亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ (仲美虚)
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アバンタイトル

『約束するわ。生まれ変わりがあるんなら、あなたのことを絶対見つけ出すって』

 

 

『すれ違ったりしたら厭でしょ? だからあんたはわたしが来るのを待っていて』

 

 

『約束だからね! 破ったら承知しないから』

 

 

 

崩れ落ちる魔城の中、その空間だけ時間が止まったかのように、男は腕の中の彼女との約束を思い出す。

左手に握る彼女の右手には温度を感じない。死体のような冷たさもなく、ただただ空気に触れているかのような、虚無感すら覚えるような温もりの無さのみ。肌は柔らかさを失い、ひび割れ、二人のいる魔城と共に今にも崩れ落ちようとしている。

 

 

「……浮気したら……許さないから……」

 

 

腕の中の少女がか細い声で、しかししっかりと釘を刺すように、男に向けて呟く。

 

 

「だってわたしたち……まだ、キスしかしてないんだから……」

 

 

――腕の中の少女は消えた。最後に太陽の笑顔を残して。

 

 

その日から、臆病で、温厚で、心優しい牧師であった男は復讐鬼となった。

男は神を呪った。人の命を弄ぶ神を。たった一人の少女の幸せすらも許容できない神を。

 

 

 

 

それから三年。死闘の末、男の復讐は果たされた。人の身でありながら、男は神を殺してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――しかし、愛する少女とのかつての約束が果たされることは無かった。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

「え? また新しい特異点が?」

 

「ああ。それで、場所がここなんだけど……」

 

 

人類最後のマスターとして人理を救った少年、藤丸立香には安寧の日々はまだ遠いものであった。人理焼却に伴う世界へのあらゆる影響の事後処理。魔術協会への対応。人理修復後も立て続けに二度も発生した亜種特異点の修正etc……現在カルデアの職員は大量の仕事に追われており、立香も例外ではない。現にこうしてレオナルド・ダ・ヴィンチ、通称ダ・ヴィンチちゃんから新たに発生した特異点の修正のためにカルデア内の一部のサーヴァント共々招集を受け、ブリーフィングを行っている。

 

 

「ここは……アメリカ?」

 

「はい。この地へレイシフトするのは2度目になりますね。尤も、今回は二〇〇四年とかなり現代に近い時間軸になっていますが」

 

 

マシュの言葉につられるように、今回の出撃パーティとして招集されたサーヴァントたち――アヴェンジャー、巌窟王。アサシン、ジャック・ザ・リッパー。アーチャー、ビリー・ザ・キッド。キャスター、エレナ・ブラヴァツキー。アルターエゴ、メルトリリスの五騎――が、説明用のモニターに目を向ける。次に口を開いたのはビリーだった。

 

 

「アメリカ……それも西部ねぇ。僕の生まれ育った年代とは違うけど、馴染のある土地だね」

 

「そうね。出生地ってわけでもないけれど、あたしにとっても馴染み深い土地だわ」

 

 

エレナも生前を懐かしむかのように呟く。ブリーフィング中だと言うのに和気藹々とした雰囲気が流れそうになったところで、ダ・ヴィンチが水を差した。

 

 

「はいはい、思い出話は後にしてくれるかい? 今回の特異点は少々厄介なんだ」

 

 

ダ・ヴィンチのその言葉に、一同の顔つきに真剣さが戻る。――尤も、巌窟王は終始真面目な顔つきであったが。

全員の視線が集まったのを確認し、ダ・ヴィンチが続けた。

 

 

「――まず、この特異点の発生原因は聖杯によるものだ。最近立て続けに起こったような、魔神柱の生き残りによるものなのか、元々その地にあった聖杯が暴走したのかはわからないけどね。まあ、ここまではいつも通り。あまり気楽になられ過ぎても困るけど、慣れ親しんだいつもの特異点と同じだ。今まで通り、聖杯を回収すれば解決する。でも、気になる……いや明らかにおかしい点があるんだ。――この特異点のマナの濃度が異常だ。かつての第七特異点に匹敵……あるいはそれ以上かもしれない」

 

「何だって!?」

 

 

空気がざわつく。今回の特異点は二〇〇四年のアメリカ。神秘など薄れ切った近代の、それも人の手による開拓が大きく進んだ土地だ。そんな土地のマナが第七特異点……紀元前の古代メソポタミアに匹敵するなど、本来は有り得ないことだ。あまりの事実に皆言葉を失った。

そんな中、最初に口を開いたのはメルトリリスだった。

 

 

「ちょっと待ってよ。まさか土地そのものの神秘性が増したわけでもあるまいし、それって……」

 

「ああ、大気のマナ濃度をそこまで底上げできる程の大魔術が行使されているか、相当高位の魔物やサーヴァントがひしめき合ってるか、あるいはその両方か……どちらにせよ異常な事態だ。というわけで、君たちにはこれを解決してもらいたい。……正直、今回の危険度は計り知れない。くれぐれも気を付けてくれたまえ」

 

「……はい! わかりました」

 

 

自分には心強い味方がこんなにいますから。立香は笑顔で返した。

 

 

「では、私は今回もオペレーターを務めさせていただきます。……ご一緒できないのは心苦しいですが」

 

「いいんだよ。戦えないなら仕方ないさ。それに、マシュには頑張って俺の意味消失を防いでもらわないと。――っと、ごめん。そろそろ行かなきゃ。……それじゃ、行くよみんな!」

 

 

ブリーフィングルームを出て、コフィンに入る。

恐怖と不安が無いわけではないが、仲間がいるから大丈夫。そう心の中で繰り返しているうちに、レイシフトが始まった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、これ……?」

 

 

レイシフトが完了し、立香たちが最初に見た景色。それは赤い月と、夜の闇に覆われた西部開拓時代の西部そのものだった。




初投降です。思い付きでのスタートなので完走できるかはわかりませんが、よろしければお付き合いください。


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第一節『邂逅』

「これは一体……」

 

 

立香が目の前の景色に驚愕する。自分たちは確かに2004年のアメリカ西部にレイシフトしたはずだ。近代の西部であれば、多少かつての開拓時代の名残が残る地域であろうと、建築物に使用している素材や造りそのもの、道路の整備状態で近代化されたものだとわかる。しかし目の前に映るそれはあまりにも……。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん! これは――」

 

『ああ、間違いなく二〇〇四年のアメリカにレイシフトしているよ。しかしこれでは……』

 

「うーん……まるで僕の生きていた時代のまんまだね」

 

 

ビリーが近くの建物の柵に手を触れて呟く。直後、ブリーフィング中から黙りこくっていた巌窟王が声を発した。

 

 

「匂うな……血に塗れた恩讐の匂いだ。ククク、どうやら此度の敵はこの俺に匹敵する復讐鬼と見たぞ、マスター」

 

 

『巌窟王さんがそこまで言う程とは……。先輩、気を付けて行動してください。こうマナが濃くてはいつもに比べ敵影反応をキャッチしにくいので、警戒を怠らないよう――言ったそばからすぐ近くにエネミーです! 戦闘準備を!』

 

「……ああ、もう見えてるよ。ていうか囲まれてる」

 

 

いつの間にか、立香たちは大量のゾンビに囲まれていた。サーヴァントたちが立香を護るように、臨戦態勢に入る。

 

 

「ゾンビとはいえ、まだ右も左もわからない時にこう大量に攻め込まれると大変だ……! 一旦離脱して体制を立て直そう。ジャック!」

 

「まかせて、おかあさん! ――此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力――殺戮をここに。《解体聖母( マリア・ザ・リッパー)》!」

 

 

ジャックが宝具を発動し、目にも止まらぬ速さでゾンビの群れを切り裂き、包囲網に穴を開ける。

ジャックの宝具は時間帯が夜である事。霧が出ている事。対象が女性である事。これら3つの条件を満たすたびにその威力が強化される。幸い今は夜であるため、突破口を開くには十分な力を発揮することができた。

 

 

「今だみんな! 脱出するぞ!」

 

 

ジャックの作った包囲網の穴を全力で駆ける。幸い相手はゾンビ。動きが鈍いため、簡単に撒くことができた。

 

 

「よし、もう追って来ないかな。とりあえずあの建物で作戦会議だ」

 

 

立香が指さしたのは『Oscar-Wilde』と書かれた看板。中に入ってみると、テーブルが並んでおり、カウンターの奥の棚には酒のボトルやグラスが陳列されていた。どうやら酒場らしい。

 

 

「誰もいないわね……」

 

 

「そりゃあそうよ。どの建物も灯りが消えていたし、そもそもあんなゾンビの集団がいるような街に人が住んでいてたまるもんですか。……ああ、さっきのゾンビ、ここの人たちかもね」

 

 

エレナの呟きに、メルトリリスが冷たく返す。優しい言い方をしたとは言えないが、可能性としては十分あり得る話だ。

 

 

「とりあえず家捜しでもしようよ。これから拠点になるかもしれない場所だし、作戦会議はその後でもいいんじゃない?」

 

 

ビリーのその言葉に皆が頷き、一時解散する。無闇に灯りを外に漏らすと危険であるため主要な照明こそつけてはいないが、どういう訳か電気も水道も通っており、保冷庫から幾らかのまだ食べられそうな食料も確保できた。そして……

 

 

「おかあさん! だれかいるよ?」

 

「何だって!? 今行く!」

 

 

ジャックの声がした、二階の個室へと全員が集まる。そこには壁を背に二丁拳銃を構える、金髪のカウガール風の少女がいた。

 

 

「あんたたちは何!? 敵? 味方?」

 

「お、落ち着いて! 怪しい者じゃないよ!」

 

 

銃を向け怒鳴り散らす少女に立香が驚き、両手を挙げる。それから十数秒、立香及びサーヴァントたちに動きが無いのを確認し、ひとまずは信用してくれたらしい少女が銃を降ろす。

 

 

「ごめん。驚いちゃってつい……。ほら、外は怪物だらけだし。とりあえず人間みたいでよかった」

 

「ははは……信用してくれたみたいでよかったよ。俺たちは――」

 

 

立香がこの地で起こっている事、カルデアの存在、自分たちの目的について教える。説明中、少女は半信半疑な様子であったが、通信で話に割って入った、空中に小さく投影されたダ・ヴィンチやマシュの姿を見て、立香の話を信じたようだ。

 

 

「はー、特異点ねえ……。目が覚めたらこんなとこにいるし、自分の名前以外何も思い出せないし、未来から来たって言う人たちには会うし、どうしてこう突拍子もないことばっかり続くのよ」

 

「え、それって……」

 

「ん? ああ……そう。記憶喪失、ってやつなのかな。わたし。どうしてこんなところにいるのか、自分が何なのか思い出せないのよね」

 

 

気の毒そうな立香に対し、少女は何でもなさそうな表情で応える。言葉に困る立香。そこに、助け船のつもりではないだろうが、ダ・ヴィンチが少女に問いかけた。

 

 

『……キミ、目が覚めたらここにいたと言ったね。一体いつからここに?』

 

「うーん……多分、昨日」

 

 

多分とはどういうことか。ダ・ヴィンチの問いかけに難しそうな顔で少女が答える。

 

 

「……最初に目が覚めた時は夜で、道のど真ん中に突っ立ってて、それから怪物を何とか撒いてここに逃げ込んで、暫く警戒して起きてたんだけど、結局疲れて寝ちゃったのよ。で、目が覚めたらまだ夜で……。ここに飛び込んだ時は時計なんて見てなかったから、どれだけ時間が経ったかなんてわからないし……」

 

『ふむ……幾らか仮説は立てられるが、その話についてはもう少し検証が必要みたいだね。そのあたりの解析も進めておくよ』

 

 

ダ・ヴィンチの言葉に少女が礼を返し、しばし静寂が流れる。そこに、立香が思い出したかのように、立ち上がって言った。

 

 

「そうだ! 俺たちの自己紹介がまだだったね」

 

 

確かに、立香たちは身分や目的を明かしただけで、個々の紹介をしていない。話の途中で入ってきたダ・ヴィンチとマシュはその際自己紹介を済ませているが、その場にいる面子はタイミングを逃してすっかり忘れてしまっていた。

 

 

「俺は藤丸立香。記憶を失って不安かもしれないけど、俺たちが絶対君を守る。頼れる仲間たちもいるしね」

 

 

立香が後ろに控えていたサーヴァントたちにアイコンタクトを送り、自己紹介を促す。

 

 

「はぁ……。メルトリリスよ」

 

「わたしたちはジャック・ザ・リッパー! よろしくね、お姉さん」

 

「……アヴェンジャー。そう呼べ」

 

「エレナ・ブラヴァツキーよ。よろしく、お嬢ちゃん」

 

 

次々とサーヴァントたちが自己紹介を済ませる。最後にビリーが首元の赤いマフラーを直し、立ち上がってカウボーイハットを取った。

 

 

「僕はビリー・ザ・キッド。ま、仲良くしよう――ッ!」

 

 

瞬間、少女とビリーが銃を向け合っていた。抜いたのは少女の方が先であったが、構えるのは僅かにビリーの方が早かった。

 

 

「……へえ、レマットなんか使う割に早いじゃん」

 

 

ビリーが余裕の笑みを浮かべる。

突然の事態に固まっていた立香が割って入ろうとしたそのタイミングで、少女がはっとした表情で銃を降ろした。

 

 

「――ご、ごめんなさい! わたし一体何を……」

 

 

「ははは、気にしなくていいよ。一瞬とはいえ、久々に滾らせてもらったしね。……もしかしたらキミ、僕と縁のある人なのかもね。まあ、僕はキミのこと知らないけど」

 

 

笑い飛ばしながら、ビリーはくるくると銃を回し、ホルスターに納める。そして、少女に向き直り、やや顔を近づけて言った。

 

 

「で、キミの名前は? さっき名前は覚えてるって言ってたよね」

 

「あ、う、うん……。わたしの名前ね、うん――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――わたしは、セーラ。セーラ・V・ウィンタース」

 

 

 

 

 




マシュのセリフを入れるタイミングがなかなか見つからなくてマシュが空気に……全キャラにまんべんなく出番を作ってあげたいですね。


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第二節『神殺しの聖者』

「大丈夫か、メルトリリス!」

 

「しっかりして!」

 

 

酒場の二階の個室。左腕から血を流し、ぐったりとしているメルトリリスに立香とセーラが息を切らしながら呼びかける。傷そのものは深くない。ましてや腕など身体全体からすれば末端組織。それにしては受けているダメージが大きい。

 

 

「はぁ……はぁ……っく、大丈夫よ。それにしても、掠っただけなのにこんなに体力を持っていかれるなんて……」

 

 

「クソッ! 一体どうして……」

 

 

時間は数刻前に遡る――――

 

 

 

 

 

 

自己紹介を済ませた立香たち一行とセーラは今後について話し合っていた。

 

 

「ところでセーラ、ここに来てから変わったものは見ていないかな」

 

「うーん、変わったものも何も、この場所自体が変わった場所だし……あ、そういえば、あなたたちが来る少し前に、遠くの方で何か光ってたかも。こう、雷みたいにピカーって」

 

「光?」

 

 

大きな音はしなかったけどね。セーラがそう返す。

間違いなくこの特異点の発生に関わるものだろうと立香が考えたその時だった。締め切った窓の隙間から眩い光が入ってきたのだ。

 

 

「――ッ! なんだ一体!?」

 

 

声を上げる立香。はっとしたセーラが窓を開け、あまりの眩しさに目を伏せる。そして窓を閉め、確信めいた表情で立香たちの方に向き直った。

 

 

「これよ、さっき話してた光! さっきの時よりずっと近い!」

 

『本当ですか!? ――行ってみましょう、先輩。何か重要な手がかりがあるかもしれません』

 

 

ああ。と、マシュからの通信に頷く立香。早速とばかりに立ち上がった立香をマシュが静止した。

 

 

『その前に……このマナ濃度の中でも比較的はっきりと観測できる霊基反応が確認されました。先程の光が発生した直後です。先輩、くれぐれも気を付けてください』

 

「そんなに強力なサーヴァントが……?」

 

『ええ、これ程力のあるサーヴァントであれば、きっと知名度も高い存在でしょうし、反応も強いですから、もしかしたら霊基パターンからクラスや真名を特定できるかも知れません。そのあたりの解析も現在進めています』

 

「そうか……わかった、そっちはよろしく。気を付けて行ってくるよ。あ、セーラはここに残って。それから……巌窟王、セーラの事頼めるかな?」

 

 

巌窟王が立香の言葉にぴくりと眉を動かす。そして一呼吸置き、葉巻に火を入れ、若干不服そうではあるが承諾した。

 

 

「……成程、確かに俺のスキル及び宝具は、単騎でこの娘のお守りをするにはこの中で最も適しているだろう。ああ、悪くない采配だ。従うとしよう」

 

「あはは……ごめんね? 悪いけど頼むよ。――それじゃ、行くよみんな」

 

 

立香の呼びかけに応え、サーヴァントたちが立ち上がる。一行はセーラと巌窟王に見送られ、酒場を出た。

 

 

「――マシュ、ダ・ヴィンチちゃん。方向はこっちで合ってる?」

 

『ああ、合っているよ。そのまま真っすぐだ』

 

『しかし、先程も言いましたが気を付けてください。今向かっている光の発生源と思しき場所と、確認された強い霊基の存在する場所がほぼ一致しています。タイミングからして、あの光によって現界したサーヴァントと考えるのが妥当でしょう。このまま進めばエンカウントは必至――ッ! これは……!』

 

 

駆け足で光の発生源に向かいながら通信で会話していると、急にマシュの声色が変わった。

 

 

『対象のクラスと真名、特定しました! クラス、セイバー。真名は――《素戔嗚尊(スサノオノミコト)》です!!』

 

「スサノオ――って、日本神話の!?」

 

 

素戔嗚尊。言わずと知れた日本神話における神の名であり、三貴子(みはしらのうずのみこ)の一柱である。本来ならばそのような神霊がサーヴァントとして現界する事などありえない。マシュや立香だけでなく、サーヴァントも驚きを隠せずにいた。どういうことなのかと困惑する立香たちに、ダ・ヴィンチが補足説明をする。

 

 

『うーん、でもこれは相当神格を抑えられてるねぇ。サーヴァントとして現界させるために無理矢理その枠に押し込められている。つまり……』

 

「……聖杯の力で強制的に召喚されている……?」

 

『何にせよ、真相を突き止める必要があります。急ぎましょう、先輩』

 

 

ああ。と言いかけたところで、少し離れたところで爆発が起きる。立香たちが向かっている方向だ。

恐らく、素戔嗚尊が何者かと戦闘を行っているのだろう。より一層、立香たちの足が速くなる。ダ・ヴィンチの指示で向かった先は教会の裏。さほど時間はかからなかった。

 

 

「これは……」

 

 

そこで立香たちが最初に見たものは、腹部に大穴を開け、今まさに消滅しゆく素戔嗚尊だった。

 

 

「ウソでしょ……いくら神格を落とされているからって、上位の神霊がこんな短時間で……!?」

 

 

信じられないものを見たかのように、メルトリリスが呟く。いや、実際信じ難い光景なのだろう。神霊、それも素戔嗚尊のような軍神というのはこと戦闘においては相当な力を持っており、そう簡単に並のサーヴァント相手に負けるような存在ではない。その身に女神の力を組み込んでおり、神というものがどれ程のものなのかをよく理解しているメルトリリスにとってはなおさらと言える。

 

結局、立香たちは何もできないまま素戔嗚尊が座に還るのを見届けることしかできなかった。

 

しかし、まだ気は抜けない。素戔嗚尊を斃したと思われるサーヴァントがまだ近くにいるとマシュから通信が入った。全神経を集中させ、周囲を警戒する。

 

 

「――伏せろ!!」

 

「おわっ!?」

 

 

突如としてビリーが(サンダラー)を抜きながら立香を張り倒し、立香の立っていた場所の後ろ――教会の壁の影に向けて発砲する。

しかし銃弾は何かを打ち抜くでもなく、壁を抉るのみ。直後、教会の屋根の上に黒い影が降り立った。

 

それは、黒い短髪に眼鏡。背は高く痩身。ボロボロの黒い牧師服の上から、これまたボロボロの黒いコートを羽織った青年だった。その目つきは鋭く、荒み、恩讐に満ちた眼光が立香たちを射貫いていた。

 

間もなくして、意外にもすぐに攻撃を仕掛けることもなく、その異様な雰囲気を放つ男が口を開き始めた。

 

 

「……サーヴァントが揃いも揃って……しかもマスター付きか。それに――ふん、この霊基は……ああ……久しいな。ブラヴァッキーに……ああ。ああ。ああ……! 見紛うものか。その気配、その目、そして何よりその赤いマフラー……そこのブラヴァッキー同様違う存在、違う姿でもわかるぞ。ビリー・ザ・キッド……!」

 

「へえ、どうやら僕の事知ってるみたいだね」

 

「口ぶりからして――というより、私自身の記憶からして別の私たちの事を言っているみたいだけどね。イフの存在ってやつかしら? それにしてもあなた、よっぽど恨み買ってるのね」

 

 

黒コートの男の放つ殺気に対し、軽い口調で話すビリーとエレナ。尤も、軽いのは口調だけで緊張は抜けていないが。

 

やがて黒コートの男のわかりやすい殺気も徐々に弱くなり、落ち着いた口調で話し始めた。

 

 

「……確かに、ビリー・ザ・キッドには恨み――いや、憎しみとでも言うべきか。そういった類の感情はある。だがそれは恨みとは別。……相変わらず憎いが、今更お門違いの恨みなど持つものか。今の俺が真に恨んでいるのは――」

 

 

自然な動作。何気なしにポケットに手を入れるような。そんな動きでコートの内側に手を伸ばし、握ったのは銃。瞬間、男が手袋の上から嵌めている指輪が光る。

 

 

(――レマット……?)

 

 

ビリーが男の銃を見たその時、妙な違和感が頭を過った。しかしそれが隙を生み、ビリーが銃を抜くのを遅らせた。あまりに速い。その一瞬で男は引き金を引いた。

銃口の向く先はメルトリリスの心臓。サーヴァントの霊核を成す場所。サーヴァント特有の動体視力と反射神経を以て、すんでのところで回避行動を取るも、左腕を掠ってしまった。

 

 

「――っぁああっ!!」

 

 

「メルトリリス!!」

 

 

悲鳴を上げるメルトリリスに駆け寄る立香。彼女の傷口からは血が流れ、煙が上がっていた。それを見て黒コートの男が珍しいものでも見たように、けれどもつまらなさそうに呟く。

 

 

「……本来ならアレでも腕が千切れかかる程度にはダメージが入るはずだが……成程、真性の神ではないか。不純物の混ざった神か、それとも神ならざる身に神を宿したか……まあ、何でもいい。今度こそ死ね」

 

 

もう一丁の(ピースメーカー)を抜き、片方の銃で立香を。もう片方の銃で再びメルトリリスを狙う。今度こそ死ね。その言葉を実行するため、ゆっくりと狙いを定める。

 

通常ならば隙にしかならない緩慢な動作。しかし、近距離専門であるアサシンのジャックでは間合いが足りない。銃を使う相手ではキャスターであるエレナの援護も間に合わない。対等な撃ち合いなら負け無しのビリーでさえも、マスターや仲間が実質人質に取られている上、相手の力量が把握しきれていないこの状況では下手に動けない。

 

万事休すか。誰もがそう思った時だった。

 

 

「俺を呼んだな!!」

 

 

その声と同時に、男の二丁拳銃が咆哮を上げる。しかしその弾丸は、黒い炎に焼き尽くされた。

 

黒い炎の中から現れた声の主は巌窟王だった。そのマントの内側にはセーラもいる。――サーヴァントの高速移動に付き合わされたせいか、顔が青いが。

 

 

「巌窟王……! どうしてここに――ていうかなんでセーラまで!?」

 

 

「なあに。おまえの愛しい後輩から応援を頼まれただけの事。とはいえ、この状況で娘を独りにするわけにもいくまい。であるから、仕方なく連れてきた。それより……」

 

 

巌窟王が黒コートの男を一瞥する。その口元には笑みが浮かんでいる。

 

 

「……そうか。俺と貴様は根本こそ違えど、どこまでも似ているな。その在り方、その出自……いや、貴様はどちら(・・・)なのだろうな……? ――それはそうと、貴様……随分とこの娘にご執心のようだな?」

 

「ッ!!」

 

 

びくん。と、黒コートの男が反応し、セーラもまた、え? と声を漏らす。見れば、男が放っていた殺気は完全に消え失せ、銃を握る腕は力無く垂れ下がっていた。銃も、曲がった指に辛うじてかかっているものの、少し気を抜けば落ちそうな程だ。

 

見透かすような巌窟王の視線に嫌気がさしたのか、男は舌打ちをし、その身を翻して姿を消した。

 

 

「ま、待て!!」

 

 

立香が声を上げるが、消えてしまってから待てと言っても遅いというもの。情報が少ない今、黒コートの男を探して話を聞き出したいところではあるが、未だ苦しんでいるメルトリリスの治療が優先。一行は再び酒場に戻る事となった。

 

 

(それにしても、あの銃……あのガンベルト……まさか……)

 

 

ビリーの頭には、一つの疑問が染みついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

――ここで話は冒頭に戻る。

 

 

「どうやらあの男の口ぶりからして、神性の高いサーヴァントに対して高い威力を発揮する攻撃のようね。……それにしたってこんなの最早呪いの域よ」

 

 

エレナがメルトリリスの傷口を観察し、その様子を説明する。曰く、傷口の痛み以上に、そこから全身に回った神殺しの力がメルトリリスを苦しめているらしく、非物理的な治療スキル・宝具でもない限り即座な回復は難しいらしい。尤も、放っておけばゆっくりと時間をかけて回復するのだが、その間彼女は苦しみ続けることになる。

 

 

「ごめんね、おかあさん。わたしたちのスキルも役に立たないみたい……」

 

「気にすることないよジャック。今回はちょっと相性が悪かった。それだけの話さ。それに、最初に敵に囲まれた時もそうだし、ジャックの情報抹消スキルのおかげで、道中で敵に遭遇しても追いかけられてここを嗅ぎつけられることがないんだ。ジャックはとても役に立っているよ。ありがとう」

 

「ほんと……? えへへ。褒められちゃった。嬉しいな」

 

 

満面の笑みを浮かべるジャックに笑顔で返す立香。雰囲気こそ和やかではあるが、切迫した事態は変わらない。どうしたものかと頭を悩ませていた時、ダ・ヴィンチから通信が入った。

 

 

『彼女を治療する方法はある。令呪を一画消費する事だ。そうすれば彼女は一時的に万全の状態になり、後は自力で回復できる。それと――』

 

「そうか、その手があった! ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 

ここで令呪を一画消費するのは痛いが、背に腹は代えられない。ダ・ヴィンチが何か言いかけているが、早速とばかりに立香は令呪を一画消費し、メルトリリスに魔力を供給する。すると、みるみるうちに彼女の顔色が良くなり、傷口も塞がっていった。

 

その様子を見て、セーラが感嘆の声を漏らす。

 

 

「へー、すごいのね。こんなことまでできちゃうなんて、魔法みたい」

 

「そんなすごいものじゃないよ。俺も詳しくは知らないけど、魔術と魔法は違うらしい」

 

 

そういうものなんだ。と、セーラが呟く。ともあれ、これで治療は完了。しかし、モニター越しのダ・ヴィンチの表情は引きつっていた。

 

 

「ん? どうしたの、ダ・ヴィンチちゃん。そういえばさっき何か言いかけてなかった?」

 

『ああ、いや……確かに、治療の手段として令呪の消費は挙げたよ? うん。でもね、令呪を使わなくとも、巌窟王くんの宝具を使用するっていう方法もあったんだが……』

 

「……え?」

 

 

立香が硬直する。そして、ぎぎぎ、と音が立ちそうなほどぎこちない動きで首を回し、巌窟王の方に顔を向け、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……ねえ、そんな宝具持ってるなんて知らなかったんだけど」

 

「言っていなかったか? というかマスター。おまえも俺のマスターだというのなら、サーヴァントのステータスくらいは把握しておけ」

 

「うん、それは尤もだ。悪かったよ。けど……なんで今メルトリリスの治療をしようって時に教えてくれなかったの?」

 

「聞かれなかったからな」

 

 

顔色一つ変えずに答える巌窟王の態度に、立香が大きく溜息を吐く。この特異点の修復が終わったらサーヴァントたちの事について勉強しなおそう。そう誓った立香であった。

 

そんな立香を後目に、ビリーが世間話でも始めるかのように巌窟王に声をかけた。

 

 

「そうそう。巌窟王さぁ、あの黒いコートの男を見て、なんか知った風な口をきいてたけど……何か知ってるの?」

 

「さあな。俺にはあれが何者なのかなどわからんよ。ただ、予想通りと言うべきか……奴のクラスはアヴェンジャーだ。そうだな? キリエライト」

 

 

『あ、え、ええ。――はい、確かにその通りです』

 

 

シリアスな空気に切り替わり、場が静寂に包まれる。そんな中、セーラは「じゃあ巌窟王さんのこと、アヴェンジャーさんって呼べないね」などと言っていた。

 

 

「ま、そんなこったろうとは思ったけどさ。……でさ、まだ何か気付いた事あるでしょ」

 

「……流石ガンマン。目敏いな。――とはいえ、勘と憶測によるものでしかないがな。……あれの霊基の成り立ちに近いものを感じた。それだけだ」

 

 

どういうことだ? と、立香が説明を求めようとするが、実際に声に出す前に、巌窟王がその表情から心情を読み取り、説明を続けた。

 

 

「要するに、『物語に関わる出自』かもしれんということだ。登場人物か、そのモデルか、はたまた作家本人かはわからんがな。まあ、頭の片隅にでも入れておけばいい」

 

『わかりました。その点も考慮してあのサーヴァントの調査を行います。……それにしても、彼の目的は一体……』

 

「仮にあいつが黒幕だとして……かつてのフォート・ジョルディで牧師サマが銃持って神殺しねえ。もう何て言ったらいいかわかんないね」

 

 

ビリーが壁に身体を預け、腕を組んで視線を天井に向けながら呟く。その何気ない呟きに、通信の向こうのダ・ヴィンチが反応した。

 

 

『……ビリー君。今キミ、フォート・ジョルディって言ったかい?』

 

「ん? ああ、言ったよ。――ああ、この街の名前ね。さっきあちこち歩き回って思い出したんだ。そういえば生前行ったことあるなって。そうそう。この酒場、オスカー・ワイルドも来たことあったっけ。道理で見覚えのある看板だと思ったよ」

 

『……そうか。ありがとう。うん、非常に参考になったよ。これは今後調査を進める上で重要なファクターになるだろう。――さて、先の戦闘もあってみんな疲れただろう。今日はゆっくり休んで、情報整理や行動を起こすのはまた明日にしたまえ』

 

 

ダ・ヴィンチの合図で今日の所はここまでということになり、全員それぞれに割り当てられた個室に入り、睡眠をとる。サーヴァントに睡眠は必要無いが、娯楽としては有効であり、マスターである立香が自分だけが休むと気にする性質であるため、サーヴァントたちも各々形だけの睡眠に入る。

 

 

 

 

 

 

――そして次の朝。

 

 

 

 

「……いや、夜なんですけど」

 

 

 

 

立香の寝言――というわけではない。

 

 

空には相変わらずの赤い月。フォート・ジョルディは夜の闇に覆われたままだった……。




唐突にオリジナルサーヴァントが登場したと思ったら、名前だけでセリフもなく即退場です。

登場人物が多いのでキャラの立ち回りとか色々大変です。地の文とかわかりやすく、それらしくなっているでしょうか……?

※10/22 メルトリリスの治療パートの本文を一部修正


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第三節『生贄』

薄暗い空間。そこがどこであるのかはわからない。――そこを根城にしている黒いコートの男にしか。

 

男は床に座り込み、壁にもたれかかり、独り呟く。

 

 

「何故……何故彼女が……」

 

 

見間違いか? そんな可能性が一瞬頭を過るが、そんなはずはないと頭を振る。であれば、あれは一体何だったのか。

 

 

「……サーヴァント……? いや、有り得ない。それなら俺の顔を見て何かしらの反応を示すはず。それに、彼女は――」

 

 

やがて、一つの可能性に思い至った男は顔を上げた。

 

 

「そんな、まさか……いや、だとしたら、俺の顔を見ても何の反応も無かった理由も説明がつく。……冗談ではない。それではまるであの時と――」

 

 

あの時と同じ。そう言いかけて、男は怒りをぶつけるように壁を殴りつける。男の表情は、怒りから決心に変わった。

 

 

「……知られてはならない。あの子には絶対に……。――残り二騎。もうすぐ目的は達成される。知られてしまう前に終わらせる……!」

 

 

北欧のロキ。ギリシャのアイテール。エジプトのアトゥム。バルトのデークラ。そして極東、日本の素戔嗚尊。男は既に五騎の神霊を葬り、聖杯にくべていた。残り二騎の神霊をくべることで、男の目的は完遂する。

 

 

「あと少し……あと少しなんだ……。だから――待っていてください、セーラ」

 

 

男がその手の指輪を愛おしげに撫でる。その表情、その声色には、憎しみとはかけ離れた優しさが籠っていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

立香たち一行はオスカーワイルド一階の酒場でテーブルを囲み、議論を交わしていた。議題は外の現状――『明けない夜』についてである。

 

 

『うーん……昨日までの活動時間及び睡眠時間、立香くんのバイタルから考えても、今そっちの時間は午前九時のはずなんだよねえ……。うん。君たちは間違いなく、昨晩は夜十時半に床に就き、およそ午前八時半には全員起床しているよ』

 

 

ダ・ヴィンチが調査の結果を告げる。セーラがいつからこの特異点にいたのか。その話を聞いてから空の観測を続けていたが、どれだけ時間が経過しても空に浮かぶ赤い月が傾くことはなく、夜で固定されていたようだ。

 

 

『つまるところ、聖杯か何かの影響でその空間はずっと夜のままになっているってわけだ。まあ、赤い月なんて怪しさ全開だしね。正直そんな気はしていたよ』

 

 

そんなわけで、ある程度の現状は把握できたが、解決策があるわけでもない。とはいえ、この現象によって今の所悪影響が出ているわけでもなく、暫くは様子見ということで話は纏まった。

 

議題は今後の活動方針についての話に切り替わる。

 

 

「あの黒コートの男……仮に《西部のアヴェンジャー》としようか。彼が神霊を殺して何をするつもりなのかはわからない。でも、このまま放っておいたら危ない気がするんだ」

 

 

立香の意見に皆が同調する。相手の目的がわからない今、これ以上好きに動かれるのは危険でしかない。神霊を殺してただただ私怨を晴らしているだけとは思えない。何か目的がある。それがもし、世界の存亡にかかわるような事であれば……。

 

 

「……これ以上は後手に回れない。これから街を探索して、またあの『光』が発生してもすぐに駆けつけられるようにしよう」

 

 

大事になる前に動かなくてはならない。立香やサーヴァントたちが立ち上がる。その際、立香がセーラにまた留守番をするように言うが、言い切る前に拒否された。

 

 

「でも、外は危険だし……」

 

「それでも、わたしは自分のことを知りたいの。気にしてないつもりだったんだけどね。でも、やっぱり……。――あの男……あいつは多分わたしを知ってる。だから、わたしが自分で問いたださなくちゃいけないの。そういうわけだから。お願い」

 

 

セーラが真剣な眼差しで訴える。どうしたものかと暫く悩んだ立香であったが、やがて、観念したとばかりに溜息を吐いた。

 

 

「……わかったよ。昨日みたいなことになっても困るしね。……その代わり、絶対に俺たちのそばを離れないこと。いいね?」

 

「わかってるって。それじゃ、よろしくね」

 

 

 

 

 

 

それから数十分、外の探索を続けていると、昨日に引き続きまた新たに例の光が発生した。今度は手遅れになる前に駆け付ける。そう意気込んで一行は光の発生源に向かっていた。が……。

 

 

「ああもう、なんだってこんな時に……!」

 

 

苛立ちを隠せない様子のエレナ。他の面々も、この状況には焦っていた。

 

もう少しで到着。すぐ近くで戦闘音も聞こえだしたところだというに、ワーウルフの群れに囲まれてしまったのだ。

 

 

「くそっ! あっち行け犬っころ!!」

 

 

セーラが二丁拳銃を構え、ワーウルフに鉛弾を撃ち込む。多少ひるむものの、この数ではまるで意味を成していない。

 

このままではまた間に合わなくなってしまう。とはいえ、これだけの数の敵を無視して西部のアヴェンジャーと接触するべきではない。そう考えた立香の発案により、ここは二手に分かれることとなった。

 

元より、西部のアヴェンジャーとメルトリリス、ジャックとの相性は良くない。接近戦に優れた二騎にこの場を任せ、立香、セーラ、巌窟王、ビリー、エレナの五人は光の発生源へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「よかった。間に合った」

 

「間一髪ではあったがな。感謝しろ、マスター」

 

 

巌窟王が腕に抱えていた神霊――ケツァル・コアトルをそっと降ろす。

 

立香たちが駆け付けた時、西部のアヴェンジャーの拳銃によってケツァル・コアトルが撃ち抜かれる寸前だった。しかし、巌窟王が《虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)》を発動したことで瞬間移動を可能とし、ケツァル・コアトルを救出してみせた。

 

 

「ありがとう。誰かは知らないけど助かりました……」

 

「そうか、ウルクの時とは別の……いや、無事でよかった」

 

 

自分たちの記憶が無い事に若干の寂しさを覚える立香。しかし、今はそんな感傷に浸っている暇はない。西部のアヴェンジャーの方に向き直り、力強く言い放った。

 

 

「答えろアヴェンジャー! 何が目的だ!!」

 

 

西部のアヴェンジャーが銃を降ろし、一息つく。そして、仕方ないと言わんばかりの様子で語り始めた。

 

 

「……まあ、知られたところでやる事が変わるわけでもない。良いだろう、ちょっとした気まぐれだ。教えてやる。――俺の目的は、俺自身を含む全てのサーヴァントを座から抹消することだ」

 

「――何……だって……!?」

 

 

サーヴァントの抹消。そう言ったか? アガルタでの出来事。不夜城のキャスターに続き、この男までもが『そのような事』を言うのか? 彼の発言は、立香の琴線に大きく触れた。しかしここで冷静さを失う立香ではない。どうにか怒りを抑え、極めて冷静に問いただす。

 

 

「……何故、それがこんな事をする理由になる。素戔嗚尊や、メルトリリスもそうだ。何故神性の高いサーヴァントばかりを狙う」

 

「そうだな……理由は二つある。一つは復讐。もう一つは、神霊をくべる事で、聖杯の力を増幅させることだ」

 

「何……?」

 

 

いまいち要領を得ない立香。しかし、ダ・ヴィンチはおおよそ理解できたようで、立香への解説のため、西部のアヴェンジャーに確認をとるように推理を披露する。

 

 

『成程。つまりキミは何らかの理由で神全般を恨んでいると。そして自分が座から退去したい何らかの理由もある。この二つの要素を手っ取り早く満たす聖杯への願いが、全てのサーヴァントの抹消というわけだ。それでキミは憂さ晴らしも兼ねて、強い力を持つ神霊を呼び出しては殺し、聖杯にくべ、その大規模な願いを叶えるための生贄としているわけだ。違うかい?』

 

「ほう、姿は見えんが、大した洞察力だ」

 

『当然だ。私は天才だからね。――ついでにもう一つ、私の推理を披露してあげよう。普通ならそんなやり方では効率が悪い。なのにキミは敢えてそうしている。……このフォート・ジョルディの街そのもの……キミの固有結界だろ?』

 

「それって……!?」

 

「……そこまでお見通しとはな」

 

 

驚愕する立香に対し、表情一つ変えることなく呟く西部のアヴェンジャー。

ダ・ヴィンチの推理によると、固有結界を発動することで大気のマナ濃度を上げ、それを聖杯に少しずつ供給する。神霊をくべ、それにより溜まった魔力で再び神霊を召喚し、余剰分の魔力の一部を使って固有結界を維持する。それによって自身と聖杯、そして固有結界とで魔力を循環させ、少しずつ、けれども確実に聖杯に魔力を溜め込んでいるらしい。

 

 

「それだけではない。この固有結界は俺自身に最高ランクの知名度補正と同等の魔力補正をかける力もある。それによって魔力の循環効率はさらに向上。必要な神霊七騎の内五騎は葬った。残り二騎の神霊をくべれば俺の目的は達成される。そこの神霊と、この場にいないようだが、お前のサーヴァント――メルトリリスと呼んでいたな? そいつでも十分だろう」

 

「……あまり時間は残されていないってわけだ」

 

 

普段飄々としているビリーの表情にも、わかりやすく緊張が生まれる。

 

話は終わりだと銃を構えなおそうとする西部のアヴェンジャー。そこに、セーラが待ったをかけた。

 

 

「……さっきの話、正直、わたしにはよくわからなかった。でも、あんたが皆を消そうとしていることはわかった。メルトリリスさんやブラヴァツキーさん。巌窟王さんやビリーさん、ジャックちゃん……それに、カルデアってところにはダ・ヴィンチさんや、もっとたくさんのサーヴァントたち……リツカの仲間がいるって聞いた。その皆を消すだなんて、許すことはできない。――その上で聞かせてもらうわ。あんた、なんでこんな事するの?」

 

「……これ以上教える義理は無いな。気まぐれはここまでだ」

 

「そう……」

 

 

瞬間、セーラが銃を構え、西部のアヴェンジャーに向けて発砲する。しかし、西部のアヴェンジャーは体を少し動かすだけでそれを回避する。

 

舌打ちをするセーラ。西部のアヴェンジャーは懐かしむように呟いた。

 

 

「……懐かしいな。いつだったか、キミに銃を向けられたのは」

 

「やっぱりあんた、わたしのこと知ってるの……?」

 

「それも言えないな。……俺としたことが、少ししゃべりすぎたようだ。今日はこの辺りにしておいてやる」

 

 

西部のアヴェンジャーが前回と同じように姿を消す。

またも眼前の敵を取り逃がしてしまいった悔しさ。自分の記憶について聞き出せなかった悔しさから、クソ、と同時に呟く立香とセーラ。丁度その時、マシュから通信が入った。

 

 

『先輩。先程、メルトリリスさんとジャックさんがワーウルフの群れとの戦闘を終了させました。今そちらに向かっています』

 

「……ああ、わかった。合流次第、ケツァルコアトルさんを保護してオスカー・ワイルドに戻ろう」

 

『ああ、あのアヴェンジャーも聖杯の魔力を無駄にはしたくないだろうから、今日の所は本当にこれ以上動かないだろう。しかし、明日からは向こうから出向いてくるだろうね』

 

「明日以降が本番ってわけね……」

 

エレナがそう呟いた辺りで、メルトリリスとジャックの姿が見えてくる。このままオスカーワイルドに戻ろうとしたその時、マシュがセーラを呼び止めた。

 

 

『あの、セーラさん。少し気になった事があるのですが……』

 

「ん、何?」

 

『セーラさん……本当にサーヴァントではないんですよね……?』

 

「いや、記憶喪失のわたしに聞かれても困るんだけど……。とりあえず、わたしからサーヴァントの反応は無かったんでしょ?」

 

『え、ええ。それもそうですね。失礼しました』

 

「いいけど……なんで今になってそんな事聞くの?」

 

『ああ、いえ。……少し気になった事がありまして。ええ、何でもないです。忘れてください』

 

 

そう? と返し、待っていてくれた立香たちに謝りながら再び歩き出すセーラ。マシュも一旦通信を切り、立香の意味消失の阻止とバイタルチェックの作業に戻りながら、考え込んでいた。

 

 

(あのワーウルフ……固有結界内の存在ということは、魔力で強化されていたか、もしくは魔力の塊のような存在のはず。わずかとはいえ、神秘の籠っていない武器でダメージを与えられるものなのでしょうか? ……それに、セーラさんのお名前――)

 

 

どこかで聞いたことがあるような――。そんなふとした疑問は、目の前の作業によって頭の隅に追いやられてしまった。

 

 




まともな戦闘描写が無いまま話が進んでいきますが、戦闘描写はクライマックスでガッツリやる予定です。


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第四節『復讐鬼の名』

――夢を見ていた。

 

 

自分の夢なのに、どこか客観的な感じ。いや、夢というのは大抵こういうものだっただろうか。

 

西部の街を駆け巡り、二丁拳銃で怪物たちを次々と倒していく。その姿は紛れもなく『わたし』自身。

 

決まって、その後ろには『わたし』の陰に隠れるように、何もせず震えながら立っている男がいた。……たまに役に立たないうんちくを言ったりするくらい。

 

怪物を斃しきって、私は振り返りながらその男――相棒に声をかける。

 

 

「――終わったよ、■■■■」

 

 

その男の顔と、『わたし』自身の声に靄がかかる。

 

 

――『わたし』の夢は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

ケツァル・コアトルを保護した翌日の朝。立香は酒場のテーブルで僅かばかりの朝食を摂っていた。

 

現在食べる事のできる食糧が酒場の保冷庫にあったもののみという現状、一度に摂る食事の量は決して多くない。いずれ食糧を切らした時の事を考えると、焦りが出てしまう。自身の健康状態や精神衛生を考慮すると、あまり悠長に行動していられない。

その上、サーヴァントたちには断食を強いている。いくら食事の必要がない身体とはいえ、食事は娯楽として機能する。故に、カルデアではサーヴァントたちも日常的に食事は摂っている。

そんな彼らを後目に、自分とセーラだけが食事を摂るというのは、心苦しいものがあった。しかも今回は幼い子供の姿であるジャックまで同行している。余計に罪悪感を覚えるというものだ。

 

 

「……早くこの特異点を修正してカルデアに戻らないとな」

 

 

立香の呟きの直後、階段の方から足跡が聞こえる。振り返ると、寝ぼけ眼のセーラがあくびをしながら階段から降りて来ていた。

 

 

「おはようセーラ。随分眠そうだね」

 

「おはようリツカ……なんか変な夢見ちゃったみたいで。……どんな夢だったかあんまり覚えてないけど」

 

「そっか……。あまり気にしない方がいいと思うよ。それより座ったら? 丁度今巌窟王がコーヒーを淹れてくれているんだ」

 

 

セーラの食事も持ってくるよ。そう言いながら丁度食べ終わった皿を持ってカウンターに引っ込む立香。入れ替わりに、巌窟王が無言で二人分のコーヒーをテーブルに置いた。

 

 

(気にするなとは言ったけど、あの夢……きっとわたしの記憶に関係あるよね)

 

 

熱いコーヒーをちびちびと啜りながら、昨晩の夢について考えるセーラ。結局、立香が食事を運んでくるまでの間、ぼうっとその事について考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

セーラの食事が終わった後、改めてケツァル・コアトルの自己紹介を行うこととなり、全員が酒場の一つのテーブルを囲んでいた。

 

 

「改めまして、私は女神ケツァル・コアトル。昨日は助けていただき、ありがとうございました。感謝します」

 

「いえいえ、そんな。昨日も話しましたが、ケツァル・コアトルさんを守る事が俺たちの目的にも繋がるので……」

 

 

昨晩の内に、現在何が起こっているのか。何故ケツァル・コアトルが狙われているのか。基本的なことは立香の口から伝えられている。その上でケツァル・コアトルを保護という形で仲間に引き入れることは、既に本人の同意を得ていた。

 

 

「守られるばかりの立場になるというのは歯がゆい気持ちもありますが……今はそんな事言っていられません。――さて、堅苦しいのはおしまい。これからよろしくお願いしマース!」

 

「ああ、短い間になるだろうけど、よろしく」

 

 

立香とケツァル・コアトルが握手を交わす。立香との悪手が終わればセーラ。セーラの次にビリー、巌窟王、ジャック、メルトリリス、エレナと、順番に全員と握手を交わしていく。

 

挨拶も済ませたところで、オンになっていた通信越しにダ・ヴィンチが声をかけた。

 

 

『さて、そろそろ作戦会議に移ろうか。……昨日も触れたが、あのアヴェンジャーは恐らく魔力の無駄遣いを避けるため、わざわざ新たな神霊を召喚するといった事はしないだろう。きっと向こうから仕掛けてくるはずだ。だから拠点であるこのオスカー・ワイルドを早々に離れて、敵を迎え撃つのが得策だろうね』

 

 

ダ・ヴィンチの言葉に立香が頷く。次の戦闘であのアヴェンジャーとの決着を付けられるとも限らない。であれば、『食』と『住』の揃っているこのオスカー・ワイルドに被害を出さないためにも、戦闘に適した場所に移動するべきだ。

 

加えて、立香たちはアヴェンジャーの居場所が分からない。結局のところ、外に出て襲撃を待つ以外にアヴェンジャーと接触する術がないのだ。悪い言い方をすれば、ケツァル・コアトルやメルトリリスを囮に使う事になるが、どちらにせよ彼女たちを置いてアヴェンジャーを探しに行くのは危険すぎるため、そうせざるを得ない。

 

取れる手段が限られている以上、悩む前に迅速な行動をするべき。そう考え、立ち上がる立香。同時に、ある事に気付いた。

 

 

「……そういえばマシュは? 今日はまだ声を聞いてないけど」

 

 

いつもならば最低限朝の挨拶くらいは耳にするマシュの声を未だ聞いていない。その事をふと疑問に思った立香がダ・ヴィンチに問いかける。

 

 

『ああ、あの子なら何か探し物があるとかで、今朝から席を外しているよ。仕事の方は私と職員たちで手分けしてやっているからご心配なく』

 

「ああ、そうなんだ……。大変だね。マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも」

 

 

若干の寂しさを感じながら、何でもない風に返す立香。ダ・ヴィンチのニヤニヤとした表情に知らんぷりしながら、軽く伸びをし、呼吸を整え、気持ちを切り替える。

 

これが最後の戦いになるかもしれない。立香をはじめとして、サーヴァントたちもまた気を引き締め、オスカー・ワイルドの外へ出た。

 

 

その時だった。

 

 

「――ッ!」

 

 

息を呑むような、声にならない声。ただの息遣いとも取れるそれは、ケツァル・コアトルのものだった。そのケツァル・コアトルが立香に向けてタックルを仕掛けてきた。

 

背中を打ち付けられ、肺から思いっきり空気を吐き出し、地面に仰向けに倒れる立香。その上に覆いかぶさるケツァル・コアトルの胸には大穴が開き、鮮血と煙が溢れ出ていた。

 

目を見開く立香の顔を、ケツァル・コアトルの口から漏れた血液が濡らす。それでようやく状況を理解した立香が、言葉を発した。

 

 

「ケツァル・コアトルさん……? どうして――」

 

「……ごめん、なさい……。せっかく、助けてもらった……のに……無駄にしちゃって……。ふふ、本当、に……短い……間……だった、わ……ね……」

 

 

それだけを言い残し、ケツァル・コアトルの身体から力が抜け、倒れる。その身が立香に触れる前に、サーヴァントとしてのケツァル・コアトルは消滅し、座に還った。

 

ケツァル・コアトルが消えた事で、立香の視界が広がる。まず目に入ったのは、突然の出来事に立ち尽くすセーラ。そして、オスカー・ワイルドの隣の建物の屋根を見つめるサーヴァントたち。そこにはあの男――西部のアヴェンジャーの姿があった。

 

サーヴァントたちは先のやり取りの間にアヴェンジャーの姿を察知し、既に戦闘態勢に入っていた。一発触発の空気の中、立香がゆっくりと立ち上がる。

 

立香の心はあのアヴェンジャーを許せない気持ちでいっぱいだった。しかし、その気持ちをどうにか落ち着かせる。常に冷静でなくては勝てる戦いも勝てない。勝てなければ、ケツァル・コアトルの無念を晴らすこともできない。今するべきことを立香はわかっていた。これまでの戦いの中で、自らが経験し、学び、数多の『先人(えいゆう)』から教わってきた事だ。

 

 

「……どうして、ここがわかった……?」

 

「……生憎、ストーキングと情報収集のスキルを持っていてな。そちらのサーヴァントの能力の影響か、少し手間取ったが」

 

 

してやったりと嘲笑うでもなく、興味など無いように淡々と答えるアヴェンジャー。その手がゆっくりとガンベルトに伸びる。

 

 

「……これで、全てが終わりだ。漸く……ああ、やっと……」

 

 

同時に、高速戦闘に秀でたビリーと巌窟王も動き出そうとする。あと数秒も経たない内に戦闘が始まろうとする、まさにその瞬間だった。

 

 

『やめてください!!』

 

 

その空気を壊したのは、通信越しのマシュの叫び声だった。モニターの向こうでは、マシュの隣でダ・ヴィンチが耳を抑えている。

 

それによりほんの一瞬、両者ともに動きを止めるが、アヴェンジャーの両目は再びメルトリリスを見据え、その手が動き出そうとする。しかし――

 

 

『そんなに神が恨めしいですか! 《クラウス・スタージェス(・・・・・・・・・・・)》さん!!』

 

「!!」

 

 

――アヴェンジャーの動きが、完全に停止した。




いつもより遅れ気味の投稿です。
話を綺麗に区切る為、お待たせした割に本分が短くなってしまいました。

次回以降クライマックスへ突入していきます。


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第五節『Run through the dark』

それはファーストオーダーが発令される二年前の事だった。

 

身体検査、調整、学習……同じ事が繰り返される毎日。マシュは外の世界に強い興味を抱いていた。特に読書。伝記、童話、小説、何でも読んだ。本を読むことでその世界に没入し、心が動かされる。その感覚にこの上ない心地よさを感じていた。

 

そんなマシュに本を貸し出していたのは、カルデアの医療部門のトップを務める青年、ロマニ・アーキマン。通称ドクター・ロマンだった。

 

いつものようにロマニの部屋へ本を借りに行くマシュ。既に本は用意されており、テーブルの上に山積みになっていた。

 

普段はサボりが目立つロマニだが、今回は珍しく真面目に仕事に取組んでいるようで、PCの画面から目を離さない。その状態のまま、「好きな本を持っていくといい」と促す。

 

マシュもその言葉に従い、適当に一冊の本を手に取り、ぱらぱらとページを捲り、中身に軽く目を通す。しかし、慌てた様子のロマニにその本は取り上げられてしまった。

 

曰く、その本は間違って出したもので、少々過激(・・)な内容故に、マシュにはまだ早いらしい。結局、その日は胸にもやもやを抱えたまま、別の本を手に自室へ戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

『――思い出しました。フォート・ジョルディという街。オスカー・ワイルドという酒場。それらの既視感の正体……。かつてドクターに借りそこなったダイムノベル、《ANGEL BULLET》にそれらすべての名がありました。あなたはその主人公の一人、クラウス・スタージェスさんですね?」

 

「……!」

 

 

アヴェンジャーの表情に驚愕の色が浮かぶ。

 

 

ANGEL BULLET

西部開拓時代が終わった頃、アメリカで発刊された、作者不明のダイムノベル――定価十セント(一ダイム)の小説――で、公開劇場は限られていたものの、映画も制作される程の人気作だったという。

 

主人公は行方をくらました父親を追ってフォート・ジョルディまでやってきたカウガールの少女と、牧師の青年――クラウス・スタージェス。その二人が異色のタッグを組んで、怪物だらけの西部の街で賞金稼ぎとして奮闘する物語だ。

 

物語の冒頭でクラウスが少女に渡した指輪。それにクラウスが魔力を籠めることで、少女の弾丸に魔を払う力が宿るという設定で、そうして西部の街を脅かす怪物たちを斃しながら、二人は少女の父親の行方と、怪物騒ぎや死人帰りの真相を追ってゆく。

 

 

しかし、実は全ての黒幕の正体は主人公の少女の父親であり、生者と死者の反転を目論んでいた。――死んだ娘を蘇らせるために。

 

そう、少女は既に死んでいて、少女もまた死人帰りによる怪異の存在だったのだ。

 

少女はその事実にショックを受けるも、己が目的のために西部の仲間を傷つけんとする父を許さなかった。

生と死の反転した世界を維持しているのは目の前の父。それを殺してしまえばどうなるか……それをわかっていながらも、少女は父を撃った。

 

それにより西部を脅かす悪は潰えたが、代償として少女の命は再び(・・)失われてしまった。

 

クラウスは恨んだ。世界の理不尽さを。たった一人の少女の幸せさえ許容できない神を――

 

 

『――それから、あなたは少女の形見である二丁拳銃とガンベルト、指輪を持って復讐の旅に出た。そして今、その復讐を完遂しようとしてる』

 

「まさか、その主人公の女の子って……!」

 

 

マシュの説明を聞いた立香が、セーラの方を見やる。セーラもまた察したようで、わなわなとその身を震わせていた。

 

 

「え……それじゃあ、わたし……わたしは、一体――」

 

『……っ』

 

 

明らかに動揺している様子のセーラの声色に、マシュが口ごもってしまう。そこに、新たな声が横やりを入れた。

 

 

『キミが言えないのなら、私が話そう。これははっきりさせておかなくてはならない事だ』

 

『ホームズさん!』

 

 

そう、肝心なところで出しゃばってくる、今やカルデアのいつものメンバーとなったその人。シャーロック・ホームズだ。立香の腕の端末のモニターが切り替わり、ホームズの姿が映し出される。

 

 

『その前に……まずはマシュ嬢の推理の訂正から始めようか。――まず、彼はダイムノベルの登場人物ではない』

 

『そんな!? では彼の真名は――』

 

『いや、それは合っているだろう。先程の彼の彼の動揺っぷりから見て、間違いないと言えるね』

 

 

ではどういうことか。マシュの疑問にホームズが答える。その推理に、思わず西部のアヴェンジャーも息を呑み、耳を傾けてしまった。

 

 

『そもそもの彼の目的についてだ。彼の望みは神への復讐。これについては、彼が件のダイムノベルの作中通りの人物であるならば納得だ。しかし、彼の望みはもう一つある。自身を英霊の座から退去させる事だ』

 

「……あれ? でもそれって――」

 

 

ホームズの言葉に立香が疑問符を浮かべる。それにホームズが補足を入れるように、再び説明を続けた。

 

 

『そう、神に復讐をするだけならば、自身を座から抹消する必要は無い。しかし、先程私も流し読みさせて貰ったが……主人公の少女が消える前、クラウス・スタージェスはその少女とある約束をしていたようだ。――生まれ変わっても一緒になる、と』

 

「――!!」

 

 

ホームズの語る約束の内容。それに対し、西部のアヴェンジャーが明らかな反応を見せる。しかしホームズはそんな彼を気にすることなく、淡々と説明を続ける。

 

 

『であれば、そこから予想できる答えは簡単だ。――彼は輪廻の輪に戻る事を望んでいる』

 

『ま、待ってください! それは彼が《ANGEL BULLET》の主人公、《クラウス・スタージェス》であった場合の話です。小説の登場人物が自身を英霊の座から抹消したところで、輪廻の輪に乗れるわけがありません! その説明ではまるで――』

 

『ダイムノベルの中の出来事が、過去に実際にあったかのよう。かい? 確かに、西部開拓時代に怪物騒ぎだの死人帰りだの、そんな大規模な事件が起こった記録は存在しない。――この世界では、ね。そういった話には心当たりがあるようじゃないか。マスター君』

 

「……まさか!?」

 

 

かつての女性の宮本武蔵との出会いを立香は思い出す。剪定事象。いずれ滅びる枝葉の並行世界。そこから来た彼女の事を。この瞬間、すべてのピースが繋がった。

 

 

『そう。彼、クラウス・スタージェスはかつて並行世界からやってきた存在で、生前、自身の体験した事を《ANGEL BULLET》というダイムノベルにして出版し、生活していたのだろう。しかし、どういう訳か彼は座に登録されてしまった。そして今度こそ約束を果たすために、自身を座から抹消しようとしているというわけだね。――さて、ここからが本題だ。以上の事を踏まえて、セーラ嬢の正体について語ろうか』

 

「っ!」

 

「!? ――やめろ……」

 

 

話が切り替わると同時に、セーラがびくんと反応する。同時に、西部のアヴェンジャー――クラウスの表情に焦りの色が出てきた。

 

 

『彼がここまで転生に躍起になっているということは、恐らく彼の慕う少女は座に登録されていない。もしくはそう確信しているのだろう。ならば、サーヴァントとして召喚されることはない。当然、既に死んだ身であれば、人間として活動する事もない』

 

「やめろ……!」

 

『加えて、この固有結界。どうやら、ダイムノベルの舞台を再現する宝具らしい。そしてキミの存在は彼にとっても予想外だった。それらの点から考察するに、セーラ嬢。キミこそがその物語の主人公の少女、セーラ・V・ウィンタース。そして――』

 

「やめろ!!」

 

 

『――キミは、彼の所持する聖杯が自動的に願いを察知し、固有結界と連動して生み出されたまやかしだ』

 

 

「……え? うそ。そんな、わたし……っ!」

 

 

セーラが膝から崩れ落ちる。ホームズの語る衝撃の真実に、立香やサーヴァントたちは固まり、言葉を発する事ができなかった。――クラウスを除いては。

 

 

「――うわああああああああああああ!!!!!!」

 

 

突然のクラウスの絶叫に皆が振り返る。ただ一人、セーラは地面にへたり込み、顔を伏せたまま。

 

 

「知られてはいけなかった!! 彼女には!! またあの時と同じ苦しみを!! 恐怖を!! 彼女に与えるというのか、神は!!」

 

 

半狂乱になり、喚き散らすクラウス。ひとしきり叫んだところで急に静かになり、先程とは打って変わって、静かに口を開いた。

 

 

「……もう……もういい。思えば、あれはただのまやかしに過ぎない……。そうだ。これもきっと神とかいうあの腐れ外道の仕業に違いない。ああ、そうに違いない。あれが俺の邪魔をしている。クソッ! 漸く神を殺し、復讐を果たしたと思えば直後に別の世界に飛ばされ、死後は英霊の座なんぞに登録され、挙句サーヴァントとして現界してなおこんな障害にぶつかる。そうやって、またこうして俺を、俺たちを弄ぶ。つくづく神という奴は……!!」

 

『まさか……! 彼は生前、人間の身で神を殺したというのか!? なんてやつだ!!』

 

 

通信の向こうでダ・ヴィンチが驚愕する。クラウスの洩らした独り言。それは、小説の中では書かれなかった出来事。彼は生前、復讐を完遂し、神を殺した。そう言ったのだ。

 

クラウスが立香たちの方へ向き直る。立香が肌で感じられる程、クラウスの魔力が上昇し、地響きが起こる。

フォート・ジョルディの街はずれの大地が裂け、そこから禍々しい巨大な城が出現した。

 

 

「……これこそが俺の固有結界、《紅き幻想の魔界(フォート・ジョルディ)》の真の姿。だが、その真の力はこれからだ」

 

 

地面から這い出るように、大量のゾンビやワーウルフが出現する。その数はゆうに百を超えている。そして――

 

 

「おいおいおい……あれってもしかして、僕……? しかもそっちは――」

 

 

ビリーの視線の先には、口元を赤いマフラーで覆い隠した長身のガンマン。あちら(・・・)の世界のビリー・ザ・キッド。その隣に立つ女性もまたあちらの世界の存在。こちらのビリーの知る姿とは違うが、よく知る存在、《カラミティ・ジェーン》。そしてもう一人の男。同じくあちらの世界の存在ではあるが、彼もまた西部のアウトローでは知らぬ者はいない、世界で初めて銀行強盗を成功させた男。その名は《ジェシー・ジェームズ》。西部の名だたるアウトロー三人が集結していた。

 

 

「……別の世界の僕と、あの災害娘、果てはあの西部のロビン・フッドを同時に相手にするなんて……笑えないね」

 

 

流石のビリーも、これには顔を引きつらせるしかない。サーヴァントの力を以てすれば、ゾンビやワーウルフのような雑多な敵はどうとでもなるが、本来ならば英霊の座に登録されている程の有名なガンマンを再現したものが目の前に三人もいる上に、その後ろには正真正銘のサーヴァント、クラウスも控えている。しかも、こちらはメルトリリスだけは絶対に死守しなければならない。まさに絶体絶命の状況だ。

 

 

「そこの神もどきを始末して、今度こそ俺はセーラとの約束を果たす!! だがその前に――まずはおまえだ!! 消え失せろ、まやかしが!!」

 

 

その言葉を皮切りに、敵が一斉にサーヴァントたちに襲い掛かる。直後に響く発砲音。鳴ったのはクラウスの持つ(レマット)。その銃口が向く先は、未だ俯いているセーラの脳天。

立香がとっさにセーラを庇う。勢いをつけたおかげで二人とも弾道から大きく逸れる事はできたものの、立香の脇腹を銃弾が掠めてしまい、傷を負ってしまった。

 

 

「――ッ! ……大丈夫? セーラ」

 

「わ、わたしは大丈夫……。でもリツカが……!」

 

「これくらい平気だよ。ほんの少し掠っただけさ。どうやら神性を持つサーヴァント相手じゃなきゃそこまでの威力は出せないみたいだ」

 

 

ほら、と傷口を見せる立香。その言葉は強がりではないようで、決して軽い怪我ではないが、肉を多少抉る程度で済んでいる。

 

 

「……下がってて、セーラ。――ジャックとメルトリリスは固まって戦って! エレナは二人の支援! ビリーと巌窟王は接近戦組が戦闘に集中できるよう、周囲のばらついている敵を各個撃破!」

 

 

了解。その確認の言葉が無くとも、五騎のサーヴァントの意識がシンクロし、迅速に立香の指示に従い行動する。同時に敵の攻めにも勢いが付き、陣形を崩さんとする。

 

しかし、数の差で圧倒的に押されている。特にビリーはアウトロー三人衆に目を付けられたようで、集中攻撃を受けており、いっぱいいっぱいの様子だ。

そこでジャックが取り出したのは骨董品のようなランタン。そこから濃霧が噴き出す。ジャックの宝具、《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が発動し、硫酸の霧が辺りを覆い尽くす。視界が霧に遮られ、互いに目標を見失って一瞬膠着状態となるが、やがてワーウルフたちのうめき声が聞こえだした。

本来ならばこの状況下で使うべき宝具ではない。いくら敵だけに強酸性の硫酸によるダメージを与えられるといっても、敵の殆どを占めるゾンビ相手には効果が無い。その上、敵味方問わず視界を奪うこの宝具は、自ら陣形を崩しかねない。しかし、それでも、発動するだけの価値はあった。

 

ひとつはゾンビ以外の敵。サーヴァントであるクラウスと、彼により生み出された西部のアウトローたち。そしてワーウルフの群れ。それらの目や鼻腔のような粘膜組織を破壊し、ガンマンの視覚。ワーウルフの嗅覚を奪う事ができれば戦闘で優位に立てる。

 

そしてもうひとつ。霧。夜。そして女性(・・)。――これで3つの条件が揃った。

 

 

「――此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力――殺戮をここに。《解体聖母(マリア・ザ・リッパー)》!」

 

 

直後、ごっそりとその形をとどめたままはじけ飛ぶ脳や心臓。続いて赤い飛沫。

これ以上視界を遮るのは危険だと判断した立香が、ジャックに《暗黒霧都(ザ・ミスト)》の発動を中止させる。霧が消え、視界が開けるとそこには目を抑えて蹲るワーウルフたち。視界不良の中返り討ちにされたゾンビの残骸。そして内臓が綺麗に体外に排出され、全ての血液を失った、光の粒子となって消滅し行くカラミティ・ジェーンの死体。

 

これで敵の主要な戦力を削る事ができた。が、クラウスと他のアウトロー二人がダメージを負っている様子は無い。

 

それもそのはず。《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が発動した時点でクラウスは一人後方に下がり、目を閉じ、呼吸を止めるなど早々に対策をしていた。

そしてビリー・ザ・キッドとジェシー・ジェームズ。カラミティ・ジェーンもそうだが、彼らは《ANGEL BULLET》の作中では超絶的な肉体と不死性を持って死から蘇った魔人として登場する。《解体聖母(マリア・ザ・リッパー)》のような確実に対象を殺す呪いには耐えられなかったようだが、彼ら魔神にとって、硫酸の霧程度ではダメージの内に入らない。

 

 

「クソ、どうすれば……!」

 

 

状況は良くなったが、相変わらず戦況は不利のまま変わらない。もどかしさから歯噛みする立香。クラウスは隙あらばこちらに銃口を向けようとするが、巌窟王やビリー、間に合わない場合はエレナが妨害してくれているため、今の所最初の一発以外こちらに向けて銃弾は撃たれていない。しかし、この状態もいつまで持つかわからない。立香が頭を悩ませていたその時、おもむろにセーラが立ち上がった。

 

 

「……セーラ?」

 

「……みんながこうして戦っているのに、わたしだけ自分の事でうじうじ悩んで、情けないったらない」

 

「ま、待ってセーラ! 危険だ!!」

 

 

敵陣の方へ歩き出すセーラの腕を掴む立香。しかし、セーラはその手を振り払う。

 

 

「……それに、やっぱりわたし、皆を傷つけようとするあの男、クラウスが許せない。――きっと本当のわたし(・・・・・・)も、こんな気持ちでお父さんを撃ったんだと思う。だから――!」

 

「待っ――」

 

 

立香の静止も聞かず、敵陣に向かって駆け出すセーラ。目指すは一直線。クラウスのもとへ。

 

当然、セーラの気配をどうにか察知できたワーウルフやゾンビの群れが襲い掛かってくる。しかしセーラは恐れない。撃ち尽くす。(だんがん)を。襲い掛かるもののすべてへ。

 

自らが幻想だということを自覚――いや、受け入れてから、弾丸の威力が上がった。弾切れも起きない。身体がずっと軽くなった。駆ける脚が馬車よりも速く感じる。やはり自分は人間ではなかったとより実感するが、悪い気はしなかった。自分が信じるもののために戦えるのなら。

 

 

やがて、クラウスのもとへたどり着く。交差する視線、先に言葉を発したのはクラウスの方だった。

 

 

「……自ら死にに来るとはな」

 

「……うるさい」

 

「どういう心境の変化か知らんが、手間が省ける」

 

「……うるさい……!」

 

「それとも……ああ、真相を知って絶望したか。自らが、あそこで戦うビリー・ザ・キッドやジェシー・ジェームズのような、本来ならば言葉も発せない虚無の存在と同一だと知って。自害を手伝ってやるという意識は無いが、利害も一致することだ。そういう体でやってもやぶさかでは――」

 

 

「――うるさい!! 御託は良いからさっさと銃を抜け!! あんたの言葉は全部『うんこ』にしか聞こえない!!」

 

「……!!」

 

 

クラウスに向けられた下品で稚拙な罵倒。それはクラウスの心を動かした。生前、クラウスとセーラが知り合って間もない頃、セーラがクラウスに向けて言い放った罵倒そのものであったからだ。

傍から見ればコントじみた馬鹿らしい会話だったかもしれない。事実、彼自身が執筆したダイムノベルや映画では、コメディシーンとして描かれた。しかし、彼にとっては紛れもない、大切な思い出のひとつだった。

 

 

「……偽物が……まやかしが……その顔とその声で……! その言葉を言うなあッ!!」

 

 

クラウスとセーラ。両者が同時に同じ二丁の銃を抜く。撃つタイミングに寸分の狂いも無く、同じ動作で回避する。

 

聖杯を経由しているとはいえ、クラウスの固有結界から生まれた存在には変わりはないセーラ。身体能力上のスペックだけで見るならば、セーラがクラウスに敵う道理など無い。しかし、その勝負は拮抗していた。

 

激しい攻防の中、クラウスは目の前のセーラを目で追い、思考する。

迷いも捨てた。目の前のセーラの姿をしたナニカも斃すべきものだと割り切った。では何が足りない。徐々に憤りが蓄積していく。

 

 

「ふざけるな……! 俺は……()は……! セーラとの約束を果たさなければならない!! これ以上彼女を待たせる訳にはいかないんだ!! そのためにサーヴァントを! 神を! おまえを! 邪魔をするものすべてを殺す!!」

 

「……なんですって……?」

 

 

蓄積された憤りはやがて爆発し、クラウスの心情が決壊したダムのようにあふれ出る。対照的に、セーラは応戦の手を休める事無く静かな怒りを見せる。

 

 

「約束を果たす? 待たせる訳にはいかない? 結構な事ね。ただ……あんた、愛する女の子との約束を果たすために、いろんな人に迷惑かけて、その手を血で汚して、それでその子にどんな顔して会うつもりなの!? 大事なことを見失うな!! ふざけるなはこっちのセリフよ!!」

 

 

徐々に口調が強くなっていくセーラ。それに合わせ、セーラの身体が徐々に強く発光する。

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

動揺を隠せないクラウス。そんな彼などお構いなしに、セーラの発する言葉と光の勢いが増していく。

 

 

「あんたってやつはいつも(・・・)そうやって……! ちょっとはわたしの気持ちも考えなさいよ! バカーーーーーー!!!!!!」

 

 

光が最高潮に達し、その光が雲を突き破って天に伸びる。あまりの眩しさにその場にいた全ての者――セーラの目の前にいたクラウスから、最も離れた場所にいた立香までもが目を伏せる。

 

 

「これって、素戔嗚尊やケツァル・コアトルが召喚された時と同じ……!?」

 

 

ここ数日の間で二度見たそれを思い出す立香。この地で神霊が召喚された時と酷似した現象が今起きている。

 

暫くして、徐々に光が弱くなっていく。クラウスは光が止み切らない内に目の前のそれ(・・)に反応を見せた。

 

 

「そんな、まさか――!?」

 

 

目の前の光景に驚愕するクラウス。光が止んだ後そこにいたのは、クラウスと同じ指輪をグローブの上から左手人差し指に嵌めたセーラ。そして――

 

 

「…………」

 

 

――小奇麗な牧師服に身を包み、肩からカバンを下げ、首から十字架を下げた、もう一人の(・・・・・)クラウス・スタージェスだった。

 

 

 




今回は文章量がいつもに比べて多めです。もう少し色々なキャラの見せ場を作れるように工夫したいですね。
敵勢力にテクムセやウィリアムが出なかったのは単にFate側のキャラとの絡みに困ったからです。できればみんな出したかったので残念です。


次回、決着です。


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第六節『ANGEL BULLET』

「あれは……」

 

 

距離が遠く、数多の敵が視界を遮るためはっきりとは確認できないが、確かに立香はその目で見た。二人のクラウスが対峙する、その光景を。

 

セーラと新たに現れたクラウス。その二人が、たじろぐアヴェンジャー・クラウスを力強い眼差しで睨み付けている。

 

 

『光の発生源より新たなサーヴァント反応! 霊基パターンよりアーチャークラスのクラウス・スタージェスと断定! そして……そんな、まさか……!? ――セーラさんがサーヴァントになっています! クラスは同じくアーチャー。というより、これは……アンさんとメアリーさんのように、二人一組のサーヴァントのようです!』

 

「何だって!? ……クソ、向こうは一体どうなっているんだ……!」

 

 

アン・ボニーとメアリー・リード。カルデアにもその霊基が登録されている、二人一組の特異なサーヴァント。

二人目のクラウスが現れただけでも驚きだというのに、セーラがサーヴァントになり、その上アンとメアリーのように、クラウスと合わせて二人一組のサーヴァントとして現界しているという。文字通り驚きの連続である。

 

もっと近くに行って状況を確認したい。そう思う立香であったが、生身の人間である彼がこの敵陣を突っ切るのは無謀にも程がある。彼自身、マスターという立場に驕るわけではないが、それでもこの戦況に於いて、己の重要性は理解していた。

かといって巌窟王あたりに運んでもらおうにも、彼は今ビリーと共に二人の魔人と交戦している。アヴェンジャー・クラウスがセーラたちに気を取られている今、ようやく戦闘に集中できるようになったところだ。超人的身体能力と不死性を獲得している魔人を相手にするのは骨が折れるようで、中々に苦戦している様子。要であるメルトリリスを護るためにも、今貴重な戦力をこちらに割くべきではない。

 

結局、今下手に動くのは得策ではないと判断し、自らもまた歯痒い思いを抑え込み、サーヴァントたちの指揮と自衛に徹することにした。

 

 

「セーラ、どうか無事でいてくれ……!」

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な……!? ありえない!!」

 

 

明らかにサーヴァントの気配を放つセーラと、その傍らに立つもう一人の自分。アヴェンジャー・クラウスは目を疑った。

 

別クラスの自分。それならあり得なくもない。キャスターのクラスあたりならば弱小サーヴァントではあるが、現界する可能性もある。尤も、クラウス・スタージェスという人物の能力はセーラ・V・ウィンタースが味方として存在しなければ機能しないため、単体ではまるで意味を成さないが。

 

だが、目の前のセーラ。これだけはありえない。いくらサーヴァントが時間や世界線の枠を超えて現界しようともだ。

 

確かに彼女は自身を犠牲に西部を救った。しかし、彼女の偉業を知る者はフォート・ジョルディに集う仲間たちだけ。そもそもあの事件自体も揉み消され、関係者以外は知る由もないはず。ましてやアヴェンジャー・クラウスのように神を殺す程の、認知度を差し引いても世界的に類を見ないような大業を成したわけでもない。結局のところ、結果に基づいた事実のみを見れば、彼女のしたことは『父親との心中』に他ならない。つまり、事件の規模、実質的な功績、知名度。どれを取っても、座に登録されるには至るはずがないのだ。

 

 

(どういうことだ!? 英霊を英霊たらしめるのは信仰のはず。彼女を、彼女の功績を知る者などいるはずがない!! そう、語り継がれてなど――)

 

 

ふと、アヴェンジャー・クラウスは思い出す。自らが生前、見知らぬ世界で生計を立てるために作ったモノを。今こうして真名まで看破される原因となったモノを。

 

 

「まさか……! 俺が――俺が書いた(・・・・・)、セーラ・V・ウィンタースとクラウス・スタージェスか!! しかも、俺の固有結界が生み出したセーラの幻影を依代に……!?」

 

 

まさに予想外。アヴェンジャー・クラウスとて、自分の描いたダイムノベルの売れ行きは理解していたし、映画化の際は少し贅沢なんかもした。しかし、虚構の存在が英霊の座に登録されるのは容易な事ではない。いや、完全に虚構とも言い切れない(・・・・・・・・・・・・・)。世間一般ではフィクションで通っているとはいえ、作中の人物と事件は別の世界で現実に起こった事。だからこそ、こうしてサーヴァントとして召喚されるに至ったのだろう。

 

 

「……いきますよ、セーラ」

 

 

アヴェンジャー・クラウスの眼前のアーチャー・クラウスが口を開く。アヴェンジャー・クラウスと同じ人物にも関わらず、似ても似つかない、落ち着いた声。しかし、その声に籠った決意の念からは勇ましさすら感じられる。

 

 

 

 

 

 

「……わたしの背中に隠れながら言うんじゃあ、かっこつかないわね」

 

 

台無しだった。

 

 

「だ、だって怖いじゃないですか! 僕、戦えないんですよ!? それにほら、銃持ってますよ銃!」

 

「あーもーうるさい! わかったから下がってろ! どうせあんたにはなにも期待してないっての!」

 

「そういうこと言っちゃいますか!? 流石に少し傷つきますよ!!」

 

 

目の前のコントじみたやり取りに、懐かしさと苛立ちが混ざった複雑な感情を覚えるアヴェンジャー・クラウス。突然ぶち壊される空気に、あっけに取られて固まる他なかった。

 

 

「……さて、いつまでもバカやってないで戦うわよ。――っと、その前に」

 

「ええ。皆さんを助けないと、ですね」

 

 

繋がれるセーラの左手とアーチャー・クラウスの右手。二人がすっと目を閉じる。直後、セーラの指輪から眩い光が放たれる。

 

 

「な、何だ……!?」

 

 

光を中心に始まる世界の塗り替え――いや、既存のテクスチャとの融合。

 

生み出される世界は、アヴェンジャー・クラウスが生み出したそれと同一にして異質なる存在。セーラ・V・ウィンタースとクラウス・スタージェス。二人にとってのその街(・・・)。仲間と共に駆け抜けた愛しい地。その名は――

 

 

「「――《夜空を駆けし我が盟友達(フォート・ジョルディ)》」」

 

 

後方、サーヴァントたちの戦いの渦中に新たに出現する数多の人影。

 

援護射撃を以てビリーと巌窟王に手を貸す者。

かつてジェシー・ジェームズと共にギャングを結成していた男、《コール・ヤンガー》。

そして、ライフルによる遠距離射撃を得意とする、超一流の女ガンマン、《スーザン・M・マクグラレン》。

 

メルトリリスとジャックの背中を護る者。

白いタキシードとシルクハットに身を包む、クイックドローを得意とするキザな男、《ノーザンベル》。

 

エレナと共に仲間を援護する者。

魔除けのアイテムを手に呪文を唱える、長い黒髪の美しい女性。別世界のエレナにあたるその人物、《ヘレナ・P・ブラヴァッキー》。

シャーマンの衣装を身に纏い、静かにゾンビの魂を鎮めるインディアンの少女、《飛び立つ鳥》。

 

そして、外観こそ異形ではあるが、知性を持つ誇り高き種族、リザードマンの大群。

 

かつてフォート・ジョルディを共に駆けた仲間が、今ここに集結した。

 

圧倒的であった数の差も今や同等になり、勝利の兆しが見え始めた。

 

皆が一丸となって戦うその光景に、立香や通信越しのマシュ、ダ・ヴィンチも心を打たれ、胸にこみ上げてくるものを感じた。

 

 

「何故だ……!? これは俺と同じ宝具。なのに何故幻影の質にこうも差が出る!? 何故ああも心を通わせ、共に協力して戦える!!」

 

「……それ、本気で言ってるんだとしたら……わたし、ちょっと悲しいな」

 

「何?」

 

「あそこで戦ってくれてる皆は、わたしたちの絆の結晶。そして、あんたが綴った記憶と想いそのものなんだよ? そんな大事なことも忘れちゃったわけ?」

 

「……!」

 

 

目を見開くアヴェンジャー・クラウス。

 

復讐に囚われたクラウス・スタージェスは、かつての温厚な性格とは打って変わって、冷酷非道な人物となってしまった。しかしセーラへの愛を片時も忘れたことはなかった。だからこそ、復讐が終わり、別の世界へ飛ばされた後、ANGEL BULLETを執筆することができたのだ。

 

心が揺れ動く。しかし、今の彼はアヴェンジャー。復讐に燃えている当時の姿と精神で現界している。神に復讐し、再びセーラに会う。その目的を遂行するためならばなんだってする。何を言われようと、それを捻じ曲げることなど、そうそうできはしなかった。

 

 

「……お前を消せばあの軍勢も消える。ならばする事は決まっている」

 

「そう……。クラウス、下がってて」

 

 

アーチャー・クラウスを下がらせるセーラ。下がるというには相応しくない程の全力ダッシュで少し離れた岩陰に隠れるアーチャー・クラウス。

 

アヴェンジャー・クラウスとセーラの間を吹きすさぶ一陣の風。両者睨み合って、ホルスターの銃に手をかける。

 

後方の戦陣で鳴り響く、一際大きな爆発音。――誰かが宝具か何かを使用したのかもしれないし、本当に爆弾でも投げたのかもしれない。それを合図に、二人は銃を抜いた。

 

 

「「――ッ!!」」

 

 

重なる呼吸。最初の撃ち合いの時のように、寸分違わぬタイミングでの発砲。

両者とも武器はエーテルで形作られた、レマットとピースメーカーの二丁拳銃。弾切れを気にすることなく撃ち続ける。

 

先に動きに変化を付けたのはアヴェンジャー・クラウスの方だった。

 

 

「ふん!」

 

「ちょ――ッ!」

 

 

セーラに急接近し、重いレマットの銃身でセーラを殴りつけようとするアヴェンジャー・クラウス。しかし、すんでのところで同じくレマットの銃身で受け止め、お返しとばかりに蹴りを見舞う。

 

が、それも膝で受け止められてしまい、互いに有効打を与えられぬまま、再び距離を取る。

 

そこで、岩陰のアーチャー・クラウスから野次が飛んだ。

 

 

「セーラさん、相手は僕自身なんですよ! 蹴りなんか入れたら逆効果です!!」

 

「うっさいわね! あんなに人が変わってるし、もしかしたらもしかするじゃない!!」

 

 

野次に対し乱暴な口調で返すセーラ。その間も攻防は欠かさない。

 

とはいえ、そもそもセーラの蹴り程度ではどうにもならないのは変わりない。そして、打撃を防御した時に感じた衝撃。あの感覚からして、アヴェンジャー・クラウスはセーラの知るクラウス以上に体力や筋力が高いと判断できた。であれば、今岩陰に隠れているクラウスならともかく、アヴェンジャーのクラウス相手ではセーラの方が先に限界が来るだろう。

 

早期決着が望ましい。セーラがそう考えていたその時、アヴェンジャー・クラウスの放つ魔力が強くなるのを感じた。

 

 

「……やる気ってわけ。ならこっちも……!」

 

 

セーラもまた強い魔力を放出し、銃を構える。そして、アヴェンジャー・クラウスとセーラ。両者の四つの銃口が同時に轟いた。

 

 

「――《約束の指輪、誓いの拳銃(エンジェル・バレット)》」

 

「――《闇を切り開く陽光(エンジェル・バレット)》!」

 

 

魔を払い、あらゆる神秘を穿つその弾丸。アヴェンジャー・クラウスは約束と誓いを。セーラは希望という名の光をそれに託す。

 

弾丸同士がすれ違うその瞬間、一対の弾丸が僅かにぶつかる。そして発生する衝撃。物理的な現象ではなく、魔力の干渉によるもの。

その衝撃波は他の弾丸をも巻き込み、爆発を引き起こす。全ての弾丸は砕け散り、終ぞ相手に届くことはなかった。

 

撒きあがる土煙。その中を注視するセーラ。やみくもに撃っても自身の居場所を伝えることになるだけ。ただでさえ夜闇のせいで視界が悪いのだ。そう考え、辛抱強く待つ。

相手も同じ行動を選ぶだろう。そう思っていた。

 

 

「な――ッ!?」

 

 

突如、土煙の中から飛び出す弾丸。セーラはそれをとっさに躱す。サーヴァントの躯でなければできなかった芸当だ。しかし、その回避行動こそが命取りとなった。

 

 

「危ない、セーラ!!」

 

 

岩陰からアーチャー・クラウスの声。しかし、遅い。

回避に気を取られたその一瞬の隙を突いて、土煙を裂いてアヴェンジャー・クラウスが突進。そのまま跳び上がり、セーラの肩に蹴りを入れ、そのまま地面に踏み倒した。

 

 

「が……ッ!」

 

 

激痛に声にならない声をあげるセーラ。肩を踏みつける脚をどかして体勢を立て直そうとする。が……。

 

 

「――チェックメイトだ」

 

 

額にレマットの銃口を押し当てられ硬直するセーラ。しかし、すぐに状況を理解し、蹴り倒されても決して離さなかった銃を捨て、力を抜いた。

 

 

「……あはは。負けちゃった、か……」

 

「セーラ!!」

 

 

岩陰からアーチャー・クラウスが駆け寄る。しかし、アヴェンジャー・クラウスの持つ銃はセーラと同じく二丁。もう一丁の(ピースメーカー)を向けられ、それ以上動くことはできなかった。

 

ふと、セーラがサーヴァントたちの戦っている方向に目を向ける。どうやらもうすぐ立香たちの勝ちで決着がつきそうだ。ならば、後は彼らに任せても問題ないか。そんな事を思ったセーラがおもむろに口を開く。

 

 

「……強くなったんだね、クラウス」

 

「……ああ、コール・ヤンガーに鍛えられたからな」

 

「コールさんかあ、いいなあ。そりゃ、強くならなきゃ嘘だよ」

 

「……お前こそ、銃の練習と称して俺の頭にリンゴを乗せて、目隠しをしながら銃を撃っていた頃とは大違いだ」

 

「いつの話よ。というか、あんたはわたしの成長を最初から最後までずっと見てきたじゃない」

 

「それもそうか」

 

 

銃を突きつけられているにも拘らず、心底楽しそうに話すセーラに対し、アヴェンジャー・クラウスは無表情で返し続ける。しかし、その声色は徐々に優しさを帯びていっていた。

 

しばし流れる静寂。そして、セーラの表情が哀しげなものになる。

 

 

「……はあ。悔しいなあ。あんたは、わたしが止めてやりたかった」

 

「……だが、結果はお前の負けだ。受け入れろ」

 

「うん……そうだよね。――これ以上焦らされるのも怖いし、一思いにやっちゃって」

 

 

やめろ! アーチャー・クラウスが叫ぶが、無視して頷くアヴェンジャー・クラウス。引き金に掛かる指に力が籠る。その様子を見て、セーラがゆっくりと目を閉じる。そして――

 

 

 

 

 

 

「――できるわけ……ないじゃないですか……ッ!」

 

 

セーラの頬を涙が濡らす。アヴェンジャー・クラウスのものだ。

セーラを踏みつけていた脚をどかし、数歩下がって、その場に崩れ落ちる。重々しい音を立てて、彼の両手の銃が地面に落ちた。

 

 

丁度その時、立香たちの方でも戦闘が終わったようで、皆で揃って駆け寄ってきた。セーラが呼び出したフォート・ジョルディの仲間たちは役目を終えると同時に消滅したため、立香及びサーヴァント五騎の計六人。誰一人欠けていないようで、ほっとするセーラ。一方、立香たちは困惑していた。

 

 

「セーラ、これは一体……」

 

「ええと――」

 

 

セーラは立香たちに話した。アーチャーのサーヴァントとしての自分とクラウスについてのことを。戦闘を開始してからこの状況に至るまでの経緯を。

 

そして、いつもの調子で、今もなお泣き崩れるアヴェンジャー・クラウスにダ・ヴィンチが言い放った。

 

 

『大体わかった。簡潔に言うと、アヴェンジャー、クラウス・スタージェス君。キミは戦意を喪失したということでよろしいかな?』

 

「……ああ、そうさ。結局、俺は割り切れてなどいなかった。目の前でフォート・ジョルディの仲間との絆や思い出を真剣に語る彼女を、俺はセーラとは別人だと思えなかった。――いや」

 

 

涙を拭き、立ち上がるアヴェンジャー・クラウス。相変わらずの仏頂面だが、先程までより柔らかい表情で、言葉をつづけた。

 

 

「彼女は間違いなくセーラなんだ。俺の中のセーラの記憶を受け継いでいるというのなら……彼女は、あの時(・・・)俺の中で生きていたセーラなんだ」

 

 

『あの時』――生前、クラウスが神と対峙し、追い詰められていた時。あの時、クラウスは確かに感じていた。自分は一人ではない。自分はセーラと共に戦っているのだと。その頃の気持ちを噛みしめる。

 

 

「――その彼女が、そちらの()と共にあるというのなら、既に俺の望みは果たされている……それだけで十分だ」

 

 

そう言いながらアヴェンジャー・クラウスが、自身の胸の中から光るモノを取り出す。聖杯。この特異点を作り出していた原因だ。

 

 

「持って行け、人間。それが目的だったんだろう」

 

「……ああ、ありがとう」

 

 

聖杯を受け取る立香。同時に、セーラ、二人のクラウス、フォート・ジョルディの街や魔城から光の粒子が舞う。

 

天へと昇っていく光の粒子を見上げながら、アヴェンジャー・クラウスが呟いた。

 

 

「ここまで、だな……。セーラ」

 

「ん?」

 

「サーヴァントは以前の召喚での記憶を引き継がないという。もし俺が――僕が、同じことを繰り返そうとしたら……今度こそ、キミが止めてくれますか?」

 

「……ぷっ! 何それ! 記憶を引き継がないんじゃあ、約束のしようが無いじゃない。――でも、まあ……約束する」

 

 

優しい表情で握手を交わすアヴェンジャー・クラウスとセーラ。そしてそれを複雑な表情で見守るアーチャー・クラウス。

 

握手を終えたアヴェンジャー・クラウスが、アーチャー・クラウスの方へ向き直る。

 

 

「おい、俺」

 

「は、はい!?」

 

「自分相手にびくびくするな……。――セーラの事を、よろしく頼む」

 

 

暫しあっけに取られていたアーチャー・クラウスだが、すぐに笑顔になり、手を差し出す。

 

 

「……ええ、もちろんです」

 

 

固い握手を交わす二人のクラウス。そしてそれを満面の笑みで見つめるセーラ。

 

セーラがくるりと身を翻し、立香たちの方を向く。そして一人一人に別れの挨拶をしていく。

 

 

「はーあ、これでお別れか……寂しくなるね。……ねえ、もしわたしたちがそっちで召喚されたらよろしくね、リツカ」

 

「ああ、歓迎するよ」

 

 

「ジャックちゃん。もしそっちに行けたら、一緒に遊んだり、美味しいもの食べたりしようね」

 

「うん! 約束だよ!」

 

 

「ブラヴァッキー――んんっ、ブラヴァツキーさん。今度はこっちのブラヴァッキーさんの話したげるね」

 

「ええ、楽しみに待ってるわ」

 

 

「ビリー……さん。早撃ち勝負、絶対しようね! 負けないんだから」

 

「ははは、呼び捨てでいいよ。――OK、いつでも受けて立つよ」

 

 

「メルトリリスさん。今回あんまりお話できなかったから、いっぱいおしゃべりしようね」

 

「ふん……まあ、いいけど」

 

 

「巌窟王さん。コーヒーありがとね。すっごく美味しかったから、また淹れてくれると嬉しいな」

 

「……気が向いたら、な」

 

 

「ダ・ヴィンチさん。今度発明品とか見せてね」

 

『ああ、いいとも。とっておきを用意して待ってるよ』

 

 

「マシュさん。リツカのサポート、これからも頑張ってね」

 

『はい。お任せください。レイシフト時だけでなく、生活面のサポートも完璧ですとも』

 

 

全員分の別れの挨拶を済ませたところで、限界が近付く。カルデアの方で既に準備は整っていたようで、すぐに帰還が始まった。

 

 

「みんな――またね」

 

 

帰還の直前、セーラは最後の別れの言葉を告げた。

 

 

 

 

 

 

――太陽の笑顔と共に。

 




もうちょっとだけ続きます。


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第七節『――明日も生きていられますように』

フォート・ジョルディでの戦いが終わって一週間。書類仕事が落ち着いてきたということもあり、立香たちは平穏な日々を過ごしていた。マスターである立香にまで書類仕事が回って来ることもなくなったため、空いた時間は過去に修正した特異点の歪みの修正や、レイシフト先での資源の回収に勤しんでいる。

 

そして今、資源回収から帰ってきたばかりの立香。今回は特に貴重な資源である聖晶石を手に入れる事ができた。

 

 

「これでサーヴァントの召喚に必要な数は揃ったかな」

 

 

聖晶石は、数多の未来を確定させる概念が結晶化したもの――という説明を受けたが、立香にはピンと来なかったため、カルデアの召喚システムを稼働させるために必要な魔力の塊だと認識していた。

召喚に必要な聖晶石は三つ。今回のレイシフトで手に入ったので丁度三つめだった。

 

今回はどんなサーヴァントが来てくれるのか。期待に胸を膨らませながら召喚ルームへ向かっていたところ、マシュと遭遇した。

 

 

「あ、先輩。これからどちらへ?」

 

「ああ、聖晶石が三つ貯まったから、サーヴァントの召喚に挑戦してみようと思って」

 

「そうなんですか。……あの、ご一緒しても?」

 

「もちろん!」

 

 

手を繋いでスキップなんかしながら召喚ルームへ向かう二人。途中職員やサーヴァントたちに温かい目で見守られたり冷やかされたりしながら、召喚ルームに到着した。

 

 

「聖晶石をここに入れて……よし。いくよ、マシュ」

 

「はい。楽しみですね、先輩。今回はどのような方がいらっしゃるのでしょうか」

 

 

召喚サークルの外周に複数の光球が浮かび、発光する。やがて中央から光の柱が伸びる。

 

ワクワクしながら見守る二人。やがて光の柱が収まってゆき、中から二人分の人影が見え始めた。

 

そして現れた人物に驚く立香とマシュ。何故なら、そこにいたのは――

 

 

 

「意外と早かったね! それじゃ、改めて――アーチャー、セーラ・V・ウィンタース。よろしくね! ……あれ? 前の召喚の記憶って引き継がないって話じゃ……?」

 

「どうやらここの召喚システムは特殊なようです。後で詳しく話を聞いてみましょう。――あ、自己紹介が遅れました。同じく、クラウス・スタージェスです。セーラ共々、よろしくお願いします」

 

 

予想外の出来事に呆然とする立香とマシュ。しかし、すぐに笑顔でその手を差し伸べた。

 

 

「――ああ! ようこそ、カルデアへ!」

 

 

かくして、カルデアに新たな仲間が加わったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

カルデアにセーラとクラウスが召喚されてから数日が経った。フォート・ジョルディで別れ際に交わした約束通り、サーヴァントたちと交流を深めているようで、すぐにカルデアの人々と打ち解け、今ではすっかり馴染んでいる。

 

 

そんなある日、立香があてもなく管制室をうろついている時だった。

 

 

「あれ? あそこにいるのは……」

 

 

そこにいたのは、何をするでもなく、ぼうっとカルデアスを見上げるセーラ。どうしたのかと、立香が声をかける。

 

 

「ああ、リツカか。――いや、ね。これがリツカたちが救ってきた世界なんだなあって思って」

 

「……ああ、この光が、文明の火。人が息づいている証なんだ」

 

 

立香も一緒になってカルデアスを見上げる。人理修復後のカルデアスはほぼ正常な表示に戻り、かつての真っ赤だった状態を思い出し、比べると、感慨深いものがあった。

 

 

「わたしね、思うの。こうしておしゃべりしたり、食事をしたりして楽しい気持ちになるのって、それだけで生きてる(・・・・)ってことだって。それはサーヴァントみたいな、生身の人間でなくても同じで、それで、こうしてみんなで笑いあって生きていられる世界があるのって、とっても素敵な事だなって」

 

 

セーラの言葉に感心して、つい言葉を忘れてしまう立香。そんな空気に耐えられなかったのか、セーラは照れたように笑う。

 

 

「なーんてね! ははは、ちょっとクサかったかな」

 

「……いや、そんなことない。いいと思うよ、そういうの」

 

「そ、そう……?」

 

 

向かい合って笑う二人。生きることの尊さ、素晴らしさを説く少女がどのような人生を歩んできたのか、立香には想像してもしきれない。

 

 

(明日にでもANGEL BULLETの翻訳をダ・ヴィンチちゃんあたりに頼んでおこうかな)

 

 

明日への楽しみが一つできた立香。それと先程の会話の余韻もあり、こう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

――明日も生きていられますように。

 

 

 

 

 

 




ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

ここで一旦完結となりますが、今後、一話完結構成で幕間の物語を追加していく予定なので、以降もよろしくお願いします。(いつまで続くかはわかりませんが)


以下、執筆の裏話。


まずタイトルの『神性狩猟区域』ですが、本来はもっと神霊がわんさかひしめき合ってる感じを想定していたため、このようなタイトルになりました。ただ、アヴェンジャー・クラウスのステータス的に、神霊相手に一対多数は無理があると考え、あのような内容になりました。

次にパーティメンバーのチョイスですが、ビリーとエレナ、そして神性持ちのサーヴァントはどうしても入れたかったのです。神性持ちのサーヴァントは話の都合上。ビリーとエレナはANGEL BULLETの該当キャラ繋がりで。
ジャックは、ANGEL BULLETにおけるビリーが切り裂きジャックだったということもあり、小ネタ要因です。結果、ジャックを娼館に寝泊まりさせるという皮肉めいた話になってしまいましたが。
神性持ちサーヴァント含む残りのメンバーについては、人理修復後多くのサーヴァントが座に還ったという設定がある為、人理修復以降いても問題ないサーヴァントとして、メルトリリスと巌窟王を選出。
ちなみにこのパーティで実際にFGOをプレイする場合、ビリーとメルトリリスをメインアタッカーに据えたクイックパになると思われます。(エレナはスキルとカード構成による補助要員)試してないので実用性のほどは不明ですが。

そしてダイムノベル及び映画のくだりの設定。これはANGEL BULLETと同じくライアーソフトの作品、黄雷のガクトゥーンより拝借しています。
ガクトゥーン作中でクラウスが匿名で出版したダイムノベルとしてANGEL BULLETが登場しており、劇場版も作中の舞台、マルセイユ洋上学園都市で放映されていたそうです。あれを学園都市で放映してたのか……


――以上、小話はここまで。次回、アヴェンジャー・クラウスとセーラ&クラウスのステータス表を挟んでから幕間の物語を投稿したいと思います。


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ステータス

【真名】クラウス・スタージェス

【クラス】アヴェンジャー

【属性】混沌・悪

【筋力】D

【耐久】E

【敏捷】B

【魔力】B

【幸運】E

【クラス別能力】

 ・《復讐者》A

 ・《忘却補正》B

 ・《自己回復(魔力)》A

【保有スキル】

 ・《情報収集》B

 ・《ストーキング》A

 ・《射撃》A+

 ・《クイックドロウ》A

【宝具】

 ・《約束の指輪、誓いの拳銃(エンジェル・バレット)

  対人宝具

  ランク:C~EX

  レンジ:1~100

  最大捕捉:2人

 ・《紅き幻想の魔界(フォート・ジョルディ)

  大軍宝具

  ランク:EX

  レンジ:1~99

  最大捕捉:200人

 

かつて並行世界にて自らを犠牲に西部の街を救った少女の傍らにいつもついていた牧師の青年。ただの拳銃と多少の秘術だけで、人の身でありながら神を殺した復讐鬼。

復讐を果たすために生前行った並々ならぬ努力が、彼のスキルに反映されている。

 

 

約束の指輪、誓いの拳銃(エンジェル・バレット)

愛する少女の形見である二丁拳銃と指輪。指輪に籠めた魔力を弾丸に移し、あらゆる魔と神を撃ち滅ぼす。

魔性または神性が高い相手には高い威力を発揮し、相手によっては一撃で消滅させる程のダメージを与える事ができる。たとえ生き延びたとしても、最早呪いとも言えるその力が、徐々に対象の身体を蝕む。

しかし、魔性や神性の低い、またはそれらの特性を持たない相手の場合、そういった特異な力は発揮されない。

 

 

紅き幻想の魔界(フォート・ジョルディ)

アヴェンジャー、クラウス・スタージェスの心象風景が具現化した固有結界。かつての決戦で地獄と化したフォート・ジョルディを再現する宝具。西部の街を襲った怪物や魔人を軍勢として従える事ができる。

しかし、その軍勢こそクラウスの憎むべき敵。心の底ではそれらを拒絶しているため、まさに『幻想』とも言えるあやふやな存在として呼び出される。スペック上は当時のまま、またはそれ以上だが、自我を持たない殺戮マシーンと化しているため、統率が取れず、本物程の戦闘能力を発揮できない。

 

 

 

 

 

 

【真名】セーラ・ウィンタース&クラウス・スタージェス

【クラス】アーチャー

【属性】混沌・善

【筋力】E

【耐久】E

【敏捷】B

【魔力】B

【幸運】E

【クラス別能力】

 ・《対魔力》E

 ・《単独行動》E

【保有スキル】

 ・《射撃》A+

 ・《クイックドロウ》A

 ・《自己回復(魔力)》EX

【宝具】

 ・《闇を切り開く陽光(エンジェル・バレット)

  対人宝具

  ランク:C~A+

  レンジ:1~100

  最大捕捉:2人

 ・《夜空を駆けし我が盟友達(フォート・ジョルディ)

  大軍宝具

  ランク:EX

  レンジ:1~99

  最大捕捉:200人

 

ダイムノベル、《ANGEL BULLET》の主人公。小説という『虚構』が、別世界の『事実』を核として、英霊となった存在。

二人一組のサーヴァントという特異な存在だが、サーヴァントとしてのメインはセーラの方であり、ステータスに表示されるランクもセーラのものとなっている。

二人ともただのカウガールと、多少の秘術が扱える程度の牧師であり、クラススキルの対魔力のランクが非常に低い。また、二人一組である事と、作中で多くの人物に助けられた事から、単独行動のランクも低く設定されている。しかし、保有スキルの自己回復(魔力)を活用すれば、本来より長くマスター不在での行動が可能。

 

 

 

闇を切り開く陽光(エンジェル・バレット)

セーラの持つ二丁拳銃と指輪。指輪に籠められた魔力を弾丸に乗せ、魔を貫く。

基本的にはアヴェンジャー・クラウスの宝具と変わりないが、神性に対する特攻効果が無い。

 

 

夜空を駆けし我が盟友達(フォート・ジョルディ)

セーラとクラウスの心象風景が具現化した固有結界。かつて仲間と共に駆けたフォート・ジョルディを再現する宝具。ダイムノベルの作中に登場した仲間を任意で味方として呼び出すことが可能。

アヴェンジャー・クラウスの同名宝具との相違点は、呼び出せる対象の違い。そして、呼び出した味方一体一体にサーヴァント並の戦力と、確固たる自我がある点である。

このようにかの征服王イスカンダルの宝具、《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》と類似しているが、このセーラとクラウスはあくまでダイムノベルの登場人物であるため、呼び出せる対象に『作中で描写された範囲』という限界がある。そのため、最大捕捉自体は200人と多いものの、その殆どを名も無き賞金稼ぎやリザードマンが占める事となり、それらの戦闘能力は作中の主要人物よりかなり低い。




セーラ&クラウスの保有スキルに自己回復(魔力)があり、そのランクが破格のEXな理由は――まあ、お察しください。きっとANGEL BULLETをプレイした方にはご理解いただけるかと思います。

次回投稿予定の幕間の物語でもそのあたりの解説を入れる予定なので、未プレイの方もご安心ください。


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幕間の物語
悩める牧師様【前編】


藤丸立香の部屋。それは、立香の生活するプライベート空間であり、サーヴァントとの対話の場のひとつでもある。カルデアのサーヴァント――特に新参者はここで立香にカルデアについての質問をしたり、相談を持ち掛けたり、また、悩みを打ち明けたりするのがお約束になっていた。

 

そして今日もまた、立香に相談を持ち掛ける者が一人。

 

 

「え? マシュに避けられてる……?」

 

「ええ。一体何故なのでしょう……」

 

 

先日召喚された、二人一組のサーヴァントの片割れ。クラウス・スタージェスだ。

 

聞けば、召喚以来マシュに避けられているような気がし、あまつさえ白い目で見てくることもあるという。

 

 

「一応聞くけど、何か心当たりは?」

 

「いえ、それが皆目見当も……」

 

 

頭を抱えるクラウス。立香もまた、マシュがカルデアに来たばかりのサーヴァントに対して早々にそのような態度を取っているという事実に引っかかる部分があり、頭を悩ませていた。

 

そんな時、もう一人の来客があった。

 

 

「マスター、少しお時間よろしいでしょうか。――おや、これはこれはクラウス殿」

 

「セ、(セント)ジョージ様……!?」

 

 

聖ジョージ――ゲオルギウスの登場に、クラウスが急に立ち上がり、かしこまる。

 

クラウスは一介のキリシタン。目の前の聖人であるゲオルギウスは、まさに崇拝すべき対象の一人。カルデアに馴染んだ今も、未だに慣れないようだ。……が、少し様子がおかしい。

 

 

「――あ、あああああ! そ、そうでした。僕、この後用事があるんでした! それではマスター、話の続きはまた今度ということで!!」

 

「えっ? ちょ、待っ――」

 

 

立香の呼びかけを無視して、慌てた様子で部屋を出るクラウス。立香とゲオルギウスの二人が、空気の静まり返った部屋に取り残された。

 

 

暫し訪れる静寂。やがて立香の方からゲオルギウスに話を切り出した。

 

 

「……ええと、とりあえず座ったら? あ、コーヒー飲む?」

 

「ああ、はい。いただきます」

 

 

部屋に備え付けてあるサーバーから二人分のコーヒーを淹れながら、何の用かと尋ねる立香。ゲオルギウスは流石聖人とも言える立ち振る舞いで静かに椅子に座り、しかし困った様子でゆっくりと口を開き始めた。

 

 

「実は……クラウス殿のことで相談が……」

 

「え? クラウスがどうかしたの?」

 

 

聞けば、ゲオルギウスがクラウスと初めて挨拶を交わして以来、彼にずっと避けられているのだという。しかも、クラウスに避けられているのはゲオルギウスだけではなく、マルタやジャンヌ、天草のような聖人も同様に避けられているらしく、その他のあからさまに敬虔なキリスト教徒のサーヴァントやカルデア職員に対してもどこかよそよそしいとのこと。同じ信仰を持つ者同士仲良くしたいが、どうにかならないものか……ということらしい。

 

 

「うーん、俺に対しては普通に接してくれてるんだけどな……」

 

「そうなるとやはり、主に仕えているというのが共通点なのでしょうか。確か、マスターは仏教徒でいらっしゃいましたよね?」

 

「ああ。と言っても、今の日本人は宗教観薄いからその辺曖昧になってるけどね。……うん、わかった。俺の方からそれとなく聞いてみるよ」

 

「おお、ありがとうございます。……それでは、私はそろそろ聖人の会合があるのでこれで。コーヒー、ご馳走様でした」

 

 

軽く一礼して部屋を出るゲオルギウスを見送った後、再び一人となった部屋でベッドに横たわる立香。マシュがクラウスを避ける理由とは。クラウスが聖人を避ける理由とは。そしてさっきは聞き流したが、聖人の会合とは一体何なのか。そんなことを考えている内に、ふと何かを思い出し、ベッドから飛び起きた。

 

 

「そうだ、ANGEL BULLETの翻訳をしてもらうんだった」

 

 

クラウスとセーラの激闘の日々を綴ったダイムノベル。そこに何か手掛かりがあるかもしれないし、元々読んでみたいという気持ちもあった。そうと決まればと立ち上がり、立香はダ・ヴィンチのもとへ向かった。

 

しかし――

 

 

「――え? できないってどういうこと?」

 

「ああ、いや。勘違いしないでくれよ。今は手も空いているし、可不可を問われれば間違いなく可能なんだけど、モノが無いんじゃあね。それに、今の所あれを読んだのはマシュとホームズだけで、私は内容も知らないんだ」

 

 

ではその本は今何処にあるのか。そう尋ねる立香。どうやらフォート・ジョルディでの一件でマシュが持ち出したっきりとなっており、彼女に聞くと良いとの事。

 

仕方がないと踵を返し、立香はマシュの部屋へ向かう。無駄足を踏んでしまったが、ともかくこれで解決。そう思っていた立香であったが――

 

 

「え゛、あの本を読みたいのですか? 先輩……」

 

「何その反応」

 

 

大抵のお願い――常識の範囲に限る――ならば、嫌な顔一つせず聞いてくれるマシュだが、どうも今回は様子がおかしい。ANGEL BULLETのタイトルを口にした途端、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 

「せめてどこに仕舞ったのかだけでも教えてほしいんだ。頼むよ。クラウスの事で知りたい事があるんだ」

 

「ク、クラウスさんについてですか……?」

 

 

クラウスの名前を出した途端、先程とは打って変わって顔を赤くするマシュ。この反応もやはりクラウスが関係しているのだろうか。余計に気になって仕方がない立香。ついでにマシュがクラウスを避ける理由も聞くつもりであったが、この様子では答えてくれそうにない。

 

もごもごと口ごもるマシュ。そして、思い出したような――否、思いついたような顔をし、一気にまくし立てた。

 

 

「そ、そういえばクエストに行かないといけませんね、先輩! 先程セーラさんたちの霊基強化に必要な素材の報告書が上がってきたのですが、世界樹の種が二十個程足りなさそうです。そう遠くない内に魔術協会の査問官が来ますから、それまでにどんどんレイシフトをしてどんどん素材を回収しておかないとですね!」

 

「ええっ、そんなに必要なの!? ……うーん、仕方ない。わかった。行ってくるよ」

 

 

色々と聞きたい事はあったが、マシュの言い分にも一理ある。それに、今はいくら話を聞いても無駄そうだ。そう判断した立香は、大人しくマシュの部屋を後にし、ブリーフィングルームへ向かった。

 

 

(それにこの状況、利用できなくもない)

 

 

廊下を歩きながら一人考える立香。果たして、クラウスとカルデアの仲間たちとの関係を取り持つことができるのだろうか。

 

 

後編へ続く。




短いですが、生存報告とリハビリも兼ねてとりあえず前半のみ投稿です。ここ最近多忙の身でしたが一段落ついたので、後半も近いうちに投稿できそうです。


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悩める牧師様【後編】

セーラとクラウスの強化に必要な素材である世界樹の種を回収するため、立香たちはバビロニアの黒い杉の森へレイシフトしていた。

 

同行したサーヴァントは三騎。――二騎とも取れるが――セーラとクラウス。そしてゲオルギウスだ。

 

周囲の木々と地面を注視しながら探索を進める一行。途中、見るからに落ち着かない様子のクラウスが立香に耳打ちをした。

 

 

「あ、あの、マスター。この編成は一体――」

 

「一体も何も、クラウスたちの強化に必要な素材を集めに来たんだから、本人たちに同行してもらうのが筋でしょ。とはいえ、まだサーヴァントとしての実戦経験は浅いから、タンクスキルを持っているゲオル先生にも来てもらったってわけ」

 

「し、しかし……」

 

 

もっともらしい理屈に言葉を詰まらせるクラウス。この場に他のサーヴァントが居ればまだよかったが、レイシフトで転移できる質量には上限がある。そのため、今回のような素材の回収が目的の場合、人数は少ない方が良いとされている。加えて、編成について合理的な理由を説明できる立香に対し、クラウスは私情による我儘しか言うことができない。これ以上の抗議は無駄と考え、クラウスは黙り込んでしまった。

 

うなだれるクラウスに、事情を知っているのか同情の視線を送るセーラ。やがて、レイシフト直後から会話に参加していなかったゲオルギウスがしびれを切らし、クラウスに話しかけた。

 

 

「クラウス殿、単刀直入に申し上げます。以前より私を避けているようですが、せめて理由だけでもお聞かせ願えませんか。もし私に至らぬ点があるようでしたら――」

 

「と、とんでもない!! 聖ジョージ様に落ち度などありません! これは僕の問題で、ええと……今は話せませんが、止むに止まれぬ事情があるのです。誓って貴方を疎ましく思っての事ではありません。どうか、信じてはいただけませんか……?」

 

 

真剣な眼差しでゲオルギウスに語るクラウス。交差する視線。しばしの静寂の後に、ゲオルギウスは小さく息を吐き出し、表情を緩めた。

 

 

「……ええ、信じます。貴方を疑うことはありませんよ。誰にでも隠したい事はあるもの。無理に、とは言いません。ですが、もし話しても良いと思われたなら、その時が来たら、話していただけますか?」

 

「あ、ありがとうございます! ええ、いつか、僕の中で決心がついたその時に、必ず」

 

 

根本的な解決には至らなかったものの、ひとまずこれで二人の関係は修復できた。あとはそもそもの原因と、マシュがクラウスを避ける理由をゆっくりと探っていこう。そう立香が思っていたその時だった。

 

突如茂みから飛び出す複数の黒い影。神代の魔獣、ウリディンムだ。サーヴァントであれば問題なくいなせる敵であり、その数は五体と決して多くはないが、こちらも戦力が多いとは言えない状況。気を抜かず、即座に戦闘態勢に入る。

 

 

「流石神様の時代ってだけあって、出てくる獣も変わってるわね」

 

 

動揺しつつも、余裕の表情を崩さないよう努めるセーラ。その手には既に二丁拳銃が握られており、眼前の敵に狙いを定めている。ゲオルギウスもまた宝具である力屠る祝福の剣(アスカロン)を構え、マスターである立香を庇うように立ちふさがっている。

 

 

――一方、クラウスは立香の後ろに隠れていた。

 

 

「……あの、クラウスさん。戦っていただけませんか」

 

 

クラウスに冷たい視線を向け、棒読みで話す立香。しかし、クラウスはそこを動こうとしない。

 

 

「いや、僕戦闘能力皆無ですし。もし僕がやられてしまってはセーラも道連れですから、このポジションが最善かと」

 

 

一応理には適っているので、立香は諦めて前を向き、再び敵に注意を向ける。

 

現在の戦況はウリディンム五体に対して、二騎のサーヴァント。今はどちらも大きな動きはせず、牽制しあっている。正直なところ、戦闘が始まれば、機敏な動きをするウリディンムに対しこの戦力差で立香とクラウスを護りながら戦闘を行うのは厳しい。ましてや、戦闘が長引けば音につられて仲間がやってくるかもしれないし、遠吠えでもして呼び寄せるかもしれない。それで現れるのがウリディンムのような比較的小型のエネミーならまだしも、ウガルのような大型のものとなれば最悪だ。

 

宝具による短期決戦が望ましい。とはいえ、強力な魔獣の多い古代メソポタミアの地で、易々と令呪は使えない。そう考えた立香はセーラとクラウスにある指示を出す。

 

 

「セーラ! クラウス! スキルの《自己回復(魔力)》を使って、宝具で一気に片を付けよう!」

 

 

 

 

「「え゛」」

 

 

セーラとクラウスの声と表情がシンクロする。唐突に触れられたくない事を掘り返されたような、且つ、何故この状況でそのようなことを言うのかと非難するような顔。

一瞬の沈黙の後、セーラが顔を赤らめながら、大声でまくし立てた。

 

 

「ななななな何言ってんのよ!! そ、そんなこと、できるわけないでしょ!! あ、頭沸いてんじゃないの?!!」

 

「落ち着いてください、セーラ! ……いやあ、僕も流石にマスターや、ましてや聖ジョージ様の前ではちょっと……」

 

「何その反応」

 

 

目の前の状況に困惑しつつ、自らの発言にどことなくデジャヴを感じる立香。そんなコントをやっている内に、戦況が動き出してしまった。

 

 

「マスター! 敵が襲い掛かってきました! 指示を!」

 

「え、やばっ!」

 

 

ゲオルギウスの声で我に返る立香。見れば、ゲオルギウスがスキルを使い、一人で全てのウリディンムを相手取っていた。

 

 

「ちょ、流石にまずいから! 頼むよ二人とも!」

 

「い、厭よ!! バカ!! 変態!! うんこ!!」

 

「なんで!? ――あーもう、わかったよ!! 令呪使うから早く敵をなんとかしてくれ!!」

 

 

結局、なんとか敵を倒して無事帰還できたはいいものの、令呪を二画も消費して手に入ったものは世界樹の種一個だけという散々な結果に終わってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

「申し訳ありませんマスター。僕たちの我儘のせいでこんなことに……」

 

 

心身ともにボロボロになってカルデアの廊下を歩く立香、クラウス、セーラの三人。回収した素材をダ・ヴィンチに預け、それぞれの部屋に戻る途中だ。

 

 

「いや、過ぎたことだしもういいよ。……それにしても、どうしてあんな……」

 

「そ、それには深いわけがあるというか、ちょっと言いにくい事というか……ううう……とにかく今は聞かないで……」

 

「そ、そう……」

 

 

またも顔を赤らめるセーラに困惑する立香。そうして話しながら歩いていると、セーラとクラウスの共同の部屋の前に到着した。

 

 

「それではマスター、僕たちはこれで。ゆっくり体を休めてくださいね」

 

「ああ。二人も結構魔力を消費したみたいだし、今のうちに休んでおいてね」

 

「うん、おやすみリツカ」

 

 

部屋の自動ドアが閉まる。立香も自分の部屋に戻るかと、軽く伸びをしたその時だった。

 

 

「……あれ? あそこに落ちてるのって……」

 

 

先程通った道に、金色に光る何か。立香はそれに見覚えがあった。

フォート・ジョルディの事件で現れた時。召喚されたばかりの時。クラウスが首から下げていた十字架だ。カルデアで過ごすようになってからは首に掛けず、ポケットに仕舞っており、めっきり見かけなくなったものだ。

 

聖職者にとって十字架は大切なもの。立香はそれを拾い、今さっき持ち主であるクラウスを見送ったドアの前に立ち、パネルをタッチする。施錠はされていなかったらしく、すぐにドアは開いた。

 

 

「クラウス、これ廊下に落ちて、たん……だけ……ど……?」

 

 

立香は目の前の光景を疑った。

 

 

クラウスが床に四つん這いになって尻を曝け出し、その尻を何故かサラシと褌姿のセーラが平手で叩いていたのだ。

 

 

「そりゃあっ!! せいやあっ!! ――え?」

 

「あひいいいいいい!! もっとおおおおおお!! ――え?」

 

 

静まり返る空気。交差する三人の視線。そして立香は十字架を握りしめる手の感触の違和感に気付いた。

 

 

(こ、この十字架……磔にされているキリストの彫刻……勃って(・・・)やがる……!?)

 

 

遠目でしか見た事がなかったため、今の今まで気が付かなかったその造形の異常性。そして目の前で繰り広げられる理解の範疇を超えたプレイ。立香の頭はどうにかなってしまいそうだったが、辛うじて、先んじてこの静寂を打ち破ることができた。

 

静かに部屋に入り、室内の入り口近くにあったフラワースタンドに十字架を置き、部屋を出る。そして――

 

 

「――し、しつれいしましたー……」

 

 

そっとドアを閉じ、走り出す立香。一瞬の後、後ろから立香に対するクラウスの弁解の声と、クラウスに対するセーラの怒号が聞こえたが、構わず走り去った。

 

ひとしきり走って距離を稼いだ立香。レイシフト後の疲労のたまった身体で全力疾走をしたため、身体に大きな負荷がかかった。膝に手をつき、肩で息をする。

 

 

「な、何だったんだあれは……」

 

「知ってしまいましたか、先輩……」

 

 

突如前方から聞こえた声に顔を上げる立香。声の主はマシュだった。その手には、何やら一冊の本が抱えられている。

 

 

「マシュ……あれは一体……」

 

 

事情を知っているらしいマシュに説明を求める立香。マシュは無言でその手に持つ本を差し出した。

 

 

「これは……?」

 

「ANGEL BULLETの日本語訳版です。先程、先輩がレイシフトしている間にダ・ヴィンチちゃんに頼んでおきました」

 

「これを読めって……?」

 

 

無言で頷き、顔を赤らめて走り去るマシュ。再び廊下に立香一人が取り残された。

 

 

「……今日はよくマシュやセーラの赤面を見るなあ」

 

 

誰もいない廊下で呟きながら、立香は自室へと戻った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自室のベッドに腰かけ、ANGEL BULLETを読み進める立香。その口からは、純粋な、思ったままの感想が洩れた。

 

 

「……時代が時代とはいえ、なんでこれ映画化できたんだ」

 

 

そこには、立香の感じた数々の疑問を全て解決する内容が書かれていた。

 

 

まず一つ解ったことは、クラウスがキリスト教の中でも異端とされる宗派の数少ない生き残りであり、そのせいで迫害を受けてきたということ。

クラウスの信仰する宗派では神の啓示を受け、秘術を使うためにある条件を満たさなくてはならないとされており、その条件が――

 

 

「――勃起が条件って……」

 

 

クラウスの扱える秘術とは『指輪に魔力を込める』こと。これはスキルの《自己回復(魔力)》に反映されている。つまり、このスキルを使用するためにはクラウスの陰茎を勃起させる必要があるということになる。であれば、先の戦闘でのセーラとクラウスの反応も頷けるというもの。

 

 

「そりゃあ、聖人の人たちには言い出せないよなあ……」

 

 

それだけではない。クラウスは少々――いや、かなり困った問題を抱えている。

 

 

 

 

――彼はEDなのだ。

 

 

 

 

そんな彼を勃起させる方法はただ一つ。クラウスが一目惚れをし、新たな性癖に目覚めさせた対象であるセーラに罵ってもらうことだ。

 

要するに、彼はセーラとSMプレイをしなければ秘術を行使できない。そしてその秘術はサーヴァントとして現界したことで《自己回復(魔力)》に置き換わり、生成した魔力は指輪を経由して自身の魔力へ変換することも可能となっている。立香が部屋で見たのは戦闘で傷ついた身体を癒すための回復行為だったのだ。

 

 

「それにしたってプレイが特殊すぎじゃないかな……マシュのあの反応もわかる気がする」

 

 

作中では、全裸で身体を縛られて床に転がされたクラウスを放置してセーラが食事を摂るプレイや、白鯨の着ぐるみを着たクラウスをフック船長のコスプレをしたセーラが銛で突き刺すプレイや、果ては、クラウス本人を無視してクラウスの性器を相手にセーラが世間話をするというプレイもあった。常人では考えもしないようなプレイの数々に、立香は軽く目眩を起こしてしまいそうになった。

 

 

「……これ、あのアヴェンジャーの実体験なんだよなあ」

 

 

かつて戦った相手とのギャップと、オーバーヒート寸前の頭のせいでおかしなテンションになり、立香が小さく笑いを洩らす。

 

少し休もう。そう呟き、開いているページにしおりを挟もうとする。その時、背後から何かが立香の頬を撫でた。

 

 

「――き、清姫……いつからそこに……?」

 

「ふふふ、ますたあがお部屋に戻られてからずうっと、です。それより……」

 

 

清姫が開いたままの本を取り上げ、そのページを凝視する。嫌な予感に青ざめる立香。暫くして清姫は丁寧にも立香の代わりに本にしおりを挟み、閉じて、それをベッドの上に置いた。

 

 

「……ますたあったら、このようなぷれいがしたいだなんて……。わたくし、少し恥ずかしいですが……ますたあが望むのであれば……」

 

 

のぼせたような表情で立香に詰め寄る清姫。今すぐにでも逃げ出したい立香であったが、恐怖のあまり身体が動かない。

 

 

「ち、違っ、誤解――」

 

「そんな、遠慮なさらず……さあ、さあ」

 

「ホント違うんだって! や、やめっ――うわあああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

途絶え行く意識の中、立香は決心した。クラウスたちのことは本人が言い出すまで秘密にしておいてあげよう。そして、自分もクラウスたちも、互いに戸締りには気を付けよう。と……。




後編です。エンバレ未プレイの方向けにセーラとクラウスの設定紹介を兼ねたお話でした。下品な単語が多いのはご容赦を。……これってR指定タグ付けた方がいいですかね……?


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