吉良吉影はくじけない (暗殺 中毒)
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吉良吉影はくじけない 設定解説

以下の全文に目を通し、了承の上でお読みください。
東方を知っている人は東方キャラの項目は読み飛ばして問題ありません。


「至って普通の外来人 川尻浩作」

本名は吉良吉影。川尻浩作としての社会的証明を持ち、また高い知能と才能を持つ。しかしその能力を見せびらかすことは決してせず、自らが目立つことも好まない。一位を獲る実力があるにも関わらず手を抜き常に三位に甘んじていることからも、その能力の高さが伺える。白いスーツと高い背、柔らかな物腰などエリートの様な雰囲気を持ち、同時に何を考えているのか分からないミステリアスさを持つ。運動不足気味ではあるが身体能力は高く、一般成人男性よりも圧倒的にタフ。

 

「キラークイーン」

パワーA スピードB 射程距離D 精密動作性B 成長性A

触れた物を爆弾に変える能力を持つスタンド。第二の爆弾シアーハートアタック、第三の爆弾バイツァ・ダストなど多様な攻撃手段を持つ。パワーはクレイジーダイヤモンドと互角だがスピードで劣る。その姿はスタンド使いにしか見えず、臭いも温度も無い。またスタンド攻撃以外はすり抜けるがキラークイーンの攻撃は妖怪にとっても致命傷となる。クレイジーダイヤモンドも同じ特性を持つ。パンチの速さは劇中描写とクレイジーダイヤモンドとの比較で推定時速約1080キロ。秒速300m/s。自我を持つ。

 

「世界一優しい不良高校生 東方 仗助」

ぶどうヶ丘高校一年生で、見た目に反して普段は明るく心優しい青年。髪型を(けな)されることを嫌い、貶された瞬間に相手が誰であろうと容赦せず殴りかかる。父親ジョセフ譲りの柔軟な発想力と頭の回転の速さを持ち、それにより吉良に“最も危険視すべきスタンド使い”と言わしめさせた。

 

「クレイジーダイヤモンド」

パワーA スピードA 射程距離D 精密動作性B 成長性C

触れた物を治す能力を持つスタンド。最高位のパワーとスピードを両立しており、そのスピードでキラークイーンを翻弄した。至近距離で発射された拳銃弾をつまみ取る程のスピードを持ち、つまり拳銃弾以上のスピードで腕を動かせることになる。一般的な9mm弾の銃口初速が秒速380m/s、時速に直すと時速1381キロ。この為クレイジーダイヤモンドのパンチのスピードは実にマッハ1以上。グレート。

 

「星を見る少女 霧雨 魔理沙」

魔法の森に一人で住んでいた人間の魔法使い。霧雨魔法店という便利屋をやっているが、家主がほぼ留守であり人間も妖怪も近寄らない場所にある為来客は無い。実家とは絶縁状態にあるらしい。川尻浩作に興味がある様子。実は何でメインヒロインにしたのか覚えていない。

 

「八雲 藍」

スキマ妖怪、八雲紫の式神である九尾の狐。妖怪の種族としては最高位に位置し、主人が紫であることも手伝い喧嘩を売る者はそういない。また物腰も柔らかく人里にも度々訪れるので目立った敵対者も存在しない。しかしその実力故に他者を見下した言動もとり、式神としての本質を忘れ主人に断らず戦い始めることもある。狐かわいい。

 

「スタンド」

精神エネルギーが作り出すパワーある(ヴィジョン)。幻想郷内にも何名かその存在を知っている者はいるが、直接戦ったことがある者はおらず、その為危険性は未知数。スタンドはスタンド使いにしか見えず、それは幻想郷においても同じ。パワーAのスタンドはパンチで妖怪の体すら貫くことが出来、見えないことも合わさり非常に危険。しかし本体を守らなければならないことや、物量押しに弱いといった弱点も持つ。

 

「星」

ジョースター家の象徴であり、タロットカードの大アルカナ17番目のカード。タロットとしての象徴は可能性。正位置の意味は勇気、ひらめき、願いの成就(じょうじゅ)。逆位置の意味は失望、無気力、高望み、見損ない。この物語でも大きな意味を持つ言葉。

 

ジョースター家は星を見る。それは夜空に輝く小さな光を見ること。夜が明ければすぐに見えなくなってしまう(はかな)い光を、暗闇の中で見つけ出すこと。それは可能性を見ることに他ならない。星の下に生まれた全ての者に星の輝きを。例えどれだけ暗くとも、星は必ず輝き続ける。

 

「速度一覧」

クレイジーダイヤモンド 時速1381キロ

キラークイーン 時速1080キロ

射命丸 文 時速1200キロ

鴉天狗 時速1000キロ

天狗や吸血鬼 時速820キロ

人間 時速40キロ



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another one bites the dust

東方についてはにわかなので、調べながら書いています。間違いがあったら指摘お願いします。


「スイッチを押させるなァーッ!」

「いいや! 限界だッ! 押すね! 今だ!」

 

吉良が右手でスイッチを入れようとした瞬間、突如(とつじょ)その手は地面に叩きつけられた。重い、持ち上がらない。スイッチを押せない。

 

「3freeze! 射程距離5メートルに到達しました!」

 

エコーズACT3がそう告げる。それを見た吉良は強い絶望を、怒りを感じながら叫ぶ。

 

「この……クソカスどもがァーッ!」

「スタープラチナ・ザ・ワールド!」

 

次の瞬間、吉良はスレッジハンマーで殴りつけられた様な痛みと共に宙を舞う。そして骨を砕かれた右手。スイッチを押せない。その現実が地に激突すると共に襲いかかる。そこにあったのは、怒りすら通り越した深い絶望、生きたいという執念。

 

「押して……やる……押して……やるぞ、バイツァ・ダストは……作動するんだ……」

 

スタンドは自我を持たない。それがスタンド使い共通の認識。しかしエコーズの様な例外も存在する。そう、例外も存在する。

 

「おい、止まれ、止まれー! そこに誰か倒れてるぞ!」

 

倒れ動けない吉良に救急車が近づく。誰もが轢かれると思った。承太郎や早人でさえ。だから仗助だけだった。キラークイーンが、起き上がったことに気づいたのは。

 

「吉良吉影ーッ!」

 

仗助はクレイジーダイヤモンドに自身を投げさせ、吉良に……キラークイーンに接近する。その光景はまるで吉良を救いに行ったかの様に写っただろう。

 

仗助と共に襲来したクレイジーダイヤモンドは拳を振りかざす。だがもう遅い。キラークイーンはスイッチを、押した。

 

 

 

気がつくとそこは、鬱蒼(うっそう)とした森の中だった。血は出ていない、スーツも汚れた形跡は無い。時計を取り出して見れば、時刻は八時少し前。あの東方仗助と戦ったのが八時半過ぎ、確かにバイツァ・ダストは作動している。しかし…………

 

「ここは、どこだというのだ……?」

 

私は森に入った記憶など無い、平穏を愛するこの私が自ら森に入るなど、逃げ込んだ敵を仕留める時だけだ。それにしても、杜王町に森などあっただろうか? とりあえずは、山の上に見える神社を目指すとしよう。そこに行けば人に会える筈だ。

 

ここは森の中の獣道か。もしかすると今目指している神社にこの森の管理者がいるかもしれない。この場所のことはそこで聞けばいいだろう。こんな場所にいて獣に襲われでもしたら大変だ、早く移動しなくては。

 

暫く道なりに進み神社を目指していた私は思わず空を見上げた。空は澄み渡り暖かい日差しが私を照らす。しかしそれは今の私にとって皮肉の様に感じられた。目測でも百段は優に超える石階段。登り切るまでどれだけかかるのか。

 

背に腹は変えられない。そう考えた私は石階段を登って行く。今時手すりすらないとは、いささか不親切なんじゃあないのかね? それともここは修行僧の為の施設だとでも言うのか?

 

足を止め上を見れば、石階段はまだ続いている。これだけ登らされると、流石に体力不足を実感してしまう。康一とかいうクソガキに私のシアーハートアタックを重くされた時以来だ。普段は車で移動していたからな、体力をつけなくっちゃあな。

 

少し息を切らしながらやっと登り終えると、紅白の少女と白黒の少女が立ち話をしている。ふむ、それ以外には人は見当たらないな。もしや留守にしているのか? 山奥の神社に少女二人だけとは考えがたいが、声をかけてみるとするか。

 

「お嬢さん達、すまないが、道に迷ってしまってね。ここは杜王町のどの辺りなのか教えてくれると嬉しいんだが」

「杜王町? ここは幻想郷。そしてここは幻想郷の結界を管理する役割を担う博麗神社。お賽銭箱はそこよ」

 

幻想郷? ここは杜王町ではないのか? 結界は仏教の専門用語と考えるとして、私はなぜここにいる?

 

「なあ霊夢、こいつ外来人じゃないか?」

「確かに言われてみれば、雰囲気も服装も違うわね。最初に他の地名を出す辺りもそれっぽいわ」

「すまないが、何の話かわからないな」

「単刀直入に言うと、ここはあなたの言う杜王町じゃないわ。外の世界で忘れられ幻想となった者達が住む幻想郷。妖怪や妖精、神や人間が共存する場所よ」

 

ああ、この子は現実と空想の区別がついていないのか。

 

「信じてないみたいだぜ」

(あわ)れむ様な目で見られると流石にムカつくわね」

「ところで君達以外に見当たらない様だが、留守番をしているのかい?」

「この神社の管理者は霊夢だぜ」

「何?」

 

この白黒……今、この紅白がここの管理者だと、そう言ったのか? そんなバカな、こんなガキに神社の管理など務まる筈がない!

 

「それにしても外来人がこんな場所まで来るなんて珍しいわ。そうだ魔理沙、あんたこの外来人の面倒見なさいよ。どうせ暇でしょ」

「暇じゃないぜ! これから紅魔館に本を借りに行ったりキノコを探したり忙しいんだ!」

「借りるって言ったってあんたの場合ほぼ強奪じゃない。キノコ探しなんかいつでも出来るでしょ」

「霊夢の方がよっぽど暇そうだぜ! さっきだってお茶飲みながらぼーっとしてただけじゃないか!」

 

責任のなすりつけ合いをするんじゃあない、見苦しい。これだからガキは嫌いだ。それにこの白黒は一々騒がなければ喋れないのか?

 

「私はいいのよ。お賽銭くれるなら考えてあげないこともないけど?」

「霊夢にあげるお賽銭なんて豚に真珠のネックレスをあげる様なもんだぜ!」

「何よそれ、私が豚だって言いたいのかしら」

「そこまでは言ってないぜ!」

「君達、元気がいいのは素晴らしいことだ。しかし私が言うのもなんだが、ここは平和的に解決すべきなんじゃあないかい」

「それもそうね……決闘よ!」

「負けないぜ!」

 

こ、こいつらッ! 人の話をまるで聞いちゃあいない! 決闘のどこが平和的な解決法だというのだ!クソガキどもは互いに距離を取り、決闘を開始する。次の瞬間、私は衝撃を受けた。

 

「いったい何が起きている!?」

 

私は思わずそう口にする。この二人はスタンドなど出していないにも関わらず、星型の光を放ち非常識な速さでお札を放ち、宙に浮き自在に飛び回っていた。スタンドが浮いているのは分かる、スタンドに持ち上げさせ浮かぶのも分かる。スタンド攻撃で光やお札を飛ばすのも分かる。だが、スタンドを出しもせずに軽々こなすだと!? まさかこいつら自身に特別な能力があるというのか!?

 

二人の攻撃はそれぞれ相殺されたようだが、流れ弾が私の方へ飛んで来たりしたらたまったもんじゃない。争いとは無益な行為だというのに!

 

流れ弾を身をひねって避け、二人から離れる。見ていていくつか分かったことがある。一つ、殺し合いではないこと。二つ、ルールが存在するらしいこと。三つ、紙らしき物を取り出した後は激しい攻撃をすること。しかし……

 

「スタンド使い以外にも能力者がいたとは……!」

 

スタンド使い、そして幽霊。他にも特殊な能力を持った人間がいたとしても不思議ではない。まさか平穏を愛するこの私が、こんなガキどもと出会ってしまうとはッ!

 

私が最後に記憶しているのはバイツァ・ダストを作動したこと。そして気がついたらあの森の中に立っていた。だとするなら、原因はバイツァ・ダストの筈だ。しかしバイツァ・ダストを解除したとしても杜王町に戻れるとは考えにくいッ! 私は、平穏に生きてみせるぞッ! この吉良吉影に乗り越えられなかったトラブルなど……一つだって、無いんだッ!

 

「ぐぇ」

 

暫くすると(かす)めたお札でバランスを崩した白黒が地面に落ちて来た。傷は落ちた時の擦り傷ぐらいだが、すぐに立てないところを見るにさっきの『遊び』は中々疲れる様だ。落ちた時の声といい情けなく地を這っている姿といい、まるで干からびたカエルだな。まあ好感度を上げておくに越したことは無い。

 

「君、大丈夫かね?」

「だいじょぶだぜ……」

 

いや、疲れよりも負けたことによるショックの方が大きいって顔だな。まるで50メートル走で大差をつけられて敗北した様な、そんな顔をしている。

 

「これで決まりね。私は寝るから、その外来人のことは任せたわよ」

 

大して疲れた様子も無い紅白は、そう言うと神社の奥へと引っ込んで行った。何だか、随分と勝手なヤツだ。

 

「くっそ〜霊夢のやつ、いつか絶対に負かしてやるぜ!」

「彼女は……強いのかい?」

「強い部類なんじゃないか? そこら辺の妖怪なら毎日ぶっ飛ばしてるしな」

 

なるほど。私のキラークイーンに勝てるとは思えないが、注意はしておこう。自身の能力を過信し相手の力量を見誤るのは、何よりも恐ろしいことだ。上げた足で踏みつけるのは簡単だ。しかし足をとられるのも一瞬だ。

 

「一つ、聞きたいんだが。いいかね?」

「ん? 何だ?」

「君達はさっき空を飛んでいたが……」

「私は魔法使いだから飛べるのは当たり前なんだぜ! 霊夢が飛んでたのは、霊夢の能力が空を飛ぶ程度の能力だからなんだ」

 

……魔法使い? 空を飛ぶ程度の能力? 程度ということはそれ以外は能が無いということか? いや、強いならば他にも秀でた部分があると考えるのが妥当だろう。しかし魔法使いだと飛べるのは当たり前なのか?

 

確かにこの白黒の少女、黒い服に白いエプロンといかにもといった様相だな。手に持った竹箒や頭の帽子もそれらしい。先程の破壊力のある光や飛んでいたところを見るに、嘘というのは考えにくいか。そもそもスタンドという前例があるからな。ん? この白黒の手……

 

「……君、手が傷だらけじゃあないか」

「ああ、よく見てるんだな」

「君は綺麗な手をしている。自分の長所を自分で潰す必要は無いだろう? 自分を大事にするんだよ」

「善処するぜ」

 

ハッ……最近彼女がいなかったせいで、つい熱が入ってしまった。不審に思われていなければいいが。

 

「ところで、どこか泊まれる場所はあるかな? どうやらここは杜王町から離れた場所にあるみたいだし、案内をお願いしたいんだが」

「泊まれる場所? なら私の家はどうだ? この時間から探すと、確実に日暮れには間に合わないぜ」

 

この白黒、今、なんと言ったんだ? 私の……家だと? 他人を上げることに抵抗が無いのか? まさか他人を上げたとしても不安にならない様なヤツが一緒に生活しているのか? だとするなら家はそこそこの広さがある筈、ならば万が一にも衝動を抑えられなくなる心配は無い!

 

「本当かい? では、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「私の名前は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)だ」

「私の名前は川尻 浩作だ。よろしく、魔理沙くん」

「こちらこそ、川尻」

 

 

 

 

なぜ、なぜ私はこのガキについて来てしまったのだ……! クソッ頭痛がする、それに吐き気もだ……

 

「だ、だいじょぶか川尻? この森のキノコの胞子は人間には害があるってことすっかり忘れてたぜ」

「だ、大丈夫だよ……それよりも、早くここを抜けようじゃあないか」

 

忘れてた? 忘れてたで済ませられるとでも思っているのかこのガキ! まさかこいつの家がこんな森の奥にあるとは、知っていたなら断ったものを! とにかく、ここに留まり続けることは危険だ。無理をしてでも早く抜け出さなくては。

 

「あとどれくらいあるんだい? 君のお家までは」

「もう少しだぜ。川尻、歩くの手伝うぜ」

「すまないね、魔理沙くん。若い頃はもっと元気があったんだが」

 

この私が……この吉良吉影がこんな子供に支えられるなど……ありえん……

 

「か、川尻? 着いたぜ?」

「ああ、魔理沙くん……着いたのか……少し、休ませてくれ」

「わかったぜ」

 

もう夕暮れ時か。まさかこの歳になって一日中歩き回る日が来るとはな、奇妙なこともあるものだ。ここは切り開かれているからか、だいぶ楽になって来たぞ。しかし問題はまだある。この西洋風の、いかにも魔女が住んでいるといった家……

 

「魔理沙くん、一つ尋ねたいんだが」

「なんだ? 川尻」

「あの霧雨魔法店というのが、君の家なのかい?」

「そうだぜ、いい家だろ」

「ああ、とても……オシャレだよ。家族は何人いるんだい?」

「? 私一人だぜ?」

「……一人暮らし、か。若いのに、しっかりしているんだね」

「褒めても何も出ないぜ」

 

一人暮らしだと!? 聞いていないぞ! しかも一階建てでリビング含め広さもせいぜい3部屋程度! 空き部屋があればいいが……隣で嬉しそうにするんじゃあないッ! お世辞がそんなに嬉しいか!

 

「ありがとう魔理沙くん、充分回復したよ」

「そうか、じゃあ入るぜ」

 

そう言って魔理沙は玄関扉を開ける。その先に広がっていたのは正に地獄。あちこちに積み上げられた本に用途の分からない道具が転がり、なぜか木や植物が生えている。何をどうすればこんな事になるのだッ!?

 

「右奥が私の部屋で、その手前が物置き部屋だ。私のコレクションが沢山あるんだぜ」

「……魔理沙くん。私はどこで寝ればいいのかね?」

「私の部屋に決まってるんだぜ」

「そうか……」

 

このリビングの有り様からして、期待はしないでおこう。願わくば綺麗に片付いていて欲しい。そんな私の思いは、扉を開けると共に崩れ落ちた。

 

「もう我慢ならん! こんな部屋で寝ていて居心地悪くないのか!?」

「え、え? 川尻?」

「例えるならばここはアマゾンの原生林、富士の樹海! 扉を開けておくだけでネズミが箱を見つけた猫の様に嬉々として入って来る様な場所で寝られるかッ!」

「ひ、ひどいぜ!」

「掃除の時間だ!」

 

掃除は数時間にも渡り、物に対して収納スペースが余りにも不足していた。本や道具は適当に物置き部屋に突っ込んでおいたが、あそこも酷い場所だった……まあ、一晩しか滞在しないからどうでもいいがね。

 

「疲れたぜ……」

「ワガママに付き合わせてしまってすまないね。お()びと言ってはなんだが、私が料理を作ろう。君は休んでいるといい」

 

とは言っても、どうやらこいつは出来合いの物は食べない性分らしい。ある調味料は味噌に塩、砂糖、酢、酒、醤油……まあ一通り(そろ)ってるな。調理済みの食品は一つとして無いがね。まあいい、出来ないこともないだろう。

 

ん? こいつ、普段どうやって料理しているんだ? ガスコンロすら無いじゃあないか。まさか囲炉裏(いろり)とか言わないよな?

 

「魔理沙くん、火はどうやって用意するんだい?」

「川尻は外来人なんだっけ……これを使うんだ」

 

魔理沙は帽子に手を突っ込むと、八角形の小さな道具を取り出した。金属で出来ているらしいが、見たことの無い素材だな。スイッチらしき物も無いが。

 

「これはミニ八卦炉って言って、山を焼き払うのにも煮込むのにも使える優れものなんだぜ」

「それは凄いな、こんな物がこの世にあるとは」

「私の宝物だ」

 

疑うのも面倒だ、ここは適当に話を合わせておくか。

 

「では早速料理を作ろうか」

 

魔理沙が火加減を強くし過ぎたりといったトラブルはあったが、ふう、やっと作り終えたな。

 

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

「ん……この料理けっこう美味しいな!」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

この吉良吉影が料理の腕で小娘に負ける訳が無い。しかしいい食い付きだ。料理人の心境というのは、こういう物なのかもな。

 

「驚いたぜ、まさかこんな料理が上手いなんて」

「単に私が長い間作っていただけのことさ。すまないが、今日はもう寝させてもらうとするよ。この歳にもなって年甲斐も無く歩き回ったからな」

「ああ、わかった。おやすみ川尻」

「おやすみ、魔理沙くん」

 

長いようで短い一日だった。しかし、何とか無事に終わることが出来た。明日からは杜王町に帰る手段を模索しなければ。

 

 

 

霧雨魔理沙は彼……川尻浩作について考えていた。一目見た時の印象は、少し地味な男、だった。しかし今は少し神経質な男へと、印象は変化している。これから先、彼女の中で彼への印象は更に変化していくだろう。なぜなら彼は、この幻想郷に住む者達とは全く異なる、多層的で多面的なねじれた精神構造をしているのだから。

 

彼はあまり口数は多くないが話題を振ればしっかりと話してくれ、物腰も柔らかくエリートの様な雰囲気をしている。凛々しい顔立ちに男らしい体格だ。女性からの視線は自然と好意的な物となる。その仮面の下に隠されたドス黒い思惑と本性、抑えられぬ本能。歪んだ心。しかし誰も、魔理沙も気づかない。

 

「明日は私の得意料理で驚かせてやる」

 

彼女は元々ひねくれ者だ。先程の料理も本当は自分より上手い彼に敗北感を感じていた。それに加えて不本意にも片付けまで強要させられている。そうでもしないと彼の寝るスペースが無かったのだから仕方ないが、それでも何かスッとする仕返しをしなければ気がおさまらない。

 

明日は人里に行くついでに森の中で苦しむ姿を鑑賞してやろうかと考えながら、星を見上げた。彼女は知らない。彼が48人もの()()()()()()()を殺害してきたことを。彼女は知らない。彼は彼女を単なる道具としてしか見ていないこと。彼女は知らない。神すらも恐れる力、スタンドを。彼女はやがて知る。彼のスタンド、魂すら消しとばすキラークイーンの恐ろしさを。




12月18日、最後の三人称視点の文章を少し書き直しました。


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吉良吉影は帰れない

けっこう書き溜めが出来たので公開します


(せみ)の鳴く、暑い夏の日のことだった。多くの者にとって変わらない日常が流れて行く。ふと、狐の尾を生やした少女が振り向いた。そこにあったのはいつもと変わらない景色。いつも通りの、何年も前から姿を変えない幻想郷。一陣の風が吹いた。身も心も凍りつく様な、生暖かい風だった。

 

何が起ころうとしているのか、少女にはそれを知る術は無い。ただ、何かが変わった。変わってしまった。果たしてどれだけの者が変化に気づいたのか、気づいたのは少女だけなのか。多くの者にとって、今日もまた変わらない日常が流れて行く。

 

 

 

「魔理沙くん……君は、何をやっているんだい?」

「何って、川尻の顔を見てるだけだぜ」

 

だけ? だけだと? こいつは常識という物が無いのかッ!? 他人の顔を凝視するんじゃあない! なぜ寝起き早々にガキの顔のドアップなど拝まなければならんのだ! これなら、手首の夢を見ていた方が幸福だったのに……

 

「朝食はもうできてるから、冷めない内に食べてくれ。今日は人間の里に行くからな」

「ああ、分かったよ」

 

人間の里か……わざわざ人間のとついている辺りが気になるが、気にしないことにしておこう。これ以上ここの無駄な知識を増やすよりも、杜王町に帰る方が重要だ。

 

「ず、ずいぶんと豪華だね」

「だろ? 森の中で採って来たばかりの新鮮なキノコを使ったんだ。好きなだけ食べてくれ」

 

このガキ正気か!? なぜキノコ料理だけなのだ! 他にも食材はいくらでもあるだろうッ! クソッ精進料理を食べている気分だ。

 

「美味しいじゃあないか。キノコそれぞれにも異なる味付けがしてあって、食べる人を飽きさせない」

「キノコを調理させたら私の右に出る者はいないぜ」

 

確かに味は悪くない。しかし何とも奇妙な気分だ。それに何だか胸が締め付けられる様な感覚がするぞ。

 

「ありがとう、とても美味しかったよ」

「どういたしまして」

 

さて、早い内にその里とやらに移動しておくとするか。そこからなら杜王町に帰る方法が分かるかもしれん。このガキに聞くのは……やめておこう。まともな答えが返ってくるとは思えんからな。

 

「さて魔理沙くん、早い内に行くとしよう」

「私も今同じことを言おうと思ってたとこだ」

 

今回ばかりは意見が合ったな。また、あのクソッタレな森を抜けなければならないと考えると気が滅入るが……ハンカチで口元を押さえておけばマシになるかもな。

 

「ところで魔理沙くん、君はなぜこの森に一人で住んでいるんだい?」

「昨日この森のキノコの胞子は有害だって話しただろ? その胞子は魔法使いの魔力を高めてくれるんだぜ」

「なるほど、君にとって素晴らしい環境ってわけか」

「その通り!」

 

こんな暗くて湿っぽい場所に住むのは愚かだと思っていたが、認識を改める必要があるようだな。ま、理由も無くこんな辺鄙(へんぴ)な場所に住むバカはいないか。当たり前だがな。

 

やはりハンカチで押さえれば昨日程体調は崩れない。なぜ昨日の私はこんな簡単なことにも気がつかなかったのだ。こう言っちゃ世話ないが、自分で自分が恨めしいよ。もっと早く気づいていれば、無駄に時間をかけることも、このガキに支えられるなんて生きっ恥もかかなくて済んだのに。

 

ん? 見間違いか? 今、ラーメン屋があった気がしたが……

 

「今ラーメン屋があった気がしたんだが……」

「幻覚じゃないか? この森に充満してる胞子のほとんどに幻覚作用があるし、さっき食べたキノコにもあるしな」

「ナニィ!?」

 

このガキ、今なんと言った!? 私の食べたキノコに、幻覚作用だとッ!? やはりこのガキ、私にとって害だったッ!

 

「あ、安心してだいじょぶだぜ。幻覚が見える以外は普通のキノコだからな」

「幻覚作用があるキノコは、普通とは言わないんだよ」

「そうなのか?」

 

こらえろ、こらえるんだ吉良吉影……ここでこのガキを殺してしまうのは賢い行いではない。何より昨日の紅白、見た限り魔理沙の友人だろう。魔理沙が消えて真っ先に疑われるのは他でもない、この私だ。

 

ここで魔理沙を殺すメリットよりもデメリットの方が多い、一時の衝動に身を任せるな……

 

「これからは毒キノコを人に食べさせちゃあいけないよ」

「川尻、今話しかけてるのはキノコだぜ」

「ハ!? 私はいったい何を?」

 

私はなぜキノコに話しかけているのだ? いくら白黒だったからとはいえ、人とキノコを見間違えるなど奇妙だ。いや、待てよ……声は私の背後から聞こえて来た。それは確かだ。なら、私の隣にいるこいつは誰だ……?

 

「魔理沙くん、君は今どこにいるんだい?」

「? 川尻の後ろだけど」

「なら、私の隣のこいつは何だ?」

「それはカブト虫だぜ」

 

カブト虫? あの甲虫のか? この吉良吉影がカブト虫と魔理沙を見間違えたというのか? 本来ならそんなことはありえない、つまり!

 

「幻覚攻撃か!」

「キノコの副作用だろ」

「副作用、なるほどそういうことか。まったく、人を焦らせるのが上手いな君は」

「……だからそれはキノコだぜ」

 

なんだ、突然……目の前が真っ暗に……あれは、早人と、岸部露伴か。ふふふ、あの漫画家、わざわざ自分でバイツァ・ダストを作動させたぞ。自分がなぜ死んで行くのかすらも理解出来ていない。清々(すがすが)しい、実に清々しいいい気分だ……

 

「フハハハハ、バイツァ・ダストは無敵だぁ。私は絶対の平穏を手に入れたのだ」

「川尻!? ヤ、ヤバイぜ、まさかこんな重症になるなんて……家から薬を取って来るには遠いし、人里も遠いし、どうすれば……そうだ、アリスの家ならここから近い!」

「私は星を見るぞ、夜空に輝く星の様に静かな幸福を……」

「川尻! しっかりしてくれ! 重いぜ!」

 

 

 

ここは、どこだ……? 気を失っていたようだが……やけに人形だらけだな。それもほぼ同じ物だ。流石に魔理沙の家程散らかってはいないが、それでも見ていて気持ちいい物ではない。どこの誰かは知らんが、物はキチッとしまえ。壁に絵画をキチッと掛ける様にな。

 

話し声が聞こえる。外からか。それにこの声は、魔理沙らしいな。相手はこの家の主人か? こんな不気味な家の主人だ、どうせまともなヤツではないだろう。そんなことを考えながら、私は玄関から外へと出る。

 

「川尻、気がついたのか! 心配したぜ!」

「ああ、おかげさまでね。ん? 彼女は……」

「紹介するぜ、あそこにいるのがアリスだ。ちょっと無口でムカつくとこもあるけど悪いヤツじゃないぞ」

「あなたも大概ムカつくわよ。よろしく」

 

アリスか。名前からして日本人じゃあないが、なぜこいつはここに住んでいるのだ? まさか国外から遠路はるばるやって来たって訳じゃあないだろう。ふむ、青いロングドレスに赤いカチューシャか。身だしなみには気を使っているらしいな。ん!? この手は……!

 

「う、美しい……!」

 

なんて美しい手首だ! 細くなめらかな指、傷一つ無い透き通る様な肌! 今まで私が殺して来た女性のどんな手首よりも美しい! まるでレオナルド・ダヴィンチのモナリザ、ピーテル・パウル・ルーベンスのシュザンヌ・フールマンッ!

 

ああ、素晴らしい、許されるなら今この場で切り取り彼女にしてしまいたい……ふふふ、思わず、勃起……してしまうところだった。

 

「褒めてもらえるのは嬉しいけど、あまり見つめられると居心地が悪いわね」

「これは失礼、思わず見ほれてしまったよ。私の名前は川尻 浩作。君がここの家主かい?」

「ええ。魔理沙があなたを引っ張って来た時は何事かと思ったけど」

「何かお礼をしたいが、生憎(あいにく)持ち合わせが少なくてね。満足してくれるといいんだが」

「お金なら結構よ。代わりに、そこでふてくされてるのをどうにかしてくれる?」

 

アリスが指差した方を見れば、魔理沙が少し不機嫌そうにしながらこちらを見ていた。彼女の手首に夢中になるあまり話を振ってやらなかったからか? しかし友人の変化にすぐ気づき気遣ってやるその姿勢、ますます気に入ったぞ……爪が伸びて来たな。

 

「目が覚めてすぐにアリスを口説くなんて、心配して損したぜ」

「そう言われてしまうと、返す言葉が見つからないな」

 

不意に視界の端で何かが動いた。これは、人形? 人形がひとりでに動き、紅茶を注いでいるだと?

 

「私の見間違いでなければ、人形が勝手に動いている様に見えるんだが」

「勝手に、ではないわ。私が動かしてるの」

「おいおい、君は本から手を離していないじゃあないか」

「川尻、あれはアリスの魔法で動かしてるんだ。昨日も私が飛んでるところを見ただろ?」

「なるほど魔法か……便利な物だ」

 

スタンドよりも汎用(はんよう)性が高そうだ。まあ、スタンドに比べれば攻撃能力において数段劣るだろうがね。少なくとも、私が見て来た魔法ではキラークイーンのパワーに敵う物など無かったからな。

 

「そうだアリスくん、私は杜王町から来たんだが、帰り方を知らないかね? M県S市への行き方でもいいが」

「杜王町? 聞いたことも無いわ。外の世界に帰りたいなら、霊夢に相談するのがいいと思うけど」

 

霊夢……昨日私のことを魔理沙に押し付けたガキか。気乗りはしないが、まあ行ってみる価値はあるだろう。

 

「え、帰っちゃうのか?」

「私は杜王町を愛しているからね。それに、置いてきた妻と息子も心配だ」

「そうか……なら仕方ないな。霊夢は今頃掃除でもしてると思うぜ」

「ならすぐに出発するとしよう」

 

そう言って、私と魔理沙は森の中へ入って行く。どうにか、ハードな状況を乗り越えることご出来たようだ。爪の伸びが早い……あのままあそこに留まっていたら、抑え切れなくなっていたかもしれん。ただでさえ爪が伸びる時期だというのに……

 

「真面目だと思ってたから、川尻がスケコマシだなんて意外だったぜ。確かにアリスは人形みたいにキレイだけどな」

「あそこまで綺麗な女性は久しぶりでね……少し興奮してしまったよ」

 

まただ、また頭痛がする。やはりハンカチでは完全に(さえぎ)ることは不可能らしいな。魔理沙がなぜ平気なのかは分からんが、私が納得出来る様な答えは無いだろう。魔理沙は帽子は被り直すと、先程よりも早足に歩き始めた。

 

 

 

神社の石階段を登り終えると、紅白と二人の少女が話をしていた。雰囲気からして、他愛もない世間話……という訳じゃあないらしいな。

 

「げ、(ゆかり)……」

「知り合いかい?」

「なるべく会いたくないタイプのな……」

「魔理沙、あんたまで来たの? それに昨日の外来人も一緒ね」

 

紅白が何か言っているが、そんなことはどうでもいい。狐の、尻尾だと……? まだキノコの毒が残っていたか? いや、この質感、毛並みは本物だ。なぜ少女に狐の尻尾が、それも九本も。

 

「あら、貴方が噂の外来人ね。ここに来たってことは外の世界に帰ろうとしてるみたいだけど、残念ながら今は無理なのよ」

「……何?」

「外の世界と(へだ)ててる結界が、何かの影響で歪んじゃったの。まるで最初から歪んでたみたいに。少なく見積もっても、修復には数週間かかるわよ」

 

少なく見積もって、数週間……? それまで、私はここにいなければならないと言うのか。冗談じゃあないぞッ! こんな訳の分からない場所にいられるか!

 

「他に、手段は無いのか?」

「無いわ。私一人ならどうにかなるけど、貴方もとなると、どうしても結界の修復が先になっちゃうわね」

 

私は、平穏に生きるんだ……私の愛する杜王町で、女性の綺麗な手首と一緒に! 激しい喜びも深い絶望も無い、植物の心の様な人生を……!

 

「魔理沙、この外来人様子が変よ」

「か、川尻? 爪なんか噛んでどうしたんだ? ちょ、ちょっと怖いぜ……」

「私は、小さい頃から爪を噛んでしまう悪い癖があってね。怖がらせてすまない」

 

落ち着くのだ吉良吉影。数週間だ、たった数週間。たったの数週間耐え抜けば杜王町に帰れるのだ。思い出せ、今までもっと酷い状況を切り抜けて来たのだ。運は常に、この吉良吉影に味方してくれている!

 

「お嬢さん。何か、私に言いたいことでも?」

「いや、ただ……猫っぽい顔だなと思ってね」

 

嘘だな。私の目を(あざむ)けると思うな小娘。そう言う貴様こそ狐の様だ。狐の尻尾が生えているところから、顔立ちまでな。ふむ……魔理沙は紫と言っていたが、まるでどちらか分からんな。こっちの縁起の悪い笑顔を浮かべている方か? しかしここの住人は皆金髪なのか? 魔理沙にアリス、それにこの二人。四人も金髪だぞ。黒髪など紅白だけではないか。

 

「自己紹介しておこう。私の名前は川尻 浩作。君達の名前を聞かせてもらえるかな?」

「私は八雲(やくも) (ゆかり)。こっちは式神の(らん)よ」

 

魔法使いの次は式神と来たか。何だか、新しく出会う度に私の望む平穏な生活から離れて行ってる気がするよ。

 

「どうやら、帰ることは出来ないらしいからな。魔理沙くん、最初の予定通り人里に向かうとしようか」

「分かったぜ、川尻」

「……私は飛べないが」

「私の後ろに乗れば解決じゃないか」

 

この箒、どこからどう見ても一人乗るので精一杯といった感じだが……本当に大丈夫なのか? 少女ならまだしも成人の男が乗るには少し厳しいんじゃあないかな。クソッさあ乗れよと言わんばかりに箒を叩くんじゃあない!

 

「分かった、乗るよ」

「しっかり掴まってろよ! 里まで飛ばすぜ!」

「うお!? は、速い! 少しは加減という物を考えたまえ!」

 

速い、速すぎる! さてはこいつ、制限速度40キロの道を60キロで走るタイプかッ! なぜそう先へ急ぐのだ! 急ぐということは自らストレスを与えるということ! それがなぜ分からないッ!

 

 

 

「紫様、あの男は……」

「藍。手出しするのはやめておきなさい。それと霊夢も」

「言われなくてもしないわよ」

 

後に残された三人の少女は、彼らの消えて行った空を(なが)めていた。それぞれが彼に持つ感情は敵意、好奇心、無関心……三者三様だが、共通している物がある。それは、迂闊(うかつ)に刺激してはならないということ。

 

「紫、あんたが手出しするなって言うなんてよっぽどみたいね」

「なぜ、外の世界では妖怪ではなく人間が幅をきかせているのか、知ってるかしら。それは人間が弱いから。弱い者がその弱さを攻撃に向けた時、それが最も危険なの」

 

二人の返答を待たず、紫は(しゃべ)り続ける。外の世界のことなど、それもなぜ人間が支配者の様に振舞っているかなど二人は考えたこともなかった。

 

「藍、貴方には何度も言い聞かせたけど、自身の本質を見抜いている者が一番厄介なのよ。本質を見抜いているからこそ、確実な手段を取る。プライドに(こだわ)らない」

「とにかく、要注意人物ってことね」

 

彼はこの幻想郷の中で、小さな赤子の様な存在。その気になれば、簡単にひねり潰されてしまう。しかし彼にとって実力差など問題ではない。彼は逃げることも卑怯な手段も辞さない。正々堂々と戦うこともしない。それこそが彼の強さであり、自身の本質だと知っている。

 

「なんてね。緊張したかしら?」

「はぁ……まあそんなことだと思ったわ」

 

この場に普段通りの、気の抜けた雰囲気が戻る。二人のこわばっていた表情も元通りになり、いつも通りの風景が訪れた。たった一人を除いて。

 

「あんたの式神、まだ外来人が飛んでった方見てるわよ」

「あらあら」

 

狐の少女……藍の瞳には、明確な敵意が映っていた。




次回、あの不良高校生が登場!


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吉良吉影は帰りたい

仗助のキャラってこれでいいんだろうか


「川尻? おーい」

 

やかましい、私は貴様と違って(ほうき)なんぞ乗り慣れていないのだ……! まだ軽くめまいがする、腹いっぱい食べた後にジェットコースターに乗らされた気分だよ……もう二度と乗るものか。

 

「魔理沙くん、君は慣れているのかもしれないが……私はただの人間なのだよ。魔法使いの君とは違うんだ」

「人間でも空飛ぶやつはいるぜ?」

「普通、人間は飛ばないんだよ」

 

何度も同じことを言わせるんじゃあない。私は国語の教師じゃないんだぞ。全く、こいつはいったいどんな教育を受けてきたのだ。

 

「私はまだだめそうだ、どこか休憩出来る所があれば嬉しいんだが……」

「ちょうど近くに団子屋があるぜ。降りた場所が団子屋の近くなんてラッキーだったな」

「おお、そこで暫く休もうじゃあないか」

「こっちだ。それにしても、エリートっぽいのは格好だけなんじゃないか? 階段登るだけで息切れしたり、運動不足気味だぜ」

「ははは、よく言われるよ」

 

このガキ、やけに機嫌がいいぞ。さては私が箒酔いで苦しむ姿を見て楽しんでいるんじゃあないか? ひねくれたガキだ。しかし箒酔いか。何とも奇妙な言葉だ。そもそも箒は乗る物じゃあなくはく物だ。

 

「君がその髪型をけなされるのが嫌な理由はよく分かったが、どうにか怒らないようには出来ないのか? 確かにけなす側が悪いが、君のその……クレイジーダイヤモンドで殴られては、妖怪でもひとまりもないぞ」

「そう言われてもッスね〜、こればっかりはどうしようもないんスよ。この髪型をけなされると、心の底からプッツンキレちまうもんで」

 

こ、この気の抜けた話し方は……あのハンバーグの様な髪型は! そして! 間違い無い、今、確かに聞いたぞッ! クレイジーダイヤモンド! そしてその本体は……東方(ひがしかた) 仗助(じょうすけ)

 

「お、そこにいるのは堅物(かたぶつ)教師じゃないか。寺子屋の授業はどうしたんだ? さては子供達に逃げられたか」

「魔理沙、人聞きの悪いことはよしてくれ。ただ彼をどうしたものかと悩んでいたところだ」

「グレート……マジもんの魔女だぜ。しっかし聞いてた話よりもずいぶん可愛らしいじゃあねーかよ」

「外来人っぽいけど、川尻と比べてなんだか頭悪そうだな。こいつがどうかしたのか?」

「辛辣ゥ〜。間違っちゃぁいねーけどよォ、そうハッキリ言われると心に刺さるぜ……」

 

落ち着け、落ち着くのだ吉良吉影。バイツァ・ダストは確かに作動し、時間は巻き戻っていた。それに加え早人はここにはいない、私が下手をしない限り正体がバレる可能性はゼロだ……! いつだってそうだった、重要なのは、細やかな気配りと大胆な行動力なのだッ!

 

「彼は東方仗助、先日里の近くで歩いているところを保護したんだ」

「保護っつーと、なんてーのかな、俺が小せえ子供みたいでよォ。あんま好きじゃあねーんだよなぁ」

「言葉の(あや)さ、気にしないでくれ。それで、ただの外来人ならまだ良かったんだ。ところが彼は奇妙な……力を持っていてな」

「奇妙な力? そんなの幻想郷じゃ珍しくもないじゃないか。退屈なことばかりしてるせいで記憶力がバカになってるぞ。私が息抜きの仕方を教えてやるぜ」

 

ここでは珍しくない、だと? まさかここには魔理沙やアリス、それにあの紅白の様な連中がまるでドブネズミの様に大量にいるということか? だとするなら、まずいぞ……! 非常にまずい。

 

「遠回しに私を退屈な人間だと言ってないか? そうではなく、彼には守護霊の様な存在を操る能力があるらしい。私からはあまり詳しい説明は出来ないんだが」

「守護霊っつーか、似てはいますけどね。スタンドっつーんスよ。承太郎さん(いわ)く、精神エネルギーが作り出すパワーある(ヴィジョン)、だとか」

「スタンド? 聞いたこともない能力だな。川尻、何か知ってるか?」

「いや……初めて聞く単語だ」

 

私に話を振るんじゃあない。せっかく目立つこいつらとは無関係だと、里の連中に思わせられていたのに、今ので仲間だと認識されてしまったじゃあないか。何て災難な日だ。

 

「スタンドには色々な形となタイプがあるんスけど、俺のは人の姿をしてて近距離パワー型。遠くには行けない分破壊力とスピードに優れてる」

「私が見つけた時には、ルーミアの弾幕を全て弾いた上で返り討ちにしていた。私にはスタンドが見えないせいで念動力の類にしか見えなかったが、彼のスタンドはそれ程強力なんだ」

「へー、スタンドか。面白そうだな。川尻、ちょっと殴られてみてくれ」

「はははは、中々面白い冗談だね。でも、私は好きではないかな」

「魔理沙、私の話を聞いていたのか? 今スタンドは危険だと説明したばかりだろう」

 

この女、長い銀髪に青いメッシュと理解出来ない髪型をしているが、案外常識的なヤツじゃあないか。第一なぜ私が殴られなければならんのだ、貴様が殴られれば済む話ではないのか? 人様に迷惑をかけるなと教わっただろう。

 

「あーなんだ、魔理沙、だったか? わりぃーがよォ、俺のスタンドは出来るだけ人に向けたくねーんだよなぁ。かなり手加減しても骨の一本二本簡単に折れちまうからよォー」

「うぇ!? それじゃさすがに川尻がかわいそうだな……痛いのは怖いぜ。じゃあ里の外れにある岩なんかどうだ?」

「それなら俺も、グレートにブチ壊せるぜ」

 

そんなお(あつら)え向きの場所があるというのに、初めにこの私を殴ることを提案するとは……もしやこのガキ、サディストか? だとするならわざわざ毒キノコを食わせたのも箒でトばしたのも納得がいく。ふん、気にくわんな。私が帰れる様になった(あかつき)には、貴様の手首を切り取ってやる。

 

「ところで魔理沙、そこの彼も外来人なのか?」

「ああ、昨日霊夢のところで会ったんだ。地味なのか地味じゃないのかよくわからないやつだぜ」

「初めまして、私の名前は上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)だ。寺子屋の教師をやっている。よろしく頼む」

「私は川尻 浩作、会社員だ。こちらこそよろしく」

 

上白沢慧音……か。言葉づかい、自己紹介、どちらも常識的だ。この場には非常識なのが二人もいるからな、私の唯一の救いだよ。それに、手首も中々綺麗じゃあないか。()()()を食べさせてもらいたいものだ。

 

「川尻さんて、上白沢の先生みてーに真面目そうな人だなぁ」

「川尻は意外とスケコマシだからわからないぞ。さっきだってアリスを口説いてたからな」

「グレート……普通のサラリーマンって感じだけど、わかんねーもんだな」

「魔理沙くん、私は正直な感想を言っただけで、何も口説いた訳じゃあない」

 

確かにあれは失態だった。反省するよ。だが私の平穏な生活を、こんなガキに台無しにされる訳にはいかん!

 

「く、くど……!? ハレンチだ!」

「すまないが、何を言っているのか分からないな」

 

口説いただけで破廉恥(ハレンチ)とは、初々(ういうい)しいな。大人ならばもっと過激なことの一つや二つ経験があるだろう。まるで幼い少女の様だ。一々そんな反応をされては鬱陶(うっとう)しくて敵わん、本当に常識的かどうか、距離を置いて見定めるか。

 

「早くスタンド見に行こうぜ。川尻も気になるだろ?」

「ん、ああ……魔法などの不思議な力自体、ここに来て初めて目にしたからな、興味があるよ」

「うっし。なら、行くか!」

 

 

 

里から徒歩10分、といったところか。途中に悪路もあったが、何事も無くここまで歩いて来れた。ただ、魔理沙と東方仗助はやかましかったがな。

 

「そんで、億泰っつーダチがいるんだけどよォー、そいつのスタンドは右手でどんな物でも削り取っちまうのよ。そんで、削られた物質、例えば看板なんかは削られた部分だけが消えてピタッと閉じる。削られた物は始めから無かったことになっちまう、恐ろしいスタンドだぜ」

「色んなスタンドがあるんだな……どれも敵に回したくないぜ」

 

こいつ……なぜこんなにも仲間の能力をペラペラと話せるのだ? スタンド使いとスタンド使いの戦いは情報戦、能力がバレればそれだけで圧倒的に不利になってしまう。相手と交戦することになる可能性を考えていないのか?

 

「あれか、けっこうでっけー岩だなぁ」

 

確かに大きくはあるな。目測だが、東方仗助と同じ大きさはある筈だ。そう言えば杜王町にアンジェロ岩という物があったな。今では杜王町の名物の一つになっているが、確かあれは数ヶ月前まで全く違う形で、名物ですら無かったと記憶しているが……

 

「だが、問題は無い。クレイジーダイヤモンドッ!」

 

東方仗助の背後から現れたクレイジーダイヤモンドは、私を徹底的に打ちのめしたスピードで岩に拳を叩き込む。いや、正確には叩き込んだか。目視すら不可能な速度で繰り出される拳は何重にも分裂して見え、気がついた時には既に破壊は終わっている。私が状況を追えているのも、スタンドが見えているからに過ぎない。

 

「は、速い……! 何が起こったのかわからないが、ルーミアの弾幕を弾いた時の比じゃない!」

「なんて破壊力だ!」

「あの大きさの岩を一瞬で粉々に……でも、一撃で壊した様には見えなかったぜ。となると、パワーではレミリアの方が上みたいだな」

 

このガキ、スタンドが見えていないのにどんな攻撃か理解したのか? 勘がいいのか、それともよく見ていただけか……歴戦の強者には見えん、恐らく前者と見た。

 

「お、よくわかったな。実はスピードとパワーに分けて披露(ひろう)しようと思ってよォー、最初はラッシュにしたんだよ」

 

私を追い詰めたスタンド、クレイジーダイヤモンド。憎たらしいが、その実力は認めなければならない。スピードで負け、シアーハートアタックは無効化され……私のキラークイーンとは相性が悪過ぎる。全く、大したヤツだ。

 

「こ、これは、治って、る……のか?」

「そうだぜ、上白沢の先生。これが俺のクレイジーダイヤモンドの能力、治す」

 

先程クレイジーダイヤモンドによって粉々にされた岩が、まるで最初から壊れてなどいなかったかの様に元通りになっていく。これだ、これなのだ。東方仗助の厄介なところは……! この能力さえなければ、ヤツに治す能力さえなければ、私のキラークイーンは無敵なのだ……ッ!

 

「あやややや、特徴の塊が歩いているからつけてみたら……何とも奇妙な外来人ではないですか」

「な、なんだぁ? 女の子に羽が生えてるぜ」

「申し遅れました、私、鴉天狗の新聞ジャーナリスト射命丸(しゃめいまる) (あや)です。貴方について記事を書きたいんですが、よろしいでしょうか?」

「ま、まあいいけどよォー」

 

またおかしなヤツが現れたぞ。しかしあの様子からして興味があるのはあくまで東方仗助、ただ一人。万が一にも私に興味は示さん筈だ。それでいい、それが本来あるべき姿なのだ。

 

「先程の岩を破壊した力について教えてください」

「ああ、あれはスタンドって言って、守護霊みたいなもんだ。俺のスタンドはクレイジーダイヤモンド、遠くまでは行けないがパワフルに動けるスタンドだ」

「なるほど。岩がひとりでに治った様に見えましたが、あれはいったい?」

「スタンドにはそれぞれ一個だけ特殊な能力があってな、俺のスタンドは治す能力を持ってる」

「だから岩が勝手に治った様に見えたのですね。そのスタンドを見せてもらうことは出来ますか?」

「それは無理だぜ。スタンドはスタンド使いにしか見えないっつールールがあるからよォー」

 

見てくれは変なヤツだが、かなり良識的だな。全員が全員こうならば助かるんだが……そう言えば、こいつはここの住人にしては珍しく黒髪だな。普通なのはいいことだ。普通とは非凡よりも素晴らしい。

 

「なあ川尻、スタンドについてどう思う?」

「そうだな、やはり(うらや)ましいと思うよ。私には見えないし感じることも出来ない、そしてあの岩を砕く力も無いからね」

「普通な川尻らしい答えだな」

「私としては、荒事とは無関係そうな顔なのに意外だと感じるな」

「外では毎週日曜日の朝に、30分のヒーロー番組がやってるんだが、私も子供の頃は良く見たものだ。五人一組なんだがね、赤が一番好きだったよ」

 

嘘だがな。あんなくだらない番組なぞ一度として見たことが無い。

 

「子供は赤が好きだが、君もそうだったとは意外だな」

「よく言われるよ」

 

私が好きなのは紫色だがね。

 

「実際にこの岩を一撃で砕いてみせるぜ。クレイジーダイヤモンドッ!」

 

仗助の体から飛び出したクレイジーダイヤモンドは、その拳を(したた)かに打ち付ける。その余りにも強力な一撃は岩を中心から容易(たやす)く粉砕し、辺り一帯に小さな欠けらが弾け飛ぶ。

 

「うわ!? こ、この破壊力、レミリアと同程度は間違いなくあるぜ!」

「まさか、ルーミアとの戦いはあれで手加減していたのか!?」

「なんてふざけたパワーなんだ!」

 

ここはこいつらに合わせて一芝居打つとしよう。私のキラークイーンでも全く同じことが出来るのだから、驚き様がない。しかしあの新聞記者、全く動じずに写真を撮り続けるとは、かなり肝がすわっているらしいな。さすがは新聞記者といったところか。

 

「私達妖怪は里の人間が全てだと考えていましたが……どうやら考えを改める必要があるみたいですね。外の世界にはこんな能力を持った人間がまだまだいるなんて」

「妖怪っつーのがどんだけ強いのか知らねーがよォ、スタンド使いの中には条件次第でどんな相手だろうと一方的に倒せるようなのがゴロゴロいるからなぁ。犯罪者のスタンド使いってーのもいるし、警戒しとくのが得策だろーなぁ」

 

東方仗助の発言は実に的を得ているな。例えば虹村億泰のザ・ハンドの能力を知らない者は、その恐ろしさに気がつくことも無く死ぬだろう。そしてストレイ・キャットの空気弾もな。スタンド使いの戦いでは、常に強い方が勝つとは限らない。策と機転でどんな差だろうとひっくり返せる、それがスタンドなのだ。

 

「ところで、その変な髪型についても記事にしてもいいでしょうか?」

「ば、文、君は何てことを……!」

「あ゛あ゛ん!?」

 

何だ、東方仗助のヤツ、急に怒り出したぞ。まさか髪型を変と言ったから怒っているのか? 私には到底理解が出来ないが、誰しも触れてはならない物があるものだ。それが東方仗助の場合は髪型だった……それだけのことだろう。彼女は可哀想だが、日和見(ひよりみ)(てっ)させてもらうよ。

 

「テメエ、今この俺の髪のことなんつった!? この俺の髪型が……“かりんとう”みてーだとォォーッ!?」

「言ってないです!」

「いいや確かに聞いたぞコラ! この俺の両耳でよォーッ!」

 

クレイジーダイヤモンドのパンチを新聞記者はどうやってか紙一重で避ける。その表情に余裕は無く、あと少しでも遅れていたなら間違いなく顔面に直撃していただろう。見えていないのになぜ避けられたのかは気になるところだが、すぐにクレイジーダイヤモンドの餌食(えじき)になるだろう。

 

「この俺の髪型にケチつけるヤツぁ、誰だろうと許さねぇ!」

「あやややや!? 別にあなたをけなした訳では……ぐっ」

 

よく避け続けられるものだ。妖怪は勘が優れているのか? ん? あの新聞記者、私に近づいて来るぞ。

 

「危ない浩作君! そこから逃げるんだ!」

「ドラァ!」

「うぐぁ……!」

 

な、なぜ私が殴られている!? この中で最も大人しかったこの私が、最も目立たなかったこの私が、最も普通だったこの私が! まさかこいつ、周りが見えていないのか!? まずい、逃げるんだ……ここから逃げるんだ!

 

「ドララララララァ!」

「はぐうぁぁー!」

「川尻!」

「浩作君!」

「あやや〜……」

 

【川尻 浩作 もとい 吉良 吉影 気絶】

 

 

 

「やっちまったー! 関係ねー人をぶん殴っちまった……! 早く治さねえと!」

「川尻の歯が全部抜けてるぜ!」

「浩作君、君はなんて不運なんだ……!」

「よく分かりませんが、とりあえず……記事にはしておきましょう」

 

文々。(ぶんぶんまる)新聞、謎のリーゼント外来人の持つスタンド能力とその外来人が引き起こした事故により、いつもの3倍売り上げる】




射命丸文はスゴ味で避ける
次回、キラークイーン登場


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吉良吉影は驚かない

シリアスを書くつもりだったのに、どうしてこうなった。
感想ありがとうございます、全部読んでますよ!


ここは……どこだ? 私は仗助に殴られ、そして……気を失ったのか。ここは見たところ日本家屋の様だが、隅々まで掃除されているのは好感が持てるな。

 

敷かれていた布団から起き上がり、縁側へと出る。そう遠くない場所に里が見えるが、どうやらこの家はつい最近建てられたばかりらしいな。里から離れているのもそのせいだろう。

 

まあ、一つ気がかりなのは……布団の横に湯のみ、それもまだ温かい物が置かれているのに、誰も見当たらないことだ。この家はそう広くはないらしいが、誰かがいる気配もない。まず、魔理沙や仗助はどこに行った?

 

「誰か、いるのかね?」

 

私はあえてそう口にする。すると、誰かの足音が家の奥から聞こえてきた。やはり何かがいる……しかし妙だ。遠くからは子供の声が聞こえてくる上に、畳や柱のこの質感は本物だ。幻覚や夢、スタンド攻撃ではない……ならば窃盗か?

 

捕まえてやる義理などないが、恩を売っておくに越したことはない。だが最優先すべきは私の身の安全! 危険を冒すなど愚かなことだ。東方仗助や広瀬康一ならば、(いと)わんのだろうがな。

 

「戻れ! キラークイーン!」

『GRUUU……』

 

バイツァ・ダストを解除すると同時に、私のそばに現れ立つ者。この家の中にいるのが誰なのかは知らんが、キラークイーンは狙った獲物は必ず仕留める。そう、まるで狩りをする雄壮な虎の様にな。

 

息の音は……聞こえない。衣摺(きぬず)れの音も、当然聞こえない。どうやら私を誘っているらしい。愚かな。

 

私はその挑発に乗り、家の奥へと入って行く。キラークイーンは発現させたままな。そして最奥(さいおう)である台所へと足を踏み入れた、その瞬間。

 

「おどろけー!」

「……」

「あれ? え、えーと、うらめしやー!」

「……?」

「うぅー、驚いてよぉー……お腹すいたよぉー」

 

……私に、どうしろというのだ……

 

 

 

腹がすいたと言うから、一応あり合わせの物で飯を作ってやったはいいが……食材の少なさからして一人暮らしらしいな。しかし仗助達はこいつを残してどこへ行ったというのだ? ますます分からんぞ。爆破は保留にしておくか。

 

しかしこの少女、一心不乱に食べているぞ。この食べ方からするに、ダイエットの為に一食抜いた……という訳じゃあないようだな。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったー!」

「それは良かった。ところで、君はここの家主かね?」

「ううん。通りかかったらあなたが寝てたから、上がらせてもらっただけだよ」

「君はここの家主と知り合いなのかね」

「うーん、知り合い? なのかな?」

 

何てことだ……話の雲行きが怪しくなってきたぞ。家の中で傘を開いている辺りまともではないと思ってはいたが、やはりこのガキに関わるのは悪手(あくしゅ)だったか。オッドアイなのは珍しいで済むが、そもそもなぜ髪が水色なのだ?

 

「君は何者なのか、教えてくれるかな?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。聞いて驚け、私は驚天(ぎょうてん)動地の唐傘(からかさ)お化け! 多々良(たたら) 小傘(こがさ)! どう、驚いた?」

「小傘くん、ここの家主が誰か教えてくれないか」

 

この少女のノリに合わせるのが面倒だから流したが、目に見えて落ち込んでいるな。なぜそんなに驚かすことにこだわるのか私には理解できんが、理由でもあるのか? 興味は無いがね。

 

「ここは里の半妖の家だよ」

「半妖?」

「え? 寺子屋の教師をやってるから有名なはずなんだけどな……あなたもしかして外来人?」

「ああ、そうだが」

 

私が肯定(こうてい)すると、少女は更に深く落ち込む。気分の上下が激しい性格らしいな。なぜ落ち込んでいるのかは知らないが。

 

「外来人にも驚かれない妖怪なんて……やっぱり向いてないんだ……うぅ、妖怪失格だよ……」

 

この少女、妖怪だったか。それなら髪の色が非常識なことにも頷けるな、妖怪という存在自体が非常識なのだから。しかし、なんだか、ここ最近運が私を見放している様な気がするよ。こんな場所に迷い込むし、仗助にも殴られた……この状況も非常に面倒だ。

 

「君は、(フクロウ)を知っているかね」

「え?」

「梟は小型の鳥類で、主に森林に生息するが……その実、獰猛な捕食者でもある。彼らは日中はあまり活動せず、それどころか自分よりも小さな鳥に追い立てられることすらある。だが、夜になればその関係は一変する。梟は夜の支配者だ。その目は暗闇を見通し羽音を立てず近寄りその鋭い爪で獲物を仕留める。明確には知らんが、ある調査では一年間に梟が食べる割合の10%近くは同じ鳥類だったらしい。闇を味方につけるのだ。全ての生物は闇を恐れる。それは遠い昔から遺伝子に刻み込まれた習性であり、本能であり、知恵だ。全ての生物は闇を恐れる」

 

私の話を聞いた少女は何やら考え込んでいる様だ。大方、次にどうやって襲おうか考えているのだろうが、これ以上私を(わずら)わせないのならばどうでもいい。

 

立ち上がった少女はなぜか障子(しょうじ)を閉め部屋の中を薄暗くすると、私の背後に回る。

 

「おどろけー」

 

そう言いながら私の両肩を掴んでくるが……何がしたいのかまるで分からんぞ。この状況で驚くヤツがいったいどれだけいるというのだ。

 

「おどろいた?」

「いや」

「うー、暗くしてもおどろいてくれない……ひもじいよぉ」

「おいおい、さっき食べたばかりだろう」

「私は人をおどろかしてその心を食べる妖怪なの、だからおどろいてくれないとお腹いっぱいにならないのよ」

 

自分から助言しておいて失礼だが、中々に面倒な性質だな。そもそもこいつの驚かす技術に問題がある気がするが、こいつは気がついているのか? 面倒だ、適当に話を逸らしておくか。

 

「一つ聞きたいんだが、なぜ君は通りかかっただけなのに私のそばでお茶を飲んでいたんだね」

「それは、うーん……」

 

少女に向き直り質問を投げかけると、また考え込み始めたらしい。なぜ私の顔を見ながら考えているのか分からんが、気にすることでもないだろう。そう思った矢先、少女は私の顔に顔を寄せてきた。

 

「……頭突きを食らわされる(いわ)れはないはずだが」

「あ、ちょっと満たされた。ふふふ、顔を近づけられるのが怖いの?もっと顔近づけちゃうぞー!」

「ええい、考え直せ!」

 

このガキ……! 私が驚いたことに味を占めたか! まずい、このままでは……この状況を仗助や慧音に見られでもすれば尚更面倒なことになる、どうにかして切り抜けなければ!

 

ぐ、なんだこいつのこの力は……! お、押されている、妖怪とは言え、たかが少女にこの吉良吉影が押されている! キラークイーンは……いや、こんなくだらんことで使えるか!

 

「あなたの顔、やっぱり……」

 

突然何を言い出す!? ん、こいつの手、中々手入れをされた綺麗な手をしているな。いや、こんなことを考えている場合では……!

 

「うお!?」

「きゃ!?」

 

……まあ、終わり良ければ全て良しといったところか。体勢を崩したおかげで、こいつは畳に顔面から突っ込み私はわざわざ押し返す必要が無くなったのだからな。さっさとこいつを私の上からどかすとしよう。

 

「うー、痛いよー」

「畳に顔から突っ込んだ程度だ、すぐに治る」

「目の中にゴミが入ったかも……」

「……仕方あるまい、見せてみたまえ」

 

目をこする少女の前に移動し、目蓋(まぶた)を開けさせようとした瞬間、少女は赤い瞳の方だけを開き私に向かって来た。予想はしていた為、再び盛大に畳に突っ込むだけになったがな。

 

「うべっ」

「当て身」

「う……」

 

これで、やっと静かになったな。いきなり顔を近づけてきた時は少々面食らったが、学生でもあるまいし、他人の顔が近づくのは拒否感が先行するのを実感したよ。これが手首だったなら喜んで頬ずりするところだが。ん? 顔を近づけられて面食らう……フフ、面白い。

 

寝かしつけたはいいが、やはり部屋のど真ん中で寝られるのは邪魔か。雑魚寝というのは品性に欠ける愚かな行為だ。布団に寝かせて、掛け布団もキチッとかけてやろう。よし、これで落ち着いた。

 

この少女、小傘といったか? 発言や行動からして魔理沙よりも子供の様だが、あまり幼くは見えんな。10代半ばといったところか? 少なくとも外見的には魔理沙と同い年に見えるが……まあいい。妖怪に人間の常識が通用するかどうかも怪しいところだからな。

 

常識が通じないといえば、こいつの傘、顔があった様に見えたが、見間違い……な訳、ないよな。

 

手にとって見て気づいたが、この傘の顔、白目を剥いているぞ。あの少女が気絶したからこの傘も連動した、という訳か。それにしても紫色の傘とは、それに生地も上質だ。気に入ったぞ。開いて良く見てみるとしよう。

 

ふむ、()も中々いい木材を使用しているらしいな。手入れもされ目立った痛みも無い。かなり綺麗な状態だ。指筋を這わせても綺麗なことが良く分かる。

 

「ん……」

 

不意に声がした方を見てみれば、先程の少女がくすぐったがる様な表情を浮かべながら寝ていた。何の夢を見ているのかは知らんが、羨ましいな、幸せそうで。私はさして気にも留めず再び指で柄をなぞる。

 

「ふひ……」

 

……偶然か? それとも、この傘とこいつの感覚が繋がっているとでもいうのか?試してみる価値はあるな。今度はさっきよりも上の根元に近い部分に触れ、優しく()でた。その瞬間、少女が体を震わせはね起きる。

 

「な、なに!? ちょ、あなたはどこを触ってるんですかー!」

 

騒がしいヤツだ。魔理沙よりも騒がしいかもしれんな。

 

少女は私の手から傘を奪い取ると、取られることを警戒してか背を向け傘を閉じる。何やら傘の目が変わっていた様な気もするが、気にすることでもないだろう。

 

「……エッチ」

「すまないが、何を言っているのか分からないな」

 

なぜそうなる。まるで話が見えんぞ。

 

「その傘は君と感覚が繋がっている様だが、どこと繋がっているのかね」

「……足だよ」

 

なるほど、つまりこういうことか。私は見ず知らずの小さな少女の足を撫で回す変態だった。

 

「それは悪いことをした。だが君の足と感覚が繋がっているとは知らなかったんだ、頭を下げよう。許してくれ、この通りだ」

「えー……1ミリも下がってないよ」

「何を言っているんだね、こんなにも下げているじゃあないか」

 

キラークイーンの頭をな。

 

「?? あ、そうだ! あなた、やっぱり似てる」

「似てる?」

「そう。私ね、夢の中でいつも同じ人に会うの。その人は全然笑わないし面白いことも言わないんだけど……隣にいると、とっても落ち着く人なのよ。なんだか、見えない何かに守られてるみたいに。その人と言動も表情もよく似てるなーって」

 

夢の中、ね。

 

「ギャー!」

 

つくづく、今日は災難な一日だ。なぜこうも静かに過ごさせてくれないのか……障子を開け外を見れば、遠くで何かに頭を食われた仗助が地面に倒れているのが見えた。巨大なツチノコの様な物に食われているが、まあ気にすることでもない。

 

「仗助君!」

「うわー! 仗助が野槌(のづち)に食われた!」

 

野槌? 大方野生動物か何かだろう。それに仗助があの程度で重傷を負うとも思えん。知らない振りを貫き通すのが吉だ。

 

「なになに? すごい悲鳴が聞こえたけど……」

「気にすることじゃあない。それよりも小傘くん、驚かすのに丁度いい人物がこれからここに来る。準備しておきたまえ」

「本当!? よし、おどろかしちゃうぞー」

 

仗助が驚いてくれるとは思えんが、魔理沙ならば多少は期待ができるだろう。ん? こいつ、部屋の隅に隠れて何をしている?

 

「君、何をしているのかね」

「しーっ! 見つかっちゃう!」

 

まさかとは思うが……そんな安易な方法で驚かそうとでもいうのか? まるで成長していない……発想力が園児並みだ。

 

「来たまえ。いいか、驚かすというのは、こうやるのだ。まずこの屋根裏に続く天井板を外す。次に君が天井に登り中から天井板を閉めるんだ」

「え、それは、その……」

「まさか暗いのが怖いとは言わんよな?」

「えっと……はい」

「私の言ったことを思い出せ。闇を支配するのだ。狩られる側としてではなく、狩る側として物事を見ろ。恐れるな。味方につけろ」

 

少女は暫くまだ見ぬ暗闇を想像し怯えを見せていたが、その内私を見据(みす)え力強く(うなず)いた。正直言ってそこまで硬い決心が必要な様には思えないが、何かとても強い意志の様な物を感じたよ。

 

「傘を貸してくれ」

「うん」

「よし、天井板は外した。私の背中に登れるか?」

「それくらいなら」

 

少女が私の背中に乗り、私は少女を天井に登らせるために立ち上がる。私の視点からはよく分からんが、少女は天井に登るのを少しためらった後に登ったらしい。驚かすことへの情熱では間違いなくナンバー1だな。

 

「いいか? 君は私から合図があるまでその板を閉め決して音を立てるな。合図を送った後なら音を立てても構わない」

「合図は?」

「合図は……果物の名前だ。来るぞ」

 

傘を渡し、少女が天井板を閉める。お膳立(ぜんた)ては整えた。後は全て……こいつ自身の技量だろう。

 

「しかしなぜ野槌がこんな人里にまで下りて来……ひっ! なんだ、浩作君か……驚かさないでくれ」

「なんだ川尻、起きてたのか?」

「ああ、ついさっきね」

 

仗助ならば怪我は大したことはないと考えていたが、思いのほか血まみれだったな。

 

「仗助くん。その怪我、大丈夫かね。“渋柿”でも食べた様な顔をしているが」

「大丈夫ッスよこれくらい。薬塗っとけば治りますって」

 

私の合図に反応し、小傘が天井板をわずかに開ける。その音に仗助達が振り返り見たのは、薄暗い天井の隙間から覗く赤い目。

 

「ぬわあぁぁ!?」

「何だ小傘か、そんなところで何してるんだ?」

「そこは汚いから早く下りて来た方がいい」

 

……なぜ仗助が腰を抜かし、この二人は涼しい顔をしているのだ。普通ならば逆の立場だろう。いや、ここで普通というのは通じないんだったか。

 

「あれー? 私は魔理沙をおどろかすつもりだったんだけど……」

「ふふん、この魔理沙様を驚かすなんて百年早いぜ」

「び、びっくりしたぁー……まさかこんな女の子に驚かされるなんてよォー……」

「あ、久しぶりにお腹いっぱいになった! ありがとう浩作さん! 待ってろ私の昼ごはん! お邪魔しました!」

 

仗助が驚いたことがそんなに嬉しかったのか、小傘は私への礼もそこそこに外へと飛び出して行った。

 

「ありがとうって、もしかして川尻さんの入れ知恵ッスか? 勘弁してくださいよォ〜、俺幽霊とかダメなんスよ……」

「君にはクレイジーダイヤモンドがあるじゃあないか」

「それとこれは別っていうか、トラウマみたいなもんスよ」

 

幽霊、ね。どうせ親父に追い詰められたとかだろう。仗助なら充分にありえる話だ。

 

「仗助って幽霊が苦手なのか? 案外臆病なんだな」

「ああ、一度殺されそうになったことがあってよ……幽霊は怖いぜ」

「殺され……? それは恐怖でということかい?」

「いや、包丁で」

「なんか、仗助の言ってる幽霊と私達の知ってる幽霊は根本的に違う様な気がするぜ」

 

数分後、全く驚かれず落ち込んだ小傘が戻って来た。




質問したいんですけど、オリジナルの悪役ってありですかね?
一応日本の伝承をモチーフにしたやつですが……詳しくは私の活動報告に書いときます。


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秘めた思い

いつもより文字数少ないですがご勘弁を。


「おお、こいつはうめぇ。まさか川尻さんがこんなに料理が上手いなんて思わなかったぜ」

「私もだ。この味といいあの手際の良さといい……紅魔館のメイドにも迫る出来栄(できば)えだ。浩作君にこんな特技があったなんて」

「それはどうも」

 

なぜこの私がこいつらの昼飯を作ってやらなければならんのだ……! 魔理沙や慧音、小傘はまだいい。この吉良吉影、手首にしか興味はないが、女性への礼節は(わきま)えているつもりだ。しかし東方仗助! 貴様は別だ! なぜ敵にご馳走してやらねばならんのだ!

 

「あん? どうしたんだよ魔理沙、そんな複雑そうな顔して」

「確かに川尻の作る料理はけっこう、いやかなり美味しいぜ。見てるだけで食欲が出てくる。でも……男で料理が上手いっておかしいぜ!」

「ははは、同じ女としてその気持ちも分からなくはないが……」

「俺はトニオさんって前例がいるからなんとも言えねーけどよォー」

「魔理沙くん。料理は静かに食べような」

 

面倒なヤツだ。今時、料理が上手い男なんて珍しくもないだろう。小傘を見習いたまえ。さっき食べたばかりだというのに無言で食べ続けているぞ。魔理沙も魔理沙でかなり食べているということが実に面倒な性格を表している。

 

「ところで小傘はなんで川尻の隣に座ってるんだ?」

「お? なんだよ魔理沙、嫉妬か〜?」

「うるさい仗助。単に気なっただけだ」

「だそうだが、小傘くん」

「なんで浩作さんの隣なのか? う〜ん、落ち着くからかな」

「あの夢が理由かね」

「夢? 何の話だ?」

 

魔理沙のヤツ……やけに興味深々じゃあないか。理由でもあるのか?

 

「私いつも夢の中で同じ人に会うのよ。無愛想なんだけど、なぜだかその人のそばにいると落ち着くの。浩作さんはその人によく似てるから、浩作さんの隣も落ち着くのかな?」

「私が見る夢とよく似ているな」

「本当かよ上白沢の先生。どんな夢か聞かせてくださいよ」

 

小傘の夢とよく似た夢、か。どんな夢かは知らんが、その夢を理由にして会ったばかりの赤の他人と親しくするのは賢くないと思うがね。ここに住む連中の感覚ではこれが当たり前なのかもしれんがな。

 

「私は夢の中でいつも通り子供達に授業をしているんだが、浩作君によく似た男性が一緒にいるんだ。そっけない態度なんだが……授業を受ける子供達も私も、笑っている楽しい夢だった。その男性は、そう、金髪だったな」

「金髪の男の夢なら、私もよく見るぜ。一緒に魔法の研究をしてる夢なんだが……多分新しい魔法の開発か? 色々な化学式とかよく分からない言語の本を読みながら魔法の研究をしてる夢だ。なんとなく川尻と似てるんだよな、雰囲気とか、表情とか。あの夢はなんなんだろうなー」

 

不思議、というよりも、奇妙と言った方が適切か。しかしこの場にいる5人の内の三人が似た夢を見るとは、かなり妙だ。おかしなことに巻き込まれなければいいが……

 

「へぇー、3人ともおんなじ様な夢見るなんて、奇妙なこともあるもんスねぇ」

「もしかしたら、この夢には何か意味があるのかもしれないな。夢は古代から天使や悪魔、それに類する超自然的存在からのお告げとされていたんだ。古代ギリシャではゼウスやアポロンだな。中世ヨーロッパのイタリア人、トマス・アクィナスという神学者であり哲学者だった人物は夢には4つの原因があるとしている。1つ目は精神的原因、2つ目は肉体的原因、3つ目は外界の影響、4つ目は神の啓示と分類している。ここでは4つ目に焦点を当てていこう。古代ギリシャからネイティブアメリカンの間でまで、神かそれに近しい存在の啓示であるというその認識は共通している。それに加え……どうした魔理沙?」

 

慧音の手首から目を離し魔理沙を見れば、帽子を深く被りちゃぶ台に突っ伏している。話を聞いていなかったから理由は知らんが、現状に不満があることは確からしいな。

 

「慧音は話が長いぜ、それに難しい単語ばっか使うからこっちは置いてきぼりだ。そんなんだから授業が退屈って言われるんじゃないのか?」

「うっ……授業のことは放っておいてくれ。確かに長かったかもしれないが……」

「かもしれないじゃなくて長いぜ」

「おいおい、いくらなんでもそりゃハッキリ言いすぎなんじゃあねーか魔理沙?」

 

ショックを受けているであろう慧音に追い打ちをしかける魔理沙を見て、仗助が助け船を出す。正直者は口が悪いと言うが、その言葉通りなら魔理沙は間違いなく正直者になるな。こいつの場合、単に思ったことをズケズケと言っているだけだが。

 

「魔理沙はだいたい自分勝手だからねー、それくらいの悪態はいつも通りっていうか」

「まあそんな感じはスっけどよー。あん? おい魔理沙、その手ちょっと見せてみろ。傷だらけじゃあねーか」

「ん? この傷がどうかし……!? な、ない!? 傷がないぜ!?」

「本当だ、あれだけあった傷が、一瞬で!」

 

クレイジーダイヤモンドか……破壊された物を治す能力。たった一瞬触れただけで魔理沙の手の傷を全て治す程の驚異的な速さ。仗助のお人好しな性格にピッタリな能力だ。

 

「次は上白沢の先生ッスね。手、出してくださいよ。筆ダコとかなら今みたいにすぐ治しちまいますから」

「凄い……これが君のクレイジーダイヤモンドの能力か」

「永遠亭の薬よりスゴイぜ! この能力を使えばいくらでも(かせ)げるんじゃないのか?」

「いや、この能力は金稼ぎには使わねーことにしてんだ。俺のこのクレイジーダイヤモンドはよ、誰かを守り、助けるために使うっていう、じいちゃんとの約束だからよ」

 

祖父との約束。それが東方仗助、貴様を突き動かし私を邪魔する元凶か。くだらんな。だが、死にかけ、ボロボロになってまでその約束を果たそうとするその金剛石(ダイヤモンド)の様な精神力。それだけは認めざるを得まい。

 

「スタンドが使えるなんて羨ましいぜ、スタンドを使えば負けなしじゃないか」

「そうでもねぇよ。スタンドは自動で守ってくれねえから、死角からの不意打ちにはどうしようもねえ。相手がスタンド使いだったらなおさらだ。第一、俺のクレイジーダイヤモンドは自分自身は治せないからな」

「でもスタンド使い以外には圧倒的に有利なのは事実だろ? 私もスタンドが欲しいぜ」

 

魔法を使える上でスタンドが欲しいとは、なんとも贅沢なヤツだ。スタンドが使える様になったからといって、クレイジーダイヤモンドやキラークイーンと同じタイプのスタンドが発現する訳でもないというのに。

 

「スタンドが使えたって日常生活じゃ困るだけだぜ。いくらグレートでも、見えないやつには不気味とか超能力とか言われるだけだかんな。俺も昔は苦労したしよォ〜」

「意外だな、君は何事ものらりくらりとそつなくこなすイメージだったんだが」

「んなことないッスよ。俺のダチに弓と矢の力で最近スタンド使いになったのがいるんスけどね、そいつも人に言えない秘密が出来たって落ち込んでましたよ」

 

弓と矢……親父がエジプトから持って帰って来たというアレか。そして私のこのキラークイーンを発現させたのも。ここ最近杜王町で妙な噂が多いと思ってはいたが、まさか他にもあったとはな。これで異様なスタンド使いの多さにも納得がいく。

 

「弓と矢? それを使えばスタンド使いになれるのか?」

「ああ。ただし、素質がなければ死ぬらしい。俺は承太郎さんと億泰から聞いただけだから見たことはねえが、実際に康一は死にかけてたからな。何より……スタンド使いになれば、戦うことから逃げられなくなる。どんなに戦いが嫌いでも。スタンド使いとスタンド使いは引かれ合うからな」

 

スタンド使いになれば、その瞬間から戦う運命を押し付けられる。全く、忌々しいがな。

 

「承太郎さんが言うには、その弓と矢は俺のいた町にあった2本の他にもいくつかあるらしい。もしかしたら、この幻想郷にもあるのかもな」

「確かに、可能性としては大いに考えられるな。仗助君の言う弓と矢がどれだけ古い年代の物なのかは分からないが、この幻想郷は幻想となった存在が流れ着く場所。その内の1本でも幻想となっているなら、あったとしてもおかしくない」

 

この幻想郷に、弓と矢か……もし本当にあるとするならば、すぐにでも爆破してしまわなければ。これ以上スタンド使いが増えてしまっては非常に困る。誰一人として、この吉良吉影のキラークイーンに気づく者がいてはならない。

 

「よく分からないけど、そのスタンド? を引き出す弓と矢って誰が作ったんだろうね?」

「どうなんだろうな。ただ一つ確かなのは、もしここに弓と矢があったなら、すぐにでもへし折らなきゃならねえってことだけだ」

「え、壊しちゃうのか? スタンド使いになれるかもしれない道具なのにもったいないぜ」

「スタンド使いの犯罪は、誰にも分からないし裁けねえ。例え殺人だったとしても、誰もスタンド使いの仕業だとは思わない。犯罪者が笑い、被害者や遺族は泣くしかねえんだ。だからあんな物は、あっちゃいけねえ」

 

(くし)を取り出し髪をとかす仗助の顔には、静かな怒りが浮かんでいた。この場にいる誰もが思わず口を閉ざし、その強固な決意を肌で感じる。

 

「そういえば、弓と矢とはまた別物だと思うんだが……どうやら紅魔館が謎の道具を手に入れたらしい。この間まで天狗が新聞にしたりしていたんだが、ここ数日は音沙汰がないな」

「どうせ見栄張った嘘だったんじゃないのか? レミリアなら充分にあり得ることだぜ。私が行った時もそんなの見なかったしな」

「そうかもしれないな。新聞の特別な力を与えるっていう情報も嘘なのか本当なのか……」

 

弓と矢の次は謎の道具か。その何かが弓と矢でないことを祈ろう。これ以上トラブルに巻き込まれるのはごめんだ。ここでは、ただでさえ厄介ごとに巻き込まれやすいというのに。

 

「へぇー、特別な力か。今度レミリアのとこに行ったら聞いてみるか」

「その特別な力っつーのがスタンドじゃなきゃいいんスけどねぇ〜。もし弓と矢だったら、俺がグレートにブチ壊してやりますよ」

「それじゃ川尻、そろそろ行こうぜ。夕飯の支度もあるし、風呂も沸かさなきゃならないからな」

「なら、まず食器を片付けなくっちゃあな」

 

私が食器を集めようとした時、それを慧音の手が止めた。……綺麗な手首だ。許されるなら、今ここで切り取ってしまいたい。残念ながら、それは叶わぬ願いではあるが。爪が音を立てて伸び、私は殺人衝動をどうにかこらえる。抑えろ、今は抑えるのだ……

 

「いや、私が片付けるから浩作君は何もしなくて大丈夫だ。料理も作ってもらっているからな」

「あ、じゃあ俺手伝いまスよ。長屋の件の借りがあるッスからね」

「ありがとう仗助君。小傘はどうする?」

「私もそろそろ人を驚かすのに戻ろうかな。じゃあね浩作さん、料理美味しかったよ」

 

日が暮れ始めた頃、私達はそれぞれの日々へと戻って行く。小傘は里のはずれに去って行き、仗助は慧音と共に皿洗い。私と魔理沙は里へ来た時と同じ様に(ほうき)に乗り、(あかね)色に染まり始めた空を飛ぶ。

 

かなり長い時間、あの場所に拘束されていた。会社の飲み会ですら長居はしたくないというのに……しかし話題が弓と矢に向いて、私に話を振る者がいなかったのは幸運だったな。

 

「なあ川尻……川尻って、本当に何の能力もないただの人間なんだよな」

「……その通りだが、急に何の話かね」

「いや、仗助が川尻の住んでた町に2本も弓と矢があったって言うから、もしかしたらスタンドを隠してるのかもって思っただけだぜ」

「そんな訳がないじゃあないか。こうして空を飛んでいるのさえ驚きなんだからな」

「うん、やっぱそうだよな」

 

この位置からでは魔理沙の顔は見えんが、声の調子からして嘘をついている様には感じられんな。それにしてもこのガキ……やけに勘がいいぞ。どうやら慎重に立ち回らなければならんらしいな。最悪、このガキを始末する手もあるが。

 

「努力しても努力しても、越えられない天才がいたら、川尻はどうする?」

「ふむ、越えられない天才、ね……何で競うかにもよると思うが、競い合って自分が傷つくくらいなら、私はその勝負を降りるだろう」

「やっぱ、そうだよな……」

 

つまり、天才と凡人の埋められない差に思い悩んだ末の人生相談、という訳か。くだらんな。争いとはキリがなく(むな)しい行為だ。その天才を負かし次の天才に敗れたらどうする? 一つの戦いに勝利したところで、それでどうなる? 戦いとは実に愚かな行為だ。

 

「でも川尻がスタンド使いじゃなくてホッとしたぜ。仗助とかには、こんな弱音理解してもらえないだろうからな。それに、恥ずかしいし……」

「君は仗助くんが好みなのか」

「? なんでそうなるんだ?」

 

違ったか。まあいい、どちらにせよ私には関係のないことなのだからな。私と魔理沙を乗せた箒は、茜色の空をゆっくりと飛んで行く。




もっと話の作り方を上手くしなければ……
オリジナルの悪役ですが、現在は投票数1で“あり”という結果です。12月の30日23時までが期限となるので、それまでに活動報告の方で回答をお願いします。


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異変

川尻浩作……あの男は危険な匂いがする。それに、あの男は似ている。あの……

 

「藍様? 小難しい顔をしてどうしたの? もしかして、またあの夢?」

「ん、気を(つか)わせたか? 大丈夫さ、気にするな」

「もう、藍様はすぐ私を子供扱いするー」

 

(ちぇん)は不機嫌そうにしながら尻尾を左右に激しく振る。別に子供扱いした訳ではないのにな。誰だって、夢の中で殺されるなんて問題は解消しようがないじゃないか。

 

「夢の話は私が1人で解決するから、お前は修行について考えておくといい」

「じゃあ川尻って外来人を襲う方法でも考えようかなぁ」

「……橙、冗談でもそういうことは軽々しく口にするものじゃないぞ。それに、あの男は紫様が直々に刺激するなと言う程だ。里の人間とは訳が違う筈だからね」

 

あの男は、まるで考えが読めない。表面上は至って普通の人間として振る舞っているが、それは本来の能力を隠すための隠れ(みの)という可能性もある。それに……

 

「それって、あの夢の男に似てるから?」

「それもあるが川尻浩作という男は……いや、その通りさ。川尻浩作は似すぎている。表情も、言動も、体格も、雰囲気さえも」

 

夢の中でいつも私を殺すあの金髪の男と違うのは、見えない力を使わないこと。それから、見ているだけで悪寒(おかん)がするドス黒いオーラがないこと。私の勘違いならそれでいい。やはりそれでも、川尻浩作は似ている。一目で夢の男だと確信してしまう程に。

 

「藍様は九尾の狐、最強の妖獣なんだから心配することないよ! 本気を出せば紫様以外には誰にも負けないんだから!」

「ふふ、お前は素直で可愛(かわい)いなぁ。よし、マタタビをあげよう」

「わー藍様ばんざーい!」

 

まるで純粋な子供みたいだ。これで物騒な考えもしないでくれたら嬉しいんだが……それは追々(おいおい)教えていけばいいか。今は夢も川尻浩作も忘れて、橙を思いっきりかわいがってやろう。あまりあげると酔って凶暴化するからな……小さい塊2つでいいだろう。

 

「2個でいいか?」

「えーもっともっと! 3個! 3個ちょうだい!」

「マタタビ3個欲しいのか? 3個……いやしんぼめ。よーしいくぞ。それ」

「にゃー!」

 

橙は転びそうになりながらも、どうにか全部受け止められたらしい。以前は落として落ち込んでいたのに……成長したな、橙。

 

「はふ〜……」

「よーしよしよしよしよしよし! 橙、お前は大したやつだ」

 

存分にかわいがった後、私は橙を連れて山を下る。他に回らなければならないのは地下の旧都と地霊殿か……ここからではそれなりに距離があるな。しかし紫様が休みもせずに結界の張り直しに(のぞ)むなど、今回の異変は類を見ない。天狗の長ですら気づいてはいなかった。もしかしたら、川尻浩作と何か関係でもあるのか?

 

「きー! 何よあのお化けブ男ムカつくー! 氷漬けにして湖に沈めてやるんだから!」

 

あれは氷の妖精? なぜこんな湖から離れた場所に……しかも辺りを手当たり次第に凍らせてしまっている。これじゃあこの周辺に住んでいる生き物はいい迷惑だ。一応話を聞いておいた方がいいな。

 

「何をそんなに怒ってるんだ?」

「あ、スキマ妖怪の式神! ちょうどいいわ! ちょっと憂さ晴らしに凍らされなさい!」

 

2分後、氷の妖精を地面に撃ち落とした私は改めて(たず)ねる。

 

「それで、何をそんなに怒ってたのか教えてくれると嬉しいね」

「チルノよわーい」

「この化け猫式神の式神のクセにムカつく……私がいつも霧の湖にいることは知ってるでしょ? あそこは昔から妖精が集まって遊ぶ場所だけど、最近よそ者がデカイ顔して縄張りにしてるのよ。自分では吸血鬼って言ってるけど、どう見たってあれは人間ね」

 

それからまた怒り始めた氷の妖精を落ち着かせるのには少し手間取ってしまった。なぜ妖精というのはこうも気性が激しいんだ?

 

「それで、その自称吸血鬼がどうしたんだ?」

「そうそう、そいつがここは俺たちの縄張りだから出て行けって言い始めて……それだけでも頭きちゃうんだけど、他の子たちを一方的に蹴散(けち)らしたあげく動物の死体をどっかから集めて来るの。ムカつくし臭いし湖におしっこはするし……ああムカつく!」

「うえぇ、汚い……」

「それで戦いを挑んで返り討ちにあい、怒っていたと」

「みなまで言わないでよ式神のクセに!」

 

自称吸血鬼に、汚される湖。正直言ってこれはわざわざ私が対処することでもないな。博麗の巫女やあの人間の魔法使いにでも話を通して解決してもらうのが最善だろう。私もやることがある。

 

「明日になったら巫女か人間の魔法使いに頼むといい。私から話をつけておこうか? その方があの2人も動く気になる筈さ」

「えー、解決してくれないの? 九尾の狐なのに?」

「私はあくまで式神。紫様の許可なしに勝手な行動はできないんだ」

「何その店主不在の便利屋みたいな制限……あんたも不便してるのね」

 

正確には、許可なしに戦かったら私が紫様にお仕置きされるというだけのことだが……まあ言う必要はないな。言ったら話し合いだけとか言って解決させられそうだし、万が一戦いになった後のお仕置きも怖いし。

 

氷の妖精と別れ暫くした時、不意に橙が聞いてきた。

 

「ねえ藍様、さっき言ってた式神は勝手に行動できないって本当? 私はこんなに自由に動けるのに?」

「あれは嘘だよ。紫様に許可を取らず戦い始めたら、怒られてしまうからね。それに橙も危険な目にあうかもしれないだろ?」

「でも藍様は私が勝手に戦ってても怒らないよ? なのに紫様は怒るの?」

「紫様は私が危険なことをしない様に気を遣ってくれているのさ。私がお前を怒らないのは、お前が危険なことをしないって分かってるからだ。私はまだ未熟で戦う相手を見誤る時もある。でもお前は勝てない相手とは戦わないだろう?」

 

本当は完全に制御できるくらいの力がないだけってことは黙っておこう。

 

「そんなことないよ、藍様はとっても「つまり、私はそれだけ橙を信頼してるってことさ」

 

まだ何か言いたげな表情だったが、それも少ししたらまた歩き始めた。嘘は言っていないから問題ないな。

 

山を下り歩くこと数分、何やら腐臭の様な生臭さが立ち込め始める。なるほど、あの氷の妖精が言っていたのは、どうやらこれのことの様だな。湖の近くに掘られた大きな穴と、その穴を守るこちらに背を向けた門番が1人。どうやら臭いはあの穴周辺から出ているらしい。

 

注意を払わなければ特に敵対することもないだろうと思い、私は橙を近くに呼び寄せ通り過ぎようとした。その時、岬から吹く風が私達の匂いを運んだのか門番がこちらを向いた。

 

「ああ〜? (だり)ダァ〜〜?」

 

巨体の男は紙袋の穴からこちらを見ているらしい。今のところ襲ってくる気配はないが、これだけは分かる。こいつは敵だ、それも悪質な敵。

 

「ん〜〜? なーんか見たことあるような、ないような……う〜ん?」

「こら、ブ男! その式神こそあんたをぶっ倒すためにやって来た九尾の狐よ! ほら、さっさとやっちゃって」

「チルノ!? ついて来てたの!?」

「おれっちを倒す〜? ディハハハ! そんなん無理無理かたつむりー! でもこういうマブイ女は大好物だぜ!」

 

えーと、どうなってるんだ? つまり、こういうことか? 後をついてきた氷の妖精は門番に勝手にぶっ倒すと言い出した上、門番もそれに乗り気になった。紫様……私はこの状況をどうやって抜け出したらいいのでしょうか。

 

「さあ(来い)九尾の狐ちゃん! おれっちが甘〜く抱きしめてやるぜ。そしてその唇にキスの魔法をかけて毎晩おれっちを思い出せるようにし・て・や・る・ぜ……なんつってなぁ〜! HYAHAAA!」

「藍様、こいつ気持ち悪い」

「奇遇だね化け猫、私も吐きそう」

 

正直私も吐きそうだ。

 

「おりゃあ〜! 抱きしめの刑だー!」

「藍様に近寄るなブ男! 顔見えないけど!」

「今日こそ凍らせてやる!」

「へたっぴー! そんな急所狙いでもない攻撃が当たるかってんでい!」

「うっそ……2人がかりなのに全然ダメージになってない!?」

「おチビちゃんたちがおれっちを倒すなんて無理無理無理のかたつむりー! ディハハハ!」

 

自称吸血鬼は橙と氷の妖精の弾幕を身軽に避け、当たりそうな物は全て叩き落とした上で勝ち誇る。確かに人間の身体能力ではないな。人間離れしているあの巫女と魔法使いですら弾幕を素手で弾くなど不可能なのに。しかし吸血鬼にしては羽が見当たらないが……

 

「さーて狐ちゃーん。おれっちは一応門番だからなぁ、通すわけにはいかんからよ。冗談抜きでいかせてもらうぜ〜。くらえ血管針(けっかんしん)攻撃!」

「わ、気持ち悪」

 

門番から飛び出した血管が生き物の様に迫って来たことに焦り、私は思わず手で掴み取ってしまった。血が通っていないのか血管は冷たく、とても生物の物とは思えない。それなのに未だに動き続けているという気味の悪さに耐えきれず、私は引きちぎるつもりで引っ張った。

 

「おろ?」

「げ」

 

血管は切れずに門番の体が浮かび上がり、氷の妖精目がけて落下する。氷の妖精はどうにか門番の体を空中で押しのけ下敷きを回避した様だ。あんなやつの下敷きになるのは、私だったら死んでも御免(ごめん)だ。

 

「なんじゃこりゃぁ〜!?」

「うわー、見て見て藍様。全身カチカチに凍ってる! さすが氷の妖精だね」

「うっわ触っちゃった……まあいいか、結果オーライね! これでやっと湖に沈めてやれるわ!」

 

頭以外を全て凍らすという器用なことをやってのけた氷の妖精は橙と共に門番を引っ張り、湖へと投げ入れようとする。門番は必死に命乞いをしているが、あの2人が聞き入れるとは思えないな。

 

「ごめん、ごめんって! じゃあポエム、おれっちのポエム聞かせてあげるから! もしも君が辛くて泣きだしそうな時、夜空を見上げてみるといい。そこにはいつも星が輝いているから。どんな時も星は輝いているから。だから迷わず、星明かりを頼りに自分の道を歩き出して欲しい」

「せーっの!」

「ちょ、やめてー! おれっちの出番これで終わり!? 嫌だこんなのー! がぼがぼがぼ……」

 

気持ちの悪い門番は氷漬けにされた上、慈悲もなく湖の底へと沈んでいった。こんなことを考えるのは恥ずべきことだが、あいつが沈んでいってくれてスカッとしているよ。

 

「やっとこれで皆んなが戻って来れるわね。怒りもおさまったし、ファンファーレでも吹きたい気分よ」

「藍様を襲おうとしたんだから当然の報い!」

「まあまあ、もう終わったことさ。それに彼だって一応門番だったらしいからな、あれも仕事の内だ」

 

門番……門番? なぜあの門番はこの穴を守っていたんだ? この穴の奥に何かがあるのか?

 

「そういえばブ男は自分で門番って言ってたけど、何を守ってたんだろ。死体なんて守るとは思えないけど……」

「お宝とか?」

「お宝! それだ! あのブ男、お宝まで独り占めしようなんて! お宝はこのチルノの物よ!」

「ちょっとチルノ! 私にも分けてよ!」

「こら、橙。あまり急いで奥に行かないでくれ。見失ってしまうだろう」

 

穴の奥へと駆けて行く2人の後を追い、私も奥へ奥へと入って行く。2人はまだ見える位置にいる。しかし私の中では、不安と疑問だけが進む度に大きくなっていく。異常だ。この穴は、何かを隠すために掘ったにしては深すぎる。まるで洞窟だ。

 

「橙、そろそろ戻ろう」

「う、うん……藍様、この穴不気味だよ……」

 

私は不安がる橙を抱き寄せ、氷の妖精に目を向ける。妖精とはいえやはり不安を感じてきたのか、その場に立ち止まり一歩も動けなくなっていた。戻ろうと声をかけようとしたその時、何かが聞こえてきた。

 

「ねえ、何か聞こえない? さっきからずっと……」

「藍様……」

 

その音は、この穴の奥深くから響いていた。重く、低く、まるで地下深くから響いてきている様な。もしかしたら、またどこかの誰かが迷惑なことを企んでいるのかもしれない。そんな楽観的なことを考え気を紛らしながら、私はその音を確かめるため一歩踏み出した。

 

「藍様? どこ行くの?」

「すぐ戻るさ。橙達は穴の外で待ってるといい。私はこの悪趣味な穴の主人に、小言を聞かせなければならないからな」

 

本当に、小言で済めばいいな。穴の奥は夜目(よめ)がきく方の私でさえ、この穴を見渡すことができない。こんな長く大きな穴を掘るのは、相当に隠したい何かがあるらしい。

 

暗く光のない世界で、私は1人進んで行く。この穴の先には、何が広がっているのだろう? この穴は、どこへ繋がっているのだろう? 光も他の道もない閉塞(へいそく)感に、私の心臓の鼓動は早くなり冷や汗をかき始める。突如、目の前に広大な空間が広がった。

 

そびえ立つ鉄の塔から伸びた血管に似た(つな)は壁へと続き、下には鉄塔の基盤が作られている。近くには松明(たいまつ)の明かりが見え、何者かがそこに座り込んでいるのが見えた。その光に、私は思わず安堵(あんど)の息を漏らす。

 

いったい誰が、どんな目的でこんな物を作ったんだ? この地下へと続く広大な空間、そして鉄塔。これをそうまでして隠し続ける理由は? 死体を集めるのはなぜ? 疑問が尽きない中、私は宙に浮かびゆっくりと底へ降りて行く。

 

地面に降り立った私は、松明の炎と何者かに近づいて行く。その後ろ姿にどこか見覚えがある様な気もする……いや、私はこいつを知っている。以前、小人を騙して弱い妖怪達を暴れさせた天邪鬼だったか。荒らすだけ荒らしてどこかへ行ったと思えば、こんなことをしていたとはな。

 

「狐が」

 

敵意のこもった声に、踏み出そうとした足が止まる。その声は明らかに目の前の天邪鬼の物ではない。くぐもった男の声だ。私に気づき驚いている天邪鬼を無視し、私は辺りを見回す。そこに広がる闇の中には、声の主はどこにも見当たらない。見つけられなければ、やられる。

 

「やば!? なんでスキマ妖怪の式神がここにいんだ!? 門番はどうした!?」

「おお……それはそれは。正邪(せいじゃ)女史よ、どうやら門番は湖に沈められたようだ。今頃は魚とお友達になっているだろう」

「役立たず!」

 

先程の声の主は一向に見つからない。仕方なく私は探すのを諦め、天邪鬼へと向き直る。睨みつければ、天邪鬼はそれだけで後ずさる。他人に頼らなければならない小物妖怪と私とでは、力量差は歴然だからな。

 

「また何かをしているらしいが、今降参するなら紫様には言わないでおいてやる。降参しろ」

「やなこった。もう少しなんだ……仮面の力さえ手に入れれば……! 私の野望は邪魔させやしない! 伯爵(はくしゃく)!」

 

天邪鬼が伯爵と呼んだ次の瞬間、闇の中で動いた何かが私を吹き飛ばした。う……体が、痛い……何をされた? 私が前を向いた時、そこには拳を振り上げた妖怪がいた。咄嗟(とっさ)に拳を受け止め、腹に蹴りを入れ距離を離す。

 

伯爵と呼ばれた敵は、どうやらコウモリの妖怪らしい。私が知っている妖怪よりも、かなり禍々しいなりをしているが。コウモリその物な顔に、傷だらけの(たくま)しい肉体。肩から生えたマント。

 

伯爵が動き出し、私は宙へ浮かび距離を離しながら弾幕を張る。しかし無数の小さなコウモリ達が視界を(さえぎ)り伯爵を狙うことができない。手で振り払い視界を確保した私が見たのは、今正に伯爵の蹴りが私にめり込むところだった。

 

私は地面に叩きつけられ、伯爵は羽ばたきながら闇の中に紛れ込む。まずい、ここは伯爵に有利な条件が揃いすぎている……闇、コウモリ、そして広さ。一旦引き体勢を立て直さなければ勝てない……!

 

「伯爵! 殺さずに捕まえろ! 川尻浩作の代わりになるからな!」

 

川尻? なぜここであの男の名が……く、コウモリが邪魔だ。ここへ入って来た穴に逃げ込み、外へと向かいながら考える。なぜあの外来人がここで関わってくるのか。私が代わりになるというのはどういうことだ?

 

背後からは大量のコウモリと共に伯爵が迫って来る。出口はまだ見えない。差が徐々に縮まってくる。出口は見えない。差が更に縮まる……出口が、見えた。

 

外へ飛び出したのと伯爵が私に追いついたのはほぼ同時。伯爵は空中で私を捕らえると地面に投げつけ、上からのしかかる。突然の重さに息が苦しくなるが、伯爵の攻撃を防ぎ、殴って上へ吹き飛ばす。だがダメージにはならず、伯爵はマントを翼に変えて姿勢を制御し地に降りる。

 

「藍様、これは!?」

「なにこのお化け!? 門番よりずっと強そうだし!」

「2人とも、逃げるぞ!」

 

橙と氷の妖精を近くに呼び寄せ、遠距離移動の術式を素早く発動させるが、その間にも伯爵は距離を詰めて来る。ここで戦ってしまえば、この2人が傷つくのは避けられない。早く、早く!

 

2人の弾幕を意に介さず突進してきた伯爵の腕が私達を(えぐ)るよりも早く術が発動、一瞬で人里近くに移動することに成功した。あの空間から逃げ遅れていたら……あの場から逃げ遅れていたら。そう考えた私は、無事でいられたことに安堵する。

 

この幻想郷では、争いは全て弾幕ごっこという遊びで決着をつけるとルールで定められている。しかしあの伯爵はルールを無視し、環境を有効に使い襲いかかってきた。遊びではない、殺意を持った攻撃、戦法。

 

天邪鬼と伯爵が何を考えているのかは分からないし、予想もつかない。それでも、やるべきことは分かる。紫様に報告すること、そして、川尻浩作があいつらとどんな関係なのか調べることだ。

 

 

 

小さな星の話をしよう。

頼りない小さな星の。

広がる闇の中で、星を見よう。

月の嘘で塗りつぶされる前に……




「コウモリ伯爵」
パワーB スピードC 持続力C 射程距離なし 精密動作性C 成長性B
コウモリの妖怪。普通の妖怪とは様子が違うようだが……? コウモリを操る程度の能力を持つ。奇襲を得意とする。元ネタはドラキュラと野衾。


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潜伏する悪意

今回の話は今後のストーリー展開で重要な役割を果たしてくれるでしょう(願望)
この作品で東方キャラとジョジョキャラが戦うのは吉良戦を除きほぼないと思うので、期待していた方には申し訳ありません。あらすじの注意書きも変更しておきます。


「う〜ん、いくら慧音先生の頼みっていっても首を縦には振れねえなぁ」

 

長屋の大家は、慧音の話を聞き勘定台の向こうで渋い顔をした。その目はいくつかの書類に向けられており、現在の空き家と間取り、家賃などの情報が記入されている。

 

「無理って、このままじゃ川尻は野宿だぜ」

「んなこと言われたって、こっちも商売だかんな。あの麩菓子みたいな頭のにいちゃんにも相当無理して貸してんだ」

 

大家はそう言うと書類を片付け始める。こればかりはどうしようもないと思ったのか、魔理沙も慧音も諦めた雰囲気だ。一応常識人である慧音を頼ってはみたが、やはりダメか……よそ者に厳しいのはどこも一緒らしいな。

 

「慧音くん、何かいい仕事はないか? 頼ってばかりで申し訳ないが」

「そうだな、新任教師への推薦ならできないこともないが……」

「自信はないな」

「畳の編み目を数えるより退屈な授業の上をいけたら尊敬するぜ」

 

慧音から頭突きを食らわされた魔理沙は痛みのあまりしゃがみ込み、何やら呻いている。した方の慧音は全く痛がる素振りを見せていないが、こいつの額は何でできているのだ?

 

「おや、貴方は川尻浩作か」

 

突然の若い女の声に振り向けば、そこには昨日の狐の少女が立っていた。一応笑顔を作っているつもりらしいが、目がまるで笑っていない。さてはこいつ、騙すのが下手なタイプか。狐なのにか?

 

「君は確か……」

「八雲藍だ。昨日聞いただろう」

「歳のせいか忘れっぽくてね」

 

当たり障りのない会話をしている間に、藍と名乗った少女は目の前まで歩いて来る。この室内が薄暗いのもあるが、どうも嫌な作り笑顔だ。それ以外は合格点だがな。

 

美しい顔をした女だ。手入れのされた髪に、整えられた身だしなみ。中華風な服なのは疑問だが、装飾品もつけておらず目に優しい。手が隠れていて見えないのが残念だが、どの道今はキラークイーンすら使えん。東方仗助……ヤツさえいなければ里の女を彼女にできるものを。

 

「紫の式神もここの大家に用か?」

「いや、私が用があるのは川尻浩作、貴方さ」

 

魔理沙の言葉を否定し、藍は私の目を見る。その目の中にどんな感情が渦巻いているのか私には知るよしもないが、好意がないことだけは確かだろう。それにしても私に用だと? 昨日ですら会話らしい会話などしていないというのに、いったい何の用だ。

 

「お金に困っているらしいが、実は私も少し困ったことがあってな。そこで、情報交換をしよう。私が欲しい情報を教えてくれれば、報酬を出す」

「悪いが、辞退させてもらうよ」

「……なに?」

「不審な取り引きはしないことにしているのでね」

 

私の発言を聞いた藍は、不機嫌そうに顔を歪めた。かと思えば、深呼吸をし気持ちを落ち着かせ、また笑顔を作り私を見据える。ふむ……話はできそうなヤツだ。

 

「なら、現金ではなく仕事の紹介をしよう」

「浩作君、少し下がっていてくれ。藍さん……でいいのかな? 言葉が悪くなるが、突然現れて金銭の取り引きを持ちかけるのは怪しいと思われても仕方ないぞ」

 

慧音は私の腕を引いて無理矢理下がらせ、魔理沙の方へと押し付ける。魔理沙は今の状況を面白そうに眺め、大家は何が始まるのかビクビクしながら奥から覗き、2人は至近距離で(にら)み合う。やがて藍は根負けしたのか、ため息をついた。

 

「しょうがない……場所を変えて話そう」

「なぜ? それこそ、私は人に聞かれたくない怪しいことをしている、という自白じゃないのか?」

「無関係の者に聞かれるのがマズイという意味さ」

「なら尚更だ」

 

慧音と藍の会話は平行線で、互いに(ゆず)らない。心なしか、この空間の温度が下がってきたような気もする。気のせいかもしれないが。話が先に進まないことに苛立っているのはどちらも同じらしく、藍に至っては笑顔のまま眉をひそめるという器用な芸当を披露している。

 

「……昨夜、輝針城異変を起こした天邪鬼を見つけた」

「天邪鬼? あの正邪か?」

 

藍の言葉に魔理沙は意外そうな声を上げ、慧音も言葉を見失う。その様子を予見していたのか、藍は更に続けた。

 

「今回は私も動かざるを得ない、非常に危険な事態だ。しかも敵は天邪鬼だけじゃない」

 

誰も言葉を発さない様子を見て、藍は重々しく口を開く。

 

「コウモリの妖怪、通称は伯爵。弾幕ごっこによる決闘ではなく、殺害を目的として戦う強敵だ」

「コウモリ? どこをどう見ても貧弱そうじゃないか」

「なるほど、貴方は弾幕が直撃しても平然としているのか」

 

藍の皮肉を込めた予想外の返しに、魔理沙は言葉に詰まる。それを聞いた慧音の表情も疑惑と不安が入り混じった物へと変化し、その伯爵とやらがどれだけ脅威なのかを私に教える。

 

弾幕ごっこ……恐らく魔理沙と紅白がやっていたのがそうなのだろうが、ふむ、確かにあの星型の光やお札を生身で受け止められるのは異常だ。となると、銃弾も通じるかどうか、ということか。

 

「輝針城異変がたった数ヶ月前に起こったばかりだ」

「新たな異変は既に始まっている、ということさ」

「しかし「慧音くん」

 

再び藍に噛み付こうとした慧音を押し留め、私は前に出る。魔理沙は相変わらず呑気に伸びをし、慧音は不服そうな顔をして私を見た。

 

「単刀直入に言おう。目的はなんだ?」

「天邪鬼と伯爵について知りたい」

 

真剣な眼差しで私を見つめる姿からは、ふざけている様子は見受けられない。その天邪鬼と伯爵というヤツは知らんが、ここで面倒事が起きているのは本当らしいな。

 

「すまないが、知らないな」

「……そうか。なら、ここに来てから何か変わったことは?」

「特に何も。なぜ私にそんなことを聞く」

「昨夜伯爵と交戦した際、天邪鬼が私は貴方の代わりになると言っていた」

「何? それはどういうことだ?」

「理由は知らない。私はただその発言を元に聞いているだけだからな」

 

この藍の話がどれだけ信用できるのか、どこまでが本当なのか私には分からない。ただ、魔理沙と慧音の様子からして、普段からくだらない嘘を並べてはいない。それだけは確かなはずだ。

 

「もう一度自己紹介して欲しい。外の世界での過ごし方に繋がりがあるかもしれない」

「……黙秘権は許可されるのか?」

「無論だ」

 

それを聞いた私は一度口を閉ざす。どんな風に答えればいいのか悩んでいると、そう周囲に思わせるためにな。

 

「私の名は川尻浩作。杜王町に住む会社員で、妻と息子がいる。趣味は健康管理で、特技は料理だ。杜王町RADIOをよく聞くんだが、知ってるかね?」

「いや」

「そうか。とにかく、私はただのしがないサラリーマンさ」

 

自己紹介を終え腕を組もうとした時、私の小指が折れた。体に走る激しい痛みは、叫び声を上げることすら許さず稲妻(いなづま)の様に私を苦しめる。

 

「だが嘘をつくことは許可しない」

 

私の小指を小枝の様にへし折った藍はただ静かに、落ち着いた声音でそう告げた。

 

「こ……この……この便所のネズミにも劣る、道端のクソ程の価値もないクソカス風情がァ!!」

「それが貴方の本性か」

 

私がキラークイーンの拳をすんでのところで止め思考をクールダウンさせようとした時、藍は私の腕を掴む。慧音と魔理沙は私の豹変に驚いたまま動けず、キラークイーンを使うこともできずに私の視界は暗転した。

 

 

 

目を開けた私が見たのは、爽やかな風が吹く澄み切った青空だった。暑くなく、かといって寒くもない。暖かく心地いい気温は、それだけで私の心を平穏へと導いてくれる。この世に、美しい青空と自然を楽しむ以上の素晴らしいことがあるだろうか?

 

「目が覚めたか?」

「今の一言でな」

 

皮肉を込めた言葉を吐き捨て、私は芝生の上から起き上がる。藍は日本屋敷の縁側に腰かけ、優雅にお茶を飲んで私を見ていた。屋根から吊るされた風鈴が風に当たり、涼しげな音を響かせる。

 

「続きを聞こう。嘘はすぐに分かる」

「……どこまで知っている」

「普通であろうとする貴方が、普通じゃないことは」

「嘘をついたらどうなる?」

「小指では済まないな」

 

お茶を飲み、鋭く睨みながら藍は私に向けてそう言った。こんな状況では、風鈴の音色も、花の(あわ)い色合いも、池を泳ぐ魚も楽しむことができない。厄介事は私の求める平穏とは相反(そうはん)するから嫌いだ……

 

「激しい喜びはいらない……その代わり深い絶望もない……そんな植物の心の様な、夜空の星の様な平穏な生活こそ、私の幸福だったのに……」

 

湯のみを(かたわ)らに置く藍を見ながら、私は続ける。

 

「タバコは吸わない。健康を害するからな。酒は(たしな)む程度、夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠をとるようにしている。温かいミルクを飲み20分のストレッチで体をほぐせば、明日の朝まで熟睡さ……疲労やストレスを残さず朝目を覚ませる」

「何が言いたい」

「私は心の平穏を願って生きている人間だということを説明しているんだよ。夜も眠れない敵だとか、そういったトラブルを作らない。それが私の社会に対する姿勢であり、自身の幸福だと知っている」

「あの時の態度、やはり演技だったか」

 

ここの連中にしては珍しく頭を働かせた藍は、そばに置いてあった新聞紙を広げる。真剣その物な表情と眼差しをしている辺り、まさか飽きたとは言わんだろう。

 

「しかし接点が見えないな。貴方と同時期に迷い込んできた男……東方仗助はスタンド使いというやつらしいが。貴方もそうなのか?」

「黙秘権を行使する」

「イエスだな」

 

私がスタンド使いということだけは知られたくなかった……キラークイーンのことも話さなければならないからな。殺すのはマズイ、だが正直に話すのもマズイ。口封じをしなければ……!

 

「貴方はここで保護するが、新聞によるとスタンドにはそれぞれ異なる能力があるらしいな。貴方の能力はなんだ?」

「……今、なんて言った? 保護だと? ここでか?」

「そうだ」

「オイオイオイ! 話が違うぞ!? 私が家を借りる手助けをするんじゃあなかったのか!?」

「天邪鬼は“私は川尻浩作の代わりになるから殺すな”と言っていた。川尻浩作の代わりだ。この意味が分かるな」

 

そこまで言い切ると、藍はお茶を(すす)る。(うらや)ましいな、暇そうで……私は思う様に物事が進まない現状を、爪を噛んで憎んでいた。頭が沸騰しそうだ、頭をかきむしりたい、今ここでヤツを爆破してしまいたい……!

 

「私は伯爵と戦えるが、人間の貴方では太刀打ちできない。伯爵は闇の中からいつでも襲いかかってくる。幻想郷の平和のために……何より、貴方の身の安全のために、能力を教えて欲しい」

「……スタンド名はストレイ・キャット。射程距離1〜2メートル。触れた物を消滅させる能力がある」

 

悩んだ末、私は教える。嘘の情報を。藍はそれに気がつく筈もなく、愚かにも私の言葉を信じて(うなず)く。束の間の安息が訪れようとしたこの場に、それをあざ笑うかの如く疾風が吹き荒れた。

 

「分かってないようだな。お前たちに、安心なんてないことを」

 

どこからか(かす)れた声が響き、空間に亀裂が走った。分厚く大きな手がその隙間に差し込まれ、徐々にその隙間を押し広げていく。その向こうに広がっているのは、どこまでも続く闇。手の持ち主は隙間に体を滑り込ませると地面に降り立ち、その背後で空間の亀裂が閉じた。

 

「コウモリ伯爵の命により、川尻浩作、並びに八雲藍。お前たちを迎えに参った」

 

亀に似た怪物は、静かに語った。

 

 

 

彼女は戸惑っていた。怒りを抱いてもいたが、それを簡単に困惑が塗り潰す。なぜ紫の式神は川尻浩作を連れ姿を消したのか? 普段なら小指を折るなどしない常識人なのに、なぜ? 腰かけた(ほうき)を空に走らせ、目は正面だけを見据えながら風に(さら)われそうになる帽子を手で押さえる。

 

「魔理沙、本当にこの辺りなのか?」

 

彼女の隣を飛行する慧音が、長い自身の銀髪を邪魔そうにかきあげながら確認のためにそう(たず)ねる。

 

「ああ、以前紫がこっちの方角にあるって話してたぜ」

「なら急ごう。浩作君に何かある前に」

 

確固たる自信を持った返答に慧音は飛ぶ速度を上げ、彼女もまたそれに合わせ加速する。しかし、それは真下の森から急襲した黒いモヤによって(はば)まれた。2人のそばを(かす)めたモヤはそのまま緩いカーブを描き、遠くへと豪速で飛んで行く。

 

「な、なんだ!? 制御が効かない!」

「しま……ッ! 魔理沙、掴まれ!」

 

空中に浮かぶ力を失った(ほうき)はそのエネルギーのはけ口を失って暴れだし、彼女の小さな体はただそれに振り回される。浮力を失ったのは慧音も同じ。しかし慧音は焦るよりも先に彼女を抱きとめ、そのまま地面に墜落した。

 

「ま、魔理沙……怪我はないか?」

「だいじょぶだ、ぜ……?」

 

抱き抱えられた彼女が目にしたのは、深々と枝が肩に突き刺さり、今正に赤い血が流れ出している慧音の姿だった。予想もしていなかった事態に、彼女は思わず言葉を失う。だが、これは些細なかすり傷。これから先、彼女達が歩む運命に比べてしまえば。

 

もし、記憶が作られた物だったとしたなら。もし、あの日過ごしていた時間の記憶が、偽りだったとしたなら。もし絶対だと信じていた自身の世界が、誰かの手によって作られた物だとしたら。私達は、何を信じればいい?

 

「霧雨嬢に、慧音女史……九尾の狐は、やはり川尻浩作を住処(すみか)へと連れ去ったようだな」

 

声につられて2人が見上げた先にいたのは、成人男性程もあろうかという巨大なコウモリだった。木の枝にぶら下がり、体を羽で隠すその姿は広く認知された物でしかない。大きくなるだけで、その姿勢が不気味さを(かも)し出す物に変貌(へんぼう)するとは、誰が想像できよう。

 

「逆さでは礼儀に失する。無礼を謝罪しよう」

 

木の枝から地に降り立ったコウモリは人の姿へと形を変え、その鍛え上げられた黒い肉体をマントで隠す。日の光すら届かないこの森の中では、コウモリの体色はよく馴染(なじ)む。

 

「諸君が九尾の狐を追うことは予想していた。そして、偽りの記憶を埋め込ませてもらったのだ。諸君が目指していた八雲紫の屋敷は、反対の方角だ」

 

コウモリは淡々と、その異形の口を動かし言葉を(つむ)ぎ出す。この幻想郷において、記憶の改竄(かいざん)ができる人物は何人か存在している。限定的ではあるが、慧音もその1人。それでも、その記憶改竄能力を使って悪事を働いた者も、それに激怒した者もいない。今は違う。

 

「偽りの記憶……? 私の記憶を、書き換えたのか? 私の思い出を!」

 

躊躇はなかった。一切の迷いを見せず、彼女は自身の得意技……マスタースパークを放つ。ミニ八卦炉から発射された光は、コウモリを覆い隠してしまう程に太く大きい。コウモリはそれを避けようともせず、圧倒的な破壊力を秘めたそれに直撃した。

 

コウモリの巨体が木を()ぎ倒しながら吹き飛び、周囲の木々が黒焦げ燃え尽きる。彼女を止めるために伸ばしかけた手を引っ込めながら、慧音は複雑な表情でコウモリを見やった。瞬間、慧音はおろか、彼女の体が凍りつく。

 

立っていた。彼女の攻撃など、岩すら粉砕する彼女の必殺技などまるで放たれていなかったかの様に。冷静に落ち着き払い、マントで体を覆い隠しながら、コウモリは立っていた。焼け焦げ穴のあいたマントが再生していき、傷だらけの肉体が(またた)く間に治っていく。

 

「この世界……いや、この幻想郷を支配しているのは誰か、知っているだろうか。霧雨嬢と、慧音女史よ」

 

2人は答えられない。コウモリが(たたず)んでいる衝撃が、それを許さない。

 

「人間か? 違う。天狗か? 違う。地底の鬼か? 違う……ならば博麗の巫女か? 違う! 八雲紫だ。この幻想郷は常に八雲紫を中心に回っているのだ。歴史は常に強者を中心として回る。貨幣を決めるのは誰だ? 物の価値を決めるのは誰だ? 秩序を定めるのは誰だ? 例え八雲紫でなくとも、必ず誰かが決め、それに追随(ついずい)するのが社会の法則」

 

肩の枝を引き抜き、空気が変わったことを慧音は肌で感じ取る。震える手でミニ八卦炉を握り締める彼女は、コウモリの気迫に呑まれぬよう拳を固く作った。

 

「強者が歴史を、社会の枠組みを作るのだ。どこの馬の骨とも知れん子羊に、重大な責任を負わせる馬鹿はいない。強者とは常に尊敬される存在でなくてはならない。尊敬されるからこそ皆が従うのだ。そこでだ。全ての権力を握るのは、全ての頂点に立つ者にこそ相応しいと思わんか?」

「それは、誰なんだ?」

「よい質問だ、慧音女史よ。全ての生物の頂点にして、地底の鬼すらも餌とする高貴なる者。青き血の主人だ」

 

青き血の主人。その名を、彼女も慧音も知らない。鬼すらも餌とする、生態系の頂点に立つ存在。そんな者がいたとするならば……そこまで考えた慧音は、背筋が凍りつくのを感じた。

 

「すまないが、知らないな」

「無理もない。青き血の主人が歴史から姿を消して久しい。この私自身、数ヶ月前に存在を知ったばかりなのだから。どうだ、私と共に来るがいい。共に闇を恐れ、崇め、服従しようではないか。青き血の主人の名の元に」

 

コウモリはマントを使って体を隠すのをやめ、2人に向け両手を広げる。その刹那(せつな)、コウモリの顔に弾幕の嵐が浴びせられた。怯みも見せないコウモリは、その目を始めて開き慧音を(にら)みつける。

 

「フン、愚かな下等(かとう)眷属(けんぞく)風情が……死ぬしかないな」

 

闇に潜んでいた小さなコウモリの群れが、伯爵を鼓舞するかの様に飛び立った。




幻想郷を揺るがす悪役vs東方キャラ&ジョジョキャラ、という構想に決まったのでオリジナルの悪役は今後も出てくると思います。オリジナルの悪役なら心置きなくゲスにできますしね。

次の話はほぼ全て戦闘になります。


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瀑声に堕つ

今回は一万文字越えなので長文注意です。
「瀑声に咲く戦華」を聴きながら書いたんですが、いいBGMですよね。


鋭い(くちばし)に長く太い爪、全身に生えそろった小さな鱗。首の後ろとその棍棒の様な太い尾からは鋭く硬いトゲが生え、トゲトゲしい亀の外見をより一層攻撃的な物へと変えている。

 

さながらヒーロー物の怪人といったところか、まるで亀をそのまま人型にしたかの様な外見をしている。これも妖怪ってヤツなのか? にしては、小傘とは随分とかけ離れているが。

 

「貴様、何者だ?」

 

青い顔で戦闘態勢に入った藍を無視し、亀は白く(にご)った目で池を見る。そして私達には興味などないかの様に……いや、聞こえていないのか? どちらにせよ池に近づき、手を水で濡らした。そしてをこちらを向き、水の(したた)る手を払う。水滴が地面に吸い込まれ、染みを残し、私の隣を水のカッターが(かす)めて行った。

 

私はとっさに耳を塞ぐ。衝撃波と轟音が大気を揺らし、ガラスを割り、あまりの音に鼓膜が悲鳴を上げている。クソ、耳が痛み何も聞こえん! 酷い耳鳴りを(こら)え、私は現状を把握しようとする。

 

今、何が起こった? 地面の染みから水のカッターが現れたところまでは見ていた。そして、恐る恐る足元を見た私は戦慄する。裂けていた。まるで鋭利な刃物で裂いたかの様に、地面に直線の裂け目が作られている。裂け目の先を見てみれば、そこには真っ二つに切断された屋敷。冗談じゃあないぞ!? こんな物を食らった瞬間にあの世行きだ!

 

同じ様に耳を押さえ苦しむ藍を横目に、私は亀の次の出方を伺う。もし本気で殺すつもりなら、先程の一撃で藍諸共死んでいる。必死に打開策を考える中、亀は手の水滴を直径30センチはある水の球へ変貌(へんぼう)させた。ほんの小さな水滴を巨大化させるなど、まるでスタンド能力だぞ!

 

飲水(いんすい)思源(しげん)、命の母……水を忘れる命はない」

 

亀は水球にできる波紋を(なが)めながら、静かに呟く。飲水思源……物事の基本を忘れるなという警句だったか。しかしどうする? 私のキラークイーンであの攻撃を防ぐのは無謀だ、仗助の血のカッターよりも何倍も大きいんだぞ! 防げるわけがない!

 

私が頭を悩ませていると、復活した藍が怒りの形相を浮かべる。だが亀はそんなことなど興味がないと、水球の波紋を眺め続ける。

 

「貴様、紫様の屋敷を……!」

「たかが住居で激昂するな、同性愛者(レズビアン)かお前は」

「紫様の屋敷をたかが「やかましいッ! まずはこの状況を切り抜けることを考えろ!」

 

水球から目を離さず片手間で返事をした亀に更に噛み付こうとした藍を強引に黙らせ、亀の様子を伺う。まだ本格的に戦闘態勢に入っていないからいいものの、亀を刺激してこれ以上事態を複雑にするんじゃあない女狐が! クソ、なぜ最近の私はこうもついていないのだ! とにかく、亀が本格的に戦闘態勢に入る前にどうにかしなければ。あの一撃は威嚇射撃、まだ会話をするチャンスはあるはずだ。

 

私に怒鳴りつけられた藍は舌打ちをするが、今は大目に見てやろう。まずは亀をどうにかすることが先決。そこで私は考える。まず敵の目的を明確に知っておけば、交渉に繋げられるかもしれないと。

 

「何が目的だ?」

「お前たちを伯爵の元へ連れ帰る」

「なぜだ?」

「語る必要なし」

 

私の質問に亀は即答する。最も厄介な答え方で。クソ、これでは何の手がかりにもならん!

 

「どうやって紫様の結界を破った」

「水中に火を求むるな」

 

水中に火を求む、水の中で火が欲しいと思う程に無駄なことの例え。つまり、教えないから聞くだけ無駄、というわけか。

 

「拒んで苦しむか、受け入れるか。答えは2択、枝道はない」

「答えはこれだ」

 

亀が手元の水球を眺める中、藍は左右に緑と黄色の大きな一対の弾を撃ち出すと同時に、その両弾が亀目がけゆっくりと飛んで行く。その弾から随時撃ち出される小さな弾の嵐は、形容するなら正に弾幕が相応しい。なるほど、まさかこんな隠し玉があったとは……キラークイーンで防ごうとするの無謀だろう。そう思える程の弾幕。しかし、亀は私の予想とは裏腹に身動き1つせず呟いた。

 

積水(せきすい)成淵(せいえん)……そんな物、以水救水と知れ!」

 

亀が高らかに叫び水球を両手で圧縮する。すると……私は、夢を見ているのか? 水球から大量の水が溢れ出し、その勢いは洪水の様に全ての弾を飲み込み、かき消し、圧倒的な運動エネルギーを秘めたまま私と藍に直撃、飲み込みそのまま何メートルも流し飛ばした。私の視界が青く染まり上下が反転する。

 

い、痛い、身体中が痛い……まさか水の直撃がこんなにも痛い物だとは……鋭い痛みとは違う、鈍くジワジワと体を(むしば)む痛み。例えるならばボクシングのボディブロー、瞬間的な苦痛よりも長引く痛みで相手を参らせる類いか……藍は既に立ち上がっている辺り、さすが式神といったところか。先程よりも顔が青くなっているがな。

 

「貴様……」

「私の名は藍だ、3度も言わせるな」

「勝算はあるのか?」

 

私の言葉に振り向いた藍は困惑した表情を浮かべながら、私を見つめる。

 

「おい、いや待て、そんなまさか……」

「貴方はスタンド使いだろう?」

「ふざけるんじゃあないぞ! 自分から喧嘩を売っておいて、勝てませんでしたごめんなさいで済むとでも思っているのか!」

「その能力を使って倒してくればいいだけだ!」

「貴様、頭脳がマヌケか!? 私のスタンドは射程距離1〜2メートルの近距離型だと言った筈だ!」

 

藍と言い争いをしながら、亀が放った水滴を避ける。同時に、着弾した水滴から優に20メートルを超える水柱が発生した。(みず)飛沫(しぶき)によって視界が一時的に悪化し、前が見えない。この女狐、相手の力量すら分からん内に攻撃を仕掛けるなど……! その上他人に頼るんじゃあないッ! 貴様の自業自得だろう!

 

「待て! 私に戦う意思はない! こいつなら差し出そう!」

「川尻浩作貴様!」

「水の低きに()くが如し。どちらも(のが)さん!」

 

私への死刑宣告と共に水球を高く掲げた次の瞬間、それから発射された高圧の水が地面を抉り、裂き、割る。しかし斜めに放たれていた水は私達を通り過ぎていく。なぜそんなことをしたのかと疑問に思ったのも束の間、水が横薙ぎになった。亀から離れた水は離れる程に高さが低くなり、私達の位置では脚の高さにまで下がっている。

 

「しまった、それが狙いか!?」

「跳べ、川尻浩作!」

 

藍に言われるがまま、私はキラークイーンで地面を蹴り高く跳ぶ。数拍後に真下を通過して行った水は私の腰辺りを薙ぎ払い、もしキラークイーンを使っていなければ死んでいた。これは、命を救われた形になるな。気に食わんが。

 

地面に着地し、斜めに戻っていく水を見ながら私は亀の次の攻撃を予測する。だが、それは無意味なことだった。私が考えるよりも早く、直前の水が地面に残した跡から水が噴出する。

 

「こ、これは!?」

 

今理解した、私達が跳んで回避した水、あれはこれのための準備にしか過ぎなかったのだ! 地面から噴き出し続ける水は障壁の様に外とこの場所を隔絶し、さながら三角形の水の闘技場! 見上げようとも障壁の頂点は見えず、亀と私達しかこの空間には存在しない、亀がそれ以外を許さない。

 

ポケットからペンを取り出し、それを障壁へと突き入れた瞬間。ペンは障壁の立ち上る勢いに(さら)われ粉砕される。もしここに私自身が入ってしまったのなら……そんなことを考え、私は背筋が冷えるのを感じた。私の横で、ペンが粉々になるのを見た藍が障壁に伸ばした手を引っ込める。

 

「クソッ脱出は不可能か」

「恐らく逃がさないという意思表示だろう、川尻浩作」

「チッ……改めて聞くぞ。勝算はあるのか?」

「貴方のスタンドでできることを教えてくれればあるいは」

 

あくまで私のスタンド能力に頼るつもりか……だが今は目の前の亀を倒すことが最優先事項。藍はシアーハートアタックでどうとでもなるが、水を操る亀の体温が高いとは考えにくい。今すぐ爆破してやりたいが、平穏のためと割り切るしかないらしい。

 

「私のスタンドは人型、パンチやキックだけでなく人間が行う動作ほぼ全てが可能だ。だが消滅させる能力は直接指先で触れなければ発動しない。パワーは東方仗助のクレイジーダイヤモンドと同程度」

「なるほど、よく分かった」

「勝算は?」

「勝てるかどうかじゃない、勝つしかないんだ」

「分かりきったことを」

 

満足げに障壁を見上げていた亀が、水球に視線を戻す。

 

「千日の旱魃(かんばつ)に一日の洪水……至言だな、この言葉は」

 

千日の日照りと一日の洪水の被害は同じという、水害の恐ろしさを言い表した(ことわざ)か。水に関連した諺や熟語を好んで使う辺り、この亀は相当水が好きらしいな。

 

「五手だ」

「なに?」

「お前たちは、五手で詰む」

 

亀は鱗に覆われた手を突き出し、5を示す。囲碁や将棋に例えたのだろうが……たった5手で詰むなど、この吉良吉影が甘く見られた物だ。隣の藍を見れば、その慢心とも言える自信に顔を引きつらせている。ま、当然の反応ではあるな。

 

そんな私達の様子を見もせず、亀は片手に持った水球に息を吹きかける。次の瞬間、私の左足を水が貫いていた。痛みはなかった。ただ、地面に倒れゆく中、左側の地面に空いた穴から水が撃ち出されたのだと、冷静に判断していた。だが、痛みは時間差で襲ってくる。

 

「うぐおぉぉ……ッ!」

「バカな、地面の下から!?」

「まず一手。川尻浩作の機動力を奪った。これが二手目だ」

 

水球に指を入れ横に一線を描いた刹那(せつな)、私の腕から飛び出した血液が藍の腕を貫通、糸の様に縫合(ほうごう)し私と藍の体が密着した。血はまるでロープの様に形が固定され、皮膚に食い込む。血液すらも自由自在だと!? ファンタジーやメルヘンじゃあないんだぞッ!

 

「八雲藍、これでお前の機動力も奪った。全ての生物の体は7割程度を水が占める。故に水とは命であり生物、全ての命の源流」

「つ、強い……単純だが、強い!」

「おい貴様、早く離れろ!」

「それは私のセリフだ川尻浩作!」

 

私と藍は互いに離れようと距離をとる。しかし血液の糸はゴムの様に私達を引き戻してしまう。キラークイーンの手刀で切断を試みようと、液体の性質を保っているのかただ血液の糸を通り抜けるだけ。そんな中、亀が再び水球を圧縮した。

 

「川尻浩作! 早くスタンドでなんとかしろ!」

「やかましい! スタンドは願いを叶える魔法の力じゃあないッ! 妖怪の力でどうにかしてみろ!」

「これで三手!」

 

水球から水が溢れ出し、氾濫(はんらん)した川の濁流の様に、その水はうねりながら私達を水の障壁へと押し流す。私はとっさにキラークイーンの腕を地面に突き刺し、藍は私にしがみつく。

 

こ、このままでは……このままでは水の障壁に押し込まれ殺されてしまう! 地面に突き刺した腕は既に押され始めている、もう長くはもたん! その上、い、息が、呼吸ができん……

 

解決策を求め藍を見れば、間近に迫った水の障壁に触れぬよう懸命に私の体にしがみつく姿が見える。チッ人の小指を折っておきながら役に立たんとは! どうする、ここでこいつを振り払い私だけ助かるか!?

 

不意に藍がこちらを向き、地面を指差しながら何か口を動かす。なんだ? 何が言いたい? と、べ……()べだと? そんなことで……いや、思い出せ吉良吉影! いつだってそうだった、重要なのは、細やかな気配りと大胆な行動力なのだ!

 

私は藍が示すままに、キラークイーンの足で地面を蹴り飛ばす。水の中から突き出た私達は、足りない高さは藍の飛行能力で補いそのまま亀へと一直線に飛んで行く。このままヤツの顔面を殴り抜けてくれる!

 

「なにぃ!?」

 

私達の予想外の行動に驚いた亀は水球を取り落とし、地面に落ちるのも気にせず逃げ水の障壁へ突っ込んだ。だが水の障壁は亀を粉砕せず、それどころか亀は水の障壁を泳ぐ様に滑りながら反対へと移動。私達はそのまま着地し、立ち位置が逆転する。

 

「心が通じたな」

「気に食わんがな」

 

軽口を叩きながら、私達はどうすべきか考え始める。先程までいたのは三角形の底辺部分だが今は頂角部分。亀は反対に頂角から底辺部分へ移動した。だが亀は焦らず降ってきた水滴を巨大化させ、また水球を作り出す。どうやら、亀の力は位置関係に縛られる物ではないらしい。

 

「驚きはしたが、所詮(しょせん)水母(くらげ)の風向かい」

 

もう焦りを感じさせない口調に戻った亀は水球を見ながら語る。こいつ、相当自分の力に自信があるらしい。いや、待て……こいつは何を見て驚いた? 視線は常に水球に向かっていた。こいつは、1度たりとも私達を見てはいない。

 

大きな謎に到達した瞬間、私の右足を地面からの水が貫く。そのまま水は藍の足すら貫き、私の体を激痛が駆け巡る。足から流れ出す血は白いズボンを赤黒く染め上げ、あまりの痛みに足から力が抜け膝から崩れ落ちた。

 

「う……ぐおぉぉぉッ!」

「な、またか!?」

「四手目だ。次で終わる」

 

亀から発された死刑宣告。マズイ、このままでは、この吉良吉影が負けてしまう……! シアーハートアタックを使うか!? いや、亀はずぶ濡れだ、藍の方が体温が高い。考えろ、考えるのだ吉良吉影。こんな時にこそ、こんな最悪な時にこそチャンスは訪れるのだ!

 

「川尻浩作、地下からの水の謎は解けた」

 

私が頭をフル回転させる中、藍の妙に落ち着いた声が聞こえた。

 

「なに?」

 

私が声に反応し振り向くと、藍は池を指差す。池……地下……水……分かったぞ、攻撃の仕組みが。

 

「なるほどな。こちらも、なぜあの亀が水球しか見ないのか、その謎が解けた」

 

私がそう話すのと、亀が水球を構え圧縮するのは同時だった。水球から水の弾丸が無数に発射され、水の障壁が波打つ。恐らく水の障壁からも水弾を放ち全方位攻撃か。だが、この勝負……もらった。

 

『GRUAH!』

 

キラークイーンに地面を殴らせ、充分な広さの穴を一撃で作り上げる。だがまだだ。そのまま殴り続け地下へと掘り進み、左へそれる。直後、私の眼前を水が通過した。

 

「まだ左だ」

 

藍の指示に合わせ私はキラークイーンの拳を振るい続ける。指示されるがまま途中で進路を変更し右へ。そして直進。背後で水が穴の壁を破壊する音が聞こえるが、既に目的地には到達した。上を殴り地上へと穴を空ければ、そこにいたのは驚愕し後ずさる亀。私はそのままキラークイーンの拳で亀の顎を下から殴り抜ける。

 

キラークイーンのパワーによって顎を砕かれ、鱗を砕かれた亀はそのまま拳がめり込み空高く吹き飛んだ。水球が地面に落ちると同時に水の障壁が姿を消し、血液のロープも形を失い私と藍が解放される。一拍遅れ、亀が地面に激突した。ふん、少々手こずったが……結局は私に敗れる運命だったというわけだな。

 

「五手とは、貴様が倒されるまでの時間だったな」

 

顎が粉砕された亀は最早(もはや)起き上がることもできず、しかし痙攣する手が土を(えぐ)りまだ闘志があることを教える。だが無惨にも、もう水を操るだけの力は残っていない。

 

「池に流れ込む水脈すら支配下に置くとは、まったく恐ろしい敵だ」

「な、なぜ……分かった?」

「地下からの水が撃ち出されるのは決まった方向からだったからさ。初めは左、次は右。そして池を見て気がついた、この池の水脈を利用しているんじゃないかとな」

 

藍の解説を聞いた亀は自嘲(じちょう)気味に笑い、白く濁った目で空を見上げた。どこまでも澄み切った、美しい青空だった。

 

「もし貴様に視力と聴力があったのなら、結果は違ったのかもしれんがな」

「なに?」

「気づいて、いたか……川尻浩作」

「目が白く濁るのは典型的な白内障の症状だ。それに加え、貴様はプロガノケリスだろう。甲羅がありながら首と尾にトゲがあるのは、プロガノケリスの大きな特徴だ。聴力が弱いのもな」

 

プロガノケリス、別名三畳紀亀。約2億1万年前にインドなどに生息していた亀の一種。耳の形成が不完全であるが故に聴力が弱かった。そして白く濁った目。これ程までに症状が進行しては、もう物の輪郭すら分からん筈だ。藍の反応からして、こいつは気づいていなかったようだが。

 

「人間の間では、そう呼ぶらしい」

「なら貴方はどうやって私達の居場所や声を聞いていた?」

「話そう、お前たちには聞く権利がある。俺は水の声を聞く。水の動きで水の位置を知る。あの水球は、攻撃手段であり生命探知機。水のない地下に潜行されては、お手上げだ」

 

視力と聴力を補うための物なのだとは思っていたが、まさか生命探知機とはな。つくづく、水に関しては何でもありのヤツだ。

 

「貴方の他にどんな敵がいる?」

「ふ……やはりお前たちに安心などないか。伯爵の言った通り、お前たちとあの“柱の鬼たち”は出会う宿命にある」

「柱の鬼、だと?」

「私は伯爵から鬼の力を分け与えられ、この姿となった。だが、あの鬼は生きている、柱と一体化しながら! だが、もうすぐ目覚めるだろう。いつか出会う! 柱の鬼たちと、神が定めた運命の様に! それがお前たちに課された宿命なのだ!」

 

最後の力を振り絞り、亀は半身を起こし私達に宣告する。柱の鬼たち……だと? それが宿命だと? こいつは何を言っているのだ!?

 

「柱の鬼とはなんだ!?」

「これ以上は語らぬ。お前たちは俺を破った。強者が敗者を下した。たったそれだけが揺るぎない事実よ。お前たちと出会い戦ったことは、俺の生涯で至上の幸福だったぞ!」

 

その言葉を最後に、亀は自身の頭部を切断し、命を絶った。口封じ、といったところか。そこまでして上司の秘密を守るなど、理解はできんが、敵ながら天晴(あっぱ)れなヤツだ。

 

「柱の鬼、か。事態は悪くなる一方だな」

「貴方の事態も悪くなる一方ね、藍」

「ゆ、紫様!?」

 

いつからそこにいたのか、縁起の悪い笑顔を浮かべた少女がそこに立っていた。確か、こいつの主人だったか。

 

「藍、私は勝手に戦うなとあれほど教えたでしょ? 言いつけを守らない式神にはお仕置きが必要ね」

「で、ですが紫様、ここで戦わなければ川尻浩作は……」

「貴方はいつから主人に口答えできるくらい偉くなったのかしら?」

 

傘で叩かれる藍を放置し、私はその場を立ち去る。ふと目に留まった花を見て、空を見ても、この心は一向に晴れる気配はない。私の心に平穏など訪れるのだろうか? 紫の声と藍の泣き声を耳にしながら、私は消えない苛立ちを抑え、紫の背中を静かに(にら)んだ。

 

【プロガノケリスーー死亡】

 

 

 

走る、走る、走る。出口など、ここが今どこかなどもう忘れてしまった。息が乱れ、蒸し暑さと疲労で流れた汗で髪が彼女の顔に張り付き邪魔をする。全力疾走を続けるなど何日ぶりだろうか? それとも何週間ぶりだろうか? もう思い出せないくらい昔の様に、彼女には感じられる。

 

横目で隣を見れば、慧音と目が合った。しかし慧音はすぐに前を向き、彼女もただ走り続ける。彼女達は走り続けるしかない。そうすることでしか、生き残れない。

 

突如、彼女達の目の前に黒い何かが降り立つ。黒い体、肩から生えたマント、辺りを飛び回るコウモリ達。コウモリ伯爵。たった1人で、彼女達を追い詰めた妖怪。

 

「運命を受け入れろ」

 

伯爵はただ悠然と距離を詰める。自分は負けないという、確固たる自信。自分が圧倒的に勝っているという、事実。彼女達の攻撃は全て無駄だという確信。伯爵にとって、彼女達は無様に逃げ回るネズミでしかない。

 

まるで警戒する様子を見せず、構えもとらず歩み寄る伯爵は完全に無防備。彼女達とて、無策で逃げ回っていた訳ではない。全ては、この一撃のため。伯爵にこの一撃を食らわせるための逃走。後ろ手に握り締めたミニ八卦炉を持つ手に自然と力が入り、心臓の鼓動が高鳴る。

 

彼女がミニ八卦炉を構えたのと、伯爵が駆け出そうとしたのはほぼ同時。そこで初めて伯爵の異形の顔に焦りが浮かんだ。ミニ八卦炉へと集中していく魔力の波は収束し、絶大な破壊力となって伯爵に放たれた。

 

最終手段であるファイナルスパークを撃ち終わった時、そこには伯爵の姿はなく、ただ荒涼(こうりょう)な景色が広がっているだけ。彼女の正面には木の一本すら生えず、太陽が暖かい光で森を照らす。

 

「や、やったのか……?」

「ここだ」

 

暗がりから声がした。それは彼女にとって、絶対に信じたくない現実。

 

「この地球上で、1秒間にどれだけの命が死に、生まれているのか。我々は我々以外の生命を忘れてしまう様にできている。だがふと思い出す。虫や草、土壌の微生物。命は傷つけ合い、奪い合い、蹴落としあい生きている。それはこの社会と、この幻想郷のあり方と何が違うのか。弱き者は倒れ、強き者が君臨する。それがこの世界のあるべき姿だ。上っ面の仲良しこよしの遊戯(ゆうぎ)など、刹那(せつな)の夢にすぎん。世界の有り様は始めから決定されているのだ。嘘を取り払い、真実と向き合うことの何が不満だ」

 

伯爵の声は、慧音が弾幕を浴びせようと聞こえ続ける。強き者が弱き者を踏みつける、それがこの世界の法則だと言うのなら。今ここで踏みつけられるのは彼女達なのだろう。

 

弾幕の合間を縫い、紫色の線が彼女達の足を貫通した。土煙の向こうから現れた伯爵は傷1つないまま、激痛に身悶える彼女達に近づく。慧音は伯爵を見ながら絶望という言葉の意味を知った。絶望とは、暗い迷路の中、どこが出口なのかも分からないままあがき続け、疲労と共に暗闇に沈むことなのだと。

 

恐怖はなかった。痛みも既になかった。自分はここで死ぬのだと、ただ冷静に自分を見つめているだけだった。その時、森の静寂を騒音がかき消す。

 

「MMOOHH! テメエの臓物ぶちまけやがれ博麗(はくれい)の巫女さんよォー!」

 

木々を薙ぎ倒しながら現れたのは白を基調とした巨大な鉄の箱。それは外の世界で救急車と呼ばれる物だった。備え付けられた太い車輪は地面を抉りながら回転し、(いのしし)の様に突進する。それに乗る腐った人間が睨む先にいたのは、博麗の巫女、博麗霊夢。

 

「アッ!? よ、避けてください伯爵ゥー!」

 

乗り物の先にいた者。意外、それは伯爵。しかし伯爵はゆっくりとした動作で手を動かし、力も込めず乗り物を殴り飛ばした。乗り物のフロントには無惨にも穴が空き、腐った人間の顔面には柔らかい布が叩きつけられる。

 

宙を舞った乗り物が落下した音を聞き、彼女達は我に帰った。

 

「霊夢、なんでここに!?」

「早く逃げるんだ、殺されるぞ!」

「殺される? この幻想郷で何言ってんのよ」

 

腐った人間はもう行動不能と判断した霊夢は地面に降り、彼女達に近寄る。しかしその目は佇む伯爵に向けられ、手には妖怪退治用のお札を(たずさ)え警戒は怠らない。

 

「博麗霊夢……天賦(てんぷ)の才を持った、()()()人間」

「私のことを知ってるなら、早く逃げた方がいいわよ。退治されたくないならね」

「退治? そう、退治……」

 

次の瞬間、森に笑い声が反響した。声の主は顔を押さえ、腹を押さえ、心底おかしいと背筋を丸める。笑いが過ぎて過呼吸になったのか咳き込む声が聞こえ、しかしそれでも笑いが収まる気配はない。彼女達には、何が面白いのかまるで理解ができない。

 

「ククク……やはり、幻想郷に住む眷属(けんぞく)は退化したのかもしれんな」

「何が面白いのかわからないんだけど」

「いや無礼を働いた。謝罪しよう。私を妖怪だと認識していることが面白かったのでね」

 

伯爵は未だ肩を震わせながら謝罪をする。上っ面の謝罪を。

 

「自分は妖怪じゃないって思ってるみたいだけど、それはどうかしら」

「確かめてみるがいい」

 

その言葉を合図に、霊夢はお札を投げ伯爵に命中させる。そのお札は自然と伯爵の体に貼り付き微かな光を放った後、沈黙する。続け様に中程度の光球を発生させると共に、その光球の弾幕が伯爵を襲う。妖怪が最も嫌い、最も恐れる神の威光を体現した光球。それは弱い妖怪ならば触れるだけで封印可能の凶器。伯爵はそれを、指で(はじ)いた。

 

弾かれた光球が別の光球にぶつかり、それによって軌道を変化させられた光球がまた別の光球に衝突する。極めて単純な連鎖反応。たった指1本。光球は全て伯爵を避けて地面に着弾、動くことすらせず回避してしまう。たったそれだけで、彼女の技は敗れ去った。

 

へし折れ黒焦げた指が治っていく様を見ながら、伯爵は体に貼り付いたお札をただの紙クズ同然に破り捨てる。

 

「れ、霊夢……」

「…………魔理沙、慧音、逃げるわよ!」

 

弾幕を置き土産に、霊夢は彼女達を連れ立ち空を飛んで逃げ去る。もし伯爵がお札を、光球を嫌がる素振りを見せたなら、霊夢は勝っていただろう。しかし真実はこうだ。伯爵は関心すら示さず、効果すら発揮されていない。これは伯爵が妖怪などではない、何よりの証明。

 

伯爵は飛び去って行った彼女達を追わず、太陽を忌々しげに睨みつけた。

 

 

 

蝉の鳴く、暑い夏の日のことだった。多くの者にとって変わらない日常が流れて行く。ふと、彼女達は空から幻想郷を見下ろした。そこにあったのはいつもと変わらない景色。いつも通りの、何年も前から姿を変えない幻想郷。一陣の風が吹いた。身も心も凍りつく様な、生暖かい風だった。

 

何が起ころうとしているのか、少女達にはそれを知る術は無い。ただ、何かが変わった。変わってしまった。果たしてどれだけの者が変化に気づいたのか、気づいたのは少女達だけなのか。多くの者にとって、今日もまた変わらない日常が流れて行く。

 

石仮面は、静かに時を待つ




「プロガノケリス」
パワーC スピードD 持続力B 射程距離なし 精密動作性C 成長性E
2億年以上生きた亀の妖怪。聴力が弱く白内障を患っている。水を操る程度の能力を持つが、水のない場所に逃げ込まれると位置を把握できない。柱の鬼の力によって強化されているらしい。その後死体はキラークイーンの能力で消滅した。


弾幕の威力については花京院のエメラルドスプラッシュを基準にしています。柱の鬼については2部リスペクトの一環で、闇の一族ではありません。読みにくかったりしたらご意見ください。


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Dの拳

今回も1万文字超えです。
段々長くなってる気がする。


吉良と仗助が幻想郷へと迷い込んだ当日、人里のすぐ近く。そこにそれはいた。簡単な机の上には水晶とタロット、椅子に座るのは紫色の中華服を身に纏った男。打ち立てられた旗は風にたなびき、書かれた文字を誇らしげに見せつける。

 

「呪いの代行致します、だぁ〜?」

 

日が暮れ始めた頃、場違いなリーゼントの学生は男に疑ぐりの視線を向けていた。

 

「呪いじゃなくてもけっこう、未来を知りたい? 気になるあの人との相性? イラつきやすい性格を直したい? なんでもけっこう! 凄腕(まじな)い師が願いを叶えましょうとも!」

「なんかもう嘘くせぇんだよなぁ〜オメー」

「仗助君、なにも堂々と言わなくても……」

「ま、道端の犬のフンを踏む運命だったとして、今ここで占わなかった結果そのお高いイタリア製の靴が汚れても私にゃ関係ない話だね」

「んだとコラ〜! 当たるっていう証拠あんのか証拠!」

 

彼の言葉を聞いた呪い師は肩をすくめ、やれやれと言わんばかりに首を振る。布で口元が隠れているが、その下には小馬鹿にした顔があると彼は確信した。

 

「これだからド素人は困りますなぁ、ド素人は。(まじな)いなんて物は何より信じる心が必要だというのに、それを分かっちゃあいないんですわ」

「なにぃ〜?」

「説明しよう! 生命は生まれた瞬間からエネルギーを放出して生きている! 目に見えず、しかし触れず! だが確実にそこにある力! 我々生命の思考とはつまり単なる電気信号の反応でしかない! だが確かに自分の世界を持っている! 不思議に思わないかね!?」

「そんなの考えてんだから当然じゃねえかよ!」

 

彼の応酬によって呪い師はまたやれやれといった様子でジェスチャーをする。

 

「主観の話はしていないィー! 客観の話をしているのさ東方仗助!」

「な……テメエなんで俺の名前を知ってやがる!?」

「呪い師、ですから!」

「わけわかんねーんだよボケ! 分かる様に説明しやがれ!」

「話を戻そう! 我々の思考の正体は電気信号であり、化学反応であり、物理的反応だ。だがしかしッ! それで主観的体験の感覚を説明できるのか? いいや、できないね!」

「うっせータコ! なんとか言ってやってくださいよ、上白沢の先生よォー!」

「ははは……そうは言われてもな」

 

呪い師は彼の腕を掴もうとし、逆に彼に腕を捕らえられた。逆の手でその手を掴もうとし、また捕まり、2人は互いに一歩も譲らない。

 

「例えば、そう、た、と、え、ば。この腕を掴む感覚、どう説明するのか教えてくれないか? 東方仗助」

「だから電気信号だろーが……!」

「なら赤とは何か、説明できるのかい? 誰かを憎いと思う感情の正体は? 痛いという感覚の正体は? 電気信号がどんな働きをして生み出しているのか、あいにく私は知らなくてねぇ」

「赤ってのは火の色だ!」

「火は青にも緑にもなるが?」

「なら血の色だ!」

「血の色? 血の色は果たして赤なのか? 君が赤と呼んでいるだけではないのかね、東方仗助! ちょ、タンマタンマ腕折れるってあぁぁ!」

 

解放された呪い師はブツブツ文句を言いながら腕をさすり、彼からかなり距離を置いて向き直る。

 

「で、だ。つまり我々の主観という物はデータや情報で客観的に証明できる物ではないし、感情や感覚というのもその1つということだな。そもそもの客観的前提が破綻しているのさ。オーケー? ついてこれてる?」

「なにが言いてぇんだ」

「不思議じゃあないか? 我々のこんなにも身近に確かにあるのに、客観的証明の手立てが何もないことは。ないはずなのに、確かにある。意志も同じさ。そもそもデータに記録できない力なんだ、しかしそのエネルギーを操れれば最高の道具にできる」

 

彼と呪い師の間に、わずかな沈黙が訪れる。なぜそうなったのかは誰も知らないし、勿論慧音にも分からない。ただ、お互いが何かを感じ取った。そう説明するのが最も適切なのかもしれない。

 

「我々呪い師は人間や妖怪の意志をエネルギーとして活用する。生命が生まれながら持つが故に、この世界で最も普遍(ふへん)的で最も純粋な莫大(ばくだい)なエネルギー。人間の意志は、アポロ11号という形で月にも到達したことは誰もが知っている。たかだか100年しか生きられない人間が、だ。数万年という短い歴史の中で、人間の意志は大地を離れ、月すらも超えたんだ。その意志の果てには何がある? その意志をエネルギーに変えれば何が起こる?」

「……乗った! そんなに言うんなら、今後の運命でも占ってもらおうじゃねえの!」

「交渉成立! ベリーグッド!」

 

彼らが占いに臨む横で慧音は仕方ないとばかりにため息をつく。元気に騒ぎ新たな挑戦をするのは喜ばしいが、もっと落ち着いてはしゃげないものかと。そして改めて前を向くと、こちらを眺める赤髪の少女の姿が目に入った。

 

慧音が手を振るとその少女はゆっくりとした足取りで目の前まで近づいて来る。仗助の頭を凝視しながら。目の前にたどり着いた時、その少女は立てた(えり)の向こうで口を動かした。

 

「誰?」

「彼は東方仗助、今日ここに迷い込んだ外来人だ」

「外来人? にしてはずいぶん奇抜だけど。特に()菓子みたいな髪とか」

 

その瞬間、慧音は思わず凍りつく。視界の端で仗助が立ち上がり、その背後に揺らめく赤紫色のオーラを垣間見たからだ。しかし赤蛮奇は突然立った仗助を見て疑問符を浮かべているだけ。呪い師はさっさと机の下に避難してしまった。

 

「おい、テメエ……今、この俺の髪のことなんつった!?」

「聞こえてたの? なら分かるでしょ、麩菓子みたいな髪って言ったの」

「ドラァ!」

 

次の瞬間、赤蛮奇の頭が弾かれた様に吹き飛ばされた。

 

「な!? 首が!? そ、そんなつもりは……」

 

弾き飛ばされた頭は重力に逆らい空中で停止、そして少女の顔が仗助を(にら)みつける。

 

「……あなた、まさか念力使い?」

「い、生きてやがる……お、俺には分からねぇ、何が何だか分からねぇ」

 

首と体が分離しても生きていられる生物などおとぎ話でしか聞いたことのない彼にとって、この事実は正に衝撃的だった。

 

「あなた妖怪を見るのは初めて? これだけで驚くなんてやっぱっ!?」

 

彼女は最後までその言葉を口にすることはできなかった。なぜなら、再びクレイジーダイヤモンドの拳がめり込んだのだから。

 

「さっぱり分からねぇ、が。生きてるっつぅーんならよぉ、殴らねえ理由はねーぜ! ドララァ!」

「うっげえぇ!」

 

連打。拳が何重にも分裂して見える程の凄まじき連打。それを顔面にくらった彼女は乙女にあるまじき悲鳴を上げ、吹き飛んだ。

 

「この頭をけなすやつは、誰だろうと許さねぇ。例え女でもな」

 

それを見ていた慧音は、彼のあまりの怒りに立ち尽くすのみだった。

 

 

 

その日の夜、仗助に手酷く殴られた少女、赤蛮奇は、夜の里を練り歩いていた。特に目的らしい目的はない。あるとするなら……殴られた怒りを紛らわすためだろう。

 

鈴虫の鳴き声を聞き、川の流れる音を聞くと自然と心が落ち着く。彼女にとって、柳の下に腰を落ち着け月を見ることが一番の楽しみだ。頬に触れると、まだ痺れる様な痛みがした。

 

「その呪い、実現させましょう」

 

声のした方へ振り向けば、そこには夕方仗助と共に騒いでいた呪い師。しかし何やら様子が違う。人間からすれば一寸先すら見えない暗闇の中、彼女の姿を正確に捉え視線を向けている。

 

「こんな夜中まで商魂たくましいわね」

「今ならお安くしときますよ?」

「悪いけど、流行り物には興味がなくて」

「流行り物とはとんでもない、私の技術は数百年? いや数千年? まあいいや、それくらい伝統のある由緒正しい技術だというのに」

 

説得をしようと言葉を選ぶ呪い師を尻目に彼女は立ち上がり、歩き去ろうとした。その瞬間。呪い師の声がした。

 

「赤蛮奇、君は三歩先で転ぶ」

 

彼女はすぐさま振り返る。そこには一歩も動かず腕を組む呪い師。ぼんやりと見えるその顔には、余裕綽々(しゃくしゃく)な表情が浮かんでいるのが見て取れる。

 

「なぜ私の名前を」

「さあ? それより、君はどう思うね? 転ぶと思うか? それとも転ばない? 私は勿論転ぶに賭ける。2円賭けてもいいよ」

 

(しま)いには扇子を懐から取り出し(あお)ぎ始める始末。僅かな躊躇の末彼女が選択したのは、三歩歩くこと。彼女は転ばないことに賭けた。石すらもない道、転びようがない。

 

丁度三歩目の足で地面を踏みしめた時、風に舞う新聞紙が彼女の顔に張り付き視界を奪う。驚いた彼女は足を滑らせ、地面に転がった。

 

「だから言ったじゃあないか、三歩先で転ぶって」

 

扇子で手遊びをする呪い師が呑気にあくびをし、彼女の頭が重力に逆らって浮き上がり睨みつける。そして放たれる弾幕。呪い師はそれに札の嵐で対抗、互いの攻撃が相殺される。

 

「おお、危ない危ない。そんな怒られても君が転んだのは運命で決められていた、私にゃどうもできない」

「あなた……霊夢と同じ匂いがする。只者(ただもの)じゃないわね」

「霊夢? あの天才と一緒にするのはよせ、私のは純粋な技術だ」

 

不機嫌そうにそう言った呪い師を無視し、彼女は足下に散らばる潔白なお札の破片を拾おうとした。しかし、触れた指が感電したかの如く痺れる感覚にすぐさま手を離す。全文を伺い知ることはできないが、それでも書かれている言葉は、真言や清めの呪文の類いなのだと彼女は直感で理解する。

 

「魔封じ、やっぱり陰陽師か何か?」

「陰陽師、陰陽師ねぇ……まあ似てはいるが、ちょっと違う。よく見ておくといい。これが私と博麗霊夢の違いさ」

 

曖昧(あいまい)な返事と共に、呪い師が懐から取り出したのは先程と同じ様な札。しかし呪い師はその札に何もせず、だがその札は青く煌めきながら燃える。呪い師を中心に突風が吹き荒れ、次に空気が呪い師の下へ収束する。そして現れた異形の怪物。

 

のっぺらぼうの様な顔に、唇がなく歯が剥き出しの口。雄牛の様に頭から生えた角は天を穿(うが)とうとし、その巨体を熊の湿った黒い毛が覆う。背には一対の巨大な赤い翼、ロバの(ひづめ)。目はなく鼻もなく、呪い師のそばに静かに佇むその怪物。

 

「紹介しよう。熾鬼神(しきがみ)、怠け者のスラウスだ」

 

 

 

俺は泥まみれになった自分の靴を見てうなだれた。服もズブ濡れになっちまったし、へこむぜ、マジでよぉー……

 

「にいちゃん、川に落ちるなんてついてねぇなー」

「何万もしたブランド物だっつーのに、グレートにヘビーだぜ……」

 

通りかかった里の人に慰められながら俺はとぼとぼと靴下のまま長屋への道のりを歩いていく。承太郎さんみたいなカッチョいい大人にはまだまだ遠いぜ……そんなことを考えていた矢先、ふと一箇所だけお祭りみたいな騒ぎの場所を見つけた。見たところ普通の家みたいだが……

 

「おお! 映った、映ったぞ! さすがは外の機械だ!」

「こりゃたまげた! 外じゃこんなので溢れてるのか!」

 

楽しそうな人々の声に釣られ、俺は少しばかり覗き込んだ。

 

『ピンクダークの少年文庫版! 1巻571円+税で好評発売中ゥ! 今なら書き下ろしポスターがついてくる! 岸辺露伴の漫画は世界一ィィ!』

 

やたらテンションの高い軍人がテレビの画面上で動き回り、それを人々は食い入る様に見つめる。上白沢の先生のとこにもテレビなんかなかったし、こっちじゃ相当珍しいみてぇだな。皆んな一時も目を離すまいと画面に食いついている。しっかしこんな場所でまで露伴の名前を聞くとはよー、グレートな驚きだぜ。

 

「おーい、仗助の兄ちゃん! 弟がすりむいちまったんだ、治してやってくれよ」

 

騒ぎの原因を知って満足した俺はまた長屋への家路を歩き出そうとすると、遠くから小さな子供が駆け寄って来る。兄に支えられてる半泣きの弟の膝は血が滲んでいて、けっこう痛そうだ。

 

「どうせまたイタズラでもしたんだろ? ほれ、見せてみろ。元気なのはいいが、あんま親には迷惑かけんなよなぁ?」

「あ、あれ、もう全然痛くない……」

「だから言っただろ、仗助の兄ちゃんはスゲーって! ありがとうな兄ちゃん! よし、今度は雷ジジイの盆栽すり替えてやろうぜ!」

「うん! ありがとうお兄ちゃん!」

 

そう言うと兄弟は手を振りながら走り去って行った。こんな暑い日だっつーのに、元気なもんだぜ。俺もさっさと帰ってお袋に心配かけねーようにしねーとな。億泰のことも心配だしよォ。

 

「おー今日も髪型キマッてるなぁ東方の旦那。ところでちょっと食器割っちまってよ、カミさんに怒られちまう」

「私の(くし)も治してちょうだい、祖母の形見なのよ」

「俺も俺も!」

「順番、順番にしてくださいよ! 俺は千手観音じゃないんスから!」

 

グレート! いくら新聞に載ったからってこの噂の広まりはさすがに早すぎるぜ。この里自体が狭いのも関係あんだろうがよォー。内心少し困りながら、俺は人々の言う通りに治していく。その時、先日俺のこの髪型をバカにした少女を人々の中に見つけた。その少女はどこか冷めた様な表情をしながら、遠巻きにこっちを眺めていた。そしてその少女と、偶然目があう。

 

治すのに追われる俺はまた人々の頼みに意識を戻し、横目で少女が立ち去るのを見た。

 

「すみません、続きはまた今度にしてくださいよ。ちょっとやんなきゃいけないことがあるもんで……」

 

渋る人々から強引に離れた俺は人混みを見渡し、そう遠くない場所に少女を見つける。どうすべきか迷ったが、一応俺は声をかけることにした。恩人の髪型をけなしたとは言え、やっぱ女の子だかんなぁ……さすがに顔を傷つけたまんま放置するのは気が引けるぜ。

 

「よお、赤蛮奇、だったか……? あん時は殴って悪かったな、治してやるよ」

 

俺が声をかけると、赤蛮奇は短い赤髪を揺らしながら気だるそうに振り向いた。

 

「あの節はどうも。でも遠慮しとく」

「遠慮? こっち見てたから俺はてっきり……」

「別に。次の流行りはあなたかと思っただけ」

「次?」

 

赤蛮奇は騒ぐ人々から目を離し服のシワを伸ばすと、チラリと一瞬だけ俺の方を見る。

 

「幸運の募金、ツチノコ狩り、(まろうど)神……次はスタンド使いのあなた」

「何が言いたいのか分からねぇけどよ、とりあえず顔見せてみろ」

 

そう言って顔に少し触れようとした途端、俺の手は赤蛮奇に振り払われる。

 

「気づかってくれてありがとう。私とっても嬉しい」

「嬉しい? 俺はまだ何も……」

「そうそう、客神が流行った時にみんな家に神棚を作ったんだけど、少ししたらどの家のも埃をかぶってたわ。流行り物って勢いはいいけどすぐ飽きられちゃうのよね」

「おい嫌味かそりゃあ!?」

「そういえば今日は保護者は一緒じゃないの? 一人で出歩いて怖くない?」

「な、なにぃ……?」

 

涼しい顔で皮肉を口にする赤蛮奇はわざとらしく辺りを見回す。そして思い出したかのようにまた俺の顔を見て言った。

 

「よく見たらその服ずぶ濡れじゃない、火の中に入れればすぐ乾くわよ。ダサいゴミも処理できて一石二鳥ね」

「グレート……! 心配した俺がバカだったみたいだぜ」

 

これ以上ここにいたらこのムカッ腹が(おさ)まりそうにねえ。怒りが爆発する前にさっさと退散しようと背中を向けると、背後でまた声がした。

 

「最近不幸続きらしいけど、私を殴ったバチじゃない?」

 

無視だ無視、ああいう輩はこっちが反応すればするほどつけ上がる。あいつが男で俺に非がなかったら口喧嘩の一つでもしてやりたいが、自分で殴った相手にそんなことすんのはじいちゃんとの約束に反するぜ。

 

「おい、ちょっとおかしくねえか?」

「な、なんだぁこりゃ!?」

 

楽しげにしていた人達から発された驚きの声に釣られ俺はまたテレビを覗き込む。その途端テレビの画面が砂嵐に変わり、液晶が破裂し俺の方にだけ破片が飛んで来る。

 

「な!? クレイジーダイヤモンドッ!」

 

とっさに発現させたクレイジーダイヤモンドで破片を殴り、同時に治す。すると破片はまたテレビの元へ戻っていき、何の変哲(へんてつ)もないただの液晶の一部に戻る。

 

「おい、上だ!」

 

ふと誰かの声がし、俺は頭上を見上げた。そこには俺目がけ落下してくる(かわら)

 

「う、うおおぉ!」

 

クレイジーダイヤモンドの脚力で地面を蹴り飛ばし俺は自ら水平に吹っ飛ぶ。直後に、瓦は俺の頭があった場所で粉々に砕け散った。あ、危なかった……あと少し遅ければ今頃大量出血どころじゃないだろうよ。

 

土を払い立ち上がった俺の視界の隅で、何かが動く。それを一言で表すならば、妖怪、といった表現をすることしかできない。肌は水気を失い疫病(えきびょう)に侵された様に黄ばみ、子供の様であり老人の様でもある顔には理性の欠けらもない怒りだけが浮かんでいる。この空間の中で明らかに浮いたそれに気づく人は誰もいない。

 

妖怪が薄気味悪い笑みを浮かべながら瓦に触れた瞬間、俺の周囲にある屋根瓦全てが狂った様に暴れ出す。そしてそれらが全て、一斉に俺へと襲いかかった。

 

「クレイジーダイヤモンドッ!」

 

飛来する瓦の群れをクレイジーダイヤモンドの拳で粉砕し、しかし四方八方から襲いくる瓦を対象しきるにはあまりにも数が多すぎる。一方に集中すれば逆方向からの瓦の嵐が俺の体を破壊することになる。このままじゃマズイ、里の中にいるのはぜってーマズイ!

 

「治す」

 

拳で打ち砕くと同時に破壊した瓦を治す。そして欠けらを再構成、即製の盾を作り上げ突撃する。壊れた瞬間に治せば、瓦が俺に直撃することは決してない。何より、これなら逃げながら瓦に対応できるってもんよ!

 

クレイジーダイヤモンドに盾を持たせ走りながら振り返ると、瓦が家屋に穴を開けたり負傷した人までいる。それでも瓦の群れは俺を追いながら屋根を裸にし、妖怪も屋根を走り俺を追尾している。どうやら、一定の距離を保たなきゃ能力が使えねーようだな。

 

里の中を走り抜け何度も道行く人々とすれ違い、時折背後から悲鳴が聞こえてくる。だが誰も妖怪には気がつかない。だんだん、闘志が湧いてきたぜ。俺を倒せれば無関係な人を巻き込んでもいいっていうねじ曲がった根性を、この俺が叩き治してやる!

 

「クレイジーダイヤモンド、力を振り絞れーッ!」

 

再び地面を蹴り飛ばし、俺はクレイジーダイヤモンドに引っ張られる形で前に飛ぶ。着地すると同時にまた駆け出しそのまま一気に里の外へと脱出、人気のない森の中へと侵入した。

 

「ドラァ!」

 

振り向きざまに妖怪へ向け盾をぶん投げ、当たったかどうか確認するりよも先に瓦の弾丸をラッシュで破壊する。ここは里の外、もう武器になる瓦は里から飛んで来る物しか存在しない。一方向からの攻撃を防ぎきるなんざ、楽勝だぜ! この仗助くんにはよォ!

 

瓦を全て破壊し辺りを見回すと、地面に倒れ立とうともがく妖怪の姿を見つけた。

 

「どうやら、しっかり当たってたみてぇだなぁ。景品もらえっかよ?」

「いいや、君がもらえるのは残念賞だけだ。東方仗助」

「なにッ!?」

 

振り返った先にいたのは、二日前に絡んできた呪い師。蒸し暑い中、クソ暑そうな服装で木にもたれかかってやがる。しかし残念賞だと? まさか、こいつは……!

 

「こいつは驚いたぜ、まさかここにもスタンド使いがいるなんてよォ」

「スタンド? 電気スタンドを使ってどうするんだ?」

 

俺の予想とは反対に、呪い師は理解できないといった雰囲気でこっちを見てくる。見えないフリか? それとも本当に見えてねぇのか?

 

「見えるんじゃねえのか? 俺のこのクレイジーダイヤモンドが」

「クレイジーダイヤモンド……もしかして透明なのか?いや正邪様はそんなこと言ってたかな? 確か人型だとか言ってた気がするけどな」

「正邪だか誰だか知らねぇがよ、洗いざらい話してもらうことに変わりはねーぜ!」

 

クレイジーダイヤモンドの拳を振り上げ呪い師の顔面に食らわせようとした直前、その拳は突如現れた怪物によって阻まれた。

 

「なにッ!? スタンドが二体!?」

「ん〜……まるで見えん、スラウスは何と戦ってるんだ」

 

怪物はクレイジーダイヤモンドの拳を振り払い、静かにその場に佇む。本体である呪い師はなにやら懐から手帳を取り出しめくり始めた。

 

「あったあった、クレイジーダイヤモンド。射程距離1〜2メートル。パワーは大岩を容易く砕くほどで、吸血鬼よりも力が強くパンチのスピードは衝撃波を生み出すほど。破壊された物を治す能力がある」

「テメェに対しその能力は使わねぇ。ただ、ブチのめすだけだからなッ!」

 

クレイジーダイヤモンドと怪物の拳がぶつかり合い、甲高く鋭い音が響く。拳、蹴り、膝打ち、頭突き。そのどれもが俺のクレイジーダイヤモンドに食らいつく程に速い。だが……

 

「ドラァ! 動きがすっとろいぜ。これならキラークイーンの方がパワーもスピードもあるんじゃねえか?」

 

怪物の顔面に拳が直撃したことによって俺は勝利を確信し、そのダメージを確認するために呪い師を見た。だが、俺の予想とは全く違う現実がそこにはあった。

 

「おお、スゲエ……スラウスに殴り勝った」

「な……! ダメージが、伝わってねぇ……!」

 

驚いた俺の隙を見て殴りかかってきた怪物の拳を避け、クレイジーダイヤモンドをそばまで引き戻す。視界の片隅で妖怪が立ち上がり、呪い師と怪物は距離を詰めてくる。

 

「東方仗助、お前は攻撃をかわし自分に有利な状況を作り出すためにここまで来た。ここなら瓦はないからな。しかし逆に追い詰められたのはお前の方だったなぁ、東方仗助! 熾鬼神が飛ばせるのは瓦だけじゃないんだぜー!?」

 

呪い師と怪物が駆け出し俺との距離を詰めてくる。距離はたった数メートルしかない。背後で妖怪が動く気配がする。しまった、初めてからこいつはこのために!

 

応戦しようとした俺の頭の横を、赤い何かが掠めて行った。その先にあるのは、目を見開いた呪い師の顔面。

 

「ブルルァァァ!」

 

悲鳴を上げながら宙を舞い、呪い師は頭から地面に激突する。同時に怪物も動きを止め、背後の物音も消えた。

 

「あ、危なかった……間に合った!」

「て、テメエは、赤蛮奇!?」

 

息を乱し髪型が崩れるのも構わず赤蛮奇は俺の下に駆け寄って来る。しきりに顔を覗き込んだり体を確認したり、何がしたいのかまるで分からねぇ。さっきとは別人じゃねえか、これじゃあよ。

 

「せ、赤蛮奇貴様! 裏切ったか!?」

「裏切り? 私は確かにムカついてた、でも、人が死ぬことなんて望んでない!」

「脳みそスカスカ野郎が! その熾鬼神はお前の本能に従って動くいわばお前の分身! 本心では死ぬことを望んでたってことだろうが! 本人の意志に応じた呪いを実行する! それが熾鬼神だ!」

 

混乱する俺を置いてきぼりにし、赤蛮奇と呪い師は睨み合う。呪い? 熾鬼神? 何が何だか分からねぇ……承太郎さんに頼りてえところだが、クソッここにはいねぇ!

 

「どういうことだって顔してるな? 東方仗助! 教えてやろう。今お前を助けた赤蛮奇は私に呪いの代行を頼み、私はその怒りを具現化させ熾鬼神とした。式神じゃない、熾鬼神だ。式神は数式の集まりだが私の熾鬼神は特定の感情の塊。(いつく)しむ心が強ければ癒す熾鬼神が、怒りが強ければ不幸にする熾鬼神ができる。つまり赤蛮奇がお前を憎むほどそのラースもお前を殺そうとするってわけだ! 心当たりがあるだろう、野槌に噛まれ、別人を殴り、川に落ち、命を狙われる! それは全て赤蛮奇の呪いのせいさ!」

 

俺が思わず赤蛮奇を見ると、気まずそうに目を伏せる。しかしすぐに顔を上げ呪い師を見据えた。

 

「確かにさっきまではそうだった、今は違う!」

「果たしてそうかな? 熾鬼神は本人よりも雄弁に本音を語る」

 

その言葉を聞き俺はとっさに妖怪の存在を思い出す。そしてそちらを向くが、さっきまでいたはずの場所には既にいない。しまった、見失った!

 

「さあトドメだ東方仗助! ママのこと考えながらあの世へいっちまいなぁ!」

 

辺り一面に散らばる木の枝が、生えた枝が震え暴れ始める。その場で回転するやつに上下運動を繰り返すやつ、宙に浮かんで固定されたやつ。一つ確かなこと、一つだけ確かなことがある。それは、この数え切れない枝が一度に全方向から襲ってくるってことだ。

 

「赤蛮奇、伏せ……!?」

 

赤蛮奇に覆い被さろうとした時、俺は逆に覆い被さられていた。全身に温もりを感じ、直後、俺の体を無数の枝が貫く激痛が走った。声すら上げられない、悶える余裕すらない痛み。俺の意識は、少しずつ遠くなっていく。

 

ーー

 

「これにてお前の人生はめでたく完結ってやつだ! 勝った! 勝った! 正邪様、見ていますか!? この呪い師、確かにご命令通り始末しました!」

「な、なんで、なんで私が!? 確かに覆い被さったのに!」

「赤蛮奇ぃ、不思議かい? それはな、ラースがお前の熾鬼神だからさ。感情を具現化した物が熾鬼神であり、ラースはお前の仗助を憎む気持ちが実体化した存在だ。なら、ラースの呪いが本体であるお前に及ばないのは当然じゃあないか。え? そうだろう?」

 

焦り取り乱す赤蛮奇に、呪い師は静かに語りかける。そこには呪い師のいつものおどけた調子と、呪いを生業とする者の冷徹さがあった。

 

「そ、そんな……殺す、つもりは……」

「お前は確かに呪った。だから東方仗助は死んだのさ。これは運命であり、避けられないこと。まあお前が殺したって事実は変わらないがな」

「私が、殺した、私が……」

 

目の前の思わず目を背けたくなる現実を前に、赤蛮奇はただ同じ言葉を繰り返し続ける。彼女が湿りを感じふと手を見ると、そこには赤い血がこびりついた自分の手。彼女は握り拳をつくり、その現実を噛みしめる。

 

「おっと、私はこれから正邪様のとこに行って報告しないと。それじゃ、せいぜい手厚く埋葬してやることだな。バァーイ」

「……熾鬼神は、本人の感情を実現する能力を持つの?」

「はぁん? そりゃそうだけど、そんなこと聞いてどうする? まさか、治す熾鬼神でも出させようってか? 無理無理、お前じゃ私にゃ勝てんよ。他には既存の熾鬼神を捕まえて感情を上書きするくらいだ。あ、口が滑った」

 

彼女は立ち上がり、呪い師を睨みつけた。呪い師もそれに応じ怪物、怠け者のスラウスを出現させる。

 

「ラースがどこに行ったかは私も知らないしお前も知らない。方法はただ一つ、私に新しい熾鬼神を作らせること。でも、上手くいくかな? 東方仗助はおよそ三分以内に失血死する。制限時間は三分だ」

 

呪い師の余裕に満ちた表情に弾幕を打ち込もうとするが、それらは全てスラウスの拳に難なく叩き落とされる。宙に浮かび右から、左からと攻める角度を変えようとそれは同じ。

 

「飛頭蛮風情が私に勝てると、ちょいとでも思ったか!」

 

飛び回る彼女を追いかけスラウスも跳躍し宙を飛ぶ。一方呪い師は小さく何かの呪文を唱え、そして手に緑の炎の槍を出現させそれを彼女目がけ投げ飛ばした。横を通り抜けたその温度は正に灼熱、近くにいるだけで全てを焼き焦がす暴虐の炎。

 

「遊んでやる、一分間だけな!」

 

次に作り出したのは青い炎の剣。それを手に携え呪い師は地面を蹴り宙の彼女に肉薄(にくはく)する。直線的なそれを危なげなく避けたのも束の間、スラウスの拳が眼前に迫る。それをのけぞって避けようと、木を蹴り方向転換した呪い師が再び襲いかかる。

 

炎の剣が彼女の服だけを切り、呪い師はそのまま地面へと着地。彼女の服が燃え上がる。瞬く間に肩口まで広がったその炎の熱が彼女の肌を焼き、感電した様な痛みを与え続ける。苦悶の声を飲み込み燃えた袖を破り捨てた彼女の上に影が差す。そこにいたのは、拳を放ったスラウス。

 

彼女の顔程もあろうかという巨大な拳が顔面に直撃し、そのまま小さな体は地面へと吹き飛ばされ叩きつけられる。強く打ち付けた背中が痛み、肺の中の空気が全て外へと押し出された。響くような鈍い痛みに耐える中、大地を揺らしスラウスが降り立ち、呪い師が彼女の頭を踏みつける。

 

「そろそろ一分だ。しょせん、ただの弱小妖怪よ。私を負かすなどできるわけがない」

 

勝ち誇る呪い師の足の下で、彼女は笑った。

 

「勝つ、必要なんて……始めからなかった。時間を稼ぐだけで、よかったのよ……」

「何を言っている、何がおかしい!? 何を企んでいる!?」

「それは、テメエを倒すための計画だぜ、このヘッポコ呪い師」

 

その声に呪い師は凍りつく。そんなはずはない、赤蛮奇は自分の足下にいる。ならなぜ東方仗助は復活している? ありえない、こんな現実は認めてはならない、ありえてはならない。振り返った呪い師が見たのは、いくつもの赤蛮奇の頭。呪い師は忘れていた。最初に赤蛮奇が投げたのも、自身の頭だったということを。

 

無数の赤蛮奇の頭は妖怪……熾鬼神を取り囲み、その熾鬼神からは先程の様な気味の悪さは消え優しい慈愛の表情だけがある。

 

炎の剣を投げ捨てスラウスにその場を任せ、呪い師は全力でその場から走り去ろうとする。しかし仗助は赤蛮奇の頭の一つを掴み、自身のスタンドの腕力で呪い師に向け投擲(とうてき)した。プロ野球選手の球速を遥かに凌ぐそれは呪い師の背中に命中。

 

「ブルルァァァ!」

 

悲鳴を上げる呪い師を守るかのように殴りかかるスラウスの腕をクレイジーダイヤモンドの拳で粉砕、同時に反対の拳も粉砕する。そして繰り出される連打。その速さは突風を生み出し、衝撃波により物が吹き飛びスラウスの全身を金剛石(ダイヤモンド)の拳が粉々に打ち砕いた。

 

背中に走る激痛をこらえ起き上がろうとする呪い師の後ろに、誰かが立つ音がした。

 

「テメエの熾鬼神はお前と俺、そして赤蛮奇にしか見えないし分からねえ。だから人々は悲しむしかねぇ。その能力を悪用して誰かを悲しませ、他人を利用するのは絶対に許せねぇ。ましてや、こんな少女を!」

「そ、それがどうしたと言うんだ! 誰にも私の仕業だと立証できない、誰も私を裁けない! だからこそ呪い師は昔から存在する!」

「誰も裁けないならッ! 俺が裁く! ドララララララァ!」

 

呪い師の体が宙に打ち上げられ、その大きすぎる痛みは、呪い師の意識を刈り取った。

 

「しかし、自分を半殺しにした敵の能力で助けられるとはよォー。複雑な気分だぜ。あっと、ほれ、治ったぜ。立てるか?」

 

仗助は赤蛮奇の傷を治し、手を差し伸べる。しかし彼女は驚いたようにその手を見つめた。

 

「なんでそんなに、優しくできるの? 私なら、自分を殺しかけた相手に優しくなんて……」

「なんでって、そりゃあ、恩人には優しくするもんだろうがよ」

「恩人?」

「お前が自分をどう思ってるかは知らねぇがよ、殴ってきた相手のために体を張るなんて、普通はしねぇぜ。それに、優しくなかったら癒す熾鬼神なんざ感情の上書きしてもできねえしよ。熾鬼神は本人よりも雄弁ってな」

 

こともなげにそう言った仗助はふと何かを思い出したのか、呪い師を赤蛮奇の横を通り過ぎ呪い師を肩に担いだ。

 

「何するつもり?」

「こいつは正邪様とか言ってたが、要は上司っつーことだろ? 脅して色々吐かせようと思ってな。長屋に連れ帰ることにするぜ」

「そう……気をつけて」

「よかったらおめぇも来ねぇか? 当事者だし、聞きたいこともあるだろうからな」

 

その発言を聞いた彼女は、思わず仗助の顔を見る。

 

「あん? どうした?」

「人の家に呼ばれるのは初めてだから、少し驚いただけ」

「なら尚更来るしかねぇな。貴重な経験になるぜ」

 

里に向かって歩き始めた仗助の隣を彼女はついて歩く。そして不意に(たず)ねた。

 

「仗助って呼んでもいい?」

「そんなこと一々聞くことかぁ? 好きに呼びゃあいいじゃねえか」

「そう。分かった、仗助」

 

仗助の隣を歩く彼女の顔はいつも通り立てた襟で隠れ表情が見えない。しかし、今の彼女は、どことなく嬉しそうだった。

 

 

 

「で、この新聞がどうしたと言うのだね」

 

新聞から目を離し、私は目の前の八雲紫を見た。

 

「少し異様だと思わないかしら? 貴方達を襲った亀に続いて、この二人」

「私には関係のないことだ。それよりも、藍はどうした?」

「藍は今自室で謹慎中よ。もう一度言うわ、力を貸して」

 

紫の言葉に大きな溜息をこぼし、私は青空を見上げる。くだらんな、この土地の危機など。なぜこいつはこうも私に固執する。

 

「たった数日で妖怪百人斬りを成し遂げた数百年前の格好をした武者、そして命蓮寺で目撃された死体を燃やす西洋の騎士。そのどちらも夜間にしか目撃されておらず、昼間はどこかに身を潜めている。確かに物騒だが、なぜ私に頼る?」

 

私の質問に紫は口ごもり、やがて昔を思い出すかの様な顔へと変わった。それはまるで最愛の人を思い出す様な、優しい顔に。しかしすぐに引き締まった顔へ戻る。

 

「10年前、私はエジプトである男に出会った。彼も貴方と同じスタンド使い、そしてその能力は、私の理解の範囲を超えていた。今も私の理解を超えたことが起きている、だから、彼と同じスタンド使いである貴方の力を貸して欲しい」

「断る」

「……その答えだと、貴方をここで保護するのをやめることになるわね」

 

私は紫の言葉を鼻で笑い、新聞を投げ渡し背を向ける。ここで保護をするのをやめる、面白い冗談だな。できもしないことを口走るなど。

 

「君がどう考えているのか知らんが、真っ先に頼るべきは私ではないと思うがね」

 

ま、どうでもいいことだがな。しかし百人斬りの武者に死体を燃やす騎士、か。首を突っ込みたくはないが、警戒しておくに越したことはない。後ろで紫が新聞を握り締める音を聞きながら、私は立ち去った。




仗助視点の場面は時系列的に言うと、魔理沙と慧音が伯爵と戦ってる時間帯です。
次回は魔理沙視点の話になる予定。

華麗なるビクトリーム様


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賽は投げられた

今回はこの話だけですがご勘弁を。


付着した血を払い、その武者は刀を(さや)に納めた。新しく増えた鎧の傷をなぞれば思い出される命の果たし合い。返り血で染め上げられた鎧の蛇は、月の光を浴びて(あや)しく輝いた。

 

「それで何人目なんだ?」

「……107人目だ」

 

背後からの少女の声に武者は振り向く。黒い髪、赤いメッシュ、人外の証である角。天邪鬼、鬼人正邪がそこにいた。

 

「だいぶ大暴れしてるみたいだけど、目的の強さは手に入ったのか?」

 

薄ら笑いを浮かべながら、正邪は武者の背後に転がる無数の(しかばね)に目を向ける。鋭利な刃物で斬り刻まれたその傷は全身に及び、しかしそれらは刀傷にしては小さ過ぎる。

 

「まだだ、まだ足りない。もっと強く、更に強く、この身が朽ち果てる程に強く……!」

「その飢えに飢えた貪欲さ、鬼とは違う意味で恐ろしいヤツだ」

 

呆れた調子のその言葉に武者は続ける。

 

「人は生きている限り学び続けなければならない。それが亡き主人の教えだ」

「だから気に入った。平和ボケしてるヤツらとは正反対の偏執(へんしゅう)、その力を見てみたいものだ」

「望むなら今ここで披露しよう」

「いや、もっといい場所がある」

 

そう言って正邪が差し出したのは一枚の紙。武者はそれを何も言わずに受け取ると目を通し、すぐに折り畳み手帳へ挟み込む。

 

「把握した。なるほど、八雲藍に拠点が暴かれたか。予定を繰り上げるのは承知したが、貴女(あなた)はどうする? これでは一つしか手に入らない」

「気にすることじゃない、あいつさえ復活させれば勝ったも同然なんだからな。それに裏切り者がいるとは言え伯爵もお前も、ついでにインチキ呪い師もいる。心配する必要がどこにあるんだ?」

 

一切の動揺を見せずに言い切ったその表情は、外見に似つかわしくない程に黒い笑みを浮かべていた。その正邪に武者は静かに一礼をし、短い言葉を紡ぎ出す。

 

「この“(あら)武者”、新たに譲り受けた誇り高き名に懸けて、必ずや紅魔館を殲滅(せんめつ)し、石仮面を奪い取ってご覧に入れます」

 

 

 

 

「吸血鬼?」

 

話を聞いた霊夢が疑問の声を上げる。仗助に治してもらったばかりの傷一つない足を伸ばしたり曲げたりしながら、私はそれに釣られそっちを見た。そこでは中華服の男が縄で縛り上げられ、赤蛮奇と仗助に詰め寄られているのが見える。

 

「吸血鬼だぁ? そんなくだらねぇ与太話にゃあ興味ねぇぜこのタコ!」

「それ以外知らないんだって! まず私は正邪様の部下であって伯爵の部下じゃない!」

「もっとマシな嘘はつけないの?」

「嘘じゃないわ! この飛頭蛮!」

 

赤蛮奇に蹴りを入れられ呻き声を上げる呪い師は、さっきからずっとこの調子だ。慧音も困り顔でどうすべきか戸惑ってばかりだ。でもあのコウモリが吸血鬼だなんて信じられないな。レミリアとはまるで違うじゃないか。

 

「分かった、分かった、これ以上蹴らないでくださいお願いします!」

「キレながら命乞いすんじゃあねえ! で、今度はまともなんだろうな」

 

仗助に促され、呪い師は一息つき真剣な面持ちに切り替える。そして慎重に言葉を選びながら口を動かし始めた。

 

「青き血の主人……って知ってるか? まあ知らなくてもいい。私も実のところ知らないんだ。前もって言っておくが、これはあくまで伯爵と正邪様が話していた内容だ」

「ずいぶんもったいぶるわね、何か重要なことなの?」

 

霊夢のその質問に、呪い師は否定も肯定もせずただ目を閉じる。聞こえてくるのは小さく規則正しい息遣いだけ。そして呪い師は目を開ける。

 

「青き血の主人、それは遥か昔この地上を支配していた青き血の一族の頂点に立つ者。闇の中で生まれたその一族は生まれながらに強者、鬼すらも食糧とする絶対強者としてこの地球に君臨していた。それがどれだけ長い年月かは分からない……時に忘れ去られた歴史だからな」

 

一呼吸置き、呪い師はまた続ける。

 

「その一族は月の民と違い、自然を愛し、動物を愛していた。全てを愛していた。それ以上を求めず、満足していた。だがそこに、一人の万能の天才が生まれた。その天才は願った。より強い力が欲しいと。鳥と同じ生活ができ、魚と同じ場所に住め、木と同じ呼吸ができ、水と同じに動ける。しかし天才はその上を求めた。鬼を食らう力のその上を」

「鬼を食らう力の、その上……」

 

私は思わず呪い師の言葉を復唱する。伯爵も言っていた、青き血の主人は鬼すら食糧とすると。その天才は、もっと上を……

 

「だから天才は石仮面を創り上げた。石仮面は不死身の能力をもたらした。神の如き力をもたらした。そしてその石仮面は、人間に吸血鬼の力さえもたらす物だった。青き血の主人は姿を消したが、石仮面は今も待っている。誰かが被る、その時を」

 

呪い師は語り終えると、そっと息を吐いた。誰も一言も喋らなかった。私も、何も言えなかった。もしそんな話が実際にあったならまるで……

 

「おいおい、それじゃあまるで神話じゃねえか! そんな作り話、今時子供も信じねぇぜ!」

 

そう言って強がる仗助の顔はどことなく引きつり、内心は否定しきれていないように見えた。

 

「慧音、本当にそんな歴史があったの?」

「分からない。私も自分が半妖になった以前の歴史は確かめようがないし、阿求の資料もそこまで古い物はなかった」

 

霊夢の問いかけに慧音は静かに頭を振り、この話が嘘か本当なのかは分からないと言う。

 

「信じようと信じまいと、鎮魂歌(レクイエム)は今も奏でられている。既に“荒武者”と“竜狩りの英雄”は目覚めた。あとはあの柱の鬼だけだ。だがすぐに目覚めるだろうな。今夜、荒武者が紅魔館で石仮面を手に入れれば、今日中にでも」

 

呪い師のその言葉に私は耳を奪われる。天才が作った石仮面がこの幻想郷に、紅魔館にあるのか? その疑問をぶつけようとした時、突然家が揺れた。外で吹く風が戸を激しく揺らし、無数の影が高速で横切っていく。

 

何かが千切れる様な音に振り返ると、そこには猛然と走り出した呪い師の姿。見えない何かが赤蛮奇や慧音を吹き飛ばし、私の体も壁に叩きつけられた。冷静に放った霊夢の弾幕も弾き、追いかける仗助を無視して呪い師は戸を蹴り破る。

 

「逃げられると思ってんじゃねーぞこのタコ!」

「魔理沙、早く立ちなさい! 逃げられるわよ!」

「わかってるぜ!」

 

仗助と霊夢の後に続き私は慧音や赤蛮奇と共に外に飛び出す。そして私は、思わず目を疑った。

 

「なん、だ? これ……」

 

私達を青い光で照らし出し、暗い空を埋め尽くす青い満月。まるで今にも地球に衝突してしまいそうな程に近いその月が、静かに、当然の様にそこで輝いている。

 

まるで吸い込まれてしまいそうな青い月は、その綺麗な顔で私達に笑いかける。安心させるかの様に。

 

「どういうことだ、こりゃあ……さっきまで昼間だったじゃねぇか!」

「それにおかしい、今日は満月じゃないはずだ。満月はまだ一週間以上も先だ! 何より私の妖怪化が起こってない!」

 

この異常事態に、誰もが動揺している。里の人間も家から出て来ては月を指差して驚きの声を口々に上げている。夜が明けないことはあったけど、昼間がいきなり夜に、しかも青い満月が出るなんてなかった。何かがおかしい!

 

「おい、なんだありゃあ!?」

 

里の人間の一人が声を上げ指差した。皆んながそっちを見る。皆んながそれを視認する。黒く、大きく、翼を持った怪物。それ以上に、その背後にある物を見て私達は息を飲む。数百、数千、数万……それ以上のコウモリの大群。黒い竜の様にうねりながら飛び交うコウモリを従えながら、巨大なコウモリが飛来した。

 

そいつらは私達になど見向きもせずに上空を通過し、顔や体にぶつかるコウモリの痛さに思わず目を閉じる。前さえ見えないこの状況では薄目を開けるのが精一杯で、コウモリの嵐が過ぎ去ってようやくまともに目を開けた。もう遠くに行ってしまったその黒い群れを見ながら、私は違和感を覚える。何か忘れている気がする、何か……確か、あの方角は……

 

「噂には聞いてたが、コウモリってのはあんなデケエ群れになんのか……不気味を通り越してグレートって言葉しか見つからねぇぜ、こいつぁ」

「仗助、そんなこと言ってる場合じゃない! 呪い師に逃げられた!」

「あ!?」

 

私は一気に思い出す。そして気づく、違和感の正体に。

 

「霊夢! ヤバイぜ、あっちはレミリアのとこだ!」

「そう言えば……! あの呪い師も荒武者が紅魔館を襲撃すると言っていた! 霊夢、急がないとマズイぞ!」

「慧音まで、そんなこと分かってるわよ!」

「仗助、私達も!」

「ああ! レミリアだか誰だか知らねぇが、魔理沙達の友達なら助けない理由はねぇぜ!」

 

仗助を私の箒に掴まらせ、そのまま上空に飛び立つ。巨大な青い月が照らすこの幻想郷は、嫌に幻想的で美しく、木の葉が風に揺れる動きさえも彩ってしまう。心が揺さぶられる感覚と得体の知れない気味の悪さに、私は前だけを見て飛んで行く。前、だけを……

 

「な、なんだあれ!?」

 

私達が見たのは紅魔館を包み込み飛び回るコウモリの大群。その黒さに塗りつぶされた館は名前通りの赤さを覗かせることもできずに覆い隠され、またどこからか飛んで来た新たな群れが合流する。

 

「おいおい、思ったよりグレートにヤバそうだぜ!」

「どうする? これではたどり着けない」

「そんなの決まってるじゃない。正面突破よ! 魔理沙!」

「いくぜ霊夢!」

「お、おい、正面突破ってまさか生身で突っ込んだりしねぇよな?」

「そのまさかだぜ!」

 

急加速した私達は仗助の悲鳴も置き去りにして黒い渦の中へと突入する。コウモリが体にぶつかる痛みに耐え箒を制御する中で、私の脳裏に映像がよぎり体が凍りつく。でもそれも一瞬で、すぐにそれは私の中からかき消えた。

 

「なあ、霊夢……」

「言わなくていいわよ、多分私も同じだから」

「何の話だ?」

 

私と霊夢の様子に気がついた仗助が後ろから聞いてくる。声の調子からして何もなかったみたいだ。心配させないようーービビってるって思われるのが嫌なのもあるけどーー私は当たり障りのない返事を返すことにした。

 

「肌に傷がついたら嫌だなって思っただけだ」

「こんな時にお肌のこと考えてる場合かぁ!? 心配して損したぜ!」

 

呆れられながらもコウモリの渦を抜けた私達はそのまま高度を落とし地面に着地する。手入れをされた庭の花は薄暗い中でも咲き続け、その花弁はどこか(しお)れている様にも見えた。

 

「ここが紅魔館ってヤツか? えらくドギツイ赤色じゃあねぇかよ」

「理由は知らないけど、主人の趣味なんじゃない? 知らないけど」

「赤っつーことはオメェとお揃いだなぁ赤蛮奇」

「嬉しくないけどね」

 

仗助と赤蛮奇の仲のいい会話を聞きながら玄関へと急いでいると、私の視界の中に見慣れた姿が映り込んだ。

 

美鈴(めいりん)! 無事だったか!?」

 

急いで駆け寄れば、襲われた形跡もない美鈴が振り向く。驚いた表情にはいつもの気の抜けた雰囲気があって、私は思わず安心する。

 

「魔理沙? それに霊夢も……見慣れない人達もいますね。何かのお祭りですか?」

「違うわよダメいりん」

「酷くないですか霊夢!?」

 

いつも通り過ぎるってのも考えものなんだな……緊張感がなさすぎて伯爵との戦いが嘘みたいだぜ。ってこんなことしてる場合じゃない!

 

「美鈴、何か見なかった? デカイコウモリとか」

「コウモリ? やけに群れてる以外は変わりありませんね。お嬢様も暇つぶしに大掛かりなことしますよね」

「それは「そうそう、さっきこんな物を見つけたんですよ。なんなんでしょうねこれ? ペレットみたいですけど」

 

そう言って美鈴が見せてきたのは、手のひらに乗るくらい小さなペレット。何か乾燥した物を押し固めたみたいに見えるけど、なんだ?

 

「確かに奇妙だが、後で調べるとしようぜ。今はそのコウモリ男が先決だ」

「全く仗助の言う通りね」

「そうね、魔理沙、それ持っておきなさい」

「え? 私か? 自分で持てばいいじゃないか」

「汚いじゃない」

「は!? 人に嫌なこと押し付ける気か!?」

「それは私が持っておくから、先を急いだ方がいい。私は外を見張るから、霊夢達は中に伯爵がいないか調べてくれ」

 

慧音の冷静な対応で、また長引きそうになった問題はすぐに解決した。どうも調子が狂うぜ、なんだか私と慧音と仗助と、それから赤蛮奇以外はまるで何も起こってないみたいにのんびりしてる。美鈴も、霊夢も。

 

「なんだかよく分かりませんが、お嬢様には失礼のないようお願いしますよ。特に魔理沙」

 

私は返事をする時間すら惜しんで玄関へと向かう。予想外の反応に美鈴がまた驚いた顔をしてたけど、これ以上時間をかけてる暇はないぜ。

 

重い扉を押し開けると、そこには相変わらずの暗闇があった。ロウソクの火だけが空間を照らして、でもそのロウソクでさえ階段や壁際を照らすためだけにしか設置されていない。人間の私達には暗過ぎるな。

 

「来たか、霧雨嬢よ。そして博麗嬢、東方仗助……慧音女史の代わりに赤蛮奇嬢か」

 

暗闇から聞こえた声に私は戦慄(せんりつ)する。浮かび上がる黒い巨体はソファで手を組み、その向かい側では正反対の小さなレミリアが睨んでいる。やっぱり先を越されてた……より道しすぎたせいだ……!

 

「コイツと知り合い?」

 

レミリアは苛立ちを隠さずに私達に聞く。

 

「知り合いと言えば知り合いね、敵としてだけど」

「なら、殺しちゃっていいのよね?」

「結論を急ぐ必要はない、スカーレット嬢。私は争いに来たのではなく、話し合いに来たのだ。私を殺すかどうかはその後に決めても損ではないはずだ。君には私をひねり潰せる力があるのだから」

「そんなヤツの寝言に耳をかす必要なんてないわよ」

「黙れ博麗嬢、足のない貴様に私の取引を邪魔する権利などない!」

 

伯爵は怒気を含んだ声を霊夢に投げつける。その気迫に私の肌が逆立ち、急に寒さが体を支配してきた。一方の霊夢は少し怯んだだけで、なんともないみたいだ。

 

「ここは一つ、あのコウモリ男の出方を(うかが)うのが得策だろうな。能力も強さも分からないんじゃ、無闇に戦っても苦戦するだけだぜ」

「見た目に似合わず臆病(おくびょう)ね」

「臆病じゃなく、慎重、と訂正しておくわ。霊夢」

 

誰もが口を閉じ静まりかえった時、やっとレミリアが口を開く。

 

「で、話とは?」

「石仮面を譲って欲しい」

「……石仮面? 知らないわね、そんな物」

「嘘をつくなスカーレット嬢よ。君の、いや、この幻想郷中の情報が私の手の中にある。君は昨日の夜3時にフランス製のケーキを紅茶と共に食べ甘さのあまり胸焼けを起こした、30分後には階段で転び、そして4時頃にピンクダークの少年の文庫版化粧ケース付きを十六夜嬢に催促(さいそく)している。コミックで揃えているにも関わらずな」

 

その情報は当てずっぽうにしては嫌に具体的で、まるでその時に見ていたかのような物言いだ。固まるレミリアを見て、伯爵は腕を組んで背もたれにもたれかかった。

 

「私の熱烈なファンみたいだけど、石仮面は渡せないわ。あれは危険すぎる」

「だからこそだ」

「あれを悪用して世界を支配しようとするバカが出たらどうするつもり? 収集がつかなくなるわよ。石仮面の力はねずみ算的に蔓延(まんえん)していく。しかもこの異常な天気……お前が仕組んだんだろう?」

 

威圧的なその問いかけに、伯爵は鼻で笑って返す。

 

「逆に聞くが、なぜ封じようとする? 石仮面とは青き血の主人が(のこ)した力だ、神が遺した力だ、妖怪を超える力だ。恐れたところでどうなる? 立ち止まったままで何が起こる? 我々の先祖が暗闇の荒野に道を切り開く時常に持っていた物、それは恐怖であり勇気だ! 勇気とは恐怖を知ること、恐怖を認め()つことッ! 勇気こそが暗闇の中に新たな時代を切り開くのだ!」

「理解できないな、お前が言ってるのはただの子供の絵空事だ」

「だから人間に負けるのだ下等眷属が」

 

レミリアと伯爵は互いを見下しあい、いつ戦いが始まってもおかしくない空気が張り詰める。仗助が目配せをし、霊夢と赤蛮奇は静かに戦闘態勢に入る。私もミニ八卦炉を握り締め、深呼吸をした。

 

「ところで、さっきからお前から人間の血の匂いがするんだ。お前も吸血鬼なのか?」

「ご明察恐れ入る。藍女史に折られた肋骨の治癒が遅かったのでな、少しだけ血を吸わせてもらったのだ」

「それは、咲夜が見当たらないのと関係があるのか?」

 

伯爵は返事をせず、腕を組んだまま石のように動かない。レミリアも睨みつけたまま動く素振りを見せず、この空間の温度だけが徐々(じょじょ)に徐々に下がっていく。

 

変化は一瞬だった。レミリアが赤い槍を出現させ、それを伯爵の頭目掛け突き入れる。でもその槍は代わりに黒く太い腕を貫通し、伯爵の手が槍の柄を逆に握り込んだ。

 

「軟弱軟弱!」

 

瞬きをした次の瞬間には伯爵の拳がレミリアの鼻先を掠め、後退したレミリアと霊夢、赤蛮奇の弾幕が一斉に放たれる。遅れながらも私も大量の弾幕を浴びせる中、伯爵はマントで体を隠す。私達はそこに更に追い討ちをかける。

 

10秒間は続いていた弾幕の嵐もやがて終わり、濃い煙が立ち上っていた。あれだけの弾幕を浴びて、しかも今度はレミリアもいる。妖怪の弾幕なら確実に有効打を与えられるはずだ。そして煙が晴れた時、そこに伯爵の姿はなかった。

 

「き、消えた!? 伯爵はどこに行ったんだ!?」

「魔理沙、ヤツに呑まれてるわよ。冷静に対処すればあんなヤツ……

 

霊夢が言い終わるより先にそれは起こった。地面に叩きつけられるレミリア、馬乗りになった伯爵、小さな顔を今にも壊そうと鷲掴みにする手。

 

「未熟な子供が私に勝てると思ったか!? 私は先、お前は後ろだスカーレット嬢ッ!」

 

腕を掴み返し振りほどこうとするレミリア、反対の手を振り上げる伯爵。私はとっさにミニ八卦炉を構えるが、このまま撃てばレミリアを巻き込んで……う、撃てない……!

 

「ドラァ!」

「ゲガ!?」

 

仗助の叫びと共に発生した風圧は私の帽子を吹き飛ばし、伯爵は何かに殴られたように壁に衝突する。地面に倒れたまま頭を押さえて呻き声を上げる姿から、今の一撃がどれだけ大きかったのかを私は直感で理解した。クレイジーダイヤモンド……恐ろしい力だぜ。

 

「石仮面だかなんだか知らねぇがよォ、テメェが皆んなを危険に晒すっつーんなら、このままブチのめさせてもらうぜ」

「我々は……我々は真実に到達しなければならない……! 皆んなを危険に晒すだと!? 安っぽい感情で動いてるんじゃあない仗助! これは真実への旅路、未来への遺産なのだッ!」

 

よろめき壁に手をつきながら伯爵は声の限り怒りを吐き出す。

 

「私の邪魔をするというのなら、貴様も始末するまでだ! “ドミネ・クオ・ヴァディス(どこへ行かれるのですか?)”! 貴様は磔刑(たっけい)だーッ!」

 

 

 

「そんなことが……ならこのおかしな天気もそのコウモリが?」

「断言はできないが、その可能性が高い」

 

慧音から事のあらましを説明を受けた美鈴は思わず押し黙る。まさか知らない場所でそんなことがあったとは。そして弾幕の通用しない伯爵と呼ばれる妖怪がこの紅魔館に迫って来ている。

 

「もし伯爵が現れたなら、武の道を修める者として私が相手をしましょう」

「頼もしいな」

「一応は門番ですからね」

 

一応、というその言葉に慧音は笑みをこぼした。サボって昼寝をしていたという話を聞いてはいたが、まさか本人から直接その裏付けを取れるとは思ってもいなかった。

 

彼女達が今後の展望について本格的に話し合いを始めようとした刹那(せつな)、門がゆっくりと押し開かれる。色とりどりの花が咲き乱れる庭に足を踏み入れたのは一人の男。傷だらけの鎧を身に纏い、一本の(うち)(がたな)を携える。

 

「何者!」

 

許可なく踏み入った者に構えを取って応じる美鈴だったが、男は一瞥(いちべつ)することもなく進み続ける。それを挑戦状と受け取った美鈴は躊躇(ちゅうちょ)なく男の側頭部に蹴りを叩き込んだ。

 

男の首は不可能な方向へ折れ曲がり、確実に体を動かすことなど出来ないダメージ。にも関わらず男は動いた。

 

「妖怪の中にも、小手調べをする者がいたか」

 

後ろに飛びのき、男がへし折れた首を元の位置に戻すのを見ながら美鈴は冷や汗を流す。読まれている。小手調べに攻撃を仕掛けたことを。そして彼女は直感で理解する。この男も自分と同様に武の道を修める者、生半可な攻撃は通じないと。

 

男が刀を引き抜くと、美鈴に続いて慧音が戦闘態勢に入る。しかし男はそちらを見もせず言い放つ。

 

「やめろ。怯えた者を殺す趣味など持ち合わせていない」

 

間違いなく慧音に向けて紡ぎ出されたその言葉。まるで心を見透かしたかの様なその言い方に、慧音の体が硬直する。

 

「そしてお前は俺の攻撃に“反撃”しようとしている。格闘者の正当なる果たし合いに、受け身の対応者は必要なし」

 

男と美鈴は睨み合う。共に武の道を歩みし者、格闘者。しかし美鈴は構えを解いた。

 

「貴様、何のつもりだ? なぜ戦わない?」

「貴方が戦士としか戦わない、真の武人だから。理由はそれだけで充分です」

 

それを聞いた男は理解に苦しむといった様相で頭を左右に振り、刀を下ろす。

 

「コウモリの妖怪が今ここに迫っている。できるなら戦いたくはありません。貴方の目的は?」

「……先程この渦の中に巨大なコウモリが入って行くのが見えた。もしやと思い来てみたまで」

「コウモリが!? お嬢様!」

 

そこまで聞いた美鈴は男に背を向け走り出す。その直後、彼女の足を何かが切り刻み鮮血が舞う。突然の痛みに膝をついた時、背後で刀を振り上げる男の姿。彼女が斬撃を覚悟した時、慧音が男に体当たりをし突き飛ばす。

 

突き飛ばされ数歩後ずさった男は彼女達を正面に捉え直し、態勢を立て直す。

 

「卑怯な……! 君に誇りはないのか!?」

 

怒りを宿した慧音の責めに男は身じろぎもせず正面から受け止める。

 

「我が名は荒武者、数百年の歳月を経て柱より(よみがえ)った戦士。今亡き主人の為、恩人である正邪様と伯爵様の為、この地に馳せ参じた。我が恩人の為ならば、この体が朽ちるまで戦い、卑怯な手を使うこともしよう。それこそが我が誇り」

 

荒武者の周囲に風が渦巻き、花弁や葉が巻き上げられ宙で踊る。それら全てが、風に乗り彼女達に襲いかかった。




「呪い師」
パワーC スピードC 持続力C 射程距離A 精密動作性C 成長性E
紫色の中華服を見に纏ったうさんくさい男。他者の感情を具現化する技術を持ち、これを熾鬼神と呼んでいる。殴り合いが強い訳ではないが魔封じを使用でき、妖怪にとっては嫌らしい敵。

「怠け者のスラウス」
パワーB スピードB 持続力A 射程距離幻想郷一帯 精密動作性B 成長性E
呪い師の主力である熾鬼神で、生半可な妖怪では歯が立たない。呪い師にダメージがフィードバックされない厄介な性質がある。名前の元ネタは怠惰の英語“sloth”から。

前回載せるの忘れたんでここに載せときます。呪い師は嫌いな人多そう(偏見)


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