符術少女とつぐもも (【時己之千龍】龍時)
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第01話 菊理媛大神からの神勅

 私は(スメラギ)アリス。皇流符術を使う者だ。

 

 上岡の土地神、菊理様のところですそはらい代行をし始めてから約一年。代行の理由は自分が断ったためだ。断った理由は、私は皇流符術や陰陽術を用いてオリジナルの物を製作したり、式神の製作を行うのが好きで、学生というだけでも時間が減ってしまうのに、さらにすそはらいに割いていたら製作する時間が減ってしまう。そういう理由で断ったのだが、ほかに良い人材がいないからどうしてもと土地神自ら頭を下げてきたので、正式が見つかるまでの代行者として任につくことになってしまった。

 

 そして今日は正式なすそはらいにする人物を呼んできて欲しいと言われ、学校を休んでまで向かっている。もちろん親には話している。最初は断ったのだが、巫女である黒耀さんに最初お願いしたが役に立たなかったため私に来たということだった。またこれは出来る限り穏便に済ませることと言われた。

 

 

 

 

「こちらにはいませんでした」

「そうですか。…しかしなんですか?その抱えている食べ物は?別れる前はなかったはずですが」

 

 菊理様が決めたすそはらい候補がいる高校の校内に侵入し、一緒に来ていた黒耀さんと別れて探していたが合流後になぜか食べ物を抱えていた。まさかだと思うが……それらはここに通っている生徒たちの弁当ではないだろうか?

 

「拾いました」

「え?」

 

 予想外の返しに驚いたアリスだったが、もうどうでもよくなった。早く終えて帰りたいと。すると黒耀さんがエビフライを口に運びながらまさかの行動を起こす。

 

「加賀見一也はいるかっ!」

 

 がたんと教室の扉を開け声を上げる黒耀。まだ授業の時間は終わってはいないはずなのだが……穏便はどうしたんですか?とアリスは言いながらため息をつく。

 

「お前が加賀見一也だな?」

「ちがいます」

 

 生徒の一人に指を差しながら聞く黒耀に、聞かれた生徒はさっと答える。なぜ冷静なんですか?周りの生徒達も。驚きのあまり声が出ないとか、思考停止に近いようなものですか?いやそれよりも。

 

「黒耀さん。菊理様から頂いた似顔絵とは全く違います。さらに言えば眼鏡をかけてませんよ」

「なに、そうだったか?」

 

 アリスの注意に振り返った黒耀だったが、似顔絵を見せるも見分けがつかんといったように首をかしげていた。この人の記憶力はやばいんじゃないかと思ってしまった。その直後に生徒の一人が黒耀さんを指差してなにやら言い出しているが、アリスはそれを無視して似顔絵と生徒を見比べていく。

 

「あなたが加賀見かずやですね?探していました」

「え?僕を?」

「おまえがそうだったのか。来てもらうぞ」

「えっ、ちょ、まだ授業が」

「ちょっと待ったっ!」

 

 黒耀が加賀見一也に迫った時、突然現れた女が声を上げた。アリスはその女が一目見て付喪神であることに気づいた。

 

「勝手にワシの下僕を連れて行っては困るな」

「神勅を妨げるな。付喪神風情が原形まで打ち払われたいか。それにお前は連れてくるなと厳命されている。失せろ、雑巾女(ゾウキンオンナ)

「……いま、何と?」

 

 黒耀の最後の言葉にその付喪神は機嫌を崩した声を出す。

 

「お呼びでないのだ『雑巾女』」

 

 雑巾女とはっきりと強く言い切った黒耀に、その付喪神は切れた。

 

「く、くく…くくりの犬風情が吠えよってっ!勝負じゃ大女っ、その魔乳ごと三枚に下ろしてくれるわ!!」

「わー穏便に!穏便に!」

「ええい離せ一也ッ!」

 

 一也が必死で怒り狂った付喪神を押さえつける。

 

「臆したか、雑k」

「挑発は止めてください黒耀さん」

 

 挑発を続ける黒耀の口にパシッと止声符(シセイフ)を貼り付けて黙らせた後、アリスは付喪神に近づく。

 

「あなたが菊理様の言っていた桐葉さんですね?ここは平和的にいきましょう」

 

 

 

 

 アリスの案により、桐葉とアリスで『腕相撲』をすることになった。

 広い屋上でやることに決め、生徒達は観客として見たいと言って来たため黙っても来るならまぁいいかと止めはしなかった。

 

「あっ、最初に言っておきます。私が勝っても桐葉さんが勝っても、桐葉さんは同行しても構いません」

「なに?」

「…おい皇アリス。菊理様からその雑巾女を連れてくるなと言われているんだぞ!」

 

 アリスの言葉に桐葉は驚き、黒耀は止めの符を自力で剥がして反発した。

 

「私は言われていませんし、同行してもいいじゃないですか。それに私は菊理様から桐葉さんのことを聞いて、いつか一戦してみたいなと思っていました」

 

 そう言うと桐葉は笑い始めた。

 

「なかなか面白い事を言う娘だな」

「桐葉さん。本気で来てくださいね?もし手を抜いていたら同行は取り消しますよ」

「雑巾女、手を抜け」

 

 黒耀はアリスの言葉が気に入らないと桐葉に手を抜くよう言う。しかも挑発するかのように雑巾女と繰り返して言うため、桐葉の方も完全にキレてしまいそうだった。

 

「抜かぬわ!さっきから雑巾女と言いおって」

「……ええと腕相撲のルールは菊理様から聞きましたので問題ありません」

 

 腕相撲のルール。この腕相撲は普通とは違う。

 まず片腕のみ使用。そして両足は地面から離さない。この片方でも破れば負けとなり、また有効打を顔に当てれば勝ちとなるルールだ。

 

「ルールの確認を終えたところで始めようか、娘」

「はい」

 

 二人は近づき、左腕を後ろ腰に下げ、右半身を前に出して互いの右手の甲を当て合う。

 数秒の沈黙から右手甲を弾かせて始まる。桐葉から来る抜き手や手刀をアリスは冷静に見捉えて、掌で止めるか弾くかをしていく。そしてスキがあらば攻める。

 

「しぃッ!!」

 

 桐葉の拳がアリスの顔を捉える。がアリスはそれを受け流しつつ手首を掴み取り、同時に摺り足で左足を桐葉の懐に入るようにして、そのまま引き下げる。足をかけての引き下げなため、桐葉の体勢が大きく崩れる。

 

「ふぐっ…」

 

 しかし桐葉はそれを堪え、引き払って拘束を解き再び突き合う。アリスは驚きながらもそれらを受け流していく。さっきの足掛けからの引き下げで多少の違いはあるも、菊理様には何度もそれで勝っていた。それを堪え切った桐葉はそれ以上か?とアリスは思った。

 

「取った!」

 

 アリスの親指を掴んだ桐葉は投げの体勢に入る。

 

「甘いッ!」

 

 それをアリスは腕力と重心移動の合わせで逆に桐葉を投げ飛ばす。

 

「くっ、は……」

 

 投げられた桐葉は背中を地に強く叩きつけられ、肺の中の空気を一気に吐き出して大の字で横たわる。

 

「はぁ…はぁ……桐葉さん、強いですね」

「何を…お前が勝っておいて何を言うか」

 

 半身を起こした桐葉に、アリスは手を差し伸べた。直後観戦していた生徒達数秒の沈黙から歓声が沸き上がって騒がしくなる。その声で気づいて来た先生によって静まり、それに生徒達は気を取られた。アリスたちはチャンスと皆にばれないようにこの場から姿を消した。

 

 

 

 

 



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第02話 降神、菊理媛大神

 アリスと黒耀は加賀見一也と桐葉、それからなぜかついて来た一也と同じクラスメイトの女子一人と共に菊理様のいる白山神社へ移動した。

 

 白山神社に着くと、その女子……近石千里は事細かに鳥居をくぐる前にはなんちゃら、手水舎ではなんちゃらと注意をし始めてしまったがやっと菊理様の降神まで来た。

 

「白山妙理大権現、菊理媛大神…降神」

 

 能面をつけた土地神様…菊理様が社から出てきた。

 

「おいくくり!久方ぶりの再会が能面ごしとは随分じゃな。勤めを果たしきれん自らを恥じて顔も合わせられんか!」

 

 再会が能面ごし?とアリスはどういう意味だろうと思った。アリスは何度も菊理様には会っているが、いつも能面をつけていて素顔を見たことがない。それが常姿なのだろうと今まで思っていたからだ。

 

「私は一也さんだけをお呼びしたはずですが?」

「申し訳ありません。皇アリスが勝手に連れてきました」

「アリスさん、ですか。そういえば伝えていませんでしたね」

「すみませんね。でも彼女が先代様のパートナーである付喪神と知って、腕相撲で一戦したくなってしまって……。受けてくれたので付いて来る許可を出しました」

「そ、そうですか。で勝敗は?」

「苦戦しましたがギリギリ勝ちました」

「そうですか。私に勝ち越しているあなたなら勝つと思ってましたよ。私も桐葉には124勝123敗1引き分けで勝ち越していますので」

 

 すると桐葉は反論するようにはぁあ?!と声を上げた。

 

「ワシが125勝123敗で勝ち越しているぞ!だいたい1引き分けって何じゃ?」

「勝負の最中に大雨が降って水入りした時があったでしょう」

 

 菊理様の不機嫌が気候まで影響し、空をものすごい勢いで黒い雲が覆ってきた。

 

「あー濡れるのはやだなぁ。千里さんでしたっけ?菊理様は機嫌を悪くすると土砂降りになるので、あそこで雨宿りしましょう」

「え?あ、はい」

 

 アリスは手水舎を指差しながら千里を誘って避難する。丁度間に合って土砂降りから逃れられた。降っていたのは数秒程だが、それでもかなりの量が降っていた。

 

「向こうではすごいですね」

 

 本当に神様なんだなぁと千里が菊理様を見ていた。

 

「上岡の土地神様で水を司っている神様です」

 

 菊理様と桐葉が腕相撲の時の構えで向かい合うが、先程アリスたちが避難している時に菊理様が砕いた燈籠の大きな欠片が両者の頭に降ってきて、二人仲良く同時に地へと倒れた。

 

「菊理様!天罰です!天罰ですよ!早く本題に入れと!そして用を済ませて皇アリスを帰してあげなさいという天罰です!」

「何ですかそれは!?それに私に天罰などありえませんっ!!」

 

 笑いながら言うアリスに菊理様は痛む頭を抱えながら声を上げて返す。

 

「とりあえず本題には入ってくださいよ、菊理様」

「う、うむ…わかりました」

「待て、その前に」

 

 菊理様の話を桐葉は止めて聞き始める。

 

「一也が成人するまで効くはずだった封が、何故今解けた?」

 

 その問いにアリスが封?と呟く。桐葉はさらに話を続ける。

 

「加えてこの呪詛の乱れ。陽を極まる陰月とはいえ怠慢が過ぎる。何か理由があるのか?」

 

 桐葉のこの問いにはアリスも気になっていた。代行とはいえアリスもすそはらい。その乱れが最近多く起こっていたことを疑問に思っていた。それにそのせいで仕事が増えてしまっていた。

 

「封は完全には解けたわけではありません。効力は弱まりましたが、その証拠に記憶は戻っていない……そうでしょう?」

「ああ。では再び霊威を込めてくれ。そして呪詛を鎮撫しろ。この二重苦では身が持たん」

 

 桐葉からの二つの要求に菊理様は少し間を置いてから答えた。

 

「その二つの願い、すぐには叶えられません」

「なに?!」

「しかし、簡単な解決法があります」

 

 そう言うと加賀見一也と言って一也の方を菊理様は振り返り見る。

 

「あなたに神勅を下します」

 

 驚いている一也に菊理様は指を差して言う。

 

「この土地で起こる怪異を調伏する、すそはらいの役を命じます」

「か…怪異の、調伏……?僕が?桐葉さんでなく?」

 

 自分を指差しながら確認する一也に菊理様は短くはいと答えると、桐葉が大きく声を上げた。

 

「バカなっ!?」

 

 そして一也の方へ移動し、自らの後ろへ下がらせる桐葉。

 

「下らん冗談はやめろくくり!一也に何ができる!すそはらいならそこにいるだろう!なぜ一也に任せようとするのじゃ?」

 

 菊理様とアリスを交互に見ながら言う桐葉に、アリスは目を逸らした。

 

「『石像の如く沈黙しなさい桐葉』。冗談ではありませんよ、加賀見一也さん」

 

 菊理様は桐葉を言霊で封じ、話を続けた。

 

「貴方はここ数日の間、異常な現象に何度も立ち会いましたね?」

「はい」

「平穏なこの町で貴方の周りにより多く起きている……それが何故かわかりますか?」

「い…いいえ」

 

 その問いに自分の周りにより多く?と一也は驚く。

 

「言うなくくりっ!!」

 

 言霊を自力で解き訴える桐葉だったが、菊理様は『答え』を話す。

 

「貴方が呪詛を引き寄せる源だからです。常なる人々、常なる世界にとっての禍事の種……それが貴方。呪詛による禍源、自ら打ち祓うのです。合理的でしょう?」

「あ、相手にするな一也!嘘八万でお前を従わせようとしておるのじゃ。帰るぞ二人とも!」

 

 一也の手首を掴んで引き、二人に言う桐葉。しかし境内に張られた結界に弾かれる。

 

「結界?閉じ込める気か!」

境内(ここ)は鎮守の森と鳥居に囲まれた聖域。入れざるも出さざるも私の思うまま。色よい返事が頂けるまで自由はありません」

 

 そして数度言葉を交わし合い、決裂した菊理様はもう一つの能面……怒った老男のような面、『悪尉』に変えた。

 

 



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第03話 土地神の試練

 アリスは菊理様は結構本気だとわかり、千里を連れて距離を取る。

 

「大丈夫なんですか?」

「殺しはしないはずですよ?だってこの土地のすそはらいになってほしいから呼んだんですからね。それにもし危険だと判断したら、私も桐葉側につくから問題ありません。あ、でもそれはできればしないようにしますよ?だってあの二人になってもらわないと私がその任を代行続行で続けなくてはいけませんから」

「は、はぁ……」

 

 そう話しながら二人は戦いを見る。ほとんど一方的な戦いで完全に菊理様が押している。しかも菊理様は水の玉や水の槍と、まともに当たれば結構威力のある技で、その場から全く動かずに攻撃している。完全に余裕のようだ。

 

 そして略式ではない完全詠唱を唱える菊理様。その詠唱に聞き覚えのあったアリスは懐から一枚のカードを取り出す。それは彼女が作り上げた『アリスカード』の一枚、『(ヨク)』のカードだ。翼のカードを発動し、背に翼が出来たのを確認して、千里を抱えて空へと上がる。直後に桐葉達二人を中心に巨大な水の塊が落ちた。

 

「な、何なんですかあれは!?」

「大瀑布。結構……いや、あれはかなりの威力がありますよ」

 

 アリスはその技を以前受けたことがあった。その時はどうにか堪えられたが、もう受けたくない技だ。またそれを受けきった時はさらにやっかいな攻撃もしてきた。もしかしたらこの戦いでも、この技を二人が防ぎきったら『それ』を菊理様が繰り出すかも知れない。そしたら、二人はどう動くのか。そうアリスは興味を引かれ空から見下ろし、戦いを見た。

 

 二撃目の大瀑布で一也が数秒の気絶。桐葉は霊力を使いすぎたための副作用か、体が幼く縮んでいた。

 

「これ以上は……難しいかな、ん?」

 

 アリスが止めに入ろうかと一瞬思った時、一也が桐葉を原形である帯に戻した。

 

「なんで、戻したんだ?」

 

 戦いは完全に一也と桐葉側が劣勢だ。その上一也は戦闘の経験が全くないと見ていて気づいた。しかし帯姿の桐葉を両手に抱え、菊理様に向かっている。

 

 一也参戦直後の帯の操作はめちゃくちゃだったが、二度目では桐葉のようにうまく操った。しかしそれでも戦いの素人であることには変わりはない。そして菊理様は詠唱を始めた。これは大瀑布ではなくもう一つのだ。

 

 菊理様の頭上から水の太く長い塊……大蛇が現れた。その迫ってくる水の大蛇を、一也は帯を編み盾を作った。さっきまではそれで防げたが、この技は強すぎ単純に考えても一枚の盾ではどうしようもない。が一也はさらに先に進んだ。

 

 盾を縦にくの字に折って、水の大蛇を裂いた。これには菊理様も驚きの声を上げている。しかも一也はまだ動いていた。それに気づいた菊理様は自分の前に氷の分厚い壁を作り出す。

 

 走り出し、宙に跳ねた一也は右手に帯をドリル状に編んでいた。

 

「八重刃っ!!」

 

 威力が予想以上に高かった。分厚い氷の壁は砕け散り、地面をえぐり、さらには菊理様の丁度後ろにあった社にまで攻撃は及び、社は正面右側にかなりの被害があった。

 

「どう…なった?」

 

 菊理様を中心に砂煙が上がり、菊理様と桐葉の姿が見えない。砂煙のギリギリ手前に着地していた一也の右手にもどこにも桐葉はいない。

 

「惜しかったですね、桐葉」

 

 砂煙が段々と収まっていくその中から菊理様の声が聞こえた。そして晴れた時……右手に桐葉を掴み上げ、左には氷の槍を持った菊理様がいた。

 

「守りを貫いたまではよかったものの、止めを刺すには至らなかった…さて」

 

 桐葉の首筋に氷の槍を近づける。

 

「や…やめろ!桐葉さんを離せっ!!」

「ほう?ではどうしますか?」

「加賀見一也は…すそはらいを引き受けます。これでいいでしょう、桐葉さんを放して下さい!」

「―――いいでしょう。その言葉、確かに聞きうけました」

 

 そう言って菊理様は桐葉を放した。

 

 戦いは終わったかとアリスは地面に降り、彼らに駆け寄る。抱えられていた千里は降りたと同時に放されたが驚き過ぎた為か、その場から動けずにいた。

 

「結構やられたね。今治癒しますよ」

 

 アリスは治癒符(チユフ)を桐葉の手に置き、発動させる。続いて菊理様に駆け寄る。

 

「菊理様もどうぞ」

「いえ、私はそれほどでもあり―――」

 

 ぷつり、という音が響き、お面が足元の水溜りにボチャっと落ちた。皆がえっと声を漏らすと同時に、菊理様が服はそのままに幼くなってしまった。

 

「く…菊理様?」

「いやあああぁぁっみんといてーーーっ」

 

 自分が幼くなったことで服が肌蹴け、ほぼ裸と気づいた菊理様が顔を赤面一色に染め上げ、声を上げながら両肩を抱いてその場にうずくまってしまった。

 

「ぎゃははははなんじゃその姿わーっ!なるほど、能面を取れんわけじゃ。依存しているというのはほんとうじゃったなーっ!」

 

 と回復した桐葉が腹を抱えて爆笑する。

 

「くううぅぅ……お前もおんなじやろうが~」

 

 菊理様の言うとおり、桐葉はアリスの治癒の符で傷は回復したがあくまで傷のみの回復なので身長は縮んだままだ。菊理様が落とした能面に手を伸ばす。しかしそれを許さない桐葉は菊理様を蹴り倒し、能面を拾い上げる。

 

「おっと、そうはさせんぞくくり~」

「ああっ!?何してくれてんねん?神様やで!わいは神様なんやでーっ」

 

 自分は神様なんだぞと強く主張する菊理様だが、桐葉は能面はこっちじゃあと高く上げ楽しそうだった。

 

「こう見ると菊理様は弱そうだなぁ。あ、一也さん。すそはらい、がんばってくださいね!」

「え?あ、はい…」

 

 アリスはやっと解放されるとものすごく喜んでいたが、まだ解放はされないということを彼女は後に知ることになる。

 

 

 

 

 



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第04話 アリスの鍛練指導

 

「菊理様……私はなぜここに呼ばれたのでしょうか?」

 

 やや不機嫌気味にアリスは菊理の顔を見て最初に聞く。

 

 日曜日。今までならすそはらいで呼ばれることがなければ、一日符術の鍛練や体作りのトレーニングをしたりしている日だ。そして前に加賀見一也がすそはらいになったため今日は符術の鍛練を朝からやろうとしていたのだが、邪魔をするかのように呼び出しを受けてしまった。それも早朝の目を覚ました時にだ。

 

「それに何故加賀見一也の…家に?」

 

 連れてこられた場所は白山神社ではなく、加賀見家だった。しかも神社にあった物…賽銭やらなにやらと置かれている一室にアリスは疑問が積もる。

 

「この家に連れて来たんは…うちの神社が倒壊してしもうて……」

「え…」

「前ので傷ついたのに、止めに台風が来てしまって……一時公園におったんやけどそこもだめになってな。今はここ、加賀見家にお世話になっているんや」

「そうでしたか…。で、私を呼んだのはどうしてですか?」

 

 神社の状態に興味がないアリスは自分を何故呼んだのかという本題を聞く。

 

「今日呼んだのはほかでもない。かずやんの鍛練の指導をお願いしたくてな」

「……はい?」

 

 菊理様の言葉にアリスは聞き間違えたかと耳を疑ってしまった。

 

「も、もう一度…聞いてもいいですか?」

「かずやんの鍛練の指導をお願いしたいんや」

「お断りします!必要ないでしょう。菊理様の氷の壁を壊したり、水の大蛇を凌いだりしたのですから」

 

 前の戦いを見ていて私が指導しなくても、すそはらいは十分にこなせる力を持っているとアリスは思った。確かに霊力を大幅に消耗してしまい、桐葉さんは縮んだ上に分身である写し身を出すのは大変かもしれない。それでも一也の方は結構なほど力を持っているので、桐葉さんが回復するまでの間も一人で問題ないだろう。

 

「あ、あれな。実はまぐれだったんやって」

「ま…まぐ?まぐれであそこまで?」

 

 予想外な返しにアリスは声を上げてしまう。

 

「せやから、お願いするで」

「…私は私の鍛練がありますので」

「すそはらいの養成所『つづら殿』もいいんやけど、あそこだと数年間かかってまう。せやとアリスがその間、代行続行てなことになるけど?」

「そ…それでも私は……」

「そ、それじゃ神勅や!神勅にするで。かずやんが十分一人前になるまで指導したってや」

「なっ、神勅って…それは職権乱用ではありませんか?!」

 

 あまりの理不尽さに声を上げるアリス。しかし菊理様はお願いを続ける。

 

「かずやんが一人前になるまででいいんや!せやからアリス、お願い!」

「……わかり、ました…」

 

 アリスはしぶしぶ受けることになってしまった。

 

 

 

 

 早朝。アリスは加賀見一也と桐葉と並んで走り込みをしていた。走り込みは毎朝のアリスの日課であり、それに二人をあわせる事にした。そして平日の放課後は一也に筋トレをさせ、アリスは様子を見つつ自分の鍛練をしていた。アリスの鍛練は符術の技術向上を基本に行っている。

 

 日曜などの休日は準備運動を済ませた後、桐葉と一也で組み手。次にアリスと疲れるまで試合をした。

 

「さて、準備はいいですか?」

「うん」

「おう」

「では始めましょう」

 

 桐葉は帯になり、一也のリュックから本体と写し身二本が伸びる。前までは少なかったがやっと写し身を二本出せて、合わせ三本の帯を操作することが出来るようになった。

 

 アリスは左腰の『アリス』カード用の鞄から一枚引き抜く。そのカードには『闘(トウ)』という文字が書いてあり、発動させることでその術者を身体能力を格闘戦向きに向上させるカードだ。

 

「では…『来なさい』!」

「はい!」

 

 一也はアリスに向け走り出し、自分の間合いまで近づく。

 

「おびづき!」

 

 写し身での帯突き。アリスは右手でそれを弾く。さらに一也は帯突きを放つがそれも弾かれる。

 

「せいッ!」

「た、たてつづり!」

 

 アリスの手刀に一也が咄嗟に帯二本でたてつづりを作るが、当たる寸前アリスは飛び跳ね、盾を飛び越え、着地からすばやく動いて手刀が一也の首筋に触れる。

 

「詰み、ですね」

「…はい」

 

 ふぅとアリスは手刀を解く。

 

「やっぱり、そのたてつづりは視界を奪っていますね。戦い中に相手から目を離すのはダメ。まぁ気配で動きがわかって、対応もできるならいいんですけど」

「はい」

「でも技から技への切り換えはよくなってきましたね。たてつづりの展開が速くなっていました」

「ええと、ありがとうございます」

 

 一也の鍛練を見始めてまだそれほど日数は経っていないが、結構な上達を見せていた。最初は写し身が出せず、帯に戻った桐葉に意を込めて操作することもほとんどできなかったのだが、才能以外にも一也には覚えもいいようだ。

 

「私は帯の扱い方まではわからないからあまり言えませんが、桐葉さんから他にあれば技を教えてもらって覚えるとか、新技を考えるのもいいかもしれません。あ、新技の場合はなるべく少ない数で繰り出せるのが好ましいですね。もしも桐葉さん本体が傷ついた時、出せる写し身が減るかもしれません」

「うむ確かに。本体の回復に霊力が行ってしまい、出せる数が減るかもしれん。そこは帰った後にでも一也と話し合うとしよう」

 

 鍛練を終えた後、加賀見家に居候している菊理様に一言終えたことをアリスは伝える。いつもなら鍛練場で別れるのだが、今日は呼び出しを受けたのだ。

 

「今日もお疲れ様です、アリス」

 

 菊理様は能面をつけて大人姿だった。なぜつけていたのか少し気になったアリスだが、早く用件を聞いて帰りたいためそこには触れなかった。

 

「今日はなぜ私を呼んだんですか?」

「それはですね。急ですが明日の指導は休みにして、私達と金羅神社に同行して欲しいのです」

「金羅神社……確かたぐり様が居られる?」

「はい。あまり行きたくはないのですが……すそ予報を買うお金を借りに行くのです」

 

 それを聞いたアリスは最近ニュースで話題となった言葉を思い出した。

 

「まさか……私に連帯保証人とやらになってくれと?いくら菊理様が土地神で逃げないからと、私はなりたくはないです」

「い、いえ、そういうのではありません。着いて来てもらいたいのです。桐葉と一也さんも着いてきますが……アリスさんにもお願いしたいのです」

「……わかりました。断ったらまた神勅話になりそうなので一緒に行きますよ」

「ありがとうございます、アリスさん。それと、あなたの式神達も一緒にお願いしますね」

「私の式も…?わかりました」

 

 どうして式神もなのかはわからなかったが、最近は一也さんの指導で出せなかったのでたまにはいいかとアリスは思った。

 

 そして集合時間と場所を聞いて、アリスは家に帰った。

 

 

 

 

 

 



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第05話 祭神、金山毘売神たぐり

 

 翌日。皆と合流したアリスは自分の式神、『イクス』『クリス』『アリア』『マリア』を出した。

 

「……」

「久しぶりの外だー」

「ねぇねぇアリス様。今日はなにするの?」

「今日は天気もよく、お散歩日和ですね」

「今日は祭神様に会いに行きますよ。神様だから皆お行儀よくしてね」

「「「はい」」」「(こくり)」

 

 三人は声を出し、イクスは相変わらず無口で頷く。

 

 いつもは鍛錬用の胴着姿だが、今日のアリスは着物姿だった。そしてその式達も似た着物を着ている。またその装束は皆アリス手製の物だ。

 

「アリスさんのその姿ははじめて見るね。初めて会った時も鍛練の時もずっと胴着だったし」

「あ、そうじゃな。なかなか似合っておるぞ」

「ありがとうございます桐葉さん。今日は久しぶりに私服で来ました。でも学校では目立ってしまうので洋服を着るようにしてますが」

「うん。すごく似合っていると思うよ」

 

 一也からの突然の褒めにアリスは一瞬顔を紅くするも立て直す。

 

「あ、ありがとうございます。一也さん」

「全員揃うたな、ほないくで」

 

 昨日と違い今日は子供姿の菊理様が先頭を歩き進む。そして神社に着いた菊理様が声を上げる。

 

「おーいたぐりー、わいやー、入れてくれー」

 

 その直後、はーいの声と同時に皆は社の中に吸い込まれた。

 

 

 

 

 一瞬、視界が真っ暗になったかと思った先は和室だった。

 

 外の社は人が入れないほどの小さいものだったが空間をいじっていたか、または別のとこへ飛ばされたかみたいだった。

 

 着地した前には広く大きな机があり、その先には掛け軸に『絶対少女』の文字が大きく書かれていた。

 

「ようこそ金羅神社へ」

 

 皆の視線が声の方へと動く。

 

「私が祭神、金山毘売神たぐりです。そちら方皆様は初めましてね」

 

 祭神たぐり様がとても嬉しそうにアリスとその式達、それから桐葉へと順に見ていく。その視線に式が何か感じ取ったのかアリスの影に隠れる。

 

「おう。ワシは付喪神の桐葉じゃ」

「人間の加賀見カズヤです」

「私は陰陽術師の皇アリスです。こちらは私の式達です」

 

 たぐり様はうんうんと頷き、よろしくねと言うとくくり様に近づく。

 

「それでくくりちゃん。ま~たお金を借りに来たの?」

「うぅ……そうや、まだ前の借金返せてへんのにすまんけど……」

 

 視線を逸らし、もじもじさせながら答えるくくり様。それをたぐり様は数枚のカードを出しながら言う。

 

「いいのよいいのよ。じゃ、いつものこれでいきましょう」

 

 いつもの?と桐葉とアリスが声を漏らしてそのカードを見る。

 

 向かい側に座ったたぐり様がカードを切り、机に並べ始めいくのをみて、皆も机を囲って座り始める。

 

「もしかして神経衰弱ですか?」

「そのとおり。楽しみましょう」

 

 カズヤの問いにたぐり様が頷いて答える。桐葉は金を借りるのに関係があるのか?といった感じにいたが「初めての方もいるからまずは説明ね」とたぐり様は説明をする。

 

 カードは借金券であり、同じカードを揃えたらその金額分のお金を借りられる、と簡単に話した。

 

「あ、式ちゃん達も混ざってね?その方がとても楽しくなるから」

「いいの?」「やったぁー」

 

 式達が嬉しそうに声を出す。

 

 そしてさいころを順番に振っていき、順番を決めていく。

 

 一番手、桐葉。

 

「おう!まずはワシからだな」

 

 桐葉はカードを引き、見事五千円カードを揃える。しかし二回目の引きは揃えられず、元の位置へ戻す。

 

 二番手、アリス。

 

 カードを引くが揃わず。でもまだ始まったばかりだと次を期待する。

 

 三番手、アリスの式神『クリス』。

 

「これ…え?」

 

 引いた一枚目のカード。そこには『おしりもみもみ』と書かれており、クリスは首を傾げる。周囲も頭に?を浮かばせた。

 

 二枚目のカード。『ねこねこスーツ』……。

 

「くくり様、少しお話があります」

「え、ええと……」

「くくり様はこれをわかっていて、私と私の式達も参加させましたね?」

「ど、どうやろうなぁ……」

「私の大切な式達に…何をさせようとしているんですか!」

「おいカズヤ!帰るぞ!」

「まっ?!ままままってーな桐葉!アリス!」

 

 帰ろうとする二人をくくり様は必死になって引き止めにかかる。

 

「止めないでくださいくくり様!」

「放せくくり!」

 

 その後五分間。くくり様は二人に説得し、ゲームを続行することになった。

 

 四番手イクス、五番手カズヤ、六番手アリア、七番手マリア、八番手くくり様と移っていき、イクスとくくり様が一万円ずつを獲得する。しかしアリスと桐葉がハッと気づく。

 

「「((これは…後手になるほど有利になるっ!!))」」

 

 二人の顔色が悪くなり始める中、九番目のたぐり様の番が来てしまった。たぐり様は二人に笑みを送りながら私の番が来たわね、と……。

 

 たぐり様が引いたカード……『ぺろぺろちゅうちゅう』の揃い。

 

 式達が一斉にアリスにしがみつく。

 

「あ、ああありすさまー」

「怖いです」

「はわはわ」

「(ガクガクブルブル)」

 

 大丈夫、きっと大丈夫とアリスは式達に震える声で言う。

 

 たぐり様の視線が皆へと向けられ、ひとりひとりをじっくりと見て移っていく。

 

「さぁ…誰にしようかしら。――決めたわ」

 

 一瞬ビクッと皆が震え目を閉じたその直後、風が吹いた。

 

 まず自身が無事だったことに気づいたアリスは次に自分の式の安否を確認する。

 

「(…よかった、皆無事だっ――)」

 

 そのまま誰が被害にあったのか確認しようと振り返ったアリスは、あまりの衝撃に固まった。

 

 たぐり様がくくり様を……くくり様の唇を舐め回し、吸い尽くしていた。

 

「ごちそうさま。さぁ続けましょう?」

 

 この後、たぐり様の連当が続いた。八人もカードをめくればそれだけ検討がついてしまう。

 

 桐葉、ねこねこスーツ姿。

 

 イクス、一時間添い寝。

 

 マリア、ちくびくりくり。

 

 アリア、おさなづま。

 

 クリス、赤ちゃんぷれい。

 

「……次は私が来ちゃう……残りは、どんなのがあるの??」

 

 頭を抱え顔を青ざめるアリス。順番から今度は私だろうと体を震わせていた。

 

「次は……これ!」

 

 たぐり様がめくった二枚のカード。

 

「し…下着、脱がし!!?」

「さぁ…準備はどうかしら?」

「あ…ああ、あ……せめて」

「はい?」

 

 アリスは顔を紅く染め、うつむきながら言う。

 

「一也さんは目隠しをするか、部屋から出してほしいです!!」

「なっ?!ええと、その……」

 

 突然名を呼ばれた一也があたふたし始める。

 

「良いではないかアリス。皆恥ずかしい姿や羞恥姿を見られてるんだぞ?貴様だけ見られないのはズルイ」

「え?そんな桐葉さん……私は……」

「ねぇまだダメかしら?」

「たぐり様……」

 

 さらに顔を紅く染めるアリス。

 

「アリスさん。僕は終わるまで目を閉じてますから」

「お願いします…」

 

 アリスはたぐり様によって帯を取られた。

 

「あっ……アリスちゃん」

 

 突然、たぐり様の手が止まり、一瞬の驚きの表情から怪しい笑みに変わる。

 

「下着、穿いてないわね?」

「き、着物を着ている時だけです!着物の時だけは!!」

「いいのよ。代わりに『それ』を脱がすから」

「え……っ」

 

 アリスは全て脱がされてしまった。

 

 

 

 

 

「また遊びに着てね」

「「二度と来るかーっ!!」」

 

 くくり様と桐葉が声を上げる。たぐり様はとても楽しめたとご満悦で社に戻って行った。

 

「全部、見られた……」

 

 蒼白顔に涙を流しながらアリスは言い、式達も涙目でガクガクブルブルとアリスにしがみついていた。

 

「くくり様……次行く時は絶対に誘わないで下さいね。神勅とかも無しですよ。連れて行くのなら黒耀さんだけにして下さい。お願いします」

「……ええと、ごめんなアリス」

 

 くくり様は皆に謝り、今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 



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第06話 皇すなお

 

 今日、アリスは加賀見一也の通う学校へ急いで向かっていた。

 

 行くことになった理由は帰り道に受けた母からの電話だった。『すなおちゃんがちょっと前に帰ってきて、今日一也くんに何か仕掛けるらしい』と。

 

 皇すなおは、すそはらいの養成所つづら殿に行っていたアリスの従姉妹だ。それでアリスが一也のところに行くのは、仕掛けるが試合とかだったらマズいと思ったからだ。すなおが何故一也に仕掛けるのか?と気になるところはあるが、それで受けて怪我をしてしまったら指導の期間が延長し、同時に代行期間も長くなってしまう可能性もある。

 

「ええと…」

 

 とりあえずで下駄箱の方へ向かうと大きな音がした。

 

「いた!すなおお姉ちゃん、なにやってるの?!」

「アリス?なんであんたがここにいるの?いいえ、どきなさい!」

 

 一也の前に立つアリスにすなおが怒鳴る。

 

「どきません。一也さん、大丈夫ですか?」

 

 一言返したアリスは膝を着いて一也が怪我してないか確認する。

 

「う、うん…大丈夫だよ」

「おいアリス。こやつは何者なんじゃ?お姉ちゃんとか言っていたが、姉妹か?」

「…従姉妹ですよ」

「アリス。どきなさいって言ってるのよ。あなたには関係ないでしょ」

 

 立ち上がったアリスはすなおに向き直す。

 

「ありますよ。一也さんは私の弟子ですから」

「弟子?なんであんたがそいつを弟子にしてるのよ」

「ええと、まぁ色々とありましてね。ですからおとなしく帰ってください。これ以上一也さんに何かするなら許しません。私が相手をしますよ?」

「相手?紙っぺら使いのあんたが私の相手が出来るわけないでしょ。私はつづら殿で鍛えてきたの。以前のあたしに足元にも及ばなかったあなたがあたしを相手するとか言わないでくれる」

「……いま、なんて言った?」

 

 そのすなおの言葉にアリスはプツリとキレた。

 

「紙っぺら使いの私がなんだって?もう一度言ってくれる?」

 

 アリスの言葉から敬語が消えていた。

 

「聞こえなかったの?今じゃ時代遅れの紙っぺら使いじゃ勝てないって言ったのよ」

 

 数度深呼吸をして落ち着かせたアリスは口を開く。

 

「……わかりました。くくり様のところに行きましょう。くくり様の前ですぐに試合をしましょう。もし私が負けたら口を一切出しません。でも私が勝った時は陰陽術師を時代遅れの紙っぺら使いと言った事の謝罪と今後一也さんたちに害なすことはしないことを約束してください」

「ふん、そんなこと。わかったわ。すぐに行きましょう」

 

 四人はくくり様のいる加賀見宅へ向かった。

 

 

 

 

「菊理媛大神、降神!!」

 

 仮面をつけた子供くくり様が部屋に入ってくる。

 

「降神……じゃねーよっ!!」

 

 桐葉の関節技が見事に決まり、くくり様は仮面を落して涙目で悲鳴を上げる。

 

「ご、ご祭神になにをするっっ??!」

「はわわ」

 

 かなりの驚きを見せるすなおと刀の付喪神『虎鉄』が声を上げた。一也とアリスはいつもの光景とそんな変わらないため、またかくらいの反応だった。

 

 

 

 

「うん、話はわかった。準備もあるし……来週の日曜、四日後でええか?」

「はい」

「構いません」

 

 決まったことで今日は解散となった。

 

「ええと、なんかごめんね」

「なにを謝っているんですか?」

 

 突然の一也の謝りにアリスは首を傾げる。

 

「だってなんか…僕のせいでなっちゃった感じもするし……」

「まぁ最初はそうですね。でも私も符術師、陰陽術師をバカにされたので完全に頭にきてました」

「そうじゃったな。口調も全く違ってたしのう。で、思ったんじゃが……勝てるのか?」

「そうですね。すなおお姉ちゃんが養成所に行く前に手合わせをした時は勝てませんでした。全く歯が立ちませんでしたよ。でも今はこれもあります」

 

 アリスは腰の箱からカードを取り出す。

 

「アリスカード。それに私自身も鍛練を続けて、符術の方も色々と調べては作って、作っては試してを繰り返していました。絶対に勝ちますよ。それに一也さんを指導しているうちにすそはらいになってほしいなって思っても来ました。とても才能があると思いますし、桐葉さんとのコンビもすごくいいと思います」

「うん、ありがとう」

「いいえ。では遅くなってしまいますので、行きますね」

「またね」

 

 一也達と別れアリスは家へと帰った。

 

 

 

 

 

――皇アリス宅・道場

 

「ええ?!すなおちゃんと試合?」

「はい」

 

 アリスは従姉妹すなおと試合をすることになったことを母シズメに伝えると、驚きで声を上げた。

 

「アリスちゃんもあれからすごく強くなって、それに天才的な才能もあるけど……大丈夫?」

「大丈夫です母上。全力で行って来ます」

「うん……でもなんでそんなことになったの?流れから一也君とかなって思ってたのに」

「それは……すなおお姉ちゃんが陰陽術師をバカにしたからです。今じゃ時代遅れとか、紙っぺら使いって。私絶対に許せなくて!」

 

 まっすぐに、強く言うアリスにシズメは驚いた。

 

「そうか、全力で勝ってくるといい」

「父上、帰ってきていたのですか!」

 

 道場に入ってきたアリスの父サイキが頷きながら言った。

 

「さっき帰ってきてな。声が聞こえたよ。それで試合はいつやるんだい?」

「次の日曜日に、土地神菊理媛大神様の社のある神社で行います」

「そうか。見に行くよ。多分向こうの両親も来ると思うからね」

「本当ですか!がんばります」

 

 いつも時間が合わず、休みもそんなに取れない父が来てくれる見てくれると。アリスはすごく嬉しかった。

 

「父上、母上。試合の当日にお見せたい技があります。父上が以前話していたあの古文書に書かれていた事です」

「以前?つぐももやかみがかりなどが書いてある古い本のことか?」

「はい。まだ改良点はいくつかありますが、一歩目の完成はしました。それは私の『アリス・カード』と同等か、それ以上の技なのでお見せしたいんです」

 

 古文書の事とアリスの作った『アリス・カード』の言葉。それでそのカードと同等かそれ以上の技と聞いてまさかと一瞬驚くサイキだが頷いた。

 

 

 

 

 翌日。学校を終えたアリスは胴着に着替え、白山神社に向かった。

 

「手合わせ、お願いします」

「はい。いつでも良いですよ」

 

 仮面をつけ、大人姿のくくり様。その周囲には水の玉『みづまり』がいくつも浮かんでいた。

 

「アリスカード・『刀(トウ)』!」

 

 右腰の箱から引いた『刀』のカードを発動し、カードが刀に変わる。

 

 くくり様は右手を上げ、アリスに向けて振り下ろす。それに合わせてみづまりがアリスへと飛んでいく。

 

「はぁ!」

 

 飛んできたみづまりを近い方で、さらに自分に当たるものを見極め斬り落していくアリス。

 

「ほう、前にやった時よりも腕を上げましたね『みづやり』!」

 

 くくり様は矢状の槍をアリスへ飛ばす。アリスは刀を右手に持ち、みづまりを斬りながら左腰の箱から一枚の札を出して前に出す。

 

「火炎符『剛火壁(ゴウカヘキ)』!」

 

 飛んできたみづやりが剛火の壁に当たって一気に蒸発し、さらに遅れて飛んでいたみづまりも当たっては蒸発していく。さらにアリスは護符一枚とアリスカードを一枚取り出す。

 

「護符『火耐』!『双(ソウ)』!」

 

 二人となったアリスが剛炎の壁を突破して、くくり様の方へ駆ける。

 

「初めて見る符ですね。今回も防げますか?『すずろみづち』!」

 

 槍を飛ばした直後に詠唱して出した水大蛇を二人のアリスへ飛ばす。

 

「アリスカード『鏡(キョウ)』!」

 

 手にすでに持っていたカードを発動し、その目の前にアリスの身長よりも大きな鏡が出現する。そしてもう一体のアリス、本体が新たにカードを取り出す。

 

 水大蛇が鏡に映り、そこから水大蛇が出てくる。

 

「なんと?しかし出来たとしても打ち消し合うはず」

 

 そこで本体アリスが追加で手にしたカードを鏡から出た水大蛇に向ける。

 

「アリスカード『大(ダイ)』!」

「なっ…!」

 

 大の効果で水大蛇はさらに巨大化し、くくり様の水大蛇を飲み込んで進む。くくり様も抵抗とばかりに氷の壁を立てるが巨大水大蛇はそれを打ち砕いた。

 

 氷の壁の砕いた霧のように立ち込めた。

 

「『みづかげろう』ですか」

「そうです。そしてあなたを中心にみづまりを展開しました。この数は防げないでしょう」

「――すみません、私の勝ちです」

 

 直後、くくり様は背後からアリスの声が聞こえ、振り向こうとしたが動けなかった。

 

「体が?」

「忍法影踏み……に似せてみました、アリスカードの『影(エイ)』で動きを止めてます。あとそっちにいるのは『双(ソウ)』というカードで作った分身体です」

 

 そうアリスが説明すると、分身体のアリスが手を振り、煙となって消えた。

 

「声を掛けられるまで私が気づかなかったのは何故ですか?」

「アリスカード『消(ショウ)』の効果です」

「まさか、以前私に苦戦していたあなたに私が負けるとは思いませんでしたよ」

「いえ、くくり様は社が崩れたことで少し弱体化しているのですよね?」

「……はい。言い訳と聞こえるかもしれませんが、正直その通りです」

 

 

 

 

 この後もアリスは戦い方を変えながら、くくり様に付き合ってもらっていた。

 

 

 

 

 



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第07話 皇アリス VS 皇すなお

「父上、母上、行って来ます」

「おう、行ってこい」

「がんばってきてね」

 

 アリスは大きく頷き、試合場へ行く。

 

 親指先をかじり、アリスとすなおはそれぞれ血をみずにんぎょうにつける。

 

「あい、契約完了!これにより、それぞれのダメージはこのみずにんぎょうに肩代わりされる。ただし境内の中までやで!」

 

 そしてくくり様が決まりを話す。

 

「みずにんぎょうの効果範囲から出ること。みずにんぎょうが破壊されること。そして降参すること。いずれかで負けになる。心してや!」

 

 そこで間を開けて続ける。

 

「では皇アリスが勝った場合は加賀見一也が上岡の次期すそはらいに。皇すなおが勝った場合は上岡の皇すなおが次期すそはらいとなる。その任を懸けての大勝負。白山妙理大現権、菊理媛大神の名において見届けさせてもらうで!」

 

 両者は頷き、試合のする神社中央の円内に入って距離を取る。

 

 すなおは自分の付喪神を刀に戻し、腰に差して引き抜く。

 

「式神一号『イクス』、行くよ」

「(コクリ)」

 

 アリスは自分の式神『イクス』に一声かけると、無表情で頷き返す。イクスはアリスの式神の一号体で、他三体と違い試作品だ。見た目は初めて作ったために包帯で補強された箇所も多く、一見脆そうな見た目をしている。しかし他三体の試作品というだけあり、汎用性が高く、ほかにはない仕掛けも施されている。

 

 二号体『クリス』は近接格闘と符術支援の式神。三号体『アリア』は刀を使う式神。四号体『マリア』は符術支援の式神。それぞれの特化のみでは不利。アリアでは同じ刀で経験からすぐに技量負けしてしまう。それらがイクスを選んだ理由でもある。

 

 またイクスは他三体よりも活動時間が長いこともあり、よりすばやく動け、より経験がある。

 

「いざ尋常に……はじめ!」

 

 開始と同時にイクスが走り出し、アリスが『双(ソウ)』と『駆(ク)』のカードをイクスに向け発動する。

 

 『双(ソウ)』でイクスが二体になり、さらに片方は『駆』で早く駆ける。

 

「からだち!」

「っ!」

 

 すなおのからだちを避けたイクスはさらに近づき、左右からそれぞれ拳を突く。しかしすなおは二閃で斬りつける。それで分身は斬り付けられ煙になり、本体はギリギリで上体を低くして避け今度はすなおの顎に向け拳を突く。

 

「……ぐっ!」

 

 イクスの突き上げをすなおは柄頭で受け止める。

 

「『繋(ケイ)』!掌打っ!」

「なっ?が…はっ……」

 

 数m離れた距離を自身の前に出現させた丸い円で繋げ、すなおの顔面に掌打を放つアリス。そして戻す際にイクスを掴んで引き寄せた。『繋』のカードは空間を繋げるという特殊なカードなため再度使うには結構時間がかかる。

 

「っこの!」

 

 丸い円を一閃し当てようとするすなおだったが、刃が当たる前にそれは消えてしまった。

 

「イクス!」

「…大丈夫…」

 

 イクスの手を見ると柄頭に当てられた時の傷があったが、幸いそこまで酷くはなかった。

 

 一度使ったカードは種類によって変わってくるが、回復するまで同じカードは使えない。

 

「これを持って。こっちは使って」

 

 カードを2枚イクスに渡す。確認したイクスは頷く。

 

「今度は一緒に行くよ」

 

 アリスは『刀(トウ)』を手に、イクスは『剣(ケン)』を持って向かった。

 

「私にそれで挑むつもり?」

「はい、行きますよ!」

 

 アリスとイクスがすなおに斬りかかる。しかしこの間合いでは明らかにすなおが数段上だった。しかしそこはアリス・カードをフルに使って持たせる。

 

「『圧(アツ)』!はぁっ!!」

「くっ…?!」

 

 アリスの斬り付けに受け止めたすなおは圧倒されたためフッとばされる。同時に受けたダメージがみずにんぎょうに受け皹が入る。

 

「からだち!」

「『鏡(キョウ)』」

 

 アリスの前に立ったイクスが先程持たされていた『鏡(キョウ)』を発動する。出現した鏡から映されたからだちが飛び出て、すなおのからだちとぶつかって相殺し消える。

 

「なかなかやるようになったわね」

「毎日欠かさずに鍛練を続けてましたから。それに符術の技術もあの時に比べたら上がってますよ」

「そうね。その札は初めて見るわ」

「これは私オリジナルで二つとない物です。今日は私達が全力で行き、勝ちます」

「いいえ、勝つのはまた私よ!ちばしり!!」

 

 切っ先を地面に走らせ、砂混じりの斬撃がアリス達を捉える。

 

「『砂(サ)』!組合、『砂刃(サジン)』!」

 

 手にしていた『刀』に『砂』を纏わせ、『砂刃』を飛ばしてちばしりに当てる。しかしちばしりは砂刃を打ち勝ってさらに進む。

 

「(霊気量は同じなのにさっきより威力が?)『盾(ジュン)』!!ぐっ…」

 

 すなおの放ったちばしりは盾の一部を砕いて消えた。そのためアリスにも少しダメージを受けてしまう。

 

「(このままじゃみずにんぎょうが持たない。それ自体はすなおお姉ちゃんも変わらない。さっきのはきっと同じ量の霊気を操作して射程と威力の割合を変えていたんだ。それに…)」

 

 アリスは思考する。盾に当たった時にちばしりが消えたが、その消え方が妙だった。盾を砕き、アリスに当たる直前に消えたのだ。そのためみずにんぎょうは完全に砕けなかったが、射程がさっきほどで盾を砕いたのならアリスは直撃を受けて戦いは終わっていた。

 

「……もうそろそろ、切り札を使わないと危ういかな」

「切り札?」

 

 アリスの言葉にすなおが復唱する。

 

「私の切り札……」

 

 後ろ腰の箱から、巻物を取り出す。

 

「術式が大きい上に、かなり長すぎるから巻物になっちゃたけど…これが私の切り札。イクス!」

 

 封を解き、地に広げた巻物にイクスを座らせる。

 

「秘符術『霊神器化(レイジンキカ)』!!」

 

 イクスの体が光に包まれる。そして光が収まった時、イクスに変化があった。

 

 あちこちに包帯が巻かれているが露出していた関節部。球体人形を素体にしているためその特徴的な関節部を先ほどまでは見せていたのだが、今のイクスにはその関節がなかった。パッと見ただけでもイクスの体が人間のような姿に変わり、固かった体の表面も露出しているところを見ると白くて美しい綺麗な皮膚に変わっていた。

 

 

 



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