I made a few mistakes . (おんぐ)
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I made a few mistakes .

ハッフルパフ推しです。でも、ハッフルパフ要素は今回は殆どありません。


 

 

 

 

 

 

 「 ハッフルパフ!!」

 

 ーー僕、やっぱりハッフルパフだった。………劣等生。

 なんでだろう?ダドリーに呪いをかけようだなんて、ちっぽけな事考えたのがいけなかったのかなぁ…。

 

 「ポッター?」

 「はい…すみません…」

 

 うつむいた顔を上げると、4寮の生徒から突き刺さる、目、目、目、目。

 みんな、僕のこと、馬鹿にして笑っているんだ。

 少なくとも、ハッフルパフ生がそんな目を向けるはずはないのだが、今のハリーには、全て同じに見えていた。

 沈む気持ちと一緒に、視界がどんどん狭くなっていく。ハリーはその場から逃げるように、ハッフルパフのテーブルの端を目指して足を進めた。

 

 ロンは、グリフィンドールだった。

 

 

 

 歓迎会も終わり、ハリー達新入生は、上級生によって、寮の各部屋へと案内された。

 ハリーが案内された部屋は、一番端っこにあるドアの、ベッドが2つ置かれている部屋だった。

 上級生にもう1人が来るまで待つように指示を受けてから、30分経った。しかし、未だ部屋にはハリー1人だけ。

 ‎もう、樽底のような戸に何度目をやっただろうか。幸せなベッドの感触も楽しみ終えたし、荷物も整理した。戸の向こうからは、ワイワイと騒がしい声が聞こえてくる。

 元は4人部屋だったのだろう、2人部屋にしては広い部屋に1人でいるからか、ハリーは心細くなっていた。

 誰と同室になるのかと、不安も増す。いったい、誰だろう⎯⎯まさかね。

 

 そのとき、戸がギィィと音を立てて開いた。

 ふらふらと幽鬼のように部屋に入ってきたのは、元々青白かった肌を真っ青にさせた少年⎯⎯ドラコ・マルフォイだった。

 

 

 

 

 ■

 

 

  「ハッフルパフ!!」

 

 ドラコはいったい何が起きたのかわからなかった。

 組み分け帽子はまだ被っているとも言えない状態⎯⎯生地が頭に触れたところで、組み分け帽子が叫んだのだ。

 パサリ。

 ‎呆然としたドラコの手から、組み分け帽子が零れ落ちた。

 

 

 ドラコの姓、マルフォイは、”間違いなく純血の血筋”と認定された、イギリスの魔法族の中でも由緒ある一族の名である。そしてこの一族は代々スリザリンの家系で⎯⎯ハッフルパフなど到底ありえないのだ。

 

 ドラコの名前を読み上げた教授、マルゴナガルも流石に疑問に思ったのか、床に落ちた組み分け帽子を拾い上げて、固まっているドラコの頭にスッポリと被せた。

 しかし結果は「ハッフルパフ!!」変わらなかった。

 

 組み分け帽子の声で、我に返ったドラコは、勢いよく立ち上がる。

 僕がスリザリンじゃない?ありえない!!それも、ハッフルパフだなんて、こんな…おかしい…!父上、父上に連絡をーー

 ドラコは抗議の声を上げようとした。

 しかし、できなかった。シンとした広間に響く、侮辱する声、嘲笑を聞いてしまったからだ。

 

 それは、スリザリンの席からだった。

 

 ーー純血って本当なの?

 ーー拾い子さ、きっと。だってハッフルパフだぜ

 ーーあいつ、家から捨てられるな

 

 思ってもみなかった、心無い言葉が、ドラコの心を抉る。

 両親に捨てられることを実際に想像した。そして、すぐに耐えきれなくなった。

 ‎ドラコは、広間を飛び出した。

 

 むやみやたらに走り回って、体力が切れた頃にたどり着いたトイレの片隅。そこで、ドラコはくしゃくしゃになって、涙を流した。もう既に、怒りの感情はなかった。あるのは、両親に見捨てられるかもしれないという、恐怖だけだった。

 ‎少年の嗚咽は、連れ戻しに来たスネイプ教授に発見されるまで続いた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 「あの…大丈夫?」

 

 ハリーが知る限りの、偉そうで嫌味なドラコとは、打って変わった弱々しい姿。何だか見てはいけない気がして、ハリーは目を逸らしながら声をかけた。

 

 「ッ……ポッター…」

 

 そこで初めてハリーに気づいたのか、ドラコは目を見開いてハリーを見つめた。そして直ぐさま、隠すように顔を背けた。

 

 「……」「……」

 

 以前の邂逅で、こいつとはもう合わないと互いに思った2人だ。そして、周りに、重たい空気が発生する。

 

 「ポッター……きみ、ハッフルパフか。てっきり赤毛のウィーズリーとでも一緒にグリフィンドールにでもいくと思ってたよ」

 

 明らかに、皮肉を含ませたそのセリフ。しかしハリーも、苦々しい顔になりながらも、言い返す。

 

 「そういうマルフォイもね。スリザリンにいくんじゃなかったの?」

 

 「…」「…」

 

 にらみ合いが続く。しかしどちらの瞳も弱々しく揺れていた。

 それぞれ、思い浮かべる。

 ドラコは、スリザリンの面々の顔。冷たく突き放す両親を想像して…。

 ‎ハリーは、少なくない失望の顔を。ハリーがハッフルパフに決まった時の、ロンのホッと安心したような顔。ホグワーツに来るまでの、蔑まれていた日々を思い出して…。

 

 「う、ウワァァ……」

 

 崩れ落ちたのは、ドラコだった。突然のことに、ハリーは我に返って目を丸くさせた。

 

 「やっぱり…もうおしまいだぁ」

 

 そこから暫くの間、ドラコの嗚咽は止まなかった。

 ‎ハリーも黙って立ち竦んでいた。

 

 

 

 「ヒッグ…ヒック…」

 

 全て吐き出したのか、あとはしゃっくりを上げるだけのドラコ。そこにハリーは、ぶっきらぼうに、そして早口で捲し立てた。

 

 「僕、最近まで魔法のことなんかこれっぽっちも知らなかったから、ハッキリとはわからないけど、君が両親に捨てられるなんてことないと思うよ。他の、スリザリンの奴らは知らないけど」

 

 しゃっくりに混ざって、小声で「なんで」と返ってくる。

 

 「だって君、ダドリーと似てるから。きっと、両親に愛されてるよ。バーノン叔父さん達がダドリーを捨てるなんてあり得ないし」

 

 また、しゃっくりに混じって「だれだ」と返ってくる。

 

 「僕のマグルの従兄弟の嫌なやつ」

 「いっしょにするな‼」

 

 今度は大声で、すぐさま返ってきた。

 ハリーはそれを無視して、ふと思い出したように、寂しそうな声で続ける。

 

 「僕、そこでは召し使いなんだ。余計なことなんてすれば、物置に閉じ込められるし、何日も食事抜き。そんなことされたことないだろう?…ちょっとベーコン焦がしただけでも駄目だった」

 

 「…」

 

 「魔法が使えることを知ってたら、いっぱい呪いをかけてやったのに。…でも、駄目みたいだよ。この前どうやってダドリーに呪いをかけようか調べもしたけど、マグルの世界では魔法を使っちゃだめだって」

 

 「……」

 

 まるで屋敷しもべじゃないかと、ドラコは思った。ハリーに同情の視線を送った。そして、ぼそりと言う。

 

 「…やっぱり、マグルってどうしようもないな」

 「僕、君がダドリーに似てるって言ったんだけど。……ハッフルパフって、マグル育ちの生徒が他よりも多いみたいだよ。それに、僕だってマグル育ちだ」

 「君は…混血だ」

 「混血?」

 「君の父が純血の魔法族で、母親がマグル生まれだったからだ。…知らないのか?」

 

 ハリーは少し躊躇って……諦めたように話した。

 

 「…うん。僕、ついこの間まで、両親は自動車…マグルの車で事故にあって死んだって聞いてたんだ」

 

 ドラコは呆れた。魔法界で英雄ともてはやされていたのが、これかと。そして、少なくない同情心が沸いた。

 

 「……」「……」

 

 「その…さ、魔法界のこと聞いてもいい?」

 「え、あ…うん」

 

 「あと、その、列車ではごめん。これからよろしく」

 

 顔を背けて、ハリーはおずおずと手を差し出した。今は、ドラコのことをそれほど嫌な奴には思っていなかった。

 

 「……」

 

 反応がないドラコに、ハリーは不安になって目線を上げる。

 ‎ドラコは固まって、ハリーの手をじっと見ていた。そして、小さく口を開いた。

 

 「ウィーズリーはいいのか」

 

 「あーうん…」

 

 思い起こされるのは、ドラコがハッフルパフに決まった時の、ロンの笑い声。きっと、ロンは今ではハリーのことも笑っているのだろう。ハリーはそう考えた。

 

 「あのときは、ロンが先に君の名前を笑っていたし…僕は、かっこよくていいと思うよ、君の名前」

 

 「…そうか」

 

 答えになっていなかった気もするが、ドラコは気にしなかった。

 ‎ドラコは顔を背けて、ハリーの手を軽く握った。

 ‎ハリーも何だか照れ臭くなって、顔を横にそらした。

 

 「よろしく、マルフォイ」

 

 「…よろしく、ポッター」

 

 

 

 

 

 

 

 手を取り合ったその日、ハリーとドラコは魔法界について⎯途中からはクィディッチの話ばかりだったが⎯時間も忘れて話し込んだ。

 

 次の日の朝、ハリーはフカフカのベッドの中で、気持ちよく目覚めた。夜中に一度起きた気もするが、あまり覚えていない。ならば、気にすることもないだろうと思ったところで⎯ルームメイトが起きていたことに気がついた。

 

 「マルフォイ…おはよう」

 

 「あっ…おはよう、ポッター」

 

 ハリーは眼鏡をかけて、ベッドから起き上がってから、ぐーと背伸びした。

 

 「教科書…?」

 

 こんな朝早くから勉強しているのかと、ハリーは不思議そうにドラコを見た。

 

 「すぐに授業は始まるからね。それに…考えたんだ。どうすれば連中を見返せるかってね。ホグワーツには学期末にテストがあるんだ。僕は、そこでトップの成績をとる。…そのためさ」

 

 「そうなんだ…。僕も頑張らないと…一緒にやってもいいかな」

 

 自信なくハリーは言う。不安になったのだ。ビリになるかもしれない。

 

 「それは君の自由だ。…でも、力になってやってもいいよ」

 

 ドラコはそう言って、教科書に目を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 「あー今日、魔法薬の授業かぁ…」

 「最初があれだったから…予習で足りるかどうか…」

 

 大広間で朝食をとりながら、ハリーはどんよりとした雰囲気でぼやいていた。ドラコも垂らした前髪を肘をついた手でかきあげて、暗い雰囲気を身に纏いながら、ぶつぶつと呟いている。

 両隣と前の席には、誰も座っていなかった。入学してから一週間ほどで、ハリーとドラコはハッフルパフの生徒の中で……いや、ホグワーツの中でも若干浮いた存在になっていた。

 理由としては、ドラコはまずその境遇から、奇異の目で見ても近寄っていくものはいなかった。そしてハリーはというと、グリフィンドールとの合同授業の際、ロンのドラコを冷やかす声から、かばったことが決定的だった。その出来事はすぐに知れ渡り、以来、ハリーとドラコはセットで見られるようになっていた。

 ドラコはもはや、全く周りを視界に入れていなかった。

 ‎始め、ハリーには同じ寮生と交流を持ちたい気持ちはあったのだ。でも、きっかけも掴めないし、1人じゃないからまぁいいやと納得し始めていた。

 

 スリザリンしか出ないはずの名家から出た、スリザリン気質のハッフルパフ生。そして、その悪目立ちしている生徒と2人部屋でいつも行動を共にしている魔法界の英雄のハッフルパフ生。

 ハッフルパフ生はもちろん、他寮の生徒でも、進んで‎関わろうとするものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 就寝前、ハリーは、午後にハグリッドの小屋にいったときのことをドラコに話していた。

 ‎ファングという、巨大な犬がいること、小屋の中の様子など話すハリーに、ドラコはつまらなさそうにしていたが、時おり相槌を打ちながら黙って聞いていた。

 

 「それでさ………重要なことあったんだ、忘れてた」

 ‎「…なんだよ」

 

 ドラコはもう眠たそうに、聞いた。

 

 「気になる新聞の記事を見たんだ…グリンゴッツに強盗が入ったこと知ってる?」

 「新聞で見た」

 ‎「あれさ、何も盗られてなかったんだって」

 ‎「…それで?」

 

 興味が沸いたのか、ドラコの声が弾む。

 

 「正確には、強盗が入ったときには、もう目当てのものが残っていなかったんだ。金庫が荒らされただけだった」

 「犯人は捕まってないのか?」

 ‎「あ、うん。まだ捜査してるって書いてた。それよりもさ、実はその日、グリンゴッツでお金引き出したんだ」

 「それがどう……」

 ‎「ハグリッドに連れられて、もう1つの別の金庫にも行ったんだ。でも、そこにあったのは、小さな包み1つだけ。ハグリッドはそれを回収したから、もうその金庫には、何も残っていなかったんだ」

 ‎「……」

 「だからさ⎯⎯」

 「待った。お、おしまいだ明日にしよう、もう遅いから…おやすみッ」

 

 捲し立てるように一息で言い切って毛布をすっぽりと被ってしまったドラコに、ハリーは目を丸くした。

 ‎しかし、確かに話に付き合わせすぎたとハリーはちょっと反省した。すぐに寝る準備をした。

 

 

 

 

 ■

 

 

 今日はレイブンクローと合同で、初の飛行訓練の日だ。

 ‎マダム・フーチが説明をする中、ハリーはドラコと小声で話していた。

 

 「何だか…古い?」

 ‎「とんだ骨董品だ。僕が持っている箒は誕生日に父上が買って……いや、なんでもない。とにかく飛べることは飛べるだろうさ」

 

 歪ませた口で、皮肉げにドラコは言った。そんなドラコの様子から、ハリーは何か言わなければと口をモゴモゴとさせたところ⎯

 

 「ほら‼そこ‼右手を箒の前に出して‼」

 

 マダム・フーチの叱咤が飛んできた。周りの生徒は既に、指示に従って右手を上げている。ドラコもいつのまにか上げていた。

 

 「ほら」

 ‎「うん…」

 

 ハリーは「上がれ」と箒に向かって言いながら、ある朝のことを思い出していた。その日、ドラコに手紙が届いていたのだ。誰から来たのか、ハリーは気になっていたが、ドラコはすぐにポケットにしまってしまい、聞くタイミングも逃していた。

 ‎そして未だ封の開けられていない手紙が棚にあるのを、ハリーは知っている。

 ‎ドラコは、時おり両親のことを話題に出す。でもいつもすぐに、ばつの悪そうな顔をして誤魔化すのだ。

 

 

 「ポッター」

 

 ドラコの声に、ハリーはハッとなる。

 

 「上がってないぞ」

 

 「…えっあ、あがれ!」

 

 箒はスーと上がって、ハリーの手の中におさまった。ハリーがドラコを見ると、彼はつまらなさそうに周りを眺めていた。

 

 

 「では、今日はここまで。ですが、まだ少し時間があるので…そうですね。2人出てきてください」

 

 ザワザワと、生徒達が沸き立つ。しかし、押し付け合う声ばかりで、一向に決まりそうもなかった。

 

 「ポッター行こう」

 ‎「あ、うん」

 

 少しだけ声を弾ませたドラコがドンドン前に進む中、ハリーは後を追った。ドラコの目線の先、マダム・フーチの手には、いつの間にかクアッフルが乗っていた。

 

 

 「いいですか、今から魔法界のスポーツ“クィディッチ”のチェイサーというポジションを、私、マルフォイ、ポッターで簡単に演じます」

 

 ハリーとドラコが説明されたのは、箒で浮いてから円になっての、パス回しだった。

 ‎その説明を受けて、つまらなさそうにしていたドラコが一転、ニヤニヤと口を歪ませたことに、ハリーは気づく。当然いい予感はしない。

 

 何度かパスを回したところで、

 

 「あー手が滑った。すまないポッター」

 

 マルフォイは、そんな棒読みの声でハリーに言った。クアッフルは高く上がり弧を描きながら、、易々とハリーの頭上を越えていく。

 ‎慌ててハリーはクアッフルを追いかける。追って…追って…追いかけて⎯⎯地面すれすれでキャッチ。

 向き直って、‎非難の目でドラコを見れば、彼は驚いたように目を丸くさせていた。そして、それはすぐに笑みへと変わった。

 

 「ポッター投げろよ」

 

 ハリーは手の中にあるクアッフルを見つめる。そうだ、ドラコは手を滑らせただけなのだ。だから、ハリーは向こうまで届かせるために、思いきって投げた。

 

 「ごめーん。手が滑った」

 

 

 

 

 

 その後、時間いっぱいまで手を滑らせていたハリーとドラコは、授業後、マダム・フーチにしっかりと説教を受けることになった。説教を受けながらも、2人ともスッキリとした顔をしていたことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■10月

 

 

 

 

 その日の授業を終えた午後、ハリーは1人で図書館へと向かっていた。

 ‎ほとんど行動を共にしていたドラコは今日はいない。寝不足の日々が続いたためか、熱を出して、保健室送りになっていたのだ。

 ‎熱は既に薬を飲んで下がっていたが、校医であるマダム·ポンフリーによって、今日はもう寮で休むようにとお達しがでている。

 ‎ハリーとしても(本当は少し寂しかったが)異存はなかった。ドラコは、根を詰めすぎていると思っていたのだ。ハリーが寝たあともドラコは勉強している。休日だって、ひたすらに一緒に呪文の練習だ。

 ‎学期末試験だってまだまだ先だ。これで、少しくらい気を緩めてくれればいいなと思っていた。

 

 図書館に着いて中を見回す。いつも通り、ほとんどの席は空いていて、混んではいない。上級生は何人かいるが、同じ1年生はいないようだった。⎯⎯⎯と、いや、いた。入り口からは、陰になっている場所。本棚に挟まれた机の端に座っている、栗色の小柄な後ろ姿をハリーは見つける。

 ‎ハーマイオニー・グレンジャー。彼女はたしか、グリフィンドールに組分けされていたはずだ。列車のコンパーメント以来、会話はしていない。合同授業、もしくはこの図書室で見かけるくらい。

 ‎行動を共にしているマルフォイは、言葉に出すことはないが、それでもマグル出身の生徒を特に苦手としている。ハリーも少し話したことがあるくらいだ。声をかけようと思ったことはなかった。

 ‎机にかじりつく、フサフサとした栗色から目を離して、ハリーは教科書を開いた。

 

 

 

 

 「……ふう」

 

 長く集中していたなぁ。ハリーは一息ついて、ゆっくりと時計を眺めた⎯⎯もうすぐ、夕食の時間だった。

 ‎周りを見ても、もう残っている生徒はほとんどいない。その残っている生徒も、図書館から出る準備をしている。

 ‎今日の夕食は、ドラコと寮で食べるつもりだ。早く行って、さっさと食べる分を確保したほうがいいだろう。

 ‎大広間に向かうべく、席を立ったハリーの目の端に、来たときから変わらずいる、フサフサの栗色が映った。どうやら、彼女もまだ残っていたらしい。

 ‎もう、他に生徒はいない。ハリーは少し迷って⎯声をかけることにした。

 

 「…グレンジャー…さん?」

 「……」

 

 反応がない。余程に集中しているようだ。

 ‎ハリーは、つまずいたことが恥ずかしくなって、思わず周りを見渡した。司書のマダム・ピンスが、呆れた顔でこちらを⎯ハーマイオニーを見ていた。どうやら、今回だけではないらしい。

 ‎だからハリーは、今度はよく聞こえるように、栗色に顔を近づけて言った。

 

 「グレンジャー「ひゃっ」、もう時間…」

 

 栗色がフワッとなって、それから逆立ったように、ハリーには見えた。ネコみたいだと思った。

 

 「え…何」

 「もうすぐ夕食なんだけど…」

 「あっ…ほんと。ありがとう。でも、びっくりしたわ」

 

 ハァーと胸を押さえて息を吐くハーマイオニーに、ハリーは申し訳なくなって、謝罪することにした。

 

 「…ごめん。いきなりだったよね」

 ‎「あ……ううん、大丈夫。ありがとう。えっと…ポッター…?」

 「ハリーでいいよ」

 「あ、うん。ハリー。私もハーマイオニーって呼んで」

 ‎「オーケー」

 ‎

 ‎こほん、と咳払いが聞こえた。マダム・ピンスのものだ。

 

 「じゃあ…大広間に行く?」

 「ええ、そうね」

 

 ハリーとハーマイオニーは、そそくさと、図書館をあとにした。

 

 

 

 

 

 「あなた達って…ハリーとマルフォイってとっても有名よ」

 ‎「ええ……ちなみに、何が?」

 ‎

 ‎ 図書館を出て、ハリーとハーマイオニーは、1階の大広間へと続く階段を降りていた。

 

 「……うーん。皆、面白半分でいろいろ噂しているわ。……聞きたい?」

 ‎「……いや、いいや」

 ‎「うん、そのほうがいいわ。嫌な感じのものも結構あるし、聞かないほうがいいわね」

 ‎「それも聞きたくなかったかなぁ……」

 ‎「あ…ごめんなさい。あ…えっと…2人が来年のクィディッチの選手になるなんて噂も…」

 

 

 その日からハリーは、ハーマイオニーと気軽に話すようになった。用がなくても挨拶は交わすし、グリフィンドールとの合同授業の時は、手を振りあったりする。図書館でも、ハリーが本を探していると、ハーマイオニーがおすすめの本を貸してくれたりするし、その逆もあった。ドラコが自分のことに集中して手が離せない時は、ハーマイオニーに質問することもあった。

 ‎そんなハリーの様子を見ても、ドラコは何も言わなかったし、興味も無さそうだった。顔を露骨にしかめたのも、初めの1回だけだ。しかしだからと言って、ドラコはハーマイオニーに全く関わろうとはしなかった。ハーマイオニーも拒絶の意思を感じたのか、ドラコと関わろうとしなかった。

 ‎そんな環境に、始めは居心地の悪さを感じていたハリーだったが、そのうち気にならなくなり、その空気、距離感にも慣れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ハロウィーンの日

 

 

 ハリーは、夢を見た。始めはすごく暖かくて、安心する夢。男性と女性が2人でハリーのことを、笑顔でみていて、幸せな夢。

 ‎でも、それは、緑の閃光によって⎯⎯⎯⎯⎯⎯

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンの日、10月31日は、ハリーの両親の命日だ。それと同時に、ハリーが魔法界の英雄になった日でもある。

 ‎ハリーは、両親の顔を知らない。知っているのは、2人が魔法使いと魔女であったことだけ。今までも気になってはいたけど、どこか実感がなくて、それまでだった。しかし、両親の命日だからだろうか。今日は、そのことで朝から頭がいっぱいだった。

 ‎午後、足は自然と、初めて両親について教えてくれた⎯⎯ハグリッドの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 「いきなりでごめん、ハグリッド」

 ‎「問題ねえぞ。ちょうど暇してたところだ。ところで、ハリー。話ってのは…」

 ‎「うん、両親のことなんだ…」

 ‎「そう…だよなぁ。今日はジェームズとリリーの命日だもんなぁ。あれから10年も経ってるなんてなぁ……」

 

 ハグリッドはハリーを見て、涙をポロポロと流し始めたと思ったら、何かを後悔するように大泣きを始めてしまった。ハリーは、ハグリッドが落ち着くまで、待つしかなかった。

 

 「す、すまねぇ…何でも聞いてくれ」

 ‎「うん…その…両親のお墓ってどこにあるの。ここの近く?」

 「ああ、それはな……」

 

 ハリーの両親が眠っている場所は、ゴドリックの谷という、ここからは離れた遠い場所にあるらしい。今のハリーには、とうてい1人で行ける場所ではないそうだ。ハリーはがっくりと肩を落とした。

 

 「おれが連れて行ってやれたらいいがなぁ…」

 「ううん、いいよ。大人になったら行くから。教えてくれてありがとう」

 

 それからは、ハリーの両親の学生時代の話になった。ハグリッドは、詳しくは知らなかったが、それでもハリーにとっては全てが素晴らしいものだった。

 ‎しかし、ある話題になった時、ハグリッドの様子がおかしくなった。それは、まさに鬼の形相だった。

 

 「ハグリッド…?」

 「……あ、す、すまねえ。もう過去のことだ。関係なかった」

 ‎「……」

 

 ハリーは、どこか腑に落ちなかったが、ハグリッドの顔が怖かったので、聞かなかった。

 

 「それでな、ジェームズには、3人の親友がいた。リーマス、ピーター、…シリウスだ」

 「その人達って今どこに…?」

 ‎「…ピーターはもうこの世にはいない。……シリウスも、いねえ…」

 ‎「…そうなんだ。じゃあ、リーマスさんは?」

 ‎「もちろん、リーマスは生きちょる。だが、どこにいるかは知らんなぁ…」

 ‎「そう…」

 

 ハリーは手紙のやり取りができるかと期待したため、少し気分が沈んだ。

 

 そこからも、色々と話を聞くことができた。

 ‎ちなみに、ハリーの父親、ジェームズは、学生時代グリフィンドールでチェイサーをしていたらしい。敵なしといったプレーで大活躍だったそうだ。

 ‎話が盛り上がって来た頃、ふと思い出したように、ハグリッドはこんなことを言った。

 

 「スネイプ先生とは、仲が悪かった。……いや、あれはそんなあまっちょろいもんじゃなかったな」

 

 ハリーの容姿は、瞳以外は、父親の生き写しだという。

 ‎ハリーは、スネイプが自分に向ける暗い目の意味が、わかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 夕食どき、‎ハリーはご馳走に胸を膨らませていた。普段は食べられないものも並ぶということで、ドラコも見るからに機嫌が良かった。

 ‎しかし、ハリーの気分は急降下することになる。大広間に入ったところで、耳にした、グリフィンドールの女子生徒の会話が原因だった。

 ‎ハーマイオニーが、ずっとトイレに閉じこもって泣いているらしい。

 ‎何があったのかは、ハリーにはわからない。でもハーマイオニーは、友達だ。しかし、女子トイレだ。いるのが女子トイレではなかったら、直ぐ様会いに行っていただろう。

 ‎ハリーは待ち焦がれたご馳走を見ても、食欲は沸かなかった。

 

 そんなハリーの様子を、怪訝に思ったドラコが気にし始めた時、広間に駆け込んできたクィレル教授によって、トロールの侵入が知らされ、広間は大混乱に陥った。

 

 「マルフォイ、トロールってあの?」

 「…バカでアホの脳なしだ…!」

 ‎「…」

 

 ドラコは顔をひきつらせながら言った。

 ‎ハリーは、酷い言い様だが、だいたいあってるやと納得して、何も言わなかった。そして、ダンブルドアからの指示で、生徒は寮へ帰ることになった。

 

 

 

 

 

 「あ…どうしよう……」

 

 広間から出たところで、ハリーはそっと列から抜け出した。

 

 「おい!ポッター!どうしたんだ、寮に戻るぞ!」

 

 ハリーが抜け出したことに気づいたドラコがあとを追ってきたのだ。ドラコの額には汗が滲んで、髪が張り付いていた。

 

 「マルフォイ…ハーマイオニーがトロールのことを知らない。女子トイレにいるんだ…閉じこもってるって」

 「は……?」

 ‎「知らせにいかないと」

 ‎「おいっ待てっ」

 

 まるで聞く耳を持たずに、走っていくハリー。ドラコは、ハリーと来た道を交互に見て、悲壮感を漂わせながら、ハリーの後を追った。

 

 

 

 

 

 やがて、ハリーはある女子トイレの前にたどり着く。中からは、小さくすすり泣く声が聞こえてくる。しかし、流石に女子トイレに入るのは、抵抗があった。ならばと、外から声をかけようと口を開いたその時。

 ドラコの手が、ハリーの口をふさいだ。

 

 「まずいまずいまずいまずいまずい……」

 ‎「……?」

 

 ドラコが指差した先に、まだ距離はあるが、動くものがあった。そして、それはこちらに向かってきているように見える。

 

 「うぅ…酷い匂いだ……ひとまず、ゆっくり中に入ろう…。…そうだ、ポッター…囮だ“サーペンソーティア”」

 

 「…オーケー。❪向こうにいけ❫」

 

 ハリーの口から出たのは、低く幽かなシューという音だった。

 

 蛇が従ったのを見て、コクンとハリーはドラコに頷いてみせる。そして音を立てないよう、慎重に女子トイレの中に入った。

 

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 トイレの中では、すすり泣く声が響いていた。個室の1つが閉まっていた。

 

 「ハーマイオニー……」

 「……?…ハリー?あなた、ここ女子トイレよ⎯⎯⎯」

 

 ハーマイオニーの、だんだんと大きくなる声を、ハリーは慌てて遮る。

 

 「それどころじゃないんだ……!…ハーマイオニー、ホグワーツにトロールが侵入して、それが今、すぐ外にいるんだ。ゆっくり出てきて……!」

 「…ホグワーツにトロール?そんな「お願いだから、静かに…!」」

 

 突然のことだ。ハーマイオニーは混乱して、状況をよく理解できなかった。しかし、ハリーの真剣な様子は伝わっていた。

 ‎ハーマイオニーは、ゆっくりと音を立てずに、個室から出てきた。

 

 「…ハリー?…マルフォイも?」

 

 緊張した面持ちで、外へのドアに向かって杖を構える二人に、ハーマイオニーは思わず、息を飲む。そこでようやく、どんな状況にいるか理解した。

 

 「……マルフォイ」

 「ぁぁ…近くに……近づいてきてる…」

 

 ドラコは泣きそうな声で答える。

 

 「囮の蛇は?」

 「まだ、消えてはないが…」

 

 そして、それは突然やってきた。

 ドガンッという音と共に、ドアが破壊され、ガラリと倒れていく。

 そこに立っていたのは、蛇を掴んで、こん棒を振りぬいた姿のトロールだった。

 もはや杖を構えることも忘れ、恐怖に押しつぶされたハリーとドラコは、大きく後ずさった。しかし、ハーマイオニーはその場から動けなかった。腰を抜かしてしまって、動けなかったのだ。

  

 トロールがこん棒を振り上げる⎯⎯狙いはどう見ても、ハーマイオニーだった。

 ゆっくりと流れる時間の中、ハリーは必死の形相で、ハーマイオニーに飛びついた。

 何か、何か、何か、何かーー

 

 「プロテゴ!!」

 

 咄嗟に口から出た、本来成功しないはずの呪文。

 

 がきぃぃん

 

 物と物が衝突して、衝撃が空気を震わせる。

 ハリーの杖の先から出た、一見もやにも見える盾は、トロールの頭上から振り下ろされたこん棒を、はじき返していた。

 しかしそれは、ハリーの体を突然襲う酷い脱力感と共に、霞のように消え去ってしまった。

 トロールが再度こん棒を振り上げる。

 

 「プロテゴ…!」

 

 もう、盾は出なかった。それでも…と、ハリーはハーマイオニーを庇う様に、強く抱きしめる。

 そしてついに、それが振り下ろされたその時⎯⎯

 

 「エクスペリアームス…!!」

 

 ハリーの頭の上を、閃光が通り過ぎていった。

 トロールのこん棒が、弾けるように、その手から離れる。

 ボグン

 持ち主の顎に吸い込まれていったそれは、鈍い音を生み出した。

 そして、トロールは、フラフラとなった後、バタンと倒れてしまった。起き上がりはしなかった。

 

 ハリーは後ろの、トイレの壁の方に目を向けた。

 そこには、足をかたかたと震わせ、涙を流しながらも両手で杖を構えたドラコがいた。そして、次の瞬間にはフッと力を失い、白目を剥きながらずるずると崩れ落ちていった。

 

 ハリーも、酷い脱力感に襲われていた。ハーマイオニーを抱きしめていた手が、ストンと落ちる。

 どうにも、もう力が入らない。何日も食事抜きにされた時より、しんどいかも…。

 

 「…ハリー?」

   

 ばたばたと、複数の足音が聞こえてきた。

 

 「ここで何がーー」

 

 そこで、限界がきた。 

 ハリーの意識は、闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐぅー

 

 「う…おなかすいた…」

   

 そして、体が重い。まるで石になったみたいだ。

 ‎ろうそくが淡く灯る、夜の保健室。ハリーはお腹のなる音で目を覚ました。

 

 「ハリー…?起きたの…?」

 

 か細いハーマイオニーの声。仕切りによって見えないが、隣りのベッドにいるようだ。

 

 「ハーマイオニー…ここは?って、君、無事っ⁉」

 「落ち着いて、ここは保健室よ。あと、私は怪我1つないわ……大丈夫よ。…全部、あなたとマルフォイのおかげ。でも、マクゴナガル先生が、今日はここで寝なさいって。…談話室では、ハロウィンパーティーしてるそうだから」

 ‎「あ…そうなんだ。でも…よかった。…マルフォイは?」

 ‎「たぶん、ハリーのとなりに。怪我もないと思う」

 ‎「よかった……トロールやっつけたの、マルフォイだったよね?」

 ‎「ええ、綺麗な武装解除がされてたって先生方は言っていたわ。もちろん、ハリーも。盾の呪文でトロールの一撃を防ぐなんて素晴らしいって。でも、無理をしたから負荷がかかったみたい」

 ‎「えっと…君が説明したの?」

 ‎「うん、全部正直に話したわ。なんであの場にいたのかも」

 ‎「そう…」

 

 ハリーは聞いていいのか分からなかった。ハーマイオニーが何故あの場にいたのか。何故人目を忍んで泣いていたのかを。

 

 「私ね、ひとりぼっちなの」

 「え…?」

 

 ハーマイオニーはサッパリと言った。

 

 「それでね、今日グリフィンドールの生徒から言われたの。皆、私のことを悪夢みたいな奴だって思っているって」

 「そんなこと⎯⎯」

 ‎「ううん、いいの、本当のことなの。自分でもわかってる。だから、友達もできたことなかったの」

 

 ハーマイオニーの弱々しい声を聞いて、ハリーは無償に腹が立ってきた。

 

 「…僕は、そうは思わない。君といる時間は楽しかったし、最高だった。……僕達って、友達だよね…?」

 「ハリー……うん…私もそうだったらいいなって思ってた。でも、私でいいの?…さっきだって、私だけ役に立っていなかったし。怯えているだけだったわ…」

 ‎「うーん…僕もよくわからないけど、そういう損得じゃないんだと思うんだ……たぶん。あ、もちろん役に立ってないなんても思ってないよ!」

 「…」

 

 ハリーは自信がなかった。自分だってついこの間まで友達なんていなかったのだから。

 間をおいて、‎クスリと、小さな笑い声が返ってきた。

 

 「うん、今度は私が助けてみせるわ……まだ寝ているマルフォイにも言っておいてね。ありがとうってお礼も」

 ‎「うん…もちろん」

 ‎

 ‎ハリーは反対側をチラリと見た。

 

 「あとね、マクゴナガル先生が、おかしをもってきて下さって、ここで食べていいって。お腹なっていたし、すいているでしょ?」

 ‎「あー…うん」

 

 ハリーはお腹をさすってみた。

 

 「私、もう寝るね。何もしていないのに、安心したら、眠くなってきちゃった」

 ‎「えっと…おやすみ…ハッピーハロウィーン」

 

 「おやすみなさい、ハッピーハロウィーン」

 

 

 

 

 

 

 隣から聞こえ始めた、規則正しい微かな寝息を耳にして、ハリーは反対の仕切りの方を向いた。

 

 「マルフォイ、ありがとうだって」

 「…うるさいぞポッター」

 

 やはり起きていたのか、不機嫌そうな声が返ってきた。

 

 「ぐぅーってお腹鳴らしたの、あれ僕じゃなかったからさ」

 ‎「…」

 ‎「さっきは、ありがとう。君がいなかったら、たぶん、もう終わってた」

 ‎「…まぐれだ、あんなの。…ごめん、恐ろしくて、すぐに動けなかった」

 ‎「そんなことない。君は命の恩人だよ。あの武装解除呪文は本当に最高だった」

 ‎「…ポッターの盾の呪文も、素晴らしかったよ。あの一撃を防いだんだ」

 ‎「……」

 ‎「……」

 

 お互いに照れ臭くなって、2人は黙りこくった。

 

 「でも、なんで成功したんだろう。今まであそこまで成功したことなかったのに」

 ‎「それは僕も同じだ。……あるとすれば、火事場の馬鹿力ってものかもね」

 「そうかな」

 ‎「そうだろう」

 

 「マルフォイ、ハーマイオニーのことだけどーー」

 「僕は、マグルと仲良くするつもりはない」

 ‎「…そう」

 ‎「グレンジャーは……認めがたいが、頭はいい。トップを目指している僕にとっては……敵なんだ」

 ‎「へぇー…ライバル?」

 ‎「違う、敵だ。だからそもそも仲良くなんてできるはずもない」

 ‎「…そうかもね」

 

 ハリーは、嬉しそうに言った。

 

 

 

 

 ぐぅー

 

 「今のは君の音だぞ、ポッター」

 「…わかってるよ。おかし食べようマルフォイ」

 

 「「ハッピーハロウィーン」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ■11月

 

 

 魔法族では、知らない者はいないといえるスポーツ⎯⎯クィディッチのシーズンがホグワーツで始まった。

 ‎図書館に、こもりっきりのハリーとドラコも、この日ばかりは、期待に胸を膨らませて、競技場へと赴いていた。対戦カードは、スリザリンとグリフィンドールだった。

 

 この2人、帰属心というか、特別、愛寮心というものを持っていなかった。

 ‎そもそも、お互いを除けば、自寮の生徒との会話など、ないに等しいのだ。奇異の目に晒される談話室に行くこともない。寮にいるときは、2人部屋にしては広いスペースで呪文の練習をしたり、寝るだけだった。連帯感など、生まれやしなかった。

 ‎四六時中共に行動している訳ではないが、ほとんど一緒だ。

 ‎だが、最近はそこに⎯⎯「ハリー!…マルフォイも、こっちよ」

 

 「やあ、ハーマイオニー」「…ああ」

 

 1人加わっていた。

 ‎笑顔でパタパタと手を振るハーマイオニーと、露骨につまらなさそうな顔をするも、挨拶は返すドラコ。

 ‎ハリーは何だかそれがおかしくて、次に嬉しくなって、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 三人の周りには、他に人はいなかった。空いていることもあるが、理由はお察しなところ。明らかに避けられているが、しかし誰も気にしてはいなかった。

 ‎むしろ広々としていいーー

 

 「あれ、スニッチ?」

 ‎「…どこだ?」

 ‎「あそこ」

 

 ハリーが指を指した先には、小さな、金色に光るものが浮かんでいた。

 両チームのシーカーもそれに気づいたようで、競り合い始めた。

 

 「なぁポッター…、あのブラッジャーこっちにきてないか…」

 ‎「…え」

 ‎「本当だわ!こっちに…」

 

 選手も、観客も皆スニッチの行方に目を奪われるなか、ブラッジャーの1つが、猛スピードでハリー達の場所に突っ込もうとしていた。

 ‎しかし、ハリーは突然のことで少々焦りはしたが、トロールの経験があったからか、取り乱すことはなかった。

 ‎トロール戦後、もう幾度も練習を重ねたその呪文の言葉を紡ぐ。

 

 「プロテゴ」

 

 ハリーの杖の先から、光が放出され、盾を形成する。

 ‎

 ‎ハリーはトロール戦の後、短期間で盾の呪文を習得していた。本来ならば1年生には使えるはずのない呪文も、一度不完全ながらも作り出し、体が感覚を覚えていたからだろうか、習得は容易とまで言えた。ドラコも同様に、盾の呪文と比べると難易度は下がるが、武装解除呪文を完全にマスターしていた。

 ‎といっても、他の呪文まではそう楽にはいかなかったが。

 

 

 ブラッジャーが迫る。

 ‎しかし、盾にぶつかると思われたその時、急にブラッジャーがピタリと止まり、フィールドへと戻っていった。

 

 「何だったんだ…?」

 

 ハリーが若干ひきつりつつも、おどけて笑ってみせる。ドラコとハーマイオニーも、つられるようにぎこちなく笑った。

 ‎3人とも、ホッとして気を緩めていた。だから、気がつかなかった。

 ‎⎯⎯頭上の高い位置から急降下してくるブラッジャーの存在に。そのスピードは、いつもの比ではなかった。

 

 「ーーえ?」

 

 気配を感じたハリーが上を見たときにはもう⎯⎯

 

 「エバネスコーー!‼」

 

 ‎ブラッジャーが消える。

 消失呪文を‎唱えたその低い声は、競技場に響き渡っていた。

 ‎そして、ブワッと、突風がハリー達を襲う。髪が、持っていかれる。風がやんだ頃、ハーマイオニーの髪はタンポポの綿毛のようになっていた。

 

 『こ、これは、何が起こったのでしょう‼今のは…消失呪文?……え⁉……えーなんと、観客席にブラッジャーが…ああっ、うそだっちくしょうっ…スニッチをスリザリンのシーカーが手にしました……』

 

 

 

 

 

 

 「一瞬心臓止まってた。絶対寿命縮んだ」

 ‎「僕は、もう死んだと思ったね」

 ‎「私は、杖を構えたスネイプの後ろに神々しい光が見えたわ」

 

 ハリーは放心状態にあった。ドラコもハーマイオニーも同様で、遠い目をして、ベンチに力なく腰かけている。

 

 「マルフォイ、クィディッチって思ったよりずっと危険だ」

 ‎「…いや、危険なのは確かだけど……あれは例外だ」

 ‎「でも私、レフェリーが試合中に突然消えちゃって、サハラ砂漠で見つかったって本で見たわ」

 「……」「……」

 

 「「スネイプ先生に、お礼言いにいこう」」

 

 ハリーとドラコはブルッと身を震わせて、声を揃えて言った。

 

 

 その後、ハリー達はスネイプにお礼を言うために地下室へと赴いた。これでもかと言うくらいお礼を言ったが、ぞんざいに扱われて、直ぐに追い出された。

 

 

 

 

 大広間での夕食時、ハリーはふと疑問に思ったことをドラコに尋ねた。

 

 「昼のあれさ、最初のブラッジャーもスネイプが逸らしてくれたのかな」

 ‎「…ん?…ごくん。そうかもね、随分と不自然な動きだったからね」

 ‎「ねえ、あれまさか最初から僕を狙ってたってことは…」

 ‎「いや、まさか……ありえるかも…でも、誰が…?」

 「僕、1人浮かんだよ。見てると傷が疼くんだ」

 ‎「ああ、そう…(何言ってるんだこいつ)」

 

 

 

 

 

 

 

 ■12月

 

 

 授業を受け、宿題をこなし、図書館で勉強。休日はクィディッチの観戦や、呪文の練習。心に小さなしこりを残しつつも、ハリーの学校生活の毎日は、順調に過ぎていった。 ‎

 

 今は、クリスマス休暇。学校内はどこも閑散としている。いつも賑わっていたハッフルパフの談話室に人がいないのは、ハリーにとって新鮮な光景だった。ゆっくりと暖炉の側でドラコと語りあうクィディッチ談義(ハリーは殆ど聞く側)は、部屋での会話とは、どこか違って、ハリーは楽しい時間を過ごせていた。

 ‎そして、クリスマスの朝。ハリーの元へ届いたプレゼントはーー

 

 「マルフォイ、これ手触り最高だけど、何でできているんだろう?」

 

 母親から届いたプレゼントに未だ感動しているドラコに、ハリーは尋ねた。

 ‎ドラコが貰ったものは、手が疲れにくい羽ペンという、中々の優れものだそうだ。先程までは、父親からプレゼントがきていなかったことに、口には出さなかったがショックを受けていた。しかし、どうやらもう立ち直ったらしい。使い心地を確かめながら、ニマニマしていた。

 

 「ん?…うわぁっ!‼ポッターお前っ」

 

 ドラコが顔を真っ青にさせて、ひっくり返った。

 

 「え、何その反応…?…うわっ何これ…」

 

 ハリーは気づいた。マントで覆った体が透明になって、下が透けてみえていたのだ。ドラコの視点では、首だけが浮いて見えているのだろう。

 

 「……あ、なんだ透明マントか」

 

 ドラコが身体をビクビクとさせつつも、拍子抜けした声で呟いた。ドラコの家にも、1着あるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 「ボッター…?どこに行くんだ?」

 

 ハリーは、びくりと肩を揺らした。

 

 

 クリスマスの一段と豪華な食事を終え、いいクリスマスだったとベッドに入った後。ハリーは透明マントでホグワーツを散策しようと思い立ち、部屋を抜け出すところだった。しかし、物音を立ててしまったのだろうか、ドラコが起きてしまっのだ。

 

 「えっと、散歩に行こうと…マルフォイも行く?」

 

 ハリーとしては、1人で行くつもりだったのだが、ドラコに悪い気がして、誘うことにした。

 

 「…行く」

 

 ドラコはぴょんとベッドから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 「それでポッター。どこに行くかは決めているのか?」

 

 ハッフルパフ寮から抜け出し、廊下に出たところで、思い出したようにドラコがハリーに尋ねた。

 

 「ああ、うん。禁じられた本棚に行こうと思ったんだけど、それだと図書館と近くて、いつもと変わらないよね」

 「じゃあ、どこに?」

 ‎「…4階の右側の廊下って、今立ち入り禁止だよね。マントで姿隠せるし、少し覗いてみない?」

 「…いや、でも危険なんじゃないか?」

 ‎「うーん…じゃあ、やめる?」

 

 少し挑発的にも聞こえるハリーのセリフに、臆病と言われているようで、ドラコはムッとした。

 

 「行くさ。僕も気になってたんだ」

 

 

 

 

 

 

 クリスマスの夜だからだろうか、見回りに見つかることもなく、ハリーとドラコは目的の廊下までたどり着き、突き当たりにあるドアの前にいた。

 ‎ハリーがそっとドアを押してみたが、びくともしない。

 

 「鍵がかかってる。マルフォイ、あの呪文使えたよね」

 「…仕方ないな“アロホモラ”」

 

 鍵が開く音がして、ドアが少しだけ開いた。

 

 「よし、入ってみよう」

 

 静かにドアを押して、中に滑り込む⎯⎯部屋の中は、真っ暗だった。ブオーと風が吹いて、ハリーとドラコの顔にかかる。 

 

 「ルーモス」

 

 ハリーが杖の先に、明かりを灯した。マントの中で、灯りが広がる。じんわりと視界が開けていったその時、ドラコがハリーの服を引っ張った。

 ‎何?とハリーがドラコの顔を見ると、彼は口を固く閉じて⎯⎯前を凝視していた。ハリーもつられて⎯⎯

 

 「…‼ぅ」

 

 叫び声を上げそうになったハリーの口を、咄嗟にドラコが手で塞いだ。

 ‎目の先にいたのは、3つの頭が生えた、顔だけでハリーの背丈ほどもある、巨大な犬だった。

 ‎幸い、2つの頭は眠っているようで、もう1つの頭も目が半開きだった。しかし、匂いを嗅ぎとっているようで、鼻がスンスンと動いている。

 ‎戻ろう⎯⎯ドラコがジェスチャーで、ハリーに訴えてくる。勿論ハリーは賛成した。

 ‎慎重に出ていく間、見つかってしまうのではないかと、気が気ではなかった。去り際、ハリーは気づいた。3頭犬の足元には、扉がついていた。

 

 

 

 ハリーとドラコの緊張が溶けたのは、寮の部屋に戻って、自分のベッドに飛び込んで暫くしてからだった。そして、2人は恐る恐る話し出した。

 

 「知ってた?あんな恐ろしいものがホグワーツにいるなんて……」

 ‎「僕も信じられない。それと、見たか?ポッター…」

 

 ハリーには、ドラコが何を言っているのか、直ぐにわかった。ハリーの頭から離れていなかったことだ。

 

 「3頭犬の下に、扉」

 ‎「ああ、その中に何かあるんだろうね」

 

 

 

 

 次の日、朝食を食べ終えてから直ぐに、ハリーはドラコと図書館向かい、昨夜見た3頭犬について調べていた。宿題もあったが、今はそれよりも優先すべきことだった。

 分かれて探しはじめてから1時間ほどたったころ。

 

 「マルフォイ、これ」

 「これ、マグルの本じゃないか…」

 「うーん、でもさマダム・ピンスがこれを薦めてくれて…それに、このケルベロスって…」

 

 その本には、気になることが書いてあった。

 ‎曰く、3つの頭は交代で寝るが、音楽を聴くと、全ての頭が眠ってしまう。

 

 「これ、本当か?胡散臭いじゃないか」

 「でも、試してみない?」

 ‎「え、また…行くのか?」

 ‎「うん、行くなら生徒がいない今だと思う」

 

 ハリーは少し退屈していたのだ。ホグワーツに来てからというもの、勉強続きだ。勉強も嫌いなわけではないが、やはりクィディッチという心引かれるものを知って、それができないことに、ストレスが溜まっていた。それに、今はクリスマス休暇。少しくらいハメを外してもバチは当たらないはずだ。

 

 「まあ、いいけど…少しだけだぞ」

 ‎「そうこなくちゃ」

 

 何だかんだも、ドラコも発散の場を求めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 午後、ハリーはハグリッドの小屋にいた。ドラコはハグリッドを毛嫌いしているため、ハリーは1人だ。おそらく、何時ものように図書館にいるのだろう。

 

 「ハグリッド、クリスマスプレゼントの横笛ありがとう。あれ、最高だよ」 

 ‎「そうかそうか…!削った甲斐があったってもんだ」

 

 そう。ハリーにとって最高にタイミングのいいプレゼントだった。今晩、3頭犬に再チャレンジする予定だったが、肝心の楽器を持っていなかった。まさか歌うわけにもいかず途方に暮れたところで、ハグリッドからのクリスマスプレゼントを思い出したのだ。

 

 「…休暇中も勉強って、おまえさん随分まじめなんだなぁ…」

 ‎「うん。新しいことばかりで楽しいし、授業では点数も稼げるしね。でもやっぱり、魔法史は少し退屈かな」

 

 最近は、ドラコと稼いだ点を競いあったり、賭けをしたりしている。

 

 「ハーマイオニーってグリフィンドールの生徒と友達になったんだけど、今度一緒に来てもいいかな」

 ‎「おお、ハーマイオニーは知っちょるぞ。そうかぁ、あの子と友達になったのか。大歓迎だ」

 「そうだったんだ。でも、ハーマイオニーも喜ぶよ。ありがとう」

 

 それから暫く会話を楽しんだ。

 ‎そして帰り際、ハリーは何でもない風に、ハグリッドへと尋ねた。

 

 「あの日さ、僕の誕生日の日に金庫から取り出したものって、ホグワーツにあるの?」

 「ダンブルドア先生のいらっしゃるここが一番安全だからな」

 

 すっかり気分の良くなっていたハグリッドは素直に答えた。後から思い出して、少し後悔したが、あれくらいならば問題ないと、気にすることをやめた。

 

 

 

 

 その日の夜、ハリーとドラコの作戦は失敗に終わった。

 ‎ドアを開けて中を覗くと、なんと3つの頭とも起きていたのだ。透明マントで姿を隠していても、唸り続ける3頭犬に、ハリー達はたまらなくなって、逃げ出した。また、ベッドに飛び込んだが、その後はクスクスと笑いあった。

 

 

 次の日の夜、ハリーとドラコは既に夢の中だった。

 ‎この日、競技場で箒を使う許可が出たため、午後の時間中2人は飛び回っていたのだ。

 ‎スニッチとブラッジャーは流石に無理だったが、クアッフルを使うことができただけで、2人は満足だった。

 ‎様子を見に来ていた、ハッフルパフの寮監スプラウトはこの時、この2人がハッフルパフを優勝に導いていくことを、確信していたという。

 

 

 その次の夜も、作戦の決行を諦めざるを得なかった。4階に行く途中の階段で、管理人フィルチの猫を見つけたからだ。猫がいるということは、フィルチも近くにいるかもしれない。また、明日ということで、その日は諦めた。

 

 

 そしてついに、作戦は決行された。

 ‎じつは、今までの失敗も無駄ではなかった。時間があったため、ハリーの横笛の技術が、メロディーを奏でられるほどに、上達していたのだ。

 3頭犬は眠り、作戦は成功した。しかし、成功はしたが、そこからがどうしようもなかったのだ。

 ‎扉を開けた先には、闇が広がっていた。階段もなかった。もちろん、そんな所に降りていく勇気もなく、何もすることができなくなってしまった。

 ‎最後は呆気なく終わったが、それでもハリーは満足だった。ちょっとした冒険が楽しかったのだ。終わったときには、ドラコも笑顔になっていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 新学期が始まった。

 ‎新学期が始まる1日前にホグワーツに帰ってきたハーマイオニーに、ハリーはクリスマス休暇の出来事を話した。それを聞かされたハーマイオニーとしては、夜中に何度も寮を抜け出して危険なことをしたハリーに、最初は怒りの感情が沸いたが、ハリーがあまりにも楽しそうに話したためか、結局強く言えなかった。本人ももう行かないと言っていたため、軽く注意する程度だった。

 ‎ちなみに、それを横で聞いていたドラコは、自分のことは棚に上げて、もっとハリーに注意しろよと、内心嘆いていた。

 

 

 新学期が始まってから暫くは、何かトラブルが起きるということもなく、ハリーの学校生活は順調だった。

 ‎授業のないときは、基本図書館に入り浸る。他には、ドラコとクィディッチを観戦したり、ハーマイオニーとハグリッドの小屋に行ったり、休日は呪文の練習に当てたりと、変わらない日々だったが、充実した日々を過ごせていた。

 ‎

 

 

 

 ■4月

 

 

 クリスマス休暇から3ヶ月が経過した、4月のイースターの休みの日。

 ‎ハリーは、最近になって頻度が増した頭痛に頭を悩ませつつも、図書館で勉強に精を出していた。

 ‎その日、ハリーは珍しいものを見た。もっぱら城の外にいるハグリッドが、図書館にいたのだ。普段は分からないが、ハリーが図書館にいる間に来たのは、恐らくこれが初めてのはずだ。

 ‎ハグリッドは、妙にソワソワしながら本を探していた。ハグリッドがいることに気づいているのはハリーだけで、ドラコもハーマイオニーも各自集中しているのか、全く気づいていなかった。だから、ハリーも気にしないことにした。ハグリッドだって、本を読むことくらいあるんだ、と。

 

 しかし、午後。先ほどの納得はなんだったのか、ハグリッドの小屋に、ハーマイオニーと2人で、ハリーは向かっていた。

 ‎昼食前、ハーマイオニーが重要なことを言ったからだ。

 ‎ 

 ‎「ハリー…あのね、私、石について調べたの。グリンゴッツの金庫に隠して、ホグワーツで3頭犬に守らせるような石は…2つしかなかったの」

 

 「1つは、これは物語に出てきたんだけど…よみがえりの石。それでね、2つ目。2つ目は賢者の石なの」

 

 「この賢者の石はねーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでお前さん達。いったいなにが聞きてえんだ?」

 「あ、それはーー」

 「私ね、“吟遊詩人ビードルの物語”を読んだんだけど、ハグリッドは本当に存在していると思う?あの3つの秘宝」

 ‎「…おまえさん、あれは物語のもので……ああ、そうか。ハーマイオニーはマグル出身だったな」

 

 何で今更?という表情から変わり、よくそんなもんあったなとハグリッドが呟く。

 

 「ハーマイオニー、それ何?」

 

 尋ねるハリーに、ハーマイオニーは目を光らせる。

 

 「簡単に言うと…その物語にはね、3つの秘宝が出てくるの。1つはニワトコの杖。2つ目は、よみがえりの石。3つ目は、効果の切れない、とうめいマント。……ハグリッド、この3つは存在していると思う?」

 ‎「いや、ハーマイオニー。これは、物語の中のものだ。この世におんなじものがあると思っとる奴はいねぇ」

 

 ハグリッドは少し言いづらそうだった。ハーマイオニーは、心底残念といった顔になる。

 

 「…そうよね。杖とマントはありそうだけど、そんな凄い力をもった石なんてあるはずないものね」

 「いや、落ち込むことはねえぞ。世の中には考えもつかないような凄いものがいっぱいある」

 ‎「例えば?」

 ‎「ああ、賢者の石っていって……あ‼いや、なんでもねぇ‼ともかく落ち込むことはないってことだ」

 「うん…ハグリッド、ありがとう」

 

 ハリーは、戦慄を受けたように、その会話を聞いていた。何だかハーマイオニーがーー

 

 「ハリー?」

 「え、何?」

 

 ハーマイオニーからの然り気無い視線の誘導で、ハグリッドを見ると、彼の瞳が揺れているのに、ハリーは気づいた。やっちまったという顔をしていた。

 

 「ハーマイオニー、すまねえ。俺はこれ以上力になれそうもねぇ!…悪いな」

 「あ、うん。もういいの。私、マグル出身だから特に色々気になっちゃって…ベゾアール石何かも、すごく興味深くて…」

 

 ハグリッドの瞳が、また揺れ始めた。

 

 

 

 

 

 もう、わかったようなものだ。なぜハーマイオニーは話を終わらせないんだろう。ハリーは、ハグリッドのことを気の毒に思った。

 ‎それにしても、暑い。見渡せば、暖炉に火がついているではないか。なんでハグリッドはこんな日に暖炉に火なんか⎯⎯ハリーは、盛大に顔をひきつらせた。

 

 「……ハグリッド。あれってまさか…ドラゴンの卵じゃないよね…?」

 

 ハグリッドは、びくりと肩を震わせた。

 

 「お、あ……なんで、おまえさんが」

 

 見間違いではなかった。ハリーは表情をなくした。

 

 「ちょっと前に、マルフォイとドラゴンの本を読んだんだ。しかもそれって、ノルウェー何とかっていう……」

 

 「ハグリッド…これって、犯罪だわ。これ、どうしたの…?まさか、卵を孵すつもじゃないわよね?」

 

 ハーマイオニーが顔色は真っ青にさせて、ひきつった笑みを見せる。

 そのハーマイオニーの様子に、ハグリッドは顔をうつむかせた。

 ハーマイオニーの目の色が変わる。

 

 「ドラゴンの飼育は、実験飼育禁止令の対象だし、法律で禁止されているのよ‼」

 「だ、だが、もう俺はこの子のママなんだ‼ちゃんと孵さねえと…途中でほっぽり出すなんてできねえ!‼」

 

 それからはもう、ハーマイオニーが何を言っても、ハグリッドは態度を変えなかった。

 ‎しかしそれも、ハリーの一言が出るまでだった。

 

 「アズカバン送りになるかも」

 「…え、ハ、ハリー…おまえさん何を」

 ‎「ハグリッド、アズカバンに入れられちゃうよ。下手したら、ドラゴンの卵どころじゃなくなるよ。……ダンブルドア校長もどうなるか…」

 

 ハグリッドは、真っ青になって震えだした。

 

 

 

 

 結局、ドラゴンの卵は、ダンブルドアによって、然るべきところへ送られることになった。ハグリッドにも、反省の態度が見えるからと、何のおとがめも無かった。

 ‎もちろん、ハリーとハーマイオニーは納得していない。しかし、ハグリッドにアズカバン送りになってほしいとは露ほども思ってもいない。どうにもできなかった。

 ‎ちなみにハリーはこの日、ダンブルドアに権力の黒い影を見た。

 

 

 

 図書館の前の廊下で、ハリーはハグリッドの小屋に行ってからの出来事を、ドラコに話した。ハーマイオニーも簡単に補足する。

 ‎ドラコは、つまらなさそうに聞いていたが、話が終わる頃に、眉を寄せて尋ねた。

 

 「その馬鹿の野蛮人は、どうやって卵を手にいれたんだ?タダってわけでもないだろう?でも、あれにドラゴンの卵を手にいれるほどのお金があるとも思えない」

 

 はじめのハグリッドに対しての酷い言いように、少しだけムッとしたハリーだったが、もはやそれどころではなかった。

 

 「いや、待って…厄介払いで貰ったって言っていたような…」

 ‎「ええ、でも…それだけじゃない気がしてきたわ」

 

 ハリーとハーマイオニーは、顔を見合わせる。ドラゴンの卵に目が行きすぎて、その考えに至っていなかったのだ。

 

 「でも、まあその程度、ダンブルドアも気づいているだろう。気にしなくてもいいさ」

 「うん…」

 ‎「…でも」

 

 ハリーとハーマイオニーとしては、気になるのだ。

 ‎その2人の様子を見たドラコは、呆れたように溜め息をついた。

 

 「ダンブルドアだけじゃない。ここには、スネイプもいるんだ。…それで、僕達が何かできると思うのかい?そんなの、たかがしれているよ……僕、もう戻るよ」

 

 ドラコは、そう言い残してサッサと歩き始めた。

 

 「そうだポッター。さっき、スプラウト先生から競技場の使用許可がおりたぞ。明日の早朝の少しの時間、どの寮のチームも競技場を使わないから、自由にしていいってさ。優等生で得したな、ポッター」

 

 ドラコはニヤリと笑って、今度こそ去っていった。

 

 「…やった」

 

 ハリーは小さく笑って、嬉しさから拳を握りしめた。久し振りに、自由に飛び回れるのだ。もう、ドラゴンの卵のことなど、すっかりと頭から消えていた。

 ‎ハーマイオニーは「スプラウト先生がひいき……」となにやら軽くショックを受けていた。

 

 

 

 

 

 ■6月

 

 

 学年末試験が終わった。

 ドラコとハーマイオニーは勿論、ハリーもそれなりに手応えを感じている。3人で、答え合わせの討論も終え、あとは残り少ないクィディッチの試合を見ながら、結果を待つだけだった。次の日、緊張の糸が切れたのか、ドラコが季節外れの風邪をひいて、保健室送りとなっていたが……。

 

 

 「やっぱり、クィレルが…」

 ‎「そうね…」

 

 学年末の試験後、クィレルはホグワーツから姿を消していた。生徒には、病気の療養のためと聞かされているが、真偽は定かではない。少なくとも、ハリー達は信じていなかった。何より、頭痛がピタリと止んでいたのだ。クィレルが何かしら、闇の魔術……若しくは、ヴォルデモートに関わっていた可能性もあったということだ。

 

 教授のいなくなった、闇の魔術の防衛術の授業は、他の科目の教授が交替して教鞭をとっていた。そのだれもが急なスケジュールの変更に疲れた顔をしていたが、唯一、スネイプ教授だけが生き生きと授業をしていたという。

 ‎ハリーはその日に当たらなくて、よかったと思った。

 

 

 

 

 学年末パーティーの日。寮対抗杯の優勝は、スリザリンだった。ハッフルパフは、惜しくも2位と、あと一歩届かない結果だった。

 ‎

 ‎そして、ついに学年末試験の結果が返ってきた。

 

 

 「…やったね、マルフォイ」

 「……あ、うん。ありがとう……」

 

 学年末試験で、ドラコは100点を越える点数をとって、見事学年トップの座を掴み取っていた。ハーマイオニーとは総合点で3点差といったところで、本当に僅差のトップだった。

 ‎ハーマイオニーは、それほど悔しそうに見えなかった。むしろ、どこか晴れやかな表情をしているように、ハリーには見えた。もうすでに、次の学年末試験は1位と取ってみせると意気込んではいたが。

 ハリーも、教科によって波があったが、しっかりと上位に食い込んでいた。レイブンクローの生徒も押さえていたのだ。大健闘したと言っていいだろう。

 

 そして、ハリーはホグワーツをあとにした。ハグリッドから貰った、両親の写真がとじてあるアルバムを大切そうに抱えてーー

 

 

 

 

 

 

 列車の旅を終え、駅でまず迎えていたのは、ハーマイオニーの両親だった。

 

 「ハリーよ!大切な友達なの!こっちは…ライバルのマルフォイ。学年末試験で、彼が1位だったの。……初めて、2位だったわ」

 

 いつもと違って、随分と幼いハーマイオニーに、ハリーとドラコは目を丸くした。

 ‎ハリーは、ハーマイオニーの両親と、少し会話をしたが、マルフォイは一言挨拶をしただけだった。それでも、ハーマイオニーはニコニコと満足そうで⎯⎯最後には、別れを惜しみながら、両親とともに去っていった。

 

 

 

 「マルフォイ」

 ‎「…うん」

 

 ドラコの寂しげな表情から察して、ハリーが声をかけたその時、1人の女性が足早にこちらへと歩いてきた。

 

 「母上…」

 

 ドラコは嬉しそうな声で呟いて、すぐに身を固くした。そして、ぎゅっと目を閉じたところで⎯⎯ドラコは力強く抱きしめられた。

 

 「……母上?」

 

 ドラコの力のぬけた声に、ナルシッサはハッとなって身体を離し、コホンと小さく咳をした。そして、誤魔化すように慌てぎみに口を開いた。

 

 「帰りましょう、ドラコ」

 「あ……はい。…父上は…?」

 

 ドラコはキョロキョロと周りを見渡す。しかし、父と思わしき影は見当たらなかった。

 

 「ルシウスは…今日は重要な用件があったので、来ることができませんでした。…夜には会えます」

 「そうですか……」

 

 その答えに、ドラコは少しだけ寂しそうな顔をしたが、振りきるように笑顔を見せた。

 

 「あっ、待って下さい母上。…友達ができたんです。ハリー……ポッター。僕の、親友です」

 

 ドラコは、青白い肌を赤くさせつつも、はっきりと言った。

 ‎ナルシッサはハリーの名前のところで固まったが、ドラコの様子を見て、そして顔をほころばせてハリーを見た。

 

 「…そう。私はナルシッサです。ハリー…これからも、ドラコをよろしくお願いします」

 「えっ……いや、その、僕の方こそ……これからもよろしくお願いします」

 ‎「…ええ」

 

 ナルシッサは、柔らかく微笑んだ。

 

 「ポッター…」

 ‎「何、マルフォイ」

 ‎「いや…」

 ‎「……」

 ‎「……」

 

 「また、ね……ドラコ」

 

 「! っああ……また、ハリー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコの姿が見えなくなったあと。

 ‎ハリーはアルバムを、ぎゅっと強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 ‎

 

 



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Oh well , there´s nothing else l can do .

あー、もうホントどうしようもないね☆


秘密の部屋編載せたかったのですが、この日に投稿したかったので話を分けます。
今回は、オリジナル展開しかありません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月31日

 

 「ハッピーバースデー、ハリー…ハッピーバースデー、ハリー…」

 

 手を叩くリズムに合わせて紡ぐ、力のない寂しげなメロディー。また、その声の主を慰めるかのように、「ホーホー…」と、さめざめとしたフクロウの鳴き声が混ざり始めた。

 ‎ベットの片隅に座る少年に、カーテンの隙間から漏れた光が降り注ぐ。窓から入ってくる風は生ぬるく、不快感を感じるところだが、少年は気にはしなかった。去年までの物置小屋よりは断然ましだったからだ。

 

 「…ありがとう、ヘドウィグ。僕の友達は君だけだよ。…ハッピーバースデー、ハリー…ハッピーバースデー、ハリー…」

 「ホー」

 「そういえば、ヘドウィグの誕生日って、いつなんだろう…君と出会った日でいいかな。その日には、必ず最高のご馳走をプレゼントするからね」

 

 「ホーゥ」と機嫌のいい声で、ヘドウィグは鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 手紙がない。こないのだ。ホグワーツで唯2人の友達だったはずの、ドラコとハーマイオニーからの手紙がない。

 ‎

 ‎ハリーは、夏休みに入った次の日からもう、2人からの手紙が待ち遠しくなっていた。ヘドウィグの籠に、鍵が掛けられていなかったのなら、直ぐ様手紙を出していたに違いない。

 ‎あまりに生活が違いすぎたのだ。裕福な家庭の中で貧しい生活を強いられてきたハリーにとって、ホグワーツでの生活は、まさに夢のようだった。そして本当に、あぶくの夢のように消えてしまったのだ。

 

 夏休みに入って1週間、家事、雑用をこなしながら、毎日のように手紙を待った。然り気無く玄関の近くにいたり、部屋でも、もっぱら窓際にいた。

 ‎しかし、手紙は一向にこなかった。ショックではあったが、ハリーは自分で納得し始めていた。こんなに早く手紙は来ないだろうと。きっと、もうすぐ…。

 学校のものは粗方取り上げられたが、教科書の類いは全て、新しく用意されたハリーの部屋にあった。

 ‎叔父バーノンは、魔法を使われたら堪らないと、すぐに杖を取り上げた。そして、他の学用品も全て物置に閉じ込めようとしたのだ。

 ‎しかしハリーは、杖がなくても魔法は使える、宿題まで取り上げたら、家を少しずつお菓子の家に変えてやると、バーノンを脅した。でまかせに過ぎなかったが、バーノンは本気で信じたらしく、ハリーは何とか宿題をできないという事態は避けられていたのだ。

 

 宿題は、もう半分は終わっていた。

 

 

 2週間経った。

いつまで待っても手紙を寄越さない2人に、ハリーは腹を立てていた。自分はこんなに待っているのにと、ふて腐れていた。もちろん、ハグリッドからも手紙は来ていない。

 朝食のベーコンを少し焦がした責任として、ハリーの食事量が減ったりした。とばっちりを受けて餌が減ったヘドウィグと、少し険悪になった。

 ‎宿題は、もうすでに終わっていて、復習に入っていた。

 

 

 3週間経った。

 ‎先週の苛立ちは微塵も残らず消え、その代わりに、ハリーの心は不安でいっぱいになっていた。

 ‎もしかしたら、かけがえのない友達だと思っているのは、自分だけなのかもしれない。ドラコとハーマイオニーにとっては、自分は手紙を出すほどの相手ではないのだ。そればかりか、友達だと思っていたのすら、自分だけなのかもしれない。 ‎

 ‎次々に押し寄せてくる不安と寂しさをまぎらわすように、ハリーは勉強に打ち込んだ。会話の相手は、もっぱらヘドウィグだった。ハリーは、ヘドウィグに話し掛ける内に、彼女が何を言っているのか、何となく理解できるようになっていた。

 

 

 4週目。ハリーは部屋に軟禁状態にあった。未成年は魔法を使うことを禁止されていると、バーノンに知られてしまったのだ。

 ‎やっと届いたと思った手紙の宛名は魔法省。フクロウを目に入れた瞬間、歓喜から視界がぼやけていたハリーは、その内容を見て本気で泣いた。

 ‎全く覚えのない浮遊呪文。その呪文に対しての警告だった。しかも、もう1度でも魔法を使えば(一度も使ってないのだが)、ホグワーツを退学になるらしい。

 ‎結果バーノンにばれて、部屋に閉じ込められるようになったが、今までもほとんど部屋にいたのだ。そう変わりはなく、寧ろ家事をする必要がなくなっていいくらい…と思ったら、勉強道具を全て没収された。紛れ混ませていた両親のアルバムまでもが奪われ、物置に入れられた。

 

 

 4週間経った。ハリーは、もはや諦めていた。夢も希望も手紙もなかった。自分は、手紙を受けとる価値もない人間だったんだ、自分ごときが手紙を貰えると思うなどおこがましいと、卑屈になっていた。

 ‎そして、何もすることがなくなったハリーは、目を閉じて、ホグワーツでの日々を思い出していた。もう、遠い昔のことのような気がして、ハリーは懐かしさを感じた。

 ‎ドラコ、ハーマイオニーは今頃何をしているのだろうか。

 ‎きっと、自分のことなど頭から綺麗にスッパリと忘れて、家族との素晴らしい日々を過ごしているのだろう。

 ‎ハリーは今までも、家族との幸せな日々を羨望することはあったが、ホグワーツに行くまでは、強く望んだことはなかった。それはひとえに、ハリーが知らなかったからだ。

 ‎魔法があるなんて知らなかった。惨めな自分が、英雄だったなんて知らなかった。友達と過ごす日々が、あんなに幸せだなんて知らなかった。

 ‎両親のことなんて、何一つ知らなかった。

 ‎両親の本当の死因なんて知らなかった。両親の写真すら1枚も持っていない。だから、顔も知らなかった。

 ‎ハーマイオニーとドラコが、親と並んで歩く姿を見るまでは、羨ましいなど思ったことはなかったのだ。

 

 

 

 そして、7月31日の誕生日である今日。

 

 「ハッピーバースデー、ハリー…ハッピーバースデー、ハリー…」

  

 最後に朝日を拝んで、カーテンを綺麗にサッと閉める。早朝。付き合ってくれていたヘドヴィグはもう眠ってしまったようだ。

 ‎ハリーは今日はまだ、一睡もしていなかった。ちなみに、日付が変わったと同時に目を覚ましたから、それほど眠たくはない。変に頭が冴えていた。だからだろうか、‎真っ暗な部屋のなかで、考えれば考えるほどにハリーの気分は沈んでいった。

 ‎何で僕はこんなところにいるんだろう。ずっと、ホグワーツにいることはできなかったのだろうか。ホグワーツだったら、ご馳走も美味しいケーキも食べられたのに。

 ‎それなのにここでは……ここでは⎯⎯?

 ‎何で僕は、こんな場所に?何で僕は独り?何で僕は誕生日にこんな⎯⎯僕の、パパとママは?

 ‎何でいないの。何で⎯⎯殺されたからだ。

 ‎ヴォルデモートに。両親がいないのは、ヴォルデモートのせいだ。

 ‎そいつが、全て悪いのだ。

 ‎そう、他の人は、誰も悪くない。バーノン叔父さんだって、ペチュニア叔母さん、ダドリーだって、意地悪をしても被害者なんだ。自分がいなければ、もっと幸せに暮らせていたはずなんだ。

 ‎だから、悪くないんだ。

 ‎だって例えば、自分が両親と暮らしていたとして、そこにダドリーがやってくるなんて、悪夢以外のなんでもないのだから。

 ‎ヴォルデモート、ヴォルデモートさえいなければ⎯⎯

 ‎自分も、両親と幸せに暮らせていたはずなんだ。

 そう、僕は独りじゃなかったはずなんだ。

 パパもいて、ママもいて、最高の誕生日に……何だろう。傷が、頭痛が、頭痛が……頭が割れそうだ⎯⎯

 

 ‎やつが、ヴォルデモートが生きていれば……

 

 ‎

 ‎‎壁を背にして呟くハリーの暗く落ち込んだ影が、うぞうぞと蠢いているようで⎯⎯

 

コン、コン

 

 

 「ハリー、朝食です。ドアの横に置いておくから」

 

 カタ、と廊下にトレーが置かれた音で、ハリーはハッと顔を上げた。「ホー」とヘドヴィグが鳴く。ペチュニアの声で目を覚ましたのか、私の分は?と催促してきている。

 ‎重たい身体を引きずってドアを開けると、階段の前にペチュニアの姿があった。暗い瞳をしたハリーと、迷うように揺れるペチュニアの瞳が交差した。

 ‎そして、ハリーは気づいた。ペチュニアの手の中にあるそれに。

 

 「返して…‼」

 

 ペチュニアの手にある両親のアルバムにハリーは飛びかかった⎯⎯しかし、1日のほとんどをベッドの上、食事もろくに取れていなかったハリーだ。

 ‎その勢いのまま、床に顔をぶつけることになった。ガンっと打ちつけた額に鈍い痛みが走る。

 

 「返して…返してっ」

 

 ハリーは、顔を伏せたまま何度も繰り返した。あまりの情けなさから泣きそうになる。しかしそれでも、必死に手を伸ばした。

 

 「…別に、取り上げはしません」

 

 ハリーの伸ばした手に、アルバムはそっと置かれた。

 

 「…なんで?」

 

 ハリーはアルバムを両手で大切に抱えて、困惑の目でペチュニアを見た。思えば、物置にあるはずのアルバムを、なぜペチュニアが持っているのだろう。

 

 「偶然、目についただけよ」

 

 ハリーには、そう言ったペチュニアの声が泣いているように聞こえた。

 ‎悲しみと少しの喜び…それに、懐かしさ……?

 ‎理由は分からないが、ハリーは何となく感じ取っていた。だからだろうか、別に聞くつもりのない一言が口から漏れた。

 

 「おばさんも、ママを殺した人のことが……」

 「…ええ、私はリリーを殺したやつが⎯⎯」

 

 そこで、ペチュニアはハッとなって両手で口を押さえ、後ずさった。まるで、自分の口から出た言葉を信じられないことかのように、その表情は驚愕に染まっていた。そして、ペチュニアはハリーをキッと睨み付け、バタバタと階段を降りていく。

 ‎その後、ハリーは部屋に戻ってアルバムを眺めた。1ページ、写真と写真の間隔が広くなったページを見つけたが、一瞥してすぐに次のページへと視線を移した。

 

 

 昼頃、ブーンと車の出ていく音がした。機嫌の良いダドリーの声も聞こえてくる。今夜、取引先の土建会社の夫婦をお招きすると2週間も前から意気込んでいたバーノンだ。今になって、何か買い足しがあったのだろうか。それとも、家族3人で景気づけにランチにでも行ったのだろうか。

 まあ、どうでもいいことだ。夜は部屋から出ないように言いつけられているハリーには関係のないこと。また、両親のアルバムに目をやったところで⎯⎯

 

 「ハリー!!?」

 

 ドアの向こうから、ペチュニアの悲鳴が響いてきた。随分とあせっているようだ。何だろう。ご自慢の花壇が猫にでも荒らされていたのだろうか。ああ、自分は誕生日に、ゆっくりとアルバムも眺めることもできないのだろうか。

 ‎そして、バタバタと階段を上がってくる音がしたと思えば、勢いよくドアが開いた。

 

 「うわっ」

 「ハリー!!?あなた“グレンジャー”に聞き覚えは!!?」

 ‎「え…あ、はい…友達……だと思います」

 

 凄い剣幕だ。ハリーはたじたじになって答えた。しかし、その一言は、ペチュニアを納得させるものだったようだ。剣幕がぽろっと取れた。

 

 「…あ、そう。…住所、教えたの?」

 

 今度は、余計なことをしてくれたと言わんばかりの、ギラギラと睨み付けるような目だ。理由はわからなかったが、ハリーは悪いことをした気分になった。

 

 「…ハーマイオニーには、教えたけど…マグル出身だし……」

 「マグル……そう。ともかく今後、ここの住所を連中に触れ回らないように。変な輩が寄り付いたりしたら、追い出しますからね‼」

 ‎「…はい、ごめんなさい」

 

 ちなみに、ハリーの住んでいる場所を知っているのはハーマイオニーだけだ。ドラコはと言うと、手紙はふくろう便で届くし、マグルの家になんて興味はないと、全く聞く気がなかったのだ。

 ハリーが思い返していると、ペチュニアが信じられないことを言った。

 

 「…外に、あなたのご学友と、その母親が待っているから、早く準備なさい」

 ‎「……え?」

 

 ハリーには、ペチュニアが何を言っているのか理解できなかった。

 

 「バーノン達が帰ってくる前に早く!‼」

 ‎「は、はい」

 

 ピシャリと言って背を向けたペチュニアに、ハリーはもやもやとしつつも、いそいそと準備を始めた。

 ‎開けられた物置から、魔法界の通貨を持っていくか迷っていたところで、ペチュニアからお小遣いを渡された。ハリーはびっくりしたが、お礼をいって素直に受け取った。もちろん、バッグには一応、両方の貨幣を入れた。

 

 「…あの、ヘドヴィグは」

 ‎「だめです、こんな昼間から出すなんて」

 

 ペチュニアはぴしゃりと言った。ハリーは何か言おうとして、

 

 「あとこれで、今日はホテルに泊まりなさい。お客様がいらっしゃっている時に帰ってこられちゃ困りますからね。ホテルから電話をすれば、明日車で迎えにいくわ。ふくろうはフィッグさんに預けておくから、ほらさっさと」

 

 追加で渡されたのは、ハリーが持ったこともない大金だ。そして、口を挟む暇もなく急かされて、気づけば靴を履いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関のドアを開けて外に出ると、見慣れない小さな車が、前の通りの少し離れた所に停まっていた。そして、その運転席には黒髪の女性。後部座席の窓からは、キョロキョロと不安な顔で周りを見回す一人の女の子が⎯⎯

 

 「ハーマイオニー‼」

 

 ハリーは、自分でも信じられないくらいの大きな声を出していた。そして足は早く早くと駆けていた。

 一呼吸置いて、ハリーに気づいたらしいハーマイオニーは、すぐに車を降りた。にっこりと笑ってはいるが、よく見ると瞳は揺れ、その笑顔には固さがあった。

 

 「ハリー!ハッピーバースデイ‼」

 

 ハリーは、もう手紙のことなんかどうでもよかった。会いに、来てくれた。まだ1ヶ月前のことなのに、ハーマイオニーの顔が懐かしくて、彼女に会えて嬉しい気持ちが溢れる。

 ‎ハリーは、自分よりも少し背の高くなった少女に、飛びつくように、強く抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…そう、手紙、届いてなかったのね…」

 

 ハリーの話を聞いたハーマイオニーが、ふぅとため息を漏らす。顔は安心したように緩んでいた。

 

 車に乗ってロンドンへと行く道で、ハリーとハーマイオニーは器用にも、口元を緩めながら、頭を悩ませていた。

 ‎手紙はなぜ届かなかったのか。どこにいってしまったのか。ハーマイオニーは、返事がないことを疑問に思って、ふくろう便に問い合わせもしたらしい。

 

 「でも、よかった…」

 「何が?」

 

 ほっと胸に手を当てて安心の声を漏らしたハーマイオニーに、ハリーは疑問で返した。

 ハーマイオニーは、言いづらそうにして、運転席の母親をチラリと見て⎯⎯それに答えた。

 

 「私、ハリーのこと疑ってた。手紙を返してくれないのは…もう、私のことどうでもよくなったんじゃないかって。…友達だと思っていたのは私だけだったのかもって。それで、ママが言ったの。そんなに気になるなら会いに行けばいいじゃないって」

 ‎「……」

 

 ハリーは、唖然とした。ショックだったからではない。自分も同じことを考えていたからだ。いや、自分の考えていたことの方がずっと酷かったに違いない。

 

 「酷いよね私。ハリーは一人っきりで私よりずっと寂しかったのに……私、のけ者にされてると思い込んで、マルフォイにまで憎しみの感情がわいていたの」

 

 うつ向きながら話すハーマイオニーの表情は、ハリーには窺えない。

 ‎車内に、シンとした空気が広がりかけたところで、ハリーが口を開いた。

 

 「僕も同じだ」

 「…え」 

 ‎「…君とドラコを疑ってたんだ。…それにたぶん、もっとずっと酷くて最低なことを考えてた。僕、友達失格だ…」

 

 ハリーは、恥ずかしかった。今思えば、たったひと月手紙が来ないだけで、大切な大切な友達を疑っていたのだ。ハーマイオニーのように、ふくろう便に問題があるかなんて考えもしなかった。なんて、酷い奴なんだろうか。初めから友達を疑っていたのだ。ハリーは憂うつになった。

 

 「……」「……」

 

 沈黙が続く。ハリーもハーマイオニーも、互いに申し訳ない気持ちでいっぱいで、言葉が出ないのだ。

 ‎そんな2人の様子に焦れたのか、運転をしているグレンジャー夫人が呆れたように言った。

 

 「もう…素直に仲直りすればいいんじゃないの?」

 「……」「……」

 ‎「今回は、二人とも悪いとも思ってる。だから仲直りなんて簡単じゃない。それに、折角のお誕生日をそのまま過ごすつもり?」

 ‎「……」

 ‎「…うん。そうよね…そうだわ!」

 

 ハリーはグレンジャー夫人の言葉でも煮え切らない気持ちは変わらなかったが、ハーマイオニーは違ったようだ。目にキッと力を入れて、一度決心するように頷き、そしてハリーに向き直った。

 

 「ハリーごめんなさいっ‼…これかも、友達でいてくれる…?」

 「ぼ、僕もごめんなさい…これからも友達でいてください…!」

 

 「…」「…」

 

 真面目な顔に、何だか可笑しくなって、クスリと笑ったタイミングは、同じだった。

 

 

 

 

 

 

 ファーストフード店で軽食を済ませた後、ハリーとハーマイオニーは、“漏れ鍋”を介してダイアゴン横丁の中をまわっていた。グレンジャー夫人はというと、「先に魔法世界に入るのは悪いから」とロンドンに住んでいる友人に会いにいっている。

 ‎ハリーとハーマイオニーがダイアゴン横丁に来た目的は、ハリーへのバースデープレゼント。ホグワーツには、マグルの製品の大半は持ち込めない⎯⎯という理由もあるが、2人ともただ来たかったのもある。実際に、魔法を知らないままに来た去年とは、随分と印象が変わって見えて、2人は大いに楽しんでいた。

 ‎

 「はい、ハッピーバースデイ、ハリー」

 

 「ありがとう、ハーマイオニー」

 

 ハリーが貰ったものは、中古本屋で見つけた“クィディッチの今昔”という本だった。ホグワーツで、ハリーとドラコの身を震えさせたエピソードなども、この本に載っているらしい。ホグワーツの図書館にもあるそうだが、すぐに読みたかったハリーはこの本をお願いした。だって、夏休みはまだ長いのだ。そんなに長くは待てない。

 ‎そして、色んなところを歩き回って疲れた2人は、日陰のベンチで休んでいた。

 

 「アイス買ってくるよ、何味がいい?」

 ‎「あ、ありがとう…そうね、さっぱりした柑橘系のをお願いしてもいい?」

 ‎「かしこまりました」

 

 大げさに言ったハリーに、ハーマイオニーがくすくすと笑った。

 ‎

 

 ハリーは、最高の気分だった。何て言ったって、誕生日に友達と過ごしている。友達に祝ってもらう、初めての誕生日だ。本当に最高だ。

 ‎でも、ふと浮かんだのはもう一人の友達。彼は今ごろ何をしているんだろう。きっと、ドラコも手紙を書いてくれていたはずだ。だとすれば…

 

 「ポッタァアアアーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 ドラコかわいい。

 ‎間違えたわ。

 ‎ドラコがホグワーツからやっと帰ってきた。嬉しい。

 

 ドラコがホグワーツから帰ってきたその日の夕食後。ルシウスと共に机を挟んで、ドラコと向かい合ってソファーに腰を下ろしていた。

 ‎会話の内容は、ドラコのホグワーツでの生活のことだ。全て包み隠さす話せ、とルシウスから睨まれたドラコは、涙目になって、しかし目をそらさずに、はっきりとした口調で語った。まるで、恥ずべきことは何一つないかのように。

 

 ‎やはり、ハッフルパフへと寮が決まった頃から、ルシウスの雰囲気が重くなった。私も事前に知っていたとは言え、やはり眉を潜めてしまった。だって、組み分け帽子が触れた瞬間にハッフルパフってあり得るのだろうか。‎入学前の適性から鑑みても、この子はどうみてもスリザリンだったのだ。

 ‎話は続く。これも事前に知ってはいたが、やはり実際に聞くのとはまた別で…。寮部屋が2人部屋で、その相方がまさかのハリー・ポッター。自分はそうでもないが、やはりルシウスは複雑だったようだ。

 ‎だが、夫は同時に喜んでもいた。当初はハリーに闇の帝王に代わる支配者として魔法界導いていくことを期待していたからだ。まあしかし、その淡い希望は、ドラコの話を聞いていく中で崩れさることになるのだが。

 ‎ハリー・ポッターの話をし始めたドラコは、びくびくしていたのは何処かにいってしまったかのように、本当に楽しそうに話をした。…ドラコのこんな顔を、私は今まで見たことがあっただろうか。

 ‎ドラコの勤勉さにも驚かされた。もちろんドラコは元々優秀だったが、好んで勉強をする子ではなかったはずだ。それなのに、図書館で勉強漬けの毎日に、休日は呪文の練習ときたのだ。全てハリー・ポッターと共にやってきたらしい。

 ‎そこまでしたのなら、「呪文学はさぞ良い点だったのだろうな」と冷たく問うルシウスに、ドラコは「はい…110点だったのですが、これは負けてしまいました」と返した。110点?聞き間違いだろうか。ところが、聞こうとしたところで、ドラコが誤魔化すように話を進めたので、タイミングを失った。まあ、後から聞けるだろう。

 

 ハロウィンの話になったところで、自分の顔が真っ青になるのがわかった。トロール…‼そんなものの侵入を許すなんてダンブルドアは何をしているのだと怒りが沸いた。

 ‎しかし、そのトロールをドラコが退治したという。ハリー・ポッターが盾の呪文で防いだお陰というが、武装解除呪文でトロールを倒した息子が私は誇らしかった。…でも、出来れば危険なことはしないでほしい。本当に無事でよかった。

 ‎ルシウスも表情は変えなかったが、テーブルの下でしっかりと拳を握っていたのを、私は見逃していない。

 ‎

 問題は、ハロウィン以降に、時折り出る、グレンジャーという女子生徒の存在だ。ルシウスが「その子は純血か」と聞けば、ドラコは言いづらそうにして、「マグル出身です」と答えた。

 ‎ハリー・ポッターと違い、友達ではないと言う。グレンジャーは、あくまでハリーの友達。だから偶然一緒にいる。

 ‎しかし、そう話すドラコには、ホグワーツに入学するまで持っていた、ルシウスそっくりの、マグルに対しての嫌悪感が存在していなかった。

 ‎「彼女は優秀なんです。利用できるものは利用すべきです」と慌てて付け加えて言うドラコに、私は何も言えなかった。

 

 クリスマス休暇の出来事について話すドラコは、さらに生き生きとしていた。3頭犬の話では眉をひそめることになったが、ドラコは「ハリーは仕方ないやつなんです」と、まるで弟の面倒を見る兄のように笑う。これを見て息子の成長を感じたのは私だけではないだろう。

 ‎そして逆に、貸し切り状態の競技場で一日中箒に乗っていたという話をするときのドラコの笑顔は年相応に幼いものだった。

 ‎ドラコは、こんなに表情豊かに話す子だっただろうか。いや、今までも笑っていなかったわけではないのだ。でもやっぱり、こんなに楽しそうなドラコの顔は見たことがなかった。

 そして更に話が続いても、私は何も言わずに黙って聞き続けた。いや、さすがに学年末試験で満点を越えた点数をとってトップになったと聞いたときは、少々はしたない声をあげてしまったが。ルシウスも小声で「なんだと…」とか呟いていた。確か彼は学生時代、満点をとって「当然だ」とか言って喜んでいた気がする。きっと信じられない思いなのだろう。

 ‎ここ数十年の1年生の点数でもトップらしい。さすがドラコ。ちなみに、2位は2点差だったグレンジャーだそうだ。マグル出身の少女が…と少し驚きはした。いや、やはり複雑な心境だ。…しかし、なんにせよ、ドラコがトップなのだ。もう誇らしい気持ちで満たされていた。

 ‎ドラコが話し終えた後、ルシウスがダームストラング校に編入してはどうかとドラコに提案した。実際、カルカロフ校長にも話を通し⎯脅したとも言えるが⎯既に編入手続きは終えていた。しかし、いや、やはりと言うべきか、ドラコは編入を断った。

 ‎「僕はスリザリン寮にも入ることができず、お二人を失望させてしまいました。ご迷惑もおかけしてしまったかと思います。でも、申し訳ありません、今ではこの組み分けに感謝しているんです。…僕を、これからもホグワーツで学ばさせて下さい」

 これが、こどもの成長というものだろうか。嬉しいけど、少し寂しい。

 

 

 ドラコは、夏休みだというのに机にかじりつくように勉強をしていた。ルシウスの書斎から本を引っ張り出して、夜遅くまで読み耽る姿を見かけるのも、一度や二度ではなかった。がむしゃらになっているようにも見えるが、大丈夫だろうか。

 ‎

 ‎日に日に、ドラコの元気がなくなっていった。ついに、耐えきれなくなって聞けば、ハリー・ポッターから手紙の返事がこないらしい。…どうしてくれましょうか。

 健気な‎ドラコは、紛失の可能性を捨てきれず、ふくろう便局に問い合わせもしたが、問題なく受け取りがされているという。どうしてくれましょうか。

 ‎それでも健気なドラコは、ハリー・ポッターの住む家には意地悪なマグルがいるそうだから、手紙を止められているのかもしれないと、ハリー・ポッターを心配していた。しかし、確信はないようで、これまで以上に落ち込んでいた。本当にどうしてくれましょうか。

 

 健気で友達思いのドラコは、ハリー・ポッターの誕生日にプレゼントを送った。何を送ったかは教えてくれなかった。

 ‎…今回も、返事はおそらくこない。そんな予感があった。ドラコも同じ気持ちだったようで、泣きそうな顔をしていた。

 ‎気分転換にと外へドラコを連れ出した。行き先はダイアゴン横丁だ。何か理由をと思い、ルシウスにドラコの箒の購入許可を得た。しかし、それを伝えても、ドラコは少し笑顔を見せたきりで、どこかボンヤリとしていた。

 ‎

 ‎知り合いに会ったため、会話を交わしていると、ドラコとはぐれてしまった。

 

 ‎次にドラコを見たのは、ハリー・ポッターと共に拳を突き出して、1人の少女をノックアウトする瞬間だった。

 

 

 ‎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 「ポッタァアアア⎯⎯!!!」

 ‎「ドラコっ!ぐえっえぇ」

 

 ハリーは、ドラコの声を耳にして、懐かしさが込み上げてきた。しかし、笑顔で振り返ろうとした瞬間に、乱暴に肩を掴まれて反転させられた。そのあげく、息をするのが苦しくなるほどに、胸ぐらを掴みあげられた。その拍子に、両手に持っていたアイスクリームも、地面へとまっ逆さまだ。

 ‎‎何が起きたのか理解出来ない状況に混乱するハリーの目の前には、青白い顔を真っ赤にさせ、泣きそうな顔をして、憎しみのこもった目で睨み付けるドラコがいた。

 

 「マルフォイッ!やめてっ何するの!?」

 

 ハリーが苦しそうな声を上げた時、ハーマイオニーが悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。そのままハーマイオニーは、ハリーからドラコを引き剥がそうと手を伸ばすが、びくともしない。

 

 「…グレンジャー。…やっぱり僕は……僕だけだったんだ…」

 

 ドラコはハリーの胸ぐらから手を離し、うつむいて、ふと納得したように呟いた。

 ‎座り込んでごほっごほっと、苦しそうに咳き込むハリーをよそに、ドラコはブツブツと呟きながら、身体を反転させて、フラフラとその場から離れていく。

 そこに、ハッと何かに気づいた様子になったハーマイオニーが、弁明するような口調でドラコに追いすがり、その腕へと手を伸ばす。

 

 「ちがうの、マルフォイっ。ハリーはーー」

 

 しかし、その手が触れる瞬間に、ドラコによって乱暴に払われた。ドラコの目は、ハリーを見るとき以上の憎しみを持って、ハーマイオニーの姿を認めていた。

 

 「僕に触れるなッッ!この…穢れた血めー!!!」

 

 ハーマイオニーは、手を払われたことに驚きはしたが、何を言われたのか分からず、きょとんとした顔で固まった。その言葉の意味を知らなかった。

 

 つかの間、一瞬の間を置いて、ハーマイオニーの視界からドラコか消える。  

 ‎ハリーが、ドラコに飛びかかったのだ。

 ‎ハリーは、自分でもわけが解らないほどに頭に血が登り、激昂していた。

 

 ハリーは、その言葉の意味⎯⎯マグル出身の蔑称であることを知っていた。教えてくれたのは、他でもない、ドラコだったのだ。

 ‎去年の、クリスマス前のことだった。スリザリンとの合同授業後の廊下で、スリザリンの生徒がドラコに言ったことがきっかけだった。「穢れた血なんかと一緒にいるようになったなんて、落ちるところまで落ちたな」と嘲笑されたのだ。その時は、結局無視して終わったが。

 ‎まさか、それをこいつが言うなんて。

 他人が同じようなことをハーマイオニーに言ったとしても、ハリーはここまで感情を剥き出しにしなかっただろう。

 ‎ハリーだって、殆どマグル出身のようなものだ。本当の意味でその蔑称を理解していなかったし、したくもなかった。言いたい奴には言わせておけと、無視していただろう。

 ‎だが、今回は話がまるで違った。ドラコだから、彼だからこそ、ハリーは許せなかったのだ。

 出会い頭に首を絞めつけられたこともあってか、激情に駆られたハリーはドラコを押し倒した後、力一杯に頬を殴り付けた。

 

 

 それからはもう、互いに腕を振り回すだけの殴り合いだ。もしくはただの取っ組み合いとも言えるだろう。

 ‎ドラコのパンチが入れば、ハリーも負けじと同じところに拳を突き出す。ゴロゴロと二人して転がったときも、頭の突き合いを止めない。

 

 ボロボロになっていく2人に、ハーマイオニーは手を出せずにオロオロとするしかなかった。

 ‎幼いころから勉強ばかりしていたハーマイオニーにとっては、初めて目にする本気のケンカだ。2人があまりに怒りの表情を浮かべて殴り合っているため、恐怖で近づくことができなかった。

 助けを求めて周りに視線を巡らせたハーマイオニーは、ハリーとドラコを囲むように人々が群がっていることに気づく。しかも、その円の中に自分も入ってしまっている。そして、囲んでいる魔女、魔法使いの口から囁かれるほとんどが、女の子の取り合いで喧嘩をしているというものだった。

 急に‎あほらしくて、恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせたハーマイオニーは、2人を止めるべくーー何を思ったのか、拳が飛び交う場所に突っ込んでいった。

 

 「やめてっ」

 

 ぱきっ ぽきっ

 

 「なっ…」「…あ」

 

 ハーマイオニーの顔に、ハリーとドラコの拳が突き刺さる。体重も何も乗っていないそれらだったが、ハーマイオニーの口と鼻を綺麗に撃ち抜いていた。

 ‎パタッとゆっくりとハーマイオニーが仰向けに倒れる。幸い、野次馬の誰かが呪文で地面を柔らかくしたおかげで、頭を打ちつけることはなかった。しかし、ハーマイオニーの鼻からは、粘膜が傷ついたためか、血がどくどくと溢れ出す。そして最後に、口もとから白く輝くものがポロっとこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 ‎ハリー達は今、注目を集めていた場から逃げるように離れて、“漏れ鍋”に来ていた。

 

 「もう大丈夫かしら」

 ‎「はい、ありがとうございました。でも、まだ少し痛い…」

 ‎「…ごめんなさい」

 ‎「……」

 

 恨み辛みの視線を向けるハーマイオニーに、ハリーとドラコはパンパンに腫らした顔を逸らしながら、詫び入ることしかできなかった。

 ハーマイオニーの折れた鼻と歯は、ドラコと共にダイアゴン横丁に来ていたナルシッサによって治療され、一応の事なきを得ている。ちなみに、治療前と比べ、ハーマイオニーの前歯が若干縮んでいる。そのことに気がついているのは、現時点では、高価な魔法薬を用いて治療した当事者のナルシッサだけだ。

 

 

 「まさか、手紙が1通も届いていなかったなんて…」

 ‎

 ‎ぼそっと苦虫を噛み潰した顔でドラコが呟く。ハーマイオニーから一連の出来事の説明を受け、早まった行動をしてしまったことに後悔していた。

 

 「…何か言った?」

 

 不機嫌な声で反応したのはハリーだ。ハリーの怒りは収まっていなかった。いくらドラコと言えど、いや、ドラコとだからこそ、ハーマイオニーを侮辱したことが許せなかった。

 ハリーはドラコを一瞥して、ハーマイオニーにチラリと視線を移す。ドラコはハリーのその動作で何が言いたいのか理解して、顔を強ばらせギリッと歯を食い縛る。そして、ナルシッサを一瞬迷うように見て、ハーマイオニーに向き直った。

 

 「…殴って悪かった。それと、その…穢れ……ッ酷いことを言った!本当に、すみませんでした…」

 「…うん。酷い言葉だっていうのはわかったから…もう言わないでね」

 ‎「…ああ、もう絶対に口にしない」

 

 ドラコは、これで満足かとハリーを睨み付ける。ハーマイオニーに対して申し訳ない気持ちはあったことは事実だ。謝罪も本心からの言葉だ。しかし、ハリーはまだ不機嫌な表情をしていたためか、自然とドラコの表情も険しいものになっていく。

 ‎実際には、2人とも内心では、早く謝って仲直りしたかった。どちらもそう悪くないことは理解していたのだ。ただ、不幸な行き違いがあったのだ。

 ‎しかし、あんなに殴り合った手前、自分からはちょっと謝りたくない。仮に謝るにしても、どう言えばいいのか。何と切り出せばいいのか。ハリーとドラコにとって、あれほど感情をさらけ出した喧嘩をしたのは初めてのことで、どうすればいいかわからなかったのだ。

 ‎ハリーとドラコはぶつけ合った視線を、力なく逸らす。

 ハリーはハーマイオニーを、‎ドラコはナルシッサを、助けを求めるように然り気無く見る。しかし、ハーマイオニーは困った表情を、ナルシッサは僅かに微笑んでいるだけで、何を考えているのかわからなかった。

 

 「…何か?ドラコ?」

 「…いえ」

 ‎「そうですか。それで、このあとはどうするの?」

 ‎

 そう言われても、ドラコも答えを持ち合わせていない。

 ‎その代わりに答えたのは、ナルシッサの顔色を窺って、オドオドとしているハーマイオニーだった。

 ‎

 「あ、あの…私の母とロンドンにあるレストランで待ち合わせしているんです。その、ハリーのお誕生日のお祝いに…」

 ‎「…そうですか。それは…マグルのレストランですよね?」

 ‎「…はい。私の両親は非魔法族なので…」

 

 縮こまりながら答えたハーマイオニーの言葉に、ナルシッサは頭を悩ませる。

 ‎あからさまに差別をするわけではないが、純血の家系で育ったナルシッサにとって、マグルを見下す感情は自然なものだ。事実、眼前の少女を下に見ている自分がいるのを理解している。

 ‎しかし、‎ドラコに視線を移せば、羨ましそうな視線をハリーとハーマイオニーに向けていることがわかっている。ならば、何を悩む必要があるのか。取るべき手段は決まっているのも同然だったのだ。

 

 「そのディナー、よろしければ御一緒しても?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、君のママって…」

 

 何か聞いていた話とは違う。魔法界の通貨を両替しに行ったナルシッサを眺めながら、ハリーはドラコに振り返って、そう尋ねようとした。

 

 「…え、あ、うん。何か変だな…違う人みたいだ…。父上が見たら卒倒するんじゃないかな…」

 

 ドラコは、自分の見ていた光景が信じられないのか、目を丸くさせて言った。そして、待ち合わせはマダム・マルキンの洋装店。ナルシッサはマグルの服をそこで購入していくという。

 

 「ママびっくりしないかな。…ねえ、私の顔何か変じゃない?さっきは言わなかったけど、違和感があるような気がするの…」

 

 不安な様子で聞くハーマイオニーに、ハリーとドラコは、あ~と言いづらそうに顔をそらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「ハッピーバースデーハリー」」」」

 

 「…ほら、セブルスも」

 「…ハッピーバースデー…ポッター」

 

 「みんな…ありがとう」

 

 ハリーは、瞳いっぱいに涙を溜めて、頬を赤くさせながらお礼を言った。

 

 

 

 

 スネイプがなぜこの場にいるのか。時は少しばかり遡る。

 

 

 ‎ナルシッサがマグルの通貨への両替を終え、服飾店でナルシッサがハーマイオニーの意見を聞きながら服を選んで、ドラコも買い物があると言い、席を外している時。店の表で待っていたハリーが、スネイプに呼び止められたのだ。

 

 「ポッター、校長がお呼びだ。手紙が途絶えている件、魔法の行使について聞きたいそうだ。姿現しをするから腕を掴め」

 

 いきなり現れて矢継ぎ早に言うスネイプに、ハリーは混乱して固まった。

 

 「え?何で知って…?それに、僕、これから…」

 ‎「手紙によってだ。それほど時間はかからん。我輩も暇ではないのだ」

 

 不機嫌な様子でずいっと腕を差し出すスネイプに、ハリーはたじろく。しかし、手紙?いったい、誰が?

 ‎そこで、助け船がやって来た。

 

 「スネイプ教授?」

 「…おや、もしやポッターと一緒だったのか…?」

 

 スネイプは少し困惑した。聞いていた話では、ハーマイオニーだったはずなのだ。それが、なぜ。

 ‎しかし、不幸と言うべきか、更なる困惑がスネイプを襲う。

 

 「あら、セブルス。お久し振りね」

 「…は、えーー?」

 

 スネイプは、目を疑った。覚えのある声がしたと思えば、そこには、マグルの服を着こなしたナルシッサがいたのだ。

 

 「あ、スネイプ先生?こんにちは。…あの、ナルシッサさん、ローブどうぞ」

 「…あら、忘れていたわっ。ありがとうハーマイオニー」

 

 ハーマイオニーから渡されたローブを、店内に引っ込んでいそいそと身に纏うナルシッサに、スネイプは今度こそ目眩がした。これは、何の冗談だ。あのマルフォイ家の夫人がマグルの格好で、グレンジャーのことを…もしや、何者かが化けて?

 

 「そうだわ、セブルス。あなたも一緒にどうですか?本当は少し不安でしたの。でも貴方がいてくだされば安心ね」

 ‎「…は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これ、よかったら…」

 

 各々が注文したものを食べ終え、ホールのケーキにフォークを入れ始めた頃、ドラコが遠慮がちに、ハリーへと声をかけた。バッグから取り出したものは、ダイアゴン横丁の店で買った、新品の羽ペンセットだった。

 

 「…いいの?」

 

 ハリーの声にも遠慮があった。理由があったとしても、あれほど殴っておいて、バースデープレゼントを貰う資格が自分にあるのか自信がなかったのだ。

 

 「いらないなら、いいけど…」

 

 ばつが悪そうな顔をして、手を引っ込めようとするドラコに⎯

 

 「…いる。ありがとう」

 

 ハリーは慌てて、若干引ったくるような形になって受け取った。ハリーとドラコの頬は真っ赤に染まっていた。

 

 「セブルスも何かあげたら?」

 「な…」

 

 この女さっきから余計なことばかり、と内心スネイプはイライラしていた。そこで更に、ハリーの期待するような眼差しが目に入る。スネイプは、今度は諦めたように、深く溜め息を吐いた。

 ‎学校でもそうだった。憎い男と同じ容貌をした少年には、冷たく当たっているつもりだったのに、いつからか尊敬の眼差しを向けられていたのだ。一体何の罰だと、スネイプはうんざりしながら、それでも何かないかと頭を巡らせる。

 

 「魔法薬の図鑑だ。少々書き加えてあるが、問題なかろう。自学の役に立てるように」

 「ありがとうございますっ」

 「…かまわん」

 

 居心地の悪い視線から目を背けて、スネイプは甘ったるいケーキを食べる手を速めた。

 

 

 

 

 最高の誕生日だった。

 ‎ハリーは漏れ鍋の一室のベッドの上で、今日1日の出来事を振り返り、幸福に浸っていた。

 ‎そして、それだけではない。残りの夏休みの期間、ハリーはダーズリー家に帰らなくてよくなったのだ。そうなった理由に不安はあるが、それでも嬉しかった。

 ‎ダンブルドアに会いに、ホグスミード村へとスネイプの姿現しで行った帰りに買って貰ったお菓子の山を眺める。

 ‎ドラコとは、いつでも会うことができるし、ハーマイオニーとも教科書のリストが出たら、またダイアゴン横丁で会えるだろう。

 ‎ハリーは本当に久しぶりに、幸せな気持ちで眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。ハリーは、ドアを激しくノックする音で目を覚ました。そして、ひとりでにガチャンと鍵が回った。

 

 「よっ!ハリー!いい朝ね!」

 「…え、だれ…?」

 

 眩しいくらいに金色で、腰くらいまでの髪の女性がベッドの横からハリーの顔を覗きこんでいた。

 

 「私はトンクス!今日からよろしくね、護衛だけど。うーん、私の想像していた顔とバッチリだ!それより君さ、ハッフルパフなんだってねー」

 

 弾丸のように話すトンクスに、ハリーの寝ぼけた目は、すっかりと覚めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 「まだ自覚が足らんようだな。ええ?トンクスよ?」

 「いいじゃんか、マッドアイ。私ハリーに会えるのすっごく楽しみだったの」

 ‎「そんなことでは、見習いから抜け出せんぞ」

 

 ハリーは朝食の席で、スープを掻き込みながらそんな会話を聞いていた。

 ‎さっきとはうって変わって茶色の巻き毛の髪をしている女性は、ニンファドーラ・トンクス――トンクスと呼ぶように言われたぼ対して傷だらけの片目がギョロギョロと忙しなく動いている老人は、アラスター・ムーディー――通称マッドアイ――だ。

 ‎聞くところによれば、この2人が残りの夏休みの間、ハリーの護衛をしてくれるらしいのだ。

 

 「見習い?」

 ‎「ああ、こいつはまだ見習いだ…闇祓いは知っているか?」

 ‎「はい、少しなら…」

 ‎「そうか。正式な闇祓いになるには、最低3年の訓練を受けねばならんのだ。儂も正式にはもう闇祓いではない。引退したからな。今では後身を…こいつを鍛えているというわけだ」

 ‎「――あ、だからって、手を抜いているわけじゃないよ。私の訓練の一貫てのもあるけど、マッドアイは最高の闇祓いだったし、ハリーは安心していいからね!」

 「あ、うん。ありがとう」

 ‎「どういたしまして!」

 

 ハリーは大袈裟なことになったと内心縮こまっていたが、周りからすれば、そうではなかったのだ。

 ‎特に、知るものからすれば、万全の守りだと思っていたものに、綻びが見つかったという看過できない事実。今はまだ悪戯の域はでないが、闇の魔法使いがハリーに関わっている可能性が捨てきれないと、気が気ではない状況だった。

 

 

 ハリーは朝食を終え、部屋に戻ると、見覚えのない大きなトランクが置いてあることに気づいた。加えて、ベッドも1つ増えて――?

 

 「あの、これ?」

 「うん、よろしくなハリー!私もここに泊まるから!…あ、マッドアイの方がよかった?」

 ‎「あ、いや…」

 

 チラリとムーディの表情を窺う。ギョロギョロと動く目が、ハリーを見つめていることに気づいて、サッと目をそらした。

 ‎トンクスを見ると、ニヤリと笑っていた。

 

 「決まりだね。ハリー、私のこと、お姉ちゃんって呼んでもいいんだぜ?」

 ‎「え、本当にっ…?よろしく、お姉ちゃん」

 ‎「え」

 ‎「あれ、駄目だった…?」

 「あー…いーやっ、全然おーけー」

 

 トンクスの髪の毛が点滅しながら、真っ赤に染まる。ハリーは目がチカチカした。さっきトンクスから七変化ということを聞いて便利だと思ったが、そうでもないなと思い直した。

 

 「おい、話は十分か?十分だな。よし、ポッター坊主、杖を構えろ」

 ‎「え、どうして…」

 

 ハリーは疑問に思いながらも言われた通り杖を構えようとして――

 

 「エクスペリ――」

 ‎「エクスペリアームス‼」

 

 ハリーは反射的に呪文を唱えていた。

 呪文の速打ち勝負。ホグワーツにいる間、ずっとドラコとしていたことだ。武装解除呪文では、ドラコに軍配が上がっていたが、持ち前の反射神経の良さもあり、ハリーもそれなりに鍛えられていたのだ。

 ‎ムーディが手加減していたこともあって、ムーディの杖がぽんっと後方に飛んでいた。

 

 「――ほう、やるではないか。決まったなトンクス。この坊主も一緒にやるぞ」

 ‎「えーあれ本気だったの?勝手にそんなことするの不味くない?」

 ‎「問題はなかろう。儂はもう既に闇祓いではないのだからな。それに、お前も護衛も出来て訓練も出来る。儂も…そうだな、先の予行練習になるやもしれん。何の問題がある?」

 ‎「…おーけー。がんばろうぜっハリー!」

 

 何を?

 ‎ハリーは、疑問でいっぱいだったが、嫌な予感だけは感じた。

 ‎腕を掴まれ、バチンっという音とともに、ハリーはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 「う……ぅぇ、おろろろ」

 ‎「ぎゃー!」

 

 ハリーは、トンクスのローブに朝食をリバースした。

 仕方ない。だって昨日が初体験で、まだ3回目なのだ。しかも朝食のすぐ後で、予告がないから心の準備もできなかった。昨日のスネイプはしっかりと予告して、姿現し後は吐き気止め薬を――文句を言いながらも――くれたのだ。

 ‎

 「…“エバネスコ”…“スコージファイ”…ぅぅ、酷いやハリー。私、汚されちゃった…」‎

 「ごめんなさい、トンクス」

 ‎「ううん、仕方ないよ。でも…まったくもう、いけない子めっ」

 「…」

 ‎

 ハリーの現れた場所は、周りが灰色のコンクリートに囲まれた場所だった。天井は遮るものが何もなく――いや、あった。うっすらとだが、何か透明なものが覆っているのにハリーは気づく。

 

 「ここは?」

 ‎「闇祓いの訓練施設だ。といっても、ほとんど使われていないがな。儂は呪いがかけられていないか、ひと通り調べてくる。少し待っていろ」

 

 ムーディーはそう言ってハリーに背を向けてあちこちで杖を振り始めた。

 

 「あれは?」

 ‎「うん、まあ一応必要なことなんだけど…普通はここまでしないかな。闇祓いの施設に手を出す奴なんていないし。でも、マッドアイは異常なほどの心配性だから、ああしてる」

 

 トンクスの説明を聞きながら、ハリーは、そうなんだ…とよく分かっていないが、ボンヤリと考えた。

 

 「よし、じゃあ」

 

 ハリーの腕はガシッとトンクスに掴まれていた。何だ何だと顔を上げれば、にんまりと笑っているトンクスが。

 

 「え、何」

 ‎「マッドアイのあれは、まだ時間が掛かる。走ろうぜハリー、まずは体力作りだ!」

 

 

 

 「ぜっ…はぁー…ぜー」

 「見た目を裏切らず、体力の欠片もないなハリー!よし、次は身体を伸ばそう」

 

 「え⎯?痛あああ――」

 ‎「おいおい、ゴーレム並みに固いよ」

 

 

 

 「ふぅー‼ふぅー‼」

 ‎「ごー…ごー…あとちょっとで5回達成だハリー!がんばれ!」

 ‎「ふぅー‼」

 ‎「――何をやっておるか」

 ‎「あ、マッドアイ。今日は終わるの早かったね。それと何って…見れば分かるでしょ?」

 「儂には、小僧が生まれたての小鹿のように震えているようにしか見えんが」

 「ぁ、あと…ちょっとぉっ…あっ」

 

 バタンと倒れたハリーは、その拍子に強く顎を地面に打ち付け、白目を剥いた。

 

 「あちゃー」

 ‎「根性はある…のか?」

 ‎「ははっ…ろくに説明もしなかったのに弱音吐かなかったし、大丈夫だよ」

 ‎「おい…まあ、いい。小僧が起きるまでお前の訓練だ」

 ‎「“エネルベート”!」

 ‎「おい」

 ‎「――はっ。あれ、ここどこ。箒で飛んでいたはずなのに…」

 「おっいいね、飛行訓練といこうか」

 ‎「…はぁ。まあよい、始めるぞ」

 ‎「えっ…えっ?」

 

 

 

 「うわぁあぁあ――」

 ‎「ほらハリー!…よっと…ほっと!しっかり箒を掴めばっ!バランスとって!こう!」

 ‎「ほう、これでもか…それ!そらそらそら!」

 

 ぐわんぐわんと揺らされながらも何とか箒に乗るハリーに、アクロバティックな動きを見せるトンクス。それと、地面で杖を自在に振るムーディがいた。

 

 「あっ……ぎゃあぁぁあ」

 「マッドアイ!ハリーが落ちたよ!」

 ‎「地面に“衰え呪文”はかけている」

 

 しかし、ハリーはそんなこと知らなかった。かなりの高さから落ちているのだ。地面が迫ってくるその恐怖は、並大抵のものではなかった。

 ‎このままでは、潰れたトマトのようになってしまう――‼そして、ついにぶつかるところで――ふわりとハリーの身体が浮き上がった。

 

 「何だマッドアイ、びっくりしたよ」

 

 ちゃんと浮かせたんだ、と安心の表情を浮かべるトンクス。

 

 「いや、儂は何もしていない」

 

 そこで、ハリーの身体が浮遊から解かれて、地面へと顔から突っ込んだ。しかし、衝撃は地面に吸収され、ハリーの身体にダメージはなかった。

 

 「おーい、ハリー?…あれ、白目剥いてる。また気絶してるよ。ちょっとマッドアイー?」

 ‎「……いや、まさかな――なんだトンクス?」

 

 

 

 

 

 

 ハリーはボロボロになりながらも、なんとか漏れ鍋の部屋に帰還した。いや、帰還できた。

 

 「がんばったじゃん、ハリー」

 ‎「…うん」

 

 今のハリーは、返事をするのも億劫だった。

 

 「ひと通り調べたが、そうだな小僧は…闇祓いの素質がある。まだ2学年にもなっていないことも考えれば、素質だけで済まないような気もするがな。特に、開心術の才能がずば抜けている。その代わりに閉心術は“へ”の字もできていないがな。しかし、それも盾の呪文で防ぐ力がある…」

 ‎「すごいぜ、ハリー。マッドアイがこんなに誉めるなんて滅多にない」

 ‎「…うん…」

 ‎「どうだ、小僧。闇祓いは今は別にしても、儂が護衛期間中に鍛えてやろうか」

 ‎「うん…」

 ‎「そうか、では決まりだな!」

 「うわぁ…」

 

 ハリーの思いもよらぬところで決定され、トンクスが哀れみの目を向ける中、誰かがドアをノックした。ムーディが杖を構える――

 

 「ポッターさん、ご友人が来ていますぜ」

 

 ハリーの目に、少し光が灯った。

 

 

 

 

 「おっ君がドラコ?初めまして!私はニンファドーラ・トンクスだよ!」

 ‎「…トンクス?ってことは、あなたは?」

 ‎「うんっ。親愛なる従弟くん、君もハッフルパフだってね!私もハッフルパフ出身なんだ!」

 ‎「あ、はい、Ms.トンクス。ところで、ハリーは…?」

 ‎「私のことはドーラでいいよっ。ハリーは後ろから来てる――」

 

 そして、ハリーの様子を心配したドラコも――ムーディと父親のことでひと悶着あったが――次の日から護衛とは名ばかりの特訓に参加することになった。

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 身体の疲労具合を考慮されて見学となったハリーは、昨日の自分と同じメニューをさせられているドラコを、遠い目で眺めていた。

 

 

 ‎

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 「ハリー!」

 

 9月1日。ホグワーツ特急が発車するキングズクロス駅で、ハリーは実にひと月ぶりに、ハーマイオニーと再会していた。

 ‎手紙のやり取りも全くなかった。

 ‎ハリーにはマッドアイとトンクスが護衛についている。ドラコも純血魔法族としても有名だ。まず手を出す輩はいないだろう。しかし、ハーマイオニーはマグル出身の魔女で、彼女が優秀と言えどまだ2学年にもなっておらず、魔法省でも検知できなかった者の相手をすることは無謀である。そのため、ハーマイオニーの安全を考えて、接触を控えることになっていたのだ。

 ‎だから、寂しい気持ちがあったのだろう。ハーマイオニーは、荷物もほったらかしに駆け寄って、ハリーに飛びつくように抱きついた。

 

 「うわっ…と」

 

 1ヶ月前のハリーだったならば、よろけ、終いには倒れていたかもしれない。しかし、見た目は変わらずとも、ムーディにひと月もの間鍛えられたハリーだ。持ち前のバランス感覚に体幹がプラスされたハリーには、同年代の少女を受け止めることなど造作もなかった。

 

 「あっ、ごめんなさい!…あれ?ハリー背、伸びた…?」

 「…だったらいいんだけど、背はまだハーマイオニーのほうが高いんじゃないかな…でもちょっとは大きくなったかな?」

 ‎「あ、うーん…逞しくなったわ…?」

 ‎

 ぺたぺたと‎感触を確かめるハーマイオニーに、ハリーは気まずくなる。

 

 「…あー、ハーマイオニー、荷物とってきたら?」

 

 ハリーは、ハーマイオニーの後ろでグレンジャー夫妻がクスクスと微笑ましく見ていることに気づいて恥ずかしくなった。こちらからは見えないが、ハリーの後ろではトンクスがニヤついているのも想像できた。

 

 「本当っ、わたしったら」

 

 ハーマイオニーがクルリと回って両親のもとへ駆けていく。それを見送ったハリーの肩から、ずいっとトンクスの顔が生えた。

 

 「熱いハグだったな。私も今度会ったときはあれくらいしたほうがいい?」

 

 今のトンクスの髪の毛は真っ黒でツンツンしている。毛先が首を突いて、ハリーは少しこそばゆかった。

 

 「しなくていいよ…あっやっぱりしてもいいよ」

 「おーけー。楽しみにしといてね。溶けちゃうくらいの、あっついのをあげるからさっ」

 

 背中に感じたものにより、思い直したハリーだ。

 

 ‎思い返せば、ハリーがトンクスと同じ部屋で生活していたひと月は、終わってみればあっという間だった。

 本当の姉のように接してくれていたのだ。家族愛に飢えていたハリーがなつくのに時間はかからなかった。そして、ほんの少しだが、年上の異性に対しての憧れのような感情を抱いていたのも確かだ。具体的には、姉9に対し、1くらいの割合だ。

 だから、‎漏れ鍋の部屋を出るときはかなり寂しかった。思わず出た涙は誤魔化したが、きっとばれていただろう。何せハリー自身も、トンクスが涙声になっていたのに気づいていたのだから。

 

 ‎ムーディは、かなり厳しくて、ほんのり優しい。あとちょっと頭がおかしいおっさんだった。料理も食材も自分で用意したものしか食べないとか、用心深いを通り越していた。意外なのは、彼が料理上手だったことだろうか。少し分けて貰ったパイが美味しくて、度々分けてもらっていたハリーだった。

 ‎訓練と言う名の護衛も、ドラコも一緒だったし、しんどかったけど同じくらいに楽しく、ダーズリーの家なんて比べ物にならないくらいに充実した日々だった。

 ‎こうして、トラブルによって始まったひと月の出来事だったが、ハリーとってかけがえのない思い出になっていた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 「うぎゃっったあっ!」

 

 9と3/4線に行くために、柱を通り抜けようとしたハリーだったが、それは叶わなかった。ゲートが閉じられてしまっていたのだ。突然の衝撃に驚いたヘドウィグがギャーギャーと騒ぎ立てる。

 

 「ハリー大丈夫っ⁉」

 

 慌てて駆け寄ってきたトンクスが地面に投げ出されたハリーを抱き起こす。

 

 「でも、今の一瞬でなんで…」

 

 トンクスが疑問の声を上げる。

 ‎一番始めにゲートを通り抜けたのは、安全を確かめるために先行したムーディーだった。そして、次にハーマイオニーが通ったときにもゲートは開いていたのだ。

 

 「トンクスどうすれば…」

 

 ハリーが不安な声で言う。このままじゃ、特急に乗り遅れてしまう。そうなれば、ホグワーツにはいけないかもしれない。

 ‎冷静に考えれば、いくらでも方法はあるのだが、軽くパニックになったハリーはその考えに行き着くことができなかった。

 ‎対して、トンクスは見習いでも闇祓いだ。普段は頼りないところもあるが、しっかりハリーが落ち着くように言った。

 

 「まあ、慌てるなよハリー。多分まだ半分の生徒も向こうに行ってないし。ホグワーツには行けるよ」

 ‎「…うん」

 「これはね、一応予想していたことなの。犯人がハリーを学校から遠ざけようとしているって前に話したよね?」

 ‎「あー、なるほど…」

 ‎「それにほら、マッドアイがいるし……ほらね」

 

 柱のゲートから出てくるマッドアイの姿を認めて、トンクスは、「ねっ」とハリーにウインクして笑いかける。

 

 「おい、わかったぞ。小僧の…他との同一犯かはまだ確定はできんが」

 ‎「え?」

 

 ハリーが疑問に、マッドアイは直ぐに答えた。

 

 「この魔力の癖は記憶にある⎯⎯犯人は屋敷しもべ妖精で間違いなかろう。まさか、連中が手を出して来るとはな」

 ‎「えっと、本部に報告してくるね」

 ‎「屋敷しもべ妖精を飼っている家を調査するようにも言っておけ。まあ、それで見つかるとも思えんがな。それと、ダンブルドアにも手紙を出せ。対策を立てねばならん」

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 「いやー、またこの列車に乗る機会があるなんてね!」

 ‎「そっか…トンクスも学生だったんだね」

 ‎「いや、なんだと思っていたのさ」

 「うーん、ただ想像できないなって」

 ‎「そうね…私ほどの模範生はいなかったかな」

 ‎「儂は、時折アホをやらかしていたと聞いたぞ」

 「「うわぁ」」‎

 

 何か想像できる…とハリーとドラコはトンクスに、可哀想な人を見るような目を向ける。

 

 ‎「マッドアイ!!私のイメージが崩れるでしょっ」

 ‎「いや、それはないな」

 ‎「うん」

 ‎「そんなっ」

 ‎

 ‎ドラコとハリーが即座に否定した。

 ‎ショックを受けるトンクスを不憫に思ったのか、同姓であるハーマイオニーが身を乗り出す。

 

 「大丈夫、トンクス。貴女は誰からも慕われていたに違いないわ。こんなにステキだもの」

 ‎「ハーマイオニーっ」

 

 まだ出会って間もないハーマイオニーに、ひしっと抱きつくトンクス。ハリーとドラコは苦笑いだ。マッドアイにいたっては、呆れたとばかりに鼻を鳴らしている。

 コンパーメント内に何とも言えない生ぬるい空気が流れ始めた時、控えめにドアが開いた。

 

 「あ、あの…ここ空いて…あっ」

 

 

 

 

 「お前がロングボトムの息子か、そうかそうかっ!ええっ?」

 「は、はいぃ…」

 

 コンパーメントの中を確かめた瞬間、ぺこぺこ謝りながら回れ右したネビルだったが、同寮のハーマイオニーに呼び止められ、異質なコンパーメント内へと引きずり込まれた。

 ‎そして今は、ムーディーがロングボトムの夫妻の息子と知るやいなや、やけに親しげな態度に戸惑っているネビルだった。

 

 「マッドアイのテンションが沸騰してるぜ」

 ‎「教官のあの状態は心臓に来るな…うわ、鳥肌」

 「同感だよドラコ。あのテンションはヤバい時だよ」

 ‎「何だかよくわからないけど、ネビル大丈夫かしら…」

 

 4人が恐れおののいているなか、ムーディーはロングボトム夫妻の武勇伝を次々と並べていった。

 

 「そうだ、名案があるぞ。ロングボトム、お前も学校にいる間に坊主たちのメニューを共にこなせ。いいな、貴様らも」

 

 あたふたするネビルの返答も待たずに、ムーディーはハリーとドラコにギラリとした視線を飛ばす。条件反射と言うべきか、一瞬身をすくませた2人だったが、直ぐに何かを悟った顔になった。

 

 「よろしくネビル」

 ‎「僕は、お前じゃついてこれないとは思うが…精々がんばれよ」

 ‎「えっ。あのぼくその…うん」

 「経過は、同様に半月ごとに手紙で送れ」

 

 まだよく状況を理解できていないネビルだったが、頷いてみせた。ムーディーの表情が満足げなものに変わる。

 

 「ハーマイオニーは?一緒にしないの?」

 ‎「えっ⁉…わたし?」

 

 トンクスがいいことを思いついたと言わんばかりの顔で言った。

 ‎自分は関係なくてよかった…とほっとしていた矢先に、ハーマイオニーは思いもよらぬ所から不意打ちを受けることになった。

 ‎普通に考えて無理だ。自分の運動神経が皆無なことを、ハーマイオニーはよくわかっていた。どうやって断ろうかと、優秀な頭脳をフル回転させる。

 

 「ほう?確かお前も優等生らしいな。ポッター坊主が絶賛していたぞ」

 

 ムーディがニヤりと口を歪ませる。

 ‎ハーマイオニーは心から思った。ハリー!余計なことをっ。

 

 「あの…私…」

 「そう固くなるな。儂は別に無理強いはしない。ただ、その気があれば、どうかと思ってな。気にするな」

 「あ…はい。ありがとうございます」

 

 ハーマイオニーはふぅと身体から力を抜く。よかった。理不尽を目の当たりにして悲愴な表情をしているネビルなんて視界には入っていないのだ。

 

 

 

 

 

  ■

 

 

 

 

 

 「…ねぇ、マッドアイ。今さらというか、今だから言うけどさ…ハリー達にさせていたことって、あれ大丈夫なの…?」

 

 大広間へと向かうハリー達を見送りながら、トンクスが大丈夫だよね…?と不安げな声でムーディに聞く。

 ‎ムーディはそんなトンクスを安心させるように(他人から見ればそうでもないが)笑う。トンクスも不安が和らいだのか、釣られて笑顔になる。

 

 「馬鹿者。いいわけないだろうが」

 ‎「やっぱりだよっ」

 

 あああーとトンクスが頭を抱えて呻く。まだ闇祓いになっていないのに私…と悲愴な声を出す。

 

 「幾らかレベルを下げたとは言え、闇祓いの訓練とそう変わりないことをしたのだ。まだ未成年はおろか、2学年にもなっていなかった学生にさせることではない」

 ‎「じゃあ、なんで」

 ‎「ああそれはな――トンクスお前、マグルの学問はわかるか?」

 ‎「あ、うん。それなりには。ホグワーツの前は普通に学校通ってたし。パパがマグルだからね」

 ‎「まあ、儂も引退してからマグルの書物を読むようになったのだがな、興味深い記述を見つけたのだ。何でも、子どもの運動神経の発達――まあ、運動の才能だ。それは、約12才でその容量が決まるらしい。つまり、その年齢以降には、成長しない」

 ‎「それでハリー達に…?でも、あの子達もう12才になってるよ」

 「それについては、問題ない。あ奴等の身体の成長は一般的なマグルの年齢のものに比べて遅いからな。坊主には悪いが、ダーズリーの奴等も役にたったということだ」

 ‎「それは、ハリーに言わないでね。マッドアイが忠告したから来年から大丈夫だと思うけど、酷い生活していたみたいだから。でも、うーん。ハリーはダーズリー家での生活のせいがあるから分かるけど…ドラコも?」

 ‎「あ奴はな、血が濃すぎるのだ。純血の魔法族に言えることだが、幼少期の成長がマグルと比べて遅いと、儂は見ている。話を戻すぞ――いや、話は簡単だ。儂はな、新たな世代。より優れた闇祓い、もとい魔法使いを造り出そうと考えたのだ」

 ‎「…なんか、やばそうだけど」

 ‎「なに、アズカバン送りになるほどではない。新たな教育の一種だと思ってもよいのだ。そして、あの小僧共は儂の想像を越えてきた。たったのひと月であれほどまでに成長したのだ。儂の考えも的外れとは言えまい?」

 ‎「いや、あれはあの2人が特別なだけじゃないの?」

 ‎「それもあるだろう。だからこそ、ロングボトムを押し込んだのだ。あ奴は出来損ないらしいが、優秀な血は引いている。それで成果があれば、文句を言う者もいなくなるだろう」

 ‎

 ‎自信ありと、目をギラつかせて饒舌に話すムーディに対して、トンクスは内心、盛大に引いていた。何かヤバい。それだけは確実だ。嫌な予感しかしなかった。

 

 「そんなに上手くいくかなぁ」

 

 トンクスのぼやき声も聞こえないと言わんばかりに、ムーディは機嫌よく校長室へと歩を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シュー(あとちょっと待ってね☆)






 

 

 

 

 

 

 早朝。

 ホグワーツ城は周囲の森に溶け込むように静まり返っていた。大半の生徒はまだ、ベッドで寝息を起てている時間帯だ。

 ‎特に昨夜は、新入生の歓迎会、もしくは久方ぶりのホグワーツに懐かしさを感じ、どの寮も活気に満ちていた。そして列車での長旅の疲れが出たのか、遅くにベッドへと入って、熟睡している生徒達の声は1つとして存在しない。

 そんな静寂に包まれた世界のなか、‎朝日に照らされキラキラと輝く湖の畔。そこには、動き回る小さな2つの影と、追いすがる1つの影があった。

 

 「ネビル頑張れ!」

 ‎「頑張れって…まだジョギングだハリー」

 ‎「ひぃーひーぃ…」

 「でも、僕達も同じだったじゃないか」

 ‎「まぁ…そうだけど」

 

 ハリーとドラコは学校生活の1日目から、ムーディに指示されたメニューを始めていた。半ば巻き込まれた形となっているネビルも、グリフィンドール寮をこそこそと抜け出して参加している。

 

 「ほっと、よっと」

 ‎「うわっ!ハリー!」

 ‎「ごめんっ」

 

 ジョギングの後は柔軟体操、そして短距離走、軽い筋力トレーニングは終わっていた。

 ‎今は、魔力を受けて飛ぶボールを2つ用いて、ハリーとドラコはパスを回していた。ボールが地面に落ちたり、コントロールが利かずに見当違いの方向へ飛んでいったりすることもあるが、稀だ。時折手足を使いながらも、殆どをノーバウンドで、2人は杖の先から光線を飛ばしながらボールを回していた。

 

 「うわぁー」

 

 既に体力が尽きてしまったネビルは、ペタンと身体を丸めて座り込んでいた。そして、眼前でポンポンと宙を舞うボールを、口を開けて眺めている。何故こんなことをしているのかは解らないが、とにかく凄いことをしていることだけはわかった。

 

 「ネビルこれはね、主に魔法のコントロールと動体視力を鍛えるためのものなんだ。えっと最初は…あ、あれ。あんな風にしてみて」

 

 ハリーが指を指した先には、杖の先に光を灯して、リフティングしているドラコがいた。舞っているボールは3つだ。

 

 「できるかなぁ…」

 

 ネビルが不安げに呟く。

 ‎ネビルにとって、去年のハリーとドラコはまさに雲の上の存在だ。そして同時に憧れでもあった。

 ‎魔法界の英雄と、スリザリン寮に約束されていたはずの純血一族。この2人がハッフルパフに選ばれたことはホグワーツでは有名だ。そして拍車をかけるように、1学年の2人が友人のためになしたというトロールからの救出劇は生徒達を大いに沸かせた。

 ‎しかしこれにより、全校生徒ーー特に同学年の生徒にとってハリーとドラコはさらに近寄り難くなる。良くも悪くも異端の存在となったのだ。

 合同‎授業の時も、湯水のように加点されていく2人だ。きっと他の授業でもその優秀さを発揮しているのだろうとネビルは思っている。

 ‎それに比べて、自分は減点されるばかり。学年末の試験だって薬草学以外は本当にギリギリだった。自分でもスクイブじゃないかと疑っているくらいだ。   

 羨望も、嫉妬もする気も起きない。比べるのもおこがましい。

 

 「ネビルが頑張れば、きっと出来るようになるさ。というか、僕達もまだ全然の全然だし。それにドラコだって、あれ出来るようになったのは何日か前…」

 ‎「聞こえてるよ!それにハリーはまだここまではできないだろっ」

 

 あはは、とドラコに笑って返して「ドラコは努力家なんだ」と自分のことのように自慢するハリー。ネビルには、それが堪らなく眩しくて、心の底から何か熱いものが沸き上がっていくのを感じた。

 ‎

 ‎ネビルは、自分がこの2人のようになれるとは思わない。思えるはずもない。そんな高望みなんてするわけがない。だって、何もかもが違いすぎるのだ。

 ‎

 ‎でも、でも⎯⎯去年までの自分から少しでも変われるのならば。

 ‎本当に頑張れば、もしかしたらこの2人に少しだけでも近づくことは出来るかもしれない。

 

 「う、うん。僕…やってみるよ」

 ‎「そうこなくっちゃ」

 

 だから、‎勇気を出すべきだと思った。自分には勇気が⎯⎯ある…あるはずなのだ。

 ‎目に見えないほどちっぽけなものかもしれないけど。何かの嘘じゃないかとは思うが、それだけは間違いないのだ。

 ‎お前にもできるはずだ、やれないはずはないと、確かに言われたのだ。

 

 「はい、ネビル」

 

 そうだ、出来る。やるんだ。

 ‎だって、これでも自分はグリフィンドール生。

 ‎そしてムーディがあれほどまでに絶賛していた⎯⎯誇るべき両親の息子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 「ネビル頑張ってたね」

 ‎「…ん?…ふん、空回りぎみだったけどな」

 

 朝食の席でハリーは、グリフィンドールのテーブルに頭を預けて突っ伏すネビルを眺めながら呟く。対してドラコはベーコンエッグを食べる手を止めることなく、たいして興味がなさそうに言った。

 

 「でもあれもさ、多分ネビル、目ではしっかり捉えてたよ」

 ‎「…そうなのか?」

 

 あまりネビルに気をやっていなかったドラコは、その言葉にピクリと反応する。

 ‎しかし、だとすればそれは、自分そしてハリーと同じようではないかと、ドラコは眉を潜めた。

 ‎ムーディとの訓練を始めた頃でも、遺伝的なものがあるのか、ドラコとハリーは2人とも反射神経、また動体視力は既に高い水準にあった。だからと言って何ができたわけではないのだが。

 ‎むしろ逆に、何もできなかったというのが正しいだろう。ひとえに、身体能力がーー基となる身体がモヤシすぎたのだ。あと、ムーディの求めるレベルが高すぎ。

 ‎ここまで動けるようになったのも、1日の終わりには身体が動かせなくなるほどの⎯⎯休息日はしっかりとあったが⎯⎯メニューをこなしたからこそなのだ。

 ‎ドラコは、もはや料理と見分けがつかなくなっている状態のネビルに懐疑的な視線を向けながらも、ムーディの口癖を頭に過らせる。目には、自然と力が入っていった。

 

 

 

 

 

 ハッフルパフ二年生の今学期始めの授業は、寮監であるスプラウトが教鞭を振るう薬草学だ。ちなみに、グリフィンドールとの合同授業である。

 雲が出てきた空を眺めながら城内から出て、温室へと向かう道すがら、ハリーはハーマイオニーと合流していた。

 

 「ハリー達の今日の授業って何?」

 「えっとね、次が闇の魔術に対する防衛術⎯⎯」

 ‎「ロックハート先生の!!…あ、ごめんなさい」

 ‎「あ、うん。それと午後は変身術だよ」

 ‎「そう…グリフィンドールも午後にロックハート先生の授業があるの。お昼にどうだったか教えてねっ」

 

 ハリーは、ご機嫌な様子のハーマイオニーに肩を竦めながら温室を目指す。どうやら、彼女はミーハーな気がするとハリーは思った。彼女自身は隠しているつもりかもしれないが、隠しきれていない。ロックハート先生は~ロックハート先生は~と気づけば口に出てしまっている。やはり、顔なのかとハリーは少しうんざりした。居心地もあまりよくない。

 ‎隣を歩いているドラコは我関せずと言った様子だし、ネビルも身を縮めながら少し後ろを歩いている。一瞬巻き込んでやろうかとも考えたが、直ぐに良心に苛まれてその考えは消える。

 もう、いっそここに本人でも現れてくれたら楽なのになと、ハリーはぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、本当に素晴らしい授業だった…」

 ‎「…とても斬新な授業だったよ。退屈はしなかったな」

 ‎「ははは……ところで君のパパってさ、ホグワーツの理事なんだよね」

 ‎「…」

 ‎「ハーマイオニーに何て言おう」

 

 能面のような表情のハリーに、ドラコは何も言えず、気まずげにそっと視線を逸らした。

 ハリーは、ハーマイオニーまではいかなくとも、闇の魔術に対する防衛術の授業を心待ちにしていたのだ。実はハリーも、休暇中に読んだロックハートの本を気に入っていたのだ。

 ‎去年のクリスマス休暇中に、3頭犬を相手に冒険したことが、大きな理由だろうか。冒険というものにすっかりと味を占めていたハリーにとって、ロックハートの本に書いてある出来事は、魅力的だったのだ。

 

 「ハリー…みたんだろ?」

 「うん…能力高そうに見えないけど、一応先生だし少しだけど…」

 

 ドラコの問いかけに、ハリーは頷いてみせる。何がと聞かれなくとも、ドラコが何のことを聞いているのかがわかった。

 

 「それでどうなんだ?」

 ‎「何か嘘ついてるよ。何に対してかはわからなかったけど、最初に受けたイメージがそれだった。あ、あと…自分大好き人間であるのは確定事項」

 「それは僕でもわかるさ」

 

 ‎ハリーは、開心術でロックハートの心を覗いていた。本来はすべきことではない。ムーディにも、無闇矢鱈に使わないようにと再三注意を受けている。

 ‎しかし、どうにも抑えがきかなかったのだ。反省はしているが仕方なかったとハリーは思っている。

 ‎だって、なんだあれ。‎その一言に尽きる。

 

 「でもハリー、もう覗くなよ。もしかしたら闇の魔術に傾倒しているってこともある。用心すべきだ」

 ‎「え、そうかな…?」

 「ほら、教官の口癖を思い出せよ。本当に無能だったなら…まあ、何か考えよう」

 ‎「そうだね…」

 

 ハリーとドラコは、顔を見合わせてニンマリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

 「あ、あ……ハーマイオニーに何て言えばいいと思う?」

 ‎「さあな、僕に聞くなよ。…グレンジャーならあのテストで満点とりそうだな」

 ‎「ドラコは、2問ミスだったね。見事寮に加点されたし」

 ‎「うるさい」

 

 ハリーとドラコは軽口を叩き合う。こちらに向かって目を輝かせながら駆けてくるハーマイオニーに、気づかないふりを続けた。

 

 

 

 

 

 

 □

 

 

 

 

 

 

 

 「ひらけーごまっ…だっけ」

 ‎「あっ……ハリー、それ言う必要ないだろ。ドーラも冗談だって⎯⎯」

 ‎「本音は?」

 ‎「…別にいい」

 「ごめんごめん。もう一回やる?」

 ‎「いいって言ってるだろっ」

 ‎「おっけー、おっけー」

 ‎「ふん。…それにしてもすごいなこれ。中は本当に存在しているのか?扉だけだったりして」

 ‎「あ…うん。それに、ものすごく…うんと広い部屋って念じたから、あまり自信もないかも」

 ‎「いや、それで願いの限界がわかるかもしれないし…とにかく開けてみよう」

 ‎「そうだね」

 

 互いに頷きあって、両開きの扉にそれぞれの手を掛ける⎯⎯

 ‎

 

 

 

 次の日、ハーマイオニーとネビルは、突如現れた両開きの扉に目を丸くさせていた。

 

 「うわぁー」

 ‎「これって……?」

 ‎「あったりなかったり部屋。もしくは必要の部屋って言うんだって。これトンクスに教えてもらったんだ。マッドアイには内緒だよ?きっと立ち入り禁止にされるからってトンクスが⎯⎯あっ待ってよドラコ」

 

 開いた扉の先には、外からは考えがつかないほどの空間が広がっていた。天井は巨人がジャンプしたってまだ余裕があるくらいで、奥行き横幅はもっとある。そして、見慣れた幾つかの輪っかが両サイドに位置している。扉の近くの一角には、箒がずらりと並んでいた。

 

 「クイディッチがしたいって願ったらこうなったんだ。見ての通りフィールドが現れた。ゴールは手作りみたいだし、昔誰かが同じこと考えたんだと思う。それと、これ凄いんだっ。床は衰え呪文が掛かったような素材で出来てる」

 

 偉大なる先人の方々に感謝を、と祈りながらハリーが歩く。その後ろを、未だ口をあんぐりと開けたままのネビルと、「これいったいどれほどの魔法が……」ブツブツと呟くハーマイオニーがふらふらとしながら付いていった。

 

 

 

 

 

 

 □

 ‎

 

 

 

 週末の土曜日、ついにハリーとドラコのクイディッチメンバー入りが決定した。運良くと言うべきか、チェイサーのポジションにちょうど2人分の空きがでていた。そして、選抜に見事合格ーーというか、チェイサーの選抜を受けたのがハリーとドラコの2人だけだった。

 ‎ムーディからプレゼントされたニンバス2000を握りしめて、緊張しながらも臨んだ2人だ。正直、この結果に拍子抜けした。だが実のところ、ハッフルパフ寮内では、暗黙の了解で既にハリーとドラコのメンバー入りは決まっていたりした。もちろん、寮の生徒と交流がほとんどなかった2人には、知るよしもないことである。

 

 夜には、談話室で新メンバーのための歓迎会が行われた。そこで、ハリーとドラコも同寮の生徒と打ち解けてーーいや、それほど打ち解けてはいなかった。

 ‎ハッフルパフのクイディッチメンバーに何か問題があったわけではない。むしろ彼らは、最年少でチーム入りをしたハリーとドラコを大いに歓迎した。優れたシーカーであるセドリック・ディゴリーを始めとして、今年が最終学年のチェイサーでキャプテンを務めるガブリエル・トゥルーマンは、ちびっこ2人に積極的に話しかけた。

 対してハリーとドラコは普段の姿が見る影もないほどに⎯⎯天敵に狙われた小動物のように警戒心が剥き出しだった。内心かなりびびっていた。

 

 「ほら、二人ともこれ結構いけるよ。どうだい?」

 ‎「…大丈夫です、トゥルーマンさん」

 

 ハリーには、トラウマがあった。

 ‎去年の組み分けの際の、たくさんの失望の目だ。(被害妄想込み)

 ‎主に上級生から受けたそれから、ハリーは上級生を苦手としていた。

 

 「…じゃあ、そっちは…」

 ‎「結構だ。ディゴリー…さん」

 

 ドラコは、心に壁を作っていた。

 ‎去年の組み分けの際の、裏切りだ。(若干の被害妄想込み)

 ‎信じてきたものに裏切られたのだ。ドラコは基本、人を信用しなくなっていた。

 

 実は以前から、ハリーとドラコは2人ともにクイディッチチームに参加することに対して不安を抱いていたのだ。しかし、どちらも言い出せなかった。情けないやつだと、互いに思われたくなかったのだ。

 ‎しかし今結局、お互いの心情を察することになった。緊張しながらも、共に少しほっとしていたりする。

 

 翌日の日曜日から始まった全体練習では、昨夜のこともあり不安を感じていたクイディッチメンバーも、皆安心納得の表情を浮かべていた。

 特に、チェイサーのガブリエルは上機嫌だった。長年逃してきたクィディッチ優勝杯だが、本当に今年こそは手にいれることが出来るかもしれない。そう思えるほどに、ハリーとドラコは逸材だった。もちろん、まだ荒いところもあるが、試合までまだ二ヶ月ある。修正する時間は十分にあると思っている。

 ‎まずハリーだが、飛行能力が抜群に高い。おそらく、シーカーでもやっていけるだろうポテンシャルがある。これで、箒に初めて乗ったのが去年だと言うのだから驚きだ。そして、しっかりと周りが見えている。ほしいと思った場所にクアッフルが来る。細かいコントロールはまだまだだが、何よりそれだけでも一緒にプレーがしやすい。

 ‎そしてドラコだが、彼は堅実だ。スリザリンだなんてトンでもない。彼こそハッフルパフを表したようなプレーをする選手だと、ガブリエルは感心した。

 ‎上級生さながらの飛行能力に、幼少期から触れてきたのだろう⎯⎯クアッフルを扱う技術が高い。シュートの正確さも満足のいくレベルだ。そして、頭がよくキレる。フォーメーションも、こちらの意図も直ぐに理解してくれる。聞けば、去年の1学年トップだったと言うのだから納得だ。

 

 「ハリー!ドラコ!一旦休憩!他の皆も!」

 ‎「はい、キャプテン」

 ‎「わかった…キャプテン」

 

 ただ、もうちょっと砕けて接してほしいと思うガブリエルだった。プレー中は楽しそうなのに、終わるとこうなる。

 ‎ガブリエルは苦笑しながらも、想像以上の動きを見せてくれた2人に、激励の言葉をかけながら肩を叩いた。

 ‎ただちょっと、応援してくれる女子生徒がいるのは気にくわない。

 ‎ガブリエル・トゥルーマン。彼のガールフレンドは去年の卒業生、今はもう社会人である。手紙だけでは少し寂しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サインください!」

 

 反省会を終え、シャワーで汗を流して城内へと戻ったハリーを呼び止めたのは一人の男子生徒だった。真新しいローブに、深紅のネクタイを着けているのを見て、グリフィンドールの新入生だろうと判断する。同級生は基本的に話しかけてこないし。

 

 「よかったなハリー。せっかくのファンだ。書いてやったらどうだい?」

 ‎「いやいや…」

 

 ニヤニヤと笑うドラコに、ハリーは勘弁してくれと目で促すも、ドラコの様子は変わらなかった。完全に面白がっている。

 

 「ぼく…ぼく、コリン・クリービーと言います。それと、もしよかったら…写真をとってもいいですか?」

 「写真?」

 

 遠慮がちに言いながらも、じわじわと距離を詰めてくるコリンから、ハリーもつられて逃げるように後ずさる。

 

 「僕、あなたに会ったことを証明したくて⎯⎯」

 

 そこから、ハリーはあまり話を聞いていなかった。慣れない練習で疲れていたし、長々と話されても、ろくに頭に入ってこない。

 ‎隣を見れば、面白そうにしていたはずのドラコもうんざりとした顔をしていた。

 

 「あー、クリービー?サインするよ。写真もオッケーだよ」

 「…あ、本当っ?ありがとうございます!」

 

 もう面倒になったハリーは、要望に答えることにした。名前を書いて写真を1枚だけだ。話を聞くよりずっと楽に違いない。

 

 「よしこれで…」

 ‎「わ、わたしもお願いしますっ」

 「え…?」

 

 やっと戻れる。そう思った矢先、眼前に差し出されたものにより、ハリーは固まった。視線を上げれば、髪色と同様に、顔を真っ赤にさせた女子生徒と目が合う。今にも泣きそうだ。

 ‎反射的に、彼女の手帳に羽ペンを滑らせる。

 

 「あれ、インクが…?」

 ‎「…え?あっ!ち、ちが…こ、こっちです。こっちにお願いします」

 ‎「あ、うん」

 

 見間違いだったのかな。そう首を傾げた時に、ハリーの視界に嫌なものが映る。

 ‎まぁもう一つくらい…そう思ったのがいけなかったのだろう。長々と順番待ちの列が出来ていた。

 

 「ドラコ⎯⎯」

 

 助けて。そう言おうと隣を見たが、ドラコの姿がなかった。ハリーは唖然とする。

 

 「マルフォイさんなら、上級生…Pのバッヂを付けてたから多分監督生の人だと思います。連れていかれたよ」

 

 元凶のコリンがご親切に教えてくれた。見捨てられた訳ではなかったと、ハリーはほっとした。

 ‎しかし、なぜだろう。キャプテンは何かドラコに用があったのだろうか。

 

 「おやおや、この列は何かな?…何っサイン会?はっはー!」

 

 今一番聞きたくない声が聞こえた。いや、きっと幻聴だろう。疲れているんだ。

 ‎ハリーは、その場に座り込んで羽ペンを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 その後、寮部屋に戻ってもドラコはいなかった。先に図書館に行ったのだろうと思ったが、図書館にもドラコの姿はなかった。

 ‎そして結局、夕食の時間が近づいてきても、ドラコは図書館に顔を見せることはなかった。

 ‎心配に心配を重ねたハリーは、緊張しながらも大広間の7年生が座っている場所に行き、監督生のガブリエルにドラコの所在を訪ねた。

 

 「マルフォイ?…いや、見てないな。それ、僕じゃないし」

 ‎「え、でも…」

 ‎「別の人じゃないかな。ほら、誰か教授に頼まれて呼びにきたとか」

 ‎「あ…なるほど。ありがとうございました」

 ‎「このくらい構わないよ。そうだ、よかったらここで食事する?」

 

 席を詰めて場所を用意しようとするガブリエルに、ハリーは慌てて首を振った。

 

 「あの、僕。ドラコを探してから食べるので…」

 ‎「あ…そうだね。じゃあ今度マルフォイと一緒においでよ。一緒に食べよう」

 ‎「あ…はい。…じゃあ」

 ‎「うん、気をつけて」

 

 

 

 ハリーは教員の席を見渡し、全員が揃っていることを確認すると、騒がしくなり始めた大広間から抜け出した。

 ハリーが迷わず‎向かったのは、必要の部屋が出現する8階の廊下だった。大広間に行く前に寮の部屋も確認したし、ここ以外他に思いつかなかった。

 ‎ハリーは少し考えて、石壁の前を3回行き来した。すると、見慣れた扉が現れる。

 ‎中は、寮部屋ほどの広さしかなかった。ぼんやりと灯る松明に、幾つかの本棚。中央には大きなテーブルが一つと長いソファーが備えられていた。ハリーは、ソファーの上から出ている見慣れたプラチナブロンドを確認する。ホッと息を吐いた。

 

 「ドラコ、探したよ」

 ‎「…ん、ハリー…?……あ、今何時だ」

 ‎「もう夕食は始まってる。急がないと」

 ‎「…ああ、そうだな。ごめんハリー」

 ‎「うん、じゃあ行こうか」

 

 ハリーは、なぜドラコがこんな所にいるのか聞かなかった。こんなのは、初めてのことで、聞く勇気がなかったのだ。

 

 「待った、ハリー。聞いてほしいことがあるんだ」

 ‎「…うん」

 

 ハリーは気を引き締めた。きっと、大切なことなのだ。そう思った。

 

 「ガールフレンドができた」

 ‎「……ぇ"」

 ‎「だよね」

 ‎「え、嘘?」

 ‎「いや、本当さ」

 

 そう軽く言うドラコだったが、ハリーにはドラコ自身、信じられないことを言っているかのような印象を受けた。

 

 「相手は誰さ」

 ‎「レイブンクローの監督生」

 ‎「うわー。…あの巻き毛の5年生だよね」

 

 壁に掛けられた松明が、ドラコの顔を淡く照らす。青白く見える頬の色は、ぽかぽかと色づいていた。

 

 「照れくさいから、一度に言う。いいか」

 ‎「ぉおー、うん」

 ‎「まず、先生が呼んでるって急いで言われてついていったら、誰もいない空き部屋に連れ込まれて愛を伝えられた」

 ‎「うわぉ」

 ‎「その時の言葉は省くけど…簡単に言えば、初恋の人に似ていたのが切っ掛けらしい。それで彼女、図書館の常連で、去年からよく見ていたそうだ。まあそんなの気がつかなかったけどな。僕たち悪目立ちしていたしね。……本当は、気持ちを伝えるつもりはなかったらしい。でも、今回ほら、クイディッチのメンバーになっただろ?僕に人気が出て…と思ったら、後から後悔したくなかったって」

 ‎「…それって」

 ‎「うん、まぁ断ったよ」

 ‎「あれ?」

 ‎「それに、彼女はマグル出身だった。マルフォイ家のことを考えると、それだけでダメだったんだ。だから断った。はっきりと言ったんだ。貴女とは一生を共にできないって」

 ‎「え、は?」

 ‎「笑えよ」

 「…あはは」

 

 ドラコは、ハリーをキッと睨み付けた。顔はもう真っ赤だった。

 

 「あんなの初めてで、混乱してたんだ。仕方ないだろっ‼」

 ‎「なんかごめん…」

 ‎「ふんっ…。まあいいさ。…それで彼女も言ったんだ。そこまで考えていなかったって。…でもちょっと嬉しそうだったなぁ」

 ‎「で、押し切られて恋人になったわけだね」

 ‎「なんでわかったんだ…?」

 ‎「いや、簡単だよ」

 ‎「……よかったら卒業までどうかお願い、嫌だったらいつでも別れていいからって言われて、気づいたら頷いてたんだ」

 

 少し後悔しているような、でも嬉しいような、そんな曖昧な表情をドラコは浮かべて言った。

 ‎ハリーは何だかイラッとしてきた。だから、彼女の卒業までドラコが拘束されるだろうことには、コメントしなかった。

 

 「よかったね。よし、じゃあ夕食に行こうかっ。なくなっちゃうよ」

 ‎「え、話はまだ…」

 ‎「後で聞くよ。お腹すいた」

 ‎「あ、うん」

 

 ハリーとドラコは無言でただひたすらに、1階までの階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、ハーマイオニーはいつものように図書館へと向かう。そして、いつものように勉強をする。それが彼女の日常だ。

 ‎しかし、今日の彼女は少し様子が違っていた。分厚い本を前にしても集中できない。ちっとも頭に入ってこない。そんな状態だった。

 ‎彼女の周りには、誰もいなかった。去年の今ごろまでは、これが普通だったのにとぼんやりと考える。

 ‎でも今は…勉強しているとき隣に誰もいないのが堪らなく寂しかった。

 ‎大切な友達も、競い合うライバルも、最近加わった同寮の友達もどこにもいない。ひとりぼっちだ。歯を食い縛り、思わず視界が滲んでしまうのも仕方ないのだ。

 ‎しかしついに、ハーマイオニーは耐えきれなくなって席を立つ。どうせこんな状態じゃ勉強なんてできないと言い訳しながら、足を急がせる。

 息を切らしながら‎階段を駆け上がり、目的の場所にたどり着く。そして、力一杯に扉を押した。

 

 「え?…おい」

 ‎「うわぁっ」

 「え、ちょっ、ハーマイオニー準備まだっ」

 

 三者三用の声や悲鳴に、彼女は先ほどまでの暗雲をすっかり消して、向日葵のような笑顔を浮かべた。

 ‎それを見た3人は目を丸くさせるも、それぞれの手を止めて、畏まりながら彼女の前に並ぶ。

 

 「えーと、まだこんなんだけど…」

 ‎「私も手伝うわ」

 ‎「あー、そう…。じゃあ」

 

 ハリーとドラコ、ネビルの3人は顔を見合わせて口を開いた。

 

 「「「ハッピーバースデイ、ハーマイオニー」」グレンジャー」

 「…ありがとうっ」

 

 「そこは揃えようよ」

 ‎「…ふん」

 

 9月19日。この日はハーマイオニーの誕生日だった。

 

 

 この後、一同は必要の部屋に閉じ込められる。

 ‎押しても引いてもスライドさせようともびくともしない扉の前に一時間。ネビルは半泣き、ドラコはぷるぷる。痺れを切らしたハリーが杖を上げたところで、ハーマイオニーが待ったをかける。そして、彼女はこう言った。

 ‎「扉がなければ、扉を造ればいいんだわっ」

 ‎そうして、彼女が念じて新たに出現した扉によって事なきをえた。

 

 ‎寮に戻ってハリーはふと思った。何か既視感あるなこれ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 

 



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Don't play innocent.

…気づいてないの?






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月も後半に入った。過ぎてしまえば早いもので、新学期が始まってから2ヶ月が経とうとしている。

 ‎ハリーもホグワーツ生活二年目とあって、慣れたものだ。動く階段に長い廊下など、ホグワーツの造りに四苦八苦している新入生を懐かしい目で眺めていた。

 では今は完璧かと問われると、決して首を縦には振れないが。

 毎日の過ごし方と言えば、朝は湖畔でトレーニングをして、それから授業。午後は図書館、もしくはこっそりと必要の部屋へ、と変わらない満ち足りた日々が続いていた。

 

 「よし…ポッターはシュートの精度が上がってきたな」

 ‎「ありがとうございます」

 ‎「マルフォイも、周りとの連携はもうバッチリだ。もう少し自分を出して好きにプレーしてもいいよ」

 ‎「どうも」

 

 中でもやはり、クィディッチがある週末は特別だった。雨が弾丸のように降り注ぐような悪天候でも、ハリーにはノープロブレムだ。ドラコと、チームの皆とプレーできることが、いつも最高の気分にさせてくれた。

 ‎チームの上級生は皆、ハリーとドラコに親切だった。特に、キャプテンで同じポジションのガブリエルは、2人へのコーチングが上手かった。

 ただ指示を出すだけではなく、考える余地を残すことによって、2人の戦術思考を成長させた。そして彼自身も、頭を悩ませるハリーとドラコを見守りつつ、下級生に負けられないと自身の力も伸ばしていった。

 ‎充実した学校生活を送っているハリーだったが、ひと月前とは少しだけ変わってしまったことがひとつ。

 

 「ハリー、ごめん先に行っててくれ」

 ‎「あ…うん」

 

 ドラコにガールフレンドが出来たことだ。それによって、一緒に行動していた時間が、やはり前よりも少し減ってしまった。

 ‎初めは寂しさを覚えたハリーだったが…人というのは、たいていのことは時間と共に順応していく。

 だから、今ではこれが普通にーーいや、本音を言えばやっぱりすごく寂しくて、少しだけ羨ましい気持ちがあった。

 ‎だからと言って、ハーマイオニーやネビルと過ごす時間にうんざりしているとか、物足りないわけではない。大切な時間だ。

 勘違いでなければ最近、二人とはもっと仲良くなれた気がする。

 ただやっぱりドラコが…と、もやもやとした感情がいつもハリーの心の隅に存在していたことも事実だった。

 

 「ハリー!お疲れ様っ」

 「あ、うん、ありがとう」

 

 フィールドを出たハリーに、タオルをもって出迎えてくれたのはハーマイオニーだった。此処のところの湿気のせいで髪のボリュームが増しているため、後ろで簡単に結っている。顔のラインがスッキリとして、どこか活発な印象を与える姿だ。

 ‎防水呪文の効き目が薄れていたのか、雨に濡れたハリーの髪にタオルを掛けて、わしわしと拭いてくれる。ふんわりと温かくて気持ちよくて、ハリーは目を細めた。

 ‎ハリーは、ふと背中に視線が刺さるのを感じた。振り向けば、そこにはメンバーがいて、皆いそいそと自分の箒の調子を確かめていた。

 ハリーはどうかしたのかなと首を傾けた。

 

 「…?…あの、僕ももう失礼します。今日もありがとうございました」

 「あ~うん。ポッターもお疲れ。風邪引かないようにね。最近流行ってるみたいだから。あ、でも耳から湯気を出したいなら別さ」

 ‎

 ‎ガブリエルに続いて、メンバーもそれぞれ声を掛けてくる。皆何故かやけに笑顔だった。

 

 「はい、気をつけます。…先輩方も」

 

 ハーマイオニーと一緒に挨拶をして、ハリーは競技場を後にした。ハーマイオニーが杖から防水の幕を出して傘代わりにして、ハリーは今日の練習の成果を話しながらゆっくりと城へ戻った。

 

 ハリーが去ったあとの控え室。

 

 「なあ、セドリック」

 ‎「何?キャプテン。なんかスネイプみたいになってるよ」

 

 それそれ、とセドリックはガブリエルの眉間を指差す。

 ‎ガブリエルは反射的に顔を手で覆い、幾らか指先で解したあと、わざとらしい晴れやかな笑顔を作った。

 ‎

 ‎「あー、いやさ、ガールフレンドを練習に連れて来るってどうなの?ほら彼女グリフィンドール生だし?」

 ‎「うーん、グレンジャーがスパイって?殆どハリーと一緒にいるみたいだし大丈夫じゃない?それに別に練習も覗かれてないよ。あとガールフレンドではないみたいだし…送り迎えくらい、贔屓しすぎない程度にはいいんじゃないー」

 「嘘だろ」

 ‎

 ‎ガブリエルが目を白黒させたのは、ガールフレンド否定の所だ。今の下級生は…と、てっきり恋人だと思っていたのだ。

 

 「冗談じゃないさ。ハリーも親友って言ってたよ…ハリーはまだまだ子どもだしね。

 それよりもマルフォイ、マルフォイだよ。……この前、図書館の隅の方でレイブンクローの監督生と並んで座ってた。反省会終わってすぐ出ていったのも、関係してると思う…はー」

 ‎「…どうなってんだ、最近の若者は……というか僕よりポッター達と仲良くなってないかお前」

 ‎「さあ?」

 

 セドリックは明後日の方向に顔を向けた。

 それをしつこく追いかけるガブリエルの姿に、他のメンバーから苦笑が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □ハロウィーン

 

 

 10月末のハロウィーンの日。ホグワーツの大広間では、例年の通りに、ハロウィーン一色のパーティーが行われていた。

 ‎ステージのバンドの演奏に耳を傾け、ハロウィーン限定の料理に舌鼓を打ち、持ち寄ったお菓子を交換し合う。この日は寮の壁も取り払われ、多くの生徒が他の寮のテーブルを行き来していた。

 

 「平和だなぁ」

 ‎「ホントにな」

 ‎「私、パーティー終わるまでは絶対にここから出ないわ…」

 

 ハッフルパフのテーブルの一角では、ハリー、ドラコ、ハーマイオニーの3人が昨年の騒動をどこか遠い目で思い出しながら、しみじみとした雰囲気で席に着いていた。

 賑やかな周りと比べると、灯りを一段落としたかのようで、少し浮いて見える。その場違いな空気を察しているのか、周りに生徒はいなかった。

 

 「ロングボトムはどうした?」

 ‎「グリフィンドールの席にいるんじゃないの?」

 

 ドラコの疑問に、ハリーはパンプキンパイを口に詰めながら答えた。そして、2人はスープをちょびちょびと口に運んでいるハーマイオニーに視線を向ける。

 注目されたハーマイオニーは、こくりと頷いた。

 

 「こっちに来るとき探したけどいなかったわ。…たぶん、絶命日パーティーに行っているんだと思う」

 「なにそれ」

 ‎「そんな行事はなかったはずだけど…」

 ‎

 聞き慣れない言葉に、ハリーとドラコは首を傾げる。

 

 「ほとんど首なしニックの…グリフィンドール寮のゴーストが地下室でパーティーを開くらしいの。この前、談話室で男子達がこそこそ話しているのを聞いたわ。もしかしたらそれに行ったのかも」

 ‎「…いやそれさ、ゴーストだけのパーティーだったんじゃない?」

 ‎「年中冷えてる連中が大勢…おまけに地下室だよな…」

 

 その光景を想像して、ドラコがぶるっと身を震わせる。

 

 「私は少し行ってみたかったんだけどなあ…」

 ‎「それは、うん。確かに少しだけ」

 ‎「やめとけよ」

 

 3人そろって、パンプキンケーキにフォークを刺して口に運ぶ。

 ‎バンドの演奏が最後の曲に移る。

 ‎パーティーも、もうそろそろ終わる頃だった。

 

 「…そういえばさ……もってる?」

 

 ハリーが何気なく――たった今気づいたといった風に、ドラコとハーマイオニーに向かって尋ねる。ポケットに突っ込んだハリーの手の中には、チョコレートの包みが握られていた。

 

 「…どうだったかなー。あ、ある。うん、あるよ」

 

 ドラコが考えるような素振りでポケットを探り、棒読みでコクコクと頷きながら答えた。

 

 「…あ、偶然」

 

 ハーマイオニーが、手提げのバッグを開いて、奥の方を覗きこんで言った。

 

 そして、3人は顔を見合わせ納得顔になり、次にちょっと気まずくなって目を反らしてーーなぜか無性に可笑しくなって、ひとしきり笑ってから、揃えて口を開いて同じ言葉を言った。

 

 

 

 ‎

 

 

 

 ‎

 パーティー終了と同時に寮の部屋へと直帰したハリーとドラコは、3階で起こっていた秘密の部屋の事件を、この日のうちに知ることはなかった。

 ‎パーティーの余韻に浸りながら、幸せな眠りについたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 □11月

 

 

 ついに、クィディッチシーズンが始まった。ハッフルパフの今年の初戦の相手は、グリフィンドールだった。最終的には、全ての寮と戦うことに変わりないが、昨年の成績から、今シーズンの初戦はこのカードからのスタートだ。

 ‎ハリーにとっては、これが初の試合。スクールの授業でやったスポーツも、ダドリーに付き合った数合わせのフットボールも比べ物になんてならない。正真正銘の初の舞台である。

 ‎ーー心臓がバクバク鳴ってうるさい。ガブリエルが話しているのに、音が遠くに聞こえて何もわからない。何より、さっき少し覗いたフィールドの――観客席のざわめきが頭から離れない。あんなに人が多いなんて思ってもいなかったし、聞いてもいなかった。

 ハリーは、去年の組み分けの時より、人に注目されることを、恐怖の体験として記憶してしまっているのだ。

 ‎

 ‎その点ドラコは、ハリー同様緊張が極限に達しながらも、瞳にはギラギラと闘志の炎が灯っていた。

 ‎何でもない、意地である。緊張より、恐怖より、出来たばかりの人生初のガールフレンドにカッコいい所を見せたい。それがドラコの力の源だった。因みに、父親が見に来ていることは知らないドラコだ。観客席なんて視界にも入っていない。

 今ドラコの視界を埋めるのは、ゴールサークルだけである。

 

 「ーーまずは2年生2人。君たちにとって……って、君ら極端だね。さっきまでは平気そうだったから、逆に心配してたけど…まずは肩の力を抜こうか」

 

 「ひゃい」

 ‎「ーーああ」

 

 「ドラコは…うん、もっとクールいこうぜ。気持ちはわかるけど」

 ‎「まさに去年のキャプテンみたいだね」

 ‎

 口を挟むセドリックに、その通りだと頷く周りのメンバー。ガブリエルは思い出したのか、途端に小さくなった。 

 昨年は、ガブリエルのガールフレンドの卒業年である。

 

 「ハリーは、そうだなぁ…好きな子とかいないの?応援してもらいたい子とかーー」

 『ーーーーーー!!』

 

 フィールドを挟んで逆に位置している控え室からだろう。グリフィンドールチームの雄叫びがこちらまで轟いてきた。

 ‎

 ‎『……』

 

 ハッフルパフのメンバーは皆、向こうと此方の温度差をひしひしと感じた。妙な空気になり、ガブリエルへと白けた視線が集まった。

 

 「……トンクスに見てほしいなぁ」

 

 ここで、空気を読めていないハリーがポツリと呟いた。

 

 「?…トンクス?それって、ニンファドーラ・トンクス…?」

 ‎「うん」

 

 ハリーの肯定に、メンバーの中にざわめきが生まれる。お互いの顔を見合わせ、まさかまさかという顔をしている。

 

 「訳あって1ヶ月間一緒に生活してたんだ。ドラコの従姉だよ」

 

 

 この後、控え室はトンクスの話題で大いに盛り上がる。1ヶ月間の同居生活の話で女子メンバーが食いついたり、トンクスの学生時代の話で、ハリーのテンションが上がったりーー話の終着点が見えなくなったところで、審判のフーチから催促が掛かり、一同は慌ててフィールドへと飛び出した。

 ‎その頃には、ハリーの緊張はどこに行ったのか、笑顔を見せるくらいの余裕があった。ドラコも少し力が抜け、いいコンディションになっている。それを確認した‎ガブリエルは満足げに頷き、2人の肩を叩いて間を通り過ぎる。そして大きく息を吸ってーー飛翔した。

 

 「さぁ、行こう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ああっ…ハッフルパフゴール!新メンバーのマルフォイ、連続ゴールです!グリフィンドール70点、ハッフルパフ90点!まだまだ勝負はわかりませんっ!!』

 

 

 ‎序盤は、グリフィンドール優勢。主に、ハリーとドラコのミスが目立つ展開だった。初試合ということもあるが、相手のビーターが優秀だったことが主な理由だろう。双子ゆえのコンビネーションによって、チームの穴を狙われる形になったのだ。

 ‎ガブリエルは序盤にも関わらず、タイムアウトを掛けた。そして、ハリーとドラコに作戦を伝えた。

 

 「うーん、やっぱり初戦から相手がな…ほら、にやけながらこっち見てるよあの双子…。うん、まずは、君らの得意なことからやろう。僕はそれだけで勝てると思ってるよ」

 ‎

 ‎それから、ハリーは2人へのパス、そしてパスカットに集中し、ドラコは周りを見て、シュートを決めることだけを考えた。通常ならば、それで試合が成り立つはずはなかったが、ガブリエルが完全に2人のカバーに回ったことによって、快進撃への一手となったのだ。

 そして現段階では、試合の空気にも慣れ余裕が出来たハリー達は、練習通りのびのびとしたプレーが出来ていた。

 

 

 

 『ーーあれはスニッチか!?ハッフルパフシーカー、セドリックがスニッチを見つけたようです。…ぁぁ、もうだめだ…ああっ…セドリック、スニッチを掴みました!300対90、試合終

りょーーーーー?』

 

 

 ハリーは、幸福感に満たされていた。ミスも数え切れないほどにしたけれど、ゴールも決めたし、試合にも勝てた。そして…何より楽しかった。雨に濡れ、冷たい風が肌を刺しても、少しも気にならなかった。

 ‎早く、速く。スニッチを掴んだセドリックのもとへ。ハリーは満面の笑みを浮かべながら、一直線に向かった。

 ‎

 

 ‎試合終了と同時に機能を停止させるはずのブラッジャー。試合時よりも勢いの増した凶弾に最初に気づいたのはドラコだった。

 ‎視線の先にあるのは、ハリーの小さな背中。

 ‎ドラコは悲鳴をあげるように大声で叫ぶーーーーしかし、ドラコの声は無情にも歓声によって掻き消され、ハリーには届かない。

 杖を取り出した時にはもう、全てが遅かった。

 ‎

 

 そんな中で、視界の端に覚えのあるものが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 「私が君の腕を治してみせようーーーーブラキアム・エメンドー!!」

 

 気を失ったハリーが目を覚ました時、ロックハートの呪文により、ハリーの腕の骨は肩からきれいに無くなっていた。まるで、初めからそうだったみたいに、なんにも。

 

 「え、なに…これ」

 

 肌色のゴム手袋みたいな何かが、ローブの隙間から除いていた。ハリーは、まさか、それが自分の手だなんて思いもしなかった。

 

 「ま、まあ根本的な問題はなくなりましたね。応急処置は済んだ。あとはマダム・ポンフリーにお譲りしましょう」

 

 さっさとその場を去ろうとしたロックハートだったが、

 

 「ーーロックハート教授、どちらに行かれるので?」

 ‎

 ‎肩を叩かれた。振り返ったロックハートが見たのは、冷笑を顔に貼りつけたガブリエルだった。

 

 「私はこれから急用がーーそもそもこの試合も大変無理を押して来たわけでしてーーおや、君は監督生でしたね!丁度いい!ハリーのことは君にまかせーー」

 ‎「マダム・ポンフリーへの説明には教授が適切でしょう。僕ではどんな効力の呪文を掛けられたのか検討がつきません。どうかお願いします。ハリーの迅速な治療のためにご同行を」

 ‎「いや、ねーー」

 ‎「ーーいいのではないですかな、ロックハート教授」

 ‎「…スネイプ先生?」

 ‎

 ‎影のように姿を現したのは、真っ黒なローブに身を包んだスネイプだ。こちらもニタリと笑ってはいるが、目は冷えきっていた。

 

 「授業の準備は我輩が手伝いましょう。まさか、ファンレターを書くわけではありませんからな。ははは」

 

 ネチネチとした声色が、ロックハートを責め立てる。

 

 ‎「いや…」

 ‎「ポッターの腕が手遅れになる前に早くッ!!」

 ‎「ハイッ!!そうですねっ急がねばっ。ハリー行くぞっ」

 ‎「…あ、はい」

 

 

 

 

 「…おや、なぜスネイプ先生も?」

 ‎「先ほど、授業の手伝いを約束したばかりでしょう」

 ‎「…そうでしたね!」

 ‎「……」

 ‎「ーーーーですから、ーー」

 ‎「ーーーははっ、ーー」

 

 ロックハートと、スネイプの声が遠くに感じる。

 ‎ハリーは、黙ってスネイプの浮遊呪文に身を任せていた。かなり楽だ。ぷらぷらの腕はどうにもならないが、ふわふわの透明なベッドに寝転んでいるみたいな不思議な感触。

 

 「ポッター…?」

 

 今日は初試合だった。身体は限界まで動かされ、脳は酷使されていた。緊張もあって、疲労は普段の練習とは比べ物にはならない。それに、昨日は緊張してよく眠れなかったのだ。

 

 「すぅ」

 

 睡魔に抗う術はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんで、おまえがーーーー」

 ‎「ぼっちゃま…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中。ホグワーツでは、ほぅほぅと小屋に残っている梟達が合唱していた。しんとした空気は冬の始まりを感じさせ、星空は眩しいくらいに輝いている。

 

 「うひぇええええぇぇぇぇぇ……」

 

 ‎そこに、ひとつの悲鳴がこだました。

 ‎まるで拡声呪文を使ったかと思うほどの大音量だった。

 

 「うぇ…なに……げぇ」

 

 ハリーは目を覚ました。倦怠感を感じながらも身を起こしてーー右腕から伝う奇妙な感覚に呻く。

 

 「骨、なかったんだっけ…」

 

 これ、いつ元通りになるのかな。ハリーはぼんやりと考えながら備え付けのテーブルから眼鏡を取った。

 ‎その時、マダム・ポンフリーが医務室から出ていくのが見えた。かなり慌てている様子だった。トイレだろうか。

 しかし、いいタイミングだった。ハリーは彼女が戻ってきたら腕を見てもらおうと考えた。いい加減気持ち悪いのだ。

 

 ‎「あ、やった」

 

 お見舞い品だろうか。幾つかのお菓子がテーブルの上にあった。すると途端にお腹が空いてきた。

 ‎ハリーは包装を乱暴に剥がして口に入れたーーーー目の端に何かが写る。

 

 「ひ…ぃ」

 

 ハリーは心臓をねじられたような感覚を味わって、ヒュッと息を飲んだ。

 ‎チョコレートがベッドから跳ねて、こん、と小さく音を立てて床に転がる。

 ‎視界の端。

 ‎そこに、ギョロりとテニスボールぐらいある大きな2つの眼が、闇の中で浮かんでいた。

 ‎

 ‎何かが、此方をじぃっと見ている。

 

 少しずつ近づいてきているような気もする。思わず手探りで杖を探すが、もちろんあるわけなかった。

 

 「ドッ、ドラコ…」

 

 ハリーはすがるような気持ちで隣のベッドを見た。

 もちろんドラコがいるわけがなかった。ここは寮の部屋ではないのだから。

 絶望するハリー。

 ‎ふっと全身から力が抜け落ちる。

 

 「え…?」

 

 そこにドラコの姿が見えたーーーー?と、不意に外の廊下から物音が響いてきた。ハリーは反射的にその方向に視線を向けた。随分と慌てているようだ。バタバタと数人の足音が近づいてくる。

 

 ‎パチッと大きな音がした。

 

 「あ」

 

 ハリーは恐る恐る視線を戻した。

 ‎そこには何もない。目玉なんて何処にも見当たらない。気のせいだったのだ。カーテンがゆらゆら揺れているだけだった。

 ‎次に、隣を見る。ドラコのまぼろしも消えていた。ハリーは少し自分が怖くなった。そして、自分の行動を思い出して、あまりに女々しかった自分にドン引きした。

 

 「早く、こちらへ!!」

 

 マダム・ポンフリーの悲痛な声が響いた。

 ‎そこでハリーは、目が覚めた時に何か悲鳴のようなものが聞こえていたことを思い出す。

 ‎慌ただしい声が、どこか遠くの方で鳴っていた。

 ‎

 

 ‎

 

 

 

 

 

 「ーーと、今思えばあれが屋敷しもべ妖精だったのかも。シルエットもそんなだった気がしてきた」

 「…そう」

 

 日曜日の朝。起きた時にはもう、ハリーの右腕の骨は綺麗に生え揃っていた。しかし朝起きたと言っても、眠れたのは空が白み始めてからだったため、睡眠は1時間くらいだ。

 ‎昨日の夜に目が覚めるまではぐっすりだったし、何より、時間を空けて何度かに分けて飲まないといけない酷い味の薬。そして骨が生えていく感覚が酷くて眠れなかった。身体の内から何かが這い回っているような、くすぐったい感覚が何時間も続いた。

 ‎半分くらいは生えたなと思ったところ(願望)で、早く終われと念じた。そうしたら生えるスピードが上がった気がしたので、少しだけ気が楽になった。実際、本当に速くなっていたのかもしれない。そういえばホグワーツに来る前ーーおばさんに変なヘアスタイルにされた時も髪の毛も一気に長くなっていたような。

 始めから念じていればよかったと、ハリーはどっと疲れた気分になって、いつのまにか眠りに落ちていた。

 再び目覚めた後は、マダム・ポンフリーを呼んで朝食を食べた。

 そして寮へと戻る許可をもらい、医務室を出たところで、ふてくされた様子のドラコが待っていた。 

 医務室が立ち入り禁止になっていたらしい。

 

 「ーーでね、結局ロックハートの杖を調べたら、忘却呪文と盾…擬きの呪文が使われていたみたいなんだ。つまり…」

 「クリービーのここ最近の記憶が失われているのはロックハートのオブリビエイトで?」

 ‎「うん、でも、先生たちはロックハートを称賛してた。まあ、誤射だったのかもしれないけど…クリービーが吹っ飛ばされてなかったら、これだけじゃすまなかったかもしれないって」

 ‎「へぇ」

 「……うん」

 「どうした?」

 

 ドラコは、ハリーが暗い顔をしていることに気づいた。

 ‎ハリーはドラコの言葉に身体を揺らし、言いづらそうにして、重く口を開いた。

 

 「…ブドウと、サイン入りのチョコレートの箱が落ちてたらしいんだ。二人とも僕のお見舞いに来ていたんじゃ……」

 

 自分が怪我なんかしなかったら、こんなことは起きなかったのかもしれない。

 ‎そんな負い目がハリーにはあった。

 

 ‎「…いや、君が気にすることじゃないさ。それに、クリービーはまだしも、ロックハートは自業自得のような気もするし」

 ‎「でも、マンドレイクが採れるまで早くても半年以上あるよ。どこかで買えないのかな…」

 「…どうだろう。あれ自体かなり貴重なものだし、たぶん難しいな。それに魔法薬に使うのは新鮮なものじゃないといけないらしい」

 

 日曜日の夕食時には、ハロウィーンの日のミセスノリスに続いてのロックハートの石化は、既に城中に広まっていた。

 ‎マグル生まれではないから安全だと、他人事だった生徒達には、悪い意味で劇的な事件だった。ましてや教師がその対象になったのだ。最上級生であっても…誰もが恐怖の表情を浮かべていた。

 ホグワーツには置いてはいけないと、子どもを引き取りに来る保護者もいた。

 ‎

 ‎そのうちに、ロックハートは教師に相応しくなかったために、継承者によって粛正されたのだ、という噂が飛び交う。

 そして、‎誰が言い出したのか、本になっている冒険の数々も嘘っぱち。忘却呪文を身に受けたコリンがいるのも噂を加速させ、終いには、忘却呪文を使って他の人の偉業を自分のものにしたーーそんな噂が広まっていた。加えて、ロックハートが回復しだい、尋問が掛けられるーーなんて噂にまでなっている。

 

 誰がこんな噂を流したのだろうか。‎ハリーはあまりにも酷い噂にショックを受けていた。

 ‎そして、そんな噂が飛び交う学校生活だ。噂が広まってからは再び活気を取り戻したホグワーツだったが、ハリーは居心地が悪かった。やはり、自分のせいだという気持ちが強く、負い目を感じていた。

 ‎しかし、何かができる訳もなかった。

 ‎不謹慎な噂を止めるようにと呼び掛ける勇気も、度胸も、ハリーは持ち合わせていない。早く噂消えてくれないかなと願うばかりだった。

 ‎マンドレイクを求めて、ムーディに手紙を出そうともしたが、トンクスの訓練の邪魔をしてはいけないと、思い留まって止めた。そもそも、今は国外にいるのだ。住所すらわからない。そんな状況でヘドヴィグに頼むわけにはいかない。

 ‎寮監のスプラウト先生相談するも、稀少なためそうないだろうと、断念するしかなかった。他にも考えてはみたものの、結局どれも上手くはいかなかった。

 ‎

 

 

 

 

 □12月

 

 

 

 クリスマスが近い。

 トレーニングを行う‎朝方は、肌を刺すような寒さだ。早い時間に起きることが少し辛くなってきている。

 ドラコも同様なようで、動いて身体が温まるまでは顔を顰めていることが多い。

 ネビルだけは、雪のおかげで転んでも痛くないと笑っていた。両方から鼻水を垂らしながらだが、ネビルは元気だった。

 ‎こういうとき、風邪を引いてもすぐに治る環境は、本当に便利だと実感する。ダドリーなんかは、きっと雪にはしゃいで雪まみれになって後からひーひー言っているはずだ。

 ‎

 雄鶏の声が響く。

 これは本物の鳴き声だ。こんな寒い中でお疲れ様とハリーはウンザリとした気持ちで労った。

 

 最近、時間を問わずに、やけに廊下で鶏の鳴き声がして少し気になっていたが、それが毎日続けば特別気にすることもなくなった。

 ‎ずっと鳴いているわけでもなく、ふと思い出したように聞こえる鳴き声。誰も音の発生源は分からないらしく、不思議現象の1つに数え始められていた。

 

 ‎変わらないようで、少しずつ変化している日々の中。訓練メニューをこなし、‎授業を受け、図書館で勉強をして、呪文の練習。今はクィディッチも。それと、最近ドラコが蛇語を覚え始めた。

 ‎ドラコに蛇語を教えてほしいと頼まれたハリーだったが、最初は、残念ながら力にはなれなかった。自分でもよく分からないものを教えるなんて無理だったのだ。それでもドラコが覚えたいと意気込んでいたため、二人で試行錯誤した。そして今では魔法で出した蛇に自分が話しかけて、それをドラコが真似している。しかし習得難易度が高いようで、あまり上手くはいっていない。マスターしているのは数個の単語のみだ。

 それでも、単なるシューシューという音ではない、ちゃんとした言葉になっているのだから、ドラコはすごい。そのうち、本当に話せるようになるかもしれない。

 

 ‎何故、ドラコは蛇語を熱心に覚えようとしているのか。

 ハリーにそんな疑問は浮かばなかった。

 

 

 

 迎えたクリスマスの日の朝。

 城の‎外は真っ白で、凍えるような寒さである。そんな中、ハリーはポカポカと暖を感じつつ安らかに起床した。

 時計の針はまだ早朝を指している。いつも通りの時間だ。これから、朝のトレーニングが待っている。

 ‎隣のベッドは無人だった。まっすぐと上を向いたまま、規則正しい寝息を立てるドラコの姿はない。

 ‎ドラコは、クリスマス休暇中は実家に帰省していた。ルシウスは用事で家にいないそうだが、あの優しい母と温かいクリスマスを過ごすのだろうか。

 ‎ここ数日でほんの少しは慣れたはずだったが、今日がクリスマスの日だからか。ハリーは、無人のベッドを見つめて、無性に寂しさを覚えた。

 

 「ん…」

 

 どくん、と心臓が跳ねた。自分以外の吐息、何かがいる気配に、ハリーは虚を衝かれた。

 ドクンドクンと弾む心臓が落ち着き始めた頃、‎ハリーは同時に胸の奥が軽くなっていくのを感じた。探し物をするように、手指がフラフラと宙を彷徨う。

 ‎腕をを伸ばしかけたところで気づく。ほんのりと柑橘系の香りが部屋を満たしていた。心がくすぐったくなるのはなぜだろうか。

 深呼吸する。‎ほっと安心した。香りの正体を思い出した。

 ‎独りじゃなかったことを思い出したのだ。

 

 ‎昨夜は、いろんな話をした。

 ‎お菓子を片手にジュースを飲みながら、ハーマイオニーの話を聞いて、それから自分のことも沢山話した。

 ‎互いのホグワーツの生活、クィディッチ、本の内容、寮の違い……とにかく、沢山の話して、聞いた。そして、話すつもりのなかったホグワーツに来るまでのことも話してしまった。

 ‎今思えば、途中からハーマイオニーは完全に聞き役になって、決してクリスマスに話すような内容ではない話を静かに聞いてくれていた。

 ‎対して自分は、何か溜まったものを吐き出すかのように話し続けてーー多分、そのまま眠ってしまったのだ。

 

 「ああ水…」

 

 ‎ハリーは、後悔や反省、緊張で急にカラカラになった喉を潤す。テーブルの上に置かれたボトルから注いだ水は、酷く甘く感じた。

 ‎

 ‎ベッドの端の方に、そこだけ不自然に毛布が断ち切られた場所ある。ハリーは手を伸ばして、念のためにと掛けられた透明マントを静かに捲った。

 ‎ブラウンのふわふわが視界に広がる。窓ガラスから射し込む朝日に透けて、いつもと違って見える髪の色に、ハリーは言葉では言い表せない変な気持ちになった。

 ‎ふわふわに埋もれた中に、気の緩む寝顔が少しだけ覗いている。横向きに身体を小さく丸めた姿に、まるで猫みたいだとハリーは小さく独り言ちた。

 そう言えば、前に猫を飼いたいって前に言っていたような。

 ‎ドラコのベッドを使えばよかったのに、とんでもないと言った風にハーマイオニーは断わって、結果こうなったのだ。しかし、それならばハリーもハリーでドラコのベッドを使うこともできたが、了承なしに勝手に使うのは…と、遠慮した。

 最上級生までの使用を考慮したベッドは、小柄なハリーがゆうに三人は横になれるほど広いが、ハーマイオニーは端に寄って丸まっている。

 落ちてしまっては大変だと、ハリーは浮遊呪文を唱えた。

 

 ハーマイオニーは自分のために残ってくれた、たぶん。

 ‎今年はママとパパが忙しいから…と言っていたけど、それだけじゃないと思う。ドラコが残っていたら、彼女は帰省していたような気がする。

 そしてきっと、彼女の両親は例え忙しくても何とか時間を作って、久しぶりに会えた娘とあたたかいディナーを楽しんでいただろう。

 ‎でも…。

 ハリーはそれを承知の上で、申し訳ないと思う気持ちはあっても、堪らなく嬉しかった。ハーマイオニーがいなかったら、他に誰1人いない寮の、薄暗い部屋でうずくまりながら朝を迎えていたはずだ。それが、こんなにも満ち足りた朝になっている。‎…そう!今すぐ箒に乗って飛び回りながら叫びたい気分だ!

 ‎ーーでも、こんなの友達としては間違っている。本当は抱いてはいけない感情なのだ。

 大切な人の時間を奪って喜んでいる。彼女の友達を名乗る資格なんて無いに違いない。自分だけじゃない、誰もがそう思うはずだ。

 僕はなんて醜いんだろう。

 でもーー本当にどうしようもない。嬉しい気持ちがどうしようもなく勝ってしまっている。

 幸福が溢れていくのを止められない。

 何て幸せなんだろう。口に広がるチョコレートの香りみたいに溶けてなくなってしまいそうーーーー

 

 「ハーマイオニー」

 ‎「ひゃ!……え?えぇっ」

 

 ハーマイオニーは、耳元に感じた熱と音に驚いて飛び起きたーーいや、飛び起きようとして、できなかった。ハリーが頭のすぐ横に両手をついていたからだ。顔なんか目と鼻の先だ。

 ‎ハッキリと意識が覚醒した中、恐る恐るハリーの顔を見るも、ハリーはニコニコしているだけだった。眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いて見える。

 ‎少しだけ怖い。

 ‎あと、顔が近い。何か酷く甘い香りが漂ってくるし。

 ‎ーーあ、もしかして。

 ‎そこで、寝起きながらもハーマイオニーの優秀な頭脳は、即座に覚醒して原因を突き止めた。

 満足そうになったハリーがコロンと横に転がっていくのを見ながら、ハーマイオニーは眉をひそめた。

 

 「ハリー」

 ‎「なあに、ハーマイオニー」

 ‎

 コロンコロンと転がっていたハリーがこちらを向く。

 ‎聞いているこちらが恥ずかしくなるような甘えた声だ。これは重症だと、ハーマイオニーは更に眉間のしわを深くさせた。

 

 「昨日ウィーズリーの双子から貰ったドリンク飲んだでしょう?ほら、緑のボトルに入ってる…私、それ飲んじゃダメだって昨日言ったのに!」

 ‎「え~うーん…あ、さっき飲んだような…?」

 ‎「それ……惚れ…えっと、もしくはそれに類似した…そう、そんな感じの成分が入っていたのよ。そんなに強いものでも無さそうだけど」

 ‎「惚れ薬…?というか、ああ、うん。だから、こんなにも君のことを見ていたいんだ。声ももっと聞いてたい。ハーマイオニーの声って、優しくて、落ち着くね!」

 ‎「…あ、ありがとう?……いや、これは重症ね。ハリー、双子のところに行きましょう。他にも何かあったらいけないし」

 「あとちょっと、こうしていたいな…」

 ‎「駄目です」

 ‎「……じゃあ、一回だけ抱きしめても…」

 ‎「はぁ?」

 ‎「…その、君が本当に…僕、わからなくて…だめ、かな…」

 

 今のハリーは普通ではない。正直怖い。

 ハグはいつだってできるけど、今のハーマイオニーの気持ちは引けていた。

 ‎しかし泣きそうな表情のハリーに見つめられると

 ‎見ている此方の方が、胸の奥が締めつけられる。

 

 だから、ハーマイオニーは返事はせずに、ハリーの右手をとって両手で握った。

 

 「えっと…大丈夫よ?ハリー。…貴方を独りにしないわ」

 ‎「……うん」

 ‎「ええ」

 「……うん……」

 

 

 この後、朝食の席で双子を問い詰めて知ったドリンクの効果は、少しだけ感情の自制が利かなくなるというもの。この言い方も大袈裟なほうで、実際は効果はないに等しく、ちょっと素直になる程度のものだった。

 ‎それが、ハリーには効きすぎてしまっただけだったのだ。

 ちなみにハーマイオニーはその説明を信じてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 『ハリー大丈夫かな。こんなーー先生方の前でもくっついてくるなんて、相当に重症なのかも』

 

 

 ハリーは不思議な体験をしていた。生まれてこの方不思議ばかりな人生だったが、今回のも中々のものだと思っている。

 ハーマイオニーの口は声を発していない。パンをちまちまと食べているだけだ。

 だというのに、はっきりとした声が聞こえてくるのだ。

 見当はついていた。何故なら、ハーマイオニーが目覚めた時から聞こえていたのだから。

 おそらく、あの飲み物が原因で開心術の制御がきかなくなってーーいや、何かが根本的におかしくなっている。

 今まではどんなに上手くいったとしても、簡単なイメージでしか読み取れなかった。それも、相手と目を合わせた上でだ。

 しかし今はどうだろう。

 

 『うわーお。あれってもしかして僕らがプレゼントしたあれのお陰かな?』

 『ハッハー』

 

 聞こえてくる声は、ハーマイオニーだけではなかった。少し意識するだけで、離れて座っているウィーズリーの双子の声まで聞こえてくるのだ。

 真顔で食べているのに、心の中では爆笑している双子の片方は見ていて面白い。

 湧き上がる興味。

 他の人は何を考えているんだろう、と。

 今のハリーの頭の中からは、ムーディに警告されていたことなどスッカリと抜け落ちてしまっていた。

 そうしてハリーが選んだ対象は、さっきからチラチラと変な目でこちらを見てくる魔法薬学の教授だった。

 

 

 

 ーー魔法のステッキを振り回す丸眼鏡の子グマの前には、一片の隙間も存在しない絶対防御が展開されている。他の場所と比べて、そこの守りは比較にならないくらいに厳重だ。

 しかし子グマは、何重にも張られた防壁を何事もなかったかのように正面からすり抜けていく。

 最後の守りである雌鹿も、隣をスキップ気味で駆けていく子グマに気づく様子はない。

 

 

 『セブルス、ほらそんな所にいないでこっちで遊びましょう!』

 

 『セブルス、見て!この手紙!』

 

 『寮が別なんて関係ないわ。私たちは変わらない。そうでしょ、セブルス』

 

 

 

 

 『ーーあなたが、そんなことを言うの……?』

 

 

 

 

 『(リリー、ごめん本当はそんな…)』

 

 

 

 

 

 『なぜ、なぜ!!なぜリリーを助けてくれなかった!!』

 

 

 『では、あの子は死なねばならぬと?屠られる豚のように生かしておくと…?』

 『そうじゃ』

 『…これをーー』

 

 

 

 「ーーッッツ!!!?」

 

 ゴトン!!、と椅子が床を叩く強烈な音が広間に響き渡った。その音に、ある者は音に心臓を飛び上がらせ、またある者は喉に詰まる食物からえづきあげた。

 一同の視線が、音の発生源と向かう。

 そこには、目玉が飛び出さんほどの驚愕、そして青ざめ、恐怖を貼り付けた顔のスネイプが立ち上がっていた。

 スネイプの目は、一点を向いたかと思えば一瞬で鋭くそれを切り、ナイフとフォークが投げ出されたテーブルへと下がった。

 そしてスネイプは下を向いたまま無言で広間を出て行った。

 

 

 次に、ハリーはこちらを見つめるアイスブルーの瞳と目を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーという、訳なの」

 ‎「なるほどなぁ。先生方も驚いとった。まあ、その後のスネイプ先生やダンブルドア校長先生の怒鳴った声のほうがもっと驚いたがな…」

 「いかんっ!て、すごく大声だったものね。お腹の調子が悪かったって言ってたけど、先生ももうだいぶご老体だし大丈夫かしら…ね、ハリー」

 「…ん?ごめん聞いてなかった」

 「だなぁ…無理されんといいが」

 「…それで話を戻すけど…先生方だったら直ぐに治せるんでしようけど、タイミング逃しちゃったし…それに、そうしたらウィーズリーの双子が罰則受けちゃうしね…明日中…ううん、あと3日して元に戻らなかったら先生に頼ります」

 

 ハーマイオニーは、ふん、と鼻を鳴らしながら言った。彼女には、同寮と言えど特に関わりのない上級生…それも問題児と呼ばれる彼らと、あまり関わりたくなかったのだ。平和が一番である。

 それに、決して今のハリーの状態にウンザリしているわけでもなかった。

 

 雪が地面を真っ白に染め続ける午後、ハーマイオニーは、ハグリッドの小屋でお茶していた。テーブルにはハグリッド、ハーマイオニー、そして幸せそうな顔でハーマイオニーの左腕を抱いているハリーが座っていた。

 ‎ハーマイオニーは、小さくため息をついた。

 ‎朝食の席でもこうだったのだ。食べにくいから離してと言えば、ハリーから返ってきたのは、この世の終わりかと思うほどの絶望の表情。これでは離せと言えるはずもなく、朝からほとんどこの状態である。さっき図書館も追い出されたばかりだ。

 ‎しかし、そう言いながらも、今ではもうこの状況に慣れている自分がいるのも事実だ。ハリーの背の低さも相まってーーそう、手の掛かる弟が出来たような心境だった。

 ‎一人っ子の自分に、弟がいたらこんな感じだったのだろうか。

 もしくは、猫か犬かもしれない。これがずっとだから、少しだけ鬱陶しいけど。

 頭を撫でると、擦るが大きくなる。黒色の癖っ毛が三角耳のようにピンピン跳ねる。

 ‎ペットには梟か猫がいいと思っていたけど、犬もいいかも、なんて。

 

 「かわいそうになぁ…そんなに寂しかったんだよなぁ…俺にも分かるぞハリー。いや、俺にはまだ父親がいてくれたからよかった。しかしハリーはなぁ…」

 

 ハーマイオニーも、ハリーの気持ちが少しだけ分かる気がした。

 ‎ハリーは、去年と比べてどこか人懐っこい雰囲気になっていた。言い方を変えれば、精神的に隙が出来ていた。でも、ハリーは隙を作れるくらいに、充実した日々を送れていたのだ。

 ‎去年のハリーは、初めて親友を得て、今まで考えもしなかった家族の軌跡を知った。そして今年、トンクスと一ヶ月暮らしたのが切っ掛けだろう。きっとハリーはそこで初めて、家族の温かみを知ったのだ。

 だけどハリーの中で、それはーー家族に向ける愛情は、きっと曖昧なものだ。多分この状況から判断する限り、その情は自分にも向けられているのだろう。すこし嬉しい。

 ハリーは今、‎その情を向ける対象のトンクスとドラコがいないことで、自分にしか向けることが出来ないのだ。

 ‎きっとハリーは、表に出さなくとも、いつも寂しかったのだ。

 

 ふと、ハグリッドがこっちを生温かい目で見ていることにハーマイオニーは気づいた。

 なんとなく居心地が悪くなり、何か話題はないかと頭を回転させる。

 

 「…あー、そう言えば、ハグリッドの子どもの頃ってどうだったの?ホグワーツ出身よね?」

 ‎「あ、ああ…そうだがな…」

 ‎「あ…言いづらいのならいいの。ごめんなさい、不躾だったかも。ただ、秘密の部屋について何か知ってたらと思って…五十年前のことなんだけどーー」

 ‎「え!?…し、知らん…!!!」

 ‎「キャッ!…えっあっご、ごめんなさい!」

 

 ハーマイオニーは、ハグリッドの突然の変化に目を瞬かせる。同時に、ぎゅっと、左手にかけられる力が強くなるのを感じた。

 

 ‎「俺は何もしてないっ!俺じゃねぇ!!アラゴグじゃねえんだ!!」 ‎

 ‎「えっ」

 

 今、ハグリッドは何を言った?アラゴグ?

 いや、それよりハグリッドの瞬きの回数が凄いことになっていることの方が気になるような…。

 

 ‎「…は、え?な、なんか口が…」

 ‎「ちょっと、ハグリッド…何か知ってるの?アラゴグって何なの?」

 ‎

 ‎ハーマイオニーは、何かおかしなことが起きていると気づきつつも、知りたがりの性分が、どうにも止めてくれない。

 

 「ア、アラゴグはアクロマンチュラだ……あ、あいつは殺してなんかねえのに!スリザリンの怪物なんかじゃねえのに!分かってくださったのはダンブルドア先生だけだった!!それなのに他のやつらは、あいつの、トムのーー」

 

 言葉はーーいや叫びはそこで途絶えた。ハグリッドは信じられないような目をして、自分の口を両手で塞いでいた。

 

 「か、帰ってくれ!!今日はもう帰ってくれ!!」

 ‎「うん、今日はありがとう。お茶美味しかったよハグリッド」

 ‎「えっ?ハリー!?」

 

 ハーマイオニーはハリーに腕を引っ張られて、ハグリッドの小屋をあとにした。

 

 

 外に出ると、来たときよりも強く雪が降っていた。

 ‎透明な傘に積もっていく雪。枝に雪の葉を携えた木々。しゃくしゃくと、真っ白に染まった道を進む。まるで別世界にいるみたいだった。

 

 「ねぇ…ハリー?」

 ‎「何、ハーマイオニー?」

 

 相変わらず自分の腕を抱いたままのハリーが、ニコニコと返してくる。

 

 「あなた、さっき何かした?」

 ‎「…えっと…ああ、うん。ハーマイオニーの助けになりたくて…そう考えてやってみたら出来て…あれも開心術なのかな……あれ…もしかしてだめだった…?」

 ‎「…うん、よくない。アレは多分……ううん、もう使っちゃだめ」

 ‎「ぁ、ご、ごめんなさーー」

 ‎「ううん、私も気づいてたのに止めなかったから…ハグリッドに謝らないと」

 ‎「…うん。僕も謝るよ」

 ‎「そうね、少し日を開けてまた…でも、ハグリッドの話も気になるわ。何か知っているのは確かだし…うーん、これがいけないのよね…」

 

 ハーマイオニーは、自分の浅はかさを恥じた。

 ‎すると、腕にぎゅっと力を感じた。つい、先程と同じように。

 

 「…アクロマンチュラは、禁断の森にいるよ。ハグリッドの意識がそっちに向いてたんだ。それと、トムって人のフルネームはーートム・リドルって…ハーマイオニー、誰か知ってる?」

 「…いいえ。そうね、でもーー」

 

 知らないけど、調べてみればわかるかも。

 ハーマイオニーは、そう口にしようとして唾を飲み込んだ。

 確かに、調べたら何か分かるのもかもしれない。というか、知りたい。しかし同時にこの時、ハーマイオニーの頭をよぎったのは去年のハロウィーンの出来事だ。

 根拠などありはしない。しかし、ハーマイオニーにはそれで十分だった。もしかしたら危険かもしれない。去年のような危険に出会って、大切な友達を失ってしまったら?それだけは、嫌だった。

 ハーマイオニーは、ハリーの瞳を真っ直ぐに見た。考えを読まれているのかもしれない。しかし、それを承知で言う。なぜなら、きっと今のハリーは聞いてくれるだろうから。

 

 「いいえ、何でもないわ。もう忘れましょうハリー。私達が気にすることではないわ」

 「うん、そうだね。ハーマイオニー」

 

 ハリーは屈託のない顔で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「昨日はごめんなさい!」

 ‎「ううん、気にしなくていいの」

 ‎「ほんとごめん……あぁ~…ハグリッドにも謝りにいかなくちゃ…」

 

 昨日の朝と同じ、ベッドの上。

 ‎ハリーは昨日の出来事をまるごと覚えていた。どれだけの醜態を晒したのか、全てくっきりと記憶に残っているのだ。

 ‎それを教授達や残っている生徒達に見られていたことよりも、ハーマイオニーに対しての、申し訳ない気持ちで心が押し潰されそうだった。

 それなのに、ハーマイオニーは何も責めることもなく、ただ目を細めて、よしよしと自分の頭を撫でているだけ。

 ‎かなり、恥ずかしい。きっと顔は真っ赤になっているだろう。出来れば止めてほしかった。

 ‎でも、止めてほしいなんて言えなかった。ハーマイオニーは自分のためにやってくれているんだから。それに、決して悪い気はしない…いや、本当はすごく嬉しい。それ以上に恥ずかしいけど。そう、きっと、自分はまだおかしいままなのだろう。効果がまだ残っているのだ。そうだとも。

 ‎ハリーは、昨日のことは早く忘れてしまおうと決心した。

 『セブルス、ほらこっちよ!』

 しかし忘れたくない、絶対に忘れるつもりのない記憶もあった。

 ハリーがスネイプに抱く感情は、多大なる感謝と大いなる罪悪感である。これから魔法薬の授業の時どうしようと悩むばかりであった。

 そしてもう1つも、深刻といえるだろう。

 

 その日の夜、ハリーは両親のアルバムを眺めた。

 ‎アルバムには昨日まではなかった、手触りのよいカバーが着けられていた。

 

 ‎“リリーとハリーのために。

 

 端に小さくキッチリと、‎そう刺繍が施されていた。

 ついでに叔父のバーノンからは人生最大の商談が成立したとかの自慢話の手紙と、5ポンドがしたためてあった。従兄弟のダドリーからは言うまでもなく、プレゼントの催促のみだった。

 ハリーはお礼の手紙だけ送った。

 

 

 

 

 □1月

 

 

 クリスマス休暇が終わる1日前に、ドラコがホグワーツに戻ってきた。

 休暇は‎楽しかったかと尋ねる前に、ドラコの顔を見てしまって、そんな言葉は言えなかった。

 ‎目の下に酷い隈が出来ていた。本人は列車で眠れなかったせいだと言っていたけど…。

 ‎そして、つい。

 ‎心を覗こうとしてしまった。

 クリスマスのあの出来事から心のコントロールが甘くなっていたなんてのは、言い訳だ。

 

 ‎しちゃいけないことなのに。

 ‎最低なことをしてしまった。

 

 ‎久しぶりに会えたのに…ドラコがよそよそしくて、それが酷く寂しくて…でも、そんなのは言い訳にもならない。マッド・アイにもあれだけ注意されていたのに。トレーニングの中ではいつもやっているからと言っても、今回のは訳が違う。

 ‎そうだ。わかっていた。何故かドラコの心は弱っていて、今ならできるかもと少しだけ思ってしまって、失敗した。

 ‎自分を止められなかった。

 ‎閉心術に長けているドラコは、自分の浅はかな考えなど、一瞬で気づいた。

 ‎ドラコは、顔を真っ青にしてーー激昂した。

 ‎胸ぐらを掴み上げられて苦しくて、でもそれよりも自分がしてしまったことを後悔した。

 ‎何かみたか、と聞かれたので、何もみてないと答えた。

 ‎ドラコは暫くこちらを睨み付けてーー失望した目になって、そっと手を離した。

 

 

 僕を見るな。しばらく関わらないでくれ

 

 

 拒絶された。

 ‎死んでしまったかと思った。生きた心地がしなかった。

 

 

 ついには、ドラコは部屋を出ていって、必要の部屋で寝泊まりを始めた。

 そのままだと、‎ハリーの心は完全に折れていただろう。そうならなかったのは、ただひとつ。ドラコが部屋を出ていく際、せめてもと差し出した透明マントを、迷いながらも受け取ってくれたことだ。

 ありがとう、借りておく。そう言ってくれた。

 ‎ハリーは、まだ本当に見捨てられた訳じゃない、嫌われた訳じゃないと必死に思い込んで、これからの日々を過ごすことになる。

 

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。
秘密の部屋編は、あと3話ほど続きます。賢者編くらいにまとめればよかったです。
投稿、長らく遅れて申し訳ありません。次は早めに投稿できたらと思います。


ありがとうございました平成。




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….

…。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □2月

 

 最近、ハリーの朝の寝起きはいい。夜はベッドに入れば秒速で眠りに落ち、朝は何もせずとも習慣づいた時間に目覚める。健康的な生活と言えるだろう。しかしそれは決して、喜ばしいことではなかった。

 ハリーには、目覚めたその瞬間に隣のベッドを確認する習慣がついてしまっていた。

 そして‎空っぽのままのベッドを確認して、フラフラと落ち込む。ドラコが出ていってからは、これを一日も欠かした日はない。

 ドラコのことが心配で、‎必要の部屋で訓練に使っていた“部屋”にこっそりと入ったりもしたが、ドラコを見つけることはできなかった。

 ドラコはどんな要求をして現れた“部屋”にいるのか。その気になって片っ端から調べれば辿り着けるのかもしれないが、そうする気は起きなかった。

 それこそ、今以上に嫌われてしまうと思ったからだ。

 ‎

 ハリーは、この1ヶ月、いや今週に入ってから漸く考え始めた。

 ‎何故、ドラコは帰ってこないのだろうと。

 ‎これまでは、ほんの少しでも思考を割くことすら嫌で、胸が苦しくて堪らなくて避けていた。

 ‎でも、このまま一生ドラコが寮部屋に帰ってこなかったらーーそっちのほうが嫌だった。

 ‎そして、ここ数日考え続けた結果。

 

 ‎ドラコが寮の部屋に帰ってこないのは、自分のことを嫌っているからではないのでは?

 

 頭に、そんな都合のいい考えが浮かんだ。

 ‎あんなことをして、嫌われて当然だと思う。

 ‎でも、そうじゃなかったら?…そう、他の理由があったとしたら。

 ‎

 ‎思い返してみれば、違和感があったような気がする。

 ‎果たして、これまでにドラコがあんなに怒ったことはあっただろうか。

 ‎開心術、閉心術の訓練中に、心の防壁を突破して、何度かドラコの記憶を見たことはあった。その逆もしかりだ。

 ‎でも、大抵それはホグワーツの生活だったり、クィディッチプレーしているときの景色だったりと、日常的なものだ。

 ‎ドラコも、そしてハリー自身も、決して重要なーーホグワーツに来るまでの惨めな生活などのーー記憶は、いくら開心されようとも、絶対にブロックしていた。きっと、ドラコもそうだったはずなのだ。

 

 ーードラコは、何かを隠しているんだ。

 ‎

 

 そう思いたかった。

 ‎そして、もし本当にそうだとしたら、ドラコは何を隠したかったのだろう。

 ‎

 ‎都合のいいように解釈している自覚が、ハリーにはあった。

 ‎しかし、ハリーにはそれに頼るしかなかった。

 ‎

 

 

 それからハリーは、誤魔化すように過酷なほどのトレーニングを自らに課した。身体が上げるキリキリとした悲鳴を全部無視した。

 ‎ここは魔法界。けがを気にする必要は皆無に等しい。一晩寝てしまえば治る。いや、直るのだ。

 ‎

 そんな中、ハリーの一過に最も被害を受けたのはネビルだった。

 トレーニングをこなす自分の横で、それこそ自分ならば1日も持たないようなメニューを、ハリーが毎日淡々と、まるでゴーレムのように取り組んでいるのだ。初めの頃は、ビクビクしていた。

 ‎しかしネビルに分かるのは、ハリーとドラコが喧嘩したという事実だけ。ドラコがハッフルパフ寮にいないことなんて知らないし、2人の間にどんなことがあったのかは分からない。

 その内‎心配して、ムーディに手紙を出そうにも、その前にハリーに止められた。感情の抜けた顔で止められたその時は、凄く怖い思いをした。

 ‎結局どうすることも出来なかったネビルは、ハリーに追い立てられるようにトレーニングに励んだ。

 おかげと言っていいのかは疑問ではあるが、段々と厳しくなる訓練により、2ヶ月も経つ頃には、長年蓄えていたぜい肉は見る影も無くなっていた。

 ばあちゃん驚くんじゃないかな、とネビルは思い出したように呟いた。

 ‎

 ‎

 

 

 

 

 「我らがハッフルパフの勝利を祝してーーそれと優勝ーー寮対抗杯の優勝も願って、乾杯!!」

 

 ガブリエルの音頭を合図に、「乾杯!!!」と談話室に歓声が響いた。

 

 ハッフルパフクィディッチチーム現在連勝中、まさかの負けなし、優勝は目前。歴代のチームでも、トップクラスだと騒がれている。

 ‎ちなみにこの宴会、今日で3日目となっている。

 ‎1日目は熱狂の一言。ここは本当にハッフルパフ寮かと疑うほどの盛り上がりだった。現に、マグル出身の1年生の多くは目を回していた。

 ‎2日目は1日目とは対照的に、誰もがしみじみと勝利の余韻に浸っていた。持ち寄りの楽器で演奏するスロージャズを、グラス片手で耳に転がしていた。上級生の多くは、ホロリと涙していた。

 ‎そして3日目、再熱。しかし1日目と比べると普通の宴会である。あくまで1日目と比べればだが。

 

 ハリーは、1日目のパーティーは参加したが、それ以降は不参加だ。

 ‎クィディッチをしている間は、全てを忘れて楽しめた。ドラコも何事もなかったかのように、自分とプレーしてくれるのだ。楽しくないわけがない。

 ‎だからこそ、その時間が終わってしまうと、途端に寂しくて堪らなかった。

 クィディッチメンバーも、ドラコと自分の仲違いに、流石に気づいているだろう。それとなく気にかけてくれるも、自分から避けた。

 ‎申し訳なく思いつつも、やはりドラコと自分の間に入ってほしくなかったからだ。

 

 

 

 

 

 □4月

 

 ドラコが寮を出て行ってから、いったいどれほど経っただろうか。ハリーは、ドラコと寝起きをしていた日々を、もうずっと遥か昔のことように感じていた。

 ‎‎ハリーはいつからか、朝起きて隣のベッドを確認することを止めていた。そんな暇があるならと、トレーニングや勉強に時間を費やした。

 ‎きっとドラコも。

 ‎そう思えば、何も苦痛ではない。数ヶ月前ならば根を上げていたことも、今では頑張れば出来るーーいや、今ならば、それこそ何でも出来る気がした。

 

 「ああ、でも…」

 

 ただ1つ、守護霊の魔法だけは、どうやってもできなかった。

 ‎これは元々、ほんの小さな霞のようなものしか出せなかったけど、今ではそれすらも難しい。

 ‎ドラコは元々、自分よりも2回りも大きな霞を出せていた。もしかすれば、今ごろは有体守護霊すら出せるようになっているかもしれない。うん、流石はドラコだーー

 

 

 「ハリー?聞いてる?」 

 

 ハーマイオニーが怪訝な声で言った。

 ‎

 ‎「うん、聞いてるよ。僕の選択科目はもう決まってる。取るのは、闇祓いに必要なものだけだ。ネビルもそう?」

 ‎「う、うん。僕にハリーみたいにできるか自信はないけど…」

 ‎「できるよ。…ね、ハーマイオニー」

 ‎「うん、私もそう思う。それに…みんな噂してるわ。ネビル最近変わって…かっこよくなったって。ほんと現金な人達ばかり」

 ‎「そ、そんな…」

 

 イースターの休暇中。広場にあるテーブルに、3年生で選択する科目のリストを広げていた。

 

 「ハーマイオニー…全科目取るの?」

 ‎

 ‎時間割を考えれば、難しいだろうとハリーは思った。ハーマイオニーもハリーの考えを察して、遠慮がちに頷く。

 

 「えっと、マクゴナガル先生から持ち掛けられたの。成績上位者には、特別措置があるみたいで」

 ‎「へえ、そうだったんだ。頑張って」

 ‎「…うん、ハリーもそうだと思ったんだけど…その…」

 ‎「僕は去年十番内に入ってなかったし、されてたとしても、元から受ける科目は決まっていたから気にしないで。…多分……ドラコも、全部は取らないんじゃないかな」

 ‎「そうかもね」

 

 最近は、このメンバーでの行動がほとんどだ。

 ‎ドラコはいない。

 ‎ハーマイオニーとネビルは、一度だけハリーに尋ねていた。そして返ってきた言葉は、喧嘩した、という一言だけだ。

 ‎以来、2人は関係した話題には触れていない。どうにかしたい気持ちはあったが、ハリー自身がそれを拒絶しているように感じたからだ。

 

 ‎ハリーは、何も聞かない2人に申し訳ないと思いつつも、現状のままがよかった。醜い自分なんか、やっぱり知られたくない。怖かったのだ。

 ‎浅ましくて、卑怯な自分が嫌になる。

 それでも、ハーマイオニーとネビルにまで嫌われたくなかった。独りぼっちに、なりたくなかった。

 

 ‎最近、ドラコはガールフレンドとも少し距離を取っているようで、図書館でもその姿は見かけない。その代わりに、ハーマイオニーが彼女と仲良くなっていた。頭のいい者同士だからだろうか、話が結構合うらしい。

 ‎ネビルは、何かシュッとした。身長も少し伸びているらしく、関節が痛いと言っていた。

 羨ましい。

 長年の栄養不足が今も祟っているのか、ハリーには未だ成長の兆しはないのだ。

 このままチビのままだったらどうしようと思っている。ハーマイオニーなんか、ぐんぐん背が伸びているというのに。

 

 「な、何?ハリー…?」

 ‎「いや、別に…。あ、2人は今度の試合どうするの?」

 

 土曜日にある試合の対戦カードは、グリフィンドール対スリザリン。この試合の勝者が、ハッフルパフの次の対戦相手だ。

 

 「私は一緒に見る約束をしてるの。その日は彼女図書館の当番だから、試合が始まるまで図書館で勉強して、それから行くつもり」

 

 ハーマイオニーは嬉しそうにそう行った。 ネビルは、グリフィンドールの生徒が固まっている席で観戦するそうだ。

 ‎自分はといえば、クィディッチメンバーと一緒に観る予定があった。

 ‎優勝杯は、すぐ目の前まで来ている。

 

 

 

 

 そして、土曜日。

 

 ハリーは、いつも通りに目を覚ました。

 ‎湖畔でネビルとトレーニングをして、シャワーで汗を流してから、少し遅めの朝食を終える。

 寮部屋に戻って‎時計を確認すれば、いい時間だった。今から行けば、ちょうどいいだろうーー「っ……?」

 

 不意に、違和感を感じた。チリチリと、頭の中で摩擦が起きたような不快感。遠くから聞こえてくる笑い声、呻き声。

 ‎ずるりと這う音。ぴちゃぴちゃと水を打つ音。暗やみで光る2つのーーーー頭痛によって、現実に引き戻される。

 

 ハリーは荒く息をしながら、勢いよく部屋のドアを開いた。

 ‎通路の向こうの談話室から、寮生の笑い声が聞こえてきた。ほっと、息を吐く。

 

 「…あっ」

 

 時計の針はいつの間にか、随分と進んでいた。

 

 

 

 

 

 「すみません!遅れました!」

 

 ハリーは、寮部屋からスタジアムの前まで、全力疾走で走り抜けた。メンバーは既に全員が揃っていた。

 

 「セーフだよポッター。むしろ、何でこんな早い時間に決めたのか、犯人探しをしていたところさ」

 

 セドリックがぼんやりとしながら言った。メンバーの中には、大きく欠伸をしている者もいる。それでも遅刻者がいないのがハッフルパフらしさだろうか。

 

 「別にいいじゃん。皆やる気に満ちていたってことだろ」

 ‎「いざってなると冷めちゃったけどね。今日僕たちの試合じゃないし。試合開始2時間前って、何なのさ」

 ‎「…セドリックさん。セドリックさん。これ君の発案ってこと忘れてない?一番に乗り込もうって言ってたのはどいつ?皆気を使って言わなかったけど、君が犯人だからね」

 ‎「何言ってるのかわかんないや」

 

 ハリーは、ガブリエルとセドリックの会話を聞き流しながら、他のメンバーに一言入れていった。

 

 

 

 

 ‎

 ‎

 そして、それは唐突に起こった。いや、気づいていなかっただけで、前触れはあったのた。

 ハリーが違和感に気づいたのは、マグゴナガルがスタジアムに駆け込んできた、少し前だった。

 

 不自然な風が凪いだ後、ドラコが動いた。カッと目を開いて、顔中にびっしょりと汗をかいて、ドラコは観客席から飛び出した。

 ハリーは、尋常じゃないドラコの様子に慌てながらも、その後を追う。

 全速力で走って、息を切らしながら辿り着いたのは医務室だ。

 マダムポンフリーの制止も無視して、ドラコは衝立を払った。

 ベッドには、人が横になっていた。左手を顔の辺りまで上げて、固定している不自然な格好。

 ドラコのガールフレンドが石となっていた。

 

 息を飲むハリーとは対照的に、なぜだろうか。ドラコの背中が安心したように見えたのは。

 しかし、ハリーの頭の、傷の、煮え滾るような熱は止まらない。

 

 

 

 

 

 あれ?

 

 目の前の光景に動揺して、何の言葉も出ないハリーだったが、思い掛けず、それに至った。

 

 ハーマイオニーは?

 

 この人と、一緒に試合を観ると言っていた。でも、この人はここにいる。石になっている。

 

 じゃあ、ハーマイオニーは?

 

 ハリーは、キョロキョロと首を回した。

 目が、ある一部分で止まった。

 フラフラと覚束無い足取りで、近づいていく。

 光を灯さない瞳で、衝立の前に立って、中を覗いた。

 ベッドの前に立って、震える手のひらを前へと伸ばす。

 触れる。

 

 「ぁーーーー」

 

 ハリーは、声にもならない悲鳴を上げて、膝を落とした。

 視界はぐるぐると回り、何も考えられない。

 膝をついた勢いのまま、上体は固い床へと向かうが、受け身を取る余裕もない。

 ズキズキと痛む額の傷が床と激突して、ゴンと鈍い音を立てた。

 

 所詮、どこか他人事だったそれは、突然としてやってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハリーポッター!!」

 

 ひっそりと寮部屋の隅に蹲っていたハリー耳元で突如、キーキーとした耳障りな音が鳴る。ゆったりと首を持ち上げたハリーの前にいたのは、いつか見たシルエットだった。

 ギョロリと丸い玉が二つ、掴みかからんばかりの険で迫ってきている。

 

 「坊っちゃまをお助けください。お一人でお行きになってしまわれましたのです!」

 

 ハリーに、前の時のような恐怖はない。あの時は暗闇だった。明るいところで目にすれば、なんと矮小な姿だろうか。

 そんな生き物が必死になっている。

 

 「ドラコ様が!」

 

 ハリーの意識はそこでハッキリとした。

 まくし立てるように続ける枕カバーを被った妖精が、何を言っているのかは分からない。

 しかし、ドラコという名が出た時点でハリーの行動は決まっていた。

 ドラコの姿が医務室から消えていたのだ。

 

 「ドラコはどこ?」

 

 

 

 妖精に連れられてハリーがやってきたのは、三階の女子トイレだった。

 そこにいたマートルという名のゴーストが、一度ハリーに無視された後も懸命に話し掛けるも、ハリーに反応はない。

 

 「ここからドラコ様がお行きになられました!」

 「ありがとう、えっと…」

 「ドビーめはドビーでございます!ドラコ様は平静を失っておられます!どうか!」

 「ありがとう、ドビー」

 

 ドビーは達成感を感じていた。

 まだ当初予定していた準備も出来ていないというのに、元凶へと向かっていったドラコ。しかし、自分ではその意思を曲げることは無理だった。それでも何とか止めようとしてドビーが頼りにしたのがハリーだった。

 こんなにも自分の話をすんなりと聞いてくれたのだ。きっとハリー・ポッターは坊っちゃまを連れ戻してくれるはずだと、ドビーは信じて疑わなかった。そう、自分たち屋敷しもべ妖精を闇から救い出してくれたように、きっと。

 話を冷静に聞いてくれるハリーが、決してまともな状態ではないことを、ドビーに見抜く術はなかった。

 

 『開け』

 

 シューとハリーの口から音が漏れる。

 洗面台が分かれ、下へと続く真っ暗な空洞が現れた。

 

 「君は行かないの?」

 「ドビーめは行きたくても行けないのでございます」

 「そっか、じゃあね」

 

 ハリーは表情を変えぬままドビーから視線を外すと、そのまま空洞へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 ‎

 








まとめたら短か。

誤字報告などありがとうございます。感想、コメントもありがとうございます。


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Time is money.

(だからいいわ!)







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーは走った。僅かな音も立てないように、慎重に、しかし迅速に、そして杖を構えながら。

 暗いパイプ菅を通り抜け、扉を潜り抜けた先、神殿のように造られたその場所に、スリザリンのローブを纏った、見たことのない青年がいた。

 

 「インペリオ 服従せよーー! 」

 ‎「ーーは…?」

 

 ドラコの声だ。姿は見えない。服従の呪いが、反対呪文など必要ないと展開された障壁を破りーー青年の右肩を捉えた。

 ‎青年は余裕を保った顔のまま、目の色だけを驚愕へと変えた。

 だが、それも一瞬のことだった。

 呪いに蝕まれた青年は、‎だらりと身体を緩和させる。小さな笑い声を漏らした後、目は焦点を失った。そして、幸せの最中にいるような、そんな表情を晒した。

 ‎服従の呪いは、見た目では呪いが成っているかの判断が難しい。

 ‎術者であるドラコは呪いに手応えを感じていたが、不安はぬぐい切れなかった。

 呼吸を乱している‎ドラコの顎を伝って落ちる冷たい汗の玉が、透明マントに覆われた石床に染み込む。

 

 静寂の中、連続して物と物がぶつかるような音と、先ほど耳にしたキーキー声がハリーの耳に届く。

 

 「杖を捨てろ、リドル」

 ‎

 ‎一拍。

 リドルが持っていたジネブラ・ウィーズリーの杖は、その手を離れる。

 

 「バジリスクを無力化させろ」

 「ーーーーー」

 

 震えた声で出すドラコの命令に、リドルは蛇語をもってそれに応えた。

 ‎バジリスクはとぐろを巻き、その中心に自らの顔を埋めた。そんなバジリスクの様子を、リドルが感情のこもらない声で淡々と説明する。

 

 「オブスキュロ…」

 

 ハリーは、陰からバジリスクを対象に目隠しの呪文を唱えた。ここに来るまでに考えていたことだ。敵がバジリスク、そしてロンの妹がいること、トムリドルが操っていること、元凶がドラコの父親であることを、ドビーの口から聞かずとも、知り得ることができた。

 バジリスクに抵抗する様子はない。杖の先から吹き出た靄は宙を駆け、バジリスクの顔に吸い込まれていった。

 黒い靄は、うぞうぞと蠢きながらバジリスクの両眼貼り付いて、視界を覆い隠す。

 手応えを感じたハリーは念を押して、もう一度オブスキュロを唱える。ドラコに、こちらに気づいた様子はない。

 「…」

 ‎バジリスクは身じろぎもしない。

 しかし、それでも‎ハリーは緊張を解くつもりはなかった。

 沈黙が場を重く支配する。意識をすれば、互いの呼吸音がハッキリと聴き取れてしまうほどだ。

 ドラコが、震える口元を片手で押さえながら、ゆっくりと口を開く。

 

 「答えろ。お前は、どこから来た」

 ‎「日記から」

 

 リドルの返答を受けた‎ドラコは、それらしきものを探してみるも、見当たらない。

 ドラコは視線を外し、再び口を開く。

 

 「そこの、ウィーズリーはどうなるんだ」

 ‎「このまま死ぬ」

 ‎「っ…生き残る道はないのか」

 ‎「僕が消えれば、あるいは」

 ‎

 ごくり、とドラコの喉が鳴った。

 

 「…お前は、どうすれば消えるんだ」

 ‎「分霊箱本体に…強力な呪い、もしくはそれに相当するモノをーー」

 「は…?」‎

 

 思わずといった様子で、ドラコは視線を辺りに巡らせた。

 ハリーと目が合う。

 ドラコは目を見開いたが、すぐにリドルへと視線を戻した。

 

 「それは、何だ」

 ‎「分霊箱とはーー」

 ‎「違う。説明は聞いてない…あ、もしかして日記のことか…?…そうだ今日記は、どこにあるんだ」

 ‎「それは、ここにーー」

 

 リドルの言葉が途中で途切れた。呪いが途切れた感覚はない。ドラコは、一気に警戒度を上げた。ハリーも、反射的にバジリスクに杖を向ける。

 ‎しかし、警戒すべきはリドルでもバジリスクでもーーそのどちらでもなかったのだ。

 

 

 『クルーシオ

 

 

 この時までは全くと聞こえなかった、少女特有の甲高い声が二人の鼓膜を揺らした。

 

 ‎「えっあ、あっあ…ああああああああああああああああああああああ───!!!」

 

 磔の呪いが、ドラコの身体を、心を蝕む。純粋な苦痛が無抵抗のドラコを襲う。

 石の床に身を投げ出し、四肢をばたつかせる。纏っていた透明マントが剥がれ、ドラコの姿が暴かれた。

 地面に‎横たわったまま、ドラコに杖を向けているジニーがいた。

 

 「ドラコ!!」

 

 ハリーは悲鳴を上げながら、杖を前につき出した。

 ‎そして、ジニーに向けて武装解除の呪文を口にするーーしかし、それはジニーに当たることなかった。線上に飛び込んできたバジリスクによって防がれてしまった。

 バジリスクの鱗は強靭だ。並の魔法ではその防御は突破できない。

 ‎しかし、弱点はある。

 幸いなことにオブスキュロも未だ健在だ。剥がそうとしてバジリスクが床に擦り付けているが、粘着質に蠢くそれは外れそうに見えない。

 ‎ハリーは、ドラコの現状に悲鳴を上げそうになりながらも、なんとか頭を切り替えて別の手段を取った。

 

 「エイビス! サーペンソーティア!」

 

 小鳥の群れ、加えて一体の蛇が出現した。これらは、ハリーが制御できる精一杯の数だ。

 ‎標的を意識する。

 先ずは、目だ。目隠しだけでは駄目だ。こうなってしまったら、バジリスクを傷つけることに躊躇いはない。

 バジリスクの顔を見ないようにして集中する。多少狙いがずれてもいい。数で勝負だ。

 ドラコの悲鳴が頭に響く中、ハリーは歯を食いしばりながら、魔法の操作に意識を置いた。

 

 「オパグノ 襲え!」

 

 バジリスクに、鳥の群れと蛇が殺到する。

 ‎魔法の後押しを受けた蛇が、バジリスクの顔面へと飛びつく。

 ‎バジリスクは、目隠しをされているとはいえ、音で何かが向かってきているのに気づく。

 ‎口蓋を開けて、蛇をその毒牙で噛みちぎった。

 ‎しかし、それは囮だった。

 直後に‎殺到する鳥の群れに、死を与える両眼を潰される。

 ‎バジリスクは声にならない悲鳴を上げ、その身を大きく仰け反らせ暴れ狂う。

 

 バジリスクが退いたことで、その向こうの景色が、ハリーの目に映る。

 ‎リドルが、ドラコに杖を向けていた。持っているのはドラコの杖だ。

 リドルの表情は、怒り一色に染まっていた。

 

 「クルーシオ

 

 磔の呪いが重ねがけされる。ドラコの身体が弓なりになって、固く冷たい地面を跳ねた。

 

 「やめろーー!エクスペリアームス!!!」

 

 ハリーは、気が狂ったように武装解除の呪文を連射する。ハリーの杖から幾つもの光線が飛び出す。その全てが、リドルを呪わんと一直線に向かう。

 ‎しかし、それらはリドルの杖のひと振りで消し飛ばされた。

 嘲るような笑い声が響く。

 

 「こんなものが、この僕に通用するとでも?動揺しているのかな、ハリー・ポッター」

 

 再度、リドルが磔の呪文を口にした。

 ‎ドラコが絶叫する。何度も何度も頭を地面に打ちつける音が、ハリーの心を締め上げた。

 

 「やめろ、やめろーーエクスペリアームス!ステューピファイ!ディフィンド!」

 「だから、そんなものじゃ無駄だって…それにしてもこの杖、最悪な使い心地だ」

 

 またしても、ハリーの呪いは防がれる。

 ‎そして、リドルが磔の呪いを再度ドラコにかけた。

 ‎ドラコの絶叫が、ハリーの脳を揺らす。

 

 沸き上がる怒りと相手に通じないという絶望感で、ハリーはおかしくなりそうだった。 ‎

 

 「もう…君はバジリスクに相手してもらいなよ。僕は、こいつを折檻するのに忙しいんだ。あとにしろ」

 

 もはや、リドルはハリーを見ていなかった。憎々しげに口角を吊り上げて、ドラコだけを見つめていた。

 

 リドルが命令し、バジリスクがハリーに襲いかかる。目を潰されたのだ。バジリスクは怒りの咆哮を上げながら、ハリーに牙を向く。

 

 ハリーは、動揺しながらも何とかバジリスクに意識を割く。まずこの蛇を何とかしなければ、ドラコを助けられない。

 不意に、ハリーは不思議な感覚に包まれた。まるで、ずっと前からこの蛇を知っていたかのような、奇妙な感覚だ。

 無意識のうちの行動だった。‎バジリスクの怒りの声に込められた感情を感じ取った瞬間、ハリーは1つの呪文を選択する。自分の使える魔法の中でも、しばらく避けていた今ですら、最も長けているといえる魔法。

 ‎額の傷から、痛みがパッと、初めから存在していなかったかのように消え去る。

 ‎人間、蛇。今のハリーに、境目は存在していない。

 ‎

 ‎本来ならば、心を通わせるために使われるべき手段だった。しかし、それが、確かな悪意をもって、ハリーの口は動いていた。リドルの耳には届かないほどの小さな呟きが、蛇の王へ向かわんとする。

 

 ( レジリメンス  心を)

 

 術者の力量によるが、相手の心をこじ開け、その感情、記憶までもを読み取り、暴く魔法だ。

 ‎ハリーの、最も得意と言える手段“だった”それに今、明確な意思が加わった。さらに、蛇の言語にてその魔法は形となった。

 

 現実の時間にして一瞬。

 しかしハリーとバジリスクに絆が繋がれた。

 ‎ハリーは視た。長い間眠りにつき、磨耗されていく自我。孤独すら忘れ、ただ継承者を待つだけの生。

 ‎時を逆行する。

 ‎穴だらけの記憶を、ハリーは視た。

 ‎人がいた。

 ‎自分と目を合わせても、何ともない主人。生まれたその日から、祝福をくれた、ただ1人の、自分の主だーーなぜ、忘れていたのだろうかーーーー

 

 そんなもの、どうでもいい。

 邪魔をするな。

 ‎

 ‎ハリーは、意識を急速に浮上させた。視界が冷たい景色を取り戻す。

 ‎影を感じて見上げれば、バジリスクが直ぐ近くで悠然と佇んでいた。

 ハリーは、言い様のない何とも奇妙な感覚を覚えた。記憶を見たせいだろうか。意思に関わらず、心を侵した存在に親近感を感じてしまう。

 

 ‎バジリスクの姿を一瞥して、ハリーはリドルへと武装解除の呪いを飛ばす。

 ‎しかし、それはまたしても防がれた。

 ‎リドルはドラコに苦痛を与えながらも、ハリーへの警戒を怠っていなかった。

 ‎視線は外そうとも、リドルには、もはや始めのような油断は存在しない。

 ‎ハリーが放つ呪いの弾幕に、リドルは溜め息を吐いて、最硬の守りを展開した。

 

 「“バジリスク、ハリーを殺せ”……?なぜ反応がない…偉大なるスリザリンの怪物よ!その程度か!!……チッ、インペリオ!!」

 

 彫像のように固まって動かなくなっていたバジリスクが、ピクリと動いて反応を見せた。

 ‎そして、自我を失い操られたバジリスクは、リドルの命令に従いハリーに襲いかかる。

 

 「“ディフィン…」

 

 そこで、呪文は途切れる。

 ‎ハリーは、バジリスクを掌握したと思い込んでいた。バジリスクに襲われる可能性を頭から排除してしまっていたのだ。

 ‎これが本来の力なのだろうーー服従の呪いで操られたバジリスクは、これまでの倍近く素早かった。

 ‎

 ‎ハリーの身体は、バジリスクの体当たりを受け、ボールのように地面を何度も弾んで転がった。

 

 「あれ、どうしたんだいハリー。もう戦わないのかな?」

 

 滅びを前にしても、理性を持って戦え。

 ハリーの脳裏でムーディの言葉が繰り返される。しかし、その言葉を与えた当の本人は、まさか今のハリーとドラコの状況を予期していたわけではない。

 彼らの教官であるムーディは、学生ーーそれもまだ低学年である彼らに、当然まだ実戦を経験させていない。

 故に、彼らは知らなかった。闇と戦うことがどういうことなのかを。無論、彼らなりの心持ちで臨んではいたが、初陣の相手としてはあまりにも無謀だった。

 

 ハリーの身体は、反射的に受け身を取っていた。日頃の訓練の賜物だろう。あまりの衝撃で、四肢への衝撃は防げなかったが、頭への衝撃は何とか流していた。

 ‎口の中に広がる鉄の味。力の入らない腕。

 ハリーは、痛みに呻きながら瞼を上げる。

 目の先に、‎ドラコの姿があった。

 ドラコは、悲鳴を上げることを止めていた。

 ‎生気を感じられない顔、糸が切れたように動かない姿は、まるでーー

 

 「まあ、いいや。どうやって未来の僕を、とか色々聞きたかったけど…ここで死ぬんだし。じゃ、さよならだハリー」

 

 バジリスクが、こちらを向いていた。

 ‎今度は、大きく口を開けている。

 ‎何本もの牙が糸を引きながら、ハリーを狙っていた。

 ‎ハリーは、立ち上がった。

 ‎ポケットに手を入れてーーハリーは、ただのひと振りの果物ナイフを掴んだ。しかし、腕は上がらなかった。

 スルリとと、ハリーの皮膚を裂きながらナイフが手から滑り落ちる。

 ‎

 ‎

 ‎毒牙はもう、すぐ目の前に迫っている。

 

 

 「ハリー」

 

 どん、とハリーは押された。煽られた身体は、力に逆らうことなく尻餅をつく。その衝撃でもたらされた激痛がハリーを襲う。

 ‎しかし、そんなものはどうでもよかった。

 ‎

 ‎すぐ目の前に、ドラコがいたのだ。

 うつ伏せに倒れたドラコは、こちらに向かって両手を伸ばしている。ハリーはその手を掴もうとした。

 

 「ハリー…」

 

 朦朧とした意識の中、ハリーが感じたのは安堵の感情だった。

 よかった。無事だったんだ。なのに、ドラコはなんでそんな顔をしているんだろう?

 いいや、そうだ。

 ドラコがいるんだ。ドラコがいれば…僕達二人ならば、何にだって負けない。だから…

 

 ーーあと少しでドラコの手に触れるか否か、ハリー眼前からドラコの姿が消えた。

 

 「…?」

 

 ハリーは目を丸くさせて、きょろきょろとドラコの姿を探した。

 ‎ドラコは?

 ‎リドルと、倒れたジニーとバジリスクの後ろ姿。いくら見渡そうとも、それだけ。

 

 「この僕が欺かれていたとは。認めよう、ドラコ…似ているな、マルフォイ家の者か?紛れもなく優秀な魔法族だ。失うのが惜しい」

 

 リドルの声が遠くに聞こえた。

 ‎ーー背を向けたままのバジリスクが、口があるだろう位置から何かを落とした。棚から物を落としてしまった、そんな音。

 灰色の世界で、目映いプラチナブロンドが輝いた。

 

 「ドラコーーーー!!!」

 

 ハリーは駆け出した。

 ‎ハリーの声にバジリスクが反応を見せる。

 

 「“退けえ!!消えろーー!”」

 「な、ーー」

 

 ハリーの発した“蛇語”は、意思と魔法力をもって、バジリスクに掛けられている服従の呪いを上書きした。

 ‎無理に身体を動かす力が無くなった途端、バジリスクは力尽きるように、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 「ドラコ…ドラコ」

 

 涙と洟を流し、足を絡れさせながらドラコに駆け寄るハリー。

 ついには転げ額を強く打つ。眼鏡のつるが折れて皮膚を浅く切るが、ハリーは構わず顔を上げた。

 ヒッと息を飲む。

 杖を取りだそうとするが、手は空を切るばかりだ。

 

 「ポケッ…ト」

 

 恐怖に顔を歪ませ、小さくしゃくりを上げるドラコが震えた声で呟いた。

 ‎ハリーはハッとなって、ドラコのローブのポケットから小物入れを探し当て、中から1つの瓶と石を取り出した。

 ‎血に染まった服を捲る。

 幾つもの穴が空いて、血がどくどくと流れていた。胴体を庇った両手は更に酷く、大きく肉が削がれている。

 ‎ハリーは、瓶を満たしている液体を躊躇うことなく振りかけた。

 ‎

  「…なんで!!」

  「そんなものが…バジリスクの呪いの毒に効くわけがないじゃないか」

 

 傷は塞がらない。

 ハリーは半ばパニックになりながら、1つの石をドラコに飲み込ませる。バジリスクの毒に対して解毒効果があるのかは分からない。しかし、無いよりはきっとましだ。

 ‎ゴボリと、ドラコが血の塊を吐き出した。ハリーは、体内に溜まった血を吐き出させようと介護するが、ドラコは苦しげに呻くだけだった。

 

 「ハリー…父上のことは…」

 

 言わないで。

 ‎血と涙が混ざりあったドラコの唇が、小さく震える。

 ‎ハリーには何の反応も、頷くことすらもできなかった。ただ、半人前以下の治癒呪文をかけ続けるしかない。

 謝罪も、励ましの言葉も、何一つ頭に浮かばなかった。

 治れ、治れ、治れ。

 追い詰められた少年の精神は、極限に達しようとしていた。

 

 「可哀想に、ドラコは楽に死ねないよ」

 

 リドルが楽しげな調子で言う。

 

 「バジリスクの毒は、そんなものでは中和できない。しかし、多少は作用するだろう。ああ、そのまま失血死でもさせてあげたら楽に逝けただろうに。ハリー、君は残酷だ」

 

 リドルがくすくすと笑う。

 ‎ハリーは、その声を何とか無視しようとした。

 ‎しかし、できない。

 ‎リドルの声は、弱ったハリーの心の中にずぶずぶと沈み込んでいく。

 

 「僕が死を与えてあげようにも、この杖じゃ多分無理だろう。余程、その死にかけに忠誠心を捧げているらしい。ご立派なことだ。どうやら、磔の呪いも効きが悪かったようだし」

 

 リドルは、倒れているジニーの側から杖を拾った。

 ‎そして、もう用はないとばかりに、ドラコの杖をゆっくりと力を込めてへし折り、投げ捨てた。

 

 「さあ、ハリー…ここにいるのは、もう僕と君だけだ…そうだな、せっかくだ。

 ーー決闘だ。杖を持て、ハリー。幕引きには適当だろう。決闘の仕方は知っているか?」

 

 このまま杖を一振りして、殺してしまってもよかった。

 しかし、リドルのプライドがそれを許さなかった。たかが2年生にここまでされたことが、屈辱だったのだ。

 

 

 「ーー」

 

 ハリーは、微動だにしなかった。ただ、ドラコの手を強く握り締めている。‎

 

 

 「チッ」

 

 リドルが舌打ちをして、杖をひと振りする。

 ‎ハリーは強制的に身体を動かされ、落ちている杖を拾い、リドルの正面に立たされた。

 ‎ハリーの目には、もはやリドルの姿は映っていない。色を失い、全てが灰色に変容した景色がそこにあった。

 

 「ハリー、正しい決闘の仕方を教えてやろう。まずは、お辞儀をーーいや、その前に自己紹介もまだだったか」

 

 ハリーの前に、文字が浮かび上がった。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE ‎

 

 ぼんやりと光るそれが、ゆっくりと動く。リドルが杖を一振りすれば、それらの文字の並びが変わっていく。

 

 I AM LORD VOLDEMORT  

 

 ハリーの目が、ゆっくりと見開いていく。

 ‎信じられないものを見るかのように、ゆっくりと驚愕に染まっていく。

 ‎そしてーー

 

 「紹介が遅れたね。知っているだろう?僕がーーヴォルデモート卿だ」

 

 ハリーの視界が、闇に塗り潰されていく。

 

 

 

 

 ‎

 ‎「ヴォルデ…モート…?」

 「そうさ。僕はーー」

 

 肯定。

 ‎あとに続く言葉はどうでもよかった。

 ‎目の前にいるのが、ヴォルデモート。その事実だけで十分だった。

 ‎こいつが。こいつが?

 ‎父さんを、母さんを。

 ‎ドラコまでも。

 ‎僕から、奪うのか。

 

 止めどなく溢れる感情が行き場を失い、ハリーを決壊させる。

 ‎ハリーの瞳から、濁った涙が溢れ出す。

 

クルーシオーー苦しめ!!!

 

 闇雲に連射するハリーの呪いは、リドルを護る盾を突き抜けた。得意気に口を開いていたはずのリドルが、今度は絶叫を上げる。

 ‎リドルの身体は宙に浮かび上がり、磔にされるかのように、空中で十字に固定された。

 

 ドロドロとした感情が、ハリーの額から広がり、身体中から流れていく。視界を暗く落としたそれに、ハリーは何も感じなかった。

 ‎ハリーは、溢れ出す感情に身を任せていた。

 ‎感情の奔流に呑まれていく中、ふと、既視感を覚えた。

 ‎いつだっただろうか。前も、こんな気持ちになったことがある。

 ‎

 ‎ーーそうだ。‎夏休みだった。

 ‎閉じ込められて、暗闇で、寂しくて、何でこんなことになったのかって考えて。

 ‎全て、こいつのせいだった。

 ‎ヴォルデモートさえいなければと、そう思ったんだ。

 ‎だから、もし生きていたとしたら。

 

 「ゆるさない…」

 

 そう、誓った(呪った)

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。リドルの煩わしい囀りが止み、その身が半透明になったころ、ハリーは磔の呪いを終わらせた。

 ‎リドルは、べちゃりと地面に落ちて潰れた蛙のような声を上げた。

 ハリーは、引き寄せの魔法で、リドルの側に落ちている杖を奪う。くるくると回りながらやってくるそれを、ハリー難なく掴み取った。

 

 ‎余裕のあったリドルの顔は、ぐちゃぐちゃだ。

 ‎ざまあみろ。

 ‎もう一度苦しめてやろうか。そうだ、何度でも、何度でも、何度でも。ドラコが受けた苦痛はこんなものではない。

 ‎でも、とハリーは杖を上げたところで思い返した。

 ‎心が痛むわけではなかった。

 ‎もう1秒足りとも、こいつの、ヴォルデモートの声をこれ以上聞きたくなかったのだ。

 ‎

 

 ハリーは、涙に濡れて滲んだ視界を袖口で拭うーー眼鏡が無いことに気づいた。

 ‎何で見えるんだろう。

 割れた眼鏡を拾って、‎少し考えて、今はどうでもいいことだとその疑問を切り捨てる。

 

 ‎ハリーは、未だに屈辱に濡れるリドルに杖を向けた。その眼光だけで呪いの1つでもかけられそうだが、ハリーは気にも止めない。

 ‎呪いは決まっていた。

 ‎使ったことはない、知っているだけの呪文。

 ‎必要とされるのは、瞬間的な魔力の強さと量。そして、それらをコントロールするための、精密な魔力操作。全てが規格外のものだ。

 ‎どれも、自分にはないものだ。

 ‎しかし、ハリーには確信があった。記憶の海の底、最も古い記憶にあるよく分からない緑色の閃光がハリーに自信を与えていた。

 それが何であるのか、今ならば理解できる。

 ‎これこそが、今必要なイメージである、と。

 

 

 「アバダ・ケダ(◾️◾️)ーー」

 

 

 その呪詛が、整然たる殺意を必要とすることを、ハリーは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待て」

 

 呪いの言葉は、続かなかった。

 突然‎吹いた風、後ろから伸びてきた大きな手に、掴まれたからだ。すぐにその声が、その手が誰のものか分かった。

 ‎しかし、今となってはどうでもよかった。

 

 ‎ハリーの瞳には、顔を固く強ばらせたスネイプは映っていない。

 ‎掴まれた腕を払おうとしてーー

 

 「…?」

 

 ハリーは気づいたーー驚愕した。

 ‎暗闇の中にあった視界に色が生まれる。突然訪れた興奮で、心臓が破裂しそうだ。

 ‎信じられない。本当にそうなのか?似ているだけじゃないのか?目の前の出来事は本当に、本当なのか。違う、本当に存在していたのだ!

 それが載っている魔法生物の本の、ページ数まで頭に浮かぶ。

 ‎スネイプの背後の、少し上。

 ‎そこに、不死鳥が舞うように翔んでいたのだ。

 

 「ぁ、うあああーー!ドラコ、ドラコに!!不死鳥の涙をーー!!」

 「ッ!あ、ああ。…我輩が言う必要はないようだ」

 

 不死鳥が、ドラコへと一直線に翔んでいった。

 ‎ハリーは、必死な表情でそれを追った。力が抜けた四肢を地面つけ、這いつくばりながら追った。

 まだ、まだ…ドラコは生きているはずだ。だから、まだ間に合うとハリーは心から祈った。

 ‎拭ったばかりの目から涙が溢れても、気にもしなかった。

 

 そして、ドラコに何滴もの雫が落とされた。

 

 「先生…ドラコは、ドラコは…」

 

 ハリーは、すがる思いでスネイプを見つめた。 

 ‎一瞬、びくりと身体を揺らしたスネイプだったが、杖をリドルへと向けたまま、ゆっくりとドラコへ近づいて状態を確認する。岩のように難しい表情で、スネイプが口を開いた。

 

 「マルフォイは、磔の呪いを受けたな…不死鳥の涙の効力を十全に受けきれず、‎毒が完全には消えていない。…これだけでは足りえない」

 ‎「先生!!ドラコをーー」

 ‎「落ち着け、我輩が用意しよう。必要なものは、そこにあるのだ」

 

 スネイプは、力なく地面に倒れているバジリスクを指した。

 ‎ハリーはそれを確認して、スネイプがうなづくのを見て、全身の力を抜いた。地面に衝突するような勢いで、パタリと倒れ込んだ。

 ‎涙が、止まらなかった。

 目尻から伝った涙が、冷え切った地面を温かく濡らす。

 ‎それは先程とは違う、キラキラと澄んだ涙だった。

 

 「ポッター…そこの男は誰だ。ホグワーツにあのような生徒はいない」

 ‎

 ‎ハリーは、リドルの存在をすっかり忘れてしまっていた。

 ‎ハッとなって目だけを向けると、立ち上がったリドルが憎々しげにこちらを睨み付けていた。

 

 「あなたは…スネイプ教授ですね?」

 ‎「さよう」

 

 スネイプの軽快な肯定に、リドルの口元が醜く歪む。

 

 「ーーよかった。僕は…ヴォルデモート。正確にはヴォルデモート卿の過去の記憶だ。さあ同士よ。あなたのことは、ジニーを使って調べさせてもらったよ」

 ‎「……」

 ‎「事実、あなたからには正しき者の気配がある。あの老いぼれとは違ってだーー悦べ。ヴォルデモート卿はここに復活するのだ」

 

 リドルは、高らかに宣言した。

 スネイプが、ハリーに前に背を向けて立ち塞がった。

 ‎ハリーからは、スネイプがどんな顔をしているか見えなかった。

 

 「…闇の帝王は、未だその命を完全には失ってはいない。…お前は、何なのだ」

 ‎「僕は記憶だ。本体のことは今はわからない。…でも、そうだな、此れから本体を探して合流してもいいな。ーーそして晴れて、ヴォルデモート卿の完全復活だ」

 

 不穏な会話だと思う。しかし‎ハリーには、こんな会話を聞いても、スネイプを疑う気持ちは少しも起きなかった。

 確固たる‎理由などない。スネイプの真っ黒な背中を見て、そう思ったのだ。

 

 「…では、闇の帝王と繋がりがないと?」

 ‎「繋がりはあるよ。ただ、本体は弱体化している上に、ここは遠すぎる。ある程度近づけば分かる」

 ‎「…そうか」

 ‎「そうだ。だから、まずそのガキをーー」

 

 「セクタムセンプラ(切り裂け)ーー!」 ‎

 

 その一つの呪いで、リドルは沈黙した。血が噴水のように辺りに飛び散った。

 

 「ガキを、何と?聞こえませんな」

 

 スネイプは、ねっとりと口元を歪ませながら言った。

 ハリーは、‎スネイプの大きな背中から怒りと憎しみを感じ取った。

 ‎ただの憎しみではない。

 ‎これは、そう、自分と同じだ。

 

 その時、ぱさりと何かがスネイプの前に落ちてきた。

 ‎ハリーが上を見上げると、不死鳥がくるくると回っていた。

 

 「ああ、なるほど。これが貴様の依り代か。なんと脆弱か…これならば」

 

 地を這い蹲るリドルが、血相を変えて喚いた。

 ‎スネイプは、それを一瞥して杖を眼下へと向ける。

 ‎炎が吹き出した。

 ‎唸り声を上げるように、ごうごうと地の底から響くような音を立てながら広がったそれは、瞬く間に収束する。

 ‎そして、一つの動物のかたちーー雌鹿の形をとったのだ。

 

 「ーーー、」

 

 スネイプが何かを呟いたが、ハリーの耳には届かなかった。

 ‎ただ、聞こえなくとも、ハリーの胸は締めつけられるように痛くなった。

 

 雌鹿は、主の言葉に頷くかように首をひと振りして、日記帳へとその脚を静かに下ろした。

 

 

 

 

 『リリー…私は……僕は…』

 

 リドルの消滅を見届けた後、ハリーの頭に割れるような痛みが襲いかかる。

 ‎気を失う寸前。くぐもったその言葉が今度ははっきりと、きこえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄鶏が鳴いた。

 ‎就寝時間を除いて、定期的にーードラコによってーー鳴るその音は、今では生活サイクルの一つになっている。実際に、時間の区切りとして重宝していた生徒もいたようだった。

 ‎今は、朝ではない。

 ‎日の光がレースのカーテンを通って室内をミカン色に染め上げている。窓ガラスの枠の影と、その中にある自分の影。ハリーは、ベッドの上で上半身を起こしながら、ぼやけた視界でそれを見つめていた。

 

 「めがね、めがね…」

 「…ハリー、起きたのか」

 「…ドラコ?」

 ‎「うん」

 

 酷い脱力感のせいで、ハッキリしていなかったハリーの意識は、急激に覚醒した。

 

 「ドラコ…無事、どこにいるの」

 「落ちつけ、隣だよ。無事さ」

 ‎「……はぁ…よかっ…」

 

 身体から一気に力が抜けていく。ハリーは、ドラコの声の調子でわかった。

 ‎声は、かすれて小さかったが、ドラコは無事だ。決して元気とは言えなさそうだが、仕切りのカーテンの向こう側に、確かにそこにいる。

 

 「ハリー、ごめん」

 ‎「…なんで。なんでドラコが…だって、僕のせいでドラコは…」

 

 上手く話せない。

 ‎あの時の光景を思い出した。

 ‎蛇に貪られ、血だらけになった、ドラコの姿。

 ‎全て自分の責任だ。

 

 「最初は僕だ…僕が油断したからだ。本当に君が無事でよかった…それに、あの時ああしたから、君を守れたんだ。だから僕は、何も間違っていない。絶対だ。もちろん、君もだ。ハリー、僕と一緒にいてくれて、生きてくれて……ありがとう」

 

 ドラコの優しい声に、ハリーは泣きそうになる。

 

 「……僕も、君が生きててよかった…こうして話せてよかった…。うぅ…」

 

 胸が痛い。苦しい。

 ‎ハリーは、涙を震えをこらえきれなかった。言いたいことはあるのに、言葉にできない。

 本当に‎怖かった。

 ‎ドラコが死んでしまう。もう会えない可能性もあったのだ。

 ‎怖い。今でも、怖い。

 ‎もう、あんなーーこんな思いは2度とごめんだ。

 

 「…ハリー、ごめん少し寝るよ」

 

 今まで寝ていなかったのだろう、ドラコの声は掠れていた。

 

 「…うん、おやすみドラコ」

 ‎「うん…」

 

 

 

 

 

 カチコチと、時計が進む音が大きく聞こえる。先ほどマダム・ポンフリーにも診てもらって、薬も飲んでいる。

 ‎しかし、やけに目が冴えていた。ベッドの上で、じっとしているしかないのだが。

 ‎でも決して、退屈ではなかった。隣から聞こえてくる規則正しい寝息が、心の内を満たしてくれた。

 ‎

 ‎ついに日は完全に沈んだ頃、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。

 ‎大扉がゆっくりと開いて、男がひとり入ってきた。

 

 カーテンの隙間からその人物の顔が見えた。見たことのない男だ。でも、ハリーにはそれが誰であるのかわかった。

 ‎見慣れた面影がそこにあったからだ。

 サッと、隣のカーテンが開かれる。足音が止み、医務室を静寂が満たす。

 ベッドサイドへと降りたハリーが、隣のカーテンを覗こうとしたところで、静寂が破られた。

 

 「愚かな…」

 

 ハリーは手を引っ込めた。急な動作をしたせいで、まず腕が痛み、思い出したように全身へと広がった。ハリーはその場でうずくまった。

 

 「私の言うことを聞いていればよかったものを。ハッフルパフなどに選ばれ、ダームストラング行きも断り、この後に及んでは…」

 

 冷血な、突き放すような声だった。こんな冷たい声を、人が、あまつさえ実の父が出せるものなのだろうか。

 その冷たさを飲み込まんが如く、ハリーの熱は滾った。

 

 「ふざけるな」

 

 上手く動かない体を持ち上げながら、ハリーは声を上げた。しかし、今のハリーの状態ではまともに立ち上がることさえできない。

 数拍おいて、カーテンが開かれた。

 

 「おや、無事かな。手を貸してやろう」

 

 眼前に差し出された手を、ハリーは弱々しく払いのけた。

 

 「なんで、ドラコにそんなことを…」

 

 父親なのに。

 男は、ハリーの理想の父親像からかけ離れていた。

 

 「君には、関係ないなーー」

 

 「ドラコは僕の友達だ!なんであなたは、そんな風に言えるんだ。ドラコは…」

 

 ハリーは力を振り絞って、男の胸ぐらを両手で掴んだ。

 ハリーはそこで、男と目を合わせた。カーテンから漏れた陽の光に照らされた男は、感情の抜け落ちた、人形のような顔をしていた。

 その異質な光景に、ハリーの熱は冷めていく。それでも、1度吐いた感情は止められない。

 

 

 「死んで…っ…死んでしまいそうな時に、何て言ったと思う…ッあなたには、分からないだろう…ドラコは、ドラコは、あなたのことを言ったんだ。お前がしたことを誰にも言わないでって…秘密にしてくれって…!」

 

 ハリーの心に反芻されるのは、ドラコの倒れ伏した姿だ。

 ドラコがあんなことになってしまったのは、自分のせいだ。ドラコの心を覗こうとしなければ、もっと鍛錬していれば、もっと勉強していれば、ずっとドラコと一緒にいたらーー

 

 「……誰のせいで、こうなったんだ。ふざっ…ふざけるな…なのに、なのに…こんなーー」

 

 行き場無くして暴れ狂う感情は、そこで止まった。

 ‎胸ぐらを掴んだ両手に、何かが触れた感触があった。

 ハリーはゆっくりと顔を上げて、男の顔を見上げた。‎男は、人形のような表情のまま、涙を流していた。

 

 「こん…な…」

 

 ハリーは、力を失ったように、襟からだらりと手を離した。

 

 「嘘だ…」

 ‎

 ‎男はハリーの手が離れると、ハリーの横を通ってドラコへと近づいた。

 

 

 「………このような…なぜだ……なぜ、こんなことに…ドラコ…ぁ…ぁぁ…死ぬな!……死ぬな…やめ…ろ、いやだ…やめて、くれ…」

 

 

 ばさりと布が落ちる音がする。男は膝を床に落とした。そして、頭を床に付けてうずくまった。

 ‎もうこれ以上、息子の顔を見ることができなかったのだ。

 

 

 「おまえさえ…おまえと、ナルシッサさえ…いてくれたら…それだけで…そうだ、それしかなかったのだ…、私はそれだけでよかったのだ…」

 

 男は、焦点の合わない瞳をベッドの上へと向けた。

 

 「あああ、私はなんてことを……ドラコ、ドラコ、ドラコ…やめてくれ…いなくならないでくれ…し、死なないでくれぇぇ……やめろ…やめろ…やめろ、やめ…ああぁぁ…!」

 

 男は、息子の手を自らの両の手で握り、胸に掻き抱いた。

 

 「誰でも!誰でもいい!ドラコを!…息子を、お救いください……私は、何もいらない…全ていらない!だから、ドラコを、ドラコをーー!!」

 

 

 男は慟哭した。

 何も憚るものはなく、幼子のように泣き叫ぶ。

 気圧されたハリーは、身を強張らせている。

 

 

 「ぁぁぁ……」

 

 男の声が枯れ始めたころ、新たに、ハッキリとした声が医務室に響いた。

 

 「ドラコは、死んでおらんよ。ルシウス。眠っているだけじゃ。話は最後まで聞いてくれると助かるのじゃが。愛する息子のことじゃ、気持ちはわかるがの」

 

 扉の前に、ダンブルドアが息を切らした様子でーー微笑みながら立っていた。

 

 「……ぁ…?…ぁ?……え、じゃあ、ド…ドラコは…」

 

 ルシウスは、もう1度ドラコの手に触れたーー夢ではない、確かな温度があった。とても、死にゆくような人の体温とは思えなかった。

 

 「ーーぁぁ…」

 

 ルシウスの嗚咽は、しばらく止まなかった。

 

 

 

 

 ルシウスとダンブルドアが医務室出ていった後、ハリーはフラフラとベッドへと戻った。

 ‎酷く疲れた気分だ。それと、少しだけスッキリした気分。しかし、ダンブルドアはいつ来ていたのだろうか。

 ‎ハリーは、もう一度寝ようと静かに目を閉じた。

 

 ‎隣のベッドの啜り泣きは、聞こえなかったことにして。

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 




 


 補足します
 ハリーの死の呪文は、どちらにせよ成功しません。分霊箱だからとかではなく、前提として、心からの殺意までは持ち合わせていませんので。
 ドビーは結局、自らの意思でドラコの呪文のサポートして、自分でお仕置きして気絶。起きて一人で帰りました。


最後もう一話で二巻をまとめます。
ネタから始まった本作ですが、三巻も…。

誤字報告、コメント感想ありがとうございます。


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