貴女の隣に立つ為に (ウルタールの猫)
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:オリジン

はじめまして、初めて二次小説を書く若輩者ですが何卒よろしくお願いします。


僕は常に怯えていた。

自分達とは違う、と少年を排斥しようとする周囲の脆い子供たちに

狂気を誘う容姿に怯え、迫害を加えようとする脆弱な大ヒト達に

僕の独特なビジュアルから御輿として担ぎ上げようとするおかしなヒト達に

 

そして何よりも、それら一切合切を肉片へと変えてしまうことが可能な僕自身の個性に。

 

個性『伸縮自在』

全身、もしくは身体の一部を巨大化、もしくは縮小することのできる個性。

大きな物にはそれだけの質量が存在し、質量の大きなものがぶつかると大きな衝撃を産む。

 

即ち大きい生物とは強い生物につながる。

蟻が犬を仲間外れにしたところで何も感じない。

子猿が像に物を投げたところで傷付かない。

ヒトが神に祈りを捧げてもその声は届かない。

 

けど、僕は多分優しすぎたんだろう。

 

蟻の行列を見付ければ踏まぬ様に気をつける。

子猿が互いに毛繕いをしていれば心暖まる。

ヒトに頼られると、どうにかしてあげたい。

 

けど、祈りに応えてもらったヒトの欲望は加速し、肥大していった。

次第に祈りは、希望は、欲望はエスカレートしていき僕のやりたくない事も要求してくるようになった。

そんなヒトに自身の身の危険を感じ、個性を使った。

5歳の時だった。

 

覚えているのは血溜まりとヒトだったモノ。

鉄錆びの香りと断末魔を出しそびれた音。

僕の力をヒトには受ける事はできない。

幼いながら僕はそう想った。

 

以来、僕はヒト里離れた施設に預けられた。

僕の個性が起こした惨事を恐れた大ヒト達は近寄らず

子供達は異質な僕を遠巻きにしている。

 

それでいい。

僕はヒトを簡単に潰してしまう。

この身体は見るものに恐怖を与える。

そう思って日々を孤独に過ごしていた。

 

 

 

けれど孤独な日々は唐突に終わった。

齢15歳の春、僕は、液晶画面を通じて。

運命を見付けた。

 

 

 

その女性は強かった。

超常社会にて大手を振って個性を用い、悪を断つヒーローだった。

 

 

 

その女性は美しかった。

多くのファンがその近くに侍り自身が触れ合える時を今か、今かと待ちわびていた。

 

 

 

その女性は大きかった。

全長2063cm

大きい生物は強いという結論を出した僕からすれば、絶対的に強い。

 

 

 

僕は考えた。

どうすればあの女性にこの思いを伝えることができるのだろう?

 

 

 

僕は想像した。

 

ファンとのふれ合いイベントで?

他の有象無象の叫びにこの想いは埋もれてしまう。

 

一ヒトの男性として友好関係を結ぶ?

そんなツテ、コネがあるのであれば苦労なんてない。

 

 

 

案を浮かべては否定していく。

朝、学校への登校中

日中、簡単に理解できる授業そっちのけで

夜、夢の中で

 

告白するときにはこう言いたい、第一印象優しく、紳士的に。

理想ばかりが膨れ上がり、現実的なプランが思い浮かばない日々が続く。

ーーーーー

ーーー

 

義兄弟姉妹達がテレビの前で騒がしい。

モニターには雄英体育祭が放映されており、プロヒーローで雄英高校の教師であるプレゼントマイクの威勢良い実況の声が聞こえてくる。

 

 

 

その時、僕は閃いた。

 

ヒーローになれば良いんだ!

 

同業者としてあの女性と出会い。

 

対等な立場で切磋琢磨し。

 

同じ苦難に立ち向かい。

 

仕事振りを認められ。

 

互いに意識しあって。

 

デートを重ねて。

 

最終的に業界のヒト達に祝福されてゴールイン!

 

これしかない!

僕の脳内では著名なヒーロー達に囲まれてヴァージンロードを歩く僕とあの女性の姿が想い描かれる。

 

 

ヒーローとなるのであれば、この学歴社会に生きる者として、出身校は良いだけ好印象だろう。

北海道の田舎高校出身よりも東京の優秀な高校出身だ。

 

今現在、ヒーロー業界で有名でいて巨大な学閥が形成されている学校は東の雄英か西の士傑。

 

関東で活動しているあの女性と少しでも接点がありそうなのは同じく関東に校舎がある雄英高校。

 

数多くのトップヒーローを排出してきたマンモス高校雄英。

ここで優秀な成績を修めた上で卒業できれば、サイドキックとして鳴り物入りでヒーローデビューできるだろう。

 

 

Mt.レディ、あなたの隣に立てるようになるために僕は頑張ります。




名前:工藤 流歩
個性:伸縮自在?
年齢:15歳
ヒーローを目指す動機:Mt.レディとお近づきになる。


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幸せ挙式計画

かくして始まった、僕の幸せ挙式計画。

栄光と祝福に溢れた、脳裏のヴァージンロードを現実へ反映させる為の第一歩。

 

 

 

 

雄英高校への入学。

 

 

 

ここで躓いてしまうと抜本的にプランを練り直さなけばいけない。

抜かりなく、着実に進めていく必要がある。

まずは進学に立ちはだかる壁を考えてみよう。

 

何事も先立つものがなければ始まらない。

受験料、入学金、入学後の授業料。

これが払えないと退校処分が起こり得る。

奨学金という手もあるが、借金のある身であの女性の隣には僕が立ちたくない。

...幸いにも雄英高校は国立高校、学費の心配はしなくて良いかな?

 

毎年高倍率だと聞く入学試験はどうだろうか。

 

筆記試験は学校の授業レベルの内容は聞き流していても理解できている。

同じ学年の生徒と比べて、模試の結果は極めて良好。

記憶力も高い。

中学二年生の最後の三者面談で、高偏差値の学校にもこのままの成績を保てば問題なく受かると先生から太鼓判をもらったところだ。

 

実技試験もあると聞くがネットの噂を聞く限り戦闘系個性有利の試験が多いようだ。

やり過ぎないように気を付ける必要はあるかもしれないけど、力及ばず不合格、ということはなさそうだ。

 

一つ一つ、懸案事項を挙げては潰す。

徹底的に、抜かりなく、一つの問題から目をそらして。

けれども、最大の懸念は容赦なく僕の前に立ち塞がる。

過去、僕は複数人のヒトを殺してしまったことがあるという事実である。

 

まだ幼かった、個性の暴走、強い個性をもったヴィランが生まれるリスク、打撃を受けただけで成人男性が弾け飛ぶパワー、諸々を鑑みたのか日本政府は事故として事態を処理した。

 

その後、信頼のできる人間に僕を保護させ飼い慣らす方針を採っていた。

当然、不用意な刺激を避けるため情報は規制されたのだろう。

5歳の時、今いる孤児施設に預け入れられてから、もう10年たった。

その間、他の子供や大人に言われた誹謗中傷は余所者である事に関係したことと、見た目がヒトとかけ離れた異形系であること。

 

児童間虐待を受けたこともあったが、この身体は頑健だ。

大人よりも筋肉質で変に殴ったところで、手を痛めるだけで終わった。

それ以降は遠巻きに謗りを受けるだけ。

 

...思考が横道にそれてしまった。

 

これは今ここで思考を重ねても進展はない。

分かる人間に直接聞かないと分からないことだ。

分かる人間、つまりはここ『仲良し園』の責任者、ママ先生だ。

 

ママ先生こと、心内さち先生は孤児院の子供全員から慕われている。

誰に対しても平等に慈愛を持って接してくれる。

憐れみではない。

偏りもない。

 

だからこそ僕らは彼女をママ先生と呼び慕う。

進路の事で相談がある、と言えば親身に聞いてくれるだろう。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 

 

結論から言えば努力次第だと思う。

 

 

 

雄英の校訓は『Puls Ultra』

 

ヒーローになるにあたって幼少期に起こした事故は当然問題視される。

当然それは壁として僕の前に立ち塞がる。

 

けれども、若く、有能で、それこそオールマイトを越える、もしくはそれに通じる逸材であったなら、ヒーローになることはできるだろう。

当然、雄英に合格することもできるはず。

 

というのがママ先生の意見だった。

 

 

 

多分だけど、僕の起こした事件は事故として処理されている。

 

そして、社会には認知されていない。

けど、それなりの社会的地位の人物が探れば分かる程度には隠匿もされてる。

 

つまり、中途半端に優秀位なら落ちる可能性もあるが、レッテル以上に優秀だったなら雄英側も合格させてくれるだろう。

 

それはリスク管理かもしれない。

強大な個性を持った人物が反社会的行動を取らせない防犯処置。

 

それは憐れみかもしれない。

幼少期に殺人を犯した社会的逸脱者に対する救済処置。

 

それは打算かもしれない。

物理的に強力な個性をもった人間を政府が飼い慣らす為の暫定処置

 

けれどもそんな内情、子供は気付かない振りをすれば良い。

 

過去に起こした事件のレッテルを剥がす程の大活躍をすれば良い。

 

現代ヒーローで抜群の知名度を誇るオールマイト。

彼が幼少期に大きな事故を、仮に引き起こしていたとして。

変わらずトップヒーローとして活躍しているだろう。

何故なら有能で優秀な彼は社会に多大な貢献をしているから。

 

だったら僕も誰からも認められる位、ヒーローとしての地位を獲得すれば良い。

過去に起こした事件よりもいま起こす慶事で市井を賑やかせば良い。

それでこそあの女性の隣に立つに相応しい男だろう。

 

これで懸念も晴れた。

思考が纏まれば後は実践するだけ。

受験のその日まで、ひたすら勉強に個性の制御の特訓。

やることは目白押しだ。



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期待値は裏切るけど、固定値は裏切らない

国立雄英高等学校。

国内有数のヒーローの出身校で、最高峰のヒーロー養成機関。

 

世間にはヒーローの登竜門とも言われ、超一流のヒーローは全員が雄英出身と言われてる。

最近では関西の士傑も教育機関として注目を浴びてるけど、やっぱり大本命。

 

その注目度、つまりは受験者数も他校の追随を許さない。

 

各地方から越県受験を志す人間の多さがそのまま倍率へ直結しているんだろう。

プロヒーローが直接、教鞭を取り、国立故の資金力。

今、日本のヒーロー業界を牽引している著名なヒーローの大多数が雄英出身である事実から学閥としてのブランド力。

毎年、体育祭には多数の来場者が集まった上でテレビ中継もあることから世間から集まる注目度。

そんな学校があれば、ヒーローを志す中学生達が行きたいと考えるのも当然だろう。

 

そんな訳でヒーロー科の毎年の倍率は約300倍。

合格枠は毎年36名なのでこの場には約1万2千人の受験生がいるんだろう。

 

そのうちの圧倒的大多数は夢に敗れ、別の道を目指すのかもしれない。

夢に破れた少年少女は平穏な家庭を得るのかもしれない。

 

そんな、緊張を紛れさせる無駄な思考を一旦切り捨て現状を確認しよう。

 

筆記試験は時間に余裕を持って終わらせた。

いつもより思考が冴えていたので、もしかすると僕は本番に強いかもしれない。

 

昼食休憩を挟み、今から始まるのは実技試験の説明。

ざわつく喧騒も気にせず、大音量が講堂を支配する。

 

ボイスヒーロー、プレゼントマイク。

 

ラジオパーソナリティーとしても有名なプロヒーローが壇上に上がり、分かりやすいゲームに例えた話を交えた説明が行われている。

高いテンションで生徒の緊張を解そうとしてくれているのが伝わってくるけど、周りの受験生達はそれどころではない。

真剣な顔で実技試験の概要を頭に入れている。

プレゼントマイクはそれを気にした様子を見せず、快活にレクチャーを続けていく。

 

 

不意に講堂の中程からの挙手、それに続き疑問を呈する声。

ついでとばかりに近くの受験生に対する苦言も呈している。

確かに雑音は集中を阻害するのだろう。

だからといって1万2千人の前で吊し上げられる、その苦情先の人物には御愁傷様としか思えない。

 

全てを説明し終わったプレゼントマイクから激励の一言をその場の全員へ託してくれた。

 

「Puls Ultra」

良き受難を、と。

 

 

試験会場には若干の距離が開いているようで、バスにて移動する間に試験内容について反芻する。

 

場所は市街地を模した試験会場にて。

得点を有した機械を行動不能にする。

他者の妨害など、ヒーローにあるまじき行動は禁止。

...逆に考えればヒーローとしての心構えも試されている可能性が高い。

 

だからといって機械を行動不能にする、以外の具体的な減点項目と加点項目については目下のところ不明。

不確定要素にリソースを費やす位なら圧倒的な確定要素を築き上げる。

どこかの誰か曰く「期待値は裏切るけど、固定値は裏切らない」のだから。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

試験会場にて受験生達は思い思いの時間を待っている。

入念に身体を解す、尻尾の生えた少年。

その筋肉は年不相応に鍛えられ引き締まっているのが見てとれる。

白兵戦が彼の得意分野なんだろうか。

 

そう考えているとプレゼントマイクの声が何の予兆もなくスタートを告げる。

 

それを聞いて僕は制服をはだけさせ、背中から生えている翼を肥大化。

それに伴い前方向へと駆け出し、飛び上がり滑空する。

 

スタートダッシュで周囲の受験生から十分距離を取り、二車線になっている大通りへ飛び出す。

大通りには小型の機械が一体、こちらを捕捉して機械音声をあげている。

気に止めず、僕は目の前の機械へ口元に大量に生えている触腕の内一本を伸ばした。

機械は弾丸をこちらに向けて発射してくるものの、頑丈な筋肉に守られた僕にとってそれは痛くはない。

 

触腕でその機械の胴体を凪ぎ払う。

思ったよりも脆く、衝撃で機械は四散する。

破片で窓ガラスを多数割ってしまった。

これは街を守るヒーローになる試験でこれは失敗してしまったかな...?

以降は気を付けた方が良いかもしれない。

 

ガラスの割れた音に反応したのか複数の機械が街角から姿を現す。

どうやら大きな音にある程度近付くようにプログラミングされているみたいだ。

 

 

だったらこちらにも考えがある。

 

 

 

先ほど同様、機械へ触腕を伸ばし今度は脚部へと巻き付ける。

締め付け過ぎて砕かないように気を配りながら、ハンマーに見立てて他の機械へ向けて振り下ろす。

盛大な金属同士が勢い良くぶつかる独特な音が周囲に響く。

何回か振り下ろすと機械はボロボロになってしまうので、まだ痛んでいない機械を見繕って同様に脚部を巻き取り振り上げる。

 

これで機械達を誘き寄せながら、ひたすら打撃を繰り返せば、それなりのポイントを稼ぐ事ができそうだ。

制限時間いっぱいまで特に何もなければこのままで良いかな。



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憧れの女性との共通項が欲しくて

機械を打ち据える作業をひたすら繰り返していると地響きと共に大きな機械が姿を現した。

受験生達は機械から距離を取るように動いている。

 

0の数字。

逃げていく受験生。

総合的に考えて、あれがポイントのない機械なんだろうな。

 

ここから見る限り大きさは20M程。

あの女性の大きさと、ほぼ一緒の大きさ。

僕にはまだ、至れない大きさ。

 

思考が停止する。

 

 客観的に見ている僕がいる。

 

作業を中断。

 

 絡め取っていた機械を放り投げる。

 

ビルの屋上へと駆け登る。

 

 階段を登るのがもどかしい。

 

屋上への扉を蹴り開ける。

 

 空が青い。

 

全力で柵を飛び越え、翼を広げて飛翔。

 

 雲がゆったり流れている。

 

全速力で飛び立つ。

 

 全身で風を切る感覚が心地よい。

 

目標は巨大機械。

 

 無機質な4対の瞳の様なパーツが赤く輝いている。

 

翼の生えている肩甲骨周辺の筋肉を総動員。

 

 重力の軛に抗う。

 

より高く上昇。

 

 身体へと負荷がかかる。

 

巨大機械の上を取った。

 

 上空30m

 

雄叫びをあげる。

 

 チャンネルが切り替わる。

 

全霊を尽くし、リスクとリターンを度外視し、憧れへ至るためだけに、全身を巨大化する。

質量が増大し、巨大機械に落ちていく。

 

 鉄の塊へぶつかる痛みに身構える。

 

今肥大化できる最大の大きさ10M。

 

相手の上空を確保し、落下するだけ。

シンプル故に絶大な威力を叩き出す。

名付けて「アトラティックプレス」

 

僕がボディプレスを繰り出したことによって地響きが起こり、巨体のバランスが崩れた。

咄嗟に触腕を3本突き出して、かろうじて三点でバランスを取る。

 

巨大機械と僕。

これだけの質量だ。

転けてしまえば地震騒ぎになりかねない。

 

ただでさえ重い自重に加え、僕の体重を支えている今、巨大機械は一歩も踏み出せない。

僕を邪魔に感じているのか、やろうとしている事を悟ったのか、必死に腕部で押し退けようとする。

 

  だけど、負けられない。

 

触腕を巨大機械に絡み付かせ、その動きを封じる。

 

  大きさは未だにあの女性には遠く及ばないけど。

 

動きを止めた巨大機械へ全力で絡ませた触腕へ力を込める。

 

  背後を逃げていく小さなヒトには興味は湧かないけど。

 

ミシミシと機体が悲鳴をあげる。

 

  巨大な危険からヒトを守る。

  その共通項を獲得するために。

 

巨大機械が砕けるのと同時にプレゼントマイクの終了を告げる声が響く。

 

 

 

思わずやってしまった。

 

あの巨大機械を倒す必要性は皆無だった。

行動不能にしても加点のない0ポイント。

つまりは何の特にもならない行動。

その間に得点をもつ機械を倒した方が評価も上がっていた可能性が高い。

 

あんな巨大な駆動機械、もしかしたら雄英から巨額の予算を投じられ開発された物かも。

 

 

 

 

 

 

 

...減点行動ではないことを祈ろう。

 

 

そんな事を度外視してでも、あの日見た液晶越しの女性に近付きたかった。

その気持ちが強くてやってしまった。

 

だけど僕にもできた。

ヒトとプログラミングされた機械という差あれど、巨大な敵を倒したんだ。

部分的に肥大化分には問題はないが、全身を巨大化するとすごく眠くなる...

 

雄英の保健医であるリカバリーガールが怪我をした受験生に治癒を施して回っている。

 

今は少し場所を借りて仮眠を取ろう...



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業界シェアNo.1の秘訣はイケイケの前傾姿勢な運営方針

実技試験が終わって、仮眠を保健室でさせてもらった後、自宅への帰り道を鍛練をかねてランニングをする。

一定の速度を保ちながら持久力の底上げだ。

この頑丈な肉体は相応のタフネスも有している。

 

それでもサボるとすぐに下腹が弛んでくるのでシェイプアップが秘めたる目的でもある。

ただでさえ容姿に優れていないのだから。

嫌われそうな要素は極力排するべき。

 

ただ漫然と走るのも退屈なので思考を重ねる。

 

彼を知り、己を知れば百戦殆うからず。

彼を知らずして、己を知るは一勝一負す。

彼を知らず、己を知らざれば戦う毎に殆うし。

 

遥か昔、中国の思想家の言葉らしい。

情報分析の重要さを説いている言葉だ。

 

哲学や思想家の言葉は得てして個性が溢れる前の時代の物が得てして的を得たものだと感じる。

現代の思想家達を貶す意味合いじゃあない。

古い言葉は大事なこと以外を削ぎ落としたスマートさと、他の言葉を駆逐してきたパワーがあるんだ。

そうしなければこの時代まで伝わらなかったのかもしれない。

 

思考が横道にそれてしまった。

 

優勢するのは対峙するまで詳細が分からない敵ではなく、自己分析だ。

個性分類学的には僕の個性は複合型個性と大別される。

 

一つめは見るもおぞましいこの異形。

 

超常社会でも一際異物感を放つこの見た目はヒーローというより、ヴィランに見えてしまう。

対峙した相手に威圧感を与えるには申し分はない。

けど、助けに来た相手には恐怖しか生まれないのはマイナスかもしれない。

 

ツルリと禿げ上がった頭部。

 

タコを思わせる瞳と口元から生える無数の触腕。

今は細かい動作は2本でしかできていないけれど、コツさえ掴めればできそう。

 

表皮は苔むしたかの様な緑色で常にジットリと湿り気を帯びている。

冬の乾燥時期位では問題ないけど、ヘアドライヤーや扇風機などの風に対しては弱い。

風使いだけではなく、強力な物理攻撃で発生する風にも注意した方が良いかもしれない。

 

筋肉は硬度の高いゴムのような高反発で下手に殴ったのなら逆に手首を痛めかねない。

料理をしようとして包丁で切りそうになったけれど、薄皮が切れただけだった。

刃物の通りも良くないみたいだ。

 

背中からはコウモリのような羽毛のない羽が生えている。

身体の大きさ次第では飛行することもできるけど、飛翔は苦手で滑空の方が得意だ。

 

手からは鋭い鉤爪があるけど日常生活には不便で仕方がないので極力短くしている。

 

 

二つめが先ほどの実技試験で使った伸縮自在。

触腕、翼、腕、任意の箇所を肥大化したり、逆に縮小化したりできる。

 

縮小化に関しては完全になくすことはできない。

後は全身を巨大化させる事もできる。

けど、これには大きなデメリットがある。

 

どんな状況であろうと眠くなってしまう。

全身を巨大化させるデメリット、睡魔。

眠気を感じずに行動できるのは約一分間。

なんとか堪えて三分間は活動できるけど、それ以上はいつの間にか寝てしまっている。

 

巨大化した分の約60倍の時間寝れば、眠気はスッキリと晴れる。

その3分の1で眠気を我慢しつつ行動できるようになったのはここ数ヶ月の進歩だ。

 

ざっと洗い出したけど、メリットに対してデメリットの少ない良個性と言えるけど...

 

すれ違う幼児に散々泣かれるのを傍目に足を進める。

小さな子供がこちらを指差し母親が慌てて隠す。

散歩中の犬が吠えかかるのではなく尻尾を丸めてプルプル震えている。

...もう慣れた。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

一週間の時が流れた。

ランニングに触腕の制御の練習を重ねるけど、集中力が続かない。

そんな日々を送っていたが、孤児院にて合格通知を受け取った。

 

てっきり、通知を直接受け取った、子供達のリーダー格が何かしら嫌がらせでも仕掛けてくるかと思っていた。

 

しかし、そんな様子はまるでなく、本人に改めてお礼を言おうと視線を流せば、青い顔をして弁明しながら自分の部屋へ駆け出していった。

...解せぬ。

 

封筒の中には投影機が入っていた。

 

投影を開始すると筋骨隆々で全体的に金色をした、触角の様な前髪が特徴の画風の違うナイスガイが現れる。

見慣れたヒーロースーツではなく、黄色いジャケットにネクタイ姿。

 

いくら国立高校とはいえNo.1ヒーローを使い合否発表を行う雄英の資金力とNo.1ヒーローの多忙さに唖然としたが、オールマイト曰く、今年から雄英の教師になるとのこと。

 

これはこれで驚くべきことではあるけど、雄英のブランド力の強化には余念がないという思いが強い。

胡座をかかない、常にイケイケな前傾姿勢の運営方針だからこそ、長年ヒーロー養成機関としてシェアNo.1を独走し続けているのだろう。

躓いた時どうなるのかはすごく怖いが...

 

そんな事はさておき、僕の試験結果は無事合格。

 

機械を倒したことで得るヴィランポイントと人の為に行動したレスキューポイントの合算制で採点されていたようだ。

ヴィランポイントが60点

レスキューポイントが10点

合計点数70点。

 

機械を淡々と相手取っていたので、レスキューポイントの伸びがよろしくないようだ。

この10点も最後の巨大機械との戦闘による足止めをしたという点が評価されたらしい。

結果として街に僕の個性で発生した被害を差し引かれての数字みたいだ。

 

恐らくは、巨大機械を相手取っていた間に他の機械を淡々と処理していたならば、もっと加点があったのかもしれない。

過ぎた事だけどこの点数なら何人か上がいてもおかしくはないと感じる。

 

けれどもこれで計画のスタートラインに立つことができたのだから、今は喜ぶべきなんだろう。

 

ママ先生に受験結果の報告をするために自室を後にした。



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僕らの担任ミノムシ先生!

桜咲き誇る春の空。

心地よい陽気に穏やかな風が気持ちいい。

新しい環境に浮わついた空気。

下ろし立ての新しい制服。

 

普通のヒトからしてみればすごく心踊るんだろう。

だけども僕はそんなこと全くなかった。

 

下ろし立ての制服は僕の表皮の湿り気で既にグチョグチョ。

浮わついた空気が周辺でざわつきに変わる。

春風に舞った桜の花弁は身体中に張り付き鬱陶しい。

満員電車なんて何もせずに痴漢扱いを受けかねない。

 

そんなこと考えたくもないので、ママ先生にも勧められ下宿を始めることに。

 

自転車で40分。

家賃2万2千円。

築17年木造アパートの一室。

水道、電気、光熱費込みの驚きの価格。

 

いささかご都合主義を疑う展開だけど、ここの大家さんは『仲良し園』のOBなんだそうだ。

 

『仲良し園』から出なければならない年齢になっても社会的に安定した収入を得ることができない卒園生はたくさんいる。

 

そんな卒園生が安定した収入を得ることが出来るようになるまで間借りするのがこのアパート『ほのぼの荘』

『仲良し園』のOB有志による差し入れの絨毯爆撃。

周りの部屋の住民も全員見たことあるヒトだけ。

卒園生の全員が入居している訳ではなさそうなので部屋には余裕はまだある。

社会の厳しさに触れたせいなのか『仲良し園』でいた頃よりも皆、優しい気がする。

 

ヒトは変わることができる。

その実証を見ることができた気がする。

 

僕もあの女性に相応しいヒーローになるため、落ち込んでいたテンションを内心で鼓舞する。

そして景気良く雄英への道を自転車で立ち漕ぎで進んでいく。

 

 

 

人目になるべく入らないようにしている習慣で、雄英に着いた時間は余裕のある時間帯だった。

駐輪場で張り付いた桜の花弁をなるべく落として校舎内へ入っていく。

教室には一番乗りになってしまうと、次に来る人間と二人きりになってしまうと非常に気まずい。

 

トイレの個室で時間を潰すとしよう。

この方法の唯一の欠点は便器がぬるぬるになって次に使うヒトに不快な思いをさせかねないところか。

トイレに行くにもゴム手袋を持参しなければならないのは面倒だけど。

ゴム手袋を着用しなければトイレットペーパーが上手く取れないのは本当に不便な個性だと我ながら思う。

 

 

程ほどに時間を潰して、トイレットペーパーを使い個室を綺麗に掃除して廊下へと出る。

ざわざわと廊下に喧騒が満ちてきたところで教室へ向かう。

 

クラスは1-A。

 

丁度、廊下へと出たところでモサモサ頭の子が1-Aと繰り返しながら前を通りすぎる。

 

彼に着いていけば迷わずにたどり着けそうだ。

 

 

 

モサモサの子はついてくるこちらが気になるのか、心なしかソワソワしている。

社交的な性格ではないのか、話しかけてくる様子はない。

むしろ話しかけて欲しそうな雰囲気だ。

しかし、僕も社交的ではないので当然無言。

二人で沈黙のまま廊下を進んでいく。

 

 

 

教室にたどり着き、モサモサの子は心なしかホッとした顔になったが、扉を開けようとして中から聞こえてきた声に凄く気落ちした顔をしている。

とても表情豊かだ。

見ていて楽しい。

 

メガネの子がモサモサの子に絡んでいる間に、自分の席を探して着席する。

若干の視線を周囲から感じるけど、応じる程ではない。

モサモサの子は続いてポワポワした子に絡まれている。

異性慣れしていないのか真っ赤になってあたふたしている。

こちらにも聞こえてくる会話の内容から2人は同じ試験会場だったみたいだ。

喋ってる二人の声を他所にチャイムの音が放送される。

 

他のヒト同様、着席して教師の到着を待とうと思っていると下の方から声が聞こえる。

 

ミノムシがいる。

ミノムシがお小言を述べていく。

...どうやらミノムシが担任の先生のようだ。

 

体操服と思われるジャージを寝袋から取り出し、着替えてグラウンドに集合する旨を説明される。

人肌暖かいジャージ。

男子でもクルものがあるけど、女子はあれは嫌なんじゃないかなぁ...

まぁ僕が着たらすぐにグチョグチョになるんだけど...

 

 

 

グラウンドに集合した僕らを待っていたミノムシ先生改め、相澤先生曰く、今から個性把握テストなるものをするようだ。

 

目付きの悪い子にハンドボール投げをするように促す。

ヒーローを目指しているのか怪しい罵声と共に個性が発動して、爆風に煽られた玉は勢いよく空を行く。

結果は705.2m。

 

 

 

 

個性を活用した身体能力測定。

純粋な身体能力の高い異形系個性持ちからすれば、それほど特別な感じはしない。

けど、増強系や発動系の絡んだ複合系個性の子達からするとそれはとてもワクワクすることなんだろう。

 

浮わついた空気。

モサモサの子は対照的に焦っているのが、少し気になる。

 

そんな空気が気に障ったのか、相澤先生は結果が最下位の生徒は除籍処分にすると宣言した。

ポワポワの子が抗議の声を上げるが相澤先生は意に介さない。

放課後にマックで談笑...

ちょっとしてみたい気もするけど、あの女性の隣に立つ為、最下位にだけはなれない。



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僕に足りないモノ

さっきまでの浮わついた空気が張り詰めていく。

仮にもあの高倍率の筆記試験、実技試験を潜り抜けてきたエリート達。

その表情は好戦的で、気概に満ちている。

 

気になるのはやっぱりモサモサの子。

焦燥感と絶望感がない交ぜになった表情。

あの受験を勝ち抜いて来ているのなら身体測定で不安を覚える必要はないのでは...?

 

...人の心配よりまずは自分が除籍されないように頑張らないと。

 

 

 

50メートル走。

 

スタートへ食らい付く瞬発力と地面を蹴りだす筋力。

理想的な姿勢を維持するインナーマッスル。

要は筋力が重要なのだ。

 

走者の順番は五十音順。

好成績はメガネの子で3秒04。

ふくらはぎがエンジンになっており、推進力をそのまま脚力として利用しているようだ。

推進機関が足だけだからバランス悪く不安定な姿勢になりやすそうだが、鍛え上げた上半身でしっかりとバランスキープが出来ていた。

 

ただ、その表情は納得できていなさそう。

50mではトップスピードまで持っていけていないのかもしれない。

 

後の子は五秒代以降ばかりで速度に本格応用できない個性なんだろう。

 

かく言う僕は完璧な反応でもって理想的なスタートダッシュ。

クラウチングスタートの姿勢からフォームを安定させて、全力疾走。

一歩一歩、地面を抉り飛ばす程、踏みしめ大地を蹴る。

スパイクがないので足が滑る。

筋繊維一本一本へ無駄な力の伝達を行わさせず、全てのエネルギーを推進力へと変える。

 

結果は3秒45。

中学生の時より少しだけ早くはなったけど、大差はない。

スタート後の反応の良し悪しでタイムが前後するぐらいだ。

このタイムは素の筋力が発動系のヒトや増強系のヒトと比べて優れている。

それだけのことだ。

だから何故そんな奇異の目で見ているのか分からない。

 

続いて握力。

握力は最も単純で純粋な筋力が問われる。

腕を肥大化させて、999を叩き出す。

もっと上の数字が出ると思ってたんだけど、相澤先生曰くエラーを起こしているとの事で記録は測定不能とのこと。

 

だからって相澤先生まで化け物を見る目を止めてほしい。

 

第三種目の立ち幅跳びは、走り幅跳びと違って慣性での推進力を得ることができない。

つまりは純粋な脚力と空中で姿勢を維持する必要最低限筋肉が必要になる。

バランスを調整した上で縮小化。

普段よりスリムな状態で飛ぶ。

筋肉が薄くて心許ない。

 

記録は上々。

 

トラックのレーンを使って反復横飛び。

これもスリムな状態のまま挑戦。

 

これについては、小回りが効かなくて思ったよりも数字が伸びなかった。

 

ボール投げは再び元の体型に戻して純粋な筋力で投げ飛ばす。

 

踏み込みの力を背筋、上腕筋、腕を伝いボールに余すことなく力を伝達。

納得のいくフォームで投げ切ったが、目付きの悪い子より飛距離は出なかった。

 

自分の順が終わって何人かの後にモサモサの子がサークルへと入った。

相当追い詰められた表情だ。

ポワポワした子、メガネの子も心配そうに見ている。

メガネの子と爆発の子が何やら話をしている。

そんな中での第一投。

 

モサモサの子は覚悟の決まったという、凛々しくてそれでいて狂気のこもった表情だ。

あまり良い表情とは言えない。

...何かを狂信している?

狂信の元に自分の身体を犠牲に。

 

止めないと、そう思ったときには投げ終わっていた。

しかし、結果は何もなかった。

当然ボール投げは行われた。

その結果は46m。

あんな表情で投げた結果がこれ...?

想像と現実のギャップに混乱する。

ヒトの表情を見て心理状態を見透かすことは物心ついてからの癖だ。

これについては下手な心理学者よりも精通している自負がある。

 

今モサモサの子は起こるはずの事が起こらず混乱してそして起こらなかった事実に絶望に近い表情をしている。

ということはモサモサの子は何かするつもりだった。

何らかの妨害が入った...?

 

個性の発動を消す個性。

あっておかしくはない。

誰が使った...?

何の為に...?

 

思考を重ねていると、モサモサの子が言うには相澤先生はイレイザーヘッドというヒーローで個性の発動を消す事が個性らしい。

 

...はじめて聞いた。

 

あの女性が所属する業界であるヒーロー業界。

業界研究としてある程度の事は調べた。

有名どころはともかく、まだまだ細かいヒーロー名などは抑えきれていない、と痛感する。

相澤先生もアングラ系ヒーローとやらで、メディア露出を極端にしていないようだ。

僕に足りない物が少し見えた気がする。

 

そのまま相澤先生と少し会話の後にモサモサの子が再びサークルへ入る。

 

追い詰められて暗い表情をしている。

何か考え事をしているのか小声で唱える様に思考を整理している。

徐々に瞳に力が戻ってくる。

 

狂信ではなく憧れの、なりたい自分へなるための決意。

 

それはそれはとても良い表情をしていた。

 

 

 

全て競技が終わりモサモサの子は祈るように目をきつく閉じている。

彼は結局、ボール投げ以外には目立った成績を残していない。

彼も夢を持って雄英に来たのだろう。

憧れに近づく為なのかもしれない。

理想を叶える為なのかもしれない。

 

こんなに表情豊かに一喜一憂する、その想いの源泉を知ることなく別れるのは酷く惜しいと感じた。

 

相澤先生は時間が勿体無い結果を一括で発表した。

 

最下位の除籍は嘘だ。

君たちの本気を引き出す合理的虚偽だ。

 

この二言を添えて。

 

 

 

案の定、モサモサの子は良いリアクションをしている。

仲の良さそうなポワポワした子、メガネの子も良いリアクションだ。

 

これからの学校生活。

楽しくなりそうだ。

 

ちなみに僕は2位だった。



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スクールカースト上位のコミュニケーション能力

登校2日目。

教室の扉の前で深く息を吸う。

 

今日は、クラスメイトと馴染むべく朝一のトイレへは寄らない。

 

昨日の個性把握テストの結果、僕は2位。

つまりはクラス内で、できる男。

できる男はスクールカーストにて上位に立つ。

そして、スクールカースト上位はコミュニケーションを図るには絶好の立ち位置。

 

昨日はモサモサの子の良い表情に満足して書類に目を通して足早に帰ってしまった。

 

けど、今日は違う。

同年代の人物とコミュニケーションを取るのだ。

昨日は一言もクラスメイトと話せていない。

このままではコミュニケーション能力の欠如で、あの女性と会話すらままならない可能性すら出てくる。

 

それに話題に乏しい男性が女性の気を惹くよりも話題豊富な男性が女性の気を惹く方が確実にハードルが低い。

 

つまらない男と一緒に居てくれる程、できる女は暇じゃない。

 

タイトルは忘れたけど、そんな一文が僕の脳裏に過った。

故に高校生活の中でコミュニケーション能力を改善する。

思考がまとまったところで教室の扉を開け放つ。

 

朝早い時間帯という事で、教室内にはまだ一人しか来ていない。

 

亀のような頭をしたつぶらな瞳の少年だ。

出席番号が隣通しということもありちょうど席も前後で良い。

『おはよう』と声をかければビックリしたようにこちらを見る。

 

向こうもおはよう、と返してくれた。

シャイなのか少し恥ずかしそうにしている。

...会話が止まってしまった。

...今日はこのぐらいで勘弁しておいてやろう。

 

鞄から教科書、ノートを取り出してざっと昨晩予習した内容を読み返しながら朝のHRの時間まで過ごした。

 

 

 

雄英高校の魅力として挙げられているプロヒーロー達による授業を受けて。

ランチラッシュが切り盛りする食堂で食事をとり。

いよいよ午後から、ヒーロー基礎学に臨む。

 

普通科にはないヒーロー科独特の授業。

単位数も最も多く、ヒーローとして基本的な落とせない内容ばかりだ。

傷病者の応急措置やトリアージ、避難時の一般市民の誘導など人命救助に直結したものから、ヴィランとの戦闘を前提とした個性を用いた戦闘訓練まで多岐に渡る。

 

授業初日からもう始まるようでみんな楽しみにしているみたいだ。

 

メディアで聞き覚えのある雄々しい声でオールマイトが自己主張をしながら登場した。

 

映像でしか見たことがなかった国内No.1ヒーロー。

『平和の象徴』『ナチュラルボーンヒーロー』彼を讃える声は多く、ヒーロー史に燦然とその名を刻んでいる。

そんな人物が教壇にたったことでクラスメイト達のテンションはMAX。

 

プレゼントマイクの英語の授業の時とは大きく違う。

 

初っぱなのヒーロー基礎学では戦闘訓練を行うとの事。

それに併せて、入学前に提出した『個性届け』と『戦闘服要望書』にそってサポート会社が制作した『戦闘服』の配布。

オールマイトの言葉と合わさり教室のボルテージが高まる。

 

戦闘服に着替えた後、市街地演習場に集合と指示を受けて更衣室へ向かう。

 

僕のコスチュームは言ってしまえば全身タイツと伸縮性の強いブーツ。

深緑を基調に黄色でアクセントをが入っている。

身体を伸縮させる上で課題になるのは服の伸縮性。

肥大化したときに弾け飛ぶのは当然困るし、縮小したときにダボダボになって邪魔なのも頂けない。

 

人間らしい造形じゃないとはいえ、巨大化したときの衣服がないのを触腕で毎回隠すのも締まらない画になるし...

 

タイツとブーツの繊維はMt.レディ御用達のスーツと同様の伸縮性を誇る。

約13倍の大きさになっても破れない驚異の素材だ。

頭部も同じ素材のレスラーマスクを着用。

 

夜空に浮かぶ星空をモチーフにしており我ながら良い塩梅だと思う。

見ていると、スッと頭が冴え渡る気がしてくる。

細かく要望書に書いて良かった点だ。

 

身に纏い、いざ演習場へ。

 

オールマイトの言葉通り格好から入ることも大事なんだろう。

この身の猛りはそういう事なんだと思う。

あの女性と同じく、ヒーローになるんだ。



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ボッチの越えるべき壁「はい、二人組作って」

演習場にてオールマイトから戦闘訓練の概要が説明される。

2人ずつのチームアップ、それぞれヒーローチームとヴィランチームに別れての屋内戦闘訓練。

 

...チームアップとはコミュニケーション能力の低い人間にとって最大の壁を用意するとは、流石、雄英。

これもまた、『Puls Ultra』越えるべき壁なんだろうか。

 

途中、質問が一気に吹き出しオールマイトがジョークで誤魔化しながらも困惑する、という珍しいシーンも見れた。

毎年結構な値段の公式パーカーを律儀に買い続けて収集しているファンもいるらしいからそんなヒト達からすればお宝映像だろう。

 

と、思考を飛ばしていれば本格的に状況設定が説明される。

 

『核兵器』を所持するヴィランが屋内に潜伏。

それを受けたヒーローが拠点に襲撃。

迎え撃つヴィラン。

 

ヒーローチームの勝利条件が『時間内に二人のヴィランに確保テープを巻き付ける』or『核兵器のハリボテにタッチ』

 

対するヴィランチームの勝利条件は『時間内にヒーローを二人捕まえる』or『終了時間まで核兵器にタッチされずに逃げ切る』

 

探索、戦闘をこなすヒーローチームよりも、逃げ切る形にできるヴィランチームが有利に見える点はそれこそ『Puls Ultra』なんだろう。

 

そして何よりチーム分けと対戦チーム決めがクジらしい。

壁なんてなかった!

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

最初の組み合わせはヒーローチームの勝利。

 

ヴィランチームは二人ともハリボテ前で待ち構えていた。

 

腕が多い子が一人で突入。

 

個性把握テストで握力500代をマークしたそのパワーに警戒したヴィランチームが先手を取り、戦闘が始まる。

 

耳たぶの子が放つ音波攻撃。

不可視の範囲攻撃に怯んだ間に放たれる触れるとくっつく玉と既に設置されていた玉に腕が多い子は苦戦していた。

 

しかし、二人の気が反れていた間に透明の子がはこっそりと核兵器にタッチ。

 

そこで一試合めが終了。

全員一度地下のモニタールームへ集合して、結びに頭の良い子が総評をしてオールマイトがぐぬぬってなっていた。

 

 

 

次の組も順調に終わったのだが、三組目が凄かった。

 

ヒーローチームの目付きの悪い子とヴィランチームのモサモサの子の間に因縁があったのか目付きの悪い子が独断専行による突貫。

 

その前に頭の良い子の罠が立ち塞がる。

目付きの悪い子は意外と繊細なコントロール、抜群のセンスでもって罠を切り抜けモサモサの子まっしぐら。

接敵したモサモサの子が挑発を交えて二人が戦闘を継続しながら移動。

焦れた目付きの悪い子が大爆発。

オールマイトの警告が飛ぶ。

これは目付きの悪い子というより爆発の子だ。

 

しかし、モサモサの子の読みとトラップを利用した立ち回りの良さが目付きの悪い子改め爆発の子に突き刺さり確保。

 

一方、別行動の鳥頭の子が頭の良い子相手に個性による実質、二対一の苦戦を強いる。

 

頭の良い子も事前に核兵器のデコイを大量生産していた。

 

状況は泥仕合。

勝負は分からなくなった。

 

そこにモサモサの子が救援に来て2対2。

ヴィランチームは遅延戦術を展開。

そこでタイムアップ。

 

爆発の子は酷く傷ついた表情だったのが印象的だった。

 

次の組み合わせはハーフな子の独壇場だった。

室内を凍らせヴィランチームの身動きを封じ込め、そのまま核兵器にタッチ。

強力な個性による不意討ちにヴィランチームは何もできなかった。

 

所感だけどワンマンプレイはよくも悪くも足し算引き算。

一人対相手で上回った陣営が勝利。

下回れば当然敗北する。

 

強力な個性だ、と認識されているだろう。

 

当然、皆が対策を練る。

個人技能でしかないそれは認識されるだけで反応されやすい。

対策を立てられると、それだけ不利になる。

 

今回は互いに情報がない状態だった。

けど、次回は違う。

 

頭の良い子に火炎放射器を用意されれば凍結する間もなく溶かされるかもしれない。

まぁ僕の場合はすぐに傷が治ってしまうので筋力によるゴリ押しで最短距離での肉弾戦一択なんだけど



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10話

最後になったが今度は自分達のペアが出番なのでビルの前で待機。

 

ペアの相手は尻尾の子。

対戦相手はメガネの子とポワポワした子との対戦だ。

こちら側がヒーローサイド。

ヴィランサイドが核兵器を設置する間こちらは作戦タイム。

オールマイトの開始の合図が出るまでに打合せを済ませる。

 

どうやら尻尾の子名前はオシロ マシラオと言う名前らしい。

こちらも改めて自己紹介。

マシラオ君の個性は尻尾。

特に特殊な事はできない、とハーフな子の後だから気が引けてしまっているようだ。

気にすることではないし、いないヒトの力の事は今は関係ない。

自分達に出来ること、知っている情報を用いて作戦を立てて、最大限のパフォーマンスで作戦を実行する。

勝てる作戦であれば勝てるし、相手の隠し玉や作戦次第では負ける。

気にせず出来ることをやろう!と伝えると少し驚いた顔をしている。

何か意外だったのかな?

 

そんな事はさておき情報収集能力に乏しい僕らにできることは哨戒&制圧を地道にこなし、接敵した敵を叩き潰すことだけ。

 

物理的叩き潰すと不味いので僕はなるべく直接攻撃を避けるけど。

 

透明の子みたいに隠れることに特化した相手ではないのでやり過ごされることを気にする必要はなさそうだ。

 

相手の情報はメガネの子は脹脛のエンジン。

ポワポワの子は物を浮かせる。

 

メガネの子は恐らくは機動力を活かしたヒット&アウェイ、もしくはエンジンの馬力を活かしたハードキッカー。

ポワポワの子は筋肉の付き方からそこまで鍛えられていないことが推測されるので、サブアタッカー的な立ち回りで対戦相手を無重力化か。

 

浮かせられた場合、僕は触腕を伸び縮みすることで移動や戦闘行動に支障はないが、マシラオ君は以降戦闘に参加出来なくなる可能性が高い。

 

長座体前屈で僕の触腕が伸び縮みすることは相手も知っているだろうから、それで不意を付くのは難しそうだ。

 

フォーメーションは無難にマシラオ君が前衛で僕が後衛。

マシラオ君が格闘戦闘を仕掛けて僕が触腕による牽制及び攻撃という運びだ。

触腕による牽制でメガネの子のヒット&アウェイやポワポワの子を牽制、マシラオ君は正面から核兵器へアタックを仕掛ける。

途中ヴィランチームの単独妨害等、各個撃破のチャンスは逃さずに二人で仕留めていきたい。

その旨を説明したところ力強く承諾してくれた。

 

作戦も立て終わったところで、ミッションスタートである。

 

一階から順に一部屋ずつ確認していく。

恐らくは上階に設置しているのだろうが、挟撃の為に隠れている可能性も否めない。

 

障害物のある部屋は触腕で凪ぎ払う。

結構な物音が出るので相手にはこちらのだいたいの位置がバレている可能性が高い。

僕が部屋を一掃している間、マシラオ君に廊下を見張ってもらう。

 

順々に家捜しをしていき三階部分でメガネの子の急襲を受ける。

 

見張っていたマシラオ君のおかげで完全な不意討ちは避けれた。

予想通りメガネの子は近距離戦闘を得意にしているようだ。

エンジンを活用した緩急があり、見切りにくい。

しかし、マシラオ君も武道が得意と豪語するだけの事はある。

マシラオ君の間合い外からの急襲には僕が触腕で牽制。

 

触腕は牽制しかしないと油断したところでメガネの子の背後の壁に触腕を突き刺し、壁を起点に収縮を行い擬似的に高速機動擬きを行う。

突然背後へ回り込んだ僕に気を取られたメガネの子はマシラオ君のローリングソバットに対応できずまともに受けてしまう。

すかさず触腕で巻き取り身動きを封じ、捕縛テープを巻き付ける。

 

これで残るはポワポワの子の確保か核兵器をタッチするのみ。

 

その後も哨戒を続ける。

その後、然程離れていない部屋にポワポワの子と核兵器を発見。

 

触腕による先制攻撃を仕掛ける。

あくまでも様子見。

ポワポワの子の出方を伺う為の一手。

存外に良い反応。

 

それにあわせてマシラオ君も前へ進む。

同時に僕も進むと指先を合わせる動作。

なんだ?と疑問に思った矢先、頭上から降り注ぐ瓦礫の雨。

 

反射的に全ての触腕を肥大化、頭上を一掃する。

僕の頭に当たったところで問題はないがマシラオ君の場合はそうはいかない。

ポワポワの子は外見に似合わず割りとえげつない手を使ってくる。

 

なんとか事なきを得たが、その意識の隙を衝かれてマシラオ君が宙に浮かされている。

 

確保テープを巻かれる前に触腕で巻き取り、室外へ待避させる。

確保テープが巻かれたなら敗北へ一歩近づく。

相手も勢い付くし、こちらの余裕もなくなる。

こうすれば相手の個性に負担を強いれるし、向こうの判断ミスが増えるかもしれない。

 

 

複数本の触腕で牽制、誘導を行いジリジリと核兵器の方向へ道をあけ、にじり寄る。

焦れたポワポワの子がこちらへ突撃を敢行する。

触腕を全て引っ込めて全力でポワポワの子の背後に脚力でもって回り込む。

 

不意を衝いたつもりでもやっぱり反応が良い。

ルートを変えて核兵器へ。

 

ポワポワの子とやり合えば、慎重に部屋を見て回った弊害、時間切れで負けてしまう可能性が高い。

身構えていたポワポワの子に焦りの表情。

向こうの作戦は遅延戦術と仮定。

やっぱり核兵器狙いで正解だろう。

勢いの乗ったまま跳躍。

 

触腕を肥大化させ進行方向の窓を叩き割る。

続けて羽も肥大化させて滑空。

核兵器を掴み持ち上げ窓から脱出。

隣のビルの窓ガラスも割る。

羽を全筋力を総動員して機動を修正する。

 

もし、実際に行われた作戦であれば、応援に来たヒーローにヴィラン掃討を託し、僕はこのまま離脱するのが定石だと感じたからだ。

 

放送で僕らの勝利が告げられる。

僕らの勝利だ。

やったよ、マシラオ君!



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姿カタチ

戦闘訓練終了後、オールマイトは皆に発言を促した。

またもや頭の良い子の手が上がりオールマイトの笑顔がひきつる。

頭の良い子自身の訓練以外の講評の度に的確な意見を列挙されれば、さしものスーパーヒーローもこうなるのか...

と、無駄な思考を割いていたが頭の良い子曰く、今回のMVPは僕に輝いたらしい。

 

チームのできることと、できないことを分析したうえでできなくて困る事に時間をかけてでも行ったのは良いこと、と誉められる。

しかし悪かった点として、時間を割きすぎた弊害で訓練終盤の戦闘が荒っぽくなってしまったこと。

マシラオ君の意見をもう少し聞いて作戦へ取り込み、より二人の連携を密にできるように調整できれば尚良し、といったところが挙げられる。

ヴィランチームの二人へも行動に講評が語られる。

 

やはりコミュニケーション能力と他者の能力分析力、得た情報を活かした作戦立案能力が僕の今後の課題だろう。

 

駆け足で授業が終わり各々が更衣室へ戻るべく、先ほどの授業の感想を語りながら歩を進める。

...油断した!

既に中の良い者同士でグループ分けが始まってしまっているのだ。

 

そう言えば、他のグループを見ている最中コミュニケーション能力の高い子達同士で意見を交換していた。

成績という、普段は影を潜める優位要素ではなく、コミュニケーション能力という普段から影響力をもたらす、その圧倒的な武力を用いて、既にスクールカーストは形成されつつあるの。

しかし、ここで僕が迂闊に話しかけに言ったら墓穴を掘りかねない。

 

何こいつ?

ウゼー、って。

話しかけられるのを待つべきなのか?

そんな葛藤の中メガネの子とポワポワの子、モサモサの子が話しかけに来た。

この時ばかりは3人が天の使いに見えた。

 

メガネの子が放課後に都合が付けば何処かで集まって、互いの健闘を称えて検討を重ねようとの事。

 

これは、相澤先生が諦めろと言っていた放課後にマックで談笑フラグなんじゃ...?

マシラオ君はノータイムでオッケーしてる。

自然に皆の目線がこちらに集まる。

喜色を抑えつつ、了承の旨を伝えるとちょっと驚いた表情をしている。

...そんなに人付き合い悪そうなのかな?

 

教室へ戻る間、ポワポワした子改めオチャコちゃんが楽しげに話題を振り撒き、メガネの子改めテンヤ君は独特のジェスチャーをし、モサモサの子改めデク君は表情がコロコロと変わる。

僕とマシラオ君はそんな彼らを眩しそうに見ていた。

 

相澤先生による合理的ホームルームを経て時刻は放課後。

他のクラスメイト達も検討会という名の反省会をするみたいで教室には結構な人数が残っている。

 

デク君は目付きの悪い子に伝えなきゃいけない事があると言い残し駆け出して行った。

てっきり参加すると思っていた僕らは拍子抜けである。

観察眼、洞察力、プロヒーローの知識は光るものがあるとのことで少し残念だ。

 

基本的には対戦相手のチームと場面場面での各々が感じた所感を意見交換。

瞬殺で勝負が決まってしまった触覚の子とカエルっぽい子に客観的な意見を求めたりしている。

触覚の子は主体的に、カエルっぽい子は客観的な意見を出してくれるので多角的に意見交換ができる。

 

残念なのは今日は『ほのぼの荘』のOBの人達が食材を持ち寄って闇鍋パーティーをするらしいので支度を手伝わなければならない。

中座する形になってしまってすまない、謝ると他府県から電車で通っているヒト達も良い時間ということで解散になった。

 

帰り道、ある程度方向が一緒なグループで固まって談笑しながら歩く。

 

途中まではテンヤ君やマシラオ君も一緒だったが、電車通学らしく途中で別れる。

オチャコちゃんもそうかと思っていたが、現在は上京して一人暮らし中とのこと。

仕送りも食費がカツカツらしい。

 

今日みたいにウチのOB達が食材を持ち寄って来る日は度々あるので、次回は良ければ参加する?と聞いてみれば食い込みにぜひとも参加するとのこと。

デク君やテンヤ君、マシラオ君なども誘おう!といったところで別れ道に差し掛かったので手を振って見送る。

 

約束をしてから思い出す。

ウチの『ほのぼの荘』の住民達やOB達は大概が異形系個性だ。

流石に僕みたいなこの世の生物の何れにも該当しなさそうなガチ異形はいないけど、結構な人達に避けられる経験を持つ人達ばかりだ。

 

そんな彼らだから余所者であるカレらに、異形系ではない個性を持つヒト達に良い感情を抱かないかもしれない。

 

僕に偏見を抱かずに接してくれるカレら、カノジョら。

同胞として暖かく接してくれる彼ら、彼女ら。

双方が仲良くできれば良いな、と想いながら自転車で坂道を下っていく。

...風に散る桜の花弁がやっぱり鬱陶しい。




明朝の更新は諸事情によりおやすみします。
楽しみにして頂いている方々はSANの回復に努めて頂ければと思います。


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闇鍋(神話風狂気を添えて)

夢を見ている。

小さい頃よく見ていた夢だ。

最近起こった僕の身近な出来事が大きな画面を通じてすごいスピードで早送りされている。

 

誰かと一緒にその画面を眺めている。

会話はない。

けど気持ちで通じている気がする。

一緒に見ている人はとてつもない存在で。

彼が身動ぎするだけで僕という存在は消し飛ぶだろう。

 

寝苦しさを覚えて意識が浮上する。

僕は目には見えない巨大な何かが、僕が産まれた時からずっと僕の事を見ている事を知っている。

 

僕の一挙一動を片時も目を離さず見ている。

揺蕩う微睡みの中での些細な暇潰し。

夢を通じた精神交信。

多分僕以外の人にこれが起これば、心が壊れてしまう。

久々に気絶したからだろう。

何が起こったのか興味を牽いてしまったみたいだ。

 

こころの中で呟く。

大した事はありませんでしたよ。

何かあればちゃんと御呼び致します。

ですので、それまで御休みください。

 

気絶の直前の記憶を思い返す。

一昨日、僕は戦闘訓練を終えて空きっ腹を抱えて闇鍋パーティーの支度を手伝っていた。

闇鍋とは言ったものの、僕以外は成人も過ぎた大人達だ。

 

分別のある食品がそろっていた。

南極近海まで遠洋に出ていたというOB達の帰港もあっての季節遅れの鍋パーティー。

 

取れたてのマグロのお刺身初めてとした良い出汁を出す深海魚類の海の幸。

他にもスーパーで買ったのであろうおおよそ鍋に入りそうな葉物野菜や豚肉、つくね、ウインナーなんかの肉類。

 

ここまでは良かった。

 

熱せられた香りは時季を外していても食欲を誘い、訓練でカロリーを消費して悲鳴をあげていた胃袋が早く物を入れろと急かしてくる。

しかし。

 

しかしだ。

 

闇鍋に何でも入れても良いという暗黙の了解があったとして、アレは、アレだけはダメだ。

ソレはクーラーボックスから取り出された。

 

それまで確かに存在していた鍋の魚介の香りを、一瞬で形容しがたい異質な物へと変容せしめた。

香り、薫り、匂い、臭い。

嗅覚が察知できるソレを最大限に、可能な限り、むしろ限界を越えてマイナス方向へ振り切る。

 

焦げ付かないようにお玉を入れる感触も粘度が上がり、ドロリといった擬音が相応しい。

時折、沸点に近いのかゴポリと音を立てて臭気を辺り一帯にブチ撒けた。

 

もはや鍋の中身は食物の色彩ではなく、絵画や壁画などの美術、表現といった分野において、キャンパスや絶望といった表情に塗り固まっている。

黒、漆黒、タールのような。

ソレに該当しそうな単語は脳内に列挙されるものの、何れも的を外しているようにも感じた。

 

しかし、何処かで見た記憶が確かにあった。

あれはいったいどこで見た色だったんだろう。

思い返しているとー食物を無為にはできない。

 

沈黙が支配していた食卓に不意にそんな一言が躍り出る。

...嘘だろ?

 

一瞬脳が別の物音を誤認して、そう聞こえたのか疑った。

 

周囲を見ると同じ思考の住民やOBが驚愕を表情に表しつつ目線を走らせている。

...これで聞き間違えやショックによる幻聴の線は消えてしまう。

 

ー食物を、無為には、できない。

 

一言一言が苦渋に満ちた大家さんの声。

本意ではない。その想いがありありと伝わってくる。

各々の器へと取り分けられる。

 

目の前に置かれたそれらから立ち上る蒸気が目に染みる。

拒否も逃亡できない空気が場を支配する。

 

ここを追い出されては路頭に迷ってしまう。

それは他の住民達もそうなのか決意に満ちた表情だ。

それに食べられないものを鍋に入れるなんてこと大人はしないだろう。

 

こんな見た目と臭いだが味わい深いのかもしれない。

納豆、キムチ、くさや、シュールストロミング。

臭いが強烈だが愛される食品は数多い。

これもそういった類いの味なのかもしれない。

 

嫌がる本能を誤魔化して。

途中で止まると絶対にムリだ。

味覚は口内、もっと言うなら舌上でしか感じることができない。

なので口、喉、食道を大きくし丸呑みにする。

 

制止する声。

喉元を通り過ぎる異物感。

世界を満たす臭気。

明滅する視界。

 

そこで思い出した。

彼の側にいた黒いスライムのような生物を。

アレだ。

 

記憶はそこで途切れている。

 

枕元の携帯がLEDランプを光らせ通知を告げていた。

マシラオ君達からメッセージが来ている。

 

内容は僕の体調を気遣ったものやノートを貸してくれるといったもの。

 

ハッとして日付を確認すれば、アレから丸々一日が経過していたみたいだ。

学校へは大家さんから体調不良だと連絡が入ったようだ。

 

1日とはいえ、皆から遅れてしまった。

明日以降も頑張ってこの遅れを取り戻さなければ。




作品内で本来なら描写したかったのですが、主人公のクトゥルフ神話技能値が足りなかった為、後書きにて補完致します。
実は今回ショゴスを食べてSANチェックに失敗し、気絶してしまったのは主人公がクトゥルフ様御本神ではないからです。
主人公はプレゼントマイクのように生まれつき個性が発現したクチ。
個性は模写、本来なら目の前の存在とそっくりに変身する個性。
しかし、産まれたその日に世界中のカルトが全く気づけないレベルで不意に星辰が良い感じに揃ってしまった。
ルルイエが浮上することもできないほどの微妙なソレでした。
その時に御本神に精神干渉を受けてそのショックで現在の姿で固定されている。
という次第でございます。
御本神様とはたまに変わったことはない?と夢の中で世間話する仲。
姿形が自分そっくりというかそのままでかくなった姿なので、主人公は親戚だと思っています。


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這い寄る霧

更新しようと思いつつ区切る場所が分からなくなっておりました。
すごく中途半端ですが更新します。
また、今話も独自解釈があります。
ご注意ください。


翌朝、HRの時間までマシラオ君に昨日あった出来事や授業の内容について話を聞いた。

 

雄英のセキュリティを掻い潜り敷地内まで入ってきたというのは常軌を逸しているとも言える。

 

終った事をどうこう言っても仕方がないけれど、委員長決めもあったようだ。

 

欠席裁判の生け贄になってしまったかと思ったが、ヒーロー科はやりたがるヒトが多いようで助かった。

 

僕はやりたい訳ではないからだ。

 

口下手だし、リーダーシップを発揮する場面は少いだろう。

 

だからこそテンヤ君が委員長と聞いて反対することもなくむしろ賛同した。

 

朝のHRでは、今日の朝から行われるヒーロー基礎学では救助訓練で相澤先生とオールマイトともう一人でするとのこと。

 

敷地から少し離れた場所で行うから全員バスに乗り込むように指示が出る。

 

道中カエルっぽい子から、デク君の個性がオールマイトの個性と似ているね、と訪ねられていた。

 

公式に秘密とされているオールマイトの個性だが、力を振るって骨がバキバキに折れる訳ではない。

 

なので同一ではないだろうとトゲトゲな子が指摘していた。

 

何にせよ彼からすれば派手な個性で羨ましい

 

と、こぼしていた。

 

けれども僕は派手であれ、地味であれ、その個性の輝く場所はきっとあると思う。

 

例え、指を伸ばすだけの個性だとしても、ヒーローになれなくても、ピアニストやヴァイオリニスト等の音楽家として大成できる可能性がある。

 

むしろ、スポーツと違い芸術の分野では個性の使用は咎められるどころか、奨励されている。

 

複眼の個性で見た万華鏡の様な風景画。

 

ヘソから息を吸う個性の循環呼吸による管楽器の超絶技巧を凝らしたソロ曲。

 

身体からバネを生やす個性によるアクロバティックなダンス。

 

ぬいぐるみを自在に操る個性による人形劇。

 

枚挙にいとまがない程、個性で活躍するパフォーマーは多い。

 

表現に壁はなく、言語、文化、人種あらゆる溝と壁を飛び越える。

 

...そんな益体もないことを考えているとどうやら実習施設に着いたみたいだ。

 

まるで、テーマパークのような内観にクラスメイトのテンションは上がる。

 

責任者の13号先生から挨拶があったが施設名は大阪のテーマパークと被ってしまったみたいだ。

 

13号先生から授業前にお小言と称した、お話が始まる。

 

行き過ぎた個性...

 

嫌な記憶が刺激される単語だ。

 

思考を振り払い、13号先生の話しに意識を向ける。

 

命のために個性を応用させる...

 

その方法を考える。

 

それは凄く有意義な事なんだろう。

 

それはとても建設的な事なんだろう。

 

それは夢に溢れた素敵な事なんだろう。

 

けれども、理不尽な突然は唐突に現れて。

 

ヒトの悪意は奇襲を仕掛ける。

 

少し降りたところにある噴水前の広場に黒いモヤが現れた。

 

モヤからは続々とヒトが出てくる。

 

トゲトゲの子がこれまでの雄英のやり方的に既に始まったのか?と発言しているが今日はレスキュー訓練、関係はないと思う。

 

そしてカレ等の表情は悪意に満ちていた。

 

暴力を振るう、力を振り撒く、倫理に捕らわれない、暗い愉悦に満ちた表情。

 

相澤先生が指示を出す。

 

カレらはヴィランと断定。

 

僕ら生徒は一塊になって避難を、13号先生はその護衛。

 

相澤先生が迎撃にまわるようだ。

 

デク君がイレイザーヘッドの個性を分析した上で不利だ、と苦言を呈したが、相澤先生は一芸だけではプロヒーローは勤まらない。と言い残し駆け出した。

 

噴水前のヴィラン達は遠距離攻撃持ちと思われる一部が相澤先生へ向けて標準を合わせ、個性が発動しないことに首をかしげている。

 

その不意をついて捕縛武器を巧みに操り二人のヴィランが膝を折る。

 

個性が消されるのであれば、と異形系のヴィランが前へ出てくるが機先を制した顔面への拳が突き刺さる。

 

捕縛武器でその大柄な身体を絡め取り、別の襲い掛かってこようとしているヴィランへ投げ飛ばす。

 

分析している場合ではないとテンヤ君の注意喚起に見とれていた僕とデク君は慌てて後に続こうとしてそいつは現れた。

 

新月の夜の闇を思わせる深い黒。

実体を感じさせないモヤのような身体。

いつか、どこかで聞いた、とある神の化身がこのような姿を取ると聞いたことがある。

そのモヤに包まれた人物は気が付けば別の場所へ運び去られるらしい。

 

僕の不安を取り除くかのように、心の奥底に空気が漏れるかのような声が聞こえる。

 

アレはグレートオールドワンではない。

仮に化身だったとしても力弱く、本柱にとってどうでもいいもの。

アレがいなくなったところで気にするものはいない。

と、教えてくれた。

勝ち目のない無謀な戦いではないことに一安心しつつ身構えた。



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講義がないなら自習すれば良いじゃない

 

 

紛らわしいヴィラン曰く、目的はオールマイトの暗殺らしい。

 

会話の最中も形が定まらない黒いモヤは朧気ながらヒト型を保っている。

おそらくだが、自在にあのモヤを広げたり伸ばしたりすることができそうだ。

 

計画遂行を続けようとして、爆発の子とトゲトゲな子に妨害されている。

けれど、その妨害は気体のような揺らぎを生むだけで、効果がなかった。

 

ヴィランから広がる黒いモヤが僕らを包み込もうとする。

咄嗟に近くにいたデク君を肥大化させた翼で囲み庇う。

モヤで視界が塞がる。

 

 

 

気が付けば上空。

 

肥大化させた翼はそのままに滑空しやすいように身体を縮ませる。

下を見渡せば水面が広がる。

 

紛らわしいヴィランの個性で水難ゾーンへワープさせられたようだ。

 

水上に一隻のクルーザーが浮いている。

上空から旋回しつつ見ているとカエルっぽい子がブドウみたいな子をクルーザーのデッキへ叩き付ける。

カエルっぽい子がよじ登るのと僕がデッキへ降り立つのはほぼ同時だった。

 

カエルっぽい子とブドウみたいな子が現状について議論している。

 

何にせよ僕らは僕らで周りにいるヴィラン達をどうにかしなくては。

オールマイト本人だろうと、応援の教師たちだろうと、雄英の校舎からここに来るには時間がかかる。

まずは互いにできる事の共有も含めて個性を含めた自己紹介と意見交換でもした方が有益だろう。

下でお待ちのヒト達はあまり気が長い方ではないみたいだし、と伝えると驚いた顔をされた。

 

その後の反応は両者とも極端に違った。

 

冷静に事実を認識しているカエルっぽい子、改めツユちゃん。

悲観的意見がその大部分を占めるけど最悪の想定でもあるブドウみたいな子、改めミノル君だ。

 

自己紹介中にクルーザーに攻撃を仕掛けようとした行儀の悪いヴィランがいたので触腕を伸ばす。

 

攻撃行動を中断して退こうとするも遅い。

絞め殺さないように加減して上半身を絡めとる。

抵抗されたけど、傷も付かない弱々しい物だ。

水面へ、バチャバチャと数回勢いよく叩き付ける。

 

喚き声が呻き声へ代わり、それも弱々しくなったところでクルーザーに回収。

水面から確認できない壁にミノル君のモギモギで貼り付ける。

 

他にも捕虜にできそうな手頃なヴィランがいないか船縁へ行くと、警戒からか大きく距離を取られた。

さっきみたいに、すぐさま確保できる距離ではない。

残念だけど、話を続けながら牽制にはなるので両方の船縁を巡回する。

 

迂闊なヴィランには同じ目にあってもらったので合計三人のヴィランが貼り付けられている。

ミノル君の今日のコンディションだとモギモギの接着時間は1日は固いと保証も得たのでさっさと片を付けよう。

 

触腕全てを左右へ伸ばして肥大化。

内三本は湖底に突き刺し、本体を安定させる。

触腕の間隔を少しだけ開け、ヴィランの追い込み漁を始める。

 

ヴィラン達は各々が抵抗をしているが、傷を付ける事ができるモノはない。

衝撃は強靭な筋肉に殺され、刃は皮膚に突き刺さらない。

水中を逃げ惑うヴィランも、岸の方向へ逃げ出したヴィランも、余さず笊のように触腕で掬い上げる。

 

水上へ掬い上げたヴィランを一纏めに触腕で絡め取り、勢いよくブリッジ姿勢へ。

ヴィラン達をバックドロップ的に水面へ叩き付ける。

 

大きな波が起こりクルーザーが揺れる。

ミノル君とツユちゃんがバランスを崩しそうになっているけれど縁にしっかりと捕まっている。

 

貼り付けたヴィラン達の顔色が悪くなっている。

触腕に捕まったヴィラン達からは悲鳴と口汚い罵声が聞こえてくる。

まだ元気いっぱいなので、そのまま元の姿勢へ戻し様に着水。

 

何度か遊園地のバイキングの要領で繰り返すと、大人しくなるヴィラン達。

 

船上へ戻りお仲間と同様船へ貼り付ける。

数がそれなりに多いので一人一人丁寧に。

逃がすことなく、クルーザーへ貼り付け終えたところで、ツユちゃんとミノル君と今後の方針を話し合う。

 

取れる方針は3つ。

 

1つはここで応援が到着するまで待機。

安全度は一番高いが何かしらの情報を得ることは難しい。

ヴィランの主戦力がオールマイトを殺害した後、順々にUSJを巡られると詰みだろう。

 

2つめは他のエリアへ行きクラスメイトと合流する。

索敵能力や通信能力のあるクラスメイトと合流できれば情報という面では大いに役に立つ。

苦戦しているクラスメイトの助けにもなる。

移動中や移動先で連続して戦闘を行う可能性が高いので怪我や事故の可能性も上がる。

 

最後が噴水前広場へ戻る。

既に応援やオールマイトが到着していて、全て終わっているかもしれない。

まだ終わっていなくても、それぞれが何か手伝えることもあるかもしれない。

 

ミノル君は1つめを主張したけど、逆に一番の悪手になりかねない。

ツユちゃん的には2つめ。

僕は3つめを推す。

 

それぞれが自分の意見に自信を持っていたからこそ訪れる少しの沈黙。

 

とりあえず、ミノル君の泣き顔は置いておく。

多数決でこの場を離れることは決まった。

 

後は、方向の問題だ。

 

自身の安全とその後の手間を考えると、主力と思われるヴィランもいるが、プロヒーローもいて応援が真っ先に到着する噴水前広場への移動の方が得策だと思う。

 

その点を加味してなんとかツユちゃんを説得した。

 

僕の中では安全は二の次だ。

今だ表皮を傷付ける事ができた者はいないのだ。

ある種、当然である。

噴水前広場へ行くのも、プロヒーローと実力派ヴィランの戦闘に対する興味しかない。

 

結局のところ、講義がないのであれば自学自習。

よいお手本を見習い、未熟な実力を磨く。

もしかするとNo.1ヒーローの戦いを間近に見れるのかもしれないのだから。



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燃焼式ジャーマンスープレックス

 

 

 

 

 

噴水前広場へ到着した僕らが見たのは脳ミソ丸出しのマッチョに相澤先生が取り押さえられているところだった。

 

ミノル君は恐怖に震えている。

ツユちゃんは冷静に気配を隠して気付かれないように観察している。

僕は不意討ちを食らわせる為に飛翔していた。

 

無造作に腕を掴もうとしている脳ミソヴィランの筋力は相澤先生が押さえられない素の産物。

きっと並大抵のものではないだろう。

それでも相澤先生を組み敷いて油断しているはずだ。

ヒトは獲物を仕留めた瞬間が一番気が抜けるらしい。

 

だからこそ、死角である上空から奇襲を仕掛ける。

食腕を二本伸ばして左右から。

 

掌を顔にくっつけたヴィランがこっちに気付いた。

警告の声が掌ヴィランから脳ミソヴィランへ。

 

二本の触腕を巻き付ける。

反応が早かったので片腕を自由にさせてしまった。

 

そのままこちらへ触腕を掴み手繰り寄せようと引っ張られる。

 

力が強い。

僕は空中で滑空中なので自由に動けない。

 

凧のように振り回される。

地面に叩き付けられる寸前に身体を捻りなんとか着地。

 

これで踏ん張れる。

触腕に力を込めてやりかえそうとしても拮抗する。

 

このサイズだと筋肉が不足しているみたいだ。

すごいパワーの持ち主だからか、思いっきり絞めても潰れる事はない。

 

足を止め、お互いに全霊の力を込める。

時折、緩急を付けて何とか釣り合いが取れる。

 

 

 

どれぐらいの間、力比べを続けただろうか。

5秒?

30秒?

1分?

時間の間隔がない。

油断すると触腕を振りほどかれそうだ。

 

身体を大きくして力を強くするにもその隙に周りの雑魚に隙を与え兼ねない。

そして解放してしまったら、もう一度捕まえれる自信がない。

 

触腕を殴られ続けて地味に痛い。

ボディや頭なんかには絶対にごめん被る威力。

 

今のところお互いがアグレッシブに動き回っているので、その余波で雑魚ヴィランの介入を防いではいる。

 

掌ヴィランもこないが、動きを止めたら雪崩うって殺到されるだろう。

 

 

現に今も掌ヴィランがチートだなんだと喚いている。

そしてこのタイミングで紛らわしいヴィランも合流。

 

この流れはまずい。

脳ミソヴィランで手一杯なのに、後の二人プラスアルファの相手なんて無理、無茶、無謀。

多対1は意識が追い付かない。

 

 

 

これはちょっとシャレにならない、と思っていたらゲートがいきなり吹き飛んだ。

 

オールマイトだ。

目にも止まらぬ早業で周囲の雑魚を一掃してくれた。

そして、倒れ伏せた相澤先生を戦闘区域から避難させた。

 

 

 

そして、何故か掌ヴィランのテンションが急上昇。

脳ミソヴィランへ指示を出しているがここが魅せ場。

 

意地でも離さない。

雑魚の邪魔はもう入らないので3m程に巨大化する。

 

これで溜まった鬱憤を晴らせる。

 

触腕を強引に持ち上げ、ブリッジ。脳天から真後ろに振り落とすジャーマンスープレックスの変形型。

受け身を取れたかは確認しない。

 

腕に力を込めてスプリング。

触腕を起点に宙返り。

 

 

 

何度か繰り返し、移動しつつダメージの蓄積を試みる。

触腕の中のもがく力は衰えない。

 

とりあえず、オールマイトの邪魔にならないところまで行ってしまおう。

制止するかのような声が聞こえた気もするが、きっと気のせいだ。

 

全力で戦える滅多にない機会、身体が鈍らないようにしっかり運動をしなくては。



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僕らの戦いはまだ終わっていない!

 

 

 

ヴィラン襲撃後の授業。

昨日は休校日だったけど、流石に何日も休んでられないのか授業は再開される。

 

皆がどう難を逃れたのか話している。

あの後、脳ミソヴィランとプロレス擬きを応援の先生が来るまで繰り広げた話は皆顔が引きつっていた。

 

予鈴が鳴り、扉が開く。

相澤先生は重症と聞いている。

代理の先生が来るんだろう。

個人的に仲が良いって言ってた山田先生だろうか?

 

相澤先生がミイラの様相を呈して入ってきた。

休めば良いのに、と言ったトゲトゲな子に、まだ戦いは終わっていないと告げる相澤先生。

 

 

曰く、雄英体育祭が迫っていると。

 

 

人類に個性が芽生え、共通のスペックを保てなくなった社会ではルールでゲームを規制する事は難しい。

レスリング、相撲、ウェイトリフティング等では増強系、異形系が有利になり。

卓球、テニス、ラグビー等の球技は個性によっては試合にならない。

 

スポーツの類いはマイナーになったのだ。

 

しかし、そうなってくると人々はエンターテイメントに飢える。

 

そこで脚光を浴びたのが雄英体育祭だ。

ヒーローの卵による全力を賭けた青春の日々。

毎年数々のドラマと話題を呼ぶこのイベントは全国にテレビ中継される。

 

個性未発現時代の高校野球の甲子園。

サッカーの国立のピッチ。

 

そういった若者の青春の発露を楽しみにする大人達も多いと聞く。

 

そう言えば一部の大人達は仲間内で雄英体育祭をトトカルチョのネタにしているらしい。

『ほのぼの荘』の隣の部屋の深井 太権さんも僕にベッドしたから負けるなよ、と激励してくれた。

 

全国の色んなヒトに向けて生中継されるのだ。

もしかしたら、あの女性も見てくれるかもしれない。

せめて、無様を晒すのは避けなくては。

できることなら、格好いいと思って欲しい。

 

けど、相手も大人の女性だ。

有望だ、と思ってもらえる位には活躍したい。

 

例年の傾向からして複数の種目を予選として最後には一対一、というのがお決まりの流れだ。

せめて、そこまでは出場したい。

1日かけての長丁場。

 

こういう場合、目立つ方法は大きく分けて3種類ある。

 

1つ。

第一種目で他が温存している中、全霊で突出して話題をかっさらう。

 

2つ。

序盤は実力を隠して体力を温存、最終種目で実力を発揮してダークホース的に注目を集める。

 

3つ。

圧倒的な実力を示して、終始他者を寄せ付けない。

 

1つめは一番労力が少なくて済む。

対抗馬が少ないからだ。

 

常識的に考えるとここで全てを出しきってしまうと後が続かないし、他者のマークも相応に厳しくなる。

その分、総合順位に響いてしまうだろう。

 

2つ目はそれなりの労力はかかるが、ハイリスクハイリターンだ。

 

他のヒトも大なり小なり似たような事を考えるからライバルが増える。

何故なら、中継用カメラの台数と表示映像は限られているからだ。

当然、同時多発的に複数人が目立とうとすると目立てない確率が出る。

それに、序盤力を温存して早期脱落してしまうと目も当てられない。

 

3つ目が一番妥当な気もするが、一番難しい。

 

何せしっかりとした地力と、相性に左右されない安定性、目線を奪う特異性。

パッと思い付くだけで複数の要素を持ち、周囲の人間と実況者や有力者へ事前にある程度注目される必要がある。

大規模な範囲へ働きかけるハーフな子。

音も見た目も派手な爆発な子。

他、推薦入学者等の一目置かれる肩書きを既に手にしているヒト達。

 

そう言ったスクールカーストの上位に君臨するヒト達の戦場だ。

ここは大人しく、2つめのプランを採らざるを得ないかなぁ。

そんな事を授業を聞き流しながら考える。

 

放課後、帰ろうとすると廊下にすごいヒトだかり。

皆ヴィラン襲撃の話を聞くため押し掛けて来たらしい。

 

仮想競争相手の情報収集に余念がない、と感心していると、爆発の子がすごい勢いで周囲を煽る。

 

体育祭まであと二週間。

他クラスとこの空気感で学校生活送るのは憂鬱だな...



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