この大地に黄金の星が輝くとき (そよ風ミキサー)
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1.そして神々は汝を生み出せり

 その者は望まれるべくして生まれた。いずれ他にとって代わられる事が確定しているとはいえ。

 

 

 紀元前、チグリス川とユーフラテス川の間。いくつもの文明が栄え、豊かな土壌が広がるその大地で人類は生を謳歌していた。

 

 だが、そこに住むのは人類だけでは無かった。動植物の類か? などとは深く言うまい。そう、人類を真の意味で支配する存在達がいるのだ。

 

 人は畏敬の念を込めて、彼らを神と呼ぶ。

 強大な力を持った自然現象の化身。時に人に恵みと救いをもたらし、時に言語に絶するような残虐性であらゆる生命を脅かす。

 

 その様相はさながらこの惑星の生態系の支配者階級の頂点に座する者達。

 故に人類は神々の神殿を建て、贄を捧げ、その大いなる力による恵みを享受せんが為に信仰する事で、神々の庇護下に置かれながら安寧を保つと言う一種の支配体制が構築されていた。

 

 ところが、そんな神々も永遠にその座に居続けられるかと言えば、必ずしもそうではなくなってきたらしい。

 

 

 

 

――これは我々にとって看過できぬ事態だ。

 

 

 此処は神々の集う場所、天界。人知の及び付かない其処には多くの神々が一柱の神を中心として一堂に会していた。

 強い輝きを放ち、人であれば自ずから跪き己の延命をただ乞い続けてしまうような圧力を無意識に迸らせているにも関わらず、神々の様子は不安げである。

 

 その中で一際強大な神の気配を迸らせる一柱の神、神々の中心で彼らの王を務める天空と星を司る最高神アヌは腕を組んで唸った。

 

 今、彼らは自分達神々の行く末について議論を行い、ほぼ満場一致である結論に至っていた。

 

 事の発端は神々の集会内で行われていた他愛のない会話から始まった。己を祀る神殿の出来であったり、気に食わない人間がいたので国ごと天災に見舞わせたりと世間話に花を咲かせていた神々の中で、ある話題が挙がったのだ。

 

 

――最近の人間達は、発生した時から振り返ってみると発展が著しいとは思わないか?

 

 

 もっとも、神々にとっての最近とは人間では気の遠くなるような年月だ。それこそ人類が未だサルにも等しい原人だった時から遡る程に。

 

 言われてみればそうかも知れないと同意する神々が多かったのも事実だった。人間は自分達が教えるまでもなく文明を築き、法を敷き、人間独自のルールのもと営みを続けており、それらは少しずつ進歩を見せてきている。

 多くの神々はそれについて特に思う事は無かった。むしろその発展は自分達の手元へ還元され、より上等な信仰に繋がるであろうと考えていた。

 

 だが全員ではない。一部の、それも位の高い神々はそれについて楽観的にはなれず、それどころか危機感を抱いていた。

 

 

 このまま放っておいても人間達は少しずつ知恵を身に着け、自分達の身の回りの環境をより良くしようと改善し、そしてそれは国や人類規模で成長し続けるだろう。

 しかし本当にそれだけであろうか? 便利な暮らしにより神々への感謝と祈りは消え、人間達は神々から恩恵を授からずとも自らの力で……そして何時かは――

 

 

――いずれ神は、人間にとって不要の存在になるのかもしれない?

 

 

 その意見に反論する神々は多かった。人間どもなど殺しても掃いて捨てる程生まれる取るに足らん存在、その様な奴ら如きに我ら偉大な神々が後れを取る様な事など、ある訳がないと。暴君の如き強気の発言をするものまで現れた。

 神の支配と栄華は今後も続く事を疑う者はいない、はずだった。

 そこで反論を唱えた神に異を唱えた神が、まさか自分達神々の王であるアヌ神でなければ。 

 

 人間と言う種の恐るべき躍進力。その過程で待ち受ける自然環境の破壊。それが自分達神の衰退へと繋がる事をアヌ神は見抜いていたのだ。

 

 アヌ神の言葉は如何なる神々のそれよりも重い。彼の最高神は世界の礎を築き、誰よりも天地の理を識っているのだから。

 

 人間とは短命の生物だ。力も神に比べれば取るに足らない程に弱い。

 だがそれを補うかのごとく種族単位での成長速度には目を見張るものがあった。

 

 このままみすみす人間達をそのままにしていれば、先の懸念は現実となって神々を害しうる。

 そうと決まれば神々の行動は尻に火が付いたかの様に早かった。 

 危機感を覚えて集まった神々の議題はどのように対策を取るべきか、それに尽きる。

 

 ある神は、より強い力と恐怖と見せつけて人間を縛ろうと提案。

 いいやそれだけでは生温い、今いる人類を根絶やしにして新たな人類を作った方が良いと言いだす気性の荒い神もいた。

 

 長い議論の末、神々はある方策を打ち出した。

 

 

――人間の統治者を我々で造るのだ。人間を導きつつ我ら神の陣営に属する者を。それを我々で制御し、人間を我々から分かたない様にする。神と人間――天と地を繋ぎとめる楔とするのだ。

 

 

 “楔”、成程そんな存在はまさしく楔と言う役割が相応しい。

 名案だ、と神々は膝を叩いてその案を称え、採用した。

 

 かくして、神々は自分達の未来のいく末を左右する一大計画を始動させる。

 

 神々は早速人間の統治者の設計に取り掛かったが、そこでまた問題が生じる。

 

 

――どんな人間を作ろう?

 

 勿論優れた人物が前提条件である事は言うに及ばず。問題は、人間達を統治させるにあたってどの程度の性能を持たせた方が良いのかという力の与え具合、または抑え具合のさじ加減を当時の神々はよく分かっていなかったのだ。

 

 

――圧倒的な力だ。弱い指導者に誰が付いて行くものか。力こそ正義、獣がそうであるように、外敵を完膚なきまで打ち倒す力を持った統治者なら人間の民も付いて行くだろうよ。

 

――知性を忘れるな。優れた統治と人間の文明の手綱を引くためには、優れた知性と判断力が必要だ。ノータリンのボンクラが統治する人間達の行く末なぞ暴走か衰退しかないぞ。

 

――ふ、醜い奴らはこれだから困る。美しさこそが至高、極限の美しさの前ではあらゆる者が自ずと跪くものさ。もっとも、私の美しさに比べれば君達も含めて皆子供の落書き同然だがね。

 

――何だとこのスピリットブサイクが!

 

――お主達もっと落ち着いて議論せんか。

 

 

 白熱する議論。時には意見が対立して神々達の掴み合いの取っ組み合い、果てには権能を駆使した殴り合いにまで発展する者達が続出する。その過程で大規模な天災が生じ、国々に災害を及ぼしたわけだがそんな事を一々気にする様な神々では無かった。

 これでは埒が明かないと溜息を洩らしたアヌ神が何とか音頭を取って諌め、頭を冷やす意味で小休止を挟んで再び議論を再開。それを繰り返した結果、一旦事前に試作品を造って、それを基に調整してより完全な個体を造ろうという方針に落ち着いた。

 

 故にこれから造るのは、神々の挙げた要望を可能な限り人間と言う器に注ぎ込みつつ人の形を失わない様に鋳造された神造生命体。

 

 神の血と人間の血を混ぜ合わせ、自分達(神々)の思い描く優れた人間の試作品を、あらん限りの権能を駆使して組み立てていった。

 その様子はまるで狂ったように、何かに突き動かされていたかのように。

 

 

 

 

 それこそがメソポタミア神話、否、全神話史上最大の大失敗。後に他神話の神々が口を揃えてメソポタミア神話の神々へ呪いの言葉を吐き散らす。お前ら何してくれてんだ馬鹿野郎、あいつの所為で何柱ぶっ殺されたと思ってるんだこんちくしょうと。

 最高神アヌの眼を以てしてもあのような事態になるとは読めなかった、と未来の世界で生き残った神々と肩を寄せ合いながら吐露していたとか。

 試作品だからと人の形に無理やり詰め込んだ神々の技術力の数々が、本来ならばあり得ない偶然の方程式を創り上げ、創造主ですら予測の付かない強大な何かへと変貌させる。

 その過ちに気づくのは、その試作品が生まれてから更に年月が経ってからであった。

 

 

 

 

 

 

 “それ”は、未だ肉の体すら持たない魂の状態。

 肉体を持つにあたって必要な魂をようやく構築し終えた神々が疲れた神体に鞭打って肉体の方に着手している時、“それ”は既に目覚めていた。

 

 神々の調整が施された魂は肉の体を持つよりも前に明確な自我を獲得し、とうに思考する力すら習得していた。

 未だ体を動かす事の出来ない身ではあるが、試作品は己に備わった自我と既に認識している己の使命に対して現状行動が可能な方法を導き出していた。

 

 千里眼。過去から未来、更には次元を隔てた向こう側全ての事象ですら見通す事の出来る、神々が試作品に与えた最高の(まなこ)

 魂の状態故に物理的な視覚が機能していないからといって、その眼が使えないわけではない。この千里眼は肉眼で見るものではない、魂そのもので視るものである。だから今の状態でも千里眼は問題なく発動した。発動してしまったのだ。

 

 己に求められているのは優れた人間の統治者。その前身にあたる試作品。

 

 ならば、人間とは一体何か? 人間の統治を行うのならば、人間という生命体の精神の在り方を知る必要がある。その模索が試作品の魂の最初の宿題となった。

 思考は疑問を生み、与えられた千里眼がその疑問に答えるべく機能する。ありとあらゆる人間と言う存在の営みを、過去も未来も現代も、更には次元の向こう側すらも等しく観ていった。

 

 最初は知識の収集だけだった。

 淡々と、機械の如く情報をかき集め、次第に膨れ上がった情報の中から今度は指導者の人格に必要な要素を手に入れた知識から取捨選択を行い、自身の人格形成の為に落とし込んでいく。

 もちろん人間の歴史には失敗も成功も数多い、まさに玉石混淆の様相だ。なので試作品は失敗内容を教訓に、成功を更なる成功のための材料へと解釈し、判断材料として記録していった。

 

 そうしている間に神々の作業は着々と進み、遂に試作品の肉体を完成させた。

 その頃には試作品も人並みの人格を構築し終え、メソポタミアの大地に生れ落ちるのを待つばかりとなった。

 

 この世に生を受ける準備の出来た試作品はしかし、ただこのまま産声を上げるだけで良いのだろうかと疑問を抱いた。

 

 これより産まれるのは神々が生み出せし人類の統治者……の試作品。

 いずれ完成品にその位置を引き継がれる事になるとはいえ、第一印象は大切なのではなかろうかと思った。

 確か、最初の数秒でその者の印象の大半が決まるとか。今より遥か遠い未来の人間達が、そんな理論を提唱していたのを学んでいた試作品は誕生時に逸話のある人物の行いを記憶した知識の中から検索する。

 

 優れた物事を生み出すのに、既存物の模倣は時として有効である。

 であるならば、偉大な先人(?)の所業を少し拝借するとしよう。

 

 試作品の心は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 都市国家ウルクの宮殿では今、新たなる命の誕生を祝福する空気で満たされていた。

 

 生まれた赤ん坊の両親はウルクの王ルガルバンダとその妻にして知恵の女神ニンスン。そう、ウルクの王家に世継ぎが生まれたのだ。

 

 

――ギビル。貴方の名はギビル。

  

 シュメールの言葉で新しい人間を意味する名前が王子に与えられる。新たな時代を切り拓き、ウルクに更なる発展をもたらす希望となって欲しいと言う多くの者達の願いが込められた。

 

 ただの王と女神の子供というだけに非ず、生まれたこの赤子は神々が持ち得る技術の粋を集めて調整された至高の神造生命体でもあるのだ。王も女神もその事は既に知っている。

 

 人間の王であるルガルバンダは優れた子供が生まれたという事で素直に喜び、女神ニンスンは夫と同じように喜びながらも、神々の本来の目的として無事に完成した事を内心で別の笑みを浮かべていた。

 

 そこで突如異変が生じる。

 生まれて間もない赤子のギビルは柔らかい布で包まれながら寝かされていたのだが、そのギビルが突如すっくと立ち上がったのだ。

 

 その場に居合わせた王や女神はもとより、侍従達もこれに目を見開いた。

 突然立ち上がった赤ん坊が倒れては危ないという危機感を抱く者もいたが、しかし赤ん坊が放つ只ならぬ雰囲気に呑まれてしまい、誰もが動く事が出来なかった。

 

 ギビルは未成熟な二本の脚を危なげなく動かして歩み出す。

 一歩、二歩……七歩目で脚を止めたかと思えば今度は右手人差し指を天に、左人差し指を地に向けて口を開いた。

 

 

「天 上 天 下 唯 我 独 尊 !」

 

 

 それを目にした人々は、赤子の背後から眩(まばゆ)い黄金の輝きを見たと後に言う。

 

 

 よもやの衝撃。

 生まれた我が子が突如立ち上がり、天地を指さしながら大人でも聞き取れる程の声でもって口上を述べたではないか。

 

 

――……これはアヌ神のお計らいなのだろうか?

 

――い、いいえ、そんな筈は……

 

 

 父ルガルバンダと母である女神ニンスンの二人は顔を見合わせているが、驚愕は抜けきらないどころか留まるところを知らない。

 その場にいた者達は、目の前で起こったウルク待望の王子の衝撃に頭が追い付かず、腰を抜かして地面にへたり込む者もいた。

 

 こうして、ウルクの第一王子ギビルの誕生は人々に鮮烈な印象を与え、後世に語り継がれる事となった。

 

 

 

 

 掴みは上々だ。

 周りの人間達の心を読み取って、生まれて早々宮殿内の注目を独り占めにして華々しいデビューを飾ったと認識しているギビル本人は、確かな手ごたえを感じていた。

 これから自分は後継機――弟が生まれるまで、自身が成すべき事を模索していく日々が始まるのだ。

 ギビルは、そんな未来を思い描いて胸の高鳴りを覚えた。

 

 

 その夜、就寝中のギビルの夢枕に頭髪を螺髪(らほつ)にしたまろやかな顔立ちの男が苦笑を浮かべて立っていた。

 

 曰く、「程々にしておきなさい」との事。

 

 その後いくつか会話と問答を交わし、終始穏やかな空気のまま男はギビルの枕元から去っていった。

 

 翌朝、ギビルの顔が何故か後世で言う所のアルカイックスマイルを浮かべていた事に周りの者達が仰天。笑みの理由は本人にもよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

――何処の次元から覗いていたのかは知らないが、よもや本人が向こうからやって来るとは私も意外だったな。

 

 遥か遠い未来、ギビルは人理修復の旅をしている組織に集まった彼の覚者と関わりのある英霊達へ、お茶会の際にそう話していたとか。




何かプロトデビルンみたいな名前だな、とちょっと思っていたり。
元々の兄ネタの発端は、ギルガメッシュの声の人ネタです。機動武道伝的な。

・主人公の名前の由来:シュメール語で gibil(新しい) + lu(人間) =gibilu(新しい人間)

間違っていたらすみません。


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2.その輝きは星の光にも似ていて

 驚愕の御誕生デビューを披露してから数年が経ち、ウルクの王子にして半神半人のギビルは只今7歳。今もすくすくと成長を続けながら周りの大人たちを驚かせ、時に笑わせ、そしてそこそこに怒らせていた。

 

 生まれる前から既にある程度人格構成が習熟していたギビルは、子供の振る舞いをしつつも他者に違和感を与えない程度に気を配る事を心掛けて日々を過ごしていた。だが、そんな気配りが出来てしまっているあたり他の同年代の人間の子供とは明らかに違う事を大人たちは知っている。ギビルも察していたのだが周りの反応を見る限りでは悪い感情を持たれていないので振る舞いを改善する必要はなさそうだと判断している。

 ギビルの世話をする宮殿の者達やそれを見守る両親は、ギビルの振る舞いを不気味がるような事はしなかった。ギビルの体に神の血が半分流れている事は周知の事実、生まれながらに聡明であってもなんら不思議な事ではないと思われていたのだ。

 

 ギビルのウルクでの日々に飽きは無かった。

 教育係からこの国の知識を学び、人間の統治者と言うものを学ぶために父の仕事を邪魔にならない程度で見学させてもらい、宮殿を出て都市内を散策しながら人々の暮らしを見るのがギビルの習慣になっていた。

 千里眼で見通す事は容易いが、やはりそれだけで物事全てを知ったというのはいささか偏り過ぎな気がする。直に触れてみる事で新たな発見があるというものであろう。ギビルはフィールドワークの大切さを学んだ。

 そういった日々を続けているギビルの姿をウルクの民達からは「何にでも疑問を抱き、好奇心の旺盛な王子様」と好意的に受け取られていた。

 

 そんなギビルは現在、ウルクの都市の通りを供も付けずに独りのんびりと歩いていた。

 本来であれば王の第一子に誰も護衛が付かない事などあってはならないのだが、このギビルに至ってはその常識が当てはまらなかった。

 何故ならばこの半神半人、5歳の時にウルクが誇る精鋭達を武術の稽古の時に片手でねじ伏せてしまっていたのだ。

 

 元々は剣の振り方や簡単な打ち込み稽古といった内容だったのだが、ギビルの飲み込みの速さや幼い体に似合わない丈夫さに感心した教師役の兵士が試しにと試合形式の模擬戦闘をやってみたのだが、まぁそれがいけなかった。

 まるで山と対峙しているかの如き圧倒的な膂力、人間の反射神経では捕捉が出来ない俊足、そして熟練の戦士の動きすらも読み取り手玉に取ってみせた観察眼。

 鍛え抜かれた大の大人達が束になっても歯が立たないこの幼児に、精強なウルクの兵達も流石にへこんだ。 

 叩きのめしてしまった兵士にギビルも悪いと思って治療を優先させたが、倒れ伏している大の男達とぴんぴんしている困り顔の幼子という光景はさらに追い打ちをかける事になった。

 結果、ギビルはこのウルクの誰よりも強いと言う称号を5歳の身空で図らずも手に入れ、王子なら都市の外にいる猛獣も捻り殺せてしまえるだろうという太鼓判を大人達も押さざるを得なかったらしい。

 

 しかし、ここまで自由な行動が許されているのには別の思惑もある事をギビルは知っていた。

 このウルクの王の座を継ぐのはいずれ生まれてくるであろうギビルの弟だ。なので仮に今の王子である自分の身に何かあったとしても、究極的な所ではウルク全体に致命的な損失はない。そんな冷たい計算が行われているのだ。

 なので近い内にギビルへの教育から王の統治に関わるものは無くなっていくだろう。そして、ギビルへの教育そのものも。

 

 ギビルはそれについて不満を抱かない。もとよりそう言う予定で自分は作られたと言う自覚があるし、自分にはあらゆる時空と事象を見通す眼がある。自身の頭脳と併用すれば今の時代の教育基準は瞬きの間に越えてしまえる。実際、千里眼によって既に学習済みだ。

 元々宮殿内で受けている教育も、教育内容と言うよりかは人に教えてもらえるという方向に意識していたし、それが楽しかった。彼らが一生懸命に教えてくれるからギビルは知らないふりをして生徒の立場を受け入れていたのだ。

 これがもしギビルが機械的に正論だけを述べたり、もしくは人の心を傷付ける事に愉悦を覚えるような人格だったのならば、教育係の教育内容の欠陥を指摘し、それを上回る理論で以て論破して係の人間の心を傷つけていただろう。ギビルは、そういう真似はしたくはなかった。

 

 そういう事情があったので両親や宮殿の者達を恨む様な事はしない。

 それに、彼らを恨むのは筋違いと言うものである。そもそもの話、それら全ての絵図を書いているのは神々なのだから。

 

 

 都市の大通りを歩くギビルの姿に通行者や店の人達が振り向く。

 陽光の如き黄金に輝く頭髪は耳にかかる程度まで伸び、神々の血を色濃く受け継いでいる事を証明する真紅の瞳は可愛らしい眼差しの奥に収まり、幼いながらも絶世の美貌が将来約束された顔立ち。それらを白い衣装で着飾った姿は一種の芸術品と言えよう。メソポタミアの神々が全力で拵えた賜物である。

 どこか触れ得ざる神聖さを感じさせるがしかし、民が声をかければ気さくに声を返してくれるし世間話に興じてみたりとその容姿とは裏腹に民に分け隔てなく接してくるその姿が民達の心を掴んでいった。

 

――噂の王子は政治の勉強にも熱心で、力も子供ながらに大の大人が全く歯が立たない程の強さとか、最近兵士達の訓練に熱が入っているのはその所為らしい。

 

 どこから流れたのかは知らないが、広がる噂のどれもが民達に好感触の評価だった。

 この王子が将来この国の王になれば、きっとウルクを良い国にしてくれるのではないだろうか。

 ウルクの人々は、通りを過ぎて行った金色の如き王子の背を見送りながら未来に明るい希望を抱いた。

 

 

(すまん、王位につくのは私では無く弟の方なのだ)

 

 多くの人々の期待を千里眼で読み取って、内心で彼らに謝っていたギビルは大通りを越えて都市の外へと繋がる大門を丁度くぐり終えていた。

 門番へ軽く挨拶を済ませると、ギビルは体を低く屈めたかと思えば次の瞬間、その場から衝撃だけを残して消えた。

 一歩の踏み込みで風を通り越し、続く二歩・三歩で音の速さを越え光となって平原を跳び越えていく。道中で狩りに出かけている狩人や農民達がその光景を目にするが、ああ、王子がお出かけになられたのかくらいの認識である。ウルクは平常運転だ。

 

 光速の移動で目指した先は周囲に国家都市の存在しない名もなき山々に囲まれた窪地。人やどこそこの神といった神格の気配が麓に至るまでない地にギビルは降り立った。

 

 すんと鼻を嗅いでギビルは自分の身に着けている衣装を見下ろした。

 出かけた時に新しく着た白色の簡素な衣装は所々が焦げて煙をあげていた。ギビルの高速移動で服の繊維が摩擦熱によって燃えてしまったのだ。

 ある程度は抑えて和らげたつもりだったが、まだまだ力の制御が出来ていない様だ。

 

 

 もとよりただ散歩に来たわけではない。

 ギビルは焦げた箇所を軽くはたいて煙を消すと、両手をだらんと下げて全身を極めて自然体にしながら目を瞑った。

 

 大地が大気と共に鳴動を始めた。

 否、その震源は力をみなぎらせるギビル自身。

 

 ギビルの肉体から黄金色(こがねいろ)の光が漏れだしてくる。

 最初は滲むようなものだけだったが、次第にその光は全身を纏う程にまで増大していく。

 

 光の放出が安定し始めると、それに合わさるように山も静かになった。

 

 両の手を何度も閉じたり開いたりを繰り返し、全身をまじまじと見降ろした。観測した限りでは魔術や神秘の類では無い、強いて近いもので言うのならば超能力に部類されるだろうか。

 この力に気付いたのは去年、ウルク内で誰も訓練の相手にならないと確信したギビルは体から溢れる力の漲りを向ける対象がおらず、手持無沙汰を感じていた。

 そこで両親の承諾を得てうっぷん晴らしの為に遠くの山まで足を運び、そこで山が削れる事すらお構いなしにがむしゃらに体を動かし続け、幼い体に溜まった物を空っぽになるまで吐き出し、力尽きて倒れ伏した時にそれは発現した。

 

 未知の感覚にギビルは珍しく驚いた。まさか自身の肉体にこの様な力が備わっていたとは。事前に己の肉体の潜在能力については千里眼で把握していたつもりだったが、その眼でも見通しきれていない事が衝撃的だったのだ。

 まさか神々が設計段階で自分の体に組み込んでいたのか? 過去を見通し当時の神々の思考を読み取ってみたが、それらしい内容が一切出てこない。ただ、自身を組み上げている時の神々の狂気的な熱意だけはよく分かった。

 

 神々はこの力について意図していない。いわば設計過程の偶然が生み出した産物なのである。

 とはいえ、この力を千里眼と実践を併用して徹底的に調べてみた結果、自身に不利益になる様な内容ではない事ははっきりとしているし、調べていく内にこの力の多様性に興味がわいた。

 

 身体能力の更なる強化をはじめとして、対象の破壊、凍気や雷と言った自然現象の再現、物質の具現化、果てには時空間や霊魂に干渉するものまで何でもありだ。流石にこの凄まじい多様性には驚愕と困惑を隠せなかった。

 研鑽を重ね、制御方法を学んでいけばこの力はより強くなっていく。ギビルはこの力の潜在能力を完全に把握し切れていないが、しかしその未知の部分を自身に感じさせた事実は大きい。

 

 ギビルは全身に黄金の光を纏いながら片手を自分の顔に添えた。そして……。

 

 

「ぬっ」

 

 

 力を自身の中へ流し込む。

 小さく呻き声が漏れた次の瞬間、その小さな肉体に異変が生じた。

 

 神の血を示す真紅の二つの眼は色を失って視線は虚空を見据え、体が不自然な態勢で痙攣を起こし、辛うじて二本の脚で立っているようなその状態。明らかに健常な人間の姿ではない。

 

 今のギビルは何も見えていない。肉眼に映るのは暗黒に塗り潰された世界。ギビルは今、視力を失ったのだ。

 それだけではない。全身の触覚も、嗅覚も、味覚もだ。人間に必要な五感が今、ギビルの肉体から消え失せたのだ。

 

 視界どころか全てを見通す千里眼すら閉じ、全身は麻痺して自分の体がどんな状態なのか分からず、風や自然の匂いを嗅ぎ取る事は叶わず、口の中に入る空気の感触も唾の味すら不明、更には言語機能までもが不能。

 如何に常人を超越した半神半人の肉体といえども、これでは廃人寸前のそれだ。今のギビルは二本脚で立つ人の形をした肉の塊同前になりかけている。許されているのは、最後に残された思考能力のみ。

 

 だが、これこそギビルが求めていた状況。これから行う練磨の為の前準備。その為にギビルはこの地まで足を運んできたのだ。

 

 この黄金の力にはある特性がある。

 それはギビル自身の集中力や精神力に呼応して高まる事。

 更に五感を断ち、第六感だけの状態で練り上がる事で高次の領域まで増大し続ける事だ。それこそ観測していながら本人も半信半疑ではあるが、星のエネルギーを上回る無尽蔵さだ。

 

 武術の鍛錬の様に肉体を動かすのではなく、五感を断った状態にして精神のみをただひたすらに研ぎ澄ませていく行為は言語に絶する拷問という言葉も生温い。

 幸いと言うか、獣の類は今の状態のギビルに近づこうとはしないので集中して取り組めた。

 

 それをギビルは黙々と続けていく。全身から苦悶の汗を垂れ流し、崩れ落ちそうになる脚を、尋常ならざる精神力で以て堪えながら。

 人間として生きるにあたって必要な人格は構築しているが、根底にある精神力は人の域を超えている。

 だが、それだけが今のギビルを動かしているのではない。

 

 

 

 

 何故力を求める。圧倒的な力を他者に振りかざしたいのか?

 否、抗うべき事象がある故に。

 

 

 

 

 

 それは、千里眼が見せた可能性。

 神々が試作品を作られず、完成品だけが作られた世界の物語。

 

 

 与えられた半神半人の身による孤独に苛まれ、暴君となったその王を諌めるために神が生み出した泥の人形との邂逅と二人の戦い。

 

 

 神々の怒りを買い、天から繰り出される神獣との戦いと、その果てに失われる泥の人形の命。

 

 

 かけがえのない友を失い泣き崩れ、人類の裁定者として歩き続ける半神半人の男の背中。

 

 

 

 

 日は既に沈み、夜空が支配する時間になっていた。

 だがその闇の中で夜空の星々の輝きにも負けない光がメソポタミアの大地に一つある。 

 

 

 地上に星が輝いている。

 そう錯覚してしまうほどの黄金の輝きを、幼子が全身から立ち昇らせながら岩場の中央に立つ。

 

 失われた五感は全て戻し、真紅の色が戻った瞳は満天の星空を仰いでいた。

 

 ギビルは星空というものが好きだった。千里眼を以てしても、その星々の放つの輝きに魅入られてしまう。

 星を見上げている内は、その輝きに胸の高鳴りと憧れを抱き、その広大な宇宙の果てに無限の可能性を夢想して、自分もまだやれるはずだと励まされる。

 

 

 ギビルは神々と人間との間を繋ぐ楔の試作品だ。

 だが、肉体構築前に完成された魂が人間と言う存在を千里眼で観測し続けて得た今の人格は、人間のそれに限りなく近い。

 人間に近づいて行くからこそ、欲も生まれてくる。

 

 

 あまり遅くなりすぎては両親が不安がるだろう。

 その不安が一体どういう方向に向けてあるのかまで視る気はないけれど。

 

 ギビルは全身に黄金の輝きを纏って空を跳び、ウルクへと戻っていった。

 

 後にギビルは自身に宿る力に名前を付けた。

 人という星からすれば小さな身に内在する、大いなる宇宙に輝く星々の如き黄金の力。

 

 小宇宙(ディアンキ)と。

 

 

 

 翌年、ウルクの王朝に第2子が誕生する。

 子供の名はギルガメッシュ。

 

 ギビルと同じこの半神半人の子供が誕生した事によって、ウルクの歴史は加速する。




ソル○ャードリームを聴きながらシュメール文明の物語を書くというこの不思議な状況。

最初は元ネタ的にもコスモで良いかなと思ったのですが、メソポタミアの話なので思い切ってシュメール語にしてみました(楔形文字を凝視しながら
ウルク関係で色々調べてましたら12星座ってシュメール文明の時期にその原型が生まれたそうなので、その繋がりで組み込んだのがこの結果です。
 
 di=小さい anki=宇宙(an=天 + ki=地)

 これで間違っていたらもう無理くり通すしかないです。


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3.弟の名はギルガメッシュ

 御年8歳のギビルに弟が出来た。

 既に生まれる時期まで見通していたギビルにとっては、予定調和の名のもとに生まれて来た為驚く事はない。

 しかし、ついに完成品が出来上がった事に対する感慨深さはあったし、人としての感性が弟の誕生を素直に嬉しく感じていた。

 

 ギビルは生まれたばかりのギルガメッシュに会わせてもらい、その時一緒に千里眼で確認をする。

 

 このギルガメッシュの人格は自分の様に完成されてはおらず、見た目通りの赤子のような未成熟の状態だった。

 神々は自分という試作品から反省して、ギルガメッシュをより人間らしく調整し、人間らしく育てさせる方法を選択したのだ。

 だがその肉体は紛う事なき半神半人のそれ。そして未だ機能こそしてはいないが、眼には自分とは性能が違うが千里眼が備わっているのをギビルは視た。多少の調整を行った様だが、大元は確かに我が身を流用している所が見受けられる。己の後継機である事が良く分かった。

 

 この子が自分と同じく人の様に成長し、そしていずれウルクを支配する王となる。

 一体どんな王になるのだろうか。千里眼はいくつもの可能性を示している。

 この弟には、王としてだけではなく人としての幸福の成就があることを願いたい。

 

 布に包まれながら眠る弟をじっと見つめるギビルの姿に、王ルガルバンダと妻である女神ニンスンの見る目は複雑だった。

 

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュ誕生から数日後の夜、ギビルは父ルガルバンダに呼び出される。

 王の自室に連れられて切り出された話題は、やはり王位継承の件であった。

 

――ギビルよ、お前には王位を継がせぬ。王位は、ギルガメッシュが継ぐ事とする。

 

 告げられたギビルは間を一呼吸置いて分かりました、と了承した。

 

 あまりにも呆気ない返事に、告げたルガルバンダの方が目を見開いた。

 

――ギビル……よもやお前は、こうなる事が分かっていたのか?

 

 はい、この身が世界に生れ落ちた時から、と答えるギビルは苦笑気味だ。

 

 ルガルバンダは体を震わせて何かを言いたそうにしていたが、出かかるそれを無理やり飲み込むようにして口を閉じる。

 元々この王子は経緯から誕生まで色々と特殊だった。神々の意向によって神と人の仲立ちとなる新たな王、その試作として生まれた存在。

 そんな赤子は生まれてすぐ様に立ち上がって歩き出し、言葉を発した。あの光景は今も頭に鮮明に思い出せる。

 それから今に至るまで王子は誰よりも賢く、誰よりも強く、そして民からも愛された。王となる素質ならば、この子にだって――。

 

 想いが脳裏を支配する前に、ギビルが私の方からお願いがありますと割り込むように話しかけられた。

 なんだ、言って見ろと言うルガルバンダは王の威厳を保っているが、その顔は困惑の色が滲んでいる。

 

 

 

「同じ経緯で先に生まれた兄として、ギルガメッシュのこれからを支えてやりたいと思っております。もし、私を信じていただけるのであればですが」

 

 話を聞いているルガルバンダは感情を抑え込むのに必死で、顔から脂汗が垂れ落ちてきた。

 

 この子は分かっているのだ。王位を全く惜しいと思っていないその態度に対して父である自分が疑っているのを。その疑念の中に、簒奪者(さんだつしゃ)という言葉が浮かび上がっているのを。

 そして……理解の及ばぬ未知なる存在を見るかのように、恐怖の色を帯びた眼差しを向けてしまっている事を。

 

 

 顔にびっしり浮かんだ汗を拭い、深いため息をつきながらウルクの王は顔を俯かせた。この子に、人間の王の威厳はもう不要。今必要なのは、親として伝えるべき事だ。

 

 

――……正直、お前だけでもワシには理解出来ぬ所が多すぎる。それに続いて今度は正当な王位継承者のギルガメッシュが生まれたのだ。……ワシの出番はそう遠くない内に終わるであろう。

 

 

 神々の思惑があったとはいえ、次代の王はもはや自分の力で導ける領域にいるとは思えない。その兄の成長する姿を数年見続けて来て酷く痛感した。

 で、あるのならば。

 

 

――……ギルガメッシュが王位に就いた後は頼む。そして二人でウルクを導いてくれ。

 

 ウルクの王が頭を下げた。歳を老いたせいで色褪せ薄くなっていた父の頭を見て、息子は僅かに目を見開かせる。

 

 息子、ギビルは何も言わずに深々と頭を下げた。

 

 

 

 それから数年間、主な世話は乳母達に任せつつギビルも別の側面からギルガメッシュの世話を積極的にするようになった。

 

 ギビルの持つ小宇宙(ディアンキ)は、操作次第で相手の精神に語り掛け、精神内で相手との会話を行う事が出来る。

 相手が生まれて間もない未熟な肉体と精神故、ギビルはタイミングを見計らい努めて柔らかく、そして優しく語りかけて行った。

 話しかけられたギルガッシュは最初こそ言語も未だ解す事の叶わない幼い反応しか出来なかった。しかしそこは神々の設計によって聡明な頭脳を与えられているため、ギビルの語り掛ける言葉に対する学習能力はすこぶる優秀だった。

 

 始めにギルガメッシュと言う自身の名前を教え、その兄の名を教え、自分の事を、両親の事を、ウルクと言う国を、自然の営みを。この世界の事を少しずつ、ゆっくりと最初は語るように、徐々に対話と言う形に変えてギルガッシュに教えて行った。

 

 

 

 ギルガメッシュが一人で出歩けるようになり、多少たどたどしくも会話が出来る様になった頃、ギビルはギルガメッシュを連れてウルクの宮殿の屋根の上にいた。

 時刻は夜中、住居から明かりが消えてウルクの都市内に夜の帳が降りた頃合いである。

 

 ギルガメッシュものびやかに育って今は6歳、幼い頃のギビルによく似ている。

 横に並ぶギビルは14歳、幼児から少年期に移り変わり、神々の創り上げた美貌にはさらに磨きがかかっていった。

 腰まで伸びた黄金の髪は猛り狂う獅子の鬣の様に所々が逆立ち、穏やかな真紅の瞳を携えた眼差しの奥底には強い意志が宿っている。

 兄弟二人は並び立って夜空を見上げていた。

 

「あれが牡羊、あそこは牡牛、あれは……何だと思う?」

 

「んー……さそり?」

 

「当たりだ」

 

「兄上がよく話してくれるからおぼえちゃった」

 

 暗黒の天空に輝く星々の連なりにギビルは指をさし、それらが司る星座を口にしたりギルガメッシュに訊ねてみたりしている。

 

 この頃のギビルは天体観測が趣味になっており、中でもカルデア人なる人種の羊飼いが起源とされる星座と言う存在が特に好きだった。一体どういう発想からあの星の組み合わせを思いついたのか、人間の持つ理屈では無い不確かさに面白さを感じていた。

 その好き好きにギルガメッシュを誘ってこうして一緒に夜空を眺める時が最近はままあり、誘ってみたギルガメッシュも夜空の星々を見上げながら目を輝かせてくれているのでお気に召したらしい。

 

「面白いものを見せよう」

 

 不思議そうに見上げてくるギルガメッシュの頭に手を乗せると、ギビルは自分の千里眼が視る世界の一端をギルガメッシュにも共有させた。

 

 視せるのは二人が見上げる空の遥か彼方の大宇宙、恒星の光を浴びて輝く惑星の数々。様々な天文現象が生み出す鮮やかな色、寿命の尽きた惑星の死による爆発の光、これから誕生する星の息遣い、およそ星の上に立っているだけでは見る事が叶わぬ神秘の世界だ。

 

「これは……」

 

 幼いギルガメッシュは眼を真ん丸に開いてギビルを見上げた。

 小さな手が、無意識的にギビルの服を掴んでいる。そのギルガメッシュの手は、確かに震えていた。

 ギビルは共有を閉じてギルガメッシュをあやす様に頭を優しくなでた。

 

「すまん、驚かせてしまったか。今見せたのが宇宙というものだ。私達が今立っているこの大地から遠く離れた空の果てに、この世界が広がっているんだ」

 

 これがギビルが幼い頃から見続けていた宇宙の世界、この星が生まれる以前から続いて来た世界の理。

 幼かったギビルも今のギルガメッシュの様に震え、そして衝撃と大きな感動を覚えた。だからギビルは弟にもこの光景を見せたかった。感受性が豊かな幼いこの時期に。

 しかし、幼いギルガメッシュには刺激が強すぎた。

 

「すごく、大きくて、とても綺麗。でも……」

 

 言葉が途切れると、ギルガメッシュはギビルに身を寄せると、顔をギビルの体に(うず)めた。

 ギビルはギルガメッシュがしゃくり上げているのを察して、弟の背中をさすった。 

 

「……それが正しい反応なのだろうな」

 

 無理も無かった。ギルガメッシュは星に生きる生物が潜在的に持つ根源的な恐怖を垣間見て泣いたのだ。この衝動は、たとえ神であろうと免れられない。

 

 

 

 

 

 

「……兄上は」

 

 暫くしてギルガメッシュが落ち着き、二人で宮殿の屋上に座り込みながら再び夜空を眺めているとき、ギルガメッシュがぽつりと呟くような声でギビルに話しかけた。

 

「兄上は、本当に僕が王になって良かったの?」

 

 ギビルはギルガメッシュの顔を見据えたまま、無言で続きを促した。

 

「兄上は僕よりも色んな事を知っている。色んな事だって視れる。それでも僕が王になったほう良いの?」

 

 本当にこれでいいのかと、言外に訊ねているかのような。そんな声だった。

 その問いに、兄はふっと笑みを漏らした。

 

「勿論だ。むしろギルガメッシュ、お前だから王にふさわしい」

 

 ギルガメッシュの体に流れる神の血は三分の二、対するギビルは四分の三と限りなく神に近い。完成品と定めたギルガメッシュのその血の割合こそが設計した神々の答えでもあり、ギビルの導き出した結論でもあった。

 人間に近い者こそがウルクを、ひいては人間の世界を統治する王にふさわしい。それが神々と人間を繋ぎとめる天の楔の条件なのだ。

 

 実験的に作られたギビルはその基準から既に除外されている。今もこうして神々がギビルの存在を放置しているのは、ギビル自身がウルクの発展に貢献しており、ギルガメッシュの成長に積極的に協力しているからだ。

 それを思わぬ副産物だと神々はほくそ笑んでいる。いずれ来たる自分達へ返ってくる収益に胸を膨らませている神もいた。

 浅ましいなどとは思わなかった。人間達は神々の強力な権能に膝をつき畏敬の念を込めて崇拝するが、結局のところ、神々も強い力を持ったこの星に存在する一種の生命体に過ぎないのだとギビルは理解した。であれば生命体らしく欲なりエゴがあり、それを求めて奔走もするし、自尊心を持っていても不思議とは思わない。

 

 そして、絶対不滅の存在ではないという事も。

 

 

 

 

「人間の王になれ、ギルガメッシュ。人間のな」

 

 突然の兄の言葉だったが、ギルガメッシュは動揺した様子は無かった。

 

「それは、神様がいなくなるから?」

 

「……やはりお前の眼から視ても結果は同じだったか」

 

 ギビルは幼い頃よりあらゆる時間軸の世界を多く観測してきたが、今から遥か未来において神々の存在は人の世界から消えているのに気付いていた。

 その原因は分かっている。人間達の文明の発展が引き金となっているのだ。

 人類の発展は自然環境の破壊を伴う。神々は自然現象の化身、その母体となる自然が開拓によって切り拓かれ、更に自然の摂理を技術的に暴いて人間達が制御できるものへと解明されていく事によって神々の存在が不要になり、消滅していったのだ。

 他の可能性の世界でも、人間の文明に付随するように神々の回りも多少の発展は見せることはあるが、神々自身で発展していくと言う概念が結局生まれずに終わっていた。

 

 そこで人間達の王となり、発展の手綱をひいて神々が存続する為の調整役として創り上げられたのが試作品のギビル、及び完成品のギルガメッシュだ。

 

 だが、ギビルは神々から与えられている役割について、王子として暮らしていく内に疑問を抱きはじめ、観測し続けてきた人の未来に大きな興味を抱きだした。

 

 それは、人類が歩みつづけて行った文明の歴史。

 多くの可能性の中に、更に時間を進ませていけば、人間達はこの星を飛び出し別の星々にまで進出しては其処に根付き、文明を広げていった未来まであるではないか。

 

 何という力なのだろう。人間は、神々の出来なかった事を成し遂げうる力を持っているのだ。

 数々の困難に見舞われながらも抗い、歩み続ける力。神々と人類を分けたものがあるとすれば、間違いなくこれなのだろう。 

 だから人類は、この星の文明を滅ぼしかけたあの遊星の巨人を打ち倒す事が出来たのかもしれない。あれだけ自分達の力を絶対と信じて疑わず、挙句の果てには命乞いをしたどこぞの神々とは違って。

 だからこそ、その有様に素晴らしさを感じた。人類が歴史と共に刻んで来た、もしくはこれから刻んでいく悲劇、幸福、それらを総括して人間に愛しさすら抱きたくなる。

 

 であるのならば、この星に必要なのは天の楔では無く、人という種の――。

 

 

 

 

「僕が王になったら、兄上は僕と一緒にいてくれる?」

 

 どこか遠い目をしていたギビルに、ギルガメッシュが問いかける。

 言葉そのままの意味ではあるまい。ギビルも理解していた。

 

「弟に任せたまま傍観者でいるつもりはないさ。私も手伝うよ」

 

 その答えに、ギルガメッシュは年不相応な苦笑いを浮かべていた。照れ笑いのようにも見えた。

 

 明確な答えこそ言葉で返ってこなかったが、それが答えだった。




ぎるがめっしゅ6さい、宇宙の理をちょっと見せられる(ゲ○ター線を照射
本来なら生まれた時既に結論をくだせる位の知性があったみたいですが、主人公からの反省を振り返って精神構造に修正が入ってます。
原作の英雄王は生まれた時からある程度覚醒していたみたいですしね。なので遅いか早いかの違い位かもしれません。
あと、さらりと流してしまいましたが、王位につきましてはルガルバンダとギルガメッシュの間にドゥムジが本来いるのですが、本作では端折りました。


主人公のヘアスタイルイメージは狼狽えるな小僧どもで有名なあの羊の御方です。流石に麻呂眉ではありませんけど。


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4.神々が遣わした者の名はエルキドゥ

 かくしてギルガメッシュはウルクの王位を継ぎ、ギビルはその側で弟の王政を支える形を取ってウルクの統治が始まった。

 

 ギルガメッシュが幼年期の頃は人に対して誠実であろうと努めていた事もあり、それが政治の方針にも繋がって善政を敷いていた。

 これに国の民は喜び、我が国の王は地上でもっとも理想の王であるともてはやした。

 

 国内の政策について、ギビルが未来の技術を事細かく観測出来るので、それを利用して今の時代に調整して普及させると言う方法もあったが、それは早々に兄弟二人の判断で却下された。

 あれらは未来の人類が試行錯誤して築き上げてきたもの。このまま順当に人類が繁栄していけば、遅いか早いかの問題でそれらの技術は生み出される。それに、今と未来の人間達の頑張りを馬鹿にしているようにも解釈出来てしまった。ウルクの民が独自に開発したのならば喜んで受け入れるが、此方から文明の知恵を授けるような事は止めよう。彼らの脚を鈍らせかねない。

 自分達は今のウルクを生きている、ならば今の時代の国作りをしていけばいい。そういう結論に至ったのだ。

 

 兄弟間でそういう答えへと行き着くにあたって、年月と共に国の法にも少しずつ変化を加えて行った。

 

 人類の良さとは発展力、成長力だ。その根幹にあるものは、自身の悪環境を改善しようとする欲望や抗いの精神だ。

 その良さを殺さずに活かすためには、民に程々の抑制を与える必要がある。民を甘やかすだけでは、その環境に甘んじて成長しようとしなくなってしまう。

 今の時代だけで見れば善政である事は悪くはない。だが、その次に繋げるには? 遠い未来で築かれる文明の一歩とするためには? そんな大きく俯瞰的な視野のもとに今の民に対する王政は考えられた。

 

 ギルガメッシュは暴君による圧政を選択肢の一つに据えていた。

 自分達は人間達に深く関わってはならない。ならば多くの人間に嫌われる王である事こそが最終的には彼らの成長を促す要因になるのではないのかと。

 

 ギビルもそれには一定の理解をもったが、敢えて異議を唱えた。

 逆境だけが人を育てるのではあるまい。民の堕落を肯定するつもりは毛頭ないが、対価を与えるのもまた成長の助けになる。

 

 議論に議論を重ねた結果、法を改め、厳しくする所は冷徹なまでに締め、許容性が求められる所では寛仁な態度を示したりして緩急を付けて行った。

 

 予想した通り、当初はこの政策の変更に民達の中から困惑の声が上がった。

 税金の引き上げ、罰則内容の追加等、あれだけの仁君ぶりから少しずつ厳しい法が施されはじめ、まさか王が暴君になる兆しかと不安を抱いたのだ。

 

 しかし、結局それは民達の杞憂に終わった。

 確かに今までよりも厳しくはなったが、それでも全体的な民の生活水準などが著しく落ちた訳では無かった。働いた分だけ公平に賃金等は貰えているのでむしろ上がったと言えよう。

 それに先代や先々代の統治が悪かったとは言わないが、昔の頃と比べれば大分暮らしやすくなっているという昔のウルクを知る老人達の述懐が民達の王政への理解を後押ししていた。

 そういう経緯の結果、ギルガメッシュの執り行った統治は善政の境界線を超えない範囲の状態を保ち続けながらウルクは国として発展していく事となる。

 

 

 

 

 そして時が経ち、ギルガメッシュも幼年期から少年期へ、そして青年期に入った頃の事である。

 

 

 

 

 此処は植物や岩も見当たらない乾いた大地が広がる荒野の只中。

 照りつける太陽と青空が見守る中で、二人の男が戦いを繰り広げていた。

 

 

 一人はウルクの頂点に君臨するギルガメッシュ。

 成人の儀を済ませた頃には既に幼さが抜けきり、今では誰もが見惚れる至高の美を体現する男として完成していた。

 戦いの場という事もあって動きやすさを優先した衣装は腰下以外は裸体の状態で、神々が作り上げた美体を惜しむ事なくさらけ出している。

 幼い頃に比べて伸びた黄金の髪は前髪の一部を除いて軽く上げ、鋭い猛禽の様な眼差しは敵対している相手の一挙手一投足を見逃さぬと言わんばかりに睨みつけていた。

 

 対するはギルガメッシュの実兄、ウルクでは弟ギルガメッシュの執政の補佐を努めているギビル。

 ギビルもまたギルガメッシュと同様に上半身は裸体の有様だが、ギルガメッシュより頭一つ背丈が高く、その身長に見合った筋肉の厚みが釣り合わせている。

 腰まで達した獅子の鬣の如き黄金の長髪は、ギビルが動くたびに荒々しく逆巻き、見るものにはさながら獣が舞っているかのように幻視させるだろう。

 そして本来あるはずの真紅の瞳を携えた眼は、何故か両方閉じられていた。

 

 

「どうしたギルガメッシュ、それでは当たってはやれんぞ」

 

「抜かせ!」

 

 兄の挑発に声を荒げる弟は両手に持つ剣を操り風を切り裂く剣閃を、更には蹴り等の肉弾戦をも加えた打撃を混ぜ合わせた連撃を見舞っていく。

 刃を潰しているわけでもない、力を抑えているわけでもない。間違いなく生物を殺傷せしめるためにのみ作られた剣と人体を破壊するために力を込められた四肢は、並の人間では視認する事すら叶わぬ領域にまで加速して、人体の急所目がけて的確に振るわれた。

 

 それを兄は事もなげに躱していく。目をつぶったままだと言うのに、あたかもその軌跡が見えているかのように最低限の動作で避け続けていた。

 

「“視野”をもっと広げてみろ、お前の眼は更に先が視える筈だ」

 

「言われなくとも!」

 

 霞でも相手にしているかのように手ごたえの感じられない事にギルガメッシュは舌打ちをする。

 ギルガメッシュはこの兄と戦い始めてからずっと、未来を見通す千里眼で兄の挙動を全て注視していた。

 相手の動き、あらゆる勝ち筋、それらを全て視て、観測して、自身の動きに最適化させている。

 

 だが、それでも当たらない。掠る事すら叶わない。

 ギルガメッシュが見通している筈の先よりも更に先から全てを見透かしてくる様な、全貌の見えない未知の感触がギルガメッシュの前に立ちはだかっているのだ。

 

「隙が出来ている」

 

「ぐほっ!?」

 

 連続で繰り出される攻撃の中に隙を見出したギビルが一歩踏み込み、腕を攻撃の合間へ滑り込むようにして掻い潜らせ、その胸板目がけて掌底を叩き込んだ。

 

 直撃を受けたギルガメッシュは後方遠くへ吹き飛ばされる。するとそれを見計らった様に次の瞬間、ギビルの周囲に黄金の波紋が幾つも浮かんだ。

 その数にして数百。全方位を隙間なく囲むように現れた波紋の中から視認できない速度で何かが射出される。

 

 それは大量の武器だ。剣、槍、斧とありとあらゆる、そして一つ一つが一級品にして膨大な力を秘めたそれが全ての波紋から一斉に放たれたのだ。

 これらは全てギルガメッシュが王として貯蔵していた財宝の数々。それをあの黄金の波紋を介して空間を越え、射ち込んでいるのだ。

 

 ギビルは飛来する武器の群を残像が残るほどの速度を出しながら空間を跳ねるように動いて回避していくが、躱された武器はその射線先に展開されてあった波紋の中へ入り込み、また別の波紋から飛び出して再びギビルへ襲い掛かる。

 撃ち出された武器同士の接触は無い。ある物は時間差によって、ある物は射出角度によって、全てギビルを狙い撃つためにギルガメッシュの緻密な操作によって組まれた武器の流星群は圧倒的に暴力的であったが、同時に心奪われるほどに芸術的ですらあった

 

 

 弾幕の空間が少しずつ追い詰めてきている事をギビルは感じるが、その顔に焦りはない。閉じた瞼はそのままに、口元には小さく笑みが浮かんでいた。

 

「……蔵の使い方が上手くなったな」

 

 事実、ギビルの動きを捉えるために編み出したこの蔵を攻撃に転用する方法も、当初は子供の癇癪の様にまき散らすというお粗末な有様だった。中身の詰まった壺をひっくり返すのなら子供でも出来るぞとその無駄遣いを指摘され、ギルガメッシュなりに考えた結果、今では見違える様に理性的な攻撃手段として構築されていた。

 

 元々この戦いも、未だ幼かったギルガメッシュが有り余った力の吐き出し先に困り出した時にギビルが提案した事を発端としている。

 最初は追いかけっこだったり取っ組み合いといった子供の遊びの真似事だった。

 しかし年月が経つごとに、ギルガメッシュの精神が成熟していくにつれて内容は暴力性を帯び、片や武器を用いた闘争の形へと変化していった。

 

 そう、これは真剣勝負であると同時に戯れだ。これは兄弟二人だけが許された戦い(遊戯)だ。今は、未だ。

 

 ギルガメッシュの成長がギビルの頬を微かに緩ませた。

 

「だが、この兄の矜持を挫くにはまだ足りないと見える」

 

 回避行動を続けているギビルの体が黄金に輝きだした。

 

 吹き飛ばされてから辛うじて態勢を崩さずに着地に成功していたギルガメッシュは、兄の変化に「来るか……」と武具の射出を継続したまま両手に持った双剣を構え迎撃態勢を取る。

 

 輝きを身に纏った瞬間、ギビルの速度は今までのそれを追い抜き、光速の領域へと突入した。

 

 その時、ギルガメッシュは自身が展開した武具による弾幕内で起きた事態に、信じられないものを目の当たりにしたかの如く眼を見開いた。

 

 黄金の輝きが襲い掛かる武具の側面を反射しながら、遂にはその包囲網を突き破ったのだ。

 

 いいや、反射と言うのは語弊がある。兄のギビルが“空中を高速で飛ぶ武器を足場にして跳び、弾幕内の小さな隙間を通って抜け出した”のだ。瞬きよりも早いほんの僅かな瞬間に生まれた隙間を縫うようにしてくぐり抜けていく様は、もはや超人的である。

 

 人知を超えた絶技を以て飛び出した光が、遠くで待ち構えているギルガメッシュ目がけて更に加速。最早その様は地を駆ける黄金の流星だ。

 

 光の速度で迫りくるギビルをギルガメッシュは眼で視れる。肉体も今なら反応が可能だ。だが。

 

 

獅子の星(ウルグラ)ッ!」

 

 

 ギビルの握り締めた拳が一際強く輝いた瞬間、ギルガメッシュに夥しい数の黄金の光の軌跡が襲い掛かる。

 その正体は、黄金の光――小宇宙(ディアンキ)を練り上げたギビルが繰り出す1秒間にして億に到達する程の拳による超連続攻撃。

 

 避ける事すら許されず、一撃一撃が光速にして必殺の威力を秘めたそれに、全身を余すことなく打ち据えられたギルガメッシュは光の軌道の中を跳ね回るようにして吹き飛び、その身を天空高く舞い上げた。

 

 体中から血をまき散らしながらギルガメッシュは頭から落下してくる。 

 そして大地を砕きながら激突し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。その眼差しは力強く戦闘意欲が未だ旺盛である事を示していたが、瞳は虚ろで既に意識は無くなっていた。

 

 倒れるギルガメッシュの側に、全身に拳を叩き込まれても手放さ無かった彼の双剣が追い付いて地面に突き刺さる。それは、まるで墓標の様で――。

 

 

 ――死なすなど兄としては言語道断なのだが。

 

白羊の星(ハンガ)よ」

 

 天高くかざしたギビルの手から小宇宙の輝きが迸り、ギルガメッシュを包み込む。

 光はギルガメッシュの肉体に生じた傷を全て癒し、同時に意識の覚醒を促した。

 気が付いたギルガメッシュはむくりと上体をおこし、自身の体にべったりと残った血痕と周りの様子を一瞥して状況を把握した。

 

「……」

 

 その顔に落胆は無く、怒りも無く、ある一つの事実だけが胸を占めていた。

 

「……ついに使ったな、小宇宙(ディアンキ)

 

「ああ、でなければ流石に避け切れなかった……成長したな、ギルガメッシュ」

 

 兄の返事に、弟の口元が不自然に歪んだ。

 

 その健気にも思える向上心が、ギビルの心に培われていった兄心をくすぐった。

 ギビルがギルガメッシュの頭を乱暴に撫でまわす。

 

「そろそろ戻るぞ、いい加減長居のし過ぎだ」

 

「おいやめろ、いつまで子ども扱いするつもりだ!」

 

 ギビルが手を鬱陶しげに払い落されていると、二人のいた景色が歪みだした。

 大きく歪み、再び景色が安定した時、そこは広大な部屋の中だった。ウルクの宮殿内のギルガメッシュの私室である。兄弟以外誰も入れないようにと事前に人払いをさせている。

 

 二人のいた空間は、ギビルが小宇宙で時空間を操って道を開けた先の異空間だった。

 

 兄弟があの荒野で戦いを始めたのは時間に換算して一週間前にもなる。

 しかし空間を越えるにあたり時間軸の操作も行われ、丁度二人が異空間へ出かけた直後の時間に戻って来たのだ。

 

「俺は湯浴みをしてくる。兄上は?」

 

「私も行こう、流石に汗臭いまま公務に取り掛かる訳にもいくまい」

 

「お得意の小宇宙でも身を清める事は出来ないのか」

 

「あれにそこまでの利便性を求めはせんよ」

 

 二人だけの場合にのみ、ギルガメッシュはギビルを兄と呼ぶ。

 普段は王としての立場があるのでギビルの事は呼び捨てにしているが、それについてギビルも理解しているし、そういうものだと納得している。

 

 

「きゃああ!! ギルガメッシュ王! お体に血が!?」

 

「狼狽えるな、食後の運動をしただけだ」

 

 宮中の廊下を出掛かる際、通りかかった侍女がギルガメッシュの姿を見て悲鳴を上げた。

 全身から流れた血がそのままの、しかも先程の戦いでボロボロのまま王が歩いているのだから悲鳴の一つ上がって不思議ではない。

 

 ()は良いから浴室に行かせろと、おろおろする侍女を他所にずんずん浴室へ向かっていく弟の背を見ながら兄もそれに続いた。

 

 紀元前、メソポタミア地域の都市国家の一つウルク。

 神と人間の血を持つギルガメッシュが王として統治するその国の発展は目覚ましく、王位を継いだ当初から比べて国土は倍以上にまで広がり、都市の外周部は高く積み上げられた城壁で囲まれ、今では地域内でも屈指の国力を持つ城塞都市国家へと成長をとげた。

 

 そんなウルクは、今日もそれなりに平和の様である。

 

 

 

 

 

「ギビル様! ギビル様! 大変ですギビル様!」

 

 湯浴みで身を清めた後、王族の衣装を着込み、大量の粘土板に囲まれながら目を瞑ったまま政務に取り掛かっているギビルの元へ、慌てた様子の兵士が駆け込んで来た。

 

「どうした、王がウルクから飛び出しでもしたのか?」

 

 浴室でギルガメッシュとは別れているが、既に弟の動向を掴んでいたギビルの言葉に兵士が驚いた。

 

「あ、相変わらずの慧眼(けいがん)、恐れ入ります。まさしくその通りで、ギルガメッシュ王が国外に出てしまわれました!」

 

 一国を預かる者が、しかも昨今善政によって民達からは大層評判の賢き王が突然居なくなればその下々の者が慌てるのは必然である。

 そうなるとその王の行先や今後の対策について頼れるのは王の次に決定権を持つ男ただ一人、王兄のギビルしかいない。

 

 慌てる兵士とは対照的に、ギビルの態度は冷静だった。

 

「……暫くは放っておいて差し上げろ」

 

「よ、宜しいのですか?」

 

「ああ、その代わり王が不在の間に案件が出たのならば私に報告するように。そう心配せずとも少し時間はかかるが、数日もすれば王は戻ってくるさ」

 

 まさかの放置対応に兵士も怪訝そうな表情を作ってしまったが、王が最も信頼を寄せていてかつ政務を任せても王の采配と遜色のない手腕を持つ王兄の言葉なら信頼できると納得して、その場から下がっていった。

 

 

 

(そう、ギルガメッシュは戻ってくる。得難い友を連れてな)

 

 今のギルガメッシュには対等な相手が必要だ。ギビルは自分がギルガメッシュの兄や理解者になれても、友という部類になるのは難しいと理解している。

 そも、ギルガメッシュ本人はギビルに兄弟としての親しさも持っているが、同時に乗り越える対象としても見ているのだ。

 しかも手加減をしようものなら烈火のごとく怒り出して暫く不機嫌になる事が今なら千里眼で視ずとも想像に難くない。

 

 この家出紛いの外出はギルガメッシュにとって大いに意味のある良い出来事だ。ならば弟が帰ってくる場所を守るのも、それを支えると誓った兄の務めである。

 

 そうやって臣下達が日を跨ぐごとに不安を募らせながら王の帰りを待つ事数日後、ギルガメッシュが返って来た。見知らぬ人物を一人連れて。

 

 

「兄上、面白い奴を連れてきたぞ」

 

 臣下達に己の健在を挨拶交じりに示した後、ギルガメッシュはギビルの元へやって来てぶっきらぼうだが、何処か照れた様子で連れて帰って来たもう一人の人物を紹介してきた。

 

 白い貫頭衣で身を包んだ、男とも女とも判別の付かない中性的な人物だった。

 人間界の持つ淫猥(いんわい)な色香と自然の醸し出す純粋さと言う相反する要素を内包した言葉では表しずらい美しい(かんばせ)に、陽光を浴びた若葉の様な緑色の長髪はさらりとしていて膝まで届いている。 

 

 ギビルはその顔立ちに見覚えがある。ウルクの神殿娼婦、聖娼婦シャムハトと顔のつくりがそっくりだったのだ。

 そしてその正体も視た。

 

 

「ギルガメッシュの試作品()だね? 彼から話は聞いているよ。はじめまして、僕はエルキドゥ」

 

 嫌味の無い柔らかな接し方はエルキドゥの美貌と相まって、相手に好印象を与えるだろう。試作品と言う言葉も悪意が込められたものでは無く、エルキドゥの出生を考えればそういう呼称にも他意はないのだとギビルにも理解できる。

 ギビルはその穏やかな挨拶に応じた。

 

「私はギビル、こちらこそ宜しく。視た所、アヌ神と女神アルルが生み出した者と見受けるが?」

 

 その正体を看破したギビルに、エルキドゥはとても驚いたように眼を見開いた。そのままギルガメッシュの方へと振り向くと、弟は不敵な笑みをエルキドゥに返していた。

 

「……貴方は知っていたのか?」

 

「目利きの良さには自信があるのだ」

 

「……目は閉じているようだけど」

 

 実際、ギビルは普段から常に目を閉じて過ごしていた。宮中の中の人間ですらその眼を開いたところを見た事が無いと言う者もいる程にその時期は長く、実際ギビルはこの暮らしをしてからもう10年以上は過ごしていた。流石に神殿で神への謁見を行う際は不敬にあたるので開いているのだが。

 別にギビルは失明したわけでも眼球が無くなったわけでもない。ギビルの眼は至って健在だ。閉じた理由は(ひとえ)に小宇宙の鍛錬に他ならなかった。

 ギビルだけが備えるこの小宇宙は、五感の一部を遮断する事で小宇宙が高められるという特性を持つため、ギビルは視覚を閉じる事で増大させ続けていたのだ。

 生活や執政にも支障は無い、もとより千里眼による万象への観測が肉眼の代役を務めていたし、昔小宇宙の鍛錬の最中に新たな未知の感覚に――数で表現するのならば二つほど目覚め、それによって小宇宙が更に爆発的に上昇し、同時に千里眼での視野が遥かに広まった。

 

 なお、広まった視野の向こう側に赤子の時に出会って以来の某覚者の意識体らしきものを見つけ、向こうも此方を振り返って嬉しそうに微笑んできた時は、何とも言い難い気分になった。

 

 

 それはさておき、こうして和やかな雰囲気で紹介されたエルキドゥだが、ギルガメッシュと出会った当初は爽やかな出会いと言うわけにはいかなかった。むしろ血みどろの闘争が繰り広げられていた。

 

 エルキドゥの正体は、神々の王アヌと創造の女神アルルが共同で手掛けて作成した人型の粘土細工だ。

 姿が聖娼シャムハトに似ていたのは、生まれて間もない頃のエルキドゥが意図せず魂が入っていなかった所為で獣の姿となって野生化していたのを製作者達が嘆き、魂と知性を教えるために二柱が遣わしたのが聖娼の彼女であり、知性を得たエルキドゥが彼女に敬意を表して姿を模した為である。

 

 そのエルキドゥの造りだされた理由とは、“人間側にかまけているギルガメッシュ、およびギビルに対してその驕った精神を諌め、そして神々の怒りを示す”事だった。

 ギビルとギルガメッシュは神々に対して敬う事を怠った事は無かった。この時代に存在する都市国家は各々が都市神を崇拝しており、御多分に漏れずウルクにも都市神は存在する。その都市神を祀る神殿を建て、神殿内では常に大人数の神官や巫女達が働いている。ウルクのもう一つの宮殿ともいえよう。捧げる食物も、度々行う神事も他の都市国家より遥かに上等であり、ウルクの都市神は他の神々よりも質の良い奉仕に鼻高々だと気分を良くしている。

 時折起こる神々の気まぐれにも粛々と応じ、あまりにも度が過ぎるようであればその神の顔を立てつつ諫言(かんげん)を呈していった。尤も、それを聞き入れられるかはその神々のご機嫌次第なのだが。

 

 しかしギビルとギルガメッシュの二人は、神々を敬う事こそするが服従は一切していなかった。

 そして現在の発展目覚ましいウルクの現状も相まって、多くの神々達はこの状況を快く思っていなかった。支配者である自分達を差し置いて人間達が繁栄し、そうさせたのは傲慢であると見做したのだ。故に我らの怒りを教える必要がある、と。

 

 だが、神々達が直接赴いてそれを言うのも神としての体面が悪い。なのでその代弁者として生み出されたのが粘土人形にして神造兵器エルキドゥなのだ。言ってしまえばある種の刺客とも言えよう。

 

 そしてシャムハトの一件があった後、諌める相手がいるウルクを都市の外から観察している最中、ちょうど国外を出ていたギルガメッシュの前に立ちはだかり、先の要件を伝えるや否や元々イラついていたギルガメッシュは宣戦布告と判断して戦闘態勢に入り、両者は激突した。

 

 数日に渡る死闘だった。周囲に甚大な被害をもたらしながら続いたその戦いの果て、片や所持していた蔵の財宝の大半を消費し本人も力尽き倒れ伏し、片や全身を武器に変形させて戦っていたが体積のこと如くを削り取られほぼ頭だけの状態で大地に転がる始末。

 勝敗は引き分けだ。だがそれがギルガメッシュを大いに笑わせ、エルキドゥもつられて笑い合う結果となり、気が付けば意気投合して仲良くなった。というのが事の経緯である。

 

 本来は神の怒りの代弁者として送り出されたエルキドゥだったが、本人からしてみればさほど重要な物では無く、ギルガメッシュとの邂逅にこそ大きな価値を見出したのだ。神からの指示に強制力が無かった事も理由の一つだろう。

 

 そもそもからして設計段階から神々は指示の徹底を怠っていた様にギビルは思う。

 ギビルの時は魂の段階で手が加えられていたのにエルキドゥの時は魂が入っていなかったのは、制作に携わった神々の人数の問題と計画性の無さが仇となった結果だった。

 ギビルを作成した時の設計図でも残っていたのならそれを基にでもして作れたものを、そうできなかったのは結局あの時の後先を考えない勢いだけで作り上げた故の失敗だ。

 

 一言で片づけるのなら、神々の驕りが原因だった。二人の驕りを罰するために計画したにもかかわらず、自らの驕りで失敗しているのだから皮肉以外の何物でもない。

 超常の力を持ちながらも反省せず、次に生かさず、発展に結びつけようとせずに疎かになってしまっている所も、ギビルが表面上神々を敬うだけに留めている原因であった。ある意味、それが人格を持った自然現象である神々の限界なのかもしれないとも思っていた。

 こうして神々の寄越してきた厄介事は転じて好事に様変わりしたわけである。

 

 

「ギルガメッシュがこうも親しげに話せる相手が出来たのは私も嬉しい。気難しい奴かもしれないが、宜しくしてやってくれ」

 

「おい何を勝手な事を言っている、宜しくしてやるのは俺の方なんだぞ」

 

「だ、そうだが?」

 

「ははは、二人ともよろしく」

 

 

 

 友、と言う言葉を敢えてギビルはこの場で口にしなかった。

 その言葉をエルキドゥに教え、贈るのは、ギルガメッシュであるべきだ。 

 

 自分は二人の友情が育まれるのを見守ってやればいい。

 ギビルは二人の出会いを静かに祝福した。

 

 

 

 エルキドゥの存在はウルク内ですぐに広まった。

 見目の美しさもさることながら、ギルガメッシュがいつも親しげにしている事が民達の関心を強くした。

 善政を敷く良き王ではあるが幼少期を過ぎてからと言うもの、王兄のギビルを除いて他人との接触を必要最低限にして遠ざけているきらいのあったあのギルガメッシュ王が、ああまで仲睦まじくするものだから、エルキドゥを容姿的に女性、それも最上級と言う言葉が頭に付くほどの美しさもあってもしやギルガメッシュ王の妃候補か? とも噂される程だった。

 後に神々の作った無性の存在だと知らされるや非常に残念がっていたが、それでもギルガメッシュに仲の良い相手が出来た事を民達も喜び、エルキドゥの存在は概ね好意的に受け止められていた。

 

 最も変化が起きたのはギルガメッシュの生活だろう。

 最初こそウルク内や都市外近辺を二人で出かける姿が頻繁に見られていたのだが、ウルクでの暮らしにエルキドゥが少し飽きが入り始めたのをギルガメッシュは目敏く察してある事を思いついたのだ。

 

 

 遠い地に点在すると言われている世界の秘宝を手に入れるための冒険の旅の計画。

 後の世では、ギルガメッシュを主人公として綴られる叙事詩の大イベントの一つ、財宝探索の冒険の始まりであった。

 

 幸いにも、ギルガメッシュが不在の間は決裁権を委ねられたギビルが代理として機能できるので、王が戻るまでの執政はギビルが務める事になった。

 

 あるかどうかも判然としない財宝探索の旅に神官達は不安げだったが、ギビルもギルガメッシュも財宝の在処ついてはあたりをつけていた。

 太古の時代、それこそ人類と言う種が今の形に落ち着くよりも前の時代。この星に降り立った遊星の巨人、セファールが古き神々ごと滅ぼした過去の文明、その中で今も奇跡的に残存している遺跡に眠る遺物を手に入れようとギルガメッシュは目論んでいるのだ。尚、情報元はギルガメッシュとギビルの千里眼である。

 あまり細かく見過ぎると面白みがないというギルガメッシュの要望で大まかな位置しか視ていないが、存在だけはしっかり確認出来ていた。

 

 ギビルはギルガメッシュが計画した財宝探索の旅には好意的で、むしろ楽しんでこいと背中を押した。

 この旅の目的には本音と建前が色々とある。

 

 ウルクへの建前は王の財をより彩るために。

 

 ギルガメッシュの本音はエルキドゥとの戦いで消耗した財の補填とエルキドゥとの旅を楽しみたいから。

 

 更にギビル自身の目的としては、ギルガメッシュに良い思い出を作って欲しいと言う狙いがあった。

 

 王として国を善政で以て治め続けているギルガメッシュ。

 その本質は人類の観測者にして裁定者。成長を続ける人類がいずれ切り拓く遥かな未来、星を越え、遠き宇宙の果てに彼らが見出した答えを見届ける者だ。その為に人間を守護する者であり、星の文明を築く者でもある。

 それがギルガメッシュが自身に対して導き出した在り方だった。

 

 だが半神半人の、人としての人生が存在する以上ギルガメッシュ個人の幸福があって然るべきであるとギビルは思う。

 ギルガメッシュは王としてよく統治している。国外に出て息抜きする機会があっても良いんじゃないかと思ってしまうのは甘やかしだろうか。国土は今も豊かで、周辺国家への対応にも余裕がある。

 ギルガメッシュが不在の時に一時的にギビルへ貸与(たいよ)される王権の仕組みについては当初神々や長老達とひと悶着があったが、結果を残した為文句は出てきていない。不穏な言動を取る人間も現状はいない、既にその類は厳しく処断済みである。いたとしてもギビルの千里眼から逃れられる術は無いのだ。

 

 故にギビルはギルガメッシュとエルキドゥを安心して送り出す事が出来た。

 旅先での判断については聡明な二人の事だから、誤った選択はしない筈だ。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

「見ろ兄上! 我が宝物庫を飾るに相応しい剣だろう! 安置されていた遺跡内で番人が機能しておったが、そこは我とエルキドゥにかかれば古臭い木偶風情などひと撫でよ!」

 

「ふふん、今度のは一味違うぞ? なんと傷付けた者の治癒を妨げる鎌だ!」

 

「これを手に入れた旅は中々に痛快だったぞ? 竜を殺す事に特化した剣だ! 旅の方はちと長くなるので後でじっくり話してやるが、兄上も来ればよかったものをなぁ!」

 

「フハハハハ! こんな珍品などそうはあるまい、乗り手を空へ誘う御座よ! 我が威光もついに大空へと飛び立つときが来たようだな! 何、乗ってみたいだと? 遠慮する事は無いぞ安心しろ兄上、こいつは3人乗った所で問題はない! 空飛ぶ王の雄姿を特等席で見せてやるわ!」

 

 財宝を手に入れるたび、成果物(財宝)を引っ提げて自慢げに冒険譚を語り、終いには仰け反りながら鼻高々に笑うギルガメッシュ。未だ嘗て此処まで高揚している弟の姿を直に見た事が無かったギビルも流石に心配になってきた。

 

 あとでエルキドゥがこっそり教えてくれたのだが、どうもギビルに対して見栄を張りたがっているフシがあるらしい。

 なのでその件についてギビルも敢えて突っ込まず、大人しくギルガメッシュの冒険譚に耳を傾ける事にのみ注力した。

 

 ウルクの巨大な宝物庫は、ギルガメッシュ達が旅から帰ってくるたびにその空き容量を減らし、所狭しと冒険の成果物が並べられる事となった。




ギルガメッシュの王道が尊すぎて丸ごとは変えられませんでした。CCCを見てしまうと……。

ギルガメッシュの蔵の財宝(冒険で手に入れた財宝)=大昔にセファールが滅ぼした文明の遺産? という解釈にしてみました。
辛うじて現存している文明の残滓になった遺跡から発掘する過程で、遺跡の守護者や過去の文明が生み出した生物兵器なんかが行く手を阻んだりしてくるのを攻略して財宝を手に入れたら冒険っぽいかなと。

あとギルガメッシュの技量が色々と上がりました。将来的に蔵の使い方がトンチキな事に。
天の鎖が追加されると用途幅の広がって隙がありません。

主人公が口にした技名はシュメール語版の黄道十二星座の名前がベースです。
技名と言うより大分類の項目名を口にしている様な感じですが。


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5.運命の矢を放つ者の名はイシュタル

 ギルガメッシュが数々の冒険を得てひと段落した頃のウルクの宮殿内は、いつも通りの慌ただしさに見舞われていた。

 悪い意味での忙しさでは無い。国の発展に伴い王が処理する案件が増大していった結果である。

 

 現在ギルガメッシュは玉座に座りながら兵士や神官たちから報告が来ている案件の対処に勤しんでいた。

 

 やれ昨今氾濫の頻度が目に余る大河の洪水対策工事で送り出した作業班の進捗状況。

 

 やれ神々が要求を言いだしたのでそれについての対応。

 

 はたまた最近巫女所で羊の毛刈りが流行りだしたようで、いっその事新たな事業として起ち上げてみたらどうだというものまで、多種多様な案件がギルガメッシュの元へと舞い込み、その次の瞬間には解決案や答えを即座に言い放っては別の案件に着手していた。

 

 その処理速度たるや常人のそれを遥かに上回り、並の人間がギルガメッシュと同じように仕事をすれば、瞬く間に処理しきれず混乱に陥って大混乱を招く事は確実だ。

 王兄が補佐に入ったり王の代理を務めたりと特殊な統治形式だが、基本的にはギルガメッシュが神を除いて頂点に位置する独裁政権の社会を構築している。

 そしてその頂点たる王がなまじ優秀すぎるが故に……自ずとこのような政務形式を作り上げてしまうのである。

 

 更に、それに輪をかけて常軌を逸している執務風景を作り出している人物がギルガメッシュの周りにいた。

 王の補佐を務めている王兄ギビルその人である。

 

 

 

 

 しかも12人いた。

 

 

 

 正しくギビルは今、この場に12人存在しているのだ。

 玉座の前で臣下達へ統計や必要事項を刻み込んだ粘土板を渡しながら指示を出したり、その案件についての報告や相談などを受けている。

 

 

 

 

 間違っても神々が与えたもうた人体に新たな神秘が発現したわけでは無い。

 勿論これにはしっかりとした理由がある。

 これもまた小宇宙(ディアンキ)の為せる技であった。

 

 元々は、国が豊かになった結果ギビルの補佐があってもギルガメッシュへの仕事の量が圧迫しはじめてきたのでそれを解消するために編み出した代物である。

 燃焼させた小宇宙で実体を構築し、知能や人格を転写させて擬似的な魂を拵える事で、9割近くの再現を可能としたギビルの複製体を生み出す事が可能となったのだ。

 

 ギビルの9割近くの再現なら問題ない、投入せよと弟ことギルガメッシュ王からの承諾を賜り、ここ最近はずっとこの状態を維持したまま政務に取り組んでいた。

 

 

 尚、後世では当時のウルクの王宮誌が書かれていた粘土板が発見され、その中で「忙し過ぎて兄が12人に増えた」という意味合いにしか解釈の出来ない文が見つかり、当時のギルガメッシュは多忙のあまり精神疾患を患っていたのではないか? という説が出ていた。

 後に英霊として現代社会のとある戦いで召喚される事になったギルガメッシュ本人はこれを知るや「甚だ心外である!」と憤慨していたとか、いなかったとか。

 

 

 

 

 

「木材の調達が間に合わなくなってきたか」

 

 昔から木材はウルクで使われていたのだが、人口の増加と国土の拡大に伴い消費量が増え続け、需要と供給の均衡が崩れ始めてきたのだ。

 ギルガメッシュは粘土板に記された木材を要する工事の内容と状況を確認しながら玉座で頬杖を突きながら鼻を鳴らした。

 

 更に面積を広げなければならない。そうなると、ウルクの立地的にどうしても避けられない場所があるのだ。

 

「……例の杉の森まで伐採の範囲を広げるしか無いのかもしれませんね」

 

 公の場という事もあってそれに合わせた態度でギルガメッシュに話しかけるギビル。

 

 ギルガメッシュは杉の森、という言葉にピクリと眉を動かした。

 不快になったわけではない。まさしく自分の考えている事と一致したのだ。

 

 ギビルは千里眼によってあらゆる事象を観測し、ギルガメッシュに必要な最適解を導き出す事が出来る。

 そして、それら一連の流れを瞬時に処理出来る頭脳を持つが故に、ギルガメッシュの補佐にも代理にもなれるのだ。

 

「そうなれば、あそこにいる番人をどうにかせねばならんな」

 

 苦み走った表情で口にする番人なるもの。

 ギビル達が目を付けている杉の森は、今まで伐採していた森を遥かに上回る広大な面積を持ち、そこに群生している杉の木はどれも極めて上質だ。それが手に入れば良質な木材となる。

 しかし、そこに住む者が人の侵入を許さない。

 

 名をフワワ。

 天地が産声を上げたその時より続く生と死の穢れそのもの。天界の神々ですら手の付けられない恐るべき怪物だ。

 

 人間での討伐は不可能だ。神をも震えさせる力の前では人間の力は全くの無力。

 そうなると相手取れるのは現状でギルガメッシュとその朋友エルキドゥ、そしてギビルの3人だけである。

 

「討伐の際は私もお供しましょう」

 

「無用だ」

 

 ギビルの提案をギルガメッシュは切って捨て、続けざまにギビルへ命じた。

 

「ギビルよ、そなたには我がフワワの討伐から戻るまでこの玉座と、そしてウルクを任せる。此度の相手は原初の穢れ、奴の余波がウルクに来ないとも限らん。我が戻ってくるまで護っていろ」

 

 ギビルを見るギルガメッシュの眼差しは、何処までも君主のものだった。そこに兄弟の情は一切ない。

 

 混ざり合う視線はほんの一瞬。ギビルは頭を垂れた。

 

「承知致しました。それでは、守りを固めて吉報をお待ちしております」

 

「無論だ。これを機にウルクの倉庫から木材が溢れる様を拝ませてくれるわ」

 

「……不用意な乱伐は控えたほうがよろしいかと存じますが?」

 

「分かっとるわ! 言ってみただけだ!」

 

 声を荒げながら、すっくと玉座からギルガメッシュが立ち上がった。

 

「エルキドゥに会ってくる。フワワは奴と二人で討ち取る」

 

 ギルガメッシュはそのまま玉座の間から出て行ってしまった。

 行き先は分かっている。自然を好むエルキドゥの為に設えた庭園が宮殿の一角にある。エルキドゥはいつもそこで過ごしているので、そこへ向かっているのだ。

 

「……大丈夫でしょうか。ギルガメッシュ王の力は確かにお強いですが、相手はあの神々が恐れる杉の森の番人です、エルキドゥ様も同行されるとはいっても、やはり心配です」

 

 ギルガメッシュがいなくなった玉座の間でぽつりと不安げに零したのは、10代後半の若い娘。最近高齢で引退した前任からの推挙で祭祀長になりギルガメッシュの秘書を務める事になったシドゥリだ。臣下の中では若輩者ではあるが、その聡明さと勤勉さが目に留まり、若くして祭祀長に上り詰めた才女である。

 補佐という点ではギビルの存在がいるが、ギビルは秘書というよりはギルガメッシュでも処理しきれない量の仕事を肩代わりする方面での補佐をしており、シドゥリは事務全般を請け負っている。

 ギビルは同じ職場の部署(?)の者という事でシドゥリの仕事ぶりを見ているが、良くやっており、優秀だと思う。何よりギルガメッシュに対して必要な事であれば諫言(かんげん)を呈する事も出来る所に好感が持てた。

 

「ギルガメッシュ王は本当に無理な事は口になさらない御方だ。そうであるからこそ私の同行をお断りなさったのだ」

 

 憂いを秘めた眼差しで俯くシドゥリに、ギビルは言う。

 

 シドゥリもギビルの力の一端程度は伝聞で知ってはいる。

 幼少の頃からあまりの強さにウルク内の兵士達が束になってもかなわず、今では外政・内政での仕事を主として、時には王の代理も王直々に任される程に全幅の信頼を得ているこの王兄だが、たまに二人して何処かで鍛錬をしているのか、身軽な衣装をボロボロにしながら浴室へ向かって行っている光景を見かけた事があるのだ。何故か傷らしい傷が無いと言う状態なのだが。

 市井では武勇において並ぶ者はなしと謳われているギルガメッシュ王があのような状態になるのだ。王兄自身の実力もかなりの物ではないかとシドゥリでも推察する事が出来た。

 

「ギビル様は、ギルガメッシュ王の事をご信頼なさっておいでなのですね」

 

「自惚れに聞こえるかもしれないが、王の実力は私が一番分かっている。此度の討伐は熾烈なものになるだろうが、王は勝って戻ってくる。それに――」

 

 閉じられた瞼はそのままに、神によって造形された美しい顔に笑みを浮かべた。

 

「――私の自慢の弟でもあられるからな。……くれぐれもこの事は他言しないように。耳に入りでもしたら機嫌を損ねかねないからな」

 

 付け加える様に、何処か慌てている様な態度で述べるギビル。それにつられてか、シドゥリもおかしそうに笑い返した。

 

 

 

 

 

 

 数日後、ギルガメッシュはエルキドゥと二人で杉の森へフワワの討伐に向かった。フワワの居場所はエルキドゥが案内を買って出てくれている。

 

 事前にエルキドゥが打ち明けてくれた。フワワは昔エルキドゥが野人として野をかけていた頃に良くしてくれていた知り合い同士だと言う。

 

 そんな相手を打ち倒さなければならなくなるが、君はそれで良いのか? とギビルはエルキドゥに訊ねると、彼は構わない、と答えた。 

 エルキドゥはもう野生の中で暮らしていた野人では無く、シャムハトによって人の体と知恵を持つ者となった。自然を守護し、文明に仇なす特性を持つフワワの本能が今のエルキドゥを許しはしない。

 なので彼女はもう僕の敵になった。ギルガメッシュやウルクの人々に必要な事なら、僕は躊躇わず戦えると話したエルキドゥに迷いは無かった。

 

 エルキドゥの情報で判明したフワワの住む場所は広大な杉の森の中でもウルクからすると最奥地に位置している。なのでギルガメッシュは以前手に入れた小型の飛行艇で途中まで向かう事にした。あれの速さはかなりのものなので徒歩で向かうよりは遥かに時間が短縮できるだろう。

 

 

 万全の状態で二人を送り出した翌日、ギビルはフワワからの悪影響に備えつつ、宮殿内で政務の代理を行っていた時、宮殿に神の気配が近付いてきたのに気が付いた。

 良く知る気配だ。それもそうだ、何せ相手はこのウルクの都市神なのだから。

 

 ギビルは席を立ち、臣下達を退避させると宮殿から外部につながる通路を出て、テラス状になっている場所へ向かうと、それは空から降り立ってきた。

 

 

 黄金の意匠が誂えられた巨大な濃紺色の三日月状の物体を隣り合わせた形状の造形物――天舟マアンナに腰かけたまま降りてきたのは、このウルクの都市神である美と豊穣、そして戦いを司る女神イシュタルであった。

 美を司る女神に違わずその豊満にして艶やかな容姿は男を魅了してやまず、豪奢な衣装で最低限に隠された姿は娼婦の様に扇情的(せんじょうてき)で、己の美しい肢体を誇らしげに晒すかのようであった。

 

「女神イシュタル、わざわざおこしになられるとは、此度はどのような御用向きでしょうか?」

 

 ギビルは跪き、頭を下げて此方へ降臨した要件を訊ねる。

 

 天舟マアンナを宮殿の床から少し浮かせ、イシュタルは豊かな金髪を風にたなびかせながら神性を表す赤い瞳がギビルを見下ろしている。

 その視線は男の体を舐め回すように(みだ)りがましく熱を持ち、同時に相手を推し量ろうとする知的な冷たさが混ざり合っていた。

 

 今日のイシュタルの機嫌は良い。ギルガメッシュがいない事に若干不満を感じているが、ギビルが姿を現した事で多少の溜飲が下がっている。

 イシュタルが口を開いた。

 

「ギルガメッシュがフワワを退治しに行くと耳にしたのよ。だからウルクが誇る勇者の出立に私自ら激励の一つでもかけてやろうと思ったのだけど……何よ、あいつもう出かけたの?」

 

 イシュタルはつまらなさそうに宮殿の奥を覗くが、対象の人物が不在だという事に気付いてすぐに視線をギビルへと戻した。

 

「はい、先日御出立なされました。ですが王は勝利と共にウルクへお戻りになられます。もうしばらくお待ちください」

 

「そうね、あの泥人形と一緒に帰って来るでしょうね」

 

 イシュタルの纏う空気が瞬時に冷たくなった。静かに怒りを堪えているが、感情の臨界までそう長くは無い。

 

 天の女主人とも称されるこの女神は、残酷であり、慈悲深くもあり、あらゆる矛盾を内包したある意味人間の感情をより増大化させた様な性格の持ち主だ。

 特に激しやすく、気に食わない相手がいた場合は激怒しながら権能で罰するのだが、その余波が周囲に多大な被害を与えると言う人間からすれば天災の権化扱いされる事もままある。正直、傍迷惑な神格なのだ。戦いを司るだけあってその力は強力で、気に入らないという理由で自然の豊かな山を一つ根こそぎ破壊した過去があると言えば多少の想像はつくだろう。

 幸いにもギビルは千里眼によってイシュタルの降臨する時期や女神の機嫌の状態が事前に観測できるため、専ら現れた時の対応はギルガメッシュが不在の場合、ギビルが率先して行うようにしては波風を立てないようにしてやり過ごしていた。

 

 イシュタルは、最近成長してますます美しさに磨きのかかったギルガメッシュに並々ならぬ興味を持っていた。夫に迎えたいとすら考えている。

 明敏で、強く、寛容さと冷酷さを兼ね合わせ、善政を敷きつつも人間らしい我欲もしっかりとある。そして美しい。それら諸々の要素が積み上がり、イシュタルが頭の中で描いた理想の男子像に見事当てはまったのだ。

 

 イシュタルには既にドゥムジという夫がいるのだが、ギルガメッシュに目を付けた今のイシュタルにはその様な理屈は通じない。既に夫との関係も冷めきっていた。

 更にイシュタルは現在も120人以上の男と関係を持ち続けているが、すぐに飽きては男達を無残に打ち捨てているのが真実だ。そしてまた新たな恋人を見つけては増やしている。

 恋多き女と言葉で表せば微笑ましいが、その実態は気性の荒い神らしい残虐さと傲慢さに任せたものにすぎなかった。

 

 

 当のギルガメッシュはと言うと、普段接する際の恭しさとは裏腹に、内心では女神との接触には辟易としていた。曰く、致命的な理由もあるがそれを抜きにしても先の男癖の悪さや女神の性格だとかが好きになれないといつかギビルに愚痴をこぼしていた。

 意図せずに天の御女主人の心のど真ん中を射止めたギルガメッシュはイシュタルの好意を既に知っているのだが、相手に対してそういう認識でいるため苦虫を数匹かみつぶした顔をしていたのだった。

 背丈に違いはあれど容姿の似たギビルはと言うと、彼の振る舞いが禁欲的に見えるのと、ギルガメッシュの様に公に力を見せつけた事が無い為評価は低いものの、ギビル自身もまた賢く優れた美貌の持ち主故にイシュタルは気に入ってはいる。

 

 イシュタルが今機嫌を悪くし始めた理由はギルガメッシュがイシュタルへ何も言わずにフワワ討伐に出かけたのではない。

 原因はただ一つ。彼が無二の友と呼び、よく行動を共にしている神々が作りし泥の人形、エルキドゥだ。

 聖娼シャムハトの姿を模しているエルキドゥの姿も大変美しいが、明確な性別は存在しない。姿かたちを自在に変えられる肉体の性質上、どちらにでもなれるのだ。

 そんなエルキドゥはギルガメッシュと仲良く――というには過剰な接触が多く見受けられ、それがイシュタルには面白くなかったのだ。

 

 ギビルはこの状態のイシュタルに対して敢えて言葉をかける事をしなかった。

 何かを口にしようものなら、今のイシュタルの感情が怒りに向かって一気に振り切る。仮に「エルキドゥはギルガメッシュの恋人にはなれませんよ」等と知ったような事を言えば逆効果で大爆発は免れない。

 識っているからと言って、それを口にした所で物事が上手くいくとは限らないのは既に観測済みである。今はただ、静観に徹するしかない。嵐を孕んだ暗雲が過ぎ去るのを待つように。

 

「ギビル、顔を上げなさい」

 

 イシュタルが声をかけてきた。

 先程よりも機嫌が幾分か和らいでいる。

 

 ギビルは言われた通り顔を上げ、閉じていた瞼を開いた。

 

 イシュタルがマアンナから降りて、ギビルの元まで歩み寄ってくる。

 そしてギビルの顔に両手を添え、額を突き合わせる程に近づけて、ギビルの眼に直接問いかけるように話しかけてきた。

 

「ねえギビル、どうすればギルガメッシュは私に振り向いてくれるのかしら? 一番身近で見てきた貴方から見て、何が必要だと思うのかしら?」

 

 言葉を紡ぐたびに、女神の吐息がギビルの顔をくすぐり、色香が漂う。

 

「恐れながら女神イシュタル、如何に王兄に据えられた私とて王の全てを知り得ているわけではございません」

 

 

 ギビルの言葉にイシュタルは何も返してこない。合わせた眼は「貴方はその次に何を言ってくれるのかしら?」と言わんばかりの圧力を放ち続けていた。

 だが、ギビルはその圧力の裏にある女神の焦りに気付いていた。

 

「ですので私なりの意見を申し上げますと、まずは誠実である事を心がけた方がよろしいかと」

 

「……まるで今までの私が不誠実だとでも言いたげね?」

 

「御冗談を。ギルガメッシュ王は筋を通される御方、そして貴女様――」

 

「もういい」

 

 イシュタルが途中でギビルの言葉を切って捨て、顔を話して見下ろしてくる。

 その顔には、何処か失望の色が見えた。もっと的確な助言がくるものと期待していたのに、それが裏切られたのが気に食わないのだ。

 

「やっぱりまどろっこしいやり方は性に合わないわ。私のやり方でギルガメッシュを手に入れる」

 

 言うや否や、先程までのギビルへの態度から一変して何も言葉をかけず、その場に何もいないかのように振る舞いながらエアンナに乗り空へと飛んで行ってしまった。

 

 

 

 女神の退出を見送ったギビルは再び眼を閉じて溜息をついた。

 

「相変わらず忙しない女神だ。余程焦っていると見える」

 

 

 だが女神イシュタルよ、貴女の願いは叶わない。ギビルは胸の内で女神に対して冷酷な真実を告げる。

 

 イシュタル自身の性格と言うのもあるが、それよりも重大な事実があった。

 

 女神との婚姻は、神々の陣営につく事を意味する。ギビルとギルガメッシュの父であるルガルバンダも人間であるが、女神ニンスンを妻とした時から神の陣営に所属していた。だからギビルやギルガメッシュ達が生み出された理由も知っているし、それを理解しながら神々の手伝いをしていたのだ。

 

 だが人類の裁定者になると、人を見守ると決意したギルガメッシュが神の陣営に行く事を選びはしない。例えギルガメッシュと相性のいい女神がいたとしても、求婚されたところで首を横に振る。

 どちらにせよ、イシュタルの恋は既に破綻していたのだ。それを言って引き下がる程あの女神は殊勝ではないし、もし可能性が万に一つあるとするのなら、イシュタルが神を辞めて人間になる位はしなければならないが、あのイシュタルにそこまでの気概は無い。

 

 しかし、これはイシュタルの恋愛事情だけに留まるものではない。神に対する明確な敵対宣言と言っても相違ないだろう。

 ギルガメッシュは王だ。王は次の世代に続く後継者を、子を残さなければならない。そうなればいずれ妻を娶らなければならなくなる。その相手は、人間である事が重要なのだ。

 

 近い内に、ギビル達の選んだ選択肢に対する結果が神々から――女神イシュタルを介してやって来るであろう。未曽有の大災害と言う形で以て。

 

 ギビルの千里眼は、既にその未来を見通していた。

 “ギビルが存在しなかった場合”の世界では、それが原因でエルキドゥは命を落し、ギルガメッシュは衝撃を受けて人間として大きな成長を遂げる事になる。

 だが、それは“向こう側”での話だ。既にギルガメッシュの性根が“彼方”と“此方”は違うし、ギビルがエルキドゥの死を見過ごすつもりは無かった。

 逆に、その要因となった事象を切っ掛けとしてある行為に及ぶつもりでいた。

 

 

 幼少の頃より抱いていた疑念は既に確信へと至り、その為の準備も出来ている。後は時が来るのを待つばかり、ギビルに迷いは無かった。

 

 

 

 そして、ギビルが視ていたものが現実となる。

 

 

 

 数日後、ギルガメッシュ達は勝利の報告を携えてウルクへと凱旋した。

 

 帰って来た二人の様子は体裁を整えているものの、どこか精彩を欠いていてフワワとの死闘の残滓が漂っているかのように疲労感が傍から見て取れた。

 

 ウルクの民達は喝采で持って自分達の王を手厚く迎えた。

 神々すら手が付けられなかったあの怪物を打ち倒したギルガメッシュ王はまさに古今無双の御方。

 今回の討伐で杉の森への進出が可能になった。これでウルクはより発展する事が出来る。

 ウルクの未来は安泰だ。民達の表情は明るく、今回の討伐の成功で更に活気づけられていった。

 

 

 帰還を果たした翌日、ギルガメッシュはイシュタルに呼ばれてウルク内の一角にある女神の聖域に建てられた神殿エアンナへと向かった

 やって来たギルガメッシュを迎えたイシュタルは、此度のフワワ討伐について労いの言葉をかけ、見事討ち取ったその功績に称賛を送った。

 

 ここまでは良かった。

 問題はそこから起きた。

 

 イシュタルはギルガメッシュに婚姻を迫ったのだ。

 今までも軽く誘う事はよくあった。しかし今度のイシュタルの熱と力の入れようは凄まじかった。

 

 今までの神々への奉仕が霞む程の贈り物が用意された。

 

 我が夫となった暁には父アヌに頼んで神々の席に並べられるようにしてみせようとまで言い出してきた。

 

 イシュタルなりに可能な限りの好意を示して見せたのだろう。今までの恋人や夫にこの様な事は一度たりともした事が無かった。

 

 

 だが、ギルガメッシュはその求婚を断った。

 理由は先の通り、自分は神と添い遂げるつもりは無い、人の王として生きるとはっきりイシュタルに告げたのだ。

 

 断られたイシュタルは一瞬、ギルガメッシュが何を言っているのか理解が出来なかった。

 イシュタルの中の筋書きでは、これでギルガメッシュは頷き自分のものとなる筈だったのだ。

 

 ああそうか、この男は、私の物にならないのか。

 

 イシュタルの思考はあらゆる道理や都合を蹴り飛ばしてそう解釈し、呆然とした表情から瞬時に怒りへと変じた。もとより激しやすい性格、それに加えて自身が焦がれていた相手からの拒絶がイシュタルから一時的に理性を消した。

 用意していた贈品を吹き飛ばし、神殿内の構造物を怒りで生じた権能で以て破壊し、穏やかだったウルクの天候を嵐に変え、絶叫を上げながらイシュタルは天へと帰った。

 残ったのは半壊した神殿エアンナと嵐に見舞われたウルクであった。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、女神イシュタルは抑制と言う言葉をお持ちでは無い様だな」

 

 イシュタルの怒りによって生じた嵐が一時的に治まり、半壊した神殿エアンナから救出した神官や巫女たちの治療に目途が立った所で、ギビルは宮殿から改めて見たウルクの状況にそう呟いた。

 一部の家屋が破壊され、神殿内の人間以外の民にも被害が生じている。幸いにも民達は強く、神々の気まぐれによる異常気象に耐性が出来てしまっているので大きな混乱は無かった。またぞろイシュタルが癇癪を起したのだろうとすら思っているのが皆の顔から読み取れる。

 

「何を今更、こうなる事が視えていたくせによく言う。どちらにせよ、あの女神が求婚を俺に持ち掛けて来るのは遅かれ早かれ確定していた事だ」

 

 憎まれ口を横から挟むのは、女神の寵愛を蹴り飛ばした当のギルガメッシュ本人である。エルキドゥと共に、ギビルと一緒に宮殿の一角で並び立っていた。

 

「嫌な役目をさせた……と思っていたが、その様子だと余計な心配だったな」

 

「ああ、あの女神めの怒り心頭の顔は見ものだったぞ。ウルクが多少荒らされたが、民に死者が出てないのであれば問題は無い。あの無様っぷりを拝見させてもらったおかげで溜飲も多少は下がった」

 

「全くだよ。これに懲りたらもう少し大人しくなって欲しいけど……あの女神じゃ無理か」

 

 目の前であれほど権能まで駆使して怒り狂ったイシュタルを前にしておきながら、ギルガメッシュはそれを鼻で笑い、そのプライドを踏みつけられて憤慨する様に清々していた。

 エルキドゥもギルガメッシュにため息交じりで同意している。ギルガメッシュやギビルから常々自分がイシュタルから嫉妬の対象にされていることを知り、最近ちくちくと天や宮殿から刺さってくる嫌な視線もあってうんざり気味だったのだ。

 

 エルキドゥの言葉に、ギビルとギルガメッシュがピタリと動きを止めた。

 はて、何か不味い事でも口にしただろうかとエルキドゥが二人をこわごわと見ていると、ギルガメッシュがギビルに訊ねだした。

 

 

 

「いつ動く?」

 

「ギルガメッシュの視た未来と変わらん、明々後日だな。方々もアレを地に解き放つ事がそれだけ不味いと分かっているのだろうよ。もっとも、推奨している神もいるがね」

 

 閉じた瞼で虚空を見据えながらギビルは天界で起きる流れと、其処からもたらされる地上への影響を観測して答えると、ギルガメッシュは忌々しげに舌打ちをした。

 

「ふん、我儘一杯に甘やかしたツケか。あの阿婆擦れも神どもも度し難い」

 

「ちょっと二人とも、一体何の話をしているの?」

 

 二人の飛躍した会話についていけなかったエルキドゥが会話に割り込んだ。

 

「何、天から近い内暴れ牛どもが降ってくるのでな、その話をしていた」

 

「天、牛? ……天の牡牛(グガランナ)達の事!?」

 

 さらりと返してきたギルガメッシュの言葉に、エルキドゥは一瞬目が点になり、驚愕する。

 

 神々の住む天界には、フワワと同等かそれ以上の力を持つという恐るべき神獣がいると噂で聞いた事がある。

 その名も天の牡牛、またの名をグガランナ。天をも貫く巨体を持ち、天変地異の力を操る“二頭”の双子の獣だ。故に天の双牛と呼ぶ事もある。

 

 他の世界線では一頭だけだった筈なのだが、この世界線では彼の聖牛が二頭となっている。

 原因は既に把握している。ギビルと言う存在を危惧した神々が対抗策として増やしたのだ。

 しかし元々一頭だけでもその暴れ狂う様に神々は恐々としていたのが二頭に増えた事で、御しきれる自信が無く飼い殺し状態になっていた所をイシュタルが面白半分に飼育を率先していたのが現状である。

 その所為で天の牡牛達はイシュタルの実質上の手駒であり、神々はとんでもない相手にとんでもないものを与えてしまった結果を作り上げてしまったのだ。

 

 それが、今回の求婚騒動の腹いせにイシュタルが投入してくるのだ。

 これはもう確定している。ギビルと、そして以前から肉体の鍛錬と共に鍛えていたギルガメッシュの千里眼がその未来を視ているのだ。

 

 ギビルとギルガメッシュは、神々に悟られないように来たる災害への対策を施していった。

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……何よ何よ何よ……何だっていうのよッ!!」

 

 神々の住まう天界は今、一柱の女神の怒りにさらされ混乱に見舞われていた。

 周りにいた神々は、彼女の荒れっぷりが凄まじく、理由を訊ねようにも余波を被りかねなかったため逃げる様にその場から離れてイシュタルの様子を伺う事しか出来なかった。

 イシュタルの父でもある神々の王アヌも今のイシュタルには言葉が通じず、無理に抑え込もうとすれば此方の被害が甚大なものになると分かっているので静観する事しか出来ていない。

 

 

 自分の美貌には自信があった。

 

 贈呈品まで用意して男に求婚するなどイシュタルも初めてだった。

 

 此処まで男相手に気を遣ったのは初めてだと言うのに。

 

 だと言うのに、何故、あの男は私の求めを跳ね除けた? 

 

 神と結ばれる気はない? 人間の王として生きて行く? そんな“どうでもいい”言葉に意味は無い。ギルガメッシュは、アレは、私の愛を振り払った。それだけが絶対の、許されざるべき真実だ。

 

 女神として……否、女として、これ以上の屈辱などあるものか。

 

 激しい激昂はイシュタルの美貌を悍ましく歪め上げ、激しい感情のうねりで金色に染まる瞳からは涙すら滲ませていた。

 

「あんな人間達の方が良いって言うの!? あんなちっぽけで、私達が管理してやらなきゃすぐに死ぬような奴らが……ふざけんじゃないわよッ!!」

 

 本来の冷静なイシュタルであれば間違ってもこの様な事は口にしなかった。自身を崇拝する者達には慈悲深く、思いやる心を持っていた。

 しかし、己の恋心を無碍にして見せたギルガメッシュに対する激しい憎しみが、あの男が意識している人間達に対してかつてない敵愾心を芽生えさせてしまった。

 

「許さない……! 嫌いよ! 私を拒んだ男(ギルガメッシュ)も! 役立たずのあいつ(ギビル)も! あの忌々しい木偶人形(エルキドゥ)も! 人間も! 私の物にならない奴なんて、皆いなくなってしまえばいいのよ!」

 

 

 

 未来の人間はこう言うだろう。

 可愛さ余って憎さ百倍、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と。

 

 

 荒れ狂う権能の嵐に襲われて何柱かの神々が吹き飛び負傷し、混乱の極みに達したかと思われたその瞬間、突然怒りのままにまき散らしていたイシュタルの権能が鎮まった。

 

 

 ようやくイシュタルの頭が冷えたのか?

 いいやそうではない。広範囲にまき散らされた怒気が圧縮され、次に来るより大きな嵐の前にぽっかり空いた台風の目のようなものに過ぎない。

 

 俯き、垂れた金髪で隠された口からぶつぶつと何事かを呪詛の様に声を漏らしている。

 

 

 

 

「ねえお父様」

 

 突然静まり返った娘から声をかけられ、アヌ神は顔を強張らせる。

 

 その時発したイシュタルの声は、あらゆる感情が消えた様な、無色透明そのものであった。

 それがいっそ悍ましさすら見え隠れするほどに。

 

 ぬらりと顔を上げたイシュタルの顔には一切の情が抜け落ちていた。

 抜けていた、と言うのは違うか。あれは、破壊衝動渦巻く本来の顔を一時的に誤魔化すために、更に上から仮面を被せているのだ。

 

 

「お願いがあるのだけれど」

 

 これは願いでは無い、断ろうものならば目に映るものすべてを破壊しつくすと言外に告げている命令であった。

 

 イシュタルの虚ろな眼差しは父の方を見ている様で、その実何も見ていなかった。




◆超要約

ギルガメッシュ「貴様の愛は侵略行為である」

イシュタル「ギーッ!」


主人公がフワワ討伐に参加してませんので、本作の外側で行われた事という形で端折ります。

イシュタルの登場ですが、本作では良くも悪くも、感情の振れ幅の大きすぎるワガママなお嬢様みたいなキャラになりました。
あの女神の事を調べてみますと、必ずしも極悪って訳でもなさそうなのがまたややこしいと言いますか、なんと言いますか。特に型月世界ですと。
とにかく、神の御心は凡人のおつむでは推し量れないのだと痛感した次第でございます。

型月のギルガメッシュの性格からして、案外そりが合わなさすぎてそこから色々と拗らせて大爆発したんじゃないのかなぁっていう可能性が作者の脳裏を過ぎっとります。

本作ではギルガメッシュの性格が変わって割と淡白に断ったけれども結局イシュタルのプライドを傷つけた為、牛さん出撃と相成りました。

グガランナ二頭とか、原作だったらウルクが滅んでるかギルガメッシュが死んでるんじゃなかろうか。


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6.天地の理に挑む者達

 半神半人の兄弟が視た通り、イシュタルが暴れてから明々後日後にそれらは天より舞い降りた。

 

 黄金の骨格を持ち、雲塊がそれを覆って肉と成し、その2頭の巨体はウルク全体を陰らせるほどに巨大だった。

 

 天の牡牛、又は天の双牛、或は、グガランナ。

 今、女神の怒りを示さんと大地へ解き放たれた。

 

 彼の聖牛達は、そこにあるだけで地上の全てに影響を及ぼす。破壊と言う事象で以て。 

 

 地上に立つあらゆるものを薙ぎ払わんと吹きすさぶ暴風雨が。

 

 山土を溶かし、森を貪り、全てを飲み込まんとする大洪水が。 

 

 大地を焼き尽くして干からびさせ、奈落の底へ誘う地割れを生み出す日照りの光が。

 

 そしてグガランナ達自身の巨体と獰猛さから繰り出される物理的な圧倒的な破壊力が。

 

 神々が普段振るう権能を遥かに上回る超常の威力が、世界をひっくり返して台無しにしてしまえる破壊の力がウルク全てに向かって放たれた。

 

 だが。

 

 

 

 

白羊の星(ハンガ)よ」

 

 

 グガランナ達の起こしたあらゆる破壊がウルクへ手を伸ばすその前に、全てが跳ね返された。

 近づくその手前で、強固な壁にでも阻まれてしまったかのようにはじき返されてしまうのだ。

 

 その事実にグガランナ達は更に猛る。思い通りに破壊されなかった不満と苛立ちが怒りの炉に火をくべた。

 

 グガランナ達はその巨体で執拗にウルクへ体当たりを仕掛けてくる。

 天地を破壊する超常の気象現象を繰り出すたびに、巨体がぶつかるたびに、そのたびにウルクの手前でグガランナ達を阻む存在が僅かに顕わになる。

 

 水晶の壁だ。限りなく透明に近い水晶で構築されたそれが、ウルクの都市全域を覆い尽くしているのだ。

 外見の印象とはかけ離れた頑強さで以て、水晶の障壁がグガランナの繰り出す威力をウルクへ及ぼす事を許さなかった。

 

 

「双子の聖牛達よ、お前達の破壊をウルクへ持ち込む事は(まか)りならんぞ」

 

 ウルクの城壁に点在する見張り台の内、12か所の物見櫓(ものみやぐら)の中でギビルの分身が全身から黄金の光――小宇宙を立ち昇らせている。

 

 ギビル本体と分身の計12人をウルクの城壁へ均等に配置させて展開する水晶の護り。ギビルが編み出した12種類の戦法の一つ“白羊”に部類される技による大結界である。

 

(……この程度ならば(本体)一人が抜けても支障は無いな)

 

 千里眼による万象への観測と演算によってこの障壁の性能は把握したつもりではあるが、大規模な実戦で使用したのは今回が初めてであった。

 念には念を入れて自身が展開できる最大人数の12人で同時展開させてウルクの守りを固めてみたが、2体の聖牛の力を全てはじき返している。

 今の分身は昔と違い本体と遜色のない力を発揮させる事が出来る。故の判断でもあった。

 

「私はこのまま王と共にグガランナどもの討伐に向かう。他の分身達で障壁を維持させているが、万が一という事もある。都市内の守りはお前達に任せるぞ」

 

「……は、はっ! 承知致しました! ご武運を!」

 

 ギビルの護衛や伝達係として近くで待機していたウルクの兵士達はギビルの繰り出した超常の技を初めて目の当たりにして呆気にとられていたが、ギビルの出撃に対して声を張り上げて見送った。

 

 ウルク国内はギビルが展開している障壁とは別に災害の防備を行わせ、民達の避難を済ませている。

 ギビルが小宇宙をウルクの民達にはっきりと見せたのは、事実これが初めてだった。

 もし今回の災害が純然たる気象現象によるものならば、ギビルもギルガメッシュも己の知恵と民達を動員させる事で解決させるだけに留めていた。

 人間同士の争いならば。ギビルは此処まで手を貸す事などしなかった。

 ギビルもギルガメッシュも人類が自らの手で成長し、発展する事を見守る姿勢でいるのだ。全てに対して手を貸してしまえば、人間達は自分達の力で歩む事を辞めてしまい、やがて此方に依存して生きて行く方法を手に取る。

 それでは神々とやっている事が同じだ。折角見つけた人間の成長する素晴らしさを、自らの手で摘み取ってしまう事など出来ない。彼らには、少しずつでもいいから自分達の力で歩いて行って欲しいのだ。

 

 だが、今回は話が別だ。人間達に解決を委ねるにはあまりに重過ぎ、そして看過できない事態である。

 今回神の癇癪によって繰り出された最強の神獣達は、見過ごしてしまえばウルクの全てを破壊しつくす。

 であるのならば話は別で、この様な未曽有の事態にウルクが陥った場合はギビルも小宇宙を使う事を躊躇いはしなかった。

 

 ウルクの外では天の双牛達による異常気象で、天地全ての理が破壊と言う方向に特化してウルクを覆う障壁を突き破らんと荒れ狂っている。

 目まぐるしく変わり続ける破壊現象は、一歩でもウルクの外へ足をふみ出した者をいとも容易く死に至らしめるだろう。

 ギビルはその死の領域へ躊躇う事無く飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 天の双牛達は一向にウルクを破壊できない事にますます怒りを募らせ、本来主から命じられていた内容を逸脱し、次第にその破壊を周りの環境に向けてまき散らし始めた。

 大地はめくり上げられ、森が大洪水でなぎ倒されていく。

 このままいけば天の双牛達の所業はウルクを越え、世界全体をも飲み込んでいくだろう。

 

 だが、それ以上の無法を許さない者がいる。

 

 

「――天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

 突然、それまで以上の破壊力を秘めた渦が、天の双牛の片割れを横から飲み込んだ。

 

 聖牛の巨体が血の色にも似た真紅のエネルギーを伴った渦に体が舞い上げられ、そこにある次元ごと体が捩じり上げられ、果てには切り裂かれていく。

 

 ひとしきりの暴風が過ぎ去ると、巻き上げられていた聖牛が地に落ちる。

 

 雲塊は千々(ちぢ)に乱れ飛び、黄金の骨格は至る所が切り裂かれて痛々しい。

 

 

「ほお、流石はあの我儘女(イシュタル)を差し置いて天界一の暴れ者と言われただけはあるな。乖離剣の一撃を受けてもまだ動けるとは、図体ばかりの木偶の棒では無いらしいぞエルキドゥ」

 

 聖牛は、声のする方角へと頭を動かし、己をこの様にした輩を視認する。

 

 黄金の御座を空に浮かべ、その上で見下すは黄金の王。連れ立った泥の人形は此方を油断なく睨みつけている。

 この聖牛の知った事ではないが、この二人、特に大胆不敵に構える黄金の王こそが主が最も怒りを差し向けている相手、ギルガメッシュその人であった。

 腰下と両腕にのみ黄金の具足を身に着け、その片手には三本の赤色の模様が刻まれた柱を連ねた剣とも槍とも区別のつかない武器を携えていた。

 それは遥か昔よりウルクの宝物庫に安置され、生まれてから一度たりとも担い手を持たず、名を与えられなかった神造兵器。

 それが此度ギルガメッシュを己の担い手として認め、乖離剣エアと言う名を与えられた。そして今、神獣を討つためにその力を解放する。

 

 

 白色の貫頭衣を暴風にたなびかせながら、泥の人形エルキドゥが眼下に広がる破壊された世界を見て悲しんだ。

 

「酷いな……森も山も滅茶苦茶だ。いくら何でもやり過ぎだよ。神々は何を考えているんだ」

 

「何も考えておらんのだろうよ。でなければこいつらを2頭も揃って差し向けんだろうさ。最悪、この世の全てをこいつらに真っ平らにさせてから作り直す魂胆かも知れんぞ」

 

 思い当る一柱の神が脳裏を過ぎり、ギルガメッシュはくだらんと吐き捨てるかのように鼻を鳴らした。

 

「天の双牛を(けしか)ければ我らが泣きついて態度を改めるとでも思ったのだろうが、見積もりが甘すぎたな」

 

 確かにこの神獣の力は強大だ。以前討ち取ったフワワに勝るとも劣るまい。

 

 だが、今のギルガメッシュからしてみれば“その程度”に過ぎない。圧倒的な絶望と評するには、既に天の双牛程度では足りないのだ。

 これがもし、己が兄との楽しくも熾烈な鍛錬(遊戯)を経験し続けなければ、神々が自身だけでなく試作品も造りさえしなければ……。結果は変わっていたのかもしれない。

 もっとも、その可能性(たられば)には意味は無い、些事である。

 ただあるのは、眼前の狼藉者を朋友と共に討ち果たす。それが今のギルガメッシュの真実なのだ。

 

 

「それに、あの兄上も此度の所業は腹に据えかねていると見える」

 

 隣に立つエルキドゥが何とか聞こえる程度の音量でぽつりとギルガメッシュが呟いたその直後、もう一頭の聖牛が嵐を押し返す程の膨大な黄金の光の濁流に飲み込まれ、遥か空の彼方へ吹っ飛んでいった。

 まるで木の葉が風で巻き上げられるかの如き容易さで空の彼方へ上った聖牛の片割れは、今度は頭からまっさかさまに落下して近くの山に墜落、叩きつけられた山を粉砕し盛大に土飛沫をまき散らした。

 

「……まあ良い、俺は王の務めを果たすだけだ」

 

 片割れの聖牛の有様には目もくれず、ギルガメッシュは己が叩き伏せたもう片方の聖牛を見やった。

 

 乖離剣の一撃が余程堪えたらしい。全身の骨格を軋ませ、雲塊を再度展開しながらようやく機能不全から立ち直ったグガランナが立ち上がり、ギルガメッシュ目がけて雄叫びを上げた。

 大気が震え、大地を揺り動かす聖牛の雄叫びにギルガメッシュは臆することなく不敵な眼差しで睨み返した。

 

「グガランナよ、貴様が我がウルクに土足で踏み入ろうとしたその報いは、この我が直々に払わせてやる」

 

 手に持つ乖離剣が、持ち主の意思に呼応するかの如く三つの円筒の回転を加速させると、聖牛達が放つ異常気象を掻き消す程の大気のうねりを生み出した。

 

全機能問題なし(システムオールグリーン)……何時でもいけるよ」

 

 エルキドゥも戦闘態勢に入り、全身の形状を変え、夥しい量の武具をその肉体より生成する。神の手で作られたその体は、ありとあらゆる形に姿を変える神造兵器。その力は神の為でなく、友の為に起動する。

 

 今ここに、後世で語られるギルガメッシュ叙事詩に記される最後の神獣殺しが始まった。

 

 

 

 

 

 嵐による暴風雨とそれに飛ばされる岩を身に纏う小宇宙がはじき返し、大洪水で一面全ての大地を覆う激流の上を、さも足場があるかの如くギビルはその場に立っていた。普段身に着けている王族の衣の上から白地に蒼の刺繍が施された外套を羽織り、黄金の長髪と共に暴風に任せたままなびかせている。

 己の小宇宙によって吹き飛ばしたグガランナが堕ちた一帯を、瞼の閉じられた双眼で見据える。体の半分近くがひしゃげて吹っ飛んているが、徐々に肉体が元の状態に戻りはじめ、聖牛の戦闘意欲も衰える事が無い。この程度で退くような存在ならば、天界一の暴れ者などと大層な肩書をつけられはしまい。

 

天秤の星(ジバンナ)

 

 ギビルの立つ足元が黄金色の小宇宙に染め上げられ、一気に周囲一帯を侵食していく。

 その直後、黄金に染まる地面から夥しい量の黄金の鎖が聖牛目がけて飛び出した。

 

 黄金の鎖が聖牛の巨体全体に巻き付きはじめると、拘束から逃れようと聖牛が暴れ出す。

 しかし、聖牛がいくら暴れても鎖は千切れ無い。それどころか暴れるたびに鎖は太く巨大になり、束縛したその体をより強く締めあげて行き、次第に聖牛の黄金の骨格に食い込み、亀裂を生み出し徐々に破壊していく。

 

 ギビルは己の身に宿る力、小宇宙から大別して12種類の系統を編み出した。

 

 防御と修復に特化した「白羊」

 

 小宇宙を広範囲の破壊と言う指向に特化させた「金牛」

 

 時空間制御の「双児」

 

 ありとあらゆる霊魂を意のままに操る「巨蟹」

 

 12種中最速にして一点突破の破壊に長けた「獅子」

 

 精神を司る「処女」

 

 小宇宙で構築された物質の具現化「天秤」

 

 あらゆる毒の性質に変化させた小宇宙を相手に見舞う「天蝎」

 

 如何なる距離や場所、因果であろうと狙った対象に必ず直撃させて撃ち砕く「人馬」

 

 この世のあらゆる法則をも凍り付かせる「宝瓶」

 

 可憐な美しさと、対象を無残に喰い散らかす残忍性が同居する「双魚」

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 ギビルは(おもむろ)に右腕を掲げ、手刀の形に構えた。

 同時に全身から小宇宙が迸り、大上段に構えた右腕からはより強く黄金の輝きが天を貫かんと空へと伸びる。

 腕から迸る光の輝きは次第にギビル自身をも巻き込み、発動した者を中心に周囲一帯にまで及んだその光景は、もはや巨大な光の柱である。

 

 聖牛はその光を認識しながら、此処でついに今まで雄叫びを上げていた声が悲鳴に変わりだした。

 聖牛は、グガランナは、あの光が己を亡ぼして余りある力を秘めているのだと、本能が断定したのだ。

 逃げなければ、と山よりも巨大な体が暴れても、己を束縛する黄金の鎖はさらに強く締め付け、体を潰していくばかり。

 最早逃げる手立ては失われていた。

 

 

「断滅せよ……麿羯の星(シュフラマス)ッ!!」

 

 何ものをも切り裂き、消滅させる「麿羯」。

 かつて地球に降りた遊星の巨神セファールを滅ぼした剣を参考にして編み出した黄金の一振り。

 

 臨界にまで達した輝きをギビルは渾身の力で抜刀した。

 相手は眼前で光の鎖に拘束されている聖牛。

 

 放たれた斬撃が光と共に天から落ちてくる。さながら星から下された罰であるかの様に。

 

 今まで地上を蹂躙していた神獣に対する絶望が振り下ろされる。

 

 天空の彼方から振り下ろされた極光の剣は、聖牛の肉体を頭から足元の地面ごと真っ二つに両断。そのまま斬撃の余波に飲み込まれ、身に纏っていた雲塊と黄金の骨格は崩壊をはじめ、地平線の向こう側を、星を超えて伸びた光と共に消滅した。

 

 

 残心の態勢を解いたギビルは消滅した聖牛を確認するとギルガメッシュ達が向かった方角を見た。

 

 彼方も既に決着がついており、ばらばらになった聖牛の骨格が辺りに広がっていた。その黄金の骨格をエルキドゥと二人で財を駆使しながら一つにまとめる作業の真っ最中だった。戦利品としてウルクに持ち帰るつもりだ。

 あの乖離剣――ギルガメッシュがウルクの宝物庫の最奥に封印されていた武器を十全に発揮して今のギルガメッシュが操れば、エルキドゥと一緒という事もあって致命的に苦戦するという事は無かった。

 

 

 天の双牛達によって空を覆っていた暗雲が晴れ、地を嬲り者にしていた大洪水が止んだ。

 

 神の手によって放たれた神獣の死と言う結果で以てこの大災害は幕を閉じ事となる。

 ウルクの周囲の自然は破壊されてしまったが、世界中に満ち溢れている神秘の力が自然の回復を促してくれるため、そう時間を要する事は無い。

 此度の討伐劇はウルクの一部の者達も今回のギルガメッシュ達の活躍を城壁越しに目にしていたので、凱旋の際は民達から大いに祝福と喝采をその身に受ける事になるだろう。

 

 

 

 全ては一件落着、と言うにはまだ早い。

 ギビルにはまだやるべき事が残っていた。

 

 

「……やはりこうなるか」

 

 

 ギビルはギルガメッシュ達、正確にはエルキドゥに異常が起きた事を察知して向かった。

 濁流でぬかるんだ大地を物ともせず、その身を黄金の小宇宙で纏わせたギビルは二人の元へと文字通り光の速さで跳んでいく。

 

 

 すぐさま辿り着いた先には、倒れ伏したエルキドゥを支えているギルガメッシュがいた。

 エルキドゥは体に力が入らず腕をだらりと垂らし、美しい顔立ちもまるで死相が浮かんでいるかのように土気色だった。

 それを抱きかかえながら見下ろすギルガメッシュの表情は見えないが、その体は身の内から溢れる感情によって震えている。

 聖牛との戦いで負った傷が原因ではない。これは、その後から起きたものだ。

 

 

 エルキドゥの有様に余程動揺していたギルガメッシュは、ギビルが現れた事に気付くのに一拍遅れた。

 

 力なくよろよろと顔を上げてきたギルガメッシュの顔の何と力弱い事か。

 ギルガメッシュがこの様な顔をした所を生まれてこの方見た事が無かった。

 

 弟が初めて誰かに縋ろうとしている眼をギビルに向けている。初めて見る眼だった。

 それはギルガメッシュの千里眼が、この事態への解決策を見出せていない証拠でもあった。

 

 ギビルは、己が眼で視たギルガメッシュの辿る可能性を思い出す。

 幾つも別れていた最後の分岐点は、此処だ。

 

 

 ギルガメッシュの眼差しへ無言で頷き返すと、エルキドゥの側へ近づいて屈んだ。

 

「ギ…ギビ……」

 

「無理に喋るな、少しだけ我慢しろ。――白羊の星(ハンガ)よ」

 

 虫の息のエルキドゥの言葉を遮ると、ギビルがエルキドゥの胸に手を添えて小宇宙を発動させた。

 小宇宙の光がエルキドゥの肉体へ送り込まれ、隅々まで行き渡ると徐々にエルキドゥの血色が元に戻り始めてきた。

 

 ところが、ギビルは小宇宙の放出を止めた。  

 急に治療を止めたギビルへギルガメッシュが問い詰めだす。

 

「兄上、何故止めた!?」

 

「……これでは死を先延ばしにしているだけだ。根治には至らない」

 

 小宇宙を流し込む事で生命力の活性化を促したが、エルキドゥの肉体を蝕むものを完全に取り除くには小宇宙だけでは限界があった。それ程までにエルキドゥへ“送られ続けている”ものは強力だった。

 

「そんな馬鹿な……なぁ、兄上は識っているのだろう? 視えている筈だ……何か、何か方法は無いのか!?」

 

「落ち着けギルガメッシュ、冷静になるんだ」

 

「何だと!? エルキドゥが死にかけて――!?」

 

 今までになく狼狽したギルガメッシュの頭をギビルが腕で引き寄せ、顔を近付けて耳元へぼそりと話しかける。

 

「落ち着けと言っているのだ。安心しろ、助ける手立てはある」

 

 今エルキドゥの体を死に至らしめようとしているものは、呪いだ。それも死に直結する程に強力で、並大抵の物では無い。それが永続的にある場所から送り込まれており、いくらギビルが小宇宙で全て除去したとしても、元を断たねばエルキドゥが死ぬまで呪いが送り続けられていくので意味が無いのだ。

 その呪いの出所もギビルは既に把握している。

 

 ギビルの言葉で落ち着きを取り戻したギルガメッシュ。彼の腕の中で息を吹き返したエルキドゥが、未だ弱々しくもはっきりと声で喋った。

 

「……君は、僕の事になると感情的になり過ぎる。僕は兵器だ・・・・・・道具に過ぎないんだよ?」

 

 遠まわしに、自分を見捨てる事も考えろとエルキドゥは言っている。それに声を荒げたのはギルガメッシュだった。

 

「馬鹿を言うな! 友が死にそうになって心配しない奴がいるものか!」

 

 精神的に余裕があまり無い今のギルガメッシュだからこそ吐き出せた本音の言葉だった。

 エルキドゥは驚いたように眼を見開かせると、困ったように苦笑した。

 ギルガメッシュにとって、エルキドゥという存在は特別だ。神々によって生み出された兵器であると言う意味以上の価値がある。それが友情と言うものだった。

 

 二人が落ち着いた様子を見計らってギビルが口を開いた。

 

「エルキドゥ、体の具合はどうだ?」

 

「少し怠いけど、さっきよりは大分ましになったよ」

 

 言うなり、ギルガメッシュの腕から離れて立ち上がって見せたが、本調子でないのは明らかだった。

 動きは精彩を欠き、顔色や表情にも肉体の消耗度合いが如実に現れていた。

 

「……神々の仕業か」

 

 冷静さを取り戻した事で本来持ち合わせていた高い洞察力が、ギルガメッシュにこの事態を引き起こしている元凶へと辿り着かせた。

 神の名を口にしたギルガメッシュは、今にも激昂しそうな感情を無理やり抑えつつ忌々しげに(まなじり)を吊り上げていた。

 

 ギルガメッシュが口にした通り、エルキドゥを衰弱させた呪いを送っているのは天界にいる神々である。

 天の双牛を打ち倒したギビル達に怒り、自分達の体面を保つためと警告を兼ねてエルキドゥに呪いを送り込んだのだ。

 

 このまま抗い続ければ、神々がウルクに対する圧力は熾烈さを増すのは確実だ。かと言って大人しく従順すると言う選択肢をギビルもギルガメッシュも既に持ち合わせてはいなかった。

 

「ギルガメッシュよ、私はこれから少し出かけてくる。ウルクの事は任せたぞ」

 

 ギビルの言葉にギルガメッシュは何かを察した。

 

「兄上」

 

 何かを言う前に、ギビルが言葉を遮った。

 

「言うな、この役目は私の方が適任だ。お前も分かっているだろう」

 

 不本意だと苦い顔で口を(つぐ)むギルガメッシュに、ギビルは苦笑した。彼は人の王である自分がやるべきだと自身に課した責務からそう考えているが、純粋な戦闘力という見地からギビルが適役である事は理解しており、故に葛藤してしまうのだ。ウルクでの統治や振る舞いなど色々とあるが、結局の所ギルガメッシュは真面目過ぎるのだ。昔、人間に対して暴君で在ろうと考えたのもそういった性格から来ていた。

 

「そんな顔をするなギルガメッシュ、いずれはやろうと思っていた事だ。その時が来たにすぎん」

 

 だが、こればかりはギビルも譲るつもりは無い。

 かつて未来を視たあの時から、自身に課した誓いを果たすために。

 

双児の星(タヴァ・ガルラ)よ」

 

 二人から離れたギビルは、小宇宙を発動して目の前の空間が罅割れ、裂け目が生まれると迷わずその中へと足を踏み込んだ。

 

「私も生きて時代の変革に立ち会いたいからな。必ず戻って来る」

 

 空間の裂け目が閉じはじめる前にギビルが振り返り、ギルガメッシュ達に一時の別れを告げた。




実は乖離剣って対遊星巨神用の防衛兵器かも? なんて妄想しながら書いてました。
造ったにはいいけど持ち手を選び過ぎて誰も使えなかった所をギルガメッシュが持つに至った、とか。

黄道12星座、もとい、黄金聖闘士の技はかなりざっくりとした印象から考えました。
一番悩んだのは天秤座でしたよ老師(?)。廬山○○とか明らかにウルクじゃないし、天秤のての字も無いじゃんよとのた打ち回った結果、冥王神話外伝の人を参考にしました。


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7.人よ、神の手より旅立たん事を願う

――ギビルは目障りだ! 此度はあの泥人形を処分する事にしたが、奴も早々に廃棄する必要がある!

 

 

 天界の神々は地上で起きた一連の光景を見て想定外の事態に驚愕と一抹の恐怖を抱いている中、一柱の神が事態の重さを理解していないかのように声を上げている。

 

 イシュタルの暴走を端に発した天の双牛の地上への解放。

 多くの神々がイシュタルの暴挙に反対して止めようとしたが、それはある神の横槍によってその行為は強引に容認された。

 

 嵐や力を司る神、エンリル。メソポタミアの神々の中で、王のアヌ神ですら及ばぬほどの力を持つ神であり、影の最高権力者とも言われている存在だ。

 その性格は後先を考えない激情家にして横暴で傲慢。大昔より破壊と破滅を以て人類にその権能を振りかざしてきた暴君の如き神格である。

 

 元よりエンリルは人類と言う種に対して否定派で、不要な存在だと声高らかに周りの神々に自ら言い散らして回っている程で、侮蔑すらしている。

 なのでギビルとギルガメッシュの設計に対しても全面的に否定派を貫き、最終的にそれが可決された事を今でも恨みがましく思っていた。

 そもそもの話、エンリルは人類の成長する力を信じておらず、所詮は我らに劣る下等生物の浅知恵程度にしか見做していない。

 故にそんな種族と神との間を繋ごうとするアヌや他の神々の考えが全く理解出来なかった。

 

 ヤキモキしながら見つめる中、二人は徐々に人間寄りの行動をする様になり、エンリルが自ら森の番人を任せていたフワワを殺しただけに飽き足らず、イシュタルの求婚騒動における明確な神への拒絶。この惨憺たる有様にエンリルは激昂した。

 

 ほら見た事か、だから人間なぞに肩入れするからこうなるのだ!

 神々の恩恵なしでは生きて行け無い筈なのに、分をわきまえずに人間達は版図を広げ、自然を食い潰しながらのうのうと生き永らえている。これを傲慢と言わずして何だと言うのだ。

 他の神々が四苦八苦していく有様を嘆き、これ以上奴らを野放しには出来ないと周りの神々の静止を力づくで黙らせて、遂にエンリルは動き出した。そこで利用したのがイシュタルの暴走である。

 父であるアヌ神へ恫喝まがいに天の双牛の地上への開放を強請っている所へエンリルも便乗し、エンリル自身も力を見せつけ事と次第によれば碌な判断も取れない軟弱な王をその玉座から引き摺り下ろしても良いのだぞと脅し付けたのだ。

 そうなってしまえば天界と地上を天秤にかけるなど考えもつかなかったアヌ神は早々に要求を飲み、天の双牛を地へ降ろしてしまった。

 

 だが、そこからエンリルの目算は大きく外れる。

 天の双牛が生み出す自然現象の全てはウルクへ干渉する前にはじき返され、肝心の双牛達もギビルとギルガメッシュに討ち取られてしまったのだ。

 しかもギビルに至っては殆ど瞬殺に近い、星の大気圏を突破する程に伸びた光の柱が双牛の片割れを飲み込んだときなどエンリルがぽかんと呆気にとられてしまった。

 

 

 

――あんなものを作ったのは誰だぁっ!!

 

 エンリルは全身から権能の一つでもある怒りの嵐を巻き起こしながら当時の設計者達へ次々に問い質す。逃げようものなら殺してやると言わんばかりの殺気を放って神々の動きを止めながら。

 

――何故あんな過剰な性能を半神風情に与えた! シャマシュ、貴様か!? ニヌルタ、死にたくなければ素直に吐け! ネルガル、儂の眼を見ろ! アヌよ、貴様が陣頭指揮を執ったのだろうさっさと答えろ! ……何、誰も知らんだと? ……おいおい貴様らそれでも神のつもりか? 長生きしすぎておつむの中身はお空の彼方に飛んで行ってしまったのかね? ……捻り潰すぞこの馬鹿共! 自分の作ったものくらい把握しておけ基本だろうが役立たずの愚図めがッ!!

 

 怒り狂いながらも吐き出したエンリルの言葉は思いの外正論だったため、誰もが口を閉じてしまった。

 そんなエンリルに怯えながら、ギビルを設計した神々は当時の事を必死に思い返してみるが、何故あのような力を持っているのか全く分からなかった。まるで“本来作れないものを作り上げてしまった”かのように。

 

 

 そうして現在、まず先にエルキドゥに死の呪いを送ったのがエンリルであり、いずれはあの異常な戦闘力を持つギビルも殺すべきだと他の神々に訴えていた。

 強引ではあったが、神々もその提案には前向きだった。あれ程の力、とてもではないが我が身をいつ脅かすのか分かったものでは無い。ギルガメッシュ達が自分達から明確に離反を表明した今だからこそその危機感はなお強まっていく。

 それにあの神獣を一瞬で消し去る恐るべき力を目にすると、神々は記憶の奥底に追いやっていた忌々しい過去が否が応にも浮かび上がってくるのだ。

 あの太古の昔、自分達神々が大地の支配者として真に謳歌していた頃、天空より降り立った異星の巨神セファールが自分達を蹂躙し、滅亡寸前にまで追い詰めてきた忌々しいあの力。ギビルのそれが別物だとしても、あれほど圧倒する力を見せつけらると、その時の光景と重なってしまうのだ。

 

 エンリルも傲慢で短慮ではあるが当時の巨神との戦いから生き延びた一柱だ。居丈高に振る舞っているその奥底では、過去に脅かしてきた存在への恐怖が確かに存在し、長く支配し続けていた結果増大したプライドがそれを認めたくないがためにエンリル自身を更に傲慢にさせている。

 その傲慢さがギビルの存在を認めない。自分達こそがこの星で最優、あのような存在があってはならないのだと。

 

 エルキドゥが死んだ後は警告を送り、あの欠陥品(ギビル)をさっさと始末してくれる。

 その後はギルガメッシュ、そして人類だ。どいつもこいつも、儂の思い通りにならない地上の生物など、否、天界で死に損なった神々(無能共)もこれを機に葬ってくれる。

 全てを消した後に都合の良い生物を作り直せばいい。実に簡単な理屈だ、何故この答えに他の奴らは行き着かなかったのだ。やはりこいつらでは、アヌでは今後の世界を支配する者には相応しくない。そうとも儂こそが、この世界の支配者となるに相応しいのだ。

 

 ひた隠しにしていた恐怖を塗り潰そうとして傲慢を呼び、肥大してエゴを生み出し、神としての責務では無く己の支配者としての我欲の捌け口を求める理論がエンリルの脳内を占めて行く。本人の気性の荒さと昨今の思うようにいかない天地全てに対する不満が一気に弾けたのだ。

 

 

 しかし、既にもう手遅れだった。

 エンリルに限らず、この天界に住む全ての神々がである。

 

 

 

 

 

 突如、神々が集まっていた天界の一角の様子が変化する。

 見慣れた天界の風景が歪み、徐々に激しく湾曲していく。

 次第に歪みが治まると、そこは全く別の世界に激変していた。

 

 

 

――な、何だここは!?

 

 狼狽えたどこぞの神が口にする。

 神々がいるそこは星の領域を超えた先の暗黒が広がる無の世界、宇宙と呼ばれる場所に酷似していた。

 いくつもの星々が煌めいているが、その実体は宇宙に酷似した異次元空間。

 神々は、何者かによってこの空間に引きずり込まれてしまったのだ。

 

 

 住み慣れていた惑星の次元とは全く異なるこの亜空の世界は、神々に驚く余裕すら与えなかった。

 空間が完全に形成される最中に、虚空から無数の黄金の鎖が恐るべき速さで飛び出し、その空間内にいる全ての神々に襲い掛かって来たのだ。

 鎖が神々の四肢に巻き付き、その身を縛り上げる。大人しく捕まるつもりのない神々は権能やあらゆる力を行使して抵抗を試みたが、権能は発揮されず、抗う度に鎖が強く体に食い込んで神々から口々に悲鳴が上がりだした。それはアヌであろうと、エンリルであろうと例外では無い。

 

 

 神々の悲鳴が木霊する阿鼻叫喚地獄と化したその空間に、更に変化が起きる。

 空間の一角に切れ目が走り、広がるとそこから一人の男が現れたのだ。

 

 白い外套を羽織り、黄金の鬣の如き長髪を腰まで伸ばし、人に非ざる美貌を持った半神半人のその男。

 普段閉じた瞼は開かれて、神性を表す真紅の瞳が鋭い眼差しを以て神々を見つめている。

 男の名はギビル、神々がギルガメッシュより前に生み出した天の楔の試作品だった。

 

 ギビルの登場に、最初に口を開いたのはエンリルだった。

 引き千切ろうと暴れた結果、逆に引き千切られる寸前にまで圧搾されていても尚留まる事のない怒りを顕わにしていた。

 

――ギビル……これは貴様の仕業か! 貴様何をしているのか分かっているのか!?

 

「勿論です。――あなた方の御命は、このギビルが頂戴仕る」

 

 その言葉にエンリルや他の神々が声を上げるより先に、ギビルは問答無用で動いた。

 

 

巨蟹の星(アルトゥ)よッ!!」

 

 ギビルが人差し指を伸ばした片腕を頭上に掲げ、小宇宙を最大限にまで燃焼させて発動させると、神々の肉体に異変が生じる。

 

 神々の肉体からエネルギーの塊が――魂が引きずり出されたのだ。魂は肉体から抜け、頭上高く昇り始める。

 剥き出しの魂は何も語らない。神霊なだけあり強い輝きを放っているが、こうなってしまえばもはや抗う手段は無い。

 

「魂魄よ、爆砕して粉微塵と化せ」

 

 ギビルの声と共に、抜き取られた神々の魂が一斉に大爆発を起こした。

 長い間生きた神霊の魂は大自然のエネルギーの塊、それらを一気に爆発させれば膨大な勢いで以てまわりのもの全てを吹き飛ばす。

 魂が剥ぎ取られた神々の肉体は強靭な作りをしているにもかかわらず、その爆発の衝撃で全てが粉々に砕け飛び、神々を構築していたエネルギーだけがその場に漂い流れている。

 

 神々の死、星で最も優れた超常の存在である筈の者達がいとも容易く身魂悉く破壊し尽くされて、完全に消滅してしまった瞬間であった。

 

 

 

――お、おぉ……おおおおお……。

 

 爆発の中で未だ健在な神が数柱いた。

 メソポタミアの神々の王アヌと女神アルル、そしてギビルとギルガメッシュの肉親でもあるニンスンに、今回の騒動の引き金を引いたイシュタルの四柱である。

 イシュタルは黄金の鎖で雁字搦めにされた状態のまま他の三柱より離れた所に転がされていて、表情を読み取る事が出来ていない。

 

 彼らは狙い零しではない、敢えてギビルが生かしたのだ。

 

 爆砕した他の神々の残骸が大自然のエネルギーとなって亞空間を漂う中、自分達の元へと近づいてくるギビルに生き残ったアヌと二柱の女神は未だ嘗てない恐怖に慄いた。

 神々がギビルを見る目はもはや半神半人でも、人ですら無い。別次元の怪物を見る眼差しだった。

 

 

――お前は……お前は、何なのだ?

 

 鎖で縛められながらアヌは理解の及ばぬ存在へ問いかける。

 

「私を創造なされたのはあなた方神々であったと記憶しておりますが」

 

――違う! 我らはお前のような恐ろしいものを作った覚えなど無い! これでは、これではまるで――

 

 アヌの脳裏へ焼き付くほどに浮かび上がるのは、かつてこの星を壊滅寸前にまで追いやった、虚空より来た破壊の化身。

 それまでは恐れる者無しと我が物顔で大地を自由に支配していた自分達は、突然現れたそれによって虫けらの如く踏み(にじ)られた事でとうとうプライドを投げ打って命乞いをし、何とか見逃されて地上の支配者として返り咲いていた。

 

 それだと言うのに、何だこれは。

 

 我ら神々は、永久の繁栄を約束するためにギルガメッシュを、その前段階として試作品のギビルを作り上げたと言うのに、奴らは此方の思惑を無視して逆らい、試作品は我々神々を塵芥の如く殺してしまった。

 

 どこで間違えた、一体何がいけなかったと言うのだ。我々は、何処で失敗を犯していたのだ。

 

 ……いや、そもそもここに至るまでの過程で疑念は幾つもあった筈だ。止める事だって可能であったにもかかわらず。

 

 我々は既に知っていた筈だ。

 

 あの試作品が幼い頃より発現させた恐るべき異能の力を。

 

 生まれた当初から見せた高すぎる知性を。

 

 だと言うのに何故だ。

 

 何故我らはそれに気が付けなかった? 見過ごしていたのだ?

 

 “あまりにも都合が良すぎる” のだ。まるで何者かの意図した題目に踊らされている様な――

 

 アヌはそこまで考えが及ぶとハッと何かに気が付き、徐々にその顔が焦燥に駆られていき、最期には発狂寸前にまで顔が歪んだ。

 

 

 

 

 

「……お気づきになられましたか」

 

 ギビルは既にその答えを知っている。生まれたときは気付かなかったが、成長していくにつれて視野が際限なく広がっていく千里眼がついにその一切を見通したのだ。

 

 アヌは、そして聡明な二柱の女神達も気付いてしまった。女神達もまたアヌと同じような恐るべき真実を垣間見た事で狂気に呑まれかけていた。

 アヌが信じられないと、狂乱気味に声を荒げる。

 

 

――星だと言うのか!? 星が我らにお前を作らせたのか!? 明確な意思を持たない、“あれ”が!?

 

 

 星とは、すなわち宇宙に点在する命そのもの。多くの命を内包した巨大なそれにも、無意識的な意志が宿っている。

 

 星はかつてわが身に起きた事態により、常に恐怖に苛まれていた。

 遥か昔、天の川銀河より飛来した恐るべき捕食遊星、それが送り出してきた尖兵たる破壊の巨神により、一度地上の文明も神々も、他の天体よりやって来た者も含めて全てが滅ぼされてしまった記憶は今でも忘れる事が出来ない。

 これにより星にとっての恐怖とは、他の惑星から来た敵性存在による文明ないしは星そのものがもたらす破壊と本能的に定義づけられていた。

 その巨神は辛くも地球にいた生命が打ち倒したが、それでも被った被害は甚大な物だった。

 

 今回は良かった。だが次はどうする? あの脅威に勝てるのか? そんな保証はどこにもない。

 

 恐ろしい、あの捕食者が、巨神セファールが、恐ろしくてたまらない。

 

 だから星は考えた、ならば作ればいい。内部(惑星内)にも、外部(惑星外)にも力の及ぶ強力な存在を。自分(地球)を守ってくれる、そんな存在を。

 

 その時着目したのが、当時の生き残りだったメソポタミアの神々が計画していた神と人類の繋ぎ手、その試作品だった。

 神とは星の自然現象より生まれた存在故に、干渉するには都合が良かった。

 

 そして試作品を設計する神々へ星は介入した。

 神々が本来想定していた性能を遥かに上回る力を、試作品にあらん限りつぎ込んでいく。

 星は力を惜しまない。そうまで突き動かすのは(ひとえ)に飛来した敵性生物、巨神セファールに対する過剰なまでの恐怖が後押ししたのだ。

 

 そしてそれは製作者の思惑を越えて産声を上げた。

 幼い頃から神々の悪干渉が及ばないように星が直々に干渉し、その成長を促しながら。

 

 星の生み出した狂気と執念の傑作。星の理や防衛機構にも縛られない人の形をした究極の切り札。

 星と霊長の守り手にして、虚空より来たる侵略者を撃退するために鋳造された者。

 

 

 

 対異星生命体撃滅用星造生体兵器。

 もしくはこういう呼称でも該当するであろう。

 

 アリストテレス、或は、アルテミット・ワン。

 

 

 

 

 故にアヌは恐れ慄かずにはいられない。今自分の目の前にいるモノはある意味セファールと同等の存在と言う事になるのだ。

 事実上、この怪物を抑制するものは存在しないも同然。いるとすれば現状では他天体にいるとされる同種の存在位しか太刀打ちは出来ないという事実が、自分達神々という存在の絶対性を失わせ、酷く矮小な存在へと落としてしまうのだ。

 

 

 最早何をやっても手遅れと悟り、抵抗の意思を失ったアヌは、それでもギビルへ訊ねずにはいられなかった。

 

――何故、人間達に味方する。

 

 アヌはついぞ理解する事が出来なかった。あの二人が、どうして自分達に反旗を翻したのか。

 ギビルは静かに理由を告げた。

 

「彼らは、貴方がた神々が持とうとしなかった力を秘めています。困難を乗り越えようと抗い、世界すら変え得る程の貪欲なまでに成長しようとする力。私達は、彼らの持つそれに無限の可能性を視たのです」

 

 神々からすれば短命で不完全なか弱き命。

 しかし、だからこそ彼らは自分達の置かれている環境をより良くしようと知恵を働かせ、心に炎を灯して力の限り道を切り拓いて文明を発展させていけるのだ。足りないものを埋めるように、より高次に至るために。

 その有様にギビルは、彼ら兄弟は掛け替えのない価値を見出した。いっそ、美しく尊いとまで思ってしまうほどに。

 故に彼らが踏み出すための道を作り、行く末を見守りたいと決意したのだ。

 

 アヌはギビルの言葉に顔を顰めた。

 

――その為に我ら神々を、皆を殺したのか? そのような、醜い欲望の為に……

 

「醜いと仰るか。そもそも、生命が生きるために他の命を淘汰して糧とするのは至極真っ当な(ことわり)、そうやってこの星の生命達は命を繋いできたのでしょうに。それを醜いと評するのは、生まれながらに全てを持っていた貴方がた神々の傲慢ではありませんか」

 

 神々の中には人類が発展する有様を認めている者も確かにいる。

 しかしそれは自分達神々の繁栄の糧として見ている側面が強く、自然を切り拓いて発展しつづけて行く有様には否定的であった。

 全てを持ち得るが故に明確な向上心を持たず、世界の秩序を保つ事に邁進し続けた神々の姿は二人からすれば革新と言う可能性を否定する存在。醜悪とまでは呼ぶまいが、もどかしさと嫌悪を抱く対象ではあった。

 いずれにせよ、遥かな時代から現代にいたるまでその姿勢を変えようとしなかった神々はギビルとギルガメッシュとは相容れる事は無い。

 

 

――……何を考えている。人間達はその為にこの星を無作為に食い潰しかねない危険性をも孕んでいるのだぞ、それを理解しておらぬお前達ではない筈だ。

 

「人類が必ずしも星を死に追いやる訳ではありませんが……もしそうなるのであればそれも宜しいでしょう」

 

 ギビルの思わぬ発言に、アヌは鎖で縛られている事も構わずに眼を見開いて叫んだ。

 

――ば、馬鹿な、正気か!? よりによって、お前がそれを肯定すると言うのか!? 星の意思で生み出されたお前が、自身の生まれた星の消滅を受け入れるのか!

 

 その口調は、いっそ糾弾と表現しても良かった。

 だが、ギビルはその非難に動じなかった。

 

「私は星の走狗になった覚えは断じてありません。私は自らの意思で人類の行く末を見守ると決めたのです」

 

 星に災厄が、霊長が絶滅に瀕する程の脅威が降りかかるのならば躊躇わず力を奮おう。

 だが、抑止力に加担するつもりは無い。あくまで自分の力は、星が、否、人類が抗えない程の強大な害意に晒された時に力を貸そう。

 もしもそれを阻む者がいるのであれば、例え神霊であろうと、星の意思であろうと許しはしない。

 これは、ある種の宣戦布告に近かった。

 

「もし人類がこの星を不要とするのであれば、それは子が親の手から離れ、独り立ちの時期が訪れたという事。ならば私達はそれを祝福して見送ります」

 

 人類の未来にはいくつもの分岐が無数に広がっている。その道をどのように辿るのかは、人間達自身が選択する事だ。

 例え道半ばで滅びに進もうとも、それを最後まで見届けるのもまた自分達の役目である。

 

 

 そこまでギビルが話すと、アヌは俯いて何も言わなくなった。もはや何を言った所で意味が無いと悟ったのだ。

 

 ギビルがこの神達を生かしたのにはいくつか理由があった。

 

 アヌとアルルにはギルガメッシュの朋友エルキドゥを作ってくれた幾ばくかの礼がある。

 ニンスンには思惑があったにせよ、ギルガメッシュと共に自身を産んでくれた事と一応の肉親としての情があった。

 それにこの三柱の人類に対する姿勢は、神々の中でも特に穏健派に部類される神格達だ。

 そういった要因で彼らをギビルは生かす事にした。そうでなければ、あの時エンリル達と共に魂ごと木端微塵に始末していた。

 

 

 これで粗方の神々への対処が済んだ。

 ギビルは最後に残した仕事を片付ける事にした。

 

 ギビルはアヌ達のもとを離れると、彼らから離れた場所で拘束されている女神の元へと向かった。

 

 先程までギビル達が会話をしている間、一度たりとも口を開かなかった女神イシュタルだ。

 

 ギビルが近付くのに気付くと、俯いていた顔を上げ、怒りと悲しみがない交ぜになった眼差しで睨みつけてきた。

 有り余る感情を優先するあまり、イシュタルは現状への理解を拒絶してしまっていた。

 

 イシュタルはあらん限りの呪詛を吐き散らした。

 

――私は愛したかった……愛されたかっただけなのに!

 

 その愛が此度の事態を招いた事すら今の女神は理解してはいない。

 偏に愛を求めすぎたが為に。

 

――どうすれば良かったのよぉっ!

 

 どうにもならなかったのだ。

 神を上回る巨大な力が書いた“筋書き”はそうなっているのだから。

 

 とうとう泣き叫び出したイシュタルの姿に、ギビルは少しこの女神を憐れんだ。

 なまじ他の神々よりも強い力を持ち、どの神々よりも激情家過ぎた故に、まともに諌める者がおらずに時を重ね続けてしまった事がイシュタルの未来を決定づけたのだ。

 

――教えてよお父様! どうして答えてくれないの!?

 

 アヌは何も返事を返さない。決してイシュタルの方へ顔を向けようとはしなかった。

 

――どうして!? 何で皆私の思い通りにならないの!? 私は……私はぁ――

 

 怨嗟と共にイシュタルの叫びは途絶えた。

 肉体から魂が抜き取られたのだ。

 

「さらばだ、女神イシュタルよ」

 

 ギビルは瞳を閉じ、引きはがしたイシュタルの霊魂を操り爆破する。

 膨大なエネルギーの爆発によって、今まで多くの男達を魅了した美しい肉体もその余波によって粉々となって消滅した。

 

 

 

 

 後日、メソポタミア全域に向けてアヌ神から直々に宣言がなされた。

 神々の死という事実は隠蔽され、この大地を人間達に明け渡すと神の王が誓ったのだ。

 

 

 ここより人類と神々の仲は断たれ、人類による混沌の時代が幕を開ける。

 この星に新たな歴史が刻まれようとしていた。




神々「半神半人作った筈なのにやばい奴が出来上がったなう」

一時的発狂状態の星が作ったオーバースペックの産物が主人公の正体でした。

勢いで書いてしまってアレですが、凄い設定になってしまった。
会話や話の流れとか破綻していないか心配しつつの投稿でした。


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8.汝は地に輝く黄金の星

――そう、あの娘は最後まで自分の(さが)に愚直だったのね。全く……死ぬまで度し難い娘だったわ。

 

 死者の霊魂彷徨う地の底、冥界。

 其処は生者の存在を許容しない文字通りの死の世界。

 

 冥界全土に広がる暗く植物の生えない闇の荒野に、漆黒の装束で身を包んだ美しい女神が、陰鬱な気配を身に纏わせながら佇んでいた。

 冥界の女主人、エレシュキガル。メソポタミアの神の一柱であり、ギビルが殺した女神イシュタルの姉でもあった。

 

――それで、今度は私も消しに来たのかしら?

 

 暗くねっとりとした眼差しを向けて話しかける相手がいた。

 

 この冥界に似つかわしくない、黄金の輝きを持つ男が相対している。

 ウルクの王ギルガメッシュの兄にして、星の意思が生み出した究極の一、ギビルだ。

 

「貴女は冥界で死者の魂を管理されている御方だ。それに地上に対して関心を抱いていらっしゃらない」

 

 だから殺す理由は無い。

 礼節も兼ねて瞳を開いているギビルは、普段通りの調子で冥界の女主人へ言葉を投げ返した。

 

 遠まわしに、いつでも殺せると言っているその言葉を受けてもエレシュキガルは怒る気配はない。

 

――分かっているわ、冗談で言ってみただけ。貴方はとても恐ろしい人だもの。その気になれば私を容易に殺す事も、意のままに操る事も出来るのでしょうね。そして冥界の法も、私の権能も貴方には意味を為さない。

 

 エレシュキガルは彼我の関係を冷静に述べる。

 彼女は天界で起こった一連のやり取りを冥界から全て見て理解したのだ。

 星が可能な力を全て投入して創り出した存在相手では、いくら自分でも相手にされずに処分されるだろう。先に消滅していった神々と同じように。

 

 エレシュキガルが生かされたのは、自身が課せられた役目の関係上地上に対して不干渉を貫いている事と、今の時代死者の魂を管理する者がいなければ死霊は星の循環を待たずして地上へあふれ出てしまう為、それを阻止できるエレシュキガルが必要だったのだ。

 だが、仮にエレシュキガルがそれを盾に脅したとしても意味は無い。事もあろうにこの男は、今現在の様に生者でありながら冥界へ足を踏み入れ、死者の魂を思うがままに操る事が出来てしまうのだ。仮にエレシュキガルがいなくなったとしても、その代役をギビルが分身を出して派遣すれば最悪それで事足りてしまう。

 そういった選択の余地が残されていない事と、元々エレシュキガル自身が与えられた役割を実直に全うする神格の持ち主でもあった為、エレシュキガルは見逃されていたのだ。

 

 此度ギビルが冥界へやって来たのは、天界の神々を排した事と、彼女の妹のイシュタルをこの手で消滅させた事を告げるためであった。

 もっとも、この姉妹仲の険悪さは皆が知っているので事後報告という形になったのだが。

 

――用が済んだのなら早々に立ち去りなさい。生者がこの冥界にいるというのが私は許せないの。本当、嫌になってしまうわ。

 

 力づくで排除しようにも、それすら出来ない。

 元々鬱の気が強いエレシュキガルは自分の思い通りにならない事で更に憂鬱さが増していた。

 

――地上の事なんて興味はないから、貴方達の好きにしなさいな。

 

 ギビルは何も言わずに頭を下げ、次元の入り口を作って冥界を後にした。

 

――地上の支配者が誰になろうと私の知った事ではないけれど、忙しくなりそうね。

 

 再び死の気配で満たされた冥界に安堵した女主人はひとりごちる。

 これから人間達は爆発的に増え、そして死者の数も今までの比ではないだろう。人間達の繁殖力を思い返せば、それくらいの予測はすぐに出る。

 

 だが、エレシュキガルのやる事は変わらない。今までと同じように死者の魂を管理し続けるだけだ。

 例え他の神々が消えて一柱だけになろうとも、己の役目が不要となるその時まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神々の支配からの解放、その事実はウルクだけでなくメソポタミア全土に点在する国々の人間達全てを激震させた。

 人類と言う種が今に至るまで、神々の存在は常に彼らと共に在り続けていた。それが最高神自ら人間たちの好きにするようにと宣言したのだ。

 

 ある者は喜んだ。これまでの様に神々によって運命を狂わされる事も、神々の機嫌に振り回される事も無く生きて行ける自由を手に入れ、未来に無限の希望を抱いた。

 

 ある者は恐れた。長く神々に奉仕して恩恵を賜わり、支配される事で生きてきたのに、これから自分達はどうすればいいのだと長く心身に受け継がれてきた被支配者としての精神が、主なき後の世界に不安を抱いているのだ。

 

 

 そんな悲喜交々な様相の人間達の中で、ウルクの民達はこれに天の双牛退治が関係しているのではないのかと考える者達が現れた。

 その様な憶説が飛び交うのも無理からぬ事だったのかもしれない。

 あの当時ウルクに襲い掛かった神獣の言語に絶する程の超常の力と、それに立ち向かった王達の戦い。そして聖牛達を討ち取った際の圧倒的なまでの力と黄金の輝き。それらを目の当たりにしたウルクの民達は、あれが原因で神々は我らが王達に恐れをなして地上の支配権を手放したのではないかと思い至ったのだ。

 しかし、当のギルガメッシュ王も、王兄のギビルやエルキドゥも事の真相に関して黙して語ろうとはせず、真実は闇の中へと葬り去られる事となった。

 

 

 

 

 神々からの支配を脱却して人間の時代が幕を開けた中でのウルクはというと、国の統治に少しずつ変化が起こった。

 人々が知る由もない事だが、神々の大半が死滅した事によってそれらの祭事は縮小され、いずれは無くす方向で決定している。その分浮いた費用は国の開発費に回される事となるだろう。

 国の法も神を主軸とした内容が取り除かれ、人間同士の取決めを重点的に見直しが行われ、人間が主体の国家として少しずつ調整されていった。

 時には長老達や神官達、神々に仕えていた歴史を重んじる傾向にある者達からの意見と衝突する事もあった。聞き入れるに値するものであればギルガメッシュは寛容にそれを受け入れたが、私利私欲に塗れたものであった場合はすぐに見抜いて容赦なく切り捨て、時として処断を下す事も少なくは無かった。

 

 

 国の変化だけでなく、王自身にも変化が訪れた。

 ギルガメッシュが妻を娶ったのだ。

 

 あの冒険癖でエルキドゥと絡み過ぎて女っ気があるのか怪しいあのギルガメッシュ王もとうとうご決断なさったのですね! と臣下達が驚きと涙交じりに感激していた際、当人のギルガメッシュは顔を真っ赤にして怒りながら話した。曰く、次代に血を残すのも王の務めだと。まぁ、臣下達にそう言われても仕方のない振る舞いを政務以外で行っていたのだから自業自得だとギビルが窘めると、何も言えなくなってしまっていたのだから自覚はしていた様だ。

 人間とは短命であるが子孫を残し、次の世代へ様々な物を受け継がせていく事で歴史を作っていく事の出来る種族だ。

 その人間達の王であるのならば、ギルガメッシュ自身もそれに則らなければならず、このウルクの王朝を継ぐ後継者を(こしら)える義務を果たさねばならなかった。

 

 とは言えギルガメッシュは生半可な女を妃にするつもりは毛頭無いと徹底的に拘り、結果として嫁探しにはえらい時間を要する羽目になった。

 そうして見つけたのが、交易先の都市国家の王族の娘だった。

 ギルガメッシュが選んだだけはあり、周辺の都市国家でも類を見ない様な美女だった。

 聡明で、ギルガメッシュにも必要とあらば物怖じせず、誰とでも分け隔てなく接する事の出来る心優しく清楚な女性だ。

 当時メソポタミアで最大の規模を誇るウルクの王から話を持ち掛けられた相手方の王は、娘を快く嫁に送り出した。ギルガメッシュの賢君としての名声は国外にも広まっており、直接会った事で娘の夫として信頼できる相手と見たのだ。

 

 王の義務として選んだ相手ではあったが、ギルガメッシュとの相性は良かった様で何だかんだと言いながらもギルガメッシュは徐々に彼女に絆され、愛妻家と称されるにまで至った時、エルキドゥが少しだけ寂しそうな顔をしながら二人を祝福していた。

 

 

 そして二人の間に待望の男子が誕生する。ギルガメッシュの血を受け継いだ強く健康な子供だ。

 子供の名をウル・ルガルと命名し、万全の態勢で王子の養育が始まったのだが、そこで思わぬ人物が係に加わった。

 

 エルキドゥが遊び相手に任命されてしまったのだ。選んだのは他でもない、ウル・ルガル本人だった。

 

 というのもワケがあり、生まれてから暫くして体調が安定した王子の元へエルキドゥが宮殿へ遊びに来たついでで面白半分に自身の体を変化させてあやしていたのだが、それを件の王子は大層気に入り、離れようものなら泣き出して止まらない事態に陥ったのだ。これには父ギルガメッシュも「我が子ながら見る目があるな」と苦笑気味だった。

 「まさか兵器である僕が赤ん坊の遊び相手になるなんて思いもしなかったよ」とはエルキドゥ本人の弁。しかし純粋無垢な存在を、友の子を相手にするのは思いの外楽しく、5歳まで王子の遊び相手を率先して務めていた。

 

 物心がつき、幼少期を迎えたウル・ルガルに教育係が付く。そこで抜擢されたのがギビルであった。

 王に並び立つ程の叡智を持ち、幼い頃のギルガメッシュを若い身ながら教育した実績もあった事からギルガメッシュから指名を受けたのだ。

 ギビルも初めて出来た甥にものを教える事には乗り気だった為、それを快諾。学問から武芸に至るまで、様々な分野を王位を継ぐまでギビルは教える事となった。

 

 こうしてウルク国内では“ウルク三英雄”と称えられている三人の間で、密かに養育ブームが発生する。

 その結果ウル・ルガルは三人から薫陶を受けた事で、後に二千数百年先までウルクに繁栄と存続を約束させるきっかけを作った優れた統治者として名を馳せるに至った。

 

 

 

 神々を退けてからギビル達の日々は充実していた。

 それまでの日々に不満がある訳ではない。ただ、自分達が見守ろうとした人類が最初の一歩を踏み出した事で俄然やる気が出たといった所だろうか。

 ギルガメッシュは王として人類を導き、ギビルはその隣で()を支え続けた。

 遣り甲斐があった。達成感を得るのは遥か先になるであろうが、生の悦びがそこには確かに在ったのだ。

 

 幼かったウル・ルガルはやがて年月を経て少年になり、青年となり、そしてギルガメッシュからウルクの王位を受け継いで新たな王として君臨した。

 

 その頃には王としての責務を引き継がせた事で肩の荷が下りたのか、ギルガメッシュは妻と隠居生活を過ごし始めた。

 若き頃に集めるべき財は全て集め、国を富ませるだけ富ませ、その継承も済ませた。

 人の身で果たす責務は、もう終わったのだ。

 

 

 

 神の血が流れているとはいえ半分は人間の血を持つ存在故、終わりの時は必ずやって来る。

 

 現役時代に賢王として活躍したギルガメッシュに、最期の時が近付いてきたのだ。

 

 怪我や病による衰弱では無い、生身の体を持つ生命としての、老いがギルガメッシュの体に死を告げようとしていたのだ。

 多くの民や臣下たちが嘆き悲しんだ。ウルクを大国にまで発展させた偉大なる男が死のうとしているのだ。

 

 

 先王ギルガメッシュの寝室内。

 そこでギビルはエルキドゥと共に寝台の上に寝かされているギルガメッシュの側にいた。

 

 この場に二人以外の人間は通す事を許されていない。大事な話があると言って、ギルガメッシュが他の者達を部屋から出したのだ。

 

 死期が近付いてきていてもギルガメッシュの顔は若かりし頃のまま美しく、老いの気配は一切感じられなかった。

 

「……来たか」

 

 ギルガメッシュの口からはかつての覇気は無く、死が間近に迫っているからか、最盛期を知る者からすれば驚くほどに弱々しかった。

 

「ギル、ついに行ってしまうんだね?」

 

 エルキドゥは意思を持った神造兵器。故に老いと言う概念が存在しない。

 いつかこの様な別れの時が来る事は分かっていた。しかし、それでも友との今生の分かれは、心を学んだエルキドゥには辛く悲しかった。

 

「ふ、三百年近くも生きた末の大往生なのだ。笑って見送ってくれ」

 

 神の血が半分流れている事によって、ギルガメッシュの寿命は人間よりも遥かに長い。

 既に妻は老いによって先立ち、息子のウル・ルガルも子供を持つ年齢になった。何も悔やむ事は無い、心置きなくこの世を去れる事の幸福をギルガメッシュは今噛み締めていたのだ。

 悲しい表情でギルガメッシュを見つめていたエルキドゥだが、当の本人からその様に言われてしまい、困ったように笑う事しか出来なかった。

 

 

 ギルガメッシュは視線をギビルへと向けた。

 その眼差しは、力弱くも真剣だった。言わなければならない事を、此処で告げようという決意が宿っていた。

 

「兄上、思えば随分と世話になったな」

 

「気にするな、私が好きでやった事だ。お前とウルクで過ごした日々は、とても楽しかったぞ」

 

 ギビルの姿も、神々を排したあの時から変わっていない。

 ギルガメッシュと同じ半神半人だが、その実態は星の意思が生み出した全く別の存在。人とは生の理が根本から違うのだ。

 真紅の瞳が優しくギルガメッシュを見ていた。余すことなく生涯を全う出来た弟への労いが見て取れた。

 

 

「……これから告げるのは、先王としての命令ではなく、一人の弟としての願いだ」

 

 ギルガメッシュが瞼を閉じ、静かに呼吸を繰り返す。

 そして、意を決したかのように口を開いた。

 

「ギビル、我が敬愛なる兄よ。このギルガメッシュが没した後は、ウルクを出て自由に生きてくれ」

 

 ギビルは静かに耳を傾けたまま無言で続きを促した。

 

「もう俺や国に付き合う必要はないと言っているんだ、兄上。……今度は自分の為に生きろ」

 

 ギビルは生まれた時よりギルガメッシュの為に、そして彼が統治するウルクの為にその力を使い続けてきた。

 しかし、もう十分に尽くしてくれた。後の事は次の世代に任せて自由になれ。

 ギルガメッシュは、いっそ悲痛なまでに顔を歪ませて己が兄を見上げていた。今までの兄の姿を見続け、そしてこれから訪れる兄の未来に何かを視たのか。

 

「……そうだな、私がウルクに居座り続けていても、彼らを甘やかしてしまう事になるかもしれないものな」

 

 ようやく人類は神々から、そして自分達の手から離れて時代を作ろうとし始めているのだ。その世の中に、自分と言う存在は甘い毒である。

 あくまで人間達が自らの脚で歩んでくれる事を願うからこそ、ここが潮時なのだとギビルも感じていた。

 

「だが、つまらぬ理由で死ぬ事は絶対に許さんぞ」

 

「ああ、分かっている」

 

 外的要因が無ければ、ギビルはどこまでも生き続けるだろう。それこそ、星の影響を振り切ったとしてもだ。星が恐怖にかられてあらゆるものをつぎ込まれた存在は、造物主から枷を与えられなかった。

 真の意味でギビルと共にいられる存在はこの星にはいない。この大地で繰り返される生と死の輪廻を一人外れながらそれを視続け、例えこの星が死を迎えたとしてもその在り方は変わらない。

 それは、それはとても恐ろしい程の孤独だ。誰もがギビルの前から姿を消し、必ず最後はギビル独りとなる。だが、それでもギビルは止まらないとギルガメッシュは理解しているし、自分が告げた残酷さも分かっていた。

 

 そんなギビルがこれから目にするものは、人類が築き上げる文明が及ぼすものは、星の死(鋼の大地)か、人の衰退(月の珊瑚)か。それとももっと別の……。

 

 ギルガメッシュが徐に手を伸ばしてきた。

 死期が目前故に肉体の衰弱が限界にまで達している中、震えながらも伸ばしたその手をギビルが握り返した。

 

「貴方は……俺にとって、星だった」

 

 それが何を意味するのかまではギルガメッシュは終ぞ語らなかった。

 

 

 

 

 

 

 その翌日、先王ギルガメッシュは崩御する。

 死に駆け付けた息子夫婦と臣下達が見た時の彼の死に顔は、とても穏やかな物だった。

 国葬はウル・ルガル主導の下盛大に行われ、多くの国民達が参列して彼の死を弔った。苛烈な判断をくだす面もあったが、それ以上に国を豊かにした彼を多くの人々が偉大な英雄にして王であったと慕っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうギビル」

 

 国葬がひとしきり終わった後のウルクは夜の帳が降りていた。

 人の暮らしの灯りが消えた宮殿の屋上で、エルキドゥはギビルへ礼を述べていた。

 出会った頃から変わらない新芽の様な鮮やかな緑髪を夜風に流しながら大きく発展したウルクを見下ろしている。

 

「貴方がギルを導いてくれたから、彼は孤独にならずに生涯を全う出来た。僕は、それが嬉しいんだ」

 

 ギルガメッシュと付き合い始めた頃、彼の目指すものとその在り方を知り、とてつもない孤独の只中に彼は立たされているのではないかとエルキドゥは不安を感じた事があった。

 だが、そうでは無かった。彼には理解者がいて、支え、導いてくれる人がいた。それが兄のギビルであった。

 ギルガメッシュは、兄という星の輝きに見守られながら良き生の終わりへと辿り着く事が出来たのだ。

 

「今だから正直言うとね、僕はギルと同じ世界を視る事の出来た貴方に嫉妬した……いや、羨ましかったんだろうね」

 

 ギルガメッシュと多くを語らい、友情を交わしてきたエルキドゥでも、彼が視ていたものを少しは推し量る事こそ出来るが、同じ視線に立つ事は叶わなかった。

 そんな中、ギビルだけはギルガメッシュと同じ世界を視る事が出来て、それによって意見を交わす事が出来た。時折そういうやり取りをする二人を見て、自分だけ除け者にされている様な寂しさと、ギルガメッシュと同じ視野に立てるギビルに対する嫉妬があり、当時のエルキドゥは言いようのない感情に苛まれた事が度々あったのだ。

 

「だが、私ではギルガメッシュの友にはなれなかった。弟にとっての友とはエルキドゥ、君以外にはあり得ないんだ」

 

 だから私は、君がギルガメッシュの友になってくれて本当に良かったと思っている。

 瞼で閉じられた目をエルキドゥに向けながらギビルがそう言うと、エルキドゥは気恥ずかしげに頬をかいた。

 

「……穏やかな顔で逝ったギルを見て、僕も安心してしまった」

 

「エルキドゥ、君はこれからどうするつもりだ」

 

 エルキドゥはウルクの一角に建てられた、神殿と同等かそれ以上に巨大な建造物に目をやりながら答えた。

 

「暫くはギルの墓を守っていようと思う。それでほとぼりが冷めたら、僕もギルの所に行く」

 

 現在ギルガメッシュの遺体は生前の頃に建造させていた自分用の巨大な墓の中に、生前集めていた全ての財宝と共に安置されている。そこに彼の妻の棺も含まれている。

 中は厳重な侵入者対策が施されており、無粋な輩が立ち入る事を一切許さない。

 そこへ神造兵器のエルキドゥが墓守となれば、例え神霊であろうと迂闊に手を出す事の出来ない鉄壁の守りとなる。

 

 しかし、本当に良いのかとギビルは訊ねた。

 エルキドゥもまた、ギルガメッシュが自分の死後好きに生きろと言い渡しているのだ。エルキドゥがその気なら彼の好きな自然の中へ行っても咎める者はいないのだから。

 

 するとエルキドゥは苦笑した。

 

「最初は森で暮らそうかなって考えたんだけどね、何だか放っておけなくなってしまったんだ」

 

 だから、僕はこれで良いんだ。

 そう告げるエルキドゥの顔に気負うものは何もなかった。

 最期まで友情に生きていきたいと言う願いがそこにあった。掛け替えのない友が贈ってくれた、星の様に輝く言葉を胸に抱いて。

 

 

 

 

 二人は宮殿を出て大通りを歩き、ウルクから外へ繋がる大門を出た所までたどり着いた。

 

 ギビルは旅装束の上からウルクで過ごしていた時に身に着けていた外套を羽織った姿でエルキドゥの前に立っていた。

 ギルガメッシュの死を看取り、弟との約束を果たす為ウルクから旅立とうとしていた。

 見送る相手はエルキドゥ一人だけ、静かに旅立とうとしていた伯父の意を汲んで、甥でもある現王のウル・ルガルが気を利かせてくれたのだ。

 

 

「こんな真夜中に出立なんて、貴方らしいね」

 

「それはそうだろう、空を見てみろ」

 

 ギビルが指差したその先には、夜闇の空には星々が煌めいている。

 ギビルがこの世に産声を上げたその時から変わらず輝き続けている星々は、今宵も月と共に大地を優しく照らしていた。

 

 夜天の光に淡く照らされたギビルの顔には、子供の様な無邪気な笑みが浮かんでいた。

 あの宇宙の果てには、この星の常識が及ばぬ脅威が沢山潜んでいる事もあるだろう。

 だが、それだけでは無い筈だ。きっと、素晴らしい出会いの可能性だって秘めている筈だから。

 あの時、千里眼で初めて視た宇宙への衝撃と憧れは、今も消える事なくギビルの心に灯り続けている。

 

 

 かくして、ギビルはエルキドゥに見送られながらウルクを後にして世界へと旅立った。彼が憧れた、星々の光に祝福されて。

 

 

 

 

 最初は世界をあてどもなく彷徨う様に歩いていたギビルだったが、徐々に人の文明が各地で生まれると、ふとしたきっかけでそれらの文明の中に紛れてみたりもした。

 

 旅の道中は必ずしも平坦な道のりだけでは無かった。

 旅先の中には戦いを要する場面もあり、ギビル自ら力を揮う事態もあった。

 そう言う時は大抵現地の神々や超常の存在が潜んでいる。人々の争いには極力不干渉の姿勢を取っているが、人類に害ありとみなした時のギビルは、それら一切を苛烈なまでにねじ伏せ、時としては虐殺と見紛うほどに殺して回る事も辞さなかった。成長する事を捨て、傲慢に我利を貪り、他者をいたずらに力で弄ぶ有様を醜悪と見て嫌悪したのだ。

 

 

 東に向かえば男神の傍若無人な振る舞いに困り果てていると現地の人々や、挙句の果てには神々にまで泣き付かれ、見兼ねたギビルがその男神の元まで行って原型が無くなるまで徹底的に叩きのめし、ついでに頭をかち割って黙らせた後は人格更生を施して真人間もとい真神にさせた。

 

 西へ立ち寄ればとある神話の神々の素行が目に余り「その性根が汚物以下」と珍しく怒りの感情を露わにし、その神々が住まう山へ乗り込み異次元へ引きずり込んだ後に、戸惑う主神を中心にその大半を問答無用で身魂諸共粉々に破壊して自然現象に還した。

 僅かに生き残った神々はその有様に怯え狂い、四方八方に逃げ出し最終的には世界の裏側の片隅で震えながら過ごしていると言う。

 

 南では外宇宙から飛来してきた水晶型生命体と神が戦っていた所に出くわし、人類を守っていた神の側に協力。機能停止にまで追い込む事に成功したが、その際に手傷を負い、傷を癒すために現地でしばらく療養のために長期滞在をする事になる。当時人々から人望のあった神を助けてくれたという事で手厚く歓迎され、奇しくもその神と友好を結ぶ事になった。

 

 北に向かった際には神殺しによる影響で不死になってしまった島国の女王が自分を殺せる男と目敏くギビルを見つけ、執拗に攻撃を仕掛けて来るものだから一時的に五感を奪い、肉体へ凍結による封印を施してその国を後にしている。

 

 

 例外こそあるものの、特に多くの神々を殺して回ったギビルの存在は世界各地の伝承に残り、これらを“神殺しの旅”と称されるようになった。

 辛うじてギビルの神殺しの現場から生き延びた神々達の間では、人間を好き勝手に弄ぶとギビルが殺しにやって来るという噂が蔓延し、人類への干渉をやめて自ら消滅を選ぶか、もしくはその時が来るまで震えながら過ごしていたという。

 

 

 

 

――人類よ、少しずつでいい、どうかその歩みを止めないでほしい。

 

 

 幾星霜の年月を超えようとも、ギビルは星の文明を見守りつづけていく。

 

 遥か遠い宇宙の彼方に、思いを馳せながら。




◆おまけの資料

名前:ギビル
性別:男
身長:195cm
体重:85kg
属性:中立・中庸
イメージカラー:金・白
特技:観測(主に人類の文明)
好きなもの:天体観測・発展・進化・進歩・成長
苦手なもの:衰退・停滞
天敵:特になし

ウルク三英雄の一人。通称「黄金の星」、叉は「大賢臣」
メソポタミアの神々がギルガメッシュを生み出す前に作り上げた天の楔のプロトタイプ。血の比率は四分の三が神、四分の一が人間。ギビルとはシュメール語で“新しい人間”という意味。
ギルガメッシュの兄として()の補佐と、時にはその政務の代理も務め、後世では賢王を生涯支え続けた賢臣にして世界最古のキングメーカーと称される。

その正体はメソポタミアの神々を通して星が生み出した外宇宙からの脅威に対する究極の自律型カウンタープログラム。
大昔に地球で暴れ回ったセファールが星の意思に与えた衝撃が凄まじく、セファールが聖剣使いに倒された後も宇宙から同質の存在が現れる事を恐れてメソポタミアの神々が計画していた天の楔の設計に便乗して生み出させた。
地球に攻め込んだ相手を迎撃するだけでなく、逆に相手の拠点が存在する宇宙へ攻め返す事も想定して極めて高い自律性を与えられている。その結果の一つとして老いや寿命による死という概念が与えられなかった。

ギルガメッシュの死後は世界を旅して回り、今もどこかで人間社会と彼らの暮らす地球を見守り続けている。
後の未来で月の王の襲来、人類悪の躇現などの有事の際には人類を守るために立ち向かった。




◆他登場人物のざっくり紹介

・ギルガメッシュ
本作では王様にして弟様。ウルク三英雄の筆頭、通称「英雄王」
主人公の存在が影響して性格が原作から変わった人。
多少ぶっきらぼうで気難しいところはあるけれど、認めた相手には世話を焼き情に厚い。
ラムセス二世あたりとは普通に友人になれるかもしれない。


・エルキドゥ
ギルガメッシュのソウルフレンドで永遠の相棒。そして運命が変わった人。ウルク三英雄の一人、通称「天の鎖」
穏やかな性格をしているけど殺ると決めた時は情け容赦のないキラーマシンに変貌する色んな意味で意外性ナンバー1。
ウル・ルガルの世話係を任されていた時にウル・ルガルから暫く母親と勘違いされていた過去を持つ。


・メソポタミアの神々
本作で貧乏くじを引かされた方々その1
自分達の意思で作ったかと思いきや、星の介入で自分達を滅ぼす存在を作ってしまい、大半が木っ端微塵に消し飛ばされた。
生き残った神々はあらゆる気力を失い、世界の裏側で細々と余生を暮らす羽目になり、挙げ句の果てには後にギビルの被害に遭った他の神話の生き残りの神々から大層恨まれる事になる。


・他神話の神々
本作で貧乏くじを引かされた方々その2。
敵と判断したギビルが問答無用で蹂躙し回った結果セファール並のトラウマとなり、神々の間ではなまはげの様な存在になっている。
もし出くわす機会があればNRS(ニンジャリアリティ・ショック)ばりに重度のショック症状を引き起こす可能性大。


・ウル・ルガル
ウルク三英雄の教えによって魔改造を施された人。
ウルクを紀元前の終わり近くまで繁栄させる地盤を固めた賢王として歴史に語られている。その影響で未来のメソポタミア地域の国家状況が変わっている。
性格はギルガメッシュほど遊びは無いが、民と国の幸福のために奔走した良き統治者だった。
優れた統治者だけでなく、戦闘力もギビルが徹底的に鍛えこませた影響でトップサーヴァント並の戦闘力を身につけていたりする。
多感な頃から叔父であるギビルがウルクを去るまで教えを授け続けたからか、ギビルへの敬愛の念が天井知らずの様子。
具体的には、仮に再会する事になったらギビルの手を握って男泣きしながらその場で膝をつく。


・中南米の神
中南米の神話の最高神。大柄の底抜けに明るい太陽の様な男神。
自身が統治していた文明に突如現れた水晶生命体――タイプ・マアキュリーと戦っている際、外宇宙の脅威を察知してやって来たギビルが加勢した事によって勝利を掴み、歴史が変わる。
人間に対する考えや姿勢が近い事からギビルと気が合い、神としては珍しくギビルと友人の間柄になった。
この神様が健在だった事で後にやってきたスペイン征服者は撃退され、中南米ことアステカの歴史が本来よりも長く続いた。



些か早足になりましたが、これにて本編は終了とさせていただきます。
他のfateシリーズに絡むかは未定です。もし何か思いつくようであればもしかしたら……?

最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。

また御縁がありましたら別の作品でお会いしましょう。


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