ミューズの頑張り物語 (月日星夜(木端妖精))
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第一話 女神の覚醒

 

目覚めた時、私は遠き(くに)の人の二十余年の記憶を見た。

私は私の胸に刻まれた使命を知った。私のやるべき事を生まれながらにして得たのだ。

 

今ここに記そう、私の私による私のための物語を。

 

 

 

 

 牧歌的な村に生まれた私に特別な力はこれといってなかった。

 ただ、今とは違う性別、違う価値観、違う景色を見る目を持っていた誰かの記憶があるだけだった。

 

 腕は伸びない。剣も振れない。足は燃えない。放った物の的中率は2割。

 子供であるが故に色気はなく、大きな過去が潜んでいる訳でもなく、サイボーグでもない。

 歴史を辿る探求心さえ持ち合わせていないし、船も無ければ航海の知識もない。ただ人一倍、ひつじと戯れるのだけは上手かった。

 ……私の目的を果たすためにはなんの役にも立たない取柄だった。

 

 

 

(おれ)には夢がある!!」

 

 小高い丘の上、ひつじ達に囲まれながら天を指さし、両親に語ったこと、幾星雲。

 星空の海に浮かぶ、黄色くて丸い、限りない大地。

 あそこに私の求めるものがある。

 だから私はそこへ行く。

 

 ……笑われた。何を馬鹿な事を。おかしな子ね。

 そう言って両親に家へ連れ戻されて、暖かいご飯を一緒に食べさせられて、一緒の布団で眠らされてしまうと……この生活も悪くないのではないかと思えてしまって困る。

 

 それではだめなのだ。

 私はゴッドを仲間にして、海賊になるのだ。

 

 さすがに海賊と口にするとお父さんもお母さんも少し悲しそうにしてしまうので、声には出さない。

 だが私は、いずれ世に名を轟かす大海賊になるつもりだった。

 私の中の誰かもそれを望んでいる。今生では顔も見た事のないゴッドを心の奥底から求めている。

 

 むふん。

 布団の中で、私は決意を新たにした。

 明日こそ我が悲願、達成させる。

 

 

 ……それはちょっと、無理だった。

 

 

 

 

 幾月か時が過ぎた。

 ようやく私の身長も大人の膝の頭を超えてお腹辺りまで到達。立派な成人の仲間入りだ。

 今日も元気に雑用をこなしつつ、秘密兵器の制作に奔走する。

 

 木組みと僅かな鉄を含んだ、私謹製の工作物。その名もタル大砲。

 私が体を丸めればすっぽり収まるそこへ頭を突っ込んで調子を確かめれば、ツンと鼻をつく木板の香り。

 むむー、風情がある。

 

「さあ行こう、タル大砲! "限りなき大地(フェアリーヴァース)"へ!!」

 

 ひっそりくすねた火薬を用い、導火線に点火、いそいそと砲弾になる私。

 タルは爆散した。

 お母さんにすごい勢いで怒られた。

 もういい、今日はふて寝する。

 

 

 

 

 とかなんとかやっているうちに、ニュース・クーが時代の変化を告げていく。

 見よこの手配書の数々。凶悪犯罪者たちが雁首揃えて私を誘う。

 おう、お前もはやく海にこい。大暴れしようぜ!!

 

 夢中になって見つめまくった手配書の中には、当然いずれ好敵手になるかっこいい奴もいた。

 3000万の首。海賊王になる男。

 たぶんその内、戦う事になると思うので、今日も私は功夫(くんふー)をつむ。

 うーん、拳がめっちゃ痛い。だめだ、今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 試作大タル大砲36号が毎度の如く汚い花火になったその日、我が村落に海賊がやってきた。

 空気がぴりぴりとする。みんな警戒している。

 慌ただしい大人達の様子に不安がる子供へ村長が言い聞かせた。

 なあに、ここはきゃつらにとっても大事な中継点、穏便にしとりゃ何も起こりやせんよ。

 

 ほっと息を吐いて安堵し、遊びに走り回る子供達。

 しかし私は嫌な予感しかしなかった。

 俗に言うフラグというやつ。

 

 案の定、親が目を離した隙にどこかの小僧がやらかした。

 足にぶつかったとかそんな話を聞いた気がするが、まさかそれだけでグランドラインの海賊が大暴れはしないだろう。

 たぶんもっと機嫌を損ねる事をしてしまったのだ。

 

 剣を取り、雄たけびを上げ、物も人も構わず蹴り飛ばし斬りつけ破壊していく海賊達。

 ここで黙って見ている私ではない。

 これは時代のうねりが私へ与えた試練。そしてきっかけなのだろう。

 

 一も二もなく飛び出した。海賊どもを屠るため、私は私の道を往く。

 聞け荒くれものども、ここからは私のステージだ。

 

「あ? なんだこのガキ――」

「ゴムゴムの!」

 

 愉快そうに笑っていたひょうきんな男へ飛び掛かって行ったり。

 

「一刀流……居合」

「ん? お!?」

 

 拾った剣を使ってみたり。

 

仔牛肉(ヴォー)ショットォ!!」

「ば、そこは!? オ゛ゥ゛ッ゛!!」

 

 急所に当たった! してみたり。

 

 走り回っては見敵必殺、鍛え上げた体技が火を噴くぜ。

 うーん、海賊道ここに極まる。

 

 しかしぶたれた頬が痛い。

 斬られた腹も痛い。

 頭の中がガンガンする。

 

 もうだめだ、今日はふて寝しよう。

 

「ったく、使えねぇ野郎共が。よく"偉大なる航路(グランドライン)"でやってこられたな」

 

 おっと、そうもいかないみたい。敵首領のお出ましだ。

 ならばここが見せ所よな。いつか見た手配書の、なんと言ったかスキンヘッドマン。

 細身のカットラスぎらつかせ、この私へと襲い掛かってきた!

 

 よしきた、名を上げるチャンス。

 その首貰い受ける!

 

「「鉄塊」!」

「なにぃッ!?」

 

 

 

 

「……酷い有り様だ」

 

 革命軍と呼ばれる者達がその村へ降り立った時、そこはすでに死地と化していた。

 建ち並ぶ家から火の手が上がり、黒煙が空を覆う。無念の亡骸がどこにでも転がっていて、どこか遠くで動物たちの悲し気な鳴き声がしていた。

 

 彼らがここに来たのは偶然だった。

 とはいえ、誰もがよく使う航路。物資の補給に贔屓していた島。

 そこに火の手があれば思わず上陸もしてしまうというもの。

 

 死屍累々。

 男は目を細め、手袋に覆われた手でなんとなしに肩を叩いた。灰の欠片が地面に落ちる。

 ふと、何かの紙束が散らばっているのを見つけた。

 

「誰か! 生きている者はいないか!」

 

 崩れた家屋を眺めていた男の傍で、男の部下が声を響かせる。

 この村は彼の生まれ故郷。血の繋がった者もいたはずだ。

 冷静を装っていながら強張った喉は声を震わせ、それが聞く者の胸をも震わせた。

 そしてそれに返すように、複数の馬鹿笑いが聞こえてきた。

 

「…………」

 

 男は背に備えた鉄のパイプへ手をかけた。

 握ったまま目配せをすれば、傍にいた数人の部下達がそれぞれ頷いて、次には全員走り出していた。

 村の中心近く。そこだけ損傷の少ない酒場。鉄の臭いと静けさが充満した村に野蛮な声が響く。

 

 先行した部下の一人が扉を蹴破り、飛び込んでいく。

 一瞬騒音が消え、怒号と悲鳴で混然としだした。

 男が後に続いて酒場へ踏み込めば、ちょうど頭領と思われる海賊がカウンターを粉砕して壁に激突していたところだった。

 

 男は先ほど拾った手配書に目をやり、その男の名前と脅威度を知った。

 懸賞金3000万。刺し銀。……取るに足らない相手だ。

 男とその部下は新世界でも強者の部類に入る、ゆえに過剰戦力。

 

「な、なんだてめぇらあ!!」

 

 宴に乱入した無粋な者へ、刺し銀がカットラスを向けて誰何する。

 応えに差し出されたのは、竜の爪を象った男の手だった。

 

「相手がなんであろうと、加減はしない」

 

 その一言が引き金で――そして、幕引きだった。

 

 

 倒壊した家屋から抜け出した男は、部下達のちょっとした文句をスルーしつつ、青い空を見上げた。

 無常。

 こんなにも空は青いのに、地上はこのありさまだ。

 

「……ん」

 

 ほとんど生命の消え去ったこの村に、男は小さな命の灯を感じ取った。

 導かれるように足を運ぶ。戸惑う部下達もそれに続いた。

 

「……惨い」

 

 崩れかけた建造物に半ば融合するように立つ一本の、雄大な樹木。

 その根元。

 細身のカットラスによって幹に縫い付けられた少女を見つけて、男は思わず呟いた。

 

「緑の目……フロートさん所の子か」

「知ってる子か」

「いや……だが緑色の目をしてるのは、この村ではあの一家だけだった」

「そうか……」

 

 懐かしむような、しかし俯く部下から視線を外した男は、改めて少女を見た。

 やや癖のある金髪は編み込まれて背中へと垂れ、たしかに宝玉のような翡翠の瞳は今は虚空を眺めている。

 血だまりの上に縫い留められた小さな体からはまだなお血が流れ、濃い死の臭いを立ち(のぼ)らせていた。

 

 不意に、男は少女と目が合ってしまった。

 赤みを失った唇が震えている。何かを訴えようとしている。

 だがそれを聞く時間はない。聞く気もない。

 男は踵を返して船への道を戻りだした。

 

 部下へ、剣を引き抜くように、その子の命を繋ぐようにと告げて。

 

 

 

 

「一応、意識は戻ったけど」

「そうか」

 

 とある島。革命軍の拠点の一つ。

 古びたソファに背を沈めて軋ませ、足を組んで、頭の後ろに手を回した寛いだ姿勢で天井を見上げる男に、少女の介抱を頼まれていた女性が報告をした。

 

「なんか、ずっとゴッドがどうのってうなされてる」

 

 ゴーグル付きの帽子にオレンジ色の短い髪。コアラと言う名の女性は腰に手を当て、思案するように瞳を他所へ動かした。

 

「ゴートの聞き間違えじゃないか。ヤギ」

 

 癖っ毛の金髪。左目に疵痕のある男。

 ぼやくように返した彼の名はサボ。革命軍のNo.2で、人手不足に悩まされる若き参謀総長。

 

 違うと思うんだけどなあとなおも首を傾げるコアラは、誰かに呼ばれて部屋を出ていった。

 横目で見送ったサボは、目をつぶって気だるさの中に沈みながら、良かったじゃないか、と胸の内で呟いた。

 それは先ほど話に上った少女への祝福。

 意識が戻って良かったな。大事が無くて良かったな。

 取り留めもないような言葉は外には出ず、内側に沈んでいく。

 

 

 村を襲った海賊を捻り潰してから僅か二日。

 致命傷を負っていた少女は、的確な治療が施されたとはいえ、驚異的な回復力を見せて息を吹き返した。

 失われた命は数あれど、それを祝福しない訳にはいくまい。彼女の今後の人生を思うと、そうする事しかできなかった。

 

 彼女以外に生き残りはいない。

 

 その真実を告げるか告げまいか。あるいははっきり覚えていて、少女の心が壊れていく様を見守るか。

 どう転ぼうと、救ってしまった命だ。サボには彼女のその後に手を差し伸べる義務がある。

 

 ひとまずは……子供との接し方を思い出さなければなるまい。

 考えて見ると少々億劫になったサボは、瞬時に眠りに落ちた。

 だってファーストコンタクトとか色々面倒くさい。なので寝ようの精神なのであった。

 

 




TIPS
・ゴムゴムの
伸びない。

・一刀流 居合
居合ではないし、剣は重くてすぐ捨てた。

仔牛肉(ヴォー)ショットォ!!
けりっけりっとしょぼい連続キック。
金的狙いなのが容赦ない。

・鉄塊
生肉の強度。刺し銀さんは海軍的な響きにびびった。


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第二話 革命軍から月へ

2017年10月5日 主人公の名前修正


『我は神なり』

 

 上から目線の不敵な笑み。

 夢枕に立つ雷様を捕まえようとがばりと起き上がれば、体中が痛んで涙目になった。

 ……なんだ、幻覚か。もうひと眠りしよう。

 

「あら、意外と豪胆? 大物になるかも」

「ふぁっ」

 

 二度寝しようとしたら誰かの声に叩き起こされた。

 聞き覚えの無いボイス。何やつ、と跳び起きれば、うーんナイスバディ。

 扉の無い出入り口に立つ彼女の名前は、たしかコアラのマーチ。

 

「……ごめんね」

 

 初めて出会った知ってる人に感動してじろじろ眺めていれば、彼女はなぜか悲し気に眉を八の字にして歩み寄ってきた。

 恐る恐る、壊れ物に触れようとするみたいに伸ばされた手に、ん、と頬を差し出す。

 かいぐりオッケー。撫でられるのは嫌いじゃない。

 私の態度に微笑んだ彼女は、遠慮なく頬を撫でてきた。ちょっとくすぐったい。

 あ、髪の毛解けてる。ちゃんと三つ編みにしとかないとお母さんに叱られてしまう。

 

 横目で自分の髪を見ていれば、彼女が手を離して近くの椅子を手繰り寄せ、私が身を預けているベッドの脇に座った。

 どこか痛いところはない? と聞かれたり、お腹は空いてない? と聞かれたり。

 いずれもやたらめったら優し気で、もてなしてくれているはずの向こうが遠慮がちで、おまけに一切素性を聞かれない。

 簡単な会話をするだけして、彼女は席を離れた。

 

 その後も朝昼晩と世話しに現れるのは彼女だけで、その他の誰かは姿を現さない。

 

 はーん、ほーん、これはあれだな。

 私、負けたんだな。

 

 一日じっくり考える余裕があったので思い返してみて、その結論に辿り着いた。

 ……辿り着かざるをえなかった。

 大した戦闘力もない子供一人(道力にして2とか3)が海賊相手に大立ち回りなんてできるはずもなく惨敗。

 運良く命は助かったみたいだが、それは私の命だけみたい。

 

 つまりお母さんもお父さんも村長さんも、仲良しだった村の誰も彼も、好きだったイチジクちゃんも死んでしまったってことなのだろう。

 まーしょうがない。この時代、そういう事もある。

 そんな事はどうでもよくて、せっかく強い人に出会えたのだからどうにか師事して強くなりたいな。

 あ、でもその前にちょっと、もうひと眠りしよう。寝る子は育つだ。

 

 

 

 

「……やっちゃったのね」

 

 翌朝、朝ご飯を持ってきてくれたコアラさんは、ベッドの横で反省のポーズをする私を怪訝な目で見て、それから独特な臭いを感じ取ったのだろう、慌てて掛け布団を捲り上げ、世界地図を目撃して切な気に呟いた。

 ごめんちゃい。

 

 彼女に連れられてお風呂へ直行。一人でできるかと聞かれたので頷いて返し、去り行く彼女を見送ってシャワーを浴びる。

 立つ湯気の中、ごしごしと腕で目元を拭った。まだ熱の残るまぶたが痛みを発する。また少し、涙が零れた。

 

 うーん、おねしょで誤魔化せ大作戦は成功を収めた。

 予想以上に濡れ鼠になった枕もおねしょベッドで誤魔化し、世界地図に注意を取られた彼女の目には腫れた目なんか入らなかった事だろう。

 男の涙は誰かに見せるもんじゃない。隠し通せて良かった良かった。

 

 上機嫌で風呂椅子に腰かけ、ごつんとシャワーヘッドを額にぶつける。

 

「……お母さん」

 

 顔にかかる雨のような湯は、汚れを落としてはくれても悲しみはちっとも洗い流してくれなかった。

 

 

 

 

 数日の食っちゃ寝生活。

 美人介護システムは私を堕落させる一方で、このままじゃいかんと思い立った日、ついに私の部屋(?)にコアラさん以外の人がやってきた。

 

「よっ」

 

 あ、サボローだ。いや違う。サボさん。麦わらの人のお兄ちゃん。

 初対面とは思えない気軽さで侵入してきた彼は、すぐさまコアラさんに止められた。

 何やら入ってはいけない約束だったらしい。小声で交わされる内容からはそう読み取る事ができた。

 

 それでもって、もう時間が無いからお話をしに来たらしい。

 まあ、それもそうか。革命軍の上の人達が一つ処に留まる訳もなく、私は足枷となって彼らの動きを止めてしまっていたのだろう。

 ならばここで言う事は一つだけ。

 

「おはようございます。そしてはじめまして。私はコーラフロート・S(スモール)・ミューズ。今からあなたの部下になる者です」

「ええ?」

「驚いた……だけど話が早い」

 

 コアラさんの困惑気味の声は、今まで私が彼女の言葉に単語か、良くて二言程でしか返してこなかったためだろう。無口でクールな美少女と思われていたのかもしれない。照れる。

 決して私の名前のおかしさに困惑したのではないと思いたい。いいじゃんコーラフロート、邪道だけどきっとおいしいよ。くそ邪道だけど。クリームソーダ様を見習えくずー。

 

 くずは私である。両親から受け継いだ大事な名前なので、決してそういう事は言っちゃいけない。

 

 しかし、えーと、サボさんの口振りからするに向こうもそのつもりで話にきてたのかな。私を連れていくつもりで。

 でも、部下にしてと言っといてあれだけど私子供だし、雑魚だし、いいのかな。いいのか。やったー。

 

「サボ君!」

「いずれ……おれの口から伝えなければならないだろ?」

「それはそうかもしれないけど……」

「そろそろ発たないといけないし、この子がそのつもりでいるならそうした方が良い」

 

 口論、と言うほどでもないけど、二人の間で少しの間やり取りがあって、結局私は仲間に入れてもらえるようになったみたい。

 ああよかった。彼らは濁しているけど、私に帰る場所が無いのはわかっている事だから、断られたら路頭に迷っちゃう。安全な場所に送り届けてくれるとは思うけど、このチャンスは逃したくなかった。ピンチはチャンス、だね。

 

 あとは全力で纏わりついて体技と覇気の習得に努めよう。あ、あと工作の腕も磨かなくちゃ。タル大砲37号作るぞー。

 

 さらば、私の愛した村。私の故郷。私の……大好きな両親。

 こんな感じに区切りつけないと、毎晩泣いちゃいそう。

 あーだめ、涙出てきた。ばれるの嫌だから枕に顔押し付けてふて寝しよう。

 

 翌日、私は再び世界地図を描いた。

 見事ねしょんべんのミューズの名をいただいたのであった、まる。

 

 

 

 

 それから数ヶ月のうちに色々あった。

 各地を転々とし、様々な戦争に介入する革命軍にくっついていく日々。

 

 海とは違う舞台で繰り広げられる闘争と潜伏の緊張。

 子供というのは邪気が無く使い勝手が良い。飯処で公然と密談する悪党の傍に陣取って家族ごっこをすれば情報収集は容易く、警戒されづらい子供の容姿は国の中を走り回っても違和感が無い。

 

 諜報、潜入、なんでもござれ。いざゆかん革命の道。市民のため世界のため、権力を笠に着てえばりちらすやつらを引きずり降ろせ!

 灯せ革命の光! うーん、革命道ここに極まる。

 

 戦闘には出してもらえなかったけど訓練はつけてもらえたし、タル大砲くんもパワーアップした。

 うーん、ストロング。私もちょびっと成長したぞ。

 道力5000はかたいな。

 ……ちょっと盛った。でも10は超えてるだろ、たぶん。

 とっときの必殺技は六式忍法枯れ柳。超必殺技は覇気パンチ。これで"自然系(ロギア)"も怖くないぜ。

 あとはゴッドに会いに行くだけだぜー。

 

 色々な場所を移動していても、私の目的地は常に変わらず空にある。

 なので私はどこにいったってなんの問題もない。問題……強いて言うなら、出発の時にみんなに別れを告げるのが照れくさいってくらいで。

 あとあんまり恩も返せてないので、ゴッドを仲間にしたら恩返しに来ようと思います。

 

 そういう話を忙しそうなサボさんにしたところ、しかめっ面で額を押さえて動かなくなってしまったので、看病してあげた。冷や氷、お水、おかゆ。いらない? 馬鹿な。私は美少女だぞ。あーんを拒否られるとか超ショック。

 偏頭痛持ちなのかな。出会ってからずーっとそんな感じの動きしてばかり。大変そうだねー。

 

 サボさんを呼びに来たコアラさんにもおんなじ話をすれば、彼女は背を屈めて私と目線を同じくすると、諭すように「やんちゃはほどほどに」とお願いしてきた。

 

 恩人に頼まれては仕方ない、わかった。大人しくしてよう。

 夜までね。

 

 その日の夜、私は遥か空の彼方へ旅立った。

 全然飛距離が足りなかったのでえっちらおっちら空気を蹴って月まで移動した。

 死ぬ。

 死んだ。

 

 

 

 

「いや、空気ないじゃん」

 

 ドレッサーの前で自慢の金髪にさっさか櫛を通しつつ独り言ちる。

 鏡の向こうの私は頭の上に三つも四つもたんこぶをこさえていて、まるで鏡餅のようになっていた。

 ちょっと体を傾ければ、鏡の世界にコアラさんの姿が現れる。腕を組んで仁王立ち。相当お怒りのご様子。

 

 空気が薄いな、でもたぶんいけるだろ、と宇宙進出を決行した結果、意識を失って墜落。

 拠点の一部を破壊して帰ってきた私には拳骨が待っていたのだった。

 あとサボさんの大爆笑。クールが形無しだよ。しゅーん。

 

 心配させないで、と叱られればさすがにしゅんとしてしまう。

 これでも結構いい大人のつもりなのだ。そりゃあ、見た目や身体年齢は相応かもしれないけど、精神的には大人だし。

 だから心配も不安もわかる。わかるけど、私にはやらなきゃいけない事があるのだ。

 

 でもそのためには無酸素を克服できる何かが必要だ。

 

 呼吸の暇もない程高速で月へ到達するとか、"自然系(ロギア)"の能力者になるとか。

 うーん、現実的ではない。

 あ、宇宙服作ればいーんじゃない?

 

 閃いた、閃いた。それじゃさっそくミューズ工房に……。

 

「だめ」

 

 だめでした。

 一週間の謹慎処分を言い渡された私は、とぼとぼとベッドに戻ってお布団の中に潜り込み、ふて寝するのであった。

 

 

 

 

 六式忍法最上川!

 鉄塊をかけた状態で魚人空手を繰り出す空前絶後の超絶奥義! これでヤワな海賊ちゃんなんて一撃だぜ!

 ……とかね、そういう感じでコアラさんと戯れたりして。

 うーん、デンジャラス。強くなった感じ全然しない。

 

 そもそも六式忍法ってなんだろうな。テキトーに名前つけててけとーにやってるけども。

 これ初めて使った時はびっくりしてもらえたから不意打てたけど、以降は簡単に対処されちゃった。

 そういえばその時の訓練の後にダンロさんがなんか叱られてたな。

 ダンロさんってのは元海軍の人。六式使えるらしいから教えてもらおうかなーって思ってるんだけど、めっちゃ背高いし顔も怖いので話しかける事すらできていない。

 

 この世界、体が大きい人多すぎるのだ。私身長130もないんだよ。230の人と並んだら小人だよ。330の人と並んだらノミだよノミ。

 うーん、牛乳でも飲もう。牛乳はいいぞ。強い体を作ってくれる。

 そしていずれ私もコアラ師匠みたいなすごいすげぇボディになるんだ。それでゴッドを悩殺するんだ。

 

 ……そんな成長を待つ時間はない。私は今すぐ月に行きたいのだ。

 ミニマクシム13号よ、私を月まで連れてって!

 

 あっネジ抜けた――

 マクシム~~~~~~!?

 

 

 

 

 動力部に不備があったマクシム13号は爆発四散してしまった。

 その爆発音によって私のシークレットミッションはばれ、三段鏡餅は十六段鏡餅へと進化を遂げた。

 ついでに謹慎期間が二週間に伸び、おまけに監視まで置かれてしまう始末。

 そんなに見つめるなやい、照れるよい。

 まだまだ私のミッションは終わらねぇよい。

 

「グララララ……(おれ)ぁ"白ひげ"だ!」

「コーラちゃんまたなんか言ってるぞ」

「気にするな……下手に相手すると酷いぞ」

 

 むむっ、誰かが私の悪口を言ってるな。許せる!!!

 あ、そうだ。監視の人にお茶でも入れてあげよう、暇だし。

 

「お、すまないね」

「…………」

 

 一人は素直に受け取ってくれたものの、もう一人は知らんぷりだ。

 この銀河最強系美少女を前に他所を向くとは良い度胸。

 足に抱き着いてやろう。

 

「…………」

 

 鬱陶し気に見られたのでお茶を差し出す。

 飲めやおらー。

 

「せっかくコーラちゃんがついでくれたんだ、飲もうぜ。冷えた体によく効く!」

「……はぁ、わかった。私も貰おう」

 

 わあい。

 引っかかったな馬鹿め。

 

 まんまとお茶を飲んだ二人は一時間くらいするとだんだん顔を青くして、額に脂汗を浮かばせ始めた。

 いいか、絶対ここを出ちゃだめだぞ、絶対だからな! と念を押して、二人仲良くお腹を抱えて持ち場を離れるのを見送る。さよなら……。

 

「さて、行こうか特急マクシム14号」

 

 おまるみたいな形をした一人乗り用飛行船マクシムを外へ運び出し、とっときの宇宙スーツに早着替えして、いざ、月へ向かって発進。

 ふははは、見よ地上を! 人が黒ゴマのようだ!!

 あ、サボさんだ。腕を組んでこちらを見上げている。一瞬ヒヤッとしたけど、目撃者がサボさんなら問題なし。

 手を振ったら振り返してくれた。控えめでワイルドな微笑みつき。

 

――月を目指すって? ミューズ。

 

 ソファーに背を預けて足を組むサボさんに内緒話を持ちかけたあの日の事を、ふと思い出した。

 その声音が馬鹿にしてるみたいだったから腕を踏ん張って抗議の意を示したのだけど、その実サボさんは笑ってなんかなくて。

 

――人の夢を笑いやしないさ。

 

 かっくいい笑みを浮かべてそう言ったのだ。

 私はじーんと痺れた。いつかそんな台詞を言える男になりたい!

 いやなろう。今なろう。今言っちゃおう。

 

――人の夢を笑いやしないさ!

 

 サボさんの真似して笑みを浮かべて言い切れば、彼はとっても微妙な表情を浮かべて私を見下ろした。

 それから、お腹の上に乗せていた新聞を自分の顔にかぶせて寝る態勢に入ってしまった彼へ、どうして止めないのかと聞いてみた。

 コアラさんに秘密工房立ち上げの話が漏れればもれなく二千枚瓦正拳が頭に飛んでくるからね。

 でもサボさんは私のゴッド計画を聞いても頭を押さえる仕草をしたり私の目を見つめたり――たぶん私が美少女すぎて惚れちゃってるのかもしんない――するくらいで、止めようとはしなかった。

 

 その疑問に対する答えは、「私は自由」だから、らしい。

 よく意味が分からなかったが、自由なのはいいことだ。自由国家アメリカが誕生した当時の基本概念。

 つまり私はUSAなのか。時代はSMILEだ! フフッフッフッフ……!!

 

――お前の船出を邪魔する気にはなれない。それだけの事さ。

 

 眠ってしまう前に零した彼の言葉が、彼の気持ちの全てを表している気がした。

 未だ記憶は戻らずとも、その灯は胸の内に残っているのかも。

 

 過去から現在へ視点が戻る。

 

 地上に立つサボさんの姿がどんどん小さくなっていく。

 やがて振り合う手も見えなくなって、私は体を戻して空を見上げた。

 

 さらば革命軍。しばしの別れ。

 ゴッドを仲間にしたら戻ってくるから待っててね!

 具体的には一日くらい待っててね!

 

 

 

 

 うん、まあ、無理だよね。

 

「わあああああん!!」

 

 宇宙服大作戦(?)は失敗に終わり、呆気なく壊れた服によって空気不足に陥った私は、気を失っている間に地球に叩き返されてしまった。落下中に意識を取り戻し、敗因を考えたりどこに落ちるのか観察したりどう着地しようか考えていたのだけど、あんまりにも長い間落っこちてたのでとりあえず泣き叫ぶことにしたのだ。

 

「あ、海王類」

 

 だんだんと青い海が見えてくる。おっきなお魚を美味しそうだなーと見つめれば、凄まじい速度で潜って行ってしまった。ああっ残念。お昼ご飯にしたかった。

 

 陸地はどこにもない……ああいや、ちょうど予測落下地点に小さな島がある。

 うっそうと茂る森林ばかりの、歪な円形の島。その傍に停泊する船はなんだか見覚えのあるもので……。

 

 なんてよそ見してたら計算が狂って海に落ちてしまった。

 

「うおっ、なんか降ってきたぞ!?」

「人のように見えたわ」

「ええ? まさか……」

 

 荒れる海水越しに聞こえる馴染みのあるようなないような声は、果たして私が憧れていた海賊団の船員のもの。

 狙撃手、考古学者、航海士……なんたる偶然か、私は彼ら彼女らの元へ落ちてきてしまったのだ!

 おお神よ、まさかこれを想定して私をポイ捨てしたのか!? ……神には会えてないけどきっとそうに違いない!

 

「ぷはー!」

 

 えっちらおっちら泳いで海面へ顔を出し、息を吐き出してすぐ体ごと空中へと躍り出る。

 

「子供!?」

「そ、空飛んでるぞ! なんで!?」

 

 水気を飛ばしながら空気を蹴り蹴りしてある程度の高さまで(のぼ)れば、島に横付けしている船……羊さんが印象的なゴーイングメリー号の甲板からこちらを見上げる影が少数。

 オレンジ髪な彼女やもこもこトナカイの彼とか、長い鼻の彼とかお茶を嗜んでいる最中だったみたいなハナハナの彼女とか。

 うひょー、こうも次々と知っている人達に出会えるなんて大感激!

 でも、船長さんの姿が見えないぞ? コックさんや剣士さんの姿も……。

 

「こ、ここ、こんにちわっ、か、海賊のみなさ……」

 

 やばっ。緊張しすぎて変な声出た。というか尻すぼみになってしまった!

 それに危うくバランスを崩して落っこちるところだった。そんな格好悪い姿は見せられない。

 ……あ、でも、体中痛いし海水染みるし、髪の毛ぼさぼさだしもう見るに堪えない感じが……ああー。

 

「……ひょっとして、あなたは海軍?」

 

 閉じた本を机に置いた考古学者さんが、他の人達と同じ位置まで歩んできて私を見上げた。

 なぜその結論に至ったかはよくわからないけど、いいえ、違います。という意思を込めて首を振る。

 いやいや怪しいぞ! と長鼻さんに言われてしまってちょっと傷ついた。

 傷つくついでにお船に軟着陸~。

 

「ぎゃああ、降りてきたぁああ! 俺達を捕まえるつもりだあ!」

「ええー! 今はルフィもゾロもサンジもいないんだぞ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ。こんな子供が海兵な訳ないでしょう?」

 

 と宥めるナミさんの声にも疑惑がにじんでいる。

 

 冷たい木板の上に女の子座りになって、膝の間に両手をつく。

 体中火傷してるからひんやりした感触が気持ち良い。

 ……いや、やっぱ痛いだけかも。

 痛いな。

 いたいいたいいたい最悪だこれ!

 

「この子、酷い火傷を……」

「雷にでも打たれたのかしら?」

「お、おい、大丈夫か? 待ってろ、すぐに――」

 

 板越しにどたどたと走り回る感覚や、近づいてくる人の気配があって、いくつか声をかけられたような気もするが、あいにく返事をする元気はなくなってしまった。

 せっかく、せっっかく憧れの人達に会えたのに、私は眠ったきりの無意味な時間を過ごしてしまったのだっ!!

 

 

 

 

「あぃがと、ございま……」

「おれが好きでやったんだ、気にするなよ」

 

 大気圏突入時に負った大火傷(前回は宇宙服代わりの覇気で身を守っていた)を治療してもらって船医さん……チョッパーくんにお礼を言えば、彼はきっぱりとそういった。

 くぅー、痺れる信念! 対価は何も払えないし、サインとか要求したいけれど、助けてもらった手前厚かましい事はなんにも言えない。

 というかまともに話せなくなってしまった。

 後遺症とかじゃなくて、単なるあがり症……。

 

「それで、どうしてあなたは空から落ちてきたの?」

「つ、月に行こうと思っ……まして、です。はぃ……」

 

 ベッドの上で過ごしていれば、航海士さん……ナミさんがやってきて興味深げに話しかけてきた。

 根掘り葉掘り聞かれるままにぺらぺら全部喋っちゃう。私ってちょろい。

 でも革命軍の事は秘密だよ。分別はしっかりしないとね。

 ……憧れの海賊に話しかけられて舞い上がりすぎて言語障害起こしてたから話さずに済んだだけなんだけど。

 

 コーラフロート・S・ミューズ、7歳。身長129㎝、体重33kg。スリーサイズはひみつ。

 やんごとなくもない身分で月にいるものに憧れて空を飛び、到達できずに落っこちた。

 あなたたちに会えたことも嬉しい。ファンですサインください! あ、結局要求しちゃった。

 

 プロフィールから目的まで一生懸命話した結果、おでこに手を添えられて熱を測られたり気が触れてるんじゃないかと疑われたりしたけど私は元気です。

 タダでサイン貰えたしね! これあたしんのー! もぎゅー。

 

 扉の外からそっと私を盗み見ていた狙撃手さん……ウソップさんが目ん玉ひん剥いて驚愕してた。

 ナミがタダで物を!? って。こんな小さな子になんも要求しないわよ、と怒鳴られてた。

 こういうやり取りを間近で見れるのも感激……今日だけで感動に打ち震えすぎて震え癖つきそう。

 これで船長さんに出会ったりしたら死んじゃうかもしんない。いやほんとに。

 

「俺は勇敢なる海の戦士、キャプテ~~ンウソップさまだ! 船長だよ」

 

 私が無害と知ると、ウソップさんはおおえばりして私を構ってくれた。

 小声で「船長だよ」って付け加えたのがおかしくてくすくす笑うと、彼は得意げに胸を反らした。それがまた過剰なくらいで笑いを誘う。

 

「……。この子のことお願いね、ウソップ、チョッパー」

「おう、任しとけ!」

「うん。おれは怪我人から目を離さないぞ」

 

 頷いたナミさんが二人を残して部屋を出る。

 さっそく話しかけてくるウソップさんに相槌を打ちながら、チョッパーくんが治療しやすいように体の力を抜いた。

 

 

 献身的な治療を施してくれるチョッパーくんと、私を退屈させないように色々な話をしてくれるウソップさんのおかげで、私はほどなくして全回復した。

 ぺりぺりと剥がれた皮の下には珠の肌が覗く。

 うーん、なんという瑞々しいすべすべもち肌。美少女道ここに極まる。

 

「すっごい回復力だな」

 

 と感心するチョッパーさん。タフじゃなきゃ海賊にはなれなさそうなので鍛えまくった結果です、えっへん。

 それと覇気纏って治癒力アップさせてたからかな? 覇気にそんな力があるかは知らないけど。

 

 さて、名残惜しいが私はここでお暇させていただくことにした。

 だって本当に、このまま麦わらさんに会っちゃったら今度は貧血起こしてベッドに逆戻りしちゃいそうだったんだもん。今は彼らは隣にある小さな島に冒険に出かけているみたいだけど、いつ戻ってきてもおかしくない。だったら会いたくなっちゃうよね。でもだめー。

 

 ……会いたいけど、やっぱり心の準備が出来ないので……みなさんにお礼をして回って、ささやかながら掃除などの簡単なお手伝いをさせていただいた後、日が暮れる前に船を出た。

 

「気を付けろよー!」

「またなー!」

 

 空を飛ぶ術に興味を示していたウソップさん、無茶をするなと釘を刺したチョッパーくん。

 みかんを食べさせてくれたナミさん、特に何を言うでもなく気遣って替えの服をくれたロビンさん。

 四人に別れを告げ、今度こそいざゆかん、限りない大地へ!

 

 空気を蹴って空を飛ぶ。もらったモノを掻き抱き、広大な(そら)へれっつらごーごー!

 次に来る時、きっと私はゴッドを仲間に引き連れた大海賊になっているだろう。

 その時は、もしかしたら敵同士になるかもしれない。

 

 ……なんて。

 いっちょ前に彼らと相対する心配なんてしてないで、今は月歩で月まで行こうとしている自分の無謀さを心配しなくちゃね。

 でも、今ならできる気がするんだ!

 彼らに会って勇気も元気も百倍になったから、きっと今なら!!!

 

 

 ……まあ、無理だよね。

 

 海軍本部に落っこちた。

 死ねる。

 




TIPS
・ごめんね
自分を見て「マーチ」と呟いたのを、親しい誰かと重ねて見られたからだと思ったコアラは彼女を気遣いながら「マーチという人ではないけれど」と優しくした。

・道力
強い人のところで修行したんだから強くなるのが道理デッショー。

・サボ
ミューズに逐一自分の言動を真似っこされるので苦笑いが絶えない。
ちょっとだけ無茶な行動が抑えられた。

・コアラ
ミューズが来てから「でかい」という単語を108回は聞いた。

・ダンロ
モブ。


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第三話 私、海兵になる

2017年10月5日 主人公の名前修正


 せっかくもらった服も巻いてもらった包帯も黒焦げ。サインは塵となり私は涙目で焼きみかんを貪った。

 櫛を通して整えて貰った髪の毛もぼっさぼさのバルボッサだ。

 そんな私は現在絶賛落下中。

 

「そう何度も海に落ちてたまるかー!」

 

 決死の月歩で減速大作戦を決行。

 それにより私の体はさらに加速した。

 ……まず体勢整えなきゃだめじゃん!

 

「ぎゃふっ!」

 

 轟音を立てて地面に激突する。

 もはやそこがどこなのか確認する事もできていなかったが、少なくとも海でない事だけはたしかだった。

 

 もうもうと立ち込める砂煙を腕を振り回して散らし、立ち上がる。

 どうにも私は、静かな場所に立っているらしかった。

 

 刈り揃えられた緑の草。舗装された道。

 大きなお屋敷。縁側から覗く部屋はとっても和風で懐かしい。

 この家の人らしきおじさん達が、将棋っぽいのの手を止めて揃って私を見ていた。

 

 どこかの家のお庭かな。クレーター作っちゃったから、謝らないと。

 半球状にくぼんだ地面からえいしょっとジャンプして飛び出て、固い地面に着地する。

 靴とぶつかった地面の硬質な音が耳に心地よく、笑みを浮かべた私は、座ってる人の向かって左側が海兵である事に気が付いて固まった。

 

「なんじゃあ……子供が降ってきおった」

 

 ぼさっとした白髪におひげ。老年の海兵は真っ白な制服とコートを身に着け、大口を開けて私を見つめている。

 たぶん名前にモンキーとかDとかガープとか入るかもしんない感じの人。

 

「…………」

 

 なんにも言わずにガン見してきてるのは、角刈りの黒髪に甚兵衛姿の……海軍大将赤犬。

 ……うーん、こいつは困った。なんて場所に降りてきちゃったんだ私は。

 メリー号前の次は大将と中将の前……あっ、これは死んだな、私。

 

「ぶわっはっは!」

 

 死の予感に固まっていれば、なぜか急にガープさんが笑い出した。

 膝を叩いてバンバンと大きな音を出している。何がツボに入ったんだろう?

 しかし彼は笑うだけで他に何かを言う気配はないし、赤犬はずっと私を見てきているしでそろそろ緊張が高まりすぎて堤防が決壊しそう。涙腺という名の堤防と、その、おしっ……。

 

「んっ」

 

 ちっちゃく咳をして、がちがちの体を動かして一歩前に出る。

 いや、何かしら動かないともう赤犬の視線で死にそうだったから……。

 あはは、さすがに「こりゃ大将をも魅了しちゃったな?」なんて冗談は出てこない。つらい。汗やばい。

 でもやらなきゃ殺されそう! ファイトだよっ私!

 

「自分は!」

 

 ささっと姿勢を正して気を付けの姿勢。

 ほとんど裏返った大きな声を出して二人の注意を引き付け、大きく息を吸う。

 

「海兵志望のコーラフロート・S(スモール)・ミューズであります!! 入隊案内はこちらでよろしいでしょうかっ!!」

「ぶわーっはっはっはっは!!!」

 

 喉が痛くなるくらい叫んだ声にかぶせてガープさんの声が響く。

 赤犬の眉がぴくっぴくっと動いているのをキレかけているのだと察して、すぐにでも(ソル)で逃げられるよう腰を落とす。

 

「人ん()の庭ァ無茶苦茶にして、何を言うとるんじゃ貴様……!」

 

 ひえええ、立った! 赤犬が立った!

 部屋の中にいるためかマグマを発したりはしてないけど、怒気が煙となって立ち(のぼ)ってる気がする。

 今すぐにでも離脱したい気持ちをなんとか押さえ込んで静観を決め込む。だって今ちょっとでも動いたら攻撃されそうだよ! しなくてもされそうだけど!!

 

「まあ待てサカズキ。おおい、ミューズと言ったか」

「ぁ、はっ!」

 

 やっと笑いをひっこめたガープさんは、赤犬を手で制すと、ちょいちょいと私を手招きした。頷きながらのその動きに躊躇いながら歩を進める。赤犬の顔色を窺うのは忘れない。

 

「お主海兵になりたいらしいが、理由はなんじゃ」

「は……り、りゆ、ですか?」

「うむ」

 

 そんな鷹揚(おうよう)に頷かれたって、理由なんかないんですけど。

 ああっ、でも答えなきゃいけない雰囲気! 赤犬がすっごい歯を食いしばって……いや、あれさっきと表情変わってないのか。気のせいだった。

 

「さっきのは月歩(ゲッポウ)じゃろ? どこで、誰に習った」

 

 彼が技名を口にした途端、赤犬の発する怖い雰囲気が強まった。そしてガープさんの方も穏やかな顔をしているが圧力をかけてきている気がする。

 あ、そっか! 六式って海軍の上の方の人が使う技だもんね。海兵ですらない私が使ってるのはおかしいよね!

 ど、どうしよう。どう答えよう。言葉によってはここでゲームオーバーになっちゃいそうなんだけど……。

 

 ……待てよ、別に嘘をついたり変な事言ったりする必要なくない?

 ありのままを言えばいいじゃん。私ってばあったまいー!

 

「ぉ、同じ場所に住んでいたおじさんが元海軍で、その人に教わりましたっ」

 

 必殺、嘘は言ってない大作戦!

 嘘には少しの真実を混ぜると良いと聞いた事があるけど、これなら100%真実だから疑われる事もないだろう。

 その元海軍は現革命軍のたぶん賞金首なんだけどね!

 

「叔父さんか……名前はなんと?」

「え、名前ですか? すみません、わからないです。おじさんとしか呼ばなかったから……」

 

 これは、半分本当。

 元海軍のダンロさん。これ、本名じゃないらしい。

 だからほんとの名前は知らないし、唯一彼に呼びかけた時はいきなり名前で呼ぶ気にはなれなかったからおじさんって呼んだ。

 

「そうかそうか、そういう経緯(いきさつ)か」

 

 いくつか頷いたガープさんは、少しばかり真剣さを増した顔をして、ではなぜ海軍に入りたい? と聞いてきた。

 ……面接だこれ!

 ほんとに入隊試験的なのが始まっちゃった!

 

 ええと、ええと、また理由……うぇえ、こればっかりは100%嘘つくしかないよ。

 だって私海賊になるのが目標だし、海軍になんかなりたいもんか。

 馬鹿正直にそんな事を言えば私は美少女炭になって土に還ってしまう事になるので、よく考えてから話す事にする。

 

 とはいえ時間はない。今までにないくらい頭の中が大回転して、だんだん熱でぼうっとしてきた。

 

「海賊をやっつけたいからです!」

 

 必死に考えて出てきた志望理由は、当たり障りのないものだった。

 下手な事を言って疑われればすべて終わりだ。なら短く簡潔に、が最善だろう。

 

「…………」

 

 はたして、ガープさんは……腕を組み、やや顔を伏せ、下から睨み上げるように私を見ている。

 ……疑われてない? これ。

 死んだな。来世はもっと頭の良い子に生まれよう。

 

「絶対に見つけなきゃいけない海賊がいるんです!」

 

 諦めの早い私に鞭打って、追加の理由を吐露する。

 見つけなきゃいけない海賊。それは未来の海賊王が、全てのクルーを引き連れた太陽の船。

 そして私が理想とする神と美少女の最強無敵海賊団(仮)!

 

 熱い思いを胸の内から全部吐き出せば、ガープさんは顔を上げてにやりと笑った。

 ど、どうやら良い感じの理由になったみたい……。

 

「決意は固いようじゃな。どれ、ちょっとお主の六式を見せてみんかい」

「……は?」

 

 突然の「かかってこいや」宣言。

 聞き間違えかと思って声を出して確認したのだけど、ガープさんは膝に手を当てて億劫そうに立ち上がると、サンダルをつっかけて伸びをしながら私の前へ歩み出て来た。

 ……え? まじで今からVSガープさんの流れ?

 この私に海軍本部中将を相手にしろと? まともに戦った事もないこの私に?

 

「この場で入隊試験を行う。サカズキ、監修を頼む」

「……やぶさかではありゃあせんが」

 

 うへ。赤犬も止めやしない。

 拳を平手に叩きつけたガープさんが包んだ指をベキボキ鳴らすだけで私の戦意はがりがり削がれていくっていうのに、本当にやらなくちゃいけないみたい。

 

「海軍に入りたいならいいじゃろ。だがこのグランドラインで海賊を相手にしたいと言うのならば相応の意思と力が必要じゃ。それを見てやるから、ほれ」

「ぇえ……ぁ、はぃ……」

「煮え切らんのう! わしゃ一切反撃せんから、好きなだけ打ち込んでこい!」

「え、でも」

「小娘一人相手して疲れるほど柔な鍛え方はしとらんから安心せい。海賊を相手にしていると思って全力でこい!」

「むっ……言いましたね。じゃあ行きますよ!」

 

 まともな戦闘はしたことが無くても、私はここ数ヶ月間革命軍の幹部に手ずから稽古をつけてもらってきたんだ。ちょっとは自尊心ってものがある。

 それを木っ端のように扱うなんて許せない。目にもの見せてくれる!

 

「「嵐脚(ランキャク)」! ふんにっ!」

 

 まずは足を振って真空の刃を飛ばすこの技から。

 いっとくけどめっちゃ練習したからね! ぶっとい樹木もずばっといくよ!

 

「ふんっ」

 

 私自慢の嵐脚は、ガープさんがおもむろに振った腕に弾かれた。

 ……うそー、服に切れ込みすら入ってない。凄い強い覇気……伝説の名は伊達じゃないってこと?

 

「どうしたぁ、ぼうっとしとらんで打ち込んでこんかい!!」

「っ、はい!」

 

 ただ声を出すだけでびりびりと体を震わせてくる活力は、とても老年とは思えない。

 こちらも負けじと返事をしたものの、これは試験。実戦を想定しろって言われたんだから、ここで言われた通り近づいていくのは愚の骨頂!

 接近戦は彼の得意分野だろう。覇気パンチが乱れ飛んでくるに違いない。攻撃しないと言ってたけど、これが実戦であるならば、私がとる手はアウトレンジからの一方的な攻撃!

 

 握った拳を縦にしてガープさんへと狙いを定める。その右腕を左腕で掴んで支え、人差し指と親指をぐぐっと嚙み合わせる。

 

「飛ぶ「指銃(シガン)」、"(バチ)"!」

「んお」

 

 一発だけじゃなく連続で、名前の通りにバチバチと音をたてて空気の球を弾いて飛ばす。

 虚を突かれたような顔をしたガープさんは、しかし腕を広げて防御を捨てると、その身に全てを受け切った。

 一見全てクリーンヒットしたように見えて、さっきの嵐脚同様服に掠り傷すらついちゃいない。

 これも通じないか……硬いなぁ!

 

「ふむ、その幼さでもう応用か……やるのう」

 

 お褒めにあずかり恐悦至極、と言いたいところだけど、なんだか馬鹿にさているような気がして喜べなかった。

 しかし困ったな。(バチ)が効かないとなると私、もう飛ぶ系の技なくなっちゃうんだけど……!

 「撃水(うちみず)」とかあるにはあるけど、そんなの使ったら怪しまれるだけだ。ていうか水筒どっか落っことしたし使えないじゃん!

 ……うん、ここは六式のみで勝負するのが吉。というかガープさんも六式を見せろって言ってた訳だし……!

 

「「(ソル)」!」

「む、近づくのか」

「「鉄塊(テッカイ)」! 「指銃(シガン)」!」

「お?」

 

 ギココッと体を固くして、一本立てた指をガープさんのお腹へと突き立てる。

 ぶつかる瞬間に指に武装色を纏わせる事でパワーアップだ!

 

「おお驚いた! 鉄塊をかけながら動けるのか!」

「っ!」

 

 当たると思った攻撃は、外れた。

 理由がわからない。ただ、私の側面、伸ばした右腕のその向こうへ移動したガープさんに死角を取られてしまったのは確かだ。パワータイプだと思ってたけど、スピードも想像以上……か!?

 

「こりゃ見くびってたわい。よぉし、受けてみよ!」

「えっ!?」

 

 笑みを深めたガープさんが前屈姿勢になったかと思えば、腰に添えた腕を急激に引き絞り始めた。

 ちょ、どう見ても殴ってこようとしてる!? 攻撃はしないんじゃ――!!

 

「「紙絵(カミエ)」!!」

「ふん」

 

 体にかけていた力を全て抜き、彼の拳へと引き込まれていく空気に逆らわずに乗って攻撃を避けるための技を完成させる。

 が、あろうことか固く握りしめていた拳を解いたガープさんは、それをデコピンの形にして私の額へと向けてきた。

 間近にある大きな指の存在に皮膚が痺れる。秘められた力の爆発は、近い……!

 

「「鉄塊(テッカイ)」"空木(うつぎ)"!!」

 

 即座に跳ね返す技を完成させて衝撃に備え、はっとする。

 この技胴体に攻撃されないと意味ないじゃん!?

 でももう回避に移るほどの時間はない。自分の技のレパートリーの少なさを恨むしかない!

 

 空気が軋むほど力の溜められた指が、ついに解き放たれる。

 

「痛っ……!」 

 

 一瞬頭が弾け跳ぶのを想像してしまい、目をつぶる。

 

「…………?」

 

 けれど、痛みも衝撃もなく、ただ尻もちをつくだけに終わって、私は呆然とした。

 見れば、ガープさんの手はまだでこぴんの形を保っている。放たれてなんかいない。

 さっきのは、私の勘違い……? 気迫に騙されたとか、そういうやつ……?

 

「「嵐脚(ランキャク)」、「鉄塊(テッカイ)」、「紙絵(カミエ)」、「月歩(ゲッポウ)」、「(ソル)」、「指銃(シガン)」。この内いくつか使えるだけでも相当な使い手じゃ。それをその幼さで全て使いこなし、応用にまで手を伸ばすとは中々のもんじゃ。だが何もかも甘い。お主実戦は?」

「……ぁっ、いえ……まだです」

 

 手を差し伸べられ、その手を取って引き起こされながら答える。

 もうさっきの戦いの評価を聞く段階に入ってしまったみたいで、攻撃してきた事に対する抗議はできなさそうだった。

 話が違うって、私、怒ってるのに。

 

「話が違う! ……と言いたそうじゃな」

「ひぇ。いっ、いえ、そんな、こ」

 

 心の中読まれた!? そんな顔に出ちゃってたかな!

 なら、誤魔化したってしょうがない。私は不満を露わにしてガープさんを睨み上げた。

 

「だって、攻撃しないって言ったのに、するなんてずるい!」

「ぶわっはっは!」

 

 ああっ、笑って誤魔化すんだ! ずるい大人の処世術。そんなんじゃ私は誤魔化されないぞ!

 さっきの口調でも怒らないガープさんに調子づいた私は、こんなの酷い! とさらに猛抗議をすべく詰め寄ろうとして、赤犬の声に縫い留められた。

 

「勘違いしとりゃあせんか」

 

 怒気を孕んだような、とても厳しい声に勝手に体が固まってしまう。

 間違いなく叱られている。そんな感じがした。

 

「海賊がそんな甘っちょろい奴らだと思うちょるなら大間違いじゃ」

 

 話している彼の方を見なければさらに何か言われそうだったので縁側に顔を向ければ、鋭い眼差しとかち合った。

 怖い。主に顔が怖いぃぃ。

 それに、相手は海賊じゃなくてガープさん……ああっ、そういや最初に「海賊だと思ってかかってこい」って言ってたっけ? 覚えてないよそんなの!

 

「まあそう脅かす事もないじゃろ。反射の速度や咄嗟の判断は光るものがある。ま、鍛えればそこそこ行くじゃろ」

 

 赤犬の糾弾にガープさんが待ったをかけてくれた。

 それで、お褒めの言葉を頂く。そこそこってなんか意味深だけど、いやいや、伝説の人にここまで言われるのって相当だって。私凄い!

 

「ぁ、じゃ、じゃあ合格、ですか……!?」

「満場一致でそうじゃ」

「やったあ!」

 

 よおし、これで海軍に入れる!

 赤犬も特に否はないみたいだし、今日から私は一海兵。正義の名を背負い市民たちの自由と平和を守るために戦うぞー!

 

「無邪気じゃなー。孫恋しくなってきた」

 

 いやあほか! なんで喜んでんだよ私は!

 と心の中で自分に突っ込みつつも、表には出さない。

 大人しくガープさんの大きな手で頭を撫でられておく。

 かいぐりおっけー。男の人にだって頭を撫でられるのは嫌いじゃない。

 

 まあ、それはそれとして、と。

 私はガープさんの手を両手で掴んでやんわり離させると、彼の顔を見上げてにっこり微笑んだ。

 

「それじゃあ最後の六式の技いきますね」

「ん?」

 

 とんっと両の拳を向かい合わせてガープさんのお腹へくっつける。

 全ての体技を極めた者にだけ許される究極の絶技、くらえやぁ!

 

「最大輪の"六・王・銃(ロクオウガン)"!!!」

「がっふぅうう!!?」

 

 私の行動の意味が分からなかったらしく「?」マークを大量に飛ばしていたガープさんは、武装色で防御するでもなく、避けるでもなく私の最強の技をまともにくらって悲鳴をあげた。

 とん、とんとお腹を押さえてよろめきながら後退し、血が伝う口をそのままに小刻みに震えている。

 へへーん、六式を見せろって言ったのはガープさんだもんね!

 六式とは七つの技から成り立つ絶技なのだ。どうだ参ったか!

 

「い、ったいわぁこんクソガキがァ!!」

「ぎゃん!」

 

 高笑いでも上げようとしたら地面にめり込んでいた。

 あれっ、私いったいいつの間に地球と一つに……?

 

 

 

 

 地面から引っこ抜かれた私が回復したのは、採用試験から二時間ほど経ってからだった。

 現在私は赤犬の家に上げて貰って、座布団の上で正座してふくれっ面をしている。

 

 原因は、ガープさんの告げた「さて、六式が使えるといっても海軍に入るなら雑用からになるのう」という残酷な現実。

 

 そりゃあさあ、そうだろうけどさあ、私もうちょっとこう、特別扱いされるんじゃないかとわくわくしたのに、平海兵からスタートしろなんて面倒くさくってたまらない。

 どうせ海軍になるんだったら速攻で大将になりたいよ。そうすれば海賊になった時凄い懸賞金がかかるでしょ?

 今の状況を逆手に取ったこの妙案、うーん、私って天才かも?

 優しくってかわいくって強い。やっばいわー、最高だよね私。

 

 こんな最強可愛い私を雑用にするなんて……ぶーぶー。革命軍じゃ幹部を(勝手に)名乗ってたってのにさあ。

 トップであるドラゴンさんとは一度も会った事ないけどね! 電伝虫越しの声しか聞いた事ない。

 

 そんな訳で膨れているのだけど、ガープさんはどこ吹く風。

 このままじゃつまんない事に時間を費やしてしまいそうだと困っていれば、意外な事に赤犬が助け舟を出してくれた。

 

 曰く、「本部」大佐レベルの力を持つ私をいたずらに下位に置いて無駄な使い方をするのはそれこそ悪だとかなんとか。

 独特というか、確固とした価値観に基づく言葉に、ほう、とガープさん。

 

「わしを悪だと?」

「そうは言っとりません。ただ正直な意見を述べとるだけです」

 

 しばしの間、二人は口を閉ざして顔を合わせていた。

 どれくらいかして、やがてガープさんが口を開いた。

 

「お前がこの子を自分の下に欲しいというのなら話は変わってくる。他の者の意見も聞こう」

 

 やおら立ち上がった彼に促され、私も痺れる足を叱咤しながら立ち上がる。

 そして、本部へと連れていかれる事になった。

 

 ……ええ?

 

 




TIPS
・100%真実
ダンロさんには習ってない、という事実は頭から抜け落ちている。

・六式
ノリで習得した。革命軍の仲間達は近づいてくれなくなった。
特にダンロは絶対近づかない。

・六王銃
頑張って習得した。自分が気味悪がられてる事をミューズは知らない。
本当に同じ技かどうかは本人もわかってない。

・飛ぶ指銃
名前だけパクって、自分ができるような形でやっている。
ルッチが見たらたぶん凄い微妙な顔する。

・鉄塊をかけたまま動く
無理矢理体動かしたらできた。
しばらく鉄塊が解けなくなった。

・入隊できる年齢
7歳はさすがに無理じゃないかな。

・赤犬
口調難しいんじゃワレェ。


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第四話 赤犬といっしょ!

2017年10月6日 名前修正

これまで:ミューズ・コーラフロート
これから:コーラフロート・S(スモール)・ミューズ

成長してもMやLやXLにはならない。


 順を追って説明するのならば、正確には「次の日になってから本部へと向かった」、である。

 その一日をどこで過ごしたかと言えば、この世で最も過ごしたくないおうちナンバーワン間違いなしな赤犬さんちの和室である。

 

 見送りの際、ガープさんに「どこから来たのか」とか色々聞かれて、成り行きで帰る場所も身寄りもないと言ったらそうなった。

 所持金もないから宿をとる事はできず、海兵でもないから宿舎に泊めてもらう事もできない。この広いマリンフォード(……だったらしい。びっくりー)、居住区のどこかを探せば子供一人泊めてくれる親切な人は結構いそうなものだけど、そこまで手間はかけさせられない。身近な赤犬に白羽の矢が立つのは当然の流れだったのだろう。

 

 嫌なのか特に何も考えてないのかよくわからないいかつい顔で頷いた赤犬によって私は家へ招待され、熊の巣穴にでも放り込まれた気分になって一夜を過ごした。もちろん寝る時は一人。お風呂も一人。

 ヒノキ風呂とか初めて入ったよ。ヘンなにおいがした。あと、なんか浴室が寂しい。ちょっと焦げ目のついた洋服は自分で洗ってお庭に干させてもらって、代わりに子供用の浴衣的な和服を貸してもらった。

 

 広々とした和風屋敷のどこにも人の気配はなく寂しげで、夕刻になってふらっとやってきた老齢のお手伝いのおばあちゃんがご飯をこしらえていくのを見かけた。

 ……赤犬に家族はいないのだろうか? そうするとなんで私に合うサイズの和服があるのかわかんないんだけど、疑問を投げかける気にはとてもじゃないがなれなかった。

 

 卓袱台を挟んだ先の孤独な大将は、ずーっとおんなじ顔でご飯を食べていた。

 

 

 

 

「おう、来たか」

 

 翌日、大将赤犬に連れられてやってきました海軍本部。

 大口開けて「ひろい」「おおきい」と馬鹿みたいな感想しか言えなかったが、それだけ規模がでかかったのだ。当たり前よね、本部なんだから。でもこんなおおーきな建物見たのは初めてかなー。良くも悪くも普通の家屋しか見た事なかったから新鮮。サボさんとこにいた時はね、もっぱら後方待機だったからね。

 

 そして、ちょっぴり緊張。右手と右足が同時に出ちゃう。

 ああうん。ほんとに「ちょっぴり」だってば。嘘じゃないよ。かちこちになったりなんかしてないんだから。ううー。

 ロボット未満の歩きをしている間にいくつか階段を(のぼ)って、ガープさんのいるお部屋に辿り着いた。

 

「今茶ぁ淹れるから、ほれ、そこに座って待っとれ」

「失礼します」

「しっ、しちゅれ、しまぅ」

 

 流れ的にガープさんに促されたソファーに赤犬と一緒(!!)に座らなきゃいけないみたいだけど、足が震えてきたので遠慮したい。したいけど、文句言えない……。

 どうにか自分を奮い立たせて赤犬の隣へ座る。どこの家庭にあってもおかしくない感じの新緑色のソファーはふかふかで、しっかりとお尻と背中を受け止めてくれた。高級なんだろうなあ。あんまり私、価値とかわかんないけど。

 

 それでもって両手をついてお尻を持ち上げ、心持ち赤犬から遠ざけるようにずらす。

 この動作には細心の注意が必要だ。もしお隣さんの岩みたいなお顔を向けられたら私はきっとここで世界地図を描くことになるだろう。

 

 中将手ずから淹れて頂いたお茶を目の前のテーブルに置かれても、手を出す気にはなれなかった。

 それは失礼に当たっちゃうかもだけど、全然喉乾いてない……いやカラカラなんだけど、手を動かすのも(はばか)られるというか……。

 ああー、海軍ってかたっ苦しくて嫌い!

 真っ直ぐ海軍大嫌い。海兵(予定)のミューズだよ。

 

「どうじゃ? サカズキと一晩過ごして。窮屈だったじゃろ!」

 

 ドッカと向かいのソファーに座ったガープさんがバリバリせんべいを食べながら話しかけてくる。

 いや、あの、そういう事は本人の前で言わないで欲しいです……はぃ。

 というかぜ、ぜんぜん、ぜんぜんぜんそんな事は? ありませんでしたし、です。はい。

 

「せんべい食うか?」

「あぇっ、ぃや、……はい」

 

 笑いかけられながら手渡されたせんべいはおおぶりで、私の手の平よりおっきくて、醤油の香ばしい匂いを纏っていた。

 海苔のササクレ立った表面を眺めながら、恐る恐る口に入れる。

 ゆっくり力を入れて噛み砕き、零れかけた欠片を指で押しとどめて口の中へ入れた。じゅわっと唾液が出る。味、濃い。でもわかるのはそれくらい。欠片を零さないよう、唇を指でなぞってぺろりと舐めとる。

 

 二人の強者の重圧に挟まれているとそういう小さな動作でさえ体力を削って仕方ない。

 はやくこの状況終わってほしい。海兵になれさえすれば速攻で大将になって速攻で海賊に転向するから、はやくはやく……ガープさんが言ってた「他の者」って人達、きてー!

 

「失礼しますよ、っと。なんですガープさん、急に呼び出したりなんかして」

「それも大将を二人……おお~サカズキもいるじゃないですか、こりゃただごとじゃなさそうだ」

 

 来たわ。大将が倍ドン。

 オイオイオイ死ぬわ私。

 

 不意に扉を開けて姿を見せたのは馬鹿みたいに背が高い二人の男。

 誰もが知ってるだろう、海軍大将青雉と同じく黄猿だ。

 

 私はというと、二人をちらっと見てすぐ目を逸らした。

 いやいや、だっておかしいじゃん! なんで大将招集してるの?? バスターコールより酷くない??

 ていうかでかい。でかいよ。ここにいる人達みんなでかい。巨人の集落に迷い込んでしまった気分だ。そんなのが四人もいると部屋も狭く感じてくる。生きた心地がしない。

 

 そしてなんか空気が重い。

 強い奴らが集まってるからかと思ったけど、そういうのじゃなくて、こう、青いのと赤いのの間に剣呑な雰囲気がある気がして……間にいる私はぺしゃんこになりそうだよ。

 

「……で、そこで縮こまってるべっぴんさんはなんでしょ」

 

 それまでの圧力を感じさせないような軽い調子で問う青雉に、視線を感じて顔を上げれば、彼の眠たげな眼が私に当てられていた。

 わー、あのアイマスクいいなあ。あれがあれば私も安眠できそうだなー。それよりも永眠する方が先かな?

 ……なんててきとうな事を考えていないと訳もなく泣きそうになるので、必死にお気楽思考を保つよう努力する。

 

「うむ。お前らを呼んだのもその子に関する事で――」

 

 ガープさんの説明も右から左。ここに集まった男達の交わす会話の九割は私の頭の上を素通りしていった。

 私の簡単なプロフィール……六式全般が使える事や、実戦を経験していない事などを語っているのは聞こえた。

 そして新たに自己紹介をさせられたのも覚えている。

 体が勝手に動いて敬礼してはきはき喋ってたような気がした。

 ……声が上擦ってたかもしれないけれど、それは許してほしい。

 

 こういう時、どこか違う世界の誰かの記憶を持っていて良かったって思う。

 経験してないのにそういう経験があるからある程度対処できるし、予測もできる。

 この地獄絵図でも私はなんとかやってけそう。

 

 私が7歳であると告げた時の青雉と黄猿の反応は対照的だった。

 僅かに目を見開いて警戒感を滲ませ、面倒そうに溜め息を吐いた青雉。

 目を丸くして嬉しそうに口を開き、有望株だと私を評した黄猿。

 

 こそばゆいような、心苦しいような……面倒くさい存在でごめんね。

 でもこれ成り行きだから。私なんにも悪くないから。 

 

「わしゃあこいつをわしの下に置く事にした」

「! ……いやあ、じゃあ俺も……その子の上司に立候補するとしようか」

 

 たびたびガープさんから与えられるせんべいをガジガジ齧りつつ餌付けされる猫のような気分を味わっていれば、なんだか緊迫した雰囲気が戻ってきた。

 ……んんっ? 今なんかすごい恐ろしい決定が聞こえたような気がするんですけど!

 お隣さんの赤い人から、私を部下にするとかなんとか……ひええ! それ絶対厳しい奴じゃん!

 短い海兵生活を窮屈な思いで過ごしたくないよう。

 

 その点立候補してくれた青雉のところって良さそうだよね。サボっても許してくれそう。

 青雉のところに行こうかなー。

 でもそうすると、私の階級ってどうなるんだろう。やっぱり雑用から? やだよそれは。私、早いとこ月にも行かなきゃなんだから、ちんたら階級上げてる暇なんかないんだい。

 

「……どういうつもりじゃ」

「若すぎる芽が萎びるか染まるか見ているだけってのは酷でしょうよ……」

 

 睨み合う二人の大将。青雉の言葉には実感に似た何かが伴っていて、きっと過去、赤犬に『潰された』海兵は多いのだろう。悪意なく正義の下に……とか?

 ほらぁー、やっぱり赤犬の部隊って厳しいんだ!

 なんかそういうの見た記憶あるもんね。いや、「見た記憶」を見た記憶がある、か。ややこしい。見ただけだから実感が伴わないけど、わかることはわかるんだから!

 

「まあまあ。ボルサリーノ、お主はどうじゃ?」

「………………え? ああ、わっしですかい? ん~~……その子元から強いんでしょう? 鍛える手間がかからないってのは良いですねぇ。それに優しそうだし……くれるってんなら貰いますよォ」

「…………」

「…………」

「…………?」

 

 三人の間で火花が迸る。

 いや黄猿は特になんも考えてなさそう。

 というか途中から話聞かずにぼうっとしてた気がする。それでいいのか海軍大将。

 

「ああもう、これじゃあ話し合いにならんわい。よしミューズ、お前が入る場所はお前で決めろ」

「………………え? ああ、はい。……はい?」

 

 ん、やっべ、話聞いてなかった。

 なんだろ……みんなこっち見てる……そんなに見るなよい、照れるよい。惚れちゃいやだぜ、いくら私がかわいいからって。

 

「ま、気楽にな!」

 

 心の中だけでふざけながら恐縮していれば、再度ガープさんがさっきの言葉を伝えてくれた。

 いやあ、自分で決めろって言われても……誰を選んでも遺恨が残りそうで怖い。

 

 第一候補は青雉だ。ガープさんが私をこの三人のうち誰かに任せようと言い出すとガキの子守なんかしてられないぜとでも言いたげな顔をしていたのに、赤犬から庇ってくれたし、絶対良い人。

 

 けれど、私の目的……頂点まで(のぼ)り詰め、海賊になって月へ行き、ゴッドを仲間にして私の海賊団を作る大作戦を決行するには、赤犬が一番の近道だ。

 だって彼の言葉は「強い者には相応の地位を」だし、二等兵三等兵はすっ飛ばしていけそうな気がする。

 

 が、赤犬を選べばせっかく気にかけてくれた青雉の心遣いを叩き落とす事になるし、青雉を選べば赤犬の心情から外れた行いをしたとして敵視されそう。……そうでなくともこの二人はあんまり仲が良くないっぽいし、以降良い顔はされないだろう。なんという二律背反。7歳の子供にそんな選択迫るなんて酷くない? 中身は大人だけどさ。

 

 だったらここは発想の転換。この二人のどっちも選ばず、黄猿のおじきで決まり!

 ぼーっとしてて、のんびりしてて、でもめちゃくちゃ強くて、融通も利きそうな彼の部隊。直属の部下には桃太郎? 金太郎? 的な名前の覇気使いがいた覚えがあるから、覇気の強化にももってこい。

 ……あれ? その人ってまだ海軍じゃないんだっけ? うーん、細かい事まで思い出そうとするとちょっと厳しいところがあるな。記憶力は良い方だと思うんだけど。

 

 でも確実に階級鰻登りになるかはわからない。それが確かなのは赤犬のところだから、やっぱり赤犬のところに……いや怖いし、面倒見てくれそうな青雉のところ……いやいや二人の大将に挟まれるのはごめんだし、関係ないって顔してる黄猿のところで……それだと時間かかっちゃうんだってば!

 

 

 うーんうーんと頭を抱えて唸る事数十分。

 痛いくらいの無言の中にバリボリとせんべいを齧る音が混じって、やがてそれが空袋を探る手の音に変わった時、私は顔を上げた。

 

「わっ、私は、大将赤犬について行きます!」

 

 苦渋の決断だった。

 赤犬のところじゃ10時と3時におやつも食べられなさそうだし、体育会系っぽいし、そもそも赤犬は顔が怖い。

 でもこの決断は間違いじゃないと私は思う。

 だって、たぶんこれが一番私の夢に近づけるしね。

 

「おいおい……いや、生中な覚悟で言ってる訳じゃなさそうだ……」

「なんだい? サカズキのところに行っちゃうかァ……そいつは残念だねぇ」

 

 どんな言葉が降ってくるのだろうと気を付けの姿勢で待っていたのだけれど、二人が告げたのはそれだけだった。

 

「話は終わりですかい? じゃあ……わっしはもう出なきゃならんので、この辺で」

「おう、忙しいとこ無理矢理呼び出してすまんかったのう」

「いやあ、断りはしませんよ」

 

 朗らかな感じで黄猿が出ていくと、青雉も私から視線を外してポケットに手を突っ込み、一度大きく肩を上下させると、ガープさんへと顔を向けた。

 

「じゃあ俺も、サボるのに忙しいんでそろそろお暇するとしますよ」

「ぶわっはっは! おおそうじゃ、サボるのは忙しいな! わかるぞ」

 

 キリッとした顔で言う事ではない。

 ええ……中将と大将がこれでいいのかな。

 たぶん書類仕事が面倒とかそういうのだと思うけど……ああ、私がサボれるかなって思ったりしたのはあくまで所感だから。本気じゃないので、サボり魔と一緒にされるのは心外。

 

 そういうサボりとかに凄く厳しそうな赤犬はだんまりを貫いている。

 相手が同格だからか、それともあんまり仲の良くない青雉だからか、それはわからないけど、なんとなくイメージと違う気がした。噛みついたりするかと思ったんだけど……。

 まあ、ここで喧嘩されても私が困るだけなんだけどね。死因が喧嘩に巻き込まれたからとか末世までの恥だよ。

 

「よおし! 乗りかかった船は岸に着いた! 後はサカズキ、お前の仕事じゃ」

「ええ、わかっとります」

 

 ずんぐりと立ち上がった赤犬を横目で窺い、それから、この後の自分の行動を思索する。

 ……やっぱ考えるのはいいや、流れに任せよう。話は纏まったみたいだし、これでやっと息苦しいのも終わる。

 

 ここで待っているよう言いつけられたので、そわそわする体を落ち着けるようにソファーに沈めた。

 部屋を出ていく赤犬を見送り、しばらくして。

 ふと、私、自己紹介してばっかりで誰からも名前とか階級とか教えられてないな、と気が付いた。

 昨日別れたガープさんやさっきちょっと話しただけの青雉や黄猿はまだしも、一晩同じ屋根の下で過ごして今さっき直属の上司になったはずの赤犬まで名乗りもしないのはどういう事だろう。

 

 ……知ってるだろうから必要無いと判断されたのかな。それとも階級さえ知ってれば問題ないとか?

 階級の方なら遠くない内に知る事になるだろうし、その線が濃厚かな。

 私は彼らの事を知っているから、それがいつになったってなんの問題もないんだけどね。

 

「ところでミューズ、お主どこでサカズキの事を知った?」

 

 問題あったわ。もうすでに口にしちゃってたわ。

 

 なんかその辺で、と大焦りする内心を隠してなんでもないように答えれば、納得してもらえた。

 今の質問は特に私を探るようなものとかではなく、広報が上手くいってるのかを気まぐれで確認しただけらしい。

 大将はよく喧伝されてるからね、子供でも知ってておかしくない。

 しかし知識があるからってそれを口に出しちゃうとまずい場面もあるだろう……これからは言葉選びに気を付けなくちゃ。

 

 

 

 

 さて、雑用嫌さに赤犬を選んだ私は、すぐに後悔する事になった。

 その日の夕方、書類が作られて正式に海軍に登録された私は、真新しく小さな制服に着替えると、自分の階級も知らされないまま数多の海兵の中に放り込まれた。

 整列しろだの訓練場を走れだの、周りを窺えば何をすれば良いのかはわかるけれど、明確な指示が無かったからいまいち行動に自信が持てなくて周りに腫れものを触るみたいに扱われてしまった。

 

 だいたいみんな大人だし、そこに子供の、しかも華奢な女の子が来たとなればびっくりするだろうし、接し方もわからないよね。

 一般の子供にならそういう態度で向かえばいいだろうけど、私は彼らの同僚になった訳だし……そこのところは、赤犬が私を連れてきてなんにも言わずに置いていったのをみんな見てたから、疑いようがない。

 

 そして子供が訓練(主に走り込み)に混ざったり雑用仕事をしてても誰もおちょくったり馬鹿にしたりする様子はない。

 そういう事すると死ぬからだろうなあ、冗談抜きに。

 

 雑用は嫌だ、雑用は嫌だとスリザリンを嫌う男の子のように念じていた私だけど、久しく忘れていた体育の授業みたいな時間は結構楽しくて、その後に食堂で食べたマリンカレーは絶品だった。

 これだけでもう海軍に入って良かった! って思えちゃったくらい。優し気な同僚さんにクリームソーダも奢ってもらっちゃったし♡

 

 そうやって数日の間周りに合わせていれば自然と溶け込めるもので、苦労のくの字も不安のふの字もなく順風満帆。訓練は毛ほどもきつくない。

 男臭いし汗臭いしみんな必死というか決死というかで雰囲気はきついけど、人情が無いって訳でもなし、スポーツに力を入れた学校みたいな感じ。厳しい顧問の先生がいる、ね。

 

 訓練場でメニューをこなしていると不定期で赤犬がやってきて目を光らせるのはまさに青春。

 7歳の私が知らず、けれど知識と記憶の中にある輝かしい数年間を味わえるのは稀有な経験で楽しい。

 うーん、海兵エンジョイ勢。革命軍も良かったけど海軍もアットホームでいいね。

 

 なんて満喫する私だけれど、じゃあ何が私を後悔させたのかと言えば……海兵としてのお仕事が終わった後の話だ。

 

 海軍には女性の海兵ももちろんいる。赤犬の隊には見当たらないけど、食堂で見かけたし、廊下で挨拶もした。

 当然女性用の宿舎ってものもある。

 だというのに、私の帰る場所はあのお屋敷なのだった。赤犬の家。

 ガープさんに促されてここで過ごさせて貰っているんだけど、あれだよなあ。たぶんガープさんがなんか言ったんだろうなあ。

 

 真相は不明。だって赤犬はなんにも話してくれない。というか仕事の時間が合わない。

 

 夕焼け空もやや暗がりに覆われて、逢魔が時。ブラック気味な仕事をさっさと終わらせて元気に家路につくまでは気分も良いけど、誰もいない薄暗くて広い平屋に足を踏み入れれば、途端に気分はダウナーだ。

 

 海に出ていなければ夕飯時に赤犬は帰ってくる。その時間、お手伝いさんがやってきてご飯を作るまでは、私はこの家に一人きり。

 今生で独りぼっちは初めての経験かもしれない。いや、前世とかも経験した事はないけれど、寂しいのは確か。

 

 工作する気力もわかず、家を練り歩いて探検して、蔵で見つけた掃除用具を引っ張り出して廊下を雑巾がけしたり自主トレしたりして時間を潰す。

 赤犬が帰ってくれば小さな卓袱台を囲んで夕餉(ゆうげ)だ。苦手意識を持った相手とわざわざ二人で食べなくとも、と一度は思ったけど、ほら、なんか食べる時間合わせないとすっごい怒られそうな気がして……。

 いや、彼は何も言ってないんだけどね。私が勝手に合わせてるだけ。

 

 むむーん。会話がないのが辛い。

 沈黙は痛みだ。二人いる時でさえ独りぼっちに感じてしまう。

 けれど怖いので自分から話しかけようとは思わない美少女であった、まる。

 

 

 

 

 それからまた数日過ぎて、今日は赤犬はオフの日。

 大将にだってお休みはある。休む時はきっちり休むタイプらしい彼は、しかし今日も今日とて口をみっしり閉じている。

 初めてのお休みを貰った私は朝から彼の様子を窺っているのだけど、あくび一つせずむっつり顔で新聞を広げている。

 

 不必要な事は一切喋らないというか、むしろ必要な事さえ喋らずに新聞を読むか盆栽を弄るかしている赤犬。

 昭和時代のお父さんみたい。……この世界には「昭和」なんてものはないだろうけど。

 そうなると私はお堅いお父さんへの接し方を見失ってしまった思春期の娘かな。

 こんなかわいい娘を持てて幸せじゃないの。かいぐりしてくれてもいいんだよ?

 

 ……赤犬に頭を撫でられる想像をしてみたけど、私の頭がマグマに飲まれて妄想はすぐに幕を閉じてしまった。

 赤犬が私の頭に手を乗せる時は、たぶん私が彼の敵になった時で、トドメさされる感じなんじゃないかな。

 寒気がしてきた……海賊を目指す以上、そういうゲームオーバーもあり得る訳だよね。

 どうか現実になりませんように……というか私の目的がばれませんように!!

 くわばらくわばら……。

 

 

 

 

 大将赤犬は無口である。

 と言ったのは私だけど、それはちょっと違った。

 赤犬は目でものを言うのだ。

 

 具体的には、あれ。

 畳の上にお茶零しちゃった時に「おんどれ何してくれとんじゃあ……!」と睨んできたり、ご飯食べてる時に行儀悪くすると「その背骨今すぐ圧し折ったろかァ……!」と睨んできたり、うっかり縁側でお腹出して寝てたら「冷えるじゃろ……わしのマグマで温めちゃろうか……!」と見下ろしてきてたり。

 

 うーん、すっかり猫背が直ってしまった。粗相をすると怒鳴られそうだから、自主的にお行儀良くしてしまう。

 この短期間で廊下を歩く時に静々と歩く技法を身に着けてしまったし音を立てずにお味噌汁を飲めるようになった。

 あと凄いすげぇ嫌いだったナスのお漬物が食べられるようになった。

 お残ししたら命はないよなーと思って気合いで克服。はあ、こんなに頑張っても誰も褒めてはくれないのだ……ご飯を全部食べたら満面の笑みで頭を撫でてくれたお母さんはもういない。家事を手伝ったら褒めてくれるお父さんもいない。……寂しいなー。てんさげー。

 

 このユーウツを打ち砕くには、とにかく誰かと会話をしなくちゃ!

 そう思った矢先に私の階級が判明した。

 

 ミューズ軍曹。

 軍曹、である。それってどのくらい偉いの? と女性の将校を捕まえて聞いてみれば、階級はかなり下の方。

 なんだぁと残念に思ったのも束の間、これでも異例の昇進速度だ。

 

 だからみんな私に関わりづらくなってしまったみたいで、話しかけても目を逸らす者まで現れる始末。

 赤犬が直接連れてきて、一週間も経たずに数段飛びで昇進して……明らかに虎の子。はたまた赤犬の隠し子か。

 なんにせよ下手に触れれば火傷では済まない。いや、火ならまだ良い方だ。ミューズの背後にいるのは赤犬だ、マグマで骨まで焼き尽くされるやも。

 

 とかいう噂を聞いてがっくりと肩を落とした。

 なにそれー、酷い誤解だよ。たまたま昇進する機会が連続できて、たまたま赤犬が一緒にいただけじゃん。……大将がたまたま一緒にいるのがおかしいのか。

 でもなー、敬遠するような人間じゃないんだけどなー、私。めっちゃかわいいのに。だから昇進もはやいのー。みんなもかわいければぱぱっと階級あがるんじゃない?

 

 

 しかし話し相手が周りにいないんじゃ、鬱憤晴らしができないじゃないか。

 おかげで自主トレと屋敷の掃除にいっそう身が入った。うーん、地味なパワーアップ。コアラししょーも地味だと思える訓練が一番大事って言ってたよーな。……こんなんで強くなっても嬉しくなんかないぞ。

 飛ぶ斬撃を見た事あるか? 昨日手刀でやったよ。できちゃったよ。自分を追い込みすぎな気がする。

 

 ……この大海賊時代、上には上がいる。果てしなく空高くまで際限なしに。

 まあ、だから本当はどんな手段だって強くなれるのは大歓迎。パワーアップを実感するのは今のところ唯一の楽しみだし。それ以外に楽しみがないのがつらいのー。

 食堂にあるクリームソーダはめっちゃ美味しいけど、ぼっちでキメるクリソは味気が無くてしょうがない。

 記憶の中の誰かだって見知らぬ人と一緒に食べてるし、クリソは親しい人と笑い合いながら食べるのが一番オツなの。

 

 この際赤犬でもいいから一緒にクリームソーダ食べようよー。

 お家に帰って、私も赤犬を見習って目で訴えてみるも、一瞥もしてもらえずに終わった。

 うーん、ひょっとして私って女性的な魅力が皆無?

 ……ふて寝しよ。

 

 そうそう、六式もパワーアップしたのだ。

 でも「生命帰還」は覚えられてないよ。

 だってもうこれ以上体、削れる部分無いしね!

 抉れるぞ、胸。

 

 

 

 

「出動じゃあ、ついて来い」

「はっ! ただちに!」

 

 着慣れてきた軍服に袖を通し、ちょっとキツめの制帽をかぶると、非常に珍しい事に赤犬が話しかけてきた。

 この怖い物言いにはとりあえず決め顔で「ただちに!」って答えときゃあ怖い顔されずに済むのだ。学習したよミューズは。

 

 出動……本部へ行くぞって声かけではないだろう。……ああ、船に乗れってこと?

 それ以上何も言わず、正義のコートを翻して家を出る赤犬を追って本部へ。招集されていた海兵に紛れ込んで大将赤犬の指揮する軍艦へ乗り込む。簡単に言ってるけど、航海は数日にも及ぶのが基本だ。手続きだってあるのに、直前に言うんだからもー! もおーう!

 

 船が海に出れば、座学で習った通り船乗り知識を総動員して持ち場で忙しくしつつ、大将が出張るほどの何かがあるのか……と戦慄していたのだけど、なんのことはない、今回の出動はただの巡航だった。訓練の一環でもあるのだろう。そして大将が定期的に海に出るならそれは海賊への牽制になるし、治安向上にも繋がる。

 

 青々とした海。晴れ渡る空。偉大なる航路(グランドライン)は今日も雄大。この景色、私の海賊船の上から見たかったな、初めては。

 夢を胸に宿した時の私は、まさか自分が海兵になって軍艦の上から海を眺める事になるだなんてちっとも予想していなかった。

 人生って不思議だね。だから誰かの記憶があっても生きるのが楽しいんだ。

 

 潮風に晒した自慢の金髪を撫でつける。

 だいぶん短くした柔らかい髪。……私の決意。

 決意なんて言っても格好良い事は一つもないんだけど。

 

 チャームポイントの三つ編みが無くなっちゃってるのは、あれ。海軍に入ってすぐ、邪魔な三つ編みを切るよう赤犬に言われたのだ。

 正確には目で促された、が正しいか。会話はなかった。

 

 何度か私の三つ編みに彼の視線を感じた事があって、ある日に卓袱台の上に()(ばさみ)があったから、ああ、鬱陶しいって思われたのかなって。

 縁側に広げられたままの新聞はそこで髪切れとかそういう意味なんだろうと判断して、新聞紙の上に正座して三つ編みを切り落とした。

 

 ……お母さんと同じ髪型。いつも、編まなきゃだめよって言われてて、気に入ってたけど……。

 未練、だよね。

 死んだ家族への未練は、これからの夢の足枷になる気がした。

 だから断ち切った。その機会を用意してもらわなければ思いつきもしなかっただろう自分の心の弱さを確認しながら、鋏を握りしめた。

 

 ブツブツと断たれていく髪の毛一本一本の断末魔は、お母さんやお父さんに甘えていたいって泣く子供の私の悲鳴だった。

 ……これからの私に、それは必要ない。

 そして、こうやって区切りをつけて生きていくのは、肉親を失った誰しもが通る道。

 私の場合は、それがちょっとだけ遅かったのだ。

 

 軽くなった頭を振るとぱらぱらと短い毛が落ちる。

 これで私は本当に一人。もう繋がりも思い出も私の下には残っていない。

 

 ……なんて黄昏ていた私は、背後から近づいてきた赤犬の「何をしちょる」という怒気を孕んだ声にびっしり固まって、それから全部私の思い込みだった事を知ってふて寝した。

 まさか新聞紙とか鋏とか置きっぱなしにしてるだけだとは思わなかったんだもん……そういう意味なんだって読み取っちゃうのも仕方ないでしょ。

 急な呼び出しで片付ける暇もなかったらしく、不機嫌に新聞紙を叩いて髪の毛を庭に落とす赤犬を柱の陰からそっと窺いつつ膨れる私であった。

 

 ……はぁ。まあ、これで新生ミューズ。ナマの私の第一歩。

 新しい自分に乾杯。

 誓いと決意と出発のクリームソーダは、少し涙の味がした。

 

 

 

 

「各員配置につけ! 海賊船だ!!」

 

 美少女の涙に酔いしれ……もとい回想に浸っていれば、周囲が慌ただしくなってきた。

 傍を駆け抜けていく同僚を見送って、甲板の方へ移動する。

 波の向こうにいかにもな海賊船が数隻。軍艦は見えているだろうに逃げるでもなく向かってきている。

 それを眺める赤犬は、腕を組んで静観の構え。

 代わりに副官の人が声を張り上げて指示を出している。

 

 こういう時一番上の人はどっしり構えてなきゃいけない決まりでもあるのか、それとも別の思惑か、船と船が近づき、先に軍艦の射程距離へと入ってきた海賊船に砲弾が飛んでいく。

 降伏勧告とかそういうのは一切なかった。火薬の破裂音なんかに気を取られてその時は全然気にしなかったけど、後で考えてみるとそれっておかしいよなあって思った。

 

 向こうもこちらを射程内に捉えたのか、海面に現れる水の柱の隙間からどんどん鉄の塊を飛ばしてくる。

 その一つが真っ直ぐこの甲板へやってくるのを見つけて、けれど私は一切動揺せず赤犬を見た。

 ちゃちな砲弾など赤犬が撃ち落してくれるだろう。だから、結構迫力があって怖いなーと思ったあれは脅威ですらなくて……。

 

 そんな風に高を括っていた私は、どうにも赤犬が動きを見せないのに困惑した。

 放物線を描いて落ちてくる砲弾。赤犬は目もくれず、海賊船に視線を注いでいる。

 気のせいかややへの字口になっているような顔を注視していれば、不意に赤犬が私を見た。

 

「!」

 

 意図を察するより早く床を蹴って飛び上がる。階段を駆け上がるように瞬時に何度も空気を踏みつけ、空へと舞い上がった。月歩。からの~……蹴り!

 ガイン! 大きく硬質な音が使用した右足の芯まで響く。

 武装色を纏わせるまでもなく、されどこの場で破壊せずあくまで弾くに留められるよう加減すれば、上手い具合に砲弾を横の方の海へと逸らす事ができた。

 

 遠くに響く水音と共に甲板へ戻る。

 赤犬はもう私を見てはいなかったけど、ようやっと私がこの船に呼ばれた理由がわかった。

 

 力を見られてるんだ。

 

 それは他の海兵同様。されど唯一違うのは、同僚たちはこの戦いが初めてではないだろうけれど、私はこれが初の実戦であること。

 私に戦いの空気を知る機会をくれた……と解釈してもいいだろう。

 

 また砲弾が飛んでくる。赤犬は動かない。空を飛んで蹴り飛ばす。

 二度あれば自分の考えに確信が持てる。向こうで火の手を上げる海賊船を眺めながら、今回のお仕事の目的を把握した私は、それからも何度か砲弾を弾く事に専念した。

 

 赤犬が初めて動きを見せたのは、海賊船団のうちの一隻が逃走を図った時だった。

 

「"大噴火"!」

 

 その右腕をマグマと化し、振り抜くとともに大質量を放つ。

 名前の通り火山の噴火のような攻撃を受ければ、船なんてひとたまりもない。

 火達磨になって海の藻屑と消えていく船に、残った海賊船達は大慌てだ。

 この軍艦にまさか大将が乗っているとは思わなかった、とかかな。とにかく騒然とした様子が遠目にわかって、それから、もう逃げる事も捨てて特攻してきた。

 

 ちょっと困ってしまった。

 向こうはもう砲弾を撃ってこないから私にやれる事はない。持ち場を離れると怒られそうだし……。

 そして赤犬はまた動かずだんまりになってしまったので、どんどん近づいてくる船を見守るしかない。

 

 もちろんこちらの船も動いたり砲撃したりしてるんだけど、結局一つ残ったのがぶつかってきた。

 揺れと敵が乗り込んでくる事に動揺しつつ、指示を待つ。

 死ね海軍! と薄汚れた海賊達が飛び込んでくる。この場に集う海兵達も銃や剣など武器を持って海賊どもに乗り込まれないよう応戦する。

 

「一人も逃がすな! 徹底的に殲滅せよ!!」

 

 雄叫びや怒号の中に、赤犬の馬鹿でかい声が通り抜ける。

 彼の考えはあんまりわからないけど、こうして敵を引き寄せたのは確実に全員を殺すためなのだろうか。

 捕らえるって選択肢はないのかな。

 

「大将首! 俺様が貰ったぁ!」

 

 なんとか前線で海賊達を押し留める海兵に私も加わろうかと悩んでいれば、なんだかいかにも船長さんらしき人が凄い跳躍力で赤犬にまっしぐらしてきた。

 手にした剣をぎらりと輝かせ、宣言通り赤犬の首をばっさり両断。

 

 ……鉄が溶けて嫌な臭いが漂った。

 

「え……」

 

 刀身を殆ど残していない剣を鼻水垂らして見つめる推定船長さんは、赤犬が無造作に振るった腕で吹き飛ばされて……うわこっちに来た!

 ちょうど私の目の前、足元に転がる船長さんは白目を剥いて気絶している。

 うーん、弱い。軍艦に向かって来たのはただの蛮勇か。能力者でもないみたいだし……。

 

 というか、この人ただ殴られただけで死んで無いみたい。赤犬が一人も逃さず生かさずすると思ったのは勘違いだったかな。そこまで冷酷ではなかったか。

 じゃ、私の役目は船長さんをふん縛る事だね。縄……は無いからとりあえず押さえつけて無力化して、と。いやもう気絶してるからあんまり意味ないけど、教科書通り教科書通り。

 あ、海賊さん達が「船長がやられたー」「船長を取り返せー」「船長を助け出せー」って騒いでる。結構慕われてるんだ。カリスマ……私も部下に慕われる船長になりたいなあ。

 

 でもこうなったらおしまいだよね。私も逃げる時はちゃんと逃げよう。勝てない戦いに向かっていくときは、自分の魂を賭ける時だけでいい。

 なんもかんも海賊になったあとの話だから、海兵の今は関係ないんだけども。

 

「何をもたもたしとる。早うとどめを刺さんかい」

「へっ?」

 

 おっきな背中に膝を乗せて、海賊さんの後ろ頭をぼーっと眺めていれば、すぐ近くに赤犬の声。

 見れば、目の前に仁王立ちする怖い人の姿が。

 ……えーと、今なんて言ったんだろうこの人。トドメを刺せ? ……え?

 

「えっ、ぃや……え?」

「殺せ言うとるんじゃ。できんのか」

「ぇあっ、そ、ころ……なんて、だっ……て、もう捕まえて」

「ごちゃごちゃ言わんでさっさとせんか!」

「うあ、は、はい! はい! ただちに!」

 

 上から怒鳴られると体中が竦みあがって、命令に従う以外の道が勝手に閉ざされてしまった。

 咄嗟に持ち上げた右腕は今までの訓練で積み上げてきた技を使うために人差し指をたてて船長さんの背へ狙いを定めている。

 でも、でも、この指を撃ち出すなんて……そ、そうしたらこの人が死んじゃう。

 

「船長ぉー!! 今助けます!!!」

「クソ海軍が! 退けやァ!!」

 

 見開いたままの目の外側に、必死な声が聞こえた。

 遠くから聞こえる声と、傍に立つ赤犬からの圧力に、帽子の中が蒸れるくらいに汗が滲む。

 ……はっきりわかるくらい、顔を伝うものもあった。

 

 船員達の支え。絆。この人の人生。すべてをたった一本の指で奪う。

 

 ただひたすら怖かった。名前もわからない感情が溢れてしまいそうになるのが。

 人を殺すのを忌避しているのか、人殺しになるのが嫌なのかわからないけど、とにかく嫌で嫌で逃げ出したくて、でもきっとそうすれば赤犬が私を殺すだろう。

 

 私が生きるためにはこの船長さんの命を奪うしかない。もたもたしてはいられない。ぐつぐつと煮えたぎる音が耳元でする。

 

 

 ……人が死ぬって、もっと遠い世界のお話だと思ってたんだけどな。

 だってほら、お父さんやお母さんが死んじゃって、私がそれを知った時、怖くなって、寂しくなって、世界が遠退いて、くらくらして、たくさんたくさん涙を流して泣いた。

 

 そういう事が起こるのが死ってやつでしょ。

 そう簡単に起こっていいものじゃないよね。そう簡単に奪っていいものじゃないよね、命って。

 

 海賊だよ。海賊だけど、なにも殺さなくたって……海兵は海賊を捕まえるのがお仕事だって先輩も言ってたんだから、やんなくたって良いはずなのに。

 

「やれ」

 

 静かに告げられた言葉に、私はぎゅっと目をつぶって、首を振った。溢れた涙が焼けるくらいの温度でまぶたを濡らす。

 ぴくり、赤犬が身動ぎした。それから、大きく動く気配がして……。

 

指銃(シガン)

 

 銃弾が人体を撃ち抜くような派手な音が響く。

 私の指の中で反響して、骨を伝って体中で暴れ回って、どこに出ていくこともなく体の中へと消えていく。

 人差し指がその大きな背中へ埋まっていく様を、私は目を開けて見届ける事にした。

 私は……(おれ)も海賊になるんだから。

 同じ海賊の末路から……自分のする事から目を逸らしたりなんかしたくない。

 

「海賊は」

 

 けれど、私は後悔した。

 人の命をこの手で奪う瞬間は目に焼き付いて離れなくなってしまったし、肉を脂肪を繊維を割って進む指の感触はよりはっきりと脳に刻まれた。この感触は、向こう半年は指からとれないだろう。

 

「海賊になった時点で更生不可能。牢獄に引き渡すまでもない」

 

 ……でも目を閉じたままこの人を殺してたら、私、絶対に海賊にはなれないだろうなって、そんな予感がした。

 だからやっぱり、私は後悔してない。目を開けてて良かった。

 おかげで気分は最悪だけど、ちょっぴり心が強くなれた気がする。

 

(ごめんね)

 

 そう胸の中だけで呟いたのは、この人に向けてなのか、切り離そうとしている弱い自分への手向けなのか曖昧で、零れ落ちた涙は赤い血に混じってドス黒く染まってしまった。

 

 なんか、世界が変になっちゃったみたい。

 変になっても、何もかも続いていくんだけど。



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第五話 やさぐれ少女、青雉に癒される

――徹底的な正義。

 

 非情なる大将赤犬はデッドオアアライブの海賊を全て討ち取る。

 海賊になった時点でもはや更生は不可能。監獄に送る必要も無し、この場で裁くまで。

 彼の下についている私もその信条を背負って海兵生命を歩む事になった。

 

「…………」

 

 偉大なる航路(グランドライン)でも新世界でも、殺せば敵は等しく悪で終わる。

 それだけの話だから、以降戦いの日々に代わり映えはなく、楽しくも面白くもない。

 

 私は大佐になった。

 昇進が早い。どうしてなんて聞かれても、赤犬に聞けとしか言えない。

 彼が私に海賊を寄越すから、私は海賊を殺さなくちゃならない。

 そうすると勝手に階級が上がる。簡単な話。

 

 適正な階級にするためにそうしてるんだろうなとなんとなく気付いていたけど、文句を言う気はなかった。もとよりそれは私の考えに沿っている。

 さっさと上にいって海賊になるだけだ。それまでは何人でも殺す。できるだけ賞金の高い奴。

 

 そうすると赤犬がくれるのだけじゃ足りなくなるから、自分の足で探しに行く。

 幸いこの海には口だけでかくて他に何も成し遂げられない海賊がごまんといる。石を投げれば海賊船に落ちるのがこの大海賊時代だ、刈り取れる海賊は後から後から湧いて出てくる。

 

「…………」

 

 最初の実戦では結構引け腰だった私だけど、慣れれば戦いって訓練と大差ない。

 むしろ訓練の方がためになる。だって、実戦じゃ敵が脆すぎる。

 ちょっと指で貫くと死ぬから私の成長に繋がらない。

 功績になるから時間の無駄とまでは言わないけど、海賊名乗るならもっと功夫積めと思う。

 

「…………」

 

 能力者も変わらない。

 期待外ればかり。どいつもこいつもただ能力の性質をそのまま使っているだけ。

 覚醒してるやつは一人もいない。自然系(ロギア)もいない。

 訓練にすらならないから、海賊を殺す時はもはや無心だ。

 

「…………」

 

 大佐になったから正義のコートを羽織るのも、私服で過ごすのも許されるようになった。

 特権階級というやつ。

 最近はもっぱら海にいるから特権なんて使う暇もないんだけど。

 

「…………」

 

 青い空の下、私の船に私の部下を連れて海へ繰り出し、てきとうな海賊を見つけては飛んで行って殺す。

 デッドかアライブか、良い海賊か悪い海賊か、そういうのは気にしない。

 降伏勧告なんかしてる暇があるなら一人でも多くの悪を潰す。そうしろって赤犬が言ってたような気がする。

 

「…………」

 

 家に帰ってシャワーを浴びる。

 湯が血を洗い流してくれる。むせるような臭いを全部消してくれる。

 でも気怠さは消えない。なんか、最近ずっとついて回る不調。

 

 人の命を奪うたび、私の中の何かが別のものに変わっていく。

 それって良い事なのか。成長してるの? それとも悪い事なのかな。

 わかんないけど、誰にも聞けないし聞く気も無いから、毎日同じ事を繰り返している。

 そろそろまた階級が上がりそうだ。民間人をよく襲うっていう海賊を殺したからかな。あれで億越えは冗談だと思った。

 

「…………」

 

 カツカツと靴音を響かせて本部の廊下を行く。

 真っ白で眩しい、綺麗な廊下。行き交う人達もみんな真っ白な制服を着ている。あまり私服って人は見ない。

 最近食欲がなかったけど、なんとなくクリームソーダが食べたくなったので食堂に向かっている。

 

「よっ」

 

 青雉と会ったのは、その道の途中でだった。

 

 

 

 

「目覚ましい活躍じゃない。噂は聞いてるぜ」

 

 今から飯か? 奢るから、一杯付き合ってくれるかい? お嬢さん。

 下手なウィンクつけて誘われたので、黙ってついて行けば本部から出てこじんまりとしたお店に通された。

 レストランとかじゃなくて定食屋。というより屋台。四人か五人も座れば満員な、あまり女の子を連れてくるような場所じゃないとこ。

 鉢巻したおじさんが忙しなく動いておでんを作っている。

 

「どうよ……海兵生活は」

「…………」

 

 大将がわざわざなんのつもりで私なんかを誘ったのかは知らないけれど、世間話は鬱陶しい。

 ここにはクリームソーダも無さそうだし、今はおでんって気分じゃない。

 ……書類仕事終わらせて海に出るか。もう一人くらい億越え殺せば特進できるかもしれない。

 

「まあそう急ぐなよ」

 

 椅子を鳴らして立ち上がった私の肩を青雉が掴んだ。

 声に滲む色は怒りか。なんとなく私に向けられたものではない気がしたけれど、肩の布部分が丸々凍ってしまったのが不快。手で払えば、大きな動作でわざとらしく身を引かれた。

 

「……そんな顔すんなって。かわいい顔が台無しだ」

「…………?」

 

 ……かわいい?

 そんな言葉をかけられたのはいつぶりだろう。

 いいや、私が海兵になってからはさほど時間は経ってない。

 もう何十年もこうして過ごしていたような気がするのに、両親と死別してから半年程しか経ってないのか。

 

 

――私のかわいいミューズ。

――僕たちの女神。

 

 

 思えば「かわいい」と言ってくれたのは両親だけだった。

 今日まで誰も私をかわいいなんて言わなかったから、本当はかわいくなんかないんだって気付いたんだけど。

 ……でも青雉は、私をかわいいって言った。

 なんでだろう。

 

「いや、かわいいもここまで行くと目に毒だな。俺はこれほどの美人に出会った事がねぇ」

「…………」

「ウッ……くらっときたぜ。まるで覇王色の覇気……! その美しさ……いやかわいさに懸賞金を賭けるとしたら5億……10億、いや5億ベリーは軽くいくな」

「……………………5億かー」

「!」

 

 5億。

 それはたしか、月にいる神様がこの海に降りた時にかけられるだろうっていう数字。

 神様とおんなじなのは、ちょっと嬉しい。

 それに、さすがの私も5億なんて懸賞金のかかった海賊は殺した事が無い。

 やっぱり強いのかな。倒せば何か変わるのかな。

 

「あー……ハァ、ガラじゃねえな」

「?」

「いや、独り言。気にせず何か頼め。金の心配はするな。時間の心配もな」

 

 目の前に広がる横長のおでんの容器へ長い指を近づけた青雉は、それぞれ具材の名前と共に感想を言い始めた。いきなりだけど、何か意図があるのかと思って座り直し、耳を傾けてみる。

 

 がんも。少し色が変わってきてるやつが味が染みててうまい。巾着。宝箱に似てる。毎回何が入ってるか気にしながら口に入れては一喜一憂。はんぺん。キライ。俺はこのもにょっとした感触が嫌なんだ。

 

「大将にも、苦手なものはあるんだ?」

「あー、まあ、そうだな。うん。いや大将ってのはやめてくれ」

 

 子供みたいな言い方がおかしくて、口に手を当てて笑いを殺せば、青雉は後ろ頭を掻きながらそう命令した。

 「大将」って私が言ったら、おじさんが反応しちゃったからだと思う。

 海軍の大将とおでん屋さんの大将が同じ……ふふ、変なの!

 

 殺しきれなかった笑みが漏れてしまうと、青雉も口の端を吊り上げて静かに笑った。

 それから、具材の説明に戻る。

 

「たまご。こいつは天敵だ。中身が熱くて食えない。冷まそうと息を吹きかけると凍る」

「ふふっ、あはは!」

「ちくわぶ。正直ちくわと何が違うのかさっぱりわからん」

「あは、ええー? 全然違いますよ?」

 

 ちくわとちくわぶは……あれ? ええっと……何が違うんだっけ?

 どっちも同じ練り物だよね。お魚さんからできてる……。

 あれー。おっかしいなぁ。

 

「……さっぱりわからんです」

「だろ!」

 

 頭がこんがらがってきて、首を傾げながらオウム返しに言えば、青雉は同志を見つけたみたいな明るい顔して体を寄せてきた。

 ひんやりとした空気が服越しに肌を撫でる。

 私の体の中もずっと冷たいのに、なぜかその冷気が暖かい気がして、良い気分になった。

 

 それから青雉は、全部の具材の感想を言って、私に共感を求めた。

 どうやら彼はこのお店の常連さんで、もう全品目制覇してるみたいだ。

 ならなにが一番美味しいかもわかってるだろうし、ここは彼にお任せしてみるとしよう。

 

「へいお待ちっ」

 

 彼おすすめのおでんセットを出され、割りばし片手に戦闘態勢に入る。

 うなれ黄金の右手。あ、でもまずは、ふーふーしなくちゃ、とっても熱そう……。

 

「どうだ。美味いだろ」

「んっ。……はふ」

 

 餅巾着がとっても美味しい。でも熱いから、火傷しないようにはふはふしていれば、青雉がそっと溜め息を吐くのが見えた。

 何か悩み事ですか、と世間話を仕掛けてみれば、今解決したところ、とよくわからない答え。

 でもま、解決したならいいか。

 

 それにしてもここのおでん、ダシも美味しい。クリームソーダには及ばないけども。

 あ、クリームソーダ食べたいんだった。明日は絶対食べようっと。

 

 

 

 

 青雉は、ずっとその少女を見ていた。

 赤犬の下につくなど正気の沙汰ではない……とまでは言わないが、あんな子供が「徹底的な正義」に耐えられるとは思えなかった。

 その予想は半分当たっていて、半分外れていた。

 

 思ったより実力のあった少女はそのせいで戦いについていけてしまう。

 そしてやはり、正義という重圧に潰されかけていた。

 

 元気で気楽な少女だった。

 敬遠する周りにめげずに話しかけに行く純粋な子供だった。

 強くなる事に貪欲な姿勢は自分の若い頃を思い出させる。眩しいくらいに身も心も綺麗だと思える子だった。

 赤犬の思想に染まるまでは。

 

 海から戻るたび、階級が上がるたび、少女の顔に影が差す。

 口数も減って、誰かと積極的に話さなくなって、表情が固定されて、時折聞く声は平坦になって。

 居た堪れなかった。食べ物を口にする時でさえ緊張を保ち笑みも浮かべないその姿は、もう普通の子供ではない。

 そうなるよう、道が整えられている。『上』は偶然手に入れた卵に金を生ませるか、それとも黄金にするか、如何様にもできる少女を弄ぶように流れへと乗せている。

 

 青雉はこうなる事を危惧していた。それなのに、強引にでも自分の下に引き入れなかった事を後悔した。

 何もこんな子供を使う必要などないはずだ。しかし現実はそうではない……。

 

 せめて誰かが彼女の傍にいてくれたならと思わずにはいられない。

 だが悲しいかな、常に彼女と共にいたのは赤犬だけだ。

 だからこそ少女は染まった。行き過ぎた正義を背負ってしまった。

 

「乗り掛かった舟か……」

 

 ガラにもなくこんな事を考えてしまうのは、あの日ガープ中将に呼び寄せられてしまったからだ。

 関われば、関わりきりたくなる。面倒でもそういう心情になる。

 ただ、あれこれ考えを巡らせるのは億劫なので、適当に飯処にでも連れていって心を()かせないか試してみる事にした。

 もっぱら凍らせる事が得意なのに、融かすなどどうすればいいのかいまいちピンとこないし、子供の相手は得意ではない。……一筋縄ではいかなそうだ。

 

 そう思っていたが、食事処に連れ込んだ少女は普遍的な言葉に照れた笑みを浮かべたし、普通の言葉で笑顔を取り戻した。

 

(この子に必要なのは、単なる日常か……)

 

 そうとわかれば話は早い。

 一番良いのは赤犬から引き離す事だが、それは不可能に近い。

 彼女自身もそれを望もうとはしないだろう。

 

 ならば定期的にこうして日常をもたらしてやればいい。

 そうすれば、この子は普通の子に戻る。その状態を保てる。

 誰かにとって都合の良い人形にはならないだろう。

 

 青雉は、なんとなくミューズを気に入り始めていた。

 理由はわからない。小さな義務感や何かだけじゃなく……ただ、そうなるだけの理由が彼女にある気がした。

 

「その時は攻め時だって思ったんだ。だから言ったのさ、「俺が冷蔵庫の代わりにお前の傍にいて、野菜でもなんでも冷やしてやる」ってな」

「ばか! すごいばか!」

「いやあ、イケると思ったんだよなあ……」

 

 ……寒いジョークや下らない恋愛話に本気で笑ってくれるからかもしれない。

 青雉にとっても、彼女との時間はそう悪いものではなくなった。

 やがて彼女がどう成長していくのか、親兄弟ではなくとも近い位置で見守りたいと思うくらいには……。

 

「クザンさん女の子のことなんにもわかってないんですね! もうナンパはやめた方が良いんじゃないです?」

「そこまで言うか……お兄さん傷ついちゃうぜ」

「その時の女の人の心境を考えると私まで寒くなってきましたよ」

「…………」

「ほんとつら」

「…………」

 

 氷のハートにヒビが入る音を聞きながら、青雉は隣で涙が出るほど笑ったり、シラーッと白けた顔をしたりする少女を窺い見た。

 こうしてみるとどこまでも幼く、まだ他者との線引きもできていない。

 未完成の危うさが、ある程度年のいった者を惹きつける秘密なのかもしれなかった。

 あるいは……その魅力が逆に、赤犬を染め上げるかもしれない。

 

「ふっ……」

 

 大概な妄想に自嘲した青雉は、ダシまで飲み干して完食した少女の頭に手を置いて、ぐりぐりと撫でてやった。

 目を細めて気持ちよさそうに身を預けてくる彼女は、やはり子供で……ああ、だからこそ……本来ならば守るべき対象だから、気にかけてしまうのだと気が付いた。




TIPS
・やさぐれ
殺戮マシーン。
力を持ち、無垢な子供の正しい運用法。
どことも知れない出身なので死んでもなんの問題もない。

・癒され
殺戮に傾いた天秤を元に戻すには癒しを与えれば良い。
まだ子供だったのが幸いしてあっさり戻ってきた。

・おでん
古代兵器。


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第六話 "冷血"ミューズ

ラブライブ!サンシャイン!!二期放映開始記念連続更新。

本日二回目の投稿です。


 

 お昼をクザンさんと一緒するようになってから、なんだか寝つきが良くなった気がする。

 相変わらず海賊を殺す時は心が重いけれど、美味しいおでんを食べると体が温まる。食欲不振にもよくきくね。

 でもやっぱりおでん屋さんは女の子を連れてくる場所じゃないと思うのです。

 

「クザンさん、クザンさん、必殺技教えてくーださーいな」

「なんだいミューズちゃん、藪から棒に。必殺技ねぇ……」

 

 大将って呼ぶなーって言われたから名前で呼び合う関係になりました。最初はクザンおじさんって呼んだんだけど、「あらら、お兄さんじゃないのか。ま、そんな年でもない……」と言いつつも拗ねてしまったので普通にクザンさんって呼ぶことに。いい年して子供っぽい一面もあるのがかわいい。とっつきやすいともいう。

 

 クザンさんは話しかけると必ず返事をしてくれるから好き。見かけるとどんな時でも話しかけに行っちゃう。

 面倒くさげにしててもちゃんと構ってくれるんだよね。でも書類仕事から逃げるのはいけないと思う。部下の人達が代わりにやるから帰るのが遅くなっちゃってるんだって。ブラックはだめだぞ。

 

「話している時に急に寝る……クカー」

「それガープさんの必殺技じゃないですか」

 

 というか必殺技じゃないし!

 私はヒエヒエの実の力を使った必殺技教えて欲しいの!

 ほーしーいーのー! と地団太踏めば、呆れたような目で見られてしまった。ぐぬぬ。

 

「っつったって、ミューズちゃん使えないじゃないの」

「使えるようにするんですー」

「どうやって? ……まさか俺の首を狙って」

「ません!」

 

 ハッ! と気づいたクザンさんが首元に手を当てるのに否定する。

 ああ、クザンさん殺せばヒエヒエの実がどっかに現れるから今の結論に至ったのか。

 そういう物騒なのじゃなくて、ほら、雪とかなんかで再現できるかもしれないでしょ。

 技のレパートリー増やしたいのもあるしなので、聞こうと思ったのです。インスピレーション湧くかもしんないしね。

 パクッた技ばっかじゃさすがにダメだなーと思ったの。アレンジとか、オリジナルとか、色々考えなくっちゃ。

 

 それに、最近元気になってやる気も出てきたから、うおーっとひとっ走りDr.ベガパンクのところに行ってみたのよね。

 特権階級は結構行動に融通が利くのだ。面会できたからお話したりタル大砲作ってとお願いしたりしてたらなんか二人きりにさせられて「なぜ月に行こうとするのか」と問い詰められたけど、神様に会いに行くのだと胸を張って答えたら凄い微妙な顔されちゃった。

 私の夢だぞ! 笑うなよ!

 ……別に笑われてはいなかったか。協力してくれるみたいだし、特権階級様様だぜ。

 

 黄猿のレーザー要求したらめっちゃ勿体ぶった上に渋々作ってくれることになった。

 いいぞー、後は冷気製造機と溶岩製造機作ってー。あとねあとね、なんかゴム的な武器とか海楼石の武器とか雷的な何かとかとかとかとか。

 

 叩き出された。

 

 あんまりいっぺんに要求しちゃいけなかったみたい。

 でも私知ってるんだ。科学部への融資制度。お金注げば注ぐだけ影響力が出てくるというあれ。

 海軍もお金で苦労してるみたいだけど、私は懐暖かいから。ご飯はクザンさんが奢ってくれるし、海賊殺せば懸賞金の1割が手当てとして出るし。いや億越えとかは生きて連れてきて欲しいみたいだから、だいたい1割以下になっちゃうんだけどね。

 

 それでも使い道のないお金はたっぷりある訳で、これを全額科学部にぽい。

 晴れて私は科学部の偉い人になった。わはは、よきにはからえーみなのしゅー。サラバ!

 つきましては船の上でもクリームソーダ食べられる機械作ってよね。

 

 ……お金はたっぷり、で思い出したんだけど、私は赤犬のお家を貸してもらって過ごしている訳で、衣食住お世話してもらっている立場だ。だから家賃代わりにお金を渡そうとしたら、あの人「いらん」って一言だけ。初給料で浮わついてた心もすっかり消沈しちゃったのを覚えている。

 

「ま、あんまり根詰めすぎないようにな」

「肝に銘じておきます。恐縮です」

「……ふっ」

「……ふふ」

 

 ごちそうさまをした後に本部に戻り、別れの挨拶をする。おふざけするみたいにわざとお堅い喋り方をすれば、なんだか楽しい気分になれた。

 この気持ち、随分長いこと忘れていた気がする。なんでだろう。私はいつもお気楽だったと思うんだけどな。

 

 

 

 

 さて、今日は海に出る予定も無し。書類仕事を頑張るぞーと自分に与えられた部屋に戻る。

 ふっふっふ、私は本部大佐だぞ! 専用のお部屋も副官もつけられるくらい偉いのだ!

 ……ほんとは私が子供だから、代わりに書類等作成できる人が必要ってことでつけられた部下なんだけどね。お部屋もそのため。

 なんだか特別扱いされてるみたいで気持ち良い。えっへんえっへん。

 

「おはよ。さて、ちゃちゃっと片付けようかー」

「はっ!」

 

 大きな机の前の椅子に座り、扉横で待機してたお堅い女性に声をかける。

 さらっさらのロングヘアーな黒髪に鋭いブラウンの瞳の、ええと、名前はなんと言ったかな。

 とにかく彼女が私の副官。階級は曹長。……日が浅いとはいえ、何回も一緒に仕事してるのに名前わかんないのはなんでだろう?

 

 首を傾げつつてきとーに報告書の作成やら会議の説明やらに目を通す。あ、今度式典あるんだ。私も出席しなくちゃいけないのか。面倒だなー。

 カリカリカリ。部屋の中にはペンが紙を掻く音だけが響く。私と副官さんに会話はない。

 ちらっと横目で見れば、彼女は緊張に身を固くして一心に書類を睨んでいた。

 

 机仕事が苦手ー、という雰囲気ではない。ならこれは……ひょっとして。

 席を離れ、部屋に備え付けのポッドを使って紅茶を淹れる。二人分。

 

「ぁあっ、あのっ、そういう事は自分に言っていただければ……!」

「はい、あなたの分」

 

 慌ててやってくる彼女へカップを渡せば、大人しく受け取って、やり辛そうに床を見ている。

 自分の分を淹れつつ、この反応はやっぱりあれかなーと当たりをつける。

 

「副官さん、もしかして私のこと苦手に思ってる?」

「はっ……はあ!? あ、いえ、いえいえいえ、そのようなことは!」

「ふふっ、わかりやすいよもう。そっか、苦手かー」

「そっ、あ……うう、申し訳ございません……」

 

 しんなりする副官さんを見上げつつ、紅茶にミルクとお砂糖をどばどばいれる。

 うーん、この人もまた背が高い。純日本人風だけど鼻梁(びりょう)はスッとしてるし手足長いし腰細いしモデル体型。

 しかしこの世界の美女の例から零れ落ちてしまったのか、お胸は私と真剣勝負できるレベルである。

 かあいそう。コアラししょーのをわけてあげたい。8割くらい。

 

 じぃっとお胸を見ていれば、怪訝な顔をされてしまった。

 

「あの、自分に何か……?」

「ううん。……でもなんで? 私、なんか苦手に思われる事した?」

「えっ……」

 

 ただ一緒に書類仕事したりしてるだけなのになんでこんなに苦手意識を持たれているのかわからない。

 そう思って問いかけたのだけど、彼女から聞かされたその理由は、ここ最近の私の行動が原因だった。

 

「大佐殿は、その、ご自分がなんと呼ばれているか……ご存知ないのでありますか……?」

「うん。えー? 私に二つ名とかついてるの? どんなの?」

 

 二つ名がついてるなんて知らなかったよ。いつの間についたのかわからないけど、どんなのかすっごく気になる!

 「黒腕の」とか「白猟の」とかかっこいいやつかな!

 

「れ、"冷血(れいけつ)"ミューズ……」

「ん?」

 

 ……ん?

 ……それってどういう意味??

 

「あの、大佐殿は、あまりにも何も言わず、その、問答無用で海賊を(あや)めていくので……同僚も、同じ船に乗っている者もとても恐れてしまっておりまして……」

「ああー……あー、あー」

「さ、最近は大佐殿は随分明るくなられました! しかしどう接すれば良いのか戸惑うばかりで! 不肖ミサゴ、口を(つぐ)むことしかできず……!」

「まあ、うん。それは仕方ないというか……」

 

 ははあ。私ってみんなの目にはそういう風に映ってたんだ……どおりで誰も話しかけてこない訳だね。

 まあ、たしかにちょっと前の私はすこーしばかり海賊を追い回すのに熱を入れていたけど、こないだ本来の目的を思い出したし、今は全然そんな事はない。

 それで気が抜けちゃったのかわかんないけど、あれ以来正義のコートを肩にかけられなくなっちゃったんだよね。すぐずり落ちちゃうから留め具で止められるようにしてもらった。

 

 ……ああ、この人の名前がわからなかった理由もわかった。私、この人に話しかけた事一度もなかったや。

 ここへ配属された日にこの人が自己紹介してるのも無視しちゃったし、話しかけられても知らんぷりしてた。会話する暇も意味もないと思ってたから。

 最近急に話しかけちゃって、そりゃ薄気味悪がられたよね。ごめんね。

 

「い、いえ……はい」

「でもこれからはちゃーんとたくさん話しかけるから、お返事してくれると嬉しいな」

「お、お任せください!」

 

 ビシッ! と敬礼してくれた彼女……さっきミサゴって名乗ってたかな? に私も緩く敬礼を返す。

 あはは、略式でいいのにね。

 

「それじゃあもうひと踏ん張り、頑張ろう!」

「はい!」

 

 暗かった室内も、なんだかちょっぴり明るくなったみたい。

 やったね。話し相手ができたから、これで退屈な書類仕事も華やぐよー。

 

 

 

 

「准将殿、ガープ中将から呼び出しがきておりますが……」

「んぇ? ……なんか粗相したかな」

「はあ、何か心当たりがあるのでしょうか」

 

 それはー……ありまくるけどー。

 主に海賊をいっぱい殺した事とか、アライブオンリーの賞金首殺っちゃってたとか……。

 でも階級上がったから結果オーライだよね。ありがとー五老星。たぶん政府の上の方だよね、私の昇進促してるの。だってそうじゃないとヘンだもんね、こんなにぽんぽん偉くなってくのは。

 それで嫉妬とかされてないのは、赤犬がついているからか、私が冷血と思われているからか……。

 たぶんどっちも、なんだろーなー……。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるね。後お願い」

「はい、ご武運を」

「いや武運は祈らないで欲しいかな」

 

 それじゃ私が折檻されに行くみたいじゃん。そういうのだったらきっとガープさんの方から乗り込んでくるだろうし、大丈夫大丈夫……たぶん。

 

 という訳でガープさんの待つ部屋へ行ってみたら、なんとコビー君とヘルメッポ君を紹介された。

 遠征の折、骨のある新兵を見つけたから預かってきたんだって。

 おお、それってこの時期だったんだ。

 

 ……うん? 待てよ、このコビー君達ってこれから短期間でめきめきと実力を伸ばすとはいえど、麦わらの人達に会いに行くのはウォーターセブン編直後……つまり時間が経ってから、になる。

 そうすると、私が海軍に入ったのっていつだろう。

 

 ……もっと言うと、前に出逢えた麦わらさん達。あれはどこまで進んでいた彼ら彼女らだったんだろう。

 さらにさらに追及すると、革命軍時代、私が月に行こうとしてた時って……麦わらさん達はどこにいたんだろう。

 

 ……ひょっとして、必死こいて月を目指していたあの頃にはまだ神様は月にいなかったのでは……。

 

 と勝手にキョドッていた私だけど、ガープさんの説明は初めて二人に会った私に向けて一から説明しただけのもので、何も最近連れてきた訳ではないらしい。

 言われて考えて見れば、本部に連れてこられたばかりの二人ならばもっと弱っちい感じのはずだ。

 でも既に二人は体格も良く、ヘルメッポくんはかっちょいいサングラス? をかけている。

 いいなあ、私もそれ、欲しいなあ。

 

 比較的年が近く、見込みのある三人だから仲良くやれと言われた私は、敬礼したままぶるぶる震えている二人をじろじろ見上げて脅かしてやった。

 これは私の冷血という噂を知ってるな。子供相手に汗まで流しちゃって、初々しい。

 

 これから切磋琢磨していきましょうね! と花のかんばせを見せてあげれば、ようやく緊張が収まったみたい。顔を見合わせてほっと息を吐いている。

 でも単なる子供だって侮るのはいけないと思うよー。海にはちっちゃくたって強いのがいっぱいいるんだからね。

 

 

 

 

 なんか黄猿のおじきにお昼誘われた。

 ……モテ期かな?

 

 ちょうどクザンさんがいなかったので、一人で食べるよりはと承諾。

 あらかじめ予定していたのか、お洒落なカッフェに連れてこられた。

 えええ意外!! こういうところ来るんだ、とびっくりしていたら、「こういう場所の方が嬉しいでしょう?」と優しい気遣いが見え隠れ。

 

 うんうん、もうそろ思春期の可愛い女の子をおでん屋さんにばっかり連れていくどこかのおじさんとは違って女心をわかってる!

 でも黄猿の雰囲気がこのお店の雰囲気に致命的なまでに合ってない。全然気にしてないみたいだけど。

 ……ワイルドだ!

 

「赤犬のしごきにもついていけて、心根もまっすぐだと評判だよォ。今からでもうちに来て欲しいくらい。おぉ~~……これ奢ったら………来るかい?」

 

 あはははは。私そんなに安い女じゃないです。

 というかしごきと言われても、特に何かされてる訳でもない。勘違いかな。

 ……心根がまっすぐとか噂してるのは誰? 会ってみたいなあ。だって私、怖がられてるんだよ。そういう噂は聞いた事ないし……。

 

「はふぅ……」

 

 クリームソーダを奢ってもらっちゃうと心がぐらぐらする。

 ああー、黄猿のおじきについて行っちゃいそう……。

 いやいや駄目だよ。赤犬に殺されるわ。

 今もうお家じゃ、おいたが過ぎて直接手を出されるくらいにまでなっちゃってるんだから、殺されるまで秒読み状態なのだ。

 

 最近気分が良いからお家で鼻唄歌ったりしてるんだけど、そうすると時々じぃっと見られたりするんだもん。あれは「ああ鬱陶しいのう!」って目で言ってたんだと思う。

 仕方ないから蔵から埃被ったお琴引っ張り出してきてぴんぺん引いたりしてる。音楽は癒されるよ……さくらさくらとか引いちゃう。懐かしいなー、小学生の頃の音楽の授業を思い出す。私小学生だった事ってないけど。

 赤犬の心も癒されろーとぴんぺん。ああ風情風情。和風なお庭と琴のコラボレーション。でもお庭の池にでっかい生き物を見た気がするのは気のせいかしら。

 

 

 

 カッフェタイムは雑談している間にあっという間に終わりを迎えた。

 支払いは全部黄猿持ち。出口までエスコートしてくれる彼は、きっとモッテモッテなんだろうな。惚れちゃうぜ。

 でも引き抜きは受け付けません!

 

「そいつは残念だねぇ。ま、気楽にやんなさいよォ」

「はい。今日はありがとうございました!」

「お相子ってことで」

「……?」

 

 あおいことはなんの話だろう。黄猿のおじきには何もしてないし、なんにもされてない。

 よくわかんないけど……というかそれより、会う人会う人みんな私に「気楽に」とか「根詰めすぎないように」って言うんだけど、そんなに踏ん張ってるように見えるかなー私。

 

 

 

 

 で、夜。なんか赤犬がめっちゃ怒ってる。

 理由はわからないけど私に怒ってる感じだったので縮こまっていれば、上着を押し付けられた。

 

「何しちょる。行くぞ」

 

 背を向けて外へ出る赤犬を追う。

 そうするとご飯屋さんに連れてこられた。

 どういう気の向きようだろう。赤犬が外食に連れてきてくれるなんて……。

 

 赤べこっていう牛鍋が美味しいお店だった。

 店内は和風の内装で、和服の人も多い。ははあ、だから私も着物羽織るよう渡されたんだ。ドレスコードってやつかな。

 特に会話はなく、黙々とご飯をもぐもぐ。

 

 沈黙は辛いが前よりは平気。全部きっちり平らげて、お腹いっぱい大満足。

 そうすると眠くなってきてしまう。帰り道、夜風に当たっても眠気はちっとも吹き飛ばない。

 お家に帰って寝る前のあれこれを済まし、すぐに寝床に向かう。

 

「なんじゃあ……琴はやらんのか」

「えっ」

 

 寝ぼけまなこを擦りつつのろのろと外側の廊下を歩いていれば、後ろから来た赤犬に声をかけられた。

 言葉の意味がよくわからなかったので聞き返せば、何も言わず自分の部屋に戻って行ってしまった。

 ……弾けって命令されたのかな。じゃあ眠くてもやらなくちゃだね。

 

 という訳で琴を引きずって(言葉の綾です)赤犬の寝室にお邪魔する。

 ろうそく一本の灯りが揺らめく薄暗い部屋は風情があって、小さな机に向かって何か書いていた赤犬を視界の端っこにいれつつ、テキトーに「愛してるばんざーい」を弾き語りした。

 

 ふああ、ねむねむ。さっさとお部屋戻って眠りましょー。

 

 

 

 

 翌朝、鼻唄に言及された。

 何を歌ってるんだなんて聞かれても、色々としか答えようがない。

 とか答えたらぶん殴られそうなのであせあせと大好きなアイドルの歌だと白状する羽目に。

 

愛弗(あいどる)? なんじゃあ、それは……」

「す、スクールアイドル、です……私の名前と同じ名前のグループがいて、ぇと、名前の意味、9人の歌の女神って言って、なので、私、その人達がすごく好きで」

「……」

 

 会話はそこで終了。赤犬は特に興味を持った様子も怒る様子もない。

 ほっとした半面、少しばかり残念な気持ちになった。

 赤犬もスクールアイドルのファンにならないかなー。

 無理か。この世界のどこを見回しても一人もいないし、音源もないし。

 

 あ、じゃあせめて私が歌って伝えよう。ちゃんちゃかちゃんちゃか、るるらー。

 夜とか非番の日とかに弾きまくってたらうるさいって怒られた。

 騒がしい曲は好かないんだって。でもリリホワの曲はお気に召してる感じがする。

 ふふふ……このまま一気にトリコにしてやるぜ。

 

 

 

 

 ベガパンクに極薄ゴム手袋作ってもらった。

 へっへっへ、これで神様にもパンチが当たるぜ。

 私考えたんだ。きっと神様を仲間にするのには一悶着ある。

 覇気が使えるからってそれで満足して挑んだら敗北は必須。だからこういう小細工も必要なのだ。

 

 大砲までは作ってもらえなかったけど、よく考えてみればえっちらおっちら月歩でいけばいいだけの話だったので、お休みの日に月に向かう。

 といってもさすがに体力が続かないかなー。やっぱ大砲作った方が良いかな?

 とりあえずは体力が切れるまで試してみようっと。

 

 

 

 

「まじかよー」

 

 小さくため息を吐いた私は、腰に手を当てて呟いた。

 

 ついちゃった、月。

 

 う゛ぇ゛え゛、空気が薄い。それに体が軽い。

 月は地上の6倍重力が軽いのです。豆知識。

 

 空の彼方には青く輝く生命の星、宇宙船地球号が浮かんでいる。

 正真正銘、月面に、私は立っているのだ。

 偉大なる一歩。そして、大きな地球……。

 

 美しい星だ……一瞬で消し飛ばしてしまえばよかろう。

 それじゃあ(ぼく)の気がおさまらないよコアラさん。

 いやコアラさんはそんな事言わないけど。

 

 ふと頭に手をやって自分をナデナデ。

 もしこの偉業を成し遂げたのが革命軍時代だったなら、帰還と同時に32発くらい拳骨くらっただろうなあと考えると感慨深いというか懐かしい。みんな元気にしてるかな。

 

「む」

 

 第一村人発見。

 何やら夜戦服的な衣装を身に纏った小さな影がクレーターの縁から顔を覗かせてじぃっとこっちを見ている。

 なので、私もじぃっと見つめ返す。

 

「!」

 

 うわ、見つかった! みたいな反応をした髭もじゃ顔の小動物は、手にした槍ごと体を引っ込めた。

 しばらくして、再びそーっと顔を出す。

 いや。そんなすぐ顔出したって私まだ見てるからね。

 

「!!」

 

 驚愕の表情を浮かべたもじゃ動物は、飛び上がって反転すると、すたこらさっさと逃走を開始した。

 ふぅむ、見た事ある。あれ見た事あるぞ。具体的には扉絵とかで。

 

 クレーターというのは半球状のくぼみだ。向こうへ逃げ出したもじゃ動物は反対側の縁に姿を現すだろうと眺めていたのだけれど、いつまで経っても現れない。

 不思議に思ってクレーターを覗き込めば、あれ? もじゃりんが消えてる。

 

 こんな時に役に立つのが見聞色の覇気である。

 私の類まれなる才能と美少女っぷりは武装色以外の力をも私に与えたのだ。

 覚醒の理由がミューズ工房でのお仕事をばれないようにこそこそしてたからなのが情けないけど。

 結局ばれたし。

 うーん、未熟。

 

 そんな私の見聞色をとくと見よ。

 縁でうつ伏せになって目をつむり、片耳に手を当ててよーく音が聞こえるようにして耳を澄ませる。

 するとほら、聞こえてくるぞ、『右足の蹴り……』。

 

「なーんてね」

「?」

 

 さすがにそんな声は聞こえないぜ。たはー、と一人でノリツッコミ。

 顔を上げれば目の前に人影。

 半裸の神様が首を傾げて私を見下ろしていた。

 

「…………」

「…………」

 

 完全に思考が停止する。

 頭の中が真っ白になって、ただただ瞳の中に神の姿を焼き付けた。

 

 あ、ああ……!

 

 会いたかった……! この日を何度夢に見た事か!

 次第に胸に広がる感動に打ち震えていれば、黄金の棒が私の顎下へ差し込まれ、ぐいっと持ち上げられた。

 強制的にゴッドを見上げる体勢に。

 ううっ、背中が痛い。

 

「誰の許可を得て」

 

 ひやあああ。

 ゴッドのボイスが耳朶を打つ。

 こんな声だった、そうだった、こんな感じこんな感じ!

 

「私の王国に踏み込んだ」

 

 棒が離れていく。

 いそいそと立ち上がった私は、制服の汚れを手で叩いて落とし、次にしわを伸ばしてきっちり背筋を伸ばして立つと、ゴッドを見上げて真剣な表情を作った。

 

「お前、(おれ)の仲間になれ!」

 

 ずっと前から決めていた第一声は、未来の海賊王リスペクト。

 麦わらにこうされて喜んでついていかない者はいなかった……。

 それを真似すれば当然ゴッドといえどもついてくるでしょ、きちゃうでしょー。

 

 わくわく、きらきら。神様の返答を待つ。

 大きな大きな背丈の彼は、私を見たまま耳をほじくると、おもむろに口を開いた。

 

「不届き」

 

 月面上に太鼓の音が木霊する。

 あわれ、私は黒焦げになった。

 スイーツ(笑)

 

 

 

 

 ゴム手袋意味なかったわ。

 というか雷に耐え切れず破けちゃった。駄目じゃん。あえなく地球に叩き返されてしまった。

 おまけに頑張ってマリンフォードに戻れるよう調整して落っこちたのに、たまたま居合わせた赤犬に見つかって大目玉食らわされてしまった。

 

「弱きは罪じゃ!! 弱いもんなどわしの下にはいらん!」

「すみません! すみませんっ……!」

「基礎から鍛え直してこんかい!」

 

 黒焦げの部下に言う言葉ではないと思うものの、怖いので平謝りする。

 とはいえ怪我を治してからじゃないと動けない。半日手当てに時間をとって、それから久しぶりに訓練場に駆け込んだ。

 最近は実戦ばかりだったけど、基礎訓練も大事だよね。頑張りましょ!

 ……なんて、頭ではわかってても、実は納得してなかったり。

 基礎からだなんて今さら過ぎる。私は海賊をバッタバッタ薙ぎ倒せる准将様だぞ!

 新技もばんばん考えて、たくさん技使えるようになったんだ。でもまだまだ増やしたい。基礎を鍛えなおしてる暇なんかないんだい!

 

 

「こいつは耳が痛いねぇ~~……つまりはぁ、あれだろ。基礎がなっちゃいないのに必殺技は駄目でしょって事だろう?」

「ボルサリーノさん!」

 

 夜遅くまで訓練場を借りていれば、ひょっこり黄猿のおじきがやってきた。

 ちなみに名前呼びなのは、青雉にそうしているなら自分にも、と自然な流れで促されたのでそうしている。 

 

「なのかも、です。でも……」

「青いねぇ~……青春だねぇ。よォし、手伝おうか」

 

 え、手伝うって……?

 羽織っていたコートをはためかせて歩んできた黄猿は、お手並み拝見とばかりに突然飛び込んできた。

 っ!

 

「おっと待った。その話……俺もいっちょ噛ませてもらうとするか」

「青雉ィ……珍しいじゃないか。どういう気の向きようだい?」

「なに、そいつが成長して、赤犬を超える女になれば、悔しがる顔でも見れるかと思ってな」

「おーおー、おっそろしい事を考えるねぇ」

 

 わ、わわ。クザンさんまで来ちゃったよ。反応した黄猿のおじきがその場でピタッと止まって振り返る。

 コキコキと首を鳴らしたクザンさんが黄猿に並ぶ。そうすると二人ともが私を見下ろした。

 うへ、大将並び立ち。これじゃ目の前に立つ私が極悪人みたいじゃん。それにこの身長差、なかなか微妙な気分になっちゃうな。

 

「んじゃあいっちょ、手合わせ願おうかね……ミューズちゃん」

「どれ程強いのか見させてもらうよォ~」

 

 言葉はそこまで。

 今度こそ飛び込んできた黄猿に対処すべく、右足に武装色の覇気を纏わせて真っ黒に染め上げ、ぐんと蹴り抜いた。

 

 

 

 

「こういう泥臭いのも、たまにはいいねぇ~」

 

 どこか懐かし気な顔で呟く黄猿に、ヘトヘトになった私はへたり込みながら首を横に振った。

 光の速さに追いつけるわけないだろ! いい加減にしろ!

 なんて抗議する気力ももうない。でも大将に直接指導して貰えたのはとても貴重な経験だ。

 技も盗めそうだし、とっときの必殺技なら大将クラスにも普通にダメージ通るってわかったし。

 

「ってて。結構やるじゃないの。いやマジで」

「正直もうちょっと弱いと思ってたよォ。よく追いつくねぇ光速に」

「光の速さって言ったって人なんですし、人対人の動きが当てはまれば、まあ……」

「ふぅん」

 

 だめだー。もう無理。大の字になって倒れ込む。

 硬い土の匂いを胸いっぱいに吸い込んで熱とともに吐き出す。

 冷たい土が気持ち良いー。ごろごろー。

 

「こらこら、はしたない。泥まみれじゃないの」

「いーいーんーでーすー。泥まみれにしたのは二人じゃないですか」

「まぁまぁ……よぉし、飯でも食いに行きましょうや」

「賛成!」

「うお! 復活した!」

 

 ご飯と聞けば元気になるのが女の子だ。

 特におじきはこっちのリクエスト聞いてお店変えてくれるから有望株!

 今日はねー、今日はねー、ケーキバイキングいきましょ!

 

「んん? いつから四皇の話になったんだ?」

「海賊じゃなくて食べ放題ですよ! よっ!」

 

 ぴょんと飛び上がって着地し、体の汚れを落とす。

 これは、ご飯の前にシャワー浴びちゃわないと。

 

「私、一回家に戻りますね」

「了解。街の方で合流しようか」

「それでは!」

 

 たたたーっと足を回転させて訓練場を出る。疲れは心地良いものに変わっていて、汗も乾く前に帰宅できた。

 大急ぎでシャワーを浴びて頭も体も乾かして、外行きの服に着替えて、赤犬に一声かける。

 

「お食事に呼ばれましたので、出かけてまいります!」

「待て」

 

 早々に出かけようとしたのだけど、呼び止められてしまった。

 うっ……もしかして駄目って言われるかな。どうしよう、せっかくのお誘いなのに。

 足取り重く赤犬の下に戻れば、立ち上がった彼は自分が羽織っていた肩掛けを私にかけると、それだけして座っていた場所に戻った。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 新聞を広げて、もう私を見ようともしない彼に頭を下げ、そそくさと外に出る。

 今度は呼び止められなかった。

 ひょっとして、湯冷めするからってこれくれたのかな。へんなの。

 

 意図がわからず、でも肩掛けはあったかい。

 布を掴んで落とさないようにしながら街への道を急いだ。

 




TIPS
・愛してるばんざーい!
μ's(ミューズ)の曲。

・スクールアイドル
素人である高校生が好きなように歌って踊る流行りのアレ。

・酸素
吸える。

・とっておきの技
半分オリジナル。


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第七話 お味噌汁大作戦!

昨日は二話連続更新しています。
お見逃しのないよう。


 任務に巡航に書類仕事に大忙し。休日と夜は赤犬の寝室に押しかけてお琴をピンペン。

 うーん、女子道ここに極まる。

 

 こっちをちらりとも見ない赤犬は、その実最後まで歌を聞いてくれるので遠慮なく歌わせてもらってる。

 ストレス解消にはもってこいだぜー。ちょっぴり下剋上気分。

 ファイトだよ! ファイトだよ! もひとつおまけにファイトだよっ!!

 

「ああ鬱陶しいのう!」

 

 怒られた。

 頭にコブつけたの久しぶりな感じ。

 仕返しに電子ピアノ作ってもらってじゃんじゃか弾いてやった。

 軍歌なら文句は言えないでしょー。時々μ's(ミューズ)の曲も混ぜちゃう。ららら、ラブライブ♪

 

 そんな日々を何日も繰り返していると、ある日クザンさんがおでん屋さん以外の場所に連れて行ってくれた。

 シャレオツなフレンチレストラン。席に着くなり大笑いするクザンさんに目を白黒させる。

 

「だぁーはっはっは! 聞いたか、赤犬の話を!」

「はぁ……なんでしょう」

「あいつ、こないだの任務の帰りにな、たまたま二人きりになった部下を自分の傍に呼び寄せて、こう問いかけたらしいんだ」

 

『おい貴様』

『は! なんでありましょうか、大将殿!』

『貴様……"スクールアイドル"を知っちょるか』

『は! ……は? 今、なんと……』

『……もういい。下がれ』

『は、ははあっ! もっ、申し訳ありません!』

 

「あの非情を絵に描いた硬い男がアイドルねぇ~!」

 

 いやあ笑った笑った、なんてお腹を擦るクザンさんを、私は疑いの目でじとーっと見やった。

 赤犬がそんな事する訳ないでしょ。うっそだあ。

 

「それが嘘じゃあないんだよな」

 

 え? 確かな筋からの情報なの?

 ほんとうかなぁ。騙されてるんじゃない?

 あ、でももしその話が本当だったなら、赤犬もスクールアイドルに興味を持ってくれたって事なのかな?

 だったら布教活動に勤しんでいた私としては、嬉しいんだけども。

 

「でも……なんでそんな事を聞いたのでしょう」

 

 一応確認の質問はしてみる。一人で盛り上がって演奏を激しくしたら頭に鏡餅作られちゃうからね。

 一昨日うるさくしすぎてやられてるんだけどね!

 コアラさんのゲンコツとおんなじくらい痛かった。つらい。あと顔が怖い。

 

「さあな。ライブがどうのと情報を集めていたらしき動きもあるし、案外お前を連れて行こうとでも思ったんじゃないの」

「はぁ……そんな事してくれるとは思えませんが」

 

 赤犬が私を遊びに連れて行ってくれるだなんてにわかには想像できない。というか、赤犬の口からアイドルとかライブって名称が出てくるなんてとてもとても……あ、だからクザンさん大笑いしたのね。

 似合わないもんねぇ……いつだってムッとした顔して、出てくる言葉は正義か悪かばっかり。

 そんな彼に興味を持ってもらえるなんて嬉しい限り。ライバー道ここに極まる。

 

 でもなー、μ's(ミューズ)はこの世界には存在しない。スクールアイドルって名称も聞いた事がない。

 いくら探したって、どこにもないんだよ。寂しいよね。私はすっごく寂しい。

 だから歌って伝えてるんだ。赤犬の心に残ってくれたなら、それはとーっても嬉しい事だ。

 

「まあそうだな。だが、あいつもお前と過ごすうちにほんの1ミリ……角が取れてきたってところかね」

 

 遠い目をするクザンさんに、ほむ、これは何かあるなと勘繰ってみる。

 赤犬の知られざる過去……私、気になります。弱味とか握れるかも。

 そうとわかればいてもたってもいられない。クザンさんと別れ、お仕事を済ませてお家に帰り、赤犬が帰ってくる前に家探しを決行した。

 

 これは調査だ。神聖なる調査なのだ。決してやましいことではない。

 なのでー、バレてもたぶん、怒られたりは……うん。

 こっそりやろう、こっそり。赤犬が帰ってくるまでの短い時間だけね。

 

 

 

 

 そんな感じで何日かにわけて当てもなく何かを探し続け、居間の棚の一番下の段。そこにアルバムを見つける事ができた。重要アイテムっぽいのでさっそくその場で開いて読み読み。

 

「んー……少ないなあ」

 

 一ページ四ポケットの半透明なページにはたくさん抜けがあって、飛び飛びで写真が入っている。

 そしてそのどれも、季節感とかなくて、赤犬があまり写真を撮らないタチなのがわかる。

 

 あ、この写真見た事あるな。宣伝ポスター用のやつ、本部のどこかで見た記憶がある。

 うーん、赤犬の新兵時代の写真とかないのかな。初々しい姿見てみたい。

 それでこう言うんだ。「あの頃こんなに青々しかった赤犬が、今や岩みたいなお顔に……よよよ」って。

 間違いなく殺されるな。

 

「んー?」

 

 ペラペラとページを捲り、やや若い赤犬が見知らぬ誰かと一緒に――恐らくは当時の大将さんと一緒に映っている写真などを流し見ていれば、最後のページに一枚、気を引かれるものがあった。

 

 むむ、誰だろう、この若くて美人な女の人と、小さな女の子は。私服の赤犬と一緒に映っている。

 まさか……奥さんと娘さん、とか!?

 後生大事に棚の奥に仕舞っていたアルバムに挟んであるのを見るに、その可能性は高い。

 でも今、奥さんも娘さんもこの家にはいない。それが赤犬のあの性格に繋がる何かを握っているのだろうか。

 

「ミューズゥ……貴様、何をしちょるかァ……!!」

「あびゃー!!?」

 

 色々考えを巡らせてアルバムを読み耽っていた私は、背後から近づいてくる顔が怖い大将に気付く事ができず、頭にゲンコツを食らってしまった!!

 

「~~~~~~~~~!!!!!」

「勝手に触れるなと言うたじゃろうが……悪戯娘が」

「ひぃ、ひぃ、もうしません……反省してます……」

 

 両手で頭を押さえてうつ伏せになって、涙を流しながら命乞いをする。

 殺される、殺される。マグマの音が聞こえるよう。

 ああうかつ。もっと上手くやるべきだった!

 最近赤犬の静かな顔ばっかり見てたから、油断しちゃってたよ。

 

 じーっとその姿勢で痛みと恐怖をやり過していれば、鼻を鳴らした赤犬は、縁側の方へ移動して座り込んだみたい。そーっと顔を上げれば、いつの間に持ってきていたのか、真新しい盆栽を眺めていた。

 今のうちにお部屋まで逃げ帰ろう大作戦を決行する。

 それにげろ、やれにげろっ!

 

 命からがら自室へ飛び込み、壁に手をついて荒い息を噛み殺す。

 ふへー、死ぬかと思った。

 次からはもっと後ろにも気を配ろう。

 

 もうしませんって言ったけど、それは「勝手に漁るのはもうしない」って意味なので、嘘はついてない。

 だってもう赤犬は私が棚を漁るのは知ってる訳だもんね。知られてるんなら「勝手に漁る」の内には入らないのです。

 理論武装完了! 明日こそ赤犬の弱みを握り、あの写真の謎を暴くのだっ!!

 

 

 

 

 後日、私は懲りずにアルバムを引っ張り出し、例の親子写真を引き抜いた。

 調査はクライマックスを迎えた。あとはこれが誰なのか、なんなのかを聞き込みするだけだ。

 

 同僚や階級が下の平海兵に話を聞いたってわからないだろうから、高い階級の人達中心に話を聞いていく。

 とはいえ大将さんはみんな出払っている。中将は大きい人ばかりで話しかけづらい。

 ガープさんもいなかったから、私はすっかり弱ってしまった。

 

 こういう時、知り合いがいないのが辛い。

 ダメ元でミサゴさんにも聞いてみたけど、やっぱりわからないんだって。

 しかし彼女、体調悪そうだったな。頭押さえてフラッとしてた。

 「准将殿がこういった方だとは思いもせず……」なんてブツブツ言ってたから、冷血と呼ばれてた私が心労でもかけちゃったのだろう。今度ご飯に連れてってあげようっと。

 

 さて、もはや当てもなく彷徨う私は記憶の旅人。誰ぞこの写真について知る者はおらんかー、と写真を掲げて練り歩き。

 おや、なぜみなさんこぞって道を開けなさるんで? どうして顔を伏せたり目を合わせようとしてくれないんだろう。

 まさか私のかわいさが光を発するレベルまで達してしまったのだろうか。

 おお~~……こいつァ困ったねぇ~~……わっしはピッカピカの実を食べた超美少女人間。

 最近めっちゃグラマーな感じに成長してる気がしなくもない。

 

 と、ふざけた思考は表に出さず黙々と証言者を捜し歩く、そんな折、私は調査の末に食堂で出会ったおつるさんに話を聞く事に成功したのだ!

 

「ああこの子かい」

 

 訳知り顔で頷いたおつるさんは、しばし懐かし気に物思いに耽ると、一人で呟くように情報を与えてくれた。

 曰く、この写真の女の人の方の作るお味噌汁は赤犬の大好物だったのだとか。

 その味を教えたのは、何を隠そうおつるさんである事も判明。

 

 こう事実を並べられてしまうと、私がとるべき行動って決まってくるよね。

 そう、おつるさんにそのお味噌汁の味を仕込んでもらうのだ。

 

「いいよ。ただしきっちり最後までやるんだ。中途半端は許さないからね」

「はいっ!」

 

 快くお願いを聞いてくれたおつるさんに元気にお返事する。

 ふっふっふ、お味噌汁の味を覚えたら、赤犬に振る舞ってやるんだ。

 そしたらきっとあのむっつりいかついお顔も破顔するに違いない。

 私、赤犬の笑顔はまだ一度も見た事がない。

 見てみたいなー、どんな感じだろうな。

 やっぱり怖いのかな。

 

 

 

 

 空いた時間を縫っておつるさんにお味噌汁の味を教えてもらう。

 お互い忙しい立場だから中々時間が合わなくて難航したけど、なんとか習得できた。

 ふへへ、これでも私、包丁の握り方くらい知ってるのだ。

 って言っても今生の私は一度も握った事なかったんだけどね。

 だからか、ちょっぴり苦戦もしたけど、どうにか赤犬との食卓に特製お味噌汁を出す事に成功した。

 

 「私がご飯を作るー」なんて言ったら怒られそうな気がしたので、お手伝いさんに頼み込んで全部料理させてもらう。

 サプラーイズ! 飲んで驚けー、にっこり笑えー。

 

「……なんじゃ」

「えへへ、いーえ?」

 

 いつもと違ってキラキラした目で見つめれば、赤犬は戸惑いながら、私の勧められるままおわんに口をつけた。

 おつるさん直伝の美味しいお味噌汁だ。ほっとするよ!

 どう? どうかな!

 

「……!」

 

 赤犬の眉が僅かに持ち上がり、二口、三口と飲むと、深く息を吐いた。

 胸の奥から思い切り吐き出すような、穏やかな吐息。

 

「旨いのう……懐かしい味じゃあ」

 

 そう言った赤犬の顔は、ほんの少し解れて緩んでいた。

 わああ、見たぞ見たぞ、隙だらけの顔!

 手元に写真機がないのが残念。今のは大量に印刷して本部にばらまきたかったな!

 

「あの、ですね。今日のご飯、実は私が作ったんです」

「……?」

 

 と、ここでネタばらし。

 もじもじしながら真実を告げれば、箸でつまんだぶ厚い玉子焼きを口に入れた赤犬が不思議そうに私を見た。

 

「お味噌汁も、お魚も、おひたしも、今食べた玉子焼きもっ、全部全部自信作です!」

 

 えっへん。胸を張って宣言すれば、赤犬はもぐもぐゴリゴリジャリジャリと咀嚼しながら私に視線を注ぎ続けた。

 ……あれれー、なんだその音。……なんだろなー? 私子供だからわかんないなー?

 

「……ふん」

「っ」

 

 どうやら殻が入っちゃってたっぽい玉子焼きを飲み下した赤犬に、どう叱責されるかと身を竦ませたけれど、彼は特に何も言わずに焼き魚に箸を伸ばした。

 ……お咎めなし?

 私てっきり、貴様はもう台所に立つな!! とか、"メシマズ"という悪を許すな!! って怒鳴られると思った。

 でも現実は、無言で完食。私はもう、何を言うでもなく綺麗になったお皿をぽかーんと眺める事しかできなかった。

 だって、だって、めちゃくちゃ嬉しい。

 信じられないくらいに嬉しかったんだもん。

 

 

 

 食後、就寝前のあれこれをして、恒例になった演奏を赤犬の寝室で始める。

 今日は歌は無し。なんだか胸がいっぱいで、歌う気持ちになれなくて、だから静かにお琴を弾いた。

 

「あの……」

 

 その最中、彼へと声をかける。

 視線は琴に落としたまま。弦を弾く自分の指を眺めながら、彼が耳を傾けてくれている気配を感じて、そっと息を吐く。

 

「私、青雉や黄猿のこと、名前で呼んでるんです」

「……だからなんだと言うんじゃ」

「あの……」

 

 つっかえつっかえ、遠回しに声を出す。

 優しい旋律が部屋の中を満たして、その曲が私の心を落ち着けた。

 

「大将殿のことも……お名前で呼んでも……よろしいでしょうか」

 

 急な話だと思う。

 

 一緒に暮らしているとはいえ会話はあんまりないし、お仕事も別れてする事の方が多いし、正直親しい間柄とは言えないと思う。

 でも、私は名前で呼びたいなって思ってしまったのだ。

 胸に満ちた感情に押されるままそう嘆願した。とにかく名前で呼びたかった。

 

 こちらに背を向けて腕を組む彼は、何も答えてはくれない。

 それじゃあいいのか駄目なのかわからない。

 やがて琴の上を滑る手も止まってしまって、痛いくらいの沈黙が薄暗闇に溶けた。

 

「勝手にせい」

「……!!」

 

 ややあって、赤犬が言った。

 許可を貰えるかは分が悪い賭けだったけど、どうやら勝てたみたい。

 

「サカズキ、さん」

「…………」

「サカズキさん……サカズキさん」

 

 太くて長い線が、いっつも彼と私の間に引かれていたはずなのに、名前を呼ぶと、そんなものはなくなって、私は一気に彼へ接近できた気がした。

 親しみが湧いて、心が近づいて、嬉しくなる。

 なんてことないものなのかもしれないけど、誰かと繋がるって素敵な事で、私にとってそれはとても尊いものに思えたのだ。

 

「サカズキさん……♪ サッカズッキさーん……♪」

 

 張り切ってぴんぺんぴんぺん琴を鳴らす。

 今の気持ちを乗せてよく通る声で、されど騒がしくないように歌えば、世界が広くなった気分。

 素敵! なんだか良い感じ。

 

「わしゃあもう寝る」

「はい。お休みなさいませ」

 

 ほんのちょっぴり趣向を変えて演奏した「ぼくのフレンド」の余韻が消えると、赤犬……サカズキさんがそう言って、しずしずと頭を下げて、お琴を抱えて退出する。

 横になってる姿を私に見られるの、すっごく嫌いみたいだから、もう少し歌いたいなって思っても我慢。

 

 

 

 その日、私はとても気持ち良く眠る事ができた。

 夢の中で会ったお父さんとお母さんはとびきりの笑顔で私を褒めてくれた。

 小さなお家の中にはみんながいた。村の人達も、サボさんもコアラししょーも、革命軍で知り合った人達も、クザンさんもボルサリーノさんもサカズキさんも……みんなが笑顔で、真っ白な洗濯物みたいに幸せだった。

 

 両手を広げて全部を受け止める。

 

 なんだか……もう、とびっきりのお宝を手に入れてしまったみたい。

 私、今、すごく幸せだ。

 

 

 

 夢から醒めればそのまやかしは涙となって全部零れていってしまったけど、それと似た幸せは、私の努力次第で手に入るんだって思えば、辛い事なんかなんにもない。

 

 今日も一日、頑張るぞー!

 おー!!

 

 

 

 

 そういえば、サカズキさんにどうして私が料理を作ったのかの経緯を聞かれて正直に答えてしまったのだけど、それで判明した事実がある。

 あの写真に映っていた女性はサカズキさんの血縁の人で、女の子はその女性の娘さんってだけだった。奥さんと娘さんじゃなかったよ!!

 想像とドンピシャな写真だったから勘違いしちゃったよ……誰か教えてくれればよかったのに。

 頭の上にできた32段鏡餅にぐったりしながら、そんな事を思う私であった。

 




TIPS
・ファイトだよっ
「夢なき夢は夢じゃない」を歌っている。
(ラブライブ!BD1巻付属CD)

・親子っぽい写真
モブ。

・ぼくのフレンド
「けものフレンズ」ED。


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第八話 正義の在り方

 

「よぉーーーーそろぉーーーー!!!」

 

 よーそろぉー……よーそろー……よーそろ……。

 水平線にこだまする私の声に、傍にいた部下が身を竦ませて顔を伏せた。

 

「むふんっ」

 

 腰に手を当て、息を吐く。

 現在私は船の上。

 左腰に差した刀に手を添えご満悦。

 

 お仕事でもないし巡航でもないけれど、海に出たのには理由がある。

 それは今朝の話。

 

「少将殿、科学部からお届け物です」

「ありがとーミサゴさん。何かな何かなー」

「刀のようでありますが……」

 

 朝も早くから書類に埋もれて苦痛の呻きを噛み殺していれば、ミサゴさんが棒状の布袋に包まれた物を持って来た。

 

「おお! 作ってくれたんだ!」

 

 がばっと立ち上がり、けれどそこまで。

 今すぐ駆け寄って頼んでいた得物をためつすがめつ眺め回したいところだけど、今は書類仕事中。

 これをやっつけてから存分に堪能するとしよう。

 

「という訳で、それはそこに立てかけておいて。お昼までにこれ終わらせちゃいましょー」

「はっ。え、お昼までにですか!?」

 

 きびきびした動きで言った通り扉脇に袋を立てかけてくれたミサゴさんは、長い髪の毛を跳ねさせて顔を上げた。

 うむ。お昼までです。

 山ほど積まれている書類をぜーんぶやっつけるのです。

 

「いえ、そ、それはさすがに……」

「やってやれない事はないんです。"怠惰(たいだ)"という悪を許すな!!」

「ひぃっ」

 

 軽く机を叩いてサカズキさんの真似っこ(いやサカズキさんはそんな事言ってないけど)すれば、大袈裟に驚くミサゴさん。あー、まだ私に苦手意識抱いてるみたい。

 こればっかりは自業自得なので、あんまり彼女の心に負担をかけてしまわないようゆっくりとした動作を心がけなくちゃ。

 ……うずうずして落ち着かない。

 早く試し切りがしたいよー!!

 

 

 ……と、そんなこんなでお昼過ぎにはお仕事に一段落付けて、食べるものも食べず船の上。

 お腹が空いて仕方ない。何か果物でも貰いに行こうっと。

 さっと正義のコートを翻し、近くの部下に声をかける。

 

「んー、私は船内に引っ込んでるから、海賊見つけたら教えてね」

「はっ! 必ずっ!!」

 

 敬礼し、声を張り上げて今の指示を周りに伝えたその人は、その場で望遠鏡を取り出して海を眺め出した。

 ミサゴさんではない。今日は彼女はお留守番。

 分けた仕事が終わらないから残るって。それはまあ、いいけれど……今まで私が出した船には彼女もずっと一緒に乗ってたって言葉に思い当たる節がなくて困った。

 

 冷血とか失礼な二つ名つけられてた時は海賊ばっかり見てたから、補佐してくれてたミサゴさんのこと眼中になかったみたいで、一緒に船にいた記憶がない。

 駄目な上司だよね、とほほだよ。これじゃあ仲良くなるのも難しい。

 一度お食事に誘ってみたけど、命令されたからついて行くって感じで、食べてる間中ずーっと緊張してたみたいだったから、道のりは厳しい。

 

 船内で食事を摂り、自室に引っ込んで本読んだり発声練習したりてきとうに踊ったり刀を眺めてにやついたりしながら時間を潰していれば、あっという間に一日経ち、二日経ち……。

 海賊には出会えないまま時間が過ぎる。

 一度船を見つけたらしい部下が私を呼びに来たけど、どっこいその船に乗っていたのは賞金首ではなく賞金稼ぎ。

 勘違いした部下はそれはもう縮こまってぶるぶる震えていて、ありゃまあって感じだった。

 

 私、怖がられてるの知ってるからちゃんと明るく接して冷血なイメージを払拭(ふっしょく)しようとしてるのに、優しいかわいいミューズちゃんの印象は中々浸透してくれない。

 むー、なんでかなあ。

 

 

 

 

「みんな緊張しっぱなしだなあ。肩の力抜いて、私語ありで仕事しても目くじら立てたりしないのに」

 

 ……やっぱりみんな、こんな子供にビビりすぎじゃない?

 ナメられるよりはマシなのかなあ。

 

「うーみうーみ、ゆーらゆーら、お魚が~」

 

 今日はー海がー荒れてるぞー。いつもは青色の綺麗な海は、今日は灰色。

 空も少し曇っていて、一雨きそうな気配。

 

 甲板にて歌いながら海賊船を探していれば、おおっとそれらしき影が三連星。

 やたらでっかい船と小さい船が進路を変えようとしている。

 

「しょ、少将殿っ! 海賊旗が見えます! 海賊船ですっ!!」

「見ればわかるよー」

「ッッ!! しぃっ、失礼しましたあ!!」

「……いいよーもう」

 

 あーもう。あーもう。

 そんな怖がってちゃ体もたないぞ、まったく。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるから、速度を保って進んでて」

 

 近くの部下に指示を出し、床を蹴って空へ跳ぶ。

 返事を聞く間もなく(ソル)を使ってあっという間に海の上。

 恐縮しきった声なんか聞きたくないよ。

 私は人を笑顔にさせる歌を歌うのが好きなのに、どうして周りの人は笑ってくれないのかなー。

 

 サカズキさんみたいにむっつりした顔になって、一番大きな海賊船へと下り立つ。

 にわかに騒ぎ出す乗組員達は、薄汚れたツナギを着ていて統一感があった。

 

「な、なんだテメェ! 今どうやってここに来た!?」

「お、おおかしっ、頭領(とうりょう)に伝えろ! はやく!」

 

 ……ふむ、どうやら私を知っているみたい。

 私を見た海賊の反応は大きく二つにわかれる。

 子供だと侮って、空を飛んできた不可思議を見て見ぬふりして襲い掛かってくるやつ。

 私が会う海賊一人として逃さず殺すのを知っていて、それでも挑んでくるやつ。

 

 こいつらは後者かなー。

 集まってきた海賊どもは恐れを露わにして私を遠巻きに囲みだした。

 けれど、抜剣しないのはなんでだろう。銃を向けてくる者もいない。

 恐れをなしているのだろうか。だとしても私のやる事は変わらない。

 

「へいへいっ、何用でいっ!」

 

 刀の柄に手をかけたところで、ドタドタと足音を響かせ、数人の男を引き連れた小さな男がやって来た。

 ……うん、小さい。私より小さい。チビ。

 船員達とは色違いの、落ち着いた色合いのツナギを着ていて、着ているというより着られているというのが正しいように見える。

 

「うおっ(れい)け……! あ、いや……海兵さん? あのですね……」

 

 何やら揉み手をしながら近づいてくる頭領らしき男を前に、しゅらっと刀を抜く。

 薄い光に照らされても反射しないその刀は、前々からベガパンクさんに頼んでいた海楼石製の武器。

 海楼石は加工が難しいし、結構貴重なものだ。融通して貰うまでには時間がかかったけれど、こうして手に入れたからにはその威力、試してみたくなるよね。

 

「一刀流……」

 

 枝振り回して覚えた技も、ついでに試すのだ。

 

「え!? ちょっ、おい! なんで剣抜いて――」

「"大震撼"!!」

 

 灰白色の刀を大上段から振り下ろし、問答無用で海賊を斬る。

 手の内で一回転させた得物を納刀する際に肌に響いた「チンッ」て音は、痺れるくらいに格好良い。

 

「ぎゃあああ!! 斬られた! ちくしょうっ!!」

「うわああ! お頭ァ! なんで!?」

 

 やや屈んでいた体勢から戻りながら振り返れば、額を押さえて転がり回る海賊の頭領がいる。

 なんでと聞かれても、お前らが海賊だからとしか答えようがない。

 降伏勧告はしない。どんな海賊かも関係ない。海賊なら殺す。それだけの話。

 

「あっ、あっ……い、痛ぇ……あれ? でも、き、斬られてねぇ……!?」

 

 うむ。まあ、そうなのだ。

 海楼石で作られたこの刀に刃はない。棒をそれっぽい形に整えただけみたいなのだ。

 それでも私の望みは叶えられてるし、格好良いのでオールオッケー。

 斬れなくたって斬る方法はいくらでもある。たとえば飛ぶ斬撃とかね。

 

「まひゃ、待っへくえ! ちあ、違う! 海賊じゃない!!」

 

 もう一回斬りつけようと歩み寄れば、額の打ち傷を押さえながらこちらに手を突き出した頭領が必死に弁解してきた。

 うん? でも海賊旗掲げてるよね? 見間違い?

 振り返ってマストの上を見れば、風にはためくジョリーロジャー。なんだ、やっぱり海賊じゃん。

 

 しかし、目の前で振り返るっていう大きな隙を見せても攻撃してこないなんてどういうつもりだろう。

 

「いや違うんだ! お、俺たちは賞金稼ぎでっあ、ああれは仲間が勝手に!」

「そ、そうだ! 俺だ! 俺がやった!」

「こ、こいつが討ち取った海賊の旗を面白半分で掲げちまったみたいで……」

 

 ………………。

 人垣から歩み出て来た男が頭領の隣にまで来ると膝をつき、二人揃って頭を下げる。

 

「海賊旗が見えたなら海軍に攻撃されるのは仕方ねぇ。だが誤解なんだ……!」

 

 黙って話を聞いていれば、頭領は自分達がどこ出身で、なんで賞金稼ぎをやっているのかを話し始めた。

 

「ふんふん……なるほどー」

 

 聞く事十数分。

 どうやらこの人達は本当に賞金稼ぎみたいで、つまりは私の勘違い。

 他の船もよく見れば海賊旗ではなく洗濯物やら何やらを干しているだけ。

 

「これは参った……海賊と間違えて攻撃しちゃうなんて、どうお詫びして良いか……」

「いやいや、命があっただけ儲けもんだ、それほど馬鹿なことをしてたんだ俺たちは」

 

 後ろ頭を押さえつつ謝罪すれば、快く受け入れてくれた。

 しかし心苦しい。何かお詫びができれば良いのだけど……。

 

「それならあそこの島で酒でも奢ってくださいや。それで水に流しましょう」

「あらー、そんなのでいいのですか?」

 

 笑顔全開で頷く人達に、弱りながらもいったん軍艦に戻って部下達に事情を話す。

 またまた勘違いだったとわかった報告がかりは顔面蒼白。彼はもう休ませてあげた方がよさそう。

 そんな感じで指示を出し、彼らの船へ舞い戻る。

 彼らの航海にしばしつきあい、近場の島に乗り付けた。

 

「どうです、良いところでしょう」

「ええ、そうですね。ここに住んでいるのですか?」

 

 初めて来る島だけど、中々活気があって良いな。

 人の営みが見えて、でもそれはうちとはちょっと違うから物珍しい気分。

 

「ええ、まあ。我々三人、仲良く賞金稼ぎをやらせてもらってます」

 

 小さい頭領さんの後ろには、ずんぐりとしたスキンヘッドにサングラスの男の人と、茶髪にグラマーな体系の女の人がついていた。どちらも笑顔でうんうん頷いている。

 ……その後ろにいる背の低いおじいちゃんはなんなんだろう。相談役?

 

 潮の香り溢れる町の酒場につけば、カウンター席に案内された。

 横五席を占領して、談笑する。私は一番左端。

 酒場に来たのが四人だけなのは、彼らの心遣いみたい。あんまり人数多いと逆に悪いからって。

 

「はい、お嬢さんにはミルクね」

「どうも」

 

 マスターさんは不愛想そうでいて愛想の良い人。頂いたミルクを覗き込めば、ほんのり牧場の匂いがした。

 それはまあ、気のせいだろうけど、風情を感じるってそういうものだと思うんだ。

 さて、懐にはやや余裕があるから、いくらでも飲んでもらって結構。そう伝えると、みんな大はしゃぎ。大人ってお酒が好きだなー。サカズキさんもよく一杯やってるよね。時々肴を作らせてもらってる。サーモンのお刺身がお気に入りみたい。喜んでもらえるの嬉しいから、いっぱい作っちゃう。それでこんなには食えんって怒られて、一緒に食べる事になるのだ。それも楽しかったり……なんて。えへへ。

 

 そんな感じで大いに油断していた私は、ミルクを舐めるようにちょびちょびと飲みつつ、考え事なんかしたりして。

 周りの人が不穏な空気を発しているのに気づいた時には、もう攻撃をしかけられていた。

 

「っしゃオラァ!」

 

 ふっと影が下りたかと思えば、いきなりカウンターに叩きつけられて、そのまま床までバリバリ机を割って倒れ込む。

 ぶつけたグラスが割れて牛乳が顔にかかっちゃったし、擦ったほっぺやらは痛いしなんか煙たいしで最悪。

 

「はぁ……もうちょっとスマートに暴れてくれ」

「ハーッハッハ! 准将"冷血"討ち取ったァ!!」

 

 上から降ってくる馬鹿笑いに、痛む体を押して身を起こし、女の子座りになってお隣さんを見上げれば、小さかったはずの船長さんが天井まで届く大男に変身していた。

 

「うわあ、おっきい……」

「当然よ! 俺はデカデカの実を食った巨大人間! 自分でも触れたものでもなんでもデカく……おわあっ!?」

「ちょっとちょっと、なんで生きてるのよ!?」

「タイラントの拳に押し潰されたはずだぞ!?」

「それが……む、無傷だと……!」

 

 いや、無傷ではないよ。不意打たれたから擦り傷作っちゃったし、殴られた頭は痛いもん。

 ああ、タイラント……タイラント、ね。たしか、ここら辺に出没する海賊リストにあったような。

 

「んー、あー。ああ、懸賞金5000万ベリーくらいの……"巨人"タイラントね」

「5000万じゃねぇ6600万だ! 巨人のタイラント・ディベア様とは俺の事よ!!」

「5000も6000も一緒だよ。もー、気分最悪」

 

 立ち上がれば、パラパラと木屑が落ちる。制服汚れちゃった。洗うの大変なのに。

 しゅるしゅると少し体を小さくしたタイラントが飛び退いて距離をとれば、それぞれの顔を改めて確認する事ができた。

 ……ずんぐりさん、いつの間にかでっかいナイフとフォークを十字に背負ってる。なあにそれ。

 ああいや、特徴的な立ち姿は手配書見て覚えてる。

 

「懸賞金……5000万前後の」

「6000万だこのガキ! "食べ放題"トーイ・クッバだ覚えとけ、海軍本部准将、"冷血"ミューズ!!」

「冷血……その呼び名好きじゃないんだよなあ……それに准将じゃないし」

「准将ではない? どういう事……?」

 

 独り言のつもりで呟けば、耳が良いのか紅一点が私の声を拾った。

 茶髪で癖っ毛の彼女は……そのライダースーツ姿……ううん、見た事あるような気がするけど、さすがに覚えてない。もっぱら手配書見るのは麦わらが目当てだからねー。それ以外はあんまり。誰だろうと殺せば一緒だし。

 

「……私のことなど知らないって顔ね、屈辱だわ。5500万、"不夜侯(ふやこう)"ディレイ・ドーピスよ」

「5000万越え三人揃いなんてビビっちまうだろう? だが間違えないでくれよ。俺達はそれぞれが船長だ」

 

 名前を覚える気が無いので名乗られても困る。

 それに、億以下の海賊が集まってようとビビる要素はない。

 それぞれが船長ってのは……誰かが誰かの傘下ではないって意味か。同盟でも組んでんのかな。どうでもいい話だけど。

 そっちのおじいちゃんはなんなんだろう。じーっと私を見てる。

 

「っしゃ、テメェら行くぞ!」

「ガッテン!」

「いつも通りに潰すわよ」

 

 賞金稼ぎというのが嘘でも仲良しなのは本当なのか、三人並んだ彼ら彼女らは私を前にしてハイタッチし合った。

 ふざけてるのかと思ったけれど、見る見るうちにずんぐり……トーイと、女性……ディレイも巨人みたいに大きくなって、天井を持ち上げて曇り空を覗かせるのに納得する。

 触れたものもでかくする、って言ってたか。面白い能力だ。私にも触れてくんないかな、胸あたり。

 

「こうなっちまえばこっちのもんだ! 叩き潰してやるよ、チビ!」

 

 三人がお店を壊してしまったから、マスターさんが凄い微妙な顔をしている。それと、店内で談笑してた人達も大慌てで外へと逃げだしていってしまった。

 

「よそ見してんじゃねえ! 見ろ! 巨人族のごとき拳を!!」

「はっ!」

「潰れなさい!!」

 

 風を伴い、おっきな拳とおっきなフォークが降ってくる。

 ……はぁ。なんというか……情けない。

 

「一刀流」

 

 こんな奴らに本気を出すまでもなく、ほんの試し切りで十分。

 枝で遊んでできた技、その初めてをくれてやろう。

 

「"つむじ風"」

 

 その場で一回転して刀を振り回せば、瞬時にできた竜巻みたいな風がぐんぐん空へ伸びて拳もフォークも打ち返す。

 

「なんだ! か、体が浮いてっ!」

「うおー!?」

「冗談でしょ!?」

 

 風に巻き込まれ、ぶつかり合いながら空へ昇っていった三人は、仲良く海へと落っこちていった。

 うーん、ずいぶん遠くに飛んだな。技のコントロールが上手くない証拠。

 とはいえ初めてならば及第点だろう。……でもこれ、海賊狩りの"龍巻き"のパクりなんだよね。しかも三刀じゃなくて一刀でやるから下位互換。殺傷力もあんまりなさそう?

 

「あわ、あわわ……」

 

 腰を抜かしているマスターやおじいさんを見渡して、とりあえず刀でこつんと小突いて気絶させ、引き摺って連れていくことにした。

 海賊に肩入れするなら同じ悪でしょ。

 

 船が止めてある海岸沿い。息も絶え絶えに陸に上がってへばっている三人に、えーいと嵐脚。ついでに飛び上がって三隻の船にも嵐脚乱れ撃ち。飛ぶ斬撃もくれてやろう。そおれ、一刀流"三十六煩悩鳳(ボンドほう)"! もいっちょおまけに"煩悩鳳(ボンドほう)"!

 

 ……お仕事完了。

 まったく、情けない奴らだ。

 

「海賊旗は魂なのに……だから信じたのに、自分達のじゃないなんて嘘言うなんて……くず以下」

 

 というかもう海賊ですらない。あーあ、せっかく刀手に入れて気分は上々だったのに、最低の気分だ。

 制服は汚れるわミルク臭くなるわ、雑魚に当たっちゃうわで散々。

 さっさとシャワー浴びに戻ろう。

 

 

 

 

「そちらは懸賞金600万、"芸術家"ドルビーです」

「ふーん」

「ひっ! あ……」

 

 五人もいっぺんに連れていくことはできないので、まずはおじいちゃんとマスターを連れて行けば、片方は手配書に載っている奴らしかったので始末する。マスターさんの方はどうだろう。

 ……君、なんで顔伏せて震えてるかなー。仕事して、仕事。

 

「そっ、そちらは……て、手配書は、出ていない模様です……!!」

 

 覚束ない手つきで手配書を捲って確認する部下は、途中取り落として慌てて拾い集めるというドジをしながらもきっちり仕事をこなした。

 手配書が無くても悪い事に加担したなら連行だ。海賊じゃないのなら……殺す必要はないのかな?

 でも半分海賊みたいなもんだよなあ。

 どうしましょ。シャワー浴びる前に決めたい。

 

「ね、この人タイラント達の悪事に手を貸してたみたいだけど、海賊みたいなもんかな」

「は、はっ! そ、そう思われます!」

「そっかー」

 

 じゃあマスターさんにも嵐脚プレゼントしちゃう。

 これで悪は滅びた! シャワー浴びてこようっと。

 甲板のお掃除はお願いねー。

 

「…………(むご)い」

 

 ……?

 なんか今、声をかけられた気がする……けど、気のせいかな。

 はあ、しかしやっぱり人を殺すと心が陰る。

 きっついなあ、このお仕事。

 

 

 

 

 数日ぶりに本部に戻れば、ミサゴさんが頭に包帯を巻いていた。

 わ、大怪我? そうでもない?

 

「どうしたの、それ」

「これですか? 聞きたいですか? 聞いちゃいます!?」

 

 明らかな手当ての跡を頭とか顔とかに残す彼女は、なぜだかとても嬉しそうで、興味を引かれたので紅茶でも飲みながらお話を聞かせてもらう事にした。

 

「少将殿が海に出ている間、招集がかかりまして」

「招集? 私に?」

「と、いいますか。ある程度の階級のものから中将五名までへの呼びかけで、その中に少将殿も含まれていたのです」

「ふーん。なんの招集?」

 

 そんなにたくさんの海兵を集めるなんて、何かあったのかな。

 ふーふーして冷ました甘い紅茶を口に含みつつ、何があったのかに想像を巡らせてみるも、なんにも思い浮かばない。

 

「バスターコールです」

「ぶっふぅ!」

「うわあ汚い!」

 

 な、なんですと!? ばす、バスターコール!?

 え、今そんな時期!? あれだよね、エニエス・ロビーへの攻撃だよね! というか私招集かけられてたの!?

 雑巾で机をふきふきしながらミサゴさんを見れば、神妙な顔で頷かれた。

 

「ええ、はい……それで、少将不在のため、自分が「代理」"少将"として招集に応じ、しかし実力不足故激戦についてゆけず……」

「ははあ。それでその包帯かー」

「はい。自分が情けないです……」

 

 背を丸めて顔を伏せる彼女は、心底己の弱さを恥じている面持ちだった。

 ……でも、気のせいかな。なんか口元笑ってない?

 

「そして、この傷は……麦わらの一味、海賊狩りのゾロに不覚を取り……」

「ええっ! 海賊狩り!!」

 

 そっか! そうだよね、エニエス・ロビーに行ったなら彼らに会う事になるもんね! 戦うのは彼らを相手にしてなんだから!

 乱戦だから飛び火したのだろう。彼女の怪我の具合から見て、認識されて斬られたという感じではなく、衝撃波とか斬撃とかの余波にやられたような感じ。

 

「ふ、ふふふふ……」

 

 ……仮にも海賊にやられたというのに、笑いを零すミサゴさん。

 ヤケになっているのではなさそう。それではこの笑みは……。

 ……まさか。

 

「アラバスタの一件……」

「!」

 

 ぴくっと反応したミサゴさんは、笑みを引っ込めて恐る恐る私を見上げた。

 アラバスタでの功績は海軍のものになってるんだけど、反応するって事は調べてるって事だよね。

 つまりは関心があるって事で……。

 

「……麦わらの一味のファンなの?」

「……い、いえ、決して……そ、そそそのような、こっ、ことは……!」

 

 机に頬杖ついて問いかければ、目を逸らして答えられた。

 わかりやすい。この人ほんとわかりやすいなあ。

 

「別に怒りやしないよ。私だって好きだもん」

「えっ! うそ、そんなはずは!」

「ええー……なんでそんな驚くかな」

 

 ガタっと腰を浮かせて驚愕する彼女を見上げれば、失言に気付いたのか咳払いすると、ゆっくりと座り直し、膝に両手を押し付けた。

 

「で、ですが、だって、少将殿は……海賊がお嫌いでしょう?」

「ん? いや……別に」

 

 そんな事はないよー、と手をひらひらさせて言えば、彼女は愕然とした表情を見せた。

 どうしてそんな顔をするのかわからず見つめれば、やがて小刻みに震え出したミサゴさんは、私の目を真っ直ぐに見つめて、「では」と問いかけてきた。

 

「ではなぜ、海賊を殺めるのですか……?」

「なんでって……」

「いつだって少将殿は非情でありました! 言葉もなく声もなくどのような海賊も殺め、それはこれまでも……今回だって!」

 

 だんだん声を荒げて私を(なじ)るミサゴさんのただ事ではない様子に顔を浮かせ、聞くに徹する。

 怒りの理由が見えてこない。だって海賊を殺すのは……。

 

「それが少将殿の正義の在り方なのでしょうか! 「徹底的な正義」が少将殿の掲げる信念なのでしょうか!!」

「いや、なんでそうなるかな」

 

 私は別に、海賊憎しで殺して回っているのではない。前だって、目的は別にあった。今もそう。

 そんな弁明をする間もなく、彼女はどんどんヒートアップしていく。また立ち上がって、大きな声で私を糾弾する。

 

「何も殺すことはないじゃないですか! たしかに彼らは悪人です! でも、自分達海兵のっ……!」

 

 感極まって涙まで零した彼女は、しかし途中で言葉を止めた。

 それは言葉が見つからなくなったとかそういうのじゃなくて、私を見て、息をつめさせて、何も話せなくなったような……。

 

「はっ、は、はっ……」

「…………どうしたの? 続き、言ってよ」

「はー、は、はー……!」

 

 短い呼吸と長めの呼吸が入り乱れて、ぽたぽたと汗を落とす彼女は、瞬きもせず私を見ている。

 やがて緩慢に下を向くと、どさりと椅子に腰を落とした。

 

「い、行き過ぎた、真似を……ひっ、し、しつれ……し、しつっ」

「あーもう」

 

 引き攣った声で謝罪する彼女に、ようやく原因がわかり、嘆息する。

 私が真面目な顔して話を聞いてるのがそんなに怖かったらしい。

 威圧も何もしてないのにそんな風になっちゃうなんて、よっぽど恐れられてるんだね。嬉しくない。

 

「私はねー、お仕事だから海賊殺してるの」

「………………ですが、こ、殺さなくたって」

 

 控えめに私を窺い見る彼女へ、溜め息を吐きながら伝える。

 その言い分はもっともだし、私もわかるけどさあ。

 でも殺すよね。

 

「……悪人ではあります。でも……その悪事を裁く場所は、償う場所はっ、ほ、他にあるのです……」

「……インペルダウンとか?」

「はい。だからっ……だから、少将殿が手を下す事など……」

 

 顔を手で覆い、さめざめと泣くように言う彼女に、私は困ってしまった。

 続けて彼女が言うには、私ほど強いのなら殺さず捕らえるなど容易いはずなんだから、むやみに人を殺めるのはやめてほしいとかなんとか。

 ……そうだねぇ……そう言われるとねぇ……。

 

「我々海兵のするべき事は……市民の安息を守ること……! 決して人を殺める事ではないのです……!!」

 

 そもそも私が海賊を殺すのは、サカズキさんにそうしろって言われたからだし、それが仕事だからだと思ってたからだし……でもよく考えてみれば、ミサゴさんの言う通り必ずしも殺す必要は無い訳で。

 

「あー」

 

 椅子の背もたれにぐっと寄りかかって背中を反らし、天井を見上げる。

 そうすると、本当に私が手を下す意味ってない。私は司法ではない。現状掲げる正義もない。

 ただサカズキさんに言われるままそうしていただけ。それって、先日始末した海賊モドキ達とスタンスは同じって事で。

 

「それは、やだなあ」

 

 私には夢がある。

 同時に汚れなきように守る信念がある。

 そこに正義という二文字を与えれば、自ずと海兵として私が掲げるべきものというのが見えてくるはず。

 

 そんなすぐには見えてこないけど……幸い考える時間は結構あるから、しばらくは考えよう。

 

 

 

 

「少将殿は、なぜそれほどまでにお強いのでしょう」

 

 お仕事に戻り、何時間かして。

 

「その華奢な身体のどこにそれほどの力があるのでしょうか」

 

 先ほどの話の続きか、それともその気まずさを払拭するためか話題を振ってきた彼女に、ペンを顎に当てて考える。おもむろに、自分の胸を指さしてみた。

 

「お言葉ですが、少将殿……そこには何もないです……」

「ああん!? 成長期!!!!!」

「ひいっ」

 

 なんてふざけたやり取りをしてみて。

 けれど真面目に考えてもみる。

 うーん、私が強いのは強い人に鍛えられたからで、特に理由はないと思う。

 

「そ、そうでありますか。……はぁ、ならば自分も優れた師に巡り合えれば、強くなれるのでしょうか……」

「さあねー。ああ、しいて言うなら、私が強いの、私が私を信じ切ってるからなのかも」

「自分を、ですか?」

「うん」

 

 頷いて、彼女を見る。ミサゴさんはあんまり意味がわかってないみたいで首を傾げていた。

 

「自分の理想とする自分と今の自分に齟齬がない。いつだって完璧で、いつだって最強! 過去を省みる事はなく、どんな未来だって掴み取る。今の私が最高なの」

「……よくは、わかりませんが……少将殿の強さの秘密は、見えたような気がします」

「そう?」

 

 自分で言っといてなんだけど、自分を信じる、それだけで強くなれる訳ではないとは思う。

 ただ、私は私を疑わないし、私を蔑ろにしないし、いつでも私を頼ってる。

 この私なら、いつどんな時でも……「どこまでだって行ける」、「どんな夢だって叶えられる」のだ。

 

 失敗したってめげないよ。いつか必ずやり遂げられる。

 神様を仲間にするのも、大将になるのも、サボさん達に恩返しするのも、麦わらの人達に会うのも、全部全部……ね!

 

 私の正義の在り方を見失ってしまっているのだって、一つの失敗ではあるけれど、私を見限るようなものではない。

 私は道を誤ったのかもしれない。ミサゴさんが涙を流して止めるような正義の在り方は、駄目だったのかもしれない。

 でもそれを正せば彼女を笑顔にできる正義になれる。私の前には未来がぶわーって広がってるんだから。

 

 

 

――お前は「自由」だ。

 

 

 

 不意にサボさんの声が聞こえた。

 笑顔も見えた。

 自由。私は、自由だから、なんでもできるし、なんにでもなれる。

 

「そうだ……!」

 

 ……思いついた。私の掲げる正義。

 

「んしょっ、と」

「しょ、少将殿? なぜ机の上に……!?」

「へへっ。じゃじゃーん、今から私の「正義」を発表したいと思います!」

 

 あわあわと私を止めようとして体が動いていないミサゴさんへ向けて、胸を反らしての発表会を敢行する。

 

「それはー……」

「そ、それは……?」

 

 びびっと両手をピースにして天井高く掲げる。

 

「"自由な正義"!!」

「……じ、「自由」でありますか?」

「うん。そのまんまだけど……ね」

 

 机の上から飛び降りて、椅子に戻って座り込む。

 全身包まれるような柔らかさにほふーっと息を吐き、しばし休憩。

 

「あ、ミサゴさん、紅茶飲む? 休憩ついでにつごうと思うんだけど」

「あっ、そ、そのような事は、自分が!」

「いいのいいの。座ってて? これくらいは自分でやるからさ」

 

 身を起こし、畏まる彼女に柔く手を振りながらポットのある場所まで歩いていく。

 

「……ん?」

 

 その中で、なんとなく肩が軽くなっているのに気が付いた。

 手を当てれば、留め具に留められた正義のコートの感触。

 ……いつになく、しっかり私の両肩に張り付いている気がする。

 

「ふふっ」

 

 よくわかんないけど、正義の在り方が定まって、なんだかきっちりしゃっきりしちゃったかな?

 鼻唄でも歌いたい気分! るんたったってスキップしちゃう。

 

 うーん、海兵道ここに極まる。

 ようし、この後のお仕事も頑張るぞー!

 




TIPS
・海賊同盟トリオ+α
モブ。ドルビーはロゴロゴの実のロゴ人間。
ロゴってなんだ。

・ミューズの強さの秘密
自分を信じ抜いて疑わない強さ。
覇気とは信じる事で生まれる。
また同時に、それを導く存在が高みに位置するほど強くなるのは早くなる。
要するに環境が良かったのだ。

・サブリミナルサボさん
革命軍での思い出は、ミューズにとって人生のかなりの部分を占めている。
かけられた言葉、交わした言葉はどれも宝物。
今でもコアラ師匠にこしらえられたたんこぶの痛みを思い出して涙目になる。
サボの無茶を真似して敵基地に単独侵入したのは掛け替えのない思い出。

・少将
強いと昇進も早い。
海軍は実力主義なのだ。
7歳に与える階級ではないがそうなってるんだから仕方ない。

・サカズキさんに言われたから
言われてない。

・「自由な正義」
どのような選択も自由の名の下に。
徹底的な正義は選択肢の一つに下がった。
「ゆとりある正義」にも「どっちつかずの正義」にもなる。


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第九話 全世界生中継ライブと天竜人

「~~♪」

 

 偉大なる航路(グランドライン)。とある島。

 建物と建物に挟まれた薄暗い道を鼻唄まじりに歩く私の傍に、わらわら集う男達。

 はぁ。なんと罪なオンナ……これほどたくさんの男をトリコにしてしまうな・ん・て♪

 

「なんだぁあのガキ。なんで海兵のかっこしてやがる」

「おい嬢ちゃん。そういう武器はな、嬢ちゃんみたいなのが持ってていいもんじゃないんだ」

「そうそう。俺が使ってやるから寄こしな」

 

 右手に持った抜身の刀、その名も大業物(的な感じの)"ずばずば戦鬼くん"に目をぎらつかせ、ガラの悪い荒くれと海賊がぞろぞろやってきた。

 ……あれっ? ひょっとしてお目当ては私の体じゃないの!? そんなばかな。なぜだ! こんなにイイオンナが道を歩いてるんだぞ!!

 

「おい、聞いてんのかよ――っと!?」

「ぎゃはは、何空ぶってんだよかっこわりぃ!」

 

 ゆらゆら揺れる足取りで、肩に手をかけようとしてきた男の横を通り抜ける。

 さすがにこういう輩に触れられるのは許容範囲外。かいぐりノーノー。

 

「よし、俺が捕まえてやる」

「こんなとこで海兵ごっこしてた自分を恨むんだなあ?」

 

 なんかごちゃっと言いながら寄ってくる男達もひょいひょい避けていく。

 その間も刀はふらふら。

 

「えっ、な、なんで捕まらねぇ!?」

「よ、酔ってるからだ……ほ、ほら、さっきしこたま酒飲んだだろ……きっとそのせいだぜ……!」

「~♪ ……"鎮魂歌(レクイエム)"」

「んん? なんだ?」

 

 ようやっと道の終わりが見えてきて、明るい街の方からとは別ルートで海岸まで出る事ができた。

 なのでゆらゆら歩きはここまで。肩に担いで重みを堪能した刀を、腰から引き抜いた鞘へゆっくりと納める。

 

「"ラバンドゥロル"!」

「――ッ!?」

「ぎっ!?」

「おわあっ!!?」

 

 途端、背後から重なった斬撃音が響いてきて、にんまり口を歪めて刀を腰に差しなおした。

 成功成功。早斬りってむつかしいけれど、決まるととっても気持ちが良いね。

 

「……~♪」

 

 軽い靴音を響かせて、海岸で待っている軍艦を目指す。

 おっと、ミサゴさんが船から降りて直立不動の体勢で待っている。

 やあやあと手を振れば、敬礼で返されてしまった。まったくお堅いことで……ま、そういうの嫌いじゃないけれど。

 

 しかし報告は残念な事になる。

 目当ての海賊はここにはいなかった。骨折り損のくたびれ儲け。

 私、骨、折れてないんですけどー! ヨホホホ、くだらねぇジョーク。

 

 さ、帰ろ帰ろ。

 

 

 

 

「催し?」

 

 ボルサリーノさんにお昼奢ってもらって、お腹ぽんぽんしながら自室に戻れば、ミサゴさんに変な話題を振られた。

 

「ええ、はい。今年の記念平和式典では何か催しをしたいらしく、アンケート形式での回答を望まれています」

「ふぅん……そんな急に言われてもなあ。出席するだけでも億劫(おっくー)なのに、催しねぇ」

 

 頬杖ついて天井を見上げ、息を吐く。

 

 記念平和式典とは、各国家間の平和を願い、また末永く続くように……そして海軍も一心に平和に貢献していきますよーと表明する、海軍主体で行うどうにも退屈そうなお仕事だ。私はそんなのより、その後にあるっていう王下七武海を集めての会議に出席したい! あわよくばサインが欲しい。親愛なるミューズちゃんへ♡ って書いてもらうんだー。

 うーん、ミーハーかな?

 でも欲しいものは欲しいのだ。力ずくででも手に入れる主義でね。

 ……力のねぇ奴ァ逃げ出しな!

 

「アンケートってこれ?」

「ええ。どうぞ、ペンを」

「ありがと」

 

 ミサゴさんからペンを受け取り、机の上の書類をどかしてアンケート用紙を広げる。

 最初のつまんない挨拶は読み飛ばし、下の方にある選択肢に目を移す。

 

「……立候補者のスピーチか、未来ある海兵のお披露目か、公開賞与か~~? はぁ、つまんなそう。ねー、これ絶対どれか選ばなきゃダメなのぉー?」

「は、はぁ……そう言われましても……。あ、最下部に自由に記入できる枠があったと思いますが」

「うん? これかな」

 

 心底面白くなさそうな選択肢に辟易して一度はだるーんと机に体を投げ出したものの、自由枠があると聞いて改めて用紙を見る。

 たしかに一番下に長方形の枠があるな。他に何か思いつくものがあれば記入せよ、だって。

 

 こういうのあると、真面目に考えちゃうよね。

 それで、どうせなら私も参加するんだし、私が楽しめるようなものがいいなあ。

 

「とりあえず、お仕事しながら考えましょ」

「ええ、そうですね。はい、こちら少将殿のサインが必要なものになります」

「ありがとね、纏めてくれて」

「い、いえ」

 

 元々書類仕事するために私付きになったミサゴさんは、こういった処理能力にとても長けていて、そのうえ拳法も使えるというのだからかなり優秀だよね。

 私とて高等教育は受けている記憶があるからある程度はこなせるけど、彼女ほどではない。だから、そのあたりは本当に尊敬しちゃうな。

 

 書類仕事を嫌って部下に丸投げしたり逃げ出したりする中将さんや大将さんにも見習ってほしいね! 逃げたって書類はなくならないんだよ。やるのは部下になるのだ。それはかわいそうだよね。

 

 さて、その後、私は宣言通り一日中あれこれ考えて、でも、結局その日のうちに自由枠を埋める事はできなかった。

 こういうの、早々何か思いつくのならとっくに誰かが発案してそれが採用されているはずだ。

 なので私が思いつかなくてもしょうがない。決して、けーっして! 私の発想力が乏しい訳ではないはずなのだ!

 

 お家に帰り、お風呂を浴びて、リラックスして。

 お琴を運んで居間へ。新聞を広げていたサカズキさんは、私が目の前を陣取って演奏の準備をすると、机の上に新聞を広げて腕を組み、聞く態勢に入った。

 

 最初は無視されてると思ってたけど、よく見てみるとそういう風にやってくれてたんだよね。

 なので張り切って演奏しちゃう。今日は「Listen to my heart!!」をゆっくりめに弾き語り。

 聞こえてるか~私の心のミュージック! 聞こえたならすていちゅぅーん、海軍大将赤犬ぅ。

 続いて「Music S.T.A.R.T!!」! まだまだパーティは終わらない。

 

 サカズキさん、激しい曲だと嫌がるから、そういうのはテンポを落として優しく歌うようにしている。

 こういう気遣いが私がイイオンナなゆえんなのだ。惚れてもいいんだよ。火傷しちゃうかもだけどね!

 

 ……そういえば、サカズキさんは前、私をライブに連れて行ってくれようとした事があったらしいよね。

 結局この世にスクールアイドルは存在しなくて頓挫したみたいだけど。

 「らしい」「みたい」と伝聞調なのは、その話の一切をサカズキさんがしていないからだ。

 いっつもだんまりむっつりで、胸の内を話してくれる事は滅多にない。

 まあ、それでもいいのだ。名前で呼び合えてるし、歌で心は繋がってるし。

 私達、もう家族みたいなものだよね。

 

「…………あ」

 

 曲と曲の合間の小休憩。

 ふと、私の頭に閃くものがあった。

 けれどその前に、サカズキさんに一つ質問をする。

 

「……アンケートに何を記入したか?」

「はい。選択肢の方はぴんとこなくて。私、自由枠の方に何か記入しようと思っているのですが……サカズキさんは何か書きました?」

「…………」

 

 黙って首を振られた。

 それで、話を聞くと、自由枠はただ形式で設けられているだけで、もっぱら使われることはないらしい。

 今回だって別に特別な催しを開こうとしている訳ではなく、あくまで例年通り。

 

 みんな忙しいし選択肢で済ませてしまう。そうでなくても自由枠に書かれたものは会議に(のぼ)り、採用するか否かを決められる。一度として誰かの案が採用されたことはないらしい。

 

 ははあ、お堅い人が多いんだろうなー。

 そのお堅い人筆頭がサカズキさんだろう。

 彼がアンケート案に否を出す姿は簡単に予想できた。

 

「あの、私が自由枠に「これをしたい」ってものを書いたら……サカズキさんは賛成してくれますか?」

 

 もじ、もじと少々気後れしつつ、駄目元で聞いてみる。

 こういう小細工も仕掛けちゃうのが私がイイオンナ以下略。

 

「モノによるわい」

「そ、そうですか」

 

 静かな答えは、「ふざけた事を書けば命はないと思え……!!」という意味が込められた気がしてたじろいでしまう。

 でも、私がさっき思いついた案は、とってもとーっても素敵で、誰もが賛同してくれるに違いない素晴らしい案なのだ! これを見ればサカズキさんも諸手を挙げて賛同してくれるに違いない!

 ……たぶん。

 ……いや、やっぱ無理かなぁ。

 

 

 

 

 翌日、本部の自室にて朝一番に机の上に用紙を広げてペンを走らせる。

 

「あ、決まったのですか? なんと書いたのです?」

「へへー、これ!」

「……らいぶ?」

 

 そう! ライブ!!

 じゃじゃーんと掲げた用紙には、でっかく『ライブ!!』と書かれている。

 ちょっぴり斜めになっちゃってるけど、こういうのは味だよね。ふんふん。

 

「それでね! この案が通ったら、式典で歌って踊る事になるんだけど」

「おどっ、し、式典でですか!?」

「当然そうなるでしょ? でね、その時はミサゴさんも一緒に歌ってほしいな!」

「はぁああああ!!?」

 

 私自慢の案を大大大大発表すれば、わあ、すっごい仰け反ってる。

 顔を真っ赤にして「無理ですぅ」なんて首も手も振り振りしているが、だいじょーぶだいじょーぶ!

 

「ミサゴさん声綺麗だし、顔も可愛いし、スタイルいいし、絶対いけるよ! 人気出るって! だから私と一緒にアイドルやろ!」

「あ、あいどるが何かはわかりませんが、危険な香りがします! だ、断固拒否です!」

「むむー……上官命令でも?」

「お言葉ですか少将殿、それは横暴ですっ!!」

 

 自分には、そんなことはできません! と顔を手で覆って身を捩り、私から離れようとするミサゴさんの椅子をがっちり掴んで引き寄せる。

 

「まあ、それもこれもこの意見が通ったらの話だよ」

「……はっ、そ、それもそうですよね! なら安心です……」

「んー? 安心?」

「ひぇっ、い、いえ! なんでも!」

 

 まるで私の案は絶対に採用されないと確信しているみたいな態度に低い声を出せば、彼女は口を押さえて縮こまってしまった。

 ……まあいいよ。いけるかどうかは本当にわからないんだから。

 

「もしオッケー出たらさ、協力してくれる?」

「で、ですからそのような無茶な命令は……!」

「命令じゃなくて、お願いだよ」

 

 目をひくつかせるミサゴさんを下から見上げ、誠心誠意頼み込んでみる。

 胸元で両手を組んで、うるうる愛らしい瞳で精神攻撃。

 ミサゴさん……おねがぁい!

 

「ゥッ……うう……そ、ひ、卑怯です……そのような、うう」

「じゃあ、手伝ってくれるの?」

 

 私のお願いビームに項垂れたミサゴさんは、のっそり顔を上げて私を見ると、頭を上下に揺らした。

 

「……はい」

「やった! つきましてはもう一人くらい誰か女の子連れてきてくれると嬉しいな!」

「えええ! そ、そんな……」

「まあまあまあ。それもこれもこの案が通ったらの話。いちおうね、いちおう」

「……通ったら、ですね。その……まあ、それなら……はい」

 

 斜め上を向いた視線が半円を描いて反対側へ移動していくのに、ああ、これは絶対『採用される訳ないから安請け合いしても大丈夫』とか考えてるんだろうなあとわかった。

 しかし甘い。言質はとった。お堅い真面目なミサゴさんは、約束は破ろうにも破れないだろう。

 あとは採用されるだけ! 通達が楽しみだなー。

 

 

 

 

「…………また突拍子もない事考えるじゃないの」

 

 と、クザンさん。

 例によって例の如くおでん屋さんに連れられて、いつも通りのメニューをパクつきながら式典への素晴らしい案を報告すれば、なんだか呆れたような雰囲気が冷気とともに漂ってきた。

 

「で、通ると思いますか?」

「なるほどねぇ、それを俺に聞きたかった訳だ。そうだな……式典には天竜人も来る」

「えっ、天竜人が、ですか!?」

 

 そんな話ちらりとも聞いてないんですけど!

 うわああ、嫌だなぁ、嫌だなぁ、あんなのにへこへこしたくないなあ!

 元々嫌だった式典への出席がなおさら嫌になってきちゃう。

 

「……とはいえ、式典ってのは退屈なもんで、彼らはそれがお気に召さないらしく、ここ数年は姿を現していない」

「なんだぁ、それなら初めからそう言ってくれればいいじゃないですか。びっくりしちゃいましたよ、もう」

 

 もーう、脅かしてー。

 私、天竜人は絶対にエンカウントしたくないから、まだ一度だってシャボンディ諸島に足を踏み入れてないんだぞ。

 シャボン、乗ったらめっちゃ楽しそうなのに。遊園地、行きたいのに。そこにいる海賊狩り放題したいのに。

 

「ま、だからといってはっちゃけた案が通るって訳でもない。さすがにミューズちゃんのは通らないでしょ」

「えええ、クザンさん賛成してくださいよー。おねがぁい!」

 

 くらえ、胸に両手を押し当ててお願いビーム!

 きらきらきら……。

 クザンさんはシラーッとした目を私に向けた。

 あ、あれ? 全然効いてない?

 

 な、ならば今度は直接攻撃だ!

 うっふーんと超絶色っぽい声を出しながら腕にしなだれかかっちゃう。

 うへ、めっちゃ冷たい。でも我慢我慢、私の魅惑のボディで溶かしちゃうぜ。

 

「あーあー、色仕掛けなんざ二十年は早い。出直せ」

「なっ、うぐぐー……!」

 

 ぺしっと額を小突かれて強制的に離れさせられた。

 何今の冷たい声! マジ声! ひどいよ!!

 そ、そんなに私の体に魅力がないってゆーの? こないだかわいいって言ったのに、あれは嘘だったの!?

 

 ううう、クザンさんのばか。ばーか。カーバ。サボり魔。冷えモジャ。アイマスクマン。

 チャリーマン。こないだ部下の人が「やっとこさあの人捕まえても逆切れするんだよ」って愚痴ってたぞ。

 書類仕事ちゃんとやれー! サボるなー! 部下に迷惑かけるなー! たまにはおしゃれなお店に連れてけー!

 

「……その蔑ずむような目は……やめてくれ」

 

 クザンさんは、ばつが悪そうにそうっと目を逸らした。

 ……よし、勝利!

 つきましては、私の案に賛成してよね。

 

「いやあそれは……」

「こないだね、「俺、海兵やめて田舎で畑弄りでもしようと思うんだ」ってどこかの大将の副官が言ってたから話聞いて慰めてあげたんです。一緒に頑張りましょう! って」

「よぉし、ミューズちゃんに乾杯!」

 

 かんぱーい♡

 うん、根回し完了。大将が「賛成」と手を挙げれば、それに追随する者も現れるだろうし、こいつはもらったな。

 

 

 

 

「……あ、ああ……!」

 

 翌日。

 本部の自室にて、元帥からの通達を引き延ばしてプリントして壁紙にしておくと、お仕事しにやってきたミサゴさんが愕然とした顔で膝をついた。

 

「どーよ! 勝利のぶいっ!」

「そ、そんなあ……!!」

 

 でかでかと私の案を採用するぞーって書かれてる書類に絶望するミサゴさんへ、ぴーすぴーすと手を振る。

 それから彼女の肩を抱いて、耳元に口を寄せて囁いた。

 

「約束……覚えてるよね? ふぅっ」

「ひゃああん!? やめっ、やめてくださいよぅ!」

 

 トドメとばかりに耳元に息を吹きかければ、ゾゾッと身震いした彼女は顔を真っ赤にして私を突き飛ばした。

 ……(むね)ドンされた。痛い。つらい。

 てんさげー。

 

「そういう訳で、さっさとお仕事やっつけて歌と踊りの練習しましょ! うちの子達にも声かけて、楽士隊も集めてるから、曲できるまでは歌詞覚えるのと――」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!」

 

 海軍は戦う人達ばっかりだから、楽士隊っていう音楽やる人達がいるなんて思いもしなかったなーと思っていれば、待ったをかけられた。決死の彼女に詰め寄られ、ぐいぐいと背を反らされる。

 

「信じられません! いったい誰が! 誰が賛同したというのです!!?」

「んー? 賛同者? それを聞いちゃうかー」

 

 現実を受け入れられずがるるーと唸っているミサゴさんへ、残酷な真実を告げる事にする。

 まず赤犬、青雉、黄猿の大将三名でしょー。ガープさん、おつるさん、オニグモさん、コーミルさん、ストロベリーさんの中将五名でしょー。うん、半数以上。これにて可決。

 サカズキさんもクザンさんもおじきも大好き! ありがとー!! 中将のみんなもせんきゅーせんきゅー!

 

「いやいやいや、反対する人はいたでしょう!?」

「そりゃいたでしょうね。元帥とか。でも多数決で決めるってのはずーっと昔からの伝統だから、いくら元帥でも賛成多数の決定は覆せないのです」

「そんなあ……あああ、なぜ、なぜこのようなことに……!!」

 

 がっくり項垂れるミサゴさんをしばし眺め、私は上機嫌で鼻唄を歌いながら机に戻った。

 さあさあ、さっさとお仕事終わらせちゃいましょうねー。

 

 

 

 

 紅茶を飲んで、書類の山をやっつけて、猛奮闘して……。

 夕焼け空がやってきた頃に、私達は机仕事から解放された。

 

「フィフティーンピース・ナゲットバッカ二等兵……パンズ伍長……ヒョウタンツギ軍曹……うーん」

「ど、どうでしょうか」

 

 凝った体を解しつつ、外に出て涼し気な風を浴びて気分転換がてら、ミサゴさんが見繕ってきた「三人目」を探す。

 渡された写真に映る子達は、言っては悪いがこう、体育会系っぽい子ばっかだ。最後の軍曹の子はめっちゃ腰くびれてるけど、顔や体の手術跡みたいなのがアイドルとしては致命的。あとなんでこの子飛び上がってるの? 写真撮られるのにテンション上がっちゃったの?

 

「次」

「うっ、うう……こ、こちらが最後であります……」

「へへっ、悪いなお嬢ちゃん。こっちも仕事でね」

「え?」

 

 三度に分けて数枚ごとの写真を渡されていた私は、最後の写真を受け取るかたわらおふざけを仕掛けてみたのだが、見事に素の反応を返されてしまった。寂しい。そんなミサゴさんも今日から変身!

 そのお供になるのは誰かなー。おっ、この子は?

 

「うっ、そ、その方は……ウミサカ大佐であります」

「大佐? ミサゴさんの上の階級だね」

「はっ。自分を見出してくれた強き正義のお方です!」

 

 ババッと気を付けの姿勢になった彼女がはきはきと評価するその大佐という子。

 名前からして、ひょっとして新世界はワノ国出身なのかしら?

 でもあそこって女性の扱いは前時代的だったよね。古めかしく奥ゆかしく、お淑やかで静々と。

 

 けれど写真の彼女はどちらかといえば男性みたいな強気な顔で、刀を差してサムライみたい。

 ふわあ、格好良いなあ。特にこの真っ赤な髪がいいなあ。ウェーブかけたりしないのかなぁ。

 

 深紅の長髪は半ばで結って体の前へ流れている。それに海のように深い青の瞳。

 細面の顔は白く、血色の良い唇は、私に色気というものがなんたるかを教えてくれた。

 

 ……でもこう、大人の女って雰囲気の割には、目の大きさとかのせいか、幼い印象も受ける。童顔ってやつだね。

 

「じゃ、この人誘おう! 名前も「ウミサカ」って、まるでスクールアイドルやるために生まれてきたみたいだし!」

「ええっ! いや、しかし、そ、その写真は一応持って来ただけのものでっ! ……ほ、他の者と違って大佐殿にお話は通っていないのです……」

「ああ、だからこの人横向いてんのね。というか歩いてる途中なんだ」

「写真部の方にお願いして、こっそり撮って頂いたのです。こっ、こんなことがばれたら自分は!!」

 

 ああもう、大丈夫だよ。きっと怒ったりしないよ、たぶん。

 とにかくウミサカ大佐に会いに行かなきゃ話にならない。まずはそこからだ。

 という訳で、ミサゴさんの手をもぎゅー。

 

「はい、手」

「いえっ、待って、あのっ、ほんとまって――」

「"(ソル)"」

 

 問答無用。ミサゴさんのペースに合わせてたら"二年後"になっちゃうから、さっさと行くよ!

 ううー、胸がどきどきする。ワクワクが止まらないっ!

 今ならなんだってできる気がするー!

 

 

 

 

「お断りします」

 

 凛とした雰囲気を持つ彼女は、突然の訪問にも関わらず、というか帰る途中だったみたいで私服だけど、私の言葉にきっちり反応してくれた。

 でも期待していたような色好い返事ではない。

 

「えぇー、なんでぇ!? なんでですか!」

「なんでも何も、少将殿のお話は突飛すぎてついていけません。その、あいどる? とか、らいぶとか、自分にはわかりかねます」

「なら1から教えるから、一緒にやりましょうよ!」

 

 ミサゴさんより背の高い彼女の前でぴょんぴょんと跳ねて存在を主張すれば、小首を傾げたウミサカさんは、形の良い唇をそっと開くと、よく通る声でこう答えた。

 

「それなら良いですが」

「良いのかよ!!」

 

 そんなあっさり!

 こう、青春の一ページのような一悶着があるかもって期待してた私の胸のドキワクが一瞬で弾けちゃったよ!

 後ろであわあわしていたミサゴさんも私と声を揃えてツッコんじゃった。上司にため口きいちゃった事に気付いてまた慌てだしたけど。

 

 まあ、式典までそれほど時間がある訳でもないし、話が早いのならその方が良い。

 と、いう訳で、私はスクールアイドルとは何か……うん? スクールだと高校生じゃなきゃできないな。説明はすれど似たような存在になるだけと補足しておこう。という感じでウミサカさんに説明した。

 

 

 

 

 

「なるほど……。しかし自分は歌う事にも踊る事にも覚えがありません」

「いいんです。スクールアイドルはプロのアイドルじゃないんだから、やる気さえあればそれでじゅーぶん!」

 

 ところ変わって赤べこさん。

 腰を落ち着けて話がしたいと思って心のままに足を向けたらここに来てしまった。

 ……ここなら個室もあってゆったりできるけど、いきなり狭い場所に三人きりはちょっとハードル高かったかな?

 しかしお酒を頼んで嗜んでいるウミサカさんはさっきより雰囲気が柔らかくなっているので、この選択は正しかったのだろう。うむうむ。お鍋も美味しいしね!

 

「お、お言葉ですが少将殿、式典は伝統行事なのです。下手な真似をすれば世界中に恥を晒す事になりますよ……!」

「ふむ。晒し首は御免(ごめん)ですが?」

「いやー、さっきのは言葉の綾と言いますか……まあそんなのは練習すれば良いのです」

 

 というか晒し首って。物騒な発想するなあ。

 下手なダンスやっちゃったらよくて減俸、悪くて除隊。謹慎とか降格とかもれなくついてきそうだし、世界中の笑いものになるのは間違いないな。

 ……やだー!

 

「でも、諦めないもん! おふざけで言ってるんじゃない。私、本気でライブがしたいの!」

「少将殿……」

「歌と踊りでみんなに笑顔をあげたい。この魅力と楽しさを広めたい!!」

 

 あとサカズキさんにライブがどんなものかを知ってほしい。それでもって笑顔になってくれたら嬉しいな。

 みんなスクールアイドルのトリコになってしまえー!

 

「そ、そこまで言うのならば不肖ミサゴ、どこまでも少将殿についてゆきます!!」

「わあい」

「ふむ、そういう理由ならば自分も協力するとしましょう」

「すんのかよ!!」

 

 あっ、またミサゴさんと声をそろえて突っ込んじゃった。

 気にしてないみたいだし、まあいいか。

 

 

 

 

 私達は、お仕事の合間を縫って顔を合わせ、振り付けを練習したり、歌を歌ったりして式典に向けて能力を磨いた。

 ミサゴさんもウミサカさんもとっても声が綺麗! ミサゴさんは低めの声で、ウミサカさんは高めの声。

 中間くらいの私ときて、三人の相性は抜群。

 しかし問題はダンスでも歌でもなく、曲の方だった。

 

 私は私の大好きな歌を発表する気まんまんだけど、それってこの世界にはない歌だ。私の記憶の向こう側にしか存在せず、ついでにこの世界には電子系の音楽ツールってないのだ。

 数多の楽器を束ねて生演奏する以外に曲を流す方法は現状存在せず、つまり楽士隊のみなさんに私の口からどんな曲かを説明して、1から作曲してもらうしかない。

 

 私、説明がすっごくヘタクソだから、これが難航して難航して……。

 幸いダンスも歌もどうにかなった。音痴は一人もいないし、二人とも強いから踊りにもそれが反映されてキレの良い動きを見せている。特にウミサカさんの方は凄い。私がやった動きを完璧にトレースするのだ。

 うーん、私よりアイドルに向いてるんじゃない?

 

 その、ちょっと評価できないアレなウィンクを除けば……だけども。

 ……ぬらべっちゃあーって擬音が聞こえてくるような度し難いウィンクの仕方。不器用すぎない……?

 というかどこかで見た覚えあるなあ、それ。

 

 少なくとも美人がしていい顔ではなかったので、徹夜でみっちり猛特訓。

 デスウィンク100連発! はい、マスカラブーメラン! キャッチしマスカラー!

 

 ……あれっ?

 あ。

 ああ?

 

 ……あー。方向性を見失っていた。あやうく新人類的な何かに変態してしまうところだった。

 でもその甲斐あって、ウミサカさんのウィンクは小悪魔的な素敵さに大変身!

 どっきゅーんって胸打たれちゃう!

 

「ふむ……新技という訳か。……使えるな」

 

 姿見の前で腕を組んでふむと頷くウミサカさん。

 何に使えるのかは聞かないでおこう。いったいウィンクで何をする気なのかは非常に気になるけれども。

 

「うっはああああ!! 無理! 無理ですううううう!!!」

「もおー、かわいいのにー」

 

 一方、完全にキャラ崩壊を起こしているミサゴさんは、もはや笑いながら丈の短いスカートを拒否し続けている。

 うーん、なんかこう、既視感があって楽しいけど、そう拒否られては面倒だ。

 

 慣れてね。

 

「無理ですううううう!!! 絶対無理ですうううううう!!!!!」

 

 真っ白な制服のズボンを死守してへたり込んだミサゴさんは、もはやズボン以外穿()くまいとでも言うように大泣きした。

 むー。アイドル衣装のどこが気に入らないんだろう。めっちゃトキメキを感じるのに。

 ……着てくれなきゃちくちく夜なべした意味なくなっちゃうじゃん!

 

「……ミューズ殿、自分もこれは少々……こんなに肌を見せるのは、は、破廉恥すぎるのでは?」

「どうして肌を見せるのかは後で説明するから、衣装合わせしといてくださいね」

「……まあ、説明していただけるなら良いですが」

 

 いいのか。

 じゃあ慣れてね。

 

「無理ですううううう!!!!!!」

 

 ぴぃいっと涙の洪水を作るミサゴさん。

 …………。

 

 慣れろ。

 

 

 

 

「…………」

「全て順調です」

「…………」

「ええ、海兵としての仕事はきっちりとこなしてます」

「…………」

「それはまだ駄目です。当日を楽しみにしててくださいね!」

 

 夕飯時。

 

 ここ数日はミサゴさんとウミサカさんとの三人で食べる事が多かったので、サカズキさんと食べるのはちょっと久し振り。

 黙々と箸を動かすサカズキさんが目で問いかけてくる数々に丁寧に答え、私もご飯をぱくぱく。

 ……げえー! この大根おろしめっちゃ辛い!!

 大失敗……。

 

「…………」

 

 でもサカズキさんは黙って完食。

 いつもお粗末様です。

 

 それでは食後の一曲。「にこぷり 女子道」いってみよう!

 

 ……あ、お気に召しません?

 ……ぬわんでよ!

 

 

 

 

 海に出ては海賊をぶっ飛ばし、本部にいては書類を次々処理し、秘密特訓場にいてはばんばんダンスのクオリティを向上させる。

 ここ数日間は充実した日々を過ごしている。ここが終点、私の居場所だったんだ……。

 

 あ、でもいくら私が天才美少女ミューズちゃんといっても記憶力には限界があるので、覚えてない振り付けもある。そこはみんなで考えて埋めていっている。

 衣装づくりは自分の手でやるのみ。プロに任せるって手もあるけれど、こういう素人感もスクールアイドルならではなんじゃないかなーと思って。

 

 ただし本気で作ってるからプロに引けは取らない出来だと思う。

 ミサゴさんもウミサカさんも褒めてくれたしね。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリー、フォー」

 

 ステップステップ、ターン、ポーズ!

 っし、オッケー! パーペキ!

 

「お疲れ様ー。ちょっと休憩しよっか」

 

 肩で息をする二人にお水を差しいれ、ほっと一息。

 でも休憩はほんの少しだけ。三分経ったらまた練習だ。

 各々の仕事があって忙しいんだから、急ピッチで仕上げていかなきゃいけない。

 

 幸いみんな体力お化けだから過密スケジュールでもなんとかなっている。

 式典はもう目前だ。後はリハーサルして、残りの時間は英気を養おう。

 という訳で手を叩いて休憩の終了を告げる。

 

「さ、そろそろ再開し――なに? ウミサカさん」

「……いえ。そろそろこの訓練も終わりでしょうし、一つ提案があるのですが」

「うん。なぁに?」

 

 動きやすいジャージ姿で胸に手を当てたウミサカさんは、真っ直ぐに私を見据えて、高い声で言い放った。

 

「自分と手合わせ願いたい」

「……ん?」

 

 言ってる意味がよくわからない。

 手合わせ? ……ああ、振り付けの一つの……。

 

「自分の力がどこまで通用するのか、少将殿がどれほどのお力の持ち主なのかを見極めさせていただきたい」

「ふわーい。そっちの手合わせか」

 

 うーん、でもなあ。

 私、女の子に意味もなく手を上げる趣味ってない。

 後進育成だとか訓練をつけてあげるとかも苦手だし、手加減もちょっと。

 ほら、ミサゴさんもあわあわしてる。

 ……してるだけで、止めようとはしないのね。

 

「でも、ライブ目前に傷作っちゃう訳にもいかないし……ほら、ウミサカさんの肌は繊細なんだから」

「……! いえ、ご心配には及びません。これでもタフネスには自信があります」

「そういう話じゃないんだけどなあ」

 

 手を振って拒絶しても、ウミサカさんは目をぎらつかせてやる気満々。

 これは言葉だけじゃ止まらないかな。

 ……あ、なら、受けてあげてさっさと終わらせてあげればいいだけか。

 

「うん、そこまで言うなら良いよ。ウミサカさんには私の無茶なお願い、たくさん聞いてもらってるしね?」

「無茶という自覚はあったのですか……」

 

 むむっ、ミサゴさん! 何その呆れ果てた目は!

 私だって一般常識は備えているのです。自分が結構むちゃくちゃ言ってるってのはわかってるんだよ、えへん。

 

「じゃ、練習終わって、一時間したら――」

「三十分ほどで結構です。それまでに整えておきますので」

「うん、わかった。じゃ、三十分後にここで集合ね」

 

 頷き合って、それから私達は練習に戻った。

 安請け合いしちゃった手合わせだけど、なんかこういうの、青春ぽくていいなーって思う。

 

 練習を終え、楽士隊を呼び込んでリハーサルをして、それから三十分。

 人が出払った秘密特訓場でウミサカさんを待つ。

 

「お待たせいたしました」

 

 彼女は、制服に弓持ちで現れた。ミサゴさんが後ろに控えて矢筒を抱えている。

 揺れる正義のコートに腰に差した刀が見え隠れする。

 ん? 弓使うんだ……てっきりその刀で戦うのかと思ったんだけど。

 

「これですか? これは脇差です。主な武器はこの弓になります」

「へえ。違いがよくわかんないけど、まあいっか。……あ、遠慮はしなくていいよ。鍛えてるから私は平気!」

「………………ええ。胸をお借りします、少将殿」

「うむ、ドンときたまえ。ミサゴさん、三つ数えて合図お願い」

 

 話しながら広い部屋の中央に移動して、距離をとって向かい合う。

 審判役を頼んだミサゴさんが了解の返事をして、私達から離れて、ゆっくり三つ数えだした。

 

 ひとーつ、ふたーつ。

 

 胸に響く心地の良い声に意識を傾けていれば、ウミサカさんは床へ向けた弓に手を添えた。

 その手には二本の矢が握られている。……一本握ったままもう一本をつがえて、けれど私には向けず、視線だけをよこしている。

 弓矢の作法はわからないけれど、あんな感じに使うものなんだろうか。

 

「みっつ!」

「ッ!」

 

 ミサゴさんの合図とともに私へ狙いを定めたウミサカさんが第一射を放つ。

 ヒュッと空気を穿って迫る矢は、鋭い気迫を纏ってはいれど銃弾より遅い。

 

「てい」

「!!」

 

 チョップで叩き落とそう、と気楽に考えて、実際そうしてみてびっくり。

 真っ二つになった矢は異様に硬くて、手が痛んじゃった。

 これ、覇気纏わせてない? なるほど、それなら鉄砲以上に有用な攻撃法だ。

 

「はっ!」

 

 それで、これくらいの強度なら……。

 続く二射目が迫るのを見て、ゆらり、両手を広げて待つ。

 ぎょっと目を見開く彼女に笑いかけ、ドッと胸を打つ矢に体を揺らす。

 

「っぷぅ。いてて」

「そっ! な、……馬鹿な」

「いやあ、まあ。これくらいはね」

 

 ふむ。大佐クラスってどんなもんかなって思ったけど、割とダメージ通ってるので、やっぱ強い人ばっかりなんだろうなあと実感した。

 床に落ちた矢を眺めれば、先端の尖ってるやじるし部分が無い。なんか丸っこくて柔らかそうなのがくっついている。訓練用かな。さすがに殺傷力高いのはもってこないか。

 まあ、刃がついてようと受けても問題はなかったけども。

 

「くっ、ならばこちらは――」

 

 弓を放り捨て、脇差を抜くウミサカさんに対して体を横に向ける。

 深く腰を落とし、右腕を左の方へ掲げてギリギリッと力を入れる。

 さ、フィナーレと行こう。

 

「つああっ!」

「"海振(かいしん)" よいっしょお!」

 

 脇差を腰だめに構えて突っ込んでくるウミサカさんへ思いっきり右腕を振り抜く。

 と、爆発音に似た轟音が鼓膜を震わせた。

 私の拳が空気をぶっ叩いた音だ。

 

「! っあ!?」

 

 同時、見えない何かに弾かれるようにしてウミサカさんが吹き飛ぶ。すっ飛ばした空気の塊にでもぶつかったのだろう。

 私、こういう技めっちゃ練習して習得したり編み出したりしているのだ。

 だって私の知ってる格好いい奴らの格好いい技、私も使ってみたいんだもん。

 でも能力由来の技ってなかなか再現できなくて苦労してる。

 その中でもこれは本来の技とは全然違う感じになってしまっている。

 

 けれどウミサカさんが反応できなかった通り初見殺しにはなるし、でっかい音で威嚇する事もできる。

 難点は私の耳もつらいってくらいかな。

 

「よっ」

 

 床と平行になって飛んでいく彼女を眺めつつ跳躍し、彼女が床へ叩きつけられるのに合わせて、その顔の真横へ飛ぶ指銃を放つ。ズキュンと風穴開ければ、それが容易く頭を貫くような攻撃だと伝わっただろう。

 

「っは、あ…………ま、参り、ました」

「っしょ、と。うん。勝負ありだね」

「あ、う、ウミサカ大佐っ!!」

 

 大の字になって倒れている彼女と私の顔とに視線をさまよわせていたミサゴさんは、彼女の方へ駆けていった。

 助け起こされたウミサカさんは少々自失しているみたいで、呆然と「まったく届かなかった……」と呟いている。

 うーん。いやまあ、たぶん同じ大佐の中でならかなり強い方だと思うよ。だって覇気使えてるし。

 なんて伝えてもなんの慰めにもならなそうだから、私は黙って静観。

 

 やがて自分を取り戻したウミサカさんは、肩を貸そうとするミサゴさんを手で制して、自分の足で私の前へやって来た。

 

「お手合わせ、ありがとうございました。ミューズ少将殿」

「こちらこそ。かける言葉が見つからないけど、腐らず頑張ってね。応援してます」

「ありがとう、ございます……」

 

 深く頭を下げた彼女の隣で、なぜかミサゴさんも腰を折って頭を下げた。

 お堅いなあ。もっと気楽でいいんだけどな。

 ……そうも言ってられないか。かなり気落ちしてるみたいだし。

 

 礼儀正しく凛としたウミサカさんだけど、たぶん、心のどこかで私を侮ってたんだろうね。

 ちっちゃいからね、私。でっかい二人に比べると。

 それはまあ、仕方ない。

 成長期がきたら三メートルくらい伸びる予定なので、それまではナメられるのも我慢かなー。

 

「大変失礼をば、いたしました。なんとお詫びして良いか……」

「これからいっそう精進していくとかでいいじゃないですか」

「……そうします」

 

 敢えて軽い声かけをしてみたけれど、神妙に頷かれるとこれ以上は何も言えない。

 私だって、私より小さい子に負けたら凄いショック受けるだろうし、気持ちはわかる。

 こういう時、なんて言ったらいいんだろうなあ。

 

 

――弱きは罪じゃ! 基礎から鍛えなおしてこんかい!!

 

 

 ……いやあ、これは駄目だと思う。

 私言われたけどね!

 

 

 

 

 式典当日。

 

 手合わせをした後の顔合わせでは、ウミサカさんはずっと黙って真面目な顔をしていたけれど、衣装を合わせて、頑張ろうねーと話していれば、だんだんと笑顔が戻ってきた。

 自分は自分の信じる正義(みち)を行く、と晴れやかになった顔で内緒話をしてくれた彼女に、にっこり笑顔を返す。

 いいぞ、その意気だ。ファイトだよ!

 

「はぁ……大佐殿……かっこいい……!!」

 

 ミサゴさんは、一皮剥けた感じのウミサカさんをうっとり眺めてトリップしている。

 今のうちに着替えさせよう。短いスカートも、三人並んじゃえば恥ずかしくなんてなくなるはずなんだから。

 

 マリンフォードに集った各国家の代表。

 そして三大将と各中将、以下海兵達。

 一般市民の参加する席ももちろんあって、映像電伝虫で諸外国に向けて生中継中!

 視聴率はどんなものだろう。毎年やってるものだから、謙虚に平和を祈る善良な市民とかくらいしか見てなさそう。

 

「ううう、こんなの正義じゃないぃ……!」

「かわいいは正義だよ」

 

 さて。長ったらしい元帥のつまらないスピーチのかたわらで、会場までの通路にて、私はミサゴさんを慰めていた。

 この後に及んでめそめそと、と思う気持ちと、無理矢理引っ張ってきて泣かせちゃってる罪悪感に挟まれて、なんとも言えない微妙な感じ。

 でもね、ほんとにそれだけだったら、私は彼女を途中でやめさせてあげてたよ。

 

 そうしなかったのは、踊っている彼女が、歌っている彼女が、とても楽しそうにしていたから。

 満開の笑顔だったからだ。

 それは、さっきまで晴れやかだった顔を沈痛な面持ちに変えて小刻みに震えているウミサカさんも一緒。

 

「この姿を多くの人の目に晒すと思うと、自分も緊張します……」

「その緊張の理由は後で話すから――」

 

 いつもの手で彼女の心を解きほぐそうとして、口元に指を当てられるのに言葉を切る。

 見れば、震えながらも彼女は微笑んでいて。

 

「緊張の理由は、わかります。……自分は、期待しているんだと思います」

 

 ゆっくりと、噛みしめるように言う彼女に、うんと頷く。

 そうだね。私も期待してる。

 でもその期待は、具体的になんだーって、言葉で表せられるようなものじゃない。

 ただ、私はずっと、「みんなを笑顔に」をキーワードにしてたから、それだけを想ってる。

 

 各国家間の平和の宣言。その表明が順次行われていく。

 海軍の姿勢の発表といっそうの活躍の決意が語られる。

 それを私達は、光の当たらない控えで聞いていた。

 

 やがて、出番が来るその時まで。

 

 

 

『これより休憩に入ります。その間、楽士隊の演奏をお楽しみください』

 

 誰かの声がうわんうわんと響いてきた。

 おお、ようやく出番がやってきた。

 ……まあ、扱いとしては休憩の間の繋ぎなのだけれども。

 

『なお本日は、この日を記念して、演奏に合わせて、えー……"ライブ"が行われます。興味のある方はぜひ御着席のままで、どうぞご静聴ください』

「さあ、行こう!」

 

 放送の声が途切れる前に、二人を振り返って促す。

 二人ともまだ緊張を残していたけれど、気の強い二人だから、力強く頷いてくれた。

 

 高らかにラッパの音が鳴り響く。

 私達は、「Happy maker!」のイントロを背に皆のいる日の差す広場へと飛び出した。

 

 ざあっと広がる人、人、人。

 C型の壇上に広がる席を埋め尽くすたくさんの人々。

 

 偉い人も普通の人も区別なく、未だその場を離れていなかった何十何百何千もの興味深げな視線が私達に注がれて、かあっと体を熱くさせた。

 その中にはもちろん大将方の視線もあって、私は曲の振り付けに合わせて彼らに大きく手を振った。

 あ、おじきだけ小さく振り返してくれた。紳士!

 

 私達のステージは、三日月状の島に囲まれた海の部分に浮かべられている。

 波に揺らめく四角く巨大な木板が特設ステージ。

 三人揃って跳躍して、海上の板へと飛び移る。

 

 輪になって方々に頭を下げてご挨拶。

 言葉はない。名乗りはない。あくまで休憩の間の余興。小さな催し。

 それでも最高に楽しんでもらうため、最高のライブにするため、いったん止まった演奏が弾むようなリズムと共に「Future Style」を奏で出せば、供えられた小型の電伝虫を用いてみんなに届く大きさの音で歌い、踊って、笑顔を振り撒く。

 

 心地良い緊張とざわめきの中、汗を弾けさせ、短いスカートを跳ねさせて腕を振り振り、足を振り振り。

 二曲目は次世代に飛び越えて「ダイスキだったらダイジョウブ!」。

 下から照らし上げる眩い光が私達の「楽しい」「嬉しい」って気持ちや輝きを、空高くまで照らし出す。

 跳ねて、揺れて、飛沫をあげて。

 会場全体の空気を混ぜて、私達の色に染め上げる。

 

 理由のわからない涙がまなじりに留まって、数瞬後に弾ける。

 水滴に乱反射した光の屈折が、魔法みたいに虹の線を走らせた。

 

 次はちょっと戻って「ススメ→トゥモロウ」を一番だけ。未来へ飛んで、「決めたよHand in Hand」を、これもまた一番だけ。

 

 三人で踊れる曲を中心に、精いっぱい、一生懸命、全力でジャンプして、熱い空気の中を突き抜けてミサゴさんとウミサカさんと何度も位置を入れ替える。

 

 

 ああ、楽しい!

 私、ずぅっとこうしてみたかったんだ!

 ずっとずっと、私の中にあったもの、私しか知らなかったもの、多くの人に知ってもらいたかった!

 

 それが今、叶ってる。それって最高だよね! 最強だよね!!

 それにほら。これは私が志した私の正義!

 私が浮かべる笑顔は私だけのものだけど、これを見て、みんなも笑ってくれたらって、そう思うんだ!

 

 きっとミサゴさんもウミサカさんも気持ちは一緒。

 手を取り合い、顔を合わせた二人と笑い合う。

 乱れた息のテンポが合って、寸分違わず動きが(かさ)なって、心も(かさ)なって。

 

 

 不意に、三人の大将の顔が目に入った。

 

 長い脚を組んで口の端をちょびっとだけ上げているクザンさん。

 

 いつもとおんなじ笑みを浮かべて私達を見下ろしているボルサリーノさん。

 

 そして……。

 

「……!」

 

 そして、足を組み、頬杖をついて、むっつりした顔で私を睨むサカズキさん!

 火照った体の、もっと奥。

 私の胸がカアッと熱されて、うわっと気分が盛り上がった。

 

 だってサカズキさん、目が語ってるんだもん!

 楽しいよ、面白いよって、それは私の願望かもだけどっ。

 振り付けの関係で彼らから視線を外さなければならなかったけれど、彼らが私達を見ているのは肌で感じていて、だから、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

 勢い余って大ジャンプ!

 びっくりした二人も慌てて合わせて大ジャンプ!

 最後を飾るアドリブで大盛況を博して、私達の最初で最後のライブは幕を閉じた。

 

 

 

 

「…………」

 

 私達がしたのはいわゆるコピーバンドというか、そういうライブだったけど。

 

「…………」

 

 私達のライブは、私達だけが経験した、唯一無二の時間。

 

「…………」

 

 秘密特訓場に戻ってきて、未だ興奮冷めやらぬままお互いの顔を見つめ合って、そのまま無言でハイタッチ。

 この瞬間、私達はまさしくひとつの光だった。

 

 

 

 

「少将殿の無茶に付き合わされた形にはなりましたけれど」

「自分だけでは決して経験できなかった、楽しい時間を過ごせました」

 

 一息ついて、お着換えもして、これで本当に楽しい時間はおしまい。

 私は胸に手を押し当てて、二人を見上げてそうっと息を吐き出した。

 

「私の方が、ありがとうって言う場面だよ。二人のおかげで、私の夢がまた一つ叶っちゃったんだもん」

 

 ひそかに胸に抱いていた、子供の頃からの夢のその一つ。

 私の中の誰かの記憶。その楽しい事、嬉しい事を、たくさんの人に見て、聞いて、知ってほしかった。

 だってこんなに素敵なんだもん。私が独り占めするのはもったいないよ。

 

「明日からは、それぞれ業務に戻る訳だけれど……」

「……ふふっ」

「ええ。仕事を億劫だと思ったのは初めてです」

 

 あはは。

 やっぱり心が繋がってる。

 こう、楽しい時間を過ごしちゃうと、明日は頑張るぞーってなるよりも、今日がずっと続いて! ってなっちゃうよね。

 でも気持ちは切り替えなくちゃ。みんなを笑顔にするには、歌と踊り以外にも方法はたくさんある。

 

 海兵として正義に努めるのもその一つ。

 だから、私……約束の日まで頑張るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、なんかたまたま式典に来てた天竜人がライブをみて「わちしの妻にするえ~!」とか騒いだみたいだけれど、どっこいさすがに天竜人の横暴も海兵にまでは届かない。

 そういう法律的なものがあるなんて初めて知ったよ、と安心する傍ら、天竜人サマが妻にすると指差したのがミサゴさんとウミサカさん『のみ』だった事に私はちょっぴり膨れるのであった。

 

 ……妻にするとかたとえ死んでも聞きたくないが、なんかこう、釈然としない……。

 んんー! 絶対ナイスバディに成長して、みんなを見返してやるんだからっ!!!

 

 




TIPS
・ライブ
ワンピース二次小説名物。
人気なワンピース作品には必ずといっていいほどライブが描かれているので真似してみた。

・コーミル
支部の人。

・Happy maker!
μ'sの楽曲。

・Future Style
μ'sの楽曲。

・ダイスキだったらダイジョウブ!
Aqoursの楽曲。

・ススメ→トゥモロウ
μ'sの楽曲。

・赤犬の視線
ミューズが思っていた通りかは定かではないが、その日の夜は外食に連れて行ってくれた。
クリームソーダをしこたま食べて怒られた。注意された通りお腹を下して大後悔。
夜は同じ部屋に布団を敷いて、お話をしながら眠った。


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第十話 "天夜叉"のサイン

 きゃー遅れちゃう!

 ライブ直後、二人と別れて本部の廊下を猛ダッシュするのは、今をときめくスーパースクールアイドルのミューズだよ。

 大事な会議があるのに、着替えやらなにやらに手間取ってとっても時間が押してるの!

 

 せっかく王下七武海が集まるって聞いたんだ、この日を逃す手はない!

 絶対サインをもらうんだ!

 

 ……やっぱミーハーかな。

 今さらか。海兵が海賊のファンでも良いんじゃない?

 いちおう分類上は味方だし。

 

 「月歩」「剃」と惜しみなく使い空中を駆け、ちょっと他の人驚かせちゃったりしながら会議が行われている上階を目指す。

 やっとこ辿り着いて、やけに大きな扉の前へ滑り込んだまでは良かったのだけど……。

 

「!? 冷けっ、ミューズ少将!?」

「なぜここへ……?」

「はぁ、はぁ……あー」

 

 少しあがってしまった息を整えつつ口元を拭い、しっかり立って、扉の両脇を固める海兵の顔を順繰りに見る。

 どちらも見覚えは無いし、正義のコートも羽織ってないし、平海兵かな。

 しかし困った。そうだよね、警備している人はいるよね。

 

 大事な会議がある、とは言ったものの、実際は私は呼ばれてない。

 中将か、もしくはその部下の海兵かくらいじゃないかな、会議に呼ばれるのは。

 

「すみませんが、通していただけませんか?」

「はっ、あ、いえ! それはできかねます!」

「その、会議中は許可ある者以外の入退室は原則禁じられていますので……」

 

 歩み寄っていけば、二人の海兵はたじたじになりながらそう教えてくれた。

 七武海が海軍側とはいえ、みんな元は荒くれものの海賊だ。下手に刺激すれば反旗を翻されるって危惧もあるのだろう。……そんな短気な海賊ならはなから七武海には選ばれないとは思うけど。

 でも災禍の種は寄せ付けないのが基本だよね。

 

「弱りましたね……大事な用事があるのですが」

「そ、そう言われましても、き、規則ですのでっ!」

 

 むー。こればっかりは勝手に押し通る訳にはいかない。

 どうしたものかなーと腕を組んで考え込んでいれば、扉がほんの少しだけ開き、別の海兵が顔を覗かせた。

 寄っていったガードマンの一人とこそこそ話し合うと、揃ってこっちを見て、またこそこそしだす。

 ……なに? ひょっとして中にいる誰かが「騒がしい!」とでも怒ったのかな。……サカズキさんいる? 違う? 誰だろう。

 

「あの、入ってよろしいと……」

「ほんとですか? よかったぁ!」

 

 お叱りの言葉かとその場で気を付けしてそわそわしていたのだが、どうやら入室許可が下りたみたい。

 どうも、どうもと扉両脇の二人と私を待っている海兵くんに頭を下げて会議室にいれてもらう。

 

「なんのご用事かな? ミューズ少将」

 

 広い部屋だった。

 会議室ってもっとこぢんまりしていて息苦しそうだと勝手に想像してたけど、ここは天井も高いし、向こうにある窓は……ガラスの無い、そのまま外に繋がっているもので清々しいくらい。

 ああ、そっか。七武海には体の大きな人達もいるもんね。それでこんなにお部屋が広くて、扉もあんなに大きかったんだ。

 

「あ、えっと……あの、会議は? 終わってしまった……の、ですか?」

「うん?」

 

 一番に私に声をかけてきたのは、こちらに背を向ける形で椅子に座り、顔だけを向けてきているセンゴクさんだった。制帽の上のカモメと帽子に潰されたアフロ、顎髭が編まれて垂れている丸眼鏡のチャーミングなおじさん。他にも中将達が横目で私を窺っている。ので、その場で敬礼。上下関係はしっかりとしなくちゃだからね。

 

 来訪したのが私だとどうしてわかったのかは知らないけれど、センゴクさんはどうやら自分に用があるんだと思っているみたい。

 私の目的は七武海だけどね。

 けれど……巨大な丸テーブルは海軍側以外はガラガラだ。七武海側で座っているのは"鷹の目"さんと……"天夜叉"さんしかいない。どっちもちゃんとした座り方ではないのが我の強さを窺わせる。

 

 おかしいな、他の、ほら、"くま"さんとか"でからっきょ"さんとかどこ行っちゃったんだろう。やっぱり会議はもう終わっちゃったの?

 

「ンン? オイオイ血迷ったか……今、おれの耳にゃあ……そのガキが"少将"と呼ばれたように聞こえたが?」

 

 ふわふわもっさもさのピンクの羽毛を纏った大男が、笑みを浮かべた顔を私に向けてきた。"天夜叉"だ。変わった形のサングラスが格好良い。たしか、目が日の光に弱いんだっけ?

 

「…………」

 

 組んだ足を机に乗せて、寛いでいるような体勢で私に視線を寄越すのは、"鷹の目"。名前の通り鋭い眼差しだけれど、ややすると興味を失ったみたいに視線を外されてしまった。

 ああっ、地味にショック! いちおう刀の練習もしてるんだけど、お眼鏡に(かな)わなかったみたいだ。

 

「それで? なんでこいつをここに招き入れた」

「ミューズ少将。何用かな」

 

 再度問いかけてくるセンゴクさんに、苦笑いを返そうとしてなんとか表情筋を押し留める。

 ううん、なんと言ったものかな……っとぉ!?

 

「お? お? おおっ!?」

「え? あの、どうしました、少将殿?」

 

 後ろに控えていた海兵さんが声をかけてくれたものの、私は勝手に持ち上がった自分の手に驚いていてお返事する余裕が無かった。

 抗おうと力を込めてもやっぱり勝手に動く手は、徐々(じょじょ)に腰に差した刀へと伸びている。

 おおー、これは……!

 

「フフ! フフフ!!」

 

 確認のために見れば、"天夜叉"さんが手を突き出して長い指を蠢かせている。

 うん、間違いなく糸に寄生されてるな、これは。

 でもドスッて刺された感じは全然しなかったんだけど……おかしいな。

 まあいいや。このまま刀抜かされちゃったら大目玉で降格謹慎処分雪崩の如し。それは嫌なので、はい、どーん。

 

「ン? ……なに、しやがった……!」

 

 愉快そうに私を操ろうとしていた"天夜叉"さんは、操り糸が切れてしまった事を察すると、顔を歪めて私を……たぶん、睨んだ。サングラスで視線が隠されているから、よくわかんないけど。

 

 そしてそれは秘密。私のオリジナル……ではないけれど、編み出した技とだけ言っとこう。

 ……あ、今自由に喋ったりはできないから心の中でだけ思っておこう。

 

「やめんかバカが。まったく」

 

 センゴクさんは額を押さえて頭が痛そうにしている。

 あっ、その顔、その仕草! 革命軍時代によく見てたサボさんのとそっくり!!

 でもサボさんはおんなじくらい笑顔も見せていたけれど、センゴクさんは怖い顔ばっかりだ。

 まだあまり接した事が無いから普段どんな顔をしているかはわからないけど、なんとなくサカズキさんとおんなじ感じのような気がした。

 

「チッ。おい、このくだらねぇ話し合いももう終わりだろう? 帰らせてもらうとするぜ」

「うむ、いいだろう。今後の方針は決定された。それでは――解散!」

 

 腹に響くセンゴクさんの、半ば怒鳴り声によって、たった今会議は終わりを迎えたらしい。

 ……という事は、もしかして七武海は最初から二人だけしかきてなかったってこと?

 えええ、大事な会議じゃなかったの!?

 ……それとも、この集まり具合が普通なのかな。式典が毎年やってるなら、この会議だって毎年やってるだろうし……重要度はさほどなかったのか。

 

 

 

 

 

 何の用事か、どうして来たのか。

 センゴクさんの追及から辛くも逃れ、冷や汗を流して会議室を後にする。

 なんか最後に中将に昇進させるよって言われたけど今はそれどころではない。

 

 あの場じゃあどれほど強い心を持っていようと、未だ座ったままだった"鷹の目"へ寄っていって「サインくーださーいな」なんて言える訳なかった。……たぶんそれ言ったらサカズキさんに伝わって六十四段鏡餅頭に作ってもらう羽目になっただろうし。

 

 うぐー、私、この日を楽しみにしてたのに!

 もとより七武海が二人しかいないんじゃテンション下がるし、うう、この際どっちかからだけでもサイン貰いたいんだけど。

 だって、前に麦わらの人達に貰ったサインは燃えちゃったんだもん! 私の大海賊コレクション、まったくこれっぽっちも集まってない!!

 

 超海兵コレクションは三大将と中将二名と大佐一名と曹長二名分集まってるんだけど。

 これはこれで宝物。この時代を生きてる証。ふへへ、墓まで持って行こう。

 

 とかやってる場合ではない。

 廊下に人目が無いのを確認し、窓から外へ飛び出して、空気を蹴って空を舞う。

 剃刀の如き軌道で超特急。空の道を行く"天夜叉"さんの背中を捉え、その眼前へと回り込む。

 

「……さっきのガキ」

「どうも」

 

 空中でぴたりと体を止めた"天夜叉"さんが呟くのに、まずは挨拶する。

 リズムよく空気を蹴って高度を維持しつつ、ぺこりとお辞儀。礼儀は必要だよね、これからお願いごとするんだから。

 

「フッフッフ! 先程の仕返しにでも来たか? だが……いいのか?」

「ああいえ、そのような意図はないのでご心配はいりません」

 

 その言葉は、七武海に手を出せば、とかそういう意味があるんだろうけど、別に諍いを起こす気はないので誤解を解こうと言葉を紡ぐ。

 

「ならどういう用件だ。どういうつもりで……このおれの前を塞いでいやがる」

 

 笑顔のままほんのりと怒りを見せる彼に、どう伝えれば上手くいくか悩みながらも言葉を選ぶ。

 ……直球の方が成功率は高そう。下手な小細工は怒りを買ってしまいそうだもんね。

 

「あの、私、あなたのファンなんです。サインください!」

「ァア? サインだぁ? ……くだらねぇジョークだ……」

「いえ、本気です。こちら色紙とペンです」

 

 制服の中に隠していた真新しい色紙とペンを取り出せば、私の本気度が伝わったのだろう。一瞬真顔になった彼は、次には背を反らすほど体を動かして大笑い。

 愉快そうで何よりです。その上機嫌さを保ったまま、ここに『ミューズちゃんへ♡』って書いて欲しい。あ、ハートマークは言葉を囲むようにでっかく! でっかくね!!

 

「薄汚ねぇガキが……! ブチ殺されたくなけりゃあ逃げ出しな……!!」

「あれっ」

 

 機嫌がよく見えた"天夜叉"さんは、しかし体を戻した時には額に血管を浮かせて、声に怒りまで滲ませている。

 私が海兵だから駄目なのかな。それとも、ああ、それともあれかな。

 

「その、言っちゃえば私、下々民(しもじもみん)とかですし……拒絶されても仕方ないかもですけど……」

 

 元々世界貴族だった訳だし、普通の人である私にはそういった施しとかはしたくないのかなあと思って、でも欲しいから食い下がろうとすれば、顔の横を小さな何かが通り抜けていった。

 見れば、"天夜叉"さんが私の顔へ人差し指を向けている。指先から上る煙が、まるで銃弾でも発射したみたいな余韻を残していた。

 

「てめぇ、何を知っている……!」

「あ、はい! もちろん色々知ってます!」

 

 彼の問いに、待ってましたと手を挙げる。はいはいはい! って元気よく。

 

 記憶の中の誰かって、強い敵には目が無かったのだ。

 一番好きなのは月にいる神様だから、私も感化されて大好き! なんだけど、強くなった麦わらさんを苦しめた"天夜叉"さんももちろん大好きで、なのでたくさんの事が記憶に残っている。一つ一つはっきりと挙げられるくらい。

 

「裏ではジョーカーって呼ばれてたり、時代はSMILEだ! とか、そうそう悪魔の実には覚醒という上の世界(ステージ)がある! とか!!」

「…………」

「"イトイトの実"って"超人系《パラミシア》"なのに、そこまで極めるのほんと凄いです! 尊敬しちゃいます!! 技、見てみたいです!! なんかやってほしいです!!」

「…………」

「なのであのっ、あの、サインください!!」

 

 なにが「なので」なのか自分でもわかんなくなってきてしまったけれど、なんとか最後まで噛む事無く言いきれて、私はドキドキする胸をそのままに、色紙とペンを突き出した体勢で固まった。

 

 長い長い沈黙が私達の間に降りる。幾度か風が吹いて正義のコートを揺らした。彼の纏う羽毛が擦れ合う音もよく聞こえて、ぽかぽかとした日差しが背中を暖め始めた頃に、ようやく彼の答えが聞こえた。

 

「ああ……いいぜ。"サイン"ならいくらでもくれてやる」

「! ほ、ほんとで――ッ!?」

 

 嬉しい言葉に顔がにやけそうになるのを押さえながら勢いよく顔を上げた私は、彼の笑顔を見た。

 そして、突き出された手の平から伸びる太い糸が私の胸を貫いているのもまた、よく見えた。

 

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"……死の"サイン"だ」

「っげ、ぇ」

 

 糸が引き抜かれ、噴き上がる血と共に私の体が落ちていく。

 海に叩きつけられ、波に飲まれて沈んでいった。

 

「フッフッフ!! 迂闊なガキだ、ベラベラ喋りやがって。……だが、どこから漏れた?」

 

 しばし考え事をしていた"天夜叉"さんは、今後はもっと慎重に動こう的な事を独り言ちると、両腕を振って糸を飛ばし、雲に引っ掛けて飛翔していった。

 

 その姿が見えなくなるまで、静観。

 

「……、……。……ぷふー、やりっ!」

 

 息を潜めて彼の背中を見送った私は、遥か雲の上からさっきまで私達がいた場所まで降りて思いっきりガッツポーズをした。

 サインは貰えなかったけど、技は見せて貰えたよ! "天夜叉"さんったら太っ腹ね。

 オーバーヒート! ……かっくいい!! 痺れる!!

 ……ううん、何か武器があれば再現できそう。

 

「そうと決まれば、以前から考案してたアレ、科学部に作ってもらおうっと!」

 

 上機嫌になって鼻唄を歌いつつ、両腕を振って"天夜叉"の真似っこで空を駆ける。

 絶対この技、ものにしてやるぞー!

 




TIPS
・なぜか生きてる少将ミューズ
いくら能天気なミューズでも生身を七武海の前に晒したりはしない。
これがミューズのオリジナル技……かも?

・天夜叉
生かしてどうやって知ったのかを知るより、知りすぎた者を始末する事を優先した。

・超海兵コレクション
青雉はおでん屋さんにて気前良くさらさらと。
黄猿は直談判しに行けば愉快そうにしながらサインしてくれた。
赤犬は差し出したペンと色紙を燃やされて、立ち去られてしまったのに気落ちしていれば
半紙を持ってきて筆で一筆。さすがにハートマークはなかったが、「ミューズへ」とは書いてくれた。


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第十一話 "天女"ミューズ

「ミューズ中将殿! 昇進、誠におめでとうございます!!」

「うふふ♡ どうもー♡」

「いやはや、凄まじい昇進速度ですね。御見それ致しました」

 

 スパパーンっとクラッカーを鳴らしたミサゴさんと、私を褒め殺すウミサカさんにやあやあとご挨拶。

 今日は仕事後にこぢんまりとした宴会場を借りて、ささやかながら昇進祝いをしてもらっている。

 これが結構嬉しくて、にやけ面を隠すのが大変。

 

「ミサゴ様もともに昇進できて、嬉しいですわ♡」

「あはっ、あいぇ、あの、様付けはやめてください……」

 

 それでもって私、調子に乗ってほんのすこーしキャラチェンジしてみたんだー。

 私服が許されてるんだからと衣装もチェンジ。

 紅染めのゆったりぶかっとした振袖は控えめに花柄があしらわれていて、前より伸びた金髪は右の頭で結んで垂らしてほのまげにして、金の(かんざし)()している。欲張りセットだ。

 履物は、足袋(たび)とかにしたかったけれど、どうも見つからないので白布の靴下に草鞋を履いている。どこにでもある物だけど、敢えて東の海(イーストブルー)から取り寄せた逸品。

 

 んん~、どうよ! この大和撫子七変化(ヤマトナデシコシチヘンゲ)!!

 ある時は可憐なる将校、またある時は癒しを振りまく舞姫……ああー、私ってほーんと、最高の女ね!

 きっとそのうち二つ名が"女神"とかになっちゃうんだろうなー罪だなー。

 

「華やかで(あで)やかで、見違えましたね。中将殿」

「くすくす♡ ええはい。今後はお淑やかに、大人の女性らしくをモットーに、ですわ♡」

 

 ちゃらっと両手に持った扇を広げ、舞うようにその場で身を捻る。

 なかなか優雅にできてるんじゃない? と流し目を送れば、ミサゴさんはボッとお顔を真っ赤に染めて膝に視線を落としてしまった。そんなミサゴさんの階級は少尉。二階級特進とは少々不吉だけど、本人は喜んでいる。

 

「ささ、まずは一杯……」

「わっひぇ! ぁああっ、そっ、中将殿にそのような事はあ!!」

「ミサゴ、静かになさい。個室を借りているとはいえ、他のお客様もおられるのですよ」

「うぁ、はい……申し訳ございません、少将殿……」

 

 扇を帯に差し込んで、そそっとミサゴさんに寄り添ってコップにお酒を注いであげようとすれば、大袈裟に仰け反って拒否られた。のを、ウミサカさんが窘める。おおー、ウミサカさんは私達のストッパーだね! こういう風に抑えられるのは珍しくない。

 ちなみに彼女も二階級特進。二人揃ってとなると、確実にこないだの式典のアレが関係してるんだなーと察せた。……なんか元帥さんがそれ関連の事を言ってた気がするな。その時は"天夜叉"さん追うので忙しかったから上の空だったけれど。

 

「中将殿にはこちらを」

「おほー特盛りクリソキター!! あっ……んんっ、これはまた大きなクリームソーダですわねぇおほほ♡」

 

 お酒の代わりにクリームソーダを用意してくれたウミサカさんに、思わず素が出てしまった。

 いけないいけない、こんなんじゃ立派な淑女にはなれないぞ。もっと所作に華を添えて、すげぇボインなネーチャンになるのだ!

 こんなちんちくりんなままじゃ大海賊になった時、みっともないと思うのだ。だから毎日大きくなれるよう様々な工夫を凝らして未来を勝ち取ろうとしている。その一つがイメチェンである。

 

「我々は階級は変わりましたが、ご存知の通りまだまだ未熟。なので此度(こたび)は中将殿の昇進のみ祝わせていただきたく……」

「えっ、あ、そ、そうです! 自分達の事はお気になさらず、少将殿とこのミサゴにどうか、おもてなしさせていただきたく!」

「ええ。ではありがたく、そうさせていただきますわ♡」

 

 大きな大きなクリームソーダの三段バニラアイスを細長スプーンで突き崩しつつ、二人にされるがままにすると宣言する。心遣いは大切にさせてもらうとしよう。

 でも興が乗ったら歌ったり踊ったりしちゃう。ほら、こんなにもクリームソーダがおいしいと、体が勝手に立ち上がって……はんなり、ひらひら。扇を泳がせてくるくる。

 着物の裾をちょこっと跳ねさせ、摺り足差し足忍び足。メガクイ杓死であくびがでるぜ。

 どう? 結構サマになってるでしょ? 二人も私の舞に釘付けだ。

 

 ……あ、結局私が二人を楽しませる余興がかりになってしまった。

 

「ほぅ……中将殿はいっそう踊りが上手くなられましたね」

「うふふ♡ (わたくし)、毎日練習しておりますもの。流行りのダンスから日本舞踏まで、まあ、嗜む程度にはこなせますわ」

「ふふっ、我々が共にライブをしたのはついこの間の出来事ですが、なんだかもう、遠い昔のように感じます」

 

 上品な笑い方をするウミサカさんへ、私もにっこりと笑い返す。今の彼女の仕草覚えたから、私も次からそんな感じに綺麗に笑おうっと。

 彼女の言葉の意味は、それほど私のダンス力が向上しているって事だよね。

 それはまあ、当然。私は練習だけでなく、常に本番だって行っているのだから。

 

「ところで、ニホンブヨウとはなんです?」

日舞(にちぶ)ですわ♡」

「……その、先程の踊りの名称でよろしいのでしょうか」

「そんな感じですわ~♡」

 

 おほほのほ。

 いやまあ、うん。さすがの私も日舞を正確に知っている訳ではない。

 京都修学旅行の折、ちらっと見た記憶を見たので極一部分だけはトレースできるけど、これを日本舞踏というのは……侮辱とかそういうのになっちゃいそうだ。

 ワノ国とかにはないのかな、こういうの。……ウミサカさんはワノ国出身ではないらしかったし、わからないか。

 

 ……ところで、私キャラチェンしたのは良いんだけど、喋り方二人と被ってない?

 ……いやいや、敬語とかそういうのは珍しくもない。大丈夫大丈夫、差別化されてる差別化されてる。

 たぶん。

 

「さあっ、お二人も一緒に歌いましょう! 曲はμ's(ミューズ)の「Love Wing Bell」で!」

「ええっ! 自分はその曲を知らないのでありますが!?」

「良ーいのです! ミサゴ様もウミサカ様も遠慮などせず、フィーリングでついてきてくださいませね!」

「ふふっ、本当に……中将殿には敵わないな。ミサゴ、付き合おうじゃないか」

「えへぇ!? ととっ、突然何を少将殿!?」

 

 立ち上がって声を合わせる意思を見せたウミサカさんと、何をどう勘違いしたのか頬を朱に染めて大慌てするミサゴさんに、私は口許に手を当ててくすくす笑いを零しながら、部屋の隅、電子ピアノの前に座る私へとウィンクをして合図を送った。

 

 

 

 

 キャラチェンしたってお仕事の内容が変わる訳でもない。

 あのライブ以来、私達を求めて本部を訪れる者が少数いて、ほんの少し入隊希望者が出て来たけれど、それは誤差の範囲。日常の一つ。

 でも市民や周りの海兵からは"冷血"の印象が薄れてきているみたいで、同じ船に乗っていても無駄にびくびくされないようになった。

 

「ええ、はい。手配した電伝虫をお一つ、市民へお渡ししたと記録をつけておいてくださいね」

「はっ! ただちに!!」

「ああっ、もう。そんなに急がなくとも……」

 

 柔らかな物腰を心がけて、控えていた部下の一人にお願いすれば、きびきびした敬礼の後に大慌てで船室へ駆けこんで行ってしまった。

 

「もうっ」

 

 恐れられなくなったと思っていたけれど、でもやっぱり声をかけると怖がられたりする事もあって、"冷血"のイメージは根深い事を知る。

 変な時期にキャラチェンしちゃったせいもあるだろう。払拭されかかった印象の上から新しい姿をかぶせちゃったもんだから、拭おうにも拭いきれなかった感じ。これは私が悪い。

 でも大人の女になりたかったんだもん! だから怖がられるのは我慢する。それもまたレディへの第一歩である。

 

 苦笑いするミサゴさんにべっと舌先を見せて、それから、今日もまた平和な"偉大なる航路(グランドライン)"へと視線を移す。

 

「……サボ様」

 

 甲板から海を眺め、一歩、前へ出て呟く。

 声は潮風に乗ってどこかへ流れ、自分以外の誰にも届かない。

 

「必ず、ご恩はお返しします」

 

 大恩あるサボさんに報いるために、私はようやくあの島を見つけた。

 いつ時代を塗り替えるあの事件が起こっても良いように、街の代表者に電伝虫を渡して、何かあれば連絡するように伝える事ができた。

 根回しはばっちり。これでいつでも飛んでいける。

 

 たとえ私の知る歴史と変わる事になろうとも、私は私の掲げる正義に基づいて行動し、一人の人間としてこの命を救われた恩義に報いる。

 

 ゆえに、時代は変えさせない。

 ……そう息巻いていたところで、白ひげが言っていたように、いずれ時代を一身に背負うものが現れて新時代の幕を叩き上げてしまうのだろうとなんとなく予感してしまう。

 私とてこの海で生き、この時代に息づく者。同じ時間がいつまでも続くだなんて思っていない。

 

「嵐が来るぞぉおお!!!」

 

 ほら。

 あんなにも良い天気だったのに、突然の嵐が心を攫う。

 航海士が発した言葉を人から人へ伝える声が船の上に響き渡るのに、そっと息を吐いた。

 急速に空が陰っていく。風が騒めいて、結った髪を揺らした。

 

 私の行いが正しいのか。

 私の行動が通じるのか。

 

 それで歴史を変えられるのか。

 それが時代を止められるのか。

 

 そんなのは全部、やってみなくちゃわからない。

 

「中将殿、中へ……」

 

 私の体を労わるミサゴさんに頷いて、ゆっくりと船内へ戻った。

 

 

 

 

 最近気づいたのだけど。

 

「れ、"冷血"!!」

「マジかよおいふざけんな!?」

「野郎共ォ!! 戦闘だ! 怯むんじゃねぇぞォ!!」

 

 私、どうやら晴れ女みたい。

 

 海に出るたび快晴だから、グランドラインっていいところだなーと思っていたけれど、よくよく考えて見るとここって異常気象が基本の海だ。

 でも私の航海はいつだって概ね安定している。だから晴れ女なのだと最近気づいた。

 たまに雨も降るけれど、人に陽の光が必要なように、雨の水がなければ枯れちゃうって真姫(まき)ちゃんも歌っているのでそこはそれ、問題なし。

 

「"冷血"……? あのガキがか?」

「見た目に騙されるな! 悪党とあらば一人逃さず殺す海軍の殺戮人間だ!」

「名前は確か、ミューズ……少将」

「少将ゥ!? あのガキが!!?」

 

 トンッ、トンッ、と空気を蹴って、マストの上へ。帆を張るための柱に降りる。

 うーん、冷血冷血と騒がしい。まだそのイメージは消えないのか。

 けれど私は生まれ変わったのだ。だからこんな事もしちゃう。

 

「海賊の皆様方、(わたくし)の降伏勧告をお聞き入れになられるのであれば、悪いようにはいたしませんわ♡」

「はぁ!? 何言ってやがる! おい、撃て!」

「食らえや!」

 

 せっかく人が慈悲深く、大人しくお縄につくなら手荒な真似はしないと言ってやったのに、荒くれ共は耳を貸さずに私へ銃口を向けると、破裂音を鳴らしていくつもの弾丸を飛ばしてきた。

 

「はぁ……宴舞(えんぶ)-"自然系(ロギア)(かた)"」

 

 ならば徹底的に殲滅するのみ。帯に差した扇を引き抜き、ぱっと開いてひらりとワンステップ。

 

 人の話を聞かない奴らに手加減なんていらないでしょう?

 それは賽を振るまでもなく決まり切った事。0も1もなく生殺与奪は我が手の平の上。

 

「なっ、じゅ、銃が効かねぇ!?」

「やめろ無駄だ! 能力者だ! 自然系(ロギア)の能力者なんだ!!」

「ふふ、仰る通り、(わたくし)は最強種"自然系(ロギア)"、キリキリの実を食べた濃霧人間。いくら銃弾を撃ち込まれようと数多の水滴の集合体たる(わたくし)には通じませんし……」

「ちくしょうが!!」

「おい! 撃つのを止めろと言ってるだろうが!」

 

 私の言葉の間にも銃撃は止まらず、見渡す限り混乱が伝搬して命令が上手く行き届いていない様子。

 これじゃあ声も聞こえてないかもしれない。それは少しばかり癪なので、聞こえやすいよう下へ降りて、自分から敵に囲まれる形になる。落下の際、巻いた羽衣(はごろも)が風を受けてばたばたとはためいた。

 

「死ねやァ!」

 

 すかさず抜剣して切りかかってくる者がいたが、通じないと言ったのが理解できなかったのだろうか。

 肩から入った剣は横腹から抜けて木板の床を叩いて跳ねた。

 

「ど、どうなって――!?」

「"天鈿女(アメノウズメ)(まい)"」

 

 帯の下側から覗く細い鉄の筒を指先で押し、チャッと手の平に水を一掬(ひとすく)い分出す。

 右手で扇を引き抜いてぱっと開き、風を切ってその場で一回転。

 全方位へ放つ"撃水(うちみず)"が散弾のように多くの敵を撃ち抜いてゆく。

 

「グッ、ひ、こ、こんなのどうやって……!」

宴舞(えんぶ)-"天女(てんにょ)(かた)"」

 

 ひらり、手に残る水気を払うようにして一動作。足拍子をいれつつ舞って、次の技のお披露目に移る。

 

「"斬斬舞(キリキリま)い"」

 

 羽衣を抜き取り、カァッと武装色の覇気で黒染めにする。もう片方の手で逆手に刀を引き抜いて、二転三転、やや移動しながら横回転。無尽に空気の刃を飛ばす。

 近くあるものも遠くあるものも区別なく、棍のように固まった羽衣と海楼石の刀、"ずばずば戦鬼くん"の斬撃が未だ立ち狼狽える不逞の輩を裁いていく。

 あっと言う間に死屍累々だ。

 

「つ゛、つ゛え゛ぇ゛……!」

「も、やめでぐれ……死んじまうよ……!!」

 

 けれど、急所は外す。

 これら悪党なれども命までは取りはしない。

 されど時には手折りもする。それが私の掲げる正義、自由の名の下に行使する力。

 

「はて……先に仕掛けてきたのはあなた様方だったと記憶しているのですが?」

「も、もう、抵抗しねぇ……から、た、たすっ」

 

 私の足元に倒れていた海賊は、そう懇願する中で槍に貫かれてがくりと倒れた。

 

「何を寝ぼけた事言ってやがる! オレ達ゃ海賊だぞ!?」

「あらあら」

 

 扇を持ったまま手の甲を口元に添えて憂いの息を吐く。

 せっかく私が留めた命をこうも無為に奪われては、癪に感じてしまいます。

 ……なんてね。

 

「なぜトドメを?」

「あァ?」

 

 倒れ伏す数多の悪の向こう側に、親玉らしき影が一つ。

 やたらでかい図体を、一握りにした二人の部下で守った男は、ぼろ雑巾のようにその部下二人を放り捨てると、腰の剣を引き抜いて私を睨みつけた。

 人間相手になんて雑な使い方を……。

 

「お仲間ではないのですか?」

「何を言うかと思えば……ああそうさ、こいつらはオレの部下さ!」

「では、なぜそのように扱うのです?」

 

 脂肪か筋肉か、首らしき部位が見当たらず丸い印象を抱かせる海賊は、ギザギザの歯を見せて笑うと、一気に剣を振り上げた。

 斬撃と風圧が船を裂き、倒れる人達をお構いなしに傷つけて私に迫る。

 

「ですから、そういった攻撃は無意味――」

「今だテメェら!!」

「――と?」

 

 擦り抜けていく斬撃に呆れていれば、男が声を張り上げた。

 その視線の先を辿って上を向けば、いつの間にやらマストの上に二人の男が立っていて、三つのバケツをひっくり返していた。だから視界いっぱいに水が広がっていて――。

 

「や、やった……! まともに海水浴びたぞ!」

「馬鹿が、油断しやがって! こちとらグランドラインを駆け抜けてきたんだ、能力者の対策ぐらい練ってんだよ!」

「ひゃはっ、殺った!」

 

 空から降ってきた三人の海賊の、それぞれの剣が体に突き立てられる。

 ……が、三本が三本とも砕け折れ、後に残るのは静寂のみ。

 

「……な、なんで……かっ、海水を浴びたのに、なんで弱らねぇ!?」

 

 濡れた前髪を指で払えば、磯臭い海水がぴんと跳ねて、不快感が胸を満たした。

 ……この晴れ着は一張羅なんだけど。この羽衣は特別性なのだけど。このほのまげは、私の憧れそのものなのだけど……!

 

「ああんもうあったまきた!!」

「ぐへっ!?」

「げァ!?」

「ブッフ!!」

 

 脚を振り回して三人纏めてぶっ飛ばし、跳躍一つでマストのてっぺんに舞い戻る。

 むかむかむか。滴る海水がさらなる不快を運んできて、苛立ちが募るばかり。

 アホ面晒す船長を見下ろせば、一滴が唇に到達して染み込んだ。

 

「しょっぱ苦い……もー怒った。船ごと沈めてやる」

 

 両腕を交差させて、両手をオッケーの形にする。

 その照準は船全体へと向けられて、もはや海賊に逃げ場無し。

 

「宴舞-"ピカピカの型"」

「なっ――」

「"八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)"」

 

 雨のように光の礫が降り注ぐ。

 それは数十秒間船も人も蹂躙して、剥がれて浮き上がった木板さえ粉々に砕き、眩さで埋め尽くした。

 沈み始めた船から足を浮かせ、宙を浮かびながらこれでもかってくらいに打ち込んで、すべてが海の藻屑となったのを確認したくらいにようやく攻撃を止める。

 

「わっしの力を思い知ったかサルゥ~~……。うーん、(わたくし)のおじきの真似完璧すぎない? 自分の才能が怖いですわ、おほほ♡」

 

 などとおどけてみても、不快感はちっとも消えてはくれない。

 濡れた着物の感触はなんとも言い難く、つまりは、もう。

 

「……はぁ、シャワー浴びたい」

 

 ……でも、ぷかっと浮いてきた海賊達は回収しなきゃなので、しばしお預けだ。

 寄ってきた軍艦から有志を募って海賊達を回収すると、さっさとシャワールームに駆け込んだ。

 はやく髪洗わなきゃ痛んじゃう!

 

「ほふー」

 

 ざあざあと降り注ぐ熱い雨に、気持ち良さに浸りながら、平坦な胸を撫で下ろす。

 滑る指が正中線をなぞり下りて、お腹を押さえてほうっと一息。

 一仕事終えた後のシャワーは何度浴びても気持ちが良くって素敵。

 

 あ、こうして湯を浴びたり、湯船に浸かろうとも私は能力者特有の弱りを見せたりはしない。

 だってたくさん鍛えてるからね! ……というのは冗談で、単に、海賊に言ったアレは嘘ってだけの話である。

 うん、能力者ってのは嘘っこなのだ。

 ハッタリも大事よねー。

 

 なので海水を浴びようが海に落ちようが私は平気。"自然系(ロギア)"が全能感ゆえに油断するのと同じように、卓越した覇気使いが能力など通じないのだから避けないなんて油断するように、能力者に海水をかけて油断する阿呆を討つ作戦なのだ。

 

 私って、ほんと頭いー!

 

「ふんふんふーん」

 

 苛立ちも不快感も至福のお湯に流されて、すっきりさっぱり、天上の美を取り戻す。

 ふんふん。鼻唄も弾むというもの。

 

 ちなみに"自然系(ロギア)の型"とは名前の通り、攻撃の効かない最強種をイメージして編み出した技。

 ま、単なる残像を作り出すだけの技なんだけども、そこに覇気を纏わせると、みんな残像を私と思い込んで攻撃を仕掛け、当然効かないのにビビるのだ。

 その間私は「六式忍法」"天隠(あまがく)れ"にて姿を消している。"天隠れ"は常に「(ソル)」で動き回って相手に視認されないようにする技だ。コアラさん相手に六式忍法とか(うそぶ)いてたんだから、作っておかなきゃなーと思っててきとうに命名した。

 

 見聞色相手には意味ないんじゃとか、強い奴には通じないんじゃと思われるかもしれないが、それは逆。

 むしろ見聞色持ちの方が引っかかるし、強者程残像に気を取られやすい。

 それは"天夜叉"さんの時に実証済みだ。

 

 なにせ、残像には覇気を纏わせてるからね。なんか知らんが気を引かれるみたいだし、それに残像は覇気によって実態を持ち、擦り抜けさせようと思えばそうできるし、その反対もしかり。攻撃も防御も自由自在。

 

 覇気を知っている者ほど目の前の残像()を本物だと思って疑わない。

 より本物っぽく思わせたければ体のどこかにケチャップでも仕込んでおけば良いのだ。狙撃手さんリスペクト。

 

 おじきの真似した新技は光る! 飛ぶ! 「指銃(シガン)」である。結構ピカピカの実を再現できてていい感じじゃないかなー。

 さすがに本家本元より殺傷力はだいぶん落ちるけどね。

 今日だって、一人も死者は出していない。

 ……船長の風上にもおけないくずが刺し殺してしまったやつを除けば、だけど。

 

 

 

 

 自宅にて。

 夜も更け、(とばり)が下りて、虫が鳴く。

 風情ある今日の良き日に、私は空に満月を見た。

 

 ほわあ、今日の月は一際大きい。スーパームーンってやつかな。

 これを独り占めするのはもったいない。

 

「おう、なんじゃあミューズ……何しちょる」

「まあまあ、おじさま。ここはひとつ(わたくし)に身を(ゆだ)ねてくださいませ♡」

「きっとおじさまに退屈はさせませんわ♡」

「…………」

 

 という訳で、居間で新聞を見ていたサカズキさんに残像共々二人がかりで纏わりついて、強制的に立たせ、腰に手を添えて縁側までご招待。

 胡坐を掻いて座るサカズキさんににっこり笑いかけ、残像と場所を交代して小走りで台所へ移動し、朱塗りの膳に温めたお酒と海王類のお刺身を切って乗せて戻る。

 

「おじさま、どうぞ。冷えますので」

「おお。……熱燗(あつかん)か」

「ええ。どうぞ、お召し上がりください」

 

 ちょうど残像というか、分身の私がサカズキさんに一枚羽織らせていた。今日はちょっと気温が低いもんね。マグマの化身たる彼に肌寒さがあるかはわからないけど、こういうのは気持ちが大事。

 おちょこを手にしたサカズキさんの横へぴったりついて、とっくりを両手に持って静かに注ぐ。

 それを膳の横に戻し、分身と目を合わせて、それぞれ腰を上げた。

 

「さ、おじさま。月見も花見も味わい深く、その二つを同時とくれば、今宵も良き晩酌になるでしょう」

「好きにせい」

「ではひとつ、失礼いたします」

 

 草鞋(わらじ)を履いて庭に出る。

 電子ピアノを弾く分身に合わせて、帯から抜いた扇二つを広げてゆったりと舞う。

 

 背に大きな満月を背負い、月光の中で一心に。

 お酒を口に含んだサカズキさんは、その双眸をしっかり私へと向けて逸らさない。

 いつだって真っ直ぐものを見据える人だから、途中で目を逸らしたりなんかしないのだ。

 

「ああ……ふぅ、染みるわい」

 

 冷たい夜風を心地良いと感じるくらいに本気で舞えば、月の光に照らされたサカズキさんの両の瞳が無垢に光って、そこには私の姿が映っていた。

 一曲終え、目をつむったまま手を揃えて頭を下げる。

 と、サカズキさんはこの曲をお気に召してくれたのか、なんという名前なのかと聞いてくれた。

 

 ぱっと顔をあげ、思わず嬉しさを露わにしてしまったものの、『お淑やかに』を心がけて柔らかい笑みに抑える。

 

「作曲は桜内梨子(サクラウチリコ)、曲名は、"海に(かえ)るもの"でございます」

「海に還る……」

 

 キャラチェンした甲斐があったなーと悦に浸っていれば、サカズキさんは声を落としてそう呟いた。

 ああ、そうか。この曲の音に何かを感じたのだろう。

 私もサカズキさんも海と密接にある生活してるから。

 

 この曲を演奏するにあたって、私も桜内さんを見習って身一つで海に潜り、「海の音」を聞こうとした。

 けれど私には聞こえなかった。

 海中で渦巻く水流や数多あって天へ上る水泡とか、差し込む光が作る光の道とか、どちらかというと視覚的で動きあるものが多く、だから私は曲自体に手は付けられなかったけど、舞いにその動きを加える事ができた。

 

 同じ五感で感じたものだ、やや違うかもしれないけれど、まったく別物ってことはないだろう。

 これに何かを感じてくれたなら嬉しいな。

 

「フン……」

 

 小首を傾げ、笑顔を彼へと投げかける。

 いかついお顔で鼻を鳴らしたサカズキさんは、お箸をとって刺身を一切れ口に入れると、お酒で流し込んだ。

 ふふっ、退屈しのぎにはなったかな?

 

 巫女舞ステップがお気に召したのか、他に何かないのかと聞かれたので、ええっないよお! と焦りながらもとりあえず「死のうは一定(いちじょう)~」と即興で小唄を舞って乗り切った。

 電子ピアノの前で私の分身がめっちゃキョドッてたから噴き出しそうで大変だった。

 

 

 

 

「"Dの羽衣"でしょー、"ずばずば戦鬼くん"でしょー、"陽扇(ひおうぎ)"と"緋扇(ひおうぎ)"でしょー、"色気ましましベッピン着物"でしょー」

 

 船内の一室。

 姿見の前で持ち物確認。今日も私は最高で最強にかわいくって無敵。

 帯左側に差した戦鬼と陽扇に右側に差した緋扇。肩に巻いた羽衣はふわふわゆったり、まるで天女みたい。

 

「うん、確認終わり!」

 

 今日の点検を終え、点呼のために別室へ急ぐ。

 私がいなくちゃなんもかんも始まらないのだ。遅刻は厳禁。部下より早く現場に到着するのは上司の基本!

 しかし私が船内の一室についた時にはみーんな整列済みで、私語の一つもなくかたっくるしくして待っていた。

 たぶん、ミサゴさんが睨みをきかせていたからじゃないかなー。お堅い人だもんね。

 

 点呼を終え、朝食を食べ、軽く標語を言って、今日も頑張るぞーと各自持ち場へ移動する。

 私は自由行動だ。何か問題が起きるまではふらついたり鍛錬したりしている。

 はやく海賊とかでないかなー。体がうずうずしちゃって仕方ない。

 強くなると体力も増えるから、こう、どうにも動きたくなっちゃうんだよね。

 

 とはいえ今日の海は新世界ではなく"偉大なる航路(グランドライン)"の方だから、海賊が出たって大した奴はいないだろう。

 億越えだって1億から3億までだとなかなか弱っちいのばっかりだし。

 4億とか5億とかと戦ってみたいもんだけど、そこまで行くと生きるか死ぬかはわからなくなってくるしなー。

 ま、誰が相手だろうと負ける気はない。たとえサカズキさんが相手だったとして、魂まで焼け溶けない限り食らいついてでも目的を果たすくらいの気概は持ってるつもり。

 

 

 ……だから、あれ。

 

 

「ぅうおラァアア!!」

「げっふうう!?」

 

 1億1500万かー、雑魚だなーと思って捕まえようとした海賊にぶん殴られて吹き飛ばされたのは、油断と言うかなんというか……。

 

「げほっ、うぇっ、っ」

「まだまだァ!」

「んくっ、は、"夜明歌(オーバード)・クー・ドロア"!!」

 

 凄まじい衝撃が背中まで突き抜けて膝をつく。

 追撃に迫る若き海賊に、咄嗟に刀を引き抜いて頭狙いで突きを放てば、すんでのところで首を傾けられて避けられた!

 

「もう海楼石は食らわねぇ! "鉄・塵(テツジン) インパクト"ォ!!」

「ふっぎゃ!!」

 

 密集した粒が男の拳に纏わりついて肥大化すると、再びそれに殴り飛ばされて、私の体は船上を跳ねた。

 

「どうだ! 本部大佐"波撃"のマアンアとの戦いで編み出した、おれの新しい技!!」

 

 久々に脳みそを揺らすくらいのダメージを受けて、慌てて身を起こして追撃を警戒する。

 奇抜な紫の、もしゃもしゃの短髪の、上半身裸の青年が、息を荒げて歩んできている。

 

「いいぞーコーラス! やっちまえぇ!!」

「押せ! 勝てるぞこの戦い!!」

「ハァ、ハァ……へっ、騒ぎやがって……勝負はまだついてねぇってのによ……!」

 

 鼻の下を腕で拭った青年――懸賞金1億1500万ベリー、"鉄人"テイルデール・T・コーラスは、仲間の声援を受けても油断なく構え直すと、緩やかに走り出した。

 

「ふっ、ふぅ……とうっ!」

「ん!?」

 

 片膝立ちになって痛みが引くのを待っていた私は、それに合わせて高く飛び上がった。

 膝を抱えて瞬時に数回転。ぎゅるぎゅると猛スピードで遠心力を蓄え、両足揃えてダブル踵落としを見舞う。

 当然その場で行った攻撃は直接彼には届かない。けど――。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"廻断(めぐりだ)ち"!!」

「ぐおっ!」

「うおお、メインマストが!?」

 

 回転を加えた両足での嵐脚はこの海賊船の太いマストを縦に割き、少しばかり船体にもダメージを与え、かの海賊コーラスをも真っ二つにした。

 体の右側と左側が泣き別れした彼は、それぞれが左右に倒れていく中で砂が崩れ落ちるように形を無くし、再び組み合わさって無事な姿を見せた。

 

「無駄だァ! おれの体は"(ちり)"!! 打撃も斬撃も効かねぇのさ!! "超人系(パラミシア)"と侮るなよ!!」

「くっ、まるで"自然系《ロギア》"の如き肉体ですわね」

 

 トッと床に下り立って、胸元の布を握りしめる。

 愚かにも油断して受けた一撃は中々に重い。めっちゃ痛いし、最悪。

 こんな子供にも容赦なく殴りかかるんだから、ほんと向こう見ずな海賊って嫌だ!

 

「「六式忍法」"矢目霰(やめあられ)"!」

 

 十指全てを幾度も弾き、空より曲がって襲い掛かる天気雨のような飛ぶ「指銃(シガン)」。

 たまらず立ち止まってそのすべてを身に受けた彼は、勢い良く両腕を振り上げて体を起こした。

 

「効かーーん!!」

「知っていますわ。そして油断大敵……宴舞(えんぶ)-"麦わらの型"」

 

 大きな隙を曝け出すのは未熟者の証。……余裕ぶっこいててくてく敵に近づいて行った自分に戻ってくるブーメラン発言ではあるけども、一度気を引き締めたならルーキーなんかには負けはしない。

 とはいえ大急ぎ! 今回は前動作は省略して、ババッと左手を前へ突き出して照準を合わせ、右の拳を引き絞る。

 

「"ゴムゴムの"!」

「んおっ!!?」

「"JET(ピストル)"!!!」

 

 ビュッと空気を穿って放つ超速の打撃が、しかし彼が形振り構わず身を投げて転がった事によって空撃ちに終わった。向こうの船室の壁を砕くに終わる。

 

「むっ、避けましたか! けれどさらなる隙ができたのは同じ事! "撃水(うちみず)"っ」

「ぬぐっ! んなっ……」

 

 手をついて起き上がる途中だった彼は、今度こそ銃を受ける派手な音をたてて吹き飛んだ。

 そのさなか、驚愕の声。ふふふ、海水のお味はどうだ!

 海楼石にさえ注意すれば良いというその油断、まだまだ甘い。

 高速移動で彼の上空へ移り、両膝蹴りを土産に剥き出しの胸へ飛び乗る。

 

「ぐほっ! ぐ、が……!」

「ここまでの航海、ご苦労様です。しかしあなた様方はここまで。大人しくお縄につく事です」

「ど、どき、やがれ……ぐへっ」

 

 よろよろと伸びてきた腕が襟元を掴もうとするのをぺしっと叩き落す。

 やはり能力者に海水は辛いらしく、舌をだらんとさせて力が抜けきってしまっている。

 

「こ、コーラス! 何やってんだ、そんなガキぶっ飛ばせ!」

「コーラスゥ!」

「うふふ、随分と慕われていますのね?」

「……!」

 

 遠巻きに私達を囲む彼のお仲間が切迫した声を発するのを横目で窺う。

 副船長らしき長身の彼。年若い女剣士。二丁の銃を腰に吊るした強面(こわもて)のガンマン。

 バリエーションに富んだ海賊達だ。そして、いずれもこのコーラスという人をかなり信頼しているらしい。

 

 それぞれがいきりたって自分の得物に手をかけているのに、誰一人として乱入してこようとしない。

 彼が最初に言った「おれとこいつの喧嘩だ、手ぇ出すなよ!」という言葉を頑なに守っているのだ。

 誰からも名前で呼ばれているみたいだし、仲が良いようだねぇ。

 

「ふんにっ!」

「っ、きゃっ」

 

 と、大振りに拳を振る彼にびっくりして飛び退く。

 ……海水を受けたのにまだ動けるのか。結構骨があるね。

 

「な、仲間にゃ手は出させねぇ……! 捕まえてぇなら、おれを倒してからにしろ!!」

「……痺れますわねぇ。ですがそれは実力が伴っていればの話」

 

 肩で息をして立ち上がる彼の懐に一歩で入り込み、はっと気づく彼が私を見下ろした時には、伸ばした指が無防備な腹へ沈んでいた。

 

「"指銃(シガン)"」

「――――ッぐあっ!」

「コーラス!? なんであいつに攻撃が通るんだよ!!」

「くそっ、やっぱりまだ中将相手にすんのは早すぎたんだ!!」

「だからあたしは逃げようって言ったんじゃない! "天女"なんて相手にしたら命がいくつあっても足りないって――!」

「て、天女……空の使いが地上に下りてきただかなんだかで自由自在に飛び回るらしいってあれか!」

 

 黒く染め上げた指についた血を振り払い、とりあえず海水で流しておく。

 あんまり直接指銃ぶち込むのは好きじゃないんだよなあ、手が汚れるし。

 そして武装色を纏うのも、優雅じゃなくって好きじゃない。

 だって真っ黒になっちゃうんだよ? かわいくない。そんなのぜんっぜんかわいくない。

 

「て、"天女"だろうが……! "中将"だろうが! 関係ねぇ! おれは負けねぇ!!」

「弱い犬程なんとやら、ですわね。……"鉄人"様、覇気はご存じですか?」

「……?」

 

 吠えた青年は、私の言葉に怪訝な顔を返すばかり。

 やはり知らないみたい。丸めていた目を細めた彼は、拳を握りしめて再び突っ込んできた。

 

「まったく、馬鹿の一つ覚え。そういうのは嫌いではないですけれど、同じ手は通用しませんわ」

「言ってろ! "鉄・塵(テツジン) 暴風注意報(ストーム)"!!」

「あら」

 

 ぐるんと両腕を振り回した彼の体の下半分が塵を含んだ竜巻となって迫る。

 まるで砂嵐。あれに巻き込まれれば、なるほどただでは済まなそうだ。

 このまま素直に受けるつもりはないけどね。

 

「宴舞-"天女(てんにょ)(かた)"」

 

 羽衣の端を掴んで引き抜き、硬化はしないくらいの武装色に染めて構える。

 

「"安らぎの舞い"」

「うおっ!?」

 

 "Dの羽衣"……科学部謹製の伸縮自在のゴムの布を振り抜いて、柔の動きにて砂塵を反らす。

 弾き出された彼が床に転がるのに、今度は布が硬化するほど武装色を纏わせた羽衣を突き付ける。

 

「"羽衣演武(はごろもえんぶ)"」

「ッ!! っく、」

 

 軽く床を蹴って前進し、立ち上がろうとする彼を突き刺せば、その直前に腕一本で飛び跳ねられて避けられた。

 でもまだまだ。これは羽衣による布槍術(フソウジュツ)。大技なんかじゃないから隙なんてないんだよね、お生憎(あいにく)

 

「おおっ!」

 

 踏み込んで布を横へ振り抜けば、お腹を引っ込めて避けられた。逆袈裟斬りは自分で体を分離されて躱され、流れるように蹴りつければ、これはヒット。破裂音とともに吹き飛んだ彼が船室を破壊して見えなくなる。

 ──が、それも数秒のこと。

 

「うっらァ!」

「……しぶといですわね」

 

 崩れた壁や内装を押しのけ、額から血を流しながらもコーラスが出てきた。

 怪我は多いが満身創痍には遠く、戦意もまったく衰えていない。

 ぎらぎらとした目つきは野生の獣のようだった。

 

「おれはっ! この海を制して、"海賊王"になるんだ!!」

「…………」

「だからお前をぶっ倒して、新世界へ行く!! お前なんかに負けてる暇はねぇんだ!!」

 

 んっ……!

 彼の吠える声とともにうわっと風が広がって、私の体をビリビリと揺らした。

 思わず髪を押さえながらも、不思議な感覚に思考を巡らす。

 

 今の……ドキッとさせられたのって……。

 

「え、おい、どうした!?」

「なんだ? 何が起こってる……どうしたんだよお前らぁ!」

「……?」

 

 周りを囲んでいた海賊たちの半数以上が、突如として泡を吹いて倒れた。

 それを見て確信する。やはり今のは、覇王色の覇気……私にはない王の器たる力……!

 

 それは目覚めて間もないのか、それともたった今目覚めたばかりなのか……きょとんとして仲間を見る彼の姿からは、少なくともコントロールはおろか、その力を自覚できていないのが窺えた。

 

 これで1億の首かー……これは、放って置いたら大型ルーキーになるだろうな。

 新世界を目指すその心も間違ってはいないだろう。あっちの海には王の器を持つ海賊がうじゃうじゃいるって聞くし。

 いずれにせよ……。

 

「厄介な……ええ、いいでしょう。確実に叩き潰すために、こちらも切り札を切るとしましょう」

「……へっ、望むところだぜ……! だったらこっちも大技だ! 密集し、鉄の硬度のまま"自然系(ロギア)"の如き体!!」

 

 思い切り息を吸い込み、胸を膨らませて上体を反らしたコーラスが、両の拳を引き絞る。

 ――! 突っ込んでくる!!

 

「食らえ!! "鉄・塵(テツジン)"!!」

「ふぅー……」

 

 歯を食いしばって私を睨みつけ、足元を爆発させて突進してくる彼に、私は体の力を抜いて緩やかに構えた。

 私の体技、私の絶技、私の技術と力の全て。

 その集大成、行きついた究極の一撃、とくと見よ。

 

「"超重圧(ヘヴィ)インパクトォ"ッッ!!!」

「――神撃(しんげき)

 

 向かい合わせに寄せられた拳と、私が出した右の拳がぶつかる。

 肌色の太い腕と黒染めの細腕。

 そこだけ切り取れば私に勝ち目は一分もないように見えるだろう。

 

「――――!!」

「――――………」

 

 けれど結果は……。

 

「……、ァ……」

「ふう。決着ですわね」

 

 どさりと仰向けに倒れた彼に、天晴(あっぱ)れの意味もこめて、帯から抜き取った扇を広げてみせる。

 もっとも、白目を向いてたら何も見えないかもだけど。

 

「こ、コーラスが負けたあ!?」

「嘘だぁー! コーラス、立ち上がってくれー!!」

「溶岩島だって、鏡の国でだって、どんな困難も乗り越えてきたじゃねぇか!」

「コーラス~~~~!!!」

 

 発破や声援、激励の声が周囲からわっと湧き上がる。

 …………。

 はぁ、心が重い。そういう声は聴きたくないなあ。

 でも見逃す事はできない。"鉄人"の一味はここで解体だ。

 

「――え?」

 

 誰かの呆けた声が聞こえた。

 

「て、"天女"が……」

「……増えたァ!?」

 

 びっくりするのも無理はないか。船長倒した海兵が四人も五人も増殖すれば、たまったもんじゃないだろうから。

 

「"天女伝説(てんにょでんせつ)"……さあ皆様方、幕引きでございます」

 

 まあ、こんなに増やすと体が忙しい。それに分身の方はさほど戦闘力は無いし。だって全部私一人でやってる訳だからね!

 でも、雑魚どもを叩き伏せるくらいならば容易い。

 おっと、油断は禁物。慎重にいくぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うーん、秒殺してしまった。

 

 

 

 

「う……」

「あら、目が覚めました?」

 

 さて、船長、幹部以下乗組員を軍艦に移してふん縛り、船長の顔を手配書と照らし合わせていれば、彼が意識を取り戻した。

 海楼石の手錠がついてるから動けないし、猿轡噛ませてるから喋る事もできないけれど、せわしなく目を動かした彼は、私の姿を見つけるとぐるると唸り始めた、

 あはは、猛獣みたい。獰猛だねぇ。

 

「残念ですが、インペルダウンで罪を償ってきなさいな」

「……! ……!!」

「うふふ♡ 大監獄を出られるその日まで、大人しくしている事です」

「……!! ……!!!」

「それでは中将殿、そろそろ牢に移しますね」

「はい、お願いしますね、ミサゴ様♡」

「――っ、で、ですからぁ、様はやめてくださいよう……」

 

 あら、ミサゴさんたら照れちゃって、かわいいなー。

 ぱっと扇を広げて口元を隠し、くすくすとわざとらしく笑えば、怒ってコーラスを引きずって行ってしまった。

 ちょっとからかいすぎたかな?

 

 

 ……さて。

 彼が腐らなければ、すぐにまた海に出られるだろうけど。

 その時また同じ仲間と巡り合えるかは運次第。

 

 ……私の使命が成就するかもまた天運。

 

 市民に預けた電伝虫は未だ一度も鳴らないけれど。

 いつかこれが鳴り出した時、それが私の運命のわかれ目。

 

 来るなら来い、黒ひげ。

 お前が七武海に入る未来はないと知れ。

 

 

 ……なんて言っても、それは私が上手くやれたらの話……なんだけどね。

 




TIPS
・キャラチェン
ミューズの中では自分はナイスバディなお姉さん枠。

・"天女伝説"
伝説や伝承とは語られる地域によってその姿を変える。
転じて、いくつもの姿を持つ人物ということで、分身する技の名前になった。
分身といっても同時にミューズが動いているだけ。
その場でぶれる形のものと、離れた位置で動いているものの二種類ある。

・テイルデール・T(つめた~い)・コーラス
チリチリの実の能力者。細胞単位で塵になれ、その強度は鉄のごとく。
東の海出身。船出して間もないルーキー。
脳筋。

・神撃
ただの覇気パンチに最大輪の六王銃が乗っている。
シンプルイズベスト。


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第十二話 月面戦争

 黒ひげが七武海入りした。

 

 ………………なんで?

 バナロ島の決闘はいつ起こった?

 彼はいつ七武海入りした?

 

 私、それを止められるようあの島に赴いて、電伝虫を渡しておいたのだけど?

 

 本部の自室にて、用意された電伝虫を通して連絡を試みるも、受信先が死滅していると判明しただけだった。

 ……ああそうか。私、失敗したのか。

 

 襟元を正し、帯を締め、刀の柄に手をかけて扉へと歩む。

 

「ちゅ、中将殿、どちらへ……?」

 

 いつかのように怯えた声で問いかけてくるミサゴさんに振り返って、にっこり笑いかける。

 そうすれば、きっとほっとしてくれると思ったのだけれど、彼女は縮こまるばかりで笑ってはくれなかった。

 なので笑みを引っ込めて、用件だけ残す。

 

「ちょっと月まで」

「……え?」

 

 扉を押し開き、足早に外を目指す。

 目論みが頓挫した以上、もはや一刻の猶予もない。

 ならば次の手を打つまでだ。

 

 私は、誰を敵に回したって、何がどうなっていようと必ず恩は返す。

 そのためにはどうしたって神様の力が必要なのだ。

 だから、仲間にしに行く。

 ただ、それだけ。

 

 

 

 

 月まではかなり時間がかかる。

 多少の無茶はきくが、この後の事を考えれば体力を温存したいし、けれど時間は差し迫っている。

 ちょうど良い速度を模索しながら月につけば、不得手な見聞色を広げて、かつてここで見た小さな兵隊を見つけ出した。

 

 クレーターに逃げ込んだ彼を追って、巧妙に隠された入り口から月の内部へ入り込む。

 そこは何かの施設だった。機械がたくさんあって、壁に何やら絵が描かれていて、ついでに髭もじゃの小人兵団が手に手に武器を持ってやってきた。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"雷鳥(ライチョウ)"」

「――――ッ!!」

 

 飛び上がり、広範囲に向けて電気を帯びた空気の刃を飛ばす。

 無力化が目的の技ゆえに切れ味は鈍い。当てられた兵士達は痺れるように倒れ伏し、動かなくなった。

 先に進む。ワクワクモドキドキもなく、かすかな焦りを内包して、奥へ。

 

 やがて王の間とでも言うべき場所に出て、黄金で作られた巨大な椅子の中央、憧れの神様が偉そうに座っているのを見つけた。

 

「来たか。いつぞやの青海の女」

「……、……ええ。土足で失礼いたします」

 

 私が月まで来たのは筒抜けだったらしい。それもそうか……。

 まずは非礼を詫びる。

 頭を下げれば、ヤッハハと愉快そうに笑われた。

 

「また私を仲間にしようなどと戯けた事を抜かすのではあるまいな?」

「覚えていてくれたのですね。……ええ、そうです。神様、(わたくし)の仲間になってくださいません?」

「ヤッハッハ……!」

 

 頭に手を当ててからからと笑う彼にもう少し近づくため、一歩、足を前に出す。

 

「不届き」

「!!」

 

 瞬間、バリッと目の前に神様の顔が現れた。

 まるで跳躍してきたかのような体勢のまま制止する彼が、揺らいだ腕を勢い良く突き上げた。

 

 

 

 

 月面から立ち上る光の柱に、辛くも直撃を避け、Dの羽衣を伸ばして広げて雷を遮った私は、「月歩(ゲッポウ)」にてクレーターから距離をとって降り立った。同時、直線上にバリリと神様が立つ。

 片手で耳をほじくり、もう片方の手で黄金の棍を持つ彼へ、刀を構えて緩やかにフェンシングの構えへ移る。

 雷速はきっと、勘が追いついても体が反応しきれないと思う。私は光速にすら対応しきれないんだから、一瞬の油断が命を落とす要因になる。

 

 だから、できれば一撃で決着をつけたい。

 実力を示し、まずは私の声が届くようにする。

 その上でお願いを聞いてもらう。私の恩返しに力を貸してほしいって。

 それと、一緒に大冒険しようって。

 

「…………」

 

 耳から手を離した神様は、胡乱気な目を私に向けた。

 柄を握り込み、体全体を引き絞る。力を溜め、瞬時に爆発、突進!

 

「"革命舞曲(ガボット)ボンナバン"!!」

 

 矢となって迫る私に、神様は表情を変えずゆらりと体を揺らして避けた。

 心網(マントラ)……卓越した見聞色の覇気!

 

「ヤッハハ、丸聞こえだ。青海の女……なるほど、海の力を持つ石か」

「あなた様が"自然系(ロギア)"でも、これは恐ろしいでしょう!」

「そうだな。確かに恐ろしい」

 

 突き出した足が月面を擦れば、ザアッと土埃が舞い上がる。

 ううっ、体が軽くて仕方ない。今にも勝手に浮かび上がってしまいそうだ……!

 

「だが、当たらなければどうという事はない」

「でしょうね!」

 

 力任せに刀を振るっても、電気を弾けさせて神様は姿を掻き消し、避けてしまう。

 流れるように鞘へ刀を仕舞い、地を蹴って跳躍。宴舞-"黒足の型"! "悪魔風脚(ディアブルジャンプ)"!!

 

「"空中歩行(スカイウォーク)"!」

 

 飛び立つ前に急速回転で赤熱させた足を保ったまま空を蹴って空へ。

 火傷しそうな痛みに歯を食いしばり、思いっきり体を伸ばす。

 

「!」

 

 空気を鳴らして空へ現れた神様へ、本気の蹴りをお見舞いだ!!

 

「"画竜点睛(フランバージュ)"!!」

「"雷龍(ジャムブウル)"」

「――ッ、きゃあ!」

 

 けれど、辿り着くよりも早く太鼓が叩かれ、それが変じて雷の龍となると、私に避ける以外の道はなく。

 しかし侮る事なかれ。ぐるんと横回転した勢いを乗せて、思いっきり足を振るう。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"大竜頭(だいりゅうとう)"!!」

 

 放った刃が竜を(かたど)り飛んでいく。ドラゴンの吠え声が響いても、神様は顔色一つ変えずに私の技を受けた。

 ――とはいえ、それは雷の体を擦り抜けるのみ。直接攻撃じゃないと、覇気を乗せてもやっぱり無意味か!

 というか、私の方が避け損なって体に掠ってたみたいで、うあ、水筒が! 海水が!! 鞘が燃えてる!!

 

「私の天下だ!」

「っく、「Dの羽衣」!!」

神の裁き(エル・トール)!!」

 

 雷に変じた腕を空へ伸ばす神様に、最大速で羽衣を抜き取って構える。

 雷鳴が轟く。かあっと天が光に染まり、膨大なエネルギーを持つ光の柱が降ってきた。

 

「"安らぎの舞い"ッ!」

「む」

 

 柔の動きだなどと余裕ぶる事もできず、必死に羽衣を振り抜いて大熱線を弾いて逸らす。

 ここで安心して手を止めたりはしない。弾いた勢いのまま横回転し、円状に羽衣を広げて再び神様を見据える、その時にはもう、左手を突き出して照準を合わせていた。

 宴舞-"麦わらの型"!

 

「"ゴムゴムの"!!」

 

 放つ拳がゴム布の羽衣を叩けば、拳の形にぐんと突き抜けて伸び、神様めがけて飛んでいく。

 元よりこの技は空気の塊を飛ばす技! 私の腕は伸びないから、神様の体に当てるにはこうするしかない!

 

「"JET(ピストル)"!!」

 

 そのために私、科学部に頼み込んで伸縮自在の羽衣を作ってもらったんだから!!

 

「不愉快な……これは"ゴム"か」

「っ、」

 

 けれどそれは空振りに終わり、真横で囁く神様にはっとして拳を引き戻す。

 慌てて羽衣を広げようとすれば、半ばを掴んで引き下ろされた。

 目前に現れる神の笑みに背筋が凍る。

 

「"放電(ヴァーリー)"」

「ふぎゅっ」

 

 額と後ろ頭を挟まれて、一瞬の放電。

 尋常じゃない音をたてて消し飛ぶ私の体をやや離れた上空にて見下ろせば、神様と目が合った。

 離脱はなんとか間に合ったけど、補足されてる……! ここまでの見聞色の使い手だとさすがに(あざむ)けないか!

 

 これ見よがしに私の羽衣を捨て去った神様が、私を見上げて笑う。

 

「ヤッハハ……どうする? 青海の女。ゴムはもはや使えまい。その刀で私を斬りつけてみるか?」

「ふぅ、ふぅ……無駄でしょうね。さすがに……でも諦めませんわ……!」

「ふむ……なぜだ? 私にこだわるのは……私はお前の事など知らん。求められるような理由はない」

「そんなの(わたくし)の頭の中の誰かに聞け、ですわ! とにかく(わたくし)の仲間に――ッ!」

 

 にんまり口を歪めた神様に、左足を武装・硬化させて技を繰り出す。

 雷速で迫る長い脚へ、放物線を描いて飛びこんで、しなる鞭のような高速の蹴りっ!!

 

「"電光(カリ)"」

「"雪華(セッカ)"!!」

 

 交差した足を中心に光が弾け、鼓膜を叩く爆音が月面さえ揺らして広がった。

 ビリビリと髄まで響く衝撃に歯を食いしばり、身を捻って全力一蹴。

 

「"神撃(しんげき)"!!」

「!! ぬおおっ!!?」

 

 足から発する究極の衝撃が神を吹き飛ばし、遠心力を乗せて月面へと叩き込む。

 神撃は何も拳限定ではない。足でも頭でも、なんなら背中でもお腹ででも放てる。だから私の究極の必殺技なんだ。

 

 地に下り立ち、膝を曲げて衝撃を殺す。

 倒れ伏す神様は、やがて腕をついて体を起こすと、不愉快そうに顔を歪めた。

 

「っは、はあっ、はあっ……!」

「口だけではないようだ……それほどまでに私が欲しいか」

「はあっ、欲しい!! だからお前っ! はぁっ……あなた様! (わたくし)の仲間になってくださいませ!!」

「くどい。なんのためだ」

 

 ドン。太鼓を叩く音がする。

 立ち上がった神様は私に質問しながらも手を休めず、もう一度太鼓を叩いた。

 そのたびに高まる雷のエネルギー。三度、太鼓が叩かれるのを見据えて、私は叫んだ。

 

「夢を叶えるために!!」

 

 私の悲願。私の全て。

 私の未来を照らす光。

 絶対に必要で、絶対に諦められないもの。

 

「青海には、神様の知らないものがたくさんあるのです!」

 

 四つ目の太鼓が叩かれ、うるさいくらいに雷が鳴っては揺らめく。

 もはやいつどんな技が飛んできてもおかしくなく。

 そして、ゴムがない今、雷を受ければ敗北は必至。

 

「青海などに興味はない。見ろ……あの世界は、ただ青々と海で満ちているだけだ」

 

 神様が見上げる先を追えば、遥か宇宙に浮かぶ生命の星。

 地球はほぼ海で構成されていて、陸地はほんの一部に過ぎない。

 

「それはっ、く、仰る通りですけれど!」

「この大地(ヴァース)が、ここが私の王国なのだ。青海の女……」

「でもっ、それはほんの八割くらい! あの星にも地上はあって、数多(あまた)の生命があって、幾星もの未知がある!!」

「光栄に思え。お前をこの"限りない大地(フェアリーヴァース)"の一員にしてやろう」

(わたくし)と冒険しませんか! ワクワクする日々を送ってみたいとは思いませんか!?」

 

 腰を落とし、神様が棒を構えた。

 技を放とうとしてる。そんなの食らったら死んじゃうのに!

 わざわざフルパワーまで溜めるなんてっ!!

 

「思わん。"2億V(ボルト) 雷鳥(ヒノ)"!!」

「うぬーっこのわからずやぁ! いいから私についてきてよぉ!!!」

 

 全ての太鼓が一つになって、巨大な鳥を(かたど)った。

 私もただではやられない。思いっきり足を後ろへやって、全身全霊全力の「嵐脚」を放つ。

 同時、帯に隠した機械が電力を足に伝わせて私の技を強化する。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"雷鳥(ヒノ)"ッ!!」

 

 もはや雷刃。空気を焼いて食らいながら小振りな雷の鳥となった斬撃が神様の雷鳥とぶつかり合う。

 でも、無理っ。絶対押し負ける! というかもう飲み込まれかけてる!

 だから、形振りなんか構わない。最大の技を仕掛けるのみ!!

 

(おれ)の指もっ、竜の爪!!」

 

 何も無い空中を蹴り、自ら大熱量がぶつかり合う中心へと飛び込んで行く。

 顔の前で交差させた手は竜の爪を作って、武装色の黒色に染め上げていく。

 

「ヤッハハ! 何をしようと私には届かん!」

「勝手に言ってなさい! (わたくし)の爪はっ、必ずあなた様を大冒険(青海)へと引きずり込む!!」

 

 雷の中を突っ切れば、当然全身が焼かれて痺れる。

 けれど私はこんな程度でくたばらないしっ、やられもしない!

 髪の毛は無茶苦茶になって、隠してた機械とかも壊れちゃってるけど!

 神へ一撃を届かせるためだ致し方ない!

 

 この爪は、神をも引き裂く信念の爪!!

 

「宴舞-"革命の型"!!」

大地(ヴァース)(かえ)れ青海の女! MAX2億V(ボルト)"雷神(アマル)"!!」

 

 光の中を突き進んだ先には、青い雷を纏った雷様が待ち構えていた。

 死ぬほど恐ろしい。でも、怯まない。後退の二文字は、私には無い!!

 

 

「"超竜神撃"ッッ!!!」

 

 

 二つの爪が雷神の腹へ突き立つ。

 同時に雷が私を包み、焼き尽くそうと猛って唸る。

 

 

「――――――……!!」

「――――――……!!」

 

 

 もはや自分が叫んでいるのか神様が叫んでいるのか。

 その判断さえできず、声は音に掻き消されて、視界は真っ白に染め上げられて。

 

 

 ぶつりと、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気が付けば、私は月に立っていた。

 そして向かい側には、神様が立っていた。

 

 お腹に青あざを作った神様が、唇から垂れる血を拭いもせずにじっと私を見ていて。

 私も、体中の痛みをそのままに、じっと神様を見つめていた。

 

「…………」

 

 おもむろに、神様が両手を掲げた。ゆっくりとした動作で、何をするのかと思えば、何もせずに腕を下ろす。

 それから、くるりと私に背を向けると普通に歩いて行ってしまった。

 

「――、はぁっ」

 

 その姿が見えなくなってようやく緊張が解けてへたり込む。

 途端に体中の痛みが甦って、反射で触れた頬がぴりっと痛んだ。

 ……あ、ほのまげも解けちゃってる。

 

「……勝てないなぁ」

 

 たくさん功夫(くんふー)を積んで、たくさん実戦を経験して、強い人達に揉まれて。

 それでも覇気を知らない神様に敵わなかった。

 ……けど、負けもしなかった。

 

 トドメを刺されなかったのなら、また挑戦すれば良い。

 それで、次は倒せばいい。

 それからお話をして、仲間に引き入れて、地球に戻って。

 やりたい事をやって、恩を返して、夢を叶える。

 

 ……でもなあ、力が伴わなければなんにもできないよね。

 

「いたた……うう。"生命帰還(せいめいきかん)"……ふひぃ」

 

 とにかく、こんな大火傷したままじゃ動くにも動けないので、治癒力を高めるためにエネルギーを消費する。

 ……外から補給する事ができないから自分の体食べちゃってるようなもんだけどおかげで火傷は大分治ったし、髪の毛もキューティクル復活してきらきらふわふわ。

 でもちょっと痩せちゃったな。ぶかっとした着物がさらにぶかぶか感増して、肩からずり落ちそう。帯をしっかり締めておこう。

 

 Dの羽衣を回収して首に回して肩に纏い、辺りを見回して……とりあえず、クレーターに入り込む。

 隠し扉を探し当て、月内部に侵入。

 もう私がいるのは神様、わかってるはずだから、気にすることなく家探しを決行。

 

 紐があったので拝借して、短く切って髪を結う。ほのまげも復活。

 なんかここ、工房かなんかなんだろうか。やたら機械にまみれてるんだけど……まあ、好都合かな。

 勝手に使わせてもらおう。ダメなら神様すっ飛んでくるでしょ。

 来たらやっつけて、仲間にしちゃえばいいんだし、一石二鳥。

 

「……?」

「……!!」

 

 むむっ、何やらざわめきが。

 暗い廊下の左右からわらわらわらと小さな兵士達が現れた。

 やる気か、こんにゃろ!

 

「……?」

「……??」

 

 んぇ? 良い人?

 ……攻撃したのになぜ良い人呼ばわりされるのかはわからないけど、その槍とかでつんつんされないってんならありがたい話。

 あ、ここ借りて良い? ちょこっと使いたいんだけど。

 

「!」

 

 ビシッと敬礼された。

 いいんだ。じゃあありがたく。

 

 即席ミューズ工房にて各種機械のメンテナンスを行う。

 わあい、全滅してる……冷気製造機もレーザーも、ついでに海水入れてた水筒もベコベコ。お水は……ちょっとだけ残ってる。でもぼろぼろ。

 なんの、しゅばばっと直しちゃう。ここには材料が豊富にあるので、修理くらいは容易い。

 これらを一から作れと言われたら無理だけどね。

 

「よしっ、完全復活!!」

 

 全装備を纏い、ほのまげを揺らしてガッツポーズ。気合は十分!!

 と(りき)んだら、ぐうっとお腹が鳴った。

 

「あ、あはは……恥ずかしー」

 

 照れ笑いで誤魔化したって、ここには兵士達しかいないので意味なし。

 しかしどうしたもんかな。月に食べ物はないだろうし……でも地球に戻るのはなぁ。

 

「!」

「ほえ? ……お団子!?」

「!」

 

 頭の上にお皿を乗せた兵士さんが小走りでやってきて、何かと思えば白くて丸いお団子がピラミッドを作っていた。

 それを食べさせてくれるらしい。

 他の子が椅子を用意してくれて、さらに他の子がお茶まで持ってきてくれたので、遠慮なくいただくことに。

 

 ……うまー。

 ほんのり甘い優しい味。

 もっちもっち。んー、唾液が溢れる。

 お茶で流し込むと、ほっと一息。

 あー、生きてるって実感するー……。

 

「ありがとね。おかげで本当に完全復活できました」

「!」

 

 ビシッと一同並んで敬礼。

 私も椅子から立って海軍式の返礼をする。

 ……あはは。月まで来て何やってるんだろうね。

 

 

 

 

 さて、だいぶん時間を食ってしまった。

 代わりに来た時と同じくらい万全になれたけど……うん。ベッドも借りてぐーすか眠っちゃったし。

 あとなんか石碑みたいなの見せられたけど書いてあることはちっとも読めなかった。ポーネグリフって感じではなかったけど、なんだったんだろう、あれ。

 

 

 

 

 月の地下基地にて再度装備を点検し、軽く体を動かしつつ、とりあえず王の間に殴り込みをかける。

 ……襤褸切れにされた。

 なんの、私だってぶん殴ってやったもんね!

 しかし"天女伝説"全然意味なかったの悲しかったなー……「実際に増えている訳でもあるまい」って全員同時にぶっ飛ばされて悲しくなった。

 

 ふひぃ。お団子とお茶で回復して、またまた機械を修理して。

 諦めない。諦めないぞー。絶対神様を仲間にするまで地球には帰りません!

 

 

 

 

「しつこいぞ! なんなのだ貴様は!!」

「ミューズ! 女神かもしんない!!」

「ええい不届き不届き不届き! おれの前から消え失せろ!!!」

「いーやーだー!!!」

 

 バリバリバリ。

 私は黒焦げになった。

 

 

 

 

「仲間になって!」

「ならん!」

「なんでー!?」

「ならんと言っている!」

「なんでなんでなんでぇ!」

「駄々を捏ねるな! ふんぬ……"雷神(アマル)"!!!」

「ふにににに、うぬぬー! "超竜神撃"!!!」

 

 どっかーん。

 玉座が弾け跳んでしまったので、いったんぶつかり合いは中止して、神様が雷治金(クローム・パドリング)で作り直すのを正座して見守る。

 ……おお、凄い、直った!

 神様って芸術性もあって凄いよね。

 すごいすげぇ。

 

「ヤッハハ! 当然だ……私は神だぞ!」

「すっごーい! ……すごくすごい! すげぇ!」

「……もう少し言葉を勉強した方が良いのではないか?」

「しょうがないでしょーそんな機会無かったんだから」

 

 ここで一句。

 コアラさん その教科書は 食べられない

 ミューズ。

 

 

 

 

「MAX5億V(ボルト)"雷神(アマル)"!!」

「武装・硬化!! 宴舞-"麦わらの型" ……"ギア4(フォース)"!!」

「……ただぴょんぴょんと跳ねているだけではないか」

「だって私ゴムじゃないもん! 筋肉とか骨とかさすがに膨らませられません!!」

「ヤハハ……喋っている暇はあるのか? 天を見よ!」

「わあー、真っ黒な太陽! ……逃げろっ!!」

「"万雷(ママラガン)"」

 

 あーん、機械が死んだ! 神様の神でなし!!

 

 

 

 

「"竜の鼓動"!! んん~……無敵モード!!」

「ぬうう、なぜ雷を弾けるのだ!? ミューズ、貴様何をした!」

「なんか、こう、衝撃波を常時発してる感じで……」

「……」

「……」

「勝負がつかんな」

「つかんなー。どうしましょ」

「…………」

「……あ、いい事考えた。神様」

「行かん」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

「~♪」

「…………」

 

 王の間にて。

 玉座で頬杖をついている神様の前で、ひらひら扇を広げて舞う。

 

「ちゃらら~……ちゃららら~……」

「…………」

「ちゃちゃちゃちゃ、ぴぴぴー」

「……なんなのだ」

「「JUNGLE P」でした。どう、冒険したくなった?」

「ならん」

「じゃあ「地球見」しよ!」

「…………」

 

 玉座に立てかけられていたのの様棒を掴み取った神様が立ち上がり、コンッと地面をつけば、小さな兵士達がやってきて地球見の用意をしていく。

 やったぜ。

 

 

 

 

「私が月を目指したのは……」

「?」

 

 青い地球を見上げながら、月面に二人、並んで座ってもっちもっちとお団子を食べる。

 お皿を下げたり持ってきたり、お茶をついだりしてくれる小さな兵士達をかわいいなーと思っていれば、唐突に神様が自分語りをし始めた。

 

「私が神だからだ」

「ナニソレ、イミワカンナイ」

 

 ちょっと高めの声でお返事をしたらじろりと見られたので、ほのまげの毛先を指で絡めとってくるくる弄って誤魔化す。

 でもほんとーにその言葉の意味はわからない。

 神様だとなんで月を目指さなければならなかったのだろうか。

 月が高い位置にあるからかな。ほら、天高くに神様がいるってのは万国共通の認識だし。

 

「『地球は青かった……だが、神はいなかった』」

「なんの話だ」

「さあ。私が生まれる前に宇宙へ出た、見知らぬ誰かの言葉なんだけど」

「何を馬鹿な……たかだか人間が一人でこの暗き世界に飛び出せる訳なかろう」

「私は来たけど」

 

 無音の空間の中に、神様と私の声だけが綺麗に反響する。

 ……。

 ……なんとなく神様の横顔を見上げれば、ふいっと顔を背けられて耳をほじくられた。

 ……。

 

「……えっ、もしかして私人外認定されてる……!?」

「…………」

「私人間だからね!? 正真正銘! ほら、かわいい女の子ですよー!!」

「…………」

 

 自分のほっぺに指を突き付けてほーらほーらと見せびらかせば、神様はちらっと私を横目で窺い、フッと鼻で笑って視線を戻した。無視するみたいにお皿に手を伸ばして地球見を楽しみ始める。

 ……あああ怒った! ぷっつんきた!!

 

「"ゴムゴムの"!!!!」

「ヤハハ……何をしようというのだ」

「"バクバク"~~!!」

「おま」

 

 悠長にお団子を口に運ぼうとしていたその手ごとばくっと食べてやれば、一瞬なくなった指先に目を丸めた神様が素の声を零した。むむー、お口の中がバチバチして刺激的!

 ついでにお皿の上のお団子もばくばく~~!!

 神様は真顔になって立ち上がった。

 

「不届き……!!」

 

 私もほっぺに詰め込んだお団子をもちもち咀嚼しながら立ち上がって構え、彼が弾けるのに合わせて"神撃"を放った――。

 

 

 

 

「神様、そろそろ(わたくし)、お暇しなければならないのですけど」

「ヤッハハ! 気味の悪い喋り方だ!」

「ちょ、真面目な話です! ちょっともう、時間が無いので!」

「私を仲間にするまで地上には帰らないのではなかったのか?」

「そのつもりでしたが!」

 

 腰に手を当て、どこか見下(みくだ)すような感じで私を見下(みお)ろす……うう、でか人間め。神様が首を傾げるのに、腕を突っ張って声を荒げる。

 それから、扇を広げて口元を隠し、そっと目を逸らした。

 

「ですが、タイムリミットです。口惜しいですが、神様とはお別れです」

「……ふむ」

 

 顎に手を当ててやや顔を上げて目を細めた神様は、それから右に歩いて左に歩いてとうろうろすると、パシッと姿を消して私の後ろに回り込んだ。

 

「私の許可なくこの王国を去る事は許さん」

「ええー! 初耳ですわ! 横暴(おうぼう)!」

「我は神なり……全ては私の思うがままなのだ」

「でも帰っちゃう」

「待てぇ!」

 

 神様とのお喋りは楽しいけれど、いつまでも話している時間はない。

 という訳で地球を見上げて帰ろうとしたら、神様が回り込んできた。

 

「待て。どうしても帰ると言うのなら……」

「……言うのなら? 『私を倒してからに』などと言うのはやめてくださいませね? 面倒ですから」

「…………」

 

 うわっ、真顔になった! 図星ついちゃったのかな。

 

「……ふん。勝手にするがいい。元よりここは私一人の王国だ」

「寂しいのですか? ──ぶっ!?」

 

 くすりと笑いを零したら、なんか投げつけられた。

 ……袋? あ、お団子入れてある。お土産かな。

 こんなに何袋も貰っちゃっていいのかしら。

 

「うふふ、そうしょげなくとも、また遊びに来ますわ♡」

「不届き! ……無礼な娘だ。帰るのならさっさと帰れ」

「もう、そんなに拗ねるのなら一緒についてくれば良いではないですか」

「行かん」

「もーう!」

 

 素直じゃないんだから!

 ほんとは一緒に来たい癖にー、とその背中を見つめたけれど、もう何も言ってくれない気らしい。

 いいもん。神様と戦って結構強くなれたから、一人でもなんとかなるかもだし。

 

「では、ごきげんよう。たまに月見はいたしますから」

「…………」

 

 だんまりを貫く神様に大きく手を振ってお別れして、いざ地球へ。

 

 神様は仲間にできなかったけれど、自信はついた。

 私は必ず、恩返しをするんだ!

 

 

 遠退いていく月をちらりと見やり、短いながらも楽しかった数日を思い返す。

 ……だいたい黒焦げにされてたからあんまり楽しくなかったかも。

 でもまあ、全部上手くいったら、改めて仲間に誘いに来ようかな。

 




TIPS
・JUNGLE P
ワンピースOP

・MAX5億V
なんかパワーアップしてた。
マクシム無しで万雷とか雷迎とかしてくるぞ。

(おれ)の指も、竜の爪
サボさんの真似っこ。

・ギア4
跳ねてるだけ。
バウンドマンというよりは水ヨーヨー。


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第十三話 エースを救え! ミューズVS三大将!!

 

 天命。

 私に課せられたそれは、生まれ持っていたこの記憶。

 救われた命を以て全力で運命を打破し、恩を返すための力。

 

 

 地上は騒がしかった。

 そして、寒かった。

 

 海は一部凍りつき、あの広場前のステージ……海は鉄の外壁に覆われてパシフィスタが暴れ回っている。

 マリンフォードもすっかり様変わりしてしまった。

 

 時代の変わり目が目の前にあって、このタイミングで地上へと戻れたのは、まさに天運と言えた。

 

 

 

 

 死屍累々。

 戦争は佳境を迎え、海軍本部には亀裂が入っている。

 処刑台ももはや崩れ去っていて元帥も"火拳"さんの姿もなく、ただ騒然としていた。

 

 巨人族の海兵さんを差し置いて、ひときわ目立つ巨漢の男……あれが伝説の海賊……"白ひげ"!

 幾つもの攻撃を受けて瀕死に見えるけど、纏う覇気が強大すぎてびりびりくる。

 

 けれど私の目的は彼じゃない。

 空を駆け、鉄と血と潮の香りを含んだ煙を突き抜けて――見つけた。海賊"麦わら"のルフィ。

 

 まずは一つ。

 

 数多の海兵を兄と共に蹴散らす彼の頭上に迫る。

 瞬間、ばっと"麦わら"が私を見上げた。

 

「"雪華(セッカ)"」

「うわっ!」

「ルフィ!」

 

 落下の速度を乗せた叩きつけるような蹴りを転がって避けた彼は、砕いた床の破片をぶつけられながらもすぐさましゃがむ体勢にまで移って私を睨んだ。

 ――"火拳"の方は将校クラスを数人纏めて相手していて動けない様子。

 ならば好都合。

 

「なんだお前、邪魔すんな!」

「そうもいきませんわ。(わたくし)は海兵、あなた様は海賊。ぶつかり合うは必然」

「"ゴムゴムの"ぉ!!」

 

 憧れにときめく胸を落ち着かせ、伸びてきた拳をぶれて避ける。

 効かねぇ、と驚愕した"麦わら"がパチンと腕を戻す動作をしている間に、思い切り足を後ろへやって、帯の下の機械に触れる。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"雷鳥(ヒノ)"」

「ウウッ!」

 

 強化技を前に両腕で体を庇った彼は、しかし腕が浅く切り裂かれるのみで電気への反応は何もない。

 それは当然。彼はゴム人間なのだから、電撃系はいっさい通用しない。

 

 ……ふぅ。

 

「んのっ、"火銃(ヒガン)"!!」

「ぅんっ……」

 

 一息ついていれば、"火拳"さんからの援護が入った。火の弾を連射して私の体を蜂の巣にしようとしたみたいだけれど、"自然系(ロギア)の型"を舞っている時はあらゆる攻撃が無効化される。よってダメージはない。

 とはいえ彼に攻撃されて虚を突かれるくらいはした。

 

「ミューズ中将殿!!」

「お気を付けを! こいつらとんでもなく強いっ!!」

「ええ、承知しております。宴舞-"剣豪の型"」

 

 集う海兵達に頷いて返しながら、左に差した刀の柄を逆手で握り、羽衣を引き抜いて、これもまた逆手に持って硬化させ、右の腰へ。

 二刀流、居合――。

 

「"羅生門(ラショウモン)"ッ!」

「え……!?」

 

 疑似抜刀術といえど飛ぶ斬撃は本物。構える"火拳"さんと技に反応する"麦わら"さんの両脇を切り裂いた攻撃が左右の海兵を吹き飛ばす。どよっとざわめきが広がった。

 

「え! みゅ、ミューズ殿……!?」

「今、わ、私達に攻撃を……!?」

「うふふ♡ 察しのよろしい事で……ええ、あなた方は彼らが逃げるのには邪魔なのです」

 

 まさに唖然。

 なぜ、どうしてと各々の顔が固まって、その中で一番早く動いたのが"麦わら"だった。

 

「お前、助けてくれんのか? よし、エース行くぞ!」

「待てルフィ! 罠だ!!」

「……そうなのか? お前」

 

 うーん、夢にまで聞いた声。

 "麦わら"に声をかけられてうっとり頬に手を添えながら、彼の問いに首を振れば、ほら、と無邪気な笑みを見せた。

 信じてくれるのは嬉しいけれど、こんなにあっさりだとちょっと心配になっちゃうな。それをカバーするのがお兄さんなのか。

 ふんふん。

 

芳香脚(パフュームフェムル)!!」

「きゃっ」

 

 不意に飛び込んでくる影があって、咄嗟に戦鬼を合わせれば、怒りの形相を浮かべた九蛇(クジャ)の女皇帝が攻撃を仕掛けてきていた。

 瞬間的な判断で刀に覇気を纏わせ、ついでに武器越しに"神撃"を放つ。この一品物を折られてはかなわない。

 海楼石に触れて力が弱まっていたのだろう、あっさり弾かれて転がった彼女は、女豹のように身を起こすと、ギロリと私を見据えた。

 

「貴様! 生かしてはおけぬ気配がする!!」

「気配とはいったい……あ、"火拳"様、"麦わら"様、(わたくし)には構わず後ろへ」

「おう、ありがとうな。ハンコック! こいつは相手しなくていいぞ!」

「あっ♡ わ……わかりました♡」

「…………」

 

 胡乱気な目を向けて走っていく"火拳"さんとは対照的に、表情を引き締めながらもお礼を言ってくれる"麦わら"さん。

 皇帝は……うわあ、恋する乙女だ、完全に。

 張り切って周りの海兵達に襲い掛かっては蹴散らし始めたので、えーと……彼女を相手しなくても良くなったのなら、私も"麦わら"さん達を追うとしよう。

 

 踵を返し、彼らを視界に捉えようとして、翻った着物の裾が凍るのに慌てて体を戻す。

 ふわり、肌が引き攣るほどの冷気が漂ってきた。

 

「あらら。ミューズちゃん、海賊の味方しちゃうの」

「クザンおじさま……!」

 

 パキパキと音をたてて氷が集合し、人の形を作っていく。

 面倒くさそうに後ろ頭を掻いた彼は、けれど目が本気だった。

 

「お~、こいつは意外だねぇ……困ったな」

「っ、ボルサリーノおじさま!」

 

 腰を落として構えたところで、左の方に光の粒が集まって、今度はボルサリーノさんが現れた。サングラスの下は陰っていて見えないけれど、いつもの笑顔が今は挑戦的で不気味だった。

 

「おんどりゃあミューズゥ……! どこほっつき歩いとった……!!」

 

 最後に空から降ってきたサカズキさんがマグマを伴って着地し、熱気を振り撒きながら立ち上がった。

 

「サカズキ、おじさま……」

「答えろミューズ!! 貴様ァ、なんのつもりじゃ……!! "麦わら"に味方するなぞ……答えようによっちゃあ、拳骨じゃあすまさんぞ!!」

「ひっ」

 

 いつになく怖い顔になって怒鳴るサカズキさんに、勝手に体が縮こまってしまう。気のせいか頭頂部がずきずきし始めて、思わず両手でササッと頭を庇ってしまった。

 けれど視界の端に、私の後方へ腕を伸ばすボルサリーノさんを見たとあっては、怯んでなんかいられない!

 

「おいおい、あいつらが――」

「んんっ、てぇりゃあ!!」

 

 軸足を捻り、摺り足で移動しながらの大上段蹴り。

 身長の関係で天を突くように伸びた足のつま先がおじきの腕を跳ね上げて、ピュンと飛び出たレーザーは空の彼方に消えていった。

 

「逃げるよォっと……困るなァミューズちゃん……こいつは立派な反逆行為だ」

「承知の上です!」

「ミューズゥ!!」

 

 額に血管を浮かべて踏み込んできたサカズキさんに対応しようと足を戻せば、それより早くサカズキさんの前へ出たクザンさんが、私の眼前で両腕を交差させた。

 流れる冷気が私を包む――。

 

「"アイスBALL(ボール)"!」

「!」

 

 ガンッと視界が揺れて、体が動かなくなる。

 ……氷の中に閉じ込められた!!

 

「おいたが過ぎるぜ……サカズキ、奴らを追うぞ」

「元よりそのつもりじゃあ! ミューズ、貴様はそこで頭を冷やしていろ!!」

 

 ガッと私を睨みつけたサカズキさんは、その目で「帰ったら仕置きじゃあ!」と語ってから、マグマの化身となって彼方へとすっ飛んでいった。

 動けない体では跳躍の瞬間までしか見送れなかったけど、それでじゅうぶん。

 はあ……一応海軍とサカズキさんのため、海兵として海賊"麦わらのルフィ"に攻撃をしたとはいえ、それで恩を返せたとは言い難く、中々心が痛くて困る。

 

「さて……ミューズちゃん。なんのつもりかは知らねぇが、今ならまだ厳罰と降格と減俸と謹慎と左遷で済むが……」

「お断りですわ。罰が怖くて海賊を助けたりはしません」

「だよなぁ」

 

 全方位神撃……"竜の鼓動"によって氷の呪縛から抜け出せば、クザンさんは白い息を吐き出してやり辛そうな顔をした。

 ううっ、寒い。体の芯まで冷えちゃった。これで大将二人を押し留めようってのは、ちょっと辛いな……。

 

「ま、やりますけども。クザンおじさま、ボルサリーノおじさま、一曲お付き合い願います」

「……フゥ。子供ってのは……コロコロ生き方が変わって困る」

「かわいげがあって……わっしは良いと思っていたんだけどねぇ」

 

 ピュィイ、と耳鳴りに似た音がして、私は冷静に、引き抜いた羽衣を正面へ振り抜いた。

 瞬間、放たれた光線が羽衣に沿って飛んでいき、いずこかで爆発を起こした。カッと二人を染め上げる光に、大きく息を吸って、吐く。手の内に滲む汗を隠して、緊張と恐怖を捻じ伏せた。

 

「……敵となっちゃあ、容赦する訳には……いかないねぇ」

「怖いねぇ~~……ですわ、ボルサリーノおじさま。少しは手加減してくださいませ」

「そいつァできねぇ相談だ。これ以上お前を暴れさせちゃあ、サカズキの奴が何をしでかすかわからんでしょう」

「?」

 

 クザンさんの言葉に小首を傾げる。

 サカズキさんが? ……私が暴れたら、そりゃあすっごく怒るだろうけど……やる事って私を追い回すようになるくらいじゃないかな。

 まあいいや。そんな恐ろしい事考えてる暇があったら、さっさと二人を倒してサカズキさんも止めに行かなきゃ。

 

 キュンッと蹴り抜こうとするボルサリーノさんの足を蹴り止めて、抱き着いてこようとしたクザンさんは"自然系(ロギア)の型"にて避け、遅いと言わんばかりに回り込んできたおじきに神撃を見舞って後退させる。

 床に罅が走り、砕けて持ち上がった。それが雨のように落ちると、一拍間が開く。

 

「――(わたくし)はサカズキおじさまを止めなければならないので、少々飛ばしていきますわよ」

「おお、若い……まだまだ負けないよォ」

「ま、取り敢えず。この戦いが終わるまで眠ってな」

 

 ……そうもいかない。

 大恩あるサボさんのため、ここでエースさんの命をとられる訳にはいかないのだ。

 それは今日までお世話になった海軍に反旗を翻すのも(いと)わないほどの決意。

 というよりは最初から……私のやるべき事はここにあったのかもしれない。

 そのために私、生まれてきたのかもしれないんだ。

 

 

 全力を以て二人を相手取る。

 私の覇気に底はない。けれど私は能力者じゃない。

 最強種を自在に操る大将二人は、さすがに荷が勝ちすぎるか……!

 

 でも、私は私を信じてる!

 勝てる勝てないは置いといて、私の目的は必ず果たせると!!

 

「"アイス(ブロック)"「両棘矛(パルチザン)」!」

「宴舞-"ヒエヒエの型"」

 

 飛び退きながら氷の矛を二本作り出したクザンさんが容赦なく放ってくるのに、こちらも同系統の技を選択する。

 帯の下に隠した冷気製造機から本来"ギア2(セカンド)"の煙演出用のドライアイスを二つ取り出し、武装色で真っ黒に染め上げる。

 

「"アイス(ブロック)"「石雪合戦(ペインボール)」!!」

「おおっと!?」

 

 左右へ放った黒い球体が矛の先端からばりばり砕いてクザンさんに迫る。

 それを両腕で弾いた彼は、驚いた風に目を丸くして着地した。

 ──まだまだ!

 

「宴舞-"ピカピカの型"」

「いくよォ~~」

 

 地を蹴って空中に身を躍らせ、足裏に光を集わせながら飛び蹴りを放ってくるおじきへ、私も自らの着物の裾を掴んでぐいっと引いて太ももまで(あら)わにし、剥き出しにした足を斜め上へと突き出した。ギョッ! とおじきが両の目をかっ開く。

 数瞬の攻撃の遅れを逃さず後の先を取り、太ももに括り付けた"黄猿のレーザー"がその機能を発揮した。

 

 カッと辺り一面真っ白に染め上げて、けれど光である彼は爆発などものともせずに地に下り立つと、そのまま長い脚を振って蹴りつけてきた!

 辛うじて前動作のみ捉えられた光の速度の蹴り……受けて立つ!!

 

「んりゃあっ!!」

「!」

 

 武装色の覇気を纏わせた蹴りをおじきの足に合わせれば、雷みたいな激しい音をたてて反発し合い――。

 

「ォオ!?」

「――"大神撃"」

 

 打ち勝ったのは、私だった。

 弾き飛ばされたおじきが複数の海兵を巻き込んで処刑台の残骸に突っ込んでいくのをしり目に、今度はクザンさんの懐に飛び込む。彼の額には汗が流れていた。

 

「ちょっとちょっとミューズちゃん! この短期間で随分強くなったじゃないの! どこ行ってたのよ!?」

「月、ですわ」

「――っとォ、月ってぇのは……空に浮かぶあの月かい?」

 

 っ、く、おじき、復帰はやすぎ!

 会話に混ざってきた彼にびくつきながら、余裕ぶってにっこり笑ってみせる。

 デキる女はいつでも大きくゆったりと、だ!

 

「はい。名物「万年月見団子」ですわ。クザンおじさまもボルサリーノおじさまも、3時のおやつにどうぞ」

「お、こいつはありがたい。最近団子にハマってたんだ」

「月の名物かァ、こいつは珍しいモンだねぇ~~」

 

 はい、はいと懐から取り出した袋を二人の腕に押し付けて、んーと、サカズキさんの分はクザンさんに預けておこう。

 あとでちゃんと渡しといてくださいね! クザンさんなら冷蔵庫代わりになるでしょ。あ、でも凍らせたりして固くしないでよね。お団子はもちもち感が大切なんだから、ほとんど生って感じでお届けお願いね!!

 

「いや、そいつは自分の手で――」

 

 暢気な声で世間話でもするみたいな雰囲気の彼のお腹へ手を当てる。

 覇気を纏えば冷気を受けても凍りはしない。それでも少し冷たいけれど、我慢我慢――。

 

「隙あり、ですわ」

「ちょっ」

 

 大神撃にて今度はクザンさんをぶっ飛ばす。

 さすがの配慮か、人にぶつかっても氷に変じて被害を減らそうとしたみたいだけれど、どっこいぶつけられた人達は驚き顔のまま凍りついてしまっていた。うん、ちゃんとお団子の袋手放してないね。さすが大将。

 

「う、く……効くねぇ……!」

「でしょう? ボルサリーノおじさま。海楼石って辛いらしいですわねぇ」

 

 すばしっこいおじきには、抜いた刀の先をちょんとくっつけて能力を無効化する。光の速度で動けるからって余裕ぶっこいてるからこんなにあっさりやられちゃうのだ。

 

「ウッ!」

「もう、動かないでくださいませ! 逃げようなんて無駄ですわ」

 

 後退(あとずさ)って刀から逃れようとしたおじきに詰めより、横向きにした刀を押し当てる。

 こうなってしまえば光だろうとなんだろうと関係ない。たらりと汗を流した彼は、本気でマズそうな顔をしていて、他に奥の手とかはないみたいだった。ほんとにもう、能力頼りなんだから……。

 

「それではごきげんよう。"大神撃"」

「――!!!」

 

 刀越しに発した衝撃が天高くおじきを打ち上げる。

 たーまやー、だね。

 それが並み居る海兵海賊有象無象の向こう側へ落ちていくのを見送って、大きく一息。

 

 ……ふぅ、なんとか大将二人退(しりぞ)けられた。

 けれど消耗が激しい。格上を同時に相手してるんだから、一瞬たりとも気が抜けなくって困る。

 

 小休憩代わりの残心ののち、チンッと刀を鞘に収める。

 うるさい周りに構う暇なく踵を返し、一も二もなく空を蹴って飛び出す。

 

 さっきの戦い、一見私が強くなりすぎてあっさり二人を倒せたように思えるけれど、それは全然違う。

 

 本気だけど殺す気はないみたいなクザンさん。

 海賊に加担するなら攻撃するけど殺すかどうかは考え中なボルサリーノさん。

 

 二人の私への信頼や親愛の情が無意識レベルで手を抜く事に繋がって、かろうじて私が競り勝っただけの話だ。

 だから、一度退(しりぞ)けてしまった以上、もう一度やり合えば今度の二人に油断はなく、大苦戦を()いられるだろう。

 今は時間が惜しい。一分一秒が運命を左右するのだから。

 

 ──そう。刻一刻と状況は変わっていく。

 こんなにもたくさんの人間がいるのだから、移動する私に目を付けて目の前に飛び出してくるような奴も一人くらいはいる訳で。

 

「フフフ! 生きてるたぁ驚いたぜ、海軍本部中将、"天女"ミューズ!!」

「!! "天夜叉(てんやしゃ)"様……今はあなた様のお相手をしている時間はございません!」

「フフ! フフフ!!」

 

 糸を操る張り詰めた音を伴って現れた"天夜叉"さんは、両腕を振るって極細の糸をいくつも飛ばしてきた。

 のを、"竜の鼓動"で跳ね飛ばす。

 

「――!! ……テメェ、調子に乗りやがって……!」

「宴舞-"天夜叉(てんやしゃ)(かた)"」

 

 笑みから一転、顔を歪めて私へと手の平を突き出す彼へ、羽衣を引き抜いて覇気を込める。

 

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!」

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!!」

 

 熱を持つ斬撃属性の、もはや縄とも言える糸の射出に合わせて鋭く突き出した羽衣がゴムの性質を遺憾(いかん)なく発揮して伸びていく。

 両者はぶつかり合い、削り合い、やがて相殺し合った。

 

「ンン!? どういう事だ……!?」

「こないだ技を見せて頂いたでしょう。その時に覚えたのです」

「覚えただと……!?」

 

 ふわり、"天夜叉"さんが宙を泳ぐ。その自由自在の空中遊泳はかなり羨ましい。

 こちとら常に足が忙しいんだ。うん、足が忙しいで思い出した。さっさとケリつけよう。

 

「宴舞-"麦わらの型"」

「"五色糸(ゴシキート)"!!」

「無駄、ですわ。あなた様をぶっ飛ばして、(わたくし)は次へ進むとします。"ギア4(フォース)"……」

 

 格好悪いだのかわいくないだの言っている余裕はないので全身を武装色に染めてブラックカラーミューズちゃんに大変身する。"天夜叉(てんやしゃ)"さんは五指に色鮮やかな糸を乗せて大振りに切り裂いてきたけれど、硬化させた腕で防げばダメージは0。

 いや、やっぱちょっと切れたかも! ひりひりする!!

 

「ギア……フォースゥ……!?」

「"ゴムゴムの"ぉ……!」

 

 「六式忍法」"天隠れ"を用いて高速移動を開始する。

 雷速にも光速にも届かないけれど、"天夜叉(てんやしゃ)"さんは一瞬私の姿を見失った。

 それだけの隙があれば十分。

 

「"犀榴(リノ)"――」

「――……!!」

 

 彼の真横へ飛び込んで、両膝がお腹までくっつくくらいに引き絞り、全力の両足キック。

 

「"弾砲(シュナイダー)"!!」

「ぐおおおおお!!?」

 

 振り向こうとした彼の頬を両足が捕らえ、歪ませるとともに"大神撃"を二連発。

 たまらず錐揉み回転しながら吹き飛んでいった"天夜叉(てんやしゃ)"さんは、数多の人間を吹き飛ばし、床を広範囲にわたって粉砕して地中深くへ埋まっていった。

 あれでしばらくは出てこれないだろう。

 

 やっつけたかどうかを確認している時間はないので、武装をといて空を急ぐ。

 焦りだけが胸の内を満たし、握り込んだ手の内側は汗に濡れていた。

 

 

 

 

 飛んで行った先では、脱出のために奪ったのか、海賊達が乗る軍艦を前にして"麦わら"さんも"火拳"さんも足を止めてしまっていた。

 そしてそう離れていない場所にサカズキさんがいて、何事か話している。

 

「そこまでです!」

「! ミューズ、貴様……!!」

 

 とにかくサカズキさんの進撃を止めようと前へ下り立てば、ギシリギシリと歯を噛み合わせた彼が呪詛を吐くように重く呟いた。

 うう、お顔が怖い。けどけど、怯むわけにはいかないの!

 

「自分が何しちょるかわかっとンのか、ァア!?」

「そっ、ひぅ! わ、もちろんわかっています、わ!」

「そこを退け! 今すぐその二人を潰さにゃあならんのだ!!」

「嫌です!! 死んでもどきません!!」

 

 私が声を発するたび、私の言葉が届くたび、どんどんサカズキさんの体がボコボコと泡だって周囲の温度が上がっていく。噛みしめた歯もその表情も憤怒一色。右腕なんかは完全にマグマと化して肥大化していて――。

 

「宴舞-"マグマグの型"っ!!」

「邪魔ァするんなら貴様とて容赦せん!! "大噴火"ァ!!」

 

 耳もお腹も震えるくらいに良く通る声で怒鳴ったサカズキさんが、持ち上げた腕を振り抜く。

 溶岩石混じりの大質量。まともに受ければ命はない。

 だからこそ、その対抗策は編み出してある。直接触れられないのなら触れなければ良いだけの話。

 

 Dの羽衣を地面へ振るって鋭く突き刺し、思いっきり引き抜く。

 地中でやや曲がった形で硬化させれば数メートル下までの床が纏めて岩となってくりぬかれ、羽衣との摩擦で炎上した。

 

「"大噴火"ぁ!!」

「ぬぅ!!」

 

 炎を纏う大質量をぶん殴り、やや砕けさせてサカズキさんのマグマの拳にぶつける。

 ただの燃える岩じゃない。接触の瞬間に武装色の覇気を流し込んで、真っ黒になるまで覇気を纏わせた特製の岩だ。

 ゆえにサカズキさんは顔を歪め、拳の勢いを衰えさせて、大部分を床に零してジュワジュワと融かした。

 ……、止められた……!!

 

「ミューズゥ……貴様正義を捨てる気かァ……!!」

「いいえおじさま、これは(わたくし)の正義に(もと)づいた行動なのです」

 

 私の正義とは、すなわち自由な正義。

 正義とは他方から見れば悪ともなり、自分から見れば正義となる千変万化、不定形のもの。

 私は私の正義に従って動く事に決めたのだ。

 

 ……とはいえサカズキさんから見れば私は悪だ。海軍から見ても悪。世界的に見ても海賊の味方をする私は悪と映るだろう。私を正義というものは私しかいない。

 でも、それでいい。

 私がやりたい事をやろうとすると、どうしたって誰かとぶつかる事になる。

 その時私は私だけを信じていればいいのだ。

 

「"火拳"!!」

「! ……貴ッ様ァ……!!」

「ハァ、オヤジを馬鹿にしやがって……!! ハァ、」

 

 ごう、と風の唸りが聞こえたかと思えば、真横を炎の拳が通っていった。

 それはサカズキさんの体に触れるとマグマに飲まれて消えてしまったけれど……そうか。サカズキさんは"火拳"さんの逆鱗に触れるようなことをすでに言ってしまっていたのか。

 そうなる前に止めたかった……!!

 

「取り消せぇ!!」

「事実じゃろぉがい!!」

 

 私の頭上を飛び越えた"火拳"……エースさんが通り名そのものの攻撃を放つのに、慌ててその場から離れる。

 反撃とサカズキさんが放った"大噴火"が火を食らい、ぶつかり合って、燃やしながらボタボタと地面に落ちていった。

 間一髪。あの場に留まっていれば、その余波で私は骨までとかされていたことだろう。

 

 体の中に滲む汗に、襟元に指を引っかけて熱を逃がす。

 

 ──その一瞬。

 

 どうしてか私は……ふと、この朱色の振袖を貰った日の事を思い出した。

 

 中将に昇進した日。

 私の寝室にぽつんと置いてあった、「祝」の字が書かれた箱。

 サカズキさんからの、初めてのプレゼント……。

 

 その着物に袖を通した、お披露目会の夜。

 何か欲しいものはないか、と改めて聞かれた。

 プレゼントに胸がいっぱいで、他に欲しい物なんて思いつかなかったから、首を振った。

 

 ……ならいつの日か、して欲しい事が合ったら言え。なんでも一つ叶えちゃる、なんて、サカズキさんはランプの精みたいな事を言っていて……私は、一緒に歌を歌おうって提案する気だったのだ。

 結局言えずじまいだったけれど……。

 

 

 

「……!」

 

 ぶるぶると頭を振る。

 今は回想に浸っている場合じゃない。

 

 今の攻防ではまだエースさんは自分が不利な能力を持っているとは気づけてない。

 ただ一心にサカズキさんの発言を撤回させようと攻撃を仕掛けている。

 止めるべき弟は――膝をついて動いていなかった。

 なんだっけ、ドーピングか何かの効果が切れたんだっけ!

 あれじゃあ自分の足で逃げる事は不可能だろう。サカズキさんを止められなければ、エースさんの命はおろか、"麦わら"……ルフィさんの命まで落とさせてしまう。

 

「エースゥ! 戻れ!」

「頭冷やせ! 今するべきことは、逃げる事だろ!?」

 

 硬質な音、破裂音、いくつもの足音。怒号と悲鳴。

 そういったものの中にエースさんに逃げるよう促す声もあったけれど、当の彼は頭に血が上ってしまっているようで聞く耳を持たない。吐き出すように、こればっかりは譲れねぇと呟くと、体を炎に変じて飛び出そうとした。

 

「"JET(ウィップ)"!!」

「ぐあっ!?」

 

 振り回した足で刃を放つではなく直接蹴りつけ、エースさんを後方へ吹き飛ばす。

 逃げろって言われてるのに、みすみす馬鹿な真似はさせるもんか!

 

「よくやったミューズ! 退いちょれ!!」

 

 気泡が弾ける低く重い音がして、一も二もなく地を蹴って跳び出す。

 私の攻撃に合わせて再びマグマの拳を放とうとしているサカズキさんへ飛び掛かれば、虚を突かれたように動きを止めた。

 

「おじさまっ、待ってください!!」

「ぬぅうっ、なんのつもりじゃあミューズ!!」

「……! っは、はぁ……! も、燃えてない……!?」

 

 焼かれる覚悟でサカズキさんに抱き着いて押し留めようとして、痛みに備えて目をつぶっていたのだけれど、体に異変はない。

 地に足がつくのと同時に目を開ければ、サカズキさんはマグマ化を解いていた。その事に驚く間もなく肩に手を置かれ、ミシリと骨が鳴るのに顔を歪める。

 

「ぬおりゃあ!!」

「きゃああっ!!」

 

 そのまま力任せに引き剥がされて突き飛ばされるのに、踏鞴(たたら)を踏みながらも転倒は防いで、平静を装おうと無理矢理笑みを浮かべる。痛すぎて額に脂汗が浮かんできたけれど、女は簡単に涙を見せない。いつだって笑顔であるべきなのだ。だってそうすれば、それを見た誰かが笑顔になってくれるかもしれないのだから……。

 

 サカズキさんは、臨戦態勢で私を睨みつけていた。

 それが怖くて、悲しくて、自分の選択に激しく後悔を抱いてしまったけれど……。

 今はふぅっと息を吐き、一時感情を捨てる。

 

(わたくし)は"サンサンの実"を食べた太陽人間。最強種ロギアの中でも最上位の能力者です」

 

 腰に差した扇を引き抜き、ぱっと開いて顔を煽ぐ。

 熱気と冷気が渦巻いて気持ちの悪い風だった。

 それでも余裕ぶるには煽ぎ続けるしかない。そうして時間稼ぎに徹するのみだ。

 その決意を胸に、パタパタと扇を動かして、小さく笑みを作った。

 

「ポートガス・D・エースのメラメラの実、及びサカズキおじさまのマグマグの実の上位……ゆえにおじさまのあらゆる攻撃は(わたくし)には無意味。攻撃は無駄、ですわ」

「貴様のおフザケに付き()うとる暇はない!」

「っ、あ!」

 

 険しい表情を浮かべたサカズキさんがズルズルと地面に潜っていくのに思わず声を出すも、何もできない。

 悪魔の実を食べたなんて嘘っぱちだから、彼を止める手段なんてない。

 せめてここがマリンフォードの"中心"だったなら、"竜の息吹"で吹っ飛ばせたかもしれないけれど!

 

「赤犬ぅ! ……くそ、どこ行きやがった!!」

「っ、"火拳"様!?」

 

 見聞色を広げ、数多の気配に邪魔されながらも地中を探ろうとしていれば、目の前に炎が打ち付けられて、それが人の形を取り戻すと、私は目を見開いた。

 エースさん、まだ逃げてなかったの……!? ルフィさんだって動けないのに、なんで!!

 ……そりゃ、白ひげの悪口言われたのは許せないだろうけど……!

 命に代えても撤回させようとしたいのはわかるけど……!

 

「なにも今じゃなくても良いでしょうっ!! "JETスタンプ"!!」

「んなっ、てめ、やっぱり敵か!!」

 

 空気を蹴りつけ覇気を乗せた衝撃波を飛ばせば──くっ、ジャンプして避けられた! 野生の動物みたいな直観力!

 そんなの今発揮してほしくなかったし、ルフィさんのところまで突き飛ばして一緒に逃げてもらおうとした私の目論見が崩れるどころか、彼は私を敵とさだめて攻撃をしかけてこようとしているのに舌打ちする。

 

 私は! あなた達を! 助けようとしているのに!!

 

「"暴雉嘴(フェザントベック)"!」

「! うおっ……!!」

 

 瞬間、上空にいるエースさんへと氷の鳥が羽ばたいていった。

 すんでのところで身を捻って避けたエースさんが地面に落ちる。その途中にいくつものレーザーが彼の体を突き抜けていった。

 

「ぐへ! っく、」

「逃がしゃあしないよォ~~……!!」

「悪いなミューズちゃん。そいつを逃がしたいようだが、さすがにそれは見過ごせねぇな……」

「ボルサリーノおじさま……! クザンおじさま……!」

 

 くぅっ、戻ってきちゃったか、大将二人!!

 今ルフィさん動けないのに、どちらか一人でも逃しちゃったらゲームオーバーだ。エースさんだって危ない。覇気を持った"自然系(ロギア)"どうしだとどうなるかはわからないけど、二対一はきついでしょう!

 

「"火拳"様! いい加減にしてくださいませ!!」

「!」

 

 位置取りを変え、二人の大将に挑もうとするエースさんの前へ飛び出す。

 彼には背を向ける形になってしまうが、たとえ背中を炎で焼かれようが大将からは目を離さない。

 特におじき! 光速移動なんかしようとしたら、速攻で阻止しなくちゃいけないんだから!

 

「今為すべき事はなんです!? 白ひげはあなたに何を命じました!?」

「……! お、オヤジは……」

 

 逃げろ。

 そう言われているはずだ。

 最後の船長命令として、白ひげは自分以外の全てに撤退命令を下している。

 それを無視するというのなら、それこそ親不孝ってもんじゃないの!?

 

「逃げろぉ、エース!!」

「弟を連れて逃げろ、はやくっ!!」

「! みんな……!!」

 

 私の言葉がキッカケになれたかはわからないけど、ようやく周りの声が彼の耳に届いたみたいだ。

 深く頷いたエースさんは、怒りを捨て去ると、私達に背を向けて走り出した。

 一心不乱に、膝をつくルフィさんの下に。

 

「行かせないよォ……!」

「それはこちらも同じです!」

 

 眩い光を放って、体を粒子化させて移動しようとするおじきを戦鬼で両断する。

 移動をキャンセルされた彼は背中から地面に落ちて、(したた)かに体を打ち付けた。

 

「ッウ! くぅ、海楼石ってのは……! 厄介だねぇ~~!!」

「"アイスサーベル"……触れなきゃいいだけの話だ」

 

 その手に氷の剣を携えてゆらりと迫るクザンさんへ、私もずばずば戦鬼くんを差し向けて構える。

 

「どうあっても暴走を止めないってんなら、本気でやるぜ?」

「望むところです! 私はこのまま……っ、"海賊"になります!!」

「!!」

「!!」

 

 近づいてきていたクザンさんも、起き上がろうとしていたおじきも、ギョッと目を丸めて私を見た。

 まさか、という表情。

 まるでこの世でもっとも海賊を毛嫌いしている人間が海賊になると言ったのを聞いたような顔。

 

 んんっ……隙あり!

 

「――いやいや、よりにもよって海賊か」

「まあ……妥当な着地点だねぇ……困ったねぇ」

 

 横一線に振るった刀は完全に立ち上がったおじきが翳した光の剣を切り裂き、クザンさんの氷の剣を砕いた。

 けれどそれだけ。二人には届かない。

 振り切った無防備な体勢を狙ってレーザーを撃たれ、ギリギリで"竜の鼓動"が間に合って弾く。

 パキパキと音をたてて白んでいくクザンさんが不穏すぎるので指をくいっと曲げる最小限の動きでかまいたちを起こして止めれば、広がった氷が雪崩れ込んできたので、それも"竜の鼓動"で打ち払う。凍らされたりなんかしたら、動き出せるようになるまでに時間がかかりすぎる! そんな致命的な遅れは受け付けられないんだ!!

 

「ルフィ! 逃げろ!」

「か、体が……動かねぇ……!」

 

 そうして私が大将二人を必死に押し留めていれば、エースさんの張り裂けそうな大声が聞こえた。

 肩越しに振り返れば――ルフィさんの前にサカズキさんが立っていた。

 

「よおく見ちょれ!! 今、貴様の弟が死ぬところを!!」

 

 マグマと化した腕を振り上げるサカズキさんから、ルフィさんは逃げられない。

 どうしてかエースさんは私達のすぐ近くにいて、それじゃあ絶対に間に合わない。

 腕が振り下ろされる。

 その動きが、やけにゆっくり見えて……。

 

「やめてください、おじさまぁ!!」

「!!」

 

 気が付けば叫んでいた。

 サカズキさんが一瞬動きを止めるのと、その僅かな間で炎となって飛んで行ったエースさんが形振り構わない突撃を敢行するのはほぼ同時。

 そして私の肩を斜めにレーザーが突き抜けるのと、体の前面を冷気で斬りつけられるのもまた同時だった。

 

「うわああ!!」

「っきゃああああ……!!」

 

 肉の焼けるような音とエースさんの雄叫びが重なる。

 背後で起きる爆発に体が浮いて、遅れて肩の痛みがやってきて、堪え切れない声が漏れた。けれど斬られた体の方は傷口が凍って痛みがない。

 それって相当やばいって事……!

 

「よォっと!」

「ぅぎっ!」

 

 おじきの追撃の蹴りを受けて地面を砕きながらバウンドし、その最中に身を捻って反撃に移る。

 ミシリと体中が鳴るのなんて、気にする暇はない!!

 

「"天鈿女(アメノウズメ)の舞い"!!」

「おおっとぉ!」

「海水かァ~~こりゃあ……!?」

 

 帯の下に手をやって海水を一掬い分出し、着地と同時に前面へ"撃水(うちみず)"を広げれば、二人とも大袈裟に飛び上がって避けた。簡単には当たってくれないだろうと思ったけど、そこまでビビるのは予想外。

 ならば斜め上空へ向けて腰を落として構える。コアラさん直伝――!!

 

「"二千枚瓦正拳(にせんまいがわらせいけん)"!!」

「ぐうッ!」

「ウ!!」

 

 気合一声(きあいいっせい)、拳を突き出す。

 空間を通して広がる衝撃には、"神撃"と同等の覇気が乗る。

 まともに受けた二人は片やバラバラに砕け散り、もう片方は跡形もなく消し飛んだ。

 

 かと思えば二人揃って地面に落ち、人の形を取り戻す。即座に飛び上がって体勢を立て直した二人の口からつうっと血が流れた。左右対称の動きで口を拭い、立ち上がる。……反撃の隙は与えない!

 

「"天女伝説(てんにょでんせつ)"!! 行きなさい(わたくし)たち!!」

「うお、増えた!」

「奇天烈だねぇ……! どれが本物だい……!?」

 

 数十人単位で分身を繰り出し、混乱の隙をついて振り返る。こんな小技、光速のボルサリーノさんじゃなくたって大将のいずれかならすぐ見破るだろう。

 あちらがどうなっているのかを確認するにはそれくらいの時間で十分!

 

 はたして、向こうは……エースさんは大火傷を負って倒れ、サカズキさんは先にそちらのトドメを刺そうとしているみたいだった。

 

 だめ!

 ――そんなのだめだよっ!!

 

「おじさまやめてっっ!! エースさんを殺さないでっ!!」

「……!!」

 

 なんとか起き上がろうとするエースさんへ拳を振りかざしたサカズキさんは、そこで止まったまま私を睨みつけてきた。

 今までにないくらい殺気に満ちた目。……本当に容赦のない瞳。

 ぶるりと震える体に、布越しに太ももをつねって勇気を振り絞る。

 

「おじさま、お願いです!!」

「──この男は摘まなければならない悪の芽!! ここで必ず殺す!!」

「お願いですからぁ!!」

「~~~~!! 黙らんかァミューズゥ!!!」

 

 後生の頼みだ。代わりに私を殺したって構わないから、その人の命だけは助けて!!

 それが私がこの時代に生まれた理由なんだから!

 私のするべき事なんだから!!

 サボさんへの、恩返しなんだからっ!!!

 

「"撃水(ウチミズ)"!!」

「!!」

 

 どう声を張り上げたって、サカズキさんは悪を前にして躊躇(ちゅうちょ)なんかしない。

 必ず殺す。だから、それを止めるために私は動かなきゃいけないのに、大将二人が逃がしてくれない。あっさり分身全てを吹き飛ばした二人が襲い掛かってくるのに対応しなくちゃいけなくて、サカズキさんを止めになんか行けなかった。

 ──、代わりに、彼方から放たれた海水がサカズキさんの体を貫いた。……ジンベエさんだ!

 

「――ヌゥウ、マグマの体には効かんか!?」

「どいつもこいつも邪魔をしおって……! ……ならば」

 

 海水の弾丸はサカズキさんには通じなかったらしい。

 ……それは、言葉の綾。能力者だから絶対効いてるはずなのに、その能力ゆえに復帰がはやい。

 一度は沈静化したマグマが再び煮えたぎり、今度のサカズキさんの狙いはルフィさんだった。

 

「まずは貴様からじゃあ、"麦わら"ァ!!」

「――……!」

「ルフィ!!」

 

 目の前のエースさんから手を引いたから、私の声が届いたんじゃないかって、期待した。

 なのにサカズキさんは、ルフィさんの命を奪おうとして……。

 身を挺して庇ったエースさんの背中をその拳で貫いた。

 

「……あ」

 

 あっさりと。

 私の使命は崩れ去って。

 

「あっ、あ……あ」

 

 その瞬間が何時間にも引き延ばされていたような気がした。

 

 倒れ伏したエースさんに、もう命は感じない。

 精神崩壊したルフィさんにも、心を感じられない。

 

 それがどれほどの時間が経ってから私が認識できた光景なのか、それさえわからなかった。

 

「っ!!」

 

 恩返しは失敗した。

 エースさんは死んだ。

 けれど、けれどまだルフィさんが生きてる!

 

 そんなの決まりきった運命だけど!

 私が壊そうとして壊せなかった運命だけど!

 これ以上、命は奪わせない!!

 

 気合一閃、戦鬼を振り回して広範囲に無差別の斬撃を飛ばす。真っ二つに割かれて怯んだ大将二人の前から即座に離脱した。

 

「おじさまぁ!!」

 

 ルフィさんに迫るサカズキさんへ飛び込んで行ってその背に抱き着く。

 今度はマグマ化はとかれなかった。

 右腕が焼けて、凄まじい痛みに涙が溢れる。

 覇気でダメージを押さえようにも、立ち上る熱気だけで喉が焼けそうで息をするのもつらくて、どうしようもない。

 

「ミューズゥ……! そんなに"麦わら"が好きか……!!」

「ぐぅうう、うううう!!!」

「"麦わら"なんぞに感化され海賊になるなぞ言うたか!! ならァ――!!」

 

 大きな手に胸倉を捕まれ、持ち上げられる。

 かと思えば地面に叩きつけられて、私はルフィさんの上に乗っかってしまっていた。

 

「"麦わら"とともに死ね!!!」

「っ……!」

 

 マグマの拳が迫る。

 焼けた右腕が痛くてうまく動けなくて、目を細めて、それでも必死に腕を広げた。

 せめてルフィさんだけは助けなくちゃ……!

 それだけは、やんなくちゃ……!!

 

 けれど、大質量の拳を前に、私の体はちっぽけだった。

 体が小さすぎてルフィさんを庇いきれてない。

 どころかたぶん、体の全部をマグマに飲まれて、きっと私は跡形もなく消えてしまうだろう。

 

 それでも、私に向けられた赤い拳から、私は目を逸らさなかった。

 いつか海賊になると口にしたその瞬間から、負けて死ぬ(こうなる)未来は予想していた。

 私はその未来から逃げない。その結末から目を逸らさない。

 

 たとえここで終わるとしても、私の心と正義だけは貫き通す!

 

 

「――――!!」

 

 

 ふいに、空が陰った。

 天高くに光があって、ふっと、それが降ってきた。

 

「!!!」

 

 サカズキさんの体を光の柱が呑み込んだ。

 それで攻撃が止まる。けれど、サカズキさん自身は止まらない。

 光が消えた時、そこには今のでダメージを受けた様子すらないサカズキさんが立っていて、攻撃のもとを探るように空を見上げた。

 

「ヤッハハ……! ここが地上か……騒がしいところじゃあないか!」

 

 雷の音を轟かせて、すぐ近くに現れたのは、つい最近別れたばかりの神様だった。

 のの様棒を肩に担いで、まるで散歩にでも来たみたいな気楽さで……。

 一瞬私を見たその顔は、やっぱり緊張感の欠片もなかった。

 

「! 貴様ァ、何者じゃあ……! 何をしにここへ来た!!」

(たわむ)れだ」

 

 その登場に遅れて気付いたサカズキさんの問いに、神様は不敵に答えた。

 素足で地面を歩き、サカズキさんに向かっていく。

 

「ぬぅりゃあ!!」

心網(マントラ)……むぅ!」

 

 殴りかかるサカズキさんの拳を避けた神様は、しかしおそらく覇気の乗った余波と熱された空気にあてられて眉を寄せた。

 まともにやり合えば危険と判断したのだろう、パシッと音を鳴らして姿を消すと、今度は私の前へ現れた。

 

「わざわざ下りてきてやったというのに、随分なサマじゃあないか……ミューズ」

「…………」

「うん? ……心が壊れているのか?」

 

 ……そんなの、わからない。

 ただ、ちょっと考えるのが億劫で、難しくて、悲しくて。

 ……体が動かなかった。

 

「貴様がミューズを(たぶら)かしたか!!」

「? ……知らん。私はただこの女に「仲間になれ」と強請(ねだ)られただけだ」

「オノレは絶対に逃がさん!! 今すぐ叩き潰してくれる!!」

 

 激昂するサカズキさんの声が遠くに聞こえた。

 何をそんなに怒っているのかがわからない。

 私が歌ったら、機嫌直してくれるかな。

 

「ヤッハハハ! そのノロさで何を言う! ──我は神なり!」

 

 その右腕を雷に変じた神様が横方向に極太の光線を放てば、背後の人々を巻き込んで再びサカズキさんを飲み込んだ。

 それだけにとどまらず、視認できない速さで動いて追撃をはかる――。

 

「遅いねぇ~~」

「――!?」

「よぉおっと!!」

 

 けれど、突如として現れたボルサリーノさんが神様を蹴り落とした。

 地面に叩きつけられた神様が肩を押さえて立ち上がる。表情は険しく、まさか自分を上回る速度を持つ相手がいるだなんて思ってもみなかったのだろう。

 でも、それほど動揺はしていないみたい。なんでだろう。

 

「新手かァ……まあどちらにせよ、もう"麦わら"は逃がさない――」

「そうはさせねぇよい!!」

「! 一番隊隊長"不死鳥"マルコ……しつっこいねぇ~~……!!」

「お互い様だろい!!」

 

 もしかしたら、増援が来るとわかっていたのかもしれない。

 青白い炎を纏ったおじさんがボルサリーノさんを蹴り留めて交戦しだす。

 そして、先程の光線を受けてもやはり無事だったサカズキさんも、背後に迫る白ひげの怒りの拳を受けて地に伏せてしまった。

 

「おじさま……たいへん……」

 

 あんなに傷つくサカズキさんは初めて見る。メキメキと骨が軋む音がして、とっても痛そうだった。

 

「おじさま……!」

 

 なおも攻撃を加えようとする白ひげに、ふらりと立ち上がって刀を引き抜けば、不意に襟首を引かれて首が締まった。

 

「ここはひとまず……離脱と行こうじゃないか!」

「……離して、神様。私、行かなくちゃ……」

「お前の都合など知ったことではない。"案内"が勝手に死ぬのを私が許すと思うか」

 

 視界が弾ける。

 そうと認識した時にはもう青空の中にいて、私は神様に引かれる形で空を飛んでいた。

 

「追え! 逃がすな!! 一人として生かして帰すな!!」

 

 遠退く地上に血だらけで立つサカズキさんを見つけて、私は手を伸ばし――。

 ……引っ込めた。

 

 もう、私とあの人は敵同士。

 伸ばしたって手を掴んでもらえることは永遠にない。

 ……さようならも言えない事に胸が痛んだけれど。

 自分で選んだ道だから、手を伸ばしたりしちゃいけない。

 

「……!!」

 

 歯を食いしばり、空を見上げるサカズキさんが、小刻みに震える体を強張らせて、周りの海兵達に命令を下す。

 その瞬間だけ、空気のうねりが消えて、私の耳は、彼の声だけに集中した。

 

 

 

 

 

「海賊という"悪"を許すな!!!!!」

 

 

 

 

 胸が張り裂けそうな声に何かを想う間もなく、木板の上に叩きつけられた。……空の上なのに……?

 

 歩き去っていく神様を倒れ伏したまま目で追えば、きっとこれが"マクシム"なのだというのがわかって、もはや戻りようのない場所まできてしまった事を知った。

 そうして気を抜けば、押し留めていた疲労が私の意識を奪おうと暗闇を広げて。

 

 ……まぶたを閉じれば。

 ……サボさんの笑顔が浮かんで、消えた。



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第十四話 "二年後"

――愛してくれて、ありがとう。

 

 

 それは、見知らぬ誰かが誰かにあてた感謝の言葉。

 

 

――ありがとな。生きててくれて。

 

 

 それは、見知らぬ誰かが誰かにあてた感謝の言葉。

 

 

 

 小さい頃に見た記憶。

 私、まだそれが何かわからなくて、なんにも感じていなかった。

 何も知らなかったから、理解できなくて……。

 

 

 けれど、私は知った。

 革命軍のみんな……サボさんやコアラさん。

 海軍のみんな……サカズキさんや、ミサゴさん。

 そういう人達と触れ合って、私の世界が大きく広がると、考えられることも見えるものもたくさん増えて……私は私の中にある記憶の意味を知った。

 

 そうして気付いたんだ。

 私が誰かの記憶を持ってこの時代に生まれた意味。

 最初に出会ったのがサボさんだった理由。

 

 

 いつしか私はそれを私の生きる理由に据えた。

 

 だって、そうでしょう?

 私が生まれたのが運命なら、サボさんが私の命を救ったのも運命で、私が海兵になったのも運命で、私が麦わらの人を好きになったのも運命で、力を持てていたのも運命で。

 

 ならば私のやる事は決まっている。

 この流れにのって、私にしかできない事をやり遂げるんだ!

 

 

 ……そう、思っていたのに。

 

 

 

 

「申し訳ございませんっ!!!」

 

 破砕音がそこかしこで響く中、大地に伏して、地面に額を当てるくらい、深く頭を下げる。

 肌が引き攣るような痛みが体中を駆け巡って背が跳ねるのをなんとか抑えて、地面に額をこすりつけた。

 振袖の中でだらんと垂れる異物を放って置いて、左手だけで手をついて。

 

 こんなことしたってなんの意味もない。

 私の気が少しまぎれるだけだなんて事はわかってる。

 

 そもそも哀しみに暴れ回るルフィさんには私の声なんか届いてない。

 この森に入る時だって、「今のルフィ君には、きみの声は届かんかもしれん」ってジンベエさんに言われた。

 私の顔なんて見たくもないだろうって皇帝さんに言われた。

 

 けれど、だからって、指をくわえて彼が痛みに嘆く姿を眺めていることなどできなかった!

 だから、暴れる彼に近づいて声をかけた。

 救えるはずの命を救えなかったことを謝りたい。

 

 だって私が!

 ……もっと、ちゃんと、本気で止めようとしていれば……わたしっ、結局自分の事しか考えられてなくて!

 「自分の中の素敵なものを伝えたい」なんて、それは結局自分のためだけで……ずっと昔から……最初からあの人を救う事に力を傾けていれば、もっと何か別の運命を辿れたはずなのに!!

 

「はぁっ、は、だから――」

 

 声の限りに叫んでも、ルフィさんはこちらを見もせずに無茶苦茶に暴れていて、それが悲しくて涙が溢れた。

 私が泣いたってなんにもならないのに。泣きたいのは彼の方なのに。

 ほんとうに……わたし……。

 

 ばかみたい。

 

 

 

 やがてジンベエさんが彼を止めると、私のとは違う声が森中に響き渡った。

 

 

 

 

「君」

 

 太い幹に体を預け、何を考えるでもなく深い森の向こうを眺めていれば、声がかかった。

 そっちに顔を向けるのもおっくうで動かないでいれば、声をかけてきた人が目の前に座って、顔を覗き込んできた。

 

「酷い怪我をしてるじゃないか。手当をせねばならないな」

「……いりません」

「そうもいかないだろう。胸の傷は浅いが凍傷を起こしている。左肩に風穴は開いてるし、右腕は黒焦げだ。そのままでは、君は……」

 

 死ぬぞ。

 

 ……なんて言われても、心に響く何かはなくて。

 溜め息をついたその人が、静かにその場に座り込むのに、幹に背を押し付けて距離をとる。今は誰の顔も見たくない。

 

 治療なんていい。死ぬのもいい。

 もう、ぜんぶ、よくわかなんない。

 

「では、君に……"礼を言いたい"という男がいる、と知ったなら……どうかな?」

「……私に?」

 

 お礼なんて言われるような事は、なんにもしてないけど……誰が?

 ……おじさんが、だろうか。

 そう思って目線を上げれば、そこにいたのは……"冥王"さんだった。

 

 ……そういえば、彼が来て、ルフィさんを鍛えたりするような記憶を見た覚えがある。

 たぶん、ずっと子供の頃だ。とっても怖い大きな動物達が夢に出てきて、起きてもまだ恐怖が残ってて、お母さんの布団に潜り込んだのを覚えてる。

 暖かい腕に抱かれて、頭の上にお母さんの声があって、それがとっても安心できたから、なんでもない日でも「怖い夢を見た」って嘘ついて何度も潜り込んだりした。

 

 ……思い出しても意味のない記憶だった。

 

 

「何もわざわざ出向かなくともっ……!」

 

 ザアッと木々がざわめいて、その向こうから女の人の声が聞こえた。

 ……男の人じゃない。やっぱりお礼を言いたい男の人がいるなんて嘘だったんだ。

 どうしてそんな事を言ってまで私に治療を促すのかわからなかったけれど、一瞬浮きかけた体は地面に落ちて気力を無くし、視線も膝に落ちた。

 

「──」

 

 ……いや、落ちる前に、目の前に横向きの人の顔があるのに思考が固まる。

 それはどう見てもルフィさんの顔だった。

 そしてどう見ても左側から頭だけが伸びてきていた。

 

 目が合うと、特に表情の変わらないその顔はひゅっと戻っていって、木々の向こうでゴムの音を鳴らした。

 

 胸が脈打つ。冷や汗が背中を濡らして、左腕だけで膝を掻き抱いた。

 布越しの機械に押し付けた腕の血の巡りが悪くなって、気分が悪くなる。

 

 できるなら見たくない顔だった。

 だって、申し開きのしようがない。合わせる顔も無くて……。

 

「なあ、今大丈夫か?」

 

 だというのに、彼はやってきた。

 包帯に巻かれた痛ましい体を物ともせず、顔の横に挙げていた手を下ろすと、私の横に膝をついた。

 ばつが悪くて視線を逸らす。でも、体ごと向きを変えるのは失礼すぎてできなかった。

 そんなことをすれば、きっと気を悪くさせてしまうから。

 

「酷い傷だ……なんで包帯も巻かねぇで」

「い、いいんですっ」

 

 他所を向いて、彼じゃない、どこでもないところへ言葉を投げる。

 こんなの、もう治したってなんの意味も無いんだから。

 

「でも」

 

 なおも言い(つの)るルフィさんに、必死に頭を振って拒絶する。

 ……ほんとうに、治療はいらない。

 だってこれは……この痛みは、(いまし)めだ。

 馬鹿な私へのばつ。失敗した私に残す痛み。

 

「なんでだよ? ……ほら、おれ食いもの貰って来たんだ。食えよ」

「…………」

 

 何かを近づけられる気配がした。

 でも、とても受け取る気にはなれなくて、体を固くして動かないようにした。

 そうするとそれが離れていって……。

 

 ……呆れられちゃったかな。

 こんな態度をとるのはおかしいって、わかってるんだけど……私、もう、どうしていいかわからなくなっちゃって……。

 生きてる意味もわかんなくなって、誰に何を言えばいいかもわからなくて。

 

「じゃあ、このまま言わせてもらうけどな」

 

 ……何をだろう。

 彼の言葉に気を引かれて、けれど自制する。

 興味を引かれるとか、憧れるとか、好きとか、そういう感情を抱くのはお門違いで、そう思うのなんていけない事で……。

 

「ありがとう! エースを助けようとしてくれて!!」

「――――」

 

 息が詰まった。

 それは、私の失敗そのものだ。

 私が、わたし……なにを。

 

 ……何を言われたのか理解できなくて、無意識に彼の方を見てしまった。

 

 彼は、膝をついて頭を下げていた。

 

「ありがとう!!」

 

 私と同じように、地面に額を当てて、麦わら帽子が落ちるのも気にせず……皇帝さんがあわあわしていてもその姿勢を崩さなかった。

 一瞬で感情が溢れた。

 

「でもっ! わた、わたしっ、すくえっ、な」

「いいんだ」

「……そんな」

 

 救うとか。

 そんな言い方をするのもおこがましいのに、彼に頭まで下げさせて。

 本当、私ってなんなんだろうって思ってしまった。

 今、一番つらいのはルフィさんなのに、気を遣わせて、謝るのは私なのに、ここまで来させて。

 

「ただ、礼だけ言っときたかったんだ。でも、お前が誰にも会いたくないって言うからさ」

「……ご、めんなさい」

「? なんで謝るんだ?」

 

 手当てを、と言ってくれたのはジンベエさんも同じだった。

 トラファルガー・ローに見せれば彼も無碍にはしないだろうって。でも私、動く気になれなくて断った。

 誰にも会いたくないって、わがままを言った。

 

 ……謝るのは、私の人生全部が間違いだったから。

 記憶を見た事があったのに何もしなかった。勝手に楽しい時間を過ごしてた。

 そのせいで助けられなかった。頭まで下げさせてしまって……怒鳴られたっておかしくないのに。

 

 うじうじしてるな、意味ないなって自分でも思うんだけど、どうしても頭のなかのぐちゃぐちゃも胸の中の重い何かも消えてくれなくて、感傷的になって、自分の事もよくわからなくなって。

 見えてるはずの風景も白んでぼうっとしてしまっていれば、何事か話していたルフィさんが、私の顔の前で手を振った。そうすると反応しない訳にもいかない。彼の顔に焦点を合わせる。

 

「なあ、ついてきてほしいところがあるんだ!」

「……?」

 

 彼が言う。

 私にエースさんの死を(とむら)って欲しい。もし思うところがあるならば、一緒に来て欲しいって。

 ……私にその資格があるのか、なんて考えてる暇はなかった。

 彼の笑顔と強い声に、いつの間にか私は頷かされていた。

 

「そうと決まれば、包帯巻かなきゃな!」

「あ……」

「それで飯食って腹ごしらえして、準備しよう! な!」

「…………、……ええ、はい」

 

 手当てしよう、ご飯を食べよう。

 どちらも私が拒絶した事なのに、そのどちらもする事になっていて、私は驚いて、それから、くすりと笑みを零した。

 なんというか、凄い引力……引き込まれると言うか、ぐいぐい引っ張られるというか。

 

 彼の前だと、私みたいなのは吸い寄せられる以外になくて、なんでかそれが凄く気持ちが良かった。

 腕を引っ張られて、彼が見ている道を一緒に走っているみたい。

 私一人じゃ絶対行けないような道を……。

 

 結局彼に言われるがまま着物をはだけて、手当てを受けて――ルフィさんがやってくれた。染みるヘンなにおいのべたべたを胸の傷や肩の傷に塗ってもらって、包帯を巻いてもらって……包帯女(マミー)になった。見かねた"冥王"さんが巻き直してくれた――渡された食べものを口に詰め込んでいれば、私が食べているのを見て食欲がわいたのか、ルフィさんも食べ始めて、競争みたいになっちゃって。

 

 なんだか、楽しかった。

 頭の中が軽くなって、なんにも考えられなかったけれど、とにかく楽しくて。

 右腕は完全に死んでるから切り落として、食べた分のエネルギーを使って"生命帰還"で細胞を活性化させて新しく生やしたら、すっげぇ! って笑ってくれた。

 どうだろう。これくらいは誰にでもできると思うんだけど。

 いやできないだろうって"冥王"さんもルフィさんも笑って、私も笑って……。

 

「蛇姫様! 大変です!! 里に半裸の男が!!!」

「なんじゃと!?」

 

 その後はひたすら頭が痛くなった。

 神様……さっそく地上観光に勤しんでる……。

 案内がどうのって言ってたけれど、私必要ないじゃん。

 

 

 

 

 私は、自分の意思とかそういうのがなくなってしまったみたいにルフィさんについて回る事にした。

 サボさんへの恩返しの機会は失われて、戻る場所も無くしてしまったから、引っ張ってくれるルフィさんが凄く眩しかった。

 

 それで、彼の船旅に加わる事にしたのだ。

 といってもマリンフォードまでの僅かな間だけ。

 ずっと一緒にいさせてもらうだなんて厚かましい事はできる訳がないから。

 

 

 

 船内では九蛇(クジャ)の女皇帝……ハンコックさんとちょっと悪い雰囲気になりながらルフィさんのお世話をして――ルフィさんは鬱陶しがっていたけれど、安静厳守なんだから身の回りのお世話くらいはさせて欲しい――ご飯を作ったり、お歌を歌ったりして賑やかしに徹したりした。

 

 この航海に神様はついてきていない。

 私がルフィさんと一緒にマリンフォードに行くと聞くと、すっっっっごく嫌そうな顔をして、「私は帰る」って月に帰っちゃった。なんでか私の羽衣をひったくって行った。……天女かな?

 

 機嫌を損ねてしまったから、もう地上には来てくれないのかなって思ったけれど、マクシムを置いていったあたり戻ってきそうな気もする。

 ……だからって何がどうという訳でもないのだけれど。

 

 そうして私は、マリンフォードにてエースさんの死を悼み、ルフィさんが仲間にメッセージを送るため、集まった記者達に激写されるのを眺めた。

 

 その後少し席を外させてもらって、こっそりこっそりサカズキさんのお家に帰る。

 もう親しく話す事もないだろうって思ったんだけど、ここまで来たなら何かしたくて、でも顔を合わせればきっと殺されてしまう。

 

 それでもいいかなって思った。サカズキさん怒ってるだろうから、私を殺してちょっとでも気が晴れるなら嬉しいなって。

 でも、今の私はルフィさんにつき合ってるのだから、勝手に死ぬのは迷惑になっちゃうだろうと考え直して、私の部屋から私物を回収して、それから、半紙と筆を拝借して、居間の机の上へ書置きをした。

 

 「ごめんなさい」は違うかな。「ありがとうございました」はなんか変かな。「クソお世話になりました」は怒るだろうな、と悩んで悩み抜いて、結局変にかたっ苦しくて細かくて長くなっちゃって、でもそんなに長く書くつもりはなかったから左に進むにつれてぎゅうぎゅう詰めになってしまって。

 おみやげのお団子は食べて貰えたかな、なんて考えると涙が零れて、慌てて目元を拭った。

 

 ……ばかじゃん。

 悲しくなるために海軍のみんなを裏切った訳じゃないのに。

 勝手にそうして、なのにこんなに悲しくなるなんて……ばかだ。ばかミューズ。

 ……ほら、半紙に涙が染みちゃった。こういう不備、サカズキさん怒るよー。

 もうゲンコツもされないだろうけど。

 

「……、……っ、…………。……」

 

 しばらくその場に正座したままぼうっとして、それから、膝に手を当てて立ち上がり、この家を去ろうとして、でもなんとなく……台所に立って、ご飯を作り置きした。

 冷めちゃうだろうけど、お味噌汁とか。おネギの入った玉子焼きとか。

 

 食べてくださいって伝言も居間の机に置いておく。

 ひょっとしたら、海賊になった奴の作ったものなんか食べられないって捨てられちゃうかもだけど、ううん、それでもいい。私がやりたいからやっただけだし、自己満足のため。

 

 他に何かやれる事はないか、残せるものはないかってうろうろして。

 そんなに時間がないから、焦って考えが纏まらなくて。

 気が付けばひたすら千羽鶴を折って部屋中に飾り付けていた。

 

 ……何やってるんだろう。こんなの絶対に怒られるのに。

 でも作っちゃう。おりおり。

 部屋中折り鶴まみれになってしまった。

 

 あ、そうだ。

 シャワー借りてこう、シャワー。

 さすがに畳に世界地図描くのは憚られるし。

 

 それほどここにはいられないなんて言いながら、お風呂を借りて。

 さっぱりして、すっきりして。

 再び振袖に腕を通した時、この着物を貰った時、幸せでいっぱいになったなーなんて思い出しちゃって、せっかく綺麗にした顔に一筋熱い水が流れて、溜め息を吐いた。

 

 ……はあ。

 ……私って、ほんとは天才じゃないのかな。

 何もかも上手くいくって、みんな笑顔になれるって、なんとなく思ってたんだけどな……。

 

 重い腕がぱたりと落ちる。

 まぶたを閉じて、肌触りの良い、きっと高級な振袖の感覚に意識を傾けると、なぜだか懐かしい顔が暗闇の中に浮かんだ。

 

 お父さんとお母さん。

 優しい声が脳裏に響く。

 

 

──私のかわいいミューズ。

──僕たちの女神。

 

 

 でも私は……誰も笑顔にさせられなかった。

 私は、女神じゃなかった。

 

 ……女神には、なれなかった。

 

 

 

 

「……中将殿?」

「あ」

 

 帰り際、ばったりミサゴさんに出会ってしまった。

 ……とても困る。

 咄嗟に袖で顔を隠したものの、人違いだ、なんて言えるほど私に似てる人はここにいない。

 なので顔を隠したって意味ないし、というか装備で私とばれるだろうし……今さら誤魔化しなど効かないだろう。観念して腕を下ろせば、いつも通り制服姿のミサゴさんが所在なさげに立っていた。

 

「あの、中将殿が海軍を抜けると聞いたのですが……嘘、ですよね?」

「……ううん。ほんと」

「ええっ!?」

 

 相変わらず綺麗な黒髪をさらりと揺らして歩み寄ってきた彼女は、あんまり事情を知らないのか不安げな表情を見せた。……そっと視線を逸らす。慕ってくれていた彼女の顔をまともに見ようとすると、動悸が激しくなって、だめだった。

 

「またまた、中将殿、今度はどのような思い付きを……」

「うそやなんかじゃないんだよ、ミサゴさん。……ほんとにやめたの」

「そっ……な、でも……で、でも……」

 

 私が肯定すると驚いて両手で口を覆った彼女は、その手の内で声をくぐもらせると、「なぜです」と目で問いかけてきた。

 私は答える言葉を持ち合わせてなんかいなかった。

 

 なんでなんて聞かれても。

 馬鹿な私が馬鹿な思い込みで馬鹿なことをしたからとしか言いようがなくて、だからもう戻れないの。

 ……そんなこと話したら、ミサゴさんだってきっと私を馬鹿って言うよ。

 

 なんとなく、それがすっごく嫌だった。

 だから私、彼女を見上げておどけるように笑って、高い声で「海賊になるんだ」と言った。

 彼女は数秒呆けた後に怒りで頬を染め、けれど「すぐそこに"麦わらのルフィ"が来てるんだけど」と続ければ挙動不審になって、「私ルフィさんと一緒に来たんだ。帰るのも一緒」って言ったら素早く周囲を索敵して、私の背中に隠れた。

 ……ついてくるんだね。

 

「あのっ、あのっ、この事はどうかご内密に……!!」

「うーん、私の事を秘密にしてくれるならいいかな」

「あ、それもそうですね! ……うう」

 

 彼女は私が海賊になるのは大反対みたい。

 でも、もう海軍には戻れないってのも察してくれたみたいで、変な顔をしていた。

 ……私を捕まえるつもりはないみたい。

 彼女の中では、まだ私は上司なのだろう。

 

 ……ごめんなさいも言えない駄目な上司なんだよ。

 もう慕う必要はないのに、どうしてぎゅって私の腰を掴むのかな。

 こつんって、頭を押し付けてくるのかな。

 ……私を怒らないのかな。

 

 

 

 

 

 本物のルフィさんを見た彼女は私以上にミーハーだった。

 きゃあきゃあ黄色い声をあげて、でも立場上近づくと後が怖いから近づけなくて、涙目で私にサインが欲しいとねだった。

 ええ……私だってまだ貰ってないのに……。

 いやまあ、ねだれるような間柄じゃないんだけど。

 とりあえず彼女の為に、一応聞くだけ聞いてみた。

 

「サイン? いいよ」

 

 軽い。

 私の分も書いてくれようとしたけれど、どの面下げてって感じだったからさすがに辞退して、預かってたミサゴさんのコートの内側にきゅきゅっと油性ペンで一筆いただく。

 あっ、なんかドクロっぽい絵も追加された。ドクロ……ドクロ??

 ……これ着て仕事するのか……危険な橋を渡るなあ。

 

「ふふ、ふふふ……いいじゃないですか……ふふふふ、ふふふ……」

 

 さっさとコートを返しに行けば、建物の陰で縮こまって待っていたミサゴさんは完全に危険人物になってしまった。

 ……見たくなかった、元部下のもはや犯罪なこんな顔。

 

 

「自分も見たくありませんでしたよ、元上司の泣き腫らした後の顔なんて」

「…………」

 

 トリップしていた様子の彼女に背を向けて戻ろうとすれば、静かな声をかけられて足を止めた。

 目元に手を当てる。涙は……ちゃんとお湯で流したはずなんだけど。

 

 少しの沈黙の後に、そっと問いかける声があった。

 

「……中将殿の正義、なんですよね」

「…………」

 

 正義……。

 私が掲げたのは……。

 ……"自由な正義"。

 

 ……"自由"ってなんだろう。

 身勝手とはきっと違うものだよね。

 縛られないで、どこまでも羽ばたいていけるような、素敵なもの。

 その羽ばたきが残す羽根の一欠けらさえ、私には掴めないような気がする。

 

「……(ちゅう)じょ……ミューズ、さん」

 

 彼女の声には答えられなかった。

 

 だって私、よくわかんないんだもん。

 ほんとは自由がどうとか。

 ……正義とか、悪とか。

 

 どうして私が生まれたのかとか、知りもしない誰かの記憶を持っているのかとか。

 なんで今生きてるのかとか、なんで泣いちゃったりするのかとか。

 どうしてお父さんとお母さんが死ななくちゃいけなかったのか。

 村のみんなが死ななくちゃいけなかったのか。

 

 誰もが優しくしてくれるのはなんでだろう。

 誰かを好きになっちゃうのはなんでだろう。

 

 私が何をしたいのか、何ができるのか。

 どうしたいのか。……どうすればいいのか。

 

 

「……海賊になるんですよね」

 

 ……改めてかつての部下からそう言われると、きゅっと胸が痛んで、胸元の布に手を当てた。

 ……そう。海賊になるの。

 子供の頃にそう決めたから、そうしようって思ったの。

 

「……自分はいつかミューズさんより強くなって、必ず捕まえに行きますからね」

「……好きにして」

「……! ふふっ、そうさせて頂きますね」

 

 顔も見ないまま吐き捨てるように言うだけ言えば、何がおかしいのか小さく笑いを零したミサゴさんの立ち上がる気配がして、私は身を固くした。

 

 さあ仕事仕事。誰かのせいで騒ぎは起きてるし、誰かが抜けたせいで書類が山盛り。

 

 珍しく愚痴る彼女に、それでも私は何も言えず、顔も向けられず、立ち去る事しかできなかった。

 

 

 

 

 女ヶ島に戻る船の中で、ルフィさんに「お前とエースがどんな関係かわかんねぇけど」と話の流れで言われた時、私はなんとも言えない微妙な気持ちに駆られた。

 どんな関係も何も、私とエースさんは赤の他人だ。

 

 それを台所で零せば、そんな馬鹿な話があるかってハンコックさんに呆れられてしまった。

 

 見ず知らずの者のために地位を捨て居場所を捨てて、命を賭けて戦う者がどこにいる?

 ……はっ、まさかお主も"恋"を……!?

 し、死に別れなど、考えただけでも胸が苦しい……!!

 すまぬ、軽率に責め立てた。愛しき者と死に別れて恋を失ったそなたを、(なじ)ったわらわを許してほしい……。

 

 ……とか、誤解が山のように積みあがったけど。

 ちょっと彼女と仲良くなれたのは収穫だ。

 でもルフィさんのお世話は譲らないって怖い顔。

 わかったよ。私は別の事でお役に立つから。

 

 という訳で、動けなくて体力持て余してるルフィさんに余興でワンピースのオープニング曲歌ったら、手を叩いて大喝采。

 電子ピアノも持って来たからある程度の伴奏もあって、それが気に入ったみたい。

 じゃあじゃあ! ってスクールアイドルの曲を歌ったら二秒経たずに眠ってしまった。

 そんなあ!

 

 

 

 

 起きたルフィさんに、どうして聴いてくれないんですか! って詰め寄った。

 こんな事するのは失礼なのに、どうしてか私、自然とそういう風にできてしまった。

 なんなら今からさいっこうの歌を歌うから、聞いて欲しい!

 ……と言ったら、ルフィさん心底嫌そうな顔をした。

 

「ええー、いいよもう。聞きたくねえ」

 

 …………オープニングの曲の時は喜んでたのに。

 どうして私の大好きな曲は受け入れて貰えないんだろう?

 ……きっと笑顔になれるはずなのに。

 ……笑顔にできるはずなのに。

 

「だってお前、歌いたくないって顔してた」

 

 …………。

 歌いたくない顔……ってなんだろう。

 

「そんな辛気臭い顔のやつが歌うのなんて聞きたくないぞ、おれは」

 

 どっさりとベッドに倒れ込んだ彼に、言外に、笑顔じゃないやつの歌が誰かを笑顔にできるはずないって言われたような気がして、私は項垂れた。

 その通りだ。

 私が笑って歌えないのに、人を笑わせられる訳がない。

 

 歌は……もうやめよう。

 

「え、やめんのか? もっと歌ってくれよー! 退屈なんだ、ここ」

「ええ……?」

 

 がばっと起き上がった彼に催促されて、困惑する。

 

 ど、どっちなの、ルフィさん。

 歌っちゃ駄目なの? 歌っていいの?

 わかんないよ、もう……。

 

 

 

 

 ルフィさんが孤島で"冥王"……レイリーさんと修行するって話になった時、私はどうしようかなって悩んだ。

 修行するのに付き合う?

 一人でどこかへ行く?

 

 私、ルフィさんと触れ合って、ずいぶん心が軽くなった。

 後悔はあるけど、まだ自分を信じていられた。

 だからこれからの事は、自分で決められる。自分の意思で未来を選択できる。

 

 ……アイドルになるのもありかなあ。

 顔割れてるから駄目かなあ。

 でもたくさんの人にスクールアイドルの素晴らしさを知ってもらいたいよなー。

 ……なんて、心にもない事を零してみる。

 

 まだ私、人を笑顔にできるような歌を歌える自信はない。

 だって、今まで誰もそんな事言ってくれたことなかったもん。

 「あなたの歌で笑顔になれました」……なんて、一言も。

 

 じゃあやっぱり海賊だ。

 

 海賊王を目指すとなると、ルフィさんに「なら敵どうしだな」って言われて心折られたからしばらくは選択肢に挙げらんない。

 どうしよう。

 ハンコックさんは九蛇の女になれって言ってたけど、それはなんかなー。

 里は賑やかで居心地よくて、みんな優しくて良くしてもらえてるけれど、ずっとここに留まるのは違うと思うんだ。

 

 ……まだまだ考える時間が必要だな。

 ……ちょっと、ルフィさんの様子見に行ってみようかな。

 

 

 

 

 鬱蒼と茂る危険な森に足を踏み入れ、不得手な見聞色を広げて安全地帯までの道を歩む。

 少し開けた空間に、胡坐を掻いて座るルフィさんと、傍に立っているレイリーさんの姿があった。

 

「……! やあお嬢さん。見学かな」

「……はい」

「そうか。いや、君はもう新世界でも生き抜けるほどの覇気を身に着けている。稽古をつけろと言われても困るところだった」

「…………」

 

 朗らかに話しかけてくる彼には悪いけれど、あんまり喋る元気がなくて、うーんうーんって唸っているルフィさんを眺めた。

 目をつぶって苦しそうにしてる。座禅とかいうんだっけ、こういうの。

 いったいその目の奥の暗闇でどんな困難と闘っているのかはわからないけれど……見ていて飽きない。

 ずっと見ていられる気がした。

 ……およそ二年くらいは。

 

「……そっちへ、座りなさい」

「……? はい……」

 

 レイリーさんが大きな木の根元を指さすのに従って、ざらざらとした巨大な根に腰かける。

 布越しに感じる冷たさがちょっと心地良かった。

 

「……ふぅむ。君は……孤独は好きかね?」

「え?」

 

 いきなりの質問に思わず彼の顔を見上げれば、いつも浮かべているのと同じ笑みが目に映った。

 自信に満ちたその表情は"孤独"という言葉からは縁遠そうで、なんで私にそんな事を聞いたのかわからなかった。

 

「どうかな」

「……ぇ、と」

 

 ……考えてみると……。

 私って、ずっと誰かと一緒に生きてきたから……。

 孤独っていうのがどういうものなのか、よくわからない。

 浮かんだ考えをそのまま彼に伝えれば、小さく頷かれた。

 

「そう見える。君は一人では生きられないタイプの人間だと」

「……?」

「はは、難しいかな」

 

 言葉の意味が分からなくて首を傾げれば、一歩近づいて腰をかがめ、視線を合わせてくれた彼が、そっと、寝る前にお話をするような落ち着いた声で語った。

 

「人は誰しも一人では生きていけない。その胸の内に孤独を隠し、強がり立ち振る舞っていてもどこかで誰かとの繋がりを求めるものだ」

「…………」

 

 黙ってじっとして声に耳を傾けていれば、不意に彼は困ったような顔をした。

 そうだな……そうか、なんて一人で納得するように呟いて、その意味さえ私にはわからない。

 

「難しい話ではない。君はまだ子供なんだ」

「……こども」

「そうだ。ほら」

 

 自然な動きで手を取られ、彼が広げた手の上に私の手を重ねさせられた。

 しわしわの手は、でも力強くてとっても熱い。

 血の巡る感覚に私の心は落ち着いて、ゆっくりと息を吐き出した。

 

「まだ、君の手はこんなにも小さい。掴めるものには限度がある」

「…………」

「だが腐る事はない。未来は如何様にも変じていく。……君は」

 

 ──自由だ。

 

 ……いつか、サボさんにも同じ事を言われた。

 私は自由。

 でも自由って何?

 自由だと何ができるの?

 私にはわからない。

 

「なんだってできるさ! 夢を追いたまえよ、お嬢さん。自分の夢を!!」

「私の……ゆめ?」

 

 夢。

 ……ルフィさんの方を見る。

 小さい頃に抱いた夢は、彼に会う事だった。

 その夢はもう叶っている。

 ……本当は、もっと綺麗に、もっと笑い合えるようなかたちで会いたかったけれど。

 

「そうだとも。そして一つアドバイスするならば……決して、一人で歩もうとはしない事だ」

 

 その理由は、先ほどレイリーさんが語って聞かせてくれたように、私が一人で生きていけるタイプの人間じゃないから、らしい。

 

 彼と話していると、そう言われた理由がなんとなくわかってしまった。

 強くなったから、地位があったから、誰かの前に立って動いていたけれど。

 ほんとは私……大きな誰かの後ろにくっついて歩いてるような子だったんだなって。

 

「……ふふ」

 

 ……とてもじゃないけど、王になる器なんて持てそうにない。

 それがどうしてかおかしく感じて笑ってしまうと、レイリーさんが私の頭を優しく撫でた。

 ……そういう風にかいぐりするの、やめてほしい。

 だって、急に涙が溢れてきちゃった。

 

 なんで、悲しくないのに泣いちゃうんだろう。

 みっともない。情けないから、握った手で目元を拭ってぐっと堪えようとすれば、レイリーさんの手が私の腕を掴んだ。

 

「涙を堪える必要はない。いつなんどきも立ち向かう必要はない」

「……ぅ」

「こんな格言がある。"涙は心の洗濯"だ。辛い時、悲しい時、たくさん泣いて気持ちを新たにする」

「っ、う、……ぅぅ」

 

 大人の男の人の声って……その大きな手って、どうしてこんなに安心させられてしまうんだろう。

 触れらていると涙がこられられなくてぼろぼろとあふれ出す。

 こんな場所で泣いちゃ駄目なのに。

 

「付き合おう。好きな場所へ行きたまえ」

「……」

 

 立ち上がった彼に、手で口元を覆いながらこくこくと頷いた。

 その気遣いが嬉しくてなおさら涙が出てきてしまう。

 

 ルフィさんに一声かけたレイリーさんが私の前に立ち、顔だけ振り向いて私を確認する。

 ……声を出せる余裕が無かったから、その背の布を掴んで、彼が歩き出すのに合わせてついていった。

 

 

 

 

 

 

 月に行こう。

 

 

 

 

 2年の歳月が経った。

 あっという間と言うには長い時間。

 月に行ったり女ヶ島に戻ったりの生活を繰り返していた私は、のびのびと育って、現在9歳。

 ……身長もぐんっと伸びた。

 なんと144cm!!

 

 つよい。

 世界獲ったな。

 

 2年前の私が130無かったのを考えると、まるでヤルキマン・マングローブのようににょきにょき伸びたよね。

 めっちゃナイスバディにもなった。

 半年振りに顔を見たルフィさんは、私が自慢げに体を見せびらかすと、上から下まで眺め回してから「変わってねぇな!」と笑った。

 ……変わった!!! めっっちゃ成長したから!!!!!!

 

 ……2ミリくらい。

 

 

 

 この2年、私は特に何もしてなかった。

 女ヶ島特有の料理とか覚えたり歌とか覚えたり素敵な曲を広めたりはしてたけど。

 海に出たりはしなかった。……革命軍に戻ろうともしなかった。

 だって私、本拠地であるバルディゴ? って島がどこにあるのか知らないし、彼らの連絡先も持ってないのだ。

 戻りたくても戻れないし、海賊になるのなら戻っちゃいけない。

 そもそも合わせる顔も持ってないし。

 

 

 海賊になるにあたって、神様の説得は完了した。

 一度地球に行ったからって完全にだらけモードに入ってたけど、色々手段を講じて、最終的にめっちゃべったりしてからあっさり離れようとすると勝手についてくる事に気付いたので簡単な話だった。

 

 

 それから私、死ぬ気で「にっこにっこにー!」の練習をしたのを、ルフィさんに見せた。

 ……私には秘策があったのだ。

 絶対に私の中の素敵なものの魅力を知ってもらいたいって思ってる相手が歌を聴かせるとすぐ寝ちゃうならどうすればいいのか。

 あれだよね。ノリ良く楽し気な動きをすれば一緒にやってくれるよねって思いついて。

 

 ……うん。

 私は偉業を成し遂げてしまった。

 彼としては「冗談じゃないわよーう」ってやるのとおんなじ感覚だったんだろうけど。

 ……うん。

 ルフィさんがやるとハンコックさんも一緒になってやるよね。

 皇帝であるハンコックさんがやると国のみんなもやるよね。

 ……うん。

 

 世界の矢澤は伊達じゃなかった。

 ……ちょっと後悔した。

 

 

 

 

 出航の日だ。

 ルフィさんの目的地はシャボンディ諸島。

 そこで仲間と待ち合わせてるんだって。

 

 ずいぶん仲良くなれた私にお誘いの言葉はなかった。

 だってもう、同じ高みを目指すライバル同士だって思われちゃってたみたいだから。

 

「今ならお前がすっげぇ強いってことわかるんだ。いずれぶつかり合う時がきたら、そん時は全力だ!」

 

 ……なんて、握り拳を突き付けられて、強敵認定されちゃった。

 強さを肯定されるのは嬉しいな。ルフィさんが相手だとよっぽど。

 

「……"耳たぶ"、お前も元気でやれよ!」

「話しかけるな"ゴムの男"……ヤッハハ! いずれこの地上も私の支配下に置いてやる!」

 

 ひょっこり地上に下りてきた神様は、最初はルフィさんと睨み合っていたけれど、特に悪さしてないと普通に会話できるくらいにはなるみたいで、顔を合わせるといつもこんな調子。

 神様はたぶん本気で言ってないんじゃないかな。面倒そうだもん。

 そしてルフィさんは一見友好的だけど神様の名前覚える気一切ないあたりちょっと怖い。

 

 ……でもあだな付けてもらえてるのは羨ましくもあったり。

 私は最初から名前呼びだったからなあ。そんなに特徴ないかなー。

 「壁」とか呼ばれたら大泣きする自信があるから、やっぱいいかな……。

 

 さて、私達は空を行く船マクシムで出航だ。

 神様なしで滞空できるのは、昔月に行った時に勝手に弄ったからだね。

 結構単純な構造だったから私でも改造できました。楽勝。

 

「じゃーなーミューズ! またな!」

「はい! また会う日まで、ごきげんようです!」

「ああ! それと、ありがとうなー教えてくれて! 本当の本当にありがとーなー!!」

 

 なー、なー、なー……。

 小さな船で海を行く彼へ手を振ってお別れする。

 その姿が見えなくなるまで、その声が聞こえなくなるまで。

 ……。

 

 さて、ここからは私と神様の、未知の冒険の始まりだ。

 行き先は特に決まってない。

 

 神様の気の向くまま観光するだけ。

 と言いつつ私が行きたい場所に連れてってくれるのだろう。

 暇を持て余した神様の遊びって感じだから、わりとなんでも言う事聞いてくれるの、私知ってるよ。

 

「お」

 

 ニュース・クーが新しい時代の到来を告げる。

 お金を払って新聞を貰い、ちらっと流し読み。

 うがっ、つまんない話ずらっと並んでてグラッときた!

 ……さっさと手配書見よう。

 

 ルフィさんが4億の大台に到達していた。

 死亡説も流れる中、よくぞここまでって感じだよね。

 それから……ああ、やっぱりあった! 私の手配書!

 びっくりなのは、神様のもある事だよね。あの戦争で大将に攻撃仕掛けたんだから手配されても仕方ないのはわかるけど、いつの間に写真撮られたんだろう……狂気的な笑みを浮かべ手の平を差し向ける凶悪写真の下には、破格の懸賞金が載っていた。

 

「"神"……名前は載ってないね。懸賞金は──5億5600万だって! 初頭手配でこれはすごい!」

「当たり前だろう? 私は神だぞ」

「はいはい神様すごいすごい。(わたし)の方は……」

 

 これもまた、いつ撮られたのかわからないけれど、日差しの中で誰かと喋っているのか、やや上を向いて柔らかい笑みを浮かべた私のバストアップ写真が掲載されていた。あ、たぶんウミサカさんと廊下でサカズキさんのお話してた時のやつだ。「怖い人ですね」、「ですねー」って。ちゃんとお話すればほんとはそう怖い人じゃないってわかるんだよ。顔は怖いけど。顔は怖いけど。なんて話しては盛り上がっていた。

 

 でもでも、これじゃあ全然海賊って感じがしない。なんか、穏やかな昼下がりのひと時って感じだ……。

 懸賞金は……うわあ。

 

「"天女"ミューズ 懸賞金6億ベリー……」

「ほう? 生意気な数字だな」

「もうっ、拗ねないの! 私だって驚いているんだから」

 

 のの様棒でつんつんしてくる神様をぺしっと叩いて、改めて手配書をじっくり見る。

 初頭手配でこの金額なのは、元中将だからなのか……金額の決め方とか、そこら辺の事は管轄外だからあんまりわからないけれど。

 それよりも気になるのはその下。

 

 

 そこには──『ONLY ALIVE』の字が躍っていた。

 




TIPS
・『ONLY ALIVE』
生け捕りのみ。

・6億ベリー
懸賞金は政府への脅威度。
行動の意図が分からず何をしでかすかわかったものではないミューズは
完全に危険因子である。
能力者になったら怖いなーとみんな思っている。

・神様
空飛ぶ船とか反則じゃん。


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第十五話 自由の行使

「て、テメ……なんで……!!」

 

 新世界。

 波の高い海で出会った海賊船に気分転換で飛び込んで、何億だかの船長と動物(ゾオン)系がうじゃうじゃいるのをえいやっと蹴散らせば、倒れ伏す男達が呪詛を吐いた。

 

「か、海軍やめたってのは……"誤報"だったとでも……言うのか……!!」

「海軍本部、中将……! くそっ、あの"ジョーカー"のように………!?」

「いーえ。やめましたよー海軍」

 

 血生臭い場所に立っていると、振袖に臭いが移ってしまうので手すりの方へ飛び乗って、質問に答える。

 強い潮風が吹いた。

 肩にかけた正義のコートがばたばたと揺れて、けれど、留め具はなくとも決して落ちはしなかった。

 

「な、なぜ……」

「なぜ?」

 

 ……なぜ。

 はて、なぜと問われても、海賊ならば誰にやられても文句はないはずだと思うんだけど。

 ……しいて言うなら、海軍へのけじめ的な感じかなー。

 せめて海の平和に貢献するぐらいはしようかなって思ったんだ、私。

 泣く子も黙る海賊(あくとう)だけどねー。

 

「……お?」

 

 ふと頭上に光がやってきて、あらーと口の中で呟きながら跳躍して離脱する。

 数瞬後には大きな海賊船は雷の柱に飲まれて跡形もなく消えてしまった。

 円状にできた小さな滝に海水が流れ込む風景ももはや見慣れたもの。

 新世界だからね、こういう海模様もよくあるよね。うん。

 

「遅いぞミューズ」

「ごめんなさい。でも神様、あの人達海軍に引き渡そうと思ってたんだけど」

「知らん」

 

 引き渡す、なんて言っても直接顔は合わせられない。私達はお尋ね者なので、見えない位置からぽいっと捨てるだけの簡単なお仕事だ。なんて凶悪犯罪。

 

 空に浮かぶ箱舟に帰還すれば、ファンシーな玉座(私がいっぱいかわいく落書きしてあげた)に座った神様が退屈そうにしていた。

 まあまあ。なんか面白そうな島か海賊船見つけるまではトランプでもしてましょう?

 この……海楼石製特製トランプでね!!!

 

「…………」

「はいじゃあ配りますよー」

 

 くくく、そしてこれは必ず神様の手に"ジョーカー"が渡る魔のババ抜き……!

 今日こそ私が全勝するのだ!!!

 

「くだらん」

「ぬわーーーーー!!!!」

 

 負けた!

 秒殺!

 

 こうなると、バラバラと真っ黒な手からカードを床に散らした神様に食って掛かるしかない。

 

心網(マントラ)ずーるーいー!!」

「ヤッハハ……お前も習得すればよいではないか、"見聞色の覇気"とやらを」

「むー、私は見聞色は苦手なんですぅー。よくわかんないし」

 

 聞こえないものが聞こえるとか見えないものが見えるとか、いまいち感覚がつかめない。

 そんなの見えたら私の人生、万事が万事上手くいってただろうし。

 

 そりゃ、海軍で訓練は積ませてもらってたからある程度はできるけれど、卓越した覇気使い……神様とかと比べれば雑魚もいいとこ。

 私も目をつぶってスッと敵の攻撃避けたりしたいなあ!!

 

「お前の単純な考えなど手に取るようにわかる」

 

 ふんっと得意げな顔をする神様に、なんとなく馬鹿にされた気がして憤慨する。

 あのね! 私単純とか単細胞じゃないから!

 かしこいかわいいミューズちゃんだから!

 

「…………」

 

 ……ああああ完全無視!!

 自尊心を著しく傷つけられた!!!

 ぷっつんきたから悪戯する!

 明日を楽しみにしてろやぁ!!!

 

「不届き」

「しびびー!?」

 

 つんとお腹に指突っ込まれてビリリッと電撃された。

 だから、心網(マントラ)は卑怯だよ……悪だくみもできやしない……。

 はーつら。

 

 

 

 

 ごうんごうんごうん。

 これはマクシムの航行音。

 

 ごうんごうんごうん。

 これはマッサージチェアに改造した玉座の駆動音。

 

「近くに……島が……あるな。人も……いる……」

 

 蠢く黄金の玉座に揉まれながら喋る神様の言葉は途切れ途切れで、でも満更でもないような顔をしている。

 苦しめー、もっと苦しめー。神様の苦しみが私の今日のおかずになるのだ。

 ……そろそろ食料尽きそうなの! 神様ほんとによく食べるよね。意外だよ。りんご一個で十分って顔してるのに。

 

「食う事とは生きる事と聞いた」

「だからってあんなにばくばく食べなくても。時には私のお皿にまで手を伸ばすしさあ」

「食べ物の恨みは深いのだ」

 

 ……?

 私、神様に食べ物関連で恨まれるような事をした覚えはないんだけど?

 むしろ台所仕事を一手に担ってお腹を満足させてあげてるじゃん!

 

「ヤッハハ……見よ、ミューズ。またあの旗だ」

「ビッグ・ボスだっけ? の、縄張りだね」

「不届き」

 

 あっ、神様また焼いた!

 遠距離からびりびりーって電撃飛ばして、一瞬の出来事で止める暇もない。

 

「もー、観光するのにこれじゃあ歩くのも難しいじゃん!」

「地上のものはすべて私のものだ。何が縄張りだ鬱陶しい」

「気持ち良いくらい神様やってるよね! でもあれじゃあ食料は買えないかな!!」

 

 短慮を起こした神様に怒りをこめて椅子のひじ掛けに乗っかって、ずずいっと身を寄せる。

 半目で見返されて、バチバチッと睨み合い。

 面倒くさそうに伸ばされた手が私の頭を掴んで、ぐいーっと押し返してきた。

 むむむ、負けるか! ぐいぐい突っ込んでいく。

 

「奪えば良いじゃあないか、"海賊"らしく」

「ピースメイン!! 市民のみなさんに手出しなんかしません!!」

 

 何を今さら馬鹿な事を、みたいに溜め息を吐く神様の胸をぽかぽかっと覇気パンチ。

 鬱陶しそうに顔を歪めていた彼は、ふと顔を上げると、にんまりと口の端を持ち上げた。

 

「ミューズ……どうやらあの島には悪党しかいないようだ」

心網(マントラ)か……いいなあ、便利だなー」

「ピースメイン大活躍と行こうではないか! ヤッハハハ……!!」

「うわあ」

 

 うわあ。神様大張り切り。

 愉快そうに笑って放電し始めるので慌てて飛び退き、もくもくとマクシムから噴き出る黒雲を見上げる。

 神様が悪党しかいないと言ったなら、そこに嘘はない。

 嘘ついたら鼻が伸びるはずだし。……というのは冗談だけど、夕飯とか朝ご飯とかお昼とか抜きになるから嘘はつかないようになっているのだ。

 

 いや、でも、あの。

 

「――"雷迎(らいごう)"」

 

 ズッ。

 重い音と共に、出来立てな雷雲の球体が海に落ちて穴をあけ、今日もまた海図から一つ、小さな島が消えた。

 

 

 

 

「スイッチオフ」

「む! 何をするっ!!」

 

 黄金マッサージチェアの電源を切れば、満足げに背を沈めようとしていた神様が食って掛かってきたので、その耳たぶを引っ掴んでぐいっと顔を近づけて睨みつける。

 

「食料!!!」

「……ヤハハ」

「笑って誤魔化すのずるい!!!」

 

 ずるい大人の処世術!

 そういうのいけないと思います!

 

 という訳で、今日の神様のご飯はりんご一個ね。

 あのめっちゃ萎えてるやつね。倉庫で転がってたいつのものかわかんないやつ。

 

「恨むぞ」

「うるさい」

「…………」

 

 一喝すれば、大人しく椅子に座って向こうを向いた。

 拗ねた子供か神様は。

 

 ちなみに、あっさり大地を消し去ってしまった神様だけど、もう自分の王国()があるから特に地球の大地に興味はないんだって。

 とかいいつつ有名どころの土とか砂とか瓶詰にしてコレクションしてるよね。

 ベッドの下に隠しててもお見通しなんだからね。

 

「…………」

 

 ゆっくりと振り向いた神様がじぃっと見下ろしてくるのに、腕を組んでみせる。

 そんな目で見ても、もう見つけちゃったものは見つけちゃったんだからね。

 

 

 

 

 

 

 いっつもこんな調子で気ままな観光を続ける私達。

 特に"悪さ"はしていないのに、懸賞金がちょこちょこ上がるのが悩みの種。

 私はともかく神様の方は鰻登りだ。

 そりゃ、まあ、うん。

 ……ね。

 

 

 私達は、空を飛べるのを良い事に"偉大なる航路(グランドライン)"を抜け出して、四方の海へと旅立った。

 船上レストランでランチしたり、一時期四皇が通っていたという島に足を運んだり、水の都で食い道楽したり、砂の王国に行って崩れた遺跡に潜ったり、おれは! お前を!! 超えていく!!! ごっこしたり。

 

 ぴゅいーん。ミューズは"ゴムゴムの暴風雨(ストーム)"を覚えた。

 神様はクロコダイルの笑い方を習得した。

 ああーっ、他人(ひと)のあでいんててーをそんな雑に!

 

 でも私も真似しちゃう。クハハ……いいかひよっこ。男は勝利も敗北も知り、逃げまわって涙を流して強くなる。()ける己の心力挿して、このおれを超えてみよ!

 ……うん? なんかまぜこぜなような。

 

 

 それはそうと、待ち望んでいたシャボンディ諸島にも行ってみた。

 遊園地ー、遊園地ーと前日の夜は眠れないくらい楽しみにしていたのに(神様は爆睡してた。なんか悔しいから顔に落書きした)、どっこいそこは海兵で溢れる悪党にとっての地獄(らくえん)

 海軍本部が近くにあるからすーぐ大将がすっ飛んでくるんだって。

 何それ! 私そんなの聞いてない!

 本当なのかなあその話。

 

 本当だった。実際に飛んできた。

 

「むぅ、"天女"さんたあ奇縁……。しかしこいつァ弱りやしたね……耳がいかれちまう」

 

 神様が偉そうな天竜人(テンナントカ)を黒焦げにした際、岩に乗ってすっ飛んできた、これまた巨漢の海軍大将さんが騒音を撒き散らす神様相手にとてもやり辛そうにしていた。

 それでも大将。藤虎(フジトラ)さんったら両目に傷があって盲目なのに強くってかなわないし、なんか執拗に私を狙ってきたので雷速でトンズラした。神様に襟首引っ掴まれてフライアウェイ。

 

 私の遊園地……。

 

 

 いつの日か、絶対遊園地で遊び倒してやる。

 そう誓った、ちょっぴり昔の日の思い出だった。

 

 

 

 

「……フフ! フフフフフ!! えれぇ有名人が来たもんだ……!! フッフフフ!!」

 

 当てのない海からところ変わってドレスローザ。

 今朝方ニュースを騒がせたドフラミンゴ七武海脱退の報を受け、私は神様をせっついてここに来たのだ。

 もちろん目的は……観光だ。

 

 ルフィさんの手助けなんて余計なお世話。

 彼には彼の冒険があって、私が手出しする権利などどこにもない。

 だからうっかりマクシムで王宮に乗り付けて、えらそーにしてる"天夜叉"さんに出会ってしまったのはちょっぴり誤算。

 ……なんて、誤魔化してみたり。

 

 彼の視線が私が羽織る正義のコートに向いた気がして、ちょいちょいと弄って見せる。

 ……すぐに視線が外された。興味ないのかな? 自分で言うのもなんだけど、変じゃない? 着物の上にコートってのはさ。

 

「この島も消そうってのか? ええ?」

「まさか。そんな事はしないよ」

「ならなんの目的があってこの国に来た……」

 

 天夜叉さんが座る大きな椅子の他に、ここにはいくつかオブジェクトっぽい椅子がある。

 ハートとかスペードとかダイヤとかがくっついてる大きな椅子。ハートの椅子にはボロボロのトラファルガー・ローがもたれかかっていた。

 そして壁際には老年の男性が鎖につながれて疲弊した顔を見せている。

 たぶんこの国の元々の王様だろう。

 

 さて、観光などと答えようものなら、きっと目の前の天夜叉さんから血管の切れる音とか聞こえてきそうだし、ここはどうするべきかな。

 ……いいや。直球でいこう。

 

「観光しにきた」

「アァ……!?」

 

 ビキ、ブチィ。

 ほらやっぱり! 天夜叉さんがおこりんぼ大会にエントリーしてしまった。

 でもさ、私が何しようと私の自由だよね。

 うちのクルーも自由そのもの。今はたぶん王宮のてっぺんでやくざ座りして下界を見下ろし、神様っぽく笑ってるんじゃないかな。

 

「んね~~、ドフィ、あいつ殺っちゃおうか?」

「……"天女"を甘く見るな……フッフフ!」

 

 やたらベタベタしたサングラスかけた人が、鼻水を垂らしながら私を指さした。

 それに何かを思うでもなく、てくてく歩いてハートの椅子に向かう。

 その途中にびゅーんと飛んできたベタベタさんを戦鬼を抜いて右へ受け流す。びゅーんって飛んでった。

 

「おお……おお~~???」

「……"天女"……?」

「なんか、あなたにそう呼ばれるの恥ずかしいな。冷血はもっと嫌だけど」

 

 血の気の無い顔を小刻みに震わせながら私を見上げたローさんの口元に人差し指を当てる。

 静かに、静かに。もう喋るのも辛そうだ。なんにも話さなくていいんだよー。

 

「フッフフ! なんの真似だ"天女"……何かローに恨みでもあるのか?」

「ないよ。なんか困ってそうだったから助けようと思って」

「アァ?」

 

 不可解そうな声など気にせず、肘置きに縫い留められた海楼石の手錠に手を這わせる。そこに囚われたローさんの腕には触れないように。……知ってるけど、知らない人だから、ちょっと気後れしちゃうな。

 

 海楼石の錠……能力者だと力が抜けるらしいけど、その感覚は未だ知らない。

 確かめるように何度か触れて、それから、疲弊した彼の顔を見る。

 ……うん、目の前で困ってる人がいたら助ける、それくらいは、私の冒険の範疇だよね。

 

 人差し指と親指で挟んだ手錠をぎゅっとガムみたいに潰して練り千切る。

 できた隙間に指を突っ込んで開いてあげれば、自由になった手を顔もとに掲げたローさんは信じられないものでも見るような顔をした。

 それから、青褪めた顔を私に向ける。

 

「……天女屋──危ねェ!」

「おっと」

 

 気迫を纏った天夜叉さんに無言の突撃を仕掛けられ、慌ててその場から飛び退く。

 空気を裂いた五本の糸が萎えて床に落ちるのを眺めていれば、今度はローさんが動いた。

 椅子から跳ね起きるようにして、天夜叉めがけて貫手を放つ!

 

「──フッフフ、ロー……瀕死のお前じゃおれには敵わねぇ……!」

「くっ……!」

 

 だけど結果は外れ。一瞬真顔になった天夜叉さんは腰をめいっぱい捻って胸狙いの攻撃を避けると、笑みを取り戻してローさんを踏みつけ、椅子に叩き戻した。ぐりぐりっと足を捻るオマケつき。

 

「ぐあああっ……!!」

「ええ? おい……なァ、ロー……お前がこうして──」

「お話し中失礼」

 

 戦鬼による居合突進。たまらずローさんを蹴りつけてふわりと宙を舞った天夜叉が離れた位置に下り立つ。

 誰かの痛そうな声を聞くのはちょっと苦手だ。

 という訳で文字通りの助太刀。

 

「こいつ~~、ガキの癖に!!」

「! 短気を起こすな!!」

 

 背後からびよーんと伸びてきたベタベタさんが両手で持った杖を、上から下へ、その先端で串刺しにしようと私めがけて鋭く振り下ろしてくるのに、振り返って、両腕を広げて待ち構える。余裕たっぷりなのを動作で表せば、かちんときたのか動きが単調になった。

 ふふっ、見え見え!

 

「「鉄塊」!」

「んなっ」

「おみ足で失礼っと」

 

 ガギンと体の表面を滑った杖で床を突いたベタベタさんが、驚愕を露わに体勢を崩す。

 そのお腹へ、裾を引いて露わにした右足をトンッとくっつける。

 あはは、その大きな体で小さい私を攻撃するのは苦労しそうだ。だからだね。隙だらけだよ。

 

「こ、この──」

「"神撃"」

 

 何事か言おうとしたベタベタさんが吹き飛んで早々城壁を破壊して消えて行った。

 ……うん、わざわざ覇気でガードしたからあのベタベタはくっついてない。良かったぁ……。

 ばっちぃのはやだもんね。

 

「トレーボル! マヌケめ……!!」

「"ROOM(ルーム)"」

「ン!?」

 

 ふおん、と半透明の壁が半球状に広がる。

 これはローさんの"オペオペの実"の能力だろう。

 けれど、これを展開するだけでもかなり辛いはずだ。

 事実、大きく飛び退いた天夜叉があっさり能力圏内から逃げ出せるほどその展開範囲は狭く、その後に何かが続く事もない。

 ああ、なるほど。つまりこれは──。

 

「オオオ、覚悟ォッ!!」

「!!」

 

 窓のない枠から飛び込んできた片足の剣士があっという間に天夜叉に肉薄し、その首を()ね飛ばした。

 ──この隙を作るための一手だった訳ね。

 

 

 

 

「お前も観光か、ミューズ」

「それどころじゃないんだよ、神様!」

 

 外へ飛び出し、「月歩(ゲッポウ)」で上昇していけば、思ってた通り神様は王宮の最も高い塔の上に座って不敵な笑みを浮かべていた。

 ……初めて来た街とかだと必ず最初にそれやるけど、楽しいんだろうか?

 

「いの一番に逃げ出すとは勘が良いじゃねぇか、"天女"!!」

「ほら来た! 逃げろ!」

「…………」

 

 ああん、神様気まぐれだ! 座ってるその真横を天夜叉が通り過ぎて、私を追って飛び出して来たって一瞥はくれても止めようとはしてくれない!

 

 糸を繰り、凄まじい速度で天を()ける天夜叉はまさに空の王者って感じ。

 バタバタとはためく羽毛のマントもピンクっていう奇抜な蛍光色なのに、悔しくなるくらい似合っていて格好良い。

 

「無駄だ! 誰もこの国からは逃げられやしない……! 今日ここでお前らは死ぬんだ!!」

「死ぬか生きるか、それは私が決める事! 私の自由だっ」

 

 ふんにっと体を一捻りして嵐脚を放てば、するりと華麗に避けられた。

 うぬー、やっぱりその自由自在の飛翔は羨ましい!

 

「フフフ! 戦争ではしてやられたが、もはやお前を子供とは侮るまい……フッフ! 強敵と! 認めよう! フフフフフ!!」

「そりゃ光栄! 天夜叉さんにそう言っていただけるなんて、ね!」

「……ンン?」

 

 Dの羽衣を引き抜いて、半円に振り抜いて半月状に広げ、そこへつま先を引っかけて足を挟ませる。

 これになんの意味があるかって? 神様蹴る以外に意味はないよ!

 

「おりゃっ! "足剃糸(アスリイト)"!!」

「!? ──"足剃糸(アスリイト)"!!」

 

 足同士がぶつかり合い、擦れ合って、擦れ違う。

 天夜叉の踵から伸びる五本の糸と、私のつま先に引っかけられて伸びる武装色に染まったゴムの羽衣が擦れ合って硬質な音を奏で、やがて私の体が回転しきるくらいに音が止む。

 

「"弾糸(タマイト)"!」

「うわっとぉ!」

 

 天地逆転した体勢から鉄砲じみた糸の弾丸を飛ばしてくる彼に、身を捻って避けながらするすると近づいて懐に潜り込む。連射したって無駄だよ!

 ガキガキってみんな言うけどさ、この小ささが私の武器みたいなもんなのよ!

 

「おらっしゃあ!」

「グオ!?」

 

 くるりと身を捻り、思いっきり足を伸ばして天夜叉の腹を蹴り抜き、天高くまで蹴り飛ばす。

 むっ、武装色を宿した両腕でガードされた! でも衝撃までは殺せまい!

 宴舞-"麦わらの型"っ。

 

「──チィッ、効く……!!」

「お前がどこの誰だろうと!」

 

 遥か空高く、城から(のぼ)る糸が空に籠を描こうとする、その中心点。

 自らが張った壁に背を打ち付けてバウンドする天夜叉をしり目に、こちらは塔のてっぺんに着地する。

 

(おれ)は! お前を!! 超えていく!!!」

「……!」

 

 あの籠をぶっ壊して被害を最小限に収めようと思ってたけれど、当然邪魔してくるならば、まずはあんたをぶっ飛ばす。

 

 ぐりっと身を捻り、両腕に覇気を纏わせて、ギッと空を睨みつける。

 いっくぞぉ、"ゴムゴムの"ぉ……!

 と、気合いを入れたところで、不穏な気配を感じた。

 

 落ちてきている天夜叉は──笑っていた。

 

「! うわっ」

「む?」

 

 私と神様が足場にしていた塔が瞬きのうちに真っ白な糸の集合体に変わってしまった。

 神様と私、それぞれ正反対に飛び退けば、そのどちらにも糸が追随して突き刺そうと迫る。

 ……先端に覇気か。でもそれ以外は普通に糸だね。

 

「よっ」

 

 矢のように迫る糸の槍を紙一重で躱し、空気を蹴って下降する。行き先は斜め下、元塔だった太い糸。

 地に頭を向けた状態で左腰に差した"ずばずば戦鬼くん"の鞘をがっちり掴み、柄に手を添えてから鞘ごと引き抜き、瞬時に抜刀!!

 敢えて斜めの切り口は、特に意味は無いけれど、たぶん本来は流動体への決定打になる。

 宴舞-"死の外科医の型"!

 

「"ラジオナイフ"!」

 

 どっぱぁん。

 気持ちの良い音をたてて千切れた糸が飛散し、元の姿を取り戻して落ちていく。

 こと、能力によって作られたものなら糸だろうが黄金だろうが、海楼石製のこの刀で斬れないものはほとんどない!

 覇気纏わせられてると話は変わってくるけども。

 

 私は体の上下を元に戻して、近くの屋根──ここもまた城の上へと着地する。

 すかさず納刀、しっかり鞘を帯に挿してっと。

 

 次いで羽衣を手に取って、腕を振って羽衣を伸ばし、ゴムの特性を発揮させる。

 何メートルも長くなった羽衣を波打たせ、根元を引いてその山と谷を私の周囲へ引き戻す。

 私を囲むように高く高く波打つ羽衣へ覇気を流し込めば、自然系(ロギア)も貫く槍の完成だ。

 

「宴舞-"天夜叉の型"」

 

 たゆたう山の数は十五、先端一つを合わせて十六。

 十六発の聖なる凶弾……!

 

 天井を蹴って空へ飛び出す。羽衣の槍も十六発、しっかりと伸びて空にいる天夜叉を狙う。

 

「"(ゴッド)──"」

「"超過鞭糸(オーバーヒート)"!!」

「スわっちゃあ!?」

 

 突撃に合わせて放たれた熱持つ糸をすんでのところで避ければ、王城の角がスパンッと斬られた。

 ふいー、危ない……羽衣も無事だ。覇気纏わせてるからそう簡単には切れないとは思うけど……。

 くそー、技を潰してくるなんて、なんてせっかちな奴!

 

「余所見してる暇はあるのか!?」

「うわっ!」

 

 風を引き込むような接近を見せた天夜叉が指をたてて私を貫こうとするのを"自然系(ロギア)の型"で避ける。そうすると残像を貫いた彼の顔が険しく歪んで、ちょっと横にずれた私を睨みつける気配があった。

 

「テメェ、なんの能力者だ……!?」

「……ソラソラの実の大空人間。ああちっぽけな人間よ、この空そのものに挑むとは愚かなり」

 

 とかてきとう言って煽ってみれば、こんな子供に馬鹿にされるのは鼻持ちならないのか、あっさり額に血管を浮かせて苛烈な攻撃の姿勢を見せた。

 ざあっと不穏な気配が広がる。散らしたはずの糸が伸びてくる。

 おお、中々捌き辛そうな数……!

 

「ほざきやがって……! 1000本の――!!」

「ミンゴォ!!!」

「――に!?」

 

 ボコォンと。

 城の天井を破壊する音が聞こえた時には、もうルフィさんは天夜叉のお腹に突き立っていた。

 しかしさすがは七武海か、この不意打ちに腕での防御は間に合わずとも、お腹を覇気で染めて防いでいる。

 

「どけミューズ! こいつはおれがぶっ飛ばすんだ!!」

「は、はい! お任せしますね!」

「ふんぬっ……"火拳銃(レッドホーク)"!!」

 

 勢いのある声をかけられると、胸が熱くなっていけない。

 身を引く以外に選択肢がなくなったので言葉通りのその場からの離脱をはかれば、ルフィさんは後方に伸ばした腕を発火させて天夜叉に殴りかかった。

 それは覇気を纏った足で防がれたけれど、当然そこで攻撃が止まるはずもなく。

 

「"麦わら"ァ!」

「ミンゴォ!!」

 

 お互いを呼び合いながら拳や腕、蹴りや足の応酬をしつつ落ちていく二人を見送って、私は空を仰ぎ見た。

 まだ"鳥カゴ"は完成していない。

 ならばやる事は決まってる。

 

 本気の本気、超特急で糸が降るその下をくぐり、てっぺんを目指す。

 その頂上。足が切れてしまわないよう硬化させてから下り立てば、四方八方に伸びる糸から広大な国を眺める事ができた。

 ……私の目的は別に観光じゃないんだから、のんびり眺めている意味は無い。

 なんか王宮のある台地がせりあがって、それ以外は沈んで行っているけれど、それもまた今気にする必要は無し。

 

「ありゃ、斬れないや」

 

 手始めに戦鬼を抜いて斬りつけてみたけれど、ううん、どうにも強力な能力の行使……たしか記憶では海賊狩りの人ですら斬れてなかったはずだから、未熟な私が斬れるはずもないか。

 でも海楼石なのになぁ……むむむ。

 

 それなら手を変えよう。

 鞘に戦鬼を収め、屈んで糸の中心を見つめる。

 線の集合地点だから、中心を見つけるのは容易い。

 

「ええと、うんと……でも中心小っちゃいなあ」

 

 両手を竜の爪の形にして武装色の覇気で真っ黒に染め上げ、しかし中心にどう添えれば良いのかに悩む。

 平面じゃないし、分厚い石とかじゃないし……。

 ……こう、指をちょこんと置いて、両手で挟む形にして……よしよし。

 

「宴舞-"革命の型"……"竜の"」

 

 ぐっと両腕を押し込めば、糸が歪み、亀裂が走る。

 それを見て確信を持った私は、体全体で体重をかけるように力を入れた。

 

「"息吹"!!」

 

 糸の一本一本に余すことなく力が伝わっていく。

 ……ほどなくして、"鳥カゴ"はその形を成す前に消滅した。

 そうすると、私の体は空のただなかに放り出されて──。

 

「ぃやっほー! きもちいー!!」

 

 ノーロープダイブするみたいに自由落下を楽しみ、大破壊の余韻に浸る。

 はー、誰かの真似するのも思いっきり頑張るのも、全部全部楽しくって良い気持ち!

 鼻唄とか歌っちゃう。ふんふふふ~。

 

「"影騎糸(ブラックナイト)"!!」

「……って、そりゃ怒るよね!」

 

 声からしてすでに怒りが滲んでいるし、自慢の鳥カゴを阻止されちゃあ私を放っておく訳もないよなーと思いつつ下を見れば、なんか天夜叉が十五人くらい向かって来ていた。

 ……いち、にい、さん……数え間違いじゃない。きぅちり十五人、怒りの形相でびゅんびゅんと。

 ……なにこの数!?

 

「やはりテメェは始末しねぇといけないようだなァ!? "天女"!!!」

「熱烈……! ちょっとピンチかな……!」

 

 ルフィさんの相手をしながら私の相手もこなすって、本当凄い人。

 けれど私だって負けてられない。

 

「"天女でん──"……"影騎糸(ブラックナイト)"」

「!?」

「増えやがるか……!!」

 

 引き付けて、接近を許して、それぞれが私を囲んで糸を振りかざしてきたところで、はい、分身の術~!

 って、まあ、さすがに驚いてはくれても怯んではくれないよね。天夜叉の偽物、"糸ミンゴ"はそれぞれすぐさま攻撃を仕掛けてきた。

 のを、私達は戦鬼を抜いて防ぐ。

 

「本物の天夜叉さんならまだしも、能力でできた影武者じゃねえ……舐めすぎじゃない?」

「……!!」

 

 ……なんてタンカ切ってみたものの、最初の二、三体が戦鬼でただの糸にされて崩れ落ちるのを見ると、それぞれ武装色を纏い、距離を取り、中距離戦闘に切り替え始めた。

 一筋縄ではいかないか。そうこなくちゃあ面白くない。

 

「私も空を駆けるのは得意なんだ。一勝負行こう!」

「フッフフフ! 空でおれに挑もうたァ見上げた度胸だ……死ね、"天女"!!」

「死なーん!」

 

 "超過鞭糸(オーバーヒート)"乱れ撃ちを戦鬼で弾き、蹴りつけて粉砕し、羽衣で受け流し、とにかく避けて避けて避けまくる。

 体動かすついでに嵐脚乱れ撃ち! 飛ぶ斬撃もおまけにつけよう。"三百六十煩悩鳳(ボンドほう)"!

 あ、私に当たった。まあいっか私だし!

 

「──!」

「ぐむ……!」

「お、かたまったね。宴舞-"天女の型"」

 

 手を休めず体を止めず、常に遠距離攻撃を繰り出し続けていれば、三体、四体、五体……一箇所に集まっている。

 そうなるように誘導したのもあるんだけれど、結構上手くいくもんだ。

 

「"八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の舞い"」

 

 シャシャッと動いて出した八体の分身がかたまった糸ミンゴを取り囲み、とりゃっと一斉に戦鬼で斬りかかる。

 私は一足先にちょっと下へ離脱。追ってくる奴は追加で分身出して足止め足止め……よし、このくらいでいいかな。

 

 少々距離をとった私は、地上に頭を向ける形で空にいる糸ミンゴの群れとたくさんの私のグループを見下ろし……見上げ? て、着物の裾をぐいっと太ももまで引いた。

 そこに巻き付けてある黄猿のレーザーを起動させれば、技の準備は万端。

 

「"天照大神(アマテラスオオミカミ)の舞い"」

 

 一秒チャージ、のち発射!

 これだけでも並の海王類くらいなら簡単に風穴あけられちゃうんだから、レーザーって凄いよね。

 

 これを相手が全滅するかエネルギー切れが起こるまで放つのがこの技だ。

 糸ミンゴも私も全部纏めて穴あけにするこの技、海の上なら太陽を背にして放つんだけど、さすがに下が街とあっちゃあそうはできないからこんな体勢になってしまった。

 強い奴なら直接踏みつけて放つ事もしばしばある便利なものである。

 

 飛んで逃げようとしても無駄。だって発射元は足だもん。くいって動かせばそれだけでそっちに弾幕が向く。

 本物ならまだしも影武者じゃねぇ……あ、当たった。死んだ。

 

「よし、終わり!」

「──だといいがなァ?」

「ひゃぎゃー!?」

 

 全部やっつけたと思ったら、後ろから糸に切りつけられてびっくりする。

 ひえ、覇気間に合ったけど切られた! 痛い! あわわわ、やばいやばい!!

 

「"降無頼糸(フルブライト)"!!」

「んにゃろっ、「鉄塊」!!」

 

 振り向こうとすれば、その動作を予測してか上から数本の糸で串刺ししようと迫らせてきて、慌てて防御に入る。

 五本ある糸のうちお腹に突き立ったのは三本。左右の二本は両腰を抜けていった。当たり判定小さくてごめんね!

 

「……ダイヤか何かでできてんのか……!?」

「へへん。私の「鉄塊」はアダマンタイトなみなのだ!」

「この、目障りなガキがァ!!」

 

 フルブライトって技も私の体は貫けず粉々に砕けてしまった。お腹は痛いけど、それだけ。

 激昂した天夜叉……いや、これも糸ミンゴか。が蹴りかかってくるのを足でガードして、カウンターの"大神撃"で打ち返す。ばらばらになって落ちていく糸ミンゴにVサインをビッと差し向け、勝利宣言!

 いぇーい、勝ち!

 

「拍手でもしてやろうか?」

「うわっ、わああ、しつこいやつ……!!」

「フフフフフ……! いくらでも戦え……もっともおれは糸だ。何人倒そうが無限に湧き続けるがな……!!」

 

 はああ!? 何それ反則!

 いいなあ、いいなあ。私の分身って結局私が一人で早く動いてるだけだもん。本当の意味での分身、私も欲しいなあ!

 

「消耗しろ……お前を地に叩き返してやる」

「自分の上取られるのがそんなに気に入らないんだ!?」

「フフフ! フフフフ!!」

 

 振るわれる手と糸。繰り出される足と糸。

 戦鬼を振るい、回し蹴りで打ち返し、大神撃で吹っ飛ばす。

 ……また新しいのが来た! ほんとにしつこい!!!

 

「落ちろ! "天女"!!」

「お前が落ちろー!」

 

 ギココッと固めた竜の爪を振り抜けば、合わせて放たれた糸ミンゴの手が焼けて砕けて空に散った。

 

 

 

 

『勝者ぁ、ルゥゥゥゥシィイイイイイイ!!!』

 

 

 ……なんか、私が糸ミンゴの群れに泣かされてる間に全部終わってたんだけど。

 というか鳥カゴ発動してたんだけど。

 ……神様、私疲れた……もう糸ミンゴの相手するの疲れた……。

 いや、糸ミンゴはさっき勝手に自壊して消えたけどさ……どのくらいかな、ずーっと糸ミンゴの相手させられてて……くたくただよ。なんで神様助太刀してくれないの? 私めっちゃピンチだったのに。

 

 ほら、振袖がズタズタだよ……珠のお肌にもたくさん傷できちゃったよー。貧血でくらくら。クリームソーダ作って持ってきて、今すぐ! はやくする!

 ……おねがい神様ー。おーい。

 

 

 ……聞こえてる癖に来てくれない!! 神様のばか!!!

 

「ひにゃああ!」

 

 一休みしようと民家の上に下りれば、瓦礫で滑って落っこちた。

 うう、まぬけ……何この災難……。

 私はただ、ルフィさんの勇姿を一目見ようと神様小突いてこの国に来ただけなのに、どうしてこんなに痛い思いをしなくちゃならないんだろう。

 ……見にきたからかー。自業自得ってやつだな。

 

「……うん?」

「……あっ」

 

 ……サボさんだ。

 サボさ……えっ。

 ……サボさんだ。

 

「……?」

 

 ……サボさんに会っちゃったよぉもぉー!

 顔合わせらんないから会わないようにしようと思ってたのに!

 

 電伝虫を片手に何か喋っていた彼は、今は口を閉じてじっと私を見ている。

 ……ひっくり返って壁に背中預けてる私を。

 だらーんと垂れた髪が地面に当たる感覚に、ごくりとつばを飲む。

 

「……、……」

 

 電伝虫の向こうからはひっきりなしに懐かしい声が聞こえてきていて、ああ、通信相手ってコアラさんかーと思いつつ、とりあえずみっともない格好から抜け出して正座する。

 ……コートが挟まっちゃってたので腰を上げて引き抜き、改めて座る。

 

「……! やっぱりミューズか! ……生きてたんだな!」

「……はい」

 

 ぱっと笑顔になったサボさんが歩み寄ってくるのに、観念して立ち上がる。

 うう、顔合わせ辛い。心配かけちゃってただろうし、私はなんにもできない事ばっかりだったし……。

 

「今日は良いニュースが目白押しだ。きっとみんなも喜ぶ! ……だが悪いニュースも同時にきたかな……海兵になったのか、ミューズ」

「あ、いぇ、今はその……海賊、やってます……です」

 

 久し振りに会ったから上手く話せなくて、視線は彼の足に固定される。

 海賊と聞いて黙ってしまったサボさん。……海賊なんて……怒るかな。

 

「っ、ひゃあ!」

 

 ボッ! と彼の方から炎が噴き上がって、驚いてしりもちをついてしまった。

 やっぱり怒ってる!? 怖い!

 

「っと、ごめんな。驚かすつもりはなかったんだ。まだ能力に慣れてなくて」

「あ……」

 

 手を伸ばしてくれるサボさんに、無意識にその手を取って助け起こしてもらう。

 大きくなったな、なんて言われて、頭をぽんぽんされた。

 ……ううう。

 

「……火が」

 

 頭の上から離れた手には火がついていて、思わず呟けば、彼は笑って説明してくれた。

 

「ああ、おれは能力者になったんだ。……兄弟の形見さ」

 

 ……そこまで話してくれるんだ。

 その信頼が辛くて俯く。だって私、恩返ししようとして、できなくて……。

 

「わり、急がないといけないんだ。再会を喜びたいところだけど……じゃあな」

「えっ、え、サボさ……」

「ついて来たいなら来いよ。歓迎する。……でも、お前にはお前の冒険があるんじゃないのか?」

 

 くるり、背を向けたサボさんに意外に思って声をかければ、そんな返答。

 ……そう、かもだけど……私、あなたに恩返ししたいなって思ってて……でも、どうすれば良いのかわかんなくて。

 

「ん。そうだ、これ」

「……ビブルカード?」

「知ってたか。うん、渡しとく」

 

 ふと気が付いた様子をみせた彼は、振り返って懐から取り出した紙を少し千切ると、私に手渡した。

 

「それを渡したからといって、必ず会いに来いとは言わないさ。ただ……」

 

 瓦礫の崩れる音が遠くに響く。

 帽子を押さえ、位置を正したサボさんは、昔と変わらない笑顔で私を見下ろしていた。

 

「帰る場所があるって事だけ、胸に置いといてくれ」

 

 ──そう言って、サボさんは歩き去っていった。

 

 胸に手を押し当てる。その内側に握ったビブルカードを、決して離さないように。

 

 ……帰る場所、かぁ……そっか。

 そっかぁ……。

 

「何をにやついている」

「あ、神様」

 

 バリッと耳に心地良い音がして、振り返って見上げれば、崩れた建物の上に神様が座っていた。

 帯にビブルカードを大切に仕舞い込み、なんでもないよと答えれば、鼻を鳴らして下りてくる。

 その手には中身の詰まった瓶が握られていた。

 ……ばれてるからって、もう隠そうともしないのね。

 

「もうっ、神様ってば、私放っておいて良い土探してたの?」

「私の勝手だ。どうだミューズ……上質な大地(ヴァース)だろう? ……星三つ」

「え、ランク付けしてるの!?」

 

 ちょっと想像できない事態を突きつけられて驚けば、神様はへの字口を私に見せた。

 文句あるかーって顔。

 べつに、文句なんかないよ。好きにして!

 

「ウィ……ハッハ……! 革命軍……!! こいつの情報を持ち帰れば、失態にゃならねぇ……ウィッ……ハッハ……!!」

「……ん?」

 

 ずんぐり。

 なんか大きな男がよろよろとしてやって来た。

 さっきの瓦礫の音はこの人かな? 体に色々くっついてる。

 ……それと、黒焦げだ。

 

「……ウィー──!?」

 

 跳躍の体勢に入ったその人の前にすっと割り込めば、彼はぎょっとして私を見下ろした。

 

 黒焦げで思い出すのは、さっきのサボさんの炎だ。

 って事は、この人サボさんにやられたっぽいワケで。

 サボさんが攻撃するって事は、かなりの悪党でしょ?

 

 ……というかこの人、黒ひげのところの隊長格だよね。思い出した思い出した。

 ああ、黒ひげには良い思い出はないなあ……。

 

「なんだこのガキ……! ──……"天女"か!?」

「……どうした、ミューズ。その男、知り合いか?」

「ううん、知らないおじさんだよ。知らないままおしまいにするの」

「ヤッハハ、そうか! ……鬱憤晴らしか」

 

 うっ。

 ……神様に図星を突かれた。

 糸ミンゴの相手いっぱいさせられてイライラとモヤモヤが溜まってるから、攻撃して良さそうな悪党が出て来てくれた事に内心大歓喜してたんだけど……心網(マントラ)ずるい!!

 

「ちょうどいい! てめぇの首も獲れば大戦果だ!! ウィーハッハ!!」

「とれればだけどね。宴舞-"マグマグの型"」

 

 しゃきーんと大振りのナイフを引き抜いて襲い掛かってくる……えーと、バー……ナントカさんを前に、しゃがんでから羽衣を地面に突き刺す。

 思い切り引き抜いたゴム布は地面との摩擦で大発火。その半ばに開いても握ってもいない手を突っ込んでグイッと引っ張る。ゴムに私の手が浮かんだ。

 ついでに足をバネにして大ジャンプ!!

 

「"冥狗(めいごう)"!!」

「────!!!」

 

 見開かれた目を最後に、彼の顔をバクンッと握り潰しておしまい。

 大質量が倒れ伏すのを横に避けて、それからわき腹をつま先でつついてみる。

 ……よしよし、まだ生きてるな。海軍にでも引き渡そう。

 

「いいのか。トドメを刺さなくて」

「うん。インペルダウンで罪を償ってもらおう」

「ヤハハ! "海賊"の言うセリフではないな!! ヤッハハハ!!」

 

 おおう、何が神様の琴線に触れたのか、突然大笑いしはじめた。

 まあ、愉快そうで何より。機嫌が良いと話し相手になってくれるし、お皿洗いとか洗濯物とかも手伝ってくれるようになるので、こっちとしては助かるんだけどね。

 

「さ、たしか今この国に大将さん来てたでしょ。そっち行こう」

「いや、私は城に用がある」

「自由だねほんとに! ここはついて来てくれるところじゃないの!?」

 

 バーナントカさんを担ぎ上げて神様を誘えば、気まぐれな彼は言葉もそこそこにバシッと姿を消した。

 ……ここに来たの、私にコレクション見せびらかすためだけかい!!

 しょうがない。さすがに大将相手だと、ポイ捨てして何もなくトンズラとはいかないだろうから、神様の力を借りたかったんだけど……。

 

 はぁ……ドンパチする心の準備しとかなくちゃ。




TIPS
・海楼石製特製トランプ
海軍時代、科学部に入り浸っていた時に手持無沙汰だったので作ったジョークグッズ。
投擲武器にするつもりだった。


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第十六話 ミルフィーユ王国

 

「"焼鉄鍋(ボアル・ア・フリール)スペクトル"!!」

「んん……!! 足癖の悪い娘さんだ……!」

 

 上空からの赤熱キックの乱打を浴びせても、顔色一つ変えずに覇気で黒く染めた刀で受け切った大将藤虎は、私が着地すると同時に刃を収めたままの鞘で打ちかかってきた。

 ──のを、咄嗟に足を掲げて防ぐ!

 

「ふぎぎっ!」

「むぅ……!!」

 

 ううっ、ビリビリくる! 覇気と覇気のぶつかり合いってのはいつなんどきもワクワクするけど、おんなじくらいひやひやする!

 

 ぶわっと広がる衝撃と風に振袖がはためき、結った髪がなびいた。

 汗ばんだ体に吹き付ける風は心地良いとも、また、彼の気迫が乗っていて身が引き締められる気もした。

 

 やっぱり大将の前に一人で来るんじゃなかったよ~! 助けて神様、逃げきれない~!

 

「"天女"さんは生け捕りのみでありやしたね……刀ァ抜かん事を詫びたいところだが」

「必要無い! ふんにっ!」

 

 武人気質というか義理堅いというか、海賊相手に詫びてくれるその気持ちは嬉しいけれど、逃げようとしている私としては突っぱねる以外にない。

 ババッと地面に両手をついて、大開脚、のち大回転! 手加減大いに結構、その甘さを存分に突かせてもらう事にする!

 "首肉(コリエ)シュート"! "もも肉(ジゴー)シュート"!! "腹肉(フランシェ)シュート"!!!

 ……むううー、防がないでちゃんと吹き飛んでよー!!

 

「……? どうしやした……何を騒いでるんです?」

「なんの話!?」

 

 ガギンゴギンと蹴りを鞘で防ぐ藤虎さんがふっと顔をあげるのに声を発せば、なるほどたしかに周りの海兵達がうわわっと騒めいている。仮面をつけている人もたばこ吸ってる人も、逆さまの世界の中で小さくない動揺を見せて立ち上がっていた。

 なになに、なんなんかあった……!?

 

「たたた、大将殿!! そ、その子っ!!」

「馬鹿! 言う必要ねぇだろ!!」

「いや、でも!」

「……? 何かあるんだったら、言ってもらわねぇと困ります……あっしは目が、見えねぇもんで……」

 

 ぐりぐり乱回転して蹴って蹴って蹴りまくっても、大将さんは僅かに後退(あとずさ)っていくだけでダメージらしいダメージはなく、というか見えてない癖に寸分違わず攻撃を防いでいる。

 ほんなら、これはどうだ!

 上下逆転。しゃがむ体勢に移行して、思いっきり体全体に力をこめる。

 

「そのっ、て、"天女"が──」

 

「────ええ??」

「"仔牛肉(ヴォー)ショット"ォ!!」

「ぐヌ!?」

 

 周りの海兵から伝えられた言葉に呆けた声を出した藤虎さんは、渾身の燃える飛び蹴りをまともに受けた。腹に抉り込む灼熱のキック。

 遅れて刀が動くも、もはや防御は間に合わない。代わりに腹に張った覇気で防いだみたいで、ジュウジュウと焼けるのはその衣服のみだった。

 

「ぐ、ぅうううう!!!」

「っしょお!」

「ッ!!」

 

 思いっきり蹴り飛ばせば、地面を削って勢い良く後退して転倒を防ごうとしていた藤虎さんは、後ろにいた海兵さん達にぶつかってボーリングのピンよろしく複数纏めて吹き飛んだ。

 

「やった! なんか勝ったあ!!」

 

 うーん、なんだかよくわかんないけど、勝ちは勝ち!

 バーなんとかはお届けしたし、後はトンズラこくのみ!!

 

「宴舞-"ピカピカの型"っ」

「アホんだらあ! なぜ気ィ散らすような事を!!」

「"天女"が逃げるぞ!! 撃て! 構うなッ鉛玉程度では傷つかん!!」

 

 いやつくよ!? 人をなんだと思ってるんだよ!!

 って、わわ、ほんとに撃ってきた! ええい、自然系(ロギア)ガード自然系(ロギア)ガードっと!

 

「ちゅ、中将殿! 全然当たりません!」

「か、海楼石の網も、あ、当たってるのに当たらないです!!」

「なんだと!? な、なぜ──」

「じゃあね!」

 

 帯の両脇から抜き出した扇を打ち合わせ、最大光量をお見舞いすれば、みんな揃って両目を押さえてひっくり返った。効いてないのは盲目の大将一人だけ。その人だって周りの人に掴まれたりぶつかられたりして中々体勢を立て直せないでいる。

 この隙に……さらば!!

 空気を蹴って空高く舞い上がり、一心不乱に逃走をはかる。

 

「……! 逃がしやしたか……ううむ、困った。思った以上に……事態が深刻すぎやしませんか? ……サカさんになんと報告を──」

 

 

 

 

 ドレスローザから離れ、その翌日。新世界の空を気ままに飛ぶ箱舟、マクシムの上で、私はぼうっと黄昏ていた。

 それは昨日、逃走の際に風の中に聞こえた、大将藤虎の口から出てきた「サカさん」って言葉に懐かしさを覚えてしまったためか、似た名前のサカズキさんが夢に出てきちゃって、なんともセンチメンタルな気分になってしまったからだ。

 

 しかし神様はそんな私を小突いて飯作れだの余興で踊れだのなんだの……乙女心を一ミリも理解していない。

 もっとやさーしく扱わないと! 繊細なんだよ、女の子は!!

 

 そういう訳で、私は今、ちょっぴりダウナーなのだ。

 テーブルに頬杖ついて、りんごジュースをちゅーちゅーしてる。

 あま。うま。あま。うま。

 ……甘味、さいこう。

 なんかお菓子が恋しくなってきた。

 さくさくのマカロン、食べたい……。

 レアチーズケーキ、ホールで欲しい……。

 あとでつくろっと。

 

 

「ミューズ。海賊船だ」

「んあー……」

 

 静かなのに良く通る声が聞こえてきて、私はずるっと頭を落とすと、一つ息を吐いてから席を立った。

 うあー、お仕事開始だ。いや、仕事でもなんでもないけどさ……。

 

 甲板に移れば、珍しく席を離れて海を覗き見ている神様がいて、傍まで寄っていくと、代わりに自分が船を消そうかと提案してきた。

 ……私そんなにだるそうな顔してる? そりゃあまあ、まだ疲れが抜けきってなかったりするんだけどさ。

 それともたんに今日の神様は頑張り屋な性格になってるだけかな。

 

「ああでも、待って。……見覚えのある海賊旗だ」

「うん? ……知り合いか?」

「たぶんね」

 

 細いマストの頂点にはためく海賊旗には、砂絵風味でドクロと拳……海軍時代にインペルダウンにぶち込んだ新進気鋭の海賊、名前は……なんか美味しいジュース的な人だったと記憶してるんだけど。

 手すりにあごを乗せて海に浮かぶ小型の船を眺めつつ、腕を組んでうんうん思い出そうと頑張ってみる。

 ……なんか、半裸で……自然系(ロギア)みたいな超人系(パラミシア)で……そうだ、コーラスウォーターだ、たしか!

 

 私がその名前を思い出したところで、小型の船の船室からそれらしき男の影が出てくると、朝日を一身に浴びるように伸びをした。

 ……海パンいっちょうで。

 

「……知り合いか」

 

 神様の声の調子がワントーンダウンした。

 いや、うん。……なんか記憶と違うんだけど。

 あの紫色の短髪はたしかに彼っぽいんだけどなあ。

 

 首を傾げつつ見下ろした船の上で、彼は身を捻り、両腕を向かい合わせにくっつけて、「スゥ~~パァ~~」と叫んだ。

 

「──知らないおじさんだった!!!」

「……そうか」

 

 うん、あんな人知らない! 見た事ない!!

 

 "鉄人"繋がりで染まっちゃったのかなあとか腕の星手書きっぽかったなあとか色々頭の中を想像が駆けめぐったけれど、全部かなぐりすてて忘れる事にした。

 よし、見なかった事にしておこう!

 憧れる"変態"は一人でじゅうぶんなんだから!!

 

 

 

 

 なんか懸賞金上がった。

 

 お船の上で寝っ転がって直射日光を浴び、日焼けするはたから"生命帰還"にて皮膚を回復させてぺりぺり剥がす一人遊びをしていたら、ニュース・クーがやってきたのだ。高いところに購読者がいるって覚えちゃったんだね。ご苦労様。

 でもそのつぶらな瞳に見つめられると、私すっごく馬鹿なことやってるみたいで恥ずかしいよ……。

 とりあえず新聞を購入し、さっさと神様を呼んで一緒に手配書を見る。

 

 あ、神様電気ショックで私の抜け殻消した!

 ひどい。人一人分の皮が集まれば分身できるかなって試そうと思ってたのに!!

 のの様棒で頭をゴツンと叩かれた。

 

「阿呆」

「いったぁーい!」

 

 いたい! ほんといたい! 不意打ちやめて!!

 またぞろ電気ビリビリされると思ってそっちに意識傾けてたのに物理攻撃するなんて……それでも"自然系(ロギア)"の能力者かー!

 

「……ほう? ドンと上がったな」

「うう、身長縮んじゃうよ……」

「やかましい。先日お前が寝ている間にそれ以上身長が伸びない呪いをかけた。もう伸びん」

「えっ」

 

 ……えっ。神様真顔で何言ってるの。

 嘘だよね? そんなのできっこないよね? ねぇ!?

 ……空島の謎技術とかで、ほんとに呪いをかけた……のか?

 

「……」

 

 おろおろして、悲しくなってきたからへたり込んでしくしくやってれば、神様が呆れた視線を寄越した。

 

「……冗談だ」

 

 ……あ、冗談なんだ。神様冗談言うならもうちょっとわかりやすい顔で言ってよ……本気にしちゃったじゃん。

 私、将来は六メートルくらいの大人の女になるつもりなのだ。今から成長止められたらたまったもんじゃない。

 こないだ身長アップ健康法ってのを知って、毎日実践してるんだからね。努力が実る日は近い……ふふふっ、ふふふふふ!

 

「単純な奴だ……」

「? なに、神様。もっかい言って?」

 

 ぼそっと何か呟いた神様の言葉が気になって聞き返してみるも、無視された。悲しい。

 まあいいや。気を取り直して手配書の確認だ。

 こないだのドレスローザでの事件でルフィさん達はぐっと懸賞金がアップしていた。

 主犯格だからドンと一億だね。

 

 神様もなぜか一億アップしていた。

 ……何したの? 神様。

 ……ひょっとしてルフィさん達と一緒に暴れ回ってたりしてたのかな。

 そうすると私を助けに来てくれなかった理由もわかる。あー、"ご飯半分抜きの刑"と"一時間椅子の刑"とかやんなきゃよかったね。ある意味助けてくれてたようなもんだし……。

 

 それから、私もなんか七千八百万アップしてた。

 あの事件に関わった主犯格以外の手配されてる人達は一律五千万アップなんじゃなかったっけ?

 なんでこんな中途半端に上がってるんだろう。

 

 ……大将に攻撃したからかな。

 でもお互い傷らしい傷もなかったのに、こんなに上がるもんなのかなあ。

 

 腑に落ちなくてふむむと唸っていれば、神様に手配書を取り上げられて燃やされてしまった。

 ああーなんて事を! ルフィさん達のやつお部屋に飾ろうと思ってたのに!!

 

「くだらん」

「くだらなくない!」

 

 面白くなさそうに呟く神様に飛び掛かり、腕に引っ付いてずるずる落ちれば、ちょっと体の傾いた神様はじろりと私を見て、そのまま歩き出した。

 どこに行くかと思えばお部屋。

 枕元にのの様棒をたてかけて、どっさりベッドに仰向けになり、片腕を枕代わりに目を閉じてすぅっと寝入る。

 

 ……引っ付いてる私、完全に無視かー……。

 神様そういうところあるよね……ああもう、ふて寝しよ。

 

 

 

 何日かして。

 私と神様は、大きな島の祭囃子(まつりばやし)に誘われて、その王国へ足を踏み入れた。

 ……といっても最初は空からだったんだけど、なんか身綺麗な金髪の女の子がびゅーんと飛んできてレイピアっぽいので誘導してきたので、なんとなく流されたら島の唯一の入り口とやらに着陸する事になって、そこにサウザンドサニー号を見つけた私は、もう上陸するしかないよねと神様を引っ張ってマクシムから降りた。

 

「貴様、海賊だな?」

 

 ……下りたら、誘導してくれてた金髪の子に喉元にレイピア突きつけられちゃった。

 

 しかし空飛ぶ私達は海賊と呼べるのだろうか? 長い事海には下りてなかったんだけど。

 だいたい雲の上まで飛んで天変地異染みた気候をやり過ごしたりしてた。

 でも私晴れ女だからね、下界に下りればしばらくはお日様が顔を出す。

 今だってとっても良い天気! いい冒険日和だなあ。

 

「答えろ」

「まあまあ……だったとして、なんなの?」

 

 なんとか宥めようとしつつ問い返してみたけど、普通の人が海賊にいい感情を持ってない事くらいわかってる。だからこそこうして凶器を向けられている訳だし。

 こんな時でも神様はマイペース。暢気に耳ほじってのんびりそこら辺を眺めている。

 いちおう、それって私の強さを信頼しているからだよね、と納得しておくけど……手を貸してくれてもいいじゃん。もし戦いになっても神様ってなんにもしてくれないよね……気が向かないと。

 うーん。私、女の子に手をあげる趣味は無いんだよ……。

 

「ここになんの目的があって来たかを聞きたい」

 

 張り詰めた声。

 少し強い緊張を孕んだその声は、少しの引っかかりも無く綺麗で、彼女の容姿……輝くような長い金髪とか、宝石みたいなののついた羽の髪飾りとか、青色が主体の鎧のような衣服とか、凛々しいお顔とか意志の強い緑色の瞳とか……そういうのに、凄く似合っていた。

 ……それと、私と名勝負できそうなナイスバディ! つまり世界最高峰の美少女だね。

 

 あんまりじろじろ見てると不穏な空気が高まってきてしまうので、とりあえず質問に答える事にする。

 

「観光」

「かんこ……」

 

 目的といえばそれ一択だ。

 虚を突かれたように押し黙る彼女に、にっこり笑って無害アピールをする。

 怖くないよー。ただのかわいい女の子と半裸の神様だよー。

 ……怪しいか。

 

 いやいやでも、私達は悪さなんかするつもりはない。本当に観光しに来ただけだ。

 もっとも神様は良質な土を探して回りたがるからそう断言していいかはさだかではないんだけども。

 

 そんな事より、大きな石の建造物の、その向こう側から聞こえてくるテンションが上がるような和風のリズム、これが気になってしょうがない。

 

「ね、今お祭りでもやってるの? なんだかすごく楽しそうだよ」

「……ええ、今日は国をあげての祝典(しゅくてん)の真っ最中です」

 

 口調を変えた彼女が落ち着いた声で話すのに小首を傾げる。

 ふうん? 何か良い事でもあったのだろうか。

 それにしては、この子の挙動が変。

 「国をあげて」でやや後ろへやった目は陰ったし、「祝典」と口にした時は憂うように伏し目がちになった。

 なんか事件の匂いがする。いや、冒険の匂いかな?

 

「この祝典は七日間にわたって続けられています。今日は三日目……」

 

 一度目をつぶった彼女は、数秒経たないうちに目を開けると、柔らかく微笑んだ。

 

「不躾な質問、失礼いたしました」

 

 すっと剣が下げられて、腰の細い鞘にしゅっと納められる。

 わ、かっこいい! それいいなあ。金の飾りがすっごく良い感じ!

 でも、急になんで? どうして剣を収めたんだろうか。

 

「ここは関所。我がミルフィーユ王国に入る資格があるかどうかを見る砦……私はここの団長を務めさせていただいているリン・シュヴァリエルというものです」

「ははあ。私はミューズ……ええと、コーラフロート・S・ミューズです。こっちは相方の神」

「神だ」

「カミ? 不思議な響きの名前ですね」

 

 神様はどうせ興味もないだろうと思って代わりにてきとうな紹介をしてあげたら、こういう時に限って真面目に挨拶をする神様にぞくっとする。

 ……漫才の相方みたいなノリで紹介したの、後で仕返しされないよね……無言の不意打ちでビリビリさせられるのやだよう。

 

「どうぞこちらへ。入国許可証を発行しましょう」

「……? まあ、いいならいいけど」

 

 私達に背を向けて立派な砦の入口へと歩み始める彼女についてゆく。

 最初、あんなに警戒してたのに、今は全然そんな感じがしないのはなぜだろう。

 なんかそういう能力でも持ってるのかな。こう……ミエミエの実のまるっとお見通し人間とか……あれ? そういうの天夜叉さんのところにいたっけかな。

 

 

 砦内部にはもう一人、リンと名乗った女の子とおんなじ格好の人がいた。

 リンさんより背が低くて(私よりは大きい)、短めの淡い金髪。はっきりした金色のリンさんと並ぶと華やかだ。そして私とガチンコ勝負できそうなスーパーボディ! 絶世の美少女にカウントされるな。つよい。

 

 でもすごく眠そうな顔してるし、だるだるーっとした動きはどうにもやる気がないようにも見えた。

 というかその鎧っぽいの、制服だったんだね。

 

「どうも、伏兵のコーニャ・アニーニャです……妙な動きをしたら討ちます」

 

 なにそれこわい。

 扉の無い出入り口をくぐってお隣の部屋に引っ込んじゃったリンさんを見送って、コーニャさんに促されるまま分厚い石のテーブルにつく。神様は当然のように指示を無視して私の後ろに立った。眉をひそめるコーニャさん。ごめんね、聞かん坊で。

 

「海兵とて関係ありません。……気を付ける事です」

 

 ……あっ、あー、なるほど! さっき急にリンさんの態度変わったの、正義のコートに気付いたからなのかな?

 ファッションでつけてるだけのようなもんなんだけど……騙してるみたいでちょっと心苦しい。

 い、いやーそれにしてもこのテーブル、表面を撫でるとザラザラしてて気持ち良いなー。

 

 いやほんとに。ひんやりしてるし、人の目が無ければほっぺたとか押し付けたくなっちゃうくらい。

 でもなんでこんなに青っぽいんだろう? テーブルも壁もやや青い。ちょうど彼女達の制服鎧とおんなじような色合いだ。外壁は普通の石だったのに。……壁紙みたいなもんなのかな?

 

「紅茶でも飲みますか」

「いらん」

 

 あっ、神様勝手に返事して!

 せっかく好意を見せてくれた彼女が、即答されて凄い微妙な顔してるじゃん……こういう時は飲む気がなくても「はぁい」って答えなくちゃなのに。

 

「私は、その、いただきたいかなー……と」

「はぁ~…………そうですか。欲しいですか……」

 

 ええー! めっちゃだるそう! というか嫌そうな顔!

 あなたが聞いてきたんだよね、欲しいかどうかって!

 

「では、はい」

 

 彼女の態度に心の中で憤慨していれば、さっと指を振ったコーニャさんの前に、いつの間にかティーカップが現れた。

 ……え、なにそれ!

 

「ああ、魔法を見るのは初めてですか?」

「初めても何も、魔法なんてあるのこの世界!?」

「世界……いえ、世界広しと言えど、魔法を使う者がいるのは我が国くらいのものでしょう」

 

 ちょっと得意げに笑って見せたコーニャさんにミルクはとか砂糖はとか聞かれて、驚きのままこくこく頷けば、つんとカップをつっついた。それからカップを渡されたので、まじまじと覗き込む。

 湯気がたってる。ミルクティー。香りが良い。本物?

 頭の良い私の中では瞬時に様々な情報が溢れた。

 

「魔法とは愉快なものを。……だがそう使い手がいる訳でもあるまい」

「あ、喋るんですか。置物かペットだと思ってました」

 

 さっきの即答への意趣返しか、凄い事を言うコーニャさん。

 ……この子、口悪いな。魔法という不可思議を見て機嫌が良くなった神様が一瞬で不機嫌に傾いたのを感じる。

 駄目だよー、暴れちゃ! これからお祭り堪能するんだから! わたあめとか食べたいんだから!

 鎮まれー、鎮まりたまえー。何を言ったって暴れる時は暴れるから、私にできるのは神様が良い子でいてくれるよう祈る事だけだ。

 

「…………」

 

 幸い怒りよりも興味が勝ったのか、神様はだんまりになって私の後ろに立つのを維持している。

 良かった……コーニャさん助かった。

 

「ペットといえば、先に来た旅行者の方々がつれていたペットはもふもふでかわいかったです……」

 

 命の危機にあったとは知らない彼女は、だるそうな顔のまま世間話に入った。

 もふもふ……ペット。あ、それって船医さんの事だよね! サニー号あったし。でも旅行者ってなんだろう。……ああ、馬鹿正直に海賊とは言わずに誤魔化したのかな?

 ……誤魔化せるもんなんだろうか。私達はいきなり海賊認定されたんだけども。

 

「でも代表者さんは凶暴な方で、いきなり暴れ回ったりして……散々でしたねー……」

「え? 暴れ回った?」

「ええ。そっちの部屋に続く出入り口、本当は扉があったのですけど、どかーんと吹き飛ばされちゃいました」

「なっ、な、なんで?」

 

 だ、代表者って、イコール船長? ルフィさんの事を言ってるんだよね?

 えええ、なんでルフィさんそんな暴れちゃったのぉ!?

 

 お祭りの音に興奮しちゃったのだろうか。あわわ……あ、でも入国は許可されてるんだから、何かしら誤解があって、それは解けたりしたのかな?

 まさか強行突破した訳ではないだろう。ルフィさんの暴走を止める人はたくさんいたはずなんだから。

 

「……本当に、破天荒な人で……」

「……?」

 

 机の向こう側で、たぶん膝に両手を押し当てているんだろうコーニャさんは、少し顔を伏せると、なんとも言い難い表情を見せた。

 神様を見上げる。

 もしかしたら、神様ならその心の内が聞こえてるかもしれなくて、こっそり耳打ちとかしてくれるかもって期待したけれど、そんな事はなく暇そうに部屋の隅に視線を向けている。

 

「ああ、すみません。……貴女方には関係のない話でしたね」

「いえ、知り合い……なので、大丈夫です!」

「そうなのですか?」

 

 何が大丈夫かはわからないけど、意味深な言葉を残したままその話を打ち切ろうとした彼女に食い気味に告げれば、ほんの少し目を丸くした彼女は、一呼吸間を開けて、続きを話してくれた。

 

「コーニャ。あまりぺらぺらと話すものでもないだろう」

「あ、団長……そうですね、申し訳ありません」

 

 いや、話そうとしてくれたんだけど、戻ってきたリンさんに止められてやめてしまった。

 うあああ、気になるところで!!

 ……まぁ、仕方ないか。

 

 リンさんの手には木の板みたいなのが二つ握られていて、たぶんそれが許可証というやつなのだろう。

 二つとも私に手渡してきたので、一個神様に渡してからしげしげと眺める。なんか、絵馬みたい。

 上部に紐が通されてて、首に()げたりして必ず見える位置に置いといてって言われたので、さっそく首から下げてみる。……なんか神社にいる巫女さんになった気分!

 

 あ、神様もつけなきゃだめだよ。ほら屈んで屈んで! つけたげるから!

 嫌そうな顔しない! 私のパーペキなファッションセンスに任せたまえ!

 ……よし、頭に括り付けた。額に絵馬……かわいい。

 

「……!」

「あー!」

 

 怒りマークをぷしゅんと出した神様は乱暴に絵馬を外すと、普通に首から()げちゃった。もう! せっかく私がかわいい感じにセットして、怖い人じゃないって一目でわかるようにしてあげたのにー!

 

「さ、どうぞこちらへ。向こうの部屋から王国側へ出られます」

 

 きびきびした動きで自分が出て来た場所とは別の扉を手で示す彼女に従って席を立つ。

 とうとう入国だ! お祭り楽しみ!

 しかし……むむむ、やっぱり気になるなあ。ルフィさんが暴れたっていうの、この人達の妙な表情に関係してるんじゃないかなあ。

 

 でも深く踏み込んだりしちゃいけない話題だろう。私達はただお祭りを楽しみに来ただけ。なんかに首突っ込みに来た訳じゃない。

 ……ただし、ルフィさんが何かやるって言うなら話は別。せっかく偶然同じ島に踏み入ったのだから、その活躍を間近で見たい!!

 ミーハーかな。

 いいじゃんもうミーハーで。見たい見たい!!

 

 ……なんて考えていたら。

 

「おいリンちゃんいるか!?」

 

 バァン、と凄い音がして、次いで複数人の足音がドタドタと近づいて来たかと思ったら、そのルフィさんを肩に担いだコックさん……サンジさんを先頭に麦わらの一味がどんどん駆け込んできた。

 涙目のウソップさんが叫ぶ。

 

「ルフィが!」

 

 そしてもはや泣いている船医さん……チョッパーくんも叫んだ。

 

「ルフィが呪われちまったよぉおお~~!!」

 

 ゴトリと固い音をたててテーブルの脇に立たされたルフィさんは、まるで今まさに怒っているような表情を浮かべ、攻撃でもしようとしているかのように片腕を伸ばしかけた体勢で、魔法のように固まってしまっていた──。

 

 

 な……なんじゃこりゃあ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~~、イッショウさん。ポン酢はここですよォ」

「あい、すいません。何から何まで……」

「それはお互い様でしょう。大将になってからこっち、出ずっぱりで……お疲れのようですしィ」

 

 美味しい牛鍋が評判の店、赤べこ。

 その個室に、今、三人の男が集っていた。

 

 海鮮ユッケにポン酢をかけ、一動作で口へと掻き込んでご満悦なイッショウ。

 オフなので緩い和装なボルサリーノ。

 そして、ビッチリとした制服に身を包み、ムッと口を閉じているサカズキ。

 

 ボルサリーノとサカズキは、二年前と比べてもその覇気に衰えなく、ちょっとばかりの衣装チェンジはあるものの、おおむね何も変わっていない。

 

「ほらサカズキ、杯を出しなよォ。飯食いに来て……何も手を付けないのは店にも失礼でしょう」

「……わしゃあまだ、ドレスローザでイッショウが仕出かした事に納得しとらん」

 

 男三人、顔つっつき合わせて話していた内容は、先日の、世界へ向けた「大将土下座」の件だ。

 海軍のメンツはどうなるとサカズキの機嫌は斜めに傾き、譲れないイッショウとの間に火花が散っていたその時、たまたま居合わせたボルサリーノが「そういうのは酒の席でやりましょうや」ととりなしたことで、今回の会合となった。

 

「しとらんも何もぉ、起きちまった事は……まァしょうがないとして……」

「何度もお伝えしている通り、あたくしぁこれまでの海軍の、これこの通りの隠蔽(いんぺい)気質、気に入っとりませんので……」

 

 トン、とイッショウの指が机を叩く。

 鍋の煮える音の中、二つの視線が机の一角で肩身が狭そうに縮こまる女性の将校……の前に置かれた数枚の書類に集まった。

 それは明らかに今回の件を誤魔化そうと奔走した誰かの記録。

 

 しかし決定的な映像証拠、そしてそれを目撃した市民らや記者達を誤魔化す事は不可能で、結局頓挫してしまっているが、そういう動き自体があったのは確か。現に書類として残ってしまっている。

 

「気に入る入らんであんなんされたらァわしら海軍全体の威厳もクソもあったもんじゃないじゃろうが!!」

「その程度で揺らぐ威厳など……! 初めから無いも同じじゃあないんですかい……!?」

 

 バチリバチリ。激しく飛び散る火花。

 まさに一触即発の雰囲気が部屋全体をビリビリと震わせた。

 女性の将校などはもはや顔も見えないくらいに俯いて怒気をやり過ごそうとしていた。

 

「まぁまぁ、そうカッカせず……ほら、グイッといっちゃいなよォ」

「……フン」

「……これは、かたじけない」

 

 少し身を乗り出したボルサリーノが二人の杯に酒を注げば、燃え上がろうとした怒りの火はいったん収まり、双方杯を持ち上げて呷ると、それだけの時間は口論せずに済んだ。

 この僅かな時間さえあれば多少頭を冷やす事もできる。こんな場所で吠え合ったってしょうがないと己を律するくらいまでには。

 

「それに……サカズキとしちゃあその"あと"。……"そっち"の報告の方が気になるんじゃあないのかい?」

 

 苛立ち紛れに汁気のある肉とネギをいっしょくたに食らったサカズキに……一度静まりかけたマグマに火種を投げつけるような所業を、ボルサリーノは気付かずしてしまった。

 「その後の報告」とは、イッショウが海賊捕縛の可か否かを(サイ)を転がして決めた後に、たった一人で飛び込んできた少女の一件。

 

 「四皇」黒ひげ、一番船船長、ジーザス・バージェス。もはや意識すらなく瀕死の大物を片手で持ち上げての登場は、イッショウには見えこそしなかったが、周りの声を聞いた限りではかなり鮮烈だったのだろう。

 問題といえば……やむなく交戦した、その後の仲間の声こそが問題だったのだ。

 

「わっしはあの子をよくできた子だと思っていたけど……いやァまあ常識が欠落しているもんで……二年前と変わらなくって笑っちゃったよォ」

「……なぜ、あのように教えたのか、お聞かせ願いたい……! サカさん、答えようによっちゃああっしも身の振り方を……考えねば、なりやせんので……」

 

 ジュワ、と何かが融ける音がした。

 サカズキの手の内にあった杯が、僅かに残っていた中身ごとマグマと化して泡立つ手の内に飲み込まれてしまったのだ。

 瞬間的に上昇する温度に言葉を止め、顔を上げた二人に、サカズキは素肌に戻った手を握りしめてギリギリと音をたてた。

 

「そんなモンわしが知りたい思っちょるわ……!! 誰がミューズにあがいな馬鹿げた事ォ吹き込んだ!!?」

「……サカズキさんでないってぇと……そうなると、一人しか思い浮かびやせんが……」

「いやァ、おお~~……あれは──」

「"神"……何が神じゃ!! まったく忌々しいのう!!!」

 

 代わりの杯に酒を注ぎ、乱暴に呷るサカズキに、ボルサリーノは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

 ……ミューズのそれは、二年前、白ひげとの戦争で前触れなく反旗を翻したあの瞬間から──いや、もしかしたら中将に昇進したその時から──そうだった。

 

 あの戦争でクザンと共に彼女に応戦したボルサリーノもあれには思わずギョッとして大きな隙を晒してしまったものだ。

 どこかぼけっとした、いやいつもボケボケな顔をしていた子だとは思っていたが、何をどうすればあんな勘違いを起こしてしまうのか。大人達の誰にも想像できず、その出どころを突き止める事もできず、もはや正す事もできず。

 

 そもそもあの戦争からこっち、海軍はごたごたしていて抜け出した将校一人にかける手間も暇も足りていなかった。

 最近などは新たな元帥を決めるため、決闘の地パンクハザード島にてサカズキとクザンがぶつかりあい、丸一日をかけて勝負した、その後始末もあった。

 新たに世界徴兵で招き入れた強者たちを組織に組み込むのも一苦労……。

 

 ボルサリーノがそんな事に思いを馳せているうちに、イッショウとサカズキはいくつか言葉を交わして意見を統一したのか、許すまじ"神"と声を熱くさせていた。

 

「次遭うような事があれば……ええ、決してこの刀が逃がしゃあしませんので……」

「当然じゃあ!! イッショウ、ミューズもヤワじゃ無いけぇ、全力で構わん!!」

 

 ヒートアップする二人をよそに、ボルサリーノはのんびりたまごに絡めた肉を頬張ると、咀嚼しながら件の少女に思いを馳せた。

 ……今この瞬間もどこかでぼけっとした顔をしているんだろうなあ、なんて想像しながら。




TIPS
・サカズキの頑張り物語
かつての居候に関する報告を聞くたび酷い頭痛に襲われて頭を押さえる姿がしばしば目撃されている。
最近喫煙量と喫煙頻度が増えた。
新しい部下から「前よりお姿が小さくなられたように感じるというか、怖くなくなったというか」と評されている。

・ボルサリーノ
実はちょっとイメチェンしたけど誰も気づいてくれない。
小さい子に押された危機感からこの二年で鍛え直したりしてみたけど誰も気づいてくれない。
NEO海軍と戦った時に"ゼット"を名乗る男に一言褒められてほろりときたとかきてないとか。

・イッショウ
「ミューズ」と名前を言われても小さい娘の腰から下しか想像できない。
足が喋ってるイメージ。逆てけてけ。


・ご飯半分抜きの刑
文字通り。もう半分は目の前でミューズが食べる。
いじわる。

・一時間椅子の刑
背中に乗ったりはしない。
胡坐掻いてる神様にミューズがすっぽり収まって本読んだりする。
ただのスキンシップ。

・神様
今回は本当に何もしてないのに懸賞金が上がった。
とばっちりとか勘違いとかそういうアレ。


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第十七話 魔女

ぴーしーぶっこわれて死ぬかと思った。


「うお、海兵!?」

 

 これはウソップさんの声。

 

「って、あれ、お前……」

 

 これもウソップさんの声。

 

「ミューズ! ミューズじゃねぇか!!」

 

 これもまたウソップさんの声。

 

 

 

 

 やや広く感じた砦内部の一室も、麦わらの一味の大所帯が入れば少々手狭に感じる。

 というか再会に驚くより、ルフィさんのこの状態を説明して欲しい!

 と言いたいところだけれど……そうそうたる顔ぶれにもじもじしちゃって、なんにも言えない私なのであった。

 

「ぎゃああ!! ゴッド!?」

(ゴッド)・エネル……!!」

 

 私が恥じらってるうちに騒ぎや混乱は波状に広がり、どんどん大きくなっていくばかりで落ち着く様子はない。

 神様に気付いた面々は一斉に臨戦態勢に入ると――さすが、速い──もはやどうしようもなくなってしまって……。

 

「てめぇ、なんでここに……!」

 

 私に聞かれた訳ではないが、なぜここにと問われても、私が月から連れてきたからとしか答えようがない。

 けれど彼らの混乱にあてられて私もあわあわ。何を言えばいいのかさっぱりわからない。

 すると神様が私の耳元に顔を寄せて、良く通る声で囁いた。

 

「どうする船長? 命じられれば戦うが」

「ええ……?」

「船長ぉ? 何言ってやがる……」

 

 船長? 神様いきなり何を……。

 たしかに私、初めてマクシムに乗り込んだ時、「私船長ね!」って宣言した。不服そうに首を傾げた神様には「神様は神様でしょ」って言って無理矢理納得してもらったけど……今まで一度も私を船長扱いした事なかったじゃん!

 もっぱら雑用か何かみたいにあれやれこれやれって顎で使ってさあ。そりゃあ神様は神様なんだから偉そうにしてていいけどさあ! 私も雑用仕事は、まあ、嫌いではなかったし……。

 

「ああとにかく!」

 

 よくわからなくても、とりあえずこの混乱を収めるため、私は今の自分の立場をなんとか彼ら彼女らに伝えた。

 海兵じゃなくて海賊? ってみんなさらに混乱しそうになってたけれど……。特に、前に出会ったウソップさん達。あの時私、海兵かって聞かれてそうじゃないって答えた記憶あるから、たぶんそれ関連。

 

「……!」

「……」

 

 そして説明や自己紹介をしても、やっぱりみんな神様を警戒してる。

 みんながこの場を離れないのは、ルフィさんをどうにかするのにリンさんが必要だからだろうか?

 その彼女から提案があった。

 

「事情はよく呑み込めませんが……みなさん落ち着いて。一対一で話し合ってはどうでしょうか」

 

 ああ、まあ、たしかにこんなに大人数でわいわいがやがやしてたってしょうがない。

 "変態"……フランキーさんや"音楽家"……ブルックさんなんかは場の雰囲気にピンとこないのかハテナマークばっかり頭に浮かべてるし──ただ、神様の事は話に聞いてはいるみたいだった──、そんな事よりルフィさんにかかった呪いをってややこしくなってしまっている。

 というか私だって、その呪いとかなんだかってのの方が気になるよ!

 

「よし、ミューズちゃんだったか? とはおれが話す。ルフィの事は……あー……」

「おい、何故今おれに向けた指を逸らした」

「てめぇに説明能力があるとは思えねぇからだ。──ルフィがああなっちまったのを見てたのは……」

 

 向こうでは私と話す代表者を選出しようと話し合いが始まった。サンジさんとゾロさんの間で始まったのは睨み合いだったけど。うわあ、生で仲悪いの見ちゃった。なんか、カンドー……。

 してる場合ではない。こっちも神様に釘を刺すため、腕をくいっと引っ張って少し屈んでもらう。

 

「いい? 絶対に勝手しちゃだめだよ! 私怒るからね!!」

「…………」

 

 ああああ、神様目も合わせてくれない! すっごい不安!!

 半目でつまんなそうな顔をした彼は、私が腕を引いてるのも気にせず体を戻すと、彼らの方を見据えた。

 そうすると話し合いが中断されて全ての視線が神様に集中する。……明らかに敵へ対処する際の動きって感じだった。

 

 険しい表情が大半で、いい雰囲気などどこを探しても見つからない。

 ううー……彼らと会う時のためにどうにか上手くやろうって思ってたけど、こんないきなりだと考えてた案全部吹っ飛んじゃったよ……どうしよう。

 

 神様は、自分の顎に手を添えてくいっと首を傾げると、少しして反対側にくいっとやった。

 それから私を見下ろして、かと思えば椅子を引いてどっかりと座り込んでしまった。

 気を利かせていったん離れてくれる事を期待したんだけど、どうしてか居座る気満々……というか代表者になる気満々じゃん!?

 

「ちょちょちょ、船長は私って言ったじゃん! 退いて!」

「お、オイオイ……」

「やべぇ……やべぇやつだこれ……」

 

 神様を席から離れさせるために腕を引っ張り始めれば、止めようとする気配とかがあった。

 心配ご無用! 神様のびりびりくらい、私へっちゃらだから!

 本気で電撃されたら死んじゃうかもだけど。

 

 どーいーてー! どーいーてー! ……と、いくら引っ張っても腕を組んで頑なに座り続ける意思を見せる神様。

 けれど不思議なのは、こんなに邪魔しても不機嫌な顔一つ見せず退屈そうにしているだけな事だ。いつもだったらビリビリの一つでも飛ばしてくるのに……まるで人形になっちゃったみたい。

 ……ふん。もういいよ。てこでも退かないっていうならこっちにも考えがあるもん。

 

「うわ……」

 

 いそいそと神様の膝の上に座れば、誰かが引く声がした。

 ……そんなに変? ……変か。

 でも私が代表者なのは譲れないの! なんたって私、船長だからね! 船長!!

 ふんぞりかえって威厳を示してみる。後ろに神様いるからそんなに体反らせないけど、どうだろう。立派な船長に見えるかな!

 

「お前達に危害を加えるつもりはない……私が青海に下りたのは、ただの気まぐれだ」

「なんちゅー説得力……」

「うそでしょ……!?」

 

 そうすると急に神様が両手を広げて話し出したのでその顔を見上げれば、なんかどや顔してた。おお、格好いい。これがあのとんでもない驚き顔にもなると思うと笑えてしまうけど。

 

 まあいいや。神様は本当に戦う意思も何もないみたいなのが彼らに伝わってくれたのなら嬉しい。

 ……なんか、雰囲気が和らいだというよりは、とても微妙な空気感というか……みんなどう反応していいのかわかんないって顔してるけど……いやうんまあ、いいんだ。いいんだよ、これで。喧嘩しなきゃいいんだ。

 

 でも神様、どうして私の"みんなと仲良し大作戦"に協力してくれたんだろう? 勝手にどこかに行っちゃうか、問答無用で攻撃しちゃうかの二択だと思ってたのに。

 

 神様の気まぐれの理由を考えつつ、その両手をとって私のお腹の上に乗せる。シートベルトみたいな感じ。

 ……ここまでしても機嫌を損ねないな。今日の神様ははとってもご機嫌みたい。機嫌が悪いと私を放り出してバリッと消えちゃうけれど。

 

「よよよおし、おお、おれに任せとけ!!」

 

 さて、未だ困惑がはびこる中、私と……私と!! 話すあちらの代表者は、サンジさんではなくウソップさんに決まった。

 理由は、この中で一番私と話した事があるのが彼だから、らしい。サンジさんは代わりにリンさんとお話し中だ。

 

 さて、向かい側に座ったウソップさんは、勇ましいようでいて椅子がガタガタ鳴るくらい震えているけど、ううん、神様を前にしてるんだからすっごい勇気。

 

「紅茶でもどうぞ」

「おおおう、あり、ああありがとう!!!」

 

 コーニャさんが気を利かせて、指を振って私とウソップさんの前にカップを出現させてくれた。魔法、凄い。どういう現象なんだろう? やっぱり悪魔の実なのかなあ。

 

「ブゥウウ!! 熱っちぃいい!!!」

 

 で、ウソップさんは何やってるんだろう。カップの持ち手に指引っかけて余裕そうに飲んで、当然のように噴き出した。……うん、淹れたてみたいにあつあつだもんね、これ。

 嫌そうな顔したコーニャさんがもう一度指を振ると、机の上に広がっていた紅茶が綺麗さっぱり消える。ふわー、便利……。

 もう一振りで火傷してお餅のように膨れていたウソップさんの唇も元通り。わ、治療もできるんだ?

 

「す、すまねぇ……」

「いえ、お気になさらず」

 

 口許を拭って謝罪するウソップさんに、コーニャさんはだるそうな顔で答えた。

 何もかも面倒だって顔してるけど、世話焼きさんの香りがするー。紅茶出してくれたりしてくれるし、雑談振ってくれるし。

 

 ……さて。

 改めて向かい合ってみたものの、話し合いと言われてもいったいウソップさんと何を話し合えばいいのだろう。

 神様の無害アピールはもう終わってしまったし、自己紹介ならさっきやった。私の名前、「スゥ~~パァ~~! イカした名前だぜ!!」って褒められちゃった。嬉しかったなー。

 

 ……うーん、でも、そうすると後は、もうルフィさんの事しか残ってないよね。

 

「あの、ウソップさん。ルフィさんが呪いを受けたって……」

「あ? あ、ああ……おれは見てないんだけどよ、なんでも触っちゃいけないもんに触ったとかで……」

「それにしては、なんだか怒ってるように見えるんですが」

 

 改めて銅像みたいに固まってしまっているルフィさんの顔を見れば、やっぱり眉を吊り上げ、何かを睨みつけている。いったい何に対してそんなに怒っていたんだろう。

 そんなルフィさんの傍にはリンさんとチョッパーさんが寄って、触れたり眺め回したりしている。……触診? 検診、みたいな感じかな。

 ルフィさんの肩を押して傾けた彼女は、ゴトリと戻すと、暗い顔で「姉様と同じだ」と言った。

 

「姉様ってーと、上の倉庫にいた……」

「セラスちゃんの事よね? 呪いで固められちゃったっていう。……やっぱり同じなのね」

「はい……」

 

 サンジさんの言葉をナミさんが引き継ぐと、リンさんは深く頷いて肯定した。

 セラス……さん? 今のルフィさんと同じ状態の方がいるんだ……倉庫? なんで倉庫にいるのかはわからないけど……そうすると呪いって本物なのか。

 体を固めちゃう呪い……怖いなあ。

 

「ええ!? たしかあなたのお姉さんって、もう十二年もあのままって言ってましたよね!? じゃ、じゃあルフィさんも……!?」

 

 ひときわ背の高いブルックさんがあせあせと話しかければ、リンさんはこれにも頷いた。おそらくは……って。

 ……十二年も固まったままって、何それ。もう理解が追いつかない。たぶんこの国特有の魔法が関係しているんだろうけど、魔法で解けるのならさっさと解いてるよね、呪いなんか。……魔法ってのも万能じゃないのかな。

 

 リンさんがお手上げとなると、もうどうしようもないらしく、一行は「酒でもかければ治るんじゃねぇか」とか「特上肉持って来たわよ」とか声をかけたり叩いたり揺らしたり顔に落書きしたりして治療を試みるも、全て空振り。依然としてルフィさんは憤怒の表情で固まっている。

 

「……そういや、どうしてアンタの姉ちゃんは呪いにかかっちまったんだ?」

 

 ルフィさんにいたずらする面々からは離れた壁際で考え事をしていたフランキーさんが、ふと思いついたようにリンさんに問いかけた。そこから何か解決法が浮かぶかもしれないって。

 

「あの、私は……ルフィさんがここに来た時の事も聞きたいんですけど」

 

 控えめに手を挙げて私も発言してみる。

 だって、いきなり暴れたっていうの、気になるんだもん。

 フランキーさんの問いには少し話しづらそうにしていたリンさんだったけど、こっちにはすぐに答えてくれた。

 

「ああ、それはコーニャがからかったからだな」

「……ごめんなさい。魔法を使ってみろってしつこく言われたから……幻惑系けしかけたの。そうしたらびよーんって腕が伸びて……そのまま暴れながら二階へ……止める間もなかった」

 

 ……あ、そうなの。

 何か特別な事情とかじゃなくて、そういう騒ぎだったんだ。

 

 聞けば、彼らがリンさんのお姉さんを知ってるのも、ルフィさんが倉庫の壁を壊して侵入したのを追っていったかららしい。……いったいコーニャさんはルフィさんに魔法で何を見せたのだろう。

 とにかく、固まった姉を見てしまったものは仕方ないと、リンさんは一部の興味津々な者へ向けて、姉が呪いにかかって長い間止まっているのだと説明したらしい。

 

「……わかりました。お話しましょう」

 

 それから……彼女は観念したように姉がそうなった経緯を語り始めた。

 ……といっても、話は簡単だった。

 ある日外からやって来た魔法使いが彼女に呪いをかけた。それだけ。

 

「通り魔的犯行ってワケか……」

「ええ。ですから、どうすれば呪いが解けるのかは……」

「……魔法が使えるのはこの国の奴らだけなんじゃなかったっけか?」

「その者が何故魔法を使えたかは、わからないのです」

 

 伏し目がちに呟く彼女に、振り出しに戻ったか、と嘆息する一行。

 私の上で神様が鼻を鳴らしたのはその時だった。

 ……見上げても、なんにも言ってくれないけど……どうかしたのかな。何か、聞こえたものでもある?

 ……無視かー。いつも通りだ。悲しい。

 

「ルフィが触れたのは、壁の中に隠されていた門だったって事か?」

「はい。わたしたちはお祭りに浮かれ、それぞれ自分の気になったものの下へ走っていきました。わたしは大通りで大道芸をする人に気を引かれ、眺めていたのですが……土煙を上げてルフィさんが走ってきて、急に壁を破壊しだしたのです」

 

 魔法を知る者の力で解決できないのなら、そうなった原因の方から解決法を探ろうとなったようで、それぞれは好きな姿勢で話し合いを始めていた。語ってるのはブルックさんだね。

 私はそれに耳を傾けるだけ。この国にはまだ踏み入ってすらいないので、なんの役にも立たないのだ。

 

 リンさんのお姉さんを固めた魔法使いってのが今どこにいるのか、その魔法……呪いは誰でも使えるものなのかとか気になる事はあるんだけど、あんまり口を開く気にはなれない。……気後れしちゃって。なのでやっぱり黙って話を聞くだけになる。

 

 それで、この破壊された壁というのが、大きなお城を囲むものの一部分。それも王城の真正面に位置する壁だったとかで、そこから門が出てきたという事は、昔そこは使われていたのだろう。

 その門に触れてルフィさんは止まってしまったらしい。……門に呪いがかかっていたのだろうって結論になった。

 それはコーニャさんが肯定してくれた。

 

「はいです。たしかに門には呪いが付与されていて、何人も触れるべからずとお触れが出ていましたし、危険ですので壁を作り上げて触れないようにしていたのですが……まさか壊してしまうとは」

「それほどの何かがあったんだろうな……」

 

 いくらルフィさんが猪突猛進と言えど、壁くらい壊すんじゃなく飛び越えたりするだろうに、攻撃仕掛けるって事はよっぽど壊したい事情があったんだろう。

 まあ、その理由がわかったところで、果たして呪いを解くことに繋がるかは疑問だけど。

 誰が門に呪いをかけたのか、なんてことを求めても同じ。それがわかったって呪いが解ける訳でも無し。今は置いとこう。

 

 ロビンさんが街で耳に挟んだ話によれば、昔はその門はずーっと開きっぱなしで、いつでも誰でもお城に入れたらしい。

 不用心と思うかもだけど、そんな用心する必要ないくらい王様と民衆の距離が近くて、仲も良かったらしい。

 けれど十二年くらい前から王様が豹変して、王城への出入りは一切禁止にしたり、税を重くしたり、島を壁で囲ってほとんど鎖国状態にしたり、海賊を招き入れたりするようになったんだって。

 

 十二年というと……リンさんのお姉さんが呪いにかかってからの時間も十二年だよね。

 ……何か関係があるのだろうか。

 というかリンさんが言ってた魔法使いって、海賊なんじゃないだろうか。

 悪魔の実の能力で止めちゃったんじゃない? 私にはそれくらいしか思いつかないな。

 

 悪魔の実の力。みんなもその結論に至り始め、なら話は早い、海にぶち込もうとなった。そうすれば能力による状態異常は治るだろうって。

 けれどルフィさんを外へ運び出そうとするゾロさんの前にリンさんが割り込んだ。

 

「いけません。その呪いにかかったものを海になど触れさせては、死んでしまいます」

「はぁ? なんでそんな事がわかるんだ?」

「森に住む魔女殿がそう教えてくれたのです」

 

 ……魔法の次は魔女か。

 単に騙されてるだけじゃないのかって疑ったけれど、現に、あの門が壁で覆われるまでに触れた人の中で海水を浴びてしまったっていう人がいて、その人はまたたくまに溶けて無くなってしまったらしい。

 ……こわっ! 溶けるとか怖い!!

 とか戦慄してたら、ふっと浮遊感に包まれた。

 

「あだっ!?」

「! あ……? あの雷野郎いねぇぞ」

「ななななにー!? おお、く、来るなら来やがれ!!」

 

 強かに椅子に打ち付けたお尻を擦りながら座り直し、たしかに神様がいなくなってるのを確認する。

 ええー……このタイミングでどっかいっちゃうの? 今まで大人しくしてたのはいったいなんだったというのか。

 ……まあいいけどさ。神様が気まぐれなのは今日に始まったことじゃないし。

 そのうちひょっこり帰ってくるでしょ。お昼とか夕飯時くらいに。

 

 不意打ちを警戒する面々を眺めれていれば、一人になった私に近づいてきたナミさんが、腰を折って話しかけてきた。

 

「ねぇ、あいつに船長って呼ばれてたけど……もしかして」

 

 最初、私の目線はどうしてもナミさんの胸元に向かって、瞬間、胸が苦しくなった。

 うっ……。

 二年という月日はなんと残酷な現実を私に突きつけるのか。

 格差、遺伝子、宇宙、真理……頭の中がぐるぐるする。

 成長期とはいったい……ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう……っ。

 

「うう、はい。神様はうちのクルーなんです……」

 

 ちょっと泣きそうになりながら正直に話せば、また動揺の波が広がった。

 あいつが人に従うようなタマには見えないがとか、危険が危ないとか。

 いやまあ、たしかに私に従ってるって言うよりは、たんに一緒にいるだけって感じだけど……意外と一緒に過ごすと普通の人だよって思うんだ。……それを言ったって、実際一緒に過ごしてみなきゃわかんないよね。

 なのでこの話題は横に置いといて……。

 

「あの、じゃあ、その魔女さんなら何か知ってるのでは?」

 

 その人に会いに行ってみよう、と意見を出してみる。

 そうねぇ、とナミさん。彼女が振り返れば、みんなからもいくつか意見が出た。

 魔女がいるという森に行くなら準備をしなくては。誰が行くのか。誰が残るのか。がやがやと相談会が始まる。

 

 ……けれど、出た意見のどれもが無意味になった。

 

「こんにちはー。薬屋さんでーす」

 

 そんな軽い声と共に、その魔女さんがやって来たからだ。

 

 

 

 

「どうもー。今日はなんだか賑やかねぇ」

 

 そういって微笑む魔女さん。見た目は十代後半に見える、茶髪に近い赤色の髪の女性。

 魔女って名前の通りにフード付きの黒いローブを身に纏ってる。……前が開いてて、赤いジャージのズボンとヘンなカエルの絵が描かれた体操着みたいなのを下に着ているのが見えるのは……なんか"魔女"ってイメージと違うけど。

 

 名前はウィッチ・アップルシンガーって言うんだって。……シンガー……歌いそう。

 ところで、アップルシンガーって長い名前だけど……もしかしてこっちが苗字?

 

「……? ああ、そうです。この国では昔から姓名逆転していて……」

 

 こそっと近くにいたコーニャさんに聞いてみれば、小声でそう教えてくれた。彼女の生まれる前にできた法則らしい。建国当初……ずっとずっと昔はそうではなかったんだって。初代の王様の名前は、ミルフィーユ・インペラートル。今と違ってミルフィーユの方が苗字になってる。

 ……なんで変わっちゃったんだろう?

 

「さあ、なぜでしょうね。……みんな気にしてません。むしろ、他とは違うものとして好まれています」

 

 ふうん。好まれる……ファッション感覚なのかな、姓名逆転。……あ、そうするとコーニャって下の名前になるのか。いきなり呼び捨てにしちゃってた。リンさんの方も。

 ……いや、シュヴァリエルって不思議な名前だなーとは思ってたんだよ。でも人の名前の命名規則ってどこの海でも変わんないから、たんに格好良い名前だなとしか思ってなかった。

 

「アニーニャさんって呼んだ方が良いですか?」

「……そのままコーニャと呼んでいただいて、構いません。気分が良いです」

「わあい」

 

 気分が良い、の意味はわからなかったけど、名前呼びが許されたのでちょこっと手を挙げて喜ぶ。代わりに私も下の名前で呼んでもらう事にした。ミューズ。コーニャさん。ミューズ。コーニャさん。顔を近づけて小さな声で何度も呼び合う。

 へへ、これで私達、もう友達だよね。

 ふっと、コーニャさんの目元が柔らかくなった気がした。

 

 

 さて、突然訪ねて来た魔女さんに話を戻す。

 最初にお薬屋さんですって言った通り、肘に下げたバスケットからは鼻が曲がるような苦手な臭いが漂ってきていた。

 うげ、お薬の臭い、きらい……!

 思いっきり鼻を押さえて臭いをガードする。

 

「なぁあんた、ルフィ……これ、治せるか?」

「ふむ? ふむふむ。ふ~む……肉? はなまる~。おひげ!」

 

 いったんルフィさんの体を下ろしたゾロさんが、片目で魔女さんを見つめながら肩越しに親指でルフィさんを示す。

 ちょこちょこと近づいて行った魔女さんがしげしげと眺めると、落書きを指でなぞってくすくす笑ってから、うんと頷いた。

 

「治せますねー。すぐ済みますよぉ」

「えっ、ほ、本当ですか魔女殿!?」

 

 治せる。その言葉に一番に反応したのは、ルフィさんの横に立っていたリンさんだ。

 呪いを解く事ができるのなら、固まってるお姉さんだって治せるって事になるので、そりゃ喜ぶよね。

 しかし魔女さんはにんまりと笑うと、詰め寄ろうとしたリンさんの額に指を押し付けて勢いを殺し、「だーめ」と囁くように言った。

 

「あの子の方は、まだ治せません。今まで通り、時が来るまで面倒を見てあげてね」

「え、で、でも、治せるようになったのでは……!?」

「治せるというか……呪いを解くのはいつでもできるけど、あの子のは、まだだめなのよ」

 

 ……よくわからない話になってきた。

 

「そんな、なぜです!?」

「だ、団長、魔女殿ですよ……!」

「くっ……!」

 

 食って掛かるリンさんをコーニャさんが腕を引いて押さえる。魔女殿……? 魔女さんの方が偉いのかな。というか、面識あったんだ。向こうから訪ねて来たって事は、結構頻繁に会ってるのかな。

 

 その魔女さんは、腕を組み、頬に指を当ててうーんと困ったようにうなった。対処に困っているような感じ。

 治せるのに、治さない。それをリンさんは初めて聞いたみたいで、困惑と怒りが見て取れた。

 けれど、やがて感情の波が収まったのか、肩を落として壁際まで歩いていくと、壁に体を預けて黙り込んでしまった。青い壁に寄りかかっていると、そのうち取り込まれてしまうんじゃないかって錯覚するくらいに同化している。……なんだかかわいそうだった。

 

「はい、それじゃあこの子の呪いを解きましょう」

 

 一転して魔女さんは明るい調子だ。ほわほわと見えない花を飛ばして軽い足取りでルフィさんに近づくと、バスケットを漁り始めた。

 

「お、おい、いいのかよ……なんであの子の姉さんを治してやらないんだ?」

「ふんふ~。ですからー、時が来るまではだめなのですよー」

「その"時"というのは、いつの話?」

 

 ロビンさんが鋭く問いかける。

 ……私も、それは気になる。

 

 だって十二年だよ? 十二年間もお姉さんが固まったままで、それだけでもリンさん辛いだろうに、実はいつでも治せたんだ、なんて聞かれさたら、問い詰めたくもなる。

 魔女さんは笑みを浮かべたままロビンさんを見つめ返した。剣呑な雰囲気はない。いたって普通の動作と空気感で、それが逆に変な感じがした。

 なんで、そんなに楽しそうに笑ってるんだろうって、苛立ちさえする。

 

「今日かもしれないし、明日かもしれない……かも?」

 

 答えは、不明瞭だった。

 そんなので納得できる訳ない。

 だったら今すぐ治してあげればいいじゃん!

 

 聞いてるだけじゃいられなくなって、私も詰め寄ろうと机に手をついて立ち上がったところで、魔女さんがバスケットから瓶を取り出した。

 その手に収まるくらいのサイズの瓶には、透明な液体が入っている。

 ……あれが呪いを解くお薬?

 

「それでは、しゃらんら~。呪いよ解けろ~♪」

 

 どうにもてきとうに聞こえる呪文とともに蓋を開けた彼女は、高い位置で瓶を振って中身をルフィさんに振りかけた。

 すると、何をしても動かなかったルフィさんが徐々(じょじょ)に時間を取り戻すように動き始めて、伸びようとしていた腕は、実は戻る最中だったらしく縮んでいくし、浮いていた片足は少しずつ床に下りていく。

 ──そして、完全に呪いとやらが解けたルフィさんは。

 

「ふんぬー! 壊れろぉ!!」

 

 表情の通りにめっちゃ怒ってて、パンチを連打しながら壁に向かって行った!

 って、そっちにはリンさんいるんだけど!?

 

「!? えっ……」

「え、うわっ!?」

 

 ああ、やった! ドシンと凄い音がした!

 思わず目を覆いそうになって、けれどルフィさんは直前でブレーキをかけられたらしく、壁に両手をついて完全に停止していた。ただ、不意打ちでぶつかられそうになったリンさんの方は、胸に両手を押し当てて驚いた表情で固まってしまっている。

 

「ふにゃ……」

「えっ、えっ」

 

 ……止まったと思っていたルフィさんは、どうしてか急にリンさんに覆いかぶさった。

 なんか、凄く抜けた声が聞こえたんだけど……どうしてしまったのだろう。

 リンさんも自分に体を預けるルフィさんにどう対処していいのかわからないらしく、片手で支えながらわたわたと慌てていた。

 

 ちょっとルフィ! とナミさんが引っ張り起こしに行くまで、彼はずっとふにゃっとしたままだった。

 

「……ん? ああ、ここ最初んとこか」

「テンメ、なぁにを羨ましい事をォ……!!」

 

 今のが無かったことみたいに辺りを見回し始めたルフィさんに、ルフィ~~!! とウソップさんやチョッパーくんが飛びついて、彼がハテナマークを飛ばすのを眺める面々にも、ほっとした雰囲気が漂い始めていた。

 ……一番に駆け寄ったサンジさんはなんか怒ってたけどね。……いやうん、リンさん凄い美少女というか、西洋風だから美人に見えるし、そうなっちゃうのも仕方ないように感じるけど……生で見ると中々……面白いな、あの反応。

 

「それじゃあ私はこれで、お暇させていただきますねー。お薬、ちゃんと飲んでくださいねー」

 

 それをしり目に、魔女さんが隣の部屋へ出て行ってしまおうとしているのに気付く。

 ルフィさんの呪いを解くって目的は果たされたんだから、もう魔女さんに用はないはずなんだけど……帰す気にはなれなかった。

 

「お?」

 

 という訳で回り込んでみた。

 そうすると魔女さんは不思議そうに首を傾げて、ちょっとずれて通ろうとするので、こちらも一歩動いて通せんぼ。行く手を塞いで、じっと見つめ上げる。

 置いていきなよ……呪いを解く……薬をさ。

 

「魔女殿……どうしても、今、姉様を治す事は……できないのですか?」

 

 ずれる、塞ぐ、ずれる、塞ぐ。……そんな事を何回か繰り返していれば、魔女さんの後ろに立ったリンさんが問いかけた。

 そうすると魔女さんは腕を組んで頬に指を当ててうーんとうなり、振り返らないまま告げた。

 

「だめですねー。少なくとも今日ではないです」

「……そう、ですか。……わかりました。お薬、ありがとうございます」

「いえいえー。それでは」

 

 ……さすがにもう、通せんぼはできない。リンさんが納得したなら、私が無理矢理引き留めちゃ駄目だろう。

 気持ち的には無理矢理にでもそのバスケットを奪い取って、お薬でお姉さん治してあげたいんだけど……それは私がやるべき事ではないし、もしそれで何か悪い事が起こったらと思うと、大人しくしているほかなかった。

 

「ちょっとルフィ、どうしたのよ!」

「はなせナミ! おれは王様に用があるんだ!!」

 

 隣の部屋の扉から外へ出て行った魔女さんを見送れば──閉め際、ぽやぽやした顔で小さく手を振られた──、またぞろ騒ぎの気配。

 ルフィさん、怒ってる……。王様に用があるって……ああ、豹変した王様か。

 なんだか話が読めてきた気がする。

 

 隣の部屋に戻れば、複数の手で無理やり椅子に座らされたルフィさんが、状況説明を名目にその場に縫い留められていた。ぐにぐにと伸び縮みして体を捩っては抜け出そうともがいている。

 ああー、今の彼から手を離すととんでもない事になっちゃいそうだ……。

 

「なんか、なんかルフィを止められるもの……! そうだっ、コーニャ、ごちそう! 魔法で肉とか出せないか!?」

「ええ? 疲れる……それに、魔力がもう」

「頼む! このままじゃ最悪マジで王様ぶっ飛ばしちまうんだ、こいつは!!」

「そ、それは困る……むぅ。まあいいか、お薬もきたし」

 

 ウソップさんや他の仲間に頼み込まれて、コーニャさんが指を振った。そうすれば、机の上に溢れんばかりの豪華な料理の数々が山盛りに……! うわ、食器まで豪華! 金ぴかに輝いている。黄金……かどうかはわからないけれど、施された意匠はかなり精巧で綺麗だった。

 ……ナミさんの瞳が怪しく光った気がする。たぶん気のせい。たぶん。……コーニャさんの方へじりじり近づいていってるのもたぶん気のせい。

 

「おまえらな! おれがな! こんなので……!!」

 

 鼻息荒く怒りを見せていたルフィさんはこれで矛を収めるかと思いきや、しかし全然勢いが衰えない!

 そんな……目の前のお肉を無視するほどに強い怒りを抱いているとでもいうのだろうか……!?

 

「ふんぬっ!」

「あ、おい!」

 

 とうとう拘束を抜け出したルフィさんが全力で走り出すのを、こちらも全力を以て体で止めようと決意して力強く踏み出す。

 

「もぐもぐ! 止まるわけ! がつがつ! ねえだろうが!! ばくばく!!!」

 

 いや止まってんじゃん!!!?

 

 

 ……あ!

 ツッコミ入れてたらブレーキ間に合わなくて転んでしまった。

 ……痛いし恥ずかしいしで死にそう。

 ……いいや。このままふて寝しよう。




TIPS

・変態
鉄人(サイボーグ)フランキー。
鉄人 テイルデイル・T・コーラス。

二人の通り名が同じなのにミューズがコーラスに反応しなかったのは
フランキーの通り名を"変態"で覚えていたからだ。
この覚え違い、フランキーが聞いたらたぶん喜ぶ。

・船長
ペット。放し飼い。
よく調子に乗るのでビリビリして躾ける。
まったく懲りないし頭もあんまりよくないので世話が焼ける。
「かみさま」「かみさま」と懐いてくるので時々餌をあげる間柄。


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第十八話 怒りメシ

 もちろん、ふて寝などできずにロビンさんの能力で助け起こされた。

 大丈夫かしら、と鼻の頭を手で撫でてくれるのにぺこぺこする。お恥ずかしい限りです……はい。

 

 ……自分の体から人の手が生えてるのって、すごく奇妙で不安になるなあ……。

 いやいや、ロビンさんと触れ合えてるって考えれば、これってとってもラッキーだよね。

 いぇい! 怪我の功名!!

 ……でもやっぱりみんなの前で転んじゃったの、すっごく恥ずかしかったりする。

 なので縮こまってできるだけ視界に入らないようにしておく。

 

「ぶはー、食った食った。……………………」

「な、なに?」

 

 すっかり風船みたいにぶくぶく膨れてしまったルフィさんは、ご機嫌な笑顔でお腹をぽんぽんしていたのだけど、その暴飲暴食に自失していたコーニャさんを見つけると、横目でじぃっと……じぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~っと見つめ始めたのだった。

 

「ってうぉい! まだ食う気かよ!!」

「いやー、だって美味かったし」

 

 目は口程に物を言う。ルフィさんが何を求めているかなんて聞かずともわかった。私にすらわかった。

 ビシッと突っ込みいれられても悪びれた様子もなくしししっと笑うルフィさんに、コーニャさんもリンさんも苦笑いだ。

 る、ルフィ先輩、そこが魅力的過ぎて涙が出てくるべ……!

 ……はっ、今何か変な真似っこしちゃってた気がする!

 いけないいけない。自分を見失っちゃだめだぞミューズ。お前は自由でかわいくてかしこくてかわいいミューズなんだべ……!

 

「もっとくれ!」

 

 にっこり笑って直球勝負なルフィさん。大丈夫かな、いくらゴムでもそれ以上食べたら破裂しちゃいそうだよ。

 そしてコーニャさんはとっても困ってしまったようで、気だるげな顔のままううんとうなっていた。

 

「むり。魔力切れ。もう魔法使えない」

「ええー! なんだよそうなのか? ……にく……」

 

 しょぼん、とするルフィさん。

 ……おお、なんか……力になってあげたくなっちゃうような表情……。

 はっ、これが未来の海賊王のカリスマ性ってやつなのか!?

 

「ま、魔力が戻ったら、またたくさん食べさせてあげるから……」

「本当か!? 約束だぞ!」

「う、は、はい……」

 

 コーニャさんもその表情にやられたのか、眉を八の字にしてひっそりと囁きかけた。

 でも安易に約束してしまったのを後悔したみたい……。これだけの料理を出すのは、魔法でも大変なのかな?

 

「一人じゃ魔力の消耗も激しいだろう……その時は私も手を貸そう」

「も、申し訳ないです、団長」

 

 そこはリンさんがカバーするみたい。

 合体魔法かー……ご飯出すってのじゃなければ格好良いと思えたんだけどなー。

 

 なんて考えていれば、すっとリンさんが指を振った。

 テーブルの上に溢れていた食器や暴飲暴食の残骸が綺麗さっぱり消える。

 あっ、リンさんも魔法使えたんだっけ。自分で考えててあれだけど、実際使ってるところまだ見てなかったからはっとしちゃった。

 いいなあいいなあ魔法。便利だよね、とっても!

 

「ん? ええ、まあ……。しかしあまり多用するようなものではありません。魔法とは必要に駆られたら使うもの。自分の手でできるものは自分の手でやるべきだと私は考えています」

「……反省」

 

 私達への説明は、同時にコーニャさんへの戒めでもあったらしい。

 たしかに、思い返してみるとコーニャさん、紅茶を淹れたりするのは魔法を使わなくたってできる事だよね。

 魔力切れって言ってたし、魔法にも際限があるみたいだから、そうしたら節約するのは道理だろう。

 

 でもそう説明したリンさんも、さすがに山盛りの食器やら何やらを自分の手で片すのは億劫だったようだ。

 あ、魔法で出したのをそのまま片すと食器とか増えちゃうから、同じ魔法で消したのかな?

 ……魔法で出した食べ物って、お腹の中でどうなってるんだろう?

 考えたら怖くなってきた……。

 

「あ、ナミ、にくくれよ!」

「えっ、なんで私!?」

 

 リンさんも魔法が使えるとわかって一瞬顔を輝かせ、しかしお説教のような言葉で牽制されていじけたように唇を尖らせていたルフィさんが、はっと何かを思い出したようにナミさんに要求した。

 特上肉くれるって言っただろ、って……それって、ルフィさんが呪いで固まってる時の話だったはず。

 

「ルフィお前、ひょっとして固まってた間の記憶があるのか?」

「え? うん。体は動かなかったけど、ずっと見えてたし聞こえてた」

 

 あの呪い、体の動きしか止まらないんだ。

 ……あれ? だとするとリンさんのお姉さん……今も意識あるって事になるのかな?

 十二年間も、ずっとそのままで。

 

「……じゃあなんで動けるようになった途端暴れ出したんだ……」

 

 サンジさんが呆れたように呟く。

 ……たしかに、見えてたならここに運ばれたのだってわかってたはずだし、壊そうとした壁から離れた場所に移動したって事もわかってたはず。

 けれどルフィさんはそれには答えなかった。

 

「そうだ、壁! ぶっ壊してやる!!」

「おいルフィ!」

 

 バッと立ち上がった彼が外へと駆け出そうとするのを、壁際にいたフランキーさんが大きな手で受け止めた。

 そうされても強行突破しようとするなんて、いったい何がそこまでルフィさんの怒りに触れてしまったのだろうか?

 ……なぜか今、私の頭の中にこないだ神様が言った『食べ物の恨みは深いのだ』って言葉が聞こえた。

 

「こりゃその壁ぶっ壊すまで止まりそうにねぇな」

「それは困る……ほんとに困る。でも、私もう食べ物出せない……」

 

 それは、そうだろう。呪いのかかった門とやらを隠すための壁なんだから壊されたらみんな困っちゃう。

 それにルフィさん、壊そうとして固められちゃったんだよね。それだと次も同じ結果になるんじゃって思ったけど、やんわりとそう言って止めようとした私に、ルフィさんは「さっきは覇気使ってなかったからな! 次は全力だ!」ってヒートアップ。

 ああ、火に油を注ぐような質問しちゃった……! 覇気で呪いって防げるのかなぁ……。

 

「むぅ、ここは魔法が必要な場面であると言いたいが……すみません、材料ならまだともかく、調理の施されたものを出すほどの魔力は、今の私にも……」

「いや、それで十分だ。材料さえくれればこっちで作れる。……頼んでもいいかい?」

「そういう事なら、ええ。こちらから頼みたいくらいです。喜んで」

 

 一方、サンジさんとリンさんがちょこちょこっと会話をしていた。

 魔法で材料用意して、超特急で料理するって。それでルフィさんを止めて話を聞く作戦だ。

 

 今もなお王国に続く扉がある部屋へ移ろうとするルフィさんを数人がかりで止めている。ここまでやれば止まりそうなもんだけど、止まってないのが現実。どうしてなのかを私も聞きたいので、止めるのを手伝う事にした。

 空いてる足元に寄っていって、失礼と思いつつも抱き着いて重石(おもし)代わりになる。うひょー、ぐにぐにぐに! 不思議な感触~!!

 この国に……下りて良かった……!!

 

 ……じゃなかった。堪能している場合ではない。

 ……あ。ずばずば戦鬼くん押し付けたら確実に止められるって気付いたんだけど、思いつくのが遅かった。両手塞がってて刀抜けない……ど、どうしよう。

 

「どうぞこちらへ。厨房へご案内します。コーニャ、お前も来い。ついでに魔力の補給もするとしよう」

「はい、団長。……失礼します」

 

 ぺこり、私達に向けてお辞儀をするコーニャさんに会釈を返す。ぐにぐに。

 サンジさんを伴って、リンさんとコーニャさんが別室へ向かった。

 魔力の補給……コーニャさん、魔力が切れそうだって時に、お薬きたからいいかって言ってたよね。そういう事なのかな。魔女さんが何か置いていっていた気がするし。

 

 ……うう、というかほんとにルフィさん全然止まんない。

 ご飯作ってくれるって言ってるんだから、止まってくださいよう!

 

 

 

 

「ふにゃ……なにふんだ、ぞろー」

「まったく、世話焼かせやがって」

 

 結局隣に立って奮闘していたゾロさんに、気後れしながらもなんとか戦鬼の事を告げて代わりに抜いてもらい、それを押し付ける事でルフィさんの鎮静化をはかった。

 うーん、力が抜けきったルフィさんに罪悪感を抱いてしまう。なんか、すっごく悪い事をしている気分……。

 

「……」

 

 あ、リンさんとコーニャさん戻ってきた。

 取り囲まれてふにゃーっとしてるルフィさんを不思議そうに見ていたので、手が空いた私は興味本位で魔力の補給について尋ねてみた。

 

 二人ともこれに関してはあんまり聞かれたくなさそうだったけど、コーニャさんが答えてくれた。

 魔女さんが置いていった薬が彼女達の魔法の源なんだって。薬を飲むと、魔法が使えるようになる……。

 つまり、彼女達のあの力って、魔女さんに与えられた力って事?

 

「ええ、まあ。だからこうして検問などできるのですが」

 

 ほとんど万能にも思える魔法があるからこそ、悪い奴が来ても追い返したり倒したりできたんだって。

 ……でも、お薬飲めば魔法を使えるって事は、私も魔法使いになれたりするのかな!

 そう考えたのは私だけじゃなくって、勢い込んで彼女に問いかけたりする人もいたのだけど、答えはノーだった。

 そのお薬、彼女達以外にはただの苦い水にしかならないんだって。そこは魔女さんのさじ加減一つなんだとか。

 

 ……それだけ聞くと、リンさんのお姉さん……セラスさんを固めたやつが魔法を使えた理由を魔女さんに求めてしまいたくなるけど、それくらいはリンさん達だって考えた事あるだろうし、今仲良くやってるって事は私の思い過ごしなんだろうな。

 

 実際、リンさん達は魔女さんに強い感謝の念を抱いているみたいだった。それくらいは言葉を交わさなくたってわかる。

 ふふ、これが見聞色の覇気の真の力ってやつかな? ……なんて。私は見聞色は苦手だから、表情とか仕草とか声音とかを総合して判断した、単なる憶測だ。

 

「飯だお前ら、席につけ!」

「よっ、待ってました!」

 

 両手にお皿を乗せたサンジさんが戻ってきた。

 ──!? ルフィさんいつの間にテーブルに!?

 今の今まで私達が押さえていたはずなんだけど、するっと、するっと……ああ、ゴムだから!

 変幻自在、伸縮自在のゴム人間だと、拘束からの脱出もあっさりなんだ。……いや、さっきまでできてなかったって事は、これ、ご飯パワーだったりする?

 

 ルフィさん達はここで一度ご飯にするらしい。食事しながら話を聞く……うん、それならルフィさんもすぐに突撃してったりはしないだろう。

 

 ゾロさんに戦鬼を返してもらう。恭しく受け取ろうとしたけど、不思議そうな顔をされるととても恥ずかしくなってしまったので、目線をずらして彼を直視しないように控えめな動作で受け取った。

 ……子供の頃からの好きな人達との距離が近すぎて、挙動不審になっちゃってる。うあー、恥ずかしい!

 はわわわわ、まだ見られてる! ゾロさんの視線を感じつつ、床を見ながらそろーりそろーりと後退して離脱をはかった。

 

 ──とん、と誰かにぶつかった。慌てて振り返って謝ろうと見上げれば、目の前にドンと大きなお顔。

 

「ミューズ、おまえも食えよ! サンジのメシはうめぇぞ!」

「ヒュッ……は、はい」

 

 一瞬息ができなくなった。近い。近いです。死んじゃう。

 ばひゅーんと離れていくルフィさんの頭に、力が抜けてへたり込む。

 と、白骨化した手が差し伸べられた。

 

「大丈夫ですか。骨の身で良ければお手をお貸ししますヨホホ」

「はへ」

「……おや?」

 

 そうだった。

 今この部屋の中は、どこを見ても麦わらの一味一色で、ちょっと歩くと有名人にぶつかってしまうフィーバー状態。

 

 たすけてかみさま、わたししんじゃうよ。たすけて。はやくかえってきて。

 

 顔が熱くなっちゃうのを感じて、それを見られたくなくて、しりもちついたまま自分の膝を見つめて後退(あとずさ)る。おや、フラれてしまいましたか……とブルックさんが言うのが聞こえて、胸が痛みつつもコーニャさんの下まで逃げた。

 

「あ、結構カナシー! やはり子供にはこの顔はキツいのでしょうか……ヨホホ! それでは聞いてください……『ナミダ ナミダの洒落好BE(シャレコウベ)』」

「お、新曲か? いいぞーブルック!」

 

 ジャジャーン。突然空気を震わす楽器の声に、私は無言でコーニャさんの腰に抱き着いた。そっと支えてくれる手に緩く息を吐く。

 

「……この人達、いつもこんな調子なの?」

「知らないけど、こんな調子なの、知ってる……」

「……よく、わかんないけど……ミューズ、元気出して」

 

 よしよしと頭をかいぐりされるのに、ふるるっと体が震えた。

 ……元気が無い訳じゃない。嫌な訳でもない。幸せが体の中を暴れ回っていて、もうどうしていいのかわかんないだけなのだ。

 でもかいぐり気持ち良いのでぐりぐり頭を押し付けてもっと撫でて貰う。

 ミューズ、犬みたい。ってコーニャさんに言われてしまった。

 犬かー。私は猫派。

 あ、やっぱ犬派だ。くぅ~ん……。

 

「…………」

 

 すすっと寄ってきたリンさんがそろそろと手を伸ばしてきたので、意外に思いながらもかいぐりしてもらう。

 ぎこちない手つき。でも暖かい手。

 ……人の手って、なんでこんなに気持ち良くて、安心するんだろう。

 

 ……よし、二人のおかげで気合い乗った! 奮起して立ち上がり、胸元でぐっと両の拳を握って頑張りパワーマックス。

 この機会を逃さず、ルフィさん達とめいっぱい交流するんだ!

 彼らとお話しするのは、言ってしまえば記憶の向こうの誰かの時からの夢だったんだから!

 

 とはいえ、やっぱり恥ずかしいし気後れしちゃう。

 どうしちゃったんだろう……いつもの私じゃないみたい。

 ノリよく元気よく騒がしくをモットーに日々過ごしているはずなんだけど……体が熱くてたまらない。

 歩くたび、その熱気が着物の裾から抜け出ていくみたい。胸元をつまんで引っ張れば、むわっと熱い空気が出てきた。

 

「あら、かわいらしい海賊さんの登場ね」

 

 ふわふわしたまま、気が付けば壁際に立っていたロビンさんの下へやってきていた。

 たぶん彼女が落ち着いているからここに来ちゃったんだろう。今、私、あんまりノリ良くなれると思えないし……ロビンさんなら、静かにお話してくれそうだと思ったから。

 背の高い彼女をうんと見上げて、一言一言を確かに、噛んでしまわないように発音する。

 

「あの、転んだ時は、助け起こしてくれてありがとうございました!」

「ふふ、偉いのね」

「あう……」

 

 なんとロビンさん、完全に私を子供扱いだ。自然に伸びてきた手が私の頭を撫でるのに、今日はよくかいぐりされる日だ、と目を細める。

 けれどその手はすぐに動きを止めて、ゆっくりと離れていった。

 ……?

 目を開けてロビンさんの顔を窺えば、にこりと微笑みかけられた。

 でも、その前のほんの一瞬、少しだけ真顔だったのが見えたような……?

 

「さ、席につきましょう。せっかくの料理が冷めてしまうわ」

「あ、はい……」

 

 肩に触れられて、柔な力加減で反転するよう誘導されたので、素直に従う。

 なんか……ロビンさん、あんまり私と話したくないみたい。

 私の心は、それで少し沈んでしまった。

 

 そうだよね……。考えた事もなかったけれど……私を苦手って思う人もいるのか。

 それが私の好きな人というのが残念でならないけど、仕方のない事。

 ……うん。記憶の中の誰かが、そのまた誰かに言われ事を、いつだったかに聞いたのを思い出した。

 

 誰とでも友達になれるなんていうのは、子供の夢物語にすぎない……。

 そうだよね。人と人には相性というものがあるんだから、友達百人はできてもみんなとお友達にはなれっこない。

 うう……がっくり。

 

 ……なんて肩を落としていれば、背中にやんわり押し付けられた手の平の感覚に、顔をあげる。

 ロビンさんが覗き込むようにして私に笑いかけてくれていた。

 あっ……。

 一瞬で私の心、空まで飛んでっちゃった! ぱあって明るくなってしまう。

 

 それから、どうぞ、って椅子を引いてくれて、ロビンさんは私の事をこのメンバーの仲間に入れてくれたのだ。

 もしかして、苦手に思われてたの、私の勘違いだったのかな……!

 

 そうすると私、すっごく嬉しくなって、ぷるぷる震えるくらいしかできなかった。

 椅子に座ると、途端にみんながみんな楽しそうに、嬉しそうな顔で話しかけてきて、でもあんまり答えられなくて、申し訳ない気持ちもあったけど……それ以上に楽しかった。

 

 あ……ご飯……。結局私達もご相伴に預る事になった。私と、コーニャさんと、リンさん。私達、一度は遠慮したんだけど、部屋いっぱいに広がる良い匂いにはお腹が白旗上げちゃって、女の子としては食い意地を見せるのは恥ずかしいけど……いただく事に。

 

 幸い私もコーニャさんも女の子なので、サンジさんからの当たりはかなり柔らかい。悲しい事に私とコーニャさんの扱いはレディよりちょっと下、リトルレディって感じ。サンジさんは主にリンさんにでれでれしていた。うわーあ。目がハートだ。

 私もせめてあと二十センチくらい背があったら立派な大人の女性扱いされてたのかなあって思うと口惜しい。なぜ二年もあって私はたったこれだけしか伸びなかったのか。くそー。

 

 でもデザートオマケで作ってくれたのでサンジさん好き。

 元々好きだったから大好きになった。

 クリームソーダ作ってくれてたら嫁入りしてたかもしんない。

 ……私を貰ってくれるかは別として。

 

 うん、調子乗ってるなーって自分でもわかっちゃう。

 みんな優しくしてくれるし賑やかだから、心が浮ついて、どきどきして。

 

 これだよね。

 

 あなたの求めていたものって、こうゆうのなんだよね。

 やっとあなたと同じ景色が見れた気がする。……私の中の、知らない誰か。

 

 

 

 

 当初の目的を果たすため、ルフィさんに質問が投げかけられた。

 いったいどうしてあんなに怒っていたのか。

 なぜ壁を壊そうとするのか、王様に会おうとするのか。

 

 

「祭りのおっさんが言ってたんだ!」

 

 ルフィさんは興奮気味に捲し立てた。

 街で行われている祝典に仲間と共に駆け出したルフィさんは、いくつかの店を回ってから、その奇妙な出店に出会ったらしい。

 水ヨーヨーとか射的の銃とか、雑多なものを吊り下げた屋台。そこにいたのは髭もじゃの背の低いおじさんで、やたらと()()な格好をしていたらしい。

 屋台と同じように様々な物で自らを飾り立てた、ルフィさん命名"祭りのおっさん"は、どういう話の流れからなのかは不明瞭だったけれど、こう言った。

 

『王様は変わってしまわれた』

 

 

『それは十二年も前の話。

 ある男達がこの王国に足を踏み入れたその時から、この国は暗雲に囚われてしまった。

 その闇をはらってくれるというのなら、この妖精のケバブ、ぐぐっと割引しちゃおう』

 

 

 フーン! と鼻から息を吐き出したルフィさんは、腕を組んでどうだと言わんばかりに背筋を伸ばした。

 ……あの、ルフィさん?

 ひょっとして、もしかして、だけど……食べ物に釣られてあんなに怒ってたの……?

 

 いや、さすがにそこで話は終わりじゃなかったみたい。

 祭りのおっさんはこうも言ったのだという。

 

『王女を救ってほしい』

 

『この祝典は王女の婚姻を祝って開かれているものだ。

 けれどそれには、この国の民全てが反対している。

 何せ相手は海賊だ。王は招き入れた海賊に気まぐれに娘をやろうとしているのだ。

 

 そんな馬鹿な話があるかと思うだろう。

 馬鹿なのだ。王は馬鹿なのだ。

 乱心してしまっている。もう、あの王様は駄目なんだ。

 

 王国はもはや海賊の手に落ちている。

 他ならぬ王が愚かになってしまった。

 王妃が死んで以来悪政を敷き、たびたび海賊を招き入れては怪しげな動きをして……。

 異議を申し立てた側近は悉く国外追放か処刑か。

 実の娘さえ自分の下から遠ざけたのだ』

 

「そんな事を言うのはラビテフさんだな……真に受けないでください。彼は誰にでも同じ事を言うんです」

 

 溜め息を吐いたリンさんが呆れたように言うと、ルフィさんはぐにっと首を傾げた。

 同じ事を言う、なんて呆れるくらい、その祭りのおっさんが同じ話をしているのっていつからなのか、と疑問に思ったんだと察した。

 だって祝典って七日間だけでしょ? 王女様の婚姻もここ最近の話。でもリンさんの口振りだと、もっと前から同じように振る舞っていると言っている風に感じられた。

 

 そこのところの疑問は解決しないまま話が進む。

 ルフィさんが首を傾げたの、どうやら違う理由からだったみたいなのだ。

 

「でもよ、たしかによく見りゃみんな明るいようで(くれ)ぇ顔してるしよ、聞いたらみんな教えてくれたぞ。おまえのケッコンには反対だ、って」

「ん? そりゃどういう意味だルフィ」

「その言い方だとこの姉ちゃんが王女みてぇじゃねえか」

「…………」

 

 フランキーさんに指し示されて、リンさんはそっと目を伏せた。それが答えを言っているようなものだった。

 え、リンさん王女様だったの!?

 ……と心の中で驚いてみたけど、いまいち実感がわかない。彼女、自分を団長だって言ってた。ここでお仕事してるって。……王女って言うより騎士だよね。本当に王女様なのかな。

 

「たしかに、私は王家の血を引くもの。しかし王女であったのは昔の話です」

「団長……! "王女"に昔も今もなんて……!」

 

 落ち着いた調子のリンさんに、コーニャさんが咎めるように声をかけた。

 

「事実だ、コーニャ。王は心を乱してから今日まで、私を王族とは扱わなかった。……その、ですから、私はもうただの一市民のようなものなのです」

 

 自分の胸に手を当てて身分を明かす彼女に、それは違うって思った。

 それって彼女が勝手に思ってるだけだ。話に聞く街の人達は、リンさんの事を今も王女だって思ってるみたいだし。

 私が声をあげなくても、同じような事を投げかける声はあって、そうするとリンさんは言葉を詰まらせたように俯いてしまった。

 

「おまえがヨメに行くのを祝う祭りなのに、祭りのおっさんもみんなも嫌がってるじゃねえか! ヨメに行かせたくねぇって! 海賊のヨメにはさせたくねぇって! だからおれ、一言王様に言ってやりたくてよ!」

 

 リンさんを見据えて自分の行動の理由を話したルフィさん。王城に続く壁を壊そうとしたのは、街の人達みんなができる事なら直談判したいって願ってたから、ついでに壊してみんな通れるようにしようと思ってたんだって。

 

 ……あれ? でもその壁って、呪われた門を隠すためにリンさんとかが作った物だよね?

 話を聞くだけじゃよくわかんないけど、たぶんルフィさん勘違いしてそうな気が……。

 

「おいルフィ。おれにはどうにも、お前がそんな事だけで動いていたようには思えねぇんだが」

 

 話が終わって、最初に疑問を投げかけたのはゾロさんだった。

 私はそんな事ないって思ったんだけど、彼の仲間達は同意見のようだった。

 そうかな……ルフィさんなら、それだけで怒るには十分だと思うんだけど……?

 

「だってよ、祭りのおっさん、こーんなに大きなにく焼いてんのに、めちゃくちゃ高く売ってたんだ! 絶対買えない値段だぞ! でもうまそうだったからよ、食いてぇって言ったんだ。そしたら『なんとかしてくれたら割引する』って!」

「……お前って、そういうところあるよな」

「……ラビテフさん、誰にでもおんなじこと言う」

 

 コーニャさんが補足した。どうやら祭りのおっさんって人は、同じ事ばっかり言う人みたい。

 そしてこういう祝典が開かれてない時でも一人お祭り状態をしているらしい。なるほど、たしかに祭りのおっさんだ……。

 

 ……しかし結局ルフィさんの怒りの原動力が食べ物に戻ってきてしまった。

 最初は別に怒ってなかったというルフィさんだったけど、走っているうちに食欲が増大して、なんとしてでもケバブが食べたいってなって、すぐに食べられないのは壁があるせいだって思考にいきついて怒りに火がついたらしい。

 ええー……私にはよくわかんないよ、その流れ……。

 

 でも、やっぱりご飯の事が全部じゃなくて、せっかく楽しいはずの祭りが一度気付くと暗くて楽しくなくなっちゃったから、元通りにするために王様のところに行こうとしてたんだとか。

 行って、どうするつもりだったんだろう。ルフィさんが話し合いを望む姿が想像できないんだけど……。

 

「だからおれはあの壁ぶっ壊してぇんだ」

「待ってください。……私は海賊と結婚などしません。誤解です」

「誤解っつっても、みんながそう言ってる訳だろ?」

「たしかに王女が結婚するって話は街で聞いたわ。共通認識みたいだった」

「ですから、それが誤解で……」

 

 途中で言葉を飲み込んだリンさんは、その続きを押し込むように目をつぶって黙り込むと、カタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

 

「邪魔するぜぇ」

 

 それとほぼ同時。

 隣の部屋の扉が開く音がして、程なくして、一人の大男がのっそりと姿を現した。

 ボサボサの硬質そうな長い白髪。刺青の入ったいかつい顔。白いシャツにダボッとしたズボンというラフな格好。

 まるで魔女さんみたいな突然の登場にみんなの視線が集まる中で、その巨漢は細く長い舌をチロチロと出し入れすると、二股の舌先を空気の中で泳がせた。




TIPS
・ノリよく元気よく騒がしく
実際はほとんどだんまり。にこにこしてたりぼけっとしてたり、
表情の変化はよくあるが、あんまり他人に話しかけたりはしないミューズ。
世界が自分で完結してしまっている場面の方が、まだまだ多い。

・ロビンの態度
するっと懐に潜りこんでくるミューズにそうとわからないくらい小さな不安を覚えた。
一言交わしただけで親身になれてしまうのが恐ろしかったのだ。
数秒後には不安も恐怖も忘れてミューズを受け入れた。

・大男
この作品のラスボス。
でかい。


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第十九話 嫌って言えよ

17/10/25 19:33 加筆修正
あと誤字とかいろいろ修正。


「街で暴れた輩がいるって聞いて来たんだが……おっと、食事中だったか? こいつは失礼したぜ! ガラガラガラ……!」

 

 なんというか、その人の第一印象はとにかく『凄くでかい男』だった。

 出入り口をくぐりぬけるのも身を屈めて窮屈そうにしていたし、部屋の中に入ると天井に届きそうなくらいの巨体が圧迫感を放つ。大きいと言えばフランキーさんも大きいけど、もう二回りくらいサイズアップするとその男の大きさになる。

 なんでこの世界、いちいちみんな大きいんだろう。全然成長しない私へのあてつけか何かだろうか。

 

「なんだおまえ」

 

 ルフィさんが立ち上がって問いかけた。……ちょっと声が低いのにビクッとする。

 私が声をかけられた訳じゃないのに、勝手にびくついちゃった……。

 どうしてそんな声を出したんだろう。不安になって部屋の中に視線を巡らせれば、未だ目を伏せ、俯きがちになって立っているリンさんが目に入った。

 

「おお、こいつだな。うん? ……お前は、そうか! ドフラミンゴの野郎を討った"麦わらのルフィ"か!」

「ああ、たしかにミンゴはおれがぶっとばしたけど。おまえだれだ?」

「ガラガラガラ! 物怖じしねぇヤツだ。当然か、5億の男……おれはベギリニィ・ジャシン。まあ、自警団みたいなもんさ」

「自警団?」

「あぁそうさ。この街の平和を守ってる! その平和を荒らす奴がいると部下から通報があってなぁ……王城前の壁を壊したのはお前だろ? "麦わら"」

「いや? まだ壊してねぇよ」

 

 ルフィさんが前に立ってぽんぽん話を進めていくから、私達は浮かせかけた腰を落とす事も上げる事もできずに黙って話を聞く事しかできなかった。

 

「ガラガラガラ! そうか、違うときたか! そいつはすまねぇ、おれの勘違いだ……!」

「うん。おまえ早とちりするやつだなー」

 

 ルフィさん、両腰に手を当てて暢気に喋ってるけど、いや、壁壊そうとしてましたよねさっきまで。

 でもそうか、呪われちゃって止められたから、壁を壊しきれてないのは本当だ。ルフィさん嘘つかない。

 つかないけど……あのベギ……ジャシン? さんって人の方は、おちょくられたように感じているのか、少し笑みが引っ込んでしまった。

 

「とぼけたボウズだ。まあいい、お前の愉快な冒険話、酒でも飲みながら聞いてやりたいとろこだが」

「ししし、そいつはいいな! でもおれたち今メシ食い終わったとこだしなー」

「……おれはお姫様に用がある。ちょいと退いておくれよ」

「ひめ? ああ、リンのことか」

 

 ……あ、ルフィさん、リンさんの名前ちゃんと覚えてるんだ。……間接的にご飯食べさせてもらったからかな? そういう人の名前はしっかり覚えるイメージがある。

 あっさり横に退いたルフィさんに、ジャシンって人は大きな体を動かして歩くと、顔を伏せて立つリンさんの前まで回り込んだ。

 

「数日ぶりだなぁ、会いたかったよ……リン」

「…………」

「随分賑やかじゃねぇか。どうしたんだ、今日は」

 

 大きな身振りでジャシンさんが話しかけても、リンさんは少し顔を上げるだけで何も言わない。

 ……なんというか、明らかに何か隔たりがある感じ。あんまり良い関係ではないような。

 

「口もききたくないってか? ……まあいい。さあ、約束の時間だ。城に来てもらうぞ」

「……」

 

 約束。

 たしかに彼はそう言った。それってさっきリンさんが否定していた、海賊との婚姻の話だろうか。

 そういえば、海賊という単語を頭に浮かべて思い出したことがある。ジャシンって名前、海軍時代に何かで見たような……。

 何か、って、手配書しかないじゃん。……海賊だ。階級低い時に資料室で見た昔の手配書の、いくらだったかはさすがに覚えてないけど、億越えの海賊……。

 この人とリンさんが結婚するの?

 

「うん? なんだこりゃあ」

 

 バチリと何がが弾ける音がした。

 リンさんの腰に腕を回そうとしたジャシンの手が、しかしリンさんの体に触れる事なく不可視の何かに弾かれたのだ。

 一瞬理解が及ばなかったけど、そういう不思議な現象には心当たりがある。たぶん魔法だろう。リンさんが……やったのかな?

 ジャシンはそうは思わなかったのか、焦げ付いて煙を上げる自分の手から視線を外すと、ぎろりと部屋の一角を睨んだ。

 

「なんのつもりだこりゃ……コーニャ。これはねぇだろう?」

「黙れ、下賤(げせん)の者。お前のような卑しい怪物が触れて良いお方ではないのだ。……ましてや、無理矢理拐かすなど、私がゆるさない」

「ガラガラガラ! 卑しいとは、言ってくれるじゃねぇか! なぁおい、リンよ!!」

 

 コーニャさん、静かな声だけど、怒気や不快感が混ざって捲し立てる喋り方は尋常じゃなく、敵意を飛び越して殺意を宿した瞳は、半目ではあってもきつくジャシンを睨み上げていた。

 

「コーニャ、やめろ」

「っ、ですが団長……!」

 

 それまで何も話さなかったリンさんが、俯きがちなまま横目でコーニャさんを見ると、そう咎めた。

 でもコーニャさんは納得いかないみたいで、振った指の形をそのままにしている。

 

「……恩人だぞ」

「それは、でも……でもっ、そ……」

「頼む」

「そんな……わ、かり、ました……」

 

 その意思は固そうだと思ったのだけど、リンさんが続きを言うと、魔法を解いてしまった。

 なんというか、嫌な雰囲気だった。

 けれど事情を知らない私は口を挟めず、見ているだけしかできない。悲しそうな、悔しそうなコーニャさんの顔も、暗くてかたいリンさんの顔も、見ているだけしか。

 

「そうだ、良い子だ。無理矢理じゃねぇ、同意の下さ。うん? リン、お前も嫌か、おれと来るのは?」

「……いえ、まさか。それに……約束ですから」

「ガラガラガラ! そうだよなあ、まさかおれの頼みを断れるわけねぇよなあ!!」

 

 愉快そうに笑う大男に、俯く王女様。

 私これ知ってる。おとぎ話とかそういうのだ。

 わかりやすい悪者と、攫われそうになっているヒロインとかそういうの。

 

 けれど、ジャシンがリンさんの腰を抱いても、誰も何も言わないし、止めようともしない。

 事の成り行きを見てはいるけど、それだけ。

 その理由はなんとなくわかるような気がしたし、わからない気もした。

 

「コーニャ、お前も来い」

「いやだ。……私がいなくなったら、ここを守る者が誰もいなくなる」

「そんなもんはいくらでも補充できるんだよ。騎士ごっこはもう終わりだ。城に戻れ」

「……コーニャ」

 

 どうやら彼はコーニャさんも連れて行こうとしているようで、しかしコーニャさんは頑なに応じようとしなかった。……けど、リンさんが声をかければ張り詰めたような表情が崩れ、同じように俯きがちになって「はい」と答えてしまった。

 

「なんだよ、どっか連れてっちまうのか?」

 

 隣の部屋へ向かおうとする彼らの前へ、ルフィさんが立ちはだかった。

 ……声の調子は軽い。戦闘態勢でもない。頭の後ろの両手を回してのんびりと、ただ少しだけ不満そうにしているだけだった。

 

「あ? あぁ、元々こいつらはこんな場所にいていい奴らじゃないのさ」

「えー、おれそいつらにメシ食わせてもらう約束してんだ。困るぞ」

「メシだあ? 何言ってやがる……諦めろ、こいつらとはもう会えねぇと思え」

「ふうん……そっか。ま、今は腹いっぱいだし、いいか」

 

 えっ、ルフィさん納得しちゃうの?

 ご飯の約束してるんだからもっと食い下がるかと思ったんだけど、食欲が満たされてるからか、随分あっさりと引いてしまった。

 ……ちょっと、不満。

 不満だけど……やっぱり口出しはできない、かな。

 

 リンさん、嫌そうな顔してるけど、さっきこの人を恩人だって言ってた。

 恩返ししようとしてるなら、止めたくないなって、私は思ったんだ。

 

 ギリッ、と、誰かが歯を噛みしめる音がした。

 

「やはり……納得、いきません」

 

 その出どころはコーニャさんで、彼女は腰に差した細剣の柄を握ってジャシンを睨みつけた。

 

「やめとけよ……剣を抜いたなら相手しなくちゃならなくなるだろうが。無駄に命を落としてぇのか?」

「だまれ……!」

 

 ジャシンの言葉に構わず体全体で剣を抜こうとしたコーニャさんは、しかし瞬時に踏み込んだ彼が柄を持つ手を押さえ込むと、体を揺らすだけに留まった。

 

「コーニャ……約束を反故にするのか」

「くっ……、」

「おれはお前が生きようが死のうが構わねぇんだ。そこを、お前たっての願いを聞き届けて今日まで愛しのお姉様と一緒にいさせてやったんじゃねえか」

「そんなのっ、横暴だ……!」

「"寛大"の間違いだろ」

 

 ゆっくりとジャシンが手を離した。

 肩を上下させて深い呼吸を繰り返していたコーニャさんは、諦めたように手を下ろそうとして。

 

「ま、リンの代わりになるってんならそれでもいいが」

「──!」

 

 すぐさま抜剣して逆袈裟の形に振り抜いた。

 

 鉄を削るような硬質な音が響く。

 たしかにレイピアはジャシンの大きな体を斬りつけたけど、服にすら傷一つなく、当然ダメージは通ってない様子で。

 

「……!」

「あ~あ、抜くなって言ったのによ」

 

 自分の体を撫でたジャシンが、ふっと腕を振った。大きな音をたてて床に伏せるコーニャさんに、思わず顔を顰める。……手の甲で撫でただけのように見えたけど、バチンッて凄い音がした。それから、剣の転がる音。

 

 身を起こそうとするコーニャさんの下に駆け寄って助け起こす。少し遅れてナミさんも来てくれて、手伝ってくれた。不快感を露わにしたナミさんに、意味もなく私の心が委縮する。

 

「どこまで、私達を……愚弄する……」

「尊重してるのさ。生かしてやってるだろ? それとも……そんなに死にたいのか」

 

 背中を支えたコーニャさんは、赤く腫れ始めた頬を気にせず気丈に言い放った。けど、やはりというか、ジャシンは気にした様子もなく私達の前にしゃがみこんだ。おちょくるようにコーニャさんの顔の前で手をパクパクさせるのに苛つく。

 

 私、ふざけんなって言おうとした。事情がわからなくても、良くしてくれた人がぶたれたんなら文句くらい言わせてもらおうって。ナミさんも何か言おうとやや体を前に出していたけど、私達が声を発するより早く、ジャシンの後ろに立つ人がいた。

 

「やめろよ。友達だ」

「あ?」

 

 ルフィさんが声をかければ、怪訝そうな顔をしたジャシンが立ち上がって振り返る。

 ダチだぁ? と馬鹿にするような声音。

 

「うん。一緒にメシ食ったし、もう友達だ。それにコーニャ、おれの帽子見つけてきてくれたしな」

「訳の分からん事を言いやがって……あぁあぁ、興が削がれたぜ。リン、いい加減言ってやれよ。約束は守れってな」

 

 手を振りながらリンさんの下へ歩んでいくジャシンを、ルフィさんは止めなかった。

 むっとした顔で私達……コーニャさんを見ているだけ。

 

「コーニャ……行こう」

「…………はい」

 

 リンさんが声をかけると、コーニャさんは肩に添えられていたナミさんの手に触れて離させると、自分で立ち上がって歩き始めた。

 二人とも俯きがちだ。気に入らない。でもあくまで自分の意思で行こうとしてる。

 強引に止める権利が私にあるかはわからなかった。

 

 せめてリンさんが嫌って言ってくれれば……話は違ったかもしれないのに。

 けれど彼女は何も言わないから、コーニャさんもリンさんに従ってしまうから、私には見送る事しかできなかった。

 

「街の人達は、良い人ばかりだったでしょう?」

 

 隣の部屋へ続く出入り口を通る際、そっとこちらに顔を向けたリンさんが、そんな事を言うまでは。

 

「うん。みんなオマケしてくれるしよ、いーい奴らばっかだった!」

「……なら、いいんです」

「……」

 

 いいんです。

 そう言って前へ向き直った彼女のどこを見たって、何も「いい」とは思えなかった。

 リンさんの言葉に答えたルフィさんも、その態度を見て笑顔から一転して表情を消すと、一度は後ろ頭にやった手を落とした。

 

 いいって、何が?

 恩を返すためって言ってたのに、街の人のために従ってるって風になってない?

 ……よくないな。

 

「いいんだ……これ──でッ!?」

「んお!?」

 

 びよーんと、腕が伸びた。

 その伸びた腕がジャシンの手からリンさんを攫った。

 

「ちょっ、ちょっと、何を!?」

「なんのつもりだァ? "麦わら"……」

 

 首を絞めるような形でリンさんを捕らえたルフィさんは、彼女がもがくのもお構いなしに捕まえたままで、離そうとしない。

 私は、完全に立ち上がった。いつでも加勢できるように刀に手を添える。

 

「なに不満そうな顔してんだ。嫌なら嫌って言えよ!」

「えっ……は?」

 

 耳元で怒鳴られたリンさんは、ぽかんとした顔をした。

 コーニャさんも目を丸くしている。

 

 ルフィさんの行動に驚いていないのは、私とか、彼の仲間達だけだった。

 その仲間達も、もう席を離れて体を自由にしている。さっきまで我関せずみたいな顔をしていたのに、誰の顔にも小さな笑みが浮かんでいた。

 

 やっぱり見過ごせないよね。誰が見たってリンさん嫌がってるし、コーニャさんだって嫌がってるし、街の人達だって嫌がってた訳だし。

 でもリンさんがいいならいいかなって、恩とかそういうのが絡んでるなら口出しすべきじゃないなって思ってたけど……当てつけみたいに街の人達のため、みたいなこと言われたら、一言物申したくもなる。

 だからルフィさんが引き留めてくれて、私も嬉しい。

 

「わた、私は別に、そんなっ、というかなんの義理があって」

「メシ食わせてもらったし、約束もしたぞ。たしかにおまえのこと何も知らねぇけど、そんな顔して出ていかれたら、おれは寝覚めが悪い!」

 

 結構一方的というか、自分本位というか、強引というか、そういう感じの理屈にリンさんの抵抗が弱まる。

 言動からして真面目な彼女のこと、その行動の理由が上手く呑み込めないのだろう。

 

「嫌なら「嫌」と言えよ。そしたらメシの分くらいはやってやるのに!」

「やる? え、い、いや、だから私──」

「よし、『嫌』って言ったな!!」

 

 ぱっと解放されたリンさんが、訳も分からずといった表情でへたり込む。その後ろに立っていたルフィさんの姿が掻き消え、次にはジャシンの顔に拳を叩きつけていた。

 

「おいおい、どういう冗談だこりゃあ……」

 

 黒く染まったルフィさんの拳を手の平で受け止めたジャシンは、怒気を滲ませてそう言うと、パンチを握って体の捻りだけでルフィさんを投げ飛ばした。

 のを、後ろに控えていたゾロさんが受け止めた。途端、怪訝な顔をする。……ん?

 

「別に、うっ、じょうだんなんか、言わねえよ……! はぁ」

「……"麦わら"……お前になんの関係がある? どうしてリンを庇う」

「だから、くっ……メシ食わせてもらったって……」

 

 様子が変だ。ルフィさん、ただ投げ飛ばされただけなのに立ち上がるのにもふらついてるし、今何もしてないのに体から蒸気みたいなのがゆらゆら立ち上がり始めている。

 

「笑わせるな! そんな理由で人助けする海賊がいるか!?」

「……!」

「馬鹿が。そんな甘ぇ事するから"そう"なるんだ」

 

 ──毒だよ。

 ジャシンは本性を剥き出しにした笑みを浮かべてそう言った。

 右手で何かを噛む動作を数度繰り返すのに、あの短い間でどうやって毒を盛ったのかを察した。

 でも……どうやって手から毒を。

 

「だが、どうにも効きが悪ぃな。普通なら即死だ」

「毒……こんなもん、平気だっ!」

 

 勢い込んで放たれた拳はジャシンの顔に当たる前に手で払われてしまったけれど、そうか、ルフィさんインペルダウンでしこたまマゼランの毒を受けたから、そういうのに耐性あるんだ!

 それでもあんなにふらつくなんて、その毒はそんなに強力なのか。

 

「そんな弱ぇパンチが当たるかよ。おーおー、元気なこって」

 

 悠々と、ジャシンが歩む。気軽な歩調からは読み取り辛かったけど、毒で弱ってるルフィさんにトドメでも刺そうとしているのだろう。

 それがわかっても、私は動く気になれなかった。だって、ルフィさんの仲間達も、誰も援護しようとしてない。

 理由はわからないけど、私が手を出さないのは、ここで手を貸したらルフィさんが負けてるとか、劣ってるとか、あいつより弱いって事になっちゃいそうだったから。

 

 そんなはずない。ルフィさんが負ける訳あるもんか。

 あんな奴すぐぶっ飛ばしてくれる。毒なんてその後解決すればいい。

 

「だがじきに息の根が止まるだろ──」

 

 細長い舌をちろちろさせて喋っていたジャシンは、その最中に顔にめり込んだ拳に言葉を打ち切られ、声もなく壁の方まで殴り飛ばされた。

 

「──ぶほあっ!」

 

 その巨体ゆえに出入り口を通れず挟まるように倒れた彼の前に、ゆらりとルフィさんが立つ。

 

「見ろ、当たったぞ……! はぁ、おれのパンチ……!」

「ぐっ、てめぇ、フザケやがって……! ……なんなんだテメェは! なぜおれの邪魔を」

「おれは! 海賊王になる男だ!!」

「……!?」

 

 ドンと、ルフィさんが言い放った。

 毒で消耗してるなんて感じさせない堂々とした佇まいで……たぶん、ジャシンの「なんなんだテメェ」って言葉だけ受け取ってそう答えたのだろうけど……なんというか、彼が大きく見えて、とにかく格好良かった。

 

「海賊王……? ガラガラ、ガラガラガラ!!」

「はぁ、なにが、おかしい……!?」

「何が、だと? こいつが笑えねぇわけねぇだろう! よりにもよって海賊王ときやがったか!」

 

 膝に手をついて体を起こしたジャシンは、ルフィさんを見下ろして嘲笑する。

 カチンときた。何笑ってんの、お前!

 その人のその夢は、笑っちゃいけないものだ。

 私の勝手な都合だけど、笑うんなら私も黙ってはいられない。

 

「海賊王? 小せぇ男だ! お前が海賊王なら、おれは世界の王となる男!!」

「世界? ……はぁ、」

「天、地、(ソラ)……そして海。全てをこの手に収め、その上に君臨する。この世全ての王よ!」

「そうか」

 

 腕を広げ、大層な事を語るジャシンに、ルフィさんの反応は淡白なものだった。そっか。お前も頑張れよ、みたいな感じ。

 それで少し気が抜けちゃって、戦鬼の柄にかけた手の力を弱めた。

 彼の反応にジャシンが歯を噛み合わせて小刻みに震えてるのが、ちょっとすっとした。

 

「……! 取るに足らねぇ小物海賊と思っていたが、人を苛つかせるのは一流なようだ……。いいぜ、ぶっ殺してやる!!」

「──おう、来い! そっちの方がわかりやすい!!」

 

 前屈姿勢になったジャシンへ腰を落としてファイトスタイルをとるルフィさん。けど、やっぱり毒は辛いみたいで息は上がりっぱなしだし、いつもの輝くような存在感も弱まってしまっている。

 たいして、ジャシンの方は凄い覇気だ。さっきの大言壮語が全然大ぼらとかに感じさせない……伊達に新世界で海賊やってないってことかな。肌がビリビリする。

 

「手を貸すぜルフィ」

「はぁ、はぁ……え? いいよゾロ。おれがぶっ飛ばすから」

「そういう訳にはいかねぇだろ。リンちゃんのあんな顔見せられて黙ってられるかってんだ」

 

 ゾロさんとサンジさんだけじゃなくて、みんなやる気みたい。ルフィさんは嫌そうな顔したけど、相手は強そうだし、何より時間をかけたら毒が回ってしまう。

 ……うん、私も食事を分けられた人間だ。一食分働こう。

 

「命知らずの若造共が……ゴミ掃除の始まりだァ!!」

 

 両腕の二の腕の半ばから拳までを武装色で黒く染めたジャシンが床に拳をつくのに、こちらも構える。

 睨み合いは僅かな時間だけ。次の瞬間には状況が動いて──。

 

「う!」

「ッ!?」

「んなっ」

 

 一陣の風が吹いた。隣の部屋から吹き込んできた風がばたばたと衣服を揺らしてルフィさん達の合間を通り抜けていく。

 引き込むような風の動きに足が勝手に床を擦り、まばたきもしないうちに私の胸に誰かの手が押し当てられていた。

 

「っ!? つあっ!」

 

 胸を圧迫する不審な手の存在に遅れて気付いて、慌てて膝を跳ね上げて腕をぶち上げる。

 

「ぐおお!?」

 

 目の前に、全身黒尽くめの怪しい男がいた。体を後ろに反らして無防備な体勢に入っているのを視認するとともに、その場で一回転。遠心力を乗せた回し蹴りをその男の腹に叩き込めば、かなり硬い手応え……。

 

「!? ……!!?」

 

 膝をついたその人は、上から下まで黒一色で、顔の下半分を覆い隠すマスクも黒ければ、サングラスも黒い。街で擦れ違う際には大きく距離を開けたくなるタイプの人だった。

 今は蹴られた腹を押さえて動揺したように小さく声を漏らしている。

 

「なな、なななぜわたしの能力が効かない!? どどっどうしてお前は停止しない!!?」

「はあ?」

 

 かなりどもりながら捲し立ててくるのに小首を傾げつつ足を下ろし、ふとルフィさん達の姿が目に入った。

 ファイトスタイルでジャシンを睨むルフィさん。二本抜いた刀を交差させて防御姿勢のゾロさん。赤熱した片足を掲げてこちらも防御姿勢なサンジさん。仕込み杖から刃を引き抜こうとしているブルックさん。左腕を突き出して、手首部分が開こうとしているフランキーさん。両腕でバツの字を作って能力を行使しようとしているロビンさん。それから……。

 

「あ、あれっ……ちょっとみんな、どうしたの?」

「おい……なんか固まってねぇか?」

「え?」

 

 短い棒の半ばを片手で握って頬に汗を一筋流すナミさんと、黒カブト……だったか、大きめのパチンコを構えようとしていたウソップさん。それから、卵型のもふもふになったチョッパーくん。

 ……この三人以外、彼らの仲間は誰もそれ以上の動きを見せなかった。

 

「まったく、しっかりしやがれ」

「……すまんジャシン」

 

 固まる。それは呪いでというのが記憶に新しくて、でもなんで急にそうなったのか理解が追いつかない。

 いや、認識できない速さで仕掛けてきた黒い人がみんなを固めてしまったのはわかってるんだけど……って事は、魔法を使えるってのはこいつ?

 

 横目でリンさんとコーニャさんを窺う。……コーニャさんは呆然と……してるのかな? 半目でよくわからないけど、リンさんの方ははっきり黒い人を見ていて、知らない人を見ているって感じじゃなかった。

 

「小さいから気づかなかったが、ほう、ほう、ほう」

 

 ふとジャシンの声が私に向いているのに気づいて視線を戻す。黒いのとジャシン、その二人が私を見ていた。

 

「朱色の和服に、抜けたはずの海軍のコート……おまえは"天女"だな?」

「ぶほっ!?」

「……? そうだけど」

 

 ……いや、今黒い人咳込んだのなんで? ……風邪気味なの?

 だからマスクしてんのか。

 

「ガラガラガラ……噂は聞いてるぜ! もっともいい噂じゃねぇ。「四皇」カイドウ、同じくビッグ・マム……この二つの大勢力にいっぺんに喧嘩を売って回っている狂気の海賊……」

「……?」

 

 四皇に喧嘩……ああ、そういえばちょくちょく神様がナワバリの証の旗を焼いたり、島ごとお菓子工場を消し去ったりしていたような。カイドウの方は思い当たるものがない。なんだろう。なんかしてたかな。

 ていうかそれ、私の所業じゃないじゃん。全部神様が勝手にやった事だよ。私に狂気とか言われても困るなあ。

 

「どんな酔狂な女かと思えば、ケツの青いガキじゃねえか!」

「っ!?」

 

 っな、な、なんて失礼なやつ! 見た事もない癖に、変なこと言うのやめてよね!!

 ……デリカシーないやつ。さいてい。海賊ってこういうのばっかだよね!!

 

「暢気な顔だ……喧嘩を売るってのがどういうことか何もわかっちゃいねぇんだな。カイドウの野郎がどうかは知らねぇが……ビッグ・マムはかなりキているようだぜ?」

「知らないよ、そんなの」

「ガラガラ! 知らねえときたか!! 無知か無謀か……それとも実力に裏付けされた確かな言葉か。ガラガラガラ……久々の"格上"だ……!」

「ふうん。てことはあんたは雑魚か」

 

 ──とか言ってるうちに、なんか黒い人に二度目のタッチをされてた。

 着物の厚めの布越しにもわかる、黒い皮手袋に覆われた手の平や五指の感触。胸に押し当てられたそれが一番初めに認識できたもので、視認や理解が追いついたのはその数瞬後。

 やっぱり、見えない……!?

 

「ぐぬ……!? な、なぬーっ!!?」

 

 とりあえず、ドンドン胸叩いてくるのうざすぎるから腕を取って捻り上げれば、露骨にびっくりされた。

 何驚いてんのか知んないけど、その程度の攻撃で私を倒せると思ったら大間違い、だっ!

 

「うおお!!?」

 

 予備動作なしの上段蹴りで顎を撃ち抜こうとすれば、がたがたな動きで避けられた。掴んでた腕も無理矢理抜けられる。

 草鞋の底が皮膚を擦ってジッと音を立てると、よろめいた彼は顎を手で押さえて私を見て何かを言おうとして、しかし、ぶほっ!!! と盛大に息を吐き出した。

 

「!!? えっ、え!!? おま、お、てて、撤退! 一時撤退する!!!」

「はぁ~~ったく……治らねぇもんだなポペペ。その程度で動揺すんじゃねぇよ」

「そ、そうじゃない……いやっ、そそ、そうか! ……うん゛っ……。ああ、わかっている。わたしは常に冷静沈着な男……」

 

 うそつけ。

 

 ……なんだこのコント。

 いや、ほんとどこから突っ込めばいいんだろう……名前? 言動? もう意味わかんないよ。

 嘆息しながら上げていた足を下ろそうとして、未だ前屈姿勢だったジャシンがべたっと床にうつ伏せに寝るのを目撃して、本気で頭の心配をしたくなった。自分の頭のね。私、ちゃんと脳みそ正常に稼働してんだろうか。あの人なんで急に寝そべったの……?

 

「"急行列蛇(きゅうこうれっじゃ)"!」

「ほわっ!? きも──」

 

 自分を疑っている場合なんかじゃなかった。ジャシンは気を付けの姿勢のまま私を見上げて笑うと、ぐねぐねと体をS字状にくねらせて凄まじいスピードで這ってきたのだ!!

 き、きもっ、きもちわるい! 生理的に無理!!!

 あの巨体で固まった人達の足元をするすると避けて私の前々来ると急にぐにょんって立ち上がるし、はっとした時には肩押されてたし、かと思えば戦鬼くん帯から抜きとられてた。

 こいつっ、キモイだけじゃなくてわりかし速い! ……でもっ、図体がでかい分ボディががら空きだ!

 

「こいつが噂の海楼石製の武器か。おれの刀剣コレクションに加えて……ん? ──オ゛ッ゛!!?」

 

 とん、とお腹に手を押し当て、無言の"大神撃"。

 そんなパワーを受けるとは思っていなかったのか、ジャシンは吹き飛んで壁にぶつかると、僅かな欠片とともに床に落ちた。

 っち、刀手放してくれなかったか。

 私のずばずば戦鬼くん返せ!

 

「ジャ、ジャシン!?」

「ぐ、ぐオ……さすが……!」

「まずい、撤退だ!! こいつはヤバい、お前がダメージを受けるなどほんとまじやばい!!!」

「おい! だからてめぇは──」

 

 わたわたと大慌てした黒い人を注視して、何をしたって追撃できるよう身構えていたのに、やはり捉えきれない動きで消えたかと思えば、ジャシンの腕を引っ掴んで立たせると、再びシュンッと姿を消した。

 ……瞬間移動の魔法か……?

 

「……なんだったんだ」

「ゾロ! サンジ! ブルック! み、みんな動かねぇ……」

 

 唖然として固まる二人と、みんなを叩いて回る、小さい姿に戻ったチョッパーくん。

 私はといえば、あの黒いのがリンさん達が言っていた、お姉さんに呪いをかけたっていう魔法使いなのかを確認しようとして……リンさんがいないのに、開きかけた口を閉ざした。

 

「……あ。だ、団長……」

「……コーニャさん」

 

 その代わりに、なぜかコーニャさんが取り残されていた。

 ジャシンがここに来たのってリンさんとコーニャさんをお城に連れていくためじゃなかったっけ。

 黒い人はなぜリンさんだけ連れて行ってしまったのだろう。

 ……あ、二人までしか持てなかったのかな。

 

 なんにせよ、目まぐるしく変わった事態に一度落ち着きたい。

 ひじ掛け代わりに刀の柄に手を置こうとして空振りするのに、私は自分がすっごく嫌な顔になるのを自覚した。

 武器、持ってかれちゃった。私のお気に入り……。

 

「今度はみんな呪われちまった……」

「ど、どうしましょう……どうすればいいのよこれ……」

「お、おれに聞くなよ! ……どうしよう?」

 

 ウソップさんがこっちを向いて問いかけても、あいにく返す言葉は見つからない。

 最初のルフィさんみたいにみーんな固まってしまったのに動揺する暇もなく、私の心はユーウツになってしまった。

 こんな不覚は久し振りだ。かつての海軍と神様との船旅で動体視力とか速さに対する勘はかなり鍛えられてると自負してたのに、まったく目も体も追いつかない奴が出てくるなんて……。

 

「はぁー……」

「うう、私、どうすれば……」

 

 ぽてぽてと机まで移動して、引かれたままの椅子に座って項垂れれば、ぱたんと座り込んでしまったコーニャさんが両手で顔を覆ってくぐもった声を発した。

 

 どうすれば、なんてこっちが聞きたいよ。

 あいつら城行ったんだよね。乗り込めばいいの?

 でもあの速さに対応できる自信がない。さっきは刀を盗られたけど、次は命をとられるかもだし。

 

 それに、ルフィさん達呪われたままじゃなんにも始まらないよ。放っておくわけにはいかない。

 神様もどこ行っちゃったかわかんないし……。

 ああ……ほんと、どうすれば。

 

「どうすれば……」

 

 ナミさんとウソップさんとチョッパーくんも、おんなじ悩みを抱えている。

 一気に仲間の半数以上を無力化されちゃあ、力が抜けてしまうのも仕方ない。

 新世界の海賊、やばい。ジャシンなんて名前、思い出せないくらい聞かない名なのに……部下っぽい黒いのでさえあれである。

 

 ……どーしよ。




TIPS
・喧嘩を売る
主に神様が売る。
シマを荒らされ回って黙っている海賊はいない。
しかし所在がつかめないので怒りはたまる一方である。


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第二十話 妖精の森でサカズキと握手

投稿遅れました。申し訳ないです……。

十九話、ルフィが殴り掛かる理由が薄かったので加筆修正しました。

>恩返ししようとしてるなら、止めたくないなって、私は思ったんだ。
の部分から、
>「街の人達は、良い人ばかりだったでしょう?」
の間に加筆しました。



「団長と私は、従妹の関係なのです」

 

 テーブルについた私達……私とナミさんとウソップさんとチョッパーくんに向けて、コーニャさんがそう説明した。

 

 

 ……動揺した心を落ち着けるため、みんなで机を囲む事を提案したのは私だ。

 沈痛な面持ちで仲間達を見る彼ら彼女らが居た堪れなかったのもあるし、私だって一人でどうしようって考えるのが苦痛だったから、集まっちゃえって思って。

 

「そしてこの国の王家には特別な血が流れているらしく……」

 

 ただ、ナミさん達、そこまで弱ってはいなかった。

 よくもやってくれたわね、全面戦争だ、ほわちょー! って大張り切り。

 この落とし前、きっちりつけなくちゃ気が済まないって感じ。

 ……でも敵怖いよね。めっちゃはやくて怖いよね。私はジャシンの動きがきもくて駄目だった。あ、思い出したらおトイレ行きたくなってきちゃった……紅茶がぶがぶ飲んでるせいかな。でもあったかくてほっとする味、落ち着くんだもん。

 

「私にもその血が流れて……」

 

 ミルクたっぷりの紅茶にお砂糖を少し追加して──魔法を使わずに淹れたものだ。砂糖もミルクも机の上に用意されている──、カップを両手で持って口元に近づけ、ふーふーする。それから縁を唇でちょこっと挟んで少しだけすする。

 あちっ。あちち……もうちょっと冷まそう。

 

「早い話、彼らはその血が欲しいのでしょう。……世界の王うんぬんというのは、初めて聞きましたけれど」

 

 ぽつりぽつりと、あんまり早くないペースで語る彼女に、根気よく耳を傾ける面々。

 コーニャさん、眠たそうな表情に似合うゆっくりとした喋り方だから、少しお話を聞くだけでも時間がかかってしまうみたい。

 

 ただ、彼女に話してもらった内容は、さほど重要ではない。

 彼女は話す事で、私達は聞く事で一度気持ちの整理をしようとしているだけなのだ。

 言わば再起までの繋ぎ。

 

 ジャシンの言ってた約束って? って聞いたり、消沈する彼女を宥めたり。

 ……乱心した王に取り入ったジャシンがこれ以上民衆に危害が及ばぬようコントロールしたり、幼い頃にお城から追い出された王女達の生活を保障した、その代わりに時が来たら身体を差し出してもらう、という約束。

 当時守ってくれる母はおらず、父はおかしくなっていて、街の人達はこれまでの重税や悪政で自分の生活で手一杯。着のみ着のままの王女二人は、その提案を蹴る事はできなかったという。

 

 そこだけ聞けば、まあ、思惑はあれど良い事してるって思えるけど……自分の嫁にって凄いひくし、王女を嫁にしたらジャシンが王様になるんでしょ? ……海賊が王様に、ねぇ。悪い予感しかしない。そういう風になりそうだった国と、なってしまっていた国を知っている身としては余計に不安だ。

 

 それに、リンさんの方は直接的に命を救われた事もあるみたいで……。

 詳しい事を話してくれる様子はなかったけど、それが事実なら、たしかにリンさんが従ってしまうのもしょうがないと思えた。

 ……でもさぁ。

 

「リンさん、取り戻したいよね」

「…………」

 

 連れてかれるの嫌がってたから、今一度気持ちを確認しようと問いかけてみたけど、コーニャさんは濁すようにもごもご口を動かすだけで何も言ってくれなかった。

 ジャシンに猛反発してた彼女だけど、約束ってのをそうやすやすと破れないのだろう。……難しい話だ。感情とか義理とかそういうのが絡んでくると、単純明快にはいかなくて困る。

 

 お前を王様になんかさせるか、約束なんて知るか、恩も知るかってぶっ飛ばしてリンさん取り戻して、めでたしめでたしになれば良かったんだけど、そんな事したら二人とも不義理な人になっちゃう。

 海賊相手なら嘘ついたり約束破ってもいいんじゃないとは思うけど、相手はいつだって同じ人間。割り切れるもんじゃないと思うし。

 

 だんだん口数が少なくなって、喋る元気も無くしてしまった様子のコーニャさんに一言声をかけてから、ナミさん達へと視線を移す。

 

「あの、今さらですけど、お久し振りです……」

 

 あらたまってご挨拶したら、苦笑いを返された。

 さっきは神様がいて挨拶どころじゃなかったけど、一緒にご飯食べたりしてはいたから、今さら挨拶するのは変な気分だよね。

 

 そうえいばドレスローザでも挨拶する機会を逸してしまっていたけど、ルフィさんが私も宴に呼ぼうとしてたらしかったから、いたのは知ってたみたい。

 だから私の顔見て、すぐ私だって気付いてくれたのかな。

 二年前から全然変わってなかったからわかった、とかじゃないよね……?

 

「前もそうだったが、お前は急に現れるなー」

 

 とウソップさん。

 前は、月を目指していた時だったかな。それで落っこちて、彼らの船に遭遇した。

 手当てしていただいて、また月を目指そうって奮起した。

 

「たしか……そう! 前は『月を目指す』って言ってたわよね」

 

 ナミさん、私がしどろもどろで説明した言葉、まだ覚えてくれてたんだ。

 でも失敗して海軍本部に落っこちた。サカズキさんやガープさんに手を引かれて海兵になって、でも……恩返ししたかったから、その機会があったから、海軍を辞めた。

 今振り返ってみると、もっと何か違うやり方があったんじゃないかなって思える。

 ……あの頃じゃそんなの、思いつきもしなかっただろうけど。

 今考えられる何かも、あの時失敗したからこそ思いつくものばかりで、なんの意味もない。

 

 ……ここら辺の話はさすがにする必要はないというか、あんまり面白い話じゃないのでぼかして、その後はどうしてたのって聞かれたので海賊になった後の話に移る。

 といっても、海賊になってからは神様と二人気ままな旅を続けていただけだ。

 

「あのエネルを仲間に、ねぇ……」

「えへへ……あんまり言う事は聞いてくれないんですけどね」

「あー……」

 

 でしょうね、みたいな反応されたけど、それでも驚きは尾を引くようで、少しの間沈黙が下りた。

 

「……そっちは、どうだったんですか?」

 

 今度は彼女達の話を聞いてみる。

 麦わらの一味は話題に事欠かなかったから、記憶がなくとも知れる機会は結構あったけど、実際に経験した本人達が生で語ってくれるのとじゃ温度が違う。

 詳しく……ではなかったけれど、それぞれが仲間になった時やここまでの旅の話を掻い摘んでしてくれた。

 

 ゾウという島であった事は話してくれなかったけれど、私は記憶で知っている。

 だから、ちょっと気になった。そういえばなんでサンジさんいるんだろう、って。

 てっきりゾウにつく前にここに来たのかなって私は思ってたんだけど違うみたいだし……それにしたって、麦わらの一味しかいないのはなんでだろう。

 

 むむむ……事情を知らないはずの私がそれを尋ねるのは怪しすぎる。そんなので不信感を持たれたくない。

 いるならいるでいいや。サンジさんのご飯美味しかったし……。それで、いないのはいないでいい。ミンク族とか忍者とか一度は会ってみたかったし、めっちゃ忍術見てみたかったけど、会わなきゃ死ぬって訳でもないし。

 

 それからナミさん達は、私に聞かせるというよりは、ウソップさんやチョッパーくんとの間で嘆くようにここまでの道のりを話し出した。

 

 ………………。

 

 ……聞く限りでは、だいぶん苦労したようで……。

 ルフィさんの船とローさんの船は、「四皇」百獣のカイドウが占拠するワノ国に向けて出発し、道中トラブルがあって船がはぐれ、合流しようとしていたところでこの島を見かけ、祭囃子と出店で焼かれる肉の匂いに惹かれたルフィさんが上陸を宣言。

 朝方島へ乗り込んで、そして今に至る、と。

 ほんとはすぐ島を発つ予定だったみたいだけど、そうできない状況になってしまった……。

 

 静かに耳を傾けて半分盗み聞きみたいな事しちゃったけど、やっぱり今の話でもなぜサンジさんがいるのかはわからなかった。

 ビッグ・ボス……マムだっけ。からの招待状……結婚式だったかな。そういうのに招かれて、一味は二手にわかれた、と記憶している。

 でも実際はわかれてない。

 

 あ、でも、別にそんなに気にする事でもないか。

 知ってる未来じゃなくなっても構わないって昔に考えたのは私だし、未来が、今この時間が記憶と違う道筋を辿っていたとしても、結局ルフィさんが海賊王になるのは変わらない。うん、変わんない変わんない。

 

 でも、そうだなあ……時期がずれちゃうと、ビッグ・マムと戦うのは大変そう。彼の冒険を邪魔しない程度に力になりたいなあ。……神様せっついてなんとかやってみよう。

 それより今は、こっちの問題を先に解決しなくちゃだね。

 

「そういえばミューズ、あなたも四皇に喧嘩を売ったって……」

「なんかの間違いだよな? そんな無謀な事すんのルフィくらいだよな!」

「うんうん」

 

 と三人。

 ……残念ながら事実ではあるけど。

 

「はい。私はそんな事しません」

「ですよねー。それが普通なのよ……」

「うちの船長ときたら──」

「でも神様はやりました」  

 

 ガタ、ガタ、ガタ。椅子の動く音が三つ。

 ……なんか心なしか距離をとられた気がする。

 地味に傷ついたので紅茶をぐいっと一気飲み。席を立ち、紅茶を淹れ直す。

 

「みなさん、お代わりはどうですか」

「ごめんね、いただくわ」

「そうか、そうだよな。あっちの方かー……」

「大変だなー、ミューズ……」

 

 ちょっと声に不満が出ちゃったみたいで、困ったように笑われながら、カップが三つ差し出された。大変……が何を差してるかわからなかったので、愛想笑いで誤魔化す。

 

 それぞれに紅茶を注いで、コーニャさんの分もいれる。

 ……ずーっと聞きに徹してぼうっとしてるけど、大丈夫かな、コーニャさん。

 ……大丈夫な訳ないか。リンさん連れていかれるのすっごく嫌がってたもんね。気が気じゃないよね。

 

「さ、そろそろ作戦会議といきましょ!」

「おう。ルフィ達をこのままにしとく訳にはいかねぇ!」

「ごめんな。おれ、さすがに呪いは治せなくて」

 

 コーニャさんの様子もあって、三人はぱっと切り替えると、さあどうしようかって話し出した。

 私も自分の席について、一度部屋の中を振り返って、呪われてしまったみんなの後ろ姿を眺めてから、作戦会議に参加する。

 雑談でだいぶん気持ちもリフレッシュしたから、もう大丈夫だ。

 

 いったん体勢さえ整えてしまえば、後は野となれ山となれ。

 というか基本私はワンオンワンというか、一人で色々できるので乗り込んで暴れるのは容易い。

 黒い人、たしかに速いけどなんか私に能力効かないみたいだったし、そうするともう雷人間とか光人間を相手するのと大差ない。戦い方はある。

 

 ……あー、でも、あれだよなあ。

 黒い人、魔法じゃなくて能力って口走ってたよね。それって絶対悪魔の実の事だよなあ……。

 だからジャシン、私から戦鬼取り上げたんだと思う。

 なら、次触れられたら私止められちゃうかもしれない。……というかさっきあそこで撤退されなかったらみんな固められちゃってたのか。結構ピンチだったんだな―……全然そんな感じしなかったけど。

 ……なんで黒い人逃げたんだろう?

 

「ねぇ、あの黒い人って誰だかわかる?」

 

 ただ、悪魔の実の能力と断定するのはまだ早い。だってこの国には魔法があって──もっとも使えるのはごくごく少数のようだけど──黒い人は魔法を使うと言われていたのだ。だからコーニャさんに問いかけてみる事にした。

 ジャシンが私から刀を奪ったのがたまたまで、黒い人が魔法の事を能力って呼んでただけなら、悪魔の実と思って海水でなんとかしようとして、魔女さんが忠告した通りみんな溶かしちゃったりしたら目も当てられないからね。

 

「ポペペ、です。ジャシンに付き従う忠実な部下……それ以外の素性は、はっきりとは……」

「あいつがリンちゃんのお姉さんを固めちゃった、魔法使い?」

「はい。……触れたものから時間を奪い……自分の時間を自在に操る、黒い魔法使いです。その魔法を用いて素早く動いていたようですね」

 

 ……やっぱり悪魔の実じゃね? って雰囲気が私達の間に広まった。

 しかしほんとに魔法かもしれない。

 うーん……。

 

 それから、紅茶を飲みながらちょっとずつみんなと話し合ったのだけど、悪魔の実の能力か、はたまた本当に魔法なのかは断定できず。

 コーニャさんが悪魔の実の事を知らなかったのが痛い。どっちなのかがはっきりしてればこっちもとるべき姿勢を決められたんだけど。

 

「……」

 

 なんとなく、机の向こう側。壁際に立つ一人の少女を眺めた。

 はっきりした金髪は短く揃えられていて、幼さを濃く残した顔立ちはリンさんとそっくり。

 特徴のない布の服とエプロンを身に着けたその子は、両腕を広げて誰かを庇うようにして立ち、強い視線を斜め上へと投げかけていた。

 

 彼女が、セラスさん。セラス・ミルフィーユ。

 上の倉庫から下ろしてきた──特に意味はないけれど──彼女は、どうにも私と同い年くらいに見える。

 

「……セラスさまがご健在だったなら、御年22歳になられていたでしょう」

「"呪い"にかかってると成長も止まっちゃうんだな」

 

 そこら辺、興味を引かれたのか、少し感心したような声音のチョッパーくん。

 使いようによっては医療にも大いに利用できそうな能力だ、だって。

 今ルフィさんが死んじゃわないのも、固められてて毒が回っていないからだそうで……うん? いつの間に検診したんだろう。

 ……最初にみんなが動かないのを確かめてた時か。

 

 呪いが解けさえすれば、魔法である程度中和させる事はできるとコーニャさんが言ってくれたので、やっぱりまずは呪いを解くのを優先しなくちゃ。

 

「…………」

 

 物言わぬ少女が灯りに照らされている。

 

 彼女、今も私達のこと見えてるのかな。

 固まった緑色の瞳には私達が映っているけど、こちらからじゃいくら覗き込んだって、何を思っているかなんて読み取れなかった。

 

「呪い、解いてあげたいな……」

 

 ぽつりと呟けば、そうね、そうだなって、みんな同意してくれた。

 私の気持ちは、たぶん安い同情とかそういうのだけど……助けたいって思っちゃったんだもん。そうしたいって思ったなら、そうするのみだ。だって私は自由なんだから。

 

 ……あ、自由といえば。

 お城行ったら、リンさんに教えてあげなくちゃ。

 恩に縛られた考え方ばかりしちゃいけないよーって。

 

 

 

 

 呪いを解く確実な方法なんて一つしかなかった。

 それは、魔女のお薬。

 あれなら目の前で実証されてる訳だし、確実にみんなの呪いを解けるだろう。

 だから魔女の住む森へ行く事になるのは当然の流れだった。

 

 私達がいた砦には、四つの出入り口がある。東西南北に当てはめると、南が海岸への扉で、北が王国側。東と西が森へ出る扉になっている。

 王様が築いた高い壁は、この"妖精の森"と呼ばれる森林を挟むようにして海側と街側に二重に伸び、円状に島を覆っている。

 

 指を振って固く扉を閉ざしたコーニャさんが私達を振り返る。

 

「準備はいいです?」

「ええ!」

「さっさと魔女んとこ行って、薬を貰わなくちゃな!」

「道案内にコーニャがいるんだから迷う心配も無いし、結構楽勝なんじゃないか?」

「……そうだと、いいですが」

「えっ……ちょ、ちょっと、なにその懸念顔……」

「おれの"ヤバイモノセンサー"がにわかに反応しだした」

「おれも嫌な予感してきたぞ……」

「その、森には魔女殿のかけた魔法が数多あり、怪物が徘徊するという噂もあって、その屋敷へ辿り着く事は困難と聞きます。私も実は、行った事はなく……」

「え」

「え」

「え」

 

 あ、綺麗に三人の声が重なった。

 ……道案内が道案内でなくなってしまった……そういや一緒に来ると言ってくれたコーニャさん、案内するとは一言も言ってなかったな、うん。

 まあ、森が安全でなさそうってのはなんとなく気配でわかってたから、そっちに動揺は無いけど。

 ……でももし見聞色で何も感じていなくても、昼間っから馬鹿みたいに薄暗くて変な動物の鳴き声がくぐもって響いてくるこの森に入るのには勇気がいると思った。私も一人ではあんまり入りたくないな。

 

「この中で戦える人ー!」

「おれは無理だ……今突き指した」

「え、大丈夫かウソップ。ちょっと見せてくれ」

 

 やばそうだよーというのを彼女達に伝えたところ、いきなり手を挙げて声を出すナミさんにびくつく私とコーニャさん。

 えっと、いちおう戦えると思うので……控えめに手を挙げてみれば、それにならってか、コーニャさんも手を挙げた。

 ──それじゃあ私達は砦で待ってるから、お薬よろしくね!

 ……とか、ナミさんが言い出したけど……。

 帰っちゃうの? ほんとに? って見てたら、気まずそうに「冗談よ」と発言を取り下げた。

 

「ほら男ども、気合い入れる! あいつら私達の仲間なんだから、私達がやんなくてどうすんのよ!」

「そ、そうだよな。それに怪物ったって、おれはそんなもんごまんと見てきた。今さら怖かねぇ!」

「そうだ! おれも強くなったんだ!」

 

 ふん、と鼻息荒く気合いを入れ直す三人に、弱気の虫は退散したみたいだ、と微笑む。

 ……仲間が一気にやられて、腰が引かない訳がないよね。私だって神様やられたりなんかしたらビビっちゃうと思うし。

 けど、彼らはもう大丈夫みたい。

 

 改めて私達は森に向き直り、どこまでも続く木々の合間の暗闇を見据えた。

 

「それじゃ、行きましょう!」

 

 おー! と声が重なって。

 さて、私達はコーニャさんを先頭に、鬱蒼と茂る森へと気合いの乗った一歩を同時に踏み出した。

 

 一秒ではぐれた。

 

 

 

 

「ナミさぁーん……コーニャさぁーん……」

 

 サクサクと落ち葉を踏みしめ、時々木の根を乗り越えながら森の中を歩く。

 声を出せば不思議と良く通るのに、返事はないし、どころか彼女達の声も聞こえてこない。

 ……森に魔法がかかってるとは聞いてたけど、一歩でも足を踏み入れたら強制的に瞬間移動させられるとは聞いてないよ……。

 

 みんな大丈夫かなあ……こんな事なら神様に見聞色の覇気習っとくんだった。……いや、教えてくれないだろうけど。

 

「ウソップさぁーん……チョッパーくーん……」

 

 うう、心細い。

 私って一人で生きてけないタイプなんだよー。誰かと一緒にいなくちゃ寂しくて死んじゃうよ。

 冗談抜きで胸が潰れるような感じがしてて、息苦しいし……ううう、不安だ。

 

 何が出てきたってやっつけられる自信はある。ただ、誰かといたいだけ。

 孤独って本当に敵なんだなぁって実感した。

 

 ぴょろっと飛んできた一つ目蝙蝠を手の甲で叩き落したり、いきなり動き出した根が突き刺してくるのを蹴り折ったりしつつサクサク歩いていると、見聞色に引っかかる大きな存在感があった。

 それが怪物なのか、はたまた別の何かかはわからない。というか具体的にどこにいるのかも特定できないのは……この森の不気味な雰囲気が原因なのかな。

 

「同志よ」

「──!?」

 

 ふと耳元で聞こえた声に、振り向きざまに右足を振るって空気の刃を飛ばせば、少し遠くにある太い木の幹にズバンと切れ込みを入れた。

 そろり、足を下ろす。……思わず攻撃しちゃったけど……えーと、今の声は?

 

「同志よ。そのまま聞くが良い」

 

 声の指示を無視してサクサクと音源に向かう。

 私、これでも耳は良い方だ。どこから喋ってる声が聞こえてるのかくらいはわかる。

 人一人隠して余りある、しかしこの森の中ではそう珍しくない太さの木の、裏側。

 そこに誰かいる。

 

 誰かというか……この声は……。

 

「ミューズ。お前は革命軍の同志ミューズで間違いないな」

「え?」

「……えっ」

 

 あ、なんか予想と違う事言われたから素で反応しちゃった。

 この声、絶対あの黒い人でしょって思ったんだけど……いや、今の半音上がった上擦った声、耳に新しいから間違えるはずないよ。

 

「エヴェイユ村の生き残り……」

 

 それは、私の生まれた村の名前だったような。

 そして私が唯一の生き残りなのを知っているのは革命軍の人達だけだ。

 簡単に調べられるもんでもないと思うし……本物の革命軍の人、なのかな。

 

「……まあ、革命軍では……ある……?」

 

 ……のかな? いや、あった、が正しいと思うんだけど。

 私自身は海賊になったつもりだ。しかし革命軍を抜けた事になってるかは定かではない。

 サボさんは明確にそこら辺のことは言わなかった……けど、いや、でも二年と数ヶ月経ってる訳だし……抜けた事になってるんじゃないかなぁ。

 じゃあなんでこの人私を革命軍の同志だ、なんて言ったんだろう。

 

「……同志よ」

 

 小さな咳払いの後に、やや疑問形の声がかけられた。イントネーションのせいで「どうしよう?」って言ってるように聞こえて、首を傾げながら樹木まで辿り着き、幹に手を添える。

 ……しかし革命軍か。革命軍の人がなぜジャシン……新世界の海賊の部下やってるんだろ。

 

「わたしは革命軍、特殊潜入調査部のアンサ・スペクト」

「……ぽぺぺ?」

「そ、それは偽名である……!」

 

 アンサ・スペクトさん……ぽぺぺ、偽名だったのか。……え、偽名でこれ名乗るの? この、なんかコミカルでかわいい感じの名前を。……もっと他にいいやつ思いつかなかったんだろうか。

 

「わたしの事などどうでもよいのだ……! 同志のよしみで、情報と忠告を持って来た」

「忠告……?」

「そちらを先に聞きたいならば話してやる」

「……いや、情報ってのをお願いします」

 

 とりあえず、ここは聞きに徹する。

 騙されてるってのも考えにくいし、もしそうだったとしても話を聞いてからぶちのめせばいいだけだ。

 この人倒せば呪いは解けるかもしれないんだし。……いや、すぐ倒しちゃうとルフィさんが危ないから、そこら辺加減しなくちゃいけないのか。私、加減苦手なのになー。というか加減して勝てる相手なのだろうか?

 

「ベギリニィ・ジャシン。この男についてどこまで知っている」

「名前と、この世界の王になるって目的」

「そうか。ではまずそこからだ」

 

 姿を見せないままのアンサさんが淡々とした声で語る。

 新世界出身の旧時代の海賊、ジャシン。懸賞金は6億6千万……ここ十二年間で一度も上下していない、と意味深に言われても、いまいちピンとこない。

 

 そういえばジャシンは私を格上って言ってたけど、懸賞金って強さを示すもんじゃないし……どうしてそんな言葉が出てきたのかも気になる。

 初対面で相手の実力を見抜くような力が彼にはあったのだろうか。

 私はー……大きいな、強いなってくらいしか感じなかったんだけど。

 

「……何をしていても1ベリーも上がらない……政府とのパイプがあるからだ」

「……」

 

 七武海でもないのに政府と繋がってるんだ。……でもそれを教えられても、どう反応していいのかわからない。繋がってるから、なんだろう。簡単に捕まらない?

 ハテナマークばかり浮かぶ私の心の内を察してくれたのか、彼は早々に難しい感じの話から手を引いてくれた。

 

「食べた悪魔の実は「ヘビヘビの実」、モデル"ヤマカガシ"。毒蛇だ」

「ああ、それで毒出せるんだ……手からも?」

「奴の能力は覚醒している。異常なタフさの他に、体の一部分にのみ蛇の形を出現させる事ができる」

「……"超人系(パラミシア)"みたい」

 

 あの手をパクパクさせる仕草、そういう意味だったのね。なるほど、ルフィさんの拳を掴んだ時に"噛んだ"わけだ。

 

 それから、アンサさんが語るのを聞くに、ジャシンという男の継続戦闘能力は相当高いらしく、並の打撃や斬撃は武装色に阻まれてダメージすら通さず、毒なども通じず、能力による拘束も抜け出してしまうらしい。

 

「"パネパネの実"の能力者によってこことは異なる次元へ飛ばされた時、奴は脱皮してこちらに戻ってきた」

「だっぴ? あの、抜け殻作る……」

「その脱皮だ。これを行ったジャシンは万全の状態に戻る。詳しいことはわからないが、ほぼ無敵のタフネスさだ」

 

 重い打撃や鋭い斬撃で傷つけ追い詰めても、脱皮されたら全回復。どれほどのスピードがあろうが自分一人では攻め切る事ができないんだとか。だから機を窺ってる、とアンサさんは話に区切りをつけた。

 

「わたしはこの国を奴の墓場にするつもりだ」

「え、でも一人じゃ倒せないって、今……」

「一人ではない。同じ目的を持つ戦士は育ち、強力なバックも得た。あとは決起の日を決めるのみという時にお前達が来たのだ」

 

 それは……タイミングが悪いというかなんというか。

 

「ゆえに、お前達は早々にここを立ち去るといい」

「そういう訳には……刀とり返さなきゃだし。っていうか、あなたの魔法でみんな固められちゃってるんだけど?」

「……悪魔の実の能力だ。わたしは"トキトキの実"の時間自在人間。触れた者の時間を奪うなど造作もなく……開放するのもまた同じ」

 

 だが、今すぐ解放すれば困るのはそちらのはず、と言われて、そりゃそうだと頷いた。

 ルフィさんの毒、魔法じゃ完全に解毒できないみたいだし、それ以前に今砦には誰もいない。

 できるなら解いてすぐ回復させてあげられるような状況を整えておきたい。

 

 ……あれ? ひょっとして、ルフィさんが毒にやられたのを見て彼を固めてくれたのだろうか。

 

「そうだ。ジャシンの援護をすると見せかけてお前達に手を貸した。時間の牢獄に囚われた者は例外はあれどもはや(ムクロ)も同然になり、死した者にジャシンは興味を示さない」

 

 折を見て船に乗せ、海に流し、任務を終えてから能力を解除するつもりだった、と説明する彼に、私は一度空を見上げた。枝葉に遮られた薄暗い空。

 つまり、何度も動揺してた姿は演技だったのか。たしかにちょっと、わかりやすすぎるというか、わざとらしかった……。

 

「どうも、ありがとうございます。助けていただいたみたいで……」

「いや。お前を止める事ができなかった。ゆえにかなり強引な撤退になってしまった。現在わたしの信用度はやや落ちている」

 

 あ、そうだった。それが悪魔の実の力である以上、海楼石によって打ち消されてしまうから、私にかからず彼は動揺して……あれ? 動揺は演技なんじゃ……。

 

「と、当然演技だ。わたしは常に冷静沈着な男……現に瞬時に次の手を打っただろう」

「……私の名前聞いて噴き出したり、私に蹴られそうになって大慌てしてたのも?」

「あれは……まさか話に聞いていた同志がこんなところにいるとは思わなかったからだ。それとお前、自覚ないのか……」

 

 ……なんのかな?

 幹の向こう側から聞こえてくる声に若干の呆れが含まれているのを感じながらふと浮かんだ疑問を口にする。

 

「十二年前の、この国の王女様に呪いをかけたのは……」

「そうしなければならない理由があった。この件に関してはそれ以上詮索するな。計画に響く」

 

 む、そんな事言われてもな。リンさんの苦悩を目の前で見た私には、聞くなと言われても納得いかない。

 いかない……けど、ここで反発するほど私も子供ではない。

 胸に噴き出たもやもやを横に押しやって、話題を変える。

 

「信用度下がったって、大丈夫なの? 正体ばれたりしない?」

「そんなヘマはしない。わたしとジャシンの付き合いも浅くないしな……。ジャシンはああ見えて慎重な男だ。その心の内を誰にも明かさない。だが……穴が無い訳ではない。奴も人間だ。そうである以上、独りでは生きていけない。だからわたしが潜り込めているのだ」

 

 ははあ。私と同じタイプなのかな。そうは見えなかったけど……。

 ジャシン率いる大蛇船団は十二年前より超少数精鋭に絞られ、現在構成員は二名だと彼が言った。

 首領のジャシンと部下のポペ……アンサさん。少ないけど……国に潜り込むならそっちの方がいいんだろうな。

 

「ジャシンとの戦いは熾烈を極めるだろう。出来るだけ早く去るが良い」

「革命軍が、どうして王国を救うような事を?」

 

 感じた疑問をそのままぶつけてみる。

 そりゃあ、人となりによっては救う道を選ぶ人はいるだろうけど……みんな気の良い人達ばかりだったから、たくさんいるだろうけど。

 そんな強い奴をわざわざ倒しに行こうとするのはなんでだろう。革命軍にとって重要な要素がこの国にはあるのかな。

 

「いや、この国をジャシンの手から守ることは、すなわち世界を守ることになるのだ。……そのために、わたしは戦うのだ」

「世界を……?」

 

 急にスケールが大きくなった。

 いや、ジャシンが語った事も同じくらいでかかったか。この世界全ての王。それって世界政府も海軍も、四皇及び海賊達全てを敵に回すって事だし。

 それほどのリスクを負ってまで、この国で何がしたいんだろうか。気になる……。

 

 なので素直になんでどうしてと疑問をぶつけてみれば、少しの間黙り込んでいた彼は、おもむろに問いかけてきた。

 

「"エンドポイント"というものを知っているか」

「新世界を壊しかねないもの、だったかな」

「うむ。それがこの王国の真下にあるのだ」

 

 ……下?

 え、でもエンドポイントって火山みたいな形してて、全部繋がってて、数も場所も判明してるもののみなんじゃ?

 ……というか、王国の真下って、どういうことだろう。上手く想像できなくて頭がこんがらがってくる。

 

「ここに君臨する事でジャシンは全てを手に入れるつもりなのだ。海の命を握られれば多くの者が動き、敵対か恭順か……いずれにせよ厄介な事になる。時代の転換どころの話ではなく、その先にあるのは混沌とした世界のみだろう」

「……それを止めるために、ですか」

「……奴の能力も、その思考も度し難い。もし奴が気紛れを起こせば吹き飛ぶ世界などわたしはごめんだ」

「それは同感。……そういう話なら私もジャシンを止めたいし、そいつにもお城にも用がある。ここは協力するのが正解じゃあ──」

「勘違いするな」

 

 目的が同じなら手を組もう。そう提案しようとして、冷たい声に打ち切られた。

 

「わたしはお前達の味方ではない。わたしは自分の使命のために動いているだけだ。目的を果たすためならば今の地位を死守し、邪魔をすると言うのならば全力でお前達を排除しようと動くだろう」

「いや、邪魔なんて……」

「今、ジャシンの前に立ちはだかられては困るのだ」

 

 言ってることはもっともだけど、そう簡単には引き下がれない。

 私はやるって決めたし、ルフィさんは動き出したらまたお城に突撃して行きそうだし。

 神様と同じで、私じゃ絶対に止められないタイプの人なんだから。

 

「そんなギスギスする必要ないよ! あんな蛇みたいなやつ、ルフィさんが絶対ぶっ飛ばしちゃうんだから」

 

 再度手を組もうと提案してみたけど、差し出した手を受け取ってもらえる気配は無かった。

 

「"麦わら"か……ふっ、誰もが一目置く男。次々と国の闇を暴き、打ち払ってきた……わたしも期待したいものだ」

 

 柔らかな声音は、ちょっとだけど期待を含んでいるように感じられた。

 

「────!!」

「ん……今の」

 

 ふいに遠くで誰かの声が響くのが聞こえてきた。

 悲鳴だ。ナミさん達の。

 遅れてゴロゴロと雷鳴が鼓膜を震わせるのに、んん? と首を傾げる。

 神様……?

 

「ゆけ、かつての同志よ。お前の仲間達の下へ行くには、ひたすら右へ走るといい」

 

 轟きと悲鳴が混じって混沌としているあちらの様子を考えていれば、アンサさんがそう教えてくれた。

 声の方じゃなくて、右に……それも、ひたすらに?

 まあ、変だもんね、この森。アドバイス通りにさせてもらうとしよう。

 

 幹へ向き直ってぺこりと頭を下げる。ここまで良くしてもらったならちゃんとお礼しないとね。

 

「ありがと、フードのおじさん!」

「おじさ……!? な、なに、礼には及ばん。ああそれと、ひ、もう一つ忠告しておくぞ……!」

「なんですか?」

 

 彼が言い終わるか終わらないかくらいの内に駆け出そうとして、忠告という言葉に足を止めて振り返る。

 ……なんだか随分躊躇っているような雰囲気があった。

 何かあるなら早めに言ってほしい。急がなくちゃなんだから。

 

 やがて、アンサさんは意を決したように、その"忠告"をこちらへ投げかけた。

 

 

 

──下着くらい……身につけたらどうだ。

 

 

 

 

 

 森の中。

 同じ景色の中をひたすら走り続け、そこに息づく動植物や霧とか靄とかを吹き飛ばしながら、先ほどアンサさんに言われた言葉を思い返す。

 

 ……風邪をひく、なんて言われてもさ、振袖着る時は肌着下着つけないのがワノ国の常識なんだよ。

 改めて指摘されるとたしかにちょっと恥ずかしいけど、そういうしきたりを知らないって思われる方が恥ずかしいな。

 なので私のこのスタイルは、これでいいのです。

 

 ……あっ、ルフィさん以外の人の停止状態、解除して欲しいって言えてなかった。

 それに、海水大丈夫なのかも聞きそびれてた。

 質問言うタイミング逃しちゃったな……変な事言うからきょとんとしてたら、その内にいなくなっちゃってて。

 まあ、魔女さんにでも聞けばはやいか。

 

 ざあっと木々がざわめく。

 薄暗い中に白い光が現れて、壁のように私に迫り、それを潜り抜けると……。

 

「おわああああ!!」

「きゃああああ!!」

 

 けたたましい音と悲鳴の混じる戦場に到着した。

 

「みなさん、ご無事ですか!」

「ミューズ、無事だったのかー! こっちは大変なんだ!」

 

 ぴょーんと跳躍してきたチョッパーさんが小さな姿に戻りながら声をかけてくれたので、小さく笑いかけて返事とする。

 ナミさんとウソップさんは転げまわったり武器を振り回したりして奮闘していた。

 その中には、いつの間にかマントを装備してレイピアを構えるコーニャさんも混じっていて、良かった……みんなと合流できた、と胸を撫で下ろした。

 

魔法闘技(マジックアーツ)"極光鎧(ライトメイル)"!」

「6000万V(ボルト)"雷獣(キテン)"」

 

 フェンシングのように構えたレイピアを指揮棒のように動かしたコーニャさんが魔法か何かを使ったみたいで、その体から眩い光を放った。数秒せずそれは収まり、けれどコーニャさんの姿に変化はない。どういう技かはわからなかった。

 

 彼女は、半目ではあれど汗まみれの必死な顔で前方へ飛び込むと、低い唸り声に似た空気の音を伴って、ドドッと駆けてきた大きな獣の上を前転しながら通り抜けざまに切り裂いた。真っ二つにされた雷の獣が姿を保てなくなって消えて行く。

 スタッと華麗に着地してレイピアを振り降ろし、風切り音を鳴らす彼女の下へ駆け寄る。

 

「コーニャさん、大丈夫?」

「ミューズ……んっ、へいき」

 

 平気……には、あまり見えない。鎧っぽい制服のスカートの端とか焦げてぼろぼろで大きく足が見えてるし、その肌のそこかしこに火傷みたいなのを負っていた。

 でも、多少息を乱しているだけで戦闘続行に問題はなさそう。手に持つレイピアもさっきまでは刀身が真っ黒に染まっていて、今、それがすぅっと消えて行ったのを見るに、コーニャさん結構強いんだろう。

 

 遠くを見据えたまま返事をしてくれた彼女に倣って、私も向こうの方を見てみる。

 巨人でも暴れ回ったかのような惨状が広がっていた。軒並み木は折れたり焦げたりしてるし、地面なんかミキサーで掻き混ぜたようにボロボロだったり、なんか固まってきらきらしてたり。

 

 そのまっただ中に、耳をほじくりのの様棒を持って立つ神様がいた。

 ……雷鳴が聞こえた時点で嫌な予感はしてたけど、神様何やってるの……。

 

「ミューズお前あいつの仲間なんだろ!? なんとかしてくれ!!」

 

 どたどたどたっとウソップさん達もこっちへ駆け寄ってきた。武器を構えたりしつつ私達の後ろへ隠れる。

 三人とも、さほど傷は無いみたいだけど、土とか枯れ葉とかくっついてて汚れていた。

 うーん、言ってやめてくれるかなあ。なんで攻撃仕掛けてきてんだろう。

 

「神様ーっ、機嫌直してー! うさぎのリンゴ作ってあげるからー!」

「……?」

 

 作ると喜ぶうさちゃんリンゴ、この切り札を切ってみたけれど、神様はくいっと首を傾げただけで返事さえしてくれなかった。

 ……なんか、妙だな。

 

「コーニャが先頭に立ってくれてるからなんとかなってるけど、捌くので精いっぱいで……」

「おれ、何もできねぇ~……」

 

 怪我はあまりなくとも精神的な疲労が酷いのか、二人とも息が荒くて、今にもへたり込んでしまいそうだった。応援の意味も込めて「かっこよかったです」ってナミさんに囁けば、まあねって笑い返してくれた。さっき私が来た時、神様の電撃を棒でいなしてたの、ほんとに格好良いなって思ったんだよ。

 チョッパーくんは……ナミさんやウソップさんの緊急回避手伝ってたみたいだし、何もできてないって事は無いはず。

 

「神様ー、私の事忘れちゃったのー?」

「貴様など知らん」 

「ありゃりゃ、変なの」

 

 とりあえず神様止めなきゃと思って声かけたら、冷たいお返事。

 何それ意味わかんない。そういう冗談は好きじゃないよ。

 

 腰に手を当てて溜め息を吐けば、神様はおもむろにドドドドンッと太鼓を叩いた。高まるエネルギーに、辺りが青白く照らされ始める。

 

「MAX2億V(ボルト)"雷鳥(ヒノ)"!」

「──っ!」

「あ、コーニャさんいいよ、私がやる」

 

 甲高い鳴き声を伴って飛翔する雷の鳥に対応しようと飛び出そうとしたコーニャさんを制し、彼女を押し留めた手で帯の左側に隠された電気製造機に触れる。

 それから大きくジャンプして、思いっきり左足を振り抜く!

 電気を伴う空気の刃……!

 

「「嵐脚」"雷鳥(ヒノ)"!」

 

 半円の斬撃がすぐさま雷の鳥を形作る。その大きさは向こうの雷鳥(ヒノ)と同等。

 ぶつかり合った二つの大エネルギーはバリバリとやかましく響き渡って、誰を傷つける事もなく消滅した。

 しゅたっと下り立ち、みんなにVサイン。おおっと小さなどよめきを返された。

 

「……なんだと?」

「もー、神様変だよ。MAXが2億V(ボルト)なんてさ」

 

 今の神様のマックスパワーは6億を超えていたはず。懸賞金に合わせたパワーを出すぞーって張り切ってたもんね。

 そんな神様のエネルギーを提供して貰ってバージョンアップした"びりびり電気製造機くん13号"は、以前と比べて桁違いのパワーアップを遂げている。具体的には2億V(ボルト)"雷鳥(ヒノ)"が放てるくらい。

 代わりに大技使う前と使った後はしばらく使用不可になるんだけどね。エネルギー貯めるには時間がいるのです。

 そしてこの電気製造機と神様とで合体技も予定していたり……ふひひ、夢が広がるぜ。

 

 なんて一人で笑ってたら、電撃びりびり飛ばしてきたので回し蹴りで打ち払った。

 うーん、刺激が弱い。神様なんか弱くなってない?

 というか……あれじゃん? 偽者とかそういうのな気がしてきた。

 

「ちょっと試してみるか……みさなん、流れ弾にご注意を」

「ミューズ、何するつもり……?」

 

 コーニャさんの問いに言葉では答えず、お茶目にウィンクしておく。帯右側に挿している「陽扇(ひおうぎ)」を抜き取って、額より上くらいの高さから真っ直ぐ神様へ向けて構える。

 さあ神様、真偽判断といこうじゃあないか。私にやられたら偽者確定。日頃いじめてくれる鬱憤返させてもらうとしよう。

 

 ザリッと腐葉土を削り、体全体をバネに見立ててパワーを溜める。

 見据える先に一直線。ミューズ、行きます!!

 

「"革命舞曲(ガボット)ボンナバン"!」

 

 武装色で真っ黒く染めた扇を刀代わりに、地を蹴って高速の突進突きを繰り出す。

 数メートルも十数メートルも同じもの。瞬き一つの間に詰められる距離。途中で空気を蹴りつければさらなる加速を生む。

 けれど相手は雷である神様だし、見聞色の使い手だ。はっきり私の動きを捉えていて、顔狙いの刺突を体を横に捻りながら避けると、のの様棒で扇を打ち払った。

 

 んんー……やっぱり神様、弱い? このくらいほんの少しの動きで避けられるもんだと思うけど。

 

 ガアンと腕が弾かれる。その反動に抵抗はしない。勢いを利用してその場で数回転。地面が削れるほどコマのようにぐるぐる回って、ぴたりと止まる。持ち上げた右足は赤熱し、強い熱を放つようになった。

 "悪魔風脚(ディアブルジャンプ)"……あちちっ。ちょっと熱強すぎたかも。

 

「"腹肉(フランシェ)"──」

「!?」

 

 着物の裾が大きく広がる。片足を軸にうんと伸ばした右足が神様のお腹にめり込んでいく。

 神様対策『特に何も考えずてきとうキック』が当たっちゃうあたり、やっぱりこの神様は弱いな。

 

「"シュート"!!」

「ぐおっ!!」

 

 覇気による攻撃を受けたのはこれが初めてなのか、驚愕を露わに吹き飛んでいく神様を前に足を下ろし、扇を逆手に持って、左手でその半ばを包んでお腹の前へ。

 腰を落として、お次はこれだ。

 

「一刀流、居合──」

「……!」

 

 ザァッと両足と片手をついて減速した神様が私を睨みつけるのに、抜刀、突撃。

 

「"獅子歌歌(ししソンソン)"」

 

 腰に据えた手に扇をすっぽり差し入れておしまい。

 背後で聞こえた斬撃音と手応えから、神様防御はできたみたいだけど、攻撃当たっちゃってるね。

 こういうの、時々突発的かつ一方的に始める訓練じゃ全部当たらないんだけどな。

 

「お」

 

 バリッと空気の震える音がしたので、右斜め前へ手を伸ばしてそこへ出現した神様の太鼓を引っ掴む。

 うん、まあ……割と長い付き合いだし、移動先とか勘でわかっちゃうよね。

 

「──!? きさ」

「"ゴムゴムの"~!」

 

 掴んだ手とは反対の手を後ろへ伸ばし、稼働域限界まで捻る。

 何事か言おうとした神様は即座に離脱を図ろうと一瞬体に電気が走ったけど、あいにく武装色で実体捉えてるから逃げられやしない。そしてそれが隙になった。

 

「"ライフル"!」

「!!」

 

 容赦なく頬へ向けてぐりぐり回転……してないけど、とにかく回転パンチを叩き込み、同時に掴んでいた手を離せばぽーんと吹き飛んでいった神様が地面に倒れた。

 ……勝ち!

 

「ミューズちゃん強いっ!」

「わわっ」

 

 大の字になって沈黙してる神様にむふんと息を吐き出せば、ナミさんに抱き着かれてびっくりしちゃった。

 みんなが集まってきて口々に労ってくれるのに照れた笑いが出てしまう。

 

「ほんとに船長なんだな……あいつの上に立ってるってのを聞いて半信半疑だったが、これ見せられちゃ納得だ」

「すげーなミューズ! なんでみんなの技使えるんだ!? わかんないけど、みんながいるみたいで心強いぞ!」

 

 やーん、そんなに褒められたら溶けちゃうよ。

 ……う、ほんとに恥ずかしい……。小っちゃくなっちゃいそう。

 

「天女……待てよ、天女……こないだ手配書見たような……」

 

 7億? と呟いたウソップさん、自分で言って自分でどっしぇーって驚いてる。

 ああうん、手配書ね。たしか、私の懸賞金、7億7800万だったと思う。悪い事してないのに上がるのが不思議。……完全に神様のとばっちりじゃない? というか、ああ、神様懸賞金アップしすぎじゃない? って不貞腐れた事もあったけど、そっか、四皇に喧嘩売りまくって世界の海のバランスぶっ壊そうとしてたからあんなに上がってたのか。

 ちなみに神様現在10億超えです。11億、えー、200万だったかな。船長の私よりずっと高いとか納得いかない。

 

「……あれ? 神様消えてる……」

「あの者は……土に還りました」

 

 ふと、倒れてたはずの神様がいなくなっているのに気づいて呟けば、コーニャさんが見ていたらしくそう教えてくれた。すぅっと土に溶け込むように消えちゃったんだって。

 ふむふむ……やっぱりこの森に魔女さんがかけたっていう魔法で生まれたような感じの神様だったのかな。

 

「みなさん、そのまま……治療いたします」

「わ……綺麗……」

「おお、なんかあったかいな」

 

 コーニャさんが指を振って、ふわふわした蛍みたいな光を振りかけてくれた。

 そうすると少しだけあった疲れが抜けて、みんなも怪我が治ったみたい。

 汗だくだったコーニャさんも、破れてた服と一緒に元通り、身綺麗になった。

 

 緊迫の一戦を切り抜けて、みんな少し気が緩んだみたい。このチームなら何が来てもこわかないって上機嫌。

 私が予想以上に強かったの、嬉しいみたい。コーニャさんもさっきの戦いで頑張ってたから凄くかわいがられてた。半目でかいぐりされてるコーニャさん、かわいい。

 

「……なに? なんか」

「近づいてきてる……」

 

 そんな風にじゃれながら、さあ進むぞってなったところで、また森がざわめきだした。

 ドシンドシンと地面が揺れる。……大きな何かがこちらへきている。

 

「あまぁいお菓子を寄越しなァ……!」

 

 太い木を大きな手で掻きわけて顔を覗かせたのは。

 

「それができなけりゃ財宝ありったけ寄こしな……!!」

「び、ビッグ・マム……!!」

 

 はたして、四皇の一人だった。

 

 

 

 

 パニックになるナミさんに感化されるように焦るウソップさんとチョッパーくん。

 コーニャさんはよくわかっていないようでレイピアを構えていたけど、私は軽く構えるのにとどめてその巨大な影を観察する事に徹した。

 

「許しゃしないよ……財宝を寄越しなァ……!」

 

 そう、影なのだ。

 巨人と見まごう巨体を持つそれは、両の瞳だけをぎらぎら輝かせている影の人間だった。

 ぎょろぎょろと蠢く気味の悪い目が私達を順繰りに見ては、地を揺らして少しずつ近づいてくる。

 

 ……いやいや、こんなところに四皇が来たりはしないでしょ。というかビッグ・マムってこんな姿じゃなかったし。

 三人は満場一致で逃げるべきだっていったけど、これ、多分魔女さんの魔法だろうから、なんとかなると思う。

 さっきの神様も、初めて会った時くらいの強さだったし。

 ……そういえば、なんでそんな弱さだったんだろう? どうせ魔法で出すなら今の強い神様の方が良いはずだ。

 なんか理由があるのかな。

 

「お、おおおい何戦おうとしてんだ! 四皇と今ここでぶつかるなんて馬鹿げてる!」

「そうよ、私達じゃかないっこない!」

 

 ある意味それは冷静な分析なのかもしれないけれど、そこまで引け腰になる必要はないと思う。というかナミさんの怯えっぷりが酷い。ウソップさんの方がまだましで、逃げようとしながらも武器を構えてるし、撃つし。

 ……変だと思ったので、ナミさんに問いかけてみた。

 

「どうしてあれがビッグ・マムだと?」

「え? そんなの……とにかくそうなのよ! 魚人島での事を根に持ってるんだわ……!」

 

 断定するのか。……ううん、ナミさん魔法にかかってない? そういう感じの。

 

「おーかーしー……! ざーいーほーうー……!」

 

 魔法ならコーニャさんだ。振り下ろされた影の拳を、飛び上がって蹴り返してから、そういう魔法無いかってコーニャさんに聞いてみれば、幻惑系ではないでしょうかと教えてくれた。

 もっともコーニャさんが使う幻惑系は対象が一人に限定され、あくまで幻で触れられない。

 でも自分に魔法の力を与えてくれた魔女さんが使う魔法ならば話は別かも、って。

 

 癇癪を起こした子供のようにめちゃくちゃに暴れる影の攻撃を足でいなし、捌き、打ち返しつつ、腕を組んで考えに耽る。

 ……こういうの、記憶で見た事がある気がする。

 ほら、いわくつきの森では自分を写し取った分身が襲い掛かってくるとか、心の内の強敵を生み出してくるとか。

 

 ……あの神様は、空島の時の強さだったっぽいし、それを知ってるのはナミさん達だ。コーニャさんは神様知らなくて、私だと今の強さで出てくるはず。

 そして、今"粗砕(コンカッセ)"で叩き伏せたビッグ・マムはと言えば、魚人島で認識したナミさんの中のビッグ・マムっぽい。

 

 そしてどうにもこの影は怪物染みている。どれだけ攻撃を加えても立ち上がり、おかし、財宝と同じ言葉を繰り返しては暴れている。

 これはたぶん……ナミさんの印象が影響しているのかも。

 この無敵の強さもナミさんの影響? 四皇なんだからめちゃくちゃ強い、自分達だけでは絶対かなわない……みたいな。

 

「ナミさん、ビッグ・マムってどれくらい強いと思う!?」

「えっ!? 今それ聞くの! そりゃ……エネルを一蹴したミューズちゃんが苦戦してるんだから……とんでもなく強いに決まってるじゃない! 相手は「四皇」なのよ!?」

 

 だいぶんてんぱってて言葉も荒いナミさんだけど、聞けば答えてくれた。

 そういう認識かー……たしかに私も幾つか攻撃受けてしんどくなってるけど、別に苦戦はしてないんだよな。

 だってこのビッグ・マムの影、力も速さもあるけど、技がないし、キレもない。なんというか……とにかく強いだけで、現実味が無いというか。

 

 三色の光と共に突きかかったコーニャさんが拳に弾かれるのを横目に、影に蹴りを入れ、最大までチャージした黄猿のレーザーを打ち込む。ピュンッと放たれたそれは影を突き抜け、遠くに巨大な光の半球を生み出した。

 暴風がこっちにまで到達するのに合わせて離脱をはかる。ぎょろりと私を狙う影の瞳に"JET(ピストル)"を叩き込めば、目を押さえてもんどりうった。

 

「ほら、全然強くないよ! 七武海と比べるならどのくらいだと思います?」

「え……く、クロコダイル?」

「うん!」

 

 追撃にお腹の上にずどんと飛び乗り、冷気製造機を叩いて影へ両手を添え、簡易"氷河時代(アイスエイジ)"で凍らせて動きを鈍らせる。

 その中でナミさんに声をかければ、彼女は自分の頭を押さえてそう答えた。……クロコダイルか。まあ、でからっきょでも天夜叉でもなんでも良いんだ、無敵の四皇でさえなければ。

 "鷹の目"って言われたらちょっと困ったかもだけどね。

 

「嘘でしょ……」

 

 ざあっと砂が広がる。さっきまでビッグ・マムだったものは、だいぶんサイズダウンすると、離れた位置で元七武海のサー・クロコダイルの姿を作り出した。

 かと思えば下半身を砂に変え、鉤爪を振りかざして迫ってくるのに、カウンターで頬をぶん殴って打ち返す。打撃の瞬間に"大神撃"をぶち込めば……オッケー、ノックアウトだ。

 

「……どういう事なんだ……デカブツがクロコダイルになったぞ……」

「魔法じゃないですかね、魔女さんの」

「魔法コエー!」

 

 コーニャさんが言ってた通り、土に還っていくクロコダイルを眺めながら会話する。たしかに、こんな事ができる魔法という力は怖い。

 強い神様出されたら私じゃどうしようもなくなっちゃうし。

 ……あ、またなんか出てくるな。そういう気配がする。

 

「下がって。また何か来ます」

 

 疲労しているナミさん達と、コーニャさんも後ろに下げて、何者かを警戒する。

 からくりがわかったならもう怖くないのか、私の指示に従いながらも、三人は引く意思なく戦闘態勢に入っていた。

 

 ジュワジュワ……。ドロドロ……。

 なんとも不思議な音が近づいてくる。同時に、ヘンな臭いが漂ってきた。

 ……嫌な予感がする。

 なんか、すっごく嫌な予感がするんですけど。

 

 だって聞き覚えのある音だし、覚えのある臭いだし!

 こっちにきてるのは、まさか、ひょっとして……。

 

 半ばから折れて倒れている木が突然燃え上がる。と、それを溶かしながら歩んでくる人影があって。

 

「"大噴火"ァ!!」

「びゃああ!?」

 

 ごうっと飛んできた灼熱の拳を、咄嗟に羽衣を引き抜き振ってなんとか弾く。武装色に染まった羽衣にちょっとついちゃってる熱の残りを振り払い、姿を見せた人へおそるおそる視線を移す。

 

「ミューズゥ……折檻じゃあ!」

「ひええええ!!? さかじゅ、サカズキおじさまだああああ!!!!」

 

 ほらあああやっぱり嫌な予感当たった!! なんでサカズキさんなんで!?

 やだああ久々に見ても顔が怖いいいい。ドロドロって半分マグマになってて周りのもの燃えたり溶けたりしてる。すっごく怒ってるんだ……!

 

「こ、今度は海軍の大将か! ミューズ、大丈夫か……?」

「無理、むりです、やばいよお!」

「ちょ、しっかりしてミューズちゃん!」

 

 何が出てきても大丈夫って思ってたけど、サカズキさんとか無理無理、腰が引けちゃうから!!

 折檻とか言ってる! ゲンコツやだあ!

 

「ミューズゥ、なぜわしらを裏切ったァ……!?」

「ひうっ、そっ、それは……ぇと、あの……」

「今度という今度はただじゃあすまさん! 尻出さんかい!! 百叩きじゃあ!!!」

「やだあああ!!! こわいよおおお!!!! おじさま変な事言ってるよおお!!! こんなのサカズキさんじゃないいいい!!!!

「今夜は眠れんと思え、この馬鹿ミューズがァ!!」

 

 もはや逃げるしかない。あっちょっ、と誰かの声が聞こえたけど、サカズキさんに勝てる訳ないのでいの一番に逃げ出した。……サカズキさん完全に私をロックオンしてる!! いや、予想してたから逃げたんだけど、それにしたって嫌だぁ!

 

「"大噴火"ァ!!」

 

 宣言通り本気でお尻を叩きにきているのか、放たれたマグマはグーではなくパーだった。

 

 ……誰か……。

 

 誰か助けてぇええ!!!



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第二十一話 自由を目指して

止まるんじゃねぇぞ


 

「あの妙な口調はどうしたァミューズ!」

「やめておじさまぁ! あれはほんの出来心で……!!」

 

 うぎゃああ、サカズキさんなんてことを!

 ああっ、あれ、あれはその、そうすれば一足飛びに大人になれるかなあ? って考えて……あああ恥ずかしいよおお!!

 

「貴様は絶対に許さん!! "流星火山"!!」

「宴舞-"マグマグの型"! ──おじさま、ここ森なんですけどっ、"流星火山"!!」

 

 両腕を上空へ掲げて溶岩石のゲンコツをびゅんびゅん飛ばし、降り注がせて来るサカズキさんに合わせ、こっちも同じ技を選択する。

 "天女伝説"で数十人になり、全員同時に地面に羽衣突き刺して引き抜き、土の塊に武装色纏わせてゴムとの摩擦で炎上させ、みんなで一気に殴り飛ばす強引な技。

 

 全身全霊全速力でやったために、なんとかサカズキさんの流星火山とぶつけ合い、森への被害を最小限にとどめる事ができた。

 といってもそこかしこで木々や地面が炎上してるんだけどね!!

 

「ミューズゥウ……!!」

「ふぅぅ……おじさま……」

 

 名前を呼ばれるたびにびくびくしながら、必死に心の中でこれは幻、これは幻って繰り返す。

 こんなのまやかしだ。だって本物のサカズキさんならお尻ぺんぺんなんて言わないもん。

 ううう、でも怖い事に変わりはない……!

 

「"竜爪拳(りゅうそうけん)"……!」

 

 竜の爪の形にした両手を武装色に染め、地面につける。

 ここはどこの中心でもないけれど、全てを破壊するのでもなければ、いちおういけるはず!

 片腕をマグマと化したサカズキさんが突進してくるのに合わせ、ぐっと腕を押し込む。

 

「"竜の息吹"!!」

「むお!!」

 

 四方八方に走るヒビから息吹のように覇気が漏れる。瞬間、地面が爆発した。

 巻き込まれたサカズキさんがバランスを崩して浮き上がるのに合わせ、飛び掛かっていく。

 

「"竜の鉤爪(かぎづめ)"っ!」

「!!」

 

 マグマであるサカズキさんの体にはあまり触れたくないけれど、かといって遠距離からちまちま攻撃したって決定打にはならない。ゆえに直接殴りつけ、地面へと叩きつけた。

 体を丸めて体勢を整え、お次は連続キック!

 

「"JETスタンプ乱打(ガトリング)"!!」

 

 覇気を乗せた空気の圧を何度も何度も叩きつけ、けれどサカズキさんは怯まない。

 マグマが散るのみで、いつものいかつい顔のまま立ち上がると、そのままの勢いで飛び上がってきた!

 

「"冥狗(めいごう)"!!」

「っ、ぅえりゃあっ!!」

 

 ちょ、そんな技! まともに受けたら死んじゃうって!

 即死技に近いサカズキさんの攻撃に、こっちは覇気による迎撃しか選択できず、ぶつかり合った鉤爪と拳は拮抗したものの、ジュウジュウと焼ける手に歯を食いしばって痛みに耐えた。

 

「うあああ! "大神撃"!!!」

 

 決死の思いで腕を振り抜き、もう一度サカズキさんを地面へと叩き返して、自分は空気を蹴って後方へ離脱する。まともにぶつかりあったら消耗が激しすぎて、絶対こっちがやられてしまう……!

 

「あうう!」

 

 着地に失敗して背中から地面に落ちる。打ち付けた背中の痛みに一瞬感覚がおかしくなって、慌てて右手を押さえる。火の残る袖は半ば消失して、手も腕も炭みたいに真っ黒になってしまっていた。

 竜の爪の形のままくっついてピンク色を覗かせる指は見ているだけで痛くて、なのにほとんど感覚がない。ちょっと……覇気を過信しすぎたかもしんない。

 

 こういう馬鹿みたいに大怪我した時用にエネルギー補給の携帯食料持っておこうって案、考えただけで実行に移してなかったのが悔やまれる。腕切り落としてからの生命帰還には莫大な体力とエネルギーが必要だから、今、これ、治せない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んく、」

「大人しく尻ぃ出さんか……!」

「や゛めてよぉ、変なこと言わないでよお!!」

 

 動かない右手を吊り下げたまま立ち上がる。

 ううううっ、魔女さん悪趣味だ! こんな魔法、酷いよ……!

 怖いし辛いしで涙が出てきて、いくら袖で拭っても止まらない。

 その間にもサカズキさんは迫ってくる。おしりぺんぺんするまで止まらないんだろう。

 

「うう~……!」

 

 覚悟を決めるしかない。

 全力でぶつかってこの幻影を打ち破るしか、この現状からは脱出できそうにないから、涙をこらえ、片腕を突っ張ってサカズキさんを見据えた。

 

 ……?

 

 視界が涙でぼやけているせいか、なんか……サカズキさんのお顔が変に見える……ような……?

 

「ミューズゥ……!」

「……あぇ!?」

 

 だんだんはっきりしてきた私の目に映ったのは、なんか……頭がお月さまみたいに真ん丸になったサカズキさんの姿だった。

 それで私の名前を呼ぶんだから混乱して、えっ、えっと声を漏らしていれば。

 

「ミューズゥ……」

「尻出さんかい……!!」

「逃げられやせんぞ……!!!」

 

 右から左から後ろから、頭がお月さまの……いや、なんか、たぶんあれ、信じられないけど……おまんじゅう? みたいな……そういう頭のサカズキさんが何人もにじり寄ってきた。

 

「なへっ、なにこれっ、は」

 

 みゅーずぅ、みゅーずぅっておじさまの声が何重にも重なって、いよいよもって私の頭はおかしくなってしまったんだろうか。

 こんなのおじさまじゃない。こんなのサカズキさんじゃない。

 サカズキさんはおまんじゅうじゃないよ!!

 

「早ォ饅頭出さんかい……!」

「ひっ……」

「饅頭……!」

「饅頭……!」

「饅頭……!」

「ま、まんじゅうやだぁ……!」

 

 まんじゅう。まんじゅう。

 ガサガサ、ゴソゴソ。葉を揺らして、地面を踏みしめて、まんじゅうおじさまが何百人も押し寄せてくる。

 ……なにこれ。

 足からも腰からも力が抜けてへたりこむ。体が震えていた。訳の分からない恐怖に支配されて、もう何をすればいいのかもわかんなくなってきて。

 

「や、やだ……」

「饅頭ゥ……!」

「お、おまんじゅうやだ……怖いよぉ……!」

「…………」

「やだあああ、こわいいいいい!!!」

 

 耐えられなくなって叫んだら、ポンッて軽い音がした。

 ぼろぼろ零れる涙をそのままに目の前の地面を見つめる。

 ……小さなおまんじゅうが落ちていた。

 

「……?」

「っし、"饅頭怖い大作戦"成功だ!」

「ミューズ、泣かないで……」

「? ……?」

 

 よく、わかんなくて……喉が動くのにひっくって声が出た。

 そうすると、ウソップさんやコーニャさんが走ってきて傍にしゃがむのに、わかんないまま目を向ける。

 視線の先で指が振られると、目に溜まってた涙とか、袖に染み込んでた熱いのとかが抜けてさっぱりする。おまたの間にあったのもなくなって、「あ……」って、蚊の鳴くような声が出てしまった。

 

「っ……! 落ち着いて、ミューズちゃん……? もう大丈夫よ、撃退したわ」

「一時的なショック状態にあるみたいだ。ちょっとしたら戻ると思うから、そのまま声かけてやってくれ。うっ、これは酷いな……」

 

 ぽてぽてと歩いてきたチョッパーくんの声の意味もよくわかんなくて、背中を擦られるがままに体を揺らす。

 

 ……?

 

 

 

 

 彼女達が声をかけてくれていたことで早々に自分を取り戻した私は、チョッパーくん立会いの下、腕の治療に挑んだ。必要なエネルギーはコーニャさんが魔法で直接流し込んでくれるから、後は新しく腕を生やすだけの簡単なお仕事……だと思ってたんだけど、腕を切り落としたらすっごく痛くて泣いてしまった。

 倒木を簡単に加工した木板を噛んでいたから良かったものの、これ無かったら口の中大変なことになってただろう。色々指示してくれたチョッパーくんに感謝だ。

 

 前やった時は痛くなかったからへーきへーきって思ってたのに、なんで今回は痛かったんだろう? 不思議だ……。

 

 ちなみに腕治すのショッキングな見た目になるだろうからって、みんなにはそっぽ向いてもらってたから、痛みで悶えてたのは見られてない……はず。

 右腕だけ袖がだいぶん無くなっちゃった着物を撫でながら、一息つく。

 

「ご迷惑をおかけしました……」

「ううん、ミューズちゃんいてくれてこっちも大助かりなんだから、お互い様よ!」

「そうだ、気にすんな」

 

 縮こまる私に、みんな優しくしてくれて、それが逆にちくちくと胸を刺す。

 ナミさん達、この森にかけられた魔法の正体を看破したらしく、ウソップさん主導で私を助けようって動いてくれたみたい。

 どうやらこの森、怖いって思ってるものを生み出すみたいで、だからコーニャさんの魔法でサカズキさんを別なものに見せて、私の恐怖の対象を違うものに移そうと(こころ)みたんだって。

 ……トラウマになりそう。

 

 それで、ええと……助けてくれた事はとっても嬉しくて、感謝なんだけど……信じられないくらいの醜態を見せてしまったのが恥ずかしくて死にたい。……怪我しちゃった事ではない。その、前の……。

 幸いナミさん達は私が泣いているのを見られたから恥ずかしがってると思ってくれてるみたいで、さっきの、ばれる前に魔法で綺麗にしてもらえてよかったって心の底から思った。

 

「あの、コーニャさんも、ありがとう、です」

「……ミューズ、げ、元気、だして?」

「……うああああ」

 

 コーニャさんにお礼言ったら、ものすっごい気まずそうに目を逸らされた。魔法で私を綺麗にしてくれた彼女にはわかってしまっていたのかもしれない。その、いろいろと……うああ。

 

「は、穿いてなくて、良かった……ね?」

「あああああ!!!!」

 

 それ気遣いじゃなくてトドメになっちゃうからやめて!

 ううう。ナミさんが胸を貸してくれて背中ぽんぽんしてくれたけど、この羞恥心、しばらく消えそうにないし、時々思い出して転げまわる事になっちゃいそう。

 

 そんな感じで地面ばっかり見つめながら移動を再開して、何時間くらいか。

 道中再び強敵が出てくる事はなく、なんだか時々悲鳴とか聞こえたけど、無事森の深くに建つ洋館に到着した。

 

「ここが魔女の館か……いかにも、って感じだな」

「スリラーバークを思い出すなー」

 

 三階建てくらいか、横長の洋館は森のなかに溶け込んで、年季もあるみたいで、とにかく不気味な雰囲気が凄かった。なんだろう、戦慄するような迷宮って感じの……。

 

「あれ、何かしら……」

「おまっ、脅かすなよ! なんだよ!」

「え、幽霊か!?」

 

 でも、周りに四人もいればさすがに怖いって事もない。賑やかだし。

 コーニャさんは暗いとことかこういう雰囲気が苦手なのか、ちょっと小さくなってるけど。

 それで、ナミさんが指さした方……館の二階あたり、窓のところ。

 外壁付近を透明な羽をはばたかせて飛ぶ、小さな女の子がいた。

 ……幽霊っていうより……妖精?

 

「よく見りゃいっぱいいるな……なんだあれ」

「さあ……」

 

 その他にも、髪の長さとか衣服とかカラーリングとか様々なバリエーションの空飛ぶ女の子がたくさんいて、壁を這う蔦をむしってたり、バケツを吊り下げて窓を掃除してたり、玄関付近ではジョウロでお花に水をあげている子もいた。

 その子だけ給仕服を着ている。ロングスカートと厚手の黒い服にエプロンの、クラシックなメイドスタイル。

 

 ナミさん達と顔を見合わせて、誰が声をかけようかと視線で意見を交わす。

 ……年齢が近そうな私が行く事になった。ちょっと怖いけど、ええい、女は度胸、頑張れミューズ!

 

「あのー……」

「?」

 

 みんなの前に出てそっと声をかければ、その子が顔を上げてこちらを見た。

 あ、緑色の瞳……。

 

 薄暗闇の中に溶けるようなロングヘアに、左耳の上に挿したタンポポみたいな黄色い花の映える、丸い顔の女の子。

 どちらかといえば東洋風の目鼻立ちはかわいらしくて、結構親しみやすい感じがした。

 両手でジョウロを提げた少女がぱたぱたとやってくるのに会釈をする。ぺこり、と彼女も頭を下げてくれた。

 動きに合わせてぴょこんと羽が揺れる。あ、この子も妖精みたいな子なんだ……。羽、左右とも半ばから千切れたみたいになってるの、痛々しいな。どうしたんだろう?

 

「ここって、魔女の家であってますよね」

「……」

 

 気分的には未知との遭遇。いつもより身振り手振りを大きくしながら問いかけ、お屋敷の方を指させば、私の指を見つめた少女はその先を追って視線を動かし、顔を動かし、体を捻ってそちらを見ると、私に向き直ってこくりと頷いた。

 横に一歩ずれ、片手で扉の方を差すのに、案内してくれるの? と問えば、腰を折ってのお辞儀。

 

「……行きましょう、みなさん」

「ええ」

 

 静かな妖精さんの案内に任せ、私達はやっと魔女の館へと踏み込んだ。

 

 

 

 

「いらっしゃあーい。あらー、あなた達だったのねぇ」

 

 入ってすぐ部屋になっていて、かなり広いスペースのほとんどを本棚や何かが埋め尽くし、部屋いっぱいに蝶やら外でも見た妖精やらがふわふわぱたぱた飛び交う中、暢気な声が上から降ってきた。

 

 見上げれば、巨大なお鍋の傍に魔女さんがいた。オバケカボチャみたいな顔のある大きいリンゴに腰かけて、太い棒を両手で持って鍋の中身を掻き混ぜている。立ち(のぼ)る煙の色は黄色。喉にねばつくような甘い香りが充満していた。

 

「もう少しでできるからー、待っててくださいなー。セイヨちゃーん、ご案内してさしあげてぇ」

「…………」

 

 魔女さん、今は手が離せないみたい。でも火急の要件なのっ、とナミさんが言っても、もう返事も無くなっちゃった。

 仕方なく、ジョウロをどこかに置いてきた妖精さん……セイヨちゃん? に案内されて、大きなソファに座る。

 その子が指を振れば、ガラスのテーブルの上に人数分のカップが現れた。それぞれミルクティーか普通の紅茶かでわかれている。魔法だ。

 

「ありがとう。あなたも魔法を使えるのね」

「…………」

 

 逸る気を抑えるためか、あえてゆっくりとした動作でカップを持ち、話しかけるナミさんに、しかしセイヨちゃんはだんまりだ。うんともすんとも言わず、じっとナミさんを見つめている。

 何か言いたい事でもあるのだろうかと私達も黙って彼女を見つめていたのだけど、一向に喋り出さないどころか、しばらくすると不思議そうに首を傾げられてしまった。

 ええと……なんなんだろう、この子。

 

「ごめんなさいねぇ、その子、喋れないのよー」

「魔女殿……突然の訪問、失礼します」

「あん、もう! やぁだ、コーニャちゃんよそよそしいわよー。アップルちゃんって呼んで?」

「えぇ……? い、いえ、それは……さすがに……」

 

 ローブで手を拭きながら魔女さんがやってきた。それに対して立ち上がったコーニャさんが頭を下げて謝罪するのを見て、慌てて私も頭を下げる。用があって来た訳だけど、アポ無しだし。

 しかし魔女さんは迷惑とはみじんも思ってないのか、にこにこしながらセイヨちゃんの頭を撫でて(ねぎら)うと、別のお仕事を任せてここを離れさせた。

 

「かわいい子達でしょう? みんな私の魔法で女の子になったのよー」

「え、元はそうじゃなかったんですか?」

「ええー、さっきの子、セイヨちゃんは西の海(ウエストブルー)で咲くタンポポに魔法をかけて、作り出したのよ」

 

 ……魔法ってなんでもありだな。人も作り出せるんだ……。

 禁忌のようなそうでないような、スケールの違う魔法の使い方に戦々恐々していれば、厳密には命を作り出すのとは違うけどぉ、とナチュラルに心を読まれた。……いや、私がわかりやすい表情してるだけ?

 

 指を振って豪奢な椅子を出した魔女さんは、ふわりと座り込むと、優雅に足を組んで私達を見渡した。

 

「さーてぇ、何か御用かしら?」

 

 頼みたい事と聞きたい事が私達にはある。

 ルフィさん達の呪いを解いてもらう事と、この呪いに関する事。

 

「ああ待って。わかるわぁ、スペちゃんに会ったのね?」

「え?」

 

 呪いの件を切り出そうとナミさんが口を開いたところで、森であった事をぴたりと言い当てられてしまった。スペちゃ……アンサ・スペクトさんの事だよね? それ以外に該当する人間はいないと思う。

 それで、そのことがわかるのも……魔法? なんにせよ、なんか知り合いみたいだし……なら話が早い。

 

 ミューズ、スペちゃんって誰? って小声でナミさんに問われるのに、そういえば伝えられてなかったってもごもごする。

 

「この森は私が育てたのよー? 森の中で起きた事はなんでもわかるわ。ううん、スペちゃんとはあまりうまくいかなかったのね?」

「……あ、彼が言ってた『強力なバック』って……」

「私かも?」

 

 いや、かも? ってどういう事だろう。とぼけた言い方にがくっときてしまった。

 ええと、とにかく、ナミさん達にはこの話の中でアンサさんの事を知ってもらうとして……。

 

 まずはその素性と目的だよね。

 かつての革命軍の同志である、とわかると、ミューズって割となんでもやってるよなって言われた。なんでもはやってないよ。ただ、やってた事が世界の何割も占めてて遭遇する割合が高いってだけで。

 

 情報を共有する。

 ジャシンの目的を知れば、ナミさん達もコーニャさんもにわかに信じがたいって。

 けどなんにせよやる事は同じ。呪いを解き、お城へ行く。

 

「そんな話を聞いたらジャシンってのを止めねぇ訳にはいかねぇ。それに、ルフィは城に突撃する気満々だ。となるとひと騒動はまぬがれない訳で」

「必ずそいつとぶつかる事になるでしょうね。誰だって自分の領域で暴れられたら黙ってなんかいられないもの」

「コーニャもリン助けたいって言ってるしな!」

 

 と三人。

 チョッパーくんに気持ちを代弁されたコーニャさんは、半目でずーっと黙っている。

 

「あらー、ジャシンちゃん倒すの手伝ってくれるのねー」

「ジャシンちゃんって……いや、結果的にそうなるだろうってだけで、断定はできないっていうか」

「いいのよ、数がいるだけで楽にわるわぁ。あの子はどうにもヤンチャでね、私の魔法も全然効かなくて困るのよー」

 

 え、魔法効かないの? 森の中じゃ結構戦慄させられたものなんだけど。

 万能じゃないっていうのはわかってたけど、ジャシンに通用しないってのがあんまり実感わかなくて首を傾げれば、魔女さんは困ったように笑いながら頬に手を当てた。

 

「昔もねぇ、悪い事しちゃだめよーって叱った事があったのよ。でもこっ酷くやられちゃって、お姉さんばたんきゅーしちゃった」

 

 ばたんきゅーて。随分可愛らしい表現の仕方するなあ……。

 

 十二年より前の話。魔女さんがジャシンに挑み、けれど負けてしまってから、アンサさんとの対ジャシン同盟が築かれたのだという。

 以来魔女さんはこの深い森の中に居を構えて身を潜め、決起の時を待っていたのだとか。

 

「私は死んだ事になってるから、わあって出て行ったらジャシンちゃんもびっくりすると思うの」

 

 ……いやあ、そう上手くいくのかな。ほんわかした笑顔で単なる悪戯でもしようかって話すみたいに楽し気にしている魔女さんを見ていると、ちょっと不安になってきてしまう。

 

 というか、死んだ事にしてたいなら砦に来ちゃいけないんじゃ、ってナミさんが問いかけた。

 そうすると魔女さん、あらあら~ってほわほわ笑って、大丈夫よぉなんて言いだす。

 全然大丈夫そうに見えないんだけど……。

 

 なんて不安に思って見ていれば、魔女さんが座っていた椅子にいつの間にやら魚人がどっかり腰かけて……あれえ!?

 

「愚問だな……下等な種族が、このおれを見つけられる訳もねぇ」

「え……アーロン!?」

 

 ガタリとナミさんが立ち上がった時には、そこにはもうアーロンはいなくて、ほわほわ微笑む魔女さんが足を組んで座っているだけだった。

 

「今のって……」

「はいー、こういうカンジで、私の事はてきとうな誰かに見せていますのでー、大丈夫なのです」

 

 これも幻惑系の魔法というやつなのだろうか? ナミさん、ひどく疲れたように座り込むと、やめてよね、と呟いた。気持ちは痛いほどにわかる。だって魔女さん、うふふって楽しそうに笑ってるんだもん……。

 ……今、私が見ている魔女さんの姿もてきとうな誰かの姿なのかな。

 

「ふふふ、いいえ? これは本来の私の姿です」

 

 ……なんで素の姿で私達の前に姿を現したんだろう。

 くすくす笑う彼女に首を傾げながらも、あんまりもたもたしていられないので手早く質問をする。

 この魔法っていうのは悪魔の実の能力なのかどうかとか。

 

「そうですよぉー。名前は知りませんがぁ、ずっと昔に美味しそうなリンゴを食べたら使えるようになりました!」

「……美味しそう?」

「美味しくはなかったですねぇ」

 

 いや、ぐるぐる模様でいかにも毒とか持ってそうな果物を美味しそうと評するのは、ちょっと無理があるんじゃって思ったんだけど……。

 あ、あと地味にその実を食べた時の魔女さんの表情が気になった。この人ずーっとにこにこしてるし、顔を(しか)めたりするのが想像できない。

 

「ゆっくりお話ししましょう? 時間はいくらでもあるのよぉ」

 

 ナミさん達の第一の目的である仲間の呪いを解いてもらう事はそうかもしれないけど、私の刀の行方とかリンさんの婚姻とかはその限りではないと思うんだけど……焦ってもしょうがない。暗に紅茶が冷めちゃうよって言われた気がしたので、カップを手に取って口をつける。

 ……うん、ほどほどに熱がとれてて美味しい。

 

 あ、そうだ。魔女さん神様がいる場所わかんないかな。本物の方。

 これから暴れるって時に神様がいるととっても便利。

 なんたって人の心が読めるし、移動速いし、強いし。

 

「むむー。あらー、呪われちゃってるわねぇ」

 

 なので魔女さんに「これこれこういう人仲間にいるんですけどどこにいるか知りませんかー」って聞いたら上の答えが返ってきた。

 何やってるの神様ー!?

 

 ああいや、アンサさんの能力って初見殺しっぽいし、一撃食らうと即死判定だからさすがに神様もダメだったのか……実際何があってそうなったかはわかんないけど、ううん、あっさり神様やられてて結構びびる。

 思ったほどの動揺は無いけど、やっぱりこの海って驕った者から消えていくよなあと再認識した。ほんと、上には上がいるというか、格下だと思っても思わぬ能力でやられちゃう事もあるというか。

 

 なんにせよ、神様救出も勘定に入れなくちゃ……。

 

 

 

 

 

「さあ、詳しい話は向こうでしましょう」

 

 そう言って彼女が席を立ったのは、またしばらくしてからの事。

 半ば雑談に興じるように魔女さんのお話に付き合って──話し相手があまりいなくて寂しかったらしい──、ついでというか話の流れでというか、私は魔女さん特製の肌着と下着を手に入れて身に着けた。

 

 ワノ国の常識を説いたら満場一致でヘンって言われたんだもん。羞恥心がマッハだったので、魔女さんが手慰みに編んだっていう着心地の良いものをいただいた。

 魔法で作り出さないのは、海水とか土砂降りの雨とかで消えちゃうからだって。そんなの身につけられません。破廉恥です。

 

 ……なんか窮屈じゃない? って零したら、それが普通なのよってナミさんにチョップされた。

 いたぁーい!

 

 

 

 

 帰りは一瞬だった。

 妖精の森が魔女さんのテリトリーであると言っていた通り、ものの十分で砦に帰還。

 敵は出ないし草木は勝手に避けて道を作るしで、まさに森の主、魔女! って感じ。本人は至って暢気でのほほんとしてて怪しい雰囲気とかは全然ないんだけど。

 

「あの、そのお薬って、やっぱり海水なんですか?」

「んー? そうよー。潮の匂いが素敵でしょう?」

 

 ルフィさん達が固まる室内に入ると、魔女さんは彼らを横目に一直線にセラスさんの前へやってきた。

 がさごそバスケットを漁る魔女さんに問いかければ、あっさり薬の正体が判明。

 ええー……海水で溶けるって嘘だったんだ。なんでリンさん騙してたんだろう。

 

 この子との約束だったからねぇ、とセラスさんを見て魔女さんは言うけれど、そんなの関係ない。リンさん、凄く寂しそうにしてたのに……。

 

「リンちゃんねぇ。あの子は純粋だから、知ってて動けない姉を見ている方が辛いと思うのよ」

 

 そう言われてしまうとなんにも言えない。ただの憶測じゃんって思ったけど、リンさんが辛くならない保証なんてない。私だって彼女とは今日会ったばかりなんだから、私が言えることなんて何もない。

 

 しゃらんらー、と楽し気に振りかけられた海水によってセラスさんの呪いが解け、ゆるやかに動きを取り戻す。

 淡い光に照らされた彼女は、腕を下ろし、瞬きをすると、一歩、魔女さんを見上げながら歩み寄った。

 

「おばあ様……」

「おはよう、セラスちゃん」

 

 ふらつくような足取りでセラスさんから抱き着いて、それをよしよしとあやすように迎える魔女さんに、あれっと疑問を抱える。だって今、おばあさまって。

 隣に立つコーニャさんが、「はい……魔女殿は団長やセラスさまの祖母にあたられる方です」と教えてくれた。

 えっ、えっ、でもどう見ても十代後半くらい……これで子持ちどころか孫持ち……!?

 

 悪魔の実がいかに不思議かを知っていても、私達は動揺せずにはいられなかった。たしかになんか、なんでも包み込めそうな柔らかい雰囲気の人だなーとは思ってたけど……年齢からくる落ち着きだったのか。

 

 ところで、真っ先にセラスさんの呪いを解いた魔女さんだけど、今朝は「少なくとも呪いを解くのは今日じゃない」みたいな事を言ってなかったっけ。

 ……外、だいぶん暗くなってるし、ひょっとして日付変わってるとかそういうあれかな。……眠いし。

 いや、0時回ってるとしたら、まだ祭囃子が聞こえてくるのはおかしくない?

 街でやってるお祭りはまだ終わってない。七日間やるとは聞いたけど、まさか24時間ぶっ通しでやる訳でもないだろうし。

 

「お初にお目にかかります。セラス・ミルフィーユと申します」

 

 魔女さんから離れたセラスさんは、ちょこりとスカートをつまんでお辞儀をした。

 見た目は子供だけど、しっかりと気品がそなわっている。かっこいい。

 王女様である彼女に、私達もご挨拶。とはいえ、ええと、どう接すれば良いのかちょっと戸惑ってしまう。22歳だっけ? でも私と同年代に見えるし……敬語でいっか。ナミさん達はタメで話す事にしたみたい。海賊だからね、上下に縛られたりはしないんだ。

 

 セラスさんを交え、お話の続きをする。

 ルフィさん達の魔法は解かないのかなーと思ったら、聞こえてるからいいでしょうって魔女さん。いやいや、解いてあげてくださいよ。

 意識があるのに動けないのって、結構辛そうだし……。

 

「私は"ソクソクの実"を食べた速度自在人間」

 

 最初はセラスさんの自己紹介から始まった。みんな固まったまま進める事にしたみたい。

 彼女も悪魔の実の能力者か。……ソクソク? トキトキの……下位?

 

 この停止の呪いは、再び術者に触れられない限り十年もすれば勝手に解けるもの。

 かつて自分の能力で一度呪いを解いたセラスさんは、すぐさまやり返そうとしたらしい。

 当時のセラスさんは誰にもわからない速度で動けることでお城を抜け出したり悪戯したりして、自分に絶対の自信を持っていたらしくて、だから無謀にもジャシンに挑もうとした。

 

 けれど、アンサさんに止められた。

 自分の下位互換の能力を持つセラスさんの危険性を指摘したんだとか。

 そっか、アンサさん、私達みたいにジャシンと敵対しちゃった人を能力で止めて毒牙にかからないようにしていたみたいだから、それから抜け出せる力を持つセラスさんの存在は不味いって思ったわけだ。

 

 二人の間にどんな会話があったのか……忠告に従って、セラスさんは自分を時間の牢獄に閉じ込めた。そして今日まで生きてきた。限りなく引き延ばされた時間の中、ずっと外の様子を窺いながら。

 ……アンサさんの能力ではないのは、リンさんが彼を敵と思っているためか。なぜそこを隠しているのか腑に落ちないけど……今は聞ける雰囲気じゃないな。

 

「妹の事を、ありがとうございます。あなた達の事も見ていました」

「ああ、意識、あったんだな……」

 

 両手を揃えて微笑む彼女にウソップさんが問いかける。

 アンサさんの能力で固められた人に意識が残ってるなら、セラスさんの能力でも意識は……。

 

「ええ、はい。ですのでわたしの中では顔見知りのような……声をかけられない事にやきもきしていました。変な話ですけれど」

 

 それは……確かに、見えてて聞こえてて、なのに何もできないって、やっぱり歯痒いんだろう。

 リンさんとの生活でもそうだったのだから、辛さの程度は想像できないくらい。

 だからこそ、どうしてリンさんに秘密にしてたのか、魔女さんみたいに隠れて過ごすのじゃ駄目だったのかが気になる。

 

「お前、いったいどれほどの時間そうやって一人で……」

「お気になさらず。たまに妹が体を拭きに来てくれましたから、寂しくなんてありませんでした」

「たまにって……」

 

 リンさん、一日に何回か姉の体を拭きに行くって言ってたな。

 ……セラスさん、ほんとに寂しくなかったのかな。……考えるとこっちが参っちゃいそう。

 でも、もうその呪いは解けた訳で。

 これを知れば、リンさんも戻ってきてくれるんじゃないかな。

 

 セラスさんは、私達にどうしてそうしていたのかを詳しく教えてくれた。

 リンさんに何も教えていない理由も同時に。

 

 ずっと昔、まだリンさんもセラスさんも小さくて、王様も普通だった頃、リンさんが病魔に侵された。やがて死に至る不治の病。

 どれだけ手を尽くしても治らなくて、魔女さんも大急ぎでお薬作ろうとしたけれどうまくいかなくて、もうどうしようもないから、せめて心穏やかに過ごせるようにって、海岸沿いに建てた石造りの家にリンさんを住ませた。

 

 病気……今のリンさんはそういう様子は無かったけど、今は治ったのかな。

 

 ……海を一望できる海岸に建てた頑丈な小屋。

 そこで過ごすリンさんと、たまに遊びに来るセラスさん。

 二人で海を眺めるのが日課だったと、セラスさんは懐かしそうに語った。

 

 ひっそりと病を遅らせようと自分の能力のコントロールに努めたりして、でも中々上手くいかなくて、どんどん妹が弱っていって。

 そんなある日に海賊がやってきた。よりにもよってその海岸から上陸した悪党にあわや命の危機となったところで登場したのがジャシンなのだという。

 

 瞬く間に悪党を蹴散らしたジャシンは、なるほど確かに恩人になるのだろう。その目的を知っていれば認識は変わったかもしれないけど……というか、その海賊をけしかけたのがジャシンみたいだし。いわゆるマッチポンプというやつ。もっとも当時のセラスさん達にはわからない事だったのは……仕方ないよね。

 

 "ソクソクの実"の力を知って肩入れしてくれたアンサさんの能力でリンさんの病気の進行は完全に止まって、伸びた猶予期間のうちに魔女さんが薬を完成させて病を治した。

 これで終わってたならめでたしめでたしだったのだろう。もちろんジャシンが悪だくみして上陸してきた以上、ここじゃ終わらないんだけど。

 

 ジャシンはこの功績を対価に姉妹の身柄を王に要求したらしい。

 当然そんな要求は跳ね除けられた。けれど王妃が『病気』で死ぬと、何がどうなったのか王様は豹変して、これを承諾してしまったらしい。

 

 蛇に誑かされたんだ、とコーニャさんが言った。精神的な余裕をなくした王の隙に付け入って思い通りにしたんだ、って。

 それほどの豹変ぶりで、昔の王様からは考えられない。だからジャシンという明らかな悪がいながらも、王様に仕える騎士達は未だ忠誠を捧げ続けて王政を保っているんだとか。

 

 国が悪い方向に傾いても、セラスさんは動き出そうとはしなかった。父親がおかしくなったと信じられなくても、納得できなくても、行動できなかった。

 未熟だからかなんなのか、能力が解けなくて、止まってる事しかできなかったのだとセラスさんは語った。

 

「今日の日を迎えて、今はそれでよかったと思っています。当時では何もできなかったでしょうから」

 

 セラスさんが止まっていればリンさんもその場を離れられまいってジャシンに思わせて、対応を甘くさせる目論みもあったみたい。現に、セラスさんという人質があったからリンさん、比較的自由に動けていたみたいだし。

 

 それに、ジャシンだけではなく王やその臣下まで敵に回っているとなると一筋縄ではいかず、機を待つしかなかったのだとか。

 それはたとえば、ジャシンが何を求めて王を誑かしたのかを知るためであるとか、強力な仲間を集めて準備をするためであるとか。

 リンさんやコーニャさんが自衛できるくらい強くなって、アンサさんとの連携を強めて、ジャシンも王政もいっしょくたに相手できるくらいの基盤が整うまで。

 

 魔女さんが破れ、アンサさんが慎重に動くのを余儀なくされているジャシンもそうだけど、王国騎士の人達も相当強いらしいから、とにかく戦力が必要だった……。

 これらをリンさんに知らせなかったのは、当時リンさんが幼かったことやジャシンがその身柄を求めていた事もあって、リンさんから何も漏れないようにするためだから……だって。

 

「こうして私がおばあ様に呪いを解かれたという事は、全ての準備が整ったという事。さあ、解放の時です。私の能力で皆様の呪縛を解きましょう」

「じゃあ私はー、ルフィちゃんのお薬用意するわねぇ」

 

 魔女さんがバスケットをがさごそする間にセラスさんがそれぞれにタッチしていけば、みんなつんのめったりバランスを崩しかけたりしながらも、再び動き出せた事に息を吐き出していた。

 それで、話を聞いていたから齟齬なくこちらと合流できて、目的の統一もらくちんだった。

 けれど……準備が整ったってなんだろう。アンサさんはまだ決起のタイミングを決めていなかったように見えたんだけど……?

 

「はぁい、あーんしてねぇ」

「んがー……んぐ。ふっかーつ!!」

 

 小瓶片手にルフィさんの介抱をした魔女さんは、彼が完全に元気を取り戻すと、指を振って瓶を光に変え、ルフィさんに纏わせた。回復系かな。綺麗。

 

「あなたが壁を壊して飛び込んできた時、私は運命を感じたの」

「ん?」

 

 鼻息荒くやる気じゅうぶんのルフィさんの前にセラスさんが歩み出て、そんな事を言った。

 ……ああ、コーニャさんが幻惑系けしかけたって時の話かな。

 

「でも、それは一方的なもの。あなた達に無理を押し付ける権利は私達にはありません」

 

 静かに話すセラスさんを見ていれば、魔女さんが歩み寄ってきた。私の隣でバスケットをがさごそして、瓶を取り出すと、栓を抜いて私に振りかけようとするのにぎょっとする。

 え、なんで海水かけようとしてるの!

 

「ですから、このままこの国を出ていって頂いて構いません。もちろんその前に補償はしっかりとさせていただきます」

「……いいよ、そんなもん。おまえのためにやってる訳でもねぇし」

「え? いえ、ですが……!」

「やめとけ。一度こうと決めたこいつには何を言っても止まりやしねえよ」

「それにそんな危険な奴を放って置いてこの国を出るってもの不安だ」

「でも、あなた達にはなんの関係もないのに……巻き込む訳には」

 

 セラスさんがゾロさんやサンジさんと言い合うのを横目に、霧吹きみたいに海水をふきかけられた私は、ハテナマークを浮かべて魔女さんを見上げた。

 ……魔女さんの方も首を傾げてハテナマークを飛ばしている。 

 呪われてますねえって……え? それってアンサさんの能力で、ってこと?

 

「関係ないって事はないでしょ。この海全体に関わる事なんだから!」

「たしかにちょっと話したり飯食ったりしただけの仲だけどよ、縁も所縁(ゆかり)もないって訳でもねぇし」

 

 放って置けないとか、船長がああだしとか、そういう声を傍らに、魔女さんが私の体に触れるのにされるがままになる。

 呪われてるってどういう事だろう。海水かかったのに解けてないって事はないはずなのに。というか私、ずばずば戦鬼くん持ってたんだから呪われてないはずでは? ……でも魔女さんがわざわざ海水かけてきたって事は呪われてたって事で、でも私、今の今までなんともなかったんだけど……。

 にこにこ笑顔で、けれど無言の魔女さんにドキドキしながらアクションを待つ。

 

「……変ねぇ」

 

 ぽつり、不穏な呟きが降ってくる。

 心なしか魔女さんの笑みが困ったような感じに変わって、再度ぷしゅぷしゅと瓶から霧を放たれるのに、目をつぶって唇を引き結んで受ける。

 ……今度こそ解けたよね? 何かはわかんないけど……。

 

「効かないわねぇ……変ねぇ……」

「えっ、えっ……?」

 

 口許に手を添えて小首を傾げた魔女さんは、眉を八の字にして困り顔。

 うっそ、笑顔じゃなくなっちゃったよ……!? え、どういう……え? 私の身に何が起こってるの!?

 自分の体を見下ろしても、振り袖の右腕部分がちょっと消失して焦げ付いたりしてるくらいで、腕は新品だしよく動いてるし、体に不調は無いし、ちゃんと動くし……。

 

「ううん……ミューズちゃんは、何かの能力者かしら?」

「……いえ」

「うぅうん……じゃあじゃあ、スペちゃんの能力を"気合い"で防いだりした?」

「気合い、ですか? えっと……」

 

 一つ一つ確認するように、私と魔女さんで身体検査が始まった。

 お隣さんで何やらお話が進行している気がするけど、もはやそっちは耳を素通りしていくばかりだ。今は自分の体が心配で仕方ない。ずっと笑顔だった魔女さんに不穏な顔をさせる私の体……いったいどうなっちゃってるの?

 

「そうねぇ、外では"覇気"って呼ばれてるかしら?」

「ああ……いえ、覇気を纏う暇もありませんでしたけど」

「違うのねぇ。困ったわあ……困ったわねぇ」

「そ、そんなに……?」

 

 何やらアンサさんの能力は覇気でなら防げるみたいな口振りの魔女さん。

 ていうかこの国では覇気って"気合い"って呼ばれてるんだ……いや、たぶんきっと魔女さん限定だよね? 気合いって。

 

 ……あ。

 覇気じゃないけど、能力防いだものならあるな。戦鬼くん。海楼石製の刀。

 それを魔女さんに伝えれば、腰に差してたのって聞かれたので、左腰に触れながら頷いた。

 そうすると魔女さん、うんうん唸って考え出す。

 こっちは気が気じゃない。嫌な感じ……胸騒ぎがするのだ。何か、こう、ゆっくりと未来が閉じていくような……ねばつく焦燥。

 

 どっどって鼓動が体を揺らす。口の中が乾いてきて、見上げたままの形の首が辛くなってくる。

 呪いは二度、胸に触れられて受けている。それは腰に差した海楼石によって打ち消された。

 ……消されるまでの呪いが残留してるのかも、って魔女さんが言った。

 

 でもそれなら体に変化があるはずだし、水をかければ解けるはず、とも言う。

 実際は海水をかけても呪いは解けていないらしい。私にはわからないけど、魔女さんの甘紅色(クリムゾンシュガー)の瞳にははっきりと呪いが映っているらしい。薄い靄みたいな何か。

 

「そういえば、何か変わった事をしてたわねぇ」

 

 海楼石で打ち消されてるような、されてないような。

 能力がかかってるような、かかってないような。

 ふと思い出したようにちょいと見上げた魔女さんの言葉は、私の視線を新品の右腕に向かわせるには十分だった。

 

 ……全力の生命帰還をやったっけ。体をせっついて新陳代謝だのなんだの促して腕を生やした。

 それってとっても体に悪影響?

 いやいや、人間に出来る範囲の事しかしてないよ、私。

 

「ミューズちゃん……腕を生やすのは、普通の人間にはできないことよぉ」

「……ですかね」

「うん」

 

 うんて。

 ついに魔女さんから間延びした声すらなくなってしまった。

 そっか、森の中で起きた事、魔女さんにはわかってるんだ。だから微妙に眉間に皺寄ってるんだ……。

 

「あのねぇミューズちゃん。スペちゃんの呪いがねぇ、こう、この部分に強く残ってて」

 

 と自分の胸を指さす魔女さん。クソダサジャージのカエルさんがへらへらした顔を向けてくるのにちょっとイラっとした。

 

「スペちゃんの能力って時間を奪うのよぉ。……わかるかしら。時間を、奪う……ね?」

「………………?」

「うん、とっても理解したくなさそうな顔ねぇ。でももう海水でもどうにもならないからー……受け入れるしかないのよねぇ。ほら、よぉく見てもー、馴染んじゃってるわねぇ……ここに」

 

 トントンと自分の胸を指で叩く魔女さん。その軽い音に、アンサさんが二度私の胸に手を押し当てていたのを思い出した。

 要するになんというか、こう、触れられた部分を中心に呪いが馴染んでいる的な……。

 中身も外側もきっちり正常に生きてるのに停止の要素だけ残ってる感じの……こう、なんか概念的な……悪魔の実の神秘とかそういう。

 

「そうそう。そこら辺が停止……つまりはぁ、奪われちゃってるのねぇ。成長するための時間とか、そういうの?」

 

 ……あの人なんで執拗に私の胸触ってきたの? 身長の関係で身を低くしてても真っ直ぐ手を伸ばしたらどうしたってそこら辺に当たるのはわかるけどさ、私女の子じゃん? そういう……そういうさ。ねぇ。なんでよりにもよって。お腹なら喜んでたかもしんないのに。なんで。

 

「まあいいんじゃない? 不死って訳でもなさそうだしぃ」

「は……」

「不老って人類の夢よねぇ。あ、お姉さんはそういう魔法は使ってないわよー? これはねぇ、日々のアンチエイジングの賜物で……」

「はああああ!!!?」

「ひぇ」

 

 カッと目の前が真っ赤に染まった。

 そして脳裏を過ぎる、かつて夢想した未来図。

 

 将来、六メートルの大人の女になるという私の夢……。

 めっちゃでかいやつばっかのこの世界、みんなを見下ろしながらお酒飲んで悦に浸ろうという大きな夢が……。

 コアラししょーみたいにナイスバディになるささやかな夢が……。

 

「みゅ、ミューズちゃん、落ち着いて? ね? ほぉらみんなびっくりしてるから……きらきらきら、星の魔法よー? ほら、ほ…………白目剥いてる……」

 

 絶望!!!! これ以上成長できないとか!!!!!!

 あのぽぺぺ絶対ぶっ飛ばす!!!!!!!

 魚人島まで殴り埋めて空島まで殴り飛ばす!!!!!!

 

「あの、大丈夫ですか?」

「……大丈夫、デス」

 

 燃え上がる怒りはさておき、まさか王女様のお話を邪魔する訳にはいかないので、心配そうに声をかけてきたセラスさんに思いっきり息をのみこんで気持ちを落ち着かせてから静かに頷いてみせる。

 腹の虫は収まらないが、アンサさん私達を逃がそうとしてやっただけだからそっちに怒りを向けるのはお門違いだ。

 なんもかんもジャシンが悪い。悪いったら悪い。

 ……許さない。

 ぶっ殺す。

 

 私、ちょーっとルフィさんの活躍みたいなぁ、何かするなら近くにいたいなぁって思ってただけなのにこの仕打ち。誰かのファンになる事が罪だとでもいうのだろうか。私の将来性を奪う権利が誰にあるのか。

 未だに薄く聞こえる祭囃子がうざい。

 

 ねぇ、海水かけて解けないってことはさ、アンサさんの意識奪ったりしても解けないって事だよね。

 ……ワンチャンその時間の能力で成長性取り戻してくれたりできない? できるよな。できないとおかしい。

 ……でももし不可能だったらショック大きすぎるから、期待しないでおこう。

 

「とにかく、無理矢理リンちゃん連れ戻したって無駄だってのはわかった」

 

 サンジさんのボイスが耳をくすぐるのに、もう一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 魔女さんから甘い香りが漂ってきてちょっと胸焼けしそうになった。なんだろう、香水みたいな、洋菓子……焼き菓子みたいな香り。

 

「ジャシンへの恩がある限り、たとえセラスちゃんがなんと言おうとリンちゃんはあいつに従い続けるって事か」

「困ったわねぇ。ジャシンちゃん懲らしめる時は、リンちゃんには離れてて貰いたかったんだけど……あんなに頑固な子に育ってるなんて思わなかったわぁ」

 

 困った風に頬に手を添える魔女さんの傍へ、コーニャさんが歩んでくる。

 

「だからって……今さら決起の日を遅らせる事はできないです。幸い、元より近い日に立ち上がろうとはしていたので……アンサ殿も、準備は整っているとは思うのですが……」

「大丈夫よー、スペちゃん若いんだから、急な対応も楽勝でしょお」

 

 あ、やっぱりアンサさんに話通ってないんだ。決起の日はまだまだ先、みたいな口振りだったもんなぁ。

 でもたしかに色々と準備は整ってる的な事も言っていた。

 それでも無茶ぶりな気がしないでもない。

 

「皆様、非常に心苦しいのですが、手を貸してくれると言うのならば我々はその手を掴むほかありません。……本当によろしいのですね? 相手は屈強な騎士達と、強大な海賊なのです」

「気にすんなって言ったろ! こっちは好きでやってんだ」

 

 笑みを浮かべて言い切るルフィさんに、言葉なく同意する仲間達。その中にはもちろん私も入っている。

 刀と神様の事差し引いても私が戦う理由はじゅうぶんある。

 というか大したもんだよね。私今、結構怒ってるんだよ……個人的な理由だけどさ、こんな苛立ちは初めてかもしんない。

 

「同じ目的を持つとはいえアンサ様は敵方に属しています。出会えば交戦する事になるでしょう。王もかつては名を馳せた武人。くれぐれもお気を付けを」

 

 みんなの前に立ったセラスさんが話を纏めた。

 ポペペという優秀な部下が反旗を翻すと同時、死んだも同然だったはずのセラスさんと死んでいたはずの魔女さんでジャシンの足を止めて、集った同志で総攻撃して倒すという単純なもの。

 王を下し、セラスさんへの王位継承を喧伝して騎士達に膝をつかせるのもこなさなければならないらしい。

 飛び入り参加の私達は、このジャシンへの総攻撃に参加する事になるみたいだけど……。

 

「事を運ぶには速度が最も重要になります。何事も素早く……! ジャシンが気付いた時にはその喉元に食らいつけるように。──そこで私の力の出番です」

 

 顔の横に手を挙げてみせた彼女は、自分の能力は他人にも影響を及ぼす事ができると説明した。

 

「今から皆様に順番に触れていきます。速度の違う世界に入り込んだなら、皆様全員がその状態になるまでお待ちくださいね」

 

 と喋りつつ、セラスさんはさっそく先頭に立っていたルフィさんにタッチした。

 あっ。

 

「あっ」

「え?」

 

 麦わらの一味全員の「あっ」が重なった。

 なんかまずい事しました? 的な顔をセラスさんがした時にはもうルフィさんの姿は消えていて、ほとんど同時に遠くの方で爆発音がして地面が揺れた。

 明らかにお城の方角である。

 

「えっ、あのっ、あれ? ルフィ様は……!?」

「あのバカ……待てなかったな。いや、話を聞いてなかったのか」

「ルフィに作戦通りに動けー、なんて土台無理な話だったのね」

「若いわねぇ……いいわねぇ」

 

 呆れた声とのんびりした声が交差して、だんだん状況を飲み込めてきたのか、さあっと顔を青くさせるセラスさん。

 このままではこれまで水面下で築いてきた作戦が全て瓦解してしまう。

 自身の動揺を抑えるためか、セラスさんは胸に手を押し当てて誰にともなくこう説明した。

 

「ああ、安心してください! 王国の危機だと政府に連絡をいれました! 先程は『どれほど要請しても受け合って貰えなかった』とお伝えしましたが事情が変わりましたようで、トップが変わって、それでえっと、あの! じ、じきに海軍より最高戦力、"大将"が派遣されるでしょう!!」

 

 えっ。

 え、何それ、聞いてないんですけど。

 ぱたぱたわたわた身振り手振りが忙しい王女様は、それでもにっこり笑って私達を安心させようと微笑みかけてきた。

 

「皆様に頼るのは心苦しいのですが、それまでの辛抱……! なんとか大将の到着まで時間を……あ、あの、皆様方? いかがなされました??」

「おれ達ぁ海賊だ! 大将なんかこられたらおれ達まで攻撃されるぞ!?」

「ええー!?」

 

 い、今さら過ぎる……!

 そっか、なんでかリンさん達、ルフィさん達の事旅行者って言ってたもんね!

 というかセラスさん、ずっと倉庫にいたからこっちの詳しい事情は知らなかったんだね……!

 

 なんというか、結構色々な事が短時間のうちに起こってしまっていたからその弊害みたいなもんかな。

 海軍の大将か……妖精の森で起きた事が現実に……?

 いやいや、サカズキさんはもう大将じゃないんだから、自ら動く事なんてないはず。つまりノットおしりぺんぺん!

 

 でも大将来るなら王女様自ら動く必要ないんじゃって思ったけど、十二年無干渉で海賊の動くがままにさせていた政府には半信半疑ってところなのかな。

 そこら辺、魔女さんがのんびり教えてくれた。外部に頼りはするけど、それはそれとして自分達の力でも解決をはかっている。

 息子の不始末は自分の不始末だと言う魔女さんは、ぽわぽわしてるけど真剣だ。

 ……でもその見た目で息子とか言われるとかなり複雑な気持ちになるな……。

 

「いいい急ぎましょう! こうなれば一刻も速く──!!」

 

 あ、びゅんって、セラスさんまでいなくなっちゃった! ちょちょ、ちょっと、なんで一人でー!

 あらーと困った声を出した魔女さんが、ゆっくりと私達へと振り返る。

 

「それじゃあ私達も行きましょう。えいえいおー」

「……おー」

 

 軽いというか緩いというか、魔女さんが腕を上げるのに、コーニャさんが控えめに合わせて、私達は弾かれたように王国へと飛び出した。

 

 

 

 

「はぁい、パレードよー。お祭り楽しんでるかしらー?」

 

 きらきらと光を振りまいて、幻想的な動植物が列をなしての大行進。

 どよめく民衆達は、それでも祭囃子の中にいて、喜んだりぼうっとしたりしている。

 何度か魔女さんやコーニャさんの名前を呼ぶ声もあった気がした。どれも呟くようなものだったから確証は持てないけど、たぶん、アップル様だ、コーニャ様だ、って少なからずどよめきがあったように感じられた。

 

 光る馬とか光る馬車とか光る蝶とか輝くリンゴとか、百鬼夜行に近い行列へ混ざった私達は、一路、遠目に見える王城を目指してひた走った。

 

「……!」

 

 先頭を走るコーニャさんが僅かに歩調を乱したのは、お城を取り囲む壁が見え始めたくらいで、反応して広げた見聞色に引っかかるものがあって空を仰げば、黒い影が風のように下りてきたところだった。

 

「! きゃっ!?」

「ナミ!」

 

 急降下してきた影がナミさんに突撃して後方へ転がっていくのに、急ブレーキをかけて振り返る。

 敵襲!? って、そりゃそうだよね。ルフィさん先行って暴れちゃったもんね、その騎士ってのが動き出しててもおかしくないか!

 

「っとぉ!」

「ぐは!」

 

 ナミさんに手を貸そうと飛び出そうとしたところで、もつれ合っていた二つの影が止まった。

 そうすると人間大の黒い鳥に跨って棒で押さえ込むナミさんの姿が見えて、ほっと息を吐く。

 

「中々の反射速度……! 何やつ!」

「お転婆でごめんあそばせ。乱暴者に名乗る名前はないわ!」

「むぅう! 我は栄えある王国騎士なり!」

 

 青い鎧みたいなのを着込んだ鳥は身を捩って拘束から脱出すると、羽を広げて滞空した。やっぱり騎士……能力者か。モデルはなんだろう。飛ぶのが速いのはわかったけど、なんで頭にキウイっぽいの乗っけてるんだろ。

 

「んのヤロ、ナミさんに……!」

「大丈夫よサンジ君! それより先を急いで!!」

 

 飛び出そうとしたサンジさんが手で制された。急いで行けって指示に躊躇いがちに従う。

 大将なんかに来られてはたまんないもんね。しかし引く事もできないとくれば、さっさと目的を果たして大将が来る前に事を終わらせるのみだ。

 

「あたしを狙うとは慧眼ね」

「弱者から狙うのは常套手段! 城を襲った者の仲間と見受けた! まずは貴様から排除し──む!?」

 

 突撃の姿勢を見せた鳥の体から手が生えて羽ばたきを抑え込み、地面に落とす。

 

「援護するわ。すばしっこそうね」

「ありがと! さっさとやっつけちゃいましょ!」

 

 歩み出てナミさんに加勢するロビンさんが、私達に先へ行くよう促した。

 体を高速回転させて地面にこすりつけ、能力による拘束を弾いた鳥騎士を見るに結構手強そうな感じだけど、ここは任せるのが正解だろう。

 

「"蜃気楼(ミラージュ)=テンポ"!」

「消えた!? 奇怪な……! ぐむ、なぜ手が生える!」

「硬い……!」

 

 二人の奮闘の声も祭囃子の中に溶けていって、私達は王城へ続く道を進んだ。

 けど、騎士が一人って訳でもないみたいで、すぐさま第二陣がやってきた。

 四足歩行で地を駆けてくるのは、三匹の犬……いや、狼も混じってる?

 それらも先程の騎士同様青っぽい鎧を着こんでいて、ガッシャンガッシャンとリズムよく鳴らしていた。

 なんでどの子も頭の上にオレンジみたいなの乗せてるんだろ。

 

「うおお!? 地面からなんか出てきたあ!」

 

 と悲鳴を上げたのはウソップさんだ。見れば確かに床に穴を開けて猫みたいな……たぬきみたいな何かが上半身を出してウソップさんの足を掴んでいた。

 前方ばかりに注意を向けていて不意を打たれたな……! 前の三匹に対応しようとたサンジさんとゾロさんが背後の声に気をとられた一瞬、その頭上を飛び越えて──つまりは私の上も飛び越えて──犬達が潜り込んできた。

 

「貴様ら侵入者だな! うまそっ! この街で暴れる事はホネッ、許さん!」

「グルルルル! 気を引かれる! なんだこれは! 何かの能力か!? ウマソウ!」

「ええーこっちに来ましたァ!?」

 

 おそらく動物系(ゾオン)の能力者である二匹の犬がブルックさんに殺到する。凄い勢いだ……!

 刀を抜きざまに伸し掛かられたブルックさんが噛みつかれるのを助けようとしたチョッパーくんの方は、三匹目である狼に食らいつかれそうになって姿を変えて跳躍し、牙から逃れていた。

 

 滞空するチョッパーくんを、姿勢を低くして狙う狼騎士に、しかし援護は必要ないと判断する。

 チョッパーくんもブルックさんもウソップさんも、急襲に焦ってはいても平気そうだし、それにここで止まっちゃナミさん達を置いてきた意味がない。

 

「大丈夫! おまえたちは先に行け!」

「この調子だとまだまだ騎士はいそうですね! 恐ろしい!!」

「グルルル! なんと実直な剣捌き! よもや同じ"騎士"か!?」

「ヨホホ! そのような存在ではありませんよ!! "酒樽舞曲(ポルカ)・ルミーズ"!!」

 

 連続の突きをかろやかな動きで交わす二匹の犬騎士。

 巨大な植物がたぬきっぽいのを捕えて打ち上げるのをしり目に、再び先を急ぐ。

 

「そこまでだ不埒者ども! ここから先は一歩も通さん!!」

 

 どんどん壁が近づいてきたところで、空から巨漢が降ってきた。

 ズドンと地面を揺らして着地したのは、青い鎧を着た……二足歩行のカバ? いや、ネズミ?

 なんの動物かよくわからないけど、頭にフルーツ乗せてるのは共通してるね。イチゴだ。

 

「どいてろてめぇら! "風来砲(クー・ド・ヴァン)"!!」

「うおっ」

 

 走りながら前へ出て片腕を突き出したフランキーさんが空気の圧を飛ばして突破をはかった。

 が、なんの動物かわからない騎士はべこんと鎧をへこませて吹き飛ばせたものの、すぐさま起き上がって向かってきた。

 勢いのまま騎士とフランキーさんが両手を組み合って力比べをするその横を素通りする。悪いけど構ってる暇なんかないんだよね。

 私だって、今、怒りに燃えてるんだから!

 

「うふふ、魔力が節約できて助かるわ~」

 

 ほんわか言いつつ体一つで低空飛行する魔女さんは、未だ緊張感の欠片もない顔でさっと指を振った。

 きらきらとした光が風に乗って流れ、取っ組み合う二人の下へ届くと、突如フランキーさんが獣騎士を振り回すように持ち上げて横へ投げ飛ばした。

 

「なんだ!? 突然力が湧いて来やがった……! よくわからねぇが、今週のおれはスゥーパァー! イケてるぜ!!」

「ひゅー♪」

 

 下手な口笛を声援代わりに贈る魔女さんに、そういえばさっきから指振ってたなーと気づく。

 支援魔法的なのを送ってたのか。

 

「あそこです……あっ、門が壊されて……!」

 

 また少しの間走っていれば、コーニャさんが口を開いた。

 彼女の言う通り、壁の残骸が散乱する中で鉄製の大きな門がひしゃげ、もぎ取られたような鉄の棒がいくつか散らばっていた。

 

 そしてそこにセラスさんがいるのを見つけた。同じく、先に飛び出してしまっていたルフィさんも。

 

「おい、あいつまた呪われてんぞ……!」

「セラスちゃんがついてんのに、なんで固まったままなんだ?」

 

 ゾロさんとサンジさんが呟いた疑問はもっともで、アンサさんの呪いを解く事ができるセラスさんは、足を曲げ、斜め上空に向けて腕を振るう最中に止まってしまったようなルフィさんの横でおろおろと手をかざしていた。

 

「セラス様!」

「あっ、コーニャちゃん! どうしましょう、ルフィ様が……!」

 

 とりあえずいったんここでブレーキだ。

 百鬼夜行のようなパレードも光の粒となって地面に降り注がれ、私達は少人数で二人の下へ駆け寄った。

 ……あれっ、瓦礫の中に神様埋まってるんですけど。

 ……のの様棒を両手で持って構えてるあたり、やっぱりアンサさんと交戦しちゃったのかな。その可能性は高そう。

 だってこのお城、この国で一番高い建物っぽいもん。

 

「あの、ルフィ様はその、数千年分もの停止の呪いの中にいて……」

「数千!? なんだってそんな事に……」

「私が高速化をかけたせいです……そのせいで一瞬のうちに何度も門に触れてしまったのでしょう。さすがにその時間をすぐには経過させられず……申し訳ありませんっ!」

「セラス様、顔を上げてください……!」

 

 頭を下げるセラスさんに、コーニャさんがおろおろとした。そんなに簡単に頭を下げないで、って。

 

「おい魔女」

「はいはぁい、わかってますよー。あ、ゾロちゃん、良かったら私の事はアップルちゃんって呼んでね?」

 

 瓦礫の中から神様像を引き抜いて立たせ、土埃なんかの汚れをはたいて落としていれば、魔女さんは指の一振りでバスケットを取り出すと、中から海水入りの瓶を取り出して栓を抜いた。

 魔法で直接水を出さないのは……悪魔の実の能力で海水とかは出せないからかな。……ミズミズの実とかって存在するんだろうか? 対能力者最強の能力って感じするけど。

 

「うおおー! ふっかーつ!!」

「あの、魔女さん、まだ海水ありますか?」

「はいはぁい。わぁー、とっても福耳ねぇ」

 

 雄叫びをあげるルフィさんを傍らに、神様も直してもらえるように頼めば、ぽてぽてやってきた魔女さんはおもむろに神様の耳たぶに触れた。

 といっても呪いで固まってるから柔らかさなんかはなかったんだろう。期待と違っていたようで魔女さんは無言になってしまった。

 

「しゃらんらー」

 

 海水によって神様は解放され、一瞬膝から力が抜けたように崩れ落ちかけたのを支えれば、不機嫌な顔が私に向けられた。伸びてきた指につんと額をつっつかれるのに反射で目をつぶる。

 なに? なんで今つっついたの!?

 

「おのれ……! あのいけすかん蛇に恐怖というものを教えてやる……!!!」

「うわあ、めっちゃキレてる」

 

 神様激おこだ。バリッと鳴って姿を消す神様に、ああー、せっかく合流できたのに、と肩を落とす。

 

「行くぞおまえら!!」

 

 けれどルフィさんが号令をかけてくれたので、気を取り直して「おうっ」とお返事。

 って、これじゃあ私も麦わらの一味みたいだね。

 なんか恥ずかしい……。

 

 駆け出すルフィさんに合わせて私達も門の残骸を超え、敷地内へと踏み込んでいく。

 わらわらと出てくる兵士的な人達は先頭を走るルフィさん、ゾロさん、サンジさんにあっという間に蹴散らされ、コーニャさんやセラスさんを見た兵士は槍や剣を取り落として動揺し、中には膝を突いたりひれ伏す者もあった。なんだその反応。みんなセラスさん達に敵対してるんじゃなかったっけ? ……途中から話聞いてなかったから事情がよくわかんないな。

 まあいいか、私のやる事は刀取り返してポペペとジャシンぶっ飛ばしてアンサさん地面に埋めるだけなのは変わんないんだから。

 

 そんなこんなでごくごく簡単に王城前まで辿り着いた私達だったのだけど。

 

「うおォオ!!」

 

 緑の芝生とか彫刻からの噴水とか、そういう厳かな感じのお庭のような場所。

 大きな城門の前には、これまた大きな体を持つ鎧騎士が立っていて、さらには黒尽くめの怪しい男……アンサさん、もといポペペまで立ちはだかっていた。前方へ伸ばした足は、誰かを蹴った後。

 

「どうっ……!」

 

 地面を揺らして仰向けに倒れ込んできたのは、半裸の巨漢。丸刈りの黒髪におひげと、それから地面と背中にサンドされているのは……白い翼?

 

「おお! ようやく来なさったか……!」

 

 倒れたまま顔を上げてこちらを見たのは、記憶が正しければ"怪僧"ウルージだろう。最悪の世代の一人。

 なぜ彼がここに? ようやく、とはなんのことだろう。彼の視線は魔女さんに向かっている気がしたが、魔女さんはにこにこしてるだけで何考えてるのかわかんないし、よく見ればウルージさんも汗を流しつつにこにこしている。しまった、笑顔に挟まれた……! なんか私もにこにこしてしまう。

 

「なんだあのデカいのは」

 

 ネクタイを緩めながら門の前を陣取る騎士を見上げるサンジさん。

 さあな、とゾロさんが刀を抜けば、風が流れて、私の目の前にポペペが現れた。

 何度見ても反応が追いつかないスピードだ。はためく着物を押さえて彼を見上げる。

 

 彼は特に言葉を発する事なく私や私の後ろにいる魔女さんとかコーニャさんとかセラスさんを順繰りに見ると、黒マスクに指を引っかけてずりさげ、サングラスのツルをつまんで持ち上げて顔を露わにした。

 うわ、色白……というか意外と若い。

 そしてなんかめっちゃ不満そうというか不機嫌そうな顔してる……!!

 あれかな。急に動き出したからやっぱり怒ってるのかな。何勝手におっぱじめてんねーん、みたいな。

 

 何も言わずマスクもサングラスも戻すポペペ。魔女さんがくすくす笑うと、ギッと睨みつけるように顔を動かした。うーん、仲良さそう。

 

「"鷹鞭(ホークウィップ)"!」

「む!」

 

 横合いから伸びてきた黒い足がポペペを襲う。両腕を顔の前に翳してガードした彼は、どでかい騎士の下まで軽やかに飛ぶと、体勢を崩す事なく着地した。ルフィさん、完全に戦闘態勢だ。

 

「あの騎士の名はジョコンド。この国で一番守りの固い男です」

 

 コーニャさんの説明に、いかつい顔の騎士を見上げる。

 でかーい。そして丸い。青い鎧も凄く引き伸ばされてる感じがする。

 けど、そのまるまるっとした体に似合わず凄まじい覇気を感じられる。

 ズシン。地面を揺らして身動ぎしたドデカ騎士が胸を張る。

 

「そうだ! おれは攻撃は苦手だが、守るのは得意! この城を守るため、守り抜くためだけに鍛えたおれの"気合い"は誰にも破れん!! 戦わずして勝つ、それがおれの騎士道!! なので……王女様方に攻撃しなくて済む……!!」

 

 あ、やっぱりこの人もセラスさん達には攻撃したくないのね。……じゃあ投降すればいいじゃん。なんでみんな襲ってくるんだろう。たしか、前の王様を信じて忠誠を誓い続けてるんだよね? でももう十二年も経つんだよ。セラスさん達の事は信じられないのかなぁ。

 

「ぬぅう……!」

 

 のっそりと立ち上がったウルージさんがファイトスタイルをとる。

 うーん、さっきのアンサさんの言葉を考えれば、魔女さんかポペペ……アンサさんが集めた助っ人的な人がウルージさんなのだろう。なんで助っ人が海賊なのかはわからない。だってアンサさんとお話しする時間なかったしね!

 ウルージさんの横にルフィさんが移動する。そうすると巨漢の彼は笑顔のままルフィさんを見下ろした。

 

「なぜ"麦わら"がここに……?」

「おっさんこそなんで戦ってんだ?」

「……ゆえあって、呼ぶ声に応じた。目的は一つ。あの守りを崩す事のみ」

「そっか。やる事はおんなじだな」

 

 二人が会話してる間にセラスさんがゾロさんとサンジさんにタッチした。

 途端、二人とも目に見えない速度で飛び出して行って巨大騎士を斬りつけたり蹴りつけたりするものの、僅かに身を揺らすだけで敵は堪えた様子もない。そして黒い影が宙を走ったかと思えば、滞空して視認できるようになっていた二人を同時に吹き飛ばし、影もまた消えた。たぶんあれはアンサさん。

 

 あっちでこっちで破砕音やら硬質な音が響き始めるのに、目まぐるしくなっていれば、息を乱したセラスさんがやってきた。

 かなりの汗だ。これだけの人に能力をかけたのは初めてだから、参ってるんだって。

 消耗するんだ、その能力。

 

「うわっ!」

「ぐぅう!」

 

 セラスさんのタッチを受けようとしている間にも城門前の戦闘は激しさを増す一方だ。超スピードバトルだから目を離すと訳が分からない。こっちを取り囲もうとにじり寄ってきていた兵士達がぽんぽんぽんぽん十数人単位で吹き飛んでいく。地面に斬撃の跡ができたり燃える何かが回転してたり。あわわ、目が回りそう!

 向こうのドデカ騎士さんもよくわかってないみたいで横顔から足からと衝撃を受けて体を揺らしては堪えている。

 ルフィさんとウルージさんも突然左右へ吹き飛んで地面を転がった。

 

「くそー、速ぇ! 見えねぇ!」

「ぐ、く……! だが、これだけやられればじゅうぶん……!」

 

 腕をついて立ち上がったウルージさんがもこもこと巨大化する。それでもドデカ騎士の方が大きいけれど、ウルージさんはにやりと笑みを深めると、引き絞った拳を放つべく突っ込んでいった。

 

「"因果晒し"!!」

「っ!!!」

 

 砲弾でも直撃したような音を耳にしながらセラスさんの方へ視線を戻す。

 伏せた顔は青いし息は荒いままだし、こちらに差し向けようとした手は指が引き攣ったように固まっている。

 能力の行使がよっぽど辛いらしい。見ているこっちまでしんどくなってきてしまうのに眉尻を下げる。

 

「ちょおっと困ったわねぇ……」

「も、しわけ……っ、うまく、力が……!」

「セラス様……! 仕方ないです、ずっと能力を使ったままで……さほど休憩も挟まずにまた……!」

 

 あ、そっか。セラスさん自分の力で自分の動きを止めてたんだもんね。十二年。それにさっき、ルフィさんにも能力使ってた。

 そっかそっか……でもまあいいや。こっちに対応せざるをえないポペペさんにはゾロさんとサンジさんが相手できてるんだから、別にもう速くなんなくたって問題なんかない。

 

「しかしっ、戦っていただいている以上はお力に……!」

 

 だから無理に頑張らなくていいんだよって伝えたんだけど、セラスさんは引きたくないみたい。

 魔女さんとコーニャさんが指を振ってきらきらした光をセラスさんにかければ、彼女はだいぶん楽になったようで、胸に手を当ててふぅっと息を吐いた。

 

 それから自分の手に視線を落とすと、辛そうに私を見る。

 体力は戻っても能力の行使が難しいのは変わらない、と。

 そもそも判定どうなってるんだろうね、それ。

 

「大丈夫だよ。セラスさんの力借りなくたって、みんなうんと強いんだから!」

 

 安心させようとガッツポーズを作ってみたけど、セラスさんの眉は下がったままだ。

 あはは、こんな子供が言っても説得力はないかな?

 

「"ゴムゴムの"ぉ!! "灰熊銃(グリズリーマグナム)"!!!」

「ふんぬっ!!」

 

 巨大な黒色の両手が騎士の腹を叩き、入れ替わるようにしてウルージさんの倒れ込むようなパンチが同じ場所を叩く。

 

「くそっ、硬え! こいつの武装色……!!」

「まさに鉄壁か……! 殴るこっちがダメージを受けている……!!」

「そうだ! 自滅するが良い! おれはここを動かん!!」

 

 鼻息を噴き出してどっしり構える騎士は、何をしたって退けられそうな気配はない。

 

「あれをほっといて城壁壊して侵入しちゃ駄目なのかな」

「だめですよぉ?」

「え? 魔女さん、なんで?」

「聞いてなかったんですねー。ミューズちゃんはのんびりした子なのねぇ」

 

 聞いてなかった……いやたしかに自分の事でせいいっぱいで、なんかルフィさん達が話し合ってるのかなり、聞き逃していたけれど! でも少しは聞いてたよ!?

 ええと、ええと、なんで真正面から突入しなくちゃいけなかったんだっけ……ジャシンに気付かれる前に潜り込むんだから、入り口からっておかしくない?

 

 うーん、わからん。

 もういいや。

 

 わかんない事はおいといて、先の事を考える。

 他にも騎士がいないとも限らない。というか、セラスさんが他人の速度を速められるとなると、ポペペもできる可能性が高いから、高速化騎士軍団とかいてもおかしくない。

 そうなるとセラスさんに頼るしかなくなるんだけど……まだ、辛そうだ。

 

 だったらこっちでなんとかするしかないよね。

 高速で動くくらいなら対処なんて容易いんだから。

 ……ああでも、まずは目の前の騎士をなんとかしないと。

 

「こんのォ!」

「生温い! 鎧さえ砕けんわ!!」

「これだけ殴りつけてビクともしないとは……見誤っていた……!」

 

 ルフィさんの攻撃もウルージさんの攻撃も全然あの騎士には通じてない。

 むむー。

 ……それにしてもなんであの騎士、頭にでっかいメロンぽいの乗せてるんだろう。

 新鮮そうなのがむかつく。

 ……むかつく、と心の中で言ったら怒りが再燃してきた……。

 

 しんどそうなセラスさんは休ませてあげて、さて……私もやるとしますか!



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第二十二話 戦う花嫁

遅れました。
長くなったので分割します。
次話は近いうちに更新します。




「奴は動かず、こちらばかりが消耗していく……守りに徹する事がこれほどまでに手強いとは……!!」

「そこどけよ!!」

 

 飛び上がったルフィさんが足を天高く伸ばし、巨大化させて振り下ろす。黒色に染まった踵落としは、掲げられた腕一本に受け止められた。ドデカ騎士はびくともしない。

 しゅたっと下り立ったルフィさんが片膝と片手を地面について荒い呼吸を繰り返す。先程から打ちかかっては後退し、勢い付けて殴り掛かっては下がるのを繰り返しているウルージさんも、笑顔ではあれどかなり疲労しているようだった。

 

「効かんなぁ……まるで響かん!」

 

 一方的に攻撃してるのは彼らの方なのに、何もしてないドデカ騎士の方が優勢に立っている。

 なんという打たれ強さだろう。パンチもキックも"見えない鎧"に阻まれてダメージを与えるどころか傷一つ付けられていない。

 そんなに凄い覇気なのか。

 よーし、じゃあ私の覇気と力比べしてみよう。覇気通しのぶつかり合いって好きなんだよね、私。

 

「……ん?」

 

 まあその前に、頭を使った攻撃もしよう。小手調べって大事だからね。

 着物の裾を掴んで太ももまで引き上げ、露わになった足をぐいっと斜め上へと突き出す。下着穿いてるから恥ずかしい事なんてなんにもない。私に羞恥心を取り戻させてくれた魔女さんに感謝。

 太ももに括り付けられたペンライト型"黄猿のレーザー"も、もちろんその他の戦闘機械と同様改修済みだ。ピピピピピ……とチャージすれば光が溜まり、その眩さにドデカ騎士が注意を引き付けられて私を見下ろした。

 足の裏とかに光が集まる訳じゃないからあんまり格好つかないけど……まずは小手調べ。ビームキック行ってみよう!

 

「それー」

「!? ぐオ!!?」

 

 ズム! とドデカ騎士の頭を飲み込んだ爆発に、彼は仰け反りながら両腕をばたつかせた。

 足を下ろし、屈伸して力を溜め、悶える騎士のお腹目指して超速突進。覇気を纏わせた拳を前にめり込んで行けば、むむっ、たしかに硬い手応え。鎧に罅すら入らない。

 

「ぐ、その程度──」

「"大神撃"」

「オウッ!!? がふ──」

「"大神撃"っと」

「!?!?」

 

 叩きつけた腕から放たれる究極の衝撃が巨体を揺らす。おお、ほんとに一歩も引かない。なのでもう一回大神撃。

 この技ぶっちゃけノーモーションで放てるから、相手が動かないと連続で叩き込めるんだよね。

 

「うん、じゃあもう十発いってみようか」

「え!? や、やめ」

「"大神撃"」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 あ、鎧砕けた。秒速で叩き込むとこんくらいのダメージになるのか。

 上から降ってきた血の塊を、腹を蹴って後ろへ飛ぶ事で避ける。タタンッと空気を蹴ってお次は顔狙い。

 

「なんっ、何がどう──!?」

「おりゃあ!」

「ブ!!?」

 

 混乱している様子の騎士さんの顎を蹴り上げざまに大神撃を放てば、ぐわんと巨体が浮いた。お、追撃のチャンスだ。思いっきり両手に覇気をこめて竜の爪を作り出し、地面へ叩きつけるべく胸元へ突っ込んでいく。

 

「"超竜神撃"!!」

 

 交差させた腕が鎧やら骨やらなにやら砕く感覚があって、城門を破壊しながら倒れ込んだドデカ騎士はもはや声もなく、私が地面に下り立っても立ち上がる気配はない。

 ……あれ、終わっちゃった……? なんかもっとタフそうな感じしてたんだけど……。

 

「驚いた、なんて強さ……!! 見覚えのある童女と思っていたが……その揺蕩う羽衣は、"天女"か!」

「やるなーミューズ! おれの攻撃じゃびくともしなかったのに! それに、さっきのってビームだよな!?」

「あの、はいっ。ビームです……ぇと、頑張りました、です……えへへ」

 

 ルフィさん達がいくら攻撃しても倒れないから、相当タフなんだと思って思いっきりやったらあっさり倒せてしまった。拍子抜けというかなんというか……褒められて照れ照れしつつ、なんとなくコーニャさん達の方を見れば、セラスさんが呆然としていた。コーニャさんは半目で表情がわからなくて、魔女さんはあらあらーって笑ってる。とりあえず勝利のVサインを向けておいた。魔女さんが目元に横ピースを当てて決め顔した。……これで子持ちかー、にわかには信じがたい。

 

「さぁーみんなぁ、堂々と元気よく、入り口から入りましょー!」

「はっ。正当性はこちらにあり、です」

「……! なあ、入り口から入んのおまえたちだけでいいんだろ?」

 

 いつの間にか手にしたフラッグを振ってツアーのガイドさんみたいに笛を吹く魔女さんが私達を促すと、ルフィさんがそんな事を言った。見れば、お城の上の方を見ている。視線の先を辿って確認するより早くゴムの両腕が外壁を掴み、風の音を残して遠く見える王城へと飛んで行ってしまった。かすかに聞こえる窓の割れる音に、あらー、と暢気そうな声を出す魔女さん。

 

「じゃあ、気を取り直して行きましょー!」

 

 ……ルフィさんについていこうって思ってたけど、置いていかれてしまったので無言で魔女さん達の後ろにくっついていく。倒れていたドデカ騎士を引きずって進行方向から退かしてくれたウルージさんもついてくるみたい。なんか、さっきのじゃ借りを返せないって言ってた。ほーん……そういう関係?

 

 魔女さんを先頭にセラスさん、コーニャさん、ウルージさん、私の順でしばらく歩き、入城。

 ホールにはわらわら騎士さん達がいて忙しなく動いていた。

 

「さっきの揺れで宝物庫の方が酷いらしいぞ」

「急げ! もたつくな!」

「うっ、き、来たぞ!!」

「あ、あの御方達は……!?」

 

 侵入に気付いた者が声をあげ、しかし王女様の姿を認めると動きを止める。 

 私の意識は宝物庫って声の方に向いた。……宝物庫かー。そこに戦鬼くんあるかなあ? ジャシンが持ってるのかな。

 

「ええい怯むな貴様ら! たとえ相手が王女様方であろうと職務を全うせよ! 我らの忠誠は王国にあり!」

「ははっ!」

 

 階段の上にいるなんか偉そうな人の一喝で動きを取り戻す騎士達に、コーニャさんがレイピアを抜く。魔女さんが二度手を叩くと、その頭上に光の円板が作り出された。縦向きのそれからワッと妖精達が溢れ出す。あっという間に天井付近は色とりどりの女の子で埋め尽くされてしまった。

 

「さぁみんなー、お掃除開始よぉ」

 

 手に手に箒やらモップやらバケツやらを持った妖精達が方々に散っていく。騎士さん達は大慌てだ。どう対処していいのかわからないらしくおろおろしている。

 

「幼子にかまうな! アップル様方を止めるのだ!」

 

 またも偉そうな人が一喝して騎士を動かす。雪崩れ込んできたむさい男達にはウルージさんが立ちはだかった。

 魔女さんやコーニャさんはもっと先に進む必要があるみたいだから、そこら辺の騎士達は彼が相手をしてくれるって。

 しかし数が数なので漏れがあって、偉そうな……隊長っぽい人が槍を片手に下りてくるのを見て、私も前に出る。

 セラスさんは元より、魔女さん達にもなんか目的というか、やるべき事があるみたいだから、その歩みを手助けしなくっちゃね。まさか放って置いて刀探しに行ったりはできないし。

 

「見よ漆黒の槍を! 我はこの国随一攻勢に秀でた"気合い"の使い手!!」

「ほうほう? "羽衣宴舞"」

「ぬ!?」

 

 突撃してきた騎士さんを引き抜いたDの羽衣に覇気を流して迎え撃てば、硬質なもの同士がぶつかる甲高い音とともにビリビリと反発し合った。彼が驚きに目を見開いたのは、私に止められるとは思わなかっただろうな。

 

「やるな子供よ! 槍一筋三十年のこのおれの刺突を止めるとは……ならばこれはどうか!!」

「よっ」

 

 大振りに槍を振るい、穂先が鞭のようにしなる打ちかかりに合わせて羽衣を振るう。うーん、覇気同士のぶつかり合い、素敵。びりびりくるぜー。

 さすがに国一番というだけあって、腰を落として思い切り攻撃しても防がれてしまう。

 いいねぇ、強いね! かっこいい!

 しかし……槍一辺倒か。てきとうにやってる私と互角の槍捌きじゃ長くは楽しめそうにない。

 

「つあっ!!」

 

 鋭い突きを右手で握った羽衣でいなし、左手を帯の下側に当てる。小型の水筒から海水をちょびっと取り出して、前方狭い範囲への"撃水(うちみず)"を放つ。"天鈿女(アメノウズメ)の舞い"だ。

 目を見開いた騎士さんが槍を振り回しながら飛び退く。

 

「これは……!?」

「飛び道具はナシなんてルールはないよね? 飛ぶ「指銃」も追加でいくよー」

「ぬぅ、なんのこれしき!」

 

 片手、五指を弾いて放つ複数の「指銃」は天女の型、"天手古舞い"だ。地面を跳ねるようにして足元を強襲する攻撃にやり辛そうにしている騎士さんへ、首に戻した羽衣の代わりに帯から引き抜いた二つの扇を開く。

 広げた扇を合わせて前へ突き出し、ゆったりと舞うように左右へ広げ、一転激しく大きな動作で前方を煽ぐ。

 覇気を乗せた突風は腕でやる「嵐脚」みたいなもの。つまりはこれも遠距離攻撃。いくつもの空気の刃が騎士さんへ殺到する。名称は……"千刃の舞い"とかでいいか。

 

 その身に纏う鎧にいくつか傷を残しながらも、なんとかといった様子で凌ぎ切った騎士さんが膝をつく。

 と、庇うように複数の影が躍り出た。

 

「おのれ! 隊長、助太刀いたします!」

「王国騎士を舐めるな!」

「うおお!」

 

 おおっと一対一じゃなくなってしまった。統一された長い剣を手にした騎士さん達が襲い掛かってくる。乱戦だね、おっけーおっけー。あちこちで起こる戦闘音と気合いの声に、そこら中を掃除しにかかってる妖精達とその傍らでやめさせるべきか攻撃するべきかで悩んでいる騎士さん達というこのカオス。なんかお祭りみたいで楽しいな。

 

「宴舞-"黒足の型"」

「何を回っているのだ!」

 

 "悪魔風脚(ディアブルジャンプ)"やったら突っ込まれてしまった。それ聞いちゃう?

 強化した足を持ち上げ、斬りかかってくる複数の騎士へ向けてとりゃーっと連打する。

 部位は関係なく腹でも膝でも太ももでも顔でも、赤熱した足が何十本にもなって瞬く間に騎士さん達をノックアウト。来た勢いのまま正反対の方向へ吹き飛んでいく騎士さん達から視線を切る。

 

「えー……"お菓子パーティ(バラエティ)・ショット"……!」

「鍛え抜かれた部下達がまるで歯が立たぬとは、やりおるな小娘!」

 

 今考えた技名を呟きつつ残心。言葉とは裏腹にさほど動揺していないように見える騎士さんはやっぱり隊長的な人みたいで、ビュッと空気を裂くようにして槍を振るうと、気迫を伴って構えた。

 地を蹴って突進してくるのに両の扇子で迎え撃つ。リーチが違うけど、ぶつかり合ってみれば……うん、普通に打ち合えるな。一合、二合、三合、嵐のように振るわれる漆黒の槍は確かに重く鋭く速いけど、脅威ではなかった。打ち合うたびに腕や肩に残る衝撃は心地良いけどね。

 

 それにこっちは扇子を開いて振るえば風を起こして攻撃もできる。引き戻されていく槍の穂先に流し目を送りつつ、片袖をはためかせて静かな足取りでステップを踏み、騎士さんを相手にゆったりと舞う。

 再び放たれた突きの乱打に、扇子を添えて槍の軌道をずらしたり、紙一重で避けてみたり。

 

「くうっ……よもやこのような子供におれの"気合い"が通じぬとは……もはやここまでか……!」

 

 "自然系(ロギア)の型"で攻撃を避ければ、よっぽど自分の覇気に自信があったのか、だいぶん勢いが衰えてしまった。あらら。自分を疑ったら負けなのに……。

 自分の容姿と力のギャップが相手の精神をどのように揺らすかくらいは経験則で把握しているつもりだったけど、こういう風に目の前でへこまれるとどうにも悪い気がしてきてしまう。

 自分の力に自信を持っている相手ほど顕著に沈んで、時には彼のように心が折れてしまう者もいる。

 

 こっちは今やっと気分が乗り始めたところなんだよね。急いでるから負けを認めるのならそれでいいんだけど、消化不良だなぁ……なんて考えていれば、消沈していた騎士さんが顔を上げた。その両目はぎらついている。戦意はまだ衰えてないみたい。

 

「まだだ、まだ終わらん! くらえい!!」

 

 低い体勢からの突き上げはどうやら渾身の一撃のようだ。空気が引き込まれるほどの勢いと凄まじい覇気を感じた。

 ──でも、駄目だ。

 

「……!!?」

 

 穂先に足裏をぶつけ、ガリガリと削って地面へと叩きつけ、一思いに踏み折る。目をかっぴらいて驚愕する騎士さんに、今のを踏み込みとして力を込めた掌底を見舞えば、鎧を砕けさせながら吹っ飛んで壁に激突し、ずるずると落ちた。

 

「今の一撃は中々良かったよ。胸がきゅっとした。……あー」

「…………」

 

 ちょっと上から目線かなって自分でも思うような事を告げれば、騎士さんはもう立ち上がる気配もなく砕けた壁に背を預け、体を投げ出してしまっていた。

 ……なんかぬるい!

 

「彼らの名誉のためにも、遠慮せず蹴散らしてください」

 

 この人も結構強そうだったのに、なんであっさり倒せちゃったんだろうと腕を組んで小首を傾げていれば、コーニャさんが声をかけてきた。

 名誉のため? ……うーん。よくわかんないけど頷いておくか。

 

 しかしさっきから凄いお城揺れてるなー。ぱらぱらと降ってくる埃だか欠片だかが髪についちゃいそう。

 肩なんかをぱっぱと手で払いつつ、ウルージさんが拳を振るって騎士達を吹き飛ばし、突き進むのに合わせて私達も移動を開始する。

 正面にある階段を(のぼ)れば……えー、どこに続くんだろう?

 というかどこ目指してるんだろうね、私達。話聞いてなかったからさっぱりわかんないや。

 

「騒がしいじゃないか。これじゃあおちおち昼寝もできやしない」

 

 階段を上りつつ群がってくる騎士の手を取り足を取り踊るようにして転がり落としてやっていれば、進行方向に新たな敵影を補足した。

 ウェーブのかかった長い金髪がきらびやかな、いかにも王子様って感じの男の人だった。絵本から飛び出して来たみたい……ほわー、かっこいい。

 

「ケミルお兄様……!」

 

 セラスさんが口の中に含むように呟く。けみかる? ……って、お兄さんなんていたんだ?

 そう言われて改めて見上げてみれば、たしかにセラスさんやリンさんと似てない事もない。男と女だからちょっとわかんないけど。

 ていうかこれもあれか。私が聞いてなかった話の一つかな。だいぶん聞き逃しちゃってたんだな……。

 まあいいや。話聞いてなくてもやる事なんて変わんないんだしね。

 

「……? 驚いた、そこにいるのは呪いにかかったはずの我が妹、セラスじゃないか。死んだはずのアップルお婆様まで! どういう事だ? おい、誰かあるか! 説明しろ!」

「もーう、ケミルちゃんって賢そうに見えてぼんやりした子よねぇ。何しに来たか、なんて、一つしかないでしょう?」

「……まさか、また父上から玉座を奪おうと!? ……ハッ、ばかばかしい。忘れたのか? 我らには心強き友がいる事を」

 

 やや歩みを緩め、背後をウルージさんに任せてケミ……なんたら王子様と言葉を交わすセラスさん達。

 あの口振りだとあの王子様は敵方なのか。どうしてセラスさん達みたいに追放されてないんだろう?

 疑問を抱きつつ、私もウルージさんのお手伝いをする。騎士達はそれぞれ同じ色の鎧を纏ってはいるが、軽装か重装かにわかれてはいるんだけど、どの人も軽々跳躍して階段の上へ飛び乗ってこようとする。中には能力者もいるもんだから、殺到されれば結構きつそう。

 

 まあ、"天鈿女の舞い"とか「嵐脚」"雷鳥(らいちょう)"とか、その場でくるくる回るようにして乱れ撃ってたらかなり数減っちゃったんだけどね。

 この何十人もの騎士がそっくりそのまま全員ドフラミンゴだとか七武海クラスにでもならない限りは私が足を止める事はないだろう。

 

 中将クラスでも百人単位でなきゃ大丈夫かな。うむ、私も結構強くなったものだ。とか満足してると足元掬われちゃいそうなので、むんっと気合いを入れ直して両の拳を左右の空気へ叩き込む。覇気を込めた全力の"海振"が生み出す衝撃波と風圧は、非殺傷なれど広範囲に影響を及ぼす。……ウルージさんまで仰け反らせてしまっていた。チーム戦って難しい。

 

「父上を引きずり降ろされては勝手ができなくなるじゃないか。この祭事を終えればさらなる自由を手に入れられる! 阻むというのなら肉親とて容赦はしない」

「あら、おいたは駄目よ? みんなー、ケミルちゃんを捕まえちゃって!」

 

 二度手を打って妖精達へ指示を出す魔女さん。あの王子様がどれくらい強いのかはわからないけど、ジャシンみたいに魔法が効かないって訳でもないだろうから容易く事がすむだろう。

 なんて考えていたら、王子様の拘束に参加した十匹の妖精が、彼が抜いた剣の一振りで草や枝になって落ちてしまった。……何かの能力者かな。……いや、あれは……。

 

「無駄だよお婆様。我が友から借り受けたこの異国の剣は、"天女"と呼ばれる大海賊が使っていた業物……。海楼石製の剣だ。もはやぼくに魔法は通用しない」

「……困ったわねぇ」

 

 妖精達が斬り殺されてしまった事に黙り込んでいた魔女さんは、困った風に言いながらこっちを振り返ってきた。

 たんたんと階段を下りてきたコーニャさんが耳打ちするように「ミューズの剣?」と問いかけてくるのに頷いて返す。ごめんね! 私が刀奪われたばっかりに妖精さんやられちゃった。

 

「ここで引き返すのなら命までは取りはしないよ。仮にも家族だ……ぼくも鬼じゃない」

「その優しさをどうして街の人々に向けられなかったのですか。……ケミルお兄様は、自分の事しか考えていない……!」

「当然さ! 世界はぼくを中心に回っている。まずぼくが楽しめなきゃ意味がない。今の環境はとても心地い……望めばなんでも手に入る。地位相応の振る舞いが許される。そもそもからして民と交わり生きていくなど王族の生き方ではなかったんだ」

 

 セラスさんと王子様が言葉を交わすのを聞きながら電気製造機に触れ、押し込んで、自分の体に電気を流す。

 神様みたいに全身雷に変えられる訳じゃないけれど、私も電気を纏うくらいはできる。そうするとなんかスピード上がるんだよね。人体の仕組みにはそう詳しくないから理屈はわかんないけど、強靭な肉体に強い電気を流すと人は早く動けるようになるらしい。

 

「という訳で「剃刀(カミソリ)」」

「あっ!?」

 

 地を蹴って跳び、人の合間を縫って王子様の下へ到達し、刀を引っ掴んで元居た場所まで戻る。

 遅れて風が動いた時には、ずばずば戦鬼くんを帯に挿し入れ終えていた。

 得意げな笑みを浮かべていた王子様は、自分の手から刀が消えた事に気付くと大きく狼狽えた。

 

「お、おまえっ、いつの間に!?」

「いいわよぉミューズちゃん、ナイスよー」

 

 魔女さんは私を褒めながら再度二回手を打った。そうすると枝や葉が再び少女の姿を取り戻して、細剣を抜こうとしていた王子様に組み付いた。

 小っちゃいのがわちゃわちゃ纏わりつくと、「うわ」とか「ああ!」とか声を出しながら体をよじって抜け出そうとした王子様は、やがて妖精さんの胸に顔を抱き込まれるとくぐもった声を発して倒れ込んだ。

 芋虫みたいに元気に悶えていたものの、十秒も眺めていればぱたりと動きを止めた。そうするとサッと妖精さん達が離れていく。……ちょっと虫みたいだと思ってしまった。

 王子様は縄で簀巻きにされて横たわっていた。むすっとした顔をしている。

 

「はい。じゃあ外に放り出しちゃいましょう。ウルージちゃーん、お願い」

 

 ……ウルージちゃん。……ウルージちゃんかあ……。

 軽い調子で魔女さんに呼びかけられたウルージさんは、気合いの声とともに残っていた騎士を蹴散らすと、のっそりとこちらにやってきた。横を通る際、こっそり表情を窺ってみたんだけど……笑ってるままで何を考えてるかはわからなかった。少なくとも、ちゃんづけで呼ばれて怒ってはなさそう?

 

「ふふ……ふふふ……」

「うん?」

 

 ウルージさんの肩に担がれてお外へドナドナされていく王子様は、不貞腐れた表情から一転して不敵に笑い始めた。何を笑っているのかとウルージさんが顔を動かす。……と、なんだか王子様の体がぶくぶく太り始めたではないか。何あれ。

 丸々としたシルエットはもはや人のそれではなく巨大な動物。ロープを千切り、肥大化した体はとうとうウルージさんより大きくなって、彼はそれに潰される前に前へ投げ出した。

 投げ出された王子様は転がったりはぜず綺麗に着地した。武芸の心得はありそうだ。

 

 四肢は全て地面へ向き、細長くなった顔の額部分からは太い角が天井に向かって反るように生えた。

 ……動物系(ゾオン)の悪魔の実の能力者か。……なんの実だろう。……サイ?

 

「どうだお婆様! 我が友からもらった果実でぼくも魔法の力を手に入れたんだ!!」

 

 見上げる程の大きさになった王子様は、しかし低い位置にある頭を振るって鼻息荒く声を響かせた。

 

「そうねぇ。ケミルちゃん、お姉さんの魔法に憧れてたものねえ」

「そうやってとぼけていられるのも今の内だ。この姿のぼくは鋼鉄でさえ粉砕できる!!」

 

 ぐいっと頭を動かして角でつく素振りをする王子様に、うーんと腕を組む。

 ああいや、彼の言葉に「しょぼくね?」とか考えている訳ではなく、能力者じゃない私でも鋼鉄くらいは壊せるだろう事を考えると、いったい人間ってどこまで強くなれるんだろうなあ、なんて難しい事考えちゃったりして。

 そんなの私がいくら考えたってわかりっこないのにね。

 

「いくぞぉっ!!」

 

 サイっぽいのにゾウの掛け声で突進してきた王子様に、ウルージさんが前に出て巨体を受け止める。

 ザザッと足が擦れて危うく階段を踏み外しそうになっていたけれど、私達の前で突進を押し留める事に成功した。

 王子様の相手は自分が引き受ける! だって。

 そうだね、なんだか急がなくちゃいけないみたいだし、お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「おーおー、猛りなさる……! だが、油断なさるなよお若いの。力比べならばそう簡単には負けはしない……!!」

「ぬぅう!! 化け物め、なぜ張り合える!?」

 

 ギリギリギシギシと競り合う二人をしり目に階段を駆け上がり、半開きの大きな扉の隙間へと身を滑り込ませる。そうすると広い廊下に出た。

 

「ミューズ、私達は王の間に向かう。もうここからは護衛はいらない。ミューズはどうする?」

「コーニャさん……そうですねー、リンさんに会いに行きたいんですけど」

 

 護衛はいらないって事は、目的地はもう近いのかな。……廊下の静かさを見るに、この先には騎士はいないのだろうか。そうすると魔法が使える魔女さんに覇気が使えるコーニャさんと超加速して動けるセラスさんがいれば事足りる、と。

 コーニャさんは私の答えを聞くと、数瞬口を噤んで、それから柔らかい表情を見せた。なんだか嬉しそうな、そんな感じ。

 

「団長がいるとするなら、王の間か、寝室……っ!?」

 

 長い廊下を小走りで駆ける中で教えてくれるコーニャさんの声を爆発音が遮った。

 左の方。等間隔で並ぶ窓の外、遠くに見えるお城の上の方の角部屋。その外壁が煙を上げて砕け落ちていた。

 天蓋付きのベッドみたいなのも瓦礫と一緒に落ちていくのに、ああ、寝室ってあそこか、と認識する。

 気のせいでなければ長く伸びた腕が室内へ戻っていくのが見えた気がするんだけど……ルフィさんだよね。

 

「……ミューズ」

 

 小さな声で私を呼ぶ彼女に頷いて返す。私の行き先が決まった。

 だからセラスさんや魔女さんにも一言言おうと思って顔を向ければ、遠くの方で雷鳴が轟いた。

 今度は右の方の窓から外を窺い見る。遠くに見える建物の角部屋、その外壁が砕けて落ちていた。

 見間違えでなければ黄金の槍に絡めとられた金の流動体が形を変えながら部屋の中に引っ込んでいった気がするんだけど……神様、かな?

 

「……ミューズ」

「うん、なんかごめんね?」

 

 再度呼びかけてくるコーニャさんに頭を掻きながら返す。彼女に非難するような意思はないっぽくて、単に思わず私に呼びかけてしまっただけみたいなんだけど……いや、ほら。ツレがお城壊しちゃってる訳だし……。

 それで、ええと、どっちにリンさんがいるんだろう。たぶんルフィさんが暴れてる方が寝室なんだろうけど……そっちかな。

 ええい、そっち行ってみよう。違ったら神様のところ行けばいいんだし。

 

「という訳でセラスさん、魔女さん、いったん離れます!」

 

 たんっと床を蹴って体を宙に浮かせる。まだ外には出ず。両手を後ろに流し、振袖をはためかせながら彼女達の横を飛ぶ。

 

「っ、ここまでありがとうございました! このご恩は必ずお返しいたします!」

「お気になさらず。必要になれば大きな声で名前を呼んでください。すぐに飛んでいきますから!」

「それなら、来てほしい時は花火でもあげるわねー」

 

 パタパタと走りながら固い口調で目礼するセラスさんにつられてこちらも少しばかり固い態度になってしまう。魔女さんは相変わらずふわふわした空気感を伴って低空飛行しながらそう言った。花火か。外明るいけど、音とかでわかるかな?

 

「コーニャさん、またね!」

「……! うん、また……」

 

 それから、お友達になったコーニャさんには崩した口調で緩く手を振る。振り返してはくれなかったけど、やや間延びした声でしっかり返事をしてくれたコーニャさんの頬には朱が差していたから、きっと恥ずかしがったんだと思う。

 

 外へ目を向け、流れる窓の一つめがけて空気を蹴って跳びこんで行く。一秒後には空中だ。眼下に広がる緑やらを眺める間もなく高度を上げ、バタタッと着物を翻して寝室へ飛び込んで行く。

 

 体を丸めて突入し、室内へ入り込んだところで着地する。そうすると床を擦ってルフィさんが横にやってきた。両足を開き、前傾姿勢で勢いを殺そうとしている形。

 向こう側には……純白の、薄い衣が何枚か重なった衣服を着たリンさんがレイピアを片手に立っていた。

 ……ウェディングドレスかな、あれ。……綺麗。

 

「ミューズ!」

「……」

 

 横に立つ私に気付いたルフィさんに名前を呼ばれるのに、そっと頭を下げて挨拶する。リンさんの方は……不機嫌そうに私を睨みつけるだけだった。

 なぜ二人が戦ってるのかわからない。なんか昨日も今日も事情がわからない事ばっかりだ。二人とも怒ってるみたいだし、なんかあったんだろうけど、ゆっくり経緯を話してもらえるような空気ではない。

 

「んにゃろっ!」

 

 駆け出したルフィさんは瞬く間にリンさんに躍りかかって、どういう訳か容赦なく拳を振るい、蹴りを放っている。黒く染めたレイピアで拳を弾き、蹴りをいなすリンさんはどんどん不機嫌さを増して、不意に天高く剣を掲げると衝撃波を発してルフィさんを吹き飛ばした。

 

 私が入って来た時と同じように横まで後退してくるルフィさんの顔を窺う。下から睨みつけるような……実際リンさんを睨んでいるんだろう、そういう表情に、私はどうしていいのかわからなくなってしまった。下手に手を出したら怒られちゃいそうだ。

 手持無沙汰に帯から扇子を抜いて片手に当て、どうしようかと思案する。

 

「──いい加減にしろ! 助けなど必要ないと言っているのがわからんのか!」

 

 腕を振り降ろして切っ先を地面へ向け、猛るリンさん。

 わー、取り付く島もない。言いたい事があって来たのに、躊躇ってしまう迫力があった。

 

「お前と話す事はもう何もない。帰れ!」

「やだね!」

「あのっ、ちょ、待ってください!」

 

 平行線を辿る会話に、また飛び出そうとするルフィさんの肩を慌てて掴んで止める。

 このままじゃずーっと戦ってそうだ。怯んでる場合ではない。かなり抵抗感あるけど……ううん、私にも話をさせてほしい!

 

 ……鼻息荒くリンさんを睨んでるルフィさんには言っても止まってくれなさそうな雰囲気があったので、このまま話す事にしよう。とりあえず手短に……めっちゃ力強いなあもう!

 

「セラスさんの呪い解けたよ! すぐそこまで来てる!」

「……ミューズ殿、それはもう聞きました」

「そっか……! じゃあみんなジャシンやっつけようと頑張ってるから、リンさんもう結婚なんてしなくていいんだよ!」

「……そうはいきません。そんな簡単な話ではないんです」

 

 さっきのおこりんぼ顔から一転してどこか厭世(えんせい)的な目を私に向けて静かに語るリンさんは、どうしたってジャシンと結ばれるつもりらしい。簡単な話じゃない……? ああ、「恩人だ」とか言ってたもんね。命を救われた恩だっけ。

 けど、それは嘘っぱちだし、そもそもリンさんの命を救ったのはポペペ……アンサさんだ。潜在的にジャシンと敵対してるアンサさんへの恩をジャシンに返す必要なんかない。……そう説明しようとして、それより早くルフィさんが叫んだ。

 

「簡単な話だろ! おまえもみんなもそんなの望んでねぇじゃねぇか!」

「勝手に決めるな! 私の問題だ……口を出すなと言っただろう」

「だから手と足を出してるんだろ!」

 

 ……え、そういう流れで戦ってたの?

 口を出すなと言われたから手を出すって、単純というかなんというか……ルフィさんらしくないというか。

 いや、彼の事をあまり知っている訳じゃないからイメージの話でしかないんだけど、でも、いくら強くても女の子相手に手を出すような人かな? それほど腹に据えかねてるってこと?

 

 思考を巡らせているうち、するりと私の拘束から抜け出したルフィさんが煙を纏って姿を消し、リンさんに殴りかかっていた。振るわれた拳は武装色に染まっている。そんなパワーで殴ったら! と目を覆ってしまいそうになったけど、リンさんは難なく捌いていた。刃と拳が擦れ合って金属質な音を響かせる。ほっ……一瞬悲惨な想像をしてしまった。でもリンさん、そこまでヤワじゃないんだね。よかった……いや、なんにもよくない!

 

 ああもう! あんまりルフィさんの行動阻みたくないんだけど……!

 

 扇を帯に挿し、攻防の合間を突くようにして地を蹴って接近し、ルフィさんの背後をとる。私へぶつかってきた彼の体を抱き止めて羽交い絞めにし、揃って着地する。はっと気づいた彼が体中に力を籠めるのに、こちらも全身を使って押さえ込む。

 

「何すんだ! 離せ!」

「落ち着いてくださいよ! あのっ、もっと落ち着いて話を……!」

「あいつが突っぱねるからこうしてんだ!」

 

 なんて言われましても!

 幸い抜け出そうとはしようとしても、拘束を外すために攻撃したりはしてこないので捕まえておく事はそう難しくない。解放したい気持ちを抑えてルフィさんが暴れられないようにする。

 ルフィさんの肩越しにリンさんを見据えれば、彼女は肩で息をしながらまなじりを吊り上げていた。相当怒ってるな。なんとか静めないと!

 

「リンさんが譲れないのってあいつへの恩があるからかもだけど、命を救われたってやつ、ジャシンが仕組んだ事だって知ってもまだ譲れない!?」

「ええ」

「だよね! ……あれっ?」

 

 ルフィさんを押さえ込みながら声を張り上げ、マッチポンプだって真実を伝える。てっきり「まさか、そんな」ってなって、意見を翻してくれると思ったんだけど……リンさん、全然動じてない。うっそ、これももう聞いた話? いや、それにしたって動揺の一つもないなんて変だ。

 

「ですから、簡単な話ではないのです。彼が私を利用しようとしているのも、命を救われた一連の出来事が謀であるのも承知の上……」

「……わかってて結婚しようって」

 

 ……まさか、リンさん、ジャシンの事が好き……なの?

 そ、そうなると確かに簡単な話ではなくなってくる。うわわ、色恋沙汰とかさっぱりわからない。けど、もし本当にそうならリンさんの頑なな態度には説明がつく!

 

「……何か勘違いされているようですが」

 

 なんだかこっちまで恥ずかしいような気がしてきて、熱くなってきた顔をぶんぶん振るいながら声を漏らしていれば、リンさんは頭痛をこらえる風に額に手を当てて目を伏せた。

 

「そもそも私は結婚などしません。私は……天竜人へ献上されるのです」

「は? テンリュ……なに?」

 

 脳内フィルターがゴミワードを通さなかったために一瞬理解が遅れて間の抜けた声を出してしまった。

 それを気にせず話を進めるリンさんと、ぐにぐにうねうね動いているルフィさん。

 

「天竜人とつながりを持ち、ジャシンはこの国を完全に乗っ取ろうとしています。現実に、半ば掌握されています。けど彼は、いたずらに民を殺したり、虐げたりはしていない。気の触れた王の暴走をも止めた。彼はこの国を運営しようとしているんです。まっとうでなくとも……破綻させようとはしていない。それに、天竜人に目をかけられればこの国はより豊かになれる。国民の生活もまた豊かになるでしょう」

 

 ……はあ。

 ええと……つまり、どういう事だろう。

 リンさん天竜人のとこに行きたいってこと?

 それは、ちょっと、理解できないんだけど。

 

「理解などして頂かなくて結構です。国に生きる人のためにこの身を捧げる、それが王族の務め。ジャシンには感謝しているくらいです。市井に紛れ、自由に過ごす猶予を与えてくれた。これもまた……恩であると言えるでしょう」

「……よくわかんない」

「ええ、それならそれで……あなたと話す事ももうない」

 

 いや、私がわかんないって言ったのはさ。

 それ、今やる必要あんの? って事なんだけど。

 王様が変な政治をしたから国が弱ってるとは聞いたけど、セラスさんとかがトップに立てば解決する話でしょ?

 みんなで力を合わせて解決していけばいいじゃん。

 

「というかそれ以前に、天竜人がなんかしてくれるって保証もなくない? いや、何もしないでしょ。むしろ悪影響しかなさそう」

 

 感覚でものを言わせてもらったが、うーん、よく考えてみてもリンさんが天竜人のところに行くメリットが見当たらない。

 万が一気に入られて国が豊かになっても、何を切っ掛けに崩壊するかわかんないよ。

 

「おまえ、本気か」

 

 いつの間にか暴れる事をやめて静かになっていたルフィさんが、不意に問いかけた。

 

「本気だ。……いいんだ。それが私の務めなのだから」

「んー……王女様の?」

「……そう説明したはずです」

 

 ふぅん……。やっぱりリンさん、嫌がってない?

 私、人の心の機敏に(さと)いって訳じゃないけどさ、リンさん見てたらわかるよ。義務感で動いてるんだなーって事くらい。

 ルフィさんも、それがわかってるから怒ってるみたい。嫌そうな顔で言われたらこっちは全く納得できないもの。

 

 私の手にルフィさんの手が触れて、それが離してくれって言ってるみたいだったから拘束を解けば、彼は一歩前に出て「自由にやれよ」って言った。

 押し付けみたいな言い方だけど……しょうがないよ。私だってそう言いたくなる。だってリンさん見てるとすっごいもどかしいんだもん。なんかむずむずする。言ってる事と表情が全然違うよ。止めて欲しいの? そうしてほしいんでしょ。

 

「自由なんて……」

「いいじゃないですか。気楽にやりましょうよ」

 

 今さらとってつけたように敬語で話してみたけど、あーもう面倒くさい。なんで単純にいかないんだろう。

 リンさん嫌なら嫌って言えばいいのに。全然違う事ばかり言うからルフィさんがヒートアップしちゃうんだよ。

 

「何してもいいんだよ。そういうのに縛られなくたってさ」

「そ……無責任な事を言わないでください。私は……王族なのです」

「だからよ、王女とかどうだっていいだろ」

 

 頭を振ろうとしたリンさんは、その半ばで動きを止めてむっとした顔をした。

 「どうだってよくなんかない!」って顔に書いてある。けれどリンさんが何かを言うより早くルフィさんが畳みかけた。

 

「おれはおまえに聞いてんだぞ! あいつの事好きでケッコンするっていうならおれは何も言わねぇ! けどな、そうじゃねぇんだろ? ならそう言えよ! 食わせてもらった分はやってやるって言ったじゃねぇか!」

「だから……結婚じゃないって」

 

 どうにも煮え切らない表情のリンさんに、私は天井を仰いで息を吐いた。

 なんか、気分が悪い。もやもやする。お勉強とかちゃんとやってたら、こういうのスパッと解決できるんだろうか。

 うー。

 

「そもそもリンさんが頑なになってるのはさ、私達じゃあジャシンをどうにもできそうにないからとか、そういうの?」

「……あの男を倒そうだなんて思わないでください。今、この国はあの男が君臨する事で持っているようなものなんです。それに……」

「もー! 国は魔女さんやセラスさんがなんとかするってば! ジャシンもルフィさんがぶっ飛ばすから! はい! そうするとリンさんは自由になります!」

 

 ぺん、と手を打ってリンさんの言葉を打ち切る。そんなもじっもじって話されてもいらいらするだけだよ。

 ……あれ。なんかルフィさんこっち見てる。……か、勝手にルフィさんが倒すって言っちゃったからかな。

 

「なんだよミューズ、おまえは戦わねぇのか?」

「あっ、いえ、あのっ……もちろん戦います! ……あの、戦っていいんでしたら」

「?」

 

 指を突っつき合わせながら弁解するみたいに言えば、彼は怪訝そうに首を傾げてしまった。

 ああっ、きょ、許可なんていらないよね、私はルフィさんの部下とかじゃないんだし!

 ……変な事、言ってしまった。すっごく恥ずかしい。けどまごついたりしたら余計に格好悪いので、気持ちを静めようとしながら背筋を伸ばし、なんてことないように立つ。

 

「んんっ。むしろ、王族の務めっていうなら現政権を打倒して自分が頂点になるくらいしなくちゃ!」

「えっ……」

 

 ついでにこう、勢いでてきとーな事を言ってみる。

 いや、案外妙案かも。ただ、それをするにはリンさんがとんでもなく強くなくちゃいけないんだけど、ルフィさんの覇気パンチいなせるだけの実力があるなら王様倒すくらい容易いんじゃない?

 

「そのような事は……ジャシンに止められるでしょう」

「止められないようにしてあげるから」

「ですがっ……その、そんな」

 

 ああもうっほんとに!

 小走りでリンさんへ駆け寄ってその手を取り、下から顔を覗き込めば、うっと呻いて背を反らされた。

 

「頑張れ!」

「ええっ? え、あのっ、やめ、やめてくださ……」

 

 背中側へ回り込んでぐいぐいと、文字通り背中を押せば、リンさんは戸惑う素振りを見せながらも自分の足で歩き出した。おおっ? あんまり抵抗されてない……?

 ……リンさん、もしかして凄く流されやすい人なのでは。

 

「よし、行くぞ!」

 

 腕を組んだルフィさんのやる気じゅうぶんな声に、私も大きく頷く。いい加減あれやこれやとややこしくって息苦しい。まっすぐ進んでぶっ飛ばす、ができないなんて息がつまりそうだ。だからリンさんをその気にさせるために押せ押せでいく。

 場は打倒王様って雰囲気一色になった。意味のなさない声を漏らして抵抗っぽい素振りを見せているリンさんももう一息で押し切れそう。

 

「今こそ立ち上がれ! 君が国民を救うのだ!」

「っ……! それが……できるならば……私は」

 

 発破をかければ、リンさんはだんだんその気になってきたみたいで、寝室を出た時にはもう押さなくても歩き始めていた。まだ迷ってるみたいに足元見てるけど、もし止まろうとしたらまた背中押すから問題ない。

 彼女の横へ私とルフィさんが並ぶ。ルフィさんはもう怒ってなかった。少なくとも悪い方面から脱出したリンさんに文句はないって感じかな。

 思うところがあるのだろう、リンさんは難しい顔をして考え込んでいる。こうして移動しながらなんだから、その内容は悪いものではないだろう。

 いいぞ、わかりやすくなってきた。その調子、その調子!

 

「リン! ミューズ! おれはあのヘビ止めとくから、おまえらちゃんと王様ぶっ飛ばせよ!!」

「はい!」

「ぶ、ぶっ飛ばすかはわからないが……その、話してみるとか、努力はしよう。……すまない、頼む!」

 

 途中、いくつかある窓の一つに腕を伸ばして飛んでいったルフィさんが、私達に声をかけてから外へと出て行った。そういう約束だったもんね。私もジャシン止めるぞって言った人間なんだけど、リンさんから離れるとまた囚われのお姫様モードに入っちゃいそうなので、私はこのままリンさんと一緒に王の間へ向かう事にした。

 

「ねね、リンさん、国が豊かになったら何がしたい?」

「何、と聞かれましても……そんなの、考えた事もありませんでした」

「なんか自己犠牲の方面に向かってたもんね、リンさん」

「あの……」

 

 きりりと眉を引き締めていたリンさんは、しかし私の言葉にへにゃりと情けない顔になってしまった。あちゃ、余計な事言っちゃったかな。フォローしなくちゃ。

 

「自由なんだよ。何もかかも」

「……自由」

 

 作った声で真面目に言って誤魔化す。ふっ、なんか格好いい声を出してしまった。

 いけないいけない、真剣にしなくっちゃ。

 

「なんでもやっていいんだよ。全部ぶっ飛ばしちゃっていいんだよ」

 

 何もかも吹き飛ばすような、そういう気持ちになっていいんだよー、という意味を含めれば、リンさんは「ぶっ飛ばす……」と私の言葉を繰り返した。さっきのルフィさんとおんなじ言葉。

 そうそう、王様もジャシンもぶっ飛ばせー。さっさと国を正常に稼働できる状態にしてあげようよ。もうそれができる準備は整ってるんだから! あとはリンさんの気持ち一つだ。

 

「……はい!」

「うん、いい返事!」

 

 小さく頷き合う。

 歩きから小走りへ、小走りから駆け出して、そうしていくつかの廊下を走り抜ければ、私達は王の間に辿り着いた。

 豪奢な扉をリンさんが押し開けて突入する。中はとにかく広く、明るかった。

 

 中央奥。階段上に盛り上がる箇所に玉座があって、丸々と太った男性が腰かけている。その数段下に魔女さんとセラスさんがいた。

 

「姉様!」

「リン……」

 

 魔女さん達の下へ駆け寄れば、リンさんはまず最初にセラスさんに声をかけた。お互い向かい合って、けれど数段の距離を開けて止まる。どちらもそれ以上距離を縮めようとはしなかった。

 計画の上とはいえ十二年越しの再会だ、積もる話もあるだろう。けれどリンさんも、セラスさんも魔女さんも、ここには大事な用で来たはず。

 

 玉座を見上げれば、贅肉が半端ない王様は頬杖をついて明後日の方向に目をやっていた。まるでこっちに興味を持ってない様子。……でも、気が触れてるとか、そういう風には見えなかった。ただそこに座っているだけ、って感じ。

 椅子に立てかけられたやたら装飾のゴテゴテした剣は彼の武器だろうか。あの図体で戦えるのかな。昔は戦えたってセラスさんが言ってた気がする。

 

「魔女さん」

「ううん……ミューズちゃん、困ったわぁ……」

「えーと、あー。なるほど」

 

 魔女さんに声をかければ、頬に手を当ててふんわりしたお返事をされるのに状況を理解する。

 困った事って、たぶん魔法が効かないとかそういうのだろう。もうちょっと話を聞いてみれば、やっぱり海楼石製の何かはわからないが、王様がそれを持ってるせいで魔法が通じなかったみたい。能力者対策にはこの上ないもんね、海楼石って。王様が持っててもおかしくはない。あるいはジャシンが寄こしたのかもしれないけれど。

 

 コーニャさんの方を見れば、少し後退して私の横に並ぶと、自分が手を出す訳にはいかないし、話もしないうちにセラスさんが攻撃しちゃうと正当性がなくなるから膠着状態に陥ってしまったって教えてくれた。

 せいとうせい……よくわかんない。ここまで来てこっちから手を出しちゃいけないなんて、なんと面倒くさい。

 

 あそこでぼうっとしてる王様をさっさとぶっ飛ばす訳にはいかないのか。やったるどーって気持ちで来た私としてはもどかしくてしょうがないんだけど。それはリンさんも同じようで、一度大きく肩を上下させて熱い吐息を漏らすと、王様から視線を切ってセラスさんを見上げた。

 

 やや躊躇うような表情を浮かべて体を揺らし、けれど動かないリンさんの背中をちょいっと押す。

 

「あっ……」

 

 そうすれば、つんのめるようにして一段上へ足をかけたリンさんは、その分縮まった距離に観念したのか、緩やかにセラスさんへと近づいて行った。三段分の距離でリンさんとセラスさんの目線の高さが合う。姉と妹の肉体年齢が逆転しているから、少し奇妙な光景だった。

 

「姉様……」

「リン……ごめんなさいね。ずうっとあなたを一人にしてしまっていた」

「いえ。私が非力であったが故の事です。謝るのなら私の……」

 

 姉妹の再会だというのに、二人とも表情を曇らせてぼそぼそと話している。なんか空気が重くなっちゃった。

 お互い負い目があるのはわかるけど、もー、こんなところまでもどかしい!

 とはいえ私は口を挟んじゃいけないので、腕を組んで静観する。

 

「あの、と、とっても綺麗よ? そのドレス」

「は、あっ、ありがとうございます。姉様も相変わらず……お綺麗です」

「今はあなたの方が美人さんだけどね」

 

 お互いの気持ちを探るようにちょこちょこと当たり障りのない会話を続ける二人に、コーニャさんと顔を見合わせる。……コーニャさん、目が潤んでた。

 それから、私達は私達でさっきの話の続きをする。王様には手が出せないからジャシンが止めに来るのを待っていたとコーニャさんは言うけど……えーと。

 ……元々どういう作戦だったかももうわかんないね。そういえば神様が暴れてた方……ああー、ひょっとして神様の相手って。

 

「セラスちゃん? そんなに縮こまらなくったっていいのよー」

「ですが、おばあさまっ……私は、その」

「……おばあさま? あの、姉様、それはどういう──」

 

 怪訝そうなリンさんの声を前に、視線を王様の方へ向ける。

 彼の家族がこんなに揃ってるっていうのに、やっぱり退屈そうに他所を向いている。気が触れているかの真偽はわからないけど、まともじゃなさそうなのはたしかだ。

 すっと右手を差し向け、人差し指を弾いて「指銃」を飛ばす。狙いは豪華な剣の方。王様本人には手を出しちゃいけないみたいだし、剣の方使えなくしちゃおっと。

 

「あっ」

 

 放った弾丸は切っ先の方に当たったものの、予想に反して傷一つ付ける事ができず、大きく弾かれた剣は回転しながら宙に身を躍らせた。その落下先が王様直撃コースなのに思わず声が出てしまう。やばっと思う間もなくぎらりとこちらを向いた王様が腕を振るって剣の柄を掴み取ると、脇へ振るいながら立ち上がった。ついでにぶるんとお腹が揺れる。

 

「! お父様……!」

「父上……!」

「ペストリーちゃん……」

 

 王様が動けば、さすがにみんな注目する。魔女さんの呟きで名前が判明したけど、割とどうでもいい事か。

 半ば肉に埋もれた目はそれでも鋭く私達を睥睨して、背中に鉄の棒でも通ってるみたいなスッとした立ち姿は結構威厳があった。

 

「不敬である」

 

 その第一声は見た目に反してそんなに太くない声で、この広い部屋に響くくらいには良く通った。

 

「余の許可なく面を上げる事は千の罪に値する。よって貴様にこの場で死罪を申し渡す」

「お父様! やはり、私が……私の顔がわかりませんか……?」

「不敬である。余の許可なく口を開く事は万死に値する。その首、この神聖剣アウトクラシアで断ち切ろう」

 

 差し向けられた剣先に、セラスさんはぐっと息をのんで体を揺らした。

 二人の会話に親子の繋がりのようなものは見えない。王様と誰か、といった感じで、どうにも機械的で無機質な王様に人形のような印象を抱いた。

 

「姉様、後ろへ」

「リン! 何を……」

 

 そんなセラスさんを庇うように腕を広げて前へ出たリンさんは、すでに細剣を抜いて構えていた。

 

「不敬である。余に刃を向けるとは天に歯向かうも同じ事。愚者よ、己の蛮勇を悔いるがよい」

「だまれ。私はお前を"ぶっ飛ばし"にきた。その玉座、我らが貰い受ける!」

「団長!」

 

 言うが早いか飛び出したリンさんに、コーニャさんが剣を抜いて加勢しようとする。

 

「手を出すな! 私の仕事だ! 私の……やるべき事だ!」

 

 が、それはリンさん自身に押し留められた。彼女の命令に従うほかないコーニャさんは足を止め、唇をかんだ。

 

「不敬である」

 

 黒く染まった細剣は豪華な剣に阻まれて王様には届いていない。剣同士がぶつかり合った風圧がここまで届くほどの勢いだったのに、王様は贅肉を揺らすだけで体勢を崩すような事は無かった。

 ……強いじゃん。

 しかしまいった、リンさんに手出し無用と言われてしまった。いや、言われたのはコーニャさんだけど……私が加勢するのはなんか違う。

 

 幾度も剣をぶつけ合わせ、玉座の前でお互い引かない攻防を繰り広げる王様とリンさん。

 真っ白なヴェールが翻り、磨かれた靴が床を打つ。戦う花嫁……。

 

「老骨と見くびるな。かつてから700年続くこの国を守り抜いた我が剣技を見よ」

「くっ……何が守り抜いただ! 私もお前も何もできていないではないか!!」

「余は尊い血族に名を連ねる決断をした」

 

 不意に、大きく振るわれた王様の剣に弾かれたリンさんが、私達の前に着地する。

 片手で持った剣を額より高くから真っ直ぐ構え、息を荒げる彼女は、王様の言葉に口ごもっているみたいだった。

 尊い血族っていうのが天竜人の事なら、それってリンさんの考えていた事と同じだ。

 ……でも、もう違う。リンさんはちゃんと自分の足でここまで来たんだからね。

 

「っ……私は、お前を倒し、国を取り戻す決断をした!」

「愚かな。余が(たお)れれば国が斃れるも同じ事。貴様の判断は誤りである」

「そっ、……!」

 

 また口ごもるリンさんは、凄く難しい顔をして王様を睨み上げている。

 腕を広げて自信満々に立つ王様に気圧されでもしてしまったのだろうか。間違いなんかじゃないのに。

 

「リン! 気にしないで、後の事は私達に任せて!」

「姉様……はい!」

 

 セラスさんの声と手が彼女の背中を押した。

 ふわり、リンさんの髪が膨らむようになびいて、たぶん、能力をかけてもらったのだろう。超加速。

 そうなるともうリンさんが負ける要素はない。

 

魔法闘技(マジックアーツ)"龍鎧(ドラゴンスケイル)"!」

「……!?」

 

 コマ送りのように突然空中へ移動していたリンさんが剣を構えて急降下する。遅れて見上げた王様は、そこで初めて表情を変えた。

 

「──ストライク、バースト!!」

 

 魔法の風が細剣に纏わり、吹き荒れる空気に髪を押さえる。

 

 王様の体が弾かれて壁に激突した。ずるずると落ちたその体に怪我らしい怪我は見当たらない。が、先程の衝撃で剣を取り落とし、それはリンさんの足元にある。もはや抗う事もできないだろう。

 

「無駄、だ。もはや流れは止められぬ。余を(くだ)そうとこの国の行く末は決まっているのだ」

「なに──」

 

 王様の負け惜しみみたいな言葉に、立ち上がって答えようとしたリンさんの声を破砕音が遮った。

 思わず振り返ってみれば、後ろの方、扉の脇。壁が砕け、瓦礫となって室内に吹き飛んでくると同時に人も転がってきた。

 全身黒尽くめの男性……アンサさんだ。

 

「なあにが"能力だけの男と侮るな"だ三下ァ! レディを泣かせたテメェをおれは死んでも許さん!!」

「どけグル眉! おれがぶった斬る……!!」

「ま、まて……!」

 

 遅れてサンジさんとゾロさんが現れて、途端に賑やかになった。

 というか、アンサさん、まだ戦ってたんだ。ジャシンに反旗を翻すぞって言ってたけど、タイミングが掴めなかったのかな。

 サンジさん達に手を伸ばしながら身を起こす彼を見ると、たぶんそうなんだろうと予想できた。ボロボロだし……離脱も会話もままならなかった感じ?

 

「もはやこれまで……! 戦いは終わりだ……! 同志ミューズ、止めてくれ……!」

「あ? 同志だ? 何言ってやがる」

 

 倒れたまま仰ぐようにしてこちらを見た彼に声をかけられ、肩をすくめる。あらあら~と魔女さんの暢気な声が聞こえた。

 助けを求められたなら、まあ、一応目的を同じくする仲間な訳だし、サンジさん達に彼の事を話して攻撃の手を止めてもらうのはやぶさかではないけど。

 

「貴様……よくも姉様の時間を奪ったな」

 

 どうにも事情が通ってないらしいリンさんがザッと前に出た。

 これは……あらあらーとしか言えない。

 まずは凄く怒ってるリンさんにお話ししないとね。



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第二十三話 明日の方向




マルチエンディング。


 ジャシンの部下、ぽぺぺは彼を討とうとする味方である、というお話を魔女さんやセラスさん、私がして、それぞれに話が通ると、いったん落ち着いた雰囲気になった。

 ……話ができる状態になるまでにちょっとだけ時間かかったけどね。なんたってリンさんには高速化がかかってたから、止める間もなくアンサさん攻撃し始めちゃって、当然アンサさんもやられちゃわないために抵抗した訳だ。

 

 まだセラスさんの力が戻り切ってなかったのか、早々にリンさんにかかってた能力が解け、同時にサンジさんやゾロさんと交戦してだいぶん参っていた様子のアンサさんが──事情を知ってるはずのサンジさん達、わりかし本気で戦ってたみたい──再度ダウンしたからお互い大事には至らなかったけれど、一歩間違えれば中々ややこしい事になってしまっていただろう。

 

「な、なにをそんなに怒っているのだ……」

 

 介抱するふりしてこしょぐったりしてアンサさん虐めてたら、ぷるぷる震えながら半ば身を起こした彼に不可解そうに問いかけられた。

 ……なにとかなぜとか聞かれても……理由を数えるときりがないんだけど。

 胸触られた。下着の事言われて恥ずかしくなった。もう成長できなくされた。解け。とーけ。……能力使い切ってて無理? ほう、そうか……戦鬼くん押し付けちゃおう。

 

「ゃめ……ちからぁ……」

 

 アンサさんはぽてっと倒れた。

 これくらいで許してやろう。 

 

「予定とは違いますが、とりあえず目的は果たせました」

 

 と、王様を縛りながらコーニャさん。

 王位がどうのとかは私にはわからない話だけど、これで後はジャシンをぶっ飛ばせば全部おしまい?

 きっと王子様の方はウルージさんがなんとかしてくれてるだろうし……ジャシンの方は神様もいればルフィさんもいるし、もしかしたらもう片付いてるかもね。

 そうしたら私、ぜんっぜん暴れてないからフラストレーションたまってるんだけど……。

 だってだって、もどかしい話ばっかりだったんだもん!

 

「我が友、蛇さえいればどうとでもなるのだ」

 

 王様、大人しくしていると思ったらなんか言い始めた。

 蛇……ジャシンの事だね。

 そのジャシンは……──。

 

「ヘビィ~~!!!」

 

 ──ビリビリと、建物中に響くルフィさんの雄叫びと、遠くで聞こえた破壊音。

 はっとした顔の面々が階段を駆け下りるのに私もついていく。

 大きめの窓から覗けば、左のずっと向こうの方の建物の天井を突き破り、ルフィさんが飛んでいくところだった。……"ギア4(フォース)"だ!! 武装色の覇気に両腕を染め、胸に紋様を走らせたルフィさんは膝へ収納した足を幾度も蹴りだして自在に空を飛んでいる。

 

 一方その上空には……ジャシンがいた。目が飛び出し、明らかに重い一撃を受けたみたいに吹き飛んでいたけれど、空中で身を捻って体勢を整えた。

 と、雷鳴が轟く。ルフィさんより上空にバシッと姿を現した神様が連続で背中の太鼓を叩いた音だ。って、神様も"雷神(アマル)"形態になってる! 青白い姿は不思議と明瞭で、しかし巨大だ。

 

「"ゴムゴムの"ォ……!!」

「5億V(ボルト)……!!」

 

 耳を澄ませば聞こえる二人の声に、ジャシンは表情を険しくして両腕を前に出した。

 体の一部を変容させたりできると聞いたけど、いったいどんな技があるのだろう。

 

大蛇海原(おおうなばら)!!」

 

 その両腕の肘から先が膨れ上がって赤茶っぽい巨大な蛇となり、空中を泳ぐように動いてジャシンを囲った。

 ただ、そんな防御は関係ないとばかりにルフィさん達は攻撃を繰り出した。

 

W(ダブル)大蛇砲(カルヴァリン)!!」

「"天女(ミューズ)"!!」

 

 滞空する神様を追い越したルフィさんが、その勢いのまま振り絞った両腕をジャシンへ向ければ、肘までめり込むように収められていた双拳が勢い良く射出されていく。それが二匹の巨体を纏めて叩けば、破裂するような音がここまで届いた。

 

 太鼓が変容した大エネルギーが眩く辺りを照らしながら収縮して子供大の人の形を作り出すと、なんか舞うような動きで軽やかに飛んでいき、ルフィさんの体を突き抜けて二匹の蛇へと躍りかかっていく。

 ……あの、神様、何その技……? 初めて見たんだけど、もしかしてひょっとして、私モデルにしてない!?

 

「ガァラガラガラガラ!! 無駄だと言ったはずだ!!」

 

 黒焦げにされた巨大な蛇は二匹とも目から光を失い、パンチでズタズタにされているというのにジャシンは

余裕そうに笑っている。どうやら攻撃は届かなかったらしい。──と、ダメージの著しい二匹がずるりとこそげ落ちた。

 

「うわっ!」

 

 ここからじゃ小さく見えるけど、たぶん結構な大質量なんだろう。慌てて横へ飛んで避けるルフィさんに、意に介さず空を睨み上げている神様を通って蛇が落ちていき、やがて僅かに地面が揺れた。

 腕を切り落としたジャシンは、しかし真っ白な両腕を顔もとに掲げて満面の笑みだ。なにあれー。

 

「貴様らがいくら足掻こうがおれにダメージは残らねぇ! いい加減学習したらどうだ……!?」

「くそー、何回も脱皮しやがって……! はぁ、はぁ、キリがねぇぞ……!」

「あのような無敵の能力があってたまるか。消耗しないはずがない……何度でも焦がしてやる!!」

 

 え、さっきの切り落としって脱皮だったの!? なんか思ってたのと違う……!

 それはそれとして、息巻く二人だけど結構てこずってるっぽい。特にルフィさんは消耗が激しそうだ。蒸気が噴き出し続けてるし、息も荒いし。

 となれば加勢だ! 幸いこっちには戦闘員だっているんだし!

 

「サンジさん、ゾロさん! 私達も行きましょう!」

「……ああ!」

「斬りがいがありそうだ」

 

 くわえていた短いタバコを懐から取り出した小さな袋に捨てたサンジさんに、柄に手を添えながら獰猛に笑うゾロさん。……気迫が違うね。びりびりして、こっちもわくわくしちゃう。

 

「ミューズ、私も行く」

 

 窓の外を見上げながら言うコーニャさんの方を見れば、リンさんもそこにいて頷いてきた。

 

「元々我々の問題ですから、やらせていただきます」

「うん、いいんじゃない? 私に駄目って言う権利なんてないし」

 

 私達はたまたま居合わせて戦ってるだけだからね。

 本来彼を倒そうとしていたのはコーニャさんやリンさん、セラスさんと魔女さんに……そこで伸びてるアンサさんだ。

 ……いつまで倒れてるんだろう。そんなに海楼石が効いたのかなぁ。

 

「はぁい。それじゃあみんなで一気にいきましょ~」

 

 そーれ、と軽い掛け声で振られた指からきらきらした粉が振り撒かれて、それを浴びるとなんだか力が張ってくる。おおー、強化魔法だ。結構気分が良い。

 

「それじゃあ……行きます!」

 

 それぞれの顔を見てから、一番に外へ飛び出す。窓の前にいちゃ邪魔だろうしね。

 戦いの舞台は空っぽいから、空中戦が得意な私にはうってつけだ。頑張るぞー!

 びゅんびゅんと空を飛び、あっと言う間に神様の横へ到達する。

 

「神様おつかれー」

「ぬ、ミューズか。……私は、忙しい……!」

「みたいだね。がんばろー」

 

 神様、肩で息をしていて結構参ってる様子。だから、異形のような半ば雷に飲まれている神様のお顔にガッツポーズを作って見せれば、なんかぼうっとした顔をされた。そんな気のない顔されたら私もどうしていいかわかんないんだけど……。と思っていればフッとニヒルに笑われた。なに? なんで笑われたの私! ……ガッツポーズ変だった?

 

「ジャシン、覚悟!」

「チッ、次から次へと……テメェまで来てどうすんだよリン! 面倒くせぇじゃねぇか!」

 

 身一つで空を飛ぶリンさんがジャシンへと果敢に斬りかかっていく。合わせるようにコーニャさんが剣で突くも、ジャシンはするりするりと剣の軌道から逃れて二人を押し返した。空中を蛇行する様はまるで水の中を泳いでいるみたいだ。キモチワルイ。でも回避性能はかなり高いみたい。二人の猛攻が掠りもしない。

 が、目の前に魔女さんが現れるとぎょっとした顔になって動きを止めた。おお、これは作戦通りだね! 死んでたはずの魔女さんが突如として現れる事によって動揺を誘う大作戦。

 

地獄の思い出(ヘルメモリーズ)!!」

「!? オウッ!!!」

 

 さっと横に退いた魔女さんと入れ替わりに、サンジさんが燃える両足でキックの乱打を見舞った。僅かに遅れて防御しようと手を交差させたジャシンが腹を蹴られて浮かせられれば、

 

「三・千・世・界!!!」

「グオオ!!」

 

 すかさずゾロさんが三本の刀を回転させながら突っ込み、深く斬りつけた!!

 良いコンビネーションだ。一瞬の不意を突かれたジャシンはかなりのダメージを追っている。

 両断まで至らないのはさすがの頑丈さか。覇気纏ってるようには見えなかったけど……お腹の筋肉、鱗っぽくなってたような。

 攻撃を終えたゾロさんは空中に描かれた光の魔法陣に着地すると、油断なく構えた。

 

魔法闘技(マジックアーツ)"極光鎧(ライトメイル)"!!」

「つああっ! 龍撃剣(ドラゴンダイヴ)!!」

 

 攻撃はまだまだ終わらない。ジャシンの上をとったリンさんとコーニャさんが畳みかけるように力を合わせて突進からの突きを放てば、さすがに武装色で黒く染めた体を用いてガードし、けれど吹き飛ばされたジャシンの体は私から見て左下へと落ちていった。

 よっしゃ、私もやるぞー!

 

「"見取り稽古の舞い"」

 

 ちゃっと舞うように戦鬼くんを抜き放ち、リンさんと同じ構えをとって空気の壁を蹴りつける。

 名前の通り、他人の技を丸パクリにする私の必殺技だよ!

 

龍撃剣(ドラゴンダイヴ)、えいっしょお!!」

「ぐヌ!!」

 

 突くというよりは斬る形。肩から腹へかけてズバッと切り裂けば──刃がなくとも速度と力があれば叩き切れるのだ、えへん──、鮮血を拭き散らしながらジャシンが白目を剥いた。

 (こと)(ほか)タフだと思っていたが、さすがに海楼石は効くらしい。明らかに弛緩した体が力なく落下し始めるのを、数メートル下で待ち構える神様とルフィさんが迎え撃つ。

 

「"犀榴弾砲(リノシュナイダー)"!!!」

「────!!!」

「話にならん!!」

 

 反転したルフィさんの上方向への両足キックに受け止められ、海老反りになって打ち返されるジャシンへ、気勢を上げて極太電撃を放つ神様。それはまたもルフィさんの体を貫いてたけど、彼はゴム人間だからダメージはないどころか、文句を言う様子もなくまったく気にしていない。

 つまりこれは……神様とルフィさんのコンビネーションアタックだ!

 ふわあああ、すごい! この二人が協力する未来が来るなんて!

 

「テンション上がってきた!」

 

 砲弾みたいに横を通って空高く突き進んでいくジャシンへ、戦鬼くんを大上段に掲げて追い縋り、その身を両断しようと振り下ろす。

 が、黒染めの足裏に受け止められてしまった。

 歯を食いしばり、私を睨みつけるジャシンへにっこり笑いかける。

 それで防いだつもりかな。

 

「残念! "大神撃"っ!」

「!!!」

 

 受け止められた刀を起点にくるんと前転、頭上をとって再度の振り下ろしとおまけの大神撃。それもまた腕で防がれたものの、大将だって軽々吹っ飛ばすこの攻撃は防げまい。

 一瞬輪郭がぶれたジャシンが砲弾となって地上へ突っ込んでいき、すぐに空を突くような土煙をあげた。

 たーまやー! ……打ち上げてはいないから違うか。

 

「ミューズ!」

「はい? ──!」

 

 誰かに名前を呼ばれて、反射的に背を反らす。

 何か大質量のものが胸のすぐ上を通っていくのに、遅れて強風が吹き、煽られるようにしてその場から離脱する。

 

「ほえー」

 

 体勢を整えがてら自分がいた場所を見てみれば、空ぶった腕を引き戻すジャシンがいるじゃあないか。さっきぶっ飛ばしたはずなのに。

 ちらっと下を見れば、収まりつつある煙に紛れて巨大な蛇の死体とか……ジャシンが落ちているのが確認できた。

 目の前の奴もジャシンで、下のもジャシン。ええと、つまり、それって……。

 

「双子か!?」

「脱皮です!」

 

 おおう、リンさんに突っ込まれてしまった。

 そうかそうか、脱皮か……ええ? やっぱよくわかんないや。どうやったんだろう。 

 

「無駄さ。何をしようとこのおれは倒せねぇ。諦めて大人しく死ね!」

「やだよ。あなたをぶっ飛ばすって決めたからね」

「生意気なガキが……躾が必要だなァ!!」

 

 会話の合間合間にサンジさんが蹴り込み、ゾロさんが飛ぶ斬撃を放ち、リンさんやコーニャさんが光線ぽいのを放っているんだけど、ジャシンはくねりと避け、または武装色の覇気を纏った肉体で跳ね返した。

 体力も気力も全回復って事……? そんなの反則じゃん!!

 

「なんだ!? 離れろミューズちゃん!」

「はいっ!」

 

 サンジさんの声に即時離脱をはかる。だってジャシン、明らかに動物(ゾオン)系の本領発揮しようとしてるんだもん。思い出されるのは先ほど王宮から見た、両腕の蛇の大きさ。間近であんなのに変身されたら押し潰されちゃう。

 

「おお……」

 

 ムクムク……ムクムクムク……!

 

「おわわ」

 

 力みながら体をくねらせ、どんどん体を伸ばし、肥大化させていくジャシンだけど、「どこまでデカくなりやがる……!」って声が聞こえてきた通り、ジャシンの変身が止まらない。見守り続ける事もままならず私を押し退けようとぐむぐむ迫ってきた蛇の体を、空気を蹴って離れる事で避ける。

 

「はえー……でっか」

 

 一気に長距離まで離れてみたけど、それでも全体像が視界に収まらない。

 そしてジャシンは、変身と同時にその身に武装色を流し込み、体の中心から両端へとどんどん硬化していっている。やがて全身真っ黒な蛇が出来上がるだろう。

 それを待ってやる義理はない、ってね!

 

『────────────!!!!』

「ウッ!」

「ぐわ!」

 

 私と考えを同じくしていたのだろう、それぞれが大蛇となったジャシンへ攻撃を仕掛けようとして、鼓膜を破らんばかりの大絶叫に止められた。

 結構距離取ってる私が思わず身を竦めて耳を押さえてしまったくらいなんだから、至近距離からアレをくらった人はたまったもんじゃないだろう。細めた視界には顔を顰めたり防御態勢に入ったりしているみんなが見えて、そしてその誰もがジャシンが身をくねらせるだけで地上へと叩き返された。全員纏めて、だ。ゾロさんも魔女さんも、神様やルフィさんも、巨体の一動作でバンバンバンッって叩き落とされた。そして今、私の方へしなる尻尾が横合いから迫ってきている。

 でかいでかいでかい! この図体でこの速さ! ええい防御だ、受け止めてやる!

 

「"竜の逆鱗"! 無敵モードぉ!!」

 

 全身から衝撃を発する竜の鼓動の上位互換。連続で大神撃を発し、その上で両腕でガードしようとして。

 

「っぐ!!」

 

 ドッと脳が揺れた。

 そこまでやってノーダメージに抑えきれず、私もまたどこかへと叩き落されてしまった。長いんだか短いんだかよくわからない滞空時間を経て家屋的な何かを破壊して止まる。

 体中衝撃に襲われて前後不覚に陥る。頭がぐわんぐわんする。何かにお尻がすっぽりはまっちゃってる感じで、遅れて熱さと冷たさを感じた。

 

「うう~、いたた……」

 

 頭を押さえつつ足をばたつかせて体の上にかぶさっていた、木板か何かだろうかを蹴り退け、身を起こす。いや、そうしようとして何かに嵌まっているために失敗して、むぅっと唇を尖らせた。なんか無様な姿になってない?

 そんなの誰にも見られたくないから四肢をばたつかせてなんとか抜け出した。

 そうしてしっかり立ってみるとわかる着物に染みる何かと甘い香りに、足首にトロリと伝う熱い何か。

 

「うううー!?」

 

 びびびっと背筋が震えて、気持ち悪い感覚を引きはがすために空気をつま先で蹴るように足を振るって"何か"を飛ばす。

 というか、肩にも腕にもなんかべちゃっとしたのがくっついてて、確認するのが恐ろしい。半分剥がれた天井を涙目で見上げながら慎重に体を動かす。……ねちゃってする! ……ううー。

 見聞色が使えるからって見ないで何かがわかったりはしないので、目を逸らし続ける訳にはいかないだろう。鳴り響く祭囃子の真っただ中な事からしてなんかもう嫌な予感が凄いけど、薄目で持ち上げた腕を見る。

 着物にチョコバナナの残骸がくっついていた。

 

「いやああ!! バナナきらい!」

 

 腕を振るって残骸を飛ばす。拍子に真空の刃が飛んで地面を深く切りつけたけどそんなの気にしてる余裕なんかない。

 

 げええ! うえええ!

 さいあく!

 

 ぶんぶん手を振って残骸を放る事には成功したものの、着物に染み込んだ気色の悪い感覚と鼻をつく生臭さは消えず、こみ上げてくる吐き気に舌を突き出してぺっぺってする。それでも全然気分が収まらない。風邪にかかったみたいに寒気がして肌が粟立つ。

 

「あの、あんた、大丈夫か……?」

「ぶるるっ……うん? だれ? ……どこ?」

 

 体についてる不快なものを"竜の鼓動"で吹っ飛ばしている最中に声をかけられて振り向くも、誰もいない。

 見聞色を広げてみれば、崩れた木板の中に埋もれてる人を発見できた。

 助け起こせば、だいぶん疲れた顔をした若いお兄さんが現れた。……さっきのでふっとばしちゃったみたい。見る限り怪我はないようだ。良かった……いやよくない。

 

 あー……屋台壊しちゃった。やっぱり街の方まで吹き飛ばされてたんだね、私。

 私の手を離れて自分の足で立ったお兄さんは、怒りも喋りもせず私の無事を確認すると、薄く笑いながら屋台を振り返り、溜め息をつきながら近くの屋台へと走っていった。

 ……そっちの方の手伝いを始めてる。おお……この状況でお祭り続けるのか……。とりあえず口元に手を当てて「ごめんなさーい!」って謝って置く。「あーい」ってよくわかんない返事が飛んできた。

 

 ……ふむ。

 というか、お城で起こってる事がわからないはずないのに、なんでまだみんなお祭りやってるんだろう。王城の上空ではジャシンが身をくねらせて暴れている。ここからでもそんな異常な光景はよく見えるはずで、なのに誰も気にしてない。落ちてこないのは……誰かが戦ってるからみたいで、もしかすれば死んじゃうかもしれないのに、街を行き交う人は俯きがちにお祭りに参加している。

 道の向こうからは御神輿(おみこし)まで担がれて来てるし……運ぶ人みんな無言なのが怖い。息遣いだけがまばらにある。

 

「うへぇ……」

 

 って、御神輿の上にルフィさんいるし!

 "ギア4"が解けてぐてーってなってる。脱力感半端ない感じ。

 

「あのっ、大丈夫ですか!」

「ミューズ……。……ハラへった」

 

 並走しながら声をかければ、言葉と共にぐぅっとお腹の虫の声。あわわ、何か食べ物を……わ、わたあめ屋さんならある!

 超スピードで先行してお買い物を済まし、空を走ってルフィさんへデリバリーすれば、へにゃりとした腕でわたあめを受け取った彼は一口でそれを食べると、がくりと頭を落とした。

 た、足りませんよねそれだけじゃ……!

 

「失礼しますっ」

 

 とにかく神輿に担がれてちゃどこかに連れてかれてしまうから、ルフィさんの体の下に潜り込むようにして背負い、上空へと移動する。空飛ぶのは得意だから揺れはあんまりないと思うけど、細心の注意を払って……あわわ、ルフィさんの足がだらーんって伸びてぶらぶらしてる!

 

「おまえ、なんかあまーい匂いがするぞ」

「は、あゃっ、あ」

 

 背中にある固い体の事や声とか息遣いとか感じてると緊張がマックスになってしまって発声さえ覚束ない。

 やめて、くんくんやめて、死んじゃう。頭がおかしくなって死ぬ。

 

 泣きそうになりながら王城に続く道に視線を落とす。ナミさん達がいればルフィさん任せられるって思ったけど、いない。どこにもいない! 倒れてる騎士さんはいるけど……。自分で背負っといてあれだけど、この距離感はやばい。私駄目なんだよ、無理なんだよ。嫌いじゃないけどむり!

 

「……?」

 

 ほぎゃっ、ほぎゃああ!? えっ、肩噛まれてない? 噛まれてない……? いや噛まれて……吸われてない!? 気のせい!?

 ああ駄目だ、自分の体の感覚すらよくわかんなくなってきた。確認する勇気もない。いいよ別に何されたって構わないもん、ただそれを認識すると緊張性の発作とかで死にそうだからちょっと頭から追い出しとこう。

 

 そうこうしているうちに王城に戻ってきた。戦いの舞台は空ではなく地上にあるらしく、そこかしこで大きな音が響き、人の動き回る気配があった。

 二つのお城の間、渡り廊下の下にある中庭に、二匹の巨大な蛇と交戦するコーニャさんとリンさんがいた。

 あの黒焦げでボロボロの蛇はジャシンが切り離した抜け殻だろうか。なんで動いてるんだろう?

 

 少し離れた場所ではジャシン……の抜け殻? とサンジさんとゾロさんが戦っている。あれもまたどうして動いてるのかはわからない。

 誰かに声をかけようかと視線を巡らせていれば、壁際に神様が座り込んでいるのを見つけた。通常サイズに戻ってる。壁に背を預け、呼吸を落ち着かせているのをみるに、ルフィさんと同じように消耗しきってしまったみたいだ。傍に膝をつくセラスさんの介抱を受けながらぶすっとした顔をしている。

 

「神様っ」

「ミューズちゃん~、大丈夫かしらぁ」

 

 駆け寄っていく中で声をかければ、魔女さんが反応した。神様とコーニャさん達との中間距離にいえ指を振り続けている彼女に目を向ければ、ぱちーんと小粋なウィンクを飛ばされる。けど、額に汗を滲ませたそのアピールチャームは少し苦し気だった。

 

「私は大丈夫ですけど、そのっ、ルフィさんがお腹空いちゃって」

「覇気も戻らねぇ……」

「らしいです!」

「あら~」

 

 困ったように頬に手を当てる魔女さんは、平時と変わらずにこにこ笑顔だ。

 雷様もおんなじ感じねぇ、と神様の方を見る魔女さんに、うんと頷く。

 そうすると神様とルフィさんを戦力に数えるのはちょっと難しいかな。

 

 しっかり休憩すれば二人とも大丈夫だろうけど……あ、神様立った。お腹を押さえてよろよろこちらに来るものだから何かと思えば、目の前に立った神様は半目で私を見下ろすと、すんと鼻を動かした。それからぐううっとお腹の音。甘い匂いに釣られて寄って来たんだろうけど、あいにく私はなんにも持ってないし、私は食べられないし。……食べないよね? 調味料だけ食べようなんてしないか。素的なものも調味料の括りかな?

 

 ……神様、ここ最近でどんどんパワーが上がっていくのはいいけど、その分消耗が激しい。五十土人間だから自家発電で賄えてるらしいけど、あくまで雷『人間』。人間でもあるからある程度エネルギーの消耗もあって、雷神状態だとそれが激しい。リンゴ一つでじゅうぶんなところを普段からドカ食いして食い溜めしてるからある程度は持つけれど、今回はエネルギー貯金全部使い切っちゃったみたいだね。よく見ればかなりひもじそうな顔をしている。

 

 

 

「ぐうっ!」

 

 ふと苦し気な声と共に何かの砕ける盛大な音がした。隕石みたいに降ってきたアンサさんが建物の壁を壊して地面に落っこちたのだ。上で戦ってたのはどうやら彼だったみたいで……そのアンサさんがやられたって事は……。

 

「落ちてくる!!」

 

 見上げながら叫んでみんなへと注意を促す。空でくねる大蛇が大口開けて落っこちてくる。って、でかいってば!

 あんなのが降ってきたらお城も街もぺしゃんこだ。ジャシンめ、自分が支配する国がどうなってもいいっていうのか!

 

「神様、ルフィさんお願い!」

「断る」

「断るのを断る!」

 

 背負っていたルフィさんを神様に押し付ければ、めっちゃ嫌そうな顔をしながらも腕一本で支えてくれた。ぐでーっと引っかかってるルフィさんの表情は窺えない。

 

「"天照大神(アマテラスオオミカミ)の舞い"っ!」

 

 サッと裾を引っ張って足を露わにし、逆立ちしてレーザー付きの足を天へ差し向ける。

 一秒チャージ、のち発射!

 ピュンピュン乱れ撃つ眩い光がズムズムと蛇の体表で爆発を起こし、風を荒らしながらなんとかその巨体を押し留めている。

 でも押し返せてないし、というか少しずつ落ちてきてるし!

 

 これじゃあレーザーのエネルギーが切れたら途端にドシンだ。誰か対応してくれればいいんだけど、誰も手が空いてないんだなこれが!

 ナミさん達がいたらどうにかなったかなー……どこ行っちゃったんだろう。

 

「うっ……エネルギー切れ……神様っ」

「……」

「だめかっ」

 

 さっきも一回使っちゃってたからエネルギー切れになるのは早く、だったら神様のエネルギーをって思ったけれど、怠そうに顔を向けられるのに断念する。

 仕方ない、私がやるっきゃないか!

 

「すみません、行きます!」

「はいはぁい、ルフィちゃん達はお腹空いてるのよねー? お姉さんに任せて頑張ってぇ」

 

 誰にともなく伝えてから地を蹴って跳び出せば、耳元を過ぎ行く風の中に魔女さんの暢気な声が聞こえた。

 魔法で食べ物出してくれるのかな? それならありがたいけど、魔女さんが離れてコーニャさんとリンさんは大丈夫なのだろうか。なんて人の心配をしている場合ではない。

 

「でぇやあああっ!!!」

『──ッ!』

 

 気合一声、空飛ぶ勢いを乗せた人間砲弾となって大蛇の腹にぶつかっていけば、腹に響く重い音がずっと遠くまで広がって、一瞬巨体が止まった。っよし、この調子!

 

「"神撃"!」

 

 体ごと回転してサマーソルト気味のキックでかちあげ、

 

「"大神撃"!!」

 

 もう一回転! 遠心力を乗せたキックを再度ぶちかます!

 ぐおおっと呻いたジャシンが私の身長分空へと押し返されるのを見て、胸の前で腕を交差させて武装色の覇気をを流し込む。

 

「ん~! "超竜神撃"!!!」

 

 全力全開、一息に何十回も空気を蹴っての大突進。竜の爪が大きな蛇の腹を食い破らんばかりに突き刺さって、けれど武装硬化した真っ黒なボディは堪えた様子もなく平気で押し返してくる。

 

「うぎぎぎ……! "大神撃"っ!!」

『──!!!』

「"大神撃"っ"大神撃"! もいっちょ"大神撃"!!」

『グオオオ!!!』

「うりゃりゃりゃりゃー!! "だいっしんげき"!!」

『シャアアア!!!』

 

 巨体が身動ぎするだけで吹き飛ばされそうな感覚があったから張り付いて攻撃を繰り返していれば、壁のような腹が急に動き出した。新幹線みたいに左から右へ流れていく体から距離をとろうとして、尻尾が迫ってくるのに慌てて戦鬼くんを抜く。

 

「ぐううっ!」

 

 私よりずっと太い尻尾に打ち付けられて地上まで真っ逆さまに吹き飛ぶ。ガードの上からダメージが入って、腕がおかしくなっちゃったみたいに痺れた。手をもぎ取る勢いで吹き飛んでいく戦鬼くんを掴む余裕はなくて、息を吐き出して痺れを弾く。

 さすがに覇気纏われてると海楼石も上手く効かない。新世界の海賊はこれだから厄介だ……!

 

 乱回転する体を何とか止めて瞬時に空間把握してもう半回転。足は地上に頭は空に、睨み上げた先にはジャシンの一部があって、どんどん迫ってきている。

 

『鬱陶しいぞ!』

 

 あ、喋れるんだ!

 心の中で突っ込みつつ即座にトップスピードへ突入して、前転。膝を抱えてぐるぐる回り、両足での踵落としとともに空気の刃を放つ。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"廻断(めぐりだ)ち"!!」

『"黒の蛇部輪(ジャベリン)"!!』

 

 うわっ、尻尾!?

 覇気に染まった尻尾による高速の突きを身を捻って避ければ、どんどん太くなっていく胴体に弾かれて錐揉みしてしまった。はためく着物を押さえつつ体をストップさせ、口元を腕で拭う。脇から胸にかけて擦ったような痛みがあって、熱い。うう、中々やる……!

 

「宴舞-"剣豪の型"!」

『ンン……!』

 

 この巨体で水中の魚みたいに動くんだからたまったもんじゃない。

 今も絶えず体をくねらせて恐ろしい圧力を放ちながら攻撃に移ろうとしている。だからこっちも大技でいく!

 

 抜き放った扇のうち「緋扇(ひおうぎ)」の方を口にくわえてしっかり噛んで、首元から羽衣を抜き取って覇気で固めて、これで私風三刀流の完成だ! 全部刀じゃないけど! せめて戦鬼くん残ってれば格好はついたんだけどなあ……!

 

蛇打突(ヘビィだとつ)!!』

 

 胸の中でぶつぶつ愚痴りつつ「陽扇(ひおうぎ)」と「Dの羽衣」を手の内でぐるぐる回転させて風を引き込む。

 釣られた訳じゃないだろうけど、再び私めがけて尻尾による突きを放ってきたジャシンへ向け、一気呵成(かせい)に突っ込んでいく。

 

「ずぇええい!! "三・千・世・界"!!」

『"暴走列蛇《ぼうそうれっじゃ》"!!!』

「ふぎゃー!?」

 

 ぶつかり合った黒染めの三刀(?)と尾の先端が火花を散らし、秒間数発神撃を放って吹き飛ばそうと頑張るも、瞬間的に尾を引き戻して体を暴れさせたジャシンにぶつけられて吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛ばされた、なんて軽く言ってるけど、衝撃は馬鹿みたいに激しくて体がばらばらになってしまいそうだった。無敵モードでもこれだ。能力者は"自然系(ロギア)"だけ怖いと思ってたけど、極まった"動物(ゾオン)系"も恐ろしくて参っちゃう!

 

 そもそも図体からして私とあいつじゃ差がありすぎて、触れられるだけで突き放されてしまう。私が大人だったらこうはならなかっただろうに、くそーっ、成長期のばっきゃろー!

 

「"天鈿女(アメノウズメ)の舞い"!!」

 

 苦し紛れに放った海水は、体表に弾かれて終わった。人型サイズならまだしもこのサイズには効く訳ないか!

 落ちながら嵐脚連発してジャシンを落とさないようにしていたけれど、地面とぶつかれば強制中断。半ば埋まった体を引き抜いて勢い良く立ち上がる。結構ダメージ受けちゃったけどまだまだ平気!

 

 ……胸の中とかお腹の方とかなんか熱くて痛いし喉とか鉄の味が凄いけど、うん、だいじょぶだいじょぶ。

 げほっ……。

 

「バトンタッチだ! "空中歩行(スカイウォーク)"!」

「ああ……おれ一人で充分だ……!」

 

 私が息を整えている間、代わりにサンジさんが空を駆けてジャシンへと突っ込んでいった。キックのフルコースで巨体の落下を押し留めるその下で、ゾロさんは未だ抜け殻ジャシンと交戦している。生気がなくてぼろぼろの癖に覇気まで使う抜け殻は強そうだけど、彼が一人でやるって言ったんだから手出しは無用だろう。

 

「……ん?」

 

 ふわり、良い匂いがして出どころを横目で窺えば、瓦礫やらの中に長テーブルが出現していて、空の皿やらボウルやらが散らばっていた。少量の料理は見る間にルフィさんと神様のお腹に収まっていく。掻っ込むような食べ方は神様らしくなくお行儀が悪い。ルフィさんはいいの、その食べ方で。

 

「よっしゃー食ったどー!」

「…………。」

 

 ガシャーンと食器を撒き散らして立ち上がったルフィさんは、服が捲れ上がるほどお腹が膨らんでいて、なんというかその、丸かった。そんなルフィさんに流し目を送る神様も口許を拭って立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ……」

「ふぅ、ふぅ……」

 

 リンさんとコーニャさんが「やっと終わった……」みたいな顔して息を荒げている。きっと二人もご飯を出すのに協力してくれていたのだろう。これで二人とも復帰できる。助かった……あれはちょっと流石に、私一人じゃきつい。

 

「デザートもあるわよぉ~♡」

 

 一番の功労者である魔女さんはにこにこしながら指を振って、テーブルの上に巨大なミルフィーユを出現させた。この国に来たなら一度は食べなくちゃ~なんてのんきに言ってるけど、そんな場合じゃ……ああっルフィさん食いついた!

 ほっぺをゴムまりみたいに膨らませてデザートをやっつけるルフィさんをしり目に神様の下へ駆け寄る。けど、話しかける前にバシッと姿を消してしまった。あんもう! 私だってエネルギー欲しいのに!

 

「行くぞミューズ!」

「あっ、はい! がんばります!!」

 

 次いでミルフィーユを食べ終えたルフィさんが私に声をかけてくれて、ひやっとしながら返事をすれば、彼は思い切り空気を吸い込んで丸い体をさらに肥大化させた。"ギア4"になるのかと思ったけど、あれは"ゴムゴムの風船"だ。まだ覇気が戻ってないのかもしれない。

 ちょっと苦し気な顔をして身を捩り始めたルフィさんに、彼が何をしようとしているのか理解した私も、"麦わらの型"で合わせて身を捩る。といっても彼のように何回転もできないけれど。

 

 ドルルンッと独特な振動が聞こえるのを合図に、地を蹴って跳び出す。空気の噴出音を伴ってジャシンの下へ。

 

「"ゴムゴムの"!!」

「"JET暴風雨(ストーム)"!!」

 

 サンジさんと神様に押し留められている巨体めがけて、息を合わせて連続パンチ乱れ打ち!

 私のは空気の圧を飛ばしてるだけだけど、覇気乗せてるから弱くはないはず……しかし手応えはない。でもジャシンを落とさないよう維持できればそれでじゅうぶん!

 

「"ゴムゴムの"ォ! "JET攻城砲(キャノン)"!!!」

「"見取り稽古の舞い"! うぇりゃあ!!」

 

 暴風雨から攻城砲へ流れるように繋げたルフィさんを見習って私も直接殴りに行く。この猛攻でさらにジャシンの体は浮いて、だけど全体的には落ちている気がする。細長いから真ん中だけ持ち上げても両端が落ちちゃうんだ!

 

『羽虫が!』

「"天女伝説"! "神撃豊穣の舞い"!!」

 

 みんなで滅多打ちにしてるからさぞかし鬱陶しいのだろう、荒れ狂うジャシンの全体を攻撃するべく数十人に増えてみんなで仲良く大神撃を連発する。殴った勢いで肘打ちして肩からぶつかっていって裏拳叩き込んで中段蹴り叩き込んで膝打ち込んで甲をぶつけてと、その全ての動作に"大神撃"が付属する。

 さすがにこんなに連発すると私も疲れるしキツいんだけど、やれること全部やんなきゃこいつ倒せ無さそうだ。頑張らなくっちゃ!

 

『ヌゥアアアア!!』

「む! 逃がすか!」

「とにかく下には落とさないように!」

 

 逃れるように空を泳ぎ始めたジャシンがどこかへ行こうとするのに、私達も後を追う。

 その際にも攻撃を加えて浮かせているからこそのジャシンの空中移動なのだろう。こんだけぶっ叩いてもまだ暴れる元気があるんだからタフすぎ!

 しかも脱皮したら元通りなんだっけ? なんでかそうする気配がないけど、ひょっとして攻撃されてると脱皮できないとか?

 ならこのままやっつけるまで殴り続けるしかないね!

 

『邪魔だァ!!!』

 

 けれどそう上手くはいかなくて、その体を鞭のようにして荒れ狂わせるジャシンにみんな跳ね飛ばされ、また街に叩き返されてしまった。私には頭部が迫ってくるもんだから大慌て。丸呑みにするつもりか? 違う? 噛むつもりか!

 

「「鉄塊(テッカイ)」!」

 

 受け止めてやるって意気込んで、だけど迫りくる大口はド迫力で内心びびっちゃって、そのせいか噛みつかれるとガリガリって肩とか太ももとかを牙で削られる感覚があった。オマケに地上へぶん投げられてしまった。

 

 身構えていたから体勢を整えて上手く石畳に着地できたけど、砕けて破片が舞うわ勢いを殺しきれず舗装された道を破壊しながら後退してしまうわ、裾の中に入り込んだ欠片とか土とかがうざったいわくすぐったいわ痛いわで散々だ。くそー、おのれぇ!

 

「いったぁい!!」

 

 肩ひりひりする! 太ももも付け根辺りが抉られてる感じ!

 体が勝手に縮こまっちゃいそうになるのを抑えて気張る。

 負けるかー!

 

「っぐ!」

「ぶへ!」

 

 近い距離で戦っていたルフィさんが私と同じ場所に飛んできた。後頭部を打ち付けながら転がってきて、かと思えば大きく跳躍して私の隣にすたっと着地する。格好いい! あ、遅れて下りてきた神様ももちろん格好良いよ。

 

「ハァ、ハァ、ミューズ、大丈夫か……?」

「もっ、ちろんです! はい! ふ、ふへ、ふぅ」

 

 強気な言葉を返してみたものの、正直かなりキている。辛い。ふて寝したい。でもだめ。

 個人的にもこの海のためにも、あんな奴はここでやっつけなくちゃなんだから!

 ……そうだ。倒し方の検討もついたところだし、今度こそ神様の力を借りるとしよう。

 

「神様、あのね!」

「ぬぅ……生意気な、爬虫類如きが私に楯突くなど……断じて許せん!!」

「あーのーねー!」

 

 怪我の残る体で空を見上げていた神様は、私に目もくれなかったけど、腕に飛びついて引っ張れば流石に鬱陶し気な顔をして私を見た。でもまた視線を外そうとしたから手を包んで握り、ぶんぶん振って注意を引く。

 

「ええい、引っ付くんじゃない。……なんだというのだ!」

「電気ちょうだい」

 

 単刀直入に言えば、神様はすっごく嫌そうな顔をした。

 そんな顔する事ないじゃん! いいじゃんちょっとくらい!

 

「ミューズ、貴様一人にはやらせはせんぞ」

 

 強情! 神様、地上への被害を考えて万雷(ママラガン)雷迎(ライゴウ)も使えてないじゃん!

 だったら私にくれた方が良いよー。むしろちょうだい。私がやる。

 

「なんだ? なんかおもしろ技でもあんのか?」

「面白いかはわかりませんが、とっておきがあります!」

「ししし! よし、やろう!」

「はい!」

 

 って感じにルフィさんと話してたら、神様は観念したように私に向き直った。

 へへー、こうなったらもう止まらないもんね。神様だってそれはわかったのだろう。 

 

「いいかミューズ。やるからには思い切りやれ」

「当然っ」

「ならば私のエネルギーを全て持っていけ!

 

 高く掲げた手の平にバリバリと雷を溜める神様へ、ぐっと胸を反らして待つ。

 

「ヤッハハ、"MAX7億V "充電(パワーチャージ)"!!」

「んっ!」

 

 その手が私のお腹を叩いた。帯越しに電気製造機にエネルギーが流れ込んで、体中ぞわぞわーって騒めきだす。

 

「ふんんうっ。びりびりーってするー!!」

 

 自分の声さえ電気の音に飲まれかけ、まるでオーラみたいに私の体に雷が纏わった。

 エネルギーはじゅうぶん。体へのダメージは常に生命帰還フル稼働で問題なし! 火傷なんてへっちゃらだい!

 正真正銘! 最強無敵!

 

「んー、チャージぜんかぁい! ハイパーウルトラ頑張りミューズちゃんだぞ!!」

 

 うおーっと吠えれば、街の上空で暴れるジャシンが再びその体を落とし始めていた。

 

「うわああ! 落ちてくるぞおお!!」

「みんな逃げろ! やってる場合じゃねぇ!」

「でもお祭りやめたら姫様が……!」

 

 大きく落とされた影が建物や人々を飲み込めば、さすがにもうお祭りなんか続けていられないのか、恐慌状態になってまばらに逃げ出した。でも中には空を見上げたまま立ち尽くす人や、状況を理解してもなおお祭りを続けようとする人がいて困惑する。

 

『ガラガラガラ! 無駄だぜ、そいつらは七日七晩の祝典を終えるまでは動かねぇ!』

 

 それは、さっき聞こえた姫様……この場合リンさんの方か、に関連してるのかな。

 危機が迫っても逃げ出さない理由なんて、あいつがそういう風にしたからに決まってる。

 この国を訪れた時のリンさんの暗い顔を思い出す。お祭りだっていうのにちっとも楽しそうじゃなかった。きっとみんなもそれは同じ。

 

「終わらせてやる! はぁーっ……ふぅぅうううう!!」

 

 混乱の最中、ルフィさんが思いっきり息を吸い込み、黒く染めた自分の腕に噛みついた。

 

「筋肉風船!」

 

 波打つ腕が肥大化して、それが体にまで移るとどんどん膨らんでいって、変貌する。

 

「ギア4(フォース)……弾む男(バウンドマン)!!」

 

 トゲトゲ頭にいかついお顔。蒸気を伴ってガインゴインと跳ねる彼に、帯を撫でながら頷く。

 ……そうだ。

 ルフィさんの言う通り、こんなお祭りは終わらせなきゃ。

 だってもう意味ないもん。リンさんはもう大丈夫。ジャシンは私達がぶっ飛ばすから。

 

『あくまでもやる気なら仕方ねぇ! もはや民など不要! お前達ごとこの街を捻り潰してやる!!』

 

 っ、ほんとにこいつは、国を運営する気なんてさらさらないじゃん!

 そんな事させるもんか。

 

「港へ! 砦の方へ走れ!」

「道なりに進め! その先に船がある!」

 

 誰かの声が響く中、サンジさんに蹴り上げられてなお気にした風もなく身をくねらせているジャシンへ向けて、屈伸、のち、大ジャンプ!

 ほとんど同時に飛び出したルフィさんが両腕を引き絞って空を飛ぶ。

 

「"ゴムゴムの"ぉ……!」

「んん~~"フルパワー"……!」

 

 電気製造機を叩けば更なるパワーを引き出せる。びりびりマックス。

 視界が青白く染まって、感覚が研ぎ澄まされて、強い刺激が胸を刺激する。

 

「"ゴムゴムの"ォ……!!」

「7億V(ボルト)+(プラス)~~……!!」

 

 サンジさん一人じゃ押さえきれなくなった蛇が真っ逆さまに落ちてくる。

 向こうも逃げる気なんてさらさらないらしく、また噛みつこうと大きく口を開けて迫ってきている。

 

「"ゴムゴムの"!!!」

「"全開女神の舞い"!!! からの~!!!」

 

 それならそれで好都合!

 "竜の逆鱗"を加えてつねに大神撃を放ちながら両手を前へ突き出す。握り拳を合わせて一つに。

 くらえっ、神様の力を乗せたフルパワーの一撃!

 

「"獅子王(レオレックス)バズーカ"ァ!!!!!!」

「"天雷神撃(てんらいじんげき)"!!!!!!」

 

 どちらの攻撃の方が早かったか、あるいは同時だったか。

 私の両拳とルフィさんの両手の平を牙で受けたジャシンは、引かなかった。

 どころがぐぐぐぐ……! と押し返そうとしてきて……!

 

『その程度の攻撃がおれに効く訳ねぇだろう!! おれとテメェらじゃ見てる世界が違うんだ!! おれは世界の王!! スケールが違う!! テメェらごときちっぽけな人間のパンチの一つや二つ、このまま押し返してくれる!!』

「ぬぎぎぎ……!」

 

 覇気同士が反発し合い、細かに振動して何度もぶつかり合う。私達がぶっ飛ばそうとする力とジャシンが押し返そうとする力は完全に拮抗していて、歯を食いしばって思いっきりやっても全然押し切れない。

 向こうが上にいて重力を味方につけてるからとか、そもそも重さが違うとか、そういうのはどうだってよくて、ただただ私とルフィさんの二人がかりで拮抗されてるのが歯痒く悔しい。

 

「うおおお!!」

「うあああっ!!」

 

 雄叫びを上げるルフィさんに釣られて私も声を張り上げた。そうした方が力の全部を出し切れる気がして、実際体に力が張って、これまでにないくらいのパワーを出せていた。

 これが本気の本気。私の全部……!

 なのになんで倒されてくれないの! なんでそんなに堪えられるの!

 

「ミューズゥ! もっとだ!」

「ぅうっ、はいっ!」

「まだまだおれ達の力はこんなもんじゃねぇぞ! ちっぽけなんかじゃねぇってわからせてやるんだ!!」

「はいぃ!!」

 

 ちっぽけじゃない。だってルフィさんは海賊王になる男なんだから。

 あいつがなんと言おうとそれは変わらない!

 

「うりゃああっ!」

「うおおおお!!」

 

 私の声に、ルフィさんの声が重なると、気迫も力も全部が重なって、一つになった。

 呼吸も合わさって、何もかも一緒になって。

 

『お、オ、お!!』

 

 それでようやく均衡が崩れた。

 私達の体がどんどん前へ進んでいく。ジャシンの頭は後退して、攻撃を受け止める黒染めの牙にひびが入って。

 

『麦わらァ! テメェなんかにおれが負けるはずがねぇ!!』

「お前なんかにルフィさんが負ける訳ないでしょうが!!」

「そうだ! おれは負けねぇ!!」

 

 吠えるジャシンに負けじと叫び返す。二対一だ。多数決。

 ルフィさんが勝つって決まってるんだ!

 記憶で見た訳じゃなくても、間近で見て、触れ合えば、そう信じられる。

 それがルフィさんなんだ! 

 

 ぶつかる拳を開いて両手の平を牙へ押し付ける。

 駄目押しだ! こいつでくたばれ!

 

「"大神撃"!!」

『!!!』

 

 目を見開いたジャシンが僅かに仰け反る。

 巨体の『僅か』は私達にとっての『たくさん』だ。

 だからルフィさんが両腕を引き絞る時間くらいはあって、私ももう一度電気製造機を叩くくらいはできた。

 

「"ゴムゴムの"!!!」

「7億V(ボルト)!!」

『──! 待て!!!』

 

 待たない!

 反らした上体の分だけ勢いをつけて、電気を纏った両拳を合わせて突き出す。

 待てなんて言われたってもう止まれないし止まる気もない。

 同時に放たれたルフィさんの両手もまた、止まる気なんて一切ないみたい!

 

「"獅子王(レオレックス)バズーカ"ァ!!!」

「"天雷神撃(てんらいじんげき)"!!!」

『────────……!』

 

 だから全力で押し切った。

 折れた牙を散らしながらコマ送りみたいに仰け反ったジャシンの体を覇気に染まった両手が叩く、そう思った時には大質量はとぐろを巻くようにして空の青の中に消えて行った。遅れて響き渡る轟音と爆風に顔を庇う。風に揉まれて、けれど姿勢は崩れず背中から吹き付けてくる風に、逆にどんどん体が持ち上げられていく。

 

 やがて風が収まれば、その風の音以外の雑音が消えて視界が広がった。

 なんとなく、額に手を当てて新世界の海賊の最期を見送る。

 ……うん。今度こそたーまやー! だね!

 

「ふんー!」

「やったね! ぶい!」

 

 バリリッと放電された電気が全部逃げていく中で、傍にいたルフィさんに絡まって消えて行くのもあって、なんでか笑ってしまった。鼻息荒く空を睨みつけているルフィさんのお顔はちょっと怖いけど、とにかくたぶん、これで勝ちでしょ!

 

 ついでとばかりに四肢を広げて風を堪能する。肌を撫でる冷たい感覚が心地よくて、ばたばたはためく着物も気持ち良い。フシュルルと空気が抜けて元に戻ったルフィさんは、私より上に舞い上がって、脱力した顔で笑いかけてくれた。

 

 それからくるっと空へ振り向くと、私よりも思いっきり体を伸ばして、「勝ったぞおお!」って叫んだ。

 幾度か遠くに響く彼の声に、私も小声で勝ったぞーって真似する。

 それは仲間に伝えるための勝鬨なんだろう。声を吸い込んだ青空は静かだけれど、地上はにわかに騒がしくなった。

 逃げ惑っていた人達があげる歓声は、この国そのものが喜んでるみたいで。

 

 悪者はやっつけた。お姫様は取り戻された。

 めでたしめでたし……だね!

 

「ふあー……」

 

 まだまだ浮き上がっていく体は、もしかすれば宇宙まで行っちゃうんじゃないかって浮遊感に包まれていて、その開放感に息を吐いた。

 

 これからどうしようかなーって考えたりして。

 この国に立ち寄ったのはたまたまで、ルフィさん達と会えたのもたまたまで、戦ったのは成り行きで。

 一緒に戦えて嬉しいなーとか、たくさんお話しできたなーって充足感があって、それに浸りたい気持ちもあるんだけど、ほら、新世界の天気は変わりやすいから。

 未来の事を考えなくちゃね。

 

「なあミューズ!」

「……はい?」

 

 影が下りてきた。

 それはルフィさんに遮られた日の光の後ろ側。

 かぶった麦わら帽子を押さえたルフィさんが顔をこちらに向けて──もっとも目元はよく見えなくて、なんとなくこっち見てるなってくらいしかわからないんだけど──語り掛けてくる。

 

「やっぱお前、おれの仲間になれよ!」

「……へ?」

 

 虚を突かれた。

 ……いや、心のどこかでは、そういう風に誘ってほしいなって思ってたりしたから、じわりと滲んだ嬉しさもあって。

 でも、私とルフィさんの目指す場所は同じで、お互い、それぞれの冒険があるからって旅立つ船を別にしたはずだ。

 

「そうだけどよー、おまえと一緒に冒険すんの、楽しそうだって思ったんだ!」

 

 とびっきりの名案を思い付いたぞ! って感じの声音だった。

 きっと彼の瞳はきらきらと純粋に輝いているのだろう。良かった、目元が見えなくて。

 そんな目に見つめられちゃったら無条件で頷いちゃう。彼にはそういう、人を惹きつける力があるって、私知ってるんだ。

 

「でも、私は……」

 

 否定の言葉を絞り出そうとしても、なんにも続かない。

 だって私、海賊王になるぞ! って言ったのはノリ任せで、本気の本気じゃなかったんだ。

 ただ、海賊になる以上は目指す場所が必要だって思って。

 でも考えてみると、私も神様も到達点なんて設定せずにのんびりぶらぶらしているだけだった。

 ……お互いの目指す場所が同じ、という前提が崩れると、どうにも断るのが難しくなってきた気がした。

 

「お前のこと気に入ったんだ! しししっ」

 

 屈託なく笑われちゃったら、心がぐらついてしょうがない。

 それは子供の頃夢に見たお話そのままだ。

 私の中の誰かが憧れたストーリー。彼らと共に歩む人生はさぞ面白おかしいだろう。

 

 踊りだしそうな胸をぎゅっと押さえて、震えるように頭を振る。

 何考えてるんだ、私!

 

「で、でも、神様もいるしっ……る、ルフィさんにはルフィさんの冒険があって、私には私の……!」

 

 弁明の声は情けなくて、まるっきり力なんてこもってなくて。

 

「そんなの知るかァ!」

 

 ああほら、そんな乱暴に言われちゃうと。

 私、そういう風に引っ張られちゃうと。

 

「一緒に冒険しよう!!!」

 

 かなわない。この人にはかなわない。

 これがきっとカリスマというもの。

 この人の傍なら、ずっと笑っていられる気がする。

 

 ときめく胸にかあっと頬が熱くなって、少しずれた彼の横からお日様が顔を覗かせた。

 降り注ぐ光に飲み込まれて、そっと目を閉じる。

 ……私を、連れて行ってくれるなら。

 私の生き方を決めてくれるなら、私、ルフィさんに。

 

「馬鹿か貴様。それは私の"案内"だ」

 

 バリッと鼓膜を震わせる音がして、はっとして横を見れば、神様がのぼってきていた。

 数瞬遅れて、私は私の失敗を悟った。

 神様というものがありながら、ルフィさんに靡きそうになってた。

 あわわ、神様、怒ってるよね……怒ってる! 怖い顔!!

 

「おれはミューズと冒険してぇんだ! また歌も聞きてぇしよ、踊りも見てぇ!」

「駄目だ。これは私の物だからな。歌も舞いも私専用だ」

「独り占めすんなよ! なんだったらおまえも一緒に来ればいーじゃん」

「断る!!」

「……! 断るのを断る!」

「貴様、猿真似を……!」

 

 あわわわわ。神様とルフィさんが喧嘩してるよう。

 私の上でやらないでほしい。というかどこまで上がっていくんだろう、私達の体は。

 このまま際限なく昇っていったら戻れなくなっちゃいそうなんだけど……色んな意味で!

 

「じゃミューズに聞こう! なあミューズ、おまえはどっちがいい!?」

「どちらも何も私の物だと言ってるだろう! 脳みそまでゴムか!」

「うん」

 

 とか言いつつびょいんと伸ばされたルフィさんの手が顔の前に。

 途端に体温が上昇して、胸がどきどきして、緊張して、考えがまとまらなくなって。

 え、え、え、手をとればいいの? 握ればいいの?

 そ、そうしなくちゃだよね。ルフィさん待たせちゃだめだよね。

 

「ミューズ! お前のとるべき手はこっちだ!」

「なんだよ、おまえだって真似してんじゃんか」

「ええいだまれ!」 

 

 ひゅっと見慣れた手が差し伸べられるのに、胸元から離してルフィさんの手の方へやろうとしていた右手を慌てて戻して胸元の布をきつく握る。

 そ、そんな事言われたって、私、ええと、ええと……!

 ルフィさんの手取ったら神様がかわいそうだし、でも神様の手を取ったらせっかくのルフィさんのお誘いを蹴っちゃうことになるし、あーうー、こんなの選べないよお!

 

 どど、どっちを掴めばいいの!?

 なんて悩んでいるうちに勢いが弱まり、やがて重力に引かれて体が落下し始める。

 そうなっても体勢を整えたり飛ぼうとしたりなんかできなくて、ただただ差し出された手を見つめて悩む事しかできない。

 鼓動は強く激しくなるばかり。

 頭の中はぐるぐるぐると……。

 

「ぅルフィィイ~~~~!!! 軍艦来たぁあああああ~~~~!!!」

「"大将"乗ってる!! "大将"!! 二人も!!!! はやく逃げましょうよぉおおお!!!!!」

 

 ふと左の方から限界ギリギリな叫び声が響いてきた。

 ……遠いのに、誰が言ってるかすぐわかる。ウソップさんとナミさんだ。

 ちらっと地上の方を見れば、砦脇に停泊したサウザンドサニー号に豆粒みたいな二人の姿が確認できた。

 すぐ出航できるようにしてあって、たぶん、そうするために彼女達は一足先に船に戻っていたのだろう。

 

 彼女達の言う通り、離れた位置に海軍の軍艦が二隻やってきている。大将二人? 誰と誰だろう。いずれにせよ、厄介な事に違いはない。

 だからナミさん達あんなに焦ってるんだね。

 

 二人だけじゃなくて他のクルーも船室やら甲板やらから顔を覗かせていたけど、ナミさんとウソップさんの必死な姿ばかりが目を引く。ぶんぶん手を振ってきてるんだもん。早く戻ってきて! って。

 あはは。なんか笑えちゃう。

 いや笑ってる場合じゃないんだけど。究極の選択を迫られてる真っ最中なんですけど。

 

「ししし!」

「ヤッハハ」

 

 二人に視線を戻せば、ルフィさんも神様も、どうしてか笑っていた。

 ……神様が笑ってるのがよくわからない。さっきまでへの字口だったのに。

 私の視線に気づいてすぐいつものむすっとした顔に戻ってしまったけれど、今の自然な笑みはかなりレアなものだったような気がする。

 

「逃がさん!!!」

 

 ボコボコッと泡立つ音。

 まるでどこかで噴火でも起きたような音が響いた。熱が迫ってくるのにぞわっとして、もう一度船の方を見ようとすれば、なんか岩に乗った人がぐんぐん上昇してきた。

 飛ぶ岩に乗る大将……藤虎か!?

 

「わしが"逃がさん"言うたら……逃げること諦めんかい……馬鹿ミューズが!!」

 

 ああ違った。サカズキおじさまだ。

 ……おじさまだぁ!!?

 

「赤犬!! 大将……おまえが来たか!!」

「えっ、え、大将って、えっ、元帥じゃない!?」

「何を言うちょる、元帥ならクザンの奴がなったわい……そんな事より!!」

 

 逆円錐の岩に乗った……大将赤犬がいかついお顔を歪めて腕をマグマと化す。

 そうすると次に来るのは恐ろしいゲンコツに他ならない!

 

「大噴火ァ!!」

「うほー!」

「ぬうっ!」

「ひょえー!」

 

 放たれた大熱量に慌てて身を捩って離脱する。ルフィさんも神様もいったん離れたけれど、すぐまた私の傍に集まってきた。

 それはサカズキさんも同じ。すっごく怒ってる顔でジロリと私を睨みつけると、眉を吊り上げて怒鳴ってきた。

 

「ミューズゥ!! この悪戯娘が!! 貴様は"正義"を叩き込まにゃあすぐ道を(たが)えるとわかった!! 徹底的に(しご)き直してやるから覚悟せい!!!」

 

 言いながら手を伸ばしてくるサカズキさんを電撃とゴムキックが叩く。

 押し戻された彼が岩から落ちそうになるのにあっと声を漏らし、けれど持ち直すのに息をのむ。

 

「それは私の"案内(ペット)"だと言ったはずだ!!!」

「いいや、おれの"仲間(なかま)"だぁ!!!」

「黙れ!! わしの"部下(ぶか)"じゃあ!!!」

 

 えっ、えっ、えっ!

 私海軍やめたよね!? え、まだサカズキさんの部下扱いのまんまなの!?

 いや、違うよね。藤虎さん私の事捕まえようとしてたし、手配書あるし!

 ……という事は、今のサカズキさんの言葉は彼の中での事?

 まだ私を部下として連れ戻そうとしてくれてるの……?

 

 それって必要とされてるって事で、求められてるって事で、彼を裏切った私にそうまでしてくれるとなると、心が揺れない訳がない。

 私、サカズキさんの事嫌いじゃないもん。むしろ好きだ。でもやりたい事があったから離れた。

 戻って良いって言われたら、困っちゃうよ……。駄目だってわかってるけど、いけないって思うけど、そんな風に言われたら……!

 

「その話! おれも参加させてもらおうか!!」

 

 ボボウ、ボウ。

 空気を燃やす音がして、この三人からいったん逃れるために地上に目を向ければ、街の方から立ち上ってくる火柱があって。

 

「サボ!!」

「また会ったな、ルフィ!」

 

 ルフィさんの顔がぱっと輝いた。喜色満面。

 指先で帽子をつまんで顔を見せたのは、ドレスローザで別れたサボさんだった。

 

「貴様、革命軍の……!」

「大将赤犬……お前には返したい借りが山ほどある!」

「次から次へと横やりを……!」

 

 サボさん、街の方から来たのはなんでだろう。

 ……あ、そういえばさっき、避難誘導する声の中に聞き覚えのあるものがあったような……あの時にはもういたんだ! ……アンサさんが呼んだのかな? でも決起のタイミングずれちゃったから、戦いには間に合わなかったのかも。

 

「革命軍に戻ってくるって手もあるぜ、ミューズ!」

「ええっ、で、でもっ」

「これから革命軍はどんどん動いていく。その時、お前みたいに若くて強い奴がいてくれれば心強い!」

「あうう……」

 

 だ、だからっ、そういう風に褒められると困るんだってば!

 

「サボ! いくら兄ちゃんでも譲れねぇぞ! ミューズはおれと一緒に冒険するんだ!」

「黙らんか海賊が! ミューズは正義を志した海兵じゃ! 悪党に誑かされさえしなければ──」

「不届き者め! 神の私物に手を出す愚かさを教えてやろうか!」

「ほら。どうする? ミューズ」

 

 サボさんが手を出し出せば、目ざとく反応した神様が雷速で手を伸ばしてきて、うっと背を反らせばサカズキさんの手とルフィさんの手まで伸びてくる。

 囲まれた!

 

 ああんもう、どの手を掴めばいいかわかんなくなってきたあああ!!!!

 

「どの手を掴もうが誰も文句は言わないさ。お前の自由だ!」

 

 思わず頭を掻き乱そうとした手を止めて、改めて四人の顔を見渡す。

 ……その言葉の真偽はともかくとして、どうやら私は誰か一人の手を掴まなくちゃいけないみたい。

 

 私を救ってくれて、生き方を教えてくれた革命軍か。

 家族みたいに一緒に過ごして、私に正義を志させてくれた海軍か。

 ずっと憧れていた麦わらの一味のクルーか。

 気の置けない神様との海賊……とはなばかりの世界観光か。

 

 眩しいくらいに光り輝く世界。

 私は、空へ手を伸ばす。

 落ち行くままな気持ちの良い体をそのままに、手を前へ。もっと前へ。

 

「!」

「!」

「!」

「!」

 

 四者四様、いろんな表情を覗かせる。

 

 私が選んだ手は――。

 

 

 

◇ サボの手を掴む

 

◇ サカズキの手を掴む

 

◇ ルフィの手を掴む

 

◇ エネルの手を掴む

 

 

 

 

 

 

 

 

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◇ True Ending

 

 

 結局私は、誰の手を掴む事もできなかった。

 

 だって、そうでしょ?

 

 無理だよ、あの中の一人だけを選ぶなんて。

 

 きっと私がもっと凄くて、もっと大人だったら、みんなの手を纏めて掴めたかもしれない。

 でも無理だった。

 私、そういう人間じゃない。凄くなんかなくて、ほんとは、全然だめで。

 

 そもそも私が誰かの手を取って引っ張ってもいいのかわからなかった。

 

 ルフィさんにもサボさんにもサカズキさんにも負い目がある。

 神様だって無理やり連れ出したようなものだから。

 誰を選んでも誰かが悲しむ。私だっていやだ。

 だから私、もう全部やめようって思って。

 

 ……逃げちゃったの。

 

 コーニャさんやリンさんへの挨拶もそこそこに海へ出た。

 大して交わせなかった会話の中で小さな船を貰えて、その小船で海に出た。

 一人逃避行。行き先は故郷かな。もう田舎に引っ込んじゃえって感じで。

 

 もう私の夢は果たしたし、目的は無いし、やりたい事もないし。

 ……いいかなって。

 四つそれぞれの手に囲まれた時、私、びっくりして、嬉しくなって、怖くなって……同時に、すんって、全部の感情が抜け落ちちゃった。

 なんでか、その時の自分の事を酷く冷静に外側から眺められて、だから、不思議だった。

 どうしてこんな私を求めるんだろう?

 

 なんのために生まれたのかも、なんのために生きてるのかも、何がしたいのかもわからないから、なんとなくで生きてきたのに、一度足を止めちゃうともう一回歩き出そうって気にはなれなくて、揺れの強い小船の上に立ってきらきらと輝く海の合間を眺めていると、ああ、私って空っぽなんだなーって気が付いた。

 

 これまでの事、全部私の中の誰かの記憶で動いてきてた。

 もちろんその中には私がやりたいなって思ってやった事だって含まれてるけど、元を辿れば記憶が全て。

 生まれ持った不思議なそれがなければ、私ってなんの取柄も特徴もない女の子だったんだなーって思った。

 

 だからか、やる気がなくなった。

 そもそもやりたい事もなかったんだ、私には。

 目的は常に誰かが与えてくれていた。自分から考えた事はない。

 月に行って神様を仲間にしようとしたのも、正義を背負って海賊を追い回したのも、記憶や何かに押されての事。

 

 歌も舞いも全部そう。技も技術も全部そう。

 つまりは、あれ。

 なんかもうよくわかんない。

 

 ほんとは、誰かの手を掴みたかった。

 だって引っ張ってほしかったんだもん!

 私の手を引いて、こっちだよって導いて欲しかった。

 

 強引でいい。私の意見なんて聞かなくていい。

 無理矢理でいいから連れて行って欲しかった。

 

 どこでもいい。どこだっていい。

 ただ、私を見て、私に触れてくれて、私と一緒にいてくれるなら良かったんだ。

 

 でも無理だよね。

 あんな風に誰か一人を選んで、それ以外とはさよならなんて状況になったら、もう逃げるしかない。

 ……逃げちゃったから、これからは一人で色々考えて生きて行かなきゃいけなくなった。

 

 でも私、一から何かを考える事って初めてだから、最初に何を考えなくちゃいけないのかがわからない。

 何をしなくちゃいけないのかもわからなくて、その先で何をしたいのかも思い浮かばなかった。

 

「あー……だめだぁー」

 

 ぽてっと仰向けに倒れ込んだ。

 正義のコートが少しずれて背中の下敷きになる。重なった部分が背中を押して、ちょっと痛かった。

 

 強い揺れが常に私の体を揺らす。

 揺り籠みたいだなって思った。

 いっそ、この船に身を任せちゃおうかなー……なんて思っちゃったりして。

 

 ……不意に影がかかった。

 それは先ほどのルフィさんを思い起こさせるのには十分で、でも、違う物が落とした影だった。

 

 結構近くを飛んでる箱舟マクシム。

 ゴウンゴウンって音を鳴らして、私の小船を追い越すと、距離を保って飛び始めた。

 

 特に何も考えられず、寝転がったまま眺めていれば、マクシムの端から神様が顔を覗かせた。

 ぶすっとした仏頂面で、縁に腰かけて足を投げ出すと、私を見下ろした。でもすぐに目を逸らされた。

 ……いかにも追ってきたって感じなのに、関心がなさそうな神様に困惑する。

 

 そうしていると、大きな船が横まで走ってきた。

 サウザンドサニー号だ。

 

「……ルフィさん?」

 

 手すりから身を乗り出して海を眺め回しているルフィさんに、身を起こして声を出せば、がっちり視線が合った。

 ……まさか彼も、逃げ出してしまった私を追いかけて来てくれたのだろうか。

 そんなに求めるようなものなのかな、私って。一緒にいて楽しいのかな。

 

「……いや? おれはあれだぞ? ……たまたま向かう方向が同じだっただけだ!」

「あ、はい」

 

 ……どうやら彼は、選べなくて、独りでいる事を選んだ私の意思を尊重してくれるみたいで、なんかすごいへたくそな口笛を吹きながら説明してくれた。

 え、う、うん。そうなんだ。

 ……うん。

 

 ……うん。

 

「こっちに向かわなきゃいけない理由もあるんだ!」

 

 と声を投げかけてきたのは、サボさんだった。

 サニー号の反対側を陣取る大きな船は革命軍の物。サボさん以外にもたくさんの人が顔を覗かせていて、けれどなんにも言わない。ただ、後ろの方をしきりに気にしたりしているから、なんだろうと振り返ってみれば……。

 

「わしらは海賊を追っているだけじゃあ!」

「ええ、あっしらはそういう仕事ですんで……」

 

 船の先端で腕を組んで仁王立ちしているサカズキさんの軍艦と、同じく船の先端でなぜかラーメン食べてる藤虎さんがそう言った。……後ろの部下もみんな揃ってラーメン食べてるのなんなの? 昼食タイムなの? だから砲弾とか飛ばしてこないのかなぁ……。

 

 ……あー。

 私が逃げても、どうやら追ってきてくれる人って結構いるみたいで。

 私が思うより、私って人の気を引く人間だったのかな。

 それはわからないけれど、一つわかるのは、このまま放って置かれるような未来はないってこと。

 そうしたら私、対応しなくちゃ。ぼけーっと座ってないで、立ち上がって、前を向かないと。

 

 誰か一人の手は選べなかったけど、そうしたらなんかみんなついてきてくれた。

 結果オーライなのかなんなのか。まあいいや。割と人生、ノープランでもなるようになるんだね。

 

 んー、そうしたら私……どうしよっか。

 って、そんな改めて考えたって、なんにも思いつく訳ないじゃない。

 思い返せば私って、半分くらいノリで生きてきた気がするし……これからもそれでいいんじゃない?

 ……じゃあノリで。

 

「海賊王に、(おれ)はなるっ!」

 

 ──とか叫んでみたりし……

 

「海賊王になるのはおれだ!」

「そうか! そういう道を選ぶんなら応援する!」

「わしを前にして偉い口叩くもんじゃ、ミューズ! とっ捕まえてやるけぇ覚悟せい!」

 

 たら、うん、凄いたくさん反応返ってきた。

 なんか、嬉しい。

 ……嬉しいなー、構ってもらえるの。

 

「なら私とくればいいではないか」

「んー」

 

 耳元で神様の声がしたけれど、姿は見えず。

 でも、どうかなあ。私、神様からも逃げちゃったからなあ。

 のこのこ戻って行ったら、なんか、家出してすぐ帰ってきた子供みたいじゃん。

 それは嫌だから、神様は一人で観光しててね。

 

「……そうするとしよう」

 

 意外に素直に肯定した神様は、他のみんなより私に執着とかはしてなかったみたい。

 ……なんかめっちゃ得意げな声だったけど、そう判断していいんだよね?

 

「元より一人旅であったな」

「……?」

 

 神様の言葉の意味がわからなかったので、とりあえず笑って誤魔化せ大作戦で乗り切る。

 いや、相手の顔は見えてないんだから曖昧に微笑んだってなんの意味も無いんだけどね。

 

 

 

 

 ──そんな訳で、私は新しい一歩を踏み出して、新たな冒険に飛び出したのでした。

 ついてくる気はないよ、自由にしなよって表向き言ってたみんなは結局頻繁に接触してくるし、私は満更でもないしで、楽しい毎日を送っています……まる、と。

 ……ふぅ、いったん航海日誌はおしまい。

 

 

 船の上から、海の向こうへと語り掛ける。

 村の皆……お父さんとお母さんは、この雄大な海に眠っているのだ。

 だからいつでもお話しできるし、いつだって一緒にいられる。

 

「それでね、お父さん、お母さん。聞いて聞いて!」

 

 さあっと涼しい風が吹く。

 流れる髪を手で押さえ、パタパタと鳴る振袖をそのままに、煌めきを見せる海へと話しかける。

 

「私、大きな夢ができたんだ」

 

 ノリで言ったり、なんとなくで浮かべる夢じゃなくて、きちんとしたやつ。

 私が何がしたいのか、ようやく見えてきたの。みんなのおかげで!

 

 ここまでは……これまでのお話をしたから。

 今からは、これからのお話をするね。

 お父さんとお母さんにだけ。

 特別なお話だよ!

 

 一拍置いて、私は語る。

 これからの話。私の未来。

 

 それは航海日誌に記すつもりはない物語。だって、そんな事しなくても、みんなと共有できるもんね。

 みんなといる。だからもう、寂しくないよ。一人じゃないの。

 もしかしたらこれから先、未来。もっともっと深く、ずっと強く繋がってくれる人も現れるかもしれない。

 

 それで、決めたんだ。

 胸に一つ持った夢、お父さんとお母さんにだけ、教えてあげる。

 

 

「私ね……──」

 

 

 風が吹く。波が揺れる。

 全部、素敵なこと。とってもとっても素敵なお話。

 

 

 ……おや。

 波の向こうに見つけた船は、ひょっとすると……。

 

 ああやっぱり。ドクロの旗を掲げた海賊船。あきらかにこっちに目を付けている。

 

 けれど慌てているような気がするからあんまり大物ではないかもね。

 呆然として動いていない風にも見えるから、ひょっとして怖気づいてるのかも。

 ううん、いきりたってる人もいるから、結構やる気じゅうぶん?

 

 なんにせよ、海賊船なんて珍しくないね。

 

 だって、世はまさに大海賊時代! ……なんだから。

 

 さあ、戦闘だ!

 私は死ぬまで海で生きるぞー!

 

 うおーっと両腕を上げて吠えたりなんかして……。

 あはは、私はやっぱりノリで生きるタイプの人間だ。

 だってその方が楽しいもんね。

 

 

 という訳で、私のお話はこれでおしまい。 

 もちろん私は若いから、まだまだ人生、先は長いけれど……逐一語ってたらきりがない。

 だから、おしまい。




TIPS
・天雷神撃
神様との合わせ技。
大神撃よりずっとつよい!

獅子王(レオレックス)バズーカ
FILM GOLDでルフィが放った上位技。

・明日の方向と麦わら帽子と掴む腕
決めたよHand in Hand。


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最終話
革命軍幹部(自称)ミューズ


 即戦力のミューズは、アンサ・スペクトという英雄の帰還とともに革命軍にて大いに歓迎された。革命家ドラゴンとの顔合わせを済ませたミューズは、その日はゆっくりと体を休め、数日かけてこれまでの事を『コアラししょー』に報告した。

 

「やんちゃねぇ……」

 

 あっちへこっちへ一つ処に身を置く事なく転々として忙しなく、それでいて大きく性格が変わっている訳でもなく、コアラにはいまいちミューズという人間がわからなくなってしまったが、朝食の席でもくもくとスープを口に運ぶ少女を見ていると、少なくとも性根は前と変わっていないと思えた。

 

 背が伸びて少し大人っぽくなったようにも見えるけど、そのぼうっとした顔は変わってない。何を考えているのかわからないのは相変わらずだ。

 装いはだいぶん変わって、やや短くなった髪は頭の右側で結ばれている。上質な着物になぜか海軍将校のコートに、風の噂に聞いた『天女』を表す羽衣。浮世離れした姿は、けれど日常の風景に溶け込んでいる。

 

 彼女が再び革命軍に参入するとなると……また頭の痛い日々が始まる事を思うと、今からキリキリと痛み始めた気がして、コアラはそっと目を伏せて食器の擦れる音や彼女の息遣いに耳を傾けた。

 

 目を離した隙にどこかに隠れて怪しげな何かを作るという行為が鳴りを潜めているのが救いか。彼女が革命軍の本拠地である島に辿り着くまでの航海と、辿り着いた後の数日の行動……参謀長官であるサボの後ろを絶えずついて歩くカモの子のような姿は微笑ましくも、よく考えると前よりいっそうサボの真似をするようになるんだろうと思い至ってどんよりとした。

 

 気心が知れていて即戦力なのは確かなのだ。

 なのだが……話を聞く限り、やんちゃさはまったくこれっぽっちもなくなっていなそうで。

 

「おはよう」

「あ、サボ君」

 

 木製の扉をキィと鳴らして室内に入って来たサボが声をかけると、ミューズは食べる手を止めて膝の上に両手を乗せた。すっと伸びた背筋に、自らを律する雰囲気。それが大将仕込みと知って驚いたのもサボの記憶に新しい。

 

 まっすぐ自分を見据える少女の瞳が常よりも輝いて見えるのは、きっと気のせいではないのだろう、その瞳を巡る感情が彼女が自分の手を掴んだ理由であると、そうわかるからこそ、熱い視線が痛くて、サボは帽子のツバをつまんで少しだけ深くかぶりなおした。

 

 ミューズがこの場所を選んだ理由。サボにはなんとなくそれがわかっていた。

 だからこそその絆を深めるため、彼女の望むものを与えるため、やらなければならない事がある。

 

「大事な話があるんだ、ミューズ」

「……?」

 

 声をかけられたミューズは、一拍遅れてちょこんと小首を傾げてみせた。

 

 

 

 

 別室にて。

 用意された二つの盃と酒瓶に、ミューズはきらきらと目を輝かせて、テーブルを挟んだ向こう側に立つサボを見上げた。

 これが置かれている意味は一つしかない。飛び跳ねそうな体を抑えて、それでも勢い込んで机に手をついて身を乗り出させた。

 

「知ってます! 盃を交わすと兄弟になれるんですよね!!」

「ルフィから聞いたのか」

 

 まだ何も言っていなかったサボは、この突然の提案をどう切り出そうかと思案していたところで言い当てられて、面食らったものの納得した。彼女は何度かルフィと行動を共にしている。よっぽど仲良くなっていればだがその話を聞く機会もあっただろう。

 

 しかし事実は違う。記憶によって知っていただけのミューズは、嘘を言う訳にもいかずに目をさまよわせた。挙動不審にサボが疑問を持つ前に頭を振って気を取り直したミューズは、酒瓶を指さして「そういう事ですよねっ」と問いかけた。

 

 兄弟になる。この場合は兄妹か。それってまた、家族ができるという事。ミューズにとってそこまで自分を受け入れてくれる人間がいるというのはこれ以上ないくらい嬉しい話だった。

 ミューズ本人はその感情の理由はあまりわかっていない。なんだか嬉しい。それだけだ。深い理由までを探り当てられたのはサボだけだった。

 小刻みに跳ねて喜ぶミューズに、苦笑いを零しながらも酒瓶を持ち上げたサボは、しかし……無邪気に喜ぶミューズを見ていると、やがて表情を無くし、元の位置に酒瓶を戻した。

 

「やめだ」

「えっ?」

 

 ミューズが動きを止める。

 言葉の意味がわからなかったのだろう。どうしてここまできて「やめる」なんて言ったのかもわからない。

 ただしそれはサボも同じだった。

 兄弟の盃を交わす事。彼にとってこれはこの上なく大切で、この先の人生でもう一度する事があるかと考えて見ると、その可能性はほとんど0に等しいくらいで。

 ではなぜ今この状況が整えられているのか。……それがサボにもよくわからなかった。

 

 短慮を起こしてこうしたのではない。彼女の手を取り、彼女の瞳の奥底に眠る願いを読み取ったその時から考えを重ねて、結果こうしようと思ったからこの席を用意したのだ。

 けれど、何かが引っかかる。

 

 改めて目の前の少女を見下ろしたサボは、不安そうにお腹の前で手を重ねている彼女について振り返ってみた。

 嫌いではない。むしろその人となりは好感ばかりを引き出す。自分の真似をしていたいじらしさも庇護欲を刺激した。意外と……ミューズという少女の存在は、サボの中に大きく残っていた。

 

 一度は彼女の夢を見送った立場だ。今度もそれを叶えてやろうと思った。

 だから……ああ、そうだった。サボは自分が手を止めた理由に思い至った。

 頼まれた訳でもないのにやってたな。これじゃあ絆の押し売りだ。

 

 ……彼女の願いを叶えたいと言いつつ、その実そうしたかったのは自分だったのかもしれない。

 そこにはもちろん立場の上での打算も含まれていて、だからこそそうと気づくと、この神聖な行いをこれ以上続ける気にはなれなかった。

 

 とはいったものの……ミューズは期待している。

 彼女はまさしく、深く繋がれる誰かを求めている。

 同時に躊躇ってもいる。その理由は定かではないが、今彼女とここで盃を交わすのは、やはり駄目だとサボは思った。

 

「こんな手でお前を繋ぎ止めるなんて、卑怯だよな」

 

 そういう意味もあったのだろうと自分の思考を省みながら告げ、器を掴んでもう一つの器に重ねる。

 こんなことをせずとも彼女はついて来てくれるだろう。なにせ彼女が自ら選んだ手だ。もしまた離れそうになったら、その時は強く手を握りなおすか、あるいはまた見送ればいい。

 こんな風に迫るのは彼女の自由を縛るだけ。

 

「あのっ……! なりたい、です」

 

 けれどミューズは嘆願した。サボさんと家族になりたい。たしかにそう口にした。

 するりするりと、彼女の存在が近づいてくる。もちろんミューズ自身はその場から動いていない。ただ、ミューズという存在が心の内側に潜り込んで、いっとう大切にしたいと思わせる……そういう、不思議な魅力があった。

 

「サボさんの、家族になりたいです」

 

 必死だった。

 着物の布を握って、不安いっぱいの表情で、懇願するように呼び掛けてくる。

 このチャンスを逃すまいと強い眼差しを送ってくる彼女に、何が何でも繋がりたいと願う彼女に、サボは何も言わずに視線を合わせた。

 ミューズの翡翠の瞳はサボという人間を強烈に求めている。吸い込まれそうな純粋な願いには、体を持っていかれてしまいそうなほどだった。

 これはいけない。彼女に求められると無条件で応えたくなってしまう。それではだめなのだ。お互い合意の上でなければ。

 

「……遠慮がなくなるぞ」

「構いません」

 

 他人でなくなるなら、常日頃傍に置く事になるだろう。

 役職や役割によって離れそうになっても、この盃を交わしたとあれば、サボは彼女を自分の目の届く範囲から逃したくなくなる気がした。

 

「無茶をして危ない目に遭わせるかもしれない」

「望むところです」

 

 実際はどうかわからない。彼女の身を慮ってそういった行動を控えるようになるかもしれないし、そうでないかもしれない。

 そんな僅か先の未来の事すら曖昧にしか想像できない事で、ようやくサボは自分が妙な状態にいる事に気付いた。

 

 柄にもなく緊張しているのかもしれない。あるいは遥か先の別離を予測して今から怯えているのかもしれない。

 知った時にはすでに手遅れだったエースの事が脳裏を過ぎる。一瞬腕に力が入って、しかし表情は変わらなかった。

 

「どこにだってついていきますから、どこへだって連れて行ってください」

 

 縋るような言葉に、その言葉の重さにサボは苦笑いを零した。

 どうにも思っている以上に彼女に好かれているらしい。ここまで言わせてしまったなら、もう悩むのは野暮だろう。

 本当はこうする前にもっと話をするべきだった。

 

 どうして自分の手を選んだのかをしっかりその口から聞きたかったし、何を目指しているのか、何を想っているのか、何をどうしたいのかも腹を割って話すべきだった。

 

「よし、なら乾杯だ!」

 

 けれど敢えて、そういうのをすっ飛ばして一足飛びに絆を繋ぐ。

 努めて明るく、器を自分と彼女の前へ置いたサボは、酒のふたを開けてそれぞれに注いだ。波打って零れた僅かな雫が鈍く煌めいた。

 両手ですくうようにそっと盃を持ち上げたミューズに、サボは身を乗り出して腕を伸ばし、こつんと器同士をぶつけた。

 

 そうした時のミューズの笑顔は、ずっと昔から見ていたような、心の奥底からほっとしてしまうものだった。

 

 

 

 

 義兄妹になったサボとミューズの関係は、二年前とさほど変わらなかった。

 ミューズはだいたいサボの後をついて回っているし、サボの真似をしたがる。かといってべったりと言う訳でもなく、ふと目を離すと違う場所で歌ったりだとか踊ったりだとかしている。

 

 サボはミューズが何をしても笑うか見守るかして、頭の片隅で危惧していたようにミューズを手元から逃がさないという事も無かった。

 何か不思議な心の成り行きでミューズに惹かれはしたが、盃を交わす際に感じた……依存にも似た、彼女を求める気持ちは気の迷いか何かだったのだろう。

 

 今は単純に、家族が増えて嬉しい。コアラは何かと気にかけているが、前みたいに月を目指して騒ぎを起こしたり、勝手に抜け出してどこかへ行ったり、よくわからない機械を作って暴発させたり、勝手に敵地に潜入したりだとかはしないだろう。

 

 思っていたより彼女はずっと落ち着いていて、二年の間に随分大人しくなっていた。

 ……それがミューズの心にわだかまりがあって遠慮しているとかであったなら……そのうち手のかかる妹に変貌するかもしれないが、そっちの方が可愛げがあって良いんじゃないかなとさえ、サボは思っていた。

 

 

 

 

 さて、束の間の日常を謳歌する革命軍だったが、少しずつ事態は動いている。

 無視できないのが四皇二人の魔の手だ。

 ミューズはこの二大海賊の関心(・・)を大いに買ってしまっているらしく、彼女を引き入れた革命軍としては放って置く事はできない問題だった。

 

 バルティゴは身を隠すのにはうってつけだが、いつまでも四皇の目を欺く事はできないだろう。とはいえ今すぐこの地が露見し敵が上陸してくるという事もない。まずは招集をかけた幹部達の帰還を待つ事となった。

 

 続々と集まってくる革命軍幹部達は、サボの新しい家族に祝杯を掲げ、四皇二人との全面戦争に賛成した。

 本人は厄介事を持ち込んだ事もあって肩身が狭そうにしていたが、元より手を伸ばしたのはサボだ。敢えて責任を問うなら彼の方に、が無難だろう。もっとも誰も非難はしない。これから革命軍は表舞台での活動にシフトしていくことになる。そうすればこの海に君臨する海賊達との戦いはそう避けられたものではない。

 

 だが、いくら革命軍に猛者が集っているといっても、あくまで主目的は革命であって戦争ではない。

 四皇とぶつかるにしても一人一人を相手にしたい革命軍であったが、そこに参入してくる大海賊がいた。

 

「世界を揺るがすこんな大きな戦いに、乗らない手はないだろう」

 

 どこから嗅ぎつけたか、末端を通して名乗りをあげたのは四皇赤髪のシャンクスだった。

 彼が手を貸すと提案し、革命軍はその手をとった。

 かくして、新時代の幕が上がり始めたのだった。

 

 

 

 

「もうすっかり仲良しね。まるでずっと昔からそうだったみたいに」

 

 甲板。

 リクライニングチェアに背を預けるサボの上へうつぶせで乗っかるミューズを見て、コアラがそう評した。

 分厚い黒雲が空を覆う様をのんびり眺めていたサボは、最近多くなった苦笑いを浮かべた。

 

「これが兄妹の距離感かは疑問だが、悪い気はしないな。だけど四六時中引っ付かれてちゃ仕事にならない」

「言えばいいじゃない。『ちょっと離れててくれ』って」

「言えるか? この顔に」

 

 すやすやと穏やかな寝息をたてて身動ぎしたミューズは、心底幸せそうに笑っていた。

 どうにもくっついていると安心するらしい。だからって子供に引っ付かれながら指示を出したりするのは威厳が無いというか示しがつかないというか、有体に言って恥ずかしい。

 が、言葉の通り悪い気もしない。こういう甘え方はされた経験がなかったためだ。やはり男兄弟とはまた違った感覚だな、と独り言ちて、サボは雲を見上げた。

 

「今日は空が荒れてるな。随分機嫌が悪そうだ」

「海は静かなのにね」

 

 バルティゴを発った船団の頭上を常に覆う暗雲はまるで革命軍の行く末を示しているかのようで不吉だと囁かれているが、一転海はこの船達を歓迎するように思うまま運んでくれている。

 そうするときっと、あの雲は個人的な思いで流れているのだろう、なんて考えてみたりして。

 

「……ああ、静かだ」

 

 ぽんぽんとミューズの背中を叩いたサボは、嵐の前の静けさのおかげでこの子が安眠できてると嘯いた。

 満更でもない顔に、ぷっとコアラが噴き出す。

 和やかで、和やかすぎておかしくなってしまった。

 

「ふふ。かわいい」

 

 つんとミューズのほっぺをつつけば、むにゃっと口を動かして身動ぎする。

 同意するように、ゴロゴロと空が鳴った。




TIPS
・黒雲
ああっ雷様。


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海軍本部中将ミューズ

「二人じゃねえ! "三人"の力だ!!」

「"ゴムゴムの"ォ!!」

 

 国の端っこに響く声は、サボさんとルフィさんのもの。

 相対するサカズキさんがマグマの腕を振りかぶって空気を燃やす。

 

「無駄じゃ! どう足掻こうとわしの"マグマ"には勝てん! 貴様ら纏めて燃き尽くしちゃる!!」

 

 放たれた拳が赤熱して肥大化し、二人に迫る。けれどサボさんもルフィさんも引く意思を見せず、片や後方にめいっぱい腕を伸ばし、覇気に染めて発火させ、片や全身に炎を纏い、左腕に集約して激しく燃やす。

 

「"火拳(ひけん)"!!!」

「"火拳銃(レッドホーク)"!!!」

 

 どうしてか私には、それらがぶつかり合う前から結果が見えていた。

 帯に差した鞘に左手を這わす。右手で柄を掴む。

 何か考えていた訳じゃない。三人のぶつかり合いにはらはらして、ただ事の成り行きを見ている事しかできなかった。だからきっと、これは無意識の行動というやつだったのだろう。

 

「──!? な、」

 

 サカズキさんの驚愕の声が、ルフィさんとサボさんの雄叫びに飲まれて、同時に……マグマの拳を粉砕して。

 打ち破られるなんて予想もしていなかったのだろう。不意打ちのような一撃は深くサカズキさんの胸を叩いて、受け身もとらせないほど激しく吹き飛ばした。

 

「ぐ……!」

 

 うつ伏せの状態から腕をついて身を起こそうとするサカズキさんに、二人が歩み寄っていく。

 もしかしたら、もう戦う意思は無くて、自分達の勝ちだって宣言するためだったのかもしれないけど、私にはそれがトドメを刺しに行くように見えて、だから。

 

「! ……ミューズ」

 

 足を止めたサボさんが私を見下ろす。

 それがぼやけて見えた。

 動悸が激しくて、体が揺れていて、汗が着物の内側を濡らす。

 

「……そうか」

 

 横へ垂らした刀を見て、私を見て、ルフィさんが零す。

 その声にびくりと体が跳ねて。

 

「──!」

 

 目前に迫るルフィさんの顔にはっとした時には、滅茶苦茶になった視界を最後に意識が途切れた。

 

 

 

 

「どうしやした? どうにも箸が、進んでいないようで」

「ぁ、いえ……」

 

 マリンフォード。牛鍋や赤べこにて、小柄な少女と大柄な中年の男が向かい合って食事を共にしていた。

 お互いが和装の藤虎とミューズ。煮込みラーメンを啜るイッショウに対し、ミューズは箸に手を付けてさえおらず、膝に乗せた手に視線を落としていた。

 

 呼びかけられても困惑気味な弱々しい声が漏れるばかりだ。それも当然だろう。ミューズは二年前に海軍を抜けている身で、区分としては犯罪者だ。捕まえられるべき存在で、こうして大将とのんびり食事をしていられるような身分ではないはずなのだ。

 

 しかし、ミューズはサカズキの家で目覚めてから数日、まるで二年前と変わらない生活を送っていた。

 寝食を共にするサカズキは相変わらず寡黙で、ミルフィーユ王国の上空でミューズに手を伸ばしたのが嘘のように浅い干渉を徹底している。

 ミューズとしてはどう咎められようと辛く苦しいのだから、縮こまって、顔色を窺いながら過ごすほかなかった。

 

 そんなある日に大将藤虎の招集を受け、こうして設けられた席についたミューズは、ここに来るまで一体何を聞かれるのだろうと想像を巡らせていたものの、その実態がただ向かい合って飯を食らうだけである事に困惑していた。

 これではまるで単に親睦を深めようとしているだけだ。

 何が狙いかはいくら考えてもわからず、盲目の大将が湯気の立つ麺をずるずると吸い込んでいく様を眺めたって同じこと。

 

 居心地悪く僅かな動作で座り直したミューズは、彼に促されたのを思い出して仕方なく箸を取ると、ぐつぐつと煮える小鍋に差し込んで白菜をつまんだ。

 緊張のし通しではあるが腹が空いていたのもあって箸が進む。

 お互い黙々と目の前に並ぶ品をやっつける作業に従事してしばらくして、一足先に完食したイッショウが箸を置いてミューズへと顔を向けた。

 

「なるほどこいつぁ……サカさんが参っちまう訳だ……」

「?」

 

 不可解な言葉に小首を傾げるミューズ。

 さらりと揺れる金糸の如き髪の音がイッショウの鋭敏な耳をくすぐると、どことなく柔らかな雰囲気を感じ取って、イッショウは顔を綻ばせた。

 あいにくと顔は見えないが、その小柄な体は思いのほか存在感が強く、それでいて手を伸ばせば容易く手折れそうなほど儚い。今はおどおどしている事もあっていっそう強くそう感じられた。

 

 その一挙手一投足が生み出す無害な少女の虚像は、戦いを生業とする者の……あるいはあらゆる人種の無意識に張る警戒の壁を容易くすり抜けて近づいてくる。

 そのように心の壁を乗り越えてくるなど本来はありえない。力あるものならなおさら、そういった空気感にお互い身構えてしまう。その上で交友するならともかく、言葉を交わさずして心を許す……否、警戒を解いてしまうのは、彼女の、いわゆる浮世離れした雰囲気が原因だろう。

 

 二度、交戦した。まともに向かい合ったのはこれが初めて。

 だというのに既に懐を許して、まったく警戒させない少女に、イッショウはなるほどと頷いた。

 

 たしかにこちらを窺っている気配があるのに、どこかぼんやりとしている。その違和感が気になって仕方がない。

 

 なるほど、これは、気を引かれる。

 

 この違和感に感情を当てはめていえば、それは相手が幼い子供であるからと理由づけるほかなく、そうして心が定まると新たに浮かぶ感情がある。

 もう少し時間を重ねると、おそらくそれは大切にしたいという気持ちに代わり、あたかも親類縁者のように彼女に寄り添おうとする心になるのだろう。

 

 なんとも不思議な空気感だ。こういった手合いには出会った事がない。

 だから対策などできようはずもなく、知らずイッショウは寛いで、少女の音を拾おうと耳を澄ませた。

 

 浅くゆっくりとした呼吸は緊張を孕んでいて、吐息は熱っぽく、時折小さく衣擦れの音がする。

 姿勢を正す動作は数えているうちに十を超え、どうやらイッショウに見られている……聞かれているのをしっかりと理解して、据わりの悪さを感じているらしい。かなりの使い手である証拠だ。

 そう、彼女は、強者の部類に入るのだ。

 

 ……忘れていた訳ではないが、そうとわかっていても守ってやりたくなる雰囲気を持つ少女に、やがてイッショウは諸手を挙げて降参した。

 

「あい、わかりやした。一肌脱ぐとしましょう……」

「……?」

 

 そう宣言されて、ミューズは再度首を傾げた。

 一人で勝手に何かを決めたようであるが、何も話してくれないのでさっぱりわからないのだ。

 だから余計に居心地が悪くなって、手持無沙汰に(くわ)えた箸の先をちゅうっと吸った。

 

「七武海も四皇も一息に潰せりゃあ新時代の幕開けだ……期待しとりますよ、天女さん」

 

 口の中で潰すように呟いた言葉は、さすがにミューズの耳には届かなかった。

 

 

 

 それから幾日もせず、今度は"元帥"青雉に呼び出されたミューズは、今度こそ詰問されるのかと暗澹(あんたん)たる面持ちで本部へ向かった。……ところ、女性の将校に青雉が居住区にいると告げられて、その足を青雉宅へ向ける事となった。

 

 

「一度海賊と定められたお前がなあなあで海軍にいられるほど甘い組織じゃないんだ」

 

 広い脱衣所には湯気が蔓延して温度を高くしている。その中に置かれた木製の台……これにバスタオルをかけた物の上に、青雉が寝そべっていた。

 腰に一枚タオルを巻いたままの姿で低く脅すように言う彼の言葉を、ミューズはその背中の上で足踏みをしながら聞いていた。

 

 ……ここへ呼び出されたミューズは、彼に言われるまま素足になって、袖を捲ってその背中の上へ乗ったのだ。

 訳がわからないが、非がある身分で否とは言えない。異性の肌に触れるのはエネルで慣れているし、恐々としているので羞恥などはなく、微妙な面持ちでふみふみと筋肉質な背中を踏む。

 

「聡いお前なら察しているかもしれないが、"なあなあ"でなく過ごせるように上と掛け合った。野暮は言わない約束だが、少なくとも頭を下げた人間が二人以上はいる事を覚えておいてくれ」

「……」

 

 どうして私なんかにそこまで。

 か細く、微かな声で問いかけたミューズに、青雉は目を閉じて冷たい息を吐くと、両腕に乗せた顎を浮かせて位置を直し、まあ、と吐き出した。

 

「人情を加味せずともソロバン弾いて損得勘定してみれば、お前は喉から手が出るほど欲しい人材だったってだけだ」

 

 青雉は、ミューズを庇護するために世界政府と掛け合った。

 決闘の末に手に入れた元帥の地位を遺憾なく発揮して譲歩を引き出した。

 元より、これは赤犬との約定でもある。

 

「ま、トップに立つと見える世界も違ってくる訳だ」

 

 だが青雉は、何もミューズに(ほだ)されているからという理由だけで便宜をはかっている訳ではない。

 彼女という戦力は、今この時代には何がなんでも保持するべきだと判断したからこそだ。

 自ら赤犬の手を掴んで戻って来たというのならば、今度は逃がさないように囲おうとするのは当然。

 それになにしろ、彼女はまだ子供。伸びしろがある。

 

 驚くべき事にこの年で大将と張り合える実力を持っていて、それがここで打ち止めとは考えられないだろう。彼女には間違いなく戦う才能があり、そこに天井があるかは怪しい。

 だからこそ、これからの時代、成り行きとはいえ戻って来た彼女を再び敵に回すような愚は犯せない。

 

 もっともミューズは海賊として大きく世界に認識されている。

 子供に七億近くの懸賞金がかけられていれば顔が広まるのも仕方ないだろう。

 ゆえにたとえ世界政府が彼女が海軍に戻る事を可としても、世間が黙ってはいない。

 ならば黙らせればいい。もちろん正攻法に限られるが、手段はいくらでもある。

 

「お前が伝説的な英雄になれれば、非難は払拭されるだろう」

 

 掻い摘んで説明しながら青雉が語る間も、ミューズは指示された通りに背中を踏み続けている。

 指で肩を指して見せれば、おずおずと腰を落として肩を揉み始めた。

 

 英雄になる。

 それは簡単な話ではない。海賊王を捕らえるほどの手柄があって初めて成立する。

 だが都合が良いのか悪いのか、現在新世界は少々騒めいていて、作ろうと思えば伝説などいくらでも作り上げられる状況だ。

 

 そろそろ重い腰を上げる頃合いだろう。

 元帥の座につき穏健派として全体を指揮してきた青雉は、イッショウとの意見の擦り合わせによって大きく時代を変える決断を下した。

 七武海の完全撤廃。四皇との戦争。

 

 世界徴兵でかなりの戦力を抱き込めたとはいえ、ここでミューズという手札を加えられれば打てる手も増えてくる。

 だからこそ、彼女とは腹を割って話さなければならない。

 なぜあの頂上戦争で突如として海賊の味方をしたのか。その背景に何があるのか。

 

 おそらくは固くなっているだろう彼女の心を解すためにこのような場所での会合にしたのだ。

 その甲斐あってか、未だ多少の固さを残してはいるものの、ミューズはぽつぽつと話し始めた。

 

 生まれ持った記憶とそのすべて。

 それにより生じた自身の言動のすべて。

 生まれてからこれまでの道筋を、ゆっくりと語った。

 

「その話、他に教えたやつはいるか」

「……おじさま……サカズキさん、に」

 

 ここ数日の間に、ミューズは聞かれてもないのに一人で勝手に話した。黙ってるばかりいてもやもやが溜まっていたのだ。

 あいにくサカズキは「飯食うとる時は口閉じんかい」と窘めるだけだったので、もやは晴れなかったが。

 

 ミューズを退かせた青雉は台に腰かけて自身の膝に両肘を乗せると、前傾姿勢のままミューズを見上げた。

 お腹の前で手を合わせ、伏せがちな目で表情を窺ってくる一見無害な少女の姿に、意識せず口角が吊り上がる。 

 

 その記憶の話の真偽はともかくとして、内心かなりの動揺を押し殺した青雉は、胸の内に渦巻く冷気を鼻から吐き出すと、「あ゛~」と脱力したような声を発した。

 荒唐無稽で突拍子もないミューズの記憶の話は、しかし整合性があり、あり得たはずの未来に話が及べば飲み込まざるを得ず、またそれを含めれば彼女の行動の理由も、その心がどこにあるのかもわかった。

 

 ますます逃がす訳にはいかない。

 これほど広い知識を持ち、武力を持つ彼女は、それでいて何者にも染められやすく、性質の悪い事に誰の下でもやっていける才能を持っている。

 相手がどのような人間であろうと、ミューズは必ず手元に置かれるだろう。とびっきりの頑固者であろうと、悪人であろうと。

 するすると懐に入り込んでくる幼い少女の、一種純粋な瞳は綺羅星の如く、一度目にしてしまえば意識の片隅にこびりついて離れない。まるで呪いのような女の子だ。

 

「そういや海賊になっても正義を掲げてたな。ありゃなんでだ」

「……あの、ファッショ……ぁの、あ、私の中には、変わらぬ正義が、ありましたので」

「そうか」

 

 明らかにファッションであると言いかけていたが、後半の言葉も嘘ではないのだろう。心に正義がある限りコートは落ちない。そういうものだ。

 それを考えると、こうしてミューズが海軍に戻ってくるのは必然だったのかもしれない。

 

「お前には再び海兵として働いてもらう事となるが……経歴上全ての命令を拒否できない立場になる」

「それは……構いません」

 

 俯きがちに答える少女は、ばつの悪いというか、罪の意識に苛まれているように見える。

 そうしなければならないからそうするといった風だ。これではまた海軍を抜けられてしまうかもしれない。その大きな理由が今はないにしても、あまり無茶な命令が重なれば……彼女は自らのいる場所を縛らず綿毛のように飛び去ってしまうだろう。思うに、元々一箇所に根付くような人間ではないのかもしれない。話を聞いた限りでは彼女が今までいくつかの肩書を持ったのは全て成り行きであったからだし、それこそ心を縛るようなやり方でなければ根を下ろしてはくれなさそうだ。

 ちょうど、サカズキの正義に染まって海賊を討つ機械となっていた、あのような調子なら何年だろうと海軍にいてくれただろうが、今のミューズは自分の信念を持っている。

 

「あー……風呂でも入っていくか」

 

 色々と考えるのが面倒になってきた青雉は、ミューズが自らの腕を抱くようにしてさすさすと撫でている事に気付いて、そう提案した。

 やや間を開けて静かに頷いたミューズに、青雉はふっと笑いを零した。

 

 

 

 

 結局のところ、ミューズは再びサカズキの下で過ごせるなら抜け出したりするつもりはなかった。

 そうできるか不安だったから暗くなっていたのだ。直接咎められるような事なく今ものんびりとお茶を飲めているのが不思議で、しかし考えてもしょうがない、なるようになる、と段々普段の調子を取り戻していった。

 

 離反したというのに海軍での立場は二年前と変わらず良好で、どころかかつての部下や同僚なんかには好意的な声をかけられる事もあった。それはミューズが直接もたらした被害が無いと認識されているからだろう。

 エネル率いるミューズの名無し海賊団、ただし実態は観光船、はいくつかの島を消し飛ばしている。が、能力者でないミューズにそれができないのは明白で、傍らに立ついかにも悪人顔の男の所業であると解釈されていた。

 

 それは正しいし、特にミューズは海賊行為を働いた事は無いが、たとえば大将に攻撃を仕掛けたりだとか、海兵に顔を伏せさせたりだとかしたのは事実。しかしそれらは実際目にした者以外には伝わっていないのだろう。

 ミューズは疎まれる事なく受け入れられてしまった。

 

 再会したかつての部下、ミサゴ曰く、天竜人を快く思わない者達からの支持を得たらしい。

 ……やっぱ嫌われてるんだなあ、と暢気に思うミューズは、自分が一つの派閥としてまつりあげられている事には終ぞ気付かなかった。

 

 

 

 新しい時代の幕開けが迫る。

 

 その前に、ミューズは家出の気まずさをなんとか解消するために無言でサカズキに擦り寄っていた。

 怒ってるだろうな、おしりペンペンだろうなと常に怯えつつ接して、ようやく今日、好意的な反応を得られた。

 

「弾かんのか」

「……!」

 

 今までほとんど口を開いてくれなかったサカズキが今日に限って食後にそう尋ねてくれたのは、上からの命令に静々と従ってしっかりと仕事をこなしていたからか。

 四皇と戦うらしいその時までに話せたらいいなと焦がれていたミューズは、喜んで電子ピアノを引っ張って来た。二年触れていなくとも汚れてはおらず、音もちゃんと出た。

 

 いくつかの曲を弾き終わると、フン、と一つ息を吐いたサカズキは何も言わなかったが、心地の良い空気になっていて。

 サカズキが座ったまま去る気配が無いから、ミューズも正座したままじっとしていれば、しばらくして、彼はむっつりとした顔のまま言った。

 

「わしゃその曲が気に入った」

「…………」

 

 珍しく肯定的な言葉はミューズの動きを止めるにはじゅうぶんだった。

 その言葉の意味を考えているうちに立ち上がったサカズキが部屋を去っていっても、ミューズはぼうっと壁を見上げて、彼の声を胸の内に繰り返していた。

 

 

 

 

 大海賊時代の末期、海軍にこの人ありと謳われる大将がいた。

 新世界の海を牛耳る四皇の内二人を軍を率いて打ち倒し、一人を単独で滅ぼした、伝説の人。

 後世に遺された文献には、この者は天を操ると記されていた。

 その頭上には常に暗雲が渦巻き、怒りに触れた者を裁くように雷の雨が降ったという。

 

 ただ、この人間が海賊であった時期があるなどと書かれる事はなかった。



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麦わらの一味雑用係ミューズ

 ミューズは、ルフィの手を取り、晴れて麦わらの一味となった。

 のだが……幼い頃より記憶として人格形成に影響を及ぼしてきたメンバーと共に冒険するとなると、常に緊張のしっぱなしで、へりくだっては自らを雑用係と称してせっせと雑用に勤しむ始末。

 

 この一味では雑事を専門とするクルーなどおらず、みんながみんな役割分担して物事に当たるのだから、下っ端のような振る舞いは戸惑いを与えるだけだった。というより、これではまるで幼い子供一人に雑用を押し付けているようで気分が悪くなってしまう。

 それがわからないあたり、ミューズはよっぽどアガってしまっているのだろう。

 

 最初、力ある者の加入に渋い顔をしていたゾロもこれには苦笑いだ。

 単に目的を同じくするならともかく、同じ船に乗るなら素性と目的を明らかに。なんて言葉は口から出ずに終わって、焦ったような笑顔でこそこそと動き回る少女を遠巻きに眺めるに留めた。どう見ても無害である。

 

 誰が話しかけてもそんな調子なので、この先やっていけるのかと頭を抱える者もあり、特に対等な仲間として彼女を引き入れたルフィは唇を尖らせて不満顔だ。

 

「あの国飛び出した時は普通だったじゃねーか」

「……」

「なんだよ調子狂うなあ」

 

 船室の扉からちょこっと顔を覗かせて仲間の様子を窺っているミューズは、近づけばびびびっと体を震わせて消えてしまう。失礼だとは思っているが恥ずかしいのだとか。

 髪は変じゃないか、変な顔をしていないか、声が上ずりやしないか、失礼な口をききやしないか、服は変じゃないか、生意気に映ったりはしないだろうか。

 不安と心配が多くて逃げ回ってしまっている。誰もそんな事は気にしていないのに。

 

 ミルフィーユ王国を発つその時は、大将二人に後を追われていた。

 

「ミューズ! 貴様が海賊としてやっていくと言うならもう何も言わん! 海軍大将として捕らえるのみじゃ!!」

 

 怒れるサカズキの追撃を躱して海に飛び出し、ぐるっと一周して王国に戻ると、不思議と撒けた海軍を忘れて宴会を催し騒ぎに騒いだ。

 その時は、ミューズは誰かと話すのも平気だったし、ルフィと肩を組んでコップを打ち合わせたりもした。単にテンションが上がっていただけだろう。海に出てしばらくするとあの調子になってしまった。

 

「おーいミューズー」

 

 せっかく仲間になったんだから仲良くなろうとあれこれするルフィ。他のメンバーは時間が解決するとか食事時には同席するんだらその時に話しかけて徐々に仲良くなればいいとか少し消極的な案が出ている。それは正しい対処法だ。今は鳴れない輝きにあわあわしているミューズも、時間が経てば慣れて普通に接する事ができるレベルまで落ち着くだろうが、ルフィは待てなかった。

 しかし無理に腕を伸ばせば叩き落とす邪魔ものもいる。

 

「あ、神様!」

 

 空気を震わせて現れたエネルは、ミューズを庇うように立っている。

 が、何を考えているかわからないような表情で、ミューズの声は基本無視だ。それでも現時点で最も彼女に懐かれているのは間違いなく彼だろう。

 神・エネルもまた、麦わらの一味に加入したのだ。ミューズの付属品である。

 誰も許可してないし本人も入るとは言ってないが、船には乗ってるし食事時に姿を現すので実質一味である。おそらく次の手配書では世間にもそう認識されるよう記載されるだろう。

 

「邪魔すんなよ、おれはミューズと話してぇんだ」

「ならそこから話せばよかろう」

「おまえに話しかけてるみたいでヤダ」

「ごめんなさい……」

 

 か細く小さな謝罪の声を聞いて、ルフィは露骨にむすっとした顔で腕を組んだ。謝るくらいなら出てこい、といったところだろう。それがわかっててエネルの背に隠れ続けるミューズ。果たしてこれがいつまで続くのか……。

 案外、打ち解けるまで近いかもしれない。

 何せミューズは四皇が血眼になって探している女。この困難に挑むならば自然とみんなとの距離が縮まることだろう。

 しかしながら、空を行くマクシムとは事情が違い簡単に航路を辿られてしまうなど、ミューズはすっかり失念しているので、誰かが指摘してくれない限りその可能性に思い至る事はなかったりする。

 

 

 

 

「ふんぬっ! "猿王群鴉砲(コングオルガン)"!!!」

「!!」

 

 一行はトラファルガー・ローらと合流するために進む中で、四皇・シャーロット・リンリンの部下の急襲を受けた。

 幸いその可能性は辛うじてミューズより伝えられていたので、来たか、程度にしか受け取られなかった。

 告げた本人が「ほんとに来るとは思ってなかった」ともっともびっくりしていたりする。

 

「ミューズはそっち行け! おれもこいつ倒したらみんなのとこに行く!!」

 

 将星クラッカーが生み出したビスケット兵達を薙ぎ倒したルフィが、隙を突くように飛び掛かって来たクラッカー本体の剣撃を躱しながら鋭く指示を飛ばす。そうされずともすでにミューズは群がる敵戦力を多く倒していた。誰もが覇気使い、精鋭と言える者達はしかし、ミューズの無類の強さの前では有象無象に過ぎなかった。

 

「なるほど、手強い……」

 

 仲間が数を減らしていく中で冷静に呟くのは、ルフィが相手取るクラッカーと同じく将星の一人、カタクリ。異常に発達した見聞色により少し先の未来までが見えるようになった男だ。

 

 これらビッグ・マムの息子達や部下達と、ミューズらは鏡の世界、ミロワールドにて戦っていた。

 当初は大船団を率いるビッグ・マム軍との海上での戦闘になるかと思われたが、エネルの手により半数が海の藻屑と消えると鏡を抱えた者が飛び出して来てそれぞれを異なる世界へと誘ったのだ。

 

 新世界の新参者と侮ったのだろうが、相手が悪い。勢いづくルフィはさらに力を増し、ミューズは言わずもがな。

 生中な攻撃では容易く跳ね返してくる三将星と言えど、この二人が力を合わせて挑めば強敵ではあれど難敵ではなく、位置を変え相手を変え、どんどん押し返していく。

 やがて鏡の国を脱出し、戦場が海へ戻ると、さらに戦闘は激化していく。

 

「よいっしょお!」

「!!」

「っとと」

 

 カタクリを破ったミューズは、海へ落ち行く中で一瞬走った光に攫われ、サウザンドサニー号へ戻った、

 暗雲渦巻く海上に三将星は倒れ、船の殆どが消えて行く。

 実質勝ちをもぎ取った麦わらの一味は残党を撒き、一路ワノ国へ向けて舵を切る。

 

 いくらビッグ・マムの配下を倒したと言っても四皇その人を倒したわけではない。

 しかも向かう先にはカイドウが待ち受けている。

 激戦を経てくたくたになったミューズは、ちょっとこの一味に入った事を後悔した。

 

 それでも悪くないと思えるのは、憧れた人達と生で接し、ともに生きていけるからだろう。

 そうすると、もうちょっとお話したりするの、頑張ろう……なんて小さく決意して。

 

「寝てるとこ悪いがコーラの補充を頼む!」

「あ、はい!」

 

 誰かの声に慌てて身を起こしたミューズは、言われるまま動きながら、充足感を得ていた。

 彼の手を取って正解だった。ここでなら、もっと楽しく生きていけそうだ。

 もちろん今までが楽しくなかった訳ではないが、なんとなくしっくりくる居場所を見つけて、張り切って働くミューズであった。

 

 

 

 後世に語り継がれる大海賊時代の伝説の数々。

 その中の一つ。最果ての島に辿り着いた海賊王のクルーには、いつも幸せそうに笑っている女の子がいたのだとか。

 

 

 



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大宇宙大海賊ミューズ

 四つの海と、偉大なる航路と、新世界と。

 

 神・エネルの手を取ったミューズは、まさしく雷の如き速度で最果ての島までを踏破した。

 しかしあくまで目的は観光。

 元々海賊を名乗ってはいても海賊旗は掲げていなかったミューズは、それからしばらくの間エネルの三歩後ろをついて回り、世界各地に足を運んでのんびりと旅を楽しんだ。

 

 知らず知名度は世界中に届くほどになり、どこに行くにしても賞金稼ぎに海軍に海賊と、寄ってくる者が後を絶たない。大将サカズキの猛追は怖い。とにかく怖い。

 あんまりにも怖いので、「拝啓 サカズキおじさま。私は地上を離れます。もうお年なのですからご自愛くださいね」と綴った手紙とともにずばずば戦鬼くんを添えて送りつけると、さながら天女のように羽衣をなびかせて天へと昇っていった。

 

 ミューズの宇宙旅行大作戦の出発点に選ばれた小さな町にはその『空へ帰っていく童女』の姿を天女伝説として語り継がれ、伝承所縁の地として永く栄えたという。

 

 

 

 

「話にならん!」

 

 と宇宙海賊を一蹴したエネルに続き、ミューズも巨大な宇宙海賊を一撃で(くだ)す。

 地上の観光を堪能したエネルが次に目を向けたのは、この宇宙という大海原だった。

 宇宙で海賊王を目指すのだ。歴史に名を刻め!

 

「みたいなノリでどうでしょ」

「まあまあだな」

 

 トンテンカン、トンテンカン。

 袖を捲って素肌を晒すミューズは、口に釘を加えてトンカチを振り回し、拠点造りに奮闘している。

 その間襲い掛かって来た謎の異星人はあっという間に今夜のおかずに。なんか意思疎通できそうな見た目ではあったが他に食べるものが無いんだからしょうがない。

 何をするにしてもミューズは普通の人間なので、ちゃんとした拠点と食事が必要不可欠なのだ。

 自前でエネルギーを賄え、ほぼ自然現象であるエネルとはわけが違う。

 

 なのでこうして一人で必死に理想のマイホームを創ろうとしているのだが、当然エネルは手を貸してくれないので難航していた。

 

「私の"神の間"では不満か」

「息苦しいし、そもそも寝る場所じゃないでしょあそこ。……神様って私が来るまでずっとあそこで座ってたの?」

「そうだが」

 

 だから何、みたいな顔で答えられたミューズは、しばし手を止め、自らの判断を省みた。

 かつてエネルを『接してみれば案外普通の人』と称したミューズであったが、異なる環境に身を置けばはっきりとわかる、"自然系(ロギア)"ゆえの非能力者との差異に、彼の手を掴んだのはちょっと早まったかも、と後悔した。

 

 なんて言っても、エネルを地上へ招いたのも自らの船旅に同行させたのもミューズなので、文句を言える立場ではない。乗り気でない彼を無理矢理付き合わせたのだから、その生活スタイルに彼女の方から合わせるのが筋だろう。

 

 そんな訳でミューズは月面基地"女神工房"を作った。

 革命軍にいた時より建築技術が向上していて、中々どうして、人の住める犬小屋が出来上がった。

 自分贔屓なミューズはその外観がガタガタである事もセンスの欠片もない事も棚に上げて大満足で「うん」と頷くと、犬小屋、もとい居城に潜り込んで一休みした。

 

「ヤッハハ」

 

 そうするとなぜかエネルが上機嫌になる。

 その心の移り変わりはミューズには理解しきれない。気紛れで笑っているのだろうと捉えるも、その実エネルが愉快な気分になっているのは、ミューズが自分からペットみたいな振る舞いをし始めたからである。

 

「……ふむ」

 

 粗末な小屋に寝転がって四肢を投げ出し、無防備を晒す少女。

 これに首輪でもつければ本当にペットだ。

 

 顎に手を添えて首を傾げたエネルは、パシッと音を鳴らしてその場から去ると、数分後に戻って来た。

 月面のクレーターに停泊させてあるマクシムからひとかたまりの黄金を持ち出してきたのだ。片手に持った金塊に電気を流して錬成し、C型のアクセサリーを作ったエネルは、それをミューズへと放った。

 

「あだっ」

 

 うつ伏せになって寛いでいた彼女は頭にぶつけられたそれに呻き、涙目で拾い上げると、なにこれ、と首を傾げた。

 

「喜べ。神の恵みを与えてやる」

「ほへー、ありがと。でも何これ? 金とか貰っても嬉しくないんだけど」

「……」

 

 用途を理解せずしげしげと眺めているミューズに嘆息したエネルは、彼女の前に座り込むと、その手から金の輪を奪った、

 それを顔の前で振ってやれば、アクセサリーか何かと把握したのだろう、体を起こして正座をすると、背筋を伸ばして身を預けた。そういう無邪気さというかいじらしさがエネルの琴線に触れてやまないのだろう。"これ"は放って置いても面白い動きをして飽きないぞ、といった感じに。

 

 首の上側から嵌められた金は、部分的に融解すると前で繋がり、継ぎ目のない首輪となった。

 そんな所業を半目でこなしたエネルは、一つ頷くと、もう満足したらしく寝床へと歩き去っていった。

 後に残されたミューズは遅れて身につけさせられたものの形状と意図に気付くと、数秒なんとも言い難い表情をして、それから……。

 

「……まあ、いっか」

 

 その扱いを受け入れた。

 べたっとうつ伏せになって首輪に手を這わせながら、笑みまで浮かべる始末。

 一見屈辱的なこのペット扱いは、ミューズにとっては苦もなく否もないらしい。

 

 なぜならペットは主がいて成り立つ存在であり、ここにはエネルとミューズしかいないので、もはや切っても切れない縁となる訳で。

 強引でも理不尽でも、執着してくれるならそれは嬉しい。

 ずっと一緒にいてくれるならなお嬉しい。

 

 そういう訳で、ミューズは神の犬となった。

 ペットなら餌とか与えられるでしょーと自堕落な振る舞いをして、僅か半日で首輪を取り上げられた。

 予想外にうざかったらしい。

 

 がっかりしてやる気をなくしたミューズは、エネルに引っ付いて寝室に運んでもらうと、これからに向けての準備も自分のための食事の用意も全て放り投げてふて寝した。

 

 

 

 

「んー、出発だ!」

 

 数日かけてマクシムの改修を終え──主に田畑や水回りを増設した──航海の準備が整うと、ミューズが絹のように薄い黄金にデフォルメしたドクロのマークを描いた物を掲げた。魂の海賊旗だ。

 

 今日この時、ミューズとエネルは宇宙海賊として旗揚げしたのだ。

 それはもう、ノリで。

 それ以外にやる事が思いつかず、なんにもやる事が無いと退屈で死んでしまうのでミューズ発案で決行れたこの船出に、エネルも否はないらしい。どころかわりとノリノリだ。非常に残念な事にエネルはミューズに感化されつつある。

 

「この宇宙を我が手に収めようではないか!」

「ひゅー、神様かっこいー!」

「ヤッハハハ! ヤッハハハハハ!」

 

 おだてられてご機嫌に高笑いするエネルはもはや地上や月というスケールに収まる気はないらしい。

 傍らに立つミューズもにこにこ眩しい笑顔だ。容姿も性格もタイプの違う二人だが、そうして並んで笑っていれば、年の離れた兄妹にも親子にも見えた。

 

「錨を上げろ! 帆を下ろせ! 我ら……そういや名前決めてなかったんだけど、"なに宇宙海賊団"にする?」

「……」

 

 大きく声を張り上げて、仰々しい動作で威厳ある大船長を演じようとしたミューズは、しかし途中でこてんと首を傾げて間の抜けた声を発した。

 笑みをひっこめたエネルも腕を組んで同じ方向に首を傾げる。

 

「ミューズ宇宙海賊団でいい?」

「却下だ」

「えー。けち。じゃー神様はなんかいい名前あんのかよー」

 

 いや、提案を一蹴されて不貞腐れ、エネルの足にちょんちょんと蹴りを入れるミューズの様子を見ると、実はこの名前にしようと決めていたみたいだ。却下されてだいぶん機嫌が斜めになってしまった。

 雑な口調で詰められて、しかし代替え案など持っていなかったエネルは、しばし考えた風にしたのちにきっぱりと言い放った。

 

「エネル宇宙海賊団」

「却下だ」

「……」

 

 それは先程のミューズの言葉を真似した戯れで、知ってか知らずか即座に乗ったミューズに、しかし「えーけちー」とは返せないエネル。

 そのだんまりを受け取って、「じゃあ頑張り宇宙海賊団ね」と微妙な名称に決定されてしまい、不満をあらわにするものの、もはやミューズはこの決定を覆す気はないようだ。

 

「改めて、出発だー!」

 

 うおーっと両手を振り上げて張り切るミューズに、エネルも気持ちを切り替えて暗い空を見上げた。理由なく頑固になる時があるミューズにもはや何を言っても名前が変わらないと理解しているのだ。

 それはそれとして、聞いてみよう、遥かなる銀河からの呼び声を。

 この大宇宙にはまだ見ぬ冒険が待っている。あの(そら)に二人で飛び込んでいく事に知らず口角が吊り上がる。

 

 二人で、という事にエネルが大きな意義を見出せるようになったのはいつからだろうか。

 少なくとも、エネルが差し出した手をミューズが掴んだあの瞬間からは、お互いなくてはならないパートナーになれたのではないだろうか。

 

 

 未開の宇宙をマクシムが行く。

 

 

 ──後世、初めて宇宙の果てに辿り着いた宇宙海賊、キャプテンミューズの名は、青海にも轟く事になる。

 歴史に名を遺すほどの偉大な少女は、いくつか綴られた自分の本を読み耽ると、女神や天女として(おそ)れられる一方で突飛な言動をポンコツ然として書かれるのに憤慨してふて寝したとか。

 常に傍らに立つ雷様がそれを見て大笑いしたとかしてないとか。

 

 おしまい。

 




TIPS
・三歩後ろ
できる女の作法。


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