ベルの狩猟日記 (日逆孝介)
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001.森丘を往く者

 突き抜けるような澄んだ青色の空の下、森丘と呼ばれる地帯に一陣の風が吹き渡った。

 晴れ渡る空に千切れた綿のような雲が散り散りに浮かび、麗らかな陽射しが辺りを包み込んでいる。大地には赤や黄などの色取り取りの花が咲き、生い茂る草葉は風に応えるように手を振っている。空気が透き通っていて、深く吸い込むと肺まで綺麗になるような錯覚を覚える。

 晴天の日の下、一人の少女が草の大地を歩いている光景が映る。

 歳の頃は十代半ば――十五~六だろうか、幼さの残るあどけない顔立ちをしている。纏っている服――否、鎧のように見える装備は、全身淡い桃色で統一されている。耳に黄色いピアスを付けているだけで、頭を覆う防具は無く、紺色の長髪が風に弄ばれている。瞳は青色で、釣り目気味。背中には何故か大きな魚の骨にしか見えない物を背負っていた。一緒に矢筒も背負っている事から、大きな魚の骨にしか見えない長い棒のような物は、実は弓だったと分かる。

 起伏の緩やかな坂道を歩き詰め、少女は小高い丘の上に立った。丘から辺りを見渡すと、遠くに草食竜のアプトノスが草を食んでいる姿が映った。

 アプトノスとは、岩石のような色合いをした巨大なモンスターである。比較的温厚な性格をしており、人間が近寄っても突然襲いかかるような事はまず無い。子供なら人間よりも少し大きい程なのだが、大人になると一気に二~三倍程の大きさにまで成長する。アプトノスから取れる生肉は焼くととても香ばしい匂いがするので、ハンターランクの低いハンターから、一般的な食料として、頻繁に狩られている。温厚な性格から、農業に用いたり、荷車を引かせたりする者も少なくない。

 少女はその光景を遠めに見つめつつ、腰に携えていたポーチを漁り、中から地図を取り出す。この辺の詳細が記されていた。

「……村はこっちの方角で合ってるのよね……」

 ブツブツと呟きながら地図を指でなぞる。一旦地図から目線を上げて辺りを見回しても、ここが本当に地図に載っている場所なのか、よく分からない様子だった。

 やがて少女は小さくため息を零すと、地図を折り畳んでポーチの中に仕舞い込み、前方に見えるアプトノスの群れを無視して進み出した。遠方には頂きが白く覆われている山脈が映り、右手には離れた場所に大きな川が流れている。少女は山脈の在る方へと進んで行く。

 ――と、その足が急に止まる。視線の先にはアプトノスの群れ――ではなく、更にその奥。そこには青い鱗を纏った、二足歩行をする、鳥とトカゲを足して二で割ったような小型のモンスターが姿を現していた。

 名をランポスと言い、全身が青い鱗に覆われ、鳥のような鋭角的な顔とクチバシと、発達した後ろ脚に、鋭い爪を持つ前脚を巧みに使って、集団で狩りを行う、鳥竜種に分類されるモンスターである。彼らは集団戦を好み、少なくても二~三匹で行動するのが常だ。

 少女から五十メートルほど先に佇むランポスの数は三匹。まだ少女に気づいた様子は無かったが、少女はどうするべきか悩んでいた。

(まだこの辺に来て一度もモンスター狩ってないのよね……ちょっと腕鳴らしでもしてみようかしら?)

 思考をすぐに打ち切り、刹那に戦闘体勢へと移る少女。背中に背負っていた大きな魚の骨――カジキマグロの骨を再利用した弓、カジキ弓【姿造】を抜き放ち、矢を番えずに駆け出す。距離が離れ過ぎた場所から射ても、効果が少ないため、出来得る限り接近してから攻撃を開始する。そう作戦を立てた。

 やがて距離が三十メートルを切ったその時、ランポスが少女に気づき、「ギュァ、ギャア!」と喚き始めた。一匹が鳴いて警戒したために、残りの二匹も伝播するように視線を少女へと向けてくる。この辺は少女にとっても想定内だった。

 少女はその時点になって矢を番え始める。矢を三本纏めて番え、弓を引き絞りながらランポスへと駆ける。その距離、残り二十メートル。

 一匹のランポスが屈むように後ろ脚を折ると、次の瞬間には脚をバネのように動かし、大きく跳躍して少女に襲いかかって来た。鋭い爪を使って少女を引き裂く、その寸前に少女は矢を放つ。空中から襲い来るランポスの胴に三本の矢が突き刺さり、中空で体勢を崩したランポスは地面に落とされる。

 別の一匹は少女を回り込むようにして走り出し、もう一匹も逆側から少女を挟み込むようにして移動を始める。機敏な動きに、一瞬戸惑う少女だったが、即座に矢を装填し直し、なるべくどちらにも背後を見せないようにして立ち回る。

 地面に落とされたランポスが起き上がり、「ギャアァ、ギュアア!」怒りを露にして、先程よりも甲高い喚き声を発した。その光景に少女の口許に皮肉った笑みが浮かぶ。

「流石に一撃では倒れてくれないか……!」

 少女は三匹のランポスが連携を為す前に数を減らしてしまおうと考え、三本纏めて矢を番えると、刹那に射った。ランポスは少女の早業を避ける事が叶わず、一匹の頭に三本纏めて突き刺さり、小さな慟哭を漏らすと、仰け反るようにして跳ね、横倒しになった。

 残り二匹――そう思ったのも束の間、頭に三本の矢が突き刺さったランポスが軽やかな動きで立ち上がり、先程と同じように怒りの喚声を吐き出した。

「頭に当てたのに、どうして死なないの、こいつ……!?」

 つい独り言が漏れる。腹に矢が突き刺さった奴と、頭に矢が突き刺さった奴、そして無傷の奴。いつも狩っていた連中よりしぶといのなら、雑魚のモンスターと言えど、侮ってはいけないようだ。

「ギュア!?」

 頭に矢が突き刺さったランポスが体を少し反って高らかに喚声を発すると、大きく跳躍して襲いかかって来た。まだ矢は番えていない。少女はランポスの右側へ向かって前転をして攻撃を躱す。

 すると間近に迫っていた腹に矢が刺さったランポスが爪を振り下ろす瞬間に行き当たった。咄嗟に爪を掻い潜るようにしてランポスに体当たりをかまし、体勢を崩しながらも危機を離脱する。ランポスは体当たりを受けた瞬間、若干体勢を崩したが、すぐさま嘴のような形の口で、少女に噛みつこうと迫ってくる。

 少女は矢を引き抜いて握り締め、咄嗟にランポスの眼球を貫いた。「ギャアァァ!」と絶叫が迸り、踏鞴を踏んで狼狽えるランポス。右目に矢が突き刺さったまま、その場で何度も足踏みを始めた。短い前脚で矢を取り除こうとするが、眼球に深く突き刺さった矢はそう簡単には抜けそうに無い。

 時間稼ぎにはなっただろう、と少女が一息吐く間も無く、無傷のランポスが飛びついて来た。背中から押し倒されるようにその場に転がされ、少女は背中に痛みを感じながらもすぐさま立ち上がると、体勢を立て直しながら矢を番えて引き抜く。背後からは無傷のランポスが迫り来るだけでなく、頭に矢が刺さったランポスが大きく跳躍して襲いかかって来る瞬間だった。

「次から次へと……!」

 跳躍攻撃を前転で躱すと、刹那に弓を番え直し、着地した瞬間のランポスに四本纏めての拡散した矢を飛ばす。頭に矢が刺さったランポスの首から尻尾に掛けて矢が全て突き刺さり、横倒しに倒れ込んだ。

 その間に無傷のランポスが背後に迫り、爪を振り下ろしてきた。爪が頭に喰い込む直前に気づき、咄嗟に抜いていた矢を逆手に持って、振り返りながらランポスの首元に矢を突き刺すと同時に、ランポスの側面へと体を移動させる。そのままランポスの首に腕を回すようにして背中に飛び乗ると、突然の出来事に混乱しているランポスの後頭部に、零距離で矢を射る少女。流石に零距離だったためか、矢が頭を貫通し、ランポスは呻き声を発する事無く、そのまま倒れ込んだ。

 崩れ落ちるランポスから飛び降りた少女は、右目に矢が突き刺さったままのランポスへと矢を放った。的確に三本の矢が頭に突き刺さると、ランポスはようやく動きを止めた。もう周囲に動く気配のするランポスの姿は無かった。

「はぁ、はぁ……これで、終わり、かしら……?」

 息が上がったままの少女は、その場に崩れ落ちそうになるのを堪えると、剥ぎ取り用の小さなナイフを取り出し、倒れて動かなくなったランポスの鱗や牙、皮を丁寧に剥ぎ取っていく。

 ハンターはこうやって倒したモンスターの皮や鱗などの素材を剥いで、それを街の工房に持って行き、新しい武器や防具を創って貰ったり、持っている武器を強化して貰ったりする。そして再び強大なモンスターを狩りに行くのである。

 少女がランポスの素材を剥ぎ取っていると、ランポス達の体が徐々に溶けていくのが見て取れた。

 ランポスなどの小型のモンスターや草食竜などは、死ぬとすぐに体の溶解が始まるので、手早く素材を剥ぎ取らねばならない。なので、狩場にモンスターの死体が残っている、なんて事はまず有り得ないのである。因みに剥ぎ取った素材は溶解する事は無く、加工されるまで変化が起こる事はまず無い。

 弓使いの少女は剥ぎ取った素材をポーチの中に仕舞うと、目的地である山脈の麓の村へと再び歩みを始めた。が、すぐにその足は止まった。

 目的地へと続く道の先に、先程見た影が見えたのである。

 ランポスか? ――否、姿こそ同じだが、大きさはランポスの二倍以上有る。それは少女の三倍は有ろうかと言う大きさの、ランポスだった。頭に鮮やかなオレンジ色のトサカが有る事から、先程倒したランポスの親玉でありリーダー格である、ドスランポスだと知れる。

「ギャア、グギャアァ!!」

 モンスターとは言え、その感情が手に取るように、少女に分かった。仲間――いや、子分とでも称すべきランポス達が次々に殺されたのだ、それを見て何とも思わない親分がいよう筈も無い。あのドスランポスはこれでもかって言う位に――怒ってる。

 少女は自分の実力を鑑みて、ドスランポスなど楽に狩れると考えていた。何より、自身の装備がそれを静かに物語っている。武器こそカジキマグロを釣り上げて造った物なので何とも言えないが、淡い桃色の防具の方は、フルフルと呼ばれる大型の飛竜の素材で造られた物である。ドスランポスなどと比べるまでも無く、モンスターとしての格が違い過ぎる。

 にも拘らず、少女には何故か、心に余裕が無かった。そもそもこの森丘に来たのは、この先にある辺鄙な村へ行くためであって、ギルドからの依頼でも何でも無かった。つまり、ここで幾らランポスを狩ろうと、ドスランポスを討伐しようと、褒賞金は一切出ない。一zにもならない仕事ほど嫌いなものは無いと考えている少女である、この戦いは無理にする必要は無いと分かっていた。

 更に、寧ろこっちの方が重要なのだが、ランポスが異様に強く感じられた事に、少女は不信感を懐いていた。以前、別の街でモンスター退治の仕事を請け負っていた時は、ここまで強くは感じなかった。それどころか、頭に矢を一発射るだけで即死するような弱さだった。にも拘らず、ここのランポスはあまりにしぶとかった。これが大型のモンスターにも当て嵌まるのなら……何やら危険な匂いを感じずにはいられない。

 ドスランポスの素材が欲しい! と思っている訳でもない少女は、逃げの一手を打つ事に決めた。弓を背負い直し、ドスランポスを見つめると、「えーと、さいならっ」と背中を向けてダッシュで逃げ出した。鮮やかなまでの遁走だった。




【後書】
 初めての方は初めまして~、お馴染みの方はどうも~、作者の日逆孝介です。
 過去「P琢磨」名義で配信していた「ベルの狩猟日記」ですが、二度も作品削除の憂き目に遭いましてな。一度目は「小説家になろう」で二次創作廃止にて、二度目は「ハーメルン」で垢を削除した折にて。
 そんな折、先日フォロワーの旋律さんから「また投稿するのでしたら紹介させて欲しい!」と、何とも嬉しい申し出が有りまして、ならばと早速過去のパソ子からサルベージしてきた次第ですよ! 日逆さん仕事早い時は早いんですから!!
 と言う訳で三度日の目を見る事になった「ベルの狩猟日記」! 今回配信する際にちょこっと手を加えておりまして、と言っても物語の根幹に係わる修正ではなく、ルビなどを極力排したり、お前キャラブレブレやぞって辺りに手を加えたりした程度なので、本筋そのままと言いますか、たぶん読者様に気づかない程度の誤差的な修正です。たぶん。
 ともあれ本日より再々掲になりますが、のんびりと投稿して参りますので、当時閲覧されていた読者様も、「あ~こんなシーン有ったな~」と思い出しながら楽しんで頂けると幸いです。
 毎話この後書スペースを使って、実はこんな裏話が有ったんだよ~とか、元々こういう設定で綴ってたんだよ~とか、当時を振り返ったり、今後の展開のネタバレにならない程度の裏事情をお話ししていこうと思います。
 そんな訳で、にゃんと執筆開始から9周年を迎える「ベルの狩猟日記」、今後も何かしら動きが有ると思いますので、どうかのんびりお付き合い頂けたら幸いです~! それではまた次回!


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002.狡猾な青

 未開の地を開拓して出来た村(=少女の目的地)は今、大勢のハンターを募集していた。周囲には全くの未知のエリアが広がっており、トレジャーハンターなら行かずにはいられないと言う程に、色んな物が眠っているらしいのだが……その分、誰も手を付けていない土地なのだからモンスターは大勢いるだろうし、もしかしたら見た事も無い凶暴なモンスターまで出没するかも知れない。故に、村はハンターを募集しているらしいのだが……交通の便が悪く、行くにはモンスターが出るエリアを歩いて行くしかない。そんな場所に好んで行くハンターなど、そうそういる筈は無いのだが、少女はそのそうそういる筈の無いハンターの一人だった。

「はっはっ、ひっひっ、」

 森丘の中程に在る木の鬱蒼と茂った地帯を、少女は振り返りもせずに風のように疾走し続けていた。背後からは「ギャア! ギャア!」と「待てコラボケ! ブチ殺すぞグルァ!」とでも言っているかのような、怒号とも付かない喚声を上げて走って来る影が有った。

 トカゲと鳥を足して二で割ったような、力強く二足歩行で地面を蹴って走る、鳥竜種に分類される、少女の三倍は有ろうかと言う大きさの、青い鱗とオレンジのトサカが特徴的なモンスター――ドスランポス。

 その走りは速く、少女にあっと言う間に追い着くが、ドスランポスが大きな跳躍をして飛び掛かった瞬間に少女は前方へヘッドスライディングをかまし、攻撃を鮮やかに躱してのける。そして再び疾走劇が始まる。

「しつこいのよっ、あんたァっ! 何でっ、こんなにっ、エリアをっ、移動してるのにっ、追ってっ、来るのよーっ!」

 通常、大型のモンスターであれ小型のモンスターであれ、“エリア”と呼ばれる区域間を移動する事は無い。詳しい事は分かっていないが、彼らなりに縄張り意識が有り、それを守っているのではないか、と推測されている。エリアと呼ばれる区域を跨るようにしてハンターが移動すれば、それ以上は追って来ないのが通例なのだが……

「ギャアー! グギャァァァア!!」

 何故かドスランポスはエリアを移動しても全く関係無く追い駆けて来る。恐ろしいまでの執念だった。

 流石に少女もスタミナが尽きかけ、徐々に走る速度が遅くなってきた。だが、背後には未だにドスランポスの影が。

「くそーっ、やるしかないの!?」

 大きな独り言を吐くと、少女は振り返りながらカジキの骨にしか見えない弓を下ろして構えた。

 森丘の中でも森に位置するエリアで、背の低い木立が多いために、視界が非常に悪い。更に周囲を背の高い樹木が囲っているため、光があまり入らず薄暗い。冷えた空気が蔓延しているのは、近くに澄んだ水を湛えた池が在るからだと分かった。

 その背の低い木立に紛れるようにして、オレンジのトサカが生えていた。ようやく立ち止まった獲物を見て、「ギュア、ギャ!」とどこか歓喜に震えるように喉を震わせるドスランポス。

 地形が悪いのは、この際諦める事にした少女。このまま走り続けても、いつかは奴に追い着かれてしまうのならば、ここで仕留めて後はゆっくりと歩いて村まで向かいたい。

 弓に矢を番え、一瞬の静寂に身を預ける。近くに滝でも在るのか、水の落ちる音が聞こえてくる。鳥の囀りに、虫の鳴き声、その全てを意識の外へと投げ、ドスランポスだけに集中する。

 ――ドスランポスが後ろ脚を一瞬だけ屈め、大きな跳躍と共に少女へと迫る。機敏な動きに、一瞬目が追い着かなかったが、それでも攻撃を受ける前に横っ飛びをして躱す少女。刹那に矢を放ち、ドスランポスの鱗に矢が突き刺さ――らなかった。

「ぅえ!?」驚きに目を瞠る少女。

 矢はドスランポスの鱗に弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 ドスランポスはすぐに軽く飛び跳ねるようにして方向転換を終え、再び少女へと牙を向ける。今度は飛び上がるのではなく、鋭い爪で走り寄るようにして襲い掛かって来た。

 少女は大木の根に躓かないように注意しながらバックステップを踏み、至近距離からもう一撃、矢を放った。今度はドスランポスの眼前で、頭を目掛けて。三本纏めての連射はドスランポスの頭に突き刺さるが、踏鞴を踏むだけで倒れる事は無かった。眼前で咆哮染みた喚声を張り上げると、ドスランポスは大きく後退した。倒れさせる事こそできなかったが、充分なダメージは与えられたようだ。

「ギャア、ギャァア!」

 負け惜しみだったのか、それだけ喚声を張り上げると、踵を返して走り去って行くドスランポス。――と、少女は思った。

 木立の間に消えて行ったドスランポスを見送って、「ふはぁ」と大きくため息を漏らすと、ドッと疲れが出てくるのが分かった。

「……何か、凄く強いのね、この辺のモンスターって……」

 そんな気がしてならなかった。

 そもそも、頭に矢を射られて生きている方がおかし過ぎる。モンスターと言う、人間とは違う生物だとは分かっていても、あれではあまりに常軌を逸していないだろうか。

 そう思いながら弓を仕舞って、今度こそ村へと歩き出そうとした少女だったが、――突如、肩に爪を叩きつけられ、前へと突き飛ばされる。

 突然の出来事に何の受身も取れなかった少女は、三回ほど地面を転がる。すぐに起き上がる事は出来ず、全身に走る軋みに、思わず眉根を顰める。

「ギャア! ギャア!」

 起き上がろうとする前に聞こえたのは、先程逃走したと思っていたドスランポスの鳴き声だった。「ひゃっは! 俺の勝ちだな!」とでも言わんばかりに雄叫びを上げ続けるドスランポスに、少女は「やられた」と敗北を感じずにはいられなかった。こんな、奇襲を掛けてくるドスランポスなんて聞いた事が無い。彼らは群れで行動すると聞いていたし、実際そういう場面に何度か遭遇した。だが、今回ばかりは違う。逃げると見せかけて、再び襲い掛かる――それもハンターの不意を衝いて襲い掛かるなど、初めての経験だった。

(……もしかして、こんな所であたし死んじゃうの……?)

 何とかして立ち上がるも、肩が痛くて矢を撃つどころの騒ぎではない。回復薬や応急薬を飲めば何とかなるかも知れないが、そんな事をしている余裕すらない。

 眼前には「最早我の勝利は目前だな!」とでも言いたげに不敵に喚声を上げ続けるドスランポスが、にじり寄って来る。こんな時に限って動きが緩慢なのが憎過ぎる。

 やがてドスランポスが大きな口を開けて少女の頭に齧り付こうと走り寄って来て、

 

「――どぅるりゃーっ!」

 

 男の掛け声が走ったと同時に、ドスランポスの首から上が宙を舞っていた。鮮血が飛び散り、少女の顔に鮮血の飛沫が大量に振りかかる。――その直後、どずんっと大地を抉るような音が響き、地響きのような震動を足から感じた。

 少女が目を開けたまま固まっていると、ドスランポスの頭が背後に落ち、司令塔を無くした胴体が覚束無い足取りで数歩前へ進むと、少女の隣に倒れ込んだ。生きている訳が無かった。

 眼前ではドスランポスの首を両断した巨大な斧剣が再び持ち上げられようとしていた。少女は、自分の背丈以上の斧剣が持ち上がっていく様を、ぼんやりと見つめる事しか出来ない。

「大丈夫か?」と声が掛かり、ようやく少女は視線を目の前にいるハンターへと移せた。「うん、大丈夫そうだな」と少年のハンターは適当に頷くと、「じゃな。また逢おう」と斧剣を背中に背負い直して立ち去ろうとした。

「――って、ちょっと待ちなさいよ、あんた!」

 やっと我に返って声を上げる少女。怒鳴り声を背中で聞いた少年は振り返りながら、「俺に何か用か?」とキョトンとして返答を寄越してきた。

「何か用って……」頭痛を感じずにいられない少女。「じゃなくてさ、助けてくれて有り難う、って言いたかったの」

 少年のハンターはキョトンとしたままだったが、すぐに笑顔を浮かべた。体を向け直して、褐色のトゲトゲしいヘルム越しに頭を掻く仕草をする。

「いやぁ、気にするなよ。俺も、さっき死にかけてたし」

「死にかけてた? ……もしかして、あんたもラウト村に行こうとしてるハンターの一人?」

 少年は笑顔で頷いた。子供らしい、幼い感じのする笑顔だった。

「と言うと、お前もそうなんだな? 助かった……俺、今まで道に迷ってたんだ」

「ああ、やっぱり。……って、はい? 道に迷ってた?」

 少年は困った風に苦笑を浮かべて、ヘルム越しに頭をポリポリ。

「実はさ、道具を持って来過ぎて、地図がポーチに入らなかったんだよ。で、ずっとこの森の中を彷徨っていたんだけど……良かったよ、ラウト村へ行く道、分かるんだよな?」

 温和そうな口調で尋ねてくる少年に、少女は先程の安堵感が徐々に薄れつつあるのを感じた。




【後書】
 実は当時、この話を綴っていた段階ではまだこの少年の設定がふわふわしておりまして、当時の文章では話し方と言いますか、口調が安定しておりませんでした。
 なので今回はその辺に少し手を加えて、いつもの少年っぽい喋り方に。「~なんだね」とか、見直した時に「誰やお前」って感想しかありませんでしたね!w
 元々キャラを作ってから綴るタイプではなく、綴りながらキャラを掘り下げていくタイプなので、どうしても創作開始時と中盤以降ではキャラがブレたりするのです。正直に白状すると、そういうブレも含めてキャラが物語で生き始める姿を見るのが好きでしてな……!
 配信ペースは、今のところ週に1~2回を維持していきたいなーと思っている次第であります。と言う訳で次回、少女と少年の名前が明らかに! お楽しみに!


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003.ラウト村

 ラウト村は、本当に「村」と呼称していいのか疑わしかった。

 確かに、家が幾つか建ち並び、酒場や工房が在るし、店も開いているようだったが、規模が小さ過ぎた。高さ二メートル弱程の柵で周囲を囲われているだけの、十分と掛からずに村全体を歩き通せる程の、本当に出来立ての村のようだった。

「……何か、村と言うよりは、ちっちゃな集落って雰囲気じゃない? フォアン」

 少女がぼやくように呟くと、後ろを歩いていた少年ハンターが苦笑を漏らす。

「まぁまぁ、そんな事言うなよ、ベル。村を造るのは、凄く大変な事なんだからさ」

 二人はここに来るまでの道中で簡単な自己紹介を済ませていた。

 少女はベル。本名はベルフィーユで、ベルは愛称だ。唯一の武器は、カジキマグロの食べ残しを有効利用したいと言う願いから生まれたらしい、自然に優しい弓の最終形態である、カジキ弓【姿造】と呼ばれる弓。身に付けた防具は、フルフルと呼ばれる飛竜の亜種からしか取れない、魅惑色の柔皮から造られたフルフルDシリーズ。頭にも本当はキャップがシリーズで付いているのだが、ベルは敢えて付けず、黄色いピアスだけ付けている。桃色に加えてしっとりした肌触りの防具だが、あまり防御には期待できないように見える。

 少年はフォアン。持っている武器は、古来より力自慢の戦士が愛用したと言われている斧剣の最終形態である、ジャッジメントと呼ばれる大剣。全身を固めている防具は、ティガレックスと呼ばれる飛竜の素材で造られたレックスシリーズ。褐色で、トゲトゲしいデザインの防具で、見る者に威圧感を与える代物だ。髪も瞳も黒色で、歳はベルの少し上くらいで、十代後半……十八~九に見える。優しそうな風貌をした、装備品を除けば大人しそうな印象を覚える少年だった。

 どちらも装備品を見る限りでは、上級者かどうか流石に分からないが、初心者の域は既に脱しているようだ。特にフォアンの着ているレックスシリーズは、凶暴で強大な飛竜であるティガレックスを倒してしか手に入らない防具である、その辺の飛竜など敵ではないように思える。

 にも拘らず、……

「でも、よくこんな恐ろしい場所に村を造ろうって考えたよね、村長さんは」

 フォアンが腕を組んでうんうんと自分の言葉に頷く。

 ベルも疲れたように肩を落として、同意を示す。

「どうして高がランポスがあんなに強いのか、誰かに説明して貰いたいものだわ……」

「いやぁ、流石にランポス五匹に囲まれた時は死ぬかと思ったな、マジで」

 と、何やら情けない話をしている二人。

 それもその筈、ドスランポスを倒した後、二人は森丘を抜けようとした時に、再びランポスに襲撃され、何度も何度もピンチに陥ったのだ。フォアン程の腕ならあっと言う間に切り抜けられるだろう――そうベルは考えていたのだが、甘かった。まるでフォアンの動きを見切っているかのような動きをするランポスに翻弄され、フォアンはボロッカスに痛めつけられた。動きが鈍い代わりに絶大な攻撃力を誇る大剣の弱点を衝くと言う、“高が”ランポス風情にしてはやたらと頭の回る動きをして、“高が”ランポス風情のために死にかけたのだった。

 普通では考えられない事だったが、少なくとも初心者とは思えない二人が、ランポスに苦戦を強いられたのである。流石に二人とも、自分の腕を疑うのは仕方の無い事だった。

 ともあれ、二人は村長を探して舗装されていない村の中を歩き回る。――と言っても、家なんて二桁にも届かないので、すぐに見つかった。

 テントのような三角形の形をした白い家の前に立つ二人。テントのようにシートのような物で造られている訳ではなく、ちゃんとした木製のようで、その辺は安堵する。小さな丸い窓を覗くと、中に人がいる事も確認できた。見た所、若い女性のように見える。

「彼女は村長の娘さんかしら?」

 窓から顔を離して小首を傾げるベル。フォアンはその問いかけに応じる事も無く、扉を叩いて声を上げた。

「たのもー」

「村長破り!?」ベルの意味不明なツッコミが続く。

 すると、家の中で人の動く物音が聞こえたかと思うと、扉が外側に向かって控えめに開き、フォアンの顔にぶつかって止まる。

「痛いなぁ」

「いや、避けなよ!? 何で微塵も避けようとしないのあんた!? ちょっと下がりなさいよ!」

「それもそうだ。うっかりしてたよ」

 ぽん、と手を打って一歩下がるフォアン。ベルは心底呆れ返っているのか、額を押さえて首を振って嘆き始めていた。

「……えーと、貴方方はハンターさん、ですよね……?」

 扉の奥から現れた女性は、ベルが見た通り、若そうな声で尋ねてきた。

 まだ二十代と思しき幼い面影の残る顔立ちに加え、背丈がベルよりも低く、見ようによっては十代とも取れる風貌をしていた。眼鏡を掛け、華奢そうで温和そうな印象を振り撒いている。箸より重い物を持った事が無い、と言うイメージが見事に当て嵌まる。肌が雪のように白く、髪はそれを際立たせるような鮮やかな朱で短く纏められ、瞳も髪と同じ鮮やかな色に染まっている。

 ベルはフォアンの挙動に色々な不信感を覚えつつも、女性に向かって小さく首肯を返した。

「ええ、そうよ。広告を見てやって来たんだけれど……貴女は? あたし達、村長に逢いたいの」

 ベルの返答に、眼鏡を掛けた女性は輝かんばかりに顔を明るくすると、手を突然握り締めてきた。突然の出来事に、ベルは驚きながらも声を発そうとして、

「うわぁ、うわぁ、本当にハンターの方が来てくれるなんて……っ! 凄く嬉しいです! 本当に助かります!」

 女性の矢継ぎ早の感激の言葉に押され、声が喉で詰まってしまった。

 隣ではフォアンが家の中を扉越しに覗き込み、「村長、いないね」と自分の調子を貫いている様子だった。

「……あのさ、それで村長は一体どこ? いい加減、手を離してくれると助かるんだけど」

 自分を見つめたまま瞳を輝かせ、目尻に雫を溜めている女性に向かって、若干引き気味にベルが呟くと、彼女はようやく我に返って手を離した。

「あわわっ、す、済みませんっ。本当に来てくれるとは、思ってもみなかったので……つい……」

「……まぁ、確かにこんな辺境に来るハンターなんて稀でしょうけれどね……」

 皮肉っぽく応じるベルにも構わず、眼鏡の女性は咳払いをして落ち着きを取り戻し、「申し遅れました。私がこのラウト村の村長、コニカと申します」と、頭を下げた。

 暫らく沈黙が有った後に、フォアンが「村長さんの娘が村長って凄いね、ベル」と頷いた。

「……いや、そのね、村長の娘さんだと思ったのは、あたしの勘違いだったみたいで……彼女は、村長の娘ではなく、本物の村長……って……えー」

 ベルの、やる気の無い「えー」が村中に木霊した。




【後書】
 今回のお話で名前が判明した少年・フォアン君ですが、今回の後書では、彼の設定に就いてネタバレしない程度にちょこっと触れてみます。
 そもそもこの作品のメインキャラクターとなる三人のハンターは、わたくしと、わたくしの友達をキャラに落とし込んでいるので、ベルはわたくしを、フォアン君は友達をモチーフに作成されたキャラクターなのです。
 で、フォアン君。当初、キャラクターを作成する時、友達に「どんなキャラにして欲しい? 和風? 欧風? 中華?」と尋ね、友達に「じゃあ中華で」と返されまして。
 思いついた名前が黄(ホアン)で、このまんまだったらちょっと作品合わないなーと思って、フォアン、と言う形に落ち着いたと言う経緯が有りました。
 結局物語を綴りきって友達に読んで貰った時に「中華要素全くねーじゃねえか!w」って笑われたのは良い思い出です(笑)。
 もしかしたら別の世界線では「行くアルヨ!」とか「参ったネー、砥石が無くなったアル」とか言うフォアン君が実在するかも知れませんね!w
 長くなりましたがこの辺で! 次回、第4話、「人呼んで〈アイルー仮面〉」……いよいよ最大級の問題児であり今作最強のヒロインの彼女が登場です! どうかお楽しみに~!


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004.人呼んで〈アイルー仮面〉

 ラウト村は狭いので、二人の家を見つけるのはチャチャブーを見つけ出すより数倍簡単だった。

「……家?」

 眼前の建物を見て、思わずそんな台詞が、ベルの口を突いて出た。

 その建物は家と言うより、寧ろ小屋と言うべきだった。丸太を組み上げた壁に、塗炭のような素材の屋根。木製の扉には鍵すらない。中には木製のベッドと、道具や素材や武器や防具を入れるための大きなボックス、それ位しかない。

 あまりに簡素な建物に、ベルは暫し絶句した。これなら、街にいた時の方が何倍もマシだった。

 小屋は合計で四つ用意してあった。隣り合わせに建てられているので、長屋のような趣が有る。窓は小屋の奥に一つ在るが、丸太を刳り貫いただけの簡素な物で、カーテンすらない。

「じゃ、俺はちょっくら寝てくるよ。一日彷徨い続けて、もう足が棒状の骨のようだ」

「棒でいいじゃない、棒で。何で棒状の骨が出てくるの?」

 一応、ツッコミは忘れないベル。

 構わずフォアンは隣の小屋に入って行き、音はそれ以後聞こえなくなった。

 ベルも取り敢えず中に入り、唯一の武器であるカジキ弓【姿造】を壁に立て掛け、先程剥ぎ取った素材をボックスに納める。ドスランポスの頭は素材としてかなりの価値が有るし、この辺のランポスの皮や鱗は、恐らく上質だろう。少女の目から見ても、街の方にいるランポスより幾分か高級感が有る。上皮や上鱗と呼ばれる素材じゃないかと、少女は予想していた。

 それ以外にも、彼女は色んな代物をポーチから取り出し、ボックスに入れる物と、これから持って行く物を分けていった。

 ボックスに入れる物は、森丘で拾ってきた薬草や、アオキノコと言った、調合用のアイテムである。薬草とアオキノコは調合すれば回復薬を作れるし、更に回復薬とハチミツを調合すると回復薬グレートが出来る。自らアイテムを調合する事で、少しでも道具屋で購入する事を控えるのだ。決して道具屋で売っている回復薬が高価な訳ではないが、彼女は武具以外に金を使う事を、極力避ける性質なのである。

 他に、ニトロダケなどのキノコ類、ネムリ草、ツタの葉、げどく草、落陽草などを仕舞い込み、道具袋には最低限のアイテムだけを残すと、小屋を後にした。武器のカジキ弓はボックスに納め、専用に取りつけられていた鍵を閉めて仕舞っておいた。

 村の南側に在る小屋を出て、村長コニカの家が在る北西に向かって歩き、途中で、村の中では比較的大きな建物の前で立ち止まる。看板を見る限りでは、酒場のようだ。

 ハンターズギルドと呼ばれる組合は、概して酒場の中に構えている事が多い。酒場にハンターが集い、クエストを注文し、共に狩りに出掛け、帰って来たら再び酒場でクエストの報告を終えると、そのまま祝杯や反省の飲み食いが始まる……と言うのが、一般的なハンターの生活である。

 酒場と言う建物は街の方に行くと大きく、中には大勢のハンター……それこそ数十人の人間が集っているものだが、今ベルの眼前に佇む酒場は、どう多く見積もっても、十人入れば満杯だろう。

 扉を押し開いて入ると、鈴の鳴る音が店内に響き、給仕らしい女性がこちらに気づいた。カウンター越しに「いらっしゃいませ」と小さくも無く大きくも無い声を掛けてくる。

 給仕の格好はヒラヒラのメイド服で、見た感じの年齢は二十代半ば。村長よりも若干歳を老いているような印象だ。童顔で、それ以上に幼く見えると言う点では、村長と非常に似ていた。

 中には木を切り出して造ったような大きなテーブルが三つ置かれているだけで、外見通りの小さな店だった。椅子の数を数えてみると、合計で十五人ほどしか受け入れられないようだ。しかも、給仕の姿は一人しか見受けられない。

 ベルは「……本当に辺境に来たんだなぁ……」と心の中で独りごちると、給仕に向かって歩み出す。給仕はこちらを見つめたままニコニコ顔を崩す事は無かった。

「何か注文されますか?」給仕はベルが喋る前に尋ねてきた。

「えっと、見て分かると思うんだけど、」「ハンターの方ですよね?」「――あ、うん、そうなんだけど、」「まずはこの村でクエストを受けるために、登録をされに来たんですか?」「――あ、そう、それで、」「では、こちらの用紙に記入をお願いします」

 終始給仕のペースだった。ベルは言い知れぬ疑念を覚えたが、口には出さず、給仕が流れるようなテンポで差し出した用紙へと記入を済ませる。すると給仕は一瞬だけ用紙に目を通すと、判のような物を押し、後ろの棚へと用紙を仕舞い込んだ。

「登録はこれで終わりです。――何か注文されますか?」

「……あの、それはご飯の方? クエストの方?」

「勿論、どちらもです♪」

 ニッコリと邪気が全く感じられない調子で言われ、ベルは毒気を抜かれたように苦笑を浮かべてしまう。

「――そうね、ここに来るまで何も食べてないから、何か腹に納めたいかも。……今、あまり持ってないから、安上がりな奴で頼むわ」

「はいお待ちぃ♪」カウンターの上にこんがりと焼けた肉が皿に載って出される。

「早ッ!? 注文する前に作ってたの!?」

「勿論です♪ お客様を待たせてはいけないので♪」

「客が来なかったらどうするつもりだったの!?」

「そんな悲しい事を考えちゃ、楽しく生き抜けませんよ? 人生とは、楽しく嬉しく面白く! 狩猟だって同じ事ではありませんか?」

「何か違うような気がする。ヒシヒシと感じるけど」

「この村にやって来た初めてのハンターさんなので、料金は頂きません♪」

 ごゆっくり♪ と皿を押しつけられて、ベルは渋々椅子に腰を下ろし、テーブルの上の肉を見つめる。大きな肉の塊を骨が貫く形で焼かれたこんがり肉。見た目は原始人が食べていた物のような、実にシンプルな形で、そこから湯気が立ち上っている。いつも狩場では、生肉を焼いた、こんがり肉を食べていたが、それと然程代わりない。

「ここは本当に酒場なのか?」と半信半疑で肉に齧り付くと、そこからは手が止まらなかった。いつもの癖であっと言う間に食べ尽くしてしまう。

 骨だけを残して食べきると、いつの間にか店に別の客の姿が有る事に気づいた。

 その客の格好に、ベルは思わず食べた肉を噴き出すところだった。

 ハンターだとしたら、巫山戯ているとしか思えない格好だったのだ。頭にアイルーフェイクと呼ばれる、頭をすっぽりと覆い隠す猫の被り物を付けている以外は、胸と股を隠す程度のインナーしか着ていない、裸も同然の姿だったのである。胸が膨らんでいる事から、女性である事は分かるが……あれで狩場に赴くと言うなら、正直言って頭のネジが飛んでいるとしか思えない。

 その猫頭の女は給仕へ歩み寄ると、やたらと耳に残る澄んだ声で告げた。

「オイラ、ハンターとしてこの村に来たのにゃけれど、登録はここでいいのかにゃ?」

「やっぱりハンターなの!?」

 がたーっ、と椅子を蹴飛ばして立ち上がるベル。それに気づいた猫頭は驚いたようにベルを見つめる。猫の被り物を見る限りでは、まるで笑っているかのようだ。

「び、ビックリさせるにゃよ……オイラを心臓麻痺で殺す気かにゃ?」

「いやいや、こっちがビックリさせられてるんだけど! 何その巫山戯きった装備は!? まさかそれで狩場に行くんじゃないでしょうね!?」

「何にゃその言い方は。まるでオイラの装備に不服が有りそうにゃけど」

「不服ってレベル!? そんな裸も同然の装備で外に出られると本気で思ってるあんたの頭を疑ってるのよ!」一息に捲くし立てるベル。

「任せておけにゃ。オイラはこの装備で幾つもの死線を潜り抜けて来た猛者にゃ。人呼んで〈アイルー仮面〉とはオイラの事にゃ!」

 話が通じない……とベルがため息を漏らしていると、再び扉の開く鈴の音が店内に響いた。

「腹減った~。何か食べ物くれ~。この際コゲ肉でも生焼け肉でもいいから~」

 腹を摩りながら入って来たのは、レックス装備を付けたままのフォアンだった。流石にヘルムだけは外していたが、物々しい姿に普通は気圧されるものだが、この中では怯む者は皆無だった。

「貴方もハンターの方ですね? 何か注文しますか?」給仕がニッコリと声を掛ける。

「そうだなぁ……アプトノスのステーキが食べたいな。或いはポポのタン塩」

「はいお待ちぃ~♪」カウンターの上に今フォアンが述べた料理を載せる給仕。

「何でもう出来てるの!? 併も湯気が上がってるし!? 予知能力者!?」

「客の事を何より大切に考えていたら、客が入る前に全て分かるのです……それが、〈ウエイトレスマスター〉と言う、最終奥義を体得した私の術なのです♪」

「軽く人間の域を超えてるな」

 料理をテーブルに運びながら呟くと、椅子に座った瞬間に料理に齧り付くフォアン。十秒と掛からずに皿の上が空になり、フォアンは満悦と言った様子で「美味しかった~」と腹を撫で始める。

「……それは良かったわね。――で、そこの〈アイルー仮面〉とやら。あんた本気で、その装備で狩りをしてたの? 嘘じゃないわよね?」

 呆れ返っていた表情を引き締め直し、猫頭へと視線を向けて尋ねるベル。

 自称〈アイルー仮面〉は大きな猫頭を振って頷(うなず)く。

「オイラはこう見えても、三年近く狩りを続けている、言わば中級者にゃ。そんにゃ風に言われるのは、酷い侮辱にゃ!」

「いや、そんな装備で狩りをしているなんて、普通信じられないでしょ。――そだ、ギルドカードは? 今まで何を狩ってきたとか書いてあるでしょ?」

 ギルドカードとは、ハンターズギルドがハンター一人一人に配布している、言わば履歴書のような物である。今まで何の武器を使って、どれだけのモンスターを狩ったのか。そういうハンターに関する個人情報が多く記されたカードである。

〈アイルー仮面〉は「ああ、それにゃら」と言ってアイルーフェイクの中に手を突っ込み、中からカードを取り出した。「これで確認するといいにゃ」

 ギルドカードはハンター自身が容易く改竄できるような代物ではない。故に、ギルドが厳正に調べた結果のみが記載されているので、そこに嘘や偽りが記されている事は、まず、無い。

 それを覗き込むベルとフォアン。内容を確認して、ベルは思わず目を瞠った。

「……何これ。殆どのモンスターを一通り狩ってる……?」

「武器の使用頻度はハンマーが殆どだな。でもこれ、パーティ組んで狩ったんだろ?」ギルドカードから顔を上げてフォアン。

「オイラは基本一人にゃ。何故かオイラを見ると皆、パーティに入れてくれにゃいのにゃ……」悲しげに肩を落とす〈アイルー仮面〉。

「何て可哀想な事をする奴らなんだ。もしパーティが組みたいなら、いつでも俺に言ってくれよ」

〈アイルー仮面〉がフォアンを見て何やら体を震わせ始める。

「あ、あんた、良い人にゃ! 今度一緒にクエストに行ってほしいにゃ!」

「ああ、いつでもいいぜ。な、ベル」

「そこであたしに振っちゃう!? ……まぁ、この辺のモンスターはやたらとタフネスだから、二人よりも三人の方が確かにいいんだけど……ねぇ、〈アイルー仮面〉。本当にこれ、一人で狩ったの?」

 ベルが不信感を露にするのも当然と言えば当然だった。何故ならギルドカードに寄れば、彼女が狩ったモンスターは多岐に亘る。初心者向けと言われるドスランポスやイャンクックは当然として、フルフルやティガレックスなどの一人で狩るのが相当困難なモンスターも討伐記録が残っている。

「全部一人でやった訳じゃにゃいにゃ。偶にオイラと組んでくれる気の良いハンターがいたから、組んでやった事も有るにゃ」

 流石にそうだよなぁ、と頷きながら、ベルはギルドカードを返した。

「あたしはベルフィーユ。長いからベルって呼んでくれると嬉しいわ」

「オイラはザレアって言うにゃ。長いからザレアって呼んでくれにゃ!」

「何も変わってないけど!? 別段長くも無いし!」

「俺はフォアン。以下略」

「何を略したのか訊きたいんだけど!?」

「この村でハンターとしてやっていくつもりにゃら、これから宜しくにゃ!」

 そう言って〈アイルー仮面〉ことザレアが手を差し出したので、ベルも手を差し出す。するとフォアンも手を差し出してきたので、訳も分からず空いた手で握り返すと、フォアンの余った手をザレアが繋ぐ。

 ――三人で円を作って手を繋ぎ合う形が完成した!

(……何だこれー)

 ゲンナリと心の中でツッコミを入れるベルなのだった。




【後書】
 ちょっと更新が遅れてしまい申し訳ないです!
 と言う訳で【ベルの狩猟日記】最大の問題児であり最高のヒロインでもある「ザレア」ちゃん登場です!
 今回の話だけで既にやばみが伝わっていると思いますが、彼女が真価を見せるのは狩場に来てからです。ぜひぜひ楽しみにお待ち頂けたらと思います!(笑)
 因みにザレアちゃんと一緒に登場した給仕のお姉さんですが、この段階で既に彼女が元ハンターである設定で綴っておりました。やっぱり意味深な村には意味深が人が集まってなんぼだと思っておりますからね! フフフ……
 そしてちょっと話を戻してザレアちゃん。ネーミングセンスが無い無いと言われて育ってきたわたくしです、この名前を見てすぐ分かるかと思いますが、彼女は稀少な存在ゆえに、「The rare(ザ・レア)」なんですな!
 そして感想欄で「ラウト村近隣のモンスターがえらい強い事に関する情報出てこないんですよ~w」とぶっちゃけてましたが、申し訳ないです、わたくしの記憶違いでした。深く謝罪申し上げます(ペコペコ)。
 簡潔に言います。この村、上位のモンスターに囲まれてる環境だからめたくた強いんですモンスターが! そんな設定で綴っていた事を今回の話を読んで思い出しました! 申し訳ぬい申し訳ぬい(ペコペコ)。
 と言う訳で次回もお楽しみに! ひとまず一章を抜けたら後は更新が楽になる算段が付いているので、それまでヒーコラ頑張りますぞ~!


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005.無償の依頼

「――そう言えば、ハンターの皆さんにお願いが有りましてー」

 狭い酒場の中央で手を繋いで輪を作っている三人に声が掛かった。声を掛けたのは勿論、給仕の女性である。

 三人が手を解いて給仕の女性を見やると、彼女はとある紙を見せた。

 色褪せ、少し変色した羊皮紙の中身を確認するために、三人のハンターがカウンターへと歩み寄る。

「……イャンクックを退治して来いって? 併も二匹も」

 逸早く内容を読み終えたベルが眉根を寄せて呟く。どこか不服そうだった。

 そんなベルの様子を隣で見据えるフォアンは、小首を傾げて疑問を発する。「イャンクックのつがいに何か不満なのか? ――あ、そうか。イャンクックを狩り過ぎて倦怠期なんだな?」

「どんな解釈してんのよあんた!? 全ッ然違うわよ! そうじゃなくて! ここを見なさいよここを!!」

 びしッ、とベルが指差す先には、依頼料が記されていた。

「報酬が無いにゃね。――まさかこれは、新手の素材ツアーかにゃ!?」ザレアが驚嘆の声を上げる。

「何ッでよ!? イャンクック討伐依頼って書いてあるでしょ!? 二匹討伐しても報酬が無いって書いてあるのよ、これは!!」

「なるほど……そこまで深読みしなければ解読できない依頼書を、俺は初めて見たぜ……流石だな、ベル」尊敬の眼差しでベルを見やるフォアン。

 隣でザレアが「ベルさんって実は頭良いんじゃにゃいかにゃ?」と感心した素振りでフォアンと頷き始め、ベルは酷く疲れたように肩を落とした。

「申し訳有りません」と謝ったのは給仕の女性だった。頭を下げ、顔を上げると再び申し訳無さそうな表情と声音で続きを継げる。「この村は本当に出来立てほやほやなので、金銭に余裕が全く無いのです……無理を承知で申し上げますが、どうかお願い出来ないでしょうか……?」懇願するような眼差しでベルを見据えてくる。

 ベルは上目遣いの視線にたじろぎ、数歩後ずさった後、悩もうとして声を挟まれる。

「俺、やってやるよ」フォアンだった。自信が有る訳でも無さそうなのに、平坦な声音で給仕を見つめて続けた。「金が無いのは仕方ないと思うし、俺で良ければ引き受けるぜ」

「オイラもやるにゃ! 困った人は見過ごせにゃい……それが、〈アイルー仮面〉としての生き方にゃ!」

「ちょっとあんた達、分かってるの!? この依頼は全く報酬が出ないだけじゃない、支給品も無いのよ!? それでも……やるって言うの?」

 ベルには彼らの価値観が少し理解し難かった。彼らが良い事をする事は理解できるのだが、そこまで出来る動機が知りたかった。

 どうして一銭にもならない依頼を何の迷いも無く引き受けられるのか。

「俺はどんな依頼でも熟したいだけだ。ハンターに依頼をするって事は、誰かが困ってるって訳だろ。俺でも助けられるのなら、助けるに越した事は無い、――そうじゃないか?」

 平然と。まるでそれが当然のように告げるフォアンに、ベルは一瞬絶句した。そんな事を素面で言えるハンターを、今まで見た事が無かった。

 と思っていると、隣に有る猫の被り物が震えている事に気づいた。体を震わせ、猫の被り物の目元に腕を当てて擦っている。――泣いているのか。

「ど、どうしたの?」狼狽しながらも尋ねるベル。

「か、感動したのにゃ! フォアン君が実は凄いハンターだったと今、気づかされたのにゃ! フォアン君みたいにゃハンターは尊敬するにゃ! お慕いするにゃ!」鼻声で喚き散らすザレア。

「……うん、まぁ、確かにそう思える事も言ったけど、何も泣く事は……」半分呆れ顔のベル。

 そのベルの肩に手を置くフォアン。見上げると、フォアンが微笑を浮かべていた。

「泣きたい時に泣けばいいじゃないか」

「それは今、言うべき台詞か?」ツッコミは忘れないベル。「……まぁ、フォアンは分かったけど、ザレアは? あんたも無償で依頼を受けたけど、フォアンとは同じじゃないの?」

「ぐす……」まだ鼻声のザレア。「……オイラは狩場で素材を集めて、それで生計を立てているから、大丈夫にゃ。……報酬は勿論欲しいけれど、無いにゃら無いで構わにゃいのにゃ」

 こちらも特に気負いも無く平然と告げた。ベルは暫し言葉を発する事が出来なかった。溜め息を吐き、右手で顔を覆うようにする。

「どうしたんだ? ベル。顔が取れそうなのか?」冗談なのか本気なのか分からない調子でフォアン。

「取れないわよ! あんた、あたしを何だと思ってるのよ!? ……はぁ、一人で悩んでるあたしが馬鹿みたいじゃない……分かったわよ、あたしも引き受けるわ、その依頼」

 給仕の女性が顔を明るく華やがせる。「助かります♪ 場所はこの村の南西に位置する丘陵地帯です。皆さんがこの村に来る時に通ったと思う、あの場所です」

「……って、それは何? 今すぐ行けって事? まだあたし達、村に来たばかりなんだけど」

「狩りは急げですよ、ベルさん♪ 狩りは急げば仕損じるとも言いますが♪」

 つまりとっとと狩って来い、と言われている訳だが、ベルは渋々と言った様子で苦笑した。

「分かったわよ。じゃ、二人とも、準備を整えたら村の入り口に集合、おけ?」二人のハンターに向かって指示を飛ばす。

「了解です、隊長」フォアンが敬礼し、「分かったのにゃ!」ザレアが挙手した。

 こうして、ラウト村で初の依頼が始まったのだった。




【後書】
 と言う訳で初クエストはイャンクックのつがい! です!!
“支給品が無い~”と言うくだりからも察せられますが、上位クエストと言う事を明文化したくて綴っておりました。報酬が無いクエストは流石に無いですけどね…(苦笑)
 そして当時(P2G時代)の上位クエストと言えば! やはり二頭クエストでしょう! 下位クエストでも有ったような気がしますがそこは目を逸らします。
 この話辺りから「ベル=常識人でツッコミ」「フォアン=天然のボケ」ザレア「謎のボケ」と言う構図が出来上がりつつありまして、一度方向性さえ決まってしまえばサクサク綴れてしまうタイプのわたくしです、ここから筆が速かったです(笑)。
 と言う訳で次回、第6話「爆弾娘」……いよいよ彼女が本領発揮です!w お楽しみに~!


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006.爆弾娘

 森丘と呼ばれる狩場に到着したのは昼過ぎだった。

 空は高く、雲が疎らに千切れて浮かんでいる。気持ちの良い風が吹き、背の低い草花が遊ばれていた。

 ベースキャンプは池の近くに設立した。周囲は林で、木の檻に囲まれるようになっており、小さな出入口を除いて、モンスターなどが入って来る可能性は低いと思われた。池には無数の魚影が映り、時折跳ねて水面を揺らしている。木々の隙間から陽光が差し込み、辺りは光に包まれるように明るかった。その中に拠点――テントが張られている。

「……本当にその装備で挑むの? ザレア……」

「? 当然にゃ、オイラはいつだってこの装備で死線を潜り抜けて来たにゃ。侮って貰ったら困るにゃ!」

「そうだぜベル、ザレアを困らせるなよ」

「困ってるのはあたしだけよ絶対に……」

 テントを一人で黙々と組み立てたフォアンから視線を逸らして首を振るベル。金槌をテントの中に戻してやって来たフォアンの隣には、やはりと言うか、酒場で見た時のままの姿のザレアがいた。

 つまり、頭にアイルーフェイクと称する猫の顔の被り物をしている以外は、殆ど裸も同然の姿、と言う事である。腰には大きなハンマーが吊られていた。

 ハンマーの大きさは人ほども有る。叩く部分に巨大な鉱石――ノヴァクリスタルと呼ばれる、希少な鉱石をふんだんに用い、バサルモス――通称“岩竜”と呼ばれるモンスターの堅い殻を柄の部分と鉱石を固定するために使い、フルフルから取れる電撃袋を使って鉱石自身に雷の属性値を付加させたハンマー。それこそがザレアの持つ、グレートノヴァと呼ばれる、高価で大きなハンマーだった。

「……ザレア。さっき運んだ荷物ってやっぱり……」

 テントの中で眠っている、ザレアが運んできた荷物を思ってベルが視線を向けると、ザレアは澄んだ声を返して頷く。

「勿論、爆弾にゃ!」

 テントの中に所狭しと置かれているのは、大小無数のタルだった。大きなタルが二つ、小さなタルが五つ、小さいが少し形状が違うタルが三つと、合計で十ものタルがテントの中で自分の出番を心待ちにしていた。

 全てのタルが荷車に載せられている。荷車が三つ在る事から、三人のハンターが手分けして運んで来た事が知れる。

 このタル全てが中に爆薬を潜ませている、――爆弾なのである。

「こんなに爆弾を持って来てどうするのよ……。相手は二頭もいるけど、所詮イャンクックなのよ? 跡形も無く吹き飛ばす気なの?」

 ベルは半分呆れ顔で告げる。

 大きなタルの爆弾を大タル爆弾。小さなタルの爆弾を小タル爆弾。更に形状が変わり、着火するとロケットのように飛んで行くタルの爆弾を打ち上げタル爆弾と呼び、その改良型には、それぞれ最後に「G」を付け、大タル爆弾G、小タル爆弾G、打ち上げタル爆弾Gと呼ぶ。

 因みに大タル爆弾が一つ有れば、大きな岩を砕く事が出来るのだが、大タル爆弾そのものに着火装置は無く、小タル爆弾などの着火できる爆弾、或いは小石などをぶつけて衝撃を与えない限り爆発する事は無い。大きさが人間の子供ほども有るので、持ち運ぶのが大変な代物なのである。因みに改良型の大タル爆弾Gになれば、大人と変わりない大きさになる。

 その爆弾を二人に頼んで持ち込んだザレアは、胸を張ってベルに顔を向けた。

「爆弾は偉大にゃ! 爆弾さえ有れば、何でも出来る! ……そう、師匠から教わったのにゃ」

「……あんたの師匠が相当の変わり者だって事が今、分かったわ。……でも、こんなに持ち込んでどうするのよ? 流石に大タル爆弾を背負って狩場を歩きたくないわよ」

 荷車で運んでもいいが、それはそれで怖い物が有る。今このベースキャンプに来るまでの苦労も酷かった事を思い出す。狡猾な鳥竜種であるランポスが不意打ちで飛び掛かって来たら、それでもう何もかも終わりなのだ。爆弾に間違って触れようものなら、それだけでその場に居合わせた全員が爆死しても不思議ではない。ベルは既にここに来るだけで相当精神に負担を掛けていた。

「ここからはオイラに任せてにゃ! オイラが一人で運ぶのにゃ」

「運ぶって……まさか、この量を一人で運ぶ気なの!?」

 荷車が有っても三人揃ってようやく運べる量なのに、それを一人で運ぶなんて正気とは思えない。

 だが、ベルの予想は杞憂に終わり、ザレアは小さく頭を振った。小さく振ったつもりなのだろうが、猫の被り物が奇怪に震える様は不気味だった。無表情だし。

「流石に一人でこの量は無理にゃ。取り敢えず大タル爆弾Gを一つと、小タル爆弾Gを二つ、打ち上げタル爆弾Gを五つにゃ。これだけ有れば取り敢えず何とかにゃると思うにゃ」

「……そう。でも、荷車を牽きながらだと、戦闘に差し支えない? あんた、ハンマー使いなんだから、それで何とかなるんじゃないの?」

「荷車は使わにゃいにゃ。背負って行くにゃ」

 短い間が有った。ベルがザレアの猫頭を見つめたまま、舌の動きが固まる。

「――な、何ですって?」一瞬、今聞いた言葉が信じられなくなるベル。

「だから、背負って行くにゃ。大タル爆弾Gと、小タル爆弾Gと、打ち上げタル爆弾Gを」何かおかしいかにゃ? と不思議そうな口調で応じるザレア。

「――馬鹿じゃない!? 爆弾背負うリスク、あんた理解してる!? ランポスに飛び掛かられるだけであんたの装備じゃ即死よ!? 爆弾ってどれだけの威力持ってるか、分かってないでしょ!?」

 ベルは本気で怒っていた。ザレアが巫山戯ているとしか思えなくて、つい怒鳴り散らしていた。有り得ない。本気でこんなハンターがいるなんて、ベルには信じられなかった。巫山戯ているにしても、度が過ぎている。

 だが、ザレアはキョトンとした後、何に対してベルが怒っているのか理解できない様子で応じる。

「前にオイラと組んでくれた、気の良いハンターも同じ事を言ってたにゃ。それ以後、組んでくれにゃくにゃったけどにゃ。でも、これがオイラのやり方にゃ、出来たら、文句をつけにゃいでくれると嬉しいにゃ……」顔を伏せ、悲しげに漏らす。

 ベルは思いっきり溜め息を吐き散らした。何もしていないのに疲れが滲み出る。

「あんたが限り無くヤヴァいハンターだって事は、よぅく分かったわ。……本当に信じられない、それでよく今まで生き残れたわね? どうして死んでいないのか、謎でならないわ……」

「まぁまぁベル、その辺にしとけよ」口を挟んだのはフォアンだった。仲介するように、割って入る。「ザレアだって、冗談でやってる訳じゃないんだろ? あれは、ザレアなりの本気なんだよ。な、ザレア?」

 話を振られたザレアの体が小刻みに震え出す。

「フォアン君は、オイラの生き様を、認めてくれるにゃか……!?」しゃくり上げるような声を聞いて、泣いているのだと分かった。「オ、オイラのやり方を認めてくれるハンターは、今まで一人もいにゃかったのに、フォアン君は認めてくれるにゃ……!? か、感激にゃ!」

 フォアンの手を取って咽び泣き出すザレアを見て、ベルは空気に付いて行けず、沈黙を守った。が、やがて後悔したように溜め息を漏らした。

「ザレア、ごめん。あたしも言い過ぎた」頭を小さく下げるベル。「常軌を逸してるとは思ったけど、何もザレアのやり方にケチを付けるつもりなんて無かったの。あたしには理解できないやり方だけど、それが間違いだって決めつける事、出来ないしね。だから、ごめん」

 ザレアがベルに向き直り、ブンブンと猫頭を振り回した。「そんにゃっ、謝らにゃいでほしいにゃ! きっと、ベルさんの反応が普通にゃ! ……でも、そう言ってくれると、嬉しいのにゃ。初めて、そんにゃ事言われたのにゃ……」

 猫頭の目元を腕で拭う。それでは絶対に涙は拭えないと思うのだが、ベルは何も言わなかった。

(……そりゃ、こんな事言うハンターなんていないでしょうよ……これでようやく、ザレアが一人になる理由が分かったわね……)

 難儀な娘だわ、と思わずにいられないベルなのだった。




【後書】
 爆弾の持ち込み方の描写を参考にしたのは公式のモンハン小説からですな。大タル爆弾を荷車で運ぶって描写を初めて読んだ時は「なるほどなー!」って何度も頷きましたよねw その辺を参考にしつつ、ザレアの頓狂な感覚を表現するにはこれが最高だった訳です(笑)。
 そしてこのザレアに関する爆弾関係の情報は回を重ねる毎に増えて行くので、その辺も楽しみに読み進めて頂けると嬉しいです!
 てかベルは別におかしな事を言った訳ではないのに、この面子では異端扱いと言う、ツッコミとして最大限に役割を発揮していると言う、コメディとして最高に美味しい扱いになっております(笑)。そのベルも何れとんでもねー事をやらかし始めるのですが、その辺の話はまた何れ……!
 と言う訳で次回、第7話「発見」……まだ戦闘は始まりません、念のため! わたくしの作品は狩猟そのものよりそこに到る過程が主な物語なのです!※転ばぬ先の杖的発言 てなところで、次回もお楽しみに!


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007.発見

 イャンクックを探す事自体は、言うなれば難しくなかった。

 フォアンが身に付けている防具であるレックスシリーズでは、“千里眼”と呼ばれるスキルが身に付けている者に宿り、狩場にいる大型モンスターの現在地が見えるのである。なので、見つける事には特に問題が無かったのだが……

「……や、やっと見つけられたわね……」

 既にスタミナの殆どを使いきったような顔で、膝に手を突いて息を整えるベルの姿が有った。頬が桜色に染まり、呼気が荒い。山道が長かった事も有るが、一番の要因は隣に大タル爆弾Gなんて危険物を背負った少女がいた事だろう。

 場所は山の中腹に在る、自然に出来た広場のような空間だった。端は崖になっており、遥か下方には今まで歩いて来た原っぱや山道が窺える。突き抜ける青空の下、三人のハンターが広場の隅っこ、大きく突き出した岩盤の影に隠れるようにして、広場の様子を窺っている。

 広場は背の低い雑草が覆い、奥には頂上へと続いている岩穴が見える。頂上には飛竜の巣穴が在ると、支給された唯一の品である地図に書いてある。飛竜の巣穴は時期によって様々な飛竜が棲み処とするらしいが、今回はそこにイャンクックのつがいが巣を作っているらしい。

 だが、その巣穴に行く前に、既にその影を見つける事に成功していた。

「……何だか、やたらとでかいわね、あのイャンクック」

 ベルの視線の先には確かに大きな怪物が佇んでいた。

 大きなクチバシに、パラボラアンテナのような耳、ピンク色の甲殻で覆われた、巨大な怪鳥。ランポスやドスランポスと同じく鳥竜種に分類されるが、飛竜のように空を舞う事が出来る巨大な羽も有している。大きさは人の三倍から四倍ほど。正面に立たれると意気を無くす程の巨体がのんびりと広場を闊歩していた。

 奴こそがイャンクック。初心者ハンターの登竜門とされる“怪鳥”である。奴を倒せれば取り敢えず初心者としては上出来であるが、中級者、上級者となれば最早恐るるに足らないモンスターである。

 だが、ベルは意外にも緊張していた。モンスターと対面して過度に緊張するのは危険だが、或る程度の緊張感が無ければ死期を早める。――と言う事から緊張している訳ではなく、今朝の事を思い出していたのだ。

「……ねぇ、二人とも。あたしの話を少し聞いてくれる?」

 ベルのいつに無く真剣な声に、フォアンもザレアも無言で振り返る。ザレアの背中には大タル爆弾Gが背負われ、そのお陰で恐ろしい程に精神力を浪費したのだが、その事に触れるつもりは最早無かった。

「フォアンは知ってるけど、あたし達、朝にドスランポスと戦ったんだけど、凄く強く感じたの。さっきから襲い掛かって来るランポスにしたって、そう。普通、ああいうモンスターってタフネスじゃない、言わば雑魚でしょ? でも、強かった。だから、あのイャンクックも――」

「……油断しちゃ、にゃらにゃい訳にゃね。分かったにゃ、いつも以上に頑張るにゃ!」

「俺も気を付けるよ。――で、どうするんだ? 作戦とか、無いのか?」

 フォアンがそう言いつつ、栄養剤を口に含む。味は期待できないが、フォアンは顔に何も出さずに腹に納めていく。

「あたし達は初めて逢った者同士だし、多分連携とかそう簡単に出来るもんじゃないと思うけど……一応、こんな感じでどうかしら?」

 ベルが手短に話した作戦に、二人のハンターは頷いた。

「にゃるほどにゃ。オイラはそれでオッケーにゃ!」

「俺もそれで大丈夫だ。後は、それでどれだけ奴にダメージを与えられるか、だな」

「やれるだけやりましょう。でも、無理だと感じたらその時は即座に退却。いいわね?」

「はいにゃ!」「おうさ」

「じゃ、行くわよ!」

 三人のハンターは手を叩き合い、即座に作戦へと移った。




【後書】
 爆弾を持ち運ぶと言う行為が如何に命懸けかって描写がしたくてしたくてw
 むかーし観た映画に、雪山にニトログリセリンを持って登山するって物語が有ったのですが、その辺もイメージしております。些細な振動で即、死に至ると言う状況って心神耗弱ってレヴェルじゃないと思うんですよね!
 と言う訳でお待たせ致しました、次回、第8話「怪鳥」……やっと狩猟シーンです! わたくしの作風と化しつつある、めたくた短い狩猟シーン、どうか楽しみにお待ち頂けたらと思います!


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008.怪鳥

「――クァ?」

 巨大な怪鳥が異変に気づくのは少し遅かった。パラボラアンテナのように立てた耳が捉えた音は、――風切り音。刹那にしてイャンクックの体に矢が叩きつけられる。――が、硬い甲殻に突き刺さる矢は一本も無く、全てが弾かれて原っぱに落とされた。

 敵襲だと気づくには充分な攻撃だった。イャンクックはクチバシを大きく開き、「クァ、クァ、クワァ―――ッッ!!」と喚き散らしてその場で地団駄を踏み始める。

 その背後から全力ダッシュで駆け込んで来る影が有った。――フォアンである。

 斧剣ジャッジメントを振り被り、何の細工も無く、寧ろ綺麗な動きで怪鳥の羽に刃を叩き下ろす。――が、甲殻の幾つかが弾け飛んだだけで、両断する事は叶わなかった。刃が弾かれ、思わずフォアンの体が仰け反るようにして後退する。イャンクックは突然湧いた襲撃者に驚きと怯みを感じながらも、跳ねるようにして距離を置くと、一瞬顔を仰け反るようにして逸らした。

「――火炎液が来るわよ!」

 遠方でベルが叫ぶ声がフォアンの鼓膜に届く。――刹那、イャンクックは大きなクチバシの奥――底の見えない黒い闇から、炎を纏った涎のような物を吐き出した。フォアンは剣を弾いたモーションのまま、動きが固まっている。火炎の液を受けて燃え盛る姿が容易に想像できたが、果たしてフォアンはそうならなかった。

「――っと」フォアンは咄嗟に斧剣を盾のように火炎液と自分の間に挟み、火炎液を防いだ。じゅわっ、と斧剣が燃えるような音を発した後、弾かれるようにして斧剣ごと、フォアンの体が更に後退する。辛うじて、フォアンの体には火炎液は届かなかったようで、怪我は無かった。

 イャンクックはその様子を見届ける前に、フォアンに向かって走り出していた。あの巨体の突進なら、受け止めても相当のダメージになるに違いない。ベルは急いで矢を番え、纏めて四本、撃ち放つ。今度は嘴を狙って射る。

 四本の内、二本がイャンクックのクチバシ、そして頭に突き刺さり、巨体が急に立ち止まる。旋回するように体の向きを変え、ベルへと視線を向ける。殺意のこもった、獣らしい眼差しがベルを射抜いた。

「クワァァァア!!」

“怪鳥”は喚声を走らせると、今度はベルに向かって突進を始めた。距離は離れていたものの、巨体が地を蹴って走って来ると、そんな距離など些細な問題にしかならない。ベルは咄嗟に弓を持ったまま駆け出し、イャンクックの軌道上から逃れようとする。

 イャンクックが走る速度は速かった。モンスターはダメージを蓄積されると、やがて興奮状態――ハンターの間では“怒り”状態と呼んでいる――になる。その、怒り心頭の状態になると、モンスターはいつもの動きを上回る動きでハンターに攻撃してくるようになる。速度が上がると言う事は、即ち攻撃力も比例する……そんな状態のモンスターとは、出来る限り戦闘しない方が良いのだが、まさかこのイャンクックがその状態になったとは思えなかった。にも拘らずベルには奴がキレている時の速度で襲いかかって来るように感じられた。それだけ、目の前のイャンクックは動きが機敏過ぎた。

 精一杯、イャンクックの軌道上から逃れようと走るベルだったが、イャンクックはそれを更に上回る速度で肉薄する。走っている最中に、ベルは気づいてしまった。

 ―――間に合わないッ。

 もう間も無く、イャンクックの巨体に踏み潰される、その瞬間を、ベルはゆっくりと感じ――

 

「――跳ぶのにゃ!」

 

 走馬灯の音声かとも思ったが、ベルは咄嗟に武器から手を離して、前方へ向かって体を投げ出した。そのまま体を前に倒すようにして、地面に飛び込む。

 ――小さな爆音が轟いたのが、近くから鳴り響いた。音の感じから、高周波を出す音爆弾ではないと分かる。これは――小タル爆弾?

 咄嗟に転がったのも束の間、ベルはすぐさま立ち上がり、状況を確認する。――と、眼前にイャンクックが頭をふらつかせて立ち止まっている姿が見つかった。

 イャンクックは、爆弾を近くで爆発させると、大きな耳があらゆる音を受け取るために、ショックで動きが止まってしまうのである。その現象を使って、イャンクックの突進を止めたのだろう。

 止めたのは勿論、彼女だった。

「ありがとっ、ザレア!」

「どいたまにゃ! それじゃ、爆弾設置に行くにゃ!」

 イャンクックが小タル爆弾の爆発で頭をくらくらさせている間に、ザレアが懐に飛び込んで行く。恐怖を感じないのか、大タル爆弾Gを背中から下ろすと、イャンクックの体の真下に設置し、更に小タル爆弾Gを着火して、置く。そしてダッシュで戻って来た。

「皆ー、耳を塞ぐにゃー!」

 ――大きな爆発が森丘全体に響き渡った。轟音と共に爆風が辺りを駆け抜け、ベルは耳を押さえた後に、咄嗟に目を庇うように腕を上げた。フォアンは斧剣を抜いていたために耳を塞ぐ事が出来ず、斧剣で爆風を防ぐだけで精一杯だったようだ。ザレアは爆風に乗るように跳び、ヘッドスライディングをして着地を決めた。

 爆風はすぐに納まり、再びイャンクックのピンク色の甲殻が三人の瞳に飛び込んできた。

 ――甲殻のあちこちが弾け飛び、赤黒い肉が露出しており、クチバシも幾分か歪んでいるようだった。傷だらけの姿だったが、それでも倒れる程のダメージは負っていないのか、体を震わせて「グワァ、グァアァ!!」と怒り始めた。クチバシの端から火炎液の残りなのか、火が少し噴き出していた。それこそがイャンクックがキレた時に起こる現象である。

「流石に大タル爆弾G一個じゃ、倒れてくれないか……!」

 ベルは腰に提げた袋からビンを取り出し、矢の尖端に付け、弓に番えた。黄色の液体は、マヒダケを砕いて液状にした物――つまり、麻痺性の有る毒薬である。

「喰らえ!!」

 四本を纏めて放ち、何れもがイャンクックの傷だらけの体に突き刺さり、痛みを発露したかのように呻き、踏鞴を踏む。麻痺性の毒が塗られた矢とは言え、一撃で麻痺になる事は無い。大型モンスターになれば、何発も射なければ効かない程だ。

 矢を射たベルに殺意の迸る視線を向け、口を開けて火炎液を吐き出そうとした、その瞬間、イャンクックの背後に回っていたフォアンが斧剣を横薙ぎに振り被り、無防備な足に叩きつけた。

「グワァアアア!」イャンクックの巨体が思わぬ力に横倒しになり、じたばたもがき始める。すぐには立ち上がれず、呻くように何度も嘴を動かした。

 その間にフォアンとザレアがイャンクックの体に近づき、フォアンは顔の前で斧剣を振り被ったまま制止し、力を溜め込む。ザレアはハンマーを抜き放ち、体に向かって何度も叩き下ろす。叩きつける度に何度も電流が走り、その度にイャンクックが激痛に苛まれるように呻き声を発する。

「これで、」力を最大限まで溜め込んだフォアンが、イャンクックの顔を目掛けて斧剣を思いっきり叩き下ろす。「終わりだ!」

 ばがんっ、と岩が割れるような音が走ると、イャンクックのクチバシが大破した。イャンクックが思わずと言った感じで体を起き上がらせると、「グワア! グワア!」と“鳴く”と言うよりは“泣く”と言った様子で喚き散らす。その後すぐに、逃げるように三人のハンターから離れて行く。大きな耳も垂れて、精魂使い果たしたかのように、足を引き摺っていた。そして、すぐに羽を使って空へと逃げて行く。

「逃がすか!」

 ベルは透かさず麻痺液を付けた矢を射て、イャンクックの体に突き刺すが、それでもイャンクックはまだ力が残っていたのか、羽ばたいて上空へと逃れて行く。

「くそう、逃げられちゃう……!」

 と言っても、逃げるとしたら巣穴だろうから、そこで待ち伏せすれば――と考えを切り替えたベルだったが、まだ諦めていないハンターが二人ほど、いた。

「逃がさにゃいにゃ!」

 と、駆けて行ったのはザレア。イャンクックの影の下まで走って行くと、打ち上げタル爆弾Gを地面に設置し、――イャンクック目掛けて爆弾が飛んでいった。続け様に五つの爆弾が飛翔し、イャンクックに叩きつけられると、堪らずイャンクックは落ちてきた。咄嗟にザレアがバックステップを踏み、辛うじて激突を避ける。間一髪の動きだった。落下してきたイャンクックは突然の爆撃に思考が追いついていないのだろう、地面に落下した後、上手く立ち上がれず、もがき苦しんでいた。

「ナイスだザレア、後は俺に任せろ!」

 落ちてきたイャンクックに駆け寄り、再び断頭台のように斧剣を構えると、イャンクックが正気を取り戻す前に、最後の一撃を頭に振り下ろした。

 頭が砕け散り、イャンクックの動きは完全に停止した。




【後書】
 この当時からそうですが、わたくし狩猟シーンと言いますか、動体が多い戦闘シーンって好きなんですけど描写がめたくた苦手でしてな~、展開素早くあっと言う間に終結、と言うパターンがこの頃も健在なのですw
 と言う訳でにゃんと3500文字足らずでサックリ討伐されてしまうイャンクックさん。モンハンって狩猟がメインのGameなのですから、この辺もっと踏み込んで綴りたいのですけど、作風なのか癖なのか、まだまだ上手く描写できないのが悩みです……w
 さてさて次回、第9話「剥ぎ取り亡者」……わたくしの作風である「キャラが勝手に動き出す」の真骨頂が始まる頃です! そんな次回もお楽しみに~!


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009.剥ぎ取り亡者

「クチバシが良い感じで残ったね」

「一刀両断されたからね……高く売れそうだなぁ……」

「ベルさん、涎垂れてるにゃ」

 空が夕暮れ色に染まりつつある、森丘。そのエリア内に在る山の中腹の広場。

 そこにはイャンクックの亡骸――それも、殆どの素材が剥ぎ取られ終えた、成れの果てが転がっていた。だが、まだ剥ぎ取り足りないと言った感じで、ベルは剥ぎ取り用のナイフで素材となる部位を剥ぎ取っていた。

「もう剥ぎ取る素材は無いんじゃないのか? クチバシ、甲殻、鱗、耳……これだけじゃないのか、イャンクックの素材って」

 不思議そうに尋ねたのはフォアンである。皆、それぞれに素材を剥ぎ取り、それぞれのポーチに納めたのだが、ベルだけはまだ剥ぎ取りを止めていない。イャンクックの亡骸は、既にイャンクックの原形を留めていなかった。

「それは武具に使える素材でしょ? 皮とか、砂擦とか、軟骨とかは、街に持って行けば高額な値段で売れるのよ、知らないの?」

「そう言えば聞いた事が有るにゃ。高級な食材店でそういう物を売っているって」

「へぇー。そんなトコまで剥ぎ取る奴を見たのは、初めてだぜ」

「オイラもにゃ」

 呆れているのかと思いきや、寧ろ感心した眼差しでベルを見つめている二人に、当の本人は苦笑を浮かべた。剥ぎ取る手は止めない。

「あたしはほら、ちょっと人よりがめついのよ。少しでもお金が多く入るなら、それに越した事は無いし」

「そんなにお金が必要なのか?」小首を傾げるフォアン。

 一瞬、手を止めるベル。それから、また剥ぎ取り始めた。軟骨を剥ぎ取り、手際良くポーチに納めていく。

「……結局、お金が一番なのよ、どんな奴でもね」

 ベルの小さく呟いた声は、別の音によって掻き消された。

「グワァアアアアアアア!」

 甲高い喚声が響き渡り、フォアンが「上だ!」と叫ぶ声が重なった。思わず三人の視線が上空へ投げられる。夕闇が迫りつつある世界から睥睨するかのように浮かび上がる青色の体――イャンクックの姿をしているにも拘らず、色は全くの正反対に染まっている存在――イャンクック亜種が空中から舞い降りようとしていた。

「ベル、ここはひとまず退散だ! 一度ベースキャンプまで退こう!」

 フォアンがそう言って駆け出そうとするが、ベルが動く気配はしない。驚いたように振り返ると、まだ剥ぎ取りを行っていた。

「ベル!? 何してるんだ、早く逃げ――」

 

「――今逃げたら、剥ぎ取れなくなるかも知れないじゃない!」

 

 フォアンの怒鳴り声を凌ぐ声量で走ったベルの怒号に、フォアンは動きを止めた。

 青色のイャンクックは妻を殺された復讐とばかりに、怒り狂ったように、空中で叫び声を迸らせている。今にも襲い掛からんばかりのプレッシャーの中、それでもベルは剥ぎ取りを止めなかった。

 フォアンは駆け寄りながら、ベルに声を掛ける。

「何言ってんだ、早く逃げるぞ!」

「まだ剥ぎ取れてないのよ、怪鳥の秘宝が……! あれ一つでどれだけの価値が有ると思ってるの……!?」

 そうこうしている間に、青いイャンクックが降り立ち、妻の亡骸を弄くる人間を見定め、突進してくる。その動きは既にキレている状態のためか、非常に速かった。

「ベル!」「ベルさん!」

 二人のハンターの声は届かず、ベルは剥ぎ取りを止めなかった。震える手で、それでもイャンクックの亡骸を漁り続ける。必死に無心になろうとして、怖くて手が震えながらも、それでも、それでも―――

 怒り狂った青色のイャンクックが、ベルを――――




【後書】
 イャンクック、原種がピンクで亜種が水色って理由だけで原種がメスって認識で綴っているハンター私です(挨拶)。
 それだとリオレウスもメスになるのでは??? と言う話は脇に置いてください(よそ見)。
 次回で詳細なベルの過去に触れますので、今回はベルの設定に関してお話を。
 ベルの元になった人物は、何を隠そうこのわたくしでして、最近YouTubeの方で配信してるモンハンXXのPlayを視聴されてる方は何と無くお察しかも知れませんが、わたくし、モンハンをPlayする時ってめたくたがめついと言いますか、何かと節約するタイプなのです、この当時(P2G時代)からw
 その辺の設定が色濃く活かされたキャラクターがベルでして、次回はその設定に付随する過去に、ちょこっとだけ触れます。そんな訳で次回、第10話「お金の世界」……お楽しみに!


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010.お金の世界

 ハンターになった時、ベルがまず始めにした事は、――金稼ぎだった。

 ハンターになった以上、金は付いて回る存在だが、ベルは武具や道具のために金を稼いだ訳ではなかった。ただ大金を集めるために、強いハンターになるために、様々な連中と手を組み、機械的に延々と金を稼ぎ続けた。

 金が無ければ、何も始まらない。その事実を、身を以て知ったからこそ、ベルには金しか見えていなかった。

 金になる事を黙々と熟し、ガムシャラに金を集め続けた。或る目的、そのためだけに。

 その際、自分が死んでも良いと考えていた。どうせ自分には心配する者もいない。それにどんなに強いハンターでも、些細な事で人生を終える事は少なくない。自分もきっとそうやって死んでいくんだろうとは、考えないようにしようとは思っても、つい思考を擡げてしまう。

 だから、青いイャンクックに踏み潰されて死んでも、仕方ないと感じていた。

 ――だが、痛みは別のトコから湧いて出た。

 背中に感じていたイャンクックのプレッシャーから脱け出すように、脇腹へと何かがぶつかり、そのまま転がるようにしてイャンクックの亡骸から吹き飛ばされた。あまりの衝撃に息が詰まる程だった。思わず咽返る。

「――逃げるんだ!」

 眼前で突然咆哮が轟き、ベルは思わず視界に火花が散ったような錯覚を覚えた。霞む視界に映る影は、よく見ればレックスシリーズのヘルムを付けている。――フォアンだった。

 フォアンはベルを立たせると、目の前で突進の威力を殺せずに頭から突っ込んだ状態で倒れている青色のイャンクックを見定め、ベルを無理矢理背負い込んで、走り出した。フォアンの斧剣は、ザレアが持っていた。

「ちょっと、降ろしてよ! 怪鳥の秘宝が――」

「――逃げるんだ、今は。態勢が崩れた状態で戦っても、不利になるだけだ」静かな、でも確かな意志を感じる、力の有る声で、フォアンは応じた。走りながらなのに息が切れる事は無い。「だから、今は逃げるんだ」

 それきり会話が途切れ、いつの間にかベースキャンプにまで戻って来ていた。

 ベースキャンプの前でベルを降ろすと、フォアンはポーチの中からオレンジ色の液体の入ったビンをベルとザレアに渡した。

「これは?」受け取りながら、ベルが尋ねる。

「元気ドリンコ。少しは元気になると思うから」応えながら、フォアンが液体を喉に流し込む。

「あ、美味しいにゃ、これ」ザレアが美味そうな声で飲み干した。

 ベルも口に含み、「確かに」と呟き、半分ほど飲んだ。

 その後、沈黙が訪れた。夕闇が迫りつつあるためか、ベースキャンプの中も薄暗くなっていた。遠くから鳥達の鳴き声が響いてくる。もう、夜は目の前まで来ていた。

「……で、どうする?」

 呟きが漏れた。二人の少女が、少年のハンターに向き直る。

「どうする、って……あたしは……」言い難そうに口ごもるベル。

「また、ベルさんに作戦立てて貰った方が、良いと思うにゃ」

 一瞬、自分の耳朶を打った言葉を信じられず、ベルは思わずザレアに振り返った。彼女は猫頭を被ったままでどんな表情をしているのか全く分からなかったが、でも何故か、相手が蔑んでも、哀れんでも、嘲っている訳でもないような気がした。彼女の口振りは、ごく自然なものだったから。

 だからこそ、ベルは耳を疑った。思わず声を荒げてしまう。「あんた、さっきのあたしの事、無かった事にしようって言うの!?」

 ザレアの体が怒声に震える。何を言われているのか、本気で分かっていない様子だった。

「にゃ、何で怒ってるのにゃ……? オイラ、何か怒らせるようにゃ事、言ったかにゃ……? それだったら、ごめんにゃ……」しょぼくれるように、俯く。

「~~~」感情を発散させる場所が有耶無耶になり、遣る瀬無い気持ちになるベル。

「今度から気を付ければ良いだけだろ?」助け舟を出すようにフォアンが口を開いた。ベルを見つめる眼差しは、逢った時同様、落ち着き払った冷静なものだった。「幾らお金が大事って言っても、命より大事な物なんて無いしな。剥ぎ取りが大事でも、素材が欲しくても、まずは自分の命を優先しようぜ? 命有っての物種、だろ?」

 ベルは何も応えられなかった。それどころか、何故か馬鹿にされたような気がして、顔が熱くなるのを感じずにはいられなかった。俯いて、下唇を噛み締める。

「……あんたには、分かんないでしょうよ……」

「何でそんなにお金が大事なんだ? 命がありゃ、いつでもお金なんて稼げるじゃないか」

 正論を、事も無げに告げるフォアン。だが、その一言がベルにとっての引鉄だった。

 

「―――お金が無くちゃ、命なんて助からないのよ!!」

 

 深、と場が静まり返る。

 怒声を発したベルは顔を紅潮させたまま、フォアンを睨み据えていた。本気でフォアンに敵意を覚えているようだった。視線だけでフォアンを射殺せそうな雰囲気が有る。

 射殺さんばかりの視線を受けて尚、フォアンは平静のままだった。本気で何も感じていないのか、それとも平静を装っているのか、ベルには全く分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。ただ、自分の言っている事は間違っていないと、本気で信じていた。

 少し落ち着いたのか、荒々しい息を少し鎮めて、ベルは前髪をくしゃっと掴んだ。

「……お金が無いと、誰も助からないのよ。世界なんて、所詮そんなもん」

「何か遭ったのか?」

 そう訊かれるのは、予想済みだった。分かっていただけに、応える事も簡単だった。ベルは苦笑する。――自嘲の念を込めて、口を開く。

 それは一人の少女が、絶望と言う名のモンスターに襲われた昔話だった。




【後書】

「―――お金が無くちゃ、命なんて助からないのよ!!」

 今回、またちょこっとだけ触れたベルの過去。これ、当時綴っていた時、予め用意していたネタ(設定)ではなく、「これだけお金に無心するって事はこんな過去が有ったんじゃないのか?」と、即興で考えたネタだったりします。
 そもそもこの物語でベルの過去に触れる予定が無かったのですが、綴っている内に「こうだったら面白いな~」と言う思考のまま筆が動くままに綴った結果が、前話であり、今話であり、次話であります。次回でもベルの過去に触れますのでお楽しみに!
 ベルの過去の話はこの辺にして、フォアンが元気ドリンコをくれるくだり、これ当時(P2G)をPlayしていた時の実話と言いますか、フォアンのモデルになっている友達が、わたくしがスタミナ切れを起こす度に元気ドリンコを渡してくれたと言うお話が元になっております(笑)。
 ……如何に当時から道具類をケチっていたか分かりますね!ww
 さてさて次回、第11話「とあるよくある昔話」……ベルがどうしてお金を集めるようになったのか、その真相が語られます。ぜひぜひお楽しみに!


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011.とあるよくある昔話

 少女は小さな寒村で生まれた。

 本当に何にも無い村。若者はハンターになるため、名を挙げるため、村を見限って街へと出て行く。故に村には年老いた村人、或いは生まれて間もない子供しかいなかった。

 寒村と言うだけ有って、何の特産品も無ければ名物になるような物も無い、ただその日を暮らすだけで精一杯の、本当にささやかな生活しか望めない村だった。

 そんな村に或る日、大型モンスターが襲い掛かった。

 村長はギルドに掛け合ったが、村の出せる金額では誰もハンターは雇えないと断られ、結局ハンターを一人として雇えず、村は壊滅した。

 少女は村で唯一の生き残りだった。偶然にも村から逃げ出し、モンスターの襲撃から生き延びる事に成功した。だが、少女にとっては何の喜びも無かった。

 

“どうして、ハンターは来てくれなかったんだろう?”

 

 お金が足りなかったからだ。お金が足りないと、村一つ、――いや、人一人も救う事が出来ない。

 併し少女は、ハンターを恨む事が出来なかった。

 少女はどんな罪でも誰かのせいにする事が出来ない、臆病な性格だったから。

 故に少女は、ハンターを恨む事はしなかったが、何かのせいにしないと、何の支えも無いと生きてはいけない事も、心の底で分かっていた。

 

“お金が有れば、誰かを救う事が出来たかも知れない”

 

 ならば、自分がそのお金を支払える人間になれば良い。

 危機に見舞われた村が在れば、強いハンターを雇える金を支払って、助けてあげれば良い。

 そう、少女は考えた。

 そう、少女は考えるしかなかった。

 だからこそ少女は、金を稼ぎ続ける。延々と、延々と。

 小さな村が襲われても、強いハンターを雇って助けてあげるために、延々と―――

 

「……あたし自身ハンターだけど、全然強くない。だから、あたしが倒せないようなモンスターが現れたら、助ける事が出来ないじゃない。その時のために、今は大金が必要なの。強いハンターが雇えるだけの、お金が」

 話し終えて、ベルは再び元気ドリンコを啜った。栄養剤に似た飲物だが、意外と薬のような味はせず、喉越しはいい。喉を潤すには丁度と言えた。

 この話をどう受け取るかは、ハンター次第。「そんな事のために金を稼いでいるのか?」と蔑まれても別に構わなかった。同情してくれても良い。ただ、自分はそのためだけにハンターを続けていくつもりで、その気持ちは未だかつて揺らいだ事は無い。

 別に感想を期待しないで二人を見つめると、フォアンはともかくとして、ザレアの体が小刻みに震えているのに、驚いた。

「うっ、くっ、べ、ベルさんに、そっ、そんにゃ悲しい事がっ、有ったにゃんてっ、うぐっ、大変だった、です、にゃ……っ」

 泣いていた。それも、本気で。

 どう対応していいか困り果て、ベルは「そんなっ、泣く事無いじゃないっ」と慌てふためく。この話をして同情や憐憫を受けた事は有るが、泣き始める奴を見るのはこれが初めてだった。

 隣でフォアンが腕を組んで頷くと、いつもの飄々とした表情で膝をぱしんっ、と打った。

「よし、俺もそれ、手伝おう」

「………………は?」訳が分からず、目が点になってしまう、ベル。「手伝うって……何を?」

「何って、強いハンターを雇うために金を稼いでいるんだろ? 俺も手伝う。二人でやれば、金なんてすぐに溜まるだろ」事も無げに告げるフォアン。

「オイラも手伝いますにゃ、ベルさん! オイラにゃんかじゃ力ににゃれにゃいかも知れにゃいけれど……それでも、手伝いたいのにゃ! ダメ……かにゃ?」懇願するように、猫頭を上目遣いに傾けるザレア。

「……何、本気で言ってるの? あんた達。からかっている……ようには全く見えないし……」訳が分からない、と頭を抱えるベル。「何なの、何なのよ、あんた達……どうして、今日逢ったばかりの奴に、そんな事言えるのよ……おかしいわよ、絶対に……」

「俺は、困ってる奴を見つけたら、納得いくまで助ける事にしてんだ」そう言ってはにかむフォアン。「生来のお人好しなんだよ、俺は。捕まったら最後、俺が納得するまで付き纏うぞ」

「それってストーカーじゃないの?」ツッコミを入れてから、溜め息を漏らすベル。「しかも自覚が有るだけに厄介なのね……」

「オイラは違うのにゃ! オイラはベルさんの話に胸を打たれて、この人は良い人だって、分かったんだにゃ! だから、付いていくにゃ! オイラが嫌いにゃら、止めとくけどにゃ……」

「……分かったのは、二人とも、詐欺師に逢ったら真っ先に騙されるタイプだって事ね。……ふふ、」ふと、笑いが込み上げてきて、堪えずに笑声をぶちまけてしまった。

 二人のハンターが顔を見合わせて小首を傾げていると、ようやく落ち着いたベルは、腹を押さえて、憑き物が落ちたような、スッキリとした顔になって、告げた。

「話した相手があんた達で、良かったかも知れない。……じゃ、付き合って貰おうかしら。地の果てまでね!」

 元気を取り戻した様子のベルの不敵な笑顔を見て、フォアンは微笑を浮かべ、ザレアはガッツポーズを取った。

 ――やがて、夜が来る。




【後書】
 ベルの過去でした。わたくしの根底には、“明るいキャラにこそ暗い過去が有る”と言うのが有りまして、こう、ただ小気味よくツッコミを入れてくれるからこそ、こんな沈鬱な過去が有ればいいなと思ってしまうと言いますかw
 そしてこれは友達の言なのですが、そのキャラクターを掘り下げた時、どうしてそのキャラクターはそういうキャラクターになったのか、が無いと共感できない・感情移入できない、と言われた事が有りまして。当時はそれを履行すべくこうして過去に触れるように綴っておりましたが、わたくし個人の感性で言えば、キャラクターの過去がキャラクターを形作る、と言う背景には懐疑的だったりします。
 と言うのも、狂気の沙汰なキャラクターが、どういう理屈で、どういう過去で、どういう経歴で狂気に陥ったか、その辺を綴ると言う行為がそもそも蛇足的で、且つ必要無いと、わたくしは思っておりまして。何事も根底が有り、理由が有り、動機が有ると言うのは、幻想だと断じたいのです。
 狂っているキャラクターは、狂っているからこそ狂っている。そうでなければ、それは狂気とは言えない、と言うのはわたくしの持論なので、ベルの過去に今回触れましたが、わたくしの中でこの話は美談ではなく蛇足なのです。これが作者と読者の感覚の乖離です。申し訳ぬい!
 と言う訳で次回、第12話「青怪鳥」……第一章最後の狩猟シーンです。まさかこの当時(P2G時代)でMH4から連なるアクションを先行で描写してしまう事になるとは思いませんでしたね!w ぜひお楽しみに!


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012.青怪鳥

 狩猟依頼の制限時間は基本的に十時間。昼過ぎに狩場を訪れたので、刻限は徐々に迫りつつある。

 辺りは漆黒の闇――と言う事も無く、月の映える夜だった。昼間に比べるとかなり視界は制限されるが、先が見通せない程ではない。時折月が雲に隠れたりして視界が悪くなる事も有るが、基本的には不自由の無い明るさだった。

 夜に沈んだ森丘は静かではなかった。あちこちから虫の鳴き声が響き、アプトノスなどが狩人のいない草原で草を食んでいる姿も視界に飛び込んでくるし、森の方からは鳥の鳴き声も反響して響いてくる。尤も、昼間に比べたら充分な静けさを保持していたが。

 三人のハンターは昼間に通った道を行き、頂上の手前に在る広場に行き着いた。イャンクックの亡骸が曝されている場所である。

 が、そこにはもう亡骸は無かった。モンスターの遺骸は時間が経つに連れて溶けていく。大型のモンスターともなればかなりの時間が必要だが、最終的には溶解されるので、早めに素材を剥ぎ取らなければ結局は何も残らないのである。

「……」

 ベルが唇を噛み締めた直後、フォアンが防具の無い頭を右手でポンと叩く気配がした。ベルはフォアンを見上げて「何?」と声を掛けたが、返答は結局返ってこなかった。

 やがて頂上の巣穴へと続く岩肌を上り詰め、岩穴へと入って行く。

 巣穴の中には咽るような匂いが充満していた。肉の腐ったような匂いだけではなく、モンスターの糞尿や、口臭までもが漂っているような気がする程、濃厚な生物の臭気が充満していた。

 巣穴の真ん中辺りには、頭上に穴が開いているのだろう、月光が射し込み、辺りを照らし出していた。薄暗いには違いないのだが、周囲を見渡せる程度の光量は確保されている。

 そしてその月光を浴びるようにして、青い鱗の怪鳥が、三人のハンターを見つめていた。

 まるで、ハンターが来るのを見越してずっと待っていたかのように、青い怪鳥は突然暴れる事も無く、ハンターを見つめていた。

 ベルは一瞬息を呑み、それから弓を背中から引き抜いた。矢を番える前に、尖端をビンに浸して、構える。

 隣ではフォアンが斧剣を担ぐようにして構え、いつでも準備オーケーとでも言うように、ベルを肩越しに振り返る。

 向かいにいたザレアは大タル爆弾Gを背負ったまま、こくりと頷く。猫頭の中に有る顔がどんな表情をしているのか計り知れなかったが、彼女も準備は万端のようだ。

 ベルは二人に向かって頷き返し、「じゃあ、始めよう―――」短く、告げた。

 始まりの合図は、青いイャンクックの高らかに上げられた、――咆哮だった。

 三人が一様に駆け出し、イャンクックを包囲するように展開する。ベルは出来る限りイャンクックの前に立たないように立ち回り、フォアンはイャンクックを惹きつけるようにまっすぐに立ち向かい、ザレアは爆弾を背負ったままベルの近くで、何かの機会を探っているような様子で、イャンクックの動向を窺っていた。

 青色のイャンクックの狙いは、本来ならば遺骸を荒らしていたベルにこそ向けられるものだったが、「うおおおおおおっ」と雄叫びを上げながら突っ込んで来るフォアンを無視する事も出来ず、まずは彼へと視線を向けた。「グワア!」と大きくクチバシを開け放つと、即座に火炎の液を吹き飛ばす。

「――っと」フォアンは軽やかに右斜め前へと前転をして、火炎液を躱す。躱しながらも距離を詰める辺り、熟練した動きだった。腰に据えた斧剣を構え、一気に“青怪鳥”へと距離を殺す。

 イャンクックは火炎液を躱された事に動揺する事も無く、自ら進んでフォアンへと向かって行く。クチバシを小さく振り被り、そのままフォアンに頭から齧り付くと言う算段を企てたらしい。

 ――が、それも邪魔立てが入った。突如としてクチバシ、そして頭に矢が突き刺さり、注意を一瞬、逸らされたのである。――勿論、ベルの仕業だ。

「どぅるりゃーっ!」と、刹那の隙を狙った一撃がイャンクックの顎の下から叩き上げられる。イャンクックの体が一瞬だけ宙に浮き、踏鞴を踏んで後退する。フォアンの下からの振り上げ攻撃にイャンクックは一瞬で怒りを覚えたらしく、地団駄を踏んだかと思うと刹那に走り出した。――そのクチバシの先にはフォアンの姿がある。

 フォアンはと言えば大振りな攻撃をした直後だと言うのに落ち着いていた。斧剣が宙を薙いで背中に振り落とされた瞬間に、その反動を利用してイャンクックの横合いへと転がり込む。間一髪でイャンクックの啄ばみ攻撃を躱したフォアンは、流れるような動きで再び斧剣を担ぎ構える。

 イャンクックが標的を見失っている間にも、ベルの射撃は続く。何発もの矢がイャンクックの頭部に集中し、怪鳥はいい加減にしろ、とでも言いたげにベルへと顔を向け直した。「グワア、グワァ!」と甲高い声で掻き鳴らし、今度は一直線にベルへと猛進してくる。

 ベルは落ち着いて青い鱗の怪鳥を見定めるだけで、そこから一歩も動こうとはしていなかった。このままではベルは巨体に押し潰されて即死――と言う恐れも有ったが、彼女はそれでも弓を引き絞り、最後の一撃だとでも言わんばかりに念入りに力を込める。

「そうよ、こっちに来なさい、あんたの狙いはあたしでしょ!?」挑発するようにベルが叫んだ。

 イャンクックがベルに向かって巨体を投げ出そうとした瞬間だった。突如としてイャンクックの足許が崩れ、地面に巨体が沈んだ。「グワァアア!!」突然の出来事にイャンクックは混乱していた。が、ベルには必然の出来事として映っていた。

 ――それは落とし穴と呼ばれる罠だ。専用の器具を特定の地面に固定する事で、一瞬で地面に穴を開け、その穴を隠すように同色のネットが張られる。一度モンスターが引っ掛かれば、穴に落ちるだけでなくネットが体に絡まるため、すぐには脱出できなくなる仕組みになっている。

 眼前に飛び込んで来た鳥頭に向かって、ベルは大きく瞳を見開いて、弓を引き絞った。矢が放たれ、顔に突き刺さった瞬間、イャンクックの体が急に力を無くしたかのように、痙攣を残して動かなくなった。――麻痺性の毒が効き始めたのだ。

「――ザレア、今よ!」

「いよいよ、オイラの出番にゃね!」

 気後れのしない、平生と何ら変わり無い足取りで、痙攣を繰り返す青い鱗の眼前に、大きなタルを丁寧に下ろすザレア。大タル爆弾Gのすぐ傍に小タル爆弾Gもセットし、すぐに距離を開ける。

「耳を塞ぐにゃ!」と言う台詞を聞くまでも無く耳を塞いだ一行の目の前で、爆炎が踊り狂った。爆風が巣穴の空気を外に吐き出したかのようで、一瞬爽涼とした風を感じた。それも束の間、舞った粉塵が落ち着く頃には、血塗れの青い鱗が瞳に飛び込んでくる。毒が少しずつ消えてきているのか、痙攣から立ち直ろうとしていた。

 そこにフォアンが透かさず駆け寄り、先刻と同じく嘴の前で大きく斧剣を振り被る。力を腕に込め、その全てを先端である斧剣に注ぎ、溜めに溜め込んだ力を一気に振り下ろす。

「どぅるりゃーっ!」とお馴染みの雄叫びを上げ、斧剣が“青怪鳥”のクチバシに叩き下ろされた――が、硬いクチバシに容易く弾かれた。金属の搗ち合うような音の後に、フォアンが僅かに踏鞴を踏んで後退する。ただ、イャンクックも無事では済まなかったようで、クチバシには大きな亀裂が走っていた。

「もういっちょう!」と再び集中する構えを取ろうとしたフォアンだったが、「退け!」と言うベルの声が響いてきたので、刹那に構えを解いた。――まさにその瞬間、青いイャンクックが落とし穴から脱出し、羽ばたいて宙へと舞い上がった。

「グゥワア! グァア!!」

 甲高い声が怒りに染まっているのは明らかだった。クチバシの端から火の粉を振り撒き、宙から三人の襲撃者を睥睨し、誰から屠ろうか品定めしているかのように映る。

 その視線がベルに向いたかと思うと、ベルは小さな球体を、空を舞う“青怪鳥”へと投げつけた。「目を閉じろ!」と怪鳥には分からぬ、人にしか通じない言葉で叫ぶ。

 ――刹那、辺りに昼間のような光明が迸り、一瞬で目を焼かれた青いイャンクックは否応無く地面に叩きつけられた。――ベルは閃光玉と呼ばれる道具を使ったのである。夜と言う事も有り、爆発する光の洪水は昼間よりも効果が高いように思えた。羽をばたつかせている間に三度フォアンが駆けつけ、斧剣を振り被る。

「これで、――砕けろ!」

 フォアンが全力で斧剣を振り下ろした結果――青い怪鳥のクチバシは、見るも無残にぶち壊された。視界が焼けついているイャンクックは思わず呻き声を発した。その一撃によって視界が奇跡的な早さで回復したようで、透かさず起き上がった“青怪鳥”は、火炎液をガムシャラに吐き散らした。自棄を起こしたのか、狙って吐く訳ではなく、ただ襲い来る襲撃者を振り払おうとしての行動に思えた。

 ベルは毒を付けた矢を射続け、ザレアは小タル爆弾Gを投げつけ、フォアンは隙を見て重たい一撃を加え続ける。

「グワァ、グァアア!!」

 もう我慢できない、とでも言う風に飛び上がるイャンクック。青い鱗はもうあちこちが剥げ、血で赤く染まっていたが、それでも飛翔する力はまだ残っていたようで、巣穴から逃げ出そうとぐんぐん上昇していく。

「ザレア、打ち上げタル爆弾!」ベルが咄嗟に命令を発する。

「もう使い果たしたにゃ!」ザレアが挙手して応じる。

「だったらザレア! フォアンをハンマーでふっ飛ばしなさい!」

「わーお。俺、ベルに何かしたっけ?」小首を傾げるフォアン。

「任せるにゃ! フォアン君、覚悟ぉー!」

 ハンマーを腰溜めに構えたまま走り寄って来るザレアを見つめ、フォアンは肩に斧剣を担ぐ。ベルが自分に何をさせたいのか、何と無く想像が付いたのである。

「てぃやー!」

 ザレアがハンマーを振り被ってフォアンを吹っ飛ばす、その間際にフォアンは跳び上がり、彼女の振るったハンマーに自ら足を乗っけて、ハンマーの力に体を預け、――そのまま殴られるように空へと吹っ飛ばされる。

 フォアンは吹っ飛ばされながらも空中で姿勢を整え、イャンクックを視界に納めたまま、徐々に距離を殺していく。ぐんぐん上昇し、やがて巣穴と空を繋ぐ所まで辿り着き、――青い怪鳥に追いつく。

「――落ちろォォォォ!!」

 イャンクックの羽に向かって斧剣を振り下ろすと、突然の衝撃に青い怪鳥は墜落を余儀無くされた。敢え無く巣穴に叩きつけられ、すぐには起き上がれないようで、衰弱したように、弱々しく蠕動を繰り返した。

 そこに、フォアンが緩やかに落下してくる。空中で前転をし、更に自ら落下するように頭を地面に向け、加速をつける。

「最後の一撃、貰ったァァァァ!!」

 空中からの落下の加速に加え、斧剣の重量を最大限に活かすように空中で振り被り、イャンクックの頭を狙って打ち下ろされた一撃は、頭部を全壊する程の膂力が込められていた。

 轟音とも取れる“青怪鳥”の頭の破砕音が、初めての狩猟の閉幕の合図だった―――




【後書】
 MH4からでしたっけ? ジャンプ攻撃が追加されて、ハンターはモンスターに空中戦も仕掛けられるようになったのは。
 この物語を綴ってる当時は、まさかそんなモーションが追加されるとは思っておりませんでしたが、開発陣もきっとフォアン君のような夢を見たのではないかな、とこっそり喜んでおりますw
 と言う訳で次回、13話「三人のハンター」…第1章もいよいよ次回で終幕です! お楽しみに!


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013.三人のハンター

 ラウト村に帰ってきたのは、結局日を跨いでの事だった。

 深夜だと言うのに酒場は明かりが点ったままだった。三人のハンターは程好い疲労を感じつつ、小さな酒場へと入って行った。

「いらっしゃいませ、皆さん」「お帰りなさい! 皆さん、ご無事だったんですね!?」

 酒場では給仕の女性と、村長のコニカが三人の帰りを待っていた。村長は目尻に透明な液を湛えている。

 ベルはカウンターに歩み寄ると、素材を差し出した。ピンク色の鱗に、青色の鱗。どれも相当の量だった。更にはクチバシの一部と思える素材まで出てくる。

「二匹とも、討伐してきたわ。あと、色々素材とは別に剥ぎ取ってきたから、それの換金もお願いしようかしら」

「ご苦労様です。それでその、大変心苦しいのですが、報酬は……」

 給仕の女性が言い難そうに言い募ろうとした口先に、ベルは人差し指を乗せた。給仕が驚いたような顔でベルを見つめると、彼女は微苦笑を浮かべた。

「その話は、もう良いわ。素材を売れば充分な金額になると思うし。そうよね、皆」

 話を振られた二人のハンターは、コクコクと頷いて応じる。

「俺は、金のためにハンターやってる訳じゃないし」

「オイラだって、金欲しさにハンターやってる訳じゃにゃいにゃ!」

「……で、あたしはどっちかと言えば金が欲しくてハンターやってる訳だけど、その話は、今は保留にしとくつもりだから。ね、お二人さん?」

「なぁザレア。これはあれか、脅されているんだろうか?」

「違うにゃ。集られているんだにゃ」

「まぁそんな訳だから、報酬はこの村が大きくなった時の出世払い、って事で良いわ」

「え、それじゃあこの村専属のハンターになってくれるんですかっ?」村長が黄色い声を上げる。

 三人のハンターは顔を見合わせ、微笑を浮かべ合うと、快く頷いた。

「俺は困った人を見つけたら、納得いくまで付き纏うんだ。この村が大きくなるまで、と言うよりは村の誰もが困らなくなるまで、居座り続けるつもりだ」

「オイラは二人の偉大にゃハンターに付いて行くと決めたのにゃ! それが〈アイルー仮面〉としての生き様に相応しいと思ったのにゃ!」

 二人の、純真な発言の後に言っていいものか悩んだが、ベルは村長に向かって、告げた。

「……あたしは正直、金が無い村に付くつもりは無かったんだけど、あたしと同じ目に遭ってほしくないし。もしあたしがいるだけでそれを防げるのなら、防ぎたい。だから、あたしはこの村に付いてみようと思ったの。……たとえ、報酬が出なくても、支給品が無くても、この村の人間が大変な目に遭う位なら、あたしは頑張るわ。それ位しか、出来ないもの」

「ベルも素直に、この村が気に入ったって言えばいいのに」

「ベルさんは奥ゆかしいのにゃあ」

「そこ黙りなさい! ……えっと、と言う訳で、宜しくね! 村長さん、それに皆も!」

 村長に握手を求めたベルに応じて、彼女も手を差し出して握手を交わす。そこに皆が集まり、手に手を取り、輪を作った。

「……何で輪を作るのよ? 何コレ、最後に何でまたこんな事してんのよーっ」

 ベルの喚声が響き渡る酒場は、その後も灯りが絶える事は無かった。

 ラウト村の夜はまだ明けそうに無かった。

 

第一章〈挟撃のイャンクック〉―――【完】




【後書】
 と言う訳で、第一章、完! です!!
 ところで当時、この物語を綴り終えた時は、「第一話」と銘打って投稿しておりましたが、「第二話」を綴る予定が無かったのです。モンハンの二次小説を綴ってみたい~と言う意志だけでここまで綴りきって、正直満足していたのです。
 そんな折、元々「ベルの狩猟日記」を配信していた「小説家になろう」で熱心な読者様から「ぜひ続きが読みたい!」と言う、創作者として嬉しさここに極まる感想を頂きまして!
 お陰様でこの物語はここで短編として完結せず、長い間読者様に愛される物語として幕を開ける事になりました。
 今回、友達である旋律さんの鶴の一声で三度目の再掲となりました「ベルの狩猟日記」。毎週更新したとしても完結まで二年近く掛かる物語ですが、是非のんびりとお付き合い頂けたらと思います。
 そんなこったで次回、第14話「咆哮【ベル】」……第二章開幕です! お楽しみに!


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014.咆哮【ベル】

 ハンターと呼ばれる人種は、得てしてマトモな人間は少数なのかも知れない。

 そう思う理由は幾つか挙げられるが、例えば一つ意見を述べてみよう。彼らは自身の命を賭して、人間の何倍もの大きさの巨躯を持つ、且つ人間の何十倍もの膂力を誇るモンスターに対し、少人数、或いはたった一人で狩猟を行う。そんな最大級の危険が伴う、常に死が隣り合わせと言う事実が、一般人の観点では、マトモな精神で依頼を全うする事自体が難しいのではないかと考えさせられる。

 ただ、彼らには相応の見返りが用意されている。富、栄誉、名声……何より、モンスターを討伐・捕獲する事によって、喜び、助かり、感謝する民が大勢いる。中には、富や栄誉、名声を得るためだけにハンターになる者もいるが、結果が約束されている世界ではないので、多くが志し半ばでハンターの世界を去って行く。

 それらを鑑みると、現役で活動しているハンターと言うのは、一概にそうとは言えないが、頭のネジが弛んだ、死が隣に同居し続けても意に介さないような者ではないだろうか。

 ――ラウト村に居着いた村専属ハンターも、恐らくと言うか絶対そういう者だろう。その中の一人である少女のハンター、ベルでさえ、そう思わずにいられなかった。

「――ザレア!! ちょっと話が有るんだけどいいかしら!?」

 辺境に在る小さな集落、ラウト村。規模は村と呼ぶのも烏滸がましい程に小さく、民家の数も二桁に到達しない。森林が周囲を取り囲み、静かな朝の気配と僅かな冷気が辺りに満ちていた。聞こえるのは、枝葉が風で揺れる音と小鳥の囀り、そして――ベルのモンスター染みた咆哮だった。

 ラウト村の南に位置する小屋の前で爆発した少女の怒声は、狭い村の全域に響き渡る。近くの木々から小鳥が慌てふためいて飛び立つ音が山彦のように返ってくる程の声量に、小屋の中にいた人間が驚く様が、見ずとも音で知れた。隣の小屋からは「ティガレックスが現れたのか?」と寝惚けた声が聞こえてくる。

 丸太を組み上げた頑強そうな壁に、塗炭素材の斜に構えた屋根、鍵の無い木製の扉に加え、決して大きいとは言えない規模で、長屋風に四つの部屋が横に連なって建てられていた。ラウト村に腰を据えるハンターのために設けられた居住施設なのだが、どう考えても単なる小屋にしか見えない。その扉の一つが、恐る恐る開けられる。

「にゃ、何か用かにゃ、ベルさん……?」

 現れたのは、大きなネコの頭。〈アイルーフェイク〉と呼ばれる頭を守る防具の一つだが、見た目はネコの顔を象った被り物としか言いようが無い。ネコに似た獣人族アイルーの頭をあしらった物で、一種異様な大きさと、笑っているようで無表情な顔が不気味だ。マスコットにしては悪趣味よね、と小屋の前で怒声を張り上げた少女――普段着姿のベルフィーユ、通称ベル――は、何と無しに思った。

 それはともかくとして、扉を開けて恐る恐る現れた、ネコの被り物をした、服装が胸と股を隠す程度のインナーだけの少女ザレア。彼女の表情は読めないが、ベルには容易に彼女の心情を汲み取れた。突然の怒声に怯えている。ベルは別に読心術を会得している訳ではないが、ガタガタと小刻みに体を震わせてネコの被り物の口許で「あわあわ」と手を彷徨わせる様は、どう見てもそれ以外の感情を窺わせない。

 ベルは努めて冷静になり、怒鳴りつけたい本能を押さえつけると、「えっとね、」と顰めた眉を掻きながら告げる。

「あんたは、村に、一体どれだけの爆弾を置いているのかしら?」

「爆弾? 大タル爆弾Gにゃら、今造ってる奴を合わせたら、全部で五十四個ににゃるにゃ」

 朝の麗らかな陽射しを浴びながらも、ベルの胸裏は完全に闇に落ちた。その場に四つん這いになり、体を震わせ始める。陽光を浴びていると言うのに、白と青を基調とした清潔そうなシャツは、どんよりと曇っているように映った。

 ベルの突然の訪問と理解不能の仕草に、ザレアは困惑しているようだった。――が、すぐに打開策を思いついたようで、細い指を固めて拳を作り、掌の上にぽんっ、と下ろした。

「ベルさんも、爆弾が欲しかったのにゃっ?」嬉しそうに明るい声で尋ねるザレア。

「ちッッがァァァァう!!」

 爆音のようなベルの怒号が村中を駆け抜け、ザレアの隣の小屋から「まさかの異常震域か?」と寝惚けた声が再び聞こえてきた。

 ネコの被り物の耳の辺りに両手を添えて堪えていたようだが、それでは意味が無いだろ、というツッコミは耐えて、ベルはザレアに詰め寄った。

「あんたねぇ! そんなに爆弾を造ってどうするつもりなのよ!? 併も自分の部屋だけなら未だしも、村に野晒しってどういう料簡よ!? 併も全部大タル爆弾Gだし! あれが全部引火したら、こんな小さな村、塵一つ残らないわよ!」

 一気に捲くし立てて憤るベルだったが、ザレアはその件に関してだけは全く怯まなかった。寧ろ胸を張って応じる。

「大丈夫にゃ! 爆弾に信管は無いし、衝撃を与えにゃい限りは爆発しにゃいにゃ!」

「衝撃を与えたら村が一つ消滅するのよ!? 何とかならないの、アレ!」

 ベルが指差す先には、村のあちこちに点在している大きなタルの群れが有った。その量は、確かにザレアが言っただけは有りそうだ。積み上げられる事は無く、全て地面に直に置かれて並んでいる。まるで酒樽のような趣が有るが、中身が全て爆薬だと分かれば、神経が休まる余地など絶無である。

 そこに、

「朝から何を騒いでるんだ? さっき、ティガレックスの咆哮が聞こえた気がしたけど、襲撃でも受けてるのか?」

 隣の小屋の扉が音を軋ませて開き、奥から寝巻き姿の少年が現れた。白のノースリーブシャツに、赤錆色の半ズボン姿の少年は、大きな欠伸を浮かべながら、二人の少女の許へと歩み寄る。

 すると普段着――白と青を基調としたシャツに、白のミニスカート姿のベルが怒りの形相で、穏和そうな少年に詰め寄り、ザレアを指差して怒鳴り散らす。

「フォアンも聞いてよ! ザレアったら、この村を空の彼方へ吹っ飛ばそうとしてるのよ!」

「遂にラウト村も大空に進出と言う訳だな。心なしか心臓が高鳴ってる気がするぜ」空を見上げて胸の辺りを掴むフォアン。

「空に進出する前に村人全滅よ! 心臓の高鳴りは村中を大量の爆弾に包囲されてるから!」両手を広げて、辺りに雑然と並んだ爆弾を示すベル。

「そうにゃよね、大量の爆弾に囲まれていると、不思議と心臓が高鳴る……これが、恋って奴にゃ!」陽気な感じで、楽しそうにはしゃぐザレア。

「恋慕じゃなくて恐怖を懐いてるのよ常識で考えて!」だんだんっ、と地団駄を踏むベル。

「爆弾が大量に置いてあっても、そう簡単に爆発しないんだろ? なら、問題無いじゃないか。さぁ、朝ご飯を食べに行こう。俺もうスタミナゼロで走る気力も無いんだよ」腹を摩りながら虚ろな眼差しで酒場を見つめるフォアン。

「普通に歩きなさいよ! ――じゃなくて! すぐ爆発する訳じゃなくても、危ないでしょ!? こんな状況で安心して眠れる訳が……」

「……ぐぅ」

 少年――フォアンが立ったまま鼻提灯を出して頭をコックリコックリ傾かせるのを見て、ベルは思わず脱力、そのままその場で再び四つん這いになる。

「……この話を聞いて尚、立ったまま眠れるあんたは、心底肝が据わってるわよ……」言って、ゆっくりと立ち上がるベル。「……この調子じゃ、あたしが何を言っても無駄みたいね……はぁ、不眠症と過度のストレスでノイローゼになりそうだわ……」

 ぐったりしているベルの肩にぽん、と手を置かれる。顔を上げるとフォアンが微笑を浮かべていた。

「眠れない時はいつでも呼んでくれよ。眠くなるまで遊ぼうぜ」

「……ありがと。あんたの事だから他意は無いと思うんだけどね、そう思うのなら、あの爆弾を撤去するのを手伝って欲しいんだけど……」

「そんな事したらザレアが可哀想だろ? ほら、ティガレックスにでも噛まれたと思って、諦めて朝ご飯を食べに行こうぜ」酒場を顎で示し、返答も聞かずに歩き出すフォアン。

「……ティガレックスなんかに噛まれたら即死よバカー!」

 フォアンの背中に大声で罵詈を浴びせかけるベルだったが、彼は意にも介さず歩を進めて行く。その後ろ姿を追うように、ザレアが小走りに駆けて行く。

「ベルさん、何してるにゃ、置いて行くにゃよ?」振り返りながらも足を休めないザレア。腕を回して「早く行こう」と仕草でも伝えてくる。

 ベルはそんな二人を見送りながら、大きな溜め息を漏らす。陽光に照らされたベルの顔には、既に疲労の色が濃かったが、肩を竦めて二人の後を追い始めた。

 今日もラウト村は賑やかな朝を迎えたのだった。




【後書】
 今回よりベルの狩猟日記の第2章開幕です!
 モンスターハンターと言うGameをPlayする上で「ハンターって普段どんな生活をしてるんだろう?」とモヤモヤ妄想したのが始まりですが、ここにザレアと言う尋常ならざるハンターが加わった時点でもうこうなる以外の未来しかありませんでした(笑)。
 ザレアが爆弾狂である事、フォアンが天然である事、ベルがしっかりツッコミを入れる事、と言う、この物語では当たり前の構図を、ただ綴るだけで物語が出来上がると言う、わたくしのいつもの作風が、第2章でもふんだんに活かされております。
 第2章は新キャラが登場する物語なのですが、ハンターではありません。ハンターではないのですけど、この「ベルの狩猟日記」には欠かせないキャラになる、不憫枠です(笑)。その辺もぜひ楽しみに読み進めて頂けたらと思います!
 と言う訳で次回、第2章第2話の、第15話「武器はいずこ」……そう言えばこの辺の設定ってどうなってるんだろう? から組み上げたお話です。お楽しみに!


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015.武器はいずこ

「そう言えば」

 ラウト村に在る酒場は非常に小規模な店舗だった。

 樹木を切り出してそのまま加工したようなテーブルが三つと、カウンター席が在るだけで、入れる客は多くても十五人が限度。真新しい感じのする木造建築の建物で、街などの酒場とは違い、まだ酒や煙草、そして人いきれのするハンターの匂いが染みついておらず、森の匂いとでも言うべき青臭さが仄かに漂っている。店内は清潔に保たれており、埃や虫の存在は絶無に映る。

 それもその筈、客と言っても村専属ハンターの三人が使う以外は、村長、そして村専属の鍛冶屋位しか訪れる事が無い。故に、汚れる、と言う事自体が少なく、掃除をしなくても或る程度の清潔は保たれるのである。

 とは言え、その事を給仕の女性に言えば不興を買うのは必至だ。彼女とて、毎日掃除は欠かさず行っているのだから。流石に食事中に掃除をしている場面を見る事は無かったが、ラウト村に来てから、ハンターの三人は何度か掃除を手伝わされた。曰く、村に早く馴染むためには、村人との交流が必要だ――とは給仕の弁。

「そう言えば……何だ? ベル。あの給仕のお姉さんの名前を聞きそびれて呼ぶに呼べない、とか?」

 ベルの中途半端な発言を継いだのはフォアンだった。サイコロミートのステーキを次々に口の中へ投入しながら、ベルを見据える。

 ベルはと言えばスネークサーモンのソテーの一切れをフォークで刺して空中で静止させたまま、口だけを動かす。

「いやまぁ、確かにそれもそうなんだけど……。あんた達は、前に使ってた装備品って、どうしたの?」言い終えてから、スネークサーモンの一切れを口の中へと運ぶ。

 ベルが美味しそうに咀嚼していると、ザレアが小首を傾げた。ザレアの前に置いてある皿の上にはジャリライスと激辛ニンジンの炒飯が置かれている。それをスプーンで掬い取り、ネコの被り物の中に運んで行く。食事の時もそうだが、彼女が入浴の時もネコの被り物を外さないのは、最早彼らの中では日常と化していた。

「どうしてるって、どういう事かにゃ? オイラの武器にゃら、部屋に置いてあるにゃ」

「俺も、昔から使ってる奴は取ってあるけど。ベルは違うのか?」

 サイコロミートのステーキを平らげて満足気に息を漏らしてから、フォアンはベルに尋ね返した。

 ベルも料理を腹に納め、満足気に「美味しかった♪」と顔を綻ばせてから、少し表情を曇らせる。特に隠すような事でもないが、自然と声が潜められる。

「……いや、そのね、あたしラウト村に来る前はちょっとした規模の街で活動してたのよ。流石にドンドルマ程の街じゃなかったけど……ってそこは別にいいのよ。その街の拠点にしてた部屋に装備品が預けっ放しになってたから、知り合いの行商人に頼んだのよ。預けてある装備品を全部ここ――ラウト村まで運んで頂戴、って」

「オイラもそうしたにゃ。でも、オイラのはもう届いてるにゃよ?」

「俺も右に同じ。ベルのはまだ届いてないのか?」

 フォアンの質問に、ベルは俯いて顔を曇らせる。「……そうなのよ。流石にもうこの村に来て二週間経つし、カジキ弓だけじゃ心許無いなぁ、って思う訳よ。……まさかとは思うけど、」

 あの馬鹿、あたしの高価そうな装備品を見て、持ち逃げしたんじゃ……と続けようとしたベルを遮って、フォアンが真剣な表情で腕を組み、自分の意見を口にした。

「もしかしたら、モンスターに襲われて立ち往生しているのかも知れないな。ラウト村に来る時は、どうしても狩場を通らないといけないし。二週間前にドスランポスとイャンクックのつがいを討伐したのに加えて、ランポスやブルファンゴを間引きしたって言っても、ランポスやブルファンゴ程度ならまだウヨウヨいるだろうし、もしかしたら別の飛竜が棲みつき始めたかも知れないしな」

 大きなネコの被り物を大きく揺らして頷くザレア。「確かに、そうかも知れにゃいにゃ。この辺は何かと物騒だしにゃ」呟いた後に、突如として椅子を倒して立ち上がる。「こうしちゃいられにゃいのにゃ! フォアン君、ベルさん、早速森丘に行こうにゃ!」

「ちょっ、まだそうと決まった訳じゃ……」慌てて宥めようと手を挙げかけるベル。

「まぁまぁ、いいじゃないか、ベル。この村までの行路を少しでも安全にするに越した事は無いぜ」

 フォアンが立ち上がりながら告げるのを聞いて、ベルは本日二度目の溜め息を漏らした。こうなるともう二人を止められない。後は自分が頷くしか道が残っていないのである。この展開は、出逢ってから二週間で三人の中に完全に確立したものだった。

 ベルは嘆息した後に微苦笑を浮かべ、二人のハンターを見据えた。二人とも、既にやる気が満タンの様子だった。例えベルが肯定の意を述べなくても、彼女を置いてでも行ってしまうだろう。

 ベルは観念したように小さく顎を引き、立ち上がる。

「分かったわ、それじゃ、十分後に村の入口に集合。いいわね?」

「了解です、隊長」フォアンが敬礼し、「分かったのにゃ!」ザレアが挙手して応じる。

 そして三人は酒場を後に――

「――皆さん、何か大事な物をお忘れではありませんか?」

 酒場の出口に差し掛かった直後に背中から声が掛かった。三人が一様に振り返ると、ニッコリと営業用のスマイルを浮かべた給仕の女性がこちらを見据えていた。その右手が持ち上がり、親指と人差し指が円を作り出す。

「あ、やっぱダメですか?」媚びるような笑みを浮かべるベル。

「はい、勿論ダメですよ♪」ラージャンのような気迫を感じさせる笑顔を浮かべる給仕の女性。

 ベルは項垂れ、フォアンとザレアは顔を見合わせて微苦笑を浮かべるのだった。

 幾ら村専属のハンターと言えど、無料でご飯にありつける訳ではないのである。




【後書】
 報酬は払えませんけどお代は頂きます(笑顔)。
 え、えぐい…。
 と言う訳で今回の章の中心となるであろう、“行商人”の名前がチラッと出てきましたが、登場はもう暫く先になります。
 話は変わりますが、こういう日常シーンを覗けるのが、物語の素敵な所だと思うのです。Gameではどうしても戦闘(狩猟)シーンがメインになってしまいますし、ハンターはどうやって生きてるのかってシーンを事細かに描いてたらそれはGameとして成立させるのが難しいでしょうし…(うんたん)。
 と言う訳で次回、第16話「アイルー語」…アイルーと言ったら彼女の出番! お楽しみに~!


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016.アイルー語

 森丘と称される狩場は、今日も空気が澄み渡る程の晴天に見舞われていた。

 今回三人は、“素材ツアー”と言う名目で森丘を訪れていた。以前から増え過ぎたランポスやブルファンゴを間引きしに来たり、特産キノコや厳選キノコなどを採取しに来たりと、数日の間に何度も訪れているので、地図が無くとも自分がどこにいるのか、大体ではあるが分かるようになっていた。

 現在三人のハンターが歩いているエリアは森林地帯の奥深くだった。頭上を枝葉がアーチ状に包み込んで陽光を遮っている場所で、少し薄暗さが目立つが、視界が悪い程ではない明度で保たれている。あまり広い場所ではなく、大型モンスターに突進で襲われれば回避するのが困難に違いない。静かな場所で、枝葉が風に揺れる音の他には、三人のハンターが歩く、地面を踏み締める音ぐらいしか聞こえない。

「で、ザレア。人探しの当てが有るって言うのは、どういう事なの?」

 普段着から着替え、ピンク色のしっとりしたガンナー用の防具――フルフルDシリーズで頭以外の全身を固め、カジキマグロの骨から造られた弓を限界まで強化した物である、カジキ弓【姿造】を背負って前進していたベルが、前方を軽い足取りで進むザレアへと声を掛ける。ガンナー用の防具なので防御の面では心許無いが、装備品の軽量さでは剣士用の装備の比ではない。頭具は単に彼女の意向で付けていない。

 声を掛けられたザレアの方はと言えば、村にいた時と同じで、防具は〈アイルーフェイク〉だけ。後は防具になる筈も無いインナーのみと言う、殆ど裸と言って差し支えない状態である。村と唯一違う点が有るとすれば、正式採用機械鎚と呼ばれる、回転式弾倉の拳銃のシリンダーを巨大化して、更にそれに柄を付けたような形のハンマーが腰に提げられている事だろう。

 そんな裸も同然の姿のザレアは振り返りもせずに声だけでベルに応じる。その声は僅かに喜色を帯び、歩を進める仕草もどこか楽しげだ。

「オイラが一人で狩猟をやってた時からの友達がいるのにゃ。彼らにゃら、何か知ってるかも知れにゃいと思ったのにゃ」

「友達?」ベルは小首を傾げる。

 狩場に友達がいるなんて、常識で考えれば有り得ないと思うのだが……。ベルは頭の上にクエスチョンマークを乱舞させながらも、ザレアの後に続く。そんな折、隣を歩いていた少年の興味深そうな声が、ベルの耳朶を打った。

「どんな友達なんだろうな。やっぱり、ザレアみたいな奴がたくさんいるのかな?」

 レックスシリーズの防具で身を固めたフォアンが何気無く呟く。フォアンが背中に背負っているジャッジメントと呼ばれる斧剣と、ティガレックスと言う巨大なモンスターの鱗や甲殻で造られた褐色の防具が擦れる金属的な音を聞きながら、ベルは思考を働かせてみる。

 ザレアみたいなハンターがたくさん……

 ――ベル妄想開始

「大タル爆弾Gを造ったにゃ!」

「オイラも造ったにゃ!」

「オイラも造ったにゃ!」

「オイラもにゃ!」

「オイラも(ry」

「オイ(ry」

「(ry」

 …………

 ――ベル妄想終了

「……空恐ろし過ぎるわね……」

 ぶるるっ、と身を震わせながら呟くベルに対し、フォアンは微笑を浮かべていた。

「そうか? 楽しそうな感じがするけど」

「ザレアは一人で充分よ……あんなのがたくさんいたら、神経がどうにかなっちゃうわ」ぶるるっ、と再び体を震わせて、心底嫌そうに呟くベル。

「あ、いたにゃ!」

 他愛も無い会話をしていた二人を置いて、突然走り出すザレア。友達が見つかったのだろうか、その割にはベルの視界に人らしき姿は見当たらなかった。

「ザレア~、どこにいるの、その友達って~?」

 のんびりと歩きながら後を追っていたベルだったが、ザレアの後ろ姿に近づくに連れ、否応無く異形が視界に飛び込んでくる。

 ザレアよりも二~三回りほど小さな影。それが人なら、最早幼児と言っても差し支えは無いだろう。ピッケルのような物を手に持ち、腰にはポーチと思しき小さな袋。服は着ておらず、白い体毛が全身を覆っている。頭の上にピンと立った耳と、頬からぴょんっと生えている白く長い髭。とてとてと小さな足を使って歩いている姿は、愛くるしさを覚えずにはいられない。

 ――最早説明は要らないだろうが、ザレアの友達は人間ではなかった。

 その名はアイルー――ネコに似た獣人族だった。

「にゃー」とアイルーの一匹が三人のハンターを見据えて喉を震わせる。鼻をひくつかせて、何やら一行の匂いを嗅ぎ取ろうとしているようにも映る。

 見た目は愛らしい姿をしているのだが、その実、彼らは敵と見做した相手には爆弾を投げつけたりピッケルで殴りかかったりする。果ては彼らに似たメラルーと言う名の黒毛の獣人族に至っては、ハンターの道具を盗んだりもする。ハンターにとってはあまり出逢いたくない相手だ。

 とは言え、アイルーはメラルーとは違い、問答無用で攻撃してきたり道具を盗んで行ったりする訳ではなく、基本的にはハンターが攻撃するまで何もしてこない温厚なモンスターだったりする。知能も有り、中には人語を解するアイルーもいて、人間の社会に溶け込む順応性も垣間見せる。

「やっぱり、ザレアと似たような奴だったな」

 フォアンが腕を組んで「うんうん」と頷いているのを横目で見て、ベルは片手で顔を覆い、深々と嘆息を漏らした。

「似てるのは顔だけでしょ……。って、ザレア? あんた、アイルーと友達なの?」

 半信半疑と言うよりは、ザレアが言うからには事実以外に有り得ないだろうと、どこか諦念を漂わせた口調で尋ねるベル。そしてベルは、当然の帰結と呼べる、ザレアの嬉々とした首肯を見て項垂れる破目になる。

「そうにゃ! 彼らとはハンターににゃった頃からの友達で、今もお互いに助け合っている間柄にゃ!」

 ザレアがアイルーの一匹に歩み寄って行くと、アイルーの方もザレアに気づき、鼻をひくつかせて顔を上げ、彼女の顔を覗き込むような仕草をする。ザレアはアイルーの目の前に屈み込むと、「にゃーにゃー」と声を掛けた。するとアイルーの方は突然の出来事に驚いたのか、跳び上がって「にゃー!」と喉を震わせる。表情の機微こそ分からなかったが、ベルには何と無く、アイルーが驚きと共に、喜びも表現したのではないか、と考えていた。

 その後も延々と「にゃー」と言う喃語のような声の応酬が繰り返されている事から、どうやらザレアとアイルーの間では、ちゃんと意志疎通が図られているようだった。

「……アレは……ネコ語、なのかしら……」ポツリと漏らすベル。

「違うよ。きっとアレはザレア語だよ」

「ザレアは名前じゃなくて人種なの!?」

 ベルとフォアンが他愛も無い会話を繰り広げている間に、ザレアがこちらに振り返って戻って来た。心なしか嬉々とした感情が見え隠れしている。

「ムサシ君の話に寄れば、隠れ家に人間が一人、迷い込んでるらしいのにゃ。もしかしたら、その人が……」身振り手振りを交えて告げるザレア。

「……あのさ、ムサシ君って、」話を遮る形で、ザレアの背後からこちらを窺っているアイルーを、ベルが怪訝そうに指差す。「そこのアイルーの事?」

「そうにゃ!」コックリ頷くザレア。アイルーの話を振られて、嬉しそうに応じる。「この森丘ではベテランのアイルーらしいにゃ。今、息子さんが生まれて、働くのが楽しくて仕方にゃいらしいにゃ!」

「……そう」どう反応すればいいか分からず、生返事を返してから、「あのさ、さっき喋ってた言語って……ネコ語、なの?」気になる事を尋ねるベル。

「違うってベル。アレはザレア語だよ」だろ? とザレアに確認を取るフォアン。

「どっちも違うにゃ! 今のはアイルー語にゃ! 因みに、にゃー、これがメラルー語にゃ!」酷く心外だ、とでも言いたげに、少し怒ったように告げるザレア。

「何が違うの!?」思わずツッコミを入れるベル。

「それじゃ、にゃー、はアイルー語で、にゃー、がメラルー語なのか?」フォアンが腕を組んで難しそうな顔で呟く。

「凄いにゃ! まさしくそのとおりにゃ! フォアン君は呑み込みが早いにゃあ……」腕を組んで、感慨深げに頻りに頷くザレア。「オイラはこの言語をマスターするのに、五時間は掛かったにゃ……」

「どっちにしたって理解するの早過ぎでしょ!? 何よ五時間って!? フォアンも一瞬でマスターすんな! あんたらは天才か!」迷わずツッコミを入れるベル。

「そんなに褒めても、」ポーチからオレンジ色の液体の入ったビンを取り出して、ベルに手渡すフォアン。「元気ドリンコしか出ないぜ」

「……ありがと」釈然としないものを感じつつも受け取り、それからどうツッコミを入れたものか悩んだ後、結局は有耶無耶にする事を選ぶベル。「……えーと、それで、誰かが隠れ家に迷い込んだって……? てか、そもそも隠れ家って……何?」

「アイルー達の集落みたいにゃものにゃ。今、ムサシ君が案内してくれるみたいだから、付いて行けば分かるにゃ!」

 そう言ってザレアがムサシを振り返ると、ムサシは胸を張って地面を掘り始め、瞬く間に視界から消え失せた。

「……何これ、あたしに穴を掘れと言ってるの?」フォアンに振り返って尋ねるベル。

「違うぜ、ベル。ムサシの後を追えばいいんだよ」腕を組んで当然だと言わんばかりに頷くフォアン。

「追うには穴を掘らなきゃいけないでしょ!?」至極真っ当なツッコミを入れるベル。

「こっちにゃ!」そんな二人のコントを聞いていないのか、ザレアが駆け出した。

「はい!? こっちって……ザレア、ムサシの居場所が分かるの……?」ベルが半信半疑でザレアを追って駆け出す。

「違うにゃ。さっき、道を教えて貰ったのにゃ!」

「………………そう」

 やっぱり釈然としないまま、足を進めるベルなのだった。




【後書】
 毎週火曜に更新しておりましたが、今回は金曜までずれ込んでしまいました…申し訳ぬい。
 と言うのも食中毒で39度の熱が出て3日間ほどくたばっておりました。焼き鳥で食中毒になるのこれで2度目なのでそろそろ食べ納めかなって…(悲しみ)
 と言う諸事情はさておき、本編のお話をちょろっと。ザレアって天然であり天才なんだろうなーって発想から、この話が生まれた感じです。と言うより逆説的に、こんなやりたい放題できる子が天才じゃない訳無いよなって発想ですな!(笑)
 フォアンの「そんなに褒めても元気ドリンコしか出ないぜ」と言う名言もしっくり来ますね! この辺は友達の印象を色濃く受け継いだ形になっております。
 さてさて次回、第17話「真ベル」……件の行商人が出てきた瞬間惨たらしい目に遭う、わたくし的には最高に笑えるお話です(笑)。お楽しみに!w


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017.真ベル

「ここが……アイルーの隠れ家、――なの?」

 森丘の中にある、森林地帯の最奥とでも言うべき、奥まった場所に、ベル達三人のハンターは訪れていた。ここに来るまでに、以前ドスランポスを討伐した際に通った澄んだ水を湛えた池、その水源に続く小川を渡り、樹木に囲まれた、小さく開けた空間がぽっかりと現れた場所へと辿り着いた。

 走った訳でもないのにベルの息が少し切れているのは、起伏の有る足場を何度も上り下りした事と、ここまでの道程がかなり長かった事が起因している。ベルの隣に佇むフォアンは全く堪えた様子は無く、平然とした面持ちで周囲を見渡していた。ベルは「この体力馬鹿……」と小さく呟くも、フォアンの鼓膜に届いた様子は無かった。

 ベルの独り言染みた罵倒が空しく口の中で響いていると、先頭を歩いていたザレアがネコの被り物を振り返らせ、無表情そのものの被り物を震わせて両腕を広げて辺りを示す。

「そうにゃ! ここが、彼らの隠れ家にゃ!」

 ザレアが示す“アイルーの隠れ家”とやらは、随分穏やかな場所だった。ここに来るまでに何度と無くランポスやブルファンゴの襲撃を受けたが、小さな空間とは言え、モンスターはネコの獣人族――アイルーとメラルーしかいないこの空間は、時間が止まっているかのような錯覚を覚えさせる程に温和な空気が満ちていた。

 麗らかな日溜まりに浮かぶ朽ちた大木は、彼らの棲み処になっているのか、中が刳り貫かれているようで、小さな木製のドアが設えてあった。辺りにはネコに似た獣人族が小さな足を二足歩行でちょこまか動かして歩き回っている姿が映っており、普通に観賞する分には和やかな光景だった。

 ――と、いつの間にかアイルーの何匹かがザレアに群がり、にゃーにゃー喚き散らしているのが視界に飛び込んできた。ザレアは困った風でもなく、楽しげににゃーにゃーとアイルー語を一匹一匹に丁寧に返している。

「……まるで有名人か何かね。自称〈アイルー仮面〉は伊達じゃない、か」

 一人納得したように頷くベル。ザレアは根がマジメと言うか素直と言うか、普通に善い人なのだが……その奇天烈な外見が周囲と孤立する要因となっているので、それさえ取り除けば普通にハンターとしても人としても素晴らしい要素が有るのに……それを勿体無く感じるのはあたしだけ? とベルは思わずにいられない。

「なぁ、ベル」

 そんなベルの感傷を断ち切るように、フォアンの声が耳朶を打った。

 ベルは我に返って斧剣を背負う褐色の防具に身を固めた少年へと振り返る。彼は隠れ家の隅に目を向けたまま、ベルに声を投げかける。

「アレが、例の行商人じゃないのか?」

 言われて、ベルもそちらへと視線を向ける。

 視界に飛び込んで来たのは、巨大な塊――大きな風呂敷がぎっしりと何かを詰め込まれて膨れ上がっているために人の姿は見えないが、巨大な塊が小刻みに動いている事から、誰かが背負っている事は知れる。どれだけの量の荷物を背負っているんだ、と思うかも知れないが、この世界の行商人は、自分の二~三倍ほどの量の荷物を一人で運ぶ。ハンター顔負けの体力を持っている者も、中にはいるのである。

 ベルは「確かに、そうかも」と呟き、つかつかと巨大な塊へと足を向ける。目の前まで近づくと、荷物の量が自分の背丈を軽く超えている様を見ながら、その背中へと声を掛ける。

「ねぇ、ちょっとそこのあんた」

 声を掛けて、暫らく待っても返答は無かった。モソモソと風呂敷に包まれた荷物が震えるように動いているだけ。

 ベルは少し眉に険を込めて、風呂敷の横へと移動する。

 巨大な荷物を背負っているのは、果たしてベルが武器の運送を依頼した行商人に相違無かった。

 茶色の髪は全く梳かれておらず、鳥の巣の様相を呈している。細い華奢な面構えや、線の細い体格から女性を連想させるが、紛れも無く男だった。小麦色の肌は日に焼けて健康そうだが、その割には肉付きがあまり良さそうに見えない。歳の程は二十代か、若々しさのある風体だったが、垂れ目気味の碧眼や、痩せた頬がそう見せるのか、その印象は老け込んだものを想起させる。若年寄のイメージが強い青年である。

 行商人の男は、地面に乱雑に放置されているガラクタの山を漁る事に夢中だった。ガラクタの山を弄って目ぼしい品を取り出しては眼前まで持ってきて、その品を厳格に鑑定している、――ように、ベルには映った。

 ベルはその肩を叩きながら、「ちょっと、あたしの話、聞いてる?」と少し険のこもった、低い声を発したが、男は無視して、と言うか気づいた素振りも見せず、ガラクタを見つめて瞳を眇めている。

 突然、ベルの怒りの沸点が破られた。男の耳元に両手を覆うように当て、大きく息を吸い込んで、耳元に声をぶち込む。

 

「あたしの話を聞けっつってんでしょうがァァァァアアアア――――――――ッッ!!」

 

 突然の爆音ならぬ爆声に、アイルーもメラルーも全員跳び上がり、フォアンは耳を押さえて屈み込み、ザレアは見えない何かに吹っ飛ばされ、そしてその声を耳元で爆発された男は尻餅を着いて頭をくわんくわんと揺らし始めた。

 頭をくわんくわんと揺らしている男の頬を、ベルが何度もばしーんっ、ばしーんっと張り手で打ちのめし、無理矢理覚醒させる。とても良い音が隠れ家一帯に響き渡った。ネコに似た獣人族は一様に怯えた様子でガタガタ震えながらベルを見つめていた。

「おーい、ベル。それ以上やると、そいつ死ぬんじゃないか?」

 フォアンが堪り兼ねて、と言うよりは男の身を本気で心配して声を掛けたが、ベルの手は止まらなかった。

 やがて青年の瞳に意識の光が戻る。――と同時に、ばしーんっ、とビンタが炸裂し、「痛ッ」と悲痛な声を上げた。

 ――が、ベルのビンタの猛攻は止まらない!

「痛ッ(ばしーんっ)、ちょッ(ばしーんっ)、起きたッ(ばしーんっ)、起きてますッ(ばしーんっ)、起きましたッ(ばしーんっ)、止めッ(ばしーんっ)、ごめんなさいッ(ばしーんっ)、本当にッ(ばしーんっ)、止めて下さッ(ばしーんっ)止めてマジで本気ホントホントマジ止めてマジ本気だからホントごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッッ」

 ようやく往復ビンタが止まる頃には、男の頬はオタフクのように腫れ上がっていた。

「……で、ウェズ。あんた、こんな所で何してんのかしら? あたしの武器はどこにやったのかしら?」ニッコリと微笑むベル。

 ウェズ、と呼ばれた行商人の青年はズキズキ痛む頬を両手で挟んで涙ながらにベルを見上げた。その瞳には怯えが色濃く浮かんでいる。

「お、お前、よく見りゃベルじゃないか! 何すんだよいきなり! 僕の楽しみを奪うだけに飽き足らず、僕を殴り殺す気か!?」

「殴ってないわ。張り飛ばしたのよ」ニッコリ笑顔のまま、ベル。

「じゃあ張り殺す気か!(ばしーんっ)痛ェェェェ! 止めッ、ちょッ本気で痛いの! 見てこの腫れ上がり具合! こんな顔じゃ、もうお婿に行けない!(ばしーんっ)ぎゃァァァァ! ごめんなさいッ、口答えしたわたくしめが全面的に悪かったですッ、全部謝りますッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッッ!!」

 額を地面に擦りつけながら懇願するウェズを見下ろしたまま、ベルはゆっくりと言葉を紡いでいく。ウェズの心に染み込ませるように、じっくりと、時間を掛けて。

「それで、ウェズ。あたしの、武器は、どこに、やったの、かしら?」

 凍てつくような笑顔で尋ねるベルに、ウェズは最早顔を上げる事すら間々ならなかった。平伏したまま、引き攣りそうになる舌を駆使して、口上を走らせる。

「はいッ、誠に恐縮ながらッ、わたくしめがお預かりしている次第でありますッ」

「そう。で、二週間も経ったのに、どうしてあたしの許に届かないのかしら?」

「そッ、それはッ……」ガタガタと体を小刻みに揺らしながら、口ごもるウェズ。

「どうして、二週間、経っても、あたしの、許に、届かない、のかしら?」

 噛んで含めるような言い方に、ウェズは観念したのか、鼻声になりながら応じた。

「僭越ながら申し上げますとッ、わたくしめが素材欲しさに、狩場に不法に長期滞在した事が原因かと思われますッ」

「そう……」

 背筋の凍るようなベルの声に、ガタガタと小刻みに震えて、次に発せられる審判に、怯えながら身を委ねるウェズ。

 そんな様子を遠目に見守っていたフォアン、ザレア、そしてネコに似た獣人族の面々は、ベルの変容っぷりに暫し付いて行けない様子だった。そんな中でも、一つだけ、彼らにでも分かる事柄が有った。

 

 ――ベルを本気で怒らせてはいけない。

 

 それだけは確かで、そして絶対に遵守すべき事柄なのだと、一同は暗黙の内に悟った。




【後書】

 と言う訳で行商人の男こと、ウェズ君の登場です!
 初登場にしてこの惨たらしさよ!(笑)
 もー、このキャラはアレです、徹頭徹尾惨たらしい目に遭う哀愁漂う人です。わたくしはね、特別悪い事をした訳でもないのに、地獄絵図のような惨状に叩き込むシチュエーションが大好きなのです(悪い笑顔)。
 この三人のハンターで唯一マトモだと思われたベルちゃんですが、当然この面子だからこそ、やはり常軌を逸した部分は有るだろう、と思っての展開ですね! ただのツッコミ役では納めないのがわたくしの作風です(笑)。
 と言う訳で次回、第2章第5話こと、第18話「行商人のウェズ」…最早言うまでも無くそんな感じのお話ですw お楽しみに!w


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018.行商人のウェズ

「――ウェズさん!? ど、どうしたんですか、その怪我っ!? もしかして、狩場でモンスターに襲われたんですかっ?」

「……いやまぁ……これはその……何とも込み入った事情が有りまして……」

 場所は変わり、ラウト村にある酒場。

“素材ツアー”に限らず、狩猟を終えたハンターはまず、酒場に行って依頼の完遂、または失敗の報告をしなければならない決まりになっている。酒場はハンターが集まる場所になるだけでなく、狩猟などの依頼を受ける場となる事が常となっている。故に、ハンターが街に行くとまず向かうのは酒場で、そこでハンターとして登録して貰ったり、仕事を斡旋して貰ったりする。

 素材ツアーを終えたベル一行はラウト村の小さな酒場に戻って来ていた。――目的の相手である、行商人の青年を保護……と言う名の強制連行をして。

 頬がオタフクのように腫れ上がった行商人――ウェズを前にしておろおろと手を拱いているのは、ラウト村の若き女村長、コニカである。相変わらず雪のような白さの肌をしており、本当に外を出歩いた事が有るのかと疑わせる。眼鏡を掛けた、華奢さと穏和さが混在した、二十代ほどの女性である。

「あれ。村長。ウェズと知り合いなの?」

 疑問に思ったのは、腫れ上がる程にウェズの頬を張り飛ばした少女、ベルである。既にビールを飲める歳だが、握っているジョッキに入っている飲物は、ハチミツの入ったホットミルクだった。それをテーブルに戻しながら、コニカを見つめる。

 コニカは給仕の女性に向かって、「ティアリィさんっ、医療キットを!」と声を掛けてから、ベルに向き直った。その時ベルは初めて、給仕の女性が“ティアリィ”と言う名前だと知った。二週間も顔を合わせているのに、今更な話ではあるが。

「えっと……、ええ、そうなんです。ウェズさんとはこの村を造った時に知り合ったんです。ここにはまだ、村専属の道具屋さんがいませんし、ハンターさんが来てくれたら困るだろうな、って思って、ウェズさんに頼んだんです。行商人さんなので、あちこちを回る際に、ラウト村にも立ち寄って下さい、って。そしたらウェズさん、快諾して下さって……とても助かっちゃってます♪」

 コニカが少し恥ずかしそうに告げると、ウェズも褐色の顔をほんのりと赤らめて「いやぁ、そんなの当然の事っすよ」と照れたように後頭部を掻き始める。

「へぇ、そうだったんだ」ベルは意外そうに瞳を丸めたが、すぐにウェズを尻目に、コニカへ向かって囁きかける。「……でもね、村長。こいつ、あたしの武器の運送をほっぽって、趣味の素材集めに走っ――むぐぐ」

「わーわー!」喚きながら、ベルの口を塞ぐウェズ。

「え? ウェズさん、今、ベルさんは何て……?」小首を傾げて尋ねかけるコニカ。

「でもね、村長。こいつ、あたしの武器の運送をほっぽって、趣味の素材集めに走っ――むぐぐ、って言ってましたよ」フォアンが一言一句間違えずにベルの途切れた言葉を反芻する。

「ちょッ、君も何を冷静に復唱してるんだよッ!?」驚きと焦りで喚き散らすウェズ。

「趣味の素材集めにはしっ、ってどういう意味にゃ?」理解できない様子で、ネコの被り物を傾かせるザレア。

「そ、それは……『趣味の素材集めに走ったりせず、ちゃんと最後まで仕事を全うした』、って言いたかったんですよ、きっと! いや絶対に!」

 必死になって弁解するウェズに口を塞がれたままのベルは、顔を赤くして「むぐぐ!」と声をくぐもらせていたが、やがてその拳が、渾身の一撃を伴って彼の鳩尾を穿った。

「うげぇっふッ。……べ、ベル、ハ、ハンターは、人に向けて、力を使っちゃ、いけないんだ、ぞう……ぐふ」ぱたりと倒れ込んでしまうウェズ。

「だったら、そんなハンターにもっと敬意を表すべきよねぇ? ……全く、こいつにも困ったものだわ……」

 やれやれ、と蹲るウェズを見下ろして首を振るベル。

 コニカがどうしたらいいのか困惑気味に「おろおろ」と視線を彷徨わせていたが、気にせずベルはホットミルクに口を付け直した。甘い匂いが鼻腔を擽る。

「まぁ、いいじゃないか、ベル。武器はちゃんと届けられたんだし、結果良ければ全て良し、――じゃないか?」

 フォアンが北風ミカンのジュースをテーブルに戻しながら、ベルに微笑みかける。全く邪気を感じさせない笑顔を見て、彼以上に裏表の無い人物は見た事が無いと、ベルは心底思う。とは言え、ウェズの件をそう簡単に許せない位、ベルは狭量だった。

 口を尖らせつつ、フォアンに当たる。

「そうは言っても、二週間も放置して、あちこち狩場回って素材集めに走るなんて許せないわよ。……まぁ、ウェズに頼んだあたしもあたしだけどさぁ……」

「そう言えば、ベルさんとウェズ君はどういう関係にゃ?」

 愚痴を漏らすベルを見つめて、フォアンと同じく北風ミカンのジュースを、常に持ち歩いているマイストローで吸い上げながら、ザレアが尋ねる。勿論ストローは、アイルーフェイクの中へと入っている。彼女は食事の時でも〈アイルーフェイク〉を外さない、根っからの変わり者なのだ。

 ベルはザレアに視線を向けると、どこか遠くを見るような眼差しになり、苦笑を滲ませて口を開いた。

「ウェズとは単なる腐れ縁よ。あたしが小さい頃に、村がモンスターに襲撃された話をしたでしょ? あの後、ドンドルマ程じゃないけど、それなりに大きな街に行ったの。そこでとあるハンターに拾われて、暫らくの間、世話になった事が有るのよ。その、まぁ、親代わりのハンターの行きつけの行商人の息子ってのが、そいつな訳よ」

 簡単な説明だったが、関係を知るには充分過ぎる内容ではあった。その場に居合わせた皆が、納得できる程に。

「で、まぁ、あたしがハンターとして活動を始めた時も、ウェズに道具を融通して貰ったりしてね。殆どは自分で賄ってたんだけど、どうしても無理な時はウェズ、みたいな感じで」

「……正直言ってベルは最悪の客なんだよ……どんな時でも値切りに値切って、もう原価割れしてるってのに、まだ値切りやがるから、もうこっちとしては商売上がったり。そんでもって、逢う度にこうだし、散々な思い出しかないよ……」

 いつの間にか起き上がっていたオタフクの顔をしたウェズが、本当に苦労したんだぞ、と暗に示すようにさめざめとした表情で呟く声が、酒場に響いた。

 医療セットを持ってきた給仕の女性――ティアリィがコニカに手渡すと、村長はすぐにウェズの顔の治療を始める。ウェズはどこか嬉しげだったが、ベルに足を踏み砕かれると、無声の絶叫を張り上げ、唇を噛み締めて目尻に涙を浮かべながらも、何とか堪える。

「し、沁みましたか……?」

 悶絶の表情を浮かべるウェズを見て心配げに、消毒液に浸した脱脂綿を顔から遠ざけるコニカ。ウェズは「いえ……ッ、大丈夫、です……ッ」と、硬い表情で唸るように応じるだけで、彼が顔を歪めた本当の原因を知らない彼女は、さっきよりも慎重にウェズの腫れ上がった顔に脱脂綿を近づける。

「ウェズって行商人なんだよな? なら、どんな道具を持ってるのか、見せて貰ってもいいかな?」

 治療中のウェズを見て声を上げたのはフォアンだった。ウェズはその発言に、一瞬にして気分を良くしたのか、ちょっとだけ誇らしげに鼻を擦る。

「いいぜっ、僕の道具は、その辺の道具屋じゃ見られないような、珍しい物が豊富なんだぜっ」

「わぁ、楽しみにゃ!」

 ザレアが興奮気味に「わくわくっ」と手振りも交えて期待するのを見て、ウェズは治療を途中で止めて立ち上がり、酒場の隅に置かれていた大きな風呂敷を広げる。そこに集まるように、酒場にいた一同が足を向ける。

「さぁさぁ皆々様ご覧あれ! ウェズ様特選の珍品名品の数々を!」

 風呂敷に包まれていた品は確かに豊富だった。多種多様の虫の入った籠に始まり、大量のキノコ類、色取り取りの魚、生肉ではないが何か色の違う肉、そしてモンスターの素材と思しき、三種ほどの牙など。種類は多岐に亘り、量も半端ではなかった。

「へぇ。流石に取り揃えは多いなぁ。これって怪力の種じゃないか? 食べると、力が一時的に湧いてくるって言う」

 フォアンが風呂敷の上に在った小さな赤色の種を摘み上げて尋ねると、ウェズは我が意を得たり! と言いたげに指を鳴らしてフォアンを指差し、嬉々とした声で応じる。

「流石はハンター、よく分かったな! 一般人はともかく、ハンターでも偶に赤い種と間違えるってのに、一発で分かっちまったか! その通り、それは怪力の種。砂漠で採取した、天然物さ!」

「こ、これは!」ザレアが手にしたのは、小さなデメキンのような灰色の魚だった。それを掴んだ手が震えている。「カ、カクサンデメキンも扱ってるのかにゃ!?」

「お、そちらの〈アイルーフェイク〉のお嬢さんもお目が高い! そうとも、僕は魚も全般的に扱ってるのさ! そのカクサンデメキンは最近立ち寄った沼地で釣り上げた、まだ新鮮な代物だよ!」

 ウェズが水を得た魚のように得意気に演説染みた説明をするのを、遠目に見守っていたベルは、懐かしさと苦笑の混ざった嘆息を零した。

 彼は昔から変わらない、そう思わずにいられなかった。

 ウェズには商才が有ると、ベルは知っている。それは、彼の行動力や説明力の高さからも頷ける。――だが、彼にも欠点が存在する。それは……

「お? これって、傘、か?」

 フォアンが風呂敷の上に置かれている、無色の傘を拾い上げる。壊れている訳ではなく、普通に日常生活で使えそうな、何でもない代物に見えたが、ウェズは更に得意気になって舌を滑らせる。

「おお! 流石は歴戦のハンター、目の付け所が違うね! そうとも、それは落し物の傘! なんと狩場で偶然見つけた逸品さ!」

「どこで見つけたんだ? しかも狩場で傘って、普通はそんな物、落ちてないよな?」

 フォアンの疑問に、ウェズは深く考えるでもなく、即座に回答を出す。

「この村の南西にある湿地帯で見つけたんだ! 沼地と言えど、狩場は素材の宝庫だからね!」

「南西の湿地帯? あそこって最近、ゲリョスが棲みついたって聞いたけど、もう退治されたんだっけ?」フォアンが小首を傾げて不思議そうな顔をする。

「うんにゃ、退治されてないよ。ゲリョスの視線を掻い潜って、素材を集めて来たのさ。いやぁ、あの時も危なかったなぁ……最後はゲリョスと死に物狂いの追いかけっこも繰り広げたし。――だが、それだけの価値が、この傘には有ると、僕は信じてるよ!」

 酒場が一瞬にして静まり返った。

 音の消えた酒場で、ウェズだけが「あれ? 僕、何か変な事、言いました?」と笑顔のまま後ろ頭を掻き始める。

「……はぁ。やっぱり治ってなかったか……」

 溜め息混じりに反応したのはベルだった。やれやれと肩を落とし、ウェズの顔を覗き込む。ウェズは何の事か分からず、笑顔のまま頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

「――ゲリョスと追いかけっこって凄いな。死に物狂いって言うか、ハンターでも命落とすかどうかの瀬戸際じゃないか?」感心するように、どこか感嘆した息を漏らして呟くフォアン。「よく生きて逃げられたな」

「へ?」ウェズが笑顔を若干、引き攣らせる。

「ゲリョスのパニック走りや猛ダッシュは、ハンターでも追いつかにゃい程の速度にゃから、追いかけられたにゃら、普通は潰されてると思うにゃ!」

 追い討ちを掛けるように続けるザレア。だが何故か、〈アイルーフェイク〉の中にある双眸は、憧憬の熱を帯びた光が輝いているような気がしてならないベル。

 ウェズが凍りついた笑顔を張りつけたまま固まっていると、ベルが憐憫の感情を色濃く浮かべた瞳で、彼の凍結した顔を覗き込む。

「あんた、いい加減、素材収集になると周囲が全く見えなくなる癖、どうにかしないと不味いわよ」説教染みた口調で、ベルは同情の眼差しを向ける。「行商人として素材が大切なのは分からないでもないけど、狩場に入り浸り過ぎると、いつか本当に命を落とすわよ?」

 ベルの説教を聞いていたウェズは、顔を曇らせていたが、――すぐに薄い笑みを滲ませた。無理矢理浮かべた、と言う訳ではなく、どこか自然に漏れた苦笑と言った様相が強い、微笑だった。

「……まぁ、これは僕の性分だしなぁ。前からベルに耳にタコができる程に聞かされたけど、こればっかりはどうしようもないよ」

「馬鹿は死んでも治らないって言うけど、あんたがまさにそれだわ。地獄でも素材を集めてなさいよ」

「辛辣過ぎる! せめて死んだら天国に逝かせてくれよ! 死ぬ気も無いけど!」

 ウェズの悲鳴染みた絶叫が小さな酒場に響き渡った。




【後書】
 と言う訳でウェズ君が如何に凄い行商人かって綴りたかったんでしょうけど、どうしても残念な感じが抜け切らないのがウェズ君です(笑)。
 もー、アレです。ベル以上のツッコミ役と言ったら彼! って言えるぐらいツッコミに特化したボロカス系行商人なので、彼がその場にいるだけで和むんですよね…彼にならどんな惨たらしい目にも遭わせられる安心感が有ると言いますか(笑)。
 と言う訳で次回、第2章6話目にして、第19話「半人前の行商人として」…行商人が出てきて、ベルが守銭奴である以上、このシーンを綴らない訳にはいかなかった、と言う回です。お楽しみに!w


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019.半人前の行商人として

 昼下がり。ラウト村の酒場に、一人の青年が風呂敷を包み直す姿が有った。

 何故か青年――ウェズは泣いていた。しくしく、と涙を流しながら荷物を纏めている。

「ぐす……また原価割れで素材を買われてしまった……酷いよぅ……」

「なに泣いてんのよ、原価割れなんていつもの事じゃない」

「だから泣いてんだよ!? もう完全に日常茶飯事にされてるから泣いてんだよ!?」

 酒場の隅で絶叫を走らせるウェズを平然と見返すのは、大量の道具や素材を手に酒場を後にしようとしていた少女、――言わずもがなベルだった。キノコ類やビン類を大量に腕に抱え、落とさないように気を遣いながらウェズを見やり、表情同様、声音も平素そのもので応じる。

「? あんた何言ってんの? 逢う時はいつもこうだったじゃない」

 ベルが特に感慨らしい感慨も浮かべないまま立ち去る姿を、その場で四つん這いになって絶望を感じて見送るウェズ。まるで彼の頭上に暗雲が立ち込めているように、その周囲だけがやたらと憂鬱な闇に閉ざされている。

 そんな様子を苦笑しながら見つめるのはフォアンだった。彼もウェズからは幾つかの種類の道具を購入したのだが、既に家と言う名の小屋に運んだ後だった。

「ウェズも大変だな。まさかベルがここまで値切るとは思わなかった。流石にピッケルが十zを切った時はどうしようかと思ったぜ」

「……結局、奴は七zで十個も買っていったけどな……僕が思うに、ベルの買物は、まさしく狩りだよ。奴は僕からピッケルを狩っていったのさ!」

 よく分からない例えに、誰もが小首を傾げていたが、それには気づかない様子で荷物を纏め終えたウェズが風呂敷を担いで立ち上がった。

「――ウェズさん、もう別の街へ?」

 思わず立ち上がって悲しそうな眼差しを向ける白皙の村長――コニカ。

「折角なんですから、もう暫らく滞在していかれたらどうですか? 宿もこちらで用意しますし……」

 仔犬を連想させる、潤んだ瞳で見つめる美貌の女性に、ウェズは頬を赤らめながらも、首を振って断った。

「僕としてもここに留まって、コニカさんと色々な話をしたかったんですが……ここのように、専属の道具屋がいない村を回らないといけないので、今日はこれにて失礼させて頂きます。他の村でも、ここのように僕の到着を心待ちにしている筈ですから」

 恥ずかしそうに、と言うよりは幾分の誇称が入っていたように思えるが、取り敢えずこの場にはそれを見透かせる者はおらず、ティアリィを除く皆が、感嘆の吐息を漏らしていた。

 コニカは残念そうに、でもそれをできる限り表情に出さないようにしているのか、微苦笑をウェズに向けた。

「そうですね、この村以外にも、皆さんがウェズさんを待っているんですものね。無理に引き留めてはいけませんね。あまりおもてなしも出来ませんでしたが、またいらっしゃって下さいね♪」

 最後は満面の笑顔を浮かべたコニカに、ウェズは心を射抜かれたように「ふぐっ」と胸を押さえてたじろいだが、すぐに我に返って、「では!」と大きな声を上げ、片手を挙げて酒場を後にした。

「――で、次はどこの狩場で素材収集に走るのかしら?」

「うぉっ!? べ、ベル!? いたのか!?」

 酒場の入口の壁に凭れかかるようにしていたベルが、半眼でウェズを見やり、冷ややかな声を浴びせた瞬間、彼の背筋が震え上がってしゃんと伸びる。条件反射と言っても差し支えない動きだった。

 ベルは道具を既に小屋に運び終えた後らしく、両腕を胸の前で組んで、ウェズを見据えていた。冷えてはいたが、苦笑のような色も滲んだ、温かくは無いが冷たくも無い眼差しをウェズに注いでいた。

 ウェズはばつが悪そうに後頭部を掻いていたが、彼女に敵わない事は自明なので、早々に白状する。

「……この村の北に在る、雪山だよ。あそこはまだ、ティガレックスやラージャンみたいな、凶暴なモンスターが現れたって話を聞いてないし、安全な今の内に素材を集めておきたいんだよ」

「やっぱり……」はぁ、と重たい嘆息を零すベル。やれやれ、と両掌を上に向けて、首を小さく振る。「あんた、あんな事言っといて、やっぱり素材集めに走るのね……さっきの忠告、もう忘れたの?」

「いや、その……あは、あはは、あは…………」

 引き攣った苦笑を張りつけて、何とかこの場をごまかそうとするウェズだったが、じとーっと見つめられて結局失敗に終わる。はぁ、と諦めの嘆息を零すと、悄然した顔で頬を掻き、ベルの無言の重圧に、呟くような声量で応じる。

「……僕はさ、行商人としてはまだ半人前だ。素材や道具の独自ルートを持っていないから、素材は現地調達しかないんだよ……新鮮だし、何よりタダだし。……偶に街の方で見かけるんだよね、養殖物や紛い物、酷い時は贋物を販売する輩が。ああいう輩を見ると、どうしても思うんだ。僕は出来る限りハンターに近い位置で商売がしたいって。そのためには……危険だと分かってても、狩場に入って行かないと……」

 後半は尻すぼみになって、消え入りそうな声量だったため、ベルの大きく苛立ちの含んだ溜め息で掻き消されてしまった。ベルが睨みあげてきたのを見て、ウェズは身を縮こまらせるが、視線だけは根性で逸らさない。

 ベルは少し怒気の含んだ顔でウェズを見つめていたが、――やがて表情を和らげ、出来の悪い息子を見る母親のような顔で、小さく吐息を漏らした。

「……ま、あんたが言う事が分からない訳じゃないし、何よりあたしが言った所であんたが言う事を聞かないのは、長年付き合っていれば流石に分かるわ。あんたには、あんたの世界が有るんだものね。……ま、精々死なないように気を付けなさい」

 理解はしていない。納得もしていない。でも、自分が何を言った所で、彼の道を妨げる事は出来ない。自分の手で止める事が出来ない、と言う点では、身近に二名ほど似た連中がいるので、彼らが影響して順応できてきた面も若干、自覚していた。

 ウェズを止める事を諦めたベルだったが、彼を突き放すだけで別れる程、彼女は狭量ではなかった。人差し指を立て、「でもね、」と前置きして、告げる。

「――いいこと? あたしが死ぬまで、あんたは死んじゃダメなんだからね?」

 ぴ、とウェズの顔を、立てた人差し指で指差すベル。その顔には不敵な笑みが浮かび上がっていた。その憎らしい程に素敵な笑顔が、まさにウェズの中に有る、昔からのベルの象徴のような気がして、釣られるように苦笑を浮かべてしまう。

「……やっぱり、ベルは変わらないな」

「何か言った?」険を眉に込めるベル。

「何でもないっす! ……じゃ、またな」

 手を振って、ラウト村を出て行くウェズ。

 その後ろ姿を見送ったベルは、懐かしさと共に、忘れていた何かを思い出したような、そんな気がして、後ろ髪を引かれるような思いで、ウェズが消えた門の先を、誰もいないその場所を、暫らく呆、と見つめるのだった。




【後書】
 守銭奴が値切りを使わない訳が無い!(挨拶)
 お金を貯めるのが目的のベルですからね、こういうシーンは絶対に綴りたかったと言う側面は有りますw「ベルは買い物がしっかりしてる気がする」って当時から言われてました(笑)。
 そしてウェズ君の行商人としての在り方も、どうしても触れておきたかった内容になります。何でも買える環境だからと言って、それが正規のルートで入手されたものかどうかって、購入者には分からなくても、販売者の視点から見ると分かるものも有る…と言った事を言いたかったのでしょう、タブンw
 ウェズ君は惨たらしい目に遭うのがデフォルトのキャラクターですが、その実、行商人としては誠実そのものですし、商売もしっかり行える人物なので、ベル以外にはすんごい評価が高い人なんですが、どうしてこうなった!(笑)
 と言う訳で次回、第2章第7話にして、通算第20話!「音信不通常習犯」…不穏が始まります。お楽しみに!


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020.音信不通常習犯

 村に珍客とも呼べる行商人のウェズがやって来てから、更に二週間が経過していた。

 その後もベル達三人のハンターは、森丘で小型モンスターの間引きや、高額で取引されるキノコなどの特産品の収集など、ハンターとしての生活を全うしていた。大変な事には違いないが、毎日がそれなりに充実し、そして危険ながらも平和な日々が続いていた。

 ――そんな折に、その話は舞い込んできた。

「…………またか」

 件の話を耳にした時のベルの反応は、その一言に集約されたと言っても過言ではなかった。ガックリと肩を落とし、顔を覆うように右手を当て、はぁぁぁぁ、と重苦しい嘆息を零すと言う、繰り返される悪事を目の前にしたような、分かり易過ぎる程の落胆ぶりを露呈していた。

 その話を持ち込んできた村長コニカの反応は全く違っていたが。

「大丈夫でしょうかウェズさん……まさか、モンスターに襲われて立ち往生しているとかだったりしたら……!」

 目に見えて狼狽しているコニカ。ただでさえ色白の肌が、蝋のように色素の感じられない白に移ろい、自分に何ら落ち度は無いのに、怯えていると言う表現が似合う程に、露骨に狼狽えていた。

 場所はラウト村の酒場。三人のハンターが小型の猪であるブルファンゴの間引きをし終わった事を報告しにやって来た時に、その話は舞い込んできた。いつもの防具を身に纏った三人は、焦燥に駆られて蒼白になったコニカの話を聞いて、二人は驚き、一人はぐったり項垂れた、と言う状態だった。

「……あのね、村長。ウェズが行方不明って言うか、音信不通になるのは、そりゃもう日常茶飯事で、毎回起こしてるんですよ。……これで大台の五十に到達するんじゃないかと思う程にね……」

 話の内容は至ってシンプルだ。ラウト村の北に聳える雪山を越えた先に構える集落に、ラウト村を出発して二週間が経過した現在に至っても、行商人――つまりウェズが到着していないと言う、それだけの話なのである。

 因みに、ラウト村から雪山の向こうに在る集落までの距離は、大人の足で五日も有れば充分に辿り着ける程で、だからこそベル以外の人間は心配を隠せないのだが……

 ベルが思うに、彼への心配は取り越し苦労でしかないのだ。昔のベルなら、彼らの気持ちに同調していただろうが、何度と無く繰り返されると、最早そういう感覚が磨耗しきってしまった。

「でも、二週間も経ってるんだろ? 流石に不味いんじゃないのか?」

 フォアンが眉を顰めて、いつもより難しそうな顔をしてベルを見つめる。その顔には不安や心配の色を覗かせていたが、ベルの反応が理解できないためか、困惑の色も混在していた。

 ベルは微苦笑を浮かべ、首を小さく横に振った。それは“否”だと。

「ウェズが打ち立てた音信不通の記録は、最長二十七日間。それまで何をしてたか分かる? 素材収集のために、ずっと狩場に不法滞在してたのよ」

 狩場は基本的に長時間の滞在が認可されていない。それは大小を問わず、常にモンスターが徘徊している事も有るが、天然の動植物の宝庫でもあるからだ。無期限に狩場に滞在して採取し続ければ、それだけ動植物が消耗してしまう。それを避けるために、ハンターが狩場に滞在してもいい期間が、最大で十時間と定められているのだ。

 だが、狩場はハンターだけが滞在する訳ではない。行商人や商隊など、村から村へ、街から街へ行き来する者も、どうしても狩場を通行しなければならない時が有る。そういう時は流石に滞在を余儀無くされるが、それにしたって、普通は長期間滞在するような輩はいない。危険なモンスターが棲みつく地帯に、自ら進んで行きたがるような者は、よほど酔狂な人間か、単なる自殺願望者だ。

 その中でも、ウェズは前者に入る希少な人間だった。自ら危険な地帯に足を踏み入れ、素材を収集する、ハンター染みた行商人――それがウェズと言う男である。

 因みに、狩場を横断する時は概ねハンターを雇うのが主流である。モンスターに襲われたら商売どころか命すら危ぶまれるからであり、普通は単独で狩場へ向かうのは、ハンター以外に有り得ない。

「凄いのにゃ……狩場で二十七日も現地調達だけで生き繋ぐ人間にゃんて、まるで師匠みたいにゃ御仁にゃ……」

 ザレアが感嘆の嘆息を零したが、ベルは寧ろその師匠の方が気になった。ハンターでもそんな人種がいるのか、と世界の広さをまた知ってしまうと同時に、

(……ザレアの師匠って、本当にどんなハンターなんだろう……)

 と思わずにいられなかった。

 ――さておき、

「だからさ、ウェズの事は心配しても徒労に終わるだけよ。あいつの事だから、後になってひょっこり村に現れるわよ。悪びれもせずに、ね」

 彼の事を知っているだけに、その結論に行き着くのは必定とも言えた。ベル自身、何度も心配して、その度に平然とした態度で現れる彼を見て、苛立ちを隠せなかった時期も有ったが、それも昔――そんな感覚は、彼に対してのみ、完全に凍結してしまった。

 ――が、そんなベルの思考の氷塊を溶解する言葉が、コニカの口から放たれた。

「そうなんですか……? でも――雪山には今、フルフルが出現したと言う情報が、ギルドの方から発表されたのですけれど……本当に大丈夫なんでしょうか……」

「!」

 フルフル。白いブヨブヨした皮で覆われた、体内に帯電機構を備えた、不気味な体躯を持つ巨大な飛竜。伸縮する首の先にある、顔の無い口だけの先端から吐き出される、地を駆ける電流をマトモに浴びれば、幾らハンターでも一撃で感電死する事が有る。ティガレックスやラージャンとは別種の恐怖を懐く飛竜種。

 一瞬、ベルの脳裏を過ぎったのは、電流が直撃したために致命的な火傷を負って、全身が焼け爛れたように皮膚が変色してしまったハンターの姿。酷い悪臭の許は、全身から湯気とも蒸気とも言える白い煙を立ち上らせて、陸に上がった魚のように痙攣を繰り返す、元はハンターだった人間の成れの果て――――

 何年もハンターとして生計を立ててきたベルだからこそ分かる、モンスターへの恐怖。自分の防具に、フルフルの中でも、亜種である赤いブヨブヨした皮を纏ったフルフルを選んだのも、その時の恐怖を忘れないため。そして同時に、その時に失った仲間を忘れないため……

 思わず生唾が喉をゴロリと嚥下していく。背筋に冷たい棒を突っ込まれたような気分になり、一瞬にして酒場の空気が冷えたような感覚を味わいながらも、それでもベルは、気丈に微苦笑を浮かべてみせた。

「で、でもほら、ウェズの事だし、ゲリョスの猛ダッシュからも逃げられるんだから、きっと大丈夫よ!」

「――ベル」

 フォアンの、どこか硬質な感じを孕む声に、ベルは諫められたかのように、一瞬身を縮こまらせる。

 視線を向けると、フォアンが何もかも見透かしたような、涼しげに澄ました顔で、小さな指摘を口にした。

「――震えてるぞ?」

「っ」

「ベルさん!」

 ベルが気恥ずかしさに紅潮したのを無視して、ザレアが高々に声を張り上げた。思わず素の顔でザレアに視線を向けると、彼女は固めた拳を胸の前で震わせながら、敢然と自分の思いを、――この場に居合わせた全員の思いを、口にした。

「行くしかにゃいにゃ! ウェズさんを助けに行くのにゃ! オイラ達が、やるしかにゃいのにゃ!」

 ――思えば、ベルを取り巻く二人のハンターは、ベルの心底に有る思いを容易く汲み取るような、何もかも見透かしているようで、その実、いつだって自分に忠実なハンターだった。

 彼らの思いは、どこか素っ頓狂で、何かが間違っているような気がするが、反面、ベルの深層心理の断片を呼び覚ましているような気もして……

「……もう、何て言うかさぁ……」

 長い紺色の髪に触りながら俯いて、ばつが悪そうに呟きを漏らすベル。口ごもるようにそこで言葉を一旦区切り、少し間を開けてから、――澄みきった、且つ不敵な微笑を浮かべて、――口を開いた。

「――分かってるわね、皆?」

「了解です、隊長」フォアンが敬礼し、「分かってるのにゃ!」ザレアが片手を挙げる。

 心を満たす返答を脳に納めた後、ベルはよく分かっていない村長へと振り返り、「そんな訳で、」と前置きを告げてから、

「何日か村を空けさせて貰ってもいいかな? 村長」

 拝むように両手を合わせると、ベルは頭をぺこりと下げた。同様に、フォアンとザレアも懇願するようにコニカを見つめる。

 その時点になってようやく事態を呑み込めたらしいコニカは、給仕のティアリィに目配せしてから、コックリと頷いた。




【後書】
 問題児の行商人を心配するのは無駄だーと言いながらも、結局心底では心配しているベル…

 めっちゃ尊くありません!?!?!(挨拶)

 ベルとウェズって腐れ縁的な幼馴染的な要素を出したくて綴ってた気がしますが、今回の物語でその要素をふんだんに活かせた気持ちで一杯です。こう、結局馬鹿を見ると分かっていても心配せずにはいられない仲って、堪りませんよね…!
 今回の話だけ単体で観ると、ベルとウェズってもしかしてそういう仲になる…? って疑いを懐くかも知れませんが、私も懐いてました(笑顔)。ベルの狩猟日記最後のお話の彼の台詞は万感の想いが詰まっておりますので、それまで是非是非モダモダして頂けると幸いです!w
 と言う訳で次回、第21話にして第2章第8話!「沈黙の雪山」…いよいよ狩場へ繰り出す彼らが観たものとは!? お楽しみに!


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021.沈黙の雪山

「――ここが雪山、かぁ……」

 ベルの呟きが漏れたのは、ラウト村を出発して二日半後――日没に差し掛かった頃だった。

 場所は、冷厳と聳える雪山の麓を見渡せる、針葉樹の大木に囲まれた、断崖の上。そこに今回のベースキャンプを置き、雪山へ向かう準備と計画を整えていた。

 拠点は、針葉樹の喬木が周囲に林立しているために、視界に雪山の巍然とした姿は映らないが、ラウト村では感じない薄っすらとした冷気が、その存在を主張するように肌に静かに纏わりついてくる。

 同じ狩場である森丘とは全く違う雰囲気が、現在の狩場――雪山には満ちていた。ベルはそのいつもと違う違和を、肌身にヒシヒシと感じずにはいられなかった。具体的なもので説明するなら――音。

「……静かだな。まるで、生物が死滅した後の世界みたいだ」

 拠点にテントを設立したフォアンが、背中に背負った斧剣・ジャッジメントと防具が奏でる硬質な音を響かせながらベルの隣までやって来ると、ポツリと独語を漏らした。ベルは振り返らず、コクリと顎を上下して彼の言葉に応じる。

 そうなのだ。今いる拠点――つまり大型のモンスターが近寄って来る事の無い場所ですら、完全に音が絶えていた。普段なら聞こえてくる筈の、鳥や虫が自己を主張するような声音が、全く聞こえてこない。ここに在るのは、風が時折奏でる、枝葉が擦れるうそ寒い音――それだけ。

 無音の静寂と言う現状が、狩場の雰囲気を著しく変質させていた。

「フォアン君、フルフルは今、どこにいるのかにゃ?」

 フォアンを追ってテントの中から出てきたのは、いつも通り大タル爆弾Gを背負ったザレアだった。大型モンスターがいると言う事態を憂慮しての装備だが、これのお陰でベルは雪山に至るまで極度の緊張とストレスで不眠症に陥っていた。その影響で現在、彼女の目許には隈らしき黒い跡が薄っすらと浮かんでいる。

 ザレアの装備はいつもの防具(〈アイルーフェイク〉の他はインナーのみの、軽装にも程が過ぎる装備)で、先日も持ち歩いていた正式採用機械鎚を今回も携行していた。フルフルには火属性が有効なので、それを意識してのチョイスだろう。

 フォアンが装備しているレックスシリーズの防具は、〈千里眼〉のスキルが着用者に宿る。〈千里眼〉のスキルは狩場にいる大型モンスターがどこにいるのか把握できる代物だが、実際は見えるのではなく、嗅覚が鋭敏化されるのではないか、と言う説も有る。

 その辺の謎は、フォアンから説明される事は無かった。そういうスキルを持っている事さえ確かであれば、それ以外は然程気にする事ではないから。

 褐色の防具に身を包んだ少年は、ポーチから折り畳んだ地図を取り出すと、二人の前に広げて、指を図上に走らせる。

「多分、フルフルは頂上付近にいると思う。鍾乳洞とか、麓の草原地帯でない事は確かだな。それと、もう一頭、大型モンスターがいるな」

「! ……フルフルの他にも、まだ大型のモンスターがいるの?」

 ベルが思わず顔を顰めて唸る。全くの想定外と言う訳ではないが、問題をややこしくすると言う点では、喜ばしい事態でない事だけは確かだ。

 フォアンは刺々しいヘルムを傾かせ、難しそうな顔でベルに視線を移す。

「多分そいつはドスファンゴで間違い無いと思う。……どうするんだ? ベル。ウェズが行きそうな場所とか分かるか?」

 ベルは考え込むように、顎を掴むように手を置くと、地図を見つめたまま暫らく動きを止めた。

「……採取できる場所が在るなら、迷わずそこに向かうのがウェズなんだけど、あたし達はその採取できる場所が分からないのが一番痛いわね……。虱潰しに探す他に無いけど、先にフルフルとドスファンゴを始末しておいた方が良いわね。ウェズが見つかった後に奴らに襲われたら目も当てられないし。――頂上付近の雪原地帯へと向かいましょう」

 二人のハンターが頷いたのを見て、ベルはポーチに納まっている様々な道具を確認し、フルフル対策に選んだ武器である弓――プロミネンスボウⅡを担ぎ、拠点を出発した。

 やがて狩場に陽が落ち、雪山の上空には燦然とオーロラが輝き始める。

 

◇◆◇◆◇

 

 雪山に在る洞窟は、凍てつくような温度が保たれた、鍾乳洞である。体を内側から温める飲物ホットドリンクを口にしなければ、あっと言う間に体力が削られて動けなくなってしまう程の冷気が辺りに満ちている。更に頂上付近の雪原地帯ともなれば、鍾乳洞を更に越える寒気で満たされており、まさに極寒の地に相応しい様相を呈している。

 鍾乳洞の中には、大型のモンスターが休憩する巣穴が穿たれている以外は隘路で形成され、巨大な体躯を誇る飛竜種などの大型モンスターが巣穴以外に現れる事は無い。だから、小型のモンスターが小道を徘徊している筈なのだが……

「……不気味な程に、何もいないわね……」

 呟いた声が鍾乳洞の高い天井に僅かに反響していく。ベルの違和を感じさせる小声に応じる者はいなかった。

 普段から雪山に来ている訳ではないので、この辺のモンスターの生態に就いてあまり分かっていないが、別の狩場の雪山に行った時には、こういう鍾乳洞に小型のモンスターが多く屯していた記憶が有る。大型のモンスターが頂上付近の雪原に現れ易いためかどうか分からないが、追いやられるようにして小型のモンスターが鍾乳洞に集結している様がよく見られた。

 併し、今は寒々しい程に、視界に何も映らない。

 ――まるで、生物が死滅した後の世界みたいだ。

 拠点にいた時のフォアンの発言が、不意に脳裏を過ぎる。それが如何に馬鹿らしい思考だと分かっていても、どうしてもその発言を無視する事が出来ない。

 やがて、鍾乳洞を抜けた先――雪原地帯へと辿り着く。

「…………!」

 ベルは、その光景に、思わず息を呑む。

 雪原は少し吹雪いていたが、視界を遮られる程ではなかった。雪山を抉ったように忽然と姿を現した開けた景色に、三人のハンターは一瞬、動きを止めた。

 雪が厚く降り積もり、固く地肌を覆い隠してしまった、白い絨毯の上。そこに、ガウシカやポポと呼ばれる草食のモンスターが大量に有った。いた、ではない、“有った”、――である。

「ヴルルルル……」

 三人の視界に映るのは、巨大で、且つ奇怪な、白い塊。それは、人の丈を優に超える大きさを誇っている。

 ずんぐりとした体から伸びる、太く長い、頚骨がたくさん有るために、グロテスクな動きで蠢く首。首の先には顔など無く、先端が裂けるように開き、そこから無数の歯が覗き、隙間からポタポタと透明な雫――涎を垂らしている。

 ずんぐりとした白い体には巨大な両翼が付随している事から、一目で飛竜種と視認できる。

 飛竜種――奴こそが、飛竜種の中でも一風変わった姿と特徴を持つ大型モンスター、フルフルである。

 通常の飛竜種に有るべき甲殻や鱗が一切無く、ブヨブヨした柔らかい皮で全身を覆っており、その表面は月光を浴びて油膜が張っているように、てらてらと光を照り返していた。

 その口から漏れ出す涎には、――大量の紅が混在していた。

 そして、涎の色の許であろう存在が、辺りにごまんと転がっていた。

 白い雪原を赤く彩るそれは――ガウシカとポポの屍の群れ。皆、全身を隈なく破壊され、殆ど鮮血しか残っていない状態を曝している。既にフルフルに食い尽くされた後だ。

 盛大な食事を終えた白い化物は、首から先の、涎が垂れ流しである、口でもあり、鼻としても機能する穴を「ふんふん」とひくつかせ、まだ獲物は無いかと鋭い嗅覚を用いて彷徨っていた。

 屠殺場と化した雪原を前に、ベルは一瞬表情を強張らせたが、すぐに猟人としての意識に切り替え、少女としての恐怖を思考から排斥した。縺れそうになる舌を動かして、隣に佇む二人のハンターへと、小さく声を掛ける。

「……この前のイャンクックなんて、目じゃないかも知れないけど――やれるわよね?」

 ベルの投げた言葉は、実に今更な質疑だった。

 この期に及んで逃げ出すような面々ではない。それは、二週間もの付き合いで充分に理解している。ならば何故、分かりきった言葉を投下したのか? ……それは、すぐに知れた。

「ベルさんにゃら、――やれますにゃ!」

 ザレアの返答で、納得した。

 今の質疑は、自身に投げられた確認だったのだと。

 トラウマにもなりかけた、仲間が感電死する様を再び呼び覚ましそうになった自分への、警告と警鐘なのだ。

 それを理解したベルは、顎を小さく引き、表情を引き締めた。

 今は、そんな事に囚われている場合じゃない。そう、思考を現実に引き戻した。

「――行くわよ」

 ベルの発声を合図に、二人のハンターも行動を開始する。




【後書】
 と言う訳で第2章のお相手であるフルフルさんの登場です!
 初めてフルフルに挑んだのがP2で、且つ当時は太刀厨だったわたくし、回避もガードも知らないぱっぱらぱーだったために散々ボロカスにされた素敵な思い出が詰まったモンスターです(笑)。
 いよいよ狩猟シーンに突入したため、コメディ要素が抜けてシリアスぶっちぎり展開になっております。こういう、コメディとシリアスの落差が有ればあるほど、こう、ドキドキしますよね!(語彙力)
 さてさて、次回第2章9話目にして第22話!「二重の悪夢」…それは突然起きるもの。お楽しみに!


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022.二重の悪夢

 フルフルがこちらに気づく前に、ベルはポーチから球体の道具を取り出すと、思いっきり白い巨躯へと投げつけた。球体の道具は僅かに弧を描くようにして、フルフルの胴体に当たり、――破裂した。すると、茶色い色素を帯びた、モンスターの糞の臭素――つまり物凄い悪臭が辺りに撒き散らされ、鼻腔を刺激する空気が狩場に満ちる。

 フルフルは視覚が退化しているため、鋭敏化された嗅覚を用いて索敵を行うモンスターである。確かな事は分からないが、フルフルは暗所で進化を遂げたモンスターで、視覚の代価として嗅覚が発達した、と言う説が一番有力として流布されている。

 それを逆手に取る戦法として、ベルはウェズから買い取った道具――こやし玉と呼ばれる、モンスターの糞と素材玉を調合して造った、破裂すると鼻が曲がるような悪臭を周囲にブチ撒ける道具を使用したのである。これによって、フルフルは敵――つまりハンターがどこにいるかすぐには把握できない筈なので、その間に電光石火の如く、攻撃を加えようという魂胆だった。

 フルフルが突如として噴出した凄まじい臭気に困惑し、その場に釘付けされたように動きを停止させた。――まだ発見されていない。そう判断し、ベルは声を出さずにザレアにサインを出した。

 ザレアはネコの被り物を無言のまま上下に振り、恐ろしく素早い動きでフルフルの足許へと駆けて行く。

 大タル爆弾Gを背負ったまま走る行為は、想像以上に艱難を極めると推測できる。大タル爆弾Gは起爆装置こそ付随していないが、石ころがぶつかった程度の衝撃で起爆する、非常に繊細な面を持つ代物である。それを、震動を与えないように注意しつつ、いつもと変わらぬ速度を保持して走るのだから、ザレアは、恐らく達人の域に達する足運びを体得しているのだろう、とベルは常々思っていた。そこに至るまでの道程は、恐らく常人には考えも付かない程、途方も無く、険しいものに違いないとも。

「ヴゥルルルル……」

 ザレアがフルフルの眼前に辿り着こうとした、その瞬間だった。フルフルの、先端が吸盤のような尻尾が、雪化粧を施した地面の上に張りつき、全身を青白く発光させ始める。それに気づいたベルは思わず「止まって!」と叫び声を上げたが、ザレアは既にフルフルの行為を察知していたようで、ベルに言われるまでも無く相手から数歩手前で足を止めていた。

 動きの鈍重なフルフルには、それを補って余りある能力が宿っている。それが――帯電機構。帯電飛竜と称される所以でもあるその能力は、ブヨブヨとした皮全体に電流を走らせ、攻撃を加えようとする者から自己を守る“盾”とし、且つ触れる者を放電で感電死させる“矛”ともする。

 フルフルは、まさにその攻守両方を同時に行える、全身に電撃を纏うアクションを起こして、迫り来る脅威を振り払おうとしてきた。首を地面に垂れ、全身を青白く発光させて、電流の走る、空気にヒビが入るような音を辺りに響かせる。

 放電している間は、フルフルは身動きを取らない。それを利用して、ベルは番えていた矢を撃ち放つ。力一杯に弦を振り絞った一撃は、軽々とフルフルの胴体を貫通する。その瞬間、弓の持つ火の属性が付加された矢の効果で、傷口から一瞬だけ炎が噴き上がる。

「ヴァオォッ」

 思わず放電を解いて、不意の痛覚に一瞬たじろぐ白い巨体。火の属性が弱点のフルフルなので、矢が貫通した時の痛みより、燃え上がった炎の熱さの方が効いたように映った。

 その隙を衝いて、ザレアが大タル爆弾Gをフルフルの足許に下ろし、更に小タル爆弾Gをセットし、駆け出す。

「皆、耳を塞ぐのにゃ!」

 と叫びながら、前へ体を投げ出すように飛び込むザレア。――刹那、轟音と灼熱を孕んだ熱風が、内側から弾け飛んだタルの外枠と共に、辺りに飛散した。鼓膜を破らんばかりの爆音が、耳鳴りのような静寂に変わる前に、既に三人のハンターは動き始めていた。そろそろ、こやし玉も効果が尽きる頃だ。

 舞い上がった雪の煙幕が落ち着きを取り戻す頃、フルフルは白いブヨブヨした皮に焦げた跡を薄っすら浮かべた伸縮性のある首を、近くにいたフォアンの体を食い千切ろうと伸ばしてきた。それはフォアンの機転で、咄嗟に斧剣でガードされる。大きな口が斧剣の先にあるフォアンを頭から丸呑みしようと何度も啄ばんでくるが、その度に斧剣で防ぎ、少しずつ後退を余儀無くされるフォアン。

「こっちを見ろ!」

 ベルの怒号と共に放たれた矢が、フルフルの足を貫通して行く。何度も射抜き、その都度、傷口から炎が噴き出て、あまりの痛みにフルフルが踏鞴を踏む。

 フルフルが怯んだ絶好のチャンスを見逃す程、フォアンは甘くなかった。

「どぅるりゃー!」と言う、三人にとってはお馴染みになった喊声を張り上げ、フォアンは斧剣をフルフルの首を目掛けて薙ぎつける。

 斬撃は深々とフルフルの首筋に突き刺さったが、ブヨブヨした皮の思わぬ弾力で刃が押し戻されてしまう。流石に一撃だけでフルフルが倒れる事は無く、斬撃を加えられて更にグロさが増した首が空を向くと、肉色の口腔を曝す大きな穴が目一杯に開き――

「ヴァオオオオゥゥオオオオゥオオオオオゥゥオオオ!!!」

 ――身を竦ませるような轟音が弾けた。

 至近距離で鼓膜を揺さ振られたフォアンだけでなく、遠距離から矢を放っていたベルやザレアでさえ、耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまい、行動不能にさせられる。

 大型モンスターの放つ咆哮の中でも〈バインドボイス〉と呼ばれる類の咆哮は、人間の心底にある根源的な恐怖に影響を及ぼすのか、〈耳栓〉ないし〈高級耳栓〉と言うスキルが無い限り、咆哮が迸った瞬間は、如何なハンターと言えど、その場に縫い止められるように行動停止を余儀無くされてしまう。

 狩場全域を震え上がらせる咆哮が、空気を蹂躙するように辺りを埋め尽くしていく。その中で行動できる者など、唯の一人として存在しなかった。

 ――咆哮が納まった瞬間、フルフルはフォアンの方を向いたまま、尻尾の吸盤を地面に張りつけ、口許を青白く発光させ始める。

(不味い――ッ!)

 ベルは奴が何をしようとしているのか悟り、耳から手を離した瞬間、大声を張り上げた。

「逃げて、フォアン!!」

 固よりフォアンもそのつもりだったが、咆哮が終わった瞬間と言う事も有り、咄嗟には脳の信号を肉体が正しく認識してくれない。それでも無理に足を動かし、その場からの回避行動を取り始める。

 その間にフルフルは、青白く発光する口を地面に水平に倒し、――雷の如き速さで雪の絨毯を駆け抜ける紫電を吐き出す。

 フォアンと紫電の距離は刹那に縮まって行く。その上、地を駆ける紫電は一つではなかった。フルフルの口許から枝分かれして、その数は既に五つになり、拡散するように地を走って行く。

「く――――ッ」

 その一つが、フォアンの許へと雷光の如き速度で駆け寄る。このまま走り続けても間に合わない――ベルが一瞬、最悪の光景を想像した、その瞬間、フォアンは斧剣を手放して、前方に向かって体を投げ出すようにして、跳躍した。

 ――間一髪だった。咄嗟に手放した斧剣に紫電がぶつかっただけで、雪上を滑走するように頭から突っ込んだフォアンには傷一つ無い。流石のフォアンも、冷や汗を掻いているように見える。

「何て事するのにゃ!」

 紫電を吐き出した後の隙だらけのフルフルの横っ腹に向かって、ザレアが正式採用機械鎚で横殴りに叩きつける。彼女の一体どこにそんな膂力が秘められているのか謎で仕方ないが、フルフルの巨躯が数メートル水平に滑走する。火の属性効果も宿り、殴られた箇所からは一瞬だけ橙色の炎が噴き上がる。

「ヴォオウ!?」

 思わず踏鞴を踏んで体勢を立て直そうとするフルフルに向かって、今度はベルが攻撃を放つ。貫通する力を有する矢がフルフルの両足を貫くと、噴き上がる炎も手伝い、白い巨体が横倒しになる。

「今よ!」ベルが矢を番えながら、二人に向かって叫ぶ。

 フォアンが手放した斧剣を拾い上げてフルフルの頭部へと駆けつけ、背負い込む形で斧剣へと力を溜め込み始める。ザレアはフルフルの横っ腹を潰さんばかりに何度も正式採用機械鎚を振り下ろす。その度にブヨブヨの皮が柔らかい感触を返して沈み込み、叩き込まれた箇所から炎を噴き上げる事で、徐々に皮膚が赤黒く変色し始める。

「どぅるりゃー!」とフォアンが喊声を張り上げ、力を溜め込んだ斧剣を、満を持してフルフルの頭部へと叩き下ろす。

 ぞぶ、と柔らかい肉をぶった切る感触がフォアンの手首から腕へと駆け抜けていく。フルフルの首が縦に断ち割られ、夥しい出血が辺りに撒き散らされた赤色に混ざって飛び散っていく。

「ヴォゥオオオオオオオオオ!」

 フルフルの絶叫。それは先程も発せられた〈バインドボイス〉だった。その場に居合わせた全員の動きが凍結したが、ベルの中には僅かな慢心が生まれていた。

 恐らく、今のフォアンの一撃は大ダメージだろう。もう少しダメージを与えれば、もしかしたら倒せる――――

 そう、まさに淡い幻想のような勝利を確信した、その瞬間だった。

「ブルルル……」

 轟音とも言える咆哮に混ざって聞こえた、別の生き物の鳴き声。

 振り向く事など許されない。動きを完全に拘束されたベルの視界に映るのは、同じく行動を完全に停止させられた二人のハンター、そしてその元凶であるフルフル。

 そこに、まるで巨大な岩石のような塊が、弾丸のような速度で、走り込んで来た。

 濃い焦げ茶色のゴワゴワした体毛を纏い、大人の胴ほどの太さが有る二対の牙を持ち、フルフルよりも大きい体躯を誇る、巨大な猪の化物。

 名はドスファンゴ――厚い毛皮に覆われ、長く太い牙を有する、牙獣種の一種、ブルファンゴ――猪の長だった。

 その巨躯が、〈バインドボイス〉で地面に釘付けにされたフォアンの体を、まるで小石を蹴り飛ばすように容易く、――吹っ飛ばした。

 突進をマトモに喰らったフォアンは、まるで蹴鞠のように軽々と宙を舞い、蹴鞠のように何度も雪上を跳ねて転がり、やがて慣性を失って動きを止める。

 防御なんて、している訳が無い。この目で見ていたのだから、間違い無い。質量を伴う爆音を両手の隙間から聞いている最中に視界が捉えた悪夢を、思考はすぐには受け入れようとしなかった。

 認識できない。こんな事、起こり得ない。

 ――雪山全体を揺るがす咆哮が、止む。

「――フォアン君っ!」

 ザレアの絶叫が、ベルの鼓膜にまで届けられる。だが、脳がそれを言葉として認識するには、少しばかり時間を要した。

(……フォアン?)

 ドスファンゴの突進をマトモに受けたフォアンが、緩慢な動きで立ち上がろうとしている姿が、視界に飛び込む。生まれ立てのケルビのように、覚束無い足つきで、ゆっくりと、だが確かに立ち上がろうとしていた。

 幾ら何でも、フォアンがドスファンゴの一撃で死ぬ事など有り得ない。それは、現実としてそうだと確信できた。それだけの防御力が、褐色の防具に込められている。

 ザレアがフォアンへと駆けつけようとしている姿が、あまりの光景に考える事を放棄したベルの視界に映り込む。そのザレアの前に立ち塞がるようにして聳え立つ大猪。奴は、糸の切れかけた人形には興味を無くし、次の玩具として選んだのは、活きが良い、ネコの被り物をした少女のようだった。

「………………!」

 思考が、急速に現実を受容し始め、ベルは脊髄反射に似た速さで、行動を再開した。

 ――フォアンを助けなければ。

 意識を、そして思考を支配したのは、その想いだけだった。

 だが、残念な事に、――悪夢はこれで終わりではなかった。

 フルフルが、再び雪の絨毯の上に、尻尾の吸盤を張りつけ、口許に青白い光が凝集していく様が見て取れた。

 まさか、とベルは泣きそうになった。

 嘘だ、とベルは立ち止まりそうになった。

 止めて、とベルは――――

「ヴォアアアアアアア!!」

 ――吐き出された紫電が、立ち上がりかけたフォアンの全身を食い破るように、――貫いた。

「いやぁぁぁぁああああああああああああああ――――――――――ッッ!!」

 ベルの絶叫が、雪山を駆け抜ける。




【後書】
 ハンターだって人間ですから、被弾する事だって当然起こり得ますよね!
 ただ、モンハンの世界観のモンスターの膂力の表現って曖昧な所は有ると思うのです。何せ防具次第では何回火球を喰らってもピンピンしてたりする訳ですから。人間辞めてます…??
 と言う訳で今回は非常に雑な表現をすると「被弾回」でした。普通そんなの喰らったら死ぬんじゃないの感溢れる攻撃を受けてしまったフォアン君! 果たして彼はこの先生きのこる事が出来るのか!!
 と言うお話もね、モンハンの物語を綴っていく上でどうしても触れたかったのです。コメディ作品でも突然鬱展開を現出させちゃうのは癖みたいなものですてへへ。
 そんなこったで次回、第2章第10話にして23話!「敗残」…重たいサブタイトルが続きます。絶望の中の光を観よ! お楽しみに~!


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023.敗残

 雪山の頂上付近に広がる雪原地帯は、地獄絵図と化していた。

 辺りにはフルフルの食い散らかしたガウシカやポポの残骸が散乱し、雪上を薄っすらと赤く化粧したように鮮血で染めていた。

 その中心にいるのは、豪勢な食事を終えて巣穴へ戻ろうとしていたフルフル。だが、その巨躯は今では赤黒く変色した部分が目立ち、足や胴には風穴が開き、首には深く裂傷が走り、鮮血を滴らせ、更に雪原に赤い彩りを加えている。

 そのフルフルから三十メートルほど離れた先に、一人の少年が倒れている。陸に上がった魚のように全身を小刻みに痙攣させ、白い湯気のような蒸気を立ち上らせながら。だがそれ以外の動きを全くしないし、生死も定かではない――寧ろ死んでいると説明された方が納得できる状態で、無造作に転がっていた。

 その両者を繋ぐ間には、巨大な猪と、何もしなくても凍死するのではないかと思える程の軽装に身を包んだ少女が対峙していた。ザレアの視界は大猪ドスファンゴに遮られているようだったが、最悪の事態を想像したのか、幾分その動きが停滞――ではなく、驚く程にアグレッシヴになった。

「退けって、言ってるにゃ!!」

 振り返った大猪へと、自身の身の丈の三倍以上は有ろうかと言う巨大な肉の塊へと、渾身の力を込めた一撃を、一切の容赦も遠慮も手加減も無く、叩きつける。

 その光景を愕然とした面持ちで眺めていたベルには、悪夢がまだ続いているとしか思えなかった。

 

 ――フォアンが死んだ。

 

 その事実が、ベルの脳の一番深い場所に、烙印のように刻みつけられた。

 酷い痛みだった。視界が捉える全てが信じられない。脳が受けた視覚に因る暴力が起因し、思考だけが過去へと遡っていく。

 眼前で、何の抵抗も無く、仲間が感電死する悪夢。

 彼の纏う悪臭と、見るに堪えない醜悪な姿に、それ以前の彼の姿を、全く思い出せなくなる悪夢。

 もう二度と、彼と狩猟を行う事も、心を交わす事も、況してや出逢う事も出来なくなったと言う悪夢。

 ――眼前に厳然と佇む現実は、まさに悪夢と呼ぶべき過去の再現そのものだった。

「ベルさんっ!」

 ベルを地獄の淵から呼び覚ます声が、鼓膜まで届いたが、それを脳が認識する事は無い。ベルは今、悪夢と言う名の檻に囲われ、意識を外に向ける事が出来ない状態だった。

 故に、フルフルがこちらを向いて、フォアンを葬った、地を駆ける雷を放とうとしている事に気づかなかった。

「ベルさんっ!」

 フルフルの口に青白く発光する塊が凝集し、射出の準備が整いつつあるのにも、気づけない。

 ベルは、自分が泣いている事にさえ気づかず、ただ茫然自失の態だった。痙攣を繰り返すフォアンを見つめているようで、実は虚空しか見ていない瞳で、涙を零していた。

「ベルさ――」

 紫電が、放たれ――――

 

 ――――ベルの頬を張り飛ばす、ぱぁ――んっ、と言う、乾いた音が辺りに響いた。

 

 その直前には、フルフルの口に直接こやし玉が投げ入れられていた。突然口の中に湧いた異物感と異臭に、思わず紫電を見当違いの方向へと吐き出し、苦しそうにその場でもがき始める白い巨体。

 痛みを伴った、痺れるような熱さを頬に感じ、ベルは意識を再び現実へと戻した。

 そこには見知った青年の顔が有った。

「やっぱりベルは、ハンターに向いてないな」

 ウェズが不敵に微笑み、ベルの頬をもう一度張ると、逆にベルに頬を六度張り飛ばされた。

「いでェェェェ!! ちょッおまッやり過ぎだろッ!?」

「あんた、どうして……?」

 正気には戻ったベルだったが、涙の跡に気づかぬまま、まだ頭が覚醒しきっていないような力の無い様子で、呟きを漏らす。

 ウェズは張られたせいで若干赤らみ、先日のように腫れ始めた頬を摩りながらも、真剣に表情を引き締める。

「それより今はここから脱出する方が先決だろ? あのレックスの男の子は死んだ訳じゃない、まだ助けられる余地は有る。――今こそお前の出番だろ? ベル」

 ――死んだ訳じゃない。その単語に反応するように、視線が雪上に伏した少年へと向かう。フォアンは、非常に億劫そうではあったが、確かに立ち上がろうとしていた。

 

 生きてる。

 死んでなかった。

 

「――――」

 ベルの瞳に、意志と言う名の力が湧くのを、ウェズは眼前で見つめていた。

 視界の奥――大猪ドスファンゴと一対一で格闘を繰り広げるザレアは、怒りに身を任せてドスファンゴの横っ腹をぶっ飛ばした。砲弾よりも重たい一撃で、フルフル以上の巨体を誇るドスファンゴの巨躯が――宙に浮き上がる。

 横倒しになったドスファンゴは、すぐには立ち上がれそうに無い。フルフルは悪臭と口腔の異物感で、すぐには動けそうに無い。

 狩猟で言えば、好条件が揃っている状況だ。今なら、正常な状態のハンターが挑めば、勝ち目は有るかも知れない。

「――ザレア! フォアンを背負ってこっちに逃げて来て!」

 だが、ベルはその選択をしない。どれだけ狩猟で優位に立っても、退くべき時に退けないハンターの死期は常に身近に用意されている。ベルは、今が退き際だと感じ、それをザレアに叫んで伝える方を優先した。

 ザレアはネコの被り物を大きく頷かせると、恐ろしい速さでフォアンの許へと駆け寄り、自身より少し大きい少年の体をヒョイと担ぎ上げると、ゲリョス顔負けの速さでこちらへ向かって走って来た。

 ベルはその間にウェズに指示を出して、けむり玉を取り出させ、それを使って辺りに煙幕を張った。ドスファンゴが容易に追ってこられないように対策を講じてから、ベルはザレアが追いつくのを待ち、狩場からの遁走を図った。

 生き延びるための敗走に、躊躇いなど微塵も湧かなかった。




【後書】
 このウェズ君のカッコよさと可哀想さの両立は、ウェズ君にしか出せない雰囲気です(笑)。
 と言う訳で感電死したー!? と見せかけてからの辛くも敗走、と言う流れ。瀕死になったハンターが態勢を立て直すべくエリア移動するアレですね! って言うと歯に衣着せない言い方になってしまうのですがw
 ともあれ美味しい所を持って行くウェズ君、ここだけ見ると何れベルちゃんと…って雰囲気まで滲ませつつも…!
 そんなこったで次回、第2章11話にして、第24話!「引き摺る影」…ウェズ君イケメソ回が続きます。そうか、登場した当時はこんなにカッコいいキャラだったんだな…って読み返しながら驚いております(笑)。ではでは、次回もお楽しみに!


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024.引き摺る影

 雪山の頂上を拝める雪原地帯に、身を屈めれば入れる横穴が穿たれていた。

 大型のモンスターは疎か、小型のモンスターですら入り込む事は出来ないであろうその穴の先で、二人のハンターと一人の行商人は、運び入れた一人のハンターの治療を行っていた。

「――これで火傷の治療は終わりだ。つっても、応急処置みたいなもんだから、絶対安静が前提だし、すぐにでも街の医者に見せた方が良いだろうな」

 ウェズはそう言うと、自身の前に広げた医療用の道具を仕舞い始める。

「オイラから見て、フォアン君は体力的に疲弊しきってるだけだと思うのにゃ。回復薬さえ飲んでくれたら、何とかにゃりそうにゃんだけどにゃ……」

 ザレアが心配げにフォアンの顔色を窺いながら、ポツリと呟きを漏らす。

 フォアンは気を失っていた。逃げる時に、立ち上がるような気力を見せていたが、あれは無意識に行っていたようで、ザレアが駆けつけた時には既に意識が無かったらしい。苦しそうに唸りながら胸を上下させている姿は、痛ましい事この上ない。

 今のフォアンは防具を脱がされ、全身に負った電流に因る火傷の治療をウェズが行っていた。薬草やアオキノコを、傷口に満遍無く塗り込んだのだが、その効果がどれ程のものか、ベルには想像が付かない。

 気を失っているフォアンは、回復薬を飲めなかった。無理に飲ませようと口に注ぐと、咽るようにして吐き出した次第だ。これでは外傷が治っても、体力的な問題で意識を取り戻すのは難しいだろう、とはウェズの弁。

 弱々しい呼気を繰り返すフォアンを見下ろして、胡坐を掻いていたベルは、ザレアの手から回復薬を奪い取った。

「どうするのにゃ? フォアン君に飲ませようとしても、吐き出しちゃうのにゃ……」

 ザレアがネコの被り物の正面をベルに向けて尋ねるのに対し、ベルは無言のまま回復薬の蓋を開け、自身の口に含んだ。

 それを見たウェズが思わず瞠目する。

「おまっ、まさか口移し――っ!?」

 と慌てふためくウェズを見据えると、ベルは怪訝そうに眉根を寄せた後、口に含んだ回復薬をそのまま嚥下した。こくり、と喉が上下する。

 ウェズが慌てふためいた表情のまま固まった瞬間、――体の内側から癒されていくような、不思議な感覚が全身に広がったのに気づいた。その感覚は、回復薬を飲んだ直後のような、体の内側から元気が湧く時の感覚に似ていた。

 ザレアも同じ感覚を味わったのか、〈アイルーフェイク〉をベルに向けたまま、何が起こったのか無言で説明を促していた。

 ベルはウェズに冷たい眼差しを向けた後、ザレアに振り返って口を開いた。

「〈広域化〉ってスキルを聞いた事は無い? 回復薬とか、解毒薬を、〈広域化〉のスキルを持った人が飲むと、周囲にいる人も同じ効果が得られるって言う」

「あにゃあ、話だけにゃら聞いた事が有るのにゃ。実際に体験してみると、まるで魔法みたいにゃ力に感じるのにゃ!」

 ザレアが「これがそうにゃのか~」と感心したように頻りに頷く。

 ベルの話を聞いた上で、ウェズは風呂敷の中を漁り、回復薬グレートと言う、回復薬よりも効能の強い瓶を取り出して、言った。

「だったら、こっちを飲んだ方が良いんじゃないか? こっちの方がもっと回復するだろうし。今ならタダでくれてやるからさ」

「ありがと」とベルは受け取ったが、飲もうとはしなかった。「説明を加えるとね、〈広域化〉のスキルって、使用者が飲む物の効能が強過ぎても弱過ぎても駄目らしいの。だから、回復薬は良くても、回復薬グレートとか、応急薬じゃ、スキルは発動しないのよ」

「え、そうなのか? だったらその回復薬グレートは……」

「タダでくれるんでしょ? 有り難く頂いとくわ♪」

 極上の笑みで返され、ウェズはガックリと肩を落として「あぁぁ」と溜め息を零した。

(……詐欺過ぎる……)心の中で涙するウェズ。

「それで、ウェズ。あんた、こんな危ない狩場で何してんのよ? お陰でフォアンが死にかけたんだけど、どう責任取ってくれるの?」

 治療を終えたフォアンの体に再びレックスシリーズの防具を着込ませながら、ベルが険のこもった声を漏らす。いつにも況して刺々しい口調だった。

 ウェズは若干怯みながらも、頬を掻きながら応じる。

「いやぁ、実は……」

「殴っても良い?」

「待って! せめて話をさせて! いや寧ろ話を聞いても殴らないで! お願いします頼みます拝みます助けて助けて助けて助けて!」

 半べそを掻いて跪拝するウェズに、「はぁ」と嫌悪を感じさせる溜め息を吐き出すベル。そして情けを掛けるように、「じゃ、話してみなさいよ、取り敢えず」とぞんざいに上告を許可する。

「いやさ、僕もこの間までは普通に素材を収集してたんだけどさ、流石に何日も経ったから下山しようと思ったんだよ。でも、そこにフルフルやらドスファンゴやらが同時に出現だろ? 出るに出られなくなってさ……逃げようとも思ったんだけど、フルフルの電流は流石に僕みたいな行商人が避けられるような類じゃないし……」

「…………」

 凄く、ものすごーく呆れ返った仕草で肩を竦めるベル。最早溜め息すら出すのが面倒だと言わんばかりに冷めた視線でウェズを射抜く。

 ウェズはばつが悪そうに俯き、何とかベルの視線から逃れようとするが、無駄だと分かっているのか、すぐに向き直ると、言い訳ではなく、別の台詞を吐き出した。

「それよりベル。お前……まだあの時の事、引き摺ってるのか?」

「…………」

 返答は無かった。

 ベルは俯いたまま唇を噛み締め、苦しそうな沈黙を返すだけだった。それこそが返答になっていると、ウェズには分かっていた。嘆息を零し、真剣な表情でウェズは告げる。

「ベル。お前はやっぱり、ハンターを続けるべきじゃない。……僕が言えた義理じゃないけど、過去を引き摺ってたら、いつかその過去に食われる」

 ぎり、と奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうな空気の中、ザレアがよく分かっていないようで、ベルに声を掛ける。

「ベルさん、何か遭ったのかにゃ? さっきも取り乱していたみたいにゃったけど……」

「……遭った、と言えば遭ったわ」言い難そうに、口の中で反響するような小声で、ベルは呟く。「でも、昔話を聞いてもどうしようもないわ。……だから、その話は、これでおしまい」

「――ベルは昔、狩猟仲間を失ったんだ」

「っ、ウェズ!」

 容易く秘密を暴露された事に対する怒りと恥辱に顔を赤らめ、食って掛かろうとウェズの襟首を捩じ上げるが、彼は動じなかった。冷静な顔でベルの顔を真正面から見据える。ベルは、すぐに正視に耐えられなくなり、やがて目を逸らして襟首から手を離す。

「……その仲間を屠った相手が、――フルフルだった」

 ウェズが、淡々と事実を述べる。ベルは顔を伏せ、何も言わない。ザレアは〈アイルーフェイク〉に隠された顔がどんな表情に彩られているのか全く窺わせる事無く、無言で話に聞き入っている。

「……その時の残像が今も残ってるんだろ? ベル。それはいつか、お前をダメにする。自覚も、してる筈だ。そうなる前に、ハンターは辞めるべきだよ」

 優しげな口調で告げられる、残酷な表明。ベルは唇を血が滲む程に噛み締めて、発言に耐えていた。

「ちょっとした事が命取りになる世界だろ、ハンターの世界は。だから――」

「――ウェズ、それ以上は止めてくれないか?」

 急に湧いた声は、横たわった少年から発せられたものだった。

 一同が思わず視線を向けると、瞼を閉じたままのフォアンが、口だけを動かして、いつもの声量で声を紡いでいた。

「ベルは、自分の意志でハンターをやってるんだ。ウェズに言われるまでも無く、それは自分で決められる。ウェズに決められてハンターを辞めて幸せを掴んだとしても、必ず後悔する。だから、それ以上は止めてくれないか」

「……フォアン、って言ったかな。君は、ベルがハンターを続けてくれないと困るから、そんな事を言ってるんじゃないのかい? ベルがハンターを辞めたら、ラウト村のハンターが減ってしまう。そうなれば、一つの依頼でも難易度が上がるだろう。それが怖いんじゃ――」

 ばしーんっ、とウェズの頬を、渾身の力がこもった手が、張り飛ばした。

 一瞬何が起こったのか分からなかったウェズだが、その視線が張り手の先――ベルに辿り着くと、得心したように、だが呆然とした表情で、相手の出方を待った。

 鋭く眇められた両眼でウェズを睨み据えると、ベルは奥歯を軋らせて、怒りの形相を滲ませ、口を開いた。声は、震えていなかった。

「フォアンに言われるまでも無いわよ、あたしはハンターを続ける。ウェズ、あんたが何を言おうと、あたしはハンターを辞めない。あたしは、――あたしには、あたしの道が有る。あんたなんかに邪魔される義理は、微塵も無い!」

 噛みつかんばかりに発せられた声を、ウェズは放心した状態で受け、やがて諦念を感じさせる表情で肩を竦めた。表情を和らげ、その顔に苦笑に似た笑みを刷く。

「そう言うんじゃないかって思ってたよ、ベル。……でも、確認したかったんだ。本当にベルが、これからも狩猟を続けていけるのかどうかを、ね」

「ウェズ……?」

「過去を引き摺ったまま狩猟をしても、いつかは過去に食われる。その考えは変わらない。……でも、その過去が霞むような仲間を見つけられたのなら、僕はそれで良いと思う。忘れろ、って言ってる訳じゃないよ。でも、いつまでも過去を気にしてたら、ダメなんだよ」

 言って、ウェズは微笑んだ。いつかウェズに向けて見せたベルの微笑が、そっくりそのまま投影されたような、澄んだ微笑だった。

「……頑張れよ、ベル。僕はハンターじゃないから一緒には狩猟に行けないけれど、道具や素材を提供して、手伝う事ぐらいは出来るんだから」




【後書】
 幼馴染がこれからも活動していけるのか、その確認をしたかった幼馴染。そのために、わざと気に障る事を言って、仲間に仲間を意識させたり、幼馴染から本心を聞き出したり、そんな本音が介在した話を綴りたかったのです、が!

 ムズカシイ!!!※挨拶

 と言う訳でウェズ君のイケメソ度が上がったり下がったり忙しい感じです。登場時の残念感がモリモリ払拭されていれば幸いです…!
 あとアレです、知識不足の極地で申し訳ないと言いますか、ご都合展開で申し訳ないと言いますか、感電死する程の電流を受けたにも拘らずアオキノコと薬草(あとベルの広域化)で復活を遂げたフォアン君はその、何か尋常ならざる生命力を有していたという事で一つ。
 レックス一式で雷耐性爆下げですから瀕死どころか即死も有り得ると言う話が上がって不覚にも笑ったり感心したり悶えたりしましたが、そんな感じで宜しくお願い致します!w
 さてさて次回、第2章第12話にして、第25話!「再出発」…まだマトモな狩猟シーンも無いのに大詰め間近です。お楽しみに!


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025.再出発

「――ドスファンゴとフルフル、二頭同時に相手にするのは、ハッキリ言って無理。だから、まずはどちらか一頭を仕留めて、それからもう一頭に取りかかるべきだわ」

 雪山の頂上付近に穿たれた横穴の奥。そこは吹雪もあまり入り込まない、比較的平穏さを感じさせる地帯だった。大型モンスターのみならず小型モンスターも入り込まないために、ハンターでなくても安全が確保できる場所である。

 そこに現在、三人のハンターと一人の行商人が座り込んでいる。辺りは夜闇に包まれ視界が悪い状態だったが、動くのに支障が出る程ではなかった。まるで闇が質量を持っているかのように、重圧を感じる静寂が一帯に敷かれている。

 四人の前には灯りの代わりに、光蟲と呼ばれる、自ら光を放つ虫の入った篭が置かれていた。その僅かな光源を頼りに、雪の積もった地面に敷いた雪山の縮図である地図を見つめている。

「二頭が雪山にやって来てから何日か経ったからこそ言えるんだけど、フルフルはこの頂上の狩場には近づいて来ないみたいだよ。ドスファンゴは、雪原地帯を徘徊するようにグルグル回っているみたいだから、この近くまでやって来る事が有る」

 赤い種をすり潰して液状にした物で、地図の中に線を加えていくウェズ。見ると、フルフルとドスファンゴの活動地域が記されていた。

「尤も、確実とは言えないと思う。僕も、流石に疲れたら眠るし、あまり体力を消費しないように生き繋いでたから……」

 ウェズのような行商人は、大きな風呂敷を使って大量の道具を持ち込む。持ち込める道具類の規制が緩いために、すぐに道具が尽きる事は無いだろう。併しすぐではないだけで、何れは底を尽く。そのため、ホットドリンクや携帯食料などの、体力やスタミナに関係する道具を出来る限り節約せねば、狩場で生活する事など不可能に等しい。

 携帯食料の味気の無い干し肉のような物を口に挟みながら、ベルは地図の一番上――雪山の頂上付近を指差しながら、口を開く。

「フルフルが絶対に来ない、とは言い切れないけれど、来る可能性が低くて、且つドスファンゴが確実に立ち寄るのなら、ここで網を張るのは堅実だと思うわ」

「まずはドスファンゴを狩るって事にゃね?」

 ザレアが地図から顔を上げ、ベルの顔に視線を向けると、彼女は顎を引いた。

「あんな馬鹿でかいドスファンゴは初めて見るけど、基本は同じ筈。けむり玉と、シビレ罠、あとザレアの力さえあれば、何とかなる筈だわ」

「それが……大変にゃ事に気づいたのにゃ、ベルさん」

「え? 何かおかしいトコでも有った?」

 ベルが思わず、今の作戦に変な部分が有ったか思い出そうとすると、ザレアが涙声で口を挟んだ。

「ば、爆弾がもう無いのにゃ……」

「…………………………あぁー。いや、ザレア。あんた、爆弾が無くても充分に強いから。気にしなくていいわ」

「で、でも! 爆弾が無いと、オイラ、力が百億分の一も出にゃいのにゃ……」

「衝撃の発言!? ちょっ、それどういう事!? さっき、爆弾が無いのに、ドスファンゴをぶっ飛ばす程の力を出してたじゃない!」

「あれは……ちょっとした弾みだったのにゃ……」

「弾みであのパワー!? あんたの本気が、本気で怖くなってきたわ……」

「ザレアが力を出せなくても、代わりに俺がいつもの二倍働けば、大丈夫だろ?」

 ザレアの発言に思わず体を震わせたベルだったが、続くフォアンの発言に別の驚きを表す。

「あんた、その体でやるつもりなの!? 今だけは安静にしてなさいよ!」

「それは出来ない相談だぜ、ベル。俺は、何が何でも二頭を討伐してみせる。……大丈夫、俺は死なないんだ」

「何を根拠にそんな大言吐けるのか知らないけれど……何を言っても聞かないとは言え、今回だけは止めときなさいよ、フォアン。そんな満身創痍で、どうやって二頭も相手に……」

 するのよ、と続けようとしたベルの前で、フォアンはポーチから、電撃を喰らっても無事だった瓶を取り出す。

 一見して飲みたくなくなるような、深い紅色を湛えた、どろりとした液体が納まった瓶を見て、ベルは小首を傾げる。

「それ、何? ホットドリンクじゃないみたいだけど……」

 ベルは初めて見るようだったが、二人ほど驚愕の声を走らせる者がいた。

「ま、まさかそれは……!」「――いにしえの秘薬かにゃ!?」

「へ?」とウェズとザレアを振り返るベル。「――って、何?」

「おまっ、知らないのか!? いにしえの秘薬っつーと、市場に出回る事なんて滅多に、つか出回らないんだ。製造法を知ってる者自体が希少な、レア過ぎる代物なんだぞ!?」

「オイラが聞いた話じゃ、いにしえの秘薬は飲むだけで、肉体もスタミニャも全快ににゃるとか。全快ににゃるだけじゃにゃく、本来持っていた体力を更に底上げする程の効能が宿っているとも聞いている、凄い代物にゃ!」

 二人の力説に若干怯みながら引いていると、フォアンはそれを何の躊躇いも無く喉に流し込んだ。

「「あーっ!」」と二人の絶叫が雪山に木霊する。

 フォアンはそんな二人に構う事無く飲み干すと、「ふぅ」と息を吐いてベルに視線を向ける。

「これで、体もスタミナも万全だ。――ここで途中退場なんて、認めないぞ? ベル」

「……あんたって奴は……」

 出来の悪い生徒を見る教師のような眼差しで、ベルは頭を抱えて嘆息を吐き散らしたが、すぐに不敵な笑みを顔に刷いた。そうこなくっちゃ。それがベルの本心だった。

「狩場に来て、もう随分と時間が経過してるわ。ウェズの食料も、あたし達が来たせいでもう残り僅かになったし」

「……それはお前ががっつくからだろ」ツッコミを忘れないウェズ。

「――ともかく、残された時間は少ないわ。迅速に狩猟を終わらせましょう。……ここで尻尾を巻いて逃げる訳には行かないわ。ハンターとして、じゃないわ。あたしの意志が、それ以外の道は無いと言ってるの。……それでも、付いて来る者は?」

 ベルが、質疑の形を取った確認を二人のハンターに差し向けた。

 フォアンは澄んだ微笑を浮かべ、ザレアは拳を固めて胸の前で構える。

 やる気は充分。体力も取り戻した。意志も固まり、残りは――表明の確認のみ。

 ベルは不敵に笑み、立ち上がった。

「狩猟を始めましょう」




【後書】
 やっといつもの雰囲気が戻ってきてε-(´∀`*)ホッとしている作者日逆さんです(ご挨拶)。
 ザレアの天然なボケが入ると途端に場が和むと言いますか、いつものベルの狩猟日記に戻ってきたな~感を感じられるんですよね…w
 と言う訳で次回からいよいよ第2章もクライマックスな狩猟編です! フォアン君をズタズタにした報いを受けるがいい!! 次回、第2章第13話にして第26話「連続狩猟」…狩猟がこんなおざなり(狩猟シーンが少な過ぎる)なモンハン小説も、今じゃもう珍しくないって本当ですか!?w そんなこったでお楽しみに!w


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026.連続狩猟

 夜の帳に包まれた雪山は、風が雪を運ぶ音以外、無音の檻に閉ざされていた。

 頂上から降りてくる凍えるような冷気を纏った風が吹き抜ける、雪原地帯。生物が棲みつくには些か環境が厳し過ぎる場所だが、ランポスの亜種であるギアノスや、牙獣種のブランゴは、人間にとっては厳し過ぎる環境の中でも逞しく順応している。

 だが、現在見える範囲にそういった小型のモンスターは影も形も映らない。生物の営みが絶えた白い空間には、唯一つ、その巨躯を誇示するように闊歩する、大猪が存在していた。

 大猪ドスファンゴ――その固体の中でも、現在雪山を闊歩している奴はキングサイズに分類される程の、圧迫される位の巨躯を有している。人のおよそ三倍近く有るだろうか。二つの大きな牙は、大人の胴の太さを軽く超えていた。まるで巨大な岩石が動いているような趣が有る。

 その巨躯を確認した三人は、横穴から飛び出し、フォアンを中心に展開して行く。

 まず、ベルがけむり玉をドスファンゴへ向かって投げつける。球体はドスファンゴの足許に落ちると破裂し、辺りに白煙を撒き散らす。一瞬にして、吹雪を超える白さが、辺りを静かに包み込む。

 ドスファンゴにはそれが自然現象なのか、人為的に起こった現象なのか把握する術は無い。瞬く間に視界が白く塗り潰される中で、素早く蠢く三人のハンターの姿が、白闇の中に紛れる。

 ドスファンゴの脇にまで接近したフォアンは、斧剣・ジャッジメントを抜き放ち、担ぐような体勢で力を溜め込んでいく。限界にまで溜め込んだ力を放出すべく、一気に斧剣を振り下ろし、ドスファンゴの胴をぶった切る。

「どぅるりゃー!」と言う喊声が響き渡ると同時に、ドスファンゴの体から鮮血が噴出した。

「ブルフッ」とくぐもった呻き声が、牙に挟まれた口から発せられる。

 突如として湧いた激痛に驚くドスファンゴだったが、その視界にはすぐさま脅威の許を映し出す事は出来なかった。困惑を伴った唸り声が両牙の間から湧く。

 ――ざすっ、という擦過音と共に、幾つもの矢がドスファンゴの硬い皮を貫いていく。その度に傷口から火の手が上がり、大猪はあまりの激痛に体を悶絶させた。

 視界に映らぬ脅威に、ドスファンゴはひとまずその場を脱しようと、比較的速い動きで歩き出す。突進しようにも、場所に因っては断崖が広がっている雪原地帯である、視界の晴れぬ今、崖下に滑落してしまう危険性が有り、迂闊に走り出せない状況を作り出していた。

 急いで別の雪原地帯に逃げ込む。そして、追ってくる脅威と、真っ向から対峙する。恐らくドスファンゴは、そんな計略を練っていたのかも知れない。――だが、それは脅威に対してあまりに甘く見積もった計略だった。

 ドスファンゴの体が動きを止める。足許から電流に似た痺れが駆け抜け、全身を一瞬にして束縛されたのだ。突然の事にドスファンゴは何が起こったのか分からない。体を動かそうにも麻痺したように動かず、その場に縫いつけられたように固まってしまった。

 それがシビレ罠と言う、猟人が考えた罠だと気づく事は、永遠に無いだろう。

 シビレ罠の前に回り込んでいた、ネコの被り物のみを装備した少女が、回転式弾倉の拳銃のシリンダーを象ったハンマーを手にして、ドスファンゴの眼前へと現れる。

 一瞬、けむり玉が齎した白い煙幕が晴れ、その姿が露になったが、本来なら感じる事の無い感情が、ドスファンゴの中に降って湧いた。取るに足らない、捕食される物である筈の人間が、今は何がどうしてか分からないが、――――“怖い”。

 眼前に佇む、ハンマーを持っただけの少女が、堪らなく怖く、映った。

「――フォアン君の痛みを、思い知るのにゃ!」

 ――振り上げたハンマーが、ドスファンゴの頭蓋骨を破砕するのに、二撃目など必要無かった。

 

 

「……ザレア、フォアン。これはちょっと……やり過ぎじゃない?」

 けむり玉の張った煙幕が晴れると、雪原に現れたのは、血塗れの肉塊だった。

 勿論、元はドスファンゴだった。だが今は、頭蓋は陥没し、牙は破砕し、硬かったであろう毛皮は鮮血に塗れ、納まっていた臓物は撒き散らされ、鮮烈な光景を晒していた。ハンターとは言え、感情を懐く人間には違いないベルにとって、流石に吐き気を誘われざるを得ない光景だった。

「そんにゃ事無いにゃ! こいつは、フォアン君を吹っ飛ばした、酷い奴にゃ! 許す事は出来にゃいにゃ!」

「タダも同然で売られた喧嘩だ、言い値で買っただけさ。そういう奴は、二度とそういう物を売れなくするんだ」

 憤然と、或いは平然と言い放つ二人のハンターを見て、若干畏怖に似た感情を懐かざるを得ないベル。

 冷気とは別種の震えが体を駆け抜けたその時、ベルは頭上を見上げて溜め息を漏らした。

「あの馬鹿……ここには来ないって、やっぱりガセじゃないのよ……!」

 聞こえるのは、翼がはためく時の、風が殴られて発する唸り声。

 夜の闇が敷き詰められた空に浮かぶのは、異形と呼べる白い塊。

 言わずもがな――帯電飛竜・フルフル――それが、雪原に舞い降りるところだった。

 三人はそれぞれに移動を開始し、ベルは刹那に矢を番え、着地する前に先制攻撃として、翼を射抜く。

 ばすっ、と矢が翼膜を貫通すると同時に火の手が上がり、フルフルの巨体が突然の攻撃で落下する。地鳴りがする程の衝撃が辺りを駆け抜けると、フォアンとザレアの二人が一気に震源へと接近する。

 フォアンは攻撃を溜め込む隙を見せる事はせず、すぐに斧剣を振り下ろし、フルフルの柔らかい皮を切り裂いた。斧剣の重量と、フォアンの膂力、そしてフルフルの皮が鱗や甲殻に守られていない事が重なり、あっさりと胴体が切り裂かれ、鮮血が裂傷から迸る。ただ、切り落とす事は出来ず、皮の弾力で跳ね返されて、少し後退を余儀無くされるフォアン。

 まだ立ち上がらない内に、フォアンの反対側へと回り込んだザレアが、正式採用機械鎚を思いっきり振り被り、横薙ぎに叩きつける――と、あまりに強烈な一撃により、フルフルの巨体が転がるようにして移動――胴体が思いっきり凹み、フルフルの口から透明な涎と共に、大量の血液が吐き出された。

 ――フルフルもその時点になって咄嗟に全身に電気を身に纏い、それ以上の攻撃を強制的に中断させる。

 が、それは二人のハンターに対して有効であるだけで、ベルにとっては何の脅威でもない。矢を番え、貫通する威力を込めて弦を引き、――放つ。フルフルの胴を尻尾に掛けて貫通し、フルフルも堪らず踏鞴を踏む。

「ヴァォオオオゥゥオオオオゥゥオオオゥオオオオッ!!」

 怒りに任せた咆哮が、フルフルの長く伸びる首の先端から発せられる。〈バインドボイス〉――あまりに凶暴過ぎる咆哮に、ハンターは動く事すら許されない。だが、それはフルフルにとっても同じ。あくまでそれは、相手を地面に貼りつかせるだけの威力しかなく、それを行っている最中はモンスターも同様に動けない。

「ザレア、罠!」

 咆哮が止むと同時に、ベルがザレアに檄を飛ばす。それを瞬時に汲み取ると、ザレアは道具袋の中から平べったい盤上の道具を取り出し、フルフルへ向かって急接近する。

 その間にベルは同じくポーチから角笛を取り出すと、それをすぐに口に当て、ハンターにとっては何とも感じない音色を、そしてモンスターにとっては非常に不快な旋律を響かせる。

 フルフルが嗅覚に特化したモンスターとは言え、音が全く聞こえない訳ではない。ベルが掻き鳴らす不快な旋律を即座に聞き分けると、顔をそちらに向ける。すぐさま排除しようと尻尾を白い地面に下ろすと、口許へと青白く発光する塊を向かわせる。

 その間にザレアの接近を許してしまったフルフルは、まさか自身の足許に罠を仕掛けられているとは露知らず、突如として全身に走る電流に行動を拘束されても、何が起こったのか咄嗟には分からない状態だった。

「今にゃ、フォアン君!」

「おうとも、任せとけ」

 フルフルの正面に立ち塞がり、斧剣を担いで力を溜め込み始める。その間にもベルは矢を番え、ザレアはハンマーを構えて、万が一への備えは怠らない。

「これで――」フォアンが溜めに溜めた力を、斧剣の先端へと全て注ぎ込み、全力を持って、フルフルの頭へと振り下ろす。「――終わりだ!」

 フルフルの頭へと振り下ろされた斧剣は容易く首を断ち切り、刹那にしてフルフルを活動停止させる事に成功した。

 ……そうして、雪山の長い夜は、徐々に白んでいく――――




【後書】
 連続クエスト、つまり多頭クエって、モンスターの体力が少なめに設定してあるので、一頭クエよりも早く達成する事が有りますよね!
 その辺を意識して綴っていた訳ではないのですが、結果としてモンハンの仕様に近い展開になりましたね!w(ここまでご挨拶)
 と言う訳で第2章フルフル編(ウェズ編と言うべきか?w)もいよいよ次回でクライマックス! ぜひぜひお見逃しなく! 次回、第2章第14話にして第27話「帰る場所」…お楽しみに!


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027.帰る場所

「ただいまー」

 雪山での狩猟から二週間が経過したラウト村に、一人の少年が訪れた。

 褐色の防具――ティガレックスと言う名の飛竜の素材で造られた防具に身を包んだ少年は、元気そうな足取りでラウト村の敷居を跨ぐ。外に広がっている森と村の境界には、申し訳程度の門しかない。その前には二人の少女のハンターが佇んでいた。

「お帰り、フォアン。その様子じゃ、特に問題は無かったみたいね?」

「フォアン君、お帰りにゃさいにゃ! 元気そうで何よりにゃ!」

 私服姿の長い紺の髪を流した少女は、ベル。普段着にもなっている〈アイルーフェイク〉にインナーのみの姿の少女は、ザレア。二人とも(一人はネコの被り物で分からないが)安心したような笑顔で、少年――フォアンを迎え入れた。

 

 

 ――そう、あれから二週間が経過していた。

 ウェズの安否を確認しに雪山へ赴き、ドスファンゴとフルフルを同時に狩猟すると言う体験をした三人は、その足でウェズを迎えに行くと、隣村へと送り、結局その日は隣村の宿で一泊する事になった。

 その時、フォアンの体――ドスファンゴの突進とフルフルの電撃をマトモに受けた体を、一度精密検査して貰った方が良いとウェズに言われた。始めこそフォアンは渋っていたが、ウェズに無理矢理連れて行かれ、結局ラウト村に帰って来たのはベルとザレアの二人だけだった。ウェズは隣村での商売も適当に、大きな街へとフォアンを連れ去ったのだった。

 そしてそれから数日が経過し、フォアンから手紙で連絡が入って、遂に今日、ラウト村へ帰る事が許されたのだった。

 

 

「――凄く大変だったよ。肋骨が折れてたらしいし、皮膚が炎症起こしてボロボロになるしで。医者に無理言って、今日退院させて貰った位だし」

 フォアンが酒場へと向かう途中、愚痴のような言葉を零したが、その内容に思わずベルが噴き出す。フォアンを怪訝そうな眼差しで見つめつつ、一応、普通の常識人としての反応を見せる。

「……あんた、それってかなりヤバい状態なんじゃないの……? 肋骨折れてるとか、どうしてそれに気づかなかったの……? そんな酷い状態だったのに二週間で退院とか、あんたどれだけ無理言ったの……?」

「入院なんて暇人のする事さ。若者は動ける時に動くのが一番だよ」

「ジジイかあんたは! しかもあんたの場合は動いちゃいけない時に動いてるんだよ! 街に戻って養生してこい!!」

「まぁまぁ、堅い事言うなよ。俺も見ての通り、ピンピンしてるんだからさ」

 そう言って会心の笑みを浮かべるフォアンに、ベルは呆れを通り越して最早溜め息すら出てこない様子で頭を抱える。

「全くもう……何だってこいつはいつもこうなんだ……」

「それじゃフォアン君も、今日から一緒に狩猟に出掛ける事が出来るにゃねっ?」

 ザレアが今の話を全く無視して、嬉しそうにはしゃぎ出す。

 ベルは頭を抱えたまま、ツッコミを入れる事すら忘れて呆然とザレアを見据える。

 フォアンは顎を掴む素振りを見せて、小さく首肯する。

「そうだな。少しブランクも有る事だし、軽い仕事ならすぐにでも請けたい気分だぜ」

「それじゃあ、雪山草を摘んでくる依頼はどうかにゃ? この前に行った村の村長さんが、是非にって言ってきてるのにゃ!」

 そうなのである。二週間前、ウェズが音信不通になった事で、隣村ではちょっとした騒ぎが有ったらしい。そんな折に三人のハンターが無事な姿のウェズを連れて来た事から、やたらと気に入られ、本来ならそのままラウト村へと帰ろうと考えていた三人が、そこで無理矢理一泊させられたのである。その後もフォアンは街で検査を受けていたから知らないが、隣村から色んな依頼が舞い込み、ラウト村のハンターはテンヤワンヤだったのである。

「へぇ、そうなんだ。――じゃ、張り切って行くか」

「……ま、いいけどね。あんたが元気なら、それだけでもう満足よ、あたしも」

「それじゃ、早速行こうにゃ! お祝いも兼ねて、雪山でポポも少し狩って行こうにゃ!」

 三人のハンターは銘々に声を上げながら酒場へと向かって行く。この後、二週間ぶりに帰って来たフォアンを村長が涙ながらに迎え入れたのは、また別の話。

 今日もまた、彼らの狩猟の一日が始まろうとしていた……

 

 

第二章〈帯電飛竜、フルフル〉―――【完】




【後書】
 と言う訳で第二章、遂に完です!
 当時は第1話(と言いますか読み切り?)で終わる予定だった物語も第2話(第2章)の完結まで至れたのは、やっぱり当時の熱心な読者様のお陰だったとわたくしは思います。
 当時はまだモンハンの小説って言うほど多くは無い時代…だった気がしましたけど、単純にわたくし自身が探そうとしてなかっただけで、当時から隆盛を誇っていたのかも知れませんが、多くの読者様に恵まれたこの「ベルの狩猟日記」は、二次創作のシリーズ作品としては最長の記録を有するに至りました。
 続く第3章はこの「ベルの狩猟日記」で当時一番の反響を頂いた物語になりますw ぜひ楽しみに読み進めて頂けると幸いです! それでは次回、第3章第1話にして、第28話!「畑で金稼ぎ」…P2Gの頃の金策と言えばこれでした(笑)。お楽しみに!


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028.畑で金稼ぎ

 辺りを鬱蒼とした森林に囲まれた場所に、寒村――ラウト村は忽然と姿を現す。

 ハンターですら近寄らないような場所である、一般人が立ち入れる訳が無いのだが――何故かそんな辺境に村が一つ、居を構えている。村人の数は二桁に上らず、最早、村と呼称していいのかさえ疑わせる規模で、村人の一部はその事が不思議で仕方なかった。

 とは言え、自然に囲まれた村は少しずつ整備されてきた。拡張工事を行い、農場を造ったのである。予てより蓄えてきたポイントが一定額を超えたら実行しようと、村人全員で話し合って決めていたもので、それが実現したのである。

 農場には現在、畑と蜂の巣箱が用意されている。畑には村人の意向により、怪力の種が所狭しと植えられている。理由は唯一つ。――売却するとウマいからだ。

 今日もラウト農場の畑には、三人の村人と一匹の獣人族がせっせと農作業に汗を流していた。

「うん、やっぱりモンスターの糞を使うと出来具合が違うわね! 量が段違い!」

 麦藁帽子を被り、白いシャツ、紺の長ズボン、そして長靴姿で畝から赤色の種を採取しているのは、十代半ばの少女だった。紺色の長髪が麦藁帽子から流れ、少し泥が付着して汚れてしまっている。澄んだ青色の瞳は、何故かお金の形になっている。

 少女の隣へ、少女と同じ格好に扮した黒瞳の少年が、手製の籠に大量の赤い種を入れてやってくる。

「ベル~、こっちも大量だったぜ」

「あ、フォアン。向こうの畝は終わったの?」

「向こうはザレアが担当だろ? 向こうは飛竜の糞を肥料に使ってたから、出来が違うんじゃないか?」

 少女――ベルは「やっぱり糞の効能は侮れないわね」と呟いて、うんうんと満足気に頷く。勿論、ホクホク顔だ。

 少年――フォアンは赤色の種が大量に詰め込まれた籠を下ろし、「ふー」と吐息を漏らす。

「にゃーっ! ベルお嬢様っ、向こうの畝の収穫量が凄い事ににゃってるにゃ! ザレアお嬢様の方も手伝ってほしいのにゃっ」

 そこに、一匹の獣人族が駆けて来た。

 アイルーと呼ばれる獣人族の一種で、体毛が白い癖に、名前はクロ。ラウト農場を拡張する折に、村人達の意向により、お手伝いのアイルーを雇用する話が出たので、自称〈アイルー仮面〉の猟人に良いアイルーを紹介して貰ったのが、クロなのである。

 彼は人語を解する頭の良いアイルーで、現在ラウト村の酒場でも働いており、昼夜を問わず働きまくっている頑張り屋である。人当たりがよく、村人の印象もとても良いと言う、所謂マスコット的なキャラとしてラウト村に定着しつつあるアイルーなのだ。

 ベルはクロの言葉を聞いて更に瞳を輝かせる。完全にお金の形を形作ったベルの瞳を眺めて、苦笑を浮かべるのはフォアンの役目だ。

「今、行くわっ。……ぐひひひ、お金の成る木とはまさにこの事ね……ぐひひひ」

「ベル、本音と涎が駄々漏れに加えて悪党染みた笑い声が食み出してるぞ」

「おっと、じゅるり。今のノーカンね!」

 駄々漏れの涎を拭いながらも、ベルは畑の畝を跨いで移動して行く。向こうと言っても、数十メートルしか離れていないので、声を掛けようと思えば届く距離である。

 そこにも村人が佇んでいた。併し、ベルやフォアンとは毛色が違う村人で、頭にネコの被り物を装着している。更に服を着ておらず、胸と股間を隠す程度のインナーしか身に付けていない。明らかにおかしい姿をしている少女――それがザレアと言う村人――否、猟人だった。

「あ、ベルさん、フォアン君。大変にゃ! もう畑から怪力の種が食み出す位に、実りまくってるのにゃ!!」

「それは凄いわね……予想以上の展開だわ……ぐひひひ」

「ベル、涎、涎」

「おっと、じゅるり」

 ザレアの言う通り、畑は大変な事になっていた。土の下から溢れるようにして赤い種が飛び出している。それも視界に映る一面がそんな状態なのである。土と赤い種の比率が殆ど変わらない位で、見ようによっては恐怖を覚えそうな光景だ。

 それを見つめて瞳を輝かせるベル。もうフォアンが「涎~」と何度言っても、彼女の口から涎が止め処なく溢れてくる程に、ベルの精神は陶酔しきっていた。

「よーしっ、それじゃ、ちゃちゃっと採取を始めましょう! 今日のお昼頃にウェズがやって来る筈だし、それまでに何としても採取しきるのよ!!」

 ベルが猛然と赤い種――怪力の種と呼ばれる、高額で取引される種を採取し始めるのを見つめて、二人の村人が苦笑を漏らす。

「ベルは金が絡むとやる気出まくるよな~」

「オイラも見習わにゃいといけにゃいのにゃ!」

「ちょっと、二人とも! 早く手伝いなさいよ!」

「了解です」「分かったのにゃ!」

 ――最近のラウト村は、猟人皆、農場で朝を迎えるのが日課となっていた。

 

 

 お昼過ぎ――ラウト村集会所。

「……あの、ベルさん。まさかこの量の怪力の種を、お売りになるなんて事は……」

「金額にして、一個百四十zだから、全部で一万zになると思うんだけど、持ち合わせが無いなら、今度までのツケにしとくわよ?」

「そんなご無体なーっ!? 商人の僕がどうして客に金を借りなきゃいけないの!? 僕を破産させたいのか君は!?」

 絶叫を走らせて血の混ざった涙を流しているのは行商人の青年――ウェズである。

 毎度の事ながら、髪はボサボサの鳥の巣状態。碧色の瞳には涙が浮かび、同時に悲哀が満ちている。二十代の若さでありながら、老け込んだ印象が強く、若年寄と言える風貌をしている。線が細くて女性と間違えそうになるが、紛れも無く男だ。

 ウェズは大量の怪力の種が詰められた籠を前に這い蹲り、平伏して泣訴し始める。

「お願いしますベル様ッ、どうか今回ばかりは三千zでお許し下さいッ、どうかッ、どうかッ!!」

「えー? 二十個しか買い取ってくれないの? ここには百個近く有るのよ? どう処理しろってのよ。責任とって全部買い取りなさい」

「むむむむ無理で御座いますッ、わたくしめはそのような大金を誠に恐縮ながら持ち合わせておらずッ、そればかりはッ、そればかりはァ――ッ!!」

「んもー、仕方ないわねぇ。じゃあ二十個で、三千五百z。これでどう?」

「軽く五百zも上乗せする辺り、流石はベル……わ、分かったよ……二十個で三千五百z、確と買い取らせて頂きます……」

 結局ウェズが折れ、大金である三千五百zを明け渡し、ベルは怪力の種を二十個ばかり売却する事に成功する。

「ぐひひひ……この儲けは堪んないわぁ……じゃんじゃん怪力の種を作りましょうね、皆!」

「もう止めてーっ! 怪力の種の市場が滅茶苦茶になっちゃうよぉ! 僕にどうやってこれだけの怪力の種を売れって言うんだよぉーっ!」

 涙ながらに訴えるウェズ。心底からの訴えにも拘らず、ベルは悪魔のような相貌でウェズを見返し、舌なめずりをしながら応ずる。

「あんたは文句を言わずに怪力の種を売り捌けばいいのよ。……ぐふふふ、金が、金がもっと欲しい……!」

「……なぁ、ザレア。何か、ベルが段々とおかしくなっていってないか?」

「うん、オイラも薄々そんにゃ気がしていたにゃ。畑に怪力の種を植えて、実った辺りからおかしくにゃってきた気がするにゃ」

 フォアンとザレアが、ベルとウェズの様子を窺いながら言葉を交わし合う。

 ウェズは泣きながらベルに縋りついている。

「た、頼む! マジで本気でガチで頼む! このままじゃ僕が破産しちまうよ! 勘弁してくれ~!」

「むー、仕方ないわねぇ。ウェズがそこまで言うなら、止めたげるわよ」

「お、ベルにもまだ死んでない良心がいたんだな」

「フォアン君、そんにゃ言い方は酷いにゃ! ベルさんは、ずっと良い人にゃ!」

「今度から十個ずつしか売らないから、ね?」

「ベル様ぁ……」グッタリと泣き崩れるウェズ。

「……あれ、良い人か?」ベルを指差してフォアン。

「き、きっと良い人にゃ……たぶんそうにゃ!!」

 もうラウト村には来たくない、金輪際来たくない、と思うウェズだったが、そんな事をすれば後からどうなるか分かったものじゃないのは明白なので、今はもう泣くしかないウェズなのだった。




【後書】
 P2G時代の金策と言えば、畑で怪力の種を量産して、売却する事でしたよね!(ご挨拶)
 と言う訳で第3章開幕です! のっけからウェズ君が惨たらしい目に遭っていますが、ウェズ君だから仕方ない!(笑)
 一年も経てば怪力の種の市場が崩壊するのが目に見える感じですが、きっとベルちゃんもそこまで酷くは無いです。たぶん。
 と言う訳で次回、第3章第2話にして、第29話!「エル」…当時、この物語に於いて一位二位を争う人気を博したキャラの登場です! お楽しみに~!


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029.エル

 怪力の種が隅に山積になっている、ラウト村の集会所。

 今は食事中でもなく、村専属の猟人である三人――ベル、フォアン、ザレアはのんびりと寛いでいた。今日はウェズが訪れている。彼は周期的にラウト村を訪れる行商人で、訪れる度に客として集会所――つまり酒場で一服して行くのだが、そもそもここに巡って来るまでが長いので、あまりこういう時間が設けられる事は無いのだ。

「ベル達は変わり無いか? 農場が出来てた事には驚いたけど」

 給仕の女性――ティアリィが皆に出してくれたハチミツ入りのミルクに口を付けながら、ウェズが一同を見やって尋ねる。

 ベル達は先程の農作業用の服から普段着へと着替えを済ませていた。ベルは淡い黄色のタートルネックのシャツに、スラックス。フォアンは白いTシャツに、薄い赤色の半ズボン。ザレアは勿論、先程の格好のままだ。

 ウェズと同じようにハチミツ入りミルクに口を付けながら、ベルは「んー」と唸り声を上げる。

「近隣の狩場での間引きとか、食料の採取とか、そんな事ばっかりで、変わった事はあまり無いわね。ギルド関連の依頼を受けてポイントも貯まってきたから、折角って事で農場も設立したけど。採算は何とか黒字ってトコかしら」

 お金とは別に、“ポイント”なるものがハンターズギルドから配布される。ポイントを貯めると農場などの施設を拡張できる仕組みになっている。つまり、農場は金を貯めるだけでは設備を拡張できないのである。

 ポイントは特産品や珍しい品をハンターズギルドに納めると発生するので、そのためには何度も狩場に通ったり、モンスターを討伐したりしなければならない。ポイントは必ずしも狩場に落ちている訳ではなく、モンスターが保有している時も有るのだ。

 例えば、モンスターの中でも飛竜種が稀に落とす『竜のナミダ』と言う素材などがそれに当たる。飛竜種が鳴く事は有っても、泣く事などそうそう有り得ない。だからこそ希少価値が高く、ポイントが発生するのだ。

「そういうウェズはどうなんだ? また無茶してるのか?」

 尋ねたのはフォアンである。興味が有るのか、ザレアも身振りで「わくわくっ」しながら、ウェズにネコの被り物の正面を向けている。

 ウェズは「そうだなぁ」と頬を掻き、「――そう言えば、」と手を打つ。

「ベル。お前に妹がいたのか?」

「は?」刹那、ベルの顔が凍りつく。「……それ、誰から聞いたの?」

「ベルさんに妹さんがいたのにゃ!? 初耳なのにゃ!」

「俺も初めて聞いた。本当なのか、それ?」

 二人の猟人が興味津々に身を乗り出すのに対し、ベルは非常に困ったような表情を浮かべる。

「えーっと、妹って言うか……その……」

「何でも、その妹さん、近日中にお前に逢いに来るらしいぞ」ウェズが追い討ちを掛けるように続ける。

「あー……そう言えばそんな時期か。参ったなぁ……」

 心底困り果てた様子で頭を抱えるベル。一同は顔を見合わせ、フォアンが代表して口を開く。

「妹さんが嫌いなのか?」

「あ、いや、そうじゃないのよ……何て言うかね、その……」

 煮え切らない様子で口ごもるベルを見て、首を傾げる一同。

 そこに、

 ――集会所の扉が開け放たれ、誰かが飛び込んで来た。

 突然の出来事に全員が驚きながらも入口を振り返ると、そこには銀色の光沢を放ち、緑色の鱗があしらわれた防具に身を包んだ少女が立っていた。女性用の装備と一目で分かる、スカート状になっているフォールドを靡かせて、少女は集会所を一望すると、すぐに目当ての少女を見つけだす。

「――お姉様! お久し振りですわ!!」

「エル!? もう来ちゃったの!?」

 エル、と呼ばれた少女はベルの前まで走ってくると、立ち上がったベルに何の躊躇も無く抱きついた。

「あぁ、お姉様……探しましたわよっ。まさかこんな辺境にいるなんて、思いも寄りませんでしたわ」

「……あぁ、そうなんだ。あは、あはは……」

 ――だってあんたに見つかりたくなかったんだもの。

 とは口が裂けても言えなかったが、ベルは苦笑を滲ませつつも、エルと呼ばれた少女の金色の髪を撫でる。

「なぁ、ベル。彼女が妹さん……なのか?」

 フォアンが空気に流されずに飄然と尋ねてくる。ベルは苦笑を刷いたままの表情で、頷く。

「うん、この子があたしの――」

「ベルお姉様の妹の、エルフィーユですわ。皆様は、お姉様の狩友ですか?」

 エルフィーユと名乗る少女は、見る人全員に「お嬢様だ」と思わせる風体をしていた。

 金色の髪はプリンセスロールと呼ばれる髪型で決め、瞳は姉譲りの澄んだ青色。透き通るような白さを誇る肌に、線が細い割に華奢と言う感じがしない体つき。

 防具はレイアSシリーズと呼ばれる、リオレイアと言う飛竜の、稀な素材をふんだんに使った物を纏っている。銀色の光沢を放つ鉱石に、緑色の鱗があしらわれた防具で、豪華な雰囲気が随所から感じられる。ヘルムは付けておらず、ベルと同じようにピアスを身に付けている。

 武器はリオレイアの稀な素材がふんだんにあしらわれた、クイーンレイピアと呼ばれる片手剣が腰に提げられている。随所にリオレイアの尻尾に付いていた棘があしらわれた細剣と丸盾で一組の、棘に触れるだけで毒に冒されると言われている、毒属性の片手剣だ。

 全身リオレイアのシリーズで固めた少女は、腰具の端を指で摘み上げ、丁寧なお辞儀をした。

「お初にお目に掛かりますわ。お姉様がお世話になっていると思いますが、わたくし共々、今後とも良しなに」

「ああ、宜しく。俺はフォアン。ベルの仲間で、ラウト村専属の猟人だ」

 フォアンが片手を挙げて微笑を浮かべる。

「オイラはザレアって言うのにゃ! またの名を、〈アイルー仮面〉と言いますにゃ! 宜しくにゃ!」

 両手を振ってはしゃぎまくるザレア。

「初めまして、僕は行商人のウェズ。ラウト村には巡回でやってくるんだ。宜しくね」

 キザに微笑を浮かべるウェズと続き、エルは一人一人顔を確認しつつ、頷いた。

「フォアン様に、ザレア様、ウェズ様ですね。――お姉様が粗相を致しませんでしたか? お姉様は色々と節操が無いので、皆様にご迷惑を掛けたのではないかと思うのですが……」

「こら、エル! そんな事は言わなくていいのっ!」

 ベルの諫言にエルが縮こまる。その様子を見て集会所に和やかな笑声が溢れた。

 喧騒が止む頃にベルが咳払いをして、エルに視線を向け直す。

「で、エル。あんた、何しに来たの? 仲間はどうしたのよ? 確か、同い年の男の子がいた筈でしょ?」

「それが……、うぅ、聞いて下さいよぅ、お姉様ぁ……」

 突然顔をくしゃっと歪めるエルの様子に、凄く嫌な予感がベルの心中を駆け抜けた。

「アランったら、わたくしに愛想を尽かして逃げ出しちゃったのですわぁ……わたくし、アランと一緒ならどんなモンスターでも狩れる自信が有ったのに、アランは……うくっ、わたくしを見捨てて、どこかに行っちゃったんですわぁ……うぇぇぇーん!」

 突然泣き崩れるエル。その理由を聞かずとも知れたベルは最早口に出すのも億劫で、ただ「よしよし」とあやすように、エルを抱き締めて背中を撫でてあげる。

「アランとか言う猟人は最低だね。こんな可愛い娘を一人置き去りにして逃げるとは、猟人の風上にも置けない!」

 憤然と立ち上がるウェズ。ウェズの場合、励ます意図よりも可愛い少女の気を惹きたいと言う下心が見え隠れしていて、ベルは自然に聞き流した。

 とは言え、フォアンのピュアな眼にはそういう邪な部分は見えないのか、同調するように頷いて続ける。

「確かにな。女の子を一人にしてどこかに行くなんて考えられない奴だな。猟人以前に、人の風上にも置けない奴だ」

「そうにゃ! 最低にゃ猟人にゃそいつは! でも、逆に言えばそんにゃ奴と別れて正解だったと思うにゃよ、エルさん! そんにゃ奴は綺麗サッパリ忘れて、新しい仲間を探す方が絶対いいにゃ!」

 ザレアも鼻息荒く激励の言葉を放つ。格好は奇抜過ぎる彼女だが、根は良い奴なので、言う事は割と的を射ている。ベルも苦笑を交えつつ頷いた。

「そうよ、エル。ザレアの言う通り、そいつの事は忘れた方がいいんじゃない? また新しい仲間を探せばいいじゃない」

「うくっ、でもぉ……アランみたいな格好良い猟人は、そうそういないと思いますわぁ……」

 泣きじゃくりながらもエルはいやいやと首を振る。

 その様子を見て胸に去来するものが有るのか、ウェズが胸を押さえて「ぐわぁッ」と苦しがっている。ベルにしてみれば「訳が分からん」とツッコミを入れたいところだが、空気を読んで敢えて無視する事にした。

「エルちゃん……格好良い猟人はいないかも知れない。けれど、――猟人以外なら、もしかしたら身近に良い人がいるかも知れないぜ……っ?」

 顎に指を添えて、椅子に片足を乗せ、流し目でエルを見つめる仕草をするウェズ。どうやらポーズを決めているらしい。キザったらしい仕草で、且つ古い気がするが、彼にとってはそれがベストの姿勢なのだろう。瞳が邪な輝きで満ち満ちている。

 それに気づかないエルは、真っ赤に腫らした瞳を潤まして、ベルを上目遣いに見つめてくる。ウェズのような男が見てしまったら、一撃で仕留められそうな眼差しだった。

「お姉様、わたくしのお願いを聞いて下さいますか……っ?」

「出来たら断りたいなぁ……なーんて」

「お姉様、わたくしのお願いを聞いて下さいますか……っ?」

「あれ、強制イベントの予感……?」

「お姉様、わたくしのお願いを聞いて下さいますか……っ?」

「分かったから! 分かったから同じ台詞を繰り返すな! あんたはボケ老人かっ!」

「お姉様……!」

 ぱぁ、と顔を明るく輝かせるエル。ベルは項垂れつつも頷いた。

 エルはぐしぐしっと乱暴に目許の涙を拭うと、ポーチに手を伸ばし、一枚の羊皮紙を取り出した。そこにベル以外の者達が群がり、羊皮紙に視線を落とす。

 内容は簡単に言えば、リオレイアがクェレツン密林で目撃されたので狩猟してくれる猟人を募っている、と言うもの。報酬がかなり高額である事から、相手が一筋縄ではいかないモンスターだとよく分かる。

「リオレイアを、一緒に狩りに行きましょう!」




【後書】
 と言う訳で新キャラのベルちゃんの妹、エルちゃんの登場です!
 典型的なお嬢様キャラなのですが、どうやらベルちゃんが困り果てる秘密が有るようで…?
 因みに「クェレツン密林」と言うのはオリジナルの地名で、モンハン世界にそんな場所は存在しないのですが、P2GやMHF-Zに登場する密林を想像して頂けたらと思いますw
 さてさて次回、3章第3話にして第30話!「リオレイア談議」…リオレイアを狩りに行く前の作戦会議回です! お楽しみに~♪


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030.リオレイア談議

 クェレツン密林に行く前に、ベルは村長であるコニカに許しを得ようと村長宅を訪れていた。

 農場を設立したと言うのに村長の家の規模は全く変わらない。人一人がやっと住める程度の大きさで、村専属の猟人の小屋の方がまだマシと言える程に狭い部屋に入ると、コニカは朗らかな笑みでベルを迎えた。

「話は聞いていますよ。妹さんと一緒にリオレイアを狩猟しに行くんですよねっ?」

「えっと、まあ、そうなんだけど……いいの? また村を暫らく空けちゃう事になるんだよ?」

 反対されないとは思っていたが、こうもあっさりと許可されてしまうと、何だか釈然としないものを感じるベル。これではまるで、ラウト村には猟人がいてもいなくても変わらないと言われているようなものだ。

 そう思って少し不満そうに唇を尖らせるベルに、白皙の美女はコックリと快く頷いて見せた。

「ベルさん達には本当に感謝しているんです。村の周辺の安全が確保できたのは、ベルさん達のお陰に違いないんですから。ですから、ベルさん。この村に尽くしてくれた分、私も貴女に何かお返ししたいんです。……ダメ、でしょうか……?」

 後半を不安げに呟くコニカ。その瞳がどこか潤んでいるようで、これまたウェズのような輩が見た日には襲いかねないな、とベルは心の中で苦笑を浮かべる。

 不安げに見つめてくるコニカに、ベルは相手の意を汲み取るように、穏やかな笑みを返した。

「――分かった。ありがとね、村長。それじゃ、何日か村を空けるけど……すぐに戻って来るから、心配しないでね?」

「はいっ! ……あ、でも、相手は『陸の女王』と呼ばれている、リオレイアなんですよね? その……こう言っては失礼かも知れないんですけれど……勝算は有るんですか?」

 今度は別の心配事で顔を曇らせるコニカ。つくづく彼女は表情の変化が激しい。笑っているかと思えば泣き出しそうになり、哀しそうに伏せっているかと思えば驚いたりと、忙しい事この上ない。

 ただ、ベルもその事は承知の上で、胸を張って応じる事が出来た。

「えっとね、エルはリオレイア限定なら、プロに通じる程の腕前を持つのよ。防具を見れば分かると思うけど、あの子、リオレイアばっっっかり狩ってるのよ。相性がいいんだって。だから、心配無いと思うわ」

「そうなんですか……。分かりました、では頑張ってきて下さいね!」

 拳を固めて激励の言葉を放つコニカ。ベルも会心の笑みでそれに応じた。

 

 村長の許可が出たので、一度集会所に戻り、皆でどんな道具を持って行くのか相談を始める事になった。

「考えてみると、俺はリオレイアを狩った事ってあまり無いんだよな。どんな道具が通用するんだ?」

 丸太で造られたテーブルを四人で囲むようにして座している状況で、まずフォアンが口火を切った。

 ベルも似たような感想を懐いていた。大型のモンスターは幾つか狩猟を行った事が有り、リオレイアも中に含まれているが、それは街にいる凄腕の猟人と共に何度か行った事が有るだけで、ただ後方から弓を射て終わったような気がする。その頃はまだ、ベルもアマチュア猟人だったので、仕方ないと言えば仕方ない事だったのだが。

 実際、成長して中級者と自称できる程に腕を磨いた今に至るまで、リオレイアに挑む事は一度としてなかった。良い機会だな、と思わずにいられない。

「リオレイアには閃光玉が有効ですわ。動きを止められますの」

 フォアンの質問に応えるのは、リオレイアに関しては頗る詳しいエルだ。得意気に話す彼女は、フォアンに体を向けて、身振りを交えて演説を続ける。

「ただ、閃光玉を使用して、リオレイアの動きが止まった時、尻尾に近づいてはいけませんわ」

「何でだ? まさに尻尾をぶった切る絶好のチャンスだと思うんだけど」

「それがそうでもないんですの。閃光玉の効果が持続している間は、尻尾が小刻みに動いていますの。それに触れると凄く痛いんですわ。触れ続けるだけで、いつの間にか体力が削られているなんて、ザラですのよ」

 リオレイアに限らず、同じ飛竜種である、通称『空の王者』リオレウスにしても同じで、彼らは尻尾の先に毒性の棘を有している。彼らは閃光玉で動きを止められた時、威嚇の唸り声を上げつつ尻尾を振り回すのだが、それに触れると毒が人体に回り、僅かな時間でも体力が削られるのだとか。

「なるほど」と納得して頷くフォアン。

「でも、それじゃ尻尾は斬る事は出来にゃいのかにゃ? そんにゃ毒棘を持つ尻尾が有ると、危険じゃにゃいかにゃ?」

 ザレアの言う事は尤もだ。そんな毒の含んだ棘が付いたままの尻尾が振り回された日には、一撃で致命傷になりかねない。

「斬るとしたら、シビレ罠に掛かっている間か、或いは平時ですわ。平時は危険ですけど、シビレ罠中なら危険も少ないですし……狙うとしたらシビレ罠に掛かっている間ですわね」

「シビレ罠は効くのか。じゃあ落とし穴はどうなんだ? 嵌まるのか?」

「ええ、落とし穴も通用しますわ。併も落とし穴の方がシビレ罠よりも効果時間が長いですわ。総攻撃を仕掛けるなら落とし穴中が有効ですわね」

「つまり、落とし穴に嵌まっている間が、爆弾チャンスにゃ訳にゃね!?」

「そんなシャッターチャンスみたいな風に言わないでよ……」

 意気込んで告げるザレアに、思わずと言った様子でツッコむベル。

「でも、確かに大タル爆弾などを使うのに適した瞬間ですわよ、お姉様。ですけど、大タル爆弾を使う方はそういないのでは……?」

「いいや、それがいるんだ。俺達の前に」

 小首を傾げるエルに、フォアンが意味深な笑みを浮かべて頷いてみせる。その意味を勘違いして、エルは口許に手を当ててベルを見やった。

「お姉様、そんな危険な真似を為さっていたんですの!?」

「命令されてもしないわよそんな事! あたしじゃなくて、この子! ザレア!」

 思わず声を大にして〈アイルーフェイク〉を被った少女を指差すベル。

「そんにゃに褒めにゃいでほしいにゃ……照れるのにゃ♪」

「微塵も褒めてないからね、気づいてね、その事実に……」

 悶絶するように照れ始めるザレア。その様子に呆れ返りながらも辛うじてツッコミを入れるベル。

「ザ、ザレア様でしたのね。……良かったぁ……。――それはともかく、話を戻しますわよ? リオレイアの攻撃で一番注意しなければならないのは、サマーソルトですの」

「サマーソルトなんかするのか、あの飛竜。サマーソルトって、あいつ宙返りでもするのか?」フォアンが小首を傾げる。「そういえば、したよーな……」

「ええ、そうですの。宙返りの際に尻尾も一緒に回転するのですが、それに当たると、当たり所が悪ければそのままお亡くなりになる事も……」

 一瞬、場が凍ったように静まり返る。

「……えーっとー……即死するの、尻尾に当たると?」

 戸惑いがちに尋ねるベルに、エルは慌てて身振り手振りを交えて補足する。

「あ、いえ、その、当たり所が悪くて、運が悪ければお亡くなりになるだけで、当たり所が良くて、運が良ければお亡くなりには……」

「……可能性は有る訳だ。それってやっぱり、……毒で?」

「……はい。リオレイアだけでなく、リオレウスもそうなのですが、彼らの尻尾の毒は強力ですの。流石にゲリョスやバサルモス、グラビモスのような猛毒ではありませんけど、酷い時は失明する事も有りますわ。解毒薬、或いは漢方薬は必ず持って行った方がいいですわ」

「ああ、解毒薬なら、あたしのフルフルDシリーズの〈広域化〉のスキルで全員解毒する事が出来るしね。持ってっといて損は無いでしょうね。……そっか、皆、尻尾にだけは気を付けるのよ?」

「了解です、隊長」「分かったのにゃ!」

 フォアンが頷き、ザレアが挙手で応じる。

「他に、何か留意すべき事って有る? エル」

「そうですわね……突進攻撃後の振り向きの速度で攻撃が変わる、と言う点でしょうか」

「振り向きの速度? どう変わるのよ?」

 ベルが小首を傾げて尋ねると、エルは自分の首を使って説明を始める。

「突進攻撃をした後は、どんなモンスターでも大概は猟人に向かって振り向き直しますわよね? その速度が速ければ、再び突進攻撃をしてくる確率が高いんですの。逆に遅ければ、ほぼ確実にブレスを吐き出す筈ですわ。それを憶えておけば、攻撃のタイミングは確実に増える筈ですわ」

 リオレイアの習性を完全に掌握しているからこそ言える戦術。それを今、ベルは感じずにいられなかった。リオレイアを何十頭と狩猟したからこそ、エルはこれだけの情報を手に入れたのだ。ベルにはまだ到達できない域に、エルはいる。

 ――これでマトモな子だったら、多分最強を冠するのも時間の問題だったんでしょうけどね……

 ベルは誰にも気づかれないように嘆息する。エルを見る度に思う事なので、あまり感慨も無くなってきていたが。

 話も纏まってきたと思ったのか、フォアンが席から立ち上がる。

「それじゃ必要な品は、シビレ罠、落とし穴、そして閃光玉に解毒薬。後は個々に回復薬とか、だな。今から揃えてくるぜ」

「オイラも揃えてくるにゃ!」

 二人の猟人が視線を定めたのは、集会所でティアリィ相手に自慢話を繰り返しているウェズだった。狩猟関係の話に興味が無い彼にとっては、ティアリィのような美人と話をする事の方が比べるまでも無く有意義なのである。

「――その時の僕の脚は何か違っていました……そう、まるで幻獣キリンが舞い降りたかのように、自分の脚なのに、自分の脚じゃない感覚が有ったんですよ! その時、僕はこの脚ならゲリョスでも追いつけまいと――気づいてしまったんです。いやぁ、奴のパニック走りを以てしても、僕に追い縋る事など出来なかったんですよ!!」

「まぁ、凄いですね♪」

「凄いでしょ!? 凄いですよね!? いやぁ、僕も自分の力の底知れなさには自分でも恐怖を覚えちゃいましたよ。僕はもしかして、猟人を超える人間なのではないか――ってね!」

「おーいウェズ~」

「それで――え? あ、フォアンか。何だよ、今いいトコなんだよ、後にしてくれよぉ」

「ベルがラージャンの如く怒ってるぞ」

「――ッッごめんなさいッ! 何か分かんないけどわたくしめが悪かったです! だから殴らないで叩かないで蹴らないでッッ!!」

 その場に蹲って亀のように動かなくなったウェズ。ティアリィはその様子を見ると、フォアンに視線を向け、朗らかな微笑を滲ませた。

「ウェズさんの扱い方が分かってきたんですね?」

「はて、何の事でしょう?」

「ふふ、――そうそう、道具なら私も扱っていますよ? ウェズさんがお持ちで無い道具をお売り致しましょうか」

「え、」ティアリィの声を耳聡く聞いたベルが声を上げる。「ティアリィって、道具を扱ってるの?」

「ええ、或る程度の品ならギルドの方から送られてきますので」

 全く知らなかった。同じ村に住んでいながら、と言うかほぼ毎日顔を突き合わせていたにも拘らず、その事実が今の今まで知らされなかった事が驚きだった。何故このタイミングなのか、その方が気掛かりだった。

「その、皆さんが道具を全て自前で賄っていらしたので、実質私の出番が無かったのです。皆さんの実力が有ればこそ、今までモンスターを狩猟できたのでしょうし」

「……じゃあ、リオレイアはあたし達の実力だけじゃ敵わない、――そういう訳?」

 ティアリィは微笑を僅かに曇らせ、苦笑を漂わせる。

「そうではありません。……正直なところ、今まで私の出る幕が無かったので、やっと今話す機会を見つけた、と。それだけです。他意は御座いません」

 ……つくづく底の知れない女性だな、とベルは思う。尤も彼女には逢った時から何か敵わないと感じていたベルである、これからも彼女には色々驚かされそうな気がした。

 相手に心中を全く悟らせない表情で佇むティアリィを見て、諦めたように嘆息するベル。彼女を詮索しても始まらない。今はクェレツン密林に棲みついたリオレイアの狩猟に集中せねば。

「……お姉様、彼女は何者ですの?」

 エルがベルの耳元でこそこそ呟いたのが聞こえた。ベルはエルに意識を向け直して応じる。

「ん? ああ、彼女はこの酒場兼ギルド直営集会所の給仕さんだよ。名前はティアリィさん。いつも彼女にご飯を作って貰って、ギルドからのクエストを紹介して貰ってるんだよ」

「……そうなんですの」

「どうかした?」

「いえ、」エルは歯切れ悪く呟く。「……どこかで見た記憶が有るんですの……気のせいかしら……」

「ふぅん……。――あ、そういえばエル。今回のリオレイアの依頼も、ティアリィさんに受注しないといけないんじゃないの?」

 ハンターズギルドからの依頼であるならば、ギルド関係者から依頼を受注しないと狩場へ出掛ける事は叶わない。まずはギルド関係者――つまり集会所兼酒場の主や、そこの給仕などに話を通さなければならない。

 併しエルは首を小さく振って否定した。

「この依頼はクェレツン密林近隣の村がギルドへ要請して、依頼が各地へ申請されたものなんですの。それをわたくしがギルドへ狩猟依頼を要請した村で引き受け、狩猟仲間を募りに来たのですわ。なので受注はもう必要無いですわ」

「あ、そうなんだ。なら、後は道具を揃えて出発、だね!」

 陽気に告げるベル。だが、エルの相貌は怪訝から変わる事は無かった。

 ティアリィはそれを笑顔で受け止めていたが、結局エルが彼女をどこで見たのかは、その時は思い出せなかった。




【後書】
 と言う訳で今回はリオレイアに就いてのお話をする回でした!
 振り向きの速度うんたんのお話は、あくまでP2G時代のお話なので、最近の作品では通じない可能性が有ります! 当時は通じたんです!w
 尤も、今の作品は今の作品でそういう事前モーションのチェックはなされていると思いますが! わたくしはもう前線を退いてのんびりまったり系ハンターに落ち着いてしまっているので詳しい事はサッパリなのです(^ω^)
 そしてティアリィさんに関してちょろっと不穏な影がちらつきましたが、この章で明かされる事は無い要素なので、「何かティアリィさんってミステリアスな雰囲気だよね…」と思っておけば大丈夫です(笑)。
 と言う訳で次回、第3章第4話にして、第31話!「ザレアの初恋」…個人的に3章で一番気に入っている回です!w お楽しみに~♪


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031.ザレアの初恋

 クェレツン密林まで陸路を竜車で二日掛け、巨大な湖の上を筏で半日を過ごす。

 そんな日程が既にエルによって組まれていたらしく、用意された竜車に乗って、一行は一路クェレツン密林へと向かった。

「……てか、傷心狩猟ってどうなの?」

 道中、悪路を走る幌竜車の中でベルは呟きを漏らした。

 幌竜車の幌の部分に三人の猟人が座り込み、竜車の動力源であるアプトノスの手綱を握っているのはザレアである。つまり幌――荷台には現在、ベル、フォアン、エルの三人が座り込んでいる。

 幌の中は存外狭く、外に出るにしても必ず誰かと体をぶつける。寝るのは交替制で、現在フォアンが眠りに就いている……筈である。寝息が聞こえないので判然としないが。更に幌の中はザレアが持ち込んだ道具で手狭と言う域を超えて息苦しさを覚える程の窮屈さを呈している。

 出発の時点で既に全員、防具への着替えは済ませてある。

 ベルの防具はフルフルDシリーズ――フルフルの亜種のブヨブヨした皮を用いた防具で、桃色の柔らかそうな肌触りの、防御力の面に関してはあまり良いとは言えないが、機能性に関しては優れているガンナー用の防具。キャップはつけておらず、エル同様、耳にピアスを付けているだけである。武器はカジキ弓【姿造】と呼ばれる弓を持ってきた。カジキマグロの骨を再利用したエコロジーな弓である。

 寝転がっているフォアンの防具はレックスシリーズ――“轟竜”の二つ名で呼ばれるティガレックスと呼ばれる飛竜の鱗や甲殻をふんだんに使った、剣士用らしく機能性よりも防御力に傾倒した防具だ。黄金色に輝いているようにも見える色合いで、刺々しいフォルムをしている。武器は斧剣――ジャッジメント。古来より力自慢の戦士が愛用した――と言う肩書きを持つ大剣だが、フォアンにその気は全く無いようで、使い勝手の良さで選んでいるらしい。

 御者台に座るザレアの防具は最早言うまでも無いが――身に纏っているのは〈アイルーフェイク〉とインナーのみの、或る意味最強の防具で固めている。彼女より奇抜な姿の猟人は恐らくいまい、そうベルは思っている。

 そして、ベルの隣で小さな文庫本に目を通していたエルはと言えば、ラウト村にいた時と同じ姿――レイアSシリーズに、クイーンレイピア。彼女はベルの質問に応じるために文庫本から目を離すと、キョトンとした挙措で首を傾げる。

「お姉様は、誰かに振られたら狩猟に行きたくなりませんの?」

「……いや、何かおかしくない? 振られたら落ち込むもんじゃないの? あたしは別に誰かを好きになった事が無いから分かんないけど……」

「お姉様も恋をしてみればいいんですわ! そしたらわたくしの気持ちもきっと、――いえ、絶対に分かる筈ですわ!!」

 断言する辺り、決定的な要素が有るのだろうが……ベルにはサッパリ分からなかった。

「てか、好きな奴に振られたら、あたしならそいつぶっ飛ばしてやるけど。何かムカつくじゃない。何であたしがあんたなんかに合わせなきゃなんないのよッ、って」

「好いた相手に合わせたくなるものなんですの! んもうッ、お姉様ったら何も知らないんだから……」

 ブツブツと呟くエル。何やらベルにはよく分からない単語を羅列にして吐き出しているような気がするが、理解できないので放置しておいた。

「吹っ切りたいんだよな、エルは」

「……フォアン、起きてたの? 起きてるなら起きてるって言いなさいよ」

「起きてる」

「遅過ぎるわよ!!」

「……そう、なのかも知れませんわね。わたくしは今、アランの事を忘れたい……忘れて、新しい恋を……じゃなくて、新しい仲間を見つけねばなりませんの!」

「……こいつ、絶対に狩猟を嘗めてるわよね……?」小声でフォアンに囁きかけるベル。

「いやいや、そういう強靭な精神を持つ猟人こそ、この世界では最強だと俺は思うぞ」応じるようにひそひそと声を潜めて応じるフォアン。

「にゃーっ、何かお話してる声が聞こえるにゃ! オイラも混ぜてほしいにゃーっ」

 外から大声が飛んできたので、ベルは幌の入口を開け、御者台に着く〈アイルー仮面〉に声を投げる。

「ちょっとした話よ、気にしなくていいわ」

「でっ、でもっ、オイラも混ぜてほしいのにゃっ」焦った風にザレア。

「……恋の、話よ」

 これで断念しないかなぁ、と言う意志を込めて呟いてみたが、〈アイルーフェイク〉を被った少女は自分の胸に手を当てて、どこか遠いところを見つめているような声で、応じてきた。

「恋……オイラの初恋は、対巨龍爆弾だったにゃ……」

「初恋の相手、人間じゃないんだ!?」そこに驚愕するベル。

「あの爆弾……確か名前はヒロユキだった筈にゃ」

「爆弾に名前が付いてんの!?」更に驚愕するベル。

「どうしたんですの? 何の話ですの?」そこにエルがモソモソと這い寄って来る。

「ああ、オイラの初恋の話をしていたのにゃ」

「初恋!? ぜ、是非聞かせてほしいですわ!」若干興奮気味にエル。

「出逢いは……そう、あれは辺りに白霧が満ちていた、ラオシャンロンが現れた日だったにゃ……」

「ラオシャンロン!? あの動く山脈と呼ばれる巨大な古龍が現れた日ですの!? それは……絶対に忘れられない日になりそうですわね……」

 確かに、と小さく頷くベル。そんなモンスター見た事は無いが、聞いた事は有る。徘徊するだけで天災レベルの被害を齎すと言う、聳え立つ山の如き巨大な古龍。とてもではないが個人の猟人の手に負えるモンスターではない。

「ヒロユキはラオシャンロンを前にしても、全く動じる事は無かったにゃ。寧ろ、『あんな龍、何て事ァねぇ』って感じで、まっすぐに見据えていたにゃ」

「凄い……」エルの喉が、こくり、と小さく蠕動する。「ラオシャンロンを見ても動じないなんて……どれだけ強靭な精神力を持つ猟人だったんですの……!!」

 いやぁ、爆弾だしなぁ。心の中で再びツッコむベル。

「オイラや仲間の猟人は、必死にラオシャンロンの猛攻を止めようとしていたのにゃけれど、全く通じにゃかったにゃ。常識がまるで覆されて、もう打つ手が無かったにゃ」

「それは……そうですわ。相手は動く山脈……その辺の大型モンスターとは次元が違い過ぎますわ!」

 それは頷ける。と、ベルはうんうんと首を上下に振った。

「その時、猟人の一人が言ったのにゃ。『ヒロユキを突っ込ませよう』――とにゃ」

「す、捨身の攻撃を強要したんですの!? 最低の猟人ですわ!!」

 爆弾突っ込ませるだけで最低扱いを受ける猟人に、こっそりと心の中で詫びておくベル。彼女に悪気は無いの、ごめんなさい――と。

「そして、作戦は決行されたのにゃ。ヒロユキはラオシャンロンの背中で――その役目を、確かに果たしたのにゃ……っ」

「……ヒロユキ様は、そこでお亡くなりになられたんですのね……? ぐすっ」

 寧ろ役目をちゃんと果たせて万々歳じゃないか。とベルは思ったが、ここで水を差す訳にはいかないと思い、更に黙っている事にした。

「ヒロユキの一撃はラオシャンロンの動きを止める程に強力だったのにゃ! ラオシャンロンの背中の鱗を吹き飛ばす程の一撃で、ラオシャンロンは動きを止め、その場に蹲ったのにゃ!」

「ヒロユキ様の人生を懸けた一撃が身を結んだんですのね!? い、一体どんな武器を使っていらしたんですの!?」

「にゃ? ヒロユキは武器にゃんか使わにゃかったにゃ」

「す、素手でラオシャンロンの背中の鱗を吹き飛ばしたんですの!? そ、それは……もう猟人の域を遥かに凌駕していますわ……存命していないのが、残念でなりませんわね……」

 いや、爆弾だからね、ヒロユキさん。武器を使う方が現実的に有り得ないよ、エル。

 もう何かツッコミを入れたくて仕方なかったが、ここまで来てツッコミを入れるのも何か惜しい気がして、ベルはだんまりを継続した。

「その一撃が利いたのか、ラオシャンロンはやがて引き返して行ったのにゃ! ……ヒロユキはもう帰って来にゃい。でも! ……ヒロユキは、最後まで立派にゃ爆弾だったにゃ……!」

「ヒロユキさんはきっと誰もが認めずにいられない爆弾ですわ! そうに違いありませ……ん? ……爆弾? 猟人ではなく?」

「にゃ? オイラがいつ、猟人の話にゃんてしたにゃ?」

「…………」

 ………………アプトノスが空気を読んで、クェレツン密林へ向かう足を、少しだけ速めた。

「……か、感動して損しましたわぁ――――ッッ!!」




【後書】
 と言う訳でエルちゃんの盛大勘違い回でした(笑)。
 こういう会話のすれ違い系のお話はわたくしの作品であれば稀に登場する展開なのですけれど、こういうお話って勘違いしたままの奴よりも、最後に明かされる方がわたくしは好きですね~!
 現実ではすれ違ったままもう戻れない所まで来てしまった…と言う悲しみが有り触れておりますけど、せめて架空の世界でくらい、救いが有ったっていいですよね!
 ともあれ次回、第3章第5話にして第32話!「密林探索隊」…いよいよ狩場現着です! お楽しみに~!


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032.密林探索隊

 クェレツン密林に到着したのは、三日目の正午を回った辺りだった。

 筏に大量の荷物を載せ、湖の中央に浮かぶ島へと上陸する。湖に囲まれたその島こそ、目的地であるクェレツン密林なのである。

 筏を湖岸に係留し、流されないようにロープで確り繋ぎ止めておく。筏はベースキャンプの代わりにもなり、態々テントなどを設立する必要は無い。そういう意味ではとても便利な代物だった。

 ただ、その筏の上には今、ザレアの私物が大量に置かれている。

「……今更ですけど、ここまで大量に爆弾を持ち運ぶ猟人は、初めて見ましたわ……」

 エルが若干引き気味に、荷車に大タル爆弾Gを積み込む作業を行っているザレアとフォアンを眺め、呟きを漏らした。ベルもそれには心から頷き、苦笑を滲ませて応じた。

「あの子、爆弾馬鹿なのよ。アイルーと爆弾に関してなら、あの子に敵う猟人はいないと思うわ」

「そうなんですの……また少し、見識が広がりましたわ……」

「にゃにゃー! 準備完了ですにゃ! エルさん、どういう作戦でリオレイアを狩猟するのにゃ!?」

 荷車を筏から降ろし終えたザレアが走り込んで来る。フォアンは筏から降りて、眼前に聳える絶壁を見上げていた。

 拠点となる狩場は小さな砂浜だった。モンスターが入って来る事は無さそうな狭い空間で、砂浜に降りてすぐに首が痛くなる程の高さを有する絶壁が聳えている。東西に絶壁を迂回する道が在るが、絶壁にしても壁面に生い茂っている蔦を使えば登る事が可能のようだ。北の絶壁を見て、西側には湖岸が続き、東側は密林の入口が岩礁の隙間に開いている。地図を見ると拠点の北西の湖畔がエリア4、絶壁を登りきった所がエリア5、拠点より東へ進んだ密林地帯がエリア1と区分けされている。

「そうですわね……リオレイアの活動する場所は大体分かっていますわ。湖畔にいる事が多いのですけれど、休憩する時は洞窟に入る事も有りますの。あと、池が在るのならそこも目印になりますわ」

「――水呑場になってる訳ね?」ベルが閃きを口にする。

「そうですの、飛竜種は少し休憩するだけで体の傷をあっと言う間に癒す性質を持っていますから、もし攻撃して逃げた時はそこを目印に向かえば……と言う訳ですわ」

「それじゃ、まずはどうするの? エル。今回はあんたがリーダーなんだから、あんたが方針決めていいのよ?」

 ラウト村専属の猟人である三人のリーダーはベルと、いつの間にか決められてしまっているが、今回は外部から舞い込んで来た狩猟である。リーダーになるべきは、その筋のプロに任せるのが道理と言うものだろう。

 エルは一瞬躊躇う素振りを見せたが、ベルの優しげな眼差しを受け、こくんと一つ、顎を引いた。

「――では、まずはこの狩場を掌握する作業から始めましょう。全てのエリアを回り、どこに何が在るのか把握し、全員がそれを理解した上で、リオレイア狩猟を始めたいと思いますの。地理を把握する前にリオレイアに遭遇したら、ペイントボールを忘れずにお願いしますわ。素早く地理を把握するために、二人一組で探査をしたいと思いますわ。組み合わせは――わたくしとフォアン様。お姉様はザレア様とお願いしますわ。集合場所はここ――筏の前に致しましょう。では――散開して下さい!」

「了解です、隊長」「分かったのにゃ!」

 エルが二人の様子にこっそり吐息を漏らすと、ベルが親指を立てた手を見せて微笑みを浮かべた。

「流石じゃない♪ エル」

「そ、そうですか? ……えへへ」

「おーい、エル~。俺達はどっちから回るんだ~?」

「あ、わたくし達は密林を回って行きますわ! お姉様達は湖岸をお願いしますわ!」

「ふふ、了解♪ じゃ、行くわよ、ザレア!」

「にゃー!」

 

◇◆◇◆◇

 

 と言う訳でベルはザレアと共に湖岸を探査する事になった。

 視界の奥――東側は絶壁が続き、西側には綺麗な色の湖が広がっている。その中央には砂浜が走り、奥に次のエリアへ続く道が在るのだが、その付近に鳥竜種――トカゲと鳥を足して二で割ったような、二足歩行するモンスターが屯していた。青い鱗に茶色のラインが走る体躯に、黄色いクチバシが特徴的な鳥竜種――ランポスである。

「ランポスがいるわね。数は三。……やっぱり狩っといた方がいいわよね……ってザレア?」

 振り返るとザレアの姿が無かった。あれ? とベルが不審に思って辺りを見回すと、何やら紙切れが落ちている。取りに行ってみると、中には――

「『爆弾の準備をしてきます。すぐに戻るので、それまで一人で宜しくお願いします。ザレア』……珍しいわね、あの子が単独行動に走るなんて」

 怒りよりも驚きの方が強かった。とは言え、仲間の規律を乱す行為は出来れば避けて貰わねばならない。戻って来たら一度キツく言ってやらねばならないな、と一人で頷くベル。

「ギャァ、グァア!」

 そうこうしている内にベルの姿に気づいたランポス三頭が駆けて来るのが視界に映り込む。発達した後ろ足で疾駆する彼らは、機敏性に関して言えば飛竜種の比ではない。あっと言う間に距離が縮められそうなのを見て取り、ベルはどうするべきか一瞬戸惑う。リオレイアが海岸線に現れ易いと言う情報が齎された今、ここにいるランポスは狩猟の妨げになる可能性が有る。――となれば、

「よしっ、いっちょやるかー!」

 背中に吊っていた弓――カジキ弓【姿造】を手に取り、同じく背中に吊ってある矢筒から纏めて矢を引き抜き、砂浜を走りながら弓に番える。足場が砂場なので少し足を取られたが、慣らす意味も込めて、始めは小走りに駆け出す。

 ランポスは二頭が左右に展開し、残った一頭が跳び上がって空中からベルへと襲いかかる。ベルは鋭利な爪を有する前脚で引っ掻かれる前に矢を放ち――空中でランポスを射止める。胴に三本の矢が突き刺さり、体勢を崩したランポスが方向を見失って、地面に叩きつけられる。

 その間に左右に展開したランポスが、それぞれ同時に前脚を持ち上げてベルへと圧し掛かるように襲いかかる。ベルは矢を放った瞬間に前転を繰り出し、二頭のランポスの間――即ち先程空中から襲いかかろうとしていたランポスが退いたために生じた空間へと逃げる。挟撃に失敗したランポス同士がぶつかり合い、啀み合いの喚声を奏でる。

 前転を終えた瞬間に矢筒から更なる矢を纏めて引き抜くと、今度は横一列に矢を番える。拡散矢――拡散するように矢を放つと、二頭のランポスの胴、そして頭に突き刺さった。二頭のランポスがそれぞれ「ギャァ!」と叫びながら踏鞴を踏む。

「グァ! ギャア!」

 初めに空中で射止められたランポスが起き上がり、再び跳び上がって襲いかかって来る。慣れてしまえば単調な動きである鳥竜種の反応を見て、ベルは横に転がって前脚の引っ掻き攻撃を躱す。

 ランポスは砂浜に着地を果たすと同時に獲物を仕留められなかったと再び喚声を上げ、獲物――猟人へ向き直る動作に入る。

 その間にベルは矢を番え終え、今度は連射矢――一列に数本の矢を纏めて発射する技術を使い、ランポスの頭を矢でズタズタにする。

「ギャェエッ」と断末魔の声を発し、鮮血を撒き散らしながらランポスが倒れ伏す。まず一頭――ベルがそう息つく間も無く、二頭のランポスが再び襲いかかる。

 今度は一頭が跳び上がって襲いかかり、もう一頭は発達した後ろ足を使って素早くベルを迂回するように走り込んで来る。少しは考えたか――ベルは感心するように口許に笑みを滲ませると、まずは口を大きく開けて跳びかかるランポスの攻撃を躱すべく、相手に向かって前転する。すると自身の足許へ消えたベルを見失い、跳びかかったランポスは何も無い砂浜へ着地する。

 迂回して来たランポスはその動きを具に見ていたので、迷う事無くベルへ攻撃を開始する。後ろ足を使って素早く回り込むと、ベルの肩口を狙って前足を振り下ろす。ベルは足音で相手の位置を確認し、すぐさま方向を変えて再び前転――ランポスの横合いに躱す。

 前脚を振り下ろしたランポスは忽然と姿を消した獲物を追い、方向転換するために足踏み――ではなく、大きくバックステップを踏み、ベルと距離を離す。恐らく、足踏みをする瞬間に攻撃を受けるとでも考えたのだろう。モンスターとは言え、彼らにも頭脳が有り、思考が有る。と、ベルは考えている。故に彼らは警戒するし、策を練って相手を攻める。人間が考える程、理屈っぽい策ではないが、それでも策に変わり無い。

 ベルは二頭のランポスが合流したのを見計らって、拡散矢を放った。今度は五本――放たれた矢はランポスの胴や頭を穿ち、更に彼らに傷を付ける。一頭は矢の当たった頭の場所が悪かったのだろう、断末魔を上げて仰け反るように倒れ込む。

 残りは一頭――ベルが再び矢を番えようとすると、ランポスは危機を察知したのだろう、足踏みをして方向転換を果たすと、背中を向けて逃げ出した。実に鮮やかな遁走だった。

 残されたベルは一瞬唖然としたが、すぐに落ち着きを取り戻して、カジキ弓【姿造】を背中に吊るし直す。当面の危機は去ったと認識したのだ。

 ランポスが逃げた先のエリアも湖岸の筈だった。丁度拠点の反対側に位置するエリアで、洞窟へと入る道、小島へと続く道、更に密林へと至る道が在ると地図には記されている。

 湖岸にリオレイアが出現し易いと言う情報が確かなら、この先にいる可能性は比較的高いだろう。ベルは若干気持ちを引き締めると、エリア3――クェレツン密林第二の湖畔へと駆け出した。




【後書】
 いよいよ密林に到着からのランポス戦です!
 ところで、ザレアちゃんが意味深な動きを始めましたが、ネタバレしないように言いますと、意味深な奴です(笑)。
 以前も綴ったと思いますが、オリジナルの地名では有りますが、P2G及びMHFの密林と同じ場所ですここ! なのでエリアの番号なども一緒なので、その辺を思い出しながら読まれると分かり易いと思われまする!
 さてさて、次回、第3章第6話にして第33話!「目指したもの」…ベルがランポスと戦闘を繰り広げていた一方で…? お楽しみに!


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033.目指したもの

 ベルがランポスと前哨戦を繰り広げていた頃。

 密林地帯へと足を踏み入れた二人の猟人の許にも、ランポスの姿が見受けられた。

 密林地帯は木が生い茂り、視界は良好とは言えない。足許は草叢で覆われ、猟人でなければ躓く事は必至だろう。太陽の光が遮られる程に樹木が枝葉を伸ばしている訳ではないが、立ち回りに気を遣う場所だった。

「そう言えば、エルはベルの妹なんだよな」

 ランポスの様子を窺いながら、フォアンがふと、関係無い事を口に出す。

 エルはきょとん、とした様子でレックスシリーズを身に纏った少年へ視線を投げる。

「ええ、そうですけれど……何か?」

「いや、前にベルから、住んでた村の唯一の生存者って話を聞いたからさ。唯二だったんだな、って思ってさ」

 あまり触れてはいけない部分、と言う面を気にせず尋ねる辺り、フォアンは空気を読めない人物なのだろうか。エルは眉根を下げて、悄然とした表情を移ろわせたが、すぐに曖昧な苦笑を滲ませた。

「……お姉様が、そんな話をされたのですか……」

「もしかして、ベルの話は何か間違ってるのか?」

「――いいえ、合っていますわ。……わたくしはその時、村にいなかったんですの。当時からわたくしは猟人になりたいと思っていて、もうその時には村を出て、街で猟人として生活していましたわ。……お姉様はその頃のわたくしを見て、猟人になりたいって言い出したんだと思いますわ……」

 幼い頃に故郷の村を滅ぼしたモンスターを、ベルは憎んでいない。村が助けを乞ったのに、報酬が足りないからと言って断った猟人ですら、憎悪の対象ではない。彼女は、お金が足りなかったために村を救えなかったと思い込んだ。故に、お金さえあれば猟人を雇える――村を救う事が出来ると信じ、手っ取り早くお金を稼ぐために猟人になった。そういう経歴を、彼女は過去にフォアンとザレアの前で話していた。

 唯一の家族であるエルを頼る事も無く、ただ自身の力で危機にある村を救うために、猟人として狩猟を続け、金を稼ぎ続ける……その生き方を否定する事など、誰が出来るだろう。フォアンには出来なかった。

「それから、お姉様とは偶にしか逢えなくなりましたわ。猟人として一人前になるために、ガムシャラに狩猟を行っていたように思いますの。……でも、今のお姉様を見ていると、少し変わったように思いますわ」

 ただ報酬を求めるような狩猟ではなく、仲間を意識した狩猟――それを彼女は、誰に言われるでも無く実践しているように、エルには映っていた。

 フォアンは草叢から這い出て、エルに微笑を投げかける。不意の微笑に、エルは心臓が高鳴るのを感じた。

「ベルの事、よく見てるんだな」

「あっ、う、いえそのっ、そんな気がしただけですわっ」

 ――不覚ですわ! フォアン様が、格好良く見えるなんて……フォアン様は、お姉様の……かも知れませんのに!

 勝手に妄想を膨らませるエル。フォアンはそんな想いを露知らず、防具で音を立てながらランポスへと走って行く。

「念のため、狩っておいて損は無いだろう。――エル、ささっと片づけよう」

「あ、はいっ。――って、わたくしがリーダーですのにぃっ!」

 疾風の如く密林を駆け抜けて行くフォアン。ランポスがその姿に気づいた時には距離が殆ど殺されていた。

 背中に吊っていた斧剣を引き抜く――と同時に白刃を叩き下ろし、ランポスの体を刹那に両断する。――抜刀斬りで即死したランポスの屍骸が、鮮血を撒き散らして無惨に転がる。

 ――速い、とエルは素直に感じた。大剣使いは得物の自重のせいで動きが鈍く、攻撃モーション一つ取っても、機敏性の高い鳥竜種には当たらない事が多い。そのため、抜刀――抜き様に振り下ろす速度が速くなければ相手に翻弄される事が有る。それを理解した上でフォアンは大剣を使っているのだろう。素早い抜刀、そして攻撃が当たった事を確認すると即座に武器を背中に戻す。抜刀したまま動こうとしても普通に歩くよりも動きが鈍くなってしまうのを防ぐために、大剣使いはちょくちょく武器を仕舞い直す。無理に抜刀したまま移動しようとしても、動きが鈍いあまり、相手の動きに追従できないからだ。

 とは言え、大剣使いならそんな事は朝飯前に出来なければ、峻厳な猟人の世界を生き抜く事は出来まい。取り敢えず基礎に関してのみ言えば、フォアンは及第点だった。

 ランポスは残り二頭――エルも負けじと走り込み、一頭目掛けて片手剣――毒の細剣を抜き放つ。腰に据えた細剣を抜き様に跳び上がり、抜いた慣性を使って斬りかかる。

「てぇやっ!」と言う勇ましいと言うよりは寧ろ可愛い気勢を上げ、ランポスの首から胴に掛けて裂傷を走らせる。

「ギュァッ!」と呻き声を発し、ランポスは鱗を幾つか剥がされながら踏鞴を踏む。併し片手剣と大剣では攻撃力に差が有り過ぎるため、大剣のように一撃でモンスターを屠る事は叶わない。故に――片手剣は手数が必要なのだ。

 ランポスが踏鞴を踏んだのを見計らい、「せぇいっ!」と更に振り下ろした細剣を横に走らせ、ランポスの首に真一文字の裂傷を叩き込む。

 鮮血が舞うが、それを躱すようにエルはその場で更に踏み込み、踏み込んだ右足を軸に自転――体を回転させて、その反動を利用してランポスの頭を斬りかかる。――回転斬りと呼ばれる技に繋いだエルの攻撃は見事にヒットし、ランポスは「グェエッ」と断末魔を上げながら仰け反るようにして倒れ込む。

 鮮やかな動きに、フォアンは思わず拍手を送りたくなったが、残りの一匹を片づける事を優先した。瞬く間に仲間が殺され、躊躇を覚えていたランポスは二人の猟人を交互に見やってから、その場で足踏みを始める。――逃げる気か。そう気づいたフォアンが、素早い動きでランポスの許へ駆け込み、――抜刀斬りを叩き込む。

 刹那に両断されたランポスは、最早動く事など有り得なかった。何とかエリア1のランポスは狩り終えたようだ。

「流石ですわ、フォアン様。大剣使いに恥じぬ猟人とお見受け致しますわ」

 細剣を腰に仕舞い直して、朗らかな笑みで駆け寄って来るエル。フォアンも斧剣を背中に仕舞うと、応じるように微笑を浮かべ返した。

「エルも凄かったよ。俺から見ても滑らかな動きだった。流石に小さい頃から猟人やってる奴は、何か違うよ」

「そ、そうですか? ……えへへ」

 若干頬を赤らめて俯くエル。それに気づいていない様子で辺りを見回すフォアン。

「ランポスの数が少ないように感じるな。たった三頭しか狩っていないのに増える様子は無い。……狩るべきじゃなかったかな?」

 難しい顔で顎に指を添えて考え込むフォアン。エルはふるふるっと首を振って、それを否定した。

「このエリアも、リオレイアが来る可能性が有りますから、念には念を入れておくべきですわ。減り過ぎるのは確かに自然には良くない事ですけれど、何れまた増えますわよ。ランポスのような鳥竜種は、繁殖力が強いですから」

「そっか。――よし、もう少し探査を続けようか、エル」

「はいですわ! ……って、だからわたくしがリーダーなのですわぁぁぁぁ!」

 密林にエルの叫び声が木霊する。




【後書】
 フォアン君がリーダーシップ出し過ぎてエルちゃんがたじたじな奴です(笑)。
 ところでベルの過去に繋がるエルちゃんの設定ですが、初めからこの設定だった訳ではなく、後付けと言えば後付けなのですが、ベルの過去をより正確にするために用意した設定でも有ります。
 2章を綴り終えた辺りから、3章を綴るに当たってベルの過去をどう掘り下げようか、と考えた一つの答えがこれです。あと確かこの時点で最終章の構想をぼんやり練っていた気がします。こんな展開でこの物語を締め括らせようか~と言った感じのふわふわネタですがw
 実際綴っていく過程でそういうふわふわネタは姿形を変えて「お、お前誰や!?」って形状となって物語に浮かび上がるんですけどね!w
 さてさて次回、第3章第7話にして第34話!「リオレイア?」…ん? と言うタイトルですが果たして! 次回もお楽しみに~♪


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034.リオレイア?

 エリア3――砂浜の方まで樹木が侵食し、密林地帯ほどではないが視界があまり良好とは言えない狩場。砂浜の先には小島が浮かび、足許を水で濡らす事にはなるが、小島まで歩いて行き来できる。湖とは逆方向には洞窟への入口が二つも穿たれ、更に密林地帯へと誘う岩と岩の隙間に出来た道も確認できる。

「……話が、違うんじゃない……?」

 エリア4からやって来たベルは、岩礁が作り上げた自然の道を通り抜け、エリア3の入口で双眼鏡を構えてしゃがみ込んでいた。拡大したレンズの中に映る巨像は、紛れも無く――飛竜種。だが、エルが言っていた飛竜種とは明らかに違っていた。

 体長は人間の五~六倍は有ろうか。長い尻尾には確かに棘らしき突起が幾つも付随し、巨体が動く度に揺ら揺らと揺れている。堅牢そうな甲殻と鱗を纏い、両翼は広げると大人が何人でも入る程の大きさになる。それこそが『陸の女王』と呼ばれる、気品を感じさせる飛竜――リオレイアの証明になっていたが、その飛竜は体色が明らかにリオレイアのそれと異なっていた。

 リオレイアは通常、深緑の鱗を纏っている。故に、別名『深緑の女王』とも呼ばれているのだが……ベルの視界に映るリオレイアの色は――鮮やかな桜色。密林と言う世界に於いて、明らかな異彩を帯びている。

 ――亜種。モンスターの中には通常の固体とは全く異なる体色を有するものが稀に存在する。ベルが纏っているフルフルDシリーズの基となっている赤いフルフルもそれに当たる。フルフルは通常、白色のブヨブヨした体色をしているが、稀に赤色のフルフルが存在する。そういう通常とは異なる色彩を放つモンスターを、猟人達は「亜種」と呼称している。

 更に亜種は通常種よりも気性が荒いと言う話を、ベルは聞いた事が有る。亜種は極めて異例な色彩を放つ事から他のモンスターに狙われ易く、生き残るために更に強靭な肉体を有するに至る――らしい。そのため通常の固体に比べ、亜種は強いと言う噂が流布している。環境が気性を荒くさせる……らしい。

 ベルは双眼鏡から目を離し、どうするべきか思考を纏める。

 ――亜種とは言え、通常種と似たような行動を取ると考えてもいいものかしら? 

 とにかく狩猟を完遂せねばならない。ベルはポーチの中からペイントボールと呼ばれる手のひらサイズの球状の道具を取り出し、こっそりと忍び足で桜色のリオレイアに近づいて行く。

「グルルル……」

 近づけば近づく程に、その巨体が露になっていく。双眼鏡とは違い、肉眼で見るリオレイアは一層巨大に感じられる。甲殻や鱗に隠れてはいるが、人間とは比べものにならない程の筋繊維を有しているのが分かる。巨体を支える足など、まるで筋肉の塊だ。

 鮮やかな桜色が視界に焼きついて離れない。翡翠色の瞳がこちらを向いていないにも拘らず、潰れそうになる程のプレッシャーを感じる。ベルは自分が息を止めている事にも気づかず歩を進め、やがて――ペイントボールの射程に入った。

「グルゥ?」

 リオレイアが不意に何かを感じ取ったのだろう。それは匂いか、気配か――何れにせよベルは気づかれたと感じ、刹那にペイントボールを放った。

 ばちゃっ、と水音が弾け、桜色の甲殻に、鋭い臭素の混じった液が付着する。それを見届けたベルは、刹那に背中を向けた。長居は無用――仲間がいない今、一人でやり合うのは危険と判断した。

 すぅ、と空気が吸引される気配。不味い――そう感じた時には、手遅れだった。

「ギャアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 バインドボイス――本能的に耳を押さえて蹲ってしまうベル。頭の中では危険信号が点りっ放しだった。ここで行動を凍結されるのは不味い――分かっているのに、体は本能に忠実に動き、完全に硬直している。

 どしん、どしん、と地面が鳴動するような音が響く。見ずとも分かった。リオレイアが突進して来ている……!

 咆哮による硬直が解けた瞬間、ベルは咄嗟に走り出した。地面の鳴動はもう間近に迫っている。このままでは追い着かれる――そう思った瞬間、咄嗟に左側へ――砂浜を越えて湖の中へ飛び込む。

 頭から湖の浅瀬へ突っ込んだベルは、そのまま跳び込んだ反動を利用して前転し、更に湖の中へと体を埋没させる。

 ――凄まじい轟音が背中を掠めて行く。砂浜を削るような勢いで突っ込んで行ったのは言うまでも無く――リオレイアの巨体だった。彼女も頭から砂浜へと突っ込み、――筋肉の塊のような二本の足を使って素早く起き上がる。

「く――ッ」

 起き上がるモーションが速過ぎる……! とベルが舌打ちする間も無く、桜火竜は向き直り、大きく息を吸い込む動作に移る。

 ――ブレス。

 火球が飛んでくると分かっていても、すぐに体勢を立て直す事が出来ない。リオレイアの口の中が白熱する様が、離れていても画然と分かる。このままでは――――

 

「――目を!」

 

 限り無く短縮された指示。怒号が張り上げられる直前に、リオレイアとベルの間に球状の道具が投げ込まれた。それを察知する間も無く、ベルは戦闘中にも拘らず両の瞼を閉じた。

 ――瞼の隙間から染み込む、昼の太陽よりも強烈な閃光。声の主――エルが閃光玉を放ったのだ。

 再び瞼を持ち上げると、リオレイアが衝撃を受けたかのように頭を振って、踏鞴を踏む場面を拝む事が出来た。絶妙のタイミングで喰らったらしく、リオレイアの口から白熱した塊が吐き出される事は無かった。間一髪以外の何物でもなかった。

 瞬間的に安堵の感情が込み上げてきたが、すぐに視界を巡らして閃光玉を投擲した猟人の姿を探す。すると、密林方面から二人の猟人が疾走して来るのが映った。先頭を行くのはフォアンで、続くエルは手を振ってベルに合図を送っている。“走れ、フォアンの行く先へ”――そう合図を受け取ったベルも、慌てて立ち上がって駆け出す。

 全力疾走だった。飛竜種などの巨体を誇るモンスターに見つかると、どんな猟人であれ、平常心で走る事は不可能だ。両脚を跳ねるように上げ、両腕を力の限り振り、全速力でフォアンの向かう先――地底へ下りる洞窟へと駆けて行く。

「グルルルル……」

 背後で桜色の巨体が、苛立ちのこもった唸り声を発していたが、ベルは構わず洞窟へ下りて行った。




【後書】
「リオレイア?」と言うタイトルからお察しのお相手、リオレイア? でしたw
 いやまぁリオレイアなんですけどね!w 亜種ってだけで何だか特別な感じがするじゃないですか! 特異個体…辿異種…うっ頭が(仮病)。
 さてさて次回、第3章第8話にして、第35話!「爆弾危険指定区域」…タイトル通り、密林が大惨事になります(笑)。お楽しみに!ww


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035.爆弾危険指定区域

 

 クェレツン密林には幾つかの洞窟が存在し、エリア7と呼ばれる区画に在る洞窟は、中でも一番の広さを誇っている。崩落のために偶然できた大穴――つまり今、入って来た場所から外へと繋がっている。

 三人の猟人はその中程まで走ると、滑り込むようにして停止した。

「はぁ、はぁ、――はぁ、ちょっとエル! 話が違うんじゃない!?」

 肩を上下させながら、ベルが怒気と共に不満をブチ撒ける。

 対するエルはすぐに呼吸を落ち着かせたのか、「ふぅ、ふぅ、」と心臓の高鳴りを抑えるように胸に手を置き、ベルの方を見ずに言葉を返す。

「わ、わたくしも、亜種がいるだなんて、聞いていませんわっ。……ふぅ、……それにしても綺麗でしたわねぇ……あんな綺麗な桜色のモンスター、初めて見ましたわ……」

「はぁ、はぁ、……ババコンガも似たような色、してるじゃない……はぁ、」

「あ、あんな獣と一緒にしないで下さるかしらぁ!? あ、あんな汚らわしいモンスターと一緒にするなんて……お姉様はどうかしていますわ!!」

 散々な言われようにベルがどうしたものかと考えていると、フォアンが落ち着き払ったように肩に手を置いてきた。

「はぁ、はぁ、……何よ?」

「ベルの防具も同じ色だよな」

「…………殴られたい?」

 と言いながらベルがフォアンの頬に一発くれてやる頃には、エルの呼吸は納まっていた。

「あら? お姉様。ザレア様はどうなさいましたの?」

「あー……ザレアなら爆弾の準備が有るとかで消えちゃったわ」

「爆弾の準備……? ザレア様って、ハンマー使いではありませんの?」

 ここに来る時、確かに彼女は腰にハンマーを提げていた。グレートノヴァと呼ばれる、希少な鉱石ノヴァクリスタルを叩く部分に用い、それを固定する部分と柄にはバサルモスと呼ばれるモンスターの堅い殻を施し、更にフルフルから取れる電撃袋を鉱石に施した、雷属性の付加価値を懐くハンマーを。

 武具は言わば猟人のステータスでも有る。どんな武器を持っているか、どんな防具を纏っているか、それだけでその猟人が如何程の力量を備えているか判断する一因になる。ザレアのハンマーは、彼女が上位に位置する猟人であると証明する高価な代物なのである。防具は……別の意味で最強を冠しているが。

 そんなザレアの正体を知っているからこそ、ベルの顔には自然と苦笑が浮かぶ。

「……あの娘はね、真正の爆弾っ子なのよ。爆弾が無いと狩猟が出来ないと豪語する位にね」

「……それ、大丈夫なんですの? 猟人としてと言うより、寧ろ人として……」

「人として……はどうか分からないけど、猟人の腕は確かよ。ザレアには今までも何度と無く助けられてるし」

「ああ、ザレアは頼もしい仲間なんだぜ。格好を見れば分かるだろ?」

 フォアンが微笑を浮かべて口を挟んでくる。二人の少女は「確かに」と頷かざるを得なかった。頷いた後、三人で顔を合わせて苦笑を滲ませる。

 そこに、

「にゃにゃーんっ! 皆、何の話をしてるのにゃーっ!!」

 エリア7の洞窟には人間が行き来できる道が四つ存在する。先程三人の猟人が洞窟に入るために利用した大穴、緑地へと抜ける二つの穴、更に別の洞窟へと繋がっている、洞窟の上の方に存在する小さな穴。その最後の出入口――洞窟の上部に設けられた穴から、ザレアが跳び下りてきた。

 ずだんっ、と手を突いて着地を果たしたザレアは、三人の猟人を見回して、止まる。皆の顔に一様に「噂をすれば何とやら……」と書いてあったのだが、ザレアには何の事だか分からず、思わず小首を傾げてしまう。

「――ってザレア! あんた何、勝手な行動してるのよ!? 二人一組で行動しなさいってリーダーが言ったでしょ!」

 我に返ったベルの一喝が洞窟内に響き渡る。突然の怒気のこもった声に、ザレアは萎縮するように体を震わせ、ネコの被り物に手を当てて怯え込む。

「ご、ごめんにゃさいにゃ……っ、こ、今回こそは爆弾が無くにゃらにゃいようにしたかったのにゃ……っ」

「……えと、狩猟で爆弾が無くなるのは普通なのでは?」

 目を点にして、顎に指を添えて小首を傾げるエル。ザレアは手をブンブン回してそれを否定する。

「狩猟で無くにゃるのはいいのにゃけれど、途中で無くにゃると、オイラはもうどうしようもにゃくにゃるのにゃ! 最後の最後まで爆弾を使って狩猟したいのにゃ!!」

「そ、そうなんですの……」若干引き気味なエル。

「あれ、それはそうとザレア。その爆弾が一つも見当たらないんだけど」

 ベルが右手を瞼の上に翳して辺りを窺うも、大タルの姿はどこにも見受けられない。いつもならザレアの腰に提げられている小タル爆弾Gも鳴りを潜め、ポーチに入っているだろう数個以外は見つける事が出来なかった。

 ザレアはインナーでしか隠されていない胸を張り、「それはですにゃ!」とどこか自慢げに話し出す。

「いつ爆弾が尽きてもいいように、狩場の至る所にカモフラージュして隠しておいたのにゃ! これでもう、爆弾が尽きる事は有り得にゃいのにゃ!!」

「恐ろしくて狩猟が出来るかそんな狩場ッ!!」すっぱーんっ、と〈アイルーフェイク〉をブッ叩くベル。

 ネコの被り物を揺らしつつ、「あにゃ~?」とザレアが小首を傾げる。

「狩場のあちこちに爆弾が眠ってるのにゃよ? こんにゃ心ときめく空間が存在するにゃんて、夢のようじゃにゃいですかにゃ!!」

「悪夢よ!! 悪夢以外の何物でもないわよ!!」

「まぁ落ち着けよベル」

 ぽん、とベルの肩に再び手を置くフォアン。ベルはどこか苛立たしげにレックスシリーズの少年に視線を向ける。

「骨は俺が拾ってやるから」

「死亡フラグ立っちゃってるじゃない!? つか、あたしだけじゃないから!! あんたも一緒に死んじゃうから!!」

「仲間に看取られてあの世に旅立つ……悪くない終わり方だな」腕を組んで、うんうんと頷くフォアン。

「受け入れちゃダメでしょそこは!?」ツッコミを忘れないベル。

「お姉様っ、お姉様っ、わたくしここで死んじゃうのかしら!? まだっ、まだっ、やり残した事がたくさん有るのにぃ~っ!!」ふぇ~ん、と蹲って泣きじゃくり始めるエル。

「ザレアぁぁぁぁ―――――ッッ!! どうすんのよこのカオス!? 責任取りなさい!!」

「わ、分かったのにゃ……、ぐす、今、全ての爆弾を起爆してくるのにゃ……」めそめそしながら歩き始めるザレア。

「そうそう……って、んん!? 全部起爆したら逆に危ないじゃないそれ!? 待った待ったストォ――――ッップ!! 起爆しなくていいから!! 何かそれ密林が大変な事になっちゃいそうだから止めて――――ッッ!!」

 テンヤワンヤだった。




【後書】
 このやりたい放題やってくれる辺りがザレアちゃんの良い所です(笑)。
 自然破壊反対! って言いたい所ですが、ザレアちゃんを前にそんな事が言える訳が無かった…w
 今まで若干コメディ要素が少なかった反動か、突然はっちゃけましたけど、これがいつもの【ベルの狩猟日記】ですよね!w
 と言う訳で次回、第3章第9話にして、第36話!「青の群れ」…前哨戦の始まりです! お楽しみに~♪


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036.青の群れ

 一同が落ち着きを取り戻した頃。洞窟内で四人は簡単な報告会を開く事になった。

「エリア9には水呑場になりそうな池が在ったぜ。鬱蒼としてる――とまではいかないけれど、視界はあまり利かない緑地帯だったぞ」

「エリア6の洞窟は、飛竜にとっては少し小さ過ぎる気がしたのにゃ! あそこには多分、リオレイアは入ってこられにゃいと思うのにゃ!」

「エリア4の湖岸は、確かにリオレイアがいつ現れても不思議じゃない位に開けた空間だったわ。現にエリア3にいたんだし」

「この洞窟――エリア7は恐らく、巣穴になっているようですわ。見て下さい、あれを」

 エルに言われて視線を向ける一同。大量の骨が敷き詰められ、奥には卵らしき物体が見える。大きさからして飛竜の卵ではない――肉食竜……恐らくはランポスの卵だろう。併しそこには今、ランポスの姿はどこにも見当たらなかった。

「……ねぇ、何か変じゃない? この狩場」疑念を漏らしたのはベルだった。「ランポスの数が極端に少な過ぎる気がしてならないのよね……リオレイアが駆逐したのかしら?」

「或いは……あまり考えたくはありませんが、以前に別の猟人が規定数以上のランポスを討伐したか、流れの猟人が類する事をしたか……」

 猟人はモンスターを狩猟するのが仕事だが、狩り尽くすとこれはこれで問題になる。あまりにモンスターを間引きし過ぎると、今度は自然に影響が出て、時に環境が悪化する事が有る。狩り過ぎても問題は無い――と言ったが、限度が有る。

「……多分、両方とも違うな」

 ――と、エルとベルの分析を否定したのは、ランポスの卵の様子を見て、地面に這い蹲るようにして何かを観察していたフォアンだった。

 ベルが小首を傾げてフォアンに視線を向ける。「どういう事?」

「この卵、まだ食われてないだろ? リオレイアが巣穴として利用しているのなら、真っ先に狙われるのはこれ――卵だ。飛竜にとってはご馳走と変わらないからな。それと――地面にランポスのものと思われる足跡が大量に残ってる。……俺達は行き違いになったのかも知れないな」

「にゃー、そう言えば小さにゃ巣穴の方に、たくさんのランポスと、一頭のドスランポスがいたのにゃ」

 全員の視線がザレアに向かい、言葉が消え失せる。

 ザレアがネコの被り物と一緒に小首を傾げる。「にゃ?」

「どぉぉしてそれを先に言わないのあんたって奴はぁぁぁぁ―――――ッッ!!」

 大声を張り上げながら、ザレアの肩をガックガック揺するベル。

 ザレアは「にゃにゃにゃにゃにゃ!?」となすがままに揺すられる。

「ドスランポスまでいますの!? ……話が違い過ぎますわね……依頼主には後で、報酬を掛け合って貰わねばなりませんわね」顎に手を添えて難しい顔で呟くエル。

「そうよ! 正当な報酬じゃないわ! あと二倍くらい増やして貰わないと!!」

「ベル。何か瞳がお金の形になってるぞ。あと涎」指摘を忘れないフォアン。

「おっと、じゅるり」

 ベルが涎を拭っていると、洞窟の入口――先程リオレイアがいた方向とは真逆の穴から、大量のランポスが入り込んで来るのが窺えた。その先陣を切って走り込んで来るのは――赤いトサカが特徴的な、ランポスの二倍近い体躯を誇る彼らの頭目――ドスランポスだった。

「ギュア、ギュアア!!」

 大きな口を開けて喊声を上げると、回りを囲っていた十匹以上のランポス達も一様に喚き出す。“外敵を見つけた”――そう報告し合っているように聞こえる。

「リオレイアを狩猟する前に、まずは前哨戦って訳ね」カジキ弓を引き抜き、ベルが唇を舌で湿らせる。

「あの様子じゃ、もしかしたら自分達でリオレイアを倒そうと思っていたんじゃないか? 質を数で補おうとしているように見えるけど」フォアンはポーチを漁りながら、そんな憶測を口にする。

「ランポス達とリオレイアが激突する瞬間を、オイラ達は見逃してしまった訳かにゃ? 残念だにゃ~……」ガックリと肩を落とすザレア。

「皆様! そんな悠長な事を言っている場合ではありませんわ!! ……尤も、皆様なら大丈夫だと信じていますけど?」

 エルの最後の一言に、全員が口許に笑みを刷く。皆、それぞれに実力を備えた猟人だと自負しているのを、再確認するような空気が流れる。

「ランポスの掃討はお姉様とわたくしが! ザレア様とフォアン様はドスランポスを!!」

「あいよぅっ」「了解です、隊長」「分かったのにゃ!」

 それぞれに返事を返し――前哨戦とも言うべき狩猟が始まった。

 

 

 ランポス達が雪崩れ込んで来る。その数――優に二十に上ろうか。どこにそれだけのランポスが隠れていたのだ――そう思わせる数だったが、恐らくはザレアの言う、小さな巣穴の方に集結していたのだろう。フォアンの推測が間違っていないのなら――リオレイアを自分達の手で斃すために。

 ベルはその数に若干怯んだが、エルと言う身内の手前、無様な姿を曝す事は無かった。

 散開し、徐々にその規模を広げて行くランポス達に向かって戦端を開くべく、矢を纏めて番え、拡散矢を射る!

 纏めて放たれた五本の矢は、密集から徐々に散開を始めていたランポス三頭に突き刺さり、行動が一瞬、凍結する。だが、高が三頭の行動が一瞬だけ凍結した位では何の意味も無い。ベルは更に矢を番え、ランポスへ向かって繰り返し矢を放つ。

 その間にエルが先陣を切ってランポスの集団へと突っ込んで行く。跳び上がりながら片手剣を引き抜き、振り下ろしながら着地――その攻撃でランポスの首筋が切られ、鮮血が舞う。ランポスは踏鞴を踏んで僅かに後退するが、それだけで絶命するほど弱くは無い。「ギュア!」と喚声を上げて、噛みつこうと首を伸ばしてくる。

「ふッ」と短く呼気を漏らし、エルはバックステップを踏みながらランポスの目許を切りつける。爬虫類染みた眼球が抉られると、ランポスは更に呻き声を発し、その場で痛みに狼狽える。

 まだ一頭も仕留めていないと言うのに、周囲には更なるランポスの壁が出来上がり、エルを徐々に囲んで行く。エルはバックステップを踏んだ直後に回転斬りを放ち、周囲に群がり始めたランポスを威嚇するように浅く撫で斬る。

 ――すると、ランポスの壁を飛び越えて、別のランポスがエルに飛びかかろうとしてきた。それも死角――エルが気づいていないと感じたベルが咄嗟に連射矢を放ち、エルに飛びかかろうとしていたランポスを狙撃する。空中で射止められたランポスは体勢を崩し、ランポスの壁に激突――ランポス達が巻き込まれてその場に倒れ込み、将棋倒しになる。

 エルはその現象に気づいた瞬間、振り返らずにベルへ感謝の意を告げる。

「助かりましたわ!」

「皆! 目を閉じろ!」

 エルの謝礼に被さるようにして、フォアンの怒号が響き渡る。その言葉の意を正確に理解した二人の猟人は咄嗟に目を閉じる。――刹那、若干薄暗かった洞窟内に、雷染みた閃光が瞬く。閃光玉――それが炸裂したのだ。

「ギュアァ!?」

 ランポス達の呻き声を聞いて瞼を上げた二人は、周囲の様子を確認して勝機を見出す。

 閃光玉をマトモに受けたためだろう、ランポス達の視界は強烈な光に閉ざされ、その場でフラフラとしている事しか出来なくなっていた。今を於いて好機など無い――エルもベルも素早く、そして的確にランポスの数を減らして行く。

 視界に映るフォアンとザレアは、あっと言う間にドスランポスを退治してしまったようで、ドスランポスの物と思われる赤いトサカ付きの頭部が地面に転がっていた。今は二人ともランポスの掃討を行っている。

 長いようであっと言う間だった三十秒が過ぎ去ると、ランポス達はようやく視力を取り戻し、頭目がやられてしまっているのと、仲間の数が半数以下になっているのを認識すると、一目散に逃げ出した。

「……何と言いますか、まるでランポスを迫害しているような気分になりますわね……」

 エルが悄然とした面持ちで、鮮血に濡れた細剣を腰に仕舞う。ベルにはその気持ちが何と無く理解できて、苦笑を滲ませる。

 ランポス達にとっては、青天の霹靂以外の何物でもなかっただろう。突然飛竜が舞い降りて自分達のテリトリーを奪い、その飛竜を追い出すために一致団結した途端、今度は猟人に妨害されて、撤退を余儀無くされた……幾ら相手がモンスターでも、同情の余地は有る。

 そんな気持ちを懐いているであろうエルの肩に、フォアンがぽん、と手を置いた。エルの顔がフォアンに向く。

「ドスランポスが一緒にいたんだ、俺達が狩らなくても、何れは狩猟の依頼が出ていた筈さ。気に病む事は無いぜ」

「……そうですわね。――それに、まだ大事な狩猟が残っていますものね!」

 ――そう、ドスランポスはあくまで前哨戦……本当の狩猟は、これから始まる。




【後書】
 第1章の冒頭では苦戦していたドスランポスも、今ではすっかりサクサクっと斃せる練度になっていたようですね!
 と言う訳で前哨戦も無事に終わり、いよいよ本戦が始まります…! 次回、第3章第10話にして第37話!「桜舞う密林〈前編〉」…今回は狩猟シーンマシマシでお送り致します! お楽しみに~♪


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037.桜舞う密林〈前編〉

 ペイントボールを当てておいたので、リオレイアのおおよその居場所は、ペイントボールの発する独特の臭素のお陰で見当が付いていた。フォアンの纏う防具レックスシリーズには〈千里眼〉と呼ばれる、大型モンスターの居場所が察知できる能力が有るのだが、毎回それに頼っていては彼がいなくなった時に果たして以前のような狩猟が出来るか疑問だったので、ペイントボールを使わせて貰った。

 場所は――エリア3。ペイントボールを当て、閃光玉を投げて猟人が離脱したにも拘らず、そこで待ち続けている――その在り方に、女王らしい気品を窺わせる。

 四人の猟人が洞窟から出て、遠方を窺うために双眼鏡を使うと――湖岸からこちらを見据えて立ち止まっているリオレイアの姿が映った。

 そう、見ているだけ。すぐに襲おうともせず、こちらへ戻って来るのを待っているような、そんな人間染みた所作で、彼女は湖岸に佇んでいた。

 ――時折、ベルは思う。彼らも人間のような思考を持ち、人間のように相手を見定めた上で、猟人と相対しているのではないか――と。モンスターにも意志が有り、彼らなりに敬意を払ったり礼儀を持ったりして猟人と敵対している、そんな錯覚を覚える事が有るのだ。

 現にリオレイアは猟人の姿を視認して尚、動く気配が無かった。“早くこちらへ来い”――そう、暗に告げているような気にさせる。

「……行きますよ、皆様……!」

 エルの低い声に、三人の猟人は各々に武器を構え、――一斉に駆け出した。

 その様を見つめていた桜色のリオレイアも“相手をしてやる”――と言いたげに鎌首を擡げ、――咆哮を奏でる。

 距離が離れていたために猟人を束縛する事は無い咆哮。――それは狩猟と言う名の、猟人とモンスターの衝突の喊声となった。

 ベルはカジキ弓に毒の入ったビン――マヒダケと言う神経系の麻痺毒を液状化した物が入ったビンを装填し、矢に滴らせるように施す。麻痺毒のビンはハンターズギルドの規定により、二十本以上は持ち込む事を許されていない。一度射る毎にビンを一本ずつ消費する事から、二十発でどれだけ相手を麻痺に陥れられるか――即ち、誤射は許されない。

 フォアンとエル、更にザレアは左右に展開し、リオレイアへと距離を殺して行く。リオレイアはその様子を見て、咆哮が終わった刹那、纏わりつこうとする猟人へ、先端に毒が仕込まれた棘が付随する尻尾を体と一緒に振り回す。

 ぐるん――っと体を反転させ、尻尾が辺りの木々を薙ぎ倒しながら振るわれる。フォアンは斧剣を、エルは丸盾を使ってガードし、ザレアは方向転換してリオレイアの横を抜けて行く。

 更にリオレイアが尻尾を振り回すようにして体を反転し、再びベルの正面に顔を向ける頃には、二人の猟人が間合いを詰め、攻撃を開始していた。

「ぜぇやッ」と斧剣を抜き放ち様にリオレイアの右翼に叩き下ろす。がんっ、と硬質な音と共に弾かれ、踏鞴を踏む。あまりに鱗が硬過ぎて刃が通らなかった。

「えぇいっ」エルはその反対側――左足へ向かって細剣を抜き放ちながら振り下ろす。――筋繊維を浅く傷つける事しか出来なかったが、彼女にしてみればそれで良かった。片手剣は一撃で相手を破壊するのではなく、手数で勝負を決する武器――細かい攻撃を与え続ける事に意味が有る。

 エルは続け様に二度、三度と細剣を振るい、浅いながらも左足の筋繊維を傷つけていく。フォアンは踏鞴を踏んだ体勢から更に踏み込み、斧剣を右翼に再び叩き下ろそうとして――

「突進が来ますわ!!」

 ――エルの咆哮染みた声に気づいたフォアンは、斧剣を叩き下ろす動作から流れるようにリオレイアの左側へ転がる。――刹那、エルの予見通り、リオレイアが群がる猟人から脱すべく猛然と駆け出した。

 眼前へと走り寄る桜色の巨体を躱すべく、麻痺毒が仕込まれた連射矢を放っていたベルは咄嗟に武器を仕舞い、全力でリオレイアの体から走って逃げる。突進は軌道を徐々に修正して横合いへと走り逃げるベルを追従して行く。

「こっちに来るなぁぁぁぁ―――――ッッ!!」

 舌を噛みそうになりながらの絶叫。脚はまるで自分の脚じゃないような感覚に陥る程に回転数を上げるが、それでもリオレイアの方が幾許か速い。

 やがて桜色の巨体がダイブするようにベルを押し潰そうとして――その直前にベルは体を前へ投げ出すように飛び込む。木々を薙ぎ倒して滑り込むリオレイアの轟風を背後に受けながら、ベルは辛うじてリオレイアの突進を躱す事に成功する。

「無事かッ、ベル!」

 フォアンの怒号が聞こえる。ベルは高鳴る心臓を抑えきれず、上擦った声で応じた。

「な、何とかッ!」

「皆、こっちだにゃ! 落とし穴を仕掛けたのにゃ!」

 続いてザレアの大声が密林に響き渡る。ベルは震えそうになる脚を何とか奮い立たせ、全速力でザレアの許へと駆ける。その間にリオレイアは起き上がり終え、再びベルへ向かって突進を始める。

「グオオオオオオオオオオッッ!!」と言う喊声と、地面を揺さ振る足音が背後から迫って来る。

「ひッはッひッはッ!」手を思いっきり振り、脚を全力で回転させ、やっと視界にザレアが映り込む。その前には大型モンスターを沈める事が出来る落とし穴がカモフラージュして仕掛けられている。猟人がそれを踏んでも何も起こらないが、大型モンスターの巨体が踏み締めれば粘着性の有るネットが総身に絡みつき、身動きを取れなくさせる罠だ。

 だが、そこに到達する前に既に背後からリオレイアの息遣いが聞こえてきていた。間近にリオレイアの顔が存在すると思うだけで背筋が凍えそうになるベル。もう少し、もう少し――――ッッ。

「ひッはッひッはッ――――えぇやぁぁぁぁ―――――っ!!」

 落とし穴を飛び越えるようにして再び体を前に投げ出すように飛び込むと、――刹那、脚にリオレイアと思しき硬い何かがぶつかる感触が走り――ずずんっ、と罠に掛かる音が続いた。

「ギャオア!? ギャアアアオオオオオオオオオ!!」

 戸惑いを感じさせる喚声に振り返ると、桜色の飛竜が見事に落とし穴に嵌まっていた。胴体がすっぽりと穴に嵌まり込み、出ているのは胸から上――両翼と首を思いっきりばたつかせてもがいている。

「今ですわ!!」

 エルの声が届き、言われるまでも無く二人の猟人が動き出す。

 一番素早く動いたのは――ザレアだった。どこからとも無く大タル爆弾Gを持ってきて、リオレイアの頭の近くに鎮座させる。リオレイアの首に掠りでもすれば大怪我では済まないのに、ザレアの動きに緊張と呼べる強張りは絶無だ。彼女にしてみればこの程度の事では何の恐怖も生じ得ないのだろう。

 フォアンはその間にリオレイアの背後へと回り、背中に向けて大きく斧剣を振り被り――力を蓄えるべく、その姿勢のまま力み始める。最大限にまで膂力を圧縮して放つ溜め斬りには、幾許かの蓄積時間――隙が出来る。が、罠や道具を使って相手の行動を制止させれば、溜め斬りをする好機が生まれる。今がまさにその瞬間だった。

 エルは好機を示して突撃を差し向けたはいいが、彼女自身は迂闊に近づこうとしなかった。溜め斬りに走ったフォアンはまだ分かるが、大タル爆弾Gを躊躇無く、リオレイアの振り回される頭部付近に設置したザレアの行動には驚きを通り越して恐ろしささえ覚えていた。自殺行為――そう呼んでも差し支えないが、玄人の猟人なら恐らく難無くやるだろうそれを、彼女が何の躊躇も無く行った事がエルには信じられなかったのだ。

 更にザレアは砂浜を駆け抜け、草叢をガサゴソ掘り返すと――再び大タル爆弾Gを手にしてリオレイアの前へと駆け戻って来る。流石にそれにはベルも噴き出した。

「あんた、どこに爆弾を隠してんのよ!?」

「そりゃもうそこらじゅうにゃ! ――今にゃ、ベルさん! 起爆をお願いするのにゃっ!」

 ザレアが爆弾から――リオレイアから逃げ出すと同時に、フォアンが溜め斬りを放つ――最大限に圧縮された膂力を誇る一撃は、桜色の甲殻を――

 ばぎんっ、と弾かれた。桜色の鱗が数枚弾け飛んだが、肉を絶つまでには至らない。

 踏鞴を踏んでもう一度構え直す――と言う事は無く、状況を読んで、フォアンは前線を離脱する。

 リオレイアの前には巨大な爆弾が鎮座しているだけで、猟人の姿はどこにも無い。それを見計らうとベルは矢を番え、――連射矢を放つ。三本の矢は寸分違わず大タルへと吸い込まれ―――

 一瞬、時間が凝縮されたような感覚が走り抜け、大タルに矢が触れた瞬間、矢が貫通した瞬間、大タルが内側から膨れ上がる瞬間、――そして辺りに轟音と共に熱風が荒れ狂う瞬間と、コマ送りに時間が流れた。

 地鳴りに似た轟音が止む頃には、リオレイアの相貌が再び露になった。

「――これが、女王……っ!」

 端的に言えば、リオレイアは無事だった。尤も、頭の鱗が幾つも飛び散り、凄惨とまではいかないまでも、鮮血が滴る程には怪我を負っている。併しその足掻く姿に痛覚を覚えている様子は窺えない。必死に、懸命に、落とし穴から這い出ようともがいている。

 フォアンがその様子を確認した瞬間、斧剣を一度仕舞い、桜色の巨体へと駆けようとして――

「――ダメですわ!!」

 エルの制止の声に従い、リオレイアへと肉薄する脚を止め、逆に数歩分後退を図った。

 ――その瞬間、リオレイアは落とし穴の罠から脱出――視界から消え失せる。

「どこに!?」ベルが思わず視界を巡らす。

「上だにゃ!」ザレアが上空を指差しながら叫び声を上げる。

 桜色の巨像は今、太陽を背にして飛び上がっていた。筋繊維の塊とでも言うべき桜色の両翼を羽ばたかせ、悠然と空を舞い、下界の者共を睥睨する。その翡翠色の瞳は怒りに滾っているように映る。

 やがてゆっくりと舞い降りて来た。――着地を済ませ、直後に突進が始まった。今度はエルへ向かって駆けて行く。エルは透かさず丸盾を構え、突進に備える。

 自分の背丈の三倍以上は有ろうかと言う巨体が迫り来るのを見上げながらも、エルはその場を動かない。とてもではないが自分の体の半分も隠せない丸盾では防ぎようが有るまい――そう、ベルが叫ぼうと思った刹那だった。

「いやぁっ!」と言う掛け声と共に、エルの丸盾が突進して来た桜色の頭にぶつかり、その衝撃を総身に浴びつつも、丸盾を甲殻の上に滑らせるように重心を移動し、自身もリオレイアへ向かって滑るように足を運ぶ。

 リオレイアの横へと流れたエルは、そのまま前転してリオレイアの攻撃をまんまと躱してのける。刹那に感じた恐怖がすぐに安堵へと変わるのを感じて、ベルは思わずと言った様子で嘆息する。

「全く、あの子ったら……!」

 そう呟いている余裕もすぐに消失する。突進が空振りに終わったリオレイアは、怒りの矛先を次はザレアへと向け直す。起き上がって間も無く喚声を迸らせながら〈アイルー仮面〉へと肉薄する。

 併しザレアも何故か避ける素振りを見せない。ハンマー――グレートノヴァを抱え込むようにして力を溜め込む動作をして、動こうとしない。

 ――まさか、気づいてないの!?

 だとすれば大事である。彼女は防具を一切纏っていない……このままリオレイアの体当たりをマトモに受ければ、大怪我で済むどころかそのまま即死する可能性も有る。否、絶命の確率の方が遥かに高いだろう。

 リオレイアにそんな事が分かる筈は無いだろうが、それでもこのままでは可能性が現実化するのも時間の問題だった。咄嗟にベルは矢を番え、進路方向だけでも逸らせないかと狙うが――間に合わないッ。

 リオレイアが大きな口を開けて、ザレアへと突っ込み――――

 

「うにゃあああああああッッ!!」

 

 ――ザレアが、振り被ったハンマーをリオレイアの頭に思いっきり叩き下ろし――突進を、そこで堰き止めた。

 リオレイアの頭が地面に沈み、「グォアッ!?」と無念と戸惑いの混在した呻き声が漏れる。

 ――人間の域を超越した力業に、居合わせた猟人は一人として声を出す事が叶わなかった。

 ザレアはその間にリオレイアを見下ろしたかと思えば、即座にどこから取り出したのか、再び大タル爆弾Gを持って来る。更にベルの放心している様子を視認していたためか、ポーチから小タル爆弾Gを取り出し、大タル爆弾Gに添えるようにして設置――ダイビングジャンプで戦線を離脱する。

 ――轟音が鳴り響き、再びリオレイアに爆発の衝撃が走る。

「ギャアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」

 立ち上がったリオレイアが若干陥没気味の頭部を擡げさせ、轟音染みた怒号を張り上げる。密林全体が震えるような轟音に、若干離れていたベルでさえ動けなくなった。だが、その咆哮のお陰でようやく放心状態から解放された。咆哮が止んで、リオレイアがブレスをフォアンへ向かって吐く段になって、ベルはザレアへ向かってようやく声を飛ばす。

「あんた無茶し過ぎよ!? 死ぬ気なの!?」

「そっ、そうですわ!! あんな無謀な真似、危険過ぎますわ!!」

 エルも同調して叫び声を発する。その間にフォアンが焔の吐息を辛うじて防御し、僅かに踏鞴を踏んで後退する。

「今はそんにゃ事を言ってる場合じゃにゃいにゃ! フォアン君が危にゃいのにゃ!」

 ザレアが二人のツッコミに構わず桜色の巨像へと駆けて行く。ベルは「んもーっ!」と牛のような声を発しながら地団駄を踏むと――刹那に思考を切り替える。

「エル! ザレアが滅茶苦茶するのは今に始まった事じゃないの!! 無視して作戦立ててあげて!!」

「あ、あれが毎度の事のように有るんですの!? 玄人でもあんな真似致しませんわ!!」

 エルが動揺を隠しきれない様子でリオレイアに向き直ろうとして――突進して来ているのに気づく。もう、防御が間に合わない位置にまで接近を許し、このままでは踏み潰されてしまう――――

「しまっ――――」

 エルは咄嗟に丸盾を構えようとするが、眼前には既にリオレイアの巨像が視界一杯に――――

 どんっ、と軽い衝撃が走り、――直後に何かが覆い被さるようにして、エルは密林の腐葉土に背中から叩きつけられた。

「あうっ」と短い悲鳴を上げ、咄嗟に起き上がろうとして――眼前に少年の顔が有る事に気づき、「ひゃわっ!?」驚きの声を上げる。

「大丈夫か?」と声を掛けながらエルの上に覆い被さっていたのは、フォアンだった。押し倒すような体勢で眼前に佇んでいたので、エルの顔が刹那に真っ赤に染め上がる。

「だだだだだ大丈夫ですわッッ!! ははははは早くお退きになってッッ!!」

「ああ、――立てるか?」

 立ち上がったフォアンに手を貸して貰い、エルも立ち上がる。フォアンの顔を見るだけで、エルの顔は茹蛸のように真っ赤になってしまった。

「あ、有り難う御座います……ですわ」

「礼は後だ、――来るぞ!」

「え――あっ!」

 突進を終えたリオレイアはすぐさま起き上がり、こちらを向いたかと思えば今度はブレスだった。大きく口を開いて空気を吸い込み――喉からせり上がる白熱した塊を吐き出す。その弾道は正確無比にフォアンとエルへ向かっていた。

 エルがもたついている間にフォアンが斧剣を盾代わりにして火球を遮り、後方に佇むエルに届かないようにする。

「エル! 早く体勢を立て直せ!」

 間近から放たれるフォアンの怒号にようやくエルは我に返り、状況を確かめるべくリオレイアの様子を具に観察する。

「――逃げますわ!」

 エルの発した言葉は撤退命令か――と思ったが、そうではなかった。

 リオレイアが桜色の両翼を羽ばたかせ、大空へと舞い上がったのである。叩きつけられる風に顔を覆いながら、ザレアが上空を見上げて、「逃がさにゃいのにゃ!」と打ち上げタル爆弾Gを設置し、透かさず爆弾が飛んで行くが、その様子を視認したリオレイアに容易く躱され、爆弾は宙で四散した。

 残された猟人は上空を見上げた後、視線を地上に――エルへと向け直す。

「逃げた……って事は、かなり体力を削ったのかしら? 弱ってきてたの?」

 尋ねたのはベルである。モンスターがエリアを変えるのは傷ついた怪我を癒すためである事が多い事から、そう思ったのだが……エルの見解は違うのか、“否”と首を振る。

「確かに傷ついてはいましたけど、弱ってきてるとまではいかないと思いますわ。……でも、恐らくお姉様の思っている事は間違っていませんわ。リオレイアは――傷を癒すために場所を変えた……」

 深傷を負った訳ではない、けれど全くの無傷と言う訳でもない……彼女は今、その僅かな傷を癒すべくこの場を飛び去ったのだろう、とエルは告げる。

「……流石に、リオレイア程の飛竜になると体力も底無しか……」

 ベルがポツリと本音を漏らした後、二人の猟人へと視線を向ける。

「勿論、まだまだ余裕よね?」

「余裕じゃないが、やるだけやるさ」澄ました顔で応じるフォアン。

「おいらもまだまだ爆弾が残ってるから、大丈夫にゃ!」元気良く挙手するザレア。

 ザレアの言葉にベルは「あんたって子は……」と苦笑を浮かべてエルの同意を得ようと顔を向けるが、エルの耳には届いていないようだった。よく見るとエルの視線の先にはフォアンが佇み、彼を見つめる視線にはどこか熱っぽさが感じられる。

 ベルは嫌な予感がしていたが、その先に待つ結果も何と無く見えていたので、更に深い溜め息を零さざるを得ないのだった。




【後書】
 桜レイア、第1ラウンドをお届けでした!
 ところで話は変わりますが、わたくし文章を綴り始めるとすぐ文字数が爆発する呪いを掛けられておりまして、物語を綴る度に「もっと短く纏めたい…!」って考えるタイプの文筆家だったりします。
 で! この桜レイア戦もご多聞に漏れず「ベルの狩猟日記」の中では割と文字数を喰っている要素になっております。戦闘描写が好きだけど苦手と言う奴でして、まだまだ勉強のし甲斐が有る部分なんですな…w
 尤も、短ければ正義、長ければ悪、と言う話ではなく、単純にわたくし自身が物語を綴り始めると勝手に長くなってしまうと言う文筆家ゆえに、短い物語に憧憬と尊崇を懐いていると言うだけのお話なので、あんまりお気になさらないで頂きたい所ですw
 長くなりましたが次回! 第3章第11話にして、第38話!「桜舞う密林〈中編〉」…今回は珍しく狩猟シーンに注力している筈なので、その辺もぜひぜひお楽しみに~♪


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038.桜舞う密林〈中編〉

 桜色のリオレイアが移動したエリアは、先程ベルが一人でランポスを討伐した湖畔――エリア4だった。ランポスの姿は無く、桜色の巨像以外に動くものは無かった。

 リオレイアは追って来た猟人の姿を確認すると、苛立ちを隠せない様子で「グルルルル……」と低い唸り声を上げた。足踏みするようにその場で脚を動かし、口許から火炎を漏れ出している。

「……怒ってるわよね? リオレイアが初めて同然のあたしでも、何と無く分かるわ……」

 ベルは引き攣った苦笑を浮かべて、それだけ呟いた。それに呼応するように、エルが神妙に頷く。

 絶壁を背に、リオレイアが大きく鎌首を擡げ、――刹那に灼熱の塊を吐き出す。剛球染みたブレスが立て続けに三回も射出される。

 その攻撃を皮切りに四人は散開して走り出す。フォアンとエルが左右に別れて肉薄し、ザレアは大きく迂回、ベルは遠方から射撃を行う。

「皆様、お気を付けて下さいっ、怒っている時のリオレイアは攻撃モーションが速くなりますの!! さっきよりも慎重に行動して下さいですわっ!!」

 ブレスの爆発を掻い潜って接近する二人の猟人を見やり、リオレイアは透かさず体を自転させ、大きく尻尾を振り回す。ぐるん、と叩きつけられる毒に塗れた棘の付いた尻尾を、フォアンは大剣で、エルは丸盾でガード――僅かに後退した後、すぐさま攻撃へと転ずる。

「でぇやっ!」とフォアンが横薙ぎに大剣を振るうと、リオレイアの筋繊維の塊である右脚に大きな裂傷が走り、思わぬ一撃にリオレイアが踏鞴を踏んで後ずさる。更に叩き込むようにしてエルが跳びかかり斬りを放ち、連続してリオレイアの顔に斬撃を打ち込む。傷は浅いが、徐々に体力を奪うであろう毒が回る。

 リオレイアが一歩、後ずさる動作に出た。彼女は今、猛烈に激怒している筈なのに、その動きに怒りの色が見えなかった。落ち着き払って、ゆっくりと一歩後ずさり――本能的に危険だと、ベルは気づいた。

「サマーソルトが来ますわ!!」

 言うが早いか、エルが前転しながら回避行動に移る。フォアンも咄嗟にリオレイアへ向かって大剣を盾にするように構える。――刹那、ベルは目を疑った。

 リオレイアがその場で自転――それも横ではなく、縦にである。尻尾で地面を抉りながら、綺麗に一回転する様は美しさをも内包しているように映った。その攻撃を大剣越しにではあるがマトモに受けたフォアンは大きく後退したが、辛うじて倒れる事も無く、堪え切っていた。

 リオレイアはサマーソルトキックを放った後、姿勢を元に戻すと、数瞬空中で静止した後、ゆっくりと着地を決めた。

「フォアンっ、無事ッ!?」

 ベルの喚声に、フォアンは「ああ!」と短く切り返す。無事ではあるようだが、最早そこに余裕など無いのだろう。リオレイアを見つめたまま、フォアンは先刻の一撃で失いかけた冷静さを取り戻そうとしている。

「皆っ、シビレ罠を仕掛けたのにゃ!!」

 そこにザレアの喚声が轟いた。音源を辿ると、砂浜の中程に確かにシビレ罠が砂に埋もれるようにして仕掛けられているのが分かった。エルが「フォアン様、あちらへ!!」と声を掛け、武器を納めずに駆け出す。フォアンは「――分かった!」とやっと緊張の呪縛から脱け出せたのか、武器を納めつつ駆け出す。

 それを見逃す程、リオレイアも甘くない。桜色の巨体が駆け出し、先刻仕留め損ねたフォアン目掛けて肉薄する。

「フォアンッ!!」

 間も無く桜色の巨体がフォアンを押し潰す――その直前に、ベルの放った矢が翡翠色の眼球を貫き、――刹那にリオレイアの体が痺れたように動きを止めた。

「――麻痺したわ!! 皆っ、今よ!!」

 ギリギリのタイミングだっただけに、ベルは自身の胸に広がる高揚感を抑えられなかった。あと一瞬でも遅かったら――考えるだけでも恐ろしい。フォアンがこちらに一瞬だけ視線を向け、「助かった!」と短く告げたのを聞き、ベルは心底から安堵を覚えた。

 今度は罠ではなく、麻痺と言う状態に見舞われたリオレイアへと群がっていく三人の猟人。フォアンは再び溜め斬りを放つべく、力を蓄積するために脚を踏ん張らせて動きを止め、ザレアは完全に動きを止めているリオレイアの頭を持っているハンマーで殴りかかり、エルは毒棘を纏う尻尾を斬りに細剣を振り回し、ベルは一旦麻痺毒性のビンを外し、強撃ビンと言う名の、矢の攻撃力を高める液体の入ったビンをカジキ弓【姿造】に装填し直し、幾度と無く頭を狙い撃つ。

 麻痺に陥っている時間はあっと言う間に流れて行く。フォアンが溜めに溜めた力を解放し、全力を込めた一撃を思いっきり桜色の甲殻に叩きつける――と、先刻のように甲殻や鱗に弾かれる事は無く、思いっきり裂傷を走らせる事に成功した。先刻と同じ場所を目掛けて振り下ろしたのが功を奏し、遂に大ダメージを与える事が出来た。

 その間にザレアが頭を何度と無く叩き潰した甲斐有って、徐々にリオレイアの頭骨が歪み始めていた。鱗や甲殻が破壊され、鮮血に塗れたその顔は、満身創痍以外の何物でもなかった。

「グォアアアッ!!」

 リオレイアが遂に麻痺から立ち直り、怒りの形相――と言うよりも疲弊の様相を呈し、徐に両翼を広げると再び地上を後にする。その顔色はダメージの蓄積とは別に、妙に悪い。――もしかするとエルの攻撃が蓄積し、麻痺毒とは別の毒状態に見舞われているのかも知れない。

「逃がさにゃいのにゃ!!」と言いつつ、再び打ち上げタル爆弾Gを大量に設置し、次々に点火して、宙に浮かぶ桜色の巨体へと爆弾をぶつけるが、それだけでは桜色の巨体が墜ちる事は無かった。悠々と打ち上げタル爆弾Gの有効範囲より離脱し、――空を滑って行く。

 空を仰いで見送った一同は、揃って砥石を使って武器の手入れを始める。刃物を何度も酷使し続ければ何れは刃毀れが起きるし、何より威力が落ちる。それを未然に防ぐためにも小まめに武器を手入れする必要が有る。

 三人の猟人へと歩み寄り、ベルは僅かに緊張で強張る頬を摩りながら呟きを漏らす。

「今度こそ、体力はかなり削れたわね? あれは確実に弱ってるわよね?」

 足を引き摺るような真似こそ見せなかったが、ベルは確信を持ってそう言えた。リオレイアはもしかすると、自分の弱っている姿を晒すまいとして、すぐさま飛んで逃げたのでは――そんな気さえしてくる。

「油断は禁物ですわよ、お姉様。弱っているとは言え、相手は飛竜種……狩猟は最後まで気が抜けないのですわ」

 砥石で細剣を磨き終えたエルが立ち上がりながら諫言を投げてくる。年下の身内とは言え、自分よりも優れた猟人だと認めているベルは、素直に「うん、確かにそうだね」と頷いて応じる。

「でも、あそこまで叩きのめせば、流石にダメージは蓄積されているんじゃないのか?」

 フォアンも砥石で研ぎ終えた斧剣を掲げて確認を終えると、そんな呟きを漏らす。ベルも同じ気持ちだった。それに対してエルはどこか曖昧な表情で応じる。

「確かに、あれだけダメージを蓄積させれば、弱ってきていると思いますわ。でも、相手はわたくしがいつも相手をしているリオレイアではありませんから……亜種と言うのは、通常種よりも体力を多く有していると聞いた事が有りますし……」

 通常種と亜種を比べたら体力に差異が出てくる。実際に亜種のモンスターと戦った事は有るが、それがリオレイア程の飛竜だったかと言えば、そうではない。飛竜種ともなれば、体力の差異が微量では済まないかも知れない。

「大丈夫にゃ、エルさん! あのリオレイアは、もう充分に弱ってきているのにゃ!」

 暗鬱な空気が流れようとしていた場に突如、明るい声が投げかけられる。勿論、ザレアである。自信満々な様子のザレアに視線が集中するが、動じる様子の無い彼女に、思わずベルが疑問を投げかける。

「……因みに聞くけど、何で分かるの?」

「顔色を見れば分かるのにゃ! 死んだ魚、とまではいかにゃいまでも、死にそうにゃ魚の目をしていたのにゃ!」

「……目? 目で分かるの? 目で分かっちゃうの!?」

「そんなっ、有り得ませんわ!! モンスターが弱っているかどうかを、目で確認するなんて……っ!!」

 ベルのツッコミとエルの非難を浴びても、ザレアは全く動じずに何気無い調子で応じる。

「何度も狩猟を行えば、きっと誰でも分かるようににゃるのにゃ! 狩猟に必要にゃのは力じゃにゃいのにゃ。必要にゃのは……経験と、知識、そして力にゃ!!」

「どっち!? 力は要るの!? 要らないの!?」思わずツッコミを入れるベル。

「そんな……」ガックリと肩を落としてしょぼくれるエル。「わたくしは、まだまだ未熟だったと言う事ですのね……しゅん……」

 項垂れるエルの肩にぽん、と手を置くフォアン。エルが悄然としたまま顔を上げ、フォアンの顔を見上げると、彼はエルの心を掻っ攫うような微笑を浮かべて、朗らかに告げる。

「そんなに気にするなよ、エル。君だって色々経験したから、あれだけの知識を得ていたんだろ? 足りないのなら、今から補えばいい。諦めなければ、今からでも充分間に合うさ」

「あっ、そっ、そそ、そうですわねっ。……ありがとうございます、フォアン様……」

「いや、感謝される程でもないけどな」

 はっはっは、と軽やかに笑って応じるフォアンに、エルが更なる熱い視線を送り始めたのを見て、ベルは苦笑を禁じ得なかった。

「てか、ザレアはどれだけリオレイアを狩猟してるの? やっぱり、数を熟したから分かる事なんでしょうし」

 ベルが思わず問いかけると、ザレアは「んにゃ?」と小首を傾げ、

「んにゃ~、そうは言っても、オイラはまだ五十頭くらいしか狩猟してないにゃ~」

 ……プロ過ぎる、と思ってしまうベルなのだった。




【後書】
 桜レイア戦中盤戦! ハンターは二乙してからが本番のように、モンスターは脚を引き摺ってからが本番ですよね!
 と言う訳でまたザレアちゃんが愉しいワードをぶちまけていますが、実際五十頭も討伐してたらそれもう伝説のハンターですよね感。只者どころの騒ぎじゃない(笑)。
 目で見てうんたんの辺りはアレですよね、あまりにも同じモンスターをマラソンし過ぎた時に発生する第六感みたいな奴で、味方の火力と立ち回りの有無で「あっ、そろそろ捕獲できるな」って分かってくるアレ。悪い事は言わないから休んだ方がよい。
 さてさて次回、第3章第12話にして、第39話!「桜舞う密林〈後編〉」…いよいよ狩猟もクライマックス! でも物語はもう少しだけ続くんじゃよ! お楽しみに!


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039.桜舞う密林〈後編〉

「……眠ってるわね」

「だな」「ですわね」「にゃー」

 場所はエリア7――エルが飛竜の巣と推測した場所である。先刻、ランポス達と大乱戦を繰り広げた場所でもあるのだが、現在、そこにランポス達の姿は無い。死体は全て自然に還った後で、辺りには清涼な空気が流れている。

 大量の骨が散らばっていた地帯の中心に、巨大な桜色の塊が蹲っていた。眠っているようで、煩いと感じる程の寝息を立てる以外は身動ぎ一つ取らない。

 それを遠巻きに見つめていた四人の猟人の一人であるベルは、一同を振り返って顔を明るくする。

「ザレアが言ってた通り、弱ってたようね。眠ってまで体力を回復させようとしてるんだから」

「ええ、お姉様の言うとおりですわ。……ザレア様の慧眼は称賛に値すると言う話は措いといて、――これはチャンスですわ」

 エルの言葉に、三人とも確りと頷く。

 飛竜種などの大型モンスターは、ダメージが蓄積すると休憩するために様々な行動を取る。ドスランポスなら走って逃げ回るだけで回復するし、飛竜種の中でもリオレイアやリオレウスなら水を飲んで傷を癒す事がある。中でも大型モンスターが行う睡眠……眠って体力を回復する行動をしている最中に攻撃を加えると、普段与えているダメージの数倍もの威力を与えられると言う話は、猟人の間では有名だ。

 故に、睡眠状態に移行させる毒を塗った武器を使って、モンスターを強制的に睡眠へと導き、爆弾を使って叩き起こす――などと言う、『睡爆殺』で狩猟を行っている者がいる程だ。

「じゃあ、ここは大タル爆弾Gの出番にゃね!? 皆の分も用意してきたから、使おうにゃ!!」

「皆って……」ベルが呆れたように振り返ると、ザレアの隣に八つもの大タル爆弾Gが鎮座していて、両目が落ちそうになった。「――って、どこから取り出したのそれ!?」

「そりゃもう、そこらじゅうに隠していた爆弾を根刮ぎ持ってきたのにゃ!!」

「う~ん……」エルが眩暈を起こして倒れそうになる。

「おっと、」それをフォアンが防ぎ、後ろから抱き抱えるようにしてエルを支える。

「!! あわわっ、あわわわっ」それに気づいたエルが慌てて起きる。

「……こ、この爆弾を……?」ベルがゲンナリと爆弾を見据えて呟く。

「皆で運ぶのにゃ♪」楽しげにザレアは応じるのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 それは簡単に言えば、――恐ろしい作業だった。

 重量の有る大タル爆弾Gである。そんな物を持ち運ぶのだから、当然両手は使えない。抱えて運ぶと、前方への視界は殆ど閉ざされたも同然。ランポス程度のモンスターに襲われでもすれば、大怪我では済まされない。そのままあの世逝きは免れまい。

 それを、四人同時に行う。幸い、ランポスは壊滅状態にあるため現れなかったが、それでもランゴスタなどの虫は生存している。彼らに一刺しされようものなら他の爆弾にも引火して、最悪の場合、一瞬にして猟人全滅も有り得る。

 ザレアを除く全員が冷や汗ダラダラで爆弾を運び込み、少し歪んだ桜色の頭の前に次々と置く。合計八つの爆弾を設置し終えると、全員の顔にやっと憑き物が落ちたように澄んだ表情が浮かび上がる。

「後は起爆だな。――任せたぜ、ベル」

 フォアンがポン、とベルの肩を叩き、ベルも即座に、「おけ、任しといてっ」と軽やかに応じる。

 弓を引き絞ると、透かさず放ち――

 洞窟に崩落せんばかりの轟音が響き渡り、凄まじい爆風が辺りを駆け抜ける。地面に散らばっていた無数の骨が粉々に砕け散って、爆風に乗って粉塵が舞うように辺りを白く染め上げる。

 全員かなりの距離を開けて様子を窺っていたのに、あまりの爆風にその場から一歩も動けなかった。顔を覆うように腕を回し、白煙が納まるまで暫らくその場に縫いつけられる。

 やがて粉塵が納まると、――桜色の巨体がゆっくりと動き出すのが視界に映り込む。

「――嘘!? あれだけ喰らってもまだ無事なの!?」

 ベルが驚愕の声と共に瞠目する。皆同じ想いだったようで、即座に動き出す事は出来ない様子だった。

「グォオオオオオオアアアアアアアアアアア!!」

 大きな怒号を張り上げ、リオレイアは満身創痍に違いない怪我を負いながらも、四人の猟人を目指して突進してくる。咄嗟の事に動けないと思ったが、ザレアが「皆さんッ!!」と言う短い喚声が轟いたお陰で我に返り、寸前で横っ飛びし、辛うじてリオレイアに押し潰される事から回避できた。

 桜色の巨像は地面を抉らんばかりに頭から突っ込み、緩慢な動きで起き上がろうとする。――明らかに、今まで保ってきた力が失われていた。果敢に攻め込む意志こそ見せているが、そこには膂力が伴っていない。

 ――確実に弱っている。そう、ベルは確信が持てた。

「あともう少しよ、皆!! 一気に叩き込むわよ!!」

「お姉様ッ、それはわたくしの台詞ですわぁっ!!」

「了解です、隊長、副隊長!」

「オイラに任せるにゃ!!」

 起き上がってこちらに向き直ろうとしたリオレイアの足許へ駆け込んで行くのは、防具を纏っていないザレアである。ここまで来るともう誰もツッコミを入れなかったが、それでも危うい事には変わり無い。ザレアはポーチから大量の小タル爆弾Gを取り出すと、リオレイアの周りに次々と設置していく。――爆弾狂の腕の見せどころだ。

 ――次々と爆撃が巻き起こり、リオレイアが堪らず転倒する。そこに駆け寄るのはフォアンとエル。エルは倒れ込んだリオレイアの足に斬りかかり、フォアンは頭部へ回り込んで、再び溜め斬りを放つべく、力を蓄え始める。その間にベルは強撃ビンの装填された矢を幾度と無く放ち、リオレイアに射撃を叩き込む。ザレアはザレアで小タル爆弾Gを誰にも影響が及ぼさないように設置しまくり、リオレイアに爆撃をこれでもかと叩き込む。

「グォウ、グォウ……ッ」

 リオレイアは片目を虚ろに見開き、苦しげに喘ぎ、何とか起き上がろうとして――フォアンの力が限界まで引き絞られ、最上の斬撃が放たれる!!

「これで終わりだ!! どぅるりゃァァァァッッ!!」

 リオレイアの頭に叩きつけられた斬撃は、易々とその頭部を両断し、桜色の巨体は遂に機能を停止させた。くぐもった断末魔の声が洞窟内に響き渡り、一つの狩猟の終焉を伝えるのだった……




【後書】
 これにて桜レイア、狩猟完遂です!
 尤も、狩猟は村に帰るまでが狩猟ですので、もう少しこのお話は続きます。
 ところで前回触れませんでしたけど、ザレアちゃん、爆弾使いであると同時に凄まじいハンマー使いでもあるのですよね。と言いますか、爆弾以外の狩猟に関する技量・経験もと途轍もなく秀でていて、最早非の打ち所がないハンターなのですが、何と言いますか、こう、天才って紙一重ですよね!(笑)
 さてさて次回、第3章第13話にして、大台の第40話!「エルの恋」…いよいよ第3章も次回でクライマックス! お見逃しなく~♪


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040.エルの恋

「リオレイアの亜種なんて初めて見たけど、何とかなって良かったな」

 クェレツン密林を後にすべく四人の猟人は筏に乗り込み、穏やかな時間に身を委ねていた。夕暮れに沈む湖面は、夕日が反射して鮮やかな橙色を映し出している。

 ベルはベッドの上から、筏の縁で釣りを楽しんでいるフォアンを見やり、「そうねぇ……」と気の無い返事を返す。

「ドスランポスは現れるし、リオレイアは亜種だったしで、これはかなりの額がふんだくれると見たわ……くっくっく、一体幾らほど請求できるかしら……楽しみで仕方ないわ……」

「お姉様……それは猟人以前に人としてどうなんですの……?」

 エルが呆れた様子で実姉を見やる。

「今回は爆弾が尽きにゃくて、オイラはホクホクにゃ! やっぱり狩猟に爆弾は欠かせにゃいのにゃ! 爆弾有ってこその狩猟にゃ!」

「……あれ、そう言えば忘れてたけど、爆弾回収しなくて良かったの? ザレア。このままじゃ密林が……」

「にゃ? 大丈夫にゃ! 全部爆破しといたにゃ!」

 間。

「――ふぁい!? そそ、それじゃあ密林は……!?」

 思わず身を起こし、遠方を見やるベルの視線の先には、何やら黒煙が立ち昇る密林の姿が。

「火事だァァァァ―――――ッ!! ちょッ、何考えてんのあんた!? あのままじゃ密林が消し炭になっちゃうでしょ!?」

「大丈夫にゃ! もう少しすれば雨が降って、火は消し止められるのにゃ!!」

「雨!? こんなに晴れ渡っているのに、雨なんか降る訳が――」

 ――ぽつ、と一滴の雫が鼻の頭に落ちた事に気づき、ベルは思わず頭上を仰ぐ。先程まで晴れ渡っていた空はいつの間にか不快そうな灰色に満ち、涙を落とし始めた。

 サァ――――と薄い白の靄が掛かる程の雨量に、筏は刹那にして水浸しになった。

「ほらにゃ?」どこか得意気なザレア。

「……何で分かったの? 雨が降るって……」茫然とベルが呟く。

「天候を読むのも猟人には大切にゃスキルにゃ! ……師匠が言っていたのにゃ」

「……あんたの師匠様に一度でいいから逢ってみたいもんね……凄過ぎて何て言ったらいいかすら分かんないわ……」

 ベルが苦笑を滲ませてザレアを見つめていると、不意にエルがフォアンの方へ近寄って行くのが見えた。

「あっ、あのっ、フォアン様っ?」

「んー? どうした? エル」

 フォアンは釣竿を引っ張り上げて、餌が付いたままの釣針を確認して項垂れると、エルに向き直る。雨に濡れながらも、エルの頬は上気したように桜色に染まり、いつも以上に艶っぽく映る。

 エルはフォアンを正視する事すら出来ないのか、視線を逸らしたまま、「あの、その……」と指を組み合わせたまま言葉を濁らせ、それ以上言葉を発せられない。恥らっている様子は男性の心を奪いそうだが、フォアンにはそういう感情が無いのか、いつもと変わらぬ様子でエルを見つめている。

「何かあったのか?」と何食わぬ様子で尋ねるフォアン。

「あっ、その……フォアン様は今、誰か、お付き合いしている方がいらっしゃるのですか……っ?」

 ベルは思わず噴き出しそうになったが、咳払いして何とか抑える。咽返って咳が止まらなくなったが、何とか耐える。その様子にザレアが疑問符を頭に乗っける。

「どうしたのにゃ? ベルさん」

「ごほんごほんっ……あいや、なんて言うかその……き、気にしたらダメよザレアっ」

 何かを隠そうとする仕草に、ザレアは益々疑問符を頭の上に浮かべる。

「付き合ってる奴って、ベルとかザレアの事か?」

 要領を得ない返答を寄越すフォアンに、エルは刹那に四つん這いになった。

「す、既に二股なんですの……?」

「二股って……あぁ、そういう事か。――付き合ってる奴は、今はいないぜ」

 やっと質問の意味を理解したフォアンが朗らかに応じる。その笑みに更にエルは心を根刮ぎ奪われそうになるが、辛うじて次の質問に移る。

「で、ではっ、……今、好きな方と言うか、気になってる方は、いますか……?」

 その質問にはベルも興味を覚えた。自然と耳を澄まして次にフォアンから発せられる言葉を待つ。ザレアが隣で「何してるにゃ?」と小首を傾げた瞬間、「しッ」と人差し指を口許に当て、厳しい口調で呟く。ザレアは「にゃ!」と慌てて〈アイルーフェイク〉の口を両手で押さえるが、全く意味が無いように思えてならない。

 フォアンはエルを見つめたまま黒髪を掻き、「そうだなぁ」と前置きを呟く。

「好きかどうかはさておき、気になってる奴なら、いる」

「そ、それは……っ?」エルの瞳に更なる熱っぽさが宿る。

「それは言えない」フォアンは首を“否”と振る。「今はまだ、言えないな」

 言えよ!! と思わずツッコミを入れそうになるが、辛うじてその意志を抑え留めるベル。ザレアのように口を両手で押さえ、何とか出そうになる声を食い止める。

「そ、そうですか……」悄然と俯くエル。その顔が再び意志を取り戻し持ち上がると、先程よりも紅潮した表情でフォアンを射抜く。「そ、そのっ、フォアン様。わたくしの事は、どう思いますか……っ?」

 遂に核心を衝いてきたな、とベルは人知れず緊張する。フォアンがどう応えるのか、かなり気になっていた。ザレアは表情こそ分からないが、両手の仕草から「ワクワクっ」しているようだった。

 見つめ合っているフォアンとエル。そこにかなりの温度差が有る事は承知の上で、ベルはその行方を見守っていた。さぁ、どう応える――フォアン!?

「可愛いと思うよ、とても」

 会心の微笑で告げるフォアンに、ベルは自分に言われた訳でもないのに頬が紅潮するのを感じた。

 ――そ、そんな恥ずかしい事を堂々と言えるのか、あんたって奴は……ッ!!

 エルはそれで一気に畳み掛けるつもりなのか、食いつくかのように言葉を発する。

「でっ、ではっ、わたくしとお付き合い頂けませんかっ!?」

 上擦った声。緊張が最高潮にまで達していたのだろう。エルの心臓が早鐘を打っているのが、触れてもいないのに、ベルには分かった。自分もそうだったからだ。ザレアもさっきより更に手を震わせ「ドキドキっ」しているようだった。

 フォアンは一瞬驚いたように表情を移ろわせたが、すぐに穏やかな微笑に切り替わった。それは……?

「いいぜ、エル。俺で良ければ」

 その瞬間、エルとベルの表情は明暗を分けた。

 ベルは、何故自分がこんなにも落ち込むのか、理解できなかった。一方エルは、自分の想いが通じたと感激し、涙を零しそうになった。

 

「“男同士”、友達になろうな!」

 

 凄まじいまでの間が有った。

 

「……………………え? え、えぇ!? ふぉ、フォアン様!? な、何を言っているのですかッ!?」

 狼狽しまくるエル。ベルは暫らく放心していたが、やがて我に返っても、暫らく言葉が出てこなかった。ザレアはきょとんとして、その様子を窺っている。

 その中でフォアンは至って冷静に言葉を繋げる。

「何って、エルは男だろ? だから、恋愛は出来ないから、友達になろうって、そんな話じゃないのか?」

「ふぉあばべりぶヴぁふぁあ!? ど、どうしてその事を……ッ!? お、お姉様!? ま、まさか、話したのですかッ!?」

 困惑を隠しきれない様子で狼狽するエルを見て、ベルは慌てて首を振る。断じて否と。

「はっ、話してないわよ!? ふぉ、フォアン!? あ、あんたいつ気づいたの!? エルが――“男だって!”」

「あぁ、リオレイアと戦ってる時さ。体当たりで庇う時に、押し倒しちゃっただろ? あの時に」

 そう言えばあの時、フォアンはエルに抱きつく形で攻撃から庇った。あの瞬間だけで気づいてしまったと言うのか……?

「にゃ~? エルさんは、実は男の子だったのかにゃ?」

 話に付いていけない様子のザレアが小首を傾げて尋ねてきたので、もうこの際だから明かしちゃおうと、ベルはエルに視線をやり、告げる。

「エル……もう、話すわよ?」

「…………………………」

 エルは茫然自失状態で硬直していた。完全に真っ白になっていて、了承の合図も出せない様子だったが、ベルは無視して話をする事にした。

「エル……本名はエルフィーユじゃなくて、“エルトラン”。あたしの“実弟”なの。

 

 つまり……“男”」

 

 ベルが呆気無く真実を話すと、突然エルは蹲り、泣き声を走らせた。

「ふ、ふぇぇぇぇんっ、また馬鹿にされるんですわぁぁぁぁっ。わたくしをまた、オカマって馬鹿にするのですわぁぁぁぁっ」

 めそめそと涙を流して蹲ったままその場を動こうとしなくなるエルを見やり、ベルは嘆息する。

「……何かね、あたしにはよく分かんないんだけど、エルは女になりたかったんだって。それで男って事を隠して、女として生きたいって言って、小さい頃に親に勘当されて出て行っちゃったのよ……で、あたしが唯一の生き残りとして村を出た頃には、もう猟人として生計を立ててたようなのよ……」

 自分の過去以上に話したくなかったのだろう、ベルは自分の過去を話した時以上に言い難そうに話を締め括った。エルはその間、ずっと蹲ったまま泣き声を発し続けていた。

 そんなエルの肩に優しげに手を置く影が有った。――フォアンである。

「俺は――俺達は馬鹿にしないさ、エル。だから、泣くなよ。折角の可愛い顔が台無しになるぜ?」

 グシャグシャになった顔を持ち上げ、フォアンを見据えるエル。その瞳は驚愕に満ちていた。

「そうにゃ! エルさんを馬鹿にする奴は、オイラが許さにゃいのにゃ! そうにゃね、ベルさん!?」

 鼻息荒くフォアンに追従するザレア。ベルは苦笑を浮かべて、頷いた。

「……そうね。……エル。フォアンとザレアの言う通り、あんたは気にしなくていいの。あたし達は気にしないからさ。だってあたし達は仲間だもの。――でしょっ?」

 にっ、とはにかむベルに、エルは心を洗われたように再び顔を崩し、えぐえぐと泣きじゃくり始めたが、その顔はどこか晴れやかに澄んでいた。

 

◇◆◇◆◇

 

 エルが泣き止む頃には雨は上がっていた。密林を離れ、リオレイア狩猟を依頼した村に辿り着き、ベルの猛攻とでも言うべき報酬の交渉が終わり、ラウト村への帰途に着く段になり、三人の猟人が幌馬車に乗り込んだ時だった。

「あのっ、フォアン様」

 幌馬車には乗り込まず、エルは地に足を着いて三人の猟人を見上げる。手綱を握ったフォアンが「ん?」と視線を下ろし、小首を傾げる。幌に入っていた二人の猟人も、何事かと顔を出してくる。

「わたくし、もっと女を磨いてきます。ですから、その時こそ、わたくしと付き合って下さいますかっ?」

 僅かに上気した頬を見せて、エルは懇願するように申し出た。それを、フォアンは笑顔で応じる。

「いいぜ。その時は――親友になろう!」

「うわああああああああああんっ、違いますのぉぉぉぉっ、違いますのぉぉぉぉっ!」

 泣きながら駆けて行くエルを見送り、ベルは呆れたように苦笑すると、フォアンを見やる。

「……あんた、分かってて言ってるわよね?」

「はて? 何の事かな?」

「全く……」幌に戻って行くベルを確認してから、フォアンは手綱を引き、馬車を出発させた。エルとはここで別れる事になっていたのだ。

 アプトノスがゆっくりと走り始めたのを見て、フォアンは空を仰いで呟く。

「……俺にはまだ、そういう事を考える余裕は無いんだよ。まだ、――すべき事が山積みだからな」

 その呟きが聞かれる事は無い。フォアンの表情が冷たく怜悧なモノに変わった事に気づく者もまた、いなかった。

 蒼穹の下、三人の猟人が乗った馬車は一路、ラウト村へと向かう……

 

 

第三章〈桜舞う密林〉―――【完】




【後書】
 と言う訳で、はい。
 エルちゃん、男の娘だった訳ですね!
 当時はまだそんな単語が生まれてなかった…ような気がしますが、生まれてたような気もしますね! ともあれモンハン小説では割かし珍しい部類のキャラクターに座していたと思います。たぶん。
 いつかやりたいと思っていた「こんな可愛い子が女の子の訳が無い!」ってネタを、まさかモンハン二次小説でやる事にはなると当時は思ってもみませんでしたが!(笑)
 そんなこったでエル君…もとい、エルちゃんの物語もひとまずはこれにて終幕なのですが、実はこの三章、続く四章と対になる物語…と言いますか、実は構想の段階では三章と四章って一つの物語になっておりまして、つまりネタの段階ではやっとここで一つの物語の半分だった訳ですね!w
 あんまりにも長くなりそうだったので今回は「エルちゃんの章」! と区切ったのが、この三章になります。さてさて次回、第四章第1話にして第41話!「暇潰しのお話会」…言うなれば四章は「ザレアちゃんの章」です! お楽しみに~♪


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041.暇潰しのお話会

 人里離れた場所に忽然と姿を現す村――ラウト村。

 そこには現在、三人の猟人が専属で雇われている。三人が専属猟人として狩猟を始めて、彼是半年が経過しようとする現在、ラウト村の周囲に有った脅威は薄れつつあった。

「……それにしても、村人が増える気配は皆無よねぇ……」

 ふぅ、と遠い目で嘆息するのは、ラウト村専属の猟人である少女――ベルフィーユことベルである。

 今日も朝から農場の手入れを行い、昼近くに酒場を訪れると、早めの昼食を摂っていた。長卓に並んでいる料理は、ホタテチップとジャリライスに粉吹きチーズを塗したリゾット。おつまみにヤングポテトのフライが付いている。

 服装は淡い黄色のブラウスに白色のスカートと言う私服姿で、猟人である事を差し引けば歳相応の少女に映るベルは、ヤングポテトのフライを摘まみながら、疲れた訳でもないのに溜め息を零す。澄んだ青い双眸には愁いの色が滲んでいる。

「はぁ……お金が欲しい……」

 ポツリと漏れた言葉を、真向かいに座っていた少年が耳聡く聞きつける。

 少年もラウト村専属の猟人であり、ベルの仲間である。名をフォアンと言い、ベルとはラウト村で知り合った仲だ。確りしているようで、間が抜けているようで……何とも掴みどころの無い男ではあるが、やる時はやる猟人なので、狩猟に関してはベルも全幅の信頼を寄せている。

 今は青色のノースリーブに黒色のスラックスと、ベル同様私服姿で昼食を口にしている。並んでいる料理はたった一品。ガブリルロースのステーキだけだ。それが何故か三つ並べられ、その内二皿は既にフォアンの腹の中に納まっている。

「最近、大型モンスターを狩猟してないしなぁ。でも、お金には余裕が有るんじゃないのか? 特産品を採取したり、小型モンスターの間引きをちょくちょくしてるし」

 ラウト村は手付かずの自然に囲まれている。すぐ傍に大きな街で“森丘”と呼ばれる狩場が在り、そこからランポスと呼ばれる小型のモンスターが迷い込んで来る事が有るが、最近に至ってはそれも減少傾向に有る。

 猟人を一手に管理している組合、ハンターズギルドは大型モンスター……飛竜などの巨大なモンスターの狩猟を猟人に依頼しているが、何もモンスターを絶滅させろと公言している訳ではない。自然との共存……それが望むべく姿であり、それ以上は人間の傲慢と言わざるを得ない、と言うのがギルドの見解である。

 故にハンターズギルドに限らず、一猟人としても、モンスターを絶滅に至らせる程に乱獲……或いは規定の量以上のモンスターの狩猟――密猟を看過する事は出来ない。

 森丘はランポスの繁殖地であるため、間引きを行い過ぎると、その地限定ではあるが、ランポスと言う種が消失してしまう恐れが有る。それは種の絶滅だけでなく、自然界の均衡の崩壊をも意味する。

 だからこそ間引きは適度にしか行えないのだが……それにしたって、或る程度行えば必要は無くなる。

 ――有体に言えば、ラウト村は現在、平和の只中に有った。

 フォアンの言う、特産品の採取、更に小型モンスターの間引きを行った際に生じる報酬は確かにベルも受け取っている。……だが、

「……確かにお金は確実に増えてるわよ? でもさ、こんなんじゃ足りない気がするのよ……ほら、街にいた時とかに聞いた事、無い? 古龍ってモンスターが存在するらしいじゃない」

「あぁ――、飛竜よりも何十倍も長生きするって言うモンスターだろ? 何でも、飛竜の生きる祖先だとか」

「そんなモンスターに襲われそうになった村が在ったら、流石にあたし達の手に負えないでしょ? そういう時、たくさんの猟人を呼ばなくちゃいけない……ギルドですら手が出せないなら、あたし達が助けを乞うしかないじゃない」

 まさか今すぐそんな危機が訪れるとは思えないが、その現実はベル達が金を稼ぐのを待っていてくれる訳ではない。もしかしたら一年後に訪れるかも知れないし、或いは明日にも――と言う事だって、有り得ない話ではないのだから。

 ベルがお金に執着するのは、今の話に帰結する。

“人を救うには、猟人の助けがいる。猟人に助けを乞うには、お金が必要である。”

 単純な方程式だ。それを実践するためにベルは金を稼ぐ事だけに無心する。自分のように――お金が足りなかったばかりに村が滅ぼされたりするような事が無いように、ベルは金を稼ぎ続ける。

「古龍かにゃ……古龍を狩猟するとにゃったら、師匠を呼んでも難しそうだにゃ……」

 ふと、ベルの隣に腰掛けていた、三人目の猟人が口を開く。

 三人目の猟人は、二人の猟人に比べるとあまりに毛色が違っていた。寧ろおかしいと言ってもいい。

 服装、と言うのは些か間違っている気もするが、その猟人が身に纏っているのは、防具を纏う際に付けるインナーのみで、下着と言っても差し支えないような格好である。更に頭には大きなネコの被り物を被っており、素顔は見えない。

 或る種の威圧感を場に振り撒く姿の少女の名は――ザレア。ラウト村専属の猟人で、フォアン同様、出逢いはラウト村である。

 彼女には幾つもの謎が有り、色々と考えたくなる人物なのだが……それも今ではあまり気にならなくなってきた。

 ……いや、実は今でも気になってるんだけどね……

 心の中で乾いた笑みを浮かべ「あははー」と笑うベル。

「――師匠か。あたしの師匠はもう歳だから、狩猟は出来ないかもね」

 ベルはリゾットを口に運びながら昔を思い出すように視線を上に向ける。

 目に浮かぶのは――セクハラで訴えきれない程に度し難い所業の数々だった。

「そう言えば、ベルの狩猟の師匠ってどんな奴だったんだ?」

 フォアンは三皿目のステーキを腹に納めると、満足気に腹を摩りながらベルに視線を向ける。フォアンの視線と問いかけに気づくと、ベルに苦笑が滲んだ。

「あたしの師匠? ただのエロジジイだったわ」

「エロジジイに猟人としての基礎を教わったのか……中々に興味深そうな話だな」

 真剣にベルの瞳を覗き込むフォアンに、ベルは更に苦笑の度合いを強め、手をヒラヒラと振りながら応じる。

「興味深いも何も無いわよ~。それに、猟人としてはちゃんとした人だったしね。――それよりも、あたしはザレアの師匠の方が気になるわ。そっちの話を聞かせてよっ」

「オイラの師匠かにゃ?」

 ザレアはネコの被り物――〈アイルーフェイク〉を左右にコックリコックリ揺らしていたが、やがて動きを止めると、腕を組んで唸り始めた。

「オイラの師匠は素晴らし過ぎて、どこから語ればいいものか、とても悩むのにゃ……」

「……うん、まぁ聞くまでも無く、凄まじい猟人だろうとは、前から聞いてた話を統合すると分かるんだけど……」ザレアに爆弾狩猟を叩き込む程である、とてもではないがマトモな猟人でない事は分かる。「じゃあさ、出逢いは? どうやって知り合ったのよ?」

「にゃ!」ぴんっ、と〈アイルーフェイク〉の頭の上に感嘆符が点った。「出逢いは衝撃的だったのにゃ! 忘れもしにゃいにゃ……あれは三年前の事だったにゃ……」

 ぽやや~んと何か思考の海に潜った様子のザレア。その〈アイルーフェイク〉へ向けて「おーい」とフォアンが声を掛けても反応無し。ベルがすぱーんっ、と思いっきり叩くと、〈アイルーフェイク〉が振り子のように揺れ、ゆっくりとした動きでベルに顔が向けられる。

「――痛いにゃ!」手を振り回して怒るザレア。

「ごめんごめん。――てか、あんたのツッコミを久し振りに聞いた気がするわ。――じゃなくて、物思いに耽るんじゃなくて、聞かせてくれない? 考えてるだけじゃ伝わらないわよ」

「そうにゃのかにゃ? こういう時って大概【――三年前、ザレアは~】って感じで話が始まっていくにゃ?」

「ザレアは本の見過ぎだよ。ベルは特別なのさ♪」

「何の話か全く分かんないんだけれど?」小首を傾げるベル。

「にゃにゃっ、じゃあオイラと師匠の出逢った話を聞かせてあげるにゃ。――あれは、三年前の晴れた日だったにゃ――」




【後書】
 漫画や小説でありがちな過去編導入のネタをやらかしました(笑)。
 と言う訳で今回より第4章の開幕です! 何やら師匠のお話しで盛り上がる一同ですが、後々明らかになりますけれど、三人ともすんごいお師匠さんがいらっしゃいます。楽しみに登場をお待ち頂けたらと思います!
 そんなこったで次回、第4章第2話にして第42話!「ザレアの師匠」…とんでもねー人にはとんでもねー師匠がいるものです。お楽しみに~♪


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042.ザレアの師匠

「三年前のオイラは引きこもりだったのにゃ。部屋に閉じこもって、ずっとゴロゴロしていたのにゃ」

 載っていた料理が空になった皿が、お手伝いのアイルー、白毛のクロに因って下げられたテーブルで、ザレアの昔話が始まる。

「ザレアって引きこもりだったの……? 併も三年前まで!? 三年でリオレイアを五十頭も狩猟できるスーパー猟人に大変身しちゃったって事!?」

 がたーっ、と椅子を蹴倒して立ち上がるベル。ザレアは突然の出来事にビクビクと怯えた様子で〈アイルーフェイク〉の頭に手を載せて震えだす。

「まぁ落ち着けよベル。俺もビックリして今食べた肉を全部吐き出しそうだけどさ」

「あんたこそ落ち着きなさいよ!? 絶対吐き出さないでよ!? あたしまで吐きそうになるから!!」

「あの……話を続けてもいいかにゃ……?」怖ず怖ずと手を挙げるザレア。

「あ、ごめん。どうぞ」ベルが再び椅子に腰を落ち着かせる。

「えっと……にゃほんっ、」不思議な咳払いをするザレア。「――三年前のオイラは、部屋でずっとゴロゴロしている引きこもりだったのにゃ。それが或る日突然、爆破されたのにゃ」

 ものすごーい、間。

 まるで酒場が真っ白になったような空白の時間の後、ベルがよく分かってない風に小首を傾げる。目が点になっていた。

「……えーっと、或る日突然……爆破された? ――テロ!? ザレアの家で爆破テロが起こったの!?」

「違うぜベル。きっとザレアが爆破されたんだ」

「ザレアが木っ端微塵!? いやいや違うでしょ!? あんたいきなりエグい事言わないでよ!! 夢に出てきそうじゃない!!」

「爆破テロじゃにゃいのにゃ! 師匠がオイラの部屋を爆破したのにゃ!!」

 更に酒場が真っ白になるような間。

「――それは爆破テロじゃないの!? つかあんたの師匠は何を考えてたの!? 引きこもりの子の部屋を爆破!? それが猟人のする事なの!?」

 あまりに現実離れしていて話が全く掴めないベル。頭の上に疑問符をしこたま浮かべて、更には瞳さえもが疑問符の形になってしまっている。

 フォアンが腕を組み、難しそうな顔で呟く。

「引きこもりに対する斬新な接し方だな」

「そんな次元!? 一歩間違えれば殺人よ!? いやもう器物損壊とかそんな次元でもない気がするわ!! これは歴としたテロよ!!」

「師匠はそんにゃ酷い事はしにゃいにゃ!! 部屋の爆破は……オイラを改心するための、荒療治にゃ!!」

「程があるわァ!! いきなり問答無用で部屋を爆破する猟人なんて、あたし認めないわよ!? 風上にも置けないとか、そんな次元じゃない!! それはもう人として間違ってるわ!!」

「まぁ、天才の考えは凡人には分からないと言うしな」

「んんん!? フォアン、それは何? あたしが凡人でザレアの師匠が天才だとでも!?」

 掴みかからんばかりに憤るベルに、フォアンは微笑を浮かべてみせる。

「ベルの考えは周りには伝わらないんだよ♪」

「あたしが天才だってか!? 違うでしょ!? あれ!? もしかしてあたしの言いたい事は誰にも伝わっていない!? あたしだけが疑問に思ってたりする!?」

「うん」「にゃ!」

「おかしいッ!! あたしはおかしくないんだーっ!! 皆がおかしいんだーっ!!」

 テーブルの上に足を載せて大声を張り上げるベル。それもやがて落ち着くと、静々と椅子に戻った。

「………………ごめん、ザレア。話を、続けて」

「にゃ、にゃあっ」

「――ベル」

 フォアンの真剣な声にベルが顔を持ち上げると、

「ぱんつ、見えてたぞ」

「…………ねぇ、フォアン。殴られたいって言ってごらん? 今すぐ実行したげるから」

「殴られたくありません」

 ぼがーっ、とグーのパンチがフォアンの顔面に叩き込まれた後、少し紅潮した頬を下に向けて、小さな声で「ザレア、続きを」と呟く。その雰囲気に、ザレアは「にゃにゃっ」と怯えに似た声を上げる。

「にゃーっと、オイラの部屋を爆破した師匠は言ったのにゃ。『若者が引きこもって何してんだーっ! 若者なら元気良く外で体を動かせってんだーっ!』……とにゃ」

「……まるでお母さんとか年寄が言いそうな台詞ね……いきなり部屋を爆破してのけた猟人の台詞とは思えないわ……」ベルがゲンナリと虚ろな瞳になる。

「その時オイラは感動したのにゃ! この人に一生付いて行こうと思ったのにゃ!!」

「あんたの思考回路はどうなっとんじゃーっ!!」

 すっぱーんっ、と〈アイルーフェイク〉を叩いてツッコミを入れるベル。ザレアは振り子のように揺れる〈アイルーフェイク〉をベルに向けつつ、人差し指を頬に当てて小首を傾げる。

「あにゃ~? オイラ、何か間違った事、言ったかにゃ?」

「…………。もうツッコミどころ満載過ぎて何からツッコめばいいのか分かんないんだけど……取り敢えず訊かせて。――今までの流れのどこに感動した訳!?」

「どこって……そりゃもう、全部にゃ! 今までの話の全てが感動シーンにゃ! 師匠ほど素晴らしい猟人は、恐らくこの世に二人といにゃいにゃ!!」

 ベルはその場で四つん這いになった。ここまで思考回路が破壊された猟人は初めて見たし、恐らくこれ以上に凄まじい思考回路を持つ猟人はいまい……勿論、ザレアの語る師匠を除いて、だが。

「ザレアは本当に師匠の事が好きなんだなぁ」

 微笑を浮かべてポツリと感想を漏らすフォアンに、ザレアは身振り手振りを交えて照れ始める。

「にゃにゃ~、そんにゃ事有るにゃ♪ 師匠は尊敬する猟人だからにゃ! オイラに猟人としての何たるかを叩き込んでくれた恩人でも有るのにゃ!!」

「……師匠が爆弾馬鹿なのは分かったけど……全ては師匠が元凶だと言うのも今、やっと分かったわ……」

 ベルがフラフラと椅子に戻って来たのを見つつ、ザレアは〈アイルーフェイク〉を横に振った。

「にゃにゃっ、オイラは爆弾使いにゃけれど、師匠は違うのにゃ!」

「あれ、そうなの? てっきりそうだとばかり……」

「師匠は太刀使いだったのにゃ。罠や道具は一切使わず、己と武器だけで巨大にゃモンスターと対峙する事が何よりの幸せだと言っていたにゃ」

 ……爆弾使いがまだ可愛く思える変人猟人なのね……

「罠も道具も使わずに、太刀だけで狩猟してるの? ザレアの師匠って。……まさか、あんたみたいに防具付けてないとか、そういう人なの?」

 インナーのみで、更に爆弾も使わずに太刀だけで挑みかかる猟人を想像してみるベル。

 ……いや、軽く死ぬでしょ。

 太刀は、フォアンの持つ大剣のように刃で攻撃を受け止める事は出来ない。刀身が大剣に比べて細身のため、攻撃を受けようとすると、容易く折れてしまうのだ。防御が叶わない点では、ザレアの持つハンマーに似ている。熟練者が使う太刀捌きは見ているだけで心が奪われそうになる鮮やかなものらしいが、生憎とベルはそんな太刀使いと出逢った事が無い。

 防御が出来ないのに防具を付けないなんて、自殺行為か、神風特攻としか思えない……眼前に佇む猟人もその一人だが。

「にゃ? 師匠はちゃんと防具を付けてたにゃ? 防具を付けにゃいで狩猟にゃんて出来る訳が無いにゃ~」小馬鹿にした様子で笑いかけるザレア。

「灯台下暗し!! 灯台下暗し!!」ベルの必死の絶叫が酒場に木霊する。

「何言ってるんだベル? ザレアはちゃんと防具付けてるだろ?」よく分かってない風に小首を傾げるフォアン。

「〈アイルーフェイク〉だけでしょ!? あんたこそ何言ってんのよ!? あんな紙装備は防具を付けてるって言わないのよ!!」ザレアを指差して喚き散らすベル。

「にゃ~、オイラはこれだけで充分だから身に付けにゃいのにゃ! 師匠はギルドニャイツの騎士長にゃったから、師事してた時はいつもギルドニャイトスーツを着てたにゃ」

 ――ギルドナイツ。それはハンターズギルドが所有する公然の秘密たる戦力。名称のみ実しやかに流れているのだが、噂によれば彼らは違反を犯した猟人達を秘密裏に葬り去っているとか何とか……猟人の綱紀粛正のための組織らしいが、彼らを実際に見た者にベルは出逢った事が無い。一説によれば猟人達の間に広がる荒唐無稽の夢物語のようだが。

 疚しい事が有る猟人は、近日中に闇へと葬られる……と言う怪談染みた噂まで流布されている程だが、ベルはザレアの話を嘘だとは思えなかった。彼女の師匠ならば有り得る、と素直に受け入れられた。

「……てか、ギルドナイツの騎士長が引きこもりの家を爆破する時点で色々間違ってる気がしてならないわ……」

 右手で額を押さえてグッタリするベル。聞いている噂が噂だけに、ちょっと信じられない。

「ギルドナイツの騎士長が師匠なのか。凄いな。道理でザレアの狩猟の腕が天下一品な訳だ」

 うんうん、と納得したように頷くフォアン。ベルもその点に関しては頷かざるを得ない。

 ザレアは照れたように〈アイルーフェイク〉を擦りながら悶え始める。

「にゃにゃ~♪ そんにゃに褒めにゃいで欲しいにゃっ、そんにゃに褒めても――」ザレアが大きなタルを取り出す。「爆弾しか出にゃいにゃ!」

「どこから取り出した!? ねぇ今、どこから取り出した!?」大タル爆弾Gを受け取りつつ、喚き散らすベル。

 今日も今日とて平和なラウト村なのだった。




【後書】
 この弟子にこの師匠有り! と言うキャラクター設定にしましたが、幾らハンターとは言え人間辞め過ぎ感が否めませんね!(笑)
 この物語を作成する段階で既に三人の師匠の設定は粗方妄想済みでした。その関係性に就いてもですね! この辺は物語を読み進めていくと分かる事なのですが、ラウト村ハンターズが集ったのも運命の悪戯にも程が有る、と言う展開に繋がっていきます。
 ともあれお師匠様のお話は一旦ここでお開きでして、次回! 第4章第3話にして第43話!「アネさん」…ラウト村の新たな村民がまた変わってる方で…w お楽しみに~♪


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043.アネさん

「あの~、皆さん。ちょっといいですか?」

 酒場で特に何をするでもなく雑談に花を咲かせていた三人の猟人の許へ、酒場の管理人でもある給仕のお姉さん――ティアリィが近づいて来た。いつものメイド姿の彼女は手に羊皮紙を持って、三人のテーブルの前で立ち止まる。三人の猟人の視線が自身へ向けられた事を確認してから、羊皮紙をテーブルに置く。

「隣村であるカラスタ村から依頼書が来ているのですが、受ける気は有りませんか?」

 カラスタ村。ラウト村に近い――と言っても片道五日は掛かるが――寒村で、専属の猟人はいない。村としてはラウト村より幾分か大きく、村人の数も数十人に上る。街で“雪山”と呼ばれている狩場を利用する際に立ち寄れる中継ポイントとして利用される事が有る、一種の宿場である。

 以前、ラウト村とカラスタ村を行き来している行商人の青年ウェズが行方知れずになった際、ラウト村の三人の猟人が成り行きで、雪山に現れた飛竜フルフルと大猪ドスファンゴを狩猟した事から、三人はカラスタ村で一躍有名人となっていた。それからと言うもの、事有る毎に狩猟や採取の依頼が来るようになり、一時はアイルーの手も借りたい状況になった事が有る。

 ティアリィを見やると、彼女は朗らかな微笑を浮かべてベルを見返してくる。彼女もラウト村に来た時からの付き合いだが、未だに何を考えているのか読めない部分が多く、何ともミステリアスな女性だとベルは認識している。

「カラスタ村かぁ……今度は何だろう……。てか、あたしらをただの便利屋か何かと勘違いしてない? あの人達」

 カラスタ村もラウト村同様、財政難を抱えている村であり、ギルドへ直接依頼を要請する事が叶わず、剰え専属の猟人がいないと言う、見ようによっては危機的な状況の村である。そんな村からの依頼だ、無碍には断れないのだが……

「この間は何で行ったんだっけ? ポポノタンの採取だったっけ?」

「違うにゃ! 雪山草の採取にゃ!」

「それよ! 確かに狩場じゃないと採れないし、狩場が危険なのは分かるけど、ギアノスもブランゴもかなり間引きしたわよ!? それでも尚あたし達に頼むのはどうしてなの!?」

 憤るベルに、フォアンは「そうだな」と顎に指を持っていって悩ましげに応じる。

「村人を危険な場所に行かせたくないんじゃないか? 猟人なら未だしも、ただの村人が狩場に行くのはやっぱり危険だろう。猟人と一般人じゃ、体力も膂力も違い過ぎるからな」

 至極真っ当な答を受けて、ベルは怯み「それはそうだけどぉ……」と唇を尖らせて語尾が小さくなる。

「それに、オイラ達を頼ってくれるのは、悪い気がしにゃいのにゃ! オイラ達が頑張れば、喜んでくれる人がいる……オイラは大満足にゃ!」

 握り拳を作って鼻息荒く続けるザレア。ベルは自分の立場が徐々に隅に追いやられて行くのを感じ、結局溜め息一つで反論を諦める。この二人に対して言い争いは無意味だと、この半年間で確りと理解しているベル。

「……それもそうかも知れないわね。……はぁ、偶にはあたしに賛同してくれる人がいないかしら……民主主義で負けっ放しは切な過ぎるわ……」

「俺はいつもベルの味方だぜ?」「オイラもにゃ!」

 透かさず声を掛けてくる頼もしい限りの猟人二人組を見て、更に胸の底から溜め息が漏れ出る。

「そろそろ本題に戻っていいですか?」

 ニッコリとティアリィが小首を傾げるのを見て、思い出したように、「あ、ごめん。続けて続けてっ」と慌てて応じるベル。

「雪山の狩場はもう皆さん、慣れてますよね? 今回の依頼は、ブランゴが麓の方に現れるようになったので、間引きをして欲しいという内容です。数は二十頭」

「――二十頭? そんなに増えたの? いつの間に……」

 つい最近と言っても彼是二週間近くは雪山を訪れていない。ブランゴのような小型モンスターが増えても不思議ではないが……それにしては数が多い。

「不確定情報ですが、雪山に飛竜がいるのでは、と言う話を耳に挟んでいます」

 ――飛竜。大型モンスターの代表とも言える彼らは、名の通り空を飛んで移動する事が出来る巨大なモンスターだ。

 雪山では以前、フルフルと言う名の飛竜を狩猟しているが、また別の飛竜が流れてきたのだろうか。だとしたら厄介だな、とベルは眉根を寄せて難しい顔になる。

「ただの間引きが一気にハードな狩猟になりそうだけど……カラスタ村からは何か言ってきてるの?」

 ベルの問いかけに、ティアリィは小さく首を“否”と振った。

「ギルドからの情報がまだ届いていないんだと思います。カラスタ村には、ここのようなギルド直営の店が在りませんし……仮に来ていたとしても、やはり報酬の方は……」

 困った顔で曖昧に濁すティアリィを見て、ベルは「そう……」と難しい顔のまま応じる。俯いた状態の彼女の顔は誰にも窺い知れない。

「――よし、決めた!」

 ぱんっ、と膝を打って顔を上げるベルに、二人の猟人が興味津々と言った様子で視線を向ける。

「取り敢えずブランゴの間引きに行きましょう。そんでもって――飛竜がいたら逃げる。何がいるのか分からないんじゃ、対策を立てられないからね。で、飛竜を確認したら一旦村に戻って対策を整えて――改めて狩猟に行きましょう。……どう? 二人とも。何か意見は?」

 ベルの質問に、二人の猟人は一度顔を見合わせると、即座に握り拳を作って親指だけを立てて見せる。

「無いぜ」「無いにゃ!」

 二人の対応に満足気に頷くと、ベルは改めてティアリィに向き直り、不敵な笑みを浮かべた。

「その依頼、受けるわ!」

 

◇◆◇◆◇

 

 ティアリィにカラスタ村からの依頼を受注する旨を伝えると、三人は酒場を後にし、村の南側へと向かって歩いて行く。

 ラウト村には小さいながらも工房が設けられていた。工房とは猟人の武具を製造する施設で、猟人が訪れる事を見込んで造られた街や村には大概設けられている。尤も、三人は金銭面でベルに規制を掛けられていたので、活用する事は少なかったが……。

 三人は武具屋のカウンターに辿り着くと、奥――工房へと向かって声を掛ける。

「アネさーんっ、武器、出来上がりましたかーっ?」

 両手を口に添えて大声を張り上げるベル。こうでもしないと、工房の作業音で声が届かないのである。

 僅かな空白の時間が流れると、奥の方から「はぁ~いっ、ちょっと待ってぇ~んっ」と猫撫で声が響いてきた。

 因みに、野太い男の声である。

 続いて、店の奥からどしんっどしんっ、とまるでシェンガオレンが大地を踏み締めるような音を響かせて、スキップしながら巨大な男がやってきた。

「あぁんっ、皆お揃いでようこそぉん♪ あちしの顔でも見に来てくれたのかしらん?」

 やたらとオネエ言葉を乱用する男の格好は、ティアリィと同じくメイド姿だった。ただし、サイズが合わなくてあちこち肉が盛り上がって大変な事になっている。二メートル近く有る巨躯に加えて筋骨隆々の小麦色の肉体は、三人の猟人を遥かに凌駕する凄まじさだ。彼なら素手でババコンガとやり合えそうな気がしないでもない。顔には化粧が施されているが、筋骨逞しい顔立ちを隠せていない。

「違うってアネさん。あたしの声、聞こえなかったの? 武器を取りに来たんだってば!」

「あぁんっ、そんなご無体な事言われちゃうと、あちし、泣いちゃう!」

 ぱっつんぱっつんのメイド服のポケットからハンカチを取り出し、端を口に加えて「よよよっ」となよなよと崩れ落ちる巨人――アネ。

“アネ”と言うのは渾名であり、本名はガーネハルト。彼から自分の事を「アネさんって呼ばないと、拗ねちゃうんだからんっ」とぷりぷり怒りながら言われ、仕方なくそう呼んでいるだけである。

 エルが年取ったらこんな風になっちゃうのかなぁ……と、少し気が気で無いベル。

「……アネさん、芝居はいいから武器はどうなったのよ? 出来上がってたら、見せて欲しいんだけど」

 ベルが呆れ果てた様子で腰に手を突くと、アネはハンカチを噛み締めたまま、屈強な顔を情けなく歪めて立ち上がる。

「くすん……ベルちゃんの、い・け・ず♪」可愛くウインクするアネ。

「ごめん、何か殺意が芽生えた」

「――ベル、落ち着け。アネさんはモンスターじゃないぞ。モンスターに見えても、モンスターじゃないぞ」

 握り拳を構えて飛びかかろうとするベルを、羽交い絞めにして押さえつけるフォアン。流石に膂力ではフォアンの方に分が有るようで、全く動かない。

 アネはそんな二人の様子から目を離すと、「今、持って来るから、もう少し焦らされてね♪」と笑み、再び地響きのするスキップを繰り出しながら工房へと戻って行く。

 それを見送るザレアの眼差しは熱かった。

「カ、カッコいいのにゃ……!」

 つくづくザレアの感覚は圏外だった。

 

◇◆◇◆◇

 

「はぁいっ、お・ま・た・せ♪ これが完成品よぉんっ♪」

 うっとりと陶酔している顔で大きな包みを持ってくるアネに若干引きつつも、ベルは包みを受け取る。ずしりとくる重みは、命を預けるに相応の重みを宿している。まだ実物を見てもいないのに、心が高鳴るのを抑えられなかった。

 一旦カウンターに包みを戻し、丁寧に包みを解いていくベル。その瞳は子供っぽい光を宿し、新しい玩具を手に入れたかのように、包みを剥いでいくと、――やがて、隠されていた物が大気に晒される。

 桜色の、美しい形状をした――弓。全体を覆う桜色は、先日狩猟したリオレイア亜種――桜火竜の上質な鱗や、堅牢な甲殻があしらわれているためだ。

 美しく仕上げられた弓を見て、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまうベル。アネは性格こそ難が有るが、仕事はいつも完璧だ。ベルは顔を上げ、アネに会心の笑みを返す。

「有り難う、アネさん! 大事にするわ!」

「あぁんっ、もっとッ、もっと褒めてぇぇぇぇ―――――ッッ!!」

 自分を抱き締めて絶叫し始めるアネに、やっぱり引いてしまうベル。この性格さえどうにかなれば、ベルの中では世界一の武具職人なのだが……

「あっ、と。これ、名前は何て言うの? 新しい武器だから、名前が分かんないんだけど……」

 ベルが桜色の弓に指を添えながらアネに質問を投げる。上質な鱗が使われているだけあって触り心地も良い。いつもカジキ弓を使っていたので、こういう形式の弓は懐かしいと共に、新鮮でもある。

「あぁ、その子はハートショットボウって言うのよ。可愛がってあげてね♪」

「うん! 宜しくね、ハートショットボウ……」

 愛でるように、優しく弓の表面を撫でるベル。その仕草を見るだけでも、彼女の嬉しさがよく分かった。

「アネさん、俺の武器はどうなってる?」

 ベルが弓を愛でている間に、フォアンが脇から身を乗り出してきた。そう言えばフォアンも先日、アネに武具の依頼をしていたっけ、と思い出すベル。

 視線を向けると、アネは不敵な笑みを浮かべて既に別の包みを用意していた。大きな包みは恐らく大剣が入っているのだろう。包みから小さな唸り声のような音が聞こえていたので、ベルは小首を傾げてしまう。

「何か聞こえない? ヴゥゥゥゥン……って」

 ベルが疑念を口にしている間に、フォアンが大きな包みを解いていく。

「ああ、その音はね、」

 アネが説明する前に包みは全て解かれ、大きな剣が観衆に晒される。

 一目見て分かった。――フルフルの大剣だと。

 刀身は白いブヨブヨした皮で覆われ、刃の部分は鉱石があしらわれ、取っ手の部分はゴム質の皮――ゲリョスと呼ばれる鳥竜種の素材が使われているようだ。刀身からは絶え間無く「ヴゥゥゥン」と電気音が発せられている。

「その子の名前はフルミナントブレイド……刀身に上質な電気袋――電撃袋が仕込まれててね、常に電流が流れている、雷属性の属性付加を内包した大剣なのよぅ!! その子も可愛がってあげてねぇん♪」

「フルミナントブレイドか……有り難く使わせて貰うよ、アネさん」

「あぁんッ、もっとッ、もっと褒めてぇぇぇぇ―――――ッッ!!」

 悶え苦しむアネ。

 ふと、ザレアに視線を向けるが、彼女は逆にベルを見返してキョトンとしている。

「どうしたのにゃ? ベルさん」

「いや……あんたは何も頼まなかったのかなぁ、って」

「オイラは爆弾さえあれば何も要らにゃいのにゃ!! オイラが認める武器は爆弾だけにゃ!! 爆弾使いとして見損にゃって貰っては困るにゃ!!」

 見損ないようが無いわよね……とツッコむべきか悩んでしまうベルだった。




【後書】
 と言う訳で新キャラのアネさんことガーネハルトさんの登場です!
 エルちゃんと或る意味では被っているキャラなのですが、そうとは思えない存在感を醸し出していると自負しております(笑)。
 当時友達に「一流の職人は大体何かしらおかしい」と言う話をされて、「だからアネさんはこんな感じなんだね…」と皆で納得した、と言う裏エピソードが有りますw アネさんは今後もチラチラと登場する、メインキャラクターの一角をなす人物なので、是非今後の活躍にも期待してくださいませ~!w
 そんなこったで次回! 第4章第4話にして、第44話!「ブランゴ狩り」…早速狩猟シーンです! お楽しみに~♪


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044.ブランゴ狩り

 狩場に認定されている雪山は流石に何度と無く来て慣れているので、ベースキャンプから出てすぐに広がっている麓に当たる場所――エリア1へと三人は移動を始めていた。エリア1は草食動物などが草を食んでいる光景をよく目にする地帯なのだが、今回に限って違っていた。

 北側に美しい湖面が広がる草地に、何故かブランゴの姿が見受けられた。数は五頭。麓に現れる事自体珍しいのに、出現している数も初めての多さだ。

 ベルは新調した武器――ハートショットボウを背中から下ろしながら、眉根を顰める。何度も来ている場所だからこそ、その異常性を肌身で感じ取れる。

 ベルの装備はいつもどおり。フルフルDシリーズと呼ばれる、赤いフルフル――即ち亜種の素材で造られたガンナー用の防具を身に纏っている。キャップだけは身に付けておらず、代わりに黄色いピアスを付けている。

「飛竜が出現したって情報、確信が持てるわね。――雪原地帯から追いやられて来たのかしら?」

「可能性は有るな。――カラスタ村方面のエリアのブランゴも念のために狩猟しておいた方が良いかも知れないぜ」

 ベルの独り言のような発言に、フォアンが頷いて応ずる。

 フォアンの防具も以前と同じ。レックスシリーズと呼ばれる剣士用の褐色の防具を身に纏っている。武器は新調したばかりの大剣――フルミナントブレイドを背中に背負っている。

「にゃにゃ……爆弾、足りるかにゃ……」

 ブランゴの群れを見てしょんぼりと縮こまるザレア。腰に提げられた小タル爆弾Gの数は優に十個確認できる。毎度の事だが、彼女は爆弾を限界まで持ってくる。

 ギルドでは狩場に一度に持ち込める道具の数に規定が有り、小タル爆弾Gは十個が限度になっている。因みに大タル爆弾Gは二つ、大タル爆弾は三つなので、大タル爆弾を大量に使いたい場合は、狩場に来て大タル爆弾を調合せねばならないため、大タルと爆薬、更に大タル爆弾Gを調合するためにはカクサンデメキンと言う名の魚も持ち込まねばならない。

 恐らくザレアはその規定に則って爆弾を使っているのだろうが……いつ調合しているのか全く謎である。

 因みにザレアの防具は、頭を守るネコの被り物――〈アイルーフェイク〉のみで、体は胸と股を隠す程度のインナーしか身に付けていない。これではモンスターからの一撃だけで致命傷となり得るが、彼女は本気だ。武器は正式採用機械鎚と呼ばれる、回転式弾倉の拳銃の弾倉を巨大化して、それに柄を付けたようなハンマーを腰に帯びている。

「爆弾が無くなる前にブランゴを一掃すれば問題無いでしょっ? それに今日は、あたしとフォアンの新しい武器のお披露目会でも有るんだから♪」

 ウキウキした様子で弓に矢を番えていくベル。早く実践で使ってみたいのだろう、高揚感が周囲にも伝播した。

「よし、それじゃあ、とっとと狩猟を済ませるか」

 そう呟いたのを皮切りに、フォアンとザレアがブランゴの群れへと駆け込んで行く。

 ――ブランゴ。牙獣種に分類される彼らは、白い体毛を纏った、人間ほどの大きさを誇る猿である。小型モンスターの中でも機敏な動きをする彼らを捉えるのは難しい。鋭利な爪を使って集団で襲いかかってくる事が多く、雪山を行き来する商隊が時折彼らに囲まれて立ち往生する。一般人にしてみれば小型モンスターでも脅威には変わりないのだ。何せ、小型とは言え成人男性ほどの大きさが有るのだから。

 五頭のブランゴはこちらに気づいていないようだが、警戒しているのか互いに鳴き声を交わし合っている。そこへフォアンとザレアが武器も構えずに走り込んで行く。ザレアの扱う武器はハンマーなので、武器を抜き放っても動く分には問題無いのだが、フォアンの扱う大剣は違う。その巨大な武器を構えるだけで動きが鈍ってしまい、いつも通りの動きが出来なくなってしまう。そのため大剣使いは対象の眼前に辿り着くまで武器を抜かずに接近する必要が有るのだ。

「ブゴッ?」

 一番近くにいたブランゴが接近して来る猟人に気づき、その場で跳び上がる仕草をする。強靭な前肢と後肢を使う事によって、縦横無尽に跳びかかる事が出来る彼らは、跳び上がる仕草をする事によって、周囲の仲間に敵襲を報せる。

 他のブランゴがこちらに視線を向ける前に、フォアンは一番手前のブランゴの許へ辿り着くと背中に提げていた大剣――フルミナントブレイドを抜き放ち、そのままブランゴの頭頂へと叩き下ろす。

 ――ヴァリッ、と電気が走る音と、肉が焼けるような音の複合音声が奏でられ、ブランゴの体躯が両断される。流石に小型モンスター程度では武器の良し悪しは分からないだろうが、フォアンはその手応えに満足しているようだった。

 ベルはその様子を視界の隅で捉えつつ、弦を引き絞って矢を撃ち放つ。新品だから当然だが、癖の無い動作で放たれた矢は、フォアンがぶった切ったブランゴとは別のブランゴの頭を直撃。ブランゴは苦しげに呻き、怯む仕草を見せる。一撃が以前の弓よりも重くなっているのだろう。

 ……あれ、でもカジキ弓【姿造】の方が攻撃力は高い筈よね……

 ふと小首を傾げてしまうが、その思考をすぐに隅に追いやり、戦闘に意識を集中する。

 ベルの放った矢が頭に突き刺さったままのブランゴが物凄い勢いで駆けて来る。四本の脚を使った速度は人が出せる速度を軽く超えている。あっという間にベルとの距離を殺すと、大きな口を開け、牙を使ってベルに噛みつこうと跳びかかる。

 ベルはその動きを具に観察し、一歩バックステップを踏むだけで軽く躱してみせる。眼前で牙を噛み鳴らすブランゴを見やり、即座に矢を引き抜いて弓に番え、――素早く撃ち放つ。至近距離で放たれた矢はブランゴの眉間を再び射抜き、更に損傷を加える。

「ブゴゥ!」

 右手を大きく振り被り、そのままベルの体に殴りかかってくるブランゴ。ベルはそれもバックステップで軽く躱し、更に矢を引き絞って――放つ。三度眉間を貫かれたブランゴは「グゴァァァッ」と踊るように前肢を宙に舞わせ、その場に頽れる。動き出す気配は無い。

「――三撃か。まぁまぁね」

 中々の攻撃力に満足気に笑むベル。でも、やっぱり何かおかしい。カジキ弓【姿造】よりハートショットボウの方が攻撃力が高いような気がする……これは気のせいではないと思うのだが……ベルは小首を傾げて唸り始める。

 その間にもブランゴの数は減らされる一方だった。ザレアが所構わず小タル爆弾Gを設置し、次々に爆破していくと言う、無差別爆破テロを実行したためだ。あっという間にブランゴの数は減り、五分と待たずに動くブランゴの姿が消え失せてしまった。

 ブランゴの屍が無造作に転がっている草地で、猟人達は彼らから取れる素材を剥いでいく。今回の狩猟依頼はブランゴの間引きの依頼なので、狩猟した分の素材が無いと依頼の達成が認められないのである。

 ――尤も、カラスタ村の村長は細かい事は気にしない性格で、或る程度数さえ揃っていれば達成を認めてくれる大らかな人物だったりする。だから必要最低限の素材で充分なのだが、ベルは「どうせなら売れる素材は多いに越した事は無いじゃない♪」――と、売却のために素材を確りと剥ぎ取るように二人へ言い聞かせていた。

「でもさ、ベル。この間――リオレイア亜種を狩猟した時は、色々剥がなかったよな? 流石にドスランポスは剥いだけど」

「あの時はメインがリオレイアだったし、他の素材でポーチが一杯になったら嫌だったし……今回は飛竜が現れても一時退却する作戦だから、遠慮無く剥げるじゃない♪」

 ――この半年でベルは変わったと、二人の猟人は思った。

 逢った当初、ベルの行動理念は何を賭してもお金が優先されていた。それが現在、少し変わってきているように見える。お金は確かに大事だが、それよりも優先すべき事が有ると、認識が変わったように二人には映った。それは時に仲間だったり、時に村の安全だったりと、常に移ろっていたが、昔とは違っていた。

 フォアンとザレアが感慨深げにベルを見つめていると、彼女は不審そうに眉根を寄せて腰に手を当てる。

「……何よ? 二人揃ってあたし見て」

「ベルは可愛いなぁと思って」「ベルさんはカッコいいのにゃ!」

「はぁ? ……あたしを褒めても何も出ないわよ? 元気ドリンコも、大タル爆弾も」

 ぷいっと顔を逸らすベルだったが、その僅かに紅潮した頬を隠す事は出来なかった。

「ほら、早く間引きを済ませて、飛竜を拝んでみましょうよ。話はそれからでしょっ?」

 慌てた風に歩き出すベルに、フォアンは「了解です、隊長」と敬礼し、「分かったのにゃ!」とザレアが挙手して、追いかける。

 その視線の先――雪山の頂上付近では、雲行きが怪しくなっていた。ゴロゴロと、雷鳴にも似た、獣染みた唸り声が響いている……




【後書】
 ベルちゃんの心境の変化と言いますか、心の成長と言いますか、時を経ていくに連れて変わっていく様子を綴れるのが、連載系物語の良い所ですよね…!
 尤も、ザレアちゃんのように全く変わらないものを綴り続ける、と言うのも綴っている身としても、読んでる身としても愉しいのですが(笑)。
 さてさて、不穏な雪山ですが、次回は!? 第4章第5話にして第45話!「オルトレイ」…またしても変わったキャラクターが出てきます! てか今章だけでどんだけ新キャラが出てくるんだって感じですが!w お楽しみに~♪


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045.オルトレイ

 エリア2――雪山の麓に位置する狩場にいたブランゴを粗方狩り終え、後は鍾乳洞と雪原地帯を残す所となり、三人の猟人は鍾乳洞の入口で地図を広げて座り込んでいた。

「思ったんだけどさ、フォアン」

 ベルが地図から顔を持ち上げて視線を向けると、フォアンは「どうした?」と飲んでいた元気ドリンコから口を離す。

「あんたの〈千里眼〉で、大型モンスターがどこにいるか分かるんじゃないの?」

「ああ、分かるぞ」

 間。

「……まぁ、あたしも今まで気づかなかったから文句は言いたくないけど……何で気づいていながら何も言わないかなあんたは!? それが有れば、どんな大型モンスターがいるか、どこにいるか、すぐに分かるじゃない!!」

「どんな大型モンスターがいるか、って言うのは、あくまで鳥竜種か、牙獣種か、甲殻種か、飛竜種かって言う感じの、種類くらいしか分からないんだぜ。それにティアリィさんも言ってたじゃないか。飛竜がいるかも知れないって」

「……え、じゃあやっぱり……飛竜がいるの?」

「ああ、それも二頭だ」

 ベルが思わず四つん這いになって項垂れる。

「……ねぇ、何かあたし達って、つくづく二頭に縁が無いかしら……?」

「爆ぜ応えが有るにゃね!!」握り拳を作って嬉しげにザレア。

「初めて聞く単語なんだけど!? 何、爆ぜ応えって!? どんな時に使うのよ!?」

「爆破のし甲斐が有る時に使うのにゃ! 爆弾をたっぷり持って来といて良かったのにゃ♪」

「……飛竜はあくまで爆破の対象でしかないのね……」遠い目になってしまうベル。

「一頭はエリア3――この先にいるみたいだし、もう一頭はエリア8――雪原地帯の、それも頂上付近にいるのは分かってるんだが……どうする? 確認してみるか?」

 どこか自信無さ気に尋ねてくるフォアンに、ベルは「あったり前じゃない!」と意識を現実に戻して、何を当然の事を、と言わんばかりに応じる。

「それとも何? どんな飛竜がいるか分かってるの、あんた? ……まさか、フルフル二頭とかじゃないわよね?」

 流石にそれは無いわよね、と言いたげに苦笑するベルの表情が凍りついたのは、次の瞬間だった。

「恐らく――ティガレックス二頭だ」

 

◇◆◇◆◇

 

 エリア3の鍾乳洞は、エリア2の草地から入ると、鍾乳洞の上部に出られる。上部は細い道が奥の鍾乳洞へと繋がっており、その小道は半円を描くように、鍾乳洞の上部を回っている。中心は大型モンスターが眠る場所として使うのに充分な広さが設けられている。中心から上部の通路へ戻るには、過去に猟人が造った石の突起を使うしかない。中心と上部の通路までの高さは十メートルと言った所だろうか。高所恐怖症の者にとっては目が眩むような高さが有る。

 鍾乳洞の中央に、褐色の鱗と甲殻を纏う、巨大な塊が蹲っていた。大きな体は猟人の五倍以上は有ろうか。鋭い爪を有する前肢――飛竜種では当然有している翼は、走るための筋肉が異常に発達して、まるで筋肉の塊とでも言うべき形をしている。全身を斑に覆っている青い筋は恐らく血管だろう事が分かる。

 ――ティガレックスは見下ろしている猟人に気づく事無く、彼にとっては狭い鍾乳洞内を優雅に闊歩していた。

「…………あれが、もう一頭いるの……?」

 三人の猟人は鍾乳洞上部に走る細い通路の上に寝そべり、物音を立てないようにしてティガレックスの様子を観察していた。

 ベルの隣に寝そべるフォアンが小さく首肯したのが分かり、ベルは小さく嘆息する。

「あんなの、あたし達の手に負えるの……? 流石に無理じゃない……?」

「それはやってみるまで分からないさ」フォアンが不敵に微笑を浮かべて応じる。

「大丈夫にゃ! オイラが確実に爆破して仕留めてみせるにゃ! 爆弾使いの名に懸けて!!」息巻いて喚き散らすザレア。

「しーっ! ザレア、しーっ! 分かったから静かにね静かに!」

「にゃにゃっ」

 声を出来る限り小さくしたベルの必死の呼びかけに、ザレアは思い出したように〈アイルーフェイク〉の頭を押さえ、小さく縮こまる。

 再びティガレックスへ視線を向けるが、こちらに気づいた様子は無い。ホッと胸を撫で下ろすベル。

「……一度、村に戻りましょう? まずは準備を確り整えてから。良いわね?」

「了解です、隊長」「分かったのにゃ!」二人とも小さな声で応じる。

 二人の様子を確認してからベルも頷き、三人はその場を後にした。

 

◇◆◇◆◇

 

 三人は雪山を後にし、ラウト村ではなくカラスタ村へと向かった。

 片道で二日半掛かる道程を、アプトノスに無理を言わせて一日半で辿り着き、事の次第をカラスタ村の村長に説明した。

「なるほど……カラスタ村は現在、ティガレックスの脅威に晒されてる訳じゃな!?」

 村長の老爺――オルトレイは皺だらけの顔を緊張感に引き攣らせながら「かぁッ」と入歯を吹き飛ばした。

「村長、入歯が……」

「ふがーっ!」驚いたような声を張り上げ、飛んで行った入歯を口に嵌め直すと、「もごもご……こいつは失敬。くぅ……ワシがもう少し若ければ、ティガレックスなど片手で捻り潰してやるのじゃが……歳には勝てんの~」

 ふぁっふぁっふぁ、と快活に笑う老爺。緊張感が欠落しているようだが、彼はこれでも何十年もカラスタ村の村長を務めている。この程度の危機では最早動じる事さえ無いのだろう。

 オルトレイは完全に曲がった腰を、杖を突いて姿勢を整えている。頭髪は最早一本も無く、磨かれた灰水晶のように光り輝いている。そのあまりの眩しさにベルは目を細めてしまう。

「村長って昔、猟人だったの?」

 気さくに話しかけるベルだが、初めからこうだった訳ではない。以前、カラスタ村とラウト村を訪れる行商人が雪山に行ったまま消息を絶った際、ベル達が捜索して見つけ、更に雪山に棲みついた飛竜フルフルと大猪ドスファンゴを狩猟した後、村長と話す機会が有ったのだが、それ以来、村長は自分に対して礼儀は要らないと名言しているのだ。ベル自身、相手に敬意を払う事が苦手だったためすぐに受け入れたが、流石にカラスタ村の村民の殆どが村長の事を「ハゲ村長」と呼んでいた事には驚いた。

 オルトレイは「うむ」と震える動きで頷き、再び入歯を落とした。

「ふはしはひょりゃーもう、すひょいひゃんひゃーひゃっひゃふぉい!」

「村長、入歯が外れてます」

「おっと、もごもご……。……で、何の話じゃったかいのう?」

「ティガレックス! ティガレックスが雪山に現れたんですよーっ!」

「おお、そうだったそうだった! いかんなぁ、すっかり耄碌してしまったわい……。で、何の話じゃったかいのう?」

「村長、ワザとですか? ワザとならいい加減キレますよ? 村長の頭であろうが引っ叩きますよ?」

 今にも殴りかからんとするベルを羽交い絞めにするフォアン。「落ち着けってベル。相手は村長だぞ。年長者だぞ。一応依頼主だぞ」

「そうじゃそうじゃ! 年寄りを労わらん若者は許さんぞ! このオルトレイ、耄碌しても力だけは猟人に負けんのじゃ! やーいやーいっ、あほーあほーっ」自分の尻を叩きながら「あっかんべー」をしてくるオルトレイ。

「離してフォアンッ! あの腐れジジイだけはあたしの手で葬り去らなきゃいけないのよッ!! 奴だけは確実に仕留めなければァァァァ―――――ッッ!!」

「にゃー、皆さん楽しそうだにゃ~。オイラも混ぜて欲しいのにゃーっ!」

 テンヤワンヤだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 騒ぎが落ち着いた後、村長の頭に大量に手の痕が付いていたが、誰もツッコまなかった。

「ではまた、依頼を頼んでも良いじゃろうか……。報酬は……」

 もごもごと、入歯の調子が悪そうに口ごもる村長――オルトレイ。それを見ると、ベルは苦笑を浮かべて先に言葉を発する。

「それじゃ、依頼の受注金が十zで、報酬は百z――で、どう?」

「ふぉあーっ!?」思わぬ低額に、オルトレイの口から入歯が吹き飛ぶ。慌てて入歯を詰め込むが、その顔からは驚きが消えていなかった。「そ、そんな端た金では回復薬を一個買うだけで消えてしまうぞ……!?」

「まあね。……でも、それで村が一つ救えるなら、あたしはたとえ一zでもやるわ」

 ニッコリ微笑むベル。だが、フォアンもザレアも、彼女が無理している事に気づいていた。本当はもっとお金が欲しいと思っているのは言うまでも無い。けれど、お金を出せない程に村は財政難に見舞われていて、更にそんな村を巨大なモンスターが襲うかも知れないという条件が重なれば――ベルは過去の惨劇を思い出さずにいられないのだろう。

 無理をしているのが見え見えなベルの肩に、ぽん、と手を置くと、フォアンは彼女が振り向くのを待って、微笑んだ。ベルはその微笑の意味を何と無く理解して、苦笑を返す。

「おお……流石は我らが救世主様じゃ……! ワシが村民全員を代表してお頼み申す、どうかっ、どうか村を、モンスターの手から守ってくれ……!」

 その場に跪いて頭を垂れる村長に、ベルは確りと頷いてみせた。

「任せといて、村長。――必ずや依頼を完遂するわ」

 

「……のう、ベルや?」

「ん? どうしたの村長?」

「どうせなら一zで受けてくれぬかの?」

「嫌です」

「ひょ!? さ、さっき一zでも受けてくれるって……」

「嫌です」

「う、嘘吐きじゃ! ベルは――」

「嫌です」

 報酬の値下げ交渉は断固として認めないベルなのだった。




【後書】
 隣村の村長初登場ですが、確かこの人の出番、シリーズ通してここだけだった気がします…(笑)。
 綴っていてめちゃんこ愉しいキャラクターだった記憶が有りますw てか読み返しててニヤニヤが止まりませんでしたww 何て言うかアレですね、こういうお茶目なお爺ちゃんってわたくし好きなんですね!w
 さてさて次回、第4章第6話にして第46話!「ゲルトス」…今章最後の新キャラです! わたくしなりに気張って綴ったキャラクターですので、どうかお楽しみに~♪


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046.ゲルトス

 一度ラウト村に戻って準備を整えようと思っていた時、都合良く行商人が通りかかった。

「あれ? ベルじゃん。オマケにフォアンとザレアもいるし。どうしたんだ、皆揃って? ――まさか、ラウト村からカラスタ村に鞍替えしたのか?」

 相も変わらぬ鳥の巣ヘアーの行商人――ウェズは巨大な風呂敷を背負って村の入口から声を掛けてきた。こいつはしめた、とベルが舌なめずりをする。

「ウェズ。この先の雪山にティガレックスが出没したのよ。併も二頭!」

「二頭も!? そりゃーすげえな。これじゃ暫くはカラスタ村に駐留しないといけないなー」やれやれと肩を竦めるウェズ。

「あたし達が狩猟してくるから安心してよ、ウェズ」握り拳に親指を立てるベル。

「え、マジで!? うぉー、そりゃ助かるぜ。頼むな!」同じ手の形にして笑むウェズ。

「てな訳でウェズ。道具をタダで譲ってよ」ニッコリと手を差し出してくるベル。

「ああ、任せとけ!」どんっ、と胸を張ってから数瞬の間を置いて、「……って、何ィィィィ―――――ッッ!? おまっ、巫山戯んな! 何ドサクサに紛れてとんでもねー事口走ってんだ!?」やっと言葉の意味を理解して絶叫するウェズ。

「あら、嫌なの?」不思議そうな眼差しでウェズを見やるベル。

「当たり前だろ!! こっちはこれで生計立ててんだ、常識で考えろ!」

「ふぅん……嫌なんだ? あたしの言う事が聞けないんだ?」ねっとりと粘りつくような視線でウェズに絡むベル。

「なっ、何だそのネンチャク草のような絡み方はっ。ぼ、僕だってこればっかりは譲れないぞ! 道具はちゃんと金を払って受け取って然るべきだ!」怯えながらもここは譲らないウェズ。

「ねぇウェズ。耳、貸しなさいよ」ちょいちょいと、手招きするベル。

「ん? 何だよ、どうでもいい話なら聞かないぞ……」警戒しながらも耳を近づけるウェズ。

 村長と二人の猟人が見守る中、ベルがウェズに何事か耳打ちする。するとウェズの表情が驚きに変わり、泣きそうになり、やがて悄然と肩を落として諦念を感じさせる表情で「分かったよ……好きにしてくれよ……」と半ベソを掻いて風呂敷を下ろし始めた。

 突然の変わりように皆が驚いていると、ベルは「にししし」と悪事を働いた後の小悪党のような笑みを浮かべ、風呂敷の中を漁りだす。

「どんな脅迫をしたんだ?」

 風呂敷を漁っているベルに背後から声を掛けるフォアン。ザレアも興味が有るのか、身振りで「わくわくっ」としている。ベルはむぅ、と笑みを消して不機嫌そうに表情を移ろわせる。

「脅迫だなんて失礼ね。あたしはただ、ウェズのこれまでした事を村長に話すわよ、って言っただけよ」

「それを脅迫と言わず何と言うんだ?」苦笑を滲ませるフォアン。

「ベルさんは実は悪党の中の悪党……大悪党にゃ!?」驚く仕草をするザレア。

「違うわよッ!! ほら、ごちゃごちゃ言ってないで今の内に道具を掻っ払うわよ。今ならどれでもタダなんだから……ぐひひ、良い道具の入手方法を見つけちゃったわね……」

「ザレア、ベルはもう悪党の域を超えてる……これは――悪魔だ!」

「何と言う事にゃ! ベルさんは既に悪魔……モンスターの中でも最強のモンスターににゃってしまわれたのにゃ!?」

「ちょっと!? 人を勝手にモンスターにしないでくれる!?」

「うぅ、コニカさん……僕は負けません、あなたと結ばれるまでは……ッ」

 ウェズが一人悲しげに四つん這いになっていると、そこに誰かの影が近づいて来て、肩に手を置いた。ウェズが見上げると、村長――オルトレイの姿が有った。

「ワ、ワシで良ければ、結ばれてやっても……良いぞ?」

「ふぁい!? ちち、違いますよ!? 村長は村長でも、ラウト村の村長、コニカさんですからね!? ちょッ、そんなウルウルした瞳で僕を見ないでェェェェ―――――ッッ!!」

 やっぱりテンヤワンヤなのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「――御三方はウェズ殿の知り合いであるのか?」

 ウェズの風呂敷を漁り終え、雪山へ向けて再びアプトノスの馬車に乗って出発しようかと言う時、不意にベル達に声が掛けられた。

 振り返ると、村の入口に男が立っていた。その防具一式を見て、刹那に彼が上級猟人だと気づく。

 身に纏っている防具は、グラビモスと呼ばれる、巨大な岩石の塊のような飛竜の素材で造られたグラビドシリーズ。あしらわれている甲殻は恐らく上質の更に上――重厚な甲殻のようだ。更にその中には“天殻”と呼ばれる、珍しいを超えて猟人でも数百人に一人しか見つける事が出来ない素材も使われている。更に武器もグラビモスの素材で造られたランスを背負っている。そのランスにしても、ベル達は名前すら知らない武器で、ただただ目を奪われるばかりだった。

「え、っと……うん、そうだけど……あんたは?」

「吾輩はゲルトスと申す。故有って各地を巡っておる、流れの猟人である。此度はウェズ殿の護衛を買って出て、カラスタ村まで参った次第である」

「あぁ、ゲルトスさんは人探しの旅をしてるんだってさ。それでその序でって事で、一緒に各地を回ってたんだ」

 ウェズがオルトレイから逃れようと後退りながら説明を加える。

「――時に、貴殿らの狩猟に同行しても宜しいだろうか?」

 ゲルトスと名乗った男の顔はザレア同様、窺い知る事は出来ない。グラビモスの重厚な素材が使われたヘルムが完全に頭部を隠してしまっているためだ。声からして三十代ほどだと思えるが、後は何も分からない。

 身分に就いては分からないが、猟人としての実力で言えば、上の上……恐らくザレアをも凌ぐ腕前だと言う事は、身に纏う装備品からして言わずもがなだ。

 そんな猟人が手を貸してくれるなんて願ったり叶ったりだ。ベルは微笑を浮かべて、ゲルトスの許へと歩み寄り、手を差し出す。

「あたしはベルフィーユ。長いからベルって呼んで。えっと……ゲルトスさん」

「ゲルトスと呼び捨ててくれて構わぬ。――宜しくお頼み申す、ベル殿」

 握手を交わすと、脇からフォアンがやって来て同じように手を差し出す。

「俺はフォアン。宜しくな、ゲルトス」

「こちらこそ、宜しくお頼み申す、フォアン殿。……そちらのお嬢さんも、宜しくお頼み申す」

 ゲルトスがザレアに視線を向けると、彼女は何故か怯んだように縮こまり、「にゃにゃっ」とベルの後ろへ隠れてしまう。

「ザレア? どうしたのよ? 隠れてないで挨拶しなさいよっ」

「にゃ~……」警戒した様子でベルの後ろから出てこようとしないザレア。

「はっはっは、どうやら警戒されてしまわれたようですな。……ザレア殿と申されるのか。確と覚えておこう」

 ゲルトスが一つ頷いて馬車に乗り込むのを見て、ベルは不思議そうにザレアに向き直る。

「どうしたのよ? ザレア。もしかして彼と知り合いなの?」

「にゃにゃ……」悄然と肩を落としてそれ以上は何も言わないザレア。

 ベルが更に言い募ろうとして、フォアンに肩を叩かれる。振り返ると、真面目な顔をしたフォアンが頭を横に振っていた。

「言いたくないのなら、言わない方がいいさ。無理に聞いたって良い事なんか何も無い、――だろ?」

「……そうね。ごめんね、ザレア。言えるようになったら、聞かせてね?」

「にゃにゃ……ごめんにゃ、ベルさん、フォアン君……」

 瞳を潤ませていそうな様子で見上げるザレアに、二人の猟人は柔らかく微笑を返した。




【後書】
 今回のお話と言いますか、この章はザレアちゃんの物語、と言う旨の後書をいつぞや綴りましたが、その辺の意味が今回からチラチラ窺い知れるような感じです。
 ゲルトスさんの存在こそがまさに鍵と言う訳ですね! そしてこの物語と言いますか、「ベルの狩猟日記」はMHP2Gを元にした物語でして、いよいよG級ハンターが出てきた! って展開でも有ります。この世界のG級ハンターは色んな意味で常軌を逸した人しか出てこないので、その辺も楽しみに読み進めて頂けたらと思います(笑)。
 さてさて次回、第4章第7話にして、第47話!「ザレアの正体」…突然明かされる彼女の正体とは!? お楽しみに~♪


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047.ザレアの正体

 狩場である雪山に辿り着き、ベースキャンプから草地、鍾乳洞を通ってエリア7――雪原地帯へとやってきた一同は、鍾乳洞の入口付近で作戦会議を開いていた。

「フォアンの話だとティガレックスは今、エリア8――頂上付近に一頭、エリア3――鍾乳洞の広間に一頭いるらしいわ。鍾乳洞の広間は正直、ティガレックスとやり合うには手狭だから、先に頂上付近にいるティガレックスから狩猟する事にしたんだけど……凄い猛吹雪ね」

 夜の雪原地帯は天候が荒れていた。夜の闇に加えて数メートル先も見通せない程の猛吹雪である。このままここで戦闘が始まれば悪戦になるのは言うまでも無い。少しでも天候が回復してくれれば良いのだが……今の所好転する兆しは無い。

「これじゃ仲間の声も聞き取り難いし、合図も出し辛いな……更に相手はティガレックス……。悪い条件が重なっちまったな」

 難しい表情で雪原地帯で荒れ狂っている風を見やるフォアン。いつに無く真剣な表情をしていると、ベルも釣られて似たような表情になってしまう。

「――だが、頂上付近も同じ天候だとは限るまい。一度足を運んでみる価値は有るのではなかろうか?」

 進言したのは新参者のゲルトスだった。彼もザレア同様、表情が読めないが、声音や語調から真面目に考えた末の進言だと知れる。二人とも頷き、先刻から一言も発しないザレアに視線を向ける。

「ザレアもそれで良いかな?」

 ベルが水を向けても、ザレアは「にゃ!」と短く頷くだけで、それ以上の反応は見せなかった。いつもなら二言三言続いても良さそうなものだが、今回ばかりは違うらしい。よほどゲルトスを警戒しているのか……

 ベルも無理に返答を求めず小さく頷いて、一同に「じゃ、エリア8へと向かいましょう」と告げ、視界不良の雪原地帯に足を踏み入れる。

 荒れ狂う風は雪を凶器に変える。ホットドリンクを飲んでも寒さが総身を冷やし、耳を千切らんばかりに風が叩きつける。“前を見る”だけの行為が、非常に苦痛に感じられる。吹雪く音が鼓膜を覆い、背後にいるであろう仲間の発する音さえも掻き消されてしまう。

 もしティガレックスがこっちに向かって走って来ていたら――そう思うだけで肝が冷える。視認しようにもこの吹雪だ、確実に発覚が遅れるだろう。相手より先に自分が相手を視認できなければ、最悪即死も有り得る。

 エリア8が少しでも天候が回復していますように――と祈りながら歩いていると、不意に背後から大声が発せられた。

「――ベルッ、避けろ!!」

 声はフォアンのものだ。――まさかティガレックスが!? と思考が至った瞬間、ベルは咄嗟に周囲を見渡すように反転し、――迫り来るモノを見て、横合いに転がった。

 硬い雪の上を転がってすぐに起き上がると、そこには――ランスを構えたゲルトスの姿が有った。ベルに向かって突撃して来る、ゲルトスの姿が。

「どういうつもりだ? ――ゲルトス」

 ベルの前に歩み出て大剣に手を触れるフォアン。その表情はいつに無く硬い。ベルは今の出来事を即座には理解できなかったが、フォアンの声を聞いて徐々に思考が現実に戻ってくる。

 警戒した様子でゲルトスを見つめていると、彼はランスをこちらに向けて構え、大きな声を張り上げた。

「吾輩は姫様を連れ戻しに来た騎士である! 邪魔な者共はここで排斥させて貰う!!」

 吹雪が静かに思える程の空白の間が流れた。

「…………姫様?」小首を傾げるベル。

「そこにおわすザレアと騙る者の正体を教えてやろう! パルトー王国第一王女、ルカ姫であらせられるぞ!!」

 更に、間。

「……えーと、そうなの? ザレア」よく分かってない風に視線を向けるベル。

「ちっ、違うのにゃ! オイラはザレアにゃ! ルカ姫にゃんて全然知らにゃいのにゃ!」〈アイルーフェイク〉をこれでもかと横に振って否とするザレア。

「誤魔化しても無駄ですぞ姫様! パルトー王国騎士団団長ゲルトスの眼に狂いは有りませぬ!!」

 断固として主張を曲げないゲルトスを半眼で見やるベル。そして再びザレアに視線を向けて、ゲルトスを指差したまま尋ねる。

「……とか言ってるけど?」

「しっ、知らにゃいのにゃ! パルトー王国騎士団最強で、実は猟人としても名を馳せてるゲルトスにゃんて、オイラは知らにゃいのにゃっ!」

 ……隠し事下手過ぎるでしょ、ザレア……

 呆れ果てた様子でザレアを見つめた後、毅然とこちらを見やるゲルトスへ視線を向け直す。

「……って言ってるけど?」

「嘆かわしい限りであるッ。あの忌々しい猟人が姫様の部屋を襲撃した時から姫様は変わってしまわれた……ッ、あの狂れた猟人が来なければこんな事には……ッ!!」

 ギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうなほど苦渋を紡ぐゲルトス。

 恐らくその“忌々しい猟人”と言うのが、ザレアが師事してきたギルドナイツの騎士長なのだろう。確かに今の話が真実ならば、ザレアが道を踏み外した箇所は間違い無くそこだろう。その事件が無ければザレアはもしかすると姫のまま籠の中の生活を余儀無くされていたかも知れない。

 そこではたと気づくベル。ザレアは引きこもりだったのではなく、周囲の人間から外に出ないように見張られていたのではないか、と。仮にザレアが一国の姫君だとすれば、それは当然の処置と言える。ザレアにとっては“引きこもり”に繋がるのかも知れないが……

「あの忌々しき猟人のせいで姫様の人生が狂わされたも同然!! まさか、ここまで悪化の一途を辿っているとは思っておりませんでした……ッ。元凶である忌々しき猟人は、必ずやこの手で誅せねばなるまい!!」

 熱く語り始めるゲルトスに、まぁ確かになぁ、とベルも思うが、口を挟むつもりは無かった。

「師匠を悪く言わにゃいで欲しいにゃ!! 幾らゲルトスでも、師匠を馬鹿にするのは許さにゃいのにゃ!!」

 ゲルトスの一方的な言い分に喚き返すザレア。刹那、ハッと何かを思い出したように〈アイルーフェイク〉の口の部分に手を添え、「あわあわっ」しながら弁明を始める。

「にゃにゃっ、オイラはルカ姫じゃにゃいけれど、きっとルカ姫はそう思ってるにゃっ。そんにゃ気がするにゃっ。誰だって、恩人を詰られるのは快く思わにゃい筈にゃっ」

 苦しい言い訳を並べ立てるザレアに、ゲルトスは悔しさで歯噛みしている様子だった。

「忌々しい下郎の話などどうでも良いのですッ! 姫様! 姫様は現在のパルトー王国の実状をご存知有るまい!? 国王陛下が病に臥され、実質王国内は無秩序状態なのですぞッ! 今こそ姫様の御身を民衆に報せ、再び秩序と安寧を取り戻すべきでは有りませぬか!?」

 ゲルトスの重量の有る言葉に、流石のザレアも二の句が継げない様子だった。無理も無い。彼女が姫ならば、国王陛下は実の親。親が病に臥せっているのに、ここで無理を言う訳にもいくまい。

 どうすべきか分からない様子で縮こまるザレア。ベルは彼女を見ていられず、イライラした様子でゲルトスに向かって言を発する。

「ちょっとあんた! さっきから言いたい放題言ってくれるけど、ザレアの意志を考えた事有るの?」

「“ルカ姫様だ!”……姫様の意志、だと……? ……今まで姫様の意志を尊重して自由にさせてきたつもりだが、――国の内情を考えよ! 民が暴徒に襲われ、国が荒れた現在、姫様の存在は必須!! それでも尚、姫様の意志を尊重しろと……? では国はどうなる!? 民を犠牲にしてでも貫かねばならぬ事なのか、これが!?」

 ゲルトスの正論に、唇を血が出る程に噛み締めても反論できなかった。悔しさが胸の中から湧き出すが、それが明確な形を取る事は無い。誰もいなければ、この場で地団駄を踏みたい気分だった。

 ――悔しいが、彼の言葉は正論で、何も言い返せない。言い返せる反駁は全て我儘と取られるべき弱い言葉ばかりだ。悔しさのあまり、怒りに似た感情が顔に上る。

 ベルがゲルトスに跳びかからないように、フォアンがチラリと横目でこちらを窺ってきたが、言葉を発する事は無かった。無言のままゲルトスを睨み続ける。

「……分かって貰えただろうか? 一国の存続と、姫様の意志。どちらが大事か――貴殿らにも、理解して貰える筈だ」

「…………ッ」

 ぎり、と奥歯を噛み締めるベル。にが虫を噛み潰した顔には、苦渋が色濃く浮かんでいる。理解は出来る。だが、感情――本能が許さないのだ。

 そこに、

「――不味い、全員聞いてくれ! ティガレックスが――」

 フォアンの驚きに満ちた声が、雪原に響いた瞬間だった。

 吹雪の勢いが僅かに衰えた。白銀の世界が刹那の静寂に包まれ、雲間に浮かぶ月が放つ光が、舞い降りる巨像を確然と映し出す。

 人の数倍も有る巨大な体躯は、褐色の鱗と甲殻を纏い、更にそれらを繋ぐ肉体は筋肉の巨塊と呼べる程に逞しく盛り上がっている。鋭利な爪を宿す前肢は、その集大成とも言える筋繊維に覆われている。前肢を雪原の地に踏み下ろし、確りと足場を確保して持ち上げる首は、見上げる程の高さに存在する。鋭利な牙を覗かせる巨大な口を開け、大気に吐き出される息は白く濁り、――それらを掻き消さんばかりの轟声が喉より迸る。

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――ッッ!!」

 天空を貫かんとする咆哮は大地を鳴動させ、質量を伴っているのか雪を吹き飛ばす。

 地上の覇者足らん咆哮を走らせた褐色の君臨者は、眼に留まった矮小なる脆弱な民へ向かって突進を始めた。走る事に特化――発達した前肢を使い、雪原を握り締めて前進してくるその様は、まるで意志を持った雪崩。刹那に距離を縮め、やがて背中を向けていたゲルトスの背中を叩き潰さんと右前脚を振り下ろし――

「――邪魔をするな竜風情がァ!!」

 一挙動でランスを背中から引き抜き、グラビモスの重厚な甲殻があしらわれた盾を使ってティガレックスの猛攻を防ぐ。踏ん張りを利かせた両足が雪原に埋まり、それがティガレックスの突進を受けて後退し――

「う、嘘でしょ……!?」

 有ろう事か、ゲルトスはティガレックスの突進を受けて尚、僅かに後退しただけで、“盾一つで完全に動きを静止させた”。ベルの口は呆然と開け放たれ、言葉が全く出てこなくなってしまう。

 ティガレックスの質量とゲルトスの質量の差は、どう軽く見積もっても十倍以上有るだろう。その差を無視してゲルトスはティガレックスの突進を受け止めている。何年も猟人をしているベルの眼でさえ、その現象には驚かざるを得ない。それは努力や鍛練でどうにかなる域を軽く凌駕した、“有り得ない力”が働いているとしか言いようが無い現象だ。

「さァ、ルカ姫!! 吾輩と共に国に戻って頂きますぞ!」

 更にゲルトスは、ティガレックスの猛攻を受け止めながら会話を続けようとしてくる。ベルはその常人離れした行為に思わずツッコミを入れてしまう。

「ちょっと!? 今はそんな事話してる場合じゃないでしょ!? ちゃんと狩猟に集中しなさいよ!?」

「吾輩には今の話の方が重要なのだ! ベル殿、貴殿にも確約して頂きたい! ルカ姫をパルトー王国に帰国させる事を!!」

「あんた死ぬ気なの!? 相手は話しながら戦える相手じゃないのよ!? ティガレックスなのよ!?」

「――貴殿らが確約するまで、吾輩は貴殿らの敵として狩猟に臨む! さァ、返答をお聞かせ願おうか!!」

 頑として譲らないゲルトスに業を煮やしたベルは、弓を構えて走りながら叫び返す。

「わーかったわよッ!! ルカ姫を国に帰す手伝いをすればいいんでしょ!? 約束するから真面目に戦いなさいッ!!」

 ――その言葉は、ザレアの心を深く抉った。

 茫然自失の態で狼狽える仕草を止めたザレアは、ベルを見つめて凍りついていた。

「ベル……さん……?」

 その声は、ベルには届かない。

 吹雪は止んだと言うのに、届く事は無かった。




【後書】
 突然明るみに出たザレアちゃんの過去設定ですが、物語の設定上、あくまで明示されたのは「ルカ姫」の設定であって、ザレアちゃんの設定ではないんですよね…!(苦しい)
 と言う訳でティガレックスを一挙動で止めてしまうぐらいのハンターさんがG級ハンターと言う位置づけの世界観なのですが、こちらも苦しい弁明を挟みますと、上位のティガレックスvsG級ハンターと言う構図であるために、膂力にはまだまだ余裕があるゲルトスさん、と言う感じなのです。何にせよゲルトスさんがヤバいのは変わらないんですけどね…w
 最後に突然走った絆の亀裂ですが、ザレアちゃんは闇落ちしてしまうのか…? 次回、第4章第8話にして第48話!「誤解と和解」…お楽しみに~♪


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048.誤解と和解

 ティガレックスを相手に立ち回るのは困難を極める。それは彼が他の飛竜よりも何倍も動きが機敏で、隙を見出す事が難しいためだ。そのため腕の立つ猟人ですら手を焼く、出来る事なら戦わずに済ませたい飛竜でも有る。

 その突進を食い止めていたゲルトスは、ベルの約束の言葉を聞いて、ヘルムの奥の口唇を満足気に歪める。

「その契り、嘘偽りではあるまいな!? その場凌ぎの嘘ならただでは済まさぬぞ!!」

「ルカ姫を帰国させりゃいいんでしょ!? 約束するって言ったじゃない! だから早くそいつをどうにかしなさいッ!」

「ふんっ、心得た!」

 ゲルトスは力を緩め、ティガレックスの突進に体を委ねる。ティガレックスは突如として動き出した事を、ゲルトスの力が限界に達したためだと誤認し、今が好機と噛みついてくるが、ゲルトスはその動きを完全に予測――大きく開いた口の内側へ向けてグラビモスのランス――重槍グラビモスを突き出す。一刹那に繰り出された攻撃に、ティガレックスは驚くと同時に怯み、思わず踏鞴を踏んで悲鳴を奏でる。

「その契り、確と承った! 為れば、全力を以て此奴を屠らせて貰おう!」

 意気揚々と告げるゲルトスに、調子の良い奴、とベルは苦笑を滲ませて口の中で呟く。

 ハートショットボウに強撃ビンを装填し、矢を番えつつティガレックスの横合いへと向けて駆けて行くベル。正面に立つのは危険だと先刻知らされたばかりだ、出来る限り奴の脇から攻撃を仕掛けねば。

 フォアンはベルと真逆――ベルがティガレックスに対して左側へ向けて走ったのに対し、右側へ向けて駆け抜けて行く。彼も、ティガレックスに真っ向から攻撃を仕掛けるつもりは無いらしい。

 ティガレックスは初撃をかましてきたゲルトスに狙いを澄まし、再び突進を行う。単調な動きではあるが、速さに加えて膂力も他の飛竜を圧倒するものだ。ゲルトスでなければ即死していても何ら不思議ではない。

 ゲルトスは再び盾を構える――訳ではなく、ティガレックスを見つめ、その頭頂目掛けて鋭い突きを放つ。放たれた突撃はティガレックスの額を貫き――火属性が付加されていた槍の効果により、貫かれた傷口から炎が噴き出る。まさかのカウンター攻撃にティガレックスは再び悲鳴を上げ、踏鞴を踏む。無論、ゲルトスは無傷のままだ。

 ベルは弦を引き絞りながら思った。――実力が違い過ぎる……ッ! と。

 思いつつ、矢を放つ。――放たれた矢はティガレックスの胴を貫く貫通矢だ。更に強撃ビンの効果で威力が増し、ティガレックスの体に小さいながらも風穴を穿つ。

 ゲルトスの一撃で怯んだティガレックスの背後へと回り込んでいたフォアンは抜き放ち様に斬りかかるが、――敢え無く硬質な鱗に刃が弾かれてしまう。だが、切断こそ出来なくとも、フルミナントブレイドには雷の属性付加が有る。刃が叩きつけられた瞬間、電流がティガレックスの総身に流れる。

 突然湧いたゲルトス以外の者共の攻撃に怒りを露にするティガレックス。前肢を力強く雪原に踏み下ろし、力を内側に溜め込むように体を丸め込む。

「回転攻撃が来るぞ!」

 ゲルトスの怒号が走った瞬間、フォアンはフルミナントブレイドを盾代わりに構え――ティガレックスがその場でぐるりと自転する攻撃をマトモに受け、弾き飛ばされる。踵を雪原に擦らせながら後退したフォアンは、辛うじて踏み止まって無事を示す。

 ティガレックスはゲルトスよりもフォアンの方が与し易いと認識したのか、正面にフォアンが来るように足踏みし、――刹那に突進を始める。

「く――ッ」

 ティガレックスの猛進を、大剣の盾では防ぎきれないと即座に判断し、大剣を一度背中に戻して、――全力疾走を始める。ティガレックスの横合いを抜けるように全力で駆け抜けるが、衝突は免れない――その瞬間、フォアンは前方に飛び込むようにして体を投げ出し、雪原を転がった。ティガレックスの牙はその足許を掠め、何も無い中空を噛み屠る。

 間一髪避けたフォアンを見て安堵の吐息を漏らすベル。一歩間違えば即死に至るであろう一撃一撃に、気が気で無いのである。

 ベルは再び矢を番えてティガレックスに照準を合わせようとして、

「――うにゃああああぁぁぁぁんッッ!!」

 ――アイルーの悲鳴のような声が雪原に木霊した。

 何事かと振り返ると、ザレアが〈アイルーフェイク〉の目許に腕を当てながら全力疾走で鍾乳洞へと逃げ帰って行く様が見て取れた。突然の出来事に何が起こったのか理解が遅れるが、やっとの事で分かったのは――ザレアが敵前逃亡を図った? と言う事実。

「ちょッ!? どうしたのよザレア!?」

 驚きながらもベルは自分の足がザレアを追って走り出すのを感じていた。彼女を一人にしておいてはいけない――それが本能で分かったのだ。

 フォアンも大剣を背負ったまま、鍾乳洞の入口へと向かって駆け出す。仲間の異常事態に、刹那に体が反応するのは彼らしいと思うベル。

「ぬぅ!? どこへ行かれるのですか!? 姫様!!」

 同じく、突然の出来事に驚愕の色を隠せないゲルトス。――だが、眼前に再びティガレックスが牙を剥き出して突っ込んで来る。即座に三人を追えず、「ええいッ、竜風情が邪魔をするなァ!!」と怒号を張り上げながら、その頭へ向けて突撃を放つ。

 その間にザレアは鍾乳洞の入口に辿り着くと、どこから取り出したのか、打ち上げタル爆弾Gを取り出し、有ろう事か入口に設置し始める。

「ちょっと!? あの子ったら何してんのよッ!?」

 ベルが突っ込みつつも入口の前に辿り着くと、――打ち上げタル爆弾Gが鍾乳洞の入口天井へと飛んでいき、――爆発。鍾乳洞の脆い部分の岩盤が崩落を始める。

 ベルとフォアンは崩落の始まった入口を駆け抜けて行く。頭から大量の氷結晶やら石ころやらが落下――頭や肩にがっつんがっつん落ちてきて、「いたたたっ!」と喚きながら鍾乳洞の中へと入り込む。

 ――刹那、ががんっ、と大きな崩落音が鳴り響いたかと思うと、――鍾乳洞と雪原を繋ぐ出入口が大きな岩盤に塞がれ、道が閉ざされた。

 ザレアはそれを確認する事も無く、更に泣きながら走って行くが、フォアンが腕を掴んで食い止める。

「どうしたんだ? ザレア。まずは落ち着いて、これでも飲め」

 そう言って、泣きじゃくるザレアの手に元気ドリンコと、加えてストローを差し出すフォアン。ザレアは〈アイルーフェイク〉を片時も外さないので、元気ドリンコを飲む際はストローを使うのだ。

「うにゃあああんっ、うっ、ひぐっ、にゃあ……にゃあぁ……」

 嗚咽を漏らしながらその場に座り込み、意味も無く〈アイルーフェイク〉の目許を擦り続けるザレア。

 泣きじゃくり続ける少女を見て、二人の猟人は顔を見合わせて肩を竦める。

 ザレアの正面に座り込み、抱き締めるようにして背中を撫で始めるベル。

「もう、あんたって子は毎回毎回滅茶苦茶して……今度はどうしたの?」

 優しく声を掛けてくるベルに、ザレアは〈アイルーフェイク〉を横に振りながら、嗚咽混じりに声を発する。

「にゃぐっ、にゃひっ……ベルしゃんがっ、オイラに国に帰れってっ」

「はぁ? あたしがいつそんな事言ったのよ?」

 ザレアが一人、鼻をグズグズ啜る音だけが、鍾乳洞に響いている。

「ずずっ、……あにゃ? べ、ベルしゃんは嘘を吐いてるにゃっ! さっき、オイラは確かに聞いたのにゃ! ベルしゃんが、オイラを国に帰す約束をするのをっ!」

「……とか言ってるけど、フォアン、あたしそんな事、言った?」

 含み笑いを込めてフォアンに振り返るベル。フォアンはそんなベルにちょっぴり意地の悪い微笑を浮かべて、簡潔に返す。

「いや、一言も言ってないな」

「うっ、嘘にゃ! 二人揃って、オイラを騙そうと――」

「嘘は吐いてないし、あんたを騙そうともしてないわよ?」

 意地の悪い笑みを浮かべているベルに、ザレアは困惑しきった顔で「にゃ? にゃにゃっ?」と何を言っているのか分かっていない風に、ベルとフォアンの間を何度も視線が行き来する。

 そんなザレアの様子を見つめながら、〈アイルーフェイク〉を撫で、ベルは柔らかく微笑んだ。

「あたしが約束したのは――パルトー王国のルカ姫を国に帰す事でしょ? 何でラウト村のザレアが帰らなきゃならないのよ?」

「にゃ……?」ぽかん、と言葉を失うザレア。

「ザレアはルカ姫じゃないんだろ? 何でザレアがそんなに取り乱すのか、俺には分かんないな。ザレアは――ラウト村の猟人なんだろ?」

 したり顔で告げるフォアン。その時、やっとザレアは彼らが何を言わんとしているのか理解できた。

 意味も無く〈アイルーフェイク〉の目許をぐしぐし拭うと、ザレアはちょっと俯きつつ、小さな言葉を漏らした。

「……ベルさんも、フォアン君も、意地悪にゃ! オイラっ、オイラ……っ!」

 ポカポカとベルの胸を叩き始めるザレアに、ベルは苦笑を浮かべつつ、〈アイルーフェイク〉の頭頂を撫でてやる。

「ごめんごめん、あたしも悪かったわよ。……でも、ああでも言わなきゃゲルトスの奴、絶対に真面目に狩猟しなかったでしょ? だから……」

「ま、ベルの言い方にも問題が有ったけど、それはもう良いじゃないか。蟠りも解けた事だし、――これからどうする?」

 二人の少女の肩に手を置きながら片膝を突くフォアン。ザレアをあやしながら、ベルはフォアンに視線を向ける。

「そりゃ、ティガレックスを狩らなきゃ。――てか今、ゲルトスが一人でティガレックスを相手にしてるんじゃ……?」

 ハッとして青褪めるベル。ゲルトスが凄腕の猟人だと言う事は先刻の動きで分かっていたが、それでも一人でティガレックスを相手になど出来る訳が無い。このままでは死者が出てしまうのでは――? とベルは本気で危惧したが、ザレアは泣き止むとその考えを否定した。

「ゲルトスはパルトー王国一の腕を持つ猟人だにゃ。――だった気がするにゃ! きっとそうにゃ! 多分、ティガレックスにゃんて一人で狩猟できると思うにゃ!」

「……それ、嘘じゃないわよね? ゲルトスをこの場で亡き者にしたいがための……」

「う、嘘じゃにゃいにゃ! 本当にゃ! ゲルトスは凄い猟人にゃ! オイラ、嘘は吐かにゃいにゃ!」

 必死になって自分の発言を真実だと主張するザレアには、いつも通り、虚偽や誇張の響きは感じられなかった。それに、彼女がそういう事を口にする娘でない事は、ベルが一番よく知っている。

「――なら、問題無いわね。あたし達はもう一頭のティガレックスを相手にしましょう。どうせ、洞窟は塞がれてしまってるしね」

「にゃにゃっ、それが良いにゃ!」

「了解したぜ。――もう一頭は今、エリア1――麓の方にいるみたいだな。急げば、相手が移動する前に辿り着けるかもだ。走ろう」

「おっけ!」「にゃーっ!」

 三人の猟人は互いに笑みを交わし合い、走り出す。

 ザレアの表情は〈アイルーフェイク〉のせいで見えなかったが、不思議とそのアイルーが笑みを浮かべているように映ったのは錯覚か、それとも――




【後書】
 まぁ、その、つまりそう言う訳です!w
 ザレアちゃん=ルカ姫と言う構図は、あくまでゲルトスさんの視点と、それを俯瞰して眺めている読者の「先入観」でしかない訳で、実際は違うかも知れない…と言う無茶苦茶苦しい言い分を書き記しておきます(笑)。
 流石に状況証拠が多過ぎて推定通り越してルカ姫だろあんた…って感じかも知れませんが、まだ! まだ確定しておりませんからね!w(まだ言うw)
 さてさて次回、第4章第9話にして第49話!「轟然たる飛竜」…いよいよティガレックス戦です! お楽しみに~♪


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049.轟然たる飛竜

 雪山の麓に当たる草地――エリア1に辿り着いた三人の猟人は、巨大な褐色の君臨者を再びその眼に捉えた。陽が落ちた世界で、月明かりが煌々とその巨像を映し出す。

 相手はこちらに気づいていない様子で、ポポと呼ばれるマンモス型の草食獣を鋭利な牙で食い散らかしていた。麓の一角を鮮血に染める暴虐の王はやがて溶解を始めたポポから口を離し、嗅ぎ慣れない匂いを辿って、――小さな狩人の姿を見つけ、警戒心を露にする。雪の疎らな草地に前肢を踏み下ろし、見上げる高さに有る頭を持ち上げ、猟人を丸呑みにしてしまいそうな口を開け、――轟音を掻き鳴らす。

 それが狩猟の合図だった。轟音が収束しつつある草地を駆け抜け、フォアンとザレアはティガレックスとの間合いを急速に縮めて行く。ベルも奴の正面に立たないように位置取りを調整し、ハートショットボウを引き抜き、強撃ビンが装填されている事を視認し、矢を番える。

 ティガレックスは周囲に群がろうとする猟人二名を無視して、まずはベルに標的を絞る。大きく右前脚を振り被り、――地面を抉り取り、抉り取った土塊をそのままの勢いに吹き飛ばす。

「――ぃい!?」

 突如として視界を覆ったのは、ティガレックスが鋭利な爪で抉り取った地面の一部。それが宙を舞って自身に向かってくると言う事態に驚きを隠せなかったが、動きを硬直するのは不味いと刹那に気づき、慌てて矢を捨て、弓を提げたまま、飛翔する岩盤を躱すべく、横合いに抜けるようにして体を投げ出すように飛び込む。

 ががんっ、と岩盤が破砕する音が後方で響いたかと思えば、細かな土塊が幾つも飛んでくる。振り返ると草地の一部が巨大な岩盤によって形を大きく変容させていた。マトモに喰らっていたら一溜まりも無かったのは言うまでも無い。

 一撃の重みに慄然としながらも、ベルは口唇を引き締めて褐色の君臨者へと視線を転ずる。

 ここで退いてしまえば、カラスタ村の民に危害が及ぶかも知れない。猟人としてここに赴いたのだ、それだけは罷り通らせてはならない。ベルは無意識の内に奥歯を噛み締め、こちらに獰猛な眼差しを送るティガレックスへ再び矢を番えた。

 ……もう、あたしみたいな人間は、生まれちゃいけないんだ……ッ!!

 弦を引き絞り、渾身の貫通矢を褐色の鱗を纏う胴へと射通す。強撃ビンの滴った矢は射線上のティガレックスの腹部を貫通し、強撃ビンの原料となっているニトロダケが衝撃により熱を放出し、傷口から炎を吐き出す。

 突如として湧いた激痛に、ティガレックスは牙を掻き鳴らして怒号を上げる。流石に、ゲルトスのように一撃で相手を怯ませる事は叶わない。だが、その隙に二人の猟人が間合いを潰し、互いに攻撃を開始する。

 フォアンはティガレックスの右側から更に回り込み、背後へと走り込む。その間にザレアがティガレックスの正面に立ち、手に拳大の球体の道具を握り締める。

「喰らうにゃっ!」

 ティガレックスが眼前に立つザレアへと大きな口を開けて前進しようとした瞬間――ザレアの手を離れた球体の道具はティガレックスの正面に飛来し――刹那、夜の闇を引き裂いて光の奔流が辺りを包み込む。

『ティガレックスを相手にする時は、閃光玉は必須なんだ』

 狩猟が始まる前にフォアンが言っていた台詞である。フォアンの纏うレックスシリーズは、これから狩猟を行うティガレックスの素材で出来た防具――それはティガレックスを相手にした事が有る何よりの証拠。そこでベルは彼から助言を聞いていた。

『ティガレックスをマトモに相手にするのは正直難しい。奴のスピード、パワーを鑑みれば、正面切っての狩猟は無謀と言っても良いだろうな。だから――閃光玉を使って動きを止め、滅多打ちにする。罠も有効だ。臆病者と言われようが、この方法が確実だと思うぜ』

 作戦では、まずザレアが閃光玉を使い切って、それからベル、フォアンの順で使い切っていく事になった。閃光玉は一人の猟人に付き、狩場に持ち込める数は五つと制限が設けられている。後は素材玉と光蟲を調合して狩場で作成するしかない。閃光玉を使う順番が決まっているのは、使うタイミングが重複してしまうのを防ぐためだ。

 閃光玉をマトモに喰らったティガレックスは悲鳴を上げ、踏鞴を踏んで動きを止める。喉の奥で唸り声を発しながら、視界が使えなくなった状態で、威嚇するように歯噛みしだす。

 ティガレックスに閃光玉が効いた瞬間、フォアンは奴の背後でフルミナントブレイドを抜き放ち、大剣を担ぐような体勢で動きを固め、膂力の全てを腕へ、そして大剣――フルミナントブレイドへと溜め込んでいく。

 その間にザレアは草地を漁り始め、その手に大タル爆弾Gを手にすると、両手で頭の上に持ち上げ、――有ろう事か大タル爆弾Gを投げ飛ばした。それにはベルも驚きを隠せず、瞠目して矢を番える手が滑ってしまう。

「アイルーかあんたはッ!?」

 宙を舞った大タル爆弾Gは弧を描いて――ティガレックスの頭に着弾。轟音が鳴り響き、爆発が闇を引き裂いて赤く輝き、爆風が辺りの雑草を揺らす。

「ギュアアアアアアアアアアッッ!?」

 悲鳴と共に踏鞴を踏んで後退するティガレックス。頭が爆発に因って歪み、大量の血液が頭部を赤く染め上げる。

 威嚇では足りないと感じたティガレックスが距離を取ろうとバックステップを踏もうとした、その瞬間。

「――どぅるりゃーっ!」

 フォアンの溜めに溜めた大剣の一撃が、ティガレックスの尻尾に見舞われる。

 尻尾にフルミナントブレイドが叩き下ろされた瞬間、刀身に組み込まれた電撃袋から大量の電流が流れ込み、ティガレックスの表面を電気が舐め取っていく。その強烈な一撃にティガレックスは更に呻き、――今度こそバックステップを踏んで距離を取る。

 ティガレックスは度重なる攻撃に業を煮やし、全身に走る血管を膨張させ、青黒い筋が眼に見えて太くなっていく。血流が加速した事により、全身を覆う褐色の鱗や甲殻が赤黒く色を変え、その硬度を変質させていく。

 これが――ティガレックスの怒り状態。激情に身を委ねたティガレックスは前肢を草地に踏み下ろし、再び顔を高く持ち上げると、――轟声を掻き鳴らした。

 びりびりと空気を震わせる轟音だったが、ベルは距離が離れていたために耳を押さえて蹲る事態には陥らなかったが――残る二人の猟人がその状態に陥っていた。そして、ティガレックスは恐らく彼らが復帰する前に突進を開始するだろう。

「目をッ!!」

 順番など遵守している場合ではない――そう一瞬の間に思考を切り替えたベルは、ポーチから閃光玉を取り出し、全力投球でティガレックスの正面に落ちるように投擲する。

 ティガレックスの咆哮が鳴り止む一瞬、二人の猟人はベルの言葉に頷く余裕は無かったが、辛うじて目を瞑る事だけは出来た。――その瞬間、辺りを再び強烈な光が包み込み、激昂するティガレックスの眼球を焼いた。

 ティガレックスは再び視界が潰された事に憤っていたが、その場から動き出す気配は無い。苛立ちを紛らすように、先刻のように右前脚を振り被り、――地面を抉って、土塊を前方に吹き飛ばす攻撃を繰り出す。だが、今の彼は視界が潰されているため、誰かを狙っての攻撃ではない……避けるも何も、自分に飛んでこない攻撃など、取るに足らない。

 ベルは好機を見出し、立て続けに矢を撃ち放つ。先程ティガレックスが閃光玉により動きを封じられていた時にも五本の貫通矢を射た。強撃ビンは一本矢を撃つ度に減っていく……強撃ビンも、狩場に持ってこられる数は制限されており、最高で五十本――それも徐々に数を減らしていく。

 ザレアがまたも草地を漁り始めているのを横目に、ベルは絶え間無く矢を放ち続ける。相手に攻撃の隙を与えない――そうする事で剣士の二人も安全に攻撃を繰り出せるだろうと思っての攻撃だった。

 フォアンは再びティガレックスの背後へと回り込み、溜め斬りの構えを取る。――その時だった。

 ティガレックスが前肢に力を込め、左半身側へ絞るように体を引き、頭を低くして構えた――と思った瞬間、体をその場で自転させた。その行為によって尻尾が振り回され、近くで構えていたフォアンの胴に直撃する。骨をも粉砕するような衝撃がフォアンに襲いかかり、彼は数瞬の間、宙を舞い、やがて岩壁に激突――肺に有った空気を全て吐き出し、その場に蹲る。

「フォアンッ!?」

 驚きと恐怖に顔を引き攣らせるベル。そんなベルの恐怖を払拭するように、ゆっくりとではあったが立ち上がるフォアン。フルミナントブレイドを杖代わりに、ゆっくりと両足を地面に踏み下ろす。

「かはッ、あ……ッ!!」

 口から漏れるのは、鮮やかな人血。それを見た瞬間、ベルの顔から血の気が引く。

 折れた肋骨が肺に刺さったのか? そう思わせるだけの重みが、あの一撃に有った。ベルはその心配を胸の中で噛み殺すと、一旦弓を仕舞い込み、ポーチの中から回復薬を取り出し、一気に呷る。

 ベルは体のどこにも傷を負っていない。――だが、彼女の防具、フルフルDシリーズには、〈広域化〉と呼ばれる能力が備わっており、回復薬などの効能を、周囲にいる仲間にも共有させる事が出来る。その能力でフォアンを助けようとしたのだ。

 フォアンは体の内側から癒される感覚に気づき、ベルへと拳を振り上げ、「大丈夫だ」と合図を送る。彼の様子から幸い致命傷ではなかったのだと悟るベル。口からの喀血はもしかしたら口の端を切ったのかも知れない、と思い込む事にした。

「フォアン君に何て事するにゃーっ!」

 叫び声が上がったかと思えば、ザレアが大タル爆弾Gを再び頭上に掲げて、ぶん投げる場面に出くわした。何の躊躇も無く大タル爆弾Gを投擲し、再度ティガレックスの頭を爆撃する。轟音と空気を振動させる衝撃に驚くベル。

「む、無茶苦茶だわ……」

 ティガレックスは頭部を若干陥没させ、どこから攻撃されたのか惑乱し、再びその場で尻尾を振り回す回転攻撃を繰り出すが――近くに誰もいないため、それは空振りとなる。

 ベルは再び弓――ハートショットボウを構え直すと、強撃ビンが装填された矢を撃ち放つ。視界が潰されている内に少しでもダメージを与えておかねば――そう思っての攻撃だった。

 やがて、視野が回復したのかティガレックスは大きく首を振ると、自分に幾度と無く射撃を繰り返す弓兵の姿を両眼に捉え――猛然と突進を始めた。あっと言う間に距離は潰されていき、ベルは一瞬逃げるのが遅れた――と気づいた瞬間、ティガレックスの体が地中に埋まる。いつの間に仕掛けたのか、そこには落とし穴と言う罠が構えていた。

「今の内にゃ!」

 ザレアの高らかな宣言を聞きつつ、ベルは助けられたにも拘らず、呆れた表情を隠せなかった。

「ザレア……時折あんたが恐ろしい存在に思えるのは、気のせいなの……?」

 独り言を漏らしつつ、すぐに戦闘状態に思考を切り替えるベル。

 落とし穴に嵌まったティガレックスは上半身をのたうち回し、精一杯足掻いているが、すぐに脱け出す様子は無かった。戦線に復帰したフォアンは背中に回り込み、再び溜め斬りを行うべく担ぎ込むようにフルミナントブレイドを構え、力を蓄えていく。

 もうベルも驚かないが、ザレアが草地を掘り返して大タル爆弾Gを取り出し、ティガレックスの頭の近くに二つ鎮座させると、小タル爆弾Gを設置して走り出す。

 そして三度、轟音と灼熱の轟風が巻き起こった。フォアンはその爆風をマトモに受けたにも拘らず姿勢を変えず、渾身の一撃をティガレックスの背中に叩き込む。――堅牢な甲殻に弾かれるが、叩き込んだ瞬間、ティガレックスの総身を焼く電流が走る。

 ――と、ティガレックスの姿が掻き消える。見ると、天高く跳び上がって、落とし穴を脱したようだった。

 重力に縛られて落下してきたティガレックスは、明らかに疲弊していた。頭部は鮮血で染め上げられ、動きが若干鈍くなったように思える。

 ここで仕留める――そうベルが貫通矢を放つべく、弦を引き絞る――と、ティガレックスは前肢に力を込め、その強靭な筋肉を用いて跳び上がる。走る事に特化した前肢を有するティガレックスは飛翔ではなく、跳躍によって狩場を移動する。遥か上空に姿を消す褐色の君臨者を見送り、ベルはひとまず安堵の息を漏らした。

「――そうだ、フォアン! あんた大丈夫なの!? 尻尾をマトモに喰らったみたいだけど……」

 その事に気づいたベルは、慌ててフォアンに駆け寄る。フォアンはいつもの朗らかな微笑で、心配げなベルに応じる。

「平気さ。レックスシリーズの防御力はかなり優秀だからな」

「でも何か、メイルが陥没してるように見えるんだけど……」

「大した事は無いさ。アネさんに直して貰えば事足りる」

「血も吐いてるし……」

「口の中を切ったんだ」

「顔色も何だか悪そうに見えるけど……」

「夜だからさ」

 全ての問いかけに笑顔で返すフォアン。ベルは何を言っても無駄だと悟ると、ポーチの中から回復薬を取り出し、それを呷った。怪我をしてなくても、全員の体が少し癒される。

「……もしあたしの許可無く倒れたら、許さないから。――分かったわね!?」

 フォアンの胸元を人差し指で突きながら宣言するベル。フォアンは穏やかな微笑を浮かべて、敬礼を返した。

「了解です、隊長」




【後書】
 ティガレックス戦はアレです、むかーしMHFで変種のティガレックスと戦った時のイメージが閃光漬けの双剣3笛1と言う効率パーティで、ひたすら後ろ足を殴り続けると言う、何と言いますかこう、今のハンターさんにもあの経験させたいなぁと思う事が稀に有ります(笑)。
 尤もこの当時(P2G時代)ではアレですね、やっぱり閃光漬けなんですけれど、壁際ランスでチクチク倒してた記憶が有ります。それより以前だと、雪山だと高台からのガンナーハメみたいなのも有りましたね…! ゴリ押しできないなりに色々戦術を編み出した当時のプロハン達にはほんと頭が上がりませんw
 話がまるで物語と関係無い感じに華を咲かせてしまいましたが、今回はフォアン君の強がりがお気に入りですw この子はほんともー怪我が絶えないのに痛くないふりしてすぐ戦線復帰しちゃう困ったさんです。そんな所が好きなんですけどね!(笑)
 さてさて次回、第4章第10話にして第50話!「猟人として、仲間として」…ゲルトスさん、再び! お楽しみに~♪


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050.猟人として、仲間として

 ティガレックスが逃げ込んだエリアは、鍾乳洞の中でも飛竜が休憩などに用いるであろうちょっとした広さの在る広間だった。その上部を繋げている通路から、ティガレックスが眠って回復している姿を確認する。

「やっぱり起こすなら、ダメージが多い攻撃で起こした方が効率的よね」

「勿論にゃ! と言う訳で、爆弾を運ぼうにゃ♪」

「やっぱりそうなるのね……」

 下の広間に下り立つと、ザレアが隠していた大タル爆弾Gを六つ取り出し、それぞれベルとフォアンに二つずつ渡す。三人で爆弾をティガレックスの周囲に設置すると、ベルが矢で起爆させる。

 ――鍾乳洞を揺さ振る轟音に、ティガレックスの悲鳴が重なる。

 爆風が鳴り止むと同時に、ティガレックスが猛然と突進を始める。手狭な鍾乳洞では躱す行為の難易度が跳ね上がる。ベルは弓を構えたままティガレックスが眼前に肉薄した瞬間、横合いに抜けるように前転する。ち――ッ、と肩がティガレックスの鱗に接触し、フルフルDの肩の部分が容易く裂ける。

 間一髪の回避に安堵の息を吐く暇は与えられなかった。ティガレックスはガリガリと凍りついた地面を鋭利な爪で掻きながら方向転換し、再びベルへと向けて突進を開始。距離が一瞬で殺される。

「まず――ッ」

 ティガレックスに轢かれる間際、鍾乳洞に網膜を焼くような鋭い閃光が走り抜ける。ザレアが機転を利かせて閃光玉を放ったのだ。タイミングはギリギリ――ベルの眼前で目を焼かれたティガレックスは、踏鞴を踏んで動きを止める。あと一瞬でも遅れていたら、ベルは奴の巨躯に押し潰されて轢死していただろう。

 ベルはあまりの恐怖に戦意を喪失しそうになったが、ティガレックスに纏わりつくように駆け寄る二人の猟人を見つけて、萎えそうになっていた心を再び奮い立たせる。

 フォアンは視界を閉ざされたティガレックスの背後に回り込み、厄介な尻尾を断絶せんと溜め斬りの構えを取る。今度は頭ではなく、地面を抉り取る程までに鋭利な爪を破壊しようと、前肢の爪先部分に大タル爆弾Gを設置していくザレア。

「この一撃で――断つッ!!」

 溜めに溜め込んだ力を放ち、ティガレックスの尻尾にフルミナントブレイドを叩き下ろすフォアン。――すると、尻尾が遂に切断され、ティガレックスは総身に走る電流と、断たれた尻尾による激痛に苛まれ、前に倒れ込む形で悶絶する。

 同時に、ザレアの仕掛けた爆弾が起爆し、更なるダメージをティガレックスに刻み込む。

 爆風が止む頃には、瀕死にまで至ったティガレックスが視界を取り戻し、殺意のこもった眼差しで見つめていた。

 頭を陥没され、爪を破壊され、尻尾を切断され、総身を電流に焼かれ……それでも尚、ティガレックスは猟人に屈する事無く、威容を誇っていた。自身に流れる竜としての血が、敗北を頑として認めようとしなかった。

 だが、肉体は既に限界を迎えていた。王者としての精神を誇っていようとも、その膂力は根刮ぎ奪われ、立っているのもやっとだと言う事が、気配で伝わる。

 以前ザレアが言っていた事が、何と無く分かった気がした。ティガレックスは、もう息絶える寸前なのだと。

「これで、終わりにしましょう――ティガレックス!!」

 ベルの咆哮に応じるように、ティガレックスが最後の力を込めて突進を開始する。先程までの突進に比べたら力の感じられないものだったが、それでも猟人を轢死させるだけの力はこもっている。

 それに相対するように、ベルは正面から弓を構える。渾身の力を込めて弦を引き絞り、ギリギリまで引きつけて――

 ティガレックスが巨大な口を開けてベルを丸呑みにする直前、ベルの放った矢が脳天を貫き――生命の源を刈り取った。

 慣性の法則に従って地面を滑り込み、――ベルの直前で動きを止めたティガレックスは、意志の光に満ちていた双眸を虚ろにしていき――やがて濁った闇を滲ませると、命の灯が消えた。

 一つの狩猟の幕切れの合図だった…………

 

◇◆◇◆◇

 

 ティガレックスの体から素材を剥ぎ取り終え、ベル達はこれからどうすべきか悩んだが、迂回路を通って、ゲルトスとティガレックスを置き去りにしたエリアへと向かう事にした。

 雪原は天候が回復したようで、吹雪は鳴り止んでいた。夜の闇を月光が優しく照らしだす白銀の世界は、不気味な程に静まり返っていた。三人の猟人が深雪を噛む、ぎゅむ、ぎゅむ、と言う足音以外の音が絶えていた。

「……まさか、ゲルトスが死んでるなんて事は無いわよね……?」

 訝しげにザレアを見つめるベルに、ザレアは「そそっ、そんにゃ事は無い筈にゃっ!」と慌てて否定するが、その慌てようが更なる不審を生む。

「いや、ゲルトスは生きてるな」

 そんなベルの疑心を、フォアンは真顔で否定する。何故そんな事が言えるの? と言う視線を送ると、彼はいつもの表情に僅かに緊張の色を上塗りするだけで、応えようとはしなかった。

 そのフォアンの沈黙の意味を、ベルはすぐに思い知る事になる。

 エリア6――ゲルトスとティガレックスが残されたそのエリアには、ティガレックスとゲルトスの姿が確りと見受けられた。

 ティガレックスがゲルトスの死肉を貪っているのか――違う。まだ戦いが続いているのか――それも違う。

 ティガレックスは、“ゲルトス一人の手で、討伐されていた”。

 倒れて動かないティガレックスの体には、無数の刺し傷が刻まれている。それが全てではないにしろ、致命傷になったのは言うまでも無い。白銀の世界を鮮血色に染め上げ、ティガレックスは確かに往生していた。

 その鮮烈な世界の中心に、別れた時と同じ姿で、ゲルトスは厳然と立っていた。

「……本当に、ティガレックスを一人で狩ったって言うの……!?」

 ベルはその事実に気づいた瞬間、言葉を失いかけた。手練の猟人でさえ手を焼くティガレックスを、猟人が一人で狩猟を完遂するなど……あまりに常識を逸脱しているように、ベルは思わずにいられなかった。

 だが、現実はそれ以外の事実を頑として受けつけなかった。

 ゲルトスはゆっくりとした所作で三人の猟人の前へと歩み出る。

「逃げずに戻って来たと言う事は、姫様に帰国の意志が有るとお見受けして宜しいのですな?」

 静かな、そして厳かな声。それは質問の形式こそ取っていたが、有無を言わさぬ意志を感じさせた。

 だが、そんな空気に物怖じせず、ザレアは胸を張って応じる。

「オイラはルカ姫じゃにゃいのにゃ! ラウト村のザレアだから、帰る必要は無いのにゃ!!」

 ザレアの発言に、奥歯をガリ、と噛み砕くような音を響かせると、激情を抑え切れず、ゲルトスが低く恫喝する。

「まだその様な世迷言を申されるおつもりか、姫様……ッ!? ――こうなっては致し方ない。力尽くでも戻って頂きますぞ、姫!!」

 新雪を噛みながら、ゆっくりと近寄って来るゲルトスの前に、二人の猟人が立ち塞がる。

「説き伏せられないと分かったら実力行使って訳? ――ザレアは渡さないわよ」

「幾らゲルトスが一流の猟人でも、これだけは譲れないな。……それに、猟人は人に武器を向けてはならないルールを忘れたとでも言う気か?」

「……契約を破棄するつもりか? ベル殿。嘆かわしい限りだ……契約を貴び、依頼を完遂するのが猟人としての有るべき姿だと思っていたが……」

 嘆息混じりに頭を弱々しく振るゲルトスに、ベルはにや、と意地悪な笑みを浮かべる。

「あら? あたしはルカ姫の帰国の手伝いをするとは言ったけど、彼女はルカ姫じゃない――ラウト村のザレアだから、その話は筋違いじゃない?」

「減らず口を叩きおって……ッ!! どうしても引かぬと言うなら、貴殿らにも相応の覚悟が有ると見做し――実力行使の対象と認識させて貰うが、――構わぬな?」

 告げた直後、ゲルトスは重々しい防具を鳴らして、ティガレックスにも負けぬ突進を繰り出す。武器は抜いていない――ただのタックルでしかない。

 ベルもフォアンも武器を雪原に投げ捨て、真っ向から対峙する。まずはタックルを避け――

「――――ぐふぅッ」

 加速した体当たりはティガレックスのそれを凌駕した速さでベルへと肉薄し、ガンナー用の防具を抉るように、ゲルトスの防具の肩の部分が腹部に激突する。強烈な一撃に、ベルは体が宙を舞う感覚を味わった後、雪原の上を二転三転した。重過ぎる一撃に体が悲鳴を上げ、呼気が肺から全て吐き出され、一瞬だが呼吸困難に陥った。苦しくて視界が明滅し、立ち上がろうにも足がケルビのように震え、手を突いても立ち上がれない。

「ベル――ッ、ごァッ」

 ベルに駆け寄ろうとしたフォアンは、ゲルトスの軽快な回し蹴りによって吹き飛ばされる。グラビモスの防具には相応の重量が有る筈なのにまるでガンナー用の防具のように機敏な動きをするゲルトス。加えて彼にはティガレックスを一人で討伐せしめる技量と膂力が有る。一端の猟人が相手では、力量の差は歴然だった。

 たった一撃で立ち上がれない程のダメージを負うなんて有り得ない。併も相手は猟人とは言え人間であり、モンスターではないのだ。あまりに常人離れし過ぎていると言わずにはいられない。

 ゲルトスは跪いたまま立ち上がれそうに無い二人の猟人を見下ろした後、ザレアに視線を転ずる。

「姫様。これ以上、無理を申されないで頂きたい。彼らをこれ以上苦しめぬためにも、どうかこれにてご帰国願いたい。姫様は痛い目を見ないと分からないほど愚かではないと、吾輩は信じておりますぞ」

「にゃ……にゃ……っ」

 倒れ臥す二人の猟人を見て狼狽を隠せないザレア。彼女が今にも泣きそうなのは、今までの付き合いでよく分かる。だからこそ――

「……ほぅ。まだ立ち上がるか。吾輩の一撃に耐え得るとは……中々見込みの有る猟人だな」

「……ッ、ザレアを、泣かすんじゃないわよ……ッ、あんた、それ以上ザレアを怖がらせたら、許さないからね……ッ!!」

 立っているのがやっとだが、それでもベルは負けたくなかった。ザレアを困らせるような奴に、負ける訳にはいかなかった。

「……全くその通りだぜ、ベル……。おい、ゲルトス。それ以上ザレアに近づいてみろ、ぶっ飛ばすぞ……!!」

 それは、初めて聞くかも知れない、フォアンの敵意に満ちた声。彼も生まれたてのケルビのような足取りで、何とか立っているようだった。

 二人の懐く意志は同じだった。ただ彼女を――ザレアをムカつく奴から解放する事、それだけ。

 そのためなら、例え瀕死でも立ち上がってみせる。

 ゲルトスは二人の猟人を見据え、頭具の中でひっそりと口唇を歪めた。

「その意気や良し。吾輩も全力を以て相手になろう」

 

◇◆◇◆◇

 

 五分と経たずして、二人の猟人は雪原に倒れたまま動かなくなった。

 打撲の後で満身創痍になった二人は、完全に伸びていた。死んではいないが、完全に意識を無くしている。このままにしておけば、何れ凍死するのは明白だ。

 その雪原で、ザレアは泣きじゃくっていた。ベルとフォアンの体を抱き締めたまま、声を殺して泣き続けていた。

 その様子を近くで眺めていたゲルトスは、若干呼気を荒くしつつも、落ち着いた様子でザレアに語りかける。

「……良い、仲間をお持ちになられたようですな、姫様」

 ゲルトスの言葉は届かない。届いたところで、ザレアはその声を遮断した。

 ザレアが反応しないのを承知の上で、ゲルトスは言葉を続ける。

「何年振りですかな、これ程までの気骨を持った猟人を見るのは。……そう、もう三年になりますか。強い意志を持つ猟人は、それだけで類を呼び寄せるもの……故に姫様も、彼らに惹かれたんでしょうな」

 ゲルトスの独白は、静かな雪原を滑るように流れていく。

「……吾輩は騎士です。卑怯な真似は出来る事ならしたくありませぬ。どうか姫様、ご帰国なさって下さい。これ以上、吾輩は自らの手を汚したくないし、姫様にそれを見られたくございませぬ。……ご理解頂けますな?」

 ザレアは泣いていた。自分のためにここまで手を尽くしてくれた猟人は、師匠以外にいなかったから。だからこそ――これ以上、彼らに迷惑を掛けてはならないと、自分を閉ざそうとしていた。

 

 ――やがて、雪山に陽光が射し込み、辺りを明るく照らしだす。

 そこにはもう、誰の姿も残っていなかった。




【後書】
 この世界観のG級ハンターはヤバい! と以前綴りましたけれど、Gameの観点に立つと、G級ハンターがG級装備で上位のモンスターに臨めば、まぁ、うん、そうなりますよね!(笑)
 と言う訳でハンター同士の白兵戦をお送り致しましたが、これアレですよね、ハンターズギルド側からと言いますか、ギルドナイツに知られたら如何なゲルトスさんと言えど消されちゃうんじゃないかなって! そこんとこどうなんですか日逆先生!
A.この世界のギルドナイツはそのうち出てくるので、たぶん大丈夫。※大丈夫とは言ってない
 さてさて次回、第4章11話にして第51話!「ルカ姫」…次回はいよいよ第3章から始まった、「わたくしの綴りたかったシーン」がようやく顕現します! お楽しみに~♪


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051.ルカ姫

 ちち、と小鳥の囀る声が遠くに聞こえる。

 ぼんやりと天井を見上げていたベルは、やっと自分が自室のベッドで寝ている事に気づいた。朝陽が窓から射し込み、暖かな空気を部屋に漂わせている。鼻を衝くのは、薬草と雪山草の匂いだった。

「あたし……」

 気を失う前に何をしていたのか思い出そうと起き上がろうとして――節々が悲鳴を上げ、「――つッ」と短い呻き声を発してしまう。ゆっくりと体を起こすが、全身が軋みを上げて全力で押さえようとしてくる。

 ベッドの上で上半身だけを起こして体を見下ろすと、――全身に包帯や湿布が巻かれていた。試しに脇腹に触れてみると、――刺すような激痛が走って顔を顰めてしまう。

 全身を鈍痛と倦怠感が纏い、息をするのも辛かった。ここまで酷い怪我を負うのは、猟人を初めて間もない頃以来だ。あまりの痛さに顔は顰めっ放しだった。

 何が起こったのか思い出すために唸り声を上げながら小首を傾げ――ゲルトスの事を思い出した瞬間、その表情が驚きに変わる。

「あたし、雪山で意識を失ったんだ……。――ザレアは!?」

 慌ててベッドから降りると、――激痛が走るのを無理矢理無視して酒場へと向かう。幸い、インナーだけは着ていたので、裸体を晒す事は無かった。

 酒場に何とか辿り着くと、扉を肩で押し開け、そのまま倒れ込む。

「――ベルさん!? まっ、まだ寝てないといけませんよっ!?」

 慌てて駆け寄ってきたのは村長のコニカだった。昼食を摂っていたのか、口許にパンクズが付いている。

「…………は、」

「まだ安静にしてないと! ……え? 何か言いました?」

「ザレア……は……?」

 痛む節々の悲鳴を殺して、ベルは何とか質問を発する。苦しげに漏れる声には、今にも泣き出しそうな響きがこもっていた。

「ザレアは……どこ……?」

 ベルは酒場に向かう前に、ザレアの部屋に寄っていた。そこで、彼女は見た。

「どうして……ザレアの部屋には、“何も無い”の……? 武器も、道具も、――“爆弾もッ!!”」

 ベルの家である小屋の隣に在る小屋のザレアの部屋は、人が生活していたとは思えない程、何も無かった。ボックスの中には何も入っていないし、生活に必要な物も一つも無い。そして、彼女の象徴たる爆弾ですら、一つも見受けられなかった。

「ザレアは、どこ行ったのよ……ッ!!」

 コニカの胸倉を掴み上げ、今にも涙が零れそうな青色の瞳を見開き、悲痛な声を上げる。

 そこに、酒場の扉が再び開き、外からフォアンが姿を現した。彼もベル同様、全身に包帯と湿布を貼りつけて満身創痍の様相だったが、足取りは確りしており、表情もベルに比べたら幾分か落ち着いていた。

「フォアンさん!? あなたもまだ安静にしてないといけないのに……っ!!」

「――なぁ、どうして村中を囲っていた爆弾が一つ残らず消えてるんだ?」

 その言葉に、ベルは更に表情を曇らせた。そうだ、ザレアは信管が抜けているから安心だと言って、村中に爆弾を置いていた。それが――今は一つも無い……?

 ベルは今にも泣きそうな顔のまま、コニカに詰め寄る。

「村長、教えてよッ。ザレアは、どこに行ったのよ!?」

「えっと……それは……」

 口ごもるコニカに、ベルは更に迫ろうとして――

 

「ただいまにゃーっ!」

 

 元気で、快活で、一番聞きたかった声が、背後から響いてきた。

 ベルは呆然とした面持ちで振り返り、フォアンも驚きを隠せない様子で彼女を視界に捉え、二人の視線の先にいた少女は二人を見て感動したように声を上げる。

「ベルさんっ、フォアン君っ、やっと目覚めたにゃねっ!? もう、オイラ心配で心配で……」

 ぐしぐしと〈アイルーフェイク〉の目許を擦る少女――ザレアを見て、ベルはぽかーんとしたまま、やっとの事で声を発する。

「……あれ、ザレア? あんた……あれ? 何であんた、ここにいるの?」

「がーんっ、酷いのにゃっ! オイラはラウト村専属の猟人にゃよ!? ここにいるのが当たり前にゃ!! さっきまでいにゃかったのは、アイルーの隠れ家に行って、傷に効く薬を貰って来ていたのにゃ!」

「え、あ、そうなの……って、あれ? 何かおかしくない?」

 ベルが小首を傾げながら不思議がっていると、フォアンが肩にぽん、と手を置いた。振り返ると、彼は安心したように顔を綻ばせていた。

「良いじゃないか。ザレアがここにいるんなら、俺は何も言う事無いぜ?」

 フォアンの尤もな台詞にベルも徐々に表情を崩していく。顔を隠すように俯くと、「良かった……」と鼻声で呟いたのが、その場に居合わせた者全員の鼓膜に届いた。

 

「――良くは無い!!」

 

 突如酒場に轟いた怒声に驚くと、ザレアの背後に渋い顔をした三十代ほどの男が立っていた。赤髪を短く刈り揃えた、彫りの深い顔立ちの男は、苛立ちを隠せない様子で一同を見つめていた。

「えっと……もしかして、ゲルトス……なの?」

 頬を引き攣らせつつ、壮観な男を指差すベル。筋骨逞しい男は確りと首肯する。

「如何にも、吾輩はゲルトスである!! 姫様がご帰国なさらぬ以上、吾輩もおいそれと帰国できる状況ではない!! どうしてくれる!?」

「いや、どうしてくれるって言われても……」

 厳つい目つきで睨み据えるゲルトスに、少し怯えつつ視線を逸らすベル。

 ゲルトスは肩を怒らせていたが、すぐに悄然と肩を落とした。

「……これでは吾輩の面目は丸潰れである……国中で笑い者にされるのだ……とほほ……」

 俯くゲルトスの背中には哀愁が漂っている。

 どう慰めていいものか悩んだベルだったが、取り敢えず確認のため、大事な質問を投げかけてみる。

「えっと……ザレアはもう連れてかないのね?」

「……貴殿らが申したのであろう? 彼女はラウト村のザレアであって、パルトー王国のルカ姫ではない――と」

「そうだけど……あんた、意外と話が分かる奴なのね」

 少し親近感が湧くベル。だが、ゲルトスは哀愁を漂わせて項垂れたままだった。

「あぁ……どうすればいい!? このままでは国は無法地帯と化し、何れは滅亡してしまうのだぞ!? 吾輩はパルトー王国最大の汚点として生きていかねばならなくなるのだぞ!? そ、そんなの嫌だァァァァ―――――ッッ!!」

 アーッ、と泣きながらその場に四つん這いになり、地面を激しく殴りつけるゲルトス。まるで駄々っ子のような豹変振りに、流石のベルも引いてしまった。

「う~ん、流石にこのままじゃゲルトスが可哀想過ぎるわね……何か代案を出すべきだと思わない、皆?」

 と言いながらベルが視線を向けたのは、この場に居合わせた者達――フォアン、ザレア、コニカ、そして遠くからこちらをニコニコ見つめているティアリィである。

「あのぅ……話がよく分からないのですが……何の話なんでしょう?」

 キョトン、とした様子で小首を傾げるコニカ。ティアリィは自分にも水が向けられているにも拘らず、その場から動きだす気配は無い。

 手短にゲルトスが抱える問題を説明すると、コニカは「なるほどぉ」と手を打って頷いた。

「だったら、替え玉を用意したらどうでしょうか?」

「替え玉? ……てーと、姫様の代わりになる人物を、姫様に仕立て上げる訳?」

「はい♪ それなら、パルトー王国の人も、気づかずに姫様だって思ってくれると思いますよ~♪」

 気楽~に案を出すコニカ。だが、中々面白いかも知れないと感じたベルは、その案で行こうと結論を出した。

「それじゃあさ、ゲルトス。姫様の特徴を言ってよ。それに合う人物を、あたし達も街に出て探すからさ」

「……だが、それだと相手の許可を得なければなるまい。それに、いつボロを出すやも知れぬ一般人には、些か難が有り過ぎると思うのだが……」

「そこはほら、色々と調教すれば良いじゃない♪」

「今、サラッと恐ろしい事を申されなかったか?」

「で、姫様ってどんな髪型なの? 色は?」

 ベルの無理矢理な話の持っていき方に不服そうだったが、ゲルトスは瞼を下ろすと、瞼の裏側に映る眉目麗しい姫様を思い浮かべる。

「髪はどんな黄金にも負けぬ金色の輝きと、絹を思わせるサラサラの髪質を持ち、更にそれらを引き立たせるプリンセスロールと呼ばれる髪型であった」

「…………。それじゃあ、顔立ちは? あと、目の色とか」

「神々しいまでに整いきった美少女然とした顔立ちである。もう姫様より美しい女子は二人といまい。瞳は澄み渡る青空を思わせる青色だ。肌は雪のように白く、まるで陶磁器のような美しさが備わっておる」

「…………。その、無駄な装飾どうにかならない?」

「ふぬ? 何の事である?」眉根を寄せるゲルトス。

「……いや、やっぱいい。……えーと、因みに体つきとかは?」

「スラリとした細身だが、決して華奢とは思えなかったな。筋肉が最低限に付き、女性としての美しさを内包した肉体は、まさに完璧と言うべきプロポーションだった……」

 取り敢えずゲルトスの無駄な装飾を省いた特徴を羊皮紙に列記していったベルは、それを見て、どんな少女なのかを連想し……

「……あれ、何かこの姫様、あたし知ってるような気がする……」

 難しい顔で呟くベルに、ザレアが〈アイルーフェイク〉を隠すように慌てだす。

「おっ、オイラじゃにゃいにゃっ、オイラは違うにゃっ、オイラじゃ――」

「いや、あんたじゃなくて。……うん、何か凄く身近にいる気がするわ。これって――」

 ベルが顔を上げて頭の中に浮かんだ人物を告げようとした時、酒場の扉が開いた。

「お姉様ーっ!! フォアン様ーっ!! 御機嫌よう~っ!!」

 ばぁーんっ、と扉を開け放って現れた少女――ではなく少年は、エルフィーユ――ではなくエルトラン――通称エルは、いつも通り女性用の防具を身に纏って現れた。

 その姿に、酒場に居合わせた全員が気づき、具に観察していく。

 金色の髪は、プリンセスロール。瞳はベルと同じく青色。男の子だが、女の子にしか見えない整った顔立ち。肌は透き通るように白く、細い体つきの割には華奢と言う感じがしない。

「ル――ルカ姫!?」

「は、はいぃぃぃぃ―――――ッッ!?」

 ゲルトスの驚愕の一言とベルの絶叫が、酒場に高らかに響き渡った。




【後書】
 今回のお話を綴るためだけに、3章からモリモリ綴りまくった、と言うのが当時のお話です(笑)。
 元々の発想が「男の子をお姫様にしたい」と言う所から始まったのですが、その設定を練りに練った結果、こんな形に。もうこの時点で満足感高過ぎて、確か当時は暫く続編出なかったような気がします(笑)。
 さてさて、いよいよ次回4章最終話! 第52話「お姫様大作戦」…あとちょこっと残念なお知らせです。今月は週2回でお送りしておりました「ベルの狩猟日記」ですが、作者である日逆先生が「8月はのんびり過ごしたいんじゃ~(※意訳:執筆とGamePlayしたさ過ぎワロタ)」と申したため、次回配信から毎週土曜の更新が無くなり、毎週火曜の更新のみとなります。悪しからずご了承くださいませ~(*- -)(*_ _)ペコリ
 ではでは、次回もお楽しみに!


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052.お姫様大作戦

 率直に言えば、エルはまさにルカ姫瓜二つだった。

「ひ、姫様が二人……!? もしや本当にザレア殿は、ルカ姫ではなかったのか……!?」

 と言うゲルトスの狼狽っぷりからも、それがどれ程のものか窺い知れる。

 取り敢えずベルはゲルトスに、どこまで説明しようか悩んだ末、男だと言う事は伏せ、エルが自分の妹だと虚偽の説明を行った。

「何と!! ベル殿の令妹であらせられたか……ううむ、それにしてもルカ姫様と瓜二つと言わざるを得んな……本当にご姉妹であるのか?」

「ちょっと、それどーゆー意味よ? 幾らあんたでも殴るわよ?」

「あの……お姉様? そこのダンディなおじ様はどちら様ですの……? ――まさかっ、フォアン様と言う方がありながら――ッ!?」エルが驚愕に目を剥く。

「あんたはあんたで何を妄想してんのよッ!? ……えーっとね、」

 エルにも先程コニカ達に説明した事を繰り返し告げると、エルは「なるほど……」と小さな顎を摘まむように指を添える。

「それで、わたくしがお姫様に瓜二つと……それで替え玉を探してると……。……ん? それって……」

 エルが恐る恐ると言った様子でベルに視線を向けると、彼女は確りと頷いて応ずる。

「あんた、パルトー王国でお姫様やってみる気、無い?」

「ふぁぶりゃふぉあっぺふぁ―――――ッッ!? わわっ、わたくしがお姫様に……!?」

 気が動転して「あわわあわわっ」と慌てふためくエルの手を握り締め、ゲルトスが真剣な面持ちで声を掛ける。

「エル殿、急な話で申し訳ないが、どうかこの申し出、受けては下さらぬか……? そなた程、姫様に似つかわしい女子は俗世を遍く探しても見つかりはせぬ。どうか、どうかこの通りである……」

 恭しく頭を垂れるゲルトスに、エルの瞳が一瞬ハート型になり、頬が紅潮したかと思えば、口唇が震え始めた。ベルはいつも通り嫌な予感がしたが、今回も口を出す気は起きなかった。

「ゲ、ゲルトス様がそこまで仰るなら……。――で、でもっ、わたくしにはフォアン様と言う心に決めた方が――」

 そうやって無理矢理首をフォアンの方に捻じ曲げると、彼は人当たりの良さそうな微笑を浮かべて、彼女の視線に応えた。

「エルがお姫様になった姿を、見てみたい気もするな」

「ゲルトス様、その申し出、心よりお受け致しますわ!! さぁ、わたくしにお姫様になるための教えを説いて下さいまし!!」

「おぉ!! 心より感謝致す!! これで我国は、パルトー王国は安泰である……!!」

 

◇◆◇◆◇

 

 そんな感じで話はトントン拍子に進み、エルは何のためにラウト村に来たのかも分からないまま、ラウト村を去って行った。

「……あんた、女を誑かすの巧いわよねー……」

 ジト目でフォアンを見やるベル。フォアンは「はて? 何の事かな?」と惚けるように小首を傾げる。これが天然なら、生粋の女誑しと言っても過言ではあるまい。

「……まぁ、いいけどね。――って、いたたた……何か安心したら、全身の痛みが増してきたような……」

「当然にゃ! 何せ丸三日以上、ずっと昏睡状態だったんだからにゃ!」

 ザレアがそう喚いた瞬間、ベルの時間が凍結した。

「……三日? 三日もあたし、眠りっ放しだったの……?」

「そうなんですよぅっ、だからわたし、心配で心配で……っ」

 涙をえぐえぐと流しながら訴える村長を見て、慌ててベルは彼女を慰めるために鮮やかな紅い髪を撫でてやる。

「あ~……そうなんだ、あたし三日も寝てたんだ……」

 ……どんだけボッコボコにされたんだ、あたし達……

 どこか遠い目をしてフォアンに視線を向けると、彼も苦笑を禁じ得ない様子で腕を組んでいた。

「もしかして、地味に生死の境を彷徨ってたのか、俺達?」

「でも大丈夫にゃ! オイラがアイルー秘伝の薬を何度と無く飲ませたからにゃ! そのために、オイラはアイルーの皆に料金の代わりに大タル爆弾Gを支払ったのにゃけれど、ベルさんもフォアン君も目覚めたから全然気にしにゃいのにゃ!」

「あぁ……それで大タル爆弾Gが村中から姿を消したのか……」

 タネが分かり、ホッと胸を撫で下ろすベル。……ザレアが自分の命の源である爆弾を全て売り払ってでも助けてくれた事に、感謝をしても尽きないと思ったが、ザレアはその心を読み取ったように突然、首を否と振り始めた。

「ベルさんも、フォアン君も、オイラを助けてくれたにゃ! だから、これでお相子にゃ!」

「ザレア……。うん、そうね。そういう事にしとくかっ。……でも、ありがとね、ザレアっ」

 ベルの顔に浮かんだ笑みは、晴れ渡る青空を思わせる澄み渡った会心の笑みだった――――

 

◇◆◇◆◇

 

 後日。森丘の間引きや特産品の納品を終えて村に帰って来ると、丁度村の入口に、こんな辺鄙な場所にまで足を運んでくれる奇特な行商人――ウェズの姿があった。

「あら、ウェズじゃない。怪力の種でも買い取りに来てくれたの?」

「それどころじゃないよっ、これ見てくれよベル!!」

 慌てた様子のウェズの手には、新聞紙が握り締められていた。

 ラウト村は辺境の村だから、新聞や情報誌は届かない。ベルは昔は愛読していたが、街にでも行かないと入手困難なため、今では全く手に取っていない代物だ。

 その新聞の一面をウェズはこれ見よがしに見せてきた。

「これっ、この部分を見てくれよ!!」

「何よ一体……どれどれ、――あぁ、」

 ベルは記事に映っている写真を見て、得心したように頷く。モノクロ写真には彼女の妹――もとい、弟のエルが映っていた。それも、優雅なお姫様姿で。

「あぁ、って、これどう見てもお前の妹のエルちゃんだろ!? 初めて見た時は気づかなかったけど、どう見てもエルちゃんだよな!? いつの間にお姫様になっちゃったんだよ!?」

「ついこの間よ。ちょっとした事があって、ね♪」

 記事を改めて読んでみると、小国であるパルトー王国の暴動騒ぎが収束に向かい、徐々に軌道に乗り始めている、と書いてあった。お姫様効果がどれ程のものかと、ゲルトスの話に半信半疑だったベルだが、なるほどここまで凄いのかと思わずにいられなかった。

 どうやらパルトー王国第一王女ルカ姫として確りと公務を果たしているらしいエル。彼女は性格に難が有るが、こういう所は恙無く熟すので、姉としてベルは鼻が高かった。

 ベルがにやけるように口唇を歪めたのを見て、ウェズは更に不審そうに眉根を寄せる。

「でも、これルカ姫ってなってるけど……本当にエルちゃんなのか?」

「ああ、あんたはあの時いなかったもんね。まぁ、立ち話も何だし、酒場で話しましょうよ」

 

◇◆◇◆◇

 

「まぁ、エルちゃん、お姉さんに似て、確りしてるんですねぇ~」

 丁度酒場に居合わせた村長――コニカにエルの話をすると、彼女は我が子の事のように手を合わせて喜んだ。ベルも思わず笑みを零してしまう。

「なるほどなぁ、ルカ姫は不在だから、替え玉としてエルちゃんが姫様に成り代わったのかぁ……。あーぁ、そしたら僕、惜しい事したなぁ……」

 ちぇっ、と指を鳴らしながら舌を打つウェズ。ベルは「何が惜しいのよ?」と何気無く尋ねる。

「そりゃあ、姫様になる前に口説いていれば、今頃僕は王子様だったんだぜ? 逆玉の輿に乗るって奴さ。あ~ぁ、惜しい事したなぁ……」

 いや、性別上、それは不可能だろう、とツッコもうかと思ったが、ベルは敢えて「ああそう」と冷たくあしらうだけに留めた。彼にはもう暫く、夢を見させてやろうと考え直したのだ。

「あ、そう言えばベルさん。アネさんがベルさんの弓の事でお話が有るって言ってましたけど……聞いてませんか?」

 コニカが両手に握り締めたハチミツ入りの牛乳を飲み干すと、ベルを見つめてそんな事を呟いた。ベルは勿論、身に覚えが無い事だった。

「うんにゃ、今初めて聞いたけど……何かあったのかな?」

「さぁ……ベルさんに直接話がしたいって事でしたけど……」

 コニカも小首を傾げるだけで、結局平行線だった。ベルは席を立ち、「それじゃ、ちょっと話を聞いてくるよ」と言って酒場を後にする。

 アネの武具屋まで歩いて五分もしないので、すぐに辿り着く。工房へ向けて「アネさ~んっ、お話って何ですか~っ」と大声を掛けると、「あぁ~んっ、今行くわぁ~んっ」と野太い猫撫で声が響いてきた。

 ずしんっずしんっ、と大地を鳴動させながらスキップで現れた、屈強な戦士然とした鋼の肉体をメイド服に納めた大男――アネは、いつもの化粧し尽くされた顔を少し曇らせて、ベルを見つめる。

「この間の件なんだけどぉ、ベルちゃん、ハートショットボウの方が、カジキ弓【姿造】よりも威力が有るように感じたって、言ってたじゃない? それであちし、カジキ弓【姿造】を調査したいって借りてたじゃない?」

「うん。それで何か分かったの?」

「あのね……とっても言い難い事なんだけどぉ……カジキ弓、あれ、偽装強化されてたわぁん」

「――偽装強化? ……って言うと?」

「あのカジキ弓、本当は【姿造】じゃなくて、――まだ【粗】なのよぅ」

 カジキ弓【姿造】と言えば、カジキ弓の最終形態と言うべき弓だが、カジキ【粗】は一番初めに造るカジキ弓であって、攻撃力はかなり落ちる――それこそ、ハートショットボウに遥かに劣る程に。

「――はいぃぃぃ!? え!? それって……!?」

「――詐欺だな」

 背後から声を掛けられ驚いて振り返ると、そこにはフォアンとザレアが立っていた。

「ベルさんを騙すにゃんて……許せにゃいにゃ!!」

「全くだ。ベル、その弓を強化した職人を教えてくれ。今すぐぶった切ってくるから」

「殺人だからね!? 職人はモンスターじゃないからね!? 気持ちは嬉しいけど、実行には移さないでね!?」

 慌ててツッコミと言う名の制止を図るベル。彼ならやりかねないと思っているベルの制止の声は必死だった。

「あちしが強化してあげたい所なんだけど、素材が足りないから無理なのよぉん……ごめんねぇ? ベルちゃん……」

「……まぁ、騙されたあたしも悪いし、気にしない事にするよっ。……そうか、騙したのか、あのおっさん……!! この借り、晴らさずしてなるものか……!!」

 ベルの恐ろしげな呟きが漏れたのは、麗らかな陽射しの差し込む或る日だった。

 

◇◆◇◆◇

 

 更に後日。

 ラウト村にウェズが現れ、彼から手紙が渡された。

「エルちゃんからだよ~、パルトー王国に立ち寄ってみたら、宮殿に通されちゃってさ。いやぁ、ビックリしたね! エルちゃん、もう可愛くて可愛くて……はぁ、あんな可愛い子が誰かに嫁いじゃうなんて、僕には許せないね!」

 と言うウェズの話は殆ど無視して、自分に宛てられた手紙を開いてみるベル。差出人は勿論、エルだった。

『親愛なるお姉様へ

 あれからもう二ヶ月になりますが、お変わりありませんか?

 わたくしはお姫様生活にも慣れ、毎日楽しく生活しています。

 ゲルトス様には本当に良くして貰っていて、フォアン様には申し訳ありませんが、わたくし、彼と新しい恋を始めてみようかな? なんて思ったりしています。えへへ♪

 あと、わたくしの秘密はまだ誰にも知られていないようで、湯浴みの時とか、着替えの時とか、色々気をつけながらの生活が続いています。これが実は物凄く大変なのですが、ゲルトス様の事を思えば、全然苦じゃありません! あ、フォアン様の事もちゃんと考えてますよ?

 国も軌道に乗り、情勢も安定し、毎日平和を享受していますが、猟人の頃の生活が身に染みているためか、日々の生活が物足りないようにも感じます。

 でも、ゲルトス様がいつも顔を見せに来てくれるので、あまり不満を感じなくなってきました!

 わたくし、今度は恋の猟人として狩猟を行っていこうかなって思ってます!

 それではフォアン様に宜しくお伝え下さい。

 エルより』

「……まぁ、相変わらずな感じね……」

 呆れたように嘆息するベルに、フォアンとザレアも微笑を浮かべる。

「今度、皆で逢いに行ってみようぜ? エルのお姫様姿も気になるし」

「フォアンもそう思うだろっ? いやぁ、ベルの妹とは思えないほど可愛かったからなぁ……こりゃ、本気で逆玉の輿を狙うしかないかなぁ」

「ほぅ? 何か言ったかなウェズ君? ――あのねコニカさん、この腐れ行商人ね、昔――」

「わーわーっ!! エルちゃんのお姉さんだもんねっ、ベルはとっても可愛いなぁ、なっ? フォアンもそう思うだろ? だろぉ?」

「ベルさんはカッコいいのにゃ! にゃねっ、フォアン君っ?」

「う~む、ベルはモテモテだな。羨ましい限りだぜ」

「……何か複雑な気分だけれど、まあいいわよ。――さっ、怪力の種をばっちり買い取って貰いましょうか?」

 ――そうして今日もラウト村には痛ましげな悲鳴が木霊するのだった。

 

 

第四章〈異常震域〉―――【完】




【後書】
 今回のお話ですが、当時、前回の話の段階で綴りたい要素を綴りきってしまったので、あんまり上手く纏められずに終わったのが、こう、もどかしかった記憶が有りますw
 ともあれ今回のお話は明確に「続きを綴る前提での伏線」を張り巡らしたお話でも有りまして、その辺が随所に散見されたかと思います。と言いますかだいぶ露骨に続編を意識していたので、もしかしたら読者様の中には違和感以上の感覚を禁じ得なかった方もいらっしゃるかも知れませぬが…!w
 さてさて、次回よりいよいよ第五章が始まる訳ですが、実はこの第五章、現在も再編集作業が終わっておらず、現在急ピッチで再編集を行っている所だったりします。と言うのも、何故か全話サルベージが完了していたと思ったら、第五章だけ抜け落ちている事につい先日気づきまして!w 大慌てでサルベージを敢行しておりますので、もし来週の火曜に更新が無かったら「間に合わへんかったんやな…」と思って頂けたら幸いです…w
 なので今回は次話の予告が無いのですが、すんごいザックリ章予告しますと…夏に相応しい内容になっております! とだけ告知しておきまする!w それでは次回もお楽しみに~♪


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053.夢の名残

 草木も眠る、闇の軍勢が世界を覆う頃。ベッドの上で物音に気づいた少年は、ぱちりと瞼を開く。少年の歳は十代前半と言った所だろうか。黒色の瞳を擦りながらベッドの上を這うと、木製の床を僅かに軋ませながら足を下ろす。生暖かい空気が辺りに漂っているのは、世界が温暖期に突入したためである。蒸し暑い熱帯夜のため、寝苦しさが相俟って、物音が殊更に大きく聞こえてしまったのだろう。

 少年の部屋は両親の寝室とは別に在る。両親が猟人であるために、部屋には彼らが使う道具やモンスターの剥製、昔は使っていたが今は使わなくなった武器や防具が所狭しと飾られている。床一面に散らばっている猟人のための情報誌【狩りに生きる】を一つも踏まないように扉へ向かって突き進む。寝惚け眼でも、日常的に行なっている事は熟せる程に頭は冴えていた。

 自室を出て廊下に出る。少しだけ心地良さを覚える風が開け放たれた窓から入り込んできていた。風が吹く度に、窓辺に飾られた、遥か東方の国の土産である風鈴が涼やかな音色を奏でる。カーテンが揺れながら月光を柔らかく受け止め、廊下は外の光源だけで充分に視野が利いた。物音のする方向には応接室が在る。応接室の扉の隙間から光が漏れている事に気づき、更に物音が毎日耳にする人間の声だと気づいた少年は、特に構える事も無く廊下を突き進む。

「……そうか、判った。他ならぬお前の頼みだ、出向かぬ訳にはいくめえ」

 壮年の男の厳かな声が扉の隙間から漏れ出てくる。いつも聞く彼の声には有り得ない、深刻な音質を伴った語調に、少年は朧気だった意識が急速に覚醒していくような気がした。

 どうしようもなく嫌な予感が少年の胸の内に湧く。それは順序立てて説明できる類いの不安ではない。本能が察知する危機――なまじ相手が自分に近しい人間だからこそ、その機微だけで嫌な予兆を感じ取る事が出来た。

 扉に手を掛けたまま固まった少年は、応接室で続けられる話に耳を傾けるだけで、部屋に入ろうとはしなかった。

 部屋に佇んでいる、先刻声を上げた方ではない、もう一人の男の声が少年の耳朶を打つ。

「助かるぜ……流石に今回の相手はヤベェからな、選りすぐりの猟人にしか声を掛けねえって決めてたんだ。……けどよ、正直、今もまだ迷ってんだぜ? フェイさんには、別嬪の奥さんだけじゃねえ、愛らしいガキまでいやがる。……誘いに来て何だが……断ってくれても、良いんだぜ……?」

 年若い男の声。先刻の壮年の男より十以上歳が離れていると思える、精悍な声。若者にありがちな礼儀を欠いた物言いだったが、彼が言うと不思議と不快感は湧かない。ただ、そこには神妙な色が表出し、相手に不安な想像を与える印象が有った。少年は彼の声をどこかで聞いた事が有るような気がしたが、すぐには思い出せなかった。それだけ、彼の声はいつも聞く時の声とあまりに声質が違っていた。

 壮年の男――“フェイさん”は、歳若い男の言葉に苦笑を滲ませたのか、乾いた笑声を零す。

「おいおい、俺を嘗めて貰っちゃ困るぜ? ヴァーゼ。お前が誘ってくれなくても、話を聞いたからには、ここで指を銜えて待ってるなんざ出来る訳がねえ。――だろ?」

「……そう言ってくれると思ってたんだけどよぉ……」難しそうに唸り始める若い男――“ヴァーゼ”。

「二言が有るのか? 男らしくねえぜヴァーゼ。それでもギルドナイツの一員かよ?」

“フェイさん”がつっけんどんに言い放つと、“ヴァーゼ”はムッとしたように一瞬黙り込み、小さく吐息を吐き出した。

「――二言なんざねえさ。でも、奥さんと息子さんにゃあ何て説明する気だ?」

「いつも通りさ。ちょっと狩猟してくる――それだけ言えば判ってくれるさ。……ははは、お前が俺の心配をしてどうする? 今回の相手は、俺の手にも余るような奴なんだぜ?」

「……あのな、だからこうして心配してやってんじゃねえかよ。……ったく、あんたって奴はよぉ……――ああもういいっ、とにかく時間がねえんだ。参加してくれるってんなら、今すぐ準備を始めてくれ。奴はもう――街の目と鼻の先にまで来てやがるんだ」

 ――彼が遠くに行ってしまう。少年は即座にその事実に気づき、黒瞳を大きく見開いてノブを回し――

「――フォアン」

 背後から掛けられた小声に身を竦ませ、驚いて振り返ると、若い女性が寝間着姿で佇んでいた。タルの形を模したジョッキを、タルの蓋を模した盆に載せ、それを右手で支えて佇む女は、優しい笑顔で少年の前に屈み込む。少年は焦燥に駆られた表情を隠す事が出来ず、自分の母親に向かって何とか説明しようとして、

「……あの人は~、どこにも行かないわ~」

 そう、優しく微笑みかける母に、少年は徐々に落ち着きを取り戻し、小さく顎を引く。その瞳からは、焦燥や怯えの色は消えていた。

 母はニッコリと微笑みかけて、空いた左手で少年の黒髪を優しく撫でると、応接室に入って行く。少年は母に就いて行き、自分の父親と、その友人と顔を合わせる。二人は驚きの表情を浮かべて少年を迎え入れ、気まずい沈黙を措いてから、説明を始めた。

 これから――古龍を迎撃に向かうと。

 

 ちりーん、と、風鈴が涼やかな音色を――――

 

 あれから成長を果たした少年――フォアンは、微睡みの世界から生還し、瞼をゆっくりと抉じ開けていく。

 開け放たれた部屋の窓から、小うるさい夏虫の合唱と共に、熱帯夜特有の寝苦しい熱気が運び込まれてくる。じんわりと全身に掻いた寝汗に着心地の悪さを覚え、インナーを取り替えようと簡素なベッドから降りる。床に足が着くと、ひんやりした木の冷たさを足の裏に感じる。

 ふと、今まで見ていた夢の内容を思い出したフォアンは、別のインナーに着替えた後、ベッドに腰掛けて呟きを漏らす。

「……そうか。もう、あれから七年も経ったのか……」

 夢に見た、七年前の光景。

 忘れる訳が無い。あれは――“父を最後に見た日”だったのだから――――




【後書】
 一日更新が遅れて申し訳ぬい~! どうにも眠り病と夏風邪が併発したっぽくてここ三日間ほど昏睡状態でした(^ω^)てへぺろー!
 さてさて何とか無事に(無事に??)第5章が始まりました! この5章は、「ベルの狩猟日記」史上一番ファンタジー要素が濃い物語で、且つわたくしの中で最終章と同じくらい好きな章だったりします。と、同時に、前回の後書でも触れましたが、「夏に相応しい」物語でも有りますので、ぜひぜひその辺も楽しみにお読み頂けたらと思います!
 現在もサルベージ作業が難航中ですので次回予告無しを貫きます! そんなこったで次回もお楽しみに~!


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054.暑いんだから仕方ない

「…………暑いぃ……」

「にゃーにゃー」

「暑いな」

 温暖期真っ只中のラウト村は現在酷い熱気に包まれていた。舗装されていない地面からは湯気が上がり、陽炎があちこちに浮かび上がっている。ラウト村の随所に設置された大タル爆弾Gが自然爆発するのは時間の問題かと思えるが、その辺は「にゃーにゃー」言ってる〈アイルー仮面〉がちゃんと何かしらの処置を施していると信じて、誰も文句は言わない。

 村専属の猟人である三人はギルド直営の酒場で涼んでいた。室内の方が割かし涼しいし、更にここにはキンキンに冷えたドリンク類が有る。幾らクーラードリンクで体感温度を下げても、漂う熱気だけはどうにもならないので、少しでも涼気を求めて彷徨うのが、ここ最近の日課になっていたりする。

「あー……暑い! どうなってんのよこの暑さ! 寝苦しいったらありゃしない! これじゃ鋭気養えないわよーっ!! 何とかしてよ~っ!!」

 酒場のテーブルの一角でジタバタ暴れ回っている少女こそ、三人のリーダーと目される猟人、ベルフィーユこと、ベルである。流石にインナーだけを着ている変人猟人には及ばないが、今は頗る薄着をして何とか熱気を体内から排出しようとしている。見ようによってはお嫁に行けないような格好で酒場の床に寝転がっている。寝転がっている理由は極単純だ。床の方が冷えているから。

 十代半ば相応の可愛らしい面貌をしている少女なのだが、床に頬擦りしながら涼気を求めている姿は最早見るに忍びなかった。

「にゃ~、暑いにゃら、インナーだけににゃれば良いんじゃにゃいかにゃ?」

 と、尤もな返答を寄越してきたのは、〈アイルーフェイク〉だけを纏った、インナー姿の村専属猟人の少女――〈アイルー仮面〉ことザレアである。猟人らしく、体には無数の傷跡が刻まれているが、それをインナーだけで隠す事は出来ない。頭だけは完全に隠れているので、どんな顔をしているのかラウト村の住民は誰一人として知らなかった。

「……それは流石に恥ずかしいと思うんだけど……」

 火照った頬を床に押し付けながらベルが更に顔を紅潮させる。ラウト村は女性の住民の方が多い珍しい村なのだが、流石に年頃の少女がインナー姿で生活するには抵抗が有り過ぎる。

 抵抗になる存在である、村専属の猟人の一人である少年に視線を向けるベル。

 黒髪黒瞳の少年はベルの視線に気づき、不思議そうに見返す。

「俺は気にしないぞ?」

「あたしが気にするのよ!」

 がーっ、と喚くベルに、少年――フォアンは「気にしないのに」と剽げた表情で切り返す。

(……確かにフォアンなら気にしないと思うけど……寧ろそこは気にしなさいよっ)

 不貞腐れるように冷たい場所を探して床を這い回るベル。寧ろその行動を気にした方が良いと思うのだが、周囲の人間は誰も注意しなかった。

「ティアリィさ~ん、何か涼しくなる料理ってなぁいぃ……?」

 芋虫のような動きで床を這いずり回ると、やがてベルは酒場の受付まで移動し、受付嬢であるメイド服を纏った女性――ティアリィに声を掛ける。ティアリィはいつもの微笑を貼りつけたまま、「それでは……」とカウンターの下から何かを取り出す。

 ベルは少しばかり期待に目を輝かせたが、刹那にその輝きは失われた。ティアリィが取り出した物が、猟人なら誰でも知っている代物だったからだ。

「クーラードリンクです」

「……見りゃ判るわよ。そもそも料理じゃないでしょ!? あたしはッ、涼しくなるッ、料理をッ、頼んだのよーっ!!」

「そこまで言うなら仕方ありませんね……では、これならどうでしょう?」

 ごそごそとカウンターの下から取り出したのは――こんがり焼けている肉だった。

「……こんがり肉? これ食べても涼しくは……」

「クーラーミートです。こんがり肉にクーラードリンクの効果も付与した、特殊な肉なのです。食べると美味しい上に、体も冷えます」

「なんと!? そんな物がこの世に有るなんて……それじゃ、いっただっきまーす♪」

 床から飛び起きてこんがりと焼けた肉を貪り食い始めるベル。あっと言う間に食べきると、お腹を摩って「美味しかった~♪」と満悦な顔をして――何故か急に顔が赤くなってきた。

「あっ、あっ、熱いッ!? あづい~ッ!! 体の中から物凄い熱が~ッ!?」

 あまりの体感温度にのた打ち回るベル。ティアリィは「あら?」ともう一度カウンターの下を覗き込み、再び顔を上げると、会心の笑みで、

「申し訳有りません、ホットミートだったようです♪」

「謝る気無いよね!? それとも確信犯!? 何だってこのクソ暑い温暖期にホットドリンク飲んだみたいな体ポッカポカ状態にならなきゃならないのよーッ!!」

 口から火を噴き出しそうな赤さでツッコミを入れるベル。やがて熱に耐え切れず、その場に倒れ込んで動かなくなった。頭から湯気が立ち昇っている。

 そんなベルを見かねたティアリィが、極上の笑みを浮かべたまま言葉を投げかける。

「安心して下さい。効果は二時間経てば切れます♪」

「……二時間も灼熱地獄に耐えられるかしら……うぅ」

「だったらクーラードリンクを飲めばいいんじゃないか?」

「……そうね、そうするわ……」

 カウンターに置かれたままになっているクーラードリンクを呷るため、再び立ち上がるベル。

「……う~ん、暑いようで涼しいようで……何だか変な気分だわ……」

「これで砂漠のどこにいても大丈夫になったな」うんうんと頷くフォアン。

「砂漠の案内ににゃったのかにゃ? ベルさん凄いにゃ!」

「二時間だけね……」

 遠い目で応じるベルが再び床に寝転がった時、酒場に新たな客が訪れた。

「あら、皆さん、こんにちは~。これから狩猟に出掛けるんですか?」

「村長……」「ちわ~」「村長さん、こんにゃちは!」

 入って来たのはラウト村の村長である女性、コニカだった。今日は外気温に応じて、ベルと似たような薄着姿である。日傘を折り畳みながら酒場を見渡し、三人の猟人が集っているのを見て、これから三人で出掛けるのだと思ったようだ。

「ううん、皆、避暑に来ただけよ……家の中は暑くて暑くて……蒸し風呂みたいになってるし……」

「そうなんですか……済みません、そんな家に住まわせてしまって……」悄然と俯くコニカ。

「いやいや、村長が謝る事じゃないから。……でも、そうね。代わりに何か涼しくなるような事しない?」

「涼しくなるような事?」小首を傾げるコニカ。

「打ち水とかか?」人差し指を立ててフォアン。

「う~ん、それも良いかもだけど……」腕を組んでベル。

「納涼と来たら怪談だろ!?」

 ばぁーんっ、と酒場の扉を開け放って声を大にして叫んだのは、辺境であるラウト村にまで足を伸ばしてくれる奇特な行商人、ウェズだった。

「うわ、ウェズだ」白けた顔でベル。

「何その冷め切った反応!?」驚きの表情でウェズ。

「怪談か。つまり怖い話をして、皆で胆を冷やそうって事だな」なるほどな、とフォアン。

「そうそう、そういう事だよっ。流石フォアンっ、話が分かる!!」フォアンを指差して笑むウェズ。

「こ、怖い話ですか……」引き攣った笑みを浮かべるコニカ。

「あれ、村長って怖い話、苦手なの?」キョトンとするベル。

「はい……夜、お花摘みに行けなくなってしまいますし……」カタカタと体を震わせてコニカ。

「え? 夜に花を摘みに行くんですか? ――任せて下さい! 僕がご一緒しますから!」胸を張ってウェズ。

「え、あ、その……」ゴニョゴニョと顔を赤らめるコニカ。

 恥らっているコニカを見てドキッとするウェズの頭に、拳骨を振り下ろすベル。

「いだッ。……え、何? 僕、今、何かした?」頭を摩りながら涙目でウェズ。

「それ以上、変な事を吐かすと殴り殺すわよ」嘆息を零しながらベル。

「身に覚えが全く無いんだけど!?」驚愕に目を見開くウェズ。

「それはともかく、怪談ねぇ……あんた、ちゃんと怖い話を知ってるの? それも、猟人であるあたし達を震え上がらせるような怖い話を」半眼でウェズを見据えるベル。

「いきなりハードル上げるなぁ……任せてくれよ! 僕の怖い話は向かう所、敵無しなんだ!」またまた胸を張ってウェズ。

「怖い話に敵がいる事を今、初めて知ったわ」胡散臭そうにベル。

「よし、まずは雰囲気を出そう雰囲気を!」




【後書】
「納涼と来たら怪談だろ!?」
 と言う訳で、第5章は怪談のお話になります。当時この物語を綴る段階で、登場させるモンスターはフルフルにすべきだと思っていたのですが(P2Gの怪談の相手的な意味で)、そう言えばもうフルフル登場させてたな…と言う事に気づく、早速頭を悩ませる事になるのですが、それはまた別の話…(笑)
 怪談のお話と綴りましたが、怖い・恐ろしい要素はほぼ絶無です。わたくしなりに怪談を綴ったらこんな感じかな~と言う、優しさを前面に出した感じの物語に仕上がっていると思いますので、「ホラーはむりぽ!」って方でも(・∀・)ニヤニヤ読み進められると思いますので、ぜひぜひお付き合い頂けたらと…!
 そんなこったで次回は百物語的な展開です。お楽しみに~♪


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055.納涼怪談大会

 酒場の照明を全て落とし、長卓の真ん中に蝋燭を一本立てて、幻想的な雰囲気を店内に広げる。

 四人掛けの長卓に椅子を持ち寄って六人の男女が腰掛けた。

「そう言えばアネさんは呼ばなくて良かったの?」ウェズの顔を見てベル。

「いや……正直、あの人とは逢いたくないんだ。……解るだろ?」怯えるようにウェズ。

「……うん、解る解る」うんうんと頷くベル。

「それじゃ、第一回納涼怪談大会を始めます♪」

 ティアリィが笑顔で告げるが、蝋燭の光の陰影の関係で、やたらと怖く見える。

「では、一番手は主催者であるウェズさんからお願いします♪」

「おしっ、任せとけ! 皆を震え上がらせて、一気に寒くしてやるぜ!」

 腕捲りして、ウェズが話し始めた。

 

 

「あれは確か、森丘にいた時だったよ……こっそりと採取していた時の事だ。モンスターのいない場所で、僕は黙々と採取していたんだ……辺りにモンスターがいない事は分かっていたし、猟人もいなかった。僕一人だけだったんだ」

 じじ、と蝋燭が揺れる音が混ざる。

「ところが、妙な視線を感じる。でも、周囲を見渡しても誰もいないし、モンスターの影も無い。おかしいな、と思ったよ。だけど、何もいない。僕はちょっと不気味に感じながらも、採取を続けていたんだ……すると、」

 そこで間を置くウェズ。一同はウェズを注視したまま、固唾を呑んで続きを待っている。

「……すると?」堪えきれずにベルが促す。

「すると――何も無い所から触手が伸びてきたんだーっ!」

 くわーっ、と声を大にして叫ぶウェズに、「きゃーっ」と「にゃーっ」と言う悲鳴が同時に湧き上がった。

 ベルは「触手が伸びてきたー」と言う話には驚かず、ウェズの声の大きさにだけ驚き、然程怖がる様子は無かった。ティアリィとフォアンに至っては平時と少しも変わらない。

 ウェズは二人もの女性が怖がってくれた事に満足すると、言葉を続けた。

「触手は僕の採取した素材を掠め取って消えたよ。僕は怖くなってすぐに逃げ出したんだけど……結局、正体は分からないまま。あれは、森丘に住まう亡霊の仕業だったのかも知れないね……」

 そう締め括ると、ウェズは「どうだった? 怖かった? ねえ、怖かった?」と子供のように嬉々として尋ねてくる。

「怖かったですわ~っ、もう外には出られません~っ」顔に手を当ててコニカ。

「怖かったにゃ~っ、もう怖くて〈アイルーフェイク〉を外せにゃいにゃーっ!」〈アイルーフェイク〉に手を当ててザレア。

「いやいや、あんたは初めから外す気無いでしょ」そこはツッコミを忘れないベル。

「もしかすると、それは森丘の亡霊ではなく、古龍であるかも知れませんね」

 冷静に応じたのはティアリィだった。フォアンも頷く。

「オオナズチ、って古龍だろ? 体を周囲の風景に同化する特殊な能力を持ってる古龍の話なら、俺も聞いた事が有る」

「へ? そうなの?」驚いたようにウェズ。

「だとすると、あんたは飛竜だけじゃ飽き足らず、古龍にまで襲われたって事? ホント……あんたは幸運なのか不運なのか……」

 呆れて言葉も無い様子のベル。ウェズは「はは、ははは……」と乾いた笑みを浮かべて頭を掻き始める。

「じゃ、次は誰が怪談を聞かせてくれるのかしら?」

 自信満々に、「あたしはこの程度じゃ怖がらないわよ?」と言葉の裏に込めて尋ねるベル。その様子を見て、ザレアが挙手した。

「次はオイラの出番にゃ!」

「ザレアが? ……確かに、興味が湧くわね。話してみてよっ」

「任せるにゃ! オイラの知ってる、飛びっきり怖い話を聞かせてあげるにゃ!」

 今度はザレアが話し始めた。

 

 

「その日は暑い日だったにゃ……とある村に置いていた大量の大タル爆弾Gが、熱によって自然発火寸前ににゃったのにゃ……でもオイラは気にせずに放置しておいたのにゃ……それは今も放置されたままにゃ……」

 ザレアが締め括ると、酒場の中は物凄く静かになった。

「……え、ちょっと待って。その村って、どこの村かしら?」

「それは言えにゃいのにゃ」

「ちょっと!? え、何それ!? マジで怖いんだけど!? ラウト村じゃないよね!? 突然村が地図上から消えたりしないよね!?」

「落ち着けってベル。幾らザレアでも、それは有り得るだろ?」

「うん……うん!? 何か今、自然と頷きそうになったけどダメだよね!? ラウト村終了のお知らせなの!? あたし嫌よ!? 何で猟人が村の中で併も爆弾で死ななきゃならないの!?」

「まだ死ぬと決まった訳じゃにゃいにゃ! 希望を捨てちゃダメにゃ!」

「誰のせいで死にそうになってんだァァァァ―――――ッッ!!」

 ザレアの肩を掴んでガックガック揺さ振るベル。

「さて……それじゃ僕はこの辺で失礼しようかな……」こっそり立ち上がるウェズ。

「あら? ウェズ。まさかここで逃げる訳じゃないわよね……? まさかウェズともあろう男が、逃げる訳無いわよねぇ……?」ジト目でウェズを見やるベル。

「に、逃げる訳無いだろっ!? ちょっと雉を撃ちに……」そろ~りと酒場の入口に近づくウェズ。

「ザレア。案内してあげて」ぱきっ、と指を鳴らすベル。

「任せるにゃ! 雉がいそうにゃ所には大量の大タル爆弾Gが有るのにゃ~。皆、格好良いから大丈夫にゃ!」自信満々に立ち上がるザレア。

「い、いや、やっぱいい。遠慮しとく」透かさず自席に戻るウェズ。

「あにゃ? 残念だにゃ~」ザレアも已む無く席に戻る。

 深、と静まり返る室内。

「……な、何か、一気に寒くなりませんでした?」腕を摩りながらコニカ。

「体感温度が十度ほど下がった気がするわね……今まで聞いた話の中で最上級の恐怖を感じたわ……いや、現在進行形で感じてるんだけど……」

「こりゃ、ザレアが優勝で決定だな」うんうんと頷くフォアン。

「いいえ、まだよ。――フォアン、あんたの怖い話を聞かせなさいよ」

「うん? 俺か? 先にベルがすればいいんじゃないか?」

「あたしは怖い話なんか知らないわよ。強いて挙げるなら……」

 結局話し出すベル。

 

 

「あれは晴れた日の事だったわ……工房に出掛けたの。店で武器と防具を新調して、あたしは上機嫌だったわ。でも……その時気づいたの。あれ、おかしい、って」

 そこで間を溜めるベルだが、なんとなーく、皆、先が読めているようだった。

「財布からお金が消えていたのよ!!」

「自然現象だろそれは!?」透かさずツッコミを入れたのはウェズ。

「自然じゃないわよ!! あんな大金が工房に一回行っただけで消える訳ないじゃない!! あれは絶対に詐欺られたのよ……絶対にそうよ!!」

「別に怖い話でも何でも無いじゃないか……」

「何ですって!?」

 ウェズの首を限界まで絞り上げていくベルを横目に、ザレアがフォアンに向き直る。

「オイラも、フォアン君の怖い話を聞いてみたいにゃ!」

「怖い話って言われてもなぁ」

 ぽりぽりと頬を掻いた後、フォアンは皆を見渡して尋ねる。

「皆が怖いって思う存在って言ったらモンスターじゃないのか?」

「まぁ、普通はそうよね。……でも、やっぱり怪談と言えば――」

「幽霊とかお化けみたいな超常現象だよな! モンスターは実際に皆に害を為すから、怖いと言うより危険だけど、幽霊は次元が違うもんなー。猟人にゃどうしようもない存在だしな!」

 意気揚々と告げるウェズに、コニカとザレアが抱き合って「怖いですーっ」「怖いにゃーっ」と震え上がっている。

 ベルは呆れた表情で応じる。

「確かに、幽霊が実在したら猟人じゃ手が出せないけど……そんなの見た事無いし、あたしは信じてないなー」

「えー? ベルは可愛くないなぁ。そこはもっとほら、怖がって『きゃーっ』とか言った方が可愛いんじゃないか?」

「そんなに殴り殺されたいとは思わなかったわウェズ。まずはそこに正座しなさい。軽く三百発ほど殴ってみるから」

「幽霊って、そんな怖い存在でも無いぞ」

 ウェズの悲鳴が上がる前に、フォアンがポツリと口にした言葉で、酒場は再び静まり返った。

「俺、幽霊が視える体質なんだ」




【後書】
 ザレアちゃんの怪談は確か当時ネタも無く気まま~に綴った筈なのですけれど、怪談としては一番良い出来に仕上がったと言う(笑)。
 と言う訳で怪談回でした。こういう、その世界観独自の設定を活かした、キャラクターが語る物語と言うのはときめきを感じずにいられないと言いますか、考えるのがとっても愉しいのですよねぇw
 そして最後のフォアン君の爆弾発言で締め括られましたが、今回はつまりそういうお話と言う事です。次回もお楽しみに~♪


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056.視える人の意見

 蝋燭一本分の光源しかない酒場は、ひっそりと音を潜めている。

 じじ、と蝋燭の立てる微かな音だけが響く静寂に満ちた空間に、フォアンが声を投じていく。

「昔から、皆が幽霊って言う奴が視えてるんだけど、あいつらは皆が言うほど怖い奴らじゃない。俺が視た事の有る幽霊って言うのは皆、影から見守っている奴らばかりだったよ」

 フォアンの独り言染みた台詞に、背中に汗を掻きながらベルが応じる。

「……もしかして、今までずっと、……幽霊とか、視えてたの?」

「ああ」

「どどどどこにいたの!? え、それとも冗談? 冗談よね!?」

 焦燥に駆られるように周囲を見回すベルに、フォアンは苦笑を呈する。

「生憎と冗談じゃないんだ。それに、何度も言うけど、幽霊には――特に猟人の霊には、悪い奴はいないみたいだ」

「猟人の霊……にゃ?」ザレアが小首と共に〈アイルーフェイク〉を傾げる。

「狩場でよく視かけるんだ。防具を纏っているし、武器も持ってるから、たぶん、死んだ猟人が霊魂になって漂ってるんだろーなー、って視てる。そいつらは、いつも俺達を何も言わずに見守ってるんだ」

 ゾッとする話だと、ベルは身震いする。そんな事は気にも掛けた事が無かったが、考えてみると狩場で猟人が死ぬのは当然だ。分不相応なモンスターとの対峙で狩られる猟人は実に多い。自分の力量を見誤った事が原因の死など、一般人が思っている以上に多い。だとすれば、狩場が無念を晴らす事の出来なかった猟人の霊で溢れ返っていても不思議ではないのかも知れない。

 ベルが青褪めているのを見たフォアンは、微苦笑を浮かべて更に言を繋げる。

「でも、俺達がモンスターを討伐すると、それで満足して消える霊もいるんだ。たぶん、俺達が倒したモンスターに殺されたんだろうな。自分の無念を晴らしてくれた俺達に感謝する霊も視た事が有る。……たぶん、霊って言うのは未練が有るだけなんだ。自分が倒せなかったモンスターが、誰かに危害を加えるかも知れない。そういう事が気になって、あの世に行けないんだと、俺は思ってる」

 皆、何も言わなかった。フォアンが言っている事が正しいのか、それは分からない。ただ、幽霊に対する見方が少し変わった。胆を冷やすのではなく、霊になってまで遺された皆の事を案じている猟人の霊が存在する事に、少しだけ胸が温まったのだ。

「皆は怖い、怖いって言うけれど、あいつらは怖い存在じゃないと、俺は言いたいんだ」

 昔からそういう存在を直視していたフォアンだからこそ言える言葉なのだろう。誰も反論するつもりは無かった。

「……それにしても、本当に幽霊なんているのね……あたしは単なる夢物語かと思ってたけど……」

 寒くなった肌を摩りながら、ベルは苦笑する。

「ああ……僕も実は半信半疑だったけど、まさかこんな身近に視える奴がいるなんてな……驚きだよ」ウェズも同感とばかりに頷く。

「フォアン君は、子供の頃は幽霊さんを見ても怖くにゃかったのかにゃ? オイラだったら、怖くて外に出られにゃくにゃっちゃいそうだけどにゃー」未だに震えながら呟くザレア。

「あぁ、確かに小さい頃は怖かったなぁ。でも、お袋に言われてからは、そういうものだと思って、気にしなくなったな」微苦笑を滲ませるフォアン。

「……もしかして、フォアンのお母さんも、……視えた、の?」

 ベルが恐る恐る尋ねると、フォアンは確りと頷いた。

「あぁ。どうやら遺伝らしい」

「そうなんだ……。でも、理解者が身近にいるって、嬉しいわよね。もしお母さんがそういうものが視えない人だったら、フォアンはもしかしたら今とは全く違う奴になってたかも知れないし」

 ベルがはにかむようにして笑むと、フォアンも応じるように微笑を浮かべた。

 空気が和んできた所で、ウェズが「さーて、それじゃあ納涼怪談大会は終了かなー」と言って伸びをする。

「そう言えば、こんな話を聞いた事が有ります」

 と、蝋燭の火を消して照明を点け直そうとした時、初めてティアリィが口を開いた。

「怪談などの怖い話――幽霊などの話をすると、そういったものを呼び寄せてしまうとか。噂をすれば影、と言う諺も有りますしね」

「ちょ、ティアリィさん……最後の最後にそれは無いですよ~。今、幽霊は怖くないんだよー、って良い感じに話が納まったのに……」ウェズが思わず苦言を呈する。

「ふふふ、申し訳ありません♪ 誰も私に話を振ってくれないので、ちょっと拗ねてみただけです♪」

 極上の笑顔を浮かべているというのに、何故か飛竜が憤怒の気を発しているような重圧が、その場に居合わせた全員に圧し掛かった。

「あ、あれ……何か別の意味で恐怖を覚えてるんだけど……」

「まるでティガレックスに睨まれたポポになった気分だな」

「怖いのにゃーっ、ティアリィさんごめんにゃさいにゃーっ」

「すすす済みませんティアリィさんッ。僕が悪かったですッ、だから落ち着いて下さいぃぃぃぃッッ!!」

 ダラダラ冷や汗を掻いて視線を逸らすベル、完全に体が硬直するフォアン、ワタワタと手を振り回すザレア、ジャンピング土下座をするウェズ、と続いた。

 そして最後にコニカが、

「もうこれ以上怖がらせないで下さい~っ、このままじゃもうお外に出られません~っ」

 涙目で泣訴するコニカを見て、ティアリィもつい苦笑を浮かべて許してしまうのだった。




【後書】
 モンハンの世界観で幽霊さんがいるとしたらこんな感じかな~とふわふわ妄想した結果がこれでした(^ω^)
 実際、幽霊さんの存在する理由とか妄想し始めると、大体「怖がらせる~」系ではなく、「誰かにこんな想いを伝えたい!」系の、何と言いますか、映画「黄泉還り」を見てっってなります(笑)。※突然の宣伝!
 さてさて、ティアリィさんがとんでもない爆弾を投下して次回っっ。サルベージまだ終わってないのでこれから全力全開でサルベージです!!! お楽しみに!!!w


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057.ミャオ

 そして、本当に蝋燭を消す直前だった。

「お邪魔しま~す~」

 と、全く知らない者の声が響いたのは。

 流石にその場に居合わせた全員が身構える。本物の幽霊が現れたと思ったのだ――尤も、その声があまりにのんびりとした穏和な声だったので、すぐに違うと気づいたが。

 音源を辿ると、いつの間に入ってきたのか、酒場の戸口に人影が見えた。蝋燭の僅かな光源でも分かるのは、人影が女性だと言う事と、猟人である事。

 皆が女猟人を注視している間にティアリィは蝋燭の火を消し、照明を点ける。瞬く間に光の軍勢の支配下に置かれた世界で、女猟人はその姿を衆目に晒した。

 黄色い蝶を連想させる防具――パピメルシリーズと呼ばれる防具一式で身を固めている。その外見からも分かる通り、大量の虫の素材で生産された防具で、とても煌びやかだ。勿論、見た目に反して、ちゃんとモンスターからの攻撃を防ぐだけの硬度を有している。若い女性猟人に似合う防具と言えた。

 背中に担いでいる武器はシャミセンのようだ。猟人が使う武器の中に、狩猟笛と言うカテゴリが存在するが、その一種だろう。紫色のシャミセンは、恐らく『黒狼鳥』の二つ名を持つイャンガルルガと呼ばれるモンスターの尻尾から作られたのだろう、形も色も瓜二つだった。中に三本の弦が入っている事から、やはりシャミセン……楽器として使えるのだろう。

 見た所、ベル達と同じ中流に位置する猟人のようだが、ベルには見覚えが無い。周囲を見渡すと、皆が「誰だろう?」と言う顔をしている。

 一人を除いて。

「……? フォアン、あの人、知ってるの?」

 フォアンはどこか気恥ずかしそうに女性を見ている。若そうな女猟人はニコニコしながらフォアンを見つめている。どうやらフォアンからの説明を待っているようだ。その事に皆が気づき始め、自然とフォアンに視線が集中する。

 皆が自分に意識を向けたので、フォアンは頭を掻きながら気まずそうに告げる。

「えー、と。あれ、俺のお袋」

 間。

「……え? あの人、フォアンの……?」

「――お母さんだったのにゃ!?」

 ベルが無礼にも女性を指差し、ザレアが驚いた仕草をする。フォアンはコクリと頷く。

「えー……何か、思っていた以上に若いなぁ……てか若過ぎない!? 見た感じ二十代なんだけど!?」

「お姉さん、って言われてもおかしくにゃい若さだにゃ!」

「うふふ~♪ 皆さん~、お世辞が~、お上手だわ~♪」

 瑞々しい声で応じるフォアンの母。彼女はおっとりとした仕草で歩み寄り、フォアンの耳を摘まんだ。

「いててて」耳だけを持ち上げられて顔が引き攣るフォアン。

「お母さんに向かって~、“あれ”は無いでしょ~、“あれ”は~」ニッコリ笑顔でフォアン母。

「痛い痛いいたたたたたッ、ごめん悪かったッ、悪かったから離せってッ」耳を摘ままれてジタバタ暴れるフォアン。

「うわー、フォアンが謝ってる姿を初めて見た……」

「オイラもにゃ……」

 猟人が二人ともしみじみとフォアンを見つめる。

 やがてフォアンの母は息子の頭を下げさせながら礼をする。

「ご挨拶が~、遅れましたね~。改めて初めまして~、フォアンの母の~、ミャオと申します~」

「あ、初めまして。あたしはフォアンと一緒に猟人やってる、ベルフィーユです。ベル、って呼んで下さい」ぺこ、と頭を下げるベル。

「オイラはザレアだにゃ! フォアン君とベルさんの狩友にゃ!」元気よく挙手しながらザレア。

「あ、私はこの村の村長のコニカです。フォアンさんにはいつもお世話になっております」静々と頭を下げるコニカ。

「僕は行商人のウェズって言います。お見知り置きを。……って、ミャオ? どこかで聞いた事が有るような……」難しい顔をして悩み始めるウェズ。

 ティアリィは挨拶をせず、ニコニコと営業スマイルのままカウンターの奥からこちらを見守っているだけだった。

「あらあら~、フォアンに~、こんなにお友達がいるなんて~。それも~、よく見ると~、可愛らし~い女の子ばっかりじゃな~い~? フォアン~?」

「何だよ」ぶっきら棒にフォアン。

「目指すなら~、ハーレムよ~?」

「何の話をしてるの!?」ツッコミを入れたのはベルだった。

「安心しろベル。目指すつもりは無い」うん、と一つ頷くフォアン。

「つまり~、も~う~、意中の子が~、いるのねぇ~?」にまー、とミャオ。

「お袋。あまり冗談が過ぎると怒るぞ」平坦な表情のままミャオを見やるフォアン。

「あらあら~?♪ 図星なのかしら~?♪」全く動じないミャオ。

 今の会話で分かった事が有った。それは――

「……フォアンのマイペースは、間違いなくお母さんの遺伝ね……」

 と言う事だった。

「で、お袋。一体どうしたんだ? そんな姿でこんな所まで来て。俺に何か用事か?」

「まぁまぁ~♪ 急がない~急がない~♪ 息子の様子を~、見に来ただけよ~♪ 元気にしてるかな~ってね~♪」人差し指をクルクル回して告げるミャオ。

 併し……見れば見るほど、歳を感じさせない女性である。フォアンの母なのだから少なくとも三十は過ぎている筈だが、皺は一切無いし、肌には張りが有り、髪には艶が掛かっている。胸が大きいし、腰は括れが有るし、尻は小さいし……背は高いし、顔立ちは整ってるし、と、どこを見ても非の打ち所の無い美女と言えた。

 ミャオはフォアンを見つめて、満足そうに頷くと、

「ねぇ~、そこの行商人さん~?」不意にウェズに振り返った。

「は、はい? 僕ですか?」思わず自分を指差して問い返すウェズ。

「そう~、貴方~。何か~、彼女に渡す物が有るんじゃな~い~?」

「へ?」

 ウェズはキョトン、とミャオを見つめる。そして顎を摩り、暫く沈思すると、ようやく何か思い出したらしく、ぽん、と手を打つ。

「そうそう、納涼大会なんかやってたから忘れてたよ。――ベル。エルちゃんから手紙が来てるよ」

「え? エルから?」

 ウェズは酒場の隅に置いていた大きな風呂敷を解くと、中から一通の書簡を取り出し、ベルに手渡した。ベルはエルからの手紙に驚きを隠せなかったが、それよりも何の関係も無いフォアンの母がその事を言い当てた事に驚いた。

 フォアンにその旨を伝える視線を向けると、彼は肩を竦めて応じる。

「お袋は、猟人になる前は占い師だったらしい。人を見るだけで、或る程度の情報が読み取れる、って聞いた事が有る」

「……それはもう超能力者の域じゃない?」

 どうツッコミを入れようか悩んだ末のツッコミだった。

 ともあれベルはウェズから手渡された書簡を開いてみる。エルから手紙が来るのは何も今日に限った事ではない。パルトー王国で姫の替え玉として生活しているベルの妹――を自称している弟――エルは、姉が恋しくなるのか、ちょくちょく手紙を寄越した。そういう事に関して不精なベルは、よく返事を書き忘れるのだが、偶には返事を出している。もしかしたらその催促でも来たのかと思って広げてみると――

「……う~ん、どうやら救援要請みたいねぇ……」

 手紙の内容は簡潔だった。パルトー王国近辺に在る砂漠地帯に、大型のモンスターが棲みついたらしいので、それを狩猟してほしい、との事。

 パルトー王国は極めて小さな国で、兵力が充実していない。そのため兵士をモンスター討伐に向かわせようと思っても、人手不足と実力不足でどうにも出来ないらしい。挑まなくても、元猟人であるエルと、側近の騎士長であるゲルトスの見識では、そのモンスターに敵う程の腕の立つ兵士が育っていないらしい。

 最近になってようやく情勢が安定して来た小国である、この騒動でまた民に不安が広がらぬよう、速やかにモンスターを狩猟して民を安心させたいらしい。そのため、実力のある猟人に依頼したい。エルが誰よりも信頼できるのは、勿論ラウト村の猟人である。

「にゃにゃ? エルさんが困っているのかにゃ? ――それは助けに行くしかにゃいにゃ! 今すぐ行くにゃ!」

 ザレアが興奮気味に両腕を回し始めるのを見て、ベルが頷く。

「そうね、一国の姫からの頼みと言う事は、報酬も……ぐへへ」

「ベル、涎、涎」

「おっと、じゅるり」

「その狩猟だけど~、私も~、手伝って良いかしら~?」

 挙手したのはミャオだった。全員の視線がミャオに向く。

「……初めからそのつもりだったんだろ?」

 呆れた表情で問い返すフォアンに、ミャオは「うふふ♪」と含みを持たせて微笑を返す。

「でも、助かります。エルは今や一国の姫だから狩猟には参加できないし……四人で狩猟した方が安全だしね」

「そ~う~? 話が分かる子で~、助かるわ~♪」

 上機嫌に応じるミャオに些かの不安を感じずにいられないベルだったが、ここは逆らわない方が良いと本能が告げていた。




【後書】
 今章のキーキャラクターとなるハンター、ミャオさんの登場です!
 フォアンのお母さんと言う事で、もう性格は「天然」+「マイペース」+「ミステリアス」以外の要素が見当たりませんでした(笑)。この間延びした口調がね~ふわふわにさせるんですね~(欠伸しながら)。
 勿論この物語に登場するからにはぶっ飛んだキャラクターに違いない訳ですが、もう既にその片鱗を覗かせておりますね!w
 てかアレなんですよね、わたくし大体どの物語にしても大人や親などの保護者のロールに当たるキャラクターは、大抵すんごい人にしちゃう癖みたいのが有りまして。そういう観念がわたくしの芯に有るんだと思います。年長者には絶対に敵わぬぇーみたいな観念がw
 さてさて懸念されていたサルベージですが、何とかかんとか進捗ドブネズミは忌避できましたので、今月はしっかり更新できると思います。たぶんw そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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058.パルトー王国

 パルトー王国は確かに小国と言われても仕方が無かった。――と言うのも、国と呼ぶべきか、街と呼ぶべきか、寧ろ村と呼ぶべきか、呼称に悩む程の小規模な国土なのだ。国民が二千人にも満たないのも要因の一つだ。

“王国”と呼ばれるのは、あくまで王族の制度が生きているからであり、それが無ければ別の国と合併していてもおかしくなかった。小国が生き残るのは難しい。それでも今日に至るまでパルトー王国が健在なのは、偏に民が皆、自給自足で賄える事に有る。王族は民草に対して無理な年貢を取り立てないし、王族はあくまで国を治める立場にいるだけで、民と同じ物を食べ、同じ立場になって物事を考えるから、民からの信頼が厚い。それ故、パルトー王国は民で成り立っている国と言えた。

 平和な国であるため、徐々に兵力は衰えつつある。人同士の争いに巻き込まれる事が無かったパルトー王国は、兵士の数を減らし、その分、農夫として皆の糧を作る事に精を出す事にした。その傾向が長く続き、モンスターに襲われても外部の猟人に依頼する事が増えつつあったのが、現国王ルカ姫こと、エルが信任するまでの話だ。

 エルは純粋に国の行く末を案じ、信頼の置ける側近であるゲルトスに相談して、戦のためではなく、モンスターを迎撃するために兵力を復活させよう、と方針を打ち立てた。その矢先に起こったのが、パルトー王国近隣にある砂漠地帯でのモンスター出没である。

 本来ならば大型モンスターの狩猟を、今後パルトー王国の守備を担う事になる新兵達に任せたかったのだが、エルとゲルトス、二人の元猟人としての見解は、“まだ早過ぎる”で一致した。そこで急遽、ラウト村の猟人に狩猟を要請したのだ。

「何か、ドンドルマの街を思い出すなー」

「ドンドルマよりも活気に満ちてる気がするな」

「ドンドルマよりも暑いのにゃ!」

 パルトー王国に足を踏み入れた三人の猟人の感想だった。

 アプトノスの竜車に乗って揺られる事、十日。ようやく砂漠地帯を迂回してパルトー王国に辿り着いた三人は、アプトノスを竜舎に預け、街に繰り出した。

 聳え立つ岩山の中心を円形に刳り貫く形でパルトー王国は存在する。それ故、周囲を巨大な岩壁に阻まれ、国の中は些か暗いような印象が先立つ。聳え立つ岩山は元は巨大な岩石だったのだろう。それを刳り貫き、余った石材を使って建てられた家々は皆、頑丈そうだ。入口は東西南北に一つずつ設けられ、何れもが国の中心に向かって大通りを築き、国の中心――パルトー王国の王族が住まう宮殿へと繋がっている。

 宮殿へ向かう道すがら、三人はパルトー王国の民……言わばパルトー族の人達に奇異の目で見られた。

「この国じゃ猟人は珍しいのかな……?」居心地悪そうにベル。

「エルの話を聞くに、そうなんだろうな。直にそれも無くなるだろうけど」気にした風も無くフォアン。

「大丈夫にゃ! 皆、恥ずかしくにゃい格好をしてるのにゃ! 胸を張って行こうにゃ!」自信満々に胸の前で拳を固めるザレア。

「いや、あんたが一番恥ずかしい格好してんだけどね」そこはツッコミを忘れないベル。

「ザレアちゃんは~、いつも~、そんな軽装なの~?」

 おっとりとした口調でミャオがベルに問いかける。ベルは視線を逸らしながらも頷く。

「ザレアはあれで本気装備なんです……たぶん、あたし達の中で一番強いです」

「ベルちゃ~ん? 私に敬語は~、使わなくて良いのよ~?」

「え……でも……」

「いいじゃな~い♪ 私達は~、もう仲間なの~♪ 年上だからって敬ってくれるのは嬉しいんだけど~、折角だから敬語は無しで~、名前も~、呼び捨ててくれないかな~?」

「えーと、良いんですか? ――じゃなくて、良いの?」

「うん~♪ 私も現役の猟人だから~、仲間とは同じ目線で戦いたいんだ~♪ 上下関係って苦手なんだよね~♪ だから~、私もベルちゃん♪ って呼ぶ~♪」

「分かりました――じゃなくて、分かったよ、ミャオ♪」

 二人で笑顔を向け合っている様子を見て、フォアンはこっそりと嘆息する。それをザレアが目敏く見咎める。

「どうしたのにゃ? ――もしかして、人込みが苦手だったのかにゃ?」

「いや、違うんだ。……違うんだ」

 ふぅ、とまた溜息を吐くフォアンに、ザレアは「?」と小首を傾げてしまう。

「宮殿はこっちだよ~、皆~」

 先頭に立って声を張り上げたのは、ウェズ。パルトー王国に来た事が無い四人の猟人を案内するようベルに命じられて、已む無く一緒に就いて来たのである。

 ……已む無く、とは言ったが、命じなくとも来ただろう。彼はエルを女の子だと信じていて、逆玉の輿を狙っているのだ。エルが男だと言う事実を未だに伏せているのは、ベルのちょっとした悪意が為せる技だ。

 大通りの両側には様々な露店が開かれている。新鮮な野菜や魚介類だけでなく、遠方から届けられた工芸品、都で取り扱っている書物や雑誌類、日用雑貨などが取り揃えられ、生活には一切困らない量の品が鏤められている。

 当然、大通りには多くの人間が往来している。小さな国の一体どこに隠れていたのかと思わせる程だ。

「よっ、そこの姉ちゃん! 入荷したばかりのシモフリトマトはどうかね? 甘くて美味しいよう!」

「お嬢ちゃん! 今ならこのガウシカの首飾りが三百z! たった三百zだよ!? 今を逃したら次は無いよ!?」

「ついさっき仕入れたばかりの【狩りに生きる】最新号! 限定三十冊! 早い物勝ちだよ! さぁさぁ、買った買った!」

 両側から怒鳴るように売り文句が飛んでくる。喉を嗄らすのではないかと危惧する程の喧騒だが、不思議と耳障りには感じなかった。皆、笑顔を浮かべているためだろうか。売る方が笑顔で売り、買う方も笑顔で買う。両者共に買物を心底楽しんでいるように映る。

「情勢が落ち着いているから~、国民は安心しているんでしょ~ね~。良い傾向だわ~♪」

 のほほ~んと構えているミャオでも、そういう事は感じるらしい。ベルはそこに驚きを覚えた。

「もしかしてミャオは、そういう場面を見た事が有るの? 大勢の人が救われた場面とか……」

 何気無く尋ねると、フォアンが「ウェズ~」と小走りに駆けて行った。フォアンに視線を向けて「何か遭ったのかな?」と小首を傾げると、ミャオは「有るよ~」と柔和な笑みを浮かべたまま、おっとりと返す。

「昔~、ここよりも大きな街に~、古龍が現れたのよ~。それで~、ウチの主人が迎撃に向かったんだけどねぇ~、迎撃には成功したけど~、帰って来れなかったのよね~。街はちゃんと救われたから~、色んな人に感謝されたよ~」

 昔を思い出しているのだろうか、遠い目をして、いつも以上に間延びした口調で応じるミャオ。ベルはハッとした。

「ご、ごめん、訊いちゃ不味かったかな……?」

「ううん~、良いのよ~♪ ……ベルちゃん、それにザレアちゃんにも知っておいて欲しかったから~♪」

 ミャオの主人と言う事は、フォアンの父親は古龍迎撃戦で、猟人としての人生を全うしたらしい。

 フォアンは自分の事を自ら話す事は無かった。況してや家族の事など、話題に上った事すら無い。“言いたくないのなら無理には訊かない”――フォアンが言った事を、ベルとザレアも自然と守った。だからこそ、初めて聞く事実だった。

「あれからフォアンはね~、猟人になるって聞かなくてねぇ~……、ずっと追い掛けてるのよ~、いなくなった主人の影をね~……」

 感傷的な表情で告げていたミャオだったが、そこで顔を不満そうに切り替える。

「フォアンが猟人になるのは~、全面的に賛成だったんだけど~、狩猟笛を選ばなかったのは~、今でも残念なのよね~。フォアンってば~、お父さんが大剣使いだったからって~、私の忠告も聞かずに~、大剣使いになっちゃったのよね~。あ~あ~、狩猟笛使いだったら~、色々教えられたのになぁ~」

 人差し指を銜えて拗ね始めるミャオを見て、本当に子供っぽいな~、と思うベル。歳と仕草が完全に合っていないにも拘らず、外見で補われて全くおかしく見えない。自分も歳を取るなら、こんな風に若さを保っていたいな、と思ってしまうベルだった。




【後書】
 パルトー王国の設定に関してはザックリザックリとしか考えておりませんでして、当時の情報を漁っても雑としか言いようが無いアレでして…w 今回再投稿するに当たって少しだけ記述を編集しております。流石に人口二百人はアカンと思いまして…(苦笑)
 さてさてフォアンのお父さんに関する情報が出てきましたが、この物語は比較的巻数を重ねた作品ですので、ちらほら主人公三人組の過去にも触れる機会が多かったんですねぇ。大まかな設定だけは考えておりましたが、フォアンの過去設定と言いますか、最終話に向けての根幹はこの段階でだいぶ固まっておりました。後は綴るだけ~って奴ですね!
 次回は宮殿にてあの子達のお話です! お楽しみに~♪


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059.ルカ姫とゲルトス

 宮殿の中は思っていたほど広くなく、庶民的な宮殿、と言う印象を懐く建物だった。

 入ってすぐに長方形の広間が在り、奥に王座が有る、“謁見の間”とでも称すべき部屋が在る。左右には円形の柱が三本突き立っている。茶色で統一された室内は、落ち着いた趣を醸し出している。白色を下地に、黄土色と青色の二重丸が描かれた旗は、恐らくパルトー王国の国旗なのだろう、王座の左右に傾けて差してある。王座へと続く青色の外枠に中心が黄色のカーペットの左右には騎士が三名ずつ、儀礼的な剣を両手で構えて佇んでいる。服装も茶色と青が主な甲冑を纏っている。温暖期で尚且つ南方に位置するパルトー王国で、この格好はキツいだろうなー、とベルは何と無く思う。

「お姉様~! お待ちしておりましたわ~っ!」

 奥から黄色い声が飛んでくる。ベルが思わず苦笑を浮かべて、騎士の間を潜るように進んで行く。

 王座に佇んでいるのは、まさに“お姫様”然とした姿の、ベルの妹・エルフィーユ――と自称している弟・エルトラン――こと、エルだ。更にそれも今では使われる事の無い名前で、現在はパルトー王国第一王女・ルカ姫と言う事になっている。

 隣には騎士長ゲルトスの姿がある。以前逢った時に見たグラビドシリーズを纏ってはおらず、部屋に立ち並ぶ騎士達同様、茶色と青色がメインの甲冑を纏い、煌びやかな長剣を腰に佩いて黙然と佇んでいる。

「……姫様。彼女は姫様の姉君ではなく、“ご親友”です。奇怪な発言はお控え下さい」

 ゲルトスがにが虫を噛み潰した顔で唸るのを見て、エル――ルカ姫は「あ、ごめんなさい。久し振りにお逢い出来たので、以前遊んでいた時の呼び名で呼んでしまいましたわ。ふふふ」と口許に袖を当てて上品に笑む。その下では、チロリと舌が出ていた。

「エル――じゃなかった。ルカ姫は相変わらずのようね」

「貴様! 何だその口の利き方は! 姫様に無礼であろう!!」

 ベルが苦笑混じりに口を開いた途端、控えていた騎士の一人が怒鳴り散らす。驚いて振り返ると、騎士の中でも若輩に当たる者なのだろう、十代後半に見える青年が噛み付かんばかりの獰猛な眼差しでベルを捉えていた。

「――良い。彼女らは姫様のご親友だ。……併しだ、ベル殿。ルカ姫も今やパルトー王国を担いし国長に座する者。貴殿と姫様の立場を弁えよ」

 ベルを見つめて、渋い顔で苦言を呈するゲルトス。彼としてもエルとベルには平時と同じように接して貰いたいのだろうが、ここは公の場だ。民に示しが付かないのだろう。

「あー、ごめん。――じゃなかった、失礼致しました。……えと、ルカ姫様。あたし――わたくしに依頼したい事が有ると聞いて――伺ったのですが、どんな――どのようなモンスターが現れたのか、えーと、お聞かせ願えますか?」

 慣れない言葉遣いにしどろもどろになりながら、ベルは何とか尋ねる。エルは思わず噴き出しそうになりながらも、袖で口許を隠して抱腹に耐え、平静を装って応じようとする。と、

「……姫様。ここは吾輩が代わりに説明致しましょう」

 エルは不満そうにゲルトスを見やったが、すぐに諦めたのか、「分かりました。お願いしますわ、ゲルトス」とどこか熱っぽい視線を向けながら告げる。

 ゲルトスは一つ咳払いをすると、一同を見渡す。

「現在、パルトー王国西側に位置する砂漠地帯に、ダイミョウザザミが出現したと言う情報が寄せられておる。奴はパルトー王国が所有する行路を行き交うキャラバンを襲撃し、現在に至るまでに数度、キャラバンを壊滅させておる。このままではパルトー王国で商売が成り立たなくなる恐れが有る。早急にダイミョウザザミを狩猟して欲しいのだ。狩猟に関しては討伐・捕獲は問わぬ。報酬は相応の額を出すと約束しよう」

 それを聞いた瞬間、ベルの瞳がお金のマークに切り替わったのは言うまでも無い。

 そんなベルに苦笑を向けながらも、フォアンが挙手した。

「? 如何為された? フォアン殿」ゲルトスが片眉を持ち上げて尋ねる。

「いや、ダイミョウザザミは確かに巨大な甲殻種だから脅威だとは思うけど、ここにいる兵士でも何とかなるんじゃないかな~、と思ったんだ」

「貴様も分を弁えろ! 騎士団長殿に何と言う口を利いておるのだ!!」

 先程怒声を張り上げた若い騎士が再びがなり立てる。フォアンは「あー、済まん。つい」と頭を掻きながら応じる。全く反省の色が無い事を見て取り、騎士は歯軋りを始める。

「良い。彼は吾輩の旧知だ。……併し、フォアン殿。今は公の場だ、立場を弁えて欲しい」苦い顔でゲルトス。

「こういう場は苦手なんだ。あと、敬語とかも。許してくれ」淡々とフォアン。

「貴様ァ!!」若い騎士が再び怒声を張り上げる。

「……いや、良い」ゲルトスが疲れたように手を挙げ、それを下げる。「――話を戻そう。確かに、我がパルトー王国騎士団の兵力が有ればダイミョウザザミ“一頭”を討伐する事は難しくないのだが……」

「一頭じゃにゃいのにゃ?」

 ザレアが〈アイルーフェイク〉を傾げて問うと、ゲルトスは重々しく頷く。

「確認されたのは二頭。念には念を入れて、此度の件は外部の者に任せると姫様はご決断為された。吾輩も異存は無い。更に貴殿らは、ティガレックスをも退ける、腕の立つ猟人だ。その腕を見込んで、此度の狩猟を一任したいと考えておる」

 また二頭もいるのか……とベルはげんなりと嘆息する。熟々モンスター二頭狩猟に縁が有る、と思わずにいられなかった。

「早急に手を打って貰いたいのだが……一人、我ら騎士団の中から兵士を引き抜いて貰っても構わないが?」

「へ? もうあた――わたくし達は四人揃っているんだけど――いるのですが……?」不思議そうに応じるベル。

「ふむ? ベル殿、フォアン殿、ザレア殿は見受けられるが、もう一人はどこにおるのだ?」小首を傾げて、こちらも不思議そうにゲルトス。

「はい? ……って、あれ? フォアン、ミャオは?」

 よく見ると、ミャオの姿が見当たらない。さっきまで隣にいた筈なのに。全く気配を感じさせない人だな、とベルは驚いた。

「お袋はこういう公式の場が頗る苦手なんだ。終わったら戻って来ると思う」淡々と応じるフォアン。

「そうなんだ……その辺はフォアンにそっくりね……」

 苦笑を呈し、ベルはゲルトスに向き直る。

「えーと、もう一人仲間がいるのですが、今は席を外していて……私達よりも腕の立つ方なので、問題無いと思います」

「そうか。では早速で悪いが――」

「――ゲルトス。来て早々に狩猟に向かわせては、遠路遥々お越し下さった彼らに失礼でしょう? 旅の疲れも有るでしょう。一晩じっくり体を休め、明日にでも狩猟をお願い致しましょう」

 エル――ルカ姫がゲルトスに視線で何かを訴える。ゲルトスはその真意を悟ったのか、「は、申し訳有りませぬ、姫様」と膝を突いて頭を垂れる。ルカ姫は満足したように目尻を下げ、再びベル達三人に視線を向ける。

「今宵は我が宮殿でお休みになって下さい。部屋にはゲルトスが案内致します」

「ありがと――じゃなかった、感謝致します、姫様。……えーと、お言葉に甘えさせて頂きます」

 お辞儀をして応じるベルに、エルは嬉しそうに笑むのだった。




【後書】
 わたくし自身はオンライン上では割かし敬語と言いますか、丁寧語を使うように心掛けているのですけれど、正直付け焼き刃の語彙力なので、大体変な言葉遣いになってしまうのですなーw
 それはそれとして、わたくしの物語の登場人物って殆どが「敬語&丁寧語が使えない!」って子ばかりで、これ現代社会だったら大惨事だぞ…w と思わずにいられないマンです(笑)。
 言葉遣いが乱れてても社会に溶け込める子は溶け込めるでしょうし、フォアン君やザレアちゃんにしても、何だかんだ溶け込みそうな気がしてならない訳ですが!w うーん羨ましいw
 さてさて、次回はエルちゃんとお話しをする回です。「あれ~? そう言えば~、行商人の~、ウェズ君はどうしたの~?」…お楽しみに!w


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060.猟人は内、行商人は外

「お姉様~っ、逢いたかったですわ~っ!!」

 宮殿の中に在る客室に通され、十日間も竜車で揺られていた疲れを癒すべく、三人揃ってまったり寛いでいると、突然部屋の扉が開け放たれ、ドレス姿のエルが飛び込んで来た。彼女はベルに抱きつくと、その胸に顔を埋め込んで頬擦りし始める。

「ちょっ、落ち着いてエル! 嬉しいのは分かったから~っ」

 くすぐったいのか、顔を少し赤らめてエルの顔を引き剥がすベル。

 エルは嬉しそうな顔を崩さず、今度はフォアンの胸の中に飛び込んで行く。

「フォアン様も、お久し振りです~っ!」

「あぁ、久し振りだなぁ、エル」

 エルの頭を撫で、優しく微笑むフォアン。エルはそれだけで顔を赤らめ、自分から体を離していく。

「そ……その、フォアン様。わたくしのドレス姿……どうですかっ?」

 くるっ、とドレスの裾を摘まんで一回転して見せるエル。フォアンはやはり穏やかな微笑を浮かべたまま、自然な素振りで、

「うん、可愛いよ」

「嬉しいですわぁっ♪」

 エルは頬に両手を当てて恥ずかしそうに嬉しがっている。まるで体の周囲を花びらが舞っているような幸せなオーラが湧き出している。

「……よくまぁそんな台詞を平然と言えるわね……」

 それを眺めていたベルが遠い目でポツリと零す。一応エルは男の子なのに、それを見て「可愛い」と言う神経にはビックリだ。併も一度交際を迫られ、それを断っておきながら、だ。

 本当に食えない男だ、としみじみ感じていると、扉を後ろ手に閉めながらゲルトスが入って来た。「ごほんっ」と大きく咳払いをする。

「姫様、せめて扉を閉めてから羽目を外して下さい。誰が見ているやも知れませぬので」

「あ、ごめんなさい。お姉様とフォアン様に逢えると思うと、つい……」

 照れ臭そうに頭を掻くエル。ベルとフォアンが微笑を浮かべて見守っていると、部屋の隅の方から「くすん……」と寂しそうな声が聞こえてきた。

 見ると、ザレアがいじけていた。

「ザレア……?」ベルが思わず声を掛ける。

「エルさんは、オイラの事にゃんかどうでもいいにゃね……くすん。ベルさんとフォアン君さえいれば、後はどうでもいいにゃね……」ひたすら床に「の」の字を書き続けるザレア。

「ザレア様!? そそっ、そんな事ありませんわっ! ザレア様と逢えて、わたくしすっごく嬉しいですわよ!? だからそんな隅っこでいじけないで下さいですわぁ~っ!」

 あたふたするエルと、いじけながらも「本当かにゃ……?」とこちらに〈アイルーフェイク〉の正面を向けるザレア。そんなザレアに抱きつき、エルは「そうですわ、だってザレア様も、わたくしの大事な狩友なんですもの♪」と微笑む。

 すると、ザレアから光に満ちた気配が漂い、彼女も「にゃにゃっ、オイラもエルさんの事が大好きだにゃ!」と抱き締め返す。

 二人して笑い合っている(ザレアは表情が読めないが……)のを見て、ようやく安堵する一同。

「先日は本当に世話になった。いつか礼を言おうと思っていたのだが、中々纏まった時間が取れなかったのでな。申し訳無い」

 律儀に礼をするゲルトスを見て、ベルは微苦笑を滲ませる。

「気にしないでよ、ゲルトス。それよりも、エルはどう? ちゃんと姫として頑張ってる?」

「うむ。貴殿の令妹とは思えぬ器量の良さを発揮しておる。パルトー王国も軌道に乗り、民も姫様を支持する層が厚くなってきておる。問題は……世継ぎだ。縁談の話をしても、はぐらかされてばかりでな……何とかならぬものだろうか……」

 世継ぎ。つまり、子を儲ける話なら――不可能だ。元々姫は女の子ではないし、更に意中の男はゲルトスかフォアンと言う状態。どの道どうにもならない問題だ。

 あははー、とベルは乾いた笑声を漏らして誤魔化す。未だにエルが男の子とバレていない事は何よりだが、このままでは何れバレるだろーなー、と思わずにいられない。

「って、ちょっと待って。今何気無く聞き逃しそうになったけど、あたしの妹とは思えない器量って、あたしを何だと思ってるのよ?」視線を尖らせてベル。

「あ、いや、これは失言だった。忘れてくれ」ささっと顔を逸らすゲルトス。

「……何か釈然としないなー」ジト目でゲルトスを睨むベル。

「まぁ落ち着けよベル」

 ぽんと、肩を叩くフォアン。振り返ると彼は微笑んでいた。

「女は器量が全てじゃないぜ?」

「あたしには器量が無いって言いたいんだよね!? 今ゲルトスは濁したのに、敢えて明言化したよねあんた!? 殴られたいの!?」

「殴られたくないに決まってるじゃないか」

 だが殴られた。

「それにしても……こんな良い部屋にタダで泊まれるなんて、役得よね~♪」

 ベル達が通された部屋は、ドンドルマの街で猟人に提供されている最上級の部屋と同等の広さ、豪華さを誇る部屋だった。大人が二人寝転がってもまだ余裕の有る大きな寝台が四つ有るし、浴室だけで十畳ほどの広さが有る。運ばれてきた料理が新鮮なのは勿論だし、高級な食材がふんだんに使われている。まさに至れり尽くせりだった。

「ベルにとっては、部屋が豪華な事より、宿泊・食事・風呂がタダで賄われる事の方が重要なんだな~」うんうんと頷くフォアン。

「流石はベルさんだにゃ!」元気に胸の前で拳を固めるザレア。

「お姉様ったら……」やれやれと首を振るエル。

「い、良いじゃない別にっ。タダなのは良い事よ、うん!」

「財布の紐が固いのは良い事よ~♪ 将来を見越して貯金するなんて~、主婦の鑑よね~♪」

 見ると、先程まで誰もいなかった場所に一人の女性が佇んでいた。全身が黄色い防具に包まれた、存在そのものが目立つ女性が。

「ミャオ!? いつの間に!?」驚いて頓狂な声を上げるベル。

「うふふ~♪ 私はデフォルトで~、隠密のスキルが付いてるんだよ~♪」楽しげにミャオ。

「ば、馬鹿な……こんな至近距離に接近されていたにも拘らず、吾輩が全く気づかなかった……だと!? 貴殿は一体……!?」

 誰よりも驚いているのはどうやらゲルトスのようだった。愕然とした表情でミャオを見つめている。

「ふっふっふ~、まだまだ若いよ~、騎士長さん~? 修練が足りないよ~♪」

「くッ……間延びした口調で言われると物凄い敗北感だ……ッ」

 がく、と膝を突き、悔しそうに拳で床を殴りつけるゲルトス。

「……本当に、フォアンのお母さんって何者なの……?」呆れたような表情で呟くベル。

「お袋は謎多き女なんだ」うん、と一つ頷くフォアン。

「実の息子なのに分からないの!?」そこに驚くベル。

「女の子はぁ~、ミステリアスの方が萌えるのよ~♪」可愛くウインクするミャオ。

「か……格好良いのにゃ! ミャオさん、素敵にゃ!」何故か〈アイルーフェイク〉の瞳の部分がキラキラ輝いているように見えるザレア。

「そうですわよねっ? 女の子には隠し事が有った方が良いですわよねっ?」我が意を得たりとエル。

「いや、エル。あんたのそれは違うと思うわよ」冷静にツッコミを入れるベル。

「彼女が四人目の猟人か……なるほど、確かに吾輩より実力が上のようだな。……併し、ミャオ殿と申されたか? 吾輩と昔、どこかでお逢いにならなかったか?」難しい顔でゲルトス。

「あらあら~? もしかして~、ナンパされてるのかしら~?」頬に手を当ててミャオ。

「なッ!? いやいや違うぞ、断じてそんな訳では……!!」慌てて否定するゲルトス。

「ゲルトス様ッ!? わたくしと言う姫がありながら、そんな事……ッ!!」戦々と震え出すエル。

「ちょッ!? お待ち下され姫様!! 吾輩は決してそんな事は……!!」慌てて訂正しようとするゲルトス。

「ゲルトス。流石にお袋を誘惑するのは止めといた方が良いぞ。何より、ゲルトスを親父と呼ぶのには抵抗が有るぜ」うん、とまた頷いてフォアン。

「違ッ!? 待て待てっ、勝手に話を進めるなッ!? 吾輩はそんなつもりで言った訳では……!!」もうどこから手を付けていいか判らなくなり始めているゲルトス。

「にゃー、これがニャンパって奴かにゃ! ミャオさん、モテる女は辛いにゃねっ!」ぐっ、と固めた拳に親指を立ててザレア。

「ザレア殿まで!? ベル殿、彼らに言って下され!! 吾輩はそんなつもりなど一切……!」もう頼れるのは貴殿しかいないといった表情でゲルトス。

「仕方ないわよ、ゲルトス。ミャオって、美人だもん。男なら、そうなっちゃうわよね?」醒めた視線でベル。

「味方がいない!? うおーっ、違うのだーっ! 吾輩はそんなつもりでは無かったのだーっ! 誰かっ、誰か吾輩の話を聞いてくれーっ!!」

 可哀想なゲルトスなのだった。

 

「……あれ~? そう言えば~、行商人の~、ウェズ君はどうしたの~?」

「ああ、ウェズなら別の宿を取って、そこで寝てるよ? 案内は済んだから」

「う~ん~、ベルちゃんって~、意外と辛辣な面が有るのね~……」




【後書】
 と言う訳でエルちゃんが相変わらず可愛かったり、ゲルトスさんが相変わらず不憫だったり、ミャオさんが相変わらずミステリアスだったり、ウェズ君が相変わらず可哀想の極地だったりの、日常回でした(笑)。ウェズ君のくだりが三行しかないのは、そりゃもうウェズ君ですからね!ww
 そんな訳で遂に60話です! 完結が約100話でしたので、3/5が終わった形になりますでしょうか。いつの間にか後半戦に~とも思いましたが、そもそももうエピソードが5番目な辺り、そりゃそーだって想いも有りますw
 そして再びサルベージ作業が滞ってこれからてんやわんやになる私なのでした(^ω^) じじじ次回もお楽しみに~!(急いでサルベージするぞう~!)


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061.幻想夜

「――声を掛けちゃダメよ~、フォアン~」

 夕暮れに満ちた、村の中を通る畦道。夏の虫達が辺りを飛び回り、蝉の喧騒が耳朶を打つ。母と手を繋いで歩く道すがら、フォアンは人影を見つけて、何と無く手を伸ばそうとして、母――ミャオから間延びした注意を投げられた。

 キョトンとした顔で見上げると、優しい顔をしたミャオが、フォアンと同じ目線になるように屈み込み、フォアンが視えている、他の人には見えないモノを視て、続きを告げる。

「あれはね~、この世のモノではないの~」

「でも、服着てる」

 フォアンは薄っすらと浮かんでいる人影を見て、ポツリと言を零す。

 人影は、暮れ沈もうとしている太陽の光で透け、朧気な姿を漂わせている。頼り無い姿は、まるで次の瞬間には泡沫のように消えて無くなってしまいそうな儚さが同居していた。

「どんな格好をしていても~、この世のモノではないモノを認めてはならないのよ~」

「どうして?」

 フォアンは再び母の顔を覗き込む。母はおっとりとした表情のまま、フォアンに微笑みかける。そして、再びこの世ならざるモノへと視線を向ける。

「この世を旅立った者はね~、あの世から私達を見守ってるのよ~。でもね~、安心できない者も~、やっぱりいるのよ~」

「どうして安心できないの?」

「例えば~、フォアンが今、この世を旅立ったとして~、フォアンは何か不安になる事って~、有るかしら~?」

「母さんと父さんが心配だ」

 悩む時間など必要無かった。その時のフォアンには、二人の安否以外に心配すべきモノは無かった。

 自分を愛してくれている母と父だ、自分の存在が消える事で、きっと凄く落ち込む。自分がいなくなれば、母と父を慰める事が出来ない。それだけが、気掛かりだった。

 ミャオは優しく微笑み、フォアンの頭を柔らかく撫でる。

「私も~、私がいなくなったら~、お父さんとフォアンの事が心配になるわ~。そういう時、いなくなった人はね~、出来る限り近くで見守ってあげたい~、って思うようになるのよ~」

 自分がいなくなった事で、家族や友人、恋人はどうなるのか、いなくなった者は不安になる。だから、家族や友人、恋人が、自分が近くで見守らなくとも大丈夫だと思えるまで、この世に留まって見守るのだと言う。

「でも、どうして声を掛けちゃいけないの?」

「それは~、やっぱり恥ずかしいじゃない~。こっそり見守ってるのに~、声を掛けられたら~、……ね?」

「よく分かんない」

「そうね~、フォアンはまだ知らなくても良いわ~。でも~、きっといつか~、分かる日が来ると思うわ~」

 微笑んだまま母は立ち上がり、再びフォアンと手を繋いで夕暮れに沈む畦道を歩いて行く。

 蝉の鳴き声が雨のように降り頻る畦道を、ゆっくり、ゆっくりと――――

 

 

「…………」

 気づくと、瞼が開いていた。高い天井を支える梁を見つめたまま、フォアンはぼんやりと起き上がる。隣では〈アイルーフェイク〉を被ったままのザレアが酷い寝相で布団を跳ね飛ばして眠っている。その反対側では小さく丸まって眠るベルの姿。ベルは以前、起きた時にザレアの〈アイルーフェイク〉が至近距離に有った事で驚きのあまりそのまま意識が飛んだ事が有り、それ以来ザレアと隣同士で寝る事は無くなり、こういう場では必ずフォアンを間に挟むようにしていた。

 広い部屋の一角には、テラスへ続くガラス戸が有る。そこは今、半分だけ開いており、夜気の混ざった涼しげな風が入り込んできている。フォアンはインナーに素足の格好で、テラスへと出る。

「あら~? 起こしちゃったかしら~?」

 テラスでは、月光を浴びていつも以上に幻想的に映るミャオが佇んでいた。

 フォアンは小さく首を否と振り、ミャオの隣に立つ。柵に背を預け、頭上を見上げる。

 満天の空には宝石箱をぶち撒けたような星屑が鏤められている。何故か、現実感が希薄な世界だな、とフォアンは感じた。

「……母さん」

 小さく漏れた言葉は、彼が今では使わなくなった、昔はよく使っていた単語。ミャオは「ん~?」と柵に腕を預けたまま、振り向かずに声だけを返す。

「逢いに行けなくて、ごめん」

「うふふ~♪ 良いのよ~、別に~。フォアンが元気にやってるって証だもの~♪ これで早々に帰ってきてたら~、怒っちゃうところだよ~」

 ――猟人になるために、街に行く。

 当時もミャオは現役の猟人だったが、フォアンは一人で街へ出た。母は反対などせず、笑って送り出してくれた。フォアンが自分の足で自立した事が嬉しかったのか、両親共にやっていた猟人稼業を継いでくれた事が嬉しかったのか。それは結局、今でも分からない。

 街へ出た事に、後悔は無い。ミャオとて、強かに生きてきた猟人だと分かっていたため、フォアンがいなくなった程度で生活が苦しくなる事は無い。何ヶ月に一度は手紙を書き、双方共に元気だと話し合っていた。

 だから、フォアンは、

「……これで、猟人を引退するんだろ?」

 ここにミャオが現れた意味を、正確に理解していた。

 ミャオはいつもの、日向ぼっこをしている猫のように脱力しきった表情で、顎を腕の上に載せ、パタパタと尻尾を振るように足を動かす。

「うん~、そうね~。これが~、私の~、現役最後の狩猟になるわね~。もう、肉体的にも限界を感じてるし~」

 最後くらい~、息子と一緒に狩りがしたいじゃな~い~、と笑いかけるミャオ。フォアンも、それには微笑を浮かべた。

「だな。俺も一度、お袋と一緒に狩りに出掛けたいと思ってたんだ」

「うふふ~♪ だから~、明日は宜しくね~♪ フォアン♪」

 二人は視線を交わし、微笑を浮かべ合う。

 幻想的な夜は、二人を優しく包み込んだ。




【後書】
 拙作【霊夏】でもこういう雰囲気のシーンが有ったかと思いますが、わたくしはこういう、“何だか普段と異なる雰囲気の夜”と言うのが、すんごい好きでしてな…たぶん幼少期にサモンナイト2を触れた影響です。夜会話…アレは良いモノだ…(懐古)。
 さてさて今回からBlog【逆断の牢】では断さんの表紙が付く事になりました~! 最高にカッコいいラウト村ハンターズの三人組です! Twitterでの宣伝ツイートが初出しになってしまいましたが、今後は断さんの表紙共々宜しくお願い致しますです(*- -)(*_ _)ペコリ
 さて、次回の更新なんですが、予定ではいつも通り火曜日に更新したいと思っております、が! サルベージが全然なのでもしかしたら突然延期されるかも…なので、更新が途絶したら「あっ、日逆さんのサルベージ作業が上手く行ってないんだな!」と思って頂けたらと思いますw そんなこったで次回もお楽しみに! 頑張ってサルベージするよう!


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062.炎天狩場

 狩場の一つである砂漠。昼間はクーラードリンクが必須の灼熱の大地と化し、夜間はホットドリンク無しでは歩けない極寒の大地と化す、相反する二つの顔を持つ。ハンターズギルドでは温暖期になると砂漠の出入りを禁じているのだが、今回はパルトー王国直々の依頼と言う事で、特別に出入りが許された。

「…………暑い。あーづーいーっ」

 砂漠の只中にある岩山を刳り貫く形で存在するベースキャンプは、陽射しが直接入り込まないように岩が影を作ってくれている。そのため日向よりは流石に涼しいのだが、それでも灼熱の大地の放熱は凄まじいものだった。

 ジリジリと砂の大地を焦がす太陽は一切の容赦が無い。過酷な環境であるがために、モンスターもそれに耐え得る力を兼ね備えた、強靭な肉体を誇るモノが多い。

 拠点に置かれた支給用ボックスには現在、何も入っていない。ハンターズギルドから支給品が来るのは遅れると言われていた。つまり持ち合わせの道具で何とかせねばならない。

「ザレアちゃんって~、爆弾が大好きなのね~」

 茹だるような暑さに早速バテバテになっているベルの隣で、ミャオが頬に手を当てて呟く。ベルが視線を向けると、ザレアが大量の大タルを拠点のあちこちに並べている場面に出くわした。

「あー……ザレアは爆弾使いなんです……寧ろ爆弾しか使わないと言うか……」

「あんな軽装で~、更に爆弾使いなのね~。これは~、私も驚きだわ~」

 ……全く驚いているように見えないのは何故だろう……。

 ぼんやりと考えながら、ベルは思い出したように立ち上がり、武器と防具の確認を始める。

 ベルの防具は、ピンク色が可愛らしい、ガンナー仕様に施された丈夫な服と言った様相の鎧――フルフルDシリーズ。武器はカジキ弓【粗】。以前、強化詐欺が発覚した事も有って、どうしようかと思ったのだが、昔から使っていたし、愛着が湧いているし、使い易い事も相俟って、今回も持ってきた。

 フォアンは刺々しい形状の褐色の剣士用の防具――レックスシリーズを纏っている。武器は先日も活躍したフルフルの大剣、フルミナントブレイドだ。ダイミョウザザミは雷属性に弱いと聞いた故の選択だ。

 ザレアはいつもと変わらぬ、〈アイルーフェイク〉だけを頭に載せた、裸も同然のインナーのみと言う出で立ちだ。武器はフォアンと同じ理由で雷属性の付加が付いたハンマー――グレートノヴァを携えている。

 ミャオは逢った時同様、黄色い蝶を連想させる派手派手しい防具――パピメルシリーズを身に纏い、武器はイャンガルルガの尻尾の形状をしたシャミセン――シャミセン【狼】と呼ばれる、狩猟笛の一種らしい。

「さて、フォアン。ダイミョウザザミがどこにいるか、分かるよね?」

 フォアンの纏う防具、レックスシリーズには〈千里眼〉と言うスキルが付随する。これを懐く猟人は、大型モンスターの位置を把捉する事が出来るようになる。

 フォアンは遠くを見るような目つきで岩山を見つめると、地図が無いため、地面に手書きの地図を作って説明する。

「恐らく南側の砂漠地帯に一頭、南西の岩場地帯に一頭だ。合流している訳じゃないから、一頭ずつ仕留めれば大丈夫だと思う。南の方は、ここからそう離れていないと思う」

 事前にエルから砂漠地帯の情報を提供して貰っているため、地図が無くとも或る程度は狩場の様相は分かっていた。それでも一度自分の足で動いてみなければ判らない事も出てくるだろう。

「南側って事は……そこの井戸を飛び降りて、洞窟を突っ切ってった方が早い訳ね」

 拠点のテントの隣には枯れた古井戸が鎮座している。ここから下に落ちると、砂漠の地下に出来た地底湖に辿り着ける……とエルは話していた。地底湖は陽射しの入らぬ極寒地帯。すぐに移動するのなら良いが、長く留まるつもりならばホットドリンク無しでは体が徐々に動かなくなってしまう。

 地底湖は岩場地帯と砂漠地帯を結ぶ役割も果たしており、その丁度真ん中に在るのが、拠点の脇に据えられた古井戸なのである。ここで狩猟を行なっている猟人は、よくこれを用いているらしい。

「まずは南側のダイミョウザザミを討伐しましょう。クーラードリンクも数に限りが有るから無理は禁物だけど、狙えるなら素早く狩猟を行なうわよ。ダイミョウザザミとは言え、二頭もいたら、もたつくかも知れないしね」

「了解です、隊長」フォアンが敬礼し、「分かったのにゃ!」ザレアが挙手する。

 その様子を見守っていたミャオは、微笑んで「がんばろー♪」とザレアのように拳を振り上げるのだった。

 

 

 古井戸を飛び降り、南側にある砂漠地帯へと足を向ける。

 広大な砂漠が一面に広がっている区画だ。ここからでは地平線の先になるが、南の端には深い谷間へと大量の砂が吸い込まれていく、砂丘の果てとでも言うべき場所が在る。遮る物は無く、延々と続く砂の大地と、時折吹き荒れる砂の風しか映らない。

 灼熱の大地に降り注ぐ殺人級の陽光を浴び、四人の猟人はクーラードリンクを飲んで生命の危機に晒される事は無くなったとは言え、茹だるような暑さに意気を消沈させそうになっていた。

「来る時も思ったけど……この暑さは人を殺せるわよ……」汗をダラダラ掻き、眩しさに目を細めるベル。

「確かになぁ……肉を放置しとくだけでこんがり肉が出来そうな暑さだもんな」同意して頷くフォアン。

「オイラもこんがり焼けそうだにゃ!」〈アイルーフェイク〉の表面を拭う仕草をするザレア。

「あら~? ザレアちゃん~、こんがり焼けちゃったら、食べられちゃうわよ~。私に~♪」涎タラタラのミャオ。

「食べちゃダメよ!? こんがり焼けたザレア食べても、スタミナは回復しないからね!? そもそもザレアは食べ物じゃないから!!」慌ててザレアの身を庇うようにしてツッコミを入れるベル。

「にゃー、そしたら狂走エキスと調合して……」頑張りたそうにザレア。

「強走薬グレートも出来ないから!? こんがり焼けても人は食べられないし、調合も出来ないから!!」言い聞かせるようにザレアの肩を揺さ振るベル。

「いや、ザレアならきっと……」顎に手を添えて難しい顔になるフォアン。

「皆、ザレアを何だと思ってるの!? 食用!? 素材!?」頓狂な声でベル。

「オイラは何だって熟せる〈アイルー仮面〉にゃ!!」張り切ってザレア。

「食用と素材は熟すなァァァァッッ!!」

 ベルは焼けた砂に膝を突き、ぜいぜいと吐息を吐き散らす。

「ごめん、皆……今日はツッコミ切れる自信無いわ……もう体力が限界に近いんだけど……狩猟始まって、まだダイミョウザザミに逢っても無いのに、もう死にそうなんだけど……」汗ダラダラでグッタリしているベル。

「安心しろ、ベル。そんな君にこれをやろう」

 取り出したのは元気ドリンコだった。

「……うん、有り難いんだけどね、その気持ちは。有り難いんだけど、ツッコミ入れさせるような発言を控えてくれたらもっと有り難いかなー、なーんて……」受け取った元気ドリンコを見つめながら呟くベル。

「あっ、あれはダイミョウザザミじゃにゃいかにゃっ?」遠くを指差して大声を張り上げるザレア。

「うわーんっ、話が綺麗に流されたーっ」いつも通りだーっ、と笑い泣きのベル。

 ザレアが指差す先には、巨大なヤドカリに似た生物が闊歩している姿。

 巨大な一角竜の頭殻を背中に背負った、赤と白の斑模様の甲殻を纏う蟹。手の代わりになる二つの爪は、巨大な盾を思わせる厚さを誇る。左右二本ずつ、四本の細い節足で巨大な体を支え、天に向かって長く伸びた触角をキョロキョロと動かし、周囲を探っているようだ。

『盾蟹』の異名を持つ巨大な甲殻種――ダイミョウザザミ。

 大きさは人の三倍近く有るだろうか。世界にはダイミョウザザミの何倍も大きい甲殻種が存在するのだから、自然とは本当に大きいと感じてしまう。

「……皆、準備は出来てるわね?」

「出来てるけど~、ベルちゃん~? 何か作戦って無いの~?」

 シャミセン【狼】を背中から下ろし、肩に担ぐようにして構え、ベルに視線を向けるミャオ。ベルはカジキ弓【粗】を背中から下ろし、手に持った状態になってから微苦笑を浮かべた。

「あたし達って、基本的に策を練るって事は無いの。皆がそれぞれに動いて、皆で助け合って、皆で補い合う……確かに作戦って大事だけど、あたし達は自然の方が巧く動けるみたいだから……」

 言われた通りに動いて狩猟するのも、一つの狩猟法だ。ただ、ベル達はその方法は採らず、自分がすべきだと思った動きをする……そうして、少しずつ仲間やモンスターの事を知って、自分なりにベストと思える事を出来るようになる……それが、ベル達三人の狩猟法だった。

 ミャオは納得したように一つ頷くと、柔和な微笑を滲ませる。

「それじゃ~私も~、好きなよ~にやらせて貰お~かな~♪」

 言って、シャミセン【狼】を弾き始めた。

 ベベンっ、ベベベンっ、と物悲しい音律が奏でられていく。或る程度同じ音律が続くと、別の音律に変えるためだろうか、持ち方を変えて一生懸命演奏している。

「そう言えば、狩猟笛の戦い方って、初めて見るかも」

 呟いたベルは、ミャオの演奏に聞き入る。シャミセン【狼】によって奏でられた旋律は、やがてベルの内側から力を湧き上がらせる。

「力が漲ってくる……?」

「力を増強する旋律を奏でたんだろうな。狩猟笛は、その旋律を聞いたハンター全員に、特殊な力を分け与える事が出来るから」

 フォアンは簡単に説明すると、早速動き始めた。ダイミョウザザミに向かって突き進んで行く。ミャオは未だにシャミセン【狼】の弦を爪弾いて侘しい音色を奏でている。恐らくフォアンは、ダイミョウザザミに辿り着く頃には曲を奏で終えていると考えたのだろう。

 ザレアも同様に砂の大地を駆けて行く。素足に等しいにも拘らず、砂の熱さを感じさせない足取りで灼熱の大地を駆け抜けて行くザレアを見て、ベルも砂に足を取られながらも前進する。

 砂の大地を駆けていると、遥か遠くに見えていたダイミョウザザミが、実はそんなに離れていない事が判った。ダイミョウザザミがあまりに大き過ぎるため、そして景色が砂一色で広大過ぎたため、距離感が狂っていたようだ。

 ダイミョウザザミはこちらの存在に気づいたのだろう、四本の節足を細かく動かし、こちらに一角竜――モノブロスの頭殻を向け、小走りに迫って来た。頭殻だけになったとは言え、顔の中心には鋭い角がそそり立っている。あれで刺し貫かれれば、幾ら頑強なモンスターの素材で出来た防具でも、一溜まりも無いだろう。

 向こう側から急接近して来るダイミョウザザミを見て、先に近づいていた二人の猟人は左右に別れて更に距離を縮めていく。

 先に辿り着いたのはフォアンだった。ダイミョウザザミの細い節足に向けて、背中に負っていたフルミナントブレイドを抜き放ち様に叩きつける。

「どぅるりゃーっ!」

 切りつけるのではなく、足を圧し折るように叩きつける。更にフルミナントブレイドに付随した電撃袋が電流を発し、ダイミョウザザミの節足で電気の走る音が奏でられる。

「ギシャーッ!」

 大きな盾のような両爪を振り上げ、威嚇するダイミョウザザミ。奴も、眼前に現れた矮小な存在を敵と認めたようだ。触覚を機敏に動かして、敵がどこにいるのかを探し、――フォアンを視界に入れる。

 ダイミョウザザミに捕捉されたと気づいたか定かではないが、フォアンは叩きつけた大剣と共に自分の体を右回転し、遠心力を付けた一撃を再びダイミョウザザミの節足へと叩きつける。再び電流が走る音が響くが、今度はダイミョウザザミも怯まず、大きな盾のような爪を振り上げる。

「フォアン!」

 その様子を遠距離から見ていたベルが叫ぶと、フォアンは応じるように前転――ダイミョウザザミが振り抜いた巨大な爪の下を潜り抜ける。間一髪のタイミングだったが、もしかするとフォアンは自らこれを狙っていたのかも知れない、とベルは気づいた。

「これでも喰らうのにゃ!」

 その間に接近していたザレアが、打ち上げタル爆弾を地面に設置していく。本来、打ち上げタル爆弾は垂直に飛翔――即ち空に向かって飛んで行く代物なのだが、それをザレアは、地面に垂直に置くのではなく、砂の大地に減り込ませる形で斜めに――傾斜を付けて設置する事によって、飛んでいく方向をダイミョウザザミに固定した。砂漠だからこそ出来る芸当と言えた。

 打ち上げタル爆弾が次々とダイミョウザザミに直撃し、巨大な体のあちこちで爆ぜていく。

「そんな使い方、初めて知ったわ……」

 感心半分呆れ半分の表情で、ベルも自身の矢頃――弓の有効範囲にまで接近する。矢を纏めて三本番え、狙いを絞っていく。

 その時だった。シャミセン【狼】から奏でられた旋律が、またも居合わせた猟人の内側から力を湧き上がらせる。

「……? 防具の硬度が増した……?」

「防御力強化の旋律を演奏したのよ~」

 頭の上に疑問符を浮かべている間に走って来たミャオが、ベルを追い抜いていく。

「さぁ~、始めましょ~う? 期待してるわよ~、ベルちゃん~♪」

 ダイミョウザザミへと一目散に走って行くミャオを見送り、暑気を吹き飛ばすような獰猛な笑みを浮かべて、ベルは走り出す。

「いざ、ダイミョウザザミ!」




【後書】
 サルベージ間に合わないかと思いました(ご挨拶)。
 と言う訳でいよいよ狩場です! たっっっっぷり日常パートに費やして、なんと10話目にして狩場と言う(笑)。寧ろ日常シーンがメインの物語だからこれ!w
 狩猟笛の扱いはどうしようかふんわり悩んだ結果こんな形に落ち着きました。素敵なミュージックを聞いたら気持ちが昂るのしゅごい奴だよたぶん(適当)。
 そんなこったで次回も引き続きダイミョウザザミ戦です! わたくしも頑張ってサルベージするぞう!(まだ終わってないマン) お楽しみに~♪


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063.砂に潜む巨大蟹!

 ダイミョウザザミの動きは単調な事が多く、ダイミョウザザミの幼体と見られているヤオザミがしてくる、大きな爪を使って前に小突く攻撃、爪をフックのようにして転ばせる攻撃、そして両爪を横に広げ、抱きつくようにしてくる攻撃が、主な攻撃手段だ。何れも至近距離でしか威力を発揮しないものばかりだが、その一撃一撃は大型モンスターだけあって、重い。

「うぐッ」

 ひたすら節足を攻撃していたフォアンが躓く。ダイミョウザザミの巨大な爪によって小突かれたのだ。ヤオザミのそれと比べると、段違いの重さだが――正味の話、剣士にはそこまで脅威と呼べる威力ではない。それ故、剣士は何度攻撃されても立ち向かって行くのだが――そこに罠が仕掛けてある。

「! フォアン! 一度下がって回復!」

 遠距離からひたすら拡散弓を放っていたベルが怒声を張り上げる。その意味に気づいたフォアンは、それ以上ダイミョウザザミに攻撃を加えず、フルミナントブレイドを背負い直す。その隙にザレアが打ち上げタル爆弾を設置し、ミャオが気を惹きつけるようにダイミョウザザミの背負う一角竜の甲殻目掛けてシャミセン【狼】を叩きつける。

 ダイミョウザザミから距離を取ったフォアンは、その場に膝を突いた。肩で息をしている事を、ようやく自覚した。

 ――ダイミョウザザミの一撃は、重いようで軽く、そして軽いようで重い。防御力を強化した防具を纏っている剣士には、一撃を喰らってもまだ大丈夫と言う意識が働き、回復を疎かにしがちになる。それが罠とも知らず。

 何度と無く小突き回されると、体力が低下している事にも気づかずに攻撃を続け――やがて致命的な一撃を喰らって昇天――その時になって自分が回復を忘れていた事に気づくのだ。相手を格下のモンスターと侮っている訳ではない。一撃が軽過ぎると軽視している訳でもない。まだ回復しなくても大丈夫だろうという、自分への過信が仇となるのだ。

「済まん、助かった!」

 手を挙げて感謝の意を伝えるフォアンに、ベルは笑って応じる。遠距離から全体を見渡せるだけに、仲間の状態も見えてくる。今回も、何度と無くダイミョウザザミの攻撃を受けていたフォアンの動きが徐々に鈍っている事に気づき、声を掛けたのだ。

「そーれーっ、そーれーっ♪」

 その点、ミャオの戦い方はまるで遊んでいるかのように楽しげだ。シャミセン【狼】を右に左にと、何度と無く振り回してダイミョウザザミの殻に叩きつけている。直接ダイミョウザザミの体に傷を付けている訳ではないが、叩きつけた衝撃が振動となってダイミョウザザミを苦しめていた。

 狩猟とは本来、モンスターの強大なる力と、人間の知恵と技術の結晶の衝突だと、ベルは感じている。それがミャオを見ていると、ぶつかり合いそのものを楽しんでいるように思えるのだ。

 全力を出さずとも勝てる相手と認識したが故の余裕なのか。それとも、あれが彼女なりの本気なのか。判然としなかったが、ベルはそれも“ミャオらしさ”だと感じ、つい口許に笑みが浮かぶ。

「うにゃーっ! 次は打ち上げタル爆弾Gにゃっ!」

 一方、相変わらず爆弾をこよなく愛し、爆弾でしか狩猟を行なわない猫娘はと言えば、打ち上げタル爆弾を全て使いきったのか、新たに取り出したのは、似たような形状のタル爆弾。それを地面に設置し、ダイミョウザザミへ向けて、次々と飛ばしている。

 一撃一撃は然程重くないだろう。だが、流石にこれだけの量の爆撃をマトモに受ければダイミョウザザミとて……

「ギシャァァァァッッ!!」

 口角から大量の泡を噴き出して激昂するダイミョウザザミ。いつまで経っても自分から離れず、且つ鬱陶しく纏わり付いて攻撃してくる人間達に怒り心頭なのだろう、先刻よりも機敏な動きで走り、無防備なザレアに向けて直進してくる。

「ザレア! 狙われてるわよ!!」

 弓の射程ギリギリの距離から狙撃していたベルがザレアへ向けて注意を投げる。ザレアは打ち上げタル爆弾Gをセットしながら、顔を持ち上げて急に近づいてきたダイミョウザザミを捉える。

 ダイミョウザザミは果たして、ザレアの許までは辿り着かず、高速で動かしていた節足を途中で止めた。正面にザレアを見据える形で、急停止したダイミョウザザミ。ベルは自分の狙撃で注意を逸らせたのではない事に気づいていた。

 ダイミョウザザミは停止した直後、巨大な爪を口角に添え、何かを溜め込むように僅かに仰け反り――

「ザレア! 泡ブレスよ!!」

 直前に気づいたベルの忠告だったが、ザレアは既に察していたのだろう。ダイミョウザザミが狙いを定めて噴射した泡ブレスを、軽やかに飛び跳ねて躱した。相変わらず、獣染みた運動神経で回避行動を取る娘だと、ベルは安堵と共に感じた。

 防具を付けていない分、運動能力が最大まで発揮されるのだろう。野生児染みた動きで飛び跳ね、駆け抜け、転がり避ける。猟人全員に要求される動きを最大限にまで高めたような動きで狩場を駆け抜ける姿は、人間より自然の姿に近い。

「どぅるりゃーっ!」

 ダイミョウザザミが泡ブレスを放っている間に肉薄していたフォアンが、フルミナントブレイドをダイミョウザザミの巨大な爪に叩き下ろす。ガギンッ、と硬質な音が響いた。擦り傷程度のダメージしか与えられていないようで、フォアンもそれにすぐに気づいたのだろう、ダイミョウザザミが攻勢に出る前に前転し、再びダイミョウザザミの死角――節足と節足の間に体を割り込ませ、フルミナントブレイドを振り抜く。

 フォアンが死角からフルミナントブレイドを何度も叩きつけている間に、ミャオも接近――再び「そーれーっ♪」の掛け声と共にダイミョウザザミの背負う一角竜の頭殻に向けてシャミセン【狼】をこれでもかと叩きつける。

 そんな時だった。

 バギンッと、爪を叩いた時よりも硬質な破砕音が鳴り響いたのは。

「シギャァァァァアアアアッッ!?」

 突然ダイミョウザザミが驚いたように前へ向かって跳び上がり、倒れ込むように砂の大地をのた打ち回る。よく見ると、背負っている一角竜の頭殻に皹が入っている。何度と無くシャミセン【狼】の強打に晒され、遂に限界を迎えたのだろうか。隙間からはダイミョウザザミの弱点である、丸みを帯びた隠れた体の部分が覗いている。

「いえ~い~♪ ちょっとだけ破壊したよ~♪」

 言いながらミャオはダイミョウザザミから距離を取っていく。何をするのだろう――と思った瞬間、すぐに回答が頭の中に生まれる。演奏を再開する気だ。

 ――ベベベンっ、ベベンっ、ベベベンっ!

 物悲しい旋律ではあるものの、シャミセンの演奏を聞いた事が無かったベルは、初めて感じる音楽の耳触りの良さに、狩猟中だという事を忘れそうだった。それだけミャオの演奏は無駄が無く、聞き心地の良い音楽だった。

 彼女が演奏して間も無く、体の内側から再び力が湧き上がってくるのを感じた。猟人が用いる武器の一つである狩猟笛には、笛だけでなく、様々な種類の楽器が存在する。シャミセンだったり、ギターだったり、フルートだったり、ホイッスルだったり、リコーダーだったり、法螺貝なども有ると聞いた事が有る。その種類によって演奏で得られる効果が違っていて、ミャオのように力を湧き上がらせたり、防具の硬度を上げたり、回復薬のように猟人を癒したり、暑さや寒さを感じさせなくしたり、モンスターの咆哮を無効化してくれたりする。

 様々な効果を期待して狩猟笛使いに演奏して貰う事は勿論だが、狩猟笛使いは楽器のような武器を鈍器の如く振り回し、時に大剣や片手剣では壊せないようなモンスターの部位を破壊する事も出来るから、使い方さえ学べば援護も攻撃も熟せるのだ。

 ただ、演奏している間は無防備そのものだから、そこは仲間がモンスターの気を惹きつけておく必要が有る。――尤も、今更そんな事を説明しなくとも、皆分かっているようだったが。

「どぅるりゃァァァァっ!」

「うにゃにゃにゃにゃーっ!」

 フルミナントブレイドが節足を傷つけ、打ち上げタル爆弾Gが顔を直撃して行く。更に遠距離からはベルの狙撃のオマケ付きだ。演奏中で無防備を晒すミャオを見ても、ダイミョウザザミは彼女に構っていられる状態ではなかった。

 ダイミョウザザミは三方向からの斬撃・爆撃・狙撃に、あたふたとその場を行ったり来たりを繰り返し、誰にも的を絞れない醜態を晒していた。更にミャオが演奏を完了し、再び前線へ戻って来たのを見て、ベルは勝利を確信し――

 ずずんっ、と重たい衝撃が砂の大地全体に鳴動し、聳え立つ巨塔のような真紅の角が灼熱の大地に生えた。

「――まさか!?」

 大地を揺るがしながら出現したモンスターは、目前で傷ついている巨大な蟹と瓜二つの姿をしていた。




【後書】
 ダイミョウザザミと戦っている時にいつの間にか体力が減っているうんたんのくだりはアレです、わたくしの当時のプレイスタイルだとそうなっていたと言う実体験と言いますか、体験談的なお話ですw 軽ぅい攻撃を受け続けていつの間にか瀕死になってるマンだったのも有りますが、仲間がしょっちゅう死にかけているシーンを垣間見ていたので、実際の狩猟でも傷だらけになりながらも興奮状態で気づかない感じなのかなーとかそんな妄想ですw
 あと遂にサルベージ作業が終わりを迎えたので、エピソード5は無事に完結まで更新できそうです!ε-(´∀`*)ホッ その後のエピソードはサルベージ済みなので、来年までのんび~り再投稿して参りますぞう! そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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064.お金より大事なもの

 まさに同胞が狩られる所を助けに来た形で現れたダイミョウザザミは、こちらが一切手を出していないと言うのに突如として口角から泡を飛ばし、即座に激昂状態になる。大型モンスター同士が仲間意識を持っているという話は聞いた事が無いが、現状を鑑みればその考えは改めなければならないようだ。

 四本の節足を使って素早く前進してくるダイミョウザザミを見て、ベルは一瞬、どうすべきか悩んだ。このままでは二頭同時に相手にしなければならなくなる……そうなれば先刻の状態の何倍も危険が増す。そんな状態で狩猟を続ければ、大怪我では済まないかも知れない。ここは撤退――と考えた所で、甘い思考が働く。

 ――弱ってる方のダイミョウザザミなら、もう少しで仕留められるのではないか。

 そうすれば連続狩猟になるが、クーラードリンクの消費も少なくて済む。肉体的には厳しい戦いになるが、相手はダイミョウザザミ……中流に位置するハンターなら、対処法も分かっているし、狩れない事も――――

 そこでベルは、自分の思考に嫌気が差した。

「――皆! 一度撤退するわよ!! 体勢を立て直すのよっ!」

 叫びながら、ベルはカジキ弓【粗】に麻痺毒の液体が入ったビンを装填する。透かさず矢筒から矢を纏めて引き抜き、弦を引いて――撃ち放つ。ばら撒くように飛散する矢は、何れも先端に麻痺毒が塗りたくられ、ダイミョウザザミの体に突き立つ。

「ギシャァアッ!?」

 数度、麻痺毒の塗られた矢を突き立てられたダイミョウザザミは、突如として動きを止める。全身を痙攣させて身動きが取れない――麻痺毒が全身に回ったのだろう。その背後からは、四本の節足を忙しなく動かしながら、無傷のダイミョウザザミが迫って来る。

「ザレア、大タル!」

「はいにゃっ!」

 ベルが叫んだ意味を即座に理解したのだろう。ザレアは灼熱の大地を両手で掘り返し、巨大なタル爆弾――大タル爆弾Gを引き摺り出す。それを迫り来るダイミョウザザミの直線上に置き、走って爆破圏から離脱する。ベルは走りながら狙いを付け、迫り来るダイミョウザザミと大タル爆弾Gが重なる瞬間を見極め――射る。

 轟音と共に爆風が吹き荒び、大量の火薬が爆炎となって周囲を焼き払う。

「ギシャーッ!!」と言う、ダイミョウザザミが怯む音が重なったのを聞き逃さず、ベルは即座にカジキ弓【粗】を折り畳んで、背中に負い直す。その時には皆、武器を納めて走り出していた。

 ベルはそれを追いかけるように砂漠を直走った。

 

 

 砂漠地帯を抜け、クーラードリンクの恩恵が無くとも大丈夫な岩場地帯へと辿り着いた四人は、そこで一旦小休憩を挟む事にした。砥石で武器の斬れ味を復調したり、回復薬で体を癒したり、こんがり肉で小腹を満たしたり、爆弾を調合したりと、各々のやり方で休憩を取っている。

「でも~、驚いたわ~。財布の紐が確りしてるベルちゃんが~、あの瞬間で撤退するなんて~」

 のほほ~んとした口調で呟くのは勿論ミャオである。その言葉の意味は判っている。あのまま狩猟を続けても、問題が無かったかも知れない事だ。狩猟が長引けば、それだけ道具の消費が多くなる。浪費を避けたいのなら、短期決戦で挑むべきだ。

 それをベルは狩猟の時間を長引かせ、安全策を取った。これではクーラードリンク代が増えるし、ダイミョウザザミがその間に回復するために戦闘が長引き、こちらも余分に回復薬を使う事になりかねない。金銭面で言えば、あまり得策ではない。

「お金は確かに大事だけど、仲間の安全の方がもっと大事だから」

 お金は出来る限り使いたくない。貯めて、貯めて、どんなモンスターが現れても、自分達よりも強い猟人を雇えるお金が有れば、それで何とかなると思っているからこそ、お金には何物にも変え難い価値が有る。けれど、今のベルには仲間が傍にいてくれる事の方が、優先順位が高い。

 貯金は大事だ。けれど、それを手伝ってくれる仲間を蔑ろにしてまでする事ではないと、気づく事が出来たのだ。

 砂混じりの風が吹き荒ぶ岩場は、陽射しこそ入ってくるものの、砂漠地帯に比べて温度が比較的低い。クーラードリンクの効果は既に切れていても、汗を掻くだけで耐え得る暑さだ。

 ベルは皆を見回し、照れ臭そうに笑む。

「それに……皆なら分かってくれると思ったのよ」

 金にがめついとは言え、常に二人の先頭に立って狩猟を行なってきたベル。彼女の指示に間違いは無いと信じ、例え間違っていても、それを遠慮なく正す事が出来る二人がいるからこそ、ベルも気兼ね無く二人の前に立つ事が出来た。

 フォアンは「まあな」と微笑み、ザレアは「うにゃ!」と拳を振り上げる。

 そんな三人の様子を見て、ミャオは何を感じたのだろうか。いつもと変わらぬ柔和な微笑を浮かべ、穏やかな眼差しで眺めている。呆れているのか、感心しているのか。それは定かではないが、決して不快な心象を懐いている訳ではなさそうだった。

「――さて、フォアン。ダイミョウザザミは移動したかしら? 二頭同時はキツいから、一頭になったところを狙いたいんだけど」

「んー……ん、一頭は隣のオアシスの在る区画に移動したみたいだ。もう一頭は、さっきの場所にいる」

 二頭が別れたのは良いが、フォアンの〈千里眼〉のスキルを持ってしても、どちらが負傷したダイミョウザザミであるかまでは判らないらしい。どの道、二頭とも狩猟しなければならないのだから、順番など考える必要など無いかも知れないが……

 ベルは立ち上がると、腕を振り上げて砂漠地帯へ向けて指し示す。

「さぁ、第二ラウンドよ、皆! さっきの立ち回りで充分やれてたんだから、問題は無いわねっ?」

 ベルの威勢の良い声に促されるように、三人の猟人も立ち上がって彼女の後に就く。

「問題ないぜ、この調子でゴーだ」

「バクバク行こうにゃーっ!」

「よ~しっ、頑張るわよ~♪」

「ちょっと待って、バクバクって何!? ガンガンじゃなくて!?」

「爆弾を使いまくるって意味にゃ!」

「うん、そんな気がした!」

 笑いながら、四人の猟人は再び砂漠地帯へと足を踏み入れる。クーラードリンクの二本目が、空になる。




【後書】
 プロハンの皆様であればこんな選択をする筈が無いと思っておりますけれど、巨大なモンスターを同時に二頭も相手にする危険性って、想像を絶すると思うんですよね。
 リアリティを求めて~と言う訳ではないにしても、新米ハンターや、中堅ぐらいのハンターであれば、こういう選択を取るんじゃないかな~とふわふわ妄想した結果が今回の物語です。無理して命を落とすとか、ハンターとして致命的ですし…!
 それとベルちゃんの成長もふんわり込められておりました。ずっと一緒にいる仲間がいるんですもの、変わっていく心情と言うのもあるのではないでしょうか。
 と言う訳でエピソード5もいよいよ終盤! 残すところあと3話で完結ですので、どうかお見逃しなく! ってな訳で、次回もお楽しみに~♪


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065.※爆弾は投げられません

 砂漠地帯で猟人を待っていたダイミョウザザミは、傷ついていない方だった。砂の中に爪を突っ込み、埋まっていたであろう虫を食べているのか、穿り返した砂を口の中に運んでいる。どうやら食事をして、体力を回復しようとしているらしい。

「もう一頭の方は相当ダメージを与えた筈……目の前のダイミョウザザミには罠も使っていくわよ!」

 走って距離を詰めながら、ベルが三人に聞こえる声量で告げる。三人の猟人は無言のまま頷き、散開して行く。

「どぅるりゃーっ!」

 食事中のダイミョウザザミの足を狙ってフルミナントブレイドを叩きつけるフォアン。硬質な音が響き、続いて電流が走る音が混ざり込む。その一撃でダイミョウザザミは驚いたように両爪を振り上げ「キシャーッ」と威嚇の体勢を取る。

 ――ベベベンっ、ベベンっ、ベベベンっ!

 フォアンが突っ込んで行った間に、ダイミョウザザミから或る程度距離を離した所でミャオがシャミセン【狼】で演奏を始める。いつ聞いても綺麗な旋律だと感じる音楽が、砂の大地に広がっていく。

 先刻同様、体の内側から力が湧き上がるのと、防具が硬度を増す感覚が全身を纏う。そう感じた頃には演奏は終わり、ミャオもダイミョウザザミへと駆けて行く。

「シビレ罠を仕掛けたのにゃ!」

 ザレアの大声が砂漠に拡散するように響く。超至近距離でフルミナントブレイドを振り回していたフォアン、先刻同様、殻を滅多打ちにしていたミャオがその声に気づき、武器をしまって走り出す。

「ギシャーッ!!」

 突然の襲撃を受けた上に、自分の攻撃が殆ど当たらず、更に襲撃者に逃げられた事に激怒しているのだろう、前線を離脱する二人の猟人に向かって、ダイミョウザザミは四本の節足を忙しなく動かして追い縋る。

 猟人――つまり人間の歩幅と、大型モンスターであるダイミョウザザミの歩幅はあまりにも違い過ぎる。猟人が全力で走っているのと、ダイミョウザザミの歩みでは、殆ど同格――或いはダイミョウザザミが少し上回っているだろう。

 フォアンもミャオも全力で砂の大地を駆け抜け、ザレアが仕掛けたシビレ罠の許まで辿り着く。これにダイミョウザザミが引っ掛かれば、動けない所を総攻撃できる。

 ――が、現実はそう甘くなかった。

 ザザザザッ、と突然、ダイミョウザザミは歩みを止め、巨大な爪を駆使して砂の大地を掘り返し、体を地中に潜らせていく。巨大な体を捻じ込むようにして地中へと潜ったダイミョウザザミを見て、ベルの脳裏に危険信号が点る。

「皆っ、走って!!」

 叫んだのも束の間、シビレ罠の周囲に屯していた三人の猟人の目前に、巨大な尖塔が地中から突き出す。ダイミョウザザミの地中からの突き上げ攻撃だ。突き上げられるのは、自分の弱点をカバーするために背負った一角竜の頭殻……一角竜の頭殻たる所以である真紅の角である。あんな物に地中から突き上げられたら、幾ら防具を纏う猟人と言えども、串刺しは免れない。即死も有り得る。

 串刺し攻撃は、シビレ罠の本体を刺し貫いていた。刹那、シビレ罠が爆発し、壊れてしまう。罠に掛けようと思っていた事が相手に悟られた訳ではないだろうが、偶然にしては最悪の結末と言えた。

 三人の剣士は武器を仕舞い込むと、方々に散って砂漠を駆け抜ける。誰が狙われているのか判らないため、皆、がむしゃらに走って逃げる以外に選択肢は無かった。

「――ザレアだッ!」

 フォアンが走りながら叫ぶと同時に、ベルはザレアの方を向く。大地が鳴動し、ザレアの足許から真紅の角が――

「うにゃーっ!」

 突き上げられた真紅の角を両手で挟み込むようにして掴み、そのまま上昇――そこから捻り回転を加えながら自ら跳ね飛ぶザレア。クルクルと空中で回転し、両腕を広げて十点満点の着地。“真剣白刃”取りならぬ、“真紅の角”取りと言う、人間業を逸した動きに、ベルは心臓が止まりそうになっていた。

「む、無茶苦茶だわ……」

「凄いわぁ~、ザレアちゃん~♪ あんな動きをする猟人なんて~、生まれて初めて見たわ~♪」

 走りながら拍手喝采のミャオ。そりゃそーだ、とベルは心の中でツッコミを入れた。あんな猟人が世界にゴロゴロいたら、モンスターなど脅威ではないだろう。

「――ベルだっ!」

 フォアンが叫び声を上げたのを聞く直前、砂の大地が鳴動するのを感じたベルは、咄嗟に前方へ向かって体を投げ出す。――直後、ベルが直前までいた場所に真紅の角が灼熱の大地より突き出した。一瞬でも判断が遅れていれば串刺しだったに違いない。ザレアのように突き上がる角を掴み取る事など出来ないのだから、避ける以外に選択肢は無い。

「あ、危なーっ!」

 心臓がバクバク鳴り、全身に被った砂を払うのも忘れて再び駆け出す。――と、ダイミョウザザミは手応えを感じなかった事に不満を覚えたのか、その場からゾゾゾゾと砂を掻き分けて再び地上に巨体を浮上させる。

「ベルさんを狙う不届き者はこれでも喰らうにゃーっ!」

 喚き散らすザレアへ視線を向けると、――両腕を頭上に振り上げ、手には大タル爆弾Gを載せ、アイルー宜しくな動きで射程圏へと歩み寄り――一切の容赦も無く、投擲。弧を描いて宙を舞った大タル爆弾Gは、吸い込まれるようにダイミョウザザミの頭上に――

 爆音と共に、ダイミョウザザミの頭で爆炎が踊る。降って涌いた爆撃にダイミョウザザミは「ギシャァァア!?」と驚きと苦悶が綯い交ぜになった呻き声を発し、その場に崩れる。

「……何て言うか、相変わらず無茶苦茶よね、ザレアって……」

 狩猟に対する固定概念を根刮ぎ破壊するような行為の連続である。ダイミョウザザミの突き上げを素手で受け流すのも、大タル爆弾Gを投げ飛ばして爆撃するのも、猟人の世界では前代未聞だ。これにはミャオも驚いているようだった。

「大タル爆弾って~、そんな使い方も有ったのね~。目から鱗だわ~♪」

「いやいや、あれはザレアにしか出来ないと思いますよー……」

 瞳を爛々と輝かせて感心するミャオに、良い子は真似しないよーに、とツッコミを入れるベル。

 

 

 何度と無くフルミナントブレイドがダイミョウザザミの節足を切りつけた事により、遂に節足に限界が来たのだろう、ダイミョウザザミが転倒する。

「今がチャンスにゃ!」

 と言って、ザレアが大タル爆弾Gをダイミョウザザミの顔の前まで運び、丁寧に鎮座してからダッシュで逃げる。フォアンとミャオも、その動きを見て一斉にダイミョウザザミから距離を取る。充分に離れたのを確認したベルは、「喰らえ!」と力を込めて矢を穿つ!

 ――爆音がダイミョウザザミの呻き声を掻き消し、爆風に煽られて砂風が周囲に吹き荒ぶ。風が落ち着き、景色が許の黄土色一色に染まった頃、ダイミョウザザミの口角から紫色の泡が噴き出していた。

「あともう少しっ! 気を引き締めて行くわよっ!」

 カジキ弓【粗】に麻痺毒のビンを装填して叫んだベルは、矢を番えて弦を引き絞りながら接近する。皆も各々の得物を携えてダイミョウザザミへと肉薄する。

「ギシャァァア!!」

 迫り来るハンター達を脅威と判断したのだろう、ダイミョウザザミは口角に両爪を当て、何かを溜め込む動作を取る。

「泡ブレス――!」

 正面から突っ込んで行くのはザレアだ。フォアンとミャオは左右に別れて進んでいた。ザレアが転がってきてもぶつからないようにやや距離を取ってダイミョウザザミへと走り寄る。

 だが、一向にザレアは避ける素振りを見せない。

「ザレア!?」思わず頓狂な声を上げてしまうベル。

 まさか、ダイミョウザザミの予備動作に気づいていない訳ではあるまい。ならば、何をするつもりなのだろう……?

「これでも喰らえにゃっ!」

 ザレアは懐から取り出した小タル爆弾Gを思いっきり投げた。一直線に飛翔する小タル爆弾Gは、泡ブレスを吐き出す直前のダイミョウザザミの口角にすっぽり納まり――爆発。

「ギュシュアアアア!?」

 驚きと思わぬ場所での爆撃に怯むダイミョウザザミ。こんな爆弾の使い方など、ザレア以外に真似できる訳が無かった。

「またまた目から鱗だわ~♪」

 楽しそうに黄色い声を上げるミャオ。ベルはもう呆れて言葉が出てこなかった。

 気を取り直すと、麻痺毒のビンが装填されたカジキ弓【粗】で狙撃を始める。麻痺毒を素早く浴びせるために、一度に多くの矢を飛ばす技――拡散矢を撃ち放つ。ばらけるように飛翔する矢が、ダイミョウザザミの甲殻のあちこちに突き立つ。一撃では麻痺状態に移行させる事は出来ない。再び矢を番え――

「砕けろォォォォ―――――ッッ!!」

 ダイミョウザザミの側面から接近していたフォアンが、“盾蟹”の象徴である巨大な爪へとフルミナントブレイドを振り下ろす。先程のザレアの功績によって動きが鈍っていたダイミョウザザミは避ける事も止める事も儘ならず、マトモにフォアンの一撃を受けた。

 ガギンッ、と硬質な音が響いた瞬間、ダイミョウザザミの爪に皹が走る。

「ギジャァァァァ……!!」

 爪に皹が入った事で激痛が走ったのだろう。ダイミョウザザミは破壊された爪を押さえるように怯み、更に動きを鈍らせる。

「そーれーっ♪」

 追い討ちを掛けるようにミャオがシャミセン【狼】で一角竜の殻を揺さ振る。ここでも――バギンッ、と爪が砕ける音よりも硬質な音が鳴り響き、殻が破砕される。

「シギャアアアア!?」

 先程のダイミョウザザミのように前のめりに倒れ込み、灼熱の大地の上でのた打ち回る。満身創痍の盾蟹は触覚をでたらめに動かし、敵から逃げるべきか一矢報いるべきか悩んでいるようだった。

 そして、トドメと言わんばかりに麻痺毒が塗りたくられた矢を突き刺され――

「ギャギャッ、ギャギャギャギャッ」

 全身を痙攣させて動きを止めるダイミョウザザミ。麻痺毒が全身に回り、身動きすら取れなくなったのだ。

 この時を待っていたと言わんばかりにフォアンが正面に陣取り、フルミナントブレイドを肩に担ぐように持ち替え、ギリギリ……と限界まで力を溜め込んでいく。

「これで……終わりだァァァァ―――――ッッ!!」

 振り下ろされたフルミナントブレイドは、ダイミョウザザミの顔に裂傷を走らせる。その一撃で力尽きたのだろう。ダイミョウザザミは空を仰ぎ見るように両爪を上空へ向けて掲げ、やがて力を無くして倒れ込んだ。

 再び動き出す事は永遠に無かった……




【後書】
 ザレアちゃんの常人離れした動きを綴るのはめちゃめちゃ愉しかった記憶が有ります(笑)。特にお気に入りは真紅の角取りのシーンです。MHXやMHXXのブシドースタイルならこういう動きも可能そうですよね…!
 爆弾を投げるアクションは完全にアイルー達の仕草を模倣した奴ですw アイルー達が出来るならザレアちゃんも可能な筈…!
 ちょっと前からですけれど、如何にザレアちゃんにやばみ溢れるアクションをさせるかを考えながら綴っていた節が有りますw 原作に無いアクションを考えるのって面白いんですよね…! ぶっ飛んだキャラゆえに、発想も自由ですから綴るのが愉しくて楽しくて!(笑)
 さてさて、エピソード5もいよいよ残り2話! 次回は【ベルの狩猟日記】には珍しくサーヴィスシーンが…!? おったのしみに~♪


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066.最後の約束

 ダイミョウザザミの剥ぎ取りを終えた四人は、フォアンが言っていた二頭目がいる筈のオアシスの区画へと向かった。

「また何か食べてるし……」苦笑を浮かべるベル。

「食事中を狙うとは……流石はベルだぜ」ぐ、と親指を立ててフォアン。

「狙いたくて狙ってる訳じゃないからね!? 偶々あたし達が来たら食事してただけでしょ!?」思わずツッコミを入れるベル。

「一番隙を見せている瞬間を狙うにゃんて、ベルさんは策士にゃ!」流石だと褒め称えるザレア。

「策じゃないし! 少しはあたしの話を聞いてあげて! 狙ってないってば!」何度言えば分かるんだとベル。

「よーしっ、私に黙ってご飯食べるなんて許せないから~、とっちめちゃお~♪」ニッコリ笑顔でミャオ。

「ご飯食べるのにミャオの許可が必要なモンスターなんて初めて聞くんだけど!?」

 三人相手に逐一ツッコミを入れたベルは、また膝を突いてぜいぜい息を切らしている。

「ご、ごめん……連続でボケられると……ツッコミが……間に合わないんだ……」

「ボケてるつもりは無いんだけどな」「にゃーにゃー」「うんうん~♪」

 ……皆揃って自覚が無いボケだなんて……いや、自覚が有るボケってのも変な話だけどさ……

 ツッコミだけでヘトヘトになったベルだったが、気を取り直してダイミョウザザミに向き直る。

「さ、残るは、あいつ一頭! 気を引き締めて行くわよ、皆!」

「了解です、隊長」「分かったのにゃ!」「がんばろ~♪」

 先程と同じ陣形――左右に別れて接近、フォアンは側面から節足を中心に攻撃、ミャオは背後から殻を破壊、ザレアは爆弾を使って遊撃、ベルは遠距離から麻痺毒のビンを使って狙撃、そうして状態異常を引き起こす。

 もう少しで討伐できる――と言う所で、ダイミョウザザミが、ぐっ、と四本の節足に力を溜め込む動作をする。

 何をするつもりだ? と思ったのも束の間。ダイミョウザザミが砂埃を上げて姿を消した。だが、黒い影は未だに砂の上に残っている。

「――跳んだ!?」

 ベルが叫んだ直後、空中から超重量の巨体が落ちてくる。フォアンは大剣を盾にしてやり過ごし、ミャオはその前に距離を取っていた。

 ずんっ、と落下したダイミョウザザミが大量の砂埃を巻き上げる。至近距離にいたフォアンは大剣の腹で受け流すようにして耐え切ったようだ。あんなものが直撃したら、即死してもおかしくない。下敷きになればペチャンコになっただろう。

「ふえ~、砂塗れになっちゃったよ~」

 全身に砂を被ったのだろう、ミャオが舌を出して辟易している。勿論、砂を被ったのはミャオだけではない。フォアンなどモロに被っているだろう。

 その間に、ダイミョウザザミはミャオへと接近して行く。

「ミャオ、危ないっ!」

 ベルが言いながら拡散矢を撃ち放つが、ダイミョウザザミの気を逸らす事は出来なかった。確実に距離を縮めたダイミョウザザミは、大きく両爪を広げ、ミャオに向けて――

「なーにすーるのよーうっ!」

 ダイミョウザザミの接近に気づいていたのだろう、ミャオは大きくシャミセン【狼】を振り被り、触覚の間に有る頭部目掛けて振り下ろす! バガンッ、と鈍い音が爆ぜた後、ダイミョウザザミがあまりの衝撃に昏倒――その場に倒れ込み、動けなくなってしまう。

 ハンマーや狩猟笛などの鈍器系の武器は、頭部を強打するとモンスターを気絶状態に……脳を揺さ振って立ち上がらせなくする事が出来るのだ。

 ダイミョウザザミはグッタリと横たわったまま四本の節足をジタバタと動かすだけで、起き上がれなくなってしまった。

「い、一撃で昏倒させちゃったの!?」

 本来ならば狩猟笛にせよハンマーにせよ、何度か攻撃を当てなければ気絶状態に出来ない。それをミャオは、たった一撃でそうしたようだ。とてもではないが、普段のミャオからは想像も出来ない。

「さぁ~、トドメは任せたわよ~♪ ザレアちゃん~♪」

 ミャオが振り返ると、そこには大タル爆弾Gを片手に一つずつ載せたザレアが迫り来ていた。それには流石にミャオも目を瞠ったが、すぐに道を開ける。

「まっかせるにゃーっ!」

 と言って、ザレアは二つの大タル爆弾Gをお手玉のように放り投げ――走って戻ってくる。

「置くんじゃないんだ!?」

 と言うベルのツッコミは、囂々と吹き荒ぶ爆風に掻き消されてしまう。

 爆炎が納まる頃には、ダイミョウザザミの息の根は止まっていた。

 

 

「やったにゃーっ! オイラの爆弾は最強にゃーっ!」

 爆弾で仕留められた事がよほど嬉しかったのだろう、ザレアが飛び跳ねて喜んだ。

「いや、どう考えても最強なのは爆弾じゃなくてザレアでしょ……」

 呆れた表情でダイミョウザザミから剥ぎ取り用ナイフで素材を剥ぎ取るベル。

「ね~ね~、ベルちゃん~、パルトー王国に戻る前に~、一度~、湯浴みしない~?」

「へ?」

 振り向くと、ミャオが装備しているパピメルシリーズを脱ぎ始めていた。

「ちょッ!? ミャオ、ここ狩場だから!! モンスターがどこにいるか判らないんだよ!?」相手が女性と分かっていても顔を赤らめるベル。

「でも~、防具の中に砂が入っちゃって~、気持ち悪いのよ~」構わず防具を脱いでいくミャオ。

「確かにな。俺も砂を出したい気分だ」自分の防具を見下ろしてフォアン。

「にゃー、だったら皆でインナーににゃれば良いにゃっ!」名案だとザレア。

「なしてそんな展開に!? いやいや、流石にそれは不味いって!」何とか流れを変えようとベル。

「そうと決まれば~、こんな暑い所じゃなくて~、涼しい岩場のオアシスに移動しましょ~♪」言いながら歩き始めるミャオ。

「賛成だぜ」「賛成だにゃ!」

「あたしの話を聞けェェェェ―――――ッッ!!」

 砂漠にベルの怒号が鳴り響くが、聞く者は一人としていなかった……

 

 

「――フォアン!? 絶対に来ちゃダメだからね!? ちゃんと誰も来ないか見張ってるのよ!?」

「おーう。何かあったら呼んでくれ~」

 岩場地帯の一角に在る、地底湖から流れ着く場所に在るオアシス。先程まで草食竜であるアプケロスが屯していたが、彼らは人間を見ると襲ってくる習性が有るため、残らず殲滅。静かになった広場の隅に在るオアシスで三人の猟人は防具を脱いであられも無い姿になっていた。

「ベルちゃんも~、砂で汚れてるじゃな~い~。女の子は~、いつも綺麗にしてないと~♪」

「いやその、猟人なんだから、これ位の汚れを気にしてたら……」

「だ~め~♪ きれいきれいしましょ~♪」

「そんな手洗い用石鹸みたいな……って、わーっ! ミャオ、どこ触ってんの!? そこ違っ、ぎゃーっ!!」

「う~ん~、ベルちゃんって~、着痩せするタイプなのね~♪」

「にゃー、ベルさん、楽しそうだにゃ~。オイラも混ぜてほしいのにゃっ!」

「いいわよ~、こっちにおいで~、ザレアちゃ~ん~♪」

「にっ、逃げるのよザレアーっ! これは罠、罠よーっ!」

「は~い捕まえた~♪ どれどれ~?」

「にゃにゃっ!? く、くすぐったいのにゃ! にゃははっ、にゃははははっ!」

「う~ん~、ザレアちゃんも~、将来有望ね~♪」

「あぁ……ザレアも魔の手に……」

「って言うか~、ザレアちゃん~? どうして~、湯浴みの時まで〈アイルーフェイク〉を付けたままなの~? 頭が~、洗えないじゃな~い~?」

「にゃにゃっ!? これだけは外せにゃいのにゃ! 絶対にゃ!!」

「気になるわ~。取っちゃえ~♪」

「にゃーっにゃーっ!!」

「どうした~?」

「!! フォアン、来ちゃダメーっ!!」

 あられも無い姿の三人の女猟人と、フォアンが目を合わせる。

「フォアンの~、えっち~♪」

「にゃー、フォアン君も一緒に湯浴みするかにゃ?」

 ミャオが自分の体を隠しながら呟き、隠そうともせず小首を傾げるザレア。

 そして、

「…………」

 声も出せずに真っ赤になって震えだすベル。フォアンはどうしたものかと固まった。

 そうしてフォアンが導き出した結論。

「ナイススタイル」

 ぐ、と親指を立てて頷くフォアン。

「…………う、」

「う?」フォアンが小首を傾げる。

「うわーっ! 早くどっか行けーっ! こっち見るなーっ!」

「ちょっ、待てっ、矢を投げるな矢をっ。ナイフもダメだっ、ペイントボールもっ、捕獲用麻酔玉なんか投げたら――」

 ガクリ、と倒れるフォアン。捕獲用麻酔玉とは、弱ったモンスターに二回投げ当てるだけで眠らせてしまう道具だ。それをマトモに受けたフォアンは、何の抵抗も出来ずに眠りこけてしまった。

 近くに在った物を残らず投擲したベルは、肩で息をしていたが、やがてミャオに詰め寄る。

「どどどどどうしてくれるのっ!? フォアンに、フォアンにーっ!!」

「まぁまぁ~、落ち着いてよ~、ベルちゃ~ん~」のんびりとミャオ。

「これで落ち着いていられる方が不思議だわ!? あーもうっ、……どうしよう……」ガックリと項垂れるベル。

「ベルさん」ぽん、と肩を叩くザレア。

「……うん? 何? ザレア」情けない顔で振り返るベル。

「減るもんじゃにゃいにゃ」ぐ、と親指を立ててザレア。

「うわーんっ、味方がいないって嫌だーっ!!」

 あられも無い姿で蹲るベルに、今度は、あられも無い姿のミャオが肩を叩く。

「フォアンの事、好き?」

「ふぁい!! いきなり何の話!?」驚いて更に顔が赤くなるベル。

「あの子ね~、見ての通り~、ちょっと抜けてる所が有るって言うか~……鈍いって言うか~……それが原因で~、猟人成り立ての頃は~、あまり狩友が出来なかったらしいのよ~。私に悟らせないようにしてたみたいだけど~、私はほら~、分かっちゃうから~」

 ミャオが優しげな表情でベルの顔を覗き込む。そこでベルは、彼女がしている話が、フォアンに恋愛感情を懐いている云々ではないと分かり、人知れず胸を撫で下ろす。

「フォアンは頼りになる仲間よ。ねっ、ザレア?」

「はいにゃ! フォアン君がいてくれて、とっても助かってるにゃ!」

 ベル、そしてザレアからも優しい嘘は感じられない。本心からの言葉なのだろう。自然とその顔には笑みが浮かんでいる。

 ミャオは返答を聞いて満足そうに笑むと、二人の少女に向けて再び言を発する。

「……私ね~、これで猟人引退するんだ~……」

 それを聞いてハッとするベル。そして言い難そうに顔を伏せ、

「……ごめんなさい、聞くつもりは無かったんだけど……」

「起きてたのは~、知ってたわ~。それは良いのよ~。二人には~、知っておいて欲しかったし~」優しく微笑むミャオ。

「どうして引退するの……? 肉体的に限界って言ってたけど、全然大丈夫そうに見えたよ? ザレアも、そう思うでしょ?」ザレアを振り返ってベル。

「にゃ! まだまだ一緒に狩れるにゃ!」うんうんと元気よく頷くザレア。

「う~ん、そう言ってくれるのは~、嬉しいんだけど~、実は今ももう限界に近いのよね~」

 ミャオのどこを見ても、とてもそんな風には思えない。顔色は良いし、体調が優れない訳でも無さそうだ。これで限界だと言うのなら、彼女は自分の体調を一切外に出さない体質なのだろう。

「二人に~、フォアンの事を頼みたいの~」

「えぇ!? そ、それって……?」

「あの子ね~、一人で何とかしよう~、って思い悩む事が有ると思うのよ~。二人がいたら~、きっと大丈夫だと思うけど~……だから~、今日で引退する私の最後のお願いと思って~……どうかな~?」

 ベルはザレアに視線を向ける。彼女がどんな表情をしているのか定かではなかったが、自分と同じ想いを懐いているように思えた。

「フォアンは、大事な仲間だもの。頼まれなくても、フォアンはずっとあたし達と一緒だよ」

 微笑んで応じるベル。彼は、きっとどこにも行かない。ただの思い込みかも知れないし、ベルの一方的な想いかも知れない……それでも、ベルはその考えを自ら否定する気にはなれなかった。

 その答を聞いたミャオは満足そうに笑むと、ベルとザレアを一緒にして抱き締めた。

「ありがとうね~、ベルちゃん、ザレアちゃん……」

「ちょちょっ、ミャオ!?」思わず動揺するベル。

「にゃ~、ずっと一緒って事は、遂に結婚にゃね!?」嬉しげにザレア。

「ザレア!? 違うのよ!? そうじゃなくて……ッ!!」顔を真っ赤にするベル。

「あら~、そういう意味じゃなかったの~?」からかうようにミャオ。

「ミャオまで……もーっ!」

 あられも無い姿で話し続ける三人を見ないように、フォアンは呆れた表情で嘆息する。

「早く服、着てくれないかな……」




【後書】
 リアルクイーンランゴスタに襲われて絶賛療養中の日逆さんです(^ω^)ちくせう!!
 さてさて、今回は【ベルの狩猟日記】では初めてのサーヴィスシーンだった訳ですが、言うほどサーヴィスしてるかな…? って気になってきました。たぶんアレですよ、週刊少年誌的な完全なサーヴィスを意識してたんだと思いますたぶん。正直今でもサーヴィスの配分ってよく分からなかったりしますが…(笑)
 ミャオさんの意味深発言も次回、エピソード5の最終話で明らかになりますので、ぜひ楽しみにお待ち頂けたらと思います! あと、読者の皆様もリアルクイーンランゴスタにはご注意くださいませ…! ではでは!


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067.真夏の夢の終わり

 パルトー王国に戻り、宮殿へ向かうと、そこでミャオは「それじゃ~、そろそろお暇しようかな~」と言って三人から離れていく。

「え? 報酬は受け取らないの?」

 そう尋ねるベルの瞳はお金のマークになっている。分け前が増えるかも知れないと思っているのだろう。思わずミャオの顔に微苦笑が浮かぶ。

「うん~、私にはもう必要無いからね~。……フォアンを宜しくね~♪」

 そう言って、雑踏に紛れ込もうとした時だった。

「待って下さい、ミャオさんっ!」

 突如として雑踏に響き渡った声は、ウェズのものだった。

 振り返ると、走って来たのか、息を切らしたウェズが膝に手を突いて立っていた。

 ミャオは微笑を浮かべてそれを見返すが、どこか寂しそうな色を滲ませている。

「ど、どうしたの? ウェズ。そんなに慌てて……」

「はぁ、はぁ……っ、ミャ、ミャオさん……正直に答えて下さい。貴女は――“何者なんですか?”」

 ベルの質問には答えず、ウェズは呼吸を整えもせずに、ミャオを質す。いや、質問の形式こそ取っているが、ウェズはその答を或る程度知っているような口振りだ。訳も判らず、ベルは成り行きを見守る。

 ミャオは寂しそうに表情を翳らせると、いつもののんびりとした口調のまま、静かに応じた。

 

「……その様子だと~、“私が死んでいる事は~、もうご存知”なのね~……?」

 

 ミャオの回答に、ウェズは表情を強張らせた。怪訝な表情を滲ませ、ミャオを見つめる。

「……貴女は、一体……?」

「――ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 声を張り上げたのはベルだ。混乱した様子でミャオとウェズの間を視線が行き来し、事情が呑み込めない様子でウェズに向き直る。

「一体、何の話をしてるの? ミャオが……死んでる……?」

 訳が判らないといった様子のベルに、ウェズがいつに無く真剣な表情になる。

「落ち着いて聞いてくれ、ベル。彼女――ミャオ=クウォルは、僕達と初めて逢った時には、既に亡くなっていたんだ」

「…………は? 亡くなってた……って、そこにいるじゃない」

「これを見てくれ」

 ウェズが取り出したのは、大手の新聞社が出している、少し古い新聞だ。日付は、ミャオがラウト村を訪れる数日前。見出しには、『英雄婦人、急死』と記され、大きく拡大された写真には――ミャオの姿が写っていた。

「…………え?」瞠目するベル。

「ミャオって名前を聞いただけじゃピンと来なかったんだけど、ゲルトス達と話している時に思い出したんだ。パピメルシリーズを身に纏った狩猟笛使い、ミャオ=クウォルと言ったら、命を賭して古龍を撃退した英雄の奥さんだ。猟人の間じゃ割と有名な話だったらしいけど……ベルは知らなかったのか?」

 知らなかった。その頃は師匠の許で猟人になるための修行をしていた頃だ。故に、ミャオと話していた時にも気づく事が出来なかった。

 ベルが、恐る恐るミャオを振り返る。彼女は寂しそうな微笑を浮かべて、確かにそこに存在していた。

「ミャオ……? これ、嘘だよね……?」

 縋るような瞳で、ベルが問いかける。彼女が事実ではないと言ってくれたら、ウェズに文句を言って、それで話は終わりなのだ。

「ごめんね~、ベルちゃん~。本当なの~」

 困った風に笑み、ベルが情けない顔をしたのを見て、ミャオは付け足す。

「本当はね~、最後まで黙っていようと思ってたのよ~。幽霊は~、恥ずかしがり屋さんだから~」

「ゆう……れい?」

「お袋はもう死んでる。だから、そこにいるのは霊魂と呼ばれるモノなんだろうな。俺達と同じモノでない事は、確かだ。……特殊な力を持ってたお袋の事だ、死んだ時に何かに作用して、幽霊が実体を得たんだろうな」

 補足するようにフォアンが呟く。思わず振り返ったベルは、情けない顔のまま声を絞りだす。

「フォアン、あんた……分かってたの? お母さんが――幽霊、だって……」

「ラウト村に来た時から、気づいてたさ。でも、お袋は知られたくなさそうだったから、何も言わなかった。……隠してたみたいで、悪かった」

 ばつが悪そうに頭を下げるフォアン。そこには申し訳無いと言う感情が見えこそすれ、嘘を吐いているようには見えなかった。

 再びミャオに視線を向けると、彼女は寂しそうな笑みを浮かべたまま、ベルを見つめていた。

「ベルちゃんをね~、悲しませたくなかったのよ~。ベルちゃんは~、失う悲しさを知ってるもの~」

「え……知ってる、の……?」

 言ってから、気づく。フォアンが言っていた。彼女は――

 驚きに目を瞠るベルの前で、ミャオの体が徐々に消えて行く。ベルの瞳から透明な雫が溢れそうになる。

「いっ、嫌だよそんなのっ!? 何で!? 折角、仲良くなったのに……っ!!」

 ミャオの手を握り締めるベル。そしてハッとする。冷たい肌は、もう感覚が殆ど感じられない事に。

 今にも崩れそうなベルの顔を見て、ミャオは優しくその頭を撫でる。

「ごめんね~、やっぱりもう無理みたい~」

 ミャオを見上げるベルの瞳から、透明な雫が零れ落ちる。その瞳に映るミャオは、もう風景と同化しそうな程に、透明度を増していた。

「ミャオっ、ミャオぉ……っ!!」

「フォアンの事~、宜しくね~♪」

 最後の最後まで、笑顔を絶やさなかったミャオ。

 その言葉を最後に、現世から姿を消した。

 

 

「おーい、ベル。飯だぞー」

「…………」

 パルトー王国の中心に在る宮殿の一室。寝台に蹲ったままベルは動こうとしなかった。

 あれから一日経ったが、ベルは塞ぎ込み、食事も喉を通らない状態が続いていた。

 分かってはいるのだ。自分が何かした所で、ミャオは戻って来ない。だが、その現実を許容できないのだ。

 たった数日の関係だったとは言え、仲良くなった仲間が突然いなくなるのは、――それも永遠に逢えなくなるのは、心に深い傷を付けられたような気がした。

 何も考えたくない。そう、自分を閉ざしていると、不意に胸に何かが当たる感触が伝わった。

 見下ろすと、誰かの手が胸を鷲掴みにしていた。

「ん~、確かにベルは、着痩せするタイプかもな」

 ふにふにと、胸を揉みながら呟いたのはフォアンだった。

 ――刹那、ベルの顔に物凄い量の血液が流れ込む。

 ナルガクルガも吃驚の機敏な動きで跳び上がると、部屋の壁を使って三角飛びをし、部屋の隅に舞い降りるベル。胸元を押さえて、真っ赤になった顔を向けて戦々と震える。

「ちょっ、なっ、あえあーっ!? なななな何してんのよフォアンンンンン!?」

「そうそう、ベルはそうじゃないと」

 穏やかな微笑で応じるフォアン。彼は自分を元気付けたのだと気づいたが、すぐに自分を静める事が出来ないベルは、真っ赤になったまま感情に任せて喚き散らす。

「あんた、お母さんが死んだのに何でそんな何でも無いような顔してんのよッ!? 悲しくないのッ!? もう一生逢えないのよッ!? 何であたしがこんなに悲しんでるのにっ、あんたは平気なのよッ!?」

「いつか、ウェズが言ってたな。過去に囚われてたら、過去に食われるって。それは、強ち間違いじゃないと思うぜ。それに、俺がいつまでも悲しんでたら、折角安心してあの世に逝けたお袋が、また心配になるかも知れない。心配させちゃ、いけないだろ?」

 フォアンの言っている事は、確かに正しい。折角安心して成仏したミャオに対して、また不安を与えるような真似をするのは、どうかと思う。だけど、理屈では分かっていても、感情までそうなるとは限らない。

 ベルが更に言い募ろうとするのを、フォアンは先に回って告げる。

「それに――好きな女の子に情けない顔を見せられないし、好きな女の子には、いつまでも元気でいて貰いたいじゃないか」

 歯が浮くような台詞を穏やかな微笑を浮かべて告げるフォアン。だが、不思議とそこに不快な気持ちは懐かなかった。寧ろ、ベルは胸の高鳴りを抑えられなくなり、更に頬を紅潮させてしまう。

 言葉が出て来ない。けど、何か言わないといけない気がする。締めつけられる胸を押さえて、ベルが口を開こうとした――その時。

「そうにゃ! 大好きにゃベルさんには、いつも元気でいて欲しいのにゃっ!」

 部屋の扉が開け放たれ、ザレアが飛び込んで来た。

「ザレア!?」ベルが頓狂な声を上げる。

「そうですわっ、いつものお姉様でないと、わたくしも悲しくなってしまいますわっ!」

「元気が出ない時はこれ、元気ドリンコだろ? ……って、これはフォアンの台詞かな?」

 エルが瞳を赤くして続き、ウェズが頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

「エル……ウェズも……」

 皆、自分が回復するのを待っていてくれたのだろう。何とかベルが元気にならないかと心配し、もしかしたら待機していたのかも知れない。

「ベル殿。これから始まるパーティは、貴殿がいなければ始まらぬのだ。早く着替えて、準備をせぬか。皆、待っておるぞ」

 最後に、ゲルトスが仏頂面で部屋の外からこちらを見つめてくる。

 ベルは不意に涙腺が決壊しそうになったが、上を向いて堪え――皆に笑顔を見せる。

 会心の笑みは、砂漠を照らす太陽よりも、眩しく――――

 

 

 ダイミョウザザミを狩猟した祝いに開かれた、パルトー王国挙げてのパーティに出て行った仲間を追って、部屋を後にしようとして――

「有り難う御座います」

 不意に、声を掛けられた。

 部屋には誰もいない。――生きている、者は。

 振り返って、半透明の中年の男女を見やると、フォアンは穏やかな微笑を見せる。

「感謝されるような事は、してないぜ?」

「……娘を、宜しくお願いします」

 中年の男女は、誰かによく似た笑みを浮かべ、――泡沫のように消えた。

 フォアンは何もいなくなった空間を見つめて、「了解です」と敬礼する。

「フォアン~? 早くしないと置いてくわよ~?」

 先刻まで落ち込んでいた女猟人の快活な声を聞いて、フォアンは「今行くぜ」と応じ、部屋を後にする。

 真夏の夢の名残は、もうどこにも――――

 

 

第五章〈真夏の夢の物語〉―――【完】




【後書】
 わたくしの中の「幽霊ってこうであってほしいな」と言うイメージをそのまま落とし込んだ物語であり、結末であります。
 あとこの【ベルの狩猟日記】って、何だかんだで恋愛要素が含まれておりまして、徐々~に、徐々~に、「あれ? この子達もしかして…?」って感じの、或る種少女漫画的な恋愛模様がね、こう、わたくし綴りたかったんです!!
 アレですよ、初めは「何だこいつ…」って第一印象だったのが、次第に打ち解けて、「あれ? こいつちょっと気になるやん…」ってドキドキしちゃう系の恋愛ってね、もーワシ悶え苦しむ奴なんです。早く結ばれろっっ!!
 そんな訳でこのエピソード5には、サーヴィスシーンと言い、幽霊に対する想いと言い、そう言った作者の性癖をめちゃんこ詰め込んだ物語に仕上がっておりますの! いやー、めっちゃニマニマできましたわ…(艶々フェイス)
 次回から始まるエピソード6に関しましては、「モンハン要素どこー!?!?!」ってぐらい日常シーン過多になっておりますので、楽しみにお待ち頂けたらと思います!(笑)
 ところであの、昨日更新が無かったのはですね、月曜に【教えて!狩人先輩!】を更新した事で今週のモンハンSSは更新したな! って気持ちになって失念していたのと、昨日が何故か水曜の感覚になっておりまして、うっかり本日更新の【滅びの王】を昨日更新すると言う、凄まじいやらかし事案だったのです!w 今さっき気づいてモダモダしておりました(笑)。ららら来週はたぶん大丈夫ですたぶん!w
 そんなこったで次回もお楽しみに!w 次回は火曜!w 毎週火曜更新ですからね【ベルの狩猟日記】は!ww


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068.昔日の三勇士

 晴れ渡る蒼穹の下、慌しく駆け回る人々の姿が有った。

 街を守護するガーディアン、モンスター狩猟のために呼ばれた猟人、そして彼らを指示する立場にいるギルドナイツの面々が、中央広場に屯していた。遠く、街の外から聞こえてくる轟音や喚声は、モンスターと人間の衝突音だ。

 広場に屯する人間に統一性は無い。顔に無数の皺と傷が刻まれた老獪な剣士、幼い面影の残る少女の銃士、切れそうなくらい凍える空気を纏う槍使い……数にして五十人に上る“戦士”達は、現れた二人の“戦士”を、緊迫した空気で迎え入れる。

 現れた戦士の一人は、リオレウスの亜種である通称“蒼火竜”の青い甲殻と鱗があしらわれた鎧、リオソウルUシリーズと呼ばれる防具を身に纏い、背には同様の素材で構築された大剣――ペイルカイザーを背負っている。全身を青色に染めた剣士は、顔を覆っていたヘルムを脇に抱えると、迎え入れてくれた戦士達を見晴るかし、剽げるように口笛を吹く。剽げた態度の壮年の男の顔を見た戦士達は、一目で彼が猟人達の間で有名な人間だと気づく。

 隣には、ギルドナイツの一員である事が一目で判る、ギルドナイトスーツ蒼シリーズを纏った、歳若き男が佇んでいる。背に負う武器は、“雌火竜”リオレイアの素材で構成された太刀・飛竜刀【葵】。

「よう、ヴァーゼ。こりゃ、俺がいなくても何とかなるんじゃねえか?」

 壮年の大剣使いが皮肉った笑みで隣の青年――ヴァーゼに声を掛けると、彼は「いやいや」と眼前で右手をヒラヒラ振る。

「相手はギルドナイツですら生態がよく解ってねえ古龍なんだぜ? これでも足りねえんじゃねえかと思うぜ。――フェイさんも、古龍は初めてなんだろ?」

“フェイさん”――フェイロー=クウォルはヴァーゼの返答に、「ま、確かにな」と剃り残した髭を摩るように顎を撫でる。そのヴァーゼの台詞で確信を得たのだろう。戦士の一人が思わず口を開く。

「あんた、もしや【王剣】のフェイローか!?」

「――ん? ああ、そんな呼ばれ方もしてたな」

 突如としてざわつき出す広場。無理も無い事だった。

 猟人の世界では、相応のモンスターを討伐しない限り、渾名を得る事は叶わない。皆が敬意を以て従える程の実力を手にして初めて、渾名が就く。それは、自身が望む望まないに拘らず、だ。即ち渾名を持つ猟人は、それだけ稀有な存在であり、相当の実力を誇る熟練者の証でもある。

 そんな渾名持ちが現れた瞬間、広場の空気は緊迫から安堵へと移ろう。相手が“彷徨う災厄”と称される古龍であっても、渾名持ちが現れた今なら、退ける事は容易いと言う、幻想に囚われつつある。

 フェイローがその空気を一喝で消そうと思った瞬間、「戯けがッ!!」と、別の場所から恫喝が飛んできた。

 全員の視線が向かう先に、ギルドナイツを連れ立った老爺の姿が有った。

 全身を黒子シリーズと呼ばれる、東方に伝わる黒子そのものを模した防具で覆い、背中には龍弓【輪】を担いでいる。フェイロー同様、頭具を外しているから判るが、五十は疾うに過ぎているだろう、年老いた猟人だ。その特殊な出で立ちと顔を見た者達は、即座に彼が何者であるか認識する。

「黒子を纏いし龍弓使い、――【猟賢】ワイゼン翁か。あんた、まだ現役だったんだな」

 フェイローが何気無い口調で呟くと、広場のざわめきが更に濃くなった。対するワイゼンは深々と嘆息する。

「……フェイ、ヌシも余計な事を吐かすでないわ! ただでさえ馬鹿者共が浮かれ始めたと言うに……!」

「わぁってるよ、ワイゼン翁。俺だってこんな空気は好きじゃねえ。――勝利が約束されたっつー幻覚に囚われた空気は、な」

 フェイローが吐き捨てるように告げると、戦士達の中から不平の声が上がった。

「何言ってんだ? 【王剣】と【猟賢】が揃ったんだぞ、古龍なんざ怖くねえさ! 俺達が負ける要素なんて一つも――」

「おい。今、クソ巫山戯た事吐かした奴、もう帰っていいぞ」

「あ?」

「戦場でそんなクソ巫山戯た事吐かす奴はな、仲良く戦死でご帰還って決まってんだよ。俺はな、手前みたいなクソ巫山戯た奴と肩を並べるつもりはねえ。――とっとと失せろ」

 フェイローの歯に衣を着せぬ物言いに、初めは茫然自失だった戦士が、やがて怒りに顔を滾らせ、猛然と言い放つ。

「はぁ!? 手前、ちょっと有名人だからって調子乗ってんじゃねえぞ!?」

「調子乗ってんのはどっちだ馬鹿野郎。俺とワイゼン翁がいたら何だ? 俺達は勝利なんざ約束しねえ。勝利は己が力で掴み取るもんだろーがよ。俺はな、進んで手柄をもぎ取りたい奴とは肩を並べるつもりはあるが、単にお零れ与ろうって腑抜けと組む気なんざサラサラねーんだよ」

 平然と言いのけると、フェイローは欠伸を浮かべる。戦士の男は激昂したように怒鳴り返す。

「上等だァッ!! 手前の力なんざ借りなくても、古龍なんざ俺が捻り潰してやる!!」

 激昂した男に同調するように、皆が血気盛んに声を荒らげ始める。それを見て、フェイローは満足そうに笑みを滲ませる。

「……変わっとらんなぁ、ヌシは。鼓舞するにしても、もっとやり方があるんでないかの?」

 いつの間にか近づいていた老弓兵に、壮年の剣士は快活な笑みを返す。

「これが俺流の鼓舞さ。――それより、ワイゼン翁が呼び出されるたァ、どれだけ人材不足なんだ?」

 片眉を持ち上げて尋ねるフェイロー。ワイゼンは「そうじゃよなぁ」と苦笑を滲ませる。

 ワイゼンの隣に立っていた、ヴァーゼと同じギルドナイトスーツ蒼シリーズを纏った青年が、掛けた眼鏡を押し上げながら告げる。

「相手は“彷徨う災厄”と称される古龍なのですから、尽くせるだけの人事を尽くすべきでしょう? 近隣諸国に掛け合って、呼べるだけの猟人を招集したのですが……渾名持ちは貴方方二人だけという結果に……」

 悄然と顔を伏せるギルドナイツの青年に、ワイゼンは朗らかな微笑を見せる。

「なに、問題無かろう。高がモンスター、と侮るつもりは無いし、五十人もいれば、と高を括るつもりも無いがの、ワシの見立てじゃ、まー何とかなるじゃろ」

「そっちこそ、相変わらずの楽観主義じゃねえか、ワイゼン翁。……ところで、ヴァーゼ。訊きてえ事が有るんだがよ」

「あん? 何だよ、フェイさん」暢気に応じるヴァーゼ。

「ギルドナイツって、お前と、」とヴァーゼを顎で示すフェイロー。「こいつと、」今度はワイゼン翁を連れてきた眼鏡の青年を顎で示し、「あいつだけなのか?」最後に、広場の隅の方でライトボウガンの整備をしている、女性のギルドナイツを顎で指し示す。

「あぁ、そうだぜ。俺ヴァーゼと、この眼鏡のゼウィド、そして、あっちの女クルハ。この三人が、今回の古龍撃退に呼ばれた最高峰のギルドナイツメンバーだ」

 名指しされた眼鏡の青年――ゼウィドが会釈し、離れた位置にいたクルハは声が聞こえたのだろう、こちらを見て小さくお辞儀をする。

 二人のギルドナイツを見てフェイローは小さく一言。

「……頼りになるのは、ヴァーゼだけかもな」

「酷いですよ!?」と素っ頓狂な声でツッコミを入れるゼウィド。「僕だって、ギルドナイツで選抜された猟人なんですよ!? ヴァーゼとタメで張れる実力ありますって!!」

「そうなのかぁ?」とどこか胡散臭げに応じるフェイロー。「あっちの、クルハなんて、無表情で愛想が感じられねえんだが」

「これこれ、狩猟に愛想は関係無いじゃろうが」思わずツッコミを入れるワイゼン。「……今はクルハ、と言うのか」誰にも聞こえない程の小声で、そう付け足す。

「――とにかく、古龍はもう街の目前だ。俺はあんたら二人の策を取り入れたいと思ってんだ。渾名持ち二人の、な」

 眼光鋭く問いかけるヴァーゼの一言に、二人の目つきが変わる。鋭く、冷淡な色に。

「――ワイゼン翁。俺の案はこうだ。まず、四人一組で、その古龍とやらにぶつかる。数に任せて突っ込んでも、被害が徒に増えるだけだしな。いつもの狩猟スタイルに合わせた方が連携も取り易いだろうし。残りは全員後詰で待機だ。先遣の四人が確立した狩猟法を実践して貰う。数も質も有るんだ、何とかなるだろ?」

「そうだの、ワシもその案には概ね賛成じゃよ。――じゃが、誰が出る? ヌシが真っ先に突っ込むとして、残りの三人は?」

「ワイゼン翁。あんた、まだ前線を張る自信は有るか?」

 にや、と口唇を歪めて問うフェイローに、ワイゼンは「ふむ」と涼しげな表情のまま、彼の瞳を覗き込む。

「ワシの死地を作ってくれると言う事かの?」

「役に立たねえなら引っ込んでろって寸法さ」

「少しは年寄りを労わらんか馬鹿者! ……全く、最近の若者は礼儀がなっとらんぞ」

「で、どうなんだ【猟賢】? あんたの豊富な知識は、戦場でこそ役に立つ。その点だけは認めてんだぜ?」

「とほほ……もう実力は当てにされとらんのね、ワシ……」笑い泣きの表情でしょぼくれるワイゼン。「――ま、ええじゃろ。ワシも古龍とやらには興味が有る。ワシを起用する事、後悔するでないぞ?」

「じゃあ決まりだ。もう一人は――ヴァーゼ。手前なら、俺の背中を預けられる」ヴァーゼを見て、口唇を歪めるフェイロー。

「合点承知の助! フェイさんならそう言ってくれると信じてたぜ!」グッと拳を固め、親指を立ててはにかむヴァーゼ。

「最後の一人は――止むを得ねえな。誰か引っこ抜くしかねえか。出来れば、信頼の置ける奴が良い」

 話はそこで止まり、ヴァーゼがフェイローに代わって、戦士の一団に声を掛けた。先遣の一人に志願する者はいないか、と。

 見渡す限り、挙手する者はいない。皆、やはり恐れているのだ。古龍と言う、人智の及ばぬ強大なる存在を相手に、たった四人で対峙するなど……と、不意に恐怖が心の中に湧き上がっても不思議ではない。それはギルドナイツも同じなのか、眼前のゼウィドも沈黙を守っていた。

 フェイローが「さっきの威勢はどうしたよ、ったく……」と愚痴を吐き出した、その時だ。一人の手が挙がり、声が聞こえてきたのは。

「――私が立候補します」

 全員の視線がそちらへ向かう。戦士達が集う広場の隅で、ボウガンの整備をしていた少女が、ゆっくりとした所作で立ち上がり、こちらへ向かって歩いてくる。――小柄な少女だ。フェイローの胸元に顔が来る程の。

 彼女は機械染みた無機質の顔を上げ、フェイローの瞳を覗き込む。何の色も浮かんでいない、水晶のように透き通った瞳に覗き込まれ、フェイローは思わず瞳を眇めてしまう。

 先刻ヴァーゼに紹介された、クルハと名乗るギルドナイツの一人だ。

「……因みに、どうして立候補したのか、理由を訊かせて貰えるか?」

 フェイローが睨みつけるような眼光で問うと、クルハは微動だにせず、何の感情も載せずに応じた。

「私なら、貴方方三人のサポートが出来ると判断したからです」

「ほう? 随分な自信家だな。渾名持ちのサポートが、自分に務まると?」

 意地悪な発言だと知りつつ、フェイローは口を動かす。クルハは静かに、併し確りとした意志を見せて、言葉を舌に載せる。

「――私なら可能だと、判断しました」

「……くくっ、こいつァ面白ぇ。よし、決まりだ。手前が四人目だ、クルハ! てか、お前そんな可愛い名前してんなら、もっと愛想良く振る舞えよ」

「……?」クルハは疑念に眉を顰める。「クルハは、ギルドナイツで使われるコードです。本名ではありませんから、可愛いと言われても、反応に困ります」

「うん? そうなのか? じゃあ本名は何て言うんだよ?」

「業務規定に反しますので、お答えできません」

「――リボン、じゃろ? ギルドナイツは皆、本名を名乗っちゃいけん決まりでもあるのかの?」

 ワイゼンが涼しげな表情で尋ねると、クルハは不機嫌そうに顔を顰めた。

「……本名は名乗りたくないので、コードを使わせて貰っているのです。ワイゼン様の発言で全て台無しにされましたが」

「何だァ? ワイゼン翁、そいつと知り合いなのか?」

 苛立ちの混ざった苦々しい表情を浮かべるクルハを見たフェイローが、ワイゼンへと視線を向ける。ワイゼンは目を瞑り、「ま、昔、ちょっと世話をしてやっただけじゃ」と軽く応じるだけで、それ以上は答えなかった。

「ま、どっちにしろ可愛い名前じゃねえか。だったら、今度からもっと愛想良くしてくれよ」

「……理解不能です。可愛い名前と愛想が良いとは、何の関連性も――」

「返事は、『は~い♪』――な。あと、笑顔を絶やすなよ? 笑えば可愛いに決まってんだからよ」

「……理解不能です」

 その時だ。街の入口の方から一際大きな轟音が鳴り響いたのは。

「――時間だぜ、フェイさん!」俄然、勢いづくヴァーゼ。

「よぅし、そんじゃま、いっちょ派手にぶちかますか!」拳を合わせてフェイロー。

「やれやれ……若者に合わせると体が持たんのじゃがなぁ」苦笑と共に肩を竦めるワイゼン。

 三人の勇士が肩を並べて歩き出したのを見て、クルハは一つ頷き、自身の武器である傘の形を模したライトボウガン――ピンクフリルパラソルを携え、後を追って走り出す。

 その瞳に映る三人の後姿は、誰よりも大きく、そして誇らしげに映った。




【後書】
 前回のエピソードで触れた、フォアン君の夢の続きになります。伏線祭りですね!(笑)
 さてさて、先日サルベージ作業が完全に終わったとか何とか言っておりましたが、まだ12話分もサルベージが残っている事につい先日気づきまして…(^ω^) 今度はサルベージもそうですが捜索から始めねば状態なので、まだまだ安心できない奴でした…(笑)
 尤も、もう少し先のお話なので、今回のエピソードに関してはバッチリ配信できますので、そこだけはご安心をば!w 次かその次辺りのエピソードで突然更新が途絶したらお察しくだされば…!w
 そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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069.ティアリィ

「…………暇だー……」

 ラウト村に在る酒場の一角で、今日もいつものように、一人の少女がテーブルに突っ伏して、怠そうに足をパタパタ動かしている。

 ラウト村を代表する猟人である少女――ベルは、退屈に苛まれていた。と言うのも、粗方依頼を終えてしまい、やる事が無いからである。村人にとっては最高の状態なのだが、猟人は依頼が無ければただのニートである。

 尤も、猟人だって自分の都合で素材を集めたり、モンスターを退治したりしても良いのだが、ベルは自ら村を出て依頼を受けようとは思わなかった。村を出て依頼を受ければ、それだけ村を空ける事に繋がる。折角村専属の猟人になったのだから、彼らのために少しでも村にいよう、と言う考えが働いての事だった。

 と言う訳で、今日も退屈凌ぎに酒場へと繰り出し、暇を訴える相手を待っていた。

 そして、そんな時に限って現れない残り二人の村専属猟人。最早ベルがしようとしている事など何でもお見通しと言わんばかりに、狙って姿を消す二人に、ベルは一人で愚痴を零していた。

「退屈そうですね~」

 ふと、カウンターから声が飛んできた。視線を向けると、酒場の主である受付嬢がこちらを見て微笑んでいた。

 大抵の街や村では、酒場はギルドの直営店を兼ねている。それ故、猟人は自然と酒場に集まる。酒場で狩猟や採取、護衛などの依頼を受け、酒場で仲間に募集を掛け、依頼が終わると酒場へ戻って依頼成功を祝ったり、反省会を開いたりする。

 辺境のラウト村でもその点だけは変わり無かった。受付嬢である、メイド姿の彼女――ティアリィから依頼を受注し、ベル達は狩場へと向かう。

 ベルはティアリィを見つめて、嘆息を零した。

「ねぇねぇ、ティアリィ~。何か面白そうな事、無い?」

「面白そうな事、ですか?」営業スマイルのまま、小首を傾げるティアリィ。「そうですねぇ。最近、ベルさんがやたらとフォアンさんを意識されている事とか、ですか?」

 ベルの顔が茹蛸のように赤く染まった。

「ちょッ、やッ、何言ってんの?! それ勘違い!! 勘違いだから!!」

「そうなんですか?」先刻の姿勢から微動だにせず、ティアリィ。「てっきり、フォアンさんを意識するような事件が遭ったのかと、妄想を膨らませていたのですが♪」

 フォアンを意識するような事件。ベルは即座に、彼が自分の胸を揉んだ挙句、告白染みた台詞を吐いた場面を克明に想起し、更に顔を真っ赤に染めた。

 言い訳を口にする事も出来ず、茹で上がったタコのように真っ赤になったまま、椅子の上で固まってしまうベル。視線が泳ぎ、定まらない。口許は引き攣った笑みの形で凍っている。傍目にも判る程に動揺するベルに、ティアリィは楽しげに微笑を浮かべている。

「そっ、そそそっ、そんな事よりもティアリィ!? あんたは、ほらっ、好きな男とか、いないのッ!?」

 酷い話の変え方にベルは自分で言っておきながら気づいていない。けれどティアリィは、彼女の話に合わせるように感慨深そうに虚空を見据える。

「好きな方ですかぁ~……私は、ベルさんが好きですよ~♪」

「ふぇえ!? あ、あたしッ!? やッ、そのッ、あたしはそんな趣味は無いんだけど……ッ!?」顔を真っ赤にしたままアタフタとベル。

「いえいえ、勿論、恋愛感情を抜きにして、ですよ~。フォアンさんも、ザレアさんも、コニカさんも、ウェズさんも、皆さんの事が、私は大好きですから~」

 ニコニコと、全く掴み所の無い、屈託の無い笑みを浮かべるティアリィ。やっぱり彼女には叶わないと、ベルは視線を逸らして嘆息する。

「じゃあさ、恋愛の面で、好きな奴っていないの? ティアリィってその……あたしより年上じゃない? その……何て言うか、そろそろ身を固めようとかって……」

 言ってて、自分がかなり失礼な事を口走っている事に気づき、ベルが即座にこの話題は止めようと更に言を募らせようと――

「私の想い人は、遠くにいるんですよね~」

 ――する前に、ティアリィが感慨深げに意味深な発言を零した。

 いつもミステリアスな雰囲気を漂わせているティアリィ。自分の事は話したがらないのかと思いきや、割とあっさり告白した事に、ベルは若干驚きを禁じ得なかった。

 と同時に、自分の中の好奇心が目覚めてしまった。

「ティアリィにも好きな人がいるんだ!? うわー、初耳! どんな人なのっ!?」

 興奮冷めやらぬままに問いを重ねるベル。ティアリィは困った風に苦笑を滲ませ、遠くを見つめる仕草をして、カウンターに肘を突いた。

「まぁ……女心なんて、これっぽっちも解らないような奴ですよ。好きな事を好きなだけして、皆を困らせてる事にも気づかない、俺様君ですからね~」

 いつもの語調に、妙に親近感が湧く声調が混ざり、ベルは思わず「うんうんっ」と頷いてしまう。

「解るっ、解るよその気持ち! 男ってどうして相手の気持ちを慮らないのかしら。全然女心が解ってないのよ!」

「自分こそが正しいと思い込んでるんですよね~。だと言うのに……何で惚れちゃったんでしょうかね~ホントに」

「うんうん……うわぁ、何だかティアリィを物凄く近くに感じちゃったわ。ティアリィも苦労してるのねぇ……」

「ふふふ♪ お互い様ですよ、ベルさん♪」

 二人して微笑み合っていると、ふとティアリィが何かを思い出したのか、ぽん、と手を打って「そうでした」と呟いた。

「? どうしたの?」興味を覚えて問いかけるベル。

「今の話で思い出したのですが、ちょっと上司からお呼び出しが掛かっていまして、近々街の方へ出掛けるんですよ~」

「ふぇ? 上司って言うと……ハンターズギルドからって事?」

 ハンターズギルド直営の店を営んでいるのだからそうだろう。ティアリィがこくんと首肯するとベルはカウンターに歩み寄り、ティアリィの眼前で尋ねる。

「ねぇ、それって猟人の護衛は必要無い? 街に辿り着くまで、危険じゃないかしらっ?」

 ベルが哀願するように尋ねてきたのを見て、彼女が何を訴えているのか即座に察したティアリィは、会心の笑みで応じた。

「ええ、そうですね。三人ほど、護衛が欲しい所です♪」

 その答を聞いた瞬間、ベルは「やりぃっ!」と指を鳴らして歓喜したが、即座に思い留まり、二人以外に誰もいないと言うのに声を潜め、ティアリィに話しかける。

「で、でもさティアリィ。村に一人も猟人がいないと流石に……」

「それは今更ではありませんか? ベルさん。パルトー王国へ遠征に出掛けた事も有るではありませんか。ラウト村は安全ですよ~」

「それはそうなんだけど……あたしも何度と無く村を空けてるから、あまり大きな声では言えないんだけどさ、村に猟人がいないのって、やっぱり村専属の猟人としては、ダメだと思うのよ……」

 村専属と言うのは、村の安全を守るために常駐する猟人だと、ベルは考えている。村に襲来するあらゆる危険から守り抜くために、専属で雇われているのだから、それは当然であるとも。

 だが、それは古い考え方なのだろうか。ベルは自分の考えと、自分のやりたい事に板挟みにされ、妙な息苦しさを覚える。

「その話の結論も、もう出ているのでしょう?」

 ティアリィは静かにそれだけ告げた。ベルがハッとして彼女の顔を見ると、彼女はいつもと変わらぬ営業スマイルを浮かべ、ベルを見つめ返している。

「本当にラウト村の事を想っているのなら、村長の言葉を信じて差し上げたら如何でしょうか?」

 ベルは二の句を継げられなかった。彼女の問いかけは、既にベルの中で完結された問題の蒸し返しだ。それを、ベルは今、思い出した。

 ばつが悪そうに頭を掻くベルは、ティアリィに視線を向け、苦笑を浮かべる。

「……そうよね。あたし、村長を信じてあげられなかったかも。――うん、もう考えるのは終わり。そうしなきゃ、また村長が泣いちゃうかも知れないし♪」

 ベルがはにかんで結論を出した姿を見て、ティアリィもまた、嬉しげに微笑を浮かべる。

 

 

 その頃、酒場の入口では、三人の男女が突っ立っていた。

「……どうしましょう。何だか入り辛いのですが……」と呟くのは村長のコニカ。

「立ち聞きするつもりは無かったんだけどな」頬を掻いて苦笑するのはフォアン。

「にゃーっ、オイラも一緒にお話ししたかったのにゃ!」暴れだすザレア。

 ――こうして今日もラウト村は、平和な朝を迎えるのである。




【後書】
 と言う訳でいつもの日常パートです。寧ろこれがメインな所有りますよね…!w
 前回のエピソードからそうなのですが、だいぶ恋愛チックな展開がこの辺から出て参ります。と言いますか、今回のエピソードがそういう物語と言う感じですね!
 ティアリィの想い人、ベルの想い人。どちらも天然と言って差し支えない相手ですから、苦労しますよね…w そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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070.ベルの師匠

「オートリアの街って、初めて行くのにゃ~」

 アプトノスが牽く竜車の中で、〈アイルーフェイク〉を被った少女、ザレアが呟いた。

 ティアリィと雑談に興じていたベルは、何故か酒場の前で屯していた一同を迎え入れ、これから街へ出掛ける旨を伝えると、その日の昼にはラウト村を発っていた。フォアンとザレアは勿論の事ながら、コニカも街へ出掛ける事に賛成し、手を振って見送ってくれた。

 因みに、村に一人も猟人がいないのはどうだろうと言う、ベルが再三疑問に感じていた質問に対し、コニカは笑顔で応じた。

「アネさんがいますから♪」

 その一言で、その場に居合わせた全員が納得できた。彼女――否、彼になら村を任せられる、と。

 今回、竜車を繰っているのはティアリィだ。いつもの給仕服ではなく、外見に合う可憐な私服に身を包み、手綱を握っている。

 客車の中でのんびりと風景を眺めていたベルが車内へ視線を向け直すと、ザレアが〈アイルーフェイク〉の目を輝かせて自分を見つめている姿が視野に入った。

 ザレアが言うように、今回ティアリィの用事が有る街の名前は、オートリアだ。

「そうねぇ、ドンドルマに比べたら規模は小さいけど、割と大きな街ね。――そうそう、あたしの師匠がいる街よ」

「ベルさんのお師匠様がいるのかにゃ! 是非逢ってみたいのにゃ!」

 興味津々で話に食いつくザレアに、ベルは思わず苦笑を呈する。手をヒラヒラと振って、「逢わない方が良いって」と告げる。

「何でだ? ベルの狩猟の基礎は、師匠から教わったものなんだろ? 俺も一度、逢ってみたいな」

「あぁ、フォアンなら大丈夫だと思うわ」

 フォアンが小首を傾げて問うと、何故かベルは首肯する。ザレアが思わず「がーんっ」と衝撃を受けたようにたじろぐ。

「オ、オイラはダメで、フォアン君は良いのにゃ……っ? オ、オイラも逢いたいのにゃ! どうしてオイラだけ仲間外れにするのにゃーっ!」

 大声で喚き散らすザレアを見て、ベルが慌てて慰めるように説明を付け加える。

「違うのよザレアっ。その……前に話したと思うんだけど、あたしの師匠って……超が付く程のエロジジイなのよ。ザレアに魔の手が伸びるなんて、考えたくも無いわ」

 本気で憂鬱そうに嘆息するベルを見て、よっぽどなのだろうと推測する二人の猟人。

「例えばどんなセクハラ行為をするんだ?」

「……あんた、それをあたしの口から言えと? それも歴としたセクハラ行為だと思うんだけど?」

「あぁ、そう言えばそうだ。済まん、今の話は忘れてくれ」

 平謝りするフォアンを見て、ベルは複雑そうな表情で嘆息。

「……まぁ、皆が想像できるような行為を四六時中やってんのよ、あの色情魔は」

「でも、そんなセクハラ行為ばかりしてて、よく捕まらないな。ギルドナイツは流石に動かないまでも、街を守るガーディアンとは一悶着有って良さそうなもんだけど」

 フォアンが腕を組んで難しい顔になる。ベルの発言が正しいのなら、そんな人間がいたら猟人と言えど女性限定で誰も近づこうとしなくなるだろう。それでも街に居を構えているのだから、不思議な気がする。

 フォアンが言いたい事を何と無く察したベルは、苦笑を滲ませて応じる。

「セクハラをするって言っても、身内のお手伝いさんにしかしないわよ。……あと、馴染みの酒場の給仕さんとか?」

「お手伝いさんがいるのかにゃ? もしかして、ベルさんのお師匠様って、お金持ちだったりするのかにゃ?」

 ザレアが小首を傾げて問うと、ベルはコクリと頷いた。

「あたしは知らないんだけど、割と有名な猟人だったらしいわよ。でもまぁ、二人に比べたらきっと霞んじゃう程だと思うけど」

 ベルは苦笑を浮かべて謙遜する。フォアンの父親は命を賭して古龍を迎撃した英雄、ザレアの師匠はギルドナイツの騎士長だ。二人ほど有名な猟人はいないだろうと、ベルは高を括っていた。

「それで? ベルの師匠って何て名前なんだ? もしかしたら俺達が知ってる程の有名な猟人かも知れないし」

「そうにゃそうにゃ! ベルさんだけ教えてくれにゃいにゃんて狡いのにゃ!」

「そ、そう? あたしの師匠はワイゼンって名前の弓使いでね、地元では“ワイゼン翁”の愛称で呼ばれてたわ」

 竜車の揺れ動く、ゴトゴトと言う音以外が絶えた客車。

 ベルが「ほら、やっぱり知らないでしょ?」と苦笑を浮かべた、その時。二人の猟人が驚きの声を上げる。

「――【猟賢】ワイゼン翁かにゃ!?」

「ワイゼン翁って言ったら、超が付く程の有名人だぞ」

 ザレアが素っ頓狂な声を上げ、フォアンが驚きに眉を持ち上げて呟く。

 二人の予想外の反応にベルは不思議な表情を浮かべた。

「え? 【猟賢】ワイゼン翁? ……って、何の事?」

「――ベルは渾名って知ってるよな?」

「あ、うん、それは知ってるわ。ハンターズギルドが認める実力を誇る猟人の事よね? 認められるには相当数のモンスターを狩猟しないといけないとか……」

「そうそう。で、ワイゼン翁は、還暦を迎えても現役猟人として活躍している事と、その豊満な知識をハンターズギルドと共有して貢献している事から、【猟賢】の渾名を付けられたらしい。黒子の弓使いで名を馳せた、実力も確かな猟人だって聞いてるぜ」

「豊富にゃ知識は、狩猟に関する事、モンスターに関する事だけじゃにゃくて、地域や武具、気候や古代の文献に関するあらゆる事柄が含まれる、博覧強記だって話だにゃ! 彼に解らにゃい事にゃど無いと言わしめる程の猟人が、ベルさんのお師匠様だったにゃんて! か、感激だにゃーっ!」

 二人して興奮気味に詰め寄ってくるので、ベルはたじたじだった。

「ちょっ、ちょっと落ち着いて! あたしに少し考える時間を頂戴!」

 二人の猟人が興奮冷めやらぬままに視線を浴びせてくる中、ベルは深呼吸して悩ましげな表情で呟く。

「……一つ訊きたいんだけど、二人してあたしを騙そうとか……」

「ワイゼン翁の話を聞かせてくれ。頼む。何でもいい」

「にゃーっ、早くワイゼン翁に逢いたいのにゃーっ」

「……じゃないのね……。えーっ、絶対に有り得ないわよ! きっと人違いよ! 同名の人違いに違いないわ!」

 自分の中に有るイメージと、二人が語る人物のイメージが全く噛み合わないのだから、ベルにとっては別人の話をしているとしか考えられなかった。

「ベルさんが師事していた方って、ワイゼン翁だったのですか~」

 そんな時、ふと客車の外から声が聞こえてきた。アプトノスの手綱を繰っているティアリィだ。

 そんな彼女の方へ向けて、ベルは苦笑と共に声を投げる。

「ティアリィまで止めてよ~。絶対に違うって!」

「そうでしょうか~。ベルさんの弓の腕をこの目で見た事が無いのにこんな事を言うのはおかしいのですが、武具を見る限りでは確りとした腕前を持っているのですよね? 女の身で、それもそんな歳で武具を揃えられるのですから、相応の鍛練は必須。ワイゼン翁を師事していたと考えれば、その話にも信憑性が湧きますよ~」

 尤もらしい事を言うティアリィに、ベルは何とか言い返そうとするが、返す言葉が思いつかなかった。

 自分の素質が良かった、と驕るつもりは無いが、どうしても自分の知るワイゼンと、彼らの語るワイゼンが合致しない。

「……まぁ、そうね。逢ってみたら解ると思うわ。確実に幻滅すると思うから、覚悟しといてね?」

 念を押すベルに対し、二人の猟人は早くも浮かれている。ベルは嘆息を零し、まだ遠めにも見えない街にいる師匠に想いを馳せる。

 ……有り得ない……。

 それ以外の感想が浮かばないベルだった。




【後書】
 と言う訳で遂に色々明かされて参りましたが、あの過去は実は…! ネタが大好きっ子のわたくし、やっとここまで来た~感で一杯です!(笑)
 実はこの辺りを綴ってた当時、【小説家になろう】に投稿していたのですけれどね、ちょこちょこ感想を頂く機会が増えまして、色んなモンハン二次作家さんと交流する機会に恵まれまして。わたくしも気紛れによその作品を読み漁っていたのですが、二つ名かっこええなー! と思ったりしたのですよ!
 こういう、何と言うんですか、その人物を表す短い語録って中二病がざわめく奴でして…! んでまー漢字を組み合わせるのが大好きマンですからね、こういう妄想を働かせて日々(・∀・)ニヤニヤして過ごしてる訳ですよ!w
 あとこれは更なる蛇足なのですが、集落の名前を考えるのが苦手マンでして、毎度直感で閃いた単語をパッと使ってる奴です。オートリア。クルマの事でも考えていたのかも知れません(笑)。
 そんなこったで次回もお楽しみに~♪w


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071.オートリア

 巨大な防壁に囲まれた街オートリアの内側は、モンスターに襲われる事が無いと安心しきった一般市民が活気に満ちた声を上げて賑わっている。

 ドンドルマの街と遜色の無い賑わいに欠かせないのは、やはり猟人の姿だ。彼らが街を守護しているからこそ、安全が約束される。街の人間もそれを解っているから、街を訪れる猟人を温かく出迎えてくれる。

 アプトノスの竜車に乗ったまま街の中に入り、活気に満ちた人達で溢れ返っている姿を見て、いつの間にか覚えていた人恋しさが満たされるような想いを懐くベル。

「……ラウト村も、ここまでいかなくても良いから、もっと大きくなって、人が増えていくと良いわよね~……」

 客車から降り、御者台に座るティアリィに声を掛けるベル。ティアリィもいつもの営業スマイルのまま、「そうですね~」としみじみとした声調で返す。

「そのためには、俺達がもっと頑張らないとな」ぽん、とベルの肩を叩いて告げるフォアン。「猟人絶えし村、去らざるを得ん、って言うしな」

「初めて聞く諺なんだけど……まぁ、確かにそうかもね。コニカのためにも、もっと頑張らなくっちゃね!」

「オイラも頑張るのにゃ! もっともっと大タル爆弾Gを増やして、村のどこを見ても大タル爆弾Gが見える村にしたいのにゃ!」

「恐怖だよ!! 何その空恐ろしい村!? 寿命が縮む事で有名になりそうなんだけど!?」

「確かににゃ……あまりの安心感に、つい天国へ旅立ってしまうかも知れにゃいにゃ!」

「村人全員巻き込んだ上に天国へは片道切符だから! 次の日には村が地図上から消えてるから!」

「村人全員が空を飛べるツアーとか用意したら、有名になりそうだな?」

「もう二度と地上には戻って来られないけどね!!」

 ベルが懸命にツッコミを入れている間に、竜車を厩に泊めたティアリィが戻ってきた。

「それでは私は用事を済ませてきますので、皆さんとはここで一旦別行動させて頂きますね~♪」

「あ、うん。あたしも折角だから師匠のトコに寄ってく事にするよ。……この二人がそれ以外の選択肢を許してくれないみたいだし……」

 ベルが疲れたような仕草で二人の猟人を示すと、ティアリィは微笑を浮かべて応じる。

「まぁまぁ、良いではないですか。ワイゼン翁はかなりお歳を召していらっしゃるのではないですか? 折角来たのですし、孝行しておくと良いのではないでしょうか~?」

「う~ん……師匠に孝行するのは弟子として当然だろうけど……奴にだけは孝行したくないなぁ……」

 悩ましげに腕を組むベル。ティアリィはそんな彼女に構わず話を進めていく。

 結局、明日の朝、厩の前で落ち合う事を約束し、三人の猟人とティアリィは別れた。

 

 

「うにゃぁ……でっかい豪邸だにゃ!」

「流石はワイゼン翁って感じだな。俺達と住んでる世界が違うぜ」

 二人の猟人が感嘆の吐息を漏らして見上げる屋敷は、オートリアの北西――貴族達が住まう住宅地の一角に在る。

 青と白のコントラストと規模の大きさから、“城”と言われても頷ける建造物だ。

 貴族どころか王族でも住んでいそうな居城。その入口である巨大な鉄製の門を気兼ね無く開くベルは、二人の感想に頷きながら呟く。

「あたしも猟人で成功したら、こんな豪邸を手に入れて……ぐへへ」

「ベル、涎、涎」

「おっと、じゅるり」

 黒いオーラを纏ったベルが、巨大な門の隅に在る小さな出入口から中に入って行く。二人の猟人はそれに続く。

 前庭には噴水が設けられ、今も高らかに冷水を噴き上げている。舗装された道は綺麗に掃除され、庭師の手入れが行き届いた植木が並んでいる。

 前庭だけでも、飛竜とマトモにやり合えるだけの空間が存在している。遠めに見えていた“城”も、近づけば近づく程、その巨大さに呑み込まれそうになる。

 前庭を歩いていると、ふと誰かが全速力で駆けて来る姿が目に映った。ベルがそちらに視線を向けると、その顔に笑みが浮かんだ。

「あ、ロ――」

 手を挙げて名前を呼ぼうとしたベルの脇腹にドロップキックが飛来した。

 ベルは勢いを殺せずに吹き飛び、舗装された路面をゴロゴロ転がって、噴水の縁に頭をぶつけて停止。即座に動き出す事は無かった。

「いやっふぉーう! お姉さんのドロップキックを見切れないとはぁ、貴様ベルちゃんを騙るベルちゃんだな!? お姉さんは何でもお見通しなのさ!」

 ふはははー、と仁王立ちで大笑するメイド服の女。短く切り揃えた緑髪から見える素顔は、デフォルトで八重歯が覗くやんちゃっぽい顔立ち。二十代半ばと言った所だろうか。瑞々しい雰囲気と共に、子供のような危なっかしい雰囲気を纏っている。

「おやん? キミ達はベルちゃんのお友達かな~? いや、そうに違いあるまい! お姉さんは何でも知ってるのさ! ふはははは!」

「凄いテンションだな。――俺はベルの狩友のフォアンだ」

「オイラはフォアン君とベルさんの狩友の、ザレアだにゃ! カッコいいお姉さん! サイン下さいにゃ!」

「おうけい任せとけいっ! お姉さんはいつでもサインを受け付けてるのさ!」

 メイドの女がはしゃぎながらザレアの差し出した色紙にサインを綴っていると、屋敷の方から今度は執事服の男が歩いて来た。

「何しとるんじゃ、ロザ姐。……ん? 来客の約束はしとらんと思うんじゃが……。何者じゃ、オノレら?」

 顔面傷だらけに加え、厳ついサングラスを掛けた執事服の男は、ドスの利いた声で尋ねてくる。歩き方も、両手をポケットに突っ込み、蟹股に加えて猫背と言う、ちょっと古臭さを感じるヤンキーの仕草だ。黒髪はリーゼント――ゲリョスソウルと呼ばれる髪型に固めている。

「ベルちゃんの狩友だってさギース君!」

 ロザと呼ばれたメイド服の女がサインを終えて極上の笑顔で応じると、執事服の男――ギースが愕然と大口を開ける。

「お、お嬢が帰ってきたじゃとぅ!? 何でそれを先に言わんのじゃ姐さん!! どこじゃ! どこにお嬢が――」

 ギースの視界に、噴水の縁に頭をぶつけて昏倒しているベルの姿が映るのは時間の問題だった。

「お、お嬢ォォォォ―――――ッッ!?」全速力でベルの元へと駆けていくギース。ベルを抱き起こし、がくがくと体を震わせて、「お、お嬢ォォォォ―――――ッッ!!」泣き叫んだ。

「いや、ベルは死んでないから」

 フォアンが冷静にツッコミを入れると、ギースはベルを地面に優しく戻し、フォアンを睨み据えて指の骨をペキポキ鳴らし始める。

「何じゃオンドレェ……ワシに喧嘩売っとるんか、オォ? 今のは感動シーンじゃろが。ワシがお嬢を生き返らして、お嬢が遂にワシの想いに気づいてワシと添い遂げて、大団円じゃろうがァ!!」

 物凄い剣幕で捲くし立てるギースだったが、全く動じないフォアン。

「残念だったな。ベルは死んでないし、お前とハッピーエンドになる事も、無い」

「な、何じゃとう!? オンドリャ何を吐かしとんのんじゃ!? ――まさか! オンドリャお嬢を食いよ――」

「そいやーっ!」

 発言中のギースの脳天目掛けて放たれたドロップキックのお陰で、ギースは台詞を発し終える前に吹き飛び、ゴロゴロと路面を転がって植木に頭から突っ込んで止まった。やはり、すぐに動き出す気配は無かった。

 華麗なドロップキックを見せたメイド――ロザはご満悦な表情で、「さーてとっ」と明るく振る舞うと、

「まぁ、積もる話も有るだろーし、まずはおいでませワイゼン屋敷って奴なのさ!」

 きらりん☆ と八重歯を輝かせてポーズを決めるロザ。

「…………きゅう」

 ベルはまだ目を回していた。




【後書】
 実はこの二人の新キャラ、ロザ姐さんとギース君、元は存在しなかったと言いますか、「ワイゼン翁って富豪だから、こう、メイドさんと執事さんいるよね」って所から妄想が始まり、突発的に出現したキャラクターだったりしますw なのでこの二人って一番設定が少ないんですね!
 あと、この物語を当時投稿していた折は、同じモンハン二次作家の先生の一人に「広島弁」のレクチャーを受けたりしておりましたw 懐かしい!w 誰がその恩恵を受けたのか本文を読めば流石に分かるかと思いますが、お陰様で素敵なキャラクターに磨きが掛かっております…!
 さてさて、賑やかなキャラクターが増えまして、次回はワイゼン邸です! 灰汁の強いキャラクターが多い物語ですが、わたくしの中でワイゼン翁のキャラクターは今作が初めてでしたので、そりゃもう大変愉しませて頂きましたとも!w そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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072.覚悟も、責任も

「お客様の、おなーりーっ!」

 重厚な扉を押し開き、ベル達三人の猟人を招き入れたロザは、極上の笑顔で屋敷の中へと声を放った。

「いやそれ、客に言うべき台詞なの……?」疑問符を浮かべつつ、ベルがツッコミを入れる。

「でも、悪い気はしないぜ」とフォアンが親指を立てる。

「あぁ……ロザさん、カッコいいのにゃ……惚れちゃいそうにゃっ」

〈アイルーフェイク〉の目許が輝いているような錯覚を覚える程に、ロザに対する感情が表面化しているザレアを見て、ベルは微苦笑を滲ませる。

「あんたも熟々変わり者よね……ロザ姉のどこが良いってのよ?」

「そりゃもう、あの爆弾染みた発言とか、爆弾染みた行動とかだにゃ!」にゃっほう、と喜びを体現するザレア。

「“爆弾染みてる”に就いて詳しくお願いできるかしら!?」ツッコミを入れざるを得ないベル。

「ふん、そっちの猫頭はロザ姐の事をよう解っとるようじゃのぅ。そうとも、ロザ姐はワシらの太陽じゃ! お嬢のいない暗黒世界を照らし出す、太陽なんじゃ!」

「暗黒世界って……他のメイドさんはどうしたのよ?」

 ベルが水を向けると、ギースはサングラスを押し上げ、光の反射で鋭い瞳が見えなくなる。

「お嬢……おやっさんの悪癖は、重々知っとる筈じゃろ?」

「……また、いなくなったんだ……メイドさん……」

 つい、と視線を逸らすベルに、ギースは畳み掛けるように声を荒げる。

「メイド長と謳いながらロザ姐しかメイドがおらんのじゃぞ!? そないな話有って良いんか!? 否! 有っちゃいけん話じゃろうが!! でももうその心配も必要ないけぇ! お嬢が帰って来たんじゃからなぁぁぁぁ―――――ッッ!!」

 怒鳴り散らすギースに、ロザが背後からチョップを振り下ろした。

「がッ」頭が大きく揺れるギース。

「んもうギース君ったらすーぐ熱くなるんだから! お姉さんがいるんだから、それで満足しなさい! お姉さんは皆のスターなのさ!」左手を腰に当て、右手の人差し指を立てて講釈を垂れるロザ。

「何気に凄い事をサラリと言うわね、ロザ姉……」

 ちょっと頬を赤らめてベルがツッコミを入れると、屋敷の玄関口の中二階から声が降りてきた。

「何じゃ騒がしいのう……どうしたんじゃ? 客がどうとか聞こえたが、今日は来客の予定は入っとらん筈なんじゃが……?」

 音源を辿って視線を向けると、そこには白髪を腰まで伸ばした老爺の姿。口髭も胸元まで伸び、顔は全体的に白毛で覆われている。ゆったりとしたローブ姿の老爺は、広間を漫才しながら歩いている一団の中からベルを見かけるや否や、何の躊躇も無く中二階から飛び降りた。

 ずだーんっ、と地響きを立てて着地を決める老爺。その瞳は、何故かギラギラに脂ぎっている。

「旦那様じゃん!」「おやっさん!」ロザとギースが同時に発声。

 屋敷の主らしい老爺は、手をワキワキと握り開きをしながら躙り寄って来る。

「ひ、久し振り……師匠?」

 ベルが引き攣った笑みで片手を挙げた、刹那。

 老爺の姿が消えた。

 フォアンとザレアは目を瞠る。モンスターの素早い動きでも見切れる自信が有る猟人の動体視力の範疇外の速さで動いた老爺に、驚愕の念を懐いたのだ。

 どこに行ったのか――それをベルに問おうと声を掛けようとした瞬間、二人は気づいた。

 ベルを抱き締めながら舌を出して発情している老爺を見つけた。

「ベベベベベルちゃんじゃ~! ワシが恋しくなって帰って来たんじゃろ!? ヌシの居場所は、やっぱりここしかないんじゃよ~♪ ムホホホホ!」

 抱き締めたその手でベルの体中を弄る老爺。ピキッ、とガラスに皹が入ったような擬音を発して、ベルの中の何かが崩れた。

 老爺の顎の下から拳を叩き上げて老爺の体を浮かせると、回し蹴りで老爺の体を薙ぎ飛ばすベル。

「ヘグァッ!」と何かが破壊される音と共に宙を舞う老爺。

 老爺が壁に減り込む形で動きを止めるのを見ながら、切らした息を整え、立てた親指を地に向けるベル。

「――くたばれクソジジイッ!! ……うわーんっ、やっぱり帰ってくるんじゃなかったぁぁぁぁ―――――ッッ!!」

 自分の体をひしと抱き締めながら泣き崩れるベル。

「何しとんのじゃ、おやっさん!? お嬢を相手にする時はもっと繊細且つ丁寧にしろとあれほど……!!」老爺に駆け寄りながらギース。

「こらギース君! 傷心のベルを慰めてポイントを稼ごうと言う魂胆が見え見えだぞ! お姉さんは些細な事でも見逃さないのさ☆」きらっ☆とポーズを決めるロザ。

「ロザ姐!? ワシはそんな打算してないけえ! 純粋にお嬢の心配を――ッ!!」

「――むむ!? ど、どういう事じゃ……ベルのおっぱいに揉まれた形跡が有るぞ!?」

 老爺が悲痛な声で叫んだ瞬間、ベルに視線が集中した。

「なっなっなっ……!?」顔が茹で上がったタコのように赤くなるベル。「なっ、何でそんな事が解るのよ!?」それでもツッコミは欠かさない。

 ギースが茫然自失の態で跪く。「そんな……そないな事が有ってええんか!! 誰じゃ!? お嬢、言ってくれ!! ワシがそのボケぶっ殺しちゃるけえのぉ!!」

 ロザは腕を組んでうんうんと頷いている。「遂にベルちゃんも大人の階段を登ったんだね☆ お姉さんは嬉しいよ♪ ――でででっ? 相手は誰だい!? ――いいや、言わなくても判るよベルちゃん! お姉さんは何でもお見通しなのさ☆ 犯人は――キミだねっ、フォアン君!!」

 ずびしっ、とロザに指差されたフォアンは、若干驚いたような表情を浮かべたが、あっさりと肯定した。

「ああ、ベルの胸を揉んだのは俺だぜ」

 瞬間、場が凍りついた。

「フォ、フォアンンンン!? そんな事は真顔で言わなくて良いから!!」ベルが顔を真っ赤にして絶叫する。

「フォアンとやら……オノレは最大の禁忌を犯しよったようじゃのぉ……!! よりにもよってウチのお嬢に手ェ出すたァ……覚悟は出来とんじゃろうなァ!?」

「ワシの……ワシの大事なベルちゃんを穢した責任、取って貰おうかァ!!」

「いつからあんたらの所有物になったのあたし!?」

 ベルが泣き笑いの表情でツッコミを入れた、その時。

「覚悟は出来てる。責任も取るつもりだ。だから――ベルは貰ってく」

 フォアンの静かな声が、屋敷の中に重く響き渡った。

 誰も二の句が継げない空気が出来上がる。老爺は目を瞠り、ギースはあんぐりと大口を開け、ロザは右手を口に当て、ベルは真っ赤になったまま硬直している。

「流石だにゃ! フォアン君、カッコいいのにゃ! 惚れちゃいそうにゃ!」

 一人、屋敷を支配する凄まじい空気を読めない猫頭の少女が、喜びを体現するように腕を回して跳び上がる。

 暫くザレア以外の時間が凝固したのは、言うまでも無い事だった。




【後書】
 と言う訳でワイゼン翁のおなーりー! な訳ですが、今回の話は正直勢いだけで綴ってる感がしゅごいです(笑)。
 と言うのも、キャラクターがあれ喋りたいこれ言いたいと勝手にやんややんや騒いでたら文字数爆発してた、と言うw わたくしがどれだけネタを練っても、こういうキャラクターの自発的なアクションで大体ネタは観なかった事になるんですな~w それぐらいキャラクターが活き活きしてるのは、こう、作者としては嬉しいんですけれどね!w
 ところでこの話にもほんのり伏線が張り巡らされていたりします。すぐに明かされる系伏線なので、ぜひその辺も楽しみに読み進めて頂けたらと思います! そんなこったで次回もお楽しみに~♪


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クリスマス特別編■ベルのクリスマス日記

1.おっさんの降る夜

 

 

 深々と雪が降る夜。ラウト村は一面銀色に染まり、あらゆる音が吸い込まれた静謐な世界がそこに降臨していた。分厚い灰色が空を覆い隠し、無数の白い綿を散らしている。静かに、そして確実に嵩を増す白い絨毯は人跡未踏の様相を呈し純白を守り通している。

 そんなラウト村の中に狩人のための家が在る。傍目には“小屋”と形容した方が正しい粗末な建造物だが、ラウト村ではそれを“家”と呼ばないと村長が泣き始めるため、皆は口を揃えて“これは家だ”と村を訪れる人間に告げている。

 煙突は無いし暖炉も無い。暖房器具自体が存在しない部屋の寝台ですやすや眠っている少女がいた。分厚い布団を頭から被り、幸せな夢でも見ているのか、時折「お金~♪ お金~♪ むにゃ……」と歌うように寝言が漏れ出ている。

 そんな少女の寝言くらいしか音源の無い静かな部屋に、突如として爆砕音と共に屋根が弾け飛んだ。

「ッッッッ?!」跳ね起きる少女。「何ッ!? 何事なのッ!?」

 絶叫と共に周囲を見回すと、音も無く白い小さな粒子が天井から落ちてくるのが見えた。見上げると天井が吹き飛んでいた。少女はあんぐりと口を開け、それから全身をブルルッと大きく震わせた。

「寒いッ!! えッ!? 何で屋根が弾け飛んじゃってるの!?」

「あいたたた……」

 少女以外の音声が出た事に気づいた少女は、視線を下に向け直して彼の存在を認めた。

 鮮やかな赤い衣服を纏った壮年の男だ。白い髭をたっぷりと蓄えた男は腰を痛めたのか蹲ったまま中々動き出さない。錆びついた機械人形染みたぎこちない動きで腰を正し、立ち上がろうとする。

「あ、あんた誰?」布団を掻き集めて体に纏わせる少女。

 紺色の髪は普段なら“ナナストレート”と呼ばれる流麗な髪型なのだが、寝起きの彼女のそれは寝癖であちこち跳ねていた。青色の吊り目がちな瞳は突然の出来事に驚愕の色に染め上げられ、眠気は一切感じられない。十代半ばに見える少女の名はベルフィーユ。皆は愛称を込めて“ベル”と呼んでいる。

 ベルの誰何に赤服の男は「ワシかい? ワシはサンタじゃよ」あっけらかんと応じた。

 サンタと名乗る白髭の男にベルは訝りの視線を濃くし、「――で、サンタさん。あんた、あたしの家の屋根ぶち壊しといて何か言う事が有るわよね?」と額に青筋を走らせ始めた。

「そうそうあるある!」サンタは腰を叩きながらベルを指差した。「煙突くらい用意しといてよ!」

 サンタの鼻っ柱にベルのヤクザキックが叩き込まれたのは言うまでも無い。

「へぐぁッ!?」もんどり打って壁に叩きつけられるサンタ。「ほひぇえッ!? ひゃんたのぎゃんめんにキック叩き込むとか頭おかしいんじゃないキミ!?」鼻血ダラダラで怯え始めた。

「うるさい!!」布団をマントのように羽織ってサンタを指差すベル。「あんたそんなに偉いの!? だったらさっさと屋根直しなさいよ!! あんたのせいで幸せな夢が……」言葉が途切れ、こめかみに指を添える。「……あれ、何の夢見てたんだっけ……。――まぁとにかくあんたのせいであたしの幸せな夢忘れちゃったじゃない!!」カンカンの形相で指差し怒鳴り散らした。

「理不尽過ぎない!? ……い、いやっ、済まんかった! 子供に夢を運ぶ役目を司るサンタが、キミの幸せな夢を忘れさせてしまうなど有ってはならん事じゃった……」

 ガックリと肩を落として消沈するサンタに、ベルは「言い過ぎたかな?」とばつが悪そうな表情になり、それから大きく嘆息した。

「――まぁ良いわ、忘れちゃったものはどうしようもないわよ。……ところであんた、あたしの家の屋根ぶち壊してまで何しに来たの?」怪訝な表情で尋ねるベル。「強盗?」

「違う違う!」首と手をブンブンと振り、「ワシは子供の夢を叶えに飛び回っておるんじゃよ!」と告げた瞬間、サンタの全身に電流が駆け巡った。「ぐほあッ!」

「ど、どうしたの?」心配そうにサンタに駆け寄るベル。

 サンタは腰を押さえたまま辛そうに蹲る。「こ、腰がやられたみたいじゃ……動く度に激痛が……」

「……あんた自分で屋根壊しといて怪我するなんて何考えてるのよ全く……今薬草練り込んだ湿布を持って来てあげるからそこでジッとしてなさい」やれやれと戸棚を漁り始めるベル。

「そ、そんな悠長な事を言っとる場合じゃないんじゃ!」ガバッと顔を上げるサンタ。「ワシのノルマはまだ終わっておらんのじゃ!」

「ノルマ?」戸棚を漁る手を止めて振り返り、「何、仕事で人ん家の屋根ぶち壊して回ってるの?」とんでもない仕事ね、とベル。

「違うんじゃって!! 屋根を壊したのは謝るからもうそこには触れないで欲しいんじゃけど!!」ぜぃぜぃ息を切らしつつ、「ワシは夢見る子供達に夢と言う名のプレゼントを配って回る役を担っておるんじゃよ!!」

「へぇー。じゃあ何、あたしはまだ子供に分類されてて、剰え夢は屋根をぶち壊される事だったって言いたい訳?」ベルの顔にご機嫌な笑顔が点った。「はっ倒すわよ♪」

「違ッ!! じゃから屋根を壊したのは謝る!! ごめんなさい!! 本当はキミの夢を叶えようと思って来たんじゃよ!!」必死に訴えかけるサンタ。「ほら、これが証拠じゃ!!」

 そう言って部屋に転がっていた大きな白い袋の中に手を突っ込み、ガサゴソしていたサンタだったが、やがて「あれ?」と動きを止める。

「どうしたのよ?」怪訝そうに尋ねるベル。

「……いや、その……順番を、間違えたみたいじゃ……」視線を逸らしがちに呟くサンタ。

「順番?」キョトンとベル。

「夢見る子供達に夢を送るのに順番があるんじゃ……よく見るとベルフィーユちゃんは最後じゃないか……済まん!! キミには後でもう一度プレゼントを贈りに来るから、それまで待っとってくれ!!」土下座までし始めるサンタ。

「……何だかよく判らないけど、あんた悪い人に見えないし、――良いわ。早く仕事を終わらせて、この屋根直してね。もう寒くて敵わないの、早くしてね」

 そう言ってベルは戸棚から見つけた湿布を取り出し、サンタの腰に貼り付けてやった。併しそれでもサンタはすぐに動き出せないのか、「ひぃふぅ」と荒い呼気を乱しながらガンガン汗を掻いている。

「ぐぬぬ……腰が痛くて動けん……ッ!!」ギリリっと歯を食い縛るサンタ。

「……つまり仕事が継続できないの?」心配そうに腰を摩るベル。

「サンタが任を放棄したら、世界中の子供達は絶望に染まってしまう……ッ、それだけは、断じて許されぬのじゃ……ッ!! サンタ全員の顔に泥を塗ってしまう事になる……ッ!!」

 併しサンタは全く動けそうに無い。痛みに歯を食い縛り、その場で唸り続けているだけだ。その表情は必死そのもので、傍目に見ても彼が悪人に類する人物ではない事がよく判る。

 ベルは苦笑を滲ませると、サンタの肩を叩いた。「じゃあ、代わりにあたしがやったげるわよ、その仕事」

「ほ、本当かね!?」ガバッと向き直り、再び顔に電流が走るように引き攣るサンタ。「いだぁいッ!! かッ、はッ、……ほ、本当に、やってくれるのかい……ッ!?」

「ちゃんと出来るかは判らないけど、まぁやれるだけやったげるわよ。あんたには後でそこの屋根直して貰わないとだし」

 そう言って微笑むベルに、サンタは涙ぐんだ。それを隠すようにそっぽを向き、ゴシゴシと袖で目許を拭うと、ベルに向き直った。

「ではミッションコンプリートを目指して頑張ってくれたまえ、ベル同志」キリッと軍人染みた表情で敬礼するサンタ。

「キャラが完全に崩壊してるわよあんた!?」そしてベルのツッコミが弾けた。

 ――こうして、ベルの孤独な聖夜の戦いが幕を開けたのだった。

 

 

2.赤い服の侵略者

 

 

 宙を走るトナカイに牽かれるそりの中で、ベルは「意外に寒くない!」と豪雪業風吹き荒れる世界で驚いていた。

 その衣服は先程サンタが着ていた赤い服の女性モノだ。ミニスカートゆえに足下がいつもよりスースーするが現状誰も見ていないので然程気にならなかった。更に驚いたのが、足は無論だが腕にも何も身に付けていないのに寒くなく、寧ろポカポカと温かいのだ。

「その衣装には人間を温める効果が有ってね、寒い所にいても全然寒くならないんだよ」とサンタは解説していたが、ベル自身は半信半疑だったため、現在高所を音速で駆け抜けるそりの上で初めて実感できたのだ。

“トナカイ”と言う名を付けられたよく判らない飛竜種は小さく、まるでガウシカに翼が付いたような生物だ。鳴き声を一切発さず、首元に付けられた鈴がシャンシャン音を立てる以外は静かなものだ。

「こちらサンタ、聞こえるかベル同志」

 ザザ、とノイズを走らせて音を奏でたのは“ムセンキ”と呼ばれるよく判らない装置だ。ベルはそれを掴んで、「聞こえてるわよー!」と大声で応じた。

「うるさい!!」そして怒られた。

「ご、ごめん……」大声は不味かったのか、と反省しつつ、ベルは声を掛けた。「ところでこのトナカイはどこに向かってるの?」

「え? 何よく聞こえない!」サンタの大声がムセンキから弾けた。

「その腰、圧し折って欲しい?」一切の感情がこもっていない声がベルの口からまろび出た。

「あ、その、ごめんなさい許してください調子乗ってました済みません」怯えのこもった声がムセンキから零れ落ちる。「今そのトナカイは順番通りに夢見る子供達の元へ向かっている筈じゃ! どこで操作を間違えたのかベル君の所に行ってしまったのは手痛いミスじゃったが、ベル君が代わりにサンタの任を全うしてくれるのなら何の問題も無い! 本当に有り難う!」

「気にしなくていいわよ、あたしもこんな貴重な体験が出来て良かったわ♪ ――あ、何か下降を始めたみたい」高度が下がっていく景色を見つつ、ベルは慌ててサンタに尋ねた。「ところで守らないといけない注意事項みたいなのはないのっ?」

「そうじゃなぁ……」髭をジョリジョリ弄ぶ音が混ざった。「――誰にも見つからない事だベル同志。これはスニーキングミッション。闇に紛れ、闇に潜む。我々がいた痕跡を残してはならない。オーヴァー」

「……よく判らないけど、それだとあんた完全に注意事項破り放題じゃない?」あたしに見つかってるし、とベル。

「そこは臨機応変に対応すれば問題無しじゃ! 何事も柔軟に行かねばな!」ハハッ、と乾いた笑声が漏れ聞こえた。「――では、健闘を祈る!」

「別に戦う訳じゃないでしょ……」と言うツッコミは闇に消えて散った。

 

◇◆◇◆◇

 

 曇天に沈む家屋は雪の化粧を終え、すっかり風景と同化していた。煙突が在るし暖炉も完備されているようだったが、ベルは玄関から入る事にした。施錠されている木製の扉の前で糸鋸を取り出し、ギコギコと鍵の部分だけを削ぎ落としていく。

「……あの、ベルさん? それじゃまるで泥棒……」ヒソヒソとムセンキからサンタの声が忍び出た。

「誰にも見つかっちゃダメなんでしょ? それに煙突から侵入ってどんだけ馬鹿げてるか分かってる? 煤だらけになるわ物音立てまくりだわ逃走経路が無いわで良い事無しよ。窓は音が出るし、やっぱり侵入経路としては玄関、或いは裏口が一番なのよ」そう言って無心に糸鋸を動かし続けるベル。「何事も堂々としていればバレないものよ?」

 ムセンキ越しにサンタは沈黙を落とした。

(この娘……何か犯歴が有るのか……ッ!?)

 ガタガタと怯えながらもベルに任せるしかないサンタは、それ以上諫言を挟む事は無かった。

 やがて玄関の鍵が破壊され、堂々と侵入するベルは獲物を視認した。

「――いたわ、あいつがターゲット?」

 寝台ですやすや寝息を立てている男がいる。ベルは慎重に歩を進め、やがてその顔を見て醒めた表情になった。

「ん? 知り合いかね?」サンタの不思議そうな声が聞こえた。

「……幼馴染だったわ……」はぁ、と嘆息を落とすベル。「このウェズって男は夢見る子供って歳じゃないわよ?」

「そうなのかね? ――いや併しプレゼントを配布する名簿は既に有るのだ、ソヤツにも漏れずに配っておくれ。多分、ソヤツの近くに欲しいプレゼントのメモと、それを入れるための靴下が置いてある筈だ。それを探してくれ」

「おーけい、判ったわ」そう言ってベルは家捜しを始めた。戸棚と言う戸棚を開けていき、金品をせしめていく。

 やがて部屋中を引っ繰り返したような惨状にした後、寝台の傍に下げられていた靴下とメモを発見した。

「――あっ、見つけたわ!」白々しい驚いた声を上げるベル。

「見つけるの遅過ぎなかったかい!? もう明らかに見えてたよね!? 敢えてガサ入れしたよね!? 併も金品盗んでたよね!? 泥棒だからねそれ!? 断じてサンタのする事じゃないからねそれ!?」ムセンキからツッコミが連射された。

「ちょっと静かにしてよサンタ、このクズ……じゃなかった、ウェズが起きちゃう」

「剰え夢見る子供をクズ扱い!? とんでもねえサンタ代理だよキミは!!」悲鳴染みたサンタの声が轟いた。

「むにゃ……? 誰かいるのか……?」寝ぼけ眼のウェズが目を開きそうになった瞬間、ベルの手刀が彼の首元に振り下ろされた。「くぴッ」そして静かになった。

「ふぅー……危ない危ない。だから言ったでしょ? 起きちゃうって」やれやれと肩を竦めるベル。

「二度と起きない気がするんだけど!? 今聞こえちゃいけない断末魔の声が聞こえた気がするんだけど!? もうどう考えても泥棒だよ!! 犯罪!! 犯罪だよこれは!!」サンタの悲痛な声がムセンキを通して響き渡った。

「全部気のせいよ。――それで? メモに有るプレゼントを靴下に詰め込めば良いの?」シラッと捻じ伏せるベル。

「人選ミスじゃぁ……完全にワシの人選ミスじゃぁ……」頭を抱えて唸る様子が見て取れる声のサンタ。「あ、あぁそうじゃ。でも、あまりにメモの内容が夢見る子供にそぐわなければ、夢見る子供に相応しいプレゼントを与えても構わんよ」

「おっけい、判ったわ」そう言ってベルは故ウェズのメモを広げて読んでみた。

“逆玉の輿に乗りたいです。嫁はスーパー可愛くて美人で僕にぞっこんで全世界から祝福されて全世界を統べられるクラスの王になりたいです。あとベルを黙らせたいです”

「……」ビリビリとメモを真っ二つにするベル。

「ちょっと!? 何か今聞こえてはならない音が聞こえた気がするんだけど!?」再びサンタの悲痛な声が放たれた。

「気のせいよ。ちょっとこの幼馴染との絆が破れただけよ」ビリビリとメモを破砕していくベル。

「そんな心象世界の音じゃなくてリアルだよ!! リアルに何か紙的なモノが紙片になっていく感じの音が聞こえるんだけど!? メモを破ってないかい!? キミッ、メモを破ってやいないかい!?」ムセンキから飛び出してきかねないほどの勢いでサンタの声が食み出てくる。

「えーと、プレゼントはこの大きな白い袋から取り出せば良いのよね?」まるで無視して話を推し進めるベル。

「え、あ、はい、そうです」段々と怖くなってきたのか反論さえしなくなるサンタ。「念じた物が出る仕組みです、はい」

「うん、判ったわ」そう言ってベルは大きな白い袋の中に手を突っ込み、大量のモンスターのフンを取り出し、故ウェズの靴下の中に詰め込んでいった。

「……あ、あの……何かとんでもないモノを靴下の中に詰め込んでいません……?」恐る恐ると言った様子のサンタ。「音が酷いし、何か……匂いもヤヴァそうな物じゃありません……?」

「……」無言のベル。

「……あ、あの……」

「……」

「……」

 五分ほどの沈黙の後、「さ、ここでの用事は終わったわ! 次に行きましょう次に!」と殊更輝くような明るさのベルの声が聞こえた頃には、サンタの胃の壁は既に穴が開く寸前だった。

 

 

3.大連続プレゼント

 

 

 次なるターゲットは城主たる姫だった。

「今度はエルとか……完全に狙ってるわね……」はぁ、と溜め息を零すベル。

「おや、また知り合いかい?」驚いたようにサンタ。

「うん、そうみたい……まぁ、あの子にはとびっきりのプレゼントをあげたいわねっ!」

 そう言って辿り着いたのはパルトー王国の宮殿の屋上。トナカイが音も無く着地すると、ベルはぴょんっとそりから飛び降り、白い大きな袋を担いで宮殿内に侵入を果たす。更に素早く警備の目を掻い潜ってルカ姫の閨へと辿り着くベル。

「……あの、手馴れ過ぎてません? もう何か侵入のプロって呼ばれてもおかしくないレヴェルじゃありません?」遂には敬語を使い始めるサンタ。

「そんな事無いって! あたしクラスのどろぼ……サンタなんてたくさんいるわよ!」

「泥棒とサンタを一緒くたにしようとしませんでした!?」絶叫を奏でるサンタ。

 ともあれ閨に侵入を果たしたベルは、そそくさとエルの眠る寝台へと駆け寄った。

 すぅすぅと寝顔を晒すエルはやっぱり美少女にしか見えない。世の男達を欺き騙し続けた弟の素顔はやはり完璧だった。

「えーと、メモと靴下だったわねっと……」キョロキョロと周囲を見回した瞬間、ベルは言葉を失った。寝台に下げられた靴下の大きさは優にベルの身長を超えていた。

「何を入れる気なの……!?」愕然としつつもメモを発見したベルは、それを覗き込んだ。

“真の女になるための装置が欲しいです。――エル”

「無理だわ……」即答するベル。

「おや? 叶えるのが困難な夢なのかい?」不思議そうにサンタ。

「そうね……ちょっとふぁんたすてぃっくな力が無い限り無理ね……」ふぅ、と吐息を漏らすベル。

「そうか……そんな時は仕方ない、何か代用のモノを入れておくと良い」

 ベルはその場で暫し沈思したが、やがて名案が思い浮かんだのか大きな白い袋を漁りだした。

 出てきたのはパルトー王国騎士団団長の壮年の男だった。頭にナイトキャップを被って眠りこけているその姿からは以前見た時のような壮健さはまるで見られない。まるでやんちゃな少年のように可愛い寝顔だった。

 それを苦労して巨大な靴下の中に放り込み、――ミッションコンプリート。

「さ、次に行くわよ次に!」ダッシュでその場を後にするベル。

「え、結局プレゼントはどうしたんだい? 何か寝息が二種類聞こえた気がするんだが……」

 ガン無視でトナカイに乗り込むベルだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「あれ、この場所って……」

 トナカイが夜空を切り裂いて進む中、ベルは下界に映る景色が見覚えの有るモノだと不意に気づいた。屋根が吹き飛び、部屋中に雪がこんもりと積もっている小屋――じゃなくて家が見受けられる。

「残りのターゲットはキミを合わせて三人だけになったんだよ! それも驚いた事に、両隣の人間がターゲットだなんて、キミは巡り合わせが良いね!」

 ベルの部屋で少し動けるようになったサンタが出迎えてくれた。ベルは雪がこんもり積もった自室に舞い降りると、雪景色一色になった部屋を一望して、――溜め息。

「あたしの家が……」ガックリと肩を落とすベル。

「まままぁそんな事よりサクッと二人にプレゼントを渡して屋根を直して差し上げようじゃないか! もうじき夜も明ける。サンタは朝には帰らないといけないのだ」へへっと鼻の下を擦るサンタ。

「朝帰りが常って、あんた家族泣かせね」ジト目でサンタを見やるベル。

「そういう任だから仕方ないの!! 家族もみんな分かってくれてるさ! 最近ワシの寝台が破壊されてたり、ご飯が無かったり、マイドッグに噛み付かれたりしてるけど、みんな判ってくれてる証拠さ!!」キリッとグッドサインを送るサンタ。

「……ごめん、何て声掛けて良いか判んない……」スッと視線を逸らすベル。

「……それで良いんじゃよ、ベルちゃん……」ホロリと涙を零すサンタ。「まぁそんな裏事情はさておき、ファイナルミッションじゃよ! 無事に二人にプレゼントを届けてきておくれ、ベル同志!」

「うん、判ったわ! 任せてっ!」どんっと胸を張って走り出すベル。

 向かったのはザレアの家だった。白い大きな袋から取り出したのは、光束の剣。それを使って扉の外枠からさっくり切り落とし、扉を丸ごと切り落とした。

「…………」それを白目で眺めているサンタ。

「………………よしっ、警報は鳴らなかったわね。侵入成功よ!」小声でガッツポーズを取るベル。

 扉が在った場所からビュービュー寒風が吹きつけるザレア宅に侵入し、素早く寝台横に添えられた靴下とメモを発見するベル。メモに素早く目を走らせ――

“ヒロユキに逢いたいのにゃ! ――ザレア”

「誰……?」小首を傾げるベルなのだった。

「おーい、ベルちゃーん! 早くしないとザレアちゃんが起きちゃうぞー!」ビュービュー吹きつける寒風に乗ってサンタの小声が聞こえてくる。

「取り敢えずヒロユキって何かしら……ヒロ……ユキ……。――!! 謎が解けたわ!!」ぴーんっと頭の中の糸が切れるベル。

 袋の中から取り出したのはもえないゴミだった。それを黙々と靴下に詰め込み、大満足の笑顔でサンタを振り返りグッドサインを見せた。

「…………」それを白目で眺めているサンタ。

 ベルはビュービュー寒風吹きつけるザレア宅を出ると、最後の関門――フォアン宅を見やる。背後で「にゃくちっ、……にゃんだか寒いにゃぶるるっ」と言う寝言が聞こえたがガンスルーした。

「もう夢見る子供達をマトモに見られない……うっ、うっ……」涙ながらに頽れているサンタ。

「取り敢えずフォアンはマトモな警戒心が無いと思うから普通に侵入すれば良いわね」無視してフォアン宅の扉を開け放つベル。

 深――と静まり返るフォアンの家に、ベルはふと、己のしている事が夜這いに近しい事なのではと気づき、顔が火照っていくのを感じた。――否、これはミッションだ。ここまでパーフェクトに熟してきた己がここで立ち止まる事など有り得ない。それが最愛の男であれ、失態は許されないのだ……ッ!!

 素早く扉を閉め、素早くフォアンの寝台に駆け寄る。寝台の傍にはやはり靴下とメモが鎮座していた。ドキドキしながらメモを読むと――

“ベルが欲しい。――フォアン”

「…………」顔を赤くしたままそれ以上動けなくなるベル。

 併し彼女の体はまだ十全に動けた。怪我を負った訳ではない、ただあまりの破壊力抜群の文字の羅列に怯んだだけなのだ。まだ戦える。まだこのミッションを完遂するだけの力は残っている。最後まで走り抜けるだけの余力はまだ有る。

 だから、ベルは、

「…………あったかい」

 モソモソとフォアンの寝台に潜り込むのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「……帰ってこないな……」

 フォアン宅の前で待つ事一時間。ベルが出て来る気配は未だに無く、サンタはじれったくなりフォアン宅の扉を開け――そして閉じた。幸せそうな二人の寝顔を見た瞬間、彼が持つ“夢見る子供達の名簿”の全てに“完了”の印が付けられた。

「さて、帰ろうかトナカイ。じきに夜が明け、世界中の夢見る子供達が幸せな朝を迎える筈だ」

 そうしてサンタはそりに跨り、天高く昇って行くのだった。

 

 

4.夢見る子供達よ永遠に

 

 

 或る一軒屋に住まう青年は夢の中で何年も前に亡くなった祖父の姿を見た。

「あれ、おじいちゃーん! 僕だよ僕、ウェズだよー! そんな所で何してるのー!」

 川の向こう側に佇む祖父は険しい顔をしてこちらを見つめている。まるで怪物でも見るかのような、ギラギラする瞳でウェズを捉えたまま離さない。

 それに気づかないウェズは楽しげな声を弾ませて川に入っていく。

「おじいちゃーんっ、僕もそっちに行くよーっ!」

「黙れ小僧!!」祖父の大音声の怒声が吹き荒れた。

「ひょへえッ!?」ビクゥッと体を震わせて立ち止まるウェズ。

「とっとと帰れ豚野郎!! クソの匂いを撒き散らしやがってッ、頭おかしいんじゃねえの!?」

 祖父とは思えない罵詈雑言の嵐にウェズは恐怖に塗れて逃げるしかなかった。

「何!? 何なの!? 僕何かした!? 怖いッ、おじいちゃんが怖いッ!!」

 全力で川から出て、転げ回りながら走り逃げると、――目が覚めた。

「……あ? ――うおっふ、うげっふ、ぐふぁッ、かッ、あッ」噎せ返りながら痛む首元を摩るウェズ。「喉が……てか、なにこれ、全身がバッキバキに固まってる……ッ!?」

 俗に言う死後硬直である事は、ウェズは知らない。

「ってくっさッ、なにこの匂い!? モンスターのフンの匂いが部屋中から匂ってるんだけど!? くっさァ~!! 吐きそう吐きそう!! え、……え……」

 寝台から下りたウェズの足に「むにゅっ☆」とした感触が伝わり、それから霞む視界を下にやると――床全域が真っ茶色に染まっていた。ホカホカの茶色い物体は湯気を放ち、それが悪臭となってウェズの鼻腔を痛めつけてきた。

「…………え…………」

 白目になったウェズは、そのまま五分近く思考が凍結した。

 そして彼は、更なる現実逃避のために意識を飛ばし、再び剣呑な祖父と逢う事になるのだが、それはまた別のお話。

 

◇◆◇◆◇

 

「むぅ……寝苦しい……」

 普段寝台に入っている時と違う体勢で寝ている事に気づいたゲルトスが意識を覚醒した時には、全てが後の祭りだった。

 布団の中ではなく巨大な靴下に包まれている事に気づいたゲルトスは、そこがルカ姫の閨だと即座に察した。そして隣に温もりを感じたので錆びついた歯車のように首を旋回させ――猫のように嬉しげにはにかんでいるルカ姫を見咎めた瞬間、彼の人生は終わりを告げた。

「どういう……事……だ…………」

 全身から血の気が消え失せ、真っ白な灰になっていくゲルトス。ルカ姫は嬉しげに身を寄せ、「ゲルトス様っ、わたくし嬉しいですわっ♪」とモジモジしつつ赤面している。

「――姫様」ルカ姫に向き直り、ゲルトスは真摯な顔で告げた。「これは何かの陰謀です。誰かが仕組んだ物です。まずは落ち着きましょう。某達は嵌められている!!」

「ゲルトス様……」

 と、呼ぶ声はルカ姫のモノではなかった。そしてその瞬間、ゲルトスの中に有った最後の砦が遂に崩落を始めた。

 身を起こすと、ルカ姫の閨には無数の臣下の姿が有った。皆、思い思いに二人を祝福していた。これでやっと世継ぎが出来るだのパルトー王国は安泰だのやはり二人は出来ていたのだの……

 そうして、パルトー王国全土を巻き込む盛大なお祭りは、聖夜が明けた朝を持って始まるのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 温かい……熱源に身を寄せると、熱源が己に覆い被さってきた――ところで意識が覚醒した。

 顔を上げると、――未だ眠っているフォアンの顔が有った。無意識にベルを抱き締めているのか、起きる気配は無い。ベルは眠る前にした事を思い出し、顔が沸騰を始めた。慌てて寝台から出ようとするも――フォアンの力強い腕から離れる事は不可能だった。万事休す。

 ……でも、これはこれで良い目覚めだな、と思い、再びベルは瞼を下ろした。

 彼女の朝はまだ先で、幸せな朝が来るのも、まだ先だった。

 

◇◆◇◆◇

 

 その頃のザレア。

「にゃーっくち!! ……にゃん? どうして扉が全開にゃ?」

〈アイルーフェイク〉から鼻水を垂らしながら眺めているザレア。そしてふと靴下に視線を転ずるとふっくらとしている事が判った。慌てて靴下の中身をぶち撒けるとそれは――

「――こ、これは……ッ!! ヒロユキのカケラにゃッ!!」

 ――もえないゴミ、もとい“ヒロユキのカケラ”を舞い上げてザレアは喜び跳ね回った。

「にゃーい♪ にゃーい♪ 嬉しいにゃ~♪ ――って寒いにゃ!! コタツっ、コタツで丸くにゃりたいにゃっ!」

 もえないゴミを散々部屋中にぶち撒けると、風通しの良くなった入り口から飛び出して、屋根が無くなったままのベルの家を通り過ぎ、フォアン宅の扉を跳ね開け、二人が眠りこけている寝台に滑り込むと、ヌクヌクと丸くなったのだった。

 

【ベルのクリスマス日記】【了】




【後書】
 本編の途中ですが突然のクリスマス回です! 尤も、こちらも復刻版と言いますか、過去に配信していた物語の再掲なのですがw
 わたくしの物語を或る程度追っている方であればお馴染みのサンタさん。ここが全ての始まりだったりします。この物語から、あの毎年惨たらしい目に遭うサンタさんが生まれたのですが、読み返してみてアレです、お腹よじれてましたww(手前味噌感)
 でまぁ元々は4話構成の物語だったのですが、今回は復刻ライト版と言う事で、1話にぎゅるっと纏めちゃいました(´▽`*) 流石に本編が途中の状態で4話分も更新滞らせる訳には参りませんでしたゆえ!w
 お陰で1万文字超と言う、中々な文字数になっておりますw 初見さんには「このサンタさんカワイソスww」と笑って頂いたり、馴染みの方には「このサンタさんここからあんな目に…」と笑って頂けると幸いです!w
 ではでは! メリークリスマース! 


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073.帰郷

 ワイゼン屋敷――客室。

 テーブルを囲むようにソファが設置されている部屋には今、香ばしいハーブティーの匂いが漂っている。採光窓から射し込む陽光が、シックな色合いで統一された部屋全体を明るく照らし出している。

「――どこかで聞いた事が有る名前じゃと思っとったら、フェイローの小悴じゃったか。道理でふてぶてしい訳じゃわい」

 ふかふかのソファに腰を沈め、ハーブティーを啜りながら呟く白髪の老爺。

「そんなに褒めても元気ドリンコしか出ないぜ?」ポーチからオレンジ色の液体が入ったビンを取り出すフォアン。

「褒めとらんわアホタレ! 全く……で、そっちの〈アイルーフェイク〉の嬢ちゃんは何者じゃ?」

 老爺が水を向けると、ザレアは胸の前で拳を握り締め、意気揚々と応じる。

「オイラは〈アイルー仮面〉――ザレアにゃ! ワイゼン翁に逢えて嬉しいのにゃ!」

「そうかそうか♪」表情筋を緩める老爺――ワイゼン。「どれ、ちょっと猟人としての実力を見るために身体チェックを……」

「そこのエロジジイ。今すぐ脳天搗ち割られるのと、後で五体バラバラにされるのと、どっちが良い?」

 満面の笑みで手の指の骨をペキポキ鳴らすベル。背後には禍々しき悪鬼の姿が見え隠れしている。

「じょ、冗談じゃよ冗談! てかどっちにしろワシ死ぬんじゃないそれ!?」

「んもう、旦那様ったら冗談言い過ぎだよ~♪ それ以上何か巫山戯た事を吐かしたら、お姉さんがベルちゃんの代わりに脳天搗ち割って五体バラバラにしてるトコだよ~♪」

「ロザ!? 笑顔で鉈持って言われると、本気で命の危機を感じちゃうのじゃけれど!?」

「それはともかくとして――師匠。あんた、実は有名人だったの!?」

 ベルの質問に、ワイゼンは「ふむ?」と髭を撫でながら片眉を持ち上げる。

「まぁ、有名人っちゃー有名人じゃのう。ギルドから【猟賢】の渾名を貰っとるし。……おろ? ベルちゃんには話しておらなんだか?」

「今初めて聞いたよ!! てか有り得ない!! 師匠はただの変態助平で腐れゴミクズの猟人の風上にも置けない気狂いじゃなかったの!?」

「今までワシをそんな目で見てたの!? まぁ、当たらずと雖も遠からずじゃが」白髭を摩りながらワイゼン。

「おやっさん……そこは否定しないとダメじゃろ……」思わずギースがツッコミを入れる。「それにしてもお嬢。何年もおやっさんの元で修行しとったじゃきん、よく気づかんかったのう? てっきりワシは知っててここに転がり込んできたものじゃと思とったんじゃが」

 ギースがワイゼンのように顎を摩りながら呟くと、ベルは苦笑を滲ませる。

「いや、あたしはただ、金を稼ぐにはやっぱり、金持ちの話を聞いた方が良いかなー、って思って、この豪邸を選んだだけよ。……それで、何の因果か猟人になっちゃったのよね~」

「何の因果も何も、ヌシが選択したんじゃろうが。金を稼ぐなら、ワシの元でメイドしとった方がよっぽど稼げると言っても聞かなかったくせして、よく言うわい」

「師匠の元で働くなんて、考えただけで虫唾が走るわよ」

「うわぁぁぁんっ、ベルちゃんがいたいけなお爺さんを虐待するーっ」

 ロザの胸に飛び込んで泣きじゃくり始めるワイゼン。ロザは「よしよし、お姉さんが慰めると思ったら大間違いだぞ☆」と拳骨をワイゼンのこめかみに添えてグリグリ回し始める。ワイゼンは「いだだだだいッ」と喚きながらもロザの胸に顔を押しつける行為を止めない。

「何て言うかな。ワイゼン翁のイメージが丸ごと粉砕された気分だぜ」

 腕を組んで難しい表情のまま呟きを漏らすフォアン。

「う~ん、でもきっと、狩猟をしたら凄い人にゃ!」とフォアンの感想は否定しなかったが、フォローを入れる事を忘れないザレア。

「まぁ確かに? 師匠の狩猟の腕前は人並み以上だとあたしも自信を持って言えるけど、……どう? この有様。どこをどう見ても、渾名持ちとは思えないでしょ? 寧ろさっさとくたばって遺産を丸ごと寄越せって感じよね?」

「お嬢!? そりゃ幾ら何でも言い過ぎじゃけえのぉ!?」

 ベルが黒い笑みを浮かべて呟いた台詞を聞き逃さず、ギースが思わずツッコミを入れる。

「――所でベルや。遂に猟人稼業を辞め、ワシに尽くす気になったんじゃろ?」

「巫山戯るのは存在だけにしてね♪ エロジジイ」

「巫山戯た存在って何!?」思わずツッコミを入れるワイゼン。

「知り合いの付き添いで来ただけよ。用が終わったらすぐに帰るわ」

 素っ気無く応じるベルに、ワイゼン屋敷の者は皆、一様に顔を暗くする。

「くぅ……お嬢、冷たいんじゃなぁ……昔は“お兄ちゃん、お兄ちゃん”って慕ってくれちょったのに……」

「お姉さんは“お姉様”だったな~。小さい頃のベルちゃんは、お姉さんの後に付いて『お姉様、次のスケジュールは裏庭で掃除で御座います』なんて言ってたっけ~。お姉さんは何でも憶えてるのさ!」

「ワシなんか“お爺ちゃま”じゃぞ? 小さい頃に、『お爺ちゃま、ベルね、いつか大きくなったら、お爺ちゃまと結婚するの!』って散々聞かされとったのに……うぅ、誰がベルをあんなに変えてしまったんじゃ……」

「グラァ!! 勝手に人の過去を改竄するなそこォ!! 昔から“ギース兄”、“ロザ姉”、“師匠”としか呼んでないでしょーが!! あとエロジジイ!! それ以上巫山戯た事吐かすと頭髪根刮ぎ引き毟るぞ!!」

「ふぉっふぉっふぉっ、――って、軽くあしらうには内容が悍まし過ぎるぞベル!? 両手をワキワキしてワシを見ないで!! 違った! ワシの頭を見ないで!!」

「もう旦那様ったら♪ ギースもぉ、あんまりおふざけが過ぎるとー……お姉さん、覚醒しちゃうぞ☆」

「ロザ姐!? ワ、ワシが悪かった!! じゃきん、覚醒だけは勘弁してくれッ!!」

 ワイゼン屋敷の者がテンヤワンヤしている様を見て、フォアンは微笑を浮かべる。

「良いな、こういう雰囲気。いつもこんな感じなのか? ベル」

「え? ……まぁ、そうね。師匠が殺意漲るお茶目して、あたしがツッコミを入れて、ギースがその中間で、ロザ姉が皆殺し☆ って感じかなぁ……」

「ロザさん、カッコいいのにゃ! 流石だにゃ!」興奮気味のザレア。

「いや、ザレア。まずは『皆殺し☆』に就いてツッコミを入れるべきだと俺は思うんだ」冷静に応じるフォアン。

 暫くワイゼン屋敷の者達がやんややんや騒いでいたが、やがてワイゼンが大きく咳払いし、場が納まる。

「ベルや。その知り合いの用事はどれ位で済むんじゃ? まさか日帰りと言う訳でもあるまい?」

 落ち着いた所作で尋ねるワイゼン。先刻までのハイテンションジジイとは思えない落ち着きっぷりだったが、誰もツッコミを入れる者はいなかった。

「明日には出て行くわ。これから宿でも取ってこようと思ってるの」

「そうだねー、早い内に宿を取るのはお姉さんもお勧めだよ。最近、巷の治安が良くないらしくてねー。ガーディアンも手を焼いてるとか焼いてないとか」ロザが親指を立てて御機嫌な笑みを見せる。――と思いきや、左手を腰に当て、右手の人差し指を立てて前屈みになると、「――でーも、ベルちゃん? 水臭いじゃなーいっ? ここはベルちゃんのマイホームなんだよっ? 何を遠慮してるのさー?」

 ベルのマイホーム。確かにベルは、数年前までこの屋敷で起臥していた。ただそれは、居候として、だ。世話になったのは確かだが、本来の彼女の家ではないのだ。

 ベルがその事を舌に載せようとする前に、ワイゼンが大きな嘆息を落とした。

「ベルや。ヌシはワシ達を何じゃと思っとるんじゃ? ワシとヌシ、ギースとロザ、皆で家族じゃ。即ち、ここはヌシの家でもあるという事じゃ。それを忘れるでない」

 穏やかな微笑を浮かべて告げるワイゼンに、ベルは心が温かくなる想いを懐いた。

「師匠……」

「折角来てくれたんじゃ、今日はゆっくりしていくと良い」と、それだけ告げると頬が緩み始めるワイゼン。「……ぐへへ、今日は久し振りにベルちゃんの寝顔が拝めるぞぉ……!」

「結局それかーっ!!」

 ベルの回し蹴りが見事にワイゼンのこめかみを捉えたのは、言うまでも無い事だった。




【後書】
 ワイゼン翁ですが、綴ってる当時はふんわりと「こういうスケベ爺さんを綴ってみたいなぁ」と言う発想しかなかったのですが、これが中々、綴ってみるとやりたい放題やってくれる、とんでもねーキャラクターになりましてなーw そりゃベルもツッコミ力が鍛えられるわと、ベルの設定を補強する材料としても仕上がってホクホクでした(笑)。
 何と言いますか、わたくしの中で「凄い人」と言いますか、最前線を行く者、強者足り得る者、人を導く者、こういう「何かしらのコンテンツに於ける先駆者或いは頂点付近或いは頂点に座す人物」と言うのは、往々にして「常人とはズレた感性・感覚を有する存在」と言う認識で考えておりまして。
 今まで登場したぶっ飛んだキャラクター達も全てその持論に当て嵌めて作成したキャラクターだったりします。裏返せば、常人では成し得ないような事を為す人物が、マトモである筈が無い、と言う確信が来てる訳ですなw
 ワイゼン翁も、この世界では渾名持ち、列強の一方ならぬハンターですが、その実、リビドーに忠実なスケベ爺と言う側面が有るからこそ愛嬌が有り、人間味が有り、あぁ、こんな人なら確かにヤバそう(ふんわり)。と、思えるのではないかなーって!w
 ただこのワイゼン翁と言いますか、このメイド長と執事長に関してはまだまだ盛ってる設定が有りますので、その辺も今後の配信を楽しみにお待ち頂けたらと思います!
 と言う訳で長くなりましたが! 新年初更新は「ベルの狩猟日記」でした! 再掲がまだまだあと50話分ほど続きますが、今年もぜひぜひご贔屓して頂けたらと思います! それでは次回も! おっ楽しみに~♪


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074.虎の子と【猟賢】

「ベルちゃん! ザレアちゃん! まずは疲れを癒すためにお風呂だよ!!」

「にゃにゃっ!? 皆で一緒にお風呂にゃっ!? そしたらフォアン君も――」

「こらこら! フォアンは男だからダメ!! ザレアはそういう所を少しは警戒しなさい!」

「にゃー。そういう所って、どういう所にゃ?」

「そ、それは……えーと…………な、何でもいいから、ダメなものはダメなのっ! ほら、行くわよザレアっ。この屋敷のお風呂はすっごく広いんだから! ……無駄に」

「にゃーっ、楽しみにゃーっ!」

 バタバタと三人が駆けて行ったのを見計らい、ワイゼンはギースに視線を向けた。

「済まんの、ギース」

「あ、今、席を外し――」扉へ向かって歩き出すギース。

「盗撮の件、宜しくの」ぐっ、と親指を立てて笑むワイゼン。

「ます――って何じゃとう!? 何の話!? おやっさん、盗撮の件って何の話じゃ!?」思わず首が百八十度回転するギース。

「ほれほれ、あれじゃよ。ロザとベルちゃんとザレアちゃんの入浴シーン、ばっちり撮っといてくれって頼んだじゃろ?」何を言っとるんじゃ? と言わんばかりにワイゼン。

「初耳じゃぞ!? 何、人に犯罪の片棒を担がせようとしとるんじゃ!? するか!! そんな事、絶対にするか!!」

 逃げるように扉を開けるギース。そこで動きを止め、部屋を振り返ると、期待に満ち溢れた瞳で見つめるワイゼンと目が合う。

「しないっ言うとるじゃろが!!」

 ばたんッ、と大きな音を立てて扉が閉まる。

 急に静かになった客室。ワイゼンが「さて……」とフォアンに振り返ると、彼は腕を組んだまま、「ぐおー」と寝息を立てて眠っていた。

「寝とる!? なして!? 今の展開まるで無視して眠っとったと言うのか……!!」

 お、恐ろしい奴……! と少女漫画チックな顔で右手を口許に当てるワイゼン。

 そのツッコミで気づいたのか、「ん? 終わったのか?」と片目を開けて伸びをするフォアン。

「……何から何まで親父の生き写しじゃのう」呆れたように嘆息するワイゼン。

「俺に話でも有るのか?」

 ギースを退室させたのは、それが理由だろう。フォアンは静かに尋ね、ワイゼンの瞳を見る。フォアンなどではおよそ見晴るかせない闇が、そこには広がっている。

「いや……の、」白髭を摩り、どこか自嘲の念が浮かぶ瞳でフォアンを見つめるワイゼン。「……ヌシに逢ったら一度、謝っておきたいと思っておっただけの事じゃ」

「――親父の事なら、俺はもう受け入れてる。今更何を言われても虚しくなるだけだ」

 ワイゼンの発言から推測したのだろう。フォアンは冷厳に応じて、黙り込む。その表情に感情の色は浮かんでいない。静かな水面を連想させる無表情。

 ワイゼンはフォアンの在り方に一瞬瞠目するが、すぐに望郷に似た感情を顔に刷く。

「……強いのう。いや、強くあらねばならなかったから、か」

「親父は命を賭して街を守った英雄なんだ。実子が虎の子にされるのは当然の成り行きだろ?」

 自嘲気味に応じるフォアン。その表情には、寂しさのようなものが浮かんでいる。

 ――英雄の子。それだけで羨望の眼差しを向けられ、期待を浴びせられ、望まぬ世界を強要される。

 英雄と呼ばれる猟人の子に生まれたから、英雄に次ぐ猟人にならざるを得なかった。

 英雄が狩れるモンスターならば、英雄の子に狩れない訳が無い。

 英雄が為し得た依頼ならば、英雄の子も為し得て当然。

 英雄が持てる武器は、英雄の子にも持てるに違いない。

 自分の意思は関係無い。ただひたすら強くならねばならず、ただひたすら見えぬ英雄の光を追わねばならない。

「……フェイローを護れなかったのは、ワシらの落ち度じゃ。ヌシの人生を大きく狂わせた事は、忘れてはならんのじゃ」

 真摯な眼差しでフォアンを見つめるワイゼン。その瞳には、悔恨と痛惜の色が見て取れる。その視線を受け止め、フォアンは小さく苦笑する。

「……その様子だと、俺の経歴は知れてるようだな」

「ベル達には話しておらぬのか? ……おらぬじゃろうなぁ。あのフェイローの小悴じゃ、自分の暗い部分を自ら話すような輩じゃなかろうて」

 ふぅ、と小さく吐息を漏らすワイゼン。顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。

「知り合いから聞き及んでおったが……良い巡り合わせじゃよ、ヌシらは。少なくともワシは、そう考えとる」

 フォアンはその言葉をどう受け取ったのか、暫く無言を貫いた。

「――ワイゼン翁。ベルの話、もっと聞かせてくれないか?」

「……幾らヌシがフェイローの小悴とて、ベルはやらんぞ? あれはワシの宝じゃ。瑕を付けようものなら――」

「さっきも言ったじゃないか。瑕を付けたら、責任は取る。それ位の覚悟は出来てる」

 にや、と口唇を歪めるフォアンに、ワイゼンは唖然として二の句を継げなくなる。やがてその顔に苦笑を刷くと、ワイゼンは「参ったのう」と白髪を掻き始めるのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「――あたしの話?」

 風呂上がりのベルが髪にタオルを当てながら客室の長椅子に腰掛ける。隣のザレアは〈アイルーフェイク〉から水を滴らせて、客室に水玉模様を描いている。見かねたロザがタオルを使って〈アイルーフェイク〉をがしがしと拭き始める。

「ワイゼン翁を師事していたとは思わなかったしな。折角だから、ここでの話を聞かせて貰おうと思ったんだ」

「えぇー……面白くないわよ? ――それよりあたしは、フォアンの昔話の方が気になるなー」

「――俺の?」

 小首を傾げるフォアン。ベルは「そうよ~」と微笑む。

「あたしばっかり話すなんて、フェアじゃないわ。勿論、ザレアの話だって聞きたいしね♪」

「にゃー! オイラも皆の話に混ぜてほしいのにゃっ!」

 ベルとザレアの反応を見て、フォアンは少し表情を強張らせる。併しそれは、二人に気づかれぬ程の機微。

「――それで離れていくような仲間かのう?」

 声に振り向くと、ワイゼンはカップに入れられたハーブティーを啜っていた。片目をこちらに向け、笑みの形に歪める。

「もう、独りじゃないんじゃろ?」

 ベルとザレアは聞こえていないのか、二人で雑談に興じている。フォアンは微かな驚きを顔に刷いていたが、やがてその口唇に笑みが刻まれる。

「……そうだな。俺の昔話でもしてみようか」

「えっ、いいの? 話したくないのなら、良いのよ?」

 ベルが思わずと言った様子で不安げに尋ねるが、フォアンは首を否と振る。

「いや、聞いて貰おうと思う。ベルとザレアは、俺の大切な仲間だしな」

 微笑んで応じるフォアン。ベルとザレアは顔を見合わせ、ベルはどこか恥ずかしげに微笑み返し、ザレアは「勿論にゃ!」と手振りを交えて喜んでいる。

 フォアンは二人の反応を見て一つ頷き、――話を始めた。

 ラウト村に至るまでの、英雄の子の物語を――――




【後書】
 流れるようにフォアン君の昔話が始まる展開ですが、アレです、作者としてはテケトーにワイゼン翁とフォアン君に話し合いをさせたかった筈が、突然過去の話をするわ~と言い始めて「えっ!? うせやろ何の準備もでけてへんで!!」って当時はなっておりました(笑)。
 キャラクターが動き出すと勝手にあっちへフラフラこっちへフラフラし始めるので、アレです、もっとワシは舵取りをしっかりせねばなんですよね!ww
 と言う訳で次回はフォアン君の過去のお話です。予めネタバレと言いますか、裏話をちょこっとだけ挟みますが、こういう過去のお話を綴る時って明確な設定は無く、「たぶんこういう人格を形成するにはこういう経歴が有ったんだろうな」って妄想をモリモリ連ねていくのがわたくしの作法なんですな~! それが功を奏しているのか、あんまり違和感が無さそう(※当社比)なのが救いです…!w
 あと個人的に過去の話を綴るのは好きなのですが、出来る限り綴りたくない、と言う想いも一緒に懐いているので、中々塩梅が難しかったりします…w 読者に納得感を与えるのも大事なんですけれど、わたくしとしては「今、そのキャラクターに対する感情を、過去の事情で酌量して欲しくない」と言う想いが有りましてな…w
 ザックリ言えば、狂気に満ちたキャラクターが過去に狂気に落ちたから狂気に満ちている、なんて事情が有れば、情報量にも寄りますけれど「なら、仕方ないよね」って思われるのが、どーにも好きくなくてですね。今そのキャラクターが狂気に落ちている事を納得されたくないのです。狂気を共感されるほど、哀しい事は有りませんからね!
 脱線し過ぎ問題ですね!w ともあれ味方と言いますか、善良なキャラクターの過去に関しては割と率先して触れます。「善き人には暗い過去が有ると香ばしい」と言う持論が有りますからね!
 まだ脱線するのかワシ!w いい加減締め括ります!w 次回もお楽しみに~♪


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