」

 

「ええ、それはわかっていますわ。お任せ下さいませ」

 

 ユーチャリスはフードの中でニヤリと笑った。

 彼女のうろ覚えな記憶によればコモン・ルーンは一個は賭博場で、他はパイロンの娘を助けたことで、格安で引き取れるはずだった。

 ただ、おそらく一番買取限界額が高い『ライトニング』は、すでに売却されており、リプレイでは次のセッションの布石になるため、今回は手に入れることはできなかったはずだ。だから、その点は注意しないといけないこともユーチャリスは頭に止めておく。

 しかし、そういう事情ならば今回の現金報酬を増やすことができるし、買取の交渉金額によっては学院に対する貸しとすることも可能……そう考えたからだ。

 

 後々、この交渉を見ていた仲間達から、ユーチャリスの黒フード姿(正確には、黒に近い紫なのだが)も相まって、まるで物語の悪役のようであったと聞かされることになったが、そんなことは些細なことであった。



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9話

 学院を引き揚げ、冒険者達は盗品リストとマルキの同輩の証言リストを手に、次に向かう場所について話を始めた。

 相変わらず、道端で話始める彼等にユーチャリスは軽く溜息をついた。

 せめて酒場で話をすればいいのにと彼女は思うが、まあ、今後落ち着いて話すべき話題の時には強く移動するように言えばいいか……そう考えることにした。

 

「……パイロンの家にマルキの名前で『娘を預かった』と言伝して、その後のパイロンやあの魔術師達の反応を見るのはどうだろう」

 

「ハトコ……それは、うちらが不利な気がするにゅ」

 

「その意見は却下だ。いらない混乱しか巻き起こさないぞ」

 

 スイフリーの意見には、パラサとアーチーが即座に却下した。

 

「最初の事件があったあの辺調べない? あそこで見かけたって話だし、入り浸ってる賭博場もその辺りにあるんじゃないかな」

 

 レジィナが推測した意見を述べると、アーチーが逆に質問してきた。

 

「しかし、オランに賭博場なんてあるのか?」

 

 何分、坊っちゃん育ちで賢者の学院の学生、そして実家は学者貴族というアーチボルト様だ。そんな風紀の悪い場所になど行ったこともないのだろう。

 

「あら、ありますよ、合法的なのと非合法のものがいくつか。えーと、そうですね……たぶん、マルキは合法的な所に行ってるんじゃないかしら」

 

 アーチーの疑問に答えながら、ユーチャリスは賭博場の場所をいくつか思い浮かべる。

 

「レジィナさんの推測通り、一番大きな賭博場が最初の事件があったあの辺にありますね。そこに行ってみます?」

 

 これは、キャラクターであるユーチャリスの記憶だ。

 勇気ある心の仲間だったクラウスが、よく彼女を誘ってその賭博場へと行っていたらしい。しかし、彼は他の仲間達は絶対に誘わなかった。レオンとセアは脳筋単純思考故にハマってしまうと問題がある。堅物のジークではギャンブルの悪性について説教をされそうであり、リュミエラは金銭をかけるギャンブルは嫌いだ。そうなると、ユーチャリスくらいしか仲間内では誘えなかったのだろう。

 クラウスはシーフ技能持ちではあるもののイカサマはせず、純粋にゲームとして賭け事を楽しんでいたようで、ユーチャリスの記憶にも真剣に……楽しそうにゲームをする彼の姿が深く残っていた。

 

「あれ? ユーチャお姉さん、私にまで『さん』付けなんていらないのに。呼び捨てでいいよー」

 

 レジィナが今気がついたとユーチャリスに呼び捨てで呼んで欲しいと伝えてきた。

 彼女からすれば、折角パーティーを組んだと言うのに、何かユーチャリスとの間に壁があるように感じていた所だったので、その壁を少しでも減らすために渡りに船だと思ったのである。

 

「えっ……えと、これはある意味癖のようなものなので。慣れたら、その内ってことで許して下さい」

 

 しかし、アラフォーのユーチャリスからすれば、柔軟性のあった若かった頃ならともかく、面と向かって敬称無しの呼び捨てで呼ぶというのは中々に敷居が高い。ある程度歳を取ってしまうと染み付いた言葉づかいは、中々辞められないのだ。もちろん例外もあるが、慣れるまで待って欲しいというのも無理からぬ事だった。

 

「それにしても……ユーチャってば、よくそんな場所知ってるわね」

 

 『私もオランに長く住んでるけど知らなかったわよ?』とフィリスがその後にボソリと続けると、ユーチャリスは苦笑した。

 

「そういうのに詳しい昔の仲間とよく行ったことがあって。覚えていただけですよ」

 

「とりあえず、案内してくれないか。そこで話を聞いてみよう」

 

 アーチーの言葉にユーチャリスが了承し、先頭を歩き始めると冒険者達は後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その賭博場は人の行き交う大通りから少し離れた一見、酒場のような入り口の建物の地下にあった。

 公式に認められている賭博場でさえこのような造りなのだから、非合法の賭博場がいかなるモノかうかがいしれると言うものである。

 

 地下に降りていけば、ろうそくやランプの光だけでなく、古代語魔法のライトが込められたマジックアイテムの光が周囲を照らしている。

 その光の下、スタッフらしい露出の多い服を着た女性が各テーブルを周り、警備なのか黒服に身を包んだ男達がちらほらと立っている。

 カードやダイスなどの地味な賭博が主のようで、昼間だというのに各テーブルはそれなりに盛り上がっていた。

 

 グイズノーの視線が女性たちの姿に釘付けになり、アーチーも若干挙動不審である。

 一方妖精族のスイフリーとパラサは一応視界に女性たちをおさめたものの、そちらにはあまり興味がなく、むしろ周囲の様子に興味があるようだ。

 女性陣はと言うと、妖精族の二人と同じように周囲を物珍しそうに見ている。

 

 ユーチャリスはそんな中、一人の黒服を呼び止めた。

 呼び止めた男は、ここを任されている支配人であり、彼女にとって面識のある人物であった。

 突然呼び止められた男は不機嫌そうに応対していたが、ユーチャリスがフードを少しずらして、眼鏡を取った顔と耳を見せると顔色と態度を変えた。そして、彼女は眼鏡とフードを戻すと話を始める。

 

 少しして、ユーチャリスはアーチーを呼び、パラサが予め描いておいたマルキの似顔絵を見せた。

 

「……ああ、知ってるよ。うちのお得意さまのマルキだね」

 

 似顔絵を返却し、ユーチャリスを気にしながら支配人の男はそう言った。

 

「彼のことで何か知ってることはないか?」

 

「彼には金を貸していまして」

 

 重ねるようにアーチーとスイフリーが尋ねる。

 もちろん、スイフリーの台詞は、怪しまれないように彼が機転をきかせたものだ。

 

「うーん……ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」

 

 支配人は場内のテーブルの一つにいた背の小さな男を連れて来ると、マルキのことならこいつに聞けばいいと言って奥に引っ込んでしまった。

 

「……何か用?」

 

 残された男は何か後暗いことがあるのか、不安気な様子で上目遣いで冒険者達に対峙した。

 

「マルキに金を貸していて。返ってこなくて捜しているんです」

 

「ふーん、そりゃ災難だね。まあ、マルキはここ以外の賭場は知らないはずだし、他で捜しても見つからなかったんだろ?」

 

 借金取りの設定のままのスイフリーの台詞に男はあからさまにホッとしているようだった。

 

「ま、俺みたいにモノを貰っとけば良かったのにな」

 

 そう言いながら、右手にはめていた指輪を見せた。

 

「この前、あいつが大負けしたときに肩代わりして、こいつを代わりに貰ったんだ」

 

 やや自慢気に合い言葉で魔法の光の矢が飛ぶと説明され、この指輪が盗まれたコモン・ルーンの一つ、『エネルギー・ボルト』であることがわかった。

 

「でも、戦うことなんてないし持て余してるんだよ。これ」

 

 その言葉にギラリとスイフリーは、目の色を変えた。

 

「ほう。でしたら……私、それを高く買ってくれる人物に心当たりがありますので、取引交渉を任せて貰えませんか?」

 

「ふーん? 俺も知らない故買屋か好事家かな。まあ、どっちでもいいか。希望額は3000ガメルだけど、いけるのか?」

 

「もちろん、それ以上でまとめてみせましょう。越えた分は折半ということでどうでしょうか」

 

「ああ、それならいいぜ。俺は大体いつもここにいるから、話がまとまったら連絡くれよ」

 

 スイフリーの言葉に男は機嫌良く答えた。

 すでにユーチャリスがクナントンから買取の許可は貰っているのでその点については問題はない。

 

「マルキが他に、こんな品物を渡していた相手とかいますかね?」

 

「いないんじゃないか? それ貰ったのが縁で故買屋のパイロンを紹介してやったしね。それからはずっとパイロンとだけ取引してたみたいだし」

 

 その後、スイフリーがパイロンについて質問すると、故買屋という必要悪な稼業をしているけれどその界隈でも稀な信用のおける人物だと男は言った。

 

 そうして、賭博場にて情報収集を終えた冒険者たちは店の外で一斉にため息をついた。

 

「何というか……」

 

「単純……ですね」

 

 スイフリーとグイズノーが頭痛をこらえるように言葉を吐き出した。

 

「だからぁー。あたしが、最初からお金のためだって言ったじゃん」

 

「確かに、フィリス姉さんは最初にそう言ってましたね」

 

 フィリスが勝ち誇ったように言い、レジィナが苦笑しながらそれに同意する。

 

「……本当に単純なことだったな。落ちこぼれて自堕落になって、遊ぶ金欲しさでの犯行で。追われたから、つい知り合いの故買屋に逃げ込んだ……というところか」

 

「それ以外に形容の仕様がないにゅう」

 

「本当ですねえ……」

 

 そして、アーチーがため息混じりにマルキの件をまとめ、パラサとユーチャリスもあきれたように同意した。もちろん、ユーチャリスはリプレイの内容からこうなることはわかっていたので、あくまでも演技ではあるが。

 

「そうなるとコリーンちゃんの件は? 無関係っぽいのはわかったけど」

 

「それはさっぱりわからんな。とりあえず、古代王国の扉亭に戻って、例のあいつらの話を聞くことにするか」

 

 レジィナが困ったように言えば、アーチーはそう答えて古代王国の扉亭に戻る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチーと魔術師の青年が並んで走っている。

 その後を背が高い大男の戦士と幸運の神チャ・ザの司祭、そしておそらく精霊使いらしい男が続く。彼等は、例の魔術師の青年と盗賊の少年の所属するパーティのメンバーである。

 

「約束は忘れないでくれたまえ」

 

「ああ、無事助け出せたらパイロン氏に紹介しよう」

 

 あの後、酒場に戻った彼等は、魔術師の青年とそのパーティに遭遇することになった。

 何やら色めきたって慌ただしい彼等にアーチーが話しかけてみれば、パイロンの娘の居場所がわかったのだと聞かされ、交渉の結果、コリーン救出を助け出す手伝いをすることを条件にパイロンへ紹介してもらう約束を取り付けたのだ。

 そして、盗賊の少年が見張るその場所へと現在急いでいる。

 

「それにしてもパイロンって故買屋やってるくらいだし、盗賊ギルドの保護受けてそうなのに相手は相当のバカだにゅう」

 

 パラサが腰に履いた短剣の具合を確かめながら、呆れたように呟いた。

 こんな大都市の商人で、なおかつ故買屋であるというのであれば、パイロンは間違いなく盗賊ギルドの保護を受けていると考えられる。

 

「それも……ハッ、はぁ……わからないってことは、モグ、リですかねえ」

 

 グイズノーも息を切らせながら、手にした小型のバックラーを構え直して走っている。

 

「おおおう……? ぐ、グイズノー、無理に返事しなくていいにゅう。その状態で走るのに慣れてないんだろうし、舌噛んだら大変だにゅ」

 

 独り言に律儀に返事を返してくれたグイズノーが走ることに慣れていないことに、常に旅暮らしであったパラサは足運びですぐに気がついた。

 

 メタボリックな小太りの見た目と裏腹にグイズノーの脚は速い。しかし、司祭として神殿に仕えていた彼は、防具を揃えた状態で全力で走ると言うことをしたことがないために、無駄に息を切らせている。決して体型のせいではないのだが、どうしてもそういう印象になってしまうのは仕方ない。

 

「……あ。そう言えばオレ、ここの盗賊ギルドに顔出してなかったにゅ」

 

「それ、ミイラ、取りが……っ ミイラっになり、ますよ、パラサ」

 

「そやね。盗賊ギルドに後で顔出ししないと……って、グイズノー、ホント無理すんな!?」

 

 苦しそうなグイズノーに対してパラサはそう返した後に、上納金はいくら持っていけば良かったっけ? と自身の寂しい財布の中身を思い出して、軽くため息をつく。

 レジィナとフィリスも彼等を追いかけるように走っており、最後尾はスイフリーとユーチャリスだった。

 

「あの、先に行かれて大丈夫ですよ?」

 

 なんとなく、脚の速さをこちらにあわせていると感じたユーチャリスは不思議そうにスイフリーに話しかけた。

 

「何だ、私がいると邪魔なのか?」

 

 しかし、バッサリと不機嫌そうにそんな一言を言われ、ユーチャリスは困惑する。

 ユーチャリスの脚は決して遅いわけではない。むしろ、本来の速さで走れば早いほうだろう。

 ただ、面倒なことが嫌いな彼女は、一人で色々と思案しつつ行動することができるので、わざと少し離れているのだ。

 それが何故か、気がつくとスイフリーがそばにいる。観察するような視線も込みである。

 何か不審な行動でも取っていただろうかと思い返してみれば、学院の交渉が原因……としか考えられなかった。実際、今朝の学院訪問時には離れた場所にいたのに、賭博場ではすぐ近くにいたのだから。

 

「流石にあの交渉はアレだったのかな……? あれでも加減したんだけど……」

 

 冒険者ならば当たり前の交渉をしたはずだが、言い過ぎただろうかと彼女は思わず小声で呟いた。

 

 ユーチャリスはスイフリーのプレイヤーであるロードス島戦記で有名なあの作者を『ゲームプレイヤー』として尊敬している。本業であるはずの『作家』としてではないのは、フォーセリアが終わる原因となった小説も、かの作者が書いたと知ったからで、それがなければ尊敬する作家の一人としても上げていただろう。

 

 そもそもユーチャリスもよく言われていた『マンチキン(和製)』と言う言葉は、彼のためにあるような言葉だろうとも思っていたくらいであり、彼女自身のプレイスタイルはスイフリーを参考にしたものだ。

 とはいえ、そのプレイスタイルはルールの隙をつくようなモノであったためにゲームルール自体もそのために改修され、完全版が出る運びになった元凶でもあるのだが、元々ゲームデザインから彼のプレイヤーは参加し、作者の一人として文庫版では名前を連ねている。つまり、ルールの隙をつけるほどゲームルールを把握し、愛している結果だったと彼女は考えていた。

 

 だからこそ、こちらのスイフリーに対してユーチャリスはできるだけ関わることを少なくしたかった。

 尊敬するプレイヤーのキャラ、そして好きなキャラクターでもあるがゆえに、自分が関わることで変わってしまうのは嫌だったのだ。

 仲間としておかしくない程度の関わりは持ちつつ、個人的なつきあいは少なく……というのが彼女の理想だった。

 

 一方のスイフリーだが何も学院の件のみが原因で、このような行動を取ったわけではなかった。

 

 スイフリーのユーチャリスへの印象は余り良いものではなかった。

 彼女の外見こそ、同じエルフから見ても一瞬眼が奪われたほど美しいものだったが、顔合わせ時の行動はドジで空気が読めない。その上、ふと見るたびに離れた所で少々ぼんやりしていることが多く、言動に少し棘がある。

 もちろん、こういう者を好む者もいるのだろうが、スイフリーは合理的に見て切り捨てるタイプであるから当然だろう。

 

 実際、ドジで空気が読めないのはともかく、ぼんやりしているのはユーチャリスがリプレイを思い出そうと考え込んでいるせいであり、言葉に棘があるというのもスイフリーの完全なる誤解である。

 

 とにかく、そのように悪印象を持っていたわけなのだが、人間世界を勉強するという大義名分を持つスイフリーからすると、同じ同胞でありながら人間に妙に詳しいユーチャリスは、その印象を差し置いても行動の参考として見るには丁度良い人物だったのである。

 その観察結果、彼女の印象は少し改善された。学院での機転と交渉は素直に賞賛すべきものだし、賭博場で見せた行動は気になるが、追求すべきものでもない。

 

 結果として今回、脚の早さを合わせたのは、そんな印象の上方修正により、ぼーっとしていることが多いユーチャリスでは、放っておくと迷子になるのではと、同族のよしみでスイフリーが気を使ったためだった。

 

 そんなことなど、ユーチャリスにわかるわけもなく。

 

 なんだか、面倒なことになったかも……と彼女は憂鬱になっていた。

 そして、そんな思考を終わらせたのは、常闇通りの奥のスラムにある古い家の前で盗賊の少年が手を振っているのが見えたことであった。



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10話

「パイロンの所に向こうから接触してきたんだ。それで、そいつらを追いかけてここを突き止めたんだ」

 

 少年が、事のあらましを伝える。

 

 家の外をうろうろしていたコリーンを売り飛ばすつもりで声をかけた所、商人の娘とわかり一味は、身代金目的に変えたようで連絡が来たのだという。

 

「ま、箱入り娘だったから、外で遊んでみたかったんじゃね? たぶんだけどさ」

 

「なるほどな。やはり、家の外に出るのに例のコモン・ルーンを使ったんだろう」

 

 少年の説明に頷きつつ、アーチーが言う。

 

「自分達は正面から踏み込むよ。眠りの雲(スリープ・クラウド)で一網打尽にするつもりだ」

 

 魔術師の青年がそう言って杖を構え直した。

 眠りの雲は、速効性の睡眠効果のあるガスを発生させる古代語魔法である。

 

「では、私達は"もしも"に備えて裏に詰めておきます」

 

 スイフリーの言葉に冒険者達は裏口に回ることになった。

 

 

 

 

 

 スラム街は表通りの石畳の道とは違い、土と砂利のむき出しで歩きにくい道である。

 しかも、その路地裏はと言うと日差しが届かないせいか、数日前の雨のぬかるみが乾燥しておらず、泥と石で足元が悪い。

 

 そんな路地裏に面した裏口につくと、すぐに扉が荒々しく開かれた。

 どうやら侵入者に気が付き、慌てて走り出てきたらしい。

 

「くそっ、コッチにも居たのか!」

 

 少女を囲むように身なりの悪い男達が五人、冒険者達に気がつき身構えた。

 

「大丈夫! あたしが助けてあげるね」

 

 少女は以前見た絵姿そっくりで、おそらくコリーンのようだが、男達を押し退けるようにして前に出ると、右手にはめていた指輪をかざす。

 

「《眠りの雲》!!」

 

 指輪が光ると、冒険者達を囲むようにガスが発生した。

 魔術師が使用した魔法であれば、まだ効果はあったであろうが、これは魔術師でもないただの少女が使用したコモン・ルーンである。

 冒険者であればかかるはずもない魔法で、誰にも効果は現れない……はずだった。

 

「わっ! あ…………っ!?」

 

 魔法がかかる直前、ユーチャリスは自分が誘拐犯達に魔法をかける可能性を考えて、冒険者達との位置調整をするために移動していた。

 彼女の魔力の高さから、仲間を巻き込むと間違いなく惨事になるからである。

 

 しかし、おりしも足元はぬかるんで滑りやすく転びやすい状況だった。

 

 運が悪いというのか、それとも悪運が強い故にというのか……このような状況の場合、ユーチャリスの運は大抵悪い方へと転ぶ。

 それはプレイヤーとしての彼女が危惧していたダイス目の極端さが、発揮された瞬間だった。

 

「お、おいっ!?」

 

 ぬかるみに足を取られ、転びそうになった瞬間に発生したガスをもろに吸い込み、そのまま倒れ込みそうになったエルフの魔術師を傍にいたスイフリーはとっさに支えた。転びそうになるのは若干予想はしていたものの、まさかの出来事である。

 

 そう、誰であろう一番魔法に対して抵抗力があるはずのユーチャリスが――――もちろん、そんなことは本人以外にわかる者はいないのだが――――魔術師でもない子供がかけた魔法にかかってしまったのである。

 

 ユーチャリスが眠り込んだせいで二人が動けなくなったことから、隙ができたと判断した彼等は、そこから走り抜けようとした。

 しかし、パラサとアーチーがそれをカバーするように前に立つ。

 結果、逃げ場を失った男達はコリーンの首筋に短剣を突きつけた。

 

「ちょっと、何すんのよ!」

 

「うるせえ、黙って大人しくしろ!」

 

 乱暴に黙らせようとする男達と騒ぐコリーンにフィリスが苦笑しながら、杖を構える。

 

「あたしが本物のスリープ・クラウドを魅せてあげるわ」

 

 詠唱と共に複雑な身振りで魔法陣を空中に描くと、ガスが彼等を包んだ。

 

 驚いた表情のコリーンが魔法への抵抗に成功したのと対照的に、短剣を突きつけた男は眠りに落ちる。その背後にいた男二人は抵抗に成功したものの、残りの二人は眠り込み、支えるものもなかったために、ぬかるんだ地面に倒れこんだ。

 

「うぅ……絶対、捕まらないんだからっ! 《変装》っ」

 

 どうにもならなくなり、困ったコリーンは眠り込んだ男を払うようにして、今度は左手の指輪をかざす。

 指輪が光り、コリーンの姿が変わるが、精神力を使い果たした彼女は気絶してしまった。

 

「とりあえず、お前等は武器を捨てて降伏しろ」

 

 アーチーが剣を突きつけ、降伏を促すと戦意を喪失していた男達は身につけていた武器を投げ捨てる。

 パラサはその男達の間を縫って、気絶したコリーンの側に近寄り、指輪の数を確認してから両手の指輪を外した。

 

「おい……ユーチャリス、いい加減に起きろ!」

 

 周囲の喧騒が一段落した所でスイフリーは、ユーチャリスの肩を揺らし、頬を軽く叩いて起こす。

 

「…………う……っ」

 

 うめく声を上げて目覚めたユーチャリスが、ハッとして起きた。

 至近距離で、呆れ果てた表情を浮かべたスイフリーが彼女を覗き込んでいた。片膝を地面についた状態で、彼女を抱えていたのである。

 意識のない彼女がいくら小柄で華奢とはいえ、一人で抱えるのは辛いはずなのだが、ぬかるんだ地面に捨て置かなかったのは、温情であろうか。

 慌てたユーチャリスは、抱えてくれていたスイフリーの手をやんわりと払い、立ち上がって周囲を見回す。

 

 フィリスは右手に持った杖を肩に乗せてこちらを心配そうに見ており、その隣にはレジィナがいる。

 扉の前には倒れた男が三人。少し離れて、アーチーに剣を突きつけられた男が二人、手を挙げて降伏している。

 その側にはパラサと、気絶したコリーンを介抱するグイズノー。

 

 ユーチャリスは、自分が寝ている間に誘拐事件は解決したことを悟った。

 

「……すみません、まさか素人の魔法にかかってしまうなんて……」

 

 どうにか、それだけ言葉にすると彼女は恥ずかしさで赤くなりながら顔を伏せた。抱えてくれていたスイフリーにも礼と共に謝らないといけないはずだが、羞恥心からそのことを思いつく暇すらない。

 もちろん、折角良くなっていたスイフリーのユーチャリスへの印象が、また悪くなったことにも気がついていない。

 

「まあ……被害が小さくて良かったじゃないですか?」

 

 グイズノーは周囲を見回しながら苦笑してつぶやくと、神聖魔法であるトランスファー・メンタルパワーをコリーンにかけた。

 この魔法は、魔法を使う源とも言える精神力を他者に分け与える魔法で、精神力を使い果たして気絶した対象にかけることで気付けの役割を果たす魔法でもある。

 その魔法により意識を取り戻したコリーンは、堰を切ったように泣き出し、グイズノーはそれをなだめることを余儀なくされた。

 

「おーい! ――――助かった。突入に気づかれて、逃げられたんだ」

 

 盗賊の少年が真っ先に走り寄ってくる。

 その背後から正面から突入したパーティの面々もこちらに向かってきた。

 

「何にせよ、犯人に逃げられなくて何よりだ」

 

 武器を納めて肩をすくめたアーチーがそう言えば、彼等は頷きながら犯人の男達を縛り上げていく。

 その間になんとかコリーンをなだめたグイズノーが、指輪は父の部屋から二つだけ持ち出したこと、他人には渡していないことを聞き出すことができたようだ。

 

 それにしても……と、周囲をもう一度見回したユーチャリスは考える。

 

 これで後はコリーンをパイロンの下へ送り届ければ誘拐事件は解決し、後はそのツテでパイロンへマルキの所在を確認するだけだが、恐らくマルキとの戦いを避けることはできないだろう。

 

 細かいところまで覚えていない、うろ覚えの記憶を彼女は少し恨んだ。特に後半になればなるほどストーリーやキャラクターを覚えていない。

 忘れずに残っているのは前半の……しかも、印象深い部分に集中されているし、後半にある事件で避けたいものがあったはずだがそれがなんだったか思い出せない。

 確か、モケケピロピロ……違う、ワイトだったか、アンデッドが関連するものだったことは覚えている。

 そういえばスイフリーとの組み合わせで将来が楽しみだったファリス神官のクレアはどの辺りで出てくるんだったっけ?

 

 ……とさらに随分と先の事まで思いを馳せ、ユーチャリスの思考はあちらこちらへと飛び、端から見れば相変わらずぼんやりしているようにしか見えなかった。

 

「全く……」

 

 そんな様子にスイフリーはため息をついた。

 

「ユーチャリス、そろそろパイロンの屋敷に行くそうだが?」

 

「え? あ……はい」

 

 なんとも気が抜けた返事を、ユーチャリスはスイフリーに返す。

 

「ちょっと、ユーチャ。本当にぼんやりしてないで、しっかりしなさいな。まだ眠りの雲の効果抜けてないの?」

 

 さすがに見ていられなくなったのか、フィリスが柳眉をひそめた顔でユーチャリスに注意してきた。

 

「い、いえ! 大丈夫ですし、違いますよ!?」

 

 慌てて赤くなって否定してくるユーチャリスを見て『初めて会った時のあのスリを取り押さえた鋭い彼女は幻だったのだろうか』と思いながら、フィリスは仲間たちとパイロンの屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コリーンをパイロン屋敷へ連れてきたところ、待ちかまえていたパイロン本人が階段をかけ降りるようにして玄関に現れ、コリーンを抱きしめた。

 

「おお……! コリーン、無事でよかった……」

 

「うわーん、怖かったよぉ」

 

 人は良さそうだが髪が薄く恰幅が良いパイロンと、娘コリーンの"感動"の対面である。

 パイロンの今は亡き愛妻の残した忘れ形見がコリーンであることを、側に控えた壮年の家令が涙ながらに語り、ありがちなお涙頂戴な茶番を見せられ、そのまま玄関ホールに隣接した大きな応接室に他の冒険者ともども通された。

 そして、改めて魔術師達に紹介されたアーチーやスイフリーがパイロンと交渉を始める。

 

 そんな中、相変わらずユーチャリスは、それらに気も止めず他のことを考えていた。

 

 対マルキ戦は準備を完璧にして挑めば、問題はないはずだがそう簡単に行かないことが目に見えている。

 何故なら、リプレイでは『屋敷の二階にいる』と簡単に記述されていたが、この屋敷の二階というのがネックなのだ。

 

 面識がある貴族や商人の屋敷と似たような間取りのはずと考えると、この屋敷のおおまかな間取りは推測できた。もちろん、何代も続くような名家と呼ばれるような貴族や、敷地面積の広い地方の豪商、そしてエリオルトの屋敷の場合は、二階建てなどではなく一階建ての広い豪邸なため、その間取りはまた別であったが。

 

 階段は玄関ホールにある。もう一カ所階段があるとは思えないので、恐らく階段はあそこにあるだけだろう。一階には応接室の他に厨房や風呂といった水周りとダイニングルーム、それから住み込みの使用人達の部屋などがあるはずで、肝心の二階には主人の書斎や寝室、家族などの部屋、客室があるのがセオリーだ。

蔵書の種類や量によっては保存のためと床にかかる負担から、一階や地下に書斎を作る者もいるがパイロンは商人であるし、二階に書斎があるのは確定のはずだ。 

 

 そして、ネックとなる面倒な理由はここにあった。

 

 客室の数や位置、そしてどの客室にマルキがいるのかということである。

 階段から近い部屋ならいいが、遠い部屋ならば隠密行動は難しくなるし、場所によってはマルキはそのまま外に逃げることができるだろう。

 

 現実になるとなんとも問題が増えるものである。

 そう思考をまとめて、ユーチャリスは何度目かわからないため息を小さくついた。そして意識をパイロンと冒険者達へと向ける。

 

 どうやら、マルキは逃がし賃をとって逃がすという方向で話はまとまりつつあるらしく、コモン・ルーンの買い取りにまで話が進んでいた。

 ユーチャリスの予想通り一つは売れてしまったようだが、コモン・ルーンを取り戻せるのであれば賢者の学院への言い訳も叶う。

 やがて、スイフリーが現在あるコモン・ルーンの引き取りを申し出るとパイロンは快く承諾し、家令に伝え書斎から小さな宝石箱を運ばせてきた。

 

 これはマルキとの戦いは避けられそうだとユーチャリスが少し安心した時だった。

 

「おや? 指輪が足りない……」

 

 パイロンが鍵をあけた箱を覗き込み、怪訝そうにつぶやいた。

 

「ああ、それなら――――」

 

 スイフリーがこれまでの経緯を推測も含めて説明を始める。

 

 雲行きが怪しくなったのはそれからだ。

 説明を聞いているパイロンの顔色が段々青くなったかと思うと、怒りからか赤くなり、ついには怒鳴り声を上げた。

 

「マルキを捕まえてくれ!」

 

 その声が余りにも大きく、側に控えていた家令は思わず目を見開き、冒険者達も驚きで動きが止まった。

 

「そもそも、あいつがこれを持ち込まなければ良かったのだ!」

 

 怒り心頭といった有様でパイロンは身振り荒く吠え、宝石箱を放り投げたせいで箱の中身は床に散らばる。

 

「あちゃー……」

 

「こうなりましたか……」

 

「……仕方ない、捕まえに行くか……」

 

 パラサとグイズノーが頭を抱える中、アーチーは苦い表情で渋々立ち上がった。

 レジィナとフィリスもパイロンが投げた宝石箱の中身を家令とともにかき集め始める。

 

 呆然と硬直したままなのは、エルフ二人である。スイフリーは自分の迂闊な説明のせいでパイロンが怒り始めたようなもので、選択肢を間違えたことに言葉もでない。ユーチャリスは、うろ覚えの記憶の弊害ときちんと話を聞いていなかった自分の行動に後悔していたためである。

 彼女が思考の海に入り込まずに会話に参加するか、せめてこの肝心の部分を覚えていればこの戦いは起こさずにすんだはずなのだ。

 

「何も投げなくてもいいでしょう。物に罪はないわよ」

 

 あわよくば、拾ったものを自分の物に……的な物欲はあるものの、実際にはできないフィリスは拾い上げたネックレスや、ブローチ等を家令に渡しながら呟く。

 

「まあ、それだけ怒ってるってことだよね」

 

 レジィナも苦笑しながら足下の指輪を拾い、手にした指輪を光に透かすようにしげしげと見つめた。

 

「それにしても、結局コモン・ルーンは何が残ってるんだろう? 私にはさっぱりわからない」

 

「ああ、それなら――――こちらとこちらが旦那様がマルキからお買い上げになられたものです」

 

 レジィナの言葉に、家令は赤い小さな石のはめられた指輪を二つ差し出した。

 フィリスがその指輪を受け取り、刻まれた文字を凝視する。

 

「うーん……これはたぶん、カメレオンと……クリエイト・イメージ……? かしら。自信はないけど」

 

「てことは、売れたのは……」

 

「「ライトニング!?」」

 

 顔を見合わせて異口同音でレジィナとフィリスが叫ぶと、扉に手をかけていたアーチーが慌ててきびすを返し、パイロンに詰め寄った。

 

「売却先を教えて下さい!」

 

「うるさい、まずはマルキだ! マルキを捕まえたら、いくらでも教えてやる。殺してもかまわん!」

 

 怒りのために、やや支離滅裂気味のパイロンは声高にそう叫ぶ。

 

「……で、どこにいるんです? 肝心のマルキは?」

 

 先程のレジィナとフィリスの叫びで、スイフリーよりやや早く立ち直ったユーチャリスがパイロンに聞けば、二階の客室だという。

 家令がそれに補足するように階段を上がって、右の廊下奥の突き当たりの部屋であると答えた。

 

「仕方ない。ドアを開けさせて、眠らせれば何とかなるだろう」

 

 ようやく気を取り直したスイフリーがそう提案し、冒険者達は二階へと行こうとするとユーチャリスがそれを止める。

 

「待って下さい。そのまま向かうのは得策ではありません」

 

「ん? 何かあるのか?」

 

 アーチーが扉を開けたまま、困惑した表情でユーチャリスを見る。

 それに彼女は答えず、同じ部屋にいたパイロンに紹介してくれたパーティの魔術師に近づいた。

 

「マルキを捕まえるのを手伝ってくれとはいいません。そのかわり、私達に《カウンター・マジック》と《プロテクション》を掛けていただけませんか?」



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11話

 カウンター・マジックは魔法への抵抗力を上げ、プロテクションはダメージを減少させる効果がある魔法だ。どちらも初級魔法であり、学院でもコモン・ルーンとして販売もしている。魔術師である青年は間違いなく使えるだろう。

 

「すまない、自分の力ではどちらかを四人に掛けるのが精一杯だ」

 

「ということはソーサラーレベルは1、精神力は人間の平均値って所かしら……」

 

「え?」

 

 思わずユーチャリスが呟いたセリフに、よく聞こえなかったのか青年が聞き返した。

 

「いえ、何でもありませんわ? それなら、そちらの神官さんに精神力をトランスファーをしてもらっても無理ですか?」

 

 フードの内側で曖昧な微笑みを浮かべて、彼女が言葉をごまかすとチャザの神官と魔術師の青年は思わず顔を見合わせる。

 

「いや、そこまでして貰わなくてもいいだろう?」

 

 ユーチャリスの余りに図々しい頼みにアーチーが呆れたように咎めた。

 それに対して、ユーチャリスは表情の分からないフードの内側からアーチーを見つめ、その瞳をやや細める。

 

「相手は電光も呼び出せる魔術師です。できる準備は全て行うべきです。もちろん、私やフィリスさんが掛ければいいことですが、消耗せずに行けるのであればそれに越したことはありません」

 

 一端そう言葉を区切り、また魔術師を見た。

 

「だめ……でしょうか?」

 

「うーん。それでも、二種を四人に掛けるのがやっとかな。気絶する覚悟なら、後一人にもかけられるけど……」

 

 自分の能力の限界を考えながら、青年は困ったように答えた。

 それならば、残りは自分でかければいいか……とユーチャリスは内心で思った。

 彼等はNPCだが、ここはリプレイやゲームではない現実なのである。今の条件でさえ、無理を言っているのは承知の上だ。

 

 それに現実になったことでTRPG内のルールと変わったことがあった。

 魔法の効果時間が瞬間以外の効果時間が大体五倍から十倍程度にまで延びていたのだ。

 もちろん、全ての魔法を確かめたわけではないので確認は取れていないし、効果時間だけではなく、効果自体も変わっているモノもあるのかもしれない。

 だが、恐らくこれが現実とゲームとの差だろうとユーチャリスは考えていた。

 

「では……後衛の私とフィリスさん、スイフリーさん『以外』の四人に先ほど言った二種の魔法をかけて頂けませんか?」

 

「あ、ああ。わかったよ」

 

 魔術師の青年は、まずカウンター・マジックをアーチー、パラサ、グイズノー、レジィナにまとめてかけると神官からトランスファー・メンタルパワーを受ける。

 

 それを見ながら、ユーチャリスは手で空中へと魔法陣を描きながら、小さいがよく響く声で詠唱し、カウンター・マジックを使用した。

 その魔法陣で編み出された淡い魔法の光は、スイフリーとフィリス、そしてユーチャリスにかかる。

 続いて、彼女はプロテクションの魔法も同じように使用した。

 

 フィリスはユーチャリスの魔法行使の繊細さに思わず目を見張った。

 『初級魔法ほど技量がよく分かる魔法もない』と常々、師である父によく言われていたが、なるほどこの事かと彼女は思った。

 精度の違い、練度の差とも言うべきか。少なくとも、フィリス自身がかける場合との差は歴然だ。もしかすると導師である彼女の父よりも無駄が省かれ、洗練されているかもしれない。

 

「フィリスさん? あの……どうかしました?」

 

 無意識に余程強く睨みつけていたのか、ユーチャリスが困ったようにフィリスに声をかけてきた。

 

「……ッ! なんでもないわ、ユーチャ」

 

 フィリスは親の跡をついで魔術師になるよりも、他の職になりたいと子供の頃から思っていた。

 頭を使うことは苦手で身体を動かすほうが好きだったからだ。実際、身体能力には彼女は恵まれていたから、戯れで手にした弓の扱いにもすぐに慣れたほどである。

 しかし、決して古代語魔法を扱うことが嫌いだったわけではない。魔法を扱うことは好きだった。だからこそ、嫌々……納得はしていないものの魔術師としての今があるのだ。

 

 だが、その同じ魔術師であるというのに、ユーチャリスの技量と自分は天と地ほども違う。

 TRPGのルールから見ればユーチャリスのソーサラーのレベルは9、フィリスはレベル1だ。差が出るのは当たり前なのだが、そんなことを知らないフィリスがわかるわけがない。

 

 ぼんやりしてドジなユーチャリスだが、魔法は一級。眼前に示された隔絶した差――――その事にフィリスは密かに嫉妬したのだ。

 

「なんて……なんて、素晴らしいんだ! 貴女の魔法行使の陣は繊細で美しい……こんな御業を見たのは初めてだ」

 

「えっ!?」

 

 そんな微妙な空気を破壊するように、魔法をかけ終えた魔術師の青年が感無量といった表情で、ユーチャリスの両手を取った。消耗しているためか若干青い顔色だが、そんなことを感じさせない勢いである。

 

「ああ、こんな……こんな、たおやかな手であの陣を、あんなに美しい陣を。きっと、そのフードの下の素顔も噂に聞く妖精魔女のように美しいのだろう」

 

「ひっ……!」

 

 ユーチャリスは自分の手の甲を撫で回しながら、うっとりして早口気味に語る魔術師の青年の対応に困った。

 褒められるのは嬉しいが、時と場合による。流石に、この行動は気持ち悪い。おまけに、例えに出されたのが自分である。

 あまりの態度の変化に、どこにスイッチがあったのかと首をかしげざるを得ない。これは、稀によくある魔術バカと言う類であろうかと、表情を引きつらせながら彼女は考えた。

 

「確か、ユーチャさんだったか? よければ、是非、今度二人きりで魔法と陣について語り……」

 

「いい加減、時と場所を考えろ! この魔術バカっ!!」

 

 盗賊の少年の助走をつけた渾身のツッコミを頭に食らい、魔術師の青年はようやくその行動を止めた。

 少年の行動に気を取り直した仲間の神官が、ユーチャリスから青年をひき剥がしたのである。

 

 そっと、ユーチャリスが周囲を見れば、レジィナとフィリスはユーチャリス同様に青年の行動にドン引きしており、残りの他の者達は元より、あれほど怒り狂っていたパイロンですら呆気にとられている。

 

「コイツ、俺達の中でも常識人なのに……ったく。ほら、行って」

 

 それを見ながら少年は手をひらひらとさせて促した。

 

「災難だったわね、ユーチャ」

 

「びっくりしました……」

 

 ドン引きしたせいか、元の調子に戻れたフィリスは、ユーチャリスの肩を叩いて労うように声をかける。

 

「ま、気にしないでいきましょ? ああ、ユーチャは精神力キツイだろうし、眠りの雲は私がかけるわね」

 

 たとえ、魔法の腕が負けていても、自分ができることをする――それがフィリスの矜持だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属鎧すらつけているメンバーがいるのだから、階段を音を立てずに上がるなど到底無理な話である。

 おまけに、階段の途中でパラサが段差を踏み外し、踊り場へ転げ落ちたのも痛かった。

 

「せめて、サイレンスを階段の辺りにかけるべきだったかしら」

 

 転げ落ちたパラサがきまり悪そうに頭を掻きながら先頭に小走りに移動するのを見ながら、ユーチャリスは思わずつぶやいた。

 確かにサイレンスは範囲内の音を消す効果がある。しかし、この魔法は3レベルの精霊魔法であり、使用できるとしたらユーチャリス以外にいない。

 ただ、階下の音が二階にわずかながら聞こえることを考えれば、アレだけパイロンの怒声が響いた後だ。

 これは間違いなくマルキの部屋にもあの音が聞こえていたのではないだろうか。

 

「……いまさらか」

 

 しかも、先程の騒ぎである。十分な時間を与えてしまったとしか思えない。

 考えが甘かったかとまた溜息をついて、廊下を進む。

 この廊下も、またユーチャリスが眉をひそめる原因となっていた。

 

 廊下自体はそれほど広いものではなく、左手側には各部屋の扉が並び、右手側は庭を見渡せる王都でも珍しい板ガラスのはまった窓が並ぶ。そして、突き当りの部屋の扉は閉まっている。

 つまり、扉の中からライトニングを打たれると廊下にいる者は避けることができないのだ。

 仮に扉を破壊するつもりでライトニングを打ってきた場合、器物破壊ルールの適用といった面倒な処理が出る。それらの処理はゲームマスターに一任されるし、通常面倒なので待ち構えるのみで扉を開いてから戦闘というのが多い。

 しかし、現実ならそんな処理はないしNPCではないのだから躊躇なく撃ってくるのではないだろうか。

 考え過ぎかもしれないとユーチャリスが思ううちに扉の前につくと、パラサがドアノブに手をかけた。その後ろにフィリスとスイフリーが立つ。開けた直後に魔法をかけるためだろう。

 

「あの! やっぱり、ちょっと待って下さい! 私が開け……」

 

 慌てて、ユーチャリスが止めようとして前に出ようとするのと、扉が爆音と光とともに破壊されるのは同時だった。

 パラサとその背後にいたスイフリーとフィリスは、破壊された扉の破片と電光に弾かれた。そして、その電光は威力を消さずに更に後ろにいたアーチーやグイズノーまで巻き込み彼らを貫く。

 レジィナとユーチャリスには距離が足らなかったのか届かなかったものの、一瞬で死屍累々である。

 

 ドアの大きな破片ごと壁に叩きつけられた上に電光のダメージを受けたパラサとスイフリーは頭から血を流して気を失ってしまい戦闘不能だ。

 かろうじて、フィリスは直撃したものの魔法抵抗には成功したのか、室内を睨み立っていた。だが、破片が当たっていたのか、口元から血が流れている。

 アーチーとグイズノーは電光が貫いたせいで、服が電熱により焦げ煙を上げている。

 

 室内には、右手をこちらに向けたマルキが青い顔でこちらを見ていた。

 

 ユーチャリスは、顔色悪く唇を噛んだ。

 自分の行動如何によっては、未然に防げた事態を引き起こしてしまったからだ。完全に自分の怠慢だ。

 

 自分が先に立ち、ルーン・シールドを展開して開けるべきだったのではないかと、まず考えた。

 だが、ルーン・シールドで"()()へのライトニング"は防げても、その"()()()()への余波"、つまり扉破壊までは防げない。

 それを防ぐなら空間に影響する、アンチ・マジックという魔法を使うべきである。この魔法は起点を中心とした半径10メートルの完全な魔法無効化空間を作る。

 そのため、範囲外からの魔法を無効化し、内部にいる者も魔法を発動することはできない。唯一使えるのは、解除するための魔法であるパーフェクト・キャンセレーションというディスペルマジックの強化版とも言える魔法だけだが、それもアンチ・マジックの効果を上回らなければ発動できないというシロモノだ。

 

 この思い当たった魔法に、ユーチャリスは自己嫌悪に陥った。

 

 確かに、これを"使()()()()"最善の効果を発揮していた……そう、残念なことに彼女は習得していない。というよりも、このアンチ・マジック(対抗魔法のパーフェクト・キャンセレーションもそうだが)は取得レベルは10。そして、この魔法はロードス島ワールドガイドで追加された遺失魔法であり、知識として知っているのはプレイヤーの記憶のおかげだ。

 エリオルトならこの魔法もおそらく使えるだろうが……レベルが足りない自分が覚えているはずがない。

 

 なぜ、自分は最初から前に出なかったのだろうか。

 抵抗力はもとより、レベルと装備により魔法防御力は随一で、少なくともこの程度の電撃等、自動的失敗でも起こさない限り殆どダメージは通らないというのに。

 

 面倒だったから?

 これから先の展開をうろ覚えだったから?

 騒がれるのが嫌でレベルを隠していたから?

 

 それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が嫌だったから?

 

 自問自答しながら、ユーチャリスは焦る自分を落ち着かせるために軽く目を閉じる。

 

 単純な話だ。自分が傷つくのが怖かったのだ。

 だから、範囲外にいたし、自分から行動しようと思えなかったのだ。

 

 ここに生きていたユーチャリスの記憶には自動的成功や、自動的失敗などという不可思議現象はない。

 自分がプレイヤーとして1ゾロ、6ゾロを起こした際の行動結果は気合や慢心、焦り、偶然などによるものとして記憶している。

 

 現実と夢の区別がついていないのは自分なのか?

 利口のふりをした馬鹿なのは自分か……。

 

 ユーチャリスは目を開き前を見据えた。

 

 彼女が思考していた時間は本当にわずかの時間だったようで、周囲の者に動きはない。

 破壊されている扉の奥のマルキも逃げ腰気味にこちらに手を向けたまま。

 レジィナはユーチャリス同様、無傷。フィリスはダメージは受けているが、さほど影響はない。

 スイフリーとパラサは、壁にぶつかった体勢まま身動きもしない。

 服が焦げているアーチーとグイズノーだが、どちらもかなりのダメージを負って崩れるように倒れている。魔法ダメージがクリティカルしたのだろうか?

 

 センス・オーラでは見るだけでは生死判定まではできないし、精霊は金気を嫌う。

 だから、男性陣は気絶しているだけだと思いたいが、放っておくと最悪な結果になりそうだ。

 

 そんな仲間達の間を通り、ユーチャリスは前へと進む。

 

「――フィリスさん、下がって」

 

 そうして、フィリスを庇うように彼女の前に立った。



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12話

「ちょっと、ユーチャ……!」

 

 眠りの雲を使用するつもりだったフィリスは、邪魔をされて困惑した。

 

「え、ユーチャお姉さん、なんで前に?!」

 

 制止するレジィナの声も聞き流し、ユーチャリスはそのまま入口の前に立ち塞がり、マルキを見つめる。

 

「さて、マルキさん。貴方がこのまま大人しく捕まって下さるなら、何もしません。むしろ、逃亡は無理としても多少は罪科を軽減するように便宜を図るように口添えもしますよ。ですが……このまま抵抗し続けるというなら、それ相応の覚悟を持ってくださいね?」

 

 何を言うのかと身構えていたマルキは、一瞬、呆気にとられたような表情をした後、弾かれたように笑い始めた。

 覗いていたフィリスとレジィナはぎょっとするが、マルキが笑い出すのも無理は無い。

 警告しているのはフードを被った華奢な女であり、戦力らしい戦力は背後にいる女二人。しかも、どちらも冒険者としても駆け出しだろう。他は傷つき倒れているのだから、魔法を撃ちこめば殲滅は可能である。

 唯一、気がかりなのは、発言した女の装束が他の仲間に比べ、格段に上質なことぐらいだった。

 

「……ハ、――――――いや、笑わせてもらった。今の状況でまだそんなことを言えるのか?」

 

「私は無駄なコトをしたくないだけです。とはいえ、その態度では提案は無駄だったようですが」

 

 マルキが手を掲げ、魔法を使う動作に入る。

 ユーチャリスの眼には彼の手には発動体らしきものがないように見えるが、大通りの一件の時にも素手であったことから、恐らく彼の発動体は指輪のようだ。

 そんなマルキを冷たく一瞥し、ユーチャリスは一瞬何か迷う素振りをした後、そのよく通る声で詠唱し魔法陣を描く。

 

「『万物の根源たるマナよ、彼の者の気力を奪い我に転換せよ』」

 

 周囲に漂うマナが引き寄せられ、風が吹いているかのように彼女のローブをはためかせる。その姿に実際は何も変わりはしないというのに、彼女の背後に黒いオーラを幻視させた。

 

「な……うわぁっ!?」

 

 マルキよりも早く完成した魔法陣から、まるで闇の精霊のような黒いもやが湧き出し、大きく広がってマルキを包み込むと、哀れな犠牲者の叫びとともに闇の中から淡い青い光がユーチャリスのもとへと飛び、彼女の身体へと消えていく。やがて、闇が晴れるとそこには無傷であるが、気絶したマルキが倒れていた。

 

 それを確認すると、ユーチャリスは安心したように大きく息を吐いた。

 

 彼女が使用した魔法は、スティール・マインドという古代語魔法である。

 スティール・マインドは、対象の精神力にダメージを与え、与えたダメージ分自分の精神力を回復するという――もちろん、対象の残り精神力以上はダメージを与えられないし、自分の精神力以上に回復することもないが――6レベルの魔法だが遺失魔法であり、ユーチャリスもエリオルトに知り合ってから覚えたものだ。

 

 しかし、この魔法はプレイヤーのユーチャリスの十八番とも言える魔法だった。もちろん、この世界のユーチャリス本人にとっても。

 

 スティール・マインドは、敵の精神力を削り取り、精神力を回復する。そして、ユーチャリスはプリースト技能も所持しており、神聖魔法には精神力を仲間に分ける魔法トランスファー・メンタルパワーがある。

 つまり、この魔法を習得していれば、敵から精神力を補給し、供給できるのだ。

 

 和マンチと言われていたユーチャリスがこれを利用しないわけがなく、幾度となくえげつない魔法運用をしたことは想像に難くない。

 

 先程、使用時に一瞬迷ったのは、ライトニング・バインドとこの魔法のどちらを使用するか悩んだためだった。

 ライトニング・バインドは電撃の網で絡め取って相手の動きを封じ、なおかつ電撃ダメージを与える魔法で、人間サイズの相手ならば、ほぼ確実に無力化できる魔法だ。

 しかし、彼女がこれを選ばなかったのは、ひとえに与えるダメージが大きすぎるためだ。

 ライトニング・バインドは8レベルの古代語魔法だけあって基礎ダメージが大きい上、ユーチャリスの高い魔力では、マルキを殺してしまいかねない。

 ならば、スティール・マインドで精神力を削りきって気絶させたほうが良いと彼女は判断したのだ。

 

 マルキの罪状から考えれば甘いともいうべき判断だったが、狙い通り事が運んだので、ユーチャリスは二重の意味でホッとしたのである。

 

 フィリスやレジィナは驚きで言葉も出ない。

 ドジなエルフだと思っていたユーチャリスの意外な行動に頭が働かなかったのだ。

 

「ユーチャ……貴女、今の魔法って……」

 

 少しして、気を取り直したフィリスが不信感満載で問いかけてきた。

 

「あー……」

 

 ユーチャリスは左の人差し指の先を顎に当てて少し考える。どう説明したものか……と。

 その仕草は素の彼女ならば、とても可愛らしいのだが、フードを深く被っている今はあやしさを助長しかしない。

 

「えと……それより、人を呼びに行ってもらえませんか? 気絶したマルキを縛り上げないといけないし、傷ついてる皆を手当しないと……」

 

「あ……ああっ、そうだった! 急いで呼んでくるっ」

 

 レジィナがハッとして、慌てて『すみませーん!』と階下に向けて叫びながら、廊下を走って行き、残されて意識があるのはフィリスとユーチャリスのみになった。

 沈黙したままの空気は重く、ユーチャリスへのフィリスの視線はきつい。

 

「ねえ。詠唱呪文が上位古代語の魔法って、あたし初めて見たわ」

 

 フィリスはユーチャリスのフードの奥を見つめる。

 

 この世界の古代語魔法の詠唱呪文は、基本的にバリエーションが豊かで自由である。

 それは師匠や学院などから学んだ共通語による詠唱呪文をそのまま使用する者、アレンジを加える者、独自の内容に変える者……と魔術師によって個性が現れる場所だからだ。

 唯一の共通点は、詠唱呪文の内容は自分がよく知る言語で、魔法の効果を説明するものにすることくらいである。古代語魔法は、複雑な身振り(発動する魔法それぞれの魔法陣を構築するため)と発動体が正しいものであれば、それで発動するためだ。

 TRPGには本来無い法則であるが、数多にあったフォーセリア世界が舞台の小説の詠唱は確かにこの法則に則っている。そして、ユーチャリスは記憶のおかげで違和感なくこれを使いこなしていた。

 

 しかし、今回ユーチャリスが使用したスティール・マインドは詠唱呪文全てが上位古代語で発動していた。

 これは理由だけ見れば、わりと単純なことなのだが……指導したのが古代王国の魔導師の生き残りである、エリオルトであったためだ。

 彼の詠唱呪文が上位古代語であったことから、そのまま書き写していたユーチャリスの詠唱呪文も上位古代語だった。そして、極度の面倒くさがりのユーチャリスはアレンジを加えず、そのままその詠唱呪文を利用していた。プレイヤーであるユーチャリスは、特にそれを不思議とも思っていなかったため、フィリスにとっては違和感だらけの魔法になったのである。

 

「あの魔法陣は見たことがない。何ていう魔法? 効果は詠唱から推測はできるけど」

 

「…………スティール・マインドと言う魔法です。遺失魔法の一つですから、御存知なくても仕方ないかと」

 

 しばしの無言のあとに困ったようにユーチャリスが首を傾げると、フードがずれてその美しい顔が見えた。

 

「そう……薄々思っていたのだけど……やっぱり、貴女の魔法の腕前はかなり上なのね。導師の私の父すら軽く超えるくらい」

 

 フィリスの顔から、表情が抜け落ち、無表情のようにこわばる。

 

 そもそも、おかしいと思ったのだ。

 初めて会った時に、一瞬でスリの少年を無力化したこと。

 フードを目深に被り、眼鏡すら掛けて素顔を見せないこと。

 賭博場での支配人らしい男に顔を見せただけで、強張らせたこと。

 導師であるフィリスの父よりも研鑽が積まれ、洗練された魔法構築と見たこともない魔法。

 

「……今考えれば、あのスリの男の子に掛けたのは麻痺(パラライズ)。最初の時とその後の報酬決めの際にクナントンの態度がおかしかったのも、貴女の正体を知っているから――――よね?」

 

 そう、クナントン。彼の学者もユーチャリスの顔を初めて見た時、硬直していた。

 あれは、彼女の正体を知っているせいだろう。

 

「ねえ、貴女は……一体ナニモノなの? まさか……」 

 

「何者って言われても……私は私。それ以外の何者でもないですよ?」

 

 聞かれても、ユーチャリスはそう答える他ない。

 中身は確かに、ここ(・・)に生きていたユーチャリスではないかもしれないが。

 

 やがて、お互いの顔を見つめ合っているうちに、レジィナが下の冒険者達を連れて戻ってくると、話はそこで打ち切られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後から来た冒険者達はとりあえず、怪我をした者達に応急処置をするとマルキを縛り上げて、階下へと連れて行った。

 パイロンの厚意で一時的に休養をとるために貸してもらっている客間は、重い空気が漂っていた。

 フィリスはユーチャリスに聞きたいことがあるものの、空気を読んで黙っている。

 

 犠牲者が出ていたのだ。

 

「……まさか、アーチボルトさんが死亡するなんて……」

 

 ユーチャリスは顔を手で覆い悔しそうに呟く。彼女にとって、これは全くの想定外である。

 

「鎖帷子を着込んでいたせいで、電光が致命的になったんだろう……本当にすまん。私が余計な一言を言わなければこんなことには」

 

 頭に包帯が巻かれ、見た目は割りと痛々しいスイフリーが、自嘲するように言う。

 

 雷が金属を熱し高温になり、下に布の下着があっても更に追加で熱ダメージを受けたのだ。

 これがゲーム上の致命的(クリティカル)処理に当たるのかもしれないとユーチャリスは思う。

 

「スイフリーさん……貴方のせいじゃありませんから、気に病まないで下さい」

 

 ――むしろ私のせいです。と、ユーチャリスは心の中で小さく付け加え、落ち込んでいた。

 

 プロテクションもカウンター・マジックも使用していたのだから、死ぬはずがないと思っていたのだ。

 本来ならこの戦いで死亡したのはグイズノーだ。しかも、二度魔法を受けてからだ。

 それが、たった一度のライトニングボルトでまさかアーチーが死ぬとは。

 これこそ、自分の悪手が原因であり、如何に慢心していたのかわかるというものだ。

 

 大怪我をした男性陣は、治療を受けて怪我は回復しているものの、精神的疲労から床にそれぞれ座っったり、寝ていたりしていた。

 床と言っても一応は絨毯を引いてあるため、ただの床よりはマシである。

 女性陣で怪我をしたのはフィリスぐらいで、その彼女の怪我も治療してあった。

 

 これは、応急手当を受けたグイズノーがキュアー・ウーンズで治療したおかげ……となっているが、実はひっそりとユーチャリスも同じ魔法をタイミングをあわせて使っていたせいだ。

 神聖魔法が、己の信仰心と祈りの言葉のみで発動できることをユーチャリスは心から感謝している。古代語魔法のように複雑な魔法構築がいらないので、目立つことがないのだ。

 

 ゲームの時であれば、彼女が神に祈ったところでプレイヤー達はチェンジリングだと、すでに知っているので問題は起きないが、現実になった今はエルフであるユーチャリスが神聖魔法を使うということはチェンジリングであることを教えるも同然である。そのため、ユーチャリスはプリースト技能を持っていることは、余程のことがない限り言うつもりはなかった。

 

 そして、今回唯一の犠牲となってしまったアーチーは、手を組んだ形で少し離れた場所に寝かされていた。

 

「アーチーが死んじゃったこと……家族に知らせたほうが良いよね……?」

 

 レジィナが、寝かされたアーチーの亡骸を見た。

 顔の部分はきれいなものだが、首から下は火傷がひどく爛れている。

 

「そうね。学院に所属していたみたいだし、クナントンに頼んで知らせてもらうしかないわよね……」

 

 フィリスは、意気消沈気味にパイロンから渡された手持ちのコモン・ルーンを見る。

 

「どうしたものですかねえ」

 

 グイズノーは、アーチーの亡骸を見ながら呟いた。

 

 アーチーは装備や身なりから考えれば没落貴族か、貴族の庶子ではないだろうか。

 まあ、貴族の嫡男が冒険者をするなど聞いたことがないが、万が一貴族の息子なら死んでしまったことで、大騒ぎになるだろう……そんなことを考えたのだ。

 

 実際には庶子どころか、学者貴族の跡取りである一人息子なのだがグイズノーはそんなことは知らない。

 

「う~ん……あ! なあなあ、グイズノー」

 

 パラサが寝転んだまま唸っていたが、何か思いついたのか、そばに座っていたグイズノーに転がって近づく。

 

「はい? なんですか、パラサ」

 

「蘇生魔法ってどれくらいかかるんだにゅう?」

 

「蘇生……魔法ですか……?」

 

 思いつきもしなかった言葉にグイズノーは面食らったように言葉が詰まった。

 

「うん。ものっすごい高価なのは知ってるけど、実際いくらくらいなのかなあと」

 

 パラサは一応セージとしての心得もあるため、多少の魔法の知識を持っていた。そのため、神聖魔法の大儀式に蘇生魔法があることを思い出したのだ。

 

 元々、蘇生魔法のような高位の儀式魔法を受けるには神殿へのコネが必要であり、一般的に必要な寄付金額は知られていない。この魔法を必要としているのは貴族や各ギルドの幹部と名の知られた相当に高位の冒険者くらいのものだからだ。

 そのため相場というものがわからないため、神官であるグイズノーに質問したのである。

 

「そうですね……担当が違うので自信がありませんが、蘇生魔法の寄付金額は……最低八千ガメルは必要だと思います。これは、その蘇生される人物の重要度でもかわりますし……それよりも神殿へのアポイントを取るためのコネが必要になると思いますよ」

 

 グイズノーは目を閉じる。

 

 蘇生魔法を行使できる高司祭は、五大神の大神殿にしかいない。そして、この大神殿もアレクラスト大陸には、各神ごとに一つもしくは、二つしかなかった。

 オランの場合、ファリス神殿(ファリス神殿の最大神殿は法王が治める隣国のアノス王国にあるのだが)とラーダ神殿がこの大神殿にあたるが、どちらも蘇生魔法となると神殿長以外は使えない。

 それというのも、神聖魔法を使用できない神官など、どこの神殿もそこそこ多いのである。それは、教義通りの生活をしたところで、神より啓示を受けて神聖魔法を使用できるようになるわけではないためだ。何よりも素質が必要なのである。

 一般的に神官、待祭、司祭、高司祭、最高司祭という神殿内の格付けだが、司祭程度までは神聖魔法を使用できないものも珍しくなく、神殿によっては高司祭にもそんな神官がいる。

 そう言う意味では、グイズノーは曲がりなりにも啓示を受け、魔法を使用できるために優秀と言えば優秀なのだ。

 

「蘇生を受けるなら、ラーダ神殿かファリス神殿以外に選択肢がありません……そこの神殿長様しか使えませんから。数年前なら、マイリー神殿にも戦乙女様がいらっしゃいましたが、あの方は今は国外にいるらしいですし……」

 

 そんなグイズノーの台詞を何気なく聞いていたユーチャリスは思わず肩を震わせるが、それに気がついた者はいない。

 

「……今ざっと計算してみたが、八千ガメルくらいなら、今回の報酬を全員分まるごと払い出せばなんとかなるぞ」 

 

 スイフリーが、少し見えたらしい光明に顔を上げた。

 

「むぅ、仕方ない。そういうことなら、今回はタダ働きでいいにゅう……」

 

「生き返らせることできるの? それなら、私報酬いらないから、そうしようよ!」

 

「本当に寄付金報酬で足りるの? 不安なんだけど、あたし」

 

 パラサは金額の大きさに顔をしかめ、レジィナはパッと顔を輝かせ、フィリスは逆に顔を曇らせてスイフリーを見る。

 

「寄付金がなんとかなるとすると後は神殿へのコネですが……その辺りは学院のほうで、どうにかしてもらうということでどうでしょう? たぶん、わたくしのいるラーダ神殿なら、融通が利くはずですよ」

 

「なら、遺体をラーダ神殿に運んでから、賢者の学院に行って交渉するしかないな」

 

 グイズノーの提案にスイフリーがそう言って、方針が決まった。

 それぞれ荷物を抱え、グイズノーとレジィナがアーチーの遺体を担架のようにしたシーツの上にのせ運ぶ事になった。

 

 ゲームルールでは、蘇生は死亡してから一日過ぎるごとに、必要な達成値が上がる。

 現実のここでも、そのために儀式が長くかかり、必要な神官の数が増える。できるだけ早く蘇生魔法を掛ける必要があるのだ。

 

 そうして、パイロンの屋敷を出た所で、ユーチャリスの足が止まる。

 

「――――すみません。先に行って頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「何か用事でもあるのかにゅう?」

 

 パラサが不思議そうにユーチャリスを見上げた。

 

「ええ。ちょっと……すぐに戻りますから」

 

 右手を強く握りしめた彼女は、一礼するとそのまま街の喧騒へと消えていった。

 

 

 

 

 第二章 賢者の事情 完

 

        次回、第三章 干物魔術師の道につづく




 

 一段落? したので御挨拶と少し補足をこちらにて。
 御覧頂き、ありがとうございます。
 自己満足小説ではありますが、懐かしいと思ってくださる方がいらしたら幸いです。
 誤字、脱字の指摘感謝しております。 

 評価の方にダイス運というものを気にしすぎて爽快感がないという御意見を頂いたのですがダイス運はTRPGを語る上で一番重要だと思うので、こればっかりは許して下さいとしか言えません……爽快感がないのは、私の文章力の無さなので確かにそうだなと反省しております。

 ソード・ワールドのTRPGリプレイを元にしていますが、ソード・ワールドの短編や長編小説の設定を元にした独自設定が多少混じっております。(ハイエルフがエルフの王族とか、複雑な身振りが魔法陣構築のためとか、詠唱呪文の件とか)ですので、完全にTRPGのみが元になっているわけではありません。

 次回もどうかよろしくお願いいたします。


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第3章 干物魔術師の道
13話


 ソード・ワールドの小説はいくつもあったけど、私は全てを読んだわけじゃない。ちゃんと読んだものはリプレイのキャラを元にしたもの(それも第三部まで)や短編集と長編のシリーズを何種類か。それから、読者参加企画のアドベンチャーとシアター、それにツアーズくらい……って、改めて考えてみるとかなり雑多に読んでたわ、私。

 

 でもなあ、アドベンチャーとシアターは一部しか内容覚えてなくて、追加された魔法くらいしか確実に覚えてないし、フォーセリア世界の展開が終わった原因らしい魔法戦士のシリーズは一番最初のくらいしか読んでないから、色々知らないし。

 

 そんな風に読んだといっても、どれも随分と昔の話な上に斜め読みしていたせいか、ストーリーはうろ覚えどころかタイトルもまともに覚えていないものの方が多いわけで。

 

 で、だ。その小説達の中に確かゴーレムがタイトルに入ったものがあった気がするけど、なんだっけ。

 ゴーレムは弁明しない……いや違う、弁明せず? だったような。何かミステリーっぽいモノだったような気がするんだけど、さっぱり覚えていない。

 ミステリーってことは、手を付けていなかった迷探偵デュダシリーズか、シナリオ集……って、思い出した!

 ああ、短編集の『ゴーレムは証言せず』だわ! 挿絵がそれまでのイラストレーターさんと違ってちょっとがっかりしたヤツだ。

 まあ、タイトルを思い出せたところで、こんなことを現実逃避に考えてしまうようなカルチャーショックを受けている私には全く役に立たないわけで――――

 

 

 

 

 

 

 王都でも珍しい大きな透明板ガラスの装飾に色ガラスを組み合わせたステンドグラスがはめこまれた窓。

 その窓の外には長閑で美しい湖を望み、室内は元の世界で言うバロック調の絢爛なインテリアでまとめられている。

 

 前に来たときよりも豪華になってる……

 このステンドグラスの部分とか、この窓には無かったはず。

 

 こんな辺境の村でこれだけ揃えるなんて、一体いくら掛かったんだろう。よくお金と品物を調達できたものだ。

 何かマジックアイテムでも作って、売りに出しているんだろうか。付与魔術は専門じゃないって言ってたけどできなくはないらしいし、とんでもないものを作って安易に売りに出していないと良いんだけど……と考えた私は、ちょっと胃が痛くなった。

 

 私が座るボルドーカラーの優美なソファセットの横では、クラシカルな丈の長い黒色のメイド服を身につけた、背が高くてスタイルの良い金髪のメイドさんが、陶器のティーポットでカップにお茶を注いでいる。

 その隣から同じお仕着せを着た小柄でスレンダーな茶髪の少女メイドが、かわいらしい焼き菓子の載せられた皿をサーブしてくれた。

 

 このタイプが違うメイドさん二人は、実はフレッシュゴーレムである。

 他に女性型がもう二体と、男性型がさっき玄関で出迎えてくれた渋いおじさまな執事を含めて四体、合計八体もここにはゴーレムがいる。

 外見年齢と体型にそれぞれ差あるけれど、どのゴーレムも人としてみると整いすぎるほど美しい見た目をしている。

 実際に目にするとこれは衝撃だ。知識として、ここではフレッシュゴーレムが使用人代わりになっていると知っていたとしても『ゴーレム、とは?』とか問いたくなるレベルの出来事だ。

 

 ゴーレムは本来、鉱物や金属、人や動物の死肉や骨でできている意志のないロボットみたいなもの。

 それぞれの材料ごとにモンスターレベルも違うし、主人の命令だけを忠実に実行する魔法物だ。

 細かい作業が苦手で簡単で簡潔な命令しか理解できず、何でもかんでも力任せという、使い勝手の悪いモノ。

 そしてフレッシュゴーレムは、Fresh(新鮮)ゴーレムじゃなくて、Flesh(死肉)ゴーレム。

 早い話がフランケンシュタインのようなものなのだ。

 

 ……あれ。もしかしなくても、ここのゴーレムは元を正せば死体?

 幽霊屋敷っていう、ここの呼び名あながち間違ってないんじゃ……

 

 ま、まあ、それはともかく。そういったモノのはずなのに、ここのゴーレムは細かい作業もしてるし、命令は全部判断できてるみたいだし、意志もあるっぽい。

 これどう見てもゴーレムっていうより、ファンタジーの広義的に言う自動人形(オートマータ)な類の気がする。

 でも、フォーセリア世界に自動人形なんていたっけ?

 

 うーん……このゴーレム達が特別製なのか、それともコレを操る私の目の前のこの男が凄いのか。

 

 と、カルチャーショックによる現実逃避から始まった変な悩みを抱えつつ、私の対面で本を読みながら優雅に茶を嗜む彼をそれとなく見る。

 

 彼がエリオルトレーベン・アズモウル――――氷漬になっていた古代人の魔導師だ。

 

 紺色がかったストレートの長い黒髪を首の後の辺りで一つにまとめて、光の加減で薄い赤にも見える薄紫の虹彩が印象的な瞳に、細めの銀のアンダーリム眼鏡をかけている。整った顔をしているのに、目つきが険しくて神経質そう。

 髪の色が銀でないことがちょっと惜しいけど、ステレオタイプな参謀系眼鏡キャラっぽい。

 見た目の年齢は三十代半ばくらい。でも、実際はいくつだったっけ……確か、かなりの年齢だったような。

 ローブにも見える造りの黒い軍服っぽい服に、カストゥールの所属一門を示すものらしい濃緑色のマントを左肩に流している。

 

 ちなみに彼のイメージイラストは製作者であるマスターが描いていた。

 他にも重要NPCは男女・モンスター問わず彼女が描いていたけど、そのほぼ全てに彼女好みの要素がどこかしらに入っていた覚えがある。

 エリオルトの場合は長髪・眼鏡・腹黒・軍服って所かな。うん、性格は俺様の方が正しい気がするけど、見た目のコンセプトは腹黒で間違ってないはず。

 

 でもさ、マスター。

 あくまで、フォーセリアは中世っぽい和製ファンタジー世界だから、気にしたら負けなのはわかってる。

 そして、私はその参考にしたというカストゥールの短編小説の内容を知らないからわからないんだけど……

 

 時代考証どこ行った!?

 

 なんで、古代王国の魔導師なのに軍服で、しかもSS制服っぽいんだよ……確かにデザインがかっこいいのは認めるけど、溢れ出る違うそうじゃない感。

 おまけに眼鏡をフルリムじゃなくて、デザイン重視にも程があるアンダーリムにしたのは単純に描きやすかったからじゃ……

 

 いやまてよ?

 そういえば、マスターの旦那もアンダーリムかけてたっけ。

 なるほど……萌えと好みはいくつになっても変わらないのか。

 

 そんなことをしみじみ思いなから、自分の前に出された琥珀色の液体が注がれたカップに口を付けた。

 

「……何だ?」

 

 私が考え事をしながらずっと見つめていたせいか、彼が胡乱げに視線を手元の本からこちらへ移した。

 そんな彼の口から発せられた言葉は、共通語ではなく下位古代語。発音もとてもキレイなものだ。

 

「エリオルトという存在の不条理についてちょっと悩んでいたわ」

 

 ため息とともに彼と同じように下位古代語でそう言って、私はカップを皿に戻す。

 一応、共通語でも理解してもらえるけど、細かいニュアンスがこっちでないと通じない。

 

 カストゥールでは下位古代語は、今で言う共通語のように日常使用されていたそうだ。

 今の私達が話す共通語は、蛮族と彼等が呼んでいた別の種族が使っていた言葉に近いらしい。

 そして、上位古代語は神々から授けられた神の言葉を10人の系統の祖と言われる賢者が研究した魔法語だから、実際に公式文書用の公用語にはしていたけれど、日常的には使用はしないものなのだとか。

 

「不条理……か。ならばユーチャ、貴様の存在も大概にして不条理だろう」

 

 目を細めながら、呆れたようにそう彼は言った。

 

「まあ、ねえ」

 

 普通は人間同士の間から、別の種族なんて生まれないだろう。

 でも、生命の神秘、遺伝子の妙により生まれてしまった取り替え子(チェンジリング)のエルフなんだから仕方ない。

 

 思わず目をそらしてごまかすように、自分の皿にあるマカロンのような淡いピンク色の小さな焼き菓子を口に放り込む。

 

 うん、見た目通り、マカロンの苺味だった。挟んであるクリームも絶妙な甘さで口の中で軽くほどける。

 お茶も香りが良くて美味しいし、これもゴーレム謹製とか、やっぱりおかしい。高性能過ぎるだろう。

 

「……お互い(ことわり)から外れているのだ。今更、条理を考えても詮無いこと」

 

 馬鹿馬鹿しいとばかりに、また本の方にエリオルトは視線を移す。

 

 理から外れている――普通とは違うという意味で……私はありえない取り替え子で、エリオルトは滅んだはずの古代人。

 

 古代人であるエリオルトは、今の人間と種族が違う。

 神が創造した始まりの人間種だから、今の人間よりも魔力、生命力、精神力が比べ物にならないほど高い。寿命だって魔法も使わずに三百年くらいとありえない長さらしい。

 

 そんな古代人達の国は度々、巨人や古代竜などの外敵により何度か興亡を繰り返していて、彼が生まれる前にも、単眼の巨人族による大破壊で一度滅亡しているそうだ。そして、彼が生まれた頃にようやく復興した王国が、後々まで続くカストゥール王国らしい。

 

 興味深いことに、この出来たばかりのカストゥール王国には貴族や市民という身分はなかった。例外は魔法を扱えない蛮族に対してくらいで、同族への仲間意識が高かったみたい。

 そして統治は、10人の系統の祖と言われる賢者の血を引く、それぞれの系統一門の当主の中から選挙で選出される選王と残りの系統一門の当主による議会制。

 社会構造的には、元の世界のローマ時代に近かったんだろうか?

 

 だけど、すでにその頃には彼等古代人は、種としての緩やかな衰退がはじまっていたらしい。

 子は生まれにくくなり、生まれた子はほぼ親よりも寿命が短く、能力も劣る者ばかり。その上、百人に一人の割合で蛮族のように魔法の素養が全く無い者さえ生まれ始めた。

 そんな中、エリオルトは幸いにして親と同じ魔法の素養と強い能力を持って生まれたけど、彼の弟は劣っていたから、一門の別の家に養子に出された。

 そして、家を継いでからは対立するようになって……結果、エリオルトは氷漬けにされて、今に至る。

 

 カストゥール王国に魔力の塔ができたのは、そんな彼の時代よりも更に数百年以上も後の時代。魔法が使える少数の貴族と使えない多数の市民という身分制度もきっちりできた後だ。

 だから、もっと種としての衰退が進んでいて、苦肉の策で塔は作られたのかもしれないけれど、今の私には知るすべはない。

 

 これらは、ユーチャリスの記憶のおかげで私は知ってる。

 カストゥールについては多少は知っていたけど、ここまで深い設定があるとは思わなかった。まあ、マスターはある程度知っていたから、エリオルトの設定も併せて決めたんだろうけど、割と大雑把な人だったし、その辺の知識はあやしい。

 

 多分、現実になったことで、世界と設定に整合性がとられたって考えたほうが良いのかな。

 

「ところで、この『変幻する精霊』という書だが、四大魔法の異端ではあるが興味深い」

 

 本から目を離さずにエリオルトは私に声をかけてきた。

 

「カストゥール王国崩壊期の魔術師が書いたものらしいわ。内容が内容だから、エリオルトに渡した方が良いと思って持ってきたの」

 

 これは、アーチーの実家のウィムジー家に伝わる家宝の本だ。本来、これが登場するのはもっとリプレイの話が進んだ頃。確か、アーチーのお見合いの話の回に初めて出てくるものだけど、私はある理由により先回りして回収させてもらった。

 

「ほう。私が四大魔法の一門だということを覚えていたのだな。それにしても、精霊力を複合させることによる混沌魔術……か。肝心の安定性の確立と上位精霊についての言及が無いが、後の時代の魔導師もなかなかやるではないか」

 

 少し機嫌が良くなったのか若干弾んだ声で、彼はそう言いながら言葉を続ける。

 

「それで。まさか、土産がこれだけということはあるまい。他にもあると思って良いのだな?」

 

 うん、知ってた。とりあえず本だけじゃ、納得しないってこと。

 

「……ええ。とりあえず、今回の事件の顛末とその本についての話のつもりだけど」

 

 きっと長くなるなあと思いながら、私はカップを手に取ったところで、中身が空になっていたことに気がついた。

 

「それは楽しみだ」

 

 エリオルトは私のその様子に気がついたのか、空になったカップにお茶の追加をメイドゴーレムに命じると、本を閉じて改めて私の方を見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【Below that sky. あの空の下へ】 第3章 干物魔術師の道

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルダインにあるセアとレオンの家の前に私が転移した時には、バブリーズ(仮)と別れてからすでに数時間過ぎていた。

 オランと時差があるから、こちらの方はまだ明るい。とはいえ、そろそろ日も暮れるし、オランに戻ったら、一体何時になるんだろうか……あまり遅い時間にならないと良いのだけどと、つまらないことを考えてしまう。

 

 バブリーズ(仮)と別れた私が真っ先にしたこと。それは自分の家に全速力で帰って、放り投げてあった骨董品の中から大粒の魔晶石をいくつか持ち出し、それを持って昔の仲間である、セアのもとへとテレポートすることだった。

 

 確かに、リプレイ通りに行けば、ラーダ神殿で生き返らせて貰えるだろうが、ここは現実だ。八千ガメル程度の寄進で、蘇生儀式がやれるわけがない。

 あれは、リプレイでは書類担当(正確にはゲームマスター)のミスで通ってしまったせいで、その担当官もそれが元でケイオスランドに飛ばされたくらいだ。

 ならば、自分の知る蘇生ができる神官を頼るしかない。

 

 そうなると、選択肢は限られる。

 ジークはロードス島に行ってしまったし、他に面識のある神官と言えばラーダ神殿の神殿長と、冒険者を引退したセアくらい。

 

 つまり、セア以外にいなかった。

 子供を身籠ってると言うのに無理をさせることになるのは間違いないけど、あのまま放置するわけには行かない。

 

 ベルダインは芸術の都であり、西部諸国中最大の経済力を誇る都市。親子都市と言われる新市街地と旧市街地の二つからなる美しい街並みは、確かに芸術の都と呼ばれるのに相応しいと思う。

 イメージはイタリアのベネチアとフランスのパリだろうか。陽気な住人達を見る限り、どちらかと言うとベネチア寄りな気がする。

 

 色々とうろ覚えの知識によれば、前王が『混沌の地』へ遠征隊を派遣した国で、地味に冒険者レベルが高い人が市井にいるという西部諸国一の人外魔境で、西部諸国最大の魔術師ギルドと、大神殿とまでは行かないまでも大きなラーダ神殿、他の国にはほぼ無い珍しいヴェーナー神殿まである。

 そして、芸術の都だけあって芸術の神ヴェーナーの信者が多く、小説のアドベチャーの主人公達の出身地はここだったはず。

 

 この都市の問題は、百年周期で地震と津波に襲われるってことだろうか。最後の津波が丁度百年位前だったから、そのうち起きそうで怖い。

 古代王国時代は強力な天候操作系の魔法装置により災害を打ち消していたらしいんだけど、それが出来ないなら、護岸工事や防波堤を建設すればいいのにと他国のことながらちょっと思う。

 

 レオンとセアの家は、高台の方にある新市街地の街中で便利な場所にはあるのだが、二人のレベルから考えると余りにも小さな家だ。でも、飾らないところや贅沢とは無縁なところが、とても二人らしくて、暖かな家庭を想像させた。

 

「――ほら、ユーさん。そんな所立ってないでこっちに座って下さいな」

 

 セアにより部屋に通されて、椅子をすすめられる。

 室内の落ち着いた調度品の趣味は恐らくセアのものだろう。レオンはどちらかというと派手好きだったし、余り趣味が良くなかったので。

 

 セアは25歳でレオンは27歳。彼等のキャラクターシートの正確な設定年齢がいくつだったのかは覚えていないけど、ユーチャリスの記憶によればそうらしい。この世界の結婚年齢としては、少し遅めだ。

 

 レオンは結婚による休暇も終わり、休み明けの出仕で王城の警備のため今日は帰らないのだという。

 セアは妊娠がわかってから、神殿での奉仕と戦士としての務めを控えているので、家にいたらしい。

 

「それで、一体どうしたんです? こんな時間に深刻そうな顔で訪ねて来るなんて」

 

 暖かなお茶をいれてくれたセアが、テーブルを挟んで向かい側に座る。

 冒険者だった頃は長く腰の辺りまであった彼女の亜麻色の髪は、今は肩の辺りで切りそろえられて、さらりと揺れる。そして、琥珀色の瞳が不思議そうに私を見つめている。

 

「あの、セアにお願いがあるの。すごく勝手なお願いだと思うんだけど……仲間の蘇生をお願いしたいの」

 

「え……? 誰が死んじゃったんですか?! ジーくん? それともリュミか、クラさん? まさか、全員とかじゃ……!」

 

 彼女が言う名前は、勇気ある心のメンバーだ。

 確かに、セアからしたら仲間といえば、彼等しかいないだろう。

 

「大変、すぐ蘇生準備しないと……! あ……みんなが死んじゃうくらいなら、よっぽど……二人でなんとかなるのかしら……えっと、現場はどちらですか? レオンにもすぐ連絡しないと」

 

 私の返事を待たずに慌てたようにセアは立ち上がって、レオン宛のメモを準備始めた。

 その様子に仲間であった頃を思い出して、つい苦笑してしまう。

 

 そうそう、いつもこうやってセアは早合点して慌てて。

 天然ボケによる思い込みがちょっと激しいけど、仲間思いでパーティの良心って言われてたっけ。

 

「違うよ、セア……蘇生してほしいのは、新しい仲間。まだ駆け出しの冒険者なの」

 

「は? え、ユーさん。それ、どういうことですか?」

 

 私の言葉に怪訝な顔をするセアに、事のはじまりから説明した。

 

 次元が違う場所、日本に帰りたいからなどと言える訳ではないので、無難に『新しい魔法を覚えたいから』という理由に変えたけれど。

 それでも、簡略化したとは言え、そこそこ長い話になった。

 

「…………はあ、新しい魔法を教えるのに面白いものを持ってくることが条件って……エリさんてば、相変わらずの無茶振りですねえ」

 

 事情を聞いたセアは、疲れたような顔で笑う。

 

 というか、エリオルトをそんな呼び方するのは、いい加減やめるべきだと思う。初対面の時から、こんな呼び方してるんだから、ある意味セアはいい性格している。

 毎回エリオルト本人が、ものすごい嫌そうに、呼び方の訂正求めてるのに……

 

「事情はわかりました。そっか……ユーさんは新しい仲間と冒険者に戻ることにしたんですね。少し、残念です」

 

 同じ冒険者に戻るにしても、勇気ある心のメンバーと一緒に居て欲しかったとセアは続けた。

 

「私はロードス島まで行けないし。それに、あの三人の輪の中に入るのはちょっと……」

 

「それは――――まあ、いいです。とりあえず、そのアーチボルトさんの蘇生は了解しました。あ、でも、ラーダ神殿での儀式になりそうですし、ユーさんも手伝って下さいよ?」

 

 何かセアは言いかけたみたいだけど、それはそのままお茶と一緒に飲み込んで、蘇生魔法について請け負ってくれた。

 でも、手伝うのは私には無理だ。

 

「私、取り替え子だって、彼等に言ってないから……ちょっとそれは勘弁して欲しいの」

 

「え。そうなんですか? 私達は誰も気にしてませんでしたし、別に言っても問題ないんじゃ」

 

「それは、セアや皆に偏見が無かったから言えることよ」

 

「うーん。大丈夫だと思うんですけどねえ……」

 

 セアは納得していないように言い淀む。

 

 私は幸いにして露骨な差別は受けていないけれど、それでもやっぱり世間にはそれなりに差別はあるのだ。

 それにハーフエルフだったクラウスが、私よりも酷い扱いを受けていたのを知っているし、それを知った今は、忌み嫌われるのをわかって取り替え子であることを言うなんてことできるわけがなかった。

 

「……あ! それなら、フェイスチェンジ・イヤリング使えばいいじゃないですか」

 

「あれを? 登録してあるの、セアとリュミエラの顔じゃない」

 

「ええ。だから、リュミの顔にすれば、その方達には気づかれませんよ。どっちにしろ、説明のために神殿に一緒に来てもらわないと、私も困るんですし」

 

 確かにセアの言う通りである。フェイスチェンジ・イヤリングは顔(正確には耳まで含む顔全体)を変えるので、私だとわからないはずだが。

 

「……わかったわ。それで手を打つわよ」

 

 流石にこれ以上ゴネるのもと思い、ため息をついてそれを私は了承したのだった。



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14話

 セアを連れてオランに戻ったのは、もう宵もかなり過ぎたころだった。

 

「な、何者だ!?」

 

 ラーダ神殿の奥の院に直接飛んだため、その場に居た神官達が騒がしい。

 確かに夜に虚空から突然、フードを深くかぶったマント姿のあやしい人物が二人現れたら、騒がしくなるのはあたり前だ。

 

 奥の院は礼拝場である神殿の本殿より、更に奥にある神像を祭った所のことで、儀式場はここだ。

 私も何度か来たことがあるから、テレポートして来れたのだ。

 

「火急の用があり、テレポートで来たまでですわ」

 

 これはロールプレイ、ロールプレイと心の中で自分に言い聞かせて、慇懃にあえてそう言った後に、知った顔がないか神官達を軽く見回してみたが、あいにくと居ないようだ。

 

 宵闇を照らすように篝火がステンドグラスの窓の外には焚かれ、儀式場を照らすようにロウソクの燭台が灯されている。流石、知識の神ラーダ神殿と少し思ったのは、古代語魔法の心得がある神官もいるのか《ライト》の魔法がかけられた灯りも混じっていた。

 

 棺がいくつか置かれているところを見ると、ラーダ神殿には蘇生儀式がすでに何件か舞い込んでいたらしい。

 なるほど、この内の一件と書類手続きを間違われて、リプレイではグイズノーは八千ガメルで生き返れたのか。そのせいで蘇生できなかった人がいたはずだから、こちらでは生き返ることができれば良いのだけれど。

 

「私は勇気ある心(ブレイブ・ハート)のユーチャリス。妖精魔女と名乗るべきかしら? こちらは同じくマイリーの戦乙女、セア。取り急ぎ、トルセドラ最高司祭様に御目通り願いたく」

 

 黒歴史を言う恥ずかしさと戦いながら、その言葉と共に私達はフードを下ろして、素顔を彼等に見せた。

 

 

 

 ……パーティと黒歴史のネームバリューのおかげか、それともセアの見目のおかげか、その後はスムーズに神殿長室まで案内された。

 

 セアは戦乙女と呼ばれていただけあって、当時の装備一式を全て身に着けるとまるでヴァルキリープロファイルのレナス……もとい勇気の精霊のバルキリーのような姿になる。流石に今は髪を切ってしまったし、マジックアイテムでもある青い鎧や額当てと羽飾りなどの、目立ちすぎる物々しいものは付けてこなかったけど、それでも上質な法衣を着て来たので、十分に高位神官の貫禄があった。

 

 彼女はレベル10の神官戦士だから、能力だけで見れば最高司祭と言えなくはない。でも、今の小さな神殿にいるセアは神官の位で言うと高司祭だ。

 ちなみに、マイリーは高司祭の後が大司祭で、最高司祭という位が無いらしい。だから、マイリーの大神殿と言えばマイリーを国教に定めているオーファンにあるのだけど、そこの神殿長である『剣の姫』ジェニですら大司祭という位にあるのだ。

 一応、ベルダインにもマイリーの大神殿を作るという話が一部で出ているらしい(セア談)ので、それができたらセアも大司祭になるんだろうか? 年齢的に考えたら、最年少の大司祭(最高司祭)になるけれど。

 

「それで、一体どういったわけで来たのかね」

 

 執務机に座るトルセドラ様に挨拶もそこそこに、今回の行動について質問された。

 

 ラーダ大神殿の神殿長である最高司祭のトルセドラ様は、『旧きを伝える』という二つ名の持ち主。

 その名前通り、古代伝承に関しては最高の知識を持つ御方だ。たとえ、賢者の塔の大魔術師のマナ・ライや、大賢者のクロードロットであろうと、その分野では敵わないのだ。

 

 偏見も余り持たない方のようで、取り替え子であるユーチャリスが更なる知識を求めてラーダ神を信仰した際も、他の神官達のように排斥はせず、神官として認めて聖印を下さったのもトルセドラ様だった。

 

 だから、ここのユーチャリスは彼のことをとても尊敬していて、様付けがデフォルトだ。おかげで、私も気がついたら様付けで呼んでいる……影響されるとか、どうもキャラクターのユーチャリスとの同調率が上がっている気がしてならない。 

 

 それにしても、そんな裏事情がこっちのユーチャリスにはあったのか。

 単純にプリースト技能を取ってラーダを信仰したのは、《トランスファー・メンタルパワー》と《インスピレーション》と《弱点看破(ウィーク・ポイント)》のためのという、プレイヤー的に打算に満ち溢れた選択だったんだけど。

 

 ウィーク・ポイントは、目標の弱点を看破してクリティカル値を-1する効果がある魔法だ。

 この魔法には、本当によくお世話になったものである。魔法の武器のプラス数値によってクリティカル値がマイナスされるという選択ルールが有り、元々クリティカル値が低いシーフ技能持ちのリュミエラとクラウスのクリティカル値がこれも合わさってとんでもないことになっていたからだ。

 後々、武器の形状によってクリティカル値が変わる敵が割と出てきた(斬撃ではクリティカル値が上がるとか、打撃しか通さないとか……)ので、マスターを悩まさせていたのは間違いない。

 

「実はお願いしたいことがありまして……」

 

 そして、私とセアはここに来た目的をトルセドラ様に説明した。

 

 その結果、ラーダ神殿でセアが儀式をするのはマイリー神殿の都合が悪いのではないだろうかという、トルセドラ様の意見により、急遽、使いの者がマイリー神殿に走ることになった。

 

 おかげで、儀式準備に大わらわになったのはマイリー神殿で、蘇生の申請書類の処理のやり直しをする羽目になったのはラーダ神殿だ。

 まあ、これでラーダ神殿の書類ミスが未然に防がれたことになるなら良いことだけど、こんな時間に何やらせるんだと、絶対どっちの神殿にも恨まれたと思う。

 

 流石にこうなるとは私もセアも思っていなかったので、あとで彼女と相談して、お詫びの菓子折りと心ばかりの寄付金を両神殿に持っていこうと心に決めた。

 

 そういえば、神殿を移動する際に気がついたんだけど、オランからベルダインにテレポートした時は雨は降っていなかったのに、向こうにいる間に雨が降ったのか、あちこちに軽い水たまりができていた。

 見上げれば雨の名残の灰色の雲の合間から、黒から濃紺へと変わるグラデーションの夜空の色が見える。

 そろそろ夏になるとは言え、ここの所、霧がよく発生したり雨が多くなった気がする。オランは乾燥地だから、余り雨はふらないはずなのに……何か嫌な感じがしないでもない。

 

「それでは、これよりアーチボルト・アーウィン・ウィムジー氏の蘇生儀式を始めます」

 

 マイリーの奥の院にある儀式場で、セアが取り仕切る蘇生儀式が始まった。

 

 準備に手間取り、開始した時刻は夜半過ぎ。

 それでも、突貫で準備してくれたマイリー神殿の方々には頭が上がらない。

 

「まさか、マイリーの戦乙女様が蘇生儀式をして下さるとは……」

 

 私の横で儀式の準備の手伝いをしていたグイズノーが、感激した表情で、セアを見つめている。

 

 もちろん、私はフェイスチェンジ・イヤリングで、リュミエラの顔にかえた上で、神官服を借りてこの場に何食わぬ顔でいるんだけど。

 リュミエラは切れ長の青い目の凛とした感じの美人顔なので、美少女顔のユーチャリスとは対極的だ。

 

「たまたま、セア様がこちらに戻ってきていたそうで運が良かったですね。セア様の親しい御友人から、是非にと頼まれたので、急遽儀式をなさることになったそうですよ」

 

 グイズノーの隣りで見学していたマイリー神官が、小声で彼に話しかけた。

 

「ということは……まさか、ユーチャさんでしょうか……それなら、彼女には感謝しなくてはなりませんね。ラーダ神殿の予定では、蘇生は明日以降だと聞かされておりましたので……」

 

 儀式場にはアーチーの亡骸が置かれている。

 棺から出して酷い火傷を《キュアー・ウーンズ》で癒やしてあるので、白い布を全裸の身体にかけて、ただ寝ているようにしか見えない。

 

 入り口の方を何気なく見やると、アーチーの両親と思しき、彼によく似た良い身なりをした年配の男女が、祈るように手を組み、こちらを見ていた。

 ラーダ神殿からこちらに回ってきたのだろう。本当に申し訳ない。

 

 やがて、ざわつきも収まると、朗々としたセアのマイリー神への祈りの声が儀式場に響く。

 

 セアの魔力がいくつだったのかはよく覚えていないけど、平均値として考えると12だろうか。

 蘇生魔法である《リザレクション》の目標値は20で、死体がある場合は確か14になる。死んで1日も経っていないので目標値はそのままだ。

 つまり、自動的失敗の1ゾロ以外は生き返れる。

 

 成功しますように……と私も思わず神に祈る。

 

 ――――そして、私は人が生き返るという、奇跡を実際に目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日……というか、正確には朝になってというか。

 

 マイリー神殿の一室でセアと共に休ませてもらったんだけど、彼女は蘇生したアーチーが気になるので多少動けるようになるまでの数日はこちらにいることにしたらしい。

 確かに蘇生した者は一週間まともに動けないので、優しいセアとしては気にかかるのだろう。

 

 おかげで私は事の次第を書いた手紙をレオンのもとへ置いてくるために、朝からベルダインとオランを往復する羽目になった。

 まあ、元々セアを送り届けるつもりもあったから良いんだけどね? 

 

 本気で遠い場所の相手と話せる《マインド・スピーチ》の魔法を習得したいと考えてしまったので、あとでエリオルトに聞いてみようと思う。

 

 それよりも……持ってた魔晶石を使い切ってしまったのが、ちょっとつらい。

 割と大きな石だったのに……って、あれ? そういえば、魔晶石この世界じゃ、いくらなんだろう?

 旧ルールの金額なのか、完全版の金額なのか。あとできちんと確認しといたほうが良さそう。 

 

 魔晶石は精神力の貯められた水晶みたいな石だ。魔法を使う際に消費する精神力をこの石から引き出すことができ、貯められた精神力を使い切ると砕け散ってしまう。

 今の技術では作ることはできなくて、古代王国の遺跡から良く出ることからカストゥールの貨幣だったんじゃないかって言われてるけれど、古代人のエリオルトは見たことが無いらしい。彼の時代の頃は、貨幣のような物は無くて、金銀ミスリルと言った貴金属や宝石を取引には用いてたみたい。

 だから、多分これも魔力の塔のように後の時代に造られたモノなんだろうと私は思っている。

 

「成功して良かったねえ。でも、動けないんだよね?」

 

「ああ、今もこうしているのがやっとでな」

 

 白いシーツが眩しいベッドが並ぶ一角で、寝台に横になったままのアーチーが見舞いに来たレジィナと話をしている。

 

 ここは、マイリー神殿内の本殿にある施療院の一室だ。

 本来、マイリー神殿の施療院は、神殿の抱える神官戦士の怪我や病気を治療するためのもので、部外者とも言えるアーチーが居るべきじゃないんだけれど、ここで蘇生されたから他に移動するわけにも行かなかったからだ。

 

「それにしても、マイリー神殿で蘇生されたって聞いてびっくりしたわ」

 

「全くだ。ラーダ神殿はスケジュールが既にいっぱいで、明日以降の蘇生になるって聞いてたんだがな」

 

「そうだにゅう。グイズノーもそう言ってたし」

 

 フィリスとスイフリー、パラサがそう言って、寝台の横に立っているグイズノーを見た。

 

「わたくしもそう聞いていたのですが……どうも、ユーチャさんが、戦乙女様に頼んでくれたようで」

 

 昨日の深夜の顛末をグイズノーは仲間に語って聞かせているようだ。

 寝ていたアーチーも初耳だったらしく、表情を見る見るうちに変えていた。

 

「だから、急に居なくなったのかあ」

 

「どうやったら、そんな友人が……ユーチャリスの交友関係はどうなってるんだ……?」

 

 パラサが納得している横で、スイフリーが唖然としたように思わず呟く。

 

「それで、その頼んだらしいユーチャはどこに居るのよ?」

 

 問い詰めようと思っていた相手が居ないことで、フィリスはイライラしているらしい。

 

「そう言えばどうしたんでしょうね。結局、昨日も見ませんでしたし……」

 

 グイズノーも困惑してこちらの方に視線を彷徨わせた。

 

 そう、私のいる施療院の入口付近に。

 

 うん、実はそばにいるんだよ?

 だから、皆の様子を見て話を聞いてるんだけどね。

 とはいえ、顔も違う神官姿だけど……

 

 セアが来るのを待っているんだけど、中々来ない。

 神殿長と話があるので、先にこちらに行っていてほしいと言われたので、ここに居るんだけど非常に手持ち無沙汰だ。

 

「……ふむ。逆にユーチャリスが居ないなら、あの時のことを聞きやすいか」

 

「どうしたの、はとこ?」

 

「いや、あの時私達は気絶していただろう? 気がついたのは治療されて、全てが終わってからだ」

 

 スイフリーが何か思いついたのか、私が居ないうちにあの時のことを聞こうとしているらしい。

 

「一体あの時、私達が気絶した後に何があったんだ? マルキは無傷で気絶していたと聞いた時は、てっきりシェイドをユーチャリスが使ったのかと思ったんだが……違うんだろう?」

 

 スイフリーの視線はフィリスとレジィナを見ている。

 確かに、最後まで見ていたのは彼女達だ。

 

「ええ、そうね。ユーチャが使ったのは古代語魔法だったわ」

 

 その視線に返すように、フィリスはそう言った。



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15話

「その魔法ってユーチャ曰く、遺失魔法だから知らなくても仕方ないみたいなこと言ってたけど……でも、詠唱まで上位古代語だったのよ」

 

「それは珍しいな。古代語魔法というものは、今では共通語に簡略化された詠唱を使うものじゃないのか?」

 

 イライラしたまま説明を続けるフィリスに対して、賢者の学院に在籍しているため多少の古代語魔法の知識もあるアーチーが不思議そうに呟いた。

 

「師事してた師匠が変わってたのか、それとも何か別の理由があるのかわからないけど、昔のいわゆる"魔導師"でもあるまいし、あんな面倒くさい発音の上位古代語を詠唱呪文にするなんて……普通ありえないわよ」

 

 不信感の塊と言わんばかりの表情でフィリスは続ける。

 ごめんね、フィリス……その面倒くさいって感覚がないんだよ、私。普通に喋ってるのと大差ないんだと言ったら、彼女はどんな顔をするんだろうか。

 

 それにしても、フィリスってこんなキャラだったっけ?

 知識系壊滅ソーサラーのイメージが大きいのに、すっごい知的に感じるのは気のせいだろうか。

 

 入口付近まで聞こえてくるセリフに、思わず心の中でツッコミを入れながら、私は彼女達の方を見ていることを気取られないように、セアがいるはずの神殿の奥の方に視線を移す。

 

 キャラクターの知識によれば、魔導師と魔術師は似て非なるものらしい。

 時々、魔導師と名乗る魔術師もいるけれど、基本的に魔導師というのは魔術師に比べて魔法の威力が高いものとされている。そして、魔導師は旧態依然とした魔術理論を絶対として、詠唱は上位古代語にこだわる。だから、今の冒険者達の古代語魔法の使い手達は魔導師ではなく魔術師で 魔導師と呼べるのは古代人の生き残りのエリオルトか、大賢者のマナ・ライくらいだろう。

 

「変わり者……そう言えば、戦乙女様の仲間の妖精魔女は変わり者のエルフでしたよね。エルフなのに古代語魔法の使い手で、精霊魔法よりも得意だと」

 

 グイズノーが変わり者から連想したのか、妖精魔女……私の話題を振る。

 自分のこととは言え、変わり者と連呼されるのはちょっと微妙な気持ちになる。

 

「もしかして、ユーチャお姉さんって妖精魔女のお弟子さんか、お子さん――あ、お子さんはおかしいのか。妖精魔女は子持ちじゃないはずだし……とは破局してるから――えと……まあ、弟子か親類縁者なんじゃないの?」

 

「確かにそう考えると、戦乙女と友人というのも納得行くな」

 

 レジィナが出した意見に、アーチーが納得してるけど、ちょっと待って。

 え、いや。あれ? 名前の部分はよく聞こえなかったけど、なんでその話知って……っていうか、これ有名人補正??

 弟子か子供って……いや、うん、取り替え子だし、本来なら私の年齢的に子供いても確かにおかしくないですけど?

 というか、妖精魔女は何歳だと思われてるのさ。

 

「弟子か子供って……むしろ、妖精魔女本人なんじゃないの。見た目とか、歌に謳われてる妖精魔女そのものでしょう?」

 

 納得行かないのか、フィリスは一人ふてくされてる。

 歌には興味ない感じだったのに、実は歌詞も知ってたのねフィリス。

 異名以外の名前と顔を彼等に知られてなかったのが良かったのか悪かったのか……アレだよね、バブリーズの短編集の小説内であった劇の役者達みたいに噂が独り歩きして、本来の姿とちょっとずつかけ離れていくっていう。

 

「だが、あのボーッとしているユーチャリスが、切れ者で有名な妖精魔女とか……流石にそれはありえんだろう」

 

「まあ、関係者なのは間違い無さそうですが……アレを見てしまったあとでは」

 

 関係者っていうか、本人ですが。

 

 アーチーとグイズノーはともかく、フィリスは気がついたっぽい? けど、いまいち決め手がない上、あの滑って子供の眠りの雲で眠るというドジを見ているから、話に聞くデキる女的な妖精魔女像とかけ離れてしまうみたい。

 

 てか、話の妖精魔女も実像ととてもかけ離れてるんだけど大丈夫なの……ちょっと……?

 本人のあずかり知らぬところで名声だけが独り歩きしてる気がする。

 

「……ところで、ずっと聞きたかったんだが、その妖精魔女というのは、どういう人物なんだ? 戦乙女のことは、ここに来るまでに神官達が話していたからわかったんだが……」

 

 ずっと黙っていたスイフリーが、申し訳なさそうにフィリス達に声をかけた。

 

「ハトコ……! 妖精魔女を知らないって……まさか、勇気ある心(ブレイブハート)って冒険者パーティの話、知らないのか」

 

「おや、意外ですね。妖精魔女はエルフなので、てっきり知っているかと。歌にもなっているのに」

 

「まあ、人間社会の勉強に出てまだそれほど時間が経っているわけではなくてな……同じ冒険者パーティでも”見つける者たち(ファウンダーズ)”は知っているんだが」

 

 パラサとグイズノーが心底驚いたという表情でスイフリーを見上げ、決まり悪そうにスイフリーは頬を指で掻きながら、そう答える。

 

 あれ? スイフリー、うちのパーティのこと知らなかったのか。

 ちょっと意外。どこでも名前パスだったから、不思議な感じ。

 

 ちなみにこの"見つける者たち"とは、バレン導師が所属していた冒険者パーティだ。

 過去形なのは、そのパーティはバレン導師以外、全滅したから。

 ごく最近のことだけど、砂漠にある遺跡に潜った際にかなり悪質な罠にかかり、離れた場所にいたため罠にかからなかったバレン導師だけがテレポートで難を逃れたらしい。

 だから、バレン導師が命からがら帰ってきたことだけは、賢者の学院にいるお得意様達から聞いていた。

 

 しかし、プレイヤー知識では、この見つける者たちにいた精霊使いが魔精霊アトンを目覚めさせたと私は知っている。折角、強固な封印が施されていたのに、その封印を解除したということも。

 もちろん、キャラクターであるユーチャリスはこのことは知らない。

 本来ならこの世界を破滅させる魔精霊アトンを封印するためのアーティファクトを探すのがソード・ワールドでのプレイヤーの目的の一つでも有り、有力な冒険者は引退した冒険者といえど、魔術師ギルドからクエストとして依頼されるものだけど、まだギルド内で対応が会議でもされているのか、音沙汰はない。会議で対応が遅くなるって、本当に変なところは日本のようだ。

 とはいえ……もしかしたら、この依頼はロードスに渡った三人が実は受けてるのかもしれないけれど。冒険を続けることを選択したのは彼等だけだったし。

 

 ところで。

 

 ゲームをプレイしているときにこの設定を活かすゲームマスターは一体何人いたんだろうか。

 ぶっちゃけ、ほぼいなかったんじゃないのかと私は思っている。

 

 設定魔だったうちのマスターでさえ、プレイを始めるときに、このアトンについてのFAQをサラッと雑談で流して終わったし、私でさえ雑談聞きながら『そんな設定あったね』レベルだった。

 だって、当時の雑誌にも追加情報すらなく、公式のリプレイですら殆ど触れられず……だいぶ経ってから、設定を回収するためなのか、例のフォーセリアが終わる原因の小説が出たと考えてるくらいだ。

 

「あー、見つける者たちは有名だったしなー。名声すごかったけど……罠にかかって、バレン導師残して全滅。なおかつ、復活できないとか、なかなかエグい最期だにゅう」

 

「うちらも遺跡に行くことになったら、入るときには気をつけようねー」

 

 パラサがげんなりした表情でつぶやき、レジィナが苦笑しながらそれに続けた。

 

 そうねえ。

 次は、確かライトニングの指輪を取り戻すためにコスい商人の護衛をするんじゃなかったかな。

 その過程で、堕ちた都市レックスの遺跡に潜る事になったような。うろおぼえすぎて、その辺の記憶がとても曖昧。確か遺跡とゴブリンは確実なんだけど。

 あとで、よく思い出して時系列でもまとめたほうがいいかしら……

 

 ……あ。遺跡で思い出した。

 

 混沌魔術!! 『変幻する精霊』!!

 

 あれ、諸悪の根源みたいなものだし。丁度いいし、話の種としてエリオルトに押し付けよう。

 アーチーの実家から、あの本回収するとして……妖精魔女として、あのご両親と会って交渉するしか無いか。家宝らしいけど。

 まあ、危険な魔法が書かれているので封印しますとでも言えばいいかしら。

 セアにも協力してもらえば早そう。

 

 それにしても。

 その後も相変わらず、ワイワイと話しているバブリーズ(仮)の面々の声を右から左に聞き流しながら、私は考える。

 

 自分が操った魔法や、セアの行った蘇生の奇跡。

 消毒薬? のようなアルコールっぽい匂いが漂う、神殿のこの部屋。

 リプレイとは少し違うフィリスの知的な面や、スイフリーの知識の偏り。

 そして決定的な差異がグイズノーではなく、アーチーが死んだこと。

 

 現実になったことで、私のリプレイで知る知識は結局は参考程度にしかならない。

 ならばそれを生かして、立ち回る柔軟性が必要だ。

 

 とはいえ……

 一番の問題は、彼等に私が妖精魔女であると名乗るべきなのかということ。

 別に隠しているわけではないから、名乗ってもいいのだけれど……

 凄まじい勘違いの妖精魔女像が出来上がってるようだから、恥ずかしくて言いづらい。その上、そんなイメージだから名乗っても信じてもらえない気がする。

 

 これ、割と問題よね。

 本当どうしたらいいんだろう。





 お久しぶりです。短くて申し訳ありません。
 (次章に行く前に文章整理する際に増やすとは思います)
 投稿しようしようと思ってるうちに、気がついたら年単位過ぎておりました。
 エタ気味ではありますが、未完で終わらせるつもりはないので、続きは気長にお待ち頂ければと思います。


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