騎士王さんとアーチャーの話 (ミドリムシ師)
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嘗ての記憶と今の日常

セイバーさんが夢を見る視点から


夢を見ている

 

誰かの為に成りたかったのに、何もかも取り零した男の夢

 

 

 

その男は初めから壊れていた

幼き時に日常(幸せ)を踏み潰され、地獄を見せつけられた

身を焦がす熱の中、助けを請われても、燃え上がりのたうち廻って死んでいく人を見ても、何一つ出来ることはなかった

 

生きる為に目を閉じることも許されず、呼吸をすれば灰と悪臭が体を満たした。見渡す限りの炎が地獄を広げていく中で、自分(感情)を殺し続け、ただ歩き続けるしかなかった

 

 

一般人に、ましてや子供にそんなモノが耐えられるはずもない

 

そうして人間にとって一番大事な”心”が消えてしまった

 

 

 

残ったモノは、助けられた時に誰かが見せた幸せそうな顔の記憶と、自分だけが助かってしまったという罪悪感だけ。

 

だからこそ、その誰かに憧れた

ーーーーーーーーそれしか、なかった

 

助けられて、嬉しくて、涙が出て

 

空っぽの心にその感情しか浮かばなかった

 

 

ーーーー次があるなら、助けられなかった人達の代わりに全てを助けなければ

 

 

その想いだけを胸に彼は生き続けた

 

 

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

 

 

 

「ーーーーーーん、」

 

起床し、背筋を伸ばす

金彩の髪が汗をかいた肌に張り付き、捲れた衣類からチラリとヘソが覗く

 

 

ーーーー健全な男子が見れば(というか隣の部屋にいる少年が)暫くは悶々とした日々を送り強烈な自責の念に駆られてしまうその姿を何の気なしにしているのは、あの伝説の騎士王と名高いサーバント・セイバー、もといアルトリア

 

 

 

ここは冬木の町にある武家屋敷の一間。聖杯戦争に呼ばれた彼女はマスター衛宮士郎と激烈な戦いを勝ち抜き、その聖杯(妄念)に終止符を打った

(ような気がする)のだがーーーー

 

 

 

何故か、わりと平和な日々をここで過ごしている。その事に若干の違和感を感じてはいるが、あまり考えないようにしている。

 

 

他のサーヴァントも健在で、主人に仕える者、趣味に生きる者、マスターと結ばれる者等案外幸せ(?)に生きている

 

 

 

アーチャーは余り見かけないが凛の話によれば冬木の街を見回り、(本人曰く)”ついで”に困る人を見つけては誰彼構わず助けているらしい

 

街中で彼を見かけたシロウと凛は思わずギョッとしたが困った様子の迷子に対し猫毛まみれで紳士に振る舞うアーチャーを見て噴き出したそうな

 

 

…決してアーチャーの善意を笑ったわけではないが、普段たまに姿を見せては衛宮士郎を鼻で笑い、軽くあしらいカッコつけて立ち去る彼を見ていたのだからしょうがないだろう

 

 

因みに迷子は三人で協力して親を探し、無事に保護されたらしい

 

 

 

 

 

「ーーーーふふっ」

 

 

思わずその平和な姿を想像して、思い出し笑いをしてしまった

 

 

 

 

セイバー自体平穏な時間が嫌いなわけでは無い

生死を掛けた戦いに高揚感があることは認めるが、決してそれ目的の為ではなかった

 

 

寧ろ平和の為に、誰に理解されなくても、皆の幸せの為に戦いに身を投じた

 

 

 

ーーーー喪ったものは巨大で、果てしない

失敗したこともあった

だが、目指したものは間違いではなかった

ただ結末が望んだものとは違っただけ

悔いしか残らなかったとしても

その果てに、多くの理想を果たせたのならーー

 

 

 

 

「ーーっと、何時までも感傷に浸っていてはいけませんね。今を生きている者としてやるべき事をやらねば」

 

 

そう言って立ち上がろうとして自分が普段かきもしない汗を流している事に気がついて

 

 

「確か、夢を見ていたようなーー」

 

 

 

 

 

地獄を思い出した




次回は…2.3ヶ月後かも


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嘗ての記憶と今の日常 2

なかなかエミヤさんが出ませんね…申し訳ないです
次回はちゃんと登場するので暫しお待ちを。




「あれは、シロウの…」

 

 

 

そう、セイバーはあの夢の正体を知っている

 

 

マスターである衛宮士郎の凄惨な過去であり、まさにエミヤシロウが誕生した地獄。

 

 

自分という何者にも変え難い天秤を無くし、誰かを助ける為には己がどうなっても構わない。彼のその歪とも言える生き方を決定付けた事件。

 

 

セイバー自身もその在り方を目の当たりにし、何度もマスターと口論になりぶつかり合った

 

 

 

 

ーーけれど、セイバーはそれを尊いと思った

 

自らの信念に誓いを立て、どんな困難が訪れようと決して折れず、曲がらず立ち向かう剣の様な在り方に胸を打たれた。

 

セイバーだけではない

その優しさに多くの人が救われているのだ

 

 

 

 

「…しかし、何故今になって彼の夢をーー」

 

 

見たのだろうかと考えて妙な悪寒がした

 

いつもとは何かが違う朝。体が熱い。まるで死の淵に立っている様に鼓動が速まっていく。それに先ほどから込み上げてくる吐き気は何処かで感じたことがあるようなーーーー

 

汗を拭い、一体何が起こっているのだろうと思考を巡らせると

 

 

 

 

 

ぐうぅぅぅ

 

と獲物を探す獅子のように力強く、なんとなく虚しい音が部屋に響いた

 

 

「ーーーーーーあ」

 

 

そう、いつもなら衛宮士郎が朝食の支度を始め、良い香りが気持ちの良い目覚めをもたらしてくれるのだがそれが無い

 

それどころか襖を隔てた隣の部屋からマスターの気配を感じている。

 

 

 

ーーーーもしや、昨日の鍛錬が響いているのでしょうか…

 

 

思わぬ型で食欲に助けられた事も含め、顔をひきつらせるセイバーには一つ思い当たる節があった

 

 

 

 

ーーー聖杯戦争が終わった後も、士郎はセイバーに手合わせをお願いしていた

 

 

そして昨夜、日々強くなる士郎との試合が盛り上がり、つい力が入った一撃がマスターをダウンさせてしまった

 

 

その時はなんとか回復していたが、もしかしたらダメージがまだ残っているのかもしれない

 

 

「ーーーーシロウ、起きてますか」

 

襖越しに話しかけてみたが返事は無かった

 

 

 

 

「ーーーーーーーシロウ?」

 

 

 

意を決し、襖を開けると

そこには

 

 

 

 

 

「ーーーーッ!?ーーーシロウッ!!」

 

 

 

 

全身を剣で貫かれ、血の海に沈んだ少年の姿があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー以下オマケーーーーー

 

ここは道場

 

年端もいかぬ若い男女が、竹刀を手に打ち合っている

 

 

…文面だけを見るとまるで少年が少女に稽古をつけている様にも思えるが、そんな甘い青春が繰り広げられているわけではない

 

 

 

少年の振るう竹刀は空気を切り裂き、遠に常人の認識を超える速さと鋭さで振るわれていた。

それをいなす少女の太刀筋は音速を越えんばかりの速さと精密さ、正面から軽々と少年の全力の一刀を受け止める力強さがあった

 

 

 

「よくよく私の動きを研究している様ですが、決して戦い方は一つだけではありません。闘いの中では常に想定外を考え、柔軟に動けなければいけませんよ」

 

清流の様な落ち着いた声が金彩の少女から発せられる

 

その手にある竹刀の先端は少年の喉を捉えていた

 

「参ったな…今のは自信があったんだけど…セイバーにはまだまだ一本取れそうに無いよ」

 

息を切らし、全身から汗を流す少年が残念そうに答える

 

 

「当然です!全く、シロウはサーヴァントを甘く見過ぎなのです!…ですが、日々確実に動きは良くなっています。今はまだ実戦が圧倒的に足りませんが、経験を重ねればいずれ彼に近づけるかもしれません」

 

その言葉に少年の顔付きが変わった

 

「そう、か…そうだな。よし、最後にもう一本お願いできるか、セイバー」

 

 

「はい、もちろん!」

 

ーーー彼とは無論アーチャーのことである

 

 

 

 

 

士郎との稽古のレベルは非常に高いものだ

 

出会った頃とは比べ物にならぬほど戦士として力を付けている士郎を鍛えるのは、教える側のセイバーとしても楽しく、喜ばしいものだった

 

 

 

あの頼りなかった少年が、サーヴァントであるセイバーと、本気では無いとはいえまともに打ち合えているのだ

 

 

…だから、つい竹刀を握る手に力が入ってしまった

 

 

バチコーンッ!!

と綺麗に弧を描き、カウンター気味にマスターの顔面に吸い込まれていったソレは、その衝撃に耐えきれず根元から折れた。

ついでに士郎も膝から折れた。

 

 

 

「ーーーーも、申し訳ございませんシロウ!怪我はありませんか!?」

 

無いわけなかった

 

 

当の本人は額に汗を滲ませ、なんとか笑顔を作り

「…大丈夫だよセイバー、星が…星が見えたんだスター…」

 

意味不明な言葉を残しダウンしてしまった

 

 

…自らの手によって沈めてしまったマスターを介抱するセイバーの困り果てた後ろ姿は哀愁に満ちていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっく、未熟者め…」

大人気ない誰かはその様子を隠れ見て、大いに笑っていた




オマケはここに入れたかったのですが文字数の関係で本文中に入れる羽目に…
見づらくて申し訳ないです


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その体はきっと、

ようやくアーチャーさん登場です
先は長いですね〜



「…で、朝起きたら士郎が倒れてたってわけ?」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

早朝、屋敷中に少女の悲痛な叫びが響き何事かと駆けつけた遠坂凛が見たものは、体を無数の剣で貫かれ、血を撒き散らし虫の息となった衛宮士郎と、泣き出しそうな顔で彼を抱え、必死に呼びかけるセイバーの姿であった。

 

 

 

 

現在、ひとまず士郎を出来るだけ負担が少ないような体勢で寝かせ、少しでも回復を見込んでセイバーに彼の手を握ってもらっている状態だ。

 

 

 

なにせ未だに剣は残ったままで、今もギチギチと音を立て蠢いているのだ。

 

 

 

当然彼の顔色は良くない。鞘の力があるにも関わらず徐々に悪くなっていく一方だ。意識も戻らず、全身に汗と血を滲ませ、時折ビクリと跳ねては苦悶に満ちた声を漏らしているその姿は、見ているだけで痛々しい。

 

 

 

 

「今日は桜が不在でよかったわ。士郎のこんな姿を見たら取り乱しかねないもの」

 

 

 

様々なやり方で士郎の体を診てみたが、あまり得られるものはなかった。立っていても落ち着かないので士郎を挟む形でセイバーと向かい合って座る。

 

 

 

「一体シロウに何が起きたのでしょうか…?」

 

 

 

心配そうに彼を見つめるセイバーにいつもの覇気はない。その瞳は、不安と後悔の色に染まっていた

 

 

 

「分からないわ。分かるのは士郎の魔術回路が暴走しているってことと、これらの剣が全て内側から出ている(・・・・・・・・)ってと。それにあまり時間の猶予は無いということだけよ。」

 

 

 

 

それより、と付け加え

 

 

「貴女ががそんな顔をしてどうするのよ。セイバーには何の責任もないわ。…貴女の力がシロウの命を繋いでいるのだから、しゃんとしなさい。」

 

 

その言葉にセイバーはハッと顔を上げる

 

 

 

ーーーセイバーにとって彼は文字通り剣と成り、守ると誓った大切な人だ。きっと、最も近くに居ながら彼の異変に早く気がつかなかった自分を責めているのだろう。

 

 

 

けれど、だからこそ分かることもある

 

 

 

「セイバーが何も感じなかったということは誰かが侵入して士郎を攻撃した可能性は少ないはずよ。私はついさっきまで徹夜で研究してたからキャスターによる遠隔魔術って線もないと思う。」

 

 

 

そう、セイバーならば隣の士郎の部屋に誰が入った地点で直ぐに臨戦態勢になるはずなのだ。

 

以前、士郎にイタズラしようとしたライダーが大変な目にあっていたのは記憶に新しい

 

 

 

 

…一番大変だったのは、夜中起きてみたら目の前で二人の怪力サーヴァントが狭い部屋で暴れまわる恐怖と、破壊された屋敷を直す苦労を味わった家主なのだろうがーーー

 

 

閑話休題。

 

 

 

「では、アサシンはどうでしょうか?ハサンであれば気配遮断のスキルで忍び込み、何らかの毒物をシロウに与えた可能性も…」

 

 

 

セイバーが言うことは正しい

もはやこの屋敷で誰にも気づかれず侵入し、あまつさえ衛宮士郎に攻撃できる人物は彼くらいしかいない…のだが

 

 

 

「間桐臓硯がいない今、彼が士郎を狙う理由が無いわ。感情で個人に攻撃するようなヤツでもないし、慎二も桜が怖くてそんなこと命令できないでしょ。それに一応昨晩はアーチャーが見張りをーーーー」

 

 

していたのだから。と言いかけて凛の顔が固まった

 

 

 

「ーーーーーーーー凛?」

 

 

突如言葉を失い、動揺している彼女を不思議に思い声をかける

 

 

 

「…ごめん、少し出かけてくる。士郎をよろしくね。」

 

 

「凛、どこへ行くのです?」

 

 

強張り、先程までとは顔付きが違う凛に、思わず立ち上がりそうになる。

…セイバーには何故か、彼女が泣いているように見えたのだ。

 

 

 

「ちょっとあのバカを探しにね。全く、契約切ったせいでいちいち街中探さないといけないコッチの身にもなれっての…ッ」

 

 

さっさと身支度を済ませ、部屋から出て行った凛をセイバーは見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

赤いコートを纏い、肩で風を切る彼女の顔は険しい。遠坂凛の本性を知らない学友が見れば、良く似た別人なのではないかと思ってしまえるほどにその眼光は鋭かった。

 

 

ひときわ高いビル、鉄橋の上、見渡しが良い場所、セール中のスーパー、港の釣りスポット…

 

彼がいそうな場所はあらかた探したが手がかりはなかった。

 

 

「ーーーーーーーはぁ…」

 

 

怒りで興奮した頭を冷やすために立ち寄った公園のベンチに座る。

 

 

 

「全く、何処にいるってのよ」

思わず空を見上げ、ぼやく。

 

 

 

凛はあの士郎の姿を見たときから妙な既視感を抱き、頭のどこかで引っかかっていたのだ。

 

 

そしてセイバーと話していて思い出した

 

 

「ーーーーッ!」

 

思い出して、また血が頭に上ってしまう。

 

 

 

 

 

 

串刺しにされ、無数の剣を背負う彼はーー

 

 

「あれは…!あの姿はまるで…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーいつか夢に見た、少年の成れの果て(理想の姿)のようではないか

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

 

 

そのころ衛宮家

 

 

一人残されたセイバーは動くこともできず、刻一刻と弱まっていくマスターの手を握り、その様子を見ることしかできずにいた。

 

 

「ーーー私は、無力ですね」

 

 

つい弱気になって独り言を言ってしまう。

 

そこへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事はない。ーーーー衛宮士郎は…お前に救われている。」

 

 

 

赤い外套に身を包んだサーヴァントが現れた

 



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