エイナ・チュールの冒険 (バステト)
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受付

受付もしているアドバイザーさんは大変だと思います。




 ここは迷宮都市オラリオ。その中心部のギルドで私は受付嬢として働いている。ギルドは、迷宮を管理し、迷宮に潜る冒険者に様々な情報を提供し、魔石やドロップアイテムを買い取り、販売している。そしてオラリオの都市としての機能を支えている。迷宮から冒険者がアイテムを持ち帰ることでギルドとオラリオは成り立っているといってもよい。そのため冒険者にはできるだけ協力するように指示が出ている。そして、私も受付嬢であるからには冒険者に協力ができるように日々努力している。

 さらにギルドはオラリオを管理しているわけであるから、冒険者ではない一般市民にもできるだけの対応はするようになっている。つまりは、冒険者に関しての苦情受付などもやることになるのである。そしてそれを受け付けるのは受付嬢なのである。

 

 そして目の前にいる暗い目つき男は切々と訴えていた。いわく冒険者が夜通し悲鳴を上げる、いわく使っている薬品?の悪臭がひどい、いわく怪しい格好で歩いているなどなど・・・陰気な雰囲気を漂わせながらも、よほど不満がたまっているのか延々としゃべり続ける。ずっと聞いているとこちらまで陰気な気分でつぶされそうになる。二時間ほどしゃべり続けてようやく満足したのか、男は、どうにかしてほしいと最後にもう一度訴えて帰っていった。

 それを見送っていると同僚のミィシャ・フロットに声をかけられる。

 

「また苦情だったの、エイナ?」

「ええ、おんなじ内容。死体が叫んでいるような悲鳴が聞こえるからやめさせてくれっていう・・・」

「この苦情、定期的に出てくるわよね」

 それだけギルド内部でも静かな噂になっているのだ。実際、市民からの同様の苦情は今回だけではない。ここ何か月か断続して続いている。冒険者同士のいざこざにはギルドは基本的に不介入であるが、一般市民まで巻き込むとなると話は別である。ここまで長期間にわたって苦情が出続けていると放置するわけにもいかないだろうと考え、私はため息をつくと上司に報告に出かけた。

 

 私がまた例の苦情がきたと報告すると、上司のアングリーはため息をついた

「また例の苦情か・・・仕方ないエイナ君。君にこの件の対応をすべて任せることにする。君の判断でやりたい用にやってくれ。怪物祭までは一時的に受付業務は停止して、しばらくはこの件に集中するように。」

 私は不満を顔に浮かべることはせずに了承した。現在の業務はどうするか訊ねると、受付業務はミィシャとサギリで分担して引き継ぐことになった。怪物祭が近くいつもより業務が増えているのに二人はだいじょうぶであろうか・・・。

 

 まずは苦情の確認である。

 場所と時間、そして定期的に発生しているかどうかなどなど・・・・

 場所はほぼ固定?でオラリオ南西部分で住宅地と倉庫地帯の端の二箇所である。時間は特に決まっていないがやはり真夜中が多い。発生間隔としては・・・・特に決まっては居ないようだ。一月以上間隔があくときもあれば、一週間とあけずに起こることもあった。また三日続けて起こっている場合もある。これは実地調査が必要そうだ。ため息をつく。受付嬢だから苦情を受け付けるのはまだわかる。それに対して実地調査をしなければならないのもわかる。だが受付嬢がする業務だろうか。大いに疑問に思うが、任された以上は仕方ない。とはいえ、一人で調べるようにとはいわれていない。現地を下見した後は、ミィシャに協力を頼むことにしよう。そう考えて、私は今日は現地調査、その後帰宅ということにして、着替えることにした。

「冒険者が絡んでるんだから、くれぐれも注意してね」

 ミィシャが心配して声をかけてくる。あぁ、なんだかいつもと立場が逆だと私は苦笑する。いつもは私が冒険者に心配して声をかけるというのに、これではまるで私が冒険者になったようだ・・・

「昼間に悲鳴が聞こえることはないみたいだから、今は大丈夫と思うよ。それに冒険者が原因としても今現在はダンジョンに潜っているはずだし」

 グレイの帽子をかぶり、耳を隠しながら答える。悪いことをしているわけではないのだが、一応は身元がすぐにはわからないようにしておいたほうがよいだろう。何が起こるかわからないのだから・・・

 

 

一箇所目

 

 そしてエイナはオラリオの町中を歩いていく。目的地は、オラリオ南西部エリア。住宅地と工場地域の境目という、いわば両者が混ざり合った場所である。ここを最初の目的地にしたのは簡単な理由。ギルドから近い場所だからである。三十分ほど歩いて、最初の目的地に到着する。このあたりは倉庫が住宅街の中にいくつか立っている場所である。何人か作業者が荷馬車に荷物を積み込無作業をしている。他にもすでに今日の仕事を終えたのか、ぶらついている作業者も居る。その中の一人がエイナに絡んできた。

「こんな所を女一人で歩いているとは珍しい、道に迷ったんじゃねえか」

 普通の女性だったらすこしびびったりするのであろうが、あいにくと私は受付嬢。この魔石はもっと高く売れるだろうなどどわめきたてる冒険者に比べれば、この作業者はヒヨコのようにかわいいものだ。落ち着いて私は答える。

「この先のハビタットさんの所(倉庫)に用事があるんですけどね。迷っていないので大丈夫ですよ」

 これ以上邪魔をしないでほしいなぁと思いつつ、にっこり笑う。

「いやいや、ハビタットさんところは俺もしってるけど、一個道を間違えてるぜ、案内してやるからついてきなよ」

 にへらにへらと笑いながら相手は答える。。

 だが相手の男にとっては幸運なことに別の人物が介入してきた

「おやおや、どうしたんですか、お二人さん」

 身長170Cぐらいの優男風の黒髪の人物がエイナに声をかけてきた。それはエイナとは顔なじみであったというよりも、エイナが担当している冒険者の一人であった。

「いやなに、道に迷っているみたいだから案内してやろうってんだよ」

 お前は引っ込んでなと表情で脅しながら作業者が言う。

「んー、ハビタットさんところでしょ、じゃあ、こっちであってるじゃん。適当なこと言ったらだめだよ、お前さん」

 冒険者がいい、作業者に近づくとなにやらぼそぼそと耳打ちした。

「ん、ああ、俺の勘違いだったみたいだな」と手のひらを全力で回転させる態度で作業者は仲間のところに戻っていった。

 それを見届けて冒険者はエイナに顔を向ける。

「昼間のこんな時間がら街中にいるとは珍しい、お休みなんですか?」

「いえいえ仕事なんですよ」

 エイナは営業スマイルを浮かべてこたえる。

「じゃあ、付き合います」

 その言葉に何を言ってるんだろうという表情を浮かべるエイナ。

「まあ、護衛と思ってください。邪魔はしませんから」

 にこやかにほほ笑む冒険者。一応は私の担当している冒険者である。名前はザラ・イェール・キッシンジャー。優男の外見であるがこう見えて女性である。そして彼女はレベル3と上級冒険者なのである。ときどき無茶をすることがあるが、それ以外の点ではだいたい信頼できるという普通の実力ある冒険者である。まあレベル3が普通かどうかはおいておくが。

「まあ、いいですけどね・・・」

 苦笑しながら私は答える。本来ならばギルドの仕事に一ファミリアを関係させることは、そのファミリアに肩入れしているという疑惑を呼ぶので敬遠される事である。だが、苦情を言う市民の『死んだときのような声』という表現が気になっていた。エイナ自身はモンスターと一対一で出会ったことはもちろんない。荒事にもほぼ無関係で生活している一般人である。そのため冒険者相手に面倒ごとになったらという不安があり、護衛をしてくれるという申し出は、実を言うとありがたかったのである。また上司のアングリーからの白紙全権委任に近い『この件の対応をすべて任せる』という言葉もあるので問題はないだろうという判断であった。

 あとは、まあ、ザラには失礼な話ではあるのだが、一見男にしか見えない彼女の風貌、だけど実際には女というのもありがたかった。やはり、女だけというのは時々相手に軽く見られるのは、悔しいことではあるが事実であった。かといってこれが男の冒険者が護衛をすると、いろいろと勘違いをするかもしれないので、後々別の意味でこれまた面倒なのである。それらを考えるとザラが護衛をしてくれるというのは大変にありがたかったのである。ちょっと心細かったということは断じてないのである。

「で、さっきの男になんていったんです」

「ん、ああ、ハビタットさんの知り合いかもしれないからトラブルの元になるようなことは止めたほうが良いよって言っただけですよ。ハビタットさんのお得意さまだったらお互い困ることになるんじゃないと。たぶん彼の上司がハビタットさんだろうし・・」

「まあ、助かりましたけどね・・・」

 

 

 さて、聞き込みで叫び声がどこから聞こえてくるかを確認しないといけない。

 まずは適当に家を選んで事情を聞き始める。最初の家で出てきたのは中年の女性。噂話が好きなようで、水を向けると楽しそうにいろいろと教えてくれた。いわく、叫び声が良く聞こえる、どこから聞こえてくるのか外に確かめに出ると(ちなみに本人ではなく旦那さんが外に出たそうだ)、いやな気配がする光がうっすらと見える、不愉快なにおいが時々昼間でもする、挙句の果てには近所で不穏な気配がする(はっきりと見ていないが、モンスターでも居るんじゃないのか?)だのだの、本当かどうか眉唾物の話まで、いろいろと話してくれた。情報量が多すぎて、嘘なのか本当なのか混乱してくる。たぶん、この女性もいろいろと話を聞いているうちに自分でもすべて本当だと思い込むようになっているんじゃないだろうか。

同じ話をまた繰り返し始めたところで、時間も押し迫ったことですしといって話を切り上げ、礼を言って退出する。ザラさんもまじめに話を聞いている。

 そしてさらに追加で何箇所かで聞き込みをする。幾つかの事務所では忙しいのでと相手にしてもらえなかった。まあ昼間なら、それぞれに仕事があるだろうから仕方がない。だが個人宅では親切に対応してもらえた。主に私が話を聞き、ザラさんは後ろで控えている。

 

 

 お昼ごろまで聞き込みをして分かったことは、叫び声が聞こえるがどこからかはよくわからない。つぎに、妙な気配がする光。そしてこの光はどこから出ているのかわからない。関係はないと思うが昼間でも夜でも時々嫌な臭いがする。苦しそうな叫び声がかすかに聞こえる。あとあまりにも馬鹿馬鹿しいのであるが、人間じゃないものの視線を感じる。。。人間じゃないものと書いたが最初の家と最後の家ではモンスターの視線とはっきりいわれた。街中にモンスターが居るわけがない。それはまあ、怪物際やテイムされたモンスターなど例外があるが、それは、あくまで例外である。モンスターをダンジョンから連れ出してどうするというのだ。

 

 

 叫び声が聞こえる日時は、ギルドでまとめた資料とほぼ一致している。声の大きさなどを脳内マップに記入していき、叫び声の発生源と思しきところを絞り込む。先程名前を挙げたハビタットさんの倉庫周辺であった

 とりあえず、一箇所目としてはこれで十分な調査結果であろう。私は次の場所に移動することにした。

 私自身はやりたくないなぁと思っていたことを、ザラさんが口にする。

「音の出所を探すためには実際に夜に確かめにきたほうがよさげですね」

 たしかにザラさんの言うことももっともである。でも、誰が好き好んで、真夜中に悲鳴の出所調査をやりたがるというのだろうか。私はやりたくないが、ザラさんはやりたい様だ。顔に書いてある。

「えーと、ザラさん、今日の予定とかはないのですか。結構時間をとらせてますけど大丈夫?」

「ああ、大丈夫ですよ、昨日ファミリアでの遠足が終わって、今日から暇なんですよ」

「遠足じゃなくて遠征ですよね」

「いやいやいやいや、うちでやってることは他のファミリアに比べたらめっちゃ小規模ですから、遠征とか言うのもおこがましいですよ。せいぜい18階層まで行って帰ってくるぐらいですから」

「いや、18階までいけるのでも結構実力が必要ですからね。間違えちゃいけませんよ」

「はいはい。とはいうものの、全員レベル2にはなってますからねぇ・・・まあ、それはともかく遠足の後始末はだいたい終わってますし、終わってない残務はぼちぼやれば良いですからね」

 いや、なんと言うか・・・他のファミリアの場合は、遠征から帰ってくると、ドロップ品の売却やら補給やらでいろいろと大忙しのはずなのだが、ザラさんのファミリアは何でこんなにのんびりなのであろうか。あきれている私の感情を呼んだのかザラは肩をすくめた。

「まあ、冒険者の数が少ないですからねぇ・・・しかも全力で冒険者しているっぽいの私一人ですからねぇ・・・」

 うん、確かにそうだった。確か20人いかないぐらいの、零細というわけではないが、小規模なファミリアだった・・・・しかもよくダンジョンにもぐるのはザラさんぐらいで、後のメンバーはファミリア内の事情でギルドでもあまり見かけないのである。

 話題を変えるためにも、今回私が実施調査をしている今回の件の話を説明する。

「へぇ、全権委任とは、信頼されてるんですね! 凄いじゃないですか」

 こう素直にほめられるととても嬉しく、顔が緩むのが自分でもわかる。

 ほかにも噂で聞いた新しく開店した店の噂話、ザラさんのダンジョン探索の話などをおしゃべりしながら移動を続けた。

 

 

 

 

 二箇所目の場所につく。

 こちらは住宅地とはいうものの、結構寂れた場所である。オラリオにこんな雰囲気の場所があるとは私は知らなかった。

 まずは適当に家を選んで事情を聞き始める。先程と同じで私が話を聞き、ザラさんは後ろで護衛っぽい態度のまま静かに話を聴くのである。話されることは最初の場所とほぼ同じ。嫌な臭いがする、妙な気配がする、怪しい光が現れる、時々だが声が聞こえるである。ただし声と入っても悲鳴ではなく、もっと別の喋っているような歌っているような声だそうだ。

 先程と同じく声の大きさなどを脳内マップに記入して見るが、データが少ないのでどこから聞こえてくるのかは分からない。これ以上ここで聞き込みをしても同じだろう。

 しばらく歩いた後で見つけた喫茶店に入り、ザラさんとこれからどうするか相談する。もう午後も遅いというよりも、もうそろそろ早い夕食でも・・という時間である。なのでいったん戻って、夜に再度出向いたほうが良いのか・・・このまま夜まで休憩なしに調査を続けるのはちょっときつい。いったん戻ることにしようか・・・ただ・・・・

「うーん、このまま適当に休憩しながら食事して、夜になったら調査っていうのが良いんじゃないですかね」

 ふむ、休憩に戻るということも考えていたが、たしかに現地で休息するという方法もある。盲点だった。その方法に賛成する。

 

 

 

 




補足

エルフの特性
優れた魔法能力と五感の鋭さに代表されるエルフ種全体の特性である。魔法能力の高さは、多種族の追随を許さないものがある。またドワーフ同様に可視光線の波長領域が、ヒューマンのそれよりも広範囲であり、多種族にとっての暗闇はエルフとドワーフにとっては暗闇たりえない。ただしダンジョン内部ではうっすらと明るいし、うっすらと霧がかかっていたりするので特に意味はない。この特性はハーフエルフにも備わっている。


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確認

ミイシャ「いっとくけど、これは受付の仕事でも、アドバイザーの仕事でもないからね。エイナ、あなた丸め込まれているのよ」



 それから時間が経過したが、途中食事を取り、夜も更けるまで待機する。食事中にわたしがナンパされたりもしたが、ザラさんがトイレから戻ってくると、男たちは帰っていった。

 九時ぐらいになったのでそろそろということで店を後にする。私たちが出た途端に店は閉店されてしまった。何かごめんなさい。

 

 夜のオラリオ市街をぶらぶらと散歩する。普段、残業から帰る時は一人で歩いているが、今日はレベル3冒険者と一緒なので危険に会うことはそうそうないだろうし、気楽なものである。

 そして、10時ごろにそれは聞こえてきた。

「聞こえるわね」

 どこからともなく、陰鬱な響きがする叫び声が漂ってくる。苦しそうで、どこか必死で呼びかけているような歌うような押し殺した声であった。

「ただどこからかといわれると分からないですね。うーん、人のことは言えないなあ・・」

 困った顔でザラが答える。

「そうね、ちょっとまってね」

 私はハーフエルフであり、純粋なエルフほどではないが、五感がヒューマンよりも優れている。たとえば視覚に関しては暗視能力があり、聴覚もヒューマンには聞こえないレベルの音でも聞き分けることができる。冒険者になり恩恵をもらうと、肉体能力と共に五感も強化されるため、その限りではないが、ザラさんの態度を見る限りでは、聴覚は私の方が優れているようだ。私は聴覚にすべての意識を集中しどの方角から聞こえてくるか絞り込む。聞いているだけで気がめいる声であったが何とか方角を絞り込めた

「ちょっと移動しましょう」

 すこし歩いて移動し、また声がどこから聞こえるか方角を絞りこむ。オラリオ市の現在地周辺のマップを思い浮かべる。それに先程の場所からの声の聞こえた方角と、現在地からの声が聞こえた方角をそれぞれ矢印として書き込む。そして二つ矢印が交差する点は

「こっちね」

 私はザラさんを誘導して矢印の交差点へたどり着いた。

 そこは壁一面を蔦で覆われた建物であった。夜で暗いせいもあるが、蔦にびっしりと覆われているため、窓があるのかどうかも分からない。一部の枝の先にぶら下がった枯葉が画風に揺らめき、まるで幽霊が手招きしているさまを連想させ陰気な雰囲気をかもし出していた。それだけならまだしも、風が吹くと建物全体の葉っぱがいっせいにざわめき、まるで建物自体がうごめいているかのような錯覚を起こさせ、おぞましい不快感が沸き起こるのをとめることができなかった。

 ところがそんな建物の見た目に反して建物周囲の庭はきれいに草が刈り取られて整備されている。庭をこれだけきれいにするぐらいならば、その労力のいくらかでよいから蔦を何とかすることに向けてほしいと切実に願った。

「ここが声の元?」

 ザラさんが聞いてくるので、私はささやき声で肯定する。蔦屋敷の周りを観察しながらゆっくりと歩く。建物周囲を約半周する。声は相変わらずここからから聞こえてくる。正確には蔦屋敷裏手の二箇所右側と左側の二箇所あたりからである。そのことをザラさんに告げる。ザラさんは蔦屋敷裏口をじっと見た。

「たぶん原因は地下ですね。換気口みたいなのが、二箇所、右と左部分の地面からすぐ上の部分にあります。地下で何かをしていて、その叫び声があそこの二箇所から出てるんでしょう」

 ザラさんが指差す方向に目を凝らすと確かに換気口らしきものが二箇所あった。発生源が二箇所あるから、どこから聞こえてくるのか分かり辛くなっているのだろうか。私はそう思案するが、ふと気づく。換気口があることが何故ザラさんに分かるのだろうか? 私は暗視能力があるので困ることはない。だがヒューマンのザラさんにはそんなものはないはず。あれれ、スキルで暗視能力って発動する可能性があるんだっけ?

 だが、今はそれは些細な問題である。地下で何が行われているのか今から調べるにしても、こんな時間である。おいそれと中に入れてくれるはずもない。調査を始めて初日に原因の建物を一つだけでも割り出せただけでよしとしよう。一応、倉庫街のほうに行くことにし、ザラに移動することを伝える。できるだけ急いで移動する・・・

 

 倉庫街に到着。移動に時間がかかりすでに真夜中になっている。だがこの時間でも叫び声が聞こえる。先程と同じく、何箇所かで声を聞き、発生源を確かめる。ふむー、簡単にどこから聞こえるか分かるのですが。クレームをいってきた人たちは何故場所が分からなかったんだろうか。簡単に行き過ぎてどこかまずいことでも起こるのではないかと心配になる。このことを話すとザラさんは苦笑した。

「あのねエイナさん。普通の人は気味悪がって、何箇所かで声を聞くとかしないんですよ。最初の家でも奥さんは家の中に居て、旦那さんに外に調べに行かせてたでしょ。旦那さん自身も薄気味悪いと思って戸口で聞いていただけだと思いますよ。だからどこから聞こえてくるか分からないんですよ」

 最後に「多分」と小声で付け加えていたので、ザラさんにも自信はないのだろう。

 声が聞こえてくるのは倉庫のひとつであった。場所を脳内マップにしっかりと記載しておく。ギルドで誰の所有物件か確認しなくては。

 先程の蔦屋敷から聞こえた声が歌うような声だとするならば、ここから聞こえてくる声は、悲鳴である。聞いていると頭痛がする。しかし、冒険者のザラさんはダンジョンで慣れているのか平気で、さらにとんでもないことを言った。

「あれは、アルミラージの声ですね」

「はい? えっ、なんですって」

「だからウサギ型モンスターのアルミラージの声です。キューという音が混ざってるでしょう。アルミラージの悲鳴ですよ」

 アルミラージはダンジョン中層上部から出現する兎型モンスター。動きがすばやく、ネイチャーウェポンを使用し、かつ、集団での息が合った連携戦闘を仕掛けてくるのでベテランの冒険者でも苦戦することがある。

 いや、私が言いたいのはそこではなく、何でダンジョンに居るはずのアルミラージがここに居ると思うの? ザラさんの間違いではないのか。といろいろと考えていたら、声が止んだ。倉庫を観察することにして、周囲をゆっくりと観察することにする。とはいっても特に特徴もない倉庫である。換気口を探してみても見つからない。これからどうしようと考え込んでしまった。

「中に入れないかどうか試してみますか?」

 いや、不法侵入はまずいでしょう。この人何を言ってるんですか!

「外から見ているだけではこれ以上何が起こっているかは知りようがないですよ。アルミラージの声が聞こえるといっても気のせいだといわれたら、それ以上は何もできませんしね」

「いやいやいやいや、でも不法侵入はありえませんから!」

 そういっていると倉庫のドアが開き、二人の男が出てきた。

「あとをつけますか? それとも倉庫の捜索します?」

 だから、不法侵入は、し・ま・せ・ん。睨み付けながら私はザラさんに後をつけると言う。するとザラさんは私の肩をひょいっと押した。私は当然後ろによろめく。それをすばやくザラさんが両腕で受け止め、いわゆるお姫様抱っこをする。

「あとをつけるんなら、屋根伝いに行ったほうが見つかりにくいですよ。というわけでしばらく我慢してくださいね、あと舌を噛まないようにしててくださいねっと」

 そういうとザラさんは飛び上がった。そして屋根伝いに三人を追い始めた。それはいいのだが、抱えられた私は、屋根から屋根へと飛び移る際の衝撃で揺さぶられて気分がとても悪くなっていた。うん、ちょっとこれは無理かも。ありえない。たぶん今顔色は真っ青になってるに違いない。苦しい。次第に何も考えられなくなり、ひたすら、揺れが止まるのだけを祈っていた。神様、ミアハ様、ディアンケヒト様、この苦しみをとめる薬をお授けください。つらい。

 

 そして、実際には短時間なんだろうけど、永遠に続くんじゃないかと思われる苦行の時間が終了し、ようやく、ザラさんが腕からおろしてくれた。ゆさぶられていたのと、もう空中移動は終わりだという安堵のあまりに、体に力が入らず、よろよろとへたり込んでしまう。

「ごめんなさい、大丈夫・・・じゃないですね」

 ちょっと困った口調でザラさんが謝ってくる。見たところ元気な様である。これが恩恵を授かっている者とそうでない者との差なのか・・・

「う、何とか大丈夫です。あの三人はどこですか?」

「あそこに入っていくところですよ。見えますか」

 ザラが指差す方向を見ると、ちょうど三人が建物に入っていくところだった。

「じゃあ、明日になったらあの家に調査に向かうことにしますね。ところでザラさん」

 気分が悪いのをこらえながらザラさんに確かめる

「ここ何処なんですか?」

「最初に調査した所ですよ。あいつらが入っていったのは蔦屋敷ですよ。で、あそこが聞き込みをした家ですよ」

 ザラさんが指差したほうの家を見ると、確かに聞き込みをした家のうちの一軒である。ようやく現在地を把握できたので、オラリオ市の現在地周辺のマップを思い浮かべる。

 

 さすがにこの時間から蔦屋敷を訪問するのは無理なので、調査はここまでにして帰宅することにする。いや、体力的にも無理だし、一回上司に報告しておきたいし・・・

夜遅いからといってザラさんが家まで送ってくれたのはありがたかった。もちろん屋根ではなく道路を歩いた・・・・

 



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調査

 昨日あんなことがあったため、疲れが残っていたが、私はいつもどおりに何とか起床できた。身支度その他を済ませた後、ギルドへと出勤する。

 疲労のあまりため息をつきつつ、昨日分かったことをまとめてみる。まあ、まとめると言うほど大したことは分かっていないのだが。

 

 

1.問題は二箇所で発生している。倉庫街と蔦屋敷の二箇所。

→それぞれの建物の所有者確認が必要。

2.住人に聞き込みをした限りでは、周囲で発生している異常は声だけでなく、悪臭、異様な発光現象もある。

実際に夜に確認した結果、倉庫と教会で声が発生していた。

3.倉庫での声が収まった後、男が二人出てきたこと。そして蔦屋敷に入っていった。

 以上である。

 まあ、どう考えてもこの証拠から考えると蔦屋敷が怪しい。あまりにも怪しすぎて、何かの引っかけとか罠とかフェイクとかでっち上げではないかと考えたくなる。だか、そんなことを私に仕掛けてくる理由がないし、あの時、私やザラさんがいることに気づいたとは思えないから、あのタイミングで罠等を見せ付けることができるとは思えない。唯一、罠とかでっち上げることができる人物はいるのはいるのだが、それは一緒に行動していたザラさんになるのだ。だが彼女は最古参でしかも信用度が高いファミリアで副団長をしているくらいなので、まあ信用はできるはず。

 で、倉庫と蔦屋敷を調べないといけないのである。本当のことをいうと、倉庫と蔦屋敷については中に入って調査したいところであるのだが、『声が聞こえるから中を調査させて』といっても、断られるだけであろうことは火を見るより明らかである。まずはギルド内部で調べられそうなことから調べるしかないのである。時間短縮のためにミイシャに応援を頼もう。彼女も怪物祭りの準備で忙しいだろうが、問題あるまい。

「ああ、いいよー、何すれば良いの」

 軽く引き受けてくれた。さすがミーシャ、助かる。ミイシャには蔦屋敷の調査を頼んだ。持ち主は誰か、現在の使用目的は何か、過去に屋敷周辺で何か事件は発生していないか、気になったことは何か等々。

 倉庫調査とどちらをたのむか迷ったが、風にざわめく蔦の葉の様子が大量の虫が蠢いている様子に見えていやだったから、蔦屋敷調査をお願いした。たぶん私がこちらを受け持つと、調査中に虫がざわめくイメージが意識に浮かびそうだったのである。ミイシャが現地に行って実物を見るわけではないので、担当を頼むぐらいはかまわないだろう。とはいうものの、今度お礼にランチを奢ることにしよう。

 

 

 私は私で倉庫の調査である。が取り掛かる前にザラさんがやってきた。

 片手を挙げて挨拶をしたザラさんが、目の前の受付に座り込む。

「昨日の件ですが今日も調査を続けますか? 続けるんなら手伝いますよ」

 にこやかな笑みを顔に貼り付けたザラが申し出る。私は溜息をついた。協力してくれるという気持ちは嬉しいのだが、もともとギルドの仕事に特定のファミリアを介入させるはあまり褒められた事ではないのだ。

「エイナさん、エイナさん、忍び込むのに一人だと危険ですよ~。だれか冒険者が一緒にいたほうが良いですよ~」

 にこにこと笑顔を浮かべたままザラは小声で続ける。悪徳商人が詐欺を働いているような印象を受けるのは何故だろうか。

「いやいや、大丈夫ですよ。そもそも忍び込みませんし」

「まあ、普通なら私もおとなしくしてるんですけどね。今回ばかりはちょっと強攻策をお勧めします」

 ふむ、ザラさんがここまでいうとは、私はなにか見落としていたのだろうか

「アルミラージの声がしました。地上にモンスターを連れてくるのは不味いでしょう。忍び込むのが手っ取り早く解決するのが良いと思いますよ」

 ああ、ふむ確かに、これを忘れていた。ダンジョンから地上にモンスターを連れてくるのはご法度である。例外はガネーシャ・ファミリア所属の冒険者がテイムしたモンスターである。あとは、怪物祭のためのモンスターであるが、これもまたガネーシャ・ファミリアに管理されている。

 とはいうものの、アルミラージの声というのは、ザラさんしか聞いていない。いやもちろん、私も聞いているが、私はダンジョンに行かないから、倉庫のところで聞いた声がアルミラージの声かどうか分からないのだ。うーむ、どうしよう。

「じゃあ、さっそく忍び込む準備をしてきますね。エイナさんも目立たないような黒い服を準備しておいてください。それと下は動きやすいようにズボンでよろしくです。靴は足音がしにくいようにゴム底で」

「いえいえ、行きませんって。まずは倉庫に中に入れてもらうように穏便に! 普通に!  交渉しますよ」

 驚いた顔になるザラさん

「まっまさか、エイナさんがまっとうな方法をとるだなんて」

 普通のことを言っているのに、そんなに驚愕しなくてもいいのではないのだろうか。むすっとした私に、ザラさんが慌てたように言葉を続ける。

「じゃあ、交渉するにしても一人だと危ないから付いていきますよ」

 乗りかかった船だし、護衛ですよ、護衛と軽くいわれてしまった。そんなに危なっかしく見えるのなぁ、私。まあ、善意の協力と割り切ることにした。午前中に倉庫の資料を集めて、午後からアルミラージの声の確認をしてから、倉庫に実際に交渉に行くと打ち合わせる。ザラさんは午前中は別行動で侵入の準備をすることになった。

 

 で調査である。幸いにも私はギルド職員であり、ギルドにある資料については無条件でアクセスできる。まずは持ち主について。

 持ち主は簡単に分かった。ハビタット・イーコール。貿易商人であり、オラリオ外部との魔石製品の取引でかなりの利益を上げている。オラリオ全体の魔石取引に占める割合はそこまで高くはないが、良い顧客を捕まえているのか、収入は高いようである。とはいうものの、商取引結果を見ると収入額と支出額が若干おかしいような気がする。

 支出の方が多い。間違いかと思って調べなおしたけれど、収入の大体二倍ぐらいはある。どうやっても赤字のはず。ふむふむ。まあおいといて、取引相手を確認する。届出によると輸出相手はラキア方面が5割、次が極東方面、南方方面で大体3割。のこりは、オラリオ周辺地域がちょっとずつ。関税関係での輸出品目確認書類と付き合わせてみる。ラキア方面がちょっとおかしい。というか、ほかの地域に関しては、誤差はあるものの、大体平均値の価格で取引をしている。ラキア関係だけ他の所に比べて高値で売りつけてる。このまま続けるんだったら取引相手が損していることに気づいて取引をやめそうなものなんだけれど。取引相手は価格調査とかしてないのだろうか。もしくは、高値でもかまわないほどの魅力があるかどうか。うーん、実際に商品を確かめたほうがいいんだろう

 

 いろいろと資料をつき合わせて調査している間に、あっという間にお昼になってしまった。さて出かけないと。ため息をついた後、帽子をかぶり、短いマントを羽織りギルドを後にする。

 まずはアルミラージの件をはっきりさせる必要がある。まあ、アルミラージの声を確認する方法といっても二つしかないわけで、一つはアルミラージの声を聞いたことがある冒険者を倉庫まで連れて行って声を聞かせるか、私がアルミラージの声を聞きに行くかである。冒険者をこれ以上まきこまないためには、私自身がアルミラージのところまで行くしかないだろう。うーん、なんだかなあ・・・。

 

 

 

「アルミラージはウサギ型モンスターで、それだけ聞くと可愛いんじゃないと思う人もいるんですが」

 ガネーシャ・ファミリアに所属する上級冒険者イブリ・アチャー氏が説明する。

「確かに天然武器を持っていない素手の状態で、かつ襲い掛からないでくれるんなら、可愛いとはいえますね」

 イブリ氏はガチャガチャと鍵と鎖を操作しながら説明を続ける。

「でも実際はその反対ですからねぇ・・・って、こんなことはエイナさんなら百も承知でしたね。こいつがアルミラージです」

 イブリ氏は怪物祭用のカーゴをほんの少しだけあけて見せてくれた。私は恐る恐る中を覗き込んだ。そこには鎖で固定された白毛で赤眼のウサギ型モンスター、アルミラージがかわいらしい姿でじっとうずくまっていた。確かに今のままなら、可愛いといってもいいだろう。額の角さえチャームポイントに見えないこともない。だがアルミラージは私を見ると威嚇の声を上げた。確かにこれは倉庫で聞いた声だ。個体差はあるのだろうが、同種族のアルミラージの声であるとわかる。となると倉庫のなかにアルミラージがいる。ギルドへの届けなしで、だ。後ろに下がり、カーゴを閉めるようにジェスチャーで示す。イブリ氏はカーゴを閉めると鎖で固定し鍵をしっかりとかけた。この状態で怪物際まで闘技場で保管されるのである。見掛けが可愛く観客に人気があるので一、二年置きに怪物際に出すようにしているとのことだった。今年が、アルミラージ調教の年になっていて良かった。私はイブリ氏に礼を言うとギルドに戻ることにした。

 

 ハビタット氏の倉庫の中にはアルミラージがいる。

 だが、声を聞いただけであり、実際に姿を見たわけではない。私にとっては確信であるのだが、ほかの人にとっては声だけでは証拠にならないだろう。ザラさんには分かったみたいなので冒険者なら誰でも分かるのかもしれないが、ギルド職員では無理だろう。他にも証拠が必要だが、どうするか。それにモンスターを地上につれてきている理由も不明である。まあ、モンスター好きな好事家に売りつけようということだろうとは思うのだけれど、それもはっきりさせる必要がある。ザラさんとの待ち合わせもあるし、とりあえずギルドに戻ろう。

 

 昼も大分過ぎていたので、途中で昼食をとる。怪物際が近いせいか、屋台もちょっとずつ賑わいが増しているようである。サンドイッチとオレンジジュースを食べてギルドに戻る。

 

 

「ごめん、エイナ、別件の仕事が入った」

 ミイシャは私の顔を見るなり、そう言った。そして顔を近づけてくると小声で囁いた。

「行方不明事件なのよ。まだ公表できないんで内緒にしといてね」

「簡単でよいからどんな事件か教えて」

「昨日の夕方から、大人一人子ども二人が行方不明。場所は倉庫街の近く。怪物際が近いのでガネーシャ・ファミリアに捜査協力を要請する予定」

 そういいながら資料をちらりと見せてくれた。20代の女性、10歳ぐらいの子ども二人。現場はハビタット氏の倉庫の近くである。関連性があるかどうかは不明だが覚えておくに越したことはなさそうだ。

 ミイシャが説明を続ける。

「蔦屋敷の件は、あまり情報はないわよ」

 成果が上がらなかったとぼやきながら、ミイシャは説明をしてくれた。

「現在住んでいる人立ちは、シルバートワイライト教会という宗教団体の人たちね」

 わけが分からないという表情になっていたのだろう。私の表情を見てミイシャもお手上げだというジェスチャーをして見せた。それには理由があり、現在のオラリオでは『かつて』活動していた教会はまだしも、『現在』活動している教会はまずない。神々が実際に地上に降りてきているからだ。そして神々は『教団』や『教会』ではなく『ファミリア』を形成して活動している。それを考えるとこのシルバートワイライト教会が稀有な存在だと分かるであろう。

「それで調査を頼まれた建物が教会になっていて、定期的に信者たちが集まっているわ。教会に住んでいるのは司祭一人、弟子?二人の三人。通いの教団員が三十人ほど。結構多いわね。でも祭っている神の名前は分からないのよ」

 あの自己顕示欲が強い神々が名前を名乗っていないとは! あきれ返った私の顔を見てミイシャは繰り返した。

「本当に分からないのよ。雨や水に関する神らしいということぐらいね」

 ミイシャの調査では、過去、雨が降らなかった時に、雨乞いの祭事をこの教会が実施し、そのおかげか雨が降ったらしい。問題はオラリオにいる大量の神々が異口同音に『我のおかげで雨が降った』と主張したことで、霊験あらかたなはずな出来事が、まったくそうでなかった事態になったのであった。ちなみに神の力は仕えないだろ!という突込みに対しては、そんなことには関係なしに雨を降らせるのが神の力だ!という分けの分からない答えが来たそうだ。本当に分けが分からない・・・

「ほかの神のおかげで雨が降ったのかも知れないし、実際にこの神が雨や水に関する神かどうかは不明のままよ」

「それから、不定期で集会?ミサ?みたいなことをしているわね。人数にばらつきがあるけれど、10人から多いときは30人ほどね」

 司祭たちの名前を聞いてミイシャに礼を言った。

 

 そうして、一人になってこれからどうするかを考えていると、ザラさんがやってきた。私のところまで来ると小声でいろいろと話し始めた。

「準備が終わったのでついでに、昨日の倉庫を調べてきたんですよ」

 ぎょっとしてザラさんの顔を見つめると、ザラさんはまあまあというように手を動かした。

「大丈夫、エイナさんが心配するような違法行為はしてないですよ。せいぜい外からみていただけです」

 まあ、それならば良い・・・良いのか・・? いやでもそれはストー何とかじゃ・・・

「で、詳しい事情は話せないんですが、状況が状況なので、秘密厳守でお願いしますね」

 そう前置きをして、ザラさんは続けた。

「倉庫の地下室は三部屋。それぞれ倉庫と作業室と実験室です。倉庫にはモンスターが飼われていますね」

 アウト~~~~~~~!!!!!

 いや、それアウトだからぁぁぁ

 それ中に不法侵入してないと分からないですよね! 不法侵入が合法とかいわないですよね! ザラさんの立場ならわかってますよね!

 心の中で絶叫している私の表情を見て、ザラさんは続ける。

「えーと、エイナさん? 『不法侵入しているっぽいけど、合法なことしかしていない』と断言していることから、ギルド受付嬢のあなたなら、どういうことか分かりますよね?」

 そして閃くものがあった。夜の暗闇の中で換気口をみつけたことと、今の発言から!

「スキルですか・・・」

「ええ、どういうものかは教えられませんが。でそれで分かったことというのは・・・」

 そして分かったことを説明をしてくれた。

 倉庫には、アルミラージ、ゴブリン、それになんとレベル2カテゴライズのミノタウロスなどモンスターが何種類か捕獲されている。えさ(肉)っぽいものが入っていたような皿(何が入っているかはスキルでは分からなかったそうだ。モンスターとか人間じゃないよね)があることから一応えさを与えていると判断できるようだ。さらには、地下道まで作られていてコッソリと出入りが可能になっているそうだ。

 実験室には、フラスコなどの調薬道具、資料を保管するための本棚がいくつかおかれていて、作業室にはのこぎり、ハンマーなど大工道具がおいてあったらしい。

 そして蔦屋敷のほうの地下室も三部屋あり実験室、倉庫、地下祭壇らしき部屋だそうだ。こちらの実験室は本棚などはなく、実験道具だけ。地下祭壇は普通の祭壇を地下に作っただけのようなつくりだそうだが、ならば、わざわざ地下に作る必要はないはずである。

「というわけでですね。エイナさん、中に忍び込んで本棚の資料を漁ってみましょう。たぶんいろいろと分かると思いますよ。あと、モンスターがいるのを確認したら、警備隊で強行捜査ができますよね。それで解決ですよ」

 うーん、そうかなぁ・・・アルミラージの声は私も確認したから分かる。叫び声は、モンスターの声だとしても、異臭、発光現象は説明がつかないんだけれどなぁ・・・。それにスキルで確認したといっても信用されないだろうから、実際に『発見』する必要性もわかるって、いけない、進入する方向に流されてる!  だめだめ。

「いい、ザラさん、こっそり忍び込んで見つかったりしたらどうするの? そんな冒険はしちゃだめですよ。冒険者は冒険しちゃだめなんですよ」

「エー、えいなサンハ冒険者ジャナイカラ、冒険シテイインデスよー」

 うわ、すっごい棒読み口調でいわれた。何か悔しい。そしてザラさんは表情をまじめなものに戻すと続けた。

「それにこの件は手っ取り早く片付けたほうが良いと思いますよ。モンスターを持ち込んでただで済むとは思えませんからね」

 そ、それは確かに・・・

「あと、不法侵入でなければ良いんですよね? 倉庫の地下道から中に入ればいいんじゃないですか。地下道の出口は、ドアとかなくて普通に廃材とかで隠してあるだけだから。『不法廃棄されていたゴミ調査で穴の中を調べていた』ということにして、地下を調べてみましょう。ほら何の問題も無い」

 という説得をされる。問題は無いようだが、それは困る。ギルド職員としてどうなのか。いや人としてどうなのか?

「まずは聞き込み調査をしたいのだけれど」

「んー、無理じゃないですかね。怪しいのは地下室ですから、『この家には地下室はない』と言われたらそれまでですし。たとえばですね、スリギリス・ゴラダシナさんの依頼でエイナさんがミイシャさんの部屋を調べないといけなくなったらどうします。」

「えー、それってどういう・・・」

「イーコール氏にとってのギルド職員は、ミイシャさんにとってのスリギリス・ゴラダシナさんぐらいの関係なんですよ。ミイシャさんの部屋にスリギリス・ゴラダシナさんのペットの猫が入り込んでいるから調べろとか言うことになって本人も立ち入ると主張していたら?」

 スリギリス・ゴラダシナは40代後半。冒険者の割には年を食っている、うだつがあがらないにやにやとした笑い顔が張り付いた、腹が出ているいやらしい男である。女性職員の体に向けるじっとりとした視線のため不評しか買っていない冒険者である。そんな男に部屋を調べられるとか私も嫌である。

「そしてエイナさんはスリギリス・ゴラダシナさんも部屋に入れて調査に参加することをミイシャさんに納得させる必要があるとして、どう説得します?」

 どう説得しようかと考えるが、どう考えても説得方法が浮かばない。私は机に突っ伏すと降参した。

「でもまあ、エイナさんが嫌がるのは人として正しいと思いますから、まずは上司に相談してみたらどうでしょう? 」

 

 上司のアングリーはしぶしぶながらも、『不法廃棄されていたごみ調査で穴の中を調べる』ことを許可してくれた。結局私は、明日の夜の忍び込むことにしたのだった・・・・。名目上はあくまでごみ調査でたまたま内部に入り込むということになるのだが・・・

納得できない・・・

 




キャラクターの紹介
イブリ・アチャー
ヒューマン。男性
ガネーシャ・ファミリアに所属。
この話の中でのイブリ・アチャーはレベル3。
レベル3限定で魔法とスキルを使用しないという条件でならば、上から10番以内にはいる強さ(ザラよりも実力は上)という設定です。

補足
怪物祭にアルミラージ登場の件。逃亡した10匹の中には入っていないのは確実ですが、逃亡していないモンスターの中に入っていたかは不明。逃亡していないモンスターもいたのかどうかも不明・・・


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準備

今回短いです・・・


 さて、次の日の朝である。

 結局私は今晩、ハビタット・イーコール邸地下室に進入することになってしまっている。一応はごみ調査の一環で、たまたま迷い込んでしまうという体裁をとることになっているが。

 で、ザラさんは残りの準備を今日一日で済ませるといっていたが何をするのだろうか。私の準備としては、昨日言われたように服装ぐらいしか言われていない。他の準備をしなくて良いのだろうか? 不安を感じはするが、とりあえず動きやすい黒っぽい服装を準備する。靴に関してはうるさく言われていたので、歩いても音がしないやわらかい靴にする。溜息を付いた後ギルドに出勤した。

 

 ここ数年、怪物祭の前の時期には、怪物祭で遊ぶ費用を工面するため、冒険者のダンジョンへの出入りが激しい。つまり受付業務が忙しいということである。上司アングリーも慣れたもので、臨時シフトを組むようにすでに指示を出し終えており、他の部署からきた職員が臨時の窓口担当者として働いている。ミイシャなど通常窓口職員は、臨時窓口担当者のバックアップに回ったり、冒険者のクレーム対応をしたり、怪物祭りを取り仕切るガネーシャ・ファミリアとの対応をしたりと忙しい。要するに、通常業務は応援職員に任せてしまって、いつもの窓口職員は通常業務ではないちょっと難しい業務に専念しているわけだ。

 私とはいえば、アングリーの指示で『例の事件』、すなわち、今晩の『ごみ調査』がうまくいって、モンスターが地上にいる証拠を見つけた場合に、どうするかの対応準備を進めている。倉庫地下に危険なモンスターがいる場合には、ギルド職員だけでは対応はできない。ましては2レベルにカテゴライズされるミノタウロスを捕獲できるだけの実力者がシルバートワイライト教会、ハビタット・イーコールの部下にいるのである。それに対抗するには、やはり冒険者に頼るのが一番である。

 今まで通りにザラさんに頼るというのも考えたのだが、ギルドとガネーシャ・ファミリアとの関係、ザラさんのファミリア内部での立場を考えると、ここはガネーシャ・ファミリアに頼るのが妥当であろう。怪物祭を間近に控えているこの時期ならば、ガネーシャ・ファミリアも余計なトラブルの発生を嫌い、協力も得やすいはずだ。

 私はイブリ・アチャー氏に提供する資料の作成を切が良い所まで進めたあと、ミイシャたちと同じく窓口業務のサポートに仕事を切り替えた。

 

 そして夕方。

 ザラさんがやってきた。普段ならなんということもないのだが、この後にイーコール邸内部の調査という限りなくブラックに近いブラック・グレーな調査をするのである。ザラさんの姿を見ると急に強くそれが実感される。ギルドに就職して窓口業務をスタートした時、最初の冒険者を迎えた時と同じような緊張感がある。私はこっそりと手を開いたり閉じたりを繰り返す。緊張をほぐすための昔からの癖である

 そして私はすばやく、机の上を整頓するとミイシャたちに挨拶をして、ギルドを出る。

 ザラさんも、ちょっと時間をおいてギルドから出ていて、私のそばにやってきた。

「今夜は忙しいので、まずは軽く食べておきましょう」

 ギルド近くの食事処に移動し、サンドイッチを食べる。ササミと新鮮な野菜のサンドイッチで美味しいのだろうが、これからのことを考えると味が分からない。ダンジョンにもぐる冒険者もこんな感情をいだくのだろうかとふと思う。今度ベル君に聞いてみよう・・・

 ザラさんから、紙袋を渡される。中身は、フードつきのマント、護身用の短剣と短剣を着けるベルト、ポーション三つ、気付け用の火酒がひとつである。それから黒くて軽い皮の上着。上着はモンスターに襲われたときの防具とのことだった。必要ないとは思うが念のためということだった。戦うことはないとは思うが、絶対にないとは言い切れない、もしもに備えておくのが冒険者である。自分でも冒険者にそういっているのだが、それが自分に当てはまる日が来るとは思っていなかった。ぞくりと体が震える。

食べ終わってトイレに行き、そこでベルトと短剣を装備する。皮の上着をきて、内ポケットにポーションと火酒を入れる。

 これで準備ができた。

 

 さて出発である。

 マントを羽織り、フードをかぶって顔を隠し、ザラさんの案内で、倉庫地下道の出口まで移動を開始した。

 すでに時間も遅く人通りも少なくなっている。ただすれ違う人がみんながこちらをじっと見ているような感覚に襲われる。気のせいだと分かっているのだが、どうしようもない。落ち着かない気分のまま歩きつづける。

 途中の人通りがない場所で、ザラさんからまた荷物を渡される。何かと袋を開けてみると黒髪のかつらであった。それと、ウン、これはあんまりだろうと思いたいものがもう一つ。

「フードがあるから大丈夫だと思いますが、念のため、髪の色をこれで変えておいてください。あと耳が見えないようにシアンスロープの付け耳もつけておいてくださいね。それ(犬耳)が耳(エルフ耳)を覆い隠してくれますから。種族も偽装しておきましょうね」

 なんとも念の入った変装であった・・・・

 

 雑草と背の低い潅木に覆われた高さ二mほどの高さの崖に案内される。がさがさと潅木を掻き分けると人一人が通れる程度の穴が出てきた。穴とはいっても、板でふさがれている。ザラさんが板に手をかけると力任せに動かしていく。

「ここは簡単にしか偽装してないですね。目立たないようにでしょうけど・・・」

 ザラさんに続いて横穴の中に入っていく。壁と天井はむき出しの土であるのだが、床はしっかりと踏み固められている。

「ここから先は、指示に従ってくださいね。それと見つかるといけないので、基本的に小声でしゃべってください。あとフードとマスクで顔を隠してくださいね」

 そしてフードで隠れているが、にっこり笑った様に見えた。

「緊張するのは分かりますが、まあ、戦闘になっても大丈夫ですよ。私はレベル3の冒険者の中でも強さで言ったら30番以内には入ってますから、たぶん」

 

 

 

 

 




補足
シアンスロープの付け耳
「私はシアンスロープですのでパルゥムではありませんよ、人違いでは」が通用するので、「私はエルフですのでシアンスロープではありませんよ、人違いでは」が通用するのです。



「私はレベル3の冒険者の中でも強さで言ったら30番以内には入ってますから、たぶん」
レベル3限定で魔法とスキルを使用しないという条件でのザラ自身の予想。


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潜入

アングリー「これが終わったら昇任させる予定なんだけれど・・・・こんな仕事になるとは思ってなかった・・・」



 ザラさんに続いて横穴の中に入る。数歩進んだあたりからはすでに真っ暗であるのだが、暗視能力があるので通路が曲がっているのが分かる。ザラさんが先になり進んでいく。警戒しているそぶりは見えないが、おそらく、スキルで周囲を確認しているのだろう。角を曲がると扉があり、その手前でザラさんがカンテラ型の魔石灯(以下カンテラ)を取り出し明かりをともす。それから、カンテラをもう一個取り出すと私に手渡してきた。

 暗視能力があるとはいえ、明かりがあったほうがよいのはいうまでもない。ザラさんにもスキルがあるので必要ないはずであるのだが・・・あった方が良いのか、あるいは、スキルがないという建前なのか・・・

「灯つけてると、敵の攻撃の的になるんで私が持ちますね。これには覆いがついていて、光らないようになってるんで、どうしても使わなければならない時には覆いをちょっとだけずらして使ってください」

 といって、覆いをずらしてみせる。なるほど。これで照らす方向に指向性を持たせるわけですね。あと覆いがある方向には光が漏れないから、ばれにくいというわけですね。泥棒の場数を踏んでるんじゃないかと、だんだん心配になってしまう。

 

「では。扉を開けますんでちょっと待ってください」

 ザラさんは袋から針金を取り出すと、ペンチでグネグネと曲げ始めた。そして手早く鍵の輪郭を針金で作り上げる。その鍵を扉の錠にさしこみ、回転させるとガチャリと音がして鍵が開く・・・・・

 針金で鍵を作るとか、鍵の形が何故分かるのかとか、失敗せずに一回であけて見せるとか、うん、なんだかもう、ザラさんの泥棒スキルの高さにはどうしたらいいのやら。頭が痛くなってくる。しかもさっきから、ことりとも足音を立てないし。

私が一人で思い悩んでいると、ザラさんは扉を開けて中にするりと忍び込む。私もできるだけ足音を忍ばせて中に入り込む。

 

 扉を閉めるとザラさんがカンテラを掲げる。光度を落とした仄暗い明るさであるが、周囲の様子を伺うには十分であった。

 周囲には檻があった。ここがザラさんが言っていたモンスターが飼われている場所なのだろう。小型のものから大型のものまで、整然と配置されている。中を覗き込むとゴブリンらしきモンスターが床に転がっている。腹の部分がゆっくりと動いていることから死んではいないのがわかる。寝ているのだろうか。いままで冒険者からはモンスターが寝ている目撃例の報告はなかった。寝ているモンスターの初の報告者になるのだろうかと複雑な思いを抱きながら次の檻を覗き込む。そこにいたのは見間違いようのないアルミラージ。今日、ガネーシャ・ファミリアで見たばかりである。アルミラージもうつぶせになって寝ている。ふと周囲の檻を見回すが、檻の中にいるモンスターはすべて例外なく静かに横たわって寝ているらしい。ザラさんはどこかと見てみると、すでに先に進み扉のところで手招きをしている。モンスターがいることはこれで確認できたが、次の目的である本棚調査がある。ザラさんはすでに扉の前に座り込み針金を扱っている。先ほどのように鍵を作っているのだろう。モンスターを起こさないように。私は足音を忍ばせ、ザラさんに近寄った。

 見ている間にも鍵を作り終え、解錠したザラさんが扉を開ける。中に入るが、かすかに鉄のにおい・・・というよりは、これは血のにおい?がする。ざっと部屋に中を見回すと片隅に大工道具などが整理された棚が、その横に扉がある。おそらく、その扉の奥が本棚があるという部屋なのだろう。そちらの扉に進もうとするが、ザラさんが無言で大工道具を調べ始めた。金槌、木槌、鋸、千枚通しなどなど。何かあるのだろうか? ザラさんに近づくと、囁き声で言われた。

「この道具、調べた限りでは、全部血で汚れてますね。武器ならばともかく、大工道具が血に汚れるって奇妙だと思いませんか」

 そういったザラさんは大工道具を元のとおりに整頓して、次の部屋に行きましょうと囁く。

 

 いままでと同じく、針金で鍵を作り出して解錠し中に忍び込む。内部は絨毯がしかれており、歩き心地がよかった。中央に実験道具が乱雑に置かれた机がある。部屋の二面に全部で三つの本棚が置かれていた。

「これがその本棚ね」

「ええそうです。早速調べましょう。エイナさんそっちの本棚から調べてもらってよいですか」

 だが待ってほしい。ザラさんは(副団長とはいえ)冒険者。私はギルドの受付嬢。どちらが書類仕事に慣れているかは、自明のことである。本棚、つまり、書類が相手ならば、私が指示をしたほうがよいだろう。ザラさんに待つように言って、本棚を調べる。全部で三つの本棚。ひとつは雑然とファイルが突っ込まれ、ひとつは本が入れられ。最後のひとつは、箱などとファイルと入れられている。

「ザラさんにはこちらの本が入っている棚をお願い。私は此方のファイル棚を調べるから。最後の本棚は一緒に調べましょう。箱の中身を確認しながらそばのファイルを調べたほうが効率よさそうだから。ザラさんは最悪、本の題名だけでも覚えておいて。題名を覚えておいてもらえれば、後でそれで内容を調べことは可能ですから」

 ザラさんは早速本を調べ始める。ということで、私もファイル調査を開始する。

 

 さてファイルの整頓方法は、おそろしく大雑把かつ簡潔に言って三種類ある。

 ひとつは、『項目ごとの分類』。例としてモンスターの分類を上げると、人型、昆虫型、動物型、無機生物型などである。(階層毎に出現するモンスターという分類ももちろんあるし、こちらの分類が役に立つことが多いが・・・)

 ひとつは、『時系列の分類』。同じくモンスターを例にすると発見された順番であろうか。

 さいごが、『整頓しない』。これはいわば、『他人から見たら雑然としているが、本人にとってはどこに何があるか、きっちりかっちり完全に頭の中に記録されている状態』というものである。モンスターを例にいうと、冒険者個人が出会った順番に名前を挙げていくようなものだ。

 とはいうものの、複数で利用する本棚の場合はどうしようもなく、最初の項目ごとの分類になってしまう。途中で異動で人がいなくなったり、追加されたりなどでメンバーが変わると時系列分類は役に立たないからだ(三番目は、集団で利用する場合には論外なので考慮しない)。とはいうものの、どういう項目で分類されているか把握する必要がある。それが分かれば重要な情報がどこにあるか予測しやすくなる。

 そのため最初に各棚の一番左端のファイルから調査を始める。

 一番上の棚からとったファイルを取り出し、机の上においたカンテラの明かりの下で内容を確認する。丁寧な字で日付まで書かれている。内容はモンスターの情報がまとめられていた。二番目三番目次々にとファイルを取り出し調べていく。二段目もモンスターの情報、三段目からはドロップアイテムの利用方法。さらに次の棚からは鍛冶に付いての情報がまとめられていた。

 各棚の中央部分のファイルを上から取り出し、調べていくが、右端と同じ傾向で情報がまとめられている。棚の途中で内容が変化しているようだが、上から順番に、モンスター、ドロップアイテム、鍛冶のことがまとめられている。

 鍛冶、ポーションについてはそれほど詳しい記載はないが、モンスターとドロップアイテムについては違った。ギルドでまとめているものほど各項目の詳細は書かれていなかったが記載されている数が違った。名前しか乗っていないものもあったが、項目数だけでいえばギルドで管理している情報なみの数だ。項目数は匹敵するが質は劣るといったところか。だが、項目数だけでもギルドに匹敵するとはたいしたものである。強豪ファミリアならば、独自にこのような情報をまとめていても可笑しくはないのだが、ファミリアに所属していない個人でこれだけの情報を集めているとは、情報収集能力がきわめて高いと判断せざるをえない。

 

 イーコール氏の情報コネクションに感心しながらも、私は棚の右端のファイルを上から順番に抜き出し、内容を確認していく。それぞれモンスター、ドロップアイテム、利用方法(鍛冶、ポーション)の情報が記載されているが、一番下の棚のファイルだけが今回違っていた。

 日付とともに、執筆者の言葉が書かれていた。ある意味日記である。いや、こんな場所にあるということは日誌か日報だろうか。ページを繰って日付を確認してみると間隔を置いているが記載され続けている。

予想通り日誌ならば、モンスターを集めるた日付や取引相手などが書いてある可能性が高い。カンテラの薄明かりの元、私は、集中して読むことにした。

 

 

○月○日

今日から強化方法の検討に入る。後から見返したときに何らかのヒントにでもなるかもしれないので、ちょっとしたメモなどを書きとめておくことにする。

やはり武器を強化するのが最速だろう。ヘファイストス・ファミリアの武器のすばらしいこと。あれを使えばたいていの敵には勝てるに違いない

 

 

○月○日

ゴブリン、コボルとのドロップ品で武器を作成した。期待通りの武器ではない。量が足りないのか、質が足りないのか、技量が足りないのか・・・

 

 

 しばらく武器作成の愚痴などが続く。まあ、鍛冶アビリティが在ると無いとでは差が大きいですからねぇ・・。あと、これには個人の愚痴が書かれているから日誌ではなく日記だろうなと思いながらも続きを読んでみる。

 

 

○月○日

ミノタウロスのドロップ品で武器を作成する。かなりよい武器ができた。うれしいが、高レベルモンスターを素材にすればよいものが作れるのは当然という気もする・・・

 

 レベル2相当のモンスターからのドロップ品である。どこから入手したのか。冒険者には、ギルドへのドロップ品の入手報告義務はないとはいうものの、一般人に売るとも思えないのだが・・・

 

 

 

○月○日

やはりドロップ品を利用した鍛冶には、質的限界がある。レベル2のドロップ品からはレベル2やレベル1相当の武器は作成できるが、レベル3相当の武器は作成できない。

主人が持っていた輝く銀を混ぜると効果は高いが、もともとすくないから後一回しか使えないだろう。残念だ

 

 

 つまり強い素材からは強い武器を作ることは不可能ではないが、弱い素材から強い武器を作成することは不可能らしい。

 

○月○日

主人から叱責される。恐ろしい。

 

 その後しばらくは愚痴と主人に対する恐怖が綴られている。

 

○月○日

鍛冶での強化方法は、途中から予測できたように壁にぶち当たったため、主人の指示で次の方法をとることにする。さて、これはどうなるのか。

 

 

○月○日

ポーションにするとなかなかに興味深い結果になっている。レベル1モンスターからのドロップ品でも効果が高かったり、逆にレベルの高いモンスターからのドロップ品でも効果が低いポーションなどがある。

 

 

 しばらく期間が開いた後に記述が続く。

 

 

○月○日

ポーションの効果は、怪我の治療と、魔力の回復と考えていた。だが、それ以外のことも考えると、効果にはレベル差というものがないのかもしれない。

 

 

○月○日

主人の輝く銀をつかってみたが、効果が上昇することはなかった。希少な材料を無駄にしてしまった。主人が気にするなといってくれたことだけが、幸いか

 

 

 またしばらく、愚痴がつづく。

 

○月○日

『根暗の深恨』という本を主人から借り受ける。なかなかに刺激的で面白い。研究に関してのインスピレーションを受ける。

 

 

○月○日

ドロップアイテムとは。運しだい? ばかばかしい。確実に手に入るではないか。

 

 

○月○日

インスピレーションのおかげでうまくいった。あまりにもあっけない。あの本、『根暗の深恨』のおかげか。

ゴブリンがバグベアーを殺すとは思った以上の成果である。

 え? 逆じゃないの?

 

 主人に対する恐怖が愚痴として書かれている期間が続く。

 うーん、こういう主人に読まれてまずいことが書かれているってことは、これはどちらかというと完全に日記ね。

 

 

○月○日

効果が高い。高ランクモンスターからの血液のほうがさらに効果が高いのか?

設備を整える必要がある。

 

 

○月○日

試験用に大量に絞ることにする。準備は万全だ。

 

 

 うーん、なんだろう。困った私はザラさんの様子を伺ってみた。上から二段目の棚の本を調べていた。一冊抜き取っては、中をぱらぱらとめくり、もどす。これの繰り返しである。どんな傾向の本がそろっているのかを、簡単でよいから把握してそれぞれの本を調べたほうがいいんじゃないかなーと思いつつもザラさんに声をかける

「ザラさん、『根暗の深恨』っていう本はありました?」

「いやその本は今のところ無いですよ。あるのはいろんなポーション作成手引書とかですね。あとは、オラリオ外で書物化されてる研究記録ですねぇ。稀覯本は一冊のみで、なんと『名も無き魔術師の書』です」

「え?」

 無いと即答されて驚いた。本の名前を全部覚えて、すぐに回答されるとは思わなかったというのが本心だ。それともうひとつ、今の話し方だと『根暗の深恨』も稀覯本なの?

「『名も無き魔術師の書』ですよ。興味あります?」

「いえ、そうでなくて、『根暗の深恨』って知ってるんですか? 有名なの? 私聞いたことが無いのだけれど」

 ザラさんは困ったように視線をさまよわせる

「まぁ、一部の人には、というか、知る人ぞ知るというか」

 ザラさんが言葉を濁すとは珍しい・・・じーと見つめていると視線をそらしたまま答えてくれた。

「『根暗の深恨』の方ですよね」

「まずはそちらから」『名も無き魔術師の書』についても教えてね言外で言いながら、 にっこりと微笑みながらザラさんに視線を注ぐが、目をそらしたままである。が、しばらくするとため息をついて教えてくれた

「邪教の神々に関する事柄が書かれた本だという噂です。読むと呪われるとか何とかいう噂があります。まあ、実際あるのか疑わしいらしいので、あくまで噂ですがね」

「邪神。神ならば、オラリオに降臨している可能性があるのでは?」

「いえ、どうなんでしょうね。いないんじゃないかなぁ・・・」

 といってザラさんは口をいったん閉じる。

「それから『名も無き魔術師の書』のほうは、古代から、神々が降臨するよりもさらに古代から伝わる本なんです。古代の魔術師が魔術に関してのメモをまとめたものらしいです。これを研究することで魔術が使えるようになるとか・・・」

 まあ、今でも、いろいろと研究はされているから、魔法について古代の研究書があるのは可笑しくは無いかも?ととりあえず納得してみる。

 

「その本に『根暗の深恨』のことが書いてあるんですか」私が持っていた日記を指差して、ザラさんが尋ねる。

「ここにあるらしいんです。読んで研究の参考にしたと書いてあります」日記をつつきながら説明すると、ザラさんがびっくりした顔でこちらを向いた。そして本棚に向かいすごい勢いで、本を探し始めた

「ちょっ、ちょっとザラさん、どうしたんですか」

ただ事ではない様子に慌てる。しかし、ザラさんは急に動きを止めると、カンテラの明かりを落とした。

「誰かが地下室にやってきます」

 




補足
 ちなみにダンジョンで眠るのは自殺行為です。たまたま通りかかった冒険者に狩られてしまうからです。だからモンスターはダンジョンでは寝てはいけません。寝るなら見張りを立てましょう・・・

 ザラがやっている針金をペンチでまげて鍵をつくるピッキングですが、実際には、ペンチで曲げられる強度の針金ならば、鍵穴に差し込んで鍵を回したら、針金製の鍵が曲がって開かないと思います。


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観察

「エイナさんは、そちらの扉の陰に隠れてください」

 扉は幸いにも内開き、こちら側にドアが動くので、その陰に隠れれば、中に入ってくる人物からは、すぐには姿を見られることは無いのである。まあ、どこのコントですかと突っ込みたい気分になるのは仕方が無い。地下室に来るという人物が、この部屋に入らないことを祈っていよう。ザラさんはどうするのかと小声で訊ねたら、なんとかするから声を出さないように言われた。

 

 暗闇の中、暗視能力でぼんやりとザラさんの姿をみている。ザラさんは扉のまえで、外の部屋、つまり、大工道具があった部屋の様子を伺っている。

 

「なんだぁ、どいつも、こいつも寝てるじゃないか」

 男のつぶやく声が聞こえる。そして、檻の扉をあける音がして、つづいて何かを引きずる音がこちらのほうまで聞こえてきた。がちゃがちゃと金属音がする。

 そして何かをたたく音、びちゃびちゃと水がこぼれるような音、モンスターがきーきーと悲鳴をだすのが聞こえてくる。ザラさんは眉をひそめて外の気配をうかがっている。

「ザラさん、何が起こってるんです?」

 モンスターの悲鳴にかき消されてこちらの声は向こうには聞こえないだろうと、小声で訊ねると同じく小声で返事が返ってきた。

「モンスターを解体してます。死なないように生きたまま」

 事情を説明してくれるのはありがたいのであるが、扉を閉めたままなのに、どうやって扉の向こうの部屋の様子が分かるというのだろうか。スキル使っているのがばればれである。だが、そこはギルド職員たるもの触れてはいけない。ここは何故、モンスター解体などをしているのか情報を集めることが重要である。そして脳裏にひらめいたことがある。先ほどの日誌の文章である。『ドロップアイテムとは。運しだい? ばかばかしい。確実に手に入るではないか。』まさか、ここでモンスターを解体して確実にドロップアイテムを手に入れようとしている?

「どんな風に解体してるんですか」

 ザラさんにあきれた顔で見られてしまった。まあ、生きているモンスターの解体に興味を示すとは思わなかったのだろう。

「日誌にドロップアイテムを確実に拾えるって書いてあったもので・・」

 言い訳をすると、ザラさんはしぶしぶながら説明してくれた

「気持ちの良い物じゃないですが、両手両足の腱を切り裂いて、それから、骨?を叩き潰してます。動けなくするためでしょうね。それから、脇腹、足元の血管を切り裂いて今は血抜きをしてますね。エイナさんは見ないほうがいいんじゃないですかね」

「いや、ザラさんはどうやって見てるんですか?」

 私はスキルが無いから見えないんですけどね。

「どうやってって、ここにちょっと隙間が開いてるから見えるんです」

 そういってザラさんは、場所を空けてくれた。いろいろと言いたいことはあるが、黙って頭を動かし、隙間から向こう側をのぞいてみる。最初は何がぶら下がっているのか分からなかった。真っ赤な物体に向かってひげ面の男がナイフを振るっている。しばらく見ていて、いきなりそれが、アルミラージだと分かった。血で真っ赤になっているので、分からなかったのだ。モンスターを解体している髭面の男の顔を見たことは無いが、おそらく冒険者であろう。彼は解体用ナイフを胴体にたたきつけるように突き刺すと魔石をえぐりだした。モンスターの体がさらさらと灰になって床に降り注ぐ。

「ドロップアイテムは無いみたいですね」

 とザラさんがつぶやくが、私は反論する

「下を見てください。ありますよ」

 下。アルミラージがぶら下がっていた場所の下、つまり床である。拷問モドキと解体をしていたので血だらけであり、そこにアルミラージの灰が積もっている。

「血がドロップアイテムなんですよ」

 

 見ている間に髭男は、床下の一部を操作する。かたかたと音を立てて、小型のバケツが持ち上げられた。よく見るとアルミラージがぶら下がっていた床の辺りはわずかに傾斜していて、血が流れやすくなっているようだ。そして、その血が、髭面男がバケツを扱っていた場所に流れ込むようになっている。男はバケツの中の血をビンの中に入れて部屋の片隅の棚に置くと、また一階に戻っていった。

 

 

 しばらく、私たちはじっとしていたが、ザラさんの「もう動いても大丈夫」という言葉で、扉を開けて中に入り、棚の中においてあるアルミラージの血のビンを調べることにした。

「考えてみると」

 ザラさんがつぶやく。

「実際、血は確実にドロップしますね。しかも、魔石を体から取り出しても、血は灰にならないし。でも液体だから拾えないし。使うことは無かったですねぇ・・・」

 ディアンケヒト・ファミリアなどの薬事系統のファミリアもポージョン類の材料としてダンジョン産の液体は使うが、泉から汲んできたりしたもので、モンスターの血液自体は利用していなかったはずである。

「この方法なら、確実に血は手に入るし、下手をしたら他のドロップアイテムも手に入るかもしれないしで、いい方法かも知れませんね」

 血が入ったビンを手にとって眺めながらしみじみとザラさんが呟いたが、それは、モンスター相手に解体をすることを意味するんですが。大丈夫なんでしょうかいろいろと・・・。ちなみに血が入ったビンは三本あり、一本は証拠として持って帰ることにした。ここでモンスターに何をしていたのか、何故モンスターをダンジョンから連れ出していたかを説明するための証拠である。ビンを叩き割って床に流すだけで証拠隠滅になるから、あらかじめ確保である。そして、持って帰るものはまだある。

「それから、この冊子も持って帰ります」先ほどの日記をザラさんに見せる。

「日誌というか日記みたいなもので、今までのことがざっくりと書いてありそうなので、概要をつかむのに使えそうなんですよ」

 ザラさんはあごに手を当ててしばらく考え込んでいたが、いいんじゃないでしょうかと同意した。

「必要そうなページを破くと、侵入者がいたことがばれますし、それだったらいっそのこと一冊まるごとないほうが『別の人が書き込んでいるかも』と間違えてくれる可能性がすこしでもあるでしょう」

 うん、まあ、そうですね、そうなればいいですねと、頷いておいた。

 

「じゃあ、本棚の調査を終わらせましょうか」

 そうして、最後の本棚を二人で調べたが、モンスターからのドロップアイテムが入っているだけであり、特に気になるものはなかった。おそらく、鍛冶や調剤の素材にする予定なのであろう。

 さて帰ることになり、最初の地下室、つまり地下道から最初に入った部屋まで戻る。モンスターは相変わらず寝ている。こんなに寝るものなのか? 先ほどのひげ男の呟きからすると、一度に全部のモンスターが寝ることはめったに無いようだが。

 ザラさんの後に続いて出口へと歩いていると、いきなりザラさんがこちらに振り返り手を伸ばしてきた。

 何事かと思うまもなく、ザラさんの手は、横から私に向かって突き出された別の太い腕を受け止めた。視線の先、太い腕の主は、レベル2相当のモンスター、ミノタウロスである。その圧倒的な筋肉で覆われた巨体の圧迫感に驚き、私は身動きができなくなる。

「ヴモモモモモモモモモモアアアアァァァァァ」

 ミノタウロスのすさまじい雄たけびに、私は腰を抜かし、その場にへたり込む。だが、雄たけびを上げたミノタウロスの巨体が、突き出した腕を中心にぐるりと宙で横回転する。

「ヴモアアアァァァァァァァ???」

 ザラさんが何かしたのだと思うまもなく、さかさまになったミノタウロスの腹部に、ザラさんの拳が叩き込まれる。そのまま床に落とされたミノタウロスはぴくりとも動かない。死んだのだろうか? ばくばくと激しく脈打つ胸をなだめながらもよく見ると、ミノタウロスはわずかに体を動かした。死んではいないようだ。

「すいません、こいつ、狸寝入りしていたようで、気づくのが遅れました」

 そういうとザラさんは、ミノタウロスを引きずって、空いている檻の中に放り込むと、鍵をかけた。

「自力であけたようだから、知能は高いんでしょうねぇ・・・」

 のんきにつぶやくザラさんであるが、私はそれどころではなかった。いまさらながら、恐怖と安堵でがたがたと震える体を両手で抱きしめる。ここにいるのは寝ているとはいえ、人外のモンスター。こんな脆弱な檻など叩き壊すぐらい簡単なことなのだ。そんなモンスターがこの部屋が大量にいる。。そう自覚してしまうと私の体はもう動かなかった。

 体を丸め、ひざを抱える姿勢になり、両目を硬く瞑り、がちがちと歯を振るわせる。

 ザラさんが近づいてきて、私を抱え上げた。

 

 ドアを通り抜け、外に出たらしい。気が付くと咳き込んでいた。

「ザラさん、これなんですか?」

「火酒です。気付けにはこれが一番です」

 もう一口流れ込んできた。燃えるような感触が体の中に広がり、固まっていた体をほぐしていく

「私どうなってたんです?」

「新人冒険者に時々起きる症状です。恐怖で体がすくんだだけですね」

 すくんだだけって、あれでですか! あれですくんだだけって、とてもそんな状態ではなく、もっとひどかったと思うんですが。冒険者の人たちは、こんな思いを毎日しているんですね。モンスターのプレッシャーが恐ろしかった。ダンジョンであんなプレシャーを受けて冒険しているのなら、冒険者にもっとやさしく接した方がいいだろうか・・・

 私がそんなことを考えている間にも、ザラさんはまた針金の鍵でドアの錠をかけていた。

 ここはもう土がむき出しになった横穴である。

「変装をとくのはここを離れるまで、しばらく待ってくださいね。人目は無いと思いますが、念のためです」

 重い体に気合を入れ立ち上がりながら、私は頷く。

「家に戻って休んだほうがいいんですけどね、どうします?」

 ザラさんと並んで横穴から出て、歩き出す。一歩一歩と歩いていくうちに体がほぐれていくのがわかる。とはいえ、精神的にもくたびれたことには変わりないので、今日はもうベッドに倒れこんで休みたい。しかし・・・

「ギルドに戻って、この日記を調べます。日記がなくなったことにも気づくだろうし、調べられることはできるだけ早く調べないと」

 

 

 真夜中のギルドに入ると、深夜担当の受付業務をしている職員に驚かれた。ちょっとした特殊業務なのだと説明をしてから、会議室のひとつに入る。ザラさんも一緒だ。いえ、ザラさん、あなた帰っても大丈夫ですよ。ギルドで暴れる人もいないだろうし、そもそもこんな時間なら誰もいないだろうし。

 

 それから、おちついて、日記を調べ始める。とはいっても、読みながら要点をメモに起こしていくだけだが・・・・

 

 ざかざかと日記を読んでいく。地下室で確認した部分についても、再度読み込んでいく。実験全体の最終目的としては、ドロップアイテムの更なる有効な利用方法の発見らしい。

 最初は、ドロップ品の有効利用として、定番の鍛冶材料としての利用。つづいて、これもまた定番であるが、ポーションとしての利用。だが、これらはすべて期待しているほどの成果は挙げなかったようだ。だが終盤に入ると確実に入手できるドロップアイテムを利用する方法、すなわち血液を利用する方法に絞り込んで研究を開始している。日付をみるとギルドに市民から苦情が入るようになった頃とほぼ一致している。どうもこの血液採取の時のモンスターの悲鳴が原因で間違いはなさそうだ。

 

 ため息をついて、明日にでも、アングリーに報告して、ガネーシャ・ファミリアと共同で立ち入り調査をすることに決める。

 

 そして日記の確認を続けた。

 そして判明した血液の利用方法としては、ベーシックな方法として、ポーションの材料。肥料として農業関係。意外なことに鍛冶材料。

あと主人に対する恐怖が書かれている。最初はそうでもなかったのだが、後のほうではそのおびえ方が尋常ではないものになっている。恐怖のあまり、神に対して怒りをおさめてほしいとか、供物をささげるとかいろいろと書かれているが、主人に直接謝ったほうがよくないだろうか・・・

 また『根暗の深恨』についての恐怖と猜疑心も書かれている。この本を読むことで、さまざまな有用なインスピレーションを得たようなのだが、『この本にどうしてこれだけ役に立つアドバイスが載っているのか』不安になっているようだ。

 

 それはそれで問題なのだが、別件として利用方法が何かどれも嫌だ。

 

 鍛冶材料であるが、正確には、布防具の染料に使用するといろいろと特性が着くのであった。耐火性や耐冷性があがったり、硬度があがったりする。さらには武器の焼入れに使用するというのもあった。ただ、こちらの方は効果が出ているか確認中のようであった。

 肥料としては、言葉そのままの、栄養剤として使用するというもので、作物と血液の組み合わせによっては効果が出たり出なかったりと、ばらつきがありまだまだ研究が必要なようである。

 そしてポーションの材料。怪我の回復、精神力の回復はもとより、驚いたことには、一時的にではあるが強化ができたと記されている。強化されるということはおそらくステイタスだろう。一時的にとはいえ、これが本当であるならば、とてつもない発見である。夜が明けたら、アングリーにすぐに報告しなくては。

 ここまでまとめた時点で明け方も近かったが、気力が付き始めていたため、仮眠をとることにした。ザラさんにどうするか尋ねたのだが、見張り番をしてくれるそうだ。ザラさんは眠らなくても大丈夫なのか?と思ったが、一ヶ月ぐらいは眠らなくても大丈夫といわれてしまった。冒険者ってタフなんですね・・・それ以前にここはギルド内部だから見張り番は必要ないんですが・・・あ、ザラさんに質問があったんだ・・・と思いつつ意識を手放し眠りについた。

 

 

 




補足
 トマト野郎になったりするくらいだから、モンスターが死んでも血は残ります。

 ミノタウロスの死体があると、誰が殺したのか問題になり侵入者がいたと『すぐに』ばれるので、殺してません。気絶しているならば、そのうち意識も戻るから『すぐには』ばれないだろうという考えでザラは行動しています。これをエイナさんに説明しようとしましたが、エイナさんは恐怖のあまりがたがた震えていたので説明してません。ちなみに、ザラはミノタウロスの腕を掴んでそのままミノタウロスの体ごと回転させてひっくり返して殴りつけてます。

 脆弱な檻--これは気弱になったエイナさんの思い込みで実際には頑丈です。


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雑談

後半も終盤に差し掛かってます・・・


 ザラさんに肩をゆすられ目が覚める。短時間であるが、ぐっすりと寝ていたようで疲れはかなり取れている。

「エイナさん、そろそろ起きたほうがいい時間ですよ。あと服を・・・」

 言われて気が付いた。私はまだ昨日、倉庫に侵入したときと同じ格好をしているのだった。さすがにフード付きマントと付け耳ははずしているが。

 ロッカーに移動して、手早く着替えと身支度を済ませる。ザラさんがちょっと余裕を持って起こしてくれたので、ロッカーにも人は居ない時間で、問題なく支度ができた。

「これからどうします?」

 質問に質問で返すのはよくないことではあるのだが、質問しないといけないことがあるのである。

「昨日はザラさんに聞き忘れたんですけど、『根暗の深恨』について教えてください」

 また微妙な顔をされた。

「昨日、説明したとおりなんですが、邪教の神に関する事柄が書かれた本です。読むと呪われるとかいう噂があります。

 で、まあ、実在するかどうかはともかく、名前自体は、その筋では有名な本なので、偽物でもいいので読んでみたいなぁと」

 私は溜息をついた。呪われる本を読みたいとは、どういう精神をしているのであろうか

「あのですねぇ、ザラさん、そんな噂がある本を読もうとしちゃだめですよ。実際そんな本を参考資料にして、実験していたみたいですし。モンスターの拷問も含めて。もう滅茶苦茶ですよ」

 ザラさんは、うーん・・・とうなりながらも、神妙な顔になって私の話を聞いている。

「で、邪教の神って言うのがよく分からないんですけど、なんていうか、ある一つの宗教体系からすれば、他の宗教体系の神はすべて邪教の神では? それに付け加えて言えば闇派閥とは違うんですか?」

 そう、簡単に言えば、自分たちの子供である信者をたぶらかす余所の神はすべて邪教の神である。わざわざ『邪教の神』といわなくてもよいのではないかと疑問に思ったのである。ザラさんは困った顔をしている。言ってよいのかどうか迷っているようだ。目に力をこめてザラさんに無言のプレッシャーを与える。ザラさんはあきらめたのか溜息をついてしゃべり始めた。

「まあ、噂なんですが、そのう、『根暗の深恨』に関しての邪教っていうのは、闇派閥とかの邪教とは別の意味なんです。エイナさんが言っている神様には邪教の神も含めてすべて一定の共通項かあるんですが、分かりますか?」

 いや、分からない。一般的には、神は自分の眷属に対しては基本的に優しい。だが、ソーマ・ファミリアのように眷属に対して無関心な神もいる。

「自分の信者に親切かどうか?」と適当に言ってみる。

「いえ、子供たちである信者が人であるということです」

 ふむふむ?

「でも、バルゥムやドワーフやシアンスロープが信仰している神もいるわよ」

 予想外なことを言われたが、ヒューマンだけが神を信仰しているわけではない。

「ああ、ここでいう人というのは、ヒューマン、ドワーフやシアンスロープ等全部を含めた人族という意味です」

 私が怪訝な顔をしていると、ザラさんは何故か安心したような表情になった。

「うーん、でも神々に付いて書かれている本が何で研究の役に立つのかしら」

「それはよく分からないですね。私も噂で聞いただけですし。神について書かれていなくて、研究の役に立つ内容の本かも知れないですし。」

 もう話したくないという雰囲気でもあったので、まあいいかと思い、次の質問をする。

 

「じゃあ、『名も無き魔術師の書』については? 名前からして、こちらのほうが役に立ちそうなんだけれど」

「ええそうですね。それについては、昨日もいったように、古代の魔術師が魔術に関してのメモをまとめた本です。最近は魔術に関しての研究はあまりされていないので結構貴重な本だとされてます。でも、そこまで珍しい本だというわけではなかったはずです。まあ、実験には確かにこちらの本が役に立つでしょうね」

 えっと、ギルドでも冒険者が公表できている魔法についてはできるだけ情報を集めているんだけれど、ザラさんも知っているのでは? 疑問をぶつけてみた。

「魔法と魔術は同一のものであると考える人と、別物と区別して考える人がいて、どちらが正しいとは言いづらいんですよ。区別する人たちの考えは大雑把にはこうです。魔術というものは、魔力を動力源として世界に作用する『技術』。魔法は冒険者の資質が反映される『個人の能力』。

 んー、具体例を挙げましょうか。体を透明にする魔法を持っている冒険者がいます。それとは別に体を透明にする魔道具を持っている冒険者がいます。両方とも、結果としては、体が透明になります。そして魔法を持っている冒険者は、その魔法自体を他の冒険者に渡すことはできません。つまり『個人の能力』です。ですが、魔道具は他の冒険者に渡すことができるし、何個も作ることが可能です。つまり『技術』です」

「うーん、分かるような分からないような・・・」

「そして、この例で言う魔道具を魔術に置き換えてもらうと分かりやすいと思います」

 うーん、悩みながらも思いついたいことを言ってみた。

「他の人にも教えて習得させることが可能なものが魔術ということ?」

「ああ、そのほうが分かりやすい説明ですね。ただしどちらも発動に詠唱したりアイテムを使用したりするし、結局は魔力を使うので、本当に区別が付かないんですよ。だから一緒でいいんじゃないかと主張する人たちもいます」

 なんだか、混乱する。混乱するということは、私は、魔術も魔法も同じ派ということになるのか・・・

 ここで、アングリーがギルドにくる時間になったので、本に関しての話をここまでにする。

 

 アングリーをつれてくると断ってから、会議室からでて受付部署に向かう。ごみ調査の件だと告げるだけでアングリーも分かっているので、会議室に移動した。まあ、ブラックに近いグレーな話は他の人には聞かせられないですしねぇ・・・

 

 アングリーへの報告は基本的に私がして、ザラさんが横から補足した。まあザラさんがしゃべることは、一瞬で終わったミノタウロスとの戦闘の部分だけで、それ以外はほとんど無かったけれど。ちなみに掴んだ腕をひねり上げて、体ごと回転させ殴りつけたそうだ。どうやったのか皆目検討も付かない。とりあえず私には無理だ。冒険者なら誰でもできるものなのか?

 そして最後に日誌を見せて、すぐに調査隊を送る必要があると私は主張した。アングリーはしばらく目を瞑って考えていた。何を考えているのかは推測するしかないが、考えていることのひとつには、今調査するか、それとも怪物祭が終わってから調査するかであることは間違いない。今は人手が足りない時期であるが、怪物祭が終わるまで何も起こらないという保証は無いのである。後一点は、倉庫だけを調べるか、蔦屋敷も調べるかということであろうか。

 私とザラさんが静かに見つめるうちにアングリーが決断した。

「わかった。ガネーシャ・ファミリアに協力要請しよう。それと」

 そういってアングリーはザラさんに視線を向ける。

「わかってますよ、乗りかかった船ですから、協力しますよ」

 肩をすくめながらザラさんが言う。だが、『根暗の深恨』をドサクサ紛れで懐に入れようと考えているように見えて仕方が無かった。だって、鍵空けも含めて泥棒スキルが高いんですよ・・・・

「正直助かる。

 それからシルバートワイライト協会には事情聴取のためにギルドにきてもらうように連絡しよう。信者のハビタット氏に関して情報を持っていないか確認したいということで。これなら断らないだろう」

 

 アングリーから正式に連絡を入れて、ガネーシャ・ファミリアからメンバーを出してもらう。昨日作成しておいた資料をそのまま送付する形になる。しばらくするとイブリ・アチャー氏を代表としたメンバーが着たので、二部隊に分ける。ひとつは倉庫に、もうひとつは蔦屋敷に向かうのである。とはいっても蔦屋敷に送られる部隊は、事情聴取の協力要請である。相手を警戒させないことも重要だということで人数自体は少ない。だが、実力行使の必要が出てくる可能性もあるのでイブリ・アチャー氏に蔦屋敷に向かってもらう。

 

 ザラさんには、オブザーバーとして倉庫に向かう部隊に同行してもらう。

 本当は内部構造が分かっていない蔦屋敷に向かうのは、スキルで内部を把握しているザラさんがよかったのである。だが、倉庫のほうは地上部分の通常の入口と地下道と二つ出口がある。ザラさんならば地下道入口で待機しながら、スキルで正門側の様子を伺い、状況によって地下室から内部に入ることができる。さらにガネーシャ・ファミリアからの参加メンバーでレベル2以上の人はイブリ氏のみで戦力のバランスの問題もある。もっというと、蔦屋敷では、ギルドへの任意同行を求めるだけであり、建物内部に入る必要は無いのである。これらの理由でザラさんが倉庫に向かうことになったのである。

 ザラさんには、蔦屋敷の構造をできるだけ詳細に見取り図として書いてもらい、さらにイブリ氏へ出来るだけ詳しく説明してもらった。何が起こるかわからないが、内部に入る必要が出てきた場合の念のためである。ザラさんは楽しそうであったが、『根暗の深恨』を読めると期待してるんだろうなぁ。うん、調査が終わった後は『根暗の深恨』を見せるのもいいかも知れない。もちろんギルドの会議室でだけれど。

 ちなみに私は、倉庫側メンバーである。

 

 そしていよいよ出発。倉庫側には私とザラさんを含めて全部で8名。蔦屋敷側に行くのは、ギルド職員一人とガネーシャ・メンバー二人。そのうちの一人はイブリ氏である。ギルド員がいないとファミリアが横暴を働いているように見えますからね。人数が少ないと思ってしまうが、戦いというものは、量ではなく質なのである。こちらは恩恵をもった冒険者で構成されていて、その上各部隊に一人は上級冒険者がいる。欠点としては、ギルドメンバーが恩恵をもらっていないことであるが、こればかりは仕方が無い。

 対して、相手側であるが、ミノタウロスを捕獲していることからレベル2以上の冒険者がいることは推測できる。だがレベル3以上の冒険者となると人数が少なく、ギルドでもほぼはメンバーを把握できている。おそらく、相手側には入っていない。ならばレベル3冒険者がるいるこちら側が断然有利である。この判断は後から考えるとあまりにもうかつであったのだが、このときの私には思い至らなかった。いや、私だけではなくて、この場に居る全員だったのであるが・・・

 こうして準備が整い出発の時間になった。イブリ氏にくれぐも無茶をしないように釘をさして、全員出発した。

 




今回の前半部分は、話の本筋とまったく関係なかったですね・・・・
あと、ガネーシャ・ファミリア、動かしやすいです・・・


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強制捜査

一応、最終話です


 ガネーシャ・ファミリアメンバーが倉庫のドアを激しく叩く。

 ここに居るのは、ガネーシャファミリア・メンバーと私である。もちろん、ザラさんには地下道入口にて待機してもらっている。

 倉庫の中から、ばたばたとあわただしい足音が聞こえ、扉がきしみながら、少しだけ開けられる

 すかさずガネーシャの団員が扉を限界まで押し開け、叫ぶ

「ギルドの捜査である。中に入らせてもらう!」

 そして残りのメンバーが「全員その場で動くな」等と叫びながらどんどんと倉庫に入っていく。もちろん、私もその後ろに続いていく。

 最初に扉を開けた男が、いろいろとわめいているが、全部無視である。借金の差し押さえとかもこんな感じでやるんだろうかなぁ・・・と思いつつも、私は他の人に指示を出す。

「打ち合わせどおりに、ここの倉庫内の人たちは縛り上げてくださーい」

 逃亡防止の為である。

「書類が隠されていないか、探してくださーい」

 まあ、地下室にある分が一番重要なのだが、帳簿関係にもいろいろと調べたいことがあるので・・・・。いざとなったら、ザラさんに透視能力で調べてもらおう。

 たまたま廊下に顔を出した男が居たが、ガネーシャ・ファミリアのエンブレムを見るとあわてて逃げ出した。倉庫入口から逃げるのは無理と判断したのか倉庫の奥に走っていく。地下道から逃げるつもりなのだろう。教会に逃げろとか喚いている。だが残念ながら、地下室経由で地下道から逃げるのはザラさんが居るから無理なのです。

「エイナさん、ここ(倉庫)には、二人だけしか残っていませんよ!」

 地下室への階段から、声と共にザラさんが現れた。

「モンスターも居ません! 全部蔦屋敷に運んだようです!」

 そういって、倉庫の男の腹にこぶしを叩き込んで気絶させた。私もあわてて、地下室に走りこむ。そこには、何も無かった。大工道具も棚も無かった。隣の部屋に続く扉を開ける。昨日の夜、数時間前に資料を探した部屋であるが、本棚の中はすべてからであった。モンスターの檻がある部屋に移動する。そこには、昨日の夜はモンスターが中に入っている檻があった。だが今は空っぽだ。床には血が流れた後は無ったが、灰が残っていた。証拠隠滅として、モンスターを殺害、魔石を抜き取っていったのだろう。

「ここはもうガネーシャ・ファミリアに任せて、私は蔦屋敷に行きますね」

 とザラさんが言う。

 私もすばやく考えをめぐらせる。倉庫にはもう人が居ないので、すでに制圧している。制圧後の具体的な指示は打ち合わせのときに出しているし、もうここのことは任せられるだろう。さまざまなことを考えて私はザラさんの腕を捕まえた。

「私も行きますからね」

 危ないとか何か反対されるかと思ったのだが、何もいわずにザラさんは私を抱えると、外に走り出て、壁を駆け上り、屋根の上に飛び上がった。

「全速で行きますから、舌をかまないようにしてくださいね」

 そしてまた全力で揺さぶられる。二回目なので少しはましになるかと思ったのだが、前回よりもひどかった。考えてみれば、前回は人が歩くのを尾行していたから、歩くスピードに抑えられていたのだ。今回は尾行ではなく、レベル3冒険者の全速である。揺れがひどいわけである。

「地下室のあの状況からすると、倉庫の護衛も、何もかも、全部蔦屋敷に集めてると思うんですよ、だとするとイブリさんたちが危ない。ギルド側メンバーの戦力が不足してます」

 ザラさんの表情をうかがうと、眉間にしわを寄せている。ザラさんが心配していることを説明してくれるが、今はそれどころではなかった。

 

 骨の髄までがたがたになったんじゃないかと思い始めた頃、蔦屋敷について、おろされた。屋敷のドアは開きっぱなしである。あたりに人の気配は無い。

「中に居るようです。離れないようにして付いてきて下さい」

 ザラさんは、ショートソードを左手に構えてすたすたと歩いて無造作に中に入っていく。

 ザラさんは心配しているが、イブリ氏はレベル3、ザラさんと同じレベルであり、戦力的には十分なはずである。何故ここまで心配するのであろうか。え、もしかして、大人の関係? でもそんな雰囲気がしないしなぁ・・・。 疑問に思いながら、後を追う。

 

 中は広いスペースになっており、正面のステージには演説をするための台がある。その台に向かい合うように長椅子がいくつも並べられ、全部で三十人ぐらいが座れるようになっている。ミイシャに調べてもらった信者全員の数と合うなぁと思いつつ、ザラさんの後を追う。ザラさんはすでに地下への階段を降り始めていたが足を止めた。その瞬間姿が消えた。階段に走りよるとすでに階段を下り終えたザラさんがいて、その足元にモンスターの死体があった。姿が消えた一瞬で屠ったのだろう。だが、その死体は聞いたことが無いものだった。あえていえば体長5mはあるジャイアントトードであったが体全体が黒っぽい紫色なのである。ぬめぬめとした光沢のある皮膚をみて、私はそのおぞましさに体を震わせた。見ている間にもモンスターの死体は、音を立てて、黒い煙のような蒸気を上げて解けていく。その蒸気自体も空気に溶け込んでいくように消えていく。

「階段を降りてこないでください。中にはこいつらがいて危険です」

 私は叫び返しながら階段を駆け下りる。

「ギルド職員として、立場的にはそういうわけには行かないんですよ!」

 

 地下室への扉を開ける。ザラさんの言葉によれば祭壇がある場所である。

 一階と同じくらいの広さで、正面部分にステージがあり、そこに祭壇のような台が設置してある。そしてその祭壇の前には黒いローブを羽織った三人の男が立っていた。中央に白髪交じりの金髪の五十台のヒューマン、その右に黒髪の野性味あふれる三十台のハンサム。反対側には金髪のおどおどとした様子の若者がいた。蔦屋敷に派遣された三人はどうしたのかと辺りを見回すと、イブリ氏はひざを付いている。残り二人は頭を抱えてうずくまっていた。

「救援か。無駄なことを」

 祭壇にいる50代の男がこちらに気づいたようだ。ミイシャが調べた司祭とは彼のことだろうか。

「こちらは、ギルドです。ハビタット・イーコール氏のことで事情をお聞かせ願います。おとなしく同行してください」

 イブリ氏たちが負傷しているようなので、もう強権発動してもよいのであるが、念のため、もう一度だけ説得を試みた。だが、相手の男は呪文を詠唱し、魔法を発動させた。

 男たち三人の前の空間がゆがみ、何かが出てきた。サイズは5mほど、黒に近い紫色の体、床を踏みしめる四本の太った脚。巨大な蛙に似た体躯。だが、頭の部分は無く、そこからはピンク色の30cほどの長さの触手が何本も突き出て蠢いていた。さきほどザラさんに倒されていたモンスターである。

 ザラさんが投げナイフを放ち、モンスターの右足に付きたてる。体をよろめかせたモンスターに一息で接近したザラさんがショートソードを下から上へと振りぬき、触手の生えた首?を刎ね飛ばした。

 モンスターは崩れ落ち、先ほどの死体と同様に体を溶かしていく。私は、イブリ氏に近寄る。イブリ氏はひざをつき、焦点が合っていない目を見開き、よだれをだらだと流しながら譫言をぶつぶつとつぶやいている。

 これは、私が昨日なったのと同じ症状だ。私はどうやって回復したか。私はポーチに手をいれ、火酒のビンを取り出すとイブリ氏の口の中に注ぎ込んだ。

 効果はすぐに現れた。イブリ氏は激しく咳き込むと、目の焦点がゆっくりと合っていった。正気を取り戻したようなので一安心である。

「助かりましたエイナさん」

 心のそこからの感謝のようである。レベル3になっている人物は、ダンジョン内で、さまざまな体験をしているはずである。仲間の死や自分が重傷を負うこともある。怪我をすることや、恐怖に襲われる体験くぐり抜けてレベル3になっているのである。そんな人物がこんなにたやすくパニック状態になるだろうか。そして私は恐怖にとらわれていないのは何故だろう。私が考えている間にも、イブリ氏が立ち上がり、右手の武器と左手にくくりつけたバックラーを構える。

 

 その間にも、先ほどと同じ紫色のモンスターがさらに三体呼ばれていた。ザラさんは一体を切り殺し、二体目と戦っていた。イブリ氏が雄たけびを上げて最後の一匹の注意を彼にひきつけ、攻撃を始めた。

 視線を祭壇の三人に向ける。祭壇の男たちは、また呪文を唱えて新たなるモンスターを一体呼び出した。祭壇に乗っていた一番若い男が懐から何かを取り出しながら、そのモンスターに走り酔っていく。

 その瞬間、ザラさんがナイフを投げたようだ。『ようだ』というのも、動きが早すぎて分からなかったからだ。だが、ザラさんが何かを投げ終わった後の姿勢に、一瞬だがなっていたことと、若い男の手前で何かに叩き落されたナイフが転がっていたことから推測したに過ぎない。

 若い男は懐から取り出した何かをモンスターにつきたてた。モンスターの紫色の体の色が見る見るうちにどぎついショッキングピンクに変わっていく。モンスターは体をよじり、咆哮をあげる。この世のものとも思えないおぞましい声に私は耳が痙攣を始めるのを確かに感じた。あまりのおぞましさに吐き気を催し、力が抜け、立っていられず、膝をついてしまう。

 イブリ氏は頭を抑えうずくまってしまった。それだけでなく、あきれたことにイブリ氏が戦っていたモンスターも動きを止めて体をふらつかせている。

 モンスターのほうが立ちなおるのが早かった。すこしふらつきながらもイブリ氏に近寄ると右腕を振り上げ、そして。

 ショッキングピンクのモンスターに叩き潰された。

 

 叩き潰されたモンスターの体はじゅくじゅくと溶けていく。その溶けていく体を踏み潰すとショッキングピンクは再度咆哮をはなつ。

 それを聞いた私は頭が痺れた様になり、へたり込んでしまった。私だけではなく、イブリ氏もうずくまったままだ。それを見て満足そうなショッキングピンは、どこからか槍を取り出すとイブリ氏に向かって投げつけた。

 だが、それはザラさんに叩き落される。私が動かない首をゆっくりとめぐらせてみると、ザラさんが戦っていたモンスターは体を切り開かれて、黒い血を流しながら体を溶かしていくところだった。ザラさんがショッキングピンクと戦い始める。私は痺れたような感じがして思うように動かせない体に鞭打ち、ゆっくりとだが、イブリ氏に近寄る。そばまでよるとイブリ氏がぶつぶつと何事かをつぶやいているのが聞こえるが、声が小さいため意味は分からない。

 肩を揺さぶり正気を取り戻させようとするが、力がうまく入らない。腕が泥でできているかのような頼りなさと力の入らなさである。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく腕を持ち上げ、肩に手を置いた。それだけで、イブリ氏はびくりと反応する。あわてたようにこちらを見る。私が誰かわかったようで、ゆっくりと立ち上がり始める。

「た、たたかわないと・・・」そうつぶやきながら剣を構えようとするが力が入らないのか、取り落とす。苦痛のあまり汗にまみれたイブリ氏の顔であったが、いったん目を閉じるとぶつぶつと何事か唱え始めた。一定のリズムでつぶやいているので魔法の詠唱だろう。体を動かすことができない状態でどうやって戦うか、その答えが魔法だったのだろう。私は、ザラさんとショッキングピンクに視線を動かす。それだけでもとても疲労を感じる。イブリ氏の横でへたり込む。ザラさんは、片手に一振りずつのショートソードをもって戦っていた。片方のショートソードで槍を受け流しながら接近してはもう片方で切りつける。それを繰り返すが、モンスターの体は硬いのかなかなか傷が付かないようだった。

 そしてイブリ氏の魔法詠唱が完成した。

「----!」

 裂帛の気合とともに魔法が発動してイブリ氏の前に火球が生み出され、モンスターに向かって飛んでいく。飛んでいくにつれて火球は速度を上げていく。速度だけではなく、大きく膨れ上がっていく。ザラさんもろともモンスターを焼き尽くすかと思ったのだが、その寸前、ザラさんはモンスターの左足を切りつけて飛びのいた。火球に包まれてモンスターが悲鳴を上げる。

 炎に包まれたショッキングピンクにザラさんが再度切りつける。炎に気をとられていてザラさんが目に入っていなかったのか、よけることもできず、胴を切り裂かれる。ショッキングピンクはのたうちながらも燃えていった

 ほっとしたのもつかの間、ザラさんは、奥に走りより三人の男に切りかかった。

 先ほどショッキングピンクに走りよっていた男は、それに驚き、無様にしりもちをついた。

 ザラさんの剣は黒髪の男の杖に受け止められている。

「いやいや、たいしたものだよ! ムーンビーストを倒すだけではなくて、私にも攻撃を当てるとはね!」

 男は杖を振り回し、突きを放ち、捌き、ザラさんと戦う。

 そして私は自分の体が自由に動くことに気が付いた。先ほどまで感じていた、虚脱感はどこにも無い。イブリ氏を見るが同じく少しは元気が出たようである。

「あんた何者?」

 ザラさんが、二刀流で、斬りつけ、回り込み、突きを繰り出し、位置を変えながら問いかける。

「ふむ、わからんのかな?」

 余裕の表情で黒髪の男は答える。そしてショッキングピンの体が爆発した。上半身が爆発し、下半身から轟々と炎を吹き上げている。燃え盛る破片をばら撒き、地下室は一気に炎に包まれる。床一面に広がった炎から、黒煙が吹き荒れる。その瞬間ザラさんの左手が消えた。先ほどのしりもちをついていた男にナイフを投げたらしい。それと同時に黒髪の男もザラさんから距離を取り、最後の一人の男のそばによる。

「まあ、会う機会はもう無いだろう」

 そういうと二人の体は煙に解けるように消えていった。

 ザラさんはしりもち男を殴りつけて気絶させ、肩に抱えあげて、こちらに戻ってきた。すでに地下室は煙と炎でいっぱいになっている。

「残念ですが、逃げましょう。焼け死にたくないですからね」

 残念そうな顔でザラさんが撤退を提案する。

 イブリ氏もうなづき、倒れていた二人を抱え起こし両肩に支えて歩き始める。

「ザラさん、あの二人はどうなったんですか」

 私はあわててイブリ氏を手伝いながらも問いかける。

「たぶん逃げました。詳しくは外に出てからで」

 炎はすでに地下室の天上まで回っている。煙にむせながらわれわれは階段を上って建物の外に出た。

 

 戸口から転がり出て建物から距離をとる。蔦づたいに炎はすでに壁から屋根にまで、広がり、建物中が黒い炎に包まれていた。轟々と音を立てて炎と煙が吹き上がる。そこにギルドから応援の部隊がやってきて、消火活動と私たちの救護活動を始めた。

 私たちは、中庭に座り込んで、燃え上がる建物を見つめていた。

 

 こうして事件はほぼ終結した。残念ながら、『解決』ではなく『迷宮入り』という形でだ。

 というのも、教会は全焼してしまい、証拠になるようなものは何も発見できなかった。モンスター自身も死んだ時に体が解けて何も残っていなかった。ザラさんが捕縛した男は、泣き喚くかうわごとを言うばかりで結局は狂人であると判断された。

 分かったことは、あまりない。

 倉庫での書類から、ハビタット氏はモンスターの密輸をして利益を上げていた。

 ハビタット氏への客(オラリオ外部の者らしい)の斡旋はシルバートワイライト教会がしていた。

 モンスターを購入していた客は誰なのかは結局は不明のまま・・・・

 ハビタット氏は教会の指示で実験をしていた。だがそのハビタット氏自身も行方不明・・・

 私が最初に見つけた書類--日記から、モンスターの血液を利用すればステイタスを上昇されられるのではないかという推論。ショッキングピンクのモンスターは、モンスターの血液を体内に打ち込まれて、色が変わったらしい。男が持っていた容器に血液が付着していた。

ザラさんが教会で戦った男は黒目で、虹彩も含めて全部黒という変わった特徴だったそうだ。私のいるところからは分からなかったが・・・

 

 分からないことがあまりにも多いが、上司のアングリーは『世の中はそんなものだ、白黒判別がつくことのほうが珍しい』と慰めてくれた。普段は厳しい人なので驚いた。

 驚いたことといえば、もうひとつある。なんとウラヌス様と面会したのだ。これは破格の報酬?といってよいのでは?

 お会いしたウラヌス様は、威厳のある厳しい風貌で最初は緊張したが、話をしているうちにリラックスできた。モンスターと直接出会ったことを気にしていらっしゃったようで、恩恵が無いのに危険なことをさせたことを謝罪されてしまった。

 ザラさんには今後もギルドへの協力を求めることも考慮しているといってらした。彼女が所属するファミリア自体は生産系統のファミリアで、こういった荒事には向かないので、ザラさん個人に協力要請するらしい。ザラさんの主神にも了解を得るつもりだそうだ。

 ちなみにイブリ氏はすでにガネーシャ・ファミリアとして協力してもらっているから、改めて申し入れる気は無いとのことだった。

 

 そして、事件は曲がりなりにも終了し、私は日常のギルド業務へ復帰した




あとエピローグを二つ入れて終了です。


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エピローグ 

 さてあの事件の後、私はギルドの通常業務に戻った。受付業務を再開した訳ではなく、まずは怪物祭である。

 ここ数年のことであるが、ガネーシャ・ファミリア、ギルド、オラリオを巻き込んだ大騒ぎの祭である。毎年、大賑わいで、祭りが終わった後も、後片付けや、祭りの間停滞していた通常業務の処理で大わらわなのであるが、今年はさらに例のモンスター逃亡事件も発生した。幸いロキ・ファミリアの協力のもとすべてのモンスターを退治できたが、後処理が大変だった。

 だが、そんな喧騒も、気がまぎれて良かったのかも知れない。仕事がひと段落して、ふとした時に、あのモンスターのこと、教会地下から消えた二人の男、ザラさんに捕縛された男は狂死したことなどを、じっと考え込んでしまう。はたから見ていると暗い表情になっているらしく、ミイシャなどを心配させてしまっている。

 今もそうだったらしい。担当冒険者が七階層に進出したという話を聞き、手に負えないモンスターが出たらと考え、地下室でミノタウロスに襲われた事、教会地下室での事を思い出したのだ。ベル君はこの先強力なモンスターと戦うことになるだろう。どうしても勝てないモンスターと戦うこともあるに違いない。生き残れるのだろうか。そう考えるといてもたってもいられない気持ちになってしまったのだ。

 気づくとベル君に不安な表情を浮かべさせてしまっている。

 

「エイナさん? どうしたんですか?」

 ベル君が気遣わしげな表情で問いかけてくる。心配をかけてしまったらしい。シャツを着て背中のステイタスを隠すように伝える。七階層まで進出できる実力があるとベル君が言い張るので、マナー違反なのであるがステイタスを見せてもらったのだ。力E、耐久H、器用F、敏捷D。確かに、ステイタスは十分な値を示していた。これでは七階層進出を許可しないわけにはいかない。

 受付窓口にもどり話を続けようとしたら、ミイシャに話しかけられた。

「あら、エイナが心配している新米冒険者ってあなたかしら?」

 そういって、ミイシャはベル君の顔を覗き込む。

 ミイシャの言葉にベル君はわたわたと慌てふためく。言葉ひとつでここまで動揺する何て面白いなぁと、ちょっとほんわかした気持ちを感じながら二人の会話を聞き流す。

「僕、そんなに心配されてるんですか」

「そうねぇ、はっきりとは言わないんだけれどねぇ。ため息ついたり、仕事の手を止めて暗い顔でダンジョンの方に視線を向けてたり、新米冒険者が無茶をするんで心配だと愚痴こぼしたりとかねぇ・・・」

 いや、それ、この前の事件のことを思い出してるんだけれどなぁ。ああ、そんなことをいうから、ベル君が落ち込んでしまった。どよーんとした雰囲気がまとわりついているが、ウサギが甘いお菓子にかじりついたら実は苦かったというような感じでかわいい。

受付嬢(アドバイザー)から言わせてもらうと、それがだめだと思う」

 といってミイシャはびしっとベル君を指差した。こらこら人を指差してはいけません、後で注意しておこう。

「ええ!? そんなこといわれたら、誰でもこんな風に落ち込みますよ!」

 ベル君は落ち込んだ態度を指摘されたのだと思って抗議するが、実はミイシャが指摘しているものは別のことである。

「いやそこじゃなくて。その防具。かなり痛んでるから新しいものに変えたほうが良い。そうすれば、怪我をする可能性も減るし、エイナも心配することがなくなるし、(エイナの笑顔が見られれば職員の)みんなも幸せになるのです」

 そう、指差したのは防具である。今ベル君が装備しているものは、七階層に進出するにしては頼りないのである。私もアドバイスをしようと思っていたのだが、同じことをアドバイスするとはミイシャもよく見ている。自分の担当冒険者以外にも目を向ける余裕が出てきたということだろう。喜ばしいことである。まあ、担当アドバイザーの前で冒険者にアドバイスするのは方針がブレブレになる可能性も否定できないから、ちょっと問題かなぁ~と思うが、まあ良いとしましょう。

「というわけで、明日は二人で、防具を買いに行きなさい」

 いきなりミイシャに宣言された。

「エイナは明日休みだったでしょ。それなら一緒についていって、防具を選ぶアドバイスをしたら良いんじゃないかしら。そちらの冒険者君には他にファミリアメンバーがいないらしいから,アドバイスしてくれる人が必要だしちょうど良いんじゃないの」

 それを聞いたベル君は立ち上がり土下座せんばかりの勢いで頼み込んできた。

「わ、わっ、わかった、わかったから! じゃあ明日、一緒に行きましょう」

 そういって待ち合わせ時間と場所を決める。魔石の換金も終わっていたので、帰り支仕度を始めるベル君は嬉しそうであった。そして帰り際に爆弾を置いていった。

「エイナさん、だいすきーーー!」

 そう叫んでギルドを走り出て行った。

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃ、なにいってくれちゃってんのベル君!

 そーと視線だけであたりを見回すと、案の定フロア中の人がこちらを見ていた。生暖かい視線を感じるが、なんとなく殺気立ってる男の人もいるようだ。ああ、騒がしくしてしまってすいませんと、申し訳ない気持ちになり、仕事に逃げることに決める。だが、その前にミイシャを一睨みしておいた。だが、ミイシャ自身もニマニマと笑っているだけである。悔しい。

「エイナ。あなた疲れてるのよ。最近くらーい顔してるわよ。まあ、いいじゃないの。デートして元気になってらっしゃいな」

 ちょっとデートって、何よ。抗議をしようとしたが、ミイシャはニマニマ笑いをやめて真剣な顔になった。

「どちらにしろ、あの新米冒険者君に、防具選びのアドバイスは必要なんだから。どこで買えばよいのかとか場所や相場も含めて、仕事ついでと思っていってきたら」

 他にアドバイスしてくれる人はいないんでしょと続けられると確かにそのとおりである。

 うーん、仕事ねぇ・・・それならいいか。な? ヘファイストス・ファミリアの掘り出し物とか探しに行くのも良いかも知れない。たぶんベル君は場所は知らないだろうしなぁ・・・

「おや、エイナさん、デートに行くんですか?」

 そこに来たのはザラさんだった。

「ええ、そうなのよ~。ちょっと最近元気がないから、デート行くんだって」

 ミイシャからそれをきいたザラさんは、にこにこしながら、ウンウンと頷いている。

「良いことですねー、じゃあ、後は若い者に任せて! おばちゃんは換金所に行ってきますね!」

 いや、ザラさん、あなた24だから、まだおばちゃんじゃないでしょう!

「じゃあ、デート楽しんでね~」

 だから、デートじゃないってば~と思いつつも顔が微笑む私であった。

 



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エピローグ イブリ・アチャーの場合

これで最後です。



 ざわざわと風が吹く草原を、イブリは歩く。日はすでに沈み、月が無い曇り空である。突然強風が吹きつけ、モンスターの咆哮をイブリに届ける。イブリはあわてて、声とは反対方向に逃げ出す。ひざまである草は風にあおられ蠢きながらイブリの足に巻きついてくる。力まかせに草を引きちぎりながら、イブリは走る。轟々としたうなり声をあげる風に雲は吹き散らされ、満天の禍々しい星空があらわになる。またも咆哮が聞こえる。先ほどよりも近づいているのか明瞭に聞こえる。

 イブリは死に物狂いで走り続ける。いつまで走り続けたのか心の臓は破れそうに鼓動を打ち、草を引き千切りながら走り続けた足は燃えるように熱を持ち、汗は滝のように流れる。

 モンスターの咆哮は果断なく響き徐々に距離をつめてくる。ついには、足音がすぐ後ろに聞こえるようになる。

 イブリは教会地下でのことを思い出す。司祭が詠唱を終えるとどこからとも無く現れた名状しがたき紫色のモンスター。見るだけで何かが壊れていく感覚があり、自分でも情けなくも思うのだが、何もできずに恐怖のあまりに動けなくなってしまっていた。

 そのモンスターが後ろにいる。自分を追ってきている。いや、追いつこうとすれば、すぐに追いつけるはずだ、面白がって捕まえないだけなんだと悟り、走りつづる。。

 だがついには限界がきた。足の筋肉が痙攣し、地面に転がるように倒れてしまう。

 咆哮が聞こえる。それはすぐ後ろからだった。

 恐怖のあまりがたがたとふるえ、必死になってこけながらも逃げようとするが、草が意思ある物のように絡みつき、イブリを捕まえようとする。あせりのあまりかすれた声が出るものの、それに答えるのはモンスターの咆哮。周囲を見回すが、助けは来ない。夜空の星星が狂ったように北極星を中心に信じられないスピードで動き回転する。

 ずちゃりという、ぬれたものを叩きつける音がすぐ後ろでおきる。

 恐怖のあまり煮えたぎるような頭をゆっくりと後ろに向ける。30cmほどの触手が大量に生えた口がこちらに迫ってきていた。食われると思うと恐怖のあまり体が動くようになり、はいずって逃げる。だが、モンスターは一歩動いただけで、その距離を無にする。

 そして再度触手の口をこちらにむけて噛み付いて?きた

 

 だが、触手がイブリに触れることは無かった。イブリの横から、棍がつきだされモンスターを弾き飛ばしたのである。

「またせたな!」

 がっしりとした下半身は厚手のズボンで覆われている。上半身は要所要所を鋼のプロテクターでカバーしているが基本的には、鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなくさらしている。顔には、上半分をカバーする象を模した仮面が付けられていた。

「イブリ、もう大丈夫だ」

 現れたのは神ガネーシャだった。

 ガネーシャはモンスターに棍を突きつけて大音声に叫んだ

「俺がガネーシャだ!」

 周囲の空気は一変し、風はやみ、星星は動きをとめ、イブリは頭はさめ、落ち着きが戻ってきた。

「俺が! 俺がガネーシャだ!」

 再度ガネーシャが叫ぶ。あたりの闇は薄れ、草は怪しさを消し、モンスターの体に皹が入り、砕けていく。

「俺が! 俺たちが! ガネーシャだ!」

 さらに叫ぶ。モンスターの体は細かい破片となり、消えていってしまった。

 イブリが気づくとあたりは穏やかな草原の光景になっていた。すでに日は昇り、暖かい日差しが降り注いでいる。

 そして神ガネーシャは、イブリに振り返り穏やかに微笑んだ。

「もう大丈夫だ、イブリ」

 

「いや、それ神の力(アルカナム)でしょぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 イブリは盛大に突っ込んだ。確かにガネーシャの叫びと共に神の力(アルカナム)が放出されており、それによって世界が正常に戻ったのだ。

 だか、イブリが心配したのはそこではない。地上に降りてきた神々は地上では神の力(アルカナム)を封印しており、使用した場合は強制的に天界に送還される。天に戻った神の恩恵は消え、冒険者は元冒険者、すなわち一般人に戻りガネーシャ・ファミリアは解散することになる。冷静になったイブリはすでにその点に考えが及んでおり、真っ青になっていた。

 

「まあ、落ち着け、イブリ。大丈夫だ、問題ない。ちゃんと許可は取ってある」

「え、え? ふぁ? 許可? 許可ってとれるんですか?」

「だから、落ち着いて話をきけって、説明するから」

 お前は話を聞かないやつだなぁとぶつぶつと文句を言われながらも、イブリは頭を落ち着けようと、深呼吸を何度もしてみた。そうしてイブリは一旦は冷静になったのだが、ここはどこで、何で自分がここにいるのか等、疑問が大量に浮かび上がってくる。俺はホームで寝てた筈なんだが。

「よしわかった、じゃあ、俺が教えた、勇気が出るおまじない言ってみよう」

 それを言われたイブリはぐっと言葉につまり、おとなしくなった。言いたいことはいろいろあるみたいだが、説明を聞く気になったようだ。

「まあ、話は長くなるんで、ちょっと座ろうか」

 そう言って二人で地面に胡坐をかく。

「まあ、まずは心配しているみたいだから、神の力(アルカナム)からの説明な。一般には説明してないから、一応内緒な。俺たち神は天界から下界に降りてきたときに、神の力(アルカナム)を封印したっていうのは知ってると思う。だが、もうちょっと詳しく説明すると、正確には封印したわけではないんだ。恩恵は与えられるし、ウラヌスまたは神会での合意があれば、《鏡》の使用ができる。で、まあ、ここまで言えば分かると思うが」

 ガネーシャがイブリに続きは分かるだろうと口をつぐむ

「さっきも言っていたし、これはウラヌス様の許可がでているってことですか? でも何故? 冒険者が死のうがどうしようがウラヌス様は無関心だったじゃないですか」

 ファミリア間で抗争が起ころうが何があろうが、ギルドが動くことはあれどウラヌス自身は介入はしない。今までの介入しなかったウラヌスの実績からすると、イブリに介入する理由など無いはずだった。ガネーシャは仮面の中に指を突っ込んで眉間をぐりぐりともんでいるようだ。

「まあ、神の力(アルカナム)の説明続けるぞ」

 ひとまず疑問を棚に上げてイブリが話を聞く気に戻ったので、ガネーシャは話を続ける。

「えーとだな、説明すると、天界が建物の二階で、下界が一階。二階から下りる階段はいくつかある。階段の先には、それぞれ下界である部屋がそれぞれたくさん在ると思ってくれ。そして特定の部屋では神の力(アルカナム)の使用が制限されているが、他の部屋では制限されてないんだ」

 イブリは分かったようで続きを促す。

「で、建物のたとえで言うと、オラリオがある部屋とは此処は別の部屋でな、神の力(アルカナム)を使用して問題ないんだ。この世界の名前はウラヌスから教えてもらったんだが、『夢の国』だそうだ」

 イブリは夢だと聞いて納得した。夜空の星星は回るは、夜だったのが急に昼間になるは、夢だと思えば納得である。現実感がありすぎるのが問題だが・・・

「いっとくが、夢とは言ったが、眠っているときに見る夢とは別物だぞ。さっきの話の例で言うと、お前は別の部屋に移動しているだけだからな。ここで死んだら実際に死ぬ。別の世界とは言え現実だからな。あのモンスターに出会って恐慌状態になると此処に転移しやすくなるらしいんだが・・・・。帰る方法は、俺は神の力(アルカナム)を使うからいいとして、お前は一度眠って目を覚ませば良いそうだ。それも俺が神の力(アルカナム)で実行する」

 オラリオでは考えられない神の力(アルカナム)の大盤振る舞いに、ちょっと顔が引きつるイブリである。

「えー、話の続きだが、何でウラヌスの許可がでているかだがな。エイナ・チュール、ザラ・キッシンジャー、イブリ・アチャーの三人。今回の事件に特に深く関わった人間に対する特例処置だということだ。実際には、処置を取られるのはお前だけだがな」

「え、ちょ、俺一人って、どういうことなんですか? 他の二人は見捨てるんですか」

 あわてて立ち上がり、イブリはまたガネーシャの肩をつかんで揺さぶった。

「やめっ、揺さぶるのやめて! 昨日はヘルメスとめっちゃ酒飲んだからきついんだよぉぉ!」

 ガネーシャはイブリをどうにか振りほどくと話を続けた。

「落ち着け、落ち着けって! 他の二人は、ここまで困った状態になっていない。恐怖に負けてないから、こういうことしなくて良いんだ」

 イブリは教会地下での出来事を思い出す。名状しがたい紫のモンスターと対峙した時、自分は恐怖とおぞましさで動くこともできなかった。同行していたファミリア・メンバーはレベル1だったのが幸いだったのか、最初にモンスターの咆哮を聞いた時点で倒れてしまった。だが、ギルド職員のエイナ・チュールは、恐怖に耐えて、イブリに気付けの火酒を飲ましてくれた。冒険者でもないのに、である。ザラにいたっては、いつもと変わらずモンスターと戦っていた。確かにあの二人は恐怖に打ちのめされてはいなかった。イブリは俯いて呟いた。

「俺、レベル3なのにみっともないですね」

 ダンジョンにもぐり、格上相手と遭遇したことも、全滅しかかったこともある。怖い目にも、痛い目にも、辛い目にもあってきた。第一級冒険者には負けるかもしれないが、それなりに修羅場をくぐってきたという自負があった。だが、そんなものは役に立たなかったのだ。

「大丈夫だ。卑下することは無い。あのモンスターはダンジョンにいるモンスターと違ってな、人の心を攻撃する力があるらしい。だから、冒険者であっても、ほとんどの者はアレに対峙すると耐え切れずに恐慌状態になってしまうんだ。エイナ・チュールが無事だったのは、酒を飲んでいたからだ」

 イブリは顔を上げるとガネーシャの顔を間抜けな顔で見つめた。その表情は、あのまじめなエイナさんが酒を飲んで仕事をするとは信じられないといっていた。

「酒?」

「おう、それもただの酒じゃないぞ。神酒に匹敵する出来栄えのものだ」

 そんなものを作り出すとは人の可能性というものは面白いなと、ガネーシャはにやりと笑う。

「エイナさんが飲ませてくれた気付けの酒がそうなんですか?」

「ああ、そうだ。効能はすごいぞ。事実エイナ・チュールは恐慌にならなかったしな。お前もアレに会う前に飲んでいれば、問題なかったんだろうがな。飲んだ量の分だけ、酔いが醒めていても、恐慌に耐えられるようになるらしい。じゃあ、大体説明は終わったか」

「ちょっとまってください、あのモンスターは?! 初めて見たんですけど」

 イブリの叫び声に、ガネーシャは考え込むような表情になる。象の仮面は心なしか、暗い表情になっている。象の鼻も元気なく垂れ下がっているように見える。

「詳しいことは分かってないんだ。あれはな、さっきの建物の話で言うと、別の部屋から魔術で連れてこられたモンスターということしか分かってない。ウラヌスにもだ。おっと、そうそう特例措置の理由だが、異世界から来たモンスターと戦った経験のあるものは貴重だからだそうだ。だからこそ、特例措置だそうだ」

 説明は終わりだとばかりにガネーシャは立ち上がると、ズボンについていた土埃をはらった。

「じゃあ、もどったら、気付けの火酒で酒盛りしようぜ。酒瓶ごともらったからな」

 そういうと、仮面があるにもかかわらず、ガネーシャは爽やかな笑顔をイブリに向けた。




以上で終わります。

ここまで駄文を読んでいただき、ありがとうございました。


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