三国クエスト (賀楽多屋)
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王子と恋とラインハット(V)

 

 世界地図を広げてみるとこの世界には大小様々な大陸があることが分かる。特に一番目を引く北大陸と言えば、この数ある大陸の中でも一等大きいに違いない。

 

そんな北大陸には二つの国があった。

 

太古の昔は大国として名を知らしめたレヌール。

 

しかし今は無き国であり、繁栄した頃はさぞ華美な王宮生活を王族や貴族は送っていたのだろうと思わせる調度品が今も現存する王城の中に残っている。ある時期には、その城に住む幽霊達の嘆き声が夜な夜な近辺の街に届いたというが、その嘆きとは何だったのだろうか。

 

 レヌール無き今、北大陸で覇権を唱えるのはもう一つの国、ラインハットである。

 

王城を中洲に建て、しかもその背を気高い山脈に任せた天然の要塞には立案した者が如何に築城の名手だったかを匂わせる。これにはベテランの間者でさえ手間取るらしく、そもそもラインハット王城への依頼は断る輩も多いと言う。城下町は国力を示すように活気であり、南には娯楽都市さえ有しているのだからかの国も大国と言って差し支えないだろう。

 

「ここは良い所だ。なぁ、関羽、張飛」

 

「兄者の仰る通り。この関羽もいたくラインハットを気に入っておりまする」

 

「俺も好きだぜっ!このライライなんとかって国はよぉっ!!」

 

 ラインハット王城の物見台には三人の男が居並んでいた。

 一人は某世界の某大陸で国を興した男である。名を劉備、字を玄徳とするこの男は流浪の王とも呼ばれており、生まれは貧しい民でありながらその身に尊い血を宿している御仁だ。仁義を重んじ、戦乱の世を正すために一旗揚げた『蜀』の蜀帝である。

 

 そして、この劉備を挟んで立つ二人の男は彼の義兄弟である関羽と張飛だ。美髯公と名高いさらりと腹の下にまで流れる髭の持ち主が名を関羽、字を雲長とする男。彼の戦功は数多あり、その腕前を見込んで時の覇王からお誘いがかかったこともある御仁である。

 

 最後の一人は割れた顎と逞しい筋肉からして如何にも戦場で勇を奮ってきたと言わんばかりの男。名を張飛、字を翼徳とするこの男は時の覇王の追撃から劉備を見事守りきった逸話のある正に盾の英雄とでも称されそうな御仁だ。

 

 三者共に、某世界では英雄伝説として遥か未来まで語り継がれることになる偉人達であるのだが、このいつの間にやらやってきた世界では勝手が違う模様。

 

「劉備様っ! こんな所におられたのですか!? あ、関羽将軍や張飛将軍もこんなところに!! 劉備様、どうか今一度あの方達に我等を助けてくれるよう仰ってはくだされませんか!? 我が国の命運は最早、貴方がたが握っていると言っても過言ではございません!!」

 

 ヒーヒーと頭頂から額にかけて毛一つもない荒野を布で拭いながら現れたのは両肩の飾り紐が立派な壮年の男であった。劉備達は背後から掛かったその声に振り返り、怒涛のように流れる汗を拭うラインハットの宰相に義兄弟で目配せし合う。

 

「彼奴ら、兄者の命令しか聞かねぇからな。まぁ、それでいいんだけどよ」

 

 

 張飛が己の割れた顎を撫でながらうんうんと頷き、それに関羽も同調するように首を一つ縦に振る。間に挟まれた劉備はそんな義弟達に苦笑いだ。

 

「宰相殿。今度は一体如何なされたのだろうか。良ければ私に話してはくれまいか。」

 

 

「劉備殿・・・っ! 貴殿の懐の深さには私は感無量で御座います。それはもうっ言葉無きまでに!! それが我が国ときてみれば、陛下は正妃様が亡くなれば間を置かずに次の正妃様を娶られるわ、その正妃様とくれば妙な輩とつるみ始めるわ、頼みの第一王子ヘンリー様は王子の風上にも置けぬやんちゃ小僧だわーーー。この国の先を思うと胸と喉が痛んできますぞ!」

 

 大臣の淀みなく、そして大っぴらに披露された愚痴に劉備は頷くこともできずにただただ苦笑を深めるばかりである。取り敢えず、話を聴き終えたら、孔明を探そう。そんな劉備の決意を義弟達は耳にしなくとも察せられたようで、何処かからか『丞相ーっ!』と甲高い声でも聞こえないものかと耳を澄ますことにしたのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 趙雲には誇れることが幾つかあった。それを指を折りながら1つずつ挙げていくのは何とも傲慢のように感じて、決してしようとは思わないがその内の一つに『劉禅の子守をした』ということがある。

 

 劉禅とは、蜀の帝であった劉備の嫡男であり、後に劉備の跡を継いで蜀の要となる御仁のことである。趙雲は赤子であった劉禅を懐に抱えて死地を脱したその日から劉禅の子守役となった。何故かその後、関羽と張飛の子供達の面倒も見ることになったが、趙雲は世話好きでもあったゆえ全く子守が苦にはならなかった。

 

 その子供たちも、もう大人だ。共に戦陣を駆け抜け、時には背を預け合うことにもなった。趙雲は彼等の成長ぶりについ目元を熱くしてしまうこともあるが、まさか武人が戦場で涙を見せるわけにもいかない。必死に熱い目元を堪えて、彼はいつも得物を手にし戦地を蹂躙していくのだ。

 

 但し、数多の戦地で武功を上げ、敵兵にも恐れられる趙雲と言えども追いかけっこでそうやすやすと優勢にはなれないらしい。

 

「待ちなさい! 流石に今日こそは、この趙子龍、ヘンリー様を捕らえてみせます!!」

 

 武人らしい見惚れるようなフォームでラインハット王城の廊下を疾走する趙雲を、幾人もの文官が首を竦めて見送っていく。

 

「やだね。今日だって俺の全戦全勝さ。どんだけ趙雲が早くっても俺の足にはついてこれない、だろ!」

 

 趙雲の目前で、豪奢な刺繍が施されたケープを翻し、この王宮に住まう王の子として相応しい仕立ての良い服に身を包む緑頭の少年は懐を弄ると何かを手にとってポイッと趙雲に投げ出した。

 

 それは綺麗な放物線を描き、趙雲はつい反射でそれをキャッチしてしまう。

 

 篭手で覆われた手の中でそれは喉袋を膨らませてまあるい眼で趙雲を見上げていた。

 

 

「げこっげこっ!」

 

 茶色の皮膚がなんとも不気味なガマガエル。鳴き声とともに膨らむ喉袋が滑りとした艶を見せる。

 

 ゴクリと喉を鳴らしてヘンリーから受け取ったガマガエルを趙雲は見つめた。

 

「なんとも栄養価の有りそうな蛙だ・・・」

 

「おい! お前・・・まさか蛙を食べる気か!?」

 

 まさかそんなリアクションを趙雲を取るとは想像にもせず、ヘンリーは後ろを振り返り喉を鳴らす趙雲を見つけてしまう。

 

 ここ一週間、趙雲とは長い間追いかけっこ関係を続けてきた。ラインハットに唐突に現れたその一団は、異界の住人達だと父である国王からヘンリーも聞いている。そして、その国王が異界の武力と智慧を欲して、彼等を食客として迎えたこともヘンリーは知っているのだ。

 

 ーーー俺の守役になるとは思わなかったけどな!

 

 その守役の一人である趙雲はそれはもう大層見目の良い男であった。貴族のような品格と夏風のような爽やかさを同居させた若い男。ヘンリーは趙雲と出会った際に、つい口をへの字に曲げてしまったものである。

 

 まだ齢一桁の子供であっても、自分より格好の良い男は見たくも会いたくもないものだ。おまけに他の守役も皆そこそこ顔が良いときている。こいつらの長も優男風であったが、もしや仲間になるのに外見審査があるのではないかと馬鹿な想像をくゆらせたものである。

 

 さて、その趙雲ときたら兎に角口煩い男だった。

 

『幾つかヘンリー様の教本を拝見させていただきましたが、兵法書の数が足りませんでしたので書庫から見繕って参りました。貴方はこの将来、ラインハット国王となる御方ですからこの兵法書からは学べることも多い筈です』

 

『ヘンリー様。そろそろお昼寝の時間です。子供たるもの、寝るのも一仕事です。今日は関興が寝物語を読んでくださるそうですよ』

 

『一国の王子たるもの、体を鍛えていることに越したことはありません。いつ如何なる時にそのお命が狙われるかは流石の軍師と言えども予想は出来ないのです。いざって時に不届き者を打ち据える力は持っているべきです』

 

 正直言って、ヘンリーの元々いた守役よりも余程守役らしいことをしている。元守役達は、第一王子に取り入ろうとした者達ばかりであり、ヘンリーの度の過ぎた悪戯に注意もしなければ、咎めもしないただの木偶だった。ヘンリーの顔色ばかりを伺っていたその者達は、腹違いの弟、デールにも王位が近づいてると知るや即座にヘンリーの下から去っていったのである。

 

 その代打としてやってきたのが、あの異界の一団の中にいた者達であった。

 

 今のラインハットは第一王子のヘンリーと第二王子のデールのどちらが次の国王になるのかで揺れていた。未だに彼等の父親であるラインハット国王が健在であるにも関わらず、国の者達は何故か次代の国王についてばかり噂するのである。

 

 それには今の王妃も乗り気であり、デールが国王になるのだと言って憚らない。当人のデールは国王になる気もないのだと幼いなりに主張しているのだが、王妃の耳は自分の息子の声さえ聞こえなくなってしまったようなのだ。

 

 頭をひとつ振って、ヘンリーは己の立ち位置を確認することをやめた。あの趙雲相手に隙など見せたら折角の無敗の戦歴に黒星がついてしまう。

 

 王宮の廊下の角を小回りの利く小さな体で最低限の動作で回りきり、次はそのまま中庭に出るか、それともこのまま裏口に出るかで頭を悩ます。

 

 小さな緑頭で次の一手を考えているヘンリーの目前に、奥の角から四人の人間達が姿を表した。

 

「ヘンリー様! そろそろ年貢の納めどきで御座る! 拙者ら関兄弟が今日こそは捕まえてみせます!!」

 

 バンと片手を前に突き出して、大仰しくそう言ったのは関家の長男、関平である。一本気な性格を表すように短い髪が逆立っており、固く結ばれていた口元に父親の面影を感じる。

 

「兄上の言うとおり。俺も今日は全力で相手します」

 

 次いで両腕を組んでヘンリーの前に立ちはだかるのは関家の次男、関興だ。何処か不思議な雰囲気を纏うこの青年も今日ばかりはやる気な模様で、いつもはぼんやりとした無感動な目に芯が見える気がする。

 

「正直、子供相手に俺達四人がかりっていうのも大人気ない気がするけどもね。しかも、背後には趙雲様がいるし」

 

 頭の後ろで手を組んで「劉禅様をお探しする時以上に万全な態勢」と苦笑いするのは関家の三男、関索だ。人好きする柔らかな笑みと物腰が特徴的な青年である。

 

 そして残るはもう一人。

 

「ヘンリー様っ! 此処は私がいる限り通させません!!」

 

 

 ばっと両手を広げて、ツインテールが可愛らしい少女がヘンリーの前に兄達と揃って立ちはだかる。まだまだ成長途中である幼い顔立ちだが、将来は美女になることが約束されたその面立ちには幼いヘンリーも思うことはないようで。

 

「くそっ! あの兄弟どもに先越されるとは不覚を取った!」

 

 口汚くつい罵り声を上げてしまったヘンリーはジリジリと自分が飛び込んでくるのを待っている関兄弟達の隙を探す。

 

 しかし、彼等とて一介の武人である。彼等の父親はあの関羽であり、また趙雲からも英才教育を受けていることもあってたかだかまだ齢一桁のヘンリーに勝てる見込みなど与えてはくれない。

 

 

 命を賭して戦場で暴れ回ったこの兄弟が相手では、彼らが来るまでラインハットで敵無しだったヘンリーと言えども分が悪い。

 

 ーーーこうなったら最終手段だ!

 

 ヘンリーは徐々に近づいて来る関兄弟のうち、一人に焦点を絞って罠を掛けることにした。

 

「おーい、関平! 此処で俺を見過ごしてくれるなら星彩とのデート、セッティングしてやってもいいぞ!」

 

 一か八かの賭けであるが、実はこの賭けの勝率が半分ほどはあることをヘンリーは知っている。途端に、首を真っ赤に染めてアワアワと挙動不審になった関平に、他の兄弟達は優しいことに見てみぬふりをしてくれた。

 

「せ、せせせ、拙者はヘンリー様にそのようなことをしてもらわなくても! 自分で星彩を誘えまする!」

 

 顔と首を真っ赤にして、ビシッとそう言い切った関平に弟妹達から驚いたような声が上がる。この一番上の兄は張飛の娘、星彩にそれはもう長ーい片思いを患っているのだが、一度もその片思いが叶う兆しを見せないでいるのである。

 

 それには、関平が初であることとヘタレであることが起因しているのだが、流石に一番上の兄にそう言うことも出来ず、弟妹は密かにやきもきしていたりする。

 

 ーーーそれでこそ男だと言いたいところだが、今この時に目覚めることはないだろ!?

 

 まさかこの賭けに負けるとは思わず、ヘンリーはグルグルと目を回しながらチラリと背後を振り返った。背後では、関平の成長ぶりに拳を握って喜んでいる趙雲がいた。しかも、この男、さっきよりも走る速度が上がっているではないか。冗談じゃない。

 

 前には関兄弟、後ろには趙雲。こんな四面楚歌、この連中の敵だって遭遇したことはないのではないかとヘンリーは思ったりしたが、この一団には彼らの他にまだまだ有望な将や軍師が控えていることを忘れてはならない。

 

 しかし、まだ幸いにそんな者達の謀略や策略に嵌っていないヘンリーはこの絶体絶命の危機に一筋の光明を見出した。

 中庭に面している窓から人形のような生気を感じられない美貌を持つ少女を見つけたのだ。

 

 ヘンリーは迷わずその少女の名を叫んだ。

 

「星彩!」

 

 少女はヘンリーの決死の呼び声に動きを止めて、涼やかな目元を此方に向けた。星彩の視線が王宮の廊下を疾走するヘンリーを捕らえる。次々と中庭に面する窓から走る姿を見せるヘンリーに星彩は小首を傾げた。

 

「星彩知ってるか!? 関平はな、お前のことーーー」

 

 

「や、止めてください!! 後生ですからそれだけは止めてください!! ヘンリー様」

 

「うわぁ、孔明様達よりも悪辣な策だ」と口を引きつらせる関索に関興も無言で首肯している。関平の必死な制止の声に笑みを浮かべたのは勿論、この悪辣非道な策を弄し実行したヘンリーである。

 

「関平、では退いてくれるな?」

 

「む、無念・・・」

 

「へ? 兄上達、撤退するんですか!?」

 

「銀平、これ以上兄上を追撃してはいけないよ」

 

 関兄弟は、厳格な父親を持つ割には天然屋が多い。しかも、この兄弟はその上に鈍感も付いてくるのだ。関兄弟の三番目は銀平の凶悪な両腕を手を繋げるように握って、銀平とこの場から離れた。

 

 未だに事の流れが見えていない銀平が不思議そうな顔をして関索に連れて行かれ、残る長男と次男はと言うと肩を組み合っていた。

 

「兄上、今日は付き合いますから」

 

「お前にはいつも迷惑ばかり掛けているな。すまない、この不肖な兄を許してくれ」

 

「兄上はそんなんじゃないですよ。俺等の自慢の兄上だから」

 

 項垂れる関平を介抱して、関興は下の弟妹達の後を追う。ヘンリーは漸く、立ちはだかる者の居なくなった廊下の奥にふぅーと溜息を吐こうとするも、突如首元に圧が掛かりそれ以上の前進が出来なくなった。

 

 これは、まさかーーー。

 

「ヘンリー様。関平に何をしました?」

 

 物静かな声音に潜む確かな怒気にヘンリーはタラタラと冷や汗を流した。自分の首を猫のように持ち上げている人物の静かな怒りに煽られてヘンリーは肝を徐々に冷やしていく。

 

「あの人を傷付けることは、たとえ世話になっている国の王子といえども許しません」

 

 実はこいつ等両思いじゃないだろうか。星彩に猫のように首根っこを引っ掴まれながらヘンリーは強くそう思う。

 

 こうして、ヘンリーの追いかけっこ戦歴に初の黒星がついた。星彩は趙雲にやはり子猫のようにヘンリーをポイッとあげ渡す。趙雲はなんとか放り投げられたヘンリーをキャッチした。しかし、ヘンリーは無事趙雲に抱きかかえられても肝を潰していたと言う。

 

 

「有難う、星彩。ところで、何故そなたが此処にーーー?」

 

 

「劉禅様がまたいなくなられたの」

 

 次代の教育に手間取っているのは何もラインハットだけではなかった。蜀の次代もそう言えば、脱走が得意であった。時には戦中にも居なくなる劉禅なので、下手をするとヘンリーよりも尚質が悪いのかもしれない。

 

 趙雲と星彩の重たい溜息が廊下に木霊する。ヘンリーは趙雲の胸元からそんな大人達の様子に、俺の上が居るんだな、可哀想にと他人事みたいな感想を抱いた。

 

 終わり

 

 






この枠はどちらか一方しか知らない方のために登場キャラクターの簡単な自己紹介を書くことにします。ネタバレには注意をしますが、その点が気になる方は飛ばしてください




三國無双を知らない方へ




劉備
中国の三国時代に蜀を築いた人。仁に篤く、すっごく人に好かれる。また、関羽が敵の呉に討たれたと知るや攻め入ると言う激情家な部分も持ち合わせる。普段は温厚な人で、のんびりとしているおじさん。脱走が得意な息子がいる。


関羽
劉備の義兄弟。一番上が劉備、真ん中が関羽、下が張飛という順。武神として祀られてる方でもあるので知ってる方も多いかと。劉備のことを一番に考えて行動することが多く、それが良い方に作用したり悪い方に作用したり。敵国の魏に助けられたこともあって、その総大将をあと一歩で倒せるっていう場面で恩返しと見逃したりもする。三人の息子と一人の娘がいる。


張飛
頑固で暴れん坊なおじさん。口も悪い。但し、劉備と関羽のことを尊敬しており、この二人が貶されているのが気に食わず暴言を吐いてることも多い。意外と人情家な一面も持っており、涙もろいところもある。息子と娘が一人ずついる。



趙雲
三國無双の顔になっている人。忠義に篤く、嫌味のない爽やかさん。劉禅が出てくるまでは出来る部下キャラだったのに、劉禅が出てきた途端保護者ポジとして保父キャラに。関羽と張飛の子供が登場するとすっかりそんなキャラが安定してしまった。でも、爽やかさは失わないのだから凄い人。



関平
関家の長男。登場してからはや十年近く、星彩に一途に恋してる青年。若さゆえに逸ってしまうこともあるけど、最近は兄弟が増えたので長男の自覚が出てき、どっしりとしてきた。但し、初心でヘタレな部分も健在で、星彩には常にタジタジ。



関興
関家の次男。おっとりしていて戦前でもあまり緊張していることがない。少し電波気味な所もあり、関兄弟の天然度合いを加速させている一人。口数が少なく、物静かに居ることが多いので騒がしい幼馴染が見兼ねて世話を焼いてることも多い。



関索
関家の三男。実は関家で一番しっかりしているのではないかと思われる三男坊。熱くたまに空回りする長男とマイペースな次男を見て育てば自然とそうなるのかもしれない。女の子にもモテるようで、準ストーカー気味な彼女候補がいる。



関銀平
関家の長女。だけど、四兄弟の中では一番下。天真爛漫で関家一の天然屋。父親である関羽からは怪力だけを引き継いで、その他は受け継がなかった模様。直ぐに物を壊すので密かに兄達はその銀平の特性に頭を悩ませているらしい。よく被害に遭うのも兄達。



星彩
張飛の娘。母親似なので張飛も星彩には頭が上がらない。物静かで口数も多くない。恐らく、関興とは会話にすらならない可能性大。劉禅の稽古をつけることが多いので、常に劉禅の脱走被害に遭っており、探し回っている。実は鈍感屋なので関平の好意には気づいてない。






ドラクエ(V)を知らない方へ


ヘンリー
ドラクエV序盤のキーパーソン。ラインハットの第一王子であるが、成長過程で捻くれて悪戯王子になる。デールと言う異母弟がおり、正しくはその母親の王妃と王位継承争いをしている真っ只中である。



こんな感じでざっくばらんに書いていく予定です。ドラクエヒーローズが販売された頃から、ドラクエと無双の相性の良さに気付き企んできました。






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呂布VSドルマゲス(VIII)

 

「なかなかに、なかなかに良い船旅でしたな。私はあまり船旅をしたことがなかったので楽しかったですぞ」

 

 

「囀るな、陳宮。お前が囀ると玲綺の体調が戻らん」

 

 

 マイエラ地方の一番北側にある船着場は、この地方で特に人々の往来もあることからか沢山の市場が軒を連ねる。今日一本目の連絡船が船着場に着くと、船乗りが橋渡しを船と桟橋に掛けたのと同時に真っ黒な法衣のような服を身に着けた男が踊るような足取りで橋渡しを渡って行く。

 

 その後を背丈二mは超えていそうな体格の良い大男が続き、浮かれ足の男にビシッと釘を差したのである。確かにその大男の背後では、優雅な帽子を被った男に肩を支えられ、顔をげっそりとさせている少女が口元を覆って呻いている。

 

「すまないが、どなたか真水は頂けないだろうか?」

 優雅な帽子を被っている男が近くにいた神父に声を掛けると、その神父も玲綺と呼ばれた少女の様子で彼女が船酔いを患っていることを見て取ったようだ。神父が近くで市を開いている行商人に真水を貰いに行っている中、少女の連れである法衣姿の男と大男が肩を並べて市場の様子を眺めていた。

 

「しかし、妙な世界でありますな呂布殿。人間よりも脅威のある魑魅魍魎が平然と闊歩するこの世界でも人々は平然とこうやって暮らしているのですぞ。繊細な私では、とてもとても、暮らしてはいけませぬぞ」

 

「お前のどこが繊細だ。魑魅魍魎と言っても雑魚に変わりない。ふん、口ほどにも無いわ」

 

「流石、筋肉で物を考える呂布殿ですな。あのプヨンプヨンとした水色の生き物や蝙蝠によく似た化物相手に物怖じしなかっただけはありますぞ」

 

「なんか言ったか? 陳宮」

 スライムやドラキーに方天戟片手に躊躇なく突っ込んでいった呂布とそれについていく張遼には流石の陳宮も冷や汗をかいた。しかも、別の場所ではピーマンが二つ連なった化物、突撃ツインズと刃を交えていた呂玲綺が居たのだから、肝まで冷やす始末である。

 

 ーーー私以外、私以外、脳を使う文明人が居ませんぞ・・・。

 

 陳宮の憂いは尤もであり、この一団は脳筋すぎる故に敗退したこともあるのであった。

 

 この一団は某世界の某大陸で覇権を唱えたことがあった。大男、呂布を御旗に参謀は陳宮、将軍位に張遼、そして呂布の娘、呂玲綺を含む董卓軍からかっぱらってきた手勢で台頭したのである。

 

 その昔、呂布と張遼は皇帝を人質に好き勝手やっていた逆賊董卓の腹心であった。しかし、好いた女、貂蝉に董卓を討てと思いを託された呂布は董卓に牙を向くのである。

 董卓を討ち、董卓によった乱れた世を平定するという建前の下に集まったのがこの張遼と陳宮であった。

 

 勿論、この呂布軍に正義心溢れる輩など居ない。

 張遼は呂布の武勇に心酔し、他の強敵と相見える時を夢見て。

 

 陳宮は世が己を認め、多大なる名声と賞賛を得るために。

 

 そして、御旗の呂布はと言うと己より弱い者の下には居れぬと天下に覇を唱えたのである。

 

「すまない、張遼。もう私は大丈夫だ」

 

 呂布と陳宮が市場を見渡して、喧嘩腰の会話を繰り広げている間に呂玲綺は真水を持って戻ってきた神父からそれを渡されていた。ようやっと人心地ついたと安堵の息を吐く呂玲綺に陳宮が顔を綻ばせる。

 

「呂玲輝殿、むかつきはマシになりましたかな?」

 

「ああ。心配をかけたな」

 

 まだ万全の体調ではないらしく、張遼の肩から離れてもフラフラと足元が覚束ない呂玲綺に呂布の眉間が険しくなる。

「玲綺。宿を取るからそこで休んどけ。今のお前じゃ邪魔だ」

 

 父である呂布の冷たい発言に呂玲綺は肩を落としたが、父の発言は尤もであり、今の調子では満足に武器を振り回すこともできないだろう。

 

 宿を取るのは財布の紐を握っている陳宮の役目でもあるので、陳宮は呂玲綺に付き添って宿屋へと向かった。

 

 さて、残ったのは陳宮に脳筋ナンバー1、脳筋ナンバー2と密かに呼ばれている呂布と張遼である。

 

 彼等が元の世界と理も道理も違うこの世界にやってきて一月が経つ。大量の茨が城を覆う様子を最初の記憶に、次いでトラペッタで一騒動を起こし、その一騒動で旅の方針が決まってからはポルトリンクで金を稼いだりして過ごしていた。

 

 国盗り合戦をしていた彼等にとってはその金も雀の涙程しかないが、長くポルトリンクに留まっていても先には進めないと彼等は元いた大陸から旅立ってきたのである。

 

「取り敢えずは、情報を集めることですな。相手は奇術師のような成の男だ。此処を通ったのであれば、直ぐに情報を得られましょうぞ」

「ああ。奴の尻尾を掴むぞ」

 

 呂布と張遼は頷き合うと背を向けあって左右に別れる。

 

 二人の目的はただ一つ。

 

 決していない勝敗を次こそは白黒つけるべく、奇術師と戦わなければならないのだ。

 

 そうあの男、ドルマゲスと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 トラペッタ。特筆するべきこともあまり無い長閑な町だ。敢えてこの町の特色を記すのだとすれば高名な魔法使いと占い師が住んでいることくらいか。

 

 そんな閑静な町、トラペッタではある日殺人事件が起こった。

 

 闇夜に赤々と燃える一件の家、もし中に人がいれば誰も助からないだろうと思う程の強烈な炎が燃える家を赤い舌で舐める。黒煙が辺り一帯に蔓延り、隣の宿屋からは寝巻き姿の人々が避難しようと中から流れ出てくる。

 

 

 その流れの中に呂布達一向も居た。彼等は普段通りの戦装束で、各々武器を構えて避難する人達とは反対方向へと駆けて行く。

 

 一番足が遅そうな法衣姿の陳宮ですら、並の速さではなく風を切るように黒煙の中を走っていった。

 

 

「董卓様が洛陽に火を放った時以来ですな。黒煙の中を駆けるのは」

 

 

「ふん。あの豚め、己可愛さに洛陽を燃やしやがって」

 

 

 戦前のような高揚感に声を弾ませる張遼に呂布が忌々しい過去を思い出したと唾棄する。陳宮は洛陽の喪失で如何ほどの財を失うことになったのかと考え、密かに顔を白くする。

 

「あそこに、人がいる!」

 

 おじさん三人が過去の思い出を三者三葉なりに感じていると、呂玲綺が走っていた足を留めて一定の方向を指差した。

 

 呂玲綺に倣っておじさん達も足を止めて、呂玲綺の指差す方向を見た。

 

 そこには禍々しい杖を片手に宙を浮遊する髪の長い男が一人。まるで、旅芸人のような派手な格好をして怖気の立つ笑みを口元に掃いている。

 

 男はニヤニヤと燃える家を見下ろしていた。楽しい見世物だとでも言うように。こんなにも愉快なことはないと男は場違いに笑い続ける。

 

「主犯は、主犯はあの男のようですぞ!! しかし、なんとも面妖な・・・。いつぞやかの黄巾党を思い出しますな」

 

 宙を漂う男に陳宮は黒煙の中にいることも忘れて口をただっ開く。そして、黒煙を吸い込んだせいでその次は咳が止まらなくなった。ゴホッゴホッと喉を抑えて涙目になっている陳宮に呂布が冷めた眼差しを送っている。

 

「貴様、名を名乗れ! 私は張文遠と申す!」

 

 張遼のいつも通りの名乗りに咳き込んで背を丸めている陳宮は思う。この御仁はどこに行っても変わらないなと。

 

 強い者と戦うために呂布軍に降った張遼のマイペースさに頭を抱えている暇もなく、事は動く。宙を浮遊していた男が口を開いたのだ。思ったよりも重低音の声で男は言葉を紡ぐ。

 

「何ですか、貴方達は? 私の余興に勝手に入り込む無粋な真似をして。そんなに早死したいんですかね」

 

「ゴホッゴホッ! 私、どうもこの男とは、この男とはゴホッゴホッ、気が合わないようなゴホッゴホッ、気がしますぞ!!」

 

「陳宮、気が散る。その煩い喉を静かにさせてやろうか」

 

 呂布が方天戟を陳宮によく見えるよう掲げて見せると、陳宮は咳き込む口元を両手で抑えてブンブンと首を横に振る。呂布の目が妙に真剣味を帯びていた。この訳のわからない世界に放り込まれてからというもの、気が立っていたのである。

 

 ーーー魑魅魍魎と戦っている時はとても楽しそうでしたがな。

 

「仕方ないですね。無粋な客も相手してこそプロの道化師と言えましょう。私の名はドルマゲス。以後お見知りおきをーーーま、半刻後には覚えている頭が残っていないでしょうけどね。アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャっ!!!」

 

 道化師、ドルマゲスは鼓膜が痛くなるような耳障りな哄笑を上げるやいなや、杖から魔法弾を放ってきた。呂布はその魔法弾を方天戟で弾き返して、ドルマゲスへと突っ走り跳躍する。

 

 鬼神、呂布。某大陸でその名を轟かせた呂布にとって、このドルマゲスも雑魚かちょっと手強くて面白い程度の獲物に過ぎない。鋭く振り払われる方天戟の軌道を危ういながらに読んで、避けることに成功したドルマゲスの目は皿のように丸くなっている。

 

 まさかこの杖の力を持ってしても敵わない相手なのだろうか。あの魔法弾をたった一振りで弾き返されたドルマゲスの動揺は激しい。

 

 ドルマゲスは休む暇もなく、繰り出される方天戟をなんとか躱しつつ逆転に繋がる隙を狙う。しかし、呂布はみすみす隙を見せるほど軟な男ではない。

 

 時の覇王に恐れられ、流浪の王をいつの間にやら手下にしていた呂布にしてみれば、ドルマゲスは名ばかりの名族以下だ。

 

 何万人と言う兵も無く、名将と呼ばれるような猛者も臣下にいない。たった己の身一つで呂布に向かってくるドルマゲスなどその心意気は認めても武では己に遠く及ばない。

 

 

「貴様、己の力の使い方も知らないのか」

 

 寧ろ、呂布には多大な力を持て余しているようにも見えた。魔法弾を放つまでに無駄な動きが多く、これではまるで武器を与えられて間もない子供のようである。

 

 ドルマゲスは呂布の一言に怒りを覚えた。この力を見事使い切れるのは、自分以外にいないと自負しているからである。この杖をあの城から解き放ったのは自分だ。この馬鹿力だけが取り柄の男はまだ何も知らないのだ。

 

 ーーーこの杖の真の脅威を。そして、私の本当の実力も!!

 

 ドルマゲスは呂布の五月雨のような幾つもの追撃を躱して、その場から一際高く宙に上がった。ドルマゲスが杖を高く掲げると禍々しい闇色の光が杖の先端に集まってくる。

 

 見ていると胸がざわめくような闇の輝きに呂布の動きが一瞬鈍った。闇に魅入られた呂布に向かってドルマゲスは口元に孤を描き、呂布に杖の先端を向ける。

 

「受け取りなさい! これが私の怒りです!!」

 

 呂布に向けられた杖の先端から膨れ上がった闇の輝きが迸る。呂布の思考回路は何故か固まっている。このままではあの鮮烈な光線を浴びてしまうことが分かっているのに。

 

「父上ーーーーーーっ!!」

 

 

「「呂布殿ぉぉおおおおっ!!」」

 

 そこで一人の少女と二人のおじさんが奮起した。タックルするように呂布の背後から押し寄せた呂玲綺と張遼、陳宮の強烈なタックルが呂布の背を襲い、呂布が五m先まで飛ばされる。ついぞ戦場でもこうまで遠くも飛ばされたこともなく、呂布にとってはある意味新鮮な体験であっただろう。

 

 一方、呂布を突き飛ばした三人はと言えば、思ったよりも強い力で呂布を飛ばしてしまったようでそのまま歯止めが自分達にも利かずもつれ込むようにその地点より遠くで倒れこんだ。

 

 四人の後ろで闇色の光線が猛威を振るい、舗装されたレンガ道を抉りとってその場から大量の茨が生まれた。天へと高く伸びる幾本もの茨とその茨に添うように咲くピンク色の茨花。その茨に近くで赤々と燃えている家があったものだから大変だ。

 

 茨に火が点火し、二次災害が生まれた。今度はレンガ道で生まれた茨が火に覆われたのだから黒煙の中どころの話ではない。長く居ては息が詰まるような煙に、四人は堪らず立ち上がって撤退を図った。

 

「ゴホッ。あの雑魚、どこ行きやがった!?」

 

「呂布殿呂布殿。今は調子を整えるのが、調子を整えるのが先決ですぞ! ゴホッゴホッ、この調子では流石の呂布殿も武器は振るえませんでしょう」

 

「私としたことが、黒煙に巻かれて対象を見失うなどという不覚を・・・」

 

「私も、取り逃した。情けない」

 

「張遼殿も呂玲綺殿も! 今は喉を休めて、体に溜まっている煙を吐き出すのが先ですぞ!! 煙の吸い過ぎで死んではやりきれませんぞ!!」

 

 この脳筋共は全くと顔に書いて勝手にしょげ返る脳筋ナンバー2とナンバー3を見下ろす陳宮の後ろには、血走った眼でドルマゲス探す呂布が居るわけだが、知らぬが仏とはこのことだ。

 

 こうして、トラペッタで起こった殺人事件の夜は幕を閉じた。黒煙に巻かれて消えた主犯を追うことも出来ず、歯噛みしたのはこの町の司法機関では無く、呂布達だったことは言うまでもない。

 

 四人の旅の方針はこの一件で早々に固まった。

 元の世界に帰る前に、ドルマゲスと蹴りをつける。

 

 

「まぁ、この世界を旅して見聞を広めるのも悪くは・・・悪くは無いですかな。ええ、ええ、この顔触れではそうなる他ないことは私とて分かっておりますぞーーー一刻も早く、私と同じ感性の仲間が欲しいところですな」

 

 若干約一名、納得がいってないようだが、呂布軍の方針は御旗の呂布が決める。呂布の決定は絶対であり、それに異論のある物は最終決定の前にどうにかして呂布に撤回させねばならないのだが・・・ただでさえ、戦の策をも聞き入れてもらえない陳宮だ。

 

 旅の方針など否を唱えた時点で、置いて行かれそうになるに違いない。

 

 呂布軍の旅はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 終わり

 




三國無双を知らない方へ


呂布
裏切り者の代名詞で知っている方も多いように義父である董卓を討った人。その理由が女性問題の縺れという辺りから残念すぎる。とにかく戦では負け無しで、鬼神と周りから恐れられていた。短絡的な性格で筋肉で物を考えるため頭の良い人とは衝突しがち。頭が良くない人とも大体衝突する。それの全てが喧嘩腰なせいなのだけど、実は手下とか部下には面倒見が良く、劉備も懐いていたりする。好きになった相手には超一途、娘は可愛くて仕方ない。



張遼
泣く子も黙る張文遠と言われるだけあってすっごく強い人。今作では呂布軍にいるけど、呂布軍が解体されると魏に降る。その魏で手勢約八百人で敵国の呉約一万の兵を追い返したという逸話がある。正に武人らしく清廉潔白な人物であるが、戦闘狂。それ故、色々と歪んだ思考回路を持つこの面子と渡り合っていける。呂布に心酔してるので、呂布の言うことは絶対。




陳宮
不幸にも呂布軍の参謀になってしまった人。自分から呂布に売り込んだので同情する余地はない。芝居がかった物言いをし、行動一つ一つが仰々しい。戦の度に叩き潰す一択の呂布と衝突し、策を聞き入れてもらえずに大体不安そうな顔で戦場に挑んでいる。こっそりと速攻で立てた策で呂布の窮地を救ったりもしているため、呂布軍にとってなくてはならない存在。




呂玲綺
呂布の娘。父親のお下がりの武器を片手に戦に挑む少女。呂布と肩を並べられるくらいに強くなりたい。そんな子心とは反対に呂布は安全な場所にいて欲しいのだが、まさか自分が止めろとは言えず悶々としている。すっごいファザコン。口数は少なく、勇ましい言葉遣いをする。考え方もかなり武人よりで、女の子らしい扱いを受けると戸惑いを覚える模様。




ドラクエ(VIII)を知らない方へ


ドルマゲス
今作のボス。主人公達も彼を追っているのできっと何処かで呂布軍と会うことになる。そもそもの物語の始まりは彼が発端なのでかなりのキーパーソンだと思われる。




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覇王のノンビリ物語(IV)

 

 

「そーれ、ざくっざくっとなぁ。典韋、腰が全く入ってないだぁ。そんなんじゃちーっとも野菜は実らねぇだ」

 

 辺り一面に畑が広がる長閑な田舎の光景の中、巨体を丸めて鍬を降る一人の男がいた。横にも縦にも大きなその男が握っている鍬は鉄製の農作業用の物であるのに、男が持っていると玩具のように見える。

 

 大男の隣で鍬を振るっているのはツルリとした頭が眩い人相の悪い男だった。畑で鍬を振るっていなければ、追い剥ぎのようにも見える凶悪な人相をした男は「マジかよ!」と頓狂な声を上げた。

 

「俺、めちゃくちゃ腰沈めてやってるぞ。こんだけ落としても駄目か、許褚」

 

「駄目だぁ。まだまだ落とせるはずだ、典韋」

 

 許褚ののんびりとした指摘を受けて、典韋は首の裏を掻く。元の世界でも許褚とは戦の日々の合間に畑で鍬を振るってきたがどうやらまだまだであるらしい。農業と言うのは奥が深い。

 

 二人むさ苦しく横に並んで畑を耕している前で、男達が雁首揃えて円陣を組んでいた。

 

「なぁ、楽進。この辺で葡萄なんかみたことがあったか? 俺の勘はこの辺り一体に葡萄なんか成ってねぇって言ってるんだけどもよ」

 

許褚達に背を向けて唸っているのは天然パーマが風に揺れる若い男だ。宙を睨みながら若い男は楽進と言う右隣で筋肉質な両腕を組み、悩む素振りを見せる男に声を掛ける。

 

「そうですね。私も葡萄と言うか、果物は一つもこの辺りで見たことはありません」

 

「む、困ったで御座るな。曹丕様が葡萄を食べたいと仰ったのは良いが、物がなくてはお出し出来ぬ」

 

 楽進が若い男の問をバッサリとぶった切った所で、今度は若い男の左隣にいる頭巾を被った男がむむっと顔を顰める。

 

「どうすんの!? 曹丕様に安請け合いしちゃったぜ!! 俺達!!」

 

「何か代わりのものを探すとかでしょうか?」

 

「しかし、そうは言ってもこの辺りに果物は生えていないので御座ろう? では、代わりの果物をお出しすることは出来ませんな」

 

「徐晃の言うとおりだぜ。うがぁぁああ、マジどーすんの!? 俺!!」

 

 許褚達のいる畑からそう遠くない場所で雁首揃えて頭を覆っている男達の名を李典、楽進、徐晃と言う。内、楽進と徐晃は魏の五将軍として名高く、そうでない李典にも数々の武功が存在する。そんな猛者達が頭を突きあわせて自国の皇子による我儘に頭を悩ませていた。

 

「曹丕様は甘い物が食べたいんだなぁ。ってことは、カラちゃんとこでクッキーさ、貰ったらどうだか?」

 

 目の前でうんうんと唸る男達に嫌気が差した訳でもなく、許褚は穏やかな笑顔で三人の悩みに対する解を告げた。

 

 この男達が仕える魏の総大将には曹丕という跡取りがおり、またこの皇子様が大の甘党であった。父親と揃って冷たそうな風貌や口調をしている割には可愛らしい嗜好をしているのである。

 

 

「そうと決まればあとはカラ殿の下に行くだけですね。では、私が一番槍を頂きます!!」

 

 楽進は一緒に悩んでいた仲間達に輝かしい笑顔を見せるやいなや、土埃だけを残して去ってしまった。一番槍に拘り続けて五将軍になれたのだから彼らしいと言えばそうなのだが。土埃を立てて既に姿を豆粒程の大きさの楽進を李典と徐晃は見送って、それからどちらからともなく顔を見合わせた。

 

「思ったんだけどよ、徐晃」

 

「何で御座ろうか? 李典殿」

 

 

 珍しく固い顔をして己を見てくる優男風な出で立ちのこの男に徐晃は聞き返す。普段は飄々としている李典であるが、物事の本質を突くことには定評がある。彼はそれを己の勘だと言ってるが、徐晃はそれ以上のものだと思うのだ。

 

 ーーー勘と言うよりかは野生の本能に誰よりも近いので御座ろう。

 

 獣ならば、人よりも危機に敏感である。きっと、李典の勘もそういったものなのだ。多くの魏の者達が李典のこの勘に助けられてきた。もしかしたら、今回もその勘が何やら囁くのだろうか?

 

 李典は天で燦々と光を放つ太陽光を目を細めて仰いだ。それから口を開く。

 

「俺達、こんなところでのほほんと油を売ってて良いのか?」

 

「・・・拙者にも殿の真意は測れないで御座る」

 

「だよなぁ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 配下の者達に『殿って何を考えているのか分からない』と言われているとは露知らず、曹操はソレッタの国王と和やかに会話を交わしていた。

 

 この世界で南にある大陸に唯一ある国家がこの『ソレッタ』である。しかし、独立した町『ミントス』よりも田舎風景繰り広がるこの国はとある問題を一つ抱えていた。

 

 それは主だった名産品となる特産物がこの国にはない事である。千にも満たないソレッタ民達が食べていけるだけの食材しかこの国の畑には植わっておらず、国庫は年々軽くなっていくばかり。火の車と言えるほどの火力もないと先日ソレッタ国王は笑っていたが、一国の帝であった曹操からして見れば笑い事ではない。

 

 名を曹操、字を孟徳とするこの御仁こそ、某世界の某大陸で苛烈な群雄割拠を勝ち抜いてきた時の覇王。放浪の王、劉備が建国した蜀を滅ぼし、鬼神呂布を討伐した魏帝である。

 

 

 魏のために非道と謗られるような手を打ち、何万人の民を戦火で炙ってきたこの男にすればソレッタの国王の言い分は甘っちょろいにも程がある。

 

 しかし、今はこの国に身を寄せる身だ。いきなり視界が真っ暗になり、すわお迎えがやってきたのかと覚悟をしたその次に瞼の裏を焼いた鮮烈な光。

 

 そして、その鮮烈な光が止まったと思えば見知らぬ地にいた。ところが、なんの因果か見たこともない魑魅魍魎が跋扈するこの世界に降り立ったのは曹操だけではなかった。共に戦場を駆け抜けてきた腹心が何人もついてきていたのである。

 

 幸い、魑魅魍魎達はそう強くなく数人の腹心だけで打ち払うことが出来た。その後、フラフラとあても無く彷徨っている内にこのソレッタの国に辿り着いたのだ。

 

 

「曹操殿。貴方の配下の方々は頼もしい方ばかりだ。どうすれば貴方のようなカリスマ性が身につくのかーーーいや、私には縁のない話でしたな」

 

 このソレッタの国王は気の優しい寝物語の王のような人であった。部下にも配下にも惜しみない慈悲を注ぎ、国王自らが鍬を取って民達と共に農業をする。

 

 まるで、そう、まるでーーー。

 

 劉備のような男なのだ。この国王は。

 

 

「儂にそのようなものがあるとすれば、それは欲しがりだってことであるな」

 

「欲しがり・・・。なんとも貴方とは結びつかない言葉だ」

 

 曹操の意外な発言にソレッタ国王は目を瞬いた。例え、農業国家と言えども一国の王である自分と対面して話していても気後れしないこの男が言うには幼い言葉だった。

 

 ソレッタ国王の動揺を察してかあやすように曹操が笑みを浮かべる。

 

「儂の下にいる者達の多くが、儂自ら望んだ者達だ。儂が欲しいと言ったから奴等もそれを承諾してついてきてくれた。ただそれだけのことよ」

 

 勿論、自分の下へと降らなかった者も多くいた。

 

 蜀の関羽や趙雲がそれの最たる例と言えるだろう。呉の二喬は少し欲張りが過ぎたのだろうが。

 

 何度言葉を連ねても、尽くしても振り向きもしなかった者達が散る様は、確かに戦乱が見せるまほろばの夢のように儚い。

 

 しかし、望んだものの殆どはこの掌中に収めてきたつもりだ。

 

 欲しいと思ったものに、曹操はあらん限りの力を尽くして手を伸ばしてきたのだから。

 

 

「私も欲しがれば、良いのだろうか。この国が豊かになるようにと欲しがれば民達にこうも苦労を掛けずに済んだろうのだろうか」

 

「そうだな。欲し、それに見合った行動を起こせば良いのだ。そうすれば、そのものへの道筋は自ずと見えてくるだろう?」

 

「確かに、そうかもしれぬ」

 

 両掌を見下ろすソレッタ国王の両目は僅かに戦慄いていた。この男は、今重大な決断を下そうとしている。

 

 董卓から命からがら逃げた時から始まった己の覇道。己の志についていくる者達が段々と増え、それが国へと繋がった。逆賊がのさぼる世は嫌だ、それならば麦を耕し安穏と暮らせる世が見たい。そう望んで必死に動いている間にこの手は驚くほど汚れてしまったが、別にそれを殊更苦に思ったことはない。

 

「おい!? 誰か居ねぇか!? 大変なんだ!!」

 

 ソレッタ国王の決断と曹操の物思いが決死な呼び声で中断する。まだ年若い少年の叫びに、二人は戸口の方へと振り返る。二人はソレッタ王城の中で会談していたが、ソレッタ王城は長年の貧困で藁屋敷と化していた。正直、ソレッタ王城というよりかはソレッタ屋敷である。

 

 息子である曹丕はこれを見た時失笑していた。『これが城とは笑わせる』とはついぞ言わなかったが、胸中では必ずそう零していたに違いない。

 

 藁屋敷なので王城と言ってもそう広くはなく、曹操とソレッタ国王が話している場所からも戸口がよく見えたのだ。

 

 戸口に立っていたのは深緑色の頭をした少年であった。長らく旅でもしているのか衣服は煤汚れている。しかし、何とも印象に残る少年であった。少年は曹操とソレッタ国王を見つけると慌ただしく駆け寄ってくる。

 

「なぁ! おっさん達!! パデキアってないか!? どんな病も一瞬にして治すとかっつー魔法みたいな植物!!」

 

 覚えのない曹操はともかく、覚えしかないソレッタ国王はその植物の名にびくりと両肩を揺らした。今しがた考えていたその植物の名を出されて動揺したのである。

 

「ほう。そのような珍かな物があるのか。もし本当にあるとするならば、持って帰りたいものよ」

 

 時が止まったように動かなくなったソレッタ国王に代わり、曹操が軽口を叩いた。まさか、本当にそんなものがあるのだと曹操は思わなかったのである。おおよそ、この国に伝わる寝物語の産物か。この少年はその寝物語を聞いてこの村にやってきたのだろう。現と夢の違いも分からずにソレッタへとやってきた少年には可哀想だが、どんな病も治すことが出来る植物などこの世界と言えどもある訳がない。

 

 しかし、曹操のそんな予想はソレッタ国王がやすやすとぶった斬る。ソレッタ国王は曹操に悲壮な顔を見せて遣る瀬無く首を横に振るのだ。

 

 

「・・・それは出来ぬのだ、曹操殿。何故ならこの国にもうパデキアは無いのだから」

 

「嘘だろ!? じゃ、じゃあ国王サマを出してくれよ! その人だったらパデキアを持ってるかもって」

 

「私がこの国の国王だ。残念ながら、この国にパデキアは無い」

 

 ソレッタ国王に首を振られた少年は愕然としたようであった。折角掴んだ手掛かりが無へと返ったのだ。確かに、そのように意気消沈しても仕方ない。

 

 これには曹操も驚いた。まさかそんな、夢の産物のような植物がこの世界には存在するだなんて。まさかの事態に曹操でさえも口を開けず、胸中で渦を巻く思いに少し顔を顰める。

 

 しかし、少年と曹操がそれぞれに気持ちの整理がつかない中でソレッタ国王の言葉は続いた。

 

「ーーーだが、パデキアの種を保管している洞窟がある。そこに行けば恐らく、パデキアの種は手に入れることはできるだろう」

 

「それ、マジの話なのか?」

 

 少年はパッと項垂れた姿勢から顔を上げるも一度希望を潰しているからか、妙に疑り深い目でソレッタ国王は見つめて来る。

 

「実は、曹操殿とこうして話す前にパデキアのことについて訪ねてきた少女がおってだな。その少女もパデキアの種を探しに洞窟へと向かっていった。腕には覚えがあると言っていたが、私はどうもそうには見えなくてな。洞窟の中に入るためには鍵のかかった扉を超えなければならぬのだが、私は少女の身を案じてその扉を開く鍵を渡せんかった。その少女にも助けたい人がいるのだろうが、あの洞窟には凶悪な魔物が蔓延っておるのだ。その誰かを救う前に少女をマスタードラゴンの身許へと送ることになってしまう。私はそれが怖かったのだ」

 

「多分、っつーか絶対爺さんが言ってた子だ、その子は! 俺もその少女と同じ人を助けたいんだ!! もう時間が僅かにしかない・・・! お願いだ、その鍵を貸してくれ! 俺、あの人を助けたいんだよ、オッサン」

 

「しかしだなーーー」

 

「分かった、ソレッタ王。儂からも人手を出そう」

 

 二人の話を黙って聞いていた曹操がここで口を挟んだ。いつの間にか熱中してお互いしか見ていなかったらしいソレッタ国王と少年が鶴の一声に口を噤む。

 

「ソレッタ王、そのパデキアとやらは何時頃に収穫出来る?」

 

「種を撒けば直ぐにでも。この少年が言ったようにパデキアは魔法の種なのだ」

 

「そうか」

 

 曹操が一番気にかかったのは収穫期のことであった。植物と言うのは植えればすぐに育つものでなく、故事成語にもある『桃栗三年柿八年』と言うように大層手間と時間が掛かるものなのだ。

 

「オッサン、手を貸してくれるたって、なんで何も知らねぇ俺のことを・・・」

 

 少年がまたあの猜疑心の滲んだ眼差しで曹操を睨むように見つめて来る。こうしてみれば、そこそこ端正な顔をした少年であるのだが、何故かこの少年には暗い影がチラついており、それが少年の陰鬱さを加速させている。

 

 ーーーまるで、過酷な運命を歩んできたような目つきをしておるわ。

 

 

 曹操は不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、董卓から命からがらに逃げてきた時にも浮かべていた笑みと同等のもの。欲しいと思ったものを手に入れるべく、動こうとする意思表示。

 

「儂もそのパデキアとやらが欲しいからだ。安心せい、そなたの友の分まではいらん。儂はその残りで良いから欲しいのだ」

 

 曹操にとって怖いものはそう多くない。けれども、その中の一つに病があった。

 

 曹操の目となり、世を見渡してきた頼りになる悪友。幾つもの戦で弄してきた策を成し、祝勝会では共に羽目を外してきた男がいた。

 

 その男が患っていた病は危うく命を奪っていきかねないものだった。今では元気に好物の酒や女にまたぞろ手を出し、豪快にやってはいるがいつまたあの病の魔手が自分のものに手を出してくるとも知れない。

 

 そう、自分の命さえ、奴等は狙っているのだ。

 

 その病から逃れる術があるのならば、欲しがらないはずが無い。

 

 少年は曹操を見上げて、一歩気圧されたように後ずさりした。今の曹操はソレッタに身を寄せる不思議な一団の頭領ではない。

 

 天下統一を成し遂げた魏の武帝、曹孟徳なのである。

 

「さぁ、言え。どのような才がそなたを助ける? 儂の配下は天下一品ぞ。そなたと儂の望みくらい容易く叶えてくれるわ」

 

 おわり

 







三國無双を知らない方へ





曹操
三国時代に魏を建国した人。野心旺盛で女の人大好き、あと優秀な人も大好きなのでしょっちゅう引き抜こうとする一流のスカウター。息子に甘党がいる。関羽にラブコールばかり送っていたせいか劉備の曹操への心象はあまり良くない模様。背が低い。普通に気のいいおじさんだったり、ヤクザの組長みたいになったりとなかなか個性豊かなおじさん。



許褚
食べることが大好きな大男。実は曹操の親衛隊でもある。畑を耕すことにかけては魏軍の中でも右に出るものが居ないようで、典韋のように教えを請うものが時たま居たりする。基本のんびりしていて、ぼんやりもしている。但し、野生の勘が鋭く時に物事の核心をついてくることもある魏の野生っ子一号。



典韋
禿頭と目付きの悪さが何処からどう見てもヤクザにしか見えない男。許褚と同じく曹操の親衛隊。曹操の盾であることを自認しており、彼の最期に泣かされる人は多数。口が悪く単純な質であるが、それ故に純粋な一面も覗かせる。



李典
天然パーマが良い塩梅の優男。戦場に張られた幾つ物の孔明の罠や周瑜の罠を勘で見破ってきた野生っ子二号。楽進と同期なせいか共に出陣すること多し。そのせいか口では小憎たらしいことを言ってても面倒見が良かったりする。実は数いる魏の武将の中でも苦労人ではないかと思われる。呂布軍の張遼とは犬猿の仲。



楽進
とにかく一番槍目指して戦場に突っ込んでいく男。世紀末にでもいたかのような格好をしているが、魏の純粋枠にいる一人。たまに電波と天然ぶりを発揮することもある。頭には一番槍と鍛錬以外は入ってないと思われる。小難しいことを言う張遼とはあまり仲が良くない。五大将の一人。



徐晃
常に鍛錬をしている男。一に鍛錬、二に鍛錬、三と四も鍛錬だろう。寺の僧のように頭から頭巾を被っており、穏やかな目元をしている。頭には武の事しか詰まっていない質なのである意味戦闘狂。ボケもツッコミもこなせるオールマイティな人。五大将の一人。







ドラクエを知らない人へ




ソレッタ国王
ドラクエの数ある国の中でも働き者の王様。ソレッタの行く末を憂いながらも畑を耕し毎日を終える。曹操が相手なのでなんとなく頼りなく見えてしまうかもしれないが、この人はドラクエの中でも人気のある国王様である。











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サラサラヘアーは悪魔の子の印(XI)

 

 陸遜は途方に暮れていた。何故ならば、目の前で水賊崩れとポニーテールが激闘を繰り広げているからだ。

 

「今日こそ蹴りをつけようじゃないか! 甘寧!」

 

「応ともよ! 俺もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうな所だ。ここで一発、白黒ハッキリさせようじゃねぇか、なぁ?」

 

「お二人共、今はそんなことをしている場合じゃーーー」陸遜の制止の声は、二人の得物が交わる音によって掻き消された。まだ目的地である港町についたばかりであるのに、何故か血の気の早い二人の間では火花が散っていた。不味いと思った瞬間にこれだ。何故、こうも血の気が早いのだろうかと陸遜はいつも思うのである。

 

「陸遜、殿を頼むぞ。儂は宿を取ってくるからな」

 

「は、はい! 黄蓋殿。お気をつけて」

 

 カラカラと二人の喧嘩っぷりを気にしてもないと言うふうに笑って、お年の割には頑健な体をした黄蓋がこの場を去る。

 

 陸遜は黄蓋から任された孫権の居所を探すべく視線を走らせた。いた。孫権はメイン通りを闊歩している。この世界は不思議なもので溢れているからメイン通りに居並ぶ市場が孫権の好奇心に触れたのだろう。普段は生真面目に一団の中から勝手に飛び出したりしない良い大将であるのだが、どうも今日ばかりはそんな大人しい大将で居てくれることはないらしい。

 

 陸遜は未だにガルルルとお互いに唸りあっている凌統と甘寧を放置することにして、孫権の下へと足を走らせた。

 

「殿、あまり遠く離れては危険です」

 

「おお、陸遜か。街の中ゆえそう危険はないと思うのだが駄目だろうか?」

 

 最近は父と兄から大将を任され、威厳が出てきた孫権であるがこういうプライベートになるとやはり歳相応の顔が出てくる。子犬のような目をして陸遜の様子を伺う孫権に、陸遜は胸中で苦笑する。

 

 ーーー私の顔色を伺う必要などないのに。この人はいつだって下々を無碍に扱わないのだから。

 

「分かりました。私が付き添いますので、殿のお好きなところへと赴いてください」

 

「陸遜・・・! 有り難い、私はこの世界に来てから気になることが山ほどあるのだ」

 

 陸遜の色良い声に両手を広げ、珍しく楽しそうに笑う孫権に陸遜もつられて笑う。大将の重責により、眉間に山ばかり拵えていた孫権がこんなにも楽しそうなのだ。この異界旅行も一時の休息と思えばいい。そう、これは一時の羽休めなのだ。

 

 現在、陸遜達がいる場所はダーハルーネという港町であった。多くの連絡船や漁船の中継地点となっていることもあって、人々の活気は江東にも劣らない。

 

「しかし、海を見ていると江東を思い出すな」

 

「はい。江東は川の近くにありましたが、それでも此処のように多くの船が水面に浮かんでおりましたからね」

 

 このよく分からない世界に迷い込んでからというもの、陸遜達は知恵を振り絞って生活をしてきた。元の世界とは少々勝手が違う故、戸惑うことも多くあったが今は旅を楽しめる余裕も出てきて上々と言えるのではなかろうか。

 

 初めは父と兄から受け継いだ孫呉の国を意図的ではないが、出奔していることについて気が咎めたようで孫権は暗い表情ばかりを浮かべていたが、沈んでいても元の世界には戻れないのだと察してからは悄気げることを止めた。

 

 孫権はこの世界に来てからも日々成長している。まだまだ偉大な父の孫堅、兄の孫策には遠く及ばないものの江東の虎の片鱗は覗かせてきているのだ。

 

「うおっ! なんだあのでっかいスルメ!? 大王イカのスルメって何だそれ?」

 

「煩いよ、もう少し静かに売り物を見ることは出来ない? あ、ねえねえ、彼処に猫の被り物売っているよ。折角素敵な鈴を付けているんだから被ったらどうだい? 鈴の甘寧さんよ」

 

「ほーう、またお前(オメェ)は俺に喧嘩売ろうっていう腹づもりかよ。いいぜ、買ってやろうじゃねぇか」

 

「だから貴方達はどうしてそうも喧嘩腰なんですか!! 殿の御前でもあるんですよ!少しは落ち着きませんか?」

 

正直言って孫権の前だからと言って止まるような連中ではない。密偵を頼んでもこの通りに喧嘩をして敵にバレるような二人である。

 

 ーーーああ、早くあの方が帰ってこないものか。私にはとてもこの二人を纏めることなどできそうにも無い。

 

 陸遜達よりも一足早く、ダーハルーネへと向かった人物につい縋るような思いを抱いて、陸遜はメンチを切り合うこの二人の仲介に入る。

 

 そして、孫権と陸遜を追ってきた先でも喧嘩を勃発させようとする凌統と甘寧に陸遜の手も得物を握った。こうなれば力づくでと考える辺り、陸遜もまだまだ青いのであるが此処には残念なことに青二才しかいない。

 

 とうとう三つ巴戦が勃発するのかと、孫権と周りにいた通行人達が顔を引き攣らせたその時、天の救いは訪れた。

 

「くおら! お前らこんな往来で喧嘩なんぞやるんじゃない!!」

 

 スパッスパッと血の気逸る若人三人の頭を平等に叩き倒したのは壮年の男だ。肩ほどまで伸びたボサボサの髪を鬱陶しそうに払いながら壮年の男は青二才達を順繰りに見渡す。

 

「殿が困っているだろう。ったく少しは礼節を弁えろ、お前たちは」

 

「おっさんに礼節とか言われてもなぁ」

 

「全くだ。俺等よりよっぽどのことやってたって魯粛様から聞いてるっつーの、俺達は」

 

「ほう、よっぽどもう一発が貰いたいと見えるな、甘寧、淩統? 遠慮はいらんぞ」

 

 こめかみに青筋立てて作った拳をほれほれと二人に見せびらかす呂蒙に、孫権がハハハッと苦笑いし、陸遜は頼みにした呂蒙が来たところで静かにはならないかと両肩を落とす。

 

 現在、この一団は孫権、黄蓋、呂蒙、甘寧、陸遜、凌統で構成されていた。他の呉の人間達が別のところにいるのか、それとも元の世界で生活しているのかは誰も知らない。

 

 ただ、一刻も早くこの訳のわからん世界から元の世界に戻らなければならないことだけが判明しており、孫権達は元の世界への手掛かりを求めて宛もなく旅をしていた。

 

「殿!! 先程興味深い話を宿屋から聞いてきましてな」

 

 黄蓋も宿を取り終えてこの場に戻ってきた。此処にいる誰よりも年老いている人物であるのだが、此処にいる誰よりも若々しく元気が有り余っている。黄蓋は早足で皆の下へと戻ってくると黙っているのも息苦しいと早々にその興味深いことを話し始めた。

 

「近々この街では『海男コンテスト』とやらが開催されるそうでしてな、しかもその優勝賞金は十万ゴールド。どうでしょうか、ここは一発江東の火男と呼ばれた儂がーーー」

 

「よし。甘寧、淩統。出番だ」

 

 黄蓋の話を最後まで聞き終わらないうちに呂蒙は甘寧と淩統に出場してこいと告げた。どうやら、賞金の額を聞いてここは一発旅金を稼ごうと策士の血が囁いたようである。幸い、甘寧も淩統も見目の良い男である。甘寧は昔、水夫であったことから日焼けが目にも鮮やかな海の男らしい容姿であるし、淩統も最近流行りの塩顔である。よし、行ける。これは勝算のある戦だ。

 

「・・・まぁ、金がないのはガチの話だしな」

 

「ああ、本当は土壇場で名前をおっさんにすり替えたいくらい嫌だけど、金がないのはマジな話だよ」

 

 何時もは顔を見合わせてはガアガアガチョウのように言い争っている甘寧と淩統であるが、いざっていうときの団結には目を見張るものがある。今がまさにその時であるようで、二人は金、金、金と口にしては目を昏くさせていく。

 

「私は案外、金のない旅も楽しかったぞ。石の上で直に寝るのもひんやりとして心地が良かったし、蜘蛛も食べてみると普通に美味かったぞ」

 

「殿・・・あまりあの二人の心の傷に塩を塗らないほうが良いのでは」

 

 流浪の王と呼ばれる劉備が率いる蜀であれば、この旅程もそう苦にはならなかったのだろうが船の上で育ってきた甘寧と出陣以外にサバイバル経験のない淩統にしてみれば、今回の旅は悪夢に等しいらしい。

 

「陸遜もあまりこの旅を苦にしているようには見えなかったが、やはりそなたも嫌だったのではないか、この旅は?」

 

「いえ、なかなか楽しい経験でした」

 

「陸遜は思ったよか肝が座ってるからなぁ。こんな顔して彼奴らよりよっぽど武人らしい」

 

 ニコニコと旅は楽しかったと頷く陸遜に同士を見つけた孫権が瞳を輝かせてそうだろうそうだろうと旅であったアレコレの話をしてくる。そのアレコレに臣下の若い武人達が更に空気をどんよりさせていくのが何とも情けなかったが、この金のない野性味溢れた旅をやめる為にもあの二人は死にものぐるいで海の男コンテストを頑張ってくれるだろう。

 

 と、呂蒙が思った瞬間にあの生気のなくなった男達が行動を開始した。

 

甘寧は陸遜に、凌統は呂蒙の肩に手を掛ける。

 

「そう言えば陸遜。お前、この前女官からなんか饅頭貰ってなかったか?」

 

「え、えーと。それは私と誰かを見間違えているのでは?」

 

「おっさん。おっさんってよくよくよくよく見たら格好いいよな。うん、この俺でもイケメンだと思うレベルだぜ」

 

「淩統、お前自分が何を言ってるのか分かってるのか?」

 

「分かってるって」

 

 甘寧と淩統は仄暗い笑みを浮かべた。そう、そもそも自分達だけが頑張らなければならない道理はないのだ。兵法にもあるではないか。『要は物量だ。物量さえあれば物の暴力で押し潰せ』と。数撃ちゃ当たるとか大は小を兼ねるだとか色々偉人が残した言葉があるのだ。ここは一つその偉大な格言に沿ってみるべきではないだろうか。

 

「俺達『江東の四人組』で華々しく優勝を飾ろうぜ。そうすれば十万ゴールドもすぐ様手に入る」

 

「珍しくコイツとは意見が合うな。俺もそれには賛成だ。なぁ、おっさん、陸遜。二人だけが安全圏に居られると思ったら大間違いだぜ」

 

 この時、陸遜と呂蒙は強く思ったと言う。日々の戦でこの二人がこれ程に団結力を強くしていれば、勝てた戦は幾つあっただろう?と。そして、その団結力を組み込んだ戦略の勝敗率はどれ程に上っただろう?と。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ダーハルーネに到着したのは孫権ご一行だけではない。潮風に揺れる肩まで伸ばした癖のない髪がダーハルーネの長いトンネルから姿を表した少年の視界を掠める。祖父のお下がりを身に纏い、何故かこの南大陸の地を踏むことになった少年は賑やかなツレ達に目元を緩める。

 

一緒に国を追われ、指名手配されることになった相棒。追われた先で出会った古の伝承を受け継ぎ、その守り手となっている一族の双子。砂漠の国で競い合い、果てには共闘することにもなった旅芸人。

 

少年の仲間は少年の無実を信じ、今日まで少年と旅をしてきた。未だに己の身に起こったこと全てを処理出来ずに過去を顧みては心が凍える思いをする少年にとって、その仲間達の存在は命綱にも等しい拠り所でもあったのだが少年は未そのことを自覚していない。

 

「女共は観光だとよ。ったく呑気な連中だぜ、全く」

 

 ぼんやりと煩雑で活気に溢れているダーハルーネの大通りを眺めている少年と少し離れたところで、ワイワイと騒いでいた仲間の一人が少年の下へ肩を竦めてやってくる。逆立てて後ろへ水色の髪を流している少年の仲間ーーーーーーカミュの「全くあいつらは・・・・・・」と言いたげな態度に少年は柔和な微笑を浮かべた。

 

「仕方ないよ。最近は虹の枝を追って強行軍だったから。たまには羽目も外さないと疲れちゃうよ」

 

 砂漠を強行軍で抜けてきた先で辿り着いた町なのだ。各々、疲れが溜まっていることは確かだし、その疲れのせいで魔物相手に遅れを取ってしまっては堪らない。少年は至極冷静に羽休めのメリットとデメリットを考えて、今日くらいは休んでも師匠は出ないだろうと結論を出したのだ。

 

 しかし、カミュは少年の冷静な決断をいつものお人好しの決断だと判断したらしい。手の掛かる弟でも見るようにカミュは少年を生温かい目で見詰める。

 

「お前は本当に・・・。ああ、そうだ。なぁ、イレブン。俺達もたまには羽目を外さないか? 分かってる、虹の枝も探しながらだ。それくらいは俺達だって良いだろ?」

 

 少年、イレブンが断らないだろうと知って聞いてくるカミュの顔には不敵な笑みが貼り付いている。彼等は世界樹の枝だろうと検討を付けている虹の枝を追って世界を旅していた。しかも、追う旅であるのと同時に追われる旅でもあった。デルカダールの兵達が今もイレブン達の姿を探して行方を追っている。イレブンにとってその追われる理由は納得のいかないものであるし、異論しかないわけなのだが相手がイレブンの異論を聞く耳持たないのだ。相手がそうである以上、今は彼等から逃げる他無く、イレブン達は逃亡者として世界を巡っている真っ只中なのだ。

 

「そうだね。俺達もたまにはーーーそういうことをしても良いかもしれない」

 

 この相棒には辛い思いばかりをさせているとイレブンは思う。デルカダールの地下牢を共に脱してからは過酷な命運を重ね合ってしまった。一か八かの瞬間が何度も訪れ、その度に精神を細く尖らせてきた。

 

 だから、たまには羽休めをしても良いのかもしれない。この終わりがあるのかどうかも分からない旅にはそういうものも必要だろうから。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「悪魔の子・・・だと?」

 

 黄蓋が取った宿屋の一室で、孫権ご一行は思い思いの体制で寛ぎ、呂蒙が得た情報の吟味を行っていた。黄蓋と呂蒙と凌統はまだ孫権を意識して姿勢を正していたが残りの二人は壁に背を付けて呂蒙が齎した情報について吟味している。

 

「そうなのです。何でもデルカダールより逃亡を図った凶悪犯らしく、今も逃亡を続けているとのこと。勇者の印である痣を身に宿し、この地に産まれた厄災。勇者がこの地に産まれるということは、魔王がこの地に降臨する兆しでもあるからと」

 

「面妖な話であるな・・・。まるで、あの黄巾党の説法を聞いてるような心地だ」

 

 黄蓋が顎にびっしりと生え揃った髭を扱きながら、考え事をするように視線を宙に漂わせる。まだ某大陸が諸葛孔明の三分の計により三国に分かれていなかった頃、その大陸で幅を利かせていた宗教団体がいた。『蒼天已に死す、黄天当に立つべし。歳は甲子に在りて、天下に大吉ならん』と言葉を巧みに繰って長きに渡る戦乱の世を開幕させた黄巾党である。

 

「デルカダールと言うのは確か、この世界に存在する五つの国の一つでしたね。そのうち、二つの国は魔物によって滅んでいると聞きましたから、実際に現存する国はデルカダール、サマディ、クレイモランの三国。まるで私達の世界のような話ですね。まぁ、此処三つの国は協定関係にあるらしいので私達の世界とは遠く及ばない平和なものですが」

 

「そりゃ、人間同士で争っている暇なんかねぇだろ。外には分けわかんねぇ魔物がうじゃうじゃ居るんだぜ」

 

「戦をしようにも魔物が居るんじゃ陣すら満足に張れないしねぇ。昼夜人間よりも魔物の奇襲に怯えなきゃならないし」

 

「人間同士が争わなくて済む代わりに別の脅威が身近にあるのだな、この世界には。どちらが幸せなのか計りようもない」

 孫権がポツリとベッドに腰掛けた状態で零し、暫く重たい沈黙がこの部屋を支配した。孫権の問いかけはこの世界に来た誰もが一度は考えたことのある疑問だ。孫権も今日初めてその疑問が浮かんだ訳じゃあるまい。つい、ポロッと今まで抱えていた思いが口からこぼれ落ちてしまっただけなのだ。

 

「今は、悪魔の子について考えましょう。この世界で世を沸かせている話題です。もしかしたら、私達のことと何か関係があるやもしれません」

 

 静寂を切り裂いて、話題の転換を行った呂蒙に皆頷く。今、考えなければならないのは帰還方法であった。この世界と元の世界の幸福論など、帰ってからでも考えられる問題だ。

 

「その悪魔の子って人はどんな方なんですか? 指名手配しているのあれば、容姿の特徴くらいは伝わっているはずですが」

 

「陸遜の言うとおりだ。その悪魔の子の容貌も把握しておる。まず悪魔の子の容姿だがな、驚く程に髪がサラサラらしい」

 

 漸くここで悪魔の子の容貌が明かされることになったのだが、固唾を呑んで一体どんな凶悪な容貌をしているのかと呂蒙の口から各々の想像する悪魔の子像が飛び出してくることを待っていた呉の一団は呂蒙のその一言で引っくり返りそうになった。

 

「さ、サラサラ。その悪魔の子は髪がサラサラしているのか?」

 

 止せば良いのに孫権が生真面目にその部分を追求する。

 

 ーーー殿、今ここでその生真面目さを発揮するべきじゃない。

 

 これは呂蒙と孫権を含まない呉の一団の心境だ。目元を引くつかせながらも、呂蒙に深追いする果敢な孫権に応えるように呂蒙が「ええ」と首肯する。

 

「滅多に見ないほどのサラサラっぷりだそうです。肩口で切り揃えられた髪がなんとも様になる御仁だとか」

 

 サラサラヘアーが特徴的な悪魔の子。皆の想像の中で作られていた凶悪な容貌をした悪魔の子が途端に江東にでもいそうな優男風になる。

 

「実は陸遜、お前が悪魔の子なんじゃねぇのか?」

 

「そんな筈がないでしょう! 私の髪も確かに癖が無いですけど肩口まではありませんよ!!」

 

 甘寧の吃驚するような提案につい陸遜も声を荒げてしまう。これには何故か「なるほど」と淩統が拳を掌に打ち付けた。

 

「じゃあ、周瑜様が悪魔の子だ。あの方、めちゃくちゃサラサラヘアーだし」

 

 美周郎と名高い周瑜も凌統のこれには飛んだとばっちりだ。しかし、呉の一団は一様に何故か納得してしまうのである。確かに、周瑜はこの辺のみならず、元の世界でも滅多に見られないくらいサラサラヘアーであった。女子も羨む艶と癖のない黒髪は、周瑜が女であれば触ってみたいと思う程のサラサラ具合なのだ。

 

「バレたら俺達あの棍で打ち据えられそうだな」

 

 呂蒙の尤もな発言にこれ以上サラサラヘアーのことについては考えないようにし、話は振り出しに戻る。

 

「体の何処かに痣があるんですよね。その痣が悪魔の子の証明なのであれば、私達もその痣を持つ人物を探せば良いのでは・・・?」

 

「しかし、体の何処かにある痣を探すのは大変だぞ。痣なんて服とか布でも隠せるだろう」

 

「そうじゃな。儂でも痣をもとに探されるのであれば隠すわい」

 

 しかし、話はこれ以上進展しないようにも思えた。グツグツと話は煮詰まってきたものの旨みがこれ以上出るようにも見えない会議に孫権がパンと手を叩く。

 

「悪魔の子も大事だが、今は海男コンテストも控えている。優勝を狙うのであれば、そちらのことについても考えなければならないのではないか?」

 

「いっけね。すっかりそっちのこと忘れたわ」

 

 孫権の鶴の一声に甘寧が忘れていたと後頭部を掻く。甘寧と凌統に巻き込まれた陸遜と呂蒙はあまり考えたくないとそれぞれあらぬ方向を向いている。しかし、あらゆる戦で策を巡らせてきた二人もこの運命には抗えないらしい。

 

「この海男コンテストはこれからの旅に必要な旅金を稼ぐために皆は出場するのだろう。私も参加するべきではないかと思うのだがーーー」

 

 孫呉の頂点となってからは責任感も増した孫権が恐る恐るとそんな提案をしてきた。これには、配下たちが大慌てする。まさか、主君をあの様な見世物に出す訳にはいかず皆が皆説得に掛かる。

 

「殿が出るような催し物ではありません! 流石に四人も出れば何かしらの成果は得られるとおもいますよ!!」

 

「そうじゃそうじゃ! 殿、この儂も出る予定ですしの。何の心配もいりませんぞ!!」

 

「これで五人になりましたし大丈夫ですよ。最悪の場合、この半裸男が全部脱ぎますし」

「おまっ! 何勝手なこと抜かしてんだ!?」

 

「大丈夫だって。半裸が全裸になるくらいの差だから」

 

「おいこらお前っ! 表出ろや!! やっぱお前とは早々にケリをつけねぇとなれねぇみてぇだな!!」

 

「こんな狭い所で喧嘩をするでない! 甘寧、凌統!! なんでお前らはそうやって一々喚かないと気が済まないんだ!?」

 

 いつの間にやらまたガアガアと甘寧と凌統が喚きあって火花を散らし合っていたが呂蒙が二人の頭に鉄槌を下す。頭に瘤を作った二人は痛みに呻いてその場に蹲ったのでこれで少しは静かになったのだが、陸遜はこの前途多難な様にいつになく不安を覚えた。

 

 ーーー私達、本当に元の世界に戻れるのでしょうか?

 

 その問に答えてくれる誰かは勿論いなかった。

 

 終わり

 

 





三國無双を知らない方へ



孫権
兄、孫策の跡を継いで孫呉を引っ張っていくことになった孫家次男。真ん中であるためか誰かに引っ張られて行くことに慣れており、急に自分が頂点に立つことになった際は当惑しまくったが今では立派な主君に。でもやっぱり時たま卑屈な部分が顔を出す。実はこう見えてボンキュッボンに恋する漢。


黄蓋
還暦は超えていると思われるお祖父ちゃんだけどそこらの若者よりよっぽど元気。赤壁の戦いでは火の付けられた船で敵の船に突っ込むという策を躊躇なく実行。孫呉に数多くいる火計魔の一人。孫呉三代の臣下として仕えた重臣でもある。



呂蒙
通称名オッサン。三國無双の数いるツッコミの中でも随一のツッコミ師。今では保護者枠だけど、若い頃はかなり無茶苦茶やってた『昔は相当の悪でした』を地で行く人。蜀のことをあまり信用してないので、蜀ともよく戦う。魏は言わずもがな。軍師だけど拳で語ることがよくある。


甘寧
鈴の甘寧の名で知っている方も多いと思われる。孫呉に降るまでは水賊だったので柄が悪い。凌統とはしょっちゅう喧嘩する。と言うのも、凌統にとって甘寧は父親の仇でもあるのだ。実はここ二人の関係はなかなかに複雑。



凌統
線が細く、髪をポニーテールに結っている塩顔。常に飄々としているが、熱くなると熱い人。甘寧に常に突っかかりその度に呂蒙から鉄槌を下される。どさくさ紛れに甘寧を殺そうとしたこともあったが、なんだかんだと二人で組まされることもあって同じ密命を受けて行動すること多し。



陸遜
人好きのする笑顔を浮かべる割りには黒い部分がチラリズムする軍師。言葉遣いも丁寧で謙虚かと思えば結構慇懃無礼な部分も目立つ人。背も低く、童顔なこともあって人畜無害そうな容姿をしているが孫呉の火計魔達の筆頭。最近では策の中に火計を仕込むだけにならず、戦中に火計の練習をしている姿も見られる。






ドラクエを知らない方へ


イレブン
ドラクエXIの主人公。名前は公式から引用。類まれなるサラサラヘアーの持ち主で作中ではしょっちゅうそのことを弄られている。ドラクエでは珍しく主人公がイケメン設定。でも顔より髪のことを弄られる。おっとりとしていて、そのぼんやり加減を仲間達から心配されることが多い。ただ頑固屋でもあるので一度言い出したら聞かない。複雑な出生と運命を持っている。


カミュ
主人公の相棒として時に崖っぷちから共にダイブしたり、敵と馬チェースをしたりした苦労人。普通に盗賊稼業をやって牢屋にぶち込まれていたところで主人公と遭遇し、それから数奇な運命をたどることになる。VIの主人公と髪型が似ていることもあって主人公より主人公らしいと言われることもある。面倒見の良い質で、結構身なりには気を使っている。






ネタが新鮮過ぎるかなとも思いましたが、私の記憶の都合で決行致しました。もし、XIから始めてもいいなと思った方がいらっしゃればドラクエはどのナンバリングでも予備知識が要らないのでオススメします。





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ロザリーヒルの村守(IV)

本当はVIかVII辺りに飛ばしてみたかったのですが、また私の記憶の関係でIVになりました。でも、晋ですから魏と同じ世界に居るのも良いかなと。


 

 

 

 徒歩では絶対に辿り着くことの出来ない場所にロザリーヒルはあった。そこはある魔族が己の愛した女性を保護するために作った村なのだ。住人達に人の姿は殆ど無く、ドワーフや動物がのびのびと暮らす人の世には不似合いな長閑な場所で、余所者が一人でも入ってくると出て行けと言わんばかりの冷たい一瞥を食らわす排他的な場所でもあった。

 

 

 だが、そのロザリーヒルにも人間達による強欲の魔手が伸びることがある。例え、人の世から隠れるように存在するロザリーヒルでも船があれば辿り着くことが出来るのだ。強欲者達はとある噂を信じて、その胸に邪な願望を抱きロザリーヒルにやってくる。

 

 

「なんなんだ!? お前らは!!」

 

 ロザリーヒルに訪れる強欲者達のうちの一人が口角泡を飛ばして目前にいる男に食って掛かる。長旅の末にロザリーヒルに辿り着いたのか強欲者からは饐えた臭がした。目前にいる男はそれが堪らないと高い鼻を摘み上げて、シッシッと犬でも追い払うように手首を振る。

 

「あー、もう面倒くせぇな、このオッサン。だから、俺達はこの村を作った奴に雇われた村守なの。で、その村守の仕事の一つがこの村の入村審査。お前はその入村審査に引っかかったんだ。だから、とっとと諦めて帰ってくれよな」

 

 男は己の烈撃刀を支えに立った状態で至極面倒だと言ってのける。開襟シャツからは逞しい胸が覗いており、腕も太く筋肉質だ。入村出来ない招かれざる客は男が腕の立つ輩と察して舌を打ちたくなった。もし、この男が顔通りの優男であれば押し通ったのだがどうやら事はそうも簡単にはいかないらしい。

 

 しかし、強欲者もただで帰るわけにはいかないのだ。ロザリーヒルに行くのに買った自前の船、そしてその船を動かすために雇った水夫達、長い航海に必要な食料品や諸々の雑多。それらを一揃えするのに如何ほどの金が掛かったか! それはエンドールの一等地に豪邸を建てられる程の額なのだ。

 

 彼は眉唾のような噂に全財産を賭けて遠路遥々ロザリーヒルにまでやってきたのである。そもそも、この隠れ里のようなロザリーヒルを見つけるだけでもかなりの手間がかかったのだ。やはり、それに見合っただけの成果を持って帰らねば彼の気が済まない。

 

「まさか、お前・・・あのエルフを独り占めしてるんじゃねぇだろうな?」

 

 強欲者の目は曇っているという法則がある。この手の人間が欲に目が眩んで真実を見抜けないことは物語にも五万と書いてある。この強欲者もそのうちの一人であり、彼が口に出した『エルフ』に男の眦が鋭くなったことをついぞ目視することが出来なかったのだ。

 

 今迄は男も確証が持てなかったから生温い応答を繰り返していたが、この強欲者は明らかに黒だと分かった。コイツは、エルフの涙を狙ってロザリーヒルを訪れている。

 

「はぁー。やーっぱこういうのしか来ないんだな、この村。たまには可愛い女の子とかに会いたいもんだ。なぁ、元姫?」

 

「子上殿、減らず口はそのくらいにして。この人は駄目な人なんでしょ」

 

「仕方ねぇだろう、元姫しか俺の愚痴を聞いてくれねぇんだから。ま、確かにソイツは駄目な人だ」

 

 強欲者は突如出現した美少女に面食らった。金色の髪を頭頂部で結って、背に流している少女は指に小さな鋭く研がれた刃を五本指の間に挟んで構えている。村守だと名乗った男もいつの間にやら体の支えにしていた烈撃刀を肩に担いで己を見据えていた。

 

 強欲者よりも一回りは若い二人の男女にしかし、彼は気圧されていた。妙な気迫が強欲者の両肩にのしかかっており、真綿で首を絞められているような息の詰まっていく感覚が喉元に押し寄せる。

 

「じゃあ、いつも通りに」

 

「分かってるわ」

 

 

 そして、強欲者は悲鳴も上げる暇もなくこの二人の男女に打ち据えられるのであった。

 

 ボロ雑巾と化した男を船まで見世物のようなに運んだのは顔に白化粧を施した男で、雇い主のいない船で羽根を伸ばしていた水夫達はそのあんまりな光景にトラウマを植え付けられたと言う。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「なぁ、兄上。俺達、なんでこんな隠れ里みたいな所で村守なんかやってるんでしょうね。あともう少しで全国を平定を出来るっつーって時にですよ。・・・もしかして、皆で仲良く化かされてるとか」

 

「煩いぞ、昭。前も言ったがこれは間違いなく奇術師による幻影ではない。俺達は別世界にいるのだ」

 

「別世界、ねえ。じゃあ、なんで別世界の隠れ里で俺達は村守なんかやってるんですか?」

 

「私達を拾ったピサロが望んだからだ。己の細君を付け狙う不義の輩が居る故、それの露払いをして欲しいと」

 

「まぁ、確かに。涙がルビーになるっていうロザリーとは言葉を交わしましたし、実際にその光景も見ましたし、今日みたいにロザリーの涙を狙って録でもねぇ奴等はしょっちゅう来ますけど」

 

「人間とは何故ああも欲が突っ張ってるんだろうな」

 

「兄上、それ俺達は皆言えませんから。父上と兄上は特に言えませんから」

 

 ロザリーヒルの村守として立派に仕事をこなしてきた司馬昭が村守を言い付かった時に借してもらった家へと戻ってくると兄が居間でホカホカの肉まん片手に何やら紙に文字を記していた。

 

 司馬一家は母の作る肉まんが殊の外好きで、特に長男はこよなく肉まんを愛している。まさか、異世界に行ってまで肉まんを母に強請っている場面を見ることになるとは思わなかったが。

 

 司馬昭は兄が座る居間のテーブルから離れた所に設置されているソファに腰を降ろして、兄の司馬師が眼帯をつけた普段通りの顔で作業している様子を何となしに眺める。

 

 恐らく父に似た几帳面な字がずらりとその紙の上には並んでいることだろう。最初はこの世界の筆記用具に戸惑っていた父と兄であったが、今ではすっかりと現地人のような顔をして使いこなしている。父に至っては元の世界でも作れないかと紙と羽ペンの作り方を雇い主ピサロに問うていた。

 

 ーーーこの世界では仕事熱心をワーカーホリックって言うらしいが、正にその通りだよなあ。父上も兄上も仕事と結婚しているみたいなもんだし。

 

 顔は母に似たと言われる司馬昭であるが、中身はさてはて誰に似たのやら。間違いなく父の血を引いていることが分かる兄は容姿も性分も父に瓜二つである。高笑いしているさまを見ると特に血の繋がりの濃さを感じれる。

 

「子上、船に返しといたぞ」

 

 兄弟で仲良く団欒していると唐突に玄関が開き、白化粧を顔に施した男が入ってきた。全身を黒い外套で覆っているせいもあってやはり何処か不気味さが付き纏っている。なかなか話しかけるには根性のいる姿をしている人物であるが、司馬昭はなんてことなく「おう!」と応えた。

 

「悪いな賈充。どうだった、連中」

 

 

「くくく・・・尻尾巻いて逃げて行った。当分は来ないんじゃないか。噂でも立って」

 

 

 人の悪そうな微笑を見せて、喉の奥からくつくつと笑う賈充に司馬昭はそうかと頷いて、取り敢えず暫くは楽が出来るかと碌でもない感想を抱く。

 

「しっかし、奴等どっちみちロザリーの涙には触れねぇのにな。なんで、ロザリーの涙の噂が囁かれてるんだ」

 

 司馬昭の疑問は尤もであり、それには司馬師も思うことがあるようであった。このロザリーヒルはエルフ、ロザリーのために作られた隠れ里なのだ。ロザリーが流した涙は不思議なことに純度の高いルビーとなる。宝石の涙を流すエルフの存在は欲深い人間たちの格好の的となるのも世の摂理であり、彼女はそんな人間達から身を隠すためにこの村に隠れ住んでいるのだ。

 

 

 しかし、それなのにどこからともなくロザリーの噂を聞きつけて、ロザリーヒルの場所もバッチリ把握した人間達がこの村に度々やってくる。ロザリーのルビーの涙が人間達には触れることもできない代物だとは知らないで。

 

 

 ロザリーを保護するピサロはそれを見兼ねてはいたが、彼は自分の用事で忙しくなかなかそこまで手が回せないでいた。

 

 しかし、そこに運良く異界からやってきた者達がいたのである。某世界の某大陸で、長くは続かなかった魏の覇権に手を伸ばした新しい国、晋。魏の文帝、曹丕の信頼篤い司馬懿が曹丕亡き後、崩壊していく魏に業を煮やし謀反を起こした。その司馬懿と共に立ち上がったのが司馬一族。そう、彼の家族であったのだ。

 

 ある程度の基盤を整えた司馬懿は早々に家督を長男の司馬師に譲り、大陸の平定も全て丸投げした。司馬師は父の期待に応えるべく獅子奮迅し、弟司馬昭や慕ってくれる配下たちと共に魏の手綱から離れた蜀や呉を纏めようと東奔西走した。

 

 その最中に彼等はこの世界に飛ばされたのだ。あともう少しで全土が晋の支配下におかれるという状況の中でこんな訳のわからない場所にやってきてしまった。共に何故かついてきてしまった配下たちの動揺も激しく、一刻は家族会議すらままならなかったのである。全員での会議などまたそれ以上に困難であった。

 

 晋の真の支配者である司馬懿の妻、張春華が重い腰を上げてまとめ役を買ってでなければピサロに拾われた後も揉めに揉めただろう。この晋の一団は少数精鋭ではあるが何かと野心家やら信仰者やらが多くて、その個性同士がぶつかり合っては一騒動になることもよくあることなのだ。

 

 そんな彼らを拾ったピサロという男は先ず人間ではなかった。この妙ちきりんな世界とはまた別の魔界に住む魔族であるらしく、初め出会った時は一触即発の空気が両者に流れた。しかし、元主君の司馬懿がピサロと対話を試みてみると思ったよりかは話せてしまった。しかも、ピサロも彼等が異界の人間であると知ると少し対応が柔らかくなったのである。

 

 その後、ピサロが住むというデスパレスのご招待を受け、魔物達とまた一発やり合いそうになったり、宰相のエビルプリーストと舌戦を繰り広げたりと色々やらかしていくうちに何故かすっかりピサロが晋の一団に馴染んでしまったのだ。晋の一団も案外ピサロや魔物達に慣れた。そこで、ピサロが持ちかけてきたのがロザリーヒルでの村守職であった。帰る手立てもない晋の一団はこの誘いを受けることと引き換えに、ピサロに帰還の手段を探ってもらうことにしたのだ。

 

 そう、彼等がロザリーヒルで村守をしていることにはキチンと意味があるのだ。

 

「なんとなくは想像がつくがな。手立てとしては確かにこれが最上であると思う」

 

 

「どういうことですか、兄上?」

 

 

「ロザリーはピサロの唯一の弱点だ。そのロザリーが人間に殺されたらピサロはどうなるかわかるか? 昭」

 

「そりゃ見てる此方が照れそうなあいつらのやり取りを見ていたら分かりますよ。ピサロだったら間違いなく、人間に復讐しようとします。多分、人間っていう種そのものを滅ぼそうとするでしょうね」

 

「そういうことだ。これは魔族と人間の対立を喜ぶ輩の計略だろう」

 

 司馬昭の顔が珍しく強張る。いつもにへらにへらとだらしなく顔を緩めている司馬昭であるが、彼とて名門司馬一族の一人だ。司馬一族と言えば、多くの賢人を生み出してきた由緒ある名家なのである。策謀と計略を両手にのし上がって、常に誰かよりも上に立ってきた司馬の名を背負う司馬昭とて、ここまでヒントを貰えばこの事態の不味さを理解出来る。

 

 ピサロがロザリーを目に入れても痛くないほど可愛がっていることを知っているのはピサロの同族である魔族だけだ。魔族の誰かが人間と対立することを望んでいる。詰まり人間側は魔族の掌で踊らされているだけという事実が浮き彫りになる。まさか、その踊りが自分達の存亡に関わるとは知らずに。

 

 

「もし、私達の世界の出来事であったらピサロとは対立していたな。不要な火種は消していかねばならない」

 

 

 司馬師は言葉とは裏腹に冷淡そうな顔立ちに仄かな笑みを植えてつけている。しかし、眼帯に覆われていない方の目には冷徹な光が宿っていた。この長男はそうすると決めれば躊躇わずそれを実行する有言実行が服を着たような男なのだ。魔族の抹消を決定すれば必ずや殲滅にかかる。司馬昭はせっかく出来た友人を失うことは止したかったので別の世界の出来事で良かったと縮めていた足を投げ出した。

 

「そう言えば、お二人の母上が今日は女子会をやるから帰らないと言っていたぞ」

 

 ポンと芝居掛かったように掌に拳を打ち付けて、賈充は思い出したと言うように二人に彼らの母親がロザリータワーから今日は戻らないことを伝えた。

 

 二人は承知しているというように頷いてーーーその後、石像のように固まった。

 

「あ、兄上」

 

「なんだ、昭」

 

 

 様子だけでなく声まで固くなった司馬兄弟を賈充は配下としてはあるまじき愉快そうな顔で見守っている。いつもならば、兄弟揃ってそんな賈充を不機嫌な声で咎めてくるのだが今はそれどころではないようだ。

 

「もう、ご飯の残りってありませんでしたよね?」

 

 

「嗚呼、この肉まんで最後だな」

 

 司馬兄弟に突如降りかかった受難。それは、今晩の夕食のことである。昨日も張春華はロザリーと王元姫と女子会をやると言って戻ってこなかった。流石にそろそろ帰ってくるだろうと二人は甘い算段をし、ヒャドで冷凍された母の夕飯を昨日大方食べ尽くしていたのだ。

 

 

 流石、張春華。司馬兄弟を持ってしても読み違いを起こさせるのは彼等の母親と謀反ばかりする配下くらいなものだろう。

 

 

 司馬師は手にした最後の肉まんを口に放り込んだ。至福のひとときであるのに、肉まんを頬張りながら何処か途方に暮れたような顔をしている司馬師に司馬昭が「そうだ!」と声を上げる。

 

「鄧艾だったら作れるかもしれないです! 確か、息子がいるって前に聞いた気がするんだけどーーー」

 

「そうかもしれないが、だからといって鄧艾が料理出来るとは限らん。父上も私達が居るが、料理はさっぱりであっただろう?」

 

「確かにそうですが、父上は肉まんならば作れました」

 

 バン!と片手を宙へと向けて言い放つ司馬昭につい確かにと納得してしまう司馬師である。父上は家事という家事のみならず、歌や詩などの文道もからっきしであるのだが何故だか肉まんだけならば作ることが出来たのだ。張春華が諸用で居ない時に司馬懿に強請って肉まんを作ってもらった幼い記憶がちらほらと頭の何処かで転がっている。

 

 

「善は急げと言いますよね。俺、鄧艾を探しに行ってきます!」

 

 一日たりとも食いっぱぐれることはしたくない。特に司馬一族である司馬昭にとって飢えは程遠い存在であり、少し小腹が空いただけでも無気力症に陥ってしまいそうになるのだ。真のひもじい思いなど司馬昭には耐えられそうにもない。

 

 勢いをつけて、まるで目前に敵の総大将がいるかのように玄関へと走っていく司馬昭に流石の司馬師と賈充もついていけず、二人呆気にとられて司馬昭の遠のいていく背中を見送る。

 

 司馬昭が三十秒と掛からずに玄関の取っ手へと手を伸ばしたところで、玄関は独りでに開いた。外開きであったからこそ、玄関と司馬昭はぶつかり合うことはしなかったがその代わりに見慣れた人物の顔が司馬昭のすぐ前に出現した。

 

「あら、子上? そんなに慌てて何処へ行くの?」

 

 司馬昭のすぐ目前に居たのは言わずとしれた彼等の母親、張春華である。二児の母親でありながら、大輪の花のような美を今でも保っている艶やかなご婦人だ。優しそうな垂れた目元が大人の色気を漂わせており、ロザリーヒルの村人達がこっそりとファンクラブを作っていたりもするが彼女自身はともかく、彼女の息子たちは知らない事実である。司馬昭は彼女の息子であるためにこの芳しい美に中てられたりはしなかったのだが、代わりに「母上!」とずずいと近寄ったのである。

 

「お帰りになられたのですか!?」

 

 

「いいえ、違うわよ。服を取りに帰っただけなのだけど」

 

 息子達の存在を思い出して、この仮住まいの家に戻ってきてくれたのかと思えば彼らの母親はお泊りセットを取りに戻ってきただけであった。これには司馬昭も落ち込んだらしく、「そうですか」と途方に暮れたような顔で昏い声を発している。

 

 次男が使い物にならないので、今度は長男が張春華に挑むことになった。

 

 

「母上、実は夕餉が昨晩で無くなってしまったのです。簡単なもので良いですから、何か作っていってはもらえませんか?」

 

「ああ、ご飯が無くなったのね。子上が言いたいこともこれだったってわけ。二人共、もういい大人なのだからこれくらいのことは自分で出来るようにならなければいけないわよ。いつも母が貴方達の側に居るとは限らないのだから。けれど、今日は私が作りましょう。ありあわせのものになるけど構わないわね」

 

「助かります、母上」

 

 長男の鮮やかな訴状に張春華も自分の息子達が飢えるのは可哀想だと思って、夕食を作ってくれることになった。朝はお隣のドワーフがパンと牛乳とチーズを持ってきてくれるので心配はなく、これでやっと司馬兄弟の今日の憂いは取り除かれたのである。

 

 

「兄上! ありがとうございます!! これで夕飯問題は片付きましたね」

 

 拳を握ってうしっ!と喜ぶ司馬昭に司馬師も頷き、賈充はそんな兄弟達を愉快そうに眺めている。某大陸では彼等兄弟が覇権を握ろうとしている最中であるのだが、この調子を見ているととてもそんな大層な兄弟には見えないのである。何処にでも居る普通の兄弟であるようにも見えるこの司馬兄弟だが、一度侵略を企むと彼等は戦歴の将となる。司馬懿譲りの知謀を練る司馬師と司馬師の手足となって彼の策を遂行する司馬昭。彼等兄弟のタッグによって落とされた城は数知れず。蜀も呉も彼等兄弟に手をこまねいているのが実情だ。

 

 しかし、そんな司馬兄弟にも絶対に敵うことの出来ない存在がいる。

 

「ねぇ、二人共。旦那様を見てないかしら」

 

 何気なく発せられたその問は一見普段通りの声音であるはずなのに司馬師と司馬昭の背中を軽やかに悪寒が走り抜けた。ギギギと油を挿し忘れた窓のような音を立てて、彼等は自分達の母親へと顔を向ける。

 

 張春華の顔色は至って普通であった。いつものように悠然と立っており、部屋の中をぐるりと見渡して「やはり、旦那様は一度も帰ってないのね」と小さな顎の下で指を組む。

 

 但し、張春華の背後では角の生えた影の支配者のような悪鬼が突起のついた棒を持ってブンブンと威嚇よろしく振り回しているのである。今すぐにでも獲物を見つけられたらその棒の鉄さびにしてやるわと言いたげなほどにぶん回されている悪鬼の獲物に司馬師と司馬昭がたらりと冷や汗をこめかみから伝わせる。

 

 司馬懿は今朝から一度も姿を見ていなかった。大方、ピサロに拉致されるように連れ去られて世界の何処かを文字通りに飛び回っているのであろう。もしかしたら、魔族であるピサロの本拠地でもある魔界とやらにでもいるのかもしれない。

 

 色々と司馬懿の居る場所についての憶測は立つのだが、如何せんその憶測をありのままに話しても良いものか。現状で既に第一段階の逆鱗が触れているのに、これ以上母親の逆鱗に触れたくないのが司馬兄弟の総意である。このような時は、たとえ偉大で尊敬できる父であっても母の怒りに触れることはやらないでほしいと愚痴りたくなってしまう。

 

「間もなく、お戻りになられるのではないですか。母上を放って、夜遊びできる父上ではありませんので」

 

「夜遊び・・・?」

 

 ーーー兄上の馬鹿!

 

 珍しく司馬昭は胸中で兄を罵った。自分よりも圧倒的に頭が良くて、人を束ね導く才のある尊敬できる司馬師であるが、何故よりによって今この瞬間にその地雷をぶち抜いてしまうのか。張春華の心凍える声音に寒がる余裕もなく司馬昭が無理やり笑顔を作って「母上!」と張春華の下へと駆け寄る。

 

「夕餉を作りましょう! 俺も今日は手伝いますから。料理はできなくとも、刃物の心得はありますので食材を切るのは任せてください。兄上は味見をお願いしますね!」

 

「分かった」

 

 兎にも角にも明るく笑顔を振りまいて、出来るだけ司馬懿の話題から張春華を遠のかせたい司馬昭は母親の背中を押して厨房へと消えていく。張春華の背を押しているのだから、悪鬼とはすぐ近くに対面することになったが、司馬昭はその悪鬼にもピカピカの笑顔を食らわせ、とっととこの悪鬼を退散させるべく張春華の機嫌を取り戻そうとあれこれと話題を振った。時には自分を犠牲にした笑い話をしたり、人参やじゃがいもを悪戦苦闘しながら皮を剥き、等分に切ったりと頑張った。

 

 ーーーー元姫に会ったら取り敢えずこの話をしよう。

 

 自分のお目付け役をすっかり愚痴聞き係にしてしまった司馬昭は固くそう決意をして、お皿を並べてほしいという張春華に味見係として見参した兄の司馬師と共に肩を並べて皿を用意することになったのである。

 

 因みに、この表面上は和やかでアットホームな司馬宅の風景を賈充は配下としてあるまじきことに、肩を震わせて四六時中爆笑を抑えるので手一杯だったと後に司馬昭に語るのであった。

 

おわり

 







三國無双を知らない方へ



司馬昭
字は子上。魏が天下統一するも、曹操や曹丕が亡き後は腐敗していく一方なのでこれは見てられんわと立ち上がった司馬一族の次男坊。魏の後に晋を建国し、皇帝となる人。鬼嫁鬼母の母、傲慢でありながらも実力のある父、カリスマ性と才能のある兄、ツンデレで可愛いお目付け役、司馬昭の才を信じ、自己犠牲する配下などなどラノベの主人公も吃驚な程主人公らしいポジションにいる。面倒くさがりだけど蜀の皇帝、劉禅は彼に王者の資質を見出す。



王元姫
司馬昭のお目付け役。お人形のような顔と小さな背が可愛らしい女性。毒舌家でもあるが、愚痴家の司馬昭に付き合っているうちにすっかりと苦労人に。しかも、司馬懿や張春華から司馬昭を頼まれてしまったり。しかし、なんだかんだと言いながらも司馬昭の世話を焼くのは嫌いじゃないらしく、司馬昭の身に事件が起これば心配するツンデレ。



司馬師
司馬一族の長男。父、司馬懿とは見た目も中身もよく似ている。声までも似ているので司馬懿ジュニアと言っても間違いない。直ぐに手を抜く司馬昭にはあれこれと言いたいことがあるが、司馬昭を兄らしく信頼している。弓矢に撃ちぬかれて目を患うことになるが、私生活には問題がない様子。肉まんをこよなく愛する肉まん王子。肉まんのことについて戦で大暴れする前科あり。



賈充
司馬昭の配下。顔は白塗り、服は真っ黒外套という深夜では絶対に会いたくない人物。含む物言いが多く、敬愛する司馬昭にも畏怖を抱かせている。司馬昭の影であることを自負しており、司馬昭の征く道にある穢れは全部己が払うとまで豪語する。司馬昭は賈充のその自己犠牲を危険視するが、彼は最期までそうあり続けた。




張春華
司馬懿の嫁、司馬師と司馬昭の母。普段は物腰柔らかく賢母正妻であるのだが、一度豹変すると鬼嫁鬼母の正体が露わになる。司馬一族の裏の支配者であり、晋でさえも影で支配していると思われる。そのため、傲岸不遜な司馬懿と言えども張春華には逆らえず、恐々として尻に敷かれている。息子達は母親の独裁に異論はなく、諾々として母親のお願いは必ず叶えている。







ドラクエを知らない方へ



ピサロ
魔族であり、ドラクエでよく見るスライムとかドラキーとかを束ねている魔王様。エルフであるロザリーに恋し、彼女を強欲な人間達の魔の手から守るべく村を一つ作る。しかも、複雑な仕掛けを施した塔を立ててそこをロザリーの住居とする過保護っぷり。そこまでやるのに少々詰めが甘いのが弱点。その弱点のせいで、幾度も主人公達に人類滅亡を阻まれてきた残念な魔王。


ロザリー
流した涙がルビーになるため人間達に虐められるエルフ。人間はルビーの涙に触れられないのに命の危機を感じる程に虐められるのは恐らく人間達がその度に調子に乗ってしまうせい。ピサロに匿われてからは少し落ち着いたらしく、彼の行く末を案じている。ロザリーは平和主義者でもあるためピサロの人類滅亡計画を阻止したいがなかなかうまくいかない様子。







三國無双をやってもいいなぁと思っておられる方は是非とも三國無双7をプレイしてもらいたいです。PS3やヴィータでプレイ出来ますが、もし媒体を持っていないと仰る方がいらっしゃればPS2やDS、PSPでも様々なナンバリングが出ていますし、どれも予備知識は全く要らないので楽しめると思います。ですが、派生作品であるOROCHIやNEXT、Empireなどは三國無双1〜7をプレイした後にされた方が何倍も楽しめると思われます。初っ端から猛将伝をやるのは全然大丈夫ですよ。



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その刹那は幸せで(V)

 

 ラインハットの数ある部屋のうちの一つで男達が頭を寄せあって卓の上に置いてあるチェス盤を囲っていた。その部屋はラインハット国王が不思議な一団を食客として扱うからと与えた来賓室の一つでもあった。昼下がりの穏やかな陽気が窓から木漏れ、春風がそよそよとカーテンで遊ぶように揺らす。

 

 しかし、窓辺の長閑な様子と違って男達の居る部屋の一角は陰鬱さに塗れていた。その一角とは、男達が集まっている場所でもあり彼らは卓を三角形に囲み椅子に腰深く座り込んでいる。男達の目は真剣そのもので触れたら身を切られるのではないかと錯覚しそうな程である。電流でも走っているのかと疑いそうなくらいに男達を取り巻く空気は張り詰めており、部屋には駒が動く音のみ響く。

 

「そろそろ、現状の話を致しましょうか」

 

 しかし、そんな緊張張り詰めるこの部屋で声を発した男がいた。優雅に口元を羽扇で覆って、涼やかな目元をその男は眇めるように細める。

 

「ほう。現状の話ねぇ。一体、どの現状の話をお前さんはしようとしてるんだい?」

 

 そう言って男のキングに迫るべく、ポーンを動かしたのは頭の輪郭すらも見えないような大きな帽子を被り、口元も布で覆っている見るからに怪しい男だ。服も己の体型を隠すような代物で、もしラインハットの関所にこの男が現れればすぐ様別室に連行されること間違い無しである。

 

「士元、そこに置くと十手先で苦戦しそうだ・・・・・・孔明は相変わらず飲み込みが早いな。異界の遊戯も直ぐにやり方を覚えてしまったみたいだ。その頭の良さが羨ましいよ」

 

「おっと。こりゃあ、油断したねぇ。いやはや、これだから歳は取りたくない」

 

「私達、あまり歳はそう変わりないはずですよ」

 

「諸葛亮は手厳しいねぇ。たまには冗談の一つでも言わないと面白くない上司だって若い子達に言われちまうよ」

 

 楽しそうに外界に唯一晒されている目元を緩めて士元と呼ばれた男は、これまた孔明と呼ばれた男へとチェス盤に注いでいた視線を上げて向ける。この二人は士元、孔明と呼ばれているがこれは字であるために某世界の某大陸にいる皇帝か親しき仲の者しか呼ぶことが許されていない特別の呼称である。そのため此処では、士元を龐統、孔明を諸葛亮と記す。

 

 諸葛亮は龐統のからかいを華麗に聞き流して黙々とチェスの駒を、龐徳の陣を崩すべく動かしていく。諸葛亮の陣営が他者から見てもすぐ分かるくらいに前進し攻めているのに対して、龐統の陣営は後退して守備を固めつつあった。蜀で名だたる賢人たちの対決を、感嘆の声すら出さず静かに見守っている徐庶も賢人と名高い男だ。諸葛亮と龐統のチェス対戦の審判を務めているその彼は諸葛亮の様にいつものことだと苦笑し、「それで」と話の流れを正した。

 

「現状の話をするのだろう? 孔明は一体何の話をするつもりだったんだ?」

 

「劉備殿が持ち込んだ案件のことです」

 

「ああ、王妃様のことかい」

 

 諸葛亮が話を切り出したのだから、何か愉快な話だろうと検討をつけていた龐統が話を聞くや途端に興味を失ったように気の抜けた声を出す。龐統にとって、蜀の一団が身を寄せることになったラインハットの王妃はあまり興味の唆られない人であった。母親としての欲と己自身の欲の見分けもつかないような愚鈍な女である彼女がラインハット国王の知らない場所で暗躍していることはもう既にこの三人は把握済みである。

 

 蜀の軍師として知勇を奮ってきた彼等にとって、王妃の策謀はあまりに稚拙で目を覆いたくなる。これ程の拙策を披露するくらいならば、まだ敵陣地の前で腹踊りを披露したほうがマシというものだと各々が思う程には彼女の暗躍はお粗末極まりないものであった。

 

「正直、王妃様の考えが上手くいったとしても疎通相手に取って代わられるのが目に見えてるんだけどねぇ」

 

「あの方は恐らく、奴等を利用しているつもりなんだろう・・・・・・まさか飼い犬が魑魅魍魎の類であるとも知らずに」

 

 龐統や徐庶が言うように、王妃が誼を通じた相手は胡散臭いことこの上ない連中であった。『光の教団』という宗教団体で、表面上は慎まやかで清貧を重んじる徳の高い教団にも見えるのだが、この三人は光の教団の実情を知っていた。その為に三人はこうも辛い口を叩いて見せるのである。

 

「劉備殿に話を持ちかけられなければ、私もあの方には触れるつもりがなかったのですが・・・。この国の宰相は人を見る目はお持ちのようで、私達を動かすために劉備殿に依頼を持ちかけたようなのです」

 

「劉備殿に頼まれちまったらあっしらは動く他無いからねぇ。ま、劉備殿のその人徳にあっしらは惹かれこうして三人集まっちまったんだからしょうがないよ」

 

「嗚呼。まさかこうして三人、また集まることになるとは俺も思わなかった」

 

 羽扇の下で諸葛亮が宰相に対して何を考えているのかはともかく、龐統と徐庶は古馴染が蜀の下に集まってしまった数奇な運命に思いを馳せる。

 

 諸葛亮、龐統、徐庶の三人は水鏡という同じ師につき、共に切磋琢磨してきた勉学の友であったことが彼等の始まりである。国を追われるようにして水鏡の門を叩いた諸葛亮、名族の生まれであり、家を背負って水鏡に師事した龐統、知人の仇討ちを手伝ったがために追われる身となりながらも勉学がしたいと水鏡を頼った徐庶。生まれも育ちもそれぞれ違う三人が、こうして軽口を叩き合う程に仲良くなれたのにはきっとそれぞれにない個性に惹かれてのことであったのだろう。

 

「多分、天帝が二人から学んでこいと俺に言っているのだろうな」

 

「元直、そろそろお前さんはその卑屈さを治したほうがいいさね」

 

 何処にいても自虐的なのが徐庶だ。追われることに慣れてしまい、フードのついた外套を部屋の中でも着込んでいることも恐らく彼のこの性格を助長している。龐統も徐庶のことをとやかく言えない程に胡散臭い格好をしているが、己は明るい性分であるから良く、徐庶に関してはその根暗な部分を取り除くためにももう少し開放的な格好をするべきではないかと提言したくなることが時々ある。特にこの様な卑屈な台詞を聞くとすぐ様言ってやりたくなる。

 

 しかし、徐庶に色々と申したいことがある龐統とは違って、何があっても自分を貫き通す諸葛亮が話題を強制的に戻した。

 

「なので、近日中に王妃と光の教団を差し押さえます。既に策の準備として姜維と法正殿を手配してあるので、今回は滞りなく終わるかと」

 

「なるほどねぇ。手加減無用でとっとと店仕舞いしてやろうって魂胆だ。どちらかと言うとやり過ぎを懸念しないといけない感じだねぇ」

 

 諸葛亮の策の手駒としてあくせく働いているのは恐らく姜維だけだろうが、法正もその苛烈な性格から生み出される陰険な策を用いて王妃と光の教団を翻弄していることだろう。

 

 妙に最近、姜維による「丞相ー!!」という元気極まりない叫び声がラインハットでは聞こえない訳だと龐統と徐庶はそれぞれ思った。諸葛亮の弟子を自負している姜維は、元々魏の将として辣腕を振るっていたのだが、龐統のヘッドハンティングを受けたこともあって蜀に降ることになった。降るまでは流石、麒麟児と名高いだけあって龐統の手も煩わされたのだが、蜀に降るやいつの間にやら諸葛亮に躾けられており、すっかり丞相丞相と懐いている始末である。

 

「法正殿も劉備殿から頼まれていると知っているだろうし、あまり無茶はしないんじゃないか。結局は、彼の手綱は劉備殿が握っている訳だし」

 

 徐庶のその言い分には諸葛亮も同意見であった。法正は恩も仇も倍返しにすると言う傍迷惑な信念を持っているのだが、今の所蜀に対してーーー特に劉備には並ならぬ恩を感じているようなのでその信念は良い方に作用している。

 

「ってことは、もうそっちもこっちも詰めってことかい」

 

 龐統の投げやりな声にはつい徐庶も微笑んでしまった。諸葛亮もいつものように穏やかな笑みを携えているが、何処か楽しそうな色がその笑みには混じっている。

 

 諸葛亮対龐統のチェス対決もいよいよ佳境を迎え、二人の陣地は見事に対極を描いていた。優勢と劣勢をお手本のように配置してみせたチェスの駒には龐統と言えども苦々しげな目を向けてしまう。こうまでの劣勢は久しぶりに体験する龐統である。ある戦で奇襲を受けそうになったことがあったが、龐統が劣勢に回ったのはそれ以来のことであった。

 

 諸葛亮が鮮やかな手並みでビショップを動かす。キングがビショップに取られてしまい、龐統の陣地は総大将を奪われてしまった。これでとうとう勝敗が決したのである。どの戦にでも言えることだが、総大将を奪われてしまえば戦は続けようにもない。

 

「こっちは早々に蹴りがついちまったよ」

 

「向こうも着々とキングを取る用意は整っています。チェックメイトまであともう少しです」

 

 龐統のキングを革手袋で覆われた手で弄んで、少し意地悪く笑う諸葛亮。諸葛亮がこうも感情を顕にすることは珍しくよっぽど龐統に優勢で勝てたことが嬉しいのだろう。諸葛亮や龐統よりも年上である徐庶は、二人の勝った負けたをのんびりと眺めてこの穏やかな一時こそ自分が求めていたものだったのだと思う。

 

 あの世界では長く彼方此方を放浪し、我が身を隠して生きてきた。あの時、軍師を求める劉備に自分ではなく、諸葛亮を推薦したことは間違っていなかったと徐庶は今でも思う。諸葛亮は徐庶よりもずっと才媛で、知謀に優れ、あの世界にいた誰よりも賢人だと強く思う。きっと、この世界でだって誰よりも諸葛亮は賢人であるのだろう。

 

 その才を羨むことは何度もあった。嫉妬することも幾度もあった。己にあの才があれば、もっと上手く立ちまわることが出来、あんな逃亡生活を送ることにはならなかったのではと思うことも多々あった。

 

 けれども、その才は恐らく徐庶では宝の持ち腐れにしてしまうことも分かってはいた。その才は諸葛亮で無ければ使うことの出来ない代物なのだ。徐庶でも龐統でも上手く扱うことは出来ない使い手を選ぶ孤高の才。

 

「よし。じゃあ今度は俺とやらないか、孔明。俺は君程賢くないけれど、もしかしたら異界の遊戯であれば対等であれるかもしれない」

 

 卑屈な物言いであるが、徐庶の顔には明るさに満ちた笑顔が浮かんでいた。龐統が徐庶のその笑顔にやれやれと両手を天に向けて苦笑し、諸葛亮が弄んでいたキングを暫し見詰めてから、徐庶へと差し向ける。諸葛亮の涼やかな目には徐庶を下と侮るような見下した色はなく、彼を強敵と認め警戒する色が仄かにチラついているのだが、徐庶はそれを諸葛亮は誰であっても油断しないからの一言で一蹴する。

 

 諸葛亮の持っていたキングが徐庶に手渡された瞬間に、諸葛亮から徐庶に向けて言葉が発せられた。

 

「元直。私が貴方と対等でなかったことは今迄一度もありません。貴方が私よりも先に水鏡先生の下に居ようとも、私が先に劉備殿の下に居ようとも。貴方と私はいつ如何なる時も対等でした」

 

 諸葛亮の発言をいつものよりも何倍に膨れ上がった世辞だと思うには、それは真剣味に塗れており、只管に諸葛亮の徐庶を射抜く眼差しは真摯であった。だから、この時ばかりは徐庶もいつもの保身に走る事が出来ずに、諸葛亮の言葉をしっかりと受け止めてしまう。

 

 ーーー俺はいつだって・・・・・・。

 

 お守りのように呟いてきた言葉が、何故か脳裏で反芻しそれが漣になって徐庶の中で消えた。なんだか、己が誇らしくなって、らしくないくらいに口元が緩んで笑顔が更に深まってしまう。

 

 この二人はいつも徐庶を認めてくれた。徐庶に才があると言い続け、卑屈になるなと叱咤し続ける彼等はただ同門の出だからと徐庶には甘過ぎるのだ。

 

 住む世界が違う。見ているものも違う。目指すべき場所もーーー本当ならば違っていたはずなのに。

 

「俺、直ぐ頼みごとを安請け合いしてしまって、その頼みごとが厄になってまとわりついてばかりの人生だった。だけど、そんな人生だったけど今は幸せだと言い切ることが出来る」

 

「珍しく明るくなったと思ったらこっ恥ずかしいことを言い始めたね、元直。だけど、いつもの卑屈よりも何十倍もそっちの方がいいよ。諸葛亮もそう思うだろう?」

 

「ええ、そうも思いますよ。才あるものが策ではなく素で己を卑下することは見ていても良い気持ちではありませんから」

 

 チェスボードが速やかに整えられていき、諸葛亮と徐庶のチェス対決がそう時間をかけずに始まる。三人にとって、王妃の策略などよりもこのチェス対決の方が大切であることは火を見るよりも明らかだ。

 

 別に王妃の策略が上手く行ったからといって蜀に危険が及ぶことはない。寧ろ、王妃が政権を握った暁には蜀の一団を追いだそうとするのだろうから、そのどさくさ紛れにこちら側が大義を握って、このラインハットを占拠するのも悪くはない。

 

 劉備は恩があるからと言って最初は拒否するだろうが、王妃が政権を握ると恐らく同時にラインハット国王は亡き者となるだろう。たとえ王妃が邪魔だと思っているのがヘンリーだけであっても、誼を通じている相手がラインハット国王を排斥することは想定済みだ。匿ってくれたラインハット国王が陰謀によって殺されたと知れば、あの穏健な劉備であっても黙ってはいまい。

 

 どちらに転んでも蜀には利点がある。その行く末を劉備が決めるのであれば、諸葛亮達は主君である劉備の御心のままに成すまでだ。

 

おわり

 







三國無双を知らない方へ




諸葛亮
字は孔明。きっと三国志を知らない人でも名前だけは知ってい方も多い超有名人。実は一番最初に軍師の位に就いたのはこの人が初めて。弟子のような嫁と犬のように忠実な弟子がいる。晋ではライバルモドキの司馬懿がいて、呉ではなんやかんやと慕ってくれる陸遜などがいる。隙がなく、劣勢に陥っても計算通りと仰る鬼才。結構毒舌家。身内以外、否身内でも容赦無く毒を吐くしツンケンもしている。だけど、嫁と劉備、たまに姜維には優しい。





龐統
字は士元。生まれは名家で、役人としても結構いい位に就いていた実はキャリア組な人。気の良い人で、殺伐とした空気も一言で和ませることのできるツンケンしている人の側には無くてはならない存在。諸葛亮に対抗して張り切ることもある。徐庶の卑屈さを見兼ねて何度か提言するも効果はないようだ。





徐庶
字は元直。撃剣の使い手で、若い頃は結構ヤンチャしており、その折に友人の仇の手伝いをして指名手配された人。母親を人質に取られて、魏に降ることもあったが今は蜀に所属している。魏でも蜀でも結構楽しくやっていたが、同門がいると肩の力が抜けているようにも感じられる。根が真面目すぎる故に卑屈さが段々とエスカレートしていく。あと黒い面も持ち合わせる。








ドラクエを知らない方へ



王妃
ラインハットの王妃様。二番目の王妃様で、第二王子デールの産みの親。なので、デールをどうにかして王様にしたいと願い、ヘンリーを排除すべく暗闇で暗躍している。誼を通じている光の教団の正体には気付いておらず、下賤の者と関わってやった程度にしか思っていない。寧ろ、会話してやったのだから有りがたく思えくらいに思っている節もある。





ドラクエヒーローズをプレイしていて思ったのですが、裏ボスにもし呂布が友情出演していたらどうなっていたんでしょうね。張遼と組ませば、兵器がなくても二人でギガンテスを倒せそうな気がします。






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出会ってはいけない二人(VIII)

 

 

 男が起きると、辺り一面には鹿の胴程ある茨が四方八方に伸びており、人気観光スポットとして名を馳せる程に優美であった城の景観はその面影を僅かにも残さずに闇色に染められていた。空を仰げば、超自然的な曇天が城の上空を覆い、太陽の光が一筋もその雲を割って城に届きそうにもない。

 

 男はこの城の近衛兵であった。齢十八にして王族の身辺を守る為に存在する近衛に抜擢された彼の実力は申し分なく、しかしだからといってその年若い大出世にやっかみが降りかかることもあり、年不相応の苦労もその短い人生で数多く経験してきた。

 

 男は分厚い曇天を鋭く睨み上げ、次いで現状を理解しようと辺りを見回した。茨以外に何かないかと血眼になって辺りを伺う男を嘲笑うように周辺は茨ばかりが蔓延っていた。途方も無い歴史を体現してきた城の壁や床を容赦無く貫く茨は男の行く手を阻み、時には男の足を引っ掛けるように床を行く筋にも走っていた。

 

 しかし、そんな茨の巧妙な罠も脱して男は己以外の生存者を探すために城をあてもなく流離う。何処かに自分以外の息遣いが聞こえないか。誰かの啜り泣く声が聞こえないか。この理不尽な状況に憤る怒声が聞こえやしないか。

 

 

男はいつの間にか玉座の間にまでやってきていた。二階のテラスに最初は居たはずなのだが、男は無意識化で己の主君達の安否を知るために玉座の間に降りてきていたのだ。

 

 玉座は空ではなかった。でっぷりと突き出た腹が特徴的な立派な口髭を蓄えた男が玉座にふんぞり返って深く腰掛けている。ただ、その男の体は普通ではなかった。人間としてのあるべき姿は失っており、皮膚が茨に全て成り代わっている。植物らしい肌を持つその男は生すらも茨に明け渡してしまったのか不用意に近づく男に声の一つも掛けない。普段ならば、「卑しい孤児が私に近づいてくるでない」と言葉を選ぶことなく言い放つ男であるのに、今日は男の接近を容易に許しているのだ。

 

「陛下と姫様がいない・・・」

 

 男は己の忠誠を捧ぐこの城の王族の所在不明に戸惑った。無機質な声が「陛下、姫様」と幾度も繰り返し、まるで迷子になった犬が飼い主を探すように辺りをぐるぐるとまわり始める。

 

「まさか、陛下と姫様もこの様なお姿に・・・」

 

 なんて不吉な想像なのだろう。身の毛が怖気立つような恐ろしいもしもに男は心臓が不穏な音を奏でるのをその身のうちから聞いた。宛もない孤児であった自分を見つけ、一緒にいようと笑いかけてくれた姫様。身分証も戸籍もない自分を嫌がることなく寛容に受け入れてくれた陛下。男にとって彼等親子は自分の全てであり、彼等親子が自分のアイデンティティの証明といっても過言ではなかった。

 

 ーーーお二方が、もし、茨になってしまわれたのならば。

 

 男は探さなければならない。茨の呪いを解く方法を。少し前まではきっと、世界中にあるどの城よりも美しく気高かったこの城を元の姿に戻す方法を。

 

 ーーー絶対に探しだしてみせる。どんな手段を使っても。

 

不意に男の耳を馬の嘶きが掠った。何故か城の外からではなく、玉座の間の上から聞こえてくる馬の嘶きは男の頭で木霊した。それは、不思議なことであったが男が敬愛してやまない姫様の歌声のようにも聞こえたのだ。

 

 男は考える間もなく玉座の間を駆け出していた。男の頭に理性は少ししか残っていない。姫様の居場所が判明するのであれば、たとえどんなにこの茨が男の行く末を遮ろうとも男はこの身を犠牲にして姫様の下へと馳せ参じるつもりだ。

 

 何故ならば、それが男の使命なのだから。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 突然だが、陳宮の心の支えは己が野心である。神様? 女神様? 天帝? そんなものを心の支えにして一体どんな良いことがあるのか。その神様とやらがもし己の危機を救ってくれたとしても、そもそも危機に陥った時点で講じた策に不備があったことは明白。

 

 陳宮はその様な愚鈍な輩にはなりたくない。必然ならば良いが、偶然に助けられる策など二流三流もいい所。寧ろ、そんな稚拙な策を立てる輩に軍師を名乗ってほしくないのが本音である。

 

「これが、マイエラ修道院ですか。なんとも洒落た建物ですな」

 

 

 しかし、人間の信仰というものは侮れない。黄巾党の一件でも十分に実感した事柄であったが、この人間の信仰心の集合体とも言えるマイエラ修道院は更にそんな思いを加速させるほどに豪奢な建築物であった。

 

 中洲に建てられたマイエラ修道院に入ることができるのは入り口にある橋だけ。その修道院の奥には更に離れのようなものが建設されておりなかなかに面積のある建物であった。天へと真っ直ぐに聳える三角塔は神々しく、窓に嵌められたステンドグラスは色とりどりで太陽光に煌めく様は見事としか言いようがない。

 

「攻め入るとすれば、小舟が必要になりますな。橋の幅もそうありませぬし、兵の勢いも修道院の玄関に着くまでに削がれてしまいます。なるほど、この建物を建築した人物は戦上手ですな」

 

 口上に生やした八の字の髭を撫でながら、張遼が言ってのけたのは武人の観点から見たマイエラ修道院についてだ。この建物を見た第一声がそれなのだから、彼の脳内はやはり武で占められているのだろう。

 

「ふん。これくらいの規模の建物にそう兵も要らぬわ。俺達だけで十分攻略出来る」

 

 しかも、この一団の指揮を取る呂布の方がもっと野蛮であった。呂玲輝も父親の言うことは尤もだと言うようにウンウン頷いており、陳宮の懸念がますます加速していくばかりである。

 

 ーーー類は友を呼ぶとは言いますが、何故、何故、呂布殿のような武人ばかりが集まっているのでしょうか。

 

 陳宮は文明人であるからして、本当ならばあと一人か二人かこの場には文明人が居ても良いはずなのである。それなのに、この場では見事に武人しかいない。己の武を如何に多く振るえるかと考えてばかりの野蛮人しか存在していないのである。

 

 ーーーこれは元の世界に戻ったとしても先が思いやられますな。この世界にいる間に、呂布殿が智謀を繰ることの大切さを知っていただければ良いのですが。

 

 呂布軍に入ってから、もうかれこれ長い年月が経つが陳宮の策が初っ端から受け入れられることは先ず無かった。戦前の最終確認の際になんとか押し通すか、劣勢に立たされてから急いで策を実行するかの二択で忙しないことこの上ない。それもこれも己の武しか信用しない呂布のせいであるのだが、なまじその武のゴリ押しが罷り通ってしまうから嫌になる。

 

 陳宮の策略と呂布の武が合わせれば向かうところ敵無しになる予定であったのだが。一体、何処でどうこの隙のない計画は狂わされてしまったのか。分かっていてもつい知らぬふりをしたくなる陳宮の複雑な策士心を知らず、呂布と張遼はズカズカとマイエラ修道院へと入っていく。玄関口にいた修道士の説法も無視して、マイエラ修道院の中へとマイペースに入っていく二人の背につい陳宮は嘆息を吐いてしまうのであった。

 

「陳宮、行かないのか?」

 

 自分を慮って残ってくれた呂玲綺の優しさが身にしみるようであった。あの呂布と血の繋がった娘であることが未だに不思議なほどにこの娘は優しい。

 

「大丈夫ですぞ、呂玲綺殿。さ、私達も参りましょう」

 

 陳宮は大仰に両手を振り上げると、己を鼓舞するようにそう言ってマイエラ修道院へと踏み込んだ。呂玲綺はいきなり元気になった陳宮の様子に不思議そうであったが、この人は元々掴み所の無い人であったと思い直し陳宮の後を呂玲綺も追う。

 

「ようこそ。マイエラ修道院へ。此処は三大巡礼地の一つでもあるマイエラ修道院です。何卒、静粛に女神様に祈りを捧げてくださりますようお願い申し上げます」

 

 玄関口にいた頭部の周辺だけ髪を残し、頭頂部は綺麗に剃っているという奇抜な髪型の修道士はマイエラ修道院の中へと入ろうとする陳宮と呂玲綺にそんな不穏な言葉を放った。

 

 陳宮の回転の早い頭がフル稼働で回り、一秒とかからずに結論を出した。

 

 不味い、こんな場所で呂布と張遼を放っておいたらトラブルメーカーなあの二人のことだ。即座に厄介事を拵えてくるに違いない。しかも、非は必ず彼等にあるのだ。

 

 陳宮はマイエラ修道院の扉を無駄の無い動きで開け切ると、トラブルメーカー達を回収すべく、いつもは悠然と動くのに今この時ばかりは働き蟻も吃驚な機敏さで動くのであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 幸いにも、呂布と張遼は『土足で祭壇に踏み込んだ』という厄介事だけしか引き起こさなかった。マイエラ修道院は入ってすぐに礼拝堂になっているらしく、赤いカーペットが敷かれた祭壇の上に信仰対象である女神様の像が据え置かれていた。その横では、玄関口にいた修道士よりも偉そうな法衣に身を包んだ修道士が聖書を片手に立っており、いつもならばその聖書を開いて滔々と信者達に説法を説いている所であるのだが、今日ばかりは不埒な侵入者相手に声を荒げていた。

 

 流石に此処で呂布がブチ切れて暴れ回るのは良くないと張遼も理解しているようで、今にも方天戟片手に振り回しそうな呂布を体を張って押さえ込んでいた。陳宮はすぐ様呂布を宥め、張遼と呂玲綺の二人がかりで外へと激高する呂布を連れだしてもらった。

 

 信者達が武人達の騒動に巻き込まれないよう壁際で避難する中、陳宮は曹操の下で学んだ処世術を今この時に発揮すべしと、祭壇にいた修道士に和睦を持ちかけた。

 

 呂布軍の財政管理は陳宮に全て一任されている。もし、あの武人達に財布の紐を握らせているとあっという間もなく、素寒貧にされてしまうからだ。これだけは譲れないと呂布からその財政管理職を剥ぎ取り、陳宮は今日まで守銭奴よろしく財布の紐を固く結んできたのだが、必要なときはその紐も緩めなければならない。

 

 修道士を信者の目が届かない別部屋に続く一角へと連れ込み、陳宮は自分の豊富な語彙を使ってマイエラ修道院を賛辞し、これは少ないが寄付金だと修道士の手に金を握らせる。勿論、修道士の有り難い説法にも胸打たれたと彼個人にも寄付をする。

 

 修道士は本当に雀の涙程しかない金を陳宮から贈られた訳だが、陳宮の口車に見事に乗せられて鼻を高くしていた。そうだろうそうだろうとふんぞり返る修道士を十分ほどヨイショして陳宮はマイエラ修道院を出る。勿論、呂布がしでかした失態は双方の間で闇へと葬ることが決まった。

 

 陳宮がマイエラ修道院の外に出ると、この地方で出る鈴の魔物リンリンやドラゴンの魔物であるデンデン竜を八つ当たりするように屠している呂布がすぐに目についた。一薙でリンリンの群れを打倒したり、デンデン竜を一発で仕留める呂布に張遼が拍手喝采している。

 

 ーーー誰か、誰か呂布殿を打ち負かせるものは居ないのでしょうか。

 

 元の世界でも呂布と一対一で勝てた強者は居らず、この妙ちきりんな世界の魑魅魍魎も呂布を相手にすると塵のように薙ぎ払われていく。呂布を最強の鬼神と見込んだ己の人を見る目を賞賛したいが、今はどうもそんな気分になれない。

 

「陳宮、大丈夫か?」

 

 げっそりと両肩を落として黄昏れる陳宮を見つけた呂玲綺が心配そうな声を掛けてくる。陳宮は呂玲綺に片手を上げて見せ、不気味な笑顔を浮かべて大丈夫だと言うように頷いてみせた。

 

「勿論ですぞ。この陳広台、あの様な愚鈍者を扱うことなど慣れていますぞ。少しばかり懐が寒くなりましたが、まぁこれくらい呂布殿が魔物を狩れば直ぐに補填できますな」

 

「そうか。そなたにはいつも苦労ばかり掛けるな」

 

「いえ。これが私の役目ゆえ、お気になさることなどありませんぞ」

 

「そうだ、玲綺。陳宮がこの手のことで下手を打つことはない」

 

 陳宮と呂玲綺が和やかに話していると、呂玲綺の背後にはいつの間にやら一暴れし終わった呂布が突っ立っていた。眉間の間に刻まれた深い皺はもう、生涯取れることはないのだろう。その荒い気性が天変地異でも起こって反転しない限りは。

 

「此処は虫唾が走る。あの糞坊主、俺を下賎者と言いやがって。俺よりも弱いくせに威張りくさってるのが許せん」

 

「それは私も少し引っかかりましたな。女神と人に上下の差があるのは分かるが、何故同じ人である修道士と我らの間にも差があるのでしょうか。生まれや育ちとはまた別の理があの方々にはあるように見えますな」

 

 ただでさえ強面なのに、怒りで顔を顰める呂布の形相が悪鬼のようになっている。しかし、呂布軍の誰もがそんな呂布に触れるような命知らずなことはせず、修道士のあの態度の訳を各々で考え始めた。

 

「恐らくは、あの忌々しい黄巾党の連中と同じなのでしょうぞ。選ばれた人間であるという根拠のない理屈が彼等の根底にあり、それを信者達も受け入れているのでしょうな」

 

「俺にそれを奴等は押し付けたわけか」

 

 超実力主義の呂布軍にとってその理は決して相容れるものではない。人の上に立ちたければ、誰よりも強いことを示せ。誰よりも優秀であることを示さなければ、絶対に人よりも上には立てない。

 

「さて、ここで少しこれからの方針について私から提案が、提案が御座いますぞ」

 

 不毛なことばかりを考えていても仕方ないと陳宮が戯けた仕草で両手を振り仰いだ。いつもの陳宮の道化た行動を見慣れている他三人は陳宮の次の発言を待つべく口を閉ざしている。

 

「確か、船着場ではマイエラ修道院の橋を超えた先にドニの町という宿場町があるとか。そこで、私以外の三人方にはドニの町でドルマゲスの行方を追って欲しいのです。私はこのマイエラ修道院で情報を集めますぞ」

 

「陳宮、私も此処で情報を集めるのを手伝う」

 

「呂玲綺殿・・・? しかし、此処はーーー」

 

「私は別に大丈夫だ。私より弱い奴等の声など聞こえもしないからな」

 

 流石、鬼神の娘。呂布よりも痛烈な発言につい陳宮も口元が弧を描いてしまった。ドニの町に興味がいっているらしい呂布と張遼はその町で自分達が情報を集めることには意義がないらしい。

 

 但し、自分から離れる娘が気になってしょうがない呂布が鬱陶しい程に気忙しいくらいだ。

 

「玲綺、こんな所は陳宮に任せておけば良い」

 

「いえ、父上。私も少し此処には気になることがありますので」

 

 悲しいかな、親御心は一方通行であることが世の常であり、それは例え天下無双と名高い鬼神呂布にも適応されてしまうのだ。娘にそうまで言われてしまえば、それ以上言葉を続けられず呂布は張遼を引き連れて陳宮と呂玲綺に背を見せる。

 

「行くぞ、張遼」

 

「はい、呂布殿。陳宮殿と呂玲綺殿、ご武運を!」

 

 そして、遠くに見える魔物目指して二人は疾風の如く駆けていく。鬼神呂布、泣く子も黙る張文遠と言われるその二人に狙われた魔物にとって今日は厄日であるのだろう。陳宮と呂玲綺はずっと二人を見送っていても仕方がないと取り敢えずマイエラ修道院の橋まで歩いて戻ってきた。

 

「呂玲綺殿。気になることとは一体何でしょうか?」

 

「大したことじゃない。だから、そう気にするな」

 

 何処かそわそわと落ち着かない様子の呂玲綺の視線は頻りにマイエラ修道院へと向かっている。陳宮ははて?と首を傾げたが、呂玲綺の気を引くようなものが修道院の中にあったかは全く思い出せなかった。

 

 また舞い戻ってきた陳宮と呂玲綺に玄関口にいる修道士は不審げな視線を送ってくるが、陳宮はその視線に答えて微笑むことでスルーする。マイエラ修道院の玄関を今度はゆっくりと押し開いて、扉のその先に見える光景に変わりないことに陳宮は感慨も抱かず、ようやっと穏やかな心持ちでマイエラ修道院の中へと踏み込むことができたのである。

 

「呂玲綺殿、私は少し辺りを散策してきますので、貴女もーーーん?」

 

 マイエラ修道院での行動方針はしっかり取り決めるのではなく、各々の判断に任せて動くものにしようと思っていた陳宮はそれを告げるために隣りにいた呂玲綺に話しかけた。しかし、そこでまたもや陳宮の想定外が起こる。

 

 呂玲綺は修道院の壁に嵌められているステンドグラスの側に立って、放心したように身動ぎしないのだ。不審に思った陳宮が呂玲綺の隣まで近寄ってみてみると、なるほど呂玲綺が言っていた気になることというのはこのステンドグラスのことであったらしい。

 

 壁には四枚のステンドグラスが嵌めこまれているのだが、呂玲綺が特に熱心に見詰めているステンドグラスには大きな羽を広げた鳥が描かれていた。紫色の羽毛を持つその鳳は、太陽の直ぐ下で羽を羽ばたかせて自分が空の支配者だと言いたげだ。

 

 武一辺倒の呂玲綺だが、だからといっても女の子であることには間違いない。普段は父親と肩を並べるべく修練に打ち込んでいる彼女だが、それでもまだまだ世界の広さを知らない女の子で、心が揺れ動くような美しい物に目が取られてしまうこともある。

 

 うっとりとした眼差しでステンドグラスを眺めている呂玲綺を陳宮はそっとしておくことにし、ドルマゲスの情報を探るべく修道院の全体を軽く巡ってみることにした。

 

 修道院は箱型の造りをしているようで、真ん中は四角く切り取られていた。その切り取られた部分は中庭となっているらしく、渡り廊下が四方に走っている。壁の至るところに魔除けの印である三つ又のロザリオが掲げられ、女神像も数多く設置されている。

 

 側で川が流れていることもあって、外に出れば川のせせらぎが聞こえ、修道院は清浄な空気に包まれていた。

 

 しかし、だからといって修道院の中身も清浄だとは限らない。至るところで交わされる密約のような寄付の取引、まだ見習いであると思われる子供修道士の悲痛な声、信者が入らないような修道院の奥まで行けば修道院の護り手だと言う聖堂騎士団の下世話な発言まで聞こえてきた。

 

 ーーー思い出しますな。この奥深くから臭う腐臭は、董卓様が洛陽に居られた時に嗅ぎ慣れたもの。やはり、同じ人に傅かれるようになると人は勝手に腐ってしまうのでしょうな。

 

 才あるものであれば、たとえ同じ人に傅かれても腐りはしないのだが実のないものが傅かれるとこの様に勝手に腐っていく。人間、相応の身分というものが産まれた頃より決まっており、それに抗うとこういうことになる。

 

 ーーー多くの人に開かれた場所であるが、此処は思ったよりも閉鎖的な場所ですな。ドルマゲスはおろか、他の情報も全く得られない。船着場と同等のものしか得られませんぞ。

 

 陳宮は柱に背中を預けて、今日得た情報を指折り数えた。何度思い返しても真新しい情報は出てこない。詰まるところ、修道士や信者、それから聖堂騎士団から聞けた話はどれも価値のないものばかりであった。

 

 ーーーその代わりにマイエラ修道院の実情は把握出来ましたが。いやはや、頂点は清貧を重んじる人物であるのに、何故その下の根がこうも腐りきってしまったのか。

 

 マイエラ修道院の院長であるオディロは僧侶や聖堂騎士団のみならず、信者にも評判が高い人徳者であった。孤児を積極的に修道院で拾い上げる温和なーーーーそれこそ神の御使いのような人物。普通、頂点が腐りきってその腐臭が下へと伝播していくものだが、マイエラ修道院では中途半端な輩が根を腐らせている模様。ある意味興味深いケースとも言えよう。

 

 腕を組んで、マイエラ修道院について黙考している陳宮の耳朶を何人かの騒ぐ声が打った。何か騒動が起こっているらしい。それも剣呑な騒ぎだ。陳宮は少し野次馬心を出して、自分が凭れ掛かっていた柱から少しばかり顔を出した。

 

 中庭の更に奥、戸をぴっちりと閉めてその戸の脇を聖堂騎士団が固めている警備の厚い箇所であったそこで、どうやら見張り役の聖堂騎士団と旅人が揉め事を引き起こしているらしい。

 

「だから! ここには迷い込んだのよ!! 何も疚しい気持ちを持ってこんな所に来たわけじゃないわ!!」

 

 芯の通ったまだ成熟しきってない少女の声に大人気なく聖堂騎士団は言い返す。

 

「そんな世迷い事が通じると思ってるのか。こんな所にまで来ておいて怪しい奴らめ」

 

「名を名乗らぬか! もし、最悪の場合はこの剣の鉄さびとしてやろう。此処を何処と知って来たのだろうからな!」

 

 腰に差している剣の柄に手を伸ばしながら、旅人達に詰め寄る聖堂騎士団の顔には勝利を察してか余裕ぶった笑みが浮かんでいる。陳宮は呂布が問題を起こしたのが聖堂騎士団ではなく、修道士であったことに初めて安堵した。もしこのように血気盛んな聖堂騎士団が相手だったら、下手をすると張遼も乱闘に加わっていた恐れがある。彼は武器を持たない非力者には限りなく優しいが、同じ武の頂きを目指す武者には一欠片も容赦しない。もしかしたらマイエラ修道院を血の海で沈めていたかもしれないと一人陳宮は想像して立つ鳥肌を鎮めるので忙しくなった。

 

 聖堂騎士団と問題を起こしている旅人達は三人連れであった。先ず、真っ先に聖堂騎士団に噛み付いた少女は胸元が大きく開いた扇情的なドレスを身に纏っていた。赤茶色の髪を高い位置で二つに結って、気の強そうな大きな瞳を真っ直ぐに聖堂騎士団に向けている。

 

 そして、その少女と聖堂騎士団に挟まれて困ったように微笑んでいるのはオレンジ色のバンダナが目を引く青年であった。黄色の派手なコートを青いシャツの上から羽織って、旅慣れた雰囲気を醸し出しているが少女の手綱は握れなかったらしい。

 

 最後の三人目は背の低い男であった。しかし、横幅は十分にあり頬の十字傷が彼を只者ではないように見えさす。仲間だろうと思われる少女と青年とは歳が一回り程掛け離れているように見え、身なりも二人と違って簡素な物を着込んでいた。あともう少しみすぼらしい格好をしていれば、乞食かと思いそうだとは陳宮の心情である。

 

 三人目の男は少女と聖堂騎士団のやり取りを面倒臭そうに眺めていたが、キリがないと分かれば口を挟んだ。

 

 しかし、そこからまた聖堂騎士団が白熱し、とうとう揉め事は二対二の有り様となる。どうにか和解の道を探ろうとする青年の言を聞きゃしない彼等に陳宮はつい己と青年を重ねあわせてしまった。

 

 ーーーお互い、頭が筋肉で出来ている仲間を持つと苦労をしますな。

 

 ついこれまでの数々の苦労を思い出して眦を熱くしている覗き見中の陳宮をいざ知らず、彼等の揉め事に終止符を打つ事柄が頭上で起こった。

 

 聖堂騎士団の宿舎でもあるらしいその建物の二階の窓が音を立てて開き、一人の男がそこから姿を表す。窓はその男が開いた訳でなく、お付きらしい者達が窓を開いた姿勢のまま突っ立っていた。

 

 聖堂騎士団のサーコートを着用しているが男は明らかにこの場にいるどの聖堂騎士団員よりも立場が上であろう威厳が滲み出ていた。ぴっちりと後ろに撫で付けた前髪と鋭い目つきが自然と目につく男はじろりと目下にいる旅人達と聖堂騎士団を見下ろす。

 

「入れるなとは命じたが、手荒な真似をしろとは言っていない。我が聖堂騎士団の評判を落とすな」

 

「こ、これはマルチェロ様!? 申し訳御座いません!!」

 

 マルチェロと聖堂騎士団に呼ばれた男は何処で聞いていたのか事態を把握しているらしく辛辣に彼等を諌めた。これには旅人達と揉め事を起こしていた聖堂騎士団も恐縮したようで慌てて膝を折りその場に傅く。旅人達も呆気にとられたようで、呆然とした顔で様変わりした聖堂騎士団とマルチェロを見比べていた。

 

「私の部下が乱暴を働いたようで済まない。だが、余所者は問題を起こしがちだ。この先に用が無ければ去ることをおすすめしよう。ただでさえ、内部の問題に手を焼いていると言うのに・・・・・・。話が逸れたな。この建物は修道士の宿舎だ。やはり、君達には無用の場所だろう? さぁ、行くがいい」

 

 マルチェロは部下に非があることを把握していた。そのため、旅人達への謝罪は流れるように行われたが、しかしこれ以上厄介事を起こしてくれるなと旅人達に釘を差すのも彼は忘れなかった。

 

 マルチェロは言うことは言ったと踵を返そうとした時、「嗚呼、そうだ」となにか言い忘れていた口振りで動きを止め、旅人達に気障ったらしく指をパチンと弾く。思いのほか、その音は中庭内に反射し音は小さく木霊した。

 

「部下達は血の気が多い。次は私でも止められるか分からんからな」

 

 最後の最後で特大の太い釘を旅人達に差し込んだマルチェロは人の悪い笑顔を義務的に貼り付けて、今度こそ踵を返し、聖堂騎士団の証である青色のサーコートを翻して窓辺から去っていく。付き人達が大きな音を立てて窓を閉め、この揉め事は一先ずお開きと相成った。

 

 旅人達がポカンと間抜け顔を晒して、閉められた窓を凝視している中、マルチェロに血の気が多いと言われていた見張り役の聖堂騎士団はすっかり毒気が抜かれたようでその場から立ち上がるとさっさと見張り役としての仕事に舞い戻っていく。

 

「マルチェロ・・・」

 

 陳宮は既に伸ばしていた首を引っ込めて、柱の裏で考える姿勢を取っていた。腕を組み、先程の光景を思い出してはフムフムと納得げな声を出す。

 

「なるほど。あの男が腐敗の元。何やら、別の芳しい匂いもあの男からしましたな」

 

 陳宮はニンマリと笑ってしまう目元と口元を抑えられずに、人知れず舌舐めずりしてしまうことを止められないでいた。

 

 あの男はなんとも策の嵌めがいがある人物であった。頭も腕もそこそこ良い具合の物を持っているのだろう。自信に裏打ちされた根拠のある傲慢さが陳宮のお眼鏡にかなったのである。

 

 しかし、それ以上に陳宮にとってマルチェロのある部分が殊の外気に掛かった。

 

「隠し切れない野心をその内に抱えられておられますぞ、あの方はーーーーーそれはもう私に匹敵する野心、野心を」

 

 マルチェロが同族であるからか、初対面にしてマルチェロの野心を嗅ぎとった陳宮は至極楽しげに彼へ捧げる策の数々を高速で練りあげる。

 

 勿論、ドルマゲスのことも陳宮は忘れていなかったが彼にとってマルチェロとの出会いはある種衝撃的なものであったのだ。

 

 この出会いが後々、双方ともに多大な影響を与え合うようになるのだが、当人達は勿論知らずーーーそれどころかマルチェロに至ってはこれが陳宮との出会いであったことさえ知る由もなくーーー運命の歯車は虚しく回り始めるのである。

 

 終わり

 

 








三國無双を知らない方へ


董卓
若い頃はそこそこ辣腕を奮っていたが、皇帝を擁すると途端に駄目支配者になってしまった人。酒池肉林に溺れ、美女のハーレムを築くことに執念を燃やす。養子に呂布がおり、ってことは呂玲綺にとったら董卓は血の繋がっていない祖父ということにもなる。駄目支配者となってからは短絡的な物の考えをし、ヤバイと感じると大都市洛陽に火をつけて敵がそれに戸惑っている間に逃げたろくでなし。最終的には呂布に殺されることに。





ドラクエを知らない方へ



マルチェロ
『二階から嫌味』の二つ名を持つ聖堂騎士団の騎士団長。若い頃から成績優秀で、エリート街道を突っ走ってきた才媛。司馬一族の証である「フハハハ」笑いが様になると思われる程傲岸不遜。タカピーとも言える。実際は結構苦労人で彼が後に行うとある演説は一見の価値あり。中身は似てないけど、顔が何処かしら似ている義弟がいる。





本当は旅人三人も出す予定だったのですがそこまで行きませんでした。無念。









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勇者と猛将と女好き(IV)

 

 起きているのか起きていないのか、はっきりしない意識の中でクリフトは滲んだ視界で只管にある少女の姿を探していた。

 ベッドの上で仰向けになって寝ているせいか、白い天井ばかりが男の視界を占め、少女はおろか人らしき姿も一向に映らない己の視界にクリフトは歯噛みする。

 

 ーーー姫様、姫様は何処におられる?

 

 青いとんがり帽子を被った、彼が愛してやまないお転婆姫ーーーアリーナはクリフトが熱に浮かされて眠っている間に部屋から出て行ってしまったらしい。

 

 クリフトはアリーナに病を移してはならないと思っていたので、姫がこの部屋にいないことにはホッと安堵する気持ちもある。しかし、病に冒されてしまったせいかクリフトは人恋しくもあったのだ。最後にアリーナを見た時、彼女は両膝を床に付いてクリフトの生白い両手を縋るように握っていた。

 

『クリフト。あたし、絶対治してみせるから・・・! だから、それまで死んじゃ嫌だからね。約束よ』

 

 やはりその時も、今のようにピントの合わない視界であったが何故かクリフトには少女がその折に浮かべていた表情を脳裏に思い描くことが出来た。

 

 これ以上何かを失うことを恐れる悲哀に満ちたアリーナの顔が容易に想像でき、お転婆姫と名高い彼女には不似合いにも程があるその表情にクリフトはアリーナにそんな顔をさせてしまった自分を大いに責めた。

 

 クリフトはサントハイムの神官である。幼き頃より天上におわすマスタードラゴンにその身を捧げ、日々立派な神官になるためにサントハイム人に善人足りえる行いを聖書片手に説き、時には毒や呪いでその身を侵した哀れな旅人達に神の癒やしを施してきたクリフトは、その成果を認められ成人するより前にサントハイム城付きの神官として召し抱えられることになった。

 

 登城した若いというよりも幼いクリフト少年を待ち構えていたのは、サントハイム城の名物にもなっている国王の一粒種のアリーナで、姫である筈の彼女は、姫として必要な淑女教育よりも体を動かすことが大好きなお転婆姫であり、クリフトは登城したその初日から彼女には生涯振り回され続けることになるのであった。

 

 初めは、可愛らしい姫様だと思っていただけだった。まだ歯も抜けきっていない甘いミルクのような香りのするアリーナを子供好きであるクリフトは妹のように可愛がっていたのである。

 

 兄弟もおらず、幼くして神官になったクリフトにとってアリーナは不敬な言い方ではあるが、初めて出来た歳の近い友人のような存在でもあったのだ。

 

 それが、いつしか時を経て、アリーナの顔が自分の顔と近付き、信念を抱えた立派なサントハイムの姫へと彼女が成長したことを思い知った時、クリフトはいつの間にやら芽生えていたアリーナへの想いを自覚した。

 

 どんなときも太陽のような笑顔を見せてくれるアリーナ。根が暗い自分を陽のあたる場所へといつも誘いだしてくれるアリーナにクリフトは知らぬ間に恋していたのだ。

 

 彼女の太陽のように暖かなその笑顔と気性をクリフトは、サントハイム中のーーー否この世界中の誰よりも焦がれ、愛しんできた。

 

 しかし、その笑顔はあの日を境に曇るようになってしまった。

 

 半年程、武者修行の旅に出ていたアリーナとクリフト、それから傅役であったブライ達が別大陸にある大国エンドールからサントハイムへと戻ってきたあの日、サントハイムに戻った彼女達を出迎えたのは無人のサントハイム城であった。アリーナ達がほんの少し離れていた間に、サントハイムからは誰も彼もが姿を忽然と眩ましていたのだ。人が住んでいた痕跡はあるのに、その主達がいない城内は酷く異質で、生活の音が聞こえないサントハイム城は不気味の一言に尽きる。

 

 城の玄関で長年見張りをしていた顔見知りの兵士やサントハイムの厨房のドンであったメイド長、アリーナが旅に出る前から居座っていた行商人やアリーナが生まれた時から仕える古参の城仕えの人々でさえ、その姿を無く、そのことに気が動転していたアリーナ達一行が踏み入った玉座の間にはやはり誰の姿は見ることが叶わず、アリーナの父であるサントハイム国王も居なくなっていたのである。

 

 少年だった頃より世話になっていた城の者達の失踪はクリフトでさえ虚を突かれ、鉛のように重い城の大事に立ち会えなかった己への自責で押しつぶされそうであったのに、この城で生まれ育ったアリーナは武者修行を父親の反対も押し切って決行した負い目も合わさって、クリフトよりも苛烈な自責の念に囚われたことだろう。

 

クリフトがアリーナの絶望を見たのはあれっきりだ。普段は太陽のように明るいアリーナの絶望は真逆の月のように静謐で、触れたら壊れそうな程の脆弱な儚さがあった。

 

 ーーー姫様。私は、私はまだお傍に居ますから。

 

 だから、もう二度とクリフトのためにあんな顔はしないで欲しいのだ。悲哀に満ちた顔に嵌るアリーナの双眸が絶望に染まる様をクリフトは見たくも、想像したくもないのである。

 

 ーーーたとえ、この身果てようとも。私の魂はマスタードラゴンの身許へと還るのではなく、貴女のお傍に在り続けますーーーーー神官としてあるまじき誓いだとは思いますが。

 

 昼下がりの麗らかな日差しが窓辺から注ぐも、その日差しによって病に冒されたクリフトの体調が僅かにも良くなることはなく、クリフトは寝台の上で苦悶に満ちた表情で虚空を片手で引き裂いた。

 

 最後の足掻きだとでも言うように振り下ろされたクリフトの片腕が寝台の上へと着地し、次いでクリフトの意識が底なし沼に引っ張られるように体の奥底へと沈んで行く。

 そして、数分も経たない内にクリフトはその意識をあっさりと手放し、その日一日目を覚ますことはついぞ無かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 生まれて初めて村の外に出てもう幾月も経つが、ユーリルにとってこの出会いは今迄の旅路で数あった出会いの中でも一等衝撃的で脳が暫く物を考えたくないと訴える程に鮮烈であった。

 

「曹操様、王様とのお話は終わっただか?」

 

「嗚呼、許褚。悪来と二人、今日も精が出るな」

 

「へへっ! こんくらいわけねぇですよ、殿。元の世界でも戦の無い日はこうして畑耕してたんだ。場所の違いがあれど、やることは全く変わんねぇでさ」

 

 ーーー来たばっかの時はパデキアのことでいっぱいいっぱいだったから気付かなかったけど、この村、人相の悪い野郎ばっかじゃねぇか。

 

 ユーリルは曹操に引き連れられて、藁屋敷の成りをしたソレッタ城を後にし、ソレッタの中でも特に長閑な風景広がる畑の方面へと足を運んでいた。

 

 整備のされていない草生い茂る畦道を通り、この長閑な風景が欠片にも似合わないはずの上等な衣服を纏っている曹操が何故か畑に馴染んでいることにユーリルは首を傾げる。

 

 まるで何処かの国の王のような口振りと身なりをしている曹操はユーリルが今迄出会ってきたどの国の王よりも王らしい覇気と威厳を持ち合わせた高貴な人であった。

 

 今では“地獄の帝王”を倒す志を持つ者を“勇者”と言うようになったブランカ王のお触れもあって、世界中には数多の自称勇者が溢れるようになった。

 

 ユーリルもブランカ国王に謁見し、勇者の称号を頂くことになったが、実のところユーリルはブランカ国王に勇者として認定してもらう以前に彼は勇者であった。

 

 そう、このユーリルこそが正真正銘の天空の勇者であり、天空人と人間の2つの血を併せ持つ世界に光と希望を齎す唯一の存在なのだ。

 

 各地に散らばる天空の勇者だけが装備出来る伝説の装備を求めて各地を流離うユーリルは、地獄の帝王と魔族の魔王を打ち倒すべく過酷な旅を今日までしてきた訳なのだが、そのついでに勇者と命運を共にすることになるであろう導かれし者達を集めるという目的も同時並行で行っていた。

 

 ソレッタに来るまでも三人程、地獄の帝王と魔族の魔王を共に倒してくれる導かれし者達を見つけることが出来た。そして、貿易都市ミントスでもその導かれし者達を見つけることができたが、此処である大きな問題が立ちはだかることになる。何の運命の悪戯か、その仲間になるべき存在がミントスの町の宿屋で志半ばにして重い病を患い、伏していたのである。

 

 ユーリルの脳裏には今にも天へと召されそうなほど衰弱した、寝台に伏している神官の姿が思い浮かぶ。酷い高熱が何日も続いているようで唇には水分がなく、寝汗が幾筋も通ったことが分かる跡が額や首にはっきりと残っていた。悪夢でも見ているのか、それとも高熱によって魘されているのかは定かではないが、意識のない中で呻いている神官は誰が見ても痛ましくつい目をそらしてしまう程の有り様であった。

 

 ーーーあの神官は俺がゼッテー助ける!!

 

 ユーリルはそう固く決意する。もう誰もユーリルの目の前で潰えることはあってはならない。たとえ、どんなに起死回生が絶望的なほどの病であったとしても、魔物にその身を引き裂かれ、命の灯火を今にも無くそうとしている状況であったとしても。

 

 ユーリルは死に行く人の足に必死に縋り付き、彼等が天へと還っていくことの邪魔を、それこそ死ぬ気で行うつもりだ。どんな運命だろうが、導きだろうが、ユーリルは絶対死に抗ってみせる。

 

 ーーーこれ以上、俺の目の前で死なせるかよ!!

 

 ユーリルが人知れず曹操の背後で拳を握っていると、曹操と和やかに会話をしていた許褚と典韋が漸くソラの存在に気が付いた。癖毛の深緑色の頭がかなり目につきやすいと思うのだが、曹操との会話に夢中になっていた二人はユーリルに今の今まで全く気がつくことがなかったのである。

 

「曹操様、その人は誰だか?」

 

「コイツぁはまた、えらく目つきの悪い餓鬼だな」

 

 常人であれば、夜道で出会いたくないと思う程の厳つい顔をしている典韋には、目つきが悪いと村にいた時から言われていたユーリルも言われたくない。ギョロリとその三白眼で見下されると、どんなに肝の太いユーリルであっても少々身構えてしまう凶悪さだ。

 

 対して許褚の円な瞳はといえば、人の良さそうな顔に付いており、呑気そうな声音と相まってソラは僅かにも許褚への警戒心は抱かなかった。ポヨンポヨンと動く度に揺れる腹が何とも触れると気持ちよさそうで、ユーリルは猫が目前に猫じゃらしを垂らされているかのように許褚の脂肪の塊に目が釘付けになる。

 

「この男はユーリルだ。病に冒された知人を助けるために万病に効くと言われるパデキアの種を取りに、これから洞窟へと向かうところなのだ」

 

「ま、万病!? 殿、そんな夢物語に出てきそうな代物がマジであるって言うんですかい!!?」

 

 典韋は曹操の口から飛び出たとんでもない代物の名に目をカッ開いて、鍬を持ったままつい曹操へとにじり寄った。典韋は知っている。曹操がどれほど病を恐れているか。曹操の悪友である郭嘉が長い年月を重い病で苦しんでいたことを典韋は知っており、曹操はそんな郭嘉の身をよくよく心配していた。

 

 曹操の大人の遊びのツレである以前に、魏にとっても欠かせない軍師であった郭嘉の不調は、魏に所属する誰もが憂い、心をざわつかせていた悩みの種の一つでもあったのだ。

 

 今は自力で病を治し、体調を持ち直した郭嘉であるが、またぞろいつそのひ弱な身に病を拵えるか。もしかしたら、今度は別の誰かが病に倒れるかもしれない。

 

 曹操達の頭のどこかにはいつもそんな懸念があった。

 

 しかし、今それが無くなろうとしている。パデキアという不可思議な存在が魏に長年根を下ろしてきた病という悩みを刈り取ろうとしているのであった。

 

「そのパデキアの残りは我らが貰い受けることになっている。悪来、皆を集めてくれ。たまには体を動かさねば腕が鈍ってしまうからな」

 

「分かりましたぜ! 直ぐに皆を集めてきまさぁ!!」

 

 この訳のわからん世界に飛ばされて、まだ一桁程の曹操の号令に典韋は普段よりも気合入れて応えると、鍬を畑の隅に置いてから皆を集めるために去っていった。のっしのっしと走っていく典韋はお世辞にも足が速いとは言えないが、曹操の期待に応えるべく誰よりもずっと最善を尽くそうとするのでそう時間も掛からずに魏の連中を全員集めることが出来るだろう。

 

 最近はめっきり全員が揃う機会がなくなっており、個々で元の世界に戻る方法を探していたのだ。曹操が典韋の小さな背を眺めていると許褚が藤で編んだ椅子を持ってきたので、曹操はそれに礼を行って腰を掛け、典韋達の帰りをそこで待つことにしたのだった。

 

 

 ユーリルにも仲間がいるが、今はこのソレッタの何処で何をしているのかは分からない。手分けしてパデキアの在り処を探そうという話がソレッタの入り口でなされ、そこからは各々別行動を取ることになったのだ。

 

 モンバーバラの双子の姉妹は、いやにソレッタを手慣れたように散策していたのをソレッタ城に行くまでに一度見掛けたが、それからの行方はしれず、武器商人は商人仲間の誼で教えてもらえるかもしれないからと店を探しに行くと聞いていたがこの農業国家に店が存在するのかどうかも怪しく。

 

 残るは、ユーリルが助けようとしているクリフトの仲間である魔法使いのお爺さんなのだが、この御仁は妙に気難しく、ソラもまだあまり満足に会話を交わせていないでいた。事務的な会話やクリフトやもう一人のツレであるお転婆姫のことは幾つか聞き及んでいるが、仲を深めるような会話は今のところ一切交わしてはいない。

 

 実際、今は人の命が懸かっている緊急事態でもあるためにそう悠長に仲を深めている暇はないのだが、せめて戦闘の連携を取るために声を掛け合う程の仲にはなっておきたかったのだがそう贅沢なことも言ってられないのが現状だ。

 

 刻一刻とクリフトの命が削れているかと思うとつい気が焦ってしまうユーリルで、曹操にも急かすような視線を送ってしまう。

 

 しかし、曹操はユーリルの催促も受け流して、泰然自若とばかりに己が腹心の招集を腕を組んで待っているばかりである。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 夏侯惇は愕然とした。目前に広がっている華やかな賑に理解が追いつかないためである。

 

「孟徳は人を集めて一体何をーーー」

 

「ありゃー、こりゃ完全にどんちゃん騒ぎだ」

 

 夏侯惇の隣に並んで呆れた物言いをしている割にはハハハッ!と快活に笑い飛ばす夏侯淵。同じ夏侯の姓を名乗る彼等だがその性格は陰と陽であり、口数の少なく生真面目な夏侯惇と弁が立ち朗らかな夏侯淵の二人はそう言われなければ血を分かちあう従兄弟の仲であることが分からない。

 

 ソレッタの形ばかりの柵の門の前で、稽古をつけていた夏侯惇は典韋から曹操の招集の旨を聞き、稽古をいつもより早めに切り上げて曹操が待つ外れにある畑にまでやってきたのだが、そこは何故か人が入り乱れた大層な賑となっていた。

 

 まるで宴会でも開いているのかと思うような賑に開きかけていた口をつい夏侯惇は閉ざしてしまう。

 

「そーれ! このマーニャ様の魅惑の踊りに魅了されなさい!! 野郎共!!」

 

「もう、姉さんったら・・・。わたし達は興行をするためにこの村に来たんじゃないんですよ」

 

「ミネアさん。此処は確かに長閑な場所ですが、一応ソレッタという国のお膝元になりますから。村じゃないですよ」

 

「え? そうなんですか?」

 

「村か王都かなんてどうでもいいじゃなーい。今、重要なことは此処にいる見目のいい男共を魅了することだわ。ミネアもお得意の占いで一人や二人は持ち帰りなさいよ。別にそんくらい減ってもあたしは構わないわ!」

 

「そういうことを言ってる時点で魅了などされないと思いますが。流石のマーニャ姉さんの踊りでもその明け透けさでは難しいかと」

 

 見知った顔達が取り囲んで歓声を上げている者達は、不思議な雰囲気を纏った三人の男女であった。その内の女性二人は容姿が良く似ており、着ている服が開放的か慎ましいかの違いがあるくらいである。まるで下着のような服装で、くるくると艶やかな踊りを披露しているマーニャと呼ばれた女性は太陽のような笑顔で遠慮無く胸の内の算段を吐露している。

 

 その女性を姉と呼び、呆れ顔をしているミネアという名前らしい女性は両腕を組んでため息まじりだ。ミネアの横では背は低いが、横幅のある男性がミネアの村発言に訂正を加えている。濃紺の髪とお揃いの口上髭がチャーミングな人の良さそうな人物だ。

 

「これはなかなか目も鮮やかな美女であるなーーーーー二喬は手に出来なかったが、二輪であれば手にできるかもしれぬ」

 

 藤の椅子に坐して、過去の失敗を省みない曹操がまた同じ轍を踏もうとしているが、それを止めるはずの夏侯惇が残念ながら曹操より遠い場所にいる。

 

 しかし、曹操の傍らには現在勇者ユーリルが居り、彼は途方に暮れたような顔つきでその曹操の無謀な発言にブンブンと首を横に振っていた。

 

「オッサン、悪いこと言わねぇからあの二人は止しといた方が良いぜ。特にマーニャはすっげぇ浪費家だし、酒癖も悪ぃ。彼奴を囲いたいならそれこそエンドールやボンモールの王侯貴族じゃねぇと破産するぜ」

 

「ふむ。それはそれで良いものだ。美女と花は手間暇がかかるものよ」

 

「・・・俺は知らねぇからな」

 

 マーニャの悪癖を身に沁みて思い知るユーリルの言は重いが、某世界の某大陸で世に知れた美女欲しさに大戦を仕掛けたことのある曹操にしてみれば、それくらいどうってことのない障害だ。寧ろ、本物の傾国の美女みたさに本気で囲いかねないのだから恐ろしい奸雄である。

 

「これはこれは、なかなか良い余興だね。久しぶりに心躍る光景を見たようだよ」

 

 折角の鮮やかな碧眼を曇らせて遥か地平を眺めるユーリルとマーニャとミネアに熱視線に送る曹操の下に見るからに女好きそうな伊達男がやって来る。

 

「アンタ、誰だ? どうせこのオッサンの知り合いだろうけど」

 刺のある物言いのユーリルが切れ味の良い視線を寄越しても、その伊達男はケロリとした顔でソラを見返してくる。

 

「僕は郭奉孝。殿も隅に置けないね。こんな活きの良い子を知らないうちに捕まえているのだから」

 

「なかなか面白い小僧であろう。嗚呼、ユーリル。コヤツのことは郭嘉と呼ぶがいい。この世界にはどうも字が無いようであるからな」

 

「へー、君はユーリルと言うんだね。いい名だ」

 

「男に褒められても嬉しくねぇけどありがとよ」

 

 ユーリルは曹操と同じ女好きの匂いのする郭嘉に顰めっ面で投げやりなお礼を言っているが、郭嘉は至って平然としている。普段から浮かべているだろう軽薄そうに見える笑みをニコニコと浮かべて、ユーリルと対峙しているがその次の発言は笑みに似合わぬものであった。

 

「ただ、少々活きが良すぎるようだねーーーーー殿のことをオッサンと呼ぶのは止めてもらおうか。今はこの様な場所におられるが、本当であれば君と対等に言葉を交わせる方じゃないんだよ。どんな物言いで言葉をかわしても良いが、そこに殿への敬意が無いのであれば僕は見過ごすことはできない」

 

 その発言には妙な凄みがあった。色が白く、線の細い郭嘉はこの辺りの魔物でさえも満足に戦うことのできない貧弱そうな体格をしているが、その言葉を紡いだ時、確かに強者の覇気を纏ったように見えたのだ。

 

 ーーーコイツ、見た目通りの優男じゃねぇのな。

 

 いつの間にかユーリルは緊張していたらしい。緊張で乾いた唇をペロリと舐めてユーリルは不遜に頷いた。

 

「分かった。じゃあ、俺は何とこの人を呼べばいい?」

 

「良い。お主は儂をオッサンと呼びつづけば良い。お主は儂の国の民ではないからな。好きに儂のことを呼べばよいのだ」

 

「殿、流石にそれはーーー」

 

 曹操は郭嘉の諌言に尚も首を振った。ユーリルは魏の民でないのだから自分を敬う必要はないのだと。郭嘉はユーリルが曹操のことをオッサンと呼ぶことに対して、配下への示しがつかないと言いたいのだが、曹操はそれを分かっていて首を振るのだ。

 

 自分の威光は呼称くらいで変わるものではないのだと。

 

 郭嘉は曹操の言い分を正確に汲み取って、仕方がないなと口元を更に緩めた。この器の広さが曹操の強みであり彼のカリスマ性の一端なのだ。曹操のそのカリスマ性に惹かれて魏の軍師を担っている郭嘉にとってみれば、それは無碍に出来ないものであった。

 

「結局、オッサンで良いのかよ」

 

 ユーリルが二人のやり取りに拍子抜けしているが、曹操をオッサンと呼ぶことにはそれ以外にも様々な苦難がある。曹操を盲信している曹操の従兄弟の存在や他の配下たち。彼等がユーリルが曹操をオッサンと呼んでいる場面に出くわしたらどんな顔をするだろうか。

 

 郭嘉は人の悪い想像に今度は胸を高鳴らせてそれはそれで面白い見世物だなと思う。幸にも不幸にもその郭嘉の思惑を知らないユーリルは椅子に座る曹操の側でどうやって自分の仲間を落ち着かせて、パデキアと曹操の話をしようかと頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「え? じゃあ、この男前達と洞窟に潜んの!? ジメジメした所は嫌いだけど、男前と行けるなら全然オーケーよ!!」

 

「姉さんの言い分はともかく、皆さん腕の立つ方ばかりのようですし。わたしもユーリルさんの方針には異論はありませんわ」

 

「確かに私達には戦士のような存在が不足していますからな。手を貸していただけるのであれば貸していただくのが良いかと。対価も残りのパデキアで良いらしいですし」

 

 踊り回っているマーニャとそのマーニャから少し離れたところで棒立ちになっていたミネアとトルネコをユーリルは一旦集合させて、急遽仲間会議を執り行った。議長は主にこの一行の核でありながら最年少のユーリルが務めているのだが、ユーリルの話にはどんなにマイペースの人間でも耳を傾けるので最善の人選であると思われる。

 

「そっか。誰もオッサンの仲間を借りることには異論ねぇか」

 

 ユーリルは仲間の誰もが自分が持ってきた案に反対しなかったことに安堵した。もし、反対意見が出たら一体どうやって説得しようかと思っていたのだが、どうやらそれは徒労に終わったらしい。

 

「って! すっかり忘れてたけど、ブライ爺ちゃんは!?」

 

 仲間になってまだ一日も経っていない新しい仲間、ブライの不在に漸く気付いたユーリルが三人にブライの行方を聞くが皆、ユーリル同様そういえばという顔つきだ。

 

「確か、外れの畑の方面は腰に響くからって住宅地の方に向かって行ってたわよね?」

 

「そうです。わたし達は畑の方を探索していましたのでその後のブライさんの行方は存じていません」

 

「わたしは商店を行脚してましたからな。確かに時々ブライさんのお姿は見たような気がしましたが、腰痛と頭痛と胃痛に効く薬を眺めていたところ以外は記憶にないです」

 

 腰痛はともかく、頭痛と胃痛薬にも用があったらしいブライに一行の疑問が増えるが、今はともかくブライの行方である。

 

「どうかしたか、ユーリル?」

 

 四人の会議が行き詰まったのかと曹操が椅子から立ち上がって、ユーリルたちの方へとやって来る。魏の一団から離れた場所でユーリル達は会議を開いていた。マーニャもミネアも曹操の方へと顔を向けているせいか、曹操の隣りにいる郭嘉がヒラヒラと手を振っている。それにマーニャが頬に手を当ててウットリし、ミネアは胡乱げな目つきになった。姉妹でこうも反応が対極なのも何故か二喬と被る。

 

「なぁ、オッサン。腰の曲がった頭も髭も真っ白な厳格そうな爺さんを知らないか? その爺さん、ブライって言うんだけど、どうもまだ村を探索しているようなんだ」

 

「ふむ。翁が行方不明とな。儂は見ておらぬが、郭嘉、お主見ておらぬか?」

 

「うーん、年配の方は此処ではよく見るけども、明らかに外の空気を纏った人は君達以外見ていないね。僕も今日は軒先で昼寝をしていたし」

 

 不良軍師と悪名高い郭嘉は昼間から太陽の下で光合成をしていたらしい。曹操はこちらの世界に来てから幾つかこの世界に関する調査を軍師たちに任せていたのだが、どうやらその職務をこの男はサボっていたようなのだ。

 

 曹操も職務をよく抜けだすのであまり郭嘉のことは言えず、しかもサボり仲間でもあるので郭嘉のその問題発言には何も言わなかった。

 

 ユーリルたち一行に曹操と郭嘉も加わったところで、あともう二人の影が彼等に向かってくる。

 

「孟徳! やっと見つけたぞ!」

 

「殿ー、そんな所にいたんですかい」

 

 曹操の従兄弟でもある夏侯惇と夏侯淵の二人だ。明らかに見て取れる強者の風格に無意識にソラ達の顔付きが強張る。

 

 名を夏侯惇。字を元譲というこの男は隻眼で誰が見ても身構える程の威圧を放つ魏の猛将である。左目の眼帯の下には眼球は無く、彼のその眼球は呂布との戦いで傷付いた。夏侯惇はその目は親から貰ったものだからと矢が刺さったまま引き抜き食らったのである。その他にも数多くの逸話を持ち、彼の風格はその家庭で出来上がった賜物であった。

 

 その夏侯惇の従兄弟である夏侯淵は字を妙才と言い、剽軽な口を叩くが夏侯惇に並ぶ猛将である。弓術を得意とし、その弓裁きで幾人もの強者を葬ってきた。また、刺のある人物が多い魏には潤滑油として欠かせない人物であり、対人術も弓術同様高い。

 

「夏侯惇と夏侯淵か。ふむ、お主達であれば何の心配もいらぬな」

 

「殿、何の話ですかい? それにそこの子供と娘っ子と見るからに商人っぽい男達はどなたで?」

 

「俺はユーリルだ」

 

「アタシはマーニャ。モンバーバラの人気ナンバー1の踊り子よ。良かったらご指名宜しく!」

 

「ミネアと申します。あの、私達のことに巻き込んでしまってごめんなさい」

 

「ミネアさん、それは向こうにも利がある話ですから大丈夫ですよ。あ、私はトルネコという者で武器商人をしています。今は店仕舞いをしていますので、物を売ることが出来ませんがその際はどうぞご贔屓に」

 

「こ、これはご丁寧に。俺は夏侯淵だ。宜しくな」

 

「・・・・・・孟徳、俺には全く話が見えんのだが?」

 

「殿、惇兄だけじゃなくって俺にも話が見えませんぜ」

 

 夏侯淵がペコペコと名乗っても、夏侯惇は曹操にこの状況の訳を迫った。その言葉尻に夏侯淵も乗って曹操を困惑した顔で見詰める。

 

 流石にこのまま話を続けることも出来ないので、状況を曹操から聞かされていた郭嘉が曹操に代わってパデキアの話を二人にする。

 

 パデキアの話を聞かされた夏侯惇は聞き終わったあとも静かで、対して夏侯淵はリアクションのない夏侯惇の分まで身振り手振りで己の驚愕ぶりを披露していた。

 

「どっひゃー! そんな金丹みてぇな代物があるって言うのか。そりゃ確かに喉から手が出る程欲しいわな」

 

「ええ。病にはどんな豪傑も奸雄でさえも勝てませんからね」

 

 一時は病によって冥土へと行きかけた郭嘉に言われると更に説得力がある。どんな人間にも寿命というタイムリミットがあることは世の常だ。戦場で散る仲間も多くいたが、病に倒れる仲間も同じくらいいた。

 

 その憂いが少しでも消えるのであれば、そのパデキアは土地一つよりも価値があるように見える。勿論、大陸平定のために天下統一はパデキアを手に入れてからも続けるつもりであるが。

 

「俺が行こう。フン、どんな魑魅魍魎だろうが猛将だろうが俺が蹴散らしてみせる」

 

 物思いに沈んでいた夏侯惇が漸く口を開いたかと思えば、パデキアを自分が取りに行くのだと言い出した。これは曹操も望んでいたことであるため、誰からの制止も入らずユーリル達一行に夏侯惇が加わることは決定となった。

 

「んじゃ、俺様も行くかね。惇兄が居る時点で仕事はなさそうだが、ま、保険って奴だな」

 

「助かります、将軍方。では、あと一人程連れて行って欲しいのですが・・・」

 

 パデキアが保管してある洞窟の規模がどれ程かは分からないが、あまりゾロゾロと引き連れて入れる場所ではないだろう。弓を得意とする夏侯淵がいる以上、遠距離攻撃に不安がなく、例え天井からどんな魔物が出てきても撃ち落とせるのは明確だ。

 

 此処には蜀漢も孫呉もいないとしても曹操の護りは薄く出来ない。夏侯惇も夏侯淵もその実情は分かっているので、郭嘉の提案に異を唱えず諾と頷く。

 

 そこで、夏侯惇は今回のパデキア捕物戦の仲間となる少数の仲間を見渡した。夏侯惇を目つきの悪い目で見定める緑頭の少年、服の面積が少ない売女のような格好をした少女、その少女とよく似た大人しそうな少女、小太りの人の良さそうな顔をした商人。

 

 ーーーこれは骨が折れる仕事になるか。

 

 曹操を守りながら戦場を突っ走ることは出来たが、赤の他人を守りながら戦ったことがない夏侯惇。常に前線に身を投じ、要人警護の仕事は全くしてこなかったが今回はその仕事と同等のものが求められる。

 

 ーーーどうやら、孟徳はこの子供を気にかけているようだな。関羽の時もそうだが、孟徳は武人を見る目に関しては間違いない。

 

 特に蜀の将達への曹操の勧誘は激しく、関羽には執心といって良いほど拘っていた。そのことがあまり面白くない夏侯惇であったが、関羽の義心と腕は認めている。劉備に義を通したばかりに、樊城で命運を決めてしまった男であったが、もしあの時、関羽が命乞いをしていたとしても夏侯惇は関羽を見損ない、やはり殺していたのだろう。

 

「俺は夏侯惇だ。束の間だが、よろしく頼む」

 

 まさか、夏侯惇から自己紹介を受けるとは思わなかったらしいユーリル達は面食らったように両目を瞬かせる。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている彼等に郭嘉がクスクスと笑い、夏侯淵は苦笑気味、曹操に至っては人の悪そうな顔をして見ている。

 

「嗚呼。夏侯惇、夏侯淵。どうか俺達に手を貸してほしい。人が死にかけてるんだ。俺は彼奴を助けたい」

 

 今この時も死にかけている未来の仲間を助けたい。なんだかんだと賑やかなユーリルたち一行だが、クリフトを助けたい一心に混じりっけはない。楽天的なマーニャも呆れてばかりのミネアも商売魂逞しいトルネコも真剣な顔をして夏侯惇と夏侯淵に頭を下げる。

 

 数拍、間があった。そして、轟くのは夏侯惇の渾身の叫びだ。

 

「それを早く言えっ!! 俺は死にかけてるという話は聞いてないぞ!? 病に倒れたとしかーーーおい! そこの不良軍師!!」

 

「あ、それ僕も殿に聞きたいですね」

 

「・・・悪いな。伝え忘れていた」

 

「孟徳!! 流石に今回は洒落にならんぞ!!」

 

 ちょっとうっかりしている所のある曹操のうっかりに神官が一人殺されそうになっているが、夏侯惇が仇を取るようにツッコんでくれた。実は魏のツッコミ師で名高い夏侯惇なのだが、どうやらこの世界に来てもその性分は全うするらしい。

 

 通りで誰も彼ものんびりしてたんだとユーリルは思ったりもしたが、もう何処か頭が摩耗しているのか夏侯惇のように騒ぐこともできず、あと一日くらいは保ってくれとクリフトに祈るくらいしか出来なかった。

 

 終わり

 




三國無双を知らない方へ



郭嘉
字は奉孝。酒と女が無いと生きていけないと言いかねない伊達男。基本、職務をサボって昼間から酒を飲んでいる。軍師としては優れており、曹操に数々の助言をして数多の戦を勝利に導いている。しかし、征伐の途中で病に倒れ没する。三国志の中でも特に有名な赤壁の戦いで、魏は惨敗するのだが、その時曹操が「郭嘉がいたなら結果が違った」と言い残している。


夏侯惇
字は元譲。曹操の従兄弟であり、曹操が挙兵した時からの長い付き合い。曹操を第一に考えており、とにかく曹操の話しかしないおじさん。男も女も惚れる格好いい人なのだけど、何処か残念な御仁。魏には何人かツッコミ師が居るけども、この人は他の追随を許さない。関羽を目の敵にしており、曹操の次に関羽に拘っている。


夏侯淵
字は妙才。夏侯惇の従兄弟。この人も曹操が挙兵した時からの長い付き合い。剽軽で朗らかなおじさんで、たまに唆されて踊ることもある。実は息子がいて、きっとロザリーヒル辺りを彷徨っているはず。弓術と急襲が得意で、武勇で名を馳せる。普段はのんびりと構えているが、何故か周りのドタバタに巻き込まれること多し。






ドラクエを知らない方へ


クリフト
サントハイムの神官。人によってはザラキ神官の方が聞き覚えがあるかもしれない。アリーナ姫が武者修行の旅を独断で決行した後、そのアリーナを追ってブライと共にサントハイム城を飛び出した。その後、アリーナと合流し世界の広さを実感中。アリーナ姫が大好きで、たまに血迷う。基本、生真面目で朴念仁なのだが、やっぱりアリーナに関することでは豹変する。高所恐怖症。


ユーリル
名前は公式小説から引用。山奥の村から出てきた勇者。人間と天空人のハーフで、深緑の癖毛頭が特徴的。作者はこの主人公をパッケージで見た時、ドラクエの主人公の割にガラが悪そうだなと思った。故郷がデスピサロと魔物によって滅ぼされたので、魔物には並ならぬ復讐心を抱いている。



マーニャ
モンバーバラの人気ナンバー1の踊り子。一度ステージに立てば、マーニャのファンじゃなくても踊りに魅了されていつの間にかファンになってしまうらしい。がっぽり稼いで、その稼ぎは酒代に消えていったらしい。お酒とカジノが大好きな駄目浪費家。ミネアの稼ぎですら注ぎ込む駄目姉。しかし、いざという時は核心を突くこともあり、皆を驚かせることもある。こう見えて魔法使い。



ミネア
エンドールに逃亡した際は、占いで巷を賑わせた凄腕占い師。父の敵を追って故郷を飛び出し、各地を旅している内に指名手配犯になった。ミネアの占いの導きがあって、勇者達は道を間違えずに旅を出来る。物静かで何処かミステリアスな雰囲気を纏う少女で、浪費家マーニャの手綱を締めるために常識人になったようだが、所々世間知らずなお嬢様。



トルネコ
エンドールで財を築いた大商人。世界一の武器商人になるべく、妻に店を任せて各地を旅しているうちに勇者達と合流する。勇者しか装備出来ない天空の剣を求めているが、まだまだその道程は遠い。ポポロという一人息子がいる。奥さんはストーカーモドキがいる程に超絶美人。ノリが良く、網タイツを履こうとすることもある。





ソシャゲーでドラクエが新しくカードゲームを出すらしく、只今事前登録をするかで悩んでいます。あまりカードゲームが得意じゃないので、入れてもやらないような気がして・・・。でも、魔物だけじゃなくて人間も出てくるらしいからやってみたいんですよね。



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決戦! 海の男コンテストー前編ー(XI)


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます

今年もチマチマと更新していくつもりです


 

 

 ダーハルーネ名物の『海の男コンテスト』が開催されるその日は、雨雲の心配もいらない快晴で、香る潮風も不快感のない爽やかなものであった。海の男コンテストに参加する黄蓋、呂蒙、甘寧、淩統、陸遜の五人は朝食もそこそこに受付に行ってしまい、主君だからと参加を止められた孫権は午後から始まる海の男コンテストまでは暇なので辺りを散策してみることにした。

 

 今日は特別な日であるからか、昨日よりも出ている露店の数が多く、目抜き通りの両脇にはズラリと様々な商品を並べた屋台が立ち並んでいる。露天商達の顔にもさぁ、今から思いっきり稼ぐぞという朗らかなやる気が垣間見え、露店を冷やかし歩く観光客や地元民達の顔も皆笑顔が張り付いていて華やいでいる。

 

 孫権はその活気ある賑に惹かれるように目抜き通りへと足を向けて、昨日散々陸遜をお供に目抜き通りを歩きまわったにも関わらず、またふらふらと蝶が花の蜜に吸い寄せられるように出ている露店に次々と顔を出した。

 

 日差しの強いダーハルーネでは欠かせないアイスクリーム、喉を潤すためにお洒落なガラス製の器に入れられた見るも鮮やかなパッションピンクの飲み物、幸運を招くと噂の金色の猫のストラップなど昨日では見られなかった露店も数多くあり、孫権はそのどれもに目を輝かせてその品々に魅入った。

 

「お兄さん! 昨日も見ていってくれただろう?」

 

 そうして露店を冷やかしていると、昨日孫権が顔を覗かせていたことを覚えていた一人の露天商が孫権に声を掛けてきた。まさか、自分の顔を覚えられているとは思わずつい孫権はどもりながら返事してしまう。

 

「あ、ああ。そうだが、よく覚えていたな」

 

「俺達ぁ、お客があっての商売だからね。お客の顔が覚えられなくては勤まらないよ」

 

 露天商は呵々と笑って、当惑する孫権に更に追撃し「お兄さん、今日は財布をお持ちかい?」とからかうような調子で続けてきた。

 

 現在、呉の一団の財布を握っているのは呂蒙であるのだが、孫権も万が一のためにとお金を多く渡されている。そこには、主君が金で困るようなことがあっては不憫だと言う呂蒙の配下心も含まれていたりするのだが、生真面目な孫権はこの渡された金は窮するまでは使わないと決めているのである。顔を強張らせて、「すまない。今日も持ち合わせはあまりないのだ」と頭を下げる孫権に露天商も気にした風もなくカラカラと笑って片手を振った。

 

「そんな思い詰めた顔をするでないよ、お兄さん。今日は折角のハレの日だ。冷やかしでも自分とこの商品をそうも興味深そうに見られたら悪い気がする商人もそうはいないってもんさ」

 

「・・・そなたは、懐が広いのだな」

 

「いやいや、そんなこたぁない。もしお兄さんが次来た時に買ってもらえたんなら俺はそれでいいからよ」

 

 ちゃっかり次来た時と話す辺り、この露天商もなかなか商売上手な質らしい。孫権はその見上げた商売魂につい感心してしまい、気のいい笑い声を響かせる露天商と一緒になって口が孤を描いていた。

 

 ーーーまるで、兄上のような御仁だ。初対面の人物とでもすぐに仲を深めることの出来る得難い才をこの御仁は持ち合わせている。

 

 孫権に家督を譲って、若くして早々に隠居してしまった兄を思うと無意識にからりと晴れ渡った空を見上げていた。この空のように裏表のない気の良い男である兄、孫策は今何処で何をしているのだろう。孫権が居なくなった呉を取りまとめるべく急遽、仮の主君として元あるべき座に着いたのか。それとも孫権のようにこの訳のわからない世界の何処かに飛ばされでもしたのだろうか。

 

 出来れば前者であれば有難いのだが、気を揉んでいても結論は出まい。孫権は兄に似た露天商に手を振って別れを告げると雑踏に紛れていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あー! もう! あの子達、何処に行ったのかしら?」

 

 赤いとんがった毛糸の帽子とお揃いのワンピースが可愛らしいその少女は、大きな目を辺りに向けて、キョロキョロと探し人を探すのだがこれが一向に見つからない。目の上で庇を作って昨日よりも人口密度の高いダーハルーネで子供二人を探すのは骨が折れる作業であった。

 

「イレブンとカミュはちゃんと場所取りしてくれてるかしら?」

 

 現在、この少女は連れである男二人を海の男コンテストの場所取りに遣わして、女三人で人探しを決行しているところである。少しぼんやりとしているイレブンだけならばこの心配も一層膨れ上がったのだが、そのイレブンには愚痴が多いが抜け目のないカミュが付いている。あの二人が組んでいるのならば、大抵のことはしてのけるし、心配はないと思うのだが・・・・・・。

 

「こういうの、虫の知らせって言うのかしらね。どうもさっきから嫌な予感ばかりして仕方ないわ」

 

 少女はその幼い見た目からは想像も出来ないほどの鋭い目付きのままスッと更に目を細くした。ざわざわと騒がしい体の内側に耳を澄ましても一向に何とも聞こえないこの状況に、少々気が立ってきたのか少女の足取りが荒くなってくる。

 

 終いには雑踏の中をその小さな体で走り抜けて、少女は灯台の方へと向かっていた。背中で揺れる使い古した相棒の杖が邪魔で仕方ないが、だからといって捨て置けるほど愛着がないわけではない。実際、少し前にこの杖を巡って一騒動があったのだが、その騒動のかいがあってあの少年二人とベロニカ達は出会えたのである。やはり、粗末に扱って良い杖ではないのだ。

 

「お姉様!」

 

 少女の足は聞き慣れた声によって止まる。可憐な女性のその呼び声がした方に少女は顔を向け、人混みの中を苦労しながら縫い歩いてくる己の片割れに合流するために少女も女の方へと足を向ける。

 

「セーニャ!」

 

「ああ、お姉様。ご無事でしたか。この人混みによってお姉様が揉みくちゃにされてはいないかと心配しておりましたの。今のお姉様はこんなにも小さいのですから」

 

 少女の前まで来たセーニャは胸の前で指を組んで少女の無事を喜んでいた。セーニャは少女と同じ金髪で、顔立ちも確かに血の濃さを伺える程にはよく似ているので彼女達が姉妹だということには納得がいく。

 

 しかし、問題は何故か成人しているセーニャがまだ十にも満たないであろう少女のことを『お姉様』と呼んでいることであり、少女もそのセーニャの呼び方を至極当然と受け入れていることである。

 

「あら、ベロニカちゃんとセーニャちゃんも此処に集まっちゃったの。もしかして、あの子たち、見つかった?」

 

 二人の間にぬっと現れたのは旅芸人のような奇抜な衣装に身を包む大男であった。下睫毛の長い濃い顔立ちをしており、口調とは裏腹に鍛えられた大胸筋が目立つ姿勢の良い大男である。しかし、クネクネと動作が忙しなく耐性のない者には性別の齟齬に当惑することになるだろう。

 

 少女ーーーベロニカはあの子達を探している女三人(?)がこの場に集合してしまったことに小さな額を打った。

 

「違うわ、シルビアさん。たまたまセーニャと鉢合わせてしまって、そしたらそのすぐ後に貴方とも合流してしまったのよ」

 

「あらま! これが緊急事態でなければその素晴らしい奇跡に火吹き芸を披露したいところだけど、今はそれどころじゃないわね」

 

「ラッドさんとヤヒムさん。一体何処に行ってしまわれたのでしょうか」

 

 セーニャが頬に手を当ててこてんと首を傾げたところで、ベロニカとシルビアもついつられて首を傾げてしまう。

 

 ベロニカ達はダーハルーネに着いたその日に色々と予定が崩壊し、こうなれば仕方ないから海の男コンテストでも見ていこう。ついでにダーハルーネは貿易の中継地点でもあるから様々な品が此処に集まってくるしショッピングも楽しんでいこう。しかも、ダーハルーネは食文化も発達していてスイーツ専門店があるとか。だったら食べなきゃ損損ーーーーーこういう具合にダーハルーネ観光を強引に結構したのである。

 

 そんなノリでダーハルーネで観光を楽しんでいた矢先に、ベロニカ達は声を失ったヤヒム少年と出会うことになったのである。ヤヒムの喉には強力な呪いがかかっているようで、それを解くにはさえずりのみつが必要であった。ベロニカ達はヤヒムを救うためにさえずりのみつの原材料である清き泉の水を求めて霊水の洞窟に潜ることになったのである。

 

 なんとか夜遅くまでかかって霊水の洞窟の奥から湧き出ていた清き泉を見つけることができ、その泉の水からセーニャの調合によってさえずりのみつを手に入れたベロニカ達であったが、今度は海の男コンテストの賑によってなかなかヤヒムの友人であるラッドとヤヒム本人を見つけられないでいた。

 

「あの子達、一体何処をほっつき歩いているのかしら」

 

 気が短いベロニカがブスッと頬を膨らませてヤヒム達に不満の声を上げると、それを聞いていたシルビアが「まあまあ」とベロニカを宥めるように目元を緩める。

 

「声が無くとも、今日は折角のお祭り騒ぎだもの。ヤヒムちゃん達も皆と一緒に屋台で食べ歩いたりして騒ぎたいに決まってるわ」

 

「そうですわよね。私達も故郷の祭りでは、日々の修練を忘れてめいいっぱい遊び歩いた記憶があります。お姉様は特に故郷の誰よりも羽目をはずしておられましたし」

 

「そ、そうだったかしら? 身に覚えがないわ!」

 

 意図せず敵へと回ったセーニャにベロニカが上擦った声でしらばっくれているのを、やはりシルビアは生暖かい目で見るだけでそれ以上追求することはせず、取り敢えずあともう少しヤヒム達を探してみようという話になって、それぞれ三方に散ることになった。

 

「セーニャ! 分かってると思うけど、食べ物を食べるのはヤヒム達を見つけた後だからね!!」

 

「勿論ですわ。甘いものに目がない私ですが、流石にヤヒムさん達を放って甘味巡りはしません」

 

 セーニャの頼もしい返事にベロニカが妹の成長具合を確認していると、セーニャは舌の根も乾かない内に近くにあったアイスクリームの屋台に目が釘つけになっている。ぼんやりとした眼をキラキラとさせて、アイスクリームの屋台を凝視しているセーニャにベロニカはやっぱりと小さな額を手で打った。

 

 この片割れの妹は、いざという時は持ち前の誠実さと素直さでやり遂げてくれる頼もしい人物なのだが、実生活では山奥育ちの純粋天然培養さを遺憾なく発揮してくれるので頭が痛い。勇者を探して二人旅をしていた折にも様々なことがセーニャによって引き起こされたが、本当に勇者と無事合流できることができて良かったと胸を撫で下ろしたとは当人達にも言いづらい。ベロニカは以前よりもずっと小さくなった足でダーハルーネの整備された道を駆けて、再び思った。

 

 ーーーイレブン! ホムラの里であたし達を見つけてくれてありがとう!!

 

 ベロニカのそんな勇者への感謝は聞き届けられた。誰に? 勿論、勇者当人にはその感謝は伝わっていない。恐らくは、世界を構築する世界樹がベロニカの感謝を聞いたのだろう。二つの数奇な運命が交わったのは正にこの時であった。

 

「「うあっ!!!」」

 

 脇目もふらず、半ば自棄を起こしたように走っていたベロニカは、突然視界の端から現れた男をそのまま避けることが出来なかった。男の胴に走っている勢いのままぶつかり、ベロニカも男も総崩れになって道へと倒れこむ。

 

 ベロニカの体の下には上等な絨毯のような柔らかな材質の毛皮が広がっており、一体何の上に自分が倒れこんだのだろうと薄目を開けて確認するベロニカの視界には、赤茶けた髪を頭頂部で結った身なりの良い男が己の下にいた。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 ベロニカが呻く男の上から慌てて立ち退き、謝罪する側でぶつかられた男は尚も呻いて立ち上がり、小さなベロニカを不思議な色合いの瞳で見下ろす。

 

「童子か。良い、私もあまり前方を見ていたとは言えぬからな」

 

 ーーーなんか、獅子みたいな人。

 

 赤茶けた髪の広がり具合がベロニカにそう見えさすのだろうか。ベロニカは未だ、獅子をその目で拝んだことはないが、物語の挿絵から獅子の容姿は見知っており、その男は正にその挿絵の獅子と似ているような気がした。

 

 呆然とベロニカが見上げたまま、男にうんともすんとも返答しないので男はもしかしたらベロニカは何処か怪我をしたのではないかと案じたらしい。

 

「どうかしたのか。私は何処も痛めていないが、もしやそなたは何処か怪我でも負ったのか?」

 

 わざわざベロニカの背に合わせて、膝を屈める男によってベロニカは漸く我を取り戻す。気がつくとすぐ近くにある男の精悍な顔にベロニカはハッと声を出しそうになり、慌てて口元を引き締めるとブンブンと幼子のように首を横に振った。今は本当に幼子なので、そのベロニカの仕草には違和感がないのだが、精神年齢は成人を迎えているためにやっていて段々と羞恥を覚えてくる。

 

 しかし、そんな胸中忙しないベロニカを知らない男は安堵したのか、やっと怪訝そうな顔つきを止め、眉根を垂らしてベロニカに微笑んだ。

 

 

 

「そうか、何処も悪くはないのか。それならば、越したことはない」

 

 子供好きなのか、幾分柔らかい微笑でベロニカに見せるその男。ベロニカの頬が羞恥以外の熱を持つ。

 

 ーーーこの人、のんびりイレブンやグチグチカミュと違ってすっごく紳士的だわ。これぞ、正に男の人って感じ。

 

 容姿も悪くなく、纏っている服のセンスも少々奇抜だが、当人に似合っているので気にならない。ベロニカは束の間、ヤヒムを探すという使命も忘れてこの獅子のような男に見惚れていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「なぁ、陸遜」

 

「何でしょうか、凌統殿?」

 

「あの嫌な感じする金髪の男、何だと思う?」

 

「嗚呼、やはり凌統殿も気になりますか。実は私も先程から気になっていたんです。見ていて何故だか胸が騒ぐ御仁ですよね」

 

 所変わって、海の男コンテスト会場である街唯一の広場にて、孫権を除く呉の一団が賞金を獲得しようとコンテストに参加を申し込みに来ていた。海の男コンテストは基本、個人出場であるらしく、団体出場は受け付けてないとのことで、せっかち者から先に登録を済ませることにし、現在黄蓋と呂蒙が申し込みの手続きを行っている。その間、暇を持て余している凌統と陸遜は敵になる他の出場者のレベルをざっと確認していたのだが、その途中で一人、気に掛かる出場者を発見したのだ。

 

「個人的にああいうスカした野郎は好きじゃないんだけど、それ以上にあの男はどうも嫌な感じがする」

 

「凌統殿から見て、あの御仁は腰に差している物を使えそうですか」

 

「実際の動きを見てないから何とも言えないけど、多分結構使うんじゃないかい? あの綺麗な面には不似合いな滑り止めの汚れ具合だ。結構長く使われている相棒なのか、それともこれまた面に似合わない大層な努力家なのか」

 

「なるほど。分かりました。少し様子を見てましょうか」

 

 凌統と陸遜が密やかに言葉を交わす先にいるその男は、広場の奥に広がる閑静な物見台の欄干に肘を掛けていた。物々しい白銀の鎧に身を包み、潮風に一つ結びにした金髪を揺らして、水平線を眺めているその男は、コンテスト出場者に似つかわしくない緊迫感のある空気を一人纏っている。コンテストを目前にして、気が立っているのならば良いのだが、どうもそのような質の緊迫感では無いように二人には感じられたのだ。

 

「おーい、凌統、陸遜。俺達の登録は済んだぞ。次はお前たちだ・・・ところで、甘寧は何処行った?」

 

 海の男コンテストに一種のきな臭さを二人が感じている間に、黄蓋と呂蒙の申し込みが終わったようだ。受付員の側から戻ってきた呂蒙が甘寧の不在に気付き問い掛けると、揃って二人は苦笑を見せる。

 

「おっさん、あの馬鹿は今頃、鈴でも鳴らして釣り竿繰っている真っ最中だぜ」

 

「一応、止めては見たのですが、やはり私達の反対を押し切って甘寧殿は釣りに行ってしまわれました」

 

「・・・ハァ。彼奴はちっとはじっとしてることは出来んのか。まだ、童の方が落ち着きがあるんじゃないか」

 

「まぁ、腰に鈴付けてる馬鹿ですからね。頭の中も畜生と変わらないんじゃないですかい」

 

 ヤレヤレと首を振る呂蒙が、問題児である甘寧を探しに行くこの光景も最早恒例行事のように感じるが、せめて異世界ぐらいではその気紛れさを抑えていて欲しかった。陸遜は先輩の疲れ切った背中を見送るのも程々に、またあの気になって仕様がない男に目を向ける。

 

「・・・船ですか」

 

 男の視線の先にある数艇の船は、大砲も取り付けてある立派な物だった。潮風に靡く帆の紋様は見たことがない代物だが、それが商会や個人が有する紋でないことは舳先にいる何人かの乗組員の格好で察しがついた。

 

 ーーー噂に聞くデルカダールが一体、何をしようと企んでいるのか。

 

 あんまりにも陸遜がその男と男の視線の先を凝視していたものだからか、凌統が態とらしく咳払いをして陸遜に見過ぎだと注意を促した。

 

「陸遜、あんまり見るとバレるぜ」

 

「それは困りますね。あまり、私達のことを彼等に認知されたくありません」

 

 しかし、凌統は陸遜から予想外の返答をもらってしまった。凌統の困惑は当然のことであり、言葉が足りていないことを自覚している陸遜はその場から踵を返すと、何故かまだ受付員と話し込んでいる黄蓋の方へと歩み出す。勿論、陸遜に置いてきぼりにされまいと凌統もその陸遜の背を追った。

 

「は? 何の話をしてるんだい?」

 

「甘寧殿と呂蒙殿が戻り次第、少しお話したいことがあります。時間があまりないので手短にですが、これは少し私一人でどうにか出来ることではないでしょうから」

 

「ったく・・・これだから策略家ってのは苦手なんだよ。仕方ない、あの馬鹿とおっさんが戻ってきたらちゃんと話せよな」

 

 海の男コンテストが始まるまであと半刻も無い。ダーハルーネの上空では、浮足立つ人間達を見下ろしながら呑気に鳴き声を上げる海猫が翼を広げ滑空している。そのダーハルーネの海の向こう側では、大砲が積まれた船の甲板上で幾人ものデルカダール兵達がダーハルーネに目を光らせていた。

 

 

 

 終わり

 

 







ドラクエを知らない方へ



ベロニカ
古の一族の末裔であり、セーニャの片割れ。ハッキリとした性格のせいか、人と衝突しがち。けれども、気が優しく困っている人にはついつい手を差し伸べてしまう。XIのメンバーで一番、幼い見た目をしているのに何故か姉御的立ち位置にいる女の子。彼女の秘密の諸々は本編で書いていくつもりです。


セーニャ
ベロニカの片割れだけども、何処か抜けているおっとり屋さん。人の話を聞いていてもいつの間にかフラフラと何処かへ行ってしまう程マイペース。甘味に目がない。僧侶ポジションで、華奢な体格をしている割に槍も使いこなす女傑な一面も。



シルビア
毛先が反り返った独特なヘアスタイルと下睫毛が長いことが特徴的なオネエ。旅芸人なので、服装もピエロのように派手。しかし、無駄に姿勢が良い。世界に名を馳せた旅芸人なので、吃驚するくらい金持ち。語尾にハートが付いていても正直そんなに違和感が湧いてこない。





キリがいいので少し短いです。
2月8日から三國無双8の発売日ですよ! 8で増えたキャラでも書いてみたいです。




董白「NPCも私を含め、数多く登場するわ。やらないとお祖父様に言って鞭打ちにしてもらうわよ」




個人的に董白の生意気さが可愛くて仕様がないです








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エンドールに響く高笑い(IV)

作者も驚く程に久しぶりの更新です。
しかし、シリアスすぎる。


 エンドール。それはこの世界の中心と言っても過言ではない大国の名前だ。世界中の貨幣がエンドールに集まり、人々はその豊かな市場を目指して各国から集まってくる。生粋のエンドール民を探すよりも、地面に落ちているカジノコインを探した方が楽だと言う諺もあるように、移民や行商人で賑わうかの国では、連日に渡って行われている王族の結婚式で大層な盛り上がりを見せていた。

 

 

 エンドール城は、格闘技場を有する珍しい城だ。有象無象の確かな身元証も持たない国民や旅人を王城に招いて試合を見せられるのは、一重に言ってエンドールの兵士の質の高さがあってこそ出来る所業である。武闘を国の宝としているだけあって、エンドールの兵士に志願する者の実力はどの国の兵士の志願者よりも抜きん出て高く、兵士を養成する養成所も文官を育てる私塾の数より多い。

 

 

 そのため、エンドールの城下町は世界で一番治安の良い町としても名を馳せている。並の冒険者よりも腕の立つ兵士によって守られているという安心感か、人々の心にも余裕があり、魔王が復活するという黒い噂がある中でも未だに平穏な暮らしをどの住民も保っている。

 

 

 まさか、その魔王を復活させようと企む魔族の王がこのエンドール城下町に来ているとは知らず、人々は今日も滑稽に顔見知りに出逢えば、挨拶を交わし、時間があれば世間話に洒落こもうという始末である。

 

 

「おう! ピサロの兄貴じゃねぇか! 今日はまだカジノには行ってねぇのかい? バニーちゃん達が今日はポーカーの担当が初出勤だから楽勝に勝てるって言ってたぞ」

 

 

「──ー今日は少し別用がある。そちらには、また次行かせてもらおう」

 

 

「折角のタレコミなのにもったいねぇ。まぁ、用事があるっつーならそっちの方が優先だわな。……おっと、俺はもう行ってくるぜ! 今日もまたお姫様と王子様の結婚式で一稼ぎだ」

 

 

 エンドールの宿場通りの中でも、一等豪勢な造りをした宿屋の踊り場では、言葉遣いとは裏腹に一級品のスーツを身に纏った優男が、偶然鉢合った赤いバンダナを巻いた、長い銀髪の優男に挨拶をしている真っ最中であった。

 

 その宿屋は、カジノを有していることもあって羽振りが良く、利用客層も上級貴族や成金商人と言った金持ちが多いこともあって、階段や柱等の細部に至るまで装飾が品よく施されている。彼等はこの芸術品のような宿屋で泊まることを一種のステータスとでも思っているようで、カウンターに並んでいるどの客の顔にも自信に満ちた傲岸さが張り付いているのだ。

 

 

 そんな金持ち客とは違って、この踊り場で相対した二人には、何処か陰鬱めいた影が瞳孔を覆っていた。片頬を上げて笑うスーツの男には胡散臭さが纏わり付いており、ピサロと呼ばれた男に至っては異質めいた冷徹さが見受けられる。

 

 

 

 

 ピサロには、冷徹そうに見える顔以外にも特筆すべき特徴が何点かある。先ず彼は、この宿屋に泊まって何日か経つ割りには常時、黒い外套を羽織っていた。片腕には複雑な文様が施された歪な形をしている笛を手にしていることも多く、ピサロはその事を問われても色良い返事は全くしなかった。

 

 

「この額に巻いた赤いバンダナの優男は、いつも不思議な格好をしているな」とスーツの男は感想を抱くが、吟遊詩人ならそういうものかと早々に彼は自分の疑問を片付けた。優男以外の者達にもピサロは自身の職について一切語らないが、その彼等も吟遊詩人なのだろうと勝手に思い込んでいる。

 

 

 ピサロと朗らかな朝の挨拶を終え、仕事場へと慌ただしく向かっていくスーツの男をピサロは酷く冷めた目付きで見送っていた。しかし、それも刹那のことである。ピサロは早々に踊り場を後にし、自分の部屋へと戻ってくると、途端に荒々しく髪を掻き上げると息を吐いた。

 

 

「どいつもこいつも間抜けばかりだな、人間は。まさか、私が魔王を蘇らせようとしていることも知らずにああも親しげに名を呼び、声を掛けてくる……耳が腐りそうだ。下等生物の声など聞きたくもない」

 

 ピサロの耳は、いつの間にか人間の丸みを帯びた耳では無く、エルフが持つような鋭利な耳へと変貌していた。薄く履いた笑みは口元で嘲笑に染まり、血の如く赤い瞳は怨嗟に塗れて淀んでいる。

 

 

「マスタードラゴン、天空人共め。今に見ているがいい。私がその貴様らの両羽を圧し折って見せる。地上で蛇のように無様に這いずり回るのが奴等にはお似合いだ」

 

 

「フン。貴様はそのマスタードラゴンや天空人を呪ってばかりだな」

 

 

 ピサロの独り言を咎めるように声を発したのは、部屋のベッドに腰掛けて本を捲る中性的な顔立ちをした陰険そうな目つきの男だ。肌の見えない裾の長い衣を纏っていても、その体が貧弱な程にやせ細っているのは見て取れる。しかし、この男はピサロが嫌う人間であった。丸みの帯びたピサロとは違う耳がそのことを証明しているが、ピサロはそのことを気にすることなく、男の向かい側にあるベッドに腰掛けた。

 

 

「嗚呼、呪ってばかりだとも。私と連中は謂わば陰と陽。元々、相容れぬ存在だ。魔族と天空人、生息している場所も魔界と天界で分けられている────ー何故こうも長い間、一つの世界に共存しているのかが不思議な程に反りが合わんのだ」

 

 

 

 

 男はピサロが向かいに座ったことを気にも止めず、本の頁を捲り続ける。ピサロは男の無体な様子に眉根を上げることなく言葉を続けた。

 

 

 

「司馬懿。もし、お前が人間でなければ、私の配下になるよう頼むのだがな」

 

 

「フン。私を配下に置けるのはあの方のみだ。貴様のような輩を頂かねばならないほど、落ちぶれてなどいない」

 

 

「本当にお前は、碌な口を叩かない男だ。まあ、おべっかを言う奴よりかは何倍もマシだがな」

 

 

 いらぬ口しか利けない司馬懿に怒るどころか、微笑みを浮かべてそう返したピサロは、腰掛けているのも飽きたのか背からベッドの上へと倒れこんだ。

 

 

 弾みのついたピサロの体が、ベッドのスプリングの抵抗で小さくバウンドし、軋んだ音が部屋に響く。

 

 文句ばかりを口にしながらも、すっかり寛ぐような態度になったピサロに司馬懿の眉間が更に深まる。開いていた本を閉じて、ピサロを一瞥するその眼差しは大層冷ややかだ。

 

 

「ピサロ、貴様の用事とやらはいつ始末が着く? これ以上、貴様の道楽に付き合う義理は無い筈だが」

 

 

「いいや、まだ付き合ってもらうぞ。私とて、人の国など居たくもない。だが、我が野望を叶えるためには、人に紛れ込むことも厭うてはならぬのだ」

 

「では、その用事を早々にこなすがいい。馬鹿めが、いつまで私を此処に閉じ込めておく気だ。今日で既に三日になることを忘れてはいないだろうな。妻にはしっかり貴様から事情を話すことだ」

 

 

「嗚呼、早くロザリーに会いたいものだ」

 

 

「たわけが! 私の話を聞かぬなら、そのお飾りの耳など捨ておけ!!」

 

 

 寝ても覚めてもロザリーのことだけを考えているピサロが、さらっと司馬懿の台詞を無視してまで、ロザリーへの思いを赤裸々に口にするものだから、司馬懿の怒りはついに頂点に達してしまった。

 

 三日に渡る軟禁生活を強いられたこともあって、司馬懿の我慢もここでとうに果ててしまったのだ。

 

 もし、司馬懿の元主がこの現場に遭遇すれば、「仲達も我慢を覚えたのか」と要らぬ口を叩いていたことだろう。

 

 そもそも、腐っていく祖国に我慢ができずに謀反を起こしたことのある男である。司馬懿に三日の軟禁生活を強いたピサロが凄いと言わざるを得ない。

 

「私は、貴様に手を貸すとは言ったが、貴様の駒になる等とは一言も言っていない。認識を違えているのであれば、私も貴様への評価を改めねばならぬようだな」

 

 ピサロは気怠げな眼差しで、司馬懿を見る。怒る司馬懿の目は、声の荒さからは考えられないほどに冷徹であった。

 

 ────ー本当にこやつは、愚か者に手厳しい。

 

 だが、だからこそ、ピサロは司馬懿が人間だとしても、悪くは思えない。凄まじい程に、凡人を嫌い、非才を良しとするこの男の胸中に宿る果てなき野望はピサロにとって、酷く心地好く、そして共感し得ることであった。

 

 そして、天へと届くほどに傲岸で、不遜なこの男は、そこいらの魔族よりもよっぽど魔族らしい。人の身でありながら、あそこまで欲望に忠実であるのに身を滅ぼさないとは、天晴としか言い様がない。

 

「司馬懿。私は、魔族の王だ。別の世界から来たお前には想像も出来ないだろうが、私は今すぐにでもお前の首をへし折ることが出来る──ー口を動かすだけでな。そして、それはお前の家族にも言えることだ。ロザリーは悲しむだろうが、私の命令が聞けない異分子をあの村に置いておくことが出来ない」

 

「──ーほう、この私に脅しを掛けるか。魔族の王よ」

 

 何故、この男は、危機的状況に陥った方が元気よく見えるのだろうか。

 

 あまり、好き勝手な行動を取るのであれば殺すと言ったばかりなのに、一つも動揺など見せず、ニヒルな笑みを見せるばかりの司馬懿にピサロは「そうだ」と容易く首肯する。

 

「私は、煩いのは苦手でな」

 

「であれば、私を早々にあの場所に戻すがよかろう。そうすれば、我が声も聞かなくて済むことになるだろう」

 

 ああ言えば、こう言うを見事に体現してみせる司馬懿に、ピサロは段々と馬鹿らしく、そして妙な可笑しさがこみ上げてくるようであった。

 

 ピサロにここまで、口先だけで刃向かった者は居ただろうか? 

 

 身内には、ピサロを慕う魔族や魔物しかおらず、誰もピサロの意見に否を唱える者は居ない。

 

 敵だとしても、ピサロのお喋りに付き合ってくれるほど気の長い者はおらず、早々に刃を交えてしまうことが殆どだ。

 

 これ迄、対等にピサロと言葉をかわせる存在はロザリーしかいなかった。

 

 しかし、異界から突如やってきたこの男は、出会った頃よりピサロと同じ目線で物を喋る。

 

「司馬懿、お前が引きこもり続きで腐ってしまったことはよく分かった。ならば、外へ行こう──ー異論は無いだろう?」

 

「フン。その程度のことで、私の機嫌が直るとでも思っているのか」

 

「この国は、世界で一番の大国だ。詰まるところ、この世界の最新の技術や学問、果てには料理までが揃っている────見たくはないか、異界の訪問者よ」

 

 この偏屈屋が己の誘いに乗らないはずがないと分かり切っている傲慢な質問に、司馬懿が嫌そうに顔を顰める。

 

 だが、遣る瀬無いことに、己はこの男の誘いに乗ってしまうだろう。

 

 抑えられない好奇心に歯噛みし、司馬懿は最後の抵抗とばかりに本に視線を落としたのであった。

 

 

終わり




三國無双を知らない方へ

司馬懿
字は仲達。主君である曹丕亡き後、曹爽らの愚鈍な国営ぶりに腹が立って普を興そうと謀反を起こした人。司馬師や司馬昭のお父様。よって、張春華の旦那でもある。七つの大罪にある強欲と傲慢を、人間の身でありながら引き受けられそうな程に傲岸不遜。仕事の腕前はピカイチ。しかし、詩の腕前は驚く程に非才。笑い方のデフォは「ふははははははは!!」

ドラクエを知らない方へ

ピサロ
魔族の王で、最終的には魔に飲まれて魔王と化する。ロザリー信者。彼氏面してるけども、本当にロザリーとそういう関係なのかは謎。どちらかと言うと、崇拝してるような気さえする。DQIVのラスボスだが、リメイク版では仲間になる斬新なキャラクター。FFのセフィ〇スでは無い、決して。冷徹だが、詰めの甘さが目立つため、おっちょこちょいさが随所に見られる。



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錦馬超! サンタクローズへいざゆかん!!(V)

映画記念です。


 大国ラインハットの第一王子ともなれば、勉学の量も並の子供よりも多く、勉強机は様々な教科書で埋まってしまう。

 

 ヘンリーの部屋はラインハット城の離れにあるのだが、厨房や兵士の待機場とは遠い場所にあるためか人通りが少なく、普段であれば人の声はおろか生活音さえ聞こえないほどに静謐を湛えている場所であったが、不思議な流浪の一行──ー蜀の一団が来てからというもの、彼の部屋は様々な人の声で溢れかえっていた。

 

「月英。ミニ虎戦車出来たぞ」

 

 ヘンリーは悪戯小僧らしい含みのある笑みを貼り付けて、月英にチマチマと作っていた手の平サイズの虎戦車を見せる。虎戦車の第一人者とも言える月英と呼ばれた女性は、ヘンリーが作業している傍らで読んでいた本を閉じて、彼の掌にちょこんと乗っている虎戦車を愛おしげに見つめる。

 

「流石、ヘンリー様。劉禅様と違って手先が器用ですね」

 

「良かったらもっと近くで見てくれよ」

 

 何やら企んだような顔つきのヘンリーであるが、月英は気づいていないのかヘンリーからミニ虎戦車を受け取り、よく検分するために己の端正な顔に近づける。

 

 ──ー掛かったな! 

 

 胸中でガッツポーズを決めて、ヘンリーは手元にある一つしかボタンのない小さなスイッチを躊躇なく押す。すると、月英と対面していた虎戦車の口がパカッと縦に開いた。もし、此処に虎戦車の特徴をよく知っていたものが近くにいれば慌てて月英からこのミニ虎戦車を引き離しただろう。しかし、月英は虎戦車の口が開いたことに感動したらしい。

 

「ヘンリー様! このミニ虎戦車、起動もするのですか!?」

 

 月英はヘンリーにミニ虎戦車の模型を作るように指示していた。まだ年端のいかないヘンリーに虎戦車の設計図を渡しても理解できないだろうと月英は虎戦車の外部だけを真似るように申し渡していたのである。

 それがまさか、設計図を渡してなくとも虎戦車を動くように作ってくるとは──ー! 

 

 口が開いた虎戦車の口から勢い良く飛び出たのはうねるような豪炎──ーではなく、月英の顔へと真っ直ぐ飛び出した水鉄砲であった。ピシャンと音を立てて月英の顔に浴びせかかった水鉄砲に、月英の顔が水まみれになる。

 

「よっしゃ! 成功だ!! 良くやった俺のエヴァンレット! やっとあの連中の一人に一発見舞ってやったぜ!!」

 

 これくらいの悪戯であれば、日常茶飯事で誰彼にも仕掛けていたヘンリーなので普段はこうも小躍りして喜んだりはしないのだが、その対象が蜀の一団となると別物になる。

 

 何故ならば、奴等の心臓は鋼鉄で出来ているのかと疑う程に固く、今迄の悪戯で蜀の一団があっと驚いたことも、スコンと上手く仕掛けた悪戯に嵌ったこともそう無かったからだ。

 

 蛙を投げれば、滋養があるからと目を輝かせる。

 

 オイルを塗りたくった廊下に誘導しても持ち前の運動神経で転けずに滑っていく。

 仮面を外してやろうとあの手この手を使ってもひょいと抱き抱えられる。

 こうなったら、窓から水でも吹っかけてやろうと鈍臭そうな羽扇を持った優男に実践してみると、何故かその水に向かって羽扇からビームが放たれ蒸発してしまった。

 

 

 ──ーあの一団、絶対人間じゃねぇよ!! 

 

 ヘンリーの心内は至極真っ当なツッコミで埋め尽くされているのだが悲しいかな、このラインハットは既に劉備の人の良さによって制圧されており、貴族や宰相はこぞって劉備の相手ばかりをしたがるようになっている。

 

 果てにはラインハット国王が「劉備殿、劉備殿は何処に行かれたのだ?」と探し回る始末であり、ヘンリーはこういう場面に出くわすといつも思う。

 

 この城、近々こいつ等に乗っ取られるんじゃないだろうなと。実際、前例があるだけにヘンリーの言は否定し難く、更には現在進行形で羽扇軍師や目出し軍師が企んでいるので如何とも言い辛い。

 

 しかし、今は純粋にこの勝利を喜ぼう。月英はあの羽扇軍師である諸葛亮の妻だ。夫妻ともに頭の回転が早く、二人の会話に無遠慮で入り込むと知識の差という牙でズタズタに刻み込まれることになる。ヘンリーも時たま、諸葛亮と月英の会話を聞くことがあるが正直、熟語の羅列に聞いているだけでも頭からプスプスと湯気が出てくるようであった。

 

 今日はその月英に勝てたのである。これはただの勝利ではない。蜀への牽制の第一歩だ。いつもはリードばかりされているが、ヘンリーであれば蜀の足並みを崩すことが出来る証明が今なされたのだ。

 

「たとえ小さな一歩だとしてもこれからだ。この一歩が二歩となり三歩となれば、俺は確実に奴等を越していける……!!」

 

 まだ年端のいかない幼子が妙に大人びた物言いで勝利の余韻に浸ったいる中、顔を水まみれにしてミニ虎戦車とにらめっこしていた月英が何を思ったのか、ミニ虎戦車をヘンリーの教科書だらけの勉強机の上に置き、ヘンリーへとずずいと近づいてくる。

 

 月英の突然の行動に小躍り中のヘンリーが身構えることもできずに両手を取られると、今度は月英がステップを踏み出して何故かヘンリーは月英と手を取り合ってぐるぐると今度は踊りまわる羽目になった。

 

「ヘンリー様! 貴方のその才は必ずや貴方のためとなり、それがラインハットの更なる栄光へと繋がることでしょう!! 嗚呼! 貴方が私と孔明様の間に出来た子であれば、あれこれと教えられることが山とあるのですが……。姜維殿も虎戦車は使いますが、主に孔明様に教えを請われていますし。何ならば、私の弟子となってくださっても宜しいですよ」

 

「い、嫌だ! お前とあの羽扇の子供だけにはなりたくない!! 死んでも御免だぜ!!」

 

「そう謙遜なさらなくとも良いのですが」

 

「いっつも思うけどな! お前らの耳は節穴か!?」

 

 あらあらと困った子供を見るように目を眇める月英にヘンリーは溜まりに溜まった鬱憤を噴いてやると言わんばかりに毒を吐くが、やはり月英は相手にしない。子供の可愛らしい反抗であるし、何より某魏の艷女の毒よりかは百倍清らかであることは確かなのだ。

 

 ヘンリーが眦吊り上げて怒っても今は月英と仲良くぐるぐると喜びの舞を踊っている真っ最中であるし、ヘンリーはどんなに悪戯小僧であっても王子教育の賜物なのか、女性を無碍に扱ったりはしないのだ。

 

 水鉄砲などを仕掛けることは儘あるが、手を取られたら勢い良く引き剥がしたりはしないし、スカートの中を覗くといった女性に対しての失礼はしない。正直、どこぞの某董卓よりかは常識も誠実さも持ち合わせている。

 

「そう言えば、あのジョショーって煩い奴の声を最近聞かないぞ。俺の部屋に入るなり、『此処に仕掛け階段があるんですね』ってさっさと俺の虎の子を暴いてくれた彼奴」

 

「姜維殿のことですね。今は別件で城には居られないはずです。お会いしたいのであれば、孔明様にお伝えして姜維殿が此方に来られるようにしますが」

 

「……いいっ! あ、あんな煩いのに来られると俺の耳が持たんからな! そうだ、あの馬に告白してた奴等は何処へ行ったんだ!? アイツ等、俺を今度遠乗りに連れて行ってくれると言った割には何の音沙汰もないぞ!!」

 

「馬に告白云々は分かりかねますが、恐らく馬超殿のことですね。馬超殿は今、馬岱殿と共に関所の向こう側に居ると思われます」

 

「関所の向こう側?」

 

「ええ。何でもラインハット国王から私用を頼まれたようです」

 

 

 ***

 

 蜀の五虎大将の一人に馬超と言う猛者がいる。『錦馬超』の異名を天に響かせ、戦場を騎馬民族らしく愛馬と共に駆け巡った華やかな猛将のことである。馬を模した豪奢な兜が彼の異名の由来であり、その兜を見た兵士達は馬超の参戦に恐れ戦いたと言う。

 

 某大陸の気候の厳しい西の土地で生まれ育ってきた馬超の体躯は、正に馬のように靭やかで強靭だ。

 

 どんな相手にも一歩も引かずに立ち向かってきた馬超の前に現れるのは、水色のぷよぷよとした質感を持つこの世のものとは思えない生き物、スライム。

 

 まだ若く、この世の酸いも甘いも噛み分けるどころかただ今絶賛噛みまくって胃もたれ中でもある馬超にしてみれば、奇怪すぎる生き物であるが己の槍が通ると知ればそれは『何かよく分からない魑魅魍魎』ではなく、『倒せる敵』となった。

 

 

 ばちょう

 こうげき とくぎ←

 どうぐ にげる

 

 

とくぎ

 正義のやり ←

 熱き魂よほとばしれ

 必殺! むえいらせんきゃく

 

 

 頭の中で馬超はスライムを蹴散らす攻撃戦法を選択し、ラインハットから借りてきた馬から飛び降りるや得物である槍を構える。

 

「お前達はこの世界の悪だと皆から聞いている! 受けてみよ! 俺の正義の槍を!!」

 

 馬超は腰を落として槍をスライムに向けて構えるや「うおぉぉおおお!!」と滾るように勇ましい声を上げて、スライムへと特攻を掛ける。スライムは馬超の気魄に負けたのか避けることも逃げることもせず、哀れ馬超の槍の錆となった。ポテンと後ろにすっ転ぶや残滓となって消えていくスライムに馬超は槍を一薙して持ち直す。

 

「若っ! 一人で突っ走らないでっていつも言ってるでしょ!! なんで異世界に来てもズンズン一人で行っちゃうかなあ」

 

 馬超の背後から馬の蹄鉄音が聞こえたかと思うと、そんな小言が漏れ無くついてきた。小言の持ち主に心当たりしかない馬超は悪びれなく振り返り、己の従兄弟に顔を輝かせる。

 

「たまには馬と共に人馬一体と成りたかったのだ!! そうすると、自然と足が速くなってしまってな」

 

「もう! 俺達は確かに馬ならどんとお任せの馬一族だけどもさ。でも、だからといって危険かどうかも分からない未知の場所に一人と一匹で突っ込んでいって欲しくないよ」

 

 馬超にはぁとこれ見よがしに溜息をついて、危険を説くのは顔の濃い男であった。肌の色も濃く、顔の造りが細い馬超と違って少々眉も顔の骨格も太い馬岱は一度見たら忘れられない顔だ。

 

 粋な帽子を被って、これまた馬超同様にラインハットから借りてきた栗毛の馬に乗っている馬岱に倣うように馬超も馬に慣れた手つきで飛び乗った。

 

 馬超の馬は白毛の馬で、ラインハットからあまり出たことのない馬であるらしいがなかなかどうして、よく走り未知の場所であっても臆することなく走り続けることの出来る大した馬であった。馬岱の馬も気性の大人しい子であるらしく、乗り手の言うことをよく聞く扱いやすい馬だ。

 

「しっかし、川の下のトンネルを抜けて関所を越えたのは良いけど、サンタローズまであとどのくらいの距離なんだろうね?」

 

「馬で行けば早朝に出ると昼には着くと厩番からは聞いたが……」

 

「俺達が道を間違わずに向かえた場合の話だけどね。地図を見る限り、このまま西を突っ切ってその際に出てくる峰に従って行けば良いみたいだね」

 

 馬岱が、出立する際に拵えた袋の中から包まれた紙を取り出すと、それは正方形の大きな世界地図となった。ラインハットは大国なだけあって、世界地図の設計にも取り組んでいるらしく馬岱が今持っているのは最新版だ。

 

 よって、ほぼ測量などに誤差は無いように思えるが、あまり地図を過信し過ぎるのも良くないことは経験上知っている。

 

 馬超と馬岱は西側にある大きな峰を頼りにすることにし、手綱をそれぞれ握り締めるとその場から馬を駆けさせた。騎馬民族の本領発揮である。もし、此処に他の人間がいれば馬に乗っていたとしても、そのあまりの速さについていくことが敵わないだろう。

 

 馬を繰ることに関しては他の追随を許さない彼等はどんな険しい荒地であっても、馬に乗ったまま乗り越えることが出来る。それは、彼らが一族を淘汰されるまで住んでいた西涼が一重に過酷な地であったからだが、彼等はそんな所以は知らないと普通の顔して爆走し続けるのであった。

 

 

 サンタローズは大陸の西側に我が物顔で連なる峰の裾野で興った農村だ。険しい峰を背にポツポツと建っている家は全て木造で、生活の糧となる小川が至るところで流れている。その小川はポッカリと穴を空けた峰の洞窟から流れ出ているようで、中に水源があるらしく口に含んでみると身に沁みるような甘さがあった。

 

 天然の贈り物であるこの水は密かにサンタローズの特産物となっていて、昔はこの峰の洞窟から紫紺色のそれは見事な宝石が採れたようなのだが、今はその坑道も廃坑となっているため好き好んでその洞窟に入って行く人間もあまりいない。

 

 時たま、薬剤師がその洞窟でしか採れない稀少な薬草を取りに行くくらいのもので、今は、知らない人間が洞窟に間違って入らないようにと昔、どこかの国の兵士をやっていたらしい男が勝手に守役を務めている。

 

 サンタローズは比較的、ラインハットからも近い村であり人の行き交いが多い村にもように見えるが実際はそうでもない。峰の麓にある為、その村への過程がなだらかな上り坂であり、用がない者が立ち入るには少々骨が折れる場所に存在しているからだ。

 

 また、サンタローズはあまり開かれていない閉鎖的な村でもあるために入村するには門兵の許可が入り、その検閲を受けることを嫌がる人も大多数いた。

 

 そんなサンタローズの事情を勿論知らない馬超と馬岱は夕日が完全に沈み切る前にサンタローズへと無事辿り着くことが出来た。まさか、馬に乗ってサンタローズを訪れる人物がいるとは想像にもしていなかった門兵は二つの人と馬の影につい我が目を疑い擦ってしまうのである。

 

 夕焼けの向こう側からやってきた派手な兜を頭に乗っけた男と、これまた粋な帽子を被った男が二人、物凄い速さで此方に向かってくるものだから門兵も珍しく両手を上げてアワアワと馬に轢かれないよう避難先を探してしまった。

 

 幸い、二頭の馬は門兵の鼻先よりももう少し前で止まった。騎手が手練であるためか、もたつくことなくスムーズに馬がその場に留まり、兵士は鎧に身を包んだ物々しい人物とその人物とは対照的に軽装である人物とを見比べて手にしている槍を握り直す。

 

「こ、此処はサンタローズの村だ。入村したければ、この村に何の用があるのか述べよ」

 

 今にも槍先を喉元に突き出されかねないほど門兵に警戒されている馬超と馬岱は互いに目を見交わす。そして、二人の間で無言のやり取りがなされたらしく、馬超が懐を弄ると丁重に折り畳まれてあった一枚の紙を開いて門兵に見せた。

 

「我々はラインハットより来た王の私兵である。この村のパパスという御仁宛に一通の手紙を渡しに来た。その手紙をパパス殿に渡し、返信を持って帰ることが我々の勤めである」

 

 馬超が片手に掲げた手紙はラインハット国王直筆の書状であり、それは馬超と馬岱の身元を証明するもので、このサンタローズへの用件が記されたものであった。ラインハット国王の花押まで見た門兵は、予想以上の格上の客である二人にとうとう気後れしてしまったようで、勢い良く敬礼をするや否やガチガチの声で「ようこそ」と口にした。

 

「ようこそ、サンタローズの村へ。ラインハットから遠路遥々ようこそいらっしゃいました。現在、パパス殿はアルカパへと出向いておられまして家を留守にしておりますが、その家にはパパス殿の召使であられるサンチョ殿が居られます。パパス殿のことについては彼にお尋ねください」

 

「ふむ。パパス殿は留守にされているのか。確かに、貴殿の言うようにサンチョ殿を伺った方が良いらしいな」

 

「若、序でに今日の宿を取っちゃおうよ。馬達も長距離を走ったからかなり疲れているみたいだし」

 

「勿論だ! 先ずは馬場のある宿を探すぞ! 嗚呼、門兵。この村で一番の馬場がある宿屋は何処だ? 出来れば新鮮な餌が出る宿屋であれば尚更良いのだが」

 

「この村には宿屋は一つしかありませんが、馬場は大きいと思いますよ。馬や牛は我らにとっても大事ですからね」

 

「おお! この村は馬を大事にするのか!! 良い村だな! もし、蜀に戻れなければ此処に住むのもいいかもしれん!!」

 

「若、滅多なこと言わないでよ! もし、帰れなかったら俺達皆に顔向け出来ないよ! 曹操だってまだ討ってないしさ!!」

 

 馬超のあんまりな発言につい馬岱が口を挟んでしまう。それもその筈で、彼らが蜀に帰順したのにはある深い訳があった。馬一族の党首や他の者達が魏の君主、曹操によって数多く討ち取られたのだ。

 

 彼等は元々曹操の下で武勇を振るっていたこともあったのだが、馬超の父である馬騰が曹操に孫権討伐の際に寝返り、寝首をかこうとしたところで失敗し、処断された。その後、馬超は父の仇を討つために東奔西走するのだが、今のところその仇はまだ取れずにいるのであった。

 

 馬岱によって馬超は緩んでいた気を引き締められ、形相を険しくした。馬超にとって父は偉大であり、心底尊敬出来る人物であったのだ。曹操に処断されたと知った時、一気にどす黒い復讐の念に取り巻かれたことを今でも覚えている。この手で、乱世の源となっている曹操を討つべく奮い立ったあの日を、彼は生涯忘れないだろう。

 

「嗚呼、そうだ! 俺は必ず曹操を討つ!! この俺の正義の槍で彼奴の息の根を魏諸共に止めてやるのだ!!」

 

「そうだね。その意気だよ、若。じゃあ、宿屋に向かうとしようか」

 

 馬超の並ならぬ気迫に負けて、門兵がかなり後退しているのだが馬超は気が昂ぶっているのでそのことには気付かず、馬岱は意図して知らぬふりをし、サンタローズの簡易的な門を潜っていったのである。

 

 続く




三國無双を知らない方へ

馬超
騒がしい・やかましい・五月蝿いの三拍子が揃った熱血漢。人よりも数倍声がでかいから、どこに居てもすぐ分かる。元々は曹操の配下であったが、父親と一緒に寝返る。そして、曹操を討伐するという同じ目的を持った劉備の配下になる。一族の再興と復讐に取り憑かれている割には、根が明るい。

馬岱
馬超の従兄弟だが、分家であるために「若」と彼のことを呼ぶ。馬超より長く生き残り、蜀の最期を看取ることになる。明るく陽気な口調と剽軽さが目立つが、腹の中は真っ黒。かなり根暗だが、それが表面化することはまず無い。


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