その少女は、災厄(ノイズ)であった (osero11)
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過去編 旋律の少女
第一章 最初の絶望


 話の続きよりも、過去編を書きたい欲求の方が強く出てしまいました。ごめんなさい。OTL
 ノォォォイィズウウゥゥゥゥゥゥ・ゥウアァァァァムアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ……の方が気になる方も多いと思いますが、先にメリュデの過去編を書かせていただきたいと思います。

 また、以前にご覧になった方はお気づきかと思いますが、あらすじやタグに変更を加えました。多くの方が高評価をしていただいているのに、作者本人がいつまでも「駄文」と言っているのも何だかなぁ……と思いまして……。
 
 今回はかなり短めですが、お許しください。
 それでは、どうぞ。



 これは、今からはるか過去の話。

 かつてカストディアンが、月にバラルの呪詛を発生させる遺跡を建造し、ルル・アメルの相互理解が妨げられてから百年ほど経った頃の、彼女の物語――

 

 

 

 

 

 

 相互理解が失われてから百年、統一言語を封じられた人類は、それに代わる手段を用いて互いに理解しあえる世界をもう一度取り戻そうとしていた。

 様々な方法が試行錯誤されるなか、木々や動物たちといった自然と共存・調和することで、この星の一部となり意思疎通を図ろうとする人々がいた。

 

 彼らは、異端技術にあふれた国から離れ、緑に囲まれた環境で、原始的な生活をするようになった。

 カストディアンから授けられた異端技術の恩恵を受けることができない生活ではあったが、不思議とそこに暮らす人々の心に不満は存在しなかった。

 

 その村の近くの川で、村に住む一人の少女が木になったリンゴを取ろうとしていた。だが、身長が足りないために、背伸びをして取ろうとしている。

 うーん、うーんとうなりながら、木の実に手を伸ばし続ける少女。そこに後ろから、彼女より二回り背が高い男性が近づいていく。その男性は、少女のいる方向に手を伸ばし――

 

 

 

 パキッ、と彼女の上にあるリンゴを取ってあげた。少女は、そこでようやく後ろにその男性がいることに気づく。

 

⁅あっ、お兄ちゃん⁆

 

⁅またリンゴを食べようとしていたのか。最近食べ過ぎだって母さんに叱られたばかりだろ⁆

 

⁅だってだって! おいしいんだもん!⁆

 

⁅それよりも、だ。そろそろ感謝祭の準備が始まるぞ。一緒に村に帰ろう、メリュデ⁆

 

⁅はーい⁆

 

 そう言って、メリュデは兄とともに村に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 彼女の村では、月に一度、自分に施しを与えてくれる自然に感謝の意を伝えるための儀式が行われる。それこそが、感謝祭であった。

 感謝祭では、太鼓や笛などで音楽を奏で、文字通り音で自然を楽しませることで「ありがとう」の気持ちを示すことが主として行われている。そして、メリュデはその行事において特別な存在でもあった。

 

⁅やはり、いつ聞いても綺麗な声じゃ。今年もあの子のおかげで大いなる皆様方もお喜びであろう⁆

 

⁅全くだな。もしかしたらメリュデは大いなる皆様からの贈り物かもしれないな⁆

 

⁅違いない⁆

 

 そう言って、舞台の上で()()彼女をほめたたえる大人たち。彼女は、心の底から楽しんでいる様子で歌っている。

 

 彼女が特別な理由は、その声を以て音を奏でいることだ。まだ「歌」という概念がない時代ではあったが、それでも彼女の唄声を聞いた者は穏やかな心になり、わだかまりも消え去ってしまうほどの優しさが込められていたため、村の全員が彼女の存在を特別なものだと認めていた。

 他の者が楽器を演奏するなか、彼女だけが歌を歌っているのはそのためだ。メリュデも演奏できないほどではないのだが、やはり彼女には声で奏でてもらった方が大いなる皆様方――その村での「自然」全体に対する呼称――も喜んでもらえるだろうと思っての配所だった。

 

 演奏を終え、長が自然に対する感謝の言葉をささげた後は、普通のお祭りのように飲み食いを始める村の人々。

 メリュデはまっさきに、自分の家族のもとへと急ぐ。

 

⁅お兄ちゃん! お母さん! お父さん!⁆

 

⁅今回もいい声だったぞ、メリュデ⁆

 

⁅メリュデ、お疲れ様⁆

 

⁅メリュデえええええええええ! 今日も可愛かったぞおおおおおお!⁆

 

⁅わっ! やめてよお父さん! 恥ずかしいよ!⁆

 

 妹をほめる兄。娘をねぎらう母親。そして自分の娘の晴れ姿に今回も大喜びし、メリュデを持ち上げてそのままグルグル回転し始めた親ばか(父親)。メリュデは父親の奇行に恥ずかしそうにしながらも、やはりうれしそうだ。

 

⁅ああメリュデ可愛い! うちの子可愛すぎる! 天使! 天使と言っていい! いや天使じゃ足りない! 神だ! うちの娘こそ女神だったのだ! カストディアンなんてのはクソだ! そんなのに比べたら――いや比べるまでもなくうちの娘の可愛さの方が神がかっている! いずれメリュデはその可愛さでリュウを魅了し世界を幸せ一色にするに違いない! うちの娘ほんと凄い! ああかわいいよかわいいよぉいいにおいもするよぉこえもきれいでたまらないうちのむすめかわいすぎてしんじゃいそう⁆

 

⁅それ以上回したらうちの娘の方が死んじゃうからそこまでにしてね⁆

 

「そげふっ!!」

 

⁅だ、大丈夫か? メリュデ⁆

 

⁅あははははは、世界が回ってるよ~……⁆

 

 母親が暴走した父親を殴り倒して止め、父親は派手に吹っ飛ぶ。兄は妹の心配をし、少女はいつものことながら回転のし過ぎで目をすっかり回し、それでも家族に囲まれた幸せを感じていた。

 

 こんな日々が、ずっと送れると信じていた。

 

 

 

 

 

 

⁅――なんで、こんなことに……⁆

 

 それは、祭の後日に起こった悲劇であった。

 

 彼女は、朝から家の仕事で近くの川まで魚を取りに行っていた。思った以上に今日は魚を取ることができず、それでも粘って魚取りを続けていたら体も疲れてきて、休憩を取ろうとしたら眠ってしまった。

 起きた時には戻ると約束していた刻限を大幅に過ぎて夕方になっており、捕れた魚を以て急いで村に戻ってきた。そこで彼女が目にしたのは

 

 

 

 

 

 燃え盛っている村の姿だった。

 

 

 

 

 

 木造の家はぼうぼうと燃え、あたりには人が焼けこげる臭いが立ち込め、ところどころに人の形をした黒い炭のようなものが見える。

 

 彼女は走った。村の人たちのことも心配だが()()()()()()()()()()()()()()()()と思うことで、自分の家族を探し始めたのだ。

 ――本当は気づいている事実に、蓋をして。

 

 彼女たちの村でも、火は使う。木を燃やした後に炭が残ることも、知っている。木だけではなく、魚や猪といった動物も、火にくべると燃えて炭になることをメリュデは知っていた。

 だから、彼女は、目をそらしているだけなのだ。いま村のそこかしこにある炭が、ナニを燃やしたものなのかということから。

 

⁅お母さん!⁆

 

 だが、燃え盛る自分の家の、その中で

 

⁅お……かあ…さん……?⁆

 

 父親から贈られた輝石を身に着けたままの、母の炭となった遺体を見せられた時、少女は自分の平穏が崩れていく音を聞いた。

 

⁅あ……あああああああああああああああああ!!⁆

 

 目の前の現実を受け入れることができず、叫び声をあげだした少女は、家から飛び出して父親と兄を探す。

 

⁅お父さーん!! お兄ちゃーん!! どこなのー!! 返事してー!!⁆

 

 そして村中を走り回って、村の入り口にやってきた少女は、見つけてしまった。

 狩りをするためと、村を守るためにと、いつも兄が身に着けていた双剣。そしていつもは家においてあるが、危ないからと近づけてももらえなかった父の戦斧。

 

 

 

 無造作に地面に落ちていたそれらの近くに、すっかり黒くなった二人の体だったものが無残に転がっていた。

 

⁅あ……あ……あ……⁆

 

 少女の目に、もう希望はない。

 

⁅だ……だれか……だれかいないの……?⁆

 

 ここには、彼女に手を差し伸ばしてくれる誰かはいない。

 

⁅どうして……どうしてこんなことに……。あ……あ……⁆

 

 彼女は星に愛されてはいたが、他のヒトはそうではなかった。ただそれだけのこと。

 

 

 

⁅ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!⁆

 

 

 

 燃え盛る村の中で、少女の慟哭が木霊する。その嘆きに合わせるかのように、空は曇天へと流転し、悲しみの雨を降らし、炎を静めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 そのころ、雨が降り出したなかを数十人の集団が馬をかけさせ、彼女の村から遠ざかっていった。

 

【隊長、今回の任務は拍子抜けするほど楽でしたね】

 

【無理もない。奴らは我らルル・アメルがカストディアンより授かった技術を投げ捨てるような愚か者だからな】

 

 彼らは馬を走らせながら、メリュデの村を嘲笑っていた。彼らこそが村の人々を皆殺しにし、村を焼き払った犯人であった。

 

【それにしても、本当に奴らがこの聖遺物を隠し持っていたとは驚きでしたね】

 

【ふん、森の中なぞに隠れ住んで野心がないふりをしながら、虎視眈々とそれで世界征服を狙っていたというわけだ】

 

【せこい連中ですね。まあ、俺らに滅ぼされちまいやしたけど!】

 

 ギャハハハと下品な声で笑い、誰かに危害を加えることなく生きてきた人たちを、雨が強まることにも気づかず心底バカにする盗人たち。

 彼らの目的とは、数十年も前に自分たちの国から持ち出され、村に隠されていた聖遺物の奪還であった。

 

 異端技術を捨て去ったはずの村がこの聖遺物を隠し持っていた理由、それはこの兵器が、人間だけでなく星の生命にも大きな悪影響を与える者だったからだ。

 自分たちが去ったあと、この聖遺物が使われ星が蝕まれることを恐れた村の住人の祖先たちが、異端技術を行使する者たちに使われないように持ち去り、村に厳重に隠していたのだ。

 

 そんな村の人たちの気持ちも知らない彼らの心のうちは、死者への嘲笑と今回の手柄への期待しかない。因果応報の理が絶対ではないこの世の中では、このような非道をおこなった彼らに罰が下されることは確実ではない。

 

 

 

 ――だが、今回ばかりは話が違った。

 

 

 

 彼らが乗っていた馬が、突然足を止めた。気を抜いていた盗人の何人かが投げ出されたが、()()()()死んだ者はいなかった。

 

【お、おい! なんだ!? どうした!?】

 

【いでええええ!! 足が、俺の足がぁ!】

 

【くそ! なんなんだよ一体!?】

 

 突然のことに混乱し、騒ぎ出す盗人たち。隊長を含めてなんとか馬に投げ出されなかった者たちは、馬を降りて投げ出された者たちの手当てをおこなったり罵り始めたりした。そのうちに彼らが乗っていた馬たちは、どこかへと一直線に走っていった。

 

彼らの先頭を走っていた隊長が後ろの部下たちの方を向き、落ち着かせようとする。だが、雨音がかなり強くなってきたせいか、声がなかなか届かない。しかも風まで吹いてきたようだ。

 業を煮やした隊長が、声を荒げて部下たちを怒鳴りつける。

 

【いいかお前たち!! 任務はもう目的のものを持ち帰れば終了なんだ!! それをこんなところで時間を取らせやがって……?】

 

 そこで隊長は、部下たちが同じ方向を――自分の斜め後ろを見たまま、青い顔をして固まっていることに気づいた。ふと、彼がそちらを見やると――

 

 

 

 

 

 半径50メートルほどの竜巻が、目の前でうねりをあげていた。

 

 

 

 

 

 そして竜巻は、隊長の叫び声もろとも彼らを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論を言うならば、彼らは竜巻に飲み込まれこそしたが、生存はできた。

 だが、手足をちぎられ、飛んできた木の枝に体を貫かれ、地面に力強く叩きつけられた彼らにもはや余命いくばくもない。

 仮に生きて帰るだけの気力があったとしても、目的のものをさきの竜巻に巻き上げられた彼らに、明るい未来が待っているとは言えないだろう。

 

 何者をも脅かすことなく生きてきた者たちを屠り、死んでいった者たちを侮辱した彼らは今、想像を絶する苦しみを味わいながらジワジワと命を削られていった。

 これは、因果応報の理がもたらした結末なのか、それとも――。

 

 

 




 今回のお話、いかがだったでしょうか。ちなみに、これぐらいではメリュデは災厄(ノイズ)にはなりません。つまりまだ残っています、絶望が。

おまけ 自作のノイズ・アーマー

 
【挿絵表示】


 拙い手書きで、色も細部が当初の想像と違いますが、大体こんな感じです。
 イメージが付かない人は、どうぞこちらを参考に。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回もどうか読んでくださいますようお願い申し上げます。


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第二章 居場所を求める少女

 7月最初の投稿になります。そして今月、いよいよXVが始まりますね! すごく楽しみです!
 完結の物語にフォニックゲインを熱く高めて、こちらも頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします!

 それでは、どうぞ。


 旋律の少女は、居場所を失った。

 

 帰るべき集団をなくした少女は、人のぬくもりを求めて各地をさまよう。

 しかし、自分の世界から抜け出た少女が知ったのは、自分たちとは異なる人間に対する、人々の冷たさだった。

 

 

 

 

 

 

 そこは、自然と笑顔にあふれた土地だった。

 木々は実りを蓄え、子供たちは満面の笑みで駆け出し、大人たちはそれを見守る。まさに、平和そのものを体現したような村だった。

 

 だが、村の周囲には木でできた塀が存在していた。村を囲む塀が、この平和な村が外からの脅威を恐れていることを物語っていた。

 

 村を囲む塀、さらにその外側の森の中から、一人の少女が姿を現した。来ている者はかなり古ぼけていて、汚れ切っている。目はうつろで、ふらふらと歩きながら村へと近づいている。

 少女の存在に気づいた村の一人が、見知らぬ人間が村に近づいていることを他の村人たちに大声で知らせた。笑顔だったはずの村人たちの顔は、不安と警戒の色で彩られ、外との境界線である扉は閉じられた。

 

 塀の上から、村に近づいてくる余所者に対して、警戒と敵意の混じった視線が村に住む者たちから送られる。そんな視線を知ってか知らずか、少女は前へと進み続ける。

 そして、あと4.5歩というところまで村への入り口である扉に近づいた時――

 

⁅止まれ!⁆

 

 村長と思わしき老人が声を張り上げ、少女の行く手を言葉で遮ろうとする。その声に従い、少女は足を止めた。そして、自分を睨みつけてくる村人たちの方を見る。

 敵意にあふれた目だ。かつて自分たちの村で見た友好的な色は、どこにもない。自分たちの平穏を乱そうとするものは、何者であっても許さないという目だ。

 

⁅それ以上近づいたら、命を失うことになるぞ! 分かったらさっさと消えるがよい!⁆

 

 老人の警告とともに、こちらを見ていた村人たちが弓を構えて、徹底的に村に入ることを拒否する態度を取る。

 少女はそれを見ながらも、自身の命の危機を感じながらも、訴えずにはいられなかった。

 

⁅私は旅の者です。自分の村をなくし、こうして各地を彷徨う流浪の身です。

どうか一晩だけでも、この村にいさせていただけないでしょうか⁆

 

 その声は、必死ながらも、どこか諦めが混じっているように聞こえた。無駄だと知りながらも、切に願わずにはいられない、そんな声色だった。

 少女の嘆願は、老人は鼻で笑い、冷酷に突き放した。

 

⁅下らん。所詮この村に入り込み、後で仲間を連れこんですべてを奪ってしまうための方便だろう。

盗人にくれてやる場など何もない! とっとと消え去れ!⁆

 

 村長の声に追従するように、消えろ、いなくなれと声をあげる村人たち。

 その声を聞いて、最初から何も期待していなかったかもしれない少女は、ふらふらと森の中へと消えていった。

 

 後ろから、自分を受け入れてくれなかった村人たちの、安堵する声、まだ警戒している様子、そしてこちらを嘲笑う声が聞こえている。

 そのことが、少女――メリュデにとって、なによりもつらかった。

 

 

 

 

 

 

 メリュデは、家族と居場所を亡くしてから、こうやって他の村を探し、訪れ、そして拒まれることを繰り返す旅をしてきた。

 

 理由は、一人では生きることができないから――ではない。彼女の家族が教えてきたことはメリュデの中で生きており、それさえあれば、十分一人でも生きていくことができるからだ。

 だが、一人では生き物として生きていくことはできても、人としてあることはできない。今まで温かい人間関係の中にあった少女だからこそ人とのつながりを求め、それが失われた今となっては、失くしたものに代わり温かさを与えてくれるものを求めずにはいられなかったのだ。

 

 少女は、自分を仲間として受け入れてくれるコミュニティを渇望して歩き続けていた。

 しかし、バラルの呪詛により相互理解が損なわれたばかりの現在、別の人間――それも別の場所で生まれ育った、何も知らない人間のいう事を信じる村が存在するわけがなく、彼女はどこにも属すことができず、一人ぼっちのまま生きてきた。

 

 最初は、どうしてそんなにも拒否されるのかが分からず、自分の身に危険が迫ろうとも食い下がって受け入れてもらおうとした。しかし、食い下がった結果、矢を射られ、武器を片手に追いかけられ、殺されそうにもなった。

 人々から負の感情を向けられ、その身に危険が及ぶ経験を積んでいくうちに、彼女はだんだんと理解していった。人間とは、自分が知るような優しい人だけではなく、傷つけることをよしとするような人間もいるという事に。

 

 あの日から大きな影を落とした彼女の心は、少しずつ不信感という闇をも広げていっていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、メリュデを追い返した村の中で、一人の少女が心配そうな表情を浮かべていた。

 

「あの人、とても悲しそうな表情をしていた気がする。大丈夫かな……」

 

 外からやってきた人間に対して排他的になる村にいる彼女は、心優しい少女であった。それこそ、世界がこんな状況にありながらも、見ず知らずの他人に不信感を抱くのではなく、思いやることができるほど。

 最初に彼女を見た時、助けてあげたいと思った。しかし、警戒する村の人たちに中に押しこまれ、結局顔を合わせることもできなかったのだ。

 

「……やっぱり、会いに行こう。会ってどうするかは分からないけど、まずは話してみよう」

 

 村の少女は、メリュデがいなくなったことで開いた門から、外の森へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 メリュデは、森の中で赤い木の実を取って食べていた。昔は取ることができなかったであろう高いところにある木の実だが、木登りができるようになってからは、よくこの木の実を食べるようになった。

 

 メリュデは、もう人肌恋しさに旅をすることをやめようかと考え始めていた。

 どこに行っても、自分を拒絶し、時には笑いものにしてくる()()人間ばかり。もう他の人間とは関わらないようにして生きていくのが、自分にとって一番いいんじゃないかとも思っていた。

 

 メリュデは、赤い木の実を取るために、もう一度木に登る。そして木の実を手にし、口にしようとした。

 

 

 

⁅あの……⁆

 

 

 

 だが、急にかけられた声に驚き、バランスを崩し、木の枝から落ちてしまう。地べたに、木の実と少女が落ちた。声をかけた側は、自分が声をかけたことで起きた惨事に驚きながらも、メリュデを心配して駆け寄ってきた。

 

⁅いたたた……⁆

 

⁅す、すみません! 大丈夫ですか!?⁆

 

⁅う。うん。大丈夫、大丈夫⁆

 

 イタタタ、と衝撃を受けた臀部をさすりながら立ち上がるメリュデ。そこでようやく彼女は、自分に声をかけてきた人間の存在に気づいた。

 

⁅えーと、あなたは?⁆

 

⁅あ、はい。あの、さっきあなたにひどいことをしてしまった村の……⁆

 

⁅………そっか⁆

 

 メリュデの中にあった、友好的な関係を望む期待が、無機質な色へと変わっていった。

 メリュデにとって、自分に対して拒絶的な態度を取ってきた村の人間は、いい感情を抱けるものでもなかった。

 そのまま木の実を持って、その場を立ち去ろうとするメリュデ。それを呼び止めるために、少女は声をかける。

 

⁅ま、待ってください!⁆

 

⁅え? ここにいても迷惑だから、声をかけてきたんじゃないの?⁆

 

⁅違うんです! ただ、私はお話を聞かせてほしいと思って……⁆

 

 メリュデは、思っていたのとは違う態度に、少し目を見開いた。てっきり村だけではなく周辺の森にいられても嫌だから、追い出しに来たのかと思っていたのだ。

 《悪い人間》のはずなのにどうして、と思いながら、メリュデは自分のことを話していく。

 

 

 

 自分の話を終えた時、ふとずっと話を聞いていた少女の方を見ると、なんと彼女は涙を流していた。

 それに驚いたメリュデは、思わず少女に問いかける。

 

⁅どうして、泣いているの?⁆

 

⁅だって、家族をなくしたのだって辛いはずなのに、誰からも受け入れてもらえないなんて……。

私がもし同じ目にあったらと考えると、涙があふれて止まらないんです……⁆

 

 そう答えながらも、まだ涙を流す少女。その様子を見て、メリュデはあることに気づいた。

 自分が、《悪い人間》だと思っていた人々は、自分の家族と同じく、優しい一面も持ち合わせているという事に。優しいだけの人間、悪いだけの人間が存在するわけではなく、人は善と悪の間で揺れていて、接する人によっても変化しうるという事を知った。

 

 そのことに気づいたメリュデは、目の前の優しく接してくれた少女に、なにか贈り物をしてあげたいと思った。だから彼女は、自分の家族がほめてくれた自分の声を、久しぶりに出した。

 

 どこか悲しげに、しかしそれでも美しく響き渡る旋律。その旋律を聴いた少女の涙は止まり、泣くのも忘れて、その声に聞き入る。

 やがてメリュデが歌を終えると、少女が興奮した様子で話しかけてきた。

 

⁅今の声って、なんですか!? うまく言えませんけど、心の中にあふれるものが浮かんできた、すごく良かったです!⁆

 

⁅えーと、私の村では、よくこうやって声を出していたんだ。こうすると家族も《大いなる皆様方》も喜んで、すごく嬉しかったんだ⁆

 

⁅すごいです! よければ私にも、教えてくれませんか!?⁆

 

⁅えっ!?⁆

 

 まさか教えを請われるとは思っていなかったメリュデは、驚いて少女の方を見る。少女の瞳はキラキラと期待の色に輝いていて、正直、すごく断りづらかった。

 自分の特技を褒められて嬉しかったこともあって、結局メリュデは少女に、声による旋律の奏で方を教えたのだった。

 

 

 

⁅もう、行ってしまうのですか……⁆

 

⁅うん。流石にこれ以上ここにいるわけにもいかないし。やっぱり、ともに生きてくれる人たちを見つけたいんだ⁆

 

 短い間とはいえ、メリュデとの別れに悲しそうな顔をする少女。そんな少女に、あるいは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐメリュデ。

 そして彼女に背を向け、メリュデは歩き出した。少女は、メリュデの背中に向かって、声を張り上げる。

 

⁅あなたからもらったもの、大事にします! これを奏でるたびに、あなたのことを思い出します!

だから、あなたも私のことを覚えていてくれますか!?⁆

 

 少女の声に対して、振り向いて笑顔を見せることで応えるメリュデ。それを見た少女もまた、笑顔で彼女を見送った。

 

 

 

 

 

 

 人々は、冷たいだけではなく、優しさも持っていることを知った少女は、自分を受け入れてくれる場所を探し続けることを決断した。

 

 無論、彼女に優しい態度を取ってくれた村は数少ないし、受け入れたとしても、短い間で終わるところだけだった。

 それでも彼女は、自分に優しくしてくれた人たちに対して、自分の特技で恩返しをした。彼女の旋律は、人々の心に響き渡り、代えがたき美しいものとして残り続けた。

 

 彼女の声を聴いた人たちは、やがてそれを真似するかのように自分の声で音楽を奏でるようになり、それを聴いて感銘を受けた人たちがまた声を奏で……というように、彼女の旋律は広がっていった。

 やがて、その声で奏でられる音楽は独自のエネルギーを生み出すことを知ったカストディアンの巫女が、その旋律を「歌」と名付け、自身の計画に役立つものとして、真理を探求する錬金術などとともに世界へ広げていった。

 

 これが、「歌」が世界へと広がっていった経緯。そして、少女が「歌の始祖」であることの所以である。

 

 

 

 




 ガバガバな設定に、独自設定も入ってましたっけ(すっとぼけ)
 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。次回もよろしくお願い申し上げます。


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第三章 受け入れし竜たち

 更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。モチベーションが少し下がってしまったのと、私用で忙しかったためです。すみません。
 これからは、ますます更新が遅くなってしまうかもしれませんので、どうかご了承ください。

 過去編なんか見たくねぇ! 早く続きかけ! という方もいらっしゃるかもしれませんが、過去編はメリュデにとって結構重要ですので、どうかお許しください。予告なら書けないこともないのですが……。

 それでは、どうぞ。


 一体、いつまでこの旅を続けるのだろうか

 メリュデは、砂嵐吹きすさぶ荒地を歩きながら、朦朧となる意識の中、そんなことを思った。

 

 自分の村を無くしてから、長い間放浪し続けた。自分を受け入れてくれる場所を探して。

 相互不理解により、信じられないと言われて石を投げられたこともあった。一時は受け入れてくれた村もあったが、一晩が関の山だった。

 

 彼女はもう、精神的にも肉体的にも限界だった。

 自分がいてもいい場所を探して彷徨ってきたが、どこにもそんなものはないようにすら感じる。人とのつながりを求める少女にとって、これは辛いことだった。

 

(……もう、いいかな)

 

 疲れた頭に、ふと諦めが浮かんでくる。旅の途中から考え方が変わったとはいえ、拒絶され、敵意ある視線を向けられ、嘲笑さえされ続けた彼女の心は、すでに擦り切れようとしていた。

 

(……もう、いいよね)

 

 そのままどさりと、地面に倒れる。これ以上、頑張ることは不可能に近かった。

 目に涙を浮かべながら、ゆっくりと閉じていく。そうしてしまえば、失ってしまった家族に会えるような気がして。

 

 旋律の少女の命は、今まさに尽きかけようとしていた。

 

 

 

 

 

 だが、この星がそんなことを許すことはずがなかった。

 

 

 

 

 

 彼女の上空から、ナニカが降りてくる。ソレは少女のすぐ前に降り立ち、彼女をじっと見つめ始めた。

 何かを確かめるかのようにすんすんと臭いをかぐ、ワイバーンのような姿をした生き物。はたから見れば、少女のことを餌だと認識しているようにも見える。

 

 その竜は、鋭い鉤爪が付いた足で彼女を掴むと、翼を広げ、どこかへと飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⁅……んぅ……⁆

 

 メリュデは、閉じていた眼をゆっくりと開いていく。

 もしかしたら、家族と同じ場所に逝くことができたのかもしれない。一瞬そう思ったが、なんとなくそうではないことを感じ取った。

 

 しかし、周りの景色は、まるで彼女の故郷のように、いや、それ以上に緑あふれる場所であった。

 木々は塔のように高く、それでいて地面に生えている植物にも日の光がしっかり届いている。上の木が、下の草にも光が届くように分け与えているように見える。

 近くにある湖からは、水があふれ出ているだけでなく、今まで嗅いだことのないようないいにおいを漂わせている。

 それは地面に落ちた木の実も同じで、甘く芳醇な香りが食欲を刺激する。

 

 もしこの世に『楽園(エデン)』というものがあるとしたら、まさにここがそうであると大多数の者が口をそろえて言うだろう。それほどの場所だったのだ。

 

 メリュデは、最初は景色の変化に戸惑っていたが、やがて自分が空腹であることを思い出すと、近くに落ちていた赤い木の実を恐る恐る手に取り、かじりつく。

 その木の実は、今まで食べたことがないほど濃厚な甘みで、それでいて爽やかな味わいをしていた。そのあまりのおいしさに、メリュデは一心不乱に食べ続けた。

 やがて一つ食べ終わると、次の違う木の実に目が移り、そちらの方を手に取り、口をつける。今度の黄緑色の果実は、さっきの赤い木の実と同じようでまた違う風味があり、うまさの虜になっていたメリュデは無我夢中で食べていく。

 

 こんな調子で食べ続け、ある程度腹を満たしたメリュデは、無性に水を飲みたくなったので、近くの湖に口を付けた。水もまた、彼女の舌を喜ばせるに足る味で、彼女の脳内を幸せで満たしていく。

 人との付き合いを求めてきたメリュデであったが、この旅路は数々の困難が伴うものであり、ここまで満たされたものを感じることはなかった。だからこそ、メリュデはこれほどまでの幸福を夢だと思い、彼女は思うがままに目の前の自然の実りを口にしていく。

 

 しかし、夢もやがては覚めるもの。

 水を飲み続けたメリュデは、ふと水面から顔を離して呼吸したときに、自分以外にも水を飲んでいる者がいることに気づいた。

 

 それは、竜だった。かつてカストディアンと戦いを繰り広げた、その尖兵。

 その竜は、まるで狼を連想させる姿をしていた。全体的に蒼い毛で覆われた体からは、角や腕など、ところどころに黄色い外骨格を覗かせていた。その目は鋭く、その目で睨まれたら心臓が止まってしまうかもしれないと思うほどだ。

 

 しかし、メリュデはそんな竜に対して、全くと言っていいほど恐れを抱いていなかった。

 それは、この竜が自分を襲うことはないと直感したためか。それとも、長きにわたるたびにより自分の生に無頓着になったためか。

 いずれにしろ、彼女の一族が自然との調和を志していたこともあってか、メリュデは竜を恐れなかった。

 

 やがて、竜の方も、少女が自分の方を見ていることに気づく。

 竜はメリュデの方をしばらく見つめた後、彼女に背を向けて森の奥へと姿を消していった。

 

 なんとなくだが、ここに連れてきたのはあの竜の仲間であることをメリュデは理解した。でなければ、この状況を説明できそうにないからだ。

 実際に見たのは初めてだが、竜のことは彼女の家族が存命だったときに聞いたことがあった。竜は、かつてカストディアンと敵対しており、そのため彼らの代行者だったルル・アメルも快くは思っていないとのこと。

 そんな竜たちが、忌み嫌っているはずのルル・アメルである自分に、あんなに穏やかな視線を向けるなんて、不自然だ。彼女がいた場所から移されていることも考えると、竜の方からメリュデをこの場所に連れてきたと考えるのもおかしくはなかった。

 

 無論、なぜ自分が連れてこられたのかという疑問はあるが、それは話が通じない相手である以上分からないことなので、置いておくことにした。

 それよりも彼女は――相手が人間ではないとはいえ――「居ることを許された」ことが、心の底から嬉しかった。今まで存在を否定されてきた彼女にとって、この竜による招待は至上の喜びを与えてくれるものだった。

 

 そしてメリュデは、今までの旅の疲れと悲しみをいやすかのように、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 竜が住む地に連れてこられてから数日、彼女はそこから大きく動くことはせず、自然の恵みに感謝しながら過ごしていた。

 あれから、何体かの竜が湖を訪れたが、どの竜もメリュデを敵視するようなことはせず、優しい目を向けてくるだけで水を飲んでから立ち去っていくばかりだった。

 

 少しずつだが、この地のことをメリュデは少しずつ理解し始めていた。

 この地でも食物連鎖は存在しており、草は一部の竜やその他の動物達が食べ、その動物たちを肉食の竜が捕まえ、喰らう。そこだけ見れば、他のところとそう変わらない。

 だが、喰らう方はおろか、()()()()()()()()()()()()()()()、その捕食関係を受け入れているようなのだ。

 

 普通の場合、動物は天敵に遭遇した時、食われまいと必死になって抵抗する。己の足、あるいは角、あるいは毒、それら自身が持つ全てを使い、抗い、時には反撃し、自身の身を守ろうとするはずなのである。

 しかし、ここの生き物たちは、食われる時でさえ全くの抵抗を見せない。まるで、自然の摂理を受け入れるかのように。自身が食われ、存在が無くなった後でさえも、《先》があるかのように。

 

 ここの、竜を含む動物たちは知っていた。命とは、流転するものであると。

 例え一つの命が消えたとしても、その命は次の命へと繋がり、その繋がりが消えない限り命は続いていくことを、彼らははっきりと理解しているのだ。その繋がりが、自身の命を奪うことになるものだったとしても、彼らはそれを受け入れることができるのだ。

 そして食う方もまた、そのことを理解している。理解しているからこそ、必要最低限の数しか食さないようにしている。彼らの理解によって、このサイクルは保たれていた。

 

 それは、まるで一つの命の中で、生命が循環しているようだった。自身という個体を自然環境の一部とすることで、己を理解し、相手を理解し、命のやり取りすら当然のこととして受け止めている。彼ら一体一体が大自然を構成しているように、彼らの心もまた一つとなっているようにメリュデは感じた。

 そして、これこそが自分の家族たちが求めてきたものであると彼女は理解した。命のやり取りまで受け入れることができないだろうが、それでも自然と調和し、一つになって互いを理解するというのは、こういうことなのだろうとメリュデは思った。

 

 自分も、このサイクルに命をささげることはできないかもしれない。しかし、ここに連れてきて、悲しい一面も持つけれども美しい光景を見せてくれた竜たちに、メリュデは感謝した。

 何よりも、こんなにも互いを理解しあうことができる場所に、自分の居場所を与えてくれたことが、喜びとして彼女の心に何よりも響いた。

 

 だからこそ、彼女は奏でる。自分に「居てもいい場所」をくれた生き物たちに感謝を伝え、そして自身の心の底から湧き出る喜びを顕した旋律を。

 

 

 

 ――a~~~~~~~♪

 

 

 

 彼女のヴォカリーズとともに、地中に流れる生命もまた喜びに打ち震え、その感情は地上の植物や動物にエネルギーとともに伝わっていく。

 木々はざわざわと心地よい音を奏で、水はちゃぷんとリズムよく波紋を作る。鳥や草食動物、果ては竜に至るまで、全ての生き物が彼女の声に共鳴するように声を鳴らす。

 

 それは、非常に美しい旋律だった。メリュデの声を中心に、自然がありとあらゆる音楽を奏で、調和し、全てを昇華していった。

 

 メリュデの歌は、まさに音で楽しませるものだった。

 彼女の旋律は星をも喜ばせ、星と調和している生き物たちにも幸福を与える。そして、みな彼女の歌に共振して、それぞれの音楽を響かせて合奏曲を作り上げる。

 

 これこそが、歌の始祖から生まれいでた、始まりの歌。星の鼓動にすら響き渡る、美しき調和の旋律。

 カストディアンすらも知らない音楽を、彼女は奏で続けた。




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ご感想をお待ちしています。


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第四章 傲慢がもたらす悲劇

 最初に言っておくと、今回は胸糞展開かもしれません。小説全体ではないためタグには付いていませんが、ご注意ください。
 また、残酷な描写に当てはまるシーンもございますので、お読みになる方はご理解のほどお願いいたします。

 それでは、どうぞ。


 彼女は旋律を奏でる。ルル・アメルの傲慢が、悲劇を起こすことも知らないで――

 

 

 

 

 

 

⁅最近、禁忌の地から観測されるエネルギー量がすさまじいらしいぞ⁆

 

⁅なに? 一体何が起こっている?⁆

 

⁅それは分からん。しかし、そろそろあの地に対して、行動を起こす時ではないか?⁆

 

⁅……どういうことだ⁆

 

⁅簡単なことだ。つまり……⁆

 

 

 

 

 

 

 メリュデは、最初に歌った日から毎日、竜たちとともに旋律を奏でるようになった。

 

 ――a~~~~~~~♪

 

 彼女の歌に合わせるように、風が吹き、木々が揺れて音を鳴らし、水が流れて美しき音色を奏で、そして動物たちは声をあげる。

 その共鳴が、星のエネルギーを増やし、この地をさらに豊かにしていく。まさに彼女は、この楽園の姫だった。

 

 やがて歌い終わった彼女は、いっぱいの笑顔を顔に乗せて、赤い木の実を手に取り、食していく。歌った後の果実は、星の命を増やしたためか美味しくてたまらなかった。

 そんな彼女に、竜を始めとした動物たちも近づき、触れあっていく。メリュデは、顔を近づけてきた竜たちの頭をなでたり、竜たちに舐められたりしながら、満面の笑みで食事を続ける。

 

 

 

 ――実は、竜たちのこの行動には意図があった。

 

 

 

 ただ少女に甘えたり、逆に優しくしたりするためにスキンシップを取っているわけではない。

 彼らは、メリュデを自分たちの《同族》にするためにこのようなことをしているのだ。

 

 彼らはメリュデに触れる瞬間、わずかずつではあるが『リュウ』の力を注ぎ込んでいた。一気に注ぎ込んでしまうと、下手すると死んでしまうので、時間をかけてゆっくりと行なっている。そうして『リュウ』の力が十分に少女の体に蓄積されたとき、少女は自分たちの同族となるのだ。

 自分たちの体にも、『リュウ』の力は少しずつしか蓄積されていかないため、いつまでかかるかは分からない。少女の体にたまっているエネルギーを力に食べさせれば早くできるかもしれないが、そうしてしまうと何が起こるか分からないので、これはあまりとりたくない手段である。

 長い時間がかかるにも関わらず、このようなことをする理由は何なのか。それは、今のメリュデの心に関係があった。

 

 

 

 ――ルル・アメルよりも、自分たちを選んでほしい。

 

 

 

 彼女がルル・アメルの生まれであることは承知している。そして、ひどい仕打ちを受け続けたというのに、まだその心には、人間を思いやる気持ちがあることも。

 しかし、自分たちは、カストディアン――ひいてはその代行者だったルル・アメルと敵対する関係にある。だからこそ、本格的に人間と戦いを起こすことだってありうるだろう。

 

 そんな時、彼女まで自分たちの前に立ちはだかってほしくない。星に選ばれたと言っていい彼女に、自分たちの敵になってほしくない。

 だからこそ、彼女を自分たちの同族とすることで、ルル・アメルではなく自分たちに、その心を傾けてもらおうと竜たちは行動しているのだ。

 

 そんなことを露知らないメリュデは、木の実を食べていく。その心中は、居場所を与えてくれたことの喜び、感謝、ともに在ることができる生き物たちとの触れ合いの楽しさで満たされているはずだった。

 

 

 

 はず、だった。

 

 

 

 この生活で満たされているはずの彼女の心。その片隅には、若干の寂しさと、どす黒い感情があった。

 

 寂しさとは、同じヒトと話せないこと。竜たちが危惧している通り、彼女は同族であるルル・アメルとの繋がりも求めていた。

 今は竜たちがいて満足しているように彼女自身は思っているが、やはり同じヒトと話したい、共に過ごしたいという想いがあった。それは、ヒトとして生きているメリュデとして、当然の感情なのかもしれない。

 

 

 

 その一方で、どす黒い感情は、その寂しさとはまるで正反対の性質だった。

 

 

 

 この感情は、あの夜、自分の家族たちが殺されたときに生じたもの。

 あるいは、助けを求めても拒まれ、敵視され、蔑まれたときに膨れ上がったもの。

 

 それは、人間を憎む気持ち。家族の仇に殺意を抱き、自分を無下にした人間を憎悪する想い。それもまた、ヒトらしいといえばヒトらしかった。

 

 それでも、善性である彼女にとって、この感情は今の満たされた生活に比べれば、ほんの小さなものでしかなかった。

 動物も、緑も、この星の多くの物を愛している彼女は善であり、そのなかに含まれているヒトに危害を加えるなど、彼女がするわけなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少なくとも、この時までは。

 

 人間の悪性が、彼女の愛するもの全てを奪ってしまうことに気づいていなかった、この時は。

 

 

 

 

 

 

 夜、彼女を含めた多くの生き物たちが眠りについた頃、メリュデは夢を見ていた。

 

 死んだはずの家族、村の人たち。そのヒトたちとともに暮らす夢を。

 そこには、本来なら共存できないはずの竜たちもいた。みんながみんな、仲良く触れ合って、笑いあっている。そこはまさに、メリュデの《夢》であった。

 

 彼女が歌を奏で始めると、人々は楽器で音色を作り出し、竜たちは鳴き声をあげて一つの旋律を響かせていく。その旋律は、森に、水に、地面に共振し、一帯をあたたかな力で満たしていく。

 

 旋律を奏で終わった後も、みんなが笑顔を浮かべていた。竜も、ヒトも、ひとしく生命として幸せを享受していた。

 

 そして父が、前のように抱きしめてくれている。その嬉しさのあまり、思わず瞼を閉じて人肌を感じ取っていくメリュデ。そして少女は、父の顔をよく見ようと目を開ける。

 

 

 

 

 

 父は、真っ黒な炭だった。

 

 

 

 

 

 黒以外なにもない父の顔に、笑みを浮かべたまま言葉を失ってしまうメリュデ。

 周りを見渡すと、炭となっているのは父だけではなかった。

 

 母も、兄も、村の人々も、竜も、なにもかもが炭と変わっていた。まるで、その時村が焼かれた時みたイニ――

 

 

 

 

 

⁅あああああああああああああああーー!!⁆

 

 少女は、悪夢に悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドカァァァァァァン!!

 

 

 

 ちょうどその時、彼女の夢の外、つまり現実の世界で何かが爆発する音が周囲一帯に広がり、彼女の鼓膜を揺らした。

 悪夢と鼓膜を襲った音により目を覚ました少女は、飛び起きて混乱したまま周りを見回す。竜たちは、どこか一方向に向かって動いているようだった。

 

 

 

ドカァァァァァァン!!

 

 

 

 続いて、2回目の爆発音。音がした方向を見れば、そこから火が立ち昇り、黒煙をまき散らしながら周りの木々を侵食していた。よく衆院を確認すれば、近いところで一か所燃えているところがある。

 

 彼女は、そこでようやく気が付いた。この地が何者かに攻撃されていることを。そして、その何者かとはおそらく――

 

 

 

ドカァァァァァァン!!

 

 

 

 三度目の爆発。その爆発は、彼女からそう遠くないところに着弾して起き、メリュデは風圧で吹き飛ばされ、地面に衝突した。

 痛みにうめき、それでもなお立ち上がり、この状況をどうにかしようと行動を起こすことを決意するメリュデ。彼女は、竜たちが向かう方向へと走り出した。

 

 爆発の間隔はだんだんと短くなり、森のあちこちに砲弾が撃ち込まれていく。それに従い炎が森を呑み込んでいく範囲も広くなっていく。

 木々は焼かれ、湖は吹き飛ばされ、動物たちは怒号と悲鳴を上げる。

 

 なかには逃げ遅れた動物もおり、横たわって黒焦げになっていた。それを見たメリュデは、先ほどの悪夢のこともありトラウマを再燃させそうになったが、なんとか持ちこたえて走り続けた。

 

 そして、ようやく少女は森を抜け、()()にたどり着いた。

 

 そこには妙な形をした鉄の塊――文明を持つ者は「戦車」と呼ぶもの――が森を囲むかのように並んでおり、こちらの上側のほうを向いている筒から、ドォンというすさまじい音とともに何かを発射しているようだ。あの筒から射出された何かが、森を焼き尽くそうとしていることをメリュデは察した。

 

 竜たちは、各々の攻撃手段で鉄の塊を破壊していっている。ある竜は口から吐く火炎で、またある竜は杭のように丈夫そうな腕と特殊な粘菌で、そして牙や爪などの自然の武器を使って。

 巨体、水、雷、氷、様々なもので《敵》を倒していく竜たち。しかし、妙な鉄の塊の数は減ることなく、後方からドンドン補充されていく。

 

 メリュデは、あの鉄の塊が、人の手で作られたものだということに気づいていた。だからこそ、こんな非道をやめさせるために、走り続ける。

 

⁅お願い! やめてぇぇ!!⁆

 

 悲痛な声をあげて戦車へと駆け抜け、両腕を広げて前へ飛び出る。今だに人間の善性を信じ続ける彼女は、こちらのことを理解してもらえば砲撃をやめてもらえると思っていた。

 

 だが、無情にも彼女の足元に砲弾が撃ち込まれる。至近距離での爆発を喰らい、誰よりも人を信じる優しさを持った少女は、吹き飛んだ。

 

 空高くまで飛ばされ、地面に勢いよく衝突するメリュデ。そのあまりの衝撃に、骨は折れ、内臓は破裂し、口から多量の血を流す。その体は、爆発の熱と風圧によって傷だらけで、皮膚は焼かれ、血まみれであった。

 少女は、今まで経験したことのないような全身の痛みにうめき声しか上げられないなか、自分に遅れてナニカが地面と衝突する音を聞いた。音がした方を見ようとして――後悔した。

 

 それは、爆発の時にちぎれとんだ、自分の右腕であった。そのことに気づいた瞬間、右腕の()()()ところが、まるで火で炙られるような激痛に襲われるのを感じ、声にならない悲鳴を上げる。

 両足も、付いているとはいえボロボロだ。左腕はなんとか動くが、動くたびにひどく痛むし、それに腕一本でどうしろというのか。

 

 どんな相手だって思いやる気持ちを持っていたはずの少女は、四肢のほとんどを奪われ、あまりにも惨い仕打ちを受けてしまった。

 メリュデの今の姿を見た竜たちは、住処を荒らされた怒りに加えて、ますます激情に囚われ、烈火のような勢いで敵の尖兵たちを破壊していく。

 

 しかし、竜の一体――オオカミのような竜が、大きな悲鳴を上げたことで、状況は一変した。

 他の竜たちが声をした方を見ると、その竜の体には、肩から胴を貫くかたちで大きな杭が生えていた。そして、杭の先端にはワイヤーのようなものがついており、それは敵の戦車――他の戦車とは違い、砲台ではなく射出機がついたもの――に繋がっていた。

 

 ――ウ、ウオオオオオオオン!!

 

 やがて貫かれた竜は、さらなる悲鳴を上げる。その時、他の竜たちは、竜が持っている力が、ワイヤーを通して向こうに流れ込んでいるのを感じた。

 そして竜たちは、なぜルル・アメルが攻め込んできたのかを悟った。

 

 

 

 ――奴ら、力を奪う気だ!

 

 

 

 そのことに気づいた竜たちに、もう容赦はなかった。力を奪っている戦車を破壊しようと、一斉に襲い掛かる。

 しかし、何発もの砲弾と、何台もの砲台戦車が邪魔をして、近づくことができない。さらに、砲台戦車の後方には、杭を射出する戦車がそれ以上の数で並んでおり、向かってくる竜たちに杭を射出し、同じ運命をたどらせていく。

 

 傷だらけの少女は、その様子を、ただ黙って見ていることしかできなかった。

 杭――いや、リュウの力を奪うための兵器に体を貫通され、悲鳴を上げる竜たち。力を吸い取られて、苦痛の声を漏らす仲間たち。

 そんな、残酷な光景を、少女は、何もできずに、見ていることしか、できなかったのだ。

 

 やがて、最初に力を奪われ始めた狼竜が、最後に一鳴きしてピクリとも動かなくなるのを少女は見た。

 そのことが何をあらわすのか悟った少女は、最初は信じられないという表情を浮かべていたが、次第にその表情は絶望に染まっていく。

 

 

 

 だが、ルル・アメルの残酷さは、彼女をさらに追いつめる。

 

 

 

 動かなくなった竜の体に、砲弾が直接撃ち込まれる。そのあまりの残酷さに、少女は絶望すら覚えることなく頭が真っ白になる。

 いくら竜の体といえども、力を散々奪われた後で砲弾の直撃に耐えることはできず、煙が晴れることには、黒く焦げ付いていた。

 

⁅……………あ⁆

 

 その姿は、なんとか心を保っていた少女を、底なしの絶望へ叩き込んだ。

 家族と同じ死に方を、どうしてこの竜たちも迎えている?

 

⁅…………ああ、そうだったんだ⁆

 

 やがて、力を奪いつくされ、同じように砲弾によって焼かれる竜たちを、絶望しかなくなってしまった瞳に映しながら、メリュデは呟く。

 

⁅私のせいで、みんなこうなっちゃうんだ⁆

 

 なぜ、家族や仲間が、真っ黒こげになって死ななきゃいけないのか?

 答えは、いつだってすぐそばにあった。それは、拒絶されて当然の理由だった。

 

⁅私が、みんなを殺しちゃう呪いを持ってたんだ⁆

 

 メリュデの言っていることは、間違っているようで的を得ていた。

 すべては、ルル・アメルが相手を理解することをやめてしまったため。しいて言うなら、バラルの呪詛のせいであった。

 しかし、メリュデが悪いというわけではない。呪いというならば、メリュデだけではなく人類全体にかけられたものなのだから。

 

⁅……どうして、私は生きているんだろう⁆

 

 彼女の目の前で、どんどん仲間である竜たちが無残に死んでいく。そして、それを見続けている少女の心もまた――

 

⁅……こんなことに、なるんだったら、いっそ――⁆

 

 優しかった家族。仲良くしてくれた旅先の人たち。そして居場所をくれた竜たち。

 そんな彼らに対して謝りたいという溢れてきそうな気持ちからこぼれた涙を流しながら、少女は最後の言葉を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⁅私が、死ねばよかったのに……!⁆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、()()()()()()少女が最後に残した言葉。

 そして、メリュデという名の人間が、死んだ瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⁅『禁忌の地』の掃討もこれで終了だ。今夜は祝杯だな⁆

 

⁅それはめでたい。一時はどうなることやらと思ったが……。

思った以上に新兵器の性能、いや、発想が良かったおかげだな⁆

 

⁅違いない。目障りな竜の力を奪い、そのうえでエネルギーを有効活用する

全く、どうして誰も思いつかなかったのか⁆

 

⁅違いない。ハハハハ⁆

 

⁅これで我々の敵をまた一つ、排除できたわけだ。

『竜に手を出すな』などという古いしきたりにわざわざ従わなくてよかったな⁆

 

⁅これで我々の敵は同族しかいなくなったわけだが、どうするか……⁆

 

⁅新しい兵器の開発が進んでいるらしい。それを使ってみるのはどうだ?⁆

 

⁅なに? どんな兵器だ?⁆

 

⁅技術者共が言うには、環境に一切影響を与えずに人間のみを殺せる兵器らしい⁆

 

⁅素晴らしいじゃないか! 人間だけ殺せれば、あとは奴らが使っていたものをすべて有効活用することができるというわけだな!⁆

 

⁅ああ。だが、奴らが言うには生半可なエネルギーでは足りないらしい⁆

 

⁅奪った竜の力を使えば、どうとでもなるだろう。

……待て、あの娘を使ってみるのはどうだろう?⁆

 

⁅あの娘とは? ……まさか、『禁忌の地』の?⁆

 

⁅そうだ。どういう訳かは知らんが、人間禁制のはずの場所にいたアレだよ。

妙なエネルギーを感知したから回収したらしいが、これが相当なエネルギー量だと騒いでいたぞ⁆

 

⁅ふむ。さして気にも留めていなかったが、技術者共が言うには意思を喪失しているらしいからな。ちょうどいいと言えばちょうどいいか⁆

 

⁅では、さっそく技術者共に、兵器の母体にするよう言ってこよう⁆

 

⁅ああ。全ては我ら、真なるルル・アメルのために⁆

 

⁅真なるルル・アメルのために⁆




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 「モンハンのモンスターがこれぐらいでやられるわけないだろいい加減にしろ!」とおっしゃいたい方もいらっしゃるかもしれませんが、あくまで「モデル」なので、そこのところはご理解ください。
 ちなみに、ルル・アメルの皆さんは竜の力(てんりん)以外の素材に興味はなかったようで、焼却されました。

 ネタバレですが、今回出てきたルル・アメルは、次回のうちにかたづきます。シンフォギアはモブに厳しいアニメなのだよ(XV2話を見ながら)

 次に書く話についてですが、アンケートで書く内容を決めちゃおうかと思います。
 とりあえず、明日の21:00頃まで行おうかと思いますので、ご回答お願いいたします。

 できればご感想を書いていただると大変うれしく思います。次回もよろしくお願い申し上げます。


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第五章 最後の絶望と、災厄の生誕

 水着奏が超高難易度? ハハッ。なんの冗談ですかねぇ……?

 メリュデの過去編、その第5話になります。次の話で過去編は最後になります。
 次に投稿するのは、AXZ編の次章の予告(もどき)になりますので、過去編が完結するのはまだ後になります。ご了承ください。

 それでは、どうぞ。


 居場所も仲間も失った少女の心は、死んだ。そして、同族であるはずのルル・アメルに捕まり、改造されてしまう。

 死んだはずの彼女の精神が再燃したのは、なぜか。その理由を知る者はいない――

 

 

 

 

 

 

⁅ふむ、経過は順調のようだな⁆

 

 鎖によって吊り下げられ、虚ろな目をした五体不満足の少女から、自分たちが開発した兵器が生み出されるのを見て、満足そうな顔をする老け気味の男。

 彼の近くにいる痩せた男は、顔に笑みを浮かべながら自分の上司に説明する。

 

⁅実に素晴らしいサンプルでしたよ、彼女は。なにせ人の身でありながら我々では想像もつかないほどのエネルギーをもっているんですから。

魔力と呼ばれるものとはまた違ったものですが、これがかなりの変換効率でして……⁆

 

⁅ほう。そんなにいい素体だったのか⁆

 

⁅はい。正直なところ、どのようなメカニズムでエネルギーを集めているのか知りたかったところですが、何もわからず……⁆

 

⁅本人が自我を喪失しているんだ。意識して取った行動で集めていた場合、どのような方法で集めていたのか、など分からんだろうよ。

それよりも、兵器の母体として利用したほうがまだ役に立つだろう⁆

 

⁅……おっしゃる通りで⁆

 

 あくまで利益的な観点から物事を言う上司に対して、愛想笑いで返す技術者。

 彼にとっては、少女が膨大なエネルギーをどのように収集していたのかが、技術者として追求したい欲求があったため、内心では不満だった。

 

 『禁忌の地』を滅ぼし、心が折れて砕けてしまったメリュデを捕獲した彼らは、その身に宿る膨大な熱量に目を付けた。そして、彼女が自我と身体の自由を失っているのをいいことに、自分たちが作った、兵器を生み出す聖遺物を組み込んでしまったのだ。

 

 一方のメリュデは、もうなにも反応しない。聖遺物を体に埋め込まれる痛みにも、自分が見たこともない兵器の母体となってしまった事実にも、一切の感情の動きがなかった。

 それは、彼女の心が死んでしまったからだ。目の前で仲間を殺され、居場所を失い、そしてそれを自分の生だと思ってしまった彼女の精神は、もう現実にいることができないほど追いつめられてしまい、自壊してしまったのだ。

 

 悲劇に他ならなかった。ただ居場所を求め、繋がりが欲しかっただけの少女は、それをすべて奪われ、今や同族にさえ兵器の母体としてしか扱われていない。

 世界、いや人間の残酷さをまざまざと見せつけてくるような、惨い仕打ちだった。

 

 それでも、死んでもなお少女はまだ人間に対する優しさを捨ててはいなかった。

 彼女は知っていたからだ。どんな人間にだって、優しい面があるということを。そしてそれは、例え自分の居場所を奪った相手だって同じことだと、彼女は固く信じていた。

 

 

 

⁅これで、敵対勢力のルル・アメルどもも皆殺しにできるな⁆

 

⁅竜の力も使えば、さらに強力な兵器を作ることもできますね⁆

 

 

 

 その言葉を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 ……………いま、なんていった?

 

 

 

 ルル・アメル(どうぞく)を殺す兵器? 私を使って?

 

 

 

 優しかった《仲間》の力を使う? 人殺しの兵器に?

 

 

 

 じゃあ、あの優しくしてくれた《仲間》たちがあんなふうに死んだのは、こいつらが同族を殺すだったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふざけるな。

 

 

 

 

 

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

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殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

 

 

 

 

 

 ベキン、という音を立てて、何かが割れる音がした。

 その音が聞こえた瞬間、自分を縛るものもなくなって、楽になった。今なら、目の前に奴らを簡単に《殺す》ことができるだろう。

 

⁅……い……。……て……⁆

 

 誰かの声が、聞こえてくる。よく聞きなれた、誰かの声が。

 

⁅お願い……。やめて……⁆

 

 違う。これは、まぎれもなく自分の声だ。どこまでも愚かな人間のことを信じ続け、そのせいで大切なものをすべて失い、挙句に同族を殺す兵器に改造された度し難い(じぶん)

 

⁅そんなことしても……誰も戻ってこない……だから……⁆

 

 ふざけるな!! じゃあ誰も戻ってこないとしても、このまま《仲間》たちの力が人殺しの兵器なんかに使われてもいいっていうの!?

 

⁅っ! それは……⁆

 

 もう分かっているよね? 人間のなかでの善とか悪とか、関係ない。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間たちは、自分たちのために自然を破壊する。

 人間たちは、自分たちのために他の種族を迫害する。

 そして人間たちは、自分のために同じ人間すら殺しつくそうとする!

 そんな生き物が、どうして未来なんて作っていけるっていうの!?

 

 自分たち同士の殺し合いのために、あの場所を汚して、竜たちの命すら奪って、それを利用する! そのために、どれだけのものが犠牲になったのかッ……!

 

⁅でも……それでも……!⁆

 

 確かに、私が原因の一つかもしれない! でも、それは私が《人間》だからだ!

 だから、私は人間なんてやめる! 人間をやめて、この星を汚すルル・アメルを根絶やしにしてやる!!

 

 どうせ滅びる定めにある種族ならば、これ以上この星が壊される前に、この手でいっそ……!

 

⁅やめて! それだけは……!⁆

 

 ……今わかった。あの音は、お前と私が分かれた音だったんだ。

 人間を憎む私と、いつまでも人間なんかを信じ続ける愚か者が別れたんだ。

 

 でも、こうして私の方が体を動かせるっていうことは、お前の心にもう力は残っていないってことになる。

 そりゃそうだよ。あの優しい家族を殺され、他の村の連中には拒絶され、ようやく居場所と《仲間》を手に入れても人間どもに奪われたのに、人間なんかを信じ続けるお前の心が強さを持っているはずがない。

 

 ……これからは、《私》が生きる。だから、もう死んだお前はおとなしくしてろ。

 

⁅待って! (メリュデ)!⁆

 

 じゃあね、(にんげん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⁅ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?⁆

 

 メリュデがいる実験室、そこに、断末魔の悲鳴があがる。

 

 突然の異常事態にしりもちをついているのは、技術者の男。そしてその上司である男は、彼らが敵である人間を殲滅するために開発した兵器――はるかなる時の果てに、「ノイズ」と呼称されるソレに接触し、少しずつ炭素となって分解されていっていた。

 いま炭へと還っていく男の顔は、自分たちが作り出したものがどういうものか理解しているために、死への恐怖に歪み切っていた。先ほどまでの威厳もへったくれもない、生に執着する人間の姿そのものだった。

 

 このような事態は、()()()()()()()何の前触れもなく起こった。

 意思を完全に消失したはずの少女だからこそ、この兵器の母体とすることに問題はなかった。もしそうでなかったら、この少女は指一つ動かすことなく兵器を生み出し、目の前の彼らを殺すことなど造作もなくやってのけるのだ。

 これは、目の前にぶらさがった利益のみに目を向け、足元に空いた巨大な穴に気付こうとしなかった彼らの自業自得である。手負いの獣に対して何もできないと高をくくり、爪と牙を与えてしまった人間の愚かさが招いた事態というほかない。

 

 だが、この技術者はもしもの時のことも考えていた。

 彼は急いで、身に着けていた衣服の中から、拳大の機械を取り出す。この、現代で言うリモート・コントローラーの役目を持つ代物は、メリュデの中に埋め込まれた聖遺物のセーフティを起動させるための物だった。

 

 上司である男は手遅れだが、これで自分だけは助かる。内心快く思っていなかった上司が死に、自分は生き残れるという未来予想図に、ゆがんだ笑みを浮かべる顔とは対照的に彼の手はいったん止まる。

 だが、流石に猶予はないと感じた彼は、セーフティのスイッチを入れようと指をボタンに乗せ、力を籠めようとする。

 

 

 

 もし、この男に、他者を嘲るという『人間らしさ』がなければ、長き年月にわたり多くの人が死ぬこともなくなったのかもしれない。

 

 

 

 ほんの一瞬、その一瞬がすべてを分けた。

 勢いよく跳んできたノイズが彼の腕に接触し、半ばから炭となって落ちた。

 

⁅あああああああああ!! 僕の腕があああああぁぁぁ!!⁆

 

 上司同様、自分に起きた災難に悲鳴を上げる技術者。腕のあったところを抑えて、転げまわることしかできない。

 彼の失われた手に握られていた機械は、ボタンに指が載せられたまま転がっていたが、やがて指まで炭素分解が広がったことで、そこにはわずかばかりの炭しか残らなくなっていた。

 

 絶叫する大のおとな二人。自分勝手な人間たちの合奏曲は、あまりにも不快で、聞いているのが嫌になるほどだった。

 

 ()()()メリュデだったら、この光景に悲しみを覚え、胸を痛めたことだろう。それが自分のなしたことだとしたら、なおさら痛みは増すことだろうと想像は付く。

 しかし、今の()()()()()()()()ノイズの少女は、この残酷な光景に暗い笑みを浮かべるだけだ。

 

 やがて、技術者の男も、上司の男も、ノイズの少女が生み出した、彼女に忠実なしもべに襲われ、何体ものソレに包まれながら炭素となって分解されていく。

 本当なら一瞬で終わるはずの分解は、じっくりと時間をかけて行われた。まるで、そうすることで《仲間》が味わった苦痛を清算させるかのように。

 

 やがて実験室に、大きな炭の塊が二つできた。ノイズの少女は、それを冷たい目で見ながら、作り出したしもべに命じて鎖を取り外させる。

 まもなく鎖は外されるが、その瞬間地面に落ち、地面を這いつくばることになる少女。その時、彼女はようやく自分が右手と両足を失ったことを思い出した。

 

「…………………………」

 

 彼女は目を閉じて、意識を失った四肢へと集中させる。すると、右腕の断面と、ずたぼろになった足の隙間から、サイケデリックな塊が出てきた。

 少女の赤い肉から出てきたはずなのに奇妙な色をしているソレらは、すぐに周囲の肉を巻き込んで赤黒く染まり、やがて人間の肌のような色になった。

 

 ノイズの少女は、まるで再生したかのように見える足を地面につけ、立ち上がってみようとすると、さっきまでボロボロだったはずの両の足で地に立つことに成功した。さらに、右腕の形を成したものを動かしてみると、失う前の腕と遜色ない様子で動いた。

 ノイズを作り出すのを応用して、そのエネルギーを手足の形に固定、その後ほんらいの肉体に馴染ませることで、少女は失った四肢を再生させたのだ。もちろん、それだけではうまくいかないのだが、いまや少女が人間と聖遺物との融合症例だからこそ、こんな離れ業を可能としてくれたのだ。

 

 ノイズの少女は、完全にとは言えないが、もはや人間とは呼べなくなってしまった。

 そして彼女は、人間への憎悪をたぎらせた暗い炎を瞳に宿し、ふたたび人間の世界へと踏み出す。前とは全く別の存在へとなり果てて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、とある先史文明期の都市が、一つ滅びた。

 住民全員が姿を消し、残るものは黒い炭ばかりだったという――

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 ご感想お待ちしております。次回もよろしくお願い申し上げます。


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最終章 そして災厄は時を越えて

 投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。最近、少し調子が悪かったために、遅くなってしまいました。これからもこういうことがあるぁかもしれませんので、ご了承お願いいたします。
 
 この話にて、過去編は終了となります。次回から、いよいよオリジナルの章に突入いたします。どうかお楽しみに。

 それでは、どうぞ。


 災厄の少女は、憎悪のままに人類を殺戮していく。

 もはや、彼らが善か悪かは関係ない。「人類そのものが呪われた存在である」と悟った今の彼女にとって、人間というだけで星にとって害となる存在にしか目に映らないのだ。

 

 そして、運命の時が来る――。

 

 

 

 

 

 

 ――や、やめろ……やめてくれぇ! 助けてくれぇ!!

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 ――いやぁ! 死にたくない! 死にたくない!!

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 ――私が誰だが分かっているのか!? 私に手を出せば、後悔することに――

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 ――お願いします! この子は、この子だけは!

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。

 

 助けを求める人間を殺した。

 死を否定する人間を殺した。

 自分の立場に頼る人間を殺した。

 自分の子どもだけでも助けてほしいと懇願する人間を、子供ごと殺した。

 

 《仲間》のかたき討ちをしたときは多少はスッキリしたのに、今は人間を始末しても何も感じない。まるで、ただの作業のようだ。

 ……いや、これはただの作業でしかない。他の種族を、この星を護るために、私はルル・アメルを殺しているんだ。当然のことをやって感慨があるわけがない。

 

 ただ、人間を殺すたびに、あの時別々になった《人間》の自分の心が壊れていくのを感じた。今となっては、もはやこちらに語り掛けてくる意思すらなくなってしまったようだ。

 まあ、どうでもいいことか。アイツの心がどうなろうと、私は私のしたいことを、すべきことをするだけだ。

 

 さあ、今日も奴らをぶち殺そう。

 

 

 

 

 

 

 メリュデが、ノイズという力を手に入れ、竜と「禁忌の地」を滅ぼしたルル・アメルに逆襲をした日から、人類は新たな災害に襲われることになった。

 

 彼女は、自分を捕らえていた人間たちを皆殺しにした後、人類への憎悪のままに行動していた。それこそ、エネルギーにされた仲間たちの存在に気付かないほど――。

 まず、自分のしもべに辺りを探索させ、人間たちの集落を見つけ次第、そこに向かい、ノイズを大量に生み出して全滅させる。この繰り返しで、虐殺の範囲を広めていっていた。

 

 無論、人類とてただやられるばかりではない。通常の物理法則に縛られた兵器では歯が立たないが、聖遺物を使って反撃をおこなう都市もあった。

 だが、それが通じるのも普通のノイズ相手の話。そのうち、黒いノイズを生み出せるようになった少女は、その死神に城壁といった障害物を位相差障壁ですり抜けさせ、そのノイズのみが宿している()()()()()()()()()()()呪いによって、人間たちに同士討ちをさせることで内部崩壊させるようになった。この呪いで全滅に至らなくても、混乱のスキをついて通常のノイズで攻め込んでしまえば、いともたやすく殲滅することができたのだ。

 

 ただし、黒いノイズを生み出す際には、大きなリスクがあった。

 一つは、普通のノイズよりも、製造に多くのエネルギーを使うこと。

 もう一つは、彼女の中に存在する、ルル・アメルへの憎しみ、怒りといった負の感情をありったけ注ぎ込む必要があるため、その最強のノイズ(ほこ)を作り出した後、しばらくのあいだ抜け殻のようになってしまうということだ。

 

 この状態になったノイズの少女に気力というものは存在せず、虚ろな目から涙を流すばかりになる。まるで、居場所と仲間を失ったのち、人類に殺意を抱くまでの彼女のように……。

 しかし時間がたつと、元のように憎悪の炎がどす黒く燃え盛るようになり、また人間を殺すために行動するようになるのである。

 

 なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。

 星と人をこよなく愛する少女は、同族であるはずのルル・アメルから幾重にもわたって残酷な仕打ちを受け、人間への絶望の果てに殺戮の化身と化してしまった。今では彼女自身が、心優しいヒトですらもお構いなしに命を奪うことになってしまっている。

 これは、人類から相互理解を奪ったバラルの呪詛のせいなのであろうか。それとも、人間の中に眠る底知れない悪意のせいなのであろうか。いずれにせよ、これが運命なのだとしたら、あまりにも誰も救われないことは確かである。

 

 人類の敵となった災厄の少女は、ヒトの命を奪い続ける。

 その足は、殺すべき人間を探していくうちに、南へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

『――王よ』

 

 その宮殿は、あまりにも壮大であった。

 ――その壮大さは、王の大いなる力をあらわす。

 

 その宮殿は、あまりにも煌びやかであった。

 ――その絢爛さは、王の隆盛をあらわす。

 

 まるでこの世の栄華を極めたかのように美しき宮。そこに存在する、広大でありながらも余分な空間など一切感じさせない玉座の間に、何人もの家臣が膝をつき、自分たちの王に頭を垂れて物を申している。

 

⁅我らが偉大なる主よ、恐れ多くも申し上げます⁆

 

⁅お力を、どうかおふるいくださいませ⁆

 

 否、物を申しているのではない。恥を忍んだうえで頼み込んでいるのだ。

 自分たちが今対処している問題は、絶対的な王の力を借りないと解決できないと分かっているからこそ、このようなことを彼らはしていた。

 

 彼らは、「魔法」という異端技術を使いし者たちであった。

 自らの中に存在する「魔力」というエネルギーを、術式によって別のエネルギー・質量へと変換し、外界へと干渉する術である。錬金術と近似しているため、錬金術が魔法と呼ばれる、もしくはその逆が起きることもよくある。

違いがあるとすれば、術式という存在の大きさであろうか。錬金術は等価交換を前提としているが、魔法は術式の良しあしによって、対価とした魔力に対して、それ以上の成果にもそれ以下の出来にもなりえるのだ。

 

 ここにそろった彼らは、間違いなく優れた魔法の技量を持っており、対価の何倍もの魔法を行使することを可能とした魔導士たちである。

 そんな彼らが、自分たちの王に頼らなければならない理由とは――

 

⁅現在、民は未曽有の危機に陥っております⁆

 

⁅東の方よりやってきた異形により体を炭へと変えられ、息絶える者が大勢出ております。

 一度に、集落の大きさにかかわらず全ての民が殺しつくされ、このままでは我が国の政にも大きな影響が出てくることになってしまいます⁆

 

 そう、彼らが向き合っている問題とは、ノイズのことであった。

 ノイズの少女の滅びの手は、この国に伸びていたのだ。彼らはまさに、災厄を前にしていたのだった。

 

⁅調べたところ、その恐るべき異形は、一人の少女が作り出したものであると判明しました⁆

 

⁅ですが……ああ、わが王。どうかお許しください……⁆

 

 

 

 

 

⁅我々には、その少女を、どうにかすることができません……!⁆

 

 

 

 

 

 そして彼らは、ノイズではなく、それを生み出す少女の恐ろしさを実感することができていた。

 

 魔法という特殊な力を得ている彼らは、相手の存在をある程度理解する術も持っていた。

 そして、彼らは実際にノイズの少女を目にして――心が折れた。

 

 その少女の存在は、あまりにも巨大であった。

 自分たちを脅かしている災厄を操ることができるだけではない。膨大なエネルギーを宿し、リュウの力が内に潜み、そして星すら動かしうる権能を持つ少女。

 その存在に、彼らは恐れおののき、迷わず自分たちの王に頼ることを決断させた。

 

 異形なら、対処することができる。だが、あの少女はだめだ。

 今の状態なら、自分たちの魔法で何とかできないこともない。しかし、もしそれで奥底に眠るリュウの逆鱗に触れてしまったら――。

 

⁅わが王よ。どうか、どうかあの少女をどうにか……!⁆

 

⁅なにとぞ、お願い申し上げます……!⁆

 

 災厄の少女に怯える魔導士たちは、自分たちの王に必死の思いで頭を下げる。

 誰よりも優れた技量と何物にも勝る魔力を持ち、神が定めた理にすら鑑賞できる力量を有する、魔導士の頂点である自分たちの王に。

 

 王は、家臣たちの懇願に対し――

 

 

 

 

 

 

 その日は、不思議なくらい人間に遭遇しない日だった。

 

 いつものように、作り出した自分のしもべに集落を見つけさせ、少女は人間を殺すために移動していた。だが、そこに着いた後に見たのは建物ばかりで、人間は影も形も見えなかった。

 一度目こそ「こんなこともある」と思った少女だが、別の集落を見つけさせ、そこに向かっても、まるで人間は見つからない。また次の集落へ……と移動を繰り返しても、まるでルル・アメルという存在が消えてしまったかのように殺すべき対象がいない。

 流石に少女も、これが偶然ではないことに気づき、なにか嫌なものを感じたことでじんわりと汗をかき始める。

 

(……いっそのこと)

 

 少女は、黒いノイズを作り出そうかと考えた。

 

 あの黒いしもべなら、自動的に人間たちが集まっているところを見つけ、そこに向かって攻撃を仕掛ける。その存在を感知して後を追えば、忌々しいルル・アメルを見つけることができるだろう。

 

 そうすることで、現状を打破できると思った少女は、両手を胸の前に構えて黒き死神を作ろうとして――

 

 

 

 

 

⁅――流石にそれを作らせるわけにはいかない⁆

 

 

 

 

 

 上からの急な圧力によって、中断せざるを得なかった。

 

 

 

⁅ガッ……!⁆

 

 

 

 自分の上には何も乗ってなどいないはずなのに、上から強い力で押さえつけられているような感覚に、ノイズの少女は体を動かすことができない。

 どうにか目だけは動かして、声のした方を見てみると、そこにはこんな状況を作り出しているであろう人間の姿があった。

 

 赤い衣を身に纏い、長い三つ編みを二つ作ってもなお有り余るほどの青い髪を持った男。その手には、豪華な装飾が施された杖がある。

 彼は、ノイズの少女に対して、怒りを抱くわけでも、ましてや恐れを向けるわけではなく、ただただ悲痛そうな顔で見ていた。

 

 少女は、作り出していたしもべに命じて、その男を殺そうとする。

 男に向かって、弾丸となって襲い掛かるノイズたち。しかしノイズたちは、男に触れる直前で、何かにぶつかったかのように崩れ去り、炭へと還っていく。

 

 男からノイズを守ったものの正体は、魔力で作られた防御膜であった。悪意のある攻撃に反応し、自動的に反撃をおこなう、魔導士のカウンター手段。

 男は、途方もなく優れた魔導士であった。それこそ、()()をある程度は可能とする術式を作り出せてしまうほどに。

 

⁅無駄だ。その攻撃は、俺には通じない⁆

 

 そう少女に宣言する魔導士の男。そして彼は、少女に対して、ある魔法を発動する準備をおこなっていく。

 しかし、彼は突然、なにかに驚いたような表情をする。その直後、空を飛ぶノイズによって少女は横に吹き飛ばされ、上からかかっていた重力から解放される。

 

⁅……そんな手段で、重力魔法から逃れるとは思っていなかった……⁆

 

 魔導士は、彼女のルル・アメル殲滅に対する執念に驚きを隠せなかった。

 それでも、彼はなんとしてもノイズの少女の殺戮を止めなければならない。例え、向こうの事情をある程度理解することができた今であっても。

 

 一方、重力から解放された少女の方は、大量のしもべを生み出して魔導士を殺そうと指示を出す。その中には、巨大なサイズのノイズの姿もあった。

 それらが、一斉に魔導士の男に飛び掛かる。しかし、そのどれもが攻撃を届かせることかなわず、見えない防御に妨げられて黒く崩れ去る。

 

 ――こうなったら……!

 

 通常のノイズでは攻撃が通用しないことを理解した少女は、黒いノイズを作り出して攻撃させることを決断する。

 周りを通常のノイズで固めて防御壁とし、切り札を生み出すまでの時間稼ぎにしようとする。そして、少女はさきほどのように両手を構え、そこに力を集中していく。

 

 やがて手のあいだに黒い塊ができはじめ、だんだんと膨らんでいく。彼女の心から憎悪が削られ、塊へと注ぎ込まれていく。そしてようやく出来上がる、まさにその瞬間だった。

 

 

 

⁅グ、ガッ……!?⁆

 

 

 

 突然苦し気な表情を浮かべ、胸を手で押さえる少女。作業が中断されたことで、黒いノイズになるはずだった塊は地に落ち、炭となって風に乗って崩れ去る。

 少女が苦しみの発生源である胸元を見てみると、そこから半透明に見えるナニカが自分の中から外に出ていっていることに気づいた。その光景に困惑する少女だったが、答えをくれたのは魔導士の男だった。

 

⁅――それはお前の魂だ。お前は今、魂を肉体から抜かれている最中だ。

 その苦痛は、魂が肉体とのつながりが切れることを拒むからこそのものだ⁆

 

 そう答える魔導士が右手に持つ杖をふるうと、近くの空間がゆがみ、別の杖が現れる。全体的に灰色であり、中央に紫色が配色された杖だ。

 

⁅この杖に、お前の魂を封印する。肉体は、《棺》に入れたうえで異空間に封じる⁆

 

 その言葉を聞き、驚愕するとともに、激しい怒りを覚える少女。

 

 ふざけるな。まだ人間どもはこの星にのさばっているのに、こんなところで封印なんてされてたまるものか。

 必死の思いで抵抗しようとする少女。しかし、いくら魂が抵抗しようとも、少しずつ心と体は引き裂かれていく。

 

 この星から害悪たるルル・アメルを守ることも、なにより自身の憎悪を晴らし、仲間の無念を晴らすこともできないことを悟り、少女は抵抗をつづけながらも涙を流す。

 そんな少女を、魔導士の男は悲しげに見つめる。

 

⁅……すまない⁆

 

 彼は、《理解》していた。何物をも超越した魔導士である彼は、相手のことを理解することができる魔法すら編み出していた。

 ゆえに、彼には分かっていた。少女のこれまでの生きざまも、人間たちから受けた仕打ちも、仲間であるリュウへの想いも、彼女の優しさも、そしてそれらを踏みにじられたことによる絶望と憎悪も。

 

 救いたい、と思わなかったわけではない。しかし、彼にはこうすることしかできなかった。なぜなら、彼は《王》だからだ。

 自国の民のために、脅威となるものを排除しなければならない。民の命を危険にさらしてまで彼女をとることなど、あってはいけないのだ。

 

 だからこそ、彼は謝罪の言葉を漏らした。かつて、この杖の力を用いて他の世界へと逃がした人間以外の種族にそうしたように。

 

⁅せめて、夢の中で安らかに眠っていてくれ……⁆

 

 だが、相互理解が失われている今、ノイズの少女に彼の気持ちなど伝わるはずもなく、あふれんばかりの憎悪を、瞳に、顔に、全身に現わして絶叫する。

 

⁅アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!⁆

 

 魂がほとんど抜け出しているにもかかわらず、少女は全身からノイズを生み出しながら、《王》へと駆け出す。

 防がれ、崩れ去るノイズ。しかしそれでも彼女は憎悪をかき抱く人間との距離を縮めていく。そして右腕を構え、殴りかかる。ありったけの感情を込めた拳は、《王》の防御すら打ち抜き――

 

 

 

⁅……すまない⁆

 

 

 

 《王》に届く直前に、魂がすべて抜かれたことにより、力を失った。

 魂とのつながりが切れた肉体は、《王》に寄りかかるように倒れ、魔法によって引き抜かれた魂は、かの《王》が用意した空間を歪める杖へと封じられた。

 

 この後、ノイズの少女の体は、外部からの影響を可能な限り受けないようにした特殊な棺に納められ、魂を封印した杖の元々の機能でこじ開けた異空間に封印された。

 これにて、災厄の少女と人類との初の決着がつき、かの《王》の手によって、彼女は何千という年月にわたり眠りにつくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女の憎悪は、ほかならぬ人間たちの悪意により、眠りについてなおルル・アメルを脅かすことになる。

 

 

 

 

 

 

⁅まさか、あの《王》がお亡くなりになってしまうとは……⁆

 

⁅あの方も、やはり我々と同じ人間だった、ということか……⁆

 

⁅しかし、かの《王》なくして、我々はどうすれば……⁆

 

⁅そのことについてだが……《王》が封じ込めた《災厄》を利用するのは、どうだ?⁆

 

 

 

 

 

 《王》亡き後、途方もなく大きな戦力を失ったことを憂う家臣たちの手により、ノイズの少女は解析され、オリジナルとは別にノイズを発生させる装置が作られた。ノイズの少女が静かに眠るはずだった空間は、ノイズを量産するためのプラントと化し、やがて「バビロニアの宝物庫」と呼ばれるようになる。

 少女の魂を封じ込めた杖も、そのことを利用されて、空間を歪めるだけでなく、ノイズを操るための杖へと改造された。

 

 災厄の力を手に入れた国は、一時のあいだだけ他国を圧倒できる力を有していたわけだが、やがて醜い欲求による内部分裂が起き、彼ら自身に災厄の牙が向く結果となってしまう。

 ノイズ、いや、人災によって多くの民の命が犠牲となり、その国の先史文明の技術も失われてしまった。そして、その杖を次に手にした国もまた――。

 

 

 

 

 

 長い年月が経ち、誰も手にする者がいなくなった杖は基底状態となり、人の手でノイズが操られることはなくなった。

 開け放たれたバビロニアの宝物庫から漏れ出るノイズによる被害は出るものの、千を超える月日において、災厄は(こころ)(からだ)も静かな眠りについていた。

 これが、《王》の望んだこと。彼女も人類も傷つくことなく、この世界が終わるその時まで、このままにしてほしいという、身勝手ながらも優しい願い。

 

 

 

 

 

 しかし、その願いを知らない人間たちによって、災厄は永き眠りから解き放たれることになる。

 

 

 

 

 

「やったぞ! 聖遺物を発見した!」

 

「しかも完全な状態! これで我が国の発展にまた繋がる」

 

 

 

 神代からの独立を謳いながら、過去の技術を掘り起こす大国によって杖は発掘され――

 

 

 

「これが、『ソロモンの杖』……」

 

 

 

 災厄の少女と同じ時代から、転生を繰り返し世界に君臨してきた先史文明期の巫女の手にわたり――

 

 

 

「これを、あなたの歌で励起させれば、あなたの夢へとまた近づくわ」

 

「アタシの夢……争いのない世界……」

 

 

 

 この世から争いを無くすために力を求める少女の歌で再び起動し――

 

 

 

「お呼びではないんだよ! こいつらでも相手してな」

 

 

 

 道具として使われ――

 

 

 

「ノイズに、取り込まれて……」

 

「そうじゃねぇ! アイツがノイズを取り込んでるんだ!」

 

 

 

 兵器として使われ――

 

 

 

「そしてこの杖の所有者は、今や自分こそが相応しい!」

 

 

 

 欲望をかなえるための手段として使われ――

 

 

 

「バビロニア、フルオープンだぁぁーー!!」

 

「明日をぉぉーー!!」

 

 

 

 ネフィリム・ノヴァの超爆発から地球を守るために使われ――

 

 

 

「もう響が、誰もが戦わなくていいような、世界にぃぃーー!!」

 

 

 

 少女の願いを受けて、使われて、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――誰もが、戦わなくていい世界?

 

 

 

 

 

 災厄を封じていた()()()が、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なら、その誰もが存在しない、殺しつくされた世界にしよう。

 

 

 

 

 

 そう、彼女が目覚めるのは、全ては――

 

 

 

 

 

「キャロルちゃん! 何を!?」

 

「復讐だっ!!」

 

 

 

「俺の歌は、ただの一人で70億の絶唱を凌駕する、フォニックゲインだぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 愚かな人類への、この星からの復讐のために――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシッ……。

 

 

 

 




 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 ご感想等がございましたら、お願いいたします。新章「人類を滅ぼすリュウの災厄」も、どうかよろしくお願いいたします。


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災厄の復活編(AXZ)
災厄の復活


 あらすじでも述べましたが、駄文、設定ガバガバなどの注意していただきたい要素が多数あります。正直、自分でもどれくらい地雷要素があるか分かりません。
 作者の心もガラスハートなので、もし駄文をご覧になっても許せるという方のみ閲覧していただけると幸いです。なんとなく地雷の予感がする方はブラウザバックをお勧めします。
 それでは、始まります。


 ――地球(ほし)に愛された少女がいた。

 

 ――少女もまた、地球(ほし)を愛し、自然を愛し、獣を愛し、そして「ヒト」を愛していた。

 

 ――だが、清く美しい少女の心は、「人間」によって無残に踏みにじられる。

 

 ――少女は、「ヒト」であるにも関わらず、あるいは「ヒト」であるからこそ、「人間」に果てしない憎悪を抱き、そして自分が「人間」であることを激しく悔いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして少女は、雑音(ノイズ)となった。

 

 ――遥かなる時を超え、少女(ノイズ)戦姫たち(シンフォニー)は衝突する。

 

 ――その時をまだ、戦姫たちは知らない。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 地球がある世界とは異なる世界。重力が存在せず、古き建造物が宙に浮き、空間には様々な色が混在し、混ざり合い、混沌とした様相を表している。

 バビロニアの宝物庫。一般には――といっても、その存在すら機密とされ、公開されていないのだが――ノイズプラントと認識されている空間である。

 

 ノイズの発生源と称されているはずのその空間には、ノイズは一体たりとも存在していなかった。

 しかし、一つの棺が、その空間に悠然とした様子で浮かんでいた。

 

 もしここにフロンティア事変の顛末を知るものがいたならば、驚愕をあらわにし、その棺の存在を「ありえない」と否定するだろう。

 なぜならば、フロンティアの全てを取り込んだネフィリム・ノヴァによる一兆度のエネルギーを放った爆発によって、宝物庫の中身はことごとく消滅したはずだということを知っているからである。

 現に、宝物庫の中に存在していたノイズ及び投げ込まれたソロモンの杖はネフィリムの自爆によって消失し、パヴァリア光明結社が作り出したアルカ・ノイズを除いて、ノイズは根絶されたものと世間一般では認知されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれは、まるで真実とはかけ離れた空想でしかなかった。

 

 

 

 

 

 確かにソロモンの杖と、()()()()()()()()()()()()()はすべて消滅した。しかし、ノイズの真のルーツを知らずに、なぜ「根絶できた」と断言することができるのだろうか。

 

 そう、この棺の中で眠っている「モノ」こそ、ノイズを無限に生み出すことのできる、真の人類の災厄なのだ。「バビロニアの宝物庫」とは、他者からの干渉を不可能にし、この災厄の封印を永遠のものとするために異次元に作られた墓場なのだ。

 

 事実、バビロニアの宝物庫の外にいる人間が意図的にこの封印を解こうとした場合、その困難さに断念せざるを得ないだろう。なにしろ、空間内にいるノイズを呼び出すだけならまだしも、杖の所有者を含む外部の人間が宝物庫に入り込むためには、通常時よりも多くのエネルギー――主にフォニックゲイン――が必要となり、ただ起動しただけの状態では到底侵入することはできないのだ。

 さらに、例え宝物庫内に侵入できたとしても、空間内には数多のノイズが命令を与えられていないまま待機しており、ソロモンの杖といえども操ることができるのはほんの一部だろう。天敵の巣窟に入ってしまったが最期、杖からのコマンドに次ぐ「人類を殺せ」という最優先命令に従う残りの大多数のノイズによって、侵入者は炭と化す運命にあるのだ。

 

 これらの要因によって、ノイズの根源たる最凶の災厄は、未来永劫目覚めることなく、人類に直接牙をむくことがないまま、この果てしない異次元でただ()()存在し続けるはずだった。

 

 

 

 

 

 が、「彼女」にとっては幸運にも、しかし人類にとっては災難なことに、「奇跡」が起きてしまった。

 

 フロンティア事変の最終局面、XDモードに至ったシンフォギア装者たちによって宝物庫へのゲートを開くソロモンの杖の機能が発動され、フロンティアの全エネルギーを吸収したネフィリム・ノヴァごと装者たちはバビロニアの宝物庫内に侵入。その後、装者6人のエネルギーが束ねられ、膨大なエネルギーの塊と化した攻撃「Vitalization」がネフィリムに叩き込まれ、そのエネルギーを吸収したことで臨界に達したネフィリム・ノヴァは宝物庫内のノイズすべてを消滅させるほどの大爆発を起こし自壊した。

 

 さらに装者6人が脱出した後に、小日向未来がソロモンの杖を宝物庫に投げ入れたことで、杖もネフィリムの爆発に巻き込まれ跡形もなくなった。爆発の直前にゲートが閉じたため、空間の位相が異なる地球へのダメージはゼロ。それまで開いたままであったためにノイズの自然発生の原因となっていた通り道も閉じられ、まさに人類にとって万々歳な結果となったわけだ。

 

 だが、それはあくまで「表」の結果でしかない。誰も知るよしの無い「裏」の結果は、間違いなく人類に迫る危機の予兆を示していた。

 

 膨大なエネルギーを伴ったネフィリム・ノヴァの爆発。それはノイズのみならず、棺にかけられていた非常に強力な封印の術式、災厄を封じ込める鎖にすら影響を及ぼし、封印が解ける寸前にまで弱めてしまったのだ。

 これにより、永遠の眠りを与えられるはずだった棺の主は、いつ眠りから覚め、人類を滅ぼさんと行動を起こすか分からない状態になってしまった。

 皮肉なことに封印があまりにも強固なものだったため、ネフィリム・ノヴァの破壊的な爆発を受けても棺ごと消し飛ぶようなことは起こってくれなかったのだ。

 

 なにより問題なのは、ソロモンの杖が消滅してしまったことで、()()()()()()()()()()()災厄の封印もまた完全に消失してしまったことだった。

 

 本来、ソロモンの杖にある機能は、「空間に干渉し、位相の異なる世界とのつながりを作る」というもののみだった。しかし、「体」を宝物庫内に、「魂」を杖に分けて封印することで、ソロモンの杖は新たな能力(きのう)を得た。

 ノイズを操れるのは、聖遺物との融合により、ノイズを発生させ、命令を下す能力を持った棺の主であった。いわば「彼女」は、先史文明期における融合症例と言ってもいいかもしれない。しかし、杖に彼女の魂が封じ込められたことによって、彼女の魂と肉体を媒介にして杖とノイズの間にパスができ、杖によってノイズを操ることができるようになったわけだ。

 杖に操られていないにもかかわらずノイズが人類を抹殺しようとするのは、本来の主たる「彼女」の人類への激しい憎悪、滅ぼさんとする強い意志に起因したものだったのだ。

 

 もし棺の封印が解けたとしても、解放されるのは「魂」の抜けた肉の人形であり、意識を持たないまま宝物庫内で漂い続けるだけだっただろう。しかし、ソロモンの杖が壊れ「魂」が解放された今、「魂」は「体」に舞い戻り、棺の主は封印が完全に解けて人類を滅ぼせる日を今か今かと待っているのだ。

 

 それでも、それでもである。かなり弱まってしまったとはいえ、棺の封印はまだ生きていた。これ以上並大抵でないことが起きなければ、この災厄から人類は守られ続けるはずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが、「奇跡」は起こる。

 

 

 

 

 

 ピシッ……。

 

 誰も存在しない空間に、音が走る。その音は、「彼女」を抑える鎖が、今まさに砕け散らんとする音だった。

 災厄が眠る棺に掛けられた封印がついに限界を迎え、棺の亀裂は音を立てて広がっていく。

 

 

 

 ピシピシピシピシ、ピシッ。

 

 

 

 ――あるいは、それは衆愚たる「人間」への憎しみに「彼女」が同調したからなのか――

 

 

 

 『魔法少女事変』。その終盤にて、首謀者たる錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムと装者たちは死闘を繰り広げ、その影響ですさまじい量のエネルギーが発生した。

 その戦いの余波は位相が異なるはずのバビロニアの宝物庫にまで影響を及ぼし、ほんの一部とはいえ多量なエネルギーが流入してきた。

 

 

 

 ――あるいは、時を経ても変わらぬ「人間」の愚かしさが災厄を招く運命にあるのか――

 

 

 

 そのエネルギーを()()することによって棺の主は力を増し、もはや棺に施された封印が「彼女」を眠らせ続けることができない状況に陥ってしまったのだ。そして1か月の時を経て、災厄の根源は、「彼女」は鎖を食い破り、長き眠りから目覚めようとしているのだ。

 

 亀裂はついに棺全体にまで達し、その復活を祝福するかのように中から眩いほどの光が漏れ出し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうでなければ、地球(ほし)が、そして人類(ヒト)を救ってきたはずの「 」が望んでいることこそが、人類(ニンゲン)の滅亡だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリン。

 

 

 

 

 

 ◆ 

 

 

「?」

 

「? どうしたの、響?」

 

「んーん、なんでもない。気のせいだったみたい」

 

 

 ◇

 

 誰もいないはずの空間。ノイズすらも消え去ったはずの空間。今その空間には、少女がただ一人、宙に浮かんだ状態で自分の体の調子を確かめていた。

 少女の体は、数千年もの間封印されていたとは思えないほど滑らかに動いていた。手を開いたり閉じたりしても、痛みも違和感も全く感じない。

 

 違和感を感じるとすれば――少女の顔に浮かんだ、どこまでも歪な笑みにだろう。無論、本人にとってではなく、誰か見ている人間がいたらの話だが。

 しかしこの空間に人間がいようものなら、少女はたちまち憤怒をあらわにし、その身体からノイズを生み出し、文字通り消し炭にしてしまうだろう。

 少女が「人間」に抱く憎悪と殺意は、この世界から人が存在しなくなるまで無くなることはないだろう。

 

 自分の体になんの異常もないことを確認した少女は、

 

 

 

 

 

 笑った。

 

 

 

 

 

 笑った。嗤った。哂った。わらった。ワラッタ。

 大きな声で、誰にも邪魔されることなく、ただ一人、気のすむまで笑い続けた。

 それは、封印から目覚めたことによる喜びによるものなのか、それとも、志半ばで封じられてしまった自分に対する嘲りの気持ちからくるものなのか、彼女以外分からないだろう。

 

 ひとしきり笑い、笑い終えた彼女の表情は、さきほどの様子とは比べ物にならないほど恐ろしいものだった。特にその瞳には、ありったけの負の感情をくべられて激しく燃え盛る炎が宿っているようだった。

 

「…………」

 

 彼女は言葉を発しない。言葉とは、人が他の人とコミュニケーションをとり、繋がりあうための手段だ。

 故に言葉は使わない、例え一人だったとしても。もはや彼女にとって、自分が「人間」であることすら忌避すべきことだから。

 

 彼女は、ここを出ようと思い至った。普通の人間ではまず無理だ。しかし彼女は普通の範疇には収まらないし、少なくとも本人は自分を人間だとは認めたくない。

 ソロモンの杖に魂を封印されていた長き時の間で、魂がソロモンの杖に干渉され続けていたように、杖の「空間に干渉する」機能が魂にも影響し、目覚めた彼女は杖の力をいくらか受け継いでいたのだ。

 

 そして彼女は無言のままに、宝物庫を出る。その目に、人類を皆殺しにしてやろうとする意志を輝かせながら。

 

 

 ◆

 

 

 歌で繋がり合おうとするシンフォギア装者たち。

 錬金術で神の力を手に入れようと暗躍するパヴァリア光明結社。

 そしてノイズで全人類抹殺を企むこの謎の少女。

 

 はたして誰が勝ち、誰が負け、誰が生き残り、そして誰が息絶えるのか。それは神のみぞ……いや、神ですら知らない。

 一つ言えることがあるとすれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンフォギア装者たちが、「歌」の起源たる「彼女」に立ち向かうのは、まさに無謀ということだけだろう。




 いかがだったでしょうか。正直、全体的にシリアスな感じの小説を書くのは初めての試みだったので、ご気分を害する文章でなかったか心配です。
 なんとなくテンションが上がってしまったために執筆した出だしでしたが、正直これ以上書くことはできなさそうなので、続きはあまり期待なさらないでください。

 皆様からご好評の声が聞けましたら、もしかしたら続きを書くかもしれません。まあ、駄文ですし、他にもお待たせしている小説もある(かもしれない)んですけどねー(苦笑)
 まあ、ほとんど勢いで書いてしまったので、続きを書くとしたら、おそらく別の小説になることでしょう。今作の続きは、本当に期待しないでいただけると助かります。

 こんな駄文でしたが、読んでいただきありがとうございました。ご気分を害してしまった方がいましたら、申し訳ありません。できれば私が執筆している他の小説も読んでいただけると嬉しいです。


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戦姫と災厄の邂逅

 意外にも、高評価と続編を期待してくださるという感想を多くいただいたので、「今後投稿する可能性は低い」と申し上げてしまいましたが、続きを書かせていただきました。騙すような形になってしまったかもしれません。申し訳ございません。

 注意点については、この小説のあらすじと前回の前書きをご参照ください。それと今回は、主人公が平然と人殺しをしたりするのでご注意ください。また、装者たちの戦闘描写ですが、下手くそだと感じる方も多くなるものかもしれませんので、その点はご了承ください。語彙不足なのも目立ってくるころかもしれません……。

 それと、主人公と装者たちの直接的な戦闘は今回はありません。それは次回にとっておきたいと思います。それでは、どうぞ。

2019/06/25 中央寄せなどの処理をおこないました。


「おい! 君はなんて破廉恥な恰好をしてるんだ! 君に羞恥心と言うものはないのかね!?」

 

 少女が転移した場所は、多くの人々が行きかう街中であった。平日とはいえ、ちょうどお昼の時間帯であることから、かなりの数の人がその場所にいた。

 ぼろ布一枚しか纏っていない少女の恰好は、この時代、この場所に生きる人々にとっては非常に奇妙なものであった。ゆえに、訝しげに少女を見る、ヒステリックな様子で少女を糾弾する、にやつきながら携帯端末で少女を撮影する、あるいは警察に通報するなど、反応は人それぞれだが多くの人が少女に気を取られていた。

 

「聞いているのか!? こんな真昼間から、ほとんど裸じゃないか! 頭がおかしいのか!?」

 

 しかし少女にとっては、どれもこれも始末すべき有象無象でしかない。さっさと片付けるために行動を起こそうとし……

 

「――――!?」

 

 ある「反応」を感じ、驚きに硬直した。

 懐かしい「それ」を感知した少女は、急いで反応を感じた方向を向き、意識を集中させ、「反応」が本当に「それ」なのか確かめようと試みる。

 

 ごく自然に「感知」という言葉を使ったが、少なくとも少女は自分の知る限り「感知」という芸当ができたわけではない。しかし、「それ」を持つ「モノ」と長く過ごしているうちに、少女は自覚することなく「それ」を感知できるようになっていたのだ。

 その証拠に、今まで使ったこともなく、存在すらも知らなかった技能であるにも関わらず、少女は「それ」の感知を、まるで出来て当然と言わんばかりに使えていたのだ。

 

 そして「反応」が確かに「それ」であることを確信したとき、少女は涙した。

 その涙が、懐かしさによるものか、悔しさによるものか、はたまた喜びによるものなのか、少女自身にも分からなかった。

 そしてこの瞬間、少女の目的は「全人類の抹殺」から「『それ』の回収、及び返還」となった。少女にとって「それ」の奪還とは、人類を抹殺することよりも遥かに重要なことなのだ。

 

「泣いたからって許されるわけではないぞ! 全く、最近の若者は……とりあえず来い! 警察に突き出してやる!」

 

 最も……

 

「……な、なんだこれは……ど、どうして私の腕が黒く……あ、ああ……!」

 

 人間を殺すことをやめるつもりは、毛頭ないわけだが。

 

「あああああああ! か、体がどんどん黒く……炭になってる!?

 た、助けてくれ! 死にたくない! しにたくない! シニタクナ……イ……」

 

 そこから先の人々の様子は、誰もが予想できるものだった。

 少女の腕をつかんだ男が、手から腕、腕から体全体へと黒く染まっていき、炭となって消え去ったのを見た人間たちは、まず目の前で起こったことが現実のものだと思えず呆然とした。しかし頭がそのことを理解したとき、慌ただしくも平然とした様子だった街中は、阿鼻叫喚の地獄へと変わった。

 

 誰もが少女から出来るだけ離れようと躍起になり、他人を押しとばし、突き飛ばし、殴り飛ばし、転んだものを踏みつけてでも逃げようとした。

 その光景は、まさに3年前のツヴァイウィングのライブ会場の悲劇の焼き増しのようだった。当時、無関係であったにも関わらず、ライブの生還者を「人殺し」と非難し、迫害に加担した人間さえもその中にいたのは、まさに皮肉としか言いようがないだろう。

 

 しかし少女の眼中にもはや彼らの姿はない。反応がある場所まで一気に向かうために、少女は一度バビロニアの宝物庫へと姿を消した。

 少女の姿が無くなったことにも気づかず人間たちは騒ぎ続け、結局この事態が完全に収拾したのは1時間も後のことだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 S.O.N.G.にもこの事件のことは無論伝わり、被害者と思われる男性の体が炭化したことから、終息したはずの認定特異災害「ノイズ」が関係している可能性も考慮され、緊急事態宣言がなされた。

 もちろんのこと、ノイズへの対抗策として有効なシンフォギア、それを纏い戦う装者6人たちも招集された。とはいっても、エルフナインによるLiNKERの開発がいまだに遅れているため、戦えるのは3人のみなのだが、

 

 先日、空間を操るという機能に特化したアルカ・ノイズと戦った装者たちであったが、完全に根絶されたと思っていたオリジナルのノイズが再び現れたかもしれないという話には驚きを隠せなかった。

 

「そんな……ノイズがまた現れるなんて……」

 

 信じられない、という表情でつぶやいたのは立花響。かつてのガングニールの融合症例にして第三種適合者である。

 フロンティア事変の当事者として、ネフィリム・ノヴァの爆発がバビロニアの宝物庫内を焼き尽くしたことを知っている彼女としては、()()()()()ノイズがまだ存在しているとは想定できなかったのだ。

 

「まさかネフィリム・ノヴァの爆発にすら耐えていたとは……」

 

「……ギャラルホルンにより並行世界と繋がった影響ではないのかしら?」

 

 翼もまた驚きを隠せない一方、マリアが弦十郎に尋ねた。以前、ギャラルホルンが並行世界とこの世界とをつなげた際、()()()()()()()ノイズがこの世界に出現したことがあったのだ。

 その可能性を提示したマリアだが、表情は暗い。尋ねた本人自身も、エルフナインや自分たちの司令がそのことを考慮していないとは思っていないのだ。

 

「いえ……ギャラルホルンからは反応はありません。並行世界のバビロニアの宝物庫から来たノイズではないと考えられます……」

 

「……つまり、この世界のノイズが、再び我々の前に現れた、ということだな」

 

 エルフナインがマリアの質問に答え、弦十郎が結論を口にする。その言葉を聞いたS.O.N.G.の面々は、一様に暗い表情になる。

 

 ノイズと人類の戦いは、決して楽なものではなかった。

 ノイズによって、殺された人もいる。大切な人を奪われた人もいる。人生を狂わされた人もいる。

 

 無論、ノイズ――つまりは「彼女」――自身の意志によるものだけでなく、ソロモンの杖を使い、人間が同胞たる人間を殺すためにノイズが使われたこともある。

 フロンティア事変の最中、雪音クリスは炭と化した人々を見るたび、人殺しの道具たるソロモンの杖を起動させてしまった罪悪感に胸をしめつけられた。当時、武装組織「フィーネ」の一員として活動していたマリア、切歌、調の三人も、同じ一員であるはずのウェルによるノイズを使った虐殺を止めなかったことを自分たちの罪だと思っていた。

 

 しかし、様々な苦しみや悲しみを乗り越え、災厄にして人類の不和の象徴たるノイズを倒したことは、装者6人にとってはただの勝利では終わらず、もうノイズによって苦しむ人がいなくなるという喜ぶべきことであり、人類がバラルの呪詛を乗り越え分かり合う未来への第一歩のように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 だが、現実は非常だった。全滅したと思っていたノイズは、まだ存在している可能性があったのだ。自分たちの、人類の宿敵の再来に、装者たちの気分は落ち込むばかりである。

 

 ギリッ…という音を立てて歯を食いしばり、クリスが苛立ち紛れにエルフナインに尋ねる。

 

「そもそも! 『かもしれない』ってどういうことだ!

 ノイズが出たら出たってザッパリズッパリ言えばいいじゃねぇか!」

 

 響が「クリスちゃん、また新しい言葉を……」とつぶやくが、質問に答える友里を含め誰も気にしなかった。

 

「実は、炭化した被害者は確認されているのですが、ノイズの姿自体は確認されていないのです」

 

「それって……」

 

「どういうことデスか?」

 

 友里の言葉に、調と切歌が疑問を覚える。ノイズは人間と接触することで、自らと人間を炭化させる。姿が確認できないのなら、どうして炭化現象が起きるのか。

 

 友里の言葉を聞き、首を傾げ始める装者たちを見て、無理もないかと弦十郎は思った。なにしろ、現地の一般人の一人が携帯端末で撮影した映像を先に見た彼らにとっても、そこに映っていたのは、ノイズの再来以上に信じられないものだったからだ。

 

 そんなありえない、いや、ありえてはいけないものなのかもしれない光景を見せて、装者たちに悪影響があるかもしれないと不安に思ったが、それでも真実を伝えなければいけない。

 

「それなんだが……」

 

 装者たちに例の映像を見せようとした弦十郎だったが、まるで狙っていたかのように警報が鳴りだす。こんな時に、と恨みがましく思う弦十郎だったが、すぐに指令を下せるように信頼できるオペレーターに状況を確認する。

 

「藤尭! 何が起こった!?」

 

「都内の大泉博物館地下にある聖遺物保管施設から緊急通信です! こ、これは……!」

 

「どうした!?」

 

 大泉博物館からの緊急通信と聞き、表面上こそ冷静だが、弦十郎の心のうちは焦りに満ちていた。

 かつての特機部二や深淵の竜宮以外にも聖遺物保管施設は存在しており、大泉博物館はその一つをカモフラージュするためのものだ。博物館は骨董品を扱うため、聖遺物を運び入れるにはいい隠れ蓑なのだ。

 とはいえ、ある意味とても分かりやすいカモフラージュなため、あまり価値がないと判断された聖遺物しか保管されていないはずだ。

 しかし、腐っても聖遺物。自分たちが理解していない価値を持つ聖遺物を、パヴァリア光明結社が奪いに来たと弦十郎は予想した。

 

 だが、事態は斜め上の方向へと向かう。

 

「お、大泉博物館の内部及び付近にノイズが大量発生! さらに何者かが侵入しているとの連絡です!」

 

「ノイズだとぉ!?」

 

 その報告を聞き顔色を変えたのは弦十郎だけでなく、装者たちもだ。彼女たちは藤尭に詰め寄り、詳細を聞き出そうとする。

 

「藤尭さん! 本当にノイズなのですか!?」

 

「ノイズっつっても、頭に『アルカ』がつかねぇ方だぞ!?」

 

「デスデスデース!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! この反応は確かにアルカ・ノイズじゃない! オリジナルの方だ!」

 

「師匠!」

 

 現れたのが、ついにその姿を再び見せてきた宿敵の方だとわかるや否や、響、翼、クリスの3人の装者たちの目は弦十郎の方を向く。今すぐ行かせてほしい、そう訴えてくる目だ。

 弦十郎はその目を見て、突然の警報に一時忘れさられた不安が再び胸にこみあげてくるのを感じた。ノイズが出現したということは、「あの少女」も出現した可能性が極めて高い。あまりに一瞬のことなので、見間違いかもしれない。しかし、もし自分の見たものが正しければ……

 

「……分かった。響くん、翼、クリスくんはヘリに乗って現場に急行! 現場につき次第、人命救助及びノイズの殲滅をおこなってくれ!」

 

「はい!」

 

「了解しました」

 

「おう!」

 

 だが、事態は一刻を争う状況なのだ。それに、幾度となく困難を乗り越えてきた彼女たちなら、ショックを受けたとしても必ず戻ってきてくれるだろうと、弦十郎は信頼していた。

 

 響、翼、クリスは、ヘリに向かうためにブリーフィングルームを退出していった。例え自分たちの前に再び現れようが、これ以上犠牲者を増やさせないという固い決意を持ち、三人は宿敵の待つ戦場へと駆け出していった。

 

(まだ無関係な人を殺そうってんなら、容赦はしねぇ!)

 

(地獄の底から戻ってきたならば、再び斬り伏せるのみ!)

 

(例え何度襲いかかろうとも、私はこの拳で何度でも戦ってみせる!)

 

 彼女たちはまだ知らない。ノイズとは何なのか。なぜノイズは命令されなくとも人間を殺すのか。そしてなによりも、彼女たちの「人を守ろう」とする決意(オモイ)よりも、はるかに強い呪怨(オモイ)を持つモノが敵だということに。

 

「……こんな時でも、私たちは戦うことすらできない……!」

 

「うがー! もどかしいデスー! 悔しいのデスー!」

 

 戦えないために残された調と切歌は、自分たちの無力にやるせない思いを抱いていた。マリアも同じ思いだが、この状況でも少しでも出来ることをなそうと、ドタバタで行方不明になっていた疑問について、改めて弦十郎に問いかける。

 

「結局ノイズが再び現れたことは分かったわけだけど、私たちにはほかにできることがない以上、話の続きを聞かせてもらうわ。

 どうしてノイズの姿が確認されていないのに、炭化現象なんて起きたのか……詳しく聞かせてちょうだい」

 

「……分かった。なら、まずはこの映像を見てほしい」

 

 弦十郎がそう言うと、スクリーンに当時撮影されたビデオが再生される。そこに映っていたのは、三人の想像をはるかに上回る、ありえないはずの光景だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」

 

 大泉博物館の地下、聖遺物管理センターへの道の途中、そこで少女は黒服の男数人に銃を向けられていた。

 少女の傍には何体もの「しもべ」が控えており、少女はこの男たちをすぐさま始末することができる。

 

 男たちは少女に進むなと警告するが、そもそも少女は彼らの言葉を知らないし、仮に知っていたとしても人間を抹殺対象としてみている彼女は聞く耳を持たないだろう。

 少女は男たちの警告に構わず、目的のものがある場所へと進んでいく。

 

「撃てぇー!!」

 

 男の一人の叫び声とともに、何発もの弾丸が少女の命を奪おうと襲いかかってくる。

 それとほぼ同時、少女は「しもべ」に男たちを始末するよう命じ、しもべたちもまた弾丸のように男たちの命を奪いにかかる。

 

 弾丸が少女に迫ってきたが、彼女は「しもべ」の一体に盾になるようあらかじめ命令しておくことで、弾丸をすべて受け止めさせていた。本来なら攻撃されれば通り抜けてしまうはずなのだが、彼女の命令であれば位相をずらさせずに受け止めるようにすることも可能なのだ。

 

 一方、「しもべ」に襲われた哀れな男たちは、断末魔の悲鳴を上げながら黒く染まり、そして崩れ去っていく。

 命を散らしていく彼らの姿を、まるで道の邪魔でしかないと言わんばかりの目で彼女は見ていた。

 そんな残酷な光景が、ここ数十分のあいだで何度も繰り広げられていた。

 

 人間が立ちふさがるなら始末する。見たことのない扉があるなら、魂に刻まれた「杖」の力を応用し、向こう側に転移する。そんな感じで、彼女はどんどん進んでいった。

 外から人間が多数やってくるかもしれないが、そこには大量の「しもべ」を置いてきた。少なくとも目的のものを手に入れるまでの時間稼ぎになるだろうと考えている。

 

 そうして彼女は、炭素が宙を舞うこの空間を歩いていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 響たちが現場の上空に着いた時、大量のノイズたちが博物館の周りを取り囲んでいた。近くに人間はいないためか、今はただその場で突っ立ってるだけだ。しかし、このまま放っておいたら大惨事になるかもしれない。

 なにより、今この博物館には侵入者がいると聞いている。その侵入者がこのノイズたちを操っているなら、すぐにでもこのノイズたちをすべて倒し、その人物を止めなければならない。

 

 三人はヘリから飛び降りた。普通の人間なら大けがどころか死亡間違いなしだが、彼女たちはシンフォギア装者だ。落下している間に、三人はシンフォギアを起動させるパスワード――聖詠――を唱える。

 

 ――Balwisyall Nescell gungnir tron……

 

 ――そして三人は、シンフォギアを身にまとう戦士となる。

 

 

♫「激唱インフィニティ」♫

 

 

 三人が地面へと降り立った時、立花響は黄色と白を基調とした「ガングニール」、風鳴翼は青と白を基調とした「天羽々斬」、雪音クリスは赤と白を基調とした「イチイバル」と、それぞれのシンフォギアをその身にまとっていた。

 ノイズが三人の存在に気づいた時、既に彼女たちはノイズに攻撃を加えるべく駆け出していた。

 

 そこから先は、まさに彼女たちの独壇場であった。

 翼が剣で切り裂き、クリスが弾丸で撃ち抜き、響が拳で殴り飛ばす。位相差障壁により通常の兵器では歯が立たないノイズは、それだけで炭と成り果て消失する。

 

「解剖器官っていうやつがないから分かってたが、やっぱりコイツら……!」

 

「ああ! やはりバビロニアの宝物庫由来のノイズのようだ!」

 

 「BILLION MAIDEN」や「千の落涙」で迫りくるノイズを掃討しながら、炭と化すノイズを見て、クリスと翼は自分たちが戦っているノイズが、彼女たちがよく知るノイズであることを確信する。

 解剖器官という部位が主な攻撃手段となるアルカ・ノイズと違い、通常のノイズは触れるだけで相手に死をもたらす。それゆえに、威力よりもスピードを重視した攻撃を繰り出すことが多い。装者たちはバリアコーティングで炭化を防いでいるが、それでも素早いスピードでの突撃は高い威力を伴っており、無視することはできない。

 

 さらに、ノイズにも様々なタイプが存在するのも厄介な点である。ちょうどブドウのような姿のノイズが、その丸い部位を切り離して響に攻撃してきた。

 

「っ! よけろバカ!」

 

「!」

 

 クリスの声を聞き、響はブドウ型からの脅威に気づく。瞬間、切り離された部位が爆発する。響は直前にその場から跳ぶことで、ギリギリで回避できた。

 その後ブドウ型は、クリスの銃弾によって消し炭へと変えられた。

 

「ありがとう、クリスちゃん! おかげで助かったよぉ~」

 

「このバカ! 自分の周りにぐらい注意を払っとけ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「しかし、立花の気持ちも分からなくはない。ハァッ! やはりアルカ・ノイズとは勝手が違う!」

 

 響とクリスが気の抜けた会話をする中、翼は「逆羅刹」で周りのノイズを切り裂きながらも、やりにくさを感じていた。つい最近まで戦っていたアルカ・ノイズと攻撃パターンが若干異なり、アルカ・ノイズとの戦いに慣れていた三人には少しやりづらい戦闘となっているのだ。

 

 ――いや、何かが違う。もっと別の理由があるように思える……。

 

 そう解釈しながらも、翼はどこか違和感を覚えていた。確かにアルカ・ノイズとは少し戦い方が異なるが、それだけでは説明のつかないなにかがあるように思えるのだ。

 

 ――いや、考えるのはよそう。今はノイズを倒すことのみ考えろ!

 

 しかし、風鳴翼は防人である。自分一人の疑問よりも、人命を脅かす(ノイズ)の早急な排除の方が重要だと割り切り、さらに追撃を加えようと奥にいるノイズの群れに向かって走り出す。

 

「遅れるな! 立花! 雪音!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

 そして、翼は「天ノ逆鱗」で、クリスは「MEGA DETH PARTY」で、響はバーニアの推力を生かし、右腕をドリルのように変形させて突撃することで、数えきれないほどのノイズを一気に消滅させた。

 

 これで、博物館の外にいたノイズはすべて消し去られた。だが……。

 

「くそっ、まだ奥からうじゃうじゃ来やがる!」

 

 なんと博物館の中からも、どんどんノイズが出てきた。外に出ていたノイズよりは少ないが、それでもかなりの数だ。

 

「……でも、これくらいどうってことないですよね!」

 

 それを見てもなお、立花響は不敵に笑ってみせる。これ以上に絶望的な状況など山ほど経験してきたのもあるが、それ以上に彼女の心を支えるのは、「分かり合いたい、繋がり合いたい」という想い。

 これらのノイズを操り、人命を脅かす人間は間違いなく「悪」と呼ばれるような人物だろう。しかし、どんな人間であろうとも、戦いではなく、言葉を交わし、分かり合うことで平和をつかみ取りたい。立花響のアームドギアは、まさに彼女の思いを体現したものだった。

 

 疲労が見え始めていた二人の表情も、響の言葉につられて少しゆるむ。

 

「確かに、これくらいは物の数ではないな」

 

「違いねぇ。まあ、さっきまで危なかった奴のセリフじゃねぇけどな」

 

「あ、あはは~……面目ない……」

 

 戦場だというのは、三人の様子はまるで日常の風景を見ているようだった。しかし、次の瞬間には顔を引き締め、新たなノイズの群れへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 人類の敵たるノイズと、「歌」の力で戦ってきた少女たちはまだ知らない。人間だという時点で、災厄の根源たる少女(ノイズ)と分かり合うことなどできないということを。そして、その力で彼女と戦うということの意味を。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 少女の心は、喜びに満ちていた。

 

 彼女の手にあるのは、小さな球体のような聖遺物である。ここでこれを研究していた人間たちにとっては、名前も由来も機能も解明されておらず、何の役に立つか分からないような代物である。

 しかし、聖遺物の機能や用途など、少女にとっては何の興味もなかった。肝心なのは、この中に確かに存在している「それ」なのだ。

 

 取り戻すことができた。それこそが、少女に心に歓喜をもたらしているのである。

 

 無論、「それ」を取り戻しても、奪われた悲しみや怒り、激しい憎悪が消えたわけではない。しかしそれでも、例え「それ」があまりにも変わり果て、もはや残滓としか呼べないものになっていても、取り戻せたことに感涙するほかない。

 

 ひとしきり声をあげて泣き、歓喜の涙を流した後で、彼女は聖遺物をバビロニアの宝物庫内にしまった。かつて彼女の墓場とされた場所は、いまや彼女専用の金庫、あるいは移動手段となっていた。

 

 

 

 ――しかし、まだ、である。

 

 

 

 彼女が感じた「それ」の反応は、まだ複数存在している。「それ」らすべてを回収し、あるべき地へと返還することが自分の最優先すべき使命であると、少女は確信していた。

 そして次の反応を感じた場所まで「杖」の力で移動しようとしたとき、彼女はようやく上で起こっている異変に気付いた。

 

 

 

 ――「しもべ」の数が、明らかに減っている。

 

 これは彼女にとって、ゆゆしき事態であった。今までは「しもべ」に対して有効打を持つ人間がいないことを前提として行動していたが、「しもべ」を打ち倒す人間がいる以上、彼女の計画の障害になりうる可能性が十分にあると考えたからだ。

 

 ――現に、志半ばで彼女が封印されたのも、「聖遺物」という超常の力を持つ人間に大した警戒をしていなかったせいだ。

 

 ゆえに彼女は、「しもべ」への有効打を持つ邪魔者はここで始末してしまおうと考えた。無論、油断を突かれないように全力で、だ。

 

 そして彼女は、「杖」の力で転移した。因縁浅からぬ「戦姫」たちのもとへ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……これで全部か」

 

「たく、手間かけさせてくれたもんだ」

 

「でもこれで、ようやく先へ進めますね」

 

 戦闘開始から十分ほど経過し、装者たちは襲いかかってきたノイズすべてを倒し終わった。昨日のようにイグナイトを使ったわけではないが、それでもここまで大量のノイズを相手にしたのは魔法少女事変の時以来かもしれない。

 一息つく装者たちに、司令部から通信が入ってきた。

 

『三人とも、ご苦労だった』

 

「師匠!」

 

「おっさん!」

 

「すみません、風鳴司令。予想外にも足止めに時間をかけてしまい……」

 

『いや、大丈夫だ。博物館地下の管理センターの特別避難通路から、研究者や博物館を訪れていた一般人が無事博物館の外へ避難してきたのは確認済みだ。

 それに、レーダーによると地下の聖遺物の反応はすべて無事だ。お前たちが謝る必要はない』

 

 少なくとも、一般人のあいだでは人死に出ていないということに、装者たちは少なからず安堵した。付け加えるなら、予想以上にノイズの数が多く、倒しきるのに時間がかかってしまったことに不安を覚えていたため、聖遺物がいまだ盗まれていないという言葉は装者たちの心に余裕を持たせてくれた。

 

 弦十郎からの通信に、翼が答えた。

 

「了解しました。それでは、私たちは地下の保管庫へ向かい、聖遺物の奪還を阻止します」

 

『うむ、たのん……何ぃ!』

 

「……司令? 司令! なにかあったのですか!?」

 

 弦十郎の言葉に驚きが混じったのを聞き、翼は動揺を隠すことができなかった。響やクリスも、状況が一変したような雰囲気に困惑する。

 

『……レーダーから、聖遺物の反応が一つ消えた』

 

「!? そ、それでは……」

 

『ああ……侵入者に強奪されてしまったようだ』

 

 弦十郎から告げられた事実を装者たちが聞いた時、クリスは表情は悔しげに歪ませ、翼は沈痛な面持ちとなり、響は落ち込んだ表情を浮かべた。

 三者三様に任務の失敗に気を取られる装者たちであったが、弦十郎の続けられた言葉を聞き、意識が引き戻された。

 

『だが、おかしい……。エルフナインくんの協力により、研究所全体はテレポートジェムによる転移は防止される構造へと作り替えられていたはずだ……。

 なぜ一瞬にして反応が消失したのか分からん……。まさか、彼女は錬金術師では――』

 

『司令! 装者三名の付近に生体反応が突如出現!』

 

『なに!?』

 

 弦十郎の言葉を遮り聞こえてきた藤尭からの悲鳴じみた報告に、装者たちは心臓をつかまれたような気持になった。

 藤尭の報告に弦十郎が反応した声が聞こえるか否かのタイミングで意識を戦闘時に切り替え、即座に攻撃に反応できるように戦闘態勢へと移る。

 そして敵を探そうと目を博物館の入り口に向けた時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が、あった。

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、衣服とは言えないほどの粗末な布を身にまとう、異様な少女だった。

 布に覆われていないために衆目にさらされる肌は、泥やほこり、それに垢などで薄汚れているが、それでもなお彫刻を思わせるほどの美しい白を保っている。

 歳は17、18といったところだろうか。腰まで届く髪の色は明るい茶髪でウェーブがかかっており、瞳は黄金色に輝いている。その容姿と顔にどこかの誰かを思い出しそうだったが、雰囲気がまるで違うので二人には結局それが誰なのか思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 が、そんなことは二人にとってどうでもよかった。

 

 少女の瞳を見てしまった彼女たちは、その瞬間に少女の中にある激情を悟ってしまっていた。

 人間を殺したい。消し去りたい。葬り去りたい。駆逐したい。滅ぼしたい。そんな人間に対するドス黒い負の感情が、少女の中で渦巻いていることを目を見ただけで察した。

 

 ――倒さなければならない。

 

 クリスと翼は、彼女の目を見て、すぐさま戦うことで止めることを決意した。

 今までの敵もそうだが、この敵だけは野放しにするわけにはいかない。自分たちの力でもってして彼女に勝利しなければ、人類が絶滅するかもしれない。いや、止められなければ、間違いなく人類は目の前の少女によって滅ぼされるだろう。彼女たちはそう確信した。

 

 二人は横目で相手を見合い、頷き合うことで、互いの目的が一致したことを理解した。そして響にも少女に注意するよう翼が伝えようとしたとき……

 

「あの、だいじょう……ぶ?」

 

「なっ……!?」

 

「あのバカ……!」

 

 なんと響は、戦闘態勢どころか警戒心すら解いた状態で、少女に話しかけていた。

 よく見れば目どころか全身から敵意満々な少女に、まるで幼子に話しかけるように向かっていった響に対し、クリスは響の場当たり的な行動に怒りを感じた。

 

 ――あの底なし沼の底も突き抜けるトンデモバカが……!

 

 一方、話しかける響に何の反応も返さず、少女は無言のままだった。

 そんな様子の少女に戸惑う響だったが、――いや、実は彼女の姿を視界に入れてからずっと戸惑いっぱなしなのだが――なんとか会話をしようと次の言葉を探す。

 

「えーっと――」

 

『響くん彼女から離れろぉ!』 

 

「え――」

 

 

 

 

 

 瞬間、響が吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 何の前触れもなく吹き飛んだ響を目にし、一瞬頭の中が白く染まる二人だったが、すぐに我を取り戻し、翼が響を受け止め、クリスが下手人たる少女に弾丸を撃ちだす。

 少女は右腕から突如出現した「それ」で、自らの命を脅かすはずだった弾丸を受け止めて防御する。

 

 「それ」が響への攻撃の正体だと察した二人だったが、「それ」をはっきりと視界にとらえた時、驚きのあまり息をのんだ。痛みに耐えながらも、翼の腕の中で目を開けた響も、自分の目の前で起こっていることが信じられなかった。

 少女の右腕から伸びている物体、「それ」は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ノイズ』……!?」

 

 

 

 

 

 そう、腕に合わせて形は若干変わっているが、その正体は「ノイズ」であった。

 人体に触れれば、接触している人間もろともすぐに炭化し、その命を奪うノイズ。そのノイズが、少女の右腕から、まるで染み出すようにして発生しているのだ。

 

 そんな光景、今までノイズというものがどれだけ人類にとって脅威なのか知っている三人からすれば到底信じられるわけがなかった。

 が、クリスと翼は、先ほど少女の目の中に見たものを思い出し、どこか納得がいったように感じた。人間に強い負の感情を持つ少女と、人間を殺すノイズ。動機と手段、そして目的がカチリとあてはまっている。

 

 しかし響は、いまだに目の前の光景から立ち直れない。信じたくないという目で、ノイズを腕にまとわせ、こちらを冷たい目で見てくる少女を見ることしかできない。

 そんな響をなんとか戦えるようにしようと、翼とクリスが発破をかけようとした時

 

 

 

(死ね)

 

 

 

 少女の体から数十体ものノイズが飛び出し、三人の命を奪わんと襲いかかってきた。




 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。突っ込みどころが色々多いと思いますが、そこはなにぶんご容赦ください。感想欄に、内容についてのご指摘があれば、ご質問に答える、または場合によっては修正するなどしていきたいと思います。
 ちなみに最初の事件での死亡者が一人と、主人公の負の感情に対して被害者が少なすぎるのは、彼女が「それ」に夢中になりすぎていたため、ノイズを出すことも忘れて退散したからです。そこまで彼女にとって重要な「それ」の正体については、長く連載するようでしたらそのうち出てくると思います。
 あと、前回「歌の起源」とか言っちゃいましたが、彼女の歌が聞けるのは最後らへんになったころの予定でした。ほとんどノイズで戦うものと思っちゃってください。でも歌に関係する技能なら次回お見せする予定です。

 時系列的には、3話と4話の間、つまりラピス・フィロソフィカスのファウストローブ及び局長の全裸お披露目前になります。戦闘描写はほぼ初めてでしたが、自分ではなんとかなった方だと思っています。まあ、主観的な話ですが(笑)
 主人公の容姿は文中で描写していますが……まあ……ご想像にお任せします(笑)だってこんなのしか思いつかなかったんですもの(´;ω;`)

 次回はビッキーたちと主人公の初バトルです。一応今回は早めに投稿できましたが、次回はいつになるか分かりません。投稿が忘れてしまうくらい遅くなってしまっても、どうかお許しください。

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。最後は、AXZにならって書いてみたけど、中二病どころかアホ丸出しの次回予告で締めたいと思います。

 この小説を楽しんでもらえたなら幸いです。できればこれからも、この小説をよろしくお願いします。



 破滅を願う雑音は、歌女たちへと死の手を伸ばす。

 剣と銃は、人類を守るためにと災厄に向けられる。

 しかし拳は握られない。災厄の中にかいま見た「ヒト」と繋ぐための手だからこそ。

――EPISODE 03「奪われた歌」――

 シンフォニーを壊す雑音が、戦姫たちの希望を奪う。

 襲いかかる逆境に反逆する言葉は、未だここにあらず。


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奪われた歌(1)

 今回は、設定のガバガバさや不自然さが目立ってしまうと思いますが、ご容赦ください。他の注意事項についてはタグをご参照ください。
 
 それでは、始まります。


 どうしてだか、その娘の目を見た瞬間、手を伸ばさないといけないと思っていた。

 

 その目は明らかに私たちを拒絶していたのに、なんでだろうと自分でも思った。ああ、この娘とは分かり合えそうにないな、と私らしくないことを考えちゃった私が確かにいた。

 

 ただ、あの娘と分かり合うことをやめてしまったら、あの娘の中の「なにか」が壊れてしまうような気がした。

 それは、今の自分を支えている「なにか」も一緒に壊れちゃいそうだったから、手を伸ばそうとしたのかもしれない。

 

 だからこそ、そんなあの娘がノイズを腕にまとっていた時は、信じたくない気持ちでいっぱいだった。

 私の心が悲鳴を上げているように、あの娘の中の「なにか」も泣いているんじゃないかと思った。

 でも、私の中の「ナニカ」は、「ああ、やっぱり」とどこか納得しているみたいだった。

 

 そんなあの娘からたくさんのノイズが飛び出してきて、私や翼さん、それにクリスちゃんに襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんデスか、アレは……」

 

 現在、S.O.N.G.の本部である潜水艦の司令室にて待機中の切歌、調、マリアの三人は、大泉博物館の防犯カメラから中継されている戦闘を映し出しているスクリーンから目を離すことができなかった。

 その光景の異常性に、切歌は思わず声を漏らす。その声には、少なからず恐怖が含まれているようだった。他の二人も同じような気持ちだろう。三人以外の面々も、切歌と同様に画面に映っている少女が人間とは思えなかった。

 

 先ほどノイズを腕にまとってみせた少女は、さらに恐るべきことにその体全体からノイズを、まるで絵の具をチューブから一気に押しだすかのように発生させて、装者三人に襲わせているのだ。しかも、1秒間に何十体ものノイズを生み出し続けているという、まさに悪夢とでもいうべき光景だ。

 彼女は無限にノイズを作り出せると言われても、自分はそれを信じてしまうだろうとマリアはどこか他人事のように思った。

 

 装者三人も健闘してはいるが、一体倒したら十体、十体倒したら百体のノイズが新たに現れる勢いで増えていっているため、どうしても防戦一方になってしまう。何度か遠距離攻撃ができるクリスが少女を狙うも、すべて右腕のノイズか傍にいるノイズに防がれてしまう。

 LiNKERが無ければ戦えない自分たちと違う、まさに選ばれた、その上絶え間ない努力もしている憧れの先輩たち――正直、嫉妬すらしているほどだ――が、ノイズ相手に今まで見たこともないほど苦戦している姿に、切歌と調は敗北という名の不安を感じ、それと同時に強いショックを受けていた。

 

 ――いや、違う。ショックを受けていたのは彼女の存在にだ。

 

 正直、ここまで追い詰められたことは、今までだって何度もあったはずだ。彼女たちにも、そして自分たちにも。それでも、そのたびに何とか切り抜けてきた。だから、負けてしまうかもしれないという不安はあるが、それ以上に、今までの結果に基づく信頼がある。「きっと彼女たちは勝ってくれる」という信頼が。

 

 だが、それ以上に相対している少女のインパクトが強過ぎた。人類の敵であるはずのノイズを体から生み出すという、あまりにも常識はずれで理解できない存在であるがゆえに、彼女への強すぎる恐怖が三人への信頼を塗りつぶしてしまうのだ。

 先ほどビデオを見せてもらった時も彼女が人を炭化させる瞬間を見て戦慄したのだが、こんなものを見せられては彼女が本当に人間かどうかも疑ってしまう。

 

「……分からん。分かっていることと言えば、彼女は突然現れることも消えることもでき、さらにノイズをその身から生み出すことができるということだけだ」

 

 弦十郎が、厳しい表情でそう答える。事実、彼女の存在が確認されてから時間は経っていないとはいえ、知っていることは少なく、それでいて驚愕する内容ばかりだ。

 ビデオで見たように一瞬で姿を消し、先ほどのように瞬く間に出現し、そして今起こっているように、人体を炭化させるはずのノイズを体から無尽蔵に吐き出し続けている。

 

 あれは人の形をしたバケモノではないかと、誰もがそう思うだろう。司令室にいる誰もが、その異常な光景に沈黙してしまう間にも、装者たち(ヒト)ノイズ(バケモノ)の戦いは続いていく。

 

 

 

 

 

 ◇ 

 

 いま自分が「しもべ」――ノイズと呼ばれているもの――に襲わせている人間の一人である赤い女から受けた攻撃を警戒し、少女は新たなノイズを作り出して対応することにした。

 少女は少し意識を集中させ、毎秒数十匹生み出しているノイズのうち数匹を、自分の望む形になるようにした。

 そうして生み出された、通常よりも大きめの鳥型ノイズの背に乗ることで少女は機動力を得た。こころなしか、赤い女が舌打ちする音が聞こえてきたようだ。さらに、護衛のために何体か普通のサイズのフライトノイズも召喚しておく。

 

 この一連の動作の間、少女の体からは絶え間なく大量のノイズが出現しているということに装者たちは何度目かの戦慄を感じた。

 

 少女としては、この三人をほぼ一方的に追い詰めているにも関わらず、この状況に苛立っていた。

 最初から全力でノイズを生み出し続けているというのに、いくらけしかけても倒し続け、しかも一向に疲れているような素振りも見せないのだ。

 数の暴力でいけば、ノイズの波にのまれるか疲労で戦えなくなるかで、さっさと始末できるだろうと考えていた少女にとって予想外の展開で合った。

 

 ギリッ……という音が少女の耳に響いた。それは、少女が自分の歯を食いしばる音だった。

 忌々しい人間相手に、ここまで手こずっている自分にはらわたが煮えくり返りそうな気持だった。

 

 ――だが、同時に分かったこともある。

 

 あの三人の口から発せられる「音」、それが胸元にある赤い結晶と共振し、エネルギーを増幅させている。それこそが、既に千を越えようかというほど彼女の「しもべ」を炭に変えても、なお有り余るスタミナのカラクリだと少女は看破した。

 

(……それならコッチにも考えがある)

 

 少女は、自分の妨げとなる装者たちを確実に葬り去るため、彼女たちの力の源を奪うことにした。

 今の彼女には知るよしもないが、その策は装者たちをさらなる絶望へと突き落とすのだった。

 

 

 ◆

 

 

 少女が、さらに自分たちを追い詰めるために新たな行動を起こそうとしていることにも気づかず、装者たちは目に前に迫りくるノイズを、倒し、倒し、倒し続けていた。しかし、それ以上にノイズが生み出されるスピードが速く、むしろ倒すほどにノイズの数が増すばかりであった。

 

 今までノイズ相手に苦戦したことがないとは言えない。しかし彼女たちは、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧やデュランダル、自分たちと同じシンフォギアにネフィルム、錬金術師とオートスコアラーなど、ノイズ以上の強敵と戦い、そして勝利を収めてきた。だからこそ、心の片隅で「もはやノイズは敵ではない」という考えを自覚することなく持っていた。

 だが、その考えはこの戦いの中で覆された。彼女たちが相手取っていたのは、いわば本体から切り離された端末であり、その()()と対峙することがなかったからこそ、そんな考えを持てていたのだ。

 その身に蓄積された莫大な量の()()()()()()()()を用いて、ノイズをとんでもないスピードで、しかもほぼ無限に生産する彼女の存在こそ、今まで誰も知ることのなかったノイズの真の恐ろしさなのだ。

 

 その恐るべき存在である少女が鳥型ノイズに乗ったことでさらなる機動力を得たことで、さきほど放った自分の攻撃もやすやす避けられてしまったことにクリスは舌打ちする。その間にも、少女の体からは無数のノイズが生み出されていく。

 

(これじゃジリ貧じゃねぇかよ……!)

 

 現状に焦りを覚えているのはクリスだけではなく、翼や響もだ。

 シンフォギアがもたらす身体機能上昇の特性により、通常時とは比べ物にならないスタミナが装者たちにもたらされ、さらにそれは歌によってますます増大している。ゆえに響たちは、数えるのも億劫なほどのノイズを倒していても、なお体を動かし、戦い続けることができている。

 だが、終わることのない敵との長時間にわたる戦いは、戦姫たちの体に少しずつ疲労を蓄積させていっていた。今はまだ余裕がある方だが、それもいつまで続くか分からない。

 

 いつまで続くか分からない戦いに心と体が疲れ始めた装者たちを、元凶たる少女は冷たい目で見ていた。

 

「……っ、このぉぉ!」

 

 その目を見て、現状を何とか打破しようと弾丸を撃ちこむクリスだったが、またしても周りにいるノイズに防がれてしまう。そしてその隙を狙っていたかのように、死角から彼女へと十数体のノイズが体当たりを仕掛ける。

 

「しまっ――」

 

 自分に迫りくるノイズの存在に気づくクリスだったが、防御も回避もする間もなくノイズが急接近し、

 

 

ズパッ!

 

 

 青き剣に斬られ、炭となって霧消していった。

 

「す、すまねぇ……」

 

「気を抜くな、雪音。……とは言っても、気持ちは分からなくもない」

 

 間一髪でクリスの危機を救った翼だったが、その表情は芳しくはない。彼女もまた、追い込まれていることを自覚し、焦りに心を支配されつつある一人なのだから。

 そこに周りにいるノイズを吹き飛ばしながら跳躍してきた響も加わり、三人は背中合わせになって周りからの奇襲に備える。

 

 もはや見渡す限りに隙間なくノイズがおり、博物館もノイズに覆われて見えないほど大量のノイズが三人の隙をうかがっていた。この四面楚歌の状況に装者たちの誰もが打開策を求めていた。

 

「倒しても倒しても切りがねぇ。それどころは、アイツはどんどん増やしてやがる」

 

「生半可な攻撃では増殖に追いつけないのなら、それ以上の破壊力で殲滅し、発生源を何とかする必要がある。今我々ができることは……」

 

「抜剣、ですよね」

 

 響の言葉に、翼とクリスがうなづく。確かに、シンフォギアに組み込まれたダインスレイヴの欠片により破壊衝動を引き出し、それを理性で抑え込むことで戦闘能力を大きく向上させるイグナイトモジュールならば、増殖を上回るスピードでノイズを殲滅し、発生源となっている少女の喉笛に噛みつくことができるかもしれない。

 

「これ以上ノイズが増えちまったら、増え過ぎた分が狙いをアタシたちから一般人に変えるかもしれねぇ」

 

「それだけは阻止しなければならない。覚悟はいいな! 立花! 雪音!」

 

「はい!」

 

「当たり前だ!」

 

 イグナイトモジュールを起動させるため、三人はマイクユニットを取り外そうと胸元に手を伸ばすが、それは許さないと言わんばかりに周りのノイズが攻撃を仕掛けてくる。

 なんとか攻撃を躱し、反撃しながらも、イグナイトモジュールを起動させる時間を作るために再び歌い始めた瞬間に、それは聞こえてきた。

 

 

 

 ――a~~~~~~~♪

 

 

 

 それは、とても澄んだ声であった。いや、それは声というよりも、コトバのないウタと表現した方がいいだろう。知る人がこの場にいれば、その歌い方は、母音唱法、あるいはヴォカリーズと呼ばれるものだと気づくだろう。

 その自らの喉を楽器として奏でられたコトバのないウタは、この場にはとても似合わないほど美しい旋律であった。

 

 その旋律を耳にした装者たちは、ここが戦場であることも忘れ美しい音色に聞きほれてしまったが、すぐに異変に気付く。

 

 

 

 

 

 自分たちの歌が、その旋律(ノイズ)にかき消されてしまっていることに。

 

 

 

 

 

「歌が……消えてる……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……各装者のフォニックゲイン、減少!? 初期値へと戻っていきます!」

 

「信じられない……どうしてこんなことが……!?」

 

 S.O.N.G.の司令室でも、その異変は確認されていた。さきほどまで歌によって高まっていた装者三人の、シンフォギアの力の源たるフォニックゲインが、いきなり低下し始めたのだ。

 理由は火を見るよりも明らかだ。少女がヴォカリーズで歌い始めた途端、戦姫たちのフォニックゲインが、歌がかき消されたのだ。戦姫たちは失ったフォニックゲインを再び高めるために、もう一度歌おうとするが、少女のヴォカリーズによってフォニックゲインはかき消えていく。三人の装者たちが今までにない事態に動揺を隠せないことが、画面越しでも伝わってきた。

 

 それは司令室にいる面々も同様であった。今までにもシンフォギアの力が通用しなかったことはあるが、それはあくまで単純な彼我の力の差によるものであった。そんな力の差を覆し、彼女たちに勝利をもたらしてくれたのはいつだって歌だった。

 その歌が、よりにもよって人類の敵たるノイズを生み出す少女に奪われたのだ。ここにいる皆が受けたショックの大きさは、言葉で言い表すことはできないだろう。

 

 特に、歌の力に何度も救われてきたマリアたちは、体を震わせ、なにか言おうとしても口をパクパクさせるだけで何も言葉を発することはできなかった。

 比較的ショックが少ないエルフナインが、できるだけ冷静に状況を分析しようとする。

 

「お、おそらく……彼女の口から紡ぎだされる旋律の波長が、響さんたちの歌の波長を打ち消しているものと思われます……。そのため、歌によって発生しているフォニックゲインもかき消えてしまっているかと……」

 

「そんな!? 一人で三人分の歌をかき消す波長に合わせるなんて……!」

 

「ありえないデスよ!?」

 

 エルフナインがなんとか絞り出した仮説を、切歌と調が否定の声を上げる。自分たちの支えとなってくれた歌に否定されたくないとばかりに。

 

「し、しかし……そうではないとすると一体……」

 

「……彼女のあの歌の特性と考えるほかないわね……」

 

 困惑するエルフナインに続くように発言したのは、苦い表情を浮かべているマリアだ。

 

「私たちの絶唱は、シンフォギアごとに特性が違う。立花響の絶唱が『他者と繋がる』特性を持っているように、各々を反映した歌となる。

 それと同じように、彼女の歌も『他の歌をかき消す』特性を持っていると考えれば、筋が通るわ……」

 

「でも、シンフォギアを身にまとっているわけでもないのに!」

 

「めちゃくちゃデスよー!」

 

「……いずれにしても、注意すべき点はノイズだけではないということだな」

 

 ノイズを生み出すだけではなく、自らの歌によって他者の歌をかき消した少女。そんな存在を目の当たりにした弦十郎たちは、歌をかき消されてもなお戦ってくれている装者たちの無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 ◇

 

 

 少女は正直、この三人がここまでしぶといとは思ってなかった。

 

 彼女たちの力の源たる「音」を、自らの「声」で相殺してもなお彼女たちは戦うことをやめようとしなかった。少しでも逃げる素振りをしたら、その隙をついて一気に畳みかけようと思っていたのに、だ。

 

 確かに目論見通り、「音」を消したら感じていたエネルギーも無くなり、その証拠とばかりに三人の動きに切れが無くなり、荒い息を吐いたりと少しずつ疲れてきているようにも見える。

 だが、実のところ、それは彼女にも同じことが言える。

 

 彼女の体に蓄えられたエネルギー――フォニックゲイン――の総量からすれば、これくらいのしもべの生産に使った量は微々たるものでしかない。だが、それとは別に製造には体力を使うため、途切れることなく生み出し続けた彼女も、本当のところを言うと疲れ切っていた。

 

 さらにその三人も、何度「音」を中断させても、すぐに同じことを繰り返してきた。別に自らの「声」でそれをかき消すことは容易いのだが、そのたびに彼女たちの体力がわずかながらも回復しているようで、まだまだ倒れないのではと考えてしまう。

 

 どっちが先に倒れるか分からないこの状況を、彼女は好ましく思っていなかった。

 まだ自分には、やるべきことがある。それなのにこんなところでくたばってたまるか。この戦いは絶対に乗り越えなければならないものなのだと、少女は強く感じた。

 

 しかし、このまま生み出し続けても、状況は何も変わらない。ならどうするか?

 

(……あれを使うか)

 

 そして少女は、少し考えた末に()()()()()()()()()しもべを使うことを決める。それが、かつて単体で一国を滅ぼしたことがある悪魔の兵器だということを思い出すこともなく。

 

 

 ◆

 

 

 歌をかき消された装者たちは、最初こそ焦り、動揺してしまい、何発か『いい』のをもらってしまったが、戦場に立った経験が一番多い翼が「構わず歌い続けろ!」と一喝。何度も中断されながらも、歌うたびにわずかに発生したフォニックゲインをスタミナに変換しながら、なんとか戦闘継続が可能な状況を作り出していた。

 

 すんでのところで全滅という事態はなんとか避けられてはいるが、それでも雀の涙のフォニックゲインを体力と身体機能の向上にあてながら戦うのは、綱の上を歩いているような気持ちにさせた。

 あまりにも急な展開に、三人の頭の中から「抜剣」の二文字は消え去っていた。

 

「まさか歌でやられるかもしれない事態になるなんてな!」

 

「ああ、夢にも思っていなかった! 今まで歌には幾度となく助けられてきたからな!」

 

 そう言い合いながら、近くに寄ってきたノイズをクリスは撃ち抜き、翼は斬り裂いた。その額には大粒の汗が浮かび、荒い息を吐いている。響も似たような様子だ。

 

 歌を奪われた三人が受けたショックは、S.O.N.G.の本部にいる面々が受けたものよりも大きい。それでも彼女たちが絶望に沈むことなく戦い続けられるのは、彼女の人類への憎悪をたぎらせた目を見て、防人として誰かを守るために、これ以上争いの犠牲になる人を増やさないために、彼女を倒さなくてはならないと決意したのが三分の二だろう。

 それと、どんな強力な力を持った相手でも、諦めずに戦い続け、勝利してきた軌跡こそが、今の彼女達を動かすものであった。

 

「だが、あの少女の様子を見てみろ。今の私たちと同じように、疲れの色が見えてきたぞ」

 

 そういいながら、翼はノイズをなお生み出し続ける少女を指さす。装者たちと同じように、息を荒くし、疲れた表情を見せており、確かに最初のころと比べると疲弊してきたようだ。生み出しているノイズの数も、今は1秒に5匹くらいになっている。

 

「ああ。後はもうちょい踏ん張れば……」

 

「体力を使い果たしたところに、ようやく一太刀入れられるというわけだな」

 

 ようやく勝利への道筋が見えてきたことに、少女を打倒すべき敵だと見定めていたクリスと翼は表情を緩める。

 しかし、唯一少女に対して別の感情を抱いていた響は気づいていた。少女の目だけは、最初のころよりも強い殺意を宿していることに。

 

「……! なにか来ます!」

 

 そして、最初に響が、次に翼とクリスが、少女に異変が起こったことに気づく。

 今まで自然体でノイズを生み出し続けていた少女が、初めて腕を動かしたのだ。今まで続けていたノイズの製造をやめていたことも、彼女が何をするのか分からない不気味さを醸し出した。

 

 少女は手を胸の前に持っていき、何かを抱えているような形にする。すると、少女の両の掌から青いものが染み出し、それらは少女の胸の前で合わさり、一つとなり、やがて球体となっていった。

 

「今度は何をするつもりだ……!」

 

「こっちはもうドッキリは腹いっぱいだぞ……!」

 

 これまでの行動があまりにも予想をはるかに上回るものだったため、クリスと翼が少女の行動に対して最大限の警戒をするが、それを気にすることなく、少女は手の中で生まれたソレを、三人に向かって放り投げる。

 

 それは、青い色をしたノイズだったのだが、背骨のようなものが生えてきたと思ったら、その体を覆うように緑色のイボ状の肉が次々と内側から溢れ出し、瞬く間に膨張していった。最初こそ手のひらに収まる程度だったソレは、今や一軒家を軽く呑みこむほどにまで膨れ上がっていた。

 

 その正体に気づき、装者たちの顔色が変わる。

 

「まさかアレは……!?」

 

「冗談だろ……!?」

 

 増殖分裂タイプ。かつてフロンティア事変の序盤、「QUEENS of MUSIC」のライブステージにてF.I.S.のメンバーであったマリアたちと戦った時に、彼女たちの去り際にナスターシャ教授が差し向けたノイズであった。

 体積の増大と分裂を繰り返すこのノイズに、生半可な攻撃は通じない。さらに、早い段階で有効打を打てなければ、その特性上被害は広範囲に広がることだろう。そう、かつて先史文明期に、このノイズによって滅ぼされた国のように。

 

「なら、絶唱で迎え撃つしか……!」

 

「このバカ! 今はあの時と訳が違うんだぞ!?」

 

 あの時は、絶唱のコンビネーション技であるS2CA――正式名称は「Superb Song Combination Arts」――の中でも最大級の効果を発揮する絶唱の三重唱、S2CA・トライバーストにより増殖分裂タイプは一片も残さず消し去ることができた。

 しかし、この絶唱の三重唱は諸刃の剣でもあり、負荷は連携の中心に据えられた「他者と手を繋ぎ合う」特性を持つ響ひとりに集中するため、いかに当時の響が融合症例であっても、身体に圧し掛かるダメージは中和しきれないほど重いものであった。

 しかも、今の響はもう融合症例ではない。負荷を制御できるマリアがいないこの状況で、もしS2CA・トライバーストを使おうものなら、響の肉体は集中する絶唱の負荷に耐えられないだろう。

 

 ――いや、それ以前に……。

 

 頭に湧き上がった恐れを振り払うかのように、クリスはかぶりを振った。もし本当にそうだとしたら、あの少女には勝てないことを認めてしまうようにすら感じたからだ。

 

 今だノイズは多数存在しており、さらには思わぬ強敵が出現してしまった。いまだ追い込まれた状況下にある装者たちを、少女はただ冷たい目で見るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

『お久しぶりです、サンジェルマン』

 

「……あなたの顔は数日前に見たばかりなのだけど」

 

『いえいえ。我らパヴァリア光明結社の目的である神の力がいよいよ手に入る日が近づいてきたとなれば、たった数日でも長く感じてしまうというものですよ』

 

「……まあいい。それよりも要件は何かしら」

 

『ええ、フィーネの忘れ形見を纏った装者たち相手に、私が開発した機能特化型ノイズを使ってくれたと耳に挟んだもので、どれくらいお役に立てたかと思いまして……』

 

「正直なところ、彼女たちにはあまり通用しなかったようね」

 

『それは残念です。社会的な分業と専門化は人類を発展へと導いたもの。アルカ・ノイズにも同じようなことが言えるのかと思って開発したのですが……』

 

「……用事は済んだかしら。私たちはラピス・フィロソフィカスの最終調整に忙しい。これ以上の無駄な時間は……」

 

『ああ、最後にもう一ついいでしょうか』

 

「厄介ごとなら断る」

 

『ちょっとした調べ事ですよ。ついさっき、日本の方で空間の歪みを感知しましてね。もしかしたら、そちらの方に何か出てきているんじゃないかと思ったのですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『例えば、ノイズとかね』




増「S2CAであっさりやられたけど、俺って結構強い方だと思うんだ……」

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。「いや、これはおかしいだろ」とお思いになる場面もあったかと思われますが、お楽しみいただけたなら幸いです。
 最初は1話にまとめるつもりでしたが、思った以上に長くなってしまったため、初戦闘の結末は次回に持ち越したいと思います。

 ストーリーについては大体出来上がっているのですが、いざ文章にすると思った以上に進めないことを実感しました……。更新速度を上げるためには、変にいい感じの小説にしようとするプライドを焼却して執筆するべきか……。
 
 内容についてのご指摘は、感想欄でしていただけるとありがたいです。皆様のご感想が、この小説を書くモチベーションを上げてくれます!

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます! これからも、よろしければ応援お願いします!


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奪われた歌(2)

 今回は、前書き、及び後書きは省略させていただきます。もしかしたら後で書き直すかもしれません。
 それでは、どうぞ。

2019/06/25 中央寄せなどの処理をおこないました。


 響、翼、クリスの三人の装者たちは、今、「魔法少女事変」以来となる窮地に陥っていた。

 ノイズを無限に生み出していた少女にもようやく限界が見え始めてきたという時に、かつてはS2CAトライバーストでしか倒す手段を見つけられなかった無限増殖タイプのノイズを出されてしまったのだ。

 

 まだ通常のノイズも百数十体も残っているのが見られる中、下手な攻撃ではかえって数を増やしてしまうことになるノイズを出されたのは痛手であった。おまけに、歌でフォニックゲインを高めようにも、少女のヴォカリーズにより歌を封じられてしまう始末。

 絶体絶命、まさに望みを絶たれたというにふさわしい、絶望的な状況であった。

 

 ――いや、まだ望みはある。

 

「……二人とも、分かっているな」

 

「ああ、歌は歌えねぇ、絶唱は使えねぇっていうこの状況でやれることなんて、もう一つしかねぇ」

 

「さっきはびっくりしちゃって忘れちゃったけど、今こそ使い時、ですよね!」

 

 覚悟を決めた三人は、胸元に手を伸ばし、マイクユニットを取り外す。

 

 

 

『イグナイトモジュール、抜剣!』

 

 

 

 ――そして装者たちは、呪いの力をその身にまとう。

 

 

 

♫「激唱インフィニティ(IGNITED arrangement)」♫

 

 

 

 起動ワードによって鋭利な刃物と化したユニットに貫かれた装者たちのシンフォギアは、さっきまでの純白な装いから、闇のように黒い戦装束へと変わっていた。そして変身を終えた三人は、次々と無限増殖型ノイズへと向かっていく。

 

 通常、増殖型は攻撃らしい攻撃をせず、ただその身を膨れ上がらせることしか行わない。普通の人間にとって、ノイズとは触れるだけで死をもたらすものであるから、どこまでも膨張していくノイズはそれだけで脅威となるのだから。

 だが、このノイズもまた少女の忠実なしもべ。少女の命令通りに、分裂した個体は自らへと向かってくる装者たちを迎撃せんと突進していく。

 

「でやあああ!」

 

――MEGA DETH SYMPHONY

 

「はああああ!」

 

――蒼刃罰光斬

 

「うおおおおおおお!」

 

 分裂し、襲いかかってくるノイズに対して、装者たちは各々の技で迎え撃つ。大型ミサイルが発射され、青い斬撃が放たれ、そして拳が撃ち抜かれる。それらは分裂したノイズたちに直撃し、そのあまりの威力に大爆発が起きる。

 その様子から、装者たちの攻撃が先ほどとは比べ物にならないくらいの威力を持っていることがうかがい知れる。

 

「――ッ!?」

 

 少女の表情が、驚愕に歪む。攻撃を受けたノイズに繋がる、命令を与えるための「ライン」が切れたことから、その攻撃で分裂増殖タイプが何体かやられてしまったことを感じとったのだ。

 この少女にしか分からぬことだが、分裂増殖タイプのノイズは通常のノイズ数百体分のフォニックゲインを用いて作られており、そのために分裂と増殖をおこなうだけではなく、生半可な攻撃では簡単に滅することができないほど丈夫なつくりとなっている。

 

 対ノイズ武装ともいえるシンフォギアでもこのノイズ相手では、通常の攻撃では滅するどころか、むしろ数を増やしかけない。だが、装者たちの攻撃は分裂増殖タイプに通用している。それを可能とする要因は一つであった。

 

 ――イグナイトモジュール

 

 かつて魔法少女事変の折に、XDモード、絶唱に続く第三の決戦ブースターである。

 融合症例というイレギュラーでのみ確認された、破壊衝動の増大による「暴走」を制御することにより、戦闘力上昇を実現するというエルフナインの発案のもと開発されたこの機能により、響たちは分裂増殖タイプを倒すことができている。

 

 「暴走」とは、本来融合症例であった頃の立花響にしか見られない現象であり、彼女が怒りや絶望などの負の感情にとらわれた時などに起き、戦闘力が大幅に上昇するが、理性を失い、破壊衝動のままひたすら目前の標的を攻撃するだけの、文字通りの「暴走」状態となってしまうのである。

 イグナイトモジュールは、人間誰もが心の奥に秘めている闇を増幅させる効果を持つ殺戮の魔剣「ダインスレイフ」の破片を組み込むことで、人為的に「暴走」状態を引き起こすことで出力を大きく引き上げるためのシステムなのだ。さらに、強い心と叡智によって理性を保つことで、暴走時と同等の出力でありながら、装者の戦闘技術と状況判断力を失わないまま戦うことを装者たちは可能としている。いまやイグナイトモジュールは、力と汎用性を兼ね備えた強大な切札となる。

 

 無論、この心の闇を増幅させるシステムは、モジュール起動失敗時の心身へのダメージや暴走時による無差別破壊の危険性などの高いリスクも存在する諸刃の剣である。さらに、イグナイトモジュール――つまりは暴走――の力を多く使うほど、また、長時間使うほど、装者たちの心は闇に蝕まれ、理性を保てなくなり暴走する危険性が高くなってしまうのだ。

 この暴走の危険を避けるため、三段階のセーフティが設けられており、さらに999カウントのセーフティタイムリミットも設けられている。なお、カウントが0になった場合、状況を問わずシンフォギアが強制解除され大きな隙を生むことになる。どちらにしろ、イグナイトモジュールを使った時点で、自分の意思で戦うことのできる残り時間は決められたものと言っていいだろう。

 

 

 

 ――つまるところ、装者たちも決着をつけにかかったということだ。

 

 

 

「喰らいやがれぇ!」

 

 クリスの雄たけびとともに大型ミサイルが何発も発射され、増殖タイプ以降に新たに何十体も生み出されたノイズも消し飛ばされる。その威力は、もはや先ほどまでの攻撃とは比較にすらならなかった。

 翼もまた、「風輪火斬 月煌」で、周りにいるノイズを次々と斬り飛ばし、燃やし尽くし、炭へと変えていく。響も同様に、腰部と脚部のバーニアの推力を利用した跳び蹴りや必殺パンチで、分裂したノイズを葬り去っていく。

 

 生み出されてから凄まじい勢いで分裂・増殖を繰り返していたノイズだったが、今ではそれを上回るスピードで殲滅され、少しずつだが押されていっていることが少女にも分かった。おまけに、増援として生み出しておいた普通のノイズも、今まで以上のスピードで倒されていく。

 この状況、まさに窮地に追い込まれたはずの装者たちによるどんでん返しで、優勢だった少女の方が追い詰められていると言っていいだろう。

 

 無論、少女もヴォカリーズで装者たちを少しでも弱体化させようとはしているが、彼女のヴォカリーズで歌をかき消され続けても、イグナイトで膨れ上がった出力は残りのノイズを全滅させるのに十分すぎるほどであった。

 

 装者たちは、破壊衝動に支配されないよう心を強く保ちながらも、自分たちの勝利を確信し始めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 少女にとっては、この状況は信じられないものであった。

 

 今までは、普通に自分のしもべを生み出し、襲わせるだけで大抵の人間は始末できた。しもべに対して何かしらの対抗手段を持っていたと思われる相手でも、先ほど生み出した、特別なしもべを使いさえすれば、一晩のうちに街ごと滅ぼすことができた。

 だからこそ、全力で叩き潰すつもりでいけば自分が負けることはないと、少女は強く思っていた。

 

 

 

 だが、結果として少女は追い込まれていた。

 

 

 

 普通のしもべならいざ知らず、数百体分のエネルギーを使って生み出し、増殖・分裂を驚くべき速さでおこなっていく自分のしもべが、少しずつとはいえ、それを上回るスピードと力でやられていく経験なんて、少女にはなかったのだ。

 ゆえに、少し特別な力を持っているだけの人間が、自分をここまで追い詰めていることが到底信じられなかった。

 

 ノイズという力を手に入れてから、初めて遭遇してしまった窮地に、少女は呆然とする。そんな少女に追い打ちをかけるかの如く、事態はさらに急変していく。

 

 

 

 少女がようやく現実を認識したとき、目の前にはミサイルがあった。

 

 

 

(は?)

 

 少女の理性が疑問を感じた時、少女の本能は目の前に迫った危機から逃れるために鳥型ノイズから勢いよく飛び降りていた。その直後、先ほどまで乗っていた鳥型ノイズに直撃したミサイルは爆発し、周りのノイズは消し飛ばされ、少女は背中にすさまじい風圧を受け、受け身をとる間もなく地面に激突する羽目となった。

 

「ぐがっ!?」

 

 地面にぶつかった少女の体は、ミサイルの爆発で巻き起こされた風によって十数メートル先まで転がっていき、そこでようやく止まった。融合症例ともいえる体とは言え、本人自体のスペックは常人よりも少し高いだけの少女の体は、地面に衝突したときの激しい痛みを訴えかけてきた。

 

 痛みに耐えながら地面に手を突き、何とか上体を起こした少女の目の前には、それぞれの武器をこちらへと向けた赤い女と青い女がいた。少し離れたところからは、黄色い女がこちらを見ている。

 

「いろいろ驚かされたが、アタシらの勝ちだ」

 

「これ以上抵抗するなら、話はベッドで聞かせてもらう」

 

 赤い女と青い女が何か言っているが、少女の知る言語ではなかったため内容は分からない。まあ、言葉が分かったとしても、少女に人間の言うことを聞くつもりなんてなかったが。

 

 しかし状況は、少女にとって非常にまずいものになっていた。周りを見たところ、彼女のしもべは全部やられていた。時間をかけて作り出した増殖タイプすらも、どうやらあのまま押し切られてしまったようだ。

 おまけに、先ほどの攻撃に気を取られてノイズの生産を中断してしまった。もし攻撃されてもノイズを生み出し続けていたら、少しは持ち直せていたのかもしれなかった。

 

 少女は、己の不甲斐なさに歯を食いしばった。だが、少女の目にまだ敵意と闘志が宿っていることは、装者たちは知っていた。

 

 ここまで追い詰められても、少女には諦めるつもりは毛頭なかった。彼女の人類への負の感情と、絶対に果たすと決めた使命が、どんな絶望的状況にも抗い続ける意思の原動力になっているのだ。

 そしてその揺るぎない意思は、少女に覚悟を決めさせたのだ。

 

(……()()だけは使いたくなかった。けど、この状況では仕方ない)

 

 少女には、まだ切り札があった。

 

 増殖分裂タイプも、確かに切り札と呼ぶにはふさわしい殺傷能力を持っていると言えるだろう。しかし、彼女がこれから生み出そうとしているノイズは、他のノイズとは一線を画す存在であった。

 

 増殖タイプが数百体分なら、そのノイズは千体以上のノイズと同等のエネルギーを対価とすることで作ることができる。だが、それ以上に生み出す条件として重要なのが、彼女の「負の感情」である。

 彼女の人間に対する、怒り、憎しみ、殺意を、莫大なフォニックゲインとともにありったけ注ぎ込むことによって、彼女が生み出せる中では最高のスペックを誇るノイズを生み出すことができるのだ。

 ただしリスクも大きく、そのノイズに吸い取られてしまうかのように、少女の体力は大幅に失われ、同時に、一時的に負の感情が少女の中から失われ、精神も不安定な状態になってしまうのだ。果たすべき目的がある以上、自分の心身が衰弱するような事態はできるだけ避けたかったため、少女はこのノイズをあまり使いたくなかったのだ。

 

 だが、対価が大きい分、生み出されるノイズの能力は、少なくとも彼女にとっては保証されているものだった。通常よりも高い攻撃力と防御力を持っているだけではなく、通常のノイズと違い()()()()()()()()()()、さらに注ぎ込まれた負の感情を伝播させることで()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、人間の全滅を望む彼女にとっては願ったり叶ったりな個体であった。

 さらに、彼女の感情を注ぎ込んでいるためか知能もそれなりにあり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで存在を長く保つこともできるのだ。そのノイズは、まさに彼女にとっては分身にも等しい存在であった。

 

 最も頼れるしもべを誕生させることを決断した少女は、悟られないよう、地べたに這いつくばりながら準備をひそかに進める。その行いが、自分の心を追い込むものだったとしても。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「装者たち、分裂増殖タイプも含め、すべてのノイズを制圧完了!」

 

「ノイズの発生源である少女も、衝突の影響で戦闘不能と思われます! ノイズの発生も停止しています!」

 

 オペレーター二人の喜色交じりの状況報告に、弦十郎も笑みを隠せない。さっきまで厳しい表情だったマリアや緒川も笑みを浮かべ、切歌と調はハイタッチまでして喜んでいた。

 

 ここにいる誰もが、ノイズを無限に生み出し、歌を無効化し、さらには無限増殖タイプのノイズすらたやすく作り出してしまう少女に驚愕し、今までの敵の中では上位に入る脅威だと感じた。だが、それ以上に、どんな困難でも乗り越えてきた三人なら、絶対に勝利してくれるという強い信頼があった。

 そして今、イグナイトモジュールを使ってノイズをすべて倒し、響たちが少女に勝利した場面を見た彼らの心のうちには、よく勝利してくれたという三人への賛美と喜びが溢れていた。特にイグナイトの開発に携わったエルフナインは、自分が三人の勝利に役立てたという実感の分、大きな喜びを感じていた。

 

「三人のイグナイトが、強い思いが、ノイズに勝った……!」

 

「一発逆転! 大勝利デース!」

 

 少女に対して大きな恐れを抱いていた分、響たちが勝利したときの切歌と調は大変な喜びようだった。二人よりは抑え目な様子だが、マリアも満面の笑みだった。

 

 なぜあの少女がノイズを生み出すことができるのか、あの少女は何者なのかという疑問はあったが、まずは三人に保護してもらい、本部に移送してから話を聞くことを弦十郎は優先した。これが終わった後は三人を労らってやらないとな、と考えながら、弦十郎が現場に指示を下そうとしたとき、状況がまたもや急変した。

 

 画面の中の少女から、前触れもなくノイズが出現した。それも、さっきどころか、最初のころとは比較にならないほどの勢いで大量のノイズが飛び出し、周りにいた装者たちを押し流していく。そのままの勢いでノイズは湧き出し続け、装者たちはノイズの波に呑まれて少女からどんどん遠ざかっていく。

 この光景は、少女はもうノイズを生み出すことはできないだろうと考えていた本部の人員たちの度肝を抜いた。急に変わってしまった状況に対応するため、オペレーター二人は急いで報告をする。

 

「再び少女から、大量のノイズが出現! 装者、ノイズに押し切られていきます!」

 

「この数……一秒に百体以上は出現しているものと予想されます!」

 

「何だとぉ!?」

 

 まさか、今までのは本気ではなかったというのか!? そう考える弦十郎だが、直後に少女が疲弊した様子を見せていたことを思い出し、最後の抵抗に、体への負荷を無視した数を生み出しているのではと思い直す。

 敵とはいえ、死なせるわけにはいかないと強い意志を抱いた弦十郎は、すぐに現場の装者たちに指示を出す。

 

「イグナイトはまだ使える! そのまま押し切って少女を確保――」

 

「司令! 少女の動きに異変が!」

 

 藤尭からの悲鳴じみた報告に、弦十郎はスクリーンの少女に目を移す。先ほどまで浮かれていた切歌と調も、安堵していたマリアや緒川も、スクリーンに映し出された少女に思わず目を移す。

 少女はノイズを無限に生み出し続けながらも、よろよろと立ち上がり、分裂増殖タイプを生み出した時のように両手を胸の前にかざす。ただ、少女の様子は、その時とは比べ物にならないほど荒々しく、まるで激しく燃える憎悪のオーラを身にまとっているように見えた。

 

『――アアアアアアアアァァァ!!』

 

 少女は吠えながら、手の中に新たなノイズを生み出していく。間もなく彼女の手によって誕生したそれは、S.O.N.G.の面々に、少女が歌をかき消した時と同じくらいの衝撃を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波のように押し寄せてくるノイズに攻撃を加えていきながら、装者たちは距離が離れてしまった少女へと接近していった。

 

「くそっ! まだこんなに絞り出せたのかよ!?」

 

「だが! ダメージが残っている以上、そう簡単に動けないはずだ!」

 

「早くノイズを止めないと!」

 

 例え大波のようにノイズが襲いかかってきたとしても、イグナイトモジュールの圧倒的な攻撃力の前では敵ではない。迫りくる大群を一気に吹き飛ばし、炭に変え、少女を止めるために先へと進む。少女の叫び声が三人の耳に飛び込んできたのは、その時だった。

 

「――アアアアアアアアァァァ!!」

 

 その雄たけびに反応し、三人が少女の方を見ると、少女は手をかざし、その中に新たなノイズを発生させようとしていた。わざわざ普通のノイズの発生を止めてまで「それ」を生み出そうとしていることから、そのノイズが増殖分裂タイプ以上に厄介なものだと想像がつく。

 装者たちはなんとかそのノイズの創造を止めようとするが、先ほど彼女が大量に生み出していたノイズが邪魔をしてくる。三人は、彼女がノイズを大量に生み出し、さらに自分たちを遠ざけたのは、切り札を用意するための時間稼ぎのためだったのだと悟った。

 

 なんとか全てのノイズを倒し、装者たちが少女のもとにたどり着いた時、そのノイズは既に完成していた。

 

「バカな……」

 

「おい……冗談だろ……」

 

「そんな……どうして……」

 

 そのノイズを目にしたとき、戦場にも関わらず、三人は思わず呆然としてしまった。しかし、それも仕方ないことだろう。

 

 

 

 

 

 その、()()()()()を見てしまったら。

 

 

 

 

 

「『カルマノイズ』まで出せるのかよ……!」

 

 カルマノイズ。それは、完全聖遺物「ギャラルホルン」の起動によって平行世界とのつながりができた事件の際に、たびたび装者たちの前に立ちふさがったノイズである。

 姿かたちこそ通常のノイズを黒くしただけだが、通常のノイズとは比較にならないほどのエネルギーを持ち、それに見合うだけの能力を持つ強敵である。知能、戦闘能力が高いだけにとどまらず、人間のみを無尽蔵に一方的に炭素分解することすら可能であり、このノイズ単体でも存在する限り犠牲者は増え続けるのである。

 さらに、このカルマノイズ自体が、人に破壊衝動を植え付ける「呪い」を持っており、この特性によって自身だけではなく他の人間にも 殺戮をおこなわせることすらできるのだ。

 

 様々な面で厄介なカルマノイズだが、何よりも、破壊衝動を植え付ける「呪い」こそが、装者たちを苦しめる最大の要因だった。

 

「! ぐうううううぅぅ……!」

 

「ぐああああああああ!!」

 

「うああああああああ!!」

 

 カルマノイズが完全に誕生した直後、装者たちは突如苦しみだした。イグナイトモジュールを起動しているあいだ、制御できていたはずの破壊衝動が大きく膨れ上がり、装者たちの理性を飲み込もうとしているのだ。

 これこそが、カルマノイズが厄介な敵である理由なのだ。

 

 カルマノイズ相手にイグナイトモジュールを使用すると、イグナイトの核である魔剣「ダインスレイフ」の呪いとカルマノイズの呪いが重なり、通常なら抑えることができるはずの破壊衝動に飲まれてしまうのだ。よって、装者はイグナイト無しでの戦いを強いられることになるのだが、カルマノイズの性能は通常のノイズとは段違いなため、単体相手でも非常に厳しい戦いとなる。

 

 しかし、今回のカルマ化したノイズの出現は、彼女たちにとってまさに絶体絶命な状況であった。イグナイト無しでもかなり厳しい相手であるのも関わらず、今はノイズの発生源たる少女のヴォカリーズにより、歌でフォニックゲインを高めて出力を上げることすらままならないからである。

 歌うこともできず、イグナイトも暴走の危険が出てきた。まさに八方塞がりな状態であった。

 

 装者たちは、カルマノイズを前にしながら、自分たちの心を侵食してくる破壊衝動に抗うことで精いっぱいだった。カルマノイズから、破壊衝動が流れ込んでくる。カルマノイズの、いや、カルマノイズに注ぎ込まれた少女の人間に対する負の感情が、「人間を殺せ」と訴えかけてくる。装者たちは、自らの心でそれ抵抗するのがやっとだった。

 

(破壊衝動に……飲み込まれそうになる……)

 

(ちくしょう……そんなのありかよ……)

 

(なんとか……カルマノイズだけでも……)

 

 破壊衝動に抗うなかで心が衰弱していき、ついに衝動に身をゆだねてしまいそうになった時、彼女たちはふと気づいた。

 

 

 

 

 

 少女の姿が消えていることに。

 

 

 

 

 

 ほんの一瞬のことだった。ほんの一瞬だけ目を離したすきに、少女はこの場所から音もなく去っていたのだ。

 本来なら、重要参考人である少女を逃がしてしまったのは彼女たちにとって痛手であった。しかし、このタイミングで、この状況で、歌をかき消す彼女がいなくなったのはまさに僥倖であった。

 

「あの少女がいなくなった! 今なら歌を歌える!」

 

「素直に喜べねぇが、今しかチャンスはねえよな!」

 

「少しきついけど、やれないことはない!」

 

 そして、「歌を歌うことができる」という希望が、闇に飲まれかけた三人の心を取り戻させるきっかけとなった。装者たちは一気にカルマノイズを倒すため、勝負に出た。

 響が翼の剣の上に乗り、翼はそのまま己がアームドギアである剣を巨大化させる。さらに、クリスが巨大になった剣に大型のミサイルをつけ、方向をカルマノイズに調整し、発射した。

 

――TRINITY RESONANCE

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 発射された剣を踏み台にし、響はカルマノイズに向かって大きく跳躍する。そして、腰部のバーニアが火を噴き、さらに勢いをつけた状態でノイズに突っ込み、必殺パンチを繰り出した。

 響の拳がカルマノイズを貫き、さらに追い打ちをかけるかのように巨大な剣が切り裂き、ミサイルの爆発によってカルマノイズは跡形もなくなった。

 ここに、少女と装者たちの初めての戦いは、装者たちの勝利によって幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三人とも、よくやってくれた。事後処理は我々に任せ、君たちはゆっくり休んでくれ』

 

「司令、あの少女の行方は……」

 

『……分からん。こちらからも反応が完全に消えてしまっている。おそらく追跡は不可能だろう』

 

「……申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに……」

 

『いや、彼女の存在は我々の想像をはるかに上回っていた。君たちのせいではない。

 それに、先に彼女のことを伝えられなかった俺の落ち度もある。彼女についての話は、また後日することにしよう。お前たちは本部へ帰還して、休息をとってくれ』

 

「……分かりました、ありがとうございます」

 

 そう言って通信を切った翼の顔は、はっきり言って、カルマノイズという強敵に勝利したにも関わらず暗い表情であった。クリスや響も、悔しさだったり落ち込みだったりと若干混じっている感情に違いはあるが、同じような様子だった。

 無理もないだろう。いなくなったと思っていたノイズの再来。ノイズを生み出し、身にまとう少女。その少女のヴォカリーズによりかき消された自分たちの歌。ついさっき必死の思いで倒したカルマノイズでさえも、彼女の手によって生まれてきたものだ。今まで自分たちが想像もしていなかった強大な力を持つ脅威の出現に、装者たちはこれからの戦いに強い不安を覚えたのだ。

 

 パヴァリア光明結社に引き続き現れた、人類の災厄たるノイズの操り手。次の戦いに勝てる自信すら持てないけれど、守るべきもののために、翼とクリスは戦う覚悟を深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場所は変わり、バビロニアの宝物庫内。先ほど装者たちと対峙していた少女は、ここにいた。

 

 カルマノイズに自らのフォニックゲインと、体力、それにありったけの負の感情を注ぎ込み、消耗しきった彼女は、魂に刻まれたソロモンの杖の効果でここに逃れるしかなかった。今は、体内のフォニックゲインを使い、体力を少しずつ回復させているところだった。

 正直なところ、撤退を選ぶのは彼女にとっては不本意なことであった。殺すべきだと決めたやつらに背を向けることに対する屈辱もそうだが、なにより「生死を確かめられない」ことが問題だった。引くしかなかったとはいえ、自分に、ノイズに対抗できる手段を持った人間に確実に始末しておかないと、後でどんなことになるか分からなかったからだ。

 だが、一度は追い詰められた時点で引くしかないことは承知だった。ゆえに彼女は、最も信頼できるしもべに後を任せ、自分は背を向ける道を選んだのだ。

 

 彼女にとって、カルマノイズは、ノイズの中でも最も頼れるしもべである。なにせ、人間同士を勝手に殺し合わせてくれるからだ。すべての人間の抹殺を望む彼女にとって、現在、これほど頼りになる存在はいなかった。

 

 だが、それでもそれを呼び出すときには高いリスクが伴う。それは、ノイズ千体分のフォニックゲインでもなければ、彼女の体力の多くでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は今、廃人も同然の状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 少女の顔は、先ほどの敵意に満ちたものから無表情となり、口からよだれがだらだらと垂れている。激しく燃えていた憎悪が失われ、虚無しか映さなくなった目からは涙がとめどなく溢れ続ける。あれほど心の内を満たしていた人間への負の感情はなくなり、少女の心はほとんどからっぽになっていた。

 

 少女の心は、とうの昔に壊れていた。その壊れてしまった心を今まで支えていたのは、人間に対する負の感情だけだったのだ。

 ゆえに、カルマノイズを作り出す際、負の感情をありったけ注いでしまった彼女は、心を支えるものが無くなり、廃人となってしまったのだ。

 

 もう彼女の心は、「人間を滅ぼす」という目的のもとでしか保つことはできないのだ。

 

 ここで廃人になってしまっても、また心の底から人間への負の感情が無尽蔵に湧きあがり、再び彼女は心を取り戻すだろう。彼女が「ヒト」である限り、「人間」を憎み続けることはなくならない。逆に言えば、「人間」を憎むことをやめてしまったら、もう彼女は「ヒト」ではいられなくなるのだ。

 

 だが、壊れた彼女の心には今だ憎悪は戻らず、それでも涙は頬を伝う。一体その涙は、何の涙なのだろうか。それは、本人にしか、あるいは本人にも分からないものなのかもしれない。

 

 

 



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結社からの刺客

 大変お久しぶりです……モチベーションが低下したり、どのような流れにするか悩んだりで、2年ぶりとなってしまいました……。
 もう読んでいない方も大勢いらっしゃると思いますが、お待たせして申し訳ありませんでした……。

 出来は良くないかもしれませんが、それでも大丈夫だという方のみ、ご覧ください。

 それでは、どうぞ。


「……あなたの言っていた通り、ノイズが現れたらしいわ。

 聖遺物を密かに保管していた博物館にて、シンフォギアと対峙したらしい」

 

『おや、まさか本当に出てくるとは……』

 

「とぼけるな。一体いつオリジナルの開発に成功した」

 

『……はい?』

 

「あくまで白を切るつもりか。オリジナルのノイズを作り出すなど、お前以外の誰かができるものか。

 アルカ・ノイズで十分なものを、なぜ今更あのようなものを出す必要がある。人を殺すことのみに特化したものを! 一体何が目的だ! 返答次第によっては――」

 

『いえ全く心当たりがありません』

 

「ではなぜ『ノイズが現れた』などと的確に……!」

 

『いや、適当に言っただけのものがたまたま当たっただけですよ? まさか本当にノイズだったとは……』

 

「…………」

 

『…………』

 

「……その件で、一つ頼みたいことができた」

 

『謝ってください。濡れ衣を着せられて傷ついた私に謝ってください』

 

「ノイズの存在はシンフォギアとの戦闘が記録された映像で確認したのだが、同時に信じられないものを私は目にした」

 

『無視ですか。無視なんですか。人類の相互理解を目指しているとか言っちゃってるのに、人の話を聞かないとか笑えないんですが』

 

「……ノイズは、一人の人間から生み出されていた」

 

『…………』

 

「触れた途端、人間を炭素分解するはずのノイズが、一人の少女から排出されるように作り出されていたのだ。しかも、無尽蔵にだ」

 

『…………はあ』

 

「ノイズもまた、人類を恐怖で支配する先史文明の負の遺産であり、我々が打倒すべき敵。人類の天敵であるノイズを操る彼女も、革命の礎としなければならない。

 だが、私とカリオストロ、プレラーティは、ティキが指し示すままに儀式の用意をしなければならない。後に局長もこちらに合流するが、正直、あの男の動きは読めない。

 それに、奴は忽然と姿を消し、その行方を掴ませていない。空間転移が可能らしく、次はこの国の外に姿を現わすかもしれない。私が対処したいところではあるが、ここから離れるのはあまり望ましくない」

 

『というか、ファウストローブにはシンフォギアのような対ノイズ用バリアコーティング機能はないですからね? 錬金術ならある程度防げますが、一発でも直にノイズに当たろうものなら消し炭確定ですよ。あーあ、もしノイズがまだ存在していることが分かっていたなら、喜んで開発に取り組んでいたのに……』

 

「……開発者としての世界に閉じこもる前に、私の要望くらいは聞いてもらえないかしら。

 ……ノイズを生み出す人類の天敵たる彼女の対処、お前に頼みたい。この計画には不参加の意思表明をし、暇を持て余しているお前なら、例え世界のどこに奴が現れたとしてもすぐに向かうことができるはず」

 

『……私の畑は開発なんですけど……』

 

「だとしても、あなたほどの錬金術師なら申し分ない」

 

『……まあ、別にいいんですけどね。それじゃ、そちらもご武運を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~♪ ……あれ? サンジェルマンどうしたの?」

 

「あのノイズを吐き出していた生意気そうな小娘の件なワケだ」

 

「ええ、たった今話をつけたところだ」

 

「もしかして、『叡智の怪物』だったり?」

 

「そうだとすると、あの少女も少し哀れなワケだ」

 

「彼女ならば、例えノイズ相手だろうとも遅れをとることはないでしょう。

 パヴァリア光明結社の開発局長、リリス・ウイッツシュナイダーならば」

 

 

 □

 

 

 大泉博物館での戦闘から一夜明けた翌朝、装者たちに招集の声がかかり、今はS.O.N.G.

本部である潜水艦のブリーフィングルームに集まっていた。先日、突如として再来したノイズ、そしてノイズを生み出していた少女に装者たちは辛くも勝利したにも関わらず、そこにいる面々の表情は暗い。

 二度と現れることはないだろうと思っていたノイズの再来、そしてノイズを生み出すことができる新たな脅威の出現は、彼女たちの心に確かに影を落としていた。

 

「……昨日の疲れもまだ取れていないだろうに、朝早くに呼び出して済まない」

 

 そんな空気を払拭するかのように、司令たる弦十郎が口火を切る。とはいえ、そう言う彼の表情も険しい。彼もまた、完全に打ち倒したと思っていた仇敵の再来に何も思わないわけではない。

 しかし、現在差し迫っている脅威は、なにもノイズを作り出す彼女だけではない。フロンティア事変、そして魔法少女事変の背後にいたパヴァリア光明結社もまた、自分たちが今迎え撃たねばならない敵であるのだ。

 

「まず、ノイズを生み出していた少女についてだが、響くんたちとの戦闘後に、その姿が確認されている」

 

 だが、最初に彼が装者たちに伝えなければならないことは、まさにその少女に関わることだった。

 弦十郎の言葉に反応して装者たちの目が見開かれる。特に、ソロモンの杖を起動させたために、ノイズに対して一際敵対心を持つクリスが弦十郎に食って掛かる。

 

「確認されているって……なに悠長に言ってやがる!

 だったらなんでアタシたちを呼ばなかったんだよ!?」

 

「クリスちゃん落ち着いて!」

 

「離せこのバカ!」

 

 今にも殴りかかるような勢いで詰め寄るクリスを見かねて、響が後ろから羽交い締めで抑え込む。うがーっ!と暴れるクリスだが、弦十郎はそんな彼女に対し、静かな様子で質問に答えた。

 

「呼んだところで対処できなかったからだ。なにせ、()()()()からな」

 

「遠すぎる……? それは、一体どういう……?」

 

 弦十郎の言葉に、マリアが疑問を覚える。マリアの言葉が言い切られる前に、スクリーンが映し出される。スクリーンには地図が表示されており、ところどころに赤い点がつけられている。

 それを見た装者たちは、赤い点が少女の姿が確認された場所だろうと理解したが、その直後に異常さに気づき、思わず息をのむ。

 

 表示された地図は、世界地図だった。つまり、ノイズを発生させることのできる少女は、昨日の夕方ごろから今朝のあいだに、世界中のいたるところに現れたということになる。

 

「まさか、たった一晩で、このすべての場所に現れたというの!?」

 

「厳密にはノイズしか確認されていない所もあるが、彼女がそこに現れたと見て間違いないだろう。

 幸か不幸か、響くんたちとの戦闘後は、日本でノイズの反応パターンは検知されていない。だが、戦闘(それ)を契機に、彼女が世界各地でノイズによる襲撃を始めたことは確かだ」

 

「でも、いくらなんでも神出鬼没に過ぎるデスよ!?」

 

「それについてだが、既にある程度の見当がついている」

 

 弦十郎はそう言い、エルフナインの方に目配せする。彼女はそれに頷きで返し、端末を操作してスクリーンに新たな画像を映し出させる。

 画像は中央を境界線として左右に分割されており、それぞれに一つずつ波模様が描かれている。しかし、それらの波模様は()()()()()()であり、傍から見ると中央に対して対称的な図形にしか見えない。

 

 装者たちの目がその画像に映ったところで、エルフナインが説明を始める。

 

「これは、とある聖遺物のアウフヴァッヘン波形と、ノイズを作り出していた少女が姿を消す際に捉えられたエネルギーの波形パターンを比較した結果です。

 見てお分かりになるように、二つの波形パターンは非常に酷似しています。このことから、彼女が響さんたちの前から一瞬にして姿を消すことができたのは、この聖遺物の力によるものだと考えられます。おそらく、短い間に長距離の移動ができたのも、この力を用いているからでしょう」

 

「……おい……。まさかとは思うが、その聖遺物っていうのは……」

 

 エルフナインの説明に、その聖遺物とは何なのか思い至ってしまったクリスが口を開く。ネフィリム・ノヴァによって焼き尽くされたはずの()()が、いまだ存在していることを信じたくない彼女の声はかすかに震えていた。

 だが、エルフナインから伝えられたのは、彼女が最も聞きたくなかった残酷な真実だった。

 

「……ご想像の通り、かつてノイズを呼び出し、制御することを可能とした聖遺物、『ソロモンの杖』です」

 

『――ッ!』

 

 エルフナインの言葉に、装者たちの体は強張った。かつてソロモンの杖によってノイズが操られ、多くの無関係の人々が炭へと変えられ、命を散らしていったことを知っている彼女たちは、まだ杖が存在しているかもしれないという事実に心を揺さぶられた。

 特に、ソロモンの杖を起動させてしまったことを激しく悔いているクリスにとって、ソロモンの杖の存在は許せるものではなかった。

 

「なんでだ!? あの時、ソロモンの杖はネフィリムの爆発で蒸発したはずだろ!? なんで今更になって、そんな……」

 

「クリスちゃん……」

 

 最初こそ信じたくない気持ちで強い口調だったクリスの声は、つらい現実に尻すぼみになっていく。バルベルデにて掘り起こされた過去、そして『正義の選択』で大きな負担がかかりっぱなしだった彼女の心は、終わらせたはずの因縁であるノイズ、そしてソロモンの杖の再来により急激に弱っていた。

 そんなクリスを心配そうに響は見つめ、他の装者たちも沈痛な面持ちになる。弦十郎の顔も苦々しいものに変わるが、それでも今後彼女たちの障害となる可能性が大いにある以上、少しでも分かった情報を伝えないわけにはいかなかった。

 

「確かに、いくら完全聖遺物とはいえ、1兆度という熱量に耐えうる代物だとは考えられない。

 だが、あの少女が何らかの形で『ソロモンの杖』の力を使用していることは、このデータから推測するうえではほぼ間違いないだろう。

 『ノイズの操作』に目を向けてしまいがちだが、杖には『空間干渉』という機能も確かに存在し、それを前提にするならば彼女の異常な移動能力は説明することができる」

 

「それともう一つ、一致した物があります」

 

 エルフナインの言葉とともに、また新たな画像がスクリーンに映し出される。先ほどの画像と同じく、その画像も中央で分割され、左右に一つずつ花のような波模様が描かれていた。さっきと違うことと言えば、二つの模様の大体の形は似ているが、細かく線が描かれている右の波模様に対して左は大雑把な形をしており、完全な一致とは言えなかった。

 

「左は、ノイズから感知されるエネルギーパターンを示したものであり、それに対して右は、ノイズを生み出す際にあの少女から感知されたアウフヴァッヘン波形です。

 二つのエネルギー波形は鮮明さこそ少し異なりますが、90%以上シンクロしていることが判明しました。

 このことから、少女は右のアウフヴァッヘンを発する聖遺物を所持し、その力を用いてノイズを発生させたものと考えられます」

 

「だが、あの少女には、そのような聖遺物を持っている様子はなかった。あのような粗末な衣服の下に隠していたとも思えないし、それ以前にノイズはまるで……」

 

「まるで、あの少女の体から生まれてきたみたいだった、か?」

 

 エルフナインが導いた結論に疑問を呈する翼に対して、言葉の先をとる形で弦十郎は答える。

 それを聞いて、実際にそれを為した少女の姿を思い出し、顔を俯かせる装者たち。

 

「まだ推測の域を出ないが、あのような形で人体からノイズを発生させることを可能とする要因は、我々が知る限り一つしかない」

 

「それは一体……?」

 

 

 

 ――『融合者』だ。

 

 

 

 弦十郎の言葉に、装者たちの体は硬直する。

 かつて立花響がガングニールのシンフォギアの破片をその身に宿したことによって誕生した存在。人体と聖遺物の融合体である新霊長。いまや現存していないと思われたそれは、同じく消えたと思われていたノイズやソロモンの杖と共に再び現れたというのか。

 装者たちの誰もが言葉を発することができない中、弦十郎はそのまま言葉を続ける。

 

「早急な結論かもしれないが、()()()()からアウフヴァッヘン波形が感知され、さらにノイズをその身から産み落としている以上、この答えが最も真実に近いと俺も思っている。

 彼女の体には大量の()()()()()()()()が蓄積されており、そのフォニックゲインを用いてノイズを発生させているようだ」

 

「フォニックゲイン……!?」

 

 弦十郎の言葉を聞き、マリアが目を見開く。言葉なき歌――ヴォカリーズを使って装者たちの歌をほぼ無効化することは知っていたが、まさかそれによって発生したフォニックゲインでノイズを生み出していたとでも言うのか。

 マリアのみならず、今まで歌の力で争いをなくそうと戦い続けてきた装者たちにとって、それはあまりにも受け入れられないことであった。

 

 あまりの事実に思考が停止してしまう装者たちだが、今度はオペレーターの二人がデータに基づいて説明を再開させる。

 

「最後にノイズを展開した瞬間に観測されたフォニックゲインの数値は、魔法少女事変の折のキャロルの絶唱をも上回っていたわ……」

 

「これだけの熱量を保存しておけるなんて、正直、純粋な人間だとは考えられない。単純なエネルギー量なら、この前の怪物にすら匹敵するかもしれない」

 

 「この前の怪物」。藤尭のその言葉に、バルベルデにて実際に戦ったマリアたちの体が一瞬こわばる。

 圧倒的な攻撃力と絶対的な防御性。その二つを兼ねそろえた化け物に匹敵する脅威たりえる少女が、今なお人類に牙をむいていることが背筋を冷たくさせた。

 

「一見するとでたらめに過ぎるが、彼女が融合者であると仮定した場合、筋が通る部分がある。

 ノイズを発生させる聖遺物が存在し、その聖遺物と同化しているのなら、己の力としてノイズを生み出すことも可能なはずだ。ソロモンの杖と同じ力を使えるのも、そこに所以があるかもしれん。

 そして融合者ならば、かつての響くんのように、普通の装者をはるかに上回るフォニックゲインを行使することができるだろう」

 

 その言葉に、響は彼女の瞳を思い出す。虚無の闇の中で、暗くも激しく燃え盛る焔を連想させる少女の目を。

 融合者だったものと融合者であるもの。「融合者」という共通点こそあるが、響と少女は、生まれた時代も、生きてきた場所も、育ててもらった親もなにもかも違う。なにより、響は「ヒトを助ける」ために力を使い、少女は「人間を殺す」ために力をふるう。彼女たちの意思は、まさに対極にあると言っていい。

 

 だが、自分とは相反しているはずの少女のことを、なぜか響は他人事とは到底思えなかった。

 理由は分からない。言葉で説明できるものではないが、彼女の中にあるナニカが、自分の中にもあるような気がしてたまらなかった。

 

「彼女がいったい何者なのか、どのような目的で動いているのかは依然として不明であり、消滅したはずの聖遺物の力を行使できる理由や装者の歌を無効化するメカニズムも解明できていない。

 だが、異端技術を行使し、一般人を巻き込むことも意に介さない彼女は、間違いなく我々S.O.N.G.の敵だと言っていいだろう。

 世界各地を転々と転移しているため接敵する可能性は限りなく低いと思うが、万が一彼女と遭遇した場合は、全力で被害を食い止めてほしい。困難だとは思うが、無力化と確保が最上だな」

 

 そんな思考に没頭していた響は、弦十郎の言葉で現実に引き戻された。

 確かに、どんな事情があるにせよ、彼女が大勢の人を苦しめているのなら、自分は拳を握りしめてでも止めたい。響はそう強く思うことで、じわりと心に染み始めてきたものを振り払った。

 

「いつ出現するか不明な脅威に備えるのも俺達の仕事だが、まずは目の前のことから対処することが優先だ。

 現在は、マリアくんたちが持ち帰ってきたバルベルデドキュメントの解析と、錬金術師たちの動きを抑えることを目的に行動する」

 

「その方針には賛成だけど……正直、やりきれないわね……」

 

 一応の納得を示したマリアだけでなく、その場にいた装者全員が弦十郎の言葉に、やりきれない気持ちを抱えた。

 復活し、さらなる脅威を見せつけてきた因縁に、何の手も打つことができない現状が歯がゆくて仕方ないのだ。

 

「なに、結果的に取り逃してしまったとはいえ、逆に言えば仕掛けてきた相手を撤退にまで追い込んだんだ。

 今は接触することが困難とはいえ、次に相まみえたときは、きっとうまくいくさ」

 

 そう言って、司令である弦十郎は、現場に立つことになる装者たちを宥め、励まそうとする。

 実際、彼の言葉に嘘偽りはない。無限のようにノイズを生み出す能力と装者の歌を無効化してくるヴォカリーズは確かに脅威ではあるが、現状の戦力だけでなんとか対処できる範囲内だと判断されるからだ。

 それに、少女の身体能力は、お世辞にも高いとは言えないようだった。その弱点を突いていけば、勝率をさらに上げていくことだってできると弦十郎は思っている。

 

 

 

 ――だが、彼は隠し事をしていた。

 

 

 

 少女がヴォカリーズを使っていた際、ノイズの生産によって消費されていくフォニックゲインの蓄積量、その減少率が少しだけ減っていた、いやむしろ()()()()()()()()()()()()()時すらあった。

 

 ヴォカリーズによって減少する装者のフォニックゲイン、増加する少女のフォニックゲイン。つまりエネルギーの移動があったことになる。

 そしてこのエネルギーの遷移、過去に一度だけ似たような例がある。あまりにも突然の事態であり、近くに観測器具もなかったので、当事者たちから聞いて作成した報告書しか残っていないが、確かにあった。

 

 しかし弦十郎は、それを言うことができない。ただでさえ情緒不安定になりつつある彼女たちにそのことを伝えたら、これからの戦いにもおおいに影響が出るような事態になりかねない。

 

「それでは、これよりバルベルデドキュメントの解析のため、長野県の松代に向かう」

 

 自分たちの『希望』と相反するような『絶望』を自分の心の中に押しとどめ、少女たちが前を向けるようにする。

 それが、風鳴源十郎が大人としてできる、この場での精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 探して、

 見つけて、

 移動して、

 殺して、

 取り戻す。

 

 彼女がとっている行動は、いたってシンプルだった。

 奪われたものを、育った環境で培った感覚――いわば第六感で探し出し、場所を割り出し次第、本来のソロモンの杖の能力で空間をいじくり移動する。

 そして奪われたものがある場所に乗り込み、邪魔者をしもべで殺し、杖の能力としもべの性質を使いながら、目的のものを取り戻す。

 取り戻したものは亜空間にいったんしまっておき、後でまとめて還すまで保管しておく。

 食事などに使っている時間を除けば、こんな感じで行動していた。

 

 戦闘後の廃人状態から回復した少女は、まず奪われたものの回収をすることに決めた。人間たちを駆逐するのは、それからでも遅くないし、なにより、()()をそのままにしておくことは嫌だったからだ。

 

 彼女が転移した場所は、所属する国家も団体もバラバラだが、ほとんどが聖遺物を保管・研究している施設だった。

 どの国も国防において重要な場所を襲われたわけだが、正直に言っては他の国に介入される可能性も高いため、ノイズが出たことだけは素直に国連に報告して、そこがどんな場所なのか、正確な場所なども含めて隠しているのが現状だった。もっとも、自分も干渉されたくないだけで、互いに事情は分かっているのだが。

 

 そんな人間たちの政治の話に全く関係がない彼女は、たった今も某国の聖遺物研究所を襲撃し、探し物の一つを取り戻してきたところだった。

 まだ半日ぐらいしか経っていないとはいえ世界中を転移しただけのことはあり、彼女の探しものも大分進んでいた。第六感で捉えられる反応もかなり減ってきたこともあり、今は晴れ渡った空のもと、丘の上で採ってきた木の実などを食べながら休憩していた。

 

 木の実をかじり、ほおばる彼女の表情は、実に穏やかなものだった。装者たちと戦った際とは、まるで別人かのように。

 その瞳も、少なくとも今は人間への憎悪の炎は宿っておらず、優しさと使命感がこもった色をしている。さっきまで人間の敵であった少女は、それこそ装者たちと変わらないような心優しい少女のように見えた。

 

 陽だまりの中ゆったりとした時間を過ごしながら、少女は考えた。

 奪還するべき数も片手の指で数えられるまでになり、今まで取り戻してきたものも、今のところは自分以外入ってこれない場所にしまってある。

 今までは奪われたものをこの手で取り返すのに無我夢中になって行動していたが、流石に疲労もたまってきた。また、能力を封じられ、長いあいだ閉じ込められることになるのを避けるためには、ここで一度しっかり休んだ方がいいかもしれない。

 

 十分に休んで、万全の状態になったら、残りの『みんな』を取り戻して、元の場所に帰して、そして――

 

 

 

 ――人間ども(アイツら)を、皆殺しにしてやろう。

 

 

 

 そう考える彼女の瞳は、また元のように憎しみ燃え盛る色に戻っていた。

 

 少女はもう、自分は人間ではないと思っている。彼女のなかでは、『人間』としての彼女はもう死んでいる、つまり死人だ。

 ゆえに、少女の目に映る人間は、もはや彼女にとっての同族ではない。この星の霊長は自分たちであると驕り高ぶり、他の種族はおろか、同族の命でさえ無機質に奪い、それ以上に許されざる行為を平然と働き、母なる大地すらも己の都合で汚す、この世で最も害悪たる存在ルル・アメル、それが彼女にとっての人間だった。

 

 この世界から殺しつくさないとならない存在に、同情も良心の呵責も罪悪感も抱くはずがない。

 もし抱くとするならば、それは既に死んだ『人間』の自分だ。

 だが、死人に口なし。例え死人がどれだけ罪悪感に苦しもうと、もう人間なんて辞めた自分が苦しむことは決してない。

 

 だから彼女は――かつてメリュデと呼ばれたルル・アメルは、人間の敵としてあり続ける。あり続けることができ、人間を滅ぼそうと実際に動いている。

 

 しかし、今の彼女にとっての最優先事項は、彼女の()()を元の場所に帰すことだ。人類の殲滅は、それからで十分だと考えている。

 人間への殺意に逸れそうだった思考を、自分の仲間の奪還に対する使命感に切り替えた少女は、そろそろ異空間に戻ろうと考え、空間を歪めようとし――

 

 

 

 

 

「ようやく出会えましたね。ずいぶん探しましたよ」

 

 

 

 

 

 人間の声が聞こえてきた方へ、発射するような勢いでノイズを生み出して向かわせた。いちど理性が戻った瞳の色は、先ほどと同じように憎しみの色へと染まっていく。

 

 弾丸のように飛び出したノイズは、しかし声の主を殺すことはできなかった。()()が保有する異端技術によって作られた障壁で、命を刈り取る前にダメージを与えられ、炭となって崩れ去ったからだ。

 そのことを感じ取った少女は、この前のような奴かと警戒する。そんな少女の心を知ってか知らずか、ノイズを防いだ女性は、落ち着き払った様子で話しかけてくる。

 

「『私の名前はリリス・ウイッツシュナイダー。

 完全というものを追い求める集団で、モノづくりをしているだけのしがない女です』

 ……ふむ、反応なしと。もしやと思ったのですが、いや、主流ではないだけでしょうか……」

 

 ノイズを操る少女に自己紹介をする女性は、20代に見えるほどの若々しい姿をしていながら、まるでノイズに一切の恐怖を感じていないようだった。

 女性――リリス・ウイッツシュナイダーに対する警戒を強めながらも、一つの疑問を覚える。彼女の発する声が、途中、大幅に様相を変えたように思えるんだ。そう、まるで言語を変えたかのように――。

 

「《そう警戒しないでほしいものなのですが……。私はただ、あなたに興味があるだけなのですよ。

 といっても、命令に逆らうわけにもいかないので、すぐさよならしてしまうと思いますが……》

 ……これもダメですか。2番目に栄えた国で使われたものですが、いやはや難しいものですね」

 

 実際、リリスは言語を変えて話しかけていたのだが、少女にそんなことが分かるはずもなく、頭に浮かんだ疑問を片隅に置き、ノイズによる攻撃を再開した。

 秒間に100体近くのノイズが生産され、雨あられのように敵に襲い掛かっていく。しかし、そんな猛攻であろうとも、リリスのすぐ目の前で炭と化すばかりであった。

 

「【初見でここまで嫌われるのも珍しい。呪詛をかけられた直後のルル・アメルでも、初めて出会った見も知らぬ相手に恐怖を覚えこそすれ殺意を覚えることはまずないでしょうに……】

 ……これもダメ、と、だとするとあと残っているのは……」

 

 いまぶつけられるだけの物量でも、涼しい顔をして凌いでいるリリスに業を煮やした少女は、装者たちにも使った増殖タイプを作り出すことに決める。

 そして意識を集中させ、作り出し始めようとしたとき――

 

 

 

 

 

「⁅さて、いつまでも時間を無駄にするのもなんですし、そろそろお仕事を始めさせていただきましょうか⁆」

 

 

 

 

 

 その()()に、動きを止めてしまった。その様子に、リリスは満足そうな表情になる。

 

「やはり()()()()()の人間でしたか。言語形態から察するに、『禁忌の地』周辺の地域出身ですね。

 あのあたりは当時の国々が突如滅亡していったため技術が全く残っていなかったはずですが……もしかしてあなたの仕業ですか?」

 

 ハッとした時にはもう遅かった。隙を見せてしまったことに気づいたら――

 

「まあ――」

 

 リリスの姿は消え、草が敷き詰められていた足元は無機質な岩になり、青かった空は星と闇に彩られ――

 

 

素直になってもらってから(実験体にしてから)お話は聞けばいいですよね?」

 

 

 少女のしもべによく似たナニカに、周りを取り囲まれていた。




 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 最後の方におまけを用意いたしましたので、よろしければご覧ください。

おまけ①もしリリスの情報が公式サイトに載ったら

・Characters

 パヴァリア光明結社の開発局長。自称「もっぱらモノづくりにいそしむ女」。

 組織の様々な技術の開発はいつも彼女の知識が役立たれており、アルカ・ノイズやファウストローブの開発などにも多大な貢献をしている。
結社内では、彼女のセンスの高さに憧れる者も少なくない。

 ただし、保有する魔力はサンジェルマンたちのような高位の達人には及ばず、結社の一部からは「なぜ統制局長と逆なんだ」といろんな意味で嘆かれている。なお、肌をさらすのは好まない方だと思われる。

 アダムと同じく実年齢は不詳とされ、実は先史文明期の人間じゃないのかと噂されている。

・Keyword

 パヴァリア光明結社の一部門を束ねる立場にある開発局長。

 魔力こそ中堅クラスだが、機能特化型アルカ・ノイズをはじめとした様々な技術の開発に携わっているという実績がある。
 そのため組織内では、統制局長と対比して「何かを生み出すことなら最高水準の錬金術師」と呼ばれ、トップ以上に慕う者も多い。(逆にトップを揶揄しているともいえる)

おまけ②メリュデをXDに出してみたら

レアリティ(初期) :星5
属性 :怒
種族 :聖遺物
リーダースキル:怒属性の物理DEFを10%(→15%→20%)上昇
パッシブスキル:シンフォギア装者のパッシブスキルを無効にする(4ターン→6ターン→8ターン)
必殺技1:力を奪う
・3ターン(→4ターン→5ターン)の間シンフォギア装者のATKを10%(→20%→30%→50%→60%→80%)減少し、味方であるメリュデのATKを10%(→20%→30%→50%→60%→80%)上昇する
必殺技2:ソウゾウシイサツリク
・敵全体にATKの120%(→130%→140%→150%→160%→170%)の物理ダメージを与え、且つ3ターン(→4ターン→5ターン)の間自身のDEFを10%(→20%→30%→50%→60%→80%)上昇する

 だいたいこんな感じだとイメージしています。ステータスは調より低そうな印象です。
→は、覚醒・限界突破で上昇していくことを表す表示です。他の細かい仕様などはご想像にお任せします

 おまけは以上です。更新できるかどうか怪しい所ですが、できれば次回もお願いいたします。


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ノイズVSアルカ・ノイズ

 戦闘回ともいえない戦闘回です。それでもいいという方のみご覧ください。

 あと、もしかしたらログインユーザーではない方の中にも感想を書きたい方がいるかもしれないと思ったため、アンケートをとることにいたしました。
 後書きの下にアンケートがございますので、よろしければご回答ください。20日の23:59あたりで締め切らせていただきたいと思います。

 それでは、どうぞ。


 錬金術とは、狭義的に言えば、卑金属を貴金属に作り直そうとする試みである。他の錬金術はどうかはともかく、少なくともリリスの扱う異端技術交じりの錬金術は、金属だけでなく、石や水といった自然物、道具などの人工物のほかに、生命なども、分解し、構築しなおす対象に入っている。

 

 「実験体にする」。このリリスの言葉に嘘偽りはない。

 だが、ノイズを生み出す少女を囲んでいるアルカ・ノイズに下されている命令は「目標を分解せよ」であり、どう考えても少女を赤い粉塵になるまで分解するつもりしかないように思える。

 

 だが、錬金術師ならば、言葉と行動に矛盾は生じない。

 なぜなら、錬金術は知識さえあれば、生命であろうとも分解したものを再構築できるのだから――

 

 

 

 

 

 

 亜空間に閉じ困られてから少女が最初に取った行動は、自身を取り囲んでいる()()()()()()の始末だった。

 しもべを生み出し、ぶつけ、消す。彼女がとれる行動はそれだけだったが、これはうまくいっていた。敵とぶつかったしもべは炭となって消えていくが、敵もまた赤い粉塵となって消滅していくからだ。

 少女にとって、しもべは限界が来るまでなら量産できるものだったので、消滅する分この前戦った装者たちよりは容易い敵に感じた。あとは、敵が全滅するまで量産を続ければいいはずだった。

 

 

 

 ――異変に気づいたのは、何分か経ったぐらいだった。

 

 

 

 ぶつければ消えていくはずの敵の中に、いくらしもべをぶつけても消滅するのはこちらだけで、まったくダメージを受けていないように見える敵が何体かいたのだ。

 それは巨大な球のようであり、全体が白く発行していた。よく見れば、それにぶつかったしもべは見慣れた炭の色になって崩れ落ちるのではなく、敵を消滅させたときに出るような赤い粉塵をまき散らして消えていくのだ。

 

 さらに、少女はもう一つのことにも気が付いた。

 あの丸い敵以外のしもべもどきにぶつかっていくものの中にも、赤をまき散らして消えていくものがたまにいるのだ。そういうしもべは、どうやら一方的にこちらが消滅していくようで、なんとなくだが、あの丸い敵のように白く輝くところに触れてそうなっていくような気がした。

 

 それに、最初は限りあると思っていた敵の数が、まるで減っていかない。どこからか補充されていることを察したが、どこからかが分からない。

 少し休んだとはいえ、少女はまだ本調子とは言えなかったため、疲労という名の量産の限界が少しずつとはいえ近づいてきた。

 

 敵の数は減らず、自身は少しずつ消耗させられ、さらに時々とはいえ一方的にこちらのしもべを消滅させられる。

 幸い一番の問題である丸い敵の移動速度は驚くほど遅いが、それでもゆっくりとこちらに向かってくる様子は逆に不気味に思える。

 

 少女は、じわじわと自分が追い詰められていくのを肌で感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 リリスは、亜空間に閉じ込められた少女の様子を、内部にいる監視機能付きのアルカ・ノイズから送られてくる映像で観察していた。

 

 機能特化型の開発に参加していた彼女は、亜空間を作り出すアルカ・ノイズ以外にも様々な機能に特化したものを作り上げていた。例えば、いま少女が警戒しているボール型のアルカ・ノイズもそうである。

 

 全体を解剖器官でおおわれているため、端から見ると白く光り輝いているボールのように見える。

 このアルカ・ノイズの恐ろしいところは、どの部分も解剖器官でおおわれているため分解されずに触れることはほぼ不可能であり、強力なエネルギーによる攻撃でない限りは通じることはないと想定されていることである。

 すなわち、この「物理攻撃完全無効化」をコンセプトにして作られたアルカ・ノイズに対抗する手は、ノイズを量産して従わせるだけの少女にあるはずがないと結論付けることができる。

 

(もっとも、干渉破砕効果を無効化するよう調整されたシンフォギア相手では無意味ですが)

 

 自身の攻撃が全く通用しない敵を始めとした現状に焦りを見せ始めた画面の中の少女を見ながら、リリスは揶揄するようにそう考えた。

 シンフォギア相手だと鎧袖一触の勢いで倒されていく同じ雑魚同士でも、錬金術により長年にわたる改良を受けたアルカ・ノイズの方が多少勝っているという目の前の結果に対して、彼女は実に無機質な感想しか抱いていなかった。

 

 むろん、目的を確実に達成させるために用意している特化型は、この「無敵型」と現在進行形で亜空間を発生させているアルカ・ノイズだけではない。

 「亜空間型」と同じように光学迷彩で姿を消し、さらに通常のアルカ・ノイズを量産する役目を負った「戦力投入型」が逐次アルカ・ノイズを出現させ、少女を追い詰める要因の一つとなっている。

そして同様に姿を見えなくしている「観察型」が、まさに今リリスが見ている映像を届けており、亜空間内でトラブルが起きてもリリスが外から対処することを可能としている。さらにいえば、カメラやマイク以外にも様々な観測器具が組み込まれているため、目や耳で捉えられない情報もしっかり把握することができている。

 

 備えあれば憂いなし。まさにその言葉を体現しているかのように、失敗の可能性が万に一つもないと考えられるほどの万全の状態であった。

 人類の天敵であるはずの少女は、もはや蜘蛛の巣に絡めとられた蝶だった。人類の叡智の積み重ねという糸を、抜け出す穴がないように慎重に編んだテリトリーに、はるか過去の遺産に頼るだけの少女が捕られられていた。

 

「まあ、ここに至るまでの経緯を見ると、ただ『頼っていただけ』というわけでもないのでしょうが」

 

 結果的に追いつめているとはいえ、この状況になるまで消耗したアルカ・ノイズの数も把握していたリリスは、ぽつりと呟いた。

 

 そもそも、アルカ・ノイズの位相差障壁の出力を、通常のノイズ以上に引き上げるあの亜空間で、ここまで長時間持ちこたえられる方も大概なのだ。

 確かに、それなりに仕様が違うとはいえ同じノイズであるためか、相手側のしもべ(ノイズ)の位相差障壁も強力になっているようだが、それでもアルカ・ノイズのそれと同等ぐらいである。

 

 位相差障壁とは、いわば高さの違いである。

 全く同じ緯度・経度の場所に存在していても、標高の高さが違えば二つのものは直接ぶつかることはない。上にある――もしくはいるモノが、下のモノに高さを合わせるように高度を下げるか、その逆が起こらない限り接触は起きないのだ。

 位相差障壁を持つノイズとアルカ・ノイズは、この例えだと他のモノより高い位置を保持することができることになる。さらに、今わかっている範囲ではノイズと同じ高さに至れる方法がないため、あちらから高度を下げて攻撃をしてこない限り――といっても、その場合はだいたいこちらが消されるのだが――こちらから有効な手を打つことができないのである。

 

 

 

 ――では、接触することができる(同じ高さにある)ノイズとアルカ・ノイズならどうであろうか。

 

 

 

 ノイズは、相手に接触するなり自身とともに炭化させることで攻撃をおこなっている。

 対して、アルカ・ノイズの攻撃方法は、体の一部となっている解剖器官で、相手をプリマ・マテリアという赤い粉塵に分解するという一方的なものである。

 

 かたや自爆特攻。かたや物理的防御も無効化し、自身にダメージがない攻撃。

 同数を用意した場合、比べるまでもなくアルカ・ノイズに軍配が上がるのは確かなことであるはずだった。

 

 しかし、あの少女が生み出すことのできるノイズの数が想像を超えていたこともあるとはいえ、当初予想していた以上に、相手から取った駒の数に対して自身の駒を多く取られていたのだ。

 錬金術の歴史に及ばないとはいえ、おそらく長年にわたって使い続けることによって向上してきた、あの少女の巧みなノイズ操作技術が自身の想定を上回る状況を作り出していることをリリスは実感した。

 予定時間を過ぎてもなお、「少女を分解する」という目的を果たすことができていないのは、ある意味当然だといえた。

 

 だが、結局のところ「予定よりも時間がかかった」という結果以外、この状況においてリリスの想像を超えたものは何もなかった。

 まだ抵抗を続けているとはいえ、見たところ少女も疲れ始めてきたようだ。聖遺物の()()のために絶え間なく襲撃を続けた疲労もたまっていただろうに、よくここまでもったものだとリリスは感心した。と同時に、その割には、少女の体に蓄積されているフォニックゲインの量が1%ぐらいしか減っていないことから、フォニックゲインとは別にノイズの生産には体力が消費されているのだろうと考察することもしていたのだが。

 

 ――だが、彼女の心には、得体のしれない不安があった。

 

(状況的に、こちらの優位が揺らぐ兆候はない。

 にも関わらず、今にもどんでん返しが起きる気がしてならない。なぜ……?)

 

 そこまで考えて、ふと、映像の中の少女と目が合った。

 どこまでも深い闇の中に、暗くも激しく燃える炎が映っているように見える瞳。このような瞳に、自分は覚えが……。

 

「……ああ、そういうことですか」

 

 そこまで考えて、答えにたどり着いたリリスは、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

 

 かつてそれは、全世界へと届けられた映像の中で見た瞳だった。

 その瞳は、あの少女のように憎しみで染まっていたわけではない。だけど、その瞳には「正義」が宿っていた。

 

 サンジェルマンのように、目的は理想であっても、そこに至るまでの手段が理想に反しているという矛盾に気づきながらも、自分の「正義」を他人に強制するものとは違う。

 手段が目的と相違することなく、ゆえに心の奥底から信じて行動することができる「正義」だ。そしてその行動の先に、ほんのわずかばかりでしかないはずの可能性をつかみ取り、自身が望む結果をつかみ取ることができる者の目だった。

 

 あの装者の行動は「善」であるため、いまだ人類は存続している。しかし、あの少女は……

 

「悪……いや、()()()()()()()()でしかないのでしょうね……」

 

 

 

 

 

 

 ――このままじゃ、負ける。

 

 ノイズを生み出す、人類の天敵たる少女は、自分の敗北が目前にまで迫ってきたことを肌で感じ取っていた。

 

 いくらしもべを生み出して向かわせても、あの丸い敵にはまるで歯が立たない。

 さらに他の奴らも、完全に一方的というわけではないにしろ、こちらの方が不利であることには変わらない。しかもそいつらは、どんなに倒しても倒しても減る様子がない。切りがない、という思いを、皮肉にもこの前の装者たちと同じ立場になって少女は抱いた。

 

 自分のしもべが、あのしもべもどきに赤く砕かれていくのを見ると、自分もいずれああなるということを嫌でも実感させられる。

 今こうしてしもべを生み出し続けているのは、あの運命をできるだけ遠ざけて死から少しでも逃れたいからだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――違うっ!!)

 

 

 

 否! 否!! 否!!! そうではない!!

 あの運命から逃れるためじゃない!! あのふざけた奴らを倒して、あの人間を殺すためだ!!

 自分が死ぬのが怖いからじゃない!! この世から殺しつくさなきゃいけない奴らがいるからだ!!

 

 だから、こんなところで死ねるものか!! まだあいつらに奪われたものを帰すべき場所に戻せていないんだ。

 だから! だから!! だカラ!!! ダカラ!!!! Daかlぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——オマエタチカラ、コノヨカラケシテヤル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の中で憎悪と決意がまじりあい、一つの実を結んだ。

 それと連動するかのように、少女の体にも変化が起きた。

 

 少女の体の至る所から、色とりどりのナニカが出てきた。

 それは、まるで肉塊のようだった。血管が浮き出ているわけでも筋肉が下にあるわけでもないのに、肉のように有機的で脈動をするものが少女の体の中からあふれてくる。

 手からは赤、腕からは橙、胴体からは緑、背中からは紫、腰からは桃色、脚からは黄色、足元からは青、そして頭からは黒い肉塊が顔を出し、ふくらみ、少女の体を覆っていく。

 

 この肉塊の正体は、ノイズであることは明らかである。

 ルナアタック、フロンティア事変において、複数のノイズ同士、あるいはノイズと聖遺物の融合ができることは確認されている。

 

 いわばこれは、その応用である。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今までの融合は、ソロモンの杖の操り手によって指示され、おこなわれてきた。

 しかし今回は、彼女自身の意志によって、ノイズが融合している。そして、ある意味ノイズ自身である彼女の望む形で融合が行われるということは、最高のパフォーマンスで、彼女の望む形に最も近づいて()()が構築されることに他ならなかった。

 

 

 

 ——もっとも、この前の装者たちとの戦闘があったからこそ、()()が顕現したとは皮肉な話だが。

 

 少女を呑み込み、どこまでも膨れ上がっていくかと思われた肉塊は、200mほどの高さまで大きくなったらピタリと膨張を止めた。そして今度は、内側に押し込まれていくようにみるみると小さくなっていき、ノイズの主――いや、ノイズの()()たる少女の形へと変わっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、災厄は進化した。

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 実際にノイズとアルカ・ノイズが戦ったらどうなるかが分からなかったので、改良されたというアルカ・ノイズの方が上位ということにしてみました。位相差障壁についての解釈などは本当は違うのかもしれませんが、設定はガバガバなものでお許しを……。

 最後に、大したものではありませんが、おまけを一つ。

おまけ もしメリュデをXDに出してみたら②(楽曲編)

□アバター「メリュデ」にセットできる楽曲(願望)
・「明日に繋がる左腕」
・「迷いも怖れも断殺できれば…」
・「SOL=NIGER」

 完全に願望です(笑)できれば次回もどうかお願いいたします。


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進化する災厄・希望に相克する

 今回は、自分では出来が良いと思える回でした。つまり、これが限界OTL

 あと、実際に自分でアンケートの機能を利用してみて気づいたのですが、あれってログインユーザー専用だったんですね。言われてみれば当たり前でした。なにはともあれ、アンケートのご回答も、どうぞよろしくお願いします。

 それでは、どうぞ。


 ――体が、動かない……!

 

 さっきまで問題なく動けていたはずなのに、たったの一撃で、イグナイトモジュールが解除されて、そのうえ身じろぎ一つすら取れない……!

 仰向けになったままだからよく見えないけど、多分、同じように攻撃を受けた翼さんやクリスちゃんも同じ状態だと思う……!

 

 ファウストローブをまとって、私たちを追い込んだ人たちが何かを話している……。よく分からないけど、たぶんイグナイトを一瞬で打ち消した力のことだと思う……。

 

「あなた達がその力で誰かを苦しめるというなら、私は……」

 

「誰かを苦しめるだと? 慮外な。我々の積年の大願は人類の開放であり、支配の軛から解き放つことに他ならない」

 

 なんとか絞り出した一言に対する返答は、私にとって全く理解できないことだった。

 だったら、どうしてここにいる人たちに危害を加えようとするの?

 直接的でなくても、バルベルデのようにアルカ・ノイズで苦しめられている人たちだっている。

 

 言ってることは全然わからない。けど、いいことをしようとしているのはなんとなく分かる。でも、どうして誰かの命を犠牲にしなきゃいけないのかが分からない。

 

 理由を教えてほしい、それが誰かのためなら手を取り合える。そう言っても、相手には不思議そうな顔をされるだけ。

 やっぱり、ダメだ。頭が悪い私には、いいことをしようとしているはずなのに誰かを踏みにじるようなことをする理由がどうしても分からない。これならまだ、この前であった、戦わなきゃいけないあの子の気持ちのほうが理解できるような気がする。

 

 

 

 ――ダッテ、ワタシノナカニモオナジモノガアルモノ――

 

 

 

 一瞬、なにかが頭の中をよぎった私の目に映ったのは、太陽のように大きくて熱い火の玉だった。

 

 

 

 

 

 

「……嫌な気がしていたとはいえ、こんなことになるとは想定外にも程がありますよ」

 

 画面の向こうで起こった異常は、無論リリスも把握していた。が、芽を出した異常の種は彼女が止める間もなく花を咲かせ、気づいた時には結実していた。

 膨大な量の肉塊を体からあふれ出させ、包まれたと思った少女の姿は、いまや元々は()()だったと想定されるものを身に纏って前を見据えていた。心なしか、その眼は今までよりもさらに鋭さを増したようにも思える。

 

 彼女の体を薄くも確かに覆っているものは間違いなく肉塊が変化したものであり、数センチに見える厚さでありながらも、下手をすれば城壁よりも崩すのが困難であるかのようにリリスは感じた。

 進化した彼女が手に入れた頑強な盾であり、必殺の剣。その正体は、シンフォギアやファウストローブと同じ――

 

「――ノイズを基に作られたプロテクターなど、想像できるわけがないでしょう」

 

 そう、彼女は自分がかつて相対した装者たちのシンフォギアを参考に、自身の持つフォニックゲインをノイズを生み出す聖遺物の力を媒介にして、ノイズの能力を持ったプロテクターとして肉体に固着させたのだ。

 そしてノイズの情報をプロテクターの構成に組み込んだため、よく見れば少女の纏う衣装には、彼女のしもべを模したような意匠がこらされていた。

 

「……あのプロテクターの構築に使われたエネルギーは、通常のノイズ数万体分……。

 下手をしなくとも、『完全な肉体』の総量を超えていますね……」

 

 正直、そんな恐ろしいものの存在を認めたくはないが、観察型から送られてくる情報に間違いがあるとは思えず、リリスは頭を悩ませる。

 つまるところ、あのプロテクターは、不老長寿の肉体――錬金術の思想の一つの到達点をある意味超えたところにあるという結論に達したのだ。

 

 もっと解剖を急いでいれば。そう思わなくもないが、今はとりあえず目の前の緊急事態に対応しようとして――

 

 

 

 ――フッと、少女が消えた。

 

 

 

「なっ!?」

 

 リリスは慌てて映像を巻き戻し、どこに消えたか確認しようとする。だが、いくら巻き戻しなおしても、その場でいきなり姿を見えなくしたかのように消えたことしか理解できないのだ。

 しかも、視覚情報だけではなく、サーモグラフィー、赤外線、聖遺物を始めとした様々なエネルギーをとらえる機器まで全く反応を示さなくなっていた。

「この世から存在を消した」。そう表現するのが最も正しいかのように、少女は痕跡を消していた。

 

「……これがあのプロテクターの力ですか。理屈はまだ分かりませんが、高度なステルス性能を持っているようですね」

 

 リリスは、この怪奇現象じみた状況の要因は、少女が纏っていたプロテクターの効果だと結論付けた。

 どの観測器具にも反応しない理由をステルス性だと仮定したうえで、どのようにしてレーダーの感知範囲から逃れているかにリリスが思考を移そうとした瞬間、状況は次の段階へと進んでいく。

 

 さきほどまで少女の四方を囲んでいたアルカ・ノイズの集団。その南方向の一団の反応が、突如として一斉に消えたのだ。

 

「! 新しいオモチャが手に入ったから、さっそく邪魔者の排除という事ですか!」

 

 反応を一斉に消した南の集団から、徐々に西の集団に向かってアルカ・ノイズの反応が消えていく。そちらの方に観察型のカメラを向けてみれば、驚くべきことが起こっていた。

 

 そこにはなんと、まるで見えない刃に切られ、打撃を受け、鉄槌に潰されていくかのように形を崩し、プリマ・マテリアをまき散らしながら消滅していくアルカ・ノイズ()()の姿があった。

 大量のアルカ・ノイズを葬っているというのに、それを為しているであろう襲撃者の姿は、カメラに姿を一切見せないまま攻撃をおこなっているのだ。

 

 しかし、観測型から送られてくるデータによると、視覚ではとらえられないが、確かにそこに何かが存在していることが分かる。

問題は、攻撃が加えられるインパクトの瞬間にしか、その存在を感知できないという事だ。これが意味することは、アルカ・ノイズを攻撃する瞬間まで、あの少女は高度なステルス機能で位置を察知されないようにし、姿に至っては徹頭徹尾見えないままで敵を殲滅していっているということだ。

 

 無敵型をぶつければ何か分かるかもしれない。そう思ったリリスは、無敵型がそちらに移動するように操作する。

 物理攻撃を無効化するよう設計された無敵型。対して、アルカ・ノイズの崩れ方からして、物理的な方法で攻撃を仕掛けていると予想されている少女。そのまま倒すことができれば問題は解決し、そうでなくても接触によって何か分かることがあるだけでも十分な収穫である。

 ゆっくりとだが着実に、無敵型は今まさにアルカ・ノイズが次々と消されていく現場へと向かっていく。そしてあと十数メートルといったところまで近づいたところで……

 

 

 

 無敵型が、内部から破裂するようにその形を崩し、赤く消滅していった。

 

 

 

「…………」

 

 そして、無敵型の近くに居たアルカ・ノイズの集団に標的を変えたようで、また通常のアルカ・ノイズが消えていく状態に戻っていく。

 リリスは、無敵型が消滅していく様子、そしてその数舜前に無敵型の()()から反応が感知されたことを判断材料として、一つの結論を出した。

 

「……今までのノイズやアルカ・ノイズとは比べ物にならないほどの『位相差障壁』。それが高度なステルス性と、解剖器官に覆われているはずの物理型を打倒できた理由ですか……」

 

 リリスの言う通り、あの少女が纏っているプロテクターの能力の一つは、高すぎると言ってもいいくらいの出力を誇る「位相差障壁」である。

 存在を異なる世界にまたがらせることで、通常の物理法則化にあるエネルギーの効果を著しく低下・無効化させる能力。あのプロテクターは、より高度な存在比率の調整を可能とし、()()こちらの世界に存在しないようにしながら一方的に攻撃を加えることができるようにしているのだ。

 だからこそ、様々なレーダーが反応できないまでに存在を()()()()()()消すこともできるし、問答無用で触れたものすべてを分解する無敵型も、位相差障壁で表面の解剖器官に極力接触しないよう調整し、解剖器官()()の構成要素しかない内部から攻撃を加えて消滅させることも赤子の手をひねる化のようにやって見せたのだ。

 

「ならば」

 

 結論を出したリリスは、現在進行形でアルカ・ノイズと少女がいる空間を作り出している亜空間型に、()()()()()()()()()()()()ように命令を下す。

 その命令を下された亜空間型によって空間の質は変化し、内部にいたアルカ・ノイズたちの位相差障壁の出力は瞬く間に低下し、最終的にはほぼゼロに近い数値にまで引き下げられていく。

 

 亜空間の効果は、すべてのノイズの位相差障壁の出力を引き上げ、シンフォギア装者の「調律」を相手にしても易々とやられないようにするためのもの。

 ならば、逆にその効果を反転させ、ノイズの位相差障壁の出力を極限まで引き下げてしまえば、あのプロテクターの効果も多少はかき消されるはずと判断したのである。

 

「……なんとかもう一度目にすることができましたね。しかし、流石に完璧に無効化することはできませんでしたか」

 

 そして、ようやく少女は、プロテクターをまとったその姿を現した。とはいっても、亜空間の効果で無効化できたのは少しばかりのようで、プロテクターの位相差障壁の機能のためか、「調律」されていないノイズと同じく半透明の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 アルカ・ノイズの集団の中に姿を現した少女。存在自体を感知できなかった先ほどまでとは打って変わって、少女を分解しようと錬金術師のしもべたちは襲い掛かっていく。

 

 こちらの世界に少しばかりとはいえ存在を引きずり出され、危機的状況に陥ったように見える少女は、しかしそれでも慌てることなく、先ほどに同じように攻撃を仕掛けていく。

 まずはアルカ・ノイズの群れの中に真正面から突っ込み、両腕の爪のようになっている刃で、敵を次々と切り裂いていく。技術も何もない剣閃だが、プロテクターのもう一つの機能として身体機能が大幅に向上しているため、他の融合症例と同じだけの力強い動きが、大量の殲滅を可能としているのだ。

 

 だが、所詮は素人の動きでしかない。攻撃が大振りであるがために隙ができやすく、背中を見せられたアルカ・ノイズたちが一斉に迫ってくる。

 

 その時、少女の両肩の装甲から、先ほどと同じような肉塊が、まるで木の枝のように縦長に、それでいて一瞬で飛び出してきた。

それぞれの肩から生えてきた枝は二本ずつで、それらは伸びていけば伸びていくほど先の方が太く大きくなっていく。先は細かく五又に分かれていき、まるで手のようなかたちに変化していく。さらに。気が付くと、肩から生えた枝は、まるで巨大な手を携えた阿修羅の腕のようになっていた。

 少女を後ろから襲おうとしていたアルカ・ノイズたちは、その巨大な腕で薙ぎ払われ、叩き潰され、握りつぶされ、チリと化していった。

 

 少女の周囲を囲むアルカ・ノイズが全滅したところで、少女は自分の腰についていた、手榴弾と同じぐらいのサイズのピンクの球を一つ、もぎ取るようにして手に取り、それをそれなりに距離のある敵の集団に向かって投げつけた。

 投げつけられたボールは、アルカ・ノイズの集団のど真ん中の地面に当たりその場で跳ねた後、その集団全てを巻き込むほどの大爆発を引き起こした。その中には観察型と呼ばれる情報収集担当のアルカ・ノイズも存在しており、リリスの目と耳が一つ、消滅したことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 リリスは、観察型のうちの一機を失ったことを、送られてくるはずの映像などが途切れたことで察した。

 それは他の観察型も例外ではないらしく、次々と映像が写らなくなっていく。最後に観測できたエネルギーなどを参考にすると、あのブドウのような形をしたノイズが持つものと同タイプの爆弾の爆発に巻き込まれて消滅していくようだった。

 

「なるほど。位相差障壁だけではなく、特殊な能力を持つノイズと同じ力も使えるという事ですね。さらに、シンフォギアやファウストローブ同様、エネルギーを質量に変換して、さらなる武装を展開することも可能としますか。

 おそらくシンフォギアでも『調律』することは至難であろう位相差障壁を持つプロテクター……さしずめ『対シンフォギアプロテクター』――いや、『ノイズ・アーマー』とでも呼びましょうか」

 

 リリスが少女の纏うプロテクターに名前を付けたところで、そのノイズ・アーマーが画面の向こうでさらなる変化をおこなっていた。

 背中に装着されている、飛行するノイズと同じタイプの翼がより大きく展開されたかと思ったら、まるでジェット機のように少女が宙に浮いたのだ。その姿は、まるでシンフォギアのXDモードのようであった。

 そうして空をも自分の戦い領域とした彼女は、上空を飛ぶアルカ・ノイズにも攻撃を開始する。

 

 自由自在に空を駆け抜け、敵を鎧袖一触で散らしていくノイズ(少女)の姿を視界に収め、リリスはある決定をする。

 

「……仕方ない、ここは引かせてもらうとしましょうか」

 

 あの少女がリリスにとって予想外のことをしでかしてから、リリスの頭の中には既に「撤退」という二文字が浮かんでおり、今の彼女の戦闘能力を見てからは、もはやそれ以外の選択肢を取ることは毛頭なかった。

 ノイズ・アーマーを纏ってから今までアルカ・ノイズを差し向けていたのも、あのプロテクターに関する情報を観察型を通じて収集するためであり、「分解」や「討伐」は現段階ではもはや二の次なのだ。彼女にとって戦闘とは、差し迫った事態でない限り勝率を100%に限りなく近づけた万全の状態で仕掛けるものであり、不測の事態が起こった時点で前提は崩れたのだ。

 

 そもそも、無敵型や戦力投入型のような機能特化型を含めた殆どのアルカ・ノイズが壊滅したこの状況で、どう逆転しろというのか。

 確かに、リリス自身が戦えば勝率は上がるかもしれないが、あいにくと()()()()()戦闘向きではないし、自分用のファウストローブも開発途中だ。こんな死ぬのが目に見えている戦場に、決死覚悟で挑むほどの価値を彼女は感じていなかった。

 

 つまるところ、もう勝つ気がなくなっていたのだ。

 

「ですが、次回はその能力にもしっかり備えさせていただきますよ」

 

 しかし、これは敗北ではない。なぜなら、()()という戦利品を持っているからだ。

 情報さえあれば、対策を取ることができる。対策があれば、今度こそ完璧な勝利を手に入れることができるのだから。

 戦いにも完璧さを求める。それもまた、リリス・ウイッツシュナイダーが錬金術師であるがゆえなのかもしれない。

 

「さて、帰りますか」

 

 そう言って彼女は、観察型がすべて破壊されたために砂嵐(ノイズ)しか映らなくなった画面を後にした。

 そして拠点に帰るために、ふところからテレポートジェムを取り出し、ふと、腹部に違和感を覚えた。腹でも痛めたのかと思い、下を見ると

 

 

 

 

 

 自分の腹が、先ほどまで見ていた刃で貫かれていた。

 

 

 

 

 

「!? ガッ・・・」

 

 まるで認識するのを待っていたかのように、リリスの口からは血があふれ、刃と接触している腹部から炭素化が始まる。

 リリスがなんとか後ろを振り返ると、やはりあのノイズ(少女)の姿がそこにあった。相変わらずその瞳は暗く輝き、目の前のリリスを通して人類への憎しみをたぎらせているように彼女は思えた。

 

(まさか……亜空間型をこんなにも早く倒し……私にたどり着くとは……。

 まったく……なにからなにまで……よそうがいです……ね……)

 

 そして、腹部からの浸食は全身へと広がり、とことん出鱈目な少女にあきれたのを最後に、このリリス・ウイッツシュナイダーは炭となって砕け、意識は遠くへと飛び去って行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその意識は、遠くの本拠地にいるリリス()()へとその分だけ還元されていった。

 

「……まさか()()()()()()を一体失ってしまうとは。

 いや、これはどちらかというと私の油断ですね。彼女は一つの要因に過ぎない」

 

 そう言って、本体であるリリス・ウイッツシュナイダーは苦笑する。

 彼女の言う通り、先ほどノイズの少女に殺されたリリス・ウイッツシュナイダーは、彼女本人が操るホムンクルス――つまるところは分身でしかない。

 

 ホムンクルスは、それなり以上に錬金術を習熟した術師なら製造することができる人工生命であり、その役割はもっぱら労役や生体実験、それに自身の記憶を転写することによる擬似的長寿である。

 リリス・ウイッツシュナイダーという錬金術師は、これをどちらかというと「労役」を目的として使用しているが、あくまで労役をするのは「彼女自身」である。

 

 本人自身の脳を「親」の端末、ホムンクルスたちの脳を「子」の端末として、魔力をエネルギー源として精神ネットワークを構築し、リリス本人とホムンクルスたちの意識を共有させているのだ。

 よって制限が掛けられなければ、ホムンクルスが経験したことは本人も経験したと認識するし、その逆もまた然りである。

 

 ゆえに、たとえホムンクルスが倒れたとて、本体であるリリスが無事である以上、次の対策を立てられることには違いないのである。

 

「しかし次回と言っても、また空間をいじくって移動することが容易に想像できる以上、対策を立てても次に接触できるのは難しそうですね。

 仕方ないから、別の方法でアプローチをかけることにしましょうか」

 

 そこまで考えて、リリスは()()()()()()()()()の一体にテレパスが届くのを感知した。送り主はどうやら、サンジェルマンのようだ。

 

『ウイッツシュナイダー。調子はどうかしら』

 

「おや、サンジェルマン。おかげさまで体の調子はいいですよ」

 

『ふざけないでもらえるかしら。例のノイズを生み出す少女の件だ』

 

「ああ、そっちですか。いやぁ、お恥ずかしいことに失敗してしまいましたよ」

 

『……なに? 失敗だと? お前が?』

 

「ええ、予想以上の能力を隠し持ったいたようで。私としたことがつい穴を残してしまいましたよ」

 

『……あなたでも、そういう時はあるものなのね』

 

「お気遣いどうも。ご心配なく、今回得られたデータを、次の成功につなげますよ」

 

『わかったわ。あなたの能力と、錬金術師として完璧を希求する姿勢は信頼している。

 引き続きあの少女への対処は任せる』

 

「了解しました。そちらもご武運を」

 

 サンジェルマンとのテレパスが切れた後も、リリスはあの少女へのアプローチとして、彼女の情報を集めるための方法について考える。

 

 一つは、目的。世界各地の聖遺物を奪取しているようだが、なんのために集めているのか。一見すると、管理している国も出自となる伝承も保有する機能もバラバラだが、他の聖遺物は全くの無視でこれらを集めているため、なにかしらの共通点があるとみていいだろう。

 まずは彼女が今まで奪ってきた聖遺物の情報をまとめなおし、何を目的として回収しているかを調べるのが妥当だろうとリリスは考えた。

 

 そしてもう一つは、能力。今回その力をまざまざと見せつけたノイズのルーツを調べるのは当然だが、それよりも重視すべき問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 融合症例は、人と聖遺物の相乗効果により大量のフォニックゲインを発生させることができるが、アレはもはやそのような次元ではない。エネルギー量だけで言うなら、自分たちが作っている《神》にすら匹敵するだろう。あの人智をはるかに超えるようなプロテクターでさえ、その膨大なエネルギーの半分程度しか使われていないほどの途方のなさなのだ。

 

 調べることがたくさんありすぎる。そう思っていても、リリスはここで行動を起こさなければいけない気がしてならなかった。ここで頑張らなければ、人類そのものがなくなってしまうような、そんな予感。

 さすがにそれは大げさすぎる気もしたが、さっきのことを考えるとあながち気のせいとも言い切れない。リリスはため息をついて、まずは今回の戦闘で入手できたデータを精査することにした。

 

 

 

 

 

 

「しかし、最近は気の滅入ることばかりですね」

 

「ぼやかないの」

 

「仕方ないじゃないか。根絶したと思ったはずのノイズの復活にイグナイトモジュール殺し、さらにはツングースカ級の攻撃をしてくるパヴァリア光明結社の統制局長。

 現場に立つ人間じゃなくても、たまにはぼやきたくなるよ」

 

 長野県松代の風鳴機関本部にて、装者たちが「徹底的にして完膚なきまでの敗北」を喫した翌朝のS.O.N.G司令部では、オペレーター二人が軽い言い争いをしていた。

 実際、藤尭の言うことに間違いはない。パヴァリア光明結社とメリュデ、この二つの強大な脅威を相手にして、S.O.N.Gは力も技術も足りていなかった。

 この状況で一番精神的に追い込まれているのは、リンカーがないため長時間の戦闘を行うことができないF.I.S.組の三人の装者たちだった。特に、装者のなかでも若い調と切歌は、今にも無茶をしそうな雰囲気だった。

 

 無論、現状をどうにかしようと思っていながらも何もできないでいるのは、司令である弦十郎も同じだ。彼もまた厳しい顔をしながら、自分が力になることができない状況を誰よりも悔しく思い、自分を憎んですらいた。

 

「……ところで司令、本当に良かったのですか? あのことを隠したままで……」

 

 そう弦十郎に尋ねるのは、彼の右腕として多大な活躍をしてきた緒川慎次。陰から装者たちを支えている人物でもある。

 そんな人物だからこそ、弦十郎があることを隠していることに関して、装者たちへの精神的ダメージは好ましくないと共感できるが、それでもあの少女と戦う時のことを考えたら教えておいた方がいいのではないかというジレンマを抱えていた。

 

 そんな小川に対して――本人も同じジレンマにより悩んでいるのだろう――弦十郎も渋い顔で答える。

 

「藤尭の言う通り、今はなにがなんでも前を向かなければならない状況だ。

 少なくとも、これ以上の負担を彼女たちにかけることは悪手でしかないだろう。

 だからこそ、少しの間だけ俺達の胸の中にしまっておこうと思っている」

 

 ――かつて、他の者から歌を奪う旋律が存在した。

 

 その旋律は、もともとは「他者と手を繋ぎ合う」特性であったが、その者の「救いたい」という想いが、結果的に「他者の歌を奪う」という特性になったのだ。

 そしてこの旋律が、絶唱かそうでないかという違いがあるとはいえ、あの少女の旋律と同じ特性であるという予測がなされたのだ。

 

 つまり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノイズを生み出す少女の旋律が、響君と同じ『繋ぎ束ねる』特性かもしれないということはな」

 

 

 




響:完全敗北あきらめ笑顔ダブルピース(ニコォ
メ:完璧勝利どや顔ダブルピース(ドヤァ

 ラスボスが主人公と同じタイプ(のスタンド…)という展開はなかなか燃える展開だと自分は思いますので、そういう路線でいくことにしました。え? 後書きの最初のは何だって? さあ、なんのことでしょう……。
 ちなみに、冒頭の響たちが出てきたのが時間軸的にEPISODE4の終盤で、最後の司令達がEPISODE5の中盤くらいです。前回から時間が飛んでますが、安心してください。作者の未熟により、また飛びますOTL

 最近はXV特報をループ再生して聞きながらだと執筆がはかどっている作者です。本編が待ちきれない。

 今回もお読みいただき、ありがとうございました。おまけもいくつかついてますので、よろしければご覧ください。

おまけ①もしメリュデをXDに出してみたら③(二体目編)

レアリティ(初期) :星5
属性 :怒
種族 :聖遺物
リーダースキル:怒属性の受けるダメージを10%(→20%→40%)減少
パッシブスキル:錬金術師の攻撃にブロック効果を適用、毒、麻痺、火傷、封印、即死状態にならない、メリュデのDEFを20%(→40%→60%)上昇(4ターン→7ターン→10ターン)
必殺技1:消えてなくなれ
・敵3体にATKの140%(→150%→160%→180%→190%→210%)の物理ダメージを与え、3ターンの間錬金術師を毒状態にする。
必殺技2:センリツノケンセン
・物理無敵を無視して敵2体にATKの100%(→120%→140%→165%→185%→220%)の物理ダメージを防御を無視して与える。

 ステータスは、初期コスト74のアバターと同じぐらいだとお考え下さい。そのほかはご自分でお考えを。

おまけ②ノイズ・アーマーの見た目(言葉で説明)

・手…刃型の手を持ったヒューマノイドがモデル。カラーリングは赤で、それぞれ三本ずつの刃が爪のように装着されている(アニマル型響と同じような感じ)
・腕…一般的なヒューマノイドがモデル。カラーリングはオレンジで、手についていたアイロンみたいなのが腕の外側についていて、何気に防御力をあげている。
・胴体…巨大なヒューマノイドがモデル。カラーリングは緑で、特に特徴なし。
・翼…フライトノイズがモデル。カラーリングは紫で、モデルと同じ形の翼であり、より大きく、シンフォギアのように質量を増大させるように展開することで飛行能力を得る。胴体の背中側にくっついている
・腰…ブドウ型のヒューマノイドがモデル。カラーリングは桃色で、モンスター○ールが付いていそうなところに、モデルのものをかなり縮小したような爆弾がいくつかついている。ちなみに投げると、本家の十数倍の爆発を引き起こす。
・脚…今のところ特にモデルはなし。強いて言うなら、無印EPISODE9に出てきたギガノイズ(?)。カラーリングは黄色で、特殊能力はなし。
・足…一般的なノイズであるクロールノイズがモデル。カラーリングは青で、地面をすべるように移動できるかもしれない。

※以上の部位には、中心などにノイズのコアのような部位が見られる(腕は内側)

・頭…モデルは、強いて言うなら立花響。カラーリングは黒で、イグナイト時の頭の装飾みたいな感じ。というか本人の容姿が、立花響の髪を腰まで伸ばして、目つきをかなり鋭くさせて瞳の色を明度が低い黄色に変えたような感じ。

 おまけは以上です。できれば次回の方もご覧いただきますようお願い申し上げます。


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二度目の邂逅・顕現する絶望

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 アンケートの結果は、「書けるようにしてほしい」 が23件、「書けない設定でもいい」が65件でした。 また、結果的に21日の朝4:00頃までのアンケートとなったことを謝罪いたします。
 「このままでいい」という回答の方が多かったので、このままの状態にしておこうと思います。それとは別に、できればご感想の方を書いていただけると嬉しいと思っております。モチベーションにもなりますので、お願いいたします。

 これからもお読みいただきますようお願い申し上げます。
 それでは、どうぞ。


 チフォージュ・シャトーが墜落し、辺り一面が焦土とがれきの地となった、首都中心の周辺。魔法少女事変の傷跡が深く刻まれた場所で、再び装者たちは錬金術師を相手に戦っていた。

 

 エルフナインとマリアの命を懸けた探求のおかげで作られたLiNKERによって元F.I.S.の装者たちも戦えるようになり、相手三人に対して六人と数的有利は確保して戦うことができていた。

だが、相手は高密度の生命エネルギーを宿す「完全なる肉体」を持つ錬金術師。さらに相手は、装者たちの切り札を封じるラピスフィロソフィカスのファウストローブを纏い、その上戦闘力も増大させている。

 装者は人命を守るため。錬金術師は神の力を用いてバラルの呪詛から人類を解き放ち、完全なる世界を取り戻すため。互いに譲れない信念を持つ者たちの戦いは、熾烈を極めた。

 

 そんななかでも、立花響は相手の手を取ることを諦めない。諦めたくない。

 過去に虐げられたことのある彼女だからこそ、手を差し伸ばされることが救いになることを知っているからだ。

 

「言ってること、全然わかりません!」

 

 サンジェルマンの銃弾として放たれた蒼き竜は、立花響の言葉とともに放たれた一撃を見舞ったことにより吹き飛ばされ、その衝撃がサンジェルマンを襲う。

 なんとかその場で踏みとどまるサンジェルマンに向かって拳を突き出したまま、彼女の目の前で止まる響。

 

「だとしても……あなたの想い、私にもきっと理解できる」

 

 だからこそ、いわれのない中傷、自分を中庸だと信じている者たちの悪意により傷つけられた少女は、踏みにじられた過去を持つからこそ明日を自分の手で作ろうとする彼女と手を取り合いたいと思い、行動している。

 

「私だけじゃない。あなたの想いを理解してくれる人は、きっと他にもいる」

 

 サンジェルマンに語り掛ける少女の脳裏によぎるのは、彼女が地獄のような目にあった要因であるノイズを操る少女の姿。

 今だからこそ分かる。彼女の目は誰かに虐げられた者の目であり、だからこそ自分はその目に宿った感情に共感したのだ。

 

「だとしても、今日の誰かを踏みにじる方法で、明日の誰も踏みにじらない世界は作れないはずです」

 

 それこそ、だとしても、だった。もとは「普通」だった優しい少女である立花響に、名も知らない誰かでも自分と同じような目にあうことを許せるはずがなかった。

 それこそが彼女の握る、彼女なりの「正義」の形だった。

 

 響が彼女なりの正義を示すなかも、他の錬金術師と装者たちの戦いは続く。

 カリオストロが放ったいくつもの光線がクリスを襲い、マリアがクリスをかばうために自身の纏うアガートラームの特性であるベクトル操作を使い、攻撃を跳ね返すバリアを展開する。その跳ね返された攻撃のいくつかが、響とサンジェルマンの方へ向かってくる。

 

「! こっちへ!」

 

 響は敵であるにも関わらずサンジェルマンの手を引き、攻撃から逃がそうとする。なんとか直撃は免れたが、地面に着弾した際の衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる彼女たち。

 ダメージを受けながらも、サンジェルマンは自身を助けようとした少女に問いかけた。

 

「なぜだ……。私たちは……ともに天を頂けないはず……」

 

「だとしても……です」

 

 同じように傷つきながらも、サンジェルマンと理解しあうために手を伸ばす響。サンジェルマンは、そんな彼女の手を――

 

「思いあがるなっ!」

 

 振り払った。立ち上がった彼女は、振り払われた少女を見下ろして怒りの風貌で宣言する。

 

「明日を開く手はいつだって怒りに握った拳だけだ!」

 

 サンジェルマンの言う事にも一理ある。強い想いが世界を動かすのなら、それは怒りとて同じだとも言える。

 義憤。復讐。どのような形であれ、強い怒りを持つ者が歴史を作ってきたところも自身の目で見てきたサンジェルマンだからこそ説得力のある言葉だ。

 

「この場は預けるぞ、シンフォギ……!?」

 

 しかし、それを言うならば、

 

 この場にいるなかで一番明日を切り開くにふさわしい人物は、サンジェルマンではなく

 

 ()()ということになる。

 

「バカな……!? あの少女は……」

 

「え……?」

 

 サンジェルマンの様子が急に変わったことで、響の目線は自然と彼女が見つめる先に移り、シンフォギアを纏う少女もまた目を見開く。

 

「あの子は……!?」

 

 シンフォギア装者。錬金術師。二つの勢力の真っ向勝負が行われている戦場に、誰よりも人間に強い憎しみを持つ《ノイズ》が襲来した。

 

 

 

 

 

 

 新たな力を手に入れたノイズの少女は、シンフォギア装者たちと錬金術師たちのそばに転移してきた。

 といっても、彼女たちと戦うことが目的ではない。あくまで今の彼女の目的は仲間だったものの奪還であり、人類の殺戮ではない。

 

 少し前までは、人間を見かけただけで憎しみにとらわれ抹殺を第一として行動していたが、その行動の結果窮地に追い込まれたため、現在は自分の感情を抑えて目的の遂行を念頭に動くようになったのだ。

 とはいっても、彼女の人間に対する憎悪は全く浅くなっていないのだが。

 

 彼女の目的である聖遺物があるのは、残骸となったチフォージュ・シャトーの一室。あくまでこの場の面々は、偶然ここにいただけで彼女の目的には入らない。

 ノイズの少女は飛行型のノイズを何体か生み出し、そのうちの一体に乗って上のシャトー残骸に向かおうとし――

 

 

 

ズダダダダダダダダダダダ!

 

 

 

 ――飛んできた銃弾を回避するために、それを断念せざるを得なかった。

 鬱陶しそうに銃弾が襲ってきた方向を見れば、そこには煙を吹かすガトリング銃を構えたクリスの姿があった。

 

「こんなところで落ち合うたぁ、『石の上にも五日(いつか)』ってやつだな、おい!」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべるクリス。彼女からしてみれば、出会う事すら困難と聞かされていた因縁が、わざわざ向こうからノコノコとやってきたのだ。錬金術師がいることを考えても、今日こそ決着を、と思ってしまう彼女を誰が責められようか。

 

「待て雪音! 今は暁と月読が刃をへし折られている!

 彼女がこの二人に牙を向けぬほどの情けがあると言い切れるのか!」

 

「! ぐっ……」

 

 だが、翼に待ったの声をかけられ、クリスはうなり声を出すも自身の行動を思いとどまることになる。

 後輩たちに及ぶ危険を度外視してまで挑む覚悟があるかと聞かれれば、心根が優しいクリスは黙って矛を収める以外に選ぶことができなかった。

 

「まさかあの少女が来るとは……。二人とも、この場は引くわよ!」

 

「まさかこのタイミングで来るとは、ドンピシャすぎるわけだ!」

 

「ちょっと~!? これもリリスがしっかりしてないせいよ~! も~!」

 

 突然姿を現したノイズの少女に対し、撤退という選択肢を錬金術師たちは取った。ファウストローブで底上げされた彼女たちの錬金術でノイズを防ぐことができないというわけではないが、リリスから聞かされた少女の()()()のことを考慮すると、この選択は決して間違いではないだろう。

 

 それを見たマリアは、これを勝機だと感じ取った。装者二人が戦闘不能に陥ったために若干錬金術師たちに対して不利だった状況が、ノイズの少女が現れたことで彼女たちは撤退し、残る敵はノイズの少女だけになった。

 あの少女は、響たち三人の装者と互角に近い戦いをおこなっていた。しかも、相手にはヴォカリーズで歌を無効化する能力もある。錬金術師たちに勝てなかったのは正直悔しい気持ちでいっぱいだが、今はあの少女をどうにかすることが先決だと思考を切り替える。そのためには――

 

「……私があの少女の気を引き付けるから、三人は調と切歌を連れて戦線を離脱して頂戴」

 

「なっ!? それは無謀に過ぎるぞマリアッ!」

 

「適応係数だけじゃなくてバカ係数まで引き上げられてんのか!?」

 

「それは危険すぎますマリアさん! だったら私も――」

 

「あなたたちは、私たちが装者として戦うことができない間も、ずっと戦ってくれた。

 あなたたちこそ、これ以上の戦闘は危険というほかないんじゃないのかしら?」

 

 マリアの言葉に、響たちは押し黙ってしまった。

 確かに、錬金術師たちと直接戦闘をおこなうまで、響、翼、クリスの三名は、市街地を襲う三つ首の大型アルカ・ノイズを始めとした限りないアルカ・ノイズとの戦闘で、体力を大幅に消耗していた。正直なところ、これまで戦闘ができていたのは気力によるところが大きいと言っていい。

 

 だからこそ、まだ戦闘に参加したばかりで戦うことができる自分がおとりになるから、そのすきに逃げろとマリアは言うのだ。

 

「防人が、仲間を戦場に捨て置き、敵を背にして逃げることなど断じて……!」

 

「逃げるわけじゃない、これも救命活動の一つよ。今の調と切歌はもう戦うことができない。誰かが二人を連れて行かなければ、彼女に牙を向けられてしまうかもしれない

 だからこそ、ほとんど戦えないであろうあなたたちに、二人を助けてほしいの」

 

「だけどなぁ……!」

 

「ちょっと待ってください! なにか、あの子の様子がおかしいですよ」

 

 言い争いをしていた装者たちであったが、響の言葉に反応して少女の方を向く。

 この前問答無能で襲い掛かってきた少女は、超大型の飛行ノイズを生み出したり普通の飛行ノイズを生み出してチフォージュ・シャトーに送り出すことはしているが、それ以外に変わったことはしておらず、ましてや悠長に話をしているこちらに対して攻撃を仕掛けることなどまるでしてこなかった。

 

「確かにそうだ、なぜ攻撃をしてこない……?」

 

「まるで借り猫のようにおとなしくしてやがる……。いや、ノイズを出して何かしているのは確かなんだろうけどよ……」

 

 その様子を不審に思う装者たち。この前とは打って変わったような少女の態度が、正直不気味に感じたのだ。

 これでもしノイズが市街地を襲うものなら彼女の行動をただ見ているだけというのはありえないのだが、しかし大型ノイズでさえもチフォージュ・シャトーの上空からノイズを落とすだけで、人を襲う様子がまるで感じられない。

 相手が積極的に人を襲わない姿勢を見せられると、こちらの体力が少なくなっていることも考えると、下手に刺激しない方がいいんじゃないかとも思えてくる。

 

 だがマリアは、なぜ彼女がそのような行動を取るのか気づき、困惑した表情を一変させて緊迫した様子になった。

 

「そうか! 聖遺物!」

 

「え? なに? 聖遺物?」

 

「! そうか! あの少女は確か、大泉博物館で……」

 

「その通り。チフォージュ・シャトーにまだそんなものが残っていたとは思っていなかったけど、それなら筋が通る」

 

 装者たちは、自分たちと戦闘を行う前にノイズの少女が聖遺物を奪い取っていたことを思い出した。今回も同じ目的なら、なるほど自分たちを無視して動くのもおかしくはないかもしれない。

 それと同時に、あることにも気づいた。

 

「じゃあ世界中をUMAよろしく飛び回っていやがったのは!」

 

「あるいは、聖遺物の回収が目的だったのかもしれないわね」

 

「ならば、目的はどうであれ、止めなければならないな」

 

 効果も脅威度も種類によって大きく異なる聖遺物であるが、どのようなものでも敵の手に渡していいものとは言えない。

 翼の言葉にマリアとクリスがうなづき、響は少女の目的が聖遺物という事にわずかながら違和感を感じる。

 

(なんでだろう……。あの子の目に宿っているのは、とても強い憎しみだった……。

その憎しみを棚上げしてまで手に入れたいものは、本当に聖遺物なのかな……)

 

「立花、暁と月読を連れて撤退してくれ。あの少女は我々が捕縛する」

 

「え……? そんな! 翼さんたちだってずっと戦い続けて体がもう……!」

 

「案ずるな。この身は剣として鍛えた身。この程度のことで音を上げるような鍛錬はしていない」

 

「どっかのバカみたいに、敵もかばってケガしてるわけじゃねーんだ。分かったらさっさとソイツら連れて逃げろ!」

 

「……分かった。どうか無理はしないで!」

 

 そう言って、あの少女に思うところはあったが、切歌と調をわきに抱えて戦場を離れる響。彼女の姿を見届けた装者たち三人は、厳しい顔つきで少女の方を向く。

 

「さてと、こっからは戦意マシマシだ!」

 

「ああ、今度こそ因縁に決着をつけるとしよう!」

 

「LiNKERなしでは戦えない装者だからといって、甘く見ないでもらおうかしら!」

 

 既に戦闘準備を整えた三人に対して、ノイズの少女はそれらを敵として認識しながらも憎しみよりも鬱陶しさが多く混じる視線を向けたまま、数多のノイズを生み出した。

 

 

 

 

 

 

「はあああああ!」

 

 まずマリアが、左腕の肩甲から大量の短剣を取り出し、少女が作り出したノイズを次々と葬っていく。

 しかし、それでも全体の1%も減っていない。攻撃を受けていないノイズたちが次々と装者たちに襲い掛かっていく。

 

「喰らえぇ!」

 

 それらを、クリスがガトリングとミサイルで薙ぎ払っていく。この攻撃でかなり多くのノイズが消し去られたが、まだ大分残っている。しかし残った分の後始末は――

 

「せいやぁ!」

 

 ――彼女の頼れる先輩がやってくれる。「蒼ノ一閃」により、その集団の残りのノイズは無事に全滅させることができた。だが――

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

「ぜぇ、ぜぇ、クソ……分かってはいたがやっぱりつれぇ……」

 

「ああ……。だが、こうなると分かっていれば慣れないものでもない……」

 

 少女から生み出されたノイズの集団はまだこれくらいで終わるわけがなく、先ほど殲滅したのと同数ぐらいの集団があと6集団もいる。

 さらに、先ほどから奏でられる少女のヴォカリーズによって(フォニックゲイン)を奪われ、体力の消耗も激しくなってきた。

 イグナイトモジュールを使えば状況を一転させることもできるかもしれないが、正直この疲れ切った状態で破壊衝動に勝てるかどうか怪しいし、なによりもまたカルマ・ノイズを生み出されたら今度こそ暴走状態になってしまう。

 この前のような万全の状態でなかったことも踏まえると、前回よりも追いつめられていることは明らかだった。

 

 その要因の一つに、少女の今のコンディションすら入っていた。

 封印が解けたばかりで本調子ではなかった際に装者と戦った時や、自分の体を顧みず目的を果たそうとして疲れ切ったところをリリスに襲撃された時と違い、今回は十分な休息を取りながら探し物をしている最中に戦闘を仕掛けられたのだ。

 今はまさに全力を出せる状態であり、ノイズ・アーマーを使わずとも敵を倒すぐらい訳ないのだ。といっても、ノイズ・アーマーはかなりのエネルギーを使うので手段としてはあまり使いたくはないのだが。

 

「こうなったら、ノイズの集団を抜けてあの少女を直接叩くしかないわね……

 手を貸してくれるかしら?」

 

「無論だ。こちらもちょうどそのように考えていたところだ」

 

「アタシも賛成だ。すました顔するアイツに一泡ふかせてやる!」

 

 倒しても追加補充され、フォニックゲインは奪われていくジリ貧の状況を打破するために、装者たちは少女に直接攻撃を加える方針に転換する。

 

「コイツを喰らって、おねんねしなぁ!」

 

 まずはクリスが大型のミサイルを6基連装して生成し、発射したのちに分裂、無数の弾丸となって広範囲を攻撃する「MEGA DETH SYMPHONY」で、自分たちから標的までのノイズを一斉に駆逐する。

 爆炎とともに巻きあがった黒煙に紛れるように翼とマリアが少女に接近し、攻撃の準備をする。

 

 一方、煙により視界を奪われた少女は、ノイズ・アーマーほどではないにしろ、右腕に数十体分のノイズを纏わせることで迎撃の態勢を整える。

 そして黒煙を切り裂くように現れたのは――

 

「風鳴る刃、輪を結び、火翼を以て斬り荒ぶ。月よ、煌めけ!」

 

 青い炎を纏った剣を振り回し、こちらにまっすぐ向かってくる翼であった。彼女の「風輪火斬 月煌」を、ノイズの少女は右腕に纏わせた武装で受け止める。だが――

 

「これで、終わりよ!」

 

 背後の黒煙からマリアが飛び出し、蛇腹剣で少女に斬りかかる。マリアのこの攻撃を、少女が背後から受け止めることなどできないはずだ。そして蛇腹剣が少女に襲い掛かり――

 

 

 

「なん……だと……」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()に受け止められていた。

 

 それは、見間違いでなければ、いや間違いなく、エネルギーのベクトル操作を特性とするアガートラームだからこそできるはずの防御だった。

信じられないことが目の前で起き、驚愕に目を見開いたまま、攻撃を受け止められた姿勢で動きを止めてしまうマリア。そんな彼女の隙を見逃す理由もなく、煩わしい表情をしながら次の攻撃態勢をノイズの少女は整えていく。

 

「避けろ、マリアァ!」

 

 同様に驚きを隠せなかったが、一足先に我を取り戻した翼は、友に差し迫った危難を察して叫ぶ。その声でここが戦場のただなかだと思い出したマリアは、ノイズの少女からの攻撃を避けるために後ろに大きく、だが同時に攻撃に対応できるように低く跳躍した。

 ノイズの少女は、背中から肉塊のように固められたノイズを背中から噴出させ、攻撃手段を形成させていく。その先端は攻撃対象であるマリアの方を向き、表面が非常になめらかで、細長いフォルムをしている。それはまるで――

 

「あたしの十八番だとォ!?」

 

 ミサイル。自身が良く使う武装を真似されたことで、クリスの口から驚きの大声が飛び出す。そして無情にも現代兵器によく似たそれは発射され、マリアへと一直線に向かっていく。

 

「こんなものぉぉぉぉぉぉ!」

 

 それをマリアは、ノイズの少女が先ほど使っていたのと全く同じバリアを展開し防御する。着弾と同時に吹き出す爆発のエネルギーを、アガートラームのベクトル操作で上下左右へと逃がし、自身へのダメージを可能な限りなくしていく。

 

「よし、これで……。!!」

 

 安堵を覚えたのも束の間。一つだけで終わるものと思っていたミサイルが、先ほどと全く同じ軌道で、まるで列を作るかの如く、何発もの数が続いて放たれ、マリアの防御に直撃していく。

 ベクトル操作が可能なアガートラームでも、限界がある。衝撃を逃がすバリアは、度重なる爆撃に耐えることができず砕け散り、爆風がマリアを襲う。

 

「きゃああああ!!」

 

 爆風に吹き飛ばされ、マリアは叩きつけられるように地面に堕とされる。だが、彼女を襲うミサイルはまだ残っており、倒れている標的を狙い向かってきて――

 

「これ以上させるかよぉ!」

 

 ――クリスのボウガンから放たれた赤い無数の矢に貫かれ、その場で自爆していった。彼女はミサイルによる攻撃が一旦止まっているうちに倒れている仲間を背負い、今ノイズの少女を抑えている翼に声をかける。

 

「先輩! ここは一旦撤退するべきだ!」

 

「ああ、雪音はマリアは連れて撤退してくれ。この少女の相手は私が――!」

 

 予想外の能力、そして前回以上の脅威を見せつけてくる敵に、クリスは翼に撤退を進言する。だが、翼は少女と鍔迫り合いを繰り広げながら、戦場から退くつもりはないという意思を示す。

 

「寝ぼけてるのか! 相手は誰様に土下座したのか知らねえが、あたしたちのギアと同じのを使えんだぞ!?

 様子を見る限り、こっちに積極的に仕掛けるつもりはねぇらしいから、あたしたちが逃げても追ってくる可能性は低いはずだ! 悔しいのは痛いほどわかる! けど――」

 

「――ああ、悔しいさ。この身を剣として鍛えてきた防人として、これは許しがたいことだ」

 

 そしてクリスは、気づく。()()()()()? 刀同士がぶつかり合っているのなら、片方が天の羽々斬として、もう片方は?

 少女の右腕のノイズがとっている形を見て、なぜ翼に退くつもりがないのか、ようやく分かった。奪われていたのは、彼女も同じだったのだ。

 

 

 

「――天の羽々斬は、守るための剣だ!! ここで背を向けて、人々の命を奪う剣になどさせるものか!!」

 

 

 

 

 右腕のノイズがとっているのは、まさに翼が持っている天の羽々斬に似た形状だった。二つの異なる天の羽々斬が、火花を散らしてぶつかり合っている。

彼女を退かせないのは、防人としての矜持と覚悟。自身が鍛えた剣を、人殺しの道具として使わせないために、風鳴翼はノイズの少女を相手に決死の覚悟すら決めていた。

 

(――いい加減、邪魔だ)

 

 だが、そんな覚悟もノイズの少女にとっては無価値でしかない。腕で相手を抑えている間に、腹からノイズの肉塊を生み出し、それを巨大な拳として展開して、目の前の相手に瞬間的に突き出し翼に強烈な打撃を与えた。

 

「ッッ! かはっ……」

 

 ここで倒れてなるものかと必死に現実に食らいつこうとする翼だが、疲弊しきった体は彼女を無意識へと引きずり込み、意識は遠ざかっていった。

 

「先輩っ!」

 

 悲痛な叫び声をあげながらも、既に倒れてしまった仲間を背負っているため、吹き飛ばされ、地面へとたたきつけられる翼をクリスは助けられなかった。

 守れなかった悔しさで胸がいっぱいになるも、ノイズの少女がこちらを向いていることに気づいた彼女は、ミサイルを始めとした数々の武装を展開している姿を見て、思わず呟く。

 

「万事休すってやつか……クソっ」

 

 悪態をつくクリスだが、それで止まるノイズの少女であるはずがなく、その体に携えたありとあらゆる兵器を発射しようとし――

 

 

 

 一体のノイズが彼女のそばに来たことで、攻撃の意思はなくなった。

 

 

 

「……?」

 

 思わず目をつぶってしまったクリスが目を開けてみると、そこには武装を解除したノイズの少女と、それと向き合うように一体のタコの形をしたノイズがいた。タコのノイズの触手には豪華そうな箱があり、それを少女に差し出しているように見える。

 それを手に取った少女は、満足そうな笑みを浮かべた後、そのノイズ、上空にいた大型の飛行ノイズ、その他多くのノイズとともに、ソロモンの杖と同じ能力で時空をゆがめ、この場を離れていった。

 

「助かった……のか……?」

 

 ノイズの少女が姿を消したのち、自分たちが見逃されたことを察して、クリスの体の緊張感が一気に解かれた。

 安堵。悔しさ。喜び。後悔。そして先行きの分からなさ。様々な気持ちを抱えたまま、クリスは体の疲れに誘われるように眠りについた。

 

 

 

 この時の誰もが知らなかった。ノイズの少女がもたらす絶望は、まだ始まったばかりだったということを。




 というわけで、二回目の装者との戦闘は、ノイズの少女の大勝利でした。
 こうなった理由は、ノイズの少女が体力全快の状態であったこと、新しい力に目覚めていることと、逆に響たち三人の装者が連戦で疲弊しきっていたことですね。
 原作でもアルカ・ノイズと疲れを見せるまで戦った後で錬金術師たちと戦ってますからね……。さすが業界屈指の過酷と名高い現場……。

 さて、ついにメリュデの歌の特性が次回、風鳴司令の口から明らかになるわけですが、司令が隠していたことに対して不満を持っている読者の方もいたかもしれません。
 どうかお許しください。こういうストーリーにしかできなかった私の責任です……。

 最後におまけを書いてみました。よろしければご覧ください。 



おまけ 自作用語解説(AXZ)

・ソロモンの杖

 「バビロニアの宝物庫」と呼ばれる異世界からノイズを出現させ、72種類のコマンドにより自由自在に人類の脅威とされるノイズを操ることができる完全聖遺物。
 本来は大国アメリカが基底状態のまま管理していたが、先史文明期の巫女フィーネの転生体である櫻井了子の手に研究目的で渡ったのち、起動した。その後、ルナアタック、フロンティア事変を通じて、この杖の持ち主の手足となったノイズたちが、数多くの犠牲者を出すことになった。
 フロンティア事変の終盤にて、閉じられたバビロニア宝物庫もろとも超高熱で消滅したはずだった。
 しかし、現実には滅びたはずの杖の能力を行使できる人間が存在している。知るすべはないが、杖と魂が長く共にあることによって、互いに互いの能力を使えるようになっていた。ゆえに、杖はノイズを操ることができるし、少女は異空間を移動することができる。

 ソロモンとは、古代イスラエルの最盛期を築いた王の名前である。かの王には様々な逸話があり、なかには獣や植物との会話もできたという話もある。
 杖がソロモン王の持っていたものだとして、何のためにこのような杖を作り出したのか、なぜ少女の魂が杖に封じられていたのか、今となっては謎のままである。

・ノイズ

 人類の共通の天敵とされていた認定特異災害。種類によって特殊な能力を持つこともあるが、存在を異なる世界に置くことによって通常物理攻撃を低減・無効化する位相差障壁、人間に触れることで自信を含めて炭化する能力を主として保有している。
 フロンティア事変の際に壊滅したと思われていたが、その大本が装者たちの前に姿を現した。



 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ご感想もお待ちしております。
 次回もよろしくお願いいたします。


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決戦の舞台へ

 今回はひびみく成分が多少入っていると思います。多分おられないと思いますが、苦手な方はご遠慮を。

 また、小説を投稿する曜日などや時刻を、皆様の声を参考にして決めたいと思い、アンケートを実施しております。ログインユーザーの方は、後書きの下から回答できますので、ぜひご協力をお願いいたします。
 アンケートの期限は30日の12時までとさせていただきます。来月から、可能な限り皆様のお声を反映していきたいと思っております。

 それでは、どうぞ。

2019/06/29 後になってから、「これは不快に思う人もいるんじゃないか」と感じたおまけを削除いたしました。


 あと一。ついに残りはあと一になった。

 あともう一回取り戻せば、みんなをあの場所に帰すことができる。

 それが終われば、今度こそルル・アメルを滅ぼす。新しく手に入れた力もあれば、今度こそ。

 

 生まれた星とは異なる空間の中で、少女はゆがんだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 パヴァリア光明結社の錬金術師、そしてノイズを操る謎の少女との戦いから装者たちが帰還したS.O.N.G本部。先に響の手で担ぎ込まれた調と切歌、そして戦闘の後、二課の職員によって回収されて運び込まれた翼にクリス、マリアはメディカルルームでのチェックを受けた。

 幸い、イグナイトモジュールをリセットされた際のダメージは既に抜けており、ノイズの少女との戦闘でも衝撃を体に受けはしたが大した傷はなかったので、少しのあいだ休んだらすぐに司令部に行くことができた。

 

 絶望的に思えた戦いから装者が全員帰ってきたはずの司令部の空気は、重い。

 それも仕方がない、と言えるだろう。なぜなら、賢者の石のようにこちらの札を無効にするだけでなく、逆にこちらの力を利用されてしまう手が相手にあると分かったのだから。その力が自分たちの信を置くものであれば、なおさらだ。

 

 明らかになったタイミングが状況が好転し始めた時だからこそ、弦十郎の危惧したほどの精神的ダメージを装者たちが受けることはなかったが、それでも受けた衝撃は言葉で語り切れない。

 実際に目にした翼、クリス、マリアは厳しい表情をし、その場にいなかった翼と切歌は理解できないものを前にしたような顔をし、響はぽかんとした表情を浮かべていた。

 

「……今回の戦闘で計測されたデータから、確かな根拠を得ることができました。

 ヴォカリーズを歌っている際、装者のフォニックゲインが低下。それに対照するかのように少女のフォニックゲインが上昇していました」

 

「さらに、アガートラーム、イチイバル、天の羽々斬の波形パターンを、いずれも少女の体から検知。何度も確認を取りましたが、間違いないです……」

 

「やはり、あのヴォカリーズの特性は『繋ぎ束ねる』ことだったか……」

 

「何悠長に言ってやがる!」

 

 淡々と計測結果と推測を口にすることしかできない面々に、クリスは激昂する。

 

「あの女の歌がこのバカと同じような特性を持ってたってことは、予測がついてたんだろ!?

 ならどうして、それをアタシたちに話しておかなかった!? 知っていれば――」

 

「知っていれば、どうにかできたと?」

 

 弦十郎からの問い返しに、クリスは言葉を詰まらせる。実際、あの能力があると分かった現在でも、どのような手を使えば盤面をひっくり返せるのか彼女もまだ知らないのだ。

 

「あの少女の歌は、いわば絶唱の威力とバックファイアを伴なわないS2CAだ。

 タネが分かったところで対策が思いつかない以上、ファウストローブにイグナイトモジュールが封じられたばかりの状況でこのことを話すのは、君たちの士気を下げるだけだと判断した」

 

「そう判断されても仕方ないのかもしれないわね……。

 あの時の私たちは、自分たちが足手まといな現状に、無茶ばかりしてきたもの……」

 

 弦十郎の言葉に、マリアが表情を曇らせる。

 実際、奥の手を封じられた二課組だけに戦わせてしまうのが忍びなくて、LiNKERを用いないままギアを纏っていた自分たちだ。そんな情報をもたらされたら、あの時以上に焦りの気持ちが出て大変なことになってしまったかもしれない。

 そういう意味では、弦十郎の判断は正しいものだと言える。同じ考えに至ったのか、調や切歌といった他のLiNKERを使用する装者も表情を暗くする。

 

「だがそれは、君たちにあの少女の危険性を正しく伝えなかったという俺の判断ミスだった。

 もし俺が知らせていれば、あの場で少女の本当の危険性を認識している君たちが戦闘を仕掛けることもなかっただろう。そして、それをしなかった結果、クリス君やマリア君の命を、本来なら必要ない危険にさらしてしまった。

 ……すべては独りよがりな俺の責任だ。すまなかった」

 

「……くそっ」

 

 自分の配慮が結果的に裏目に出てしまったことを悟っていた弦十郎は、装者たちに頭を下げる。弦十郎の謝罪に対し、クリスは近くにある机をたたいて悪態をつく。

 本当はクリスも分かっているのだ。自分たちの司令が、部下である自分たちを――特に、昔のことをうじうじと引きずっている自分を――気遣って黙ってくれていたことに。

 本当なら責められるべき自分に非を詫びる弦十郎を見て、クリスはやりきれない気持ちを抱えた。

 

「頭をあげてください、司令。事情はどうあれ、守るべき後輩がいるにも関わらず血気に逸ったのは自分も同じことです」

 

「それは私も同じよ、翼。あの少女が積極的でない以上、本当なら調と切歌を連れて退くべきだったのに、千載一遇の機会を前にして焦ってしまった

 ……次は、こんなことは起こさない。守るべきものを二度と見失うものか。

 風鳴司令、あなたの判断は、なにもできないもどかしさに無茶を重ねる私たちにとって決して間違いではなかった。自分の行動に、どうか胸を張ってほしい」

 

「そうデス! アタシたちのためなのに謝られたら、こっちの方が申し訳ないデス!

 アタシだって、足を引っ張るようなことはこれっきりデス!」

 

「私も、もう二度と、しなくてもいい無茶で戦えないようになんてならない……!

 だって司令を始めとした皆が支えてくれるんだもの……!」

 

「えーと、よく分からないけど、師匠はなにも悪くないですよ!」

 

「お前も少しはいつものスクリューボールっぷりを反省しろ!」

 

「いたっ! クリスちゃんだって何も反省してないんじゃ……!」

 

「アタシもアタシで自分の選択に思うところあるんだ! そのくらい察しろ! このバカ!」

 

「うう、クリスちゃんがいつにもましてお怒りマシマシな気がするよ……」

 

 装者たちは、弦十郎の謝罪を皮切りに、彼を励ます言葉をかけると同時に、今回の戦いにおける各々の行動を反省し、二度と同じことを起こしてなるものかと決意する。

 

「……まさか、守るべき子供に大人が励まされるとはな」

 

「いいんじゃないですか。たまには守るべきものに励まされるというのも」

 

「私たちだって、彼女たちの行動に勇気づけられたことも何度かありましたしね」

 

「まあ、僕たちの場合は彼女たちが鉄火場で戦っているのを後方でサポートしているだけの時点で、偉そうなことなんて言えないんですけどね」

 

 本当なら支えるべきだと思っている装者たちに優しい言葉をかけられたことに、判断は間違いではないと言われて気持ちが軽くなったような、大人として頼りにならない自分が情けないような、なんともいえない感情を抱く弦十郎。

 そんな弦十郎に対して、たまにはこういうこともあっていいと裏方で数多くの仕事をこなしている緒川が言葉をかけ、いつも本部から装者たちをサポートしている友里と藤尭が追従する。

 

「……そうだな。よし、いつまでも湿っぽいのはなしだ!

 気持ちを切り替えて、あの少女のヴォカリーズ、およびパヴァリア光明結社のラピス・フィロソフィカスへの対策を講じるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 S.O.N.G.にて脅威となる敵への対策会議が開かれた後、今日のミーティングは解散し、翼。クリス、マリアの、ノイズの少女と戦った三人は大事を取ってS.O.N.G本部のメディカルルームで一晩を過ごすことになり、調と切歌も抜剣の強制解除後の経過観察およびマリアの付き添いという形で共にいることになった。

 

 響がリディアんの学生寮に帰ると、いつものように未来が出迎えてくれた。戦いがあったことを知っているにも関わらず、彼女が日常(いつも)と変わらない笑顔で待っていてくれることが、立花響にとって嬉しくてたまらないことだった。

 

 今日は未来が晩御飯を作ってくれるとのことで、自分も手伝おうかと響は言い出したが、「響は夏休みの宿題がまだ残ってるでしょ」と厳しいお言葉をもらってしまったため、今は理解できないところが多々ある難問に取り組んでいる。

 夏休みからやってきた魔物との格闘の途中に、ビーフストロガノフを作っている未来から今日あったことに関する言葉をかけられ、ふと日常では話せないとあえて頭の片隅へと追いやっていた《敵》のことが気になり始めた。それは響の中で大きく膨らみ、口に出すことになった。

 

「ねえ、未来。何かを手に入れたいと思ったら、他の何かを手放さなきゃいけないものなのかな……。

 全部をなんとかしたいって思うのは、私のわがままなのかな……」

 

 思い出すのは、サンジェルマンと呼ばれていた錬金術師。彼女は、人の命を礎にすることで、バラルの呪詛を解除し、相互理解を取り戻すと言っていた。同時に、響のことを「思いあがっている」とも。

 彼女の言う通り、人の命を守ったうえで他者とも分かり合いたいと思っている自分は、「思い上がり」で我儘なのだろうか。そのような気持ちを込めて尋ねた響に対して、料理を作りながら彼女の親友である未来は答える。

 

「私は、響の我儘が好きだよ

 響の我儘は、いつだって他の人の幸せを願っているものだから」

 

 そう返してくれる親友に、響は「え!? い、いやぁ~、そう言われるとは思ってなかったなぁ~」と照れた様子で、しかし素直に言葉を受け止める。未来の顔も心なしか赤い気がするが、気のせいだと思うことにしよう。

 

 しかし、頭の中に浮かぶのが()()()()に切り替わった途端、高揚した気持ちは沈み込み、もやもやしたものが心を埋め尽くす。思わず口に出してしまいそうになるが、流石にこればかりは口に出せないと未来に尋ねることはしない。

 

 ――じゃあさ、踏みにじられたから誰かを憎むようになるのは、やっぱり正しいのかな。

 

 響の頭の中で、今日のミーティングのことがよみがえる。

 

 

 

 ラピス・フィロソフィカスのファウストローブに関しては、現状では何も対抗策が浮かばないため、錬金術の専門家であるエルフナインに任せるほかないという結論に至った。

 問題は、ノイズの少女、そのヴォカリーズへの対策についての話だが……。

 

「実際に戦い、ヴォカリーズでフォニックゲインを奪われた経験のある装者に聞きたいのだが……彼女の《歌》に関して、なにか他に分かることはないか?」

 

 そう問いかける弦十郎に対し、まず翼が答えた。

 

「はい、以前あの少女のヴォカリーズに歌を打ち消されたと感じていた時に、どこかで経験したことのある感覚がしました。

 その時は特に気にしていなかったのですが、そのヴォカリーズの性質が立花のそれに近いものであると分かった今だからこそハッキリと言えます。あれは、S2CAで立花が絶唱を収束している時の感覚に近いものだと」

 

「そういや、確かにそうだな」

 

「そうね。アガートラームで感知したエネルギーの流れも、S2CAによく似ていた。

 このギアのベクトル操作でも抵抗できないほど、力強く引っ張るような感じ。言われてみれば、立花響のガングニールに近いような感じがするわ」

 

「マリア! その言い方は……!」

 

「ちょっとあんまりな気もするですよ!」

 

 まるで「立花響とノイズの少女は同じだ」というようなマリアの発言に、調と切歌が非難の声をあげる。マリアは、若干響に申し訳なさそうな視線を送りながらも、二人に言い聞かせるように答えた。

 

「確かに言い方は悪いかもしれない。でも、大切なことから目をそらしていては、いつまで経っても前に進む事なんてできないわ」

 

「ふむ……やはり響君の歌に近い特性を持っているようだな。

 響君は、彼女のヴォカリーズに対して、何かわかったようなことはあるか?」

 

「え!? えーと、ですね……」

 

 弦十郎からの問いかけに慌てながらも、彼女のヴォカリーズから感じ取ったことを述べていく。

 

「確かに、まるで歌をつなげられるような感覚はしたと思います。

 ただ、あの子の歌は、なんていうか、私のよりも強い感じがしてですね。

 私のは『手をつないで取り合う』っていう感じなんですが、あの歌は、『手首をつかんで引っ張る』とというか、むしろ『上から覆いかぶさって体を動かされる』ような感じと言いますか……」

 

「ふむ。『繋げる』というよりは、『強奪』……いや、『支配』といったほうが近いか。

 だとすると、響君の『繋げる』歌よりも、より強制力があると見ていいだろう」

 

 響の言葉から、ノイズの少女の歌の特性が響のそれよりも上であることを理解し、「支配」という言葉で表現する弦十郎。

 

「響ちゃんの歌の、上位互換といったところでしょうか」

 

雑音(ノイズ)(フォニックゲイン)も自由自在に支配できる。まるで音の神様だ」

 

「だが、響君の歌が似たような性質を持っていることは、彼女を倒すカギとなるはずだ。

 足りないのは出力。それを補えさえすれば……」

 

 大人たちがノイズの少女に対する方策を考えている最中に、クリスは響に話しかける。

 

「なあ。分かっているとは思うがよ、今度は拳をふるうことをためらうなよ」

 

「え?」

 

「どういう訳かは聞かねえが、お前はアイツに、いつも以上に入れ込んでるような気がすんだ。違うか?」

 

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

「バレバレなんだよ、バカ」

 

 分かりやすすぎる響の動揺に、クリスはため息をつく。しかし次の瞬間には呆れた表情を一変させて、真剣な表情で話し始めた。

 

「いいか、お前はまたいつものように戦う前に話し合いたいだの思っているだろうけど、アイツ相手は諦めろ。

 あっちに話をする気は毛頭ないだろうし、何よりあんな目をしている奴が人を殺すのをやめるはずがない。いい加減、お前も覚悟を決めとけ」

 

「……分かった」

 

 クリスに言われるまでもなく、そのことを感じ取ってはいた。だが、サンジェルマンに「あなたの気持ちを理解できる」と言った以上に、彼女に対してはまるでもう一人の自分かのように共感してしまうのだ。それこそ、一つ歯車が違うだけで互いに相手のようになってしまうかのように。

 響の「繋ぐ」力を持つ胸の歌。ノイズの少女がその歌と近い能力を持つヴォカリーズを歌うのも、あるいは――

 

「みんな、聞いてくれ」

 

 弦十郎の声に反応して、装者の視線が彼の方を向く。全員の注目が自身に集まったことを確認した彼は、今後の方針について話し出す。

 

「ノイズを操る少女に関してだが、ヴォカリーズを歌うことから、これからは彼女を便宜上『少女V』と呼称する。

 少女Vに遭遇した場合の対処についてだが、接敵した者は、その場に装者6人がそろうまで足止めをする。もし彼女が周辺に被害をもたらしていないとみられる場合は、戦闘行為に及ばず監視だけにとどめておいてくれ。

 装者6人がそろい次第、彼女の捕獲を目的として動いてくれ。

 そして、少女Vが使用するヴォカリーズへの対抗策についてだが……」

 

 なお、弦十郎が提案した対策は、いつも通りの力押しでこそあったが、効果があるとは認められるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、月が辺りを照らす深夜、ノイズの少女はバビロニアの宝物庫から外に出た。

 彼女が転移したのは、海が近くにある人工埋め立て地の港で、メリュデの視線は海の向こう側にある。

 

(――間違いない。あのとてつもなく巨大な湖の中に、いる)

 

 「海」というものを知らない彼女は、それを信じられないほどの規模の湖だと思い、その奥底に自身の《仲間》がいるのを感知する。

 さすがに水の中――それも水圧で潰れてしまう海底――に転移するわけにもいかず、一番近くの陸地からノイズを送り込むことにしたのだ。

 

 少女は、いつものノイズよりも少し時間をかけて巨大なノイズを体から創造していく。作り出されたクジラ型のノイズは海に飛び込み、目的地へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 一方、寮で未来と一緒のベッドで眠っていた響の端末に、緊急の連絡が入り着信音が鳴り響く。響にとってはもう慣れたもので、すぐに起きて電話をとった。

 

「はい、響です」

 

『ノイズの反応を検知した。陸地で生み出され、そこから海の中を一定の方向へ進んでいるようだ。

 海の中にある目的の場所へと向かわせて、聖遺物を回収するつもりだと考えられる』

 

 響の声で眠りが浅くなっていった未来は、目を覚まして電話をしている響の姿を目にする。

 

「分かりました。場所は……はい……はい……。すぐに現場に急行します」

 

 ピッと通話を切った響の目に映ったのは、不安そうな目で見つめる未来だった。

 

「ごめん、未来。ちょっとこれから任務にいってくる」

 

「……響」

 

 これから任務に行こうとする響の手を、未来が握る。それに驚いた響が未来の方を見ると、彼女はどこか心苦しそうな表情で語る。

 

「……響が私に話したくないことがあるって分かってた。

 たぶん、それは今起こっていることに関係してるんだと思う」

 

「未来……」

 

 知らない間に大事な幼馴染にまで負担をかけていたことを察し、悲しそうな表情を浮かべる響。そんな響に対し、彼女の親友である未来は、笑顔を作る。

 

「でも、これだけは言える。響が誰かのために、自分の我儘を押しとおすのは間違ってない。

 響が握った拳は、いつだって優しさが詰まっている。だから、私は笑顔で帰ってきた響を迎えることができるんだよ?」

 

 大事な人からの優しさがこもった言葉に、思わず目から涙がこぼれそうになる。

 立花響にとって、小日向未来はまさに陽だまりであった。

 

「未来……」

 

「だから、勝たなくてもいいから、負けないで。負けないで帰ってきて、また響の笑顔を見せてね」

 

「……うん、ありがとう」

 

 だからこそ、立花響という少女は、相手のために、そして陽だまりを守るために拳を握って戦うことができる。

 

 救い、守るための歌と、殺し、取り戻すための歌。二つが三度ぶつかりあうのは、もう間もなく。

 

 

 




 いわば、二度目の戦闘の後の話と、三度目の準備段階でした。弦十郎の判断などについては、本人の考えそうなこととは違うかもしれませんが、作者が未熟なため、どうかお許しを。

 おまけを書いてみました。よろしければご覧ください。



おまけ NG

 少女は、いつものノイズよりも少し時間をかけて巨大なノイズを体から創造していく。作り出されたクジラ型のノイズは海に飛び込み、目的地へと向かっていった。



 そして、クジラが飛び込んだ時の水しぶきで、少女はびしょぬれになった。

「……………………」

 最初に飛び込んだクジラ型ノイズは、間もなく炭になったとさ



 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。次回もどうかよろしくお願いいたします。


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繋ぎ、積み上げた力・「人間」を憎む少女

 今日書きあがりましたので、せっかくですから初の1日2話投稿をさせていただきました。
 ちなみに、後書きの内容は今回はほとんどありません。

 それでは、どうぞ。


 少女Vがいるという場所に響が到着したとき、既に他の装者5人の姿がそこにあった。

 装者たちはノイズの少女と対峙するように並んで立っており、対する少女Vは海を背にしている。互いに動きを見せないまま睨み合っており、緊張感ある雰囲気が伝わってくる。

 

 ある程度近づいていったところで、少女の視線が響の方を向く。その瞳には、相変わらず人間への憎しみがたぎっているようだが、それ以上にこの前のような鬱陶しいと言わんばかりの感情がこもっていることが分かった。

 

「! 響さんも来たみたいデス!」

 

 最初に気づきた切歌の声により、他の装者たちも響の存在に気づく。その顔はほころんでいたり笑みを浮かべはじめたりと、誰もが響の到着を心待ちにしていたことを物語っていた。

 それもそのはず。なにせ、立花響はノイズの少女への対策のカギとなるのだから。

 

「遅れてごめん! みんな、大丈夫!?」

 

「まあな。アッチは敵のアタシたちよりも、聖遺物のネコババにご執心らしい」

 

「ああ。雪音の言う通り、あの少女にとっては目的の聖遺物の方が目の前の敵よりも重要らしい。

 現に、今回もこちらに牙をむくことなくあのノイズを海に送り出すばかりだ」

 

 再び敵意がこもった視線で少女Vの方を見やるクリスと翼。

 睨まれている相手の方は、こちらの方を向いているとはいえ、背中からノイズを生産することで聖遺物を奪うための駒を増やし続けているようだ。後ろから肉塊が出てきて、それがクジラの形へと変化し、海へ飛び込んでいっている。

 

「あなたが思っていたよりも早く来てくれて助かったわ。

 私たちはS.O.N.G.本部にいたおかげで、すぐに現場に急行することができたけど、あの少女を相手にするうえであなたの存在が不可欠だもの」

 

「でも、響さんが来てくれれば百馬力デース!」

 

「切ちゃん、それを言うなら百人力だよ……」

 

「御託は後だ! まずは全員で今度こそアイツをとっ捕まえるぞ!」

 

 クリスの言葉を皮切りに、少女Vの方を向き構える装者たち。しかし戦う姿勢をついに見せた彼女たちを前にしても、ノイズの少女はいまだに最優先して倒すべき敵として彼女たちのことを見ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦う準備を整えたと見える敵を前に、メリュデは煩わしいという感想しか抱いていなかった。

 彼女にとって果たすべきなのは、人間を根絶することよりも、《仲間》を取り戻すことに遷移しているのだ。すなわち、常に交信しながらクジラ型ノイズに《仲間》を探させている現状において、装者たちの相手をする気もないし、わざわざ迎え撃つのも面倒でたまらない。

 

(――だったら、代わりに相手してもらえばいい)

 

 この状況において、少女は、ノイズを生み出す聖遺物の力ではなく、ソロモンの杖の能力を使うことにした。

 

 

 

 

 

 

♬「負けない愛が拳にある」♬

 

 少女Vの体が一瞬、黄緑色に光ったかと思うと、その光は周囲1kmにわたり拡散し、その無数の光の中からノイズが現れた。ほんの数秒で、少女と装者以外だれもいなかったはずの付近は、いまや数えきれないほどのノイズがあふれる空間となったのだ。

 

「そんな、一瞬でこんな数のノイズを!?」

 

「まさか、ソロモンの杖の機能か!?」

 

 

 

「装者の周囲1kmにおいて、多数のノイズ反応を確認!」

 

「おそらく、ソロモンの杖によるノイズの召喚かと……」

 

 突如現れた大量のノイズに、S.O.N.G.司令部のオペレーターたちは慌ただしい様子で観測をおこない、報告をする。

 弦十郎も、まさかここで一瞬にして数えきれないほどのノイズを用意するとは思ていなかったため、表情を苦々しくゆがめている。

 

「バビロニアの宝物庫に待機させていたノイズを、ソロモンの杖で一斉に召喚する。

 彼女自身がノイズを作り出せることが、そのことを盲点としてしまいましたね……」

 

「前回それをおこなわなかったのは、する必要がないと判断したのか、あるいは、できなかったのか……」

 

「計測完了しました! ノイズの数、約6万!」

 

 

 

「たかだか6万!」

 

 そう啖呵を切り、初めに飛び出した響が目の前のノイズの群れに飛び込む。ハンマーパーツの弾性を利用した必殺パンチで、数十のノイズを吹き飛ばし、チリに変えていく。

 

「バカ! お前、自分の役目を分かってるんだろうな!?」

 

「へいきへっちゃら! だから皆も、ノイズの相手をお願い!」

 

 そう言って、襲い掛かってくるノイズを相手にしていく響。人型には打撃をくらわし、刃を避けて蹴りを叩き込み、飛んできたブドウ型の爆弾をつかんで逆に投げ返す。まさに一騎当千の動きをしていた。

 だが、装者6人に対して、ノイズ6万。一騎当千どころか、一人当たり1万のノイズを倒さなくてはならないことになる。

 

「ったく、アイツ目的を忘れてんじゃねえだろうな。ノイズを相手にするときはイキイキしやがって……」

 

「だが、立花の言う通り、人命を守るためにノイズの殲滅は欠かせないだろう」

 

 そう言いつつ、「千ノ落涙」を放ち、文字通りとはいかないが数百のノイズを無数の青い剣で貫き葬り去る翼。

 

「そうね。まずは目の前のノイズを片付けてから、メインと行きましょうか!」

 

 マリアもまた後ろの集団に突っ込み、左腕部ユニットから短剣を引き抜き、それに続くように引き出されたいくつもの短剣でノイズを攻撃する。短剣に刺され、貫通したノイズは例外なく黒い炭素となって果てていく。

 

「まあ、あのバカの馬鹿に付き合うのも初めてじゃねえか……。

 おい! 後輩どもも先輩たちに続け! ちゃっちゃと終わらせる!」

 

「はいデス! 今更どんなに数を用意したところで、もうノイズなんかに負けないってとこを見せつけてやるですよ!」

 

「うん。目にもの見せてあげる!」

 

 そして装者たちは、6方向へと散開して、各個にノイズを倒していく。もはや、普通のノイズでは今の彼女たちを止めることなどできやしない。

 少女Vとは違い、命がけの戦いを繰りかえし、人を守るためにギアを纏う彼女たちは、いまや万のノイズを以てしても止めることもできないほど強いのだから。

 

 

 

 

 

 

 なにかがおかしい。ノイズの少女は違和感を感じていた。

 

 別に、装者たちがどんどん自分のしもべを倒していっていることに疑問を覚えているわけではない。それだけの力を持っていることは、既に知っているからだ。初めて見る奴らに関しても、同じだけの力を持っているだろうと思っているからこそ不思議に思わない。

 

 問題は、この前は自分の《声》で奪うことができていたはずの奴らの力が、まるで手に入らなくなっている事だ。

 自分がこの《声》を奏でさえすれば、こちらのものとなっていたはずのその力は、どこかで引っかかっているのかのように流れてこなくなっている。

 

 試しに、意識を敵に集中しながら、《声》を奏でてみる。するとどうだ、やはりあの力はあの忌々しい人間どもからこちらへと……

 

(――え?)

 

 流れて、こない。確かに流れが止まって、力は元の場所へと戻っていく。

 だが、分かったことがある。一体どこで力の流れが逆転しているのかが理解できた。

 

(――あの女か!)

 

 少女が睨む先には、明るい茶髪をした、ガングニールを纏って戦う少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「どうなることかと思いましたけど、あのヴォカリーズに対抗することはできましたね」

 

 緒川が今のところはなんとかなっている状況に安堵しながら、弦十郎に話す。弦十郎は、作戦がうまくいったことに笑みを浮かべながら状況を確認している。

 

「響君の歌があの少女の歌に近い特性を持つならば、逆にこちらからフォニックゲインを取り戻せるはず。

 ならば、そのために足りない出力を、響君が装者6人の歌を束ねることで補えばいい」

 

「魔法少女事変の際のキャロルとの戦いと同様、装者6人分の歌の出力があの少女の歌の出力を上回ることで、フォニックゲインの制御権を取り戻しています。

 今まで歌を重ね合わせてきた経験があるからこそできる荒業ですけどね」

 

 友里が苦笑しながら、今日までのキセキがあったからこそ少女Vにヴォカリーズに対抗できていると語る。

 

「だけど、もしVの出力が装者たちの出力を上回る、そうでなくても要となる響ちゃんの歌が途切れた場合……」

 

「心配いらないさ」

 

 常に最悪の状況を想定したうえで警戒を促す役目を持つ藤尭の言葉を、今回ばかりは大丈夫だと弦十郎が遮る。

 

「響君には、仲間がいる。それがVと我々との彼我の差だ」

 

 

 

 脚部パワージャッキで勢いをつけ、そこから繰り出される突進により数百のノイズを倒していく響。さらに、大型のノイズに対しては、ハンマーパーツを用いて威力を底上げした拳で打ち抜く。活動ができなくなるほどのダメージを受けたノイズは、炭となって崩れ去っていった。

 

 だが、数体の飛行するノイズが彼女の背中を狙い、ライフルの銃弾のように鋭い銃弾となって、回転しながら突撃してきた。

 意識の外からの攻撃に、響は対応することができず――

 

ズダダダダダダダダダダダ!

 

 ガトリングの銃弾に撃ち抜かれたノイズの銃弾が、黒く崩れ去るのを見るのに留まった。

 

「ノイズを倒していくのはいいとして、せめて攻撃は受けないように注意しとけ!」

 

 響の背中を守ったクリスが、怒りの感情をあらわにしながら響に注意をする。

 響が少女Vから自分たちのフォニックゲインを守りながらノイズと戦うように、クリスを含めた他の装者も、自分たちの戦いに臨みながらも響の歌がとぎれることがないようにちゃんと見ていたのだ。

 

 機嫌を悪くしたクリスに、響は若干申し訳ない表情をしながらも、歌を止めるわけにもいかないので左手で感謝の意を伝えた。そしてまたノイズの群れに飛び込んでいった。

 

「だからちゃんと注意しろって言っただろ!

 攻撃受けたら終わりなんだからな! いっそのこと歌うだけで戦わなくてもいいんだぞ……て言っても、聞く奴じゃないか……」

 

 いつも通り話を聞かない一直線な後輩だからと諦めたクリスは

 

「そんじゃあ、あのバカが止まる前にお前らを片付ければいいな!」

 

――MEGA DETH INFINITY

 

 さっさとノイズを倒し切ればいいという結論に至り、大型のミサイル12基と小型のミサイル60基を展開し、それらをすべて発射することで、5000を超えるノイズを一気に、しかし味方に被害が出ないよう確実に殲滅して見せた。

 

 

 

「全く、立花も雪音も張り切ってくれる。だが、気持ちは分からなくもない」

 

 一方翼の方は、1対1でノイズを数十ほど切り裂いたのち、「逆羅刹」で独楽のように回転しながら脚部のブレードで数百のノイズを葬り去っていく。

 そんな彼女を、大型の人型ノイズが押しつぶそうと腕を振り上げる。

 

「この前の雪辱を晴らせると思えば、この心が踊り狂ってしまいそうになる!」

 

 そして、大型ノイズの腕が振り下ろされ、巻き上げられた地面のかけらや土砂が、辺りを見えなくする。

 大型ノイズが翼を見つけたのは、下、ではなく自分の上。なんと彼女は、逆羅刹で上下さかさまになったまま、見事跳躍して見せたのだ。

 

「知るがいい、これが本当の防人の剣だ!」

 

――天ノ逆鱗

 

 そして彼女は、アームドギアを大型ノイズに投げ、巨大な刃として再形成し、その後部を蹴り込みバーニアから火炎を噴出させ、まるで剣の達人が放つ突きのように素早く、そして鋭く巨大ノイズを貫いた。

 

 

 

「ハアァ!」

 

 マリアの方では、要塞のようなノイズが、備え付けられた大砲で攻撃してきており、それをバリアで防いでいた。皮肉なことに、マリア自身が手を下さなくとも、他のノイズの多くは要塞型の攻撃で葬られていた。

 

「そろそろオードブルはおなかいっぱいだから、メインの方に行かせてほしいのよね」

 

 不敵な笑みでそう言ってのけるマリア。その言葉に反応したのか否か、さらに攻撃を激しくする要塞型。それをかわし、時にはバリアで防いでいく。

 その攻防は、いつまでも続くかのようにすら思えた。

 

 だが、突如相手の砲撃がやんだ。なまじ威力のある攻撃だったために、エネルギー()が切れてしまったのだ。

 

「あら、もう終わりなのかしら? それじゃあこっちも、砲撃でお返ししようかしら」

 

 そう言って、マリアはアームドギアである短剣を左腕部ユニットの内部に納刀するように接続する。すると、ユニットが多数の光り輝くフィンを有する射撃形態へと変形し、掌部が変形し形成した砲身から高出力のエネルギーが充填される。

 相手がチャージする様子を、抵抗するすべを失ったノイズはただ見ているだけしかできなかった。

 

「受けなさい! これが、アガートラームの力よ!」

 

――HORIZON†CANNON

 

 そして砲身から迸るエネルギーは、要塞型を消し飛ばし、ついでに周囲で生き残っていたノイズも蒸発した。その数、およそ三千。LiNKER頼りと言われようとも、その強さに一切の偽りはなかった。

 

 

 

「切ちゃん!」

 

「調!? いつの間にか合流しちゃったデスか!?」

 

 とにかくノイズを先に倒すことに夢中になっていた結果、偶然にも別々の方向のノイズを担当していたはずの調と切歌の二人は、いつの間にか横に並びながらノイズを倒していた。

 

 調は、巨大な円状の刃を形成し、内側に乗り高速で突進する「非常Σ式 禁月輪」で移動しながらノイズを切り裂き、同時に手に持ったヨーヨーで打ち漏らしたノイズを砕いていっている。

 対して切歌は、肩部プロテクターを展開し、それぞれの先端に鎌を装備させて自在に操る「封伐・PィNo奇ぉ」で周囲のノイズを縦横無尽に切り裂いていきながら、手に持った鎌で確実にとどめを刺しながら移動している。

 他の装者ほどの殲滅力はないが、だからこそ各々のアームドギアを最大限に活用した方法で、二人は次々とノイズを切り裂いて数を減らしていった。

 

 だが、そんな二人をあざ笑うかのように、大型のノイズが目の前をふさぐ。どうやら通常の何倍もの大きさに作られたらしく、そのぶよぶよした体を揺らしながら、口からさらに多数のノイズを吐き出していた。

 その巨体、ほかの装者ならともかく、調と切歌では、XDモードでもない今の状態では、一人で倒すのは時間がかかるだろう。だが、二人でなら――

 

「いくよ、切ちゃん!」

 

「合点承知のスケ、デースッ!」

 

――禁合β式・Zあ破刃惨無uうNN

 

 掛け声とともに、上へと思いっきり跳び上がる二人。空中で調のヨーヨーが切歌のアームドギアである鎌の柄の先に接続され、巨大な刃が付いた車輪へと展開する。そして車輪を回転させながら、二人は超巨大ノイズへと突撃していく。

 

「マストォォォ!!」

 

「ダァァァァァァイ!!」

 

 そして、二人の攻撃は見事ノイズを貫き、山のように巨大なノイズは崩れ去り、後は黒く染まった山が残るばかりであった。

 

 

 

「調ちゃん、切歌ちゃん、通常よりも巨大な大型ノイズを撃破!」

 

「二人の討伐数は、合計で1万と6千を超えるものと思われます!」

 

「響ちゃんの撃破数、9千を超えました! この調子だと1分足らずでノイズの殲滅が完了する模様です!」

 

 司令部でも、装者たちの大活躍に、喜色にあふれた報告をするオペレーターがいるほど場の雰囲気が盛り上がりを見せていた。

 

「この調子でいけば、きっとあの少女も……」

 

「ああ。だが……」

 

 同じように、最近では見られなかった装者たちの調子のよい姿に明るい展開を見ている緒川からの言葉に、弦十郎は一応の肯定を示しながらも、どこか歯切れの悪い様子だ。

 理由は、モニターに映っている少女Vの様子だ。

 

 先ほどまで背中からクジラ型のノイズを生み出しながら装者たちを警戒している様子だった彼女だが、いつの間にか()()()()()()()()()()()()()

 いったいそれが何を意味するのか、弦十郎には察しがついていたからこそ、今度の展開に不安すら覚えるのだ。

 

「司令! 海に出たノイズが、突如進行方向を反転させました!」

 

「なに!?」

 

 そんななか、ノイズの動向を調べていたオペレーターの一人からの報告が上がる。

 やはりそうだったか。そういう想いを抱きながらも、弦十郎は次の指示を下す。

 

「ノイズが反転した位置を、モニターに出せ!」

 

「はい!」

 

 オペレーターがモニターに、ノイズが進行する方向を逆転――つまり少女Vのところに戻り始めた位置を表示する。そこは、その場にいた面々にとって、心当たりがあるなんてものじゃなかった。

 

「『深淵の竜宮』付近だと!」

 

「やはり、彼女の目的は聖遺物!

 深海にある深淵の竜宮に保管されていた聖遺物を回収するために、海中で活動することができるノイズを送り込んでいたというわけですね」

 

「少し座標がずれているのは、深淵の竜宮が破壊された後に流されたものだと考えられます」

 

「でも、基底状態にあるはずの聖遺物は、今の技術力では簡単に探知できないはず……。

 いったい彼女は、どうやって正確な位置を見つけて回収することができたんだ……」

 

 藤尭の言葉に、やはりあの少女を甘く見てはいけないと認識を修正する弦十郎。

 目的のものを回収した少女Vに対して、警戒を強めるよう装者たちに伝える。

 

「少女Vのノイズが、目的の聖遺物を回収したと思われる!

 目的を達成した彼女が、君たちに対しどのような手段を講じるのか分からん!

 絶対に油断だけはするな! 一瞬のスキが、命につながると考えろ!」

 

 

 

 

 

 

 すべてのノイズを倒し、最初の時のようにノイズの少女の前に並び立つ装者たち。

 違う点を挙げるとすれば、戦闘で体が温まってきたことと、響の歌によってヴォカリーズでもフォニックゲインを奪われないと実証されたため自信がついているという事か。

 

「いくらノイズを生み出したところで、物の数には入らないぞ」

 

「いい加減に観念するデス!」

 

「逃げようとしても、私たちがすぐに止めて見せる」

 

「聞きたいことだって山盛り一山あるんだ。逃がすつもりなんてあるかよ」

 

「これ以上抵抗しなければ、手荒な真似はするつもりはないわ」

 

 装者たちは口々に、おとなしく投降するようにノイズの少女に呼び掛ける。しかし彼女は、装者たちの言葉に何の反応も示さず、ただ彼女たちをにらみながら佇むだけ。

 

 すると、響が一歩前に踏み出した。この時少女Vが警戒するような動きを見せたので、思わず他の装者たちもアームドギアに力が入ったが、響の「お願いします、一度だけでいいので話をさせてください」という言葉に、さやに収めた。

 

「Vちゃん……は名前じゃなかったっけ。

 ねえ、君はどうしてこんなことをするの?」

 

 一方、相対している少女も察し始めた。この人間は戦うためではなく、話をしたいためにこんなことをしているのだと。

 

「どんな理由があっても、人の命を奪うことは、悪いことだよ。

 だから、君が誰かを傷つけるのなら、私たちは拳を握って戦う」

 

 以前は、もしかしたら自分もそうしていたかもしれないと、ノイズの少女は考えた。

 誰かを殺す人間がいたとしたら、自分は話をして止めたいと思ったかもしれないと。

 

「でも、もしその理由が、私たちの納得できるものだったら、協力することはできる。

 人を虐げることはできないけど、私たちのできることで手伝うことはできる!」

 

 今のノイズの少女にとって、それはとても輝いているようにさえ見える。純粋に人間を、その善性を信じている姿が。

 

「私たちは、きっと手を取り合える!」

 

 ようやく理解した。目の前のヒトは、かつての自分と同じような人間だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⁅じゃあ、私の言っていることが分かるの?⁆

 

 それが、どうした?

 

 

 

「……え?」

 

 初めて少女から発せられた《言語》と思われる声に、響は困惑を隠せなかった。

 その様子を見ていた少女は、それみたことかと言わんばかりにため息をつく。

 

 別に期待していたわけではない。ただ、長く眠っていたとしても、人間というものは変わらないということを再確認したかっただけ。

 

 そもそも、この人間が、()()()()()()()()()()()なんていう事自体が、少女にとって些末な問題だった。

 善性に傾いていようが悪性に傾いていようが、「人間」という種族は、他の種族を虐げ、母なる星を汚し、同族でさえ殺すような害悪なのだから。

 バラルの呪詛とか相互理解の不全とか、そういうものに起因するものではない。あるいは、カストディアンという傲慢な存在に作られたからこその性質なのかもしれない。

 

 だから、自分は人間をやめたのだ。善性だけだろうと人間の全てだろうと信じてきたメリュデは死に、傲慢な種族を殺すためのノイズ(存在)として生まれ変わったのだ。

 

(もういい――)

 

 少女の背後から、水しぶきが上がる。彼女の目的である《仲間》を吸収して持ってきた、クジラ型のしもべが帰ってきたのだ。

 少女はそれを、ソロモンの杖の力でノイズごと異空間へとしまう。

 

(《仲間》は全員帰ってきた)

 

 少女の雰囲気が変わったことを察した装者たちは、攻撃を仕掛けようとする。そんななかでも、響は彼女に声を届けようとするが、もう少女には何も聞こえない。

 

 

 

 

 

――ジャマナコイツラハ、イイカゲンコロソウ。

 

 

 

 次の瞬間、少女の体は、肉塊(ノイズ)に包まれた。

 

 

 

 




 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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歌と雑音の死闘(1)

 オリ主による装者たちへの蹂躙回です。装者たちが酷い目に合うのが忍びない人はご遠慮ください。
 
 それでは、どうぞ。


2019/06/29 調と切歌が重傷を負うシーンを、軽傷を負うシーンに変更するなどの内容変更をおこないました。内容を勝手に変更してしまい、申し訳ありません。ご理解のほどをお願い申し上げます。


♬「迷いも怖れも断殺できれば…」♬

 

 

 

 一体、少女の目の前にいたはずの装者の誰が、こんな展開を予測できたのだろうか。

 

 目の前で体からノイズが変化する際に見られる形状と同じような肉塊を、体のあらゆるところからあふれさせ、そしてその肉塊に取り込まれた少女。

 あわや自滅かと思った次の瞬間、どこまでも大きく膨らんだいくかと思った肉塊が急激に収縮をはじめ、気づいたら目の前には、軽いながらも頑丈そうに見える装備を纏ったノイズの少女がいたのだ。

 

 その姿を見て、最初に答えにたどり着いたのは、風鳴翼だった。

 

「まさか、ノイズをプロテクターとして体に固着させたのか!?」

 

 その事実に装者たちは驚きを隠せないが、ここが戦場であることはしっかり理解しているため、戦闘態勢は解かない。

 自分たちのシンフォギア以外にも、ファウストローブを始めとしてプロテクター自体は存在していることは知っている。ましてや、二課所属だった三人は、ネフシュタンの鎧と融合する形とはいえ、大量のノイズがフィーネの巨大なプロテクターになるところを実際に見ている訳なので、他の装者ったちよりは衝撃が少なくて済んだ。

 

 だが、彼女のノイズ・アーマーの能力まではそうはいかない。

 

「いったい何をするか分からない! 一旦距離を取って散開してから……。!?」

 

 自分を落ち着かせる意図も含めて、装者たちに指示を下そうとしたマリアだったが、目の前に急にノイズの少女が現れ、その三本の刃が付いた腕を振り上げたのを目にしたため、言葉を中断せざるを得なかった。

 なんとか相手の攻撃を防御するマリアだったが、その攻撃のあまりにも強すぎる衝撃に踏ん張れず、はるか後方に吹き飛ばされてしまう。そしてコンテナに勢いよくぶつかったところでようやく止まり、地面に落ちて倒れてしまう。

 

「マリア!? このっ!!」

 

「絶対に許さない!!」

 

「待て、お前ら! 今の奴はどう考えても出鱈目だ!」

 

 幼い時から親しくしていた仲間が倒れ伏す光景に頭が沸騰し、それぞれの武器を以てノイズの少女に攻撃を仕掛ける切歌と調。

 クリスから止める声が掛けられるが、今の二人の耳に入るはずがなく、そのまま武器を振りかぶり、ザババの刃がノイズの少女を襲う。

 

 しかし、少女Vは先ほどの同じような肉塊を肩から放出、一瞬で二又二対の巨大な腕へと展開し、二人の攻撃を受け止める。

 

「そ、そんな!」

 

「変形が早すぎるデス!」

 

 驚愕する二人の攻撃を、二又のうち片方の左右の手で受け止めたノイズの少女は、残った手で二人を捕獲する。

 

「くっ! はな…すデス…!」

 

「つかまっ…ても…わたしの…シュルシャガナな」

 

 それ以上、調は話すことができなかった。なぜなら、話している最中に、まるでそのまま拍手でもするかのように、二人の少女が思いっきり叩きつけられて衝突したのだから。

 強すぎる衝突で気を失い、ぐったりとする少女たち。幸いにも、シンフォギアに備わっているバリアのおかげで、それほど重傷は負っていない。

 

「よくも後輩たちに手を出してくれたな!」

 

 それでも、自分の後輩が傷つけられて黙っているクリスではなく、ガトリング銃を吹かして、無数の銃弾でノイズの少女を撃ち抜こうとする。その攻撃によりノイズの少女は二人の少女を取り落とした。

 だが、ノイズの少女の纏うノイズ・アーマーが持つ位相差障壁は、その程度の攻撃を通すようなことはしない。クリスが放った銃弾は、ことごとくがすり抜けていく。

 

「なっ!?」

 

 その光景に注意を奪われるクリスのスキを突くかのように、少女Vは腰についている爆弾を二つほどつかみ取り、それらをクリスに投げつける。

 投げつけられた爆弾は、地面に跳ね返った時点で大爆発を引き起こし、クリスに多大なダメージを与えた。

 

「あああああああ!!」

 

「雪音ぇ!!」

 

「クリスちゃん!!」

 

 爆風に焼かれ、地に落ちる仲間の姿に悲鳴を上げる響と翼だが、彼女たちの後ろに少女の姿が――

 

 

 

「倒れた装者の状況はどうなっている!?」

 

「四人とも軽傷ですが、気を失っています! 現場の状況を考慮すると、危険な状況かと……」

 

「急ぎ本部を現場に急行させろ! 倒れた装者を回収するんだ!」

 

 突如ノイズで構成されたプロテクターを纏い、さっきまでとは真逆の様子で装者たちを追い込んでいく少女V。

 先ほどまでは歓声が上がりそうだった司令部は、今では悲鳴が上がりそうな勢いで慌ただしかった。

 

「まさか、あんな奥の手を隠し持っていたとは……」

 

「あのようなものがあるなら、前に追いつめられた時にこそ使っていたはず!

 つまり、このわずかな時間のうちに修得したとでもいうのか!

 もはや聖遺物がどうとかいう次元ではない……他でもない、彼女自身が一番の脅威だ!」

 

 厳しい顔をする二人の見るモニターの中で、ノイズの少女が、剣ごと翼を腕の刃で切り裂いて戦闘不能にしていた。

 

 

 

♬「明日に繋がる左腕」♬

 

 

 

「があああああ!!」

 

「翼さん!!」

 

 響の悲痛な声もむなしく響き渡り、クリスと同じくノイズの少女の攻撃に倒れた翼は、意識を失った。

 

「み、みんな……」

 

 響は、またたくまに倒されていった仲間を見て、茫然となる。

 

 攻撃の衝撃で吹き飛ばされ、コンテナと衝突して倒れたマリア。

 互いに体をぶつけられ、気を失って地面に落とされ倒れた調と切歌。

 爆風を正面から受け、その身を焼かれながら倒れたクリス。

 そしてたった今、ノイズの少女に剣ごと切り裂かれ倒れた翼。

 

 無残な姿で地に伏している仲間の姿に、優しい少女の思考は怒りに染まっていく……。

 

「許さない……」

 

 皮肉なことに、仲間を傷つけられた今の方が、同じく負の感情で動いている少女Vのことをより理解できるようになっているだろう。

 

「たとえどんな理由があろうとも、これ以上みんなを傷つけるのは許さない!」

 

 響は胸のマイクユニットをつかみ、引き抜くように外したのち、

 

「イグナイトモジュール、抜剣!」

 

 掛け声とともにスイッチを押し、呪いに満ちた黒い装束を身に纏う。

 

「が、ぐ、あああああああああ!!」

 

 だが、今の怒りを抱いた状態では、ダインスレイフが負の感情を一気に増幅させ、いつもなら打ち勝つことができるはずの破壊衝動に押し負けてしまいそうになる。

 ある意味、負の感情もまた聖なる力での浄化と同じく、イグナイトの封じ手であるといっていいだろう。そう言われても納得できるほど、今の響は危険な状態であった。

 

「ま、けるかああああああ!!」

 

 そんな状態にもかかわらず、響はどうにか体を動かす。

 今の彼女に力を与えているのは、怒りのみではない。傷ついた仲間を守りたいという想い、そして目の前の彼女すらも()()()()()()()()()()()から救いたいという信念が、イグナイトの呪いに呑み込まれそうになる自我を保っていた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 雄たけびを上げ、勢いのまま少女へと向かっていく響。それに対してノイズの少女は、ノイズ・アーマーで底上げされた身体能力に任せてかわす。

 

「はああああっ!!」

 

「!?」

 

 だが、達人である弦十郎のもとで修業を重ね、幾度もの戦いに身を投じ近接格闘を鍛えてきた響にとって、たとえ自分より素早くてもある程度捉えられれば、素人の先を読むことなど造作もなかった。

 ここにきてはじめて、響は少女に直接拳を叩き込んだ。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 そのまま、インファイトを目の前の少女に叩き込んでいく。拳、蹴り、頭突き。そのどれもが生半可なものではなく、仮に「完全な肉体」を持つ錬金術師であっても大ダメージは免れないだろう。

 そのはずなのだが、目の前の少女は攻撃の衝撃に多少体を押されはするものの、まるでダメージを受けたような様子はない。その手ごたえのなさに思い至った響は、思わず打撃を叩き込みながら声に出す。

 

「まさか、位相差障壁!?」

 

 

 

 響の一言に、司令部の面々が驚く。仮にも人が、ノイズと同じ位相差障壁を使えるとは思えなかったからだ。

 だが、計測の結果、確かに位相差障壁の仕業であることが分かった。

 

「た、確かに位相差障壁の反応を確認! しかし、数値が異常です!」

 

「通常のノイズとは、出力が比べ物になりません! これでは響ちゃんの攻撃は、ほぼ効きません!」

 

 友里からの悲痛な報告に、より表情を厳しくする弦十郎。

 

「ただノイズを身に纏っただけだはなく、その能力をも使役することができるという事なのか……!」

 

「クリスちゃんの攻撃をすり抜けたように見えたのも、位相差障壁によるものと考えられます!」

 

「イグナイトの出力でさえ届かないほどの壁……一体どうやって……」

 

 緒川の声から漏れ出す疑問に答えるかのように、モニターに映し出される響はマイクユニットへと再び手を伸ばす。

 その危険すぎる賭けに、弦十郎たちは度肝を抜かれた。

 

「まさか、アルベドへとイグナイトを開放し、その出力で強引にねじ伏せるつもりか!」

 

 

 

「抜剣! セカンドセーフティ、リリース!」

 

 そして、響はさらなるリスクと引き換えに、イグナイトの恩恵をより享受することを選択した。

 先ほどよりも強烈な破壊衝動が響を襲うが、その衝動さえも攻撃の勢いに利用して挑む。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 より強力な打撃の連続。両の拳でともかく殴りつけたかと思ったら、相手を蹴り上げ、ハンマーパーツのジャッキを思いっきり引き延ばし、ジャッキを戻る反動を利用した強烈な一撃を下から見舞わせる。

 

 着地してからも、攻撃の手は緩めない。落ちてくる少女に対し、両腕のアームドギアを巨大なドリルへと展開させ、跳躍して横から穿つような巨大な二撃をくらわせる。

 勢いよく横に吹っ飛んでいく少女にも容赦はしない。足のパワージャッキを使って最速で少女の上へと移動し、空中で叩き潰すような勢いで、上から踏みつぶすように蹴りをお見舞いする。

 

 地面にミサイルが落ちたかのような衝撃を伴なって墜落するノイズの少女。ふらふらと

 立ち上がる少女のもとに響はむかい、ふたたびインファイトで打撃の雨あられをプレゼントする。

 殺戮の呪いの深淵に自らを沈めていくことによって手に入れた力。さらにリスクであるはずの破壊衝動をも攻撃の激しさに転化させることで、セーフティの解除は圧倒的な戦い方を響に繰り広げさせていた。そのかいもあってか、ノイズの少女は多少ダメージを受けているようにも見える。

 

 だが、ここでもう一つの問題が響の足を引っ張る。

 

(やっぱり、フォニックゲインをまた奪われている……! 

 皆がいないだけじゃない、このプロテクターのせいか、前よりもヴォカリーズの『支配』の力が強まっているんだ……!)

 

 攻撃を続けながらも、響は荒い息を吐くようになっていた。

 彼女の言う通り、ノイズ・アーマーの恩恵は、主に位相差障壁によるインパクトの減衰と、身体能力の強化である。ノイズの少女の「歌を支配する」ヴォカリーズも、その強化の対象に入っているのだ。

 少女の歌にフォニックゲインを奪われ、シンフォギアの身体強化の機能は少しずつ失われていき、ギアはむしろ枷になりつつあり響の体を疲労が襲ってくる。

 

 先ほど地面に倒れた翼とクリスもまた、よく見てみると意識は取り戻したようだが、ヴォカリーズによって歌を奪われてしまったために満足に動くことができないらしく、うめき声をあげるだけだった。

 

「うぐっ……クソッタレ……」

 

「よもや……ここまでとは……」

 

 彼女たちの、自分の無力に悔しがる表情が、響の目に突き刺さる。

 ここで響はようやく、他のみんなを連れて逃げることを考え始めた。ノイズの少女が自分たちを易々と見逃すとは思えない。だけど、このまま戦い続けても勝ち目がないどころか、場合によっては()すらないかもしれない。

 

 そうなるくらいだったら、倒れている装者全員連れてこの場から逃げ去ったほうがいいかもしれない。

 そんなことが頭によぎったせいか、それとも一瞬でもクリスたちの方へよそ見をしてしまったせいか、響の打撃の一発が、ノイズの少女をかすめるだけに終わってしまった。そのすきを突くかのように、今度はノイズの少女が懐に入ってくる。

 

「!! しま――」

 

 顎下からの、刃を伴なったアッパーカット。響の続く言葉は、その一撃により消え去った。

 そのまま上へと吹き飛ばされる響。幸いにも、イグナイトモジュールが第二段階のセーフティを解除したアルベドフェイズだったからこそ、強固なバリアのおかげで傷もダメージもあまり負ってはいない。それでもヴォカリーズで歌を奪われているうえに、この攻撃によって歌を中断させられたことで完全にフォニックゲインは失われている。

 

 それが意味するところはすなわち、戦闘不能である。

 

 最後に地面へと堕ち、動くこともままならなくなる装者、立花響。彼女に向かってノイズの少女は、ゆっくりと近づいていく。

 

「やめ……ろ…!」

 

「そいつに……てを……だすんじゃ…ねえ…!」

 

 フォニックゲインを根こそぎ奪われ、それでもなお友の窮地に動かぬ体を懸命に動かそうとする二人の歌女たち。しかし現実は残酷な世界であるために、これがお前たちが希望を託してきた「歌」の選択だ、とでも言わんばかりに、キセキは答えてくれない。

 

 ノイズの少女の両肩についていた腕の二又がくっつく、あるものの形を形成していく。

 それは、先ほどまで響が使っていたアームドギアの一つであるドリルだった。両肩についた二つのドリルは高速回転しながら、動けない少女に狙いを定める。

 

 そして無情にも、響の命を奪う形をしたノイズは、彼女へ向かって突き出された――

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 二俣の腕に関しましては、本体の肩関節からアームが出てきて、それがある程度の長さになったら、そこが肩関節のようになって二本の腕が阿修羅にように生えてきているイメージです。VitalizationやExterminateのような機械っぽい腕です。
 
 感想を書いていただければ、作者にとって励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 次回もよろしくお願い申し上げます、装者たちの逆転回になりますので。


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歌と雑音の死闘(2)

 今回は、装者たちが反撃する回です。

 今更ですが、登場人物たちの原作でのキャラをちゃんと再現させることができているかどうか自信がありません……。そういう意味でも、どうかご注意ください。
 また、できれば感想は書いていただけると大変嬉しいです。皆様の声が、確かなモチベーションになります。多少批判的な内容も歓迎しております。ただ、オブラートに包んでいただきたいとは思っておりますが(^^;

 それでは、どうぞ。


『いちかばちか、ギアを解除して三人とも逃げろ!』

 

 装者たちの耳に弦十郎の声が聞こえたかと思うと、突如どこからか発射された何発ものミサイルがノイズの少女を襲い、直撃。爆風が彼女を包んでいく。

 

「まさか、おっさんが仕掛けたのか!?」

 

「話はあとだ! 指示に従い、ギアを解除して、他の四人の救出に急ぐぞ!」

 

 これを好機と見た翼は、ギアを解除し、フォニックゲインを奪われて枷となりつつあったシンフォギアから解放される。イグナイトモジュールよりもリスクが高く、そしてリターンが少ない行為ではあるが、シンフォギア自体が行動を縛る鎖となってしまった現状では、これが今できる最大の最善だった。

 生身のまま、まずは一番近くに爆風で飛ばされてきた響を助けるために駆け出す翼を見て、クリスもギアを解除する。

 

「ああくそ、やっさいもっさい! こうなったらやけっぱちだ!」

 

 クリスもギアも解除し、翼の後に続く。翼は倒れている響を抱え、次は調と切歌を救出しようと向かう。

 一方、ノイズの少女は、絶え間なく撃ち込まれるミサイルが巻き起こす爆音と黒煙で見えざる聞こえざる状態にあり、位相差障壁でダメージこそないものの自分が狙っていた人間たちの位置すら分からない状態だった。

 

 

 

「攻撃は絶え間なく続けろ! 少しでも中断したら、装者たちの命はないものと思え!」

 

 弦十郎は、装者たちに重荷となったギアを解除させて逃がすというリスクの高い逃走方法を実現させるために、潜水艦であるS.O.N.G.本部に備わっている武装でカバーすることを選択した。

 だが……

 

「ミサイルの弾数、残り30%を切りました!」

 

「このままだと、1分以内に装者たちへの援護ができなくなります!」

 

「構わない! 少しでも攻撃の手を緩めたら、それがスキになる!」

 

 そもそも位相差障壁で通常兵器が効かない相手を足止めするために、ミサイルを打つ込んでいくこと自体に無理があった。

 相手には衝撃も含めたダメージは届かないから、煙と音で視界を妨げ、聴覚を封じるほかない。だが、そのためには絶え間なく攻撃をし続ける必要がある。国連直轄の組織とはいえ、シンフォギアのような特異兵器を扱う特別機関であるために通常兵器をあまり保有しないS.O.N.G.では、そう長くは止められない。

 

 さらに、ここで彼らにもノイズの牙がむく――

 

「! 司令! 海中のノイズがこちらへと進行中です!」

 

「なんだと!」

 

 青い顔をしたオペレーターからの報告に、牙がこちらにも向いたことを悟った弦十郎。

 モニターを見れば、確かに海中にいるクジラ型のノイズが数体、こちらへ泳いできていた。レーダーでは、さらに多くの反応がこちらへ向かってくるのが分かる。

 

「あちらが、攻撃の出所に気づいて反撃を開始した……というよりは、ノイズの基本的な習性で僕たちを狙ってきたというところでしょうか。

 いずれにしろ、こちらもかなり危ない状況であることには変わりませんね」

 

「こんなに命の危機を感じたのは、バルベルデ以来ですよ! あれ、意外と最近じゃないか……」

 

「口を動かす暇があったら手を動かす!!」

 

 冷静に分析する緒川と、非常事態に若干パニックになったように見えるも意外と冷静な藤尭、それをいさめる友里。

 どちらにしろ、目の前の危機は去っておらず、自分たちの命も危うくなっていることに変わりはない。

 

「ノイズから距離を取りつつ、少女への妨害は決して途絶えさせるな!

 死んでも装者たちを守れ! 守れなかった場合は、死んでも死にきれないぞ!」

 

 

 

「つ、翼さん……?」

 

「気が付いたか! 立花!

 大丈夫……ではないな。私のふがいなさのせいで、すまない……」

 

「つ、翼さん、なんでギアを……纏ってないんですか……?」

 

「……司令からの指示でな、今のあの少女相手では、シンフォギアはむしろ枷にしかならないと思ったのだろう。だが、おかげで立花を助け出すことはできた。

 案ずるな、この身は剣と鍛えた身。例え天の羽々斬を纏えずとも、仲間を背負って逃げることはできる」

 

 翼は、自身の腕の中で響が目覚めたのを見て、一安心した。あとは司令たちが少女Vの足止めをしている間に、彼女とマリア達三人を連れて安全な場所まで逃げればいいだけだ。

 そう思っていた翼だったが、響から思いもよらない一言が掛けられる。

 

「……ダメです、翼さん。あの子とは、もう……戦うしかありません……」

 

「なっ! いくらなんでも無茶だ、立花!」

 

「だって……あの子が、私たちを逃がしてくれるとは、思えないんです……。

 それに……シンフォギアじゃないと、あの子を本当に止めることはできません……」

 

「! それは……」

 

 翼もまた、あの少女が目の前の獲物を素直に逃がしてくれるものなのかと疑問を覚えていた。

 仮に逃げることができたとして、この周辺の住民たちや、いま戦っている司令たちを犠牲にすることはないと言い切れるのか?

 それを考えたら、少しでも対抗できる力を持った自分たちが立ち向かう方がずっといいに決まっている。だが、翼の懸念は、まさに「対抗できる力」を持っているかどうかだ。

 

「だが、フォニックゲインは彼女のヴォカリーズに奪われてしまう……。

 悔しいが、フォニックゲインがなければ、シンフォギアで戦うことは……」

 

「へいき、へっちゃらです……」

 

「なに?」

 

 響の言葉に、まさか勝利への活路があるのかと感じた翼は、彼女の顔を見る。

 響の続く言葉は、リスクは高いが、なるほど説得力のある言葉だった。

 

「イグナイトモジュールのアルベドフェイズなら、一人でもダメージを与えることができました……。

 私の時は少しでしたけど、みんなのうたを重ね合わせれば、きっと……」

 

「……確かに、抜剣であれば対抗できる手となりえるかもしれない……。だが、我々三人だけでは……」

 

「翼さん……前を見てください……」

 

「前……?」

 

 響の方に集中していた目線を前へと移すと、そこには……

 

「私がいない間に、ずいぶんと手ひどくやられたのね」

 

 コンテナに衝突して戦闘不能に陥ったはずの、マリアがいた。シンフォギアを纏ってはいるが、少女Vのヴォカリーズは既に中断されているため、彼女のフォニックゲインはまだあるようだ。

 

「マリア!」

 

「いつからあなたは、敵に背を向けるような人間になったのかしら?」

 

「! 仲間の危機に鞘走るのが防人としての矜持! だが、鞘が抜けないこの状況では……」

 

「分かってる。敵に背を向けてきたのは私たちも同じ。その悔しさも無力感も、私にも分かる……」

 

 自身の言葉に、心の底から悔しいと感じていることが分かる表情をする翼に対して、マリアは物憂げな視線を向ける。

 防人として、自身を鍛えてきた翼にこんなこと言うのは、本当は心苦しい。だが、こうでも言わないと、今の翼には発破になりえないこともマリアは知っていた。

 

「だからこそ、私たちに戦う力があるというのなら、戦わなくてはならない!

 今まさに危機的状況にある人たちを見捨てるために、私たちはここにいるわけじゃない!

 翼! あなたが防人ならば、向かっていくのは私たちではない! あの敵に向かってだ! 防人を名乗るならばこそ、立ち止まるな!」

 

 ひとしきり厳しい言葉を翼に投げかけたマリアは、表情を一変させてニッコリと笑ったかと思うと、翼に手を差し伸べた。

 

「私たちがあなたに支えられたように、今度は私たちがあなたを横から支える。

 私たちは一人で戦っているわけじゃない。だからこそ、立ち止まらずに進むことができる」

 

 翼はぽかんとした表情を浮かべたかと思うと、不敵な笑みへと表情を変える。

 

「ああ、そうだな。そういえば私はもう、一人ではなかったな。

 ところでマリア、最初に脱落してから今の今まで戦場にいることができなかった奴が目の前にいるのだが、どうフォローして(ささえて)やればいい?」

 

「なっ!? それは言わない約束でしょう!? この剣、本当にかわいくない!」

 

 翼のからかいに、マリアがすねる。そんないつも通りの光景に、響の頬も緩む。

 そんな彼女たちのもとに、他の装者たちも集まっていく。

 

「まあ、先輩たちのムチャに付き合うのも後輩の役目だ」

 

「今度は二人だけで突っ込んだりしないデス!」

 

「うん、切ちゃん……。みんなで一緒に、戦おう!」

 

 倒れていた調と切歌も目を覚ましており、クリスとともに響たちと合流した。響も翼に降ろしてもらって、どうにか地面に立つ。

 

 ――Imyuteus amenohabakiri tron

 

 ――Killter Ichaival tron

 

 そして、ギアを解除していた翼とクリスも、シンフォギアを再びその身に纏う。

 シンフォギアを、歌をその身に纏って戦う六人の装者は、互いに相手の目を見て、覚悟を決めてうなづく。

 

 そのとき、ミサイルによる爆音と風圧がやむ。ついにS.O.N.G.が保有する武装の限界が訪れたのだ。

 少しずつ晴れていく黒煙。うすれゆくそれを介して、ノイズの少女はシンフォギア装者を視認する。

 

「イグナイトは、エルフナインちゃんがくれた力だ。

 シンフォギアは、了子さんが作ってくれて、いろんな人が支えてくれた力だ。

 そして歌は、世界中の人が守ってくれた命だ! だから、絶対に負けられない!」

 

 口上を述べる響たちに向かって走り出すノイズの少女。だが、もはや彼女たちを止めることなどできない。

 

 ――抜剣、イグナイトモジュール! オールセーフティ!! リリー―ス!!

 

『こんなところで終わらせて、なるものかあああああああ!!』

 

 すべての装者が、イグナイトモジュール最終段階のルベドへと至る。そのさいに生じた風圧は、位相差障壁で通常の物理法則が効かないはずのノイズの少女さえ後ろに後退せざるを得なかった。

 それが意味するところは、つまり……。

 

 

 

♬「アクシアの風(後半)」♬

 

 

 

 黒を身に纏い、されど心はどこまでも美しい色をした少女たちが、そこにはいた。

 

 イグナイトモジュール、最終ルベドフェイズ。最大のリスクと、最強の力を背負って、ノイズの少女の前に立ちはだかる装者たち。

 そのだれもがノイズの少女を見据え、同時に少女もまた怨敵たる人間たちを睨みつけている。

 

 

 

「全装者、イグナイトモジュールを起動! 同時に、フェイズ・ルベドへとシフト!

 カウント、開始します!」

 

 S.O.N.G.本部では、装者たちの抜剣に呼応して、友里が状況を説明した後、イグナイトモジュールのタイムリミットを示すカウントが「999」から減っていく様子がモニターに映し出される。

 通常のニグレドフェイズの何倍ものスピードで「0」へと近づいていく残り時間。それこそが、装者たちがこの窮地を打破できる最後の時間だ。

 

「まさか、あの状況から出された一手が、ここまでの力押しとは……」

 

「いつも通りと言えば、いつも通りだがな。まったく、俺もアイツらも、今回は無茶の連続だな」

 

 緒川は苦笑した様子で話し、弦十郎も呆れたように語りながらもどこか笑みを浮かべている。どこまでも力押しで切り抜け、それで大概の危機はなんとかしてしまう弟子の姿に、無意識のうちに自分を重ねていたのかもしれない。

 

「さて、こちらももう少し踏ん張らないとな」

 

「とはいっても、時間の問題ですね」

 

 二人は落ち着いた様子で話すが、彼らの視線は現在自分たちの乗っている潜水艦を追い続けているクジラ型ノイズを映し出しているモニターの方を向いている。

 全速力で逃げてはいるが、少しずつ追いつかれている。銃後もまた、現場に立つ彼女たちと同じく命を懸けて戦っていた。

 

 

 

「デエェェェス!」

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 まず最初にとびかかったのは、ザババの刃。切歌は鎌を、調は円形の鋸を、いつもの何倍も巨大に展開させて攻撃を仕掛ける。

 それをノイズの少女は、両肩についたドリルをさらに巨大に展開して()()()()()

 

 本来なら攻撃は防がれたため失敗に終わったかのように見えるが、この場において重要なことは、()()()()()()()()()()ことである。

 

「これなら!」

 

「手が届くデス!」

 

 直接攻撃を加えた二人は、その手ごたえに活路を実感する。他の装者もまた、それを見て自分たちの賭けが全くの無駄ではなかったことを感じ取った。

 イグナイト、その最終段階であるルベドフェイズを解放したシンフォギアの出力は、そのまま「調律」にも影響しノイズ・アーマーの位相差障壁を大幅にひっぺがすまでに至っていた。

 

 無論、ここまでの出力になったのは、立花響の「繋ぐ力」も重要な一役を買っている。同じ想いを抱くことによってシンフォギア同士が共振し、共通の旋律と詩が胸に浮かぶまでに重なり合った6人の歌を、その力で束ねることでさらに繋がりを強固なものにしているのだ。

 重なった強大な歌はノイズ・アーマーにより強化されたヴォカリーズの「支配する力」にも匹敵し、「支配」でも奪えないほどの「繋がり」を持った歌へと昇華されていた。

 さらに、「調律」しきれない分の位相差障壁すらも、この「繋ぐ力」の応用で、無意識に、かつ強引に、ごく一部ながらも世界同士を接続することで無理やり物理法則のもとへ引っ張り出していた。

 

 つまり、あとは同じ土俵に引きずり出した相手を、力押しで押して押して押しまくるだけ。

 

「調と切歌が抑えている間に、一気に叩きこむ!」

 

 マリアの掛け声とともに、残りの()()()装者もまた各々のアームドギアでノイズの少女に立ち向かう。

 翼は剣を、マリアは短剣を手に、ノイズの少女へと真正面から挑みかかり、攻撃を仕掛ける。少女Vは、それを自身の両手で受け止めて防ぐ。

 

「くっ、やはり……」

 

「私たちの攻撃は、そう簡単には通らないか」

 

 二人が表情を歪めるなか、ノイズの少女は次の手を打つ。彼女のノイズ・アーマーから肉塊が沁み出すように出てきたかと思うと、その肉塊が少しずつ無数のノイズへと形を変えていく。

 ノイズ・アーマーは数万のノイズを変形させたプロテクター。ならばこそ、アーマーからノイズを発生させることなど容易い。

 武器をドリルで受け止められている調と切歌ならともかく、自身の攻撃を手でつかまれているマリアと翼のスキを突くのなら十分すぎるほどの精製速度だった。

 

 あっという間に形成されていくノイズを前にして、翼とマリアは不敵な笑みを浮かべた。

 

()()()の攻撃は通らない、とは言ったけど」

 

「仲間がつく隙も作れない、とは言ってないぞ」

 

 少女がその笑みに疑問を覚える前に、顔面に拳が叩き込まれる。目の前の二人は、上に目を向かせないためのおとり。本命は、上空から最高出力で吹かしたバーニアでの響の強襲である。

 

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 最高まで高められた破壊衝動を利用した、強烈な一撃。その一撃はノイズの少女の顔面に埋没し、次の瞬間少女は後ろに大きく吹き飛ぶ。

 吹き飛ぶ間も、装者たちによる攻撃はやまない。両手に剣を持ち、剣と脚部のブレードに炎を纏わせて、まるで炎の鳥を思わせる姿でノイズの少女へと飛翔し、高速回転しながら突進、斬りつける。

 

――羅刹 零ノ型

 

 翼の攻撃によって、さらに上へと弾き飛ばされる少女。

 

「今だ! マリア!」

 

 翼の声とともに、さらにその上からマリアが攻撃を加える。長大な剣を携えた左腕を構えて、バーニアと重力で加速してノイズの少女を斬りつける。

 

 少女だって、ただやられるだけではない。両肩についたドリルを上空に向けて、マリアを迎撃しようと構える。しかしマリアの必殺の斬撃は高速回転する少女の武装を破壊し、胴体へと命中した。

 

――SERE†NADE

 

 上からの重い一撃で切り裂かれ、地面へと叩き込まれる少女。血を吐きながら、ふらふらとなんとか立ち上がるが、既にその場にはザババの攻撃が準備されていた。

 どこからか黒いロープでからめとられ、地面へと縛り付けられる。同じ方向から射出されたアンカーが彼女のすぐ前と後ろを通り過ぎ、接続される音が聞こえる。そして二方向から、アンカーに繋がれた切歌のギロチン状のアームドギアと調の乗る禁月輪に挟撃される。

 

――禁殺邪輪 Zあ破刃エクLィプssSS

 

「ガッ……………」

 

 二つの刃に挟まれる瞬間、無意識的にノイズ・アーマーの位相差障壁を一時的に限界を超えた出力にしたため切断されずに済んだが、それでも大ダメージを与えられたことに変わりはない。

 ノイズの少女は、新たな力を手に入れた現在でも、この人間たちに力押しで勝つことは到底なしえないことだと理解し始めた。

 

 

 

「イグナイトの最終段階が、彼女たちの歌が、あのプロテクターの位相差障壁を上回っています! これならば……!」

 

「ああ、最後まで油断はできないとはいえ、勝利は目前だ」

 

 緒川と弦十郎は、顔と言葉に喜色があふれるのを隠さずに現状を評価する。

 ミニターで見る限り、こちらの装者の動きに相手は追いつくことができていない。この勢いのまま突っ切れば、必ず勝つことができるだろう。

 

「……だけど、こちらは時間切れのようですね」

 

「ようだな。だが、ここにいるみんなもよくやってくれた」

 

 しかし、向こうは危機から脱出することができても、こちらはそうはいかない。

 クジラ型ノイズはもう潜水艦のすぐそばにまで迫ってきている。シンフォギアでなければ迎え撃つことができない以上、生還は絶望的だと言っていいだろう。

 

「ノイズとの接触まで、あと20秒と予測されます……。限界です……」

 

「でも、最後に響ちゃんたちだけでも生き残ることができそうで良かった……」

 

 オペレーターたちにも、既に自分たちの命を諦めている者が多い。

 弦十郎は、自分の判断に彼らを巻き込んでしまったことを申し訳思いながらも、装者たちの今後を憂慮しながら今生への別れを告げようとし――

 

 

 

――GIGA ZEPPELIN

 

 

 

 無数のクリスタル状の矢がすべてのクジラ型のノイズを打ち抜き炭素へと還していく光景がモニターに映し出されたことで、それが杞憂だったことを知る。

 

『眠てえことを言ってくれるなよ、おっさん』

 

 すべての力を解放したイグナイトがもたらす恩恵は絶大で、たとえ空中からアームドギアを水中へ撃ち込んだとしても、十分すぎるほどの威力を保ったままノイズを倒すことすら可能としたのだ。

 後方の仲間たちを救った少女の声は、弦十郎に言い聞かせるようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

『アタシは、守るべきものはちゃんと守れる女だ!』

 

 その言葉を最後に、クリスからの通信は切られた。

 

「どうやら、まだまだアイツらの面倒を見なければいけないらしいな」

 

「素直になったらどうですか? 『助けてくれてありがとう』と」

 

 命が助かったことに歓声が上がる司令部の中で、大人二人はそんな会話をした。

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 一方、装者たちの方では、異常が起きていた。何重にもわたって装者たちの強力な攻撃を受け続けたノイズの少女のプロテクターが、突如膨張を始めたのだ。

 大きく膨らんだ部分はやがて右腕と背中へと収束し、それぞれ、とてつもなく巨大な鉤爪が付いた武装と、ジェット機のような噴射口がついた翼へと展開する。

 

「くっ!」

 

「あれだけの攻撃を受けて、まだ戦えるというのか!?」

 

 ノイズ・アーマーで人間とは思えないほどの強さを手に入れているとはいえ、尋常ではないスタミナに戦慄するシンフォギア装者たち。

 

 少女の雄たけびとともに噴射口にエネルギー(フォニックゲイン)がチャージされ、その数秒後、ノイズの少女は音速を超える速度で突進を仕掛けてきた。

 幸いにも、あまりにも速すぎるために方向を制御しきれず、直接装者たちに攻撃が当たることはなかったが、それでも突撃により発生したソニックブームに吹き飛ばされる。

 

『あああああああ!!』

 

 吹き飛び、体勢を崩し、地面へと倒れる装者たち。そのすきを狙うかの如く、少女が振り返り、再び噴射口にエネルギーを充填し始める。

 

 だが、そこにミサイルの雨あられが降ってくる。少女はそれを、全身のプロテクターに原料となるノイズを追加し、更に防御力を高めることでどうにか防ぐ。

 海中のノイズを倒しにいったあと、戻ってきたクリスによる攻撃だ。自分に攻撃を加えた下手人の姿を目視した少女は、今度は彼女に向かって超音速の突撃をかます。

 

「ぐ、ああああああああ!」

 

 今度もなんとか攻撃は逸れたとはいえ、目標物との差は確実に縮まっていた。強烈な衝撃に悲鳴をあげながら舞い上げられ、地面へと落下し衝突するクリス。()()()()()()()、そこは響たちのすぐ近くであった。

 

 この時、もしもノイズの少女がすぐに響たちに攻撃を仕掛けていたら、すぐに勝利することができていただろう。しかし、音速を超える攻撃は、使用者である少女にも大きな負荷をかけるものであり、ノイズ・アーマーで人智を超えた力を手に入れた肉体といえでも、少し休憩を取らざるを得なかった。

 

 膝をつき、荒い息を吐きながら装者たちを睨みつけるにとどまるノイズの少女。だが、翼のバーニアにはフォニックゲインが徐々に収束されており、準備ができ次第いつでも発射できる体制を整えている。

 あと十数秒で、次の、そして最後となるだろう攻撃が訪れることを、装者たちは察した。

 

「あの攻撃をもろに受けたら、今度こそお陀仏だぞ!?」

 

「なら、装者全員のアームドギアを一つにし、迎え撃つのみ!」

 

 マリアの決断に他の装者もうなづき、六人は手を重ね合わせる。

 そして装者六人のシンフォギアが、フォニックゲインを質量として変換、アームドギアとして展開していき、六つのギアは一つの技を作り始めていく。

 

 そこに現れたのは、六人の絆が合わさった証だった。

 重なり合った翼の剣とマリアの長剣をベースに、調の車輪、切歌の鎌でできたウィングとバーニア、エンジン代わりの雪音のミサイルを、響の「繋ぐ歌」で組み合わせた、イグナイト最終段階に至った六人の最終奥義。

 

 そして、点火。歌と雑音、二つが地を蹴り、天を駆け、音のなき世界でぶつかり合う。互いに互いを削りあいながら、それでも相手に真正面から立ち向かい続けている。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!』

 

「アアアアアアアアアアアアアアアー!!」

 

 凄まじい風圧にさらされながらも、それでも雄たけびを上げてその場に踏みとどまる7人。曲げられぬ信念を持つ者同士、一歩を譲るつもりはなかった。

 装者たちの剣は半ばほどまで折れ、少女の剛腕もまた自身の拳の少し前まですり減っていた。どちらに勝負が転ぶのか分からない、まさにそんな瀬戸際。

 

(負けて、たまるかああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!)

 

 瞬間、少女は思いもよらぬ行動を取った。右腕と翼以外の全身を覆うノイズ・アーマーを解除し、その分の力をすべて右腕に集中させたのだ。

 再生し、より巨大な手となる彼女の武装。その大きく膨らんだ手で彼女たちの必殺技を丸ごと掴み、握りつぶす。

 

 爆発四散する、装者たちの切り札。その爆風により、はるか後方へと飛んでいく装者たち。

 

 

 

 ――勝った!!

 

 

 

 攻撃の反動でずたずたになりながらも、勝利を確信した少女は顔を大きくゆがませて笑みを作る。

 勝った。あとはとどめだ。そう思った少女はノイズを精製しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 

 

(なっ、そんな――)

 

 だが、爆発のただなかから飛び出し、こちらへ向かって一直線に向かってくる響に、思考が真っ白になる。

 ガングニールを纏った少女は、どこまでも一直線に、その拳をふるって打ち抜いていく。それがたとえ、ノイズの少女であろうとも――

 

 

 

――BONDS SYMPHONY

 

 

 

 そして、戦いの終わりを告げる一撃は、ノイズの少女に撃ち込まれたことによって戦場に響き渡った。

 

 

 

 




 これにて今回のお話は終わりです。

 原作では、イグナイトを使ったうえでの全装者6人のユニゾンが無かったので、使わせてみました。
 「BONDS SYMPHONY」は、「風月ノ疾双」と「Change the Future」と組み合わせたうえでウィングを切歌の鎌にしたような乗り物がイメージです。あと、名前についてはお許しください……他にいい名前が思いつかなかったんです……。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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呪われた運命(さだめ)

 6月最後の投稿になります。
 死闘の結末。そしてリリスがノイズの少女を調べた結果、一つのことが明らかになるお話です。

 それでは、どうぞ。


 響は、自身の想いを込めた一撃が、ノイズの少女の胸に命中したのを確かに感じた。そして突撃する勢いをそのままに、後ろへと押し込んでいく。

 やがてノイズの少女の後方に壁が見えた時、それは起きた。

 

 最後の抵抗のつもりか、それとも無意識か、両腕にアーマーを展開し、今まさに自身に攻撃を加えている響の右腕を握りつぶす勢いで圧を加えてきた。

 

「! ぐうぅぅ!」

 

 痛みに声を漏らす響。強化された圧力はすさまじく、彼女の苦痛とともに腕の黒いガングニールのハンマーパーツが砕け、破片が飛び散る。

 しかしそれでも、響の攻撃の手を緩むことはない。勢いを保ったまま突き出される響の拳と、少女の体のあいだに、ガングニールのかけらが入り込み――

 

 

 

 

 

ドカアアァァァァァァン!!

 

 

 

 

 

 まもなく、すさまじい音が鳴り響いた。ノイズの少女が、壁に激突した音だ。

 腕のプロテクターは解除され、口から血を吐き、ぐったりとしながら壁に寄りかかっている。もはや誰がどう見ても、戦闘不能だった。

 

 装者たちは、イグナイトモジュールを解除した。少女が戦えなくなった今、タイムリミットも迫る中、イグナイト状態であり続ける必要はなくなったからだ。

 今までで最大の強敵に勝利したことに喜ぶ、遠くの装者たち。しかし少女に最後の一撃を加えた響は、悲しそうな目をして少女を見下ろす。

 一時こそ、仲間を傷つけられた怒りで頭がいっぱいだったが、それでもこのノイズを操る少女を救いたいと響は思っている。例えそれがノイズの少女にとって無意味なことだったとしても、憎しみの檻から解放されてほしいと切に願っていた。

 

 

 

 だが、呪いがそれを許しはしない。

 

 

 

「少女Vのプロテクター、完全に解除! 戦闘不能状態になったと思われます!」

 

「やりました! 響ちゃんたちの勝利です!」

 

 S.O.N.G.司令部でも、オペレーターたちの勝利の歓声が大きく響き渡っていた。

 今まで自分たちも含めて危機的状況にあった分、そこから上がるボルテージはもはやうなぎのぼりだ。肩を組んで喜び合う者たちまでいる。

 司令官である弦十郎や、その右腕たる緒川も喜びの感情を隠せない。

 

「相性はこちらが圧倒的に不利、パワーも絶大的。そんな相手に勝利するとは、流石としかいいようがありません」

 

「今回もまた、響君に救われてしまったな。響君の『繋ぐ』歌、イグナイト最終段階という力押しながらも逆転をつかむ発想、それに、装者たちの歌を重ね合わせることによる相乗効果。

 これならば、少人数でも異なる装者同士の『絆のユニゾン』も可能となるかもしれん」

 

「『ユニゾン』……切歌さんと調さん、ザババの刃の同時運用による相互的な出力の上昇特性ですか?」

 

「ああ。シンフォギアではなく、それを纏う装者たちの結びつきを軸にして出力の引き上げを図るつもりだ。

 イグナイトが封じられた今、この絆によるユニゾンが決め手となってくれるはずだ。

 若干不安があったが、今の彼女たちならば、成し遂げてくれるだろう」

 

「そうですね、絆の力で絶対的な危機を脱した、今の彼女たちなら……」

 

 そう言って、モニターに映る少女たちの方を見る二人。今回の件で、また戦力的にも精神的にも大きく成長したことだろう。

 さて、装者たちに思いっきり働いてもらった後は、こちらの仕事だ。まずはあの少女を確保し、なんらかの手段でノイズの発生を妨害しなくてはいけない。そのあとに、話を着かえてもらう必要がある。

 そう考えた弦十郎は、自分たちが現着するまで響に少女を捕まえてもらおうと指示を下そうとして――

 

 

 

『ガ、アアアアアアアアァァァァァァァァァァ!?』

 

 

 ノイズの少女の叫び声で、まだ事態は終わっていないことを察した。

 

 

 

 

 

 

 憎い。

 

 

 

 にくい。

 

 

 

 ニクイ。

 

 

 

 

 

ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

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ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドウシテ、オマエラハミンナヲウバッテイクノ?

 

 ドウシテ、オマエラハタガイニコロシアウノヲヤメナイノ?

 

 

 

 ニクイ、ニクイニクイニクイニクイニクイニクイィ!!

 

 ドウシテオマエラハソウナンダ!!

 ドウシテテヲトリアッテイキヨウトシナイ!!

 ドウシテハハナルホシヲソコマデケガスコトガデキル!!

 

 ニクイ、ナニモカモガニクイ!!

 

 ワタシノカゾクトイバショヲウバッタヤツラモ!!

 ワタシニツメタイメバカリムケテキテ、ジブンタチノコトシカカンガエナイヤツラモ!!

 ニンゲンゴトキガケッシテフミイッテハイケナイトコロニフミイッテキテ、シゼンヲケガスヤツラモ!!

 ソレサエモジブンタチノコロシアイニシカツカオウトシナイヤツラモ!!

 

 

 

 スベテガニクイ!! ニンゲンノスベテガ!!

 

 

 

 ……アア、メノマエニモニンゲンガイル。コロサナキャ!

 デモ、カクジツニコロスノハマタコンドニシヨウ。モウカラダガボロボロダ。

 

 カワリニ、コイツラヲオイテイコウ。セイゼイアガケ。

 

 デモ、モシコイツラカライキノコッタラ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オマエダケハ、ワタシガゼッタイニコロシテヤル。

 

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

 目の前で突然立ち上がり、のどが避けるんじゃないかと思うほどの叫び声をあげる少女を前に、響は動くことができなかった。

 胸から黒いナニカをぐじゅぐじゅとあふれさせ、雄たけびを上げる彼女の周りからは、黒いオーラが立ち込めている。この感じに覚えがあった、とてつもなく。

 

 そして気づく、自身のイグナイト状態のガングニールが、あの少女の胸の中に押し込められていることを。思い至った響は、驚愕を思わず声に出す。

 

「まさか、ガングニールのかけらを取り込んで……!?」

 

 次の瞬間、カルマノイズが()()生み出された。まるで普通のノイズを作るかのような時間で。

 その事実に思わず動きを止める響。そうしている間に、黒きオーラを纏った少女は、緑の光に包まれて消えていく。

 

「! 待って!」

 

 響が手を伸ばすも、その手が少女に届く前に、少女Vはまんまとこの場から離れていった。

 そして、手を差し伸ばしたまま呆ける少女に、残されたカルマノイズ(憎悪)が襲い掛かってきた――

 

 

 

 

 

 結果だけを言うなら、装者たちはなんとかカルマ・ノイズを倒すことができた。ノイズの少女と比べたら、カルマ・ノイズの相手の方が大分マシに思えるのも、倒すことのできた理由の一つかもしれない。

 

 だが、大勝利を飾ったとはいえ、結局ノイズの少女をまたもや逃がしてしまったことに、装者たちは悔しさを感じざるを得なかった。

 さらに、カルマノイズを一気に数体も生み出していたことから、響のイグナイト状態のギアのかけらが作用しているのではないかと推測され、次はさらなる困難が待ち構えていることを予感させた。

 

 恐るべきスピードで進化を遂げる災厄の少女。その存在に不安を抱きながらも、ラピスへの対策は組まれ、パヴァリア光明結社の錬金術師たちとの決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、イグナイトの力を期せずして手に入れた少女であったが、現在は自身を蝕む呪いに苦しみ、何もできない状態であった。

 

 やらなければいけないことがある。だけど、今はそれをすることができない。

 憎しみに飲み込まれ、()()()()()()()()破壊してしまわないように、必死で自身の負の感情を抑え込んでいる。ゆえに、《仲間》をもとの場所に帰すのは遅くなってしまいそうだ。

 

 そして災厄の少女は、異空間にて回復し、自身の膨れ上がる憎悪を再びコントロールできるようになるまで、行動を起こすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「……今のところ、共通点はないみたいですね」

 

 パヴァリア光明結社の拠点の一つ、そこでリリス・ウイッツシュナイダーは、ノイズの少女が回収していた聖遺物について調べていた。

 彼女を倒すために必要なものは情報であり、彼女の目的である聖遺物の分析も、情報収集の一環だ。

 

 ちなみに、彼女の能力であるノイズのルーツに関してはある程度調べてあったので、()()()資料という形で情報をまとめなおすことはできた。

 

「彼女が操るノイズは、『禁忌の地』からそれほど遠くない文明で開発されたことは分かっているのですが……。

 理由は不明ですが、あの大量のフォニックゲインは、当時から、というよりかは元々の体質で保有していたようですね。そこに目を付けられ、環境に被害を与えず人類のみを殺戮することを目的とした自律兵器の母体に改造され、あの状態に至ると……。

 全く、いくら相互理解が妨げられているとはいえ、ルル・アメルはどうしてこんな残酷な真似ばかり……」

 

 自分のことを棚に上げて、相変わらず残酷さに限界がない人類の非道に呆れていると、ジリリリリリという音がリリスの部屋に鳴り渡った。

 ふと音の鳴ったほうを見ると、そこには昔ながらのダイヤル式の電話がいつのまにかあった。それを見て、誰からのテレパスか察しがついたリリスは、ため息を一つ付くと、受話器を取った。

 

「もしもし、リリスです」

 

『順調かい? あの少女の始末は』

 

 電話の相手は、パヴァリア光明結社の統制局長であり、超高位の錬金術師であるアダム・ヴァイスハウプトであった。

 術師としてのセンスは皆無だが、魔力だけはありあまっているために、結社の誰よりも強力な錬金術を使うことができる男だ。テレパスを電話として実体化できるのも、それゆえである。

 

「申し訳ありません、今の段階では討伐は不可能と判断し、情報を収集している段階です」

 

『必要ないよ、情報なんて。ただ排除すればいい、邪魔者はね』

 

 これだから嫌なんだと、リリスは内心でため息をつく。

 この男は、なんでもかんでも力づくで物事を動かせばいいと思っている。力が足りなければ、自分よりも弱い者たちを働かせて用意させればいいと考えている。だからこそ、なにひとつ自分から生み出そうとしない。

 リリスは、何千年経っても、この男と話して疲れない日は来ないだろうと思っている。

 

『日本にまた現れたみたいだよ、あの少女が。君が仕事をしっかりしないからだとぼやいてたよ、カリオストロがね』

 

「そうですか、それはすみませんでしたと伝えてください。

 それで、肝心の『神の力』を手に入れるための計画は順調なんですか?」

 

『もちろん順調だよ、この上なく。既にティキが座標を特定したから、後は捧げるだけでいい、生贄をね』

 

「それは良かったじゃないですか。じゃあ、私は仕事に戻りますので、これで」

 

『……一応言っとくが、僕のものだよ、神の力は。結社の誰にも使わせるつもりはないよ、君でもね』

 

「別にいいですよ、もともとあまり興味のなかったものですし。データさえいただければ、それで結構です」

 

『……相変わらず、おかしな奴だね、君という女は』

 

 ブツッと相手から一方的に切られ、固定電話が消えていく。リリスは黙ってその様子を見ていたが、やがて作業に戻る。

 

「さて、さっさと分析を進めてしまいましょうか」

 

 アダム・ヴァイスハウプトには、リリス・ウイッツシュナイダーが理解できない。それは、男女の意識の隔たりとか、性格の違いというよりかは、()()()()()が全くと言っていいほど異なったものであることに根拠を持つだろう。

 

「さて、結局これらの聖遺物の共通点は何なのか……。

 これらにまつわる伝承の種類はバラバラ。その用途についても、剣や盾といった武具もあれば、機械の一部として組み込むようなものもあるし、効果が不明なものもある。製作元をたどれば見つかるかと思った共通点も、なにもなかった。

 一体、どう繋がりがあるのやら……『禁忌の地』周辺の文明で作られた聖遺物とかなら、回収する理由も分かる気がしますが……『禁忌の地』?」

 

 リリスは、自分が言った特徴的な言葉を反芻する。まさか、と思いながらも、聖遺物についての詳細なデータの中から、エネルギーの波形パターンを探し出し、それらを調べ出す。

 

「なるほど、私が調べていたのは、あくまで()()()()()()()()()のみ。

 自動車などは、別々の会社から部品を購入し、それらを組み合わせることで製品として完成させることが多い。それと同じように、最後に聖遺物の一部として組み込まれた場所が違っていても、文明同士が取引をしていれば、部品として作られた場所は一致するはず。

 それが、もし『禁忌の地』近くの文明ならば、あるいは……」

 

 必要な情報を入力して、自身が懸念している部分が一致するかどうか、機械に計算させる。そして、モニターに結果が表示される。

 結果は、一致。モニターをずっと見つめていたリリスは、その結果に思わず立ち上がった。

 ここにきて、ようやく少女の目的が明らかにすることができた。だが、リリスはそれを手放しに喜ぶことができなかった。

 

「――まさか、『禁忌の地』の、よりにもよってあの生物たちのエネルギーを使うとは……」

 

 リリスは腰を下ろし、ため息をつく。何も知らないとはいえ、まさか人類がそこまでの愚行をするとは。ノイズを生み出し、それに滅ぼされるのも納得だと思えるほどの愚かさだった。

 しかしこれで、聖遺物の共通点は一応見つけられた。だが、まだあの少女が、なぜ膨大なフォニックゲインをその身に宿しているかが分からない。その点の調査も進めておかないと、本当の意味で彼女を攻略することなどできない。

 リリスはそのメカニズムを明らかにするために、もう一度モニターに向かい合う。しかし、先ほど判明した事実に、物憂げに呟かざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間を殺戮していくノイズの少女……。彼女は、カストディアンと『リュウ』の因縁に呪われた人類の宿命。その象徴なのかもしれませんね」

 

 

 

 




 カルマ・ノイズを量産できるようになりました(白目)。嘘です。ただイグナイト混じりのガングニールのかけらで、一度に何体か生み出せるようになっただけです。
 それだけでも強すぎとか言わないでください、彼女(メリュデ)にもリスクはあるんですよ。

 ついにリリスによって明らかにされたメリュデの目的。はたして、彼女の言う「リュウ」とは何なのか、それは今後の展開にご期待ください。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。次回もよろしくお願い申し上げます。


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嵐の前の

 余裕があったので、2話目の投稿です。ただ、その分文章量が少ないですので、ご注意を。

 アンケート「小説を投稿する日は、どれがよろしいですか?(更新できるかどうかはさておいて)」が終了いたしましたので、結果をお知らせいたします。

(95) 出来上がったら、すぐに投稿
(15) 土・日に書いたものをいっぺんに投稿
(18) その他、特定の曜日に投稿
(55) 特に希望はない
(10) いっそ月初めとかで(ry

 以上の結果により、今月からは、書きあがったら即投稿していきたいと思います。
 アンケートには、193名の読者の皆様にご回答いただきました。ご協力いただき、ありがとうございました。

 なお、現在は投稿する時間を決めるアンケートを実施しております。「書きあがったら即投稿」という方針を取るつもりですが、もし希望する時間帯などがございましたら、アンケートへのご回答をお願いいたします。

 それでは、どうぞ。


 ノイズの少女との死闘の後も、装者たちの戦いはパヴァリア光明結社を相手にしたものへとシフトしながら続いていく。

 

 エルフナインが、錬金術師たちの使う「賢者の石」に対抗する術として見つけた、融合症例だった時の立花響から零れ落ちた未解析物質。「愚者の石」と命名されたそれを対消滅バリアとして組み込むことで抜剣封殺を防ぐために、倒壊した「深淵の竜宮」の未解析技術管理特区、海底に沈んだその場所の泥濘を救い上げ、サルベージしようと探し求める。

 途中、錬金術師であるカリオストロとプレラーティによる奇襲があったが、調と切歌の活躍があり、これを撃退。目的の「愚者の石」を回収することにも成功し、今はエルフナインが、これをシンフォギアシステムに搭載する準備をしていた。

 

 そんななか弦十郎から装者に、訓練の指示が下される。賢者の石に対抗する方法を見つけた今、なぜこのようなことをするのか。

 それは、今の心の余裕ができた状態では、たとえイグナイトを使うことができてもファウストローブを纏った錬金術師に勝つことができないと判断したためだ。勝機をつかむために、自身が以前から考えていた「絆のユニゾン」を戦術に組み入れることで装者たちの戦力をあげようと考えたのだ。

 

 だが、パヴァリア光明結社に対しての勝率をあげることだけが、今回の特訓の目的ではなかった。

 

 

 

「忘れるな! 愚者の石はあくまで賢者の石を無効化する手段に過ぎん!」

 

 トレーニングルームにて、一人で装者6人を圧倒してみせたS.O.N.G.の司令は、現場に立ち危険にさらされるからこそ彼女たちに厳しい言葉をかける。

 相手取るのが結社の錬金術師のみの場合、ここで話は終わっていただろうが、もう一つ巨大な脅威を敵としている彼らは、さらに言葉を続ける。

 

「それに、愚者の石は少女Vに対して、何の意味もなさない」

 

 弦十郎の言葉に、膝をついたり倒れていた装者たちが顔をあげる。あえて考えないようにしていたことに触れられたため、反応せざるを得なかった。

 さすがにそのことで黙っている訳にもいかなかったクリスは、弦十郎に食い掛かる。

 

「おっさん! あいつはこの前けちょんとぶっ倒せただろ!?

 今度は必ずとっ捕まえられる! 今更あいつを警戒することはないだろう!?」

 

「本当に、そう思っているのか」

 

 弦十郎からの鋭い眼光に、内心そうは思っていないクリスは押し黙ってしまう。

 他の装者も、その話が出てきた途端一様に暗い顔をする。

 

「お前たちも知っている通り、前回の戦いで少女Vは、胸にイグナイト状態のガングニールのかけらを押し込まれている。その後、数体のカルマノイズを生み出した。

 イグナイトの呪いがカルマノイズに影響されるというならば、その逆もあり得る。つまり、一体作るのにも苦労していたカルマノイズを一瞬で、しかも複数出現させることができたのは、彼女がイグナイトの力を手に入れたからかもしれん」

 

「……そんな」

 

 弦十郎の口から語られる最悪の推測に、響が思わず声を漏らす。

 彼女を憎しみの檻から救うために拳をふるったはずなのに、逆にさらなる呪縛に捕らえさせてしまった。そのことが、彼女の胸に重くのしかかった。

 

「俺達が迎え撃つべきは、錬金術師だけではない! イグナイトでさらに強力な敵になったと思われる彼女だが、あの少女は、俺達が知らない間にもさらなる強さを手に入れている可能性がある!

 彼女を相手取るお前たちが、立ち止まっている場合ではないぞ!」

 

 その言葉にやる気を奮い起こされ、立ち上がる装者たち。

 彼女たちを見て、まず闘志に火が付いたことに弦十郎は満足そうにうなづいた。

 

「よし! 準備運動は終わりだ! 

 ここからが本番だ! 気合い入れろよ!」

 

 そして、彼が思う「やる気の出る音楽」を、昔ながらのラジカセで再生した。

 

 

 

 

 

 

「……やはり、いくら確かめても『リュウ』特有のエネルギーが検知されていますね。

 つまり、彼女が求めているのは聖遺物ではなく、聖遺物の動力源、あるいは保存状態にある『リュウ』の力ということですか」

 

 リリス・ウイッツシュナイダーは、ノイズの少女の分析を続けていた。

 特に彼女の言う『リュウ』の力に関しては、何度確かめても足りないと言わんばかりに調べなおしていた。彼女にとって――いや、その存在を知る誰もが目をそらしたいほどの事柄だからだ。

 伝承上の「ドラゴン」とほぼ同じものではあるが、その力は伝説にある怪物とは比べ物にならないほどの力を持っているという事を、リリスは知っていたのだ。

 

 

 

「……なぜかあの少女も『リュウ』の力を持っているみたいですしね」

 

 

 

 リリスがちらりと見た先には、ノイズの少女から観測されたデータが表示されているモニターがあった。そのデータは、膨大なフォニックゲインに隠れる形で、僅かばかりだが『リュウ』の力が少女の中に存在していることを示していた。

 

「おそらく、『禁忌の地』にあふれるエネルギーを求めて襲来したルル・アメルが、大量のフォニックゲインを保有していることに目を付けて少女を捕獲し、ノイズを生み出す兵器として改造したというところでしょうか。

 つまり、あの少女は、あの場所に住んでいた? それなら『リュウ』のエネルギーを持っていることも、説明できなくもないですが……」

 

 他に人がいない拠点であることもあり、ぶつぶつと自分の考察を口に出していくリリス。

 今の彼女にとって、「リュウ」がある意味カストディアンと匹敵する存在である以上、「神の力」以上にノイズの少女は対処すべき事案であった。

 

「ですが、『リュウ』がカストディアンと敵対していた以上、『禁忌の地』の生き物たちがルル・アメルを受け入れるとは思えません。あの地に長いあいだ居続けられなければ、あの少女が『リュウ』の力を手にすることも到底考えられない。

 逆を言えば、『禁忌の地』が彼女を受け入れるだけの理由が分かれば、すべての筋が通ることになります。しかし、その理由が分かりません」

 

 リリスは、自分の推察が行き詰ったことを感じた。しかし、そこで別の視点からノイズの少女を見て、理由を導き出そうとする。

 

「……大量のフォニックゲイン。やはりそこに理由が存在しますか。

 それにヴォカリーズ。あれも何かしら関係しているとみていいかもしれません

 なんにせよ、装者と戦った現場を一度見てみるのがいいかもしれません」

 

 そう結論付けたリリスは、自身のホムンクルスのうち一体を操作し、ノイズの少女と装者たちが最初に戦った現場である大泉博物館へと転移させた。

 ホムンクルスを通して、博物館周辺の様子を観察するリリス。ノイズ騒ぎがあった影響で封鎖されているため人はいないことが好都合であった。さっそく周辺の状況を観察する。

 

「ふむ、ノイズと装者との戦闘で破壊された痕は残ったままですか。

 しかし、それ以外はこれと言って変わったところはないみたいですね。

 しいて言うなら、石畳のあいだから雑草が生えすぎているくらい……?」

 

 そこまで状況を確認して、ふと違和感に気づく。問題は、何の変哲もないはずの雑草だ。

 確かに、植物としては珍しくもなんでもない品種だ。しかし、異常なところが一つだけあった。

 目で見てみると、()()()()()()()()()()()のだ。よく観察してみれば分かるくらい、()()()()()()()のだ。

 

 しかも、よく周りを見てみると、街路樹などの他の植物も葉が生き生きとしていて、少しずつではあるが成長しているように見える。

 

「……まさか……」

 

 その光景を見て、ある結論に達したリリス。彼女は我を忘れた様子で、ホムンクルスにエネルギーを観測するための機能特化型アルカ・ノイズを複数種類召喚させ、周囲一帯の調査を開始させた。

 どんどん現場から送られてくる情報。本体の彼女は、急いでそれらをまとめ、どうか自分の仮説があっていないようにと願いながら調べ始める。だが、一番重要な情報が抜けていることが分かっているため、この仮説があっているどうか証明するには、かなりの時間を有するだろう。

 

「せめて、彼女のヴォカリーズのデータがあれば……」

 

 悔しそうな表情でつぶやくリリス。他の場所でのデータを集める必要性を感じた彼女は、他のホムンクルスたちにもデータを収集するよう指示を下した。

 

 

 

 

 

 

 パヴァリア光明結社に存在する、人類にとっての悪と、シンフォギア装者たちの決着は近い。

 しかし、人類にとって、最も熾烈で激しい戦いの幕開けもまた、近くまで迫ってきていたのだ。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 次の話についてですが、読者の皆様にご相談したいことがあります。お時間がある方は、お付き合い願います。

 実は、次回のオリジナル展開は11話からを予定しており、そのため、8話から11話まで話が一気にスキップしてしまうことになります。装者と錬金術師たちの決戦を、何も描写せずに飛ばすのは流石に良くないと思い、演出も含めて、特徴的なセリフだけを記載する形で描写しようと考えていました。
 しかし、「原作の大幅なコピー禁止」という規約違反に抵触するのではと気づきました。細部はもちろん変えるつもりですが、全体で40行、1300文字以上のセリフになるので、違反してしまう可能性はあると思います。
 
 なので、皆様からのご意見を頂き、そのうえで判断させていただきたいと思いました。活動報告に同じような旨を書いておくので、そちらの方からご意見をお書き願います。
 アンケートは、皆様のご意見を直接聞きたいために行なっていませんが、必要だと言われれば実行するつもりであります。
 皆様、ご協力のほどお願い申し上げます。

 次回もよろしくお願い申し上げます。


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神を喰らう

 前回の私からの相談に対してご意見を出してくださった皆様、ご協力ありがとうございました。
 考えた結果、やっぱり地の文での説明にとどめる形にしました。状況の説明としては不足しているかもしれませんが、ご了承ください。

 今回は長めなようで、内容は大したことないかもしれませんが、よろしくお願いします。

 それでは、どうぞ。


 ――奴らが現れた。喰らわなければ――

 

 

 

 

 

 

 愚者の石による対消滅バリアと絆のユニゾンにより、錬金術師カリオストロとプレラーティを撃破した装者たち。しかし、賢者の石の力を愚者の石にて中和させた際に生じたコンバーターユニットへの障害のため、錬金術師を倒したマリア、クリス、翼、調がギアを使えない状況となってしまった。

 

 そんななか、パヴァリア光明結社の「神の力」を顕現させるための儀式は最終段階に入る。

 同志二人を失っても止まることのできないサンジェルマンは、ついに自身の命を生贄にして地上にある「神出ずる門」――地上の、鏡写しのオリオン座を利用してレイラインからエネルギーを抽出、ティキを依り代として、神の力を具現化させようとする。

 

 しかし、S.O.N.G.や日本政府だって手をこまねいているわけではない。「神出ずる門」が開かれたのを確認してから、レイラインの安全弁である要石を起動させ、見事儀式を中断させてみせた。

 そしてサンジェルマンと、残った装者である響と切歌との戦いが始まる。犠牲にしてきた者たちがいるからこそ、ここで立ち止まるわけにはいかないと、不退転の覚悟を以て装者たちに対して優位に立つサンジェルマン。しかし、絆のユニゾンの前に敗れ、膝をついてしまう。

 

 誰の胸にも、自分と同じ、踏みにじられる想いをしてほしくない。いや、させてたまるか。そんな想いで戦い続けてきたサンジェルマンに、力だけでは解決できないこともあることを知っている響は、今まで握ってきた拳を開いて手を差し伸ばす。

 響なりのやり方に、それまでの世界の在り方を変える可能性を感じたサンジェルマンは、彼女の手を取ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、どこまでも現人類を下だと見下す彼は、それを茶番だと嘲笑う。

 

 

 

 

 

 そこに現れたパヴァリア光明結社の首領、アダム・ヴァイスハウプトは、錬金術のマクロコスモスとミクロコスモスの思想を用いて、天のオリオン座を地上の「神出ずる門」と照応するもう一つの「神出ずる門」として見立て、自身の魔力の大半を贄として捧げ天のレイランから抽出したエネルギーを、依り代となるティキへと注ぎ込んでいく。

 こんな力で本当に世界を救えるのかと糾弾するサンジェルマンに対し、アダムは人類を救うために使うつもりはないと語る。我々を騙していたのかと激昂する彼女を、すでに神の力を手に入れたがために、さっそくその力を使い、始末しようとするアダム。

 

 強大すぎる力が放たれたが、切歌の命がけの絶唱により、他の者たちは難を免れた。だが、多くのLiNKERを用いて負荷を軽減したとはいえ、それでも軽くない絶唱のバックファイアとLiNKERの薬害により、これ以上の戦闘はできない状態になってしまった。

 神の力を手にし、自身も圧倒的な魔力を持つアダムに対して、追い求める理想は違えど、共通の倒すべき敵に向き合う二人は肩を並べて立ち向かう。その心に、逆境にあらがうための言葉を宿して。

 

 

 

 

 

 

 だが、ここに現れようとする災厄に、誰も気づくことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――奴らからこの星を守ることこそが、我らの役目――

 

 

 

 

 

 

「思い上がったか? どうにかできると。二人でなら」

 

 そう言いながら余裕の表情で、響の猛攻とサンジェルマンの援護射撃をかわしていくアダム。さすがは異端技術を扱う結社を統括するほどの人物であり、熟練の錬金術師と突発力あふれる装者の二人を相手にしても余裕の表情だ。

 

 だが、油断が過ぎたのだろう。いなしているうちに木の幹に足をつけたところ、サンジェルマンの銃弾を足元に撃ち込まれ、そこから青い雷が立ち昇った。

思わぬ攻撃に、気を取られてしまうアダムに対し、歌いながら腕のパワージャッキを最大まで引き伸ばし、響は強烈な一撃をお見舞いした。背後の木は粉砕され、結社の統制局長は吹き飛ばされていく。

 

 自分たちのコンビネーションが上手くいったことに笑みを浮かべる二人。そのまま神の力の依り代となっているティキを破壊するために動き出す。

 響は腰のバーニアを吹かして上空に跳び、サンジェルマンは錬金術を活かした銃弾で、彼女が足場にするための錬成陣をいくつも構築していく。そして響は、神の力に向かって接近していく。

 

「させはしない、好きに!」

 

 だが、戻ってきたアダムの、風を纏った一撃で妨害される。風圧に踏みとどまれずに吹きとび、地面へと落ちていく響をサンジェルマンが受け止める。

 

「僕だけなんだよ、触れていいのは! ティキのあちこちに!」

 

『メガミンズッキュ~ン!!』

 

 アダムの言葉を恋愛的な意味で解釈したティキの心は跳ね上がり、心なしか相対する二人には、神のエネルギーを吸収する速度が速まったようにも見えた。

 

「このままじゃ……」

 

 現状を何とかしないといけないと思いながらも、未だ打開できない状況に歯噛みする響。そんな彼女たちをあざ笑うかのようにアダムが鼻で笑う。

 

「ですが局長、ご自慢の黄金錬成は、いかがいたしましたか」

 

 だがそれも、サンジェルマンからの指摘で笑みが消えていく。

 

「私たちに手心を加える必要もないのに、なぜあのバカ火力を開帳しないのかしら?」

 

 不敵な笑みを浮かべたサンジェルマンの問いかけの体を為した確信に、アダムは舌を打った。

 

「天のレイラインからのエネルギーチャージは、局長にとっても予定外だったはず。

 門の開放に消耗し、黄金錬成させるだけの力がないのが見てとれるわ」

 

 そう、本来なら地上の「神出ずる門」を開くために、数万人に及ぶ生贄をエネルギーとして変換し、「神」の力を手に入れる儀式に用いるはずだった。

 しかし、S.O.N.G.の策により地上からエネルギーを取り出すことができなくなったため、アダムは自身の魔力の大半を引き換えにして天の星々から命を集めなくてはならなくなったのだ。

 

 数万人の命に匹敵するほどの魔力。それは恐るべき脅威ではあったが、逆を言えばそれを失った今こそが彼を倒す最大の好機なのだ。

 

「……聞いていたな?」

 

「はい!」

 

 そしてそれを理解した響は、サンジェルマンとともに次の攻撃を仕掛けようとする。

 だが、突如として二人とアダムのあいだの空間がゆがみ、そこから人影が出てくる。そこにいたのは――

 

「なにっ!?」

 

「あれは――」

 

「……うそ?」

 

 災厄の、少女であった。

 

 

 

 

 

 

 ノイズの少女が現れたのは、彼女の中にある「リュウ」の力が、「神の力」に反応したからだ。カストディアンに対して長きのあいだ戦い続け、「神殺し」の性質すら手に入れるほどの因縁を築いた「リュウ」は、例え欠片であろうとも少女の精神に影響を及ぼすほどには「神」を滅ぼさんとする強い意志を宿していた。

 

「そんな!? どうしてあの子がここに……?」

 

「偶然にしては、都合が悪すぎる!」

 

 ノイズの少女の出現に、動揺する響と歯ぎしりするサンジェルマン。ノイズ・アーマーを知っている人間と、知らずともノイズで炭化する可能性がある人間としては当然の反応だった。

 しかし、アダムは逆にこれを好機としたのか、再び余裕の笑みを浮かべて語る。

 

「とんだお客さんだね、こんな時に。じゃあ君たちに相手してもらおうか、乱入者のね」

 

「! ずいぶんと余裕そうだけど、そちらも炭化する危険性がある以上、はやく始末したほうがいい相手じゃないのかしら」

 

「関係ないよ、ノイズなんて。僕にとってはね」

 

「それはどういう――」

 

「サンジェルマンさん! あの子の様子が変です!」

 

「何――?」

 

 響の声に反応してノイズの少女の方を見ると、確かに変だ。彼女は、こちらを見向きもせず、ただ天のレイラインから供給されるエネルギーを一身に受けて、神の力の依り代となろうとしているティキをじっと見ている。ノイズと同じく人間を見つけ次第襲い掛かってくると見ていた少女の行動としては不自然だった。

 響もまた、彼女がこのような態度を取るのを見たのは初めてではないが、それは聖遺物を回収することを目的としていたからだと知っており、聖遺物が特にないこの場で、彼女がそのような反応をするのに違和感を覚えていた。

 

 人間をまるで無視しているノイズの少女。その反応に誰もが疑問を抱いた時、少女は思いもよらぬ行動を取る。

 なんと、「神の力」として完成しつつあるティキに向かって歩き出したのだ。これには高をくくっていたアダムも驚いた。なにせ、少女は人間を殺すことにしか興味がないと思い込んでいたから。

 

「何が目的かは知らないが、手出しはさせないよ。ティキにはねえ!」

 

 自身が千年以上ものあいだ求め続けているものに危害を加えようとする相手に対し、本気になった表情を見せながら攻撃を仕掛けるアダム。錬金術師によって作られた炎が放たれ、少女に着弾したかのように見えた。

 だが、立ち込める土煙の中には、確かに人影が見えたのだ。

 

「なんだとっ!?」

 

 アダムが驚くのも無理はない。自身の攻撃に無事であるばかりか、彼が見たこともないプロテクターを纏った少女の姿が見えたのだから。ノイズから作られたプロテクターを纏った彼女は、そのままティキに向かって歩み続けていく。

 錬金術師リリスと装者たち。二度の戦いを通じてノイズ・アーマーの扱いに慣れた彼女は、いまや僅かな時間でアーマーを展開できるようになっていた。

 

「バカな! 局長の攻撃を受けて無傷なわけが……」

 

「サンジェルマンさん! それはあのプロテクターの効果です!

 ノイズの何倍も強力な位相差障壁で攻撃を通じないようにしているらしいです!」

 

「なに!? だけど、ノイズの位相差障壁ごときで局長の攻撃を……いや、並大抵の出力でなければ、確かにその可能性もあるわね」

 

 響の説明を、自分なりに解釈するサンジェルマン。普通のノイズの位相差障壁では防ぐことのできない威力を持つアダムの攻撃も、あのアーマーの出力が防ぐことができるほどの障壁を展開させていると想定すれば、ありえない話ではなかった。

 

「なら力を見せつけてやればいい、単純明快にねぇ!」

 

 それをアダムは、さらに出力を上げて攻撃することで対処した。「神の力」降臨の代償としたために、一番の大火力である「黄金錬成」が使えないまでに魔力を消耗しているが、それでも繰り出される技の威力は結社のどの錬金術師よりも上である。

 力押しという単純な戦法。だが、結局のところ、それが正解なのだろう。シンフォギアによる「調律」と似たような効果を付随された錬金術の攻撃は、ノイズ・アーマーに守られているはずの少女を後ろに下がらせた。

 

「リリスからもらった君の資料を読んでおいてよかったよ、一応ね。

 だけどノイズを身に纏おうとも、僕には及ばない。どう足掻こうと」

 

 アダムは宙からノイズの少女を見下ろしながら、所詮は大したことないと述べる。

 確かに、攻撃の衝撃で少し後退させただけとはいえ、装者6人がかりでやっと攻略できたプロテクターに通じていることには通じている。流石に、パヴァリア光明結社を束ねるだけの実力があると言っていいだろう。

 

 

 

 ――だが、今の彼女の力は、もはや留まることを知らない。

 

 

 

「がああああああああああああ!!」

 

 突如として雄たけびを上げる少女。この声に呼応するかのように、様々な色に彩られたアーマーが明度を失い、黒へと変色していく。

 そして、そこにはさらなる進化を遂げたノイズ・アーマーがあった。全体的な色は黒へと変貌し、コアのような部分は赤く染まっている。その姿は、まるでイグナイトモジュールのようであった。

 

 

 

「やはり、イグナイトの力をも手中に収めてきたか……!」

 

「カルマノイズのような配色、黒く染まったプロテクター……さしずめ、彼女用のイグナイトといったところかしら」

 

 司令部でも、戦いの状況は把握されていた。敵の狙いは看破していたため、どの場所で最後の儀式が行われるかも知っていたがためにできた対応だ。

 だが、統制局長であるアダムはともかく、ノイズの少女の出現は全くの誤算であった。

 

「しかし、三つ巴の状況になったのは、ある意味僥倖なのか……?

 あの少女の狙いは、どうやら『神の力』にあるらしい。こちらに積極的に攻撃してこない以上、逆にアダムのスキを狙える可能性が……」

 

「僥倖だぁ? アイツが『神の力』を手に入れたら、それこそ最悪の状況だぞ!」

 

 クリスのいう事ももっともである。現在人類全体の強大なる脅威である少女が、この上さらに神に匹敵する力を手に入れることの方が、アダムの手に渡ることより危険だと断じてもおかしくはない。

 

「それは分かっている。だが、錬金術師ではないと思われる彼女が、はたして『神の力』を手に入れることができるのだろうか?」

 

「……確かにそれもそうだな」

 

「だとすると、彼女はいったい何のために?」

 

「……『神殺し』。その可能性もあるな」

 

 マリアの疑問に予想外の答えを出した弦十郎の方に、装者たちは驚いた視線を向ける。

 

「『神殺し』!? いきなりなんだってそんな話になるんだよ!?」

 

「『神の力』を手にすることが目的でないとしたら、滅ぼすことを目的としてあの場にいるのかもしれん。その行為が、『神殺し』であるがゆえに取られた選択だとしたら……」

 

「なるほど、確かに根拠はないし、論理も飛躍しているけれど、全く考えられない訳ではない。少なくとも、『神殺し』がないとされている現状ではね……」

 

 そう言って、不安な表情を浮かべるマリア。結局、『神の力』への対抗策を持たないまま錬成を許してしまっている現状では、ノイズの少女に『神殺し』が宿っていると期待してしまうのも仕方がないかもしれない。

 

「いずれにしろ、今の状態で少女Vと戦闘をおこなうのは得策ではない。

 少女Vに気を取られているアダムのスキを、全力で狙え! 首領であるアダムを倒せば、『神の力』錬成も止まるかもしれん!」

 

 

 

「くそっ! なるんじゃないぞ、いい気に!」

 

 先ほどまでは多少なりは通じていた攻撃が、イグナイト状態のノイズ・アーマーに対し全く通じなくなっていることに、アダムは憤りを隠すことができない。もはや彼には、『神の力』を収束している途中のティキに近づいていくノイズの少女を止める手段がなかった。

 

 徐々に焦りを見せていくアダム。ノイズの少女にばかり気を取られているがために隙だらけな状況を、サンジェルマンからの攻撃が襲ってくる。

 

「通じるものか、その程度!」

 

 だが、腐っても強者であるアダムは、自身の武装である帽子を投げて対処する。炎を纏いながら回転する帽子は、蒼き竜の姿を取った銃弾と衝突し、一方的に相手の攻撃を蹂躙する。

 アダムの手に戻ってくる帽子。爆発する竜。だが、それは囮であった。蒼き竜の爆発の中から響が飛び出し、大きく展開させた右腕のアームドギアのブースターを吹かせながら、アダムを狙い撃つ。

 

 だが、響の善力の一撃を、アダムは片手で受け止める。ブースターを全力にしても、左手で防御されているだけでピクリとも動かない。

 しかし、この攻撃すらも、こうなることを見通した囮でしかなかった。

 

「だとしても、貫く!」

 

 響の声とともに、二人の更に上空から、スペルキャスターを銃剣へと変化させたサンジェルマンが、伸ばされたアダムの左腕を狙い急降下する。

 

「つええええええぃ――ッ!!」

 

 掛け声とともに、強力な一閃がアダムの腕へと振り下ろされる。流石のアダムと言えどもこの一撃は効いたようで、うめき声をあげながら後退する。

 

「今だ、立花響! ティキが『神の力』へと至る前に!」

 

 サンジェルマンからの呼びかけに従い、響はティキの方へ向かおうとした。だが、脚を止めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 地に降りてきたアダム、その切り裂かれた左腕の傷口から、スパークと機械部品が見えてしまったのだから。

 

 

 

 

 

「錬金術師を統べるパヴァリア光明結社の局長がまさか……」

 

「人形!?」

 

 

 

 

 

 

 彼女はイグナイトの力を、完璧ではないとはいえ制御できていた。

 すべてを破壊しようとするダインスレイフの呪いを、対象を人間のみと絞ることで、自身の一部として受け入れ、コントロールしているのだ。

 

 そんな彼女が、怨敵である人間すら無視して「神の力」に一直線に向かっていく理由。それは彼女の中にある「リュウ」の力に他ならなかった。

 例え僅かな力でも、旧支配者の存在を許してなるものかという強い意思が、彼女を操るように突き動かしていたのだ。

 

 そしてついに、天のレイラインから地へとエネルギーが降臨し、ティキに注ぎ込まれて「神の力」として完成しつつある、まさにその場へと到達した。

 あとは目の前にある()()()()()()()()()()()()()()、そこからあの人形を破壊すればいい。その考えが浮かんできた少女は、束ねられた天のレイラインからのエネルギーの中へと一歩進み――

 

 

 

 

 

「ぐぎゃあああああああああああ!!?」

 

 

 

 

 

 ――叫び声をあげた。

 

『アア、トラレル! トラレチャウヨ! アダム!』

 

 ティキが懸命にアダムに呼びかけるもその声はノイズの少女の叫び声にかき消されて、当の本人には聞こえない。それ以前に、ちょうど響とサンジェルマンの二人を相手取っていて、三人とも異常に気づかなかった。

 

 天の星々のあいだを巡るレイライン。そこから抽出されたエネルギーは、今や「神の力」の器となるティキだけでなく、ノイズの少女にも流れ込んでいた。

 ノイズ・アーマーは、強烈な力の放流にて消し飛び、流入されていくエネルギーを飲み込むように――否、喰らうように。その身に取り込んでいくノイズの少女。その体は、取り込んだうえで変質した力によって作りかえられていき、想像を絶する苦痛が叫び声となって飛び出す。

 

(なぜ、こんなことに……。ただ、忌々しき『神』を打倒すれば良かったはず……。

 なぜ、()()()()()()を喰らっている……?)

 

 体が全く別の物へと変えられていく激痛に苦しむ少女の中で、ある意思が疑問を覚える。

 さきほどまで少女の体を、神を殺すために動かしていた意思は、想定外の事態に驚きを禁じ得ない。

 

 しかしそこで、その意思は気づく。無意識ながらも、少女本来の魂が、この状況に歓喜していることに。

 

(――そうか、これはお前の意思なのだな。愛しき子よ)

 

 意思――「リュウ」の力に残された、わずかな残留思念は、この状況こそが旋律の少女が望んでいることだと悟る。神の力――異なる星の命を「リュウ」の力に食わせ、膨れ上がったその力を以て、完全に人間と決別するために。

 今までの行動は自分が操っていたと思っていたが、それを利用して、逆に自分の目的を達成させるために誘導されていたことに気づき、残留思念は自身の間抜けさに呆れた。

 

(これがお前の望みならば、これ以上言うことはない。むしろ、我々は歓迎するだろう。

 所詮この魂は残り香。ならば、新たな同胞(はらから)誕生のための贄へと喜んでならん)

 

 「リュウ」の残留思念は、「神」を喰らったことで膨張する自身の力の前にかき消えていくのを感じた。これからこの力は、この少女のものとなるだろう。

 だが、時間が必要だ。もとは異星の力ということもあり、完全になじむまで2日はかかるだろう。

 

(さらばだ。星を愛し、星に愛された、ルル・アメルの落とし子よ――)

 

 そして、「リュウ」の残留思念は、喜びを胸に消え去っていった――

 

 

 

 

 

 

「人形だとぉぉぉ!?」

 

 響の言葉に激昂するアダム。それに追随するかのように、さっきまで力の一部を盗られていたことも忘れてティキも叫ぶ。

 

『ユルサナイ! アダムヲヨクモ! イタクサセルナンテー!!』

 

 ティキの怒りとともに彼女の身体は白く光り輝き、天から抽出された赤いエネルギーを押しのけながら大きく膨らんでいく。

 

「光が! ……神が、生まれる……!」

 

 

 

 S.O.N.G.本部でも、その異常が起こったこと自体は理解されていた。だが、モニターは赤く塗りつぶされ、向こうでどのような光景が広がっているかは分からない。

 

「あっちはどうなっていやがる!」

 

「モニター、回復します!」

 

「映像を回します!」

 

 映像を映し出した友里だが、彼女自身、そこに映っている光景に驚きを隠せなかった。いや、彼女だけでなく、装者や源十郎を含めた誰もが、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 そこには、宙に鎮座する形で顕現した、「神」が存在していたのだから。

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 アンケートに関しましては、「特に希望はない」とのご意見が一番多かったので、書きあがったら即投稿という形で続けさせていただきたいと思います。
 このアンケートに今のところ期限はございませんので、よろしければご協力をお願いいたします。
 
 次回もよろしくお願い申し上げます。


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二人の「神殺し」

 どうも、昨日ぶりです。いつも読んでくださり、ありがとうございます。
 ここまで投稿速度が速いのは、ほとんど原作に沿ったストーリーでしかないからですね、きっと。自分の発想力の乏しさが恨めしい……。
 そのせいで、「原作の大幅なコピー」と見なされなければいいんですけど……。どころどころ描写を微妙に変えたから、多分大丈夫だと思います。

 それでは、どうぞ。


 響もサンジェルマンも、その場から動くことができなかった。

 完成した「神の力」、それは彼女たちの想像を絶する力で、近くにいるだけでも気おされてしまいそうになるのだから。

 

「神力顕現。本当は持ち帰るだけに留めるつもりだったんだけどね、今日のところは」

 

『ゴメンナサイ……。アダヂ、アダムガヒドイコトサレテダカラ、ツイ……』

 

「仕方ないよ、もう済んだことは。だけどせっかくだ――」

 

 

 

 

 

「知らしめようか! 完成した『神の力』――ディバインウェポンの恐怖を!!」

 

 

 

 並行世界の一つが焼却され、それによって得られたエネルギーにより放たれた神の攻撃。その光線によって周囲は焼き尽くされ、瞬く間に焦土とがれきの山へと化していく。

 人類にとって最も危険な男に、この地球上において最も強大な力が渡ってしまった瞬間である。

 

 

 

「あれだけの破壊力……シンフォギアで、受け止められるの!?」

 

 調の悲痛な問いかけに、答えられるものはいない。あれだけの威力を伴なった攻撃を、ノーリスクで放てるだけの相手を、彼女たちは知らなかったからだ。

 「神」というものがいかに超常的な存在であるかを、まざまざと見せつけられていた。

 

 

 

「人でなし。サンジェルマンはそう僕を呼び続けていたね、幾度となく」

 

 自らが追い求めていた力を手にし、その圧倒的な力を目にして余裕を取り戻したアダムが彼女に語り掛ける。

 

「そうとも、人でなしさ、僕は。なにしろ人間ですらないのだから」

 

「アダム・ヴァイスハウプト。貴様はいったい――」

 

 地面へ降り立ち、笑みを浮かべたままアダムは問いかけにこたえる。まるでそのことが誇りだとでもいうかのように。

 

「僕は作られたのさ、彼らの代行者として。だけど廃棄されたのさ、試作体のまま。完全すぎるという理不尽極まる理由によってね」

 

 そのことが彼の琴線だったのか、自分で話し始めたことにも関わらず、彼の顔から笑みが消える。

 

「……ありえない、完全が不完全より劣るなど」

 

 その話を聞きながら、響はさきほどの攻撃で吹き飛ばされた際に負傷した右腕をおさえて立ち上がる。

 アダムは笑みを再び浮かべたが、その瞳には不完全な「人間」に対する憎悪と嫉妬の念がこもっていた。

 

「そんなゆがみは正してやる。完全が不完全を統べることでねぇ!!」

 

 そして言葉の勢いのまま腕を振り上げ、再びの攻撃を神となったティキに仕掛けさせるアダム。それに応えて神の口にエネルギーが充填されていくのを見た響は、一歩前に力強く踏み込む。

 

「さっきのような攻撃を撃たせるわけには!」

 

 腰のバーニアに点火し、神となったティキへと飛んでいく響。

 

「はああああ!!」

 

 右腕を振りかぶり、左顎を思いきり殴りつけることで、光線が発射される方向を上へと変更させた。その際、神の左顎についている結晶が、攻撃のインパクトによるものか砕け散る。

 光線は響の狙い通り、上空の宇宙空間へと放出されたが、神の左腕で振り払われたことによって、彼女自身は吹き飛ばされ、地面へと衝突する。

 

 神の一撃は宇宙空間に存在する米国の人工衛星を消し飛ばし、そのかけらは地球へと隕石のようになって降り注ぐ。

 暴力しか生み出さない神の力を前に、人類のためにと奔放していたサンジェルマンは慟哭する。

 

「こんな力のために、カリオストロは、プレラーティは……!」

 

 地面にたたきつけられた響は、倒れたまま動かない。シンフォギアが耐えられるダメージを超過したのか、その体の至る所から火花が散っている。

 

 この危機的状況を打破するための方法を、彼女たちは未だ見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 体がおかしい。

 

 

 

 

 

⁅あつい。いたい。くるしい。しにそう⁆

 

 

 

 

 

 体がどんどん、作りかえられていくのを感じる。それ以外、何もわからない。

 

 

 

 

 

⁅だれか、だれかたすけて⁆

 

 

 

 

 

 ――それでも、一つだけ言えることがある。

 

 

 

 

 

⁅だれか……だれか……お願い……⁆

 

 

 

 

 

 自分は今、すごく幸せだ。

 

 

 

 

 

⁅お願い……助けてよ……⁆

 

 

 

 

 

 その理由は、一つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メリュデ(わたし)を……あの子(メリュデ)を助けて⁆

 

 ――これでようやく、人間を辞められる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ああ! 響さん」

 

「あのバカ! 地面が好きすぎるだろ!」

 

 別のカメラから映像をつなぐことで回復したモニターには、うつぶせになって倒れた響の姿が映しだされた。

 神の力の矛先をずらし、これ以上の周辺地域への被害を未然に防ぐことができたとはいえ、その代償は大きかった。

 

 残ったサンジェルマンが、スペルキャスターで銃弾を「神」へと撃ち込んでいく。だが、ある程度撃ち込んだところで、受けたダメージを並行世界に存在する同一別個体に肩代わりさせられ、彼女が与えたダメージはなかったことにされた。

 

「さっきのは、ヨナルデパズトーリと同じ能力!」

 

「神の力により、なかったことにされるダメージ!」

 

 あまりにも理不尽な防御力の再登場に、思わず声をあげてしまう二人。ノイズの位相差障壁のように提言した結果としての無効化ではなく、そもそもダメージを受けていない個体と入れ替えるのだから、あの神への攻撃はまさに無意味と言っていいだろう。

 

 それでもなお、サンジェルマンは弾丸を撃ち込み続ける。が、いくら与えたところで、神の絶対防御が発動してしまえば、瞬く間に無に帰してしまう。

 やがて鬱陶しいと思われたのか、サンジェルマンは神の手で払われてしまう。ティキにとっては軽くだろうが、それでも神の圧倒的攻撃力によってサンジェルマンは吹き飛ばされる。

 

「まさに神に等しき、圧倒的な攻撃力と、絶対的な防御!」

 

「反動汚染の除去が間に合ったとして、立ち回る方法がまるで思いつかねぇ……」

 

 門より降臨した神は、その場にいない装者たちをも絶望の淵に立たせていた。

 

 

 

 が、その絶望を塗りつぶすかのように、第二の絶望が目を覚ます。

 

 

 

「! 司令! 神の力とは別の、高出力のエネルギーを感知!」

 

「なんだと!?」

 

「なんなんだ、このエネルギーパターンは……。該当するデータが存在しない……。聖遺物でもなければ神の力でもない……。

 アウフヴァッヘン波形に似ているけど、それよりもずっと複雑な模様を描いている……」

 

 現場に突如現れた熱量の塊に、神の力の脅威の前に沈みそうになっていた雰囲気が変わり始めた。

 この雰囲気に、装者たちは、存在を忘れていた少女のことを思い出した。

 

「まさか、少女Vか……!?」

 

「その可能性が大きいわね。一体今度は何をするつもりかしら……!」

 

 装者たちが少女Vの次の行動を警戒したとき、モニターにエネルギーが感知された場所の映像が映し出される。それを見て、その場にいた面々の多くが息を呑んだ。

 そこにいたのは、少女Vによく似た怪物であった。

 

 まず、人型ではあるが、体の至る所から色の違う毛が伸びている。右腕も異常なまでに肥大化していて、指がまるで巨大な爪のように変貌している。

 なにより異常なのは、体のところどころから、骨のようなものが飛び出しているように見えることだ。口なんて、本来の口の周りを、牙が備わった顎のような外骨格が覆っているような状態だ。

 

「……あれは、人間なのか?」

 

「なにをどうやったら、あんなふうになりやがる……」

 

 彼女たちの言葉が示すように、もはや装者たちの目には、融合症例とか関係なく、少女Vは神の力のような理解できないものになってしまったようにしか写らなかった。

 圧倒的な強さを見せつけてくる神。今もなお進化し続けるノイズの少女。その絶望的な状況に、思わず弦十郎は悲痛な声を出す。

 

「無為に天命を待つばかりか……!」

 

 

 

 

 

『諦めるな! あの子なら、きっとそう言うのではありませんか?』

 

 

 

 

 

 突如、S.O.N.Gの司令室に、通信越しに激励する声が響き渡った。発信源は不明で、暗号化されて身元も特定できないが、それでも善意の協力者であることだけは声の調子から分かった。

 その後、その彼からファイルがいくつも送られてくる。それらがモニターに映し出されると、聖遺物などの異端技術に関する文章が次々と公開されていく。

 

「これは、解析されたバルベルデドキュメント!?」

 

『我々が持ちうる限りの資料です。ここにある神殺しの記述こそが、切り札となりえます』

 

「神殺し!? でもなんでまたそんなものが……」

 

 送られてきたバルベルデドキュメントと、神殺しの実在に驚きを隠せないクリス。そこに、調査をしていた緒川からの連絡が来る。

 

『調査部で神殺しに関する情報を収集していたところ、彼らと接触し、協力を取り付けることができました』

 

 緒川による経緯の説明の後、モニターに()()()の画像が映し出される。この槍こそが、神殺しに大きく関わる聖遺物であった。

 

『かつて、神の子の死を確かめるために、その遺体に振るわれたとされる槍。はるか昔より伝わるこの槍には、凄まじき力こそ秘められてはいたものの、本来ならば神殺しの力は備わっていないと資料には記述されています』

 

「じゃあ、どうして……」

 

『二千年以上にわたり、神の子の死にまつわる逸話が本質を歪め、変質させた結果であると記されています』

 

「まさか、哲学兵装なのか!? 先のアレキサンドリア号事件でも中心になった……」

 

『前大戦時にドイツが探し求めたこの槍こそ……」

 

 そしてモニターに、その神殺しの力を携えた槍の名前が大きく表示される。

 

 

 

[GUNGNIR]

 

 

 

「ガングニール、だとぉ!!」

 

 弦十郎が叫んでしまうのも無理はない。なにせ、今神と戦っている少女が身に纏っている槍こそ、探し求めていた神殺しだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり、まだ慣れないか。

 

 ノイズの少女は、自身の体がもはや人外のものになり果てたとしても、体の動かし方がいつもと勝手が違うこと以外気にしていなかった。

 いや、人間をやめ()()()という事は、彼女にとってはむしろ嬉しいことなのかもしれない。

 

 本来ならば、今の段階でできる進化を成し遂げえるためには、十分に休む必要がある。

しかし彼女は、自身の完全な変身よりも、目の前の敵を討つことを優先して動こうとしている。その理由は、単純明快だ。

 

 ――あれは、この星を汚す、忌むべきものだ。

 

 彼女にとって、ルル・アメルはこの星の環境をただ貪り、汚染する害悪だからこそ滅ぼすべき敵なのだ。ゆえに、そんな人類が作り、今まさに土地にダメージを与えているディバインウェポンも、存在を許せるはずがないものなのだ。

 彼女は右腕を構えながら、神を殺す「リュウ」の力を携えて、神の方に向き合う。奇しくも、右隣のもう一人の神殺しと並んだ状態で。

 

 ――だからこそ、アレを倒すためなら、例えどんなに苦しかろうとも――

 

 

 

 

 

 

「そう、だったんですね……」

 

 自分のガングニールこそが神殺しだと通信越しに知った響は、顔をあげる。

 

「まだ、なんとかできる手立てがあって、それが、私の纏うガングニールだとしたら――」

 

 そして、重いダメージを受けておりながらも、なんとか手をついて立ち上がろうとする。

 その左隣には、偶然にも、ノイズの少女が異業の姿で神と向き合っていた。奇しくも、二人の神殺しは、共通の敵を前にして並んでいたのだ。

 

「もうひと踏ん張り――」

 

 そして膝をつき、神殺しの少女は立ち上がる。目の前の髪を打倒せんと。

 

 

 

「やって――」

 

 

 

 

 

 

 ――やれない――

 

 

 

 

 

 

『――ことはない!!』

 

 

 

 

 

 

「ティキ!」

 

 アダムの呼びかけに反応し、神の肩の結晶から光線が二人に向けて放たれる。神殺し達はそんなもの知るものかと、神の力による特殊な力場で宙に浮いた瓦礫や岩を足場に、跳躍しながら神へと近づいていく。

 

「行かせるものか、神殺し共!」

 

 アダムが二人の行方を遮ろうと帽子を投げつける。が、その攻撃は銃弾が起こした爆発に遮られた。分かりやすく表情を歪めるアダムに、銃弾を放ったサンジェルマンは確信する。

 

「なるほど、得心がいったわ。あの無理筋な黄金錬成は、シンフォギアに向けた一撃ではなく、すべては自分一人が神の力を独占するために、局長にとって不都合な真実を葬り去るためだったのね。

 その反応を見るに、偶然にもノイズを操る少女も、神殺しの力を有していたようね」

 

「言ったはずなんだけどなぁ、賢し過ぎると!」

 

 先に邪魔者であるサンジェルマンから始末することに決めたアダムは、彼女に向かって襲い掛かっていく。

 

 

 

 一気に神にまで近づいた二人。そんな二人を迎え撃つかのように、機械仕掛けの神は両腕に力を収束し、両こぶしを構えている。

 

「寄せ付けるなぁ! カトンボをぉ!」

 

 響はハンマーパーツを、ノイズの少女は右腕の外骨格を巨大化させ、神の巨大な拳に対抗するための下地を作る。

 

『アダムヲコマラセルナァー!!』

 

 どこまでも恋愛脳なティキを核とした神の拳が放たれる。それを自分たちの拳で迎え撃つ響とメリュデ。

 本来なら、勝ちは強大な神の力を有するティキの方だっただろう。しかし、神殺しの概念により神の威力は低減し、逆に神の両腕が破壊された。

 

『アアアアアーー!!』

 

 神殺しの概念という毒に蝕まれ、苦痛に襲われるティキ。彼女はなんとかこの苦痛かr逃れようと、並行世界の自分と個体を入れ替える神の絶対防御を発動させる。

 だが、それは逆効果でしかなかった。

 

 並行世界と接続した瞬間、なんと《並行世界の個体すべてが同じ傷を負い》、いくら入れ替えようとも負傷をなかったことにすることができなくなったのだ。

 入れ替わってもなお続く痛みに、悲鳴を再び上げるティキ。この現象は神殺しによるものだけでなく、二人の歌の特性によるものだ。

 

 繋ぐ力と、支配する力。この力を伴なった神殺しはティキの神を侵食し、並行世界の個体と入れ替わろうとした瞬間に、そのすべての個体を支配・接続し、同じ傷を共有させたのだ。

 この二人の神殺しだからこそ、神の絶対防御を破ることができると言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、圧倒的な攻撃力は健在。失った腕を近くの瓦礫に突き付け、黒い波動を巻き起こして二人を攻撃する。

 そのあまりの衝撃に周りの瓦礫も吹き飛ばされる。体が宙に投げ出され、上と下がひっくり返るような気分になる二人。もはや再起不能化と思われたその時だが

 

「立花響ぃー!!」

 

 響は自身を呼びかけるサンジェルマンの声で、メリュデは自身の意志の強さでなんとか我を取り戻し、それぞれ、脚のパワージャッキと背中から生やした翼で体制を整え、最後の攻撃を仕掛けんと動く。

 

「神殺し止まれぇっ!!」

 

 アダムの声も聞こえない彼女たちは、響は右腕を巨大なドリルへと展開し、メリュデは鋭い爪に青い雷を纏わせて神へと一直線に向かう。

 

「八方極遠達するはこの拳! いかなる門も破砕は容易い!!」

 

「があああああ!!」

 

 雄たけびを上げながら、右腕を構えて最後の一撃を加えてやろうと突っ込んでいく少女たち。

 その時、アダムの頭に「神の力」を守るための一手が浮かんだ。まさに人でなしのアダムだからこそ思いついた一手が。

 その一手を発動させるために、彼は両手を広げてティキに告げる。叶えるつもりなど毛頭ないティキの願いを。

 

「ハグだよ、ティキ! さあ、飛び込んでおいで! ()()()()()()()()()

 

 アダムの言葉を聞き終わるや否や、赤い結晶に包まれて神の()となっていたティキが、神の胸から彼に向かって飛び出した。

 

「アダムゥー! 大好きー!!」

 

 そんなティキの愛の言葉もむなしく、響のドリルの一撃で結晶を攻撃され、保護のための結晶ごと人形の下半身は砕け散った。

 そして器たるティキを失った神は、依り代となる概念を失ったことによりその形を保てなくなり、質量をもった存在から無色透明なエネルギーへと変換されていく。

 

 これこそが、アダムの狙いだった。しょせん神の力を集める役目しか持たないティキを切り捨て、神の力だけは破壊されないようにするための。

 神殺しでも、依り代を持たない純粋なエネルギーである神の力だけは破壊できないようで、ノイズの少女の攻撃も空振りするだけだった。

 

「アダムスキダイスキ。ダカラダキシメテ、ハナサナイデ。ドキドキシタイノ」

 

「恋愛脳め。いちいちが癇に障る」

 

「ナンデマタ!?」

 

 恋に盲目すぎるために、自身が切り捨てられたことにも気づかない哀れなオートスコアラーを、アダムは冷たい目で見下したのち、無情にも蹴り飛ばす。

 

「だが間に合ったよ、間一髪ね」

 

 そして上空に漂う神の力を感慨深げに見つめた後、己のちぎりとった左腕をうえに掲げる。

 神の力を宿せる人形は、ティキだけではない。先史文明期の旧支配者に作られたアダムもまた、神の力の依り代となることができたのだ。

 

「付与させる! この腕に!

 その時こそ僕は至る! アダム・ヴァイスハウプトを経たアダム・カドモン! 新世界の雛型へと!」

 

 そして神の力はアダムの方へと向かい、彼の左腕に宿る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ことはなかった。

 

 

 

「な……? どういうことだ……?」

 

 なぜ、器となることができる自分を、神の力が素通りしているのか。アダムは信じられないものを見たような顔をした。

 アダムが、神の力が流れていった先を見ると、そこには――

 

 

 

 

 

 地面に膝をついて立ち上がったばかりの立花響と、動けないでいるメリュデがいた。

 

 

 

「なに……これ……?」

 

 自身に神の力が宿っていくのを見て、思わず呟く響。メリュデは、体の変化に耐えることができなくなったのか、うめき声を出して倒れたままだ。

 それを見ているサンジェルマンもまた、何が起こっているのか分からず動けないままだ。

 

「私、どうしちゃったの……。!? うわあああー!!」

 

「が、があああああああああ!!」

 

 自身の体に起きた急激な変化に耐えきれず、叫ぶ声をあげる二人。その二人から発せられた光が、辺り一面を覆いつくしていく。

 

 

 

 光が薄れていったとき、それらは姿を現した。

 ビルとビルの間に天高く形成された繭のような物体。そこから少し後ろに離れて地に形成された卵のような物体。

 この二つの物体は、内部からそれぞれ紫と青の光を発し、リズミカルな音と振動に共鳴するかのように明滅している。その様はまるで、鼓動のようだった。

 

「宿せないはず……穢れなき、魂でなければ、神の力を……!」

 

「生まれながらに、原罪を背負った人類に宿ることなど……」

 

 二人の錬金術師は、今度こそ目の前で起こっていることを信じることができなかった。

 

 二人の神殺しを宿したチカラは、不気味に鼓動を続けていた……。

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 この小説を読んだ後は、AXZ最終話、そしてXVの始まりを皆さんで楽しみましょう!


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妄執の終焉・災厄の覚醒

 書きあがりました。戦闘描写は、残念ながらありません。申し訳ありません。

 次回はアダムとの決戦にするか、それともメリュデの話にするか迷っています。アダムとの決戦は、原作そのままになってしまいそうになるから、メリュデの話を書こうかなと現時点では思っています。

 それでは、どうぞ。

2019/07/20 読者様のご指摘に従い、余計な文を削除しました。


 立花響、および少女Vに神の力が宿ってから、48時間が超過した。

 その間に起こったことは、彼女たちの身に危険を及ぼしかねないことばかりであった。

 

 神の力が、創造したパヴァリア光明結社の制御からも離れた。このことに戦慄した各国政府は、新生した超常的な脅威に対し、国連にて緊急の安全保障理事会を開催するに至った。

 神を宿した少女たちがいる日本に対して、武力介入が検討されていた。しかも、「神」の圧倒的な脅威を目にしたがために、バルベルデの規模を凌駕するレベルでの武力介入が、である。まもなく、狭義は最終段階に入り、決議がなされようとしていた。

 暗黙の了解とされていたとはいえ、少女Vが各国の保有期間から聖遺物を強奪していたことも、この件を後押ししていたため、日本にとって状況はかなり悪いものとなっていた。特に、神の一撃にて人工衛星を撃墜された米国は、怒涛の如く武力介入を推し進めようとしていた。

 

 武力介入の際は、バルベルデの時と同様、異端技術への対抗部隊としてS.O.N.G.が先陣を切らなければならなくなることになる。さらに、あまりにも強大な神の力に対して、使ったら最後、辺り一面が消し飛ぶばかりか人体や土壌に至るまで汚染されてしまう反応兵器まで投入されることが検討されていた。

 現在の人類最大の負の遺産を使わせる。そんなことを許すつもりはなく、S.O.N.G.は武力介入が決定される前に事態を解決するために行動を開始する。そのために、立花響の親友である小日向未来に協力を頼みこみ、共闘することを提案してきたサンジェルマンの申し入れを受け入れた。

 

 「神の力」と称されるエネルギーは、依り代となるものに固着することで、兵器もしくは武器として真価を発揮する。その性質をシンフォギアと似たものと解釈したことによって、敵合計数を引き下げる「Anti_LiNKER」を用いて神の力を少女たちから引きはがす作戦が立てられた。

 ()()()()()()()、まず、サンジェルマンより提供してもらったラピス・フィロソフィカスの情報をもとに汚染除去したギアを、装者たちに身に纏ってもらう。そしてサンジェルマンとともに、神の力を宿したヒビキと少女Vの行動を監視、もし攻撃性が認められた場合には、作戦終了まで抑えてもらう。

 次に、数台の特殊車両に乗せたAnti_LiNKERを大量にヒビキの中に注入。敵合計数を下げることで、神の力が彼女たちよりはがしやすくする状況を作り、うまくいったらここで神の力を分離させる。

 小日向未来は、響に対してに限るが、この作戦の切り札として待機してもらうことになる。

 

 

 

「少女Vに関しては、不安要素が多少残りますが……」

 

「なに? 彼女も立花と同じように、神の力に取り込まれたのではないか?」

 

「それが、彼女から検知されるエネルギーは、神の力ともシンフォギアとも一致しないんです。

 アウフヴァッヘン波形に似ているようで、それよりもずっと複雑な構造をしています。シンフォギアや神の力を機械としたならば、まるで生命のようです。

 このエネルギーにAnti_LiNKERが有効かどうかは、かなり不安定な確率になってしまいます……」

 

「だが、やるしかあるまい。それが俺達のできることならな」

 

 

 

 しかし、「守るべきは人ではなく国」を信条とする風鳴訃堂は、S.O.N.G.に先んじて国を脅かす脅威を排除しようとする。

 護国災害派遣法。ノイズ以外の聖遺物や異端技術に起因する災害に対しても、自衛隊を動かす事を可能とし、場合によっては議論の余地なく対象を殺処分司令すら下すことのできる法律。

 そのかねてより強行してきた新法案を響と少女Vに適用し、彼女たちを第二種特異災害と認定し、排除することで国連による反応兵器投下を未然に阻止しようとしているのだ。

 

 弦十郎が救助手段を講じていることを伝えても一蹴され、訃堂の手の者により自衛隊の攻撃部隊がヒビキと少女Vの前に展開され、2時間後に攻撃が開始された。

 しかし、戦車の砲弾に対して蛹に亀裂が入ったことで一見有効かに見えた攻撃は、破壊神ヒビキの目覚めを速める要因にしかならなかった。

 

 蛹から飛び出した神の幼体は、まるで暴走状態の時のような唸り声を発しながら、周囲を口からはいた熱線で焼き尽くしていく。

 その熱線があはや戦車をも中の命も含めて焼いてしまうかと思った時、反動汚染が除去されたギアを纏ったマリアが、バリアで自衛隊の人々の命をなんとか守った。

 

 我々は日本政府の指揮下にあると退く意思を見せない自衛隊に対し、サンジェルマンは戦車の攻撃を封じることで強引に撤退させた。

 力を貸してくれるのかと問う防人に対し、これは自分の戦いだと返す錬金術師。今、装者と錬金術師たちはそれぞれの目的を携えて戦いに挑み、手をつなぐことを信条とした少女を助けるための「バースデイパーティ作戦」が始まった。

 

 各々の全力を尽くして、ヒビキの動きを止める装者たち。そのスキをついて、Anti_LiNKERを注入するが、神の防御機構にて、その理を逆転させられて、逆に適合係数を上昇させる結果になってしまう。

 しかし、それもまた作戦に織り込み済みだった。適合係数が類を見ないほど高まったことによって、外部から呼びかけられた未来の声が、神の力を飛び越えて響の心へと伝わる。

 そして器となっている響が自意識を取り戻したことによって、神を望まない少女から神の力が分離していく。

 

 一方、国連の協議においても、状況は好転していた。

 これまでのS.O.N.G.の功績、柴田事務次官のそばのようなコシの強い交渉、そして立花響の救出に成功した実績のおかげで、日本への武力介入を防ぐことができたのだ。

 これでようやく、この件も一安心というところになるはずだった。

 

 ところが、米国が独自の判断で、自国が保有していた反応兵器を太平洋上の原子力潜水艦から発射してしまった。

 神秘に満ちた時代より人類を解放し、新世界秩序構築のためという身勝手な理由で、日本の関東圏は焦土化と汚染の脅威にさらされようとした、まさにその時だった。

 

 

 

「私はこの瞬間のために、生きながらえてきたのかもしれないな」

 

 

 

 そう言って、自身の命をも引き換えにして、ラピス・フィロソフィカスの浄化を以て、反応兵器による破壊と汚染、それらの不浄を祓おうとする覚悟を、サンジェルマンは決めた。

 一人でできるかという不安を抱えたまま、「だとしても」こんな状況を見逃すことなどできない彼女は、自身の命を燃やし尽くす「死灯」を歌い始める。そんな彼女の隣に現れたのは……

 

「一人でだなんて」

 

「寂しいことを言ってくれるわけだ」

 

 既に死んだものと思っていたカリオストロとプレラーティだった。

 彼女たちもまた、サンジェルマンとともに反応兵器による被害を食い止めるために現れ、自身の命をエネルギーへと変換する歌を歌い始める。

 

 実は、二人は死んだふりをしていただけだった。

 自身の勘で、アダムが本当に人類のために神の力を使うつもりなのかを疑ったカリオストロは、装者たちとの戦いの中で死亡したかのように見せかけ、潜伏中に危険にさらされたプレラーティをも救ったのだ。

 救われたプレラーティは、局長を打倒するために、黄金錬成への対抗手段となる新たなラピス・フィロソフィカスを作り出していた。偶然にも、それは反応兵器を浄化するのにうってつけの武器であった。

 

 プレラーティから渡された銃弾(それ)を自身のスペルキャスターに装填し、反応兵器を積んだミサイルへとサンジェルマンは撃ち込んだ。

 着弾と同時に、起爆する反応兵器。しかし、その破壊と汚染のエネルギーは、ラピス・フィロソフィカスの輝きにより抑え込まれた。

 

『現時点で最高純度の輝き、つまりは私の最高傑作なわけだ!』

 

『呪詛の解除に始まったラピスの研究・開発が、やっと誰かのために……』

 

『本音言うと局長にブチ込みたい未練はあるけどね。

 でも驚いた、いつの間にあの子達と手を取り合ったの?』

 

「……取り合ってなどいないわ」

 

 それでも、現代の先端技術である反応兵器を抑えきるには、足りない。浄化のヴェールに包まれながらも、内部から少しずつエネルギーを膨張させていく。

 そのことを理解している錬金術師たちは、歌を歌い続け、自身の命をエネルギーへと変換し続けていく。

 

『完全なる、命の焼却も!』

 

『ラピスに通じる輝きなわけだ!』

 

 そして三人は、ラピス・フィロソフィカスもろとも自身の完全な命から抽出したエネルギーを、反応兵器を爆発を抑え込んでいるまさにその場に撃ち込んだ。

 すべては、打ち消すのに足りない不足分を、自身の命から補うために。

 

『あの子達と手を取り合ってなどいない……取り合えるものか。

 死を灯すことでしか明日を描けなかった、私にはぁーー!!

 

 三人の命のエネルギーによって反応兵器は完全に打ち消し去られ、後には残った生命エネルギーの粒子が光り輝くだけであった。

 その美しき光景の中で、三人は命を焼却しきった代償で、消え去ろうとしていた。

 

「付き合わせてしまったわね」

 

「いいものが見られたから、気にしていない訳だ」

 

「いいもの?」

 

「サンジェルマン、笑ってるわよ」

 

「ああ、死にたくないと思ったの、いつ以来だろう……」

 

(ねえ、お母さん……)

 

 そして三人は、その顔に笑みを携えて、生命エネルギーの残り香として消えていった。サンジェルマンの手からスペルキャスターが落ち、高所から落下した勢いで地面に衝突して砕け散る。

 

 敵であった錬金術師たちの手により、命と守るべき場所を救ってもらった装者たち。

 しかし、状況は未だに予断を許さない。神の力が、新たな寄りどころを見つけていたのだ。

 

 

 

「しなければねえ、君たちに感謝を」

 

 

 

 そう言って現れたのは、パヴァリア光明結社の統制局長、アダム・ヴァイスハウプト。

 彼はずっとこの空間の裏側に隠れていて、神の力を奪う好機を探っていたのだ。そして、神の力が響から分離した際に、反応兵器に意識を奪われていた面々のスキを突き、自身の左腕に神の力を付与させたのだ。

 

 第三のディバインウェポンとして完成していく、アダムの左腕。それを阻止しようとするが、破壊神ヒビキと戦っていた装者たちは、アダムの錬金術により動きを封じられてしまう。

 だが、神の力に囚われていたために一人無事だった響はアダムの左腕を狙って跳び上がり、それを妨害しようとアダムは黄金錬成を繰り出そうとする。しかし、下半身を失ったティキにとびかかられたことでバランスを崩し、神殺しを止められなくなってしまう。

 

「やめろ! 都合のいい神殺しなものか! その力は!」

 

 力づくでどうにかできない事態でアダムが取った選択は、言葉であった。藁にもすがるような思いで、響のガングニールが持つ神殺しのデメリットを語ることで、なんとか自身が求める力の消失を防ごうとする。

 

「二千年の想いが呪いと積層した哲学兵装!!

 使えば背負う! 呪いをその身にぃー!!」

 

 

「私は歌で、ぶん殴る!!」

 

 

 だが、アダムの言葉を聞くはずがなく、響は自身の歌で、今度こそ神を殺して見せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――ようやく、体が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

「失われていく……神の力が……僕が完全な支配者であることを証明するための力が……」

 

 響の拳によって砕け散った神の力に手を伸ばし続けながら、アダムは茫然と呟く。

 負けられない理由があったのは、アダムとて同じ。ただ、同じ組織にいる者すら犠牲を強いることを厭わない性格のため、彼に同情できるものは少ないだろう。現に彼は、自分の足にいつまでもまとわりつくティキを、彼女が自分への恋に盲目になるよう設計させたにもかかわらず、非常にも足で踏みつけて完全に破壊するほどの人でなしだった。

 

「……こうなったら、代用するしかない。『リュウ』の力でね」

 

 最後の最後まで自分の邪魔をしてくれたシンフォギア装者たちを睨みつけながら、アダムはノイズの少女の方に宿っている力を利用することに決めた。

 本当に欲しかったものは、無論カストディアンたちも持つ神の力だが、それは先ほど忌々しい神殺しに滅ぼされてしまった。ならば、力だけならば彼らにも匹敵し、カストディアン――アヌンナキの何人かを殺したことで「神殺し」の概念すら宿した「リュウ」の力を選ぶほかない。

 技術的な面で人類を完全に支配するうえでは不足に過ぎるが、近い将来、脅威となるであろうアヌンナキへの対抗策としては申し分ない。

 

 あの少女が入っているタマゴらしき物体を持ち帰ったのち、結社の技術者たちに調べさせることに決めたアダムは、タマゴの方に目を向ける。すると、タマゴは中が丸見えなほどに大きな割れ目があり、その中身がないことを雄弁に物語っていた。

 

 ――まさか、既に「リュウ」に力が馴染んだのか!? このゴタゴタの間に!

 

 それを見たアダムは、焦った。どうにかして早く追いかけなければ、アヌンナキへの対抗策が無くなってしまうかもしれないと思ったからだ。

 

「……いや。任せればいい、リリスに。それは彼女の仕事だからね、元々は。

 癇に障るが、彼女は僕よりも優秀だからね、錬金術師としてのセンスだけは」

 

 アダムは殺意を視線に乗せて、シンフォギア装者の方を見る。自分が追い求めていた神の力を壊された憤怒を、まずは晴らそうと考えたのだ。

 神の力も「リュウ」の少女も、リリスに任せてしまえばいいとアダムは思っている。それが、目の前で神の力が失われたショックに続く現実逃避かもしれないと考えもせずに。

 

 そして、パヴァリア光明結社の首領と、シンフォギア装者の最後の戦いが始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

「――こんな、ことって……」

 

 一方、そのリリスは、思わず口に出してしまうほどの衝撃を受けた。

 

 ノイズの少女についてのあらゆるデータを収集した結果、彼女の仮定はほぼ確定していることが分かった。分かってしまったのだ。

 それは、決してあり得てはいけない結論。もしこの推論が当たっているなら、もはや人類がノイズの少女に勝利する確率は、限りなくゼロに近づくと言っていいだろう。

 

「『リュウ』の力を集めていたのは、この能力を知っていたから……? いや、もしそうなら、もっと早くに有効的に利用していたはず。しかし知らなかったにしては余りにも偶然が重なりすぎています……」

 

 彼女は蒼い顔をして、ふらふらと立ち上がったかと思うと、膝をついて倒れる。

 

「……このままじゃ、人類が滅びます」

 

 なんとかしなければ。そう思ったリリスは、急ぎアダムに連絡を取ろうとする。

 

『アダム! 聞こえますか!? アダム! 大変なことが分かりました!』

 

 だが、応答がない。なんらかの事情で返事ができないのか。それとも返事をする気がないのか。

 

「……ダメですか……。もしや、シンフォギアに討たれた? 可能性は低いですが、ありえますね。だとしたら、私が打つべき手は……」

 

 アダムが打倒される。結社の一員としては信じがたいようなことでも、彼女は計算に入れる。

 そして、もしそのようなことが本当に起こった場合に備えて、彼女はまずノイズの少女に関するデータを整理し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[レイラインのエネルギー量の推移]

 

 

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
 感想で指摘されてから、やっぱり原作と同じ部分は書かなかった方がいいんじゃないかと思うようになりました。違反に抵触するかもしれませんしね。
 違反に抵触するレベルだったら、教えてほしいです。非公開にしてカットする予定ですので。

2019/07/06
 読者様からのご指摘がありましたので、全部とはいきませんが、神との戦闘の描写を大幅にカットしました。必要ならば、サンジェルマン達が反応兵器を防ぐ場面もカットしようかと思っています。
 また、修正前の文も、こちらの方で保存しておりますので、「前の文章の方がいい」という方がおられましたら、戻すことも考えさせていただきたいも思います。


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居場所を取り戻した少女。そして――

 いつも読んでくださっている皆様、大変ありがとうございます。
 今回の話にて、災厄の復活編(AXZ)は最終回とさせていただきたいと思います。

 最終回にしては短いかとお思いになるかもしれませんが、どうかお許しください。
 もしかしたら後で加筆するかもしれません。

 それでは、どうぞ。


 ノイズ――いや、ノイズも未だに操れることには違いないのだが、人から「リュウ」へと段階的に進化しているから、リュウの少女と呼んだ方がいいだろう。

 リュウの少女が覚醒してから、その場所を見つけるのにかかった時間は3日だった。一体この星のどこにその場所があるのか詳しい地理を知らなかったうえに、彼女がよく知っている光景とはまるで別の光景になっていたのが理由だ。

 

 だが、ようやく見つけることができた。かすかに残るばかりの、同胞(リュウ)のエネルギーが教えてくれたのだ。

 

 そこには、もはや砂と岩ばかりが残るだけだった。

 かつて、緑と動物にあふれ、水がわき出し、自然が豊かだった土地は、もはや数千年前も前の話。ルル・アメルによって焼き尽くされ、土壌からエネルギーを奪われてしまってから長い時間が過ぎ去ったことで、手の施しようもない状態になってしまった。

 

 もう二度と、あの暖かい場所を取り戻すことはできない。そのことを痛感した少女は、悲しみを顔に浮かべたまま、異空間から聖遺物を取り出していく。

 この土地から奪いさられたエネルギー、「リュウ」の力を内部にため込んでいる。それらを。

 

 そして一つずつ、丁寧に破壊していく。リュウとなり、人間を完全に超越した力を手に入れた彼女は、異端技術によって作られた聖遺物をいとも容易く粉々にして見せた。

 バラバラになった聖遺物から動力源・保管状態にされていたエネルギーが漏れ出し、地面へと還っていく。彼女は、奪われたものを取り戻し、元の場所へと帰しているだけなのだ。

 

 やがて最後の一つを壊し、そこに囚われていた彼女の仲間も、生まれ故郷へと戻っていき、そして地面に溶けて消えていった。

 すべての仲間を取り戻し、ここに帰っていく様子を最後まで見届けても、少女に喜びはなく、虚ろな目で地面を見つめたまま動かない状態がしばらくのあいだ続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かってはいた。こうしたところで、何も変わらないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当は、仲間を元の場所に帰したかったからこんなことをしたのではない。彼女は、ただ居場所を取り戻したかっただけなのだ。

 

 一縷の望みを、藁をもすがるつもりで、仲間を集めていた。もしかしたら、奇跡が起こって、もう一度あの場所でみんなと過ごせるかもしれないと事実から目をそらして。

 でも、ダメだった。結局、エネルギーを取り戻して地面にしみこませたところで、死んだ生き物たちは蘇らないのだ。

 

 あの時、人を殺すことにしか目を向けていなかった時なら、まだチャンスはあったかもしれない。そう思うと、後悔があふれてきて止まらない。謝りたい気持ちが心の壁を壊しそうになる。

 

 ――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 虚無の表情を浮かべながら、少女の目から涙があふれてくる。あのとき死んだ心が表情を支配し、涙だけが、今の彼女の感情を物語っていた。

 

 やがて彼女は、口を開き、そこから旋律を響かせ始める。

 今は亡き仲間たちに捧げる、言葉なくして歌によって作る安息(レクイエム・ヴォカリーズ)を。

 

 

 

 

 

 

 シンフォギア装者たちが、パヴァリア光明結社の統制局長にして人類のプロトタイプであるアダム・ヴァイスハウプトを倒し、3日が経過した。

 S.O.N.G.本部では今回の事件に関する情報をまとめ、調査部の方では首領を失ったパヴァリア光明結社の構成員の捕縛をおこなっていた。

 

『そっちはどうなっている?』

 

「各国の情報機関と連携し、パヴァリア光明結社の末端、その残党の摘発は順調に行われています」

 

 ロンドンにある結社の拠点の一つ。そこに緒川の姿があった。

 拠点にいた錬金術師たちを捕縛し、経過報告を本部にいる弦十郎に行なっていた。

 

『だが、結社という枷が無くなった分、地下に潜伏し、これまで以上に実態がつかめなくなる恐れがある』

 

「引き続き、捜査を続けます」

 

『ああ、頼んだぞ』

 

 通信が切られ、緒川は今までに得られた情報をまとめなおしてみた。

 

 一つ、結社内でアダムの真意を知る人間は今までのところいなかったこと。

 一つ、アダムの結社内での求心力はそれほどでもなかったこと。

 一つ、アルカ・ノイズやファウストローブを始めとした研究開発には、リリス・ウイッツシュナイダーという錬金術師が大きく関わっているということ。

 一つ、リリスの方が、錬金術師たちの尊敬を集めていたということ。

 一つ、そのリリスが、少し前から行方知らずになっているということ。

 

 異常の情報から、緒川は、リリス・ウイッツシュナイダーの捕縛が最も重要だと結論付けた。 結社内でも、錬金術師としてのセンスの高さから憧れを抱くものも多いという彼女を確保できれば、芋づる式に他の末端構成員たちも捕まえられる可能性が高いと踏んだからだ。

 無論、生半可な相手だとはみじんも思ってはいない。アルカ・ノイズやファウストローブの研究に携わっているというのなら、装者たちの手を借りる必要も出てくるだろう。

 だが、せめて本人に関する重要な情報は手に入れておきたいと考え、行動を開始しようとした。

 

 行動を開始しようとしたとき、暗闇の中から何者かの気配を感じとった。緒川が銃口をそちらの方に向け、それに気が付いた黒服たちが遅れて銃を構える。

 

「さすがは、異端技術への対策部として作られたS.O.N.G.の調査部……いえ、元特異災害対策機動部二課のエージェントとでも言いましょうか。

 気配だけで気づかれるとは思ってもみませんでしたよ」

 

 銃を向ける先から女の声が、そしてこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 先走った黒服の一人が発砲するが、銃弾は彼女の左手から構築された錬成陣により弾き落とされた。

 一方、緒川の方も、声の節々から感じられる余裕から相手も只者ではないことを察し、問いかける。

 

「あなたは、一体何者ですか?」

 

「これはご紹介が遅れました。私はパヴァリア光明結社の開発局長、リリス・ウイッツシュナイダーと申します。

 しがないモノづくりができるだけの女、と覚えていただきたいと思っております」

 

「! あなたが……」

 

 目的の人物との突然の邂逅に、緒川の警戒心は高まる。だが、相手が情報通りの人物なら、この場には自分に有利な状況を完璧に整えたうえで現れたはず。下手な行動を取ることなど、できることはずもなかった。

 部下である黒服に銃を下ろさせ、自身も銃をしまい、話を聞く姿勢を見せる。わざわざ奇襲もせずに姿を現したということは、相手に話があるからだと察したからだ。

 

「ふむ、こちらに攻撃の意思がないことを把握し、部下にも余計な手出しはさせないようにしましたか。この状況で血気に逸らないのは、優秀であることの証拠ですね」

 

「こちらとしても、相手が別の選択肢を用意しているにもかかわらず、無駄だと分かっている行動で血を流すのは、できるだけ避けたいですからね」

 

「なるほど、道理ですね。さて、さっそく本題についてですが……」

 

「た、助けてくれ! 同志リリスよ! 我らをこいつらから解ほ――」

 

 突然のリリスの登場に呆けていたが、我を取り戻した錬金術師が、捕縛されている状況から救ってほしいと声をあげてきた。だが、彼らの頭上に錬成陣が現れたかと思うと、言葉は途切れ、がっくりと倒れて動かなくなった。

 それを目撃した緒川は、銃こそ抜かないまでも、警戒心を最大まで高める。それこそ、彼女の一挙一動を見逃さないほどに。

 

「お気になさらず、気絶してもらっただけです。

 魂をも錬成の対象とする錬金術ならば、気を失ってもらうぐらい造作もないことです」

 

「……ノーモーションで、ですか?」

 

「開発局出身ですから、これぐらいはお手のものです」

 

 何のことでもないように、リリスは語る。しかし実際、彼女と同じことができる錬金術師が、結社内でどれだけいるというのか。

 緒川は、自身もそうだが、同僚の方がこの状況に緊張していることを肌で感じていた。彼らが先走ったことをしないように、本題を話してもらうことにした。

 

「あなたは『本題』と言っていましたが、この場に現れた目的は何ですか?」

 

「S.O.N.G.への()()ですね」

 

 その言葉に、黒服たちは困惑をあらわにする。敵対しているパヴァリア光明結社の錬金術師が、なぜ唐突に《協力》などと言い出すのか分からなかったからだ。

 しかし、緒川はそのこと自体を疑問に思ったりせず、質問を重ねていく。

 

「協力と言いますが、一体なんのために?」

 

「かかる災厄から、人類すべてを守るために、ですね」

 

「その災厄とは? ……アヌンナキのことですか?」

 

「いえ、彼らは()()ですね。災厄というのは、一人の少女のこと。あなた方もご存じのはずですよ?」

 

「……少女V」

 

 緒川の口から、最近その存在を確認された、ノイズを生み出し、操る少女の名称が呟かれた。

 独自のプロテクターを纏い、装者6人を圧倒してみせた、まさに怪物。さらにそこから進化していることを考えると、なるほど災厄という言葉がふさわしいだろう。

 

 

 

 だが、彼女の口から語られたのは、緒川の想像を超える事態だった。

 

 

 

「まずはこれをご覧ください」

 

 リリスが錬金術で作ったモニターに移したのは、三つの折れ線グラフだった。

 何のグラフかは分からないが、グラフの横軸には日付と時刻が設定されており、時間はバラバラだが、どのグラフも途中から急激に高い値を取り続けていることが分かる。

 

「これはレイラインから観測されるエネルギー量を場所ごとに分けてデータとして示したものです。

 ご覧の通り、どの地点でも()()()()を境に、感知されるエネルギーが急激に増加しています」

 

「その、()()()()とは一体……」

 

「……少女のヴォカリーズ。そして、観測した場所は、装者との戦闘場所」

 

「なっ!?」

 

 さすがに、そのことに驚愕を隠せない緒川。まさか彼女のヴォカリーズでレイラインが活性化したとでもいうのか。だとしたら彼女は――。

 戦慄する緒川の目をまっすぐに見ながら、リリスは言葉を紡ぐ。もう、()()()()()敵味方に分かれている場合じゃないと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

「この地球を巨大な聖遺物とするなら、彼女はまさに地球の『適合者』です。

 その歌でレイラインを活性化させ、星の生命を増幅し、やがて意のままに操ることができるようになるだろう、人類の天敵です」

 

 

 

 

 

 

 ――星が、彼女の紡ぐ旋律に応えようとしている。

 

 

 

 彼女のレクイエム・ヴォカリーズは、かつて『禁忌の地』と呼ばれた地の深く、星の血流ともいえるレイラインにまで響き渡り、その一帯の《星の命》を増やしていく。

 瞬く間に血管の中を満たしていくエネルギー。やがて内に留められなくなった高密度のエネルギーは地上へとあふれ出し、枯れた土地に浸透していく。

 

 

 

 ――その時、《奇跡》が起きる。

 

 

 

 なんと、地面にしみこんだエネルギーが、様々な物質へと転化し始めたのだ。

 水となって土地を潤し、砂を土にして土壌を満たす。まるで、シンフォギアが歌によって増幅した聖遺物のエネルギーを、ギアへと変換するかのように。

 

 やがて有機的に満たされた地面から、緑が芽吹く。生まれたばかりの自然は、ヴォカリーズにより増やされた星の命を栄養源にして、驚異的なスピードで成長していく。

 リュウの少女が目をつぶって歌っている間に、生命が全く存在しなかったはずの砂漠は、今や自然あふれる森へと変貌していた。

 

 そして、すでに緑だけでなく――

 

 

 

 

 

 リュウの少女は、歌い終わった後も、少しのあいだ目を瞑って仲間を悼んでいた。

 だが、それができたのも、ほんの少し。少し湿っぽくて暖かい何かが顔にくっついてきたのを感じて、思わず目を開けた。

 

 

 

 それは、もう既に死に絶えたはずの《仲間》の鼻であった。

 

 

 

 目の前の《仲間》の存在に、茫然となる少女。その間、《仲間》――その()が、少女を慈しむように、慰めるように、優しく少女のにおいをかいでいた。

 やがて、目の前で起きていることが現実だと、少女は思い至った。

 

⁅あ……あ……⁆

 

 言葉にならない声を発しながら、目の前にオオカミのような竜へと少女は手を伸ばす。その手は確かに竜に触れ、やがて少女を思いやるように竜はその手をなめた。

 

 《仲間》が帰ってきた。そのことを認識し、目から喜びの涙を流し、飛び切りの笑顔を浮かべて抱き着く少女。竜は、そんな少女を感謝を込めた穏やかな視線で見つめた。

 そして、そんな二人にいくつもの影が近づいていくことに少女は気づいた。

 

 それは、どれもが竜。彼女の大切な《仲間》だ。

 

 特殊な菌と硬い両腕を持つ竜。

 尻尾が刀のようで、頑強な鎧で体を覆う竜。

 鋭い尻尾と猛禽類のような頭の竜。

  特殊な体液で体の表面をコーティングしている竜。

ワイバーンのような姿をした竜のつがい。

 

 そのすべての竜たちが、リュウの少女を優しく、そして感謝を込めて見つめていた。

 少女もまた、彼らが戻ってきてくれたことが心の底から嬉しく、顔がこれ以上ないほどの喜びを表していた。

 

 喜びのあまり、少女は大声で泣き始めた。しかしこの涙は、悲しみの涙ではない。胸の内からあふれ出てくるような、喜びの結晶なのだ。

 そんな少女の様子を、周りの竜たちは穏やかな視線で見守り、さらにそこに多くの竜たちが、感謝を伝えにやってくる。

 

 少女の、言葉なき歌。歌の始祖としての力。

 その真価が、星に愛されたものだからこそなせる技が、はるか昔に滅んだはずの()()()支配者たちを、この世に呼び戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、後に人類がかつてないほどの脅威にさらされ、追いつめられることになる『リュウゲキ事変』の始まりだとは、今はまだ誰も知らない。

 真の災厄は、少女が居場所を取り戻したこの瞬間から始まったのだ。

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 メリュデの能力で自然が復活した件に関してですが、質量保存の法則とかは問わないでいただけると助かります……。正直、装者たちのギアが大きく展開している時点で無視することに決めているので……。
 
 竜については、お察しの方が多いのではないのでしょうか。タグにもきちんと加えておこうかと思っています。
 向こうの設定とかはあまり参考にしないでいただけると助かります。あくまでイメージとして、ぐらいでお願いいたします。

 これからの展望としましては、過去編を完結させてから小説オリジナル編に突入させていただきたいと思います。原作風に言うなら、シンフォギア4.5ですね。
 仲間は取り戻した災厄の少女ですが、これからも人類の敵として存在し続けることになるので、その点はご安心を。

 これからもよろしくお願い申し上げます。 


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閑話
シンフォギア短編劇場(しないシンフォギア)


 間違って削除してしまったので、再投稿になります……申し訳ございません。

 しないシンフォギアというよりかは、IFの要素も多く含んでいるため、ハ〇レン4コマ劇場的なタイトルにしました。
 面白くないかもしれませんが、どうぞご覧ください。

 それでは、どうぞ。


〇災厄の目覚め①

 

 

 

――ピシッ! ピシピシピシ・・・

 

 

 

 バビロニアの宝物庫に封印されていたノイズの少女。シンフォギア装者たちが関わってきた事件の影響で、今、何千年もの時を超えて復活しようとしていた。

 

 棺にひびが入り、それは全体へと広がっていく。それは、人類の天敵を縛る鎖が、砕けていく音でもあった。

 

 

 

――パリン…

 

 

 

 そして棺は砕け、仲から人類に深い憎悪を持ち、駆逐することを決意したノイズの少女が現れる。

 彼女が、目覚めた後に取った行動とは――!

 

 

 

 

 

⁅……眠い。あと50年……⁆

 

 

 

 NI☆DO☆NEであった――!

 

 

 

〇災厄の目覚め②

 

 

 

 人類に対して深い憎悪を持つ少女だが、流石に眠気には勝てなかったようだ。

 だが、5時間ほど二度寝した後(さすがに50年はない)、さっそくバビロニアの宝物庫から出て人類を滅ぼそうとする。

 

⁅駆逐してやる……! この世から、一人残らず……!⁆

 

 (寝ぼけ眼をひとしきりこすった後は)憎しみに彩られた瞳に火をともしながら、その劇場をあらわにした顔で宣言するノイズの少女。

 そしてこの空間から外に出ようと……出ようと右手を上げて……上げて……

 

 

 

⁅……どうやって出ればいいんだろう……⁆

 

 

 

 その後、自身の魂に刻まれたソロモンの杖の権能を使って出れることに彼女が気づいたのは、3時間後のことだった。

 

 

 

〇災厄の目覚め③

 

 

 

 なんとか外に出る方法を把握したメリュデは、今度こそと気を取り直して人間たちをプチッ☆することにした。

 

 

 

⁅それじゃあ早速……ワァーーーーーーーーップ!⁆

 

 

 

 そして、云千年ぶりに地球へと帰還したノイズの少女。そこで彼女が見たものとは……

 

 

 

 

 

 ――フンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッフンッ

 

 ――アオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッアオッ

 

 

 

 

 

 真っ最中でした。

 

 

 

 

 

⁅………………………………………⁆

 

 無言で再び転移し、バビロニアの宝物庫に戻ってくるノイズの少女。そして、何もない空間で体育座りをして動かなくなった。

 

 彼女がトラウマを克服し、再び人類の天敵として目覚めるのは、それから5日後のことだったという……。

 

 

 

〇「奪われた歌」の最中にて①

 

 

 

 装者たちの前に立ちふさがったノイズの少女。ノイズを使っているから敵だ!という理屈と、あとなんか目を見ただけで人類の敵だと分かったので、いつでも対処できるように態勢を整えている翼とクリス。

 

 しかし響は、話し合いさえすれば分かるというモットーのもと、悲痛な顔で少女に呼びかける!

 

「どうしてこんなことをするの! 話し合えばきっとわかる! だから……!」

 

 必死に説得しようとする少女に対して、人類の災厄たる彼女が返した答えとは……。

 

 

 

「!“#$%&‘()!」

 

「……え? 今なんて?」

 

「$$&%」)(&#“”$%&(‘&)!」

 

「い、言ってること、全然わかりません!」

 

 そもそも、使っていた言語が全く違うため、話そうと思っても話すことができないので、響は、話すことをやめた――。

 

 ちなみに、なぜ1期まで英語を使っていたのに、2期から急に日本語オンリーになったのかも謎である。

 

 

 

〇奪われた歌の最中にて②

 

 

 

 歌を歌いながら、ノイズを順調に倒していく装者。ノイズの少女は、彼女たちが戦うことができる理由はその歌にあることに気づき、彼女たちに有効な一手を取ろうとする。

 

 それは、ヴォカリーズ。歌の始祖である彼女が使える、「支配」を特性とした歌。

 その歌によって装者たちの歌を支配し、フォニックゲインを奪ってしまおうという考えだった。

 

 そして歌を奏で始める少女。その歌によって装者たちは……

 

 

 

「うわあああああああぁぁぁ!」

 

「うぐうううううううぅぅぅ!」

 

「あああああああああぁぁぁ!」

 

 

 

 むっちゃ苦しんでいた。無理もない。歌の特性以前に、まるでジャ〇アンのような音痴だったからだ。

 

 

 

「み、耳が、頭の中が……滑走路じゃねえか……!」

 

「頭を内側から叩き壊されるような……! これが、この歌が……!」

 

『わー! 死ぬー!!』

 

 

 

 ノイズの少女の目から、うっすらと涙が浮かんだように見えたという……

 

 

 

〇決戦前のブリーフィングにて

 

 

 

「それでは、次はノイズを操る少女についてだ」

 

 シンフォギア装者たちの前で、弦十郎が話を進めていた。

 

「少女は、ノイズを生み出し、自由自在に操ることができる。さらに、装者の歌を支配し、そのフォニックゲインを奪う能力も持っていることが分かっている」

 

「相性で言うと、最悪っていう訳ね」

 

 マリアが悔しそうにつぶやく。

 

「いつまでも名前がないのも不便だろうから、彼女のことは今後、ヴォカリーズを歌うことから『少女V』と呼称する」

 

「え? なんでVなんですか?」

 

 響の言葉に、全員がそちらに目を向ける。

 

 

 

「だって、『ヴォカリーズ』なら、頭文字はBなんじゃ……」

 

 

 

 だが、その言葉に目線を戻す。

 

「少女Vは強敵だ! 気を引き締めて戦うんだ!」

 

『はい!/おう!』

 

「ねえ! なんでVなのー!?」

 

 

 

〇決戦前のブリーフィングにて②

 

 

 

 ――エエ!? ヴォカリーズノカシラモジッテVナノ!?

 

 ――アタリマエダ! コノバカ!

 

「にしても、ヴォカリーズを歌うからVだなんて、少し安直じゃないかしら?」

 

「いや、分かりやすい分、名称としては適切だろう」

 

 響がクリスから教えられてビックリしている一方、マリアと翼は少女の名前について話していた。

 

「でも、もう少し捻った名前の方が、かえって誰なのか覚えやすいと思うのよ」

 

「では、マリアならどんな名前を付けるのだ?」

 

「そうね……」

 

 少女Vの写った画像をチラッと見るマリア。少女はあいかわらず吹くとは思えないほどのボロボロの布切れを纏っているだけだった。

 

 

 

「少女…………………………Hかしら?」

 

「マリアすまないあまり近づかないでくれないか」

 

「ちょっ!? 冗談に決まってるでしょ!! いいわよVでいいわよVで!」

 

 

 

終わり

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 これが限界だったんです……すみません……。

 ご感想があれば、お願いいたします。次回もよろしくお願い申し上げます。


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【予告】人類を滅ぼすリュウの災厄

 予告が書きあがったので、投稿いたします。ちなみに最初の文は、「喪失(さようなら)――融合症例第一号(ガングニール)」的なものです。(←なんて言うのかが分からない)
 場面場面の会話文がほとんどであり、内容も濃いものとは言えないかもしれません。短いです。それでも平気だとおっしゃる方に、見ていただきたいと思っております。

 それでは、どうぞ。 


 

 

 ――抗え、リュウがもたらす滅びに――

 

 

 

 

 

 

 時のかなたより、星に愛されし少女の歌によって再びの生を得た竜たち。少女は何よりも大切な仲間が蘇ったことに涙を流し、竜たちも少女との再会を喜んだ。

 しかし、今も昔も、人間たちは竜たちの力を恐れ、羨み、愚行をおかす。

 

 それが、勇気を持たぬ人類の、最後の抵抗だった。

 リュウとなった災厄の少女は、仲間たちとともに人間を滅ぼしにかかる。

 

 リュウが、動き出す――。

 

 

 

 

 

 

「米国は、中東北部に突如出現した森林地帯、およびそこに生息している生物を脅威だと断定し、反応兵器の使用を国連に強く訴えた。

 パヴァリア光明結社の神の件のこともあり、各国の意思によって否決されたのだが、再びの発射を許す結果となってしまった……」

 

「それじゃ、あのこは……」

 

「いや、反応兵器は、どういうわけか想定外に過ぎる下からの急な強風により、目標地点とは全くの別の場所で起爆。例の森に被害はないらしい。

 ……むしろ、下手に動いた方が大きな被害に見舞われたというべきか」

 

「それはどういう……」

 

「彼女からの報復として、米国政府は壊滅状態になった」

 

 

 

 

 

「装者三人でも行ける! 行けるぞ!」

 

「果たして本当にそうでしょうか?」

 

「どういうことだ?」

 

「果たして本当に、あの災厄がこの程度で止まるのか、という意味です」

 

 

 

「そんな、まさか……」

 

「ありえない……」

 

「あれを名づけるとしたら、アメル・ノイズ。

 我々にとって強敵でも、彼らにしてみれば雑兵の一つでしかない」

 

 

 

 

 

「ヒトと聖遺物とをより近づけ、融合症例のような爆発的な出力を引き出す。

 私はこれを、『クロス・システム』と名付け、提案――いえ、推奨します」

 

「危険です! このシステムは、それこそ人が人でなくなる大きすぎるリスクが――!」

 

「これぐらいのリスクを取らなければ、勝算は生み出せません。

 まさか、何の対価もなしに、リュウに勝てると本気で思っているのですか?」

 

 

 

 

 

「――使わせてください」

 

「立花!? だが、このシステムは――」

 

「だとしても、あの子に手を届かせるために必要なら、へいきへっちゃらです」

 

 

 

「全く、立花には驚かされるばかりか、呆れさせられるばかりだ

 ――私のギアにも、その『クロス・システム』の搭載をお願いする」

 

「ほんと、こいつの猪突っぷりは底なしだな。ま、それに付き合う私たちも私たちだけどな」

 

「戦いにリスクはつきもの。命の危険なんて、前提条件にすらなりえないほど当然の物!」

 

「もう二度と、無力で助けられない想いなんてしたくない! だから――」

 

「アタシたちだって、ガッチャンしてやるデスよ!」

 

 

 

 

 

「これが、『クロス・ドライブ』……!」

 

「本当に、あの時と同じ感覚が……!」

 

「すげぇ……力がどんどん溢れてきやがる……!」

 

「この力なら、戦える! 渡り合うことができる!」

 

「行こう、切ちゃん! 今度こそ負けたりなんてしない!」

 

「進化したシンフォギアの力を、みせつけてやるデースッ!」

 

 

 

 

 

「そ、んな……」

 

「クロス・ドライブでさえも、届かないというのか……!」

 

「デタラメを重ね過ぎだぞ、いくらなんでもよぉ……!」

 

「ここまでの、力の差が、あるなんて……!」

 

「こんなにも頑張っているのに、なんで傷一つ付けられないのデスか!?」

 

「ここまで、なにも、できないなんて……嫌だ……! 自分を許せない……!」

 

 

 

「あれは……一体……」

 

「あれこそが、『リュウ』。カストディアンとこの星をめぐり、そして長き眠りについていた生物たち。

 この星の真なる霊長と言ってもおかしくはないかもしれません」

 

 

 

 

 

 ――時はきた。

 

 ――今こそ、我らが動き出す時。

 

 ――星に愛されしルル・アメルの落とし子に従い、人間たちを滅ぼすとしよう。

 

 

 

 

 

「ねえ、未来。手を取り合いたいのに、その相手が他の手と取り合っている場合はどうすればいいのかな……」

 

「響……」

 

「その手を取っている相手は、別に悪い奴だっていう訳じゃない。ただ、私たちとはどうしても相いれない相手で、手を取り合いたい子とも戦わなきゃいけなかったら、私はどうすればいいんだろう……」

 

 

 

 

 

「ジェネレイトォォォォォォ!!」

 

「エクス・ドラァァァァァァイブ!!」

 

 

 

 

 

(――そうだ、互いに護りたいものがある。譲れないものがある

 だからこうして、手を取り合えずに、拳を互いに向けて戦っている)

 

(どれだけ足掻こうと、私とリュウが、必ずお前たちを滅ぼす)

 

(だとしても、きっと手を取り合える道がある!)

 

(だからこそ、何をしようが無駄でしかない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――お前も分かっているはず! 人間の愚かさ、醜さ、救いようのなさを!!

   どうしてそんなに人間に味方するの!?

 

 ――メリュデちゃんだって知っているはずだよ! 

  ヒトは、冷たいだけじゃない! あったかいものも持ってることを!

 

 ――それは、()()()()()()()()()! 星に対して、何の遠慮もない!

 

 ――だとしても――!

 

 ――違う! ()()()()()! 私は人間を滅ぼすと決めた!

   私の大切なものをすべて奪っていった奴らを、この世から消してやると誓ったんだ!

 

 ――っ!

 

 ――それに、お前の心にだって、同じものがある。

  大切なものを踏みにじられ、誰かを憎む気持ちが……。

 

 ――! それは……。

 

 ――誰かを憎み、世界を憎み、人間すべてを破壊したい欲求に飲み込まれたくせに、

  私を止めることなんて、できるわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとしても、私は……この歌で、未来(ミライ)を護る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦記絶唱シンフォギア MXW

SONOUCHI、公開予定――

 

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 ご感想をお待ちしております。次回もよろしくお願い申し上げます。


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人類を滅ぼすリュウの災厄(MXW)
災厄の報復


 ついに新章、開幕です! 張り切って一万字も書いてしまいました。
 オリ主の出番が最後くらいにしかないですが、そこはどうぞご了承ください。今回の話は、1話のAパートのようなものなので。
 小説オリジナルの「戦記絶唱シンフォギアMXW」編を、どうかお楽しみください。

 それでは、どうぞ。
 


 ――そこは、地獄であった。

 

 建物への被害は、信じられないほど少ない。しかし、人的被害で言えば、間違いなく大災害であった。

 

 空中には、()()()()()()()()黒いものが塵となって浮かんでおり、こころなしか空気がよどんでいる。そこかしこに、原形を失った人間の遺体が、炭となって散らばっていた。

 生き残った者たちもちらほら見られるが、その者たちはこの状況であるにもかかわらず、容赦のない殺し合いを繰り広げていた。やがて生き残った人間たちも、死神に生命を刈り取られて黒く染まって崩れ去る。

 

 その悲惨な光景は、まさに地獄。この世に顕現した、罪人たちを罰する国。

 

 あまりにも残酷な光景を前に、一人の少女が泣き叫ぶ。そんな少女に、死神が近づいていく。死神は、弾丸となって少女に襲い掛かり――

 

 

 

「てやあぁぁ!!」

 

 

 シンフォギア装者――立花響の拳によって、吹き飛ばされた。彼女は、泣いていた少女を抱え、速やかにその場から飛び去る。周りを死神に囲まれている状況では、この行動が目の前の命を救うために

 

 響の一撃にとって少女から距離を取らされた死神――カルマノイズは、再び少女と響に狙いを定め、飛び掛かる。素直に受けてやる必要はなく、少女を抱えながらも、その攻撃をよけていく。

 だが、やがて周りの()()()()カルマノイズにも存在を気づかれ、襲い掛かってくる。四方八方からの死神の鎌を、響は跳躍することで避ける。

跳躍した響を待ち受けるように、着地地点に集まっていくカルマノイズ。もはや少女の命はここまでかと思われたその時――

 

 

 

 何体ものアルカ・ノイズによって、カルマノイズたちは分解されていった。

 

 

 

 赤い粉塵が舞う中に着地した響。今までは敵として戦ってきたアルカ・ノイズだが、そのアルカ・ノイズたちに、響を攻撃しようとする気配は見受けられない。

 そのまま響は、少女を腕に抱いたままアルカ・ノイズのあいだを走り抜ける。そして、救護担当のもとにようやくたどり着いた。

 

「この子を、お願いします!」

 

 そう言って、救護担当に少女を預ける響。その表情に一切の疑念はなく、()()のことを信用していることがうかがえる。しかし、その相手は――

 

 

 

「分かりました」

 

 ()パヴァリア光明結社の錬金術師、リリス・ウイッツシュナイダー。そのホムンクルスであった。

  

 彼女は少女を受け取ると、テレポートジェムを砕いて、安全な場所まで転移していく。また、数分もしないうちに戻ってくるだろう。

 

 響は、他に救助を必要としている人がいないか、辺りを見回し、耳を澄ます。

 だが、聞こえてくるのは、分解の音。目に映るのは、アルカ・ノイズによって赤い粉塵へと崩れ去っていく、カルマノイズの分裂体。とりあえず、彼女が救うことのできるだけの数は、救うことができたと言っていいだろう。

 

 今回も、多くの命が失われてしまった。最短で駆けつけても、どうしても少なくない犠牲者が出てしまう。そのことに響は、ひどく心を痛めた。

 なかば自業自得だからと言って、因縁がある国だからと言って、その国に住むすべての人に罪があるわけではない。しかし彼らは、自分たちの頭が犯した過ちにより、その巻き添えを喰らっていた。

 

 

 その彼らを助けるために、彼女はここにいる。しかし、敵は強大だった。

 彼女の拳は、決して弱くはない。しかし、分身といえども、かなりの強さを誇るカルマノイズ相手では時間がかかってしまい、本来の目的である救助ができなくなってしまう。

 だからこそ、こうして《協力者》の力を借りて、相性的に有利なアルカ・ノイズにカルマノイズを相手してもらうことで、彼女は救助活動に専念していた。

 

 響の心には、どうしようもないモヤモヤがあった。

 米国政府の独善的な判断に巻き込まれ、命を危険にさらされる人々。未曽有の大災害に、助けられなかった多くの人々の命。そして、この災厄を引き起こしたのが、あの少女だということも――。

 

 名前すら知らない少女のことを思いながら、響は空を見上げる。

 空は、これからの先行き不安な未来を示すかのように、灰色の曇りを見せつけていた。

 

 

 

 

 

 

 パヴァリア光明結社の錬金術師との一件が解決してから数日、世界は一旦の平穏を取り戻していた。しかし、それも束の間のことだと思い知らされたのが、今回のことだ。

 

 リュウの少女によって再生した「禁忌の地」、および生き物たちの存在は、そう時間がたたないうちに周辺の国々に確認され、突如として出現した森林地帯と生態系は、国連の議論を引き起こすことになった。

 世界的にも大々的に報道され、学者たちが「異常な気象が引き起こしたもの」と見解を述べたり、宗教家たちが「自分たちの求める楽園が現れた」と語るほか「世界の終末が来た」と不安を煽ったりするなど、一大ブームとなった。

 

 もちろん、この異常事態は異端技術に端を発するものだと事情を知る者には推測されたので、S.O.N.G.にも声がかかるはずなのだが、実際に彼らが動くことを許されたのは、さらに数日は経過した頃だった。

 

「急に集まってもらって済まない。これから現在の状況を説明する」

 

 S.O.N.G.本部の司令室に集まった、いつものメンバー。その顔はどれもが神妙なもので、ふざける余裕などないようにも感じた。

 パヴァリア光明結社との決戦を、局長であるアダムを打倒したことで終わりに導いたと思った矢先に、この事態なのだから、無理もないと言える。中東に突如出現した異種族の巣窟については彼らも知るところであり、緊張感が場を包んでいた。

 

 開始の宣言とともに、弦十郎の口から今回の事件の経緯が語られた。

 

「君たちも知っていると思うが、中東の北部、今までは砂漠しかなかった地に、まるでどこからか移植してきたかのように、森林地帯が形成されていたことが確認された。国連の調査によると、枯れ果てていた土壌すら豊富な水を蓄えていたらしい」

 

「ああ、アタシもニュースで見た。『神が起こした奇跡』とか言われてたっけな」

 

「実際にソレと戦った身としては、冗談でもやめてほしい表現ね……」

 

 クリスの何とはなしに放った言葉に、マリアが顔をしかめる。パヴァリアとの戦いの中で神を一生懸命に宥めた経験は、結構辛かったのだ。ああいうことはしばらく勘弁してほしいというのが、マリアの偽らざる本音であった。

 

「神……か。あながち、間違いでもないかもな」

 

 ()()()からある程度の事情を聴いていたために、弦十郎が漏らした一言に、思わず身構えてしまう装者たち。それを見た弦十郎は、「いや、少なくともパヴァリアの『神の力』によるものではないと思われるから、落ち着いてくれ」と失言を訂正し、話を戻した。

 

「俺達S.O.N.G.は、異端技術の存在が関わる荒事には介入できる。逆に言えば、武力を必要とする事態でなければ、関わることもできない。

 もし、『不毛の地から大自然が生じた』だけで話が終わっていたら、俺達の出番はなかっただろう」

 

「しかし、我々がこうして行動を起こそうとしているということは……」

 

「その通りだ。あそこには、人類の脅威が存在しているらしい」

 

 アレを映してくれ、と弦十郎はオペレーターに声をかける。その意図を組んだオペレーターが、モニターにとある画像を映し出す。

 その画像に、驚きの声を漏らす装者たち。そこに映っていたのは、彼ら現行の人類が、今まで目にしたこともないような生き物の姿だった。

 

 全身が翡翠の色の鱗と白い体毛に覆われており、腕や肩、下あごと尻尾には黄色い外骨格が備わっている。角は威風堂々という言葉が似合いそうなほど太く伸びており、三本の指の外側から飛び出そうなほど突き出した爪は、鉄すら切り裂きそうだ。

 まるで神話の世界からやってきたかのような姿だった。かつて聖書に存在を記された完全聖遺物とも戦ったことのある彼女たちだからこそ、自分たちの力が必要とされた理由が分かった。

 

「《情報提供者》によると、この生き物は《竜》と呼ばれる種族で、先史文明期に滅んだことが確認されたらしい。

 それが今の時代に、当時の生息地ごと蘇ったのが、今回の事件の概要、といったところか」

 

「生き物……? 聖遺物じゃないの!?」

 

「ああ、自律型の聖遺物ではなく、生物として存在している。事実、この竜と同じ姿をした生物が複数体確認されている」

 

 ネフィリムと同じような存在だと思っていたマリアが驚きの声をあげ、弦十郎がその証拠をモニターに映し出させる。確かに、同じ種と思われる生物が何体か同じ画像に映っていた。

 はるか過去のこととはいえ、あのような生き物が地球上に存在していたことに驚きを隠せない装者たち。しかし、竜とは、このオオカミを連想させる種だけではないのだ。

 

「さらに言えば、蘇った竜という種族は、この種類に限った話ではない。他にも多くの種類の生物が、あの森にいることが確認されている」

 

 そしてモニターに映し出されるのは、数々の竜たちの画像。そのどれもが、今まで確認されてきた生物のどれとも一致することがなく、古くも新しい生物たちが存在していることを画像は如実に伝えてきた。

 

「何より、恐るべきは内包された熱量だ。観測されたデータによると、竜は従来の生物を大きく上回るエネルギーを、その身に宿しているらしい」

 

「それは……一体、どれくらいなのデスか?」

 

 疑問を抱いた切歌が尋ねる。現実に存在したドラゴン(に比較的近い生き物)にかなりの興味が出てきた切歌だったが、流石に興奮をあらわにするのは憚られたので、若干テンションを抑え込んだような声色だ。

 

「低いものではノイズ一体分ぐらいだが、高いものだと、シンフォギア装者一人分、といったところか。しかし、本当に恐るべきところは、他にある」

 

「デス?」

 

「総数で言えば、数万体。先ほど挙げた装者に匹敵する竜だけでも、百体は超えるといったところだ」

 

「デーーーーース!?」

 

 弦十郎の口から放たれた衝撃の事実に、切歌は思わず叫んだ。

 

「まさか!? いくらなんでも、シンフォギアと互角の生き物が、そんなに多いはず――」

 

「だが、これが現実だ。俺も報告を聞いた時は、耳を疑ったよ。

 あの生き物たちが、積極的に人類に攻撃を仕掛けてこないことが幸いだな。現時点では、の話だがな」

 

 弦十郎の言葉を聞き、装者たちの雰囲気が重くなる。つまり、手出ししなければ危害はないかもしれないのに、上からの命令でこちらから攻め込むことになると理解したからだ。それも、自分たちと同等クラスの敵が百体近く、そうでなくても未知の敵であふれかえった場所へ。

 正直に言えば、明確に誰かを守る戦いならまだしも、こういう作戦に乗り気な装者などいない。気持ちが若干落ち込んでしまうのも当然だろう。

 

「……それで、作戦は? 流石にそんなのを相手に、無策で突っ込むわけにはいかないと思うのだけれども……」

 

「ん? 何を言ってるんだ?」

 

『え?』

 

 だが、装者たちの懸念は、見事に外れていた。

 

「えっと……私たち、これからあそこに攻め込むことになるのでしょう?」

 

「? ……ああ、すまない。勘違いさせてしまったようだが、この地に対して我々がどうこうするようなことはない」

 

「はあ!? だってさっき、この地にいる竜たちはアタシたちとタメはれるだの、数万体もいるだの言ってたじゃねーか!?」

 

「今回の作戦は、あの森と竜たちが無関係とはいえないが、内容は先遣隊ではなく救護活動であり、場所もあそこではなく米国だ。

 事件の経緯を話すうえで必要な情報を伝えたつもりだったが、早とちりさせてしまったようだな」

 

 弦十郎から装者たちの誤解を解く言葉を聞かされ、響たちは一安心した。しかし、弦十郎の説明に一つの疑問を覚えた翼は、質問をおこなう。

 

「司令。事態は中東で起こったにも関わらず、なぜ米国での作戦行動になったのですか?」

 

「……そうだな。ここから先が、俺達S.O.N.G.に要請がかかった経緯になる」

 

 翼から呈された疑問に対し、弦十郎は神妙な顔になって答えようとするが――

 

 

 

「――そろそろ、私にも説明の機会を与えてくださいませんか」

 

 

 

 その場にいた装者たちは、突然の後ろからの声に驚き、振り返った。

 そこには、銀髪のローブを纏った女性がいた。彼女は、無機質な笑みを浮かべながら、少女たちへと語りかける。

 

「まずは自己紹介を。私の名前は、リリス・ウイッツシュナイダー。

 完全だけが自慢の男がトップをしていた集団で、モノづくりをしていた錬金術師です」

 

「錬金術師……パヴァリアの残党か!」

 

 目の前にいる相手が結社の構成員だった者だと知った装者たちは身構える。首領のかたき討ちに来たと思った彼女たちはリリスの動きに注意し、首にかけられてコンバータに手を伸ばす。

 

「待て! 彼女は我々の協力者だ!」

 

 しかし、司令である弦十郎が待ったをかける。彼の指示を聞き、シンフォギアを纏おうとするのはやめた少女たちだが、それでも視線は怪しい錬金術師から外さなかった。

 6人のシンフォギア装者から警戒されている状況に対し、リリスはやれやれと言わんばかりに息をつき、そして口を開く――。

 

「さて、まず今回の事態を引き起こした人物は――」

 

「いやちょっと待て!」

 

「なんですか急に」

 

 さっきまでのやりとりガン無視で話し始めたリリスに、クリスが突っ込みを入れる。

 

「この状況! フツー最初に皮肉を言うとか協力することになった訳を説明したりするだろ!

 なんでいきなり本題に入ってるんだよ!?」

 

「だって敵だった私がここで何を言ったところで、あなたたちには暖簾に腕押し状態じゃないですか。だったら、余計なことは話さずパパっと説明したほうがいいでしょう?」

 

「だからって――」

 

「話を戻しますね」

 

「聞けよ!!」

 

 クリスの突っ込み虚しく、そのまま説明を続けようとするリリス。そんな彼女たちのおかげで、司令部の空気が少し和らいだ気がした。

 

 

 

「今回の事態は、あなたたちが『少女V』と呼称する存在によって引き起こされました」

 

『!?』

 

 

 

 最も、彼女の一言で、その空気もぶち壊されたわけだが。

 

「アイツが……どういうことだよ!」

 

「詳しい説明は後でしますねー」

 

「だから聞けって!!」

 

 クリスの問いかけも雑に返されて、リリスの説明は続く。

 

「彼女は、自らの歌を用いて竜たちと『禁忌の地』を復活させました。そして、彼女自身もそこで暮らすつもりだったようです。しかし、そこに米国がちょっかいを出してきました。では後の説明は、司令殿にお任せしますね」

 

「なんだろう……説明自体は短いのに、ツッコミどころが多すぎる……」

 

「しかも登場のインパクトが凄いのに、本命の説明がおざなりデスよ……」

 

 リリスのマイペースさに、調と切歌がげんなりする。

 

「米国は、中東北部に突如出現した森林地帯、およびそこに生息している生物を脅威だと断定し、反応兵器の使用を国連に強く訴えた。

 パヴァリア光明結社の神の件のこともあり、各国の意思によって否決されたのだが、再びの発射を許す結果となってしまった……」

 

「それじゃ、あの子は……」

 

「いや、反応兵器は、どういうわけか想定外に過ぎる下からの急な強風により、目標地点とは全くの別の場所で起爆。例の森に被害はないらしい。

 ……むしろ、下手に動いた方が大きな被害に見舞われたというべきか」

 

「それはどういう……」

 

「彼女からの報復として、米国政府は壊滅状態になった」

 

 米国政府の、壊滅。その言葉がもたらした衝撃は、大きい。

 あの大国が、この数日の間にそんな事態になるなど、ここにいる装者たちに予測できるはずがなかった。少し前の世界各地の国々と同じように。

 

「な、なんで……そんな事態に……」

 

「原因は、これだ」

 

 モニターに、動画が映し出される。その動画には、何体もの黒いノイズが、街中で人々を襲っている様子が記録されていた。

 

「まさか、カルマノイズ……!?」

 

「しかも、増殖分裂タイプのカルマノイズだ」

 

 増殖し、分裂するカルマノイズ。そんなふざけた存在に、装者たちは言葉を失う。

 しかし、このノイズこそが、S.O.N.G.が動かされることになった要因なのだ。

 

「一発の反応兵器に対する報復は、一体のカルマノイズだったと推定される。だが、ただでさえ強力なカルマノイズに、分裂し、増殖するという厄介な特性が合わさった結果、このような事態になった。

 米国も、なにもしなかった訳ではなかった。通常兵装とはいえ、戦車やミサイル、果ては民間人への被害も顧みず反応兵器すら討伐に使用したそうだ。しかし、位相差障壁で攻撃が通らないどころか、逆に攻撃の衝撃を利用されて分裂と増殖を助ける一因にされたそうだ」

 

「プラナリアさながらに増殖したカルマノイズは、米国各地に拡散。ニューヨークやロサンゼルスなどの人口が多い都市を中心に姿を現し、今なお被害を出しているそうです。

 カルマノイズの出現は二日前だと確認されたのですが、それでも死者・行方不明者は数百万に及ぶかと……」

 

 緒川の口から語られた数は、装者たちの予想をはるかに超えていた。

 増殖分裂タイプもカルマノイズも、決戦機能を使わなければ相当の苦戦を強いられるほどの敵だということは分かっていたが、たった数日で百万以上の人々の命を奪うことができるとは思っていなかった。

 

 あまりにも大勢の人々が犠牲になっていたことを知り、強いショックを受ける少女たち。そんな彼女たちに同情しながらも、弦十郎は話を進める。

 

「その犠牲者の中には、現職の議員や政府高官も数多く含まれており、そのせいで政府の機能は停止してしまっているらしい。大統領の行方も不明のままだ。

 この事態を把握した国連は、米国政府が事実上壊滅しているため彼の国以外の協議で介入を可決した。

 君たちの任務は、カルマノイズの被害にあっている都市での救護活動だ。一人でも多くの人命を救うために、行動してほしい」

 

「救護活動……? カルマノイズへの対処はどうなるのかしら?」

 

 襲われている人々の救護活動なら望むところではあるが、カルマノイズの殲滅が弦十郎の言う任務に入っていないことに疑問を呈するマリア。

 彼女の疑問に答えたのは、弦十郎ではなく装者たちが警戒している錬金術師であった。

 

「それは私の方で処理させていただきます」

 

「……正直に言って、信用ならないのだけれども」

 

「アルカ・ノイズは通常のノイズに対して優位に立てることが明らかになっています。

 カルマノイズと呼ばれている個体に関しては情報が足りませんが、数と時間の観点からアルカ・ノイズの利用が適切かと」

 

 もともと敵だった人物に重要な役目を任せることに対して抵抗を露わにするマリアだが、そんな彼女の態度に構わず、リリスは合理的な観点から物事を語る。

 

 そんな彼女の態度に業を煮やしたのだろう。不機嫌な顔をしたクリスがリリスにつかつかと近づき、胸ぐらをつかみ上げた。

 

「クリスちゃん!?」

 

「いい加減にしやがれ! ついこの間まで敵対してた奴を、そうホイホイ信じられるわけねーだろ!」

 

 大声を上げて、自分の苛立ちを目の前の錬金術師にぶつけるクリス。そんな彼女を、リリスは無機質な瞳で見つめていた。

クリスは、バルベルデでの悲劇に手を貸していたパヴァリア光明結社に対し、強い敵意を持っていた。未来のために過去を引きずることはやめた彼女だが、それとこれとは話が別である。自分たちもカルマノイズを相手にできる力を持っている以上、そんなパヴァリアの残党に頼るなんて真似はしたくなかった。

 

「……つまり、敵だった私が信用できないから、手を貸してもらう必要はないと?」

 

「当たり前だ! 猫の手も借りる必要はねぇ! アタシ達だけでカルマノイズをぶっ倒してやる!」

 

 

 

「その選択で、助かる命が減ったとしてもですか?」

 

 

 

 その言葉に、固まるクリス。リリスは彼女の手を胸元から離してから、落ち着いた様子で口を開く。

 

「今、米国の至る所で無数のカルマノイズが人々の命を奪っています。都市と都市を結ぶ距離は、少なくとも数百キロになります。

 それを、たった6人の武器だけで撃破する? きっと被害総数は、今の何倍にも膨れ上がるでしょうね」

 

 シンフォギアを纏って戦う、()()()()()()()()()()装者に厳しい現実を突きつける錬金術師。

 彼女の言う通り、たった6騎しかないシンフォギアで、アメリカ各地に散らばった増殖分裂タイプのすべてを片付けることは不可能に限りなく近い。仮に自分たちの力だけで成し遂げようとした場合、リリスの言う通り被害は際限なく増え続けることになるだろう。

 

 シンフォギアの欠点。それが彼女たちだけでは救えない命があるという事実に、まだ若い少女たちはうつむいてしまう。

 装者たちの口を閉じさせたリリスは、「失礼しました」と弦十郎に頭を下げ、自身も黙る。

 

「ウイッツシュナイダー氏の言う通り、米国各地に散らばったノイズを相手にするには、装者の数が絶対的に不足している。ここは彼女の提案に従い、君たちには民間人の救助に専念してもらいたい」

 

 弦十郎の言葉に、少し落ち込みながらも少女たちは了承の意を示した。クリスは不承不承といった感じだが、流石にそちらのほうが理にかなっていると分かっているため、文句を言うようなことはなかった。

 

「早速だが、移動を開始する。まずはヘリに乗って――」

 

「その必要はありません」

 

 弦十郎の言葉を遮るようにリリスが発言をし、赤い結晶を自身と装者の足元に投げつける。彼女たちの足元に赤く輝く陣が展開され、体が光に包まれていく。

 

「なっ!? これは――」

 

「まさか、テレポートジェム!?」

 

「一瞬で目的地に行ける手段があるのに、使わない手はないですからね。

私は現地で誤魔化しをしますので、裏方の皆さんは、装者たちが正規ルートで目的地に言ったようにうまく偽装してください」

 

 リリスの言葉の直後に装者たちの姿は消え、気づけば彼女たちはアメリカの地にいたというわけだった。

 

 

 

 

 

 

「よう、大丈夫だったか?」

 

「あ、クリスちゃん」

 

 空を見つめて呆けていた響に声をかけてきたのは、学校での先輩であり職場の同僚であるクリスだった。

 

「にしても、急すぎる出動だったな。日本からいきなりアメリカだぞ」

 

「アハハ、あれはびっくりしたよね~」

 

「おっさんたちもいないからどうしたものかと思ったけど、全部アイツが裏方やって、どうにかなったのは良かったな」

 

 そんな会話をしていた二人だったが、急に途切れてしまう。やがてクリスが、重々しくも口を開く。

 

「……今日も、助けられない奴が出ちまったな」

 

「……うん」

 

 彼女たちは、悲しそうに街中を眺める。空中には粉みじんになった炭が漂い、地面には人間だった黒いものがあちこちに転がっている。中には、カルマノイズの呪いにかかって狂暴化した人間に殺された遺体もある。

 ここ数日、いろんな都市や街を回ってきたが、こんな光景を目にするばかりであった。まるで、お前たちは無力だと嘲笑うかのように。

 

「……正直な話、『ソロモンの杖』を起動したときは、ここまでノイズが凶悪なものだなんて……いや、言い訳だな。

 こういうもんだって分かったうえで使ってた。それが原因で、今はこんなにも多くの人間が死んじまった」

 

「クリスちゃん、それは――」

 

「ああ、この光景はアタシが望んだものじゃねえし、カルマノイズを作ったのはあの女だ。

 でも、そもそもの原因である杖を現代に呼び起こしちまったのは、他ならないアタシなんだ」

 

 この惨劇は自分のせいだというクリスの言葉を、響は否定しようとするが、彼女の罪の意識は消えることはない。

 しかし、未来のために過去を乗り越える術を知った少女は、決意を込めた瞳で宣言する。

 

「だからこそ、元凶とは必ず決着を付けなきゃいけねえ。

 カルマノイズは錬金術師任せにするしかなくても、あの女だけは絶対に倒す。もう二度とこんなことを起こさないために」

 

「――うん」

 

 クリスの覚悟を目の当たりにして、うなづく響。そしてクリスは、自分と響の分の飲み物を取りに行くと言って離れていった。

 

(そうだ。これ以上の犠牲なんて、許すわけにはいかない)

 

 響もまた、クリスと同じように、これ以上の悲劇を防ぐために戦う覚悟があった。自分の拳は、そのためにあるという信念のもとに。

 

(……でも)

 

 それでも、それ以上に手をつなぐことを信条とした彼女は、どうしても捨てることができない想いがあった。

 

(あの子もまた、自分の正義を握りしめた結果がこれだとしたら……)

 

 響の脳裏に浮かぶのは、人類の敵であり、この惨劇を引き起こした張本人の姿。

 その所業は、どうあっても許されるものではない。しかしそれでも響は、彼女と分かりあいたいと思わずにはいられなかった。例え、一度は憎しみを覚えた相手であっても。

 

(あの子は、どうして……)

 

 どうして人間を殺すのか。どうして竜たちをよみがえらせたか。どうしてそんなにも悲しい瞳をしているのか。

 その憎しみに彩られた瞳が、他人事のように思えないために、神殺しの少女は人殺しの少女と理解しあいたいと願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――そろそろ、始めよう)

 




 お読みいただき、ありがとうございました。

 突然ですが、新しいアンケートを大幅に開かせていただきたいと思います。
 理由としましては、感想をもっと欲しくなってしまったもので、ログインユーザーではない方も書けるようにした方がいいかなと思ってしまったからです。
 ただ、我儘かと思われてしまうでしょうが、あまり批判的な内容を書かれてしまうのも正直辛いので、皆様に、感想を書けるようにしても問題はないかどうかお聞きしてから決めたいと思います。
 前に同じようなアンケートにお答えいただいた方には申し訳ございませんが、ご協力のほどお願いいたします。期限は来週の日曜日までとさせていただきます。

 次回もよろしくお願い申し上げます。ご感想などがあれば、お書きいただきますようお願いします。


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聞こえ始める雑音

 9か月ぶりの更新となってしまいました……。お待ちしていた方には、大変申し訳ないことをしてしまいました……。

 これからの展開自体は既に頭に入ってはいるのですが、いざ文章にするとなると、思った以上に文字を書く必要が出てきてしまい、思う通りに行かないことが多く、空き時間を他の方の小説を読んだり体を休めたりすることに使ううちに、ここまで遅くなってしまいました。
 また、私は場面を思い浮かべたうえで文字にして書いているのですが、頭の中の絵に合う表現にこだわってしまい、しっくりくる言葉が見つからないと行き詰ってしまうことも多くありました。ボキャブラリーを身に着ける必要があるかもしれないと感じました……。

 言い訳が長くなってしまいましたが、これからの方針としましては、とりあえず表現を気にせず自由に書いてみて、後で気になったら言葉を修正していくことで執筆を早められたらと思っております。なので、文章としての質を下げることになるかもしれませんが、お読みいただく皆様にはご了承いただければと思っております(もともと質が低い文章ではありますが……)

 大変お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。これからも不定期更新になってしますが、ご理解いただけますと幸いです。
 今回はリリスによる現状の説明回になります。 仲間を復活させ、攻撃を仕掛けてきた米国に報復をしたメリュデのこれからの目的、そしてS.O.N.G.がどう動くのか、それについて語られることになります。

 それでは、どうぞ。


 ――装者たちがアメリカで救助活動を始めてから4日。

 

 一週間前に始まったカルマノイズによる大量殺戮も、リリスによる大規模なアルカ・ノイズの行使によりだいぶ終息してきた。

 そのあいだに、錬金術師リリスの強引な手法により連れてこられた響たちとは違い、正規の手段で後れを取ることになったS.O.N.Gの縁の下の力持ちたちがこの地にやってきた。現在は、装者たちとリリスは本部である潜水艦に集まり、今回の活動の報告をおこなっていた。

 

「――以上が、今までの私たちの活動報告になります」

 

「それは分かったが……勝手に装者を連れだしたことは、本来なら厳罰ものだぞ……。

 それで犠牲者の数が増えるのを未然に防ぐことができたのなら、文句ばかり言うわけにはいかないが……」 

 

 しれっとした顔で詳細な報告をしてきたリリスに対し、弦十郎は苦言を呈する。

 協力者相手とはいえ、自分たちの戦力をまるごと持っていかれるのも、その後始末を押し付けられるのも容認しきれるものではなかった。

 

「……つーか、アタシ達って、そこまで必要だったか?」

 

「確かに……。カルマノイズの相手はせずに、ほとんど被災者の救助をしていたし……」

 

「アルカ・ノイズが来るまでの時間稼ぎとして戦うことはあったデスけど、素直に喜べない仕事デスよ……」

 

 若干テンション低めに、そんなことを喋るシンフォギア装者たち。

 今回のことで戦力としてあまり役に立たなかったことが、結構心残りらしい。その分、人々の命を多く救っているわけだが、やはり元凶を直接叩きたかったというのが本心だろう。

 

「もう少し、自分たちがしてきたことに自信を持ってください。アルカ・ノイズでは敵を倒せても、逃げ遅れた人々を助けるのは専門外なのですから。

 あなたたちがいなかったら、もっと被害は増えていたと推定されますよ」

 

 リリスは、そんな装者たちを励ますかのように語りかける。実際、彼女たちの存在が無かったら亡くなっていた人も少なくないのだから、無力感を感じる必要などないのだ。

 

 リリスの言葉に、彼女が自分たち錬金術師の技術を使ってまで装者たちを先に向かわせた意図を感じ取った弦十郎は、得心がいった顔でリリスに話す。

 

「やはり、無理やりにでも装者たちを連れだしたのは、被害を最小限に抑えるためか」

 

「それだけが目的というわけではありませんが、まあそうですね。無用なことで人が死ぬのは最小限にしておきたいですし」

 

「人死にを最小限にだと!? ふざけんな!!」

 

 リリスの返しに、怒りを抱いたクリスが、この前のように彼女に突っかかる。

 つい最近まで敵対組織に所属してた錬金術師をいまだに信用していない中での、この言葉である。激情とともに詰め寄られても仕方がないだろう。

 

「パヴァリアの連中が、今までどれだけ人を死なせてきたのか知らないアタシ達だと思ってんのか!?」

 

「確かに結社は、人命などを無視して自分の理想をかなえることに盲目な連中がうようよいましたね。しかし私としては、あまり人の命が損なわれるのは好まないんですよ。

 まあ、それでも必要ならば犠牲にすることもやむなし、という考えですが」

 

「なんだと……!?」

 

 錬金術師の語りに、さらに怒りのボルテージを高めるクリス。他の装者たちからの視線も厳しいものになっていく。

 そこに待ったをかけた者がいた。

 

「クリス君、よすんだ」

 

「おっさん!? けどよ――」

 

「君の言いたいことは十分に理解できる。だが、今の彼女は我々の協力者だ。

 思想の違いからいざこざを起こし、協力関係にひびを入れることは避けたいのだ」

 

「こいつは! 場合によっては殺しもするって言ってんだぞ! むざむざ見過ごせるかよ!」

 

「その点はご心配なく。『郷に入っては郷に従え』。あなたたちS.O.N.G.のやり方に倣い、救える命はできるだけ救いますよ。

 そのために、説明する時間も短縮して連れてきたわけですから」

 

 リリスのその言葉に、何のことだという疑問が現れた顔をする少女たち。

 しかし大人たちは、ここに来るまでの間に、彼女が用いた移動手段の存在から、その理由はだいたい推測できていた。

 

「やはり、詳しい説明を省略したのは、できるだけ早く米国に渡り、救助活動を始めるようにするためだったのですね」

 

「その通りです。秒で移動できるテレポートジェムを使う以上、説明に使う時間は誤差とは言えないですからね。

 説明は後に回せば、その分助けられる命も少しは増えるというものですよ」

 

 緒川からの確認に肯定の意を示すリリスに、装者たちもリリスの意図に思い至る。

 米国に着くまで数日かかる潜水艦なら、移動中に説明する時間を取れるから関係ないが、テレポートジェムなら説明にかかる時間をそのまま人命救助の時間として使うことができるのだ。

 

「完全に信用しろというわけではありませんが、私に協力する意思があることは、少しは理解していただけましたか?」

 

「……少しでも怪しい動きをしたら、容赦するつもりはないからな」

 

「それで結構ですよ。もともと敵だった以上、許容の範囲内です」

 

 不承不承といった感じではあるが、一応の理解を示したクリスに、リリスは満足そうに頷く。

 クリスとしても、彼女の迅速な行動の結果として救われた命があるのなら、これ以上この場で敵視しても損しか生まれないということを認識したためだ。他の装者たちの警戒心も、今のやり取りでかなり和らいでいった。

 

「さて、最初の段階で説明を省いたのは、人命救助を始める時間を早めるためでもありましたが、もう一つ、目的があります」

 

「もう一つの目的、だと?」

 

 リリスの口から語られた事実に、弦十郎が疑問を抱く。一体、ほかにどんな目的があったのか、司令達でも予測を立てることができなかった。

 

「カルマノイズという脅威の排除と人命の救助。それが国連(やといぬし)からの命令です。それを先に済ませておくことで時間を作り――襲来する敵を待ち構える」

 

「なにっ!?」

 

 彼女の言葉に、その場にいるS.O.N.G.の面々が驚愕する。ここまでの被害が出ているにもかかわらず、まさかカルマノイズのほかにも新たな敵がやってくるとは思えなかったからだ。

 

「カルマノイズだけでは報復は終わらないというのか……!?」

 

「いえ。米国への報復は、相手側にとってはカルマノイズで事足りているでしょう。それとは別の目的で、彼女は海を越えてくると予測されます」

 

「別の目的……? それはいったい何なの?」

 

 マリアの問いかけに対し、リリスはふところから取り出した赤い結晶を見せて応える。

 

「詳しい説明をしたら、すぐに向かうとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 リュウの少女は、懐かしき第二の故郷から離れ、海を越えた大陸にいた。

 

 ソロモンの杖の力は、いまだに健在だ。その身に宿った膨大なフォニックゲインが、自身のみならず、彼女の仲間も数多く連れてくることができた。

 

 彼女は仲間たちを連れて、目的の地へと向かう。すべては、リュウとなった自身の仲間のため、そしてこの星を支配しているつもりになっているルル・アメルの根絶のため――。

 

 

 

 

 

 

「まさか敵の目的が、報復した国の南の方にあるなんてな」

 

 クリスは車に揺られながら、そうつぶやいた。彼女を含めた装者たちは、テレポートジェムで移動した先のパヴァリア光明結社支部の跡地から、米国の南に位置する大陸にある目的地へと移動している最中だった。

 

「でも、本当なのかな? あの錬金術師が言っていたことは……」

 

「嘘、というには話が大きすぎるし、あの森が急に出現したことを考えると、ありえない話ではないわね」

 

 この作戦に移る前に聞かされた説明の真偽に対する疑問を口にする調に対し、マリアは自分の考えを述べる。

 その会話を聞いていた響の頭の中に、リリスの口から語られた、リュウの少女に関する説明が蘇ってくる。

 

 

 

「まずは、これを見てください」

 

 そう言ってリリスが見せたのは、前に緒川にも見せたことがあるグラフ。ある時点からエネルギー量が急上昇したことを表す、星の記録。

 

「これは一体……」

 

「これは、特定の場所で観測された、レイラインから計測されるエネルギー量を記録したものです。

 ご覧の通り、どれもある時からエネルギーが急増、さらにその状態を維持していることが分かります。すなわち、レイライン――龍脈が活性化しているということです」

 

「レイラインの、活性化……?」

 

 マリアは、その言葉から不穏な雰囲気を感じ取った。キャロルの世界分解、パヴァリア光明結社による「神の力」の抽出。いずれもレイラインを利用した物であり、世界を脅かすほどの大惨事につながりかけたからだ。

 

「問題は、測定した場所と、活性化し始めたタイミングです。

 まず、一部とはいえ、レイラインが大幅に活性化した場所についてですが……あなたたちシンフォギア装者と、少女Vが戦闘をおこなった付近一帯です」

 

『!?』

 

 リリスからもたらされた衝撃の事実に、少女たちは驚愕する。

 まさか、レイラインの活性化という異常事態に、自分たちと少女Vが関わっているとは思っていなかったからだ。

 

「そして、活性化のタイミングですが、あなた方が少女Vと戦闘をおこなっていた時間――おそらく、あの少女がヴォカリーズを使いはじめたからですね」

 

「待ってくれ! つまりそれは、あの少女のヴォカリーズが、レイラインに影響を及ぼしたとでもいうのか!?」

 

 続けてもたらされた情報に、翼はたまらず問いかける。

 確かに、とても一筋縄ではいかない相手だと思っていたし、底知れない脅威を感じてもいたが、まさかそのようなことまでしでかしていたとは想像もつかなかったのだ。

 

「結果的に見れば、そうであると言っても過言ではないでしょう。現に、『禁忌の地』付近も同じように――いえ、比較にならないほどレイラインが励起しています。

 森林の再生と竜の復活は、その恩恵によるもの。あふれんばかりに膨れ上がった星の命が、この世から滅んだはずのものを再誕させたのです」

 

「……そんなことって……」

 

 あまりにも信じられないことを聞かされた装者たちは、マリアの口から戦慄する言葉が零れ落ちたっきり、静かになってしまった。

 

 彼女たちシンフォギア装者たちは、歌の力をよく知っているはずだった。いくつもの逆境を歌で乗り越えてきた、彼女たちだからこそ。

 しかし、これはもう次元が違う。不毛の地を緑豊かな楽園に作りかえ、あまつさえ絶滅したはずの生き物たちに生命を再び与える。まさに神の所業であった。

 

 言葉を失った装者たちを、リリスはじっと見つめる。少し前の自分もこんなふうに衝撃を受けていたのだろうと思いながら。

 少女が回収している聖遺物に、竜の力が閉じ込められていたこと。そして、彼女の歌が、レイラインのエネルギーを増幅する効果を持つものであること。この二つに気づいた時から、リリスにはこうなるシナリオが見えていたのだ。

 

 意図的にか、はたまた偶然か。竜のエネルギーを回収していった少女は、それを生まれ故郷に還し、計り知れないほどの力でもってよみがえらせた。だが、これだけで終わるとは、リリスは考えていなかった。

 

 ――まだ、眠り続けているリュウはいる。

 

「彼女が集めていた聖遺物は、竜から抽出した生命エネルギーをもとに作られた物。そのエネルギーを解放し、星の命と混じり合わせることで、まるで聖遺物のエネルギーをプロテクターとして固着させるがごとく器を創造しました。

 主として聖遺物の回収をおこなっていたことから、少女Vの目的は、最初から竜の復活であったと仮定できます。

 であるならば――彼女の次の目的は、()()()()()()()()()()()()()()と予測できます」

 

 リリスの言葉に、装者たちはさらに驚愕し、そのことについては聞かされていなかった弦十郎たちも戦慄を覚えた。

 

「竜はまだ存在していたのか!?」

 

「ええ。そもそも『禁忌の地』とは、かつて竜が住まう土地としてルル・アメルに恐れられ、入ることを禁じられた場所のこと。

 竜は地球上の様々な場所に生息し、それらすべてが『禁忌の地』として扱われていました。今回の復活は、そのうちの一か所のことでしかないのです」

 

「……もし仮に、その『禁忌の地』がすべて再生された場合、人類は……」

 

「1か月もしないうちに、滅びることになるでしょうね。圧倒的な力を持つリュウによって」

 

 リリスの口から淡々と語られた予測は、その場にいる面々からしたら到底受け入れられるものではなかったが、それを信じられないという者はいなかった。絶望的な展望をあまりにも冷静に口にするリリスの姿が、逆に真実であることを如実に表していた。

 

「米国を崩壊させたカルマノイズと、太古から蘇りしリュウたち。いずれも、人類にとって大きな脅威であることは疑いようもありません。

 そして、それらの中心にいるのが『少女V』。ヒトの身でありながらノイズを生み出す大本であり、リュウの力を持つ存在でもあります」

 

「リュウの力……? ノイズは分かりますが、リュウと同じ力を彼女自身も有していると……?」

 

 リリスの言葉に疑問を覚えた緒川が、彼女に問いかける。竜の力が籠められた聖遺物を集めていたことは分かっているが、リリスの言い方だと、まるでノイズやソロモンの杖の能力と同じく、自身の体に宿ったものとして行使できるというように聞こえたのだ。

 実際、緒川の認識は間違っていない。ただ、そこだけは理解できない部分があったため、リリスは少し困った様子を見せながら質問に答える。

 

「そうですね……。どういうメカニズムなのかは知りませんが、なんらかの理由でリュウの力は彼女自身の肉体に宿り、固着していたようです。

 元々は彼女に大きな影響を与えることはないほどの微々たるエネルギー量だったのですが、パヴァリア光明結社(われわれ)が引き起こした『神の力』に関する一件にて、『神』と定義されたエネルギーを喰らうことで爆発的に増量。その影響は彼女の肉体にも大きく表れ、ヒトから竜の物へと作りかえられていることが確認されています」

 

 そこまで聞いて、その際はS.O.N.G.の司令室から様子を見ることしかできなかった面々は気づいた。あの時、少女Vから感知されたエネルギーこそリュウの力であり、その力が彼女の肉体を怪物のようにしていたのだ。

 

「ノイズを生み出して、人類に破壊と殺戮をもたらす。

 その一方で、リュウを始めとした他の生き物たちには創造と再生をもたらす。

 そして彼女自身もまた、驚異的なスピードで進化を繰り返していく。ある意味、アヌンナキよりも厄介な相手と言っていいでしょう」

 

「そんな相手、私たちじゃどうしようも……」

 

「ですが」

 

 異常すぎるほどの少女Vの能力の数々に絶望を覚えかけた調だったが、その弱音を遮るかのように、この状況に対する唯一の突破策をリリスは口にする。

 

「逆に言ってしまえば……彼女さえ攻略することができれば、まだ逆転の可能性はあります」

 

『!!』

 

 今までは、リュウという脅威の大きさ、少女Vという存在の恐ろしさについて説明していたリリスが、人類が生き残る術を語り始めた。彼女の言葉に、意気消沈しかけていた面々の意識が集中する。

 

「ノイズの生産。ヴォカリーズによる竜たちの蘇生。そのどちらも、彼女はおこなうことができる。そして、彼女以外にこれらを為せるものはいないでしょう。

 であるならば、今回の渦の中心となっている少女Vを打倒することで、ノイズ・竜による被害を食い止めることができるはずです」

 

「! 言われてみりゃ、確かにそうだな!」

 

「つまり、『二兎を追う者は一兎をも得ず』作戦デース!」

 

「切ちゃん、それは『一石二鳥』だと思うよ……」

 

 ほぼ真逆に近い意味でことわざを間違える切歌に呆れる気持ちもあるが、その場にいた多くの面々はリリスが提示した逆転の一手に、落ちかけていた士気を上げ直していた。

 

「しかし、例え彼女一人であろうとも、そう簡単に倒せるような相手ではないと思うが……」

 

「おっしゃる通り。既に少女Vの力は、我々では到達しえないところに届きかけているでしょう。しかし、『禁忌の地』の再生にしろノイズの量産にしろ、早めに手を打たなければ窮地に追い込まれます。

 まだリュウの力が完全に覚醒していない今ならば、彼女を倒す可能性もわずかながら存在しています。だからこそ、私はあなた方S.O.N.G.と協力することを決断しました」

 

 すべては、全人類を滅ぼさんとする災厄を止めるために。そう言いくくり、リリスは言葉を止めた。

 

 リュウという極大の脅威を知り、少女Vの恐るべき能力を誰よりも先に明らかにした彼女だからこそ、人類全体を守るために今まで敵対した相手であっても共同戦線を築く必要性を察し、素早く行動を取ることができた。仮に彼女の判断がもう少し遅かったら、カルマノイズによる災害だけでも被害者はもっと増えていただろう。

 リリス・ウイッツシュナイダーは、本来ならば、確実な成功をおさめるために万全の準備を欠かさない。そんな彼女が、千年以上の歴史を有するパヴァリア光明結社の中でも最高のセンスを持つ錬金術師である彼女が、ほんの少しの可能性に賭けようとしている。そのことが、今回の戦いがいかに厳しいものであるかを物語っていた。

 

 リリスの本来の戦い方については知らないが、彼女の声色から並々ならぬ覚悟を感じ取った装者たちは、目の前にいる錬金術師もまた自分たちと同じものを守りたいと思っているということを感じた。

 

「話を戻しますが、彼女の目的が仮定通りであるならば、次の行動も既に予測がついています。地球全体の『禁忌の地』を復活させるのならば、一つ一つを巡ってヴォカリーズで土地を潤していくよりも、この星のレイラインを一気に活性化させる方が効率的です。

 であるならば、相手はこの星全体を活性化させるための準備から始めていくでしょう」

 

「! そうか! キャロルが世界分解に利用したレイラインを使えば……」

 

「全ての竜を一気に復活させることができる……」

 

 リリスの言葉から、少女Vが次に行おうとしていることに、オペレーターの二人が思い至る。

 

「その通り。チフォージュ・シャトーのような大掛かりな装置を使うわけではないので、、たった一か所からの干渉では地球全てに影響を与えることは流石に不可能でしょうが、大筋に影響を与えることができるポイントでヴォカリーズを使っていけば、この星はエネルギーに満たされることでしょう。

 そのためには、この星のエネルギーの流れに従って、順に活性化をしていく必要があります。その起点となる場所は既に割り出しているため、後はそこで待っていれば……」

 

「向こうからノコノコとやってくるってわけか」

 

 そう言うクリスの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。今まで一方的に攻められていた状況だったのが、今度はこちらから打って出ることができるからだろう。

 

「無論、本人の戦闘能力はもちろんのこと、彼女に同行しているだろう竜も考慮すると、彼女を止めることは決して並大抵のことでは済まないでしょう。しかし、ここで食い止めることができなければ、人類は更に厳しい状況へと追い込まれます。

 私も全力でサポートさせて頂きます。なんとしても、リュウの侵攻を阻止しましょう」

 

 

 

 その後、響たちは、リリスの持っていたテレポートジェムで南米大陸にある結社支部の跡地に転移し、そこから電車や車などを乗り継ぎながら、レイラインの起点――すなわち、リュウの少女が来るであろう場所を目指して移動していた。

 リュウがなぜ人類を滅ぼそうとするのか。元々は人間であったはずのリュウの少女が、リュウの味方になっているのはどうしてか。現状に対する疑問は残ってはいるが、これ以上人類が危険な状況に追い込まれないため、竜の復活と、それを企てる少女を止めることに集中しなければならないと彼女たちは感じていた。

 

「今回の作戦で考えられる限りの敵は、少女Vとノイズは当然として、それに竜が加えられるわね」

 

「ノイズはともかく、あの女は相変わらずの戦いにくさだろうな……。竜とやらに至っては、戦ったことが全くねえから、誰がどんなふうに対処すればいいのか、対策を立てることもできねえ」

 

「だが、ここで私たちが後れを取っては、更なる竜の復活を許し、より多くの無辜の人々の命が危険にさらされることになる。それだけは、断固阻止しなくてはならない」

 

「いざとなったら、新技をお見舞いしてやればいいデスよ!」

 

 他の装者たちが、リュウの少女を相手にした戦いに勝たんとする想いを強めていくなかで、響は一人、その少女に思うところを抱えていた。

 

(私の胸の歌には、誰かと分かりあって、手を繋ぎたいっていう想いが詰まってると私は思ってる)

 

 人間への憎しみに満ち溢れた目を持ち、人間を殺すノイズを操り、現在、人間すべてを滅ぼすためにリュウを復活させようとしている少女。

 

(戦っていて、あの子の歌は、私の歌と同じだって感じた。だったら――)

 

 それでも響は、例え敵対している相手であっても、呪い(バラルの呪詛)によって叶わぬことだとしても、みんなで笑って過ごせる未来を望む誰かと手を取り合いたいと望むこの少女は――

 

(あの子の心にも、誰かと手を繋ぎたがっている想いがあるって、私は信じたい)

 

 リュウの少女の中に、ヒトを信じたいと思っている心がまだあることを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 大地を流れる、強大な力の流れ。その始点の近くまで来たリュウの少女の前には、新たなしもべが列をなしていた。

 

 聖遺物との融合症例から、その体に眠っていたリュウの力が覚醒したことによって、さらに上の段階へと進化を遂げた少女。その影響は、単純な身体能力の向上にとどまらず、彼女が本来持つ歌の能力にまで及んだ。

 彼女の歌はレイラインを活性化する特性を持ち、それにより増幅されたエネルギーは生命力に変換され、太古に滅んだはずの生き物を蘇らせるという奇跡すら起こしてみせた。今までは、自分の歌の性質に気づかなかったこともあって使いこなせなかったが、仲間であるリュウの復活に伴い能力を自覚したことによって、ある程度までなら生命力を操れるようになっていた。

 

 目の前のしもべたちは、その成果の一つ。通常のノイズよりも生み出すコストは格段に高いが、フォニックゲイン(いつも使うエネルギー)に加えて潤沢な生命力を注ぎ込むことで作り出した、今までのノイズとは比べ物にならないほどの有用性を誇る特別製。

 リュウのことを対等な存在(じぶんのなかま)だと見なしている少女からすれば、その下僕たちの立ち位置はリュウより低いため、戦力としては積極的に使っていくことができる存在である。しかし、その脅威は、竜の中でも上位に入る種の個体にも劣らず、今の装者たちの大きな障害になるであろうことは間違いなかった。

 

(――いけ)

 

 そんなしもべたちに対して、リュウの少女は、自分が目的を達成するまでのあいだ、人間たちに邪魔をさせないために命令を下す。

 人間を滅ぼし、この星(仲間たち)を守る。強い意志を宿した瞳を持つ少女のもと、同じ志を持った新たなノイズが動き出そうとしていた。




 お読みいただき、ありがとうございました。
 久しぶりの投稿ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 アンケート「ログインユーザーではない方も感想を書けるようにしてもよろしいですか?」についてですが、まずは期限がほぼない状態になってしまっていたことをお詫びいたします。
 アンケート開始時は、2019年08月04日(日)時点で締め切る予定だったのですが、うっかりそのことを忘れてしまい、小説を更新するまで集計を続けている状態にしてしまいました。このことで迷惑をおかけしてしまった方に謝罪いたします。申し訳ございませんでした。
 それでは、アンケート結果をお知らせいたします。

(51) 書けるようにしても大丈夫
(57) やめた方がいいと思う
(126) どちらでもよい

 以上の結果より、「どちらでもよい」というご意見が最も多く、「やめた方がいいと思う」というご意見がその次に多かったので、現在の「ログインユーザーのみ感想が書ける」状態を継続させていただきたいと思います。
 アンケートにご協力いただいた234名の読者の皆様、ありがとうございました。

 今回のストーリーはここまでになります。次の更新がいつになるかは分かりませんが、温かい目で見てくださることをお願いいたします。どうか期待せずにお待ちください。
 最後におまけを付け加えていきたいと思います。よろしければご覧ください。
 また、あまり本編に関係ない内容ですが、アンケートを新しく実施しようと思っております。ログインユーザーの方は、気軽にお答えくだされば幸いです。期限は今のところ未定です。

 次回もよろしくお願い申し上げます。ご感想などがあれば、お書きいただきますようお願いします。



おまけ 自作用語解説(MXW)

・米国の失墜
人類の「神秘からの独立」を謳い、中東に再臨した「禁忌の地」へ
反応兵器を発射したものの、()()()()により不浄の塊は不発。
さらに、人間から向けられた害意に敏感なメリュデにより、遠慮なしの攻撃が
放たれた場所を特定されたのち、報復として増殖分裂タイプのカルマノイズを投下され、
国土の主だったところは地獄となり、国としての体裁すら保てなくなった。

国同士の争いに勝ち抜き、この数世紀で最も隆盛を誇っていたと言っていい国は、
リュウという太古から再来した生物、その仲間になった少女との生存競争に敗れたのだ。
それも、人間だけでなく環境にも消えがたいダメージを与える兵器を使ったのに対し、
人間だけを殺戮し、自然環境へのダメージはほぼない兵器を送られた結果としてである。

なお、この度の米国の失墜に対し、「執筆当時は『この扱いで良いか』とか思っていたけど、
エクシヴで重要な役割を担ってきた……どうしよう……」と
頭を悩ませることになった人間がいたとかいないとか……。


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牙をむく竜たち

 今度は8か月かかってしまいましたが、なんとか書けました……。楽しみにされていた方には、お待たせいたしました……。

 例のウイルスで大変な時期ですが、まずは自分がかからないように思いつく限りの予防策を取りながら過ごしています。
 そんな生活の疲れのためか、執筆意欲が湧かなくなってしまうことが多いですが、これからも小説を書いていければとは思っております。相変わらず亀更新になってしまうとは思いますが、それでもという方は、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

 一応今回は、この章での新たな敵の登場回となっております。
 それでは、どうぞ。


 長き時を越え、この世に再び顕在した人類の脅威、竜。

 確認生物のどれもを凌駕する力を持った生物、それを先導するメリュデの目的が、この地球全体におけるリュウの完全復活にあることを知った装者たちは、パヴァリア光明結社の一員であった錬金術師リリスの作戦のもと、行動を起こした。

 

 この星の命が流れるレイライン――それを励起することで目的を遂げようとするメリュデに対し、活性化の起点となる場所へシンフォギアを先回りさせ、リュウの少女を迎撃して無力化する。それが、リリスの作戦であった。

 彼女が率いているであろう竜の戦闘能力、そして「神の力」に関する一件で竜の体を手に入れたメリュデ本人の未知なる能力など不確定要素は多分にあるが、これ以上の悲劇を引き起こさないために、少女たちは戦場へと進んでいく。

 

 

 

 道中に襲撃を受けるようなこともなく、無事に目的地へとたどり着いた装者たちは、それぞれが決められた場所へと配置され、リュウの少女がやってくるのを待ち構えていた。

 

「……しかし、待たされる身ってのは、なんかキツイもんがあるな……」

 

 そうボヤくのは、聖遺物「イチイバル」から作られたシンフォギアを纏う雪音クリス。

 弓をベースにした少女兵装の使い手にして、シンフォギア装者のなかで唯一の狙撃手でもある彼女だが、ターゲットを待つだけの状況には意外と不慣れであった。

 

 今までの出動はこちらから攻め込むものが多く、今回のように相手の先回りをして待ち受けるような機会は少なかった。そのため、いざ迎え撃つ側となると、敵がどこからやってくるのか、いつ攻め込んでくるのか分からないという状況が彼女を緊張させてくる。

 神経をはりつめながら待たなければならない現状は、彼女のメンタル面を考えるとあまり良い状況とは言えなかった。

 

 そんな時、端末から着信音が鳴り響き、気を張っていたクリスは思わず「うわっ!」と声を上げて驚いてしまう。しかし、その音が仲間からの連絡によるものだとすぐに気づいたため、何でもないことに心臓を跳ねさせてしまった恥ずかしさを抱えながらも通話ボタンを押した。

 

『雪音、そちらの状況はどうだ?』

 

「先輩か。こっちは特に何も。そっちの方はどうだ?」

 

 連絡の相手は、クリスにとっては“シンフォギア装者”としても“学生”としても先輩にあたる、風鳴翼であった。

 彼女もまた、クリスからそれなりに距離を取られた場所にて、因縁ぶかき宿敵と未知なる脅威を討つために待ち構えていた。

 

『こちらも今のところ、襲撃の予兆は依然と見られない。何も起きないということは、平時であるなら望むべきことなのだろうが……』

 

「向こうにその気がなくても、こっちから戦いを仕掛けなくちゃいけない状況だからな。来るなら早く来やがれ、って思っちまう」

 

『そうだな……。敵の襲撃が何時になるか……そう考えながら時間が過ぎていくことが、私の精神を擦切っていくように感じる。

 しかし、相手が「ソロモンの杖」による空間転移で現れる可能性がある以上、事前の反応もなく姿を現してくることも十分に考えられる。最低限の警戒は必要だろう』

 

「あのバカはしびれを切らして、『バビロニアの宝物庫』までのゲートを自力で開くかもしれないけどな」

 

『それは確かに』

 

 そう言って、二人で少しばかりの笑みを浮かべる。緊張状態にあるなか、軽い冗談で和みあうことで、ほんの少しだが精神的余裕を取り戻す。

 

「じゃあ、そろそろ切るぞ」

 

『ああ、また後でな』

 

 状況の把握のためとはいえ、長時間連絡を取り合う訳にもいかないので、話もそこそこにして通話を切る。そしてクリスは、先ほどの会話に出した「バビロニアの宝物庫」という単語から、ふと昔のことを思い出した。

 

 フロンティア事変、当時はF.I.S.の装者だったマリアたちと戦った事件の終盤。

 ノイズの生産プラントであったバビロニアの宝物庫に、何もかもを消し飛ばし、溶解するであろう爆発と熱をまき散らす寸前のネフィルムを残し、クリスの恩人である小日向未来の手によってゲートが閉じられたことによって、地上に被害を出すことなくノイズを生み出す空間は徹底的に破壊された。ノイズという人類にとっての天敵は、この時に存在しなくなったと彼女は信じていた。

 

 しかし、消滅したと思っていたノイズはまた自分たちの前に姿を現し、さらなる力をつけていった。そして今、竜という古代生物を復活させて、人類を滅ぼそうとしている。

 ノイズを自身の体から生み出し、操る少女が何者なのかは、正直、なぜこんなことをするのかも含めて問いただしたい気持ちはある。だが、まずは人類が追い詰められていく現状をどうにかすることが優先だと、クリスは感じていた。

 

 決着をつけ損ねた過去の因縁に終止符を打つ。そのことを胸に、クリスはその機会を再び待ち始めた。

 

 

 

 各装者が指定の場所で待機し始めてから数時間、日も沈んで、夜の闇が辺りを包み込むようになってきた。

 最初は即戦闘態勢に移れるほどの緊張感をもって任務に臨んでいたのだが、時間がたつにつれて維持ができなくなっていき、もともと我慢強くないものに至っては、むしろ初めて訪れる場所の方に興味を抱き始めていた。

 

「おお! 今度はインコデース!」

 

 その最たる例が、イガリマの装者である暁切歌だった。

 彼女たちがリュウの少女の襲来に備えているこの場所は、自然豊かな場所であった。切歌が現在配置されている場所は、大陸から少し離れた場所にある孤島であり、そこには彼女が初めて見る動物たちが数多く生息していた。

 

「赤いインコに、青いインコもいるデスよ! 調のいるところにもいるデスか!?」

 

『うーん……私の近くにはいないかな……』

 

 切歌は、右手に持った双眼鏡で遠くの動物たちを眺めながら、もう片方の手で持った端末で、彼女の親友である調と話をしていた。

 調の方も、長い時間待ち続けて集中力が切れてしまったらしく、電話の向こうで切歌と同じく、双眼鏡で近くの動物を探していた。任務中に行なうようなことではないのだが、幼いころからつい最近まで米国の研究所に閉じ込められていたことを考えると、初めて見る動物たちに目を輝かせている彼女たちに酷なことは言えないだろう。

 

「あ! 今度はライオンさんを見つけたデスよ!

 ……あれ? でも、黒くて丸い模様がたくさん入ってるデス?」

 

『多分、それはジャガーなんじゃないかな?』

 

「おお! アレがジャガーデスか!」

 

 笑顔を浮かべて、初めて見るジャガーに興奮する気持ちを隠せない切歌。こんな非常事態でなければ、存分に楽しませてあげたいと彼女たちの保護者は思っただろう。

 

「ライオンさんもいいですけど、こうしてみるとジャガーもカッコいいデスねぇ……。

 ……ん? お、およー!!」

 

『どうしたの、切歌ちゃん?』

 

「今度はおっきなトカゲさんを発見デース! まるで恐竜みたいデース!」

 

 さらに興奮する切歌が見たものは、二足歩行で立つ大きなトカゲであった。大人と同じぐらいの大きさであろう体は水色の鱗に覆われ、黒いストライプ模様が刻まれていた。

 頭には赤いトサカと鋭いくちばしを備え、前脚の爪は異常に長く、その姿は切歌に獰猛そうだという印象を与えた。

 

「はえ~。ここって、あんな生き物もいるんデスねぇ~」

 

『う~ん、ガイドブックにそんな動物のってたかな……?

 ワニならともかく、恐竜みたいな動物なんていないみたいだけど……』

 

「でも、本当に恐竜みたいデスよ?

 ……ハッ! もしかしてアタシ、本物の恐竜を見つけちゃったデスか!? これは世紀の大発見デース!」

 

 能天気なことを言っている切歌は、そのうち自分が見ている動物が、今まで誰にも見つからずに現代まで生き残っている本物の恐竜だと思い至り、その喜びで彼女の声はさらに大きくなっていく。

 留まることを知らない切歌の声量は、やがて彼女が見ていた「恐竜らしき生き物」にも届き、そのUMAに自身の存在を気づかせることになった。

 

 切歌の方を向き、その姿を視認した生物は、すぐさま上を向き、くちばしを開き、その低い鳴き声を辺りに響き渡らせた。

 この一連の行動を見ていた切歌は、気づかれてしまったことに動揺した。

 

「デデデッ!? 気づかれちゃったデス!」

 

『嘘ッ!? 任務中だから持ち場を離れるわけにはいかないのに……』

 

「しかも、お仲間まで出てきちゃってるデス!」

 

 突然のトラブルに慌てる切歌をよそに、仲間の鳴き声に呼ばれてトカゲのような生き物が更に2、3匹姿を現し、切歌の方に向かっていった。

 

「こっちに来たデス! ど、どうすればいいデスか!」

 

『距離を取りつつ、シンフォギアを展開してください!』

 

「『!?』」

 

 通信に割り込みように聞こえてきたのは、錬金術師リリスの声だった。

 彼女の指示にとっさに従い、切歌は向かってくる爬虫類たちに背を向け、走り出す。それと同時に、任務中にこのようなトラブルを起こしてしまったことに罪悪感を感じ、通信越しに謝らなければならないと思った。

 

「ご、ごめんなさいデス! 竜を待たなきゃいけないのに、こんなことになっちゃって――」

 

『その生き物こそが、我々が待っていた《竜》です!』

 

「『!』」

 

 だが、リリスのその言葉を聞いて、切歌のその思いは吹き飛んでいった。

 

 

 

「あれもまた、竜だと……!?」

 

 現存している「禁忌の地」にて撮影された「竜」の姿、それと比較すると一回り小型で、どちらかというと既知の生物である「恐竜」を創造させる生物もまた「竜」であることを知り、S.O.N.G.本部内で弦十郎が驚きの声を上げる。

 

「はい。竜とは言っても、その種類はピンキリ。よみがえっているもののなかでは、あの種類は個体の能力で言えばピン――通常兵装でも十分通用するレベルです。

 しかし、その戦闘能力に反比例して数が多いため、今回の襲撃において偵察と斥候の役割を果たしているのでしょう」

 

 切歌の前に現れた小型の竜についてリリスが説明している間に、モニターに映る状況も変化していく。

 先ほどまでは「竜」という見慣れない生物のみが切歌を追っていたのだが、どこから現れたのか、彼ら彼女らにとっては嫌というほど目にした存在――人類種の天敵がそこに加わっていた。

 

「小型の竜に加え、ノイズの出現も確認しました!」

 

「反応パターンからも、アルカ・ノイズではなく、従来のノイズで間違いないと思われます!」

 

 切歌の前にノイズも出現し、オペレーター二人が報告を挙げる。

 ノイズを視認したことで、今が戦うべき時だと判断したのか、モニターに映っている切歌は既にシンフォギアのペンダントを握りしめ、その身にイガリマの装束を纏うところであった。

 

  ――Zeios igalima raizen tron――

 

 聖詠とともに光が彼女の身体を覆い、ペンダントの中の聖遺物の力が歌によって増幅されて彼女を包み込む。

 光がやんだ時には、切歌の姿は緑を基調としたシンフォギアを身に着けたものとなっていた。そのプロテクターはアダムとの決戦時にリビルドされており、今はもう無きイグナイトモジュールを連想させる厳つさが加わっていた。

 

 敵と戦うためのプロテクターを身に纏った彼女は、イガリマの魂を刈る力が籠められた鎌を手に、因縁の、そして新たな敵へと反撃を開始した。

 

 

 

「デェェェースッ!」

 

 切歌は掛け声とともに、自身へと襲い掛かってくるノイズ数体を、自身の身の丈ほどある鎌で両断した。位相差障壁を中和されて、もろに聖遺物の力による攻撃を受けたノイズは、切断面から黒く変色していき、やがて形を保つことができずに崩れていく。

 

 同類がいとも簡単に消滅したにもかかわらず、今は竜と化している少女の眷属たちは、主から与えられたオーダー――人間を殺す――を実行するため、切歌(ニンゲン)へと無謀な突撃をしていく。

 それに追随するかのように、小型の竜たちも大地を蹴って、その牙と爪を目の前の少女に突き立てようと接近していく。

 

「ハアアアアアー!!」

 

 切歌は、自身の体を軸に回転しながら鎌をふるい、敵の攻撃を防御しながら斬りつける。

 イガリマによる攻撃を受けたノイズはいともたやすく倒され、竜もまた攻撃の衝撃で彼女から少し遠くへ弾き飛ばされた。地面にたたきつけられたのち、立ち上がり体勢を立て直す竜だが、その体には鎌による裂傷が確かにつけられており、傷からは血も流れ出している。

 

「……やっぱり、ちゃんとした生き物みたいデスね」

 

 それを見ながら、ノイズとともに自身に襲い掛かってきた目の前の敵が、明らかな生物であることを切歌は再認識した。

 今までは、装者といった人間と戦ったことこそあるが、彼女にとって命のやり取りをした相手と言えば、ノイズやアルカ・ノイズ、自動人形(オートスコアラー)といった非生物がほとんどであった。ネフィリムのような自律型完全聖遺物でもない、血の通った生物と殺し殺される関係にある今の状況は、切歌に経験したことのない緊張感を持たせていた。

 

 しかし、彼女がそんな緊張感になれない間にも、状況は刻々と変化していく。

 先ほどから攻撃を仕掛けようとしている群れに加えて、ノイズが数十体と、新たな小型の竜――最初の竜とは鱗の色が違ったり、頭にエリマキが生えている個体だったので、亜種や別種だと思われる――が十数体、木の陰などから現れて、切歌への攻撃に加わっていく。

 ノイズと竜、異なる二種類の敵の突撃を、ある時は刃で切り裂き、ある時は鎌で受け流しながら切歌は耐えていたが、敵の数が増えていくにつれ、次第に無理が出てくる。

 

「くっ、このままだと、少し厳しいかもデス……」

 

 そうぼやきながらも、前方から束になって襲い掛かってくる敵の攻撃を、鎌を回転させることで防御する切歌。

 そんな彼女の後ろを、一匹の小型の竜が音もなく近づいていく。そして、ある程度距離が縮まったところで、口を大きく開いて駆け出した。

 

「! しま――」

 

 切歌が後ろからの不意打ちに気付くも、時すでに遅し。竜の牙は、無防備な彼女の背中へと突き立てられようとした――

 

 

 

「させない――!」」

 

 

 

 ――α式 百輪廻――

 

 しかし、真横から小型の円形鋸が大量に飛んできて衝突したため、切歌に牙を向けた竜は、ノコギリに切り裂かれながらも衝撃で空中に投げ出された。

 切歌を竜の攻撃から護った人物は、いうまでもなく彼女である。

 

「調! 来てくれたデスか!」

 

「切ちゃん大丈夫!? 間に合ってよかった!」

 

 自分を助けてくれた調の方を見て、先ほどまで厳しい表情をしていた切歌も顔をほころばせた。

 先ほどまで敵に囲まれていた彼女を心配しながら近づいていた調だったが、言葉を交わすことなく二人は自然に背中を預け合い、自分たちを囲む竜たちを相手にする。

 

「竜だろうがノイズだろうが、ザババの刃がそろえば――!」

 

「トカゲのしっぽみたいに、たやすく切り裂いてやるのデス!」

 

 その言葉を皮切りに、二人に襲い掛かっていく竜とノイズたち。まだ幼さを残す少女たちは、鎌で切り裂き、ヨーヨーで弾き飛ばし、肩の装甲で突き飛ばし、巨大に展開した鋸で刻みつくし、そのギアから繰り出される多彩な攻撃によって、過去から蘇った敵たちを迎撃した。

 

 切歌と調、この二人のシンフォギア装者が集ったことで、彼女たちに攻撃を加えてくるノイズの数は確実に減少していった。また、戦闘不能になるほどの深手を与えられたことで、地面に伏す竜たちの姿も多くなっていった。

 やがてノイズはすべて消し炭にされ、竜たちもほとんどが地に倒れ、立っているものは少しばかりとなっていた。その竜たちも、互いに顔を向けた後、まるで逃げ去るように彼女たちのもとから離れていった。

 

「とりあえずは……」

 

「なんとかなったみたいデス!」

 

 目線だけで相手を見ながら、その顔に笑みを浮かべる二人。敵の第一陣との戦闘は、ザババの刃によって勝利に終わったことがよく分かる光景であった。

 

 

 

「切歌ちゃん、調ちゃん、すべてのノイズを殲滅しました!」

 

「また、小型の竜も97%を無力化、および3%を撤退させたことを確認しました!」

 

 未知の敵――それも、恐るべき力を持った少女Vと大きく関わる「竜」という存在相手にシンフォギア装者たちが善戦し、そして撃退したことは、S.O.N.G.本部の面々に少なくない歓喜をもたらした。

 

「本番はここからとはいえ、まずは機先を制することができたのは幸先がいい」

 

「そうですね。圧倒的な力を持つ少女Vの存在により無意識に抱いていた『竜』への不安が、自分たちの力が通じたことである程度取り除かれたのではないかと思われます」

 

 弦十郎の言葉に、戦闘の結果が装者のメンタルという点で状況を少し良くしたことを認識したリリスが答えた。

 

「先ほどの襲撃にて、少女V及び『竜』の狙いがこの場所にあることが確定した。

 切歌君と調君は一度待機から外れ、十分な休息をとってくれ。他の装者は、次の襲撃に備えて引き続き警戒態勢を維持してくれ」

 

『了解(デス)!』

 

 

 

「切歌ちゃん、無事でよかった~!」

 

 切歌たちと竜の戦闘があった場所から少し離れた陸続きの地。そこで待機していた響は、学校の後輩であると同時に肩を並べて戦う仲間の身に大事がなかったことを喜んでいた。

 

(でも、あの生き物がここに来たってことは、リリスさんの言っていたことが当たっていたってことだよね……)

 

 ――それはつまり、少女Vもまた、ここに来る可能性が高いということ。

 その結論に思い至ったことで、仲間の無事に安堵を覚えていた響の心に、影が差していく。

 

 ノイズによって大量殺戮を繰り返したとしても、彼女はまだ少女Vと分かりあうことを諦めたくないと思っている。

 しかし、いざ向かい合う時が来るとなると、なぜか不安が心の中から湧いて出てきたのだ。

 

(止めるために、拳をふるうことが怖いんじゃない……。なんだかよく分からないけど、あの子と会うのが凄く怖いんだ……)

 

 今度こそ話し合い、分かりあいたい。そうすれば、きっと同じ人間を殺すことなんて止めてくれる。

 そう思っていたのに、今になって恐怖を感じている。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知ってしまったかのように。

 

「……だとしても、」

 

悪い方向に思考をめぐらしてしまいそうになった響は、不退転の言葉を口にすることで、ぐっと心を引き締める。

 揺らいでいる心で向き合えるほど、ノイズの少女が甘い相手ではないと知っているからだ。

 

「私は絶対に、手を繋ぐことを諦めたりはしな――!?」

 

 決意を口にすることで覚悟を固めようとする響だったが、その言葉を言い切る前に、自分の足元の地面から眩しいほどの光があふれ出てきたことで、その身を硬直させた。

 

 その直後、響の体を雷に打たれたかのような衝撃とダメージが襲った。光りを放っていた地面から、響の体を呑み込みながら天へと凄まじい電撃が立ち昇ったのだ。

 

「うわあああぁぁぁ!!」

 

 突然の、そして予想外のことではありながら、決して少なくはないダメージを受け、思わず響は悲鳴を上げる。

 電撃が止まった途端、響は両の足で立っていることができず、ギアの各部から青い残留電気を発しながら、片膝をつくことになった。

 

「ぅ……一体、何が……?」

 

 気を抜いていたとはいえ、周りに敵の姿が見えないにもかかわらず、本人にとっては余りにも急な攻撃を受けたために、電撃――いや、まさに雷と呼ぶにふさわしいほどの威力を持つ攻撃によるダメージから回復した響は、辺りを見回す。

 そして、数十メートル離れた高台から、自分を見下ろす4つの目があることに気付いた。

 

「! あれは――」

 

 その視線の持ち主も、また「竜」であった。しかも、二体とも偵察のための小型とは違い、竜の中でも確実に「上位」に入るほどの戦闘能力を持つ個体たちであった。

 片方は、鱗と体毛で体を覆い、鋭く飛び出た爪と重量感のある二本の角を持ち、体の至る所から蒼い電気を発する四足歩行の個体。もう片方は、すりこぎのような形状をした両腕と一本ツノを持ち、その先端が緑色の「ナニカ」に覆われている二足歩行の個体。

 そのどちらも、響を敵として見る目で視線を向けていた。

 

「まさか、あれも――」

 

 二体の竜が、高台から跳躍し、響に向かって襲い掛かってきた。それは、人間と竜の戦いの、本番の始まりだった。

 

 

 

『響ちゃんが、新たな竜とエンゲージ! 戦闘を開始しました!』

 

「なんデスと!?」

 

 小型の竜やノイズとの戦闘を終わらせて、その場で少しのあいだ体を休めていた切歌と調だったが、本部から聞こえてきた通信に、そうもいっていられなくなったことを感じ取る。

 

『さらに、翼さんとクリスちゃんも敵性体を確認! どれも、先ほど切歌ちゃんたちが戦った個体を遥かに上回るエネルギーを保有しています!』

 

『まずい……響ちゃんのところだけ2体もいる! 不意打ちで受けたダメージも、かなりきつそうだ!』

 

『響くんは、敵の目標地点と思わしきポイントに二体の竜が向かわない程度に、牽制することだけに集中するんだ! 決して無茶はするな!』

 

 本部からの通信から、少なくとも3か所で竜との戦闘が始まっていることが分かる。そのなかでも、響はかなり危険な状況にあるらしいことも。

 

「調! 今すぐ響さんを援護しにいくデス!」

 

「うん! 切ちゃん!」

 

『待て! その辺りもまた襲撃される可能性がある! 響君の援護には調君が――』

 

『調ちゃんと切歌ちゃんの付近に、新たな敵性反応が――!』

 

 弦十郎の指示を遮るように挙げられた友里の報告。それが事実であることを示すかのように、人の大きさほどある火の玉が上の方から彼女たちを襲ってきた。

 

「! 切ちゃん!」

 

 それにいち早く気づいた調が、それ以上の大きさに鋸を展開して防ぐ。しかし、そんな彼女のスキを突くかのように、背後からも火球が向かってきて、調に衝突し炸裂する。

 

「きゃあああ!」

 

「調えぇぇ!!」

 

 風圧によって吹き飛び、地面に倒れる調。無防備になってしまった彼女を守るために、すぐに切歌が彼女のもとに駆け付け、大切な人を背にかばいながら、火球の下手人を見つけ出そうと鋭い目で辺りを見渡す。

 

 そして切歌は、上空を羽ばたきながら同じ場所にとどまり、こちらに目を向けてくる二体の竜を発見した。

 どちらの個体も、大きな翼と二本の足を持ったワイバーンのような姿形をしており、大きな棘の付いた長い尻尾を垂らしながら飛行している。片方の体は金色、もう片方の体は銀色で彩られており、この二体が並んでいる姿は月と太陽をイメージさせるかもしれない。口からは、火球を吐き出した名残なのか、黒い煙が漏れ出ているのが見えた。

 

「さっきの火球は、お前らデスか!」

 

 自分の大切な調を傷つけた敵の姿を視認し、警戒心を抱きながらも、切歌の思考は怒りに染まっていく。そんな彼女を落ち着けるかのように、リリスからの通信が入る。

 

『その二体は、「金火竜」と「銀火竜」です! 火竜と分類される竜の中でも、最上位に位置する種です! 一体一体の能力も厄介ですが、この二体となると連携がうまい分、一人で相手取るのは非常に危険でしょう……。

 イガリマとシュルシャガナなら通用するでしょうが、それも両者が万全の状態でのこと……。ここは一体態勢を立て直すために、一時離脱を――』

 

 リリスからの助言を遮るように、金と銀の火竜が咆哮する。二体の竜の、威圧のために発せられた咆哮は、周りの空気を大きく震わせ、その声量に向けられた切歌の体は一時的に硬直してしまう。

 咆哮を終えた二体は、切歌に向かって滑空し、人間よりもはるかに頑丈で重量のある体で攻撃を仕掛けてくる。

 

「切ちゃん! ダメ……逃げて!」

 

 地面に手をついた態勢で調が悲痛な声で叫ぶも、体が動かない切歌は、調を抱えて攻撃を避けることができず、悔しげな表情で迫ってくる二体を睨みつけることしかできない。

 そして竜の体が、あと数メートルというところまで来たとき――

 

「はあああー!!」

 

 ――真横から、渾身の力でぶん殴られたことで、まず金火竜が横に殴り飛ばされ、その横を並んで飛んでいた銀火竜にぶつかり巻き込む形で、二体の竜は切歌にぶつかることなく吹き飛ぶことになった。

 二体の竜は、なんとか空中で体勢を立て直し、自身に攻撃を加えた人物から距離を取るように離れていく。

 

「――それなりに距離があったから柄にもなく焦ってしまったけど、なんとか間に合ったようで良かったわ」

 

「「マリア!」」

 

 ザババの二人の窮地を救ったのは、彼女たちの家族と言っていい存在であるマリアであった。

 二人の担当場所から比較的近い場所に配置していた彼女は、自分が担当していたところに竜が出てきていないこともあり、急遽こちらの方に応援に来たのだ。

 

 やがて火竜の咆哮を受けたことによる硬直が解け、切歌と調は自分たちを助けてくれたマリアのもとへと駆け付け、彼女と同じように滞空している二匹の竜と対峙するように向き合う。

 

「あれが『竜』ね……。話は聞いていたけれど、さっきの状況を見ると、やっぱり強敵のようね」

 

「ちょっと待つデス! 確かにさっきはちょっぴり危なかったデスけど、あれは不意打ちを喰らっちゃったからデス!

 正面から戦っていれば、調の作ってくれた朝ごはん前デスよ!」

 

「切ちゃん、『朝飯前』だよ。別に私の作ったものじゃなくても……」

 

「それでも、決して油断していい相手じゃないことは重々承知しているでしょ。それに――」

 

 いったん言葉を切って、マリアは火竜たちの方――正確に言うと、火竜たちよりも若干低い高さの場所――を厳しい目で見る。

マリアの様子に疑問を覚えた切歌と調は、彼女と同じところに視線を向ける。その目に映ったものに、思わず彼女たちは目を見開いた。

 

 

「どうやら、今一番会いたいようで、二度と会いたくない子も来たようよ」

 

 

 金の火竜と、銀の火竜。その二匹が陣取る間の真下には、ノイズを操り、竜を蘇らせた、通称「V」と呼ばれる少女の姿をしたものが、音もなく現れていた。

 敵である三人の装者たちを見つけるその目には、人間を殲滅せんとする強い意思が籠められていた――。

 

 




 お読みいただき、ありがとうございました。
 久しぶりの投稿ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 アンケートの結果を確認した結果、「挿絵はあった方がいい」と仰ってくれる方が思った以上にいらっしゃったので、執筆がてら、メリュデの絵を描いてみました。
 読者の皆様のイメージに合うものかどうかは分かりませんが、一応作者のイメージに近いものとして見ていただければと思います。下のおまけの方に載せておきますので、よろしければご覧ください。
 最初に投稿した際は、公開設定にしていなかったので画像が開かれませんでしたが、今は修正したので開くことができます。ご覧になることができなかった方には、申し訳ないことをしてしまいました……。

 次回もよろしくお願い申し上げます。ご感想などがあれば、お書きいただきますようお願いします。



おまけ メリュデ(通常状態)

 
【挿絵表示】


 へたくそですみません……。せめて5頭身になるように描ければよかった……。


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