アイドルマスターOG CINDERELLA XENOGLOSSIA (雨在新人)
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プロローグ
プロローグ 櫻井桃華ースカウト


「櫻井、桃華」

 不意に聞こえた自分の名を呼ぶ声に、櫻井桃華は振り返った

 逆光の中立ち尽くすのは、20代後半と思われる、異国の血が混じったろう深い彫りの顔立ちをした一人の男性。金の髪が、夕日を反射して輝く

 家路へつく人々は多いけれども、まず間違いない、その名を呼んだのはその男だ。その証拠に、彼は桃華をじっと見つめている

 人拐い、と少しだけ身構える桃華

 男はそれに苦笑して、一枚の紙を胸から取り出した

 「すまない。怪しいものじゃない」

 「怪しい人は誰でもそう言いますわ」

 目線を桃華から離さず、男は近付き……膝を折り、目線を合わせてから、紙を差し出した

 

 「392プロダクション、第一アイドル課プロデューサー 神居流星(リュウセイ)……」

 差し出された名刺には、そうあった

 「いや、違う違う。カムイ・ナガセって読むんだ、これは」

 良く間違えられるんだけどさ、とプロデューサーだという男は笑う

 「ならば、きちんとルビを振るべきではありませんこと?」

 「いや、こうして話の切っ掛けになる。だから、アイドルにならないか  ……私にプロデュースされてくれないか?」

 少しむくれる桃華に、男……ナガセPはそう笑い掛けた

 

 「アイドルのスカウト

 だから他の人とわたくしを見る目が違っていらしたのね」

 少し機嫌良く、桃華は続ける

 「わたくしをアイドルに……。

 それは……この御時世にやることなのですの?」

 「この御時世だからこそ、やることさ

 こんな時代にこそ、アイドルは必要なんだ」

 ナガセPの眼が、桃華の目を見据える

 視線は逸らさず、嘘偽りなく心からそう言っていると、桃華には思えた

 「熱意は分かりましたわ

 けれど、わたくしの何処を見て、アイドルにしようと思ったんですの?」

 小首を傾げ、素朴な疑問を桃華は投げ掛ける

 「それは……何て言うかな……」

 途端、こんな時代だというのにアイドルは必要だと力説した人間とは思えない程に、歯切れが悪くなる

 

 「小さくて、可愛いから。後は勘。それじゃダメか?」

 暫くしてナガセPから返ってきた答えは、そんな特別性も何もない、ありきたりな答えだった。これにオーディションであれば熱意を感じたを加えれば完璧に特に理由はないけれども決めた場合の誤魔化し

 「可愛いなんて、誰にでも言ってるんじゃありませんこと?」

 「この子をプロデュースすると決めた相手にしか言ってない」

 「……何人ですの?」

 「今居るアイドル+2人だから……12人目だ」

 「二桁って……節操なしじゃありませんこと?」

 「うちは弱小だから、オーディションもあまり来ない。自分から声を掛けに行かなきゃ輝かせるべきアイドルを集められない」

 「だから仕方ないと言うんですの?」

 白い目で、桃華はナガセPを見る

 理解した。外見はカッコいいけれども、中身は残念な人だと

 アイドルになってくれと言われて、少し嬉しかった。けれども、こんな答えは……

 「他には?」

 「無い。可愛いと思って、行けると感じたらスカウトする。私のスカウト基準はただそれだけさ」

 ……むかっと来た

 「そこでその答えですの!?

 アナタ、レディの扱いがなってませんわ

 失礼な人ですわね……」

 「すまない」

 怒る桃華に対し、素直にナガセPは謝る

 端から見れば、12歳の少女に怒られて、少女に目線を遇わせたまま怒られている20代の男。あまりにも情けない情景。それでも、彼は頭を下げた

 「本当にわたくしをプロデュースする気があって?」

 「当然だ」

 キレ気味の桃華に対して、しっかりとナガセPは頷いた

 

 「……やる気は、あるようですわね」

 少し言い過ぎたかもしれない。トーンダウンしながら、桃華は考える

 「これなら、これから良くなって……」

 街全体に響き渡るけたたましいサイレンが、桃華のその声を遮った

 

 「こんな話をしている場合じゃありませんわ」

 慌てて駆け出そうとする桃華の手を、ナガセPが掴む

 そのまま、桃華の体は道の端へと寄せられた

 「アナタ、何を」

 「この時間帯とこの場所……まず近くの避難地点(シェルター)はパンクする、入れる訳がない」

 「なら」

 「あのサイレンはラマリス出現のものだ。ならば、逆に人口密集地、シェルターから離れる事である程度の安全性を確保出来る」

 ナガセPがさも当たり前の事のように言う事が、桃華には理解できなかった

 「今、何と?」

 「来るのがラマリスならば、シェルターに入れないならばシェルターから離れた方が生き残れるって話だ」

 話しているうちに、周囲の道路からは多くの人が消えていた。警報を受けて、近くのシェルターへと避難しに行ったのだ

 

 「これじゃ、シェルターが閉まってしまいますわよ」

 「だから、シェルター行かない方が良いと言っただろう?

 とはいえ、道路に居ては流石に邪魔か、仕方ない」

 桃華の手を迷いなく引いて、男は近くの駅ビルへと入っていく

 「ちょ、ちょっとアナタ」

 「良いから来るんだ」

 とりつくしまもなく、強引に手を引かれ、桃華が辿り着かされたのは駅ビルの7階、見晴らしの良いイベントスペース。けれども、今は誰もおらず、がらんとした場所。何らかのイベントをやっていたが避難したなんてことも無く、完全な空白

 「ああ、普通のラマリスか」

 窓の外を見て、ナガセPが呟く

 それに釣られるように、桃華も外を見て……

 「う、えぐっ」

 吐き気が、した

 其処には、名状しがたい生き物?が居た

 紫色の、ほぼしゃれこうべという程に痩せこけ眼と歯の抜けきった人間の顔、に牙を幾つか付けたもの。敢えて表現するならば、こうなるだろうか。空虚な眼窩が、恐怖を誘う

 そんな……顔だというのにその口で桃華を丸のみ出来るだろうほどに大きな化け物が何体も街を我が物顔で彷徨(うろつ)いていたのだ

 「……何、ですの、これ……」

 「言っただろう、ラマリスだ。気持ち悪いならば、外を見るな」

 (気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)

 けれども、桃華には不安があった

 ナガセPは自信満々だけれども、本当に自分達は襲われないのか。その不安は全く拭えなかった

 だから、顔を上げて……

 ナガセPの言った通り、化け物達は駅ビルの前を素通りしていった。向かう方向は……

 「避難施設(シェルター)ですの?」

 「人が集まる。負念も集まる。当然ながら、奴等はそれに群がる」

 「そんな……」

 

 ふと、ナガセPが遠く、左上の天井を見上げた

 「この念……来たか」

 「何が、ですの?」

 「鋼の魂……救世主さ。大丈夫だ、逃げ遅れた彼等が食われる事はない」

 無駄に信頼を寄せているように、ナガセPは頷く

 「ですが」

 「はっ?リュウ達が単なるラマリスごときに負ける?それこそ冗談

 負けるわけが無い。だから……」

 戦闘機のようなものが、高速で駅ビルの側を横切った

 

 『コールドメタルナイーブ!……あれ?違ったっけ』

 突然、ナガセPの胸元から、そんな声が響き渡った

 「な、今度は何ですの!?」

 「単なる通信。今通りすぎたR-1のを傍受した」

 「犯罪ですわよ!」

 「厳密に言えば、そうなんだけどな、少しだけ気になったんだ」

 そう言って、彼は胸元の……小さな通信機のスイッチ落とす

 「そう怯えなくて良い。もう終わる」

 その声に、桃華はもう一度外を見る。窓の外は、様変わりしていた

 スマートな、白いロボット。ちょっとずんぐりした、青いロボット。人型をしていない、赤いロボット

 それらが、さも当然のことのように、化け物達を倒していた

 

 白いロボットが、両手に持った銃?から弾を撃ち出す

 青いロボットが、肩に背負った……巨大な何かから小さなビームの束?を撒き散らすように撃ち放つ

 赤いロボットが、手にした長い砲身のビーム砲?から、一条のビームを放つ

 それらが激突すると、化け物達は元々の苦悶の表情を変えること無く、されども消えていく

 瞬く間に、街は平穏を取り戻していった。3分も、掛かっていなかっただろう。桃華はそれを、言葉もなく見守る事しか出来なかった

 

 「さて、警報解除、死傷者ゼロ。ラマリス殲滅は終わったか」

 ポケットからスマートフォンを取り出し、ナガセPがそんなことを言う

 「死傷者ゼロ……」

 ほっと息を吐き、胸を撫で下ろす桃華の目の前で、盾らしきものを機首に、戦闘機のような姿に変わった白いロボットが飛び去っていった

 

 「さて、心配事が片付いた所で……」

 ナガセPが切り出すのは、アイドルの話

 「改めて

 私にプロデュースされてくれませんか、レディ桃華」

 片膝を付き、目線を合わせて、ナガセPが右手を差し出す

 桃華はー

 「アイドル……良いでしょう

 わたくしがアイドルになって、アナタにはレディの正しい扱いというものを教えてあげますわ

 アナタみたいな人の言うアイドル、気にもなりますし」

 ゆっくりと、その手を取った



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プロローグ 櫻井桃華ー392プロダクション

駅ビルから、大体徒歩12分。割と遠い場所に、その背のあまり高くない5階建てのビルはあった

 392プロダクション。相次ぐ戦乱による需要の低下を受け縮小された娯楽産業、その煽りと恩恵を受け、弱小から成長出来ないながらもライバルの少なさから吸収や廃業を免れている、小さなアイドルプロダクション

 

 桃華は、そのビルの前に立っていた。両親には既に連絡してある。警報があった事を聞いてメールを寄越してきた両親に、その際にお世話になりましたので、話を聞くことにしましたわと返信しておいたのだ

 「家より小さいですわね」

 「……これでも、大きくなった方なんだ。最初なんて、別のビルの一フロアでやってたんだから」

 言いながら、ナガセPが社員証のようなものを扉の横の端末に翳す

 ピッと軽い電子音と共に、ガラス張りの扉が開き、涼しい空気が漏れ出してくる

 一階は普通にエントランスホールのような広い場所、特徴的なものは無く、受付と、その横には二人並べば一杯な幅の階段とあまり大きくないエレベーター、そして来客が待つ用だろうソファーが2つにテーブルが1つ、雰囲気作りの為に飾られた植物の鉢植えに骨董品。それだけしかない。少しがらんとした印象を受けるエントランスだ

 受付に居るのは、少し疲れた顔の女性事務員、年は30代後半ほどだろうか。額に寄る皺がなければもう少し若く見えるだろうし、実際は30歳くらいなのだろうと当たりを付けられる

 

 「お疲れ様です、星野さん」

 「お疲れさん、神居P」

 桃華の手を引きながら、受付を通り過ぎる際にナガセPは軽く挨拶を交わす

 「で、そちらの可愛い御嬢さんは」

 目敏く桃華の姿を確認し、受付の人が目を光らせて問う

 「櫻井桃華、12歳ですわ」

 失礼に当たらないように桃華は軽く頭を下げて会釈する。その邪魔にならないように、一時、ナガセPの手は離された

 「ホント、良さげな子ばっかり引っ掛けてくるねぇ、神居Pは」

 じゅるり、と唾を呑み込む音がした

 「同じ女性だからと言って、一線を越えて許されるわけでも無い。そこの所の自制はお願いしますよ、星野さん

 私としても、流石に同僚の女性を犯罪者として警察に突き出したくはないので。スキャンダルにもなりますし」

 「それは解っているともさ、神居P。此方としては、男性なキミの方がスキャンダルの的になりそうだと言いたいけど」

 「アイドルが恋愛なり結婚なりしてはいけないとは思ってない。恋は、やはり人を輝かせる。恋することは良いことだ。止める気はない、ゴシップに気を付け、本気で臨むならば恋愛大いに結構

 それはそれとして、幾ら可愛いからといって担当するアイドルをそういった目で見……るのは最悪仕方ないとして、あまつさえ手を出すPは、最低だと私は思うよ。私は、最低のPになる気はないさ」

 「あれだけの逸材を口説いてきていてそれとは、枯れてる意見だね。好きな人とか、居なかったのかい」

 「居たよ。通説通り、初恋は実らなかったけれど」

 「にしても、仕事の方面でもアイドルと同じように、逸材を見付けてくる眼があればね……」

 「と、言われても。アレばかりは、弱小の辛い所というもの。どうにもこうにも、足元を見られることも多い。都合の良い仕事だけを受けてては立ち行かないが、足元を見られてもホイホイ受けていては改善しない」

 「仕事といえば、346から彼女を引き取りたいという話がまた来た。千川(せんかわ)氏が不機嫌になっていたよ」

 「またか。引き抜くなら本人を自力で口説いてくれと何度も言っているのに。まあ、酒の席で愚痴にでも付き合ってくるさ。少しはマシになるだろう

 それじゃあ、桃華にプロダクションを紹介しないといけないのでこれで」

 良く知らない桃華が全く入り込めない感じで軽口を叩きあい終え、ナガセPは再度桃華の手を取る

 「2階がアイドル達の溜まり場で、3、4階がレッスンスペースと物置、5階が事務室。きっとちひろさんが少し荒れている、5階へは近付かず2階に行こうか

 やっぱり、一緒にトップアイドルを目指すかもしれない人達が、一番知りたいだろう?」

 「まあ、そうですわね」

 

 階段を登り、2階にあるたった一つの扉の前に立つ

 「これは何ですの?」

 扉の前には、一枚のボードが掛けてあった

 不思議な……良く言えば個性的な、悪く言うとまとまりの無い絵のプレートが6枚ほど、そのボードには掛けられている。けれども、そのうち一枚は裏向きであり、何が書いてあるかは分からない

 「これか。これは……」

 ナガセPは、その裏向きにされたボードを表返えしながら言う

 「傷ついた悪姫(ブリュンヒルデ)、風吟ず歌姫、愛姫の小悪魔……」

 「ワケが、分かりませんわ」

 「まあ、正直な所、出欠表みたいなものだ

 プレートが無ければ居ない。あれば今居る。裏返っていれば来たけれども用事で出掛けている、をそれぞれ示している」

 「つまり、プロデューサーのものを含めて6枚だから、5人今居るって事ですの?」

 「事務員のちひろさんの分もあるから、4人だ

 名前は言えるけれども、会った方が早いか」

 言って、ナガセPは鍵の掛かっていない部屋の扉を開けた

 

 途端

 「闇に飲まれよ!」

 そんなワケわからない言葉が、桃華の耳に飛び込んできたのだった……

 しかし

 「闇に飲まれよ、我が悪姫(ブリュンヒルデ)。だが、闇の中でこそ、星は煌めく、そうだろう?」

 さもそれが当然の話であるかのように、当たり前に似た言葉でナガセPは返す

 「それは必然。星空は闇夜を照らし、迷える子羊を導くだろう」

 自慢げに胸を張って、扉の前で待っていたのだろう桃華より年上だろう銀髪の少女が、ワケわからない言葉を続ける

 「ミサの時は近い、月がそのアギトを開く時、幕は上がるだろう。我が悪姫(ブリュンヒルデ)よ」

 「案ずるな、我が友よ。我が闇の力は絶大、空の半月が姿を変える時までには、我が身は覚醒魔王へと転生するだろう。そう、我が魂の赴くままに……」

 「あのー、プロデューサーさん?ボクの事の放っておくなんて、良い度胸ですね!というか、横の子完全に引いちゃってますよ、どうするんですか!」

 怪しげな儀式を計画しているようにしか聞こえない会話の中に、まともな声が割り込んできた

 

 「ああ、すまない桃華。スイッチが入ると、ついな」

 「言霊の繰りようもない……」

 その言葉で桃華の存在を思い出したのか、二人?が謝ってくる。少女の方は、相変わらずの調子だけれども

 「全く……ボクが気付いて止めたから良いものの、折角の新人に逃げられてたらどうするつもりだったんですか、プロデューサーさん!」

 フフーンと得意気に、桃華の視界に飛び込んできたのは、銀髪の少女より小柄だろう、外はねした髪が特徴的なもう一人の少女だった

 「……そうだな。この事務所にいない人にとっては、ワケが分からない会話か……」

 「カワイイボクが居て良かったですね」

 「ああ、そうだな

 ……ということで、多分付いていけなかったという事は知らないだろうし、紹介しようか」

 珍しい淡い桜色に近い髪の少女との会話を終え、ナガセPは桃華に向き直る

 

 「ゴスロリの方が、家のアイドルの一人、神崎蘭子」

 「我が名は傷ついた悪姫(ブリュンヒルデ)、我が友に闇を見出だされし覚醒魔王、神崎蘭子(かんざきらんこ)

 「……これは分かりやすいな。私に才能を見出だされたアイドル、神崎蘭子と自己紹介してるだけだ」

 「……さっきのは?」

 「普通の会話だよ」

 幸子、とナガセPは目配せをする

 「蘭子さんに普通の言葉をやらせるのもキャラ崩壊ですし、やってあげましょう!ボクがノリ良くて良かったですね」

 「ということで、ちょっと翻訳版を演じてみるが、よく分かると思う」

 

 「『お疲れ様です!』」

 「『お疲れ様、蘭子。レッスンは上手くいったんだろう?』」

 「『はい!今ならファンの皆さんにもキラキラを見せられそうです』」

 「『元満月の15日にはライブ本番だが、蘭子……』」

 「『大丈夫ですプロデューサーさん!最高のパフォーマンスでファンの皆さんを迎えてみせます。これからも頑張ります!』」

 「……と、そんな会話だった訳だ」

 と、演技を終え、ナガセPは言った

 「そんな意訳、分かりませんわ!

 ……けど、案外普通の会話だったんですのね……」

 「まあまあ、新人さん。そのうち慣れます」

 「と、いうことで。今の茶番に付き合ってくれたのがやはり家のアイドルで輿水幸子(こしみずさちこ)だ」

 「フフーン!」

 ナガセPの言葉を受け、再度少女が自慢げにあまりない胸を張る

 「ボクは幸子、世界で一番カワイイアイドル、輿水幸子です!

 新人さんも流石はボクを見出(みい)だしたプロデューサーさんの見付けてきたニューアイドルって感じでカワイイですけど、負けませんよ。だってボクはカワイイので」

 

 「それで、蘭子、幸子。この子が櫻井桃華」

 と、ナガセPは桃華を手でさして紹介する

 「レディは最初に紹介するものですわ。やっぱり扱いがなっていませんわね

 わたくしは櫻井桃華、12歳ですわ。個性的なアイドルばかりの中でやっていけるかは不安ですが、わたくし、嘘は嫌いですの。アイドル……やると言ったからには精一杯頑張りますわ」

 そう告げて、桃華は一礼した



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プロローグ 櫻井桃華ー契約

「櫻井桃華……。桜と桃の花、春を感じさせて良い名前ですね!」

 桃華の声を聞き、外ハネした髪の少女……輿水幸子がそう言ってくる

 うんうんと頷く姿を見る限り、それは決して嘘ではなく、心から言っているのだと理解できる

 「有り難う御座いますわ、輿水さん」

 

 「……他は?」

 ふと、ナガセPがそんな言葉を呟いた

 それで、桃華も思い出す。確か、今このビルに居るアイドルは4人だと。けれども、この場には二人しか居ない

 「飛鳥は、まあ……」

 ナガセPが天井を見上げる

 「灼熱の業火に焦がされし、天に近き塔……(屋上です!)」

 「ああ、安らぎの在処だろうな(何時もの場所だな)。で、だ」

 見上げたまま、銀髪の少女……神崎蘭子との会話を軽く切り上げ、ナガセPは正面に向き直る

 「家のエースは?」

 「……エース、ですの?」

 凄そうな単語に、思わず桃華はそう問い掛ける

 直後

 「只今戻りました、プロデューサー」

 その声は、桃華の後ろから聞こえた

 それは、アイドル関係には疎い桃華ですら、聞いたことがある声で……

 「お疲れ様です、楓さん。今まで何処へ?」

 「ちひろさんとお話を。わーくわーくするお仕事では……ふふっ」

 「……それは、本当にお疲れ様です」

 ナガセPが普通に対応する中、桃華はゆっくりと後ろを振り返る

 

 「高垣、楓……さん」

 やはり、桃華の予想した通りの有名人が其処に立っていた

 高垣楓。25歳。蒼と碧、良く見ると色が違う目がある意味特徴的な、一年程前にデビューしたまだ新人と言えなくもないアイドル。けれども、元々モデルをやっていた事からも分かるスタイルと顔の良さ、そして今まで歌に関係する仕事に付いていなかったという事が信じられない程のその圧倒的な歌唱力により、アイドルというよりも歌手として一躍有名となった人物(スター)。ブレイクには元々モデル時代のファンがアイドルデビュー直後に支え最初から大きく出れたのが良い作用となった、と考察されている。桃華が覚えているのは、大体そんな所だ

 「やはり、楓さんは分かるのか」

 少しだけ驚いたように、けれども納得した感じに、ナガセPが桃華に問い掛ける

 「流石に、あの高垣楓を知らない人はそうは居ませんわ

 ……こんな事務所の出身でしたのね」

 「こんなと言わないでくれ。これでも、実質発足二年も経ってない弱小新興プロダクションとしては、頑張っている方なんだ」

 「しっかりとその事を言えば、きっともっと人は集まりますわよ?」

 「楓さんをあまりダシにはしたくない

 それに、392(うち)の問題点は……

 楓さんならば出したい、と言ってくる場所が多すぎて、他のアイドルの仕事を取ってこれない所なんだ……」

 右手で額を抑え、前髪を握り、奥歯を噛み締めて、ナガセPは悔しそうに呟く

 「我が友よ……。我がサバトは真実、魂を震わせる(けど、プロデューサーさんは……ライブ、取ってきてくれたじゃないですか!)」

 「フフン!プロデューサーさんの悩みはもうすぐ終わります。だって、此処にはカワイイボクが居ますからね!

 そのうちボク目当ての仕事が沢山来ますって。そうしたら、世界一カワイイボクが認めるカワイイ他のアイドル達にだってスポットライトは当たりますよ!」

 「プロデューサー、悩みがある時は飲みましょう」

 口々に、アイドル達がそれをフォローする

 一人、フォローなのか分からない楓さんが居たけれども、気を使っているのは間違いない

 

 「楓さん……」

 ナガセPも、その声に顔を上げ……

 「それ、自分が私が必要な程に呑みたいだけでしょう?」

 そう、言った

 「だってプロデューサー、最近お酒に付き合ってくれなかったじゃないですか

 あんなに情熱的だったのに」

 「それは、二ヶ月前まで未成年でしたからね。何時(いつ)もノンアルコールカクテルっていうのも、微妙な気分になるんですよ」

 「……えっ?」

 思わず、桃華はナガセPを見上げる。信じられない事を聞いたというように

 「未成、年?」

 改めて、ナガセPの顔を見る

 どう見ても、未成年には見えない。25歳にしては若く可愛らしいとされる楓さんと並ぶと、長身な方である楓さんよりも頭ひとつ分とは言わないが背が高く、20代後半にしか見えない。彼が酒を買いに来たとしたら、身分証を見ること無く通してしまうだろう

 

 「ええ、プロデューサーさんは何と、18でプロデューサーになってます。流石はボクをプロデュースするだけあって、普通じゃないですね!」

 「とてもそうは見えませんわ……」

 ぼうっと、桃華はつい最近まで未成年だったという男を見上げながら言った

 「良く、老けてると言われる」

 「という事でプロデューサー、久し振りに行きましょう」

 「……今日はちひろさんの愚痴に付き合う気だったのですがね」

 「ええ。プロデューサーのそれにも付き合います」

 「……なら、お願いします、楓さん」

 「ああ、後は……プロデューサー」

 楓さんが、手に持っていた書類をナガセPに手渡す

 

 「……取りに行かなければと思っていた所です

 良く、これが必要だと分かりましたね」

 「飛鳥ちゃんが言いに来ましたよ。『きっと、キミが必要とするだろうね』と」

 「……屋上から飛鳥が見てたって話か。今度礼を言っておきますよ。とりあえず、楓さんも有り難うございます」

 軽く頭を下げ、ナガセPはまた、桃華へと目線を合わせる

 「と、いうことでだ。これを書いてきてくれないか?」

 ナガセPが桃華に受け取った書類を差し出す。それは

 「契約書、ですの?」

 「そう。アイドルになるっていうのは一種の雇用契約だから、正式な書類が必要になる」

 「少し、目を通させて貰っても?」

 「当然。しっかりと確認してくれ」

 「急かしませんのね」

 「私は、詐欺をする気は無いからな」 

 桃華は、父に言われた事がある。焦って物事を決めさせるのは、契約に疚しいことがある詐欺師の事が多い。だから、とりあえず何かを決めるときはしっかりと相手と契約内容を確認するべきなのだと

 ぱらぱらと、桃華は四枚からなる契約書類に目を通してみる。特に可笑しな事は書いていない。不備があるか無いかは、桃華には判断がつかないが、ぱっと見て明らかに可笑しなものは無い

 「カワイイと裏が怖いんじゃないかって思うならば大丈夫です。プロデューサーさんは、ゴシップ記事になるような如何わしい営業の話とか大嫌いですから」

 何を感じたのか、幸子はそんな事を保証し

 「……新人ならばと家のアイドルを狙うようなのと契約するのは、私がまず耐えられないよ」

 少し遠い目で、ナガセPは言った

 「反逆の雷……(殴りましたもんね)」

 「……その節は助かりました、楓さん」

 ナガセPは、思い出したように頭を下げる

 「何をしたんですの……」

 「所謂(いわゆる)枕をすれば、仕事の此方で便宜を量ると煩い取引先の人が居たので……つい、一発

 割と大手だったので、結局別の人と話を付けて、楓さんにちょっと無理言って番組ゲストをやってもらう事で手打ちとなった。お陰でやりたいと言っていたミニライブの場所への移動スケジュールがキツキツになって、楓さんには迷惑をかけた」

 ばつが悪そうに、ナガセPは首筋を掻いた

 

 「それで、この書類は持ち帰って書けば良いんですの?」

 「親にもきちんと見せて、な。親の承認が無いと、私が捕まる」

 「当たり前です。それが分からないほどに子供じゃありませんわ」

 しっかりと、桃華は鞄に書類を仕舞い込む。折れても問題はない、とは思うけれども、折れないように

 

 壁に掛けられた時計が、五時を示した

 「もう、こんな時間ですのね……」

 ラマリスという化け物襲来の警報を学校からの帰りに聞いたのが、三時過ぎ。二時間とは言わないが、そこそこ時間が経っていた

 「二人とも、しっかり帰れるな?」

 「もちろんです!」

 幸子が元気良く答え、蘭子も頷いた

 「ならば……」

 と、ナガセPはポケットから鍵を取り出す。恐らくは、車の鍵

 「送っていこうか、桃華」



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プロローグ 二宮飛鳥ーゲームセンター

「そなたー、また、新しくあいどるを迎えたのでして?」

 「ああ。次に来るのは……二日後だな」

 「ずいぶんと、あいどるも増えました。最初は、そなたと、わたくしと、ちひろさんと、あと二人でしたのに」

 「……遂に、所属アイドルでサッカーチームを組める、か。感慨深いな」

 「そなたの背中の翼は、皆を守れるほど大きいと良いのですがー」

 「さあ、どうだろう。ただ、私の手が届いた。それだけは確か

 ……守ってみせるさ、絶対に」

 「……やあ、奇遇だね、プロデューサー」

 二宮飛鳥(にのみやあすか)は、さも偶然であるかのように装って、目の前のプロデューサーに声を掛けた

 

 「ああ、御早う、飛鳥。今日は休みだろう?」

 飛鳥の存在に気が付き、しっかりとプロデューサー……ナガセ・カムイが応える

 「そうだね。今日は祝祭の日……ボクが此処でやるべき事は何もない」

 「はて?でしたら、なにゆえ此処まで来たのでして?」

 そんな飛鳥の答えに、ナガセPと言葉を交わしていた和装の少女……依田芳乃が、首を傾げた

 16歳、飛鳥の二つ上だというけれども幼さのあるあどけない顔立ち。和装の事が多い事と、腰まであるサラサラとした茶髪と合わさって、日本人形のようにも思える少女。けれども、飛鳥は良く知っている

 彼女は、この392プロダクションの初期から居る、先輩アイドルなのだと。そして、彼女こそが、彼が探し物(プロデューサー)だと言ってナガセPをプロデューサーに据えた張本人なのだ、と

 

 「何をすべきかを探しに、さ。これで十分な答えかな、依田先輩」

 「なるほどー」

 得心がいったように、芳乃は頷く。けれども、その後に続く言葉は、飛鳥にとって意表を突かれる言葉だった

 「つまりー、飛鳥さんは、プロデューサーを探しに来たのでして?」

 「な、何でそうなる!」

 図星である

 

 「飛鳥さんがわざわざ此処まで会いに来るのは、プロデューサーだけなのでしてー

 一人では淋しく、この好き日を共に過ごす者として」

 「ボクだって、友達は……居るさ」

 深く話せるのは、プロデューサーと蘭子だけ。他はまだ、そういうレベルじゃない。けれども、飛鳥は反論する

 「しかしー、蘭子さんは、今日はお仕事」

 「……それ、暗にボクには蘭子しか友達が居ないと言ってないかい?」

 「飛鳥さんは、数少ない心を許した人と、深く繋がる人ではないのでして?

 わたくしは、そういう有り様も飛鳥さんには合っていて、善き、と」

 「ストップだ、芳乃、飛鳥。昼だというのに長くなる」

 芳乃の言葉を、ナガセPが遮った

 

 「午後は、久しぶりの休みだ。来るか、飛鳥?」

 「君は、ボクに何をさせる気かな、プロデューサー?」

 「こんな日に、私がやることなんて何時も決まっているだろう?たまには本格的にやらないと、体が(なま)る」

 「……受けて立つよ。けど、ボクを前のボクと思わない事だよ、プロデューサー」

 「……協力の事の方が多いけどな

 芳乃は?」

 ナガセPが、横に立つ少女に問う

 「わたくしは、ああいうのは不得手、なのでして

 本日は、そなたから貰ったおせんべで、ゆるりと」

 そう告げて、おせんべおせんべと何時もより少し軽い足取りで392プロダクションの建物に入っていく芳乃を、飛鳥は見送った

 「さあ、往こうか」

 

 

 『私もジョーカーを切らせて貰おう……!』

 その言葉が響くと共に、数発のチャフが、飛鳥の視界を埋めた

 「くっ、プロデューサー」

 直接的な攻撃ではない。飛鳥にだってこの先を回避すればまだ勝機はある。それが、どれだけ絶望的だとしても。だから、飛鳥は自身の機体……グルンガストのブースターを吹かし……

 だが、その動きは阻まれる

 『この距離……取ったぞ!』

 吹き荒れる、鋼鉄の弾丸の嵐によって

 チタン製のベアリング弾だ。後方から放たれた無数のそれがグルンガストを乱打し、動きを封じていた

 

 『伊達や酔狂ではない』

 スクエア・クレイモアの嵐を抜け、何とか迎え撃つ為に機体を捻ろうとする

 飛鳥の視界に飛び込んできたのは、全速力で突貫してくる赤い弾丸だった

 アルトアイゼン、突破力に全てを懸けた赤いロボット(パーソナル・トルーパー)。その頭に据えられた、ギャグとしか思えない兵器()が、持ち前の突破力に後押しされて突き刺さる……

 アルトアイゼンの圧倒的な推進力に押し負け、グルンガストの青い機体が押し出される。ヒートホーンを突き刺されたまま、ビルへと突っ込んで……

 『残り全弾、持っていけ!』

 赤い弾丸が肩口のハッチを解放。自身にも反動が来ることを構わず、再度ベアリング弾をばら蒔く

 青いロボットの体が、ビルを崩して更に吹き飛ばされる

 

 「ウィングガスト……」

 『遅い!獲った!撃ち尽くせ、Mk-Ⅲ!』

 退くために、飛鳥が取った行動は撤退。空飛ぶ鳥の姿に機体を変化させ、移動を目論む

 だが、その変形すらも、未だ速度を緩めない赤い機体から放たれたネットによって阻まれた。更に、アルトアイゼン左手のマシンキャノンの弾丸が、変形しかけで露出した機構へと突き刺さる

 『リボルビング・ステーク!』

 完全に止まった動きを見逃さず、高速で接近した赤い弾丸は、右腕に取り付けられた最大の特徴……パイルバンカーを撃ち込む!

 杭が、遂に完全に装甲を貫いて突き刺さる。そのまま、推進力をもってグルンガストを持ち上げ、ビームカートリッジを解放。二度の衝撃波が、モニターを揺らす

 

 『これが、私なりの切り札だ……』

 そんな声と、薬莢が落ちる音が聞こえる中

 飛鳥は呆然と、You Loseと表示されたゲーム筐体……バーニングPT(パーソナル・トルーパー)の画面を眺めていた

 

 「……酷くないかい?」

 横のコクーン型の筐体……バーニングPTの特別仕様(何でも、可能な限り本物のPTのコクピットを再現しているらしい)から降りてくる人影を見るなり、飛鳥はそう愚痴った

 「本気を出して欲しそうだったから、出した」

 「確かにボクの言葉がそうだったのは認めよう。けれども、流石にアレは酷すぎる。まさか、一度も落とせないなんて……」

 バーニングPT、1on1コスト制。それが飛鳥がやっていたアーケードゲームだ。登録された中から好きなロボットを選び、店内や遠くの人と1vs1で対決する、それがそのゲームの概要だ。コスト制というのは、バランス調整の一種。性能が大きく違うロボット間のバランスを取るために、何度まで倒されて良いかを変える手段である。最大コストは9000であり、これがゼロにならない限り、倒されても再出撃出来る。そしてロボットには其々倒された時にどれだけのコストを消費するかが決められているのだ。例えば飛鳥が使った機体……グルンガストはコスト3000で3回倒されたら終わりだし、ナガセPが使ったアルトアイゼンはコスト2300で4回倒されたら負けになる訳だ。当然ながら、その分基本的な性能はグルンガストの方が上なのだが……

 「一度落としたじゃないか、飛鳥」

 結果は惨敗そのもの。ナガセPにコスト6700を残されたまま、全コストを削り取られた

 「プロデューサー、ボクにだってアレが、ボクが落とした訳じゃない事は分かっているよ」

 肩を竦めて、飛鳥は告げた

 そう。コスト6700。アルトアイゼン一機分の2300、確かに削ったのは確かなのだが

 「余裕があったからリロード目的で落ちただけじゃないか」

 当然、ロボットなのだから武器のエネルギーや弾数がリソースとして存在する。それが切れるとその武器は使えない。ゲームなので母艦に帰らずに回復する方法はあるのだが、時間が掛かるしスキも大きい。その点、倒されて再出撃した場合、全武装が完全な状態からになる

 だからナガセPは、わざとエネルギーを切らせる為に大技を誘い、そのまま受けて落ちたのだ。大半使いきった武装をリロードする為に

 つまり、完敗。飛鳥もある程度上手くなったと思っていたのだが、結果はどうしようもなかった

 

 「反則だね。キミが禁止機体になるべきだよ」

 自分をこの道に誘った相手へ、少しの不満を込めて、飛鳥は貼り紙を見ながらぼやいた

 貼り紙の内容は、バーニングPTにおけるグランゾン使用禁止と弱体化調整を望む署名を集めているという、まあ、バランス崩壊キャラが居る場合たまにあるものだった

 けれども、飛鳥は見たことがある。今の貼り紙が既に張られていた1週間前、パイロットが素人のグランゾンなんてあまり怖くないとグランゾンと渡り合っていたナガセPの姿を

 「酷い言われようだ」

 「……戦闘という非日常は、確かにボクの心に響いたさ

 けど、キミは遠すぎるよ、プロデューサー」



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プロローグ 二宮飛鳥ー骨董品店

数十分後、飛鳥とナガセPは、ゲームセンターを離れ、街へと出ていた

 

 「良いのかい、あんなもので」

 そう問い掛ける飛鳥に、ナガセPは笑う

 「良いんだ。今日は元々骨董屋に行く気だった

 彼処に長居していては、厄介なものに引っ掛かる」

 「厄介、キミがそんな言葉を使うとはね」

 「厄介も厄介さ。何たって、スカウト活動中の相手なんだから、さ」

 そう言って、ナガセPは続ける

 「出会ってしまえば、暫く時間を掛けるしかない。だから、今日に限っては会いたくない」

 そんなナガセPに、少しだけ冷たい視線を飛鳥は向ける。向けざるをえない

 「それ、キミは何時もはその子と会う事を口実に、ゲームセンターに足を運んでる、と告白するにも等しい事だよ、プロデューサー

 ボクはキミの言葉を信じて此処に居る。だというのに、キミはボクを置いて、そんな事をするのかい?」

 飛鳥としても、本気で責めている訳ではない。蘭子のミニライブを取ってきたように、ナガセPがしっかりとアイドル達の為に努力している事は知っているから

 「置いていったりしないさ、飛鳥。まあ、その子との接点として、ゲームセンターに行っていた事は、否定しないがね」

 「それで?その子の事を、ボクは知っているのかい?」

 歩みを止めず、飛鳥は聞いた

 

 「知っているさ。2週間前の店舗大会、彼処で出会っているはずさ」

 ナガセPの言葉に、飛鳥は少しだけ記憶を漁る

 確かに2週間ほど前の休みの日、あのゲームセンターの店舗大会に参加した。では、そこで見かけた、プロデューサーがスカウトしそうな程の子は……

 「決勝の子かい、プロデューサー?」

 ナガセPは、静かに頷いた

 「そう、三好紗南。あの時の子さ」

 足が、止まる。目的地に辿り着いたのだ

 

 柊骨董品店、ナガセPが立ち止まった、少し古臭い店の看板には、そうあった

 「ここかい、プロデューサー」

 「ああ、そうだよ飛鳥。私が何時も骨董品を仕入れてくる店さ」

 飛鳥の問いに、ゆっくりとナガセPは頷いた

 

 ……そういえば、と飛鳥は思い出す。プロデューサーの趣味は、ロボット系列のプラモデル収集、ロボット系列のゲーム、そして骨董品集めだったな、と。事務所に飾られている骨董品は、全てプロデューサーが集めてきたものだった、と

 

 「ヨウタ」

 店に一歩踏み入れ、ナガセPが呼ぶと、軽い音と共に、一人の少年が店先に出てきた

 ちょっと跳ねた焦げ茶色の癖毛、飛鳥の趣味ではないけれども、整った精悍な顔立ち。所謂イケメンに属するだろう少年だった

 「あっ、カムイさん……と、初めての子だ」

 ナガセPの後ろに居る飛鳥に気が付いたように、少年が呟く

 「ナガセさんの言う、アイドルの子?」

 「そう。ボクはアスカ、二宮飛鳥。キミの言う通り、プロデューサーに見出だされた宝石の原石さ。けれど、ボクはキミの事を知らないし、逆もまたほぼ然り、だ。教えてくれるかい?」

 少しだけ気合いを入れた白いエクステンションを揺らし、飛鳥はそう名乗った

 それを受けて、少年は……臆せず、手を差し出した

 「やっぱりそうか。俺は陽太。柊陽太。ここの骨董品店で、母さんを手伝ってる。そこの……カムイさんには、贔屓にしてもらっている」

 飛鳥は、差し出した手を取った

 硬くて、けれども暖かく包み込む、そんな手だった

 「成程ね。プロデューサーの行きつけの店だった訳だ。一つ、キミの事が分かったよ、プロデューサー

 ……ヨウタ、これから、道が交わることがあれば、そのときは」

 そんな飛鳥の言葉に、ヨウタは手を放し、苦笑する

 「カムイさん。ひょっとして……この子が、あの子の言っていた親友?」

 「そう。蘭子の魂の友、二宮飛鳥だ。大丈夫、初見は取っつきにくいけれども、良い子だよ」

 

 ああ、そうそう、とナガセPは懐から封筒を取り出す。白い封筒。として、392プロダクションのマークのシールが貼られているものだ

 「……これは?」

 「その神崎蘭子のミニライブが、16日にある。そのチケットさ」

 「いや、貰えませんよ」

 「いや、此方から来て欲しいという意思表示として、このチケットを渡すんだ。16日、この店は休みだろう?」

 ナガセPは、そう言って、封筒ごとチケットを渡す

 「……プロデューサー、その為に、此処に来たのかい?」

 肩……は手をあげないと届かないので袖を引き、飛鳥はナガセPに問う

 「そうだ。流石に2日では、良いものは増えてないだろう。だって……当日来れなくなったは仕方ないが、元から席に空きがあれば、蘭子が悲しむ。知り合いが居なければ、とても緊張するだろう?」

 そう、ナガセPは微笑った

 

 「いや、でも……」

 けれども、ヨウタは渋る

 「ユキの奴だって、返事を保留して」

 

 「なになに、わたしの話?」

 突然、そんな明るい声が響いた

 見ると、店の奥から……銀の髪を後ろで結った、ナガセPがスカウトしてそうな少女が出てくる所だった



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プロローグ 二宮飛鳥ー動き出す運命

「ユキ」

 現れた少女に向けて、ヨウタは笑いかけた

 それで、飛鳥にも理解できる。おそらくは、彼女はヨウタの家族なのだろう、と

 

 「プロデューサー、ひょっとしてコナかけたのかい?」

 「かけたさ。当たり前だろう?」

 イタズラっぽく、ナガセPは笑ってその言葉を肯定した。悪びれる事もなく

 「ボクが言うことじゃないけれども、手を伸ばしすぎると、零れるものもあるものさ、プロデューサー」

 「溢しはしない。自分の手の届く範囲は知っているつもりだ、飛鳥」

 

 「あっ、カムイ……さん」

 ナガセPを見て、僅かに銀髪の少女が固まる

 無理もない、と飛鳥は感じた。恐らくは、まだ返事を決めてない段階。アイドルにならないともなるとも言っていない現状で、スカウトしにきた当人と会えば、やはり気まずいだろう

 けれども、ナガセPはそれを気にせずに話を進める

 

 「柊結希さん。焦らなくて良い

 私は、単純に此方の用事で訪ねただけの事。返事を聞きに来た訳じゃないさ。寧ろ」

 ちらり、とナガセPはヨウタを見る

 「此方の事を知らずに、というのも悪かった。ヨウタに渡したチケットで、此方を……392のアイドル達を見てくれ。そして、決めてくれ。自分の道を」

 「道はしっかりと決めるもの、わたし、覚えた!」

 ナガセPに応じるように頷いた少女……ユキの胸元で、キラリと青い石のペンダントが揺れた

 

 「……綺麗な石だね」

 会話の糸口として、飛鳥はそう口にする。それ以外に、入り込む言葉が思い付かなかったから

 「?あげないよ、これはわたしのだから」

 「いや、ボクは……」

 「ユキが初めてあった時からずっと身に付けてるんです。運命の石とか呼んでました」

 余程大切なものなのか、右手できゅっと握りこむユキに代わり、兄らしきヨウタがそう教えてくれる

 「運命の石……」

 「……不思議な力を感じるものではあるさ」

 私にも、詳しくは解らないけれども、とナガセPが言葉を続ける

 「カムイさん、解りそうな事は」

 「それこそ、鋼龍戦隊にでも話を付けて、研究所で調べてもらったりしなければ難しいだろう

 とはいえ、ユキ君はそれを望まない、そうじゃないか?」

 「はい。きっと」

 ヨウタが、ナガセPの言葉に頷く

 

 「そう言えば、プロデューサー」

 ふと、思い返した言葉に引っ掛かるものがあり、飛鳥はナガセPの袖を引く

 「初めて会った時からって、彼等は兄妹じゃないのかい?」

 「わたし?分かんない」

 飛鳥の言葉に、ユキは首を傾げる

 「記憶喪失らしい。半年前以前の事は何も分からず、この家に保護されてる」

 「成る程ね。……確かにあの石は重要だ」

 納得するように、飛鳥は頷く

 記憶喪失前から身に付けていたかもしれないもの。それは、記憶を呼び覚ます鍵になりうるものだから

 

 その瞬間、飛鳥の耳に爆発音が響き渡った

 

 「なになに?地震?」

 「明らかに違うだろうが!」

 二人のヒイラギ達の言葉は、何処か遠く

 夕方に入り始めた街に、影が落ちる

 その影の主は、4機の同一の姿の巨体

 黒いボディ、各所には赤が見え、下半身は蜂か何かのようであり足は無く。特徴的な巨大な両の腕は、鋏のような銀色のクロー。背中には、紫のエネルギーを撒き散らすブースターがある

 飛鳥が見たことの無い機体。いや、他ならば見たことがあるのかというとそうでもないのだが

 「パーソナルトルーパーじゃない。これが、話に聞く百邪なのか?」

 「……デスト、ルーク?」

 飛鳥の横で、立ち尽くしていたナガセPが、呆然とそう言った

 「知っているのかい、プロデューサー」

 「名前だけだ」

 ナガセPが、手を差し出す

 「逃げるぞ、飛鳥、ヨウタ、ユキ」

 「逃げるって、何処へ」

 「シェルター以外にあるのか?」

 「けど、まだあれが何なのかも」

 言いかけたヨウタの言葉が終わる前に、黒い巨体の左腕から一条のビームが迸る

 それは、街並みの中佇む家に当たると爆発、一つの家を焼き払った

 明らかな敵対行動。少なくとも、地球連邦軍の新兵器実験等では有り得ない事は確定する

 

 「……この反応は」

 何者かの声が聞こえた気がした

 「……ヨウタ。状況が変わった。家に地下は?」

 「あるけど……」

 「そこに避難する。良いか?」

 「いや、良いけど」

 「ならば、善は急げだ」

 ナガセPの僅かに震える手が、飛鳥の手を引いた

 

 「やまないね、爆発音」

 地下に避難させて貰ってから数分後。ユキがぽつりと呟く

 周囲から、あの黒い機体が離れていった感じはない。街を焼き払うビームの爆発音は、今も近くで続いていた

 「大丈夫だ、ユキ

 きっと俺達は助かる。連邦軍が来てくれるさ」

 そう義妹を励ますヨウタの言葉も、やはり震えている。少なくとも、確信している感じはない

 「ほら、その石も無くさないようにちゃんと持ってろ。大切なものなんだろう」

 ヨウタの手が、ユキのペンダントに触れる

 

 「プロデューサー、これからどうするんだい」

 そんな中、飛鳥は一人奥歯を噛み締めるナガセPに言葉を掛けた

 「……武……う……え、居……れば」

 「プロデューサー?」

 「いや、悪い。このまま連邦軍が来るのを待つ。それしかない

 地下に避難したのも時間稼ぎだ。少なくとも、あのままシェルターまで行くよりは隠れやすい」

 「そんな受け身な……うわっ!」

 突然の大きな揺れに、飛鳥は体勢を崩しかけ、ナガセPの震える手に抱き止められる

 「せめて、PTさえあれば……力さえ、俺にあれば……」

 その声は、震えていた。何時ものプロデューサーが使う私でなく、俺という不思議な一人称も含めて、何処か遠くにナガセPを感じる

 「こんな時、父さんがいてくれれば……きっと……」

 ヨウタの呟きに、一層ナガセPの手に、力が籠った

 「プロデューサー。ボク達は単なる一般人さ。ヒーローなんかでありはしない」

 

 「……今はそうだ、でも」

 「……けど」

 飛鳥の言葉に返すように、男達はそう呟き

 「けど、それでも守りたい……

 例え父さんみたいになれなくても」

 「……ヨウタ?」

 ナガセPが何かに気が付いたかのように、ふとその名前を呟く

 「俺の目に映る人くらいは、俺自身の手で……!」

 その瞬間、ビームが床を突き破り地下まで降り注ぎ

 「君の意志、私に届いた」

 光と共に、そんな言葉が聞こえてきた

 

 「!?この声は……」

 「わたしの石から、聞こえてくる……?」

 「……そうか。お前だったのか……」

 ナガセPが、光に包まれるヒイラギの二人を見ながら、頷く

 「今ある運命を切り開くというならば、私の名を呼べ!」

 再度石から聞こえる、重く、威厳のある声

 「私の名は……!」

 おいてけぼりの飛鳥の横で、二人の男の声が混ざりあい、響いた

 「「ファルセイバァァァァァァッ!」」



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プロローグ 二宮飛鳥ー動き出す運命Ⅱ

「ヨウタ?ユキ?」

 突然の光が止んだとき、ヒイラギの二人の姿は其処には無かった

 「プロデューサー?」

 「居るさ、飛鳥」

 ナガセPは其処に居た。けれども、二人の姿は、穴の空いた地下にはもう見えない

 「二人は?」

 「外さ、飛鳥」

 ナガセPが見上げたそこには、巨大な……足があった

 

 もう大丈夫だとナガセPに手を引かれるまま、飛鳥は地上に戻る

 見えたのは、近くに立つ白と青の機械巨人の姿。踵や肩、そして剣らしき部分にだけ金が混じり、胸や額、そして両の腕には……ユキのペンダントと同色の結晶が見てとれる。その顔付きは、正に勇者。少なくとも、敵っぽくはない

 「プロデューサー、これは……」

 「ファルセイバー。彼等の力だ」

 そのナガセPの言葉を裏付けるように、青い巨人から声が響く

 「カムイさん、ひょっとしてファルセイバーの事……」

 「話は後だ、ヨウタ!来るぞ!」

 「間違いない、あれは奴だ!生き延びていたか!」

 ナガセPの警告と同時、そんな不穏な声と共に、黒い機体の左腕からビームが放たれ、青い巨人へと激突する

 「数々の同胞を手に掛けた恨み、ここで晴らしてくれる!」

 

 「大丈夫なのかい、プロデューサー?」

 「あの言葉を聞けばわかるだろう?大丈夫だ。彼等は、あの青いロボット……ファルセイバーに負け続けてきたと告白したじゃないか

 ならば、ヨウタが負けるわけが無いだろう?」

 

 「いいぜ、ファルセイバー。それが今を切り開く方法だっていうならな!」

 その言葉と共に、傷ひとつない青い巨人が動き出す

 「そこまでだ、デストルーク!」

 機体から響くのは、さっき聞こえた威厳のある声

 「この世界に何度現れたとしても同じだ

 お前達の野望は……!」

 「そうだ。デストルーク、お前達は……」

 「このファルセイバーが打ち砕いてみせる!」

 宣言と共に、左手手甲にある結晶体が稼働し、左拳に接続される

 「敵を撃つイメージ、それがペンタクルショットだ!」

 ガイドする威厳のある声に合わせ、青い巨人は左腕を振りかぶる。その手に、青いエネルギーが集まり

 「ぺ、ペンタクルショット!」

 まだ慣れてないヨウタの声と共に、拳を突き出した

 集まったエネルギーがそのまま打ち出され、黒い機体に激突する

 

 「ぐおおっ!奴め、手傷を負っているのではなかったのか!?」

 そして、その右腕部分を完全に吹き飛ばした。そのまま、黒い機体は破壊痕からスパークを放ち、爆発する

 「……強い」

 ぽつりと、飛鳥は呟く

 確かに、これならば勝てるはずだ。負けるわけが無いだろう?というナガセPの言葉も頷ける

 ……けれど、それは

 ヨウタやユキといった素人が戦っても勝てるほどに性能差があると分かっていての話

 「プロデューサー。本当は、彼等を知ってるんじゃないのかい」

 「いや、見て解るだろう?

 ヒーローが、負ける訳がない」

 エネルギーを溜めた右拳で、青い巨人が黒い機体を殴り飛ばすのを見ながら、ナガセPはそうニヤリと笑った

 「その理屈は、解らないでもないけどね」

 

 「ヨウタ、左後方!」

 胸元に仕込んだらしい通信機で、ナガセPは叫ぶ

 「プロデューサー、彼等に聞こえるのかい?」

 「聞こえるさ。基本は軍の回線だ」

 実際、聞こえているのだろう。青い巨人は、後ろに目があるかのように、左斜め後ろからの、黒い機体の胸のピンクいクリスタルと腕のビーム砲からのエネルギーを収束したビームを避けてみせた

 「カムイさん、大丈夫なんですか?」

 「問題ない。彼等は……ファルセイバーしか目に入らない」

 「それは、そうだけど……ペンタクルショット!」

 みるみるうちに、黒い機体は数を減らしていって……

 「ヨウタ、構えろ!」

 ゼロになった瞬間、そのナガセPの叫びと共に、黒い影が、再び地に現れる

 

 「……気持ち悪いね、プロデューサー」

 それは、ナガセPがデストルークと呼んでいたものとは違う、生体的な機械。赤、青、そして黄色。三色が混ざりあった結晶を胸に持つ、地球連邦軍で採用されているPT、ゲシュペンストにも似たロボット

 けれども、その間接部は機械ではなく、筋肉のようで。まるで、ゲシュペンストという鎧を、化け物が着ているような……

 「なんなんだ、あれは」

 「ヨウタ、私にも解らない」

 「それでも、倒すまでだ!」

 そんな化け物にも、臆せず青い巨人は向かって行く

 その後ろに、守りたい街があるから

 「セイバーナックル!」

 胸の前でエネルギーを貯め、青い巨人が化け物に殴りかかる

 あっさりと、化け物はエネルギーを受けて爆散し……

 「離れろ、ヨウタ!」

 その言葉を受けて、足裏のブーストで距離を取る

 

 「え?」 

 「何?どういう事なの?」

 爆発しても残るクリスタルを核に、まるで捻れた絵の逆回しのように、爆発したはずの機体が戻ってゆく。それに合わせるように、捻れた空間に呑まれるように、周囲の家が、削り取られたように消えた

 「再生したのか?なら!」

 青い巨人が左拳を振りかぶる

 「ペンタクルショット!」

 けれども、そのエネルギー弾は、クリスタルに欠片の傷も付けること無く、ただ化け物の左腕のみを吹き飛ばすに留まる

 

 「……アインスト、イデア……」

 呆然としたように、ナガセPが呟く

 「ダメだ。軍が来ても……奴は……」

 「プロデューサー?」

 「ダメだ、奴等だけは……」

 ナガセPが、弱気にそう呟く。その手は血がいってなくて蒼白で……

 

 けれども、ナガセPが言ったように、ヒーローは負けない

 背中の明らかに増設されたブースターを噴かせ、三機の……なんと言うか、不思議な姿のロボットが街に降り立つ

 上半身と下半身を、階段状のパーツで繋げたような、不思議な白いロボット。特徴となるのは、肘から延びる、巨大なサイドアーム

 

 「……プロトタイプ、iDOL?誰が」

 「危ない!」

 思わず、飛鳥は叫んでいた

 胸が蒼く塗装されたロボットが、無造作に化け物の一体に殴りかかったから

 けれど

 「……再生、しない?」

 殴られた化け物は、右腕を吹き飛ばされ……けれども、青い巨人に攻撃されて爆発した時のように、周囲を巻き込んで再生する事はない。そのまま、壊れた右腕を晒していて

 「……歌?」

 飛鳥の耳に、微か、けれども確かにそれは聞こえた

 ロボットが、歌っている。いや、中に居るパイロットが歌っているのだろう

 「歌?」

 「何を言っているんだ、ユキ?」

 青い巨人側でも、ユキにのみはその歌は聞こえているらしい

 「飛鳥」

 「プロデューサー、これは」

 「歌をしっかりと聞いてくれ。きっと、それは……」

 飛鳥が良く知っている歌だから

 

 ナガセPに言われ、飛鳥は耳を澄ます

 心を無に。微かな歌声を、そのまま言葉にするように

 ……飛鳥にも、この歌は分かる。解らない、訳がない

 「Never say never……」

 こんな時代でも、縮小しながらもしっかりとアイドル事業を続ける大手、346プロダクション。その看板とも言えるNew Generationsの一人、渋谷凛の歌だ

 「ということは、NGsなのか……」

 「プロデューサー、ボクには何が何だか」

 「あのロボットは、NGsが動かしている、という事だ」

 「……えっ?」

 飛鳥は、呆けた声を出していた

 あまりにも、言葉が……認識出来なくて

 

 だから、その後の反応も遅れた

 「……悪いな、飛鳥」

 右の手を飛鳥の額に翳す、ナガセPから逃げる事が、出来なかった

 「全て、忘れろ」

 その瞳が、強い光を湛え、輝いている気がした

 唐突に、思考に霧が掛かるように、眠気が襲ってくる

 「プロ、デュー……サー」

 「……こんな事にならないために、俺はっ!」

 崩れ落ちる体。抱き止められる感覚

 それを最後に、二宮飛鳥の意識は、夢へと落ちていった




これにてプロローグは終了となります

暫くエタってて申し訳ない。ファルセイバー使うならばやり直さないととBXやってたせいです


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第一章 星少なき時代に
アナスタシアー始まりの前に


「ドーブラエ ウートラ!おはようございます、アスカ」

 二宮飛鳥が、ナガセPとお出掛けしたその翌日、まだ朝靄が消えきっていない頃

 アナスタシアは、事務所までやって来た飛鳥にそう声を掛けた

 「ああ、お早う、アーニャ。早いね」

 雰囲気の似た蘭子とは異なり、あまり表情を変えず、けれども微かに微笑んで、飛鳥も挨拶を返す

 「皆様、おはよう御座いますですわ」

 その飛鳥の後ろから、アナスタシアの知らない金髪の少女が顔を出した

 

 「あら?」

 少女も、アナスタシアを知らないのだろう。小首を傾げている

 「プロデューサーが、今日は居ないと言っていたアイドルの方ですわね」

 けれども、納得がいったのか、少女はアナスタシアの目を見て、そう言った

 アナスタシアも、それで理解する。またナガセPが新しいアイドルをスカウトしてきたのだ、と

 「ラズリシーチェ プリスターヴィッツア、はじめまして」

 ならば、飛鳥達のようにアナスタシアの後輩に当たる。なので、まずは自己紹介から、とアナスタシアは口を開く

 「ロシア語……ですの?わたくし、ロシア語はちょっと」

 「気にすることは無いよ、アーニャは日本語でも分かってくれる」

 初対面にはちょっと、と思うも、飛鳥がフォローを入れてくれたので、そのままアナスタシアは自己紹介を続ける

 「ミニャ ザウート、私の名前は……アナスタシア。アーニャ、って呼んで、ください」

 「アナスタシアさん、ですのね。宜しくですわ、アーニャさん

 わたくしは櫻井桃華。今日から本格的にこの392プロダクションにお世話になることになった新米アイドルですの」

 その12歳くらいだろう少女……櫻井桃華は、綺麗な所作で御辞儀をする。ふわりと、その柔らかな金髪が揺れた

 「サクライ……アーニャ、サクライの香水、使ってます」

 「ええ。その櫻井ですわ。とはいっても、アイドルとしての櫻井桃華はまだ新米、かしこまらなくてもよろしくてよ」

 

 「それにしても、早いね、アーニャ」

 挨拶が一段落ついた頃、そう飛鳥が語りかけてくる

 ふと、事務所二階の時計を見ると、朝の8時を過ぎたところ

 「プロデューサーから届いた集合のメールには、9時とありましたわ

 それでは、飛鳥さん。わたくしは書類を提出しなければなりませんので、一度失礼しますわ」

 しっかりした少女は手さげの鞄と共に部屋を出ていき、部屋にはアナスタシアと飛鳥だけが残される

 

 「アスカこそ、早いです」

 だから、話を続けるために、アナスタシアもそう返す

 なんだかんだ勤勉な幸子が来るのが集合の20分前。遅れそうになりながら堀裕子が来るのが1分前。この392プロダクションの集合事情はこんなものだ。集合1時間も前に二人居るというのは、どこか可笑しい

 「ボクは、少しね……」

 そう告げる飛鳥は、いつもより歯切れが悪い

 「プロデューサーと、おでかけした、聞きました」

 「そのことさ。覚えていないんだ、全然ね

 プロデューサーとゲームセンターに行って、その後骨董品店に行ったのは覚えている。けれども、あの後何があったのか、ボクはそれを覚えていない」

 「大変、です」

 「気が付いた時、そこは既に夜闇に支配された世界。ボクはこの事務所のソファーに寝かされていた。さすがに遅いからということで、プロデューサーの車で送って貰ったけど」

 「やっぱり、気になった……ですか?」

 「そういうことさ、アーニャ。だから、プロデューサーから話を聞きたくて、ね

 アーニャは?」

 「アーニャ、聞きました。アスカがプロデューサーと遊びに行ったって」

 

 「我が友よ!その魂は未だ闇に……(飛鳥ちゃん、無事!?)」

 「蘭子!?」

 突如として、部屋に飛び込んできたのは、黒いフリルの服を身に付けた少女だった

 「どうしたんだ、そんなに慌てて……」

 「……ああ、この御霊を奪わぬ事、感謝してもしきれぬ……(飛鳥ちゃん、無事でよかった……)」

 「うわっ、蘭子、そんなに……」

 その少女……神崎蘭子は、そのまま飛鳥に飛び付くと、その体を抱き締める

 その存在を、生存を、確認するように

 

 「……だから、大丈夫だと送っただろう、蘭子」

 その後ろから、寝癖の消えてない髪をそのままに、金髪の青年が蘭子の肩に手を置いた

 「プロデューサー?これは……」

 「……飛鳥、これだ」

 そう言って、ナガセPは左手に抱えたタブレットの画面を飛鳥、そして何事かと近付いたアナスタシアへと向ける

 そこに載っているのは、今日の朝のニュース。昨日の夕方に起こったという、この街での一つの事件……新種の化け物の出現に関するものだった。生物的な印象も受ける、胸にクリスタルが埋まったロボットの化け物の航空写真が、一面に載っている

 「これは……」

 「飛鳥、一つ聞く。携帯は見たか?」

 目を閉じ、何かを思い出そうとする飛鳥に、ナガセPが問い掛ける

 「見たさ。新着が無いかはね」

 「そのせいだろうな。私も、2回ほど連絡を送った。当然ながら、蘭子も何度か送っただろう」

 「ボクの携帯には何も」

 蘭子に抱き着かれたまま、飛鳥がスマートフォンを取りだし、そして愕然とする

 「……電波が、通ってない……」

 その言葉に、ナガセPは苦笑する

 「そんなことだと思った。ダウンロードした音楽を聴く分には、一部壊れていても問題はないから、気がつかないかも、と

 けれども」

 ちらり、とナガセPは抱き付いたままの蘭子を見る

 「この化け物の精神波に当てられたのか気を失ったと聞いた蘭子からしてみれば、返事が無いのは恐怖でしかない

 私は大丈夫だといっていたけれども、ひょっとしたら、もしかしたら。再発したのかもしれない。遅延式なのかもしれない。と」

 「成程ね。確かに、ボクだってそんな状況なら不安になる」

 状況を呑み込んだのか、飛鳥が、蘭子の背を軽く擦る

 「心配掛けたね、蘭子」

 「アーニャも、気になってた、です。これで、解決、ですね」

 締めるように、アナスタシアはそう言った

 

 「……プロデューサー、昨日の事は」

 暫くして、蘭子が落ち着いた頃。飛鳥は、小さな櫛で髪を解き、寝癖を直したプロデューサーに言葉を投げ掛けた

 「言った通りだ。あの化け物の精神波を受けて、飛鳥は気を失った。そのせいか、その直前の記憶が混濁してしまったんだろう」

 「……それは、真実かい、プロデューサー」

 「真実だ。実際、そういった影響を受けた人間は他にも居る」

 そう言って、ナガセPはタブレットをスクロールする

 確かに、その記事内には、ふと意識が遠くなった者達の言葉も記載されていた

 「確かに、そうだね。けれども、そんな事が本当にあり得るのかい?」

 「あり得るともさ、飛鳥」

 ナガセPの視線が、一瞬飛鳥から外れた

 「念動力は、連邦軍の特殊部隊では実用化されているものだよ。化け物が持っていても、何も可笑しいことはない」

 「……確かにそうだね、プロデューサー。これ以上言っても、仕方はない事だね」

 大人しく、飛鳥は引き下がる

 けれども、アナスタシアの感じる空気は、何処と無く澱んでいて

 

 「カワイイボク、登場です!」

 「ドーブラエ ウートラ!おはようございます、サチコ」

 時間は、思ったより経っていたのだろう。20分前に来る薄桃色の髪の少女、輿水幸子が雰囲気を変える風のように、部屋に入ってきた

 「皆さん、今日は早いですね。そんなに長くボクと居たかったんですか?

 まあ、ボクはカワイイですからね」

 気が付くと、何処と無く澱んでいた空気は、何処にも無かった




櫻井家が香水事業に手を出してるのはオリジナル設定です。この先も、こういったオリジナル設定は多用されますが、ご了承下さい


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アナスタシアー持ち込まれた仕事

「ということでだ」

 時刻は9時丁度。「遅刻回避、さいきっくゥ、テレポート!」と、392プロダクション最後の一人、堀裕子がドタバタと入ってきてすぐ

 ナガセPは、集まった全アイドルを前にして、そう切り出した

 

 「集まって貰った理由はただ一つ」

 ナガセPが、一際大きな机の上に、何時も使っているタブレットを置いた

 「一つ、割と急な仕事が入った」

 そこに記されているのは、仕事の内容

 アナスタシアは、少し遠くから覗き込む。その内容は……

 「皆、この事務所から車で1時間程の所に地球連邦軍の基地があるのは知っているな?」

 「知ってます。ナナ、工場見学の代わりに行きました!」

 ナガセPの言葉に、アイドルの一人……ウサミミを付けた少女、安部菜々がそう答えた

 

 「菜々。あれは学校で行くものなのか?とは思うけれどもそこは良い

 そう、あの基地。今回の仕事は、その基地でのライブだ」

 ゆっくりと、ナガセPは告げる

 「まあ、所謂一種の慰問ライブという事になる。苦しい中、この日本を守っている彼等にひとときの熱狂と安らぎを、という事でオファーが来た

 舞台は仮設ステージ、照明は最低限。何の特殊効果も無い、だからこそ、日頃の努力が浮き彫りになるシンプルなステージになるはずだ」

 「それで、プロデューサー。全員を集めた理由は?」

 飛鳥が、そう問い掛ける

 「一人一人メールで聞いても良かったかもしれない

 けれども、これは……多くのメンバーが参加しなければ、時間が持たない大仕事。だから全員に聞きたかった

 この仕事を、受けるかどうか」

 真剣な目で、ナガセPは告げる

 

 「やりたくないならば、此処で言ってくれ。無理強いはしない」

 ふと、ナガセPは一瞬目線を下げる

 「私自身、軍部の慰問ライブには、良くない思い出があってね。この仕事は、あまり薦めれない。というより、一度断った事もある」

 その声音は、アナスタシアには、20歳にはとても聞こえなかった。まるで、死線を潜り抜けた、30代のような……

 「多くが断るならば、この仕事は受けない」

 

 「スダヴォーリストゥヴエム、アーニャ、喜んでやります」

 その言葉をナガセPが発した瞬間、何かに背中を押されたように、アナスタシアは率先してそう言っていた

 それが、このプロデューサーが、何とか取ってきた久し振りの大仕事だと知っているから

 「……アナスタシア。すまない、そして有難う」

 「全く水臭いですねプロデューサー。このボクのカワイさで、大盛り上がりにしてあげますよ!」

 フフーンと得意気に、幸子が続く

 「ああ、そのカワイさで沸かせてくれ、幸子」

 「瞳を持つ者よ、我が使命を果たす刻は来た(プロデューサーさん、精一杯やります!)」

 「然り。かの言の葉、寿ごう、傷ついた悪姫(ああ、そう言ってくれて有り難う、蘭子)」

 それに続くように、蘭子がそのロールした髪を揺らして参加を表明し

 「やられたね、これが狙いか。とはいえ、この沸き上がる奔流、ボクにも響く。逆らいはしないさ……」

 「悪いな、一人一人聞くよりは、と狙って」

 「いや、これは、乗せられるボクの甘さだよ、プロデューサー」

 「ああ、魅せ響かせてくれよ、飛鳥」

 流れに遅れまいと、エクステを弄りながらも、飛鳥が乗る

 「プロデューサー様。私はあなたの期待に応えます」

 長く淡い色の髪をツーテールにした少女、西園寺琴歌が更に言葉を繋ぎ

 「ナナ、頑張っちゃいますよー!」

 安部菜々も、続く

 「琴歌、期待しているよ

 ナナも、全力で頼む」

 「むむむーん!サイキック……未来予知!

 はっ、参加こそ吉と」

 「ああ、その予知を本当にしてくれよ、ユッコ」

 最後に部屋に飛び込んできた少女、堀裕子も参加を決める

 

 「プロデューサー。私は……」

 そんな中、おずおずと、手を上げる少女も居た。栗色の髪の、ふわふわした雰囲気の少女、高森藍子

 「参加は、やっぱり怖いか?」

 「ごめんなさい」

 「謝らなくて良いよ、藍子。私にも嫌な思い出があるから不安で、だから取ってきたと言えば良い事を、本当に受けて良いのか皆に聞いたんだ」

 申し訳なさそうな藍子に向けて、ナガセPはそう微笑む

 そして、表明していない最後の一人にナガセPは向き直る

 「良い言葉は思い付きましたか、楓さん?」

 「上々の冗談が思い浮かばなくて」

 くすり、と書類上最年長で、皆の纏め役の事もある女性、高垣楓はそう微笑む

 「当然、参加します、プロデューサー」

 

 「あの、わたくしはどうなるんですの?」

 意思表明が終わった所で、流れを切るまいと待っていたのか、桃華がそう問い掛ける

 「流石に、ものにはならない時期の話だからね

 ……上手く仕上がれば一曲だけバックダンスで参加して貰って、後は今の皆を、392を見てもらう事になるだろうね。いや、藍子は居ないけどさ」

 「……でしたら、見せて貰いますわ

 ……所で、ものにはならないって、そんなにすぐですの?」

 桃華の問いに、ナガセPはタブレットスクロールで答えた

 「すぐもすぐ、3週間後

 急な仕事だって言っただろう?」

 その言葉に、皆が固まる

 「さ、三週間後?それは本当ですか、プロデューサー」

 「ああ急な話だろう、楓さん。受けるかの返事は今日中で、本番は三週間後だ」

 全く横暴な、とナガセPは苦笑する

 「何時の時代も、力を持つ者は傲れるものさ」

 そこはかとなく格好付けて、飛鳥が呟く

 「それは確かだが、言い様があるだろう、飛鳥

 彼等は確かに、皆を護っているんだ

 それならば優遇されて然るべきだと、無意識に思ってしまうことは当たり前。調整が効く範囲ならば、受ける側で都合をつけるのも、仕方の無いことさ」

 「プロデューサー、お仕事の」

 アナスタシアが言葉を続けようとするのを、ナガセPが右手で遮った

 

 「そなたー、用意できたのでしてー」

 と、部屋に一人の和服の少女が入ってくる

 依田芳乃。そういえば、居なかったですとアナスタシアが思っている間に、芳乃は手にした紙を机に置く

 「配達有り難う、芳乃

 ということで、芳乃に持ってきて貰ったのが……昨日用意した当日のスケジュールだ

 開幕は16時、閉幕は17時半。家では大半が協力してくれないと持たない程のライブ時間になる」

 「大変、です」

 「ああ、大変だ、アナスタシア。なんで、皆大変なトレーニングになるとは思う

 ただ、久し振りの大仕事の為だらと、精一杯の努力、そして120%の成功を期待する」

 「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

 正規参加メンバーのうち、芳乃を除く8人の声が唱和した



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アナスタシアー星空

夜の帳が降り、空に欠けた月が輝く頃

 392プロダクションの屋上で一人、アナスタシアは空を眺めていた

 頼んだらナガセPが用意してくれた雨風を凌げる簡易的な小屋の中には私物の望遠鏡があるが、今日はそれを使うことなく、肉眼で星を見る

 「きれい、です」

 幾多の戦いは、この地球上でも起きていて、空は昔みたいに綺麗じゃない。父が幼い頃アナスタシアに見せてくれた夜空の写真より、今見える星はあまりにも少ない。郊外であり、街の灯りが星空を掻き消す事はあまりないというのに、だ

 それでも、アナスタシアはそんな星達が好きだった

 

 「……やっぱり、ここか

 あと30分もしたら、扉を閉めるよ」

 「プロ、デューサー?」

 殆ど靴音も無く、一人の男性が屋上の扉を開き、現れる

 ロシア系の血の入ったクォーターだという金の髪に、深い色の瞳。中学・高校ではなく、小学校卒業後にとある4年制専門学校に入り16で卒業、以降は高校卒業資格もないしと中卒労働者みたいに働いてきた、だから正直その問題解けない気がする、と宿題で出た中の難問の解き方を教えてくださいと幸子に頼まれた時に笑い話にしていた……20歳とは思えない程に、なにかを潜り抜けてきた顔の青年。392プロダクションプロデューサー、神威流星(ナガセ・カムイ)

 「ああ、私だ

 星を、観てたのか」

 冷えるよ、と赤い小さな缶をミギテデ差し出しながら、ナガセPは問い掛ける。あまりにも分かりきった問いを

 この屋上は、室外機だなんだでかなり狭苦しい。少なくとも、開放的な感覚は無い。そんな場所、好き好んで訪れるのは事務所の中では飛鳥とアナスタシア、そしてナガセPの三人だけだ。そして、そのうちアナスタシアは、郊外のここではあれば、まだ星が見えるという理由で、夜に訪れることが多い

 「ダー。けど、あまり、見えないです」

 冷えた手には少し熱い小さな缶を受け取りながら、アナスタシアは言う

 「そう、か」

 やはり空を見ながら、ナガセPは呟いた

 

 瞬く星は、50にも満たない。街中では、星なんて見えないが、周囲に灯りのあまり無い392プロダクションでも、やはり満天の星空は、見えることはない。まだ、少し離れた街の灯りのほうが、余程多い

 

 「天の光は総て星、地上の光は総て人……

 そんな言葉がある」

 ふと、二人空を見上げて一分経っただろう頃、ナガセPが呟いた

 「プロデューサー?」

 「天の光は総て敵、なんて言うつもりは流石に無い。けれども……」

 空に一条の流れ星が瞬き、爆発して消えた

 「あの光のうち、どれだけが敵なんだろう。そう思う時がある」

 「Bper、敵、ですか?」

 「……敵。遥か宇宙(ソラ)の彼方から、機動兵器と共に現れる侵略者達

 彼等にだってきっと母なる星はあるんだろう。だから、あの星の光のうち幾らがそうなんだろう、という事

 

 悪い、変なことを言った」

 少しだけバツが悪そうに、ナガセPは自分の手にある缶に口を付ける

 「ダ、ニェット……。そうかも、しれないです。だけど、そんなの、悲しいです」

 「……そう、だね。もっと明るく考えるべきだ」

 「ダー、そのとおり、です」

 空を見上げ呟くナガセPに、そうアナスタシアは頷き、貰った缶に久地を付ける

 かなり甘く暖かい、コーンポタージュの味が舌に拡がった

 「フクースナ、美味しい、です」

 「それは良かった」

 「プロデューサー、のは?」

 「ブラックコーヒーだよ。女の子が飲むものじゃない」

 苦笑するように、ナガセPは自身の缶を振る

 「アスカ、『コーヒーはブラック。それが通というものだよ』と言ってました」

 「単なる格好付けさ、それは。実際には、何時もミルクと砂糖を欠かさずに入れている」

 まあ、正直豆が悪い部分もあるけれども、とナガセPは付け加えながら笑った

 

 「プロデューサー、質問、です」

 また、二人空を眺めながら、ふと、アナスタシアは問い掛ける。ずっと気になっていた、不思議な点を

 「どうした、アナスタシア?」

 空を見上げたまま、ナガセPはしっかりとそう返す

 心配してくれている、ということはアナスタシアにも分かるのだ。けれども、それでも気になって仕方がない

 「プロデューサー、どうして、アーニャって、呼んでくれ、ないですか?」

 そう、"アナスタシア"。愛称のアーニャではなく、だ。これが、堅苦しいプロデューサーならば、理解できる。けれども、飛鳥、蘭子、幸子と年下のアイドルに対しては下の名前で呼び、あの蘭子の独特の言葉に対してであれば理解者であろうと同様の言葉遣いを取るなど、ナガセPは割とフランク……というか、柔軟に対応してくれる。なのに、アナスタシアの事だけは、一度もアーニャと呼んだことがない

 「ユウコは、ユッコって呼んでる、です

 サチコの事、冗談でさっちゃんと呼んでたのも、アーニャ、見ました」

 思わず、少しだけ声を荒げる

 どうしてなのか、解らなくて

 「なのに、アーニャって、呼んでくれない……アーニャ、淋しい、です」

 「……すまない、アナスタシア」

 ナガセPの手が、アナスタシアの、女の子としては短い銀の髪に触れる

 「……それでも、君をアーニャとは呼べない」

 けれども、返ってきたのはそんな言葉

 「アーニャ、嫌われてる、ですか?」

 アナスタシアの声が、無意識に震える

 大丈夫だ、君はアイドルとして輝ける。ナガセPは初めて出会ったとき、アナスタシアにそう言った

 不思議と、他人な気がしなくて。その深い瞳が、星のように綺麗に見えて。プロデューサーを信じたくて、アナスタシアは392プロダクションに入ると決めたのだ

 なのに、と

 

 「違うよ、アナスタシア

 嫌ってなんかいない。星のように輝いて欲しい。その言葉は嘘なんかじゃない

 ただ……」

 ふと、ナガセPは言い淀み

 「これは、私側の問題だよ」

 淋しそうな声で、そう続けた

 「プロデューサーの、問題?」

 「……そう。私には、アーニャって幼馴染が居てね。アナスタシアみたいに、綺麗な銀の髪をしていたよ」

 何処か遠くを見ながら、ナガセPはそう語る

 「ムニェー ヌラーヴィッツア」

 「……そう。何度か話したね。初恋の人だよ」

 アナスタシアも、送り迎えの際の世間話などで、聞いたことがある。あまり多くは語っていなかった、実らなかったという初恋の話

 「だから、ですか?」

 「そう。何処か似ていてね。アナスタシアをアーニャと呼んでしまうと、どうしてもあの(ひと)を思い出す

 だから、アナスタシアはアナスタシア」

 「その、アーニャ、は」

 何時もはナガセPが語らない事、今ならば聞けるかもしれない。飛鳥も知りたいと言っていたその話を

 だから、アナスタシアはそう言葉を続け

 そして……後悔した

 「……アーニャは……」

 胸のポケットから、ナガセPは一つの御守りを取り出す

 小さな星のマークの入った、一部が赤黒い不思議な色をした、くたびれ所々(ほつ)れた手作りだろう青い巾着式の御守り

 「彼女の両親から貰ったよ。あの子を大好きだった星空(ソラ)へ連れていってあげてくれって」

 強く、ナガセPは手を、御守りを握り締める

 逆の手に握られたコーヒーの缶が、その握力で変形する。ある程度の強度はあるはずのスチール缶が悲鳴をあげる。それにすら、ナガセPは気が付かない

 「それが、アーニャ……ですか?」

 「……こんな小さな骨になってしまったけれども、ね」

 寂しそうに、ナガセPは微笑った

 「ごめん、なさい、です」

 「アナスタシア?」

 ふと、遠い目をしていたナガセPの瞳が、アナスタシアの瞳を捉える

 「アーニャ、そんなこと、知らなくて……

 ひどい、事」

 「それは違うさ、アナスタシア」

 ナガセPの手が、優しくアナスタシアの銀髪を撫でた

 「言いもしていない事を知るなんて、ユッコじゃないんだ、そうは出来ないさ」

 「ユウコなら、出来ますか?」

 「……言い直そうか。エスパーにしか出来ないさ」

 そんな訂正に、アナスタシアはくすりとして

 「寧ろ、思い詰めてた事、言ってくれて助かったよ、アナスタシア」

 

 「そなたー?どーこーでーしーてー」

 不意に、屋上にそんな声が響いた

 「施錠時間か。少しは、分かってくれたかい?」

 左手の時計を確認しながら、ナガセPは呟く

 「もう、訊かないです。アーニャ、プロデューサーのその目、嫌です」

 御守りを出したその時のナガセPの眼にぞくり、と怖気が走った。孤独で寂しい、されども決意を湛えた……狂気の瞳

 そんなプロデューサーを、アナスタシアは見たくない。いや、392プロダクションのアイドルは誰しも見たくないだろう。此処に居るのは、その過去が何であれ、この時代にこそアイドルは必要だというナガセPの言葉を信じて集まった人間だから

 「やっぱり、ここでして」

 下駄のようなヒールの音を鳴らし、一人の翠主体の和装の少女が、雰囲気を壊すように現れる

 「……芳乃」

 「失せ物探しは、得意なのでして」

 そう微笑すると、芳乃は手にした資料をナガセPに手渡し、その一つに括った長い茶髪を尻尾のように揺らし、アナスタシアへと歩み寄る

 「お邪魔、してしまったのでして?」

 「ニェット、大丈夫、です」

 「それでは、帰りましょー」

 纏めるように、芳乃は宣言した




暫くは、アイドルとPの関係を描くこととなります。話が進むのはしばらく後ですが、お付き合いお願いします


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櫻井桃華ーアイドルの始まり

「お疲れ様、桃華」

 初めてのレッスンを終えたその時。櫻井桃華の耳に聞こえてきたのは、そんな声だった

 「初めてのレッスン、どうだった?」

 手にした白いタオルを、汗だくの桃華にかけながら、その青年……ナガセPはそう問い掛ける

 

 「どう……だったも……なにも……」

 息が切れて、まともに話せない。途切れ途切れながらも、桃華は言葉を続ける

 「見て、解りません……の?」

 「知ってるよ。ただ、意気込みを聞きたかっただけ、さ」

 桃華の首に、不意に何かが触れる

 手にしたハンカチで、ナガセPは桃華の首筋の汗を吹きながら、そう答える

 「思ったより、ハードですわね……」

 初めてだからまだ軽いというレッスンで切れた息を何とか整え、掛けられたタオルに顔を埋めながら、桃華は呟いた

 「やっぱり止めたくなったか?」

 「冗談、ですわ……!

 ここでやっぱり無理なんて、逃げじゃありませんの。わたくし、逃げることは嫌いですわ」

 「その息。その向上心は、きっと桃華を輝かせる」

 「キザな事言いますのね

 けど、何も言わずにタオルを頭に被せるだけなんて、レディへの扱いとは思えませんわ」

 それでも、桃華はPに不満を言う

 けれども、汗だくになるまでしごかれた身には、タオルをくれたことは確かに有り難くて、嬉しくて

 「それは申し訳ありません、レディ」

 それを受けて、少しいたずらっぽく、口調まで変えてナガセPは笑う

 「それでは、レディの扱い方を御教授願いたく」

 「全く……。レディは疲れているのですのよ?優しい言葉をかけて、手渡しが相応しいのではなくて?

 少なくとも、突然かけられたら喜びより先に困惑してしまいますわ」

 少しだけ得意気に、桃華はそう告げた

 「こんな調子では他のアイドルにも、困惑されたのではなくて?」

 「そうだね。少し行動を14歳組に寄せすぎた気がする」

 「14歳組?」

 「幸子と飛鳥の事さ。二人とも、何か言う前に被せてしまうのが、一番大人しく受け取ってくれるものだから」

 「そうなんですの?」

 「幸子はまずは褒めて欲しがるし、飛鳥は楽勝だった雰囲気を出したがる

 結果的に、その会話に時間を取られて渡せるのが遅くなってしまう。それじゃあ、汗を吹くのが遅くなってしまうだろう?

 その点、被せてしまえば大人しく直ぐに使うからね

 だからひょっとして、とその対応を使ってしまった訳さ。すまなかった、桃華」

 大人しく、そして真剣に、ナガセPは頭を下げる。8歳年下の少女に向けて

 「全く、軽々しく頭を下げるものではありませんわよ」

 「謝罪は誠意を込めて。昔の癖でね

 ああ、桃華」

 桃華は、言葉と共にナガセPが差し出したものを見る

 今度はしっかりと目を見て渡そうとされたそれは……小さな鍵、だった

 「プロデューサー?これは何ですの?」

 「シャワールームの鍵。大分汗をかいているし、使うかと思ってね

 ああ、安心してくれて良い。タオルは充分に用意されているよ。着替えは……無いけれどもね」

 「こじんまりした場所の割に、それはあるんですのね……」

 少し呆れたように、桃華は呟いた

 「まあ、私は此処に住んでいるからね」

 「へ?」

 思わぬ言葉に、桃華は返す言葉に詰まる

 「元々夏場はアイドルに必要だろうと思って工事通したのだけれども、想像以上に上出来でね。ならばもう、住んでしまえば居住費浮くじゃないかと」

 「バカが、バカが居ますわ!」

 確かに、汗を流せるのは助かる話

 言われた通りシャワールームに向かいながら、桃華は叫んだ

 

 「それにしても、ですわ

 最初のレッスンで、良く分からないことを言われましたの。声の震えがどうとか」

 「……成程」

 それから30分後くらい経った頃。シャワーを終え、桃華とナガセPは、二階の部屋に居た

 昼ではあるけれども、食堂ではない。そもそも、この392プロダクションにそんなものは無い。「アイドル達は好きに色々と持ってくるからね。多くもないスタッフの為だけに、シェフを雇うのは無駄じゃないかな?既婚者スタッフは、愛妻弁当を持ち込んだりもするしね」と、無いのかと尋ねた桃華にナガセPは返していた

 「琴歌」

 一言、桃華の話を受けてナガセPが呼ぶ

 「プロデューサー様?御用がおありですか?」

 その声を受けて、顔を出したのは淡い髪の少女で……桃華の知り合い

 「西園寺様?」

 「あっ、桃華ちゃん」

 西園寺琴歌。西園寺……名前が時々で変わるので、桃華も把握はしていないが、業界では西園寺キングダムと言われる巨大ホールディングスの経営者の娘。櫻井財団の娘として父に連れられたパーティーで桃華が出会ったことがある、生粋のお嬢様。けれども、そんな桃華からしても上の人である事を感じさせず、まだ女の子だから、とフランクに接してくれる、気の良い女性

 「アイドル初めで良く躓く事に、桃華も引っ掛かったらしくてね」

 「まあ、それでは……何時もの洗礼で、あのからおけというものに行くのですか?」

 プロデューサーの言葉に、琴歌が問い掛ける。首を傾げはしないが、その髪は揺れる

 「その際、やはり男一人では説明しきれ無い事もと思い」

 「プロデューサー様、今回は私を誘ってくださっていますのですか?」

 「当然。どうですか?」

 「ええ。勿論ご一緒させて戴きますわ」

 ぱあっと、顔を明るくして、琴歌はナガセPの誘いに応えた

 「なんですの、いきなり……」

 置いていかれた桃華は、そう溜め息を付いた

 

 桃華が連れてこられたのは、駅前にあるカラオケという施設だった

 当然ながら、入ったことはない。クラスメイトが両親に連れられて行ったことがあると聞いたことがあるくらいだ

 「西園寺様、此処はどういうものなのですの?」

 だから、ナガセPが色々と受付している間に、桃華はソファーに座り、横に座った琴歌に声を掛けた

 「私も一度プロデューサー様に連れていって貰ったのみなので、詳しくは答えられませんが……

 桃華ちゃんにも分かるように言うのであれば、様々な歌を歌える場所、でしょうか」

 少しだけ悩むように、琴歌はそう告げる

 「歌を歌う所?それが、プロデューサーが並んで受付しなければならないほどに売り上げが出るんですの?」

 桃華の脳裏に浮かぶのは、今日の午前中の光景。歌の初期レッスンという名の、まだまだ辛い時間。だから今は、歌う事が、そんなに楽しいなんて……と思ってしまう

 「二人とも、一応部屋は取ったよ」

 黒いプレートを振り、手続きを終えたナガセPがやって来る

 「プロデューサー、此処はそんなに人気が出るような施設ですの?」

 「やってみれば分かるさ」

 

 ナガセPに連れられ、小さな部屋に入る

 「……小さいですわね」

 「そりゃ、小さいよ。一時過ごす場所でしかないんだから」

 慣れた手付きで、ナガセPはその部屋に置かれていた機械を弄る

 何も分からない桃華は、それを大人しく見ているしか無かった

 「本当に、わたくしの疑問への答えが此処に有るんですの」

 やっぱり、分からない

 「あるさ。実演するのが一番早いから、此処に来た

 来たかっただけという話も、無くはないけれどもね」

 ピッという軽い電子音と共に、伴奏が流れ出す

 知らない曲。少なくとも、桃華は聞いたことがない

 「知らない曲を聞いて、意味なんて有るんですの?」

 「知らない曲だから、意味があるのさ」

 言うと、ナガセPはマイクを取る

 「マイク?聞くのでは、ありませんの?」

 「桃華ちゃん、カラオケは、他の皆様の歌を、時間の許す限り歌える場所ですわ」

 「そんな場所が……

 伴奏に合わせ、ナガセPが歌い出す

 綺麗な、歌声だと、桃華には思えた

 

 3分と少し。ナガセPが、歌い終える

 「格好良い、歌ですのね」

 桃華は、やっぱり知らない。けれども、ナガセPは歌い慣れているんだろうな、という感想になる

 素直に、上手いと思った。格好いい、と。こういう風に歌えたら、気持ちいいんだろうな、とも

 「そうだろう?」

 どこか得意気に、ナガセPはそう答える

 再度、同じ伴奏が流れ出す

 「?もう一度、ですの?」

 「それはもう。実演と言ったはず

 聞き比べなければ、実演も何もない」

 そう告げて、ナガセPはもう一度同じ曲を歌い始める。より力強く、より格好良く、心に響くように

 それは、桃華でも、もし男性なら心踊らせてただろうと思えるようで……

 「『ヒュッケバイン Mk-Ⅱッ!』」

 歌い終わる

 

 「……格好いい……ですわ」

 「そう。きっと桃華の歌いかたも後者なんだろう

 後者のほうが、上手いと思っただろう」

 けれど、とナガセPが目配せする

 「桃華ちゃん、実はからおけには、採点モードというのがあるようで」

 と、琴歌が一つの画面を見せる

 桃華でも一目見てわかるそれは、やはりあの二回の歌の採点表で……

 「最初の方が、高い……ですの?」

 一回目、96点。二回目、84点。明らかに、一度目の方が高評価であった

 「そう。あの歌いかたは確かに格好良い

 けれども、音程がブレるんだ」

 音程判定を、ナガセPの言葉に合わせて、琴歌が表示する

 前者は外れている部分がほぼ無いのに対し、後者はたまに外れる。変わらないはずの所で音程が飛んでたりする

 「しっかり歌おうと思えば思うほど、こうなりがち

 ライヴでならそれで良いさ。一期一会、その時を盛大に盛り上げるべき。それこそ、最悪歌詞取り違えて二番のサビで一番歌おうが、盛り上がれば良い訳さ」

 「けれども、それは一期一会の盛り上げるべきところだから。普段は前者じゃなければいけないと、そう言いたいのですの?」

 比べてみれば、確かにその通り。けれども、桃華には、少し納得がいかなかった

 「そういうこと」

 「プロデューサー様、私もやって構いませんか?」

 「当然。昼から空きだからフリータイム。夜までずっと居られる」

 「それでは、私は……ええっと、操作はどのように……」

 装置を受け取り、琴歌が真剣な顔で悩み始める

 「……良いんですの?」

 「何も考えず、思い切り歌う

 良いストレス解消になるはずさ」

 ナガセPは、ニヤリと笑った




歌詞使用楽曲
Vanishing Trooper(影山ヒロノブ)


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高垣楓ー風

「あの、プロデューサー?」

 正門の先に、巨大な……それこそ自分よりも背の高いだろう土瓶を見付け、高垣楓は、傍らに立つ年上に見えるけれども年下の青年に声を掛けた

 「本当に、此処ですか?流石に」

 「これ以上は、よそうかい」

 けれども、言葉を紡ぎきる前に、楓の声は切られる

 

 「予想外、ふふっ。プロデューサー、ネタを取るのは、マナー違反ですよ?」 

 「すいません。けれども、少しは緊張、解れました?」

 「ふふっ。大丈夫です、プロデューサー

 けれども、本当に?」

 尚も問い掛ける楓に、少しだけ悪戯っぽく、正装した青年は笑う

 「ええ。呑みに行きましょうと言う楓さんに言ったはず

 ……しっかりとした服装が必要ですが、その分今日は好きなだけ高いお酒を呑ませてあげますよ、と

 頷いたのは、楓さんでしょう?」

 その場所の偉容を気にもとめず、ナガセPはそう告げた

 まるで、この場所を既に知っているかのように

 車で出てきて、一時間以上。東京のど真ん中だというのに、異世界かと思わせる偉容。敷地や門からして、完全に街中とは思えない。だが、プロデューサーは酒が呑める場だと言う。即ち……どう考えても一見さん御断りでも可笑しくないランクの料亭。少なくとも、このプロデューサーの月給では、一度の食事で全体の1/4は飛ぶのではないかという、明らかに自分達が場違いに思える、そんな場

 「まあ、此処を指定したのは、先方だけれども、ね」

 「先方?プロデューサー、ひょっとして営業ですか?」

 「いえ、単なる……保護者面談、かな」

 言うと、ナガセPは迷わず、門の中に足を踏み入れる

 慌てて、楓もそれに続いた

 

 そして、10分後

 サイオンジ、という不吉な言葉通り、楓とナガセPの前には、一人の初老の男性が座っていた

 西園寺奏詩(ソウシ)。西園寺琴歌の父。西園寺キングダムの王。様々な呼び名がある男。その、楓からしても天上に居るような白髪混じりの男性が、確かにかっちりとしたスーツで、其処に座っていた

 「……久しいな、流星(ナガセ)

 響かせるのは、当然のように重く、低い音

 「はい、お久し振りです、西園寺様

 琴歌から伝言を受けた通り、参りました」

 下の名で呼ばれた事から見て知り合いだったの、と楓はそんな事を考えて現実逃避する

 「そして、その横に居るのが」

 「高垣楓、現状では家の絶対的なエースです、西園寺様

 ……連れてくると、言っていたはずですが」

 「ああ、分かっているとも

 ただ、意外に思っただけだ。貴様がアイドルを連れてくると言ったら、あの少女かと思うだろう?」

 その言葉で、楓の脳裏に浮かび上がるのは、何時も和装をしている印象のある一人の少女、依田芳乃。その口振りから、多分芳乃ちゃんを連れて会ったことがあるんだろうと推測は立つ。392プロダクションが弱小ながらもやっていけている理由は、ひとえに西園寺という巨大な傘があるからだ、というのも言われているし、有り得ない話でもない

 「今日は、また別の用事だと理解したので」

 「……然り」

 鋭い老成した瞳が、楓を見据える

 思わず、楓の体にも緊張が走る、走らざるをえない

 「あ、あの、プロデューサー?」

 「歌え」

 静かに、そうその男は告げた

 「楓さん。心配なんですよ、私が娘を預けるに足りるプロデューサーなのか

 だから、エースが居るということで、その力を見たいと思った。それだけの事だと」

 ナガセPの言葉に、ゆっくりと西園寺も首を縦に振る

 「でも、良いんですか?」

 「……アカペラで構いません、楓さん

 それに……」

 通された座敷から、ナガセPは辺りを見渡す

 正に異空間な、威厳ある店

 「その事程度、前もって店の許可くらい、あるのでしょう?」

 けれども、他の灯りはあくまでも庭を照らすのみ。動いている座敷はただ一つ。他の客なんて、今は居ない

 「最初のアイドルだというあの少女だと思っていたが、エースならそれで構わん」

 僅かに、男の口元がつり上がった

 「楓さん、大丈夫です」

 「……」

 僅かに、楓は横の青年を見る

 緊張しない訳はない、ナガセPは、詳しくは語ってくれなかったから

 けれども、彼はそう告げる

 「楓さんならば出来ます」

 「けれど」

 「アイドル、高垣楓ファン一号の言葉くらい、少しは信頼して下さい」

 その言葉に、楓は一度深呼吸する

 その言葉は、かつての楓をスカウトする際にも、ナガセPが言った言葉だったから

 懐かしい気持ちになって、やってみようという思いが、湧いてくる

 「……では」

 意を決して、楓は口を開く

 

 静かな夜を震わせ、その歌声はどこまでも澄んで響き渡った

 「……」

 誰も、何も口を開かない。静かに目を閉じて歌声を聴いていた西園寺の男も、横で邪魔しないようにしていたナガセPも、座敷の外で待機していた料亭の従業員達も、勿論全力で歌いきった楓も

 まるで、時間が止まったかのような、永遠にも感じられて、けれども実際には数秒だろう瞬間

 それを破ったのも、やはり西園寺だった。突如鳴り響く手の音が、静寂を消し去る

 「成程、成程……良い歌だ」

 目を開かず、けれども頷いて、この場を支配する男は拍手の音を鳴らす

 ぱらぱらと、それに合わせるように従業員達の手からも拍手が溢れてゆく

 「CDを買ってくれると、」

 「悪いな、……高垣だったか?」

 「はい、392プロダクション所属、高垣楓です」

 答える楓に、厳つさと威厳は崩さず、けれども男は笑いかけた

 「アイドルの娘を持つ父親として、娘のCDより先に他人のCDを買う訳にもいかないだろう?」



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高森藍子ー運命の足音

ナガセPによる大仕事が発表されてから、約一週間が経ったある日

 392プロダクション所属アイドル、高森藍子はひとり、街を歩いていた

 

 「あっ、猫さん」

 目的は、特に無い。ただ、ブラブラと街を歩く、それだけの事。まあ、趣味みたいなものである

 たまには忙しそうなナガセPを誘ったり、何だかんだ興味がありそうな同僚……輿水幸子を誘ったりすることもあるが、今日は一人。理由はとても簡単、ナガセPは営業に朝早くから出掛けており、他のアイドル達は全員来るべき大仕事に合わせての揃ってのレッスンの日だからだ。軍基地は怖いからと元々未参加の藍子のみが得た、空いた時間、休みの日

 そんな日を、ちょっと悪いなーと思いつつも、藍子は過ごしていた

 

 今日はちょっと奥まった路地裏にある、シックで御気に入りなカフェへ行こうか

 それとも、さっき見かけた猫さんを追いかけてみるのも良いかも

 そう、のんびりとした昼下がり

 そんな中、藍子は一組の少年少女と出会った。ちょっとはねた茶色の髪の少女と、彼の腕に自分の腕を絡めた銀髪の少女。藍子は、その二人を知っていた。ナガセPと街をお散歩したときに、紹介してもらったから

 柊陽太と柊結希。まだまだ未成年で、それでも母の骨董品店を手伝っている義兄妹である

 

 向こうも藍子に気が付いたのか、軽く頭を下げて挨拶を交わす

 「高森、藍子さん……ですよね?」

 「はい。高森藍子です」

 「ああ、やっぱり。俺とユキの事は」

 「ヨウタさんと、ユキちゃん。ちゃんと覚えてます」

 ふわりと、藍子は微笑んだ

 藍子が纏うとされる雰囲気はゆるふわ。346プロダクションに所属する日野茜や南条光みたいには熱くもなく激しくもなく、けれどもどこか癒される感覚。それにあてられたのかヨウタの顔が緩み、むっとしたユキに脇腹を軽く小突かれていた

 

 「それで、お二人はどうしてお散歩に?」

 話しかけられたのだから何か会話しないといけないだろう。そんな考えから、無難なものを藍子は振る

 「藍子さんはどうなの?」

 ユキが興味津々といったように、聞き返してきた

 「ちょっと、ユキ」

 「わたし、知りたい」

 少しだけヨウタがたしなめるが、それでもユキは言葉を続けた

 「私は……お散歩に」

 「わたし、知ってる!今度は一緒に路地裏の……あれ?」

 意気揚々とユキは歌いだし……直ぐに首を傾げる

 それが可笑しくて、藍子は小さく微笑みを気が付くと浮かべていた

 「はい。今日は皆さんお仕事で、私だけがお休みなので一人です」

 「皆が仕事ってことは、カムイさんも?」

 「プロデューサーさん?」

 藍子は軽く首を傾げる

 「プロデューサーさんなら、琴歌ちゃんのお父さん相手に営業努力してくるって、朝から事務所にいないって言ってた気がします」

 「そっか、残念」

 言葉に合わせ、微かにヨウタが肩を落とす

 

 「散歩理由なんだけどさ、ユキと一緒にカムイさんを探してたんだ」

 ヨウタの目線が、ユキが絡めた腕の上に乗っかるペンダントへと移る

 「カムイさんに聞きたいこととかあって」

 うんうん、とユキが頷く

 「なら、お電話は」

 「個人的な事でさ。名刺は貰ってたんだけど……プロダクション自体に電話はしたくない」

 その話で、そういえばと藍子も思い出す

 スカウトの際に渡された名刺には、確かにプロダクションの電話番号しか載ってなかったと

 

 「ちょっと待って下さいね」

 けれども、藍子はアイドルになると決めた後に、どうしても必要な時はとナガセPの個人番号も教えて貰っている。スマートフォンを手持ちの小さくて茶色い鞄から取り出して、電話帳からプロデューサーさんを選ぶ

 数回のコールの後、不在連絡が流れ出した

 「ごめんなさい、電源オフみたいです」

 ぺこりと、藍子は二人に頭を軽く下げる

 「あ、けど、プロデューサーさんの番号なら教えられ……」

 その藍子の言葉は、突如スマートフォンから鳴り響く国家からの緊急連絡……即ち、避難警報に遮られた

 

 

 

 ーーー(地球、392プロダクション)ーーー

 「ほー」

 392プロダクションを懸けた一大イベント……軍部の慰問ライブの総合練習の合間の一時間の休憩時間、何かに気が付いたように依田芳乃が頷いた

 「離れた所に警報が出たみたいですね

 まあ、か、カワイイボクはそんな化け物なんかに殺されたりしませんし」

 「そんなこと言って、怖いんだろう、幸子」

 からかうように、ソファーに座った飛鳥が言った

 「カワイイボクが死んでしまうなんて、世界にとって最悪のバッドエンドなんですから、きっとないですよ!……ないですよね?」

 幸子はそれを笑い飛ばそうとして、それでも少しだけ顔はひきつる

 

 「大いなる神の盾……使うときが来たか(そういえば、この建物地下にはシェルターがあるって)」

 「むむむーん!さいきっく・バリア!」

 けれども、392プロダクションは郊外にあるからか警報範囲からはギリギリ外れた場所。マナーモードすら無視して警報音がなる事は無い。だからかそこまでの危機感は無く、アイドル達は思い思いに騒ぎ立てる

 

 「コトカとモモカ、何処ですか?」

 ふと、二人が居ないことに気が付き、アナスタシアがそう問い掛けた

 「二人なら、急いでシェルターに行きました

 大丈夫だとは思いましたが、二人は慎重みたいです」

 割と真面目だからか、言葉遊びは加えず楓が返す

 「何と!遅れを取ったか(見に行きましょう!)」

 「……何もなければ行くことも無い場。興味はあるね」

 「カワイイボクより先に避難するとは、二人とも心配性ですね!

 まあ、気持ちは分からなくもないですが」

 「アブリフチェーニイ、安心です」

 二人とも、お偉いさんの娘である。彼女等の安全は周囲の人間にとっても重要な事。例えば、主君の娘が避難できていないならば、その護衛なり御付きの運転手なりが一人避難できるだろうか。無理だ。それでは万一の事が起こってしまった際にどうなるか分かったものではない。故に、いち早く安全を確保する事も、上に立つ者の務めの一つであるのだ

 故にとっとと避難した二人を追うように自分達も行こうと騒ぐなか

 

 ふと、芳乃の呟きを裕子は聞いた

 「……あの方は、このような状況になったとしても、やはりまた戦場に立つのですなー」

 

 

 

 ーーー(???)ーーー

 「……言葉通りだな、流星(ナガセ)

 真っ暗で狭苦しい世界に、通信機を通して重苦しい声が響く

 「よもやと思ったが、未来の襲撃を予測するその言葉は当たった

 呼び込んだか?」

 「冗談」

 「知っている」

 「これはただ、念能力者の勘に近いものさ。世界の歪みを、他人よりは先んじて関知できただけ。恐らくは今日明日辺りに、開くだろうと

 

 私の言葉は変わらない

 二度と、彼女等を喪わない、護り抜く。幾多のアイドルマスターなど不要、最低限止めを刺すのに彼女が必要だと痛感はしましたが、言葉を翻したりはしない」

 「……見せて貰おう、(うそぶ)いた言葉通り琴歌を護る事が出来るほどの存在なのか。此方は、要求通りの機体を用意したぞ?」

 「要求は特機のはずですが」

 「流石に、信じきれぬ相手に特機を製造するほどには御人好しでは無い。信じさせてみせろ」

 「凶鳥は滅んでなど居ない。眠っていた最後の凶鳥の直系(バニシング・トルーパー)は、確かに此処に居る

 それを世界に見せつけますよ……西園寺様」

 暗闇の中、ヘルメットを被った青年は静かに起動の時を待つモニターを撫でる 

 「行こう、ヒュッケバインMk-Ⅱ。今度こそ、皆を護るために」

 モニターに光が灯る。点滅する文字は……RTX-010-03SS

 静かに、巨神に火が灯ってゆく。通信機音声以外は静かだった世界に、機械の駆動音が響き始める。心臓(プラズマ・ジェネレーター)が脈動を開始する

 世界が、大きく開ける。鋼鉄のコクピットが、改装されたモニターに外を映し出す。392プロダクションからそこそこ離れた位置にある、一つの軍事基地。量産用テスト機であった最後の凶鳥が、その役目を終えて眠っていた地

 「Huckebein Mk-II(ヒュッケバインMk-Ⅱ) shooting st@r(シューティングスター)……発進する!」

 その言葉と共に、凶鳥は空を舞った




用語解説

特機(とっき):スーパーロボット。多数運用を前提としたPT等とは違い、ただ一機のみで戦況を覆すような正にスーパーなロボットという設計思想で設計されたロボット全般の呼称。特記戦力と言葉を掛けているとかいないとか言われるが、恐らくは無関係。デカイ、カタイ、ツヨイを体現し、敵への威圧目的も兼ねて圧倒的な火力と装甲を誇るが、その分運用には金が掛かる。そのせいか特機の配備数は少なく、ほぼ異星人等との戦闘が頻発すると考えられる部隊にのみ配備されている


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ー舞い降りる流星ー(第一話戦闘マップ)前編

注意書:デレマスって何だっけ……。ほぼ完全に単なるスパロボOGな話となります。アイドル要素はほぼ無いです。アイドル専用機登場以前の戦闘マップはほぼ全て今回と同じくデレマス要素置き去りとなりますが御容赦下さい



   第一話
ー舞い降りる流星ー


「……デストルーク!」

 警報の響くなか現れたのは、10機程の黒い化け物だった

 ヨウタは、一週間前を……最初にこの街を襲ってきた時を思い出し、苦々しく奥歯を噛む

 あの時は、ファルセイバーというロボットが何とかしてくれた。けれどもあの後、君と融合しても誰も護れない、もう君を戦わせる訳にはいかないと、あの日とは逆の言葉を告げたファルセイバーは機体を何処かへ消し、黙ってしまったのだ。ユキの石を通して今も会話は出来る。だが、何も語ってはくれない。だから、何か知ってそうなナガセPに会えば何か事態が変わらないかと探していたのだ

 けれども、一週間経てども出会うことは出来ず、ファルセイバーは黙ったまま、二度目のデストルークの襲来を迎えてしまった

 「どうしよう、ヨウタ」

 腕は離さず、ユキが少し心配そうに問う

 ファルセイバーに関しては何も言わない。目の前に、飛鳥ではないアイドルの少女(高森藍子)が居るから。知っているかもしれないけれども、飛鳥もあの日の事を話していないかもしれない。ならば、目の前でファルセイバーがどうとか話しては奇異の目で見られてしまうだろうから

 

 「に、逃げないと」

 藍子が動こうとし……

 此方を見ている気がする一機に、気が付いた

 「君ではとか言ってる場合じゃないだろ、ファルセイバー!」

 考えてられず、ヨウタは叫ぶ

 けれども、あの日輝いた石は、静かに光を反射するだけ

 ビームが放たれる。だが、それは此方へ向けてでは無かった。街へ向けて放たれたそれは、ビルを撃ち抜き、多くの窓ガラスを割り、その一部を地面へと崩れ落ちさせる。その瓦礫の下になって、避難のために乗り捨てられた車が修復不能な程に潰れた

 「くっ、ファルセイバー」

 

 その瞬間、されども響いた爆発音は、デストルークの黒い機体からのものだった 

 『な、何だ!?』

 黒い機体から、驚く声。デストルークにとっても、その一撃は予想外だったのだろう

 

 『悪いが、お前達は此処までだ』

 其処に立っていたのは、フォトン・ライフルを構えた一機の巨大な影。白いPTだった。その全体的な姿はヨウタ達も何度も空を飛行する姿を見掛けたことがある軍でも正式採用された緑のロボット、量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに酷似していて、けれども明らかに違う場所がある巨神。本来は頭部バイザーに隠れているはずのツインアイが黄色く点灯する。白い巨神はその背に背負われた巨大な日本刀……参式獅子王刀、シシオウブレードを背部ジョイントから鞘ごと取り外し、左腰にマウントし直した

 明らかな特注機。ヨウタの知る量産型ヒュッケバインはツインアイではないし、シシオウブレードなんて装備も無い。けれども、何だかんだ有名な特集部隊にも、白い凶鳥(ヒュッケバイン)なんて機体は無かったはずだ

 『とっとと去るが良い、デストルーク。此処は、私の……そしてお前らの世界ではないのだから』

 外部回線を通して、白い凶鳥のパイロットらしき男が吐き捨てる

 それが、戦いの合図だった

 

 背に背負った浮遊機関……テスラ・ドライブを駆動させ、凶鳥の名を持つだろう白い巨神が浮かび上がる

 『結局は一機だ!』

 『教えてやろう。機体性能の差は、数の差を凌駕する決定的な差だとな』

 数を頼みに、デストルークの黒いロボットは、その腕に装備されたビーム砲を凶鳥へと向ける。だが、飛行する相手に向けて直ぐには的を絞りきれない。腕はフラフラと白い機体を追い続け、なかなかビームを放てない

 とはいえ、逃げ回らなければいけないのは白い凶鳥の側。止まれないならば、此方も攻撃行動には移れない

 

 「ファルセイバー」

 膠着状態を見てヨウタは、ユキの耳元でささやくように、もう一度その守護者を呼ぶ。膠着を打ち破ろうという意志を込めて

 「駄目だ、ヨウタ」

 だが、石から漸く響くのは否定の声

 「君の体は、私との融合に耐えきれないかもしれない。君の適正はあまり高くない。そんな君を戦わせる訳にはいかない」

 ヨウタがこの一週間で何度か聞いた何時もの否定

 「それに……彼に手助けは不要だろう」

 その声に、ヨウタは再び、空を見上げた

 

 空気を裂く音と共に、突如白い凶鳥を追うデストルークの前に光が現れる。それは、緑色のビームを纏った、水色の円形ブーメラン

 『空間湾曲!リープ・スラッシャー!』

 空間跳躍ブーメラン(リープ・スラッシャー)。その武装名の宣言と共に、空を裂いたチャクラムは、眼前の黒いロボットの首を、腕を……装甲の薄い駆動部をバラバラに切り裂いた。大きな損傷を受け、黒い巨体は空中で爆発、塵となって街に降り注ぐ

 『んなっ』

 突然の事に、デストルーク達の統率が乱れる。爆発に気を取られ、機体が敵ではなくさっきまで生きていた(もういない)味方の居た空域へと向き直る

 明らかな隙。均衡は確かに崩れた。数的に明確な不利であったはずの、白い機体の方へ

 『チャクラム・シューター、GO!』

 その作り出した隙を、凶鳥は逃しはしない。その左腕に装備されていた小型の有線ビームチャクラムが加速され放たれる。それは隙を見せた一機の周囲を飛び回ると、線でもって絡めとり……

 『そこっ!』

 硬質の有線で切り裂くのではなく、凶鳥の腕の振りに合わせて黒い巨体を投げ飛ばす

 『な、何だなんだ!?』

 同僚と激突させられ、混乱する黒いロボットの乗り手達へ、解答として凶鳥はシシオウブレードを抜き放つ。機械故の正確さで投げ放たれたそれは、目測を誤ることなく二機を纏めて串刺しにした

 『鋼鉄粉砕!シシオウッ……ブレェェェェェド!』

 凶鳥はそのまま加速、自身を狙うデストルークの露払いは未だ飛び回るリープ・スラッシャーに任せて串刺しにされた二機へと突撃する

 『デッド・エンド・流星斬りぃぃっ!ってな!』

 そのままシシオウブレードの柄を掴み、刃の方向に合わせて斜め上へ切り上げ、返す刀でもって傷口を抉るように切り下ろし。その二太刀でもって、二機のロボットを両断した

 『『バ、バルギアスさまぁぁぁっ』』

 当然のように、両断された二機は爆発。その爆発に追い討ちをかけるように凶鳥は頭部に仕込まれたバルカンを放つ。脱出しようが逃がすまいとするように。ヨウタ達が白い凶鳥に見惚れている間に、両の腕をブーメランに斬り落とされた一機が爆発した

 

 「頑張れー!白いロボットー!」

 呑気に、ヨウタの横でユキが応援する声が聞こえる。気が付けば、10機は居たはずの黒いロボットはみるみるその数を減らし、気が付けば6機まで減っていた

 「あ、あれ?本当に助ける必要がない?」

 だが、その声によってヨウタ達の存在を確認したのか、凶鳥を追うのを止め、一機のロボットがヨウタ達を狙い……

 『ちっ』

 更なる追撃を中止し、凶鳥は動きを変える。一直線にヨウタ達の方へ

 逃げ遅れた……というか、逃げ忘れた彼等をその巨体で庇うように

 その背部に、ピンク色のビームが突き刺さる。いや、刺さっては……いない。その直前で、凶鳥を覆う謎のフィールドに阻まれた

 だが、その動きは止まる。幾らフィールドで防ぐから自分は無事でも、動けば後ろのヨウタ達に被害が及ぶから

 「どうしよう、わたしのせい?」

 「ど、どうすれば……逃げないと」

 女性陣が、突然の危機に混乱する中、ヨウタ一人は冷静だった

 「ユキ、石を貸して逃げてくれ」

 「あげないよ?だから返してね、ヨウタ」

 生きて帰って、と言外に言って、けれどもユキは大人しく藍子を連れ、白い凶鳥が護ってくれている間に路地へと逃げ込む。見つかりにくいように、ターゲットにされにくいように

 

 「ファルセイバー。俺は言ったよな

 父さんが居ない間は、俺が家族を護る。それが父さんとの約束だって」

 ユキから預かったペンダントに、ヨウタは言葉を掛ける。不可思議なフィールドは、揺らぎながらも残っている。回り込もうとするデストルークは、飛び回るリープ・スラッシャーがまだ牽制してくれている。だが、1vs6では、流石にリープ・スラッシャーを使ったとしても全員のビーム照射を止められない。逃げるユキ達には狙いを付けさせないのが精一杯だろう。凶鳥は動けない

 「ヨウタ、だがそれは」

 「それは俺にとって、他人に任せられるようなものじゃないんだ」

 「だが、君との融合は」

 「あの日は戦えた」

 「あれは、幾つかの幸運が重なっただけだ。融合出来ても、君は戦い抜ける程の適正は無い」

 『……ファルセイバー、本当にそうか?』

 外部スピーカーを通して、白い凶鳥のパイロットが言葉を掛ける。今までとは……恐らくボイスチェンジャーを切ったのか別の声

 

 「……君は」

 「カムイさん……」

 その声は、392プロダクションの神威流星のものだった

 『ファルセイバー、あの日ヨウタを認めたから手を貸した、違うか?』

 「だが、戦いを続ければヨウタは」

 「そんなので諦めてたまるか!」

 ヨウタは、それでもと叫ぶ

 「お前と一緒に戦う事にハンデがあるとしても、それを乗り越えられるだけの男に変わってみせる!」

 ナガセ・カムイの戦いは鮮やかだった。誰かを……ユキ達を護る必要がなければ、あのまま勝っていただろうと思うほどに。だから、そんな相手を目の前にして、今の自分はまだまだでも、そうありたいと心からの声をぶちまける。無力感からも来る、自分の手で大切な皆を護りたいという叫びを隠さずに

 「使命があるなら、それを果たすまで一緒に戦い抜いてやる

 だから……っ!」

 「お前も、力を貸してくれ、ファルセイバァァッ!」

 

 連続稼働を続けて残存エネルギーが底をついたのか、リープ・スラッシャーが6つの扇形のパーツに分かれ、背部のシシオウブレード用ジョイントへと接続される。リープ・スラッシャーの脅威から解き放たれ、残されたデストルークが動きを再開し……

 『ペンタクルショット!』

 その先頭一機が、エネルギーの弾を受けて爆散した




伊達隆聖とガオガイガーさん御免なさい。けれどもシシオウと聞いてやらずにはいられなかった

参考楽曲:勇者王誕生!


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ー舞い降りる流星ー(第一話戦闘マップ)後編

飛び出してくる、一つの影

 白き騎士、ファルセイバー

 

 『来たか、ヨウタ、ファルセイバー』

 『……君は……』

 『覚えてないか?連邦軍と協力していた半年前以前に、私とは何度か会った事があるはずだ』

 『……カムイさん。そうか、カムイ・ナガセか!』

 『ファルセイバー、知ってるのか?』

 機械の体を通して語り合う二人に、ヨウタは声をかける

 

 『マコトと共に、私と共闘する為にTC-OSをカスタマイズしてくれた者だ』

 TC-OSとは、登録された中からある程度最適なモーションパターンをAIが選び半自動操縦してくれるという、ある程度の腕さえあれば誰でも一定のスペックは出せる平均的に高い水準を求める軍用OSの事。ヨウタだってロボットに憧れた事はあるし、それくらいは知っている。だが、それよりも気になる言葉があった

 

 『ファルセイバー、父さんを知ってるのか?』

 そう、マコト。柊誠。半年前に何処かで死んでしまったヨウタの父。その言葉が出てきた事に、少なからずヨウタの意識は揺れ

 軽く、その体が揺れた。小口径の機銃による衝撃が走る

 『……君は』

 味方であるはずの者からの攻撃

 

 『話は、片付けた後だ。気をしっかり持て』

 白い凶鳥が再び空へと舞い上がる

 『全く、無茶な事を言うんだな、カムイさん!』

 『未来に向かう意思にはなるだろう?

 それにある程度スペックを知らなければ、モーションパターンなんて作れない。牽制レベルでしかないと、分かっての事だ』

 『いや、それでも』

 

 『ごちゃごちゃと!』

 その話に割り込むように、桃色に近いビームがデストルークから放たれ……

 『行けるな、ヨウタ?』

 凶鳥は焦らず、左腰から引き抜いた柄から刃身を形成。非実体であるが故の干渉でもってさも当然のように逆袈裟に振り上げてビームを斬り払う

 けれども、凶鳥はそれでは止まらない

 

 『T-LINK、アクセス』

 振り上げきった頂点で非実体剣……ロシュセイバーを手放す。運動エネルギーによって放られた柄はされども突如空中で静止

 『GO!』

 パイロットの叫びと共にひとりでに閃光のように打ち出される

 

 『……は?』

 その一閃は奇妙な動きに惑わされたのか動きを止めていた黒い機体に激突。そのまま胸元を抉り、動力炉を引き裂き機体自体を爆発させた

 

 『くっ、ならば』

 残されたデストルーク達が動きをを変える

 街を狙い、つまりは斜め下方向に全く狙いを付けずに両の腕のビーム砲を乱射。即ち、ひたすらな破壊活動

 

 『俺だって!』

 それを止めるために、ヨウタは右拳を握り締める

 一週間ぶりの感覚。自分の体が、大きな何かと繋がっているような不思議な感覚と共に、白き騎士もその手を握る

 『ペンタクルショット!』

 意気込みと共に拳を突き出す

 その手から青いエネルギーが走り、デストルークへと激突した

 『……そうだ、それで良い、ヨウタ』

 

 僅かに数分後、空から黒い巨体の姿は消え去った

 『やったな、ファルセイバー』

 平穏を取り戻した街を見て、ヨウタは呟く

 街に傷跡は無くもない。幾つかの車が煙をあげ、道路にもクレーターが残る。ビルだって倒壊したものはある。打ち砕かれた黒いロボットの破片が道路を塞いでいる場所も4ヶ所はある

 だが、それだけだ。被害は軽微、稀に襲い来る他の異星人や化け物、割れた月の破片(コンペイトウ)と比べても被害は少ない方

 

 『ああ、私達の勝ちだ、ヨウタ』

 白い騎士も、それに応じる。どこか安心した声で

 『体の方は大丈夫か、ヨウタ』

 『大丈夫だ、ファルセイバー』

 ヨウタの体にダメージはほぼ無い。融合して戦うのは難しいとファルセイバーは言っていたが、特に問題は起きていない

 少し離れた場所で凄い凄いと飛び跳ねる義妹と、少し心配そうな顔をしたアイドルの少女の姿を見つけてほっとヨウタは息を吐く

 

 『構えろ、ヨウタ』

 だというのに、空を舞う彼は……白い凶鳥を駆るカムイ・ナガセは一切の喜びを見せない

 その右腕には抜き身の獅子王刀が握られており、その切っ先は地上で喜ぶヨウタを真っ直ぐ射抜いている

 

 『ちょっ、カムイ……さん?』

 まさか、とヨウタの中に嫌な予感が浮かぶ

 

 『デストルークの存在ならばマコトから教えて貰っている。あの主力量産機、セイクリフィスに関してもな』

 凶鳥のメインカメラが光る

 『あんなもの、私が居なくても問題ない。きっとファルセイバーはヨウタの叫びに思いを重ね、再び立ち上がっただろう』

 『……キミは』

 

 『それにだ。彼等の狙いはまずファルセイバー、或いはその近くの"何か"だ。ファルセイバーが立ち上がりさえすれば、狙いは藍子から逸れる』

 『それじゃあ……』

 

 夕焼けの空が曇る

 何処か分かりにくい言葉ながらも、ここまでくればヨウタにも何が言いたいのか分かった

 つまりは、人間を襲う別種の脅威の出現を予測して、カムイ・ナガセは現れたのだ。街を出歩くアイドル、高森藍子を確実に護るために

 『いやでも、カムイさん。ならば安全な場所に居るスケジュールにすれば良かったんじゃ』

 『ウチは弱小でね、全員を別々のレッスンに当てて事務所に纏めるという方法は使えない。トレーナーが足りない』

 それにさ、と彼は通信越しに続ける

 『営業に連れていく訳にもいかないさ。今日売り込まなければならないのは希望を届ける392プロダクションのアイドルグループではなく……』

 

 唐突な加速

 ヨウタの視界からかすかな残像を残して白い姿は消え……

 『その前段階、サイコドライバーという戦力だから』

 

 瞬きの刹那、獅子の名を冠した刀でもって空から降ってきた巨大な瓜を、その蔓から斬り離した

 間髪いれず、真上に現れたブーメランがその瓜を縦に両断。刀を引き戻しながらの一閃でもって横にも両断し、瓜をブツ切りに仕立てあげる

 『……来るが良い妖機人。二度と、希望に翳りは要らない』

 

 『……瓜?』

 『苦辛(くしん)公主だ。姿形は愉快だが、愉快なのはそれだけだ』

 降り注ぐように、蔓を体に巨大な白瓜の顔をぶら下げたウツボカズラじみたシルエットの化け物がヨウタの横にも地響きと共に降り立つ

 『恐怖や絶望といった負の念を引き起こさせる為に人を襲うのが上から与えられた御仕事。とりあえず、人類の敵だ』

 

 その瓜が、ヨウタの方を見る

 剥き出しになった巨大な歯、ぎょろりとした巨大で丸い飛び出した黄色の目。額には仙人によくある黒子のような点が浮かび、蔦から生えた葉が髪のようにかかる。瓜から生えた頭は顔だと認識出来るがパーツが巨大のバランスが可笑しく、生理的に嫌悪感が沸く程に気持ちが悪い

 

 『ファル……ブレイズ!』

 近くである以上、殴りに行くのが最短だが、気持ち悪くて殴りたくない。ファルセイバーと一体になっている以上、殴った感じがするのを気にしての事。故に、ヨウタが選んだのは本来は遠くの敵に対応するための力

 白い騎士の両の肩に存在する金のパーツがスライド展開、両肩から炎の渦を打ち出して、近くの化け瓜を包み込み、焼き尽くす

 

 顔は気持ちが悪いが倒せる範囲、とヨウタが安堵した瞬間

 「瓜さんが……!」

 響く悲鳴のような声が響く

 ヨウタが振り返った時には既に遠くから見ていた二人の少女の眼前に苦辛公主が降り立っていて

 電光石火、その次の刹那には二本の非実体剣(ロシュセイバー)、二つのスラッシャー、そしてシシオウブレードの鞘が数の暴力でもってその妖機人を滅多刺しにしていた

 『……言ったはずだ。二度と、翳りは要らないと』

 

 いや、明らかに過剰戦力だろと言いたくなる程の武装がまるでポルターガイスト現象が起きているかのように独りでに動き、少女を狙った瓜を細切れに変える

 瓜のポタージュでも作るのかという程に妖機人を粉々にすると、リープ・スラッシャーのみは警戒するように少女の上空を円を描いて飛び回り、残りの武装は気が付けば別の瓜を始末している白い凶鳥のジョイント部へと帰投した

 

 『……俺、要らないんじゃ』

 思わず、ヨウタはぽつりと呟く

 バリアで動けないようだからとファルセイバーと飛び出しはしたのだが、それを見届けた後の彼はあまりにも圧倒的だった。バニシングトルーパー、凶鳥(ヒュッケバイン)。その名そのものの様に、降り立つ周囲全ての化け瓜が成す術も無く消失(バニシング)してゆく

 本当に、あの時動けなかったのかすら怪しい。そもそもロシュセイバーに自律行動機能なんて無いはずなのに勝手にジョイント部へと戻っていっている等の恐らくは念動力による理不尽を見ると、その気ならば幾らでも対応できたような……

 

 『そんなことはないさ、ヨウタ』

 だが、そんな声を否定するのもまた、カムイ・ナガセであった

 『ヒュッケバインMk-ⅡSS、私の要求に合わせたこの機体は近接機でね』

 凶鳥が背を向けた隙にと少女を襲おうとした化け瓜が、飛び回るブーメランにより顔を真っ二つにされて崩れ落ちる

 『km単位で離れた遠距離までもカバーは出来ない

 一人では勝てない。遠くで助けを求める人々を救えない。君の力は必要だ、ヨウタ』

 

 気が付くと、遠くで煙が上がっている。駅の近く……多くの人を避難させる地下シェルターの付近から

 『ファルセイバー』

 『ああ、彼の手の回らない範囲を担当しよう』

 『カムイさん、ユキを頼みます』

 『任された、ヨウタ。元々傷ひとつ、負わせる気は無かったけれども』

 

 短く言葉を交わし、ヨウタは駆け出す。何時もは遠い距離も、白い騎士と一体化し今ならば、何の苦でも無かった

 数分もかからず、離れた場所にあるシェルターに到着する。その壁に、化け瓜が顔を叩き付けてシャッターを打ち破ろうとしているのを視認して……

 『俺だって……セイバーナックル!』

 気迫と共に撃ち出した拳が、その瓜の頭を弾けさせた




参考パイロットデータ

神威流星(ナガセ・カムイ)
Lv:50
成長型:格闘・万能 性格:超強気 撃墜数:191機(エース)
格闘:192 射撃:181
技量:214 防御:186
回避:244 命中:280
SP:115
地:A 空:A
海:C 宇:A

SP回復
念動力Lv5(Lv9修得レベル:48)
底力Lv8
援護防御Lv2
気力限界突破
集中力

エースボーナス:念動力が???に変更(?話以降のみ適用)

感応 50
鉄壁 40
友情 60
覚醒 80
愛  90
大激励50《ツイン精神コマンド》



柊陽太(ヨウタ・ヒイラギ)
Lv:15
成長型:万能・晩成 性格:普通 撃墜数:10機
格闘:146 射撃:146
技量:167 防御:143
回避:193 命中:192
SP:49
地:A 空:A
海:B 宇:A

底力Lv5
援護攻撃Lv1
援護防御Lv1
ガード
集束攻撃

エースボーナス:???

集中 15
加速 15
信念 30
???
???
闘志 20《ツイン精神コマンド》



妖機人(マッドネット)
Lv:10
成長型:標準 性格:普通 撃墜数:2~10機
格闘:134 射撃:134
技量:159 防御:100
回避:160 命中:177
SP:5
地:A 空:A
海:B 宇:A

援護防御Lv2

エースボーナス:???

偵察 1
根性 25
???
???
???
攪乱 40《ツイン精神コマンド》


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高垣楓ー始まりの追想

「お疲れ様です、楓さん」

 そう言って、ナガセPが392プロダクションへと戻ってきたのは時計の針が8時を回り、付近で警報があった事によりスケジュールが遅れ本来の予定より一時間の延長があったものの6時に全体練習を終えた皆が既に寮へと帰った後の事だった

 

 「プロデューサーこそ、お疲れ様です

 ()つかれ様ではなくて……ふふっ」

 「残念ながら。警報時には安全な場所に居たので、全くもって逃げ惑っててませんよ

 そちらは?警報範囲からはギリギリ外れていたとは思いますが」

 何ら連絡をしなかった時点で、全滅したか何も起きなかったか。それは分かっているだろうが、特に異常の無い周囲を見回しながらナガセPはそう問い掛けてきた

 

 「地下シェルターに行ってみてはしゃいでたくらい、ですね」

 「近くの地下シェルター、は無しですよ楓さん

 まあ、はしゃいでいる元気がある分には良いけれども」

 392プロダクション二階のボードを軽く見て、ナガセPは笑った

 

 ボードに掛かっているのは楓を現す一枚だけ。他は皆既に帰った事を示している

 「帰りは?」

 「菜々さんと、ちひろさんが送っていきました」

 「……自分も17歳の割に、こういうときはリーダーシップ発揮するものめすね」

 まあ、自称17だけれども、と軽くナガセPは顔を崩す

 

 「藍子ちゃんは?」

 「とりあえず警報解除後に無事なのを見付けたので、先に寮に送っておきました。傷は……瓦礫に挟まれた猫を助けようとして引っ掛かれたくらいなので特に問題は無し」

 その言葉に、楓はほっと息を吐く

 

 ……警報解除後、普通に電話が繋がったから無事なのは知っていた。けれども、実際に見た人から聞かなければ、もしかしたら元気なのは声だけでという不安が拭えなくて

 

 「それで、楓さんは代表として私を待っていた、という事で?」

 既に片付けは終わっている部屋の電気を落とし、鍵を掛けながらナガセPは問い掛ける。眼は閉める扉へと向き、ふと問い掛けてみた、程度の軽さで

 「はい。最初のアイドルとして。それに、プロデューサー」

 少しだけ責めるようにその顔を見上げ、楓は続けた

 「お酒。付き合ってくれると言ったのに、酷かったじゃないですか」

 

 「ああ、あれは……」

 数日前を思い出すように、ナガセPの唇が歪む

 「味は良かったでしょう?」

 「それが、緊張してしまって……」

 「慣れればそんなことも無いんですがね

 案外、話の分かる人ですよ、西園寺様」

 「慣れた人になれないと無理です」

 そんな楓に、鍵を人指し指でくるくると回しながら仕舞い込みつつ、ナガセPは苦笑する

 

 「……それもそうだ

 じゃあ、あの店で良いですか?」

 「ええ」

 楓は、少しだけ顔を綻ばせて頷いた

 共に階段を降りる

 「酔い潰れないで下さいよ、案外運ぶのは面倒なので

 

 あと、最初のアイドルはヨシノ様、ですよ楓さん

 まあ、事業縮小で潰された346第四芸能課を再編して家として立ち上げたのもヨシノ様なので、スカウトしたのは……というのはそうかもしれませんが」

 

 

 ナガセPが開いた扉を潜り、店内へと足を踏み入れる

 不安はあったけれども、今日の警報案件でも特に壊れてはおらず。逞しい商魂でもって店主は小さな酒場を開いていた

 店主の趣味か、店内に流れる音楽はオルゴール。シックな内装のカウンターしかない、縦長の店。50代で多少白髪混じりの男が一人、そのカウンターで少ない客を待つ。警報当日という事もあってか、店内にはたった一人しか客の姿は無い

 「いらっしゃい、御二人さん。随分と久しぶりだ」

 楓達の姿を見付け、店主がそう呟いた

 

 「何時ものかい?」

 二人が近くの席を選ぶのを待って、店主が問い掛ける

 「それが、最近二十歳を越えてね。飲めるようになった訳だ

 オススメを」

 楓の為に引いた席を戻しながら、ナガセPも応じる

 「楓さんは?奢りますよ」

 「プロデューサー」

 「奢りますよというのは無しですよ楓さん

 まあ、楓さんの方が稼いでいるというのは事実ですが、プライドの問題です。アイドルに奢られるプロデューサーってものは、どうにも情けないでしょう?」

 「では、割り勘で

 マスター、私もプロデューサーと同じものを」

 変な所で何時も律儀なナガセPに、そう楓は笑いかけた

 

 少ししして、ことりと軽い音と共に、一つのカップが置かれた。白い陶器のカップ。その中には、湯気をたてた白い液体が入っている

 ホットミルク。ある意味思い出の飲み物

 「サービスだ。御二人さんといえばこいつだろう?」

 少しだけ悪戯っぽく、店主は唇を釣り上げた

 

 

 ーーー(二年前)ーーー

 沈んだ気分で少しずつ嘗めるように酒を味わう楓の前に、ことり、と軽い音をたてて楓の前にカップが置かれる。その中には、湯気をたてた白い液体が入っていた

 

 ……こんなもの、頼んでいない

 少しだけ酔った頭で、けれどもそれは分かっていて、重い頭で楓はそれを置いた店主の方へと頭を上げた

 「向こうのお客様からです。何でも、沈んだ時は温かいもの、だそうで」

 青春だねぇ、とニヤリとした笑みを浮かべながら、店主は手に持って吹いていたグラスを軽く傾け、カウンター奥を示す

 

 一人の男性が、マグカップを傾けていた。年の頃は楓と同じくらいだろうか。いや、もっと上かもしれない少しだけくすんだ金髪の青年。顔立ちは……少し怖くて好みが分かれるだろうけれども、悪くない。イメージとしては王子様というよりは将軍だろうか

 下心でもあるのだろうか。けれども、ならば酔わないだろうものをわざわざ頼むだろうか

 

 少しだけ考えて、楓は大人しく好意に甘える事にした

 置かれたカップに口を付ける。温かく甘いミルクの香りが鼻を抜けた

 ホットミルク。恐らくは蜂蜜等で甘くしたもの

 温かなカップは手を(ぬく)め、甘いミルクは少しだけ心を落ち着ける

 

 「落ち着きましたか?」

 楓が一息ついた所で店主に一礼して、ミルクを贈った青年が一つ席を開けて横に座り直す

 「お礼は要りませんよ。半分くらいエゴなので」

 「狼さんになりたいんですか?」

 「正逆(まさか)

 少しだけ憂いを混ぜた笑みを、その青年は浮かべた

 「そんな勇気があれば、彼女くらい出来てますよ」

 「あら」

 「まあ、それはもう雪の妖精のように可愛い幼馴染は居ましたがね

 結局告白する勇気が無かった、そんな程度の人間です。単純に、貴女みたいに可愛らしい人が沈んでると、自分もモヤモヤするってだけの事ですよ」

 自嘲するように、けれども懐かしむように。判断のつかない顔で、青年はそう呟いた

 

 「そんな貴方は」

 「魔法使いさ。大切な何かを護れなかった出来損ないの、な」

 呟き、ふと青年は何かに気が付いたように表情を取り繕う

 

 「まあ、冗談です

 そちらも、話して貰えませんか?何故沈んでいたのか。私は言った通り魔法使いなので、手助け出来るかもしれません」

 自称魔法使いな青年の瞳が楓を見据える

 「まあ、シンデレラの魔法使いの中では小者、出来ることには限りがありますが」

 そう、青年は茶化す。真面目な雰囲気を和ませるように

 ホットミルクで気を良くしたからだろうか、それとも、これも魔法か、不思議と話しても良いかという気分で、楓は今日の事を語り始めた

 

 

 「……そう、ですか」

 聞き終えて、青年は瞳を閉じる。何かを思案するように、その頭が僅かに下に傾く

 語ってしまった。アイドルをやりたいと、何かを初めて強く願った事。その想いを堪えずに、アイドル部門に出向いた事

 そして、事業縮小中の此処にそんな余裕は無いと、何も出来ずに門前払いされたこと

 共有すれば悲しみは薄れるとも言うけれども、そんな事は無くて

 

 「それは良かった」

 その言葉に、楓は固まった

 言われた事が、理解出来ずに

 

 気が付いた時には、カウンターに置いた楓の手の平に、一枚の紙が乗せられていた

 「今日、貴女に会えて良かった。言ったでしょう、私はシンデレラの魔法使い。貴方に魔法をかけることが出来る」

 紙は名刺だ

 刻まれた文字は……392プロダクション、第一アイドル(・・・・)課プロデューサー 神威流星

 

 「貴方、は?」

 「文字通り、貴女に魔法をかける魔法使いですよ、シンデレラ

 貴女に魔法をかけさせてくれませんか?」

 「……あの、本当に?」

 あまりにも出来すぎた成り行きに、楓は疑問を抱く

 今までの全てが嘘なのではないかと。彼は詐欺師かもしれないと

 

 「本気さ

 貴女はアイドルたろうと動いた。誰に言われる事も無く、自分でそうあろうと

 充分。強い願い、それ以上のアイドルの資質など、ある訳も無いさ」

 「オーディション、とか」

 「必要ない。こんな時代だからこそ輝く希望の光、貴女はそれを見せてくれた

 ただ……」

 似合わない笑みを、青年……ナガセPは浮かべた

 「それでは何処か詐欺っぽくて不安だというならば、オーディションをしましょうか

 マスター、歌は?」

 「かまいませんよ」

 

 オルゴールの音が止まる。客は他に一人、殆ど動きもなく、回りは静まり返る

 ナガセPが、一つの音楽プレイヤーを差し出した

 一つの曲が、其処には表示されている。知らない歌だ

 「……顔などは一切問題なし。ということで、30分後にこの曲を歌って貰います

 どれだけ歌えるか、それがオーディションです。まあ、形式的なものですが」

 

 

 そうして、35分後

 店は、三人分の拍手で埋め尽くされていた

 「……まさか、ね

 文句無しも良いところ」

 人の悪い笑みを抑えきれず、拍手を止めずにナガセPは告げた

 

 透明な歌声で紡がれた、星に託した何処か寂しげな雰囲気のラブソング。それが、課題曲だった

 聞いたことは無い。知らない。その曲をたった三十分聞いて、楓は歌いきってみせたのだ

 「知らない曲、ですね」

 「それはそうですよ。知っていても困る。少しだけ話した幼馴染の歌ですからね

 

 電話越しに、アーニャが書いた思いを元にした歌が出来たって喜んで歌ってくれた日の星空を、久しぶりに思い出しました」

 

 「その、幼馴染さんは」

 聞いた瞬間、楓はしまったと思った

 答えは決まりきっていたから

 「『もっと輝きで 奇跡が起きるの』

 真実に出来れば、どんなに良かったか

 死んだ。半年前に、妖機人に襲われて。俺に、XNディメンション(空を斬る力)が無かったから」

 敬語っぽい口調は剥がれ、歌の一節を引用し、奥歯を噛み締めて青年は呟いた

 

 「情けない話さ。アーニャを、皆を護りたいと軍学校まで出ておいて、肝心な時に何時もこの手は遠くて届かない

 

 だから、今度こそ喪わない為に。輝きを護り育てる為に、プロデューサーを目指した訳です

 ……すみません。此方の愚痴まで話してしまって」

 けれども、一瞬後には青年は再び敬語の仮面を被り、さっきの調子で頭を下げる。良く見ると金の光の中に極々僅かに白髪の混じった髪が揺れた

 

 「話を戻しますが、文句無し。寧ろ門前払いした側に同情します」

 「ふふっ、それは良かった」

 柔らかに、楓は微笑んだ

 

 ……30分の間に、歌を聞きながらネットで調べはついていた

 392プロダクション。そのアイドルプロダクションは、確かに存在していた。存在しているだけだったけれども

 長期に渡った地球人同士の争い(DC戦争)、終わらぬ異星人との戦い、そういった世相を反映した事業縮小の煽りを受けて解散した346プロダクション第四芸能課。其処を母体に、それでもアイドルでありたいと思うならばという言葉を掲げて、場所を失ったアイドルを集め立ち上げた新興プロダクション。それが、392プロダクション。華々しい実績は何もない。寧ろ、弱小の辛さを知って尚アイドルでありたいと残ったのは僅かに二人、所属アイドルは……立ち上げ主の依田芳乃を含めても3人のみと潰れかけも良いところ。黒い噂は全く無いが、こんな状態では良い噂も無い

 

 「……調べていたので分かるとは思いますが家は弱小です

 努力はしますが、他の場所の方が待遇は良いかもしれません。大手の346だって、貴女ならばと数日後には掌を返すかもしれない

 貴女の翼は、きっと何処ででも羽ばたける程に強い。正直な話、家である必要はありません」

 それでも、と楓の片目と似た色の瞳が楓を見詰める

 

 「それでも、貴女の輝きを、私に……俺に預けてはくれませんか?」

 楓に迷いは無かった

 詐欺でないならば、本気ならば。貴女にはアイドルの資質があると心から言ってくれた彼が、一番だと思えたから

 「ふふっ、宜しくお願いしますね、プロデューサー。私は」

 「流石に知っていますよ。有名人ですからね、高垣楓さん」

 「知ってました?」

 「まあ。346プロダクションと契約した人気モデル、高垣楓。それがアイドルをやるというだけでも話題にはなりますし、歌が例え残念だったとしても採用するに足りる理由にはなります。それを理由にしたくなかったので、言いませんでしたが

 貴女が高垣楓で無くても、あの思いだけで充分ですし、ね」

 

 「ふふっ。嬉しい事を言ってくれますね、プロデューサー。頬が熟れます

 じゃあ、記念に飲みましょう」

 少しだけ頬赤く、楓はそう告げ

 「……それは」

 なんとも言えない表情で、楓のプロデューサーとなった青年は固まる

 「なんというか……」

 暫くして、言いにくそうに青年は答えた

 「実は今年18歳なので」

 と

 

 

 

 ーーー(現代)ーーー

 「ふふっ、あの時のプロデューサー、キザっぽかったですね」

 「アーニャは素直にカッコいいと喜んでくれてたので、少し格好付ける癖があったんですよ」

 「今でもたまに想像(イマジン)しちゃいますね。あの日ああ言われなかったら」

 「きっと、346が数日後に話を持ってきましたね

 業界の方で、にわかに持ち上がって即座に立ち消えたプロジェクトの話を聞きましたから」

 「プロデューサーが言っていた通りですね」

 「大手の方が良かったですか?」

 二年近くを経ても、392プロダクションに飛躍は無い。新興ながら珍しく生き残っているし、アイドルも増え潰れかけでは無くなったとはいえ、大手には届かない。高垣楓という絶対的エースを擁しながらも中堅と言えるかどうか。仕事だって、時間的な空き枠はまだまだ多い

 「後悔はありませんよ、プロデューサー」

 「そう言ってくれると助かります」

 二人の前に、静かにグラスが置かれた

 中には、黄金に近い色の液体が揺れる

 

 「では、楓さん」

 ナガセPがグラスを持つのに合わせ、楓もグラスを手に取る

 「今日の皆の無事を祝い」

 「これからの大仕事の成功と」

 「この先の皆の無事と」

 「飛躍をお酒(秘薬)に願って」

 「「乾杯」」

 二つのグラスが打ち合わされ、軽い音をたてた



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二宮飛鳥ー舞い降りた好機

「やあ、高森さん

 今日はどうしたんだい?仕事は、無いだろう?」

 全体練習の翌日

 392プロダクション二階で一人プロデューサーの部屋から拝借したものを手に寛いでいた飛鳥は、自分の事を棚にあげてそう呟いた

 

 「飛鳥ちゃん

 実は、プロデューサーさんにお願いがあって」

 「プロデューサーに、かい?」

 「ちゃんと直接言わないとって思ったから」

 藍子が言葉を続ける中、ふと飛鳥のスカートのポケットで、スマートフォンが振動した

 

 開いてみると、プロデューサーからのメール。件名は、【緊急】全体連絡

 「……これかい?」

 「はい、たぶん」

 ならば、と多少の好奇心と共に、飛鳥はメールを開く

 

 「……今更、だね。けれども、悪くない話さ、これは

 歓迎するよ、高森さん」

 読み終えて、飛鳥は呟いた

 内容は、非常に簡単な事。高森藍子が大事業……つまり、軍部の慰問ライブに追加参加を表明したということ、それに合わせてのスケジュール変更等々の連絡だった

 

 「ふふっ、何だか、昨日からやりたくなっちゃって」

 「恐かったんじゃないのかい?」

 「はい。今でも怖いけど……」

 と、藍子は飛鳥が弄っていたものに眼を止める

 「それって」

 「ああ、これかい?

 プロデューサーから借りたものだよ」

 そのブツの胴部を持ち、壊さないようにして飛鳥は軽く振ってみせる

 その手から鈍く光るものがこぼれ落ち……けれども、結局はメッキしたプラスチック、机には刺さらずに跳ねた

 

 「……折れてませんよね?」

 「多分、ね」

 そう言って、飛鳥は腕を伸ばし、机上に落ちたもの……1/144参式獅子王刀を拾い上げる。借りてきた最初から装備されてはいたけれども明らかにオーバーサイズなそのプラモデルの刀を、白いプラモデルに持たせなおす

 

 「プロデューサーさんから、借りてきたんですか?」

 「参考にしたいといったら、貸してやるから好きなものを持っていけと言われてね

 奥に隠していたこれを」

 と、今度は落とさないように飛鳥は指だけ指しす

 「借りてきた訳さ」

 

 「飛鳥ちゃん、楽しそうで……」

 藍子が、ふと頭を抱える

 額には汗、噛み締めた唇が震え、歯が軽く当たって音をたてる

 

 「……飛鳥、ちゃん」

 数秒の後、藍子はゆっくりと、飛鳥へと問い掛けた

 「どうしたんだい、高森さん。顔が青い」

 だが、その空気は一瞬にして崩壊し、元の何でもないものへと戻る

 「あれ?何でしたっけ?」

 

 「プロデューサーさんに関して、何かはっと気がついた事があったような……」

 「……呼んだかい?」

 その声は、背後から聞こえた

 

 「「プロデューサー?」」

 「ああ、そうだ」

 「どうしたんだい?君らしくもない」

 「いや、それがね」

 問い掛ける飛鳥へ向けて、飛鳥の知る限り仕事以外来ることがほぼ無い彼には珍しくアイドル用にと用意した2階へと降り立ったナガセPは、手にした銀のタブレットをくるりと回し、二人へと向けた

 「唐突に仕事が決まった」

 

 「プロデューサー、突然だね」

 「そうとも。突然さ、飛鳥。テンサイというものは気紛れなもの。どんな天才も、天災も、その動きを推し量ることなんて出来やしない」

 「それで、プロデューサー」

 「そんな天才の一人が、知り合いでね

 それはもう唐突に、私に話を投げてきたという訳さ」

 やれやれ、と老けたその青年は首を振る

 「彼女にも困ったものだ。収録自体は今週って、何だそれは早く言えと」

 「……彼女?恋人さんか」

 「違う!

 ……私は、あの人についてはいけないよ。そこまで私の頭は、人間を止めてはいない。彼女も知っていて、私で遊んでいるだけさ」

 「その彼女とは?ボクはサイキックではないんだ、言われなければ、伝わらない。最も」

 「言葉にしたら伝わるなんてものは幻想、か?飛鳥

 それは一理あるけれども、流石に今回は伝わるさ、絶対にね」

 「それで、誰なんですか?」

 「346プロダクションの誇らない制御不能、失踪複数回の前科を持つ天才児、一ノ瀬志希さ」

 

 「……クイズ番組への出演?」

 ナガセPから言われた仕事内容に、飛鳥は目をしばたかせた

 「本当かい、プロデューサー」

 「本当だ」

 「テレビ出演じゃないか。突然にもほどがある。まだ、ドッキリ企画だと言われた方が自然だね

 だってボク等は、テレビに出たことは無いだろう。そんな企画が」

 「来たから困っているのさ」

 言って、ナガセPはタブレットに表示された資料を見せる

 

 「……確かに」

 「指定は三人一組、向こうから既に誰を出すかは言われている」

 「それで?」

 「あのニュージェネレーションとぶつけたいらしくてね。対応するようなアイドルを、という話さ

 飛鳥、出れるか?」

 「……ボク、かい?」

 呆けたように、飛鳥は聞き返す

 

 「そうだ。蒼の少女渋谷凛、彼女に家で対抗しようとすれば、妥当な線だろう?アナスタシアは似合わないからね」

 「……残り二人は?」

 「……高森藍子、そして……」

 「ナナですね!」

 その声は、扉の後ろから聞こえ

 

 「違う。というか、ナナ、新米アイドルがNGsに挑むクイズ企画でナナが出てどうするんだ」

 即座に、ずっこけた自称17歳が見えた

 「じゃ、じゃあ誰が……」

 「……幸子だ」

 事も無げに、ナガセPは告げた

 

 「まあ、分かる判断だね」

 「プロデューサーさん、これって」

 「……断れる。今週やるから、ではいそうですかと調整が効くか!と言えば何とかなるだろう

 ……幸子は参加するだろうし、二人次第だ」

 

 「参加するよ、プロデューサー

 これは、好機だしね」

 「はい。私も」

 「……有り難う、二人とも」

 安堵したように、ナガセPはふっと息を吐く

 「何とかなりそうだ」

 

 「……あれ?ナナを呼んだ理由は?」

 「別件

 悪い、ナナ。ウサミン星について何か知らないかと聞いて回ろうとはしたんだが……」

 ふと、青年は眼を遠い空へと向ける

 「そもそも、メキボス(一番知ってそうな人)にはアポイントすら取れなかった。情けない」

 「……プロデューサー、まさかウサミン星なんて信じてるのかい?」

 「う、ウサミン星はありますよ!遥か銀河の何処かに」

 「電車で向かえば一時間、じゃなかったのかい」

 「それはナナの家です。ウサミン星人であるナナの居る場所、すなわちそれは出張ウサミン星」

 

 「……いや、飛鳥」

 そのナガセPの声は、何処までも真面目だった

 その目に悪戯っぽい光はなく、しっかりとしていて

 「ゲスト(宇宙人)アンセスター(未来人)サイコドライバー(超能力者)、更にはバラル(仙人)ラ・ギアス(地底)人や極めて近く限りなく遠い世界(平行世界)人も居るんだ。月にだって超巨大な建造物が埋まっていて、ロストアルテミスはそれが起動した結果ではないかとも言われていたりする。ウサミン星人(別の宇宙人)が居ないなんて、そんな話は無いさ」

 

 その日、二宮飛鳥と高森藍子は理解した。自分をアイドルにした物好きなプロデューサーは、やはり阿呆だと



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神威流星ー流れ星の記憶・Ⅰ

アイマス要素は何時もの行方不明です


『止めに来ましたか……ナガセ・カムイ

 けれども、全ては遅いのです』

 威厳ある女性の声が、傷付いた空中要塞に響き渡った

 

 「……は?」

 飛鳥は……その光景に、思わず口を閉じることも忘れ、ただ呆けた

 理解が追い付かない

 これは……かつて地球上であったというバラル……地球人類を全て仙人に変える事で人間同士の争いを永遠に終結させようとした者達との決戦、その場そのものであった

 飛鳥には見たことなど無いが、要塞上に両断されたり大穴を空けて横たわる三匹の白い僕(クストース)……即ち白い獣(ザナウ)白い鳥(カナフ)白い魚(ケレン)は、飛鳥もニュースで何度か見たことがあるバラルの化け物だ

 

 『……イルイ!いや、ナシム・ガンエデン!止めろ!』

 叫ばれる声は、ナガセPのもの。今よりは、少し若いだろうか

 その彼が駆る鋼の巨人は、まるで巨大な外装を着込んだかのよう。一応、飛鳥自身も見たことはあるものに良く似ていた。エクスバインボクサー。巨大な剣となる外装を着込んだ存在に

 だが、その姿は何処か異なる

 そして、対峙するのは巨大な女神。女神像のような姿を持ち、天使の如き羽根を持つ巨神。バーニングPTのアーケードモードで見たことがある、母なる星の守り神(ナシム・ガンエデン)

 

 『雀武()を喪ったあなたに何が出来るのです』

 『少なくとも、アンタを止められる、バラル』

 『反旗を翻した四神は滅び去りました

 それこそが』

 『応龍が……四霊の超機人なんてものが付いて居ながら、四神等にここまで追い込まれる事自体が!』

 『『その手段が間違っている事の証明!』』

 互いを否定する声が共鳴する

 『だから、四神の想いは俺が継ぐ!お前を止めてやる、ガンエデン!

 この……R-BLADEで!』

 

 『まだ行けるだろう。今回だけで良い、持ってくれよR-BLADE!』

 『ナガセ!』

 『リュウ!状況は、天上天下次元無双剣は行けるか?』

 『ダメだ……』

 『リュウ!』

 『……アヤが、応答しない』

 『R-3パワードは』

 『大破した』

 『クソッ!』

 

 ……状況に追い付けない

 アヤとは?そもそもリュウとは多分あのSRXのパイロット、伊達隆聖の事だろうが、彼とナガセPが知り合い?

 「何なんだこの夢」

 「さいきっくどりーむ!」

 一緒にナガセPの夢にダイブした栗色の髪を後ろで纏めた少女、堀裕子がそう返す

 「ボクには訳が分からないね

 確かに、プロデューサーの過去を見たいとは言った。けれども、こんな妄想を見たいだなんて……

 やっぱり、キミのさいきっくはアテにならないね」

 「むむむーん!さいきっく」

 「いや、無理しなくて」

 

 ふと、景色が一瞬捻れ変わる

 いや、変わってない。場所、は

 『天上!』

 『天下』

 『次元!』

 『『『無双剣っ!!』』』

 変わったのは状況。飛んだのは時間

 空間を引き裂き女神像を護るバリア内に突然出現した両の足と片腕を喪った割れたゴーグルの戦神は、その残された右腕に握った巨大な剣で、確かに巨神を斬り裂いた

 

 更に世界が捻れる

 『……誰かが、残らなければいけない』

 『けど……』

 『……悪いな、リュウ。R-BLADEの変形機構がぶっ壊れた。XNモードに飛行能力は無い。だから、そもそも俺は脱出なんて出来ない

 俺が残る、行ってくれ、リュウ』

 『SRXで運べば』

 『止めろ、お前達まで死ぬ気か

 そんな自分が飛ぶだけで限界なボロボロのSRXで運べる訳が無いだろう

 ……未来を、頼んだぞ、リュウ』

 その瞬間、ボロボロの戦神の姿はかき消えた

 

 『これが、XNディメンション最後の転移……悪いな、リュウ、ライ……アクセル……。アーニャ……』

 『……あなたは、何を』

 『アンタが切り捨てようとしていたイルイとしての部分を、リュウと一緒に飛ばした』

 『それで、自身も脱出を』

 『無理だよ、ナシム

 自分が助からない事は、誰よりも俺自身が分かってる。アンタの攻撃で、腹から下吹き飛んでてさ、持つ訳無い

 それに、誰かがガンエデンに貯まった念を抑えなければ、封印は発動してしまう

 

 それに、怪しい念も混じってるしな、一人じゃ抑えきれないだろう?

 ……何、地球の守り神と共にってなら、悪くない終わりだ』

 そう告げる彼の機体……ガンエデンに突きたったままの剣のコクピットには、どうしようもない裂傷が見て取れる。中のパイロットは無事で済むはずがない

 『最後に役目を果たさせてくれ、その想い、信じたさ、ナシム』

 『ナガセ・カムイ……』

 『星の守り神というなら、信じてやってくれ、リュウを……此処に来れなかったアラドや、そしてゼンガーさんの事を

 彼等が、この星を護る鋼の戦神だって』

 『……』

 『アーニャ。お前は、これより酷かったんだよな……

 御免な、何も出来なくて

 ……やっぱり、さ。少し……怖い、な』

 その言葉と共に、飛鳥の視界を超規模の爆発が埋め尽くし……

 

 

 

 「……起きたな、寝坊助」

 「事務所で寝ていたキミに、言われたくはないね」

 飛び起きた時、飛鳥の体は事務所にあるベッドの上であった

 「……此処は」

 「私のベッドだ

 仮眠室が無くて悪かったな」

 「だからキミよりは真っ当さプロデューサー。泊まり込みで仕事しているから、キミの部屋はこのビルにある

 だというのに、机に突っ伏していたキミよりは、ね

 

 ブラック企業の真似事かい?」

 「……何を見ていたんだ、飛鳥?」

 「大したものじゃないよ、プロデューサー」

 「大したものじゃない、か

 そんな汗をかく夢が、大したものじゃないとは私には思えない」

 ぽふりと、飛鳥の額に何かが被せられる

 冷たく濡れたタオルが、汗ばんだ額に心地好い

 

 「何より、起きてみたら近くのソファーに倒れて寝息をたてていたんだ、何があったとなるだろう?」

 「別に?ボクの行動は関係ないだろう?」

 「関係は無いな。けれども担当アイドルを心配する権利はあるんじゃないか?」

 

 どう答えたものか悩む飛鳥の脳裏に、ひとつの事が思い出された

 アヤ……アヤ・コバヤシ。彼女はあの夢で見た戦神SRXを構成する巨大兵器R-3パワードのパイロットであること。そしてその彼女は、バラルとの決戦で死んでなどいない事を。健在だと言うことを

 

 「何でもない。単なる突拍子も無い悪夢さ

 キミだって見るだろう?」

 「悪夢を見るのは疲れや不安からだ

 良くなるまでベッドは貸す、ゆっくり休め。明日は突然のクイズ番組だから、な」

 ことりと枕元に置かれるのは、ミルク入りのコーヒー缶

 

 「……プロデューサー、ひとつ良いかい?」

 「何だ?」

 「ボクがボクと呼ぶようになったように、キミも私と呼ぶようになった契機はあるのかい?」

 「急にどうした?」

 「いや、悪夢にはキミが出てきてね

 そこでの違和感のあるキミは、自分を俺と呼んでいた」

 「プロデューサーを目指す際に矯正したから私なんだ

 昔は、俺だったよ」

 「そういえば、キミが突っ伏していた理由ははぐらかされたままだ」

 「二徹しかけたから、移動すら面倒になった、それだけさ

 飛鳥もゆっくり休めよ」

 それだけを言うと、ナガセPは部屋から出ていく

 

 後には、飛鳥だけが残された

 意図せず初めてまともに見る、プロデューサーの部屋

 殺風景のような、そうでもないような部屋だ

 物は少ない。私物と言えば机の上に写真が飾られていること、二冊のアルバムがその横に置かれていること、そして棚に大量のプラモデルが飾られていることくらいだ

 

 悪いとは思いつつもプロデューサーの香りが僅かに残るベッドから降り、飛鳥は家捜しを始める

 恋愛的好意(嫉妬)からではなく、不信感から。神威流星という男を知るために

 写真は幼い頃撮ったものらしく、映っていたのは少年とロシア人らしい少女、そしてその親らしい夫妻

 ひとつめのアルバムを開く。目に飛び込んできたのは、一つの集合写真

 小樽響導学校、第18期生卒業写真と、其所にはあった。映っているのは軍服らしきものを着た100人程の若い青年

 

 「軍学校卒……ますますキミが分からなくなったよ」

 そんな飛鳥の家捜しは、そのすぐ後に音楽プレイヤー忘れた、と戻ってきたナガセPによって中断を余儀なくされた




天上天下次元無双剣
SRXとR-BLADEの合体攻撃。大剣(XNモード)に変形した状態でR-BLADEがXNディメンションを起動。SRXのトロニウム出力にものを言わせて次元を斬り裂いて転移、そのまま大剣を叩き付ける。エネルギーブレードを伸ばして凪ぎ払う事も出来るが、広域攻撃ならば一撃必殺砲で良い為、転移を絡めた対大物用の合体攻撃である。単純火力では天上天下一撃必殺砲に負けるものの、奇襲性や取り回し、そして一転突破力で勝る
SR-アルタード(バンプレイオス)が未完成の中、SRXのままレイオスプランを完成させようとしたものであり、XNディメンションは支援機であるR-BLADEに搭載されている。本来の武器名はトロニウムディメンションソードなのだが、メインパイロット二人がリュウセイ病なので天上天下次元無双剣と呼ばれている


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二宮飛鳥ー落ちる星と龍王

392プロダクションビルから、離れているようでそこまでの距離でも無い郊外に、その古い建物はある

 

 築16年、4階建て。水道こそ各部屋にあるものの、ガスは一階にしか存在しないという片手落ちの設計がされた、一つの寮。392プロダクションが買い上げたその場は、名を星鋼(せいこう)寮。距離的に実家から通えないアイドル達と、緑の事務員が暮らす共同生活の場である。個人の部屋は二階以降、一つの階に6部屋あるため、ルームシェア無しでも最大で18人まで生活することが可能なのだが、その半数近くしか入居者は居ない。392プロダクション所属アイドルのうち、安部菜々、櫻井桃華、西園寺琴歌等を除いたメンバーと、千川ちひろ

 簡易シャワーこそ流石にと2年前に各部屋を改装して取り付けたものの風呂はガスが一階のみ通っている為それなりの広さのものを皆で共用。銭湯風に夜の3時間ほど湯を用意しておくのでその時間に入る形式。台所も当然一階のみなので、ご飯も全員分が出来る人間によるローテーション式

 

 「ほほー。わたくしに何か御用なのでしょうー?」

 ナガセPから急に告げられたクイズ番組出演オファーの前日夜。明日の主役と何時もより少しだけ豪華な晩御飯(担当:高垣楓)の席で、二宮飛鳥は向かいの席に座った少女から、そう声をかけられた

 「良く分かったね」

 「共に歩むものたちの声、わたくしの耳には小さくとも届くものなのでしょー。特に、闇に足を踏み出そうというその時には」

 「闇に!?」

 「あのかたの如き言の葉の繰り方を真似れば……共に歩むあいどるの不安ならば、分からないわけが無い。なのでして」

 

 「分からないんだ、プロデューサーが」

 少しして箸を置き、飛鳥は言葉を絞り出した

 「ほー、それは何故(なにゆえ)

 「実際に行動した二宮飛鳥と、ボク自身の乖離……

 プロデューサーと出会ってから、たまにボクがボクである事を疑うようになってしまった。可笑しいだろう?」

 自嘲気味に声を笑わせながら、言葉を続ける

 「実にナンセンス、だとしても不安は拭えないものなのさ」

 「ほー。では、あのかたの最奥、それを理解したいということでしてー?」

 「ダー。アーニャも、知りたいです」

 和装の少女の横で、ちょっとずつ今日のデザート(プロデューサーが営業先の果物屋で貰ってきたという柚子のシャーベット)をスプーンで掬って口に入れていた銀髪の少女が、そう会話に割り込んだ

 「ほほー、あのかたは大人気ですなぁ」

 「……聞いておいて茶化すのは良くないんじゃないのかい?」

 「おや、申し訳ありませぬー。そのような心は、無かったのでしてー」

 

 「一つ、よろしいですかー?」

 「ダー」

 「それが、キミが応えてくれる条件なら、是非もないさ」

 仕方ないと、飛鳥は頷き……

 「それでは、話をしましょー」

 けれどもその言葉は、突如響き渡った警告音に遮られた

 

 幾つかあるアラート。そのうち、たまに鳴り響くそれには覚えがあった

 一番良く起こる危険。欠けた月の破片が重力に牽かれて地上へと落下する現象……即ちコンペイトウのもの

 誰かが、一階に備え付けたTV(寄贈:ナガセ・カムイ)のチャンネルを回し、何時もの報道番組に合わせる。画面の中では、アナウンサーらしき人が、今回のコンペイトウの大きさ等を真面目に報道している。その顔はあまり明るくない。淡々とした報道を心掛けるべき仕事にしては珍しい話に、飛鳥が少し興味を持っていると、重要情報が入った

 『い、今しがた観測機関から来た情報によると、今回のコンペイトウの等級はメロン、め、メロン級との事です』

 つっかえながら、アナウンサーはそう告げた。その顔が青い

 

 「ちょっと!何でカワイイボクの晴れ舞台が漸く来るって時に、こんな危機が起こるんですかぁっ!」

 報道を受け、自棄になったかのように桃色の髪の少女が叫ぶ

 メロン級。コンペイトウはその大きさによって果物の名前で等級が区別されている。メロンといえば最大級の大きさだと、詳しく習っていなくても飛鳥にも分かる

 「甘美なる、破滅の果実……」

 ぽつりと、項垂れて飛鳥の親友が力なく呟く。例えもっと小さな欠片でも、迎撃出来なければ大きな被害を産む。アメリカの巨大農場にイチゴ級が落下して、数km単位で吹き飛んだというのが、数ヵ月前のテレビで報道されていた。メロン級なんてものがもしも迎撃出来ずに落ちたら、それこそ日本中が壊滅するかもしれない

 暫くの沈黙

 耐えきれず、誰かが不安を口にしようとして……

 

 ぶおおおおおおおおおおおお、と。すっとんきょうな音が、静まり返った一階に響き渡った

 『……臆するな、皆』

 「と、いうことなのでしてー」

 何処からか無かったはずの法螺貝を抱えて、和装の少女がそう告げた

 突然の事に意識がそれ、少女……依田芳乃に皆の視線が集中する

 その前には、視線を集めるように携帯が立てられていた。その画面の中に見えるのは、真っ暗な何処かに居るナガセPの顔。不安はなく、此方を……というか恐らくは液晶画面を見据えている。TV電話という奴であろう

 

 「「「プロデューサー!?」」」

 『だから、臆する必要はない。心配はないさ

 皆は……私が護ろうと奔走する必要すら、恐らくはない

 

 全く、何で不必要に不安を煽っているんだろうな、あの報道は』

 「瞳持つ者よ。そなたの魔眼は、未来を読むのか(プロデューサーさん、どうして分かるの?)」

 『……蘭子、飛鳥、皆

 分かるだろう。この世界には……この国には』

 「『彼等が居る』」

 「ほら、来まして」

 報道画面の右上辺りに表示されていた望遠カメラを、何かが横切った

 「……龍と、虎……?」

 

 『「必神火帝、天魔降伏、龍虎合体」』

 和装の少女と、ナガセPの言葉が重なる

 『あ、あれは一体……

 カメラさん、あの光を』

 アナウンサーも何かに気が付いたのかそう告げ、右上のカメラが横切った何かに寄る

 夜空に輝く"合体"の文字を背に、一つになった青龍と白虎の姿を、望遠カメラが映し出した

 

 『「無敵青龍、龍虎王」』

 二人がその言葉を紡ぐ中、札から一本の剣を精製した青き龍は天から墜ちる星目掛けて飛翔を開始する

 「……プロデューサー、君なのかい?」

 『いや?単にこのカメラでは音声が拾えないからアテレコしているだけさ』

 「あの方もわたくしも、四神とは関係ありませぬよー、よいですかー」

 「聞いてみただけさ。ボクだって、あの龍の担い手の名前くらいは知っているさ、キミでないことも」

 そんな茶番の間にも、龍虎王は蒼い龍の翼をほぼ羽ばたかせずに落ちてくる隕石に迫る

 カメラのピントが、双方を捉えた

 

 飛鳥の脳内の資料(バーニングPTに載っているもの)によると、龍虎王の全長は49.9mもあったはず。だというのに、カメラに全貌が収まったコンペイトウは、少なくとも直径にしてその倍はある、直径100m級の隕石であった

 「ちょっ、大きっ……」

 『……幸子、大丈夫だ。ボクの晴れ舞台が潰れるなんてそんな世界の損失が起きるわけ無いと笑い飛ばせ』

 

 龍王が、その手で印を組む

 「龍王炎符水」

 『マグマ・ヴァサール』

 その眼前から東洋竜のごとき炎が迸り、隕石を締め付けて減速させる

 だが、止まらない。それだけで止める必要はない

 「『龍王破山剣』・逆鱗断」

 龍王は更に飛翔。遂に隕石と交差すると、手にしていた巨大な剣を減速した隕石へと叩き付ける

 エネルギーが剣から迸り、隕石に無数の細かいヒビが産まれる

 『……芳乃、あれは単なる破山剣だ』

 「そうなのですかー?」

 『逆鱗断なら、砕けていたとは思う。ただ、破片が大きすぎて危険だ』

 ナガセPの良く分からない会話のうちにも、事態は進んでいく

 

 『「順逆転身」』

 龍王がその腹に取り込んでいた白虎を解放。即座に飛び出した白虎は(隕石)に足を付けて咆哮。逆に縮こまった龍を、あり得ない変形で自身の腹に収納。仁王立ちする白虎へと合神する

 「虎爪回転圏」

 『ヴァリアブル・ドリル』

 そのまま白い虎王は右腕を回転、マグマの竜に縛られてこそいるが今も落ち続ける隕石を掘削し、その内部へと姿を消す

 一拍遅れて、破山剣によって付いた無数のヒビに合わせ、隕石は粉々に爆散。中から再び転身した青龍がその偉容を現す

 『……ほら、心配は無かっただろう?

 飛鳥、幸子、藍子。明日は早いぞ』

 それだけ言って、通話は切れた



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輿水幸子ー不正への誘い

「フフーン!やっぱりボクのカワイさは誤魔化せませんね!」

 訪れたことも無いような大きなスタジオ。此方を振り返るスタッフ達を思い返しながら、控え室で輿水幸子はあまり無い胸を張った

 

 「そう騒ぐものでも無いさ」

 「そうは言いますけど二宮さん!なんたって大チャンスですよ大チャンス!カワイイボクのカワイイ姿を知らないなんて大損していた人達に、ボクらを知らせることが出来るのに、落ち着いていられますか!いられませんよね、ねぇ!」

 けれども、横の同い年のアンニュイっぽく振る舞う少女……二宮飛鳥は憂いを見せる

 「主役はボク達じゃない。この中で、ボク達の活躍を望む者なんて居ない

 誰にも望まれることの無い……」

 「少なくとも、私は望んでいるのだけれどもね

 勝つなとは言われていないのだから、いっそ宣伝の為にも勝ってしまえと、ね」

 「……プロデューサー」

 「そう、だから誰にも望まれないなんて話は無いさ、飛鳥」

 「ちょっと、ボクも、ボクも誉めて下さいよ!」

 「幸子、お前は元からカワイイからアンニュイな空気なんて出さないだろう?だから無くても大丈夫だ」

 「そうですよね、ボクは心配される必要が無い程にカワイイですもんね!

 まあ、二宮さんだって、ボク程じゃなくても心配要らないカワイさですけどね」

 フフーンと、幸子は得意がる。不安に潰されないように

 

 「さて」

 会話が途切れた時、ナガセPの手には3つのイヤリングが握られていた

 桃色、青、そして黄色。三人に合わせた色の、形状の全く同じイヤリング

 「……プロデューサー、それは一体なんだい?」

 「これを、渡すかどうかを考えていた」

 「目立たせる為の差し入れですね!まあ、このボクは何にも着けなくても十分カワイイですけど!

 それでも、プロデューサーさんが着けたほうが絶対にカワイイから着けてくれって頼むなら、付けてないあげないことも無いですよ?」

 さあ、さあ、と多少の期待を込めて幸子は自分のプロデューサーを見上げる

 

 「どこまで本気で、勝ちに行く?」

 「プロデューサーさん。その事と、関係はあるんですか?」

 「あるよ、藍子」

 言ってナガセPは、代表として飛鳥にイヤリングを渡す

 

 「耳に押し当ててくれ」

 「全く、キミは……」

 苦笑しながら飛鳥は耳に青いイヤリングを押し当て

 「っ!?」

 びくっと、体を震わせた

 「……声が……」

 「声が、何なんです飛鳥さん」

 「声が、聞こえたんだ。此処に居ないはずの声が」

 「はい?」

 「そう。芳乃に実演してもらったけれども、こいつは振動通信機になってるんだ

 音声ではなく微かな振動でもって、此方から声を周囲に洩らさず伝える」

 ニヤリと、ナガセPは人の悪い笑みを浮かべた

 「さて、こいつ……使うか?」

 

 「ズルじゃないですか!」

 「それは、不正ではないのかい、プロデューサー」

 「そうです、こんな事して」

 「良いんだよ。本気で勝ちに行くなら、な」

 人の悪い笑みは収めず、ナガセPはアイドル三人の抗議を受け流す

 「そもそも番組自体が新人アイドル、NGsへの挑戦って事で私達にはNGsの引き立て役を期待されている。露骨に負けろという指示までは来ていないが、番組を作る側としては、出来ればNGsに勝って貰って宣伝したい、という意図がある」

 「なら、何だと言うんだい」

 「NGsの解答席には答えの表示機能が仕込んである。まず勝てるように、な」

 「いや、そうかもしれませんけど」

 「『にゃははー、見抜かれたかー

 デッドヒートするなら、同じ土俵に立つのも良いかにゃー。そんな事より、臭い嗅がせて』

 と。言質は取った。流石にあの一ノ瀬志希を誤魔化せるとは私も思っていなかったからな。許可を取りに行った」

 「それでも、ボクは正々堂々と行きます

 卑怯じゃないですか!それに、ボクだってズルしなくても」

 「問、ハイペリオンの型式番号を答えよ」

 「は?」

 幸子は、突然の言葉に固まり……

 「XAM-008-HIだ。バーニングPTの機体解説欄に載っている」

 淡々と、ナガセPは返した

 

 「プロデューサー、キミが言いたいことは分かるさ。けれども、この問題はそもそも出るのかい?」

 「出るよ。鋼の救世主、鋼龍戦隊。若い子の興味を引くには良いジャンルだろ?

 ミリタリー、鋼龍戦隊。此処等は選択ジャンルとして出る、確実に」

 

 「……そう、ですね」

 少し考え、そうかもと幸子は頷く

 「……もし、もしですよ?ボク等がこれを使えば、勝てますか?

 もし、ですからね!」

 「勝てるさ。ジャンル:鋼龍戦隊なら

 相手が問題文を読みあげきる前に表示された答えを言って完封、レベルのみえみえの不正をやってこない限り

 エルザムさんやライといった鋼龍戦隊の中でも知識があって天才側な人間相手なら兎も角、今回のクイズ大会はチームNGsと私達チーム392、そしてレギュラーのチーム老害とチーム若手の2チーム。負ける気はしないな」

 

 「でも。ボクは自分の力で勝ちたいですから」

 少し考え、そう幸子は決めた

 「良い答えだ。それも、ひとつの勇気ある選択さ」

 「私も、負けても自分達で頑張りたい」

 「そう、だな。それで良いよ、藍子。言質は取ったけど、不正にはちがいないし」

 ぽんぽん、とナガセPは二人の頭を柔らかく叩いた

 

 「プロデューサーのプライド、持っていくよ。キミから個人へのプレゼントは珍しいしね

 ただし……」

 「ジャンル:鋼龍戦隊以外口出しはしない。それで良いか、飛鳥」

 「それで良い」

 押し当てたイヤリングは返さず、耳に付けながら飛鳥は頷いた

 

 扉が叩かれる。出演の時間が、訪れる

 「行ってこい、初めての晴れ舞台に

 ……ライブでは、ないけれどもな」

 「フフーン!やってみせますよ、なんたってボクはカワイイですから!」



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輿水幸子ー予想内の結末

「って、ピンチもピンチじゃないですかぁっ!」

 第3ジャンル目に移ろうかというその時

 輿水幸子は耐えきれずに叫んだ

 「幸子ちゃん、落ち着いて」

 栗色の少女が宥めるも、幸子の声は収まらない

 

 無理はない。ダントツビリなのだ。全部でジャンルは4つ。用意されているジャンルは全部で10あったが、その中からランダムに最初のジャンルは選ばれ、以降は各ジャンルで一番多く正解したチームが次のジャンルを残りの中から選ぶという形式。その3つめのジャンルが選択される直前というのは、半分が終わったという事

 一個目のジャンルはスポーツ。正直な話、幸子だってあまり知らない。未だに野球チームは残ってたりするが、スポーツ関連は異星人襲来以降大分衰退したし、知る機会がない。子供の頃はスポーツ関連が発展していた社会人達と、チートの後押しがあるNGsに勝てようはずがない。そして二つ目のジャンルに社会人達であるレギュラー、チーム老害が選んだのは語学。そのジャンルにおいても、幸子達はまともに答えられなかった。幸子だって真面目に勉強はしている。だが、だ。ちょっと難しい問題は、まだ中学生な幸子と飛鳥にはぱっと答えを出せようはずもない。習ってないのだから

 結果的に、知識の差で年上故に知識も習った多いNGsにはチート無しでも軽く差をつけられてしまう

 

 「ううっ、このままじゃ良いとこ無しですよ飛鳥さん」

 「騒いでも何も変わらないだろう、幸子」

 「そうですよ、まだ半分なんですし」

 と、宥める栗色の少女……高森藍子の手も微かに震えている

 不安なのだ。もしも良いとこ無しだったら。出演としては失敗してしまった感じになるんじゃないか、と

 

 『では、一番得点の高かったチームNGs、次のジャンルは?』

 ふと、幸子の目には、解答席に立つNGs、その今回のセンターである渋谷凛の目に、いたずらっぽい光があるように見えた

 あそぼうとする、そんな光

 「ジャンル:鋼龍戦隊(ミリタリー)

 果たして、代表して凛によって告げられたジャンルは、ナガセPが絶対にたると言っていたジャンルであった

 

 「……来なよ、392プロダクション」

 「やってやりましょう、飛鳥さん

 ……出来れば、自力で」

 後半は小さく、幸子は返した

 

 『問題。コールサイン、アイアン3の分る……チーム392、解答を』

 「スペースノア級万能戦闘母艦」

 『正解!』

 それから3問。幸子は、自力解答を放棄した。飛鳥はまだ付いていけているようだが、ナガセPの趣味であるバーニングPTへの誘いをボク向きじゃありませんね、と拒否した幸子には、そもそも最早問題文すら暗号に思えた

 それは、藍子も同じだったようで、不思議そうな目でボードを見ている

 一方で、仕掛けてきただけあり、NGs側は止まらない。飛鳥よりは遅いが、それでも解答しようとは動く。ボタンは押せないが

 

 ……圧倒的だった。飛鳥はナガセPを信じてボタンを押し、そのまま答えを告げる。完全な不正だが、とても早い。誰の追従も許さない

 『問題、このシルエッ……チーム392』

 「量産型グルンガスト弐式」

 『またまた正解っ!この勢いは止まらないのかぁっ!?』

 ピンポーン!と、警戒な音が響き渡る

 因にだが、幸子にはわからない。飛鳥は量産型と言ったが、量産型と量産型でないものの差だって、色以外に無いようにしか見えない

 「何処で見分けたんですか飛鳥さん(プロデューサー)

 「頭部の形状。シルエットからして弐式で、その頭部がシルエットからして鷹型。鷹型の頭部は試作である弐式には無いから、だから量産型弐式。まあ、言っても分からないとは思うよ

 ボクにも、良くわからないから」

 

 『問題、昨夜コンペイトウから日本を救った英雄、龍虎王/虎龍王ですが、それぞれの型式番ご……チーム392』

 「SRG-03-1」

 『それは、どちらの』

 「両方だ。彼等は、型式番号的にはグルンガスト参式のはずだろう?」

 『……正解っ!それぞれという引っ掛けも抜け、ここまでパーフェクト

 よもやこんな展開をこのジャンル開幕に誰が思い描いたでしょう。アスカ=ニノミヤ、ネットラジオでバーニングPTについて語ることもある新人アイドルが恐らくはバーニングPTで覚えたであろう圧倒的な力で独走!チーム392を勝利へと導くかぁっ!』

 「……正確には、プロデューサーが、だけどね」

 自嘲的に、マイクに拾われないように殆どかすれた声で、飛鳥がぼやく

 「というか、飛鳥さんだけ宣伝されてるじゃないですか!カワイイボクも宣伝してくださいよ!」

 

 『問題、マニューバGRaMXsと……はい392』

 「Gravity- control Rapid(重力加速制御応用の急加速突撃) acceleration Mobility(ならびに攻撃対象との交差射撃) break Cross(X) shoot(による空間戦術)の略。だろう?」

 『……せ、正解っ!』

 飛鳥ですら何で一瞬で出てくるんだこんなの、と言いたげな問題すらも越え、第三ジャンルは遂に終わりを迎えようとしていた

 結果は完全な圧倒。問題文を言い切らずとも全容が見えた瞬間、ナガセPの答えを受けた飛鳥が全てを終わらせる大波乱。得点は、NGsを抜いてトップにまで来てしまっていた

 「カワイイボクが、カワイさを振り撒く置物の役でしかないじゃないですか!これじゃ居る意味が半減ですよ!」

 とはいえ、答えなんて分かるわけもない幸子には、憤慨する以外のことなんて出来なかった

 「あはは。幸子ちゃん、頑張ろう」

 「そりゃ頑張りますよ!カワイイボクのカワイイ声が聞けないなんて魅力半減ですから」

 『問題、このシルエットの機体は』

 其処で、初めて飛鳥が止まる。つまりは、プロデューサーのこえもないので止まった……訳ではないのだろう。僅かに怪訝そうに眉を寄せて、飛鳥はボタンを押すのを躊躇し

 『チームNGs』

 「アルトアイゼン」

 『正解!』

 その間に、センターに立つ凛が答えを告げる

 

 「突然どうしたんですか飛鳥さん」

 第三ジャンルを終え、何か慌ただしく駆けてきた男とNGsが話し出したのでの一時休憩。幸子は飛鳥にそうたずねた

 「プロデューサーが間違えたまま切った。『量産型ゲシュペンストmk-Ⅲ。……いや、違』まで言って、ね」

 そう告げる飛鳥の体が、ぴくりと驚きに震える

 

 少しして、呆れたように飛鳥は肩を竦めた

 「プロデューサー、急な仕事だってさ

 だからあの時点でこの場を離れた」

 「じゃあ、ボク達の帰りは……」

 「そこは、彼が最も信頼する二人に頼んだ、そうだよ」

 「なら……って、それ芳乃ちゃんと楓さんですよね?」

 「ふ、不安ですね……」

 そんな事を言っている間に、NGsの話も終わったようだった

 

 妙にソワソワするNGsを前に、クイズの最終ラウンドが始まる……



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二宮飛鳥ー辿り着く謎

そうしてクイズ大会は……

 結局の所、チームNGsの勝利に終わった。自力で挑んだ幸子達だったが、支援を受けたNGsには勝てなかったという、それだけの話である

 

 「ほー。皆、しっかりと集まっていますなぁー」

 そんな声と共に、スタジオにふらりと現れたのは一人の和装の少女。その服装はこの場には不釣り合いで、けれどもそれを気にしていないように、スカートよりも地面近くでひらひらとする若草色の布がコードに引っ掛からぬように器用に、そしてマイペースに歩み寄ってくる

 「芳乃さん

 ……負けちゃいましたけどね」

 「しかしなれど、皆は十分に、頑張ったのでしょうー」

 「プロデューサーさんが半分以上答えてましたけどね」

 苦笑する藍子

 「今度はこのカワイイボクが、自分の力で何とか勝って見せます!なんたってボクはカワイくて努力家ですから!」

 ふんす!と桃色の髪の少女は暗い雰囲気を吹き飛ばすように、わざとらしく奮起する

 けれども、空気は変わらなかった

 

 「……プロデューサーは、何処へ行ったんだい?」

 そんな空気の中、未だに姿を見せないナガセPの存在に、飛鳥はそう彼がもっとも信頼しているらしい少女に問い掛けた

 絶対的なエース、この事務所が事務所として成り立つ最大の理由、そして飛鳥でも素敵だと思う大人の女性……高垣楓よりも、何故か彼は飛鳥と二つしか違わず、外見的には同年代であるどこか浮世離れした少女に信頼を置いている。いや、プロデューサーを演じているという、飛鳥と似た空気を纏っている。それが剥がれるのは、ふとした時か……少女、依田芳乃の前だけ

 「知りたいのでして?」

 「当然です!」

 幸子も、その話に乗ってくる

 「覚悟は、ありまして?」

 その声は、何時ものんびりとした口調の少女はにしては、短く、重いものだった

 

 「か、覚悟ですか?」

 「あの方の居る世界は、暗く、熱く、そして独りぼっちなのですよー」

 「……本当かい?」

 「飛鳥さんも、同じような心をお持ちではー?」

 少女はこてん、と首を傾げる。その頭で、リボンのような布が微かに揺れた

 「でも、芳乃ちゃんは」

 「藍子さん

 あの方の居る世界は、依田は芳乃では、辿り着けない場所でしてー。わたくしでは、見守る事しか出来ませぬ」

 「……その場所とは、何処だい?」

 「鋼の救世主、人々の希望。なのでして」

 

 その言葉に、ふと、飛鳥は思い出す

 そういえばあのプロデューサーは、ゼ・バルマリィ帝国、アインスト、シャドウミラー等遥かな世界よりの敵が降り注ぐこんな時代だからこそ、人々の希望は必要だと言っていたな、なんて事を

 「プロデューサーは、戦意ではない、生きる勇気。それをアイドルが為す、なんて言っていたね」

 「そう、それです!ボクもそうスカウトされました」

 「自分にはそれが出来ない。あの方はあいどるには向いておりませぬー。だからこそ、あの方は思うのですー

 鋼の戦神達が未来を切り開き勝利する日まで、勝った後の希望を護るものであろう、と」

 「それは……」

 

 「なんて、お話をあの方と考えてみたのですが、如何(いかが)でしょうー?」

 突然のオチに、思わず飛鳥はずっこけかけ、何とか踏みとどまる。けれども大体リアクションがオーバーな幸子だけは、盛大にすっ転んでいた

 「如何でしょうじゃありませんよ!信じかけてしまったじゃないですか!」

 「これはすみませぬー。気分を晴らすには、気の効いた会話が良いかとー

 ですがー、楓さんの様にはいきませぬなー」

 くるりと背を向け、和装の少女は歩みを始めた

 「では、帰りましょうー

 楓さんが、スタジオ前で待っておりますのでー」

 

 言葉通りに待っていた楓と合流、かの方から事後処理を任されておりますのでーと其処で芳乃と別れ、家路に就く

 ……いや、就かない。飛鳥は、忘れ物と拙い言葉を紡ぎ、一人スタジオに戻ってきていた

 直感していた。プロデューサーについて知りたくてさいきっくで見た彼の夢は、現実とは多大な矛盾を生じていて。けれども、あれが嘘だとは思えなくて

 そうして、不思議と迷い……一つの場所に辿り着いていた。B1までしか無かったはずのスタジオの、B3階。どうやって辿り着いたのか、ぼんやりとした記憶しかない。まるで、ナガセPと骨董品屋に行ってみたあの日のように、少し前までの自分の行動が霧がかかったように朦朧としている

 そうしてそんな謎の場所に立つ目の前には……にゃははと笑う白衣の女性が一人、椅子に座って笑い転げていた

 ふと、事態を確認するために飛鳥は周囲を見回す

 

 見つかったものは4つ

 明らかに最先端の科学で用意されただろう謎の部屋

 同じく目をぱちくりさせる藍子

 柔らかく微笑む芳乃

 そして笑い転げる……一之瀬志希

 

 「にゃははー、怒られるよー芳乃ちゃん」

 「予想済でしてー。飛鳥さんと藍子さんはあの方の真実に近いお二人、きっと来るでしょー、と思えたのですー」

 「……なんだこれ」

 呆然と、飛鳥はぼやいた



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ー歌う流星ー(第二話戦闘マップ・インターミッション)

『ちぃっ!』

 眼前に迫る紅の巨人

 外見としては量産型ゲシュペンストMk-Ⅲ、或いはアルトアイゼン・リーゼとも呼ばれるそれに近いだろうその首を、背後より飛来した空間跳躍ブーメラン(リープ・スラッシャー)が跳ねる

 カメラ類を喪ったその機体は、各所の傷からスパークを放ち爆散

 

 けれども、それで終わりではない。周囲の空間を取り込み、まるで粘土から人形を組み上げるように、ぐにゃりと曲がった空間が、傷の無い巨人の姿を吐き出して元に戻る

 『そうだ、それで良い……

 お前(Mk-Ⅲ)の特徴は突撃性能にある。攻めてこい』

 そのまま、まるで対戦ゲーム(バーニングPT)での再出撃みたいに完全に復帰した巨人の突撃を、白い巨人もブーストを点火、上方に機体を逃がして避ける

 追撃は無し。がら空きの巨人の背にであれば攻撃を捻じ込む事は苦も無いが、今やっているのは相手を殺す為の動きではない為に見逃す

 

 『ちょっ、カムイさん!?持つんですかこれ!』

 『持たせる、それだけの話さ

 

 さあ、良いぞ、食らいついて来い』

 『色々とギリギリなんだけど!』

 『それでも、だヨウタ

 彼等……というか彼女等、だな。とりあえずNGsが来るまで、郊外で奴等を倒し続ける。そうでなければ、奴等は人を襲う』

 周囲に見える三機の化け物を前に、そうナガセ・カムイは吐き捨てた

 

 アインスト・イデア。コンペイトウと共に現れるようになった、今までのありとあらゆる敵と合致せぬ特性を持った脅威。その生体的な外見から、便宜上アインストの近似種ではないか、と付けられた識別名こそがアインスト・イデア。正体は未だ謎だが、その外見は基本的には地球連邦軍でも採用されているPTに準ずる。例えば、かつて街を襲ったのはタイプ・ゲシュペンスト。今眼前に居るのは、その派生であるタイプ・アルトアイゼン、そして、かつて現れた巨大で凶悪な力を持つものは、タイプ・SRXというように。基本武装等も同様に、良く似たPTの、最も一般的な武装と同等のものを備える

 だが、彼等には彼等たる特徴がある。一つは、その胸部に、クリスタルが生えている事。赤青黄の三色が複雑にいりくんだ、不思議なクリスタル。性質は似ているようだが、黄色が混じっている事などからミルトカイル石という訳ではないらしく、正体は不明

 第二に、その周囲及び関節部が、黒く蠢く、生体部品となっている点

 そして3つめに……その胸元から、共通して黒いビームを放ってくるという点。そのビームは、決して殺傷力は高くない。生身の人間ですら、即死しない程だ。だが、撃たれた者は……狂う。どんな者であろうとも、狂気に飲まれ、二度と帰ってはこれない。その者達の魂は、狂乱して憎悪を撒き散らした果てに自己崩壊し、まつろわぬ霊達の列に加わってしまうのだ

 

 そして、クリスタルは破壊出来ない。それが、アインスト・イデアを最悪の敵足らしめている

 特定のものを除き、何を叩き込もうが、クリスタルには傷一つ付くことはない。ナガセP自体が試したことは無いが、恐らくは……あのインフィニティ・シリンダーやアカシックバスターといった因果操作、そして天上天下一撃必殺砲や縮退砲といった超破壊兵器すらも耐えるだろう。実際に、彼の記憶の中には……奥義・光刃閃、斬艦刀『一閃・星薙の太刀』、龍王破山剣・逆鱗断、玄天衝天砲・刃之型の波状攻撃による集中砲火を受けてもびくともしなかったクリスタルの姿がこびりついている。あの時は、未調整の次元断で何処か遠い宇宙へ放逐して勝ったことにしたのだったか

 

 ……だが

 そんな彼等にも、欠点……いや、弱点と呼べるものが存在する

 それが、システムSONG。Soul-Over-Number-Generateシステム。多少強引だが、そうこじつけた名前の機構。魂を震わせる特殊な波動を放つ歌をもって、クリスタルを浄化する特異なシステムである。それを受けたアインスト・イデアは、まるで祓われる悪霊かの如くに空気に溶け消えてゆく。まつろわぬ霊達も、何処かへ辿り着くのか姿を消す

 それらの事から、彼等は負念の塊では無いのか等と言われもするが、確認は取れていない

 

 ……まあ、良いのだ、とカムイ・ナガセは考察を打ち切る

 やるべき事はたったひとつ。人を襲うならば、攻撃の手をやすめず、人の居る市街地から彼等を引き剥がして対応できる者の到着を待つ

 

 『それにしても、本当に来るんですか?』

 それから、約15分。誰も、来なかった

 『来る……はずだ』

 『何、やってるんですか!』

 15分の対多戦闘で息を切らしながら問い掛けるヨウタに、ナガセ・カムイは涼しげに、少なくともそう聞こえるように答えた

 『大会の収録自体は既に終わっているはずだ

 さては……勝利者インタビュー辺りにでも捕まったか』

 『そんなの、アリかよ!』

 『こんな時に』

 『彼女等の本業はアイドルだ。その仕事は、戦場じゃない。私達が自力のみで勝てないから、その力を持つ彼女等を戦わせなければならないに過ぎない

 文句を言うのは筋違いというもの

 

 とはいえ、出来ればエネルギーが切れる前に来て欲しいものということには、同意するよ、ヨウタ!』

 エネルギー切れのフォトン・ライフルSを最後の役目として投擲。それは此方を狙い放たれたタイプ・アルトアイゼン肩のスクエア・クレイモアと至近距離で接触、爆発して姿を隠す

 『飛ばせ閃光、TP-ソードガイスト!』

 紡ぐ言葉は適当。とりあえず、意識を特定の行動を取るのだと集中させられれば良い

 両の腰にマウントした非実体剣ーロシュセイバーを起動し、念動力でもって煙の中の巨体へと発射。その腹を貫き一度撃破して時間を稼ぐ

 その間にもファング・スラッシャーを飛ばし、背後から急襲を狙う二機目を牽制

 

 『っと、ヨウタ、持つか?』

 『なん……とか……』

 返ってくる声には、覇気がない

 無理もない話である。誘き寄せるまでに20分、それから釘付けにする為に15分ほど。味方より多い、不死身で疲れ知らずの敵相手に何の補給も無く30分。訓練を越えていない最近まで単なる一般人だった人間には酷な話だ。集中なんぞとっくの昔に切れて被弾していても可笑しくはない。ファルセイバー自体の動力は良く分からないエネルギーであり、短期的には兎も角、本格的なエネルギー切れとは無縁ではあるが、パイロットはそうではないのだから

 白い凶鳥の系譜(ヒュッケバインMk-ⅡSS)はプラズマジェネレーター搭載。核融合炉だけあってエネルギー効率は良いが、そもそもがそう多くの武装を積むことを前提としていないもの。どれか一つならば兎も角、テスラ・ドライブで高速飛行しながら、ファング・スラッシャー、リープ・スラッシャー、チャクラム・シューターを長期的に同時使用し一対多戦闘を繰り広げるなんて馬鹿みたいな消費に耐えられるようなアホ出力はしていない。そのうち、限界がくる。それは、すぐそこまで来ていた

 

 『……来た!』

 ヨウタの言葉と同時、コンソールが一つの機体信号を捉える

 『いや、これは……』

 けれども、それはナガセ・カムイにとっては既知であり、待っていたものではなかった

 『何故この機体が此処に』

 コンソール上に表示された型式番号ーワンオフ機である為識別番号も兼ねるそれは

 YAM-007-1AXS。機体名、アステリオンAXS

 かつてナガセ・カムイが完成させ、されども致命的な欠陥故に封印し一之瀬志希に預けたはずの機体であった

 

 更には……

 『二宮飛鳥、戦闘を開始する』

 『飛鳥ちゃん、コールサインとか……』

 聞こえてくるのは、とても聞き覚えのある二つの声

 

 『飛鳥……藍子……

 バカか、来るな、帰れ』

 ナガセ・カムイが今度こそ護るべき、二人のアイドルの声であった



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ー歌う流星ー(第二話戦闘マップ・前編)

ー歌う流星ー


二宮飛鳥は、初めての感覚に翻弄されていた

 

 ……出来る、と思っていたのだ

 ナガセPは言っていた。バーニングPTは、筐体そのものがかなりPTのコクピットに近く設計されているのだ、と。実際、あのゲームでの成績から、PT乗りとして軍部にスカウトされ、優秀な結果を残している人間だって居るのだ、と。ほぼ完全にコクピットを再現したコクーン版でのプレイだってやったことはある。コクーン版を好んでプレイするナガセPに興味を持ってやってみただけの話で、あまり合わなかったが、プレイ自体は出来た

 

 だから、だ。全国オンライン対戦ですら手も足も出ないに近い状況まで追い込まれているのを一度しか見たことがないプロデューサー程ではなくとも、飛鳥だって巨大ロボットくらい扱えるさ、と思っていたのだ

 リオンシリーズはPTではなくAM(アーマード・モジュール)だった気もするけれども、バーニングPTでは使えたしきっとそこまで変わらないさ、と楽観視もしていた

 だが……今飛鳥に出来ることは、体勢を崩さない為に操縦管を押さえることだけであった

 コクピットの揺れ、体に掛かる負荷(G)、そういったゲームでは再現されていないものが無数に襲い掛かり、飛鳥を席に押し込める

 それでも強がってみるが、それが意味の無い事だなんて、飛鳥自身が一番良く分かっていた

 

 眼前のモニターに映るのは、二機の白い巨体。記憶に無いような、見たことがあるような騎士のような機体と、ナガセPの部屋に飾られていたのを借りてきた事がある自作プラモに酷似した白い凶鳥

 

 ああ、確かにキミの言う通りのようだね、芳乃

 一人ごちて、その巨人に向けて通信を行おうとして……

 「きゃっ!」

 機体が大きくぐらつき、後部座席に座った藍子が悲鳴をあげる

 大丈夫かと声をかけることも、飛鳥には出来なかった

 下手に口を開けば、舌を噛みそうで、何も言葉に出せない

 

 それでも、と機体を動かそうとして……

 猛然と弾丸のように迫り来る、紅の脅威に、身がすくんだ。アルトアイゼン・リーゼ、突撃に命を賭けたその鋼を避ける事など、咄嗟に出来る訳もなく……

 

 『……帰れ、飛鳥』

 けれども、その突貫は止められる。背後から伸ばされた鋼線……有線式ビーム・チャクラム(チャクラム・シューター)がその巨神に絡み付き、動きを抑えていた。けれども、突破性能を高めたその体は足掻く。止めに入った白い凶鳥の腕からスパークが走り、あらぬ方向へとねじ切れ……ようとした瞬間、紅の巨体はクロスを描くように飛来した二枚のスラッシャーによって両の腕と背部ブースターを刻まれ、地に伏せ爆発した

 エネルギーを最後の最後まで使い果たしたのか、切り裂いたリープ・スラッシャーは結合を解除、光を喪い、6枚の扇形のパーツとなって地面に転がる

 

 「……プロデューサー!」

 『いいから、下がれ』

 更に飛鳥を狙う二機目へと大車輪の要領で背から引き抜いた刀を投擲、返す刀で左脇下まで振り下ろした右腕で更に腰を捻りながら背にマウントした鞘を掴み取り、振り上げて白い巨人(ファルセイバー)との戦闘を抜け出して攻撃後の隙を狙いに来た三機目の頭部を掬い上げるように強打

 『ドリルニー!って違うな』

 鞘で折り取ったアルトアイゼンの角を、緑の光でもって右足膝にくくりつけ、膝蹴りでもって持ち主の腹に叩き込む

 

 そんな戦況を飛鳥が半分呆然と見ていると機体は戦場を通り過ぎてしまい、慌てて旋回

 けれどもバランスを崩し、コクピットは大きくぐらついた

 『だから、帰れと』

 何とか姿勢制御をした飛鳥に、無線を通してナガセPの声

 「もう、敵はプロデューサーが倒したじゃないか」

 『……そんな訳はない

 だから、帰るんだ』

 その声を無視して、ナガセPの口から真実を聞こうと、もう一度旋回をしようとして……

 

 有り得ないものを見た

 何事も無かったかのように、爆散した地点から、蘇っていた紅の機械の姿を

 「どういう」

 事だい、と続ける前に、コクピットを襲う大きな揺れにバランスを喪い

 そのまま地面に突っ込む

 「「きゃぁぁぁぁぁっ!」」

 撃たれていたスクエア・クレイモアが羽根を掠めていたのだ、なんて冷静に被弾を分析する事なんて出来ず、二人してただ悲鳴をあげる

 

 『だから帰れと……

 飛鳥、ハッチを開け』

 「……えっ?」

 『いいから開くんだ』

 言われるまま飛鳥は、地面に墜落し、それなりの距離をそう固くない大地を削りながら滑走し停止した飛行機……アステリオンAXSのコクピットハッチの開閉ボタンを押す

 

 白い凶鳥から、翼が羽ばたく。パーソナルファイターと呼ばれるらしい、小型戦闘機型のコクピットブロックが分離、ポルターガイストのように日本刀(獅子王刀)ビームソード(ロシュセイバー)を携えて突貫、落ちた機体を狙いブースターを噴かせ始めたタイプ・アルトアイゼンの横を掠めるように飛翔しながら、追い抜きざまに一太刀、その背部……メインブースターを破壊。蘇り、クレイモアを放つ二機目の攻撃をエネルギーバリアで防ぎ、そのまま飛鳥達の上を駆け抜けて……

 「飛鳥、席を空けてくれないか」

 コクピットに、黒い流れ星が落ちようとしていた

 

 「プロデューサーさん!?」

 玄武剛弾!という叫びと共にその腕から竜巻のような何かが放たれ、空中で人間には普通はあり得ないはずの斜め下への落下とは逆方向への運動エネルギーを得てほぼ垂直落下へ、そのまま空中で体を捻り、言われるまま立ち上がった飛鳥の真後ろ、メインパイロット用のシートに、その流星は落ちる

 ちょっと汗臭さを感じるスーツ姿の、飛鳥達を今日の収録の場まで送ってくれた時と変わらないナガセPの姿が、其処にあった

 「ちょっと、プロデューサーさん!?大丈夫なんですか」

 「問題ないさ、藍子

 降下訓練はした」

 「って、そうじゃなくて」

 「友人の技の見よう見まねさ。あいつならもっとスマートにやるだろうけれども、組手のお陰で真似事なら出来る訳だな、これが」

 お腹を叩く感覚に、立ったままの飛鳥はふと腰を折り、ナガセPの膝に乗せられる

 「プロデューサー、この姿勢は……」

 そのまま、纏めてシートベルトに抑えられた飛鳥の抗議は無視し、ナガセPはハッチを閉める

 「……飛ぶぞ。私の警告を無視してここまで来たんだ、文句は言わないでおいてもらおう

 地獄まで、付き合って貰う」

 モニターに灯が戻る

 けれど、墜落した鳥は即座には羽ばたきに戻れず、完全に蘇った三機のうち一体が、再び飛鳥達を捉え……

 『セイバーナックル!』

 横から、白い騎士に殴り飛ばされる

 「ナイスアシスト、中々の筋だ」

 

 「フレームは歪んでいるけれども、可変に干渉は無し。テスラ・ドライブは稼働率7割安定、SONG起動率08.7%

 ……全速だと機体バランスがぐちゃぐちゃになる程度か。飛べるな、AXS」

 ナガセPの詞と共に、落ちた流星は一度人を模したような姿(Doll・Figure)へと変形。パイルバンカーを構え突貫してくる紅を、人形で全スラスターを上へ噴かせて回避、そのまま戦闘機の姿(Cruise・Figure)に戻り、飛翔

 脳天にプロデューサーの顎が当たりそうだとか、汗臭さが近いとか、飛鳥があわあわしている間に、アステリオンAXSと名を付けられた星は、再び空を舞った



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ー歌う流星ー(第二話戦闘マップ・後編)

『カムイさん!』

 『ヨウタ、この機体はまだ飛べるようだ

 手間をかけさせた、復帰する!』

 回線を通して聞こえてくるのは、飛鳥と……そして藍子にとっても聞き覚えのある声

 

 「ヨウタさん、でしたよね」

 「そう、ヨウタ・ヒイラギ。あの白い騎士の融合者さ

 藍子、飛鳥。今更隠す事でもないから言っておく

 

 私の真実はこんなもの。結局のところ、戦畑でしかまともに生きてはいけない出来損ないプロデューサー。だから、彼を自身の城に……392プロダクションに抱き込む。アシストとして、そのうち顔を合わせる事になるだろうから、その辺りは心に留めておいてくれ」

 「随分と勝手だね、プロデューサー」

 「そもそもプロデューサー業自体が、この手の届く範囲に居て欲しいというワガママでやっているもの。エゴイストとして当然の判断な訳だ、これがな」

 「芳乃ちゃんも?」

 「芳乃様は、ちょっと違う

 あの方だけは、この私の根幹を知り、392を作ってくれた共犯者という訳さ、これが、なっ!」

 加速、そして急旋回

 アステールの名を持つ流れ星は、その力を解放し、襲い来る紅の巨体の真横をすり抜ける

 「スピキュール、Go!」

 そのまま、マイクロミサイルをばら蒔き、駆け抜けた場所に居る巨体を爆撃、動きを止める

 

 「プロデューサーさん、凄い」

 「話は全部終わってから、な

 まあ、こいつ自体私用に調整したものだから、動かせるのは可笑しくないさ」

 「でも、これで勝てるんですよね?」

 「いや、無理だ」

 「プロデューサー、彼女は、キミの共犯はいける、と言った

 それは嘘なのかい?」

 「嘘じゃないさ、飛鳥

 

 君達二人ならば……アステリオンAXSの本領を発揮できればきっと勝てる

 

 ただ、それこそが私がこの機体を放棄した理由。彼等に勝つシステム(SONG)は、私が居ては……起動しない

 それでなければ、後部座席に芳乃様を乗せ、私がAXSで何とかしていた」

 語り続けながらも、ナガセPは機体を駆る。安定した機行で、時折迫る敵を振り払いながら

 

 「じゃあ、どうするんだい!」

 「どうもこうもない。飛鳥、お前には一人でAXSを飛ばすのは無理だ。だから私は降りることは出来ない

 

 だとすれば、対処出来る人を待つしかない」

 悔しげに、ナガセPは舌を噛む

 

 そんなコクピットに、小さな歌声が響き渡った

 藍子だ

 ただ、ふと思ったままに、言葉を口ずさむ。歌うように

 

 「……高森さん?」

 飛鳥は、首を傾げた

 何をしているのだろう、と

 「……藍子」

 「SONGと聞いたから、歌いました

 違いましたか?」

 「違わない。起動さえしていれば、それが正しいことなんだ

 

 けれども、起動しない」

 ナガセPの眼前のコンソールに映る起動率は、最高値09.1%と低い記録から動かない

 「それでも、歌います

 きっと、やる前から諦めちゃいけないから」

 

 藍子の口が、再び言葉を口ずさむ。今度は一緒に路地裏の、と。彼女がよく知る、ナガセPが作ってもらったぞ、藍子!とホクホク顔で持ってきた藍子の為の曲を

 「……ああ、諦めるなんて、駄目だ」

 他には何もないアカペラ。それでも唄う藍子に、ナガセPがうなずき

 その胸元で、銀色のイルカのネックレスが揺れ、飛鳥の背に当たった

 

 『ああ、懐かしい

 熱くもなく、激しくもない歌』

 「プロデューサーさん?」

 『歌え、藍子』

 ふと、ナガセPの雰囲気が変わる

 突如として、コンソールが輝き出す。起動率、75.1%

 SONGシステム、稼働領域

 

 『熱くもなく、激しくもなく。されど優しい、愛の歌。銀河を震わせる歌声

 勇気を歌う必要はない。闘志を叫ぶ必要もない。戦いのGONGを鳴らす程でもない。ただ、喜びを歌う。其で良い』

 ナガセPの言葉に合わせ、藍子は歌を口ずさみ続ける

 飛鳥が内部から見ても分かるくらいに、機体はカガヤキヲ増してゆき……

 気が付けば、飛鳥も歌っていた。藍子に合わせ、此処には似つかわしくないような、ふわっとした歌を

 

 『希望の歌。それがSONG』

 『因果地平の彼方へ去れ、アインスト・イデア!』

 そして、煌めきを纏ったまま。星の名を持つ流星は、どこまでも場違いな歌と共に、エネルギーフィールドを纏い、二機の紅の巨人を貫いた

 

 静寂が、周囲に戻る

 『カムイさん!』

 『二機、撃墜。追撃は不利益が大きい、帰投する

 私達の勝ちだ、ヨウタ

 ……情けない、勝ち筋ではあるけれど』



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ー歌う流星ー(第二話戦闘マップ・クリア後)

「それで、だ

 何故あの場に飛び込んできたのか、その訳を私に話して貰おうか。飛鳥、藍子」

 それから、約30分後

 

 飛鳥と藍子は、392プロダクション地下3階……存在しないはずの、シェルターの更に地下深くで、正座させられていた。一応、さすがに女の子相手にそれはということなのか、足下にはしっかりと柔らかなマットレスが敷いてはある

 「カムイさん、その程度で」

 「ヨウタ、悪いがこれは私の問題だ。一歩間違えれば、二人とも死んでいたんだから、優しくする訳にもいかない」

 「来てくれなければ死んでたかもしれないのは同じ」

 「いや、面白そうだからインタビュー長引かせてNGsの出撃を止めたと志希が吐いた

 単なる人災でしかなかった訳さ、あの長期戦は。手札の出し惜しみと、それに伴う君の力が無ければという煽り

 

 ……面白い人だからきっと生き残る、と信じられるのも困りもの、という話だろう」

 後で絞める、と。青年は物騒に締めた

 

 「そもそもプロデューサー、あれは……」

 結局、今に至るまで何も分からなくて

 だから、飛鳥はそう問い掛けた

 「今見えているキミは、ボクのように演じたもの。そう思う事は、確かにあった。だからこそ、ボクはキミを共鳴者として認めた

 あれが、隠していた真実だというのかい?」

 「その通りだよ、飛鳥

 ……いや、違うかな」

 自嘲的に、青年は笑う。どこか、空虚に。遠く届かぬ場所へ向けたように

 

 「今度こそ、誰も喪わないために。二度と、希望の灯火を消させない為に。ならばこの手で護り育てよう。私の手は、どこまでも届くような大きなものではないのだから。せめてこの小さな掌の中に。その意志を汲んで下さったから、私は今芳乃様の手でプロデューサーをやれている

 プロデューサーとしての神威流星。プロジェクトプロメテウスの一員だった神威流星。神の盾に選ばれながら、何も護れなかった情けないパイロット、ナガセ・カムイ。その全部が、偽りの無い私だ」

 「……キミは、軍人なのかい」

 「……小樽響導。君は、私の部屋にこっそり忍び込んだ際に、見たことがあるだろう、私の卒業校を。10代から30代の、PTに乗っても体が持つだろう世代を集めた、家族も家も何もかも喪い、他に行き場の無い者達の為の軍学校。私はそこの出さ。家も焼けて、お金も全部燃えて。保証してくれる行政は、もうロシアの片田舎にまで手が及んでいなくてね。だから、敵を撃破しスコアさえ出せば学費が免除される軍学校に行った。護りたい人も居たから、居心地は……良かったよ。卒業までに戦死しなかったのは、単に運だろうけどね

 こんなのがプロデューサーとしてやれてるのも、高垣楓という絶対的なエースと、芳乃様のお陰という訳さ

 

 すまなかった、飛鳥」

 「何を、謝る必要があるんだい、プロデューサー」

 「バーニングPTの事さ

 複雑なコクーン式が得意なのも、強いのも当たり前、本気で命のやり取りをする為の訓練を受けてきた本職という訳だからね。それでハンデ無しでゲームをプレイするなんて、昔はプロリーグが二つあったらしい大人気スポーツ、野球のプロが草野球の試合で本気を出すようなもの。大人げないにも、程があった」

 「……謝るのは、そこなのか」

 「私は、私に嘘をついたことは無いさ

 だから、大人げない行動だった以外に、謝る事はない」

 

 「プロデューサーさんは、これからどうするんですか?」

 しばらくして、飛鳥の横の少女がそう問い掛けた

 飛鳥には、言葉を発する気力が無かった

 「どうもしないよ

 これまで通り、さ。いや、向こうには話を通して、ヨウタを雇う事にしたから少しは変わるか」

 「どうも、しないんですか?」

 「藍子

 休みのあの日見ただろう白い巨人は私だ。だとして、この数日、私は何か変わったかい?」

 「変わった所は無かったね」

 「だろう、飛鳥

 だから私は、これからも二足のわらじを履き続けるさ」

 

 ふと、ナガセPはにわかに足を引く。目線を合わせるように、腰を落として飛鳥達に合わせる

 「とはいえ、それは許してくれる人々が居てこそ。志希も西園寺様も芳乃様もいなければ、こんな事は無理だろう

 とはいえ、ここまで知ってしまった以上、道は二つしかない

 何もかも忘れて、生きていくか。それとも、私と同じく二足の……いや、学生、アイドル、そしてアイドルマスター、三足のわらじを履くか。二つに、ひとつ。私としては、忘れることを選んでくれた方が良いのだけれども、ね

 飛鳥、藍子。どちらを選ぶ?」

 片膝を付き、いつになく真剣な表情で、青年はそう問い掛けた

 

 「ボクは」

 迷うまでもない。ずっと、痛いヤツだと自覚しながら、それでもどこかズレた非日常を、飛鳥は生きようとしてきたのだから。それを理解してくれたような非日常(プロデューサー)が、向こうからやって来て、今再び、飛鳥を更なる日常からズレた世界へと連れていこうとしているという、ただそれだけの事

 少し前まで、飛鳥を膝の上に乗せていた彼は、どこまでも真剣で。大きな隠し事をしていたとか、仮面被っていたとか、不満はあるけれども、それは自分だって同じだろうと思える。だから、信頼は揺るがない

 「やるよ、三足のわらじを、ね。痛いヤツの言葉が現実に起こる。けれども、それを知るものは少ない、悪くない状況だろう?」



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ー時空門、開くー(第三話戦闘マップ、インターミッション)

歌詞引用が規約違反だとか、藍子天井だとか、藍子天井だとか、藍子天井だとか、幸子天井だとかでモチベががが
天井まで来ない藍子は悪い藍子。300連目でお待たせしました!カワイイボクの登場ですよ!待ちました?とやって来る幸子はわるいぶんめい


……それから、幾日かの日々が過ぎた

 

 「……皆、体調の問題は?」

 昼の寮の、その一階

 集まったアイドル達の眼前で、金髪の青年がそう問い掛ける

 

 「問題ありません、折角このボクを呼ぶなんてお目が高い事をしたのに、カワイイボクが見れないなんて可哀想な事させませんよ!」

 フフーン、どうですか!と意地を張り、輿水幸子は元気を振り絞ってそう応えた

 しっかり寝れた……訳はない。寮の電気は消えていても、皆が寝静まる事は無かった。そわそわとした気配は、幾つもの部屋から漏れていた。そんなこと、何度か水を貰いに一階に降りた幸子を始め、寮の皆が知っているだろう。結局の所空元気、と。それでも、アイドルとして初の大仕事だからと、意地を張る

 それは、他の皆も同じだったのだろう

 「プロデューサー。君にも響かせようか」

 「ナナ、頑張っちゃいますよー!」

 「プロデューサー様、準備は万端ですわ」

 「そうか。それは良かった

 皆、行きの車ではしゃぎ過ぎないように。疲れて本番に動けない、は無しだ」

 「車ですか?」

 「当たり前だろう。今から向かうのは軍施設だ。鉄道なんて通ってないさ」

 そう、レンタル車のキーを器用に小指で回して、金髪の青年は笑った

 

 

 392プロダクション寮から、途中でナガセPが招待したという少年少女を拾いつつ車で一時間半ほど。其処に、プロデューサー、ナガセ・カムイが用意したライブステージは存在した

 地球連邦軍、小田原基地。そこまで広くもないその軍事施設こそが、彼の取り付けたライブステージであった

 厳重に閉じられた門をナガセPによる多少の応答で潜り抜け、基地内部へとレンタルのマイクロバスは滑り込む

 窓際の席を確保し、外を眺めていた幸子の目に飛び込んできたのは、巨大な威圧感であった。整列する、白い巨人の一団

 

 「量産型ヒュッケMk-Ⅱの一団。随分な歓迎だ。そうは思わないか、飛鳥」

 「ボーナススコアだ、と言いたいのかいプロデューサー

 それは、毒され過ぎだろう?」

 「思わなかったか、飛鳥?」

 「少しだけ、考えたさ」

 笑いながら、マイクロバスは滑走路に滑り込み、止まった

 其処に用意されていたのは、仮説のライブステージ。野外である為、照明などに凝ったものはない。機械的な歓迎の言葉が記された看板がステージ頂点に掲げられているくらいだろうか

 「そなたー、此処で良いのですかー?」

 「良いのさ、芳乃

 今の小田原基地の主力はPTだ。元々航空基地であったことから滑走路はあるけれども、現状それを活用するような機体の配備はない。ステージに使ってしまっても、問題ないさ」

 「そなたー、伝えたい言の葉は、そのようなことではありませぬー」

 「……大丈夫。ステージ右横に車を止めるようにという向こうの指示に、私は従っただけさ

 着替える為の控え室は用意したらしいけれども、入り組んだ場所にしか十分な空き部屋が無いらしくてね。軍の機密を通る必要があるから、外で案内を待つ必要がある訳さ」

 

 そんな事をワイワイと話すうちに、3分ほどして、一人の女性が、皆の前に現れた。しっかりと軍服に身を包んだそう若くはない女性士官である。わざわざ女性を選んだのは、アイドルという女性を迎える事の配慮なのだろう。詳しくは知らなくとも、幸子が見る限り胸の階級章はあまり高い地位のものには見えなかった

 「ナガセ・カムイ様と高垣楓様に、392プロダクションの皆様ですね

 私は、今回のライブにおいて案内役を任されました寺門と申します」

 「392プロダクションプロデューサー、神威流星です。本日は宜しくお願いします、寺門衛生准尉」

 金髪の青年と、黒髪の女性が握手を交わす

 

 「寺門衛生准尉、楓さんの事は……」

 「職務中なので、回答は控えさせて戴きます」

 その返しに苦笑して、ナガセPは言葉を続けた

 「ライブ中は慰問、職務を忘れて楽しんで下さい。その為に、私達は来たわけですから」

 「……では、控え室にご案内します

 それと、神威プロデューサー、貴方に関しては司令から部屋に来るようにと。その案内は別の者が」

 「了解

 飛鳥、藍子。前に言ったように、答えは今日、ライブの後で聞かせてもらう。その事は忘れないように

 全力を、皆。こんな時代だからこそ、輝く希望の星のように」

 

 それだけ告げるナガセPと別れ、幸子達は控え室に通される

 「飛鳥さん。話って何だったんです?」

 「интересовать、気になり、ます」

 各々、自身が持ってきたアイドル衣装ーサイズを計り、千川ちひろにより特注された専用のものーに腕を通すなか、幸子はそう問い掛けた

 「何でもないさ。藍子と二人、特別なユニットを組んでみないかと言われていてね」

 「怪しいですね!カワイイボクの目は誤魔化せませんよ!」

 「ムムムーン、さいきっく・緊張ほぐし!」

 「って、煩いですよ裕子さん!」

 バァン、と音を立てての手の打ちあわせに、少しだけ幸子は怯んで

 

 尚も話を続けようとしたその時、けたたましいサイレンの音が響き渡った



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デレマスOG 参考資料

名前の通りの参考資料です。主にオリジナル機体設定等の置き場であり、アイマスはまあ、まず関係無いです。常に一番後ろに置かれているので、最新話についてはこの一個前を見てください


ヒュッケバインMk-Ⅱ SS(正式名称:RTX-010-03SS ヒュッケバインMk-Ⅱ・シューティングスター Huckebein Mk-II shooting st@r)

分類 試作型パーソナルトルーパー(ヒュッケバインシリーズ)

型式番号 RTX-010-03SS

全高 20.8m

重量 52.0t

動力 プラズマ・ジェネレータ

浮遊機関 テスラ・ドライブ

基本OS TC-OS

補助MMI T-LINKシステム

開発者 カーク・ミハル

    イングラム・プリスケン

    ナガセ・カムイ

開発・改装 マオ・インダストリー社

 

三機ロールアウトされたヒュッケバインMk-Ⅱ最後の一機、連邦軍の量産トライアルに回されたRTX-010-03ヒュッケバインMk-Ⅱ三号機。その改造機。本来はグラビコン・システムとT-LINKシステムを取り外し、その代わりにテスラ・ドライブとABフィールドを搭載した、量産しやすい仕様であった

量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ完成後テスト機である三号機は不要なものとして伊豆基地格納庫に死蔵されていたが、それを発見したナガセ・カムイが乗機として所望。西園寺からの資金提供を受けて、西園寺琴歌等アイドル達をを護るための機体として再度改造されたのが本機である。色はパイロットであるナガセ・カムイの要望により基本が白と青緑、ポイントとして紫。つまり、流星ーアルテリオン色である。トリコロールではないし、当然ガンダムでもない

改造の為に別所に送られていたことから創通の使者(ガリルナガン)によるリアルバニシング(破壊作戦)を乗り越えた最後の凶鳥の直系ではあるのだが、秘密裏に製造・搭載することが困難であり元々グラビコン・システムの部分にテスラ・ドライブを搭載していた事から、ブラックホールエンジンやグラビコン・システムといった重力系システムは未搭載である(正確には、グラビコン・システム自体は幾らでも搭載出来るもののシステムと連結して放つGインパクト・キャノンが用意出来ず、切り札が無いならば不要とされた)。量産トライアル機故外されていたT-LINKシステムは、リミッターカットの上で再搭載されている。その代わりABフィールドはオミットされているが、念動フィールドが復活したためどうということはない

武装面は、左腕にはチャクラム・シューター、右腕肩部に破壊されたMk-Ⅲのものであったファング・スラッシャー、更には背中に破壊された初代の装備していたリープ・スラッシャーと、一対多を想定してパイロットの念動力と戦場把握能力に物を言わせた同時対応作戦を仕掛けられるよう、歴代の操作可能な飛翔する武装が総て搭載されている

また、要望からシシオウブレードを背中にマウントしている

 

武装・必殺武器

固定武器

バルカン砲

頭部に内蔵された武器。ミサイル迎撃や牽制に使われる

チャクラム・シューター

有線式の小型チャクラム。発射後チャクラムからは刃が展開し、ワイヤーを標的に巻きつけて斬り刻む。念動力による遠隔操作が可能

リープ・スラッシャー

空間跳躍ブーメラン。シシオウブレードの周囲に装着された扇型のパーツを空中に射出して円盤を形成し射出する。元々はヒュッケバインの武装

ファング・スラッシャー

右腕上部に装備された2つ重なった形状のゾル・オリハルコニウム製のブーメランを十字手裏剣のように展開して投擲する。元々はヒュッケバインMk-Ⅲの武装

シシオウブレード

PTサイズの日本刀。基本は背中のジョイント(リープ・スラッシャー用マウント部と共用)にマウントされており、使用時には鞘毎ジョイントから抜き放たれる。たまに鞘を投げ捨てるが、念動力で回収してマウントしなおしているので問題ない

換装武器

ロシュセイバー

高出力プラズマソード。両腰に合計二本マウント

フォトン・ライフルS

光子弾(フォトン)を発射する携行武装。腰の後ろにマウントされている

 

特殊能力

念動フィールド

T-LINKシステムの恩恵。とはいえ、装甲の微妙なMk-Ⅱでは活かしきれない

分身

チャフを利用した回避能力



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二宮飛鳥ー遠すぎる世界

「プロデューサー!聞こえるかい」

 響き渡るサイレンの中、二宮飛鳥は手持ちの携帯に向けてそう叫んでいた

 

 他のアイドル達は知らずとも、飛鳥と……そして高森藍子だけは知っていた。自分達のプロデューサーの正体を。白き凶鳥、ヒュッケバインMk-Ⅱを駆り、謎の巨大ロボットと戦う者だと

 彼ならば、きっとこんなサイレンの中、一人ロボットを駆って飛び出していくだろう、と。その為の巨大兵器なら……それはもう此処には幾らでもあるのだから

 『……飛鳥』

 「プロデューサー、君は今」

 『悪い、飛鳥。皆に伝えてくれ。作戦行動が始まったせいで通路が封鎖された。そちらに向かうことは出来ない』

 「君なら分かるだろう、そんな事は聞いてない」

 『知っているさ、私もな

 それでも、私はこう言うしかない』

 電話越しに聞こえる声は、どこまでも冷たくて

 『避難を、飛鳥。ライブは暫し延期だ』

 「こんな時に」

 『こんな時だから、私は言うさ。アイドルとは未来の光だ、それが私の……392プロダクションの存在理由なんだから

 そして飛鳥、君だってその光の一つだ。だから言おう、絶対に来るな、皆と避難するんだ』

 「でも!」

 

 『飛鳥!』

 その声は、飛鳥にとって二度目の響きをもっていた

 「プロデュー、サー?」

 最初に出会った日。何も無くて、燻ってたあの日。君ならば、アイドルという仮面を被った光になれると、そう言われたあの日

 『駄目だ、飛鳥』

 「ボクも戦う!それで文句はないだろう、プロデューサー!

 ライブ後に答えを聞くと言われたけど、今返すよ」

 『駄目だ、飛鳥

 皆と避難だ』

 「どうして」

 分からない、と飛鳥は声を荒げる

 

 『飛鳥。君が来ても出来ることは何もない』

 「ボク等がいなければ、あの機体は動かせないんだろう!砲台くらいにはなるさ!」

 『そんなものに、意味はないんだよ、飛鳥

 

 今から始まるのは、戦いじゃない』

 「じゃあ、何だって言うんだい、プロデューサー!」

 『……戦争だ

 先見隊に、シュムエル・ベンを確認した

 敵は、ゼ・バルマリィ帝国。地球に攻め込んだ、宇宙人だ』

 その言葉に、飛鳥は黙りこくる

 言葉が、見つからなくて

 その言葉はあまりにも現実味が無くて。それを話すナガセPも、そして話している飛鳥自身も、そして何より、今居る世界も。どこか遠くに感じられて

 

 『……宇宙人だ。外見は、ほぼ人

 家族だって居るだろう。友人も。故郷の星に、待っている恋人だって居るかもしれない、産まれた星がゼ・バルマリィというだけの、ほとんど人間と変わらない、心を持つ生き物

 ……飛鳥、彼等を討つと、そうしてでも、ボクは此処に居る、生きると、君はそう叫べるかい?』

 その言葉は、今の二宮飛鳥には重すぎて

 「……避難するよ、プロデューサー」

 そうとだけ、言葉を絞り出して

 

 『大丈夫さ、飛鳥

 私はもう二度と、君達を喪わない

 護ってみせるさ、相手がゼ・バルマリィ帝国観察軍だろうとも』

 その言葉と共に、通信は途切れた



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