心の音を調えし者と導きの音を奏でし者 (片倉政実)
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Side Story~ 休息の響き~
第1話 穏やかなる調律者と静かなる奏者


政実「どうも、片倉政実です」
凛音「どうも、先導凛音です」
志音「どうも、響志音です」
政実「ここでは、原作で言うところのドレスストーリーなどのような形で短編のオリジナルストーリーをお送りしていきます」
凛音「簡単に言えば、本編の合間合間に起きている日常回を書いていく章という事か」
政実「まあ、そんなところかな」
志音「なるほどね。つまり、本編とこっちは所々で連動する事もあるわけだね」
政実「そういう事だね。さてと……それじゃあそろそろ始めていこうか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、第1話をどうぞ」


 器楽部に訪れた異変について、志音と電話で話した日から一週間が経った日の午前中、俺は勉強の休憩時間中に防音室で一人ピアノを弾いていた。

 ……さて、この一曲を弾き終えたら勉強に戻るとするか。

 何曲か弾き終わった後、俺はそんな事を思いながら傍らにある椅子の上に乗っている楽譜に手を伸ばした。その時、服の胸ポケットに入れていた携帯が突然震えだした。

 ……ん、これは……電話か。けど、一体誰からだ……?

 不思議に思いながら携帯電話を手に取り、画面に目を向けてみると、そこには志音の名前が表示されていた。

 志音……という事は、器楽部に関連した事か勉強会についてか。

 そして俺は携帯を操作し、志音からの電話に出た。

「……もしもし?」

『もしもし。凛音、今大丈夫だった?』

「ああ。今はちょうど、勉強の休憩時間だったからな」

『あ、奇遇だね。僕も今は勉強の休憩中だったんだよ』

「そうか。ところで、何か用か?」

『あ、うん。凛音さえ良ければ、午後から一緒に勉強しようかなと思ってね』

「午後か……。俺は別に構わないが、場所はどこにするんだ?」

 そう訊くと、電話の向こうから少し困ったような声が聞こえてきた。

『えっと、そうだね……。図書館は……そういえば、今日は休館日だったよね?』

「……ああ、そうだな」

『あはは、だよね……。うーん、となると……』

 志音が電話の向こうで考え始めた時、俺はある案を思いついた。

 ……まあ、これも良い機会だ。とりあえず提案だけはしてみるか。

「……なら、今日は俺の家で勉強をするか? 勉強会はおろか、まだお互いの家に行ったことすら無かったから、これも良い機会だと思うしな」

『あ、たしかにそうだね。でも……本当に良いの?』

「ああ。まあ、お前さえ良ければだがな」

『僕はもちろん大丈夫だよ。ただ……』

「……安心しろ、家まではしっかりと案内する」

『ふふ、ありがとう。それじゃあ待ち合わせ場所だけど……』

 志音と待ち合わせ場所と時間を決めた後、俺は通話を終えた。そして、携帯をしまおうとした時、俺はある事を思い出した。

 ……そういえば、家に誰かを呼ぶのは翼と陽菜以外では初めてだったな……。

 小学生から今に至るまで、翼と陽菜以外で友人と言える奴は何人かはいたものの、その中でこうやって同じ目標に向かって切磋琢磨しあおうとした奴は一人としていなかった。……いや、思えた奴はいなかったの方が正しいかもしれない。一応友人関係ではあったものの、翼達のように下校途中や休日に遊ぶような事はなく、学校でただ挨拶を交わしたり少し話したりする程度であり、俺自身はそれでも充分だと感じていた。

 ……小さい頃から友人達との交遊よりもピアノの方を優先してきたから、当然と言えば当然だ。しかし――。

「そう思える友人が、まさか今になって出来るなんてな……」

 そう独りごちながら俺はフッと笑い、ピアノの白鍵へ静かに指を乗せた。そして白鍵に乗せた指へ力を加え、何を弾くでもなくただ音を鳴らした。その瞬間、小気味の良い音がピアノから奏でられると、その音は静かに防音室に響いた。

 この志音との間に紡がれた絆は大切にしないといけないな。同じ目標に向かって切磋琢磨しあう仲間というだけでなく、アイツとは一生付き合っていく友人でいたいからな。

 心の中で静かに決意した後、俺は鍵盤から指を離し、ピアノの屋根や鍵盤蓋などを閉め、傍らに置いていた楽譜などを手に取ってから防音室を出た。

 

 

 

 

 その日の午後、俺は志音との待ち合わせ場所である東奏の駅へと来ていた。今日は祝日であるせいか思ったよりも人通りが多く、老若男女様々な人々の姿を見ることが出来た。

 ……人間観察が趣味の奴だったら、この光景に大喜びするんだろうな。

 そんな事をぼんやりと考えながら人波の様子を眺めていた時、

「お待たせ、凛音」

 近くから穏やかな声が聞こえたため、そちらに顔を向けると、そこには志音が静かに微笑みながら立っていた。志音の服装は初めて会った時と同じ物であり、唯一違ったのは勉強道具などを入れていると思われる明るい緑色のショルダーバッグを肩に掛けている事くらいだった。

「……待ち合わせ時間には間に合っているから、別にお待たせと言う必要は無いと思うぞ、志音」

「あはは、そうかもね。でも、待っている凛音の様子を見た時に、待ち合わせ時間の少し前から待っていたように見えたから、つい言っちゃったんだ」

「……なるほど」

 ……まったく、見た目とは違って本当に鋭い奴だ。

 志音の予想通り、待ち合わせ時間の10分ほど前から待っていたため、俺はそう心の中で思いながら言葉を返した。今日は俺が家まで案内をするから遅れるわけにはいかなかったというのもあるが、翼達との約束があった際にいつも俺が早めに待ち合わせ場所で待つようにしていたりや少し早めに迎えに行くようにしていたりしたため、早めに行動を起こす事が習慣付いていた事も起因しているのかもしれない。

 ……まあ、調律師は奏者と楽器の様子には目を光らせる必要があるため、志音のように鋭い方が実は良いのかもしれないな。

 そんな事を思った後、俺は周囲を軽く見回してから志音に話し掛けた。

「さて、そろそろ行くか。このままここにいると、この人混みに流されかねないからな」

「ふふ、そうだね」

 志音の楽しそうな返事を聞いた後、俺は志音を連れて歩き始めた。

 

 

 

 

 駅から歩き始める事十数分、道中で他愛ない話をしながら歩いている内に俺の家へと着いた。

「着いたぞ、志音。ここが俺の家だ」

「あ、ここが凛音の家なんだね」

 そう返事をすると、志音は少し驚いた様子で家を眺め始めた。そして一通り眺め終えると、ニコリと笑いながら声を掛けてきた。

「防音室とかがあるって聞いてたから大きい家なんだなぁとは思ってたけど、想像してたよりも大きかったからビックリしちゃったよ」

「……そうだろうな。幼なじみ達――翼達を初めて連れてきた時も程度は違えど、2人とも驚いてはいたからな」

「あはは、やっぱりそうだよね」

「ああ。さて、そろそろ入るか」

「うん」

 そして俺は、静かにドアを開けながら志音と共に家の中へと入った。

「ただいま」

「お邪魔します」

 二人で声を揃えてそう言いながら入っていくと、リビングの方から母さん――静音(しずね)母さんが静かに顔を出した。

 母さんは色白の肌に黒いロングヘアー、そして上品さが漂う整った顔ととても人の目を引く見た目をしている上、別の地方にある名家の次女であるため、父さんと出会う前はことある毎に見合いの話や告白などをされていたという。そしてそれでいて読書家でもあるため、様々な深い知識に加えてその出自ゆえに剣道や弓道といった武道、書道に琴などの文化的な事にも精通している。

 そして母さんは俺の姿を見ると、静かに微笑みながら声を掛けてきた。

「お帰りなさい、凛音。そして、そちらがこの前から貴方が話していた志音君ね?」

「ああ、そうだ」

 俺が母さんの言葉に答えると、志音はペコリと頭を下げながら自己紹介を始めた。

「初めまして、響志音と言います。お宅の凛音君には勉強の事などでお世話になっています」

「ふふっ、こちらこそいつも凛音がお世話になっています。凛音は翼ちゃん達以外の子とはあまり接しようとしないし、少しぶっきらぼうなところもあるけど、これからもよろしくね?」

「はい、もちろんです」

 志音がニコリと笑いながら答えた後、俺は小さく息をついてから母さんに話し掛けた。

「……母さん。父さんは?」

「お父さんならさっき防音室に行くのが見えたわ。たぶん、次のお仕事のためだと思うけどね」

「分かった。なら、父さんに会うのは後にしておくか」

「うん、それが良いかもしれないわね。あの人、良いメロディーが浮かぶと、それしか頭に無くなっちゃうから」

「……そうだな」

 俺は仕事に集中している時の父さんの姿を思い出し、小さくため息をついた。そして、そのまま志音の方へと顔を向けてから声を掛けた。

「……とりあえず、俺の部屋に行くぞ、志音。元々、勉強会のために集まったわけだからな」

「うん、分かった」

 志音の返事にコクンと頷いた後、俺達は俺の部屋へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 俺の部屋に着いた後、俺が静かにドアを押し開けながら中へと入ると、志音が続いて入りながら物珍しそうに声を上げた。

「へー、ここが凛音の部屋なんだね」

「ああ。まあ、部屋にはあまり物を置いていないから、正直殺風景かもしれないがな」

 志音の言葉に返事をしながら俺は改めて自分の部屋の中を見回した。すると目に入ってきたのは、黒色や茶色のタンスやベッドにクリーム色のカーテンの他、楽譜や小説などが種類別に並んで入れられた本棚。そして、クローゼットには寒色系のコートやマフラーが掛かっており、一人で勉強や作曲をする時に使っている机の片隅には、翼と陽菜から誕生日プレゼントとして貰った四分音符型の小さな置物と綺麗な装飾が施されたオルゴールなどが置かれていた。

 ……改めて見てみると、机の上の置物とオルゴール、そして本棚以外はどこか寒々しい気がするな。これも良い機会だと思って、近々翼達からの意見も取り入れながら部屋の模様替えでもしてみるか。

 部屋の様子を眺めながらそんな事を考えていると、志音は机の上に置かれている写真立てに収まっている写真をジッと見つめていた。

「志音、その写真立てが気になるのか?」

「あ、うん。この写真に凛音と一緒に写ってるのが、この前話してた幼なじみなんだよね?」

「ああ、そうだ」

 志音からの問い掛けに返事をしながら俺は写真に視線を向けた。写真は1年程前に陽菜の家で軽い茶会をした時の写真で、縁側に置かれた座布団に座ってとても良い笑顔を浮かべている二人の間に俺が挟まって座っているという物なのだが、やはり俺だけはどことなく鋭い視線を向けているように写っていた。

 ……まあ、俺よりもアイツらがしっかりと笑っているという事が何よりも大切だから、俺としては一切の問題は無いな。

 そんな事を思いながら写真を見つつ、俺は志音に写真の内容について軽く話をする事にした。

「俺の右側に写っている方が有栖川翼(ありすがわつばさ)、そして左側に写っている方が白石陽菜(しらいしひな)。翼は俺達と同学年だが、陽菜は俺達よりも一学年上だ」

「あ、そうなんだね」

「ああ。そして、この写真は陽菜の家で軽い茶会をした時の写真だな」

「家でお茶会、かぁ……。凛音は軽くそう言うけど、よくよく考えてみたらスゴいよね、それって……」

「まあ、普通に考えればそうだろうな」

 陽菜の家には何着もの色とりどりの着物や広い庭などもあるため、一般的に陽菜はお嬢様と呼ばれる類いなのは間違いない。だが――。

「因みにこう見えて、陽菜の趣味の1つは庭の木に登って楽器――コーラングレを吹く事だ」

「へー……木に登って楽器を……」

 その瞬間、志音は何かに気付いたような表情を浮かべた後、今度は不思議そうな表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。

「え……今、庭の木に登ってって言ったよね……?」

「……言ったが?」

「え……この上品そうな先輩が、だよね?」

「そうだな。尚、今でも公園などの木に登っている姿を見掛ける事があるな」

「そ、そうなんだね……」

 志音はとても意外そうな様子で答えると、再び不思議そうな表情を浮かべながら写真に写っている陽菜を見始めた。

 まあ、その気持ちはよく分かる。俺もその事を知った時は自分の耳を疑ったからな。だが――。

 その瞬間、俺の頭の中に陽菜に誘われて翼と共に登った木の上から見た光景が想起された。

 ……あの光景を見た事によって出来た曲が幾つもあったりするのもまた事実だな。この街をいつもとは違う視点――樹上からに変えただけでだいぶ見え方が変わり、それにインスピレーションを受けた結果、この曲達が生まれたわけだから、本当に陽菜には感謝をしないといけないな。

 そんな事を思いながらその曲達が収まっている本棚を眺めていると、

「あ、それじゃあ……この有栖川さんはどういう子なの?」

 凛音が写真に写っている翼の事を見ながらそう尋ねてきた。

「翼か。翼は普段から明るく優しい性格で、菓子作りや編み物が趣味という家庭的な奴だな」

「へー、そうなんだね。実は僕もお菓子作りはする方だから、話が合うかもしれないね」

「そうだな。因みに翼の担当楽器は胡弓という楽器だ」

「胡弓……たしか沖縄の擦弦楽器だったよね?」

「ああ、そうだ。まあ、俺達が扱う楽器の種類が様々なため、俺もピアノのような鍵盤楽器だけではなく、コーラングレのような管楽器や胡弓のような弦楽器、そして鉄琴などの打楽器の調律法もついでに覚えたわけだな」

「なるほどね。あ……それなら無事に東奏学園に入れた時には、時々楽器の調律を手伝って貰っても良いかな?」

「ああ、もちろんだ。自分が扱う楽器以外を弄る事で、新しい曲のイメージが浮かぶ事もあるからな」

 俺がそう答えると、志音はとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ふふ、ありがとう、凛音」

「礼はいらない。だが、そのためにもまずは……」

「うん、しっかりと勉強をして、東奏学園に入らないと、だね」

「その通りだ。よし……それではそろそろ勉強を始めるぞ」

「うん!」

 志音の元気の良い返事を聞いた後、俺達は部屋の中心に置いている少し大きめな机へとノートや筆記用具を並べ、本来の目的である勉強会を始めた。

 

 

 

 

 勉強会を始めてから幾らか時間が経った頃、参考書を見たりお互いに教え合ったりしながら勉強を続けていたその時、突然部屋のドアを静かにノックする音が聞こえた。

「……どうぞ」

 机の上のノートからドアの方へ視線を移しながら答えると、部屋のドアが静かに開き、父さん――凛也(りんや)父さんが手にティーカップやクッキーが盛られた皿を載せたお盆を持ったままゆっくりと部屋の中へ入ってきた。

 父さんは色白の肌に少し茶色がかった短めのストレートヘアー、そして爽やかな雰囲気を湛えた顔をしているが、目付きは俺のように鋭い。しかし、気質はとても穏やかで普段から良く笑う方なため、俺とは違って初対面で怖がられる事はまず無い。

 ……別にそれを羨ましいとは思わないが、俺のように初対面の不良から絡まれたりや怒ってもいないのに怒ってると勘違いされたりしないだけ便利ではあるか。

 そんな事を考えながら小さく息をついた後、俺は父さんに話し掛けた。

「父さん。曲の方は大丈夫なのか?」

「ああ、もちろんだよ、凛音。後は母さんに詞を付けてもらって、しっかりとした曲にするだけだ」

「そうか。ところで、その手に持っているのは……」

「ああ、母さんが焼いてくれたクッキーだよ。曲が出来た事を伝えに行った時にちょうど焼き終わったところだったらしく、二人へ持っていってあげて欲しいと頼まれたんだ」

「なるほどな」

 父さんの言葉に返事をした後、俺は父さんの事を指し示しながら志音の方へ視線を向けた。

「志音、俺の父さんだ。ここまでの話の内容で分かると思うが、仕事は作曲家兼演奏家だ」

「初めまして、響志音と言います。お宅の凛音君とはいつも仲良くさせてもらっています」

「こちらこそ。いつも凛音と仲良くしてくれてありがとう、志音君。凛音は翼ちゃん達以外の子とはあまり関わろうとしないから、君という友達が出来てくれたのは本当に嬉しいよ。これからも凛音の事をよろしくお願いするよ、志音君」

「はい、もちろんです」

 志音がニコリと笑いながら言葉を返すと、父さんは安心した様子で微笑みを湛えた。

 やれやれ……二人揃って同じような事を言うとはな……。まあ、親からすれば俺のような奴はかなり心配なんだろうけどな。

 腕を組みながらそんな事を考えていた時、父さんが俺達の事を見ながら静かに口を開いた。

「……さて、二人とも。根を詰めすぎてもいけないし、そろそろ休憩にした方が良い」

「そうだな。――ところで、父さん」

「何だ、凛音?」

「防音室はそろそろ使っても良いのか?」

「ああ、もちろんだ。それに凛音が使うと思ってしっかりとピアノの調律もしてある」

 父さんは静かに微笑みながらそう言った。

 父さんの調律か……。それならあのピアノも本当に良い音色を奏でてくれるはずだ。

 父さんが調律をした後のピアノの音色を思い出しながら俺は父さんに礼を言った。

「……ありがとう、父さん」

「別に良いさ。凛音がまた楽しそうにピアノを弾いてくれるなら、私達としては本当に嬉しいからな」

 本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら答えた後、父さんはお盆の上のティーカップなどを机の上に置き始めた。そして置き終わった後、志音の事を見ながら穏やかな笑みを浮かべた。

「それにしても、彼――志音君の存在が凛音にとってとても良い刺激にもなっているようだし、これで私達も安心して出発出来そうだ」

「え、出発って……どこかへ行かれるんですか?」

「ああ、4月から仕事の都合でしばらく海外に行く予定なんだ」

「そうなんですね」

「ああ。凛音はしっかりとしているし、調律の技術や料理なども問題ない。ただ、さっきも言ったように幼なじみである翼ちゃん達以外とは自分から関わろうとしなかったからそれだけが心残りだったんだ。けど、志音君のように良い友達が出来てくれた事でそれはすっかり解決したよ。こうやって凛音が自分から友達を家に呼ぶ事だって、本当に久しぶりの事だったからね」

「……まあ、そうだな」

 翼達のようにしっかりとした付き合いをしたいと思った友人は、志音と出会うまでは一人としていなかった。それは俺自身がそう思わなかったというのもあるが、恐らく無意識の内に翼達や志音から何か似たような物を感じ取ったからなのかもしれない。

 ……そういえば、志音の時もそうだったが、翼達と初めて会った時に何故かは分からないが、深い付き合いになるような気がした。それはやはり志音や翼達から俺と似たような物を感じていたか俺がコイツらとならしっかりとした付き合いをしていけると感じたからなのかもしれないな……。

 志音の事を横目で見ながらそう心の中で思っていると、父さんが真剣な表情を浮かべながら声を掛けてきた。

「凛音。分かっているとは思うが、音楽とは音を楽しむと書くように自分だけではなく、様々な人の心を楽しませる物だ。そして、今までのお前のピアノとは違い、今のお前のピアノは翼ちゃん達や志音君のような人の心に安らぎと元気を与える物だ。それだけは忘れるなよ?」

「……もちろん分かっている。コンクールのために技術を磨いていただけの昔とは違い、今は自分が『弾きたい』と思った時のみ弾くようにしているからな」

「……なら良い」

 父さんは静かに答えた後、安心したような笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「凛音。お前はこれから翼ちゃん達や志音君以外にも様々な人と絆を紡ぐと思う。そして、そうやって出来た絆は絶対にお前の力になるはずだ。だからお前も様々な人を音楽の力や自分自身の心で支えていくんだぞ」

「……ああ、もちろんだ」

 父さんの言葉に俺は深く頷きながら答えた。

 一時期、俺は自分自身がピアノを弾く理由を見失っていた。しかし、父さん達や翼達のおかげで俺は再びピアノや音楽と向き合う事が出来た。そして東奏学園の器楽部というきっかけで志音と出会うことが出来、共に器楽部に訪れた異変を解決しようとしている。だからこそ、今まで様々な人に支えられてきた分、今度は俺が志音の事を支えつつ、翼達以外の器楽部員も支えて行くべきだ。

 ……そして、本当にいざという時には、このペンダントが秘めているという守りの呪いに頼るとしよう。

 そう決意を固めながら首から提げているペンダントから発せられている微かな温かみを静かに感じていると、父さんは再び安心したような表情を浮かべた。

「……どうやら、本当に心配はいらないようだな」

「ああ、俺だって成長してるからな」

「そうだな。では、私はそろそろ行くとしよう。二人とも、勉強頑張ってくれ」

「ああ」

「はい」

 父さんからの激励に俺達が言葉を返すと、父さんは満足そうに頷いてから静かに部屋から出て行った。すると――。

「……何というか、凛音のお父さんってカッコいいよね」

 志音の口からポツリとそんな言葉が出てきた。

「カッコいい……というと?」

「そうだね……一言で言えば、立ち居振る舞い……かな? もちろん、凛音みたいに顔とか体格とかの外面のカッコ良さもあるけど、話をしている時の姿とか雰囲気とかがカッコいいって思ってね」

「……なるほどな。だが、お前もそういったカッコ良さくらいならいつかは手に入れられそうだと思うが?」

「え、そう……かな?」

 俺の言葉に志音は少しキョトンとした様子を見せたが、俺は静かに頷きながら言った。

「顔や体格などの外面は金と時間さえあればいくらでも変えようはあるが、雰囲気や立ち居振る舞いなどの内面はそう簡単にはいかない。これらはその人の生活の仕方や環境などに影響をされるからな」

「……うん」

「まだお前の家に行ったわけではない上、俺はそういった事の専門家ではないため具体的な判断こそ出来ないが、お前の自身の考え方や性格は少しでも知っているつもりだ。そしてそこから判断するに、お前はそういった雰囲気や立ち居振る舞いなどの内面的な魅力という物をしっかりと身につけられると俺は思っている」

 志音は見た目こそカワイイ系と言われるような奴だが、芯はしっかりとしている上、誰かのために一生懸命になれる奴だ。

 つまり、志音はまさに内面的な魅力で人を惹きつける事に秀でている存在なのだ。だから――。

「だから、とりあえず今は自分に自信を持て。根拠のない自信は身を滅ぼす事が多いが、お前の場合は根拠がある自信だからな」

 俺がそう言葉を締め括ると、志音は少しキョトンとした後、静かに頷きながら微笑んだ。

「ふふ……ありがとう、凛音」

「礼には及ばない。俺は思った事を口にしただけだからな」

「……うん、分かった」

「ああ」

 志音の明るく穏やかな笑みに対して静かにフッと笑った後、俺は父さんが持ってきてくれた物へと視線を向けた。

「さて、冷めない内にこれらを頂いてしまおう」

「うん!」

「「いただきます」」

 二人で声を揃えてそう言った後、俺達は音楽の事や互いの事について話をしながら休憩という名の穏やかなティータイムを始めた。

 

 

 

 

「……よし、今日のところはここまでにしよう」

「うん、そうだね」

 休憩後、俺達は再び勉強会を始め、それから数刻が過ぎた頃にそう言いながら持っていた筆記用具を机の上へと置いた。ふと時計に目を向けると、時計の針は午後5時頃を指していた。

「5時か……」

「何だかスゴく勉強した気になってたけど、実際は4時間くらいしか経ってないんだね」

「そうなるな。まあ、大事なのは勉強した時間ではなく、内容の密度だからな」

「ふふ、たしかにそうだね」

 俺の言葉に志音が楽しそうに笑いながら答えた後、俺はある事を提案するべく口を開いた。

「……さて、そろそろお前が帰る時間だが、その前にちょっと着いてきてくれるか?」

「うん、別に良いけど……?」

「すまないな。さて、それではまずは片付けるとするか」

「うん」

 そして、俺達は机の上の筆記用具を片付け、ティーカップなどを載せたお盆なども持った後、そのまま俺の部屋を出た。

 お盆をキッチンにいた母さんに渡しつつ、クッキーなどの礼を言った後、俺は志音を連れてある場所へと向かった。そして、その場所へと着いた後、俺はドアを押し開けながら志音に声を掛けた。

「……着いたぞ、ここが防音室だ」

「あ……ここが防音室なんだね」

 志音は少し驚いた様子で答えると、珍しそうに防音室の中を見回し始めた。防音室の中には、俺がコンクールで貰った賞状やトロフィー、そして父さん達が作った曲の楽譜やCDなどがあったが、そのどれにも埃などは付いていなかった。

 ……まあ、掃除はしっかりとしているから、当然と言えば当然だな。

 そんな事を思った後、楽譜などが収められている棚へと近づき、ある曲の楽譜を手に取ると、後ろから志音が不思議そうな声で話し掛けてきた。

「……凛音、それはどんな曲の楽譜なの?」

夜想曲(ノクターン)第5番嬰ヘ長調。ショパンが作曲した曲であり、俺にとって思い出の曲の一つだ」

「思い出の曲……」

「ああ。せっかくだから、お前にこの曲を聴いて貰おうと思ってな。まあ、プロの演奏ではなく、俺の演奏だから所々ミスなどをするとは思うけどな」

「ううん、そんな事は気にしないよ。それに凛音の演奏を一度聴いてみたいと思ってたしね」

「……そうか」

 俺はピアノの屋根を上げながら突き上げ棒で固定した後、譜面台に楽譜を置いてから鍵盤蓋を静かに開けた。そして、下にある三種のペダルの調子を軽く確かめた後、俺はピアノの白鍵を静かに叩いた。するとその瞬間、静かだが深みのある音が防音室の中へと響き渡った。

「……このピアノ自体もそうだが、やはり父さんの調律はスゴいな」

「……そうだね。何だかその1つの音だけでも胸に染み渡るような気がしたよ……」

「……ああ、そうだな。さて……それではそろそろ始めるとしようか」

 ……たった一人の聴者のための演奏会を、な。

 そして、両手の指をピアノの鍵盤へと置いた後、俺は静かに曲を弾き始めた。

 古の音楽家によって楽譜に記された調べをなぞりながら俺はそれらを奏で続けた。すると、ピアノが奏でる音が防音室の中に響き渡り、その音色と音の波動が俺達の中へと静かに染み渡るような錯覚に襲われ、目の奥に曲の情景が浮かんでくるような気がした。

 ……夜想曲、これは夜の情緒を表現した曲だが、実際にはただの夜ではなく、明け方の事を指しているんだったな。

 そんな事を思いながら弾き続けていた時、俺の頭の中にこの曲の思い出が想起された。

 ……そう、この曲は俺が初めてコンクールでトロフィーを貰った曲であり、翼達との思い出の曲でもあるからな。

 小学生の頃、翼達が家に泊まりに来た事があった。その日は何故か夜になっても眠くならなかったため、俺達は俺の部屋で様々な話をしていたが、夜更け頃に翼達が俺のピアノを聴きたいと言いだし、俺達は今のように防音室へとやって来た。

 そして、何の曲が聴きたいか翼達にリクエストを訊いた時に翼達が選んだのがこの夜想曲第5番嬰ヘ長調だった。曲の情景には少し早い時間だったものの、俺はそれを承諾し、今の志音のように後ろで翼達が並んで座っているのを感じながら静かに弾き始めた。

 ……器楽部の面々が奏でた『魔法の音』程では無いにしろ、あの夜の演奏会に響き渡った音色は、今でも『思い出の音色』として俺の耳と心に残っているからな。

 今の翼達の状況は、明らかに看過できない物だ。あの『魔法の音』に魅せられた者としても、そして翼達の幼なじみとしても。

 ……だから、絶対に志音と共に取り戻してみせる。あの『魔法の音』も翼達の本当の笑顔も……!

 改めてそう心に強く誓いながら俺は曲を弾き終え、そのまま鍵盤から静かに手を離した。そして、後ろから志音の拍手の音が聞こえた後、俺がクルリと後ろを振り返ると、志音は笑顔を浮かべながら穏やかな声で話し掛けてきた。

「スゴく良い演奏だったよ、凛音。実は僕、この曲を聴いた事は無かったんだけど、聴いてる内に何だか明け方の空を眺めているような気分になったよ」

「……そうか」

 ……やはり、志音は曲の情景や音のイメージなどを感じ取る力が高いのかもしれないな。聴いた事がない中でそこまでのイメージを浮かべられるのは、そうそう無いだろうしな。

 そんな事を思っていた時、志音は心配そうな表情を浮かべながら話し掛けてきた。

「……ねえ、凛音」

「どうした、志音」

「僕の思い違いなら良いんだけど、さっきピアノを弾いてる最中に器楽部の事とか考えてなかった?」

「……まあ、正確にはそれだけじゃないが、たしかに考えていたな」

「やっぱりそうだったんだね」

「ああ。しかし……よく分かったな、志音」

 俺が少し驚きながら訊くと、志音は真剣な様子で静かに答えた。

「……さっき、曲を弾いてる時に凛音から何か強い意志みたいなのを感じたんだ」

「強い意志、か……」

「うん。最初は気のせいかなと思ったんだけど、曲が進む毎に段々それが強くなっていって、曲の終わり頃にはそれがかなり強く感じられたんだ」

「……そう、だろうな」

 俺は再びピアノの方へ体を向けた後、ピアノの白鍵を音階順に静かに撫でた。そして、途中でその手を止めてから俺は再び口を開いた。

「志音。この曲には思い出がある、と俺はさっきお前に話したよな」

「……うん」

「この曲は俺が初めてコンクールでトロフィーを貰った曲であり、翼達との思い出の曲でもある。俺にとっては掛け替えのない思い出の、な……」

「そう……だったんだね」

「ああ。そしてその時の『思い出の音色』は今でも耳に残っている」

「『思い出の音色』……。ふふっ、何だか詩的な表現だね」

「……そうだな」

 志音の言葉にフッと笑ってから俺は真剣な表情を浮かべながら再び口を開いた。

「志音。俺は器楽部の面々が奏でた『魔法の音』を取り戻したいと思っているが、それと同時に翼達の本当の笑顔も取り戻したいと思っている。あの日、器楽部の異変について知ったあの日の翼達の哀しそうな顔はもう見たくはないからな……」

「凛音……」

「だからこそ、俺はここでお前に言いたい事がある」

 そして、俺はあの日の気持ちを胸に抱きながら、再び志音の方へと体を向けた。

「志音、俺と共に器楽部の異変を解決してくれ。器楽部の『魔法の音』や翼達器楽部のメンバーの本当の笑顔を取り戻すために」

「凛音……」

 志音はポツリとそう呟いた後、

「……うん、もちろんだよ、凛音。一緒に器楽部の異変を解決しよう。器楽部の『魔法の音』のためにも、そして有栖川さん達器楽部のメンバーの本当の笑顔を取り戻すためにもね」

 穏やかな日射しのような笑顔を浮かべながら答えた。

「……志音、感謝する」

「ふふ、どういたしまして」

 そして、俺達はお互いに手を差し出し、そのまま固く握手を交わした。

 正直なことを言えば、現在の器楽部の異変の正体などについてはまったく見当は付いていない。だが、こいつ――志音とならこの難解な問題を突破できる。俺は心の底からそう確信している。

 夕暮れ時の静寂に包まれた防音室の中で、俺は志音と握手を交わしながら静かにそう感じた。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
凛音「今回は本編第1話で簡単に描かれていた所のクローズアップ回だったな」
政実「そうだね。因みに作中で凛音が弾いていた曲は、実はちょっとした思い出があったから、今回出してみた感じかな」
志音「なるほどね。さてと、次回の投稿予定は未定で良いのかな?」
政実「うん、そうだね」
凛音「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「よし、それじゃあそろそろ締めていこうか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、また次回」


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番外章
番外回 キャラクター設定


政実「どうも、片倉政実です」
凛音「どうも、先導凛音です」
志音「どうも、響志音です」
政実「ここでは、凛音や志音などのキャラクター設定について書いていきます」
凛音「オリジナルキャラである俺などはもちろん、原作では断片的にしか触れられていないチューナーを元にした志音に関しては、こういった場でしっかりと設定について触れなければ、後で矛盾点が発生しかねないからな」
志音「うん、だからこそここでしっかりと僕達の設定について書いていかないとね」
政実「うん、そうだね。
さて……それじゃあ、そろそろ始めていこうか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、どうぞ」


 

【主人公】

 

名前:先導凛音(せんどうりおん)

性別:男

年齢:16

担当楽器:ピアノ

調律時の役割:器楽部員の調律・ノイズとの戦闘

ノートゥングの形状:音叉&?

趣味:ピアノなどの演奏及びピアノや胡弓などの調律、読書、音楽鑑賞(主にクラシックなど)、料理、スポーツ全般、作曲

特技:ピアノや胡弓などの演奏、剣道など

好きな物:ピアノの演奏(志音や翼達に聴かせたりや気が向いた時に弾いたりする時のみ)、家族や友人との会話、謎解き、翼の作る菓子など

嫌いな物:(よこしま)なもの、志音や翼達を傷付けるものなど

 

 

東奏学園に通う男子高校生で、この作品の主人公の一人。

元々は、幼なじみ達と共に平和な毎日を過ごしていたが、幼なじみ達やその仲間達に訪れた異変について知った事で、ある日偶然知り合った調律師を目指す少年――響志音と共にその異変を解決しようと乗り出す事となった。

普段からとても落ち着いており、頭の回転なども良いが、あまり自分から他人に接するような性格では無い上、志音や幼なじみである翼達や器楽部員達、そして家族など以外には少々ぶっきらぼうな態度を取ってしまうため、初対面の相手からはあまり良く思われない事が多い。

しかし根は優しいため、困っている人間を放っておく事があまり出来ず、自分が何とか出来ると判断した際は、手助けなどを申し出たりしている。

特技にもある通り、ピアノなどの演奏が得意ではあるが、自分自身がピアノを弾く理由が変わった事で、現在は自分自身が弾こうと思った時や志音や翼達などに聞かせたいと思った時、そしてリクエストをされた時のみ弾くようにしている。

外見は黒のストレートヘアーに鋭い目付きの二枚目顔だが、その目付きや他人への接し方などの事もあり、モテるよりは怖がられる事の方が多い。

学校生活では文武両道を重んじているため、学業も部活動も疎かにする事は無く、時折同級生達から恐る恐る勉強についての質問をされる事がある。

そしてそれに加えて、小さい頃からピアノの他に剣道も習っていた事もあり、中学時代にはその剣道に関する事がきっかけで『冷酷なる旋律(クルーエル・メロディー)』という二つ名をこっそりと付けられていた。

尚、本人はその二つ名をあまり良く思ってはいないが、その二つ名を時々利用する事がある。

因みに、一人称は俺で三人称は基本的に苗字呼びであるが、志音や翼達など凛音自身が決めた相手に対しては、下の名前で呼んでいる。

 

 

 

 

名前:響志音(ひびきしおん)

性別:男

年齢:16

担当楽器:無し(楽器の調律を担当しているため)

調律時の役割:器楽部員の調律・ノイズとの戦闘(自らが戦うのではなく、魔法少女の召喚を用いたもの)

ノートゥングの形状:音叉

趣味:読書(主に調律関連の本)、料理、音楽鑑賞、描画、写真撮影、スポーツ全般

特技:楽器の調律、製菓など

好きな物:家族や友人との会話、楽器の調律、甘い物など

嫌いな物:悪人、凛音や器楽部員達が傷つく事など

 

 

東奏学園に通う男子高校生で、この作品の主人公の一人。

元々は、調律師を目指しているただの学生だったが、東奏学園器楽部の演奏会で知り合った少年――先導凛音から器楽部員達に訪れた異変について報され、演奏会で聴いた『魔法の音』を取り戻すために凛音と共に異変の解決へと乗り出した。

普段からとても穏やかな性格をしており、あらゆる相手に対して優しく接しているが、時折天然な一面を見せる事もあるため、頼りなく見られる事もしばしば。

しかし、一度決めた事は最後までやり通そうとする意志の強さを内に秘めている上、時折男らしい一面も垣間見えるため、同級生など達から秘かに想われる事もある。

特技にもある通り、楽器の調律が得意で、今はプロなどでは無いものの、その腕前は確かな物であるため、凛音や他の器楽部員達から楽器の調律をよく頼まれている。外見は黒のストレートヘアーに優しげな二枚目顔系であるが、志音自身が知らず知らずの内に発している穏やかそうな雰囲気などにより、カッコいいよりはカワイイと評される事の方が多い。

学業に関しては、特に不得意な教科などは無いものの、その成績は平均的な物であるため、時折凛音との勉強会を開き、授業で分からない箇所などを質問している。

そして、趣味にスポーツ全般とあるように、スポーツも決して不得意ではないが、特に得意な物があるわけでもないため、こちらも平均的な成績となっている。

凛音以外の器楽部員達などからは、『チューナー』または『調律師君』と呼ばれているが、凛音だけは志音の事を名前で呼んでいる。

尚、志音自身の一人称は僕、三人称は名前の呼び捨てまたはそれに先輩やさんを付けた物。




政実「以上が、キャラクター設定です」
凛音「今はまだ少ないが、例によって作中で新しい情報が出る度に更新していく形で良いのか?」
政実「うん、そのつもりだよ」
志音「うん、了解。
そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと……それじゃあ、そろそろ締めよっか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、また本編で」


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序章 響志音編
プロローグ 調律師の目覚め


どうも、片倉政実です。ここでは今作品の主人公の一人である響志音視点のプロローグを書いていきます。併せてもう一人の主人公の先導凛音視点のプロローグも読んで頂けると更に楽しめると思うので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、早速プロローグを始めていきます。


 小学生の頃、僕は父さん達に連れられて一度だけオーケストラの演奏会に行った事がある。と言っても、そのオーケストラは特に有名なオーケストラというわけでは無く、会場も住んでいる『東奏市』にあるそこそこ小さなホールのようなところでその日のお客さんも特に多いわけでは無かった。その頃の僕は、『音楽』というと学校の授業でやる物という印象しかなく、父さん達程今回の演奏を楽しみにしていたわけでは無かった。けれど、始まる前のお客さん達のざわざわとした声や時間が近づくにつれて僕の中から湧き上がってくるワクワク感は思い出の一つとして残っており、その時の事を思い出すだけで今でもあの時のワクワク感が僕の中に満ちてくる。そして、時間になって幕が静かに上がっていくと、舞台上に並んでいた奏者達の姿が徐々に見え始め、完全に幕が上がった後に指揮者の人は客席へ向かって丁寧に一礼をし、クルリと振り返って指揮棒を高く上げた。その瞬間、会場内の空気がピーンと張り詰め、奏者達の表情にも真剣さが増した。そして指揮棒が勢い良く振られ、演奏が始まった瞬間に僕は今まで自分が持っていた『音楽』のイメージが壊れたような気がした。管楽器などで奏でられた音色はスーッと僕達へと染み渡り、打楽器によって発された音の波動はぶつかってくると同時に体全体を包み込む。そんな様々な音は、指揮者による指揮棒の導きで次々と生み出されていき、その音色に僕の中にあった『音楽』は、学校の授業のイメージからその字の通りの()()()()()物へと変わり、演奏中は一言も発さずにワクワク感に満たされながら奏でられる音を楽しんだ。そしてそれから数時間後、そんな楽しい時間が終わりを告げた後も先程までの音色が僕の中を巡っており、ホールを出た後もその興奮は冷めやらなかった。今まで知らなかった音楽の楽しさなどを知り、音楽に対して凄く興味を持つ事が出来た事で、自分の中の小さかった世界に音楽という要素が加わり、今までとは違う自分になれたような気がしたからだ。そして、そんな少し弾んだ気持ちでいた時、父さん達が僕に少し離れる用事があると言い、僕はそれを快く了承し、父さん達を見送りながらホールの近くにあったベンチへと座った。ベンチに座った後も僕の中の小さな高揚感のような物は無くならず、僕はそれを感じながらホールから出ていく他の観客達の様子に目を向けた。そしてそんな事を続ける事約数分、突然隣から聞こえてきたトスンという音の方へ視線を向けると、そこには同い年くらいのサラサラとした黒い短髪の男の子が座っていた。その子は何をするわけでも無く、ただ静かに座っているだけだったけれど、綺麗な顔立ちも手伝って僕はその姿に不思議とカッコ良さを覚えると同時に育ちの良さそうな印象を受け、この子は一体どんな子なのだろうという興味が湧いてくるのを感じた。そして、少しだけ暗い表情を浮かべながらボーッと入り口の方を見ている彼に対して僕は小さく息を吐いてから話し掛けた。

『……ねえ』

『……ん、何か用?』

『用事……というわけでは無いんだけど、同い年くらいの子がいたから、ちょっと話し掛けてみようかなと思ったんだ』

『……ああ、なるほどね』

 僕の言葉に彼は合点がいったという様子でクスリと笑った。そして僕の方へしっかりと向き直ると、彼は穏やかな雰囲気を醸し出しながら再び口を開いた。

『ねえ、君はさっきの演奏を聴いてどんな風に思った?』

『どんな風って……例えば?』

『そうだな……例えば、聴いていて楽しくなるような演奏だったとか自分も将来は演奏家になりたくなったとかそんな感じに簡単に答えてくれて良いよ』

『あ、なるほどね……そういう感じでも良いなら、今日の演奏がきっかけで音楽へのイメージが変わった……かな?』

『音楽へのイメージ……?』

『うん。あまり上手くは言えないんだけど、僕は今まで音楽って学校の授業でやる物っていうイメージしかなかったんだ。皆で歌ったり何かを合奏してみたりっていう感じのね。でも、今回の演奏を聴いていた時、楽器から聞こえてくる音の凄さや綺麗さが体に染みこんできたり、体中を包み込んできたりするような感じがしたんだ』

『……なるほど』

『まあ、もちろん気のせいなんだろうけどね。けど、さっきの演奏を聞いた事で僕の音楽に対してのイメージは授業のイメージから音を楽しむ物へ変わったし、何だか今までの僕とはまた違った自分になれたような気はしたかな』

『今までの自分とはまた違った自分……うん、そう思えただけでも今回の演奏を聴きに来た価値はあると思うよ』

『ふふっ……だね』

『僕も今まで色々なオーケストラの演奏や音楽家の演奏を聴いてきたけど、今回の演奏はとても楽しかったよ。それに、僕にとって良い刺激になった気もするしね』

『良い刺激って……もしかして、何か楽器の演奏が出来るの……!?』

 彼の言葉を聞いて、彼に対しての興味が更に湧くのを感じていると、彼は少し驚いた表情を浮かべた後にニコリと微笑みながらコクンと頷いた。

『一応ね。一番練習してるのはピアノだけど、簡単にであれば他にも何種類かは出来るよ』

『わぁ……そうなんだね! ピアノだけでも難しそうなのに、他の楽器も演奏出来るなんてスゴいなぁ……!』

『まあ、本当に何種類かだけどね。それに、確かに出来るようになるまでは時間も根気も必要だけど、出来るようになった後の達成感やそれを聞いてもらった後に掛けてもらえる言葉は本当に嬉しくなるんだ』

『そっか……僕も何か楽器を習ってみようかな……』

『うん、それも良いと思う。でもね、人の心を震わせる演奏をするには、奏者の腕以外にも必要な物があるんだよ』

『え、そうなの?』

『うん。自分が楽しんで演奏をする事や相手にそれを音色と一緒に伝える事なんかも大切なんだけど、やっぱり楽器は調()()みたいな手入れをして上げないとね』

『調律……?』

『調律っていうのは、簡単に言えば楽器の音を正しい物に戻す事で、それを専門にしている調律師っていう人もいるんだ。もっとも、音楽家の中には自分で調律をしちゃう人もいるみたいだけど、ちゃんと調律師の人にやってもらいたいって思う人もいるんだよ。しっかりと調律された楽器の音色は、聴く人の心を掴むとても素晴らしい物だからね』

『そうなんだ……スゴい人達なんだね、その調律師って……』

『うん。だから、いつか僕が音楽家になれた時には、調律師の人と一緒に色々なところに演奏会をしに行けたらなんて思ってるんだ』

 とてもワクワクした様子で話す彼の表情を見ている内に、僕の中にもそのワクワクした気持ちが込み上げてきていた。けれど、彼はすぐに表情を曇らせると、少し哀しそうに首を振った。

『まあ、そんなのについてきてくれる親切な調律師なんていないと──』

『それじゃあ……僕がそれになろうか?』

 彼の少し哀しそうな表情に思わずそんな言葉が出た瞬間、彼は心から驚いた様子で『え……?』と言った。それはそうだろう、さっき会ったばかりの少年の口からそんな言葉が出たのだから。でも、僕はその言葉を引っ込める気は無かった。それは、彼の話を聞いて湧き上がってきたワクワク感に従いたいという気持ちだけじゃなく、さっきあったばかりの彼に対して何かしてあげたいという気持ちがあったからだ。

 そして、僕は未だに驚いている彼に対してニコリと笑いかけた。

『僕で良ければ、その親切な調律師になろうかなって思うけど、どうかな?』

『それは嬉しいけど……でも、調律師になるには並大抵の努力じゃ足りないし、僕の夢にさっきあったばかりの君を付き合わせるわけにも……』

『ううん、良いんだ。僕、君の話を聞いてその調律師っていう職業に興味が湧いたんだよ。演奏をする人達を支えて、演奏を聴いた人達を笑顔に出来る仕事、将来なるならそういう誰かを支えて笑顔に出来る職業に就きたいからね』

『誰かを笑顔に……』

 彼はその言葉をポツリと呟いた後、しばらく考え込んでから優しい笑みを浮かべた。

『……うん、そうだよね。誰かを笑顔に出来るのは、とてもスゴい事だからね』

『うん! それで……どうかな?』

『……もちろん。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいかな。何となく君となら良いコンビになれそうな気がするしね』

『ふふっ、そうだね。今日初めて会ったはずなのに、何だか不思議だね』

『うん、だね』

 彼と仲良く笑い合っていた時、こんな約束をしているのに、まだ自己紹介をしていない事に気付いた。

『あ……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね』

『あはは、そうだったね。こんな約束をしているのに、自己紹介がまだなんて何だかおかしいね』

『ふふ、そうだね』

『それじゃあ改めて……僕の名前は──』

 その時、入り口の方から誰かの声が聞こえ、僕達は同時にそちらへ視線を向けた。すると、そこには和やかな笑みを浮かべる正装の男女の姿があり、それを見た彼は『あ、もう時間か……』

 と残念そうに呟くと、ゆっくりと立ち上がった。

『ゴメン……父さん達が待ってるみたいだから、もう行かなくちゃ』

『そっか……残念だけど、仕方ないね』

『うん……』

 彼は本当に残念そうな様子で軽く俯いたが、『……でも』と言いながらすぐに顔を上げると、スッと右手を差し出しながらニコリと笑った。

『さっきの約束をした事で、約束がまた僕達を引き合わせてくれるはずだ。だから、また会えたその時に今度こそ自己紹介をしよう。その方が、なんだか楽しそうだからね』

『……ふふっ、そうだね。いつかになるかは分からないけど、コンビを組む事と自己紹介をする事、この二つの約束は絶対に果たそうね』

『うん』

 そして固く握手を交わした後、彼は両親の元へ向かって嬉しそうに走っていき、楽しそうに話をしながら会場を去って行った。彼らを見送った後、僕はさっきまで彼と握手を交わしていた手をジッと見つめ、クスッと笑ってから静かにその手を握り込んだ。()()行く事になった場所で、()()隣り合った事がきっかけで仲良くなって約束まで交わしあった名前も知らない新しい友達。今度はいつ会えるかは分からないけど、彼が言ったように交わした約束がまた僕達を引き合わせてくれる。そんな確信にも似た予感が僕の中にはあった。

『……またね、未来のピアニストさん』

 心の奥から込み上げてくるポカポカとした気持ちを感じながら、僕はポツリとそんな言葉を呟いた。




プロローグ、いかがでしたでしょうか。今作品ではこれからも一部を除いてそれぞれの主人公視点でストーリーを進めていきますので、そういう点も楽しんで読んで頂けるととてもありがたいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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序章 先導凛音編
プロローグ 出会いと約束


どうも、片倉政実です。ここでは今作品の主人公の一人である先導凛音視点のプロローグを書いていきます。併せてもう一人の主人公の響志音視点のプロローグも読んで頂けると更に楽しめると思うので、どうぞよろしくお願いします。
それでは、早速プロローグを始めていきます。


 小学生の頃、俺はとある悩みを抱えていた。悩みの理由、それは作曲家の父親と作詞家の母親の影響で始めたピアノだ。家の防音室には、父さんが仕事で使うために昔からピアノを始めとした様々な楽器が置いてあり、俺は父さん達がそれらを演奏する音を聞いたり、少しだけ触らせてもらったりしていた。そして、その中で一番気に入ったのがピアノだった。そのため、俺は早くピアノを上手に弾きたいと感じ、両親に楽譜の読み方や弾き方の技術などについて教えてもらえるように頼み込んだ。すると、両親は幼かった俺からの頼みを快く引き受けてくれた上、楽器に興味を持ってくれた事をとても嬉しそうに喜んでくれ、自分達の仕事の合間を縫ってピアノのレッスンをしてくれたり、作詞や作曲などを含む音楽に関する様々な事を教えてくれたりした。俺はそんな両親に心から感謝し、両親が勧めてくれた両親の友人のピアノ教室や剣道教室などにも通いながら、ピアノの練習に精一杯取り組んだ。そしてその甲斐もあって小学校に上がる頃には、小さなコンクールで入賞をするようにもなったが、ある時を境にどんなに練習をしても自分が納得するような音色を奏でられずにいた。では、その音色とはどんな物なのか、と両親や幼馴染みなどの様々な人から問われたが、その頃の自分は具体的な説明をする事は出来なかった。どんなに言葉で説明をしようとしてもそれを表す具体的な言葉が一向に見つからず、練習にも身が入らなくなり、俺はどうしたら良いか分からずに途方に暮れていた。

 そんな中、両親は俺にある場所に行く事を提案してくれた。その場所というのは、俺達が住む『東奏市(ひがしかなでし)』にある小さなホールのようなところで、そこで近々父さん達の昔からの友人が指揮者を務めるオーケストラが演奏会をするらしく、父さん達としてはそれを聴きに行く事で、俺に気分転換をしてみて欲しいという思惑があったようだった。俺は両親のその思いをとても嬉しく感じ、その提案をされた直後にそれを承諾した。そして幼なじみ達にもその事を話すと、幼なじみ達はとても嬉しそうに喜び、その様子から俺がどれだけ心配を掛けていたがハッキリと分かった。俺は言葉には出さなかったが、幼馴染み達に申し訳なさを抱くと同時に、感謝の気持ちを覚え、近い内に必ず成長した自分を見せる事を約束した。

 そしてそれから数日後の演奏会当日、両親と一緒に会場へ行ってみると、来ている人の数は思っていたよりも少なかったが、老若男女様々な人の姿があり、俺は声には出さなかったもののその様子にとてもワクワクしていた。人の数こそ少ないが、ここまで様々な年代の人達を集めてしまうオーケストラが、果たしてどのような演奏をするのか。そんな事を考えた瞬間、胸が高鳴るのを感じ、俺はこの演奏会で出来る限り様々な物を持ち帰れるようにしようと決意を固めた。そして、両親と共に会場へと入った後、そのまま会場内のホールにある席へと着き、ステージ上の幕の向こうで次々と準備が行われる音を聞きながら、演奏会の開始を今か今かと待ち続けた。それから数分の後、父さん達の知り合いである指揮者の人が正装でステージ上へと現れ、演奏会に来てくれた事への感謝の言葉やどのような曲目を演奏するのかを約数分間に渡って簡単に説明し始めた。そしてその説明が終わり、『それでは、お楽しみ下さい』と言う指揮者の人の言葉と同時に、閉じていた幕が静かに開きだし、指揮者の人はゆっくりと指揮台へ向かって歩き始めた。それを見ながら俺の中でワクワクした気持ちが強くなっていく中、指揮者の人は指揮台へと上がり、オーケストラの方を見ながら持っていたタクトを静かに掲げた。そして、それと同時にオーケストラが演奏の準備を整え、指揮者の人はそれに答えるように一度コクンと頷いた後、掲げられていたタクトが勢い良く振られた。その瞬間、楽器から奏でられた音色がホール中へと響き渡り、その音色の綺麗さに俺は圧倒された。楽器一つ一つの音色はもちろん素晴らしかったが、音色同士が重なり合う事で生まれる見事なハーモニーはホール中を反響し、聴いている俺達の事を魅了した。

『スゴい……』

 演奏中、その素晴らしさに小さな声で思わずそう独り言ちていたその時、胸の奥にあった迷いや不安にも似た『何か』が小さくなっていくのを感じると同時に、次第に気持ちが晴れやかになっていくのを感じた。そして演奏を聴き続ける中で、いつかは俺もこんな風に音楽で誰かを感動させ、笑顔に出来るようになりたいと思うようになっていった。

 それからおよそ二時間後、最後の曲目が静かに終わると同時に演奏会も終わり、少しだけ寂しさのような物を感じていたが、演奏前にあった『何か』はもうすっかりと小さくなっており、その代わりに演奏中に感じた気持ちが俺の中で新たな目標として残っていた。俺はその事をとても嬉しく感じていたが、それと同時にある大きな不安も新たに生まれていた。音楽で誰かを感動させる事や笑顔にさせる事はもちろん良い。しかし、それには奏者の技術の他にも様々な要素が必要であり、俺がその中でも特に必要だと感じていたのが『調律』だった。正直な事を言えば、父さんのように自分で調律まで出来てしまえば、それはそれで問題は無い。しかし、俺が理想としていたのは、『調律師』とコンビを組んで様々な場所まで赴いて演奏をする事であり、出来るならその調律師とはお互いに頼り合えるようないわゆる『相棒』といえる関係性である事が望ましいと考えていた。そういった気心の知れた関係の方が、何か相談したい事が出来ても気軽に話す事が出来るし、きっと楽しいだろうと思っていたからだ。しかし、これはあくまでも俺の理想に過ぎず、そんな事を請け負ってくれるような調律師などいないだろうと子供ながらに理解はしていた。何故なら、一人の新人演奏家の専属になるよりも名の知れた演奏家やオーケストラと契約を結ぶ方が、様々な面で明らかに得であるため、わざわざそんな道を選ぶような人などいないと断言できるからだ。

『……やっぱり、現実はそんなに甘くないか……』

 両親と共にホールを出ながら誰にも聞こえないほどの声でポツリと呟き、それと同時に心の奥がズキッと痛むのを感じていたその時、突然父さんから『凛音、ちょっと良いか』と話し掛けられた。俺は突然話し掛けられた事に少し驚いたが、その驚きを顔に出さないように気をつけながら気持ちを瞬時に切り替え、そのままゆっくりと父さんの方へ顔を向けた。

『父さん、どうしたの?』

『今から母さんと一緒にさっき指揮をしていた友人のところに行ってこようと思うんだが、凛音もついてくるか?』

『……僕は良いかな。父さん達の友達に興味はあるけど、ちょっと考えたい事もあるから、それを考えながらその辺のベンチに座って待ってるよ』

『……そうか』

 俺の返答に父さんはどこか心配そうな表情で頷きながら答えた後、俺の頭に手をポンと置いた。

『それじゃあすぐに戻ってくるから、それまで大人しく待っててくれ』

『うん、分かった。父さん、母さん、行ってらっしゃい』

『ああ、行ってきます』

『行ってきます』

 そして、人混みの中へ消えていく父さん達を見送った後、俺は軽く溜息をついてから近くにベンチが無いかと思いながら辺りを軽く見回した。すると、ホールの入り口の傍にベンチが置かれているのが見えたため、俺はゆっくりとそれに近付き、そのまま静かにベンチに座った。そして、会場の入り口の方をボーッと眺めながら再び自分の新たな目標の事について考え始めようとしたその時、『……ねえ』と少し緊張したような声が聞こえ、俺は声がした方に視線を向けた。視線の先にいたのは、優しそうな雰囲気を漂わせた同い年くらいの黒の短いストレートヘアの男の子で、俺はそのどこか緊張した面持ちで俺の事を見つめる彼に何故か親近感のような物を覚え、考え事を中断しながら彼に話し掛けた。

『……ん、何か用?』

『用事……というわけでは無いんだけど、同い年くらいの子がいたから、ちょっと話し掛けてみようかなと思ったんだ』

『……ああ、なるほどね』

 彼の返答に納得しながら頷いていた時、先程の演奏を彼がどんな風に感じ取ったのかがふと気になり、体を向けてからその事について問い掛けた。

『ねえ、君はさっきの演奏を聴いてどんな風に思った?』

『どんな風って……例えば?』

『そうだな……例えば、聴いていて楽しくなるような演奏だったとか自分も将来は演奏家になりたくなったとか、そんな感じに簡単に答えてくれて良いよ』

『あ、なるほどね……そういう感じでも良いなら、今まで抱いていた音楽へのイメージが変わった感じ……かな?』

『音楽へのイメージ……?』

『うん。あまり上手くは言えないんだけど、僕は今まで音楽って学校の授業でやる物っていうイメージしかなかったんだ。皆で歌ったり何かを合奏してみたりっていう感じのね。でも、今回の演奏を聴いていた時、楽器から聞こえてくる音の凄さや綺麗さが体に染みこんできたり、体中を包み込んできたりするような感じがしたんだ』

『……なるほど』

 彼の感想に対して俺が頷きながら答えていると、彼は頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべた。

『まあ、もちろん気のせいなんだろうけどね。けど、さっきの演奏を聞いた事で僕の音楽に対してのイメージは授業のイメージから音を楽しむ物へ変わったし、何だか今までの僕とはまた違った自分になれたような気はしたかな』

『今までの自分とはまた違った自分……うん、そう思えただけでも今回の講演を聴きに来た価値はあると思うよ』

『ふふっ……だね』

『僕も今まで色々なオーケストラの公演や音楽家の演奏を聴いてきたけど、今回の公演はとても楽しかったよ。それに、僕にとって良い刺激になった気もするしね』

『良い刺激って……もしかして、何か楽器の演奏が出来るの……!?』

 彼が目を輝かせながら訊いてくるその様子に俺は少しだけ嬉しさを感じながらコクンと頷いた。

『一応ね。一番練習してるのはピアノだけど、簡単にであれば他にも何種類かは出来るよ』

『わぁ……そうなんだね! ピアノだけでも難しそうなのに、他の楽器も演奏出来るなんてスゴいなぁ……!』

『まあ、本当に何種類かだけどね。それに、確かに出来るようになるまでは時間も根気も必要だけど、出来るようになった後の達成感やそれを聞いてもらった後に掛けてもらえる言葉は本当に嬉しくなるんだ』

『そっか……僕も何か楽器を習ってみようかな……』

『うん、それも良いと思う。でもね、人の心を震わせる演奏をするには、奏者の腕以外にも必要な物があるんだよ』

『え、そうなの?』

 彼が不思議そうに首を傾げる中、俺は俺は頷きながら話を続けた。

『うん。自分が楽しんで演奏をする事や相手にそれを音色と一緒に伝える事なんかも大切なんだけど、やっぱり楽器は調()()みたいな手入れをして上げないとね』

『調律……?』

『調律っていうのは、簡単に言えば楽器の音を正しい物に戻す事で、それを専門にしている調律師っていう人もいるんだ。もっとも、音楽家の中には自分で調律をしちゃう人もいるみたいだけど、ちゃんと調律師の人にやってもらいたいって思う人もいるんだよ。しっかりと調律された楽器の音色は、聴く人の心を掴むとても素晴らしい物だからね』

『そうなんだ……スゴい人達なんだね、その調律師って……』

『うん。だから、いつか僕が音楽家になれた時には、調律師の人と一緒に色々なところに演奏会をしに行けたらなんて思ってるんだ』

 俺は楽しさを感じながら彼に自分の理想について話をしていたが、その理想が叶うわけが無い物だと改めて感じた瞬間、心の奥が再びズキリと痛み、どうしようもない哀しみが俺を襲った。

『まあ、そんなのについてきてくれる親切な調律師なんていないと──』

『それじゃあ……僕がそれになろうか?』

 彼のその言葉に俺は心から驚き、思わず『え……?』という声を漏らしてしまっていた。それはそうだろう。何故なら初対面の奴、それも同い年とは言えまだ幼い子供が口にした理想に迷う事無く協力を申し出てくれたのだから。

 そして、俺が彼のその言葉に驚きを隠せずにいると、彼はニコリと笑いながら再び口を開いた。

『僕で良ければ、その親切な調律師になろうかなって思うけど、どうかな?』

『それは嬉しいけど……でも、調律師になるには並大抵の努力じゃ足りないし、僕の夢にさっき会ったばかりの君を付き合わせるわけにも……』

『ううん、良いんだ。僕、君の話を聞いてその調律師っていう職業に興味が湧いたんだよ。演奏をする人達を支えて、演奏を聴いた人達を笑顔に出来る仕事、将来なるならそういう誰かを支えて笑顔に出来る職業に就きたいからね』

『誰かを笑顔に……』

 その言葉を聞いた瞬間、心の奥にあったズキズキとした痛みが癒え、それと同時に小さくなっていた『何か』がスーッと消えていったような気がした。そして、その代わりにこれからに向けての『希望』や『やる気』といった物が生まれていった。

 ……うん、こう言ってくれる彼とならこの目標を──いや、夢を叶えられるかもしれない。

 そう感じた後、俺は彼に対してニコリと微笑みかけた。

『……うん、そうだよね。誰かを笑顔に出来るのは、とてもスゴい事だからね』

『うん! それで……どうかな?』

『……もちろん。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいかな。何となくだけど、君となら良いコンビになれそうな気がするしね』

『ふふっ、そうだね。今日初めて会ったはずなのに、何だか不思議だね』

『うん、だね』

 そんな事を言いながら笑い合っていたその時、彼は突然何かを思い出したような表情を浮かべた。

『あ……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね』

『あはは、そうだったね。こんな約束をしているのに、自己紹介がまだなんて何だかおかしいね』

『ふふ、そうだね』

『それじゃあ改めて……僕の名前は──』

 その時、入り口の方から『凛音』と俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、そちらに顔を向けると、そこには和やかな笑みを浮かべる父さん達の姿があった。

『あ、もう時間か……』

 しっかりと自己紹介が出来なかった事を残念に思いながらゆっくりと立ち上がった後、俺は少し不思議そうな表情を浮かべる彼に対して申し訳なさを覚えながら小さく頭を下げた。

 ゴメン……父さん達が待ってるみたいだから、もう行かなくちゃ』

『そっか……残念だけど、仕方ないね』

『うん……』

 残念そうな表情を浮かべる彼に対して俺は小さく頷いたが、『……でも』と言いながら顔を上げた後、握手をするために右手を差し出しながらニコリと笑った。

『さっきの約束をした事で、約束がまた僕達を引き合わせてくれるはずだ。だから、また会えたその時に今度こそ自己紹介をしよう。その方が、なんだか楽しそうだからね』

『……ふふっ、そうだね。いつかになるかは分からないけど、コンビを組む事と自己紹介をする事、この二つの約束は絶対に果たそうね』

『うん』

 そして、固く握手を交わした後、両親の元へ走っていくと、父さんは俺の顔を見ながらどこか安心したように笑みを浮かべた。

『……その様子だと、俺達がいない内に良い友達が出来たみたいだな』

『うん。まあ……自己紹介まではちょっと出来てないんだけどね』

『あら……それなら自己紹介をするまでの間、ここで待っていても良いわよ?』

『ううん、良いんだ。あの子とはちょっとした約束をしたから、その約束が僕達をまた引き合わせてくれると思う。だから、自己紹介はその時で良いよ。あの子ともそう話はしたしね』

『……そうか。なら、その約束を果たす時、恥ずかしくないようにしないとな』

『……うん、もちろんだよ』

 父さんの言葉に微笑みながら答えた後、彼と握手をした手をジッと見つめ、クスリと笑いながらその手を固く握り込んだ。()()行く事になった場所で、()()出会った上に約束まで交わしあった名前も知らない新たな友達。彼と本当に再会できるかは分からないが、その時の俺は彼と交わしあった約束が再び俺達を出会わせてくれると信じてやまなかった。

『……またね、未来の『調律師(チューナー)』君』

 新たに湧いた希望を胸に俺は彼と約束を果たす時を楽しみにしながら小さな声で呟いた。




プロローグ、いかがでしたでしょうか。今作品ではこれからも一部を除いてそれぞれの主人公視点でストーリーを進めていきますので、そういう点も楽しんで読んで頂けるととてもありがたいです。
そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。


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第1話 異変と決意

政実「どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いてる方はいつもありがとうございます。作者の片倉政実です。今作品も皆さんに楽しんで頂けるよう、精一杯頑張っていきますので、これからよろしくお願い致します」
凛音「どうも、この作品の主人公の一人、先導凛音です」
志音「どうも、この作品のもう一人の主人公、響志音です」
政実「本編からはこの作品の前書きと後書きを今作品の主人公′sと一緒に行っていきます」
凛音「……まあ、作者の別作品でもやっている事ではあるんだがな」
政実「まあ、確かにそうだね。さて……それじゃあ前書きはここまでにして、そろそろ始めていこうか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、第1話をどうぞ」


 その日、俺──先導凛音(せんどうりおん)は小学校の頃からの幼馴染み達と共に住んでいる東奏市(ひがしかなでし)の中を散策していた。街の中はいつものように住んでいる人達の活気に溢れており、それによって生まれた熱気は眩しい程に照りつけてくる太陽の光やこのむしむしとした気温よりも暑く思えた。

 ……ふう、やはり夏だから暑いな。俺はまだ大丈夫だが、コイツらは大丈夫なのか……?

 その事が気になった俺は、両隣を歩いている幼馴染み達に話し掛けた。

「……今日はそこそこ暑いみたいだが、お前達は大丈夫か?」

「うんっ! 私はバッチリ大丈夫だよ、凛音!」

「ふふ、私も心配ありませんわよ? 凛音さん」

「……そうか。それなら良いが、もし本当に危なくなった時はすぐに言ってくれ」

「うん、分かった!」

「承知致しました」

 幼馴染みの元気な返事、そして上品さが漂う静かな返事の二つを聞いた後、俺は静かに頷いたが、それでも二人が心配な事は変わらなかった。

 ……この季節は熱中症なんかが一番恐ろしいからな。俺ならまだ良いが、コイツらの体はコイツらだけの物でもないし、何よりもコイツらにはその辛さを味わって欲しくはない。となると……やはり、適当に時間を見てどこか喫茶店にでも入った方が良さそうだな。

 そんな事を考え、どこか涼しそうな場所が無いか探していたその時、市役所の掲示板に貼られている一枚のチラシが目に入ってきた。

 ……ん、あれは確か……。

 その場に静かに立ち止まりながらチラシに視線を向けていると、その俺の様子に疑問を抱いた様子で幼馴染みの一人が不思議そうな声で話し掛けてきた。

「……あれ、どうかしたの? 凛音」

「何か、真剣に見ていたようですが……?」

「……ああ、アレを見ていただけだ」

 そう言いながら俺がさっき見ていた物を指さすと、幼馴染み達はそれをまじまじと見始め、それが何かが分かると少し驚いた様子を見せた。

「あれって……私達の……」

「……ふふ、どうやらそうみたいですわね。ですが……まさか、このような場所で見る事になるとは思いませんでしたわ」

「……俺はそうでもないと思うけどな」

 俺は幼馴染み達の視線の先にある『東奏学園器楽部』のコンサートのチラシを見ながら静かに言った。この幼馴染み達は東奏学園という学校の生徒で、この反応が示す通りそこの器楽部に所属している。コイツらが所属している器楽部は、設立からまだ歴史も浅いという話だが、定期的な演奏会なども催している他、所属メンバーの中には学生でありながらプロとして活躍している奴や小さい頃から様々なコンサートで賞を取っている奴もいるらしく、その事から『東奏学園器楽部』の名は他校にも広く知られている。

 ……演奏会、か。もしかしたらだが、()()()が来る可能性もなくは無いのかもしれないな。

 件のチラシを見ながら昔一度だけ知り合い、約束を交わしあった奴の事を思い出していると、幼馴染みの一人──有栖川翼(ありすがわつばさ)がふと俺の事を見やり、少し残念そうにため息をついた。

「あーあ……凛音も私達と同じ学校だったら、今頃器楽部がもっと楽しかったと思うのになぁ……」

「……そんな事を今更言ってもしょうがないだろ。それに、今の器楽部でも楽しい事に変わりが無いのなら、今のままで楽しむ方が良いに決まっていると思うぞ?」

「むぅ……それはそうなんだけど……」

 ソイツが少し不満そうな声を上げると、もう一人の幼馴染み──白石陽菜(しらいしひな)がクスクスと笑いながら声を掛けてきた。

「でも、凛音さん。気持ちだけなら貴方も同じ、そうですわよね? 」

「……まあ、そうだが」

「……ほ、ほんと!?」

「……一応は、な。俺は今の学校で『わざと』楽器を扱う部活動に入っていないから、『アレ』を弾く機会は音楽室に誰もいない時か家で一人で弾く時、後はお前達がいる時くらいしかない。だから、部活道という形で他の奴と共に演奏をする事には少しだけ興味がある。まあ、器楽部の部長兼指揮者があの草薙百花(くさなぎひゃっか)だという点も興味を惹く理由になるな」

 ……正直、本当ならこれくらいの機会でも充分と言えば充分ではあるんだが、翼達の話を聞いている内に、部活道という形なら他の奴と合奏をするのも面白そうだと思うようになってきたからな。今は『東奏学園』に編入するつもりは無いが、考えの一つくらいには入れてみても良いのかもしれないな。

 翼や陽菜と一緒に合奏をする様子を想像して、その楽しそうな感じから思わず口元を綻ばせていたその時、翼が少し不思議そうな様子で話し掛けてきた。

「……ねえ、凛音。いつも思うんだけど、何でピアノを皆のいる前で弾かなくなったの? 凛音のピアノ、スゴくキレイな音だから私としてはもっと色んな人に聴いてもらいたいのに……」

「それは私も同感ですが……凛音さんには凛音さんなりの理由がお有りなんですよね?」

「ああ……と言っても、ピアノを弾く理由が変わった、ただそれだけなんだけどな」

「弾く理由が……変わった?」

「ああ。今までの俺のようにただコンクールで入賞をするためや上手くなるために弾くんじゃなく、聴かせたい相手の為だけに弾く。それが今のピアノを弾く理由だ」

 その言葉に俺が少しだけ気恥ずかしさを覚えていると、翼も少し気恥ずかしそうな様子を見せた。

「き、聴かせたい相手の為って……それって……もしかして……?」

「……ふふっ、そう言われると何だか照れますわね……」

「陽菜……その表情や言葉、全然照れてるようには見えないが?」

「ふふ、実は……かなり照れてるんですのよ?

 何せ、凛音さんからそんな告白のような言葉を突然言われてしまったものですから……♪」

「こ、告白って……!? ひ、陽菜ちゃん、いきなり何言ってるの……!?」

 陽菜のその言葉に動揺しつつも、翼が頬を軽く染めながら嬉しさと恥ずかしさの入り混じった視線を俺に向けてくると、その様子に俺は少しだけドキリとした。

 う……陽菜の奴、後で覚えておけよ……。

 そんな事を思いつつ、俺はその気持ちを隠しながら平然とした態度を装って翼に声を掛けた。

「落ち着け、翼。さっきの俺の言葉には、陽菜の言うような意味は籠もっていないぞ?」

「あ……そ、そうだよね。あはは……陽菜ちゃんが突然変な事を言うからビックリしちゃったよ……」

「……まったくだ」

 翼の安心と残念さが入り混じった表情に気付かぬフリをしつつ、俺は翼の言葉に同意をした。

 正直な事を言えば、陽菜が言ったような気持ちが俺に無いわけではないし、先程の翼の表情などから翼が俺に好意を抱いてくれているのはとても嬉しい。だが、翼にそういった感情があったとしても、今の俺にはそれに応える事など一切出来はしない。

 ……いや、俺には応える資格など無いと言った方が正しいのかもしれないな。聴かせたい相手の為、とは言ったが、取り方次第ではコンクールなどの重圧から逃げ出したとも取れなくはないからな……。

 この何とも言えない空気の中、陽菜がふと何かを思い出したように声を上げた。

「あ、そういえば……凛音さんは、このコンサートの日は予定などはありますか?」

「この日か……いや、特には無いな」

「でしたら、私達の演奏を聴きにいらっしゃいませんか?凛音さんほどではありませんが、私達も日々精進はしておりますので、聞き苦しいという事は無いと思いますよ?」

「……お前達の演奏が聞き苦しいという事は無いと思うが……まあ、たまには良いか」

 そこで一度言葉を切り、俺は翼達の顔を真正面から見据えた後、静かに言葉を続けた。

「これもせっかくの機会だ、そのお前達の演奏をしっかりと聴かせてもらうとするか」

「凛音……! うん! 私達、精いっぱい頑張るね!」

「ああ、頑張れよ、翼。もちろん、陽菜もな」

「ええ、もちろんですわ」

 翼達のやる気に満ちた目、そしてその返事を聞いた瞬間、俺は件の演奏会は絶対に成功すると確信した。翼達はポテンシャル自体がそもそも高い。それに加えてこのやる気さえあれば、最高の演奏を聴かせてくれるはずだ。

 そして、この二人に対して、俺が出来る事は──。

「……さて、それなら二人への応援の意味も込めて、今から喫茶店にでも行くか。もちろん、俺の奢りでな」

「え……そ、そんな悪いよ……」

「そうですわ、私達の分は私達が……」

 俺の言葉に翼達が申し訳なさそうに言うが、俺はそれを手で制しながら言葉を返した。

「いいや、今回は奢られてもらおう。あくまでも、今回はお前達への応援の意味を込めているからな。それに、お前達にはこれまで幾つもの借りもある、だから今回はその分も含めていると思ってくれ」

「凛音……」

「凛音さん……」

 翼と陽菜は申し訳なさそうな表情のままで顔を見合わせたが、すぐに微笑みながらコクンと同時に頷き、再び俺の方へと視線を向けた。

「それじゃあ……今回はそうさせてもらうね、凛音」

「ああ、そうしてくれ。……さて、それじゃあ早速行くとするか」

「うんっ!」

「はい」

 翼と陽菜はニッコリと笑いながら、とても楽しそうな調子で返事をした。

 ……やはり、翼達の笑顔を見ているだけでとても安心する。だからこそ、翼達の笑顔が失われたその時は、全力を以て取り戻すことにしよう。

 かつて……翼達に()()()()者として、な。

 心の中で静かに決意を固めた後、俺は翼達と共に再び東奏の街の中を歩き始めた。

 

 

 

 

 演奏会当日、俺は会場の客席に座りながら、開演時間を静かに待ちつつ、客席をチラリと見回した。客席には、老若男女様々な人達がおり、中には俺のような学生らしき奴の姿もあった。

 珍し……いや、別に珍しくはないか。俺のように東奏学園の器楽部に知り合いがいる奴だったり、他の学校で吹奏楽部や器楽部に入っていたりする奴の可能性もあるからな。

 学生らしき人物についてそんな結論を出した後、俺は舞台の方へと視線を向けた。舞台には器楽部のメンバー達が演奏する中でも大きめの楽器が、次々と運び込まれており、それを見ながら俺は以前翼達から聞いた話を思い出していた。

 ……そういえば、器楽部にはハープや和太鼓などの奏者もいるんだったか……。そして、そんな一風変わったオーケストラによるハーモニーがこれから披露されるわけだが……果たしてどんな物になるのかな……?

 そんな事を考えながら待っていたその時、開演を報せる低いブザーの音が会場に響き渡り、東奏の制服を着た一人の女子学生──草薙百花部長がマイクを持ちながら舞台へと現れた。そして、百花部長がとても落ち着いた様子で挨拶などをしている内に、翼達を含めた器楽部のメンバー達が次々と舞台へと現れ、それぞれの楽器を演奏する準備を始めた。

 さて、翼と陽菜は……。

 百花部長の言葉を聞きつつ翼達の様子を窺うと、翼は少し緊張した面持ちで、そして陽菜はいつものような上品な笑みを浮かべながら演奏の時を待っていた。

 ……まあ、アイツらなら問題ないだろうな。

 翼達の様子を見ながらそう考えていた時──。

「……それでは、私達の演奏をお楽しみ下さい」

 百花部長がニコッと微笑みながら言葉を締め括り、俺達へ向かって一礼をした後、手に持っていたタクトを構えつつ器楽部メンバーの方へと体を向けた。そして、そのタクトが振り下ろされたその瞬間、俺は体全体が稲妻に貫かれたような衝撃を受けた。

「……これが、コイツら……東奏学園の器楽部の音、か……!」

 和洋様々な楽器達が奏でるメロディーは、互いにぶつかり合うことなどは一切なく、時にはそれぞれの音を高め合い、また時には混ざり合うことでまた新たなハーモニーへと変化し、俺達観客はまるで『魔法』に掛かったかのように、一切視線を逸らすことが出来なかった。

 ……そう、これはまさに──。

「『魔法の音』だな……」

 ふとポツリと呟いていたその言葉は、俺の中で眠っていた音楽への情熱の炎を徐々に強くしていった。

 ……もし、この中に混じり、俺もこのような音を奏でる事が出来たとしたら、それはなんと素晴らしい事だろう……!

 およそ、いつもの俺ならばあり得ない思いを抱きつつ、俺は東奏学園器楽部の演奏の世界へと意識を静かに沈めていった。

 

 

 

 

「……さて、この後はどうするかな……」

 演奏会後、観客達がバラバラと帰って行く中、俺は会場の外でこの後の事について一人で考えを巡らせていた。翼達には演奏会の打ち上げがあるらしく共に帰る事は出来ない上、俺自身には特に用事もないため、何をしたら良いものかまったく見当がつかなかった。

「……仕方ない。ここはさっさと帰って、ピアノの調律でも──」

 その時、後ろから突然声が聞こえてきた。

「えっと……ちょっと良いかな?」

「ん……?」

 不思議に思いながら振り向くと、そこにいたのは開演前に客席を見回していた時に見つけた学生らしき奴だった。ソイツは、整髪料などを使った様子の無い黒いストレートヘアにカジュアルな服装だった、とこの言葉だけで判断するならば、いかにも女子人気のありそうな好青年をイメージするだろう。

 しかし、ソイツが発している穏やかそうなオーラと少し頼りなさげにもに見える優しそうな顔付きのせいか、カッコいい系というよりはいわゆるカワイイ系と周囲から評されているであろう事が明らかだった。因みに学生らしき、と表現したのはソイツの雰囲気や見た目が同じ年齢のように思えたからであるため、実際に学生なのかまでは定かでは無い。

 ……さて、それはさておき……一体俺に何の用なんだ?

「……俺に何か用か?」

 話し掛けてきた理由を訊くために話し掛けると、ソイツは少し困ったような表情を浮かべながら答えた。

「あ……いや、用っていうか……さっき君から『調律』っていう言葉が聞こえたから……もしかしたら僕と同じような人かなと思って……」

「お前と同じ……というと?」

「あ、実は僕……『調律師(ちょうりつし)』を目指してるんだ」

「『調律師』……その名の通り、楽器の音を調節し、奏者の音に寄りそうという、あの調律師か?」

「うん、そうだよ。それで……部活動の顧問の先生に勧められて今回の演奏会に来てみたんだけど……!」

 その瞬間、ソイツの顔はまるで太陽のようにパアッと明るくなった。

「とっても感動したよ! 僕は何か楽器をやってるわけじゃないから、評論家の人みたいな事は言えないけどさ。何というか……音がまるで鳥が大空へ羽ばたいていくかのように高く高く上がっていくように思えたし、聞いている内にどんどんその音色の世界に引き込まれていって……まるで──」

「『魔法』に掛かったかのようだった、か?」

「そう、まさにそれだよ! そっか……という事は君も同じように感じてたんだね!」

「ああ、まあな。それにしても……さっきは評論家みたいな事は言えないと言っていた割には、中々それらしい事を言えているじゃないか」

「あはは……そう、かな?」

「ああ。だが、それだけお前が音楽が好きなんだという事、そして音楽を大事に思っている事は、しっかりと伝わってきた。まだまだ未熟な俺が言える事でも無いかもしれないが、そんなお前ならきっと、良い調律師になれる事だろう」

「そ、そんな事……でも、ありがとう。君がそう言ってくれた事で、僕も少しだけ自信が付いたよ」

「……そうか」

 ソイツの嬉しそうな笑みを見ながら同じように笑っていたその時、ふとソイツの笑みが約束を交わしあったアイツの笑みが重なったような気がした。

 ……そういえば、雰囲気なんかもアイツと似ている気がするが、まあ同じような雰囲気の奴がいてもおかしくはないか。

 ソイツを見ながらそんな事を考えていると、ソイツは何故か少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら静かに頭を下げた。

「それと……さっきはゴメン」

「……ゴメンって、俺はお前から謝られる事なんてしてないと思うが?」

「あ、うん……実はさっき、君から話し掛けてくれた時、君の表情からちょっと冷たく怖い人なのかと思っちゃったから、それを謝ろうと思って……」

「……なるほど、そういう事か」

 ソイツの言葉を聞き、俺は静かに納得した。俺は昔から目つきが鋭く、話し方も多少固く、ぶっきらぼうになりがちなため、それに慣れていない奴からは今のコイツのように冷たい奴として見られることが多かった。もっとも、俺自身は他人に大して興味を持っていないため、冷たいという印象もあながち間違いではないし、俺としてはこの事に関して特に困ってはいなかった。しかし、翼達はそうは思わないらしく、自分達以外と接する時には出来る限り柔らかい態度を取るように、と日頃から言われていたりする。

 ……正直な事を言えばかなり億劫だが、アイツらの言葉を無視する事は出来ないからな。

 俺は小さく一度息をついた後、言葉を続けた。

「その事に関しては、昔からよく言われているから、謝る必要も無ければ、別に気にする必要は無い。俺からすれば、またか程度の事だからな」

「あ……そうなんだね」

「ああ。だから、これ以上は気にするな」

「うん、分かった。それじゃあ、そうさせてもらうね」

 ソイツはニコッと微笑みながら静かにそう答えたが、すぐに何かを思い出したような表情を浮かべると言葉を続けた。

「そういえば……自己紹介がまだだったよね、僕は響志音(ひびきしおん)。君の名前は?」

「俺か? 俺は先導凛音だ」

「先導君だね。よろしくね、先導君」

「ああ。だが、君付けもいらないし、別に名前の方で呼んでも構わないぞ、響」

「……うん、分かった。後、僕の事も志音って呼んで欲しいかな」

「……分かった」

「うん。それじゃあ改めてよろしくね、凛音」

「……ああ、こちらこそよろしく頼むな、志音」

 穏やかに微笑む志音を見ながら、俺はクスリと笑った。

 響志音、か……何故かは分からないが、コイツとはとても長い 付き合いになりそうだな……

 そんな確信にも予感を覚えていたその時、志音が何かを思いついたように声を上げた。

「あ、そうだ……!ねえ、凛音。これも何かの縁だし、連絡先を交換しない?」

「連絡先か……確かにお前の言う通り、これも何かの縁だからな、そうするのも良いかもしれないな。それに何故だかお前とは、長い付き合いになりそうな気がするんだ」

「あ、実は僕もそんな気がしてたんだ。……ふふっ、何だか僕達って色々と気が合うみたいだね」

「そうだな。さて……それじゃあ早速やるか」

「うん!」

 そして、俺は志音と連絡先の交換をした。

 ……そういえば、翼達や父さん達を除けば、同じ部活の連中と交換したのが最後だったな。

 携帯の画面を見つつ、そんな事をボンヤリと考えていると、同じように携帯の画面を見ていた志音が何かに気付いたように声を上げた。

「……あ、そろそろ行かないと……」

「何か予定でもあるのか?」

「あ、うん。これから父さん達と出掛ける予定があってね」

「そうか。なら、早く行った方が良い。親御さんに限らず、人を待たせるのはあまり良くないからな」

「ふふ、そうだね。……それじゃあまたね、凛音」

「ああ」

 俺が静かに返事をすると、志音はとても明るい笑顔を浮かべながら走って行った。

「……響志音、か。翼やアイツ以来だな、こんな風にこれからも仲良くしていきたいなんていう気持ちを抱くのは……」

 志音が走って行く様子を眺めながらクスリと笑った後、俺は新たな出会いに嬉しさを覚えながら家へと向かって歩いていった。

 

 

 

 

 その日の夜、俺はピアノが置かれている防音室で、翼達と今日の演奏会のことについて電話で話をした後、今度は志音と電話で話をしていた。翼達とは今日の演奏会の感想などについて話し、志音とはそれ以外にもお互いの事などについて話していたが、志音の話し方や雰囲気も手伝ってか久しぶりに翼達以外の奴との話が楽しいと感じていた。

 ……翼達とはいつもこんな風に話をしているが、まさかその相手が増えようとは昨日までまったく思ってもいなかったな。

 そんな事をボンヤリと考えている内に志音との話も終わり、携帯から聞こえていた低いバイブレーションの音も静まった事で、俺の呼吸や心音以外に音を発する物は無くなった。

 ……せっかくだ、寝る前に一度だけ弾くか。

 短い息を一度だけついた後、俺は目の前のピアノの鍵盤に両手の指を置き、静かに指に力を加えた。その瞬間、高低様々な音が一度に鳴ったが、その音の重なりは不思議とキレイに混ざり合い、まるで『幻想』という言葉を音へと変換したかのようにも思えた。

 ……さて、奏でるとするか、新たな出会いという音色の重なりを祝した一曲を。

 そして、俺はピアノが奏でる旋律の世界へと意識を集中させながら一曲弾き終えた後、ピアノを軽く掃除してから自分の部屋へと戻り、演奏会で聴いた『魔法の音』の事を思い出しながら眠りについた。

 

 

 

 

『……汝よ、聞こえるか……』

 静寂の中、誰かが俺に話し掛けてくる声が聞こえ、俺はゆっくりと目を開けると、そこは自分の部屋じゃなく、暗闇以外には何も無いただ広いだけの空間だった。

 ん……何だ、ここは一体どこなんだ……?

 謎の空間に対してそんな感想を抱いていると、『……どうやら、無事に聞こえているようだな』

 とさっきも聞こえてきた謎の声の主は安堵したように声を上げ、再び穏やかな声で俺へと話し掛けてきた。

『汝よ。汝に一つ、頼みがある』

『頼み……それは一体何だ?』

『……なに、汝にとっては大したことではない。

 ただ……我にお前の旋律を聴かせて欲しいのだ』

『俺の……旋律、だと?』

『……ああ。今の私にとって、それが必要なのだ』

『……そうか。だが……その旋律を奏でるには、ピアノなどの楽器が必要なのでは無いのか……?』

『……いや、私に必要なのは、汝の心の旋律だ』

『心の……旋律……?』

『そうだ。……さあ、汝の奥底にある、友垣や思い人などへの様々な想いの旋律をしかと私に聞かせてくれ……』

 友垣や思い人……何もかもが突然すぎるため、何が何だか分からないが、とりあえずやるとするか……。

 俺は瞬時に翼達や父さん達、そして志音の事を思い浮かべ、それぞれへの想いが音色へと変わっていくイメージを浮かべた。その瞬間、周囲にあった暗闇がサーッと消えていき、いつの間にか周囲が白い光に包まれていた。

 ……これは……?

『……なるほど、これが汝の心の、想いの旋律か……。感謝するぞ、先導凛音。このように心地良い旋律を聴かせてくれたことを、な』

『お気に召したようで何よりだ。……ん? 待て、何故お前は俺の名前を知っている?』

『……なに、大したことではない。汝……いや、お前の想いの旋律をこの身に宿した事で、お前の名などを知った。ただ、それだけの事だからな』

『……やはり、何が何だか分からないが……?』

『……今はそれで良い。今は、な』

『……わかった。では、そういう事にしておこう』

『ああ。……せっかくだ、しっかりとした礼は後々するが、その前払いだけは今の内にしておくとしよう』

 すると、目の前にとても澄んだ紫色の石が填まったペンダントのような物が突如現れた。

『……これは?』

『これは……簡単に言うなれば、守りの(まじな)いが掛かった装飾品といったところだ。

 そして、そう遠くない未来にお前の身を守ってくれるだろう』

『……そうか。では、ここはありがたくもらっておくことにしよう』

『ああ、そうするが良い。……さて、そろそろ夜明けの時のようだな。ではな、凛音。我が眼前にある全てが終わりを告げた時、また会うとしよう』

『……ああ、じゃあな』

 謎の声にそう答えた瞬間、意識がどこかへ急に引き戻されていった。

 

 

 

 

「……ん……」

 目を開けた瞬間、俺の視界に入ってきたのは、いつもの俺の部屋の光景だった。

 ……さっきのは、夢か……?

 夢にしては意識がハッキリとしていたため、俺はベッドの上で小さく首を傾げていた。しかし、何度考えてもまったく答えが見つからないため、その内に俺は考える事を止めた。

 ……謎の声は、全てが終わりを告げた時、また会いに来ると言っていた。なら、その時を大人しく待っていた方が良さそうだな。

 夢の中の出来事についてそう結論付けた後、俺はいつも通りの日常を過ごすべく、ベッドから出ようとしたその時、俺の首に何かが掛かっている事に気付いた。見てみるとそれは、夢の中で受け取った守りの呪いが掛かったペンダントだった。ペンダントは、夢の中と同様に静かに佇むだけでなく、仄かな温かさを発していた。

 ……そういえば、そう遠くない未来に俺の事を守ってくれると言っていたな。ならば、このペンダントは一応付けたままにしておくか。

 ペンダントを指で一度弾いた後、俺は弾いた事で発せられた小さくも澄んだ音とペンダントから感じる仄かな温かみを楽しみつつ、今度こそベッドから体を出し、そのまま部屋を出て行った。しかし、あの夢を見た事が何を示すのか、そしてそう遠くない未来にとある出来事に巻き込まれる事になるとは、この時の俺はまだ知る由も無かった。

 

 

 

 

 演奏会の日から数ヶ月が経ち、あの『魔法の音』に魅せられた事で、卒業後の進路を東奏学園への編入に定めようとしていた頃、俺がいつものように翼達を東奏学園まで迎えに行こうとしたその時、仲良く話しながら校門の前で立っている翼と陽菜の姿を見つけた。

 ……妙だな、何故翼達がここにいるんだ?

 そう疑問には思ったものの、翼達が喧嘩したという話などは聞いていないため、二人が共にいる事は別におかしくはない。そして、俺の学校の場所については、以前教えたことがあるため、これもおかしいことではない。では、何に対して疑問を抱いたのか。それは、現在時刻についてだ。本来であれば、まだ器楽部は活動時間中であり、たとえ器楽部の活動が今日は休みだったとしても、そういった時にはいつもその旨が書かれた連絡メールが送られてくるのだが、今日は一切受け取っていない。

 ……何だ、この嫌な予感は……?

 この現状に何故か嫌な予感を覚えたため、俺はその事について考え始めようとした。しかしその時、何人かの制服を着た男子学生が校門に向かって歩いていくのがふと目に入ってきた。

 アイツらはたしか……剣道部の連中だったか。しかし……剣道部はまだ活動時間中の筈だが……?

 その事に疑問を抱いた後、俺は剣道部の連中の動きに注意を向けながら、校門に向かって歩き始めた。そして、剣道部の連中が校門の付近へ差し掛かり、心配が杞憂だったと感じ、胸を撫で下ろそうとしたその瞬間、翼達の姿に気がついた剣道部の連中は、少しニヤニヤとしながら翼達に話し掛け始めた。

 突然話し掛けられた事で、翼達は少し驚いた様子を見せたものの、すぐに気を取り直した後、何事か答えてその場を立ち去ろうとした。ところが、剣道部の連中は翼達の行く手を阻むと、にやつきながら再び翼達へと話し掛け始めた。

 ……チッ、アイツら……翼達に何をしようというんだ……?

 目の前で起きている出来事に、俺は静かにイラついた後、すぐに翼達の元へと走り出した。

 そして、翼達と剣道部の奴の間に入り込んだ後、俺はソイツの面にガンを付けつつ声を掛けた。

「……おい、お前ら。コイツらに何か用か?」

「あ? 何だよ、てめぇは……?」

「お前達に名乗る名前など無い。痛い目に遭いたくなければ、さっさと剣道場へと戻った方が身のためだぞ?」

「は……? てめぇ、何ふざけた事言って……!」

 ソイツがイラつきながら声を荒げたその時、その様子を見ていた他の剣道部員の顔が急にサーッと青ざめた。

 ……やれやれ、どうやらコイツらはあの場にいた奴らのようだな……。

 ソイツらの様子に心の中でため息をついていると、俺の目の前にいた奴が他の奴らの様子に疑問の声を上げ始めた。

「……おいおい、どうしたんだよ、お前ら……?」

「……ヤベぇよ、コイツ……いや、この人は……!」

「ヤベぇって……一体何がだよ……?」

「お前……先輩達から話聞いてないのか!?先輩達が音楽室のピアノにイタズラを仕掛けようとしてたっていうあの話を……!」

「いや、聞いたけど……それが一体──」

 その瞬間、ソイツは何かを思い出したような表情を浮かべた後、他の奴らと同様に顔がサーッと青ざめ始めた。

「ま、まさか……この人って……!」

「あ、ああ……! 先輩達から一本も取られずに全員を圧倒したっていう、あの音楽室の魔物──『冷酷なる旋律(クルーエル・メロディー)』だよ……!」

「う、嘘だろ……!」

 声を震わせながら俺の顔をもう一度見ると、ソイツらは汚い悲鳴を上げながら一目散に校舎の方へと走り去っていった。

 ……やれやれ、今回ばかりはこの変な異名に感謝しないといけないな……

 そんな事をボンヤリと考えた後、俺は翼達の方へと視線を移した。

「翼、陽菜。大丈夫だったか?」

「う、うん……大丈夫だよ、凛音」

「私も大丈夫ですわ、凛音さん」

「……そうか、なら良い」

 翼達の答えを聞き、俺は心の中でこっそりと胸を撫で下ろしつつ言葉を続けた。

「……さて、今のような輩がまた現れる前に帰るぞ」

「う、うん」

「はい」

 翼達の返事を聞いた後、俺は翼達と共に下校を始めた。そして、歩き始めてから数分後、突然翼が声を掛けてきた。

「……ねえ、凛音」

「……何だ?」

「さっきは助けてくれてありがとうね。いきなり話し掛けられた上、囲まれちゃったから……本当はちょっと怖かったんだ……」

「……当然だ。あんな奴らに囲まれて平気なのは、同じ男か男勝りな女子くらいなものだからな。それに──」

 俺は翼達の方へと体を向けた後、静かに微笑みながら言葉を続けた。

「お前達を守るのが俺の役目だ。だから、今回の事は気に病むな」

「凛音……」

「凛音さん……」

「……まあ、あんな奴らが相手だったから、多少の殴り合いは覚悟していたが、何事も無く終われたのは幸運だったな」

「……そういえば、さっきの人達、凛音の事を何か凄そうな名前で呼んでたよね?」

「たしか……『冷酷なる旋律』でしたわね?」

「……ああ。大体の理由はさっきの奴らが言ってた通りだ。ある時、俺が音楽室のピアノを弾きに行ったら、ちょうどピアノにイタズラを仕掛けようとしている奴らを見つけてな。ソイツらを注意したら、注意を受けた事にイラついたソイツらから勝負を申し込まれ、その勝負に圧倒的な勝利を収めた結果、あんないかにも中学生が付けそうな異名がついたわけだ」

「そ、そうなんだ……」

「……まあ、俺としてはあまり良い気分ではないが、今回のように勝負をせずとも勝てる可能性が生まれるのは助かるし、これからも世話にはなりそうだがな」

「うふふ、凛音さんの正体に気付いた瞬間、脱兎の如く逃げていってしまいましたものね」

「ああ。後、お前達もあんな目に遭いたくなければ、出来る限り東奏学園で待ってるか、いつもの集合場所で待っておけ。自覚は無いかもしれないが、お前達の容姿は周囲の目を惹くんだからな」

「うん、分かった。これからはそうするよ」

「私も承知致しましたわ」

「ん」

 翼達の答えに短く返事をした後、俺は本題に入ることにした。

「……ところで、お前達は何であんな時間に校門の辺りにいたんだ?今はまだ器楽部の活動時間の筈だが……?」

 俺がそう訊いた瞬間、翼達の表情が瞬時に曇り、雰囲気もどことなく暗い物へと変わった。

 翼……陽菜……?

 滅多に見る事の無い幼馴染み達の様子に疑問を抱いていると、翼達はそのままの表情でその理由を話し始めた。だがその理由は、俺にとってまったく信じられないものだった。

「……演奏に身が入らない上、器楽部の部室に近寄れなくなった……?」

「うん……ある日から演奏しててもまったく楽しくなくなっちゃって……。そして段々楽器を見るのも辛くなって来ちゃったの……」

「そして、その異変は私達だけではなく、器楽部の部員全員へ及んでいます……」

「……そうだったのか」

 部員全員がスランプ……いや、部室に近寄れなくなったとも言っているから、一概にスランプとは言えないか……。

「……本当は、凛音にもこの事を相談したかったんだけど、凛音って東奏学園の編入を考えてるんでしょ?」

「……ああ、まあな」

「……だから、その邪魔になりたくなったから、凛音には出来る限り話さないようにしようって、陽菜ちゃんと決めてたの」

「……もっとも、今こうして話してしまいました事で、その取り決めも意味が無くなってしまいましたけどね……」

「翼……陽菜……」

 翼達は少しでも雰囲気を良くしようと微笑みを浮かべていたが、その微笑みは誰が見てもとても痛々しいものだった。

 ……器楽部に起きた原因不明の現象……。どうにかしてやりたいのはやまやまだが、ただの学生に過ぎない俺に一体何が出来るというんだ……?

 翼達の力になりたくという思いは強かったものの、翼達の言う原因不明の現象に対して、正確な解答を出せずにいたその時、頭の中にある人物の顔が浮かんだ。

 よし……ここは、アイツにも相談してみるか。

 そう決心した後、俺はとりあえず翼達に声を掛けた。

「……とりあえず現状は理解した。器楽部が今そういった状況にあるならば、俺はお前達に演奏を強要するような真似などはしない。そのような事をしたところで、ますます状況がこじれてしまうだけだからな」

「うん……ありがとう、凛音」

「凛音さん、感謝致しますわ……」

「礼など別に良い。さて……帰るのが遅くなってもいけないし、さっさと帰るとしよう」

「うん」

「はい」

 翼達の返事を聞いた後、俺はどんな風に相談をするかを考えながら、翼達と共に帰途についた。

 

 

 

 

 その日の夜、俺は防音室にあるピアノの前に座りながらある奴に電話を掛けた。

 ……さて、アイツが暇なら良いが……。

 そんな小さな心配をしつつ、携帯から聞こえてくるコール音に耳を澄ませていたその時──。

『……もしもし?』

 電話の相手──志音の声が聞こえ、俺は安堵の息を漏らしながら志音に話し掛けた。

「志音、今暇だったか?」

『あ、うん。ちょっと調律についての参考書を読んでただけだから、大丈夫だよ』

「そうか、それなら良かった」

『……ところで、どうかしたの?』

「ああ、実はな……」

 翼達から聞いた話を志音に話すと、志音はとても驚いた声を上げた。

『東奏学園の器楽部が今そんな事に……!?』

「ああ、器楽部に入っている幼馴染み達から直接聞いた話だから、間違いは無い」

『そっか……つまり、今の状況がどうにかならないと、もうあの『魔法の音』は聞けないっていう事だよね?』

「そういう事だ。……だが、この異変を解決するための答えがまったく思い付かないんだ……本当に情けないことに、な」

『凛音……』

 電話越しに心配そうな志音の声が聞こえた後、俺は一度小さく息を吐いてから再び話し始めた。

「志音、お前に一つ訊きたいことがある」

『……奇遇だね、僕もだよ』

「……なら」

『うん、一緒に訊こうか。せーの──』

「『この異変を、共に解決する気は無いか?』」

 俺の声と志音の声が重なり合った時、俺はその事に小さく笑いながら再び口を開いた。

「……やはりお前も同じ気持ちだったか」

『……ふふっ、もちろんだよ。僕はあの演奏を聴いて、『魔法の音』を支えたいと思ったからこそ、こうして東奏学園への編入を考えてるからね。凛音だってそうなんだよね?』

「もちろんだ。俺もあの『魔法の音』に魅せられた者の一人ではあるが、何よりもアイツらの笑顔──心からの笑顔を取り戻さなければならないからな」

『ふふっ、凛音は本当にその幼馴染み達が好きなんだね』

「……好き、か。それもあるかもしれないが、これは俺が俺自身に対して立てた誓いでもあるからな」

『……誓いか、なるほどね。まあ、とりあえず現状は僕も理解したよ。だから後は……』

「ああ、共に無事に東奏学園への編入を果たし、器楽部への入部も果たす事で、この異変についての解決へと動く、だな」

『うん、そうだね。……それじゃあ、お互いに支え合いながら頑張っていこう、凛音』

「ああ、もちろんだ。ではな、志音」

『うん、それじゃあお休み』

「ああ、お休み」

 そう言って志音との通話を終了させた後、俺は携帯を傍らに置き、目の前のピアノの鍵盤に両手の指を置いた。

 さて……どのような音になるか……。

 そして、指に静かに力を入れ、鍵盤をゆっくりと押した。すると、ピアノから聞こえてきたのは、迷いと哀しみ、そして憤りと失望を表すような儚く静かな音色だった。

 ……まあ、間違ってはいないな。

 この音色が表しているのは、アイツらの心からの笑顔を今すぐに取り戻せない自分への憤りと失望、そしてどうしたら良いという迷いとそれが分からない事への哀しみのため、しっかりと俺の心の光景を映していると言えた。

 ……やはり、音というのはその時の感情を映し出すみたいだな。だが……俺の中にあるのはそれだけではない……!

 俺は再び指をピアノの鍵盤に置き、迷うことなく鍵盤を叩いた。そしてその音を聞いた瞬間、俺は思わず小さく笑みを浮かべていた。

 ……やはり哀しみなどだけではなかったみたいだな。

 ピアノから聞こえてきたのは、憤りと決意などが籠もったような力強くハッキリとした音だった。

 ……やはり、間違ってはいないみたいだな。

 この音色が表しているのは、アイツらの笑顔を奪ったモノへの憤り、志音と共に『魔法の音』とアイツらの笑顔を取り戻そうという決意。先程の感情が無くなったわけではないが、俺自身の気持ちはしっかりと前を向いていた。

 ……必ず取り戻してみせる。何としても、な。

 心の中で改めて決意を固めた後、俺は防音室を後にし、両親がいるリビングへと向かった。

 そして、卒業後の進路を東奏学園への編入に決めた事を話すと、両親はまるで俺がそう言う事が分かっていたかのように快く了承してくれた上、応援の言葉を贈ってくれた。俺はその言葉にコクリと頷きながら静かに答えた後、自分の部屋へと戻った。心の中で鳴り響く決意の音色をしっかりと感じながら。

 

 

 

 

 そしてその翌日から、俺は志音とよく連絡を取り合うようになり、下校後や休日に翼達からの誘いが無い時には、どこかへ集まるようになった。その理由はもちろん、東奏学園への編入試験に向けての勉強会、そして器楽部の異変についての相談事をするためだ。異変についての相談事をしている際、俺達は俺達がいくら考えたところで、解決策が見つかるとは思っていなかった。しかし、何もせずにただ待つのは性に合わなかったため、ひたすら勉強の合間合間に相談事をし続けた。そしてそうやって毎日を過ごしていた数ヶ月後の3月、俺達は無事に東奏学園の編入試験に合格し、この春から晴れて東奏学園生としての日常を歩めることになった。

 ……これで、目的の一つは達成したな。

 そんな事を考えつつ、俺は合格発表を見ながら翼達に合格した事を伝えた。すると、翼達はそれをまるで自分の事のように喜び、合格祝いの場を近々設けてくれると言ってくれた。

 ……俺が東奏学園の編入試験を受ける事にした本当の理由は、まだ話せないけどな。

 そう思いながら画面上に表示されている翼達の言葉に返事をし、携帯をポケットの中にしまった後、俺は隣に立っている志音に声を掛けた。

「志音、分かっているな?」

「うん、これは僕達の目的の一つに過ぎないし、ここからが始まりだからね」

「……その通りだ。志音、これからも共に支え合いながら目的の達成へ向けて頑張っていくぞ」

「うん!」

 春の穏やかな陽気と桜の花弁が風で舞い踊る中、俺達は再び決意を固めながら固く握手を交わした。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
志音「今回の話はキャラクターの簡単な説明と原作におけるプロローグの前半部分って感じだったね」
凛音「そうだな。……そして、原作におけるプレイヤーの分身であるチューナーの設定は、この作品内ではあんな感じなんだな」
政実「うん。原作でも容姿とか雰囲気とかの表現はちょこちょこと出てるけど、具体的な表現はまだあまり出てきてないからね。凛音の言う通り、この作品内では作中の通りの容姿とかって事で進めていくよ」
凛音「分かった。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
凛音「ああ」
志音「うん」
政実・凛音・志音「それでは、また次回」


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