悪鬼†無双 (市中見廻り組)
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見知らぬ地

 ああ、青空が綺麗だな。

 

「…自分にとって恋川殿は、悪人なんかじゃありませんでしたから…!」

 

 全く最後まで、人の話を聞かない馬鹿な奴だったな、兄ちゃんは。

 でもよ、俺は知ってる。この馬鹿は、誰よりも人を救おうとした馬鹿だ。そんな馬鹿が、出会ってくれてありがとうなんて言って来やがる。

 なあ、千鶴。俺は、たくさん殺した。そんな俺でも、さ………情けねー話だが、まだ生きたいって願うのは、図々しいか……?

 

 

 

 

 

「…………あん?どこだ、ここ……」

 

 荒野の中心で恋川春菊は目を覚ます。見覚えがない場所で目を覚まし混乱し、頭をガリガリかく。

 

「……あ?」

 

 頭を、かく?どうやって、そんなのは不可能なはずだ。何せ春菊はつい先程両腕を失ったはずなのだから。

 

「───!」

 

 慌てて自分の体を見回す。傷跡は大量にあるが血を流す新しい傷は一つもない。

 何がどうなっている?

 

「まさか、ここは地獄か?」

 

 地獄にもお天道様があったのかと空を見上げる春菊。

 

「しかし俺を裁く鬼も俺みたいな罪人の亡者もいやしねーとは、随分な場所だな地獄って」

 

 てっきり日もない場所で毎日毎日鬼を相手にすると思っていたのだが、これはとんだ期待はずれだ。おまけに帯刀を許されていると来たもんだ。腰に下げられた三本の刀を見て春菊は首をゴキリと鳴らす。

 さて、現実逃避はやめよう。どう考えたってここは地獄なんかでは断じてない。地獄がこんな場所で、数え切れない命を奪った自分の死後がこんな場所に来るはずがない。

 何せ神もいる世界に生まれたのだ、理由は知らないが生き返り、どこか知らぬ地に飛ばされたとしても今更驚くことでもないだろう。いや、十分驚愕に値する事ではあるが。

 

「しっかし酒がねーのはいただけねーな。気が利かねえ」

 

 春菊はそういうと歩き出す。金は持ってないが、何処か村で酒でもくれる心優しい奴でもいればいいのだが。ゴロツキ相手にゃこの人相は当たりが良く、初対面でも酒をおごってもらったこともある。

 

「………ん?」

 

 不意に春菊は立ち止まる。春菊の耳に、ある音が入ってきたからだ。

 鉄と鉄がぶつかるような金属音。しかし音が僅かに鈍い。大きな鉄の塊に刀をぶつけるような音。

 

「……蟲でも現れやがったか?」

 

 春菊の暮らしていた江戸には良く蟲と呼ばれる身の丈が人を優に越す化け者共が現れた。彼等の大半は鉄で切れぬほど硬い。そこに刀を打ちつければ大抵こんな音が鳴る。

 

「カカカ。んじゃ、虫けらだったらお勤めを果たしに行かなきゃならねーな」

 

 春菊はそういうと駆け出した。これは新中町奉行所通称蟲奉行所の市中見回り組の一人、つまりは蟲退治こそ彼の勤め。故に蟲の可能性があるなら赴き蟲を斬る!

 

 

 蟲退治にと駆け出したはいいが、春菊はそこで胸くそ悪くかつ不思議な光景を見た。

 

「……人って飛ぶんだなぁ」

 

 たった一人の少女に大の男達が寄ってたかって得物を振るう。ここまでが春菊の気に入らない光景。

 大の男達がたった一人の少女の鉄球に天高く吹き飛ばされる。ここまでが春菊と不思議な光景。少女が持つ鉄球が振り回され、男達が吹き飛ばされているのだ。

 あの少女、何という剛力。ひょっとしたら蟲奉行所に来たばかりの頃の猪突猛進で、しかし嫌いになれないあのバカな侍並ではないだろうか?

 先程の音はどうやら少女が持つ鉄球と男達の持つ剣がぶつかる音らしい。

 つまり争っている。春菊ははぁ、とため息をはくと再び走り出した。

 

 

 

 少女、許緒は肩で息をしていた。村を襲う盗賊、守ってくれない領主。故に、自分で自分の村を守るんだと勇んで飛び出し村に向かっている盗賊達を見つけぶつかった。

 許緒は強い少女だ。村じゃ幼なじみの女の子にしか負けたことがなく、彼女との勝負も勝ったり負けたりと互角。力には自信があった。実際何人も倒した。

 しかし数が多い。オマケに子供にやられたのがしゃくに障ったのか、一向に逃げる気配もない。と、その時。

 

「嬢ちゃん、しゃがみな!」

「へ?」

 

 不意に聞こえてきた声にとっさにしゃがむ許緒。瞬間、盗賊の半数が切れた。肉も骨も鎧も剣さえ歪みなく両断され地面に落ちる。

 

「よお嬢ちゃん無事か?」

 

 その男は、許緒のいた村の男達より一回りは大きく腹には晒しを巻き、着物ははだけさせ髪は頭に巻いた布で坂だった、全身傷だらけの見事な──

 

「あ、新しい敵!?負けないぞ!」

「………は?」

 

 ──悪人であった。




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覇王との出会い

「覚悟しろ!悪党!」

「お、おい待て嬢ちゃん!俺は敵じゃねー!此奴等の仲間に見えるか!?」

「うん!」

 

 即答であった。少し凹む。

 が、突然現れ突然仲間を斬り殺し突然仲間を吹き飛ばしていた少女と争いだした男。隙だらけだ、盗賊達は一斉に切りかかる。

 

「死ねぇぇぇ!!」

「ちぃ!」

 

 仕方ないのでどちらも相手にする。未だ盗賊が残っている以上少女の得物を破壊するわけには行かないので斬れないが幸い動きは単調だ。盗賊を相手にしながらでも十分かわせる。

 後は盗賊達を──

 

「だらぁぁぁっ!」

「ぬお!?」

 

 相手にすることは出来なかった。さらに現れた黒髪の美女。身の丈はありそうな大剣を振り回し迫ってきた。

 

「無事か!勇敢な少女よ!」

「え……?あ………はいっ!」

「貴様等ぁ!子供一人によってたかって………卑怯というにも生温いわ!」

 

 その瞳は明らかに春菊に向けられていた。春菊ははぁ、とため息をつき雄叫びをあげながら剣を振る女性に対して刀を振る。

 スッと金属のぶつかる音すら響くことなく女性の持っていた大剣が薄く二枚に裂かれる。

 

「な!?」

 

 薄くなったことで根元から折れた剣を見て目を見開く女性。それを好機と見たのか盗賊達が一斉に女性に殺到する。が──

 

「懺斬り!」

 

 その者達は一瞬で細切れにされ地面に肉塊が転がった。

 

「ば、化け物だ!逃げろ!」

「ひいぃ!」

 

 その光景見て残った盗賊達が一斉に逃げ出す。春菊は追わず、女性も武器を失ったから追えず、少女は盗賊を斬り殺した春菊をポカンと見つめる。そういえば先程盗賊達の半数がいきなり斬れた。あれも彼の仕業だったのだろうか?

 

「姉者!無事か!?」

 

 と、そこへ水色の髪をした女性がやってくる。彼女は女生と女性の睨む春菊を交互に見た後ふぅ、と頭を押さえる。

 

「………もしや、姉者に勘違いで襲われたのか?」

「ん?おお、そうだな……さっきの賊どもと勘違いされたみたいでよ」

「勘違いだと!?貴様、どう見ても悪人ではないか!」

「姉者、同意だが人を見かけで判断するな」

「カカ!姉ちゃんもなかなか言ってくれるじゃねーか」

 

 子供ならともかく大人に悪人扱いされても別に気にしない。そもそも江戸の町を歩けば石が飛んでくる毎日を過ごしていたのだ。まあ、やはり子供の反応はかなり傷つくが。

 

「すまない。姉者は猪突猛進でな……」

「気にすんなよ。うちにも似たような馬鹿がいたからな」

 

 カカカと笑う春菊。馬鹿扱いされた女性が何か言おうとした時砂埃が見えてきた。見たところ、馬に乗った軍のようだ。それを見た少女が目を険しくする。

 

「秋蘭、謎の集団とやらはどうしたの?戦闘があったという報告は聞いたのだけど………」

「はっ!逃げ出した数名を追わせております。本拠地はすぐに見つかるかと」

「あ、あなた………」

 

 恐らく上司であろう金髪の少女に報告する水色の髪の女性。

 少女は部下の方向を聞いた後、俯き震える少女に気づく。

 

「お姉さん、もしかして、国の軍隊……っ!?」

「まあ、そうなるが──ぐっ!?」

 

 突如少女は鉄球を振り下ろす。得物を失った女性は咄嗟に避けるが少女は女性を睨みつけながら叫ぶ。

 

「国の軍隊なんか信用できるもんか!ボク達を守ってもくれないクセに税金ばかり持っていて!てやあああああ!」

「……くぅ!」

 

 春菊は少女の言葉を聞き軍隊を眺める。少女の言葉に怒ってはいるが後ろめたさは覚えていない。全員がだ。一人、この中で高い身分であろう少女は申し訳なさとここにはいない誰かに怒りを覚えているようだ。

 

「でええええええええいっ!」

「ぐぅ……!くそ、七星牙狼さえあれば抑えられるモノを!」

「そこまでだ。嬢ちゃん、まずは落ち着けよ」

「…………え?」

 

 女性に迫っていた鉄球は春菊が刀を地面にでもおくような動作で下ろした瞬間左右に裂け、鎖に繋がっていない方が飛んでいく。

 

「………う、嘘……?」

「……………」

 

 その場の誰もが唖然としている。当然だろう、鉄の塊をあっさり切り裂いたのだから。

 

「で、何か言いたいことがあったんじゃねーの?」

「………ええ、感謝するわ」

「……へぇ」

 

 呆けていたが直ぐに正気に戻った。自分の技を見慣れた奴ならともかく所見でここまで早く冷静になれる奴は初めてだ。それも、未だ女らしさが出ていないような年の少女が。

 

「…………何か失礼なことを考えられている気がするわね。それで、貴方の名前は?」

「き、許緒と言います」

 

 金髪の少女の威圧感に当てられたのか、許緒と名乗った少女は完全に金髪の少女が放つ空気に呑まれている。

 

「そう……許緒、ごめんなさい」

「……え?」

「曹操、様……?」

「何と……」

 

 そして金髪の少女がとった行動は、頭を下げた。身分ある者が身元も分からぬ者に、だ。

 

「あ、あの……っ!」

「名乗るのが遅れたわね。私は曹操、山向こうの陳留の街で、刺使をしている者よ」

「山向こうの……?あ……それじゃっ!?ご、ごめんなさいっ!」

 

 聞けば山向こうの刺使は立派な刺使らしく、許緒の村は彼女の管理する土地ではないらしい。故に謝罪する曹操と呼ばれた少女に謝罪する。

 曹操も国が腐敗しているのは刺使である自分が良く知っている。憤るのも当たり前だと言った。

 

(………陳留に、腐敗だぁ?)

 

 ひょっとしたらここは日の本ですら無いのだろうか?

 聞き慣れない名前に、地名、そして国が腐敗しているという事実。日の本とて良くを見たそうとする領主は多々いるだろうが市民の声を聞き蟲奉行所を立てる国だ。国そのものが腐敗しているとはいえない。

 

「だから許緒。あなたの勇気と力、この曹操に貸してくれないかしら?」

「え?ボクの…力を?」

「私はいずれこの大陸の王となる。けれど、今の私の力はあまりに少なすぎるわ。だから、村の皆を守るために振るったあなたの力と勇気。この私に貸して欲しい」

 

 どうやら本当に日の本ではなさそうだ。春菊ガリガリと頭を掻く。日の本で大陸を指す言葉と言えば異国の国が並ぶ日の本などお呼びもつかぬ広大な土地を指す、程度のことは知っている。

 

「……それで、貴方はどうするのかしら?」

「あん?」

「盗賊団の本拠地の場所が解ったの。貴方もこの付近の出身なのでしょう?それに、先程の腕……貴方も力を貸してくれないかしら?」

「悪いなクルクル嬢ちゃん。俺はこの辺の出身じゃねーよ」

「く、クルクル嬢ちゃん!?」

「あんた、曹操様になんて事を……!」

「良いわ………それより、手を貸さないということでいいのかしら?」

「カカカカ!俺の手を借りたいなんて言う奴は小鳥ちゃんと兄ちゃん以来だねぇ………ま」

「………?」

 

 春菊はゲラゲラ笑った後チラリと許緒を見る。許緒は首を傾げて春菊を見返した。

 

「こんなガキが武器を取っちまうほど追い詰めた盗賊ってのは気に入らねー。良いぜ、潰すの手伝ってやるよ。もとより俺は、市民を守るのが仕事だからな」



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背負うべき罪

 盗賊の砦を前に春菊はどことなく懐かしさを覚えていた。

 山の影に隠れるようにひっそりと建てられた砦。盗賊自体隠れ住んでいた砦を思い出す。もっとも、あそこも今では取り壊されているだろうが。

 

「しっかし大将、あんたも随分豪気じゃねーの」

 

 今回の作戦は、総大将である曹操自ら囮になり夏候惇─春菊に切りかかった黒髪の女──と夏候淵──夏候惇をいさめていた青髪の女──が後方から奇襲するというもの。ある程度賊を引き連れ下がる必要がある危険な仕事だ。

 

「先程も言ったけど、これだけ勝てる要素の揃った戦いに、囮の一つも出来ないようでは覇道などとても歩けないわ」

「覇道ね……それを歩むのが天命とでもいうつもりか?そりゃ誰が決めた道だ?天か?」

「もちろん、私よ。私が歩いた道こそ覇道。私が決めたことこそ天命。それが曹猛徳よ」 

「カカ。豪胆な上に傲慢と来たか……まあ気の強い女は嫌いじゃねーぜ」

 

 曹操の言葉に春菊は笑いながら腰に手を伸ばし、しかし手は何も掴むことなく空を切った。

 

「どうしたの?」

「ん?いや、そういや酒がねーなって」

「呆れた。これから戦闘だと言うのに酒を飲むつもり?」

「カカ。間違えるなよ大将、これは戦闘でも、ましてや戦争でもねー。ただの殲滅だ………それに、どんなに酔ってようと人を斬った感覚に気づかなくはならねーよ」

 

 春菊はそういって己の手を見る。

 傷だらけの手。そして、蟲から人を守ってきた手。しかし、その手は人の血にまみれすぎている。たくさん殺した。数え切れぬほど。例え酒で誤魔化そうと、例えどれほど鋭い剣が振るえるようになろうと、人を斬る瞬間の感覚を忘れたことなど一度もない。

 

「……………」

「あんだ?」

「いえ、そんな極悪人みたいな顔をして、貴方は案外優しいのね。でも、その生き方は、一々命を背負う生き方はいずれ貴方を押しつぶすわよ?」

「カカ!極悪人みたいな、じゃなく俺ぁ極悪人だぜ?押しつぶされて死ぬなんざ、悪党に相応しい最期じゃねーか」

「……そう」

 

 春菊の言葉に曹操は何も言わなかった。ただ、憐れむような目を一瞬だけ向けた。

 

「まあ良いわ。貴方は季衣同様、私の護衛を頼むわね」

「あ?誰だそりゃ?」

「許緒の真名よ。聞いてなかったの?」

「…………真名?」

「……真名を知らないの?」

 

 曹操は信じられないというように春菊を見る。

 

「生憎この辺の出身じゃねーんでね。言ったろ?」

「それはそうだけど……まさか真名が存在しないほど遠くだなんて…………良い?真名というのは言葉の通り真の名、それを教えると言うことはその人間の全てを教えるのに等しい。無断で呼べば斬り殺されても文句を言えない名よ。気をつけなさい」

「そりゃ危なかったな」

 

 真名というものを早く聞けて良かった。曹操の真名、夏候惇達が呼んでいる名をうっかり口にしていたら斬られても文句を言えないなど、此奴も夏候惇も夏候淵も間違いなく食ってかかるだろう。

 

 

 

 

「あ、おじちゃん!」

「あん?」

 

 戦闘まで後少し、その間少しだけ曹操から離れ砦を眺めていた春菊に声をかけるモノがいた。許緒だ。

 

「さっきはごめんなさい!早く謝るべきだったんだけど、直ぐに言い出せなくて」

「………?………ああ、気にすんなよ!いきなり襲いかかられんのは馴れてるからよ」

 

 一瞬何を言っているのか解らなかったがそれが襲いかかってきたことだとわかり春菊はカラカラ笑う。 

 

「でも……」

「構うこたぁねえよ……俺は実際、極悪人だ」

「へ?」

「昔は数え切れないほど人を斬ってきた悪ーい奴だ。故郷じゃ町を歩けば石が飛んでくる」

「………でも、おじちゃんは市民を守ってたんでしょ?」

「…ま、恩人への礼と、贖罪だ……俺の手は人を斬る以外にも出来ることがあるって言ってくれたのに、結局その後また人を斬っちまったからな」

 

 春菊はそういって自嘲するように笑う。許緒は良く解らないのかんーと唸っている。

 

「おじちゃん、ボク、馬鹿だから良く解んないや」

「────!」

 

──解んない、あたし馬鹿だから──

 

 その言葉に、彼女を彷彿とさせる言葉に春菊は息を呑む。そして許緒は春菊の手を掴む。

 

「じゃあさ、これからはボクもいーっぱい、賊を倒すよ!ううん、違うよね…賊を、殺すんだ。でもおじちゃん1人だけに背負わせない。これから先の人を斬る罪は、ボクも一緒に背負ってあげる!」

「…………く、くく……カカカ!」

「あー!何で笑うの!」

 

 許緒の言葉に春菊が爆笑すると許緒はむー!と頬を膨らませる。が、次の瞬間濃密な殺気がその場を包む。

 

「……ふざけんなよクソガキ、一緒に罪を背負うだ?そんな単純なもんであって良いはずねーだろ。人を殺すんだぞ」

「……え………あ……」

 

 感じたこともない殺気に、許緒は無意識に後ずさる。が、春菊は唐突に殺気を消しはぁ、とため息を吐く。

 

「でも、嬢ちゃんがそんなこと言っちまうのが今の国の状況なのか」

「………」

「こっから先、人を殺すことになる道は嬢ちゃんが嬢ちゃんで選んだ道だ。止めはしねー。けどな、俺は俺の罪を誰にも背負わせねー。これは俺が背負うものだ」

「………うん」

 

 許緒はコクリと頷くと春菊を見上げる。

 

「ボクの真名は季衣だよ。よろしく」

「俺にゃ真名はねーからな。ま、俺等の国じゃ親しい奴には下のなを渡す。春菊だ」

「うん!よろしく、おじちゃん!」

「…………………」



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悪鬼羅刹

 響きをわたる銅鑼の音。それは盗賊達に群が来たこと教えるための物。

 だというのに、出撃の合図と勘違いしたのか砦から盗賊達が出てくる。

 曹操はそんな馬鹿どもを呆れ、取り敢えず撤退を申しつける。

 

「カカ!こんな馬鹿どもに策なんていらなかったんじゃねーか?」

「烏合だろうと馬鹿だろうと、数は力よ。策は犠牲を減らすため、必要よ」

 

 そういって後退を開始する。時折弓などが飛んでくるのが春菊が刀を振るう度に空中で斬れ狙いが剃れていく。

 

「飛ぶ斬撃なんて初めて見たわ」

「そうかい。俺は最近覚えたばかりだがちょっと前まで戦ってた相手は普通に使ってたぜ」

 

 春菊は初めて自分の攻撃を受け流すでもなく正面から受け止めた蟲人を思い出しながら言う。その言葉に曹操はへぇ、と興味深そうに笑った。それほどの腕を持つ者が跋扈する国、どの様な国なのだろうか。

 

「お、二人も動いたみたいだな」

「そのようね」

 

 盗賊団の背後から別働隊の夏候姉妹の軍が見える。

 

「総員反転!数を頼りの盗人どもに、本物の戦が何たるか、骨の髄まで叩き込んでやりなさい!総員、突撃っ!」

「「「「オオオオオオオ!!」」」」

 

 曹操の合図に一糸乱れぬ動きで反転する兵士達。春菊も刀を二本抜き、かける。

 

「カカカ!痛み無く逝きたい奴は前に出な!」

「な、なんだ此奴!」

 

 盗賊達は後ろから現れた伏兵に混乱し、さらに他の者を置き去りに飛び出してきた春菊に動揺するも何人かは剣を振るい、切り裂かれる。

 

「う、うわ!」

 

 恐らく賊の中の幹部だったのであろう何名かは鎧を着て盾をつけていたが諸共切り裂かれ鮮血が舞う。距離をとっても関係ないというように斬られる。

 防御不能、逃亡不能の斬撃。唯一の救いはあまりの切れ味に手足でも切り裂かれない限りは痛みを感じるのは僅かな時間で住むと言うことか。

 人を苦しめ、痛めつけてきた彼等には上等な死に方であろう。

 

 

 

「な、なんなんのよあれ……あり得ないわ」

「わー、おじちゃんすごーい」

 

 筍彧は目の前の光景が信じられないというように呟く。隣で季衣が呑気な評価をしてるが、あれは凄いなどという言葉では片付けられないだろう。

 筍彧は人が人を切り裂くなど不可能だと思っている。肉の弾力、骨の硬さ、それを考えれば途中から人の身は斬れるのではなく膂力に千切られているのだと思っていた。切り裂かれた二つを合わせても綺麗に合わないだろうと思っていた。

 しかしあれは違う。皮膚も肉も骨も綺麗に切り裂かれている。それこそ切断面を合わせ押し付ければ時間とともにくっつくのではないかと錯覚するほどに。

 恐怖と同時に、武人でもない筍彧さえ畏敬を覚えてしまう型も何もなくそれでいて鮮やかな剣筋。

 王であると同時に軍師であり、また武人である曹操はより魅せられた。

 そして思う、なんて不器用な生き方なのだろうと。彼は斬った者全てを背負うと言った。

 薄情な言い方だが、100や200を越えた当たりから人を殺すことに躊躇もなくなるし重みも消えぬが増えることもなくなってしまうし、徐々に薄くなっていく。

 強い者ほど、より多く殺し、その重さがより早く薄くなる。なのに春菊は、アレほどの力を持ちながら、これから先誰かを救うために人を殺し続けるのであろうに、背負うのだ。

 人の生き方ではない。人はそんなに強くない。なら、あれはいったい何なのだろう。

 

「……あ、悪鬼、羅刹」

 

 ふと賊の一人がが怯えるように呟いたのが聞こえた。なる程悪鬼羅刹。足が速く怪力、人では適わないとされる魔物名を二つも関した言葉。

 賊徒にすら慈悲を与える彼に果たして似合う言葉かは解らぬが、人を殺し、人を犯しそれでも人のつもりの獣どもにとって春菊はまさしくそれだろう。

 ならばその悪鬼、使いこなせずして何が覇王か。彼の力は間違いなく敵に回れば驚異になる。いや、それを抜きにしても、力を持ちながら命の重みを忘れない彼を、曹操は気に入っていた。

 

 

 

 報酬を渡すために城まで来て欲しいと曹操の軍と共に陳留を目指す春菊。

 季衣は曹操の軍に入ることになったらしい。

 

「カカ。しっかし付いてるぜ、猿酒が見つかるなんてな」

「おじちゃん森からだいぶ距離あるのにいきなり走り出したよねー」

 

 季衣が呆れたように言う。因みに猿酒とは猿が木や岩の窪みに隠した果実が自然に発酵して出来る天然酒だ。諸説あるが蜂蜜酒に並ぶ最古の酒の一つとされている。

 

「ところでおじちゃん、向こう何話してるんだろ?」

 

 と、季衣は何やら話している筍彧と曹操達を見る。

 筍彧が覚悟決めたような顔をしたり恍惚とした表情になったり、何やら面白そうだ。

 

「ま、俺には関係ねーよ」

「そっかー……所でおじちゃんはこれからどーするの?」

「さて、ね……一応曹操達に大阪や江戸をしらねーか聞いてみたが、なさそうだ。身の丈を越える虫けらどももいねーみたいだし、どうしたもんかねー」

「おじちゃんも華琳様に仕えないの?」

「………ま、それもありかもな」

 

 どうせ恩人も守りたい者もいない世界だ。目的もなく彷徨くより、目的でも決めて居座った方が楽だろう。報酬も貰えりゃ酒だって買えるし。

 

「あら、それは良いことを聞いたわ」

 

 と、そこへ何時の間にか会話を終えたのか曹操がやってきた。

 

「ならば恋川、私の下でその剣を振るうというなら貴方に真名を預けましょう。我が真名は華琳、これからよろしくね?」

「俺には真名なんざねーんでな。取り敢えず春菊とでも呼んでくれや。んで、酒は出るんだろうな?」

「ええ、なんなら私が造ってあげても良いわ」

「そりゃ楽しみだ」




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春菊の仕事

「んぐ、ごく………かぁ~!うめえ!」

「そう?気に入ってくれて何よりよ」

 

 春菊は華琳のお気に入りという店から買ってきたらしい酒を飲みご満悦の様子だ。自分のお気に入りを誉められて悪い気はしないのか華琳も笑みを浮かべていた。

 

「それで春菊、あなたに一つ頼みがあるのだけど」

「頼みだ?面倒な奴じゃねーだろうな?」

「面倒かどうかの判断は個人でしか出来ないわ。でも、先払いで報酬はわたしたでしょう?」

「……………」

 

 華琳の言葉に酒瓶を見つめる春菊。視線を華琳に戻すと解っているじゃないというような笑みを浮かべてきた。

 

「もうある程度文字は覚えたのでしょう?治安維持の草案を本案に仕上げてみなさい」

「おい大将、冗談だろ?俺ぁ元盗賊でしかも奉行所勤めの時も同僚以外だとゴロツキとしか連んでねーぞ」

「そのゴロツキの中に罪を犯した者はどれだけいるのかしら?」

「…ぬ」

 

 いない、訳ではないが数割りにも見たないだろう。春菊は元来、人を殺せず父に殴られていた過去を持つ、心根の優しい男だ。真性の悪人とはまず連まない。というか斬る。

 皆確かに身分が低く、学が足りぬ故粗暴な性格だが自分を兄貴などと慕ってくれる気の良い奴らだ。

 

「別に期待しているわけではないわ。何が出来るか、どの程度出来るか、それを知るための試練だと考えなさい。期限は……まあ、二週間かしら?でもそうね、良い案が出せたらご褒美をあげるわ」

 

 と、華琳はどこか蠱惑的な笑みを浮かべる。が──

 

「そうか、なら酒を頼むわ」

「…………」

 

 春菊は酒にしか興味がないようだ。

 

「期限はやっぱり一週間よ。本案にする可能性があるだけだもの、そんなに時間をかける必要なかったわね」

 

 

 

 

 さて面倒なことになった。酒を飲みながら春菊は町を見て回る。

 そもそも彼は見廻り組などという組織に所属してこそいるものの、相手は悪人ではなく蟲だ。勝手が違う。

 もちろん悪人も何度か捉えたことはあるが例えば喧嘩に巻き込まれ酒瓶が割れたり、目の前で絡まれている女を助けり(その後女は悲鳴を上げて逃げた)りというような者ばかりだ。

 つまりは見廻りを増やせば犯罪は置きにくくなる。単純だ。問題は増やせないから案を出せ、ということ。

 

「たくよー、そんなん俺に考えつくわけねーだろうがよ~」

「旦那、飲み過ぎですぜ」

 

 酒精の高い酒を何瓶も飲み干しすっかり酔った春菊に店主は呆れたように言う。

 

「あっしには良く解りやせんが、こうなったら悪人が動きにくいと思わせりゃ良いんじゃねーですか?」

「………なる程。後は給金か」

「税が増えりゃ給金も増えるでしょうよ。んで、あっし等流れ者は平和な町に税を払う。要するに平和なら人が集まるし税も増える。正の循環って奴ですよ。あっしの友人の商人がいってやした」

「………ふむ」

 

 

 

 

「つーわけで俺なりに考えた案だ」

「………へぇ」

 

 華琳は春菊が纏めてきた案を見る。とはいえ江戸を参考にした詰め所の設置や、市中見廻り組が寺社見廻り組や武家見廻り組に良いように使われていた頃のように予備としての役割、この場合は予備軍としての役割を与えると言うもの。

 こき使われこそされ給金が払われちゃんとした扱いだったらだったら文句は言わなかったつもりだ。

 

「で、経費はどうするのかしら?これだけの規模だと、活動費も今と桁が違ってくるけど」

「取り敢えず纏めた後、盗賊狩りをして金かき集めた。当面はその金で良いだろ」

「…………盗賊?どうやって情報を掴んだの?」

「俺ぁ元盗賊だぜ?隠れ家なんて直ぐ見つけるさ」

「………そう。でも、そう言うことは先に言いなさい。倒した賊の数と周辺の村を教えなさい。村人からもらった以外にも、私個人から支給するわ」

「おう、じゃ酒も忘れんなよ?案を出したんだからな」

「………細かい根回しは私がやっておいてあげるわ。酒は暫く我慢しなさい……」

「げ、まじかよ。暫く安酒すら買えそうにねーのに」

 

 春菊が嫌そうな顔をすると華琳の嗜虐心が刺激されたのかクスクス笑う。春菊は速まっちまったかねーとその場を後にした。

 

 

 

 

「ま、文官向きではないわね」

 

 華琳は春菊から渡された書類を見て笑う。穴だらけで、荒い政策。しかし発想は面白い。

 ならば形にするのは王の役目だ。

 

「そういえば、今夜は秋蘭が来るのだったわね。ふふ、今夜は寝かせてあげられそうにないわ」



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