ソードアート・オンライン〜戦闘狂兄弟が行く〜 (赤茶犬)
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棚坂兄弟とSAO
という他の人と一拍遅れた喜びのままに昔ぼんやり考えていた設定で作成、投稿。後悔はしていない。
無限の蒼穹にそびえ立つ空中城アインクラッド。
全100層からなるその城に、二人の男がいた。
草木も眠る丑の刻。
男たちはただ一心に武器を振るい続け、モンスターを狩り続けた。
モンスターが突撃してくるがひらり、と軽い身のこなしで躱し、モンスターのHPを全損させる猫耳付きフードを被った、頰にθのペイントがある中性的な顔立ちの少年。
トリッキーな動きで次々に屠っていくポンチョを着てフードを目深に被った野性味溢れるハンサムな青年。
ただただ殺戮の現場と化すその場所にいる二人の目はらんらんと光っていた。
そして新たなモンスターがPOPした時、男たちは口の端をニヒルに釣り上げ、言い放った。
–––It's show time.
***
『ソードアート・オンライン。
VRMMORPGである本作は完全なる仮想世界を構築するゲーム機、ナーヴギアを装着して体験できる全く新しい歴史を変えるとも言われるゲームです!
本日より千人のみのベータテストが始まります!
ベータテスターに当たったラッキーな皆さん、楽しい一ヶ月を!』
美人女子アナウンサーがそう締め、俺の見たかった特集が終わるとテレビを消し、俺は兄と共にナーヴギアを手に取る。
「「詩乃。じゃ、楽しんで来るわ」」
「うわ……あんたら、そんな幸せそうな顔、初めて見たわよ……サムズアップまでして」
「あはは、当たり前じゃん?せいぜい友達作れるよう努力して来るよ」
「だなぁ……お前と詩乃がぼっち過ぎて兄貴としては少々心配だから是非友達を–––」
「や、やかましいわ。なんで普段友達がいないかって言ったら俺に誰も近づいてこないからだ」
「私にもその外国の人らしいフレンドリーなコミュ力が欲しいものね」
慌てて抗議する俺とジト目の詩乃は口々に文句と言う名の言い訳を言う。
「詩乃はともかく、樹はただの戦闘狂だから怖がって誰も近づいてこないだけだろ」
「…………さて、行きますか、兄貴」
「くくっ、OK」
目をそらして言う俺に笑いながら兄貴は応じる。
「晩御飯までには戻りなさいよ。作っとくから」
俺は頷くとベッドに横たわる。
兄と共に頷きあい、口元を緩め、ゲームスタートの合図となる言葉を言った。
「「リンク・スタート」」
***
一ヶ月後。俺こと棚坂樹は一ヶ月前となんら変わらず、東京のとあるアパートに兄と二人暮らしをしている。
実家は神奈川の川崎にあり、割と近いのだが兄の大学と俺の高校が東京にあるので親元を離れ暮らしている。
もっとも、親も海外にいることが多いのだから別に実家にいても……といった具合である。
「おーい、詩乃のーん。今日の朝飯何ー?」
そんな俺たちだが、お隣さんとものすごく仲がいい。
「次その呼び方したらあんたの飯苦手なトマトをふんだんに使ったフルコースにしてやるからね」
お隣さんの名前は朝田詩乃。
子供の割には可愛いというより綺麗という言葉が似合う彼女は俺より二つ年下の十四歳だ。
都内の中学に通う彼女は過去にとある事件を経験したせいで銃に対して恐怖心を持つPTSD、心的外傷後ストレス障害を持っていた。
それを街中で発作を起こしていた彼女を救った後に聞いた兄と俺は詩乃のそれを治すために協力した。
この件を本人に了解を取った後、両親に相談したら両親も協力を申し出、海外から様々な案を一緒に考えてくれた。
結果、多少銃に対する恐怖心はあれど、出会った当時のように自分を見失うほど恐怖したり嘔吐することはなくなった。
おかげで俺たちは仲がかなり良くなり、半同棲みたいになっている。
……正直打ち解けすぎた感は否めないが。
「それ俺もトマト嫌いだから勘弁しろよ……。
Good morning。朝から仲がいいな、二人とも」
「ヴァサゴさん。どうにかできないんですか、この愉快犯」
本気で嫌がっているようには見えないのだが、口では抗議する詩乃に苦笑するこの兄の名は棚坂ヴァサゴ。
かつて両親が海外に旅行に行った時に親に臓器売買をされかけていたところを保護。親代わりになり、俺と一緒に育てた。
それこそ最初は「Don't touch,Jap!」と邪険に扱われたものだが徐々に丸くなり、今ではいい兄貴である。
そんな俺たちだが、俗に言うゲーマーというやつで、今日はずっと楽しみにしていたゲームの正式サービス開始の日だった。
その名もソードアート・オンライン、略してSAO。
|仮想世界大規模オンラインロールプレイングゲーム《VRMMORPG》の一種である。
頭から顔を覆うヘッドギア型ゲーム機であるナーヴギアが五感全てにアクセスし、その意識をデジタルデータの世界に送り出す。
現実と完全に隔離された、仮想現実のもとで行われるゲームである。
要するに、映画名探偵コナン『ベイカー街の亡霊』に出て来るコクーンを小型化したものであり、前評判は上々。
ナーヴギアが発売され、とりあえずコナンファンは狂喜乱舞。
コナンファンはOld time londonが発売されるのを待ち望むと言う展開になった。
–––閑話休題。
ベータテストに応募した三人だったが。
結果だけで言えば、当たった。
俺と兄が。
初めて見たよ、詩乃の表情が『無』になったの。
と、のちに俺にしみじみと語らせたその外れた詩乃は。
漫画やアニメならそのまま塵芥となり、風に吹かれて行きそうなそんな顔をしていた。
なんとか詩乃をなだめ、ベータテストも無事終わり。そして今日は待ちに待った正式サービス初日。
「……なぁ、頼むから妬みで俺たちに悪戯するとかやめてね」
「さすがに立ち直ったわよ……」
「あの時の詩乃はひどかった。樹が珍しく本気でおろおろしてたしなぁ……。結局SAO買えなかったし」
しみじみとする兄に恥ずかしそうにする詩乃。
確かにベータテストに俺と兄が当たった時とソフトが買えなかった時は流石に俺も全力で焦った。
ベータテスターの権利を詩乃にあげようとしたくらい焦った。
レイプ目の笑顔で「そうだ、死のう」とどこぞの
「まぁ、あの後の樹のおろおろ具合で逆に私は冷静になったんだけどね……。
確かにゲーマーの樹がそこまでするってかなり私やばかったのかしら」
「無自覚かよ……。ゲーマーじゃなくても「そうだ、死のう」なんて言いだされたらそりゃ焦るわ。
……っと、そろそろ始まる時間だ。兄貴、行くべ」
ナーヴギアを装着してベッドに横たわる。
「リンク・スタート」
虹のリングをくぐり、ソードアート・オンラインが始まった。
俺の作ったキャラの名前はThanatos。
身長はリアルの俺と変わらず178cm。髪は少し長めでリアルの俺に少し手を加えたくらいの違いしかない。
リアルの自分と違う点はリアルの自分より少し年上に見えるように工夫し、頰にθのメーキャップを入れたくらいだ。
このθは、Thanatosを古代ギリシャ語にした際の表記であるθάνατοςの頭文字をとっただけである。
キャラ作成を終え、遂にゲームを始める。
***
第1層 始まりの街
「おぉ……何度見てもすんごいな、これ」
始まりの街に転移してきた俺は、兄と合流する目的があったのだが、SAOの世界のあまりにもリアルなグラフィックにベータテスターにもかかわらず思わず感嘆の声を漏らす。
ハッと我に帰ったところで、兄と合流するための合流地点へ向かう。
「兄貴〜!」
「お、来たか」
兄と合流した俺は手早く装備を整え、フィールドに出る途中、見知った顔があった。
「おーい、ベータテスト以来だな、キリト」
俺はその知り合い、ベータテスターのキリトに声をかける。
「!……タナトスに、おにーさんか。久しぶり」
「相変わらずのおにーさん呼びなのな」
兄のその言葉に思わず苦笑してしまう俺とキリト。
兄のそのコミカルなプレイヤーネームより、どうしても『おにーさん』やら『兄貴』やらがしっくりきてしまうのがこの人のおかしなところだ。
準備をしようと動き出したその時。
「おーい、そこの人たちー!その動き、ベータテスターだよな⁉︎
ちょ、ちょいとレクチャーしてくれよ!」
と、顔の前で手を合わせお願いしてくるバンダナを巻いたビギナーの男。
俺とキリトと兄は顔を見合わせる。
「じゃ、そういうわけだから、キリト」
と俺が言うと兄貴と声を合わせ、両手を上げながら。
「「
おれとあにきはにげだした!◀︎
うまくにげきれた!◀︎
後ろから「ちょ、ちょぉ⁉︎」なんて叫び声は聞いてない。
聞いてないったら聞いてない。
評価、感想等頂ければ幸いです。
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SAO 第一層攻略編
棚坂兄弟と始まる地獄
キリトから逃走を図り、成功した後。俺たち兄弟はフィールドでレベル上げをしていた。
モンスターの突進を軽くいなしながらふと時計を見ると、時刻は5時25分。
「よっ……と。兄貴ー、そろそろ終わりにして、一旦詩乃の飯でも食いにいく?」
「あー、そうだなぁ……。うん、そうするとするか……よっ、と……手応えなさ過ぎてつまらなくなってきたしっな!」
片手剣ソードスキル《レイジスパイク》を敵モブである青イノシシに叩き込み、ポリゴン片にさせながら兄に問いかける。
短剣を突き立て、敵を倒しながら兄はそれに同意し、一度落ちることにした。
右手を軽く下に降り、ウインドウを開く。
横長の長方形をしたウインドウには本来、メニューの一番下に、《LOG OUT》と言うボタンがあり、それを押せばログアウトできる–––筈だった。
「……あれ?」
「……お前もか?」
ログアウトボタンが–––なかった。
二人の時間が丸々数秒止まり、そしてまた動き出した。
「GMコールは?」
兄の言葉に少し時間を置いてから黙って首を横に振る。
「手応えなし……か。どうするんだこれ?」
「うーん、詩乃が『何してたのよ‼︎』ってブチ切れて小一時間ほど説教されるのが目に見えてんだよな」
「確かに……。ただでさえあいつだけ当たらなかったってのに加えてずっと戻ってこなかったらキレるだろうなぁ。
それにしても、開発運営元の《アーガス》も、珍しいミスするよな」
「ああ。いつもはユーザー重視で信用を売ってきたってのに、本当に珍しい」
ぐちぐち文句を言っていた、そこに。
リンゴーン、リンゴーンと、鐘のような、あるいは警報音のような、大ボリュームのサウンドが鳴り響いた。
「「⁉︎」」
驚き、飛び上がった瞬間、俺たちの体をブルーな光の柱が包み込んだ。
これは移動用アイテム、《転移結晶》を使用すれば見える光で、ベータテスターである俺はその光をなんども目にしていた。
しかし、アイテムを握ってもいないのに転移が起きた。
何かが起こった。
そう咄嗟に感じ取った俺はその瞬間、転移させられた。
石畳や、街路樹。そして正面遠くに見える宮殿。
見間違えるはずがない。そこは《はじまりの街》中心広場だった。
「一体何が起きたんだ……?」
兄貴が呟く。
どーなってんだよ……と腰に片手を当ててもう片方の手で頭をかきながら空を仰いだとき、100メートルほど上空に突如真紅の市松模様が発生し、空を染め上げていった。
「兄貴‼︎」
俺の呼びかけに兄も空を見上げ、口笛を鳴らした。
「まるでエヴァみたいだな」
「あー、そーだな。『第1種戦闘配置……』って感じだなぁ……うわ、なぁんか出てきたぁ」
その“なんか”とは、身長20メートルはある、真紅のフード付きローブをまとった巨大な顔のない人の姿だった。
それはベータテスト時代によく見た、ゲームマスターが来ていた服そのものだった。
プレイヤーのざわめきを制するかのように右腕、左腕の順で動き、そして喋り出した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
あ……?私の世界?
その言葉に兄の眉がピクリと動く。
「私の世界……Ahh, that's what you mean.あいつ、茅場晶彦か」
相変わらずの理解力です、お兄様。
眉をひそめる兄の呟きが他のプレイヤーにも聞こえたのか、他のプレイヤーにざわめきが広がっていく。
『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
俺はものすごく嫌な予感がした。脳裏によぎった最悪の予感。まるで漫画の展開のような、現実にされたら最悪という言葉では足りないその予感が外れることを祈りつつ、その先の話を聞いた。
さて、先に言おう。
俺の予感は的中することとなった。
茅場晶彦が言ったことを簡単にまとめると。
ログアウトできないけど、それはSAO本来の仕様である。
ナーヴギアの強制停止、解除をした場合、内部のバッテリーから発せられる高出力マイクロウェーブで脳みそがチンされる。
HP0になってもチンされる。
……と言った具合か。
「死ねばいいのに」
「チッ、I think so, too.」
と、茅場への恨み言を呟いているうちに、茅場からアイテムの支給があった。
なんだ、手鏡……?
その瞬間、俺は青白い光に包まれた。
「「ふぁ⁉︎」」
間抜けな声を兄弟揃ってあげつつ、光が収まってお互いを見ると……。
「?あれ、いつ……タナトス、お前若返った?」
「今リアルで呼びかけたよな……。
兄貴こそ、なんか見慣れた感じになってっけど……」
ふむ、と俺たち兄弟は人差し指を側頭部に持って行き、くるくると回しだす。
ポク、ポク、ポク、チーン。
「「あれ、これリアルの顔じゃん」」
だから今本名で呼びかけたのか。
お互いリアルとそこまで変わってないせいであまり驚いていないが周りはすごいことになっている。まさに阿鼻叫喚。
というか、男女比まで変わっている。ああ、あの人あの歳で女装する羽目になるなんて、可哀想に。
茅場が何か言っているがあえて聞かないことにする。どうせくだらないことだ。
何か重要なことは兄貴が覚えていてくれるだろうし。
そう、全く関係ないのだけれど兄貴はいつもいつも本当に助けてもらっている。
もともと頭が切れることもあってか、教えるのが本当にうまい。教育学部に入ってからはさらに教えるのが上手くなった。おかげで詩乃と俺は学年主席はいつも堅かった。
……おや、詩乃のことを思い出したら胸の奥から熱い何かが目頭の方へこみ上げて……。
–––閑話休題。
俺は高まった感情を抑えながら10000人の怒声と絶叫をBGMに、
***
「どーしてあんなことがあったのにこんなに普通にメッセージを送れるんダ?タナ坊」
俺に話しかけてくるのは金髪で頰に鼠のようなペイントをした女子、アルゴだ。
「あんただって普通に来れてんじゃん、アルゴちん」
「というかタナトスも、おにーさんもあまりリアルと変わんないんだな」
自分の姿にげんなりした様子のキリトがそう俺たちに言ってくる。
確かにキリトはベータテストから見ていたあの男前なイケメンから中性的なイケメンに変わっている。イケメンなんだからいいじゃんよ。
二人の知り合いとはこの二人のことだ。
「あのーキリト……なんとなーくおめぇに付いてきたんだが……どういう状況なんだ?これ?」
バンダナを巻いた野武士面の青年がキリトに問いかける。
「ああ、あんたはあの時のビギナーさんか。
おけぃ、自己紹介といきましょ。
俺はタナトス。ベータテスターだ」
ゆる〜い自己紹介を俺がする。それに続くように他の3人も次々に自己紹介をしていく。
「オレっちはアルゴ。ベータテスターで情報屋をやってル」
「一応俺も、改めて……キリトだ。ベータテスター。こいつらとはベータテストからの付き合いだ」
「俺の名はPoH。たまに英語が出るが気にしないでくれ。何か相談事があったらいつでも乗るからな」
「あ、ご丁寧にどうも……」
こいつ、社会人だな。手が一瞬名刺入れが入ってあるだろうポケットに手が伸びかけてた。
野武士面は続ける。
「俺はクライン。よろしくな」
自己紹介が終わったところで、俺は本題に入る。
「さて……アルゴちんもといアルゴ、ベータテストとの違いはどのくらい見つかってる?」
「アルゴちん呼びがむず痒くなったのカ?……まあいいヤ。んデ、違いだナ?まぁ、確認できているだけでもそこそこあるナ。けどまだまだ情報は足りなイ。こと、このデスゲームになった今ではナ」
「……よし、俺と兄貴が寝る間を惜しんでこれから情報収集アンドレベル上げがてら探索に出る。
キリト、お前はどーせ一人でレベル上げすんだろ?
俺たちの分のアニールブレード取ってこい、2本ずつな」
「は?ちょっとま」
「クラインさん、あなたは他に一緒にやっている方は?」
キリトを華麗に無視し、クラインに問いかける。敬語なのは年上と判断したからだ。
アルゴは分からん。とりあえずタメとして扱っている。
「おう、あと何人かいるな」
「分かりました。その友達に夜の間は出ないように注意を入れといてください。危ないんで」
そこで兄が加えて言う。
「それに加えて、もしヤケになって自殺しそうになっているプレイヤーがいたら止めてくれ。ついでに半狂乱になってフィールドに出ようとする奴も。
他にも、『今ベータテスターがフィールドを駆け回って情報を集めている。安全に狩りが出来る方法が見つかるまで取り敢えず無闇矢鱈にフィールドに出るのはやめたほうがいい』と、伝えておいてくれ」
クラインは伝言を暗唱したあと、ドン、と胸を叩き、
「任せてくれ‼︎」
と言った。こういう頼り甲斐があり、人の懐に簡単に入り込める人材がいてくれるのは助かるな。
「よし、キリト、頼むわ。大変だろーけど、こういうことで一番頼りになんのお前だからさ。
あと、アルゴちん、無理をしない程度にお前も頼む。基本は俺たちが情報収集する。お前はまとめよろしくな」
「了解」
「もちろんダ」
「よし、解散‼︎」
俺たちば別々の方へ散らばっていく。
フィールドに向かう途中、俺は少し気になったことを兄に問いかけた。
「なぁ、兄貴。クラインさんに任せたあの伝言、なんの意味があるんだ?」
「それはだな、ああやってベータテスターの株を少しでも上げておけば少しでもビギナーとの溝を埋められるかな、と思ってな。
間違いなくこのゲーム、序盤はベータテスターのが有利だろう?
だから軋轢を生まないように、だな」
兄のその考えに俺は納得したと同時に何故思い至らなかった、と若干悔しくもあった。
俺たちはデスゲームに臆さず、飛び込んでいった。
***
それから一週間ほど、殆ど飲まず食わず、不眠不休でアルゴに整理のための情報を送りながらレベル上げも並行して頑張った結果、俺は5日目あたりから記憶がさっぱりと抜け落ちていた。
気がつけば俺はしっかり7日目まで仕事をした後、まる1日眠り続けていたらしい。
「あぁタナ坊、目覚めたんだナ」
アルゴが明らかにホッとした様子でこちらを見る。その表情に一瞬心配以外のものがよぎった気がする。
「……キリト、俺何したんだ?」
「……」
ふっと目をそらすキリト。
そこで兄に目を向けると。
「ど、どうしたのかな?我が弟よ?」
本当に何があった。
と、そこで自分の格好の違和感に気がついた。
「あれ、兄貴。この猫耳フード付きパーカー何?」
俺が着ていたのは今までつけていたはじまりの街で購入した軽装ではなく、猫耳付きの黒いパーカーという出で立ちだった。
防御力はかなり優秀。第4、5層辺りまでならなんとか使えそうだ。
「あぁそれ?6日目あたりかな、『なんか猫を探して欲しいっていう子供NPCの依頼を30秒でこなしたらなんか特別にもらった』って
「ら、
……あえてもう一度言おう。
本当に何があったんだ?
ちなみに日本人は4徹が最長記録らしいですね。
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棚坂兄弟と攻略会議
オリ主よりおにーさんのがチートになりつつある今日この頃。
「なぁ、本当に平気か?」
俺同様なんらかのクエストをこなした報酬らしいポンチョを着た兄が心配そうに問いかけてくる。
「大丈夫だよ、兄貴。ちょっと過保護すぎないかね?」
そんなことはない、と断じる兄。
そんなにヤバイ状況だったのか、と話しかけると兄はただ一言、「お前にはこれから4徹以上はさせない」とのこと。
いやまずその4徹させる前提がおかしいことに気がつかないのかね、兄よ。
今ここにはいないアルゴ曰く、危うく大変なことになるとこだったと。
アルゴはそれを思い出したのか、真っ赤な顔で悶えていた。
……俺は何をしたんだろう。詩乃というものがありながら。
そんな俺を置いてキリトが俺の過保護発言に追随するようにおちょくろうとするが……。
「どうした?」
「……いや、綺麗な声してるな、と思って」
キリトの問いに返事をし、どこかから聞こえてくるその歌に足を止め、耳をすませる俺。心なしか顔も綻ぶ。キリトが怪訝な顔をするが兄が耳を澄まし、納得したかのように言う。
「……ああ、誰かが歌ってるのかな?
お前の趣味、ギターだったしこのゲームでも音楽スキル取ったら良いんじゃないか?」
「ああ、良いかもなそれ」
キリトもそれに反応を示し、和気藹々とした空気となった。
そこに水を差す声が。
「……こんなデスゲームで、のんきな人」
「…………なぁ、時にキリト君や。この反応が雪ノ下並みに冷たいこの少女は誰だい?」
俺が顎でしゃくる先にはキリトが連れて来たフードを被った少女がいた。
「ああ、その人はアスナ。たまたま会ったんだけど、なかなか腕が立つから連れて来たんだ」
「……誘拐とは感心しないな、キリト」
「失礼な‼︎」
***
ここは迷宮区程近い谷間の街、《トールバーナ》だ。
そこで今回の第一層攻略会議が行われる。
巨大な風車等が立ち並ぶ、のどかなこの街に最初にプレイヤーが到達できたのはサービス開始から実に二週間が経った後だった。
到達したのはもちろん、俺、兄、キリトの3人組だったわけだが。
現時点での死亡者の総数は1300人にものぼっていた。
うちベータテスターは300人と多い。
ただ、兄からすればこれでも抑えられた方であり、あの恐慌状態からうまくクラインさんが話を広められたおかげでなんとか多くの自殺者やフィールドに出ようとしたバカを止めることができたそうだ。
残念ながら、多くのベータテスターは高をくくってフィールドに出た結果、死んだケースがかなり多かったそうだ。キリトもアニールブレードを取得しに行く際、コペルというプレイヤーの死を目の当たりにしたそうだ。
ちなみに兄によると、死者の合計は軽く2000人は出てもおかしくなかったとのこと。
……兄貴が有能すぎて笑うしかない。
俺と兄、そしてキリトとアスナはトールバーナに入ると軽く事務的に俺がアスナに伝えた。
「会議は町の中央広場、午後四時かららしいね、遅れないようにしよう」
「……わかった」
噴水広場につき、腰を下ろすと同時に後ろから話しかけられた。
「よぉ4人とモ」
突然背後から声をかけられ、俺とキリトとアスナは–––兄貴は驚くことにそれに気がついていた–––飛び上がった。
「あ、アルゴか……びっくりした」
「俺はアーちゃんと一緒にいる方が驚いたがナ」
「アーちゃん……」
俺がアスナを見ると、一歩下がり。
「呼ばないで」
と、言われた。泣くぞ、俺。
そんなことを思っていた、そこに。
「はーい!それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めようか!」
その堂々たる喋りの主は青髪のイケメンの片手剣使いだった。彼は広場中央の噴水の淵に助走なしでひらりと飛び乗る。
イケメンが爽やかに言った。
「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!俺はディアベル!職業は、気持ち的にナイトやってまーす!」
噴水近くの一団がどっと湧き、野次を飛ばした。おそらくは彼の仲間だろうが、仲間ではなさそうな他の人も少し笑ったりしている。
「hmm……うまいな、あいつ」
「そうなのカ?」
「ああ、ああやって緊張をほぐすのはこういう大事な会議程効果的なもんだ。そこら辺よくわかってるな」
「へぇ、そうなのカ。……じゃ、俺っちはそろそろ行くゾ。攻略ガンバ」
手をひらひらさせながらアルゴは去って行った。
なるほど、兄貴も認めるほどか。ディアベルさんって呼ぶことにしよう。
俺はこっそり思ったのであった。
因みにディアベルさんがいい演説をしていい感じに盛り上げている時、キバオウとかいう名前のサボテンヘッドの人が余計な茶々を入れようとしたが、おそらく黒人の方?のエギルさんというプレイヤーによってあっさり論破されていた。
うん、ちゃんとその見るからに足りなさそうな頭で考えてから発言しようね、キバオウ君。
***
会議も佳境に入った頃、俺がふと挙手をした。
「あ、そうだ……。すみません、ディアベルさん。発言いいですか?」
ディアベルさんは少し驚いたようだったが発言を許してくれた。
「ありがとうございます。
俺の名前はタナトス。元ベータテスターっす」
何人かの視線が鋭くなった。やはり俺たちが尽くしても多少の警戒や苦手意識は取れないのだろう。
「私見なんですが、少し前に情報屋である鼠と話し合ってみて考えた事があります。
それは、全体的に、ベータテストと正式版とでは少々仕様に誤差が生じているという事っす。
そこから、ボスも最終的に使用する武器が変わる可能性があることをここに一応示唆しておきたいと思います」
俺の言葉にざわつくプレイヤーたち。まぁ、当然の反応だろう。
ここで落ち着いて話しすぎて「あいつは茅場のスパイだ!」とか変に誤解されてもあれなんだけどなぁ……いや、ありえないにしても一応キバオウみたいなやつもいる……よし。
「とりま……じゃない、とりあえず落ち着いてください。あくまで可能性の話です。例えばボスが持つ武器はHPが少なくなると曲刀タルワールに持ち替えますが、あの狂人茅場晶彦っす。
何かしら変わると考えるがベスト、というかゲームだったらベータテストから多少仕様が変わるのは当然でしょうね」
「だが、それは何かな?」
ディアベルさんが真剣な顔でこちらに問いかけてくる。そんな顔されてもなぁ。
それに対し、俺はいや知らんすけどとしか言えない。
「兄貴、何か可能性のあるものはない?」
兄に話を振ると一斉にプレイヤーたちはそちらに視線を送る。
ふむ、と一瞬考え込んでから兄は立ち上がり、前に来た。
「まずは自己紹介を。俺の名前はPoH。先ほどの会話の通り、タナトスの兄だ。
タナトス、お前後で敬語の復習しような、すごい下手くそ」
「ウィッス」
わざとか、と兄はジト目で俺を見たあと、話を続けた。
「さて、第一層ボス、Gill Fang The Cobalt Loadだが、弟の言った通り、変わる可能性はかなり高いだろう。
あくまでデスゲームではなく、普通のゲームとして捉えた場合、ベータテストと変わらないのは不自然。
デスゲームになった今でもおそらく、十中八九茅場はこの考えだろう。
考えうるのは曲刀スキルの派生として考えられている刀スキルなんだが……まぁ、それは後で鼠にまとめてもらってみんなに配ることとしよう。
取り敢えずは頭に隅っこに引っ掛けておくくらいでいいだろう。
取り敢えず、そこはleaderの指揮にかかってるってことでいいな。ディアベル、I expect you.」
「はは、あまりプレッシャーかけてくれるなよ?」
兄がニヤッと笑いながらディアベルさんの胸をとん、と叩く。それに笑って応じるディアベルさん。
ディアベルさんと兄のやりとりに見ているこちらにも思わず笑いが溢れる。
二人のカリスマ性には舌を巻くばかりだ。
ある程度の危機感はもたせつつ、緊張をほぐす。俺にはできない芸当だろうなぁ……。
と、昔クラスのまとめ役を買って出たらなぜか恐怖政治チックになってしまい担任に叱られたことを思い出しながら俺は思ったのであった。
***
「さて、会議も終わったし、お前ら、うちんとこ泊まるか?」
「お、いいネ」
「賛成」
「アーちゃんは?」
「呼ばないでって言ってるでしょ……どうしようかしら」
「……風呂あるぞ?」
「行くわ」
即答だった。そりゃもう食い気味に即答だった。
その反応に兄は若干目を見開く。
「なんで日本人はこんなに風呂が好きなんだ?タナトスいい、アスナといい」
兄の言葉に思わず目を向く俺を除いた一同。
「お、おにーさん日本人じゃなかったんですか?てっきりハーフかなんかかと」
「まぁ俺は養子で樹とは血の繋がりはないんだが、それは複雑な事情があると言うことで」
それを言うとあわてたキリトが取り繕おうとするが兄は笑って許す。
「さて、じゃあ帰りますかね」
「ええ」
「だな」
俺たちは拠点としている農家に帰るのだった。
拠点に帰った俺たち一行は、ある程度の確認作業を行った。
結果、アスナがパーティ戦闘において最も重要といっても過言ではない《スイッチ》と呼ばれる技術を知らなかったため泣く泣くキリトがフィールドで教えたり、アスナが風呂に入って年相応の可愛い姿が見れたりと、とても有意義な時間を過ごせた。
–––翌日。
第一層ボス攻略が開始された。
それは俺たちにとって、忘れられない一戦となったのは言うまでもないだろう。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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棚坂兄弟とボス攻略
今回はPoh兄貴の代名詞とも言えるセリフが登場します。
今日でこのデスゲームが始まってから早4週間。
ディアベルさんをはじめとする面々には緊張が走っているが。
「今日はいい天気だなー兄貴?」
「I know.まさに攻略日和といったところだな」
いつも通りにこやかに会話しながら進む俺たち兄弟を見て、アスナがこっそりキリトに耳打ちしているのに俺は気づいた。
会話は聞こえなかったが、おおよそ、こんなに和やかに進むものなのかとか聞いていたのだろう。
チッ、キリトのやつ青春しやがって。
……クリア早くしてぇな……。
「どうした?なんか黒いオーラが見えるんだけど」
キリトが問いかけてくるので、俺は恨みがましい目を向けながら答える。
「いや、イケメン死ねって思ってね?」
「自殺願望か」
「ぶん殴るぞ」
軽いやりとりをしつつ、ふと自分の容姿について振り返る。
確かに顔が整っている自覚はある。
いや、ナルシストとかではなく、自分はそれなりにモテる、らしいという話をいつだったか小耳に挟んだことがあったからだ。
あと一度だけなのだが、街を歩いていたらスカウトとかほざく男にあったこともある。ほざく、などと乱暴な言葉遣いなのは単純にそいつが詩乃を舐め回すような視線をしていたので激怒しかけたからだ。
ああ、思い出しただけでもまた腹が立ってきた。
という具合に俺が思考を変な方向に脱線させていると手に硬いものが当たった。それで俺はあることを思い出した。
「二人とも、これちゃんと読んどけよ?とくにアスナ」
俺はその硬いものこととある冊子を取り出しアスナとキリトに見せ、背表紙を指でとんとん、としながら言う。
それは一応もう一度確認しておこうと思い、取り出してポケットに入れておいたアルゴがまとめた刀スキルの一覧表である。
昨日の今日で作ってくるあたりアルゴは尊敬に値する人物だろう。
恥ずかしいから本人には絶対に言わないが。
それが配られた時、あのキバオウを論破したエギル始めとする何人かは熱心に読み込んでいたが、キバオウを始めとする連中は鼻で笑っていた。
ディアベルさんもこれに気を取られすぎないように、と注意していた。いや気を取られておけよ少しくらいは。
「仕様、変わってると思う?」
アスナが俺に聞く。俺は首をすくめながら答えた。
「さあな。ま、俺的には十中八九変わってるだろうな。そうしなきゃゲームとして面白くないだろう?」
俺はあくまでこの世界をゲームとして話す。アスナはそれに若干嫌悪感を示しているがあくまで俺が開発者の目線で話していることがわかっているから何も言わない。
正直、というか普通に茅場明彦のことは理解に苦しむ。戦いとは痛みと共にあるから面白いと言うのに……おっと、素が出た。
ゲフンゲフン。
「この世界はおそらく茅場にとって理想郷に等しいんだろう。それをあっさり攻略されるなんざ、あいつも望まないんじゃないか?巻き込まれた俺たちはいい迷惑だがな」
詩乃にも会えないし。詩乃にも会えないし。
強いていうなら音楽スキルがあるのが救いか。
「それに今回は、
二人は俺の言葉に首を傾げた。
ボス部屋に着くと、剣を地面に突き立て注目を集めさせたディアベルさんが話し始めた。
「みんな……俺から言うことはたった一つだ!」
ニッ、と笑みを浮かべると一言。
「…………勝とうぜ!」
おおおおおおお!
と沸き立つプレイヤーたち。しかし俺は、心の何処かで何かに警鐘を鳴らし続けていたのに気がついていた。
***
攻略は順調に進む。
「A班!下がって回復!B班!スイッチ!」
ディアベルさんの冷静な指示のもと、次々にボスにダメージを与えていく。
俺たちの班は平均レベルの高さから遊撃だ。
「キリト、アスナ。D班の援護。瓦解しないようにスイッチ、30秒相手したら戻ってこい。タナトス、センチネルの討ち漏らしを徹底的にやれ」
「うい」
ゆるい返事をしつつ、兄の指示のもと敵を殲滅する。
兄の作戦は芸術的と行っても過言ではない。よく状況を見ていて的確な判断を下せる。
ぶっちゃけディアベルさんよりリーダーしてんだよね。
冷静な頭で敵を殲滅しつつ、あくびが出そうなほどのんびり考え事をする俺。
ボスのHPバーも大分少なくなってきていた。
……そろそろ来るか。
ボスが武器を持ち替えるその時、飛び出して来る影があった。
「下がれ、俺が出る!」
ディアベルさんだった。キリトは驚いていた。まぁ、定石とはいかない采配だな。
……と、いうことは。
「兄貴。あいつ、
「……だな」
そこで懸念が現実となった。
ボスが取り出したのは、野太刀だった。
「‼︎」
ディアベルさんが驚いて身動きが取れないその隙にディアベルさんにボスのソードスキルが命中–––
「キリト」
「はああああああ‼︎」
ガキン‼︎
–––することはなかった。
「アスナ」
「やあああああああ‼︎」
兄が指示し、キリトがパリィしたボスにアスナのソードスキルが命中する。
「な、何が……⁉︎」
ディアベルさんは理解できない様子だったので俺が説明することにした。
「ディアベルさん、あんたがベータテスターであることはわかっていた。いや、予想していた、か」
「っ⁉︎」
ディアベルさんの顔が驚愕に染まる。
兄と俺はディアベルさんはベータテスターではないのか、という点を疑っていた。このデスゲームが始まるまで俺と兄は真の意味で信頼しているのは詩乃だけだったために、他者を勘ぐりすぎる癖があった。
キリトやアルゴ、アスナはこの世界では最も信頼できる3人だが、ディアベルさんは評価こそすれど別段信用していない。
だから、
ゲーマーの本能のまま動くのかどうか。
まぁ、普通のベータテスターなら、動くだろう。
何せ、この中にはベータテストにおいて、
それは必ずこの世界にただ一つしかないレアドロップアイテムで、入手すれば大幅に戦力アップが期待できる。
この事実を知っているもの、すなわちベータテスターなら、絶対に動く。確信していた。
尤も、まさか刀スキルへの注意を喚起していたのにもかかわらず死にかけるのは呆れるの一言だったが。
「まぁ、いい。キリト、アスナ、援護」
兄は指示を終えると俺と二人、並んでボスの前に立つ。
そしてその整った顔を楽しそうに歪め、目を爛々と光らせると、同時に言い放った。
「「It's show time.」」
戦いは一方的なものだった。俺がヘイトを集め、兄が耐久に極振りしたアニールブレードでパリィ。そしてキリトとアスナが攻撃をする。
ボスのHPはぐんぐん削られていく。
「ほらほらほらほら!当たらないよ‼︎」
ボスの周りをうろちょろしながら投剣スキル《シングルシュート》を当てていく。
目の前で羽虫が飛ぶレベルの嫌がらせだが、効果はてきめんだ。
いや、目の前に羽虫が飛ぶのはかなりうざいか。
ともかく、戦闘中に詩乃の貴重な笑顔を思い出してニヤニヤするくらいの余裕はあった。
本当に戦闘は煽りに限る。最高。
人としては最低だけど。自覚あるけどやめない。
すると兄が俺に向かって怒鳴る。
「おい、あんま動くな!ある程度そっちが調整してても無理あんだぞ!……エギル!パリィ手伝ってくれ!」
「!わかった‼︎」
タンクを担当していたエギル–––会議後に話しかけたらタメ語でいいと言われた–––は俺を見て顔を引きつらせて硬直していたのだが、兄の言葉にすぐに持ち直し、雄叫びをあげながら斧で武器を弾く。妙に様になってて格好いい。
「そろそろか……。キリト、アスナ!さっさと片付けてくれ!俺ちゃん疲れたぜい‼︎」
「はいはいっと!」
「あなたそんなキャラだったかしら?」
ふと二人の方を見るといつの間にかアスナのフード取れていた。かなりの美人だ。キリトもかなりの美形男子だが彼女はまさに絶世、とつくのではないのだろうか。美男美女カップルか。非リアの敵じゃないか。
まぁ、美人っていっても詩乃には負けるけどな!
「……?」
俺がそんなことを考えたからなのか、アスナに怪訝な顔で睨まれた。俺は全力で目をそらした。
あいつ心読めんのか。いやどちらかといえば感情受信体質だな。あいつサイドエフェクト持ちだったのか。
「アスナ!」
「‼︎、スイッチ‼︎はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ‼︎‼︎」
ボスの体力が残りわずかとなった。兄の指示のもと、キリトとアスナが特攻をかける。
まずアスナのソードスキル《リニアー》が命中。ポケモンで言えばモンスターボールを投げたくなるくらいの僅かなHPが残った。
「うおおおおおおおァァァァア‼︎‼︎」
そしてキリトの二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》が命中する。
「‼︎」
ボスが目をかっと見開き、爆散する。
数瞬おいて。
congratulation!
その文字が空中に映し出される。ようやく俺たちに実感が湧いてきた。
クリアした。第一層を。漸くだ。これで、詩乃の元へ一歩–––「なんでや!」おぉう。せっかく締めようとしてんのに邪魔すんなや。
見ると、叫び声をあげたのはキバオウだった。
「なんでディアベルはんを危険に晒したんや‼︎」
「いや危険ておま……ちゃんと冊子配ったろ?あの刀スキルだって見たことくらいはあったろうに、危険な目にあったのを俺たちのせいにすんなよ。バカはおぼっちゃマンボでも歌っとけ」
さすがに今のはこちらに不備はなく、ただの言いがかりだったので沸点の低い俺はイライラしながら答えてしまった。
「なっ⁉︎」
キバオウが完全に切れた様子で拳を振り上げる。どうやら俺と同類だったようだ。
「キバオウさん、いいよ!」
ディアベルがそれを制す。
彼は俺たちにまっすぐ向き直ると、俺たちに頭を下げた。しっかり90度、誠心誠意込めた全力の謝罪だ。
「すまなかった。君達に迷惑をかけた!」
「いや、迷惑も何も……ねぇ?」
キリトがLAボーナスで手に入った装具、《コートオブミッドナイト》を装備しながら俺たちを見る。
とりあえず兄が前に出る。
「ん、迷惑かけたと思うんならこれから巻き返していけばいい。キバオウ」
「……なんや!」
「お前は少々嫉妬しすぎだ。なぜベータテスター達に追いつく努力をしようとしない」
兄はそうある程度思いやりを込めて諭すが、キバオウは頑として聞き入れない。
「なんやと……あんたらのそんな戦闘能力、そんなんチートや、チーターや!」
すると、キバオウの取り巻きも乗っかってくる。
「そうだそうだ!ベータ上がりのチーター、ビーターだ!」
う、うわぁ、見苦しい……。
思わずたじろいでしまう俺。
横を見るとキリトは『まぁそうなるよね』と言わんばかりの顔。ネットゲーマーは嫉妬深いのを知っているようだ。
アスナとエギルは……ドン引きだ。特にアスナはひどい。まぁあまりネトゲはやらない人だったらしいし、当然の反応か、と俺は納得する。
因みにドン引き具合からいえばアスナは俺がかつて詩乃にメイド服買ってきた時くらいにドン引きしている。
あ、いや違うんです詩乃さん。あれ実はドンキに行った時女友達が俺に着せようと持ってきたやつなんです。詩乃に矛先向けることで難を逃れようとしたんです。
誰に弁解しているんだ俺は。
……好きな子をスケープゴートに使うって俺本当に救いようがないな。
「ハァ……」
「なんやそのため息は‼︎」
あ、と自虐の溜息が口に出てたことに俺は気がついた。キバオウ達は馬鹿にされたとでも思ったようだ。話は聞いていないし、今のは全然違う溜息だが聞いていれば当然馬鹿にするだろう。
さっきからキバオウ御一行のかわいそうな演説は止まらない。
なぜか賠償金の話になっていたのはもはや笑うことすらできない。どうしてそうなった。兄の顔も引き攣っている。ポンチョを着たイケメン大学生。心なしか、ボス戦よりも疲れて見える。
そろそろ耐え切れなかったらしく、俺に二人に指示を送れとアイコンタクトをしてくる。
「キリト〜。第二層のアクティベートやっといて」
「ん」
キリトは欠伸を噛み殺しながら返事をする。
「あ、そうだ。アスナ、アルゴと一緒にお風呂ある宿探しに行けば?」
「いいわね、それ」
アスナはアルゴにメッセージを送る。
そしてバイバーイ、と手を振り第二層に向かう二人。
俺も少し遅れて付いていく。兄から見捨てるなよ、と言ったベクトルの視線を背中に受けた気もするが気のせいだろう、きっと。
仲睦まじげに会話するキリトとアスナに俺は詩乃と自分を重ね、願望まじりにしみじみとこう感想を残した。
……お似合いだなぁ。
その後キバオウ達は兄がガチ切れする寸前に空気を察したディアベルがぶん殴って止めるまで延々と喋り続けたという。
書き始めた時にはディアベルさんが死に、なかなかの思い展開になっていたのにもかかわらず、手直しするうちにディアベルさんが死なず、キリトとアスナも仲睦まじい優しい世界に変わってしまっていた。
なんでだろ?
感想、評価等頂ければ幸いです。
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間章 浅田詩乃の独白
先週はリアルの方が忙しかったので内容がひどいかもしれないです。
申し訳ありません。
5時30分、私は一人になった。
私には、二人しかいなかったことが彼らがいなくなってから改めてよくわかった。
私の心境を改めて整理したいから私はこの手記を書く。
SAO事件が起こった時、私は彼らが戻ってこないのではないか、もうあの二人の軽いやりとりが見れないんじゃないか、そんな不安に囚われ、ずっと泣いていた。
それでも、後々に考えてもかなり冷静に対処できたのではないだろうか。
事実、SAO事件が起こったその日には二人は病院に搬送され、入院手続きがされた。
次の日には病院から連絡が入り、二人の両親が来た。慌てて海外から帰ったらしく、まさに着の身着のままといったところだった。
樹やヴァサゴさんから話は聞いていたが二人に会ったのは初めてだった。二人とも樹によく似ていてとても顔立ちが整っていて、ヴァサゴさんのようにとても優しい二人だった。
二人は私よりはるかに不安に駆られているだろう。しかし二人は私に笑いながら声をかけてくれた。「まぁ、あの二人なら大丈夫だろう?」と。
なんて暴論。だが納得はした。彼らは大丈夫だって、心の何処かではちゃんとわかっていたから。
それでも、日常に彼らがいないことは私に多大なダメージを与えた。
今は一人暮らしは辛いだろうと言う棚坂さんご夫妻の配慮のもと、樹達の実家である神奈川の家に居候させてもらっている。
今までよく知らなかったけど、樹達の家はそれなりにお金持ちな家系らしい。まぁ、言い方は悪いけど見知らぬヴァサゴさんを養子にとって育てられるほどの余裕はあったのだから、それなりにいい暮らしをしていたんだろうな、と思っていたらかなりの大きな家暮らし。
なんでも、樹のお父さんはかなりの規模の多国籍企業の社長さんだそうで、お母さんは地元の地主さんの家系らしい。初めてそれを聞いた時には目が飛び出るかと思った。
今は海外に行っていて不在がちの棚坂さんご夫妻に変わり、メイドさんと言うべきなのか、お手伝いさんと言うべきなのか、藤田さんと言う方と一緒に暮らしている。なかなかユニークな方で、私を退屈させまいと色々してくれる。
それでも樹達の不在により私の精神はだいぶ不安定になってしまった。
恐怖に支配されてしまった私は再び銃への恐怖が戻ってきてしまい、吐くまではいかないけど体の震えが止まらないくらいには事態が悪化してしまった。
そのせいで転校した先ではいじめも受けている。しっかり藤田さんが抗議してくれたが止む気配はない。むしろ陰湿になった。
そのことは間違い無く辛いが、彼らが戻って来た時にはきっと、いや絶対に助けてくれる。特に樹あたりは逆に私が止めないといけないくらい暴走してしまうかもしれないけど。
あの二人はどうしているだろうか。まぁきっと私の気持ちも知らず楽しんでいるだろう。
もしかしたら、未だに第一層でめそめそしてるのかな。
私はその考えを一笑に付した。
きっと彼らなら大丈夫だろう。たとえ仮面ライダーとかスーパー戦隊の世界に転生しても何食わぬ顔でグランセイザーにでもなって戦いそうな二人だ。
きっと、何事にも動じず頑張っているはず。
そう、動じていないはずだ。うん、きっとね。
あの二人ならきっと、その持ち前の鋼の精神で乗り切るだろう。
まぁ、私が怒った時にはあっさり土下座するような二人だけど。なんとかなるでしょ、あの袖付きの不良たちなら。
私は、彼らを信じることにした。
今では普通にたまに私の様子を見に来てくれる樹たちの両親である棚坂さんたちと一緒にゲームをするくらい立ち直っている。
いや、立ち直っているように見えるが正しいのかな。
正直、依存していたんじゃないかって疑うレベルで不安な毎日だ。
事実、樹が帰ってきたらもう2度とどこかへいって欲しくないし。
……あれ、私、ヤンデレじゃないわよね?ただ寂しがっているだけよね?すごい不安になって来たんだけど。
ま、まぁ、それはともかく。
ヴァサゴさんはまず心配いらないだろう。これは棚坂さんや藤田さんたちとも一致する意見だ。あの人頭いいし、イケメンだし。カリスマがバツグンだし、イケメンだし。あの人なら最悪攻略組に入らず、中層プレイヤーの育成に熱を入れてもかなり貢献できるほどの逸材だ。
最近では地主の仕事を継がせるか社長をやってもらうか本人の希望通り今日して頑張ってもらうかでかなり争論が繰り広げられたらしい。
問題は
喧嘩っ早いし、実際ぶちのめせるだけの戦闘のセンスがあるからオレンジプレイヤーとかになりそうで不安だ。事実、何度かあいつ停学になりかけてるし。その度にヴァサゴさんにぶちのめされて被害者の方がドン引きしてヴァサゴさんに泣きついてうやむやになるから実際にはなったことはないのだが。
それは置いておいて、本当にあいつは不安要素しかない。大丈夫でしょうね、ほんとに。
話によると前述のヴァサゴさんの話し合いの時、「俺、家でダラダラしてたいし、兄貴、両方やってくれ」とものすごくいい笑顔で言い放ったらしい。
さすがの私でも引く。
まぁ、いやでも、その……いつもあいつは優しいし、そこそこイケメンだし、ヴァサゴさんとかと同じくらい元々の頭の出来はかなりいいし、大丈夫だろうけど。
強いていうなら女の子にデレデレしないかどうかが一番不安ね。帰って着たら問いただしてやる。
……って、私何考えてるんだろう。
熱くなるな、顔。絶対藤田さんには見せられないね、これ。
彼らは強いから別に心配はいらないと言うのは自分でもわかっているんだけども。
でもやっぱり不安なところがあるとするならば。
……ふたりともどちらかといえば割と沸点低いことだろうなぁ……。
あれ、なんか落ち着いて考えてみたら凄い不安になった。
例えば、詐欺が横行したりしたら犯人を現行犯で逮捕して場合によってはその場でジャーマンスープレックス叩き込むとこまで想像に難くない。
前例は私の過去をたまたま知った同級生がそれをバラそうとした時。
彼女はガタガタ震えながら「キン肉バスター……こわひ……」って呟いているところを発見されたらしい。
あの時は二人とも、特にヴァサゴさんは受験勉強でカリカリしていたしなぁ……。
だから私としてはある程度普段から破茶滅茶暴れてくれた方がストレスたまらなさそうでいい気がするけど、まぁそれに振り回される人たちが可哀想って言うのはあるね。
でも、思い返してみると、あの二人に出会ってからはいつも私は笑っていた気がする。さすがにトラウマを克服しようとしていた時は目が死んでいたらしいけど。
私は毎日、二人が眠るこの病院で二人の顔を見るのを日課としよう。
彼らから勇気をもらうために。
そうして辛い日々が続いていくけど、私は彼らを待ち続ける。
二人が帰って来た時には、誰よりも早く、真っ先に「おかえり」って言ってあげたいから。
私は、病院のベッドで眠り続ける二人にそう誓い、日々を送る。
辛いけど、未来へ希望を持って。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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赤鼻のトナカイ編
棚坂兄弟とキリトと黒猫団
昼下がり。暖かい陽の光が窓から差し込む。
外はチュンチュン、と鳥の鳴き声がする。ああ、とても素晴らしい天気だ。美しい陽気に心も晴れやかに–––「はぁ……」–––ならなかった。
第1層クリアからしばらくして。
ここは第22層の湖畔に立つ家。そこに俺たち兄弟とキリトはいた。
今現在キリト、そして俺は今までで最も精神が削られていると自信を持って言えるだろう。
何をしているか。
勉強である。
兄は教師志望で塾の講師もやっていた。その変に真面目な兄が言い出したのは、クリアしても社会復帰が楽になるよう、勉強しようと言い出したのである。
教え方が途轍もなくうまいこともあって楽に解けはするものの、どうしてゲームの世界で勉強しなきゃならんのだという思いが俺たちの心を占めている。
と言うかどこで教材見つけてきた。
「第一さ、俺はお前たちのギルドに入ってないんだし、やる必要ないんじゃ……」
キリトが言うが、それを言ったら、と兄が苦笑しながら反論する。
「そしたらタナトスとマンツーマンになるんだがな」
俺と兄はギルドを作った。
名前は《ファミリー》。とある暗部みたいなネーミングだが、別にレッドギルドでもオレンジギルドでも統括理事会所属でもない。
てかあれは総文字数が四文字か。まぁそれはどうでもいいから捨て置いて。
最初は俺の意見がオリンポスファミリア、兄の意見がSpirits of Solomonだったのだが、あまりに厨二病臭かったためか名乗るのが恥ずかしいとアルゴに却下された。そのため、仕方なく覚えやすい名前にした。
アルゴはこれにも「いや、もう少し凝ってもいいんじゃないカ……?」と難色を示していたが黙殺した。
もう一つの案として
エンブレムはポンチョを着た猫で背景に本がある。
ポンチョ=兄、本(情報)=アルゴ、猫=俺と行った具合である。
メンバーはエンブレムからお察しの通り、俺と兄、そしてアルゴの3人である。
別にギルドを作ったからどう、と言うわけではない。
もともと3人しかいなく、作った目的も情報屋アルゴの後ろには攻略組の中でもトップクラスの俺と兄がいるんだぞ、と言う思いを抱かせ、アルゴの安全を確保するために作った節もある。
と、いうかただ身内の拠り所を作っただけである。
「兄貴ー。ここどうやんの?」
「そこはこの公式を応用して……」
「成る程」
元々はアスナもいたのだが(エンブレムのアスナ要素は猫が白猫だった。アスナ脱退後は黒猫になっている)、最近力をつけてきたギルド、血盟騎士団に入ってもらった。
というかそこの団長のヒースクリフという男にギルドを立ち上げる際の相談を持ちかけられ、そのままギルドの運営を勉強していたアスナを引き抜かれたといった次第である。
たまに勉強を教わりにこちらに戻ってくるのを見るからに、あいつも兄と同じタイプのクソ真面目で出世するタイプらしい。
取り敢えず話を勉強からそらしたくなったので俺はキリトにお決まりの文句を問いかける。
「キリトも入りなよ、うちに。なんのために黒猫にしたと思ってんのさ」
ペンから手を離し、メニューを操作してギターを取り出し、じゃかじゃか鳴らしつつ聞く。俺はリアルでもよく勉強のリフレッシュにギターを弾いていた。兄も黙認している。
それがこのゲームの世界でも可能なのは第一層攻略からそれほどおかずにとったスキル、《音楽》スキルによるものだ。
さて、質問の内容に戻ると、なぜかキリトはうちに入りたがらない。本人は色々とぼかすがなんだかんだでソロでやっていた方が気が楽なのだろうと俺は見当をつけている。
確かにアイテム配分とかなかなかに面倒なことになることが多いものの、結局のところ染み付いたぼっち気質とはなかなか抜けないものだ。
「んー、まぁまだいいかな。そのうち入るとは思うけど、なんと言うか、こう……どうしても最近は攻略組がギスギスしすぎていて攻略から少しの間身を置きたいって考えていたし」
「分かる。最近は特に酷い時の桃鉄くらいギスギスしてきてたよな」
最初はギターを適当に鳴らしていただけだったがそのうちにメロディーとなる。俺の好きな曲の1つだ。詩乃によく弾き語りをしていたのを思い出す。
俺がしみじみと詩乃に想いを馳せていると今までメロディーを口ずさんでいた兄がふと思いついたかのように言った。
「そうだ、攻略から身を置きたいってんなら、ちょっと手伝ってくれるか?」
兄のその一言で俺たちは地獄から解放された。
***
ここは前線から10層以上も下の迷宮フロア。俺たちは兄の短剣の素材となるアイテムの収集を目的にそこに潜っていた。
俺と兄はフードを被りながら戦う。
兄の一層から変わらないポンチョのフードはともかく、俺が度々強化、または新たなクエストをこなして手に入れているお気に入りの猫耳付きパーカーはフードを被ることによって敏捷値がそれなりに上がり、ダメージ軽減のバフも少しつく。
普通男が猫耳付きパーカーなんぞ着ても似合わないだけだが、俺の中性的な外見のお陰でかなり似合っている。らしい。
アルゴ曰く、たまに『猫耳美少女狂戦士』の噂が流れているらしい。確かに中性的な顔立ちなのは自覚するが、キリトほどは俺は女顔ではないと言うのに。
「ヒュッときて……そぉらっ……と!」
俺が投剣スキルで敵の目を潰し、肉薄して体術スキルでぶちのめすというとても実用的な戦法を取り、周りの敵を蹴散らす。
相手が弱いからメイン以外のスキルのレベル上げを兼ねて行っていた俺たち一行は、モンスターに追われながら撤退してくるパーティと出会った。
ろくにパーティを組まず、兄かキリトとコンビかスリーマンセルしかしない俺から見てもバランスの悪いメンバーのそれは余裕こそまだギリギリ残ってはいたが彼らを助けることにした。
「キリト、ゴー」
「俺かよ」
溜息をつきつつも当然かな、といった目を俺に向けた後、キリトは攻略組の中でも間違いなくトップレベルのその実力を発揮し、一撃で吹っ飛ばした。
彼は吹っ飛ばしてから一瞬、しまった、という顔をしたが後の祭り。自称ぼっちを名乗るあの男にとって、最も慣れないであろう経験をする羽目になった。
まずは「すげぇ!」といった類の歓声。その次に次々とハイタッチ&握手。予想よりも遥かに相手のコミュ力が高かったため–––どちらかといえばウェーイ系のテンション–––に俺は救援をとりあえず断念した。あのテンションには巻き込まれたくないのだ。
キリトは戸惑いつつも笑みを浮かべ、差し出された手を握り返していた。
かなり神経を使って噛んだり挙動不審にならないように気をつけているのがわかる。
俺と兄は腹が痛かった。
極め付けはそのパーティ紅一点の黒髪の結構可愛い槍使いが涙を浮かべながらキリトの手を握っていた。顔も若干赤くなっていた。
キリトもどこかまんざらではない様子だ。
……ふむ、面白くない。
俺はその姿をスクリーンショットを収めると、兄をちらりと見る。兄の親指を立てたGOサインの元、アスナにそれを送った。
十数秒後、顔を真っ青にしたキリトが俺にドロップキックをかましてきた。
こいつ、オレンジプレイヤーになりかねないことをあっさりやってくるな、とある意味関心しているとキリトが切羽詰まった声で問い詰めてきた。
「何したんだよ⁉︎唐突にアスナから一言『殺す』って殺害予告届いたんですけど⁉︎」
「あ、ちゃんとアスナに届いたんだ?この写真送った」
「……?なんで俺がこの写真で殺されなきゃいけないんだ?い、いやなんでこんなもの撮るんだよ⁉︎」
本気でキリトは戸惑っているようだ。
まじか、マジかこいつ。ラノベ主人公だったのかこいつ。
兄も信じられないような目をキリトに向けている。
すると、先ほどのパーティがこちらに近寄ってきた。
「さっきはありがとう。よかったら、街に戻った時に何か奢らせていただけませんか?そちらのお連れさんも一緒に!」
彼らは自己紹介をするとケイタと名乗った彼らのリーダーがそう持ちかけてきた。
「OK、まずは敬語は無しにしよう。俺はPoH。仲間からはおにーさんと呼ばれているからプーさんと呼ぶよりはそっちで呼んでくれ。俺は蜂蜜はそこまで好きじゃない」
兄の自己紹介はスベった。体育座りしている兄をキリトが隣で励ましている。ウケを狙おうだなんて、慣れないことをするからだ。
そんな兄を横目に俺が自己紹介をする。
「……えと、俺はPoHの弟のタナトス。食事の件だが、ぜひご一緒させてくれ。
よろしくな、えーと、月夜の黒猫団のみんな!」
えーとが多かったかもしれないがリアルで友達のいなかった俺からすればかなりの高得点だろう。
「元気出しておくれ、兄貴」
「……そだね」
その後、主街区に戻った俺たちは酒場で打ち上げをした。
支払いは兄がすることになった。ケイタたちは渋ったものの、俺が『メニューのここからここまでよろしくね』と言ってからは大人しくなった。
兄には殴られた。もちろんケイタ達に奢らせないための嘘だったので取り消した。
取り消せないかも、って一瞬自分の持ち金を思い出そうとしたのは秘密。
「へぇ、3人とも攻略組なのか!」
ケイタが興味津々に聞いてくる。兄はにこにこ笑いながらながらそれに答える。
どうやらトッププレイヤーに嫉妬するタイプではなかったようだ。
「ああ、今日はたまたま通りかかってよかったよ。今の間くらいぜひ俺たちを頼ってくれ……って、そうだキリト」
相手が思ったより柔和な態度を取ってくれたことに安堵した様子の兄がキリトの方を向いた。
「お前、ここ入りなよ。お前攻略からちょっと身を置きたいって言ってたろ。たまには中層プレイヤーの育成を手伝えよ。いいかな、みんなは」
月夜の黒猫団のみんなは驚きつつも快諾してくれた。
紅一点の槍使いのサチはとても喜んでいた。さすがはイケメン。とあるツンツン頭を彷彿とさせるフラグメイカーっぷりだ。だがサチ、ごめんな。俺はキリアス派なんだ。君の幻想はぶち壊させてもらう。
「ちょっと人に教えるのは苦手なんだけど」
「じゃあ俺が残ってやる。タナトス、帰れ」
「え⁉︎」
文字通り首根っこ掴まれて放り出された。
タナトスとPoHのギルド名の元となったのは二人の名前です。
タナトスはギリシャ神話の死神で、そこからオリンポスの神々、オリンポスファミリア。
PoHのは本名のヴァサゴがソロモン七十二柱に出てくる悪魔の名前だったので、ソロモン七十二柱の英名から。
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棚坂樹と歌姫とお友達
やっぱりみんなには生きててほしいよね。
「ったく兄貴のやつ、人をまるで槍投げかってくらいの勢いで投げやがって」
俺がブツブツぶつけた首をさすりながら–––尤も、痛みはないのだが–––言いながら歩いていると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。
それは第1層で聞いた、とても綺麗な歌声だった。
「この歌声は……」
俺は声のする方に足を運ぶことにした。
そこにいたのは歌を歌っている少女と、それに耳を傾けている俺の知り合いの血盟騎士団団員の少年だった。
満月の下、歌う少女の姿はとても美しいものだった。整った顔立ちと美しいその声に少女を見ている彼も俺も、半分見とれているようなものだった。
すると突然。
ゾクリ、と。
突然背中に詩乃の絶対零度のジト目が刺さったような気がして俺は後ろを振り返りながら正気に戻る。当然、誰もいなかった。
……怖えよ、詩乃。
自分の片思いの相手の行く先に不安を感じながらも、正気に戻った俺はその知り合いに話しかける。
「よう、ノーチラス。久しいな」
するとその話しかけた知り合いの少年はこちらを見て若干驚いたような顔をしてからほおを緩める。
「あ、タナトス君か。そういえば最近攻略会議で見ないね。こんな下層にいたんだ」
そんな彼の言葉に肩をすくめる。
「まぁ野暮用でな」
彼の名はノーチラスといい、剣の腕は血盟騎士団の中でもかなりのレベルなのだが、アバターに理性よりも生存本能が優先して伝達され、強敵を相手にすると足が竦んでしまうフルダイブ不適合症を患っていたため、攻略組を外されてしまっていたのだ。だからこんな下層にいるのだろう。
彼と交流がある理由としては、“ノーチラス”という名前にジュールベルヌの本が好きである俺が反応したからだった。
残念ながら、海底二万マイルは結局関係無かった。
すると少女も歌うのをやめてこちらにきた。
ちょっと惜しいことをしたかな、と思わせるほど彼女の歌声は美しかった。
「えー君の知り合い?」
少女は優しい表情をした可愛らしい子だった。と言っても会話の内容からリアルの友達、幼馴染としてノーチラスと同じ年、16歳だろうか。
と言うよりえー君て誰だ。ノーチラスの本名なのか。
するとノーチラスは俺の予想通りの紹介をした。
「今はノーチラスだよ。彼女はユナ。僕のリアルの幼馴染だね」
それが《歌姫》ユナとの出会いだった。
聞くところによると彼女は範囲内全てのプレイヤーにバフを掛ける《吟唱》スキルの保有者で、スキルレベルをを上げるためによく歌っていたらしい。
「いやー、第1層で君の歌声聴いてさ、会いたかったんだよね」
「そうなんだ!ありがとう!」
まるでアイドルのような受け答え。しかしその答えは素の反応なのだろう。すごく笑顔が眩しい。また背中に視線が刺さった気がした。
「にしても《吟唱》スキルか……俺もギター弾くために《音楽》スキル自体は取ってるけど、初めて見るなぁ、それ使うプレイヤー」
するとユナは俺がギターを弾くことに食いついてきたのか、今度一緒にライブしようと言ってくる。
ぼっちには色々と難易度が高いのと攻略組、主にクラインの風林火山の連中やアスナやアルゴに見つかったら確実に噂になるので断ったが。
「むー……」
「はは、悪いな。……そうだ、お前ら、ウチくる?飯くらいならご馳走するよ?家でなら多少セッションくらいならできるだろうし」
***
ホームに帰り、軽い夕食を作って上げると、なぜかユナに悔しがられた。聞くと女子力負けた、とのこと。
ノーチラスが冗談交じりに顔も女子っぽいしな、と言ってきたので軽く殴っといた。
「次ふざけたこと抜かしたらクラインってあだ名つけてやる」
「ごめんなさい」
よろしい。
「それにしてもすごい美味しいよね、これ」
ノーチラスが料理を食べながら俺に言う。
「まぁ、マスターこそまだまだしてはいないがこれまでの間に出来る限り自炊してたからな。当然のスキル熟練度だ」
そこでユナがぽそりと「えー君も家庭的な子の方がきっと好きになるよね、頑張らなくちゃ」と言ったのがかすかに聞こえたので俺は迷わず燃料と言う名の爆弾を投下する。
「で、二人付き合ってるの?」
案の定大爆発。そこからが非常に面白かった。
顔を真っ赤にしたかと思うと両手をあわあわと振り出して否定。
俺が「お互いのことは嫌い?」と聞くと即答で「好きだけどっ!」ってお互いに返したものだから今度はお互いにあわあわ。
もう顔はゆでダコのように真っ赤。完全にラブコメと化している。
初いなぁ。お兄さんニヤニヤが止まらないことですのよ。同い年だけど。
とりあえず一時間後くらいに鎮火はしておいた。
***
「とりあえずこの客間2つを使って寝泊まりしてくれ」
「ありがとね」
ユナは笑みを浮かべて感謝を表す。俺はそれに手をヒラヒラ振って返す。
「ん、構わんよ。ノーチラス、明日はフィールドにでも出るか?兄貴とキリトが今ちょっと不在でな、アルゴもいないし暇なんだ」
「……うん、迷惑かけるかもしれないけど、宜しく」
ノーチラスは少し暗い顔をしていたが、これからは俺の腕の見せ所だろう。
「とりあえず、今日は寝よう。また明日な、や〜すみ〜」
ヘラリと笑い手を振ると二人とも控えめに返してくれた。
「おやすみ」
「また明日」
***
フルダイブ不適合症を治す方法はいたってシンプルだ。
本能のせいで体が動かなくなってしまうのなら、鋼の理性を手に入れればいいのだ。
つまり。
「タナトス‼︎お前絶対に殺してやるぞぉぉぉぉおお⁉︎」
戦闘させればいいのである。
いつもの猫耳パーカーに身を包んでいるがほかの装備を減らし、いつもよりかは軽装の俺は今、隣で《吟唱》スキルを使用し、ノーチラスの敏捷を上げているユナと共に大量のモンスターに追いかけられているノーチラスを見ている。
「ほらほら〜倒さなきゃ帰れま10よ?」
「数が20はいるんですけど⁉︎tenどころかtwentyなんですけど⁉︎」
「ノー君ファイト〜」
「ユナ⁉︎」
「ッ‼︎」
やはり体が硬直してしまう。
モンスターが襲いかかる前に俺が装備していた投げナイフを《投剣》スキルを使って一寸のズレもなくモンスターの目に突き刺してある程度時間を稼ぎ、なんとか恐怖心を押さえ込んだノーチラスが倒す。
「うーん、やっぱこれは数こなすしかないんかね……?」
「……」
すっかり意気消沈しているノーチラス。まぁ別にヘタレなわけじゃないんだし、気にするほどじゃないと思う。
「ねぇ、この戦いって意味あるの?」
ユナは正直な性格なのだろう。ノーチラスが思ったことをそのまま読み取り、俺に伝えて来る。
俺は下手すると大変なことになりかねないためにあまり気乗りできない案を提案することにする。
「……いやな、別に鋼の理性を手に入れたいというのならもう1つ方法がないわけじゃない」
「なら!」
「よし、ならお前はこれから、
…………。と、ノーチラスの時間が止まる。
「俺はね、昔は割と緊張しいでさ。度々緊張で体がこわばってたのね。で、その時兄貴に教えてもらったのが『今まで最も恐怖に思ったことを思い浮かべれば意外とイケる』だったんだ。
まぁ、何が言いたいかと言いますと」
ニッコリと。
それは俺が提示したもう1つの恐怖を封じ込める方法。
“死ぬのが怖いと判断するのなら、それより怖い思いをすれば死ぬくらいどうってことないんじゃね?”
という大暴論の元行う、徹底した戦闘訓練と悪夢のレベリングである。
「いっぺん死ね」
と言うわけで主人公、ユナとノーチラスと接触。
ところで作者はジュールベルヌ作品では「神秘の島」が好きです。
南北戦争中、気球に乗って漂流した五人の男と一匹の犬が辿り着いた無人島を開拓していくと言うお話です。
海底二万マイルとグラント船長の子供達を読むとより楽しく読めます。
ぜひ機会があれば是非。
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棚坂ヴァサゴと弟
タナトスと別行動を始めてから数日、キリトとPoHは月夜の黒猫団の指導を行っていた。
サチを盾持ちの片手剣使いに転向させることにより、キリトが指導を行いつつなので徐々にだが黒猫団のバランスの悪いパーティバランスは改善されていった。
普通なら二人教師役が加わったくらいではなかなか変わらないはずなのだが、みるみる彼らは上達していった。そう、指導役は二人だけではなかった。
「そこ、脇がガラ空きです!」
栗色の髪が揺れる。
一閃。
月夜の黒猫団の一人が吹っ飛ばされる。
今戦闘形式で月夜の黒猫団を相手取っているのは巷で話題の攻略の鬼という不名誉な2つ名を頂戴しているアスナであった。
「なんでアスナがいるんだ……?」
キリトは本気でそう思っているらしい。
PoHは本気でこの朴念仁を殺したくなって来た。
こちとら彼女いない歴イコール年齢だぞ……なぜあのアスナとサチの好意に気づかないんだよ……!
と、心の中で呪詛の言葉を吐くこの棚坂ヴァサゴ、イケメンの部類の中でも上位に入るであろう彼は、若干他者とはズレたものの見方、即ち合理主義的な部分があるためか、それとも弟があたかも漫画にでも出てくるような不良系男子だからか、彼女が意外にもいないのである。
よってこのアホは殺したくなるのである。
まさかこれ以上フラグ立てないだろうな……。
不安になるPoHだが、自分に言い聞かせて安心する。
まぁ、流石にないか。と。
別の意味でフラグが立った瞬間である。
「ふぅ……とりあえず、休憩としましょうか」
アスナがキリトのところへやってくる。
「キリトくん、やっぱりこのパーティって」
「うん、やっぱりパーティ構成に無理がある、というよりかは人間側の問題だと思うんだよな……サチ!ちょっといいか?」
サチが嬉しそうな顔をしてこちらにやってくる。
キリトはイマイチよくわかっていないような顔をしながらも動きのコツを教えている。日頃からPoHのわかりやすい解説を聞いているからか、非常にわかりやすい。わかりやすいのだが、いかんせん本能で動くタイプの彼はサチに動きを矯正させながら説明するしかないのだ。
そう、サチの体に触れながら解説をしているのだ。サチはもう顔が真っ赤だ。
なぜ気づかないのだ、キリトよ。PoHは頭を抱える。アスナには間違いなく青筋が立っている。
いい加減気づかせようとPoHが動き出すと同時にキリトとPoH、そしてアスナにメールが入る。
アルゴからだった。
それを見た瞬間彼らは走り出した。メロスのように。
それの内容は。
–––バカ暴走。至急集合。
アスナとキリトとPoHは激怒した。
そして転移結晶で飛んだあと、ひた走った。
彼とは違い、邪智暴虐の王として君臨しているであろう弟を止めるために。
***
「ほらほらほらーあと30体倒さなきゃ終わらないよ〜?」
ニヤニヤしながら言う死神、タナトスにノーチラスとユナは図らずも初めて人に殺意というものを覚えた。
ノーチラスもなんども死にかけていい加減慣れて来たのだろう。
フルダイブ不適合症はだいぶ良くなっているのだが、いかんせん二人に光がない。
目が某ヒッキー、あるいは正義の味方になりたかったあの人を彷彿とさせるような死にっぷりをしている。
確かに、本当にやばくなった時は助けてはくれる。しかしうざい。感謝よりも殺意が芽生える。
二人は思った。
–––ああ、神様。なぜ私たちを見捨てたのだ。
その時。
周りにいたモンスターが吹き飛んだ。
モンスターを吹き飛ばし、そこに立っていたのは全身黒ずくめの黒の剣士。
直後、二人は抱きかかえられ、その場から離された。
目をやると、白い鎧に身を包み、レイピアを腰に携えた美少女。
直後、タナトスの体がぶれ、気がつけば数メートル先の空中でクルンクルン回っていた。
「ゴオォォォォォッドォ‼︎キャノン‼︎」
ポンチョを着たイケメンの男性が空中でクルンクルン回っているタナトスに猛スピードで追いつき、前方宙返りからのドロップキックで掛け声とともにタナトスを吹き飛ばした。
救いがきた。
「助かったぁ……」
それをこぼしたのはノーチラスかユナか。あるいはどちらもか。
何れにせよ、悪は去った。
***
ホームにて、椅子にぐるぐる巻きにされたタナトスが尋問をされていた。
尋問官は我らが攻略の鬼、アスナである。
「さぁて、タナトス君、言い残すことはあるかしら?」
「待ちたまえアスナ君。私にも言い分というものが–––」
レイピアがタナトスの横を通る。
「うちの団長のモノマネをしてもダメよ?どんなに頑張ってもあなたは救いようのないバカだもの。あんな理知的な人にはなれないわ?」
「あんたは雪ノ下雪乃かよ……まぁいいや、ところでアスナはそういう感じのかっこいい年上の男性が好みで?」
キリトの方が無意識にビクッとなる。
ほほーん。
アルゴとタナトスがにやける。
アスナは笑みを崩さず、タナトスに問いかける。
「別にそういうわけではないですが、この犯行に至った経緯を教えてくれるかしら、ファミリー副団長様?」
すると途端にタナトスが挙動不審になりだす。
「そ、そりゃもちろんノーチラスは強いからどうにか力になれないかと思ってだな」
「ダウト。あなたならそこでまずおにーさんに聞くはずよ?自分の独断だけでは不十分だと自分で自覚できている人でしょ?」
アスナの追求は続く。
そこでアルゴが何かに気づいたかのようにニヤニヤしだした。
「まぁまぁアーちゃん、そこはおにーさんとノー坊とユーちゃんが戻ってきてからにしようゼ?」
その言葉でとりあえず3人が戻ってくるのを待つことにした。
すると途端にタナトスが本格的に挙動不審になり始めたのだ。
「どうしたの?」
ドアが開き、ホットミルクを飲みながら入室してきたユナがタナトスに問いかける。
「な、なんでもないですぜ、歌姫ちゃん」
「タナトス、いや樹。お前、どうしてこんな無茶な真似をさせたんだ?」
PoHはタナトスを責めるというよりも本当に疑問に思っているように聞く。リアルネームを出したのはそれだけ真剣な問いなのだろう。
勿論、ここにいる人間を信用した上での発言だが。
「いや、そりゃあんた、兄貴の影響でしょう?こんなやり方しか思いつかないのはさ」
ギロッ。
PoHに視線が突き刺さる。
「いや、あの……ん?まて、それならまずお前の性格からして俺に頼みゃよかったろ?俺なら多少穏便な案もあるのに」
アスナもそこが気になっていた。
どうしてそうしなかったのか。
タナトスを見ると、少しこちらから身をそらし、若干言いにくそうに、衝撃の一言を放った。
「いやだって……兄貴今までずっと働きづめだったじゃん。
その、今回の黒猫団の育成を通して、あの明るい連中と一緒にいて休んで欲しくて……」
空気が凍った。
ノーチラスとユナはホットミルクを取り落としそうになった。
壁に寄りかかっていたアルゴとキリトは転びかけた。
アスナはフリーズした。
PoHは、目をパチクリした。
「「「「「「…………………は?」」」」」」
「いやだから、兄貴にこれ以上負担をかけたくなくて……」
そんなわけがない。
キリトとアスナは思った。
第二層でちょっとした事件があった時、犯人を追い詰めたかと思ったらブチギレて犯人を殺そうとしたこの男が、こんな殊勝なこと言うはずがない。
アルゴは思った。
新しい層にアクティベートしたら、真っ先に美味しい甘味屋さんを探し出し、それを発見した他のプレイヤーの意識を落とし、放り捨てることによって情報を独り占めしていたこの男が、こんな恩返しを考えるわけがない。
ノーチラスとユナは思った。
自分たちを危うく肉体的にも精神的にも殺しかけたこの男が、こんな優しい考えをするはずがない。
「俺はこんなやり方しか知らなくて、ノーチラスとユナには悪いと思ってる」
ストップ。お前そんなキャラじゃないだろ⁉︎
「でも、兄貴には助けられっぱなしだったし、その、感謝してるから……」
やめて!お願いだからやめて!
「だから、不器用なりに恩返ししようと思って…………って、なに⁉︎」
初めはアスナだった。
今までただの戦闘狂系残念なイケメンとしか認識していなかった彼女は、今までの言動を反省して、優しく彼を抱擁した。
次にキリト、アルゴと続き、最後にユナ、ノーチラスが涙を流しながら彼に抱擁した。
「ごめん、勘違いしてた。おにーさん思いのいい人だったんだな」
タナトスのライフはすでに限界を迎えていた。
彼は今まで、割と不良じみたことをやっていたせいか、人のまっすぐな行動というものを苦手としていた。
ことこういう類のものは。
そして彼にとどめが刺さる。
「……ありがとな、やり方はあれだったけど、嬉しかったぞ」
敬愛する兄のその言葉に、タナトスは決壊。
「ウンニャォァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎⁉︎」
縄を力のままに引きちぎり、大絶叫。
顔を真っ赤にした彼は夜の闇に飛び出していった。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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棚坂樹とキリト
前回のあらすじ
タナトスが行方不明になった。
タナトスが行方不明になってから一ヶ月半たった。
さすがに失踪1日目から数日間は探し回っていたが見つからないし、ここ最近《猫耳の剣士》なる噂がアルゴの情報網に引っかかったらしく元気らしいからPoHたちは放っておいている。もちろん不安ではあるが、新しい黒歴史を作ってしまった身としては会いたくないのが現状だろう。
今日も黒猫団、そして新しく《ファミリー》に入団したユナとノーチラスの戦闘訓練とレベリングを終え、血盟騎士団の仕事を終えたアスナと合流した一行(タナトス除く)はホームで食事会をしていた。
PoHはいい加減キリトにもはっきりして欲しいのでいつも通りキリトに聞く。
「キリト、この際だからお前も入れば?まじで」
「うーん、正直入っても入らなくても関係ない気がするんだが……」
キリトはまだ渋っている。彼は正直入ろうが入るまいが今の関係は崩れないだろうと思っているのだが。
「地味にお前入れたいギルド結構多いんだぞ?攻略組ギルドはキバオウのとこ以外はみんな欲しがってるし」
「キバオウ……嫌われてるなぁ、俺」
「私的にはキリト君がヴァサゴさんとかと一緒にいてくれるとこちらの心労も減るんだけどね」
横からアスナが言う。
やはり第1層から一緒に攻略してきて、最近になって別のギルドに所属することとなったために別行動を余儀なくされているアスナとしては、キリトの安全は第一に考えているのだろう。
「心配してくれるのはありがたいんだが……うーん、
さすがは上条さんレベルの朴念仁。黒猫団とPoHの間で彼のあだ名は核弾頭先輩に決定した。
そして案の定アスナは絶句。サチは今にも飛び上がりそうだ。
ユナとノーチラスはその光景を見て全てを察したようだ。
二人はPoHに視線でどうにかしろと訴えかけてみる。PoHはその視線にやるだけやってみるか、とキリト、そして黒猫団のリーダー、ケイタに《ある提案》をしてみる。
それは驚きのものだった。
***
夜の闇を切り裂くように、片手直剣ソードスキル《ヴォーパルストライク》がモンスターを貫く。
モンスターがポリゴン片になり四散するのを横目に、俺はひたすらモンスターを狩り続けた。
ほんの数日ほど前に片手直剣スキルが950に達すると同時に剣技リストに現れたこの技はかなり使い勝手が良かったためにたった一時間ちょっとで使いこなし、重宝していた。
俺のレベルは間違いなく攻略組の中でトップだろう。
あの《最強ぼっち》の名を冠するキリトですら俺のレベルまであと半月は少なくともかかるだろう。
どうしてここまで俺がレベルを上げているのか。
そう、理由はただ一つだ。
「俺は利己主義者俺は利己主義者超絶エゴイスト兄貴のことなんてどうでもいいしあの人働きすぎてちょっと不安になってたなんて思ってないし別にユナとノーチラス助けようと思ったのもあいつら戦力にして利用すれば詩乃の元に早く帰れるって思っただけだしアスナを血盟騎士団に送ったのも別にオレンジ狩りをしている俺たち《ファミリー》に入っていたらアスナも狙われる可能性があって危ないなんて思ってないしアルゴの情報収集能力なんて尊敬してないし一切合切感謝してないしキリトなんて爆発すればいいし」
俺は一ヶ月半前のあの血迷った結果を忘れたいだけなのだ。
完全に黒歴史一直線のアレを比較的良心のあるアスナやいざとなれば同じレベルの黒歴史を流出させることの可能な兄だけならまだしもまさかアルゴとキリトに見せてしまったのは実にまずい。
アルゴは問答無用でいじってくるし、キリトも最近人のことをなめてかかっている節がある気がする。
事実アルゴはあの事件から2日後にキバオウたちのギルド、軍に匿ってもらっていたのだが(そのことはキバオウとそしてもう一人のリーダーシンカーしか知らない)、どこから嗅ぎつけてきたのか乗り込んできていじり倒してきた。
危うく高校生にもなってガチ泣きするとこだった。
それはともかく、あと一ヶ月くらいは会いたくない。ほんとにもう恥ずかしい。
そこに。
「なぁタナ吉、おめぇさんどうしたってんだ?なんかあったのか?」
俺がそこの狩場の制限時間が終了し、休んでいるとクラインがやってきた。彼とは第1層からの付き合いだからそれなりに仲がいい。本気で俺のことを心配してくれるまじでいいやつであり、第二の兄貴分といっても過言ではない。
「あぁ、気にしないでくれ」
素っ気なく返すと再び列に並ぼうとする。それをクラインが腕を掴んで止める。彼のまなざしは真剣そのものだ。黒歴史を消すためだけにいるからなんか気まずい。
「聞いたぞ、おめぇさんずっとこの狩場に一日中いるらしいな。何があった?まさかおめぇさんもあの
は?
「なにそれkwsk」
「お、おう」
クラインから聞き出したところによるとクリスマスにどこかのモミの木の下に特別なボスがやってきてそのボスが落とすレアアイテムが蘇生アイテムらしいのだ。
「なんだ、知らなかったのか?じゃあなんで……」
少し恥ずかしくなってきたのでほおを掻きつつ答える。
「あー、ちょっと黒歴史ができちまってな、それを忘れようと……」
要領を得たようにぽん、と手を鳴らすクライン。
「ああ、攻略組でおめぇさん有名だぞ?『速報!猫耳死神タナトス、デレる!』って」
「ゥンニャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎⁉︎」
頭を抱えて思わずしゃがみこむ俺。なんだなんだとこちらを向く連中もいるが気にならない。
「どこだ、どこでそんな情報……!」
「え、キリの字が」
「あいつかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎」
俺は走り出した。
***
次の日の朝、キリトは黒い流星を見た。
「死に晒せこの腐れタラシがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎」
「がっふっ⁉︎」
ごろごろごろごろっ!
と優に10メートルは転がったあと、やっと彼は襲撃者を見ることができた。
「キィィィリトくゥゥゥゥゥゥゥゥン!!こっから先は一方通行だァ‼︎地獄への片道切符握りしめる準備はできたかァ⁉︎」
「なになになになに⁉︎」
一応ホームの敷地内とはいえ、問答無用で切り掛かってくる俺にキリトは困惑を隠せない。
「ここ一ヶ月俺を噂のタネにして生きてきたんだ、死ぬ覚悟くらいしてんだろうな⁉︎」
キリトは俺のセリフに驚いたように目を見開き叫んだ。
「ば、バカな、あれは風林火山と聖龍連合と血盟騎士団にしかいってないはず–––!」
「どこをどうしたら俺の耳に入らないんだと思うんですかねぇ‼︎」
「わわっ!シャレになってないぞ、剣を振り回すな‼︎」
「It's show time!」
俺はボスと相対するときの装備をフル活用してキリトを潰しにかかる。
ここでやっと他のメンバーが出てくる。
「なんだ、っておいタナトス、君は一体何してる⁉︎」
「止めるなノーチラス、これは俺の沽券にかかわるんだ!」
「そっちはキリト君の命に関わるでしょ⁉︎」
ノーチラスとアスナが止めに入るが俺は止まらない。着実に圏外まで吹っ飛ばそうとして攻撃を加える。
「ハッハァ‼︎
投げナイフを存分に使用しあと少しでキリトを圏外に–––
「それ以上やったらリアルに戻った時お前のスマホかち割る」
兄の言葉で俺は固まった。
あまりゲーマーの部類に入らないアスナなどはピンとこないような顔をしているがキリトとかは被害者なのに「なんて酷い脅しを……」なんて呟いている。
「確保ォ‼︎」
俺はファミリーの面々に取り押さえられた。
***
「……んで?俺のいない間に大分メンツが増えたみたいだけど?」
「あ、そうだった。月夜の黒猫団の面々とユナアンドノーチラス」
「「人をお笑いコンビ名みたいに言わないで」」
「そしてキリトが入った」
「このブラッキーがか?あのぼっちゲーマーがか?そのゲーム内の方がリア充してそうな奴がか?」
「他にどのキリトがいる」
俺と兄がこそあど言葉をフル活用して現状確認をしている時、キリトはなかなかに心外だなといった顔をしていた。
「どうした【漆黒に包まれし遊戯に愛された少年】よ?」
「タナトス、次その呼び方したら本気でぶん殴る。体術スキル使ってでも」
どうやらキリトは俺の新しいあだ名が気に食わなかったようだ。
しかし、と俺は同時に思う。
キリトが見せる反射神経は異常なまでに鋭い。例えば先ほどの投げナイフの弾幕もほとんどに反応できていたのがいい例だろう。
「わかった、なら【闇を纏いし総てを斬りふせし少ね」
俺は言い終わる前に殴り飛ばされる。キリトの宣告通り体術スキルによって、だ。
「ったく……」
キリトがため息を一つつく。
「まぁ何であれ、元気そうでよかったぜ」
兄がはは、と笑いながら俺に手を差し伸べる。
疑問符を浮かべていると兄がイケメン笑顔を浮かべつつ。
「おかえり、タナトス」
……やっぱ兄貴イケメンだわ。
黒猫団、ユナ救済完了。キリトもぼっち脱却しました。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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ファミリーと背教者
遅れて申し訳ありません。
少々リアルが忙しくなっておりまして、投稿が遅れてしまいました。
IFが配信開始しましたね。
一応第四層クリアまでやりましたがなかなか面白いですね。サチが割と序盤から関わってくれて嬉しい限りです。
「へぇ、蘇生アイテムか」
兄が初めて知ったような声を出す。
「アルゴ、教えてないのか?」
「あア。どーせなら、しっかり裏を取ってからって思ってナ」
実にアルゴらしい言葉である。
俺たちは今、ホームにてテーブルを囲んで座っている。
面子は《ファミリー》のメンバー、風林火山のメンバー、そしてアスナの計15人である。
「で、蘇生アイテム自体は取りに行くのか?」
クラインが兄に聞く。
「んー、正直この面子なら余裕だと思う。そもそものレベルから言ってキリトとアスナのペア、俺とタナトスの別々のソロでも回復を満遍なく持ってけば倒せるレベルなのは間違い無いと思う。
そのくらい、俺たちのレベルは高い」
アインクラッド攻略組のブレインとして今まで支えてきた兄に言われ、俺たち3人は嬉しくなり、顔を見合わせる。
「ただ、それじゃ
と、兄が首を向けるのは《ファミリー》の新メンバーの連中である。
「俺は今回、俺とタナトス以外をサポート役に回してケイタたちにボスを討伐してもらいたいと思ってる」
「ええ⁉︎」
ケイタは驚きをあらわにする。他の元黒猫団の面々も不安そうな顔をしている。
「ぶっちゃけ、俺たち参加しない組の方が大変だしな」
キリトが俺はいいのか?とでも言いたげな目を兄に送る。兄は先を促す。
「つまり、おにーさんが言いたいのは他のギルドの連中が俺たちの邪魔をするかもってことだろう?」
「正解だ、キリト。今まで最強のソロプレイヤーとしてフィールド中を駆け回っていたキリト、
それに加えてSAO随一の情報屋である《鼠》のアルゴ。情報戦でうちに敵う連中はまずいない。だから間違いなくうちは尾行されるだろうな。で、そうするとどんな連中が来るかだが、タナトス」
俺は言われてパッと出てくる攻略組の情報の洗い出しをする。
「んー、恐らくは聖龍連合の連中だろうな。ディアベルが中層プレイヤーの教育のために抜けた影響もあってだいぶあそこの風紀は乱れてやがる。雲雀さんがいれば嚙み殺すレベルで。
あとあり得るのは……キバオウんとこは今回参加しない言ってたし、ヒースクリフは?」
「団長も参加しないって言ってたわ。あ、そうそう『よくもうちのノーチラスを引き抜いてくれたな』って団長から伝言が」
「知らん、と伝えておけ。ノーチラスもユナと一緒にいる方が気楽でいいだろ」
話に出てきたノーチラスに意見でも軽く聞こう、と辺りを見回すが彼とユナの姿がない。
「あれ、あいつらどこ行った?」
「二人で湖へ釣りに」
風林火山の一人が腹立たしげに答える。会議云々よりリア充爆発しろの思いが強そうだ。
いや、あのバカ達会議中に何やってんだ。俺も現実世界戻ったら詩乃と釣り、うーん、カラオケでいいか。とにかく出かけたい。
まず告らなきゃだけど。
「連れ戻してこい。が、できるだけいい雰囲気の時に連れ戻してこい、いいな?」
「アイアイサー」
兄の号令と共に出動する風林火山。
俺とキリトとアスナとアルゴとサチは冷ややかな目で兄を見る。
「兄貴……」
「リアルに待つ女の子がいるお前やゲーム世界の方がリア充してるキリトはいいさ。
彼女いない歴equal年齢でもう俺は20だぞ⁉︎大学生にもなって彼女いないのはちと厳しいものがあるんだぞ!」
へー、と意外そうな声を上げるのはアルゴだ。
「意外だナ。おにーさんイケメンだから結構経験ありそうなものだが」
あ、兄貴にそれはN2級の地雷……。
俺が止める間もなく、兄はゲンドウポーズを取り、哀愁漂わせ喋り始めた。
「フッ、タナトスの両親に引き取られた時はスラム育ちの言葉の悪さが災いし、友達ができず、ある程度落ち着いてきたと思いきやタナトスとばっかり交流してきたせいでブラコンのレッテルを貼られ、貴腐人の方々からしか交流がなく」
この辺りでアルゴはやっちまった、といった顔を見せ、俺に救援信号を出してきたが俺は知らん。
「やっとまともな女子に交流が始まったかと思うと生まれつきの合理主義のせいでなぜか変人扱い、大学にて少しモテ出したのかな、と思い始めた矢先に知り合った少女のちょっとした問題解決のための半同棲が変に誤解されロリコンのレッテルを貼られて、終いにゃ弟とその少女がいい感じになり始めて……それでもやっと!やっと、誤解が解け始めたってのに……このゲームに囚われて……」
最後の方は若干涙声になっていた気がする。
本当にいたたまれない。
その後しばらく兄をいたわり続けたのは言うまでも無い。
***
それからクリスマスまで、俺、アルゴ、そしてキリトの3人は動き回っていた。
モミの木の場所の大体の指定をアルゴがし、キリトと俺で回って持ち前のゲーム勘でどうにか絞り込めた。
恐らくはここなのだろう、と言う目星はついた。
そして運命の12月25日。
「う〜!緊張してきた〜!」
月夜の黒猫団お調子者担当テツオがピョンピョン飛び跳ねながら自分のほおを叩く。
「大丈夫だろ、なにせおにーさんと副団ちょ、じゃないアスナのお墨付きだろ?」
ノーチラスがテツオの頭に手を置きながら言う。
現在このパーティの平均レベルは57。大体攻略組の中堅ほどだが、その実力は上層にも届く。
兄仕込みの合理的かつ無茶ではない連携。キリト仕込みの個人個人の戦闘能力。
そして何と言っても俺の訓練によって備わった鋼の精神(時々目が死ぬデメリット付き)。
どのくらいの強さかといえば、攻略組でユニークスキル持ちのヒースクリフ、レベル爆上げマンかつ現実世界で喧嘩をよくしていて戦闘に一日の長がある俺に次いだ実力者であるキリトに全員でかかってやっとだが勝利まで持ち込んでいる。
レベル差は約15弱もあり、かつキリトは攻略組で随一の反射神経を持つ。
にもかかわらず、それを覆せたのは他でもない彼ら自身がお互いを信じているからなのだろう。
中でも伸びたのはサチとノーチラスだ。
ノーチラスは元々のセンスに加えて俺との戦闘訓練の結果、いやぁなタイミングで反射的に攻撃を繰り出せる、天然の鬼畜男となった。
本人に言うとキレるが。
しかし、サチの伸び方は異常の一言に尽きた。
彼女は最初は両手槍に転向しようとしていたのだが、結局片手剣と盾に落ち着いた。
さしずめどこかの白兎のように恋情からくる圧倒的な成長スピード。加えて師匠に抜擢されたのはかの最強ユニークスキル《神聖剣》の持ち主ヒースクリフ。
戦い方はまさにヒースクリフのような、質実剛健な戦い方となった。
ちなみにサチだけレベル60の大台に乗っている。
「……それじゃ、行こう!」
「「おお!」」
ケイタの掛け声に全員が答える。
モミの木の元へ向かっていった。
「……キー坊」
「なんだ?」
「「……俺(私)たち、いる?」」
「言うな」
***
シャンシャンシャン……。
視界端の時計が0時を知らせると同時、どこからか鈴の音が聞こえ出した。
俺たちはもみの木の天辺あたりからソリが現れ、そして何かが飛び降りてきた。
「上だ、退がれ!」
キリトの号令とともに数歩下がるノーチラス達。
そこにいたのは背丈はキリトの三倍はあろうか、人間型なのに腕が以上に長い。
明らかに精神がおかしい人のする表情に、目が紅く、そして不気味に煌めきヒゲがねじれながら腹まで届いている。
「な……子供見たら泣くぞ、これ」
キリトが思わず呟いたのは無理ない。
そのモンスター、《背教者ニコラス》はサンタクロースをモチーフにされているらしく、赤白基調の服に左手には大きな袋を持っている。
しかし、右手には大きな斧。
確かにこれは怖いと言うかもはや笑うしかないと言うか。
「っし、ケイタが指示を。ちゃっちゃか終わらせてクリパやるよ」
「分かった!」
戦闘が開始された。
***
彼らはそして、イエローゾーンにHPが少し入ったところでニコラスを倒した。
キリトたちは本当にやることがなかったのは言うまでもない。
「んで?蘇生アイテムは出たか?」
「……ん、残念ながら0になってから10秒の間だけ、みたいだね。タナトス、いるか?」
「いらないのか?」
モミの木のあるエリアの方にやってきたタナトスは若干浮かない顔をしていた。
アルゴが理由を聞こうとしたが片手で制される。
「他のみんなは?」
ノーチラスが聞く。みんなは顔を見合わせ、肩をすくめる。
別にいいか、といった感じのようだ。
「じゃ、ありがたく」
その後、クリスマスパーティがホームにて行われた。
サチとノーチラスが超強化。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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棚坂兄弟と犯罪者
赤鼻のトナカイ最終回。
あの二人が出ます。
ノーチラス達が背教者ニコラスと戦っている頃と同時刻。
俺と兄はやってきた聖龍連合のメンバー10人を圧倒的力で蹂躙した。
俺と兄のレベルは73と70。レベルだけで言えば攻略組のトップに立っている。
そんな相手を前にして、聖龍連合はなすすべもなく敗れ去った。
「ふぃー。意外と楽チンに終わったな」
俺が片手剣を鞘にしまいながら兄を見ると、なにやら怪訝な表情をしている兄がいた。
「そこにいる男、出てきたらどうだ?」
「おっとぉ、バレちまったか」
そこにいたのは黒いブーツに細身のパンツ。アーマーも黒で全身が黒ずくめの男。
頭には頭陀袋を模した黒のマスクをかぶり、目の部分に開かれた穴から覗かれる視線は、らんらんとこちらを見据えていた。
頭上にあるカーソルは、見慣れた緑ではなく、鮮やかなオレンジ。
「……誰だ、てめえ」
兄がその男に言う。
男が笑った気がした。
その時。
「ッ!危ねぇ兄貴‼︎」
兄貴を突き飛ばし、投擲用に腿にホルスターをつけていたナイフでそれを受け止める。
それは極細の剣。
「エストック……?」
エストックを持った男は黒ずくめの格好ではなかったがドクロを模したマスクをつけ、赤い小さな目が光っていた。
彼もまた、カーソルはオレンジ。
「ほう、よく、気がついたな。面白い、ヤツだ」
背中合わせで兄と敵を見据える。
二人を見る瞬間、俺たちは悟った。
こいつらは、ただのチンピラオレンジプレイヤーじゃない。
と。
「ヒヒッ、これはこれは、天下の《ファミリー》トップ2のお二方じゃあありませんか?せっかくだし自己紹介しましょう……」
二人は袖を捲り、腕を露出させる。
それはタトゥー。
漆黒の棺桶に、蓋にはニヤニヤ笑う目と口が描かれ、ずれた隙間からは白い腕が出ている。
「俺たちは《
「副団長、ザザ」
「どうぞ、よろしくお二人さああああああああああああん‼︎」
叫びながら切りかかってくるジョニー・ブラック。
そのナイフ捌きに、迷いは感じられない。間違いなく、俺たち兄弟を殺しにきている。
「っ⁉︎クソッタレが‼︎」
「shit!」
それぞれ片手剣と短剣で応戦する俺たち兄弟。相手に迷いが見られないことから、俺たちは若干不利となっている。
普通ならばここまで押されることはないはず。
俺たちは間違いなく、攻略組の中でも最強だ。
なのに押される。それは単にレベルの差だけではなく、
「なんって、戦い方だよ……!」
エストックの猛攻を捌きつつ、俺はこぼす。
アスナのような速さや、武器自体にもそこまで攻撃力はない。事実、パーカーで防御は完璧にできている。が、的確に俺のパーカーの覆われていない部分、そして戦いの最中にわずかにできた袖の隙間まで狙って攻撃を加えてくる。
むしろ防具に覆われてさえいなければ攻撃が通るというシステムの穴を知っていることが驚きだ。
兄の方をちらりと見ると、ジョニー・ブラックのその戦い方は戦闘の考え方が俺に酷似していた。
ナイフを投擲し、防がれたところを新たなナイフで刺す。
それも防がれれば第三、第四のナイフが待ち、その間に投擲したナイフを回収、投擲を繰り返す。
的確に手数で押し、その中で相手の嫌がることを加える。
相手の思考を読み、殺す。
あの兄の思考を読みつつ、ジョニー・ブラックは攻撃を加えていた。
「嘘だろ、おい……っとぉ、危ねぇ」
「よそ見、余裕だな」
スラム育ちで暴力に染まらされた兄とその兄に喧嘩のやり方を教わり、圧倒的強さを持っていた俺。
その二人にすら肉薄するほどに彼らは強かった。
「ヒュー、さすがに強いねぇ‼︎」
「初の、殺しは、貴様らに、すると決めていたが」
「ああ、こりゃ引いたほうがいいかね……?」
オレンジプレイヤー二人は焦っていた。予想外の強さにリアルであれば間違いなく冷や汗をかいていただろう。
そのため、二人は撤退を考えるが。
それを良しとしないのがオレンジ狩りプレイヤー、《ファミリー》の兄弟である。
背中合わせに立っていた俺たち兄弟。
俺は猫耳フードをかぶり、兄もポンチョのフードをかぶる。
これにより、肌の露出を最低限までなくし、防御力を上げるとともに俺のパーカーの効果である敏捷上昇のバフが俺にかかる。
……こいつらは危険だ。
なら、殺してでも止める‼︎
「「It's show time!!!」」
「「‼︎⁉︎」」
驚く二人に次々にナイフを俺が投擲する。
避けと防ぐことを同時にしないと剣一本では防ぎきれないスピードで投擲する。
「くっ‼︎」
ザザが防ぐその隙に一気に距離を詰める。
エストックの突きを避け、背後に回り込むと体術スキルを使った裏拳で思いっきり顔をぶん殴る。
吹っ飛ばしたその時間を使い、ナイフを回収。片手剣を抜刀。そのままソードスキルを発動させながら斬りかかる。
兄はその短剣を使い、ジョニー・ブラックの攻撃を次々にいなす。
ジョニー・ブラックの攻撃を短剣の側面を使い、うまく軌道をずらす。
冷静に、冷静に。
それに比例するようにジョニー・ブラックは激昂していく。
先ほどまでの余裕はどこにも見えず。
「このっ!このっ!このぉっ!」
そして単調になったところを冷静に避け、背後に回る。無茶な体制から、それでも放ってきたソードスキルをパリィ、吹き飛ばす。
体勢が崩れたところに叩き込むようにソードスキルの構えを取る。
殺った!
二人が思ったその時、一人の男が乱入してきた。
顔は見えなかったが長髪を束ねた男がザザとジョニー・ブラックを掴む。
俺たちを挟み撃ちしていた構図は、いつの間にか逆転していたのだがそれが裏目に出た。
青白い光が二人を包む。
「‼︎させるかあ‼︎」
俺は突撃のソードスキルを繰り出す。
届く……その瞬間に転移結晶により彼らは転移してしまった。
バランスを崩した俺はそのまま雪に突っ込む。
兄はソードスキルをギリギリでキャンセルし、呆然と立っていた。
「クソッ‼︎あんな奴らを野放しにさせるなんて……‼︎」
「怪我ないか、タナトス」
兄は俺の元へしゃがみこむ。
兄の目は何かを決意した目だった。
***
その後、キリト達と合流した俺たちはクリスマスパーティに興じた。
パーティ自体はかなり楽しかった。
アスナと俺が自分で言うのもなんだが絶品料理を振る舞い、キリトにサチとアスナがあーんしようと動くのを旧黒猫団と風林火山の面々が阻止する。
そして俺がギターを弾き、ユナと歌が好きだというサチが歌を歌った。
赤鼻のトナカイ。
明るい気分になるはずがその歌声は俺たちの心に染み渡り、俺たちはその歌声に聞き惚れた。
ノーチラスは泣いていた。
思いっきり俺と兄は楽しんでいた。
先ほどの一件を、忘れないように心に留めながら。
心に、暗雲を残したまま。
と言うわけでついにザザとジョニー・ブラック登場。
タナトスはともかくPoHまで翻弄するザザとジョニー・ブラック。
噛ませにしても良かったのですがどうせなら強化させてしまおうと言うことで。
評価、感想等頂ければ幸いです。
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間章 朝田詩乃と出会いの日 前半
詩乃と棚坂兄弟が出会うシリアスな話です。
窓の外を見ると、雪が降り始めていた。
雪を見ると、私はあの日のことを思い出す。
私が、あの二人に初めて心を許した、あの日を。
***
それは、東京に出て一人暮らしを始めてから約数ヶ月が過ぎた頃に起きたことだった。
今まで一緒にいた祖父母が体調を崩し、そこから老人ホームに移ったために私は祖父母が売った家のお金でこじんまりとしたアパートの一室で一人暮らしをしている。二人の家をそのまま引き取らなかったわけは、祖父母の家はそれなりに広く、維持費もそれなりにかかってしまうからだ。
そんな背景もあってか、私はいじめも受ける羽目になっている。
どんどん悪化するそれに加え、
私の生活は外面には出ないものの、内面では荒れに荒れていた。
そんな話はさておき、私の隣の部屋に引っ越ししてきた人がいるようだ。
二人は棚坂さんといい、引っ越し初日に軽い挨拶をした程度だ。
二人は私に何か困ったことがあればなんでも言ってくれと言ってはくれたものの、私は決して頼らないようにしている。
それじゃあ、私は強くなれないからだ。
時々隣の部屋から少しだけ聞こえてくる大きな声から、二人はゲーマーであることがわかっていた。
顔が整っているのに外にも出ずにもったいないな、なんて失礼なことを考えたこともあった。
ただ、隣の部屋から聞こえてくるギターの音色は、私を癒してくれていた。
その曲は私はあまりよく知らない少し昔の恋愛の曲らしいのだけど、なんだか落ち着いた。
恋愛なんて、したことないのに。
***
その日は、雪が降っていた。
私は都内のスーパーの帰り、近道かなと思って路地裏を通った。
それが、私の人生を変えた。
「おーい、朝田ァ、ちょっと金貸してくんない?」
まさかこいつがいたなんて、と思わず溜息を吐きそうになったが堪える。
そいつは中学生のくせして金髪に染めた男で、見るからにチンピラです、と言った感じのチャラチャラした服装をしていた。
彼は私を中学でいじめをしている男。
名前はなんだったか、田中だかなんだかだったと思う。
何人かで私からカツアゲをしようという魂胆なのだろう。
私はそこから逃げようとした。
しかし、体はそれを許容しなかった。
自分に向けられた、人差し指。
「バーン」
銃。
数年前の出来事が頭をよぎる。
強盗、母、銀行、血。
血塗られた自分の手と、銃。
銃。
銃銃銃ジュウ銃銃銃銃銃銃じゅう銃銃銃銃銃銃銃銃ジュウジュウジュウ銃ジュウジュウじゅウジュウジュウジュウジュウジュウジュうジュウ銃ジュウジュウ銃ジュウジュうジュウ…………
「あ、ああ、ああああ」
人殺し。
「ちょっと、こいつこんなのでビビってんのか?」
どこかで声がした。自分の声?いや、あの男の仲間の声だ。
私はすでに正常な判断ができていなかった。
「ほら、さっさと金出せや」
不良の声が遠くに聞こえる。
視界がぐらぐら揺れる。
胃からせり上がってくる感覚をなんとか押さえ込む。
膝をつく。冷たい雪が膝を濡らす。
ああ、やっぱり私は弱い。
その時。
ザッ。
足音がした。
「うーわ……まったくおいおい、カツアゲなんざ今更誰もやらんぞ?時代錯誤もほどほどにしたらどうですかぁ?」
男性の声だ。それにチンピラ連中も反応する。
「はぁ?正義の味方なんて、さらに時代錯誤じゃないかな?」
「そうだそうだ!邪魔すんなよ‼︎クタバレェ‼︎」
「おいおい、んなテンプレ的超展開……」
バキッ!
「もう流行ってねーぞ、こらぁ」
気だるげな声とともにチンピラの取り巻きが一人吹っ飛ぶ。殴り飛ばされたらしい。それを見てチンピラ達が慌てて逃げ出した。
焦点の合わない目で後ろを見ると。
「おい、大丈夫か、お隣さん」
黒髪の整った顔の男の人。
私は無意識にその人を見て安心したのか、意識を手放した。
***
目が覚めた時、私は自分のベッドに寝ていた。
「あれ……?」
「ん、すまないね、上がらせてもらってるよ。さすがにろくに知らない男のベッドに寝かされるのもなんだろう?」
私がそちらを見ると、黒い厚手のパーカーを横に抱え、猫を模したちょっと可愛らしい指輪をつけた中性的な顔立ちの男の人がいた。
「ま、勝手に上がり込むのも非常識だとは思うがね、許しておくれ」
「えと、棚坂さん……?」
「それじゃあ兄貴と分けらんねぇだろ?樹でいいよ」
樹さんはそういうと台所に行き、小さな鍋を持って来た。
私の元へ持ってきて、蓋をあけると食欲をそそるいい匂いがした。
「ほら、食えるか?」
無愛想に見えながらも優しさが見え隠れする声でスプーンで口元に持ってきてくれる樹さん。
私は言われんがまま、一口食べてみた。
「……美味しい」
体が芯から温まるようだった。
そこで樹さんはほおを緩め、良かったと言った。
暫くして、少し逡巡した様子の樹さんが私に問いかけた。
「なぁ、朝田。君は何があったんだ?あの怯えよう、普通じゃない」
その瞬間、穏やかな気持ちが冷めていくようだった。
それを察したのだろう、樹さんは私の頭にぽん、と手を置くとわるい、ちょっと待ってな、と鍋から容器に移し替えると私にそれを渡し、自分の部屋に戻っていった。
容器も猫柄でそんな状況でもなかったはずなのにちょっと可愛らしく思ったのをよく覚えている。
戻ってきた時、彼はお兄さんを連れていた。
「えと、棚坂ヴァサゴさん……?」
「ヴァサゴでいいよ」
そこにいる海外の人のような顔立ちのイケメンのお兄さんは棚坂ヴァサゴさん。樹さんのお兄さんらしいがあまり似ていない。
「樹から聞いたよ、不良どもにカツアゲされてたそうだね。まぁ、そこはいいけど」
ヴァサゴさんは真面目な表情で私に聞いた。
「君はなんらかのPTSDを持っている、違うか?」
ドクン。
私の心臓が脈打つ。
「どうして、それを?」
「普通ならありえないからな。不良にカツアゲされたくらいで気を失う。流石にそこまで君も気は小さくないだろう?」
確かに、囲まれてもいなかったし、あの銃の構えさえなければ私はあっさり逃走できた。
上体を起こしたままの私に樹さんは優しい声音で私に問いかけた。
「聞かせてほしい。俺は、君の助けになりたい」
助けになりたい。
私の心に、その言葉が響いた。
助けて。
私をこの地獄から、助けてほしい。
そんなことが頭によぎった瞬間、私の口は勝手に動いていた。
「……い、します」
涙が頬を伝う。
二人が驚いた表情になる。
「私を、私を助けてください……!」
二人は、強く頷いた。
続きは次の章の終了後に。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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黒の剣士編
棚坂樹とキリトと少女
今回は話の都合上、三人称視点で物語が書かれています。
今年最後の投稿となります。
皆さんは今年一年はどうだったでしょうか。僕はそれなりに楽しい一年だったように思えます。
来年もぜひよろしくお願いします。
ある日、アインクラッドでプレイヤーが自主制作している新聞の一面をデカデカとある記事が飾った。
『オレンジギルドまた壊滅!《ファミリー》、またもや中層プレイヤーを救う!』
「こりゃまーたド派手にやったナ、タナ坊」
「ま、兄貴曰く今回のは奴らの動きを少しの間でも沈静化させるための牽制も兼ねてるらしいしな。そろそろ攻略に戻らないとアスナとノーチラスにギャーギャー言われかねない」
新聞を見ながら路地裏で佇む男女。
二人とも顔にペイントを施していて、女はネズミの髭のペイント、男はギリシャ文字のθをそれぞれ頰に施していた。
事情を知らない者から見ればそれは恋人の逢瀬にも見えるのやもしれないが。
真実はただの義賊と情報屋の密会。
そこにロマンはない。
「それより、何の用だ?アルゴ、お前から呼び出すなんて珍しいな」
男が聞く。
「ちょっとあるオレンジギルドの壊滅を依頼している男がいてナ。キー坊とともに事件の解決にあたってもらいたイ……途中までお前だと気づかれないように、猫耳パーカーはともかく、そのほおのペイントは落としてくれヨ」
情報を見せる女。男の方は苦笑気味に頭を掻く。
「こりゃまた難儀な依頼だな……現行犯で捕まえ、かつ全員を黒鉄宮に放り込めって……これ、俺がやるのか?兄貴は?あいつのが暇だろ?」
女は肩を竦め、ダメだったことを表す。
「あの野郎、攻略にはたまにしか顔出さなくなったくせに忙しいとか……」
「ま、どーせ“塾”の運営とレベリングでそこそこ忙しくなるのは事実らしいしナ」
「あー……なんで未だにアスナくらいのレベルを維持してられるのか、本当に謎だよな。俺とキリトが攻略組最強の一角を占めるのにどれだけ苦労してるのか分かってんのか?」
女はからから笑い、任せたと言わんばかりに肩に手を置くとキー坊と呼ばれた男との集合場所だけ教え去っていった。
「受けたはいいが……ノーチラスに明日はそっち顔出せるかもって送っちまったぞ……あいつ『やっと攻略が進む!』って喜んでたしなぁ……どーすんだこれ」
友からの折檻は避けられない男こと、タナトスであった。
***
「タイタンズハンド?」
「そ。兄貴、なんか知らないか?」
アルゴから依頼を受けたタナトスはとりあえず自らの兄の元へ向かっていた。
ここは第一層はじまりの街。
兄はここで攻略組を半ば引退して塾兼訓練施設を開いた。
それは笑う棺桶のジョニー・ブラックとザザと存在を重く見た兄が将来的に有望な存在、そしてまだ幼い少年少女の保護を主な目的とした施設だ。
この施設ではまた、中層プレイヤーを鍛えると共に高校生以下の学生の勉強の面倒も見ている。
幸いにも、兄をはじめとした講師、教師を職業としている人も何人かいるために割と成り立っている。
自分からやってくる生徒数が少ないことがここが成り立つもっとも大きな理由だが。
その部屋の一室でタナトス手製の飯をぱくつきながら兄弟は話しあう。
「んー、どーだったかな……確かオレンジギルドの情報は…………んー…………sorry、お前が渡された情報以上のことは俺も調べてないな……しかし、俺のギルド帳に乗ってないっていささか小物がすぎないか?タナトスが出ると攻略のスピードが落ちちまうだろ?」
弟の疑問にそこそこ時間をかけてオレンジプレイヤーのことを独自にまとめた本を見ていた兄が少し申し訳なさそうに、それでいて疑問そうに言う。
「たしかに、アルゴの前情報としてもそこまで規模が大きいとは思えないな。が、今回に関しては犠牲者も出てるらしくてな。迅速に解決したいんだろ。あと依頼人の気持ちも尊重してるんじゃないかね?《ファミリー》はそれだけ
わからんな、と首をかしげるまだ感情より理性を優先するスラム育ちの生存本能の強さが僅かに残る兄にそこまでいって一つのことを思いだす。
「そうだ兄貴、今回の依頼は俺とキリトがいない間、攻略組頼むわ」
ノーチラスとアスナが大変だものな、と兄は弟の依頼に笑って了承すると早速装備品の確認作業に移った。
そこで兄は神妙な表情をして弟を見てきた。
「樹」
「?」
「俺もいくつかオレンジギルドを潰しに動くが……気をつけろよ」
「ったく、リアルネームで呼ぶからなんだと思ったが……。それはこっちのセリフだよ、兄貴。たまにはその合理主義を捨ててゆっくり休んでいてくれよ、最強ギルドの団長さん」
そうして皮肉げにニヤリとして弟もキリトと合流するべく、動き出した。
***
中層プレイヤーシリカはまさかこんな些細な口論からこんな事態になるなんて思いもしなかった。
きっかけはアイテム分配についてだった。
彼女はSAO内でも珍しいビーストテイマーで、その整った容姿からそれなりにちやほやされていた。
そのせいか、多少の慢心が生まれてしまったのだろう。
パーティメンバーの一人の女性と口喧嘩の末、喧嘩別れ。
一人で街まで帰ろうとしたのだが、彼女たちがいた森の名は、《迷いの森》。
案の定道に迷ってしまった彼女はモンスターに襲われ、ついにはポーション、そして非常用にとっておいた回復結晶まで使い果たしてしまったのだ。
そしてそれでもさまよい歩くうち、強力なモンスターと複数相手取って戦う羽目になり、
「ピナァァァァア‼︎」
このSAOでの最大の親友、使い魔のドラゴンピナを失ってしまった。
その瞬間彼女は怒りに身を任せ、無謀な突撃をしようと体を迫る棍棒へと向けた瞬間に一閃。
白い横一文字の光と、大量の白い光が彼女の前後で走り、シリカを囲んでいたモンスターたちを一掃した。
オブジェクト片が破砕してく中、器用に落ちていくナイフをキャッチしていく男性プレイヤーとそれを呆れたように見つめる男性プレイヤーの姿があった。
呆れた表情をしていたあまり背は高くないが全身黒ずくめな格好から強烈な威圧感を発しているように思わせる男性、いやまだあどけなさの残る少年プレイヤーがいつの間にか座り込んでいたシリカに穏やかだが自己嫌悪に駆られたような目で手を差し伸べる。
「……すまない。君の友達、助けられなくて……」
その言葉を聞いた瞬間、なんとか起こしていた上半身からも力が抜け、涙が出てきて蹲ってしまった。目の前にはピナの水色の羽が落ちている。
それを見てさらにシリカの目から涙が溢れる。
そこにナイフを器用に集めていた方の猫耳パーカーが特徴的な少年がしゃがんでシリカの頭を優しく撫でた。
「どうどう、おじょーちゃん。まだ希望を捨てるのは早いと思うぜ?」
「……え?」
「その地面に落ちてる羽、名前は?」
シリカは目を落とし、羽の表面をクリックしてアイテム名を表示する。
《ピナの心》。再び涙がこぼれかけた時、黒ずくめの方の少年の声が慌てたように割り込んだ。
「ストップ、ストップ。心アイテムがあれば蘇生の可能性があるんだ。最近わかったことなんだが」
と、少年の話を要約すると47層の南にある《思い出の丘》に使い魔蘇生用のアイテムがあるらしい。そこに心アイテムを三日以内に持っていくと蘇生できる、と。
47層とはシリカが今いる階層よりも12階層も上という絶望的状況。少なくともあとレベルは10は上げなければならず、加えてそれを攻略するのを考えれば二日であげなければならないという絶望的状況。
シリカはうなだれた。男たちがシリカの近くにしゃがんでいたのから立ち上がる。
立ち去るのかとも思い、お礼を言おうとするも口を開く元気すら残っていない。
そんな時。
不意に目の前にトレードウインドウが表示されていた。
「おい、タナトス。お前いくつか使ってないダガーあったろ、それ出せ」
「それ言ったらお前だってそれなりのアーマーあるだろ?……っておい、さすがにそれはダサい。ステータスも大事だがちゃんと女の子に渡すんだから見た目をだな」
「あー、じゃあ、これか?」
「お、良さげじゃん」
と彼らが会話するうちに次々とアイテム名が表示される。
シリカは困惑しながらも、どういうことか気候も口を開く。
「あの……」
「この装備でなら5から6レベ位はステータスの底上げがでいると思う。まぁ、見た目を気にしないならもう少しあげられるが」
「キリト。さすがに見た目が頭だけ戦国武将にさせるのは酷だぞ」
「ということなので俺たちも一緒に行けば余裕で手に入ると思う」
「えっ…………」
目を丸くし、口を小さく開きかけたまま、シリカも立ち上がった。
一瞬オレンジプレイヤーかと失礼な考えもよぎったが違う。彼らからいくつかをはかろうかとも思ったがそれよりもやはり気になるのは。
「なんで、そこまでしてくれるんですか……?」
「えっと……」
正直、警戒心が立った。
13歳という少女であるシリカからしても、それはいわゆる
しかし黒ずくめの少年は恥ずかしそうにボソリと。
「その……君が、妹に似てるから、だ」
ベタベタな返答にシリカは笑ってしまった。普通なら少年は少し傷ついた表情でもして「悪かったな」とでもいう状況なのだが、彼は隣の猫耳の方の少年を見て顔を青ざめさせていた。
手には録音結晶が。
「アルゴにプレゼント」
「やめっ、やめろぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」
手を伸ばすが躱され、手を伸ばすが躱されを繰り返している二人に笑いが止まらないシリカ。
「あの、猫耳の方なあなたは?」
「年下の子には優しくしなさいって兄貴に言われてるので」
「俺、お前より二つ年下……」「知りません」
なんとか笑いを抑え込み、シリカは改めてお礼を言う。
「その、笑っちゃってごめんなさい。何から何まで……これ、全然足りないかもしれないですけど……」
代価として持っているすべての所持金を渡そうとするもやんわり断られてしまう。
「いいよ。どうせ余ってたものだし、俺たちの目的とも、被らないこともないから……」
トレードウインドウのOKボタンを押し、謎めいた言葉を言いながら手をヒラヒラする黒ずくめの少年。
「本当にすみません、ありがとうございます。あの、私シリカって言います」
「俺はキリトだ、よろしくな」
「タナトスだ。暫くの間だが、よろしく」
黒ずくめの方はキリト、猫耳の方はタナトスとしっかり覚えた後、シリカはそれぞれぎゅっと握手を交わす。
タナトスはシリカにぽいっとポーションを渡すとキリトが取り出した迷いの森の地図を一切見ることなく歩き始めた。
大丈夫なのか一瞬思ったがキリトが大丈夫だと笑いかけてくれたのでその後を追いかけた。
そしてシリカはピナに、そして目の前の心優しい二人の剣士に誓った。
ピナを、絶対に生き返らせてみせると。
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棚坂樹とキリトとシリカ
新年あけましておめでとうございます。
昨日は祖母の家に行っており、投稿できず申し訳ありません。
本年もよろしくお願いします。
道順をオレンジプレイヤー狩りで覚えてしまったので一度も地図を見ることなく迷いの森を抜けた俺を先頭に、35層主街区を歩く。
あまりここに立ち寄ったことはなかったが、この牧歌的農村の佇まいはなかなかいい。となんちゃって主街区評論家(俺)は思う。
確か中層プレイヤーの主戦場なこともあって人通りも多い。賑やかなのはリアルでは嫌いだがこの世界では割と心地いい。
シリカはホームを持っていなく、ファミリーに連れて行くわけにもいかないので適当な宿に泊まることにする。
シリカ曰く自分の泊まる宿屋のチーズケーキをかなり気に入っているらしく、ぜひ料理スキルを上げている身としてはひとつ食べて見たいものだと俺は息巻いている。
大通りから転移門広場に出るとシリカに先導をお願いする。
そこになんとも面倒なタイプの男が絡んでくる。はじめはシリカに抗議していたがそのうちにターゲットを俺たちに切り替えてくる。
ここはキリトの出番、と俺は一歩下がる。それを見て一瞬シリカが眉をひそめたがそれもすぐなくなった。
「すまないが、彼女とは訳あって暫くパーティを組むことになっていてね。また後でにしてくれないか」
キリトはソロプレイヤーでなくなってからパーティを、主にアスナやサチと組むことが多くなった。
二人とも可愛いからそれなりに男も寄ってくる。そしてそのうちに体得した本人曰く隠しスキルが、《威圧》らしい。それをすれば大抵の男は逃げて行くと豪語しているのだが、どうにも俺には「俺の女に手ェ出すんじゃねぇよ」と凄んでいるようにしか見えない。
事実若干シリカのほおが赤くなってるように思える。
そら見たことか。
……兄貴が
***
宿屋につき、シリカオススメのチーズケーキを食べる俺たち一行。
パクリと一口食べてキリトが驚いたように僅かに目を見開き頬を緩ませ、
「へー……本当に美味しいな、これ」
その感想にシリカがやや身を乗り出してそれに同意する。
「ですよね!タナトスさんもそう……⁉︎」
「この材料はどの牛乳を……?いや、あの層のアレを使ってるのか……なるほどなるほど、それで通常の行程にそれを加えることでこの味を再現できるのか……アスナにも教えてやろう……」
一口一口味わう俺。ぶつぶつ呟きながら真剣な眼差しでチーズケーキを食べる。
その様子にやや引いた様子のシリカを苦笑しながらキリトがフォローを加える。
「あいつは料理スキルがかなりの熟練度だからさ、こう言うまじで美味しいものを食べた時はついああ言う反応をしちゃうらしいんだよ」
「へ、へー……そうなんですか」
俺は一つチーズケーキを食べ終わり、じっと空っぽの皿を見つめて一言。
「もう一個頼も……」
「俺も……」
結局キリトとそれぞれ三つずつ食べました。
***
さて、宿に着き非常に美味なチーズケーキを堪能した俺たちはそれぞれの部屋に戻ったあと、47層の説明を忘れていたため、シリカの部屋で作戦会議を行うことにした。
「シリカー、起きてるかー?47層の説明をするの忘れてたからしようと思うんだけど、明日にするかー?」
キリトがシリカの部屋のドアをノックする。
き、キリトさん⁉︎は、はい大丈夫です!という元気な声とともに微かに『ペタペタ』という足音が聞こえた。
「キリト、目を反らせ」
「は?」
強引にキリトの首を90度曲げる俺。痛がるキリトだが、シリカとしてはその行動にものすごく感謝することとなった。
ガチャリという音とともにシリカがこちらに顔を出す。
「?どうしたんですか?」
その疑問はもっともだろう。なにせドアを当てたら全力で目をつぶっている俺と思い切り首を曲げられて俺の手を叩いて痛がっているキリトの姿を見たのだから。
「シリカ。先程からお前の足音が“ペタペタ”なんだが、お前の今の格好は大丈夫なんだろうな?」
数秒後、悲鳴が響き渡った。
***
「さて、今後の予定なんだが」
「お前のその切り替えを分けて欲しいもんだな」
俺のその発言の後、どうやら下着姿だったらしいシリカが悲鳴を上げて反射的に目の前にいたキリトを引っ叩いてしまった。
彼女は慌てて着替えた後に五体投地の全身全霊誠心誠意をかけた土下座をキリトに敢行していた。
俺の先ほどの発言はこの状態のままでしている。
「し、シリカ。俺ももう気にしてないし、なにより自分も見られてないからいいじゃないか、な?」
紅葉を頰につけたキリトはリアルに妹がいるらしいそのお兄ちゃんスキルを存分に発揮して無自覚にどんどんシリカを惚れさせていく。
「うぅ……本当にごめんなさいキリトさん」
「安心しろシリカ。美少女エルフっ娘騎士とお風呂好き刺突系お嬢様をそれぞれ指差して『お嫁さんにするならどっち、とか?』なんてことを考え、あまつさえそれを口に出すような男だ。この程度の逆境きっと慣れてる」
やはり兄程ではないとはいえ、ハーレムを目の前で繰り広げられるのは男としては癪だ。俺はアスナと兄と4人でかつて受けたキャンペーンクエストにおいて俺と兄が戦慄し、また尊敬の眼差しを送ることとなった事件のことを持ち出すことにした。
「おい!嫌なこと思い出させるんじゃないぞ!いやてか、失礼なことを言うなよ!……いやまて!シリカ!誤解だからちょっと離れるのはやめて!」
そんな一幕がありつつ、改めて今後のことについての話し合いを始める。
「よし、んじゃ今後の予定についてだが……キリト、アレ出せ」
「アレ?」
疑問符を浮かべるシリカに対し、少しニヤリとしてあるものを取り出したキリト。それは丸いツボのようなもので、蓋に該当する箇所の中央にボタンが付いていた。
「キリトさん、それは?」
「ミラージュスフィアって言ってな……」
そこまで言うとポチり、とボタンを押す。すると蓋の部分が上に持ち上がり、その隙間からホログラムの地球儀のような丸い地図が現れる。
「わぁ……綺麗……!」
これを始めて見たときのアスナ、サチと一言一句違わぬ感想に思わず顔を見合わせて頰を緩めるキリトと俺。
「ここが47層の主街区で……ここが思い出の丘。俺たちが目指すのはこの思い出の丘だ」
ミラージュスフィアを操作しながら説明を加えるキリト。
俺もそれにモンスターの情報におまけに意外と美味しい食材アイテムの場所やら効率のいいレベリングスポットなど、今後役に立ちそうな情報を教えて行く。
その時、俺とキリトが外に僅かな気配を感じた。
通常なら気がつかないであろうそれも、ファミリーに入り、アルゴといるせいで気配には割と敏感になっているのだ。
「誰だ!」
即座に駆け寄り、ドアを開く俺。
階段を降りていく影が見えた。一瞬見えたが、あの小柄な体型からして、多くいる男性プレイヤーのうち小柄なプレイヤーである他にも、女である確率も捨てられないだろう。
シリカが若干怯えながら俺に尋ねる。
「タナトスさん。一体、なんなん、ですか?」
「聞かれてたな……」
キリトのつぶやきにシリカが反応する。
「え?でもこのゲームではノックをしないと部屋の音は聞こえないはずじゃあ」
「聞き耳スキルが高けりゃその限りじゃない。んな趣味の悪いスキル上げてるやつなんざなかなか知らんがね……情報屋の鼠ですらそこまで上げてなかったはずだがな」
俺がシリカの疑問を説明をする。
どうして立ち聞きなんか……と漏らすシリカ。俺とキリトは、互いに顔を見合わせた。
***
次の日。
47層について、俺は真っ先に《隠蔽》スキルを使用した。
なぜかって?
「……わぁ‼︎」
「パシャり、と」
それは花畑の美しい47層について顔を輝かせるシリカとそれを見て頰を緩めるキリトのツーショットを撮るためだ。
俺はここ最近、オレンジ狩りやら情報収集やらでアルゴと行動することが多くなっているため、《隠蔽》スキルがアルゴほどではないがかなり熟練度が高い。
そのため、俺は時々、トラブルメーカーだとか隙を見せたらアルゴレベルに弱みを握られると変な異名がついている俺の存在を忘れ、素顔になった彼らを写真にナーブギアのフォルダに収めるのをもう一つの大事な仕事としている。
いつか、SAOをクリアした後、ナーブギアからこのデータを取り出してみんなで振り返るのをちょっとした目標にしている。
……こんな綺麗な景色を、詩乃にも見せてやりたいと言うのも理由の一つだが。
「ああ、ったく……こんな素晴らしい景色を作ったことに関しちゃ、茅場には感謝しなきゃな……」
俺は穏やかな表情でメニューを操作する。
「本当に、感謝しなきゃな……」
ピッ、ピッと静かに操作をする。
「こんな
To. Asuna Sachi Argo Poh
from. Thanatos
sub. 報告(ロリコン疑惑について)
写真を添付しました
判断はあなたがたに任せます。
「……ふぅ」
清々しい表情で、空を仰ぐ。
俺は最近、アルゴに毒され始めているのやもしれないな。
10秒ほど経った後、顔を真っ青にしたキリトに体術スキルまで使われて思いっきり殴られた。
タナトスが一緒にいる時間が長いのは、PoH、アルゴ、ノーチラス、キリトの順です。
一応ノーチラスとはよく一緒に釣りをしたらどこかで一緒にだべったりする親友的ポジションです。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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暗殺者と黒の剣士
今回は少し長めです。
とりあえず前回のキリトロリコン疑惑に関しては疑いは晴らしておいた。
ただし、キリトハーレムに新しいメンツが加わったことによる兄の怒りのボルテージは上がったようだったが。
そんな中、俺たち三人はたわいもない会話をしながら目的地まで歩く。
「へー、タナトスさんはお兄さんがいるんですか」
「いい兄貴だぞー。リアルでは献血とか見たら絶対やってくし、骨髄バンクとかにも登録してるし。まあケンカになるとネジ外れんのと馬鹿みたいに合理主義者なとこを除けば完璧超人だな」
「へぇ、お兄さんってリアルでもそんなことしてるのな。……ていうか、あの人もお前みたいにケンカになると頭おかしくなるのかよ⁉︎」
「まぁねぇ。兄貴と俺がモテないのもそれが主な原因だって詩乃も言ってたし」
《ファミリー》のタナトスはともかく、PoHは中層プレイヤーからも知名度が高い。あえて名前は出さず会話する。
「そういやキリト。お前も妹さんいるんだろ?どんな子?」
一応リアルの話題はタブーなのだが、《ファミリー》の連中はそれをあっさり破る。
一応このギルドの目的がリアルでパーティーを開くと言うものでもあるため、別にさみしくなることもないし、むしろ早く帰りたいの一心で士気が向上することもあるくらいだ。
「あいつか?お前ら程仲は良くなかったかな。ただ、スポーツ好きのゲーム嫌いな子だったな。……おい、さすがに詩乃さんがいるのにお前」
「安心したまへキリトくんや。……俺は詩乃一筋だよ。浮気したら刺されそうな感じだから怖いってわけじゃないからな」
途中までのヘラヘラした顔から一転、詩乃のことになった瞬間早口になり挙動不審になる俺。その反応に、やや同情した眼差しを送るキリト、シリカ。
それに反論しようと詩乃の魅力を1時間くらい語って聞かせようとした時、モンスターの気配を感じ取った。
「来るぞ……用意しろ」
背中にある片手剣を引き抜く。ナイフは取り出さない。この程度なら別に必要もないからだ。
出てきたモンスターはそのまま言えば“歩く花”だった。
まぁ端的に言えば女子から見れば気持ち悪いの一言に尽きて、シリカはほとんど目をつぶって短剣を振り回していた。
結果。
気持ち悪いせいでついムチャクチャに繰り出してしまったソードスキルは空を切り、二本のツタがシリカの足を捕まえた。
「きゃあああああああああああ⁉︎」
ぐるり、と彼女は反転し、逆さまになったシリカのスカートな重力に従って下がりかける。
慌ててその裾を抑えるシリカ。
俺はそれを見て一言。
「……まぁ、こうなるよね」
「んなこと言ってないで助けるぞ!」
左手で裾を抑えながら右手でツタを切ろうとするものの、無茶な体制のせいか全く上手くいかない。
顔を真っ赤にしながらシリカは必死にキリトに叫んだ。
「きっ、キリトさん助けてください‼︎見ないで!」
「んな⁉︎ちょっと厳しい気が……!おい、タナトス!投剣スキルでなんとかできないの⁉︎」
「……あ、やべ。耐久度がやばい」
「タナトスさああああああん⁉︎」
若干冷や汗をかきつつナイフの耐久度とにらめっこする俺。
そんな問答をしている間にも、巨大花は吊り下げたシリカをぶらぶら振り回す。
そしてついにシリカが決心した。
俺はそれを察し、即座に目を閉じ、見てませんアピールをするために地面に伏せた。
キリトにはとりあえずシリカの方を指差しておく。
「なにを…………⁉︎」
「いい加減に、しろっ!」
シリカはやむなくスカートから手を離し、ツタを切り落とし、着地とともに再度ソードスキルを繰り出し、モンスターを倒す。
そして地面に突っ伏している俺を見てホッとした後、キリトに訊く。
「タナトスさんはまぁ、ともかく……見ました?」
「……見てない」
***
その後は徐々にシリカは戦闘に慣れていき、俺は投げナイフを使用せずに済んだ。
俺とキリトは主に戦闘はシリカに任せ、危なくなったら攻撃をパリィするのみの黒子に徹した。
シリカはたちまちレベルが一つ上がった。
そのうち小高い丘が見えてきた。
「あれが思い出の丘だよ」
「ま、分かれ道はないし道に迷う必要はないけどモンスターの量が多いからな。気をつけていくぞ」
「はい!」
シリカは俺たちの戦闘を見て、頼もしいような顔を向けてきている。
恐らく、シリカがメインの狩場としている層から12層も上がってきても俺たちが余裕を失っていないからだろう。
事実、キリトはともかく俺はメインに使用するスキルのうち、体術と投剣を使用していなく、片手剣のみを使用して戦っている。
それでも余裕で戦えているのだからこちらに疑問も持っているだろう。
あの階層で何をしていたのか、と。
まぁこの冒険が終わったら話してやるか、またはストーカー被害にもあっていたっぽいし、あるいは……。
そして、モンスターの群れを抜けた先には美しい花畑が広がっていた。
剣をストレージに入れ、手ぶらになる。
歓声をあげるシリカと、その風景を写真に収めているとキリトが俺たちに近寄ってきて、剣を背中の鞘に収めながら言った。
「とうとう着いたな」
「ここに、その……花が……?」
「ああ。真ん中の方にある岩だ」
俺はそれだけ言う。それだけ聞くとシリカは駆け出した。
それを微笑ましそうに見つめるキリトに、俺は話しかける。
「
キリトもそれに頷く。
本来の目的をここで果たすのだ。
そしてシリカの元へ駆け寄ってやると芽が伸びていた。その目はどんどん育ち、花になり。
その花をシリカが触ると、アイテム化し、シリカがそれを手に入れる。
「これで……ピナを生き返らせられるんですよね……」
シリカは涙ぐんでいる。今にもそのアイテムを使いそうだが、街に帰ったほうが安全だと言って街に戻ることにする。
幸い、モンスターは出てこず、シリカは丘を駆け下りた。
その道中の橋を渡ろうとした時、キリトがシリカの肩を掴んで止めた。
ドキンとして振り返ると厳しい顔のキリトとアイテムウインドウを操作している俺の姿が目に入った。
俺は低い声で言う。
「おい、そこでこそこそ待ち伏せてるやつ、出てきたらどうだ?」
そこから出てきた顔は、シリカの知っている顔だった。
「ロザリアさん……⁉︎なんで……⁉︎」
その女性はかつてシリカとパーティを組んでいた女性だった。
ロザリアは唇の片側を吊り上げ、笑う。
「へぇ、なかなか高い索敵スキルじゃない剣士さん?……じゃあシリカちゃん。その花を渡しなさい」
突然発せられた言葉は、シリカを絶句させた。
「な、何を……⁉︎」
シリカの頭をくしゃくしゃっとなで付けると俺とキリトは進み出て、口を開いた。
「そうは行くかよ、赤毛のおねーさん。
俺のセリフにロザリアから笑みが消えた。
「オレンジギルドって言っても、グリーンのプレイヤーがいたほうが犯罪はやりやすいものなんだ。おそらく昨日の盗聴も彼女たちの仕業さ」
そこまで言うとロザリアは笑って、そこまでわかっていたのに、のこのこ付き合うなんて、バカ?と鼻で笑われる。
が、しかし。
「バカなのはあんたたちだよ、タイタンズハンド。あんたら、シルバーフラグスって連中、覚えてるか?」
「ああ、あの私たちがリーダー以外を壊滅させた貧乏な連中ね」
「リーダーだった男は、ある女性を通して俺たちに頼んだんだよ。奴らを黒鉄宮に放り込んでくれってな。殺してくれではなく、牢獄に。あんたに、奴の気持ちがわかるか?」
「ハッ、マジになって馬鹿みたい。いるんだよね、本当に死んでるかどうかもわからない、現実で罪に問われるわけもない。そんな世界であんたみたいな妙な理屈を持ち出すような奴。あんたらがどんなに強かろうと、たった三人でこの人数でどうにかなると思ってるの?」
現れたタイタンズハンドの人間は10人。シリカが不安げにキリトを見つめる。……こう言う時って基本俺頼りにされないことが多いのが最近の悩みだ。
キリトは優しく微笑むとシリカを優しく撫で、前に出る。
「キリトさん……!」
その声でタイタンズハンドのメンバーはざわめきだす。
まぁ、知ってるやつは知っているだろう。
黒ずくめの衣装に盾無しの片手剣。
「黒の、剣士……?ロザリアさん!こいつは《ファミリー》の黒の剣士です……攻略組最強の1人です‼︎」
シリカ含め、俺以外の人間の顔が一斉に強張る。
ロザリアも驚いていたが我に返ったようにヒステリックに叫ぶ。
「攻略組がこんなところをうろうろしてるわけないでしょ!やってしまいなさい!」
そして襲いかかろうと10人が一斉に襲いかかった時、俺の体がブレた。
「え……」
シリカが言葉をこぼすと同時、ドガガガガガッ‼︎と言う音とともにタイタンズハンドのメンバー全員が吹き飛ぶ。
そこに立っていたのは、黒い猫耳付きパーカーに黒いズボンに大量のナイフがつけられるまるでホルスターのようなものが巻きつけられた男。
そう。
「お前は、お、オレンジ狩りの、
あー、投剣に体術に、って気をてらった戦いかたしてたら俺もなんか変な異名つけられたなぁ……とそんなことを思っているうちにキリトがその敏捷に物を言わせてロザリアの首筋に剣を置く。
「わ、私を攻撃したら、オレンジになるわよ……それでもいいの⁉︎ギルドに所属してるあんたなら……!」
「因みにいうが、今回の仕事は俺の兄貴、《ファミリー》団長PoHにも情報は入っている。そうそう、知ってるだろうがうちのギルドにはあの鼠もいる。ここで逃げても……ねぇ?」
俺の言葉に真っ青になるロザリア。キリトがぼそり、と、「コリドー、オープン」と呟く。転移結晶よりはるかに値の張る回廊結晶が開かれる。
「牢獄の出入り口に設定してある。あとは《軍》の連中が面倒を見てくれるさ」
それで牢獄直送の切符が切られた。
それを見て、慌てて逃げ出す輩もいたが。
「はいはーい、この馬鹿みたいになりたくなかったらさっさと入ってねー」
最高レベルの麻痺毒を塗った投げナイフにあえなくやられたその男は俺が思いっきり回廊に投げ込んでやると大人しく従いはじめた。
ロザリアも抵抗していたがキリトに放り込まれ、その場は静寂に包まれた。
「ごめんな、シリカ。騙すような真似して……街まで送るよ」
「あの……足が、動かないんです」
どうにか絞り出しました、といった声に思わず笑うキリト。
俺はシリカに手を差し伸べて、ようやくシリカも笑えていた。
そして主街区にたどり着き、キリトがあることを思いついた。
「シリカ」
「はい?」
「うちのギルドに入らない?」
「え⁉︎………い、いいんですか⁉︎」
「もちろんだよ」
……おっとぉ、キリトくんが女の子を連れて帰る。これは嫌な予感がプンプンしますね。
***
結果。
「タナトスくん、どう言うことよ!」
「俺に言われても……」
「キリトが、女の子を連れて帰って来た……⁉︎しかもギルドに入れる……⁉︎」
「仕方ないだろ、なんかストーカー被害にもあってたらしいし、そうしたほうがまだマシって言うキリトの判断で、そんなお前らの思ってるようなことはないって!」
俺はある栗色の髪のお嬢様と黒髪の清純派女子の二人のフォローをして、この世界にはないはずの胃痛に苛まれることになったのだった。
評価、感想等頂ければ幸いです。
次回は間章、棚坂兄弟とシノンのお話を投稿予定です。
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間章 朝田詩乃と出会いの日 後編
今回は間章です。いつもより長めです。
追記:タイトルが変だったので直しました。
「私を、私を助けてください……!」
涙ながらの私の心からの願いは、彼らに届いた。
***
二人はまず、どのくらい酷いのかを私に聞いた。
ヴァサゴさんはモデルガンでも買ってくるかなんて言っていたから樹さんが止めた。私もその方がありがたい。
私は口頭で伝えることにした。
めまい、吐き気、最悪意識を失う……ね。とヴァサゴさんは静かに私の言葉を反芻する。
「成る程、症状としてはかなり酷い……どうしてこうなったか、教えてもらってもいいか?」
「っ…………」
ヴァサゴさんの問いに私は答えられなかった。
だって、私は……。
するとヴァサゴさんを軽く叩く手があった。樹さんだ。
「兄貴、朝田に何があったか知らんが、朝田も被害者だ。そりゃ酷ってもんだろ?」
樹さんがそう言ってくれたが、私は本当は……。
「はぁ、ったくよぉ…………朝田」
ポン、と頭に手を置かれる。
「お前に何があったかは知らん。けどさ、お前は間違いなく被害者だよ。例え、お前がどうしようもないクズだったとしても、今こうして苦しんでりゃ、俺たちからすれば被害者だよ」
私は何も答えられなかった。
その後、対策案を練ることとなったのだが。
「まぁ、そう簡単には思いつかないよな……」
「ですね……」
早1時間が経過した今でも全く良案は出てこない。
と、そこで樹さんがあることを思いついた。
「あー、それじゃあ。ほら、ゲーセンとかにあるシューティングゲームとかならどうだ?」
「ゲーム……ですか?」
「そそ。うちにさすがにゲーセンにあるほど立派なのじゃないけどあんな感じに銃を向けて打つやつがあるからやってみる?」
「…………やってみます」
と、いうわけでテレビに銃型のコントローラーを接続し、ゾンビを倒すタイプのゲームをやってみることとなったのだが。
「……意外と、いけてる……?」
駄目元のつもりだったのか、意外そうに樹さんが言うのに私も頷く。
「っ、……はい。確かに多少の息苦しさはあるのですが、ひどいめまいや吐き気はないです」
「これに慣れてけば多少は楽になるかもな。よし、朝田も意外とゲームの才能あるし、マルチやれば?兄貴」
「お前はやらないのか?」
「飯作る」
「りょーかい」
その後小一時間ほどゲームをやり、樹さんの美味しい料理をいただいて樹さんも交えて少しゲームをしたあと部屋に帰った。
「楽しかったなぁ……」
ポツリ、と呟く。
確かに精神的疲労はかなりあるのだが、それでも楽しいものは楽しかった。
そして次の日も、また次の日も私は棚坂兄弟考案のゲーム療法を試した。
これなら多少は楽になるかも、なんて思いがよぎった中。
事件は起こった。
***
始まりはいつものことだった。
私は銃への強い恐怖心や、クラスでもあまり友達がいない物静かなタイプだったためにいじめの標的にされていた。
今日もまた、学校の帰りに不良達に絡まれた。
そして、またこの時も。
「おい、何やってやがる」
「あ、あの時の男⁉︎に、逃げろ!」
私は樹さんに助けられた。
そこまでは良かったのだが。
「おい、大丈夫か?」
「私は、強くならなくちゃ……」
「あ?」
私は、自分が情けなかった。
本当は自分の力でどうにかしないといけないのに。
本当は自分の力で強くならなきゃいけないのに。
どうして助けてもらってばかりなの。
どうして助けてくれるの。
「私は!一人でなんとかしなきゃいけないのに‼︎私は、人殺しなのに‼︎」
勝手に口が動いてしまった。
ハッとした時にはもう遅い。樹さんは呆然とそこに立っていた。
「っ‼︎‼︎」
「あ、おい朝田‼︎」
私は走った。走って走って走って。
家のドアを開け、そして中に入りドアを閉めると同時にそこに蹲ってしまった。
──やってしまった。
私には後悔しかなかった。
助けてくれると言ったのに。
私はその手を払いのけ、しかも本当のことを言ってしまった。
──きっと、軽蔑される……。
その時だった。
トントン、とドアをノックする音。
「おい、朝田。いるんだろ?開けてくれないか?」
樹さんの声だった。
「……どうして私に構うんですか」
「どうしても何も、お前が助けてくれって言ったんだろ?親に助けを求められたらちゃんと助けてやれって言われてんのさ」
「どうしてあなたはそんなに強くいられるんですか」
「は?」
ドアを開き、私は叫んだ。
「どうしてあなたはあんなことを聞いて私をまだ助けようと思うんですか⁉︎私は被害者じゃない!私は加害者‼︎どうしようもない人間なんです‼︎私は、私は、人を、殺したんですよ……⁉︎裁かれて当然なんです!貴方やヴァサゴさんみたいな、正義のヒーローみたいな人たちに助けられていいわけないんです‼︎‼︎‼︎」
思いの丈を叫んだ。
すると樹さんは気圧されたような顔をしていたが、やがて申し訳なさそうな顔をして。
私をそっと抱きしめた。
「っ⁉︎」
「あのな、俺だって長く生きてるわけじゃないし、人並みだ。弱いし、何かを投げ出そうとしたことだってある」
優しく、私に喋る。
「でもな、それでも俺はお前を助けようと思った。お前はその時泣いていた。ただそれだけで助ける理由は十分だ。お前に何があったかは知らんよ。でもさ、それでも俺にはこうやって今も泣いてる人間を見捨てるわけにはいかんのよ」
樹さんは私の頭をそのまま撫でる。
「別に俺はヒーローなんかじゃない。お前の助けにならないかもしれないし、助けられないかもしれない……」
「でもな」
手を離し、私に目線を合わせ。
「俺は正義の味方じゃなく、
にこりと笑いかけた。
「……なんか叫んでるから何かと思いきや、何してるんだ?」
ヴァサゴさんが帰ってきた。
「兄貴」
「ん?」
「朝田の過去を聞こう。やっぱりそれが必要だと思う」
「……私は……」
「話がいまいち読めないが……わかった、いいぜ」
***
そして語った。
私のトラウマの原因を。
喋り終わったあと、少しの静寂が部屋に流れた。
そしてゆっくりと、ヴァサゴさんが確認するように言った。
「……郵便局に来た強盗を射殺しちまった……か……」
「だから私は……加害者なんですよ……人を殺して、私は自分の手で乗り越えないと……」
支離滅裂なことを言っている自覚はあった。
それでも二人は真剣な表情で。
「あのな、朝田。別に俺だって褒められた人間じゃないんだぜ?」
「……え?」
そしてヴァサゴさんは自分の過去を簡単に語った。
スラム育ちの境遇。
親から虐待され、生きるために盗みを行い、そして樹さんの両親に同様に盗みを働こうとして逆に撃退。
その後二人に身の上話をさせられ、その二人に引き取られたことを。
「別に犯罪歴なら俺にだってあるし、樹は札付きの不良だ。こいつなら見つかってないだけで傷害罪やらなんやらの犯罪犯してるし」
「言い方」
樹さんがヴァサゴさんにツッコむ。
ごほん、と樹さんは咳払いをすると私にあることを言った。
「お前は確かに人を殺した」
「っ‼︎」
「でもな。お前は同時に人を助けたろ?郵便局の人や、お前のお母さんを」
「……‼︎」
私が、人を……助けた……⁉︎
「……兄貴、父さんと母さんに連絡。その場所にいた人を探しに行くぞ」
「はいはい。ったく、学校はどうするんだよ?受験生だろーが」
「知るかよ。これでも関心意欲態度を除いた成績だけはいいんだ。大丈夫だろ」
ヴァサゴはクスリと笑って両親に電話をしていた。
「
樹さんの発言に呆然とする私をよそに勝手に計画をして、そして次の日から二人は出かけた。
***
数日後。
私は樹さん達に呼び出され、近くのカフェに来ていた。
カフェは貸切状態だった。
どこからそんなお金が……なんて思ったのもつかの間、こちらに手をあげる二人の姿があった。
「よ、久しぶり」
「数日ぶりだな」
「樹さん、ヴァサゴさん……」
棚坂兄弟と一緒にいた女性は、30歳くらいの、セミロングの髪に落ち着いた格好をした、主婦のイメージが強めの女性だった。
事実、女性の後ろからひょこっと顔を出したこのとても幼い女の子はおそらく娘さんだろう。
面識はないはずなのに、何かが私の記憶が刺激している。
そうしているうちに、女性は立ち上がり、深々と一礼するとかすかに震える声でしゃべりだす。
「朝田、詩乃さんですね?私は、大澤祥絵と申します。この子は瑞恵、2歳です」
「私が東京に越してきたのはこの子が生まれてからで、それまでは、……市で働いていました」
私の住んでいた場所だ。
「職場は……町3丁目郵便局です」
「あ……」
そこは、2年前、私の人生を大きく変えてしまうことになる事件に遭遇した、あの郵便局だった。
そうだ……この人はあの時いた女性職員の一人だ。
まさか、何もわからないところから、二人は探してきたというのか?わざわざあの郵便局に行き、すでに職を辞した女性の現住所を調べ、連絡し、見つけたというのか……?それでも。
「わ、私は二人に詳しい場所までは……?」
教えていないのだ。
「んなもん調べたに決まってるだろ、だから数日もかかったんだ」
ヴァサゴさんだ。
そんな。どうして……?どうしてそこまで……?
「……ごめんなさい、ごめんなさいね、詩乃さん」
不意に、目の前の大澤さんが謝ってきて、私は困惑した。
「私は、もっと早く……あなたにお会いしなきゃいけなかったのに……あなたが苦しんでらしてることなんて、想像すればわかったことなのに……謝罪も……お礼もせず………」
目尻から涙がすうっと零れる。隣の瑞恵ちゃんという少女が心配そうに母を見上げる。
その子を撫でながら大澤さんは。
「あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。だから、詩乃さん、あなたは私だけじゃなく……この子の命も救ってくれたの。本当に、本当にありがとう。ありがとう……」
「命を……救った?」
あの郵便局で、私は拳銃で一つの命を奪った。それだけが私のしてきたことだって、そう思ってきたのに……。
私は、救った?
「朝田」
不意に立ち尽くす私に樹さんが声をかけた。
「朝田。お前はずっと、自分を責めてきたんだろ?それは間違いとは言わないが、お前は加害者なんかじゃない。自分は誰かを救った、それだけで、お前はお前を赦していい。お前は、この子と、この人からすりゃ、ヒーローなんだから」
そして、瑞恵ちゃんが近づいてきて、にっこり笑い、手紙を取り出した。
それには絵が描かれていた。家族の絵だ。
『しのおねえさんへ』
このために、頑張って書いたのだろう。そして、一生懸命練習してきたらしい、たどたどしい声ではっきりと言った。
「しのおねえさんへ。しのおねえさん、みずえとままを、たすけてくれて、ありがとう!」
それが手渡された時、視界が虹色に満たされ、ぼやけた。
私は、泣いていた。気づくのに時間がかかったが、こんな、何もかもを洗い流していく涙があるなんて、知らなかった。
私がこのことを受け入れられるには、まだ時間がかかるだろう。
それでも、私は、今のこの世界が、大好きだ。
***
「あの後、名前呼びに変えて貰ったり、料理教えて貰ったり、色々あったなぁ……」
私はクスリと笑い、ナーヴギアをかぶって未だ眠りについている少年と青年の姿を見る。
そして少年のもとに行き、優しく撫でると。
「思い返してみれば、あの時にはすでに樹、あんたが……」
その思いを伝えられるのは、まだまだ先。
私は、病室の窓から外を見ながら、誓う。
あなたが目覚めた時、私は言う。私はあなたのことが────。
というわけで兄弟の手で救われた詩乃。
次回は圏内事件編です。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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圏内事件編
キリトとアスナと作戦会議
雪というものは関東南部に住むものとしてはやはりテンションの上がるものですね。ただ滑るのが怖いですが。
さて、今回から圏内事件です。
多少タナトス、主人公がうざい描写があります。
あとあまりこの章はタナトスがおそらくあまり出番がありません。
まさかの展開だ。
いや確かに、俺はいい天気だし、最近こいつはピリピリしてるからゆっくり昼寝でもすればと言ったのは俺だ。
加えてその実例を示すために寝っ転がり、寝てしまったのも俺なのだが。
30分足らずでうたた寝から目を覚ましてみれば、本当にグースカ熟睡しているとは、予想外にもほどがある。
どんだけ疲れてたんだ、と俺ことキリトは呆れながら軽やかな寝息を立てるこのゲーム始まって以来のパートナー、《血盟騎士団》副団長、《閃光》だとか《攻略の鬼》だとかと呼ばれる細剣使いの女性プレイヤー、アスナの整った寝顔を眺め続けた。
そもそもの問題は
あいつが『今日は気温も良く、そよ風は優しい。そして変な虫も発生してない。昼寝日和だ野郎どもー!』などと言ったから、ノーチラス達やサチのレベリングのお誘いを断って主街区転移門を囲む低い丘でゆっくり寝ようと決めたのだ。
22層で釣り糸を垂らすのも悪くはないがどうせならゆっくりゴロゴロしたい。たまにはホーム以外、外で。
そうして寝っ転がり、ダラーっとしていたのだが。
俺の頭のすぐ横を、白革のブーツが踏み、同時に最近妙にあたりのきつくなってきた聞き覚えのある声が降ってきたのだ。
『攻略組はみんな必死に迷宮区に挑んでいるのに、どうしてあなたはこうやって昼寝をしているの⁉︎』
クラインとタナトスは今日のんびり釣りするって言ってたんだがな。こっそり思いつつ、それを言ったらなんか嫌な予感がするので。
『今日の気候は年間通して最高。こんな日に寝っ転がってゴロゴロしないなんてもったいないぞ』
と、タナトスが言ったことを俺の主観を含めて答えてやる。
なおもキツイ声はとどまることを知らず。
『……天候なんて、いつも一緒でしょ?』
俺は隣をポンポン叩き、
『ならば試してみよ。話はそれからだ』
と言ってみると少しの間アスナは顔を赤くして軽く怒っていた?のだが、なにを思ったのか渋々横になるとすっかり寝入ってしまったのだ。
その以外と素直で可愛らしい寝顔を拝見しつつ、この前の攻略会議を思い出していた。
怒ってなくてよかったな、と思い返しながら。
***
第56層攻略会議にて、会議室としている洞窟内でアスナがなかなかに衝撃的な作戦を打ち立てた。
「フィールドボスを村におびき寄せ、NPCを囮として討伐します」
「異議あり」
アスナの作戦とは、ボスモンスターをおびき寄せ、NPCを囮としているうちに倒すというなんともおにーさんが思いつきそうな、合理的で倫理的に大問題のプレイヤーの安全を第一にした案だったのだが、ノータイムで反論したのは我らが副団長、タナトスだ。
「……理由を、聞いてもいいかしら?」
「いや、いくらデータの塊だろうと人を囮にするのは人道的にアウトだろ」
「効率優先でもさすがに、ね」
と、とりあえず俺も乗っかってみるとアスナの眉がどんどんつり上がる。
「NPCはただのオブジェクトに過ぎません。彼らは別に生きているわけではないのです」
「ハッ、NPCどもは
ご丁寧にアスナのセリフと思われる部分は無駄にレベルの高いアスナのモノマネをギャル風にすることでさらにアスナに青筋を立てさせていくタナトスに、思わず止めようと俺は肩に手を奥が振り払われてしまう。
「いいか、アスナ。昔お前がいないβテスト中にキャンペーンクエストで兄貴がダークエルフを囮にしてそのうちにクエストをクリアするって案があったんだよ」
「…………」
俺はそのことを思い出し、少し気恥ずかしい気持ちになった。あれは軽い黒歴史ものだ。
「その時キリトは言った。『NPCだって生きてる。ただのデータの塊だっていうけどここは仮想世界。俺たちだって一緒だろ?例え彼らの思考が俺たち人間に設定されたものだとしても彼らにとってはここが生きる世界なんだ』って」
クラインがニヤニヤしながらこちらを見てくる。ノーチラスを見るとニヤニヤしながら今の言葉を復唱している。ユナが止めているがあれは完全に暗記しやがったと思う。
「キリト……かっこいい……」
サチさん、顔こそ見えませんが気を使ってくれるのがわかります。ありがたいのですがその優しさが心に刺さります。
アスナは何やら複雑そうな顔をしている。
「わかるぜ、アスナ。俺も最初はなーに言ってやがんだこのクソ餓鬼、ドタマブチ抜くぞゴラァと思ったよ?」
口が悪いんだよこの不良が。
「けどな、純粋にそう思えるのはかっこいいと思った」
「っ‼︎」
アスナは図星を突かれたような顔になる。
俺には分かっていた。
アスナは優しい人だ。眩しいほどに正しく、美しい。
そんな彼女もこのデスゲームが始まってからはたくさんの悪意に触れ、正しいだけでは生き残れないことを知ってしまった。
彼女はおにーさんの戦術を教わり、きっと視野が狭まっていたのだと思う。
おにーさんの戦術が最良となる主な要因は彼が最も他者の顔色を伺うことに優れているからだ。
おにーさんは他者がどこに意識があるか、そこからどういう感情で、どういう心境かを当てるのが異常に得意だ。
タナトス曰く昔からの習性に近いものらしいがそんな彼だからこそうまく被害を最小限に抑えつつ、軋轢を生まないように気をつけて来ていた。
だからこそ言える。
「アスナ……」
「キリトく…………っ⁉︎」
俺はアスナの頭に手を乗せ、優しく喋りかける。
「君はおにーさんみたいにならなくていいんだよ。あの人は確かにすごい人だ。だけどあの人よりも君は優しく、明るく、そして(心が)綺麗だ」
「きれ……⁉︎」
背中にジト目が突き刺さった。気にしないことにしよう。この角度的にサチだけど気にしないことにしよう。
「そんな気負うなよ、アスナ。お前はお前らしい作戦を立ててくれ。ヒースクリフにも、おにーさんにも思いつかないようなさ」
「一応僕とアルゴも攻略組のブレインの一人なんですけどねぇ」
タナトスがなんか言ってる気がするが無視する。
「俺は、そんな君(の心のあり方)が好きだからさ」
あ、これは失言だったか。
気付いた時には遅かった。
「す、すすすすすすす好き⁉︎ななななななななななななにゃに言ってるのよ⁉︎……ここ、この、すけこまし!」
アスナは顔を真っ赤にして俺から怒って去ってしまった。
「あ、ご、ごめんアスナ!そんな起こるとは思わなくて……もういない」
その後、妙に生暖かい視線とサチの絶対零度の視線が身体中に突き刺さっていたことをよく覚えている。
***
「今考えるとあれ、本当に失言だったよな……よくアスナが口聞いてくれるよな……まぁ、無視されたらかなりきついけど」
芝生でぐっすり眠るアスナを見ながら、しっかり辺りにいるプレイヤーに威圧は忘れない。
寝顔を撮ろうなんて連中には背中の剣をちらりと見せる。
そんなこんなで約8時間。
《閃光》アスナは小さな可愛らしいくしゃみとともに目を覚ました。
昼寝どころか飯すら食えなかった俺はせめてあの雪のごとく冷徹なる副だんちょ様がこの状況を把握した後にどんな面白い反応をしてくれるか、それだけを楽しみにしていた。
「……うにゃう……?」
おそらくクラインあたりが聞いたら発狂するのだろう、謎言語で呟いた後、俺を見上げ寝ぼけ眼でニッコリと笑い一言。
「おはよ、キリト君……」
ずきゅううううん。
必中の刺し穿つ何かが俺の心の臓をとらえた。
そんなことはつゆ知らず、アスナはゆっくり立ち上がり、伸びをしたのち、そのまま固まり右、左、そして座る隣であぐらをかく俺を見る。
透明感のあるその白い肌を瞬時に赤く染め(おそらく羞恥)、やや青ざめさせ(おそらく苦慮)、最後にもう一度赤くした(おそらく激怒)。
「な、あん、どうし……えぇ⁉︎」
そして俺は最大級の笑顔とともに、言った。
「おはよう。よく眠れた?」
アスナの右手かぴくり、と震えた。なんとか自制心をかけられたらしい。腰のレイピアを抜くことも、その《閃光》たらしめた敏捷に物言わせ逃走することもなかった。
そして俺に対し未だに怒っているであろうと思っていた彼女は短く。
「………………ごはん1回」
「へ?」
「ごはん、何でもいいからいくらでも奢る。それでチャラ。どう?」
そうして俺とアスナの食事会が決まった。
なんか最近ツンデレと化しているアスナさん。
鈍感主人公と相まって上条さんと御坂さんみたいですね。
さて、途中で出てきたネタですが、86-エイティシックス-というラノベのものです。
このラノベがすごい!2018で総合2位を取った作品で、非常に面白いです。
作中のエイティシックスたちとゲームのNPCを一緒にするな、という意見もあると思いますがご容赦ください。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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キリトとアスナと謎の被害者
今回は急いで書いたので誤字、脱字等がありましたらご指摘お願いいたします。
また、クオリティの低下もご容赦ください。
第57層主街区マーテン。
ここは最前線からわずか2層しか離れていないにもかかわらず、多くのプレイヤーたちで賑わっている。
というのも、47層をはじめとする多くの観光スポットから言える通り、ここ最近のSAOでは、一定のペースで攻略のペースが保たれている。
そのため、中層以上のプレイヤーにはささやかながらも生活を楽しむ余裕、というものが生まれ始めているのだ。
そしてここはわずか2層しか最前線しか離れていない。そのため、俺たちフロントランナーのベースキャンプになると同時に観光スポットとして現在人気なのだ。
「それじゃ、行くか」
転移門経由でマーテンにやってきた俺たちは、そうして賑わう街を肩を並べて歩いた。
ファンクラブすら存在するという俺の開始当初からの相棒のファンから嫉妬の視線を浴びせられるかと思いきや、おそらく中層プレイヤーと思われるものたちからの驚愕の視線はあれど、顔見知りの攻略組からは生暖かい視線を受ける。
どうしてだろうか?
アスナもやや顔を赤らめていることから察するに、やはり俺とは並んで歩きたくはないのだろう。しかし行く先は俺しか知らない。
(うっわぁ……これってデートよね⁉︎他の攻略組のみなさんから妙に生暖かい視線を送られるだけでなく口の動きだけで激励されるし……うわあああああああ)
アスナの思考は現在大変なことになっているのだが、俺はつゆ知らず。
***
5分ほど歩いたところで、やや大きめのレストランが現れた。
「ここ?」
「そ。おすすめは肉より魚」
アスナが期待半分、胡散臭さ半分といった目で見つめてくる。俺は頷くとスイングドアを押し開け、ホールドする。澄まし顔を取り繕って入るアスナに一言。
「それではどうぞ、お嬢様」
フリーズするアスナ。俺はさっさか店内に入る。
「……き、キリトくん。あなたファミリーに入ってからスケコマシになったわね……」
「……まぁ、アルゴに付き合ってレストランやらにも入るからな。このくらいはジョークでも軽くできるようになってね」
アルゴと食レポ的情報収集に手伝うと絶品料理が食べれて大満足なのだが、そのぶん財布が軽くなるのが悩みの点だ。
ぶっちゃけタナトスとかサチの料理の方が美味しいことあるし。
閑話休題。
そこそこ混み合う店内を好奇と生暖かい視線に囲まれながら席に着くととりあえず俺は食前酒から前菜、メイン料理、デザートまでがっつり注文し、ふう、と一息いれる。
すぐに来たフルートグラスに唇をつけてからアスナはいつもよりわずかに険の抜けた見慣れていた優しいライトブラウンの瞳で俺を見て、可聴域ギリギリのボリュームで囁く。
「その……なに、今日は……うん、ありがと」
「へっ⁉︎」
驚愕した俺にアスナはジロッと見てもう一度礼を述べて来た。
「ガードしてくれて、よ。いつもはその、昔みたいにゆっくり眠る機会もなくて。……血盟騎士団だと、3時間くらいで目が覚めちゃうから」
「え……」
確かアスナは《ファミリー》時代はきっちり7時間ほど眠っていたはずだ。
「《ファミリー》は落ち着くからね……。初めて当初からの人たちがいるし、何より
言ってから恥ずかしくなってしまったらしい、顔をうつむかせて赤面するアスナ。俺も妙に照れ臭くなってしまった。
「えー……っと、そうだ、アスナ、いつでもホームに帰って来なよ。いつでも歓迎するから。最近バカップルになりつつあるユナとノーチラス、明るい元黒猫団たちもいるし、最近じゃ、シリカとかも入ったろ?」
「……」
「もしかしたら、お前はあの場所は変わりすぎてもう来れないとか思ってないか?だったらそりゃ勘違いさ。……ほら、今のギルドマーク、ちょっと変わって本を持ったポンチョ黒猫の背景に剣が二つ、交差してるだろ?」
そう俺は頭の上のネームに記されているギルドマークを見せる。運ばれて来た色とりどりの謎野菜に謎スパイスをぶっかけ、フォークで頬張る。
マヨネーズ欲しいなぁ……とか思っていると小さく、あ……。とアスナが声を漏らす。
「そ。この交差してる剣。片手剣とレイピア。デザイン担当のおにーさん曰く、俺とアスナらしい」
「……いいの?」
「いいのもなにも、アスナは俺たちの大事な
ニッコリ笑いかけてやるとアスナは顔を真っ赤にしてしまった。
……怒らせちゃった?と思いきやアスナは上品にサラダを食べる。照れ隠しのようだ。
「やっぱさ、それ、マヨネーズくらいは欲しいよな」
アスナの物足りなさそうな顔を見て言うとアスナもその話題転換を好機と見て食いつく。
「そうよね……。やっぱ調味料は物足りなく感じちゃうわよね」
「そうそう、ソースとか、ケチャップとかさー」
「あとは」
「「醤油!」」
二人同時に叫び、思わずプッと吹き出すと。
どこかから、悲鳴が聞こえた。
紛れも無い、恐怖の悲鳴が。
「きゃああああああああああああ‼︎‼︎⁉︎」
息を呑み、思わず腰を上げ、背中の剣に手を伸ばす。
「外よ!」
同じような格好をしていたアスナは飛ぶように店を出た。
俺もそれを追いかける。
表通りに出ると再びその悲鳴が聞こえた。
「広場!」
一ブロック先の広場のことだが、俺たちにはそれで通じた。
今度こそ全力ダッシュでそこへ向かう。
《閃光》の名に恥じないそのスピードになんとかついていきながら、広場に出た。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
その広場の北側には教会のような、石造りの建物がある。
一度タナトスたちと立ち寄り、何もねぇとツッコミを入れたのが記憶に新しい。
そんな教会もどきの窓から一本のロープが伸び、そこから男が垂れ下がっていた。
恐怖に満ちたその顔は、自らの胸を貫く漆黒の槍を見ている。
その漆黒の槍のせいで彼には貫通ダメージが通り、今にも彼の命の灯火は書き消えようとしている。
そこに知り合いがやって来た。
「キリト!」
「これは……⁉︎」
ノーチラスとユナだ。
俺は彼を助けると同時に犯人を捜すためにノーチラスとユナに指示を出す。
「アスナ!彼の救助を!ノーチラス!ユナ!ここから逃げようとするプレイヤーがいないか見てくれ!」
「「「わかった!」」」
俺はアスナが救助するためにロープを切ろうと建物に入っていくのを確認したあと、男に叫んだ。
「早くそれを抜け!」
男が何とか抜こうと手を動かすが死の恐怖で力が入らなかったのか、抜けない。
「くそっ!」
俺は数歩下がり、距離を見定めながらピックを取り出す。
《投剣》スキルで彼のロープを切ろうと試みるのだ。しかしそれはノーチラスに制止される。
「ダメだ!タナトスならともかく、キリトの熟練度じゃ彼に当たりかねない!」
「……くそっ!」
そうこうしているうちに彼は一点を見つめ出した。
俺は直感的に察した。おそらくは自らのHPバーを見ているのだ。
それがゼロになる時。
彼は何かを叫んだような気がした。
彼を構成していたポリゴンが砕け、無数の青い光とともに彼の姿は消えた。
爆散するポリゴンが夜闇を染める。
俺は一瞬呆けたがノーチラスの叫びで冷静になる。
「デュエルの勝利表示を!」
そうだ。この圏内でダメージを与えるにはそれしか無い。
見回す。見回す。見回す。
しかし見当たらない。
それが表示される気配はない。ノーチラスの叫びに応え、周りのプレイヤーも捜すが見当たらない。
「アスナ!ウィナー表示は⁉︎」
「ダメ!中には誰もいない!」
10秒ほどでアスナが教会もどきの窓から顔を出す。俺が聞くが
そしてそれが表示される30秒が過ぎた。
「くそっ!」
いつの間にやら落ちて来ていた凶器、黒いスピアを見下ろし、毒づく。
すぐに教会内に入り、部屋を《索敵》スキルで見渡す。
「ダメだ……いない」
俺の《索敵》スキルを無効化するほどのアイテムはない。
アスナとユナ、そしてノーチラスがやってくる。
「どう?」
「ダメだった、俺の《索敵》スキルにも引っかからない」
「逃げ出そうとするプレイヤーはいなかったわ。何人かのプレイヤーに監視をお願いしたけど、多分いないわ」
「どうなってるんだ……?ああもう、せっかくのディナーの予定が無茶苦茶だ」
若干色ボケしているノーチラスの発言をたしなめるユナを横目に、俺はアスナを見る。
「協力して欲しい」
「もちろん。言っておくけど、昼寝の時間はありませんからね」
「してたのはそっちだろ…………」
そう言ってから俺たちは黒と白の手袋越しにしっかりと握手した。
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キリトとアスナとヨルコ
アスナから手渡された、男を吊っていたいわゆる証拠物件のロープを回収し、外に出る。
広場に出た俺たち四人は監視をお願いしていたプレイヤーに礼を言い、こちらを注視している野次馬たちに大きな声で呼びかけた。
「すまない、誰かさっきの一件を最初から見てた人がいたら話を聞かせて欲しい!」
俺たち《ファミリー》は中層の自治に一役買っているためにその信頼度は高い。その証拠に、人垣の中からおずおずと、一人の女性プレイヤーが出て来た。
おそらくは中層からの観光組なのだろう、武装もNPCメイドのもので、攻略組でも当然のことながら見たことがなかった。
心外にも、俺の黒づくめの格好を見てやや怯えたような顔をする女の子にユナが近づいて優しく話しかける。
「ごめんなさい、怖い思いをしたばかりなのに。お名前、聞いてもいいかしら?」
「あ……あの、私、《ヨルコ》って言います」
そのか細い声に聞き覚えがあった俺は思わず口を挟む。
「もしかして、さっきの……あー、最初の悲鳴も、君が?」
「は、はい……」
ゆるいウェーブのかかった濃紺色の髪を揺らし、ヨルコさんは頷いた。
アバターからして、おそらくは17、18歳くらいだろうか。
彼女が言うには、あの殺された人物とは友達だったらしい。そして逸れた隙に……。と言う顛末らしい。
一人で下層に帰るのは怖いだろう、そう判断した俺はノーチラスに目線を合わせる。
「ノーチラス。宿を取って来てくれるか?一番安全そうなとこ」
「んー……と、よし。わかった」
アルゴのこの階層の情報にさっと目を通した後にたたっ、と走っていったノーチラスを見届けてからヨルコさんを見る。
現在も彼女は軽いパニック状態だった。アスナが背中をさすっていると次第に涙も止まり、意外に気丈なのか、はたまた空元気か、ゆっくりと彼女の知る限りの情報を教えてもらえた。
「あの人の名前は、《カインズ》って言います。昔、おんなじギルドで……。今でも、たまに食事とか、パーティを組んだりしていたんですけど……それで、今日もこの街までご飯を食べに来て……」
ぎゅっと目を瞑り、震えをなんとか抑え、それでもやや震えの残る声で続ける。
「……でも、あんまりに人が多いから、逸れちゃって……。周りを見回してたらここの窓から急に、人が、カインズが落ちて来て……しかも宙吊りで、胸に、槍が……」
「その時、誰か見なかった?」
ユナの問いにヨルコさんは少し黙り込んだ後……自信なさげではあるが、しっかりと頷いた。
「はい……一瞬、でしたけど、誰かが、カインズの後ろに……いた、ような……」
やはり犯人はあの部屋にいた。そして俺たちがいたのにもかかわらず、悠々と脱出してのけたという事実に俺は無意識に両の拳を握った。
そうなるとやはりハインディング機能を持った装備を使ったはずだ。
しかしあの手のアイテムは移動中は効果が薄くなる。それを補正するレベルの隠蔽スキルを持っている人物など、アルゴかタナトスくらいしか俺は知らない。
「あの二人レベルの《隠蔽》スキル……ですって……?」
情報屋としてトップの実力者であり、隠密行動に関しては右に出るものはいないと称されるアルゴと片手剣の他に投げナイフや体術などの珍しい戦闘スタイルに高いスニーク能力で
あの二人に追随、あるいは超えるレベルの《隠蔽》スキル保持者がいるなど、まさに脅威以外なんでもない。
アスナもそれに思い至り、一瞬体を震わせたがすぐにヨルコさんにいくつか質問をしていく。
それにより得られたのはその人影にも、殺されたカインズ氏への動機にも心当たりがないそうだということのみだった。
ユナと帰ってきたノーチラスにその場にいたプレイヤーへの通達を頼むと俺とアスナはヨルコさんを宿に送り届け、ユナたち二人と合流するとまずは物証を調べるために《鑑定》スキルを持つエギルの元へ訪れることにした。
***
第50層アルゲード。
ここは店舗物件の代金が恐ろしく安いため、多くのプレイヤーが店を構えていた。
エギルもその一人で、狭く、外観も汚いが彼の店はそれなりに繁盛しているらしい。
目指す雑貨屋に到着するとその逞しい体格のエギルが出迎えた。
「うーっす、きたぞー」
「久しぶり、エーギルさーん」
手を振りながら店に入る俺とノーチラス。
「……客じゃないやつに『いらっしゃいませ』は言わんぞ、キリト、ノーチラス。……すまねぇ、今日はこれで閉店だ」
ペコペコしながら全員を追い出し、店を閉店操作する。
「ったく、店商売は信頼がメインだってのに……」
操作が終わった後、不満そうな顔をしつつ文句を述べていたが、俺たちの後ろに控える美少女たち、アスナとユナを見た瞬間、フェードアウトしていった。
「お久しぶりです、エギルさん。急なお願いをして申し訳ありません。どうしても、火急にお願いしたいことがありまして……」
「私からもお願いします、エギルさん」
そう頭を下げて言うアスナとユナを見てエギルはいかつい顔を一瞬で崩し、茶まで出した。
ノーチラスから『人の彼女に色目使うんじゃねぇぞ』という目線が送られていたのは言うまでもない。
***
二階の部屋で事件のあらましを聞いたエギルは事の重大さを察したようで、両目を鋭く細めつつ、唸った。
「圏内でHPがゼロに、だとぉ……?お前さん、それはアルゴたちには……」
「伝えた。デュエルじゃなく、どんな手口かは謎だからアルゴも現在裏付けに奔走してるらしい。おにーさんもその手口はわからないって」
「PoHが、か……⁉︎」
俺の言葉に今度は両目を目一杯に開き、驚きを隠せないエギル。
それもそのはず、おにーさんは今までに起きた全てのPK事件の手口を看破したことでアインクラッド内でも有名だ。
彼に並ぶ知能の持ち主など、ヒースクリフか、タナトスか。
「……なんかタナトス、条件に合いすぎて怖い」
今の所あげた二つの条件の他に攻略組随一のレベルという条件にも合致する親友の名前を思わず漏らした俺の言葉に思わず言葉に詰まる俺以外の四人。
……人殺し案件じゃなければまず疑ってるな、これ。と言わんばかりの沈黙。
「……いやまぁ、流石に疑いはしないけど、犯人はあいつレベルってことだろ?」
慌てて取り繕う俺。へんなこと言わないとアスナに叱られた。
さて、本題に戻し、エギルに証拠品であるロープとショートスピアを渡す。
ロープはプレイヤーメイドではなかったが、ショートスピアはプレイヤーメイドだった。
「作成者は《グリムロック》……綴りは《Grimlock》聞いたことねぇな。……お前らは?」
俺たちは首を振る。商人クラスのエギルが知らない鍛冶屋を俺たちが知ってるわけもない。
重苦しい空気が立ち込めたがノーチラスが硬い声で言った。
「けど探し出すことは不可能じゃないはずだ。この時期まで全くパーティを組まないアホなんて、キリトとタナトスくらいしかいないだろう?きっと見つかる」
エギル、サチ、アスナが深くうなずき、アホソロプレイヤーの一人、俺を見た。
「な、なんだよ……俺だってギルドに入ってるし、パーティくらい組むぞ」
「ボス戦と依頼の時だけでしょ?」
ぐぬぬ、反論できない。
そんなアスナと俺の様子を見つつ、深いため息をつくとエギルは忠告とともに武器の固有名も教えてくれた。
「全く、相手はもしかするとザザやジョニー・ブラックに比肩するかもしれん。気をつけろよ。……それと、一応教えておくが、固有名は《ギルティソーン》。罪のイバラってとこか」
改めて、俺たち四人はエギルから返されたショートスピアを見る。
モンスターにはダメージの低い、貫通ダメージを増やすために作られたであろう大量の逆棘がついた、あからさまな対人用の装備を眺めた。
「罪の、イバラ……」
アスナがつぶやいた声には、どこか寒々とした響きを帯びているように思えた。
……と、そこで俺はふと気になったことがあった。
アスナからギルティソーンを貰うと、それを自分に向けて突き立てる。
パシッ。と、アスナにギリギリのところで止められた。
「何してるの⁉︎」
「いや何って」
俺の行動は、本当に圏内でこの装備が刺さるかどうか見たかっただけなのだが、アスナは本気で怒っている。
「その装備で実際に死んだ人がいるのよ⁉︎」
アスナは俺からギルティソーンをひったくるとエギルに渡す。
「これは、エギルさんが持っててください‼︎」
「……なぁ、俺なんか悪いことした?」
「……キリト。地味にお前もおにーさんの合理主義に毒されてるぞ」
「そうだよキリト。心臓に悪いよ」
全く意識してなかったが故に地味にその言葉が最近言われた中で一番傷ついた気がする。
扱いのひどいオリ主。
念のためですが彼は別に嫌われてません。
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ノーチラスとユナと黄金林檎
フェイタルバレットついに発売しましたね。
いやー、楽しい楽しい。楽しんでプレイさせていただいています。
キリトとアスナ、そしてエギルさんが第1層のはじまりの街に行き、ついでに22層のおにーさんの元へ向かっている間、僕、ノーチラスとユナはヨルコさんに事情を聞くことにした。
「……ヨルコさん、グリムロックって名前に、心当たりは?」
僕の問いに目を見開き、そして目を伏せるヨルコさん。
「っ……はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」
僕とユナは一瞬顔を見合わせる。
僕は質問を続ける。
「昨日、カインズさんを指していた黒い槍、鑑定したところ、作成者はグリムロックさんだったんだ」
「え…………?」
手を口に当て、驚きを隠せないヨルコさんにユナが続けて、彼の名前から何か心当たりはないか聞いたところ、手応えがあった。
「はい。……あります。昨日、お話しできなくてすみません。忘れたい出来事だったし、無関係だって思いたかったこともあって……。でも、お話しします」
「その出来事のせいで、私たちのギルドは消滅したんです」
ヨルコさんの話を要約すると、こうなる。
半年前、彼女の属していたギルド、《黄金林檎》は敏捷が20もアップする指輪をドロップした。
ギルドではそれを売る派、ギルドで運用する派で別れたらしい。
まぁ、よくある話だよな。僕は思う。
もともとソロでプレイしていたタナトスやおにーさん、アルゴさんが主軸となっている《ファミリー》では、ドロップ品は手に入れた人のもの、というのが規則となっている。欲しければ交渉するか喧嘩でもしてくれというのがおにーさんの指示だ。
実際件の指輪のように敏捷がアップするようなドロップ品が出た際には敏捷と器用に重きをおくタナトスやレアアイテムに目がないキリトはだいたいどちらかが血を見る。
それをあっさり流せるような僕らのような悪友的な間柄ならまだしも、普通の日本人ならそんなことはできないからこそ、黄金林檎では揉めてしまったのだろう。
話を戻すが、その後、5対3で売却が勝ったらしい。
前線の大きな街で競売屋に委託するため、団長のグリゼルダさんが一泊の予定で出かけたが、彼女は一向に帰ってこなかった。
……《ファミリー》で、持ってったのがタナトスならこっそり使ってみたりしてるんだろうなぁ……。キリトとか、おにーさんとかでも。
のちに彼女が亡くなったことを知ったらしいが……。
「そんな大事なものを持って圏外に出るわけないし……と、なると睡眠PK、か?」
「でも半年前ならおにーさんが手口を暴いてるはずじゃあ……?」
「前線には広まっていたけど、下層までは情報がまだ行き渡りきってない時期だ、あり得ない話じゃないよ」
僕とユナは推理を進める。
「でも、それは計画的な何かを感じる。指輪のことを知ってる誰かがそれをやったとすると」
「……黄金林檎の、7人の誰か……」
僕の言葉につぶやくヨルコさん。おそらく、売却に反対していたメンバーの誰かが犯人なのだろう。
「グリムロックさんって?」
僕の質問にヨルコさんは、
「グリムロックさんは、グリセルダさんの旦那さんでした。もちろん、ゲーム内での話ですが。……グリセルダさんはとっても強くて美人な剣士でした」
「グリムロックさんは、いつもニコニコしていて、優しくて。本当にお似合いの二人でした」
少し昔を懐かしむ表情をしたヨルコさんはすぐに暗い顔に戻し、続けた。
「もし、犯人がグリムロックさんなら、指輪の売却に反対したメンバーを生かしてはおかないでしょう」
その後の言葉を紡ぐのに一瞬逡巡する様子を見せたヨルコさんだったが、まっすぐこちらを見て、語った。
「反対した3人のうち、二人はカインズと私なんです」
「「っ⁉︎」」
驚きを隠せず、軽く身を乗り出してしまう僕とユナ。
「じゃあ、もう一人は⁉︎」
「シュミットというタンクです。今は聖龍連合に入っていると聞きました」
聖龍連合……。シュミット……。
記憶の糸をたどっていく。
「確か……聖龍連合の、ディフェンダー隊のリーダー、だったか」
「ああ、あの人……」
僕のつぶやきに思い出した口調のユナ。それを見て今度はヨルコさんが軽く身を乗り出す。
「シュミットを知っているのですか⁉︎」
「まあね。僕ら《ファミリー》は遊撃を担当することが多いから、他のギルドにも知り合いがいて、その関係でね」
「シュミットに会わせていただけませんか?彼は、まだこの事件について知っていない可能性もありますので……」
ヨルコさんの言いたいことはわかる。シュミットさんはまだこの事件のことを知らないかもしれない。なら、会いたいのは当然だろう。
呼びに行きたいのは山々だが、ここにヨルコさんを残すのも、僕らのどちらかが呼びにいくのも不安が残る。
なら、とキリトにメッセージを送り、第56層にある聖龍連合の本部から連れてきてもらおうとすると、キリトからメッセージが帰ってきた。
──ごめん、おにーさんつかまらなかったからいまヒースクリフから情報もらうためにアスナとラーメン食ってるから少し待ってて。
……あいつ、情報をもらうって言ってたのにあのラーメンもどきを食わせたのか。
僕の呆れも当然だろう。
これは数日前の出来事だが、僕とタナトスとキリトは第50層を迷子になっているうち、見るからに陰鬱とした怪しい店の前に出た。
これはあのごちゃごちゃしたカオスな街ならよくある光景なのだが、その店はなんとメニューがアルゲードそばなる、無駄にクソ長い時間とともに出されるタナトス曰く『醤油抜きの東京風しょうゆラーメン』という微妙な料理を出される店なのだ。
あそこの麺を食べてタナトスが絶対に醤油、否、和食を作ってみせる……!と意気込んでいたことは記憶に新しい。
おそらくアスナも奮起しているに違いない。
正直、このタイミングであそこに向かう
仕方ない、と椅子から立ち上がり、ユナとヨルコさんに話しかける。
「僕とユナはシュミットさんを呼んできます。それまでこの宿屋から出ないようにしていてください。念のため、窓辺にも近寄らないようにしていてください」
***
トントントントントントン。
部屋に響くは貧乏ゆすりの音。
どこかで貧乏ゆすりは精神安定の効果があるとか聞いたことがあったな、と物思いにふけつつ、ヒースクリフと会談した際に手に入れた情報、二次情報に頼るな。
すなわち、動機面の話をしたヨルコさんを疑えという情報のもと、シュミットさん、ヨルコさんの二人に目を光らせ、動向を見る。二人のどちらかが犯人という可能性だってないわけではないのだ。
やがて口を開くシュミットさん。
「……グリムロックの武器でカインズが殺されたというのは本当か、ヨルコ⁉︎」
ゆっくり頷くヨルコさん。恐怖に顔を歪ませ、立ち上がるシュミットさん。
「どうして今頃、俺たちが殺されなくちゃいけないんだ⁉︎」
それに畳み掛けるヨルコさん。彼女の精神状態の危うさをうかがわせる、感情の起伏のない口調で予想だにしない言葉を紡ぎ始めた。
「もしかしたら、グリセルダさん自身の復讐、なのかもしれない」
「……え……?」
「私、昨日寝ないで考えたの。だって、ダメージを与えられない圏内で、人を殺すなんてそれこそ幽霊じゃなきゃ無理な話だわ……」
「落ち着いてください、ヨルコさん!」
ユナの呼びかけにも答えず、ヨルコさんは完全に錯乱していた。
窓辺に寄り、叫んだ。
「幽霊相手じゃ、いくら知識があろうと、力があろうとまるで歯が立たない!グリセルダさんを殺したのはメンバー全員の責任でもあるのよ⁉︎」
その迫力に一瞬あっけにとられた様子の僕だったが、すぐにハッとした表情になり、ヨルコさんに駆け寄ろうとした。
「待って、ヨルコさん!相手は圏内でも人を──」
とんっ。
よろめき、横向きになったヨルコさんの背中には、黒い短剣が刺さっていた。
そしてそのまま外に向かって倒れるヨルコさん。
「ヨルコさん!」
スローモーションに見える世界の中、僕は駆け寄り、その手をつかもうとしたが、その手は空を切り、地面に落ちたヨルコさんバウンドし、青いエフェクトが包み、そして。
パシャァン、という破砕音ととともにポリゴンのかけらが無に帰して行き。
その場には漆黒のダガーのみが路上に転がっていた。
キリト、ノーチラスが主人公として繰り広げられる圏内事件編。
この時タナトスはキリトたちが抜けた穴を前線で埋めています。
感想、評価等いただければ幸いです。
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ノーチラスとキリトと真相
タナトスを登場させたくなってきました。
からーん。
漆黒のダガーが路上に転がった。ヨルコさんを構成していたポリゴンは空へ消え去った。
そんな……。
僕はあらん限りに目を見開く。
有り得ない‼︎‼︎
僕の音の無い絶叫には、しっかり根拠があった。
宿屋の客室はシステム的に保護を受けている。
窓が開いていようと、中に何かを投げ込むなど不可能。たとえ未知の手によって可能になったとしても、あんな短刀が中層プレイヤーのHP全て吹き飛ばすなど、それこそヒースクリフさんとキリトのSTRを足しでもするかしないと不可能なはず。
絶対に有り得ない。
僕は戦慄しながらも、無理やりヨルコさんの消えた石畳から目をあげ、辺りを見回す。
……見つけた!
屋根に見えた、漆黒のフーデッドローブに包まれた、顔の見えない黒衣の人影。
「野郎っ……!」
窓枠に足をかけ、飛び上がると同時に一言。
「ユナ、あとは頼んだ!」
「え、ノーくん⁉︎」
奴のスローイングダガーを受ければ僕も即死するかもしれない。
それでも、ここは命なんて惜しめない。
しっかり宿屋のシステムにも穴があるかもしれないと予想していたのにもかかわらず、ヨルコさんを死なせてしまった。
僕の後悔をあざ笑うかのように黒いローブははためき、そして駆け出す。
腰の剣を引き抜き、もしダガーを投げられたら弾けるようにしながら走る。
……あの体格……恐らくは男か。
《ファミリー》の特性上、フーデッドローブを身につけた人間と関わることはたくさんある。その過程で身につけた技術をフル活用しながら多くない特徴を頭に叩き込む。
敏捷、演技の可能性を排除した上でおそらく中層プレイヤー並み。
体格、おそらく男性。
武装、見えない。恐らくは装備していない。投擲のみの武装しかしていなかったか。
そこまで見てソードスキルの構えを取る。突進系ソードスキルで一気に距離を稼ぐのだ。そこからはタナトスとの喧嘩で鍛えられた体術でどうにかなる。
しかし男は懐から転移結晶を取り出した。
「くっ!」
僕は毒づきながらソードスキルの構えを解き、相手の音声コマンドを読み取ろうと、耳を澄ませた。
しかし目論見はまたしても裏切られる。
偶然か必然か、ちょうどその時間は午後5時であった。
「ウッソでしょ……⁉︎」
5時を知らせる鐘の音である。
そのせいで僕はその言葉を聞き逃してしまった。口元は見えていたが、読唇術なんて使えるわけもなく、男はあっけなく消え去った。
僕はその青い光を、妙な既視感とともに見ていた。
***
屋根を経由せず、道をしっかり使って宿屋へ戻った僕は、ダガーを回収し、部屋に戻ると涙目で心配半分激怒半分のユナに初手正拳突きをくらい、そして思い切り怒られる。
「ノーくん!ほんっとうに心配したんだからね⁉︎」
「うん、心配させてごめんな、ユナ。こちらに特に異常はなかった?」
ユナはその仕事優先の僕の態度にふてくされたようにほおを可愛らしく膨らませながら大丈夫だったと言う。
今度何か埋め合わせの約束をしつつ、軽く状況を説明する。
刺さっていたダガーはこれまた逆棘がびっしり付いていた。
製作者は、鑑定するまでもない。グリムロックなのだろう。
おそらく中層プレイヤー並みの実力と、ありふれたフーデッドローブからあれがグリムロックなら、と言う自らの推察を口にしたところでシュミットさんが口を開いた。
「……あれはグリムロックじゃない。やつは……はは、グリセルダに違いない……!あれはグリセルダのものだ!」
完全にヨルコさんの言葉に正気を失いかけている。はははははははは、とタガが外れなように笑い声を漏らす。
「はぁ……。シュミットさん?あなたが何を信じるかは勝手ですが、僕らはあくまでシステム上で何か、誰かがやってると仮定しています。落ち着いて、僕らに協力をお願いします」
そんなことを数分説き続け、なんとか落ち着かせることに成功した僕たちはもはや唯一の手掛かりとなってしまったグリムロックの情報、彼の行きつけの店の場所を聞き出し、シュミットさんを聖龍連合の本部に送り届けると同時にキリトと合流する手筈を整える。
そこにおにーさんからメッセージが届いた。
『状況説明をしてくれ』
簡潔ながら言いたいことだけしっかり言う彼らしい文章。
僕は今までのことを出来るだけ詳しく、それでいて長々としないようにまとめて送った。
この文章をうまく簡潔に書くのはおにーさん塾の賜物である。
『よし、状況は大体把握した。カインズ氏のスペルはkains……合ってるな?』
少しして届いたメールの質問の意図が汲み取れず、首をかしげるがそうだ、と送っておいた。
『アルゴらとともに動く。
それを流し読みして、おそらくキリトにもいっているのだろうな。ならアイツにも転送する必要はないか。とか思いつつユナに向き直る。
「ユナ。少しおにーさんに直接会って状況の説明をすることになった。先に言っててくれ」
「……?うん、わかった。じゃあアスナたちと待ってるわ」
よし、うまくごまかせたようだ。僕はおにーさんが自分とキリトのみ呼んだ理由をうっすら察しながら、たった数分でここまでやれるおにーさんの頭の回転の早さに関心を通り越して畏敬の念を心の中で表した。
そして僕は転移結晶を使って、第22層にあるホームに向かう。
***
第22層、《ファミリー》ホーム。
リビングで紅茶のような飲み物を啜りつつ、おにーさんが切り出す。
「キリト、ノーチラス。呼び出してすまないな」
「構わないです」
「おにーさん、それより何かわかったのか?」
タナトスが作ったクッキーをかじり、そして真面目な表情に引き締めたおにーさんは、静かに喋り始めた。
「そうだな。では結論から言おう。この事件は、綿密に計画された……」
「茶番だ」
「…………な、は…………?」
言い切ったおにーさんの言葉に二の句が告げない僕とキリト。
おにーさんはアルゴに頼んでとある資料を出してもらっていた。
「これは度々アルゴが記録していた黒鉄宮に記されていた死者の記録だ。……記録を取り始めたのがこのギルドを立ち上げてからだから、そこまで古くはないんだが、それでも一ヶ月以上前の記録だ。これを見てくれ」
kains サクラの月 11日
「「⁉︎」」
「おそらく、カインズなる人物はこのアインクラッドに二人いたのだろう。ちなみに、Cから始まる
むふー。とアルゴさんが満足げに鼻を鳴らす。
「では次にトリックだ。……ここに、耐久値がもうゼロに近い剣がある。これを壊すと……」
ポリゴン片とともに、剣は砕け散った。
キリトはハッとした表情になり、数秒たってから、僕も思い当たった。
相変わらず頭の回転早いな、などと関係のないことを僕が思っている間にも話は進む。
「圏内ではHPは無くならないが、耐久値は減る。カインズ氏は着込んだフルアーマーの鎧にショートスピアを突き刺し、ヨルコさんは……おそらく、外套に事前に、あるいはシュミットを呼びにいった間に刺していたか。短刀くらいなら簡単に髪に隠れるだろうし。ともかく、これを使い、破壊すると同時に転移結晶でどこかに転移したのだろう」
「これがトリック……。と、なるとこんな事件が起こる原因となったのは……」
キリトが顎に手を当て、頬骨のあたりを指でトントン叩く。そして呟いた言葉を僕が引き継ぐ。
「シュミットさんがきな臭いね」
おにーさんもそれに首肯する。
「ギルド解散からわずか半年でシリカともどっこいどっこいのプレイヤーが攻略組最前線までのし上がるなんて、サチやノーチラスのように攻略組の力をフル活用するしかない。しかしそんな話はアルゴも聞いたことがないそうだ」
アルゴもそれに同意し、おにーさんの話を引き継ぐ。
「なら、グリセルダさん殺害の件で大金を手に入れ、それで装備を整えた可能性が高イ。その後、ヨルコさんとカインズ氏はシュミットに疑いをかけ、真相を暴くためにこんな大それた計画を立てたんだろうナ。今頃、グリセルダさんの墓標の前で許しを乞いているんじゃないカ?」
そこまでアルゴが話して、おにーさんの空気が一変する。この空気は、かつて会議が始まる際に毎回放っていた、殺気にも近いおにーさんが本気の時にまとうオーラのようなものだ。
「ここからが本題だ。おそらく、グリセルダさんを殺したのは──」
そして犯人の名を告げた後、毅然とした態度でおにーさんは言い切った。
「ここで、確実に潰す」
もらってすぐに事件の真相まで至るPoH。さすおにとしか言いようがない。
多分PoHならアルゴみたいなのが原作のラフコフにもいたら多分攻略組は勝てなかったろうなと思う今日この頃。
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不良少年と殺人者
兄弟、キリトのお株を奪う。
第19層、ラーベルグ。
そこに黄金林檎リーダー、グリセルダは眠る。
十字の丘と呼ばれる寂れたフィールドには今現在、3人のプレイヤーしかいなかった。
名を、ヨルコ、カインズ。そしてシュミット。
死んだと思われていたヨルコの左手には、音声を記録する記録結晶が握られていた。
「すまない……あんなことになるなんて……すまない……」
グリセルダの怨霊に取り憑かれてしまったと信じて疑わなかったシュミットはこのグリセルダの墓にて、一人自白していた。
自分の罪の懺悔である。
それをグリセルダに扮したヨルコとカインズが録音したのだ。
「グリセルダのことは決して憎んだり、こ、殺そうなんて思ったことはないんだ!俺は、ただ誰かわからないやつの指示に従っちまっただけなんだ…………。そのせいで、リーダーは……」
シュミットがやったことは、グリセルダが暗殺される前日に彼女の寝泊まりする宿屋の部屋内に回廊結晶を設定し、ギルドの共有ストレージに放り込んだだけ。
それだけで大金が手に入ると聞いたシュミットは浅はかにもその誘いに乗ってしまった。
どうせ指輪が強奪されるくらいで事件は終息するだろう。そんなことを考えながら。
結果として、グリセルダは死亡。
犯人は未だ、謎に包まれている。
黄金林檎の3人は、犯人について、思考を巡らせていた。
圏外にもかかわらず、それこそ浅はかにも。
さくっ。
シュミットは自らの体を何かで切り裂かれた瞬間、体に麻痺のステータスがついたことを確認した。
そして重力に逆らえることなく、地に伏すシュミット。
「おやおやぁ?これはこれはこれは……聖龍連合のディフェンダー隊隊長じゃないですかぁ?」
少年のような無邪気な声にシュミットは必死に一瞬にして恐怖に支配された視線を上向けた。
目に飛び込んできたのは黒ずくめのブーツ、パンツ、レザーアーマー。左手はポケットに突っ込んでおり、右手には、刀身が緑に濡れるナイフを携えていた。
そのナイフの刀身は、たまにタナトスが使っているのを攻略の際に見たことがあるので知っている。
毒ナイフだ。
その男の特徴は何と言ってもその頭陀袋のような黒いマスクと、
「あっ……!」
背後で小さな悲鳴が聞こえ、視線を向けるとヨルコとカインズを極細の剣で威嚇する、やや小柄の、黒いボロ切れのようなものが全身から垂れ下がっている赤目の髑髏マスクがあった。
同じく、オレンジカーソル。
この2人を、シュミットは知っていた。直接見たわけではない。ギルドで見た要注意プレイヤーのスケッチ、そして鼠の情報を見たのみなのだ。
ある意味でボスモンスター以上に凶悪で、恐ろしい。かのオレンジ潰しの《ファミリー》ですら壊滅には至れなかった
赤眼のザザ。ジョニー・ブラック。
殺人ギルド《
究極の自治集団《ファミリー》に対抗するかのように生まれた、過激な思想のもと、先鋭化した集団である。
その思想とは、『デスゲームなら殺して当然』。
そんな危険思想のもと、《暗殺者》タナトス、《鼠》アルゴ、そして元攻略組のブレインにして22層で攻略の手助けの傍、学生プレイヤーの教育に勤しむ《
中でもトップに君臨する2人の存在。ジョニー・ブラックはその戦闘センスはタナトスやキリトにも比肩し、ザザのその速さはアルゴやアスナにも並ぶという。
心の中で、絶望に打ちひしがれるシュミット。
ああ、俺はここで死ぬのか。
そう思っていた矢先。
ザッ、ザッ、ザッ。
新手か。冗談じゃないぞ。
「hmm……。やはり俺たちの予測通りだったな。対人戦にそこまで明るくないアルゴとノーチラスを後方支援に回してよかった」
膝上までを黒いポンチョに身を包み、手には中華包丁のように四角く、赤黒いダガーを持つ美男。
「だねぇ。いやはや、シリカにまで前線に出張ることを強いちまってるからね、このくらいはやらんと。……ぶっちゃけ寝てないので辛いのですが」
軽く被られた猫耳付きフードに大量のナイフホルスターを取り付けた黒のパンツ。背中には片手剣を携え、そして頬にはギリシア文字のθがある少年。
「珍しいよな、タナトス過労死ルート。いつもはおにーさんかノーチラスだってのに。流石に今回ばかりはノーチラスたちは関わらせられないか?」
漆黒の装備に身を包み、背はそこまで高くはないが、その身から放つプレッシャーは強者のそれとなっている、中性的な見た目をしている少年。
「…………PoH、タナトス、キリト…………… ‼︎」
シュミットの唇から漏れた一言は、安堵と希望に満ち溢れていた。
「「「It’s show time.」」」
殺人者と、不良たちの戦いが幕を開けた。
***
「よっ、と」
ジョニー・ブラックの毒ナイフをギリギリでいなしつつ、PoHは反撃の機会を冷静に伺う。
「おいおい!前線にいなかったくせに腕なまってねぇな、Poooooh!相変わらず冷たい目ェしてるねぇ!その武器も人殺しにはぴったりだろうよ!」
PoHの持つ《
そのことを自覚しているが故にPoHは顔を思い切りしかめる。
毒ナイフを何度か受けながらも事前に飲んだ耐毒ポーションの恩恵でダメージを受けるのを最小限に抑えるPoH。
ダメージが蓄積し、4分の3ほど削られた頃、彼は、不敵に笑った。
「人殺し……ねぇ。全くだな。but、性能は抜群だぜ?」
ジョニー・ブラックが突き出したナイフは、PoHの顔面すれすれを横切りながらも、彼は臆することなく友切包丁を切り上げる。
パキイィィイン!
金属の折れる小気味良い音とともにジョニー・ブラックのナイフが折られる。
システム外スキル、《
キリトが得意とするスキルで、PoHの直伝でもある技。当然、低確率であるはずのこのスキルも、PoHならいとも容易く使える。
「っ⁉︎」
目を丸くするジョニー・ブラック。即座に武器の切り替えをするも、全て破壊される。
今まではずっと、ジョニー・ブラックの癖を見極めるための戦いだったのだ。
無論、苦戦してなんとか隙を見つけたが故の武器破壊ではあったが。
「終わりだ」
友切包丁が即座に4つの光を放つ。
その瞬間、ジョニー・ブラックはこのデスゲーム始まって以降、初めての四肢の喪失を体験した。
「あっ、ああああああああああああああ⁉︎」
ゲーム内なので当然痛みは少ないが、それでもあるはずのものがないことは殺人鬼からしてもパニックを起こすには十分な要素であり、みるみるうちに減るHPを見て顔を青くする。
「安心しろ、ちゃんと手加減したさ」
その言葉とともに拳を振りかぶるPoHの姿を最後に、ついにジョニー・ブラックの意識はブラックアウトした。
***
「っとと……お?兄貴の野郎、もう仕留めたのか。早いな」
細剣のソードスキルを避け、目に入った光景に目を丸くしつつ、全身に薄く切り傷を負ったキリトはザザを向いて言う。
「で?お前もそろそろ降参しないか?タナトスの麻痺が効かないなら降参してくれるとありがたいかな……帰って寝たいし」
ザザの身体中には、大量のナイフが刺さっている。
キリトのパリィ、そしてタナトスの投剣によるダメージの連鎖により精神的に疲労しているザザ。しかしそれは、彼にとって枷にもならない。
「舐め、るなぁああああ‼︎」
叫びとともに繰り出されるアスナにも届くのではないかと思われる細剣の連撃に普通の相手なら細切れにされておしまいだろう。
されど相手は《ファミリー》最大戦力の一角、そう簡単には崩れない。
「っ、くくっ、まだまだぁっ‼︎」
まだ笑う余裕のあるキリトに、ザザはさらに叫ぶ。
「っ、こ、のぉぁああああ!」
ザザは残りの精神力を費やし、仮面に隠れていない目も赤く血走りながら、攻撃に移る。
それを見たタナトスはナイフを落とし、背中の片手剣を抜く。
「どけ、キリト」
だらん、と片手剣を持った手を下げ、足は肩幅に開き、自然体の状態で待つタナトス。
地面を蹴り、接近するザザのソードスキルの攻撃を、キリトとは違い、
盛大にバランスを崩すザザ。
しかしそれはキリトではなく自分にソードスキルを使われた時は素直に回避に専念していたタナトスも同じで、元々STRに振っておらず、器用と俊敏に極振りの彼もまた、バランスを崩していた。
ザザはこの攻撃の意味をついぞ理解し得なかった。
次の瞬間、彼の視界もまたブラックアウトしたのだから。
***
「流石にそれは真似できないな」
口笛を吹きながらの兄からの賛辞の言葉に嬉しそうに、寝不足ゆえの疲弊から息切れしながらもタナトスはにやりとしてサムズアップする。
タナトスがやったシステム外スキル、名を《
タナトスは生まれつき体がしなやかで柔らかく、ある程度の無茶な体勢でも無理が効き、動く。
故に編み出したこの技はソードスキルの後に否が応でも発生する硬直をなくすために生み出したのだ。
SAOの仕様上、両手に武器を持つ、すなわち二刀流などのことだが、ソードスキルを使用しようとするとファンブル、すなわち失敗してしまうが両手に武器さえ持たなければその限りではない。
その際タナトスが考案したのがソードスキルでお互いの姿勢を崩しつつ、無理矢理体術スキルの初動に合わせればソードスキルが連続で使える、と言う荒業。
間違いなく現実なら腰を変に捻ること間違いなしである。
そんな未知の技を使えばいかに寝不足でやや集中にかけるタナトスといえど勝てないはずがない。
「ど、どうしてここに……?」
まさかのトッププレイヤー登場に、目を白黒させるヨルコ。
「それはアルゴだよ。……にしても、生きていて良かったです、ヨルコさん、それに、カインズさんも」
「俺は前線で徹夜してたのに駆り出された……。しばらく働きたくない……。第1層の悪夢を思い出す……いや、記憶ないけど」
死んだと思っていた人物に会えて心からホッとした様子のキリトと寝ぼけなまこでうわごとを言うタナトスだが、すぐに顔を引き締める。
「残念だが、キミたちを襲ったラフコフが現れたのは偶然じゃない。
「連れてきてくれ」
現れたのは、ノーチラスに後ろ手を押さえつけられ、アルゴにクローを突きつけられながら歩いてくるかなりの長身の男。
それは、
「グリムロック……‼︎」
圏内事件、もう一人の演出家であった。
というわけでこれでラフコフの二人は退場となります。ザザにキリトとタナトス(寝不足)を当てるのはややオーバーキル感が拭えませんがご容赦ください。
ちなみにタナトスが寝不足で少しパフォーマンスが落ちているのは第1層の悪夢ののち、リアルにいた頃と違って夜更かししなくなったために徹夜への耐性が落ちたためです。
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棚坂樹とグリムロック
タナトス、ブチギレる。
「さてと、役者も揃ったし、推理ショーと洒落込もう。……おいノーチラス。そこの
死んだと思っていたヨルコさんに会えて嬉しそうなノーチラスにあらかじめ釘を刺し、俺は喋り始めた。
「さて、グリムロックがどうしてここにいるか、だが。彼、君たちの案に反対してなかったか?」
初対面ではあるが、ヨルコさんは普通に頷いてくれた。俺は話を続ける。
「うん、だろうな。けど、グリムロックが君たちの計画に反対したのは、あることが見抜かれることを恐れたからだ。別にグリセルダさんのことを思ってたとか、そう言うわけじゃあないんだよな」
「え……?」
意味がわからない、と言った様子のヨルコさんたち。無理もない、このアインクラッドではいくら仲が良くても結婚まで至るカップルはごく稀だ。離婚するのはさらに少数だろうし。
このことも、全てはヒースクリフから聞いたことだ。
兄やアルゴも知らないことを知っている生き字引の博識っぷりに心の中で素直に賛辞を送りつつ、続ける。
「結婚すると、ストレージは共有される。グリセルダさんのストレージは、同時にグリムロックのものでもあった。つまり、グリセルダさんを殺したところで、指輪は奪えない。なぜか?グリムロックの手元に転送されるのだから、当然だろう?シュミット、あんたは確かに金を受け取ったんだろ」
俺の問いに麻痺から治った大男はあぐらを書いて呆然と首を縦に振った。
「中層プレイヤーを攻略組まで引き上げる大金なんざ、指輪を売却するっきゃない。それができるのはグリムロックだけだからな」
「そんな……」
ヨルコさんが口を抑える。嘘だ、と叫びたいのを必死にこらえているようだった。
「おそらく、彼自身は顔が割れてるし、殺人の実行はレッド、ラフコフの誰かに任せたんだろ。睡眠PKは、ポータルで圏外に運び出してやるものだし。あとは共犯のシュミット、そして解決に動く3人を抹殺。……俺たちの目もあるし、本当はもっと計画的に殺すはずだったろうが、君らが動いたからグリムロックも動かざるを得なくなったようだがね」
そこでついにノーチラスの剣も恐れていられなくなったのか、グリムロックが口を挟んだ。
その銀縁の丸メガネの下にある、どこか不安を掻き立てられるような柔和な目。例えるなら小物になった本性を現す前の藍染惣右介といったところか、そんな男は、俺の発言に非常に遺憾だ、という表情だった。
「タナトス君、それは誤解だ。私がここにいたのは、事の顛末を見届ける責任があると思ってこの場所にいたんだ。そこの怖いお兄さんとお姉さんに従ったのも、そもそもやましいことがなかったからだ」
「《隠蔽》スキル使っていてよく言うヨ。俺っちに見つからなかったら動く気なかったロ?」
あきれた様子のアルゴにグリムロックは穏やかな表情で返した。
「仕方がないでしょう、私はしがない鍛冶屋。この通り丸腰なのにあんなレッドプレイヤーの前に飛び出せると?」
シュミット、カインズさん、ヨルコさんの方を見るとやはり半信半疑なのが見て取れる。
再度言い返そうとするアルゴを制すると兄に任せることにした。
「初めまして、グリムロックさん。俺はPoH。攻略兼自治ギルド、《ファミリー》のギルドリーダーだ。……さて、本題に入るが、少なくともあんたが《黄金林檎》解散の要因となった指輪事件の主導者はあんたと言う証拠は先程、タナトスが提示した通りだ。ここから、今回の事件もあんたが指輪事件に関わる3人の口を塞ぎ、闇に葬ることが目的ということになる」
それを聞いて、グリムロックの口元が歪み、兄の推理の穴をつく。
ことはなかった。
「とはまだ言い切れない。まだ証拠が一つ足りないからな」
ここで兄はヨルコさんに向き直る。
「この推理には一つだけ穴があってね。もしあの指輪が、たまたまグリセルダが装備していたら、指輪はそこにドロップされてしまうのだが」
……盲点だった。
「さて、ヨルコさん。俺はグリセルダさんがグリムロックのことを愛していたと信じる上で問おう。彼女は指輪をつけていたと言えるか?」
兄はヨルコさんに聞く。ヨルコさんは、その目に烈しい何かを秘めながら首を振る。
「リーダーは、笑いながら言ったわ。『SAOでは、指輪は片手に一つずつしか装備できない。右手にギルドリーダーの印章、そして……左手の結婚指輪は外せないなら、私には使えない』って。だから、PoHさん。それは絶対にありえません!」
「ふむ。確かに君の言い分は正しそうだが、それだけでは証拠としてはまだ弱い。その言葉の根拠はあるかい?」
兄の言葉に強く頷いたヨルコさんは振り向き、すぐそばの小さな墓標に跪くと、そこからあるものを掘り出し、差し出した。
それは小さな箱。
《永久保存トリンケット》。
ヨルコさんのもつそれはマスタークラスの細工師のみが作成可能な、耐久値無限の保存箱。
大きさはごく小さく、最大でも10センチ四方程度しかないためにアクセサリーくらいしか入れられないが、たとえフィールドに放置していてもこれが自然消滅することはない。
ヨルコさんはそれをそっ、と開けると二つの指輪がキラリと輝いた。
まず取り出したのは銀の指輪。
《黄金林檎》の印章であるそれはヨルコがまだ同じものを持っているために別のものである可能は否定され。
そして取り出した黄金の細身のリング。
「そしてこれは、いつだって彼女が左手の薬指に嵌めてた、あなたとの結婚指輪よ、グリムロック!内側にあなたの名前もある!これでもあなたは言い逃れできる⁉︎」
語尾は、涙まじりだった。
「どうしてなの、グリムロック…………なんでグリセルダさんを、…………私たちのリーダーを……奥さんを殺してまで、お金が欲しかったの」
ろくに抗弁もできずに完全に退路を絶たれたグリムロックは、その言葉を
笑った。
「これは、あの指輪を処分した時の金、シュミットに渡していない分、すなわち私の取り分というやつだ。金貨一枚だって減っちゃいない」
「え……?」
戸惑う俺たちを尻目に、グリムロックは独白を続けた。
曰く、彼女とは現実でも夫婦である。
彼にとってグリセルダとは、一切の不満のない理想的な妻であった。
しかし、この世界に囚われてからはグリセルダ……否、《ユウコ》は変わってしまったのだと。
強く、今までの従順さはかけらも見えないほどに。
「私は、弱かった。だから、ユウコに現実世界に戻った時、離婚でも切り出されたら耐えられない。なら、なら!合法的殺人が可能なこの世界なら。ユウコを、永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を、誰が責められ……」
言葉は最後まで紡がれることはなかった。
「ざっけんじゃねぇぞ、このクソ野郎がぁっ!」
思い切りグリムロックを殴り飛ばす俺。
カーソルがグリーンからイエローに変わるが、御構い無しに。
「てめぇは、グリセルダさんを愛してたんだろうが!たとえ愛した人間に、辛い未来が待ってようと、隠したい過去があろうと、変わらず好きでいてやるのが
胸ぐらをつかみ、高いとは言えないが攻略組の1人らしい筋力値に物言わせ、持ち上げる。苦しそうな呻き声を出すグリムロックに、俺は叫ぶ。
「てめえのことを愛してたグリセルダさんは、こんな苦しみじゃすまねぇよ!俺はグリセルダさんがどんな人かは知らない!それでも!あんたらは夫婦だろ⁉︎家族だろ⁉︎家族なら、どんなに相容れない部分があろうと!殺そうなんて思っちゃいけねぇ!家族は、てめえだけのものじゃねぇんだ!どんなものだろうと、受け入れ、いい音楽でも聞いたり、ゲームでもして笑いあって、悲しいことがあったら一緒に泣いて!でも時には喧嘩して、殴り合ってでも最後には仲直りして、美味い飯を食う!それが家族、愛し、愛される関係だろうが!」
タナトスの脳裏には、ある男との日々、ある女の子との日々がよぎっていた。
貧民街暮らしで、誰も信じれなかった年上の少年。彼と思いっきりぶつかり合ったことで、二人は分かり合えた。
人を殺してしまった過去を持つ年下の少女。彼女のどんな過去も受け入れ、愛せたから今の自分が、彼女がいる。
「あんたの身勝手な理想で、掛け替えのない存在を汚してんじゃねぇよ!」
グリムロックの肩が小さく震えた。
シュミットの声が俺の鼓膜を刺激する。
「……タナトス。この男の処遇は、これたちに任せてもらえないか。もちろん、私刑にかけたりはしない。しかし罪は必ず償わせる」
その落ち着いた声に、俺の頭は冷えていく。
胸ぐらを掴んでいた手を離し、がしゃりと鎧を鳴らして立ち上がった大男を見上げ、俺は小さく頷いた。
「…………任せた」
シュミットはグリムロックを立たせ、一言「世話になったな」とだけ言って丘を降りていく。
それにヨルコさんとカインズさんも続く。
「ノーチラスさん。キリトさん。本当に、なんとお詫びして……いえ、なんとお礼を言っていいのか。……あ。いえ……それはともかく、二人とも、死なないでくださいね」
不吉な言葉を残し、去っていくヨルコさん。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「キリトくん…………‼︎」
「ノーくん…………‼︎」
そこに立つは2人の般若。ドス黒いオーラを体に纏いつつ、キリトとノーチラスを見据えている。
「「よくも置いて行ったなぁ‼︎」」
ひっ!と短く悲鳴を上げて逃げ出すノーチラスとキリト。
彼らの命は、きっと長くないだろう。
合掌。
***
そして騒がしいのがいなくなり、場は静寂に満たされる。
「──兄貴、アルゴ。帰るか」
「──ああ」
「──そうだナ」
夜は、まだ明けない。
しかし、明けない夜はないのだ。
二人の兄弟の歩く道に、朝日を幻視した鼠の少女は、にひっと笑い、二人と肩を組む。
「よーし!ラフコフもこれで実質壊滅ダ!今日は打ち上げだゾ!」
陽気なそのアルゴの様子に面食らった兄弟だったが、微笑むと、返事をした。
「「そうだな」」
そしてそれにボソッと付け加えるオレンジカーソルの猫耳少年。
「……まずは、グリーンカーソルに戻さないとね」
宴会は、二日後に延期された。
これで圏内事件編は終了となります。
次回は間章です。
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間章 棚坂家の日常
時刻は5時を少し回った頃。冬が来た東京のこじんまりしたアパートで、樹は目覚ましの音もなく目をさます。
一つ伸びをすると布団から起き上がり、兄に挨拶をする。
「っくあ〜。はよ、兄貴」
キッチンから顔を覗かせる兄ことヴァサゴ。
「おう、今日の弁当当番お前なんだからさっさと予習やるぞ」
棚坂家の朝は早い。
学生3人暮らし(正確には1人は半同棲だが)のため、どんなに前日遅く起きていようと6時には起床。1時間ほどヴァサゴ指導のもと予習をしつつ、朝食はヴァサゴが作る。弁当は3人分、交代で作る。今日は樹の日である。
きっかり1時間後、玄関のドアが開き、予習でわからなかったところをヴァサゴに聞くために参考書片手の詩乃が学生服を着て顔を見せる。
「おはよ」
「うぃー」
「おはよう」
それぞれ挨拶をしてヴァサゴの作った朝ごはんの並べられた食卓に座る。
ヴァサゴは料理を覚え始めたのが日本に来てからなので意外にも和食が得意である。
本日は味噌汁、納豆ごはん、さんまの塩焼き、小松菜の和え物である。
「相変わらず顔に似合わず和食得意ですよね」
「こればっかりは父さんと母さんに感謝だな」
「別に俺が作ってもいいんだがねぇ」
因みに樹の得意料理は洋食である。中でも洋菓子はかなりの腕で、かなり美味しい。
「お前は高校生なんだから勉強しとけ。大学はまだマシだから」
「へいへい」
朝の団欒もいつも通り和やかに、学校へ向かう詩乃と樹。今日はヴァサゴの大学は午後からだ。
「そうだ、今日は送ってってよ」
「えー。……構わんが、なら遅れらんないし、そこそこ飛ばすぞ?」
「やった!」
樹の自転車の後ろに座りながら小さくガッツポーズを取る詩乃。
樹はたまにはいいかと思いつつ自転車を漕ぎだす。
天気は快晴。すっかり冷たくなった朝の風を受けつつ、学校へ向かう。
「詩乃、学校はどうだ?」
「うん、まだ絡んでくるやつらはいるけど、前までひどくはないよ。……あんたらのおかげでね」
若干の皮肉に苦笑を浮かべる樹。
それは詩乃を樹たちが救ってから少しして。未だになくならない詩乃へのいじめに対し、棚坂兄弟がいじめっ子たちを完膚なきまでにボコボコにした事件である。
どのくらいやばかったかと言うと、通報を受けた警官もついでにボコボコにする勢いで。
「いやー、あの時はすごかった。逃げてる時、振り返るたんびに追っ手が増えていったんだもの」
「いや、覆面して中学生をボコボコにする男なんて見たらそりゃ厳戒態勢にもなるわよ」
「でも、あれ以降なくなったろ?」
「私がヤバい組織の中枢って噂はできたけどね」
「…………まぁ、必要経費?」
「んなわけないでしょ!」
そう言い合っているうちに詩乃の学校前まで着く。
校門前で詩乃を降ろすと、何人かの生徒が一気に挨拶していく。
「あ!棚坂センパーイ!」
「おーす」
呼びかけられた声ににこやかに返す樹。ちなみにここは母校でもなんでもない。
たまに詩乃を送るようになり、ついでに中学生と交流するうちについたあだ名が『センパイ』なのである。
因みに樹のおかげで(下世話だが)詩乃に新しく友達が少しながらできたりしている。
「じゃ、俺も行くわ」
「ええ、いってらっしゃい。…………あ、ごめん。時間」
「え?……わわっ!やばっ!」
とんでもないスピードで自転車を動かし、あっという間に見えなくなった樹を見送り、学校に入る。
「ねぇ、朝田さん。棚坂センパイ、いい加減気づいた?」
「……ダメよ、きっと可愛い妹程度にしか思ってないわ」
そんな会話があったそうな。
***
「棚坂。遅刻の言い訳は?」
樹の通う高校で、現在樹はクラスメイトの視線のもと、床に正座させられている。
「好きな女の子へアタックしてて遅れました」
キリッ、とある種のかっこよさを漂わせながらサムズアップを決める樹。
担任はため息をつく。
「正直でよろしい。あとで職員室な」
「のおおお…………」
「恋せよ少年。お兄さんには言わないでおいてやるから」
「いええす!」
現金なやつ……というクラスメイトの視線ももろともせず、ガッツポーズをする樹。
連絡に関してはヴァサゴに知らせた結果、正門あたりでボロ雑巾にされている樹が目撃されて以来、よっぽどの問題を引き起こさない限り家には連絡しないというのが教師の間の不文律となっている。
樹本人も、不良とは言え聞き分けはそれなりにいいし、こういう風に機嫌がいいと教師陣も助かるというものである。
尤も、その当時は樹もやり返していたため、巻き込まれた人間は多数いたことは言うまでもない。
そしてそれを見て樹の友達が減ったのも言うまでもない。
***
代わり映えのしない退屈な授業を終えると船を漕いでいた樹は席からさっさと立ち上がり、身支度を整える。
もともと彼は部活に入っていないため、割と早く帰れる人間である。今日は特にバイトもないので自転車を押しつつのんびり帰る。
いつもなら自転車に乗ってさっさと帰るところだが、今日は最近はまっているソーシャルゲームのガチャで好きなキャラのピックアップ。加えて今回から確率が上がるとのことで魔法のカードを買うべく近くのコンビニに寄るのだ。
と、そこでコンビニに見慣れた少女を見つける。
「詩乃」
片手を上げて挨拶すると彼女は微笑んで樹と同様片手をあげる。
「ああ、やっぱり来たのね。あんた、あのゲームハマってたから。きっとまた課金するんでしょ」
「ご名答」
「ヴァサゴさんに怒られるわよ?」
「いーんだよ、兄貴はもっと確率辛いのやってるんだから」
詩乃の言葉に肩をすくめつつ、コンビニに入り、手早くカードを取るとレジに並ぶ。
それなりに並んでいたので詩乃に向き直る。
「なんか欲しいのあったら奢るぜ?そのくらいの甲斐性はあるつもりだが」
「あら、いいの?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」
詩乃は即断即決でコンビニスイーツを樹に渡すと一緒に並ぶ。
樹は彼女のこう言うところが本当に助かると常日頃思っている。
もともとドライと言うかあまり物事に頓着しない性格の樹と詩乃はある意味似た者同士なのかもしれない。
無事買い終えるとのんびり自転車を押しつつ、2人は並んで帰る。
樹は空を見上げると、ポツりとこぼす。
「いやー、今日はいい天気だねぇ……」
会話の話題に困ったわけではない。
ただ今日の雲ひとつない空を見て、ふとこぼれたのだ。
「そうね……。あ、そうだ。今日の晩御飯なんだけど」
「お?スーパー寄るか」
察しのいい樹に詩乃はくすりと笑うとそうね、と答えた。
「今日は鍋よ?」
「お、マジ?いいねぇ、鍋は冬の代名詞だよ」
「こたつとかも欲しいわね」
「だなぁ……」
その並んで談笑する2人の歩く姿は微笑ましく、そして心の底から幸せそうであった。
しかし。
その時は、2人は思いもしていなかった。
この変えがたい日々が、奪われるなんて。
運命の日まで、あと少し。
ほのぼのをほぼ初めて書いてみたのですが、やはりこういうほのぼのメインの二次創作もいずれ書いてみたいと思う今日この頃です。
バンドリとか、そういうのも面白いなぁ、なんて妄想を膨らませつつない文才を振り絞りました。
……モカ、当たらなかったなぁ……。
感想、評価等いただければ幸いです。
指摘やアドバイスも是非いただければ嬉しいです。
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心の温度編
キリトと鍛冶屋さん
74層攻略編もこれにまとめるかどうか検討中。あんまりにもこの章、オリ主を混ぜられないことに気がついたので結構早めに終わってしまいそうなのです。リズのファンの方、申し訳ないです。
涼しげな金属音とともに散る火花。それとともに銀色の輝きがよみがえるレイピア。研磨が完了し、ピンクのふわふわしたショートヘアの少女が立ち上がり、彼女より少し背の高い少女の顔を見上げる。
「はい、終わったよ、アスナ」
「ありがとう、リズ」
レイピアを受け取るとにこりと笑う栗色の髪の美少女、アスナ。リズと呼ばれた少女がまじまじと見るといつもの血盟騎士団の赤白騎士服に下ろしたてのように輝くブーツ、そして耳には小さなイヤリングまで。
「ほほーう。噂の人に本格的にアプローチするわけですなぁ?」
「ちょ、ちょってやめてよ、リズ」
顔をほんのり赤らめ、そっぽを向くアスナ。それが非常にいじらしく可愛らしかったためにリズはニマーッと笑うと肩を組む。
「私はまだ会ったことないけど、ちゃんと上手くいったら紹介しなさいよ?どんな人?」
「うーん、変な人?掴み所がなくて、マイペースなんだけど、めちゃくちゃ強くて……」
リズの頭に思い当たる人物が一人。
男なのに妙に似合う猫耳フード付きパーカーを着て、投げナイフ、体術を使ったじわじわ殺す性格悪い戦闘方法をとるのに趣味は音楽と昼寝というわけのわからない不良男子。
「……タナトスくん?」
「あはは、確かにイケメンさんだけど、あの人には詩乃さんって人がいるらしいからね。それに、一対一だったらタナトスくんも勝てないかも。私じゃ、1分も持たないよ」
「ほほー。よっぽどお好きなんですね?」
「も、もうリズ!やめてよー」
そんな会話をしつつ笑い合うとアスナはまた今度、と手を振って逃げるようにリズの工房から飛び出していった。
その幸せそうな顔を見て、リズはポツリと。
「……いいなぁ、私も『素敵な出会い』、ないかなぁー?」
***
ここ、第48層、リンダースの街にタナトスとアスナのお気に入りの鍛冶屋があるそうだ。
とある事情で剣がもう一本必要となった俺、キリトはその鍛冶屋に現在来ていた。
その鍛冶屋はそこまで大きくはないが、水車が付いていてお洒落な雰囲気が漂う、いい感じの店だった。
名前は《リズベット武具店》。俺は扉をあけて中に入っていった。
置いてある剣を見ると確かに彼女の鍛治の腕は確かなようで、プレイヤーメイドではかなり高い水準なのが見て取れる。
そういえば、アスナのレイピア、《ランベントライト》も彼女が作ったって聞いたっけ。
少し見ていると、店主の少女がやってくる。
ピンクの髪が特徴的な元気のいい少女だ。
「あ、オーダーメイドを頼みたいんだけど」
「あ、はい。今金属の相場が少し上がっておりまして……」
「予算は気にしなくていいから、今作れる最高の剣を作って欲しいんだ」
とここまで言うと店主のリズベットは性能の目標値を聞いてきた。
俺は背中の剣を抜き、彼女に渡す。
「この剣、エリュシデータと同等以上の剣を頼めないか」
この剣は第50層のボスのラストアタックでドロップした、おにーさんの
流石のリズベットも驚いた様子で、俺が作れそう?と聞くと一瞬の思考ののち、自分の後ろにあった数々の武器から一つ取り出して俺に差し出した。
「これならどう?私が作った中で最高のものよ」
何度か振ってみる。
「うーん、少し軽い、かなぁ?」
おそらくこの剣はタナトスみたいなそこまで筋力に振ってない人間に向いていると思う。
自分は
事実、スピード重視の金属で作ったそうだ。が、性能はかなりいいし、捨てがたい。
……あ、そだ。
俺はおもむろに自分の剣を片手に持ち、もう片方にリズベットの剣を持つと彼女に聞く。
「すこし、耐久度を試していい?」
「えっ⁉︎ちょ、ちょっと!そんなことしたら、あんたの剣が折れちゃうわよ⁉︎」
ヘラっと俺は笑うと剣を振りかぶる。
「そんときゃ、そんときさ!」
パキイイイイン!と、おにーさんのPvPでよく聞く音が。
刀身のど真ん中からへし折れ、吹き飛んだ。
リズベットの最高傑作の剣が。
「うぎゃああああああああああああ⁉︎⁉︎」
とんでもない悲鳴とともに俺から残った剣の下半分をもぎ取り、剣を見る。
「……修復、不可能」
がっくりと肩を落とすと同時にポリゴンに還る剣。
そこから彼女はものすごい勢いで俺に掴みかかってきた。
「な、なんてことしてくれんのよこのーっ!折れちゃったじゃないのよーっ!」
俺は思わず顔を引きつらせながら、答える。
「ご、ごめん!まさか当てた方が折れるなんて思いもしなくて……」
かっちーん。と、音がした。
「それはつまり、私の剣が思ったよりやわっちかったってわけ⁉︎」
ひとしきり首をガクガクされた後、俺は静かに胸ぐらから手を離させると、キリッとしてからこういった。
「まぁ、そうだな」
「あっ⁉︎開き直ったわねこのっ!いい⁉︎材料さえあればねぇ⁉︎あんたの剣なんてポッキポキ折れちゃうのなんて、いくらでも作れちゃうんだからね!」
言ったな。
俺はニヤリと笑うと、エリュシデータを背中に収める。
「そりゃあ是非、お願いしたいね。こいつがポキポキ折れちゃうやつを、さ」
するとリズベットは顔を真っ赤にして全て付き合わせる、と宣言し、マスターメイサーであるらしい彼女とともに、材料を取りに行くところから始まる羽目になったのだった。
なんだかキリが良かったここで切ったものの、流石に短すぎたと思った。申し訳ありません。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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キリトとリズベット
リズ編完結。やっぱり次の74層攻略編もまとめることにしました。
あの名シーンもキリト視点だとかなりあっさり。
体調を崩してしまって最後の方がややクオリティ低めかもしれません。前回の時点で穴に落ちるまで書いとけばよかったと後悔。
材料があると言う第55層に着くとゲート広場の近くに俺は食べ物屋を発見し、いそいそと駆け寄ると大きなホットドッグを買う。
「りうへっとも食う?」
ホットドッグ咥えながらたずねるとリズベットは大いに脱力し、「食べる!」と大きく答えた。うん、元気でよろしい。
そしてそれを食べながら歩き、ホットドッグの後味が消えないうちに北の山にたどり着くことができた。
現在の最前線は63層であることを考えると、一応強敵に分類されるフィールドモンスターも軽く蹴散らし、ずんずん進めている。リズベットも結構高レベル帯にいるようでやりやすい。
「はっくしょん!」
と、気がつけばあたりは氷雪地帯であり、リズベットは盛大にくしゃみをした。
俺は思わず呆れ顔で予備の服を聞いたが「ない」と答えられ、何かなかったか頭の中を検索する。
とりあえず大きな黒革のマントを放るとリズベットは胡乱な目を向けてくる。
「……あんたは大丈夫なの?」
「精神力の問題だよ、ちみ」
腹パンされた。
***
その後時間はかかりはしたもののなんとか水晶に囲まれた美しい山頂にたどり着くと若干渋るリズベットに転移結晶を用意させ、戦闘には加わらないように言いつける。
今まで《ファミリー》の仲間たちを失ったことはないがそれでもこの攻略で今まで助けられなかった命はいくつもある。俺は自分の力不足が攻略組最強と言われるようになった今でも、怖いのだ。
……事実、知名度は俺より弱いはずのアスナやノーチラスの方がなぜか高いし。
それは持ち前の美貌や中層に顔を出していたりするかの違いだったりするのだが、そんなこと俺はつゆ知らず。
山頂にはドラゴンはいなく、代わりにぽっかりと水晶柱に囲まれた空間に大穴が開いていた。
直径は多分10メートルほど、壁は氷に覆われ、どこまでも伸びている。
試しに水晶のかけらを落とすも、音は帰って来ず、深さをはかることはできなかった。
「うわぁ……深いな。…………落ちるなよ」
「落ちないわよ!」
そんなやりとりの直後だった。猛禽を思わせる高い雄叫びが山頂に響き渡り、その巨軀があらわになった。
「その陰に入れ!」
リズベットを有無を言わさず水晶の陰に放り込む。
一瞬言い返しそうな顔をしたがすぐさまこちらに攻撃パターンを教えると最後に早口で、
「気をつけて!」
と言われたので背を向けたまま親指を立てる。意識してやってるのではないがタナトスからやたら評判の悪いこの類のカッコつけているように見える仕草。直らないのが悩ましい。
ドラゴンの咆哮を皮切りに戦闘が始まった。
ドラゴン自体はそこまで強くない。ブレスをソードスキルの応用で発生させた風圧で吹き飛ばすと言うアニメもびっくりなことをやってのけると次は空を飛ぶドラゴンの頭上まで飛び上がってソードスキルを繰り出す。
竜の鱗を次々と破壊し、ダメージを蓄積させる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」
地面に着地すると同時に再び飛び上がるとこちらに向かってくるドラゴンの腕を叩っ斬る。
そこへ予想外の事態が起きた。
「ほら、早く片付けちゃいなさいよ!」
俺が思いの外余裕に戦えていたのがむしろ逆効果だったのか、リズベットが水晶の陰から出てきてしまった。
「っ、ばか!まだ出てくんな!」
リズベットは余裕そうな顔をしているが、このドラゴンは、と伝えようとしたところで時すでに遅し。
ドラゴンの目が光り、その翼をはためかせる。
突風攻撃だ。
自分で言ってたろ、とツッコミを入れたいのを我慢して水晶に着地するとすぐさま跳躍する。
リズベットが投げ出されたのはあの大穴。悲鳴をあげながら落ちる彼女を俺は掴むとそのまま包み込み、叫ぶ。
「掴まれ‼︎」
そして俺たちは穴の中へ落下していった。
***
空が遠い。
地面に大の字になって寝っ転がる俺は、リズベットと目があったのでかすかに笑って話しかけた。
「……生きてたな」
「うん……生きてた」
暫くそうしていたがやがて俺は起き上がるとポーションを二つ取り出し、うち一つをリズベットに渡す。
「飲んどけよ、一応」
「ん……その、ありがと。助けてくれて」
リズベットは頷くと俺に向き合って礼を述べてきたが俺は笑ってちらりと空を見上げる。
「礼を言われるのはちょっと早いぜ。……さて、どうやって抜け出したもんか」
「え?テレポートすればいいじゃない?」
「無理だろうな。これはおそらくトラップの一つ。何かしらの特定の方法でないと脱出は不可能だろうな」
ほら、実際にやってみ。と実際に試させてみる。案の定、転移結晶はうんともすんとも言わない。
「一つだけ、方法を思いついたな……いやでもなぁ、これはあの2人でも無理か……?」
「なによ、もったいぶっちゃって」
壁を走って登る。それだけ言うと明らかに呆れた表情のリズベットを放って、駆け出し、登る。半分にギリギリ届かないくらいだろうか、俺はつるんとコケた。
……アルゴかタナトスならいけるんだろうなぁ……。
そして落下。2本目のポーションのお世話となった。
そうこうしているうちに夜になった。
こうも遅くなるとそろそろサチやらアスナあたりがこちらにメッセージを送ってくる頃合いだろう。『今日もレベリング?』と。
最近特にやることもないのでレベリングばかりしていたからおそらく返信がこなくともサチもまさかこのような事態になっているとは思いもしないだろう。基本的に俺は昼寝とおにーさん塾に通う以外はダンジョンにこもりきりなのだから。
その過程で必要となったキャンプ道具を次々とオブジェクト化させていくとリズベットが本日何度目かわからない呆れ顔で問いかけてくる。
「……あんたいつもこんなの持ち歩いてるの?」
「……この世界に来てからベッドで寝る方が珍しい」
***
料理スキル皆無だが高ランク素材の味ゴリ押しの美味な料理を食べ、シュラフもどきに2人して入る。これは俺のお気に入りで、たまにタナトスやらと野営するときとかに重宝するものだ。
「なんか変な感じ……初めて会った人と、初めての場所で並んで寝るなんて……」
「ああ、そうか。リズは職人クラスだもんな……俺はこう言うこと、よくあるよ」
そんな談笑を続けていたがリズはその笑みを収め、こちらに顔を向けてきた。
「ねぇ、キリト……。聞いてもいい……?」
「なんだよ、改まって」
「どうして、私を助けたの……?」
その質問の意図を、俺は正しく理解していた。おそらく、リズは俺が攻略組であることは気づいていたのだろう。それもトップレベルの。その上で、自虐的なことを述べている。
『自分のために、命を投げ出す真似なんてしてよかったのか』、と。
俺は微笑むと穏やかな声で言った。
「俺は誰かを見殺しになんてするくらいなら、一緒に死んだ方がマシさ。リズみたいな女の子なら尚更、な」
「バカだね、ほんと。そんなやつ、他にいないわよ……」
そう言ったリズは、無意識か、短い言葉が俺に向かって紡がれていた。
「ね……手、握って」
一瞬ぼっち系男子学生になにを求めるのかと目をわずかに見張ったが、きっと彼女は今までずっと寂しかったのだろう。俺はそれに応えると彼女の手を握った。
そしてそのまま、俺たち二人は心地よい暗闇へと、ゆっくり落ちていった。
眠る瞬間、栗色の髪が頭をよぎった。どうしてだろう?
***
朝起きて、明るくなったら俺たち二人はとんでもないものを発見した。
クリスタライト・インゴット。俺たちが探していた金属だ。
その瞬間、俺の脳内で超高速の方程式が組み立てられる。
ドラゴンは水晶をかじり、そしてこれを精製する。……なるほど。
俺が出した結論は、
「こりゃここはドラゴンの巣だな。トラップじゃない。そしてそれはドラゴンの排泄物。ンコだな」
リズの手に持つそれを指差す。そしてしばらくの無言の押し付け合いののち、本格的な脱出方法を模索し始めるが。あることに思い至ったリズが顔を引きつらせながら話しかけてくる。
「ここ、ドラゴンの巣なのよね……?ドラゴンって夜行性だったから……」
二人してゆっくり見上げる。
ばさっ。ばさっ。
降りてくるドラゴンを見て、俺はリズの悲鳴をBGMにある一つのぶっ飛んだ打開策を思いつく。
タナトスが好きそうな、そんな作戦を。
俺は俺たちのことを視認してアクティブモードに切り替わるドラゴンに巣に積もった雪をまき散らし、簡易的な煙幕を作る。
すぐさまリズを抱え跳躍すると、ドラゴンに剣を突き立て……!
飛び上がったドラゴンとともに俺たちは宙に発射された。
そして宙を飛んでいる際、リズに何か言われた気もしなくもなかったが、その後すぐさま抱きつかれて目を白黒させていたのでそんなことはすっかり忘却の彼方へすっ飛んでしまった。
***
そして帰ってきたリズの工房。リズが200回ほど金属をリズミカルに叩いた頃だろうか、まばゆい光とともにインゴットは美しい、白銀の剣へと姿を変えた。
名を
リズに勧められ、試しに振ってみる。
間違い無く、最高の剣だった。
さて、とリズに向き直り、代金を聞くが、リズは驚くべきことを口にした。
「私を専属スミスにしてほしい」
「えっと……それって……」
「あんたソロでしょ?装備のメンテナンス、やりたいの」
その言葉に俺は黙って名前のところを指差す。そこにはプレイヤーネームと、HP、そして……。
「黒猫……え、あんた⁉︎」
「《ファミリー》所属、キリト。一応《黒の剣士》って、呼ばれてます……」
聞き覚えのある名前だったのか、唖然としたリズだったが頭を振り、一歩こちらに踏み出してくる。
「でも構わない!私を、あんただけの専属に……⁉︎」
ぞわっと。
部屋の室温が、ざっと10度は下がったろうか。
あれれ、おかしいなー。この世界に魔法はないはずだぞー?
恐る恐る、ゼロ距離の位置にいるリズと二人で入り口を見やる。
「まっ、待て!誤解だ!」
「え、えぇそうよ誤解よ!」
しかし今しがた入って来て『あんただけの専属』しか聞こえなかったのであろう入り口にいた人はゆっくり、こちらに近づいてくる。
ゆらり。
「へぇぇ。なるほどね、キリト。姿が見えないと思ったら……女の子を誑かしてたのかな?」
黒髪の、ショートヘアの少女が。
ゆらり。
「いやいや、この状況から察するにぃ、私の親友が、キリトくんを手篭めにしようとしてたんでしょう……?」
栗色のロングの少女が。
ゆらり。
「「さぁ」」
ゆらり。
「「どう説明してくれるのかしら…………‼︎」」
その日、リンダースに男女の断末魔が響き渡ったことは言うまでもない。
少し駆け足になってしまった……‼︎
次回からは気をつけたいと思います。皆さんも、春休みだからと言って油断するとすぐ体調を崩してしまうのでお気をつけてください。
感想、評価、アドバイス等いただければ幸いです。
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棚坂樹とキリトと兎
今回から74層攻略編となります。
第74層、迷宮区。
剣戟の音が響き渡る。相対する敵の剣が俺の肩を浅く抉る。ちらりとHPバーを見るとまだまだ余裕があり、9割は残っている。
隣に立つ黒ずくめの相棒にアイコンタクトをしたのち、前方にいる敵に両手に持つ何本かナイフを投げ、さっくりその敵を倒すと素手でまた別の敵に向かって走り出す。
「っよっと!」
敵の攻撃を前方に転がることによって危なげなく避け、何も持たない両手で体をはね上げさせると同時に体術スキルを使用し、敵の顔面を蹴り上げる。
相手が人型のリザードマンであってよかった。非常にやりやすい。
「ッ!」
跳ね上がった体でそのまま宙返りし、鞘から片手剣を抜き、がら空きになった敵の体を貫く。
相棒を見ると冷静に敵のAIモーションを読みきりこれまた一切危なげなく倒していた。
一応最前線とはいえ、攻略に参加している俺やキリト、最近復帰した兄のレベル帯は平均しても並みの攻略組よりは余裕で高い。この程度なら朝飯前である。
ポリゴンとなり消滅するリザードマンを見送ったのち、時刻表示を見て呟く。
「今日はこのくらいにして、帰ろっか」
相棒、キリトはそれに頷いた。
迷宮区を抜け、現在の拠点に戻るべくうっそうと茂る森を歩いているとかさり、という音がした。
敵モンスター、あるいは犯罪者プレイヤーをやや警戒してゆっくりと目線を合わせると、超レアモンスター、ラグーラビットがいた。
その肉は希少性が非常に高く、美味い。
「タナトス」
キリトがこちらに話しかけてくる。
目は口ほどに物を言うというが、今回は逆であろう。
目は、と言うより口以外の表情は攻略会議でも見せないようなキリッとした表情なのだが口が雄弁に語っている。
『俺に調理しろ』、と。
「涎垂れてんぞ」
「失礼」
俺の調理スキルは自炊できるときは自炊して美味いものを食べたい主義なので大体800ほど。マスターにはまだ遠いとはいえ、それなりに美味いのは作れるとは思うが。
「ま、あまり期待はしないでくれ。……ほいっと」
熟練度MAXまで持っていった投剣スキルで寸分の狂いもなくラグーラビットを仕留めると拠点に帰還することにした。
「……サチに頼めば?あいつ攻略組最近引退して中層で『月夜の黒猫亭』開いてたよな?」
「あいつさ、いくら俺が大食いだからって頭おかしい量持ってくんのさ。別に俺は腹ペコ王ではないのにさ」
そんな会話が、あったようななかったような。
***
第50層、アルゲード。
猥雑さ溢れるこの層の質屋の一つに現在俺とキリトは居候させてもらっている。
普通に22層のホームにいてもいいのだが、もともと騒がしいのが苦手なのが俺とキリトで、それにあのホームにいると勉強に力を入れさせられるので居づらいのだ。
正直、22層のホームが完全に学校と化しているから入りづらいと言うのももちろんある。
と言うわけでついたのは転移門の中央広場から西に伸びた通りを数分歩いたところにある小さな店。
5人ほど入ればいっぱいになってしまうような店内には店の主人である現在商談中の黒人の男性がいた。
男性プレイヤーがなんとかすこしでも高く売ろうとしているがあの巨漢にはどうやっても通じないのだ。
結局最安値で押し通し、肩を落として帰る男性プレイヤーを見て苦笑するキリト。
「ようエギル。また阿漕な商売してるな」
「よぉ、キリトにタナトスじゃねぇか。安く仕入れて安く提供するのがうちのモットーだからな」
こう嘯く店の主人の名前はエギル。
第1層攻略から馴染みのある男性で最初はアニキ軍団なるもの(俺とキリトが勝手にそう呼んでいただけだが)を率いていた頼り甲斐のあるタンクだったのだがいつの間にやらお店を構えていたのには驚いた。もしかしたらそれもキリトが一枚噛んでいるのかもしれない。聞いていないから知らんが。
今でも攻略組を代表するタンクの1人ではあるが、兄もそうだがよくもまぁ副業と両立できるものだ。
本人たち曰く「メリハリ」なのだが、いかんせん戦闘をいかに楽しむかにリソースが振られがちな俺にはやや厳しいものがあるので素直にこう言う連中は口には出さないが尊敬しているのだ。
話が脱線してしまったが、そのエギルにドロップアイテムを換金してもらおうと思ったのだが、
「おいおい、S級レアアイテム……ラグーラビットの肉……だと……⁉︎」
「あ、間違えました」
一斉に選択したので間違えて押してしまったようだ。
取り下げるとエギルが俺の肩を掴む。
「おい、どうせお前が作るんだろ⁉︎俺にも食わせてくれ!家賃代わりだと思って!」
近い近い近い。顔が怖いから顔の圧がすごい!
「家賃はきっちり色をつけて払ってるだろ!とーにーかーく!離れろっ!」
デコピンで強制的に離れさせると店に誰か入ってきた。
見ると栗色の髪を持つ美少女。そのそばには黒髪の長髪の男を置いていた。
……?
あれ、いま頭に何かよぎったような……?
「あ、タナトスくん、キリトくん。こんにちは」
栗色の髪の少女、アスナはそんな俺に気付かず話しかけてくる。
「おーアスナ。珍しいな。こんなゴミだめに顔出すなんて」
「喧嘩売ってるのかキリト」
「ああ、そういえばキリトくんとタナトスくんはここに居候してるんだっけ?」
アスナの言葉に首肯する。
「そういうアスナは、……あ、そうだアスナ。お前料理スキルどこまでいった?」
「ふっふーん。聞いて驚きなさい!この前、マスターまでいったわ!」
「まじか⁉︎」
熟練度は、スキルを使用するたびに少しずつ溜まるもので、熟練度の限界は1000となり、そこで完全習得となる。
俺も攻略メインとはいえ、第1層にいた時から料理スキルを取っていたのにもかかわらず、200近く差をつけられるとは。
ちなみに俺が完全習得に至っているのは体術、索敵、投剣の3つである。
どやあああ、という一種の神々しさすら感じさせるオーラを漂わせながら言うアスナに俺は黙って自分の持ち物を操作する。
トレード。
選択、《ラグーラビットの肉》。
完了。
「あ、あれ?タナトスくんなに……を⁉︎これ、S級食材じゃない!どこで」
俺は驚愕に目を丸くするアスナと何やってんだと別の意味の驚愕に目を丸くするキリトに顎でしゃくってみせる。
さすがは食い意地張った相棒なだけあり、俺の考えを瞬時に理解すると、
「シェフ捕獲」
「え、うぇえええ⁉︎」
がっしりアスナの手を捕獲するキリト。アスナは全力で赤面していた。キリトも彼女の後ろで殺意を丸出しにしている護衛役の男を見て正気に戻り、慌てて手を離すがその顔はやや赤くなっていた。
男の赤面とか誰得。
話を戻すと誰だって4つ星シェフと5つ星シェフ、どちらもいて好きな方を選べと言われたら多少の差しかなくとも5つ星を選ぶは必然であろう。
「じゃ、俺ヒースクリフと兄貴と会議あるから、お前ら2人は仲良くな!感想は800字以内で、エギルと俺にちゃあんと送れよ!」
「え、な、おい!」
そして、誰だって最近ようやくアスナのことを意識し始めた朴念仁の背中を押してやるのは友人として当然だろう?
***
第22層にある《ファミリー》の本部にやってきた俺は、事前に連絡しておいたアルゴと合流する。
人払いを済ませたのち、まずは挨拶から始める。
「タナ坊、どうしたんダ?こんな日に呼び出しなんて」
「まずは情報な。今日キリトはアスナの家で飯食って来る。ラグーラビットの肉だ」
「おーけイ。サーちゃんとシリカちゃんにしっかり売らせてもらうヨ」
流れるように個人情報を無断で売買するロクでもない年上連中。キリトは何度これで痛い目を見たか。
俺はヘラヘラした笑いを収め、真剣な表情で本題に入る。
「血盟騎士団の顔写真付きの名簿を用意してほしい。あと、アスナの護衛役のプレイヤー、名前は知らんがそいつについて調べて欲しい。報酬は10万コルでどうだ?」
「……毎度。でも聞かせてくレ。どうしてダ?」
アルゴの問いに俺は顎に手を当て、はるか昔にすら感じられる記憶を遡っていく。
「攻略以外のどこかで、アスナの護衛役のプレイヤーを見た気がするんだよ」
さらっと月夜の黒猫団のその後が明かされました。なんとなく戦闘に向いてなくてキリトが食べるのが好きなら“帰る場所”を作りそうだな、と思ったので料理店を開いていただきました。
ただしキリトは帰る場所よりもどちらかといえばおばあちゃん家くらいの認識というもの悲しい現実なのです。
感想、評価、アドバイス等頂ければ幸いです。
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棚坂樹と決闘
クラディールのブチギレ具合からこんな展開でもいいかな、と思って書いてみました。
『すまないナ。どうやらあのアスナの護衛は人脈が著しく狭いらしく、情報が入って来ないんダ……本人に会うわけにもいかないシ』
アルゴからの連絡にやや肩を落としつつも、とりあえずありがとう、といった返信を送る。鼠のアルゴですらわからないとは、恐るべきボッチである。
「はぁ……」
ため息をつくと俺は今度はキリトへ連絡する。
当然、今日のことについてである。
昨日キリトはラグーラビットの肉をアスナに調理してもらったそうなのだが、なんでもパーティを久しぶりに組むことになったという。
二人きりのパーティはエルフのキャンペーンクエスト以来であろうか。もっとも、一応当時はNPCのキズメルや別行動とはいえパーティメンバーに俺たち兄弟がいたが。
……そう考えてみると意外とキリトとアスナに接点がなくてやや驚きを隠せない。
一応序盤の頃は一緒に戦うことも多かったが基本的にキリトは俺と、アスナは兄と組むことが多かったし、ヒースクリフにアスナが引き抜かれてからはめっきり二人で戦うことはなくなった。
そんなことを考える片手間に聞き出した情報によると最前線の迷宮区で戦闘するそうなのでどうせなら面白いネタ探し、もとい安全を確認するための監視を行うことにした。
現在はキリトの待ち合わせ場所と思われるゲート広場において近場の家屋の屋根に座ってサンドイッチ(自家製)を堪能している。
キリトから聞かされた待ち合わせ時間から10分過ぎた頃、突如宙に現れたアスナに吹き飛ばされたキリトは下敷きになり、その柔らかいマシュマロを堪能。殴り飛ばされていた。
リトかよ。
そう言いたいのをぐっとこらえてサンドイッチの最後の一口を口に放り込んで立ち上がろうとしたら再びゲートから人がやってくる。今度は昨日アスナの護衛にいた長髪の男だ。俺はおちゃらけモードをやや解除して静かに相手を観察する。
聞き耳スキルを発動してみると、アスナの家に張り付いてアスナの“護衛”をしていたらしい。
正直言って気持ち悪い。
が、流石にその後のキリトの発言には拍手を送ろう。
キリトはアスナの手が無理やり帰らせるためクラディールに掴まれた瞬間、クラディールの腕を掴み、一言。
「悪いな、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切なんだ」
凄まじくカッコいい、でもクサイ。前々から思ってはいたが、キリトは中二病を発症していると思う。
どうやらそこからアスナを巡って決闘する流れになっているようだ。
とりあえずふざけたメッセージをキリトに送る。
『意味なき私闘は兄貴から禁止されてるゾ★』
飛んできたメッセージを二人で覗き込んでいたキリトとアスナは俺の場所を瞬く間に見つけ、驚きに目を見開いた。
『いや、今回はアスナが可哀想だったし、許してくれよ!』
『まぁ話は見てたし……そうだな、お前決闘先に挑まれた?』
『?ああ』
『ふーむ、りょーかい。戦っていいよ、なんとかしてみるから』
何しにきたんだ……といった視線が刺さるがキリトの発言は結構重要だったりする。
俺はヒースクリフにメッセージを送った。
『おたくのアスナの護衛がうちのキリトにケンカふっかけてるんですけど』
このように言ったもん勝ちでこちらを完全な被害者にすることができる。
『すまない。クラディールと言うのだが、いささかやりすぎるところがあってね。監視、もしくはアスナくんと協力して鎮圧してもらえると助かる。しっかりこちらも対応するから』
返信までに5秒とかかっていなかったことに思わず驚きの声を上げかけながらも目はしっかりキリト達の方を見据える。
クラディールと言う男は剣を中段やや担ぎ気味に構え、前傾姿勢で腰を落としていた。つまりこれは突進系の上段攻撃が仕掛けられる構えだ。
それに対してキリトは下段に構えて緩めに立ち、下方向の小攻撃を……いや、これはおそらくブラフで、本命は別に考えていると思っていいだろう。
このように決闘や対人戦闘に関してはいかに読み合いに長けているかがこの決闘のルール、初撃決着モードの決め手になる。
おそらく何度もオレンジ、レッドと戦ったキリトに経験値の軍配は上がる。
これをいかにひっくり返せるかがクラディールの勝負の分け目となるが……。
デュエル開始とともにキリトは受け身気配を見せていたキリトが突進。一瞬驚愕で遅れてクラディールも突進。
「ハッ」
俺は薄く笑う。
これはクラディールの負けだと俺は確信した。
キリトと戦闘するにあたって最もやってはいけないのはハイスピードの勝負に持ち込むことだ。
キリトは先天的におそらくフルダイブとの脳の信号伝達親和性が高く、加えて幼い頃からVRゲームに慣れ親しんできたのだろう。そのせいか、キリトの反応速度は他者とは明らかに頭一つ違う。
余談だが、俺と兄はそれが要因で
耳をつんざくような金属音がした。
クラディールの剣先が折れ、そして破壊された。キリトと兄のお家芸、《武器破壊》である。
キリトの反応速度の恐ろしいところは計算の上で『見えてはいないけどこのあたりに当てれば折れるはず』と言う考えの兄に対して『この部分に当てれば折れる』と言うことをわかり、知覚していると言う点である。
ヒースクリフの異常な堅守や兄の知略策略に長けた戦術もさることながら、火力的な攻撃面ではおそらく攻略組最強であることには間違いない。
投げナイフと体術を主とする俺は長期戦での地力が見える戦いでは不良とのリアル戦闘経験のある俺に軍配があがるが、流石にそうなるまで生き残ることに俺は長けていない。あくまで俺はアサシンでセイバーではないのだ。悔しいことに。
そして見るとどうやらクラディールが降参したようだ。
俺は降り立つと、態とらしく拍手を送りながら姿をあらわす。
決闘を見ていた野次馬達は俺の姿を見てざわつく。ここ一週間ほどレベリングばかりで攻略に顔だしていなかったし、当然か。
キリトと軽くハイタッチしてからギルドの意向を伝える。
「お疲れ、キリト。今回のことに関して、《ファミリー》は不問にする。背景話せば兄貴も許すだろ。実際面白……こほん、何の実害もないしね。さて、俺と同じ副団長様?こいつはどうするつもりだい?ヒースクリフによると、鎮圧はお前に任せるそうだが」
それを聞くとすっ、と感情を消したアスナが歩み出る。
「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日をもって護衛役を解任。別名あるまでギルド本部にて待機。タナトスくん、送ってって。以上」
よりにもよってあんた本人じゃなく他のギルドの副リーダーに送らせるとかあんた完全に鬼だよ。と言った視線をアスナに送ろうとしたが緊張がほぐれたのか、よろめいてキリトに軽くもたれかかっていたので何も言えなかった。
「うい、クラディールさん、立て」
百の呪詛を口の中でつぶやくクラディールをやや正気に戻させつつ、ポーチの中から転移結晶を取り出し、口に出す。
「転移、グランザム」
***
血盟騎士団のギルド本部は聖龍連合の本部ほど豪華ではないがどこか無機質なものを感じさせる。
この第55層は鉄の町と呼ばれていることもあり、22層の牧歌的な街並みに慣れた俺にはいささか寂しく感じてしまう。
クラディールはまだ怒り心頭なようでイライラが隠しきれていない。
加えて周りも見えていないようでさっきから人とよくぶつかっている。道の端を歩いているのに。
大抵のプレイヤーはクラディールの漏れ出る殺気に身を竦ませてしまうが例外のプレイヤーがいた。
「おいテメェ、どこに目つけてるんだ!」
後ろから肩を掴まれる。俺が仲裁するよりも前にクラディールが反応してしまう。
「うるさい!」
クラディールはそれを思い切り振り払うがあまりにも勢いが強すぎてつかんだ相手の握力がそれなりに強かったこともあって袖がまくれた。
黒の、棺桶。
「…………は?」
「っ!」
クラディールは俺や掴んでいたプレイヤーが反応するより先に逃走した。
「っクラディール、お前ラフコフの残党なのか⁉︎」
追いかけたがやはりこちらには地の利がなく、見失ってしまった。
「……くそっ。おいあんた、大丈夫か」
後からついてきたガラの悪いプレイヤーが話しかけてきたため俺はそれを聞いてそのプレイヤーにクラディールの情報を渡し、アルゴやその他情報屋に教えるように頼んだ。
その後俺はヒースクリフや兄をはじめとする攻略組の重役連中にメッセージを送っているとキリトから驚きのメッセージがとどいた。
『最前線に《軍》が現れた』
今回はいくら常人離れたタナトスでも唐突な事態には反応しきれないという人間っぽい致命的なミスを書いてみました。
感想、評価、アドバイス等頂ければ幸いです。
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棚坂樹と青い悪魔
スキルコネクト万能説
《アインクラッド解放軍》、通称《軍》。
このSAOにおいて最大の勢力を誇るとともに第22層以下の下層の警察、自治を行なっているギルドだ。
元々は《アインクラッド解放隊》を名乗り、攻略にも参戦していた。しかしシンカーという有名なブロガーが作った互助ギルド《MTD》を吸収合併したことで名前がアインクラッド解放軍に変わり、そして第25層、初のクウォーターポイントのボス戦においてジョニー・ブラック等ラフコフの策略により壊滅。現在ははじまりの街を拠点として引きこもっている。
レベル自体はそこまで高くないのにプレイヤーの中には高圧的な者も多くいて、その割に仕事量は少数精鋭の《ファミリー》に劣る。
数だけ立派なうちの下位互換だの何だの言われているギルドで、俺たちプレイヤーの共通認識は『軍には極力近づくな』である。
最近では《軍》の穏健派代表であったシンカーと連絡がつがないことが多くなっていることもあり、調査に乗り出そうとしていた矢先の出来事に俺は戸惑いを隠せない。
俺は最前線第74層迷宮区へ転移すると走った。
途中に出てくるモンスターに見向きもせず隠蔽スキルも併用してできる限りヘイトを集めないようにして走る。
そしてボス部屋の少し手前でキリト達と合流した。
「おう!久しぶりだな、タナトス」
「おークライン、1、2ヶ月ぶりくらいか?それよか、軍の連中は?」
久しぶりに会う攻略ギルド《風林火山》の気のいいリーダーである野武士面の刀使いクラインに軽く挨拶するとキリトに向かい合う。
キリトによると少し前に《軍》のメンバーがいることをアスナと隠れながら確認して俺に連絡、ボス部屋の偵察後クライン達と昼食を取った後合流。
そして俺がくる数分前にコーバッツと名乗る男にマップ情報の提供を要求されたので快諾したとのこと。
「いや快諾するなよ。お前ソロじゃないんだから。情報関係はまずアルゴに聞けよ」
「あ」
完全に失念していた様子のキリトに思わずため息をついてしまう俺。
「バカ……。まぁマップデータくらいならいいか。こっちも主にアスナに言わなきゃいけないことがある。軍の連中を一応追いかけながら話すぞ」
運悪くモンスターの群れとかち合ってしまい、俺がクラディールのことをアスナに話し終え、今後のことを後で協議することを約束して迷宮区最上部のボス部屋近くにたどり着いた時は既に30分経過していた。
軍のパーティーはいまだに現れていない。
ムードメーカーのクラインがおどけたように帰ったのではないか、と言ったが間違いなくそれはないだろう。クラインも本気では言っていない。
「なにせ軍の強硬派のトップはキバオウだ」
「「ああ……」」
キリトとアスナの頭に甦るのは第1層攻略の“何でや”事件。そういえばあれ以降ディアベルは小さな互助ギルドを立ち上げて中層プレイヤーの資金運用を手助けしているという話だ。確か黒猫団の料亭やリズベット武具店もお世話になったとか。
ボス部屋に近づくとともにそんな軽口も減って、自然と足取りも速くなる。
もう少しでボス部屋というところで不安的中を知らせる音が耳に届いた。
間違い無く、それは悲鳴だった。
「アスナ!」
「うん!」
敏捷パラメータの攻略組トップ2(アルゴを除く)である俺とアスナが駆け出した。やや遅れてキリトもついてくる。クライン達を引き離してしまうが仕方ない。
ボス部屋の大扉は開いている。内部に青い炎と蠢く影が見えた。俺は即座にアイテム欄を操作して小さな投槍を出すとその影に向かって思い切り投擲する。投剣スキルの応用だ。
そのままさらにスピードを上げてボス部屋に飛び込む。アスナとキリトは軍のメンバーの安全を確かめるために火花を撒き散らしながら止まるが俺はその勢いのまま飛び上がる。
青く金属質に輝く巨体に禍々しいヤギの頭部を持つのは青い悪魔にしてこのフロアのボス、ザ・グリームアイズだ。
「よっ!」
俺はナイフを5本取り出し、投げる。投剣スキルは使えない。2本以上の剣でソードスキルを発動するとファンブルしてしまうのだ。
なんの補正もされていない武器は当然、弾かれる。しかし注意を向けることには成功した。着地と同時に撹乱のために走り出す。
「へいヤギっころ!僕ジンギスカン食べたいなぁ!」
「それ羊!」
「おいっ!速く退却しろ!」
俺とアスナの漫才を放ってキリトが軍に呼びかける。
「何を言うかっ!我々解放軍に撤退の二文字はあり得ない!戦え!戦うんだ!」
「バカが!戦っても生き残れねぇぞ!」
あのクソ偉そうなのがコーバッツか。キリトから聞いていた人数よりも2人少ない。ただ退却しただけならいいがここはアルゴの情報によれば確か結晶無効化空間。転移結晶は使えない。おそらくは……。
もともと俺のスキル構成は大型の敵と戦うことには長けていない。基本的に多対一の雑魚処理と一対一の対人戦に特化している。しかしそれでも注意を引きつけ、そして隙あらばダメージを与えることなど容易い。
バカさえいなければ。
「全員……突撃……!」
見ると軍の10人のうち2人はHPバーは既に限界だ。キリトとアスナは止めるために動き出したが俺たちがいる場所は部屋の端。間に合わない。
やっとクライン達が追いついたが状況を理解していない。俺も回避のためにジャンプしたばかりだ。
「やめろぉおおおお!」
キリトの悲痛な叫びも届かない。彼はこの攻略において目の前で仲間を失う機会はそこまでなかったがそれでも失わなかったわけではない。故にキリトは理解していた。
あまりに無謀だと。
そもそもがたった12人で攻略できるわけがない。できるとすれば後方でユナがバフをかけ、ヒースクリフとエギルらタンクチームやパリィ化け物こと兄でタゲどり。そしてキリト、アスナ、ノーチラス、そして俺でそれぞれ遊撃を担当しないと無理だろう。キリトがあのスキルを使えば楽勝な気もするが死ぬリスクが大きすぎる。
俺の陽動も意味をなさず、コーバッツは斬り飛ばされ、キリトの眼前の床に叩きつけられる。
「有り得ない……」
コーバッツの体は爆砕した。アスナが短い悲鳴を上げる。
ここはもう引くしかないのだろう。しかしそれでは……!
「ああもうクソっ!キリト!
「‼︎……10秒頼む!」
その瞬間俺は自分の持つナイフの全てを把握し、次々に展開していく。
その総数20。
「うおおおあああああああああああああっっっっ‼︎‼︎」
投剣スキルではなく、体術スキルを用いてそれらを全て打ち出していく。理由は単純にコネクトのしやすさだ。
ナイフをばらまいたその位置に体術スキルの手足の軌道がくるように計算する。
振り下ろした腕で、横に回転して勢いをつけた手で。
宙返りした足で、時には踏ん張った頭で。
体のあちこちから射出される勢いのついたリズベット武具店謹製のナイフはグリームアイズの硬い装甲をも打ち破り、突き刺さる。
アスナとクラインは俺の戦いを見て触発され、敵の攻撃をいなすだけでなく攻撃していく。
その間にソードスキルを使用した硬直から抜け出した俺は片手剣を引き抜き、体術スキルのスキルコネクトを併用しながらダメージを削る。完全に防御を捨てたその戦い方はあまりに無謀。しかしグリームアイズが攻撃を1発入れる間に俺は5発入れる。
リアルなら完全に身体中がひねり壊れていてもおかしくはないくらい無理やり体をねじり、ソードスキルをつなげていく。
そろそろスキルコネクトの限界が近づいてきた時、全力で突進する。ソードスキル、《ヴォーパルストライク》だ。
そしてその一撃はHPを半分ほどまで減らしたグリームアイズを吹き飛ばし、
「「スイッチ!」」
黒と白。
黒の暗殺者から黒の剣士へと、バトンが渡された。
「……《スターバースト・ストリーム》‼︎‼︎」
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棚坂樹とキリトと二刀流
フェイタルバレットのDLC、BoB実装すごく楽しみです。現在金欠ですけど。
「──スイッチ!」
俺の掛け声とともにキリトは右手に愛剣《エリュシデータ》を、左手に鍛治師リズベットの傑作《ダークリパルサー》を持って突貫する。
俺の捨て身の攻撃によりそのHPを半分まで減らしたグリームアイズ相手にキリトはラッシュを開始した。
このスキルこそキリトの隠し技、エクストラスキル《二刀流》だ。
その上位スキル《スターバースト・ストリーム》を叩き込む。
何度かグリームアイズがキリトの連撃を阻もうとするも全て俺の投げナイフで不発に終わる。
しかしついに投げナイフが底をついた。なんとか加勢しようと思ったが回復ポーション類の持ち合わせがない。今飲んだポーションが最後で全て軍と風林火山の連中に上げてしまった。
しかも第1層でも手に入るくらいの安物なので回復してもまだレッドを出ない。
アスナに言って貰おうかとも思ったが完全に放心状態だ。
「スペランカー状態だから早く終わらせてくれよ」
頼むから雑魚でも来るなよ、と少しずつ回復し始めた残り数ドットのHPでつぶやいた。
キリトのその剣戟はまさに鬼神と言うべきもので絶叫しながら左右の剣をグリームアイズに叩き込んでいる。
《スターバースト・ストリーム》は16連撃のスキルだ。まだ二刀流の最高剣技でないのにもかかわらず俺のスキルコネクトの限界連撃数を超えて来るあたり理不尽なものを感じる。
キリトの剣はどんどん速くなっていく。システムアシストすら上回ってしまうのではないか、そう誤認させるほどにキリトの動きは速い。
「…………ぁぁぁあああああ‼︎」
雄叫びとともに放った最後の16連撃目はグリームアイズの胸を貫き、そしてその巨大な悪魔は天を振り仰いで咆哮した瞬間、爆散した。
光の粒が降り注ぎ、キリトのHPバーを見ると赤いラインに入っていた。俺のスペランカー状態ほどひどくはないがそれでも危ないのには変わらない。ついでにポーションをもらおうと立ち上がった瞬間、キリトが倒れた。
慌てて滑り込んで支え、その後アスナがものすごい勢いで飛び込んで来た。
数秒ほど気を失っただけでよかったキリトはすぐに目を覚ました。
よかったよかったとアスナにキリトの介抱を引き継いで下がるとクラインが俺のHPを見て思い切り吹き出してハイ・ポーションを慌てて投げてよこした。
「お前さん、大丈夫かよ⁉︎」
流石に怖かったがね、と引きつりながら笑って返すと緑茶にオレンジジュースを混ぜたような味のそれをありがたく頂戴する。
「バカっ……!無茶して……!」
叫びの方に目をやるとアスナが泣きそうな顔で抱きついていた。そりゃ好きな人がそんな危ない目にあったら心配するわな。
……詩乃がいなくてよかった。あいつなら俺の暴挙に泣きながらカンカンに激怒するに違いない。そんな思いさせたくないし、できる限りさせないつもりだし。
軍に聞き、犠牲者の確認をすませると先にキリトたちとクラインに声を掛ける。
「軍の連中によると犠牲者は3人。コーバッツと、あと2人俺たちが来る前に死んだそうだ……」
「……そうか。ボス攻略で犠牲者が出たのはおにーさんが復帰して以来一度もなかったのにな……」
「コーバッツの馬鹿野郎が……。こんなの攻略って言えるかよ。死んじまったら何にもならねえだろうが……」
悔しそうに目を伏せるキリトと吐き捨てるようなクラインの台詞。アスナはそんな空気を変えるためにキリトに例のスキルについて聞いた。
「キリトくん、さっきのスキルは?」
「そうだそうだ!オメエなんだよさっきのは⁉︎」
「……言わなきゃダメか?」
「ったりめえだ!見たことねえぞあんなの!」
キリトは俺をちらりと見て来る。確かにこれは《ファミリー》の切り札の1つだったし、先ほどのマップデータの件が少し気になってるのか。
構わないよと目でいうとキリトはため息をひとつついて話し始めた。
「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」
どよめきが起こる。
「出現条件は謎。おにーさんとタナトスの予測では俺の先天的なフルダイブとの親和性の高さからくる反応速度が関係している、とか言ってたっけ?」
「そうだな。明らかキリトの反応速度はとんでもないし、条件付けするなら恵まれた才能の持ち主に与えられるユニークスキルってとこか」
因みにヒースクリフの持つこの世界もう1つのユニークスキル、《神聖剣》については習得条件がいまいちわからない。強いていうならゲームシステムへの理解度だろうがそんなのどう測れというのか。
今まではキリトのソロ、あるいはペアでひっそり戦うスタイルを尊重してひた隠しにしていたのだが、もうキリトはこれで俺やノーチラスやユナレベル、いや兄並の知名度を誇る羽目になること間違いなしだ。
しかし今回の軍の行動は明らかに異常だ。
「おい、本部に戻って今回のことを報告しな。もう歩けるだろ?」
「はい。……ありがとうございます」
「礼はいいから二度と単独で攻略しようなんざ考えるな。兄貴に余計な心労かけんじゃねぇ。あとキバオウ死ねって伝えとけ」
「は、はい!すみませんでした」
軍のプレイヤーたちはよろよろと立ち上がると俺たちに深々と頭を下げてから出ていった。ボスフィールドの外へ出てから転移結晶で転移していく。
その青い光が収まるとクラインはさて、といった感じで両手に腰を当てた。
「俺たちは75層の転移門をアクティベートして行くけどお前さんたちはどうする?今日の立役者だし、キリの字、お前がやるか?」
「いや任せる」
「そうか……気いつけて帰れよ」
そうして《風林火山》の面々は上層につながる階段がある大扉の方に歩いていく。
「……ふう。よし、血盟騎士団の本部行くぞ」
立ち上がると同時に俺は言う。そもそもこれが本題だったのだ。アスナとキリトは俺の言葉に目を丸くした。
***
血盟騎士団本部。俺とキリトとアスナ、そして兄が4人、血盟騎士団の幹部たちの前に立っている。
「ヒースクリフ。血盟騎士団に旧ラフコフの人間が入り込んでいたのは由々しき事態だ。つーわけで、アスナはうちに返してもらう」
ヒースクリフは剣士というよりも魔術師のような神秘めいた顔立ちのした男で今は組んだ指の上から静かにこちらを見ている。
「……ふむ、確かにもともと引き抜きではなく派遣という形だったのがこうなったのだから筋は通ってるか。わかった、認めよう」
当然、抗議の声が血盟騎士団側から上がる。それを止めたのは兄だった。
「なら
「ちょっ⁉︎」
慌てるのは当然ながら巻き込まれたキリトだ。
もちろん、二刀流の突破力と持ち前のセンスがあるキリトなら勝ち目は無きにしも非ず、といったところだがキリトはもともと目立つのが嫌で《ファミリー》と言う大きな後ろ盾があったのにもかかわらず今まで二刀流を出してこなかった男だ。
それがまさか他のギルドのための客寄せパンダになれと言われたら憤りも覚えると言うものだ。
それでも首をひねる幹部たち。
「しかし──」
「なら、負けた方がしばらくの間勝った方のギルドに貸し出される、と言うのはどうだ?」
「「ぶっ⁉︎」」
アスナと俺は同時に黒ずくめのキリトが真っ白な血盟騎士団の制服を見にまとっているのを想像して噴き出した。
肩を震わせる俺とアスナを見てうらめしそうな目を向けるキリト。
血盟騎士団会計の幹部がその条件に賛成する。
会計面だけでなく、キリトはユニークスキルなしで実力がアスナよりも高く、また爆発力で言えば攻略組最強だろう。
そうして血盟騎士団団長ヒースクリフと黒の剣士、キリトの決闘が決まった。
入団じゃなくて一時的に所属するということでやや気楽になったキリト。
次回はクラディール出します。
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キリトと敗北と移籍
少し早足ですがクラディール登場までいきます。
新たに現れた第75層の主街区は古代ローマ風の造りで《コリニア》というらしい。今日の戦いもその施設のひとつであるコロッセオもどきで戦う。
すでに多くの剣士や商人プレイヤー、そして多くの観光客で大いに賑わっている。
加えて今日は無理やり組まされたとはいえ稀に見る大イベントということもあって転移門からはひっきりなしに人がなだれ込む。
そんな人ごみを見ながら俺は呆然と呟く。
「……勘弁してくれ……」
俺はただの廃ゲーマーだぞ。注目されるのは慣れてないんだよ。
……はぁ、逃げたい。
「一応言っとくけど、ここで逃げたらすっっっごい悪名がついてまわるからね」
「俺の思考を読むなよ“元”副団長様……」
アスナはすでに移籍を済ませ、現在は《ファミリー》の人間となっている。
《ファミリー》には特に制服はないのでアスナの格好は血盟騎士団の制服とよく似ているが赤の代わりに灰色が入ったやや地味な格好になっている。
ちなみにこのアインクラッドで初めて裁縫スキルをマスターしたアシュレイなるプレイヤーの力作で防御力は折り紙つきだ。
「いい、キリトくん。ワンヒット勝負でも強攻撃をクリティカルでもらうと危ないからね。危険だと思ったらすぐリザインすること」
「お前は俺の母さんかよ。俺よりヒースクリフの心配しな」
俺はニヤリと笑って見せると一瞬逡巡してからアスナの肩をぽん、と叩いた。
なんだか最近アスナが綺麗に見えてきたからか、いやもともと綺麗だけどもなんとも形容しがたい思いを抱える俺は仲間であるアスナの肩を叩くことも一瞬逡巡するようになってしまった。
少し気恥ずかしい気持ちになった俺は遠雷ような歓声と試合開始のアナウンスが聞こえたのでアスナから目をそらし、戦いの場であるコロッセオのフィールドへ出た。
「大変なことになってるなキリト君」
「超満員ですね。なんでもアルゴが宣伝したらしいんで」
「ああ、《鼠》の」
苦笑したヒースクリフだったが俺と共にすぐに戦闘へ意識を切り替える。
ヒースクリフはメニュータブを一切見ないで操作してデュエルメッセージを表示させる。
もちろん受諾してカウントダウンが始まった。
2振りの愛剣を抜き放ち、静かに意識を集中の海に潜らせていく。
タナトスのシステムアシストなしでも正確無比な投剣を可能とする集中力の秘訣を聞いたところ、イメージとしては深い海に沈んでいくような感覚だそうだ。
必要な情報だけ見て。
必要な情報だけ聞く。
もう自分の中では何もない真っ暗な空間の中にヒースクリフが1人佇んでいるようにしか捉えていない。
彼がどう動くのか、俺がどう動けばいいのか、冷静に考えていく。
そして、カウントがゼロとなると同時に俺たちは全力でぶつかりあった。
***
「あー、くそっ」
「惜しかったね、キリトくん」
結論から言うと、俺は負けた。
途中までは最高剣技で27連撃の《ジ・エクリプス》などで完全に押していたのだが、最後の最後でヒースクリフにものすごい勢いで攻撃を当てられ、そのまま敗北してしまったのだ。
しかし、ヒースクリフの攻撃は明らかにシステムを超越した速さだったと思う。あまりの速さにあいつを構成するポリゴンがぶれたほどだ。
あとでおにーさんと話す必要がありそうだが、今から俺は一時的に血盟騎士団副団長代理という仰々しい役職が与えられた。
なんでも、アスナの後任が見つかるまで血盟騎士団にいて欲しいそうだ。
流石にそれで見つかっているのに虚偽を言う可能性もないわけではないので75層の攻略が終わるまでならいいと言っておいた。
それもだいぶサービスした方だ。
1層限定とだけ言えば聞こえは悪いかもしれないがこの第75層は『クウォーターポイント』と呼ばれる25層ごとにボスの難易度が跳ね上がるSAOの仕様の対象となっていて、かつ《ファミリー》は治安維持の関係上攻略に参加しないことも多い。事実第50層の攻略にはラフコフが事件を起こしたために俺以外参加していなかったし、66層などラフコフ掃討戦で俺たちはおろかヒースクリフすら参加していなかった。尤も、それは聖龍連合と血盟騎士団の一部が独断で行動した結果だったので、途中まではアスナも参加していなかったのだが。
「で、でもこれで、キリトくんはあの制服着るんだよね……くっ」
笑いこらえきれてませんよアスナさん。
ヒースクリフに地味なやつを頼むと送りながら俺はそう思うのであった。
***
「知ってたよ。この制服も、お前らがいるのも。釈然としない顔なのは触れないけど」
俺が着せられた血盟騎士団の制服は目に悪い純白に両襟に小さく2個、背中に大きくひとつ真紅の十字模様が染められた派手なものだった。
そして俺の目の前にはどこか憮然とした顔で俺の姿をスクリーンショットしているクライン、アルゴ、タナトスがいた。
「お前ら俺が負けるってわかってたろ」
「んなわきゃねぇだろ!」
クラインである。
「「大儲け」」
下衆どもである。
ご丁寧にコル金貨の袋を見せながら言う2人にその釈然としないような表情について聞くと、
「似合ってるから腹立つ」
とのコメントが。素直に賛辞と受け取ろう。
アスナは愉快そうではあるがどこか残念そうだ。理由はなんとなくわかる。
つくづく彼女とは別のギルドに行く運命らしい。
そして控室で泣く泣くファッションショーをさせられた挙句、ヒースクリフ直々に(状況を把握しているのか半笑いで)お出ましで2日後から血盟騎士団に来てくれとのことだった。
タナトスやアルゴは何やら聞きたそうだったがそそくさと彼はいなくなってしまった。
***
今日から血盟騎士団。いや、後悔はしていない。していないとも。
ただ、ガチガチのギルドというものは同時に居心地の悪さも感じるわけで、ゴドフリーなる男らとともに3人パーティーを組んで第55層の迷宮区を踏破して見せろと言われた時には思わずアスナを呼び戻してやろうかと思ったくらいだ。
どうやらこいつらは俺が元《ファミリー》であり、それゆえ常にレッドプレイヤーに狙われていてもおかしくないと言うことに気がつかないようだ。
ゴドフリーにそれを言っても聞き入れられず、加えて結晶アイテムまで奪われた。
ヒースクリフをこれから殴りに行こうか。
頭の中でタナトスが口ずさんでいたチャゲアスの曲が流れ始めた頃、ようやく迷宮区が見えてきた。
ここまでのモンスターは弱すぎたので昔買うだけ買ってそのままにしていた弱い剣を使いつぶしながら戦っていた。
「よし、ここで休憩とする!」
尊大な態度でにこやかに言うゴドフリーにきっと良かれと思って墓穴掘るタイプなんだろうなと思いつつ渡された食料を食べる。
正直物足りないが我慢しつつ食べているその時。
突然体から力が抜け、俺たち2人は地面に伏した。
「な……にが……」
体力が緑に変わっている。麻痺毒だ。
結晶に手を伸ばそうとしたがないことに気がつき、戦慄する。
「ど、どう言うことだ……。何が……この水は……」
「ゴドフリー、結晶使え!」
俺の声に麻痺のせいでのろのろとした動作でバックを探るゴドフリー。しかしその腕は切り落とされた。
「ぐああああ⁉︎」
「ヒャハハハハハハ‼︎」
奇声をあげたのは俺たちの他のパーティーメンバーだった。
そいつがゴドフリーの腕を落とした張本人で、今もまた、ゴドフリーの頭を蹴っ飛ばしている。
「ゴドフリーさんよぉ、バカだとは思っていたがここまでとはなぁ⁉︎黒の剣士も、なぜ血盟騎士団にまだ
なんども、なんども、なんども。
ゴドフリーに剣を叩き込むその男。
ゴドフリーは途中から悲鳴をあげていたが時すでに遅し。残りHPがわずかになるとさらなる絶望を与えるために腕を捲り上げる。
そこには漆黒の棺桶が描かれていた。
「
ゴドフリーはその言葉を最期に無数の破片となって消え去った。
嘘だろ、と掠れた声を出す俺。
かつてラフコフはリーダーであるジョニー・ブラックとザザを捕らえたのちに《ファミリー》とヒースクリフの連合で壊滅させたはずだ。
当時は月夜の黒猫団の連中が危機に瀕した俺は半ば錯乱して2人の命を奪うこととなった。残った多くの人間もおにーさんとタナトスによって殲滅、ヒースクリフたちによって捕縛された。
「お前……ラフコフの生き残りだったのか?」
「ああ、俺は最近入ったばかりだぜ?あの人に入れてもらったんだよ」
男は首をくいっと後ろにそらす。
そこには長髪の男が気味の悪い顔を浮かべて立っていた。
「クラ、ディール…………」
「よう、黒の剣士さぁん?」
あとがき
このラフコフの団員は原作だとクラディールに殺害されていますが本作ではラフコフの1人となっています。
アスナの服装はフェイタルバレット参照です。
感想、評価、アドバイス等頂ければ幸いです。
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キリトとアスナ
目の前に立っていたのはかつてアスナの護衛を務め、俺が打ち負かし、そして姿をくらませていた男だった。
そいつは実は殺人ギルド《
「クラディール……」
長髪をなびかせた男の口元は醜く三日月型に歪み、その目は爛々と光っていた。
俺はその顔に嫌悪感を抱きながら本能的に恐怖を感じていた。
その顔は、狂気。
俺を殺すことにためらいがなく、またそれを楽しもうと言う意思がありありと感じ取れる。
奴はゆっくりこちらに歩み寄って来て囁くようにしゃがみ込んで言う。
「よぉ、おめぇみたいなのを殺すためにゴドフリー死んじまったなあ?」
キャハハハハ!と気色の悪い声で笑うクラディールに俺は顔をしかめつつも、打開策を見出すべく掠れた声で時間稼ぎを敢行する。
「これは、復讐なのか?」
「いんやぁ?確かに俺は去年のクリスマスにはいたが復讐なんでだせぇ真似するかよ」
「去年のクリスマス……?」
「そう言えばあん時初めてあの兄弟には会ったっけか」
そう言えば、おにーさんが本格的に自警活動を始めたきっかけになった戦い、俺たちが背教者ニコラスと戦った裏であった戦いで追い詰めたはいいが最後に3人目の男によって逃げられたと言うラフコフのジョニー・ブラックたちとの初戦。
「お前があの時の……‼︎」
「まああのPoHですら見抜けなかったんだから俺のあの時の変装もなかなかってことだろ?……とと、おしゃべりはこんくらいにしてぇ」
と、クラディールが両手剣を振りかぶり、
飛んで来たナイフを撃ち落とした。
「んなっ⁉︎」
もう1人のラフコフが驚きの声をあげるがクラディールはさらにどう猛な笑みを浮かべて、
「待ってたぜぇ、《暗殺者》!」
「念のためアスナとモニターしてたら、まさかこんな事態になってるとはな」
そう俺の前に立ち言ったのは、ジーパンにTシャツと言った軽装も軽装な男、タナトスだった。
メニューを操作して胸あてを装着してナイフを1本補充するがそれでも明らかに軽装すぎるその姿に目を剥く俺含めた3人。
「てめぇ、なめてんのか」
「お前らが1時間で踏破した距離を3分で来るにゃ、装備を限りなく無くすに限るだろ?」
地面に落ちた投げナイフを拾って二刀流の構えを取るタナトスに、目を吊り上げるラフコフ残党の2人。
「……ふう。一応言っとくが、降参するなら今のうちだぞ」
「ほざけぇ!」
戦闘が幕を開けた。
流石のタナトスといえど、ナイフ2本と体ひとつは苦戦を余儀なくされるかと思いきやタナトスの目的は初めから時間稼ぎ。
クラディールたちの攻撃を寸前で避けるとわずかにできた隙に針の穴を通すかのような反撃を加える。
背後から切りかかってきた男の攻撃は地面に手をつき、ブレイクダンスのウインドミルのような動きをして蹴り飛ばす。そのまま起き上がり、隙を攻撃してこようとしたクラディールに裏拳を入れる。
そして2分後、白い閃光がこの場に到着した。
「間に合った……間に合ったよ……ありがとうタナトスくん……生きてる……生きてるよね、キリトくん」
震えるその声は、タナトスが来た時よりも俺に安心感を与え、天使の羽音にも勝るほど美しく響いた。
「………生きてるよ、アスナ」
自分でも驚くほどに弱々しかった自分の声に大きく頷くとアスナは俺の横にかがみ込み、「ヒール!」と叫ぶ。アスナの手に持った回復結晶が砕け、俺の体力が全快する。
「アスナ、やるか」
ニヤリ、とレッドプレイヤーにも勝るとも劣らない獰猛な笑みを浮かべたタナトスは、まるで瞬間移動したかのように男の懐に潜り込み、その拳を思い切り振り抜いた。
タナトスは通常ではアスナの五分ですらあり得ない距離、すなわち約5キロメートルを3分で踏破するほどの敏捷を持っている。その速さはアルゴをも超越し、このアインクラッドでも神域に達するほどだった。
その勢いに身を任せた拳はそのSTR値の低い彼のステータスを補って余りある威力を発揮した。
吹き飛ぶ男を横目に、アスナはクラディールに突貫する。
タナトスがまるで竜巻のように神速の攻撃を繰り出して行くのと同じようにアスナの剣戟は空中に無数の剣閃を描いていく。
タナトスの打撃と手数を減らすことのできない都合上投げられないナイフの浅い攻撃と違ってアスナの刺突はクラディールの体力をみるみる削っていく。
HPがレッドゾーンに差し掛かった頃、クラディールは惨めに地面を這いつくばって命乞いを始めた。
アスナの剣戟はそこで止まってしまう。
《ファミリー》の上層部、すなわち俺やタナトス、おにーさんやノーチラスはレッドとの戦いでPKを経験してしまっているがアスナは違う。
それは真に殺人行為で、君が背負うべきじゃない。
しかし俺のレッド狩りで培われた本能は別のことを叫んでいた。
奴はそれこそが狙いだ!
タナトスと俺はそれに気づき、しかしタナトスは相手のガードを崩し、トドメをさしていたために出遅れて。
俺は麻痺の抜けきっていないのか若干痺れの残るその体を無理やり起こして。
ガキィイイン。
金属音とともにアスナの手からレイピアが弾き飛ばされ、
「アアアアアア甘ェエエエエんだよ!副団長様ああああ‼︎」
赤いエフェクトが目の前に広がった。
ぼとり、と落ちる
俺は右腕でアスナを突き飛ばし、自らの腕でクラディールの剣を受けたのだ。
驚く奴の鎧の継ぎ目を狙って俺は右手の五指を揃える。
「う……らああああああああああああ‼︎」
体術スキル《エンブレイサー》。
オレンジの光をまとった一撃はクラディールの腹部を貫き、その残った2割のHPを削りきった。
「……この、人殺しが……」
そう嗤ったクラディールはその言葉を最後に砕け散った。
俺はその冷たい圧力に押され、仰向けに倒れこんだ。
少し離れたところでドシャ、という音がしたのでタナトスも座り込んだのだろう。
あいつの戦い方は肝が冷える。ギリギリで避けて紙一重を当てる。99%失敗するようなことの1%を引き寄せるあいつの技量には舌を巻く。
どのくらいそうしていたのだろう、その空間には風のことだけが響いていた。
やがて、砂利を踏む足音が生まれ、視線を向けると虚ろな表情を浮かべたアスナが歩み寄って来ていた。
彼女は俺の傍に糸の切れた人形のように膝をつくと悲痛な表情で涙を流しながら何度もこちらに謝ってきた。
ごめんね……私のせいだね、と。
その言葉に俺はようやく痺れが消えてきた体を必死に起こし、アスナを抱きしめそのままその唇を自分の唇で塞ぐ。
近くで何やら物音が聞こえたがそんなことは気にしていられない。
間違いなくハラスメント防止コードに抵触する行為だ。アスナの視界には今コード発動へのシステムメッセージが表示されているはずで、了承すれば即座に俺は監獄エリアに転送されるだろう。
しかし俺は暴れるアスナを抑え、やがてアスナの唇から頰をなぞり、その首筋に顔を埋めた。
「俺の命は君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最後の瞬間まで一緒にいる」
3分間戻らないままの左腕で一層強く背中を引き寄せるとアスナは震える吐息を漏らし、囁きを返した。
「……わたしも。わたしも、君を絶対に守る。これから永遠に守り続けるから。だから…………」
その先は言葉にならなかった。
固く抱き合ったまま、いつまでもそうしていた。
かったのだが。
「………………」
流石にあれをどうにかしないといけなさそうだ。
落ち着いたアスナとうなずき合い、間近でキスシーン&告白を見せつけられたタナトスの解凍に移るのだった。
やばいステータスのタナトスくん。
GGO行ったらペイルライダーさんみたいなことできそう。
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キリトと結ばれた誓い
これで心の温度編は完結。
この小説とも、SAOそのものとも一切関係ありませんが、バンドリ5thlive、お疲れ様でした。自分はRoseliaの方のみ見に行ったのですが、格付けクイズで笑って、BLACK SHOUTのダブルベースで鳥肌立って、陽だまりロードナイトで泣きました。
遠藤ゆりかさん、今までありがとうございました。
アスナとタナトスは俺のことを心配してグランザムの宿屋の一室でずっと俺の位置をモニタリングしていたそうだ。
ゴドフリーの反応が消失した時点でタナトスが持ち物を全て宿屋に備え付けのアイテムボックスに放り込み、必要最低限の装備を5秒で整えてから飛び出して先に出たアスナを追い越したそうなのだから、タナトスの元々頭のおかしい敏捷値に磨きがかかっている。
アスナは「愛のなせるわざだよ」などと言っていたがそれより早いタナトスはなんだというのか。
それに対してタナトスは真顔で「ステータスのなせる技だよ」と言ってアスナにしばかれていた。
俺たち3人は血盟騎士団ギルド本部に戻った。
「ヒースクリフ。今回のことに関しては本気で擁護できんぞ。クラディールに続きまたラフコフの残党が出た。75層クリアまで待てない。てめーらは信用できねぇ。キリトはこちらに戻してもらう」
タナトスが青筋を浮かべながら事の顛末をヒースクリフに説明し、そう締めると流石に幹部連中も何も言えない。
最強ギルドのひとつと言われていた血盟騎士団も、2人もレッドの潜入を許したとあっては流石にこれでは信用がガタ落ちだ。
ヒースクリフは暫しの黙考の後、退団を了承した。
「あと、キリトとアスナはしばらく攻略には参加しない。血盟騎士団主導である75層は、ボスまでは《ファミリー》からは俺とアルゴしか出さない。つまり、戦闘要員は俺しか出ない」
タナトスの言葉にざわつく室内。
ユニークスキル持ちの俺に攻略組ナンバー2の俊足の持ち主であるアスナを一挙両得した《ファミリー》は、出し惜しみをするのかという糾弾に対し、タナトスは冷たく返した。
「俺目的は攻略よりもみんなを無事に現実に返すことだ。仲間をいたずらに危険に晒すような連中に、うちの大事な仲間を傷つけさせてたまるか」
不覚にも、惚れそうになったと後にアスナと俺は語った。
***
その後、おにーさんと合流したタナトスは妙にニヤニヤしながら後は俺と兄貴に任せろと血盟騎士団本部から俺たちの背中を押して追い出した。
アスナの家にでも行こうかという話になり、俺とアスナは手を繋いで歩き出した。
町はすでに夕刻で、浮遊城外周から覗くオレンジの光を背景にして歩く俺たちに近づいてくるひとつの影。
頰に書かれた3本ヒゲがトレードマークの情報屋、アルゴだ。
「よオ、お二人さん。ついにくっついたカ?」
アルゴはニヤニヤしながら俺の胸を肘でつついてくる。顔が赤くなるのがわかるが彼女の額を指で押しのけるとそれを肯定した。
「そうカそうカ。じゃあキー坊、ちょっとこっち来イ」
悪いなアーちゃん、とアスナに断りを入れ、俺たちの返事も聞かず俺の首根っこをひっつかんで走り出すアルゴ。
当然ながら俺は抗議するが彼女は取り合わない。
「な、なんだよアルゴ!」
「いいからいいから」
路地に入るとそこにはノーチラスとクラインが仁王立ちしていた。
「……えっと?」
状況が飲み込めない。
困惑する俺を無視して3人は俺をある店に押し込んだ。
「なんなんだ、よ……」
そこで俺は言葉を失った。
きらびやかな内装が眩しい。店内には多くのガラスケースが置かれ、中には多くの金属でできたものが展示されている。
そこはアクセサリーショップ。
つまるところ、売られているわけだ。ネックレスやブレスレット……指輪とかが。
「いやいやいやいやいや……え⁉︎」
慌てて後ろを振り向くと、涙を流すクラインが。その後ろではノーチラスや、アルゴですら涙を浮かべている。
クラインは俺の肩をがっしり掴むと、くしゃくしゃの顔のまま、俺に言った。
「キリの字よう。俺は嬉しいぜ!お前は俺の、俺たちのだいっじなダチだ!そんなお前がこうやって幸せになれて……」
「俺もキリトが幸せになってくれると本当に心の底から嬉しいよ」
「ウンウン」
穏やかな笑みを浮かべる彼らの姿を見て、俺はハッとした。
………そうか。
思えば自分は今まで人に迷惑をかけてばかりだったように思える。
第1層の一件からも、タナトスたちがいなければディアベルは死んでいただろう。
もしかしたら月夜の黒猫団は壊滅して、クラディールに俺は殺されていたかもしれない。
きっと最後までソロを貫いて、クラインやアルゴに迷惑かけて、ノーチラスとは友人にすらなれなかっただろう。
俺はこの長いようで2年にも満たないこの生活で、多くの人間に支えられていたことに気がついた。
おにーさんやサチたち黒猫団、キズメル、エギル、クライン、シリカ、リズ、アルゴ、ノーチラス、ユナ。
そしてタナトスに、アスナ。
多くの人の助けで俺は今、ここに立っている。
そして今、こうして俺のことを思ってくれる大切な仲間たちがいるのだと。
「……ありがとう」
目頭が熱くなるが我慢して、目一杯の笑顔で俺はアクセサリーショップへ足を踏み出した。
***
「キリトくん、結局アルゴさんとは何だったの?」
「え?ああ……連れ込まれた先にノーチラスとクラインがいてな」
「ああ……大変だったね」
そこまで言ったらアスナは俺がてっきりいじり倒されたのだと勘違いして俺を軽く慰める。
日頃の行いって怖いと思う。
二度目に来たセルムブルグにあるアスナの部屋は相変わらず女の子らしい小物が効果的に配置された可愛らしい部屋だと感じたが当のアスナはしばらく帰ってなかったから散らかっているねと笑って片付けを始めた。
そういうものかとアスナが武装解除してエプロン姿になったのを見て俺も武装を解除してラフな格好になるとそばに置いてあった新聞を手に取る。
新聞といってもそこいらの情報屋たちが適当な与太話をまとめた4ページほどのもので、アルゴのまとめた攻略本にははるかに不正確で、今回の見出しは『《ファミリー》のユニークスキル持ち、血盟騎士団団長を一時追い詰めるも、あっけなく敗北』とある。
事実だって?やかましいわ。
そう俺が自問自答型ツッコミをしているのにはもちろん理由がある。決してボッチ拗らせたわけではないのだ。
その理由はストレージ内にあるある指輪のせいだ。
《マリッジリング》
婚儀を交わしたプレイヤー同士がつける指輪。
先程から心臓がばくばくなっているのはこいつのせいだ。
アスナの家に行く途中にもタナトスからサムズアップの絵文字のみがメッセージで送られて来たことから察するに、これを買ったことは《ファミリー》のメンバー──少なくとも男性プレイヤー──には知れ渡っていると思っていいだろう。
つまりヘタれることは許されないと言うことだ。たぶんヘタレたら俺はこの短い人生に幕を下すことになる。
俺がこうやってやっている間にもアスナは俺のために料理を作ってくれている。
俺は静かに覚悟を決めた。
***
アスナの絶品料理を堪能した俺は覚悟を決めて立ち上がった。
「キリトくん……?」
「アスナ」
冷や汗が流れる。嫌なifが頭をよぎるがそれを考えないように頭の外へ追い出す。
今まで俺のことを支えてくれた戦友たちに感謝を込めて。
今まで俺のことを想ってくれた大切な人をまっすぐと見据えて。
そしてゆっくりとストレージを開いて小さな箱を取り出す。
「結婚してくれ」
飾り気のない、だからこそ真摯でまっすぐで大きな意味を持つ言葉を紡ぐ。
アスナの目に一筋、涙が流れた。
「……はい」
震える声で、彼女はそれを絞り出した。
来週は諸事情により投稿ができません。申し訳ありません。
感想、評価、アドバイス等頂ければ幸いです。
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幕間 アルゴの1日
先週投稿できず申し訳ありません。中間テストで時間が取れませんでした。
アルゴの口調が難しくてややおかしな点があるかもしれません。
《ファミリー》は、現在アインクラッド攻略組の中で最強と目されるギルドである。
そのギルドを支える中核は、最大火力を誇るキリトでなく、必殺を誇るタナトスでなく、圧倒的カリスマを持つPoHでもない。
闇夜に浮かぶ黒い影。
手にはクローを、頭にはフードを、頬にはヒゲのペイントを。
影はある場所へメッセージを送る。
それはこの最前線、第75層の攻略データである。
影は主街区にまでたどり着くとそのフードを取り払い、顔を露わにする。
その顔は整っていて、夜の街の街灯に照らされ、美しさがさらに際立っていた。
情報屋にして《鼠》の通り名を持つアルゴ。
《ファミリー》が今まで中層を守ってこれた理由は彼女の情報網にある。
***
アルゴの朝は早い。
情報は鮮度が命だ。今こうしている間にもその情報の価値がなくなるかもしれないと言うのに、おちおち寝てもいられないのだ。
本来なら寝る間も惜しんで動きたいのだが、第1層でのタナトスのぶっ壊れ具合を見て徹夜をやめた。何回かは徹夜はするがそれも単発。連続で徹夜をすることはしない。
「ふぁ……」
強制起床アラームを停止して宿屋のベッドで伸びを一つする。
寝ぼけ眼で洗面所に向かい、顔を洗い、いつもの3本ヒゲのメーキャップを施す。
「今日もやるカ」
完全に覚醒した意識でつぶやく。
ストレージを操作し、携帯糧食をかじりながら宿屋に出る。
「アレ、おにーさんじゃないカ」
宿屋の前に立っていたのはアルゴの所属するギルド《ファミリー》のリーダー、PoHだった。
「Good morning.アルゴ、いつも感謝してるぞ」
差し出されたのは弁当だった。
「おお、おにーさん、ありがとナ。そっちもサっちゃんたちの面倒よろしくナ」
「……………そだね」
どこかやつれて見えるその姿にアルゴは涙を禁じ得ない。
キリト結婚の知らせを聞いて、サチとシリカがリズを巻き込んで部屋に立てこもった件の収集を彼はやっているのだ。
仄暗い水底を思わせるような雰囲気を醸し出すサチ。
ジュースでやけ酒して泣き上戸のシリカ。
それに巻き込まれた(アスナとサチのせいで)恋心を抱いていないリズ。
それらが混じり合わさってカオスに見える。
正直辛いと言うのがPoHの弁だ。
「バカを載せるのなら得意なんだが、ああ言うのを立ち直らせるのには慣れてないんだよ……ああいうのはタナトスの手合いだろう」
「へぇ、意外だナ」
「そうでもないな。俺だってあいつの家に行かなければレッドプレイヤーになっていたかもしれないほどだ」
「おにーさんがレッドって、想像したくないな……」
ザザやジョニー・ブラック達だけでも50人を超える犠牲者を出した
「俺はあいつに救われたからこんなに丸くなってる。
もしかしたらクレイジーサイコホモにでもなってるかもな、などと冗談めかしていうPoHに、アルゴはタナトスの評価を上方修正した。
***
「おわわッ」
慌てて頭を下げるアルゴの真上を剣が一閃した。
ここは最前線、第75層迷宮区。
アルゴは何体かのモンスターを1人で相手取って戦っている。
普段なら絶対逃げに徹するが、今回はレベリングとモンスターの行動を見極め、情報にすることを目的にしているから戦っている。
アルゴのレベルは83と攻略組でも高い。タナトスと同じようなAGI極振りである。
彼と違うのはDEXではなくSTRに振っていることだが。
レベルの比較対象を出すならば74層攻略時点のアスナのレベルが87である。
ちなみにキリトは90、タナトスは89、PoHは85である。
しかしそれにしても、攻略からしばらく離れていたというのに85のおにーさんは相変わらずとんでもないチートだ。
「シッ!」
クローを繰り出してモンスターを倒す。
だいぶ戦闘アルゴリズムは読めてきた。キリト達は複雑性が増したと言っていたが彼女からすればまだ読み切れる。
何度か切り結び、だいたい敵の強さは把握できたのでそこから離脱する。
「ふゥ……」
ストレージから水筒を取り出して一口飲む。
そこでPoHから貰った弁当の存在を思い出し、取り出して開けてみる。
「……本当にスキがないナ」
この世界において健康に気をつける必要性はない。だからキリトは肉ばかり食べてるし、タナトスは甘いものばかり食べている。
しかしこの弁当は素人目にも健康に気をつかったメニューだし、そして美味い。
ほのぼのしながら弁当を食べているとボス部屋の方から人が来た。
「アルゴか」
「……タナ坊、クウォーターポイントでソロなんだから気をつけて行動してくれヨ」
「わーってるよ」
怠そうにそう言ったのは猫耳フードを被った少年、タナトスである。
かつて頬につけていたθのペイントは塾の子供にダサいと言われたために数日間部屋に閉じこもったのち、とってある。
「アルゴ、それ誰に作って貰ったん?」
「おにーさんがくれたんだ。本当に美味しいぞ?」
「ほへー」
そして遠くから足音が聞こえて来た。
「……?」
「アルゴ、すまん」
聞き返す間も無く、姿を現したのは、ノーチラスとユナ。
「おいタナトス、今度こそ捕まえたぞぉ……!」
ゆらり、と怒りのオーラを漂わせるノーチラス。ユナも珍しく青筋を浮かべている。
「なにやったんダ」
「ユナとノーチラスが確率1%くらいの素材集めて依頼してたアシュレイの特注品ぶっ壊しちゃって」
「それはお前が悪イ」
麻痺毒を塗ったピックをタナトスにさっくり刺す。
タナトスは地面に倒れた。
「ちょまままちょままて⁉︎アルゴさん⁉︎助けてぇえええええええ」
ドップラー効果とともに、タナトスは消えていった。
合掌。
***
今度はオレンジプレイヤー目撃の噂を聞きつけて48層に訪れたアルゴ。
「なんだかタナ坊のせいで疲れたゾ……」
クローのメンテナンスをついでにお願いしようと思ったのだが、今のリズの状況を思い出して主街区から出る。
「まさかこの層に残ってるとはナァ……」
流石に噂だけでは彼らの素性を暴くのは大変だ。
よって、数多くいるアルゴのオレンジプレイヤーの見た目の情網をもとに、情報提供者を頼っていたのだが、そこで十数分前に西の外れの洞窟にそれらしきものが入っていったという情報が入ったのだ。
遠目に見かけただけなのでカーソルまでは確認しなかったらしいが、その情報はでかかった。
情報によるとオレンジプレイヤーのレベルは60。フルフェイスの鎧に包まれた男らしい。
隠密行動を心がけながら、洞窟の奥へ向かう。
すると奥に空洞があった。
少し首をのぞかせて中を見ると、4、5人ほどの男達が武器のメンテナンスをしていた。
カーソルは、オレンジ。
情報提供者に報酬の追加をメールで送り、アルゴは単身、オレンジ狩りに出た。
***
あっさりオレンジ狩りも終えたころ。
すっかり夜も更けて、アルゴは22層のホームへ帰って来ていた。
するとタナトスとPoHがアルゴを出迎える。
「タナ坊、生きてたのカ。……おにーさん、弁当ありがとウ。美味しかったゾ」
「うるせえよ」「ありがとう」
対照的な反応を見せる兄弟に吹き出しながらホームに入る。
「サッちゃん、シリカ。立ち直ったのカ」
「あはは、まだ少し辛いですけどね」
「でもまだ完全に潰えたわけじゃないので、頑張ります!」
略奪愛ぃ……と戦慄する《ファミリー》三巨頭を放って料理を作り始める2人。
するとリズがこちらに近づいて来た。
何か言いたげのリズに3人は優しい笑みを浮かべると、それぞれ無言で色々渡していった。
タナトスはレアインゴットを。
PoHはA級食材を。
アルゴは穴場スポットの宿屋の情報を。
リズは静かに泣いた。
やっと、解放されたのだと。
***
翌日、《ファミリー》に悪夢が舞い降りた。
「パパ、ママ。この人誰?」
長い髪を揺らし、キリトとアスナに問いかける少女いや、幼女。
サチからハイライトが消えた。
そしてリズは再び、地獄へ舞い戻る。
リズが苦労人すぎて泣ける。
感想、評価等いただければ幸いです。
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朝露の少女編
キリトとアスナと謎の少女
アニメや原作でもこの回は好きなので頑張れたらな、と思っています。
バンドリ、六兆年と一夜物語実装で親指勢の自分が絶望に満ちています。29辛い。
俺とアスナがファミリーに到着すると空気が凍った。
俺たちが連れてきた少女の一言によって。
「パパ、ママ、この人たち誰?」
「キリト!アスナ!集合!アルゴと樹はその子あやしててくれ!」
思わずタナトスを本名で呼ぶほどに明らかに動揺した様子のおにーさんは俺とアスナを連れてホームの奥へ引きずっていった。
ドアが閉まる直前、虚ろな目をしたサチがリズの肩に手をかけていたが何をするのだろうか?
「おい、どういうことだ?このゲームでヤると子供が8歳くらいで生まれる仕様なのか?」
「ち、違う!あの子は森に倒れてたのを保護しただけなんだよ!」
俺は慌てて弁解したが今度は疑惑の目を向けられた。
「保護した小さな子供をパパママ呼びさせてんのも問題だが……」
「まず話を聞いてくれ!」
そして俺はこうなった顛末を話すことにした。
***
アスナと暮らし始めてまだ六日。ここまで毎日が充実していると実感したのはおそらく人生初めてだろう。
目玉焼きと黒パン、サラダにコーヒーの朝食を終え、2秒でテーブルを片付けるとアスナが両手を打ち合わせた。
「さて、今日はどこに遊びに行こっか」
「身もふたもない言い方するなよ」
「だって、毎日が楽しいんだもん」
苦笑する俺にアスナは笑顔で返してくる。
それには同意する。俺はいつも寝る間を惜しんでスキル・レベルを鍛え上げ、貪欲に強さを求め続けた。
アスナを好きだと自覚したのはつい先日であったが、それに気づいてからは世界が色彩と驚きにあふれたものに変わった。
もちろん、タナトスやアルゴの冷やかしはあれど、あの2人は今も寝る間を惜しんで俺たちの時間を作るために最前線で戦ってくれている。
いつ終わるかわからないこの時間だが、俺にとってこの時間は1秒1秒がどんなレアドロップのアイテムや名剣よりも大切で、大事にしたいのだ。
「じゃあキリトくんはどこか行きたいところある?」
アスナの言葉に俺はニヤリと笑った。
俺が提示したのは2人の家から2キロメートルほど離れた森の中だった。
「昨日、村で聞いたんだけど……ここら辺、出るんだってさ」
「え?」
アスナはキョトンとしているが、その顔もすぐに崩れるだろう。
「幽霊だよ、幽霊」
アスナはしばし絶句してから、アストラル系モンスターかと聞いてくる。
当然、違う。
アスナは幽霊が苦手で、かつて行われたキャンペーンクエストで初めてそれが露見し、ホラー系フロアである65、66層の攻略には参加できなかったほどだ。
が、この話によると本物の少女の幽霊が出る、という話だ。
アスナはなんとか持ち直すとつんと顎をそらせながら言った。
「いいわよ、行きましょう。幽霊なんていないって証明しに」
「よし決まった」
手早くアスナがフィッシュバーガーの弁当をランチボックスに詰めると外に出る。
家の庭に出ると同時にアスナがこちらに向かって振り向く。
「ねね、キリトくん。肩車して」
「か、かたぐるまぁ⁉︎」
思わず素っ頓狂な声をあげる。
彼女曰く、いつも同じ高さから見てたらつまらないとのこと。
いい歳こいて何を、とも思うが断る理由もないからぶつくさ言いながらもしゃがみ、アスナを肩車する。
「さ、出発進行!進路北北東!」
STR値的には一切問題ないがこうやって太ももが近いとドギマギするものがある。
なんとかそれを意識の外に追いやってからアスナの号令と共に俺はてくてく歩き出した。
十数分ほど小道を歩いていると湖に差し掛かった。
今日は一段と穏やかな陽気のためか、朝から数人の釣り師プレイヤーが糸を垂らしていた。
アスナと結婚する前にはよくタナトスとノーチラスと共に釣りをしたものだが、最近では全くしていない。
いつかリアルでもしたいものだ、と思いを馳せていると何人かのプレイヤーが俺たちに気づいて手を振ってきた。
みんな顔見知りだからか、笑顔だ。
「おーい!」
満面の笑みで手を振るアスナにほっこりしているとやがて道は丘を右に下り深い森に入る。
大きな木を見つけ、アスナが登れるか聞いてきた。
「たまにレッドを追いかける時とかに使うよ。木の葉隠れの忍者になった気分になる」
「木の葉隠れ?」
……流石にNARUTOのことは知らないか。まぁ俺たちがまだ小さい頃に完結した漫画だし、仕方ないとは思うが。
「基本的にはなんでも登れるぞ。外周にあるアインクラッドの支柱的なやつも登ろうと思えばできる。というか、タナトスたちとやって見たらできた」
「ええ⁉︎なんで誘ってくれなかったのよ」
体を傾けて俺の顔を覗き込んでくるアスナに俺はしれっと返す。
「どこかの誰かが攻略の鬼とか呼ばれてたからねぇ……話しかけづらいのなんの」
「うっ」
アスナは攻略の鬼時代のことは黒歴史らしい。
「それで?どうだったの?」
「うん。タナトスたちとどこまで登れるか競争したんだけどさ、80メートルくらい登ったところでシステムのエラーメッセージが急に出て怒られた」
アスナはそれを聞いて吹き出した。
「笑い事じゃないぞ。それにびっくりして手を滑らせて見事に落っこちてな……あと3秒転移が遅かったら死んでた。あとついでに1人だけ落ちてなかったタナトスに後で散々煽られた」
「もう、危ないなぁ。二度としないでよね」
「肝に銘じとくよ」
そんな話をしているうちに目的地近くに着いた。
アスナを下ろすと辺りをキョロキョロ見回す。
と、そこでアスナが俺の服の裾を握った。
「き……キリト君、あそこ」
するとそこには白いワンピースをまとった幼い少女の姿が。
「嘘だろおい」
少女はしばらくこちらを見ていたが突然、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
どさり、という音もかすかだったが聞き取れた。
「あれは、幽霊なんかじゃないぞ‼︎」
「キリト君⁉︎」
俺は叫ぶと走り出す。後ろではまだ幽霊だと思っていた時のショックが抜け切れていないアスナがいたが、すぐに立ち上がり、後を追ってきた。
駆け寄ってその少女の様子を見る。
長い睫毛に縁取られた瞼は閉じられ、両腕はだらんと垂れているが、少なくとも幽霊のように透けているという事態ではない。
しかし何かのバグか、カーソルを合わせても必ず出るはずのカラーカーソルが出てこないし、何と言っても幼すぎる。
まだ10歳にもなってない幼い少女だ。一応このゲームは13歳以下の子供の使用は禁止されているはずなのだが。
「アスナ。とりあえず目を覚ませば何かわかると思う。うちに連れて帰ろう」
「うん」
その後、家まで運べたことからNPCではないと断定し、消えていないということはナーヴギアとの間に信号のやりとりがあるためにそのうち目を覚ますと少し願望混じりであるものの、断定した。
自宅に入るとまず新聞の確認をしてこの少女を探しているプレイヤーがいないか探したものの、見つからなかった。
ノーチラスたちを頼ろうにももうだいぶ日も暮れているし、こういう時に頼りになるアルゴには今頼れず、おにーさんに相談するにも今日は塾で教鞭をとる日であったはずだし、少しアルゴに会いに行ってくると言っていた。
少なくとも少女が目を覚まし、落ち着いてからにしようと意見が一致し、俺たちはベッドに横になった。
「おやすみ」
「おやすみなさい、キリト君」
とりあえず、明日少女が目を覚ますことを願いつつ、俺は眠りについた。
前半の惚気部分も懇切丁寧にPoH(非リア)に話してると思うと笑えてきますね。
感想、評価等頂ければ幸いです。
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キリトとアスナとユイ
ちょっと今回あまり時間が取れず短めです。申し訳ないです。
翌日の朝、アスナに叩き起こされた。
「き、キリト君、キリト君ってば!」
「……おはよ。どうかした?」
まだ覚醒しきっていない頭で目をこじ開け、アスナのベッドへ向かう。
彼女の体越しに少女を覗き込むと、少女がハミングをしていた。
「歌ってる……⁉︎」
「う、うん……ね、起きて……目を、覚まして」
アスナが優しく揺するとハミングが止まり、少女がゆっくりと目を覚ました。
「あ……う……」
少女の声は儚く、美しい響きでだった。アスナは少女を抱いたまま体を起こし、声をかけた。
「……よかった、目が覚めたのね。自分がどうなったか、わかる?」
少女は首を振る。
名前を問う。
少女は首をかしげると、
「ゆ……い。ゆい。それが、なまえ……」
「ユイちゃんか。いい名前ね。私はアスナ。この人はキリトよ」
「あ……うな。き……と」
たどたどしい発音だった。
少女は見た目は少なくとも8歳前後。しかし少女──ユイの発音は、まるで物心ついたばかりの幼児のようだった。
心的外傷後の幼児退行。
真っ先に浮かんだ可能性はそれだったが、まずは彼女から何か聞き出せないか試す。
が、ユイはアスナのなぜ22層にいたかの質問、両親に関する質問に対し、わからないと返してきた。
まさか両親は──
最悪の可能性が頭をよぎる。
ユイをアスナが抱き上げて食卓の椅子に座らせている間に俺が手早く温めて甘くしたミルクを作り、ユイに勧める。
受け取ったユイは少しずつ飲み始めた。
そこから少し離れたところで俺とアスナで意見を交換することにした。
「ね、キリト君。どう思う……?」
「記憶がないのに加えて、あの様子だと……」
精神になにかしらの負荷がかかったらしい。退行するほどの、なにかが。
アスナの顔が今にも泣きそうな、悲痛なものになる。
「この世界ではたくさんひどいことがあったけど……こんなの……残酷すぎる」
俺も一瞬、顔が歪むがアスナの肩に手をかけながら優しく言い聞かせる。
「大丈夫だ、アスナ。俺たちにも何かやれることはあるよ」
「そう、だね」
俺は食卓に向かい、ユイの横に座ると明るい調子で話しかける。
「やあ、ユイちゃん。……ユイって呼んでいい?」
ユイはこくりと頷く。
「そっか。じゃあ、ユイも俺のこと、キリトって呼んでくれ。呼びやすい呼び方があったら、それでいいけど」
「きいと、きいと……むー……」
呂律の回らない舌で何度か俺の名前を呼んだのち、ユイは長い時間考え込みはじめた。
空になったカップをアスナが取り上げ、ミルクを満たして目の前においても動じない。
すると。
「……パパ」
ついでアスナをみて。
「あうなは……ママ」
それは本当の両親と間違えているのか、リアルにいる両親に重ねているのかあるいは──いや、きっと彼女の両親、または親代わりはどこかにいるだろう。俺たちはそれを探し出すだけだ。
アスナは何かが込み上げてくるのを全力で押さえつけ、そして微笑みとともに頷いた。
「そうだよ……ママだよ、ユイちゃん」
今まで生気を感じさせなかった人形のような顔に光が戻ったように見えた。
その姿を見て俺は決意を新たにする。
「アスナ、おにーさんを訪ねよう。タナトスやアルゴは流石に呼べないけど、ノーチラスやユナもいるし」
俺は朗らかに笑うと、
「俺たちは、1人じゃない」
アスナはあっけにとられたのち、「ママ?」と無邪気に尋ねるユイを抱きしめる。
「──変わったね、キリト君」
「まぁな。じゃ、ご飯食べたら行こうか」
食いしん坊なところは変わってないんだね、と笑うアスナにうるさいと反論しつつ、俺たち3人は同じ食卓についた。
***
「で、ユイが俺の食べてる激辛のサンドイッチを真似して食べてなぁ」「キリト」
「それがとっても可愛らしくて」「惚気も娘自慢もいい加減にしろよぶっ殺すぞ!」
起こったことを一から十まで懇切丁寧に話したところ、主に最初と最後がおにーさんの逆鱗に触れたらしい。
ふーっ、ふーっ、と肩で息をするおにーさんに首を傾げて問いかける。
「彼女作れば?」
「出来りゃ文句はねぇよ!俺のモテ具合はクラインとどっこいどっこいでなぁ、この前もいつ──タナトスに弄られたばっかなんだよ!」
「嘘つけイケメンだし絶対モテてるだろ……まぁいいや、そういえば今日はタナトス来てるのな」
「?ああ、多分すぐ戻るよ。じゃないと俺たちの評判落ちるしな。血盟騎士団や聖龍連合に期待できない今、俺たちが攻略組の舵取りをしてかなきゃならないから大変らしい」
落ち着きを取り戻したおにーさんは冷静になって話した。
流石にここでタナトスの手助けは借りれないらしい。
話もひと段落ついたので、ホームの広間に戻ると、ユイが安楽椅子を揺らしながら眠りについていた。
「疲れちゃったみたい」
戻って来た俺たちに気がついたアスナは俺に声をかける。
タナトスたちは既に攻略に戻ったようだ。無理をしないことを願うばかりだが。
メールで『手伝えなくてすまない』ときたがせっかく俺たちのために頑張ってくれているのに謝るのはお門違いだろ、と返信しておいた。
眠るユイに毛布をかけてやると俺たち全員は席につく。
そこは会議用の円卓だ。
タナトスとおにーさんが「やっぱり会議といえば円卓だよな!」と、珍しく子供らしい意見を出したのが俺とノーチラスが大賛成して採用された形となっている。
「ユイちゃんのことだけど、試しにメニューを振って出してもらったところ、名前じゃなくてバグみたいなのが出てて、よく分からなかったんだ」
「アスナ、キリト、いいか?……Thanks……⁉︎」
「おにーさん?」
ユイの手を操作してプレイヤーネームを目にしておにーさんの眉がピクリと動く。
「いや、まさかな。何でもない。……やはり親を探すのが一番だろう。でもこんな子22層では見たことないからな」
おにーさんの言葉の意味を理解した上で俺は続ける。
「ユイの装備的にも普段からフィールドに出てたとは考えにくい。ならやっぱり行くしかないと思う」
おにーさんは顔をしかめる。事情を知っているのか、ノーチラスやユナも微妙な顔だ。
「……今あそこは不安定なところになってる。あそこを統治してる《軍》の穏健派のリーダーの行方がつかめなくなっていて、近々調査班を極秘で送ることも考えていたんだが……」
「いきましょう。それがユイちゃんのためにきっとなるから」
アスナの言葉におにーさんは長いため息をするとノーチラスとユナに顔を向けたのち、俺たちに向き直る。
「わかった、ただし俺とノーチラスとユナもついて行く。危険なことがないことを祈りつつ、行こう。『はじまりの街』に」
キリトの精神的成長がよくわかる回となりました。このキリトはぼっちでも黒猫団を失ってもいないので他人の大切さを理解して頼ることができる人になっています。
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キリト親子と子供達
なんだか最近うまく書けない。原因もいまいち分からないのですが、駄文がひどくなっているかもしれませんのでご了承ください。
はじまりの街。
かつてのデスゲーム宣言において舞台となった街にして、現在最も人口の多い街だ。
ここ含めた下層は《軍》が自治を行う地であり、《ファミリー》の自治が届かない場所でもある。
「どうだ、ユイ。見覚えあるか?」
「……わかんない」
俺はユイを肩車しながらこの地に降り立った。プレイヤーなら誰でも来たことのあるはじまりの街ではあるがユイの記憶には残っていないようだ。
今回の同行者はアスナはじめ、おにーさんとノーチラスとユナだ。
無駄に豪華なメンツではあるが今回はユイのことだけでなくある調査も兼ねている。
《アインクラッド解放軍》穏健派リーダー、シンカー氏の所在についてである。
現在彼は行方が分からなくなっており、《軍》は現在、キバオウが取り仕切っている。キバオウの派閥は穏健とは程遠いもので、たまにディアベルが顔を出してはいるが最近では彼でさえもキバオウを止めれていないそうだ。
キバオウ主導のもと、コーバッツらの無謀な作戦が執り行われたことはタナトスとアルゴの調査で判明している。
シンカー氏が行方不明になったのはつい先日。とりあえず彼の知り合いである女性プレイヤー、ユリエールさんを訪ねることになった。
「そういえばおにーさん。ここって今何人くらいのプレイヤーがいるんだ?」
ノーチラスの問いにおにーさんは答える。
「今残ってるプレイヤーが7千人くらいで、
はじまりの街に多く残っていた小・中学生は現在知る限り全員が22層で暮らしている。
そのために現在人口が多い都市のトップ10くらいに22層があるという穏やかなあの層がなんともいえない状態になっていた。
「確かユリエールさんが指定した教会ってのは確か……あ、あった」
ついたのは小さな教会だった。二階建てでシンプルな作りのそれにたどり着くとおにーさんが大きな二枚扉をノックしたのち、「失礼します」と声を張りながら扉を開けた。
内部は薄暗く、人の姿はなさそうだった。
「早く来すぎた?」
「かもな……いや、まて。人がいる……キリト、何人だ?」
「右の部屋に4人、左に2人。二階にも何人か」
「……索敵スキルって、そんなに便利なものなの?」
アスナが呆れたような口調で聞いてくる。
索敵スキルは980を超えたら壁の向こうの人数までわかるという便利なスキルで、対レッドには必須のスキルだ。
ちなみにおにーさんは何人かまでは分からない。こう言うところでおにーさんに頼られるのはなぜだか気分が良い。
それはそうと、教会の人間になぜ隠れているのかを聞かなければならない。
「すみませーん。私たち、ユリエールさんって人と待ち合わせできてるんですが!」
ユナが少し声を大きくして呼びかける。すると、右手のドアが開き、1人の女性プレイヤーが出て来た。
「《軍》の、軍の徴税隊じゃないんですね……?」
徴税隊?本当だったのか。
何度か耳にしたことのある単語におにーさんに目を向けるとかすかに頷いた。
目を目の前の女性に戻す。
暗青色のショートヘアと黒縁メガネをかけた彼女はサーシャと名乗った。
「ユリエールさんの言っていた、《ファミリー》の方々でしたか。すみません、不躾な態度で」
その途端──。
「あの最強ギルドの《ファミリー》⁉︎」
甲高い少年の叫び声とともにサーシャの背後のドアが開き、数人の子供が駆け出してくる。
出て来た子供たちは一番上が14歳くらい、下は12歳くらいの子供たちだった。
みんな興味津々で俺たちに話しかけて来て、攻略の話や武器のことなどを聞きたがった。
なのでアスナの武器であるランベントライトや俺のダークリパルサーなどを見せてやると大喜びでそれを見ていた。
「あ!歌のおねーちゃんじゃん!」
「え、私⁉︎」
「ねね、歌って歌って!」
子供達に急かされるユナと苦笑するノーチラスを置いておにーさんとともにサーシャと話すことになった。
いつの間にか眠りこけてしまったユイを下ろし、事情を説明する。
「なるほど記憶が……。確かにここではこのはじまりの街にいるほぼ全員が集まっていると思います。数は15人ほどです」
「22層には来なかったのか?うちでは子供達の受け入れしていて、教育とかも完備だけど」
目を見開くサーシャ。
どうやら《軍》による情報規制が行われていたようだ。
「では、今出かけてる子たちが帰ってき次第相談したいと思います。……それで、この子なんですけど、私たちは2年間ずっと、毎日1エリアずつ全て回って困ってる子供がいないか探してるんです。だから、残念ですけど……はじまりの街で暮らしていた子では、ないかと思います」
「そうですか……」
俯くアスナ。
その時である。
「先生!大変だ!」
サーシャと同時に職業病かおにーさんも飛び上がった。
「ギン兄ぃたちが、《軍》の奴らに捕まっちゃったよ!」
「──少年、場所は?」
静かに問うおにーさん。その目は毅然としたものだ。
見るとサーシャも別人のように凛とした態度になっている。
「よし、行くぞ」
駆け込んで来た赤毛の少年から場所を聞くとおにーさんは手早くウインドウを操作して友切包丁を装備しながら立ち上がる。
「サーシャさん、案内してください」
「……助かります!」
木立の合間を縫って、大通りから裏通りに抜けと教えられた場所に最短距離で進むサーシャ。やがて着いた場所には《軍》のプレイヤーが10ほどいた。
サーシャたち女性陣はそれを見て交渉による解決を求めて歩を緩めるがむしろ俺たちは加速する。
俺は知っている。
「おっ、保母さんのとうじょ……ぶべらぁっ⁉︎」
バカは死ななきゃ治らないと。
ニヤリと笑みを浮かべた《軍》のプレイヤーをおにーさんが問答無用で体術スキルでぶん殴って吹っ飛ばす。
友切包丁を使わないあたり優しさを感じてしまうのは自分が麻痺しているからだろうか。
あの武器を対人戦で使われるとマジで怖い。『死』を予兆させるかのような謎の威圧感を感じさせるからだ。
「な、なんだぁ⁉︎」
「……悪・即・斬」
驚く《軍》のプレイヤーたちを刺突系片手剣ソードスキルを使用して次々に吹き飛ばして行くノーチラス。
圏内のため、ダメージが入ることはないが恐怖心と衝撃は入る。
「や、やめっ」
「安心しろ。HPは減らない。永遠に続く攻撃でSAN値がゴリゴリ削られていくだけだ」
それを見た他のプレイヤーたちは仲間を置いて逃げようとするが。
「自治を任された人間たちがこのような体たらくとは……。やれやれ、やはりDKBに火葬の自治を任せるべきだったか」
今度は友切包丁を携えたおにーさんが立ちふさがる。
その武器の異様な空気をもろに受け、立ち止まってしまう連中に心の中で合掌した。
「……キリト、やれ」
ダークリパルサーとエリュシデータを引っさげ、俺は二刀流を解放した。
数十秒後。
「すっげー、にいちゃん!なにあれ見たことないよ!なんてスキル⁉︎」
「あー、はは……《二刀流》だ」
「じゃ、じゃあにいちゃんが黒の剣士⁉︎スッゲー!」
なんだか褒められ慣れていないことを実感する。目をキラキラ輝かせながら群がる子供達の質問につっかえながらも律儀に答えていく。
因みに瞬殺を5から6セットほどやった俺は半泣きになった彼らを散り散りに逃げていくのをスクリーンショットしてアルゴに送っておいた。
とりあえず明日の一面記事にでもしてもらおう。
ユイをアスナに任せていたはいいが、彼女たちは大丈夫だろうか。
とりあえず子供達は大丈夫そうだった。
これで一件落着かと思われたその時だった。
「みんなの、みんなのこころが」
細いのによく通る声が響いた。
アスナの腕の中でいつの間にか目が覚めたユイが虚空に手を伸ばしていた。
慌ててその方角をみるも、何もない。
「みんなの、こころ……が」
「ユイちゃん⁉︎どうしたの⁉︎」
アスナがユイの手を握って叫ぶとユイは2、3度瞬きしてキョトンとした表情を浮かべた。
慌てて俺も駆け寄る。
「ユイ、何か思い出したのか?」
「……あたし……あたし……」
眉を寄せ、うつむいたユイは何かを思い出そうと顔をしかめた。
「あたし、ここにいなくて……ずっとくらいとこに……ひとりで……」
そこまで言うと突然、
「あ、うあ……あああ‼︎」
その顔が仰け反って悲鳴が迸った。
ザザッとSAO内で初めて聞くノイズのような音が俺の耳に響き、その声に驚いたノーチラスたちが駆け寄ってくる。
「ユイちゃん⁉︎」
ユナが心配そうな悲鳴を上げる。アスナはその体を必死に包み込む。俺もユイの手を握る。
「ママ……パパ……こわい……‼︎」
か細い悲鳴を最後に、ユイの体から力が抜けた。
「なんだよ……今の」
思わず虚ろな声が出る。
思わず空を仰いだときにおにーさんが視界に入る。
視界に入ったおにーさんは意識を失ってしまったユイを見るとわずかに目が細めていた。
それを見て俺はおにーさんの目の色が心配とはまた別の色を宿していることを悟った。
原作読んでて子供達の装備までかっぱらおうとしていた軍の皆さんにはオーバーキルと言う名の天誅を与えさせていただきました。
感想、評価等頂ければ幸いです
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キリトとPoHとユリエール
おにーさんちょい闇見せる回。
後キリトとおにーさんバーサークします。
謎の発作を起こしたユイは幸い数分で目を覚ました。
しかし心配なのは変わらず、俺たちはおにーさんにまだ来ていなかった(予定を見返して見ると1時間早かった)ユリエールさんに断りを入れてもらい、誠に勝手ながらまたあしたに来て欲しいと送った。
そしてサーシャの誘いを受けて一晩、教会に泊まらせてもらったのだ。
今朝からはユイの調子も良さげなのだが、気がかりなことが一つ。
「おにーさん、戦争でも起こす気か?」
「what?」
「あ、キリト。おかわりいる?」
「あ、ありがとお願い……どうしてサチたちまで呼んでるんだ?」
そう、おにーさんは昨夜の間に元月夜の黒猫団御一行を呼び寄せたのだ。
彼らはレストランでの経験を生かして子供達に朝ごはんを振舞っている。たったいまおかわりが来たが非常に美味しい。和食ならアスナに勝るとも劣らない美味しさだ。
これで《ファミリー》は最上層にいるタナトス、アルゴとレベリング中のシリカといつの間にか居座ってるせいでうちのメンバーになりつつあるリズを除けば全員メンバーが揃ったことになる。
「これだけいればグリームアイズ余裕で殺せるぞ……?」
決して74層のボスが弱かったのではない。うちのメンバーがおかしいのだ。
これでタナトスとアルゴとシリカが加わればもう1回はいける。
「そういえばサーシャさん。《軍》は、いつからこんなことに?シンカー氏から、権力争いのようなものがあったのは聞き及んでいるんだが」
おにーさんがサーシャに聞く。
「だいたい半年くらい前でしょうか。徴税と称した恐喝をしてくる人たちと、それを取り締まる人たちに対立している感じでした」
「おにーさん、このことは知ってたのか?」
ノーチラスの問いにおにーさんは首を振る。
「シンカー氏からは自分でなんとかしてみせるの一点張りでな。アルゴを向かわせようにもあいつは攻略とレッド狩りで忙しい。血盟騎士団も聖龍連合も下層には興味ないし。だからこの俺たちが休めるチャンスに乗り込んで真実を暴いてやろうと思ってたんだが」
思っていたよりもひどかったな。とこめかみをトントン叩きながら締めくくるおにーさんを見て俺は複雑な気分だった。
やはりいつも通りの優しいおにーさんだ。
でも、昨日のユイを見る目は、まるで……。
そう、
おにーさんは比較的NPCには温情を持たないタイプで作戦でもNPCを囮にすることに抵抗がない。
もちろん、俺が抗議すればちゃんと考えてはくれるものの、普段はなんの感情も抱いていないと言う。タナトスはそれをどうしてもぬぐいきれない兄貴の闇と評していたが……。
なら、どうしてユイをそんな目で──。
その時、教会に近寄ってくる1人の人間を感じ取った。
ノックとともに現れた銀髪の長身の女性は怜悧という言葉がよく似合う、整った顔立ちの人だった。
「ユリエールさん。お久しぶりです」
おにーさんは右手を出してユリエールと呼ばれた女性と握手する。
ユリエールもまっすぐおにーさんを見ながら微笑み、握手に応じる。
「お久しぶりです、PoHさん」
いやだってワイルドでイケメンな男性の名前がプーさんは笑う。
ノーチラスが黙ってストレージから蜂蜜取り出しておにーさんの手元に置いたところで完全に決壊した。
俺たちはそれぞれユナとアスナに頭をひっぱたかれながら真面目な顔を取り繕う。
「今笑ってるバカ2人のうちくいしんぼうの方がキリト、意志弱そうなのがノーチラスだ」
「もう少し他に特徴あったろ!」
「意志弱くない!ちゃんと自分の意見言えるわ!」
すぐさまおにーさんの意趣返しに抗議する俺とノーチラス。
おにーさんはそれをスルーしてユナとアスナに自己紹介させた。
「さて、改めて紹介しよう。ギルド《アインクラッド解放軍》のメンバーでシンカー氏が最も信頼している女性、ユリエールさんだ」
その紹介にユリエールは少しはにかむとすぐに真面目な顔に戻して本題を話し始めた。
「今回の依頼についてまずは最初から説明したいと思います。軍というのは、昔からそんな名前だったんじゃないんです。元々はギルドMTDという名前のギルドだったんですが……ご存知ないでしょうか?」
アスナやユナ、ノーチラスは聞いたことがない様子だったが俺は即答した。
「《MMOトゥデイ》の略だろ?SAO開始当時の日本最大のネットゲームの総合情報サイト。そういえばシンカーさんが作ったんだよな?いつの間に軍に組み込まれてたんだ?」
シンカー、という名前を耳にした時、ユリエールの顔がわずかに歪んだ。
「彼は……決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたんじゃないんです。ただ、情報や食料といった資源をなるべく多くのプレイヤーに均等に分かち合おうとしただけで……」
そこまで話した時、おにーさんが苦い顔をしていた。
そういえばおにーさんはあまりそう言ったことに着手しようとしていなかったが、それが関係しているのだろうか。
「それは難しいことだろうな。ただシンカー氏のような優しい人間だけではそれは成り立たない。それを実現するにはそれこそカリスマスキルCくらいは必要だろうな」
「カリスマ?」
「こっちの話だ、気にしないでくれ」
おにーさんの漏らした言葉にアスナが首をかしげる。
アスナ、Fateも知らないのか……。もしかして、結構な家柄の方だったりするのか?
「続けてよろしいですか?……ありがとうございます。そして、そんな時に台頭してきたのがキバオウという男です」
ユリエールが苦々しい口調で言った。
キバオウはそれまでアインクラッド解放隊というギルドを率いていたがギルドの勢いが劣ってきた際にMTDに目をつけ、統合した。
「彼は、シンカーな放任主義なのをいいことに、同調する幹部プレイヤーたちと体制強化を打ち出し、名前をアインクラッド解放軍に変更させました。さらに公認の方針として犯罪者狩りと効率の良いフィールドの独占を行ったのです」
「……だから下層でのトラブルがうちに来なかったのか。犯罪者を相手取るのは意外と大変だぞ……」
「それまで他のギルドとの友好を考え、マナーは守ってきたのですがキバオウたちは数の力で言うことを聞かせ、さらに強力な力をつけていきました。しかし、攻略をおろそかにしすぎて不満が出た彼は博打を打ってハイレベルプレイヤーたちを最前線に送り込んだのです」
思わずアスナと顔を見合わせた。74層のコーバッツの一件だ。
「それを失敗したキバオウは、後一歩で失脚まで追い詰めたのですが、3日前、彼はシンカーを罠にかけると言う強攻策に出ました。丸腰で話し合おうと持ちかけ、ダンジョンの最奥に回廊結晶でシンカーを放逐したのです」
「3日前⁉︎」
「それで、シンカーさんは……?」
ユナが叫び声をあげ、ノーチラスは思わず尋ねる。
そういえばあの2人はタナトスの地獄の特訓のせいでモンスターの恐ろしさを見をもって味わっていた。驚くのは当然だろう。
「まだ生きているようです。幸い、安全地帯まで逃れられたようですが、場所が場所で身動きが取れず……そこで《ファミリー》の皆さんにお願いしたいことがあるんです」
「皆まで言うな。予想はついていた。そのために俺たちはこの面子を集めたんだからな。中層の自治はシリカとかアスナとかのファンクラブの連中に任せてるから大丈夫だし」
「え⁉︎」
アスナが驚きの声をあげる。いやそれは本当に大丈夫なのか。
「もちろん大丈夫だ。選りすぐりの精鋭たちをシリカに任せてるから1日2日あけても大丈夫だよ」
ファンクラブの選りすぐりの精鋭っていうワードが不安要素しかないんだが。
ユリエールは目を丸くして驚いていた。おそらく、ここまでしてくれることに驚いていたのだろう。
「ま、おにーさんはこういうことは大っ嫌いなタチだからね」
サチが微笑む。
「俺たち月夜の黒猫団に任せな!」
「おいテツオ、俺たちは《ファミリー》だぞ!」
テツオの宣言と、それを茶化すノーチラス。
ドッと笑いが起きるこの空間の中、アスナと俺はユイの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「ごめんな、ユイ。お友達探し、一日遅れるけど許してくれよ?」
「明日にはきっと、ね?」
言葉の意味を理解したかはわからないが、ユイは大きな笑みとともに頷いた。
***
「……まさか黒鉄宮の下にこんなダンジョンがあるなんてな……」
第1層の下、しかもはじまりの街最大の施設、全プレイヤーの名簿である《生命の碑》が置かれる黒鉄宮の下にそのダンジョンはあった。
おにーさんの予想だとそれは何らかの条件を俺たちが上でクリアしたことによって現れたサブダンジョンだと言う。
そのせいか敵のレベルは大体60層くらいの難易度。つまり余裕というわけだ。
「……」
ユリエールさんはずっと無言だ。
まぁ当然か。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA‼︎」
「ぬおおおおおお‼︎りゃあああああああ‼︎」
おにーさんが高笑いをあげながら素手でモンスターを蹂躙し、俺が雄叫びをあげながら爆発でも起こしているのかと言わんばかりに二刀流で敵を吹き飛ばしているのだから。
ぶっちゃけ俺たちはバーサーカーだ。
なのに休暇とか中層の自治とかやらされてればエネルギーはたまるたまる。
それを一気に放出すればこの通り。
60層くらいの難易度なら2人で十分オーバーキルなのだ。
おかげでごねたユイも無事連れてこれている。現在は無邪気に声援をこちらに送ってくれている。
その後、俺が丹精を込めてとったスカベンジトードの肉×30がアスナの手によってゴミ箱に捨てられたり、それを見たユリエールが俺たちの前で初めて笑ったりとあったが1時間もすればダンジョンの最深部についてしまった。
「ありえない……えぇ……?なんか、えぇ……?」
どうやらアインクラッド三大バーサーカーのうち2人の活躍を見て常識が完全に崩壊しているようだ。非常に心外である。
「そろそろ安全地帯か……全員、戦闘態勢を取れ」
おにーさんの号令とともに、若干の疑問はあれど全員が武器を手に取る。
完全に理解しえなかったのはユリエールとユイだけだ。
「どういうことですか?」
「冷静に考えて、そろそろ来るだろう……あ」
小さく漏らしたそのおにーさんの視線の先には小さな小部屋があった。
そこには1人の男が立っていた。
それを見た瞬間、ユリエールが猛スピードで走り出した。
「シンカー‼︎」
「ユリエール!来ちゃダメだーっ!その通路は‼︎」
「っ、不味い!」
おにーさんが慌ててユリエールの後を追った、その時だった。
不意に黄色いカーソルが表示される。名を、《The Fatal-scythe》──。
定冠詞がついたそれはボスモンスターだ。
「っ!」
「ササマル!ユリエールさんを連れて安全地帯へ!ユナ!バフ!」
走り出したユリエールの襟をつかみ、後ろに放った後即座に指示を出すおにーさん。
「おにーさん!」
「はは……やべえ、あいつ間違いなく強いぞキリト!……It's show time……‼︎」
「ああ、そうだな!」
俺とおにーさんはどう猛な笑みを浮かべて突貫した。
来週はお休みします。すみません。
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キリトと棚坂兄弟
もう攻略組《ファミリー》だけでいいんじゃないかな。って自分で書いててなりました。
「……っ、はぁ、はぁ……」
「shit!……化けもんが……スイッチ!」
おにーさんがパリィしたことにより俺とおにーさんが後退する。
即座に結晶を使用し、レッドゾーンにまで到達していた体力を全回復させる。
正直舐めていた。
この現在戦っているパーティの平均レベルは80以上。俺は90、おにーさんもそれに近い。にも関わらず全力で苦戦する。
おそらくはこのモンスターは90層クラス。明らかに俺たちと釣り合っていないそれに苦戦していた。
二刀流を最初から全力で飛ばしていたが正直なところ厳しい。ノーチラスとサチ、アスナの3人の支援あってなんとか削れているような状態だ。
戦い始めてすでに30分が経過しているのにも関わらず、敵のHPはまだ半分は残っている。このままではジリ貧だ。そう思った時、救援が現れた。
突如空間に穴があき、そこから出て来たのは……。
「ヨ。元気してたカ?」
「キリトさん!みなさん!助けに来ました!」
「悪い、遅れた!」
アインクラッド最強の情報屋、ビーストテイマー、バーサーカーが現れた。
「アサシンなんだよなぁ」
サクッと人の心を読んだタナトスは3本の投げナイフを投擲する。
ボスの鎌によって弾かれたものの、ヘイトを向けることに成功したタナトスは片手剣を抜く。
「シッ!」
ボスモンスターの鎌の攻撃を片手剣を両手で持って弾くと懐に潜り込み、体術スキルを命中させる。
微々たるものではあるが確かなダメージを重ねるタナトス。
「みなさん!回復結晶です!」
シリカが個人ポーチから大量の結晶をギルド共有ボックスに入れる。
次にピナに命じてヒールブレスを体力の危ない連中にかけていく。
「アルゴ!どうやってここへ?あと何か情報は?」
「軍からここの回廊結晶を押収したんダ。あと情報はなんもなイ!」
アルゴからもたらされた情報がさらに絶望へ叩き込む。
「んなの関係ねえっ!どーせ頭おかしい強さってわかってりゃいいだろーっ、がっ⁉︎」
戦いながら叫んでいたおにーさんが金属が破壊される音とともに吹き飛ばされる。
見ると今までおにーさんが使っていた片手剣が見るも無残な姿に破壊され、ポリゴンへと還っていっていた。
「うそだろ」
ノーチラスが驚きに硬直する。
おにーさんの使っていた剣は決して安物では無い。リズが作った最高傑作の一つが、新品近い耐久値をこの戦いのみで削りきられたのだ。
「っ、兄貴ィ‼︎」
タナトスが叫ぶ。
「アルゴ、指揮!」
俺の言葉に我を取り戻したアルゴはその情報屋として磨かれたその観察眼を使って効果的な指示を出していく。
おにーさんほど的確なものではないがこの場では最も最善を尽くせているだろう。
「だが……」
最善では足りない。
現在何かの策を講じているのだろう。策はおにーさんに、俺は今やれる最善を、最高をやるしかないのだ。
「タナトス、頼めるか」
そして時間稼ぎは俺の得意とするところではない。
「よゆー」
アインクラッド最多の手数と最速を誇る男に全てが委ねられた。
タナトスは、大量の投げナイフを装備してボスの前へと飛び出した。
Thanatos Lv.100。
***
PoHは吹き飛ばされた際、安全エリアに転がり込んだ。その際にユイを弾き飛ばしてしまったが謝る余裕すらない。
即座に回復結晶を使用、HPを回復する。
「回復ガン積み耐久パってとこか」
「?今の状況ですか?」
ユイに目で謝罪してユリエールが慌ててユイに駆け寄る中。
自らの弟が時間を稼いでくれることを祈りつつ、現状を振り返ったその一言にシンカーが反応する。
「そう。決め手に圧倒的なまでに欠ける。何せ最大火力のキリトのレベルが90と心許ない。──90レベが心許ないとかどんな悩みだよクソ──まぁそのせいでいくら俺とタナトスが隙を作ってもキリト最高のスキル、《ジ・イクリプス》でも倒しきれないだろう」
「確かに残りHPは30%近いがそこから強化の可能性は高すぎる。故に一気に倒し切りたい。見ろ、タナトスも理解しているからそこまで強くないNPCの店で買える程度のナイフを大量に使っている。効き過ぎず、ってとこだ」
天井、床、壁を跳ね回るタナトスはヘイトを集めつつ上手く時間を稼ぎ、攻撃はアルゴの指示とキリトとノーチラスとアスナのフォローにより当たっていない。
「決め手が欲しい………………おい、変なこと考えるんじゃないぞ」
「…………‼︎」
「やはりか。君、プレイヤーではないんだろう?
黒髪の少女は、首肯した。
「カーディナル……話に聞いたことはあったがマジとはねぇ。AIには見えんよ」
「どうしてそれを……」
「俺のリアルネームは棚坂だからな」
それだけいえば十分だろ、そう言い残してPoHは戦場へ自らの案を伝えるべく、飛び出していった。
***
タナトスの動きは人を大きく超えていた。
タナトスの黒猫パーカー、その黒い筋しかもはや見えない。
そして彼は恐ろしいことに投擲スキルと体術スキルによるナイフ投擲スキルコネクトをこの頭おかしいスピードで移動しながら行なっているのだ。
「頭おかしい」
「キィリィトォォオ、聞こえてんぞォオオオオ」
怖いんだが。
「キリト、唐突だが
おにーさんが帰ってくると同時に俺に問いかけてきた。
「え?……いや、無理だ。初動のモーションが違いすぎる。二刀流のモーションは特殊すぎる。エンドリボルバーからダブルサーキュラーくらいならいけるかもしれない」
正直考えたくもない。片手剣だけでも脳が震えるのにいよいよ頭が爆発する。
「わかった。アルゴ、ノーチラス!ヘイト任せた!タナトス、こっち来い!ユナ!歌を俊敏アップから対象をキリトとアスナ限定の攻撃爆上昇に!黒猫団はデバフ効果のある攻撃を続け、防御を下げろ!」
アスナが駆け寄ってくる。疲れが滲んでいるがその目は戦意に満ちている。
「おにーさん!案は⁉︎」
「んなもんねぇよ。
もはや作戦ともいえないそれだが泥臭く、無理やり押し込むのもまた一興だ。
それに、無理やりならば俺にもやり方はある。
「……。よし、樹。行くぞ!」
「タナトスだボケ!」
ナイフを全て消し、モンスタードロップの魔剣クラスのロングソードを携えたタナトスと同じく魔剣クラスの大斧を構えた2人が突っ込んだ。
「新鮮ね」
思わずアスナが次に決めるということすら忘れるほど意外な光景ではある。というかあの2人があんなでっかい得物を使えることに驚きなのだろう。
「タナトスはともかくおにーさんは全部の武器熟練度800超えてるからな」
「えぇ⁉︎」
「あとで話す。構えろアスナ」
「……もー、なんでこんな時にそんな気になる情報残すかなぁ……?」
「「「「スイッチ!」」」」
***
結果から言おう。
スイッチで仰け反ったボスはアスナの刺突スキルで完全に体勢を崩した。
そして俺がやったことは、自分でももう二度とやれることはないだろう。
「もうむり……おれしぬ……」
言語能力が死んでいる。
目も死んでる。
頭がいたい気がする。VRなのでわからないが。
「キリト……お前これリアルの方に影響出てるぞまじで」
「じかくしてるぅ…………」
そもそもスキルコネクトはタナトスあたりがバーゲンセールのごとく使っているがあれは何も考えなくても初動のポーズさえ覚えておけばあとはどんな体制でも無理やり持っていけるという生来の猫ばりの柔軟性あってのものだ。
本来は計算に次ぐ計算で右脳と左脳を別々の挙動をさせるくらいのことをやっているようなものだ。
それで俺は二刀流で片手直剣スキル3回から無理やりSBSにつなげたのだ。
正直もう戦いたくないレベルで疲弊していた。
「だがな、こっからが本題だキリト。起きろ」
死体蹴りを真顔でしてくるおにーさん。殺したい。
むくりと起き上がるとそこにはやれやれと言わんばかりのおにーさんと、大きな漆黒の瞳にいっぱいの涙をためたユイがいた。
「ユイ……?」
「ユイちゃん……?」
「パパ、ママ。全部……思い出したよ……」
「ま、説明してやれカーディナル。お前はどうやら“人間”らしい」
おにーさんの言葉に、今度こそ完全に思考が停止した。
というわけでむりだと思われてたあの死神を倒した《ファミリー》。
理由は化け物がいたからのほかにもピナのヒールブレスや金に物を言わせた大量の回復結晶あってのものです。
ちなみに目立たないけどサチは神聖剣なしの場合のヒースクリフ並かそれ以上の強さだしノーチラスはユニークスキルなしの剣士だと最強です。
PoHはバーサークルーラー、タナトスはバーサークアサシンですから純粋な剣技のみだとやや劣ります。
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ファミリーと《ファミリー》
今回は第三者視点です。
黒鉄宮地下迷宮最深部の安全エリアに集まった《ファミリー》。
ユリエールとシンカーには先に脱出してもらったため、ここには身内しかいない。
「どういうことなんだ、おにーさん……」
キリトは困惑していた。
どうしてユイに人間のようだ、といった発言をするのか。
それじゃあまるで……。
「はい……PoHさ、いえ、おにーさんの言う通りです。──キリトさん、アスナさん。全て、説明します」
その丁寧な言葉で何かが終わってしまったかのような悲しい確信を得た。
ユイの言葉が、ゆっくりと流れ始めた。
「ソードアート・オンライン。この世界は、一つのシステムによって制御されています。名前は《カーディナル》、それが、この世界のバランスを自らの判断で制御しているのです。システム設計者は、茅場晶彦、そして、棚坂ヴァサゴ……おにーさんです」
衝撃が《ファミリー》を走り抜けた。
即座にPoHは訂正を入れる。
「正確には、茅場のみだ。《棚坂グループ》の代表として派遣された際に俺がそのなかのひとつに意見を加えただけだ。手は一切加えてないしそもそもただの人工知能だろう程度にしか考えてなかったからな。ユイのプレイヤー名見たときびっくりしたわ」
《棚坂グループ》。それを聞いたアスナが目を見開いた。
「それって、アーガスの大スポンサーじゃない!」
「そ。基本的には離れて暮らしてるおれたちの金銭的支援は最低限なくせにこう言うことにはきっちり出してくる嫌な親たちだよ」
「そのおかげで詩乃に会えたんだからまんざらでもないくせに」
やかましい、と兄の頭を叩くタナトス。
「彼女の本来の名前は《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP0001、コードネーム《Yui》だ。ちなみに俺が手を出した分野はここだ」
「プログラム……?AIだって言うの……?」
掠れた声で問いかけるアスナに、ユイは悲しそうな笑顔のまま頷いた。
「記憶がなかったのは、正式サービスが始まると同時に、カーディナルが予定にない命令、私にプレイヤーとの干渉禁止を言い渡し、私がやむなくプレイヤーたちのメンタルのモニタリングのみを続けたことが始まりでした」
「……あの時は、地獄だった」
ポツリとこぼしたノーチラスの言葉にユイは沈痛な表情を浮かべる。
当時はユナを守ろうと決意することすら時間がかかった。加えて体が動かなくなることも多かったのだ。
「ほとんど全てのプレイヤーたちは恐怖に満ち、わずかに動くプレイヤーたちでさえまともな状態ではなかったのです」
「んーまぁ……否定はしない」
タナトスはあの時、お調子風に振舞っていたが、本当は詩乃が心配で仕方ない。詩乃に会いたくて不安だった。戻れないかもしれないと言う疑心にとらわれないように修羅場慣れしてしまっている兄と共に行動して普段通り振舞えていたのだ。
「私はそんなプレイヤーたちを助けたかった。けれどそれはできず、私はエラーを重ねていき、崩壊していきました……」
誰も言葉が出ない。
「ですがある日、他のプレイヤーたちと大きく異なるメンタルパラメータを持つ層を見つけました。多くのプレイヤー、しかも子供といってもいい年齢のプレイヤーが安らぐその層に、喜び、安らぎ……。でもそれだけじゃない、今まで見たことのない脳波パターンを発見した私はあの2人のそばに行きたい、そう考えるようになり、そして2人のホームから一番近いシステムコンソールから実体化して、彷徨いました」
「それが、あの22層の森……」
「キリトさん、アスナさん……私、ずっとお二人に会いたかった……。森の中で、あなたたちに会った時、すごく、嬉しかった……。そんなことあり得ないのに……。わたしは、ただの、プログラムなのに……」
その時、すぱぁん、と言う音がした。
キリトが手加減してではあるが、ユイの頭をかるくはたいたのだ。
「っ……」
「キリトくん⁉︎」
「……パパだ」
「……え?」
目を丸くするユイに、キリトは屈み込み、彼女と目線を合わせる。
「ユイはAIなのかもしれない。だけどな、んなもん知るか。君は俺とアスナの娘で、うちのギルドの癒し担当だ。……だからさ、そんな悲しいこと言うなよ。ユイは、本物の知性を持っているんだから」
その言葉に、涙をためたアスナはユイに駆け寄り、抱きしめる。
「ユイちゃん、あなたの望みはなに?あなたはもう、ただのプログラムじゃないもの。自分の望みを、口に出せるはずだよ……?」
「ユイちゃん、あなたの望みはなにかな?」
柔らかく、そして暖かな言葉が紡がれる。
「わたし……わたしは……」
ユイは、その細い腕でアスナを目一杯に抱きしめる。
「ずっと、パパとママと、《ファミリー》のみなさんと、一緒にいたいです……‼︎」
その言葉にもう女性陣は限界だった。
サチ、シリカ、ユナ、アルゴでさえも涙を流しながらユイを抱きしめる。
もみくちゃにされるユイだが、その顔は歓喜の涙であふれていた。
黒猫団の男性陣も心打たれたのか、涙を浮かべているものもいる。
しかし、現実は非情なのだ。
「……ユイ。あとどのくらいこの世界に居られる?」
PoHは知っていたのだ。
このダンジョンの安全地帯に置かれている黒い立方体が、ただの装飾品ではないことを。
「…………ああ、そゆことか」
タナトスも思い当たったのか、鋭く黒い立方体を睨む。
ユイは悲しそうに目を伏せ、そして部屋の中央に置かれている黒い立方体を小さな手で指差した。
「先程おにーさんに吹き飛ばされた時に体勢を立て直すために私は偶然あの石に触れて、そして記憶を取り戻したんです。あれは、GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです」
ユイの言葉になんらかの命令が込められていたのか、黒い石に吸う方の光の筋が走り、表面に青白いホロキーボードが浮かび上がった。
「さっきのボスモンスターも、ここにプレイヤーを近づけないようにするためだと思います。本来なら倒すことは叶わないので私がモンスターを消去しようとしたのですが、おにーさんに止められました。これで少しだけ時間が稼げますが……」
どのみち時間はないのだ。
ユイがシステムに触れたことによりエラー訂正プログラムで破損した言語プログラムの復元は行えたが、それによりカーディナルがユイのデータに注目してしまったということ。
間も無くユイは異物と認識され、消去されてしまうだろう。
それが正しいかのように、ユイの体が光に包まれ始める。
「……すまないが俺は対人関係専門でな。タナトスも肉体労働派だし。人間の感情に精通していたからこそ、MHCPに口出せたんだ。機械工学系は………あ」
兄弟は同じ方向を向いた。自然に全員の視線がそこに集まる。
「……え?」
そこにいたのは工学系においてのみ、PoHをも超える知識を持つ機械オタクがいた。
「キリト、GMアカ使ってシステムに割り込め」
タナトスのその言葉で全てを理解したキリトは黒いコンソールに飛びついた。
表示されているホロキーボードを素早く叩く。アスナも、アルゴも、ノーチラスも、ユナも、あっけにとられた。
それを理解していたのは兄弟以外はユイのみだった。
タナトスは少しずつ体が粒子化してきているユイの頭を優しく撫でると、
「お前は消えないよ。あの男が許すはずないだろう?お前はあの
キーを乱打するキリトを見ながら呟く。
そしてキリトの眼前にぶんと音を立てて巨大なウインドウが出現した。
「……なあ兄貴。あいつほんとに学生?システムにハッキングしてデータのコピーどころか抜き出してるんですけど」
「いやー、あいつただの厨二イキリオタクじゃなかったんだなぁ」
作業が佳境に入っているのにもかかわらず、呑気な兄弟を睨むアスナ。
その直後、キリトがいくつかのコマンドを入力した直後、小さなプログレスバー窓が現れ、横線が端まで到達する。
するとコンソールが青白く輝き、破裂音とともにキリトが吹き飛ばされた。同時に、ユイの体も消える。
「き、キリト君⁉︎……ユイちゃん⁉︎」
慌ててキリトににじり寄るアスナ。
消えた際の粒子は再びキリトの手で集まり、大きな涙の形をしたクリスタルに姿を変える。
「こ、これは……?」
「ユイが起動した管理者権限にを使ってシステムにアクセスしてユイのプログラム本体を抜き出した。このゲームがクリアしても一緒に居られるように、オブジェクト化してクライアントプログラムの環境データの一部として俺のナーヴギアのローカルメモリに保存されるようになっている」
「ねぇノーくん、あれどういうこと?」
横文字が多すぎて理解できないユナに説明を加えるノーチラス。
要はこのSAOのデータをハッキングして盗んだ、ということだ。
「人聞きの悪い言い方なんだが、まぁそういうことだ。展開させるのはちょっと骨が折れるけど、(金銭的な意味で)そこは問題ないだろ?おにーさん」
いたずらっぽく笑うキリトにPoHは長いため息をつくと笑って、
「
「じゃ、じゃあ……!」
喜びに顔を輝かせるアスナ。
「ああ……向こうでまた会えるよ。俺たちの、初めての子供に」
アスナは、2人の胸の間で輝くクリスタルを見下ろした。
『ママ、頑張って……』
耳の奥に、かすかにそんな声が聞こえた気がした。
***
「まさかこんなに早く75層の攻略戦が始まるとはなぁ」
《ファミリー》がダンジョンから脱出した翌日の夜、ヒースクリフから75層のボスモンスター攻略戦の参加を依頼する内容のメッセージが届いた。
「まぁ俺が第1層のときの次くらいの頑張りを見せたからな」
項垂れるキリトに声をかけるタナトス。
ギルドホームに戻ったメンバーはそれぞれ大量に失った資材の補給を余儀なくされている。
ヒースクリフに2日ほど待ってもらい、その間に塾の仕事の引き継ぎ、並びに《軍》から賠償金を大量に巻き上げておいた。
おかげで赤字どころか黒字なのはご愛嬌。
「まだ1週間ちょっとなのに……」
ファミリーは血盟騎士団のせいでエースを危うく失いかけた過去があるため、今回の依頼を断ることもできたろう。
しかし、メッセージにあった「すでに被害が出ている」という一文で彼らは参加を決めた。
「……今回はかなりの激戦が予想される。お前ら、覚悟はいいな。……行くぞ」
リズベット武具店から武器の補充を済ませてきたPoHの号令で扉を開ける。
冬の気配が色濃くなった冷たい朝の空気の中へと俺たちは足を踏み出した。
今回で心の温度編は終了です。次回は幕間、多分おにーさんが主役です。
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ヴァサゴとニシダ
時系列的には朝露の少女編の少し前くらいに改変しました。
だから今回樹は出ません。アルゴはサボりです。
第22層は、アインクラッドで最も人口の多いフロアの一つだ。
低層であるが故の広さに加え、最強ギルド《ファミリー》のお膝元。
ここに住む人たちは安定した暮らしを提供してくれる《ファミリー》へ自治への協力という形で恩返しをしているため、一種の御恩と奉公が成り立っている場所でもある。
《ファミリー》が人数が著しく少ないのにもかかわらず中層の自治が成り立っているのはそのためだ。
《軍》のように支配するのではなく、共同体としてそれぞれの生活を守る。まさに自治体といったところか。
のどかな風景は攻略で荒んだ人々の心を癒し、子供達はのんびりと《ファミリー》が経営する学習塾で学ぶ。
決して観光地ではないのだが、ここに住むという人は少なくない。
今日もまた、人々は穏やかに暮らしている。
***
今日は日曜日。
塾は休みでPoHは久しぶりの休暇を満喫しようと決めていた。
「きょーじゅー!」
笑顔で手を振ってくる子供達に手を振り返すPoH。
「あまり危険なとこには行くなよー!」
「はーい!」
キリトとアスナが結婚してから数日。
彼らは小さなログハウスを購入し、そこで暮らしている。
彼らがログハウスを買う際にはなぜかシリカやサチが狭すぎると抗議したりアルゴが情報として扱おうとしたり、実際タナトスが風林火山の連中に売ったりとドタバタしたものの、結局みんなで仲良く迷宮区に潜って金を工面することができた。
おそらくあの2人も今日はゆっくり休日を楽しんでいることだろう、PoHは気を利かせて2人の元へ遊びに行くのは止すことにした。
それにしても、自分も偉くなったものだ。PoHは自らのことを振り返る。
それはアインクラッドの新聞記事であった。
『──棚坂ヴァサゴ。
中層の自治と警察を担当する攻略ギルド《ファミリー》の若き指導者。
その溢れんばかりの才能は攻略にも当然発揮されるがその真髄は予知にある。
ヴァサゴの脳内には既にこの事件に巻き込まれた人々の平均年齢とそこから考えられる事件収束後の警察の対応、そしてプレイヤー達の社会復帰についての対策がある程度まとめられているらしい。
その中でも力を入れていたのはSAOに存在する多くの学生プレイヤーへの学業指導だ。
これはヴァサゴが最も最初に着手したことだ。
はじまりの街へ赴き、何人かの子供やたまたま面識のあった講師らを22層へ招待。学習塾を建て指導。実際それは成功し、現在は自らは教鞭をとらずに攻略組へ復帰。
塾は募集したリアルでは大学生だったもの、教師だったものに教鞭をとらせている。
この世界において英雄と呼ばれる人間は“神聖剣”や“黒の剣士”、“閃光”のアスナなどをはじめとするものを指すだろうが筆者はこの“教授”、PoHを推薦したいと思う』
「…………」
背中がむず痒くなる。
実際、これは100%善意でないことは確かだ。
ある程度アインクラッドで実績を残すことはのちに関わるであろう政府との交渉に大きく役立つものである。
加えて、クラインやエギルといった社会人連中にとって、この2年間というものは大きいはずだ。
学生ならばPoHや他のプレイヤー達でなんとかできるものの、彼らの社会復帰をもPoHはある程度考えるべきだろう。
それは政府の領分だとしても、このように周りに恩を売ることは重要でもある。
おそらく、このゲーム攻略において重要なファクターとなるキリトは所謂『英雄』と持て囃されることはほぼ確定だろう。
そしてアインクラッドにおける犯罪防止などに一役買った自らも。
そこから導き出される結論は、『VR犯罪対処を任される可能性がある』だ。
ヒースクリフなども駆り出されるだろうが、どうにも奴は
というか、もしシロだったとしても奴は間違いなくそういったことに関わらない。
「……流石にそれは後ででいいか」
ストレージを操作し、PoHは釣竿を手にした。
***
「……意外と釣れないものだな……」
神奈川に住んでいたPoH達兄弟はたまに電車を乗り継いで釣り堀や川釣りなどを嗜んだ経験がある。
しかし湖水に垂れたいとの先に漂うウキは全く動かない。
PoHは大きく欠伸をする。
「場所が悪いのか、熟練度500程度では足りんのか……」
なにせ休日しかやらない趣味程度のもの。それも大体アルゴなりノーチラスなりタナトスなりに邪魔されてろくにできていないものだ。
手製のサンドイッチをむしゃりと食べながら竿を引き上げる。
もちろん釣れていない。
確か近くに他の湖があったはずだ。ここまで馬鹿でかい湖なら釣れやすいのだろうと思っていたのだが逆なのか。
「ヴァサゴさん、釣れますか」
「……西田さん、俺はここではPoH、ですよ?」
「はっはっは、これは失礼しましたな」
サンドイッチを食べるのを中断し、顔を向けるとそこには初老の男性が立っていた。
重装備の厚着に釣竿を携えたその人は間違いなくこのアインクラッド最高齢。
名前をニシダ。
かつてPoHがアーガスを訪ねた際に何度か顔を合わせた東都高速線という会社の保安部長だ。
この人も釣り好きということで意気投合し、詩乃も交えて何度か釣りに行った仲でもある。
もちろんこのアインクラッドでも何度か釣りをしたことがあるが、それは大体PoHが護衛を務めて他の層に行くくらいでこうやって22そう出会うのは意外と久しぶりだったりするのだ。
彼がSAOに囚われていることを知ったのはPoHが頭角をこのアインクラッドで表した第1層攻略戦以後、ニシダ本人が訪ねてきたのが始まりである。
「そうだ、PoHさん。ここには主がいる、って話聞いたことありますかな?」
「ほう。ヌシ、ですか」
「村の道具屋にある、やけに値の張る釣り餌があるでしょう?あれが、ここで使えましてな。私も使ってみたんですがいかんせん筋力パラメータが足りない。そこで!」
「攻略組の俺に頼みたいと?」
「その通りです!」
なるほど釣竿のスイッチか。やったことはないが面白そうだ。
PoHは二つ返事で引き受けると、明日の塾を他の人に任せ、明日決行することが決まった。
***
「昨日の今日で意外とギャラリー集まるもんですねぇ」
「はは、そうですなぁ。釣り仲間に声をかけたら以外と集まりました」
「うちの教え子に、ギルドメンバーもいるし……」
ギャラリーは30人強といったところ。
ちらりとみたがキリトやアスナ、アルゴにノーチラス、ユナがいた。5人ともワクワク顔である。
ニシダは釣竿に大人の二の腕ほどの巨大なトカゲをつけ(ユナが短く悲鳴をあげた)、気合一発、ぶんと音を鳴らしながらトカゲが弧を描いて飛んでいき、着水した。
SAOにおける釣りは待ち時間が異常に短縮されており、長くても数十秒で片がつく。
待ち時間も楽しむタイプのPoHやニシダはやや物足りない様子だがあまりじっとしていることが好きではないタナトスは諸手を挙げて喜んでいた。
そして、釣竿の先がピクピク揺れる。
キリトが何かを言いたそうだがまだだ。
眼鏡の奥を爛々と輝かせるニシダに普段の好々爺とした様子はない。
そして──。
「いまだっ!」
ひときわ大きく穂先が揺れた瞬間、西田が大きく体を反らせ、竿をあおる。
「PoHさん、あとはお願いしますよ!」
いささか“プーさん”は力が抜けるのでやめてほしいがそこは自業自得。
PoHはニシダから手渡された釣竿を引く。
「おぉっもぉ……⁉︎」
PoH自身、攻略組では一応筋力に振っているため力はかなりある。
しかしそれでもこの綱引きはなかなかに重く、思い切りPoHは足を踏ん張った。
「あっ、見えたよ!」
アスナの声に見物客はどよめくと、我先にと水辺に駆け寄って湖水を覗き込む。
そこでPoHはあることを思いついた。
「そらどうした、もっと覗き込んできな!」
PoHの煽りに皆が主を見ようと身を乗り出す。
その瞬間。
「ソイヤッ‼︎」
掛け声とともに思い切り竿を引き上げ、そして全力で逃走する。
「へ──」
キリトが間抜けな声をあげる。
盛大な水音とともに、その姿があらわになる。
シーラカンスによく似たそれは盛大に空に舞い上がると、群衆の下に落ちて行く。
偶然か必然か、《ファミリー》組の元へ。
「「「「「はああああああああ⁉︎」」」」」
珍しくアルゴも悲鳴をあげ、5人は敏捷度全開で特に極ぶりのアルゴとアスナはマーベルヒーロー、クイックシルバーばりのスピードでPoHの逃げた場所に戻ってきた。
「なんてことするんダ、おにーさん!」
「クッソウケる」
「この人でなし!」
アルゴとノーチラスに非難されるものの、PoHは爆笑中だ。
「ちょ、3人とも、それどころじゃないぞ!」
キリトの声に3人が目を戻すと主がこちらに鈍いもののこちらに駆け寄りつつあった。
「うわァ、陸走ってル。肺魚か何かかナ?」
「そだなぁ。見た目シーラカンスだし、そうなんじゃないか?」
「ヴァサゴさん、呑気なこと言っとる場合じゃないですよ!早く逃げんと!」
ニシダが腰を抜かさんばかりに驚いているがこの場にいるのは攻略組の中でも指折りの実力者6人。
「俺、『マギ』のシャルルカンの初登場のアレ、憧れてたんだよねぇ……」
「ああ、『解体完了!』ってやつ?」
PoHの独り言に反応するノーチラス。
ストレージをいじってフォルムが似ていると言えなくもない剣を取り出す。
「使う?」
「お、使う使う」
このあとめちゃくちゃ解体した。
***
「いやぁ、一時はどうなるかと思いましたが、もらっちゃってもいいんですか、こんな貴重なもの!」
「ええ。もうすぐ攻略に戻るでしょうし、無用の長物です」
PoHはにこやかに応じる。
視線の端にはアスナが元血盟騎士団副団長の“閃光”であること、そして“歌姫”ユナの存在がバレて大騒ぎになっている。
「そうですか。では、今度釣りするときは」
「リアルで」
「……ええ、リアルで」
ニシダは顔をくしゃくしゃにすると大きくうなずき、PoHと固く握手を交わした。
ヴァサゴがアーガス関係者という設定を考えついてからずっと書きたかったニシダさんとの絡み。
詩乃もニシダさんとは面識があります。樹たち3人は休日はニシダさんの家にお邪魔したりとニシダさんの家族とも仲がよろしい様子。
ちなみにこのあとアルゴはタナトスにサボりがバレて大目玉を食らいます。
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最終章 帰還編
棚坂樹と第75層攻略戦
最終章です。
なんだか久しぶりのタナトス視点。
「偵察隊が、全滅だと?」
「ああ」
久しぶりに最前線に顔を出したキリトたちが75層のボスについての情報を聞いてきたので衝撃的な知らせから言った。
ここは第74層にあった神殿のひとつ。古代ローマ風な街の作りのくせにここだけギリシア風だ。
そこに今回参加する《ファミリー》の全員が集まっていた。
《ファミリー》に説明するためにヒースクリフも来てくれた。
続きはヒースクリフが引き継いだ。
「昨日のことだ。75層迷宮区のマッピング自体は、タナトス君とアルゴ君のおかげで犠牲者が出ることなく無事終わった。だがやはり、ボス戦はかなりの苦戦が予想されるのは承知だと思う」
これにはしっかりとした理由があり、《ファミリー》の面子も頷いていた。
「どうしてですか?」
と、そこで考えてみればクウォーターポイントは初めてのシリカがいたのを忘れていた。
「いままで、25層ごとのボスモンスターの強さが異常だったんだよ。第25層の双頭巨人型の奴には先走った軍の連中が壊滅させられた。レベルは高い奴だと俺とどっこいくらいのやつもいたのにもかかわらずだ」
シリカが唾を飲み込む。
「50層の奴は、そこのキリトが持ってる黒い方の剣、《エリュシデータ》がドロップした敵、と言えばなんとなく強さは伝わるか?」
キリトの魔剣の強さは異常であることはメンバーであるシリカもよく理解している。そもそも25層も健在で武器マニアキリトのお気に入りという点でその強さはわかるだろう。
シリカはこくこくと頷く。
「クウォーターポイントがあるなら同様に異常なレベルなのは確かだろうな。それこそ、あの死神レベルには」
「おいやめろ」
兄がブルリと体を震わせる。
よほど奴との戦闘が応えたらしい、珍しいことにかなりのトラウマにはなっているようだ。
「……話を戻そう。そこで我々はタナトス君に指揮を依頼して5ギルド合同のパーティ20人を偵察隊として送り込んだ」
ヒースクリフが抑揚のない声で続ける。
「偵察は慎重を期して行われた。タナトス君、アルゴ君が指揮をとる半分が後衛として待機、残りの10人が部屋の中央に到達し、ボスが現れた瞬間、入り口が閉じたのだ。扉は五分以上開かず、アルゴ君の鍵開けスキルやタナトス君の直接打撃でも無駄だったらしい」
「まぁ俺はSTRがキリトやノーチラスほどじゃないからもしかしたら……」
「自己嫌悪はやめたまえ」
ヒースクリフが俺を諌める。
わかってはいるが、俺の指揮のもとで犠牲者が出た。
たらればを考えてしまうのは仕方ない。
「……悪い」
指揮すればわかるのだ、
よくもまあこんなものを背負っていけるものだ。自分にはとても耐えられない。
目を閉じ、自分の罪悪感をねじ伏せる。口元を固く結び、そして続きは自らの口から紡ぐ。
「扉が開いた時……部屋の中には、何もなかった。10人の姿も、ボスも。……正直に言おう。今回の難易度は難しすぎる。下手すれば、うちからも死者が出かねない」
今回は、少しの慢心が命取りになる。レベル的に最も不安要素はサチを除く元月夜の黒猫団、そしてシリカだ。
リズの装備を身にまとい万全の状態を保ってはいるが安心はできない。
「いよいよ本格的なデスゲームになって来たわけだ……」
「けどまぁ、その程度で攻略は諦められん。……俺たちがもつ『可能性』とやらを、見せてやろうか」
兄の言葉にヒースクリフの眉がかすかに動いた気がした。
しかし、その言葉に《ファミリー》は意を決した。
「よし。とりあえずはキリト、わかってると思うだろうけどアスナを死なせるんじゃないぞ。ノーチラスもだ。攻略開始は3時間後に。遅れて来るなよ」
俺はそう言うとその場を後にした。
兄の指示のもとに。
***
「お、エギル!お前も参加するのか」
キリトがエギルに話しかけているのを横目に見ながら、俺はアルゴに話しかけに行く。
「よっす。今大丈夫か?」
「ン?ああ、大丈夫だヨ」
ストレージをいじっていたアルゴに話しかけると、暇つぶし程度のものだったのか中断してこちらに向き合った。
「兄貴から
俺の言葉に目を一瞬丸くした後に意味を理解したアルゴは頷く。
「あア。貰ったヨ。何するつもりなんだろうナ」
「だなぁ」
午後1時ちょうどに兄がヒースクリフと血盟騎士団の精鋭たちを伴って転移ゲートから現れた。
ヒースクリフは自分の団員に話しかけに行くが兄はただ、こちらにニヤッと笑いかけてここまでオレンジプレイヤー相手にしか使ってこなかった対プレイヤー魔剣、《友切包丁》の姿を見るだけだ。
この武器はモンスターを攻撃すると攻撃力が落ちるという特性があるが初撃だけは今まで犯罪者たちと戦い高めていた攻撃力をフルに発動できる。
兄がこれを持ち出したということは、本気で奴と戦うという意思の表れなのだろう。
「……始まるな」
ヒースクリフは話しかけ終えたのか、再び集団を振り返り、軽く片手を上げた。
それを見て俺は腰のパックから回廊結晶を取り出し、掲げる。
「それじゃ、ボス前の場所までコリドーを開くぞ。着いてきてくれ」
コリドー・オープン。
発声した俺の後ろに歴戦の勇者たちが控える。
「よし、行くぞ!」
***
軽いめまいのような転移感覚の後に目を開けるとすでにそこはボスの扉の前。
偵察隊半壊滅という嫌なトラウマが蘇るが自らを奮い立たせ、ナイフの柄を握る。
「……なんか……嫌な感じ……」
サチが寒気を感じたように両腕を体に回し、言った。
ケイタたちも硬い表情だ。
ノーチラスはユナの肩に手をおき、彼女を勇気づける。
あの2人はいつになったら結婚するのだろうか。
「皆、準備はいいか。今回に関してはボスの攻撃パターンに関して情報は皆無だ。《ファミリー》がかつて戦った90層クラスのボスモンスターはしっかり攻撃を受け流さないと一撃が致死になったことは間違いなかった」
兄がポンチョをはためかせ、言った。
「だから、決して油断はするな。敵がどこからポップするかもわからない。上か、下か。真ん中に普通にポップするかもしれないが致死の攻撃を不意打ちして来る可能性もないわけじゃない」
剣士たちが無言で頷く。
兄は無造作に黒曜石の大扉に歩み寄り、そこに手をかける。
そして、高らかに叫ぶ。
「そして──。必ず、生きて、攻略してやろう。茅場晶彦に、目にものを見せてやろう!さぁ、戦いの時だ!蹂躙するぞ、歴戦の戦士たちよ!」
「「うおおおおおおおお‼︎‼︎」」
兄の演説に全員の士気が高まる。
扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと開く。
プレイヤーたちが一斉に抜刀する。
ナイフを抜き放ち、静かに戦意を高める。
「戦闘、開始!」
開ききった扉に、兄を先頭に走り出す。
ヒースクリフは並び、キリトとアスナが左を、ノーチラスと俺が右を固める。
後方にいるユナやアルゴを守るは黒猫団組。
攻略に参加する全員が部屋に走り込み、自然な陣形を作り上げ、そして全員が床以外の、すべての空間に意識を向ける。
1秒、2秒──。
「……上ダ!」
索敵スキルの最も高いアルゴがまずそれに反応した。
それは、10メートルはあるだろうか。
ムカデを彷彿とさせるそのフォルムは、しかし見るものに人間の背骨を思い起こさせた。
骨むき出しの鋭い脚が胴体から伸び、徐々に太くなるその先端に巨大で、凶悪な形をした頭蓋骨がある。
しかしそれは人のものではなく、完全なる異形。眼窩の奥には青い炎が瞬き、頭蓋の横からは鎌状の骨の腕が突き出している。
それの名前は──《
そしてそれはパーティの真上に落下してきた。
それにヒースクリフでさえ動きを一瞬止め、しかしすぐに再起動したヒースクリフは指示を出す。
「固まるな!距離を取れ!」
しかしちょうど真下にいた3人が遅れてしまった。
アスナ、俺、アルゴが同時に動き出す。
床全体が震えたその瞬間、俺たちは逃げ遅れた3人を庇い、その攻撃を受けた。
リズ謹製の片手剣が軋む。アルゴ、アスナとともに受けてこの重さだ。
恐らくはキリトとアスナならば受け切れる。しかし、俺はともかくアルゴの筋力が足りない。
それ故──。
「っぐああ!」
3人が逃げ切れたのを見る暇もなく、俺たちは吹き飛ばされる。
無様に床を転がる。
一撃を受け流しきれなかっただけでHPの4分の1が持ってかれた。
「こんなの……めちゃくちゃすぎるだろ……⁉︎」
俺に駆け寄り、回復のポーションを飲ませたノーチラスがかすれた声を出した。
戦いが、幕を開けた。
まずは犠牲になる3人を救出。
ここの描写、ヒースクリフは敢えて全方位への警戒を言っていなかったように感じたので攻略前の演説をおにーさんに行ってもらいました。
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棚坂樹と黒幕
因みにこの小説では、個人の実力では
対雑魚最強 タナトス
対人最強 PoH
単体最強 ヒースクリフ
コンビ(対ボス)最強 キリアス
コンビ(対人)最強 棚坂兄弟
と言った感じです。
戦いは1時間にも及んだ。
この死神が本当は80層クラス、いや70層後半クラスくらいなのではと思わせられるような強さだ。
「っ!いけるよキリトくん、2人なら!」
「──よし、頼む!」
「……」
戦いの最中でも惚気全開のキリトとアスナのコンビと寡黙なヒースクリフのパリィによって鎌による攻撃は封殺された。
しかし、ムカデのようなその体の先についた長い槍状の骨に数人が薙ぎ払われてしまう。
「黒猫!」
俺の号令とともにサチたちがボスのヘイトを引きつける。
「──短剣、展開」
身体中に巻きつけたナイフホルダーから大量のナイフを展開し、その柄を体術スキルコネクトによって次々に打ち出していく。
コネクトの限界になり、硬直すると攻撃が来るがサチ、そしてノーチラスによって弾き返される。
その隙をついてシリカによって回復が、ユナによってバフがかけられる。
この展開だけで既に《ファミリー》がいかにバランスの良いチームかが見てとれるだろう。
あの死神に勝てた要因は金にモノを言わせただけでなくシリカの回復やユナのバフ的にもあの人数が限界にして最適なのだろう。
そもそも《ファミリー》がバファーやらヒーラーやらデコイやらジャストガード名人やらと生き残ることと時間稼ぎにおいては長けすぎたチームだ。
それに
しかし、誰も歓声をあげるものはいない。
皆、倒れるように黒曜石の床に座り込み、あるいは仰向きに転がって荒い息を繰り返している。
俺は手元からポーションを取り出す。
暗い顔でそれを手で弄びながらクラインに聞いた。
「何人やられた?」
「……10人だ」
トップレベルのプレイヤーが10人も犠牲になった。
エギルやユナやシリカは信じられないと息を呑む。
「…………そっか」
──正直。計算内であるのだろう、あの兄にとっては。
誤解しないでほしいのが、あの兄は身内にはとことん甘いし、なんならたとえ自分を殺そうとする暗殺者でも自分の家に引き入れたら俺たちに迷惑がかからないように気をつけながら全力で庇護し、もてなすような男だということだ。
逆説的にそれは他者にはとことん厳しいということでもあり。
だから、次のことも予測していたのだろう。
***
キリトにとって、それは本当は信じがたいことなのだろう。
かつてキリトと戦った際にヒースクリフが見せた超反応。
普段から大量の物事を理解していながら兄のように動くことのなく、
そして、戦いにおいて一度たりともイエローゾーンに入ることのなかったこと(尤も、これはユナとシリカをうまく動かすことで地味にノーチラスあたりがやっているのだが)。
そこから導き出される結論、それは──。
キィイイイイイイン。
キリトの放ったソードスキルは紫の障壁によって阻まれた。
【Immortal Object】。
破壊不能オブジェクトに表示されるそれが表すは、不死存在。
ヒースクリフの見せた超反応の正体は、これが露見することを恐れたシステムアシストだったのだ。
「システム的不死……?って、どういうことですか……団長……?」
アスナの言葉にヒースクリフは答えない。
こういった時に真っ先に教えてくれる兄も口を開かない。
答えたのは、床に座り込んでいるノーチラスだった。
「つまりこれが伝説の正体ということか、ヒースクリフ。あなたのHPはどう足掻こうがイエローに落ちないように保護されている。……あなたはカーディナルのNPCでなければシステム管理者以外ありえない」
キリトがそれを引き継ぐ。紅の聖騎士をまっすぐに見据えながら。
「そう。だが、この世界においてシステム管理者など1人しか存在しない。……ただ1人を除いて」
ゲーム実況じゃあるまいし、とキリトはこぼし、言い切った。
「《他人のやってるゲームを傍から眺めるほど詰まらないものはない》……そうだろ?茅場晶彦」
「え、えー君……本当なの……?」
ユナが信じられないような目でヒースクリフを見る。
「ユナ。本当なんだろうな、この状況なら」
ヒースクリフが無機質な表情を動かし、ほのかに苦笑した。
「予定では95層まで明かさないつもりだったんだがな……」
笑みの色合いを超然的なものに変えたヒースクリフは、自らの正体を明かした。
「私は確かに茅場晶彦だ。……それにしてもキリト君、君には驚かされた。勿論その洞察力にもだが。全10種あるユニークスキルのうち、《二刀流》を持つのはタナトス君だと思っていたのだからね」
「……やはり反応速度の問題か」
確かに俺の反応速度は喧嘩によって鍛えられ、かなり高い。たしかに現実ならば俺が一番あるだろう。喧嘩は殴り飛ばすよりも相手の急所をついて沈める方が得意だったし、テレビゲームやアーケードゲームでも兄とのワンフレームの戦いは大体俺が制していた。
それでもキリトはそれ以上に天才だった、それだけの話だ。
そもそも俺には二刀流のような超高火力で敵を蹴散らすなんてものは向かない。
せいぜい暗殺剣なんてものがあればそのあたりがちょうどいいんではないだろうか。
つまりとことん俺は正面切っての戦闘に向いてないのだ。ぶっちゃけこのステータス構成ならワンチャン現実の方が正面戦闘は強いくらいだし。
そんなヒースクリフの言い草が気に食わなかったのか、血盟騎士団の1人がヒースクリフに怒りのまま斬りかかった。
ヒースクリフは通常とは逆の──
斬りかかろうとした血盟騎士団の男は盛大に倒れ、次々にここにいる全員が倒れていく。
そして何やらウインドウを操作する。
「さぁキリト君。私の正体を見破った褒美を与え……っ⁉︎」
ヒースクリフが余裕の笑みを浮かべた瞬間。
ガガガガガガガガッ!
ヒースクリフは本能のまま盾を上に向けるとそこに大量のナイフが降り注ぐ。
驚愕のままヒースクリフがナイフを盾で弾きとばし、目を上に向けると、
「ハァイ」
片手を上げた俺と目が合う。キリトに目がいっているうちに俺がちょうど反対側の壁を駆け上がり、跳躍。
そして無理やり体制を整えてソードスキルを発動。大量のナイフを打ち出したのだ。
俺に意識を取られた瞬間に、アルゴがはじき返された俺のナイフを回収、離脱する。
「おらあああああああっ‼︎」
「なにっ⁉︎」
そして死角から兄が斬りかかる。
友切包丁はプレイヤーの生き血を啜る魔剣。その強さはすでにキリトのエリュシデータ、ダークリパルサーを凌駕する。
「やはりキリトとデュエルでもする気だったか?不死が切れてるぞ」
兄の言葉を聞いて、なるほど確かに理不尽な障壁は消えていた。
しかしヒースクリフに攻撃は通らない。
「硬っ……HA,HA、難攻不落……さしずめイージスの盾といったところか」
兄が友切包丁を繰り出す。ヒースクリフが弾き返したその瞬間を狙い、俺がナイフを投擲する。
「本当に……君らは鬱陶しいな!」
「悪いが不良少年たちなんでねぇ!ルールなんてF●●kなもんでねぇ!」
「口が悪いぞ、樹」
「兄貴も素に戻ってんぞ!きぃつけろ!」
片手剣に持ち替え、時に拳を、時にナイフをと次々に戦法を変える俺。
ヒースクリフもだんだん俺の攻撃に翻弄され始める。
しかし、それには誤算があった。
アルゴの存在である。
彼女は非戦闘要員である。しかしその足の速さに関しては閃光のアスナも霞むというもの。
その速さで俺のナイフの回収を行ってくれていたのだが、運が悪かった。
長時間の戦いのせいか、疲労があらわれたアルゴは足を縺れさせてしまう。
そして転んだ先は、ヒースクリフが刃を下ろす先──。
「しま──」
ヒースクリフは目を見開き、手を止めようとする。
彼の流儀に、たとえ攻略組であろうと非戦闘要員を殺すことは含まれていない。
しかしさらに運が悪いことに、それはソードスキル。
兄の友切包丁を弾き返すためのものだった。
そしてその切っ先は──。
「あ────」
「っちゃあ……こりゃ、詩乃に怒られっちまうなぁ…………」
彼女と同等以上の俊敏を誇る、飛び込んできた俺を切り裂いた。
ただでさえ球磨川先輩のような紙装甲に加えてこちらのHPはイエロー。
容易く吹き飛ばされ、その右手をなんとか振り回しながら受け身を取るも、そのHPは赤に、そして──。
いとも容易く、そのゲージをゼロにした。
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キリトとPoHとこんちきしょう
今回のコミケに行ってきました。初めてだったんですけど、尋常じゃないレベルで人がいて大変でした。なんだか歴代でも3日目はトップレベルの混雑だったとか。アクエリアス4本空けました。
──初めて彼らと会ったのは、βテストが始まってすぐの頃だった。
効率の良いレベリングをするために迷宮区でモンスターを狩っている最中、何処からか悲鳴が聞こえた。
学生で時間の余裕のない俺に正直構っている暇はなかったのだが、なんだが真に迫るというか、ガチなトーンの悲鳴だったので思わずそちらに足を向けた。
そこで目にしたのは。
「ふははははははははは‼︎」
「あははははははははは‼︎」
某金ピカを彷彿とさせるような高笑いをあげながら喧嘩をする2人のプレイヤーだった。
2人とも当時はまだ体術スキルがないのにもかかわらず周りのモンスターやプレイヤー達に甚大な被害を与えながらじわじわとこちら側にやって来ていた。
その顔はもはや人がやって良いものではなく、鬼のような喧嘩をすることが楽しくて仕方ないような狂気に片足突っ込んだもので。
殴られ、宙に浮かぶ。
しかし直前にジャンプすることでそれを利用してわざと吹き飛ばされそのまま跳ね返り頭からタックルしに行き。
繰り出されたストレートを避け、その腕を掴んで投げられる。
しかし今度は受け身を取るのではなく足から着地して逆に投げ飛ばす。
喧嘩漫画というか少年誌のバトル漫画をリアルで見せながら、タックルに使った足場がプレイヤーの顔面だったり投げ飛ばしてモンスターに叩きつけたりとやりたい放題の不良たちに俺は本能でやばいと判断し、踵を返そうとした時、
「オマエ、ツヨソウダナ」
絵本のタイトルかよ、というツッコミもままならないまま俺は2人の喧嘩に強制参加させられた。
当時は──無論今もだが──やばい奴に絡まれたと思ったものだ。
それでもあの2人とアルゴに協力してもらい、俺はベータテスターの中で最も攻略を進めたプレイヤーの1人となった。
あの頃は本当に楽しかった。
見知らぬ初見殺しのボス相手に殺されて憤慨しながらも笑いが止まらなくて。
リアルのことはマナー違反とは言えど、少しだけ妹のことについて相談に乗ってもらったりして。
いじり、いじられみんなでワイワイやっていたあの日々はこの今まで生きて来た中で間違いなく最高の時間のひとつだった。
──なのに。
そんな時間を送らせてくれた恩人が、今、どうして吹き飛ばされている?
どうして、友人に向かってヒースクリフが剣を振り抜いている?
どうして、あのこんちきしょうのHPがゼロになりかけている?
「ヒィィィス、クリフゥウウウウウウ‼︎」
俺は背中の2本の剣を抜刀し、ヒースクリフに突貫する。
「キー坊⁉︎」
目の前が真っ赤に染まったかのようだ。
アルゴを巻き込まないように後ろに投げ飛ばしたのち、攻撃に入る。
コロス。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス‼︎
親友を殺した相手に思考が簡略化されていく。
ソードスキルは使わず、左右の剣を己の殺戮衝動に任せるままに振り続ける。
目的は、ただ、殺す。
フローチャートに書かれた作業はたった一つになった。
それに応えるかのように動きはどんどん精密に、緻密に相手を殺す動きに変わっていく。
目の前にいる男は大量の犠牲者を出しても何も思わぬサイコパスだ。殺したところでなんの不利益も生むまい。
誰の声も聞こえない。
誰からの制止も振り切る。
だからここで、
殺し尽くしてやる……‼︎
そしてヒースクリフが体勢を崩したように見せた瞬間、剣が淡い光を放ち、自分の体がオートで動き出す。
《二刀流》最上位スキル、27連撃《ジ・イクリプス》。
ヒースクリフの口元が歪む。
それは、己の運命が敗北に向かったことによるものでなく。
──失敗した。
俺の冷静な部分が判断を下す。
それは大悪手だ。
一発ゲームオーバー、バッドエンド行き特急列車に駆け込み乗車してしまった。
ヒースクリフ、いや、茅場晶彦という男はこのゲームの開発者だ。
当然ながら、ソードスキルのことも熟知している。
本能に任せすぎた。
いつもの俺ならヒースクリフの行動が
しかしそれは後の祭り。俺の攻撃は全てその十字盾に防がれていく。
「っ、クソがああああああああああ‼︎」
27撃目。左突き攻撃が十字盾の中心に命中し、火花を散らす。
そして直後、硬質な金属の悲鳴とともにリズが俺のために作ってくれた最高傑作、ダークリパルサーは無残に砕け散った。
「──ふん」
わずか10秒にも満たない攻防の末、俺に無感情なヒースクリフの剣が降り注いだ。
***
初めて会った時、弟は本当に不思議な奴だった。
普通スラム出身の薄汚いガキなんて、今まで不自由に過ごすことがないボンボンにとって下も下。みじんこのような存在だと思っていたのに。
あいつは朗らかな笑みを浮かべて、
『よろしく、兄さん』
だなんて言った。
俺のことを瞬時に見抜き、その上で真正面から接するつもりなのだ、俺は深層心理でそのことを理解していた。
しかしその考えが表層に出てくることはなく、初めは触るな、オマエのようなのは家族でもなんでもないなんて心ないことを言って、あいつを傷つけたものだ。
でもあいつは俺を守ってくれた。
日本語に不慣れな俺につきっきりで俺の日本語よりもはるかに拙い英語で通訳を買って出てくれたり、何処からかスラム生まれがバレていじめられそうになった時、一緒に相手をぶちのめすことに協力してくれたりして。
──まぁ、そのおかげでいわゆるお坊ちゃん校から転校する羽目になったんだが。
転校してからも俺が周りを引っ張っていけるようにさりげないフォローをしてくれて。
あいつは自分は主人公になんてなれないなんて卑屈に思っているらしいが、
あいつは俺にとってのヒーローだった。
兄としての自分を慕ってくれる弟に、素直に憧れ、尊敬していた。
お互い高校、大学に進学してそれで詩乃に会って、あいつは毎日が幸せそうだった。
誰よりも友人を大切にして、いじりはするけど本気で悲しませ、怒らせるようなことはしない、そんな男があいつだ。
だからこそ。
まさか、
***
『俺が考えるに、おそらくヒースクリフは茅場晶彦だ』
『うへぇ、最強プレイヤーが最凶ボスに早変わりかよ』
『それデ?どうするつもりダ、オレっちたちが引導を渡すのカ?正直、キー坊とかにも頼んだ方がいいだロ?』
『いんや、あいつは嘘と演技がクソだから無理だ。アスナもそうだし、ノーチラスはいけるけどユナに隠し事できると思わないしユナの口の軽さは水素並みだ』
『いいから作戦を教えろよ。兄貴、ここで終わらせるんだろ?おそらくは結局キーマンはユニークスキル持ちのキリトになるだろうけど』
『まぁそうなるだろうな。おそらく茅場のことだ、あいつの人となりは開発室でなんとなく理解してる。どうせあの場でキリトあたりがあいつの正体暴けば報酬として目の前でデュエルして買ったらゲームクリアだくらい言う』
『意外とお茶目だナ、茅場』
『そうだな
『で、そこで奴が俺たちにやるのはおそらく麻痺のようなもので動きを封じた上で見物させる気だと思う。魔王対勇者を見守る一般市民的な構図で』
『把握した。耐毒ポーション飲んどけって話だろ?』
『さすが我が愚弟』
『お褒めに預かり恐悦至極だね非リアニキ』
『あ?』
『お?』
『話を脱線させないでくレ……』
『ただ、回復結晶も使えるからそれでも構わないぞ』
『エ?でも、結晶禁止区域じゃないのカ?』
『お前が知らないとか珍しいなアルゴ。あれ、そこにいるモンスター全滅させると自動消滅するんだと。今まで誰も試してなかったらしいけど』
『That's right』
『あ、そだ兄貴。俺今の話聞いて俺がうまく止めさすいい方法思いついたかも知んない。これなら誰も死ぬことないわ』
『ちょっくら俺が死ぬ』
***
ザンっ!
斬撃音が聞こえた。
俺の体が、ヒースクリフに断たれたのだ。
ああ、すまないタナトス……。
不思議と痛みは感じない……?
あれ、なんで……繋がって……?
そして俺は、ヒースクリフの腕を斬り落とした、一匹の猫の姿を見た。
「やっぴーキー坊!お嫁さん残して死ぬとかユイちゃん悲しむぜ‼︎」
その笑みは、βテストから変わりなく。
「──はは、なんだよ、生きてんじゃねぇかよ……‼︎」
「 It's show time!!」
相も変わらずイかれてて。
そしてそのナイフは、ヒースクリフの胸を貫いた──。
さっくりキリトもチートの領域に踏み入りましたね。
なぜタナトスが生きているかは次回で。
結晶禁止エリア関係の話、これ原作じゃなかったと思うんですけど独自設定のタグ追加必要ですかね……?
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棚坂樹と終焉
なんの因果か、シノンの誕生日にこうやって最終話、エピローグを投稿できて嬉しく思います。
今回は2話同時投稿しています。ぜひこちらからお読みください。
「な、に……⁉︎」
突き立てられたナイフを見ながら一歩、二歩と後退するヒースクリフに俺は言い放つ。
「『
「そういうのいいから」
兄に頭を叩かれる。やって見たかったから仕方ない。
「残念だったな、ヒースクリフ。『モンスターが死んだら結晶禁止エリアが解除される』なんて仕様にしたお前が悪い。……そう、『僕は悪くない』」
「いい加減シリアスぶち壊すのやめロ」
むふーと鼻から息を吐きながらドヤ顔かます俺に膝カックンするアルゴ。
そんな姿を見てヒースクリフが納得した声をあげる。
「ふっ、成る程……。蘇生結晶か……」
その通りだ。
去年のクリスマスに起きたあのボス戦。
俺はキリトたちが背教者ニコラスを倒したことにより手に入れ、そしてこちらに横流ししてきた蘇生結晶をここで使用した。
我ながら物持ちがいいというか、なんというか。
きっとお人好しのキリトやアスナが持っていたら誰かが目の前で死んだ時に使っていただろう。
が、俺は詩乃に会うまでは死なないと決めた。ならばフェニックスの尾は取っておくしかなかったのだ。
しかしその考えが功を奏したか、無事、こうやって25層も早くラスボスを打倒してみせた。
「成る程な……あくまでシステムの範囲内で倒してみせたか……私としては、システムの範疇を超えたものを見て見たかったんだがな……」
「なんだ、それ。んなこと言ったらキリトはどうなる。こいつ、俺たちの動きを
あの10秒間の攻防の間のキリトは一体なんだったというのか。
振り返って本人に聞いてみようとしたところ、いくつかの拳が迫ってくるのが見えた。
「あっっっぶねぇ⁉︎」
即座に思い切りのけぞり、そのままバク転で回避する。
「ちっ」
拳を振り抜いたノーチラス、キリト、クラインがそれぞれ舌打ちをする。
クラインが舌打ちをしたところとか地味に初めて見た気がする。
「てめぇら、黄泉上がりになんてことしやがる⁉︎」
「病み上がりみたいに言うんじゃない。タナトス、お前自分の命を俺はに何も言わず一度投げ出した訳だが」
ノーチラスの言葉にぐっと詰まる俺。
確かにそれは事実だ。──しかし。
「お前らが口軽すぎなのと彼女の尻に敷かれすぎなのが問題なんじゃあーりませんかねぇ⁉︎」
そう、それがこちらとしてもネックになっていたのだ。
こちらとしてもキリトたちがもう少し演技が上手くて、口の軽い、あるいは演技がど下手くそな恋人たちにも嘘を突き通せるくらいの器用さを持っていれば援軍を喜んで申し出たものを。
「おかげさまデェ?作戦が露見する可能性のある君らには協力が仰げずゥ?どこぞのコンテニュー神か過負荷のように死ぬ羽目になったんですけどわかる?手元が冷えてってちゃんとアイテム使えてっかわからないこの恐怖感!こちとら向こうに詩乃が居んだよ!それにまだ積みゲー消化しきってないの!面白そうだと思った海外ドラマもファーストシーズンまでしか観れてないんだよ!この2年間の間にどれだけ面白いアニメがあったと思う⁉︎絶対名作あったよリアタイで観れなくてなんかテンション下がるよ……あーもう!」
ものすごい勢いでまくし立てる俺にすっかりたじたじになったキリトたちに、俺はさらに逆ギレして飛びかかっていく。
するとキリトとノーチラスはクラインを盾にして逃走を開始。俺はクラインを吹っ飛ばしてから追いかける。
《ゲームはクリアされました──ゲームはクリアされました──》
そんなアナウンスを耳にしながら──。
顔に満面の笑みを浮かべながら──。
***
「はぁ……やれやれ、もう少し英雄様とお話ししたかったんだがな……」
ヒースクリフはそうこぼし、粒子化が始まっている自らの死を受け入れようとする。
「ヒー……いえ、茅場さん」
「……ヴァサゴ君か」
隣にいつの間にやら立っていたのはかつて彼の助手をわずかな期間だが務めた青年、棚坂ヴァサゴであった。
「すでにログアウトは始まっている。──ここではなんだ、場所を変えよう」
ヒースクリフが粒子になると同時に、ヴァサゴ、キリト、アスナ、タナトスの意識が一瞬途絶え、再び目を開けると──。
足元は水晶の板でそこから燃える夕焼けと崩れゆく浮遊城の姿が見える。
「ここは……」
「なかなかに絶景だろう」
気がつけばヒースクリフの体は変化していた。
白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を纏い、鋭角的な顔立ちに金属的な瞳が穏やかに光る、そんな男。
茅場晶彦の本来の姿であった。
茅場晶彦が4人に話しかける。
「あれは、どうなっているんだ?」
キリトは浮遊城を指差し問う。
「比喩的表現というべきだろうな。……現在、アーガス本社地下5階に設置されたSAOメインフレームからデータの完全消去作業を行なっている。後10分もすればこの世界の何もかもが消滅し、タナトス君──樹君は件の愛しの彼女と会えるだろう」
「まだ彼女じゃないんだよなぁ……」
「団長。生き残ったプレイヤーは」
「問題ない。生き残った全プレイヤー、6957人のログアウトが完了した」
アスナの言葉を遮って茅場は言う。そして、ヴァサゴの目を見ながら続ける。
「ヴァサゴ君。君には、感謝している」
「な、」
突然何を言いだすのだろうか。ヴァサゴは驚いて茅場をまじまじと見る。
「君には、子供になにか夢想した経験はあるか?私には、空に浮かぶ鉄の城の空想が頭から離れなかった。歳を重ねるにつれ、だんだんとリアルになるその光景に、私はフルダイブ環境システムの開発を始めようと決心したのだ」
少し吹いた風が茅場たちの髪をわずかに揺らす。
「SAOの開発は、私に満足のいくものと言えるだろう。それの一助となったのは、君のおかげだ。感謝しよう」
「──3000人もの人を殺した大量殺人鬼に感謝されても嬉しかないさ」
ひどく静謐な光を持つ茅場の瞳と反対にヴァサゴの瞳は夕焼けを映し出し、真っ赤に燃えていた。
それはまるで、冷たい水面と燃ゆる焔。
恋人や後輩を置いて死を受け入れた夢想家と生をもがきながらつかんだある日の少年の生き様そのものを表しているように思えた。
「なぁ、茅場。あんたは、なにがしたかったんだ?──あ、──いや、まて、うん。なんとなくわかるよ」
アスナとキリトがタナトスの言動に目を見張る。
「俺も、結構子供の頃はいろんなことを思い浮かべてたんだ。悪を倒す正義のヒーロー、剣と魔法の異世界。そして、まだ誰も知らない秘境。そんなものが、本当にあって欲しかったんだよなぁ、懐かし」
「俺と同じであんたも、1人の少年だった。でも周りの誰よりも才能があって、誰よりもみんなの色んな夢に近くて。でも自分の夢にはどうあがいても届かなくて」
「でも信じたかった。自分の夢を。──あんたは確かに、3000人もの人間を死に追いやった。それは許されることじゃない」
茅場は目を瞑る。
自らの妄想の実現という哀れな動機のままに大量の人間を殺した夢想家の断罪を待つ。
「けどさ」
「?」
「──俺さ、たまに夢で見てたんだよ。俺がある浮遊する世界に生まれて、剣士──または拳士──を夢見て育って。少し暗いけど弓の扱いがすっごいうまい眼鏡の女の子と恋に落ちて、そんで尊敬する兄貴と、その女の子と。最っ高の親友たちと暮らす、そんな夢を」
茅場は目を見開く。
樹はニヤリと笑う。ずびし、と茅場を指差す。
「茅場晶彦。俺が保証する。あんたの思った世界は、必ず存在する。どこか、遠い遠いどこかで。そこはきっと、あんたのその想像を大きく超えるとこだ」
顔には思いっきりにやけ顔を浮かべて、いたずら好きの少年のような顔をして科学の常識なんぞ知らんと両手を広げ、夕日をバックに高らかに宣言した。
2年前のゲーム開発者の最高峰に立っていた男の想像を鼻で笑うような、そんな異世界の存在を夢想した男は、笑った。
「──ああ、そいつは、いいなぁ──」
かつて鉄の城を夢見た、少年のように。
朗らかに、
幸せそうに──。
光に包まれ、本当のアインクラッドへと、旅立っていった──。
というわけで次回がエピローグとなります。
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エピローグ
完結です。
こちらは同時投稿の2話目となっております。まだ1話目を読んでいない方はそちらを先にお読みください。
アインクラッドは完全に崩れ落ちていった。
茅場も消え、もはや残された時間は少ない。
俺たちはそれぞれ顔を見合わせ、頷く。
俺と兄貴は後ろを向く。キリトとアスナはキスをする。
──彼らはバカップルだもの。だいたいなにしたいかわかる。
そして暫くして。
「さてさてお二人さん。一時的にお別れな訳だ。しかし、ここで永遠のお別れじゃ物足りないだろう?」
兄は離れた2人と何事もなかったかのように肩を組む。
「もう時間ないから、さっさと本名教えろ。あと年齢と、どこらへんに住んでるかもついでにな」
そこまでいうと兄は俺の隣に並び、自己紹介を始めた。
「まずは俺から。棚坂ヴァサゴ、22歳だ。東京で樹と二人暮らししてる。実家は神奈川」
「歳くったなぁ兄貴。……棚坂樹、18歳だ」
俺たちの自己紹介を聞いた2人はわずかに戸惑った顔をした。
うん、確かに、別の名前で別の生活を送っていたのが遥か昔のように感じるのだろう。
割とプライベートな話をしていたファミリーといえど、本名までは詳しく明かしていないし、何より詩乃のことをペラペラ喋っていた俺ですらなんだか違和感を感じるほどだ。
当然ながら詩乃との日々に帰りたい気持ちはあるが帰れるとなると実感が湧かない。
本名を言う。
その意味をしっかりと理解して、キリトからその名を口に出していく。
「桐ヶ谷……桐ヶ谷和人。16歳だ。埼玉県に住んでる」
それを聞いてアスナはちょっと複雑そうに笑う。
年下かー。と笑っていた。
キリト、いや和人は大人びているから意外に思ったのだろう。
「私はね、結城、明日菜。17歳です。東京都住みです」
2人の本名を聞いて、失われたかと思った時間の針が蘇って動き出した。そんな気がする。
ようやく俺たちは日常に帰れる。
きっと和人は妹さんと仲直りできるように頑張って、明日菜はお母さんと分かり合えるように頑張るのだろう。
兄はどこかの学校に就職して、俺も大学かどっかに進学して詩乃と楽しく生活していく。
そう思うとあれ、なんだか目頭が熱くなる。
「あぁなんか泣ける……なんでだこれ」
「ふふっそうだねキリトくん、じゃないや、和人くん」
「結城さん……あの結城さんかぁ!いやー和人こっからが大変だろうなぁ。お母さん厳格そうだったしなぁ」
「ヒェッ」
結城母と面識のある俺の言葉に和人がみるみる青くなる。
「ちょ、ちょっと!タナああ違う、樹くん!いや、さん?」
「くんでいいっての。あー、俺たち学校とかどうするんだろうなぁ。あ、俺のバイクちゃんと母さんとかメンテしといてくれてるかなぁ?大学受験とかどうするんだろう?」
「やめて!現実に帰る前に現実を押し付けないで!」
和人が悲鳴をあげる。
それを見て明日菜も兄も楽しそうに笑う。
俺たちに湿っぽい別れは不要だ。
そして4人でニヤリと笑って、拳を突き合わせる。
これからの人生はきっと今まででは想像できないほどに笑顔に溢れるだろう。
そんな
だから俺たちが交わす言葉は決して別れの言葉なんかじゃない。
「「「「It's show time」」」」
***
「……」
空気を感じた。
ああ、なんだか懐かしい匂いだ。喧嘩後とかによく嗅いだ、消毒液の匂いだ。
跳ね起きようと思ったのだが、体はピクリともしない。
耳をすませて見ると、わずかに聞こえる機械の駆動音。低いうなり声、空調装置だろうか。
そうか、やはりここはアインクラッドではないのだな。
いかなる鍛治職人だろうと機械は作れない。馬鹿みたいだが、そうやって俺はここが現実世界だと理解した。
全身に力が入らない。体が重い。
それでも頑張って首を持ち上げようとすると頭を固定されていることに気がついた。
ゆっくりと両手を動かし、硬質のハーネスを解除する。
なんだか重いものをかぶっているがそれでも頑張って首を持ち上げる。
そしてゆっくりと目を開けるとそこには彼女がいた。
俺の病室の花瓶の水を換えている少女。
俺の愛しい人、朝田詩乃。
少し女っぽくなったか?幼さがなくなってさらに美人度が増してるなぁ。
「……はよ、……の」
2年も喋らなければさすがに声も出なくなるか。
それでも声は詩乃に届いた。
「────え?」
花瓶を置いた詩乃はこちらを見てピシリと固まる。状況が理解できないのだろうか。
『なんだよ、樹さんのおかえりだぜ?』
『会いたかったよ、詩乃』
頭の中では色んな言葉が浮かんでくるけど言葉にならない。
やっとこさ体を起こし、へらっ、と笑って見せる。
詩乃は涙を浮かべて俺に抱きついてくる。
涙を浮かべながら俺のナーヴギアを外し、頰に手を当てて何度も頷いている。
「ったくもう、全然、笑えてないわよっバカ……」
表情筋も固まったかぁ。
「ふっ……わる、いな……晩め、し……食べそこ……ねて……」
それは詩乃との最後の会話。
よく覚えてるその話を出した詩乃はくすりと笑って見せる。
耳に入ってくるラジオの歌が本当にこちらの世界に帰ってきたんだなという感慨を浮かべさせる。
偶然か必然か、母の影響で何度か聞いたことのある曲だった。
「また作ってあげるわよ」
「そりゃ、嬉しー……なぁ……」
このゲームに囚われてから、もう3度目の冬。
あいかわらずそばにいてくれる同じ笑顔。
「私は、あんたのバイクにまた乗ってどっか行きたいかな」
「お、いいねぇ……リハビリ、頑張ら……なきゃな」
あの頃バイクで飛ばしたあちらこちらへの道。
今はこうやって病室の中から出られないけど、また君と出かけたい。
「なぁ、詩乃……」
「なぁに?」
詩乃を離して、彼女の目をしっかり見ると。
紡がれる3文字。
「好きだ」
アイシテルのサイン。
「っ……もう、ムードもへったくれもあったもんじゃないわね」
「んだよ……2年間もの……眠り、から覚めた。……これ以上のムー、ドがあるかい?」
きっと。
何年たってもこうして変わらぬ気持ちで過ごしていけるんだろうなぁ。
「あなたとなら、どこまでもいけそうな気がするわ」
ああ、俺も、君とだから。
「私も、大好きよ、樹」
あなたと思い描く未来予想図は──。
「ふふっ、ああ、幸せだなぁ……」
ほら、思った通りに叶えられていく。
***
『あいつら……俺のこと忘れてやがるな?』
兄弟なら、そりゃ病室も同じですよね。
ヴァサゴは、その重たい体を動かして、病室のカーテンをわずかに動かしたところで抱擁→告白→再度抱擁→キスまでしっかり目に焼き付けてしまった。
『なんだか、妬ましいやら嬉しいやら複雑な気持ちだぜ』
ふっと微笑む。
『おめでとう、2人とも』
声に出さないで2人を祝福するヴァサゴ。
その姿に、かつての人の不幸を願ったスラムの少年の姿はなく、1人の兄がそこにあった。
というわけで閲覧、お気に入りや評価してくださった皆様、ありがとうございました。
今回でこの『ソードアート・オンライン〜戦闘狂兄弟が行く〜』は完結となります。
続きは別の小説を作るか、それともこれの続きを投稿するかまだ未定でですが、とりあえず予定は未定ということでお願いします(とくにALOとかぶっちゃけタナトスたちの入る余地が少なすぎる)。
こうやって一つの小説を完結まで持って行けるなんて初めは思ってませんでしたし、ここまで小説書くの面白いとは思いませんでした。
ひっどい駄文を晒して黒歴史を残したかもしれませんが、今自分はとても達成感に満ちています。
繰り返しになりますが、今まで読んでくださった皆様、そして評価、感想、お気に入り登録してくださった皆様、本当にありがとうございました!
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