こんえり (小土呂木)
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こんえり

 ここはサイバトロン星。総司令官コンボイとして生まれ変わったばかりの、オライオン・パックスの自室である。

 彼の胸には自由のために戦い抜く覚悟があった。しかし、いままで市民として生きてきた生活とのギャップや、司令官という肩書の重圧、相次ぐ戦闘により、その精神は疲労していたのある。

 

 ようやくできた時間、コンボイはとある人物に通信を入れていた。大画面に映し出されたのは、ウーマンサイバトロンのリーダー、エリータ・ワンである。彼女は突然の連絡に戸惑うことなく、毅然とした態度でコンボイに相対した。

 

「エリータ・ワンです。コンボイ司令官、何かご用でしょうか」

 

 しかしコンボイは、すぐに言葉を切り出すことはなかった。思いつめた表情で、下を見つめている。

 

「コンボイ司令官?」

 

 不審に思ったエリータ・ワンが再び呼びかける。やがてコンボイの巨大な機体が震えはじめた。

 

「……みたいに……だ……」

「え? なんでしょう」

 

 絞り出された声は不明瞭で、エリータ・ワンは聞き返す。

 

「むかしみたいに、オラたんって呼んでくれなきゃ、いやだぁ……」

「……コンボイ」

 

 一体コンボイ司令官はどうしてしまったのだろうか。相次ぐストレスでどこかの回路がおかしくなったのだろうか。いや違った。

 

「二人きりの時は、そう呼ぶって決めたじゃないか。エイリアルたん」

「今のわたしはエリータ・ワンよ、コンボイ」

「うう……」

 

 かつての二人、オライオン・パックスとエイリアルは、仲睦まじい恋人同士だった。しかしメガトロンの襲撃によって彼らの生活は一変した。コンボイは司令官として、エリータ・ワンはリーダーとしての役目に追われることになる。会うことすらままならなくなった状況で、久々の会話にコンボイが甘えん坊さんになっても不思議ではないのだ。

 

 だが今は戦時。いちゃいちゃしている余裕はない。

 

「ああかわいい人。こんなに疲れ果てて」

 

 しかし自らの立場を弁えながらも、弱弱しい恋人を突き放すことなど、エリータ・ワンにはできなかった。

 

「でもあなたはもうオラたんではないのよ。コンボイ」

「うう……でもっ、でもっ」

「じゃあコンたんと呼ぶことにするわ。二人きりの時はね」

「それはいい考えだそうしよう」

「あなたのそういうところって大好き」

 

 新たな呼び名に浮かれるコンボイを前に、エリータ・ワンは微笑んだ。

 

「じゃあ君はエリたんで。ふふふエリたん。ほぁ、意味もなく呼んじゃった!」

「好きなだけ呼んじゃって、コンたん」

「エリたん」

「コンたん」

「エリたん」

 

 お互いを無意味に呼び合う二人。しかしそれが長く続くことはなかった。

 コンボイの顔に影が差す。ちらりとエリータ・ワンを見てから、顔を俯かせた。

 

「ああかわいそうな人、一体どうしたというの?」

「ああ、聞いてくれるんだね、優しいエリたん。実のところ、自分の情けなさに嫌気がさしてね。必ずメガトロンを打ち倒し、平和を取り戻すと心に決めたのに、戦況は長引くばかり。ぼくじゃダメだよ、エリたん」

「おぉ、どうか泣かないでコンたん」

 

 エリータ・ワンは頬に手を当て身を震わす。しかし嘆願空しく、コンボイはオプティックを手で覆い、嗚咽を漏らし始めた。

 

「あなたは立派よコンたん。今あなたのそばにいたなら、痛いほど抱きしめてあげられるのに!」

「胸のマトリクスが重いよぉ」

「捨ててしまえば」

「それはできない」

「流石だわコンたん」

 

 コンボイが唯一本音を打ち明けられる相手。それがエリータ・ワンだった。いままでため込んでいたすべてを、コンボイは洗いざらいぶちまけた。彼女も大変であることは頭では理解しているのだ。しかしオライオン・パックスであったときの習慣を言い訳に、彼は画面越しの恋人に縋って泣く。

 一方エリータ・ワンは受け身に徹してた。彼女が本音をさらせる相手はコンボイ以外にもたくさんいるのだ。二人の会話内容は、ウーマンサイバトロン達のおしゃべりのいいネタだった。

 

「メガトロンはぼくのこと出来損ないだっていうし」

「老いぼれバケツ頭とでも言ってやりなさい」

「言ったよ。でもいっぱい撃ってきてぼく怖い」

「まぁなんて乱暴なのかしら」

「こっちも撃ち落とそうとしたけど逃げられて……ぼく暴力嫌だよぉ」

「ああコンたん。あなた天使よ、世界で一番優しい子」

「天使はエリたんのほうさ。世界一優しく美しい人」

「あらいやだ、コンたんってば。うふふふ」

「はははは」

 

 コンボイの雰囲気に明るさが戻ったことに、エリータ・ワンは安堵する。

 オライオン・パックスであったころより体格もよくなり、周囲から頼られることも増えたコンボイだが、エリータ・ワンにとって愛する恋人であることに変わりはない。姿が変わろうと、少しの間会えなくとも、その心は常に一つと信じている。ちなみに超ロボット生命体にとっては、例え四百万年であろうと『少しの間』に入る。

 

「ぼく、セイバートロンと全知的生命体、そしてなによりエリたんのために、頑張るよ」

「何て勇ましい、わたしの戦士。あなたはどこまでわたしを夢中にさせるの」

「夢中なのはぼくのほうさ。君に溺れて、排気すらままならないよ。また君の膝で寝たいなエリたん」

「ふふ、甘えん坊さんね」

「君の前だけさ。ぼくの愛は宇宙一だよ」

「知ってるわ。あなたのなにからなにまで」

「エリたん」

「コンたん」

「エリたん」

「コンたん」

「エリたん」

「コンたん」

 

 

 

 

 

「ええいもういい、やめろサウンドウェーブ!」

 

 ここはデストロン本部。大声を上げたのはデストロンの破壊大帝メガトロンだ。背後に流れるのは、お互いの名を呼び合うコンボイたちの声。サウンドウェーブは無言で通信の傍受を中断する。

 

「消せ! 消してしまえ!」

「了解シタ」

 

 命令に従い、並行して録音していたデータを削除する。しかしバックアップは残ったままだ。そちらはサウンドウェーブ個人の盗み聞きファイルに保存されることになるだろう。

 

 メガトロンは久々に感じた寒気を払わんと頭を振る。コンボイがこそこそと通信を入れているとの報告を受け、作戦の相談でもしているのだろうと思ったが運の尽き、生中継でおぞましいものを聞いてしまった。このメガトロン様の目を誤魔化せると思うてか、と調子にのっていた自身を反省する。この場にあの小生意気なジェットロンでもいれば、嫌味のひとつも言われただろうに、そこは幸運であった。

 

「しかしあの若造め。戦場ではでかい口を叩いておきながら、実のところあの様とはな。はははは、司令官がこうであってはサイバトロンもお終い。我がデストロン軍団の勝利は決まったも同然だわい」

 

 あくまで前向きな破壊大帝メガトロン。彼の高笑いが、デストロン本部に響いていった。

 

 

 

 



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