BARグラズヘイムへようこそ (taisa01)
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第一話

1940年 ドイツ

 第一次大戦の負債に苦しみながらも持ち前の勤勉さで、ドイツは成長を続けていた。しかし時代はブロック経済が主流となり、植民地を持たない国家の多くはその成長に大きな足かせを掛けられていた。

 挫折する国。百年の計のため伏せる国。そしてあらがう国。

 歴史を俯瞰して見ることができれば、愚かな選択と言わざるを得ない蛮行。だが当事者達にとっては不満の発露であり、まさしく闘争という原罪を拭えぬ人類の象徴だったのかもしれない。

 さて、戦火はまだ遠く、史実通りに進めば数年後には戦場となるこの地「ベルリン」。メインストリートから一本入った場所に一軒の小さなBARがある。一階は店舗、二階は住居、地下には保管庫といったさして珍しくもない作り。

 しかし古びた扉を押し開ければ、そこは外界と切り離された落ち着いた空間が広がっていた。

 マホガニーと思われる年季の入ったカウンターに、四人掛けのテーブルが二セット。奥には小さなピアノと大きな壁掛けの時計が一つ。目を引くのは空間を仕切る様に置かれた数多くの鑑賞樹と、窓際に所狭しと置かれたハーブのプランター。石と鉄に覆われた市街では、公園などを一部を省くとこれほど緑を身近に感じる空間は少ないだろう。

 そんな店を一人のバーテンダーが切り盛りしていた。年齢は三十代。職業柄か落ち着いた物腰のため老齢の印象を受ける。そして料理の腕は一流。ここで出される酒とつまみは他のどこよりも旨いと評判だ。しかし、店が狭いことから常連は口をつぐみ、いわゆる知られざる名店として静かに存在している。

 そんな店に一人、新しい客が訪れた。


 ****** 


「いらっしゃいませ」

 カランカランとドアに取り付けた小さな鐘が鳴る。

 私は先程までいた常連達の後片付けを一端止め、顔を出入り口に向ける。そこには白い男性が立っていた。 

「お一人様ですか? でしたらカウンターにどうぞ」

 別に白髪……いや薄い銀髪? の男というのは珍しくはない。それに服装も含めて白一色ということもない。黒い軍服に白髪、赤い瞳、しかしその雰囲気が白を感じさせた。 

 白い男性は促されるままカウンターの席にドカっと座ると、若干不機嫌そうに声をあげる。

「なんでもいい。酒と腹にたまるものをよこしな」

 私は軽くお客様を観察する。ある程度細身ではあるが、しっかりした体をお持ちのようだ。血色も悪くない。ということは、それなりに体を酷使する部署なのだろう。
 
 そこで私はまずよく冷えた黒ビールをジョッキに注ぐ。もっともこれは私の能力で生み出すため、注ぐ瞬間を人に見られるのは不味い。一度厨房に入りジョッキを取出すのと同時に注いでしまう。

 そしてジョッキをカウンターに置く。

「お客様。こんな時間ではございますが、肉でよろしいでしょうか? それとも別のものにしましょうか」
「肉でいいぜ」
「かしこまりました。先日良い鴨のジビエが手に入りましたので、少々お待ちください」

 そう言うと厨房から鴨のジビエを持ってくる。先週末に仕留めて六日、熟成が進んだものを引っ張り出したばかりのものだ。そのモモ肉の部分を少し厚めにスライスし、オイルを引いたフライパンに落とす。片面に軽く焼き目がつく頃、店内には独特の香りが広がる。

 もちろん火を通したジビエはそれだけでも十二分に美味しいツマミとなるが、その上から黒胡椒と自家製のハーブを軽く振り皿に盛る。

 続いてジビエの油を吸ったオリーブオイルに、えのきをはじめとした数種のスライスしたきのこを放り込む。きのこはすぐにオイルを吸い取り、黄金色に変わる。そして十分に熱が通れば完成である。

「ジビエとキノコのソテーにございます」

 白い男性は若干驚いたように料理を見ている。実際片手には三分の一程飲まれたジョッキ。時間にして数分で、まるでコースの肉料理で出てくるようなものがでてきたのだ。

 男性はフォークを取り、ジビエを一切れ口に運ぶ。火を通しオリーブオイルをからめたジビエは、ひと噛みするごとに肉本来の味を口の中に広がる。そして黒胡椒は舌の上で踊りアクセントとなり、ハーブはくどくなりがちの後味を消しスッキリと喉を通っていく。

 添えられたきのこのソテーも悪くない。口の中に変化を与えてくれる。

 なにより最初に出されたビールも思えばえらく上等な味をしていたことに気がつく。まず冷えたビール自体が珍しい。そのへんの酒場で出されるのは大抵温いままだ。裏に河があるような立地なら、引き込み冷やすなんて裏技じみたことをしている店もあるが、冷えたビールを出そうとすると、まだまだ普及途上の冷蔵庫を持っている高級店しか無い。

「バーテンダー。えらくいい肉と酒じゃねえか」
「お褒めに預かり光栄です。しかし、お客様に喜んでいただけるよう基本に則って商いをさせていただいているだけでございます」
「はっ、じゃあ他の店が手ぇ抜いてるってことになっちまうなぁ」

 お客様は、にやりと笑いながらそう言うとビールを飲み干す。そしてジビエやきのこを口に運ぶ。

 私はメニューを手に取り質問をする。

「次のお飲み物はいかがですか、よろしければメニューをどうぞ」
「メニューはいらねえよ。ウィスキーのいいのをロックで。この店ならどの酒を頼んでも旨いんだろ」
「かしこまりました。ではとっておきの一品をお出しさせていただきます」

 よく磨いたグラスを一つ。そして大ぶりの氷を取り出し、手早くアイスピックで球体にカット。そしてグラスに放り込むと、カウンターの背に所狭しと並べられたボトルからラベルの無いものを取り出し、黄金の液体を注ぐ。
 
 氷はカラカラと回り、グラスの中で万華鏡のように輝く。

 お客様は、受け取ったグラスをゆっくりと傾け、香りと味をゆっくりと楽しみ飲み干す。その仕草は夜に慣れた男の色気を感じさせるには十分なものであった。

 なにより香りを楽しむ余裕があるのだ。
 
 旨い料理と酒を出したとき、お客様の反応は大きく二パターンに別れるもの。一つは、ただ無心に食を楽しむ人。もう一つは……。

「お客様は良い夜を重ねてらっしゃったんですね」 
 
 私は片付けに取り掛かりながら、お客様の仕草を見てこんな風に表現をしてみた。その評価に驚いたのか、それともよほどツボに入ったのか声を上げて豪快に笑う。

「カカカッ。そんな風に言われたのは初めてだ。なに、夜ってもんにはちょいと拘りがあってな、なかなか嬉しい事を言ってくれる」

 そういうとお客様はウィスキーを飲み干しグラスをカウンターに置くと、静かに立ち上がる。気が付けば開いたグラスの横に飲み代には十分な額の紙幣がおかれていた。

「足りなけりゃ言ってくれ。残りはチップだ取っときな」

 私は深く一礼すると、皿やグラスを下げる。だがお客様はドアノブに手を掛けた時、ふと思いついたように振り返る。
 
「さっきのウィスキー。どんな銘柄なんだ?」

 あれは私の能力で生み出した二〇〇〇年代の日本、山崎の二十五年ものだ。というより、この店でラベルの無いボトルの中身は、大抵そんな感じでとても名前を言えないものばかり。

 そこで決まって言う言葉はこれである。

「申し訳ございません、自家製のブレンドにございます」
「そっか。じゃあ、またここに飲みに来るしかねえな」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
「ああ、俺はエーレンブルグとでも覚えくれ。またくる」

 エーレンブルグ様はそう言うと夜の町へと帰っていくのでした。



   ******


拝啓 アインズ様

 届かぬ手紙をこのように書くのは不毛かと思われるかもしれませんが、縁とはわからぬもの。2130年頃でしたでしょうか? その頃の日本にこの手紙が届くかもしれません。それこそ何らかの方法でアインズ様の手に届くかもしれません。

 それは素敵なことか、残酷なことか不明ではありますが筆を取らせていただきます。

 今は1940年、ドイツのベルリン。

 世界の列強がブロック経済を推進する中、輸出入が大きく制限された今生の祖国であるドイツは着実に経済的疲弊。それに反発するように民衆の声は次第に過激になり、戦争の火蓋が切っておとされました。
 
 2000年代の日本で70年近く。さらに魔導国で数百年。すでに記憶は風化していますが、たぶんこれは第二次世界大戦の幕開けなのでしょう。

 とはいえ、安全のためという理由でこの地を離れる気にはなれません。 

 今は亡き今生の親から継いだ小さなBARがあります。気持ちの良い隣人やお客様がいます。たとえ、ここが戦火に飲まれようとも、食を楽しみたい、楽しませたいという気持ちは変わりません。

 もっとも、二度の転生経験からか死に対する恐怖が無いのも理由かもしれません。

 色即是空空即是色

 ではありませんが、今ある生で精一杯、楽しみ楽しませたいと思います。

 あと何点かお伝えしたいことがございます。

 一つ目はアインズ・ウール・ゴウンにお仕えしていた当時の能力を引き継いでいることです。特に例の液体を作る能力は、2000年代のみならず、魔導国絶頂期の酒類やスープ、出汁まで再現することができました。くわえれば前と同じようにレシピなど料理関係の知識だけは消えずに残っております。

 二つ目はユリとの結婚式の時、長年の貢献という名目で結婚指輪代わりに下賜されたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが気が付いたら手元にあったことです。具体的には、子供の頃、気が付けばこの手にありました。

 この二つが私がバーテンダー()である証明であり、今も続く存在であると認識し確信させるものです。もし記憶だけであれば、ただの誇大妄想と切って捨てたでしょう。指輪だけならその価値を理解できなかったでしょう。

 まさしく世の中不思議なことだらけです。

 それと、本日ですが懐かしい気配を感じました。

 血と闇の香り。

 真祖のヴァンパイアであるシャルティア様ほどではないが、常連のヴァンパイアに似た気配。本人は知ってか知らずなのかわかりませんが、すでに人外に一歩踏み込んでいるような気配でした。

 この世界にも魔法や人外が存在するのでしょうか? 

 この液体(主に酒など)を生成する能力も、分類すれば魔法でしょうから、案外ヴァンパイアも存在するのかもしれませんね。

 さて、長くなってしまいましたが、また機会がありましたら筆を取らせていただきます。
 
バーテンダー
かしこ


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第二話

あのシュピーネさんが紳士に見えるって?!

オバロのナザリック基準なら、人間らしい人間って評価ですよ!
(比較対象がアンデッドやヴァンパイア、悪魔など異形種)

それにしても1940年代。まだシュピーネさん黒円卓入りしてないはず……まあ、それでもシュピーネと名乗っていたことにしましょう(ねつ造)


1940年 ドイツ ベルリン

 小さな店とは、地域に密着することで成り立つもの。特にうちのように酔っ払いを相手にする店は、騒音などでいろいろとご迷惑をおかけすることもあります。

「昨晩の余り物ですが、皆さんでどうぞ」

 てな感じで、お隣さん達や裏のラジオ屋親子におすそ分けをしております。週に数回、程よく食卓に一・二品増える程度ですが、効果はバカにはなりません。食材調達などで店を開けることも多く空き巣の絶好の的、だったらしく、根こそぎ捕まえていただいた……なんて事もありました。本当に近所付き合いとは、馬鹿になりません。

 さてナザリック時代は、つねに新鮮な食材が入手できる大鍋に、時間停止の冷蔵庫、通常の冷蔵に冷凍庫。考えうる限り全ての料理が可能なほど充実した調理機器。じつに恵まれた環境で料理をしておりました。

 しかしこの時代の料理事情はまさしく黎明期といえましょう。戦争開始と同時に始まった配給制。鉄道を中心とした輸送技術、冷蔵技術が飛躍的に向上するも、一般家庭ではまだ手に届かない。

 もっとも店ともなれば話は違うので、冷やすという工程を利用できるようになったので、戦時中という厳しい現実の中様々な試行錯誤が続くのは料理人の業でしょうか。

 とはいえ魚は酢漬けや塩漬け。肉は燻製など常温保存が可能なものが主流。そうなってくると重要なのは、ハーブや香辛料を如何に使うかが腕の見せどころとなります。うちもハーブの消費量が多いので、ミントなどすぐ育つものを、窓辺で自家製栽培しております。マーレ様に基礎の基礎とはいえ、土質改善、植物成長促進、発火の魔法を教えて頂いたのはいまでも役立っています。覚えるのに十年ぐらいかかりましたが。

 またお酒も同じように常温で飲むことが前提です。もちろん、常温で飲んで美味しいお酒なのですが、最近になり冷やして飲むことも研究されているようです。とはいえ質でいえばピンキリの差がすごく大きい。そして一般家庭に流通するものの質はあまり良くない。魔導国絶頂期に一流ブランドに上り詰めた上で大量生産に踏み切ったことで、北部ドワーフ部族の火酒に喧嘩を売ったカルネ村名物ゴブリンウィスキー(ロック)には、質・量ともにおよびません。

 そんなことをつらつらと考えなら、本日も開店となります。

******

 土曜日。開店してしばらくすると、一人の男性が友を連れずに来店される。

「いらっしゃいませ。シュピーネ様」

 シュピーネ様は軽く頷くと、上着を脱いで玄関口で軽く払う。そしてカウンター席に座ると、隣の席に、軽く畳んで置く。

 痩身で蛇のようなという形容が似合う風貌。若干芝居ががった喋り口。一般的な美醜の判断基準でいえば個性的な男性。話してみれば血統、特に人種に強いプライドを持たれ、同時に仕事も有能でなくてはならないという強迫観念を持たれている方です。
 
 褒めているようには見えない?
 
 外見も人間の枠に収まってますし、この程度の個性などナザリックでは当たり前です。個性について悩まれたセバス様が、どこから仕入れてきたのか、語尾に「にゃん」を付けた事件に比べれば何ら問題のない範囲です。

「いつものを」
「かしこまりました」

 私は、グラスに氷をいれると、冷蔵庫から取り出したコーヒーを注ぐ。

「どうぞ。水出しコーヒーです」

 グラスを一口。カランとなる氷の音が涼やかに店に広がる。

「ふむ。何度味わっても素晴らしい。時間をかけて抽出することで程よい甘味と柔らかな苦みを演出する。であってますかな?」
「はい。その通りにございます」
「国家の政策とはいえ、コーヒー豆の輸入に高関税をかけることは残念でなりません」
「代用コーヒーは、ホットで飲む分にはある程度いけますが、この飲み方はできませんからね」

 シュピーネ様は、私が初めて水出しコーヒーを出した時の解説をときどき引用して返してくるあたり、本当に気に入っていらっしゃるのでしょう。

 戦時下の食事においてドイツ流(という名の地産地消)という風潮に、国粋主義者であるからこそ満足していらっしゃるこの方が、食品輸入関税について愚痴をこぼされるあたり、本当に気に入っていらっしゃるのでしょう。

「本日はモーゼルワインのアダムがあります。いかがですか?」
「いいですね。ではいつものと、いっしょにいただきましょう」
「かしこまりました」

 そういうと、私は三枚におろしたメバルにレモン汁をかけて寝かせたものを取り出す。そしてニンニク・バジル・パセリなどのハーブを白ワインで混ぜる。油を塗ったプレートにメバルを一枚おき、塩・胡椒・そして先ほど混ぜたものを乗せアルミホイルで蓋をしたものをオーブンで10分ほど焼きます。

 香りがオーブンから漏れ出し、店内を漂い始めるころ、ワイングラスを取り、モーゼルワインのアダムを注ぐ。

「この極上の料理を待つ時間こそ至福、そうはおもいませんか?」
「では香りで一杯どうぞ」

 グラスをとると一口。
  
 火が通ったメバルを皿に盛り、残った汁を小鍋に落とし軽く煮詰める。最後に煮詰めたソースと生クリーム、パセリを一振り。

メバルのバター焼き バジルクリーム風味(Goldbarschfilet mit Basilikumsoβe)にございます」

 シュピーネ様は、メバルを一口一口、ゆっくりと味わいながらたのしまれる
 
「さっぱりとした味の上を彩るハーブの数々。同じ素材をつかっていようとも、日々の差異を楽しまずにはいられない一品。また腕をあげましたねぇ」
「ありがとうございます」

 しかし笑顔のシュピーネ様は、すっと表情を落とし静かに質問をなげかけてくる。

 空気が凍り付くというよりも、女郎蜘蛛の巣に迷い込んだような、どこか粘着質な気配。一度絡み取られれば、逃げることはできない雰囲気が漂う。

「しかし、このワインもそうですが、今では入手が困難なはず。良くのこっていましたね」

 そう。モーゼルワインの産地はまさしく西部戦線が展開されたライン川流域。もし今買おうと思えばそれなりに入手困難な品。

 それを普通に提供する帝都の店。

「地下の倉庫など複数個所に備蓄しております。手ごろな価格で手に入った時期のものです」
「ふむ。では話を変えましょう。例えばの話ですが、あるお店の入荷量と出荷量が大きく合わない場合は、その差分はどこから出てると考えられますか?」
「備蓄。市場を通さない独自ルート。という考察はいかがでしょう」

 私はシュピーネ様の質問にこう答える。もっとも何を聞きたいのかわかる話だ。

 なぜならこの店のことなのだから。とはいえ、生まれ持った魔法で、酒類・スープ類など量産できるとは言えません。実際に備蓄はかなりの量をしていますが、BARの売り上げは酒も含めてそれなりの額になるのですが、その多くを食材の仕入れに回している以上、収支のバランスなど取れるはずもありません。

 しかし、その質問で満足されたのだろう。雰囲気ががらりと変わり、いつもの柔らかいがどこか慇懃無礼な表情にもどる。

「っということにしておきましょう。贔屓の店がなくなってしまうのは困りますし。せっかく胃に優しい好物の料理と、うまいお酒を出してくれるのですから」

 そういうと、食事にもどられる。

 これはシュピーネ様なりの忠告なのでしょう。ある程度は庇えるが度を越してくれるなと。シュピーネ様は元は科学者とおっしゃっておりましたが、軍服で来られることもありますので、きっと今のお仕事関連で調べられたのかもしれません。

「そうですか。では、とっておきをお出ししましょう」

 そういうと、ワインをおつぎしたあと、一品料理に取り掛かる。

 ゆで栗とリンゴを一センチ角に切ったものを、レーズン、パン粉、パセリを生クリームと混ぜ合わせる。そして鳥の胸肉をとりだすと、薄く切り開き塩と胡椒を振り、混ぜ合わせたものを詰める。

 あとはホイルに包みオーブンで焼く。最後に塩・胡椒とあわせてクリームソースをかける。

チキンの胸肉のロースト リンゴと栗詰め(Gebratenen Huhnerbrust mit Apfel-Maronen-fullung)にございます。栗は虚弱を取り除き、リンゴは滋養強壮、蒸した胸肉は胃にやさしいものとなっております」

 蒸した鶏肉いっしょに、クリームベースのどこか甘さを感じる香り。一口食べれば、素朴な味が広がり、大戦より遥か昔の家庭料理を彷彿させる。

 それに加え何かお気遣いをさせてしまった申し訳なさもあって、この料理をチョイスさせていただきました。

「一度の敗戦で、多くのものが失われました。このような料理もまた、その一つなのでしょう」
 
 シュピーネ様はふと遠くを見るようにつぶやかれる。何を思い出されているのかは、わかりませんが思い出に触れることができたのかもしれません。

 その後しばらくお酒とお食事に集中されたのち、ふと思い出されたように上着から一枚の封書をとりだされました。

「渡し忘れておりましたが、グルーネヴァルト地区およびその西部の狩猟許可証です」
 
 グルーネヴァルト地区はベルリンからもほど近い風光明媚な自然に囲まれた高級保養地とされる場所。そこの狩猟許可証。先ほどの話もシュピーネ様なりの回答なのでしょう。

「ありがとうございます。では来週ご来店いただいた時には、よいジビエをお出しできるようにしましょう」
「ええ、楽しみにしておりますよ。ではまた来週」

 そういうと、上着を取り席を立たれる。

 私は、偏屈な常連客に深く頭を下げるのでした。



てな具合で1話1人から複数名、そのキャラがBARで酒のんで何を話すかを考えて書きます。
長編ではなく文章量も少ないですが、週1ぐらいのペースで更新します。


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第三話

アニメ第0~2話をみて、自分は獣殿の爪牙であると認識。

しかし、本作品に獣殿が活躍するのは後半。愛するもの、気に入ったものを最後に回すのは世の常ということで。

作品への搭乗順位は時系列で、ありえそうな流れを意識してのこと。私の好感度順ではございません。もし好感度順なら、一番に獣殿がくるにきまってますから。

イメージでは、エレオノーレは、獣殿の部下になるにあたって中尉から大尉に昇進したと考えております。え? ベアトリスは准尉のままですがなにか?





1940年 ドイツ ベルリン

 この時代、新鮮な食材というものは限られている。

 例えば魚。川や海が近くにない場合、オイル漬けや酢漬け、塩漬けなど加工されたものがメインとなる。

 例えば肉。古来からの猟文化を色濃く残すジビエもある意味加工品。牛・豚・羊・鳥など酪農文化の恩恵ともいえる各種肉。町に近い場所から供給されるため、比較的新鮮なものとなる。もっとも新鮮なものを新鮮なまま調理し口に出来るのは、上流階級の人々ぐらいである。特に配給がメインとなっているの戦時下では、一般市民が口にできるのは最低限の保存処理をされたものが多くなり、加工食品が中心となる。

 このような状況に、料理人でもある私が我慢できるはずもなく、創造主である至高の方(プレイヤー)より与えられた戦闘スキルと強靭な体力を遺憾なく発揮し、子供のころからナイフ一本持って森に分け入り、鹿やイノシシ、ウサギといったものを捕らえていました。

 子供の頃、春口に冬眠明けの熊を倒したのはいい思い出。熊先生……。貴方との戦いで自然の厳しさを学ぶことができました。

 それはさておき、先日頂いた許可証のおかげでベルリンに一番近く獲物の豊富な森で狩りができるようになり、素材の質・量共に一気にあがりました。しかし肉はある程度熟成する期間が必要なので、肉屋の倉庫の借スペースを増やさざるを得なかったのは誤算でした。

「お前さんが捕まえたヤツだと、今日はウサギかな。鹿はあと数日。鴨はもう1日はねかせたほうがいい」
「わかりました。ではウサギを5匹と、そこの牛のひき肉とソーセージをひと束もらいましょう」
「じゃあ待っててくれ。持ってくるから」

 そんなわけで、どうみても屈強の陸軍軍人? または裏社会のバウンサーと言ったほうが納得される、筋肉隆々の肉屋の店長と、こんな会話を店先でしております。

 ふと周りの見れば商店街の活気はだいぶ減ってしまったように感じます。開戦して約1年。義憤や愛国心に駆られ兵に志願した人、戦争の影響を恐れて国内の田舎や国外に疎開した人。いろいろな人が居なくなりました。
 
「ああ、三軒隣の香辛料やハーブ、チーズを扱ってる所。店を畳んで田舎に行くらしいぞ」
「それは残念です。あそこのチーズと香辛料の品揃えは、この辺りでは一番でしたのに」

 私の独り言に、感慨深そうに肉屋の店長も相槌をいれる。

 実際、この戦争は田舎にいったら安全ということはないでしょう。ただ私の風化した記憶には、ベルリンは連合軍に包囲され焼かれ、多くの命と財産が焼失されたはず。

 目の前の店主にしろ、この店にしろ、焼かれて消える運命かもしれない(・・・・・・)。しかしここは危ないと説得しようにも、根拠を示せないのであればただの狂言か妄想。

 なんとも、もどかしい。

「てなわけで、在庫一掃のセールやってるぜ」
「それは良い情報ですね」
「じゃあ、今度行ったら一杯おごってくれ」
「ええ。お待ちしております」

 終わりのない自責の念は腹の底に押し込め、いつも通りに言葉をかわす。

 肉屋の店主は大きく笑いながら見送ってくれる。私は今晩のおすすめメニューを考えながら、香辛料屋に足を向けるのであった。
 

***

 夜もふけ、第一陣のお客様が帰られるころ外がにわかに騒がしくなる。

 あるものは愛しい我が家に。

 あるものは、仲間たちと二軒目に。

「ここです。ここです。大尉」 

 ガス灯の柔らかい灯りに照らされた街に人の往来が出来上がる頃、若い女性の明るい声が開け放たれた扉の外から響き渡る。

「まったく。そんなに大声でなくても聞こえている」

 出入り口に顔を向けると、一組のお客様が来店される所でした。

 金髪のポニーテールに人懐っこい笑みを浮かべた女性。赤毛のセミロングにクールな面立ちの女性。そして、藍色のロングに何処か困ったような、それでいて優しい笑みを浮かべた女性。

 それぞれ特徴的で、三者三様の魅力を持ったお客様たちでした。

 もっとも一人は、ここ数日何回も来店された御方ですが。

「いらっしゃいませ、ベアトリス様。本日はテーブル席もカウンター席も開いております。どちらになさいますか?」
「バーテンダーさん、こんばんわ。カウンターで」
「では、こちらにどうぞ」

 私は、お客様たちをカウンター席にご案内すると、おしぼりを一人一人お渡しする。そして、塩を振ったミックスナッツを小皿にのせお配りする。

「メニューはこちらとなります。お飲み物はいかがなさいますか?」

 私は、自然と真ん中に座った立場が上と思われる赤毛の女性にメニューを渡しながら注文を伺う。しかし、女性はメニューも見ずに注文を口にされる。

「とりあえず、適当にビールを人数分」
「かしこまりました」

 私は手近なメニュー立てに置くと、飲み物の準備にかかる。

「大尉。そんな男らしい注文の仕方じゃ、あの方とご一緒した時に幻滅されちゃいますよぉ」
「TPOぐらいわきまえている」

 大尉と呼ばれる赤毛の女性は、ベアトリス様を睨みつけながら反論する。しかし隣で藍色の髪の女性は、困ったように微笑んでいる。きっと、この方も同じ心配をされているのだろう。

 そこで、よく冷やした黒ビールのシュバルツを大きめのグラスに注ぎ、お配りしながら一言付け加えさせていただく。

「最近は、自分の意見をしっかり口にされる自立した女性を好まれる方も多いとか。深窓の令嬢がもてはやされる時代ではありませんよ」
「バーテンダーさんは優しいからそう言いますけど、世の男共なんてみんな自分の支配欲を満たしてくれるような、一歩引いた女がいいに決まってます!」

 ベアトリス様はそう言うと、シュバルツをグイッとあおるように半分ほど一気に飲み干す。対する二人はやれやれというビールを口にする。
 
「ほぅ」
「随分飲みやすいビールね」
「でしょ。せっかく同じ職場になってこうやって飲みに行く機会も増えたんだから、美味しい店をって探したかいがありました」

 ビールを感嘆の声を上げるお二人に鼻高々という感じのベアトリス様。私としては最初の表情だけでも十二分な賛辞であります。

「どうせお前が食べ歩きしたかった口実だろ」
「大尉。ひどいですよ」

 そんな風なやり取りをされておりますが、実際ベアトリス様がこの店に初めて来られた時も、いろんな店で評判を聞いて回り回って最終的にたどり着かれたとようでした。本当に喜んでほしく自分の足で探されるあたり、口調の軽さとは裏腹な律儀さがある御方です。

「しかし、ずいぶんと飲みやすいビールだな。冷やしたビールはあまり飲んだことがなかったが、他のもそうなのか?」
「そうね。すっと喉を流れるような。もしかして……」
「あ、そんなことないですよ」

 お二人が気にされたことにベアトリス様も気が付いたようで、メニューを取ると先程のビールの値段を指差す。まあ、一般的なビールの価格ではありますが、見たこと無い名前なのはご容赦いただきたい。

 シュバルツというドイツ風の名称がついていますが、実際は2000年代の日本、あるテーマパークの所在地の地ビールだったりするのですから。
 
「それにこの店、お酒だけじゃなくってカクテルや、おつまみも美味しいんですよ」
「なにかお作りいたしますか?」

 そういうと三人はメニューを見ながらあれこれ注文をいれる。中には見たこともないという理由で注文をされる。

「本当に皆様、仲がよろしいのですね」
「ん? ただ注文しているだけだが?」

 赤毛の女性が何故? という感じで質問をしてくる。まあ実際には、雰囲気や口調などを長年の経験と照らし合わせ、さらに元インキュバスとしての女性に対する脈拍、発汗、血色、香りなどなど、無駄に高い情報収集能力で裏付けただけなのですが。そんなこと言えるハズもなく。

「皆様の雰囲気もそうですが、アイスバインやザワークラフトのように、もともと分け合うような大皿料理ではなく、一人一皿の料理を皆様で分け合うことも前提に選択されたり。それでいて、それぞれの好みを考慮して選ばれたりしておりましたから」
「あら、案外しっかり見られてたのね」
「お客様の気分に合わせたおもてなしをさせていただくのが、バーテンダーの職務と心得ておりますので」

 私は静かに一礼する。
 
 その言葉にお二人は感心されたような表情をされますが、一人だけまるでいたずらっ子が悪巧みを思いついたような表情をなさっています。

「じゃあ、いまの注文と合わせて私達にそれぞれ合うカクテルを出していただけます?」
「注文承りました。順番にお出しさせていただきますね」

 はい。ベアトリス様。そんな楽しそうに注文されなくてもわかっております。ほかのお二人も意図が伝わったらしく、好奇と期待の視線を送られてきました。

「まだビールがありますので、料理からはじめさせていただきましょう」
 
 取り出したのは先日の狩で捕まえたウサギ。捕まえたその場で血抜きを行い、その日のうちに熟成用の下処理をしたものです。これを今朝受け取ったあと解体、薄切りにしたモノに塩、コショウを練り込み、棒で叩き柔らかさが増した肉。

 それをボイルし、食べやすい大きさにカットしたものに赤ワインソースを掛ける。ウサギ独特の風味をそのまま、食感を変えた一品。
 
「野うさぎのロワイヤルにございます」

 一切れずつ口にすると、全員表情が変わる。しかし最初に感想を口にしたのは、ベアトリス様ではなく赤髪の女性でした。

「仕事柄訓練で野うさぎを口にしたこともあるが、弾力の強い食感だったのを覚えている。これは本当にうさぎか? いや味は確かにうさぎの味なのだが」
「あ~。あの時のサバイバル訓練は大変でしたね。必死に捕まえたうさぎの肉も、貴重なタンパク質と思って食べようと焼いたら、まるでゴムを噛み締めてるような歯ごたえになってしまって。最後は何を食べているのかわかりませんでした」
  
 赤髪の女性とベアトリス様は しみじみとつぶやかれる。

 よく最初の一品にトラウマ食材の料理を選択されましたね。いや、一人美味しそうに食べていらっしゃる方がおりますね。この方の好物ですか。

「狩りで仕留めた後その場で適切に処理し、くわえて調理に入る前に、塩コショウを揉み込んだ上から叩くことで対応しました。もし仕留めた直後に食べる必要があるなら、血抜き、筋切り、解体したあと綺麗な水で汚れを洗い流し、薄切りにしてから火を通すのがよいかもしれませんね」
「くわしいな。狩りをするのか?」
「はい。この店に出す食材の何割かは私が仕留めたものですので。そのため店の方は週に二日はおやすみをいただいてますが」
「なるほど。鴨はあるか?」
「本日はございませんが、明日には熟成が終わる予定です」
「そうか」

 そういうと、赤髪の女性は手を口元に置き思考の海に落ちられた。たぶん明日の予定を考えられているのだろう。

 そんな会話の間に料理の仕込みを進める。サーモンにレモン汁をかけ塩・胡椒を振ったものをバターを塗ったバットに乗せ、白ワインを入れて火にかけます。その後、オーブンに放り込む。

「店で好物を避ける理由はないからな。それにここなら、目の前で火入れをしてくれるようだし」

 こちらの考えも気がついているのだろう。若干言い訳っぽいことを口にされる。

「はい。目の前でお焼きすることもできますよ」
「大尉、鴨の炙り肉は好物ですからね。恋愛観は乙女なのに、各種好みはことごとく男らし…イタっ」

 どうやら見えないところでベアトリス様が赤髪の女性にはたかれたのだろう。

 それはさておき、ドイツのベックスビールを冷やしたものをゴブレットグラスに注ぐ。そしてクレーム・ド・ミントのグリーンを取り出し、10mlほど加え軽くステア。最後に自家製のミントを一枚。

 ビール特有の小麦色や黒ではない透明感のあるグリーンのグラスをベアトリス様にお出しする。
 
「あ、やっぱり顔にでてました?」
「ミント・ビアにございます。前回、美味しそうに飲まれておりましたので」
「ビールのカクテルって、あまり飲んだことなかったけど思った以上に美味しくって」

 ビールのほろ苦さと、クレーム・ド・ミントの程よい甘さとまろやかさが舌の上で踊る。そしてビールののど越しの後に残るのはミントのさっぱりとした香り。

 ベアトリス様は本当においしそうにお酒を飲まれる。

 では続いて二品目。

 ピルスナーグラスにボック・ビールを注ぎ、その上から静かに滑らせるようにシャンパンを半分ほど。注いだだけでは二色の境界線。ここでかるくまぜることで色が広がる。

 そして琥珀色のグラデーションが完成したこれを、赤毛の女性にお渡しする。

 大尉と呼ばれえる女性は受け取ると、軽く傾ける。

「ああ、小難しいことは分からんが旨いな」
「今回は北ドイツ、バイエルン地方のビールを使わせていただきました」 
「そういえば、エレオノーレって北部の出身だっけ?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ出身地まで合わせてのレシピですか。なんで出身地までわかったんです?」
 
 ベアトリス様は興味津々に聞いてきますが、私は微笑みながらお茶を濁します。

 気が付けば一品目の料理がなくなり、皆様お通しでお出ししたミックスナッツに手をつけはじめる。そこで次の料理ができあがる。

 オーブンに放り込んだサーモンのワイン蒸しを取り出し皮と骨を取る。そしてバットに残った出汁と生クリーム。ディル、バジル、パセリなど香草をふんだんに加えソースを作る。

サーモンのワイン蒸し香草風味ソース(lachs mit Krautersobe)にございます。」 
「美味しいですね大尉。あっでも北出身なら、サーモンは生じゃないと許せないたちですか?」
「べつにそんなことないぞ。しかし、このサーモンも十二分に旨い。こっちだと塩かオイル漬けがほとんどだろうに、そんなことを感じさせない」
「そうよね」

 皆様がそれぞれ楽しまれているようなので、少しばかり潤滑油を。

「ありがとうございます。こっちに入ってくるものは塩漬けやオイル漬けは基本ですからね、身の部分は塩を洗い落として使ってますが、皮の部分をパリパリに炙って……ああ、食べますか?」

 こんなことを話をすると、赤髪の女性の視線が変わる。若干恥ずかしそうにして口にされませんが、視線は注文をされていたので、ささっと作ってしまう。

「そういえば、酒飲み達はこんなのを食ってたな」
「塩っけが強いパリパリのつまみ。これならビールも美味しそうですね」

 まあ、どこの世も酒飲みのつまみというのは共通点があるもの。海を越えても 、世界を超えても。

 最後にシェーカーを取り出し、クルボアジェルージュ、ブルガリエクストラドライ、ホワイトキュラソー。そしてフレッシュレモンジュースを1TSP。

 リズミカルにシェイカーを振る。

 もちろん振りすぎては泡立ち味を壊してしまうので、程よく、そしてショーのワンシーンと心得る。

 カクテルグラスを藍色の髪の女性の前に置き、シェイカーを傾けると、透明度の高いブラウンの酒が流れ落ちる。

ビトウィーン・ザ・シーツ(Between the sheets)にございます」 
「あら、誘ってくださるんですか?」
「え? リザさんどういう意味ですか?」
ビトウィーン・ザ・シーツ(Between the sheets)はベッドに入ってという意味よ」
「なるほど。で、実際のところどうなんですか?」
「まずはご賞味ください」

 話題を振った本人は分かって言っているので、おかしげに微笑んでいらっしゃるが、生真面目そうな赤髪の女性はこちらを訝しむように見ている。ベアトリス様は純粋に興味本位ですね。

「あ。甘い」
「苦味が苦手のように思いましたので」

 そう。最初のビールもこのお方は進みが悪かったのだ。しかし他料理は何ら問題なかったので、もしかしてと推論を立てさせていただきました。

「度数は高めでナイトキャップ向きのカクテルですので、こんな名前が付いております」
「さながら甘い夢の世界に入り込んでいきたい。って感じかしら?」
「はい」

 私とリザと呼ばれる藍色の髪の女性は感想を重ね合わせる。さすがに大尉と呼ばれる女性も、言葉遊びとわかってか、カクテルを口にされている。

「バーテンダーさんすごいな~。これだけ出来るんだから、女の人にもモテモテでしょ」
「ばかもん。准尉。バーテンダーの手をよく見てみろ」
「その指輪」

 そこには左手の薬指にはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝いている。

 もし真面目に鑑定しようものなら、どんな材質が出てくるのか想像もできません。たぶん造形の段階ででるゆがみなどもゼロでまるで未知の金属の削りだしのような評価がでて、さらに見る角度次第で赤い宝石の中に浮かぶアインズ・ウール・ゴウンの紋章。

 うん。

 オーパーツですね。

「少なくとも今の私は独身ですよ。この指輪はとても大切なもの……というだけです。料理をする人間が指輪をするのはあまりよろしくは無いのですが。まあ私のわがままです」
「え~今は、ってことは昔はいたってことですか? ならどんな」
「まったく。この恋愛脳は」
「あら。でも、ちょっと気にならない?」
「ブレンナまで……まあ、多少は気にならんというわけではないがな」

 そんな感じで、酒の席の会話は続いていく。

 後日正式のお名前をいただき、気が付けば常連となっていた方々との出会い。

 こんな夜もあるのでしょう。



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第四話

「CV:いのくち ゆか」と「CV:鳥海浩輔」がBARで語らう。
耳が幸せになれそうだ。

あとコミケ当選しました。がんばるぞ~



1940 秋 ベルリン

 暑い夏が過ぎ去り秋が深まる頃、今年もベルリンで収穫祭が開催された。

 世は世界大戦。戦争という熱病にうなされ人死が出る中、後方で祭などという論調がなかったわけではない。しかし上層部の政策をメディアなども後押しする形で、ほぼ例年通りの祭が開催された。

 戦場に赴いた者達はどう思ったのだろう。

 むしろ愛する人々が、優しい隣人達が、祭で今年の収穫を喜び来年の豊作を笑いながら願う。そんな安らげる日々を守りたくて、銃を手に取ったのではないか? そんな自分たちを気遣って日常を捨ててほしくない……と考えたのではないか。

 そんなことを思いながら、夕日で照らされたベルリンを路地から眺めながめる。徐々に赤から黒に。街の色が変わっていく。そんな中。今日も店の看板を出す。 

 これが私にとって日常であり、終わるその日まで続くものなのだから。

******

 小さなBARの窓際にあるテーブル席。

 常連の年若い男二人組が、まるで争うようにビールとソーセージを口に放り込んでいく。その勢いたるや、まるでその場だけがギャグ漫画時空のようなと表現できるほどである。

 それもほぼ毎日。

 もちろん飲むもの、食べるものは毎回違う。律儀に今週は何時来れるという連絡や、こんなのが食べたいなどの要望までしっかり伝えられるので、準備する側としてとてもありがたいお客様です。とはいえ、結構な飲み食いを毎回されているところから、それなりの資産家なのでしょう。

 もっとも伺った名前の資産家や政治家、そして軍人はいらっしゃらないんですよね。はて、どんな素性の御方なのでしょうか。

 それはさて置き、今日は朝から小雨が続いており、窓際に置いたハーブもいまいち元気がない。

 そんな夜。扉が開き、取り付けた小さな鐘が小気味の良い音を鳴らす。出入り口に目を向けると、ちょうど一人の女性が男性を伴って来店されるところでした。

「いらっしゃいませ。アンナ様」
「こんばんわバーテンダー。今日は新しい人を連れてきたわ」

 腰まである長い赤髪に整った顔つき。アーリア人特有の白い肌に上気しほんのりと赤みをさした表情は妖艶と呼べる域。もっとも、私のインキュバス時代と変わらぬセンサー(?)が、容姿の評価は是。ただしスタイルについては否と告げています。

 この世界では珍しく魔力の香りを色濃く漂わせる御方であることから、きっと姿の一部を偽っていらっしゃるのでしょう。

 そんなアンナ様が腕を取り連れてきたのは一人の青年でした。

「アンナ。そんなに引っ張るなよ」
「あら、ロートス。せっかくの休暇だもの。時間は大切にしたいじゃない」

 少し困った風だが、自然とでてくる笑顔がとても魅力的な青年。そんな青年を観察しながら、アンナ様に質問する。

「本日は皆様とご一緒じゃないんですね」
「ま~ねぇ。今日は元同僚と旧交を温めるために寄らせてもらったわ」

 皆様、ベアトリス様をはじめとしたアンナ様のご同僚の方々の姿がないことを確認する。

 ふむふむ。

 しかし元同僚ですか。しかしその鼓動と表情は……。

「はじめまして。当店のバーテンダーを務めさせていただいております。お飲み物はいかがなさいますか」

 私は青年の方に挨拶をしながらメニューをお渡しする。

 青年は若干緊張した面持ちでメニューを見るが、しばらくするとパタンと閉じてしまう。そして両手を上げて降参の意思表示をされる。

「ごめん、アンナ。俺こんな高そうな店入ったことなくって分からないや。教えてくれないか」
「もうしょうがないわね。じゃあコレとコレ。ああ、あとコレもお願い」
「かしこまりました」

 アンナ様はしょうがないなと小さくつぶやきつつも、得意げにオーダーを通される。青年のわからないことを変に取り繕わない姿は好感を持てるもの。

 ちなみに実際に高いことはありません。値段相応より少々安いぐらいです。もっともここでしか手にはいらないもの、見慣れないモノが多くそんな反応をされたのでしょう。

 そこでピルスナービールをグラスとジョッキに注ぎ、そしてザワークラウトとナッツに塩を振ったものを小皿に盛り一緒にお出しします。

 青年は目の前に置かれたジョッキと、アンナ様の前に置かれたグラス、そして私を順番に見られました。

「この店はただ古いだけで、別に気取った店ではございません。飲みたいように、食べたいように、お心のままにどうぞ」
「そうよロートス。このお店、注文すると材料さえあれば見たこともないようなお酒も料理も出してくれるわよ。それこそ、裏通りにあるバッカスの酒場のような脂っこい料理から、高級料理店の一品まで」
「なんだよそれ」

 青年はアンナ様の解説を聞き笑いながら乾杯をする。青年らしく喉を鳴らしながらそれこそ美味しそうにビールを飲む。対してアンナ様は青年の顔を見ながら、一口二口と口をつける。

 たぶん私の予想は正しいのでしょうが、それをいきなり直球で投げるのは無粋。はてさてどうしたものでしょうか。

 そんな雑念は脇に置き、私はまず保存棚からベーコンとほうれん草のキッシュを取り出し温める。この手のものはすぐに出せることもあり、何かと人気がある。夕飯代わりに。肉系は重いが小腹が空いた時。なによりビール、ワインのどちらにも合うからだ。

 それで場をつないでいる間に、次の品を準備しなくてはいけない。

 取り出したのは、レモン、塩、胡椒、ベルトラム粉で下味をつけたサーモンと、人参、玉ねぎ、根セロリなど数種類の野菜を細切りにしたもの。調理は簡単。鍋に細切り野菜をしき、塩、胡椒、水ワンカップ。そして下処理の済んだサーモンを乗せ白ワインを加えて、蓋をして蒸す。

 一度沸騰させ、そのあと弱火で10分ほど。キッシュとビールがなくなる頃、白ワインの香りが店内にほんのりと広がる。

Gedunsteter Lachs auf Gemusestreifen(サーモンと細切り野菜のワイン蒸し)にございます」

 青年はナイフとフォークで器用に切り分け一口食べると一瞬驚いた表情をされるが、すぐに落ち着いた笑みを浮かべられました。

 先ほどのキッシュを食べた時にはなかった反応。

「前線だと焼く、煮るはあっても蒸すはないからな。やっぱこういうの食べると、戻ってきたんだなって感じるよ」

 青年をしみじみと感想をこぼす。

「前線の料理ですか。あいにくと経験が無くどのようなものでしょうか」
「たいしたものじゃないよ。乾燥したパンやら保存食が中心かな。べつに缶詰ばっかりってことはないし、野菜とか肉とか無いわけじゃない。料理してる人も頑張ってくれてるけどね」

 青年の言葉自体に否定的なものはないのですが、言葉の端々や表情には若干うんざりした雰囲気が読み取れる。実際、上層部はどう思っているかわからないのですが、すくなくとも前線を預かる人達は、この戦争がすぐ終わる類のものではないと認識し、食材や調理法もそれに伴うものとなっているのだろう。

「それはご愁傷様です」
「ロートス。それおいしい?」
 
 美味しそうに青年が食べていると、アンナ様が小首をかしげながら質問する。

 アンナ様は意識してかしないでかわかりませんが、細かい仕草が若い男には毒な方ですよね。今日もですが私服は大抵胸を強調されたものばかり選ばれてますし。ブレンナー様とは同属性なのに逆といいますか。

「ああ、旨いぜ。一口食べるか?」
「ええ」

 アンナ様はごく素直にうなずかれる。私も小皿をお渡ししようと、手を伸ばそうとした時、青年はごく自然な仕草で一口大に切り分け、フォークで刺し差し出す。

「えっ」

 そう、フォークに刺しそのままアンナ様の口元に。 

「ほら。美味しいぞ」
「そっ。そうね」

 そういうとアンナ様は髪が掛からぬように右手で軽く押さえ、そしてフォークに顔を寄せ口を開く。

 一口

 何気ない仕草と唇の艶。たったそれだけでも十二分に女性としての色気があるのだが……。

「どうだ?」
「ええ、ありがとう。おいしわね」

 この青年には、その色香も届かないらしい。加えてアンナ様の方は、味もわからぬようなご様子。

 アンナ様がそんな調子なので、ミュンヘンのシュタークビアを一本取り青年におすすめする。

「そういえば前線とおっしゃっておられましたがどちらのほうに?」
「ああ。西方方面軍に」

 新しいジョッキに濃い琥珀色が広がる。一口飲めば喉を走り抜ける強い炭酸といっしょにどこか重さを感じさせるモルトの風味が広がる。

「なるほど。ではベルリンで安全な生活をできるのは貴方様のおかげですね」
「よせよ。別にそんなつもりで戦ってるわけじゃない」

 青年はどこか悲しそうに微笑みながら否定される。きっとこの方は、名誉なんて陳腐なものではない、それでいて自分ではない何かのために戦われているのでしょう。

「前はアンナと遺産管理局にいてな、いろいろやってた。それなりに忙しい日々を送ってたよ。でも戦争がはじまって、ちょうどアンナも異動した頃にふと思ったんだよ」

 青年はジョッキを傾けながら心境を語られる。アンナ様もそんな青年の横顔をゆっくりとながめている。

「ああ、忙しかったけど平穏な日常の大切さっていうのかな。たとえば今のような楽しい時間、いや一瞬でもいい。そんな刹那が永遠に続けばいいなっておもったんだよ」

 青年のグラスが空く。

 私は新しいグラスに同じビールを注ぎお渡しすると、グイっと青年は半分ほど飲み干してしまう。

「そしたら、転属願いを出してた」
「戦う事はお嫌いですか?」
「正直いえば向いてないよ。俺には。実家に居た時からわかってたことだけどね。でも何もしないって選択肢を選びたくなかったってのが本音かな」

 冷えたグラスは火照った青年の手を冷やしてくれるのだろう。青年は開いたジョッキを包み込むように両手で持つ。

 そんな青年の手に、何も言わずにアンナ様が右手を重ねる。きっと何かを言いたいのでしょうが、良い言葉が浮かばず、だけどなにもしない選択をしたくなくて手を重ねられたのでしょう。

「なかなか耳が痛い。私は何もしないことを選択したモノですので」
「何言ってんだよ。こんな美味しい酒に料理を出してくれてるじゃないか。まさしく守りたい日常ってヤツの一部じゃないか」
「そう言っていただけると、助かります」

 私は料理の手を止め顔を上げると、青年はまっすぐこっちを見ておられました。

「美しいと思う刹那を永遠に――俺もそんなバカげた願望を捨てられないし、叶えられないから渇きも消えない。不満で、不安で、いつもふらふらと揺れていて。でも選ぶことをやめられなかった……」

 まっすぐな瞳。年若く、夢と願望を捨てていない青年の姿がそこにありました。

「だけど、それが人間だろ? あんたも何か願って今を選んだ。人間なら当たり前だよ」

 自然と笑みがこみ上げる。ああ、なんと気持ちの良い日なのだろう。経験ではない。与えられたスキルではない。ただあるがままに本質に迫る存在。

「アンナ様」
「なぁに。バーテンダー」
「良い方を選ばれましたね」
「えっ?」

 アンナ様は、まるで鳩が豆鉄砲で撃たれたように驚かれる。そして徐々に顔を真っ赤にさせ否定される。

「ちょっ……ちょっとそんなんじゃないわよ」

 そんなアンナ様を青年は笑いながら見ておられる。

 そんなお二人に私はできたばかりの次の料理をお酒をふるまう。

 そう。

 こんな出会いがあるから私はこの仕事を辞められないのだ。いつまでも。たとえ生まれ変わっても

 お二人の帰り間際、私は気に入ったお客様にいつもしているように一つの質問をする。

「本日はありがとうございました。お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「ロートス」
 
 青年は一瞬迷う。しかし意を決されたのだろう。静かに言葉をつなげる。

「ロートス・ライヒハート。あんたとは真逆さ。首切り人だよ。落ちこぼれだけどね」

 ライヒハート。この国に生きて少しでも歴史や文化に触れれば出てくる名前。けして良い意味はない。でも私にとってはどうでも良い話だ。なぜなら私の主は死の支配者にして墓場の王なのだから。

「では、またのお越しを心よりお待ち申し上げております。ロートス様」

 私は深く頭を下げる。

 気が付けば朝から降っていた小雨はあがっていた。雲のきれまから星がみえる。そんな空を眺めたあと、扉を閉じ片づけをはじめる。

 今日も終わり。

 明日に続く。

 そんな連綿と続く日々。

 ひと時の安らぎのために。




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第五話

1940 冬 ベルリン

 ベルリンの冬は寒い。すでに心の故郷としか言いようのない日本の北海道よりも緯度が高いのだから、どの程度の寒さかを予想いただけるだろう。もっとも内陸であり、湿度も低いことから、豪雪地帯のように埋もれるほどの雪は降らない。

 しかし夜はマイナス十度も当たり前。

 そんな中、わざわざBARで酒を飲む人たちは、それ相応の理由がある。

 一つ目は夜が遅くなり食事を準備することが負担となり外で取られるお客様。主にご近所の方々。

 二つ目はみんなで騒ぐ場を探す一見さん。その名のとおりだが、メインストリートから外れているこの店にはあまりいらっしゃいません。

 三つ目は常連の二人を筆頭とするお客様。ここでしか出ない酒、料理を目的に来られる方々。この店を気に入って頂いている大変嬉しいお客様方です。

 そして四つ目は……。

「どうかいたしましたか? ベアトリス様」

 カウンターでホットワインと夕食のトマトベースに鷹の爪と数種類のスパイスをつかった辛めのショートパスタと生ハムサラダを前にうんうん唸っているベアトリス様がお一人。同僚の方々と来ることもありますが、お話を伺う限り家事を放棄されているらしく、ほぼ毎日ここで食事をとっていらっしゃっています。

 もちろん軍の食堂もあるようですが、どうもお気に召さないらしく夕飯はこちらと決められているようです。

 さて、もう常連ともいえるベアトリス様が何時になく考えごとをされているようです。せっかくのホットワインもだいぶぬるくなってしまってしまっているご様子。

「ん~。あっそういえばバーテンダーに相談しても他言無しでしたっけ」
「はい。酒の席のお話は本人のご了承がない限り、墓まで持っていきますよ」
 
 私は、笑みを浮かべながら回答する。

「例えばの話ですけど。友人の上司にあたる女性が、さらにその上の上司に片思い中……ということとします」

 ベアトリス様も信じていただけたのでしょう。一瞬ですがぱっと笑顔になると、すぐに神妙な顔つきになり例え話をはじめられます。
 
「はい、例えばのお話ですね」
「そうそう。で、その女性上司なんですけど、なんとも乙女というかなんというか。意を決して行動した結果、念願叶って片思いの男性上司の部下にまではなれたんですけど、そこからピタッとアプローチが止まっちゃったんですよ」

 ベアトリス様。それ例え話になっていませんよね。しかもその女性上司は定期的にうちにいらっしゃる常連に近いお客様のことですよね。

 最近では鴨のスライスを炙ったものを片手に、ビールがお気に入りなようでより一層男らしさに磨きが掛かっていらっしゃいますが。

「部下であるということに満足されてしまったとかでしょうか」
「それだったら私も気にしないんですけどね~」
「と、いいますと?」
 
 ベアトリス様はワインを飲み干されたので、新しいワインを火にかける。今日はスペインのバレンシア産赤ワイン。香りは控えめだが、甘さと程よい渋みが特長。現在は敵国のワインにあたるのですが、まあ開戦前に地下倉庫に備蓄したもののの一品ですし、食材に敵も味方もありません。そのへんを気にされないお客様にかぎりお出しさせていただいております。

「朝一番に出勤して、決められてもいないのに上司の机を掃除してるとか」
「まあ、そのぐらいでしたら気の利く部下というお話かもしれませんね」
「夜が遅い任務になると、予定も無いのに勝負下着をこっそり準備してるとか」

 ワインが程よく潤滑油となったのか、女性上司の日常が暴かれつつありますね。 

「例えば気が付けばその男性上司を視線で追っているとか、男性上司に褒められると端から見ても尻尾をブンブン振ってる姿が幻視できるとか。仕事の報告とか相談はさらっと出来てるくせに、毎朝の挨拶一つで嬉しそうにニヤけてるとか」
「その男性の上司って朴念仁ですか? それとも相当な奥手ですか? または相手がいるとか」

 ベアトリス様が上げる数々の例を並べてみると、行き着く感想がこんなものである。

 軍関係に限りませんが、人の上に立ち、その上で仕事ができる方というのは、総じてコミュニケーション能力が一定以上あるものです。そんな方の部下が例に上げられているような状況なら、普通気が付きます。そして気が付いた上で、無視されているとなれば……。

「それが相手はいないそうなんですよ。むしろ博愛主義者といいますか、全てを愛している~っていいますか」
「と、いいますと?」
「その男性上司、立場もあるので社交界とかにも顔を出しているんですけど、日々言い寄る女性をみんな受け入れちゃうそうなんですよね」
「それはそれは。良く刺されませんね」
「女は駄菓子? みたいな感じで言うんですけど、まあ肩書に実績、見た目、くわえて物腰、とどめは声もいいですから、一夜だけでもって感じで引く手数多なんですよ」

 ベアトリス様が若干呆れを含みつつ、カウンターに腕を組みつっぷされる。マホガニーの机は酔われた頭にはさぞ冷たく感じられることでしょう。
 
 私は氷の入った水に、スライスレモンを浮かべたグラスをお渡しする。

「その男性上司というのもなかなか魅力的な方ですが、特定の方への愛よりも全体愛のようなものを優先される方なのかもしれませんね。ですから個人的な好意についても来るもの拒まず、でもそれ以上になることができない。だからこそ今みたいな状況なのでしょうか」

 しいて言えばアイドルのようなものでしょうか?まだこの時代には新聞やラジオが主流ですので、たとえるなら映画の銀幕スターのようなものでしょうか。

 とはいえ、見方次第では下種な人物にもみえますが、それが許容されるレベルとなるとある意味で突き抜けた、それこそ物語の主人公のような人物なのかもしれませんね。前世で散々見ていましたので、わざわざ見たいとまでは思いませんが。

「そんな感じですかね~。でも、それだと女性上司に芽が無いってことになっちゃいますよね」
「まあ、端的にいえば。付き合っていくうちに個人の魅力で、全体愛の価値観を超えるぐらいしか思い浮かばないですよね」
「そうですよね。でもキッカケもないんですよ」
「ああ、それなら作れますよ」

 私は開いた皿を下げながら答える。しかしベアトリス様には驚きに値する内容だったのでしょうか、ガバッと上体を起こされると矢継ぎ早に質問される。

「えっどんな方法ですか?」
「たとえば、飲みに誘うんですよ」
「飲みに……ですか?」
「いまの仕事上の関係だけではキッカケもない。ならお酒を入れて、自由に会話することですこしずつプライベートの時間もつながりを作っていくんですよ。ランチは社会通念上、仕事の延長と捉えられてます。しかしディナーはプライベートも入ると判断されてますから」
「なるほど。さしものあの完璧上司もプライべートは存在するはずですからね」

 社交界は立場と家の付き合い。そこはプライベートと切っても切れない領域。そのためそんな考えがあるのでしょう。未来の話ですが2000年代のアメリカの公務員も、ランチなら受益者……つまり付き合いのある業者と共にしてもよいとされるルールがあったりします。

 そんなわけで夜の飲みというのは、一風変わった線引きの中にあるんですよね。

 あとたとえ話という体裁が抜けてますよ。ベアトリス様。

「まあ、どんな人間でも睡眠はとりますし食事もします。仕事の裏にはプライベートの顔があるはずですから」
「ですよね……。でもどうやって誘えば。この一年近く、そんな機会なかったですから」
「そうですね」

 ふと考える。

 ドイツ人として生きた時代。魔導国時代。日本での時代。

 仕事一筋に見える存在を引っ張り出す常套句。

「クリスマスは家族と教会でというのはポピュラーですが、仕事納めのタイミングなどはいかがですか?」
「仕事納めってだけだと弱いかな~」
「円滑な人間関係は仕事をする上でも重要。古来よりアルコールが入った場での会話というのは、コミュニケーションの常套手段。これらの言葉を組み合わせて上司を誘って職場の皆さんで繰り出すというのはいかがですか?」
「なるほど~。そして慣れてきたら人数を絞ってってことですね」
「そんな感じで少しずつ進めるってことで」
Zeit ist Geld.(時は金なり)ともいいますし。早めに行動されることをお勧めします」
「はい」

 その日はそんな感じで会話が終わりました。実際1940年の暮れが押し詰っており、終戦はたしか45年。軍人ということでいつどんな時にもしもがあるかわかりません。

 まさしく時は金なり。

 余裕がある日々はそう長くはないはずです。これから先は少しずつ戦況も悪化していくことでしょう。無事終戦を迎えられたとしても、しばらくはドイツにとっては苦しい時期。

 私はそんなことを考えていました。

 同時に、私にとってのapocalyptic soundsであったと気が付いたのはずいぶん先のこと
 




Zeit ist Geld.:訳:時は金なり
ドイツのことわざです。この言葉本当にどの国にもあるんですよね。

そんなわけでやっとこさ獣殿襲来のフラグがたちました。


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第六話

冬コミの入稿完了! 
「もしパンドラズ・アクターが獣殿であったのなら(下)」頒布できそうです。

そんなわけで遅れを取り戻すべく投稿いたします。
やっと核心に近づいてきました。


1940年 12月31日 ベルリン


 年の瀬というのは、何度過ごしても不思議な感覚に囚われる。

 暦上の区切りにすぎないとはいえ、やり残したことはないか? 何か忘れていないか? 今日の内にやっておかなくて良いのか? と、何かに追い立てられるような気持ちになる。

 だからこそ、十二月三十一日はこの日までに仕事を終わらせてしまおう。終わらせて大切な人々とすごそう。そして新しい日を祝おう。そんな小さな望みを叶えたくて慌ただしく過ごす一日なのだ。

 たとえ小康状態とはいえ、世界大戦の真っ只中であってもだ。

「ありがとうございました」

 静かに降り積もる雪に、街の喧騒が吸い込まれる。

 私は雪の降る中お客様をお見送りし、BARの扉に「貸し切り」のプレートを掛ける。本日これからの時間、ご予約をいただいたお客様のための準備時間となります。

 ちなみに先程のお客様は、ローストビーフに各種揚げ物などの盛り合わせ、倉庫に保管していた貴重なワイン数本を受け取りにきた常連の方々です。店を開けないが、せっかくの年越しだからと予約を受け付けたところ、結構な数の注文をいただいたので腕によりをかけて準備いたしました。

 では、頭を切り替えて本日のご予約の方々の準備に入りましょう。

 本日のご予約は八名。

 幹事はベアトリス様。名目は職場の忘年会。裏の目的は先日のご相談の件。半分は女性ということで、よく女子会でお集まりになられる方々でしょう。

 まずは間仕切り代わりの観賞用植物を移動させた後、テーブル席を並べ直し真新しいテーブルクロスを広げる。ストーブで部屋の温度を高めにして、外からくるお客様をお迎えする準備をすすめる。

 聞けば、結構食べる方もいらっしゃるとのこと。ですので料理は、すぐ出せるものも含めて仕込みを行う。なんせ店は一人で切り盛りしており、手が足りない。常連たちならば、一品料理の時間を待ってくれる。しかし、団体様となればそうもいっていられません。

 なによりここはBARである。お酒を中心とする以上、接客や料理の比重を調整しなくてはなりません。一通りの下ごしらえと準備が整う頃、来客を知らせるドアの鐘が鳴る。

 さあ、はじめましょう。

******  

「ほら、ここですよ」
「自信満々にどこに連れて行くかと思えばここか。お前にしては上出来だ」
「げっ。チンピラにも知られてたなんて、ちょっとショックです」
「んだとこらっ。喧嘩売ってんのか」

 最初に入ってこられたのは今回の幹事を務めるベアトリス様。そしてエーレンブルグ様。お二人とも軍に籍を置く方とは知っておりましたが、同じ職場だったのですね。

「いらっしゃいませベアトリス様。エーレンブルグ様。軍籍の方と伺っておりましたが、同じ職場だったのですね」
「おう。邪魔するぜバーテンダー。今日も旨い酒をたのむわ」

 先程までベアトリス様にガンを飛ばしていらっしゃったエーレンブルグ様は、そんなことは無かったとばりに片手を軽く上げられる。若干獰猛ともとれる笑みと浮かべながらお声をいただき、コートをお預かりします。

「ごめんなさいバーテンダー。八人で予約してたけど一人欠席がでちゃって、変更大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
「ああ、でも一人欠食児童いるから料理は出してもらっても大丈夫です」
「かしこまりました。進みを見ながら調整させていただきます。お席はこちらになります」
 
 ベアトリス様から欠席のお話を伺い、頭の中で献立の変更を行う。保存の効くものは後に回しにして、新鮮なものや下処理済のものを中心に再構成しながら、入店された方々を席にご案内し、お預かりしたコートをハンガーに掛けていく。

 ブレンナー様にヴィッテンブルグ様、シュべーゲリン様。女性陣は女子会のような感じで時々ご利用いただく、慣れ親しんだ方々でしたか。

 そして背は小さく、銀髪に黒皮の眼帯。病的なレベルで中性的ではありますが男性ですね。インキュバス時代のセンサーが反応しませんから……。

「ねえおじさん、なにじろじろ見てんの」

 銀髪の方は直接ガンを飛ばしてくるですか。
 
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
 
 素早く視線を外し深くお辞儀をする。ここはお酒を飲む場所。大抵の手の早い方、気の早い方はこれで収めていただけます。もちろん気配は読んでおりますので、たとえなにがあっても問題ありません。もっとも今回は、素振りだけだったご様子。まるで投げ捨てるように、コートをこちらに放り投げられました。

 周りも止める雰囲気はないので、育ちの悪い一面程度と認識されているのでしょうか。

 しかし、そんなことを考えているのも束の間、銀髪の方の後ろから強烈な気配が現れます。

 静かに一歩一歩ゆっくりと。

 けして焦るような素振りはなく、力あるものの優雅とはかくあるべしという王者の風格。私も再度お迎えのための礼をするために向き直った時、その方の顔をまじまじと見てしまう。その瞬間、過去何百年と培った経験から、素早く居住まいを正し、深く腰を押し礼をする。

「いらっしゃいませ。パンドラズ・アクター様」

 そこには、背に届くまで伸びた金髪、慈愛に満ちているが同時に獣性を漂わせる黄金の瞳。精悍な顔つきに、軍人として均等の取れた立ち姿。記憶とは着用されている軍服のデザインこそ違いますが、雰囲気はそのまま、しいて言えば気配がまだ人間の枠内?

 しかし、条件反射のように対応してしまいましたが、よくよく考えればこんな場所にいるはずも無い御方であることを思い出します。それらを含めて謝罪をしようとした時、黄金の御仁は先に声をかけられた。

「どうやら卿は私を知っているようだが、あいにく私には覚えがない。また名も違うようだ」
「申し訳ございません。古く、もう会うことも無い御方に似ておられましたので。とんだご無礼をいたしました」
「良い。私に似た古い知り合いというものに興味が無いわけではないが、卿は我らが護るべき臣民である。過度に改まる必要はない。私の名はラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。また今日は軍人としての立場ではなく、一人の客として来たのだ」
「はい。かしこまりました」

 頭を切り替える。

 ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。その名はすぐに立場と紐づく。ゲシュタポの長官ですか……。そして皆様はその部下。なるほどブレンナー様を省けば荒事が得意そうですね。しかし、全員から個人差はありますが濃厚な魔力の香り。元からその香りを宿すシュべーゲリン様は別としたとしても、何かしらあるのでしょうか。

「ではこちらにどうぞ」

 私はハイドリヒ様を上座にご案内する。そしてベアトリス様に目配せをすると、空気を読んでいただけたのでしょう素早く動かれエレオノーレ様の背を押し、ハイドリヒ様のお隣に押し込む。もともと、このためのに場を設定されたということですので。

 上座が決まれば自然と席はきまるもの。女性陣は並んで席につき、シュべーゲリン様のお隣はエーレンブルグ様ですか。銀髪の方はいつのまにかハイドリヒ様のお隣ですか。
 
「最初の一杯はベアトリス様よりご注文いただいたイェヴァー・ピルスナーにございます。ドイツ北部、フリースラント地方の街イェヴァーで醸造されたものにございます」
  
 定番のイェヴァー・ピルスナーをついでまわり、全員にビールが行き渡ると、ベアトリス様が席を立ち司会をはじめる。

「不肖ベアトリス。今回の幹事を拝命いたしました。まずはじめに我らがハガルの君に一言と乾杯の音頭を頂きたいと思います。ハイドリヒ卿お願いします」
 
 促されたハイドリヒ様は、ごく自然に立ち上がると社交的な笑みを浮かべながら挨拶を綴る。

「准尉には正直驚かされたよ。私は卿らの全てを把握している。すくなくとも今もそう思っている。しかしこのような場では、また違う顔が見えるというのだ。ならばこのひとときは無礼講。故に私を楽しませよ。乾杯」
「「「乾杯」」」

 みなさんが勢いよくグラスを掲げる。

 しかし、その表情は若干引きつっておりますね。まあ上司がいきなり無礼講にするから俺を楽しませろと言えば、顔も引きつりましょう。それにハイドリヒ様の笑顔は、あえて表現するなら肉食獣が餌を見つけた時のような代物。本気の片鱗が伺えます。

 そんな状況であってもお酒を楽しく飲めるのがBARと自負しております。微力ではございますが、対応させていただきましょう。

 はじめに用意していた料理を素早くお配りします。

 アイスバイン、ほぐした鳥のササミを使ったサラダ、カットフルーツの盛り合わせ、ほうれん草とベーコンのキッシュ、食べやすいサイズにカットした大麦の黒パンにオリーブオイル。
 
 つぎに、辛味の強いもの、香りの強いもの、そしてプレーンの三種のソーセージを火に、筋切りし下味を付けた鳥のムネ肉を油に通します。店内には香ばしい香りがいっきに漂い、よりビールの味を引き立てることでしょう。そして素早く皿に盛りお出しする。

 ここまでで数分。

 皆様も、一気に料理が並ぶ様に驚いていただけたようです。

 さて、場を和ませるのもバーテンダーの務め。まずベアトリス様を見るといつもの様に、最初の一杯は一気飲みされているようです。そこでカウンターに入りベアトリス様にお声を掛けます。

「ベアトリス様。グラスが空いているようなので、一杯お任せいただいても?」
「えっ? あっおねがいします」
「では」

 バーテンダーがシェイカーを振る事は、パフォーマンスのようなもの。リズミカルな音、に振る姿。まるで魔法のように生み出される新しい味。それらを美味しいお酒の前座としてお客様に楽しんでいただくのだ。

 シェイカーをカウンターの前に蓋を開けて置きます。ベアトリス様をはじめ普段から来店される方々の顔をみれば、いつも通りにシェイカーを振る姿を想像されているのだろうことは簡単に読み取れます。
 
 ですが、今日ばかりは意表を突かせていただきましょう。

 私はアスバッハ・ブランデーの瓶を振り返りもせず後ろ手で掴むと手首のスナップだけで背中越しに投げ上げる。瓶は軽く回転しながら、私の頭上を飛び越え、体の前においた左手の元に。そしてキャッチすると、そのままジャグリングの要領で再度空中に浮かすを繰り返します。

 最初はアスバッハ。続いてアップル・ブランデー。スウィート・ベルモット。最後にアンゴスチュラ・ビターズ。

 四本の瓶が宙を舞う頃、今度は右手で空中に浮く瓶を一本抜いては、シェイカーに注ぎ元の位置に戻します。もともとカクテル用で置いているので、逆さにすれば中身が出てくるキャップを付けているという小技を使っています。

「すごい。空中を舞う瓶がどんどん器に注がれてる」
「てかバーテンダーのやつ、後ろ見てないよな」

 注ぎ終われば軽くシェイクしカクテルグラスへ。このあたりは無駄な演出を必要としません。ただただ正確に、無駄を省いて手を動かすことこそ、気が付けばカクテルが出来ているように見える秘訣です。
 
 そこには、薄いブラウンの輝く宝石が一つ。

「どうぞ。ジャージー・ライトニングです」
「バーテンダーにこんな技あったんだ」

 ベアトリス様は嬉しそうにカクテルを受け取られます。皆様の表情を確認すれば、パフォーマンスのかいあり先程までの硬い雰囲気はなくなったようです。

「バーテンダー。何時ものをロックで」
「かしこまりました。エーレンブルグ様」

 そういうと。今度はラベルの無い瓶を普通に取り出し、氷をアイスピックでカット。グラスに山崎の30年モノを注ぎ、お渡しします。

「あいつにはサービスして、俺にはそのまま渡すってか」

 エーレンブルグ様は、若干つまらなそうに受け取られる。私はそのお言葉に笑みを浮かべならが、定型句のように切り替えさせていただく。

「せっかくのウィスキーが泡立ってよろしければ、振り回しますが」
「じゃあ、しゃあねえか」

 エーレンブルグ様は、一定以上飲むと手酌派になりますのでボトルはそのまま横におかせていただきます。

 とはいえ、空気を凍らせた本人は悠然とビールを片手に、緩やかに流れるレコードに耳を傾けている。そこで、もう一手間。

 取り出したのは鴨の熟成ジビエをスライスしマリネ液に一晩漬け、オーブンで熱したもの。それを軽くフライパンで焼き目を付けたもの。そして肉汁の染み出したマリネ液に赤ワインとオレンジ一個分の果汁を加えたソース。

 私は一皿目をハイドリヒ様とヴィッテンブルグ様の間に置く。
 
鴨肉のステーキ オレンジ風味(Ente mit Orangen)になります。この料理はヴィッテンブルグ様が良く注文される一品です」
「そうですね。鴨の焼ける香りがジビエ特有の熟成香と合わさり食欲を掻き立て、ワインのソースを程よく吸った柔らかい肉は舌を楽しませ……と、申し訳ございません!」
「良い。鴨が好みと知っていたが、なるほど確かに。普段から生真面目で必要以上は口を開かぬ卿が長舌になるとはな。せっかくだ一ついただこうか」
「はっはい! どうぞ」

 どうやら上手くいったようですね。

 と、私がカウンターに戻り他の方々のお酒などを準備していると

「大尉。お皿ごと渡そうとしてどうするんですか。せめてナイフをつかってください」
「あっ。ああ、そうだな」

 見かねたベアトリス様はフォークを一本取りヴィッテンブルグ様にお渡しする。しかしヴィッテンブルグ様は顔を赤くしながら何を思われたのか、フォークで一切れ刺すと、そのままハイドリヒ様の口元に持っていくのだった。

 まあ、恋人や家族がやるならわかりますが。ヴィッテンブルグ様は本当にテンパってしまっているのでしょう、自分の行為がどう見えているのか全く気がついていないご様子。

 まわりの様子といいますと……。

 ブレンナー様はニコニコしながら、何も言わずに見ておられますね。

 シュべーゲリン様もニコニコというかニヤニヤしておりますが、背景に「まだ笑うな、まだ笑うんじゃない」という吹き出しと顔が新世界の神の顔に変わってますね。

 銀髪で背の小さい方は、ああソーセージを気に入っていただけましたか。はい。ほかの種類もありますがいかがですか? どうせならいろいろ食わせろと。わかりました。少々お待ち下さい。焼く、蒸す、煮る。いろいろお出ししますね。

 そしてもっとも派手なリアクションをしそうなエーレンブルグ様は、ああベアトリス様に後ろから羽交い締めにされ、口も塞がれてますね。なかなか楽しいワンシーンですので、もうちょっと楽しみたいという気持ちはわかります。あとでどうなっても関係ございませんよ。

 さて、そんな状況に全く気が付く素振りを見せない、初心な乙女のヴィッテンブルグ様。それに対してハイドリヒ様はというと。

「ふむ。たしかに美味いな。この店主の腕が良いのか、それとも卿が手ずから食べさせてくれたからかな」
「えっ、あっ……申し訳ありません」
「なに。私は無礼講と言ったのだ。何の問題もありはしない。なにより私は全てを愛している。ゆえに卿の行動もまた愛おしい」
「は……はい」

 幸せそうに真っ赤になりながらどんどん小さくなるヴィッテンブルグ様を他所に、正面突破し美味しそうに鴨を食べるハイドリヒ様。

 それにしても本当にパンドラズ・アクター様に似てますね。なんというかCV諏訪部はご褒美という謎の単語が見えますが。

「恥ずかしげもなく、こんな事できるなら。そりゃ~女は駄菓子でしょうよ」 
「ほんっとレベル高いわね。嫌味な程に」

 開放されたエーレンブルグ様とシュべーゲリン様が、ゲラゲラ笑いながら感想を漏らされます。その点については私も同意させていただきます。

 そしてやっと状況を飲み込めたヴィッテンブルグ様は、羞耻心から立ち上がろうとしますが、ブレンナー様がニコニコしながら抱きしめられてしまいます。

「はなせ! ブレンナー」
「せっかくの場なんだから、暴れちゃだめよ」
「あそこの二人をたたっ斬らねば、私は!」
「だ~め。ハイドリヒ卿も無礼講っていってらっしゃるんだから」
「しかし」

 気が付けば、開幕当初の緊張感は完全に無くなったようだ。

 私はバーテンダーとしての責務を果たすため、お酒と料理を携え、皆様の所を回りはじめるのでした。

 はい。ヴィッテンブルグ様はサーモンのソテーをご注文ですね。飲み物は黒ビールのシュバルツですか。かしこまりました。

******

 先程までの熱気とは裏腹に、宴の後というのは洗い物や掃除など泥臭い日常というものが残るもの。もう夜も遅いため、客も来ないだろうと思いつつ、ゆっくりと片付けを進めます。

 帰り際、ハイドリヒ様はおっしゃったこと。

「ほんの一時ではあるが、既知感に苛まれない時間を楽しむことができた。礼を言う。もっとも真に未知であったのか、日常に既知感が埋もれただけなのかはわからぬがね」
「もし本当に既知であったのならば、また楽しむことができた。未知であったなら良い出会いであった。そう考えてはいかがでしょう」
「面白い解釈だ。私と間違えた古い知り合いとやらも気になるからな。また寄らせてもらおうか」
「またのお越しをお待ちしております」

 既知感ですか。そういえば、パンドラズ・アクター様も同じようなことをおっしゃっておられましたね。ただアインズ様曰く、あれは中二病の至りだとのこと。

 実際の世の中わかりません。

 私のように転生による既知感を持つものもいるのですから、人生そのものを既知感に苛まれている人がいるかもしれません。 

 そんな事をつらつらと考えながら皿を洗っていくと、カランカランと店の扉が開く鐘の音が鳴り響きました。

 私は顔を出入り口に向けるとそこには影法師のような男性が一人立っておられました。

 必ずそこに存在する。視覚ではそう捉えていますが、その存在感が大きすぎる故か、まるでそこに人がいないように感じられる存在。こんな人物は、少なくともこの世界では一人しか知りません。

「いらっしゃいませ。叔父さん(・・・・)。店に来られるとはめずらしいですね」

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第七話

感想欄の一体感
それが私の力となります



 その日も今日と同じように雪が降っていました。

 周りには立ち並ぶ十字架。その上には時の経過を示すように降り積もる雪。多くの知人が集まり花を手向け、口々に思い出を語り、死を惜しむ。

 ベルリン郊外の墓地。

 今日、私の両親が埋葬された場所。

 第一次世界大戦がようやく終わったが、多額の賠償金にあえぐ今生の母国ドイツ。それでも生き残った者達は手を取り合い、懸命に生きていました。

 そんなベルリンで長く続く場末の小さなBAR。父親は生来明るい人柄で、人が喜ぶのを見ることが大好きな人でした。その意味ではBARの仕事も天職だったのでしょう。加えて第一次世界大戦の折りも、志願兵として従軍しながらも生きて帰って来れたのだから、運にも恵まれた人だったのかもしれません。

 逆に母親は父親さえ居ればソレで良いという人でした。父親がBARを愛しているから自分も愛す。父親が戦場に向かっても帰ってくる場を守って欲しいという言葉を頼りに、明るく振舞い店を切り盛りする。良い意味で父親を愛し、悪い意味で依存していた存在でした。それでも、家族として十二分に愛してくれたことには感謝しかありません。たとえ父親の息子というカテゴリであったとしても、転生という怪しい経歴と知識を持つ私を息子として愛してくれたのですから。

 しかし、父親が急死した時、全ては終わりました。

 死因は心不全。夜半の仕事中に胸の痛みを訴えたので、とりあえず朝になったら医者に見て貰おうと話をしていたが、朝にはすでに冷たくなっていました。

 その事実を受け止めることができなかった母親は、その夜に後を追いました。

 もし自分が普通の十代半ばの人間であればどうだったか。世情もあり絶望していたのだろうか。それとも奮起して新たな人生を歩みだしたのだろうか。ただ流されるまま現実を受け入れたのだろうか。
 
 しかし、自己の認識では数百年におよぶ思い出が、多くの出会いと別れの記憶が、死を司るオーバーロードに仕えた経験が……。

――死は万人に与えられるモノ

 という認識を産んでしまったのでしょう。そのため、肉親の死に悲しみを覚えることができず、有るかわからぬ冥福を祈ることしかできませんでした。

 そんな時に現れたのが、叔父と名乗る黒服に身を包んだ怪しげな男性でした。
 

1941年1月1日 ベルリン 冬

 朝から降り出した雪は、年の瀬のベルリンを白く染め上げる。世界は一色に染まっていく中、多くの人の祝と祈り、新年がはじまる。

 予約されたお客様による忘年会もつつがなく終わり、後片付けに取り掛かっていると、叔父がふらり来店された。柱時計を見ればちょうど年が明けた頃でした。

「いらっしゃいませ。叔父さん。店に来られるとはめずらしいですね」
「ああ、ついこの間来たような気がしていたのだがね」
「ほぼ一年振りですね。カウンターへどうぞ。何か出しますよ」
「そうか。時が経つのは早いものだ」

 黒い長髪は濡れた鴉の羽のような艶を持ち、無駄な肉など無く、姿勢の良い長身が着こなす質の良い黒コートとスーツ。その顔は百人に聞けば八十人以上は美しいと答える造形。妖しく輝く黒い瞳は、見るもの惑わす。

 それらの美点を打ち砕く、他者を嘲るような微笑と芝居がかった語り口。そんな叔父、カール・クラフトが促されるままにカウンター席に座る。

 私は叔父が座るのを確認すると、耐熱グラスをカウンターに置き、手を翳します。すると虚空から温かいワインが溢れ出し、グラスを満たす。

 端から見れば、水をワインに変えた聖者の奇跡に匹敵する事象であるが、叔父はそのグラスを当たり前のように受け取ると、香りと味を楽しみ、そして冷えた体を溶かすように少しずつグラスを傾ける。

「去年はたしか軍に捕まってましたっけ? 今年はどうでした」
「収監されていた過去を気にせず、今年の心配かね?」
「叔父さんは詐欺師ではないですか。たとえ収監されてもどうとでもなるでしょ」

 普段お客様にはしない口調で話しながら、私はピザ生地を取り出します。

 小ぶりの円形に整えたピザ生地にピザソースを塗り、サラミとカットしたオリーブオイル、そしてフレッシュトマトを多めに乗せ、オーブンに放り込みます。

「今は宣伝省に席を置いている。お前も感じているだろうがこの国は長くない。終焉の時まで過ごす仮初の役目を得たに過ぎぬな」
「それでも職は大事ですよ。日々の糧を得るために労働を対価に差し出さなければ」
「その重要と説く労働を伴わず、魔力の消費さえもほとんどない神の奇跡に等しき能力を見せながら説く重要性か。なんとも薄いものではないかな」

 そう。この人は、私が転生の記憶を持つこと、加えて記憶された液体を生成する能力のことを知っています。その上でこのような、口喧嘩をしているようなやり取りですが、それこそこの人との距離感を掴む事ができないコミュ障にして、頭が常温で愉快に沸騰している叔父との数少ないコミュニケーション方法なのですからしょうがありません。

 オーブンの中を見れば、ピザ生地が膨らみ、フレッシュトマトが熱でその形を変えるところでした。徐々にピザソースとサーモンの焼ける香りがオーブンから漏れ出してきます。

「そういえば、今日ハイドリヒ様とお会いました。この街でも珍しい魔力の気配をお持ちの方と思っておりましたが、叔父さんに会って思い出しましたよ。あの方から漂う魔力の香りの原典は貴方ですね」
「おお、我が友と会ったのか」
「叔父さんに友人なんて居たんですか?」
「もちろんいるぞ。お前は私を何だと思っているのだね」

 詐欺師にしてボッチのニートと頭に浮かびますが口には出さず、かわりに焼きあがったばかりのピザをカットしてカウンターに置きます。

「コミュニケーションを取ることができない詐欺師。ただし優秀な魔術師でもあるといったところでしょうか」
「そのような口を利けるのはお前だけだぞ」

 叔父が私の秘密を知っている様に、私もある程度ですが叔父の秘密を聞かされています。複数の名を持ち、幾多の時代に介入した魔術師。無限の時を生きるこの世界の怪物。

 私の尺度で言えば、アインズ様のような魔神。

 もっとも人の身で山の麓から山の大きさを推し量ろうと見上げても、雲の上は見えず真の意味でその巨大さを知ることはできないように、本当の意味で叔父の高みというのは理解することはできていませんが。

 どちらにしろ叔父という存在の前に、私など木っ端に等しい存在でしょう。

 しかし叔父という存在を知った上で、私という存在を考えれば、どちらが因でどちらが果か理解することができます。無駄なモノ、目的も無いものを生み出すほど神という存在は暇ではない。なぜなら神とは特定の結末を迎えるための舞台装置にすぎないのですから。 

「次の飲み物はどうしますか? 都合半世紀以上未来の飲み物でもいいですし、推定異界の飲み物もだせますよ」
「次は任せようか。どのようなものもその存在は既知だが、今という時間軸においては未知である。その積み重ねの先に真の未知を見つけることができるかもしれぬからな」

 先程出したのはショートサイズのピザでしたから、グラスを取出すと、ほどよく冷えたエビスプレミアム・モルツを注ぎ渡します。黄金色の液体と、白い雲のような泡の組み合わせ。比率には諸説がありますが、それでも、この色合と音が旨さを感じさせます。

「そういえばハイドリヒ様も似たようなことを言っておられましたね。たしか既知と感じなかったとか」
「獣殿にとって、今の世界線におけるこの店の因果は未知だからな。そう感じるのも当然といえよう」

 まあ、そのへんの話は私にはよくわからりません。加えて、ろくな説明もされていない事から知る必要の無い情報なのでしょう。

「ハイドリヒ様は獣殿ですか。確か社交界では黄金の君などと呼ばれていたようですが」
「我が友の本質は愛と闘争。故に黄金の獣と呼ばれるようになるのだよ」
「それは、叔父さんにしては珍しく良いネーミングセンスですね」

 黄金の獣。

 その呼び名はパンドラズ・アクター様の通称の一つ。そして時々ですがパンドラズ・アクター様はドイツ語を喋ってらっしゃいました。

 時系列を考えれば、アインズ様が過去の記録として残っていたハイドリヒ様を参考に、パンドラズ・アクター様を生み出されたのでしょうか。そう考えると、この世界線の先に荒廃した地球があり、企業支配の末に生み出されたデストピアがあるのかもしれません。

「未知であろうと既知であろうと、お客様が楽しんでいただくことが私の喜びですからね」
「お前は、お前自身の望む通りに行動すればそれで良い。その総ては女神に捧げる首飾りを生み出す儀式の一端となるのだから」 
 
 女神ですか。

 何度も名の出る存在ですが、すくなくともこの時間軸に存在する人ではないのでしょう。はるか未来に生まれる存在なのか。それとも過去の人物なのか。神に見初められた時点で、不幸な存在かもしれませんね。

「本日お越しいただいたハイドリヒ様とその部下の皆様ですが、私と接触して大丈夫なのですか?」

 私は暗に、叔父の計画の邪魔にならないかと質問します。どう見てもあの方々はそう遠くない未来に魔法的儀式を行うことでしょう。魔力の充実がそれを物語っておられました。しかし魔術の基本は等価交換。触媒や魔力で支払える範囲なら良いが、それを超える力を持とうとすれば、それ相応のモノを対価として支払うこととなります。

 なにより、緻密な準備を必要とするのに、私のような存在がかき回してしまうことによる失敗や悪影響を気にしたからだ。

「なに、もしそれで失敗、別の道を選択することになるなら、それでもよい」
「そうですか。さて、まだお腹は空いてますか? もし空きがあるなら、そうですね良いサーモンがあるので、パスタなんてどうです? 飲みのものは……」
エゴン(Egon)ミュラー=シャルツホーフ(Müller-Scharzhof Scharzhofberger) リースリング(Riesling)トロッケンベーレンアウスレーゼ(Trockenbeerenauslese)を。年代は任せようか」
「これみよがしに一万マルクは超えるモノ」
「出せないのかね?」

 叔父はまるで挑発するように問いかける。いや事実、挑発しているのでしょう。

「出せますよ」

 素っ気無く私は答えると、ドイツの至宝とも呼べる貴腐ワインを惜しげもなくワイングラスに注ぎます。

 本当にこの能力は経済の敵であり職人の研鑽に対する冒涜ですね。日本円にすれば一本数十万。年代によっては百万を超えるものが一瞬で産みだされるのですから。

 ワインを片手に、珍しく上機嫌な叔父。その姿を横目に料理をはじめます。パスタなので、けして時間のかかるものでも、手間のかかるものでもありません。それこそパスタを茹で上げると同時に、スライスしたサーモン、ブラックオリーブ、バジルペーストをゆで汁をフライパンでまぜ、パスタと絡めれば完成です。

「サーモンとオリーブのグリーンパスタです」

 叔父はワインを置くと、サーモンと一緒にパスタを一口。そしてオリーブを一口。その仕草は普段の胡散臭い演技など微塵も感じられず、優雅に動く手と唇の動きは、見るものを魅了する貴人の礼法を感じさせます。 
 普段からの行動と口調、そして表情が、香り立つ程の美貌を損ねていることに、叔父は気がついていない。もっともそれらを止めたら叔父と言えなくなるような気がしなくもありませんが。

「過酷な大海より舞い戻ったサーモンの凝縮された旨味と太陽の光を存分に浴びたブラックオリーブの熟成され苦味。どちらも単体で十分な味を示すが、このワインの格には足りぬな。しかし、二つを合わせ、絶妙な香料でつなぎ合わせたパスタであれば……」
「褒めていただけるのは嬉しいが、叔父さんが単純にパスタ好きなだけでしょ」
「たとえそうであっても、言葉にせねば観客には伝わらぬ。そういうものだぞ」

 両親が死んだ時、私はまだ十代半ばでした。その年でこの店を継ぐには早すぎたため、この叔父はほぼ置物ではあったが、この店のオーナー兼後見人となっていました。 

 好きな時に姿を消し、好きな時に戻ってくる。なにも気が向かず用事も無ければ、日がな一日BARに引きこもる。

 その時気が付いたことですが、この叔父はあまりに食というものに頓着しない人間でした。たとえ既知であろうと、経験し繰り返さねば身につかない。そんなことでは話に聞く女神をエスコートさえできないと、マナーにはじまり、食のイロハを叩き込みました。

 その結果はさて置き、この人のおかげでこの店を残すことができ、今では私が継ぐこともできたのだ。

「そういえばまだ挨拶をしてませんでしたね」
「何をだね」

 私は叔父と同じものを注いだワイングラスを持ちあげる。

「Frohes Neues Jahr」

 叔父は無言であったが二つのグラスが触れる静かな音が、ちょうどレコードが止まったBARに広がるのでした。





Frohes Neues Jahr:ドイツ語のあけましておめでとう


何クラフト氏のセリフにある通り、
三つ巴どころか本編時空前の世界線でした。

あと2・3話かな


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