ひぐらしのなく頃に 酔醒まし編 (赤いUFO)
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酔醒まし編其の壱【確認】

本当の貴方を見せてください。
私がアナタを怖がる前に。

本当の貴方を教えてください。
私がアナタを拒む前に。

本当の私を知ってください。
アナタが、私の手を放す前に。


            Frederica Bernkastel


 夢を、視ています。

 大きくて深い沼に沈んでいく夢。

 どんなに動いてもその沼からは抜け出せないのです。

 助けてと叫んでも見える人影は誰もボクの手を取ってくれません。

 少しずつ。少しずつ沈んでいくボクが見たのは、多くの人影が嗤う姿。

 

 

 

 

 古手梨花が目を覚ますとそこは見慣れた自室だった。

 自分はこの時期に着る寝間着を着ていて、その下には寝汗でぐっしょりと濡れている。

 

「はにゅー。羽入……!」

 

「はいです、梨花」

 

 梨花が辺りを見渡すと、そこには彼女の唯一の家族である羽入という少女を見つける。

 薄紫に似た長い銀髪の梨花と同じ年くらいの何故かところどころ肌を露出させた巫女服を着ている少女。

 だが一番に目につくのは頭の左右に付けられた人の身では在りえない角だろう。

 羽入は梨花にしか見えず、その声も聞こえない。

 既に両親が他界している古手梨花にとって彼女は友人であり、また幼い頃から色々なことを教えてくれる母のような存在だった。

 

「羽入、今回もやっぱりダメだったのですか……?」

 

「はい。今日は昭和58年の6月12日。綿流しの一週間前なのです。前の時間でも梨花は殺されてこの時間まで巻き戻りましたです」

 

 哀しそうな表情をしながら答える羽入。それを梨花は沈痛な面持ちで視線を下げる。

 古手梨花は今回で四度目の昭和58年の綿流しのお祭りを4度経験することになる。

 

 どういうわけか古手梨花は綿流しのお祭りの数日後に死亡してしまう。それも誰かに殺されて。

 覚えているのは誰かに口を塞がれて意識を奪われてしまったということだけ。

 誰がそのような行為を行ったのかは記憶に全く残っていない。

 

 一度目に殺されたときは梨花の遺体を発見した羽入がそのショックで自らの能力を使い、梨花の時間を巻き戻したという。

 だから、羽入は梨花の命の恩人ということになるわけだが。どういうわけか2人揃って梨花の死亡に関する情報だけが時間を巻き戻しても受け継がれないのだ。

 

 梨花は震えている体を抑え込むようにして羽入を抱きしめる。

 だが、実体のない羽入に触れる感触はなく、彼女の体に合わせて腕を動かしているだけ。

 それでも身近な存在がそこに居るだけで彼女の精神は徐々に落ち着いていった。

 

「羽入……ボクは、これからもこうなのでしょうか?綿流しが終わると誰かに殺されて……またこの時間に戻るのを繰り返してしまいますですか……?」

 

「大丈夫ですよ、梨花。きっと今回は大丈夫です。僕も、できる限り協力しますから、ね?」

 

 触れることのできない梨花の頭を、羽入はずっと撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ、部活だぁ!!今日こそはトップを独走してお前らに罰ゲームを味あわせてやるゼェ」

 

 授業が終わり、毎日の日課となった部活動が開始される。

 威勢よく啖呵を切ったのはつい最近この雛見沢に引っ越してきた少年、前原圭一。

 明るくノリが良い性格から学年が混合しているこの雛見沢分校で転入生とは思えない程に馴染んでいる少年である。

 

「くっくっくっ!圭ちゃんも最近勢いづいてきたし、そろそろ鼻っ柱を折っておこうかねぇ」

 

 圭一の宣言に真っ先に反応したのは部長である園崎魅音だった。

 この雛見沢分校の最高学年で委員長も務める彼女はやや空気が読めないという悪癖があるもののそれを補って余りある魅力的なリーダーだった。

 部活で行うゲームは要望がない限りは彼女のその日の気分で決められることとなる。

 

「はう~。最近レナもちょっと危ないから本気でいこうかな?かな?」

 

 語尾を2度付けるという独特の話し方をするのは圭一と同じ学年で部活でも良識派である竜宮レナだった。

 昔はこの雛見沢に住んでいたが、両親の都合で小さい時に茨城に引っ越し、去年村に戻って来た少女。

 

「を~ほっほっほっ!今日も私のトラップで圭一さんを最下位に落として差し上げますわ!」

 

 圭一に対して挑発的な態度を取るのが梨花と同い年で親友の北条沙都子。

 去年、兄の失踪や多くの不幸に見舞われながらも少しずつ明るさを取り戻していった少女である。

 

「ボクも、今日はトップを狙ってっみますですよ!」

 

 これが古手梨花の大切な仲間たち。

 古手梨花が守りたい世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 綿流しの演舞の練習のため、部活を早々に切り上げた梨花は、その練習も終え、帰りに切れていた幾つかの食材を買って帰路に戻っていた。

 

「デザートのシュークリームも買えましたですし、完璧なのです!」

 

 そのシュークリームは梨花の、というより羽入に対するお土産という意識が強い。

 羽入と梨花は感覚。特に味覚が強く共有しており、梨花が口にしたものの味は羽入にも伝わる。

 羽入は甘いモノ。特にシュークリームを好むため、梨花の死に関する何らかの情報を得るために村を歩き回っている羽入に対する感謝の気持ちである。もっとも梨花の口を通してのため、結局梨花自身の為でもあるのだが。

 そうして歩いていると、後ろから声をかけられた。

 

「梨花ちゃ~ん!」

 

 振り返るとそこには自転車に乗っている前原圭一の姿があった。彼は梨花の横で自転車を止める。

 

「圭一……」

 

「梨花ちゃんも買い物か?」

 

「はいです。少し足りなくなった食材の買ったのですよ」

 

 買い物袋を見せる梨花。見ると、圭一は自転車の篭に物が入っており、その中身はお徳用のカップ麺だった。

 

「これか?いやぁ、急遽明後日からうちの両親が東京に出張しなきゃいけなくなってさ。その間の食糧だ」

 

「カップ麺ばかりは体に悪いのですよ?」

 

 梨花の指摘に圭一はぐっ、と言葉を詰まらせる。

 

「梨花ちゃん。今時の男子中学生が料理スキルを覚えてるなんて稀なことであってだな……」

 

「そのうち、部活でお弁当対決なんてことになったら、圭一は最下位決定でかわいそかわいそなのです」

 

「うぐっ!」

 

 梨花の指摘に一瞬呻くも、すぐに表情を取り繕う。

 

「れ、レナはともかく、魅音は料理出来ないだろ。あの手のタイプはダークマターを作るタイプと見た!」

 

「魅ぃですか?魅ぃは本気を出したら満漢全席が作れるくらい、料理上手なのですよ。普段はあまりお料理をしませんが」

 

「な、なにぃ!?じゃ、じゃあ沙都子は!?アイツだって料理出来るってタイプじゃねぇだろ!?」

 

「沙都子は週に三回ボクに料理を教わってますですよ?ボクは沙都子の料理の先生なのです。にぱ~」

 

 かわいらしく笑う梨花とは対照的に圭一はこれからのことに頭を抱えた。

 梨花が言っているような料理対決の機会など本当にあるかはわからないが可能性はなくはない。

 最近部活でようやく最下位を脱し始めた圭一にとって負け戦でしかない勝負は遠慮願いたかった。

 

 そんな圭一をクスクスと笑いながらも梨花は少しだけ距離を取っていた。

 正直に言えば古手梨花は前原圭一という少年を苦手としていた。

 普段の圭一と話すのは楽しいし、一緒に部活をすると彼の言動は面白い。

 だが、過去三度の世界で、彼は何かしらの惨劇を招いていた。

 

 一度目と二度目の世界ではレナと魅音を誤解から殺害し、自らも喉を掻き毟って死亡する。

 三度目の世界では帰宅した沙都子を虐める叔父、北条鉄平を闇討ちして殺害したが、仲間に対しても疑心暗鬼を募らせて距離を置くようになってしまった。

 三度目の世界で彼がどうなったかは途中で死んでしまった梨花には分からないが、あの状態から良い方向へ転んだとは思えなかった。

 

 

 もしかしたら彼は綿流しの後に惨劇をもたらす存在なのではないかと警戒心を抱いていた。

 なんとかしたいという思いはあったが、梨花自身、綿流しのお祭りの後は自分のことで頭がいっぱいで圭一に関わっている余裕がなかった。でも―――――。

 

 内心でそう思っている梨花に気付かずに頭を抱えて悩んでいた圭一が突如梨花の荷物を取って自転車のハンドルにかける。

 

「近くまで持つよ。こっちは自転車にかければいいから楽だしな」

 

「み、みぃ。ありがとうなのです……」

 

 そう言って笑顔を振りまきながらも心の内に別のことを考える。

 

(何とかしてあげたいのです……)

 

 原因はわかっていたが、それをどう対処すればいいのか、梨花にはわからなかった。

 

 




触れてくるのは、暗闇の世界

離れていくのは、眩い世界

変わらないのは、悲劇の世界

ひぐらしのなく頃に。酔醒まし編其の弐【提案】

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酔醒まし編其の弐【提案】

一気に綿流しのお祭り後に飛びます。

それにしてもひぐらしキャラは口調が難しい。


 綿流しを終えた次の日、梨花は友人である沙都子を連れて雛見沢にある入江診療所に来ていた。

 一足先に検査を終えた梨花は所長の入江から検査の結果を聞いている。

 結果を話す彼の表情は微妙に険しくしていた

 

「以前に診察した結果より僅かですがL2からL3に症状が深刻化している兆候があります。最近、何か悩み事はありませんか?」

 

「みぃ。きっと綿流しの奉納演舞の練習などで疲れているからだと思いますです」

 

「そうですね。梨花さんもその歳で大任を任されていたわけですから。綿流しを終えて、心身ともに疲れが出ていても不思議ではありませんね」

 

 そう梨花に笑顔を向けながらカルテになにかを書き込む入江。以前、それを盗み見たことはあったが、日本語では書かれておらず、梨花には読めなかった。

 

 初めてのループをした世界で梨花は同じ質問をした入江に自分は殺されると相談したことがあったが、その時、入江は梨花が雛見沢症候群の急性発症したと診断されて病院に隔離されたことがある。

 だから前の世界でも何か情報を得るまでは同じことを言わない方が良いという羽入の助言に従ってこうしてそれっぽい理由を口にしている。

 

 梨花は次の話題へと話を移した。

 

「それで、沙都子の方はどうなのですか?」

 

 梨花の質問に入江は険しい表情を作る。

 

「正直、芳しくありません。検査の度に注射の数が増えたり減ったりしています。いくら治療の為とはいえ、急激に投薬を増やしたり減らしたりすれば体の負担も心配ですし、沙都子ちゃん自身、時折注射を忘れていることがあるようでして」

 

 とある事情により、沙都子は栄養剤実験の協力と偽って投薬をしている。

 それを理由に両親のいない沙都子への資金援助も兼ねていた。

 本来なら大人の下で過ごさなければいけない沙都子だが、とある事情で村から疎外され、いない者として扱われている。

 幸いにして学校や同世代の間ではそうした差別はないが、大人たち。特に老人からの彼女に対する冷遇は心に痛むモノがあった。

 

 子供の独り暮らしという点では梨花も同様だが、雛見沢に置いて御三家のひとつ古手家の当主である梨花は村そのものに庇護されているも同然なわけで境遇は似ながら、待遇は沙都子とは対極に位置していた。

 それでも2人が親友と呼べる間柄なのは、本人たちにとっても不思議なことではあるのだが。

 これは、雛見沢分校の最高学年である魅音の気配りのおかげである。

 顔を下に俯かせる梨花に入江がとある提案をする。

 

「その件なのですが、梨花さん。もし、梨花さんさえよろしければ、沙都子ちゃんと一緒に暮らすというのはどうでしょうか?」

 

「沙都子と、暮らす、ですか?」

 

「えぇ。子供の独り暮らしよりその方がお互いにとって健全かと思います。雛見沢症候群や沙都子ちゃんの事情を知っている梨花さんなら我々も安心ですし、注射の件もあります。なにより、梨花さんと一緒に行動していれば、その……」

 

「村の人たちが沙都子に対する冷たさも、少しだけ温かくできますですね」

 

 入江が言い辛い部分を梨花が次いで口にすると入江がはい、と頷く。

 

 今は以前ほど緩和されているが、その冷遇は極端なものだった。

 子供が買い物に行けば貰える飴などが沙都子だけはもらえない、というのはまだマシな方で、酷い時は商品その物を売ってもらえない事すらあった。

 それも梨花が沙都子と行動を共にすることが増えてからはそこまでの差別は少なくとも梨花が知る範囲ではなかった。

 そしてもし沙都子が梨花と共に暮らすことになれば、そうした冷遇はさらに減るだろう。しかし―――――。

 

「少し、考えさせてくださいなのです……」

 

 その返事は、沙都子と一緒に暮らすのが嫌だというわけではない。むしろ、一緒に住めればどれだけ素敵なことか。

 羽入という家族がいるとはいえ、梨花も今の生活に寂しさを覚えているのには違いないのだから。

 

(でも、ボクはあと数日で死んでしまうかもしれないのです……)

 

 過去三度の世界で変わることなく起きた自身の死。それが沙都子を梨花が迎え入れられない理由だった。

 家に入れて、数日で梨花が死んだら沙都子がどれだけ悲しむか。いや、それ以前に沙都子も梨花の巻き添えで殺されてしまうかもしれない。そう考えると梨花は沙都子と共に暮らすことに賛成できなかった。

 うつむく梨花に入江はどう思ったのか、そうですか、と笑みを浮かべる。

 

「いえ、こちらも急な話をしてすみませんでした。沙都子ちゃんの状況を少しでも良くしようと焦っていたみたいです」

 

「入江が、そうして沙都子のことを真剣に想ってくれるのはボクはとっても嬉しいのです」

 

 にぱ~と笑う梨花に入江はありがとうございますと礼を言った。

 

 その後、沙都子と合流して買い物に付き合った後、自宅で羽入に今日、入江にされた提案を羽入に話してみた。

 すると彼女の反応は――――。

 

「それは、とても良いことだと思いますです。沙都子にとっては勿論。梨花、あなたにとっても」

 

 返って来た答えは意外にも賛成だった。

 

「梨花。あなたは過去三度の死で今回も、と思っているのかもしれませんが、前の世界で起きた悲劇が違っていたように、この世界では梨花が死ぬという保証はどこにも無いのです。だから梨花が沙都子と暮らすことは僕としては賛成なのですよ」

 

 親が子に諭すように告げる羽入に梨花は小さく言葉を紡ぐ。

 

「でも、また死んでしまう可能性もあるのです。そうしたら残された沙都子は……」

 

「その時は、その時ではないでしょうか?次の世界に行く梨花にはどうしようもない問題なのです」

 

 酷薄と言える羽入の言葉に梨花は下を向いてある提案を羽入にした。それを聞いた羽入は――――。

 

「だ、ダメなのです梨花!?いったい何を言い出すのですか!?」

 

「でも、このまま待っていたのではまた同じことの繰り返しなのです。ボクはもっと自分の死について積極的に調べるべきだと思いますです、羽入」

 

「そ、それはそうですが……ですが梨花。アナタの提案は一歩間違えれば……いえ、その選択そのものが危機を招くものなのですよ!」

 

 羽入は不安だった。

 例えその場で殺されたとしても梨花には次がある。だから、命の危機という点では心配する必要はない。

 勿論梨花が傷つけられるのもましてや殺されるのは嫌だが。

 だがそれ以上に羽入が心配しているのは梨花の精神面でのことだった。

 羽入はこの幼い梨花が物事に失敗して心に傷を負うことを怖れているのだ。

 信じて、裏切られた時、その希望が大きければ大きいほど絶望は深く喰い込んでくる。

 そうして梨花に消えない心の傷ができることを羽入は一番に心配する。

 

「ボクは、友達を疑い続けるのは嫌なのです!だから――――」

 

 自分に言い聞かせるように自らを奮い立たせる梨花に羽入は悩んだ末に賛成することにした。

 

「わかりました。梨花がそこまで言うなら僕はその意見を尊重しますです」

 

「羽入!」

 

 羽入の同意を得られて嬉しそうにする梨花。

 確かに梨花の心に傷ができることは心配だが、彼女が行動しようとする全てを否定してもいけないと考えて。

 

「ですが気をつけてください。今の梨花は誰が敵か味方かもわからない状況です。ですからくれぐれも慎重に」

 

「はいです!」

 

 その笑顔を見ながら羽入は決意を新たにする。

 今回はどうなるかわからないが、たとえ失敗しても次がある。

 たとえ何度繰り返そうとも必ずこの昭和58年の6月を越えようと。

 この震える子供が曇りなく未来へ生きられる世界に必ず辿り着くのだ。

 

 ―――――必ず。

 




胸にあるのは、傷だらけの信頼。

打ち込まれるのは、疑いの杭。

揺れ続けるのは、信疑の天秤。

ひぐらしのなく頃に。酔醒まし編其の参【調査】

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酔醒まし編其の参【調査】

 学校のお昼休み。昼食を食べ終えた梨花は魅音に相談があるから少し人のいない場所で話したいと持ちかけた。

 

 

 

 

 

「どうしたの、梨花ちゃん?梨花ちゃんが私に相談なんて珍しいね~。あ、もしかして恋の悩みとか?」

 

 やや茶化した言い方で梨花の相談を問う魅音。これは彼女が梨花の相談を軽んじている訳ではなく、魅音なりに相手をリラックスさせて話しやすい空気を作ろうとする気づかいだった。

 これは相談というものが、されるよりする方が気が重いということを知っているが故のもの。

 それを感じ取った梨花は安堵の笑みを一瞬だけ浮かべたが、すぐに意を決したように魅音に問う。

 

「魅ぃ……富竹と鷹野のことですが……」

 

 梨花の問いに魅音の顔が険しいモノに変わる。

 ニュースなどでは富竹は雛見沢周辺で死体が、鷹野は県外で発見された。しかし、それがまだ富竹と鷹野だとは断言されておらず、身元確認中と報じられていたが。

 魅音は僅かにどう答えるか悩んだが、この村にいる限りいつかは知られることだろうと正直に話すことにした。

 もちろん梨花の年齢を考慮してオブラートに包み。

 

「……うん。綿流しのお祭りの後に、ね。まだ身元は確認できてないらしいけど、間違いないだろうって警察は見てるみたい」

 

 まだ発表はされていないが、警察は別々に見つかった2人分の遺体が十中八九富竹と鷹野のモノだと当たりをつけていた。魅音がそうした情報を手に出来たのは警察署が置かれる興宮でも大きな影響力を持つ園崎家の次期当主故だった。

 

「そう、てすか……」

 

 目を閉じて空に顔を向ける梨花に魅音は痛ましい気持ちになる。

 カメラマンの富竹二郎とは祭りの夜に一緒に遊び回った仲だ。最後の別れ際に彼のシャツに部活メンバーでまた来て下さいとか写真を見せてほしいだのと書いて雛三沢から送り出した。

 そんな彼がそのすぐ後に亡くなったなどとショックを受けているのだろうと察する。

 鷹野三四にしてもこの小さな村の顔見知りだ。心に何も響かない訳がない。

 

「もう今年で5年目なのです。お魎は、今回の事件についてどう考えているのですか?」

 

「どうって……なにが?」

 

 僅かに目を細める魅音に梨花は続けて問う。

 

「今年で連続怪死事件も5年目なのです。お魎はこれに関してどう思っているのですか?」

 

「ん~。でも結局は警察の仕事だからねぇ。やっぱりこれまで通りなんじゃないかなぁ」

 

「でも!!」

 

「梨花ちゃん!」

 

 尚も言葉を募ろうとする梨花に魅音は強い口調で遮る。

 李かはその目に怖気が走った。

 こちらを射抜くような眼光。今まで見たことのない魅音の姿に梨花は竦んでしまった。

 

「梨花ちゃんがなにを言いたいのか口にしないけど。これは警察の仕事だって言ったでしょ?ならそれが全てだよ。あまり余計なことはしないでもらえるかな?」

 

 もしこれ以上調べるならこっちにも考えがある。魅音の強い口調はそれを暗に示唆していた。

 そしてこちらを睨む魅音に梨花は動けないでいる。

 

「みぃ。ごめんなさいです……」

 

「ううん。判ってくれたならいいよ。こっちも強く言い過ぎた、ゴメン」

 

「いいえ。ボクは気にしてないのですよ、にぱ~」

 

 そうして笑顔を取り繕う梨花に魅音はいつも通りの気持のいい笑顔を見せた。

 それじゃ、戻ろっかと梨花の手を引く魅音。

 先程一瞬に見せた魅音の姿に小さな棘が打ち込まれたのを気付かぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。梨花は図書館で過去に起きた連続怪死事件の記事を広げていた。

 もしかしたら過去の事件に自分が殺される理由が無いか縋るような思いで。

 しかし過去の事件。特に自身の両親の死因をどう調べてもなぜ自分が殺されるのか皆目見当もつかない。

 梨花がこの村での自身の価値を知っているだけに余計。

 そんな梨花に聞き覚えのある声が鼓膜に届く。

 

「んっふっふっ。珍しいところで会いますねぇ。古手梨花さん」

 

 現れたのは興宮警察署に勤務する大石という刑事だった。

 

「大石?」

 

「子供が新聞を広げているから誰かと思って声をかけてしまいましたよ」

 

 彼は梨花が辿った過去の世界で前原圭一と接触して彼が暴走するきっかけとなった原因であることからあまり良い印象を抱いていなかった。

 もちろん、本人が意図したことではないだろうが。

 

「それにしても梨花さんがその記事をお読みになるとは意外ですねぇ」

 

「……べつに。ちょっと気になって調べているだけなのですよ」

 

 警戒を解かずに最低限の対応をする梨花。しかし大石はそれを気にした様子もなく踏み込んでくる。

 

「そうですか。梨花さんのご両親も2年前に被害に遭われた訳ですしね。気になるのは仕方ありません」

 

 んっふっふ、と笑いながら針でつつくように話す大石に梨花はこの場を離れることに決めた。

 

「ごめんなさい、大石。ボクはそろそろ帰らないと……」

 

「おんやぁ。それは残念ですねぇ」

 

 そこで思い出したかのように大石は梨花に問う。

 

「そういえば、つい最近雛三沢に引っ越してきた前原圭一さん……でしたか。その子とは仲良くできてますか?」

 

「……それをお答えする必要がありますですか?」

 

「いえいえ。ただ前原さんに関してちょっと善くない噂を耳にしましてねぇ」

 

 言いながら大石は梨花の耳元に顔を寄せるそれは周りに聴かれたくないということだろう。

 

 そうして大石の口から聞かされた事実に梨花は大きく目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、収穫無しだったのです……」

 

 トボトボと落ち込んで歩いている梨花。

 園崎家が何を考えているのか結局解らず仕舞い。

 過去の事件を調べてもなにか新しい事実に気付くわけでなく。

 そんな風に落ち込んでいると羽入が現れる。

 

「梨花……」

 

「羽入……本家の方はどうだったですか?」

 

「あうあう。特にコレといったことは言っていなかったのです。いつも通りの定期会議でした」

 

「そう、ですか」

 

 園崎家がなにかを企んでいる、もしくは富竹たちの死についてなにか情報があればと思ったが。

 申し訳なさそうにしている羽入に梨花は笑みを浮かべる。羽入のせいではないと伝えるように。

 これまでからすると後、2・3日で自分は殺されてしまう。

 そうしてまた時間を遡る。

 歯痒い思いをしているとふと、気になることがあった。

 梨花が死ぬ前に覚えているのは誰かに口元を塞がれ、意識を失う瞬間。悔しいことにそれが誰であるかは思い出せないが。

 しかし、それが夜だったのは覚えている。

 その時に羽入は何をしていたのか。

 

「羽入……前回、ボクが殺されてしまった時は何処に居ましたですか?」

 

「あう?えっと……梨花の傍に居た筈ですが、

 梨花が死ぬ直前ということもあってそこらへんの記憶が曖昧なのです。どうしてそんなことを訊きますですか?」

 

 梨花の傍に居たのにどうして羽入がその時に見たモノを覚えていないのか。

 時間を巻き戻すというスゴい力が有るのにどうして梨花の死についての情報だけが都合よく切り取られてしまうのか。

 

 もしかして羽入は――――。

 

「いえ、ちょっと気になっただけなのです」

 

 そこまで考えて頭の中でその考えを振り払う。一体自分は今何を考えていたのか。

 羽入は家族で殺されてしまった自分を助けてくれた恩人だ。

 それを疑うなんてどうかしている。

 帰路に着きながら梨花は家族を疑う自分を恥じた。

 しかし、1度抱いた疑念の棘は、胸から抜けることがなかった。

 

 

 

 

 

【TIPS】自室で。

 

 

「ちょっと強く言い過ぎちゃったかなぁ」

 

 自室の床でゴロゴロしながら園崎魅音は今日、昼休みに梨花に取ってしまった態度に僅かな後悔を抱いていた。

 富竹と鷹野の死について疑念をぶつけてくる梨花。

 まるで園崎家が富竹と鷹野を殺したのではないかという感じの問いについ強く押さえ付けるような物言いになってしまったことに僅かばかりの後悔を抱く。

 だが魅音とて自分の実家が直接でなくとも人殺し呼ばわりされて何にも思わない訳はなく、つい強い口調になってしまったのだ。

 特に祖母である園崎お魎は梨花のことを実の孫より可愛がっているわけだし。そういった疑いに不愉快さを感じるのは致し方無いだろう。

 

「う~ん。しかし梨花ちゃんが連続怪死事件を、か」

 

 思えば梨花の両親も2年前の綿流しで被害に遭っているのだ。怪死事件に人一倍過敏になっていても不思議ではない。

 

「あんまり、危ないことはしてほしくないんだけどなぁ」

 

 今年の事件が愉快犯による犯行だろうと、2人を狙った犯行だろうと子供の梨花がどうこうできることではない。

 しかもそれで梨花に危険が及べば目も当てられない。

 

「ちょっとしばらくは様子を見ておこうかな」

 

 

 

 

 




見つけないで、怯える私を。

追いかけないで、逃げる私を。

侵さないで、私の心を。

ひぐらしのなく頃に。酔醒まし編其の肆【亀裂】

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酔醒まし編其の肆【亀裂】

ぶっちゃけてエタッてました。

千文字超えてから一向に筆が進まずに時間がかかってしまいました。
完結出来ないなら消そうかとも思いましたがやっぱり完結させたくてなんとか書き上げました。

次回で最終回です。


 ―――――あぁ、この日が来てしまった。

 前回殺された日。

 きっと今日、自分は殺されるのだろうと梨花は布団の中で震えていた。

 

「梨花……」

 

 そんな梨花に羽入は沈痛な表情で寄り添ってくれている。ただ、その体温が感じられないことが残念だった。

 結局今日この日まで何もわからないまま迎えてしまった。

 羽入が時計を見て梨花に問う。

 

「そろそろ準備をしないと学校に遅刻してしまいますよ、梨花」

 

「今日は、学校に行きたくないのです」

 

「……そうですか」

 

 梨花の言葉に特に反論せずにいる。

 この後で迎えるであろう結末を思えば梨花の心情は理解できたから。

 

 どうか、今回こそは何も起きませんようにと願いながら羽入は梨花の傍に居続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古手さんは今日、風邪でお休みだそうです」

 

 

 雛見沢分校の教師である知恵留美子から今日学校を欠席していた古手梨花について話していた。

 朝学校に来ていなかった梨花に知恵が家に連絡したところ、今日は熱っぽいのでお休みしたいと言う旨が知らされた。

 学校への連絡が遅れて申し訳ないと謝罪を受け、もし体調が悪化するようなら病院に連絡するので心配しないでほしいとも。

 

 一時限目の授業を終えて梨花の仲間である部活メンバーはそれぞれに話し合いを行っていた。

 

 

「梨花ちゃん、心配だよね、よね?」

 

「う~ん。最近ちょっと元気がなかったし。もしかしたら風邪の前兆だったのかもねぇ」

 

「梨花ちゃんて確か独り暮らしだろ?ちょっと心配だよな」

 

「梨花は圭一さんよりずっとしっかりしてましてよ?でも確かにひとりだと心細いかもしれませんわね」

 

 皆が梨花を心配していていると魅音が提案する。

 

「なら帰りにちょっとお見舞いでもいく?たぶん年寄り連中が気を回してると思うけどアタシらが会いに行った方が梨花ちゃんも気が楽だろうし」

 

「なら帰りに何か買っていった方がいいかな?もしかしたら何も食べてないかもしれないし」

 

「だな。熱があると、普段やってることも億劫になるだろうから、その可能性もあるな」

 

「なら食べやすい桃やリンゴなどでしょうか?」

 

 話がまとまっていくと魅音が話を締める。

 

「それじゃ!放課後は梨花ちゃんのお見舞いにしゅっぱーつっ!」

 

『おーっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団の中で震えていた梨花は3時頃に呼び鈴が鳴って身体をビクッと跳ね上がらせた。

 

 ―――――あぁ、この時間なのか。

 

 ガタガタと歯が鳴る。

 今までは死んだ記憶などなかったが、今回もそうとは限らない。

 自分はどんな風に殺されるのか。それを想像するだけで動けなくなった。

 

『り~かーちゃ~ん!起きてる~っ』

 

「え?」

 

 聞こえてきたのは魅音の声だった。

 

『魅ぃちゃん声大きいよ』

 

『でもこれだけ呼んでも来ないって寝てんのか?』

 

『ん~。でもこれだけ呼び鈴をおせば気付くと思いますわよ?』

 

『もしかして倒れて動けないのかなぁ。ちょっと予備の鍵借りて入っちゃうか』

 

 次々と聞こえる仲間の声に梨花はハッとなった。

 

「起きてますです!!いま開けますです!?」

 

 そう言って梨花が入り口の鍵を開けるとそこにはやはりいつもの4人が居た。

 

「みんな、どうして……」

 

「梨花が風邪を引いたと聞いてお見舞いに来たのですわ」

 

「それにしても顔が真っ青だよ。よっぽど体調が悪かったんだね」

 

「みぃ。お熱はもう下がったのですよ」

 

 元々熱など出てなかったのだがとりあえずそう言っておく。

 顔色が悪いのは精神的なモノで今日殺されるかもしれないという恐怖による緊張からだ。

 

「梨花ちゃん。アタシら、病人でも食べられそうなもの買ってきたんだけど、食欲ある?」

 

 魅音の質問に梨花は自分のお腹を押さえた。

 

「実は、朝から全然食べてないのです」

 

 それは事実だった。今日殺されるという恐怖と諦めから食事のことなどすっかり忘れていた。

 

「ダメだぜ梨花ちゃん。食べなきゃ治るもんも治らないだろ?」

 

「なら、お台所借りていいかな、かな?おかゆと軟らかく煮たおうどんなら胃にも優しいと思うし」

 

「あ、はい……ならお願いしますです……」

 

 みんなの顔を見て安心したのか急激に空腹を感じる。

 

「ならわたくしは梨花の体を拭きますわ。その様子では寝汗とかも拭いてないのでしょう?」

 

 そこで圭一は魅音に肩を掴まれる。

 

「ほら圭ちゃん。梨花ちゃん体拭くから外に出る。それとも堂々と梨花ちゃんの裸を見る気?」

 

 最後の方は茶化した言い方に圭一は顔を赤くして建物を出た。

 こういう時に男ひとりだとアウェイだな~と感じながら。

 

 

 

 

 

 

 身体を拭き終わり、レナが用意したおかゆとうどんを食べている。

 

「どう梨花ちゃん?」

 

「みぃ。とっても美味しいのです」

 

「はうー。うどんを食べる梨花ちゃんかぁいいよー!」

 

「はいはい。病人を相手にはしゃがない」

 

 ちゅるちゅるとうどんを食べる梨花にレナがかぁいいモードを発動させようとするが魅音が嗜める。本人も本気だったわけではないようで、すぐに落ち着いた。

 

「それで梨花ちゃん。体調の方はどうなんだ?」

 

「はいです。朝はちょっと気分が優れませんでしたが、今はだいぶ良くなったのです」

 

「そっかー。良かった良かった!梨花ちゃんが元気ないと村のお年寄りが大騒ぎだからね!」

 

 部活メンバーが梨花の体調が持ち直したと思い、喜ぶ。

 

 梨花が食べ終わった食器を片付けてそろそろお暇するとした。

 これはレナと沙都子が自分の家の家事をしなければいけないという理由もある。

 

「それじゃあ梨花ちゃん。残ったおかゆとおうどんも後で食べてね」

 

「体調が持ち直したからって夜更かししちゃダメだよ。治りかけが1番危ないんだから」

 

「そうですわね。今晩はゆっくり休んでくださいまし」

 

「はいなのです。みんな、ありがとうございましたなのです」

 

 そう言って頭を下げた梨花に圭一が話を締める。

 

「それじゃ、梨花ちゃん。また明日な!」

 

 圭一のその言葉に梨花は目を丸くした。

 

「明日体調が良くなったら学校でまた部活しようぜ!今度こそ俺の華麗な勝利を目に焼き付けさせてやるぜ!」

 

「オーホッホッホッ!圭一さんには無様な敗北がお似合いでしてよ!」

 

「なんだと沙都子!」

 

 そう言ってじゃれ始める沙都子と圭一。

 

 それを眺めながら梨花にある思いが過ぎる。

 ここで全てをぶちまけてしまえば、仲間は力を貸してくれるだろうか?

 今晩自分は殺される。だから助けてくれと。そう言えば傍に居てくれるだろうか。

 

 そう思って一歩踏み出そうとした。そこで――――。

 

『も~。そう言う冗談はちょっと質が悪いよ?』

 

 前の世界で言われたことを思い出した。

 前の世界で意を決して仲間に相談して信じてもらえなかった過去を。

 それにもしかしたらこれを言うことでみんなを危険に曝してしまうのなら。

 

「どうしたの、梨花ちゃん?」

 

 心配そうにこちらをのぞき込むレナ。

 

「なんでも、ないのですよ。また明日なのです」

 

 結局梨花は踏み出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が深く、もうすぐ9時を回ろうとする時刻。梨花は自室で動かずに居た。

 

 レナが作ってくれたおかゆとうどんも、みんなが居ない家でひとりで食べると吐いてしまった。

 もうすぐ、もしかしたら死の影が迫っているのだと思うとどうしても胃が受け付けなくなってしまうのだ。

 

 レナに悪いことをしたと思いながら梨花は再び自室に戻った。

 

 今日は生き延びられる?なら明日は?明々後日は?

 それともこの世界では自分は生きていけるのだろうか?

 

 そんな考えがぐるぐると回り続けているとチャイムが鳴った。

 

 こんな時間に誰?と思っていると高めの少年の声が聞こえた。

 

「梨花ちゃん!俺だ!圭一だ!こんな夜遅くにごめん!でもちょっといいかな」

 

 意外な来客に驚きながらも扉を開けようとすると数日前に大石から聞かされた内容を思い出した。

 

 

『実はですね。前原さん。彼は以前都会でとんでもない事件を起こしていたんですよ』

 

 大石の耳障りな声が聞きたくもなかった情報を梨花に告げる。

 

『いえね。なんでも彼はモデルガンで多くの小さな子供。特に女の子に向かって発砲していたらしいんですよ。それで地元じゃ連続児童襲撃事件、なんて騒がれていたようです。多くの子供は大した怪我はなかったようですが最後のひとりだけ、眼球に弾が当たっちゃったらしくて、大事になっちゃったみたいですねぇ』

 

 んっふっふっ。と笑う大石。

 

 

 あんな話は出鱈目だと思う自分と。もし本当だったらという自分がせめぎ合う。

 

 それにもし本当だったとしても都会で起こったことなんてこの雛見沢では関係ない。彼の人となりは自分もよく知っているじゃないかと考える。

 でもならなんでこんな時間に訪問してきた?

 

 

 もしかして、前回梨花を殺していたのは―――――。

 確証のない不安。

 こんな不安などドアを開けて本人に訊けばいい。こんな時間にどうしたのかと。

 そう訊けばきっと彼は梨花が心配だったからだとかそんな答えが返ってくるのだ。

 

 そう思ってドアを開けようとした。

 開けようとして。

 

 

「――――――っ!!」

 

 ドアとは反対の窓から建物を出た。

 そのまま考えなしに林の中を突っ切る。

 

 

 やけに首が痒い。

 爪で首を掻きながら走った。

 すると。

 

「梨花!?」

 

 聞こえてきたのは唯一の家族の声だった。

 

 羽入は現れると梨花の静止を促す。

 

「羽入!今までどこにいたのですか!」

 

「僕はちょっと祭具殿のほうに。帰ってきたら梨花が飛び出していて、それで――――」

 

「羽入!もしかしたら圭一がボクを殺した……っ」

 

 梨花は身振り羽振り説明を始める。

 大石から聞かされた情報。

 こんな時間に圭一が訪ねてきたこと。

 それらを話していると羽入は慌てながらも梨花をなだめる。

 

「落ち着いてください梨花!もし圭一が梨花を殺した犯人なら最初の世界での辻褄が合わないのです!一度戻って話してみればきっと!」

 

 羽入とて圭一の性格はある程度把握していた。

 明るくややお調子者の少年。

 だが優しく気配りができることも知っている。

 確かにこんな時間に訪れたのは不自然だが一方的に逃げるのは。

 それに羽入が気にしているのは梨花の首だ。

 その引っ掻いたような痕に、ある可能性が浮かぶ。

 

「とにかく戻って入江に連絡を入れましょうです、梨花」

 

 羽入としては精一杯梨花を説得しているつもりだったが梨花はそうは受け取らなかった。

 

 どうして自分を信じてくれないのか。

 自分は圭一に殺されるというのに。

 どうして。

 

 そう考えているとある可能性が思い浮かんだ。

 

 そもそも時間を巻き戻すなどというすごい力が在るのにどうして自分を殺した相手がわからないのか。

 おかしい。何かがおかしい。

 どうして、こう自分たちが一番知りたいことに限って揃って記憶が受け継がれない?

 

 もしこれが意図的に行われているのだとすれば?

 

 羽入は今まで自分を助けられなかったのではなく、助けていないだけだとすれば?

 

 自分がもっとも信頼していた家族が一番警戒すべき相手だったとしたら。

 

「梨花?」

 

 名を呼び、近づいてくる羽入。

 

 梨花は大声を上げてその彼女から離れた。

 

 

 首の痒さが異常に増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




繋がっていたのは、脆い絆。

手繰り寄せたのは、不信の過ち。

学んだのは、殺意の終着。

ひぐらしのなく頃に。酔醒まし編その伍【カケラ】

あなたは、信じられますか?


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酔醒まし編其の伍【カケラ】

かなり急ぎ足でしたがなんとか完結しました。

この作品、最初の予定では去年の終わりには完結してる筈だったのに。伸ばし伸ばしで半年遅れてしまいました。


「くそっ!どこ行ったんだよ梨花ちゃん!」

 

 林の中を圭一は闇雲に動きながら友人である梨花を探していた。

 圭一がこの時間に梨花の所へ訪れたのは夕方の梨花の様子が気になったからだ。

 

 特に最後は何かを伝えようとしていたように思える。

 それが帰ってからも気になり、どうしても確かめたくて梨花の下へと訪れたのだ。

 時間が時間だし、梨花の風邪もあり、電話で済まそうかとも思ったが、こうしたことは直に会って話した方がいいだろうと思い家を出た。

 いつまでも梨花が出ないことを不審に思っていると梨花の絶叫が聞こえて何事かとその場所に行ってみると丁度後ろ姿の梨花が見えた。

 すぐに追いかけたが慣れない林の中で思うように走れずにいつの間に見失ってしまった。

 

 こうなったら一度梨花の家に戻って電話を借りて魅音にでも助けを乞うか?

 そう考えて来た道を引き返そうとすると少し離れたところで微かな物音がした。

 

「梨花ちゃん?」

 

 この辺りには梨花以外に人はいない筈だ。なら、彼女に何かあったのかと考える。

 先に誰か呼んだ方がいいのかもしれないがもし助がいる状況ならと思い、立ち止まる。

 どうするか少し考えて圭一は物音がしたところまで移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 林の中をがむしゃらに裸足でかけながら古手梨花は息を切らせて涙を流していた。

 

 羽入が自分を殺した犯人かもしれない可能性。

 それに怯えて逃げ出した梨花は混乱する頭で必死に考えていた。

 

 どうする?これからどうする?

 とりあえず園崎家まで行って魅音に保護してもらう?

 なんて説明して。

 自分はオヤシロさまに殺されるから守ってくれとでも?

 

 そもそも羽入の存在を証明できなければ病人か子供の戯言と一蹴されてしまうだろう。レナや沙都子も同様に。

 なら入江には?

 最近体調がおかしいとか理由を付けてしばらく診療所に泊まらせてもらう?

 だが羽入も診療所の場所を知っていて、そもそもどちらにしろ1日2日で家に帰されるだろう。真正直に話したとしても信じてもらえないどころか治療の名目でどんなことをされるかわからない。

 

 なら誰に助けを求める?なにが正解?

 

「クールに……クールになるのです、古手梨花……!」

 

 木に背もたれしながら必死に考える。

 ここで正解を導き出さなければ殺されてしまうのだ。

 

 

 ―――――あぁ、それにしてもどうしてこんなにも首が痒いのか。

 

 

 既に血が出始めている首の痒みに苛立ちながらとにかく移動しないとと動き始める。

 ペースの遅くなった足と暗い視界。

 疲労による集中力の散漫から梨花は足元の石に気付かずに躓いてしまう。

 

「―――――っ!?」

 

 それなりに急な坂に転がり落ちる梨花。

 体を起こすと足に痛みが走った。

 

 どうやら転がった時に足を捻ってしまったらしい。

 腫れた足首に触れて痛みを確認する。

 

 周りは暗くひとりぼっちだ。

 慣れ親しんだ雛見沢の暗闇も今は自分を飲み込み、どこかへ連れ去ろうとする怪物に感じる。

 

 恐い。

 

「たすけて……」

 

 もしくは既に飲み込まれているのか。

 

「たすけて、おかあさん……!」

 

 恐怖から梨花が最後に縋ったのはもういない母の存在だった。

 

 何かと自分を叱り、村の老人たちから可愛がられていることを快く思っていなかった母。

 何度も説明しても羽入の存在を信じてくれず、いつしかすれ違ってしまった。

 それでも雛見沢症候群の研究に協力を求められた際に梨花の身の安全から最後まで反対してくれた人。

 

 今はその母の存在が無性に恋しかった。

 

 それでももういない存在にいつまでも助けを求めるわけにもいかず、梨花は腕で涙を拭って立ち上がろうとする。

 

「つっ!?」

 

 指に痛みが走った

 

 暗くてよく見えないが、手触りから大きめのガラスの破片と思しき物に触れてしまったらしい。

 その些細な痛みでまた泣きたくなった。

 

 すると――――――。

 

「梨花ちゃんっ!」

 

 四つん這いのまま振り返るとそこには圭一がいた。

 

「圭、いち……?」

 

「なにがあったんだよ梨花ちゃん!裸足でこんなところで……」

 

 圭一が近づき左手を差し出してくる。

 自分を心配している声で。

 

 しかし、その右手にはギラリと光る包丁が握られていた。

 

「あ、あぁあああああっ!?」

 

 梨花はガラスの破片を拾い上げる。

 捻った足の痛みなどもう大して気にならなかった。

 

 そして、拾ったガラスの破片の先端を、圭一の身体に突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花に腹を刺されて圭一は手にしていた()()()()を落とした。

 

「死にたくない……!死にたくないのです!」

 

 ガラスを握った両手と圭一の返り血で手を赤く染めた梨花はただ死にたくないと繰り返す。

 その怯え切った表情がかつて自分が傷つけた子供たちと重なった。

 

 腹を刺された痛みなんかよりそっちのほうがよっぽど痛い。

 何故かわからないが梨花は自分が彼女を殺しに来たと思っているらしい。

 

 でもそんなこともどうでもよくて。

 きっとそんなのはこの暗がりで怖がって勘違いしているだけなのだ。

 だから少しでも安心させたかった。

 

 いつもにぱーと笑うこの少女には怯えて泣きはらした顔なんて似合わない。

 圭一は梨花の両肩を掴んで笑みを見せた。

 

「怖がるなよ梨花ちゃん。大丈夫だ。なんにも怖いことなんてないんだ……」

 

 その笑みは刺された痛みで多少引き攣ってはいたがそれでも無理矢理笑った。

 梨花がこれ以上怖がらないように。

 次の言葉できっと梨花は正気を取り戻すのだ。

 

「俺を信じろ、梨花ちゃん……!」

 

 そう言った圭一に梨花はもう一度その体にガラスを突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 倒れた圭一を見下ろしながら梨花は肩で息をして持っていたガラスを落とした。

 

 仕方がなかった。

 圭一が包丁を持って迫って来て、自分を殺そうとしたのだ。

 だからその前に殺すのは仕方のない―――――。

 

「え?」

 

 そこで梨花は気が付く。

 包丁などどこにも無い。

 転がっているのはただの懐中電灯で。

 

 包丁はどこに行ったのだろう?

 いやそもそも圭一は本当に包丁など持っていたのだろうか?

 

 記憶を掘り返す。

 さっき手を差し伸べてくれていた時に見えた光は確かに懐中電灯のモノで。

 包丁なんて最初から持っていなかった。

 

 それを理解した瞬間に梨花は血の気が引き、身体を震わせた。

 

「圭一!圭一ィ!!」

 

 自分で刺してしまった少年の身体に縋りつく。

 どうして、懐中電灯を包丁と見間違ってしまったのか。

 

 何度も圭一の名前を呼んでいると彼の指がピクリと反応する。

 

「りか、ちゃん……」

 

 目を覚ました圭一が梨花の名を呼んだ。

 起き上がった圭一はその場に座り込む。そのお腹に手が当たるとどろりと気持ち悪い感触がした。

 

「圭一、ごめんなさい!い、いま入江を!」

 

 そうして来た道を急いで戻ろうとするとその手を圭一が掴む。

 

「梨花ちゃん、さ。さっきはなんで、あんなに怖がってたんだ?」

 

「今はそんなことより入江を!?」

 

 自分の手を離そうとしない圭一に梨花は顔を伏せて説明する。

 

「ボクは、圭一が都会で起こした事件を知って……それで……」

 

 それだけの説明だったがそれで圭一の中で合点が言った。

 

「そっか。知っちまったのか……なら、仕方ねぇな」

 

「―――――っ!違います!圭一は悪くないのです!ボクが勝手に勘違いして……!」

 

「ハハ。ありがとよ、梨花ちゃん。でも俺だってそんな危ない奴が夜にいきなり訪ねてきたら同じ行動を取ったかもしれねぇしさ。それにこれはきっと罰なんだよ。俺が都会でやっちまった罪が回りに回って俺のところに戻ってきた。それだけなんだ」

 

 だから梨花ちゃんは気にするなと血の付いた手で頭を撫でる。

 

「ほら梨花ちゃん。笑えって。梨花ちゃんにそんなぐちゃぐちゃな表情なんて似合わねぇだろ」

 

「圭一はむちゃ、言うのです……」

 

 笑えるわけない。

 自分で自分の仲間を刺して笑えるわけない。

 

 それでも圭一が望むなら。

 梨花は涙を流したまま笑った。

 それはさっきの圭一の笑みより引き攣った笑顔だった。

 それでも圭一は安心したように顔で。

 

「あぁ、うん。やっぱり梨花ちゃんは笑ってるほうが……」

 

「けいいち……?」

 

 それを最後にこの世界の圭一は目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽入が梨花を見つけた時、梨花は圭一の身体に縋りついて泣いていた。

 

 ここでなにがあったのか。大凡を察するとゆっくりと近づく。

 

「梨花……」

 

「羽、入……ボクが、ボクが圭一を……」

 

 顔を上げて自分を見る梨花の表情は先程の羽入に対する恐怖はなくなっていた。

 それに若干の安堵を覚えながら何とか慰めの言葉をかける。

 

「梨花。今回は梨花のせいではありません。梨花はただ運悪く雛見沢症候群に発症してしまっただけ―――――」

 

「違います!」

 

 しかしその慰めを梨花は遮った。

 

「ボクは疑ってしまったのです。圭一を!羽入を!入江から、この病気を抑える方法を聞いていたのに!」

 

 それは信じること。

 疑いそうになっても、相手を信じることでこの病気は抑制できると入江は言っていた。

 信じなかった。その結果として梨花は仲間を自分の手で殺めてしまった。

 

 少しの間そこで蹲っていた梨花はその顔を上げる。その瞳は何かを決めたかのような強い決意を持っていた。

 

「羽入……」

 

「梨花?」

 

「次の世界では、もっと長い時間を戻してほしいのです。今更都合が良いかもしれませんが、お願いします」

 

 そうして圭一を刺したガラスを手にして自分の喉に当てる。

 

「梨花!なにを!?」

 

「次の世界では。ボクは絶対に仲間を疑いません。圭一がボクたちを疑っても、きっとボクが助けてあげるのです」

 

 それに入江が言っていたように沙都子と同居するのもいいだろう。

 それからもっと周りと話し合って。

 

「圭一……次の世界でまた会いましょうです」

 

「梨花!やめるのです!梨花っ!!」

 

 そうして古手梨花は自分の喉にガラスの破片を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あら?懐かしいカケラがあるわね。

 

 これは酔醒まし編のカケラ。

 

 古手梨花がまだ身体同様に心が幼い頃に生まれたカケラなの。

 

 梨花がまだ周りを信じられずに疑うことしか知らなかった時のカケラ。

 

 全てが終わった今ではこのカケラは鷹野たちの真実を知るのには大して役立つカケラではないわ。

 

 でもこれを中心に近い位置にして他のカケラを組み合わせないと、どうしても歪な形になってしまうの。

 

 これは古手梨花が雛見沢症候群の怖さを身をもって体験した。ただそれだけのカケラ。

 

 でもこのカケラがきっと梨花が仲間たちを信じる基盤となるカケラなのね。

 

 もっとも本人は昔過ぎてもうほとんど覚えていないだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、犬さんなんだ。猫さんのところへ代わる代わるやって来て、忍び込んだんだろうって問い質してくるんだ」

 

「…………」

 

 圭一が顔を手で覆い隠して震えている。

 梨花はその姿に僅かに表情を曇らせたがすぐに笑顔を作った。

 

「大丈夫なのですよ。猫さんはボクが守ってあげます」

 

「え?」

 

「猫さんは怖がってますが、本当はそんなに大変なことではないのです」

 

 いつかの日にあなたがボクに手を差し出してくれたように。今度はボクが圭一を守りますです。

 

「ちょっと大変ですが、頑張ってみますです」

 

 だからいつか。

 

「ファイト、おーなのです」

 

 全てが解ったその時は、圭一もあの時のようにボクに手を差し出してくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話は鬼隠し編、梨花verみたいな感じをイメージして書きました。

最後の部分は綿流し編の最後の圭一と梨花の会話です。つまりこの後の梨花の展開はお察しくださいというわけです。





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