DS - ダイアグラナル・ストラトス - (飯テロ魔王(罰ゲーム中))
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プロローグ
00-01 プロローグ


 知人とのマリカ勝負で負けてSSを書くという罰ゲームをする事になりました。
(ゴール手前でキノコ使われなければ……)
 文才がない上、なんとも不謹慎な動機ですがご容赦の程を。

 投稿の管理とか諸々の方法が全く知らずに始めるとか、ホント迷惑ですね。
 今回も予約投稿のテストを兼ねてます。普通にやると時間が不定期になりそうなので。

Q:ダイアグラナルって?
A:『対角線上の~』という意味。つけた事に特に意味はなく『インフィニット』と同じ文字数で略称で何かを連想させる文字にしたかっただけ。
  『DS』になると、英字8文字か漢字3文字つけたくなる。にんt(ry


 少し、昔話をしよう。

 インフィニット・ストラトス――通称ISは、かの天才にして天災・篠ノ之 束が開発し世に送り出した、宇宙活動を目的としたマルチプラットフォームスーツだ。しかし南アジアを拠点とするテロ組織が起こした核ミサイル発射を鎮圧し、更には大型の隕石を破壊してみせた事で、世界から兵器として着目された。

 既存の兵器を凌駕する攻撃力と制圧力、状況を問わない圧倒的汎用性とコストパフォーマンス。何より待機状態でどこでも持ち運び可能という利便性は、新たな戦争の火種となる事が危惧された。それに気づいた束は当初『兵器として扱うのであればISコアの提供はできない』と公言。対抗策としてアラスカ条約が締結され、ISは宇宙開発ができる下地ができるまで、あくまでスポーツの一環として、何より兵器として重大な欠陥である『ISは女性にしか扱えない』という部分を強調し、世間に公表された。見目麗しい女性達が機械の鎧を纏って大空を飛び回る光景は世間を賑わせ、付随する技術は新しい時代への幕開けを人々に予感させた。

 

 同時期、ゲーム業界でも新風が巻き起こり、アーガスが開発した世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』――通称SAOは茅場明彦が総指揮を努め、あらゆる可能性を秘めた世界初のVRMMORPGとして世に送り出し、名を馳せた。

 当初発表されたSAOも斬新なシステムで、MMOでは当たり前に存在した魔法などを潔く切り捨て、剣1本でどこまでも行ける可能性をテーマとし、それまで死に戻りというのが常のMMOゲームにおいて“死んだらそのアバターは死亡。キャラメイクからやり直し”という、にわかゲーマーでなくても心折れるような鬼畜仕様にも関わらず、既存のゲームにはない自由度と斬新なシステム、何より『VRの世界で生きている』という実感が逆に話題を呼び、世界中が熱狂した。

 

 しかし、SAOのクリア目前にして、再びアーガスより『アルブヘイム・オンライン』――通称ALOが発表されると、愛くるしい妖精達の姿で空を飛べるというファンタジーを全面に出しながらもPvPを主体としたシステム、死に戻りが可能な事が話題を呼び、世の中もISブームによる女尊男卑の風潮が強くなった事もあって、女性と住み分けをしたい男達は当然の如くVR世界に目が向き、追い打ちをかける様に前々から危惧されていた原因不明の急速な男児出生率の低下が正式に発表された。

 発表当時の日本の成人男女比率は30人に1人。新生児の比率はそれ以上に男女比が崩れ、早くて5年以内に経済破綻を起こす国が出るという危機的状況である事が発表され、現実を受け入れきれない女性は女尊男卑(じょそんだんぴ)を掲げ、出会いが少なくなった事に危機感を覚えた女性達は女尊男護(じょそんだんご)の精神を掲げた。

 

 その2年後。モンド・グロッソの熱が冷めやらぬ中、アーガスから独立した茅場晃彦率いるレクト社が、世に送り出した新機軸のDMMORPG『ダイアグラナル・ストラトス・オンライン』――通称DSOが発表されると、たちまち人々はDSOに流れ込んだ。かつて世界を席巻したロボットゲームやアニメを彷彿とさせるミッションやイベントを、ISに酷似したダイアグラナル・ストラトス、通称DSを駆使してクリアしていくという内容が話題を独占したのもあるが、“ダイアグラナル(対角線の)ストラトス(成層圏)”という皮肉めいた洒落も効き、ユーザーはその魅力に酔いしれ、話題性に目を付けた各企業がスポンサーについた事で、あっという間にSAOやALOからプレイヤーが消えた。

 何よりDive Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(大規模マルチプレイヤーRPG)(うた)うだけあって、既存のVRMMOとは一線を画す参加人数と、悩ましい程の自由度が最大の魅力(ウリ)として話題を呼んだ。

 異常なまでのパーツ数によるこだわりと作り込みが可能な上、細かいところまでパラメーターを弄れる自由度があるだけでなく、PvPとPvNの住み分けを明確にし、レベルやスキルの成長を極力撤廃してプレイヤーの成長を容易にし、より深くのめり込める状況を生み出せるリスクリワード、通称R2というシステムの導入で爆発的な人気を得るのは必然だった。

 

 女尊男護の精神を掲げる者達が出会いを求めDSOに参加するが、そこは既存のライトな環境ではなく、泥臭い硝煙の中で有利不利を通り越し、刹那と長期の判断が要求されるガチの戦場。

 プレイヤーの運動性はユーザーの運動能力かイメージ力依存という、男女の性差を気にする必要がない場で、女性であることを掲げるのはあまりに荷が重すぎた。

 結果、実力が付いた女性はDSOで新たな出会いの可能性を、ついていけなくなった女性はSAOやALOを始めとした他ゲームや現実へとドロップアウトし、女性達の間にさえ――女性だからこそ明確な勝者と敗者が生まれつつあった。

 そうなれば女というものはかくも現金なもので、自分達に勝ち目がないと知るや、女尊主義の権利者達を炊きつけ男性が減少しつつある事を理由に、恋愛や結婚に対する自由を掲げさせると、主要国家でも重婚の制度、男の婚姻の義務化なども検討される始末。もっとも、この制度が生まれつつあっても、モテない奴はモテないし、男の方も女性に難ありと判断されればひたすら敬遠されてしまうというオチはあるが、それでも出会いの芽は生まれやすくなり、社会における男女間の問題が円滑に流れるようになると、自由恋愛が当たり前になり、別の問題も浮上し始める。

 

 若い男が圧倒的に減った事で起きる経済の圧迫、女性が多い事で起きる流通の変化、プレゼンを行えない程の人員不足――DSOは程度こそあれ、この問題をクリアしてみせた。

 全世界の協賛企業をスポンサーとし、ゲーム上で使える資金を割引ポイントとして変換できるだけでなく、協賛企業が用意する商品をDSO上でデータという形で陳列する事でO2Oを展開。更にはVR上でテスト作成したものを展示し、使用感をユーザーの感想という形でダイレクトに反映させる事で質を容易に向上させる事ができるというメリット、更には特定のユーザーをマスコットキャラクターなどに起用する事で人的コストを下げる事にも成功。世界中に新たなカネの流れを生み出した。

 特殊な環境で限定的ながらもDSOはマクロ経済の一端を担い、社会に影響を与える事でその存在を証明。現在も沢山のプレイヤーが(しのぎ)を削る戦場で、お互いに切磋琢磨する。

 

 織斑一夏ことイチカもDSOが発売されると同時に即参加。その話題と利便性に着目し、何より姉が見た空を見たくてDSOのサービス開始当初から3年――この物語はそこから始まる。

 

 

 

***

 

 

 仮想世界の海辺が見える港、そこから少し離れた所にある工業地帯にも見えるガレージの中で、二人のプレイヤーが白いDSを調整していた。金髪の少年は黒の軍服にも似たツナギを着てコントロールパネルを弄り、黒髪の少年はDSスーツを纏ってDS用ハンガーに固定(ロック)されている。

 

「イチカ、ちょっと動かしてみてくれ」

 

 あいよ、と気軽に返事して固定器具(ロック)を外すと軽く右手を動かし、続いて全身を確認する様にゆっくり動かしていく。一通り動かし、歩いたり浮いたりして元の位置に戻りハンガーに固定すると、イチカは展開したままDSを降りた。

 

「普通に動かす分には問題なし。実際飛んでみないと判らないけど、これなら戦闘も問題ないかもな」

 

 後ろ指で機体を指しつつ、仕上がりの出来を伝えると、相棒のランクスは再度コントロールパネルを弄ってウィンドゥを閉じた。

 

「今回のバージョンアップで第5世代相当になったけど、こいつもこれで頭打ちかな? さすがにこれ以上は本体の弄り様がないし」

 

 そっか、と小さく呟き、そっと自身の愛機に触れる。右脚部の太腿に当たる部分、そこに小さくフランス語で『mercenaire(メルセネール・) blanc(ブラン)』と書かれている。それがこの機体の名前だ。

 どこのクランにも属さず、報酬が高ければどこにでも協力する“雇われ”と揶揄(やゆ)される傭兵まがいのプレイヤー。その中でも上位に位置するイチカにつけられた二つ名が『白の傭兵』――この機体はその二つ名をフランス語にした、いわばイチカの分身ともいえるDS。

 

「もうこいつは完全に型落ちだ。けど――」

「メインを換える気はない、だろ?」

 

 既にDSO界隈では第6世代相当のDSが開発され、戦場を飛び回っているにも関わらず、イチカは頑なにこの機体をメインに据えて戦場に出ていた。あるプレイヤーにこの機体を託されてからそろそろ1年半、何度もバージョンアップと武装の組み換えを行い乗り続けた愛機で、その戦闘力は折り紙つき。今となってはイチカのシンボルであり、彼の代名詞でもある。型落ちともいえるこの機体で戦闘スタイルが把握されても尚、PvPにおける勝率は7割。半年前にはプレイヤーで初のPvP1000連勝を決め、ビッグニュースにもなった。

 得手不得手を把握され、尚7割という勝率は機体を把握している以上に戦闘の経験数とその密度、何より勝負勘に鼻が利くという事。同世代同士での7割でも僥倖(ぎょうこう)で、世代差があってのこの勝率に挑戦する者もいたが、殆どのプレイヤーが途中で挫折し、イチカ自身の強さも示す武勇伝の一つとなった。当然、嫉妬する者や闇討ちまがいの事をする者もいたが、イチカはその(ことごと)くを退け、今となってはその技量の高さから、様々なクランのオファーやプレイヤーの支援があり、彼の人柄の良さと人気の高さを物語っている。

 

 イチカがDSを片づけている時、ふいにガレージ内にコール音が鳴り響き、ポップしたアイコンをクリックすると白髪(アルビノ)の少女が映し出された。

 

「久しぶりだな、ランクス」

ローラ(Laura)か、どうした?」

 

 ローラと呼ばれたこの少女、二人の共通の知り合いであり、中堅クラン『ゾルダート』のサブリーダー。その小柄な見た目からクランのマスコットとして人気があり、彼女目当てにクラン参加希望者も多いが、彼女はそんな者達も手玉にとってこの世界(DSO)を楽しんでいるプレイヤーの一人だ。

 

「二人に指名依頼だ。今からやれるか?」

 

 ローラはイチカ達からすれば報酬の払いもいい上客であり、高難度ミッションも多く持って来る為、戦闘の報酬も期待できる。

 

「ちょうど今ブランの調整が終わったばっかだ。その依頼、俺は受けるよ」

「……まぁ、確かにブランの仕上がりを確認する必要もあるし、僕も久しぶりにヴォリュビリスで飛びたいし」

 

 ランクスも了承する旨を伝える。ちなみにヴォリュビリスとはフランス語でアサガオを意味し、『愛情』や『固い絆』といった花言葉を持つ。その意味に合わせたかのような広範囲の索敵からなる弾幕と狙撃で戦場を支援し、彼の機体に頼らない技量と火力はイチカとすこぶる相性がよく、この2機が参加しただけで成功は間違いなしと言われる程、二人はDSOにおける主力プレイヤーとして名を馳せていた。

 ローラは快諾の返事に喜び、集合場所と報酬を説明すると、二人はそれに合わせて装備の構成を始めた。

 

 

 

***

 

 

 集合場所に指定されたのは海上に浮かぶ大型空母。そこはゾルダートが所有する拠点の一つで、かつてイチカがソロで制覇した領地の一つだ。

 獲得したはいいが一人で使うには広すぎる為、クランを相手にオークションをかけ、それをゾルダートが競り落として今に至る。そこでは青い髪の軽薄そうな少年が仮想モニタを操作しながら二人を待っていた。

 

 

「よぉ、久しぶりだな!」

「エクエスか。ローラはまだ来てないのか?」

「ウチのお姫様が装備調整(お色直し)に行っちまったんでな。俺が今回の作戦を説明するぜ」

 

 景気よく話しかけるこの少年の名はエクエス。今回の依頼主であるクラン『ゾルダート』のメンバーにして、実は一夏の同級生である御手洗(みたらい) 数馬(かずま)である。かつて名前をもじったものにしようと考えたらなかなかいい案が浮かばず、アレコレ無い知恵を絞ってラテン語で騎士の意味をもつエクエスを名乗った。それを知ったイチカが「どこに名前がかかってるんだ?」と笑ったが、彼に言わせればイチカも実名(リアルネーム)使ってる時点でどっちもどっちだ。イチカとランクスとも共通のフレンドでもある。

 クラン名のゾルダートとはドイツ語で兵士を意味し、クランのプレイヤーはそれに(ちな)んだ衣装を好んで着用する。エクエスも今の衣装は旧ドイツの将校服で、腕章には鉤十字(ハーケンクロイツ)の代わりにクランのエンブレムがあしらわれている。

 

 閑話休題。

 

「今回のミッションは1時間ほど前に発生したエクストラミッション、人命救助の攻略だ」

「「・・・・・・は?」」

 

 意外すぎる作戦内容に、二人揃って唖然とする。エクストラミッションは突発的に発生するミッションで、参加するまでミッション内容は不明、参加すれば成功・失敗問わずミッションは消滅するのが常だ。なのに今回はミッション内容も判明している。

 

「なんでエクストラで内容が?」

「今回出現したミッションは特殊でな。作戦内容が公開されている上、人数と時間制限もある」

 

 言いつつ、エクエスが右手を軽く振ってウィンドゥを開き、判明している限りの情報を仮想ディスプレイに展開して空中にポップ。二人はその情報に目を通す。

 

「大型貨物船からのSOS。内容は船員の救助と海賊の排除」

「参加人数は4人、作戦時間無制限、チーム参加数無制限、武装制限なし――」

 

 なるほど、とランクスはひとりごちて指名依頼してきたことに納得する。

 今回のエクストラミッションはレア中のレアなケースだ、むしろこの内容は初かも知れない。これまでの戦闘系エクストラミッションは大抵難易度が高くて時間制限付き。それに併せて参加人数に制限がないから中堅クラン以上は大規模なレイドが組めた反面、火力にも制限ありというパターンが多かった。しかし今回はミッション内容も判明している上にチームの参加人数に制限があるとはいえ、実質早い者勝ちのPvN。同一クランから複数パーティを組むのはDSOでは暗黙のマナー違反で、突然発生したエクストラに実力者を集めるのも難しい。

 今頃ホームには同じ考えを持ったクランからの依頼が殺到しているのは容易に想像がつく。ローラが今いないのも他クランの情報を集めているからだろう。チーム戦とはいえ確実に乱戦となる。

 

「この条件で発生して1時間も経過しているなら――」

「予想通り、他のクランが既に出発した」

 

 真っ白い軍服を纏ったローラがウィンドゥを展開しつつ、現状を説明する。

 

「現状、行動開始したクランは6つ。他にも幾つかのクランが準備を始めているが、こちらの動きに影響を及ぼしそうなのはこの6つだ」

「クランの名前はわかるか?」

 

 ん、と肯いてウィンドゥを反転(ターン)させて皆に表示する。そこにはこの海域のマップとクランのエンブレムが6つ表示されている。

 

「行動の早かったクランはどれも小規模の所だけか」

「人数が少ない分、身軽で動き易かったのだろう。こちらにちょっかいかけそうなのは小姐(シャオチェ)ぐらいだ」

 

 ランクスの意見にローラは淡々と答えた。小姐は中国を中心としたアジア系の女性のみで組織されたクランで、名前とは裏腹に嫁き遅れ予備軍が集まった女尊男卑を掲げる悪質系(ローグ)クランだ。

 元は大規模クランだったが過去に何度もプレイヤーといざこざを起こし、ある事件がきっかけでイチカもこのクランに目をつけられた事がある。

 ある時この小姐はイチカの逆鱗に触れる事件を起こし、事情を知った幾つかの大手クランも手伝ってクラン本部は壊滅。メンバーは散り散りになり現在は10人にも満たない弱小クランに落ちたが、残っているのが中身はともかく実力者ばかり。今回も自分達が攻略できないと判断すれば、ミッションがある程度進んだ所か終了間際に攻略チームにテロまがいのちょっかいをかけて来るのは容易に予想できる。

 

「で、今回はこの4人でいくのか?」

「いや、今回エクエスは留守番で「イ・チ・カぁーんっ♪」っ!」

 

 大声でイチカの名を叫んだ少女が後ろから飛びかかり、それを聞いたイチカとランクスはサッと横に逸れると少女は勢い余って頭から看板にダイヴ。1mほど滑ってローラに背中を踏まれて止まった。

 

「マジェスタか。コレも連れてくのか?」

「ああ。性格はともかく使えるからな」

 

 説明途中で乱入された事が気に入らないのか、ローラは若干不機嫌になりつつもそう話す。マジェスタと呼ばれた少女は起き上がろうとするが、背中の中心を足で抑え付けられているため起き上がれずにジタバタともがいている。

 

「あ、あのぉ、ローラちゃん。私起き上がれないんだけどぉ……」

「説明が終わるまでそこで大人しくしていろ」

「アッハイ」

 

 ギロリとひと睨みされ、大人しくなったのを確認すると、ローラは説明の続きを始めた。このまま解放するとテンションに任せてイチカにベッタリくっついた挙句、こちらの腰を折って話が進まない――ローラは過去の経験からそれを学んだ。何よりイチカにくっつくのがなんとなくムカつく。

 

「今回のエクストラを攻略するにあたり、私が指揮を()る。人命救助というミッションではあるが、エクストラである事を(かんが)みるに、更なる展開があると予測される」

「考えられるのは、釣りって所か?」

 

 ああ、と応えつつ、ミッションの開始場所である大型タンカーを表示する。釣りとはDSO用語で、いわゆる偽の依頼(騙して悪いが)や裏切りのパターン。ごく稀に発生する事態だが、依頼内容とは全く別の内容で始まり、鬼の様にハイリスクな状況に追い込まれる反面、それを補って余りある見返り(リターン)がある。初心者はこのリターンに釣られて自滅するパターンが多く、そこから『釣り』と呼ばれるようになった。

 

「場所は海上、目標は大型コンテナを積んだタンカー。これで人命救助なら考えられるのはそれぐらいだろう」

「あ、それに関して情報がいっこ」

 

 マジェスタが俯せになったまま右手を振ってウィンドゥを展開。自分の過去ログから該当するログを表示すると、ローラが足を外して立たせた。

 尤も、後ろからローラがガン見しているから彼女はイチカの方をチラチラと見るだけで自重。ここはサクサク話を進めた方がいいと判断する。

 

「以前、私がやったエクストラにも同じのがあったの。フェリーとタンカーって所以外は状況は全く同じ」

「で、中身は素直に人命救助だったのか?」

 

 イチカの問いにフルフルと首を横に振り、彼女は詳細なデータを表示させた。

 

「要救助者は全滅。失敗かと思ったんだけど、そのままミッション内容が変更されてB.O.W.の殲滅に変わった」

 

 ざわり、と周りが騒ぐ。

 B.O.W.――つまりは有機生命体兵器(バイオ・オーガニック・ウェポン)との対峙。“ありえそうでありえない”が当たり前のように起きるDSOにおいて、最も厄介で最も身入りの少ないのがこのB.O.W.だ。

 定番のゾンビや遺伝子研究の産物に始まり、そこから派生したという設定でファンタジーなキメラやドラゴンとも対峙することがある。

 そのくせ報酬は生物の素材や薬品などで、売り払っても二束三文。どう頑張っても弾薬費にすらならないが、極々稀に強力な武器をドロップする事がある。その“極々稀”がクセモノで、ドロップした武器はほぼ確実に戦況を覆す兵装(オーバードウェポン)ばかり。その(うま)みを知った初心者が低確率のドロップを狙い、ミイラ取りがミイラになるのが定番(パターン)だ。

 マジェスタのログを見ると今回と同じエクストラで、対峙したのは戦闘中に進化していく二足歩行のトカゲが6体。後半にいくにつれこちらも武装を強力なものに変えていったようだが、戦闘時間が2時間弱と異常な程長い。

 

「……お前(マジェスタ)を呼んで正解だったかも知れんな」

「確かに。こりゃエクエスの装備じゃ荷が重すぎる」

 

 エクエスの戦闘タイプはPvPやPvNをメインとした対人戦、しかもショットガンやサブマシンガンなどで弾幕を張って隙を作るサポート型だ。このタイプが出てきたとしたら足手まといになりかねない。逆にマジェスタはイチカと同じ万能型で、機動力こそイチカに劣るが、状況に即応できる。

 その当人(エクエス)はというと、仮想モニタを操作して空母の操縦を行い、目的地付近へと移動させていた。仕事をしているエクエスを横目にローラが話を進める。

 

「ミッションが発生して既に1時間以上経過している。マジェスタが遭遇したケースを考慮しつつ、迅速に状況の制圧にとりかかるぞ」

「OK。ならお仕事開始といきますか」

 

 マジェスタの合図と共に皆の纏う空気が変わる。戦闘と通常のスイッチを即座に入れ替えるのがこの世界(DSO)で生き抜くコツだ。

 

「――仕事だ、ブラン」

「やろうか、ヴォリュビリス」

「来い、シュバルツェア・ネーベル(黒い霧)

「始めるよ、桂秋(けいしゅう)

 

 それぞれがDSを展開、白、青紫、黒、薄紅色の機体を纏って空へとあがる。

 

「状況を開始する!」

 

 ローラの合図で飛翔し、エクエスは4人に向かって「がんばれよー」とやる気のない声援を送った。




Q:ISとSAOがクロスするって事はデスゲーム前提?
A:死なない方が残酷って事もあるよ。死に戻りできずに1からやり直しとか。

Q:SAOとかALOのキャラは出て来るの?
A:何番煎じになるか判らないので、主要キャラはほぼ出てきません。出てきたとしてもサブキャラか脇役ぐらいです。

Q:ALOってレクトじゃないの?
A:この世界ではレクトというか結城彰三が存在せず、京子と結婚していないので浩一郎、ならびに明日奈自体が存在しません。茅場がレクトを作ったという設定は、単純に作者が適当な社名を思いつかなかったから。
  ペットの名前候補に『非常食○号』とかつけるネーミングセンスの持ち主にどうしろと?

Q:もしかして、キリトもいない?
A:はい。桐ヶ谷一家は存在しても、桐ヶ谷和人という人物は存在していません。

Q:どうしてそうなった
A:作品のすり合わせによる齟齬(そご)の解消を行った結果。少し富野由悠季監督を意識してます。ザビ家の誕生秘話を知った時は衝撃を受けました。
  まさかああいう方法で作品に厚みをもたせるとか目からウロコです。



こんな感じで行きます。解り易く、ゆる~くやっていきたいです。
……ちょっとだけ、脳ミソこねくり回すような話も出ると思います。
 ついでにニヤリとするネタも仕込んでいく所存。罰ゲームだろうがなんだろうが、楽しんだ奴が勝ちというスタンス。





罰ゲーム、もう一つの選択肢がH.J.Freaksよろしく『女装して演奏動画を投稿』でした。

誕生日に画面の向こうの彼女と疑似体験できる器具(意味深)送ったり、フィギュアとか集めてるから、良かれと思って等身大の美少女人形(実用)捜して来たり、仕事と騙して婚活会場に放り込んだぐらいなのに……ヒドイ罰ゲームを用意するもんだ。

試験的に1時間後に2話を予約投稿しています。


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00-02 DSO

Q:ストックとかあるの?
A:現時点でほとんどありません

 ……不定期投稿、ほぼ確定。
 このお話もテストで予約投稿しつつ、反映できるかの確認。

 誤字とか脱字とかはできるだけ確認してますが、あったら報告お願いします。
ちなみにブランの“楯状”は誤字ではなく、『大きな盾』という意味で使用してるので間違いではない、はず?
 他にも機体名とか遊びで由来があります。後々明らかにするか、関係ないものは前書きや後書きで説明入れようと思います。
 文章とかも気付くとちょっとニヤッとするものを入れてみたり。
 戦闘描写はちゃんとできているか不安ですが。


 仮想世界の空を4機のDSが駆け抜ける。

 イチカのメルセネール・ブラン、マジェスタの桂秋(けいしゅう)、ランクスのヴォリュビリス、ローラのシュヴァルツェア・ネーベルと続く。

 イチカのメルセネール・ブランは背中にある一対の翼状のものと、両肩に付随する楯状の非固定部位(アンロック・ユニット)が大きく目立ち、本体も西洋の甲冑を連想させるような姿から、一見すると鎧を纏った天使にも見える。それに見合うだけの機動力と継戦能力を有し、どこにも属さず基本ソロでやってきたイチカ自身の戦闘能力は、この世界では上から数えた方が早く、機体性能も相俟(あいま)ってこのメンバーの中で突破力は随一。

 マジェスタの桂秋(けいしゅう)もブランに近い構想の機体だが、軽量に近い中量というブランに対し、重量に近い中量の構成。両サイドと背中にある3つの非固定部位(アンロック・ユニット)全てにブースターが取り付けられ、鈍重な機体を砲弾さながらの速度で突っ込ませる。ブランが切れ味のいい刃とするなら、桂秋は戦斧(バトルアックス)のような豪快な破壊力が持ち味だ。

 ランクスは戦闘寄りではないと公言しつつもイチカに迫る実力者であり、DS製作者(アーキテクト)としての能力はDSO随一。ヴォリュビリス(アサガオ)は両肩にある巨大なコンテナと、6つからなるフィン状の非固定部位(アンロック・ユニット)が機体そのものを隠す様に展開。面制圧という点ではこの中では圧倒的だろう。

 ローラが駆るシュバルツェア・ネーベル(黒い霧)はこの中で最も鈍重で最も大きい。速度こそやや遅い部類だが、索敵を含め状況を把握する能力という点ではダントツに高く、ローラの能力も指揮官という立ち位置でこそ真価を発揮するタイプだし、鈍重な機体にも関わらず、近距離から遠距離まで万遍なく対応できるだけのスペックを有する。

 これだけのメンツを集められたのは僥倖だとローラは思う。このゲーム(DSO)にやって来たきっかけはイチカだったし、彼と関わった事で自分がどれだけ間違った思考を有していたかを知り、この世界で良くも悪くも人間というものを教えてもらった。

 同時に教えるという喜びを知った事でクランのサブリーダーになり、DSOで学び、DSOで考える様になった事で“あの人”に近付けた気がする。

 

「それでも私は私、か」

「何か言ったか?」

「何でもない。唯の独り言だ」

 

 そう、自分は自分。他の誰かに成り代わる事は出来ない。いくらアバターで仮想の自分を作ろうと、ISとは違うDSを身に(まと)おうと、中身が自分である限り――自分という個人が存在する限り、他人にはなり得ない。

 そんな簡単な事まで教えてもらった仲間達には感謝の念が尽きない。

 そんな事を考えていると、表示させていた小型の仮想モニターからポップ音が鳴った。

 

「――もうすぐ作戦地点だ、準備してくれ」

 

 マップを確認し、ミッションの開始地点まで来ていた事にどれだけ過去に思いを馳せていたのかと内心驚きつつ、それもこれもイチカが私を惑わせたのが悪いと自己完結。フィールド上に表示されたミッション参加パネルを確認する。

 

「エクストラミッション『要救助者』か」

「確かに一見すると人命救助だな。マジェスタがやったミッションもこんな感じだったのか?」

 

 イチカがマジェスタに振ると、彼女は「うん」と簡潔に答えて説明する。

 

「私がやった時はミッションに入るなりNPCとの会話中にNPCがやられた。そのままミッション内容が変化したの」

「タイトル通りなら速度のあるイチカとマジェスタが救助、僕とローラが戦局に対応しつつ敵を迎撃。釣りならその場で対応していこう」

 

 ローラががミッションをアクティブにする。エクストラは自由参加のアクティブタイプだ、ここで手をこまねいていると他のチームがやってきてしまう。むしろ時間を食っているだけに既に幾つかのチームが戦闘に入っていると見た方がいい。

 

「よし、なら当初はランクスの案通りに。状況の都度私が指示を出す。皆、よろしく頼む」

 

 了解、と全員が見事にハモった。

 

 

 

***

 

 

 4人が突入した時、既に戦闘は始まっていた。先行していた他チームも釣りだろうと予測していたのか、実弾系の高火力装備で鈍重に固めていたのが災いし、巨大な(アームズ)(フォート)がタンカーの周りに三機。しかも(いや)らしい事に実弾系の弾幕型、無人DSを大量に搭載した輸送型、EN兵装を主体とした高機動防御型と役割分担されている。現実ではありえない弾幕シューティングさながらの密集した弾幕を要に、其々が連携を取り合ってタンカーに近付かせないどころか、確実にこちらを落としにかかってくる。

 先行していたチームは高火力で固めて機動力を犠牲にしていた為、連携は既に瓦解。戦闘に参加している者達も無事と言える状態ではなく、最早戦闘というより何とかして逃げる為に戦線を切り開いている状態だった。

 AFの火力のえげつなさにマジェスタが顔をひきつらせ、ローラは冷静に戦況を分析して参加しているチーム数と戦闘可能な人数を把握する。

 

「既に戦闘しているチームに質問する。この場は共闘するか、敵対するか答えろ」

 

『この状況で敵対できると思ってる馬鹿がいたら連れてこいよクソッタレ!』

『助けてくれるなら助けてよ! こっちはもうジリ貧よ!!』

 

 予想通りというか何というか、かなり切羽詰まっているから乱暴な返答が帰ってくる。ランクスは両肩にある巨大コンテを展開し、多連装ミサイルを展開。同時にコンテナ内部から対DS用バズーカ“KIRITAP”とハイレーザーライフル“Neumond(ノイモーント)”を構え、イチカは銃剣型アサルトライフル“マーヴ”と対DS用ライフル“102ADSNR”を構えた。それを見てマジェスタは大型ショットガン“XSG-D042”と対DS用ヘビーマシンガン“105ADSHMG”を呼出(コール)。ローラも右肩のレールガンと左肩にある大型ガトリングを展開、それぞれの武装を見て即座にフォーメーションを考える。

 

「マジェスタはランクスと共に他チームの援護を。私は遠距離で援護しつつ、戦闘不能なプレイヤーを回収。戦況が整い次第、護衛目標を確保するぞ」

 

 了解、と二人が答えると同時、二人は左右から挟撃する形で展開。空中を飛び回る無人DSに向かって攻撃してタゲ取りすると、プレイヤー達は折を見て徐々に戦線から離脱していく。

 

「イチカ」

「あのAF(デカブツ)を狙う」

 

 指示を出すより早く、こちらの意図を察したイチカが吶喊(とっかん)。行きがけの駄賃とばかりにランクス達が相手取っている無人DSにちょっかいをかけて数機のタゲ取りをすると、後ろから追ってきているのも構わず弾幕型AFに突っ込む。それに気づいたAFが弾幕を張って迎撃するが、イチカは涼しい顔で更に加速。音速の世界で壁の様に迫る弾幕を視覚とハイパーセンサーで把握し、神業ともいえる絶妙な隙間をかいくぐって無傷で抜けるが、後続の無人DSはその弾幕を躱せるはずもなく、いっそ無様な程被弾して撃沈。移動系アビリティ『ワイルドスピード』をアビリティを使用することなく再現してみせた。

 撃沈を確認もせずにAFに肉薄すると、右手に持ったアサルトライフル“マーヴ”で牽制しつつ、左手のライフル“102ADSNR”で弾幕の要であるチェインガンやガトリングを破壊。ライフル系アビリティである『ウィークショット』の技能再現(リプロダクション)によるアレンジだ。

 複雑な立体構造であるAFの懐を衝突も恐れず、高速で動いて行動する事で後続の無人機がイチカに集中し、プレイヤーの救出がやり易くなった。

 

「こちらが戦線を押し上げる。動ける者は戦闘不能になった者達を連れて下がれ」

「た、助かった……」

 

 ローラが向かってくる無人機を撃墜しつつ、イチカの相変わらずな変態機動に嘆息する。イチカが派手に動く事で無人機とAFの攻撃を自身に集中させ、残りもランクスとマジェスタが受け持ったためローラ1人でプレイヤーの救助を行っているが、流れ弾すら飛んでこなくなった戦場の救助程やり易いものはない。先行していたプレイヤーの状態を見るが、ダメージは思っていたより大きい。これでは回復しても戦線に復帰するのは無理だろう。

 

「まったく、単機で戦線を下げるとか……」

 

 イチカの技量に今更ながら驚く。そこそこ長い付き合いで驚く事にも飽きてきたが。

 あれだけ派手に動きながら、衝突するどころか被弾らしい被弾も受けず、逆に単機でAFの密集した弾幕の中、複数の無人機を翻弄する様は一周回って逆に清々しい。

 アビリティが発動するメカニズムを理解しているのであれば、対人戦であれミッションであれ、アビリティは発動させる一瞬のタイムラグと発動後のクールタイムがネックになるが、それでも状況打破の為に使いたい。そうして生み出された技術が、技能再現(リプロダクション)というアビリティを自力で再現する技術。上級プレイヤーにもなればネタなどで使うプレイヤーもいるが、イチカの使う技術は掛け値なしのガチだ。単純な技量だけでいえば、技能再現(リプロダクション)をメインに使用する奇抜なプレイヤーもなど、そうはいまい。

 

 単機でAFを撃墜できるプレイヤーは数多くいるが、あの弾幕の中を複数の無人機とAFを同時に、アビリティも使わず被弾も抑えて翻弄できるプレイヤーはどれだけいるか。本来のイチカであれば、AFの3機ぐらいは余裕で秒殺できる。それをやらない理由は(ひとえ)にリスクリワード、通称R2と呼ばれる報酬の釣り上げを狙っている為だ。

 過去にゲーム実況プレイヤーが始めた縛りプレイ。それに目を付けた公式が独自に設定した報酬の上乗せシステムは、単純にプレイヤー自身に負荷をかける縛り以外にも、チーム戦でのR2も発生する。その倍率に上限はほぼ存在せず、今はイチカが一人で戦線を維持してプレイヤーの救助を行う事で発生する、チーム単位でのR2、イチカ個人が戦線を維持する事で発生するR2を狙っている。状況にもよるが、チームでAFを撃墜すれば発生する報酬は最低でも3倍、救助も含めれば5倍弱。3人に報酬を渡しても懐が痛まないどころか黒字になる。

 それに気づいた二人が行動を起こす。

 

「こっちは粗方片付いたよ!」

「こちらも大体終わった。ローラ、プレイヤーを頼む」

 

 こちらの返事も待たずに二人はローラに回復アイテムを渡し、揃ってAFに突っ込んでいく。プレイヤーにまとめて回復アイテムを渡しながら横目で見ると、イチカは粗方(あらかた)弾幕の要を破壊し、そのまま高機動型へ取りついてマーヴのブレードをアクティヴ。高機動型が展開するエネルギーシールド発生器を叩き斬り、プレイヤー達がいる方とは真逆の位置に回り、わざと主砲の前で止まってライフルを構えて自身を囮にする。主砲のチャージが始まるが、そこに横合いからランクスが打ち込んだ榴弾によって砲身を“く”の字に曲げ、強制的にチャージを停止させた。

 状況を把握しているが故の高度な遊びとコンビネーションに、戦闘を眺めていたプレイヤーから感嘆の声が上がった。

 

「ランクス!」

「応ッ!」

 

 横からバズーカを打ち込んだランクスが、イチカの意図を察して高機動型AFに取りつくと、左手のバズーカにライトエフェクトの光が(はし)る。砲撃系連射アビリティ『リームストライク』が発動、リロードタイムを無視して榴弾を何発も叩き込む。6発撃った所で装甲に亀裂が走り、そこにイチカがブレードを突っ込むとライフルをアクティヴ。ブレードを引っ掛ける様にして装甲に食い込ませ、銃弾を発射した反動を利用して斬撃の威力を底上げする。斬撃系アビリティ『パワースラッシュ』を技能再現(リプロダクション)し、ぶ厚い装甲をさしたる抵抗もなく引き裂いた。

 装甲の裂け目から駆動部がむき出しになり、そこにランクスが右手に持つハイレーザーライフルを突っ込む。既に砲身にはライトエフェクトの光があり、EN兵器系チャージアビリティ『クイックチャージ』が発動。通常チャージの数倍ものエネルギーをゼロ距離で打ち込み、二人は素早く離れると内部でいくつもの爆発が起き、AFが傾いていく。それを確認する事もなく、イチカは先程まで相手をしていた弾幕型に、ランクスは無人機搭載型に向かう。

 

「マジェスタ!」

「りょーかいッ!」

 

 ランクスの合図で今度はマジェスタがフォローに回り、大量に押し寄せてくる無人機に突っ込んでヘビーマシンガンとショットガンの弾幕で撃ち落とし、ランクスがミサイルを発射しつつその合間を縫って本体に取りついた。ランクスはその場でコンテナを回転させ、頭頂部を開く。そこから多連装ロケットランチャーが展開され、横薙ぎに連射して無人機の射出口の半面を一気に潰す。その間に反面の射出口がローラの援護で少しずつ潰され、手薄になった隙にランクスは反対側へ回り、同じようにロケットランチャーで射出口を潰す頃には、AFの弾幕をほぼ無力化できた。

 

「よし、だいぶ楽に――」

 

 瞬間、残っていた弾幕系AFから爆音。見るとAFが煙をあげて沈んでいく。煙幕の中からイチカが飛び出し、あろうことか明後日の方向に向かって両手の銃を構え、連射。

 空間が歪み、そこから4機のDSが現れ攻撃を回避。くすんだ朱色を基調とした4機のDS――作戦前に注意されていた悪質系(ローグ)クラン『小姐(シャオチェ)』だ。

 

「くっ、流石に雇われは気付くか!」

傷物の朱(ヴァーミリオン)が出ると判ってて警戒しないワケないだろ」

 

 傷物とは悪質系(ローグ)クランの蔑称で、PKや横取りなどの悪質行為を続けると、機体カラーが濁る事から、果実が傷む(さま)に見立てて『傷物』と呼ばれる。これはDSOの仕様であり、犯罪行為を続ければ続ける程機体カラーがくすんでいき、色の濁り具合そのものがプレイヤーの罪の深さを表す。

 傷物の朱(ヴァーミリオン)と称される濁った朱色のカラーリングは小姐の特徴でもあり、どんなプレイヤーであってもこの色を見たら真っ先に潰しにかかる程嫌われている。

 

「このタイミングで小姐(コイツら)が出てくるか」

「このタイミングだからこそ、だろ」

 

 ローラの呟きにイチカが呆れた様に呟く。今も彼女達は光学迷彩で姿を隠し、こちらがAFをほぼ無力化した所で横合いから撃墜し、報酬を横取りしようとしていたのをイチカに見破られたのだろう。今の攻撃で二人ほどダメージを受け、残った二人も手にした兵装の幾つかが壊れている。機体構成を見るに全員第3世代のDSで、確かにあの機体では横から掻っ攫うぐらいしないとこの戦場では活躍できそうにない。

 

「このッ……いつもいつも我々の邪魔ばかりッ!」

「男がしゃしゃり出てくるな。雇われ風情が!」

 

 それに対して悪びれるどころか『見つけた方が悪い』とばかりにイチカを睨みつける小姐メンバー。嫌われクランの代表格と言われるのも納得できるとローラも嘆息する。

 

「懲りもせず横取り狙いか。いっそクラン名を小姐(シャオチェ)から小子(シャオジィ)に変えたらどうだ?」

「なッ……貴ッ様ァ!」

 

 いきなりの罵倒に小姐のメンバーが激昂してイチカに殺到する。今の言葉に何の意味があるのかマジェスタはちんぷんかんぷんで、ローラも理解できずに困惑するが、とりあえず絶対ロクな意味じゃないのだけは理解できた。

 

「小姐の扱いは相変わらずか」

「今の意味判ったの!?」

 

 意味を理解したランクスが呆れ、マジェスタが驚きの声を上げた。今の話の内容はこうだ。

 今更だが小姐とは南方では“お嬢さん”を意味する中国語だが、北方では水商売の女、転じて“売女(ビッチ)”を指す悪口になる。それに対して小子とは男性に向ける悪口で“クソ野郎”や“姑息なヤツ”、総じて卑怯者を指す。女尊男卑を掲げる彼女達に対して『小子』は最大最悪の悪口といえる。

 それを理解した瞬間、ローラは頬をひきつらせ、マジェスタもドン退きして「うわぁ……」と声を上げた。

 

 悪口というのは言語を理解するだけでなく、その地の文化を理解しなければ伝わらない。小姐のメンバーはともかく、イチカやランクスが中国語を理解し、あまつさえその知識でもって超高度な煽りを仕掛け、連中の意識を自分に向けさせた事に、それぞれ別の意味で驚いた

 更にイチカは装備を変更。左手に持っていたDS用ライフル“102ADSNR”を収納(クローズ)し、見た事のない近接ブレードを装備。更に非固定部位(アンロック・ユニット)からビット兵器を8基射出。小姐を一人で相手する気満々な動きにローラがフォローに入ろうとするが、ランクスがそれを止めた。

 

「ローラ、小姐はイチカに任せるんだ」

「しかし――」

「大丈夫、今のイチカじゃ小姐は相手にもならないよ」

 

 直後、小姐メンバーの一人がポリゴン光を残して消える。即時撤退する際に使用される転移結晶の光だ。今の短時間で既に1機撃墜したらしい。

 よくよく考えればAF3機を翻弄したプレイヤーが実力派とはいえ、今更第3世代のDS如きに後れを取る事もない。理解するとローラの判断は早かった。

 

「よし、当初の作戦通りミッションを優先する、そちらはどうする?」

『こっちは戦闘できる余力がないんだ、大人しくそっちの指揮下に入っておこぼれに(あず)かるよ』

 

 プレイヤー達のリーダーから次々に共闘の申請が相次ぐ。チームで参加する際は共闘する事で、これまでの撃墜数にお互いのR2が付加(ブースト)される。その報酬は雲泥の差だが、勝ち目がないと判断した場合は例え僅かでも収入になればいい。

 最も、この方法は一度も相手と戦闘をしていない事が前提で、誤射であれ何であれ、一度でも戦闘をしてしまえば共闘自体が破棄されてしまうというデメリットもある。彼らが戦闘に参加できるとは思えないので、本当にこちらに寄生するつもりなのだろうが、こちらからすれば変にウロチョロされるよりかはよっぽどマシだ。

 

「いくぞ!」

 

 3機がそれぞれAFに突っ込み、戦闘を開始した。

 

 

 

***

 

 

 戦闘が終わってみれば、今回は本当にタイトル通りのミッションだった。

 戦闘に巻き込まれたタンカーの荷物はストーリーミッションに関するフラグアイテムで、今回の戦闘を経由する事でドロップ率数%という超レアアイテムをゲットできるフラグを得る事が出来たし、R2に関してはAF3機と無人DS500機以上という大量撃墜、戦線維持や敵対プレイヤーの撃墜なども併せると、倍率は約7倍にも膨れ上がり、報酬を渡しても大黒字な上に大量のレアアイテムもゲットできた。

 プレイヤー達もこれには驚き、メンバーにイチカやランクスがいる事を知ると「それも当然か」といってホクホク顔で帰って行った。

 

「今回は本当に助かった。後日、報酬の上乗せを約束しよう」

 

 ローラがそう申し出ると3人はお互いの顔を見て苦笑、揃って首を横に振った。

 

「こっちもブランの調子を診るっていう目的があったし、報酬はそのままでいいよ」

「僕もヴォリュビリスで飛びたかっただけだし、そのままで」

「なら私もそれでいっかなー。サポートぐらいであんまし役に立たなかったし」

「しかし――」

 

 こういうのはなぁなぁで済ませるのは得策ではない。DSOというゲームの中であってもR2という現実に直結する報酬がある以上、シビアに線引きをしないと余計ないざこざになる。事実、こういった話でトラブルになった例など腐るほどあるし、何よりローラ自身が納得できない。

 

「なら、余分な分は貸しイチって事で」

「そうそう、こう言う場合よく言うだろ。“この礼はいずれ精神的に”って」

 

 むぅ、とローラが唸る、そういう言い方はズルい。本当にズルい。

 

(教官の言った通りだ)

 

 気を抜くと惚れてしまう――そう注意されていたが、こいつらの(そば)は本当に居心地がいい。

 今回の件も、本来ならメンバーの誰かに緊急招集でもかければよかったのに、フレンドのリストを見て二人がオンラインになっているのを見たらメンバーに入れようと思ってしまった。それぐらいこの二人はローラの中では重要な人物になってしまっている。

 

「ふっ、なら現実(リアル)で会ったらデートぐらいはしてやる」

「わぉ、それって『1日は24時間』ってヤツ?」

「マジェスタ、それネタ古いし誰も解らないから」

「どういう意味だ?」

「さぁ?」

 

 ランクスがしれっとツッコみ、二人は意味も分からず首を傾げた。

 

「ともかく、今回は本当に助かった。ありきたりだが――」

「この礼はいずれ精神的に、か?」

 

 イチカに言われ、ローラが苦笑する。なんとも締まらない結果のまま、現地解散で依頼は終了した。

 後にクランに戻ってからマジェスタの『24時間』の意味が気になってクランメンバーに聞き、それでローラが赤面するのは全くの余談だ。




 気付いているでしょうが、ローラの本名はラウラです。VRが絡むとどうしてもこの子は一夏と本編開始前に絡みやすくなるようで。
 オリキャラのランクスの正体はちょっと意外かも知れません。ある意味二次創作の正道からは外れていない、と思いたいです。

Q:マジェスタの名前の由来は?
A:髪留めの一種。弓と串で留めるバレッタの原型とされるアクセ。諸説あり。

 意図的に特徴を書いてませんが、髪が長いのだけは書いとけばよかったかな、と。
 マジェエスタの正体もちょっと意外な人物です。

Q:イチカがソロだとランクスの立ち位置って?
A:本編で出てきます。基本、二人で戦場に出る事は滅多にない設定。

 ランクスの立ち位置も、普通に考えるとあり得そうな位置なので納得はできると思います。

Q:DSに元ネタあるの?
A:特には考えてません。

 モチーフにした機体などはあります。例えばメルセネール・ブランはフレームアームズのレイファルクス+アーセナル装備とACfAのランセルを混ぜたような感じ。FA:Gっぽくするとイメージしやすいかも。機体設定とかは需要あれば記載します。



 次回は15日に投稿予定。


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00-03 織斑一夏の日常

 現実パート。お待ちかねの鈴ちゃん登場。こっちの鈴は原作より女子力が上がっているようで……
 ついでにちょっとだけ盛ってます(何かは本編で)

 服装とかのオシャレにはなるべく気を遣う予定。コーデに気をつけないのは自分的にはアウトなので。


どうでもいい話

「とりま罰ゲームでちゃんと話投稿始めたから」
「俺ROM専で感想書かずに反応見るから」

ひどい・゜・(つД`)・゜・


※タイトルにナンバリング入れ忘れていたので修正。


 DSOでゾルダートの依頼を受けた夕方。イチカこと織斑一夏は昼寝をしていた。

 休日らしくプリントTシャツとハーフのチノパンという格好で、両手と両足に奇妙な形をしたリストとアンクルをつけている。

 ランクスとローラはそれぞれフランスとドイツからDSOにインしているらしく、時差はほぼ変わらず7時間前後。向こうでは大体夕方から深夜にかけてプレイしている事になり、一夏は深夜から夜明け頃までDSOをプレイしていたことになる。

 ややオタクよりのプレイ時間ではあるが、逆に向こうがこちらの時間に合わせてくれることもあるし、今回はたまたまだ。

 

 一夏はそのまま起きて日課にしている朝の鍛錬を行い、軽く家事を済ませたら余裕ができ、軽く休憩するつもりでリビングで横になっていたら、ついウトウトしてしまった。

 時期は夏休みに入ったばかりの夕方、窓は網戸をかけて全開。

 夏らしく暑いことは暑いが、扇風機と外から入って来る風の流れが心地いい。

 

 今この家には一夏が一人で住んでいる。姉の千冬はかつてISの国際競技(モンド・グロッソ)世界最強(ブリュンヒルデ)にまで至った女傑。人伝(ひとづて)に聞いた話ではその技量を買われてIS学園で教鞭を振るっているらしく、姉からの仕送りとDSOで得た報酬、それとたまにあるプログラムを始めとしたネット関連の仕事(バイト)で家計をやりくりし、一夏はこの家に基本一人で暮らしている。

 月に数回は千冬が帰って来るが、それもちょっと顔を出すだけだったり、着替えを取りに寄ったりするだけ。一日家にいるというのは年に数回あるかないかだ。

 そんな事情を知る周りからは、一夏の一人暮らしを心配する声もある。

 というのも、ここ30年程前から男の出生率が減少し、千冬の世代で男女比が崩壊。一夏の世代に至っては男女比は100人に一人が男という割合で、女性は男性に出会える確率が極端に減っている。

 そんな中での年頃の男子の一人暮らしは同世代のみならず、男日照りのオバ――嫁き遅れ予備軍にとって格好の獲物と見られやすく、近年発生する性犯罪の被害はほとんどが男だったり、下着泥棒の被害も大体が男。年頃の男はISが出た影響か、女性へ何かをするということもなく、女性の被害は激減。

 かつて創作などで(うた)われた“男女あべこべ”に近い状況が世の中に生まれていた。

 

 閑話休題。一夏がプログラマーの仕事をするようになったのも、元を正せばDSOがきっかけだ。

 あの世界で初めてVR技術を目の当たりにし、仮想の世界で空を飛ぶという、現実ではありえない事も可能になる世界に魅せられ、在宅で学生でもできる仕事ということでプログラムを勉強。

 ネット上の仲間達から回して貰った仕事を淡々とこなす姿は、まるで親の帰りを待ち()びる子供に見える事さえあった。

 一夏は周りの心配する声を押し切り『姉の帰りを待つ』と言って、頑なにこの家に独りでいた。まるでそうしないといけない様に。

 

 そんな中、かちゃりと玄関のドアが開き、そっとツインテールの少女が顔を出す。小学校から付き合いのある同級生、凰 鈴音(ファン・リンイン)だ。

 庭からリビングを見た際、一夏がソファで昼寝をしてるのを見つけ、気を遣って音を立てない様に入って来た。

 ちなみにこの家のセキュリティは高く、玄関だけでなくリビングの窓に至るまで警報装置が設置されている。これを回避するには家の鍵を使用して入るか、家主が招き入れない限り解除がされない徹底ぶりで、凰 鈴音(ファン・リンイン)こと鈴は、紆余曲折あって合鍵を貰って出入りできた。

 

 鈴はリビングで一夏が熟睡しているのを見ると優しげな笑みを浮かべ、荷物を置いてそのままキッチンへ。手にした買い物袋から食材を取り出して必要なもの以外は冷蔵庫へ。

 炊飯器をセットすると、慣れた手つきで鍋やフライパンを用意。エプロンを取り出して料理の準備を始めた。

 

「~♪」

 

 小さく鼻歌を歌いつつ、片手鍋をコンロにかける傍ら、オクラを塩で板摺りしてわかめを一口大に切り、胡瓜(キュウリ)は包丁で手際よく薄くスライス。レバーを取り出し小口に切って塩で揉んだら、水にさらして臭み抜き。

 お湯が沸騰したらオクラをさっと湯がいて色を出し、細かく刻んでわかめと胡瓜に合わせてボウルの中へ。ポン酢とごま油で和えてちょっと味見、ポン酢が少し弱かったので追加。豆板醤(トウバンジャン)とおろし生姜、焼き肉のタレ(中辛)を合わせ、そこに中濃ソース。味を見ると少し辛いが、これは後で何とかなると思い、レバーを(ざる)に引き上げた。

 レバーに蜂蜜をかけてよく揉み、片栗粉をまぶす。ニラを取り出してざく切りにし、オクラで使った片手鍋にもう一度水を張って粉末の煮干しだしを入れた。

 その間に卵を3つ割り、ほぐす間にフライパンへ火を入れサラダ油を少し多めにひく。

 もやしを取り出して袋を開けると、水を入れてさっと水洗い。水気を切ったら熱したフライパンに入れてフタをすると、片手鍋のお湯が沸騰したので計量カップに味噌を入れ、鍋からお湯を注いで液味噌を作る。ついでに水分多めの水溶き片栗を作ると、片手鍋に入れて緩めにとろみをつけた。

 フライパンのもやしがいい感じに火が通って来たので一度取り出してレバーを炒めつつ、火が通るまでの間に作った液味噌を入れてやや濃い目の味噌汁を作り、溶き卵を菜箸に伝わせながら細く長く。卵の花が咲き、弱火にするとレバーの方へ。

 火が通った所でもやしと一緒に作っておいたタレを入れ、フライパンを振りつつ味を馴染ませると両方にニラを投入、レバーの方が茎側で、鍋の方に先の方と分けて入れる。このタイミングで味噌汁の火を止めた。

 ニラレバが完成するとトマトを取り出し、賽の目に切る。残った溶き卵に味噌汁とガラスープの素をちょっと入れ、軽く混ぜ合わせてニラレバを作ったフライパンへ。弱火にしながら残ったタレを絡めるように半熟卵を作り、それを取り出すと賽の目に切ったトマトを投入。フライパンの中で万遍なく回し、火が通って来た所で半熟卵を投入。アレンジが入っているが、日本ではあまりなじみのないトマトと卵の炒め物を作り、和え物を小鉢に移して白ごまをふりかけると今夜の晩御飯が完成した。

 ここまでの所要時間が40分とかからず、彼女が料理に慣れているだけでなく、調味料まで把握してるのを見れば、この家によく出入りしてる事がわかる。

 時刻を見ると夕方の6時半、夕食をとるには丁度いい時間だろう。テーブルにおかずを並べてから一夏を起こそうと思ったが、臭いに釣られたのか、むくりと起きて寝惚け顔で周りを見た。

 

「あ、起きた?」

「……りん?」

 

 まだ頭が回ってないのか、舌っ足らずな声で名前を呼ぶ。普段は頼りになる一夏が、無防備な姿を見せる寝起きの瞬間は鈴のお気に入りだ。一夏にとっての“特別”になれた気がして内心誇らしくも愛らしい。

 そんな気持ちをおくびにも出さず、エプロンを外して前屈みに一夏を見た。

 

「もう、またDSO(ゲーム)に夢中になってたの?」

「ランクスと一緒にブランの調整してたんだけど、ローラから依頼が来てな。そのままエクストラやってた」

 

 大きく伸びをしてあくびを一つ。ふと時計を見て既に夕飯時である事に気付くと、くぅ、と腹時計が鳴った。

 

「お腹すいたでしょ。ご飯出来てるから食べよ」

「ん、いつもゴメン」

 

 いいから、と言って鈴は腕をつかむと、何かに気付いたのか、一夏はふいと目を逸らす。

 

「? どうしたの?」

「その、格好――」

 

 言われて下を見る。今の服装はピンク色したオフショルダーのロンパース。暑いのも寒いのも苦手な鈴は、夏は無防備といえるほど軽装を好む。前屈みになれば当然肌をさらけ出す格好になり、慌てて胸元を押さえて背を向けた。

 

「……見た?」

 

 真っ赤になった顔をしてチラリと一夏を見る。

 

「あー、その……うん」

 

 同じく真っ赤になった顔を背け、小さく頷いた。

 

「~~~~っ!!」

 

 更に耳まで真っ赤になり、ぺたんとその場に座り込む。

 今日は暑かったからインナーをつけてないため、一夏の位置からすると多分モロだ。まだチューブトップやブラフィールのタンクトップを着けてれば中は見えなかったかも知れない。正直に答えたのは女の子としてはアリだが、すぐに目を逸らしたのはなんか色々と複雑だ。

 

「……いちかのえっち」

 

 鈴はそれを言うだけで限界で、一夏は艶事(いろごと)で反論できるだけの語彙(ごい)力はなく、甘んじで(そし)りを受けるしかなかった。

 

 

 

***

 

 

「一夏ってさ、最近ラッキースケベのスキルとか実装した?」

DSO(あっち)でもンなスキルないし、そもそも現実(リアル)なんだから実装できるか」

 

 味噌汁を()ぎつつ、ありもしないスキル実装に一夏がムッとするが、最近二人の間にはそれっぽい事が多くあり過ぎて一概に否定できない、とちょっと思ったりもする。

 今更だが、鈴もDSOプレイヤーの一人で、クラン『キャットライド』のメンバーでもあり、アバターネームはリン。ローラやランクス等とも面識があるどころか色々教わった仲だ。

 

「もしかしてランクスと付き合い長いから、そっち方面の知識もランクスから――」

 

 またもや一夏が目を逸らす。その反応で鈴は察し、再度気まずい空気が流れ始める。二人にネット用語を教えたのは主にランクスやエクエスを始めとした男性プレイヤー達で、何も知らない一夏や鈴にあれやこれや教えたお蔭で鈴はそっち方面にも明るい、むしろ知識を得たせいでそっち方面で暴走しやすくなった。それで去年の秋頃に、ある事情から鈴が『一夏を振り向かせる』と宣言したのがきっかけでこんな関係が始まったが。

 

「そ、それよりも一夏は夏休みの宿題、どこまで進んだの?」

 

 かなり強引に話題を変え、一夏も気まずい空気から抜けたかったのでその話に合わせる。

 

「宿題はほとんど終わってる。残ってるのは自由研究ぐらいだ」

「相変わらず早いわね」

 

 一夏は昔から勉強の類はかなりできる方で、DSOを始めてからはネットの仲間達にも教えを()い、その学力は伸びに伸び続け、今年の中学模試で全国のトップ10に入った。

 家事も人並み以上に出来るし、中2に上がる頃には周りに()われる形で勉強を教え始め、最近では女性の機微にさえ気を遣うようになった。そんな優良物件を女性は逃すはずもなく、同じ学校どころか近隣の女学生までコナをかけに来る。

 一夏を盗られまいと鈴はアレコレ世話を焼き、なんとか自分を意識させようと奮起し、去年の告白騒動にまで至るが、その裏には女性特有のドロドロした関係がない。

 そんな事がバレたりすれば意中の男性に嫌われるのは目に見えているし、何より自分を磨いて振り向かせた方が印象はいい上、諸々(もろもろ)の後腐れがない、というのが近代女子共通の認識だ。

 

「で? 今日はちゃんとご飯は食べたの?」

「えっと……」

 

 うろ覚えで今日の朝から何を食べたかを思い出す。が、よくよく考えると目の前にあるのが今日の1食目であるのに気付く。というか夏休みに入ってからまともに白米とか目にしてないし、最後に台所に立ったのは夏休み初日に千冬が帰宅した時だ。

 それが顔に出ていたのか、鈴は怒りを(あらわ)に一夏に食ってかかった。

 

「ちょっ、鈴、ちか――」

「もう! なんで一夏は自分の事になると適当になるのよ!」

 

 一夏の唯一にして最大の欠点は自身に無頓着な所で、一人になると途端にズボラになり、休日の普段着も適当。ともすれば食事すら抜いたりもしばしば。過去にも栄養失調で倒れた事があるのに、一向に治る気配がない。

 今日も鈴が来なければ、一夏の晩御飯は良くて千冬が貰ってきて常備品となったエナジーバーといくつかのサプリメント、スポドリという結果になっただろう。

 一夏自身も料理の腕はこの歳にして既に本職レベルだが、自分の為にその腕を振るうというのが滅多にない。

 以前、鈴の家がやってる中華料理店で、冗談のつもりで店長である鈴の親父さんに厨房を任されたら、手際よく注文されたいくつもの料理を手早く次々と捌いて親父さんを唸らせた事もある。それで親父さんに気に入られて一時期は店の厨房でバイトした事もあるが、どういうわけか一夏はその腕を自分の為に使うという事をしない。

 普段の食生活が鈴にバレて以来、こうしてちょくちょく彼女は一夏の家で食材を持って来ては食事を作りに来るようになり、場合によっては一通りの家事までやっていくようになった。

 当初こそ初心者丸出しの(つたな)い腕前であったが、通う度にレパートリーが増大し、家事の技量も上昇。今では同年代どころか熟練の主婦に引けを取らない腕前となった。

 

 人はこれを通い妻というのだが、彼女は未だその事に気づいていない。

 

「ボリューム多めに作っておいて正解だったわ。冷めないうちに食べましょ」

 

 言いつつ、ご飯をついで一夏に渡し、鈴も自分の分を用意して席に着く。

 

「んじゃ、いっただっきま~す」

「いただきます」

 

 鈴の元気な声に合わせ、一夏も手を合わせて箸を取る。目の前に色とりどりのおかずが並び、ニラレバをメインに、オクラを添えたわかめと胡瓜の和え物、トマトと卵の炒め物にニラと卵の味噌汁。

 夏は汗と一緒にビタミン群やミネラルを失いやすく、また冷たいものを選びやすいため便秘がちになったり下痢になりやすい。

 中華よりの味付けになるのは鈴らしいが、これは食べる人の事を考えたバランスのいい食事だ。

 メインのニラレバを一口。パサつきやすいレバーがしっとりとしていて臭みもなく、ニラともやしのシャキシャキ感もさることながら、甘辛さのバランスもご飯と合わさると丁度いい。

 続けて和え物を口にすると、ポン酢の酸味とごまの風味がよく、オクラの粘りが酢のツンと来る風味を押さえてくれるので食べやすく、ニラレバとの相性も良くてご飯が進む。

 トマトと卵の炒め物は馴染みこそなかったが、口にするとさっぱりしたオムレツといった感じで食べやすいし、気持ち濃いめの味噌汁を口にすればまた白米が欲しくなる。これを総じて評価するなら

 

「美味い」

 

 この一言に尽きる。変に食レポとか何とか感想を述べるのが凄く失礼な感じがして、ただただ食べる事でしか美味さを表現出来ないのが口惜しい。

 鈴は自分が作った料理を一夏が笑顔で美味しく食べているのが嬉しくなる。

 かつては拒食症かと思えるほど食事に興味を持たず、何かに迫られる様に自身を追い詰めていた陰も見えず、今の一夏を見ているだけで胸がいっぱいになる。

 鈴にとって特別なおかずが一品増えた事に内心喜びつつ、食事を続けた。

 

 

 

***

 

 

「あたし、今日からこっちにしばらく泊まるから」

「はぁッ!?」

 

 二人で洗い物をしてる最中、いきなりの発言に一夏は目を白黒させる。

 今までは放課後や週末に勉強したり、彼女が作った夕飯で食事をしたりといった関係だったのが、いきなりのお泊り。男女一つ屋根の下というハードルの高さに驚くなというのが無理な話だ。

 

「いや、でもお店の方は?」

「しばらく亜稀さんと燕さん(バイトの人達)が来てくれるって」

「おじさん達がそんなの許す訳――」

「二人から即決でOKもらった」

「千冬姉が――」

「事情話したら合鍵くれた」

 

 知らぬ間に外堀がしっかり埋められている事にぐぅの音も出ない。手回しの良さもそうだが、どうして周りが止めないのか。特に千冬姉。

 

「え、ええっとですね鈴さん、未婚の女性が男の家に泊まるっていうのは何かと問題が……」

「何かあったら一夏の所に嫁ぐから」

 

 あっけらかんと答える鈴。ついさっきまで服の中見られただけで顔を真っ赤にしてた乙女はドコ行った?

 用意周到に準備されててぐぅの音も出ない。もし間違いでも起きたら――

 自然と目線が下がっていき、目に映るなだらかな曲線はさっきの光景が脳内でリフレインさせ、何も言えなくなる。

 男女比が逆転したとはいえ、男女の羞恥心も逆転するわけもなく、女性は普通に羞恥心があるし、男性もそれなりに気を遣う。ある程度女性のガードが下がっているのは否めないが、あの反応は一夏からすれば(いや)でも鈴に“女”を意識させ、慌ててゲスい考えを振り払う。

 

「「…………」」

 

 お互い無言になってしまった中、ちらりと鈴を見る。今日の服も動き易さを優先しながら女の子らしさもある。何より久しぶりに見た鈴の私服姿は一夏の“男”を刺激する。

 

(……意外とあったよな)

 

 幼馴染の成長に気付いた瞬間だった。あの時も一瞬だが全部見えたわけではなく、本当に肝心な部分がギリギリ見えなかった。

 さっき食ってかかられた時も鈴は前のめりの格好になり、見えそうで見えないギリギリのアングルは、控えめな膨らみに視線を持って行かれそうだった。

 その『あとちょっと』がもどかしく、またその部分を何度も思い出してしまい、自然と視線が下がっていく。

 そういう目で見ちゃいけない。いけないと思いつつも意識してしまう。でもしかし――ひとり葛藤(かっとう)している間に、いきなり耳に衝撃が走った。

 

「ぅいででで!?」

「こンのスケベ! ヘンタイ! ムッツリ! なに覗いてんのよ!」

 

 頬を紅く染めた鈴が思いっきり一夏の耳を引っ張り罵詈雑言。今のは完全に一夏が悪いと判っているだけに反論の余地がない。

 

「い、今のは俺が悪かった。悪かったから手ェ離して!」

「ここはもういいから、お風呂の準備してきなさいッ!」

「は、はぃぃ……」

 

 何とか声を絞り出し返事をすると、鈴は手を離した。

 

「ほら、さっさと行く!」

 

 慌てて風呂場に駆けていく。ムスッとした顔をして鈴はその背中を見送ると、洗い物の片付けを再開する。

 

 ――しばらくして、その手が止まった。

 

 

「……あいつも、そういう目で見れるんだ」

 

 あんな一夏は初めてだ。他の男子にもそういう目で見られたことはあるが、不快感しか抱かなかった。それが一夏になった途端、不快感どころか嬉しさが(まさ)る。

 今まで他の女の子が抱きついたりしても、一夏は困惑するだけであんな目で見ようとしないのに。

 

「ちゃんと女の子として見てくれてる、って事よね」

 

 そっと自分の胸に触れる。同級生と比べるとやや控えめだが、それでもちゃんと“前”と言い切れるなだらかな膨らみがあり、幼い果実を(あらわ)す曲線を描いている。

 先ほどまじまじと見ていた一夏を思い出し、小さく笑う。幼馴染という距離から女の子として見てもらえたのに、嬉しさと恥ずかしさが相俟(あいま)って何とも言えない。

 この感情(きもち)をどう表現すればいいのか。

 でも、と思う。もし一夏に女として求められたら自分はどう答える?

 

 ――ぞわり、と鈴の女の部分が鎌首を(もた)げた。

 

「……泊まる、って、言っちゃたんだよ、ね」

 

 途端、自分がどれだけ大胆なことをしてるか気づいた。

 初めこそ一夏の食生活を見ながら勉強を教えてもらう。そんなありきたりな理由で泊まるつもりだった。

 『何かあったら嫁ぐ』なんて言葉も半ば勢いだ。

 一夏も『そこまでの事は考えても行動に起こさないだろう』と、ある種信用に近いものを(もっ)て言ったに過ぎない。

 

「あいつ意外と体格(ガタイ)いいのよ、ね」

 

 身長こそ鈴とあまり変わらないが、かつては剣道を(たしな)んでいたらしく、その名残なのか一夏は毎日の鍛錬を欠かさない。

 それだけでなくあの手足についているリストとアンクルは誰かから貰ったというパワーリストとパワーアンクルで、1つ3kgという重量でありながら、日常生活でその重みを感じさせる動きはなく、既に体の一部となっているのが(うかが)える。

 先日の学校大掃除の時など、1人で大きなロッカーを持ち上げ、周りを驚かせた。

 あの時はただ単純に凄いと思ったが、もしあのパワーで組み伏せられたら鈴では絶対(かな)わない。それどころか、どこかでそれを望んでいる自分に気付いてハッとする。

 

「なに考えてるのよ、あたし……」

 

 意外と自分もムッツリかも知れない。頭の中に浮かんだ“既成事実”という単語を必死になって追い払う。興味が無いと言えば嘘になるが、そういうのは()()早い。

 

「……あたし()、意外とえっちだ」

 

 今ここに一夏がいなくて本当に良かった。こんな醜い部分を一夏が知ったら嫌われる。

 振り払う様に、黙々と洗い物を再開した。

 後日、その考えが間違いだったと教えられる事になるとは思いもしなかったが。




 鈴の出身は中国ですが、日本へ移住する経緯から、この世界では中国の南通(ナントン)市(南下に上海があるから)。ここをチョイスした理由は南島市の基幹産業が港湾業をメインに、紡績を始めとした各種加工業も発展。その影響で日系企業が進出している経緯があり、更に南通市は学業にも力を入れていて、外国語(英語や日本語など最低でも2カ国語以上)が幼年期から取り入れられています。
 また、観光スポットが多く、それに併せて食文化も多様化しているという点も。料理もその辺を意識して構成しています。

Q:鈴ちゃんはちっぱいじゃないの?
A:少し盛ってます。具体的にはAA→Aぐらい。
 育った原因? だいたい一夏のせい。
 詳しくは今後の本編で明らかに。

Q:一夏って、一人になるとダメな人?
A:YES!
 少し鈍感さが消えているので、ヒロイン勢と絡みやすく、過去という背景を作り易い部分を求めたらここに落ち着きました。原作でも誰かが絡んでないと適当だったので。
 世話の焼き甲斐がある主人公とか、王道だと思うのは自分だけ?

Q:なんで最後にフライパンでトマト調理したの?
A:先人の知恵で、こうするとフライパンがキレイになります。

 中国では食材は『最後まで使い切る』というのが徹底して教え込まれ、家庭料理で生ごみを出す事自体が贅沢とか食材に対して失礼と取られ、調理器具に調味料が残るのも料理下手と見られるんだとか。
 この辺は儒教とか地方の教えが絡むのかな? と思ったり。


ちなみに鈴が作った料理は本当に作れます。というか自分で作って時間を計りタイムを割り出してます。
慣れるとこの量でも30分かかりませんでした。
名前の通り、ちょくちょく飯テロ入れていきます。


次回からストックが続く限り、毎週日曜の18:30に予約投稿しています。
せめて11月いっぱいまでは続かせたい所……


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00-04 目指す場所

日常編・その2。そろそろタイトルのネタが尽きてきました(早いw
この辺からチラホラと伏線みたいなものを張ってみる。ようやくプロローグらしい導入部を始められた感じですかね?





ほぼオリジナルの展開になっている場合、必要なタグって「オリジナル展開」なのか「捏造設定」なのか、よくわからないですね。


※先日、誤って最新話を投稿してしまいました。一部の方は混乱したかも知れない事をお詫びします。


 一夏の家で過ごす様になって一週間。鈴は当初の目的通り一夏の食生活を見ながら勉強を教えてもらい、8月に入る頃には夏休みの宿題をなんとか終わらせる事ができた。

 残っていたのは一夏と同じ自由研究だったが、これは二人で同じ題材をやって提出しよう、という鈴の提案に一夏が同意。テーマはお互いが得意とする料理で話も決まり、早々に料理を作ってレポートを書いて終わらせ、時間が空くと鈴が率先して一夏をあちこち連れ回して遊びまくった。

 

 ついでにここ二、三日ほど前より家の中限定で鈴の防御力は激減した。

 一夏による(のぞ)(まが)いの出来事があってから、普段着は丸首のTシャツやハーフパンツだったのが、タンクトップはもとより、オフショルダーやフリンジのキャミソールにキュロットやミニスカを合わせてみたり、チューブトップにショーパンなどかなり際どいものばかり。

 風呂上りなどは、いつものツインテールからストレートになっただけでドキリとさせられた。

 昨日はレースアップされたロンパースのオールインワンにサイドテールという格好で現れ、本当にそれ1枚で下着すらつけていないのを知った一夏が、顔を真っ赤にして注意する一面もあった。

 本人は「暑いから」などと言っているが、どう見ても誘っているようにしか見えない。

 これで意識するなというのも無理な話だが、一夏はあの日怒られたのを教訓にしたのか、言葉通りに受け取って幼馴染をそういう目で見ない様、必死になってそういう目で見ない様にし、なかなかこちらを見てくれない鈴は大いにヘコんだ。

 ならば次だとばかりに過剰なスキンシップに移ったが、小さい頃から千冬()に抱きつかれている一夏は、姉に抱きつかれているものと思い込む事で逆に意識しないようにし、逆に鈴の方が自身の色気について悩むこととなった。

 

 最も、毎日3食鈴が作っていた結果、一夏の胃袋をガッツリ掴んだのを知って結果オーライと喜び、一夏は鈴の防御力が低くなっていく姿に日々悶々(もんもん)とした。

 一歩間違えれば、本当に手を出しかねないぐらいに。

 

 

 

***

 

 

 そんな日々を過ごしながらも夏休みの出校日を迎え、二人揃って家から出るのが当たり前になってきた自分に、内心絶句する一夏がいた。鈴は気にもせず、一夏と手を繋いで仲良く登校。

 その姿がちょっとした騒ぎになり、クラスメイトの「二人は付き合ってるの?」という質問に気を良くした鈴が大胆にも一夏と腕を組んで見せつけ、腕に当たる控えめな柔らかさに一夏が驚く場面もあったが、担任が教室に入って来た事でその場はお開きとなった。

 

「朝からお疲れだな、一夏」

「……ぉう」

 

 赤い髪の少年――五反田(ごたんだ) (だん)(ねぎら)いの言葉をかけるが、当の一夏は心ここにあらずといった感じで憔悴(しょうすい)し、横でそれを見ていた数馬が苦笑する。

 一夏と弾と数馬。この3人がクラス全員の男子の総数で、教師から見えやすい様、男子は教室の中央に集められる格好で席が集中している。

 このクラスは23人と平均的で、残る20人は全員女子。そして女の子というものは他人の恋バナには目がなく、今朝の様に見せつける格好で教室にやってくれば騒ぎになるのは明らかだ。

 ホームルームが終わってからは皆に質問攻めにされると思い、ホームルームが終わるなり一夏が逃亡。二人も付き合って逃亡し、皆をまいて屋上へ来ていた。

 

「なんだって朝からあんな事……」

「ああ、それ俺が教えたから」

 

 え? と呆けた顔で弾を見る。本人はしてやったりな顔でこちらを見て、数馬は苦笑する。

 

「……なぜに?」

「何故もなにも、鈴から相談されたからだけど?」

「ここ数日のあれこれも?」

「おう。ついでにお泊り(けしか)けたのは数馬だぞ」

 

 ギギギ、と錆び付いた動きで数馬に視線を向ける。彼はそっと目を()らし、バツが悪そうに「ゴメン」と呟いた。

 

「正直、鈴があそこまで行動起こすとは思わなかった」

「……スッゲェ色々あったんですけど?」

 

 ここ数日、理性をガリガリ削られていく日々を思い出す。正直な話、鈴に手が出そうになった回数は両手の指じゃ足りない。

 一線を超えなかった事を喜べばいいのか、ヘタレと落ち込めばいいのかは謎だが。

 

「いいじゃねェか。(あっち)も期待してるって事だろ?」

「いや、でも――」

「一夏の悪い所は、女の子に期待させといて何もしない所だと思うよ?」

 

 う、と言葉に詰まる。それはDSO(むこう)でも散々指摘されてきた事だ。

 (いわ)く、餌をチラつかせてオアズケする鬼畜。

 曰く、期待させるだけで何もしない朴念仁。

 曰く、戦闘以外の流れを読まない鈍感などなど、艶事(いろごと)に関しての悪口は枚挙に(いとま)がない。

 その都度周りに叱られ、女の覚悟をないがしろにし、恋愛というものを軽く見ているイチカを前に、一時期などは現実(リアル)仮想(DSO)も関係なく、経験者を講師とした恋愛講義が始まるのが日課になった事さえあった。

 その甲斐あってか、多少なりとも鈍感さは緩和され、女性への気配りができるようになったのは僥倖(ぎょうこう)というべきか。

 誰彼かまわず優しくするのは変わらないが、ある程度の線引きが一夏の中で生まれる様になった。

 同時に、距離をとられるようになった事に落ち込む女性も増えたが。

 

「一夏も鈴の事、嫌いってワケでもないんだろ?」

「そりゃ、まぁ……」

 

 去年の告白騒ぎ以来、気がついたら自然と目で追ってしまう事がある。更にはここ数日の防御力低下で余計女の子として意識するようになった。

 だからこそ、一夏には小さくない陰が落ちる。

 

「けど、なんで俺なんかを」

「お前だからだ。そこんトコ間違えんな」

 

 弾が急にマジな声をして一夏を睨みつける。

 

()()()を引き合いに出すってンなら、そりゃ卑怯ってモンだぞ?」

「自分を認められないっていうのは解らなくもないよ。鈴はそれもひっくるめて受け入れようとしてるんだし、向き合わないと」

 

 数馬もそれまでの控えめな雰囲気が消える。二人とも事情を知っているだけに、真剣に一夏を(さと)しにかかる。

 

「“でも”とか“しかし”なんて言葉で誤魔化すなよ。あいつは選んだ。お前も選ぶ時が来たって事だ」

「……そう、だよな」

 

 絞り出すように答える。言葉にしなくても鈴は一夏を振り向かせようとしている、それこそ後先考えないぐらいに。

 彼女の為にも答えなきゃいけない。それが一夏にとってどんなに難しくても。

 

「まぁ、アレコレ考えずにとりあえず一発ヤッとくのも手なんじゃない?」

「「ぶッ!?」」

 

 いきなりの発言に二人が吹き出す。

 

「お前と一緒にするな!」

「この夏休みだけでどんだけ遊びまくったんだよ、この種馬!」

 

 失敬な、と憤慨しながら数馬が指折り数える。DSOでのエクエスは口は悪いが紳士という役割(ロール)だが、現実の数馬は校内でも有名な遊び人。中学に入るなりあちこちの女性に手を出しているというのは周知の事実だ。

 若い男性が減少した昨今、こういう男の子は女性陣にとっては“都合のいい男”で、数馬は年上の女性とお付き合いする事で小遣い稼ぎをしていた。

 

「今月は、()()6人ぐらいだよ?」

「「多すぎるわ!」」

 

 弾と一夏が爆発した。

 

 

 

***

 

 

 家に帰って来ると、家の中は静かだった。

 鈴はまだ友達と遊んでいるのか、それとも家に帰ったのかは不明だが、久々に一人で家にいることに違和感を感じる。

 

「……ほんの少しの間なんだけどな」

 

 自分が思っていたよりも、鈴と一緒にいるのが当たり前と感じている事に驚き、そんな自分に苦笑する。

 

「これも、鈴の狙い通りなのかな?」

 

 あの日から、自分が誰かに必要とされるなんて思いもしなかった。

 必要だと言ってた人がいなくなり、大事だと思ってた人に裏切られ、自分のせいで消えない痛みを負った人もいる。

 

 あの時ほど、自分は邪魔な人間なんだとつくづく思い知らされた事はない。そんな人間が必要とされる時が来るなんて、皮肉にも程がある。

 

「――やめやめ。なんか厨二臭い」

 

 こんな考えをするのは久々に一人になったせいだと自分に言い聞かせる。お前はもっと物事に対して斜に構えているのがお似合いなんだし、弾や数馬の忠告も、考えるのはもう少し先でいい。

 ――自惚(うぬぼ)れるな。お前は()()()()()()()

 

 何度も何度も自分に言い聞かせながら自分の部屋に行き、Tシャツとスウェットというラフな格好になると、ベッドの横に置いてあるナーヴギアを手に取る。

 幾つもの傷が目立ち、年季を感じさせるそれは、DSO開始当初から愛用しているもう一つの相棒。

 今でこそ次世代型のアミュスフィアや、屋外でも使用可能なオーグマーなども出ているし、それらに手を出せる余裕もあるが、思い入れがあってなかなか手放す事ができない。

 滅多に言わないワガママを姉に言って、ネトオクの型落ちを探して格安で入手。後に姉の友人がレストアしてくれた。以来、一度の故障もなく快適な仮想生活(バーチャルライフ)を送れている。

 

「まともに必要とされてるのは織斑一夏(おれ)じゃなくて、イチカ(おれ)、だよな」

 

 実際、千冬の名が売れてから一夏も評価された――世界最強(ブリュンヒルデ)付属品()として。

 DSOという存在を知り、周囲の声から逃げる様に仮想世界に入った。

 その素晴らしさを知ってからプログラムを始めとしたメカトロニクスに興味を持ち、知識を身につけると、ちらほらとそっち系のバイトが舞い込むようになった。

 こそそこの稼ぎにはなるし、やってて楽しいから別にいいが、全てはイチカの功績。織斑一夏という現実はその陰で生きていくことしかできない。

 

 そう思わなきゃいけない、そうじゃなきゃいけない。現実が主人公なんて馬鹿げてる、俺にそんな資格はない。

 ――何度も反芻(はんすう)し、ナーヴギアを装着する。

 

「――リンク・スタート」

 

 現実から逃げる様に仮想世界へ飛んだ。

 

 

 

***

 

 

「あら」

「む? 鈴か」

 

 友人達と遊んだ帰り道、道中で千冬と出くわした。

 

「珍しいですね、こんな所で会うなんて」

「少し余裕ができたのでな。ちょっと一夏の様子を見に来た」

 

 それで会話が続かなくなり、二人は揃って家路に向かう。進む先はどちらも織斑家だ。

 

「「…………」」

 

 お互い何を話せばいいのか判らず、終始無言で並ぶ様はどこか滑稽(こっけい)で、同時に近寄りがたい雰囲気を生み出す。

 横目でちらりと千冬を見る。身長は自分より頭一つ高く、スタイルも出る所は出て引っ込む所は引っ込むという、同じ女性として嫉妬してしまう体型。

 それが背筋を正して颯爽(さっそう)と歩く姿は異性・同性構わず衆目(しゅうもく)()き付ける魅力を(かも)し出している。

 

(そりゃ、こんなのにしょっちゅう抱きつかれてたらねぇ……)

 

 それに比べて――自分の体形を見ると、発展途上というには控えめな体型と、同世代から見ても低い身長。ともすれば小学生でも通りそうな自身にため息が漏れそうになる。

 それに気づいた千冬がフッと笑う。

 

「そう悲観するな。鈴はこれからだろう?」

 

 イラッときた。『これから』ではなく『今すぐ』じゃないといけないというのに。

 その上から目線の物言いは正直腹が立つ。

 

「それより、一夏と何か進展はあったのか?」

「…………まだ、なにも」

 

 なんとか絞り出すように言うので精一杯だった。

 あなたの弟を攻略するのに薄着で誘惑してます、なんて言える訳がない。むしろ風呂上りに髪をおろした姿や、腋や太腿を見せつける様な格好をしてみても、なにも反応しない一夏もどうかと思う。

 実際は一夏が意識しない様に必死なのに。

 

「目的の一つだった食生活は、わたしが面倒みてます」

「…………色々苦労をかけるが、頼む」

 

 今度は千冬が心苦しそうに言う。

 一夏がああなってしまったのは自分にも原因があるとはいえ、今の千冬が一夏にしてやれる事がほとんどない。鈴ほどではないにしろ、せめてそこそこに家事ができれば誰かに任せる事もなかったのだろうが、一夏に頼りきっていたツケを幼馴染に任せてしまう自分が情けない。

 実際はそれ以上に支えているというのに。

 

 二人そろってため息を吐いた事に気付き、慌てて咳払いするのも二人同時。なんとなく気まずくなった千冬が慌てて話題を切り出す。

 

「ところで、その、一夏はまだDSOを?」

「ええ、ついこの間も大きいミッションをクリアしたみたいです」

 

 急な話題転換にも関わらず、鈴もそれに合わせる。

 

「あいつは、どれぐらい強くなったんだ?」

「……確か、今年の春にファストの9まで来た筈です」

 

 予想以上の位置に千冬が驚く。DSOのランクは少々特殊だ。通常ならAとかBの○○、もしくは数字のみだが、DSOの場合はクラスと呼ばれるカテゴリの中にランクがあり、クラスも通常のものとは違ってくる。

 アサルト()ブレイカー()キャバルリー()ドミナント()エキスパート()ファスト()の6クラスがあり、アサルトが最も低位で、ファストは最上位。そのファストに上がれる条件も厳しく、到達したのは世界でも10人そこそこ、というのを聞いた事がある。

 千冬も現役当時にDSOの広告塔としてアカウントを貰ってプレイしているが、クラスはドミナント止まり。これは単純にランクに興味が無いのと、ゲームと割り切ってそこまで育てていないのが原因で、実力そのものはもっと上にいる。

 それ以上に強くなったのがイチカで、半年ほど前に対戦1000連勝を決めた祝勝会で対戦したが、千冬相手に一歩も退かないどころか余裕で黒星をつけられた。

 

「どこまで強くなる気なんだ、あいつは」

「約束みたいですから。強くなるの」

 

 約束? 話が見えずに千冬が首を傾げた。

 

「ほら、一夏がメインで使ってるDSですよ」

「確か、ビルト(WILD)フルーク(FLUG)だったか?」

「それは貰った時の名前。今はメルセネール・ブランって名前です」

 

 メルセネール・ブラン。フランス語で直訳すると傭兵・白だが――確か一夏の二つ名が『白の傭兵』だったなと思い出す。

 

「随分と直球な名前だな」

「元はランクスが考えた『ブラン・メルセネール』てのを、ゴロが悪いってんで一夏が逆にしたみたいですけど」

 

 二人揃って苦笑。あの二人はどうも単純に考えるきらいがある。もしくは男だから単純になるのだろうか?

 

「で、そのDSがどうしたのだ?」

「千冬さんは知らないと思いますけど、あの機体の製作者、去年亡くなってるんです」

「その製作者との約束なのか?」

「ええ」

 

 そこまで詳しくはないんですけど、と前置きして話を続ける。

 

「なんでもあの機体で頂点を目指す、みたいな約束らしいです」

 

 

 




数馬と種馬。なんとなく字が似てるからこういう立ち位置に。
弾もVRプレイヤーなのですが、登場はもう少し先。また変わった立ち位置になりそうです。現時点で彼女持ちという設定ですし。

千冬さん登場。なるべくアンチ扱いにならない様に注意したら、なんか陰のある女性に。
今後の展開でどうしても必要な位置だったので、割り喰ってます。

Q:今更だけど、DSOプレイヤーってどれぐらいいるの?
A:日本だけで三千~四千万、世界規模だと数億人。家に据え置きゲームあるのと同じぐらいの人数がプレイ。ランク入りしてるのは全体の四割ほどと考えています。
 この理由は次回で明らかになりますが、ある程度納得できるかと。

Q:鈴ちゃん、大胆すぎね?
A:女子力上がってるので積極的。
 ここのヒロイン達は暴力に頼らず、消去法でこうなりました。暴力ない代わりにスキンシップ増量。

Q:イチカはDSOで最強を目指してる?
A:NO。これは鈴の勘違い。
 本編で明らかになっていきますが、正しくは最強の対極に位置する場所を目指してます。

ビルト・フルークはWILD FLUGの読み方で、スパロボでお馴染みの行き当たりばったり仕様のテーマ曲。大元でイメージしたのがコレだったので、ちょっとした名残で入れてます。どうしても名前の変わる経緯が欲しかったので……相変わらずネーミングセンス皆無です。

DSOのランク付けですが、A~Cが初級~上級、Dで一芸特化した強者(ブレオンの千冬など)、Eがガチゲーマーぐらい、と位置付けています。イチカがいるFクラスは人力TASをはじめとした人外レベルがいるクラスだと思って貰えれば。名称に関しては当初からAが最低ランク、Fを最高ランクにするのは決めていましたが、もう少しいい名称あったら変更するかも。
ちなみに意味ですが、アサルト(突撃)ブラスト(盛況)(要はエンジョイ勢)、キャバルリー(騎兵)ドミナント(席捲)エキスパート(熟達者)(転じてガチゲーマー)、ファスト(不変)です。これ以外にランク外という意味でノービス(初心者)が存在。Fクラスに至っているのは現時点で12人としています。

このクラスの人間はイチカ以外に5人ぐらい決まっています。原作開始前に出せるかどうかは未定ですが、男2人と女性3人。いずれもISとSAOのキャラで、残りはゆっくり考えていくつもり。オリキャラも混ぜるかも知れません。

ミスリードとか伏線とか自分なりにやってみたけど、後の展開でうまく機能するかがやや不安。
ハードル上げないと弱さに甘んじてしまうのが人間なので、初挑戦だろうが罰ゲームだろうが、このスタンスは変えたくないですね。


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00-05 進路と可能性

ここから少しずつ話が進みます。相変わらずタイトルにセンスありませんw
ついでに仕込んできた伏線の一部が出てきます。
SAOやALOを使わなかった理由がこれで、この方法を使った所はなかったと思います。
切りのいい所で切ったらちょっと短くなりました。安定して文字数を出すのが難しいです。

自分で書いててなんだけど、いっくんのブッ飛び具合がおかしい方向に突き抜けてる気がします。でもこれぐらいしないと今後の展開が……



今更ですが指摘を受けてタグ追加しました。これで混乱は少なくなる、はず?



※誤字報告を頂き、1話を修正しました。ありがとうございます。


 DSO、自身のガレージの中でイチカは先日のゾルダートとの協働ミッションで行った戦闘記録を元に、戦闘レポートを作成していた。

 このレポート作成はかつての対戦ものやロボゲー等でもあった、有志のプレイヤーが集まって作成された戦闘を始めとした立ち回りにおける教本の一つだ。蓄積された経験はISとは比較にならず、あらゆる場面における、戦闘の構築をはじめとしたDS技術の塊。

 仮想世界とはいえ――否、仮想世界だからこそ起こせる殲滅戦、侵攻戦、打撃戦、迎撃戦、防衛戦、包囲戦、突破戦、退却戦、掃討戦、撤退戦、隠密戦、空中戦。

 この世で起こるであろう、市街地、密林、砂漠、海上、国境など、全ての状況戦闘のノウハウがこれでもかと詰め込まれている。

 それだけでなく、多対一、対軽量、対中量、対重量、対巨大兵器など、人が考え付く戦闘から、まず考え付かないような圧倒的戦力差を始めとした対機人戦も含まれ、あらゆる状況、全ての場所が戦場と考えられている。

 そのノウハウはDSOにおいては初歩の初歩の初歩とさえ言われる一対一の立ち回りでさえ、初心者から熟練者まで幅広く利用されている。

 

 イチカはそのレポートの殆どをほぼ一人で作成し、DSOで誰でも参加できる様、まとめサイトを作って公開している。

 一説では、どこかの国がDSOをISの仮想訓練に利用している、などという話もあるが、イチカ自身はその話は可能性の一つと捉えている。かつてSAOがサービス開始した際、そのシステムを軍事利用しようと米軍がSAO内で暗躍していた、という話がある。

 前例がある以上、可能性はゼロではない。

 軍事利用は避けられないにしろ、悪用された時のカウンターを視野に入れ、イチカはレポートを作成している。

 

 そのレポート作成が終わると今度はブランの調整を始めた。つい最近も機体面を調整したばかりだが、今行っているのはFCSを始めとしたソフト面の調整だ。

 メルセネール・ブランはDSOにおいては型落ちながらも、イチカの主力として活躍できる最大の理由は徹底した調整(メンテナンス)が基盤となり、あらゆる可能性を考慮してその性能を如何(いかん)なく発揮するかにかかっている。

 どれだけ頭打ちが見えても、それだけ限界が見えても、可能性が一つでもあるならば愚直なまでに何度も見直し、徹底して調整する。まるでISの整備の如くこまめに調整すれば、この機体はどこまでも応えてくれる。

 

 機体製作の依頼が来ればランクスが機体面の調整を行い、イチカがソフト面の調整を。

 二人に戦闘の依頼が来ればイチカが切り込みを務め、ランクスがそのサポートを。

 コンビを組んでからこの関係が崩れる事は無く、それぞれのアプローチから最適解を求める姿は、ある種の芸術にまで昇華し、二人に機体作成の依頼が来る事も珍しくなく、作るもの全てが芸術的とすらいえる機能美の塊で有名だ。

 

 ところがブランのFCSは他と違って少々――もとい、かなり変わっている。

 まずFCSに射撃で最重要とされるロックオン機能がない。ビットを制御するサポートシステムは最低限。ブレードを振るう為のモーション制御機能は最初から除外。唯一の強味はハイパーセンサーの能力が極限まで強化され、広範囲で敵味方の識別ができるだけというイカレ仕様だが、これは全ての制御をイチカ自身ができる為こうなった。

 

 DSOというゲームにおいて、既存のVRゲームと違う所は“なんでもアリ”という一点が突き抜けて強調されている。限られたリソースの中であればどんなスタイルでも、どんな兵装でも、どんな戦い方も許される。

 その自由さは、かのSAOやALOとは比較にならない程で、時として戦闘の主力となるスキルやアビリティすら通常攻撃で潰されるなんてのも当たり前。生身対DS、一対多数、部分展開のみでのミッション攻略なんてのもザラだし、対戦などはそれ以上に自由度が高い。

 ファストクラスともなれば1フレームの世界で1ドット単位の見切りと最速の判断が要求され、それと共に敵のわずかな動きや弾幕の一発に至るまでを完全に把握した上、敵味方やフィールドオブジェクトの位置も理解し、そこから有利な戦闘運びを読み、流れを作る。

 そんな一瞬の遅れが致命傷となる世界で、肝心なFCSの処理判断が遅いのでは話にならない。ならばいっその事、最初からFCSの主要部分をカットして自身で判断し、自力で照準(ロック)して攻撃すればいい。

 そうしてイチカ自身がFCSのプロセスを理解する事で、不要となったシステムを一つ一つ削り、必要なシステムのリソースを増やし、自らの優位性を求める。

 更に言えば武器にセットするアビリティも極力除外されている。アビリティが発動するメカニズムを理解しているのであれば、対人戦であれミッションであれ、アビリティを発動させる一瞬のタイムラグとエフェクト、発動後のクールタイムすら逆にネックになるが、それでも状況打破の為に使いたい。そうして生み出された技術が、『技能再現(リプロダクション)』というアビリティを自力で再現する技術だ。

 タイミングもシビアだし、実戦で使うにはかなりの練習が必要で、再現できてもダメージはせいぜい本来の7割ぐらいが良い所。

 メリットがあるとすればクールタイムを無視して連発できる事と、他武器で別アビリティを再現可能というぐらいで、極めない限り曲芸の域を出ないシステム外スキル。その上FCSのシステムも削るだけ削っているのだから、イチカの負担は()して知るべし。

 一見するとデメリットばかり目につくが、逆に使いこなせればこれ以上ない人間FCSだ。SAOの様にスキルを重視されていないからこそできる、ある種狂気にも分類される特殊技術。

 プレイヤー自身もDSの一部と割り切って機体を構築すれば、その分対応できる状況は増え、不意の状況にも即座に対応できる。

 何より『使える物を使わない』というだけでR2の倍率に繋がるというメリットもある為、単純にイカレた人間FCS仕様というわけでもない。

 

 最も、ここまで徹底してプレイヤーをDSのユニットの一つとして割り切るのはイチカぐらいのもので、技能再現(リプロダクション)を主力アビリティにするプレイヤーなど、DSO中を探してもイチカぐらいだろう。

 メカトロニクス技術に明るくなったお蔭でこの方法を思いつき、この技術を主軸とする新戦術を開拓しておきながら、尚その技量への執着と向上心は枯れる事がない。

 

「…………」

 

 無言のまま丹念に機体構成を比較し、自らが持つ知識と技術を照らし合わせ、何ができて何ができないか、何をして何をしないか。只々(ただただ)只管(ひたすら)に突き詰める。

 それは機人一体を以て最強を求めるプレイヤーとしてのあくなき探究心か、はたまた織斑一夏の鏡映しなのか。

 それは誰にも――イチカ本人にすらわからない。

 あの日、このDSを託された時からの約束を果たす為、あらゆる可能性と選択肢の中から選んだ答えがこの方法。現実(IS)でやれば正気の沙汰を疑われるような、ゲームの世界だからこそ許される外法。

 

「……よし」

 

 調整が終わってウィンドゥを閉じる。今回の調整でブランは前回より軽くなり、イチカの負担が2割ほど増えたが、できる事が殊更(ことさら)に増えた。この間の戦闘で小姐(シャオチェ)とやりあった際、わずかなズレを感じた。その原因はスラスター出力の調子が変わって挙動に変化があった事と、腕部フレームを新調した事でパワーアシストの変動による出力の違いがわずかなズレと感じ、それに気付けたからFCSとサポートを大幅に変更できるようになった。

 数値の上では1か2ぐらいの小さな変化。それでもその変化でここまで変更する事ができた。この機体は型落ちなどではなく、プレイヤーがそのポテンシャルを引き出せていなかったという証左だ。

 

「さて、それじゃ――」

 

 早速機体テストを、と考えた所で来客を知らせるベルの音が鳴る。誰か来たのかとドアを開けると、栗色の髪をした小柄なツインテールの少女と、黒髪ストレートの長身グラマラスな女性が二人、とてもイイ顔で現れた。

 

「り、リン、ハルカさん……」

 

 現実(リアル)でもよく見知った二人が来て、イチカの背に冷や汗が落ちる。リンは言うまでもなく鈴で、ハルカは千冬がサブアカウントで使用しているアバターだ。

 この二人が来るという事は嫌な予感しかしない。

 

「いつまでDSO(こっち)にいる気だ。既に夕方だぞ?」

「晩御飯できてるから早く落ちようね、イチカ?」

 

 二人ともとても晴れやかな笑顔だが、目が笑ってない。そっと視線をずらして視界にある時計を見ると、既に夜の7時を回っていた。

 静かに怒りを称えている二人の前で、首を縦に振る以外の選択肢はイチカに残されていなかった。

 

 

 

***

 

 

「家に女の子がいるというのに、色気も食い気もそっちのけでDSO(ゲーム)とはな」

「生活に直結してるんだから、手を抜けないだろ」

 

 育て方間違ったかな、と呟きながら千冬が蟀谷(こめかみ)を押さえる。一夏の言い分も(もっと)もなだけに、叱るに叱れない。

 千冬がIS学園の教師というのは一夏にも知れているし、その給料の一部で仕送りをしていたのもバレている。

 一夏がDSOとバイトを始めてから仕送りの一部を返されて助かった事もある。何より元からカツカツだった仕送りを一夏の方から減額を言われて色々余裕が出てきている以上、千冬が怒る訳にもいかない。

 それ以前に中学生男女二人で過ごしながら、間違い起こさなかった弟を褒めればいいのか、手出ししなかったのをヘタレと(わら)えばいいのか判断にも困る。

 

「だが……」

 

 目の前に並べられた料理を見る。チンジャオロースに味噌を使ったオイキムチ風の浅漬け、春雨スープに春雨サラダと、中華な食卓を見ると正直凹む。自分なんか最近になってようやく味噌汁が失敗しなくなったばかりなのに、これらを手早く作り上げる鈴の腕前は、千冬など勝負にすらならない。

 チンジャオロースとオイキムチは同じタレを使っているのに加熱する・しないで味が劇的に変わるし、春雨スープとサラダは同じ春雨を使う事で無駄に材料を余らせない配慮がなされている。全体的にピリ辛な味付けはビールにも合うから食も進むし、口の中に残らない辛さも好ましい。

 

 文句なしで美味いだけに尚更キツい。千冬の前にはグラスまでキンキンに冷えたビールまで用意されていると、女子力の違いをまざまざと見せつけられた気がしてならない。中学生に女子力で負ける20代とかどんな拷問だ。

 

「一夏の言い分もわかるけど、食生活ないがしろにしてる時点で説得力皆無ね」

 

 鈴に痛い所を突かれて一夏が唸る。実際鈴が来てから食生活が改善され、非常食どころか主食になりつつあったエナジーバーやサプリメントなどは陽の目を見なくなって久しい。

 それどころか鈴に胃袋をガッツリ掴まれ、一夏が台所に立つ事すらなくなりつつある。その辺に関しても千冬は鈴に頭が上がらない。

 いっそこのまま一夏捕まえてくれないだろうか。体型的にはやや薄めだけど、ちょっと誘って暴発でもすれば一夏の性格的に逃げたりしないし。

 

「まぁとにかくだ、DSOをやるなとは言わん。せめて鈴を連れてどこかに遊びに行くぐらいは考えて――」

 

 そういえばリビングに有名な遊園地の限定人形が飾ってあったなと思いだす。

 

「――ああ、蛇足だったか」

 

 二人揃って千冬から目を逸らし、顔を赤らめた。

 確かあの人形はカップルで行くとゲットできた筈。考えられるのは鈴があの人形を口実に一夏を連れ出し、土壇場で入手条件を教えられて大慌てしたが、なし崩しにカップルという事にして貰ってきたといった所だろうか。

 我が弟ながら、デートスポットに女の子を連れて行くような甲斐性がないのは知ってる。

 むしろ甲斐性もってくれないと鈴がかわいそうだ。

 

「まぁ、年齢相応の付き合いであれば何も言わんさ。むしろ世話を焼いてくれる鈴に感謝しておけ」

 

 穴があったら入りたいとはこの事か。

 甲斐性なしが家族公認で、更に世話女房も周知の事実とか立つ瀬がない。

 おまけに弾と数馬の言葉を思い出してまともに鈴を見る事ができない。

 

 

『鈴も期待してる』
『とりあえず一発ヤッとけ』

 

 なぜそこを思い出してしまうのかと自問自答。更にここ数日の鈴の格好が脳内で勝手にリプレイされてちょっとヤバい。

 このままでは色々考えすぎた挙句、オトコの事情で立ち上がれなくなりそうだ。

 鈴もそうだけど、それ以上に千冬姉に今の状況バレたら何を言われるか。

 

「ああ、そういえば一夏」

「ん?」

 

 つとめてそっけなく答える。色々立つ瀬がなくなってきているが、食事中にバベルの塔建設中とかバレたりしたら、男として社会的に死ねる自信がある。

 

「お前、進路は就職を考えてるそうだな」

「――本当なの、一夏?」

 

 いきなりの爆弾発言に鈴が驚愕する。

 

「……誰からその話を」

「なに、私もそれなりの耳がある、ということさ」

 

 一瞬で真剣な表情になった一夏に、したり顔の千冬が答える。

 

「今のままだとバイトしてても学費含めたらカツカツだし、1年か2年ぐらい働いて学費を稼いで、それから定時制でも受けようと思ってる」

「なによ、それ……」

 

 生活においてDSOで稼いだポイントを生活費に()てているのは鈴も知っていたし、千冬もその辺の事情は周りから聞いている。

 経済能力という面において、千冬は鈴どころか一夏にすら及ばず、それで知らず知らず迷惑をかけていた事を知った時など、過去の自分を殴りたくなる程後悔した事もある。

 それでも最近はDSOのポイントやバイトなどで余裕も出てきていると思っていたし、実際仕送りの減額もされているから将来の事も含めて考えているものだと思っていた。

 

 否、思いたかった。

 

 それが予想の斜め上をいく答えが返ってきたせいか、鈴は絶句し、千冬も渋い顔をしている。自分の事を(かえり)みない性分だというのを理解していたつもりだが、ここまでとは鈴も思いもしなかった。

 

「ま、そう言うだろうと思ってたさ」

 

 言いつつ、千冬が足元においた鞄から封筒を取り出す。角型20号と呼ばれる、A4サイズが丸々入る大型のものだ。

 食事中に失礼とは思いつつも、中身が気になった一夏はそれを開き、鈴も気になって一夏の後ろに回る。中から出てきたのは、来週行われる総合進学案内というイベントのパンフレットで、幾つかの学校の紹介もある。

 

「これって……」

「試験的にだが、来年度から日本も奨学金の代わりにR2を導入する事が決まってな。それはR2導入校の進学案内だ」

 

 え? と二人揃って顔を上げる。

 

「R2って、報酬の倍率をあげるシステムじゃ――」

「DSOの報酬のポイント、日本では正式にR2と呼称するそうだ。いつまでも報酬とかポイントと呼称するのは体面が悪いんだろう」

 

 なるほど、と二人揃って呟く。

 DSOで得られる報酬はスポンサーの協賛会社も出資し、共同資金という形でプール。それぞれレートを変える事で各協力会社の割引ポイントとして使用できる。

それを応用し、海外でも私立校という条件が付くが、早期に技能者を養成できるという側面から、奨学金の代わりにDSOのポイントを使用できる学校はいくつかある。日本では導入の検討すら話題に上がらなかっただけに、この話は寝耳に水だ。

 

「R2を導入する学校はこの付近で8校、全国で50校ぐらいが導入を検討している。それでも海外に比べると慎重すぎるぐらいの少なさだがな」

「一夏、これなら行けるんじゃない?」

 

 降って湧いた様な幸運に鈴がはしゃぎ、一夏は突然の展開に呆然とする。よく見ると技術系や就職率の高い学校が多いが、R2という背景を見れば、日本も若い人材を確保しようと考えているのだろう。それでも一夏の学力であればどこでも狙えそうな学校ばかりだ。

 

「一度しかない十代、私が手伝えるのはこれぐらいだ。少しは足しになるだろう」

「……充分すぎるよ、千冬姉」

 

 一夏の目元に光るものが生まれ、鈴はそっと後ろから抱きしめた。

 

 千冬はそんな二人を見てビールを口にする。呑み慣れた銘柄でありながら、この日の酒は妙に旨く感じた。

 

 一夏を見守る役目はまだ自分だが、支える事はもうできない。

 

 

――あの日から、自分にはもうその資格がないのだから。




中華は温度も調味料(マジ
今回の鈴ちゃんのレシピは需要あれば公開します。詰め込み過ぎてついてこれないと思ったので、今回飯テロは自重気味。

というわけで、DSOのR2(というか報酬)の使い道その1。仮想と現実が密接に関係している、といのがちゃんと伝わればいいのですが。
発想自体はよくある店舗のポイント制度。あれこれ考えていたのですが、オーディナル・スケールを見た時に「これだ」と閃いて取り入れました。
他にも企業がDSOを通じて自社製品をアピールすることで広告費を削減し、クーポン等に回せるなどの裏設定もあったり。この辺はタイのエステ企業などからインスピレーションを受けてます。結構まんまですがw

参加企業の規模にもよりますが、店舗によってドルやユーロを始めとした通貨のように、R2のレートを変動させつつ、ユーザーの課金もプールする事である程度経済を回せる、という設定です。企業を国に置き換え、課金を通貨に置き換えれば解り易いかと。
同時に、DSO内でランクが高い=技術面(もしくは戦闘面)の知識がある、という考えから企業からすれば教育コストが削減できる上に即戦力も期待できる、という考えから奨学金に代わる制度としてR2を企業が買い取る形で学費に変換できるという設定。
学生も奨学金という将来の借金を抱える不安がない、という利点も。
他にも利用できる点が幾つかありますが、皆さんはどのぐらい思いつきますか?
現実でやろうとすれば2つ3つシステムの穴があって破綻が見えてきますがw

気になる人は調べてみましょう。そう難しい問題を残してないので調べるのは簡単かと。
勉強で遊ぶのは学生の特権で、遊ばせるのは大人の権利と考えてます。
遊びを勉強できるのに逆をしないなんてもったいない。

デメリットといえるかどうかわかりませんが、人数が増えると上を見る事に疲れてきて大抵がAかBランク辺りで満足しやすい、という設定。この辺まで行けば最低でも通信費ぐらいは確保できるので。
PvPとPvNの住み分けを明確にしたのも後々関係してきます。
一般的に言われる『にわかゲーマー』や『一般プレイヤー』などは、GGOの様なRMTではなく、生活のサポート(割引ポイント)になると、そこまで本腰を入れる人は少なくなると考えています。それでも『自身が冒険した報酬で生活できる』というのはある意味魅力ですが。
この辺はあまり深く本編に関わらせると読者がついてこれなくなると言われたので、あくまで『話を盛り上げるスパイス』程度に盛り込んでいきます。

Q:なんかいっくんネガティヴじゃね?
A:後に判明します。ある意味王道です。
 ヒントとしては千冬も攻略対象になる可能性がある、かな?

Q:ハルカって誰?
A:戦乱カグラの登場キャラ。中の人繋がりで名前を拝借。でもイメージは艦これの長門。中の人違うけど。
ちなみにリンのイメージはISAO式炉心リン(顔芸担当)で、体型もあのイメージ。最終的にもう少し育ちます。

Q:非合法の組織とかどうなってんの?
A:本編で明らかになります。ちょっと意外な(でもないかな?)方法で絡ませる予定です。あの方法は思いついた人もいる…はず? むしろいて欲しい。

Q:束さんはいい人?
A:一応漂白寄り。完全に白ではないです。

今回の話、書いてて「何かが足りない」と感じてます。
意見とか欲しいけど、こういうのはどこで求めればいいんだろ?


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00-06 総合進学案内と異変

時間的に結構飛びます。そしてついにあの事態が!

更に意外な展開を盛り込んでみます。もう原作の影も形も残ってねぇや(今更


 それから一週間後。一夏は鈴と一緒に弾や数馬と一緒に総合進学案内の会場に来ていた。

 R2を導入するだけあって、来場者には可能な限りオーグマーをはじめとしたAR機器の使用を推奨しており、一夏と鈴もつい先日、数馬の伝手(つて)で初期型のオーグマーを都合してもらい、DSOで稼いだポイントも使用して超格安で入手。弾と数馬もこの機を利用し、先月発表されたばかりの最新のAR機器『オーグマーⅡ』を入手していた。

 最も、一夏はオーグマーを入手してから即座に魔改造をした上、DSOのローカルメモリーをナーヴギアからコピーし、これをサブで使う気満々なのを鈴に(たしな)められたが。

 

 今日の一夏は鈴がコーディネートしたのだろう、白の半袖Tシャツに黒のベスト、黒のイージーアンクルという格好で、首にはアクセントでシルバーリングのついたレザーネックレス。髪もセットしてさわやか系。いつも付けているリストとアンクルも一つのアクセサリとなる配慮がなされている。

 弾は緑のカーゴパンツに赤を基調とした迷彩シャツ。腕にはゴツい腕時計をあしらい、ストリートミリタリーで統一。トレードマークの長髪とバンダナも相俟って、ワイルド系イケメンに化けた。

 数馬は七分袖の薄水色のYシャツとベージュ色のスラックスでスラリとした線を強調、革製の腕時計をアクセントに、カジュアルにまとめられ、実年齢より2つか3つは年上に見え、このメンバーでは引率の戦士と言われても違和感がない。

 鈴もトレードマークであるツインテールをおろし、リボンを使って襟足でゆったりとまとめ、薄いクリーム系のラッフルブラウスに空色のパラッツォパンツ、足回りも低めのミュールに履き替え、普段と違っておしとやかなイメージに変貌。グロスとファンデで軽く化粧もして、一夏と並ぶと絵になり、一見すれば知的なカップルにしか見えない。

 

 それに気づいた弾と数馬が二人を見てニヤニヤし、一夏と鈴は顔を見合わせた。

 

「なんかヘンなものでも食べたのか?」

「ンなワケあるか! その服、鈴のコーデだろ?」

「なかなか鈴もスミにおけないねぇ。こういう所で無言のアピールとは」

 

 一夏は二人が何を言っているのか理解できなかったが、鈴は速攻で気付き、自分の服と一夏を交互に見比べると、急に真っ赤になって否定しだした。

 

「いや、あのっ、ち、違うからねッ! これ虫除け防止だから!」

 

 会場内は昨今の男女比で男が少ないことを考慮し、自分が虫よけになって一夏の負担を減らそうとコーディネートしたが、落ち着いて考えれば計画的犯行にしか見えない。

 ついでに『虫除け防止』だと意味がかぶり、一周回って寄ってくる意味になることに気づいてすらいない。

 

「いやいや。今回僕たちはお邪魔虫だと思いませんか、弾さん?」

「そうですねぇ、これは是非とも鈴さんに頑張って貰いたい所です」

「ねぇ、ホント違うから!」

 

 真っ赤になって否定すればするほどドツボにハマっていくが、一夏一人が理解できず、話についていけてない。

 そうしている所で、鈴のオーグマーにメッセージがポップ。何かと思って開くと、数馬からのメッセージで『一夏は気付いていないから、このままなし崩しにオトしてしまえ』とのアドバイス。なんかイッパイイッパイになった鈴が数馬にドロップキック。肉盾にされた弾の急所に突き刺さった。

 

「ヒールはやばいだろぉぉ……」

「残念、ミュールよ!」

「男として十分殺傷力ありすぎなんだけど」

 

 結局、騒いでいる所をスタッフに注意され、一夏達はそそくさと会場の中に入っていった。

 

 ちなみに二人がついて来たのは、単純にR2を導入する学校がどういうものか興味があったのと、条件さえよければ志望校にしようと思ったからだ。

 

「おいおい。ここ、IS学園も入ってるぜ」

「IS使えない男子もISに触れらる体験も出来るみたいだね」

 

 弾がARによって空間投影された案内から、目ざとくIS学園の項目を見つけ、数馬も紹介文を見て興奮している。

 DSOプレイヤーであれば――プレイヤーでなくても本物のISを見られるというのはロマンをくすぐるし、千冬がこのパンフを持ってきたのも理解できる。

 というか責任者に織斑千冬の名前がある時点で色々察してしまった。

 

 ……どことなくIS学園が出会いを求めているような気がするのは気のせいだ。そう思いたい。

 

「で、どこから見るの?」

「とりあえず就職率の高い藍越(あいえつ)。自由な校風と学費が安いってのも気になる」

 

 鈴は一夏と一緒に回ろうと色々眺めている。IS学園も気になるが、切実な現実の方が先だ。

 

「俺は相越見て来るけど、皆はどうする?」

「あたしも見てみる」

「俺もまずはそこかな」

「なら僕も一緒に。IS学園は余裕があったらついでに見てみようよ」

 

 オーグマーを手に「藍越学園」と呟くと、空間投影されたナビが起動。一夏達はそれに従って歩を進めた。

 

 

 

***

 

 

 一通り進学校案内を回り、IS学園のブースに回った頃には、男性陣は既にクタクタになっていた。

 

「む、来たか――って、どうしたそれは?」

 

 一夏達を見つけた千冬が一行を見て驚く。

 一夏のシャツはヨレヨレ、ベストやズボンのポケットからはクシャクシャになったメモが飛び出し、髪もまるで暴風に晒されたかの様にボサボサで、その隣で鈴が不貞腐(ふてくさ)れている。

 後ろにいる弾や数馬も似た様なもので、数馬は首筋に虫刺されのような跡もあるし、弾に至ってはトレードマークのバンダナがなく、胸元や頬にはグロスでつけられたキスマークがチラホラ見えていた。

 

「千冬姉、女子高生って怖いんだな……」

「あぁ、そういうことか」

 

 なんだかんだ言ってこの3人が3人ともイケメンの部類だ。

 数馬の優男系、弾のワイルド系、一夏の微ショタ系とジャンル別けもされており、それに()てられたお姉様方にもみくちゃにされた訳だ。

 特に一夏がもみくちゃにされたのは、ショタ系に目覚めちゃったお姉様方にチヤホヤされた挙句、連絡先を貰った事で鈴が不機嫌になってこの状況が出来上がった、といった所か。

 

「その向こうにメイク室がある。私の名前を出して直してもらえ」

「……そうします」

 

 鈴が一番ヘロヘロな一夏を引っ張り、ゾンビの如く二人がそれに続いた。

 

 

 

***

 

 

 20分ほどして4人が揃ってやってくる。一夏はシャツも用意されたのか、着ていたTシャツは半袖のYシャツに代わり、数馬もホスト系に着替えさせられている。弾に至っては長い髪を(まと)められ、服装もミリタリー系からロック系に変わっていた。

 

「IS学園の人達って優しいんだな」

「まさか服まで用意してくれるとか思わなかったぜ」

 

 生徒達からこうなる可能性を示唆され、予算内で適当な衣装を用意しておいたが、まさか本当に使う事になるとは千冬も思わなかった。というか一夏のYシャツは確か去年の学園祭で生徒が使ったヤツじゃなかろうか?

 

「着ていた服はどうした?」

「ボロボロだから処分してくれるって」

 

(絶対お持ち帰りする気だろ、あいつら)

 

 服は後で千冬が回収しようと決めた。何に使われるかわかったもんじゃない。

 ついでに室内カメラもあるかどうか確認しておこうと決めた。

 

「とりあえず、IS学園の案内を見ていくか? 鈴は適性も検査してもらえるぞ」

「あ、ちょっと気になるんで受けてみます」

「んじゃ俺達もそれについてってみます」

「ああ。男子のIS体験は向こうでやっているから、そちらも見ていくといい」

 

 皆で一礼して鈴の適性検査の方へと向かっていく姿を見て、一夏は志望校が見つかったかちょっと心配になった。

 

 

 

***

 

 

 適性検査の方は意外と閑散としていた。

 どうやらピークを過ぎたらしく、人もまばらになってきたタイミングで来たようで、数分と待たずに鈴の順番がやってきた。

 

凰 鈴音(ファン・リンイン)さん、適性検査の結果はAですね」

 

 周りから感嘆の声が上がる。適性Aともなればかなり高い適性だし、技量さえあれば代表候補すら狙える。

 適性結果に満足したのか、こちらに向かってドヤ顔でピース。ああいう所さえなければおしとやかで通せたのに、と3人はお互い顔を見合わせて苦笑する。

 

「この適正ならこのままIS学園の推薦も受けられますが、どうします?」

「いいえ、今日は検査だけで」

 

 あっさりと引いた鈴を見て、弾と数馬が思わせぶりな視線を一夏に向ける。男女間のネタで言い返せるだけの語彙(ごい)力など一夏にはなく、不貞腐れる様に明後日の方を向いた。

 

「さて、あっちでISのふれ合い体験あるみたいだし、行ってみよっか」

「いいのか? その気になれば代表候補とかも狙えるのに」

「一夏がいないもの。行く理由がないじゃない」

 

 弾の質問にあっさりと答える鈴に、二人が一夏を見た。

 また弄られそうな気配を感じ、黙って体験会場の方へと歩き出す。

 

「いちか……?」

 

 ふいに後ろから声をかけられ、ふとそちらを振り向く。

 そこにはポニーテールの少女が驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 

「ほう、き……?」

 

 古い記憶の中から、どうにか似た人物の名前を挙げてみる。少女は名前を呼ばれ、涙を浮かべて一夏に飛びついた。

 

「一夏だ、やっぱり一夏だ!」

「ぅおッ、ひっさしぶりだな、(ほうき)!」

 

 少女――箒は泣きながら一夏の名前を連呼して抱きしめてくる。鈴と同い年なのに色々大きくて柔らかいのが当たるが、空気を読んで黙る。

 鈴より大きいからとかいう理由ではない。だから抱きしめられて柔らかいのが当たってるのも仕方ない。仕方ないのだ。

 

「ちょっ、二人とも離れなさいよッ!」

 

 二人抱き合っているのが面白くない鈴が、間に入って二人を引きはがす。更に一夏を盗られまいとするかのように一夏の前に立ち、箒を睨む。

 いきなりの展開に弾と数馬はフリーズ、男三人を放置して鈴と箒による修羅場が唐突に開始された。

 

「あんた何よ、公衆の面前でいきなり抱きついて来るなんて!」

「あ、ああ、すまない。久しぶりに一夏に会ったので我を忘れてしまった。私は篠ノ之(しののの) (ほうき)。一夏の古馴染だ」

 

 箒はぺこり、と一礼して自己紹介。鈴は怪訝(けげん)な表情で箒を見るが、後ろの二人が“篠ノ之”という名前に反応する。

 

「篠ノ之、って、まさかあの篠ノ之!?」

「もしかして、束博士の関係者!?」

 

 いきなりのビッグネームに二人が興奮するが、一夏のひと睨みでここがどこかを思い出して自重する。

 こんな場所で篠ノ之 (たばね)の関係者がいるなんて大声で叫べば混乱は必至。ただでさえ数少ない男が固まっているのに、これ以上の騒ぎを起こせば千冬にも迷惑がかかる。

 

「しっかし久しぶりだな。かれこれ3、4年ぶりぐらいか?」

「もうそれぐらいになるのか。一夏もここに来ていたとは思わなかった」

 

 場所が場所だけに、偶然ではないだろう。ISが発表されてから3年ほど過ぎた頃、要人保護プログラムによって篠ノ之家が散り散りになり、最期の挨拶すらできないまま、彼女が転校して約4年。

 お互い色々あったが、突然の再会に何から話したらいいのか思いつかない。

 

「その、剣道はまだ続けているのか?」

「道場が閉鎖してから他の所に行く気がなくてな。今も鍛錬は続けてるけど、剣はDSO寄りの剣術に変わっちまった」

「でぃーえすおー?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げる。それは一体どんな武術だ。

 DSOプレイヤーではない箒に懇切丁寧(こんせつていねい)に一夏が説明する。周りにいる皆もクラスメイトでDSOプレイヤーだと告げると、箒は「そうか」と一言だけ呟き、少し淋しそうな顔をした。

 彼女にとって、剣道は一夏との繋がりの一つと考えていただけに、彼が剣道をやめていたのは少し寂しいものがある。が、彼女の方も剣道は自己鍛錬のためだけに留め、部活に入ってまでやるものではなくなったという。

 それよりも気になったものに目を向けた。

 

「それで、その、彼女は?」

「こっちは「わたしは凰 鈴音(ファン・リンイン)。一夏を振り向かせようとしてる真っ最中よ!」

 

 挑戦状の如く、一夏の言葉を遮り自己紹介。ウソでも彼女と言わないのは鈴なりの矜持か、もしくは一夏へ再確認させる意味で言ったのか。

 箒も箒で鈴の言い放った言葉に何か含みを感じたのか、鈴を上から下へと眺め――胸元で視線が止まり、フッと鼻で(わら)うと、自前のそれを腕を組んで持ち上げてみせた。

 鈴の蟀谷(こめかみ)に血管が浮いた。一夏はその意味を理解したが、なるべく目線をそちらへ向けないように努める。巻き込まれるのはゴメンだ。

 突然の修羅場に一夏が一歩引くと、弾と数馬の二人が一夏に近付く。

 

「な、なぁ、彼女は一体?」

「ああ、箒は前に通ってた道場の娘さんで、一緒に剣道やってた仲だ。千冬姉とも面識あるぞ」

「知り合い、っていう割にはなんかそれ以上の感情持ってる気がするんだけど」

 

 そうかな? と呟き、一触即発の二人を(なだ)めようと一夏が二人の間に割って入った。

 

「と、とにかくここじゃ騒ぎになるし、場所変えようぜ、な?」

「む」

「そ、そうね」

 

 二人はあっさり頷く。どこで騒いでいるかを理解したのか、鈴が一夏の右腕にしがみつく。それを見た箒がムッとし、左腕にまわってそっと右腕を絡ませた。

 

「ちょっ、二人とも――」

「さあ、場所を変えよう」

「そうね、こんな人通りの多い所じゃ騒ぎになるもの」

「その前に手ェ離して、自分で歩けるから!」

 

 半ば引きずられる様にして歩いていく一夏を見て、弾と数馬はアイコンタクトで確認。新たな修羅場が起きると見た二人は、状況を楽しもうとモブに徹する事に決めた。

 

 

 

***

 

 

 紆余曲折あって、皆はISふれあい体験会場にやってきた。展示されているのは日本の主力量産機である打鉄(うちがね)と、フランスの量産機であるラファール・リヴァイブ。

 共に第2世代機で、世間でも割と知られているISだ。弾と数馬は一夏達を放り出し、早速打鉄へと足を運ぶ。

 本物のISを前に弾と数馬が興奮しているが、一夏は一歩引いた先で乾いた笑いを浮かべた。

 

「やっぱ、本物を前にするとダメだなぁ……」

「一夏……」

 

 鈴がそっと一夏を支えるように抱きしめ、箒は事情が判らず困惑する。

 あの日の出来事を越えられたと思っていた。思いたかった。それでもいざISを目の前にすると、あの日の出来事がフラッシュバックする。

 

第2回モンド・グロッソ。

 その陰で一夏を中心に起きた要人誘拐事件。

 後に『モンド・グロッソの悲劇』と呼ばれるようになったそれは、大会そのものを中止するに至り、ISが現行する兵器以上の機動力を見せつけると共に、どこまで行っても兵器でしかない事を世に知らしめ、死傷者多数の大惨事となって世界を震撼させた大事件となった。

 あの事件に巻き込まれて以来、ISに対する感情は複雑だ。憎めばいいのか、恨めばいいのか、それとも――単純に兵器と割り切ればいいのか。

 仮想の空でDSを纏い、あらゆる戦場を経験してきたからこそ考えさせられる。いっそ自分も使えたら何か変わるのだろうか。

 

 そこへ、IS学園の制服を着たスタッフが数人、こちらへやって来た。

 

「あなたもISに触れてみますか?」

「あ、いや、俺は別に」

「大丈夫。男の人では起動しませんし、滅多にない経験ですから」

 

 やたら推してくるスタッフに流され、一夏達はISの前に連れていかれる。妙に上気したスタッフを見て、鈴はまたかと内心呟く。

 この人達も一夏のかわいらしさに充てられてふれあいたかっただけだと理解し、これは何のふれあいなのかと問い詰めたくなる。

 箒も事情を察し、何かされるんじゃないかと心配になって一夏についていき、三人はISの前に立たされた。

 

「お連れの女性はISに触れないで下さいね。起動してしまいますから」

「あ、はい」

 

 鈴が答え、ISの周りには別のスタッフが予防線を前に女性たちを監視していた。そこに箒が呆然とする一夏と一緒になって目の前のラファールを見た。

 

「これが、姉さんの成果か」

 

 感慨深く箒が呟く。確かに初めて出撃した時はテロリストが発射した核ミサイルに巨大隕石の破壊だ。そこだけ見れば人類に大きく貢献したといってもいいが、周りにもたらした被害も甚大だ。

 

「箒。その、あれから家族とは?」

 

 無言で首を横に振る。束を重要視した政府が発動させた要人保護プログラムは、篠ノ之家を崩壊させ、箒の人生を滅茶苦茶にした。

 

「束さんは、今のISを見てどう思うんだろうな」

「急にどうしたのよ?」

 

 鈴が怪訝な表情で一夏を見る。

 

「DSOをやってるせいかな。ISに助けられた人達が、ISを作った束さんの家族を崩壊させ、本来の目的とは違う兵器に仕立て上げて、国同士でケンカしてる――更にはモンド・グロッソの悲劇をも引き起こした」

「姉さんは……いや、姉さんが失踪したのも解る気がする。自分が作ったもので世界に悲しみを拡げていたと知れば、私も耐えられそうにない」

 

 何か言いかけたのを訂正して箒が素直な感想を()べる。

 ISの本来の目的は宇宙開発を主軸としたマルチプラットフォーム・スーツだ。決して現在の様な国家の防衛戦力でも、国威宣揚(こくいせんよう)のためのパワード・スーツなどでもない。

 束が失踪したのは、自らが望んだ形でISが活用されなかったからだと、今はそう思える。それを知った所で何ができるかと問われれば、何もできない自分の無力さを見せつけられてしまう。

 

「あなたもISに触れてみない?」

「え?」

 

 空気を読まないスタッフに声をかけられ、気付いたら両脇を二人の女性にがっちりと捕まえられていた。

 ISに集中していたとはいえ、いきなり現れたスタッフに一夏が困惑する。

 

「あの、ちょっ――」

「大丈夫、滅多にできない経験だし」

「そうそう。気になる事があったらお姉さん達が優しく教えてあげるから」

 

 あれよあれよという間に予防線の中に連れていかれ、監視していたスタッフも参加し、箒と鈴もいきなりの展開に慌てて止めに入るが、スタッフに止められて目の前の展開を見守ることしかできない。

 

 そして一夏はスタッフの手によってラファールに触れる――触れてしまう。

 

(え……?)

 

 瞬間、現実ではありえない光景が展開する。

 絶対防御、バイタルデータ、シールドバリア、ハイパーセンサー、PIC出力、拡張領域(バススロット)、あらゆる機体情報が展開され、それら全ての情報が直接脳内に入ってくる。

 突然の出来事に困惑しながらも、DSOプレイヤーとしての習性でそれらの情報を把握し、理解し、整理した頃、自分がISを纏っている事に気付いた。

 

「うそ……」

「お、男が……ISを起動させた!?」

 

 困惑する本人を余所に、事情が伝播していき周りは騒然となっていく。

 遠くで弾と数馬の驚いた顔と、鈴と箒の何か変なものを見たような目が強く印象に残った。




ようやくというか、一夏がIS起動させました。
原作より2年近く早い起動ですが、早い段階でこのイベントを消化しないと他の所が動かせなかったのでこうなります。
箒も早い段階で接触させたのも重要だったり。後で驚く展開となればいいのですが。

Q:オーグマーがあるって事は、OSも絡むの?
A:現時点ではシステムまで。それだけでも本編に重大に絡みます。
 ISとの技術レベルから、あってもおかしくないガジェットであるのと、今後の展開で重要な部分を占める技術なので入れてます。対極に位置するあのシステムも絡めることができますし、IS側のアレにも関係してくるので。
 後々出てきますが、かなり深い部分に食い込んできます。少し脳ミソ使うかも?

Q:箒さん、剣道少女じゃなくなった?
A:力と暴力の違いを理解してるどころか、暴力に対して忌避感持ってます。
 この辺は後々明らかにしていきますが、最も身近で間違いを矯正できる存在がいたのが分岐点。
 今後、箒の成長に大きく関わってくる人達。人選に関しては王道から外れてないはず。むしろ原作でどうしてコレをやらなかったのかと。

Q:この事態は束さんが仕組んだもの?
A:原作同様、束さんは直接関わってません。
 束さんが関わったのはナーヴギアの魔改造のみ。
 むしろ○○が仕組んだ展開。ある意味予想外で計画通り、といった所です。
 ちなみに今あなたが考えたのは半分ハズレ。既に答えのヒントとミスリードは作中に出ています。

Q:男達、モテ過ぎない?
A:一夏世代の男は希少なので、ハロー効果が重なればこうなります。

 ※ハロー効果とは身形(みなり)を清潔に保ち、自信を持つ自分を演じる事で、周りに好印象を与える心理効果。要はリア充になる手段の一つで、ある程度なら顔や趣味は妥協できるようになるらしいです。
 論文も出ていて、ネットでもある程度調べられます。気になる方は調べてみて下さい。

次回、早々に次の展開へ進みます。


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00-07 動き出す世界

以前、間違えて投稿してしまった回。気が付いてすぐ消しましたが、手違いで驚かせてしまい、申し訳ありません。




ようやく世界を巻き込めます(ぇ

ここから3話ほど説明回が続く予定。しかも誰得の9000字オーバー。
SAOがデスゲームにならないだけでどこまで変わり、どこまでブッ飛べるか。

前話でちょっろとだけ触れた『モンド・グロッソの悲劇』が、今回で明かされます。
表向きの部分だけ、ですが。

ついでにここでストックは終了。次週以降も安定して投稿できるかは頑張り次第。


「……まったく、酷い目にあったぜ」

「あんなの、誰も思いもしなかったと思うよ?」

 

 『世界初の男性IS操縦者発見』という事件が世界に知れ渡った夜、一夏はDSOに逃げ込みランクスに愚痴っていた。

 

 あれから会場の騒ぎは拍子抜けする程アッサリと収まった。

 騒ぎを聞きつけた千冬とスタッフの連携、無断でオーグマーを使ったAR配信をしていた数馬達の援護により、(わず)かにいたマスコミへの箝口令(かんこうれい)を施行するより先に、一般人が協力してマスコミ達をブロック。

 会場にいる女性達の『カワイイは正義、イケメンは財産』の名の下に協力し、そこに政府の人間が現れたが、世界最強(ブリュンヒルデ)だけでなく、腐った思考の乙女達がいる前で、世界初の男性IS操縦者に手を出すのは命取りだと察し、手出しを控えた。

 その世界初は織斑千冬の弟であり、モンド・グロッソの悲劇の被害者の一人と知れると、鈴を始めとした友人達もまとめて保護するだけでなく、IS学園のスタッフと連携し、マスコミやパパラッチへの対応と今後の恒久的な護衛を約束。それだけでなく、会場から自宅まで護送までする慎重さ。

 それだけあの事件で酷い対応を行ったという証左だが、現時点で政府が取れる手段はあまりにも少ない。

 もっとも、一夏の傍にいた箒もこの混乱に乗じ、千冬に相談してちゃっかり織斑家の厄介になる、というのは完全に予想外だったが。

 

「それにしても、まさかイチカがかの有名な織斑千冬(ブリュンヒルデ)の実弟、しかも実名プレイとはね」

「初めてやったゲームがDSO(コレ)だったからな。右も左もわからないまま本名で始めて、名が売れてきたら二つ名までつけられ、気がついたら変えるに変えられなくなってズルズルと……」

 

 結構黒歴史の部分なのか、話していくにつれてだんだんテンションが下がっていく。

 なんとなくヤバげな雰囲気になりそうだと判断し、強引に話を切り替える。

 

「ニュースで見たけど、両手に花の現実(リアル)放り出して、なんでDSO(こっち)に?」

「その花同士がなんかソリ合わなくてな。晩飯作るだけでもどっちが作るかで口論になった」

 

 なんで二人とも喧嘩腰なんだろう、とボヤくイチカにランクスは苦笑する。箒という少女もイチカに惚れ込んでいた一人らしい。そりゃ恋敵が一緒にキッチンに立てばケンカにもなるだろう。

 この辺の機微がイチカは未だ鈍感だ。なんとなくだが、恋バナは他人事(ひとごと)と考えている節がある。

 

「それはそうと、これからどうする?」

「これからって?」

「世界初の男性IS操縦者。その肩書はどこも欲しがるだろうし、日本政府もこのまま黙ってるってワケでもないんだろうし」

「まぁ、な」

 

 半ば諦めた様にイチカが苦笑する。

 DSOのみとはいえ、そこそこ長い付き合いだ。二人とも大方の流れは予想できている。

 否、DSOプレイヤーだからこそ考えやすいというべきか

 

「考えられる展開は、ブリュンヒルデ経由で日本のIS企業が名乗りを挙げ、そこでISの勉強をしつつ代表候補生への枠組み、って所かな」

「最悪は箒同様、周りの人間を要人保護プログラムで人質にして、こっちの言う事を聞かせる、ぐらいは考えてる。日本政府(あいつら)の容赦のなさは身に染みて理解してるから」

「日本政府ならありえそうだね。僕もモンド・グロッソの悲劇に関しては、僕もある意味当事者だし」

「え……?」

 

 唐突な相棒のカミングアウトに驚く。あの事件は一部のセレブかIS関係者が当事者といえる事件だ。

 その被害者の一人、というからにはそのどちらかの血縁者か。

 

「こちらばかり情報を持ってるのはフェアじゃないからね。僕の本名(リアルネーム)はランクス・デュノア。イチカと同じ実名プレイだよ」

「デュノアって――フランスのデュノア社の関係者!?」

 

 デュノアといえば、IS界隈において現在世界シェア第2位、一夏が起動させたラファール・リヴァイヴという傑作機を世に送り出した最大手企業。

 

 同時に、あらゆる意味でイチカにとって忘れることができない所だ。

 

 

 

***

 

 

 モンド・グロッソの悲劇。

 

 それは近代史最大のテロ事件にして、世界にISを兵器と認識させる事となった最悪の出来事。

 

 本来は織斑千冬のモンド・グロッソ二連覇を阻止すべく、唯一の家族であった一夏を誘拐・監禁して千冬の決勝出場そのものを阻止しようと計画されたもので、出場を辞退する様に日本政府に通達。

 しかし政府はこの事実を伏せ、千冬の決勝出場を決定した事で計画が変更された。

 

 依頼元は報復として織斑一夏の抹殺を実行しようとしたが、土壇場で依頼元と実行犯の意見が食い違い、欲をかいた実行犯が会場に来ていたセレブやIS関係者も拉致。身代金を狙った事で事件が表沙汰になった。

 

 事件を解決すべく、現地の警護に当たっていたドイツ軍と、各国代表の連携による一大救出部隊が組織され、現地警察や有志を含めた一斉捜査が始まった。

 この時に投入されたISは全部で26機。たった1機で戦争を起こせるようなISが26機も投入されたと知れば騒ぎにもなる。

 救出部隊は投降を呼びかける為に部隊内容を発表し、誘拐犯を無抵抗で投降させるのが狙いであったが、事態は最悪の展開を見せた。

 

 この情報を得た依頼元は即座に実行犯を切り捨てただけでなく、誘拐犯の居場所を第三者を使ってリーク。それを知った実行犯は半ばヤケになり、用意していたIS3機と逃走用に準備していた車に搭載されていた武装を展開。誘拐した一夏達を盾にして逃げおおせようと試みたが、当時はISの優位性を過信していた国家代表の大半が女尊主義者であり、現場を指揮していたのはベテランの男性軍人。当然の如く現場で反発が起き、IS操縦者の独断で行われた狙撃が失敗。

 瞬く間に救出現場は戦場へと変わった。

 

 当時から懸念されていた国家代表の独断専行が悪い方向に働き、『現場の判断』で要人救出の計画は誘拐犯の殲滅(せんめつ)に切り替わり、誘拐犯が逃げ回る事に苛立ちを覚えた部隊が(いたずら)に戦火を拡げ、泥沼の様相を呈していく。

 結果、織斑一夏を含めた要人15名のうち10名が死亡。残った5名も重傷を負い、現地住民や観光客も巻き込まれ、最終的に死傷者は2000人を越え、行方不明も1000人以上という大惨事となった。

 モンド・グロッソの開催地であったドイツのデュッセルドルフも、ライン川の一部とラインヴィーゼン周辺が壊滅。世界経済にも影響を及ぼした。

 それだけでなく、誘拐犯も半数が死亡し、残党もドサクサに紛れて逃亡に成功。唯一人確保に成功した誘拐犯が今回の計画を吐き、その情報はIS委員会を通して世界に開示された。

 結果、日本政府の対応が問題視されただけでなく、世界最高峰と言われた織斑千冬が政府不信と、唯一の家族を危険に晒した己の未熟さを理由に現役を引退。更にはこれが引き金となり、篠ノ之束がISコアの製作継続を拒否して失踪。これによって世界にあるISコアの総数は467個となり、コアの増加は絶望的となった。

 

 参加した国家代表の品位も問われ、戦闘に参加した()代表達はテロ行為を助長したとして軍事裁判にかけられると共に、会場での要人警護の体制と監督も問題視された。

 被害に遭ったセレブの親族やIS関係者は早期に動き、被害者を病院に搬送。自らも被害者とはいえ、ISに関わる以上、彼らの体裁を保つという側面もあったが、プライベートジェットの運用やヘリをチャーターし、迅速に多数の医師を確保した事で瀕死の重傷者も一命を取り留め、救助後の死者が出なかったのが救いといえば救いだった。

 

 

 

***

 

 

 この大惨事以降、女尊主義者はテロリストと同列に見られる風潮が強くなり、ただでさえ男女比が少なくなって来た背景もあって、女尊主義への風当たりが強くなり、恋愛はおろか職場でも浮いた存在となっていく。

 そうした中で強調されてきたのが女尊男護(じょそんだんご)という風潮。

 皮肉にもこの風潮が後押しする事で一夏は治療後の早期リハビリを行う事が出来、女性権利者が中心となって支援会を設立。政府も絡んで義捐金(ぎえんきん)(つの)り、被害者達もなんとか治療費を支払う目処が立った。

 

 この時、一夏の病院の手配からリハビリまで準備してくれたのがデュノア社だ。デュノアも誘拐事件の際に母娘を誘拐され、一夏と共に拘束された際、泣きじゃくる同年代の娘を励ましていた経緯がある。

 しかし戦闘に巻き込まれた母が死亡。娘の方も一夏が庇った銃弾が一夏を貫通して被弾したと聞いたが、これ以上騒がれたくない日本政府は、リハビリが終わると同時、護衛と称して一夏を半強制的に帰国させる。

 当時のデュノアも誘拐犯が使用したISがラファールをベースにしていた事から、内通者の容疑をかけられ、徹底した捜査がされていた。

 一夏は帰国後に連絡をとろうとしたが、日本政府は騒ぎの再発を恐れてデュノアとの連絡を制限。なんとか伝手を頼ってメールという形でデュノアに援助の礼を送ったが、デュノアの事情を知って二度目以降の連絡を自重。そのままタイミングを逃し、今に至っている。

 

 

 

「……あの時、俺がもっとしっかりしていれば、あんな事件は起きなかったんじゃないか、デュノア母娘(おやこ)も助かったんじゃないかって、ずっと思ってた」

「それは――」

「わかってる、これは傲慢(ごうまん)だって。それでもあの時の自分が許せなかった」

「それでDSOに?」

「4割ぐらいは意地かな。DSの観点からISを見直して、自分なりに何かできる事をやりたかった」

 

 乾いた笑みを浮かべるイチカを見て、ランクスは『強いな』と思う。

 方法はともかく、イチカは様々なアプローチで世に貢献しているのは知っている。メカトロニクス技術も、ランクスが知る限りでは最高峰の腕前だし、ISへの造詣(ぞうし)も深く、DSをISに酷似させた設定でプレイし、その戦闘でレポートを作成して発表もしている。

 DSOプレイヤーとしてだけ見れば、オタクがハマりすぎてISに酷似した設定のロールプレイだが、背景を知ればイチカなりに事故の再発防止を模索していたのだと納得出来る。実際、公開されたレポートだけでも助かったプレイヤーは数知れず、あの事件以降、ゲームマナーを守る者も増えてきた。

 極め付けはあの視野の広さとアビリティに頼らない技量の高さだ。ISの技術も習得すれば、かの世界最強(ブリュンヒルデ)すら(しの)ぐパイロットとして名を()せるだろう。

 

「世界初の男性IS操縦者なんだ。その肩書はどこも欲しがるだろうし、日本もイチカを獲得するのに手段を選ばないんじゃないかな?」

「だろうな。過去の遺恨も適当に丸め込むか、なかった事にして話を進めに来るかも」

 

 半ば(あきら)めた感情を隠そうともせず答える。

 嫌味も隠そうともしないのを観るに、日本政府との遺恨はかなり根深そうだ。

 

(これは……利害が一致するかな?)

 

 行動するなら早い方がいい。そう思って話を切り出す。

 

「なぁ、イチカ。フランスに――デュノアに来ないか?」

「デュノアに?」

 

 一瞬怪訝な表情をし、話を理解する毎に真剣さを増していく。

 

「何故、と聞いても?」

「もちろん打算はあるよ。裏もあるけど、相棒の危機だ。僕が動くことで助けられるなら動くよ」

 

 明け透けのない言葉にキョトンとするが、ついで(せき)を切ったように笑い、つられてランクスも笑う。

 笑って、笑って、コンディションアラートが鳴った頃にようやく笑いが治まる。

 

「あー、笑った笑った。まさかランクスの現実(リアル)知ってすぐ、こんな展開になるとは思いもしなかったよ」

デュノア(ぼくら)の状況が切羽詰まってる、っていうのも偽りないんだけどね」

 

 訥々(とつとつ)とランクスが話し出す。

 

「モンド・グロッソの悲劇の際、テロに使用された機体の殆どがラファールだった事もあってね、デュノアは欧州で企画された次期量産型計画であるイグニッション・プラン参加への話が来なかったんだ」

「世間体、ってヤツか」

 

 ランクスが首肯する。テロに使われた機体を作った会社を量産計画に組み込もうなど、醜聞(しゅうぶん)(たぐい)だ。マスコミが飛びつく格好のネタにもなる。

 

「それにフランス政府からも腫れモノ扱いな上、表立ってはいないけど世間からの風当たりも強くてね。それに耐え切れなかった職員も何人かは辞職したり、引き抜かれたりで人員の工面も難しくなってきたんだ」

「それで広告塔として俺がいれば、また話は変わってくる、か?」

「いろいろ問題はあるけど、お互いの利害も一致するし、何より最もインパクトがある」

 

 確かに諸々の問題こそあれ、日本政府と折り合いがつかない以上、デュノアという存在は大いに魅力的だ。

 ISが作られる環境で安全にISを学べる、それにどれだけの価値があるかなど考えるまでもない。自分の価値を考えれば、そこで自分が希望する専用機が作られる可能性だってあるのだ。

 

「普通なら二つ返事で返すべき、なんだろうな。でも――」

「わかってる。イチカにだって生活があるんだ、今すぐ答えを求めたりしない。選択肢の一つぐらいに考えておいてくれれば、それでいい」

 

 すまない、と小さく(つぶや)く。何かを変えたいと願いながら、いざ目の前にチャンスが来たら来たで尻込みする自分に嫌気がさす。

 しかし一夏がデュノアと組めば過去の遺恨も払拭できる可能性があるし、デュノアはまたIS業界で返り咲く事も夢じゃない。

 何より利害が一致している。

 

「俺は――」

「言ったろ、今すぐ答えを求めたりしないって。

 話を振ってから言うのも卑怯だけど、イチカが納得するまで考えて、それで答えを出して欲しい。でも時間が限られているのも忘れないで」

「ああ。そう、だな」

 

 ランクスの提案は、ある意味一夏にだけ有利な話だ。

 デュノアの広告塔になるとしても、それに異を唱える所はごまんといる。こうしている間も、世界は密かに、しかし確実に機会を(うかが)っている。

 それがデュノアに牙を剥かないなど、誰が保証できる。

 

 どう動くにしても、疫病神(いちか)の扱いをなんとかできなければ、おいそれと答えを出す事はできない。何らかの打開策がない限り、織斑一夏を中心に戦争が起きても不思議ではないのだ。

 

(……どう動くにしても、騒ぎは大きくなるか)

 

 難題過ぎる問題に、イチカは頭を抱えたくなった。

 

 

 

***

 

 

 その頃、世界は男性IS操縦者獲得という手段に向け、静かに動き出していた。その目的は一夏の予想とは裏腹に――否、予想の斜め上に向かって。

 

 中でもドイツは予想通りというべきか、予想外というべきか、当初から全く別の方法でのアプローチを計画していた。

 

「それでは、我がドイツは織斑一夏との直接関与ではなく、協力関係を優先すると?」

「はい。友好的な関係を築くだけで信頼関係を得られるかと」

 

 高官達が並居る会議室、その中心で銀髪の少女が答える。その姿は毅然とし、准将を筆頭とする高官達を前にして、僅かにも動揺する素振りさえ見せない。

 

(変われば変わるものだ)

 

 老齢に差し掛かった女性准将が(いつく)しんで目を細める。

 試験的に設立を計画しているIS部隊、その隊員を育てる上でDSOという存在は格好の隠れ(みの)だった。

 かつてドイツに教導で来ていた千冬の提案により、半信半疑でDSOをIS教育の一環に組み込んでみれば、思った以上の結果を(もたら)してくれた。

 最も気難しかった少女がDSOを通じて技量を上げたのはもとより、社交性を得るまでに至った。毅然とした態度も堂に入っており、数年もすれば公式の場に出しても問題ないレベルになるだろう。

 

「君が提出した案もなかなかどうして」

「うむ。これなら不測の事態が起きても随時対処が可能だ」

「正直、これ程の案が出て来るとは」

「DSOではこのような事態が常なのかね?」

 

 矢継ぎ早に上がる会話に頬が上がりそうになるのを(こら)え、少女は高官達に意見する。

 

「今回提出した草案ですが、元々はイチ――(くだん)の男性IS操縦者がDSO内で頻繁(ひんぱん)に上げていたレポートの一つです」

「なんと……!?」

「彼はこの事態を想定していた、というのか?」

 

 にわかにざわつく高官達。銀髪の少女は「いいえ」と答え、補足する。

 

「モンド・グロッソの悲劇以降、彼はDSを通してISとそれに関する技術を模索すると共に、あの悲劇の再発を防止すべく様々なアプローチを試みています。その結果、レポートが増えるにつれ、戦闘においてはクラン規模の戦闘方法はもとより、単機での領域支配(エリア・ドミナンス)にまで言及されています。

 正直な所、私を含めたクランメンバーも彼との共同戦線で助けられた事も多く、その技量はゲーム内とはいえ、教官をも凌駕する腕前です」

 

 おぉ、と高官達から驚きの声が上がる。

 普通の感性であれば『たかがゲームの出来事』と一笑に伏すものだが、そのゲームで培った技術は多少の修正はあれど、ISへフィードバックできたのを鑑みれば、その成果を軽視できないだろう。

 

「であれば、この事態に対する草案は――」

「はッ。彼はあの出来事を繰り返さない様、彼なりに模索した結果かと」

 

 ふむ、と准将は考える。彼が作成したというレポートは、軍人という観点から見ても驚異的ともいえる完成度だ。

 しかし、ゲーム内という観点からすれば病的ともいえる。噂では彼はメカトロニクス技術にも精通し、ソフトウェアに関しては本職も唸らせるものだと聞く。

 その技術を得た経緯も、生活費を得る為のバイトらしいが、『あの噂』が本当であれば、その報酬はバイト代程度で済ませていいものではない。

 

(この状況、使えそうですね)

 

 世界初の男性IS操縦者。その存在を求める所は合法・非合法問わず、あらゆる手段を以て接触しようとするだろう。

 そうなればこちらは彼女の提案通り、直接関与は避け、友好的な関係を築くだけで信頼を得られるだけでなく、()()を発足させるいい口実にもなる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴女(あなた)の提案、私は賛成しましょう」

「准将!?」

 

 隣にいた高官が准将に抗議するが、准将は涼しい顔で考えていた計画を口にする。

 

「これは我が国にとってもチャンスです。彼を守護する名目があれば、“アレ”も設立しやすいでしょう?」

「……なるほど」

「確かに。彼女を窓口にすればなにかとやり易くなるでしょうし」

 

 高官達が一斉にラウラという少女を見る。

 一糸乱れず、揃って視線が自分に集中する姿はある意味レアだが、その異様さにラウラがちょっと退いた。

 

「ふぇ? あの……?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。あなたはDSOにおいて、彼とその相棒とされるランクスというプレイヤーとも親しい関係にある、という話は本当ですか?」

「え、えぇ。私個人というワケではなく、クラン規模でミッションの協働を依頼したり、何度か素材集めにも協力するような関係ですが」

 

 別に隠す内容でもないので事実を報告する。准将はニヤリと笑い、とんでもない計画を口にし始めた。

 

「そこであなたの出番です。かねてより計画されていたドイツ軍指揮下におけるIS運用部隊――その部隊メンバーにあなたを抜擢し、彼を護衛すると共に教導に協力しようということです」

「は、はぁぁぁ!?」

 

 ここがどこで誰を前にしてるかも忘れ、ラウラは素っ頓狂な声を上げた。

 

「そ、それは普通に世界との軋轢(あつれき)を生んでしまうのでは!?」

 

 ISの軍事利用はアラスカ条約で禁止されているし、ラウラも今の年齢(14歳)で軍事任務に従事すれば、ジュネーヴ諸条約にも違反する。

 常識で考えても、本当に行えば世界を敵に回す事になる。

 

「まあ聞きなさい。あなたを候補選抜生から正式に代表候補生に抜擢(ばってき)し、そのバックアップ部隊とISの管理の全てをドイツ軍が行う、という事です」

「そ、それは――」

 

 それはどこにでもあるISの運用態勢だ。

 モンド・グロッソの悲劇以降、一歩間違えれば兵器にもなりうるISの運用・管理を軍が行うのは珍しくなくなった。

 

「あなたが彼の教導をする事で、我が国に教導を行った織斑千冬の株も上がり、あなたを通して協力体制をとる事で、我が国は彼との接点を得る事ができる。WIN-WINの関係というわけです」

 

 確かにその方法であればイチカと接点を得られる。

 国家代表や代表候補生の素行に関しても、IS学園に一任するのではなく、最低でも少尉以上の権力を与えると共に責任を負わせ、自分が何を扱い、どんな立場なのかを自覚させる。

 国によってその方法は様々だが、モンド・グロッソの悲劇はそれだけ世界に影響を与えた事件だ。(おの)ずと日本がどういう目で見られているかが判る。

 この高官達は日本の暴走、もしくはそれに見せかけた各国の暗躍を狙っている。それに先んじてこちらが協力的な態度を取り、時間をかけてでも彼を自国(ドイツ)に引き込もうという魂胆だ。

 

 気が長い話だが、最も確実で堅実で誠実。

 どこからも文句が出ないし出せない。何より自分好みのやり方だが、問題がないこともない。

 

「は、話は解りました。しかし、それを行うにしても初動は――」

「いずれ来ます。彼を獲得する為に行動する所など、掃いて捨てる程ありますから」

「確かに。特に日本などは過去の遺恨もありますし、暴発する可能性は最たるものでしょう」

 

 それはちょっと考えればいくらでも出てくる。日本もさる事ながら、世界の指導者を僭称(せんしょう)するアメリカ、隠し事が大好きなロシアや水面下で行動する中国なども軽視できない。

 

「た、確かに可能性は高くありますが」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。初動は特に問題視するものではありません」

 

 

 まさか、とラウラの目が驚愕に見開かれる。

 初動を問題視しないなど、考えうる行動は限りなく少ない。その中で解り易く、今後の行動がしやすい展開などほんの数手だ。そしてその行動は下手をすればイチカに悪印象を持たれかねない。

 

「安心なさい、我々はそこまで楽観視もしていません。その布石も既に打っています」

「布石、ですか?」

 

 不安なラウラに対し、准将は不敵な笑みを浮かべた。




代表候補選抜生と、代表候補生に関する下りは独自設定です。部活等における部員とレギュラーみたいな関係と考えてもらえれば。
ようやく諸々の仕込みを入れられるようになりました。今回は現実パートの分で、次回はDSOというか、仮想に関する部分の仕込み。とりあえず消化できる分は全部入れる予定。


第2回モンド・グロッソは、この世界では一夏が12歳(小6)の秋頃(つまり一夏の誕生日が過ぎた頃)に起きた事になっています。お蔭で一夏は小学校の卒業式に出席してません。中学も卒業式は――あっ(察し

ちなみに使わない(予定の)ネタなので公開しますが、第1回は前年。千冬が強すぎた為に各国が不正疑惑などをでっち上げ、あれこれ騒いだ事で第2回が前倒し(というかやり直し?)で開催された、という設定。
こうすると誘拐犯がどこで計画されたかわかりやすくなるかな?
ちなみにドイツではありません。ヒントはSAOです。


第2回の会場をドイツのデュッセルドルフにした理由は、ドイツ軍が会場の護衛である事、ドイツの主要都市の一つであり、世界経済における動脈の一つであると共に、ライン川に沿ってエスプリ・アレーナやノルド・パークといった有名な観光地もあり、IS競技を行う為に必要な『広大な敷地』という条件を満たしているから。
更に川に沿って南下すればノルトライン=ヴェストファーレン州議会や工業地帯が並び、ヘーアトまで視野に入れれば総合病院が存在する為。色々匂わせる事ができる施設が充実しており、実際、映画やドラマの撮影で使用された事もあります。
日本でいう神奈川の川崎、ないしは大阪の岸和田に近い感じ。微妙にメジャーではないので、大きなイベントでもない限り観光地としては目に留まりにくい場所。逆に商業的見地ではよく使われます。
こういう風に地理で遊びを入れられるのもISの面白みかな、と。
実際にこの時期の現地で開催すると、ドイツは日本の初冬並みの気温(日中でも最高10℃前後)なので、ISスーツで待機してたら寒そうですね。

Q:これだけの被害が出てるのに、どうしてDSOは人気なの?
A:銃と同じ。コントローラー握るか本物握るかの違い。

Q:デュノアはISシェア3位じゃなかった?
A:原作開始前なのでこの位置に。
 ラファールという傑作機を世に送り出した勢いがまだある、という考え。しかしランクスいるんで、原作以上にブッ飛んだ事になりそうですが。

Q:ラウラは既に力と暴力の違いに気付いてる?
A:2話の時点で少し触れてますが、中身的にはVTシステム後より成長してます。
 VRゲームやってて人と触れあってるのに、中身あのまんまじゃヒロインは無理があるだろう、という事でひとつ。
 この世界のにおけるラウラの越界の瞳との相性ですが、医療技術の発達でそこまで相性は悪くないという設定。
 後々描写を考えていこうかと思ってますが、眼帯の代わりにオラクルかメガネ装備させようかと考えてます。ちょっと意外な展開を思いついたので。
 ついでに女子力超強化。ファッションはもとより、料理はお菓子作りが趣味になりつつある設定。ちっこい娘が料理上手なのは正義だと罰ゲーム言い出したヤツが言ってたので。


これだけ書いて、ようやくSSというか、小説の書き方とかが見えてきました。
余裕が出来てきたのかな?
余裕が出てきたから暴発(誤爆?)したような気が……


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00-08 暗躍する者達

なんとか間に合いました。
今回は仮想側とそのとりまき中心のお話。
現状思いついた限りの伏線はだいたい揃った感じ。いつもよりちょっと長くなりました。
もう1話説明回を入れれば、ようやく仕込み完了ですが、説明回はどうしても文字数食ってしまう(今回誰得9300字)

自分的には1話につき15~20分(アニメ1話分)ぐらいで読み進められる文字数で、2~3話で一つの節とし、読んでいる人が理解していけるような構成を考えています。
文才ないけど。構成力もショボいけど。

そして今頃気づいた。DSOに関する設定を上げてない!(今更


 ドイツとデュノアが行動を始めた頃、千冬は一人ヤケ酒で呑んだくれていた。

 

「まったく、やる事成す事裏目に出る」

 

 良かれと思って紹介した、国内初となるR2導入の総合進学案内。そこで一夏がISを起動させるなど思いもしなかった。

 幸いにも弾と数馬の行動が吉と出て、最悪の事態は回避できた。すぐに束に連絡し、裏から手を回して貰って事無きを得たが、それぞれの行動が少しでも噛み合わなかったらと思うとゾッとする。

 そこにIS学園があったからなのか、自分がいたせいでこんな事になったのか。

 

 ――自分に心配かけまいと、一夏がどんな生活をしていたのかを知ってから、何とかしようとあれこれと手を尽くした。

 だが行動すればするほど裏目に出て、一夏に余計な負担をかけさせる。

 

 第2回モンド・グロッソでは心身共に消えない傷痕を残し、どのツラ下げて一夏に会えばいいのか解らなくなり、一夏の医療費稼ぎを理由にしてドイツの教導の誘いで1年ほど距離を取った。

 その際、IS教導の一環としてDSOを紹介した事さえ、一夏を始めとした皆に負担を強いる事になった。

 あの頃は一夏もリハビリが終わった直後にも関わらず、何か大きな事件に巻き込まれたというのを知り、自分がいなくなった事を知った鈴がアレコレと一夏の身の回りの世話をしてくれた。

 足掻けば足掻くほど、全てが裏目に出る。総合進学案内も一夏の懐事情を知り、内心大慌てで紹介してみればこのザマだ。

 

「あの時、束の提案に乗るしかなかったが――」

 

 束の案で織斑家の箒滞在を許可したが、一時的な防衛網を構築したに過ぎない。

 箒が一夏の傍にいれば、どの国も手出しができない。日本政府が発令した要人保護プログラムも、モンド・グロッソの悲劇以降、その計画も(てい)のいい人質だという声もあり、日本政府に疑念の目が向けられている。そんな時に一夏を含め、箒に何かあれば各国政府は黙ってないし、最悪の場合は束が動く。

 ヘタに二人に手を出し、束が動けば第三次世界大戦の始まりだ。どこの国だってそんな展開は望まず、互いが互いの動向を監視し合う、絶対的な防衛網。

 

 そこまで見越しての箒の滞在だが、あくまで一時凌ぎでしかない。ひとつ間違えれば二人揃って誘拐される可能性もある。次善の策も必要になってくるが、今の千冬にそんな事ができる伝手(つて)もなく、半ば現実逃避気味に酒を(あお)る。

 

「…………」

 

 よくよく考えると一つあった。信頼できるが信用できない、とびっきりの所が。

 

「……いやいや、あそこはダメだろ」

 

 自分で考えて自分で否定する。あそこに頼れば一夏の命()()は保証できる。が、他がダメだ。ヘタをすれば既成事実などの工作をされるぐらいはありえる。

 千冬になついていたあの銀髪少女など、DSOをプレイして女性らしさを覚えたのはいいが、あざとさまで覚えたから絶対一夏に言い寄る。むしろ向こう(DSO)でアプローチを仕掛けていても不思議じゃない。

 そうなると、やはり自分が何とかするしかないが、一介の教師などができる事はたかが知れているし、その関連で頼れる所となれば、日本政府の息がかかっている場所ぐらい。

 あの事件以降、日本政府と(たもと)(わか)った千冬からすれば、どれだけ誠意を向けられても『何か裏があるのでは』と疑って見える。

 現状、束と連絡が取れるというのは強みと言えば強みだが、それだけだ。

 

「結局は偶然、ないしは全く別の何かに期待するしかない、か」

 

 いざという時に限って役立たずになる自分が腹立たしい。

 唯一人の家族の幸せを願えば苦労を掛け、よかれと思って進路を紹介すれば異常事態に発展する。まるで誰かが一夏を追い詰めようとしているようだ。もしくは一夏を使って自分を追い詰めたいのか。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 おかしな考えだと割り切り酒を煽る。しかし後日、意外な形で諸々の懸念は払拭されることになる。

 

 

 

***

 

 

 世界初の男性IS操縦者が発見された翌日から、政府は個人の自由意思で男性のIS適正検査の募集をかけた。しかし――

 

「一週間で検査を受けたのは、たった5人?」

 

 総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室。通称仮想課所属の菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)はAR展開された報告書を見て、その募集結果に呆れた。

 

「はい。男性はISに対して忌避感を覚えているようで」

 

 予想通りの展開なのか、菊岡に悲嘆の色はない。あの事件は男女間の溝を明確化したような事件だ。DSO(ゲーム)ならともかく、その象徴たるISに、戦争に繋がる可能性があるものに自分から関わろうとする者などそうそういるわけがない。

 

「僕的には、ネタとか嫉妬心とかで100人ぐらいは集まると思ってたんだけど」

「さすがに自分の命を懸けてまでネタに(はし)る人もいないと思いますが」

 

 菊岡の言葉に、安岐(あき)ナツキが苦笑する。彼女は防衛省からの指示で自衛隊より出向、という形でこの仮想課に配属された。が、実の所は昨今の女尊男卑に異を唱えた事で役職を追われ、態のいい厄介払いでここに回されてきた。

 

「僕としては楽な仕事で特別手当が貰えるから、現状維持でもいいんだけどね」

 

 IS適正者の募集を仮想課が担当する事になったのは、一夏の背景を知った各国が、過去の話を持ち出しこぞって日本を非難。政府はその対応に奔走(ほんそう)するハメになり、手の空いた仮想課に仕事が回って来たからだ。

 昨今のVRブームに加え、オーグマーのAR展開。各国の産業スパイを警戒して組織された仮想課は、当初こそ出世コースの筆頭かと思われたが、ISの台頭によって男女間の礫圧が明確化した。

 お蔭で回ってくる仕事は誰でも対処できそうな苦情の対応や、せいぜいが悪質プレイヤーの摘発ばかり。鳴り物入りでやって来ても、実務を知れば誰もがやる気を失い、しがない公務員の顔になっていく。

 昨今の仮想犯罪に対応目的で設置された仮想課だが、今となってはまともな仕事も回ってこない窓際族と化している。

 

上層部(うえ)からはなんと?」

「特に何も。今回の適性検査はイチカ君のお蔭で形だけで終わりそうだ」

 

 政府としても二人目の男性IS操縦者など、()()出て来て欲しくはないのだろう。世界初の男性IS操縦者発覚の影響は思いの外大きかった。

 

「……モンド・グロッソの悲劇から来る遺恨は、意外と根深い様ですね」

 

 他国も男性を対象にIS適性検査を行ったが、結果は日本と似たり寄ったりだ。ただでさえ少なくなりつつある男性に、『ISに搭乗してみませんか?』などと言っても来る訳がない。

 何せ過去に大惨事を起こしたISだ。DSO(ゲーム)と違い、スポーツとは銘打っても実際に殺し殺される可能性があり、女尊男卑の象徴ともいえる代物。そんな場所に好き好んでやって来る男など、常識で考えても狂人の類に見られる。

 

「こうなると、織斑千冬を通して説得を試みるしかないんだけど……」

「そちらも難しいでしょうね」

 

 あの事件以来、かの世界最強(ブリュンヒルデ)との溝は大きい。未だ根強いファンもいるだけに、今回の話を持ち込めばどうなるか。

 一夏を説得できる唯一の家族ではあるが、なんともタイミングが悪い。現時点で彼女に説得させれば、世間はどこに目が向き、誰を悪と定義するかなど、考えるまでもない。

 

「現時点では、政治的にも世論的にも悪手か」

「はい。篠ノ之博士に先手を打たれたのが痛いですね」

 

 文部省と経産省が絡んだR2適用の総合進学案内。その会場内でモンド・グロッソの悲劇の被害者と箒の接触。

 当初こそ、かつての幼馴染というのでスタッフもそこまで目くじらを立てる事もなかったが、その少年が世界初の男性IS操縦者となった事で話が変わった。

 

「流石は篠ノ之博士といったところか。まさかこういう方法でこちらの動きを縛るとは」

「普通に見れば悪手ですよね、コレ」

 

 束が千冬に提案した、箒の織斑家滞在。まさか政府が用意した要人保護プログラムを逆手に取られるとは思いもしなかった。

 彼女は大胆にも自身の妹が世界初の男性IS操縦者の幼馴染であり、かつて懇意(こんい)にしていた経緯から、箒の意志で織斑家に滞在する旨を諸外国にリークした。

 彼女が一夏の側にいる限り、箒にかけられた要人保護プログラムが逆にネックとなり、こちらは表立って一夏に交渉する事ができない。だからといって箒を強引に織斑家から引き離せば、一夏は政府に悪感情を持つだけでなく、篠ノ之束を敵に回す危険がある。

 更には要注意人物が二人揃っている以上、こちらは護衛を張り付けなければならず、それも織斑家関係者に見つからない様にしなければならないというオマケつき。見つかれば他国に付け入る隙を与え、護衛という名目で大手を振って交渉する理由ができる。

 事実、この一週間は他国のエージェントが織斑家の周りをうろついているようで、お互いがお互いを監視し合う監視網が完成。傍から見れば大博打にも見える奇策だった。

 

 現状、直接の干渉は絶望的といっていい。

 逆手を取って篠ノ之家にかけられた要人保護プログラムを外す、という策もあるにはあるが、現時点ではそれも悪手だ。一般人となった彼女を保護する理由がなくなり、諸外国が確実に横槍を入れてくる。

 

「それと、気になる事がひとつ」

 

 言いつつナツキがARウィンドゥを展開。先日、自衛隊経由で届いた報告書を表示すると、それを菊岡の方に向かって飛ばす。

 菊岡は(いぶか)しげにその書類に目を通す。が――

 

「っ! この一週間で非合法のIS関連組織が!?」

「はい。二日前には亡国機業のメンバーであるスコール・ミューゼルがアメリカで確保されました」

 

 世界各国に潜伏する非合法組織、それらが未確認の存在によって幾つも潰されているという報告書。その内容に菊岡も驚いた。

 特に亡国機業は世界規模で展開する犯罪組織。そのメンバーもようとして知れず、スコール・ミューゼルはかつて米軍に所属していた事から、最重要危険人物(ブラックリスト)にも()る亡国機業のメンバーだ。

 それだけでなく、各国でも存在しか知られていないような大物非合法組織。それがこの一週間だけで40以上が摘発、もしくは壊滅している。

 これまで各国も非合法組織の摘発に躍起になっていたが、一週間という短期間でこの数は異常ともいえる。この数から推測すると、行動しているのはおそらく複数、それもISを所持していると見るべきか。

 これだけ大々的に動いて足取りが掴めないなど、それしか考えられない。

 

「彼が表立ったからか」

「わかりません。しかし、彼に対して極秘裏に接触しようとした組織が優先して潰されてるので、関連性は高いかと」

 

 考えられる所は幾つかあるが、最有力は篠ノ之博士、次点で織斑千冬の関係者と見るべきだろう。彼女はドイツでISの教導を行った経緯もある。

 

「……確かドイツはIS訓練の一環として、DSOでの仮想戦闘を取り入れていた筈だ」

「はい。そこで織斑君――いえ、イチカ君と接触している可能性があります」

 

 となると、未確認の正体は軍関係者、ないしはそれに関係する組織。上層部はそれ以外も視野に入れているか。

 

「これは、相当ややこしい話になりそうだ」

 

 織斑一夏という個人が、ここまで顔が広いとは思いもしなかった。

 世界最強(ブリュンヒルデ)の弟とはいえ、一介の中学生――それが自分達(政府)の認識だった。しかし、フタを開いてみれば様々な組織が彼の背後をうろついている。

 篠ノ之箒が織斑一夏と共にいるのも、当初は一時的な対策として考えていたが、流れがこうも変わってくると事は一筋縄でいきそうにない。

 こちらでも手は打っておいたが、仮想でも現実でも中途半端で終わってしまう可能性が高い。

 

「……頼むから、どこも暴走しないでくれよ」

 

 疲れた顔で菊岡が呟く。

 それが淡い期待でしかないと知りながら。

 

 

 

***

 

 

 その頃、数馬ことエクエスはクラン『ゾルダート』から離れ、ある区域にいた。

 『ガングレイヴ』というその場所は、かつてSAOやALOと並ぶ人気を誇ったVRゲーム『ガンゲイル・オンライン』――通称GGOであった場所。

 DSOの台頭により、GGOユーザーの大半がDSOに流れ込み、大手スポンサーもそちらへと移行した。

 それによってこのゲーム最大の魅力(ウリ)であったVR上でのリアル()マネー()トレーディング()が逆にネックとなり、運営するザスカーの経営を圧迫していく。

 結果、半年と経たずにGGOを運営していたザスカーが経営破綻を起こし、存続を強く望んだGGOユーザーの声を受け、レクトがザスカーを買収。GGOをサーバーごとDSOに取り込み、DSOの一部でありながら、DSが使えない戦闘区域として確立された。

 

 銃をメインにしたゲームの名残、故に『銃の墓場(ガングレイヴ)

 ここに来るのはかつてのGGOユーザーか、アバターの地力を鍛えたい物好き、もしくはある事情を抱えたプレイヤーぐらいで、DSの魅力にとりつかれた一般プレイヤーはイベントでも起きない限り見向きもしない。

 それ故に、傷物を始めとした悪質プレイヤーの潜伏場所としても知られ、現実・仮想問わず、あらゆる情報を集められる場所として、脛に傷持つプレイヤーも出入りしている。

 

 エクエスがここに来た理由は、ここであるプレイヤーと会う為だ。

 その人物と待ち合わせる為、ガングレイブで最も物騒な酒場として有名な『イエローフラグ』に向かっている。

 その酒場は物好きなプレイヤーが、圏外と呼ばれる戦闘区域に建てられ、血の気の多いプレイヤーが所構わず戦闘を起こす事でも有名だった。

 エクエスは何かの作品が元ネタでこういう場所に建っている、というのを小耳にはさんだが、その作品を見た事がない彼にとって、ここはただ『物騒で面白い酒場』という認識でしかない。

 扉を開けて店内を見回すと、既に結構な人数が席についている。客達は今入って来たエクエスを見ると、様々な反応を示す。

 

 動かない者、黙って見送る者、気にしない風に装った者。

 ゾルダートのエクエスはそれだけ名の通ったプレイヤーだという証左だが、その視線を一顧だにせず、カウンターに目当てとする赤毛の後ろ姿を確認すると、堂々とした態度で店内を進み、何事もなかったかのようにカウンターに腰を下ろした。

 

「待たせたか?」

「テキトーにひっかけてたから気にすんな」

 

 苦笑しつつ、NPCに酒を注文。すぐさま目の前にバーボンの瓶とナッツの皿が置かれ、ショットグラスを口につけた。

 隣の男は気にする事なく、同じく手元にあるスコッチを口に含む。

 電子ドラッグの技術を応用した仮想世界の酒は、味覚エンジンの進化によって風味もある程度再現され、アルコール特有の酔いさえアミュスフィアの制御範囲内で疑似的に再現される。

 泥酔という事態がなく、安全に酒の風味を堪能できる仮想世界の飲酒は、ユーザーにも評判がよく、一時期衰退した酒市場も活発になった事もあり、双方から高評価で受け入れられている。

 現実では未成年のエクエスは、仮想世界とはいえ通常なら酒が呑めるはずもなく、圏外にあるイエローフラグだからこそ呑めた。アルコールに似た酩酊感はデバフとなるため、圏外にあるイエローフラグだからこそ、この味を堪能できる。

 実際、ここにある酒は全てが正規品から外れた“もどき”で、この辺も元ネタに似せているらしいが、ここに来る連中は『呑めればなんでもいい』と考える連中ばかりだ。

 

「ヴェクター、情報は?」

 

 ヴェクターと呼ばれた男は小型のウィンドゥを展開、それをエクエスの方に飛ばす。

 

「今の所、情報はロシアとアメリカが例の未確認を追いつつ、それを隠れ蓑に自分達のコゲつきも処理する気だ」

「それはご大層なこって」

 

 エクエスはウィンドゥに表示された情報を流し読み、自分のもつ情報とすり合わせていく。

 

「こっちはお姫様を通してイチカのレポートをドイツに流しておいた。今頃、上層部はあれこれ暗躍してるだろうな」

「お前も悪党だな」

 

 お互い様だろと笑いつつ、ウィンドゥに情報を加筆。それをヴェクターの方に投げ返す。ヴェクターがそれに目を通していると、横から新たなウィンドゥが割り込んでくる。

 飛んできたのはエクエスの逆側。二人揃ってそっちを見ると、隣にランクスが座っていた。

 

「追加情報。現実(リアル)じゃなくて仮想(こっち)の方だけど」

 

 いつの間に来たのか気付かなかったが、(もたら)された情報は予想通りのものだった。

 

「ラース、グロージェン()ディフェンズ()、シャムロックに動きアリか」

「日本とアメリカ、それにロシアがバックにいるぞ、そこ」

 

 

現実(リアル)で接触が難しいなら仮想(DSO)で。

 

 少し頭が回ればどこでも思いつく手だ。火力主義のアメリカと画策大好きなロシア、脛に傷ある日本が動くのは想定できた。できてはいたが、こうも動きが早いのが腑に落ちない。

 

「ラースは仮想課が監督してるのは知ってるからいいとして、GDとシャムロックが動くのはなんでだ?」

「GDはグロージェン・ディフェンス・システムズっていうPMCの社員が運営するクランで、国家安全保障局(NSA)と繋がりがある。シャムロックは以前ALOで何かの研究をしていたとかで、確かロシアの連邦保安庁と繋がりがあったはずだ」

 

 ヴェクターの疑問にエクエスが答える。グロージェン・ディフェンス・システムズは、かつてSAOで暗躍した疑惑があるPMCで、疑惑を否定している最中に社員数名が強盗に殺害されたニュースで話題になった企業だ。証拠こそ出なかったものの、現在もネット上では警戒されているクランだ。

 この辺の情報はローラによって(もたら)されたからこそ、エクエスが知っている情報だが、シャムロックは名前と背後関係しか知らない。

 

「……思い出した。シャムロックはALOでクラウド・ブレインとかいう演算システムの構築を研究してたんだ。オーグマーに搭載されたディープラーニングの出現で、より安全で効率よく研究できるってんで、ひと月と経たずに研究が中止されたんだ」

 

 ヴェクターの情報にいろんな意味で驚く。クラウド・ブレインとは人の脳の演算能力をネット上でクラウド化し、共有することで集合知性による大規模演算処理システムを構築する研究だったと思い出す。

 それに対してオーグマーのディープラーニングは、別方向からのアプローチで装着者の趣味や嗜好を学習・蓄積していき、その情報を収集して人間の感情を理解し、先読みや予知に近い演算処理システムを搭載したAIクローラーを生み出す研究が行われている。

 

 結局、それもオーグマーが勝利してクラウド・ブレインは忘れ去られたわけだが、それならシャムロックが動く理由も見えてくる。

 

「もしかして、中止されたクラウド・ブレインをエサに、イチカをロシアに?」

「それはないと思うよ」

 

 エクエスの読みをランクスが否定する。考えられる手段がそれしかないが、まだ何か情報があるのだろうか?

 

「クラウド・ブレインの研究そのものが凍結された際、アメリカから召還された研究者とロシアには確執が生まれてね。研究の再開は絶望的って話だよ」

「さすがは御曹司。その手の情報も持ってるか」

「ヴェクター程じゃないよ」

 

 抜かせ、と呟きスコッチを口にする。二人は揃って苦笑し、ランクスもNPCにブランデーを注文する。

 

 ヴェクターは生粋のVRゲーマーで、古くはSAOからプレイする古参。イチカ以上に方々に顔が利き、集める情報もかなりの精度を持つ。それだけでなく、技量はイチカを超え、DSOのランクはファストの5。実力派揃いの大手クラン『ディビジョン(師団)』を率いる長でもある。

 

「とにかく、仮想(こっち)は俺達でなんとかなるにしても、現実(リアル)の方はお姫様に相談だな」

「イチカには随分世話になってるからね。僕も出来る限り手を尽くしてみるよ」

 

 こうして三人が集まったのは、イチカを中心として、良くも悪くも仮想世界に影響が及ぶのを見越していたからだ。

 イチカも有事になれば、仮想世界(こちら側)で仲間を助けるべく行動を起こすだろう。自分をその勘定に入れず、かつこちらの行動を先回りして。

 そんなの親友を自称するエクエスやランクスは許さないし、彼と関わりのあるプレイヤー達も許さない。DSOのみならず、あらゆる仮想世界でこうして情報を有する者達がチラホラと集まり、エクエスとヴェクターがまとめ役として収集していた。

 今回ランクスは、偶然知った情報を持ち寄る為、ここに現れた。そしてこの二人はランクスの現実(リアル)を知っている。というより、数日ほど前にエクエスを通じて事情を教えられた仲だ。

 以来、時々だがランクスは様々な情報を(もたら)している――イチカの相棒として。

 

「現実の方は、僕の方でもある程度掴んでるからいいとして、仮想の方は?」

小姐(シャオチェ)の連中が一時期騒いでた」

 

 ヴェクターが新たにウィンドゥを開き、ランクスに飛ばす。そこには小姐を始めとした悪質系(ローグ)プレイヤーの名前がズラリと並んでいる。

 

「これは?」

「小姐を中心に、悪質系(ローグ)が何か計画してるらしい。そいつはこっちで調べた限りで結託した悪質系(ローグ)プレイヤーの名簿」

 

 サラッと何でもない事の様にとんでもない情報を出し、そのウィンドゥを反転。そこにはまた別の名前がズラリと並んでいる。

 

「こっちは戦闘に参加できる連中。イチカの名前とローグ狩りって言ったらゾロゾロ参加してきた」

「それはまた……」

 

 驚きと共に納得もする。イチカは『白の傭兵』の二つ名で知られる通り、清廉なプレイスタイルを通す雇われとして名が通っている。メルセネール・ブランを手にする以前から通してきた、彼なりの矜持であり信念。

 どれだけ高い報酬を積まれても悪質プレイには手を染めず、逆にタダ働き同然であっても納得すばそちらにつく。行きずりで助けたプレイヤーをも含めれば、どれだけ恩を感じているプレイヤーがいるか。

 実際、イチカのプレイスタイルに触発されて正統派(ヒロイック)に転向するプレイヤーもいて、ヴェクターが率いるディビジョンもメンバーが幾度となく助けられた。

 

「で、その参加者の一部がこんだけ」

 

 ヴェクターが店内を指差す。ランクスが慌てて店内を見回し、二人と店内を交互に見て硬直する。

 

「え? あの……はぃ!?」

 

 突然すぎる話に、ランクスの頭がついてこない。

 

「あのな、部外者いる所で、これだけ重要な情報扱うワケないだろ?」

「詰めが甘いと思うぞ、ランクス」

 

 店内にいるプレイヤーの数は、ざっと見ても30人はいる。言い分は尤もだが、それら全てが協力者など、誰が思いつくものか。

 ひとしきり話を理解してくると、今の話がどれだけ大事なのかも解ってきた。

 

「つまり、場合によっては仮想世界で大戦が起きる、と?」

 

 二人は無言で頷いた。

 




ロスト・ソングのクラウド・ブレイン、オーグマーのディープラーニング、組み合わせると色々使えると気付いてこうなりました。真っ先に思いつくのがISのアレとか。
更に新キャラも追加。ヴェクターが何者なのかは後々わかります。もう気付いてる人もいるかもだけどw

菊岡を始めとした仮想課も登場。完全に絡むかというと微妙な立場ですが、今後説明とか必要になれば出番あるかも。MORE DEBANのメンバーも本編で出せそうです。

イエローフラグは完全にネタ。酒場というものを求めた所でパロった名前を出そうと思いついたので。

Q:GGOはこの世界では存在しない?
A:DSOの台頭で潰されました。
 DSOのR2が存在する以上、RMTがあると条件がかぶってしまい、当初はGGOにもR2適用とか考えていたのですが、それならいっそDSOに組み込んで舞台を変えない方がいいかなと考えてこの結果に。

Q:GDSの役員って?
A:アリシゼーションで出てきたガブリエル・ミラーと不愉快な仲間達。
 この世界ではSAOがデスゲームでなくなった影響でボロが出てしまい、主要メンバー諸共消されてます。

Q:シャムロックはアメリカじゃなかった?
A:独自設定でこの位置に。
 この世界の裏社会ではクラウド・ブレインの存在はディープラーニングと同じくらい重要なファクター。表向きは研究が中止されています。セブンを始めとしたLSメンバーは今後出て来るかは不明。HFは触りしかやってないので組み込むのが難しいです。


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00-09 蛇蝎と光明

気が付いたら年を越したどころか春が見えてきました。
仕事の合間に資料を集めつつ執筆するのがこんなに大変だとは……

ネタだけは揃っているので、失踪する可能性は低い、と思います。
問題は執筆する時間と労力orz


 レクト本社。作業フロアの一角にある自らのデスクの前で、茅場晃彦は明かりもつけず、幾つものモニタとAR展開されたウィンドゥを同時展開し、(くだん)の少年、織斑一夏の情報を眺めていた。

 

 彼の出現から数日、DSOはこれまで以上のアクセス数を見せ、噂が噂を呼んで株価も上昇。

 株主達からも『イチカというプレイヤーに特別の便宜(べんぎ)を』との通達が来ている。

 レクト経営者の一人である茅場も、株主達にそれなりの姿勢を見せ、形だけでも便宜を図ったように見せてはいたが、今の所は織斑一夏と直接の接触をする気は毛頭なかった。

 

「……ちっぽけな世界で可能性を求めるから、奇跡と可能性を同一視してしまう、か。彼女も“らしい”事を言ってくれたものだ」

 

 かつて、自分の全てを注ぎ込んで作り上げたSAO。

 過去の妄執に取り憑かれ、自らの狂気で全てを壊そうと考えていた所に、現実を突きつけてきた天災・篠ノ之束。

 彼女のお蔭で自分は(すんで)の所で留まり、SAOは本来のVRゲームとして運用され、茅場は新たな未来(みち)を選択()()()()()

 あの時から彼女に対抗すべく、柄にもなく他者を踏襲する形でDSOを生み出し、望みもしない栄光を手にした。

 世間では成功者として称えられてはいるが、彼にしてみれば今の位置は求めた可能性から遠ざかって――否、()()()()()()()()()気がしてならない。

 事実、求めていた可能性の一つが、()()()()()()実現している。

 おそらくは彼女にとっても今回は望外の出来事に違いない。だからこそ、彼の下に妹を置いてまで彼を守った。

 でなければ、今頃彼は彼女の庇護下(ひごか)から外れ、最悪の展開に進んだはずだ。

 

「明かりもつけずに何をやってるんですか、茅場さん?」

 

 眼鏡をかけた線の細い、やや神経質そうな印象の青年――須郷(すごう)伸之(のぶゆき)が扉を開けてやって来た。手に旧式のタブレットを持ち、茅場を探していたらしい。

 

「須郷くんか、何かあったか?」

「次回の大型アップデート、目処が立ちましたので報告を」

 

 言いつつ、タブレットを差し出す。旧式のタブレットは独立稼働(スタンドアロン)が主になり、紙媒体以上に他社の目に留まりにくく、データの消去も容易だ。故にコスト面から社外秘を取り扱うには都合がよく、仮想を始めとした電子技術が進化して尚、現役で稼働している。

 茅場はそれを受け取って内容を流し読みしていくと、予想以上の出来に口元が(ほころ)ぶ。

 

「成層圏から月軌道までの宇宙エリア、ようやく完成したか」

「はい。それと、例のアレも実装する目処が立ちましたので、次回のアップデートで解放する予定です」

 

 現実(IS)より先に仮想(DS)が宇宙に上がる。

 これ以上の皮肉は無く、彼女へのいいあてつけになる。

 茅場は一通りチェックを終えると指紋認証で承認のボタンをタッチ。それを須郷に返す。

 

「彼も随分と頑張ってくれたようだ」

「ええ、現状はバイト扱いとはいえ、かなりやる気を出してました。それもこれも、“彼”の存在が大きいのかも知れません」

 

 チラリと茅場のPCに目を向ける。今回のアップデートに協力してくれた人物は、イチカこと織斑一夏にライバル意識を抱いている。

 

 プログラマーとしても、VRプレイヤーとしても。

 

 イチカに関しては、(もっぱ)ら話題となっているまとめサイトだけでなく、DSを補助するプログラムをはじめ、これまで見向きもされなかった数多(あまた)の論文は目を(みは)るものが多く、応用次第で様々な分野に転用できる可能性を秘めている。

 故に、今回の仕事を依頼した人物は、対抗心を燃やして他の話を蹴り、猛烈な勢いでここまでのものを仕上げてきた。

 

「ところで、例の話は?」

「そちらの方は仮想課の方にリークしておきました。同時に、一部のプレイヤーも動いてます」

 

 ふむ、と口元を隠して思考。

 ラース、グロージェン()ディフェンズ()、シャムロックの不穏な動きや、小姐(シャオチェ)を始めとした、悪質系(ローグ)の嫉妬から来る八つ当たりじみた周囲への略奪行為。

 悪質系(ローグ)に関してはゲームのシステム内で起きている事ゆえに、運営側である自分達が動くのは公平性(フェアネス)に欠ける為、表立って動く事は出来ない。プレイヤー同士で決着をつけてくれるのであれば特に問題はないだろう。

 問題はゲームのシステムに隠れて暗躍する方だ。

 

悪質系(ローグ)に対抗するプレイヤーか。そちらに彼女達は?」

「参加しています。というか、“彼”が動いたようです」

 

 そうか、と呟くと、追加でARウィンドゥを2つ展開。リストの中から幾つかピックアップし、別ウィンドゥに展開されている名簿の中からも幾つかの名前をタップ。

 それを一つにまとめると、指で弾いて須郷の方に飛ばした。

 

「……!? これは!」

 

 目にした情報に須郷が驚く。それはイチカというプレイヤーが、これまでバイトで作成してきた様々なプログラムの利用法と転用先の一部。

 須郷が知る限りでも、とびっきり上等にして最悪な情報。これが表沙汰になれば、世界の動乱は更に加速する。

 

「この情報を流しておいてくれ」

「これが知れたら、株主に相当叩かれますよ?」

「構わんさ、彼らが知る頃にはもう手遅れだ。それに、これは私達の目的を達成する為の足掛かりにもなる」

 

 須郷はもう一度その情報と提供先を確認する。

 確かにこれならば情報そのものが(かく)(みの)になり、こちらの存在も気付かれにくい。

 

「では、そのように」

 

 不敵な笑みを浮かべつつ、須郷は一礼して去っていく。それを見送ると、茅場はデスクトップのモニタに表示された画像に目を向ける。

 

「これで、貴女(あなた)も表舞台に戻るしかないぞ? 篠ノ之博士」

 

 過去の妄執、それを意外な形で潰しただけでなく、全く異なる可能性を提示してみせた彼女。

 画像の中では織斑千冬(ブリュンヒルデ)と肩を並べ、柔和な笑みを浮かべている。

 

「意趣返し、させてもらう」

 

 茅場の視線が険しさを増した。

 

 

 

***

 

 

「篠ノ之博士を、表社会に引っ張り出すゥ?」

 

 残り少なくなりつつある拠点の一つで、オータムは通話先のスコールの提案に呆れた。

 

「わざわざアメリカに捕まってまでやりたかった事がコレかよ!?」

『状況が変わったの。まずは日本に向かって頂戴』

 

 日本といえば今話題の世界初の男性IS操縦者がいる国だ。彼の誘拐を計画していた所は、合法・非合法を問わず計画の実行前に何者かに襲撃され、亡国機業(ファントム・タスク)も襲撃された。

 スコールはその未確認の情報を求める為、表向きはアメリカに確保されるという形で身を寄せ、オータムは彼女の指示で幾つかの拠点をリーク。その騒ぎを隠れ蓑に暗躍していたが、この段階で表立って動くのが腑に落ちない。

 

「……何があった?」

『彼の本当の姿が知れた、それで世界が動き出そうとしているの。詳しくは資料を用意させてあるから、それで確認して』

 

 確か織斑一夏といったか。以前の情報ではあの悲劇の被害者の一人であり、世界最強(ブリュンヒルデ)が現役を引退する要因となった男。

 VR関連の方ではそこそこ有名で、例の騒ぎがあった直後に篠ノ之博士の妹が身を寄せ、おいそれと各国も手出しできない。

 こちらも誘拐を計画して襲撃されたにも関わらず、再度日本に行く理由が見えない。

 

「日本へ行ったって、何をすりゃいいんだ?」

『例の男性IS操縦者の護衛。ISを展開して派手にいくのが理想ね』

 

 ますます話が見えない。

 百歩譲って話題の男性IS操縦者の護衛をするだけならまだしも、それでISを使用するなど悪印象を与えるだけではないのだろうか?

 

『2年前、日本は彼を見捨てた挙句、支払われる筈だった慰謝料までくすねててね。表沙汰になれば社会的面目が潰れる程度で済めば御の字』

「……話が見えてきたぜ。どっかが暗殺とか計画してんのか?」

『ええ。ISまで準備してね』

 

 ひゅう、と口笛を吹く。どこの誰かは知らないが、そこまで行くと賞賛に値する。人の事は言えないが、そいつもそいつで相当なクズだ。

 

「――で、アタシはそのガキを守って騒ぎを大きくすりゃいいのか?」

『できるだけ派手にやって頂戴。彼が日本から離れようと思うぐらい』

「それは上々」

 

 ますます自分好みの話になっていく事に笑みが零れる。

 襲撃事件からこっち、ずっと潜伏活動で(くすぶ)っていただけに、こういう派手な展開は願ってもない。

 

『それと、護衛対象は彼一人じゃないわ。篠ノ之博士の妹の他、彼の周りにいる友人も含まれるから』

「おいおい、一人二人ならアタシ一人でもなんとかなるだろうけど、それ以上だとさすがにキツいぞ?」

 

 派手に行くのは大好きだが、ハンデ付きは好ましくない。スコールはそれを予期して既に手を打っていた。

 

「現地には既にエージェントを数人配置してあるわ。ISは貴方のしかないけど、日本に着いたら彼女達と連携して」

「……まぁ、いないよりはマシか」

 

 そもそもIS自体が希少な上、たった1機で戦争ができるものがそう易々(やすやす)と用意出来るワケもない。エージェントの能力がどれ程のものかは不明だが、派手にやる事を前提に行動するのだ、生半(なまなか)な腕ではないはずだ。

 オータムは了承する旨を伝えると、早速日本に行く準備を始めた。

 

 

 

***

 

 

 その頃、世界は上に下に大騒ぎだった。

 理由は単純。イチカが表舞台に現れ、これまで彼に依頼してしてきたものが明るみになる可能性が出てきたからだ。

 彼がこれまでバイトで行ってきた、プログラミングを始めとしたメカトロニクス技術。

 それは本人が思うよりも深く、しかし確実に世界の技術に影響を与えていた。

 

拡張領域(バススロット)分類化(パーティション)の基礎理論、彼の作品!?』

慣性制御(イナーシャル・コントロール)の兵器転用だけでなく、空間干渉による機体制御や複数のFCS(マルチコア)による並行処理もか!』

 

 元々イチカはDSOにおいて、極々当たり前の様に使われてきた技術を理論化する事で、様々なアプローチを行ってきた。それを元にして戦闘レポートや攻略、DSの作成にも利用してきた経緯がある。

 その技術の高さに目を付けたISの技術者が、何気なくバイトとしてソフトウェアの作成を依頼したのが始まりだった。

 当初は『新しい発想の糸口になればいい』という程度の期待だったが、出てきたものは驚愕の完成度で、一部の作品はそのままISに応用できる程。

 以来、イチカに様々な仕事(バイト)を依頼してきたが、その産物はバイト代程度の依頼料で済ませられる結果(もの)など一つとしてないから大騒ぎだ。

 

『なんてことだ』

『第3世代以降の技術の大半を、彼一人が……』

 

 新機軸の光学兵器制御の基礎理論、複数のFCSを搭載する事で可能となるナノマシン制御、慣性エネルギーの相転移理論など、枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 本来であれば、IS技術は何十人というスタッフと莫大(ばくだい)な研究費を費やし、何百というトライ&エラーを繰り返した上で、ようやく試験運用にこぎつける。

 イチカがもたらした技術は、その過程を幾つもすっ飛ばし、提供された時点で既に試験運用の段階まで至っているものさえある。

 これら全てを一夏の作品とは公表せず、自社の功績として登録されている以上、彼らが慌てるのも無理はない。

 

 全て合わせると、本来彼に支払われる報酬はバイト代程度ではなく、間違いなく国家予算規模。

 表沙汰になればISの研究業界は非難を受けるだけでなく、開発体制も問われかねない。

 無論、これまでの彼の功績に対する報酬の少なさも問われる。そうなる前に各国のIS技術者がネット上で集まり、自らが依頼したものをリストアップして確認していたが、結果は驚愕の事実ばかり。

 何せ相手は若い男という希少性のみならず、世界初の男性IS操縦者だ。そこにIS技術者という肩書きが上乗せされれば、その価値は計り知れない。

 噂ではイチカはDSをISに近い設定環境でプレイし、かの織斑千冬(ブリュンヒルデ)にも勝てる腕前らしい。

 それが事実ならIS操縦者としての価値も出てくる。早々に何らかの手段をとらなければ、自分達の存在すら危うい。

 

『ど、どうする?』

『どうするって言われても……』

『いっその事、最初の一つのみを公開して、産業スパイをでっち上げるとか?』

『そんなのやってみろ。履歴から裏を取られて終わりだぞ』

 

 ネット社会の昨今、ビッグデータを元に履歴を探られれば簡単に足がつく。SNSやゲームログなど、痕跡がある所はいくらでもある。

 ましてや依頼した時は今話題のDSOの中だ。アカウントから辿るなど容易だし、そこからの捜査などは仮想課を始めとした機関が得意とする所だろう。

 彼と接触を図ろうにも、仮想でも現実でも今となっては難しい。

 それ以前にアポを取ろうにも、IS業界のみならず、世界中が彼を獲得しようと熾烈(しれつ)な競争を行っていて、横槍を挟めば物理的に消える可能性すらあるのだ。

 

『何か……何か付け入る(すき)は』

『あるなら既に突いて――あ!』

 

 不意に一人がウィンドウを展開。猛烈な勢いで情報をピックアップ。その中から赤字で選択されたものを展開する。

 

『現在、日本政府は織斑一夏の獲得に向けて、倉持技研に新型機の開発を急がせてる。それに対して各国の女尊主義の政治家が、色々ゴネてるって話がある』

『そこに付け入る隙があるのか?』

 

 首肯し、更にウィンドウ展開。そちらには最近話題になっている男性のIS適性検査の結果があった。

 

女尊男卑(じょそんだんぴ)のアオリを受けて、ほとんどの男性が適性検査の協力を拒否してる』

『それがどう――なるほど、女尊権利者にこちらの罪を背負って貰おうって魂胆か』

 

 ISの開発と政治、女尊男卑だけでは話が見えないが、これにイチカの開発技術を照らし合わせれば話が見えてくる。

 

『そう。当初は最初の1件目で彼の技術の高さに目をつけ、我々は正当な報酬を払おうとした』

『しかし女尊主義者達はそれが面白くなく、あくまでバイトとして扱った、か』

『そしてこちらは織斑一夏のIS適性発覚に伴い、不正を暴いて正義を()す――なかなかいいシナリオじゃないか』

 

 いくら女尊男護(じょそんだんご)の精神が台頭してきたとはいえ、それは(いま)だ一部勢力でしかない。

 IS発表当時から続く女尊主義は根強く残り、今も不当な理由で男が迫害される事件も珍しくなく、彼女達は狡猾(こうかつ)な方法で今も迫害を続けている。

 実際、彼らもその被害にあったのは一度や二度ではない。証拠が出てきて事件が表沙汰になった話すらある。

 これならばこちらで証拠をでっち上げるのも容易だし、自分達も被害者だと言い張れるだけの下地も揃っている。

 

『こういう時、彼女達の日頃の行いが活きて来るな』

 

 過去、当事者達は事が表沙汰になっても女性であることを理由に、冤罪(えんざい)だと(わめ)き、証拠が上がれば泣き落としで逃げおおせようとした前例すらある。

 

『それでいこう、証拠はいくらでも作れる。我々は使()()()()()()被害者だ』

 

 今更本当の冤罪が1つや2つ増えたぐらいで、世間はそれを冤罪と認めてはくれない。むしろここぞとばかりにこちら側に協力してくれる所も出てきそうだ。

 

『その間、我々は彼に正当な報酬を用意しておけば、堂々と彼に技術提携の話をもちかけられる』

『状況次第では政府から補助金が出るかもな』

 

 これからの展開を考えると笑いが止まらない。

 女尊男卑の世界が自分達を救う手立てになるとは思いもしなかったが、彼らにしてみれば邪魔者も消せて一石二鳥。

 織斑一夏との接点すら作れるのだ、上層部どころか政府もこちら側につく可能性が高い。女尊主義者が行ってきた非道な行いも同時に用意しておけば、早々(そうそう)ボロが出る事もないだろう。

 

『さて、話も決まったからには早速準備だ。これから忙しくなるぞ!』

 

 

 

***

 

 

 フランス、デュノア本邸。その廊下をひとりの少女が駆けて行く。

 腰まで届く金髪をなびかせ、やや目尻の下がった顔立ちは幼くも色気があり、ボーダー柄のロングワンピースの上からでもわかる肢体はメリハリがあり、将来を期待させる。

 少女は携帯端末を手に目的の場所へ到達すると、ノックもせずに扉を開けた。

 

「に、兄さん兄さん!」

 

 兄と呼ばれた部屋の主はこちらに背を向け、複数の仮想モニタを展開したPCを使って作業をしている最中だった。更にはヘッドセット型のAR機器を装着している為か、彼女がやって来た事にも気づかない。

 気付いてもらう為、そのヘッドセットを外そうと後ろからヘッドセットに手をかけようとする。が、タイミングよく机の上にある飲み物をとろうと体を傾け(かわ)される。

 

(え……?)

 

 一瞬、予想外の行動にキョトンとするも、ならば肩を叩いで気付かせようと手を伸ばすが、これも自然な動きで躱されムッとする。

 

「もう! 兄さ――キャッ!」

 

 今度は椅子を揺らそうと背もたれに手を伸ばすと同時、男は立ち上がり、少女は背もたれに押されてひっくり返った。

 何かがぶつかった違和感に男が振り返り、ようやく妹が居ることに気づいた。

 

「あれ? シャルロット、どうしたの?」

「~~ッ、どうしたじゃ、ないよぉ……」

 

 吹っ飛ばされた痛みに涙目になりつつ、彼女――シャルロット・デュノアがランクスを睨みつけた。

 

「とにかく、まずは立ち上がった方がいいと思うよ。見えそうだから」

「え? ぅわっ!」

 

 シャルロットは慌てて(すそ)を押さえ座り直す。ランクスの淡々とした指摘に、とりあえず睨みつけておく。

 

「かわいい義妹(いもうと)に対して、扱いがヒドイ……」

「で、何か用があって来たんじゃないの?」 

「あ、そうだった。これ!」

 

 言って、手にした携帯端末を前に突き出す。

 そこには過去に織斑千冬がドイツでIS教導を行っていた事、その一環としてDSOを利用している。と同時に、イチカこと織斑一夏とはプレイヤー同士で懇意(こんい)にしているというのがニュースで公開された。

 

「遅いよ、この情報(ネタ)

「……知ってたの?」

 

 ん、と言いつつ、机の上にある携帯端末を渡す。そこには今持ってきたニュースの他に、IS産業が活発な主要国もDSOによるISのシュミレーションを行っている事をカミングアウトするニュースがある。

 

「どうするの? 兄さん」

「どうもしないけど?」

 

 あからさまにイチカとの接点があることを意識させる発表だが、ランクスに言わせれば一介のプレイヤーとのやりとりだと言われてしまえばそれまでの話だ。そこから国家規模に発展させれるのは難しい。

 それこそ開発元が日本である以上、日本国籍の織斑一夏の所有権を正当に主張できる口実にもなりかねない。しかしシャルロットはそこまで読めないのか、ランクスの言葉に驚く。

 

「え、でも――」

「この話題そのものは重要じゃないからね。必要なのは次へつながる展開」

 

 言いつつ、着けていたヘッドセットをシャルロットに装着。

 そこには複数の図面と等身大のISのようなものが表示されていた。

 

「これ……ISの図面? と、こっちは完成予想図?」

「そ。イチカと組む予定の専用機」

「は!?」

 

 皮算用もいい所だ。

 織斑一夏が表に出て一週間、各国が彼を獲得しようと水面下で(しのぎ)を削っているというのに、義兄(ランクス)はまるで彼がフランスに来るような行動をとっている。

 

「DSOではイチカと相棒の関係だし、僕の現実(リアル)も説明してる。その上でデュノアに来るように声もかけた」

「だからって、それで来る訳が――」

「来るさ、必ず来る。というより、来る以外の選択肢がないんだ」

 

 それが予定調和と言わんばかりの義兄(あに)の言葉を理解できない。

 何か策を弄しているのか、他に理由があるのか。視線は机の上にあるモニターに向けられているが、文字の羅列ばかりでシャルロットは全く理解できない。

 

「大丈夫。シャルロットはイチカと会った時に、何をお話すればいいのか考えているだけでいいよ」

「ふぇっ!?」

 

 予想外の不意打ちに、シャルロットが赤面する。

 後に、この予測が現実になるなど、彼女を含めほとんどの者達が気づけるはずもなかった。




ようやく序章で外野関連のネタが出揃いました。本当は昨年までにここまで決めたかった(遠い目


どうでもいい話ですが、今回の亡国機業の動きはとある映画、ISの技術者の暗躍は実際に起きた事件が元ネタ。テクノスリラーが好きな人は元ネタ判るかも?

次回も一夏パートではありませんが、意外と重要でヒロイン達の進退にも関係してくる部分。さらにこの一夏がどんだけブッ飛んでるかが判明し、事態は急転する(予定)。いつ出せるんだろ?本編に辿り着くのはいつになるやら……

残るヒロインはセシリアだけですが、この人も意外な登場の仕方になります。しかもずっと後。。。



後書き誤字気付いて編集。

× ヒロインの身体~
○ ヒロインの進退~

ある意味間違ってないケドさぁ……


更に指摘受けてナンバリング抜けてたので編集。
久々に投稿すると色々抜けてるwww


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00-10 集う者達

卒業と入学、新年度絡みで遅くなりました。
まだ月イチだから大丈夫だよね?(震え声

今回は色々まいてたフラグとか暗躍の回収ですが、かなり駆け足気味。
自分的に必要分は回収したつもりですが、穴が見つかったら後日修正するかも知れません。


 それぞれの思惑と欲望を原動力に、仮想・現実を問わず、世界は静かに、しかし確実に動いていく。

 打算や利害の一致によって手を組む者、漁夫の利を狙って傍観する者――様々な思惑が行き交う中、ジャーナリストの一人である桐ヶ谷(きりがや) (みどり)も、イチカこと織斑一夏の情報を集めていた。

 

「こうして見ると、彼って凄いのね」

「僕も一時期は対抗意識を持ってましたけど、あのバケモノっぷりはマネできませんね」

 

 彼女のサポートとして雇われた青年、茂村(しげむら) (たもつ)が呆れた様に答える。

 彼はかつて、GGOではゼクシードというプレイヤーとして、良くも悪くも名を馳せた人物だ。

 GGOが吸収されて以降、DSOではそれまでの偽情報を扱ってのし上がるプレイから一転、正統派(ヒロイック)に転向し、その清廉さから大手クランにスカウトされた経緯を持つ。

 知人の伝手(つて)で紹介してもらったが、彼が持っていた情報はこちらが集めた情報量を(はる)かに超えていた。

 

「こっちが知ってたのは戦績ぐらいで、戦闘時間3480時間。対戦成績は4902勝2352敗。勝率だけなら普通だけど、負けた数は始めた頃のばかりで、今はほぼ負けなし」

 

 この辺の情報はDSOの公式HPに記載されているので簡単に確認できた。戦闘の推移もグラフ形式で見やすく、どれぐらいの頻度でプレイしているのかも見れるというのもDSOの魅力の一つで、視聴者(ギャラリー)はその推移に一喜一憂する事も出来る。

 

「ランクもかなり上がってますよ。モンド・グロッソの悲劇の頃(2年前)ドミナント()の82、最近はファスト()の9にまで上がってます」

 

 その情報だけでもメディアがどれだけ盛り上がるか。

 彼を取り込んだのは間違いなかったと嘆息(たんそく)する。

 

「学業成績も全国50位以内にいるとか本当に傑物(けつぶつ)ね。

 DSO(ゲーム)とはいえ、織斑千冬を秒殺するなんて、実際に見るまで信じられなかったわ」

 

 彼が所有していた過去の戦闘。それをAR上で縮小展開して再生してもらったが、世界最強(ブリュンヒルデ)の実力を知る者達からすれば、(にわ)かには信じられない光景だった。

 

 機体の性能差なし、ブレード1本という条件での対峙。

 ブレード1本で世界最強に至った人物に挑むにはあまりに不利な条件だと思ったが、聞けば千冬がイチカと対峙するにあたり、条件を()()()()()()()というのだから驚きだ。

 その対戦も開始10秒で千冬がブレードを折られ、返す刀で首筋に剣を当てられ降参(リザイン)

 その鮮やかさは、かつてモンド・グロッソで千冬が行った対戦よりもスマートで美しく、何よりお互い無駄な足掻(あが)きがない、素晴らしい対戦だった。

 

「あの戦闘を見た後であれば、この戦績も(うなず)けるわ」

「対戦以外にも、ストーリーミッションをソロでクリアしたのが8つ、他にマルチミッションのソロクリアが12、悪質系(ローグ)クランに個人で戦争ふっかけ、潰した数が22、更には最大16人で行われるチーム戦を15対1という逆境すら食い破る。

 嫉妬(しっと)する前に(あき)れてしまうスコアですよ」

 

 彼個人の戦績を集めてみれば驚愕(きょうがく)の一言で、これでチート技術を持たないどころか縛りを与えているというのだから凄いとしか言い様がない。

 特にストーリーミッションのソロクリアなど、内容を聞いたら正気を疑うか、手の込んだ自殺にしか見えない。

 ストーリーミッションは、SAOでいう所の迷宮区とボス戦の連続で、本来であれば100人規模の大部隊を率いて行うものだ。それをたった一人で攻略するなど、現実に置き換えれば国対個人の戦争と同義。

 ソロクリアのレコードプレイヤーは結構いるらしいが、それでも1つか2つが良い所で、8つもクリアしてるイチカはベクトルは違えど、姉弟(きょうだい)揃ってバケモノとしか表現できない。

 

「でも彼ってアビリティ、だっけ? それを使わないのは何故かしら?」

「アビリティは起死回生(ワンチャン)ある反面、R2の倍率が上がりにくくなるペナルティがあるんです。

 クールタイム自体は長くても15秒ぐらいなんですが、イチカはそれら諸々(もろもろ)のペナルティを嫌ってるらしくて」

 

 そこまであからさまに上がらないワケでもないんですけどね、と苦笑する。

 

「なんでそんな面倒な事を……」

「生活かかってるそうです」

「――なるほど」

 

 納得した。それはもうもの凄く。

 誰しも生活に直結するのであれば、色々と手を尽くす。

 DSO(ゲーム)にそれを求めたのは子供らしいが、率直に考えて趣味と実益を兼ねたのだろう。

 

「それで趣味が高じてまとめサイトと論文ができた、といった所かしら」

「少し違いますね」

 

 言いつつ、茂村は手元のノートPCを操作。装着しているオーグマーを指差すと、翠も首から下げていたオーグマーを装着。空中に幾つかのウィンドゥがAR展開された。

 

「まとめサイトは当初こそ別の人物が管理していたんですが、当事者が亡くなった為、イチカが引き継ぐ形で運営しています」

「引き継いだ?」

「今でこそイチカの相棒はランクスですが、それ以前に二人をまとめていたプレイヤーがサイトの管理をしてたんです」

 

 それは初耳だ。

 こちらの持つ情報では、イチカは基本ソロプレイで活動し、相棒のランクスは機体製作の依頼でコンビを組み、たまに来る依頼で協働する。という話ではあったが、それ以外の協力者がいるなど聞いた事がない。

 

「ま、そこは今関係ないので割愛しますね。

 戦闘に関する論文自体はちょいちょい公開してたんですが、本格的に始めたのは1年半ぐらい前――モンド・グロッソの悲劇に巻き込まれ、退院した頃からです」

「……あの()()から何かを学んだ、ということかしら?」

 

 おそらくは、と言いつつ、別ウィンドゥを複数AR展開。時系列にあわせてイチカが作成した論文が展開されていく。

 

「モンド・グロッソの悲劇に()うまでは侵略と侵攻を主軸に、チーム戦から少人数での効率的な戦闘と戦略、事件以降はそのカウンターの他、それまで人気のなかった防衛戦、退却戦、撤退戦にも言及。

 その他にも市街地などで起きるコラテラル・ダメージ、つまりは巻き添え被害や人質救出作戦(HR)のプロセスなどに関しても、研究や論文を出してます」

 

 その分野に手を出すだけでも僥倖(ぎょうこう)だ。

 人質救出などの分野は軍事・刑事の分野に思われがちだが、実際は心理学に分類され、古代ギリシャの頃から人類は研究を重ねている。

 そこに手を出せば必然的に生理学や神経科学にも手が伸び、社会学や人工知能にも視野が広がる為、自然とメカトロニクス技術にも明るくなる。

 その知識があるからこそ、DSの機体製作の依頼が来るようになったのか。

 

「……私、彼の強さの根幹を見誤(みあやま)っていたわ」

 

 彼がDSOで強いのは、単純にゲームで勝つ為に研究しているのではなく、DSOを通じて『戦闘』や『闘争』という概念(がいねん)を理解しようとしている(ふし)がある。

 

 そして、だからこそ彼の戦闘内容が理解できる。

 アビリティを使わないのは現実の延長と仮定し、一対多数の戦闘は孤立無援からの脱出、もしくは戦場そのものを単騎で終了させる方法を模索していると考えれば説明がつく。

 同時に、千冬が彼に負けたのも理解できる。

 彼女はあくまで『試合』の延長であり、彼は対戦ではなく『戦闘』と認識していたから負けた。だから早期に相手の武装を破壊して無力化し、降参させるように仕向けた。

 

 これらの経緯(けいい)を線でつないでいけば、彼はあの事件から何かを学び、再発防止、あるいは鎮圧する方法を模索(もさく)しているようにも見える。

 もしくは、あの事件がトラウマになっていて、DSO内でそれを払拭(ふっしょく)しようとしているのかも知れない。

 

「もし彼がISを理解し、選手だけでなく、機体製作も出来るようになったらどうなるのかしらね」

 

 想像するだけでもその結果が全く見えない。

 戦闘の技量もそうだが、最も恐ろしいのは『闘争』というものを理解できる下地がある事だ。

 DSO(ゲーム)の中とはいえ、戦況を想定し、単体で瞬時に戦略レベルの構成ができる技量の高さ。更には機体に対する造詣(ぞうけい)も深く、これまでのノウハウで次世代機を作れる可能性だってある。

 旬の話題と思って探ってみれば、とんでもない爆弾を見つけた気分だ。探れば探る程、一介の中学生では納まらない功績が出てくる。

 

 そこまで考えてハッとする。

 これだけの結果を出しておいて、第三者が目をつけないなどあり得ない。

 

「ねぇ、彼はプログラムとか、そういうものでも結果を出してない?」

「出してますよ。さっき見せた戦闘記録のAR展開、基本プログラムはイチカの作品ですから」

 

 あっさりと出された答えに愕然とする。

 

「それは彼個人が作成したもの?」

「バイトで作成したって聞いた事がありますけど……どうしたんです?」

 

 茂村からしてみれば、このプログラムは放送のタイムシフト機能の様な認識だろうが、応用次第では事故現場のAR検証や仮想実験の確認など、様々な可能性を秘めている。

 それをバイトで作った、などと言われて驚くなという方が無理だ。

 

「彼のやって来たバイトの記録とか調べられない?」

「やってやれない事はないと思いますが、どれを?」

「調べられる限り全部よ!」

「は、はい!」

 

 翠の剣幕に押され、茂村はノートPCを必死に操作する。

 全てが明らかになるのは、もはや時間の問題だった。

 

 

 

***

 

 

「今回の件、本当に感謝するぞ。数馬(エクエス)

「ま、来るだろうとは思ってたからね」

 

 とあるビジネスホテルの一室で、ローラことラウラ・ボーデヴィッヒ、エクエスこと御手洗 数馬が現実で邂逅していた。

 数馬は紺のジャケットと同色のスラックス、白のワイシャツにチョーカーを当て、パッと見ホストかクールビズのビジネスマン風に仕上げ、ラウラは長い銀髪を翠のリボンで緩くまとめ、白をベースにしたノースリーブのセーラーに翡翠色のスカーフ、白のホットパンツと、涼しげな中に幼い色気がある。

 街中で見かければ、男はまず放っておかないだろう。

 

「本国でやってしまうと足がついてしまってな」

「それは正解だと思うよ。どうにも最近、お客さん多いから」

 

 宿泊先のビジネスホテルは数馬が手配したものだ。

 ドイツの方で手配してもよかったが、それだと他国の方に警戒される。それ故、ラウラはDSOの方でエクエスに連絡を取り、数馬の名前でホテルを押さえてもらった。

 

 ラウラの来日は表向きは夏休みの観光という名目で、実際はイチカの周りがキナ臭くなってきたのを察しての護衛が目的だ。

 

「お姫様が来た、って事は、やっぱりあの噂は――」

「真実だ。残念ながらな」

 

 蟀谷(こめかみ)をおさえつつ、悩ましげに答える。

 一夏が表に出て10日。DSOでエクエス達が動いてからあまり日を置かずに来日したので、実際それだけ大変だったのだろう。それに気づいた数馬も深いため息を()く。

 

「一夏がそれだけ凄い事をしてたのを驚けばいいのか、呆れればいいのか」

「その両方だろう。そのお蔭で各国に潜んでいた膿が大慌てだからな」

 

 隠す事なく悪態をつく。

 お互い、イチカがDSOを介してプログラム関連のバイトをやっているのは知ってるし、DSの機体や武装の製作を依頼したのは一度や二度ではなく、その技術の高さも嫌という程理解はしていた。

 その下地があるからこそ、DSOで中堅クランのゾルダートが一角(ひとかど)の勢力になれた。

 正直、一夏の功績は善悪の判断がつかない微妙な所だ。

 

「一夏はバイトでメカトロニクス関連のバイトをしてたけど、噂通りその報酬が酷かったのがバレた、と?」

「ことはそう単純じゃない」

 

 言いつつ、手元のカバンから旧式のタブレットを取り出す。

 AR展開しないのは、それだけヤバい話なのだろうかと思いつつ、差し出されたタブレットに目を通す。

 

「話はイチカがISを起動して二日ほど経過した頃だ。バイトを依頼してた連中がネット上で集まり、イチカの功績を確認した。そこで見つかったのが、ISに関する新技術」

「あー、なんとなく話が見えてきた」

「見つかったのは第3世代以降の特殊兵装とそれに付随する各種基礎理論。更には第4世代にも言及する論文などが見つかった」

 

 出てきた話にゲンナリする。相当な技術が見つかるとは覚悟していたが、まさか最新のIS技術、その更に上をいくものが出てくれば、そりゃ大騒ぎにもなる。

 

「それだけでなく、一部の技術は既に各国のIS研究機関で自国の技術として登録され、既に実装テストに入っているモノすらあった」

「カモネギどころか、鍋道具一式セットで背負ってる様に見えてくるだろうね。向こうとしては」

「カモネギ?」

 

 意味が解らずラウラがキョトンとすると「スープの具材がまとめて手に入る事だよ」と言われ、状況の言わんとしている事を理解する。

 

「まぁともかく、それだけの技術を作ったはいいが、依頼元(クライアント)が出した報酬があまりにも少なすぎた」

 

 言いつつ、タブレットをスクロール。そこに報酬が書かれていたが、その額は数万円程度。素人目で見ても、その額はあまりにフザけた値段だ。

 

「それで一夏の暗殺とか計画された?」

「いいや、この機を利用して自国のコゲ付きもまとめて始末する算段に出たらしい。

 これら技術の依頼元は被害者を(よそお)い、デカい顔してる女尊主義者に責任を(かぶ)って貰おうとあれこれ証拠を集めつつ、ついでに冤罪もでっち上げようと計画してたんだが、そこで意外なものが見つかった」

 

 更にスクロール。そこには2年前に起きたモンド・グロッソの悲劇と、一連の救助活動が記載されている。

 

「モンド・グロッソの悲劇が起きた際、支援会が設立されたのは?」

「知ってる。どこだったかの女性権利者が中心になって設立されて、各国政府も協力して義捐金(ぎえんきん)(つの)ったって――まさか」

 

 ラウラが首肯。タブレットを操作すると、毅然とした女性が現れる。

 

「リピア・ザンケール。イタリアの共和国元老院の議員だ。彼女が中心となって支援会が設立され、多数の命が救われた。

 彼女はこの功績をもって民政議員から終身議員に抜擢(ばってき)されたが、支援会を隠れ蓑に、集められた義捐金を着服していた事がわかった。

 彼女はそれ以外にも、イチカの技術を各国に切り売りしている」

「それ以外にも、マフィアやいくつかのPMCにも顔がきいて、DSOのクランにも幾つかコネがある、と」

 

 意外な繋がりに「知っていたのか」と驚きの声を上げる。

 

「あの日から、DSOの方でヴェクター率いるディビジョンと連携しててね。ランクスも一枚噛んでる。

 そのつながりで彼女の名前を耳にした」

「ランクスのヤツ、私の方にも連絡していたぞ?」

 

 幾らデュノアの御曹司と言えど、先読みの深さが尋常じゃない。現実と仮想でどこまで動いているのか。

 あちらもあちらで探せば色々出てきそうだが、今はそれを気にしている余裕もない。

 

「その辺は長くなるから、とりあえず一夏達と合流してから説明するよ。今話すと二度手間になっちゃうし」

「わかった。しかし今のイチカと会えるのか?」

「その辺は大丈夫。昨日の内に遊びに行く旨を伝えてあるから。ヴェクターも来る手筈になってる」

 

 助かる、と言った所でラウラの携帯端末にメールが来た。随伴(ずいはん)してきた仲間が合流の準備が出来たらしく、集合場所のマップが添付されている。

 それをARマップにリンクさせ、数馬にも情報を共有させると、合流する相手が誰なのかわかった。

 

「クラリスも来たんだ」

「彼女は日本文化にも詳しいし、何よりイチカとも面識があるからな。いろいろ助けになっているぞ?」

 

 その知識が問題っぽいんだけどな、とは思うが口には出さない。それはラウラ自身も理解しているだろうし。

 

「ところで、護衛と言っても、準備はあるの?」

「ちゃんと用意してある」

 

 右手首にある、赤を基調とした2本のブレスレットを見せる。待機状態のISだ。

 

「第2世代の、ロート()?」

「ああ。イチカの分を含め3機用意した。

 (もっと)も、あいつにISを渡すのは最終手段だが」

 

 確かに、あらゆる意味で最終手段である事には違いない。それだけ難しい状況に陥る可能性はあるとはいえ、標的(マト)はここだと教えているようなものだし、ISを持ち出してしまえばどこも自重しなくなる。

 

 最悪、モンド・グロッソの悲劇が日本(ここ)で再現される。逃走手段として用意したのだろうが、安易に使える代物ではない。

 

「ホント、ランクスの言う通りだ。

 丸く収まりそうもないや」

 

 

 

***

 

 

 ラウラが来日したのと同じ頃、オータムもまた来日していた。

 先に潜伏していたエージェントが借りているアパートに陣取り、渡された資料に目を通している。

 

「ったく、ガキのする事じゃねェな」

 

 見れば見るほど織斑一夏の功績はヤバい。

 第3世代ISの技術のみならず、第4世代、ともすれば第5世代に準ずるモノさえある。それらの技術に目を付けた技術者達は先見の目があると言えるだろうが、その扱いが杜撰(ずさん)すぎる。何より――

 

「おい、なんで事件が起きる前から標的(ターゲット)の周りにいた」

「当初は織斑千冬(ブリュンヒルデ)に次いで篠ノ之博士と接点があるのでマークを。

 その後、技術力の高さから、彼を取り込む際に人質として使える様、凰 鈴音もターゲットに」

「なるほどな」

 

 かのブリュンヒルデの付属品()であり、篠ノ之 束に最も近い一般人というのでマークしていたが、思わぬ使い道が出てきた為にエージェントが増員されたのか。

 凰鈴音は標的(ターゲット)に最も近い異性としてマークし、実家は中華料理店『鈴音』を経営。それを利用してエージェント二人はバイトとして潜り込んでいたらしい。

 

「で、作戦内容は?」

「マスコミの方に潜伏しているエージェントが明日の朝刊で織斑一夏の功績を公開。その混乱に乗じて動くであろう各国のエージェントを牽制しつつ、織斑一夏、篠ノ之 箒、凰 鈴音の3名を護衛しつつ、国外へ移送。

 その後、織斑一夏は希望する国へ移送し、篠ノ之 箒、凰 鈴音の2名は希望があれば元の生活に戻し、我々は引き続き護衛と監視を」

 

 現時点で織斑一夏の拉致は、何かとまずい。

 逆に護衛して貸しを作り、それを理由に後々協力させるのが賢明だ。

 篠ノ之 箒、凰 鈴音も手を出せば何かとまずい。前者は篠ノ之博士が、後者は織斑一夏に悪印象を持たれてしまう。篠ノ之博士を表社会に引っ張り出すのに、こちらをマークされるのは悪手だ。

 

「OK、動くタイミングは二日後ぐらいか」

「はい。それまでオータムは私達の友人、という事で潜伏してもらいます。それと、これを」

 

 差し出されたのはどこかの企業のID。ご丁寧にスコールの写真も添付されている。

 

「IS装備開発企業『みつるぎ』の渉外(しょうがい)担当、巻紙(まきがみ)礼子(れいこ)

 先日、本人がこちらの周りを嗅ぎまわっていた所を処分し、IDを手に」

 

 都合よくいい獲物が来てくれたものだ。運が向いてきている気がする。

 男が見れば釘付けになるであろう笑みを浮かべ、スコールはそのIDを手に取った。

 

「口調は――これでいいかしら?」

 

 口調と共に、動きすら洗練された女性のものへと変わる。

 それまでの粗野な女性の姿はどこにもなく、ともすればモデルと言われても違和感はなく、一瞬で化けるオータムに、エージェントは少し面食らってしまう。

 

「驚く程の事でもないわ。これぐらいは少し練習すればできるから」

「……そうですか」

 

 女は化けるとはよく言うが、これはもはや別人格というレベル。それでいて元のスコールがそこかしこに残っているのだから、エージェントとしては“そういうもの”として納得するしかない。

 

「では、時間も頃合ですし、晩ご飯にしましょうか。今夜は私が(おご)るわ」




ようやく序章の折り返し地点。暗躍パートさん達の話はここで区切り。色々妄想してもらえれば幸い。先読みできない展開であればもっといいw

次回は一夏側に戻るのですが、時系列的にはちょっと戻ります。
具体的には00-07の続きとなり、『その頃のいっくん達』になる予定。修羅場になるのか、それともピンク案件になるのかは謎。

というか、いつになればいっくんがIS装着する所までいけるのやら(^^ゞ


ついでに補足

桐ケ谷 翠:言わずと知れたスグのママ。今後ちょこちょこ出てくる予定。
      もう一度言いますが、桐ケ谷 和人はいませんよ?
茂村 保:GGOで真っ先に殺されたゼクシードの本名。
     GGOなくなったんでニートではなく、泣く泣くバイトしてる設定。意外な人物とコネあります。

ロート:ドイツの第2世代IS、独自設定で登場。
    原作だと第3世代は出てるけど、第2世代見つかってないので、そこを利用して救援機に。

クラリス:DSOクラン『ゾルダート』のメンバー。
     数馬(エクエス)とはネット上で面識あり。オタク寄りの日本文化における知識が豊富。
     いったい何リッサなんだ……

リピア・ザンケール:SAOアリシゼーションに登場する女性暗黒騎士。ここでは名前だけ拝借した全くの別人。
          多分、最後の最後まで名前だけ出て終わる人。


あまり需要はないかも知れませんが、後日、活動報告で各キャラの衣装のイメージブランドを紹介する予定。
他の人はやっぱり原作衣装優先なんだろうか? それともそこまで気を回さない??


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00-11 篠ノ之 束とマジェスタと

遅筆過ぎて月1ペースになりつつあります。
毎日更新とか毎週更新してる人はどういう方法で投稿してるのやら……

時系列的には少し戻って00-07からの分岐――の前に、肝心な束パートを入れ忘れていたので、ここで投下。前回で疑問になっていたアレとかフラグっぽいソレとか入れてみましたが、単純な考察回なのでちょっと短め。

試しに堅い話と固くなる話をやってみます。ギリギリでギャグになるよう配慮しましたが、忌避感のある方はご注意を。

あと、今更ですが活動報告に各キャラのテーマみたいなものを投稿しています。興味のある方は参考程度にでも。


 鬱蒼(うっそう)とした森の中を、1機のISが駆け抜ける。

 薄紅色の機体は大きく、中量より、ともすれば重量級に分類されそうなサイズながら、両サイドと背面にある非固定部位(アンロック・ユニット)に設置された数基の大型スラスターにより、重量寄りの中量という、鈍重ともいえる機体ではありえない(かろ)やかさをもって森の中を疾駆(しっく)する。

 その手に握られた試作ライフルは、既存のISでは考えられない結果を生み出し、相対する敵勢力が可哀想になる程の勢いで蹂躙していく。

 

『クソッ、あれが例の未確認かよ!』

『泣き言はいいから撃て、とにかく近づけ――』

『そっちに行ったぞ! 撃ち落――』

 

 徐々にこちらに近付きつつあり、受ける連絡は全て途絶していく。

 

「おい、大丈夫か? 誰でもいいから返事しろ!」

 

 相対する戦力は全て殲滅されているようで、こちらから通信しても一向に返事がない。

 数日前から、何かと騒ぎになっていた未確認IS。

 つい先日は亡国機業(ファントム・タスク)のアジトの一つが襲撃されたという情報があり、実行部隊最強とも言われていた、()()スコール・ミューゼルが手も足も出ないままやられたという話すらある。

 

「ここが最終防衛ラインだ。抜かれるなよ」

「了解――標的が射程内に入った!」

 

 彼我の距離は既に2kmを切り、射程内に入ったのを確認しつつ、複数の装甲車に設置された重機関銃(HMG)が銃弾をばら撒く。

 

「撃て、撃ちまくれ!!」

 

 対IS用にカスタマイズされ、ともすれば肥大したキャリコにも見える重機関銃は、近代化改修によって小型化した20mmHEAT弾を吐き出し、襲来する謎のISを撃墜しようとその牙を剥く。が、未確認ISは慣性の存在を忘れたかの様に直進から直上へと機動をシフト。

 無数の銃弾は森の木々へ着弾。その爆炎は20mmというサイズではありえない威力を生み出し、ともすれば主力戦車(MBT)の主砲に迫る爆風と炎の壁が(むな)しく撒き散らされる。

 

「な――バカな!?」

「ボサッとするな、とにかく撃ちまくって動きを止めろ!」

 

 ISのありえない動きに驚き、慌てて銃口を上に向けるより早く、バレルロールによる横の動きから直角に下降。慣性の法則すら無視する動きに翻弄(ほんろう)されながらも、なんとか照準を合わせつつ弾幕を張るが、全く追いつけない。

 

「く、来るな……来るなァ!」

「くそ――ッたれがぁァァ!!」

 

 照準が追い付かない事に焦り、射手達は狂ったように彼方此方(あちこち)に弾をばら撒いて弾幕を生み出し、近づけまいと奮闘。

 それでも未確認ISには一発も当たらず、弾幕の隙をついて未確認が持つライフルから光のようなものが照射される。

 瞬間、重機関銃含めた装甲車があっという間に砂に変わり、座席を失った射手と運転手が無様に尻餅をつく。何が起きたのかも理解できず、戦場のど真ん中で呆気(あっけ)にとられた。

 未確認はこちらを一瞥(いちべつ)すると、興味を失ったかの様にその奥にある本部を目指し飛んでいく。

 せめてもの抵抗にと懐にある銃を探すが、そこから出てくるのは一掴(ひとつか)みの砂だけ。

 太腿に装備していたコンバットナイフも、ホルスターに入れていた予備マガジンすらない。

 

「何が、起きた……?」

「さ、さぁ……?」

 

 何が起きたのかも理解できず、武器という武器が全て砂に変わった現実を受け入れる事ができず、皆キョトンとした顔でお互いを見る。

 

 判っているのは、自分達が何故か殺されなかった事と、本部から聞こえる一方的な銃声。それでこの場所はもう終わりだという事ぐらい。

 遠くから軍用ヘリのローター音が聞こえるが、どこか別の出来事のように思えた。

 

 

 

***

 

 

 

『束様。非合法組織の基地、制圧完了しました』

「クーちゃん、そこにあったデータは?」

『ある程度の証拠は残していますが、回収が済んだものから順次破棄を』

「現地の軍がやってきてるから、あと60秒で脱出してね。主要なデータだけ抜いたら、細かいのは残しといてもいいから」

 

 了解しました、という返事を残して通信が切れる。

 世界中の目から逃れる為に作成した自身の研究所(ラボ)、『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』で、束はモニタの明かりと複数展開された仮想キーボードの光を光源に、今回の襲撃事件を意図的にネットに流す。

 マッチポンプではあるが、表舞台にいない自分達が動けば情勢をコントロールしつつ、こういったバカ共をあぶり出せる。

 

「まったく、凡人は学習しない事を学習する、とはよく言ったものだね。これじゃバカの一つ覚えじゃないか」

 

 軽口を叩きつつモニタを注視しているが、腹の中は相当煮えくり返っていた。

 モンド・グロッソの悲劇――2年前、彼女が表舞台から消えた本当の理由。

 それを考えもせず、それぞれが都合のいい正義を掲げ、ISは本来の目的から外れた運用をされ続けている。

 ISを世に出す際、『兵器として扱うのであればコアの提供はできない』と明言したにも関わらず、世界は(みずか)らが締結したアラスカ条約の穴をつき、ISを軍事利用した。

 それについては彼女も再三注意をしたが、世界はのらりくらりと玉虫色の返事をするばかり。

 挙句、扱う個々人の意識が低いが故に、あんな悲劇を起こしても尚、世界は同じ事をまた繰り返そうとしている。

 事の大小は関係なく、過去の遺物すら巻き込んで。

 

「まったく、少しはいっくんを見習ったらどうだい?」

 

 そうぼやいたが、ある意味世界は一夏を見習っていたなと思い出し苦笑。

 彼が生み出した論文や理論は、束をもってしても“その発想はなかった”と言わしめるものが結構ある。

 実際、クーちゃんことクロエ・クロニクルが提示してきたイチカ達の機体構成理論を元に、束は1機のISを作り上げた。

 それが現在クロエの纏っている()()()()()IS・“桂秋(けいしゅう)”。

 DSOでクロエ自身が使用するDSを冠し、束の手によってISとして再現したものだが、この機体は『ありえない』のオンパレードだ。

 

 鈍重になりがちな重量級の機体を、既存のものとは一線を(かく)す強化PICで保持。機体の装甲そのものを兵装パーツの一部とし、それらを組み合わせてエネルギーバイパスの組み換えを行い、兵装と装甲、機動力を()()()()()()()変更する事で全局面展開能力の獲得をするなど、誰が思いつくものか。

 その上、その図体(ずうたい)に見合わない機動力、常識外れの燃費の良さから生まれる戦闘時間は、第2世代ISの運用時間にすらに匹敵し、疑似的な領域支配(エリア・ドミナンス)すら展開できるという理不尽(チート)

 

 部分的な技術は世代差を越えて応用が利き、全く違う運用方法まで模索できる量産性すらある。

 まさにパンドラの箱ともいうべき設計理論だが、これ以外にも全く違うアプローチから生まれた機体がまだ幾つもあるというのだから、彼らはどれだけ未来(さき)を見ているのか。

 多少の齟齬(そご)はあれど、その技術をISに転用できた事に驚き、世界が暗躍してでも一夏を獲得したくなるのも(うなず)ける。

 

 束自身、展開装甲という特殊機構を模索していたが、これは全く違うアプローチから同様の結果を得るという発想。

 IS自身に兵装という“鎧”を(まと)わせる――そんな概念と発想は彼女にもなく、あの機体の完成が2年近く短縮できた。

 同時に兵装の発想も普通ではない。

 

「兵器をを分解する兵器、か」

 

 対象にパルス照射して機体構造を瞬時にスキャン。物質の構造情報と共鳴する振動エネルギーをぶつける事で分子結合を崩壊させるという、通常兵器に対する鬼札(ジョーカー)

 本来はDSのオーバードウェポンで、DSコアを使って生み出された膨大なエネルギーを動力源に、都市区画一つを砂漠に変えるような変態兵器だったが、イチカはそれを現実の理論に当てはめる事で通常兵装にオミットする技術を提示。

 DSOで第5世代のEN兵器として開発・実装され、世代差が関係なく運用できる反面、拡張領域(バススロット)を圧迫するというデメリットこそあるものの、威力に対してEN消費が低く、桂秋(けいしゅう)と同様、兵装をパーツ化して本体に取り込んでしまえば、そのデメリットも本体のウェイトとしてカウントする事が可能。拡張領域(バススロット)に若干の余裕が生まれ、逆にメリットにさえなりうる。

 便宜(べんぎ)上、彼女はこの兵装に分解銃(ディスパージョン・ライフル)という名を与えたが、これがある限りクロエは通常兵器に対して絶対的な優位性がある反面、生物に対してほぼ無力というデメリットがあり、結果として人を殺すことができない。それは束にとっても大きなアドバンテージとなる。

 これがある限り、クロエは身綺麗なまま戦場を駆け抜け、大手を振ってこの功績を一夏に報告できるだろう。

 

 束が気まぐれに作ったDSOのアカウント『マジェスタ』で長くDSOに触れていたせいか、クロエも一夏に対して恋愛感情がある。

 現実世界ではないという解放感からか、仮想世界の方が年頃の少女らしさと、隠す気すらない恋愛感情は見ている束も好ましくあったが、同時に一夏がISを起動させた仮説も確信へと変わった。

 

 

――IS適性の高い女性は、IS適性のある男性に強く惹かれる。

 

 

 凰 鈴音(ファン・リンイン)といったか、一夏の世話を焼いている少女のIS適性がAと判明した時、束の中では核心に近い推論だと考えている。

 それは『優秀な遺伝子を後世に残す』という、種の保存という本能に由来する恋愛感情。

 

 千冬が一夏に総合学園案内を紹介したのも。

 凰 鈴音がIS学園への推薦をあっさり蹴って一夏の元を離れなかったのも。

 ドイツ娘が一夏の利になる行動を自国に進言したのも。

 箒が一夏と再会し、その思いが再燃した事も。

 クロエが自発的に行動するのも――それで全て説明できる。

 

 本能的に一夏の遺伝子が自身の系譜にとって最良だと認識し、それを得ようと気を引き、護り、求め、支える。狙いこそ様々だが、生物学的に見れば全てそこに帰結する。

 時代が時代ゆえ、ハーレムの形成すら可能な反面、IS適性が高い者、もしくは成長しやすい者などは一夏と相対した場合、精神よりも肉体の性衝動に動かされやすくなる。妊娠適齢期に近いものであればあるほど、その傾向は強くなるだろうと束は考えている。

 一夏が恋愛に対して鈍感なのは、男が少なくなってきた世界で女性達のアプローチが強すぎるが故に感覚が麻痺しているか、もしくは無意識に肉食系女子を敬遠して自身を護っているとすれば、一夏の行動にも説明がつき、周りがアレコレ助力してるのは単に一夏の人柄故(ひとがらゆえ)だろう。

 逆に一夏に対し敵対行動を取るのは、モテない事に嫉妬する男達、もしくはIS適性の低い女性や結婚適齢期を過ぎた老害などが最たるもの。他には利権問題などで敵対する勢力もいるのだろうが、背景を紐解(ひもと)けばそこに行きつくのではないかと考えている。

 

 それとクロエのIS操縦技術も目を(みは)る。

 イチカとその仲間達の協力により、ISに近い環境でDSOをプレイしていたのは知っていたが、ここまで親睦性(しんぼくせい)が高く、かつ柔軟性のある操縦ができていることにも驚いた。

 反面、体力的な部分に問題が出ていたが、この辺は経験を重ねていくことで解消されてきている。

 

 束はクロエにISに関する技術を全く教えてはいなかったが、操縦の基本である三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)瞬時加速(イグニッション・ブースト)円状制御飛翔(サークル・ロンド)のみならず、特殊機動である特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)、果ては高速切替(ラピッド・スイッチ)、一零停止も限定的ながら使える様になっていて、具現維持限界(リミット・ダウン)にも配慮する余裕がある。

 これらの技術はDSOにおいては基本技術らしく、聞けば企業のキャンペーン・ガールとして採用された現役IS操縦者が広めた技術に始まり、DSOプレイヤーがそれを昇華したものさえあった。

 よくよく考えれば現役をDSO(ゲーム)で起用する以上、ISに酷似した環境でDSを扱わせた方が当事者達も実力を発揮できるのだし、同じプレイヤーが使うのだ、教えたり模倣されたりして技術が昇華していくのは当たり前で、それだけ操縦技術が広まれば、新たな戦術や技術が生まれてもおかしくはない。

 

 最も、彼女はイチカと幾度となく勝負はしたが一度も勝ったことがなく、手も足も出ないどころか勝ち筋が全く見えない、らしい。

 マジェスタのランクはイチカに迫るエキスパートの2、しかもイチカ同様、ソロでかなりの数をクリアできる腕前と経験があってもだ。

 それだけイチカとマジェスタには隔絶(かくぜつ)した実力差があるという証左だが、束としては単純な実力のみでこの差が起きるとは思っていない。

 IS適性と同じく、VRにも適性があり、二人の適性に差がある為こういう結果があると思っている。

 実際、千冬がISでは世界最強でありながら、DSでは上級者とはいえそこそこの腕前まで落ちている。

 束からすると千冬は『IS適性が高い代わりにVR適性が低い』と考えれば、この異常ともいえる状況に説明がつき、贔屓目(ひいきめ)ではあるが、イチカとマジェスタの実力差もある程度納得できる。

 

 同時に、なぜ一夏がISを起動できたか、という謎もある。

 その要因(よういん)の一つはDSOだと考えているが、一夏自身が無意識下で“ISをDSの一種”と認識しているという考えは苦しいし、それだと他の男達もISが起動できないと辻褄(つじつま)が合わない。

 次点で考えられるのが、初めてISを起動させた千冬の存在。血縁者だからという理由でISが反応した、とも考えられるが、それだと逆にこれまで男性が起動できなかった理由に矛盾が生じるし、いくらモンド・グロッソの悲劇があったとはいえ、ある種男のロマンともいえる機動兵器(IS)に、男達の食指が向かない現実(リアル)に説明がつかない。

 他にも要因があるのだろうが、現状ではその答えに辿(たど)り着く為の情報(ピース)が足りない。

 

 だが、ISで起きた事件を、DSOプレイヤーが経験した事で()()()()()()に近付いた。

 その当事者が織斑一夏など、誰が予想できる。

 むしろ周りにとっては()()()()()()()()()存在がISを起動させた為、これだけの騒ぎになったのだろうが、束からすれば計画の前倒しに過ぎず、やる事が分散したからこういうバカ共を潰せる余裕も出てきた。

 

「茅場は、こうなる事を予測していたんだろうね」

 

 それは間違いないだろう。自分が身内に甘いのは周知の事実だ。

 束がいずれ一夏を男性IS操縦者に仕立て上げる、というのは予測できていたはずだ。

 経済の一部という予防線、ダイアグラナル(対角線の)ストラトス(成層圏)という、束にしかわからないようなメッセージ。

 それを裏付ける様に、ゲームという先入観を利用し、ISを作った本来の目的からかけ離れたDSの運用方法、既存のVRゲームからかけ離れたシステムに成長方法。

 過酷(かこく)という言葉すら生温(なまぬる)い、大規模な人数が参加する事を前提とした広大な戦場。

 結果、生まれた社会的利便性は、凡人から見れば(てい)のいいカネ稼ぎにすらなる。

 それらを隠れ蓑に、茅場とその仲間達が、仮想というもう一つの世界で何かを画策(かくさく)しているのは解る。あの広大なマップもそうだが、これに宇宙空間が追加されれば、何を狙い、何を目指しているのか、束の中では確定的だ。

 

「ホント、あんなちっぽけな世界で満足していたのが、変われば変わるもんだ」

 

 茅場達の“目的”は、束の“手段”に使える。

 こちらを出し抜いたつもりだろうが、彼らは肝心な一歩が足りていない。

 

「君達からすれば意趣返しなのだろうが、せいぜい利用させてもらうよ」

 

 全ては自分の目的を果たす為。

 彼女自身、一夏を守る為に行動しているのは、彼の遺伝子に惹かれている、もしくはこの感情を理論づける為にこういう推測に至ったのか。

 今更その経緯はどうでもいい。彼女が目指すのはハッピーエンド、それも皆が納得する大団円。

 それに至れるのであれば、別の正義も、バッドエンドも、全て利用させてもらう。

 

 全てが終わった後のハッピーエンドを妄想し、ニタァ……と表現したくなるような妄想全開の笑みを浮かべる。

 それは哀れな子ウサギを前に舌なめずりする獣、もしくは崖っぷちの嫁き遅れがイケメンを前にして欲情したような表情。

 

 …………要するにアウトな表情だった。

 

 

「うぇ、うぇっへっへっへ……姉妹丼もいいけど、血のつながらない親子丼、他人丼、スリー(ピー)もいいけど、フォー(ピー)もアリだよね。もしくはちーちゃんも一緒に……ジュルリ」

 

 

 ――性倒錯症(パラフィリア)

 

 

 かつて世界を救うために作ったIS。しかし数多(あまた)の命を奪う事件が起きた事に耐え切れず、彼女は精神に異常を(きた)し、人を恐れるようになった。

 それでも人恋しさから人を求めるが(ゆえ)にクロエを養女として迎え、育てている。

 一夏への依存は自身が生み出したIS適性の理論によって、(いびつ)な性依存へと変化し、彼女の倫理観は減少する男性の出生率の低さから、やがては時代の変化と取られるだろう。

 

 

 世界は少しずつ壊れてきている。

 誰にも気づかれる事なく、ゆっくりと。




束の考察&理論、使えるというのであれば利用されても構いません。というかn番煎じかも(^^ゞ

前に言っていた『束は完全な白ではない』という部分がこれで、最初から壊れているより少しずつ壊れていった方がより“らしい”と考え、こういう風になりました。冒頭で入れていた男性の減少という話も少しだけ絡んでいますが、見えない欝展開というのもなかなか……こういうお話はまだまだ出てきます。フロム脳の恐ろしさはこういうところにあると思うので。

性倒錯症というのはこの作品の造語で、正しくは性的倒錯とか性嗜好異常で、露出や盗撮、SMなどもこれに分類。浮気症やハーレム症候群なども入るようで、束の壊れ方をわかり易く、かつ話の流れに合わせる為にこういう症状を組み込んでいますが、本来の精神疾患とは違うのでご注意を。
詳しく知りたい方は独自に調べるのもいいかと。新しい発想があるかも知れません。

マジェスタの正体もある程度は考察できていた人はいたかも知れませんが、この展開を予想できた人はいるんだろうか?
しかし、クロエの性格がつかめなかったが為に少し蛋白な扱いになってしまった。要反省。
代わりにクロエ回は考えてあるので、そこで半オリキャラになってはっちゃける可能性大ですがw

束パートはどこで入れようか迷ったまま後回しにしてしまっていて、このタイミングで入れないとマズそうだったので。これで千冬がイチカに勝てなかった理由とか一夏がISを起動できた謎なんかも出てきました。
最も、前々からストーリー中に起動できたヒントを盛大にブッ込んであるので、気付いた人はいるかも知れません。気付いた人は今はヒミツでお願いしますw

今回出てきたクロエの専用機『桂秋』は準第5世代と表記していますが、実際は4.7世代、原作の紅椿(初期)は4.3世代ぐらいと位置付けています。この辺にもイチカ達の影をチラつかせたかったが故にこういう位置付けで、ちょっとした伏線としても使える様に出してます。
それと第2世代の運用時間とは戦闘時間を指すものではなく、展開して行動する時間を指し、ただ飛んだり浮いたりしている時間を指します。車でいえば高速道路をアクセルベタ踏みで走るか街中をノンビリ走っているかの違い、と考えてもらえれば。

あとオリジナル武器である分解銃(ディスパージョン・ライフル)ですが、発想の元ネタはヒュッケシリーズのグラビトンライフル。重力兵器だと中の人もクシャっと逝ってしまう可能性があり、束が失踪した原因である『ISによる大量殺戮』にひっかかっると思い、あれこれ考えて出来たのが司馬達也の雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)の兵器転用。科学的に正しいのかどうかはわかりません。テスラ研、検証してくれ。
桂秋の元ネタはガンダムOOのヴァーチェ――ではなく、実はガオガファイナルとゲッターシリーズ。作者のフロム脳とスパロボ脳でこねくり回したら、こういうのが出来上がりました。まだ武装とかが全部思いついてないので、機体の外観とかが思いつかず……誰か汎用で全距離対応の太目な中量ってコンセプトで書いてくれんかな?



本編にあまり関係ないので桂秋(けいしゅう)の意味を紹介。

桂秋は銀木犀(ぎんもくせい)が咲く時期を指し、桂は木犀のこと。開花時期は9月~10月で、一夏の誕生日あたりに咲く花。
花言葉は『初恋』『高潔』『あなたの気を引く』『唯一の恋』などで、なんとなく陰で支えるクロエに合ってるなと思い、機体名に採用しています。
ちなみに待機状態は銀木犀の髪飾りという設定。誰かデザイン起こしてw

もう一つ裏設定というか、小耳に挟んだもので、好きな人の誕生花をアクセサリなどにして持っておくと、その恋が叶うという外国のジンクスがあるそうで、ちょっとした遊びでこの辺もかけてます。


後書きでこれだけ補足が必要という時点で、どんだけ自分が非才なのかがよく解るorz

追記:マジェスタのランクとクロエの機動に関して誤字見つかったので修正。


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00-12 迫る不穏

更新遅れて申し訳ありません。
GW以降、少しリアルが忙しく、書くヒマ作れませんでしたorz

 宣言通りというか、今回は00-07の裏側の一部。おそらくプロローグでの日常編はこれが最後になるかと。そして今回、詰め込みすぎて自己初の1万字オーバー達成。


 今回もR‐15なお話アリ。少し本編に絡む内容でもありますが、苦手な方はご注意を。
苦手な人の為に簡単な説明↓

束「男性IS適性のあるいっくん見るとね、女の子はケダモノになるんだ♪」
箒&鈴「「ヒャッハー! 一夏だぁ✩」」

夏「あの、俺の意志は……?」


あとちょっとだけ飯テロあります。レシピに関してはあとがきにて。


「どいつもこいつも連絡つかないってどういう事よ!」

 

 自前の事務所で女性がヒステリックに叫んだ。

 女性用のビジネススーツに身を包み、紺色の議員記章をつけ、デスクには『参議院議員 (きし) 結華(ゆうか)』とある。彼女も世界初の男性IS適性者発見によって焦っている一人だった。

 

 2年前、モンド・グロッソの悲劇において、一夏を見捨てる判断をした張本人であると同時に、支払われる筈の慰謝料、その()()を着服したメンバーの一人でもある。

 一夏を見捨てた際はドサクサに紛れて誤魔化せた。

 リハビリをしてる最中、一夏のメカトロニクス技術の高さを知り、技術者達をけしかけて各国の議員と連携し、技術を切り売りして各国に転売することで甘い汁を吸えた。

 その利益でPMCや幾つかのマフィアなどにもコネを作れたし、ライバル議員や対立する者達が都合よく消えたりもした。

 これら全てが明るみに出れば、政治家生命どころか人生そのものが危うい。それを回避しようと技術者達に連絡を取ろうとするも、向こうも立て込んでいると言って対応が杜撰(ずさん)。直通回戦でもまともに取り合ってくれない。

 

「あいつら、この期に及んで私達を切り捨てる気ね……」

 

 実際、既に技術者達は過去に依頼した技術の全てをまとめ、彼女をはじめとした女尊権利者を生贄(ダシ)に、全ての悪行を(なす)りつける準備をしていた。

 当事者ともいえる技術者にはおこぼれ程度の報酬しか貰えず、ほとんどの利益を自分達が摂取していたのだから当然と言えば当然だ。が、彼女達からすれば自分達こそが被害者だ。

 成功は自分達のおかげ。失敗は誰かのせい。

 それで世界が回っていると本気で信じ、自分達はその中心にいると()()している

 

「これも全部あのガキが悪いのよ。なに断りもなく勝手にIS起動させて――」

 

 自分の事を棚に上げ、怒りは(くだん)の織斑一夏へと矛先を向け、ブチブチと文句を垂れ始めた。

 

 彼女にとって織斑一夏は世界最強(ブリュンヒルデ)付属品(おとうと)。その程度の価値があればよかった。DSOでの戦闘能力をはじめ、メカトロニクスの知識と技術は表には出さず、自分達だけが独占する。

 数年後、自分達が政界を引退した頃にバレたとしても、知らぬ存ぜぬを通した上で対策委員会を設置し、『技術者達の独断だった』と話をでっち上げれば、更にひと儲けできると踏んでいた。

 だが、今回の騒ぎで全てが狂った。

 良くも悪くも、女尊権利者はその思想でヒトの欲に忠実だ。誰しも浮かれてしまえば自身の非を客観的に見る能力は低下するが、彼女達のそれは麻痺に近く、それ故に自らの首を絞めていく事に気付かない。否、理解したくない。

 

「こうなったら……」

 

 通信端末を手にし、彼女は連絡先をいくつか選んでメッセージを飛ばす。

 その選択が一夏の今後を決定づける事になると同時、自分達の破滅につながるとも知らずに――

 

 

 

***

 

 

 

 箒が織斑家にやってきて三日。鈴は早起きしてキッチンに立っていた。

 チューブトップにデニムのミニスカートと、いつも通りの軽装備にエプロンをつけ、寝起きという事もあって、髪はおろしてシュシュでまとめてある。

 朝からこうして織斑家のキッチンに立っていると、まるで一夏の妻になったような気分だ。

 

「~♪」

 

 昨日の昼、箒が(サバ)の塩焼きをメインにした和食を出したら一夏が喜んでいたのを見て、自分なりの和食に挑戦してみようと奮起。実に甲斐甲斐(かいがい)しい女子力である。

 

 昨夜から仕込んでおいた荒削りの混合節を水で戻しておいたものを火にかけ、まだ(ぬる)い内に(さい)の目に切った絹ごし豆腐を入れて温度を下げる。

 あまり温度を上げないように気を付けつつ、浮いてきた最初の灰汁(あく)を取って醤油とみりん、塩で味を調整。

 味噌とは違う、甘みのある塩分に少し戸惑うが、全体のバランスを考えればこんなものだろうと味を決定。味が完成したところで火を止め、冷ましながら味をなじませておく。

 冷吸(ひやすい)、という冷まして飲む吸い物だが、今回は朝ということもあってやや(ぬる)めの温度で出して胃腸を目覚めさせる。チューブの生姜を準備しつつ、薬味となるネギも刻んで小鉢に。

 冷蔵庫から、一味入りの西京味噌(さいきょうみそ)に漬けておいた鶏胸肉の切り身を取り出し、味噌が少し付いたままグリルの中へ。

 その間にキャベツを塩昆布と2倍に薄めためんつゆで漬けた浅漬けを小鉢に移し、刻んだ大葉をふりかけ、付け合せに柚子胡椒(ゆずこしょう)を用意。

 グリルの中にあった鶏肉がいい感じに焼けてきたので、個別に皿にとって並べておく。あとは一夏達を起こした時に汁物を温めつつ、目玉焼きでも用意すればいいだろう。

 いつも通り栄養バランスに気を使いつつも、味も重視した鈴らしい献立。天気予報では今日も暑くなると言っていたし、朝はこれぐらいしっかりした方が目覚めやすいだろう。

 

「……よし!」

 

 火を止めたのを確認し、エプロンを外してパタパタと二階にある一夏の部屋へと向かう。

 今日は珍しく一夏は寝坊し、いつもなら鍛錬に行っている時間になっても起きてこない。

 

「そういえば、一夏起こしに行くのも久しぶりだわ」

 

 前に起こしたのは春先だったか。

 ときどき一夏は寝坊する事がある。あの時は珍しく寝過ごした一夏をみてイタズラ心が湧き、ベッドに潜り込んだ所、寝ぼけた一夏が鈴を千冬と勘違いし、抱きつかれた上に胸の中に顔を(うず)めてきたのを思い出す。

 

「寝てる時はすっごい甘えん坊なのにね」

 

 苦笑しつつ、そっと自身の胸に触れる。同級生と比べるとやや控えめだが、半年足らずで格段な成長を遂げ、AAカップだったのがもう少しでBに届くかどうか。

 むしろ春先に起きた出来事を意識するようになってから、身長はともかく女性的な部分が(いちじる)しく成長してるような気がする。肉体的な部分はもとより、家事などもできるようになってきて、両親にも太鼓判を()されたし。

 扉の前で軽く身だしなみをチェック。ちょっと緊張しながら静かにドアノブをひねる。

 こうして起こしに来るのもなんとなく面映(おもばゆ)く、脳内で『新妻』とか『幼な妻』という単語が浮かぶ。

 同時に、ふとガールズトークの中で聞いた話を思い出す。

 

『男のアレってさ、朝もこうなるらしいよ?』

 

 そう言ってカラオケの際に見せられた、臨戦態勢になったアレの画像。勿論モザイクなどなしの、文字通りガッチガチなヤツ。それを見て仲間内でキャーキャー騒いで店員に怒られる一幕もあったが、あの画像のインパクトは大きすぎて、未だ脳内保存されている。

 一夏も男なんだし、当然ソレを実装している。弾や数馬の話ではかなり凶悪らしく、数馬(いわ)く『アレを知ったら女は、離れるのは絶対無理。むしろ()み付きになる』との事。

 

 臨戦態勢になった男は思考がソッチ方面に固定されるという話も聞くし、寝起きのあの状態で迫られたら、拒める自信がない。

 むしろ箒がいる手前、『既成事実』という単語が脳裏を過ぎり、あの日の続きを期待してワクワクしつつ、静かに扉を開く。

 ベッドの上に人影を見つけ、ゆっくりと近づき、そっとタオルケットをめくると――

 

「……なんでアンタがここにいるのよ」 

 

 ――箒がいた。

 

 あの日、箒はほぼ着の身着のままで来た為、衣類の持ち合わせがなく、千冬の提案で彼女のお古を(もら)って当座をしのいでいた。

 その為箒が今着ているピンクのパジャマも、千冬が以前着ていたものだ。が、元の持ち主のメリハリが凄いせいか、中学生としては規格外なスタイルをもつ箒でもあちこち余っている。

 色々期待していたものが一気に()え、逆に別な感情(ナニカ)沸々(ふつふつ)と湧きあがる。

 鈴としてはその豊満な肉体に嫉妬しているのもそうだが、一夏のベッドに潜り込んでいた事が余計ムカつく。

 想い人の部屋に入ったら恋敵がいるなんて、今日日(きょうび)安っぽいコメディでも滅多にやらない展開。まさかそれを自分が経験するとは。

 当の本人はこっちの気も知らず、一夏の枕を抱き枕にして、幸せそうな顔で寝息をたてている。

 

 肩透かしを食らった上、恋敵が一夏のベッドで寝ている状況。鈴の中でなんか色々なモノがオーバーフローを起こし、一気にタオルケットをひっぺがした。

 

「ふひゃッ!? なに? なに!?」

 

 いきなりの出来事に箒が驚き、一夏の枕を抱いたまま飛び起きて辺りを見回すと、主犯を見つけて不機嫌な顔になる。

 

「なんだ鈴か。いきなり何をする」

「なんでアンタがここにいるのよ」

 

 不機嫌なまま尋ねると、箒は何故か鈴を残念な子を見るかのように、訥々(とつとつ)と説明を始めた。

 

「忘れたのか? 三日ほど前、姉さんに相談して千冬さんの許可を得たから、私は一夏と一緒に暮らすように――」

「なんで・アンタが・一夏の・部屋に・いるのッ!?」

 

 蟀谷(こめかみ)に血管を浮かせながら鈴が質問し直すと、箒は少し悲しそうな顔をして一夏の枕を抱えた。

 

「一夏は人肌がないと寝つきが悪くてな。せっかくだから私が添い寝して寝かせようと思ったのだが――」

 

 言いつつ、抱きしめた枕を優しく()でる。

 その豊満な谷間に埋まる枕に、鈴は一夏の頭がそこにあるのを幻視してイラッとする。

 確かに一夏は普段から眠りが浅い。それどころか知らない他人が近づくだけで目が覚めて警戒する。それで鈴が一夏に添い寝した際、ちょっとした事があったのだが、今はそれを話す必要もないだろう。

 

「それで? 仕方なく一夏のベッドで不貞寝(ふてね)してたと?」

「いや、どうせだったら私の匂いを覚えてもらおうかと思ってマーキングを」

痴女(ヘンタイ)かアンタは!」

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、夕べ眠れなかった一夏はいつもより早く起き、日課にしている朝の鍛錬でランニングをしつつ、近所にあるジムに来ていた。

 以前弾から紹介され、自宅兼喫茶店としても経営しているそこは『経営時間外で、かつ自分で片付けまでするのなら』という条件で無料で使わせてもらっている。

 そこで一夏は横になってベンチプレスを持ち上げ胸筋を鍛えていたが、その重量は90kg。中学生という年齢ではなかなかに負荷のある重量だが、一夏はペースを落とす事なく一定のテンポで持ち上げ続け、100回を超えた所で一度休憩する。

 

「お疲れさま。相変わらず凄いわねぇ」

 

 ジャージを着た黒髪ショートの少女が現れ、スポーツドリンクを差し出す。

 一夏は礼を言ってスポーツドリンクを受け取り、そのまま口を付けて一息つく。

 

「珍しいですね、詩乃さんがこんな朝早く来るなんて」

(アイツ)に頼まれたのもあったんだけど……ちょっとね」

 

 朝田(あさだ) 詩乃(しの)

 一夏達より2つ年上で、数年前に何らかの事件に巻き込まれ、その時助けてくれたのが弾と祖父の(げん)だったらしい。

 その際、子供ながらも身を(てい)して自分を助けてくれた弾に一目惚(ひとめぼ)れしたらしく、モンド・グロッソの悲劇で一夏がメディアに取り沙汰されたのが、偶然にも五反田食堂だった。

 それを見て五反田食堂に突撃し、電撃告白。高校進学をきっかけに弾の実家である五反田食堂に住み込みのバイトでやってきた押しかけ彼女だ。

 詩乃は『家庭的でスレンダー、かつ眼鏡の似合う年上』という弾の好みにどストライク。

 彼女の眼鏡は度入りではなく、眼鏡型ディスプレイなのだが、彼女からの押しに流されるようにして付き合っていた。

 

 その押しの強さは尋常(じんじょう)ではなく、弾がGGOプレイヤーだと知るとアミュスフィアを買ってGGOにログインし、狙撃手(スナイパー)として頭角を(あらわ)すと、瞬く間に『冥界の女神』という二つ名を得るに至った。

 後にGGOがDSOに統合されると、イチカやローラ達に師事してDSの戦い方を学び、タイプは違えど弾と肩を並べる腕前になるのもすぐで、DSOで得た報酬は自身の学費や趣味に使っている。

 更には女子力をあげようと家事を猛特訓したらしく、料理の腕前は祖父の厳からお墨付きをもらえる腕前で、雑事もそつなくこなす能力もある。また、母の(れん)や妹の(らん)とも仲がよく、DSOではリンやローラのみならず、イチカ達とも交流があり、お姉さん気質で意外と顔が広い。

 

「一夏くん、あの事件から眠れてる?」

「まぁ、それなりには」

 

 少しバツが悪そうに、目を逸らしつつ答える。

 

「そう? それにしては顔色悪そうだけど」

 

 言われて、室内にある大鏡を見ると、確かに一夏の顔色は悪く、目元にはうっすらクマも浮いている。

 実の所、ここ数日の睡眠時間は全部足しても10時間もなく、それでも眠れない一夏は眠気を無視し、半ば強引に体を動かしていた。

 

「やっぱり弾の懸念(けねん)が当たったか」

 

 詩乃は嘆息(たんそく)し、一夏は何も言えなくなって詩乃から目を逸らす。

 眠れない理由は自分を中心とした騒ぎの渦中で落ち着かない、というのもあるが、そもそもの原因はISに触れて以来、先の見えない恐怖に駆られ、何かをしていないと落ち着かないからだ。

 

 モンド・グロッソの悲劇。

 

 かつて被害者であった自分が、ISを起動させた。

 いつ加害者の側に回ってもおかしくないという不安。仮想・現実関係なく、周りが勝手にデータと憶測のみで騒ぐ風評。

 それらは(おり)となって一夏の深層にこびりつき、(さいな)み、ただでさえ眠りの浅い一夏は尚更短くなった。

 それらを払拭するように体を動かし、恐れるように知識を求め、抵抗する為にDSOで戦闘経験を積む。

 だが、どれだけ体を動かしても、知識を得ても、経験を経ても不安は消えない。むしろ足掻(あが)けば足掻く程に次々と問題を見つけ、その対処法を見つけようと睡眠時間を削ってまで方法を探る。

 

 事件からほんの数日とはいえ、当事者になったからこそ見えてくる問題が多すぎて嫌になる。

 それこそ“ヒトデナシ”にでもならなければ、これらの問題を解決できないのではないか――思考がどんどん昏い所へ堕ちていく最中(さなか)、ぱこり、と乾いた音が響く。

 

「こら。勝手にネガティヴになるんじゃないの」

 

 詩乃に空のペットボトルで叩かれたのだと理解するまで数秒の時間を要した。思っていたより睡眠不足は相当キてるらしい。

 

「でも――」

「でもも何もなし。IS以外に何を抱えてるのか知らないけど、少しは周りを頼る事も覚えなさい。

 そんなんじゃ、あなたを気にかけてる人たちがバカみたいじゃないの」

 

 軽く叱りつけ、詩乃は手にしたタオルを一夏の頭にかぶせると、その上からワシャワシャとかき混ぜるように撫でまわす。

 

「色々考えたくなるのは解らなくもないけど、今は誰かに相談するか頼る時よ。

 ただでさえ一夏くんは一人で抱え込むけど、それは自分で何とかしてしまうだけのスペックがあるから。

 けど、今はそれが逆にネックになってる。頼れないなら自分で何とかできる所まで鈴ちゃんとか、篠ノ之さん、だっけ? あの二人に甘えて余裕をもつのも手よ」

 

 何故そこで鈴の名が出て来るのか解らず、思わず顔をあげると、詩乃は腰に手を当てて苦笑していた。まるで手のかかる子供を見るかの様に。

 

「あの子達は一夏くんに頼られるのを望んでる。誰かを助けておいて自分が助けを求めないなんて、独善を通り越して卑怯よ」

「卑怯、ですか?」

 

 意味が解らずキョトンとするが、詩乃は苦笑して一夏の額に人差し指を押し付けた。

 

「逆の立場になって考えなさい。もし誰かに借りを受けたまま返せなかったら、どう思う?」

「それは……」

 

 確かに、借りっぱなしで返せないままいたら肩身が狭くなるか、あるいは劣等感を感じるか。

 人によっては借りを受けるのが当たり前と感じるようになり、腐っていく場合もあるが、あの二人はその部類ではない。それで鈴は家事を覚えて少しでも返そうとしているのであれば、それは一夏が彼女を歪めた事になる。

 そう考えると、一夏は鈴の傍にいない方がいいのではないか――そう考えた矢先、額に衝撃を受けた。

 

「こぉら、勝手にネガティヴになるなって言ったばかりでしょ」

 

 一拍遅れてデコピンを喰らったのだと理解する。本当に頭が回らなくなっているな、とどこか頭の(すみ)で考える。

 

「でも……」

「もう、一夏くんは落ち込むとなかなか面倒ね。少しは物事を軽く考えるのも手よ?」

 

 落ち込む一夏を無視し、詩乃は勝手に話を進める。

 

「それとこれは助言。

 女の子ってのはね、好きな男を振り向かせる為ならどこまでも尽くすの、それこそなりふり構わずね。

 ワガママの一つや二つ言ってもいいし、甘えるぐらいはしときなさい。それが甲斐性ってものよ」

 

 そう言って一夏の横にスポーツドリンクをもう1本置き、詩乃はランニングマシンで走り込みを始めた。

 

「軽く考える、か」

 

 思えばISの件で頼ったのはランクスぐらいな気がする。というよりそっち方面に詳しい知り合いがほとんどいない、と言った方が正しい。

 頼れそうな千冬は今回の件で奔走(ほんそう)しているだろうし、束はあの事件以来行方不明。一夏としても、これ以上彼女達に負担をかけたくはない。

 他にとれる手段といえば仕事(バイト)を回してくる知り合いになるが、ちょっと調べた感じではこの辺を頼ると後々面倒になる気がする。

 

 そうなると選択肢はランクスぐらいしか残ってないが、それ以前にVR関係の方でも問題を抱えている。それらの対抗策を考えても、あまり眠れていないせいか頭がよく回らない。そうやって一人悶々としている所に、パコンと気の抜けた音と衝撃が来る。

 

「言った傍から色々考えすぎ。ホンっトメンドくさくなるわね」

 

 呆れ顔で詩乃が叱りつける。気が付けば考え始めてから30分以上経過している。

 ネガティヴになるなと言われた傍からこれでは反論の余地もなく、一夏は苦笑する。

 

 いつもならこれほど悩んだり難しく考える事はない。普段であれば飄々(ひょうひょう)とした態度で物事を(しゃ)(とら)え、奇抜な発想で意外な回答を叩き出す。

 それができないのは本当に睡眠不足のせいか、それとも一人で抱えきれない問題に直面しているからか。

 ともかく、最低でも今はこの寝不足を解消しないとどうしようもない事だけは理解した。

 

 「ああ、それとこれ」と言って、詩乃がオーグマーを差し出す。一夏が横になるのに邪魔になって外していたものだ。

 

「ずっとLED光りっぱなし。多分鈴ちゃんじゃない?」

 

 慌てて装着し、起動。

 フォームを見ると鈴からのメッセージだけで10件。最初こそ『朝ご飯ができたから早く帰ってきなさい』というものだったが、4件目あたりで静かな怒りを感じ、最後の方は『今どこにいるの? 無事なら返事して』と心配するようなメッセージが来ている。

 それだけ時間が経ったのかと時計を見ると、既に時刻は朝の9時。家を出てから何もアクションを起こしていないし、心配されてもおかしくない。

 

 慌てて鈴に『ジムにいた。今すぐ戻る』とメッセージを返し、帰る準備を始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「で、何か申し開きは?」

「…………ありません」

 

 帰って来るなり、一夏はリビングで二人の前に正座させられていた。その姿は、どうみても朝帰りがバレた亭主にしか見えず、実際正座した一夏を前に二人が仁王立ちしていると、もうそういう風にしか見えない。

 いくら家主とはいえ、女の子二人ほっといて朝早くから鍛錬に(いそ)しんでいたともなればこうなるし、一夏もこの状況下で連絡もせずに外出したのは(まず)かったと思う。

 

 なにせ世界唯一の男性IS適性者だ。何かの拍子で誘拐や拉致などが起きても不思議じゃないし、実際、時間が経てば経つほど二人も気が気でなくなり、もう少し遅かったら千冬や警察に連絡を入れようかとも考えていたぐらいだ。

 逆に一夏からすれば、自分がいない所で二人が害される可能性もあったのを今更になって気づく。

 今朝のランニングの際にも、不自然にランナーや見馴れない町人がチラホラ見え隠れしていて、向こうは隠してる気なのだろうが、あからさま過ぎて逆にコメディに見えてきて、逼迫(ひっぱく)した状況を自覚できていなかったと自省(じせい)する。

 いくら寝不足気味とはいえ、本当に平和ボケが過ぎる。自分一人がどうこうされるのであれば、ある程度納得はできる。が、自分のせいで周りに被害を及ぼすのは許容できない。

 

(やっぱり、ランクスの誘いに乗るべき、なんだろうな)

 

『デュノアに来い』

 

 ランクスの誘いは一夏のみならず、周りを含めた状況打破の一手なのだろう。

 予想外の手で予想以上の結果を出すのがランクスだ。気が付かない所で裏表構わず行動し、気付いた頃には全ての策が済んでいる、なんてのはザラ。

 酷い時には始まる前から反撃さえ許されない状況に追い込まれたり、起死回生の一撃と思った反撃すら利用される。

 柔和な見た目に反し、敵に回せば厄介以上におっかないのがランクスだ。一夏がフランスに行く事で丸く収まるのであれば、鈴や箒を始めとした友人知人も厄介事から遠ざけられる。

 その選択はベストとはいかないまでもベターだと思う。それでも踏み出せないのは、鈴達と過ごす日常があるから。

 鈴達がいる日常は居心地がいい反面、いつまでもこの中にいられない、というのは理解している。

 

 もし、皆と離れたらどうなる?

 嫌われる? それとも忘れられる? 考えれば考えるほど、思考はネガティヴにしか向かわない。

 親のいない環境で育ち、唯一の家族も生活の為仕事に明け暮れ、モンド・グロッソの悲劇の最中、捨てられる事も経験し、一人でいることに慣れてしまった一夏にとって、鈴達の存在はある意味魅力的な毒になった。これまでほとんど一人でいた一夏にとって、鈴達の存在が大きくなりすぎ、離れるのが辛い、というより怖い。

 離れたら最後、嫌われるならまだいい。忘れられたり距離を取られたりしたら――ネガティヴな思考に陥り始めた所で、そっと頬に手が添えられてふと我に返った。

 

「一夏、聞いてるのか?」

「え、うん。聞こえてる」

 

 箒の質問にやや的外れな答えを返すと、鈴は怪訝な顔をして一夏の顔を覗き込む。

 

「……アンタ、あれからあんまし眠れてないんじゃない?」

 

 いきなり図星を指され、一瞬返答に詰まる。それだけで察したのか、鈴はため息をつき、箒はそっと身を引いた。

 

「朝ご飯、準備するから食べちゃいなさい。その後しっかり寝る事。いいわね?」

「え? あ、いや、でも今は――」

 

 ――今は寝てる暇なんてない。

 そう言いかけた時、二人が非難するように一夏を(にら)む。

 

「アンタは一回ちゃんと寝た方がいいわ。まともに眠れてないから頭も満足に回んないでネガティヴ思考なんじゃない?」

「まぁ、一夏は昔から無理と無茶を理解しないまま動く悪癖があるからな。今回も集中しすぎて眠れなくなったか」

 

 幼馴染二人に指摘され、ぐぅの音も出ない。その悪癖とも呼べるクセも、箒は当然()()()()()

 年齢的に、というか肉体的にも箒なら()()対策もとれる。その証拠に箒が人様には見せられない、とてつもなくイイ顔をしている。

 それは例えるなら、束がロクでもない事を思いついた時の様な――要するにアウトな顔。

 その顔だけ見れば、箒は間違いなく束の妹だ思い、なんとか助けを得ようと鈴の方を横目で見ると、こっちも(あや)しい目つきをしているのに気付いた。

 何となく嫌な予感がして、そっと距離を取りつつ立ち上がろうとするが、箒に肩をがっしり(つか)まれた。

 

「さぁ、朝ご飯を食べたら張り切って寝よう。すぐ寝よう!」

「え、あの、箒――?」

「トレーニングで疲れてるでしょ? あーんてしてあげるから。あーん、て」

「鈴!?」

 

 どういうワケか二人は妙な連携を取り合い、箒は逃げ出そうとする一夏を羽交(はが)い絞めし、鈴は嬉々として朝食の準備を始めた。

 朝食はともかく、これから何が起きるのか不安になり、内心血の気が引いていく。

 つい先日初顔合わせをしてからこっち、何かといがみ合っていた二人。それがいきなり連携を取り合える事に妙な違和感を覚えるが、今それを考えているヒマはない。

 詩乃にも『時には二人に甘えるのも手』とは言われたが、甘やかし(強制)に対してはどう対応すればいいのか。

 

「ちょっと汗臭いな、朝ご飯が終わったらお風呂に行こう。全身くまなく洗ってやる」

「はいぃ!?」

 

 それは年齢的に色々アウトだ。

 男扱いされたら自制できる自信がないし、子供扱いされたら確実にヘコむ。

 背中に当たる柔らかい感触を堪能(たんのう)する余裕もなく、男の尊厳が汚される予感をひしひしと感じ、箒の拘束から抜け出そうともがくも、意外とがっちりハマって抜け出せない。

 

「それはあたしがやるわ。箒は一夏が寝る準備をお願い」

「鈴も一緒に来るか?」

「すぐご飯の用意するね!」

 

 箒の質問に嬉々として朝食の準備を急ぐ。本当、一夏がいない間に二人に何があったのか。

 問い詰めたくもあるが、それを聞いたら色々終わってしまう気がして、聞くのが怖い。

 

 

 

***

 

 

 

 朝食は本当に鈴から『あーん』され、風呂では二人に全身くまなく洗われ、箒の添い寝で強引に寝かされる、というある意味(うらやま)ましくも、拷問のようなコンボを受けた。

 当の一夏はというと、男はテンパると、どれだけ嬉しいシチュエーションでも“性徴”すらしないのを知り、後に弾や数馬に「大人の階段で地団駄を踏んだ気になった」と淋しく語ったという。 




岸 結華はオリジナルでつくったやられ役。『奇襲か!→きしゅうか→きし ゆうか』と安直なネーミングで決定。
こいつはまた後で出るかも。
というか、後日やられモブの名前を活動報告で募集します。というのも、マジでネーミングセンス皆無で、今回のモブの名前もギリギリまで「やられ役2号」でした。
誰か助けて下さい(切実)

今回ようやく出せた弾の恋人の詩乃(シノン)ですが、設定ではIS適性がDと低すぎなので、束さんの仮説に該当し、一夏には恋愛感情もってない、というか手のかかる弟という感じ。この世界ではキリトが不在で、SAOとの接点を作る為、弾の恋人&姉ポジに。
虚さんも一応弾の恋人候補として考えています。一夏がIS起動させてるので、この世界も生活能力などの条件さえ満たせば重婚の可能性がありますし、サブキャラで修羅場ってあんまし見た事ないな、と思ったのでw

鈴が育った理由にもあった、一夏の眠りが浅いのはモンド・グロッソの悲劇以前からある悪癖のひとつで、一人だとまともな食事をしない(というか生活能力が引き篭もりレベルまで低下する)理由なども今後明らかにしていきます。結構重要な部分だったり。

それとこの箒さん、原作とは対極に位置する暴力否定派にしたせいで痴女気味で、耳年増の鈴とは別ベクトルになりそうです。
というか、気づいたらほぼ全てのヒロインが痴女というか肉食気味。ラウラ、クロエも結構ヤバめですが、それ以上にアイツが(ry



今回もやった飯テロですが、作中に食レポ入れらなかったので、オリジナル西京味噌のレシピを。

味噌:3 ヨーグルト:3 砂糖:1

この割合に一味唐辛子足せば今回出した鶏肉の西京焼きに使用した味噌になります。
この味噌、実は派生がメッチャ広く、一味の代わりにコチュジャン足せばピザソースの代わり、サバの水煮などの缶詰と合わせれて汁物にすれば粕汁風、納豆に入れて七味を混ぜれば醤油の代わりにも。
他にも派生が色々あるので、是非試してみて下さい。

原作だと箒は中華に挑戦し、こっちでは鈴が和食に挑戦。ある意味タイトル通りの展開になりました。
この辺は原作へのオマージュ、とか言っとけば許されますかね?w


次話は合流編。ラウラを軸にして00-06~00-12までを時間軸で説明しつつ、数馬との合流の話になる予定。プロローグはあと2、3話ぐらいかな?


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00-13 【ラウラ・ボーデヴィッヒのレポート】

かなりお久しぶりです。
失踪しません。ただ書く時間がないだけなんです。

週に取れる執筆時間:2時間あれば御の字。

仕事以外に家庭があるとガンガン趣味の時間が削られますorz
それなのに時系列がごっちゃすぎててまとめるのを忘れてたという始末。レポートというには日記形式に近いものですが、これである程度これまでの動きが分かるかと。

動きだけでも伏線ありまくりでついてこれるか心配。そもそも見てる人少なそうw

時系列だけなのでかなり短め。山もなければ谷もない。まるでラウラの平坦な――おや? 誰か来たようd(


 8月9日 昼頃

 日本の総合進学案内において、一般男子生徒がISを起動。世界初の男性IS操縦者発見という(しら)せが世界中に配信される。

 情報源は同級生が無断で行っていたAR配信。皮肉にもこの配信が功を奏し、日本政府の介入をブロック。その当事者は、かつて世界最強(ブリュンヒルデ)として名を馳せた織斑千冬の弟・織斑一夏。

 世界を震撼させたテロ事件『モンド・グロッソの悲劇』の被害者であり、DSOでも強豪プレイヤーとしても知られる『イチカ』本人だという証言が、AR配信をしていた同級生から吐露(とろ)される。

 その場には、()()篠ノ之束博士の妹・篠ノ之箒がおり、織斑家と浅からぬ仲である事も本人の口から暴露された事が即日ニュースとなり、事態は加速的に混乱の様相を見せたらしい。

 

 織斑千冬は束博士に助力を()い、自身の存在が彼の背後にいることを匂わせる為、篠ノ之箒を織斑家へ滞在する事を提案し、彼女はこれを受諾。

 日本政府が篠ノ之箒にかけた要人保護プログラムにより、傍にいる織斑一夏、及びその関係者への取材は必然的に規制されただけでなく、各研究機関も織斑一夏への接触を禁止された。

 束博士は日本に圧力をかけると共に、この状況を早急に各国にも伝達。各国も束博士の不興を買う事を恐れ、日本は過去の失態を理由に各国からも圧力をかけられることとなり、互いが互いを監視し合う監視網が完成。

 世界は織斑一夏に対し、直接的な手出しを控える事を余儀なくされる。

 

 8月10日

 昨夜未明、DSOにおいてランクスがイチカに自身のリアルと実情を説明すると共に、日本政府と疎遠であったイチカに、デュノアへの参加を選択肢の一つに提案したが、返答は保留。

 ニュースが報道された直後、ランクスからのメッセージで『彼を守る為に動いて欲しい』という連絡を受け、急遽DSOにてクランメンバーを招集。

 メンバーの一人であるエクエスの提案で、彼がこれまで公開していたレポートなどを添え、護衛計画をドイツ軍に立案。即日、緊急会議にかけられる。

 

 8月11日

 緊急会議にて一部変更こそあるものの、護衛計画そのものは受諾され、即座に専門部隊の編成が決定。

 部隊長として、私ことラウラ・ボーデヴィッヒが抜擢(ばってき)。IS代表候補選抜生から代表候補生への推薦(すいせん)が約束され、サポートに代表候補生であり、候補選抜隊の教導官代行であったクラリッサ・ハルフォーフが代表候補の引退と同時に着任。

 彼女と相談し、選抜生をそのまま部隊員にするよう提案。表向きは代表候補生の強化訓練部隊と言い張ることもできるため、DSOでもチームとして機能しているという評価から、この提案も受理される。

 早急な事態収集に向け、情報部と連携を密にする。手始めに前々から噂のあったイチカのバイト事情から調査を開始。

 

 8月13日

 情報部と連携し、まる1日かけて情報を集めた所、噂であったイチカが仮想世界で仕事(バイト)で作成した技術や理論は、各国のIS機関で利用されていた事実が確認された。

 IS技術に関しては第3世代以降の特殊兵装や、それに付随する各種理論。更には第4世代ISの基礎理論だけでなく、第5世代に言及するものさえ存在し、一部の技術は既に各国のIS機関に登録され、実装テストに入っているモノさえあった。

 その報酬額は、1件につき数万円程度。あまりにもフザケ過ぎた額で、ドイツ政府の高官達も、この金額を見て失笑どころか爆笑。

 これが表沙汰になれば、各国は非難を受けるどころか人格を疑われる次元の話で、これを回避すべく何らかの動きがあるであろうと予測される。

 

 現実では謎の襲撃者がIS関連を主軸に、主だった非合法組織を壊滅させている、との情報が入る。襲撃者が発見された要因は、亡国企業(ファントム・タスク)の実働メンバーの一人であるスコール・ミューゼルがこの襲撃者に(やぶ)れ、アメリカ軍に身柄を確保された際、彼女自身からもたらされた。彼女はプライドが高く、自身の敗北を捏造してまで第三者を生み出す可能性が低いという見解から、襲撃者の存在は真実味があると判断され、事実、次々と非合法組織が壊滅している。

 その混乱に乗じ、アメリカ・ロシアが先んじて合法・非合法問わず、織斑一夏を害そうとする組織の壊滅に(いそ)しんでいるらしく、海外にも手を伸ばし始めている情報を掴む。

 情報部は大国ゆえの先読みの速さ、というにはどうにも腑に落ちないようで、なにか焦っているような印象を受けるというコメントが添付(てんぷ)されていた。

 

 この日を境に、各国政府が男性IS適正者を探すべく適性検査を任意で実施。

 

 8月14日

 ドイツも自国を中心に、イチカやその周辺に害を為そうと計画する組織の摘発に奔走(ほんそう)するも、ほぼ同じタイミングで各国が本腰を入れて捜査を開始した為、非合法組織は本拠地(アジト)を捨てて地下に潜伏。各国の動向もつかめないまま動くのは得策ではなく、現実での捜査が難航。

 別方向から捜索しようとエクエス(数馬)が橋渡し役となって、DSOを中心にVRの情報屋へ織斑一夏(イチカ)仕事(バイト)に関する情報集めを依頼。『(ネズミ)』の二つ名を持つ彼女もこちら側についてくれたらしい。

 彼女が(もたら)した情報では、マスコミ達が一夏との接触に規制をかけられた為、DSOにおけるイチカの戦績の調査に乗り出したらしく、この日から連日織斑一夏ことイチカの話題がメディアで取沙汰(とりざた)される事となるが、情報自体はネット上で少し漁ればすぐ出てくるようなモノばかり。

 現状、驚異度は低いと判断される。

 

 各国に揺さぶりをかける為、ドイツの候補選抜生、及び代表候補生のシミュレーションに、DSOを使用している事をカミングアウト。自分達を含め、幾つかのクランがイチカ達と懇意にしている、と意図的にぼかした情報を流す。

 予想通り、未明には各国も代表選抜生や代表候補生の教育の一環として、DSOをシミュレーターとして使用している事を暴露。元々ISの経験者が企業のキャンペーガールとしてDSOをプレイしている為か、物珍しさもあってメディアの目がそちらにも向き、ドイツはあらかじめ回答を用意してあったが、各国は準備もままならないままメディアへの対応を余儀なくされる。

 

 8月16日

 各国の周りを嗅ぎまわるマスコミに危機を感じたのか、IS技術者達に動きがあり、メディアの間隙(かんげき)をついて情報部が各国の情報を集める事ができた。

 プログラム関連の情報はまだ来てないが、ISに関しての依頼元はアメリカとロシアが主流で、これが非合法組織の壊滅に動いていた理由と思われる。

 この機を利用してポイントを稼ぎ、イチカとの接点を作るのが目的、というのが上層部の予測だが、それ以外の目的も視野に入れて捜査を続行。

 この混乱を機に、IS技術者達は女尊主義の権利者達にその罪を(なす)り付けようと画策しているようだが、水面下で女尊主義者達にも動きがあり、調べてみると意外な裏事情がわかった。

 事の始まりはモンド・グロッソの悲劇において、率先して動いていた女性権利者達の謀略。義捐金(ぎえんきん)(つの)ったが、寄せられた額は尋常ではなく、有力者が支援した背景を利用し、女性権利者達はその大半を着服。

 イチカをはじめ、被害者達に支払われた金額は驚く程少なく、一部はモンド・グロッソの中止によって損失した資金の補填(ほてん)にも使われていた。

 日本政府も、本来支払うはずであった慰謝料の8割近くを改竄(かいざん)・着服したのみならず、余計な騒ぎが起きれるのを恐れ、リハビリが終わると同時に織斑一夏を日本へ強制送還している。

 ここにも何かあると踏んで、情報部は一連のカネの動きも調べ始める。

 

 8月18日

 日本メディアがイチカの行ってきた事業向けの仕事(バイト)を調べたらしく、朝刊で発表される。

 小さいものは簡単なゲームアプリの基礎プログラムから始まり、大きいものではソーシャルゲームの基本システム、果ては会社のセキュリティシステムそのものを作成していたことなどが挙げられ、中には依頼元に直接取材した内容も記載されているが、報酬の話に至るのも時間の問題であると予測される。

 世界中のメディアはこの功績に騒然となり、各国メディアもそちらからのアプローチで織斑一夏の調査を始める。

 

 先日の義捐金着服の流れを、一部ながら情報部が入手。

 被害者達のリハビリを含めた治療費は、支払われた義捐金や慰謝料でまかないきれる額ではなく、織斑千冬(ブリュンヒルデ)がドイツでのIS教導で得た収入の一部も被害者の補填(ほてん)()てていた。が、現在も被害者達の大半が高額な治療費の支払いに悩まされ、それを苦に自殺や無理心中する者もいた。

 人道的行為で金儲けをしていた、という話だけでも一大スキャンダルだが、自殺者が出ている事で権利者たちがどれだけ叩かれるかわかったものではない。

 それ以外にも権利者達は着服した資金を(もっ)てイチカに仕事の依頼をすると共に、得た技術を各国に切り売りしている事も判明。容疑者には各国の女尊主義を掲げる政治家や組織の名も浮かび、そこに亡国機業(ファントム・タスク)のみならず、有数なPMCやテロ組織の陰も見え隠れする。

 各国も一枚岩で動いているわけではない、というのが情報部の見解で、あまり時間がないかも知れないという予測もされている。

 

 8月19日

 エクエスからのメッセージで、予想通り仮想世界でも動きがあった。

 ラース、グロージェン()ディフェンズ()、シャムロックが動き、そのバックにはそれぞれ日本の仮想課、アメリカのPMC『グロージェン・ディフェンス・システムズ』と国家安全保障局(NSA)、ロシアは連邦保安庁がいるという情報が(もたら)されると共に、小姐(シャオチェ)をはじめとした悪質系(ローグ)も動き始めている。

 これらの情報から予測するに、日本は言うまでもなくモンド・グロッソの悲劇という負い目もあるが、織斑一夏の他国への流出を防ぐのが目的。アメリカ、ロシアは人材確保もだが、最悪でもIS技術の利用、もしくはドイツと同じく協力体制の基盤を作ろうと目論んでいるのではないかと推測される。

 動いている悪質系も各国の有力者がバックについており、ウィザード級の傭兵ハッカーを雇ったとの情報もある。

 

 クラン規模で動いているのは友好関係を築くのが目的で、悪質系(ローグ)を利用しているのは利権絡みから来る敵対関係、もしくは男性IS操縦者というイレギュラーの誘拐、または抹殺が目的と考えられる。

 女性権利者達がISを所持したテロリストと接触を図ったという情報以外にも、幾つもの情報が交錯して情報処理が飽和状態になりつつある。

 悪質系が関係しているのは中国をはじめとして、イタリア、ギリシャ、アフガニスタン、アルジェリア、インド、ボリビア、コロンビア、更にロシアとアメリカも参加しており、計10ヶ国。度重なる情報をまとめきれず、情報部からダウンした者達が現れ、遂に処理能力がパンク。現実での情報収集が困難になった。

 悪質プレイヤーに対抗すべく、エクエスは正統派(ヒロイック)を中心にプレイヤーを集めたらしい。VR関係はゲーム上で対抗できる分の戦力は確保し、小競り合いも始まったようだが、現実への対抗手段が少なく、後手に回らざるを得ない状況に(おちい)る。

 

 何か方法がないかと上層部からも通達を受け、イチカのレポートに何らかのヒントがないかと探る。

 

 8月21日

 意外な程あっさりと対抗手段が見つかる。

 イチカのレポートに、現状とほぼ同じ状況をシミュレートしたレポートがあり、これを元に部隊全員で仮想シミュレート、ディスカッションを行う。

 結果、護衛部隊は現地に最低でも3人のIS操縦者、後方支援(バックアップ)にフル装備の一個中隊規模(10人前後)、ないしは同規模の協力者がいなければ織斑一夏が奪取、もしくは殺害される恐れがあるという結果となった。

 このレポートを上層部に報告するも、IS3機の運用許可は即座におりたが、人選はともかく軍が使うルートで移動すれば各国に余計な刺激を与えかねないと警戒される。

 ドイツはDSOのクラン『ゾルダート』以外にイチカとの接点はなく、しいて挙げればモンド・グロッソの悲劇の際、会場の護衛部隊でドイツ軍が動いていたというマイナス要因しかない。

 既に各国のエージェントが織斑家の周りをうろついているらしく、下手な人選でこれらを刺激してしまえば、モンド・グロッソの悲劇を日本の住宅地で再現する事にもなりかねない。

 

 他に何か方法がないかと模索していた所、クラリッサより「オフ会を(よそお)って自分達が向かう方法はどうか」という提案をされる。

 流れとしては、私の代表候補生の推薦を祝うと共に、それらを日本にいるエクエスに報告。この機会に日本でオフ会をやろうという話になり、その話に賛同。

 エクエスを通じてイチカ達と面会する機会を設けてもい、状況によって護衛任務に移行する、という算段。ISも待機状態であれば税関も抜けられるため、表向きは一般人のオフ会である以上、変に周りを刺激する事もない。

 クラリッサの話では近日中に何か大きなイベントもあるらしく、その観光という形でバックアップ要員も無理なく手配できるという。

 ダメ元で上層部にこの案を挙げた所、他に良案がないという理由で認可。移動手段は一般ルートを使うにしても、現地のイベントが相当大きいのか、滞在先の手配が難しいらしい。

 最悪の事態を踏まえ、人員は私達の部隊から選出。私とクラリッサをメインとし、予備パイロット兼バックアップに10名。更には昨年軍を引退したエーリヒ・ロンメル元中佐が表向きは私達の引率として参加。

 

 8月22日

 滞在先の問題について解決する。

 ダメ元でエクエスに手配を頼んでみると、人数分の部屋の確保は済んでいた。滞在費についてもランクスが出資しており、滞在先の確保もクラリッサが彼からアドバイスを受け、事前に行動していたようだ。

 これらの情報は既にクラリッサより上層部に渡っており、報告書には私が主導で滞在先の手配を行うような命令系統になっていた。

 優秀なサポートがいると心臓に悪い、というのを初めて知りつつ、ISと装備の準備を開始。

 

 

 ドイツ時間21時07分、フランクフルト発・羽田着の飛行機のチケットを人数分確保。

 

 翌日、現地にてエクエスと合流予定。




いっくんがISを起動させてからの流れですが、もし「ココの話抜けてるよ?」とかあれば感想でツッコミ願います。自分なりに抜けがないように注意していますが、何か忘れてるような気がしてちょっと怖いw

エーリヒ・ロンメル元中佐の元ネタは第2次世界大戦のZ計画を推したエーリヒ・レーダー海軍元帥と『砂漠の狐』の異名をもつエリヴィン・ロンメル陸軍元帥。
モブの名前出しても集まらず、いっその事とはっちゃけて海軍の(ある意味)ぶっ壊れ元帥と陸軍のチート元帥の名前を混ぜたオリキャラ。名前自体はテキトーですが、今後重要な人物で、既に名無しで出ています(どこかは推測してくださいw



いっくんがIS乗るまで、あと1話。
急いで書いているのでもう暫くお待ちください。需要あるか不明だけどorz


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00-14 狂宴への準備

忘れられてる可能性大ですが、最新話投稿です。

今回の話でプロローグで入れたかった現実側の伏線、ほぼ入れ終わりました。
読者の先読みをどこまで裏切れるか、そして伏線を回収してどこまでスカっとできるか、自分なりに色々やってみます。
IS戦闘見たい人にはイライラするほど亀進行ですが;



14話まで書いてて初めて気づいた事があります。
DSOサイドにいるISヒロイン、その胸囲の格差社会に。


 ラウラが来日する三日前。篠ノ之 束はハッキングして得たレポートを(なが)め、(ほぞ)を噛んだ。

 

「中途半端に優秀、ってのも状況によりけりだね」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの新たな代表候補生。

 彼女が動いた為、ドイツの動きが予想以上に早い。イチカのレポートが本職の目に留まり、ドイツをはじめ各国が真面目に採用してしまったのが痛いが、これは束のケアレスミスともいえる。

 ラウラが動いているのは判っていたし、そのレポートも周囲を探りつつ、各国への牽制と極秘開発に徹底していたから特に気にしていなかったが、日本のマスコミが動いた辺りから急に雲行きが怪しくなった。

 

「茅場のヤツ、このタイミングを狙ったか」

 

 日本のマスコミに情報をもたらしたのは、まず間違いなく茅場の息がかかった連中だ。

 このタイミングでこんな社外秘クラスの情報、一介のブン屋がすぐに用意出来るワケがない。彼の情報網は各国の軍内部にまで浸透してるのか、それとも先読みが当たったのか。

 現状では判断がつかないし、今となってはどうでもいい。それでも彼の投じた一石はあまりにも的確だった。

 

 アメリカ、ロシアの動きも他国への牽制と保険を兼ねているのだろうが、どこも一枚岩で動いていない。そこに茅場のちょっかいが拍車をかけ、事態は予想以上に悪い方へと推移(すいい)している。

 メディアの暴露を皮切りに、女尊権利者、IS技術者達による醜い罪のなすり合い。そこにきてドイツの動きと茅場の策だ。

 結果、見事なまでにそれぞれが噛み合わずに振り回され、そこにDSOの悪質系(ローグ)の動きと、それに対抗するプレイヤーの結成。更にはダメ押しとばかりに各国の代表選抜生や代表候補がDSOにいる情報だ。後ろめたい連中はそこに何かあると勘繰(かんぐ)る。

 これで女尊権利者(バカども)が勘違いし、焦って動き出した。

 連中が集めたISは全部で8機。それ以外にも対人装備を持ったPMCも動きつつあるようだし、遅くても一週間以内に何らかのアクションを起こすのは確実だろう。

 共闘ではなく、周りを巻き込んだ共食いという形で。

 

「ちッ、やりづらい」

 

 せめてあと2週間。それだけあればもう1機ISを準備できる余裕があった。

 彼女の為にISを作っておいたが、あれは近接戦主体だ。これを一夏に再調整したとしても、あの機体は一夏とすこぶる()()()()()。束の推論が間違ってなければ、一夏は一切の手加減ができず、ただの殺戮者となってしまう。

 念には念を入れた結果、肝心な所がおざなりになるなど本末転倒過ぎて笑えてくる。

 レポートにあったイタリアのリピア・ザンケールは、先日『不慮の事故』で既に死亡。これは箝口令(かんこうれい)が敷かれているため表沙汰にはなっていないが、他にも権利者、技術者問わず幾人もの関係者が政府やマフィアの手により、隠れ蓑(スケープゴート)として都合の悪い情報と共に闇に葬られている。

 この動きに合わせて動き始めた非合法組織を潰している謎の勢力――最近はアメリカやロシアが活発だが――そこに束の影もチラつかせれば警戒すると踏んでいただけに、ドイツの()()()が逆にこちらの足を引っ張る。 

 

「あの情報(ネタ)を表沙汰にする? いやそれは今関係ないし……」

 

 頭を抱えつつ、あーだこーだと策を練るが、一向に打開策が浮かばない。

 あっちを攻めればこっちが顔を出し、そっちに目をつければ別の所から問題が出てくる。

 このタイミングで篠ノ之束の名を出すのも下策だ。視点が分散するだけで一夏に対する脅威は下がらない。むしろこちらがマークされて一夏や箒へ手も回らなくなるから危険度は増大。加えて準第5世代という爆弾もあるし、最悪の場合、クロエにまで手が及ぶ可能性すらある。

 こちらが切れる手札(カード)が爆弾付きとか、無理ゲーにも程がある。

 

「あーもぉー、どうしよっかぁ……」

 

 まるでDSOでも攻略している気分だ。規模こそ違えど、やっている事はそう変わらない。

 いっそプレイヤーにこの状況を攻略してもらえればどんなに楽か。

 

「……あ」

 

 そこで気付いた。DSOのヘビーユーザーが身近にいた事を。

 

「束様。ただいま戻りました」

 

 丁度よくその人物が来た。彼女に現状を話せば、この状況を打破できるかもしれない。

 最悪、新しいきっかけがあればそれでいい。

 一縷(いちる)の望みをかけ、束はクロエに相談を持ちかけた。

 

「ねぇねぇクーちゃん。ちょーっと相談に乗って欲しいんだけど」

 

 タイムリミットは明後日(あさって)。ドイツが来日するまでだが、それまでに攻略法ができればこちらの勝ちだ。

 これが茅場の狙いだとしても、()()に気付いている自分ならば、いくらでも出し抜ける自信がある。

 

 

 

***

 

 

 

 鈴の実家が営む中華料理『鈴音』に、男女二人組の客が来ていた。

 男の方は初老に差し掛かったロマンスグレー。彫りの深い顔と見事な白髪(はくはつ)をセットし、グレーのリネンシャツと茶色のプリーツパンツに黒のサスペンダーを合わせ、腰には携帯端末が入れられるシガレットポーチ。足元はシックな革靴という軽装ながら、姿勢がしっかりしていることで清潔感と色気があり、その仕草(しぐさ)一つとっても只者ではない風格を(かも)し、一廉(ひとかど)の人物であることが容易に(うかが)える。

 女の方はブルネットの髪を肩口で揃えた20代ぐらい。オフショルダーのベルト付きビスチェにデニム地のレギンスを合わせ、足回りは涼しさと動きやすさを求めたヒールの低いストラップサンダル。アクセントに右手首に巻いた赤を基調としたブレスレットをつけ、品のある動きと欧州系の顔立ちで、二人揃えば一枚の絵画のように際立った。

 年齢的に見れば、二人の関係は親子か祖父と少し歳のいった孫。下世話な話を好む者が見れば、年の差カップルや金持ちがお忍びで不倫旅行している様にも見える。

 だが、足元にあるモノがその雰囲気全てをぶち壊す。

 

「やはり日本はサブカルチャーの宝庫だな」

「ええ。私も諦めかけていたお宝(モノ)が見つけられました」

 

 ホクホク顔で女性が答えつつ、足元にある戦利品を愛でた。

 そこにあるのは展開された携帯カーゴ。そこには黄色い袋からうっすらと見えるネタTシャツ、某電気店の紙袋の口から(のぞ)く18禁のマークがついた学園もののPCソフト、アニメグッズ専門店の袋も幾つかあり、その角張った形状からフィギュアや漫画、薄い本であろうことが察せられ、二人は満面の笑みで本日の戦果を喜んでいる。

 

「私も購入する気はなかったのだが、タイトルを見て懐かしくなってしまってね。君ほどではないが、ついつい手が出てしまったよ」

 

 そう言って、男がPCゲームに目を向ける。

 そこにあるのは30年以上前の作品ばかり。現行のOSでは動かないものもあるが、どれも一時期名作としてその界隈を賑わせたタイトルばかりで、最近ではなかなかお目にかかれない。彼の青春時代ド真ん中のタイトルなだけに、ついつい手が伸びてしまったのだろう。

 女性の方はクラリッサ・ハルフォーフ、男の方は今回の引率として参加したエーリヒ・ロンメル。お互い目的のお宝(モノ)を買い占め和気藹々(わきあいあい)とオタク文化に会話を弾ませてはいるが、その眼には剣呑(けんのん)な空気が見え隠れする。

 オタグッズを買い漁ったのは確かに趣味だが、それはあくまで周囲を油断させるための欺瞞(ブラフ)。そしてラウラ達と合流する場所としてこの店を選んだのはエーリヒだ。

 

 織斑一夏をリサーチした際、彼の友人関係も洗った。

 交友関係はあまりにも多かったが、エーリヒの軍人としての勘にひっかかったのがこの店だ。

 

 凰 鈴音(ファン・リンイン)

 

 来日して以来、織斑一夏とは交流があり、両親共に中国人という家族構成で、3年程前より在日。日本は外国人というだけで警戒する傾向があり、そこに日本人のバイトとして潜り込める隙がある。

 他にもクラスメイトでDSOプレイヤーの五反田弾という少年の実家が食堂を経営しているが、そちらは即シロだと思った。

 実家には住み込みのバイト兼彼女の朝田詩乃がいるし、何より今となっては数少ない若い男性のいる所だ。そこに一見(いちげん)の客ならともかく、政府関係者に目のつきやすい環境で常連客やバイトとして潜り込むのは難しい上、凰 鈴音は織斑一夏に並々ならぬ感情を抱いているのか、彼の自宅によく出入りしているという情報があり、接点としてはこちらの方が出会う確率は高い。

 そこまで読んで、元軍人である自分、つい先日代表候補生を引退したクラリッサと共に“観光”しつつ探りを入れる為、ラウラ達との合流場所をここに指定した。

 元軍人が引率をし、元代表候補生達が次期代表候補生の前祝いとして海外のDSO(ゲーム)メンバーとのオフ会を開催。そこで()()()()()()()中華料理屋の娘は、今話題の男性IS操縦者の所にいる。

 これを“偶然”で片付けられるほど、世界は面倒(シンプル)にできていない。必ず何らかのアクションが起きる。ここにいるのは十中八、九で亡国機業、もしくはそれに連なる組織だと思っている。大なり小なり動きがあれば、日本の警察、もしくは自衛隊が動く。そこにドイツの代表候補生がいれば国際問題として扱える。

 あとは大使館に連絡をつけ、自分達が織斑一夏とその関係者を保護。日本が何らかの難癖をつけて来るだろうが、イニシアチブはこちらが握っているのだ、過去の件を盾にすれば黙らせられる。

 最悪、こちらはISを3機所持している。護衛対象も逃走のみに限定すれば、多少の想定外(イレギュラー)はどうとでもなる。多少のゴタゴタはあるだろうが、それが最も彼らの日常を守れる最善策だとエーリヒは考えていた。

 

 メニューをかざしつつ、横目で店内にいるバイトと(おぼ)しき二人に目を向ける。

 お昼前という事もあってか客足は徐々に増し、それらを慣れた動きで二人は店主と共にカウンターに厨房にと(せわ)しなく動く。流れそのものもスムーズで、かなり前からこの仕事をしているのが判る。

 だが、彼女達の体幹はブレがなく、歩幅も一定。店内全てを見回しているから、注文を取りに行くまでのタイムラグも少ない。明らかに軍事教育を受けた動きだ。

 ISが世に出て以来、女性が軍事教育を受けるのはそう珍しい話ではないが、軍事経験があれば今日日(きょうび)もっと割のいい仕事は幾らでもある。なのにその技術を活かさない所でバイトをする事がおかしい。

 百歩譲ってその技術に苦い思い出がある、という可能性もあるが、エーリヒの目にはそういう暗い過去があるようには見えない。

 

(これはアタリ、なのだろうな)

 

 できれば外れて欲しかったと内心で苦笑し、クラリッサに水を向けた。

 

「そういえば、そろそろあの子達もこちらへ来る頃かな?」

「店を出る前に連絡しましたので、タイミング的にはそろそろ――」

 

 その時、ガラガラと店の戸が開かれつつ「こんちわー」という威勢のいい声につられてそちらを見ると、銀髪の少女とホスト風の少年。

 その後ろにいたのは資料で見た(くだん)の少年、五反田弾。

 表情こそ(なご)やかではあったが、彼らの目を見た瞬間、自分が思っているより事態が深刻化している予感があった。

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、ラウラ達が来日した話を受け、千冬も学園を通して一夏の護衛、もしくは保護を目的にIS学園を動かそうとしていた。が、流れはあまりよろしくない。

 

「何故です! 何故ここまできてISの出撃許可が出ないんです!?」

「ですから、今回彼女達が来日したのは例のDSO(ゲーム)のオフ会? とかいう話ではないですか」

「そうですよ。たかだかゲームの話題で子供同士が会うってだけの話です。それで危機感を抱くなど過保護過ぎませんか?」

「確かに。いくらあの悲劇の当事者で、現在世界唯一の男性IS操縦者とはいえ……ねぇ?」

「それに、IS学園はどこからの干渉も受けない代わり、どこかに肩入れする事はできないんですよ?」

 

 薄ら笑いを浮かべ、各国が裏で動いている事実にすら目を伏せ、教師陣が表向きの建前をさも当たり前の様に口にする。

 彼女達の言いたい事はわかる。もし仮にISを出し、一般人に被害(コラテラル・ダメージ)が出れば責任を問われる。彼女らはそれを避けたがっている。

 

(これもあの悲劇の爪痕、なのだろうな)

 

 ISは最強の兵器。皮肉にもモンド・グロッソの悲劇で嫌という程それを実証した。

 結果、どうなるかというのも。

 

 

 あの悲劇を繰り返さないという点においては同意するが、彼女達は現状(いま)を見ていない。凄惨な過去を理由に尻込みし『厄介毎は誰かがやってくれる』と思い込んでいる。

 その役目は国や権力者、または千冬のような実力者がやるべきで、弱い自分達は庇護(ひご)者の下で守られ、事が過ぎるのをただ待っていればいい。

 

 ISは幾ら力があってもスポーツという認識で振りかざしてきた彼女らは、暴力というものを知らない。自らが振るってきたIS(もの)を理解していないからこそ、あの悲劇を自分達の手で引き起こしたくないという魂胆が見え見えだが、それを責める事はできない。

 力の意味を理解しない彼女達に期待するのは、もう無理だった。

 

「……わかりました」

「わかっていただけて何より」

 

 教師陣が胸をなでおろす中、千冬は静かに席を立った。その行動が判らず、一同はキョトンとする。

 

「あの、どちらへ……?」

 

 教師の一人がおずおずと切り出すと、ジロリと睨み返されて小さく悲鳴をあげた。

 

「学園には期待できない、政府もアテにならない。ならやる事は決まっているでしょう。私が家族を救いに行きます」

「で、ですから学園が動くのは無理だと「ご心配なく。辞表を出していきますので」――ちょッ、織斑先生!?」

 

 教師陣の制止も聞かず、さっさと会議室を出て行こうとする。

 彼女が学園を去れば、その経緯を問い質される。それだけでなく、実際に事が起こって自分達が何もしていなければ、その責任すら問われる。

 その責任を負いたくない教師陣が慌てて引き留めようとするが、再度睨まれただけで身動きすら取れない。

 

臆病者(あなたたち)はそこで(おび)えて(さえず)っていればいい」

 

 そう言って一瞥(いちべつ)し、会議室を後にする。

 教師陣は何も言えず、ただ茫然と座っている事しかできなかった。

 

 

***

 

 

 

「……いよいよ来やがったか」

 

 周りに誰もいないので猫かぶりはせず、端末に来た報告を見ながらスコールが(つぶや)く。

 この展開は予想以上だ。いくら世界唯一の男性IS操縦者であり、各国が彼個人に対して負い目があるとはいえ、ここまで敵味方で暗躍するとは思いもしなかった。

 用意されたISだけでも8機。その他にもPMC4社からそれぞれ5人1チームの10小隊を編成し、対人装備の歩兵が合計200人。それらを運用する為、バンや貨物車両に偽装した装甲車が12台。当然の如く対IS用HMGやロケットも搭載し、人数と条件さえ満たせばISの1機や2機は落とせる装備。更にはコンテナ船に偽装した指令所(コマンドポスト)も港に停泊している。

 海上には後詰め、もしくはマッチポンプの救援部隊だろうか。アメリカ・ロシアからそれぞれIS3機、合計6機を搭載した艦隊が演習目的で展開している。

 状況から見てIS委員会も一枚噛んでいる。これだけ大々的なISの展開準備、そうそうできるはずもない。

 

「モンド・グロッソの悲劇、日本で再現する気かよ、こいつら」

 

 あまりの過剰戦力に笑えてくる。乱戦でも起こせば、間違いなくあの街は更地になる。

 日本政府はこれだけの状況が出来上がりつつあるのにまだ動きがない。というより、国防のひとつである外交防衛の理事が首謀者である以上、動きは遅くなって当たり前なのだが、何かがひっかかる。

 

(しかし、何故これだけの部隊が必要になる?)

 

 いくら重要人物とはいえ、相手は中学生だ。

 例の未確認が横槍を入れてくるのも視野に入れているようにも見えるが、あっちを抑えつけるならその存在をテロリストとして扱い、逆に大義名分として利用すればいい。

 むしろそちらの方が余計ないざこざを持ち込まず、正面から堂々と織斑一夏や篠ノ之箒(ターゲットたち)を確保できたはずだ。

 IS委員会の影もチラつく以上、それこそ世界唯一の男性IS操縦者の保護を名目に、委員会そのものが状況を利用して動いたっていいはずだ。

 

「もしかして……確保が目的じゃない?」

 

 それで抹殺と考えるには安直すぎる。織斑一夏の利用価値は男性IS操縦者という能力以上に、最大の魅力はあの発想力だ。いくら後ろめたい話があるにしても、あっさり手をかけてしまうのはどの国だって惜しいはず。

 何かを見落としている気がする。その見落としが何なのか理解できない。喉元まで出かかっている答えが出せずにモヤモヤする。

 一度状況を整理してみる。スコールは何と言っていた?

 

 状況が変わったからオータムは日本に来た。目的篠ノ之博士を表社会に引っ張り出すため。

 2年前、女尊権利者は慰謝料や開発費をくすねている。バレたら社会的面子が潰れれば御の字、だからIS部隊を用意した。その反抗勢力としてこちらが動く。できればISを展開して派手にいくのが理想的。

 護衛対象は織斑一夏だけでなく、篠ノ之博士の妹、それ以外にも周りにいる友人知人も含まれ――

 

「――まさか」

 

 本来ならありえない。だがこれが正解ならスコールの言っていた意味がわかる。

 連中が大義名分にしているのは亡国機業(ファントム・タスク)だ。

 準備されているIS8機と中隊規模の歩兵を亡国機業の戦力として動かし、日本が抗戦する折を見て、海上にいるIS部隊を動員。

 彼を中心として戦火を拡げる際、必要なら周りにいる友人の一人や二人、ドサクサに紛れて始末すれば彼にとってはそれが心傷(キズ)になる。

 モンド・グロッソの悲劇が起きた原因も、口には出さないが彼が誘拐されたからだと考えるヤツも少なくはない。

 作戦が成功すれば、織斑一夏は周囲から厄介事のタネとして認識され、周囲から腫れもの扱いされる。あとは自らも操られた被害者を演じて小銭程度の援助金を払えば、報酬の話も有耶無耶(うやむや)にできる。

 彼の処遇についてはそれからでも遅くはない。むしろ成功しようが失敗しようが、必ずどこかが得をして、損をした所はそこに貸しを作れる。

 

「クズもここまで来ると喝采モンだな」

 

 オータムはこの展開をほぼ正確に読み切った。読めたからこそ利用された事に尚更腹が立つ。

 おそらくは不都合の土台を作る為、不正に関わった人間も既に何人か始末されていると見ていい。不都合な話は全部亡国機業(こっち)に押し付けて。

 それを横合いから殴りつけて状況を打破、もしくは利用する為にオータムが派遣されたとなれば話の筋が通る。

 

「なんでスコールはこの事を話さなかった――いや、話せなかったのか?」

 

 スコールは多分、このシナリオの雛形が亡国機業のメンバーから出たものだと見ている。

 亡国機業が長い時間仕込んでいたものを、何者かが利用して各国と女尊権利者を動かし、こちらに有利になるよう画策した。

  組織に対する明確な裏切りだが、結果を出せば問題ない。流れからして、他にも複数の国か組織がこの計画に絡んでいる。だからこそ黒幕が誰なのかわからない。

 

「チッ、これなら剥離剤(リムーバー)でも持って来ればよかったか」

 

 行動指針がわかってから気付いても後の祭りだ。中身(パイロット)は腑抜けとはいえ、ISが8機。立ち回る分には問題ないが、どうにも数が多くて手が回りそうもない。

 

「もう少し手駒がいねえとどうにも――ん?」

 

 手元にあった端末にメール。開いてみると画像が添付されていて、そこにはエージェントが潜伏するバイト先にやってきた護衛対象と招かれざる客の姿。そしてオータムから届けられたという荷物。

 それを見たオータムが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「……これならなんとかなりそうだ」

 

 あらゆる思惑が明後日の方を向き、かなりド派手な狂宴(せんじょう)になる。難易度は高いが、やれない程ではない。思う存分暴力を振るえる現場に胸が熱くなる。

 それに応えるかのように、蜘蛛を(かたど)ったペンダントが胸元で光った。

 

 

 

***

 

 

 

 弾と数馬がクラリッサ達と合流してから1時間後。一夏は弾と連絡を取り合っていた。

 

「じゃあ、もう少しでこっちに?」

『ああ。こっちは先に数馬がローラと合流してて、そっからクラリスと引率のオッサンと会って引っ張ってきた。後で詩乃さんも蘭を連れてそっちに行くとさ』

「わかった。こっちも鈴と箒が気合入れて歓迎の準備して待ってるから」

『そりゃご苦労なこって』

 

 それからひと言ふた言雑談を交わして通話を切り、キッチンにいる二人を見た。

 今日は来客がある為か、鈴はノースリーブのシャツにサロペットを合わせ、箒は先日購入したオールインワンのワンピースと、いつもより防御力高めな服装。

 小柄でスレンダーな鈴はその体型に合わせたカワイイ系、箒はメリハリのある体型を見せたくないのか、ワンピースで体型をぼかしながらも清楚さを失わない服装をチョイスし、それぞれエプロンをつけてあれこれと(せわ)しなく準備してくれている。

 最初こそ一夏も手伝おうとしていたのだが、二人から「家主なんだから落ち着いていろ」と言われ、リビングで手持ち無沙汰となり、なんとなく視線は二人を追ってしまう。

 当初こそソリの合わない二人だったが、一夏が一人で外出して以来、どういうワケか妙にウマが合うようになった。今もお互いの邪魔をしないどころか、むしろフォローしあって動いていて、時折笑い声も聞こえる程に仲良くなった。

 鈴とは1か月弱、箒とは2週間程一緒に過ごした。

 その間何もなかったと言えば嘘になるし、『幼馴染』ではなく『女の子』として意識させられ、その色香に惑わされた回数だって少なくない。

 

(それももう終わり、か)

 

 先日のニュースでイチカの功績(バイト)が取り上げられて以来、SNSではその話題でもちきりだし、各IS関連も浮き足立っているのが見え隠れする。

 一見すれば織斑一夏の獲得に向けて動いているようにも見えるが、一夏からすれば後ろめたい連中は頭も尻尾も隠しきれず、動き出すのは時間の問題。

 残された時間は少ない。一夏は静かにリビングを出て準備を始めた。

 

(……覚悟、決めるか)

 

 一介の中学生である織斑一夏ならば、この状況に右往左往するしかなかった。しかしイチカであればいくらでも手段がある。ゲームとはいえ、DSOはそんな生温い世界ではないのだ。

 同時にそれは、普通の日常との決別となる。

 

「やっぱり、必要とされてたのは一夏(おれ)じゃなくてイチカ(オレ)だったか」

 

 その呟きは誰にも聞こえない――彼女達にさえも。




ようやく、ようやくここまで来ました。
まだ粗とか目立ちますが『ぼくのかんがえたさいきょうのあいえす』を大々的にデビューさせるには大量の伏線が必要でした。
明確な悪とその敵(not正義)、それを待ち構える為の下準備。これらを用意しておかないと、いきなりポッと出てきて『これ何?』と言われるのが恐かったのでここまでISを出せませんでした。チキンと笑ってください。

「亡国機業=明確な悪、もしくは敵対」とう図式はよく目にしますが、この立ち位置を逆手に取る、という手法は目にした事がなかったので、こういう構図が逆に新鮮に見えれば幸い。使えるのであれば使ってやってください。
今回、あえて束が掴んだ情報とオータムが得た情報量に微妙な違いがありますが、束はあくまで科学者、オータム(というか亡国企業)は現場からの叩き上げ。そして世の中には“暗黙の了解”という、とてもとても都合のいい言葉あります。
更にもう1つ2つ状況が引っくり返るようなシナリオを考えています。主にモンド・グロッソの悲劇に隠されている話とか仮想側の話とか。
ちなみに感想で書いた国庫ウンヌンは《自主規制》で、実はもうちょっと先があります。ヒントはこの盛大な勢力とIS委員会とイチカ。

海外ドラマとか好きな人が脳汁出るような展開を目指します(出来るとは言ってない

次回、ようやく一夏がIS使います。何を使うかも既に決まっているのですが、可能な限り先の展開を期待させつつ、その先読みを裏切れる様努力します。





……ところで、執筆時間ってどこかで売ってませんか?


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00-15 終わる日常

ただでさえ少ない執筆時間なのに、書いては消し、消しては書いての繰り返し。
ネタはあるのにこれがスランプなのかと本気で悩みました。なのに内容が結構薄いような…?(元からとか言っちゃいけない)


前回の投稿:10/28
今回の投稿:5/19

年を越えるどころか元号も変わっちゃったんですけど(汗


 IS学園に辞表を置いて来た千冬は、校門を出てすぐに懐かしい顔と出くわし、半ば強引に彼女が駆る車で移動していた。

 

「まったく。来るなら来るで先に連絡をよこさんか、馬鹿者め」

「こっちも急いでたからねぇ。すっかり忘れてたよ」

 

 2年前から疎遠になっていた友人――篠ノ之束は校門前に自らが駆る車で千冬を迎えに来た。

 それでちょっとした騒ぎにもなったが、彼女はそれらを一顧だにせず「時間がない」と言ってサッサと動き出した。

 IS学園は人工島に建てられた施設であり、移動手段は船かモノレールなのだが、彼女はどうやって車を用意してきたのか。そもそもどこに向かっているのかも気になるが、細かいことを抜きにして話を進める。

 

「このタイミングで来たのは――」

「バカ騒ぎ起こしたい連中は、束さんを表社会に引っ張り出したいみたいでね。手ぶらじゃなんだからお土産も用意しとこうかなって」

 

 それがIS学園(ここ)にきた理由。

 彼女が動けば、それだけ事態が深刻だと学園に知らしめることができる。千冬があれこれ言うよりインパクトがあるが、爆弾付きの諸刃の剣でもある。今頃会議室は騒乱の真っ只中だろう。

 

 学園も動くべきか、それとも静観か。

 

 結果次第では学園の存在意義すら問われかねない事態だけに、会議は紛糾することは(かた)くない。

 

「これで学園が動けばよし。それでも動かず騒ぐだけなら、その時は“あの話”を使って本格的に動くだけさ」

「……いいのか? 箒に恨まれるやも知れんぞ」

 

 モンド・グロッソの悲劇。あの事件は何かと千冬や一夏が話題に上がりやすいが、その裏には束が失踪した本当の理由がある。

 IS業界の根幹を揺るがしかねない、とびっきりの爆弾が。

 その暴露を恐れたがため、要人保護プログラムがかかった箒はどこも手出しができなかったし、束の奇策によって一夏が助けられたのも事実だ。しかし、あれが暴露されれば一夏の騒ぎどころではない。

 

「大丈夫、その辺に関しても策はあるから」

「あの事件の残り火はどこでにでも(くすぶ)っている、ということか?」

 

 的を得ない会話でありながら、ニヤリと束が笑う。あの事件は世界中に多大な爪痕を残し、今もその問題はほとんど解決されていない。

 それだけあの事件が重かったのか、それとも為政者(いせいしゃ)が後の展開を軽く見ていたのか。日和見(ひよりみ)政策の日本が槍玉にあげられたのが最たる理由かも知れないが、いずれにせよ、その代償は決して安くはないだろう。

 そうこうしている内に目的地へ到着したのか、車は港に停泊している小型貨物船の前で止まった。

 

「はーい、着いたよー」

 

 車から降りて貨物船の中に入っていく束に続き、千冬も中に入ると、コンテナの中にISが1機、ハンガーに鎮座している。

 今まで見た事のない形状からすると、新型だろうか?

 

「これは――」

「ちーちゃんに用意した、新しい“力”だよ」

 

 その言葉に絶句する。束はISを兵器として利用する事に否定的だったはずだ。

 

「お前、またISを作り始めたのか?」

「必要になったからね」

 

 努めて明るい声で準備を始める束に、千冬は何も言えなくなる。

 あの日から束はどこか壊れている。表面上こそ変化はないが、かつて宇宙に向かうことを夢見てISを作っていた篠ノ之束ではなくなっている気がする。

 

「第4世代型IS、名は白桜(はくおう)。詳しい説明は移動しながら説明するよ。

 いっくんの所にも援軍を送ってあるからまだ時間はある。今の内にちゃちゃっと一次移行(ファースト・シフト)済ませちゃおっか」

「……そうだな」

 

 目の前にある世界水準から頭一つ二つ抜きん出た機体とか、援軍とか色々言いたい事も聞きたい事もある。が、千冬は何も()けないまま、用意されていたISスーツに着替えて搭乗、それを確認した束が空間投影されたコンソールを叩く。流れるように機体情報が更新されていく中、船全体が静かに揺れ、ゆっくりと動き出した。

 さらにコンソールを動かして千冬の前に空間ウィンドウを展開。現在束がつかんだ情報が表示され、流し見ながら話を続ける。

 

「手短に作戦を説明するね。こっちの目的は今回の戦闘で民間人を巻き込まない事、ドイツにISを使わせない事。

 それと――何としてでもいっくんをISに乗せない事」

「一般人を戦火に巻き込まないのはわかるが、一夏をISに乗せないとは?」

 

 束は少し困ったような、苦しそうな顔をして説明を始めた。

 

「……いっくんは既に連中の()()に気付いてる。大人(わたし)達がモタついてたから、いっくんは自分ひとりで何もかも解決しようとしてるんだ。

 だからこそ、いっくんを止めなくちゃならない。取り返しがつかなくなる前に」

「一夏を、止める?」

 

 束が何を言っているのか、()()()()()()()

 束の話が本当なら、今こうして動き出した事さえ遅すぎた気がする。

 

 一次移行(ファースト・シフト)完了まであと8分。

 ほんの小休止のような時間さえ、千冬にはとても長く感じた。

 

 

 

***

 

 

 

 貨物列車の停車場から黒塗りのワゴン車が4台、誰にも気づかれる事なく出発する。

 窓にはスモークが貼られ、車両の装甲も妙に厚い。民間車両にしては(いか)つく、その筋の車かと問われると微妙に違う。どちらかといえばチーマーが乗る改造車のようだ。

 

「こちらC班。陸ルートからの新入に成功した」

「CP了解。これより作戦を開始します」

 

 車両の中にはヘルメットで顔を隠し、完全武装したPMC兵士が1両につき5人。チーム毎に班分けされ、それぞれの目的に従って連携。陸海空の3ルートから、車輌部隊が各4台で1部隊20人。そのまま車両は現地の兵器補給所として機能し、更にあらゆるルートから一般人に偽装した120人の歩兵が合流、都合180人という規模で目標に向かう。

 今回の作戦に参加する兵士の数は200。大型クルーザーに偽装した本部(CP)は16人で運用。不測の事態に備え、港には一般人に扮装(ふんそう)した4人が待機。いざという時は外海(がいかい)に停泊しているアメリカとロシアの演習部隊とも連絡を取れる体勢となっている。

 先行して数日前から現地に潜伏している8機のIS部隊は二人一組(ツーマンセル)で四方から侵行。想定外の事態(イレギュラー)を視野に入れた作戦を計画している。

 各方面が移動を開始するも、早速出鼻をくじかれた。

 

「な!? 敵しゅ――」

「まさか、こい――」

「こちらB班。海ルートに想定外の介入(イレギュラー)発せ――」

 

 開始早々、予想通りに想定外の襲撃者が現れ、次々と通信が途絶えていく。

 

「くそッ! 敵はどこに……」

 

 敵を探そうにもレーダーには映らず、目視で探しても攻撃がどこから来ているのかさえ判別できないまま、早速1つの部隊が潰された。

 本部もその存在を確認しようと周囲の監視カメラだけでなく、衛生リンクにもアクセス。敵の所在を探ろうとするが、動きが早いのかなかなか補足できない。

 

「見つけ――え?」

 

 部隊が全滅した所でようやく動きが止まり、カメラで確認できた。が、一瞬、それが何なのか判らなかった。

 

 両サイドに巨大な球状の非固定部位(アンロック・ユニット)、そこから冗談のように巨大な腕が各2本ずつの計4本が球体の表面を縦横無尽に動き、本体には腕がないどころか肩の部分からすっぱり切り落とされている。

 胴体は一般的なISよりふた回りほど大きく、イカやエイを彷彿(ほうふつ)とさせる寸胴(ずんどう)型。下半身に至っては足がなく、海棲甲殻類のような多節の尻尾(テール)と、下部も同様に甲殻類に似た節足らしきものがついている。

 

「IS、なのか?」

 

 その問いに誰も答えられない。

 奇抜な形状とはいえ、あんなものが空中に浮いていれば、常識で考えればISと考えられる。だが胴体の大きさを考えれば従来のISとは操縦形態も根本から違うはずだ。

 呆然としている中、謎の機体が高速で移動。視界から消え、ようやく我にかえったスタッフが慌てて部隊に連絡する。想定していた相手ではないものの、想定外の介入(イレギュラー)発生を宣言。

 『未知の勢力』という全くの予想外からの介入に、作戦は最初から狂い始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 異変が発生すると、IS部隊の行動は迅速だった。

 ラウラ達が来日する前より先行して市内に潜伏したのが功を奏し、イレギュラーに目をつけられる前に織斑家付近まで難なく来れたのは、事前に“現場の判断”を優先するという取り決めがあったのが強い。

 後は他のメンバーの合流を待てば良かった――織斑一夏が目の前に現れなければ。

 

「こんにちわ、お姉さん達」

 

 プリントされた七分袖のシャツ、首には旧式のオーグマーを下げていて、ハーフ丈のカーゴパンツにナイロン製のウォレットコード、足元はスニーカーというラフな格好の一夏が壁際に立っていた。

 

「え? まさか織斑一夏!?」

「ぇ、ちょっ、ウソ? マジ!?」

 

 気さくな態度で声をかけてくる一夏(ターゲット)に一瞬呆気にとられるが、あえてミーハーな態度をとって内心の動揺を悟られないようにしつつ、端末を取り出す。

 

「こんなトコで会えるなんてラッキー!」

「ね、ね、写真! 写真撮らせてよ」

 

 言いつつも許可なく端末のカメラで撮影しつつ、グイグイ押してくる彼女たちに若干引きつつも、一夏はそこから動かない。

 

「こんな所で一人でいるなんてどうしたの?」

「ちょっと人を待ってまして」

 

 苦笑しつつも、往来のど真ん中で待ち合わせをしていることを告げ、危機感のない行動に内心ほくそ笑む。連日あれだけ騒がれているのに自身の価値を理解できていないのか、休日の大学生を装って薄着でいる自分達にさしたる警戒もしない。

 逃げないのをいい事に、アイコンタクトで一人は胸元を強調しつつ近づき、もう一人が背後に回る。年上の女性に慣れていないのか、視線は胸元に吸い寄せられ、鼻の下も伸びている。

 

(いくら頭がよくても、所詮は日本の中学生か)

 

 年上の女性の色香に翻弄されたのか、ガードがゆるい。この際だから待ち人の情報も得ようと、何気なく質問する。

 

「待ってるのはお友達? それとも彼女?」

「あー、どっちでもないかな。実は俺もよく知らないんだ」

 

 相手が誰なのかも知らず、こんな往来で待っているのも妙な話だ。例のオンラインゲームのオフ会とかいうものだろうか?

 

「ふーん。それってどういう人?」

「IS実働部隊」

 

 サラッと自分達を指摘され、思わず身構える。と、後ろに回っていた方が突然(くずお)れた。

 

「なッ――!」

 

 慌てて距離をとると、一夏が何かを投げつけてくるのも構わずISを起動。が、どういうわけか搭乗者保護機能が作動し、ISから強制排出された。

 

「は!?」

 

 不測の事態に再度驚き、何が起きたのかを理解するより早く、一夏の回し蹴りによって意識を刈り取られた。

 

 

 

***

 

 

 

「最初の賭けには勝てたか」

 

 最初に昏倒させた女性から、待機状態のISを回収しつつ一夏が呟く。

 後ろに回った方には肘と手首のスナップを利かせた裏拳で顎先(あごさき)を叩いて脳震盪(のうしんとう)を起こし、もう一人がISを展開させるプロセス中に特製のリストバンドを投げつけ、展開中に異物を混入させると搭乗者保護機能が誤作動。強制排出されてきた所を回し蹴りで仕留めた。

 量産機は安全性を求める為か、ちょっとの異物で誤作動を起こす可能性があり、一夏はそこをついて搭乗者保護機能を誤作動させ、強制排出を促した。

 賭けではあったが、これで行動手段(IS)を入手できた。

 この二人には見覚えがあった。ここ最近、見慣れない連中がチラホラいた中にこの二人がいたが、向こうは面が割れていないと思っていたのか、いけしゃあしゃあと初対面のフリをしてくるのに慣れない演技をしたが、どうにか(だま)せたと内心ホッとする。

 DSOではこういう“騙して悪いが”は日常茶飯事だし、逆に罠にハメるのもよくある。彼女らは自分達がハメられる事態を想定してなかったらしい。不意の一言で身構えるなど「私達が犯人です」と言っているようなものだ。

 襲撃犯がバカで助かったと内心思いつつ、展開されたISを見る。

 

「――ラファールか」

 

 モスグリーンをベースにした、ミリタリカラーのラファール。よくよくこのカラーリングとは縁がある。

 2年前のモンド・グロッソの悲劇では誘拐犯が所有。多数の負傷者と死者を生み出し、自身も瀕死の重傷を負わされた。先の総合進学案内ではこの機体に触れ、世界初の男性IS適性も発覚。

 極めつけは相棒(ランクス)の実家が開発した量産機だ。色々思う所があるにはあるが、この際贅沢は言ってられない。

 

「……今更か」

 

 諦めたように呟き、リストバンドとアンクルを外し、シャツも脱いで上半身裸になる。

 ISスーツがないため、少しでも操縦伝達の誤差を減らすためだが、そこには健康な中学生の肉体ではなく、銃創や手術痕、火傷の跡などが生々しく残る痛々しい姿がある。再生手術に回せるだけの治療費が捻出できず、この傷跡が残った。

 

 ISに触れると、あの時と同じ光景が展開される。

 絶対防御、バイタルデータ、シールドバリア、ハイパーセンサー、PIC出力、拡張領域(バススロット)……あらゆる機体情報が直接脳内に入ってくる。

 一夏は落ち着いてそれらの情報を把握し、理解し、整理し、自らの意思でISを(まと)う。機体情報を一瞥(いちべつ)し、ハイパーセンサーで周囲の状況を確認。通りの向こうから一人、こちらにやってくるようだ。

 待機状態なのか、微弱なIS反応あり。敵かどうか判断できず、アサルトライフルを呼出(コール)。構えこそしないものの、どうにでも対処できるように警戒するが、飛び出してきたきたのは同年代の少女。ISを(まと)った一夏を見て、その美貌を醜く歪めた。

 

「……手遅れでしたか」

 

 少女が口惜しく呟く。

 身長は一夏より同じか、やや高いぐらいだろうか。白いブラウスに紺色のスカート。足元はローファーとシンプルな格好だが、体型は一般的な中学生よりは若干メリハリがある。

 ()()()と長い銀髪が特徴的で、銀木犀を(かたど)った髪飾りがISの待機状態で誰なのか理解すると、回収した待機状態のISを投げつけた。

 

「え? イチ――」

「もうすぐローラが来る。合流して残存するIS部隊と歩兵の対処を頼む」

 

 何を、と言いかけ、一夏がISのヘッドセットを指差し、オープンチャンネルで情報が向こうに筒抜けになっているのを知って閉口する。援軍がいる情報はあっても、細かい情報が伝わるのは遅いほうが動きやすい。

 更に一夏はDSOで使われるハンドサインで『あっちに護衛対象が二人いる』と伝え、箒と鈴も守るように指示すると、PICを使って浮上する。

 

「どこへ?」

「連中の狙いは俺だ。海に向かえば連中は追ってくる」

「あ、ちょっ――」

 

 引き止めるより早く、一夏は海に向かって飛翔、あっという間に見えなくなる。その後ろをISが4機、慌てて追いかけて行くのが見えた。

 

「イチカ……」

 

 手元にあるISと織斑家、通りで昏倒しているパイロットと飛んでいった一夏達とアチコチ見て、重要度と気持ちを天秤にかけ、悩む。

 理性をとるか、感情のまま動くか。

 言われた通りローラたちと合流して護衛対象(箒たち)を守るか、一夏を追いかけて戦闘に参加するか。

 事前に得た情報から考えると、こちらには最低でも2機以上のISと多数の歩兵が残っているはず。

 次の目標は箒達だ。理性では彼女らを護衛しつつ、ローラ達と合流するのがベストだ。しかし感情では一夏を追いかけて力になりたい。DSO(むこう)ではそこそこ長い付き合いだし、恩だってある。

 DSOでは強者であっても、ISでも強者とは限らない。どうするべきか本気で悩んでいると、反対側の通りから呑気(のんき)な声が聞こえてきた。

 

「ちょっと、何の騒ぎよ?」

「すごい音がして何か飛んでいったようだが」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、鈴と箒が騒ぎを聞きつけて外に出てきた。状況は束達が考えていた最悪の展開へと流れつつある。

 箒達のあまりの危機感のない行動、イチカがISを使った事、自分達が手遅れだった不甲斐なさや襲撃犯への怒りが綯交(ないま)ぜとなって、クロエの中で何かがプツンと音を立てた。

 

「……イチカといい彼女らといい、なんでこうも勝手な」

 

 大股で二人に近づき、二人の手を取ってずんずんと歩き出す。

 

「お二人共、一緒に来てください」

「な、貴様は一体――」

「誰よアンタ!?」

 

 いきなり出てきた少女に困惑し、状況がわからない二人は抵抗するが、少女はお構いなしにグイグイ引っ張っていく。

 

「時間がありませんから手短に説明します。あなた達がこのままいるとイチカが危険です」

「一夏が!?」

「どういう事よ!?」

 

 一夏の名前を出され、尚更困惑する。

 二人を協力的にさせるには、ある程度の現状を伝えるべきと判断し、淡々(たんたん)と説明していく。

 

「イチカは先程テロリストのIS実働部隊の一部を撃退、うち1機を鹵獲(ろかく)。戦火を市街地から隔離するため、海上に向かいました。

 箒様がいる以上、残存勢力がこちらに来ないとも限りません。束様も動いてはいますが、(いたずら)に戦火を拡大させないためにも、一刻も早くローラ達と合流します」

「姉さんが、来てる?」

「ローラって、アンタ、まさか……」

 

 DSOプレイヤーの部分が警鐘を鳴らし、なんとなくではあるが、正体を察した鈴が(たず)ねた。

 

現実(こちら)では初めましてですね、リン。マジェスタことクロエ・クロニクルです。

 束様の依頼により、援軍として来ました」

 

 挨拶はするが振り向かない。

 ()()()は、到底見せられそうにない。

 

 

 

***

 

 

 

「ったく、最初から証拠を残す気ないのかよ」

 

 ISを最高速度で維持しつつ、一夏は機体と武装チェックを同時進行で行っていたが、その機体構成に辟易していた。

 ISを一夏が使えたのは、機体登録が仮登録のまま使われていたのもあるが、内部構成もほぼ基本設定(デフォルト)のままだ。そのくせ撤退時に機体を破棄できるようにISコアのパージコードが設定されているし、機体本体にも自爆装置がつけられ、兵装も身元が割れないように各国の武装が搭載されている用心深さ。

 アメリカのアサルトライフル、中国のマシンガン、イスラエルのショットガンにロシアのグレネード、オマケに日本の近接ブレードと国際色豊かで笑えてくる。それぞれクセのある武器をデフォルトの機体で操作しろというのだから、最初からまともに当てる気はないか、戦火を広げるのが目的だったらしい。これだけで大凡(おおよそ)の作戦内容が予想できたし、部隊展開も後詰めに何かいると考えた方がいい。

 

「向こうはまだ追いつけないか……」

 

 お互いトップスピードで海へ向かい、スタートから攻撃が届かない距離を維持している。

 海上に出るまであと6分。目標地点に到達するなら10分はある。

 機体調整をするには微妙に時間が足りない――普通なら。

 

「……やるか」

 

 一夏は最高速度のまま自動操縦(オートパイロット)に設定すると、空間投影でコンソールを2枚展開。片手で1面ずつ操作し、猛烈な勢いで機体調整を始めた。

 

1番(近接)から4番(狙撃)までのFCS制御をカット、余ったリソースを全てブースターのステータスに。パワーアシストを10%カット、並びにシールドエネルギーの出力を5%ダウン。機体反応制御を15%アップ。PIC制御をフルマニュアルに再設定――)

 

 普通ではありえない速度で機体の再調整が行われ、ISが別物へと変わっていく。

 常人であれば10分という時間はかなり短い。機体とコンディションをチェックし、装弾数の再確認をするだけで手一杯で、4分も余れば御の字だ。だが一夏は違う。

 これまで経験したメカトロニクス技術、ソフトウェア開発、ISの知識を基にしたDSOにおける機体開発。一夏自身を含め、周囲が認知している以上にISへの造詣とその技術力は束に迫るか、部分的にはそれ以上のモノを有していた。

 目標地点まで残り30秒。再調整が終了すると自動操縦を切り、そのシステムもカット。リソースは全てブースト出力に再設定し、右手に展開していたアサルトライフルだけでなく、左手にマシンガンを呼出(コール)

 再調整され速力の上がったブースターに火を入れ、再度加速する。心地よいGの圧力を感じつつ、全く関係ないことが脳裏を過ぎった。

 

「ゲーマーが本物の機体に乗って戦うなんて、まるでアニメだな」

 

 なんかそういうのがアニメかマンガであったなと考えるが、目標であった海上40km地点に到達したのに気づき、気持ちを切り替えクイックターン。

 

仮想(DSO)の戦い方がどこまで通用するか――」

 

 ここからは一介の中学生・織斑一夏じゃない。白の傭兵・イチカの戦いだ。愛機(ブラン)でないのが心もとないが、やるしかない。

 

「――勝負といこうか」

 

 一夏の目つきが厳しくなった。




ようやく一夏をISに乗っけられました。DSではかなりの腕前だけど、ISではどうなるか。
敵味方関係なく、周りの連中はフィーバータイムに間に合うのか?
それとも間に合わずただのガヤに成り下がるのか!?

量産機が仮登録でも待機状態にできるとか、展開時における保護機能の誤作動などは独自設定です。もっと詳しく書くと、展開して装着する時にちょっとした電子機器を割り込ませると誤作動を誘発させやすい、という設定。
これは量産機限定で、専用機の場合は繋がりが強く、剥離剤(リムーバー)持ってこないとパイロットと機体は分離できないと考えてます。発想の元ネタはとある番組で特撮スタッフが言っていた変身のプロセスで「子供向けなら変身中は攻撃されないけど、大人向けは攻撃を受けない状況で変身する」という言葉から。
この発想はなかっただけに、発想をちょっと変えるだけでこうも違うのかと、目からウロコでした。
こういった小ネタみたいな感じでISを制圧する話はあまりないだろうし、この方法ならどのタイミングでもモブを黙らせられると思って入れてます。使えると思った人は使ってやってください。

束と千冬、さらにクロエが参戦するも、謎の勢力が現れてさらにカオス。奇しくも束や千冬が懸念していた最悪の展開ですが、これぐらいの状況からの逆転劇の方がより面白いんじゃないかと。全くない知恵(というか厨二設定?)ひねくり出して作った状況です。
どっかで矛盾発生してないかとヒヤヒヤものですがw
謎の勢力も「ぼくのかんがえたさいきょうのあいえす」をデビューさせるための布石だったのですが、出すタイミングとしてはココかな、と。コイツの存在も色々な所に絡んで来ますが、どこまで先読みさせず、いい意味で裏切れるかが今後の課題。


次回は本格的な一夏の戦闘をメインに、ほぼ全部が戦闘。というか戦闘パートは2話が3話ぐらい続く予定。

遅くなったら執筆時間を捕まえに行ったと思ってください。
ホント、マジで執筆時間が欲しい。。。


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00-16 Extraordinary

Extraordinary:突飛、並外れた、異常。
使い方次第では臨時総会や臨時会議、人に使う場合は突飛な人、珍しい人、人間卒業(Extraordinary Human)など。日常会話ではあまり使用されないけど、映画なんかではブッ飛んだキャラに対して使うこともありますし、Extraついてるから英語わからなくても「なんかスゴそう!」って感じがしそうという偏見からこのタイトルに。

Q:いっくんが第2世代ISを使った状況をわかりやすく!
A:スパロボの初期マップで主人公が敵地から逃げるため量産機奪ってったら同型機が追撃してきた感じ。
ただし、レベル差が絶望的な模様。

ところで、仕事で世界中回ってたら我が家に夏と秋が来なかったんですが、どこ行ったか知りません?
帰ってきたら『また来年来ます。探さないで下さい』って置き手紙だけあったんですが……いつの間にか令和元年さんもどっか行っちゃうし。


 謎の襲撃者の出現。それはPMCのみならず、日本政府機関にも察知され、会議室は上へ下への大騒ぎとなった。

 

「すぐにIS部隊を動かすべきだ!」

「その前にあの機体の出処(でどころ)を探すのが先だ。アレがどれだけ展開されているのか把握できなければ、2年前の繰り返しだぞ?」

「自衛隊と警察に出動要請は?」

「こちらに権限はない。状況が見えないまま迂闊(うかつ)に動かして鎮圧されてみろ」

「手柄の横取り、ないしは事前活動の功績でデカい顔をされてしまう、か。マスコミには何と?」

「まだだ。マスコミにはテロリストにも情報を与えてしまうとして報道規制をしているが、相手の規模がわからん。おいそれと報道はできんだろう」

「妥当な判断だな」

「例のバイトの件もあるし、今は民意を刺激するのは悪手か」

 

 ただでさえ出生率が減少しつつある男性、それも世界唯一の男性IS適性者に危険が迫っている。

 この状況を打破すべく、閣僚(かくりょう)を中心に専門を僭称(せんしょう)する者達が集まり意見を()べているが、派閥の縄張り争いが互いの足を引っ張りあい、平和ボケした保守派と日和見主義の意見がそれに拍車をかけ、具体的な行動指針一つとれないでいた。

 彼の適性が発覚した際、日本政府は彼の日常を守るため恒久的な護衛を約束している。早く何らかの手段を打たなければ『情報が錯綜して身動きがとれなかった』などの言い訳すらできなくなる。

 最悪でも、どこか警備部隊を先行させ『初動から迅速に動いていた』という実績がなければ厳しい。

 

「せめて、付近の住民への避難勧告ぐらいはして欲しいものだね」

「……同感です」

 

 会議室の壁際で菊岡が嘆息しながら呟き、安岐ナツキも気だるげに答える。

 状況が発生してから40分近く経つも、それだけ経過しても作戦本部(ここ)はまともな行動指針一つ生まれない。その理由はIS特務部門を(にな)(きし) 結華(ゆうか)議員がここにいないのが大きい。

 彼女も事態が発生した直後に事務所を出発したらしいが、10分ほど前から連絡がつかない。この騒ぎを起こした何者かに襲われたのか、それとも他の要因か。詳細はわからないが、ここに彼女がいないのは大いに問題だった。

 

 菊岡と安岐がここにいるのは、以前から仕込んでいた計画(モノ)前の部署(古巣)が目を付け、それに一枚噛ませて欲しいという要請が来た為だ。

 菊岡はその話を一度断ったが、今度は正式な会議に呼び出され、その最中に今回の騒ぎだ。疑わない方がおかしい。

 

(内通者、もしくは当事者がいるのかな?)

 

 一連の動きはあまりにタイミングが良すぎる。それを警戒してドイツも既に現地入りしているという情報もあったが、まだ上層部(うえ)に報告してない。

 

(おそらく、篠ノ之博士も行動しているか)

 

 というより、博士はこの事態を予測して動いているはず。むしろ率先して何らかの手を打っていてもおかしくない。こちらも迅速な行動を起こさなければどうなるか。

 どう転ぶにしても、これらの件は伝えておかない方が()()()()()こちらにとって都合がいい為、独断で報告していない。言わない方が状況的に被害はこちらに飛び火してこないだろう。

 もし彼や彼の関係者に被害が出れば、ただでさえ距離のある織斑一夏との関係は最悪となり、彼は日本を見限って他国に亡命するか、もしくは諸外国がこの機にしゃしゃり出てくるか。

 今はこの騒ぎに集中しているが、一段落すればこちらの策がいつの間にか彼らの作戦に組み込まれ、転んでも逃げ口上に利用されるのだろうが、菊岡はこのまま黙っているつもりはない。

 たとえ閣僚に裏切り者呼ばわりされても、こちらを巻き込ませるような事態に陥らせないように立ち回ると決め、冷静なフリをしている今も頭をフル回転させ、最終的には自分達が最後の糸口になってこの状況を生き残ろうと画策していた。

 

「で、()()からの情報は?」

「事態が発生した前後、織斑千冬がIS学園に辞表を出したようです」

「大事な弟クンを守るため、かな?」

 

 彼女のブラコンは有名だ。それはモンド・グロッソの悲劇でも証明されている。

 今回の件も国はこの通りだし、学園も動かない事に痺れを切らして辞表を叩きつけたか。この状況だけなら、成功しようが失敗しようが、彼女の行動を上手く使えば学園側も言い訳ぐらいは立つだろう。

 辞表そのものをもみ消し、行動に見合う対価さえ用意すれば『彼女は学園からの要請で動いていた』という弁も立つ。この状況が伝わっているはずのIS委員会が何の動きも見せていないのも気になるが、向こうも学園と同じく日和見で流れを見ているのか、もしくは別の目的があるのか。

 

(……まさか、ね)

 

 一瞬でも沸いた疑念を即座に否定する。いくらなんでもIS委員会そのものがこの騒ぎの裏にいるなど、三流ゴシップでも一笑に伏す話があるわけない。

 

「それと、未確認ですが学園の方に篠ノ之博士が現れ、彼女(ブリュンヒルデ)と共に行動しているという情報も」

「なに!?」

「た、大変です!」

 

 予想外の情報に驚いた所を狙った様に、情報部の職員がプリントを手に駆け込んでくる。偶然ISらしき画像が見えた。

 

 ……凄まじく嫌な予感がする。

 

「さ、先程入ってきた情報ですが、例の少年が襲撃犯からISを鹵獲(ろかく)し、海上へ向かって飛行。げ、現在、太平洋の海上50km地点でIS4機と交戦中。

 そ、それと、未確認の新型ISが確認され、何者かと交戦したという情報の他、未確認ですが織斑千冬がISを装備して現場に現れたという情報も――」

 

 あまりに予想外の報告に、閣僚達は揃って呆けた顔をし、会議室が静かになっていく。

 予想以上の最悪な展開に、菊岡は頭を抱えた。

 

 

 

***

 

 

 

 海上で戦闘が開始されて20分――戦闘は続いていたが、半ば一夏に有利ながらも膠着(こうちゃく)状態にあった。

 

「ったく、数が揃うと厄介だな」

 

 肩で息をしつつ、呆れたように呟くと、相対する4人が猛抗議する。

 

「言ってろ、このクソガキ!」

 

 半ばヒステリックに叫びながら、襲撃犯の一人がアサルトライフルを構えて吶喊(とっかん)。やや遅れて左からマシンガンで弾幕を張り、円状制御飛翔(サークル・ロンド)で周回しつつ接近。更に上下から2機、ブレードを構えて追い詰めようとするが、その連携はあまりにお粗末すぎる。

 

(正面を(おとり)挟撃(ピンサー・ムーヴメント)(※1)を本命にしたのは評価できるが、ここで円状制御飛翔(サークル・ロンド)を単機で使う意味もわからないし、タイミングもバラバラ……)

 

 DSOではこんなのは急造のチームでもやらない連携。

 やるなら左右から二機連携で円状制御飛翔(サークル・ロンド)を行いつつ弾幕を張って動きを止め、中央から1機が吶喊。残り1機は後方支援か伏せ札として上下から奇襲するかだ。急造部隊だからなのか、それとも単騎の作戦が多いからか、こいつらは連携の重要さを理解していない。

 一夏は正面から来る敵に合わせ、スラスターではなくPICのみを使ってターンしつつ、右前方に移動。たったそれだけで全てがスルーされ、4人は一瞬呆然となった。

 

「え?」

「ウソ……」

「は!?」

「なにッ」

 

 あまりに自然に抜かれたことに驚く間もなく、一夏は右手のショットガンと左手のマシンガンをダブルトリガー。一ヶ所に固まった4機のシールドエネルギーを削っていく。

 予想外の反撃に混乱してる隙に、自身を使って相手の視界から隠すところでグレネードを呼出(コール)。右側へブーストする勢いを利用し、左足でスコーピオンシュート(※2)。蹴り上げられたグレネードは一夏とは真逆の方向から襲撃犯に向かって飛んでいく。が、当事者は一夏の方に意識が向いて気づかない。

 

「この……ッ!?」

 

 頭に血が昇ったまま、反撃すべく銃を構えた眼前にグレネードが飛んできた。

 ヤバい、と判断した時には既に遅く、ショットガンから数多(あまた)の弾丸が吐き出され、それが雷管を打ち抜いて爆発。至近距離の爆風によってシールドのみならず、兵装や装甲にも甚大なダメージを受け、爆発の近くにいた1機は武器も損傷してしまう。

 一夏は追い打ちで上からマシンガンをバラ撒いて牽制しつつ、距離を取って対峙。襲撃犯達は今の奇襲じみた反撃を警戒して迂闊に動けなくなった。

 

「ぐっ、手癖の悪い……」

「姉も姉なら、弟もバケモノかよ」

「こいつ、本当にIS初心者なのか?」

 

 戦闘開始からこっち、ずっとこの調子だった。

 最初こそISの操縦に不慣れなせいか、こちらの攻撃はまともに当たっていたが、数分もすれば被弾率が目に見えて下がり、連携をとっても(わず)かな隙を突かれて反撃され、包囲しても立ち位置を掻き回された挙句、BoB(※3)を誘われて自滅気味に削られていく。それでも慣れないISの操縦は相当な負担なのか目に見えて疲れが見えて始めていた。

 襲撃犯達は数の利と時間という味方がいる。ゴリ押しすれば勝てるかも知れないという希望があって、やや押されながらも粘り強く連携を取って追い詰めていくが、千日手に陥りつつある。

 

 一夏の方も一見有利に見えながら、内心では攻めあぐねていた。

 ある程度長期戦に耐えられるようソフト面をなんとか調整したものの、予想以上にこのIS(ラファール)は中身が同世代のDSと違いすぎる。

 

(反応がニブ過ぎるし、遅い――)

 

 PICまでフルマニュアルにしたが、入力からの反映がコンマ3秒から5秒のラグがあり、イメージインターフェイスの恩恵があるにも関わらず、リミッターがかかっているのか一定時間内での入力にも限界がある。

 機動力もDSと比べてもあまりに遅い。量産機だからなのか、瞬時加速(イグニッション・ブースト)高速切替(ラピッド・スイッチ)などがDSと変わりなく使えたのは(さいわ)いだが、反応の悪さが災いして特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を始めとした、挙動に繊細さを求められる特殊機動がこの機体では使いにくい。お陰でそれ以上に繊細さが求められる『技能再現(リプロダクション)』が使えない。

 それでも何度か特殊起動を使って回避行動をとってみたが、少し派手に動いただけでエネルギーをバカ喰いするし、ハイパーセンサーにもリミッターがかかっているのか、得られる情報量もDSと比べて少なく、地味に負担を強いられている。

 

「…………」

 

 そんな不利を(うかが)わせる素振りすら見せない一夏に警戒し、動けなくなっている敵を尻目に一夏は脳内で状況を整理。

 DSOで経験した戦闘や技術が現実でも通用したのは大きな収穫だ。反面、ゲームと違って戦闘中にエネルギーや弾薬を回復させるものがなく、ほぼ同じ条件の機体で4対1。

 単純に考えてもこちらが与えるダメージは4機に分散され、弾薬やエネルギーの消費量は(かさ)んでいき、体力も消耗して状況はどんどん追い込まれる。対して向こうは(つたな)いながらも連携ができる為、各機でダメージの分散ができる。

 ただの中学生ゲーマーであれば、ゲーム技術にイキって現実とのギャップに追い込まれていたか、もしくは殺されないまでも、半殺しで鹵獲(ろかく)されていたか。

 戦闘中にいろいろ仕込みをしているが、彼女達も馬鹿ではないし、気づかれるのは時間の問題だろう。

 現状一夏が出来る事といえば、連携の穴をついて乱し、ここぞという所を狙って一気に削るという戦法か、予想外の行動をとって意識を逸らし、全く別方向からの攻撃を加えるか。

 そんな不利な条件下でも一夏は涼しい顔をして機体に振り回されないどころか振り回し、冷静に4機のISと対峙しているが、実際はかなりジリ貧だった。

 

 チラリと機体ステータスに意識を向ける。

 機体のシールドエネルギーや装甲に致命的な被弾はない代わりに、各駆動系統は軒並み注意域(イエロー)。ブーストエネルギーも残り半分をきった。

 残弾も4割をきり、グレネードはさっきので撃ちきり、アサルトライフルのマガジンは残り2つ(100発)、ショットガンは残り8発、マシンガンは残りマガジンが3つ弱(250発)。ブレードは今まで距離感がつかめなくて、まだ一度も使用していない。

 傍から見れば、一夏は追い詰められているように見える。が、ここまでが一夏の仕込みだ。更にいえば一夏はこの短時間の戦闘でISを――より正確に言うならこの機体で()()()ことを理解した。

 

「なぁ、そろそろ撤退するか投降してくれないか? これ以上やっても時間の無駄だって判るだろ?」

 

 (あお)る事前提で優しく声をかけてみる。

 4対1、それもIS操縦者にありがちな女尊主義が、目の(かたき)にしている男。それもISを使って1時間も経過していない上に数で押し切れば()()()()()奴に、これみよがしに優しく投降を呼びかけられるなど、屈辱でしかない。

 

「ふッ、ざけるなぁぁぁァァッ!!」

 

 案の定、彼女達は激高(げっこう)して突っ込んで来る。

 それに対して一夏は反撃もせずにあっさり退いて、(わら)った。

 馬鹿にされたと思った彼女らは尚更頭に血が上り、連携も何もないまま、上をとって個々に追いかけてメチャクチャに撃ちまくる。それが功を奏したのか、一夏の機体に被弾が目立っていき、徐々に機体の装甲がひび割れ、削られていく。

 苦し紛れとばかりにマシンガンによる反撃がくるが、まともに当たる方が少なく、体力の限界が近づいていると思い、勝ち目が見えてきて尚更攻め立てていく。

 一夏の回避行動が円状制御飛翔(サークル・ロンド)に入っているのにも気づかず、躍起になって弾幕を張る彼女達に更に一夏は燃料を投下した。

 

「そうカッカすんなよ、小ジワが増えるぞ、オバサン」

「「「「くぁwせdrftgyふじこ!」」」」

 

 追い込まれている中、冷静に言われたのが刺さったのか、尚更ヒートアップして攻撃してくる。が、頭に血が昇った彼女らがまともに照準をつけられるワケもなく、ダメージを与えている姿を見て、尚更状況を分析できる冷静さをも奪っていく――彼我の高度差が逆転していることにも気づかずに。

 退きつつも、相手の射線を右へ左へと身をもって誘導し、だんだん当たらなくなってくる彼女達はムキになって何度もリロードして撃ちまくる。

 やがて1機のアサルトライフルが弾切れを起こし、続けざまに2機目、3機目がもつ銃からガチンとうい音を立ててハンマーが上がる。

 

「ちッ……!?」

「この――ッ!?」

 

 慌ててリロードしようと拡張領域(バススロット)からマガジンを呼出(コール)しようとするが、残弾がほとんど残っていないことに気づいた。

 

「え? なんで?」

「うそ……」

 

 煽られた挙句、暴力にによって上っていた血がスーッと下がっていく。助けを求めるように周りを見れば、同様に青い顔をしている。先程までエネルギーも残弾もかなり余裕があったはずだ。

 

「ISの優位性に頼りきってて、釣られたのに気付かなかったみたいだな」

 

 自分達が一夏の策にハマっていた事に驚き、改めて冷静になって一夏を見て、再度驚愕する。

 今までの攻撃は確かに当たっていた。当たっていたが、ダメージは外部装甲のみで破損もせいぜいが端の部分程度。駆動部への被弾はおろか、内部装甲もむき出しになっている箇所がない。

 

「お、お前、まさかダメージを……」

「こんなの、格上と戦うための常識だろ?」

 

 あれだけ勝てそうに思えるぐらい攻撃が当たっていたのに、それら全てのダメージを制御(コントロール)されていたのに気付かなかったのを(あざけ)られ、その技術の高さに歯噛(はが)みする。

 ダメコンはDSOでは必須技術の一つだ。格上との戦いで被害を最小限に抑えるのはもとより、対戦での懸引(かけひ)きや魅せプレイでの利用、格下との対戦で勝ち負けを抜きにしてストレスなくプレイさせるだけでなく、ミッションにおける長時間戦闘への利用など、その用途は幅広い。

 それに、元々この技術は企業のキャンペーンガールとして採用されたIS操縦者が、DSOに持ち込んだパフォーマンス技術の一つだ。それをDSOプレイヤーが昇華させ、一夏がISにフィードバックさせたに過ぎない。

 優位をとりつつも、つかず離れずの実力差で起死回生(ワンチャン)あるように誘わせるのはDSOのPvPでは基本戦術の一つだし、それを含めて被弾率をコントロールするのも実力の内だ。

 それを知らない、というこの襲撃者はどれだけISという存在(チカラ)に依存し、暴力に酔いしれ慢心していたのか。

 

「まぁ、いいさ」

「なに――?」

 

 スッ、と静かに一夏は上を指さす。

 その意味が分からず、彼女達は怪訝な顔をしながらも釣られて上を見た。

 

「ここからは、傭兵(オレ)の戦い方だ」

 

 ただの中学生・織斑一夏が白の傭兵・イチカへと思考が完全にシフトする。

 疑問の答えは、降り注ぐ弾幕だった。

 

「ああああああッ!?」

「くぅッ!?」

「な、何よコレぇっ!?」

「ち、散れッ、とにかく退ひぎゃッ!?」

 

 なにがなんだから解らず、慌てて逃げようとするも、行動するより早く横合いから攻撃され、パニックになったままシールドエネルギーを削られ、アラートが鳴り響く。

 

「まずは2機ッ!」

 

 パニックになっている1機の後ろに回り込み、左手のマシンガンを高速切替(ラピッド・スイッチ)でショットガンに交換。背面のISコア格納部に銃口を押し当て発砲。シールドバリアも機能しない間合いからの攻撃で装甲に亀裂が入り、内部からの衝撃でシールドバリアが歪んだ所へサマーソルトキック。冗談の様にISコアが収納された外殻(シェル)が、カコンッと小気味いい音を立てて外れ、周りが反応するより早く、すぐ隣でパニックになっている1機の背面ユニット部に、初めて呼出(コール)したブレードを突き立てた。

 刃を返すと、また冗談の様に装甲の一部ごと外殻が外れ、体当たりをかまして別の1機にぶつけると、追撃せず抜き取った外殻に向かう。

 未だパニックになっている2機は何が何だかわからないまましがみついていくる機体を引き剥がそうとするが、コアを抜かれた方はいきなり機体がシステムダウンして尚更パニックになってしがみついていくる。

 

「このッ、離せっ!」

「ちょっ、待ってよ! いきなり機体がダウンして……」

「邪魔だ!」

「待っ――」

 

 状況が分からず、『なんらかの攻撃を受けただけでシステムダウンなどありえない』という常識の下、何を言っているのかわからない相手を無理やり引き剥がし、何故か追撃してこなかったイチカを見ると、その手にはISコアが収納された外殻(シェル)が2つ。引き剥がした機体が制御を失いつつも、絶対防御の恩恵によって一定高度まで徐々に落下していくのと、手の内にある外殻を交互に見て、ようやくコアが抜かれたのだと理解する。

 

「い、いつの間に」

「ど、どうやって……」

 

 無事な2機は戦慄する。

 落下していく2機は無視しても大丈夫だろう。腐っても量産機だ、一定高度まで落ちれば予備バッテリーでPICが発動し、パイロットの安全を確保した上で緊急排出されるだろう。

 動揺している二人を前に外殻を拡張領域(バススロット)に収納し、イチカが嘆息する。

 

「ほんッと、ただISに振り回されてただけか」

 

 イチカがしたのは分解整備箇所をピンポイントで攻撃し、ISコアが収納された外殻を取り外しただけだ。

 常識から考えればIS本体を攻撃し、シールドバリアや装甲を削って相手を倒す、というのが戦闘の常識として認識されている。

 それに対してDSOという世界は“なんでもアリ”という一点が恐ろしく突き抜けている。それはこれまでのロボゲーをやり込んだ者からすれば「卑怯」とか「非常識」という言葉を通り越し、現実の理不尽を一部持ち込んできたかのような非情さすらある。

 DSを通してISへの造詣(ぞうけい)を深め、それを基礎に立ち回りを研究し、更にはDSOの対戦法へと昇華させた傭兵(イチカ)の戦い方は、その常識すら根本から(くつがえ)すだけの技術と戦術がある。

 これがあるからイチカは15対1という絶望的な対戦を切り抜け、悪質系(ローグ)クランを個人で潰し、ミッションすら食い破るという濃密な戦闘時間の中で、アビリティという特殊能力をほとんど使わないソロプレイヤー最上位として昇り詰めた。

 

 DSOという仮想世界は、恐ろしいぐらいに傲慢(ごうまん)で厄介で理不尽で、非常識なまでに心折(しんせつ)な世界だ。隙を(さら)せば横合いから伏兵や第三勢力の介入を許し、余裕をもって無様を晒せばそれまでの優位を潰されるどころか、一瞬で窮地(きゅうち)に追い込まれる事さえある。

 2年前に遭遇したモンド・グロッソの悲劇。あの出来事を繰り返さないため――あの恐怖を払拭するために、仮想世界で狂気じみた追い込みと研鑽(けんさん)を重ねてきた。

 機体が同じでも経験が違う? 人数的な不利? ダメージを受けて窮地に追い込まれる?

 正直、イチカにとってそんなもの不利の内にも入らない。むしろ一日の長がありながら、無様に踊らされるどころか追い込まれる状況に(おちい)っている襲撃犯に呆すらある。

 

「この、バケモノめ……」

 

 目の前にいる男が同じ人間だとは到底思えない。まるで同じヒトの形をしたナニカに見えてくる。

 そんな怯えをイチカは鼻で笑い、訥々(とつとつ)と語り始めた。

 

「バケモノって便利な言葉だよな。テメェの弱さや劣等感をその一言で全部解決できる」

 

 襲撃犯達は(イチカ)が何を言っているのかわからない――理解したくない。

 

「そうやって自分より強い奴らをバケモノ呼ばわりしときゃ、格下の自分達が優位になるのか?」

「……ッ!」

 

 自分の中で必死に守ってきた何かが崩れていく。

 否、見たくもない自分の醜さが晒されていく。

 

「弱いことを理由にして、強者を数の暴力で排除すりゃ、自分の弱さと向き合う必要も、上を目指す必要もないもんな」

「う、うるさいッ! 私達の何がわかると――」

 

 聞いてはいけない、聞きたくない。それでもバケモノ(イチカ)の言葉は続く。

 

「そうやって強者を否定してるクセに、自ら強者の位置に立つこともなく、群れるだけで世界最強(ブリュンヒルデ)に挑むどころか、上を目指す気概すらない」

「だ、黙れ……」

 

 一つ一つの言葉に心当たりがあり、それら全てが突き刺さる。

 正論すぎて、否定したくても否定できない。

 

「都合のいい時だけ弱者って立場に甘んじて、そのクセ必死にISにしがみついて――そんなあんた達に何ができるってんだ?」

 

 目を背けていたことを、見たくなかった事を指摘され、ついに何かがキレた。

 

「「うゎあああぁぁぁ!!」」

 

 連携も何もなく、必死な形相で滅茶苦茶に攻撃する。

 

「死ねッ、死ねぇェェェェッ!」

「殺す、殺してやるッ!」

 

 これまで目を背けてきたものが『恐怖』となって自らに突き刺さる。

 今後の為にも、こいつはこの場で殺さなければいけない。そうでなければ自分を、これまでの過去(もの)が紛い物だと思う。認めてしまう。

 

「はッ、できるかよ」

 

 そんな必死さを嘲笑(あざわら)う様にシニカルな笑みを浮かべ、これまでとは一線を画す動きで一夏はスイスイ避けていく。その動きに疲れの兆しすら見えず、勝ち目が遠くなっていくのがわかっていても止まらない。

 否、止められない。

 

「当たれッ、当たれよッ!」

「落ちなさいよッ、男のクセに、(わたし)たちのISに乗るなぁァァ!」

 

 涙目になりながら攻撃するが、一向に当たらない。それどころかこちらの罵倒も聞き流し、シニカルな笑みを浮かべたまま反撃すらせずにこちらを見てくる。それがまるで自分達を嘲笑うように見えた。

 

「うぁぁぁ――ッ!?」

 

 恐怖を振り払おうとグレネードを呼出(コール)し、投げつけようと振りかぶった所でキンッという小さな音が妙に耳についた。

 へ? とグレネードに目を向けると、雷管の所に銃弾が突き刺さっているのが見え、直後に爆発。

 二度目の至近距離の爆撃によって、悲鳴すらかき消され、持っていた右マニュピュレーターの反応もロスト。確認するまでもなく右腕が吹き飛んだと(わか)る。おそらくは至近距離にいたもう一人も無事では済んでないだろう。

 それよりも何よりも、(イチカ)が撃った瞬間が見えなかった。いくら狂気に駆られていたとしても、目を離すことはなかった。

 なのに、いつ撃ってきたのかわからない。

 いつ構えた? いつ狙いをつけた? どうしてコマ落としのように撃った瞬間が抜けてて、なぜ男が左手でアサルトライフルを構えて、それがピンポイントでグレネードの雷管を撃ち抜いた?

 

「ぅ、あ……」

「ひ、ぃ……」

 

 歯の根が合わず、カチカチと耳障りな音を立てる。

 目の前のバケモノ(おとこ)が怖い。恐ろしいのに目が離せない。

 標的(ターゲット)世界最強(ブリュンヒルデ)付属品(おとうと)で、ただの中学生だと聞いていた。それなのに翻弄され、挙句追い詰められている状況はなんだ?

 

「言葉で言ってもわからないってんなら、直接その身に教えてやる」

 

 ゆっくりと、イチカが構え直す。

 

「お前らが今までやってきたことは幻想にしがみついてきただけで、ただのガキにすら負けるって現実を」

 

 

――傭兵(イチカ)の蹂躙が始まる。




ない時間無理やり作ってちまちま書いてましたが、なんか微妙。スキルインフレ表現したかったのに、どう見ても敵YOEEE…
一夏がISコアぶっこ抜いたのは「分解整備箇所を~」としてますが、正直自分でも暴論な類だと思ってます。アニメ版でオータムがアラクネのコア抜いて自動操縦で自爆特攻かましたから「これぐらいやっても問題ないかな」って感じで無力化してます。
というかぶっちゃけこうでもしないと必殺技もないままダラダラやって数減らしても面白みないだろうと思いますし、一夏の規格外さを表現するのにインパクトないので。

伏線だけは幾つか入れてるけど、この辺が現状では精一杯。正直時間かかっても練り直すべきだったかと思いますが、グダグダ書き直すより話進める方にウェイト置いてストーリー進めます。いつか時間的余裕ができたら書き直すなり何なりしたい(やるとは言ってない
年内ギリギリで更新しましたが、また春に更新とかならないように善処します(f^_^;)



今回出てきた専門用語。

(※1)挟撃(ピンサー・ムーヴメント)
軍事用語。文字通りの挟み撃ち。四面楚歌の状況も該当するらしいのですが、ゲーム用語なんかだとクロスアタックとか呼ばれる戦術。フクロとか表記するとよりわかりやすい?

(※2)スコーピオンシュート
サッカー用語。ヒールシュートとも呼ばれ、踵を使ってシュートする方法。体でボールを隠すように打つので混戦状態だとシュートされたこともわからない事があるようです。

(※3)BoB
軍事用語。正しい綴りはBlue on Blue、フレンドリーファイアの事。NATOでは自軍が青で表記される事からこの呼び方。BoBと略すのが一般的みたいです。
現在はフレンドリーファイアという呼び方は同士討ちというより援誤的な意味合いで使われているようで。

個人的にゲームと現実の違いなんかはこういう細かい所でメリハリつくんじゃないかと思っているので、今後もこういった専門用語は出てくると思いますが、ドンドンこういうネタは入れてくつもり。



余談ですが、今回のタイトル、次点の候補が「elsewhere」でした。


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00-17 Extort

Extort:無理強いする、強要する。(追い詰めて)強奪する、という意味合いで使用される。あまりいい意味ではないので、使用する人は注意。

一夏対IS強襲部隊、後半戦。
……文字数少ないわ春先に更新にならないように注意するとか言っておきながらこの体たらく。
絶対忘れられてるけど更新しますorz


 イチカが構えた。

 その構えは右手を半身後ろに引き、左手のアサルトライフルは前に向けるが、銃口はやや下方向に向いていた。その構えには見覚えがあり、彼女達は戦慄する。

 

「その構え、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の――」

 

 第1回モンド・グロッソ。当時の織斑千冬が日本国家代表で出場した際、最も得意とした銃剣一体の構え。

 その当時の千冬のスタイルは右手にブレード、左手に銃器で、いっそ芸術とすらいえる高速の高速切替(ラピッド・スイッチ)で左右の武器を入れ替え、撃てば的の方が当たりに来て、斬れば相手が飛び込んで来るように錯覚し、並居る強豪を撃墜していった。

 あらゆる競技で1分を超える戦闘時間はなく、当時の代表候補のみならず、観戦者やISパイロットを目指す者達もその技術に(あこが)れ、ISの歴史に大きな爪痕を残した。

 後にその構えもISの規定で仕方なく選んだものだと本人が暴露。本来の構えはブレード1本という時代に逆行したものだと知れた時は、戦慄と共にそのインパクトを世間に刻み込んだ。

 その構えとほぼ同じ……否、千冬のものより“らしく”見えて、その後ろに世界最強の姿を幻視する。

 

「ぅ、ぁ……」

「ひ、ぃ……」

 

 勝てない、と思った――思ってしまった。

 

 当初はISを鹵獲(ろかく)して海上へ逃げたと聞いた時は、ただの中学生ゲーマーがイキって調子に乗っているのだとほくそ笑んだりもした。

 だが機体は既に危険域(レッド)を示し、2機ともに残弾はほとんどない上、1機は右腕部の欠損のみならず、右半身がグレネードの爆風をモロに喰らってボロボロ。

 ヘッドギアも右半分が破損し、ハイパーセンサーもまともに機能していない。もう1機も似たようなもので、部位欠損こそないものの、装甲部分は亀裂や破損が目立ち、シールドエネルギーも心許なく、それ以前に心が折れかけている。

 対する相手(イチカ)も機体状況は似たようなものだが、それは計算ずくでそうなっただけの話。もとより戦う意志は折れる事なく、技量は明らかにイチカの方が上。

 先程の2機を潰す際に上からきた謎の攻撃も、おそらくは一夏自身と自らが撃った銃弾が自由落下で落ちてきたのを利用されたのだろう。が、それを集弾させ、さらにピンポイントで自分達が固まる所に誘導するなど、この少年(ガキ)がもつ技術はまだまだ底が見えない。

 撤退、という文字が二人の脳裏を(よぎ)る。先程の射撃の腕もそうだが、回避技術のみならず、ダメージコントロールすら想像の埒外(らちがい)だ。

 地力そのものが違い、4機で包囲しても削ることしかできなかった相手に、今更2機で挑むなど自殺行為だ。

 チラリと互いに目配せし、逃げるタイミングを(はか)る。

 

 ――次の瞬間、比較的ダメージの少ない方が一夏に蹴り飛ばされた。

 

「今更逃げようとしてんじゃねぇッ!」

 

 言いつつブレードを振り抜く。慌てて回避しようとするが、回避しそこねて背面ユニットから繋がるアーマーの一部が切り落とされ、更に至近距離からの銃弾の嵐。いっそ無慈悲なまでにシールドエネルギーと装甲が削られ、一瞬で何が起きたのかさえ理解できないまま分断された。

 

「ぃ、いつの間に――」

「さんざん好き勝手やってきたんだ。ここがツケの支払い時だろうが!」

 

 イチカが追随してくる。一切ブレない胆力に再度驚き、それ以上に戦慄する。

 今の攻撃、またコマ落としのように攻撃の瞬間を知覚できなかった。今度はかなりの距離を一瞬で詰められ、致命傷とまではいかないまでも、現状では無視できないダメージも受けている。

 このカラクリがわからない限り、この場から逃げることはできない。

 

「こ、のォッ!」

「ッ!? ――落ちろぉ!」

 

 蹴り飛ばされた相方がアサルトライフルを乱射しながら吶喊(とっかん)してきた。こちらも咄嗟(とっさ)の判断で残った左腕にマシンガンを呼出(コール)。至近距離からの間断ない弾幕、相方の武器選択も中距離という射程からの連続狙撃。ハイパーセンサーの恩恵がないのが心もとないが、これでも一定のダメージは与えられるだろうと思った。

 だが、ここでも予想外の事が起きた。

 

「甘いッ!」

 

 イチカは咄嗟に引きつつ大きく回転。左手のアサルトライフルで飛んでくる銃弾を撃ち落とし、右手のブレードは振るう毎に火花を散らし弾丸を斬り払う。

 距離は開いたが、当然の如くイチカは無傷で切り抜けてみせ、こちらは今のでアサルトライフルとマシンガンは弾切れ。あまりといえばあまりの光景に二人揃って硬直した。

 

「うそ……」

「ありえない……」

 

 弾撃ち(ビリヤード)斬り払い(スラッシュ)。どちらか一つだけなら、部門優勝者(ヴァルキリー)クラスでも成功率は低いが待ち構えていれば出来るので一応の納得はできる。だが咄嗟の状況で同時に行使して無傷で切り抜けるなど誰が考えるか。

 世界最強(ブリュンヒルデ)並の技量を見せつけつつ切り抜けられ、二人揃って茫然自失(ぼうぜんじしつ)となる。一方は弾切れになったマシンガンを構えたまま硬直し、フォローに入った方も硬直。イチカの前に死に体を晒す。

 その隙を見逃すイチカではなく、いつの間にか突っ込んできたISの背後に回ってブレードを突き刺す。そこは当然ISコアが格納された外殻(シェル)。刀身半ばまで突き刺さったブレードは、テコの原理で装甲の一部ごと外殻が外されシステムダウン。

 

「へっ!? ぅゎあああぁぁぁ……」

 

 無用とばかりに蹴り飛ばされすっ飛んでいくISを尻目に、イチカがコア回収へと向かっていく。

 両手を前に突き出し、いっそ間抜と言えるほど無様な格好のまま海へと吹き飛んでいく。

 これで残ったのは手負いの自機のみ。我に返った時には外殻を回収したイチカが迫って来て、逃げ出す機会をみすみす逃してしまった。

 

「ひッ!? く、来るなぁ!」

 

 突っ込んでくるイチカに恐怖し、背を向け逃げ出そうとするがうまく飛べない。機体情報に目を向けると、さっき斬られた背部ユニットの部分はPIC発生器の一つ。更にはこれまでの攻撃や爆撃を受け、各スラスターにもガタがきている。

 それでも機体を制御して逃げようとするが、追いつかれるのは時間の問題。せめてもの足止めにと残弾ゼロのマシンガンを構えるが、虚しく撃鉄を叩くだけだ。

 

「なんで? なんで撃てないのよッ!?」

 

 既に弾切れになっているのも忘れるほどパニックになり、慌てて別の武器を探す。

 残っている武器はショットガンが4発、グレネードが1発にブレードと残弾も絶望的。目前まで来たイチカに半ばヤケクソになってショットガンを呼出(コール)し構えた。が、また目標を失い、ヤバいと思った時には背中に衝撃を受け、あっさりとシステムダウン。機体はウンともスンともいわず、これまでと同じように海上へと落ちていく。

 4つめのコアがイチカの手の中にあるのを目にして、自分達は中学生の子供に完全敗北したのを実感する。

 

「なんなのよ……なんなのよアンタは……」

 

 イチカは答えず、こちらを一瞥(いちべつ)すらせず何処(いずこ)かへと飛んでいく。その動きに初心者らしい不安定さはなく、むしろベテランのような安定した動きを見せ、改めて自分達との力量差を思い知った。

 

「この――」

 

――バケモノ。

 

 そう言いかけて口ごもる。

 あれだけ否定されても、そうとしか形容しようがない怪物だが、バケモノ呼ばわりすれば先程の言葉を思い出し、自身が無力無力な存在だと認めてしまう。

 それだけは認められない。否、認めたくない。

 認めたら最後、これまで必死に守ってきた“何か”が壊れてしまう恐怖がある。

 

 全く動かない機体の中で、彼女はただ睨みつけることしかできなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 一夏が去った海域に潜んでいたオータムは、先の戦闘を見て戦慄していた。

 

(なんだ……なんなんだ、あのガキは!?)

 

 いきなりISを鹵獲したかと思えば一人で海上に飛び出し、自身を囮にして敵ISを誘い出した。オータムも慌ててISを展開して追いかけ、ハイパーセンサーの範囲外で戦闘データを取りつつ、状況を見て援軍として入ろうとしたが、結果は見ての通り。

 

(ISには最近触れたばかりの一般人じゃなかったのか?)

 

 動きも最初こそ不安定な部分はあったが、相手も相手で頭数がいながら連携もフォローもないお粗末な連中。その最中でもダメージコントロールができている事に思わず「初心者なのにやるじゃないか」とほくそ笑んだりもした。

 それでもISに慣れてきたのか、挙動が安定すればまるで別人の如くトリッキーな動きで4機を翻弄(ほんろう)。話術や意図的な誘導で誘い込み、さながら映画のような逆転劇を繰り広げ、4機のコアまでをも鹵獲した。

 これで驚くなというのが無理だ。それどころか、オータム自身は戦闘データを取っただけで当初の目的である護衛の役目を全く果たしていないどころか、暴れる機会すらない。

 

「ッたく、選択を誤ったか?」

 

 タイミングを見計らい、傍観を選択したのはオータム自身だ。そこで展開された予想外の戦闘力に見入ってしまい、完全に介入する機会を逃してしまった。

 現状、どこも入できていない織斑一夏(ターゲット)のISによる戦闘データの回収だけでもそれなりの評価は得られるだろうが、それでも状況次第で一転する恐れがある以上、もう少しインパクトのあるモノが欲しい。

 

「まぁ、それも待ってりゃ向こうからやってくるか」

 

 眼下には緊急時のバリュートが自動展開され、海上に浮かぶ亡国企業(ファントム・タスク)(おぼ)しき敵勢力ISの残骸とそのパイロットが4人。救難信号も出ているようだが、組織を利用した以上、彼女らの末路はロクなものではないだろう。

 連中の他にも、後詰めか予備戦力としてアメリカとロシアから3機ずつ、計6機のISが用意されている。現時点でもそちらが動いたという情報はない。襲撃班が織斑一夏と交戦に入ったという情報を得て、オータム同様、様子見をしていたが予想外の出来事に介入のタイミングを逃したのだろう。

 状況的に見て、市街地に半数は向かうだろうが、残りは必ず海上(こちら)の後始末に来る。

 

「っと、早速おいでなすったか」

 

 ハイパーセンサーにさっそく反応があった。

 その数3機。どちらかの国が貧乏クジを引いたらしい。

 

「この状況、みすみす逃すバカはいねェな」

 

 部隊はおそらく存在しない部隊(ゴーストスカッド)。展開するのは試作第3世代か新型機だろう。

 国際条約の関係で日本の領域内でISを展開すれば、一連の騒動に関与していると思われ警戒される。だが、新型機のテストという形で極秘稼働している所に、騒ぎを聞きつけて介入したとすれば、自国の技術力の高さをアピールできる上、その懸念も払拭(ふっしょく)される。

 同時に、自身の組織(ファントム・タスク)を利用されたという私情もあるが、この状況はオータムにとっても()()()()()

 

「既にやられた強襲部隊を始末しに来た“存在しない部隊”が何故か行方不明になる――表沙汰にゃあできねェ事件だよなぁ?」

 

 事態を収束すべく、オータムはその鍵となるモノを呼出(コール)。それはこの騒動が起きる直前、オータムの名義で届けられたもの。

 剥離剤(リムーバー)を兵器転用し、展開されているISとパイロットのリンクを強制終了させてISを待機状態に戻すという、IS戦における最悪の反則武器(オーバードウェポン)

 今後は対策を取られる今回限りの初見殺しだが、時間がない今は十分過ぎる兵器だ。オータムはその武器を構え、哀れな獲物に向けて警告もなしに撃った。

 

 

 10分後、連絡が途絶えた極秘部隊を探す為、後続の調査班が送られたが、海上にはISらしき残骸と、その周辺に肉食の魚が回遊しているという情報がもたらされ、先に織斑一夏と交戦した襲撃犯も行方不明、後続で投入された“存在しない部隊”も見つからない。

 何があったかは予測できた。が、上層部はその事実を秘匿。これで一方の国はISコアを3つ失っただけでなく、織斑一夏と早期接触できる機会まで失ってしまった。

 

 その国がどちらかは、もう少し先の話になる。

 

 

***

 

 

 

 戦闘を終わらせたイチカは、市街地への移動時間を利用し、鹵獲した4つの外殻(シェル)を本体とケーブルで直接接続し、残ったエネルギーと弾薬を機体に移動させていた。

 先の戦闘で残っていたブーストエネルギーは2割をきった。弾薬もアサルトライフルは装填分のみ(30発)、マシンガンは撃ちきり、ショットガンは6発、グレネードもなし。ブレードも想定以上に(もろ)く、短時間の使用にも関わらず耐久値が半分をきっているし、機体に至っては装甲は無事な部分はなく、各駆動系も注意域(イエロー)から危惧域(オレンジ)に突入している。

 

「少々、無茶しすぎたかな?」

 

 DSと比べ、ISの第2世代は強度を含めた諸々のステータスが低い。

 運用した感じでは、ユーザーが少し手を入れた第1世代のDSとほぼ同じぐらいだ。かろうじて第2世代と同等な部分はあるが、いくら量産機とはいえ、このステータスはDSOプレイヤーからみると第2世代を名乗るには少々心許(こころもと)ない。

 

「ランクスはこれも見越していたんだろうな」

 

 ランクスはこの状況が起きることを予測し、イチカの持つメカトロニクス技術を合理的に得られる方法の一つとしてデュノアに来ることを提案したのだろう。ここまでの一連の敵味方の動きにも関わっているのは一つや二つの騒ぎではないはずだ。

 

「ま、今はそんな事どうでもいいか」

 

 並の思考ならば、相棒(ランクス)の暗躍に気づいて疑心暗鬼になっているのだろうが、最初から打算ありきで動くと言われている。これで疑うなら、最初からランクスを相棒と呼んでいない。

 私怨や私情を含めて動いてくれるならば、イチカもいろいろ動きやすい。幸か不幸か手土産もできたし、あのランクスのことだ。この動きを先読みして専用機を用意しているぐらいの手筈は整えていてもおかしくない。

 

「――っと、終わったか」

 

 沿岸部が見えてきた所で回収が完了する。

 外殻に残っていたエネルギーや残弾の回収も終わり、ステータスを確認。

 ブーストエネルギーは6割弱まで回復、アサルトライフルは2マガジンほど(100発)、ショットガンは20発、マシンガンは1マガジン(50発)、グレネードは4つ、ブレードは誰も使用していなかったお陰で、自前のも含めて5本ある。

 現状なら、イチカは()()()()()戦いができる。ダメージを考慮してもIS含めた機動戦術でも使われない限り、それなりの戦いはできるだろう。

 

「あっちは大丈夫、だよな?」

 

 自身を囮にしてIS強襲部隊を引き離したとはいえ、残存勢力がどれだけいるかわからないし、この機に乗じて暗躍する勢力がないとも限らない。ローラやマジェスタがいる以上、最悪の展開にならないとは思うが、それでも不安は残る。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で加速しようとした瞬間、ハイパーセンサーにエネルギー反応。攻撃されているとわかった瞬間、咄嗟に身を傾けたのが限界だった。

 背中に衝撃を受けたのを最後に、イチカの意識はブツリと途絶えた。




後半戦、終了(戦闘終了とは言ってない

IS強襲部隊のみで終わると思った人もいるかと思われますが、諸々のフラグ入れる為に延長戦決定。まだ千冬やラウラ側の話もあるので、もうちょっとだけこの騒動は続きます。
執筆時間取れないのに自分の首絞めて何やってんでしょうね。。。

今回の独自設定ですが、量産機に緊急時のバリュートや救難信号で、量産機である以上、パイロットの安全確保とコアの希少性を考えればこれぐらいの機能はあってもおかしくないよなって感じで入れてます。
原作だとこの辺は言及されてませんが、「量産機=モブ、もしくはやられ役」という立ち位置でそこまで作りこんでないんでしょうが、この辺も色々使える設定なのでどんどん盛り込んでいきます。

他にも一夏が回収したコアから直接エネルギーと武器弾薬を回収しているくだりはVTシステム戦でシャルロットが白式にケーブルで直接エネルギーを注入しているシーンがあり、拡張領域(バススロット)内にある武器弾薬は外殻側にパーティションされているという設定。この辺も一夏の専用機がお披露目される際に重要なので、しっかり入れておかないと後で「あれ?」ってなりそうなので。

Q:いっくんの専用機はいつごろ出るの?

A:…………いつなんだろうね(必死に目そらし


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00-18 “正義”の価値

 この1年で無駄に出世してしまい、ただでさえない執筆時間が限界まで削られて投稿が遅れてしまいましたが、1週間ほど有給消化して急いで書き上げました。

 一方その頃の弾やラウラ達による答え合わせその1。裏方に回ったからこそ見えてくる騒動の真相が見えてきました。
なのにIS戦闘が……(汗


 時は少し遡り、一夏が海上へ飛び出した頃。

 弾と数馬はラウラ(ローラ)と共に、ドイツからやってきたエーリヒとクラリッサ(クラリス)を連れて市街地を移動しつつ、合流したことを知らせようと詩乃(シノン)に連絡を入れたが、既に一夏はISを鹵獲(ろかく)し、海上に飛び出して行ったという最悪な報告を耳にする。

 

「一夏のヤツ、マジでISに乗っちまったのか!?」

『みたいよ。いま鈴ちゃん達と合流して話を聞いたんだけど、一夏くんはとっくに飛び出しちゃった後みたい』

 

 弾は驚き、詩乃が嘆息しつつ答える。皆にも聞こえるようにスピーカーにしているが、詩乃の声色には諦めとも呆れともつかない感情が(こも)っている。

 彼女としてもこの状況は回避したい出来事であったが、既に動き出している以上、悲観する余裕もなければ、わめき散らす(いとま)もない。

 

『で、マジェスタ――じゃなくてクロエちゃんが言うには、こっちにもテロリストが襲撃してくる可能性が高いって』

「……とにかく、こっちはこっちで動きましょう。俺達は例の場所に向かいます」

『わかった。こっちも皆を連れて予定通りに動くわ』

 

 通話を切ると、弾を筆頭にして皆と一緒に表通りを移動する。目的地は彼の言っていた“例の場所”だろう。表通りは夏休み中ということもあって人通りも多く、そこかしこでスィーツの販売車や屋台販売、果ては電気や水道関連の業者らしき者までチラホラと目にする。

 何かのイベントがあるのか、一部の道路は歩行者天国となって道路が封鎖されており、人通りが多いせいでその移動速度は早歩きが限界だが、ラウラが半ば呆れた様にぼやいた。

 

「あいつ、少しは落ち着いて行動できないのか?」

「まぁまぁ。一夏には一夏なりの考えがあって動いたんだし」

「わかるからこそ腹立たしいのだ!」

 

 ラウラは一夏の後を追えないことが不満らしく、数馬の正論にブチブチと文句を言い続ける。

 一夏は市街地の被害を抑えようと、自身を囮にIS4機を海上へ引き連れていったらしい。この状況に助けられたのか、普段見慣れないISが飛んでいったのも、一般人にはイベントの一つとして片付けられているようだ。ラウラはその話を聞いて応援に向かいたかったが、既にことが起きてかなりの時間が経っている。

 現状、ラウラ達ができる事はないのでこうしてブチブチ文句を語るしかないのだが、傍から見ればその想いは一目瞭然で、数馬は不謹慎だと思いつつも、頬が緩みそうになるのを苦笑で誤魔化した。

 

「ラウラ、こちらにもテロリストが潜伏している可能性が高い。まずは自分ができることをやらなければいけないよ」

「それは、そうなんですが……」

 

 一方のエーリヒをはじめとするドイツ側の見解は、一夏も心配ではあったが、こちらには篠ノ之博士の妹やDSOで知り合った共通の友人がいる。敵が動き出した以上、彼女らも拉致や誘拐の対象(ターゲット)になりかねない。一刻も早く合流し、当初の予定通り大使館へ逃げ込んでやり過ごすつもりだ。

 

「予想以上に敵の動きが早いですね」

「こちらの動きを察知されたか、もしくは計画が前倒しされたか?」

「ンな考察は後にしてくれよ。この状況は俺達が考えていた予想の中でも最悪のケースだ。こっちも早く行動を決めねェとヤベェぞ」

 

 クラリッサは敵の動きの速さに嘆息し、エーリヒは敵の展開速度に疑問を抱くが、弾がピシャリと考察をやめさせる。

 

「確かにイチカ君がISを奪取したことには驚きだが、DSOで経験を積んでいるのだ。早々遅れを取るような事態は――」

「問題はそこじゃないよ、おじさん」

()()にとっちゃ、この状況が一番の理想なんだよ」

「どういうことだね?」

 

 話が理解できずにエーリヒが(たず)ねるが、問題点が違うと言われてもさっぱり意図が理解できない。

 弾はAR展開されたマップを視界に収めつつ、周囲を確認すると目的地まで時間があると考え、数馬にアイコンタクト。数馬は頷き、ある程度の答え合わせをしておくべきだと判断。ARマップをグループ共有に切り替え、移動しながら話を続けた。

 

「答え合わせは後でやるけど、連中の目的はテロそのものじゃなく、一夏がこの騒動の中心で、あいつがいるからこの騒ぎが起きたんだと世に知らしめる事だ。その途中で一夏がISを鹵獲(ろかく)するにしろ、テロリストに誘拐されるにしろ、この計画の大まかな流れは変わらねェんだ」

「だからこそ、追加か予備部隊、それと()()が待ち構えていると考えた方がいい」

「待ってくれ。連中の目的はIS部隊と歩兵の遊撃部隊が連携してモンド・グロッソの悲劇を再現しつつ、その騒動を利用した織斑一夏の誘拐、もしくは暗殺ではないのかね? 彼女らの考察では、その危険性が最も重要視されていたが?」

 

 予想外の話にエーリヒがツッコむと、弾がラウラを見て呆れ、数馬も苦笑。クラリッサは二人の意図が読めず困惑する。

 

「相変わらず、戦術には強くても戦略はイマイチなんだな。発展途嬢(レディ)

「その名で呼ぶな! 第一、その二つ名も私は認めてないッ!」

「まぁまぁお姫様、その話は後でね。今はこっちの話が先だよ」

 

 ラウラは弾に噛みつき、数馬がなんとか(なだ)める。エーリヒは発展途嬢(レディ)の話にも興味があったが、今はこちらの方が重要なので続きを促す。

 

「ここまでの流れを話してるだけの時間もないんで端折(はしょ)るが、このテロはモンド・グロッソの悲劇を模倣した自作自演(マッチポンプ)だ。連中はこのテロを使って一夏にトラウマを植え付け、世間に『コイツは被害者であると同時に疫病神だ』っていう印象を持たせたいんだよ」

「それは私も気づいていた。だからこそ我々(ドイツ)が――」

「だから、この計画自体がバカでかい茶番なんだよ。当のテロリスト達も釣られてて、本命がテロを鎮圧して自分達の正当性を主張するのが目的。お前ら(ドイツ)が極秘裡に来日して動くのも()()み済みでな」

「な……ッ!?」

 

 弾達に指摘され、初めて自分の考察に間違いがある事に気づく。

 当初こそ、ラウラはイチカに関係する民間人を手にかけることを危惧していたが、このテロ自体が『目的』ではなく『手段』であるなら、民間人を手にかけるリスクより救助する方が世間にはより好印象だ。

 

「ランクスからの情報だけど、実働部隊の構成員の一部に政府の連中(スパイ)が紛れ込んでるって話だよ。IS部隊のパイロットはノータッチらしいけど、計画からすると非合法組織の方から都合つけてるだろうね」

「同時に、ロシアは北東から、アメリカも南東の海域に非公式ながら新型ISのテストって名目で出張ってきてるらしい。ここで()()、ISが展開するほどの大規模なテロ事件が起きてたら、アラスカ条約(※1)に(のっと)って堂々とこの事態に介入できる。その後の展開はどうなる?」

 

 数馬達に指摘されて、初めて自分達がとんでもない思い違いをしていた事に気づき、エーリヒ達の足が止まる。

 この騒動自体が、自分達(くに)の正義を掲げるためだけに計画された、バカバカしいほどに壮大な茶番。その話が本当であれば、これからの話がとんでもなくややこしい事になる。

 ここにいるのは、世界唯一の男性ISパイロットに篠ノ之博士の妹だ。騒ぎを聞きつけた(てい)でこの混乱に介入し、日本が介入するより早くテロを鎮圧。更に関係者をも守りきれば自国の実力も示せる上、いい意味で織斑一夏との接点が作れる。

 だとすれば、連中の狙いは民間人の殺害ではなく傷害。植物状態のような致命的なものではなくとも、四肢欠損などの日常生活に支障をきたす程度のものならば、後々日本への口出しだけでなく、被害者への生活支援だってできる。

 後はそれを口実にすれば、一夏とは(間接的とはいえ)恒久的(こうきゅうてき)な付き合いができるのだ。

 

「つまり、連中の本当の目的はテロそのものではなく――」

「そう。メディアと民衆の目を真実から遠ざけ、その後の展開を有利にするのが目的。使い古された手段(ミスリード)だけど、手段が派手になれば逆に盲点にもなる」

「あんたらがそこまで制限もなく動けたのは、上層部が連中に踊らされていたか、もしくは知ってて送り出したか。スパイか内通者かは知らねぇが、あんたらの動きは向こうにも伝わってるんだろうけど、これを(スルー)したヤツの(キモ)も相当()わってるぞ」

 

 非合法組織に在籍するISパイロットの腕前など、せいぜい代表候補生レベルがいい所。正規軍所属が非公式に動いている、となれば展開しているのは軍属のIS部隊相手か。それらが相手となればテロの鎮圧も容易だろう。

 犠牲を最小限に収める事ができれば、メディアを使って世間に自分達の正当性を主張し、この騒動を利用して渦中に居る織斑一夏を被害者にできる上、堂々とISを軍事利用できる口実にもなり、テロの鎮圧に日本が後手に回ったとなれば、モンド・グロッソ(過去)の被害を引き合いに日本の管理体制を問題視して一夏を国外へ誘致(ゆうち)する事さえ可能だ。

 仮に一夏が現状維持をゴネたとしても、『この騒動が繰り返されるかも』と忠告すれば否とは言えまい。あるいはこの機を利用して(くだん)の権利者達の悪事を暴露し、それで奴らの資産を摂取(せっしゅ)して慰謝料や賠償金(ばいしょうきん)に当てる事も視野に入れているのか。

 悪党(バカ)共の使い込みを理由に、賠償金の支払いや一夏が本来得られるはずだった規模な報酬も、大幅な減額だって期待できる。もしくは恩着せがましく自国から予算を切り出して不足分を用意する所まで考えているか。

 

 ラウラの中で、何かのピースがカチリとハマる。ハマったからこそ、今の状況が予想以上にヤバいというのが理解できる。

 上手く立ち回れば、あの技術力と世界唯一の男性ISパイロットという()()も独占可能になるのであれば、多少非人道的な手段を()ってでも入手したいと考えるのは、どこも一緒だろう。

 彼らの考察も日本の中学生が考えた机上の空論、と一笑に付すには無視できない程しっかりしている。こちらの作戦は織斑一夏を重要視するあまり、他の部分が(おろそ)かになっていて、逆に動きを利用されているフシさえある。

 ふと、ラウラは作戦立案時に准将が言っていた事を思い出す。

 

(初動は特に問題視するものではない、が楽観視もしていない。その布石も既に打って――)

 

「まさか、准将はこの事を知って……」

 

 これでは早期にISを展開するのも、大使館に逃げ込んで優位な展開に持っていくことも難しい。それどころかタイミングを読まずに先に動けば、状況を利用され『我々はドイツと協働していた』などと口裏を合わせられても否定できる証拠がないどころか、場合によっては功績の横取りすらありえる。

 

「なるほど、そっちも利用されてたってワケか」

「なら、僕達の次の動きも決まったね」

 

 二人はその会話だけで納得すると、数馬は近くにあった自販機から缶コーヒーを2本購入し、1本を弾に渡す。数馬はその缶コーヒーを開けることなく、手の中で弄びつつ淡々と話し始めた。

 

「ま、既に動き出している人達もいるから、いくらでも挽回可能だよ。お姫様」

「……ぇ?」

「今回、連中は3つばかりミスをしてるのさ」

「ミス?」

 

 弾はぐるりと周りを見て、つられてラウラ達も周りを見るが、相変わらず周りには夏休みを満喫する学生や業者が作業する日常がそこにあるだけで、なんらおかしい所はない。

 

「ひとつ目のミスはDSO側から先にアプローチしてきた事。あれで俺達を敵に回し、情報を集めるきっかけになった」

「僕ら正統派(ヒロイック)は横の結束が強いからね。連中、この騒動に乗じて悪質系(ローグ)と手を組んで泥棒擬(どろぼうまが)いの事をやらかそうとしてるみたいだけど、(ネズミ)のアルゴからローグの情報も買って、この間襲撃したんだ」

「それは、また……」

 

 クラリッサがちょっと退きつつ、返答に困窮(こんきゅう)する。

 正統派(ヒロイック)とは名の示す通り、正規のプレイスタイルをモットーとするプレイヤーの事だ。eスポーツが台頭してきた頃からこのプレイスタイルを掲げる者が多く、総じて地道に腕前を上げてきた猛者や有名人が名を連ねるている。

 横の繋がりは広い上に強く、イチカやランクスといったソロプレイヤーやローラ達が在籍するゾルダートも正統派(ヒロイック)で、最大手のクラン『ディビジョン』もこのスタイルを掲げていて、チーターや裏技的なものを多用する者も多いDSOでも、実力ある者は人力チーターや理不尽の塊、異能生存体とも揶揄されるほどの隔絶した実力を持つ。

 そこそこの腕前の悪質系(ローグ)を相手に、怪物クラスの腕前を持つ正統派(ヒロイック)が襲撃したのだ。質が量を圧倒する、文字通り蹂躙という言葉がしっくりくるような戦場だったのかも知れない。

 

「お陰で連中の目的にも気づく事ができたし、こっちもある程度準備ができた」

「……ここでそんな事を話してもいいのかい? どこで誰が聞いているかもわからないのに」

 

 こんな往来で自分達が関係者だと宣言すれば、テロリストが彼らを確保しようと動き始めるのではないか、とエーリヒが危惧するが、弾はあっけらかんとして答えた。

 

「ああ、聞こえるように話してるから。――バレてるぜ、テロリストさん」

「え!?」

 

 何気ない感じで、弾が近くにいた中年の作業員に声をかけた。作業員はビクリとして背中越しにこちらを見るが、作業中の為か振り返らない。

 

「い、いきなり何を言って――」

「作業するなら脇を締めないと力が入らないぜ。最も、脇に隠してる得物が邪魔して脇を締められないんだろうけど」

 

 そう指摘されると作業員の表情が豹変し、(ふところ)から何かを取り出し襲いかかってきたが、弾は慌てる事なくそれをいなしつつ、コーヒー缶を手にしたまま顔面を殴りつける。

 物を握って威力を上げる護身術の殴り方だ。いかに中学生の拳とはいえ相当な威力だったのか、作業員は一発で吹っ飛び、手からテイザーガンが転がった。

 

「これは!?」

「元軍人つっても、テロリストの偽装は見破れなかったか?」

「ここで(たむろ)してる連中、ほぼ全員が工作員ですよ。人数に任せてランダムに監視してた様ですけど、同じ人がループしてたらいい加減気付きます、って!」

 

 弾が指摘すると同時、近くのテラスで談笑していた若いカップルがコンバットナイフを取り出し、それを見た一般人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出して騒然となる。

 そんな中、弾と数馬が同時にコーヒー缶を投げつけた。中身が入ったままの缶がカップル二人の眉間を的確に捉え、カップルは(ひたい)を押さえて悶絶する。

 

「ふたつ目のミスは、一夏(あいつ)の周りにいる俺達を、ただの中学生(ガキ)(あなど)ったことだッ!」

「DSOプレイヤーを甘く見ないことだ――ねッ!」

 

 ブラックジャックを振りかざしてきた女性を弾が投げ飛ばし、数馬は作業員が手にする特殊警棒を身を沈めてかわし、躰道の技術を使った遠心力たっぷりの前蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

 突然の暴力沙汰に、何も知らない一般人が驚き、混乱しつつも我先にと逃げ惑い、大通りは一瞬にしてカオスとなった。

 

「走れッ!」

 

 弾の声にハッと我に返り、ラウラ達は数馬を先頭に民間人の混乱に乗じて駆け出す。敵も慌てて追いかけてくるが、咄嗟(とっさ)の一歩で出遅れ、地元民の長所を活かして小道や裏道を使ってジグザグに駆け抜けていくことで徐々に距離が開いていく。

 

「この、止ま「邪魔ッ」るォぼッ!?」

「回収」

「こっち!」

 

 運がいいのか悪いのか、先回りした男が立ちはだかるが、弾の前蹴りを受けて轟沈。その際、男が持っていた特殊警棒をラウラが目ざとく見つけて蹴り飛ばし、合図と共に数馬が空中でキャッチ。

 

「クラリス!」

「了解!」

 

 たったそれだけのやりとりで全く目を合わせる事もなく、弾がスライディングしつつ(かが)む。その背にクラリッサが足をかけ、弾が立ち上がる勢いを使って高くジャンプ。新たに現れた犠牲者(テロリスト)は悲鳴をあげる間もなくクラリッサの飛び膝蹴りに沈み、弾はちゃっかりその犠牲者の手からこぼれ落ちた特殊警棒をくすねていく。

 一連のやりとりを行った二人に、エーリヒは内心舌を巻いた。

 

「出会って間もないというのに、なかなかいい連携じゃないか」

「DSOではこういう連携は常ですし、武器調達のチャンスは逃せませんから」

 

 エーリヒは一連の連携を褒めるが、ラウラはさも当然のようにDSOを引き合いに出し、VR(あちら)での仲を匂わせた。

 それからも弾と数馬の誘導でジグザグに駆け回るが、この騒ぎで周りも混乱しているのか先回りしてくる者は現れず、後ろを追いかけて来る者もつかず離れずの距離で追いかけてくる。が、エーリヒにはこれも意図的に追いかけさせているように見えた。

 二人の背を追いつつ、ARマップの示す場所へ向かうが、目的地は郊外にある何もない広場。企業が作ったイベント用の広場らしく、誰でも借りられるため定期的にイベントを(もよお)しているという情報が添付(てんぷ)され、現在はイベントを行っているのか、本日貸切という文字がオンライン表示されている。

 

「今向かっている所では何を?」

「ちょいとツテがあってな。今回連中と()り合う可能性があると思って場所を確保しといた。

 あそこならIS戦が起きたとしても、被害は拡がりにくい」

「これに関しては弾の読みに感謝だね。僕だけだったら、連中を追い出すことだけに考えを()いてコラテラルダメージまで考えが及ばなかったし」

 

 ラウラの問いにそう答える二人を見て、エーリヒは織斑一夏のみに注視しすぎた事を悔やむと同時、現在進行形で民間人に頼っている自分を恥じた。

 たとえ一度は退いた身とはいえ、民間人の安全を守るのが軍人。それがエーリヒの信念ゆえにこの状況はいだだけない。

 挽回できる機会がなければ、彼らに顔向けできないどころか自分を許すことすらできなくなる。

 

 そうこうしている内に片側4車線という広い道路が現れ、その途中にある地下遊歩道へ入っていく。これだけ広い道路であれば横断歩道や陸橋(りっきょう)を作るより、多少コストが高くても地下に遊歩道を作って交通リスクの軽減を狙いつつ、多数の分岐を作ってあちこちにアクセス可能な歩道を作った方が安全だ。

 逆を言えば、この状況では待ち伏せされる危険がある。

 

「待ち伏せはあると思うかい?」

「俺なら、追いつけないと判断した時点で先回りするね」

 

 弾から至極真っ当な答えを返され、エーリヒは腰につけたポーチから黒い箱を取り出す。一見するとカバーのついた携帯機器にも見えるそれは、本体の中央部分という不自然な位置にあるカメラを押すと、一瞬でハンドガンへと変貌する。

 かなり旧式だが、要人警護の目的で開発された折畳み銃(FPG)だ。このタイプはベルギーの企業が50年ほど前に開発したものだったと弾は記憶している。

 

「随分とレトロなモノを」

「装弾数と携帯性のバランスを考えると、これがベストだったのでね」

 

 当時から弾種の問題で軍どころか一般市場にもまともに流通せず、エアガンでその存在を知られたようなキワモノだが、その性能は一部マニアの間では話題になるほど高い次元でまとめられている。

 走りながら銃の遊底(スライド)を引き、弾を装填して戦闘準備。この銃の装弾数は25発。予備マガジンも2つ用意しているので、それなりの戦果は期待できるだろう。

 

 これ以上、大人(エーリヒ)が子供達の後塵を拝するわけにはいかない。




【毎度のごとく長いあとがき】

テロは目的ではなく手段、というのは前々から考えてました。こういう方法で展開進めようとするのはなかなかなかったように思います(ガンダムなどではよくある手法だけど
この展開はちゃんと伏線入れてました。政府が腐敗してたり、女尊主義者が暗躍してたり、というのはガンダムUCのオマージュ。政府は連邦議会の極右派、女尊主義はマーサ・ビスト・カーバインと置き換えてもらえればわかるかも。一夏はリカルドっぽい位置だけど、主人公なので生存は確定。
でも専用機入手までは難易度マストダイ。もうちょっと苦労してもらいます。


今回のオリジナル設定

※1 アラスカ条約
 この世界での条約は国際法の一部として捉えられているので、緊急時のISを展開したテロの鎮圧、もしくは避難行動が条文化されている、という設定。
 例えるならスパロボで一般人だった主人公が、ロボに乗って戦ったり逃げたりしても罪には問いませんよ的な条文も含まれますが、補足にテロ起きたら鎮圧って目的で他国が武力介入してもOK。その際指揮系統は(建前としては)混乱を避けるために(本音は責任とりたくないから)独自に行動しつつ連携。それでも混乱するなら、その場で最も地位の高い人が責任者になってね、みたいな事が盛り込まれています。

ティターンズ<ガタッ
アロウズ<ガタッ


なんか弾や数馬が中学生という域ではない戦闘力とか先読み能力ありますが、この辺も今後の展開に必要なので、やりすぎ感あっても強引に入れました。
弾はDSOではイチカとタイプが違い、スパロボで例えれば弾は扱いやすいガンダム系、一夏はオーソドックスだけど底が見えないオリジナル系、数馬は露払いや切り込み隊長を努めやすいオーラバトラー系といった感じ。
ちなみに数馬も一夏や匹敵するぐらいの実力者ですが、PvP特化なのでランク的には一歩劣り、ミッションなどはシノンと同レベルぐらいの実力。
それでも他人戦に限れば世界ランカークラスの実力はありますがw

ラウラの発展途嬢(レディ)呼ばわりは当初から雛形だけは考えていたのですが、知人から「発展途上のお嬢様、略して発展途嬢(レディ)とかいいんじゃね?」という案を頂きそのまま採用。原因は予想通り原作の“やらかし”をDSO上でやって、並み居るプレイヤーにフルボッコにされたから。ドイツの冷水になるのはまだまだ先のようです。

エーリヒが持っているFPGとはフォールディングポケットガンの略で、マグプル社がエアガンで出している(実銃もある)FMG9が有名。他にも幾つかのFPGが存在しますが、今作では人間サイズの武装は(泥沼になる&モノによってはクレームが来るらしいので)特にこだわってません。個人的にはベースは某57をベースと考えていますが、リアルでは作られてないみたいですw
同時にテロリストが持つ武器にもある程度縛りを設けていて、銃火器に関してはそこまで大量に持ってきてないです。一般に潜伏しているエージェントは日本のセキュリティを基準に所持させてます。意外と抜け道あるんですけど……


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00-19 泥沼と最強の帰還

前回に引き続き、今回は女性陣の話+後半戦(裏)その1。
今回の説明で一夏のいるファストというクラスがどれだけハイスペックか、またこの事件がどれだけ大きい規模なのかが見えてくると思います。

書き溜めあるってスバラシイ!
でも今回だけなのよね(´;ω;`)

あ、活動報告にDSOのランクを上げました。いい加減DSOの設定書き上げないと……


 弾達が目的地に向かっている頃、箒達女性陣は詩乃(シノン)の案内で弾達と同じ場所を目指していた。が、今の所テロリストと一切遭遇していない。というのも――

 

「次の曲がり角を左に曲がってすぐ右に。21秒後に反対方向から敵が来ますので、早めの行動を」

「わかったわ」

 

 クロエがISのハイパーセンサーのみを部分展開し、ARマップとリンク。リアルタイムで敵の位置情報を把握・回避しつつ行動しているためだ。

 その精度は恐ろしいほど精密で、後一歩というニアミスまで利用し、テロリストに全く発見されずに移動できている。この間に箒達は自分達の状況と一夏が飛び出していった理由を聞くことができていた。

 

「つまり、一夏は街を守る為、自分を囮にしてISをこの場から追い出した、という事ですか?」

「そう。全部一人で解決する気でね」

 

 箒は詩乃の説明から、ある程度だが状況を理解する。それでも話を聞けば聞くほど一夏の行動が理解できず、鈴に至っては思う所があるのか、無言のまま顎に手を当て俯いている。

 

「一夏さん、なんで一人で解決しようなんて――」

「周りが頼りなかったからですよ」

 

 そこを右、と呟きつつ、赤い髪の少女――五反田 蘭の質問にクロエが答えた。その声音はどこか呆れが混じっているが、蘭は釈然としない。

 ここには例の一件で一夏の護衛を申し出てきた政府の人間もいるし、それこそ話を通せば姉である織斑千冬や箒の姉の篠ノ之博士だって動き出すはずだ。

 

「詳しい説明は時間がないので後ほど。イチカが一人で動いたのは、敵の動きに対して政府を始めとした大人達が全く行動を起こさなかった為です」

「あれだけ啖呵切ったのに、どうして……」

「大方、利権問題とかで足の引っ張り合いをしているのでしょう。束様が掴んだ情報では、この騒動が起きている今も、閣僚(かくりょう)達は会議室から出てこないようです」

 

 蘭はその答えに、呆れとも諦めともつかない溜息をついた。2年前といい今回といい、日本政府は平和ボケというだけでは済まない優柔不断さがある。

 

「それでも、せめて千冬さんに――」

「相談しなかったんじゃなくて、できなかったのよ」

 

 なお食い下がろうとする蘭に詩乃が簡潔に答え、その一言で全てを理解した蘭は口を(つぐ)んだ。

 千冬はIS競技の元日本国家代表にしてIS学園の教師だが、2年前のモンド・グロッソに起きた事件で、経緯はどうあれ彼女は一夏に負い目がある以上、必ず動く。

 もし彼女がこの状況を知ったとして、学園に要請をかけたとしても、IS学園は国家機関に属さない中立を(よう)している。いくら世界唯一の男性IS適正者とはいえ、おいそれと事態に介入するのは難しい。そうなれば、彼女は学園に辞表を出してでもここに駆けつけて来るだろう。

 仮に学園が先んじて動いてしまえば、ISを軍事利用させるのを助長させるだけでなく、場合によっては生徒を兵士徴用(ちょうよう)される口実にもされかねない。

 確かに彼女がこの場に現れればこの騒動は鎮圧できるだろう。だが終わった後は混乱に首を突っ込んだ千冬の教師生命は終わり、新たな火種が残る。

 

 一夏は状況に配慮した為、千冬に相談しなかったのではなく、できなかった。

 同時に、篠ノ之博士に相談したとしても、彼女が動けば必ず騒動になっていずれ事件は千冬の耳に入り、結果は同じ。

 一夏が一人で動いたのも、政府関係に相談してからでは被害が出る(手遅れだ)と判断して。

 それに気づいた箒達も閉口し、無言で歩を進めていく。

 

「……相変わらず、一夏は優しすぎるのだな」

「そして強すぎます。DSOでは私達はイチカを相手にしても、誰も勝てないんです」

 

 箒がポツリと呟き、クロエはイチカの実力を話しつつ周囲を警戒。

 驚く箒に詩乃が説明を始めた。

 

「ここにいるメンバーだと、蘭は最弱でブラストの3、鈴はこの中では中間とも言えるドミナントの72、わたしから一気にランクが上がってエキスパートの4、クロエちゃんに至っては一夏くんに迫るエキスパートの2。

 対して一夏くんはファストの9。世界ランクでもトップクラスにいる一人よ。仮にここにいる皆でチームを組んで挑んだとしても、一夏くん一人に勝てないどころか、何もできないまま負ける可能性すらあるの」

 

 DSOのランクを知らない箒でも、世界ランクと言われればそれがどれだけすごい事なのかは理解できる。

 

「そ、そこまで強いのですか!?」

「単純にメインで使ってる機体との相性がいい、ってのもあるけど、それ以上にファストってクラスにいる連中の技量が軒並み人外とか異能生存体疑惑があるマジキチレベルなのよ」

「あれはどうやっても勝ち筋が見えてこないわね」

「全力で削りにいってもダメコンされて、漁夫狙いで挑んでも余裕で返り討ちするような相手に、どうやって勝てと?」

「あの立ち回り、私たちでは絶対真似できません!」

 

 疲れるような鈴の言葉に箒は絶句し、詩乃やクロエに至っては嫌な事を思い出すかのようにゲンナリしている。唯一、蘭だけは目をキラキラさせていたが、彼女だけがイチカと直接対峙していないので憧れの方が強いのだろう。

 とりあえず蘭を無視して詩乃は箒に説明する。

 

「箒ちゃんは、何かレベル制ゲームをやったことは?」

「RPGなら幾つかやった事はありますが――」

「なら話は早いわ。例えばだけど、こっちのレベルが70だとして、相手がレベル80だったら勝てると思う?」

「……立ち回りと、大きくダメージを与えられる武器かスキルなどがあれば、勝てないことはないと思います」

 

 箒は少し考え、なんとかなるという答えを出した。

 いくらレベル差があるとはいっても、たかだか10程度だ。ある程度技量かゴリ押しでカバーできるのであれば、誤差といっても差し支えない。

 

「そうよね。ならこっちがレベル700だとして、相手がレベル800だったらどう?」

「それは――」

 

 そこまで来ると、レベルインフレが酷すぎて逆に予想できない。

 普通に考えればレベル差100だ。ダメージ差は歴然だろうし、技量差でカバーするにしても苦しすぎる。どうあがいても一対一ではまず勝ち目はないように思えるし、数を揃えたとしても、どれだけの人数が必要になるかわからない。

 

「DSOってゲームはね、基本的にレベルや熟練度なんてシステムが存在しないの。それだけにプレイヤーの地力(じりき)がモノを言うんだけど、一夏くんはその中で最前線に立っていながら世界のトップ10に入っている実力者。見えているモノも動き方も、わたし達とは全然違うのよ」

 

 最初から例え話をせず、そこだけ言えばとも思ったが、詩乃の言わんとしている事はなんとなく理解できた。

 一夏はそれだけ強くて負けることがない、と言いたいのだろう。

 

「一夏のゲームの腕前は相当だとは聞いてましたが、そこまでとは。でもそれと今回動いたのと何の関係が――」

「DSOというのはISとほぼ同じ操作環境でプレイできるのも魅力の一つで、当然イチカはその設定でプレイしています。つまりイチカは3年近くの間、ISのシミュレーターに触れていたのと同義なんですよ」

「それに、DSO(ゲーム)内で展開されるミッションは現実よりも濃密で過酷よ。今起きている事件も、DSOで同じ条件でやれと言われたら、あたし達でも勝つことは出来なくても、生き残るぐらいならなんとかなるわ」

 

 鈴やクロエにそこまで言われて、ようやく理解する。

 一夏が動いたのは勝ち目があるから動いたのではなく、自身を囮にするぐらいでないと()()()()()()動いた。

 理解すればするほど、箒の中で不安がどんどん膨れ上がっていく。

 

「わ、私達も一夏を助けるために何か行動をすべきでは!?」

「してるでしょ。今あたし達ができるのは、大怪我をしない、敵に捕まらない、死なない事よ」

「だが、彼女(クロエ)がISを持っているのなら――」

「既に事が起こっている今の状況では、私たちが出来る事はそれぐらいが限度です。仮に何か行動を起こすにしても、今のあなた達が()()だという事を理解してください」

 

 鈴やクロエに事実を指摘され、箒も反論できない。

 自分達は事情を理解しても、何もできない。そして現状は、力ある護衛(もの)に守られている足手纏いの何者でもない。

 それでもあれこれ言い続けるようなら、自分達は足手纏いどころか邪魔者でしかない。

 

「一夏……」

 

 このまま事態が進んでいけば、一夏とは二度と会えなくなるような気がする。

 自分にも“力”があれば何か出来たのではないか、とも思うが、安易に得た力は自らを滅ぼすだけでなく、周りも不幸にし、守るべきものまで危険に晒してしまう。

 あの時、痛みと共に理解したからこそ、迂闊(うかつ)に動くことができない。

 

(一夏……どうか、無事で……)

 

 無理だと理解していても、そう願わずにはいられない。

 

 

 

***

 

 

 

 同時刻、千冬が乗る第4世代IS『白桜(はくおう)』の一時移行(ファースト・シフト)がようやく終わり、現在は束と別れて一夏の所へ向かおうとしていた。

 どういうわけか一時移行の時間が伸びに伸び、千冬は焦燥を隠せずイラつきを誤魔化すように千冬は機体スペックを一通り確認していたが、その性能を理解していく毎に、()らされた頭が冷めていった。

 第2世代の近接最高傑作と(うた)われた愛機『暮桜(くれざくら)』には想いも愛着もあったが、この機体はその性能を遥かに凌駕(りょうが)し、千冬でさえ見たこともない性能を有している。

 単純な戦闘力のみでいえば、現行の量産機ぐらいであれば中隊規模を相手にしても、秒とかからず無力化できる自信がある。

 

 量産機の3倍近いエネルギー量という規格外さに加え、エネルギーの消費効率は第2世代の専用機より40%ダウンという破格さ。加えて桂秋(けいしゅう)に搭載されたものと同型の強化PICを8基搭載し、通常機動でも別次元の性能を有する。

 本体も基礎フレームそのものから見直され、試作展開機構という特殊なフレームを軸とした機体構成で、状況に応じて機体を変化。性能を特化させることで狙撃戦から防衛戦、高機動格闘戦まで幅広く即応。その特性を特化できるだけでなく、イメージインターフェイスとリンクさせることで装甲を自由に動かせるので、ステータスを細かく割り振る事が可能だ。

 それに(あわ)せ、鉢金型のハイパーセンサーも既存のものとは一線を画し、倍以上の索敵範囲と情報の取捨選択(しゅしゃせんたく)もより容易となり、パイロットに余計な負担をかけず、より最適な情報を得られる。

 背面の非固定部位(アンロック・ユニット)は展開翼となり、通常時でもラファールの2倍近い性能だが、内部に『ハニカムスラスター』という新規格の多重展開型スラスターを装備。展開すれば瞬間最大速度は時速6500キロ(マッハ5.5)という狂気の加速力を誇るだけでなく、機構を組み替えてエネルギーバイパスを換えれば広域戦術(MAP)兵器にも変更できる。

 加えて、左右にある縦に長い変則五角形の非固定部位には、白い桜の花弁を(かたど)ったシンボルが透かし彫りされ、その両サイドには直刀型のブレードを銃身に収めたライフルが2丁、サイドスカートには居合を想定した柄の長い打刀(うちがたな)型のブレードが左右に1本ずつ懸架(けんか)

 後スカート部にはかつて愛用していた雪片(ゆきひら)の後継武装『雪片弐型(ゆきひらにがた)』(※1)が格納(マウント)され、展開すれば機械式で再現された零落白夜(れいらくびゃくや)が発動可能だが、能力据え置きで発動消費エネルギーは6割近くがカット。第2世代の必殺武器が通常兵器として使用可能になり、次世代兵装の名に恥じない性能を有している。

 この他にも随所に武装が内蔵されていたが、反面、拡張領域(バススロット)は極端に狭く、せいぜい1回リロードできる分の弾薬と、工兵用の特殊装備(※2)が1セットでいっぱいになっている。

 並のパイロットであれば持て余すようなハイスペックだが、千冬だからこそ扱うことが可能で、継戦能力は並の専用機以上という理不尽の体現。

 こんなのが表沙汰になれば、世界が黙ってはいないだろう。が、今は状況が状況だ。この力を使うことに躊躇(ためら)いはない。

 

『ちーちゃん、いっくんは現在地から東北東50キロの地点で本格的に戦闘を開始してる!』

「了解した。――無事でいてくれよ、一夏」

 

 束は念の為にと、海上で待機してもらっている。

 この騒動の中で篠ノ之博士なんて極上の獲物、顔を出せば政府どころかテロリストの行動も予測できなくなる。

 市街地の方も気になるが、あちらにはラウラ達がいるし、束が送った援軍が既に箒達と合流したらしい。状況的には一人で動いている一夏の方が危険だ。

 

「たった50キロの距離、30秒もあれば到達できる!」

 

 最速で動くべく、背面の非固定部位を展開。早速新装備のハニカムスラスターが顔を出し、名前通りのハニカム構造のスラスターがコンマ数秒で火を吹いた。

 片翼で12門、全部で24門というスラスターは、一門一門が第2世代のスラスターと同等の性能を持ち、それら全てで個別に瞬時加速(イグニッション・ブースト)が可能というイカレ仕様。巡航(クルーズ)から戦闘(コンバット)速度(スピード)まで移行するのに0.5秒、最大速度(マックス)に至るまで1.2秒という狂気的な加速に、いかな千冬でも一瞬背筋に冷たいものが(はし)ったが、すぐに体勢を整え、五角錐に展開したシールドバリアが赤熱化。

 急激な温度差が発生して地表付近で雲を引いて行く。が、20秒も経過しないうちに横合いから高エネルギー反応を感知して急停止する。

 

「なにッ!?」

 

 殺人的な加速の中でありながら、現役でもなかなか見られない、芸術的とすらいえる一零(イチゼロ)停止を発動。その目の前を直径2メートル近い巨大なビームが通り抜けた。

 千冬は自身どころか機体にも負荷をかけずに停止し、同時にハイパーセンサーで周囲をサーチ。

 11時の方向、約1キロ先の地点に見たこともない異形(IS)を見つけた。

 

 両サイドに巨大な球状の非固定部位(アンロック・ユニット)、そこから冗談のように巨大な腕が各2本ずつの計4本が球体の表面を縦横無尽に動き、本体には腕がないどころか肩の部分からすっぱり切り落とされている。

 胴体は一般的なISよりふた回りほど大きく、イカやエイを彷彿(ほうふつ)とさせる寸胴(ずんどう)型。下半身に至っては足がなく、海棲甲殻類のような多節の尻尾(テール)と、下部も同様に甲殻類に似た節足らしきものがついている。

 

「なんだ、こいつは――」

『ちーちゃん、気をつけて。そいつは()()だ!』

 

 束の情報網でも見つからなかった新勢力の出現。

 見たこともない機体だが、エネルギー反応はISだと示している。一夏の方に向かっているようで、途中で千冬を見つけたから妨害を仕掛けてきたのか。

 

「味方か?」

『敵の敵だよ』

「了解。排除する!」

 

 ブレードを抜剣すると同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 新型機で初戦闘にも関わらず、最高速(トップスピード)まで0.2秒という加速を制御しきり、刹那にも満たない間に非固定部位を切り裂いて、つかず離れずの理想的な距離に位置する。

 全く新しい理論によって構成された、積層型の単分子構造の本体は、自己組織化して強度を維持しつつ、従来のブレードよりも軽量かつ取り回しやすさと切断力を高め、本体からのエネルギー供給によってプラズマコーティングされている上、その特徴的な構造は生物的な自己修復すら可能にした、物理的にも電子的にも強度を高めた高周波ブレード。

 元々はDSOプレイヤーが基礎を作り、一夏とランクスが理論を構築してDSの武装として完成。更にそれを束が昇華させた珠玉の逸品。

 第4世代の武装に恥じないだけの切れ味と性能は、千冬が想像している以上の効果を発揮し――発揮しすぎた。

 

 千冬が主に使用するブレードは葵を始めとした日本刀型。ブレード本来の切れ味で『断つ』のではなく、ブレードの長さを使った擦過(さっか)(摩擦)とパイロットの技術でもって『斬る』のが主流で、ブレードの使い方そのものが違う。しかし束はそんな違いを理解しないまま、名刀と呼ばれる切れ味を研究し『斬る』という一点のみを突き詰めたものを生み出した。

 結果、ブレードの性能が段違いに強すぎて、非固定部位のみならず、2本の左腕までも切り飛ばし、本体の一部まで到達する。

 

「おい束、切れすぎるぞ」

『斬れないよかマシなんだから、贅沢言わない』

 

 ISどころか相手まで斬りかねない名刀は、いかな千冬でも少々持て余した。今まで第2世代ぐらいしか扱ってこなかった千冬に、いきなりこんな高性能機を渡されても困る。機体の特性を理解していなければ、()()()()オーバーキルもありえる。

 せめてあと10分。それだけあればある程度この機体の特性を掴むことはできた。が、今は贅沢を言う暇も余裕もない。

 

「ちッ、ひとまず黙らせ――!?」

 

 千冬が勢い余って破壊した本体。その中に収められていた『モノ』を見て固まった。

 そこにはパイロットはおらず、代わりにあったのは胎児のような形をした奇妙なユニットと、そこから(つな)がる幾つものケーブル。

 

「……なんだ、あれは」

『ボサっとしない、見ての通り()()()()()()()()()()()だよ!』

「今更キワモノが出てきたところでッ!」

 

 千冬が意識を切り替え、突っ込む。

 無人機を完成させたという話を聞いた事はないが、今は考えるのは後回しだ。

 無人と(おぼ)しき敵機は片腕を失ったダメージをものともせず、残った腕を構えてエネルギーチャージ。先程の高エネルギー攻撃は腕部からのビーム攻撃らしく、慌てて射線から回避するとISの主砲クラスのビームが千冬の側を通り抜けた。それも1発ではなく、2発、3発と間断なく連射。 更には多節の尻尾(テール)が展開。背面からマイクロミサイルが射出され、側面からはパルスマシンガンが展開された。

 

「なんだそれは!?」

 

 チャージ時間の短さに加え、ISの常識では考えられない弾幕に慌てて回避行動を取る。が、攻撃は更に変化していき、片腕だけとはいえ侮れない火力の中に拡散型のビームも()()ぜ、千冬を翻弄してくる。

 

「ちッ、厄介な。――だが!」

 

 相手は二度も頂点に立った元世界最強(ブリュンヒルデ)。最初こそ驚いて回避に徹するしかなかったが、相手が加減なしに手札をひけらかしてくれるお陰で、早々にパーターンを見切り、両断。

 機体は爆発もせず、ただ静かに二つに割れて落ちていく。仰々しく出てきた割には、あっけない最後だった。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、背後からの攻撃。残心のままの千冬に奇襲など通用せず、攻撃をかわしつつ振り向いて相手を視界に収めた。

 そこにいたのは、たった今倒したのと同型のIS。それが周りに5機、千冬を囲う様に部隊を展開している。

 

「……どういうことだ?」

 

 いかに翻弄されたとはいえ、索敵を怠ってはいない。

 千冬とてDSOに触れて、あの世界の漁夫(せんれい)を受けた身だ。無意識下で索敵をする習慣はついていたし、実際警戒はしていた。なのにこいつらを()()()()()()()()

 

「まぁ、いい」

 

 左手にライフルを持ち、構えた。

 

「貴様らに割ける時間も少ない」

 

 その構えは右手を後ろに引き、左手のライフルは前に向けるが、銃身はやや斜め。

 国家代表時代から最も得意とした銃剣一体の構え。大元はDSOで最もイチカが得意とした戦闘スタイルを、千冬なりにアレンジしたもの。

 

「――蹂躙(じゅうりん)させてもらう」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)が再臨する。




Q:白桜ってどんぐらい強いの?
A:原作白式(二次移行)+原作初出段階の紅椿足した程度。第4世代と表記してますが、実際は機体の大半に第5世代の技術流用してるので、桂秋と同じ準第5世代。現状、幾つかの機能や武装が封印されている状態なので、千冬はまだこの事実に気づいていないです。
小規模(?)ながらMAP兵器も装備してて、スパロボで例えたらサイバスター並に扱い易い優良機。ぶっちゃけ今回の戦闘だけなら千冬と白桜だけで終わらせられるだけのポテンシャルあります。戦闘“だけ”なら。

白桜の機体イメージはクロスアンジュのヴィルキスにZero_G社(なんか中国の会社みたいです)のジャッジ(全体的なフォルムもだけど、バックパックのギミックがカッコイイ)を混ぜたような感じ。サイドの盾はコトブキヤのサポートグッズのエクシードバインダーの裏面にサムライマスターソードと日本刀マウントしてるイメージです。後ろの腰部分にライフルではなく雪片弐型を小型化(ビーム刃展開する直前の形態)してマウントしています。
絵心ないのでザックリしたイメージですが、一夏の専用機出るまではこいつが現状最強。クロエの桂秋とはタイプが違うので比較は難しいですが、相性の問題で桂秋が負けます。

現状では第4世代以上の機体が出てきていますが、第5世代以降のコンセプトは固まっていて、この辺も今後出てきます。
最終的には第8世代まで用意してます。用意しすぎ?

今回のオリジナル設定

白桜(はくおう)
武装とか設定作ったらメッチャ長いことになったので、別に機体紹介作るのが決定。更に自分の首を絞めることにw
クロエの桂秋(けいしゅう)も設定作らないと。その前に機体構想とか武装がまだ……

※1 雪片弐型

機構的には原作白式に装備されているものとほぼ同じ。ただし単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)ではなく、機械式で再現された特殊兵装という位置づけ。
この世界では一夏が基礎を考案・束監修により内部構造が強化され、中身は別物。完全な白桜専用のため、他機に渡せる(アンロック)機構そのものがないです。
本体からのエネルギー供給によって発動するのは原作と同じですが、最大出力は射程・威力共にACVDのヒュージブレードに準拠。
事実上の白桜最強兵装。フルパワーで使えば相手は死ぬ。ENも死ぬ。

アスピナ「こいつ頭大丈夫か?」
トーラス「変態化とかないわー」
アル○イン「機体ごとに再設計とかwww」
カ○サキ「お前の発想はおかしい」



※2 工兵用の特殊装備

IS用の特殊兵装ではなく、軍用の特殊兵装。
今回は捕縛用の兵装で、スーパーロープ、同材質のネットなど。
スーパーロープとは鋼の他にケプラーやザイロンなどをより合わせたもの。対人捕縛のみならず、危険箇所の補強などでも利用されているようで、特殊鋼性のロープより強度がある&軽量で柔軟というので、現在研究が進められているそうで。


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00-20 フラグとブラフ

後半戦(裏)と本編の合流。千冬の実力はいかに!?
気が付けば、投稿は今日で4年経過しました。なのにプロローグも満足に終わっていないというね……


 千冬と敵が動いたのは、ほぼ同時。

 千冬がわずかにライフルを(かたむ)けたのを合図に、5機が同時に連携。前方の2機が4本の腕を構え、例のビーム砲と拡散を()()ぜて退路を絞ると、両翼の2機がマイクロミサイルとパルスマシンガンを展開。弾幕の檻の中へと更に追い込み、拡散ビームがミサイルを撃ち抜きブラザーキル。爆煙と爆風を使って更に追い込む。

 最後の1機は距離をとると変形。下半身の他節の尻尾(テール)が前方にせり出し、4本の腕も前につき出すと、その中央にエネルギーの球体が発生。逃れようのない爆撃の花が咲く中、トドメとばかりにその球体を爆心地に撃ち込み、周りが畳み掛けるように全武装を展開。

 塵も残さぬと言わんばかりの圧倒的な火力。これだけの爆撃を受ければ、いかな世界最強(ブリュンヒルデ)とて無事では済まないだろう。

 

 

  ――()()()()

 

 

「無人機、というのは本当の様だな」

 

 瞬間、爆心地から最も離れていた1機が、胴から二つに割れた。

 千冬はあえて小さく動いて敵の攻撃を誘い、素人撃ちのような攻撃で生まれた爆煙に紛れて移動しただけ。こんな攻撃、DSOの低位ランカーでもやらない。

 包囲して集中攻撃するにしても、タイミングをずらすなどして爆煙で相手が見えなくなるようなミスを起こさないように注意するものだが、無人機は攻撃のみを優先し、それすら考慮できないようだ。

 壊れた無人機を盾にライフルを構えると、そこから実弾ではなくビームが放たれた。

 

 光子銃(フォトンライフル)

 束がDSOの武装をヒントに、自らの理論をもって実現化した非実体弾の光学兵装。その性能は次世代の兵装を名乗れるだけのモノを誇り、出力調整が可能なそれを、千冬は出力を絞らずに発射。

 戦艦の主砲のような一撃は、シールドバリアなど紙同然と言わんばかりの威力で2機を貫通。前にいた1機は腹部を貫通し、内蔵していたミサイルに誘爆。右下半身を完全に吹き飛ばし、後方にいた1機は左腕部につながる球体と本体の一部も吹き飛び、主要機器にも影響が出たのか、機能不全を起こしてフリーズ。

 味方がやられても驚く様子さえ見せず、拡散ビームを放つべく構えた1機に高周波ブレードを投げつけると、胴に突き刺さりこちらもフリーズ。それを確認する間もなく距離を詰め、ライフルを振り抜くと銃剣の刃に光が灯り、シールドバリアごと装甲を切り裂き、これもフリーズさせた。

 ライフルに装備された銃剣は、新兵装のレーザーブレード。

 実体剣の刃部分にレーザー刃を展開する方式で、消費を抑えることで長時間の使用を実現。出力を調整することで対IS用だけでなく低致死性兵器(※1)の顔もあるという、兵器としての概念を根本から(くつがえ)す近接兵装。

 これら全ての兵装を、千冬は戦闘出力で使用している。殲滅(せんめつ)が目的である以上、自重する理由はない。

 

蹂躙(じゅうりん)すると言った!」

 

 左手に持っていた銃剣からブレードを抜き出し、砲身を投げ捨て収納(クローズ)。粒子化した砲身はシールドに収まり、右手には新たな高周波ブレード。即座に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で敵の間を駆け抜けた。

 瞬間、中破してフリーズした2機と、唯一無事だった1機はゆっくりとズレ、ようやく斬られた事に気づいたか一気に壊れる。

 瞬時加速の中、千冬はどれだけの回数斬ったのか。敵はバラバラに切り刻まれて文字通り崩壊し、残るはブレードが刺さったままの1機。

 残った腕でなんとか千冬を落とそうと構えるが、そこにもう一本の高周波ブレードが突き刺さり、追い打ちで光子銃(フォトンライフル)で頭と胴の一部を吹き飛ばされ沈黙。あまりの一方的な展開に、敵は攻撃の意味すらないまま、宣言通り蹂躙された。

 だが、そこ追加で新たな反応が4つ。2つは今戦っていた無人機と同じ反応だが、他の2つはエネルギー反応がそれよりも弱い。

 

「ちーちゃん、2つは市街地にいたテロ部隊のIS、残り2つは市街地に向かってた無人機だよ」

「こちらが驚異と感じて方針を変えたか?」

「いや、なんか追われてるみたい」

 

 敵同士が接敵したが、テロリストの方が(かな)わず市街地から逃げてきたのか。

 

「ともかく、テロリストが用意したIS実働部隊はこれで全部のはず。無人機(アンノウン)の方もこれで8機になるけど、束さんでも把握できていなかった敵なんだ。残機もそうだけど、どんな隠し玉があるか(わか)んない」

「了解。どちらも迅速に排除する!」

 

 両手のブレードを一度収納(クローズ)し、雪片弐型(ゆきひらにがた)のブレードを展開。再度スラスターに火を入れ加速。

 

「げェッ!? ぶ、世界最きょ(ブリュンヒル)――」

「は、はやッ――」

 

 そのままの勢いで真正面に(とら)えたラファール2機に対し、零落白夜(れいらくびゃくや)を発動。一瞬の交差でラファールのシールドバリアを切り裂き、絶対防御が強制発動してエネルギーが枯渇。

 返す刀で、もう一方も同じ道を辿(たど)った。

 その結果を確認せず、彼女らを追いかけてきた無人機を(とら)えると相当距離が開いている。こちらが瞬時加速(イグニッション・ブースト)に入るより早く、向こうは既に武装展開を完了させている。一瞬の判断で、懸架されたもう1丁の銃を手に取り射撃。

 今度はビームではなく、実弾が発射された。

 

 電磁銃(ガウスライフル)

 束が作り出した新機軸の光学理論によって実現した、超高速の実弾兵装。超電磁砲(レールガン)ほどの射程こそないものの、マシンガン並の連射性能とアサルトライフル以上の命中精度に重きを置いた銃弾は、予想以上の効果を発揮。

 展開されたシールドバリアを歪め、予想以上のダメージに一瞬動きを止めただけでなく、衝撃によって姿勢も崩れた。千冬はその一瞬で距離を詰めつつ、電磁銃(ガウスライフル)からブレードを引き抜く。

 光子銃に装備されたブレードより短く、脇差ともいえるサイズのそれを投擲(とうてき)。刀身から発生したレーザーブレードは、展開しているシールドバリアを容易(たやす)く引き裂き、駆動部に突き刺さって機能不全を起こす。もう一機の方もなんとか構えようとするが、目の前に高周波ブレードが飛んできて腕を盾に受け止める。が、直後に胴に零落白夜の一撃を受け撃沈。

 機能不全を起こした機体も、突き刺さったブレードに電磁銃(ガウスライフル)を撃ち込まれ、機体に大穴を開けて沈黙する。

 追加で現れた4機を20秒足らずで無力化。世界最強(ブリュンヒルデ)の名に恥じない速攻だった。

 

「余計な時間を取られてしまったな。束、一夏はまだ無事か?」

「――無事もなにも、いっくん一人で4機のIS倒しちゃった」

「…………は?」

 

 予想外の答えに、さすがの千冬も面食らう。

 一夏はDSO(ゲーム)ではかなりの強さだが、現実でもその強さが引き継がれるなど、マンガやアニメの世界みたいな冗談だ。

 

「一夏の現在位置は?」

 

 ここ、と言ってマップにマーカーが配置される。動いているのを見るに、戦場から離脱中らしい。

 

「戦闘中に4機のコアを鹵獲(ろかく)して、そのコアからエネルギーと弾薬を回収しながら市街地に移動ちゅ――海上からエネルギー反応!」

 

 慌てた束の声より早く、千冬がマップに位置された一夏に向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)と同時に非固定部位(アンロック・ユニット)の展開翼を全開。最大速度(マッハ5.5)まで1.2秒という狂気の加速は、20キロ以上離れた距離を一足飛びし、最大速度到達前に一夏を視界に(とら)えた。

 

「いち――」

 

 手が届く寸前、一夏は膨大なエネルギーの奔流(ほんりゅう)に飲み込まれ、千冬もそれに巻き込まれまいと必死になって機体を制御。

 2秒とかからず姿勢を整えると、墜落していく一夏を追いかけた。

 

「ぃち、かァァぁぁあああ!」

 

 追撃を恐れることなく再度瞬時加速(イグニッション・ブースト)。破片を()き散らしながら墜落していく一夏を空中でキャッチ。一夏を見れば、今の衝撃からか鼻血のみならず、目や耳からも出血している。

 

「一夏!? しっかりしろ、一夏!」

 

 慌ててステータスをチェックすると、機体は今の一撃を受けたせいか、ダメージレベルDで危険域(レッド)に至り、装甲はもとより内部フレームまで歪んでいる。バイタルに至ってはISスーツを着用せず運用していたせいでレッドアウトを超えて心原性ショック(※2)が発生。

 このままでは自発的な呼吸が行えず、治療が遅れれば後遺症が残る危険がある。

 

「ちーちゃん、いっくんをこっちに連れてきて! 今治療ポッドを準備した」

「敵はどうした!?」

「逃げた。詳しい話は後!」

 

 了解、と答えてシールドバリアを前面に固定し、PIC制御を一夏を含めて全身に再設定。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で加速すると一夏が危険なので、背面のハニカムスラスターを使って通常加速。

 一夏に負担をかけないようにしつつも、最速を維持して飛行。チラリと一夏に目を向けた際、アーマーの隙間から肌の色が違う所が見え、千冬にはそれが傷跡の様に見えた。

 

「なぜだ――何故私は、肝心な時に間に合わない……」

 

 何が世界最強だ。

 よかれと思って行動すれば裏目に出て、肝心な時に行動を起こせば一歩届かず、家族一人満足に守れない――忸怩(じくじ)たる思いを吐露(とろ)する千冬に、束が優しく語りかけた。

 

「あまり自分を責めないでよ。ちーちゃんが出てきたお陰でISっていう最大の厄介事は潰せたんだし、これからの展開も有利になる。少なくとも、ちーちゃんはいっくんの力になってるよ」

「だが――」

「こういうのは適材適所。戦闘はちーちゃんで、こっからは束さんの出番。いっくんはこの天才がしっかり治してみせるさ!」

 

 明るく話す束に感化されたか、千冬の表情が幾分柔らかくなる。後悔するのは後でもできる。今は状況を終わらせる事が先決だ。

 そうこうしている内に束が操る貨物船を見つけ、千冬は優しく着地する。

 

「ちーちゃん、いっくんをハンガーに」

 

 束の指示で、白桜が鎮座していたハンガーに一夏を固定。束がコンソールを操作してISの生命維持機能を強制発動。緊急救命処置が(ほどこ)され、一夏は息を吹き返した。

 

「っ!? げほッ、ごほッ!」

「一夏!?」

「まだ息を吹き返しただけだよ。あとは――」

 

 束はコンソールを操作して一夏が装備しているISを強制的に待機状態に移行させる。ISを失った一夏は地面に倒れる事なく、どういう理屈か空中でふわりと浮き、ハンガーごと横になった。が、それよりも上半身傷だらけの一夏の体に目がいった。

 

「これは……どうして……」

「ちーちゃんは知らなかった? いや、いっくんが教えたくなかったのかな?

 当時の女尊主義者(バカども)(つの)った義捐金(ぎえんきん)とか治療費をくすねた結果さ」

 

 予想外の情報に、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 

「そん、な……政府はしっかりと治療を行ったと」

「確かに後遺症が残らない程度には治療は出来たよ。できたけど、治療痕を消す再生治療の費用まで手が回らなかったんだ。あの時は束さんもいっくんにかまけてられる様なメンタルじゃなかったし」

 

 言いつつもコンソールを弄り続け、一夏をハンガーごと移動。呼吸器をつけるとロッカーより一回り大きな治療ポッドへと送り込んだ。

 

「まぁ、これに関しては束さんにも責任あるし、この際だからまとめて面倒見るよ」

 

 コンソールを操作して治療ポッドの中に液体を満たしていく。

 

「それは?」

「別の目的で作ってた束さん謹製の治療薬。このポッドも即席で作ったものだから、後遺症が残るような重症や栄養失調を治すのがせいぜいだね。後々アップデートしてHIVやガン治療まで視野に入れるつもりだけど」

 

 完全に一夏のバイタルを中心に構築された治療ポッドに千冬が苦笑する。一夏のことは束に任せておけば安心だろう。余裕が出来てくると、一夏を浮かべていた機能が気になった

 

「ところで、一夏が浮いていた機能は?」

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。略してAICって機能だよ」

 

 その機能はイスラエルが研究していたものではなかったか。確か去年あたりに基礎理論を確立したばかりのはずだ。

 

「お前、サラッと国家規模の新技術を」

「いいんじゃない? 兵器転用するには微妙だし、基礎理論はいっくん達が作ったんだし」

「なに?」

 

 さらりと爆弾発言が飛び出すが、束は気にせず作業を続けた。

 

「まぁ、この技術を今の技術で運用するなら、第3世代以上の重量級の装甲を厚くして固定砲台として運用しかないかな?それでも内部にエネルギータンク増設して、総使用時間200秒いけば上々ってトコだけど、射程が短いから使い所が難しいね。

 元々はDSOで軽量級が切り込む時の足止めとして使ってた“ピンスタック”ってアビリティが元だけど、いっくんならまた違う使い方思いつくかもね」

「……あいつらは一夏の技術を独占するのが目的で動いているのか?」

「さっきも説明したけど、連中は一枚板で動いてないんだ。いちいち気にしてたらキリないって」

 

 千冬の懸念を束は一蹴し、市街地のマップをポップ。同時にいくつものモニターを展開してリアルタイムの映像も展開する。

 

市街地(あっち)は日本政府の人間がようやく重い腰をあげたようでね、箒ちゃん達を追い掛け回してたテロリストと交戦してて、クーちゃんとドイツも追っ手を()く事ができたよ」

 

 ポップした空間ウィンドウには、監視カメラをハッキングしたのか、市街地の様子が映し出され、黒服の男女が木刀や長棒などを手に、一般人に偽装したテロリストと大立ち回りを展開。

 技量差も人数も一方的で、黒服達が二人一組(ツーマンセル)でテロリストを包囲し、人海戦術でもって無力化していた。あちらの鎮圧は時間の問題だろう。

 

「一夏を頼む、私も市街地へ向かうとしよう」

「お願い。全部終わったら一度ドイツと合流したいって伝えておいて」

 

 珍しい事もあるものだと思いつつ、千冬は再び海上へと飛んでいった。

 

「……さて、と」

 

 千冬が消えたのを確認し、束は待機状態になったISを見る。一夏が鹵獲(ろかく)したものではあるが、入手した経緯があからさまに怪しい。

 

「クーちゃんの考察が外れてることを願いたいけど――」

 

 いくら元の持ち主が間抜けとはいえ、ぽっと出の中学生にあっさり鹵獲されるのがおかしい。

 百歩譲って一夏が優秀だったとしても、奪われることを想定して何らかの対抗手段を用意するものだが、そんな対策もなく、一夏はいきなり運用している。

 普通に考えても、何か裏があるとしか思えない。

 

 

 

***

 

 

 

 考えが行き詰まったあの日、クロエに相談したらこんな答えが返ってきた。

 

 

「この騒動、一見すると幾つもの組織が手を組んで動いているように見えますが、それぞれの目的を達成する為に一時的に手を組んでいるに過ぎません。

 ISを出した本当の目的は、ISをイチカに届ける事です」

「は? なんだってそんな面倒な事を」

 

 一夏にISを渡したいなら、日本政府が自衛目的でISを貸与(たいよ)し、護衛という名目で堂々と監視も付けられる。わざわざ敵に回って博打じみた方法でISを届けるなど、非効率極まりない。

 

「おそらくですが、日本政府は渡さなかったのではなく、渡せなかったというのが正解でしょう。箒様をイチカの(そば)に置いた事で世界中の監視が強くなりましたから」

「チッ、先に手を回したのが裏目に出たか」

 

 あの時はああするのが最善だったとはいえ、次善の策を潰した結果になったのは痛い。

 

「敵はそこに目をつけたのでしょう。イチカがISに搭乗して騒ぎが大きくなれば、それだけ様々な目がイチカに向きます。それを利用して都合の悪い部分を誤魔化したいのかも知れません」

「8機も用意してるのは、やはりドイツとの合流を警戒しての事かな。それとも、日本でモンド・グロッソの悲劇を再現するため?」

「……いいえ」

 

 言ってクロエは長考。それは考えをまとめる為というより、言うべきかどうか悩んでいるように見える。

 若干、束を哀れんでいるように見えるのは気のせいだろうか?

 

「敵はわたし達の動きも視野に入れています。少々派手に動きすぎましたし、この機に乗じて何らかの方法でこちらの動きを制限するか、自分達の監視下における算段をつけているかと」

「だとすると、テロは目的ではなく手段か。本当の目的は、テロの鎮圧から派生する諸々(もろもろ)の問題を利用した利権が狙い。ドイツも利用されてるのかな?」

 

 最悪、一夏とドイツが合流してテロリストを返り討ちにしたとしても、狡猾な連中はその事態も想定した手段だってあるはずだ。

 表向き、敵は一夏の誘拐、もしくは暗殺が狙いだと思わせるように動いているが、それは周りを欺くためのブラフ。本来の目的は、一夏を騒動の中心に()え、周りの動きをコントロールする事だろう。

 

「必要だったとはいえ、少々派手に動きすぎたかな?」

「いえ、むしろシンプルになったというべきでしょう。数多(あまた)の敵が一気に集まったので、お互いを出し抜く事に躍起(やっき)になり、その隙をついてイチカ達に合流しやすくなりました。

 一番厄介なのは、イチカの狙いを阻止する方です」

「いっくんの?」

 

 クロエの意図する所がわからない。一夏は被害者であり、騒動の渦中に据えられるのを防げればいいはず。

 他に何か問題があるのだろうか?

 

「現時点でイチカが動いていないのは、周りの大人達がどう動くかを見ている段階だからです。これで日和見をするようなら、イチカは必ず動きます――いえ、動くしかないんです」

「それってどういう……!?」

 

 言いかけて気付いた。

 一夏はこちらが動いていることも視野に入れている。クロエは束に(うなず)き、とんでもないことを口にした。

 

「イチカは敵の動きも、私達が動いている事にも気付いています。それが間に合うかどうかギリギリだというのも」

「え、でも束さん達、いっくんとの接点は箒ちゃんぐらいしか……」

「束様はイチカを――ファストクラスという規格外を甘く見すぎです。あいつらは『状況』というヒントさえあれば、全体像と今後の動きをほぼ正確に読み切って最適解を出せるんです。

 わたしの考察でさえ、イチカ達の足元にも及ばないんですよ?」

 

 そう言われてハッとする。

 一夏はDSOではファストクラス、それも世界初のソロでその位置にいる。どこにも属さず世界最高位にいるのは腕前もさる事ながら、戦略に関する理解力もあるということだ。

 

「推測ですが、イチカは最悪の覚悟もしています。分水嶺(ぶんすいれい)はイチカがISを手にするか、ドイツがどこよりも早くISを展開するか」

「いっくんにISを使わせないのはわかるけど、ドイツにISを使わせないのは?」

「敵のもう一つの目的は、ドイツも騒動の渦中に据えることです」

「ドイツ――そういう事か」

 

 ここまで説明されてようやく気付く。連中にとって、テロは本当に手段の一つらしい。

 

「日本政府が動くより早く、ドイツがISを使ってテロを鎮圧させ『この騒動はドイツの自作自演(マッチポンプ)だ』と言い張って世間の評判を落とすと共に、イチカと分断するのも目的の一つです。

 現時点で日本政府が表立って行動をしていないのは、敵の息がかかった者がいるのかも」

「ただヒヨってるだけだよ。つまりいっくんは一人で全部解決する気かい?」

「わたしが知るイチカなら、やりかねません。この状況をひっくり返すにはこちらの戦力を増強するのは必須ですし、ローラ(ラウラ)エクエス(数馬)以外の予想外(イレギュラー)を期待しなくてはなりません。

 いずれにせよ、負ける事はないでしょうが、勝つ事も難しそうです」

 

 

 

***

 

 

 

 それがクロエの出した答えだった。

 これで何を起こそうとしてるのかまでは不明だが、答えのヒントはこのISにあると束は考えている。

 先んじて千冬にISを渡し、こちら側に引き込む事ができたが、分水嶺の一つであるISは既に一夏の手に渡ってしまったし、クロエが気にしていた予想外の戦力(イレギュラー)も現れている。

 ここまでそれぞれの歯車が噛み合わないまま、皆が皆同じ方向に向かっていると、何者かが裏で糸を引いているとしか思えない。

 

「となると、あっちにも何か秘密がありそうだね」

 

 束は空間パネルをもう一枚展開し、コンテナの後ろから10基の中型ドローンが飛び出していく。

 例の無人機を回収し、その機体を調べなくてはならなくなった。

 

「お前がどこまで絡んでいるかはわからないけど、私がいる以上、好き勝手にはさせないよ――茅場」

 

 大なり小なり、この事件の裏にはあの男が関わっている。束を表舞台に立たせ、彼らの目的を果たす為。彼らの目的を果たすには、束は悪役ではなく、被害者の側に居るのがベストだ。この騒動のどこかに反撃のヒントがある。

 業腹(ごうはら)だが、今は彼らの思惑に乗るしかない。 




ようやく束と千冬、一夏(瀕死)を合流させられました。更には忘れかけていた茅場の存在、そして一夏が気付いたランクスの影。テロ部隊や未確認(イレギュラー)にどこまで関わっているのか、彼らは敵か味方か!?

Q:AICはドイツが開発したものじゃないの?
A:この世界線ではイスラエルがイチカの技術を(アホみたいな低価格で)買い取った、という事になっています。技術はドイツのそれよりも数段低く、レーゲンに搭載されているものより劣ります。
原作ではただ「ドイツが開発した」というだけでその開発経緯がなく、背景作ってしまえばいじれる事に気づいたので、今後もこういうフラグめいたものも散りばめていきます。

前からちょろっとは入れてたけど……


Q:クロエ(マジェスタ)もかなりキレ者の実力者なの?
A:Eスポーツのプロチームに入れるぐらいには実力者で、DSO女性陣の中ではトップクラス。たまに読み間違える事もあり、この考察も間違いが2つあります。
結果として一夏が勝てるフラグがポッキリ折れてるんですけどね✩

過去の話を読み直すとニヤリとする場面があったりしますが、気づいた方は今はスルーでお願いします。ここからの大逆転も、いい意味で期待を裏切れればいいんですが…


【今回の設定】

※1 低致死性兵器
以前は非殺傷武器と定義されていたものの総称。
スタンガンやゴム弾でも死亡例が多発したため、現在はこの呼び方が一般的らしいです。

※2 心原性ショック
血液の逆流やGショックによって血液の循環が滞ったり逆流することで起きる心機能障害のこと。主な所では急性心筋梗塞や急性心不全、劇症型心筋炎(心臓にウィルスなどが侵入して炎症を起こすこと)など。ヒートショックやコールドショックでも起きる症状なので、こちらの方がわかりやすい?
一夏は俗にいうブラックアウトやグレイアウトを超えた状態で、心機能のみならず呼吸器系にもダメージを受けて仮死状態。急速に処置を施さないと危険な状況でした。
特に耳から血を流した状態では脳にダメージがあったり、場合によっては全身麻痺などの重い後遺症が残る場合があるほど危険だそうな。
ISスーツは耐Gスーツ的な役割をするとかいうのを小耳に挟んだことがあり(公式設定なのかまではチェックしてない)、半裸でIS乗ってたらこういう事もあるんじゃないか、と考えてます。

こういう描写でのピンチがなかなかなかったというのと、束との自然な合流をしたかった為、こういう描写入れてみました。
反省はした。後悔はいつかやる。

プロローグはリザルト回含めて残り2話か3話。
かなり駆け足でかいたので、後々この話も修正かけるかも知れませんが、大筋は変わりません。


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00-21 逆転劇は予想外と共に

新年あけてましてバレンタイン前!(挨拶
プロローグ終盤とあって文字数多い。お年玉とバレンタインのダブルパンチで1万2千字オーバーだぜヒャッハーw
(訳:年末年始から新卒関連のデスマーチの合間に書いてたので頭ブッ壊れてます)

一方の忘れられてた桐ヶ谷さん達とその後のラウラ達。この騒動もようやく終わりが見えてきました。が、どうにも一筋縄ではいかないようで……


「随分と騒々しいわね」

「やっぱ何かあったんスかねぇ」

 

 オフィスに置いてきぼりにされた桐ヶ谷(きりがや) (みどり)のボヤキに、茂村(しげむら) (たもつ)が律儀に答えた。

 彼女は先日の一夏の功績をスッパ抜いた事で賞賛され特別ボーナスも得たが、同僚達からすれば出し抜かれたもので、あっという間に嫉妬と警戒の対象となった。

 故に、周りから半ば監視に近い形で行動を逐一見られ、今回の騒動も偶然ラウラと一緒に行動する一夏のクラスメイト(数馬)を見かけ、彼女の琴線に何かが引っかかり行動を起こそうとしたが、そのタイミングで周りから色々仕事を押し付けられ出遅れてしまった、というわけだ。

 

「全く、ブン屋なら他人の足引っ張らないで実力で対抗しろっての」

「そんなの直接言って下さいよ。あの人達、自分の無能を棚に上げて被害者ヅラしてんスから」

 

 出張(でば)っていった同僚達は何も事情を知らないので、今頃は事件の痕跡を追うだけで四苦八苦してることだろう。

 

「とっくに言ってやったわ。そしたらコレよ」

「マジっすか……」

 

 予想外のクズっぷりに、一時期似たような行為をしていた茂村も辟易(へきえき)する。彼女と共に行動していた茂村もそのアオリを受け、二人揃ってオフィスに取り残され雑用を手伝うハメになったが、本人は「バイト代が出るならどちらでもいい」と楽観的だ。

 そうして残った二人は、押し付けられた仕事を片付けてしまうと手持ち無沙汰(ぶさた)となり、新たなネタを求めて翠は学業の成績などから織斑一夏の足跡を辿(たど)り、茂村はDSOプレイヤーということもあってネット関連からイチカの功績を洗い出していた。が、翠の方は早々に行き詰まり、茂村の方は情報の多さから未だ調査を続け――茂村の手が止まった。

 

「なんだよ、これ……」

「どうしたの?」

 

 青ざめた表情の茂村が気になり、モニタに表示された表示されたブラウザを見る。が、表示されているのは奇妙なコードの羅列と5桁の数字。これだけでは何が何だかよくわからない。

 

「これって?」

「以前調べた織斑一夏のバイト関連を調査してたんですが――IS関連のメカトロニクス技術が出てきたんです」

「はぁ!?」

 

 改めてコードの羅列を見る。よく見れば前半は国連のコードナンバー、後半はISの型式。ならその横にある5桁の数字は何なのか。

 

「この横の数字は?」

「信じられないでしょうが、これが織斑一夏――いえ、イチカに支払われた報酬額です」

「それがどう……ッ!?」

 

 言われて二度見。5桁、ということは1000までの切り捨てで表記され、報酬は数千万単位かと思われたが、単位に『k』がついておらず、支払われたのが円かドルかさえわからない。

 

「これ、支払いはドル?」

「多分ですが、日本円だと思います。ドルやユーロで支払われたなら、どこかに外貨両替の履歴が残るはずですし」

 

 信じられないが、これらの報酬は一つにつき数万円だという。普通に考えれば全て使われなかったけど、お情けでお小遣いを貰ったのだろうか。

 

「これ全部お倉入りだったってコト?」

「いえ、全て各国の最先端技術として発表されています。コレやコレなんか、つい先日起動実験を行ったばかりですよ」

 

 話を聞くと目眩(めまい)がしてくる。これが本当なら最先端技術を不正価格で入手し、国際規模の特許トロール(※1)を行ったことになる。

 

「それだけじゃないんです」

 

 言いつつ、ブラウザのタブを操作。そこに表示されたのはまた違うコードと4桁の数字、更にはその横に当然の如く『k』の単位。これも彼が生み出した技術の報酬なのだろうか?

 

「依頼した研究室や企業、イチカの技術を切り売りして報酬を得ています。その利益は1件につき数千万ドル以上――」

「んなっ!?」

 

 あまりの悪行に()頓狂(とんきょう)な声を上げた。ここまであからさまな特許トロールが今まで表沙汰になってこなったのが不思議なくらいだ。

 叫びそうな気持ちをなんとか落ち着け、冷静になって報道方法を考えるが、どう考えてもここだけで扱いきれる話ではない。

 

「こんなネタ、あたし達だけじゃ大きすぎるわ……」

 

 話題がデカすぎて一介のブン屋がスッパ抜けるような話ではない。かといってこのまま伏せていい話題でもない。

 モノは国際規模の特許トロールだ、表沙汰になれば追求するマスコミ関係者がどれだけ出てくるか。その先駆けに立てるチャンスを目の前にして黙っていられるワケがない。

 

「どうします?」

「どこか、ネット関連に強い所と共同発表できればいいんだけど、あたしの知り合いにそんなのいないし」

「あ、僕知ってます」

 

 翠が悩んでいると、茂村がとあるサイトを新規タブで表示。そこはMMOトゥデイという、VRに触れた者であれば必ずお世話になるといっていい程の最大手サイト。数多(あまた)の企業も参入し、サイト自身もクランを抱える程の一大コンテンツを築き上げている。

 

「ここの管理人、僕の親友(マブ)なんですが、話を持ち込めば手を貸してくれるかも知れませんよ」

「すぐコンタクトをとって。こんな大物、絶対(のが)せないわ!」

 

 ここであれば、これだけ大きな話を振ってもビクともしない。それどころか、周りを巻き込む形で有志が裏取りを行い、ネタの信憑(しんぴょう)性もしっかりしてくれるだろう。

 翠の脳内では数々のメディア賞が駆け巡り、業界にその名を残せると浮かれ、小躍りした。

 

 ――故に、茂村が(いびつ)な笑みを浮かべていた事にも気づかない。

 

 

 世界が震撼する、最凶のカウントダウンが始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 ラウラ達は目的地に到達すると同時、いつ連絡をつけたのか、反対方向からドイツのバックアップ要員が現れた。が、そこは既に混戦の真っ只中だ。

 黒いコンバットスーツを着た大人数の男女が、二人一組(ツーマンセル)でテロリストを相手に大立ち回りを繰り広げている。銃火器こそ見えないないものの、テロリストに対して人数が倍近い。手には木刀や杖、トンファーなどを装備し、安定した連携で危なげなく対峙(たいじ)

 その動きは素人の連携によくある一瞬の停滞(ていたい)もなく、かといって軍人特有の人海戦術による波状攻撃でもない。個々のチームが独自の部隊を作り、互いが互いをフォローしあう、人海戦術にも似た奇妙な連携ができている。

 

「彼らは一体――」

「詳しい話は後。こっちだ」

 

 困惑するエーリヒをスルーし、弾と数馬が先頭を走る。向かう先は、目先にある地下遊歩道の出入り口。反対側にいる友軍もこちらの動きに気づき、乱戦の地域を避け、外周を回る様に大きく迂回して目的地に近づいて来る。

 

「っ!? 伏せろぉ!!」

 

 弾の慌てた声に数馬が近くにいたラウラを引っ張り、弾もクラリッサをタックルする勢いで抱えて横に飛ぶ。

 エーリヒも頭からスライディングしつつ地に伏せると、その上を銃弾が通り過ぎていく。エーリヒは立ち上がることはせず、その場で射線から射撃位置を割り出し即射撃。どこを狙っているのかわからないような照準(エイム)にも関わらず、放たれた2発の銃弾は的確に襲撃犯の肩を撃ち抜き、更には後ろから追従してきた二人目も手の甲を撃ち抜かれ銃を取り落とした。

 

「急いで遮蔽物(しゃへいぶつ)のある所へ!」

 

 エーリヒが銃を構えながら殿(しんがり)を務め、反対側から来るバックアップ要員もカバー。弾達は目標の地下遊歩道の出入り口へと到達。そのまま階段を飛び越えて中に入ると、銃弾が雨霰(あめあられ)と撃ち込まれ、弾達は更に奥へ奥へと追いやられていく。

 途中、十字路に差し掛かり、そこを曲がった所で手榴弾(フラググレネード)の爆風が通路の横を吹き抜けていく。弾達はその爆音を利用し、壁に張り付いて息を潜めて追撃を警戒するが、向こうも追手が来たのか、こちらにやってくる気配がないのを知って一息ついた。

 

「ったく、ここは日本だっての。映画の撮影なら他所(よそ)でやれよ」

「まさか街中でグレネードまで使うとは」

「それだけ悪態つけるなら、大丈夫そうだね」

 

 エーリヒは残弾を確認しつつ、二人の胆力(メンタル)に内心舌を巻いた。

 銃を見た事もない一般人なら、最初の銃声でパニックになっていてもおかしくないというのに、悪態をつけるほど精神状態は安定している。VRでこういう経験があるのだろうか?

 

「今の銃撃は一体?」

「多分、別働隊で動いていた武装班でしょう。日本では一般人の銃火器の所持は違法ですから」

 

 ラウラの質問にクラリッサが答え、エーリヒは合流したメンバーの確認をする。

 

「こちらで脱落したメンバーは?」

「いません。ですが装備の回収はタイミングが合いませんでした」

 

 メンバーを見回しつつ、そうかと答えて頭の中で現状の装備を確認。

 頭数こそいるものの、準備していた装備一式もなし。今まともに使える武器はエーリヒが手にするFPGのみ。クラリッサはともかくとして、メンバーは日本の中高生と同世代の女性ばかり。 ISは3機あるとはいえ、向こうにISも現れず、先に使ってしまえば過剰戦力で、コラテラル・ダメージで二次被害でも発生したら目も当てられない。

 更にはキレ者とはいえ、一般の中学生もいる。このまま荒事に突入するのはあまりにリスクが大きい。

 向こうでは先程の男女が足止めをしているのか、幾つもの銃声が鳴り響いている。先程見た限りでは彼らは銃火器を所持しているようには見えなかったし、都合よく増援が来るとも限らない。

 

(……1機ぐらいなら、使えないこともないか?)

 

 チラリとクラリッサに目配せした直後、ズズンと遠くで地響きが鳴る。まるで砲撃戦のような振動に、まさかという懸念(けねん)鎌首(かまくび)(もた)げた。

 

「チッ、あっちが先に来たか」

「敵の増援か?」

「半分正解。予備部隊(イレギュラー)が先に来たみたいだよ」

 

 予備、という数馬の言葉にラウラは先程触り程度とはいえ、敵戦力が増えるようなことを言っていたのを思い出す。

 

「もしかして、連中は仮想敵も投入する事で合法的に本命を投入する口実を作る気なのか?」

「本ッ当、微妙な正解だけ当てる才能だけはあるな、このポンコツは」

 

 ラウラの中途半端な優秀さに弾は呆れ、ラウラは弾の悪態にジト目で返す。

 確かにラウラは指揮官としての適性はあるが、能力的には中隊長、もっといえば現場指揮官がせいぜいだろう。現にこういう戦術としての判断は的確だが、全体の流れを把握する戦略となると、途端に的外れな答えで行動し、ドイツですらその動きを利用している節がある。

 この残念さはラウラの個性だが、同時に爆弾でもある。今の内に修正できなければ、いずれ取り返しのつかない事態を起こしかねない。

 

「中佐、これはもう」

「ああ。責任は私が取る、ISの使用を――」

「その前に、こちらの話も聞いてもらえますか?」

 

 切羽詰(せっぱつま)ってきたところへ、通りの反対側から銀髪の少女(クロエ)が現れた。

 

「君は?」

「クロエ・クロニクルと申します。正式な挨拶は後ほど」

 

 こちらへ、と告げて(きびす)を返すと、弾やラウラもそれに続く。エーリヒ達は顔を見合わせるが、切れる手札がない以上、今はついていくしかない。

 

「マジェスタ――いや、現実(こっち)じゃクロエか。君がこっちに来れたってことは」

「はい。予定とは少し違いますが、あちらと合流しました。予備の装備も一式用意していると」

 

 数馬の質問に淡々と答えているが、エーリヒやラウラ達は話についていけず、ラウラが数馬に近づく。

 

数馬(エクエス)、マジェスタは何を言っているのだ?」

「弾が言ってただろ、ある程の度準備はできてるって」

「それは場所だけではなかったのか? それにあの戦闘集団――彼は一体何者なのだ?」

 

 そういえば言ってなかったなと思い出し、改めて数馬は弾を紹介する。

 

「彼は五反田(ごたんだ) (だん)。DSOではヴェクターってプレイヤー」

「は!? 魔王?」

「ディビジョンのクラマスですか!?」

 

 意外すぎるビッグネームに、ラウラ達は()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 

 ヴェクターといえば、VR界隈(かいわい)では知らぬ人はいないと言われる程の有名人で、実力派揃いの大手クラン“ディビジョン”を率いるクラン長であり、ランクはファストの5。

 プロシーンで活躍するプレイヤーとも正面からやりあえる、名実共に世界最強クラスの実力者。DSOでは『魔王』の二つ名で呼ばれ、低レベルプレイヤーのキャリーのみならず、初心者・中級者への解説や実況、プレイやマナーの講座も行う人格者で、VR古参プレイヤーの一人でもあり、プレイ歴の長さから数多(あまた)のプロチームとも交流がある。その関係で企業が開催する大会にも出場経験がある。その繋がりからか、あらゆる方面に知り合いが多い。

 イチカやラウラも初心者の頃から何かと世話になり、イチカに『傭兵』の二つ名を与えた、ある意味イチカとは師弟関係ともいえる人物だ。

 こんな所でそんな有名人と出会(でくわ)すとは思っておらず、ラウラ達は絶句する。

 

「僕達の事も調べたんだろ?」

「あ、いや……数馬達の事は、イチカの同級生だと判明した時点でDSO(そっち)の方は重要視してなくて……」

 

 しどろもどろに答えるラウラの身内贔屓(みうちびいき)に数馬は苦笑。あまりに杜撰(ずさん)な調査に今後が不安になる。

 

「調べるなら隅々(すみずみ)まで調べようね。裏切り者やスパイは時間をかけて身内に入ってくる、って何度も教えたろ」

「ぅ、スマン……」

 

 バツが悪そうにラウラが目をそらすが、数馬はその向こうにいるエーリヒ達をジロリと()めつける。こういう事を教えるのは大人の役目だし、軍人でありながら現実(リアル)の調査を重要視して仮想の方を(おろそ)かにするなど、頭が前時代(レトロ)すぎて逆に心配になる。

 

「ンな話も後回しにしとけよ。今は状況をひっくり返す手札が必要だろ?」

 

 いつの間にか目的地に到着していたのか、そこは郊外にある野球場(スタジアム)だった。

 弾がグラウンドを親指で指差し、その先にはマイクロバスが1台とコンテナトラックが2台。そしてマイクロバスの周りには詩乃(シノン)をはじめとした女性陣と、それを護衛するように武装した集団がいる。

 弾は彼らの横を通り過ぎ詩乃の所に向かった。

 

「弾、とりあえず鈴達にはクロエちゃんと一緒に今の状況を伝えてあるわ」

「ありがとう詩乃さん。危ないことはなかったか?」

「全く。クロエちゃんが優秀で助かったわ」

 

 和やかな雰囲気で二人が話し合っているが、エーリヒ達は何が何だかわからず蚊帳(かや)の外だ。とりあえずこの武装集団だけでも説明してもらおうと弾に聞こうとするが、突然コンテナが開き、中から日本製の量産型IS――打鉄(うちがね)が2機現れた。

 

「ISだと!?」

「こんなものまで準備していたのか!」

「ヴェ――弾、これは一体?」

 

 困惑するラウラを尻目に、武装集団の中から責任者らしき壮年の男がこちらにやって来た。

 

「エーリヒ・ロンメル殿、ですな。私は更識(さらしき)楯無(たてなし)と申します」

「更識、ですか」

 

 混乱するエーリヒの前で、一礼して自己紹介する男に内心面食らう。

 更識といえば日本暗部の総元締めともいえる存在だ。こんな大物との繋がりがある弾が、一介の中学生とは思えなくなってきた。

 

「このオッサンの関係者がラースのクラメンでな、ウチのクラメンにも関係者がいたみたいで、その繋がりから声かけられた」

「……なるほど」

 

 釈然(しゃくぜん)としない部分はあるが、ある程度背景は(つな)がった。

 ラースは仮想課が運営しているし、クラン同士であれば情報のやり取りもそう不思議な話ではない。織斑一夏とその関係者を(ひそ)かに監視するにも、DSOのクランは格好の(かく)(みの)だったわけだ。

 ということは、彼らはDSO経由で更識と接触し準備を進めていたのか。あの広場にいたのも更識の手の者であれば、あの人数と練度にも納得がいく。

 

「時間がないので手短に要件のみを。此度(こたび)の件、我々と共同戦線を張って頂きたい」

「なッ!?」

 

 ラウラにとっては予想外の、エーリヒからすれば予想通りの提案がもたらされた。

 噛み付こうとするラウラを手で制し、詳しい話を聞くことにする。

 

「それは日本政府としてですかな? それとも更識として?」

「どちらかといえば更識として。この騒動に対し、日本政府は後手に回っていまして」

 

 政府の中にこの騒動の関係者がいる、という事なのだろうか。いかな更識とはいえ、日本を裏切るような提案をしないとは思うが、真意が見えない。

 初見の相手にこの様な提案をするという事は、向こうも相当切羽詰まっているのだろうが、何か引っかかる。

 

「時間が許す限りで構いません。そちらの現状と目的を教えていただけますかな?」

「ッ!?」

 

 ラウラたちは警戒していたが、エーリヒの勘がこの提案に乗るべきだと告げている。

 先の弾の説明といい、敵の動きの速さといい、自分達はまだ何かを見落としている――否、彼らも全てを話していないから全貌(ぜんぼう)が見えていない。そんな予感があった。

 

 

 

***

 

 

 

 言いようのない倦怠感(けんたいかん)の中、意識がゆっくりと浮きあがる。

 ここがどこだとか、自分が誰かということを考えるのも億劫(おっくう)で、ふわふわとした感覚にただ流されている。

 サラサラと細かい粒子が(こぼ)れていく音が心地よく、その音を聞いている内に、また意識が沈んでいきそうになる。

 

 ――おい

 

 視界の(すみ)で何かが飛んでいるのに気づき、視線がそちらにいくが、あちこち飛び回ってソレを(とら)えることができない。

 

 ――起きろ

 

 何故か無性に気になり、視線を向ければ向けるほど、だんだん意識が明確になり、自分が誰なのか、何があったのかを徐々に思い出す。

 

 ――随分派手にやられたな

 

 声が響くたび、一夏の意識が徐々に覚醒していく。

 最後の瞬間、何者かに撃たれたという所までは覚えているが、ここがどこなのかわからない。

 もしかして、あの一撃で死んでしまったのだろうか?

 

 ――なに言ってんだ。まだ生きてるよ

 

 根拠はない。が、その声を聞いているだけで自分はまだ生きているんだと思える。そうなると、次の問題はこれからの行動手段だ。

 おそらくだが、あの一撃は絶対防御を抜けて機体にも影響が出ているはず。何か他の方法を探し、事態を収束しなければならない。

 

 ――なら、少しだけ力を貸してやる

 

 「まさか、お前――」

 

 声の主が誰なのか思い出す前に、急速な勢いで意識がどこかに引っ張られた。

 

 

 

***

 

 

 

「まさか、こういうシナリオを用意していたとはねぇ……」

 

 回収したコアを調べた束は、深い、それは深ぁ~い溜め息をついた。

 

「テロリストのIS、未登録の新規コアとはね」

 

 ISコアは篠ノ之 束にしか作れない――それが世間一般における()()だ。

 

 敵はその常識を利用してコアを新造し、束を悪役(テロリスト)に仕立て上げるつもりか、それともそのまま新規コアとして発表し、対抗役(カウンター)として束を祭り上げる気か……もしくは状況次第で使い分けるのか。

 しかもこのコアは束が作ったものを模倣(コピー)したものではなく、制作者自身がしっかり構造を理解して作り上げたもの。

 凡人には違いがわからないだろうが、生みの親である束だからこそわかる微妙な違いがあり、それ(ゆえ)か変わった特性を見せている。

 

「これはこのコアの特性なのか、男性(いっくん)が使ったからなのか、判断に困るね」

 

 それは、戦闘ログをコピーしている最中に気付いた。

 新規コア(ゆえ)か、それとも一夏が使ったからなのか、一夏が使っていたISは既に一夏を主人(マスター)として認識し、猛烈な勢いで何かのデータを吸いあげ、学習し続けている。

 いずれこのコアは一夏の専用として自他共に認知されるだろうが、どのような進化を遂げるのかは束でも予測できない。一夏の希少性と相俟(あいま)って注目度は測り知れず、否が応にも話題の中心となっていくだろう。

 これだけであれば、連中の思惑通りに事が進んでいたが、例の無人機がその思惑を引っ掻き回す。

 

「こっちのは、連中にとっても予想外なのかな?」

 

 回収した無人機のコア。ナンバーを調べてみたが、これは束が用意していた策すら(かす)んでしまうほどの爆弾。これが表沙汰になれば、一夏の問題も論点のすり替えでこちらが有利になるほどブッ飛んだ代物だ。

 こんなのを使う奴に心当たりはあるが、現時点でそこを焦点に行動するのは軽率すぎる。クロエが危惧していた予想外(イレギュラー)も現れたが、敵味方問わずどれも斜め上過ぎた。

 騒ぎがどう転んでも、日本に一夏の居場所がないどころか、ドイツや日本政府の動き次第では国籍さえ怪しくなってくる。千冬に向かって頭脳担当と啖呵(タンカ)をきったが、束自身も半ば脳筋じみた考えで動いていたため、本当に肝心な部分を見落としていた――というより気づかされた。

 

「束さんだけでなく、連中も踊らされてたってコトか」

 

 束だけでなく、ドイツや日本、(くだん)のテロリスト、その背景にいる者達までが、この騒動を仕組んだ黒幕に踊らされている。現実と仮想は別モノと考えていたせいで、こんな状況になるまで気付かなかった。

 だからこそアメリカとロシアが先んじて動けた。対して現地の少年達は、DSOの方でなんらかの情報を得たから動けたか。

 その一方で、一夏が先んじて動いたのはクロエの話で理解できた反面、なぜ敵の動きを把握できていたのか、少年達と通じていたとはいえ、あの更識とかいうのがISまで用意できた経緯が見えない。

 

「…………まさか、ね」

 

 なんとなくの予想は立つが、即座に否定する。その予想はあまりに泥沼過ぎて、敵味方の概念すら怪しくなってくる。

 一夏から話が聞けるなら、何か(わか)るかも知れないが、千冬とクロエが合流するのを待ってから行動しても遅くはないはずだ。

 

『ちりょーが終わったよー! ちりょーが終わったよー!』

「おょ? 丁度いい所に」

 

 間の抜けたアラーム(?)と共に、治療ポッドの上半分が消失し、とりつけられた呼吸器も、全身を浸していた治療液も量子化して消え、あっという間に簡易ベッドに変形。

 ISの量子化技術を応用して治療液も量子化し、髪だけでなくカーゴパンツも濡れた形跡がなく、一見するとただ寝ているだけのようだ。バイタルチェックをしても先程のダメージは消しきれたようだが、過去の手術痕は完全には消しきれなかったようで、古傷の様に残ってしまった。

 一夏は小さくうめき、(まぶた)がゆっくりと開かれる。焦点の合わないぼやけた目で周りを見て、横にいる束を見つけた。

 

「たばね……さん?」

「ひさしぶりだねー、いっくん。気分はどう?」

 

 舌足らずに喋りつつ周囲を見回すと、自分の状況を把握できたのか慌てて飛び起きる。

 

「状況は!? 俺はどれだけ寝てた? ここは一体――」

 

 急に動いたせいか、血の気が引いてバランスを崩し、目の前にある豊かな双丘へと倒れ込んだ。

 

「あ、あれ? なんで……」

「はいはい、ちょーっと落ち着こうねー。今説明してあげるから」

 

 どれだけ動こうとしても、何故か体に力が入らない。束はこれ幸いと一夏を抱きしめ、その豊満な双つの天然クッションに迎え入れた。その感触に動揺も興奮もせず、真っ先に思うのは安堵。

 その柔らかさに一夏は抵抗する気力を失い、全身の力が抜けていく。

 

「いっくんはどこまで覚えてる?」

「えっと、攻撃された所までは。束さんが治療を?」

「そだよ。ちーちゃんも出張ってるから」

「千冬姉が……!?」

 

 千冬の名前が出た所で一夏の表情が変わり、まともに動かない体を無理矢理起こした。

 

「まさかISを?」

「うん。それもちーちゃんに相応しいを束さんがプレゼントしたよ」

「……! テロリスト以外にも、予想外の敵(イレギュラー)がISを展開してませんか?」

「そこまで予測してたんだね。確かにどこの勢力か判らないのがクリーチャーみたいなのを広範囲に――」

「まず、い……」

 

 体力が限界で億劫《おっくう》な体を無理矢理動かし、なんとかベッドから起き上がろうとする一夏を、束は慌てて抑えつけた。

 

「ちょっ、いっくん待って! たった今治療が終わったばっかで体力も回復してないのに」

「時間がない。あいつら展開の早さに合わせて、段階を一つ繰り上げた。このままじゃ千冬姉も、箒達も危ない」

「どういう事さ? いくら段階が繰り上がったって、こっちは戦力が充実して――」

 

 騒いでいる最中(さなか)、室内にけたたましいサイレンが鳴り響く。片手間で束がウィンドウをポップし、外の様子を見ると、例の無人機が2機と、蜘蛛を模したISが海上で戦っている。

 

「アメリカの第2世代機。なんで?」

「アラクネか。それとアレは――DSOの無人機?」

 

 一夏が記憶の中にある機体を思い出せば、該当するのは数多(あまた)の僚機を伴って現れるDSOの無人機。確か量産型の第3世代機で、四機一組(フォーマンセル)で複数のチームを組み、人海戦術による波状攻撃でプレイヤーを追い詰めるタイプだったはずだ。

 

「これを運用してる連中はオタクか厨二病でも(わずら)わせてるの?」

「効率の問題だよ。仮想で運用方法と戦術効果が立証されてて、現実で理論も技術も確立されてるなら、作り上げる技術者(バカ)は出てくるさ」

 

 それに対する問題は幾つかあるが、今はそこを議論する時ではない。束はいろいろ聞きたい所ではあるが、それらをグッと(こら)えた。

 

「束さん、使えるISはある?」

「その体で戦う気!? あれが敵か味方かも判らないのに」

「敵の敵だよ。そしてアラクネの目的だけなら俺達寄り」

「何を根拠に――」

「今の今まで現れず連中とやり合ってる。大方、連中が大義名分で使おうとしてたどっかのテロ組織が潔白を証明する為に送り込んだ戦力の一つだろ。ここで援護に入って助力を求めないと、次はこっちが危ない」

 

 根拠も可能性としては高いし、言ってる事も最もだ。

 だが肝心のISはないし、一夏の体だってまともに回復していない。こちらは完全にバックアップと割り切っていたので、今あるのは軽度の防衛設備と鹵獲したコア、そして破損した機体に桂秋(けいしゅう)白桜(はくおう)の予備パーツと弾薬ぐらい。

 これらを使って今から機体を組み上げるという選択肢もあるが、いかんせん時間がなさ過ぎる。

 何より、一夏を止める為に束はここにいるのだ。こんな状態の一夏を戦場に出すなど本末転倒。

 

「だ――」

 

 ダメ、と口にする前に、横合いから眩《まばゆ》い光。その(まぶ)しさに目を細めながらそちらを見ると、その光源は一夏が使っていたコアからだ。

 

「これって……まさか一次移行(ファーストシフト)?」

「いや、形態移行(フォームシフト)の特性を使った自己形成(セルフォーメーション)(※2)、だと思う」

 

 驚いて一夏を見る。理論的には条件さえ揃えば起きない事はない。ないが、何故そんなのを一夏が知っているのか。

 そんな束に気付かず、一夏は束の腕の中から抜け出し、その光に向かって手を伸ばて、一言「来い」と(つぶや)くと、それに応えてコアが飛んで来て、一夏の目の前で停止する。

 

(間違いない。このコアは完全にいっくんを主人(マスター)として認めてる!)

 

 普通に考えればありえない。ISとパイロットは長い時間をかけてお互いを理解し、初めてマッチングするものだ。

 それがどうしてこの短時間で形態移行(フォームシフト)が可能になる程の理解を深められるのか。一夏といいコアといい、束の理解の埒外(らちがい)にいて興味深くはあるが、今は一夏を止めるのが先だ。

 

「待つんだ。いくら戦力(IS)を得たといっても、今のいっくんが出張る必要は」

「今この状況で動けるのは俺だけだ。今動かなきゃ、全てが無駄になる」

「判りなさいよ! なんの為に皆が動いて――」

「出遅れてるから俺が動くしかないんだろ!」

 

 キレた一夏に痛い所を突かれ、束はビクリと体を強張(こわば)らせる。そんな束を無視して、一夏は外に出ていこうとする。

 満足に動かない体を酷使し、フラフラと頼りない歩みではあるが、その背は束が知る小さな子供ではなくなりつつあるのに気付かされる。

 

「いっくん……」

 

 今の一夏を力ずくで抑えつけるのは簡単だ。出遅れたのだって、ジリ貧になっても相談してこなかった一夏にも問題がある。

 だが、それも周りの大人達が頼りにならないからと言われれてしまえばそれまでだ。何より束にはもう一夏を止める事ができない――その資格すらない。

 

「……わかった、もう止めない。でもその前に」

 

 言いつつ、壁に(あつら)えた棚から幾つかのパウチを取り出す。それは一夏もよく知るゼリー飲料だ。

 

「束さん特製のハイエナジーゼリー。これなら少しは体力も回復するはずだよ」

「ありがとう、束さん」

 

 受け取るなり、早速2つ封を切って喉に流し込む。

 吸収率が高いのか、それほど体が栄養を欲していたのか、摂取するにつれ力が戻って来るのを体感する。それに気付いた束も次々とパウチを渡し、8つめのパウチを飲み込んで胃袋の方が限界になった。

 

「じゃ、行って来るよ」

「後で詳しい話をしようね――逃げたらちーちゃん送り込むから」

 

 しれっと逃げ場のない事を告げられ、疲労とはまた違った疲れを背負い、一夏は外へと飛び出した。

 

 

 

***

 

 

 

 

「さて、と」

 

 手の中にあるISを見る。

 今の今まで待機状態になる事もない、ただの光の玉だが、夢現(ゆめうつつ)の中で聞いた声を信用するなら、こいつは現状を打破できるだけの機体(モノ)だと信じたい。

 

「相変わらず、準備もままならない行き当たりばったり、だな」

 

 加えて、今は死にかけた疲労も上乗せされ、全力を出せるかどうかも怪しい。

 

「少し手を貸すってんだ――期待させてもらうぞ」

 

 とある人物の名を呟き、ISを起動させた。




ようやく(多分気付かれてたろうけど)弾の正体と更識、ドイツに束の合流フラグが立ち、ちょくちょく話題に上がっていた特許トロールの件も秒読み開始。
謎の人物(?)だけでなく、襲撃犯のコアの秘密に一夏がISを使えた理由にも謎が増え、オマケに新型機の登場フラグとかなり盛りました。まだ2つほど伏せ札が残ってますが、序盤でこれだけ問題作っておけば読者に先を読ませず考察でアレコレ楽しむことが出来るんじゃないかと。
それでも先の展開は読ませず楽しめるようにはしたいですが(できてるかどうかは別w

弾と更識パッパを絡めるのは(原作の流れ的に)元々決めていたのですが、ここにワンクッションで仮想課入れれば流れ的にも自然だし、よりカオスになって修羅場も作れると気付いてこの構成に。あの人やあの人を絡めるのは自然になるし、一夏以外の修羅場も生まれやすくなり、ついでにオーディナルスケールに繋げるフラグも建てられます。
惜しむらくはここまで更識の陰をまともに出せなかった事。匂わせる部分は00-08と00-16で仮想課メンバーが出てきた時にチラッと出していましたが、もう少しやりようあったのかな、とも思います。
スパロボっぽいクロス構成はなかなか難しい。単純に構成力がないだけかもしれませんが…

【今回の設定】

※1 特許トロール
特許ゴロやパテント・トロールともいわれ、現在はPAE(特許主張主体)とも呼ばれる、要は企業をはじめとした第三者による特許のパクリ。訴訟が起きると泥沼な上に裁判所から和解を勧められる事例の方が多いみたいで、場合によっては特許パクった方が時効まで争い続け、最終的に特許の期限切れと同時に権利放棄した事例もありました。
これを回避するためにライセンスのみをもった技術事務所や会社を設立する所もありますが、これを利用した企業規模の詐欺行為などもあり、調べると沼だけど事例はマジでネタの宝庫。海外での法律関係のドラマなどでは鉄板ネタで、使われない話を探す方が困難なほど。
今作みたいに安く買い叩いたり、技術を切り売りしていたなんて事例もあり、どれをネタに利用するかの方を本気で悩みました。
日本の方はどうかというと――うん、まぁ…なんというか…その……ゴニョゴニョ

※2 自己形成(セルフォーメーション)

自己修復や形態移行を行う際、経験を蓄積して最適な状態に機体を変化させる(例として白式の多機能武装腕『雪羅』など)。反面、ダメージを負った経験も反映されるため、間違った方向に変化してしまう可能性もあり、一長一短の機能でもある。

原作2巻で鈴&セシリアがダメージを負った際、この辺に言及していて、それを自己解釈で命名。今回のはちょっと違うようで…


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00-22 『悪』の定義

終盤戦その1。そろそろプロローグの風呂敷畳む準備始めます。が、状況は明らかになればなるほどカオスの坩堝(るつぼ)に陥っているようで……


つか、前の投稿から1年近く更新してないし、初投稿の頃にはまだ子供だった長女が結婚して春には親になるし。
時間の流れって、早いね……


(チッ、欲張り過ぎたか)

 

 オータムは存在しない部隊(ゴーストスカッド)を潰した後、当初の予定とは違うが市街地に向かって民間人の護衛(最低限の仕事)をしようと向かっていた所、予想外な所で遭遇した謎の機体(無人機)

 偵察が目的なのか、単機で海上を飛んでいたをの幸いにちょっかいをかけてみたが、これが間違いだった。

 

「そっちが格上だなんて聞いてねェぞ!」

 

 アラクネの装備では満足にダメージが通らないのに対し、火力は圧倒的に向こうが上。

 拡散ビームとパルスマシンガン、マイクロミサイルの群れという、単機とは思えない冗談のような弾幕の中に隠れ、まるで狙ったかのようにやってくるビーム砲。

 それらを必死に回避しつつ反撃をしていたが、気付いたら増援が現れ2対1となり、反撃も難しくなって回避一辺倒となった。

 幸いというべきか、敵は攻撃にばかり集中して爆煙の影響まで考えが回らないのか、ちょくちょくこちらを見失ってくれるので生き長らえている。が、これだけ開けた海上では逃げようがない。

 誤魔化せるかと思って海中にも潜ってみたが、ハイパーセンサーも向こうの方が高性能らしく即座に発見され、そこからは逃げの一手。ジリ貧どころか回避に回避を重ね、1秒でも生き延びる事に終始している。

 

「せめて、せめてあと1機いれば――」

 

 ふと、今回の標的(織斑一夏)が脳裏を()ぎった。

 彼がこの場に現れればもしかするかも、と思ったが慌てて(かぶり)を振り、その考えを追い出した。

 相手は中学生、それもISに搭乗してまだ1時間足らずの男。そんなのに頼ってしまうなど、オータムのプライドが許さない。

 

「何考えてんだ、あたしは……ッ!?」

 

 余計な事に思考を()いたせいか、右側面に致命的な一撃。複数の副腕が全壊しただけでなく非固定部位(アンロック・ユニット)も融解。PIC発生器もエラーが起きたのか、満足にコントロールが利かなくなった。

 視界に収めていた2機とは反対側からの攻撃。驚いてそちらを見れば、追加で増援が2機。4対1という絶望的な状況に、流石のオータムにも諦めの表情が浮かぶ。

 

「チッ、ここまでかよ……」

 

 思えば、あの戦闘を見てから心ここにあらずだった。

 男が短時間でISを使えた事に嫉妬したのか、あの戦い方に魅せられたのか。

 どちらにせよ、あれを見てから自分の中で対抗心にも似た感情(ナニカ)が生まれ、いらぬちょっかいを出した結果がこれだ。

 

「――ッ!」

 

 まるで(もてあそ)ぶかのように、無人機はゆっくりと砲身をオータムに向けてくる。最後の瞬間まで対抗しようと相手を睨みつけたが、一瞬の間をおいて砲身がぽろりと落ち、次いで両腕と下半身がバラバラと崩れた。

 驚く暇もないまま、周りにいる無人機も同様に崩れていき、最後に残ったのはオータムと、いつの間にか現れた謎のISのみ。

 

「ぇ……?」

 

 その機体は背面に翼を模した大小4つの非固定部位(アンロック・ユニット)と、腰部両サイドにもスラスターを搭載した非固定部位を懸架し、両手にはブレード。

 

(まさか!?)

 

 いかにオータムの意識が無人機に向いていたとはいえ、こんな近距離で、ましてや全ての敵が撃墜されるまで気付かせなかった手腕。

 そんな凄腕のパイロットなど、オータムが知る限りではスコールと織斑千冬(ブリュンヒルデ)のみ。

 

 それを裏付けるかの様に、未知のISがそこにいた。

 

 

 

***

 

 

 

「まったく、ゴッソリ持ってってくれちゃってまぁ……」

 

 言葉とは裏腹に、束の口角は上がりっぱなしだ。

 思ってもみない所から予想外の切り札(ジョーカー)が現れたのだから、それも当然だろう。

 あの機体(IS)鹵獲(ろかく)したパーツのみならず、白桜(はくおう)桂秋(けいしゅう)の予備パーツまで取り込み、残っているのは桂秋は一部の装甲のみ、白桜に至っては予備パーツだけでなく弾薬もゼロ。

 今回の戦闘だけなら大丈夫だろうが、終わったら最低でも弾薬ぐらいは作る必要がある。

 

「ま、それに見合うだけのモノにはなったみたいだけどね」

 

 置き土産よろしく、律儀にも簡易的なカタログスペックが残されていて、それを見た束は驚いた。

 量産機(ラファール)がベースだからか、パワーは第2世代の量産機と同等だが、機動力やハイパーセンサーは第4世代相当。FCSがカットされているのが気になったが、一夏はフルマニュアルで運用していたので問題はないだろう。

 反面、武装は拡張領域(バススロット)に収納された量産機の兵装に、腰部非固定部位(アンロック・ユニット)に白桜の高周波ブレードと電磁銃(ガウスライフル)、その銃身に収納されている短刀タイプのレーザーブレードが懸架(けんか)されているが、電磁銃の弾は装填されている分(80発)のみ、高周波ブレードも本体からのエネルギー供給率が低く、ク-ルタイムが45秒もあり、レーザーブレードに至っては、最大出力で振るえば機体の方が耐え切れない、事実上の切り札。

 それでも運動性能は破格だし、エネルギー総量も現行量産機の倍以上。どこかで見た事がある様な気がする機体だが、おそらくは一夏がかつて使用していたDSの再現機だろう。

 専用機としてはクセも強く、決定打にも欠けるが、凡人からすれば構成自体が『その発想はなかった』のオンパレードで、部位装甲だけでなく、非固定部位すら装備部位(ハードポイント)の一つとして捉えている機体構想は、次世代型汎用機として見れば破格ともいえる性能。

 この構想は基礎フレームによって変化はするが、いくつかの世代差をまたいで機体性能を作り変える事が可能なだけでなく、その世代という概念すら塗り替える可能性さえある。

 桂秋とは対照的なコンセプトの、量産を前提とした機体。

 

「機体名は――ビルト(WILD)フルーク(FLUG)プッペ(PUPPE)?」

 

 DSOで聞いた覚えのある名前に、束は顔をしかめる。

 正直、二度と目にしたくない名前だった。

 

「あいつ、この()に及んでまだいっくんを……」

 

 初心者であった頃のイチカに近づき、戦闘の基礎を教えるだけでなく、DSのノウハウと共に、メカトロニクスの知識まで叩き込み、挙句の果てにはランクスとも邂逅(かいこう)させた奴が生み出した、束が知る限りでは最凶の人物が作り上げた最後の作品。

 後にイチカに(たく)され、改修して“メルセネール・ブラン”となった、今のイチカを形成する要因でもあり、一夏に呪縛を植え付けた、ある意味全ての原因ともいえる機体(モノ)

 この機体が表沙汰になれば――否、このまま一夏が騒動を収めてしまえば、世界のヘイトは一夏に集中したままだ。

 

「これは、クーちゃんとの合流を急ぐべきかな」

 

 戦力面ではそれなりのモノが用意できつつあるが、世界背景も相俟(あいま)って過剰戦力になりかねず、ヴェクター()が言っていた『最悪のケース』という言葉が現実味を帯びてきた。

 彼らもまた独自に動いているが、束とは違った視点で今後の展開(こたえ)を導き出しているのだろうか?

 

「……少し、ひっかき回しておく必要があるね」

 

 言いつつ、モニターに写る半壊状態のアラクネを見る。

 自分達が引っ掻き回そうとして裏目に出るというなら、束は“第3の手駒”という予想外の鬼札(ジョーカー)を作り出そうとしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 突然現れ、文字通り一瞬で敵を一掃した謎のISと対峙したオータムは、珍しく判断に迷った。

 パイロットは、オータムが知っている織斑千冬とは似ても似つかない小柄な体型。だがそれ以上に気になるのは、その身にまとうISだ。

 タイプとしては中量よりの軽量なのか、構成はかなりシンプル、というよりシャープ。基本色はミリタリーカラーだが、各所にアクセントの様に白が入っているが、どことなく無理矢理感があって、足りない部分に別パーツを持ってきた様に見えた。

 大胆にも両肩に展開されるはずの非固定部位(アンロック・ユニット)はなく、代わりに目に付くのは背面にある大小二対の非固定部位。外側の鳥類を()した翼と、内側には縦に長い楕円形のものがあり、翼を模したものは片翼だけでも機体よりも大きく、それだけで重量級かと錯覚するほど。

 反面、武装はとてもシンプルで、両手に持った反りが薄い刀型のブレードに、腰部非固定部位(アンロック・ユニット)懸架(マウント)されている二丁のライフルのみという高機動白兵戦メインの構成。

 シンプル故にパイロットの技量を求められる構成だが、先程の技量を見る限り、織斑千冬(ブリュンヒルデ)でないにしても正面から相対するのは危険すぎる。

 

「――確認する。あんたはこの事件にどう関わってる?」

 

 バイザー越しながらも、振り返った顔は織斑千冬に似た、幼さを残した少年。

 予想外な人物に内心驚いたが、相手が件の少年(織斑一夏)であることに気がつき、内心の焦燥をおくびにも出さず、毅然とした軍人を演じ始めた。

 

「……私はアメリカ第23空軍のデボラ・スールマン中尉。現在は海軍特殊開発部隊(DEVGRU)に出向している。

 先程まで海上でISの新型機のテストと教導作戦を遂行していたが、日本海域でISによる戦闘が確認されたとの報告を受け、威力偵察を行っていた」

 

 咄嗟に偽名と作戦内容を話す。空軍特殊作戦部隊(AFSOC)(※1)が対テロ特殊部隊に出向するのは珍しい話ではないし、ISの新型機を共同開発しているのも周知の事実だが、当然その活動内容は秘匿(ひとく)されている。

 通常であれば罰則ものの暴露だが、目の前にいる相手は『ただの中学生』と侮らない方がいい。ここは信用を得る方が得策だ。

 

「で、そのテスト機を運用していた部隊は?」

「全滅した。残っているのは私だけだ」

 

 嘘は言っていない。もっとも、全滅させたのはオータムだが。

 

「あの敵性勢力、君とは敵対関係なのか?」

「今の所は。そちらも俺の敵か?」

「……それは君次第だよ。織斑一夏君」

 

 残弾も心許(こころもと)ないし、機体もボロボロ。その機体すら世代差が絶望的だろうが、持ち前の演技力で自分は圧倒的物量という背景を持つアメリカの(イヌ)であるというのを匂わせ、立場はこちらが上であるという姿勢を崩さず、当然の様に名前を出して背後関係も把握してると圧をかけていく。

 そんな内心の駆け引きをしている事など知る由もなく、一夏は思いもよらないことを口にする。

 

「まだ動けるな。この騒動を終わらせるから手伝ってくれ」

「なに?」

 

 普通なら、こんな状態を前にすれば撤退を推奨するか、もしくは無力化して自勢力の指揮下に置くはず。これだけのダメージを受けた機体を目の前にして、あまつさえ戦力としてカウントするなど、あまりに予想外だ。

 

「その程度のダメージで動けなくなるのか? アメリカのISってのは」

「見くびらないでもらおう――と言いたい所だが、さすがに対IS戦は心許ない」

「そっちは問題ない。こっちは篠ノ之博士の戦力と共闘している織斑千冬(ブリュンヒルデ)、それに俺がいる。あんたには民間人の護衛を頼みたい。それぐらいなら出来るだろ」

 

 オータムが返事をするより早く、一夏は反転(ターン)して背後の非固定部位を展開。翼が大きく展開し、先端部には長方形のスラスターが左右4基ずつの計8機、小型の方は口を開くかのように中央からパカリと開いて直列2基、計4基のバーニアが現れた。

 そこからは急展開で、腰部非固定部位のスラスターを含めた推進器に火が入ったかと思うと、コマ落ちと錯覚しそうな超加速であっという間に見えなくなった。

 

「……まさか、な」

 

 まるでその提案に乗ってくると思っているようだった。

 こちらの正体にある程度目処(めど)がついているのか、それとも単純に話を鵜呑(うの)みにしたのか――今の所は判断がつかないが、いくらバックに篠ノ之博士がついたとはいえ、こちらが敵対して篠ノ之博士、もしくは護衛対象の民間人が人質にとられるとは考えなかったのか。

 手負いを戦力としてカウントしたのは、それだけイレギュラーの戦力が大きいのか、それとも別の要因か。

 唯一わかっているのは、あっちも人手が足りないという事だけ。

 

(ともかく、今は行動するのが先か)

 

 そう思って動き出そうとした所に、絶妙なタイミングで通信が入る。

 相手は――篠ノ之博士。

 

「やぁやぁ、自称米国の(イヌ)!」

「いきなりですね、博士」

 

 緊張感のない態度に、さすがのオータムも脱力する。

 あの少年といい、博士といい、自分の立場が分かっていないのだろうか?

 

 

 

***

 

 

 

 港湾に停泊した、コンテナ船に偽装したCPは、作戦の推移を観測していた。

 

織斑一夏(ターゲット)はISを入手したか?」

「はい。こちらの機体を鹵獲(ろかく)し、海上で4機と戦闘。単機で全て鎮圧しています」

「そうか。歩兵部隊の進捗(しんちょく)は?」

「市街地にて戦闘中。例の未確認(イレギュラー)に数を減らされましたが、銃歩兵部隊も戦闘に参加。現在、日本政府の部隊と思われる一団と膠着(こうちゃく)状態」

「対象の一般人は消息不明。ですがドイツの一行と合流している模様」

 

 次々に上がってくる報告は、どれもあまりよくない。()()は別にあるとしても、ここまで先回りされると身動きが取りづらい。

 相当な切れ者がいるのか、もしくは篠ノ之博士か織斑千冬が合流したか。

 

「残りのIS部隊との連絡は?」

「応答ありません。織斑千冬(ブリュンヒルデ)と接敵したとの情報もあります」

「あの女との連絡はついたか?」

「いいえ。最初に分断されてから独自に行動しているかと」

 

 ふむ、と口元に手を当て一考。日本は対テロ部隊を展開しているようだが、未だISが出てきていないのは当初の予定通り。だが未確認の勢力も出張(でば)ってきている以上、こちらの()()はここまでだろう。

 

「出港許可は取れていたな」

「はい。進路上に船影ありません」

「先行させている連中は?」

「例のモノの回収に成功したのか、既に撤収を始めているようです」

「ではすぐに出港しろ。次のプランへ移行する」

 

 指揮官の命令を受け、各所との連携を進めていく(かたわ)らで、一人のオペレーターが(たず)ねる。

 

例の未確認(イレギュラー)はどうします?」

「あれは別口だろう。これ以上こちらにちょっかいをかけてこない様なら捨て置け。今注意すべきは篠ノ之博士と織斑千冬だ、こちらの意図を(さと)らせるな。次の作戦発動は1時間後にセットしておけ」

 

 了解、と答えて出港準備を始めるクルーを一瞥(いちべつ)し、指揮官は(かたわ)らにあったペットボトルを口にする。

 中身はただの炭酸水だが、思った以上に緊張していたのか、半分近くを一気に飲んで一息つく。

 

「……まさか、本当にこんな作戦を実行することになるとはな」

 

 小さな(つぶや)きは、ブリッジの喧騒(けんそう)の中にかき消された。

 

 

 

***

 

 

 

 クロエは弾と少し話をしてどこかに行ってしまい、その弾も

数馬に頼んで詩乃達を避難先へ誘導してもらっている。その間にエーリヒ達は更識と弾から詳細を聞いていた。が、事態はエーリヒの予想の更に斜め上をいっていた。

 

「連中のプランは複数あります。一つは市街地への被害を拡大することですが、もう一つはあなた方を含め、織斑君の全ての関係者に()()()()()()為に展開しています」

「な、に……」

 

 連中は本当に一夏の居場所を奪う腹積もりらしい。そんな目的で戦線を展開するなんて誰が考えるか。

 更識の説明を受け、改めて自分達の読みが甘かった事に気づかされると共に、予想以上の非道な計画を前にしてエーリヒ達は絶句する。

 

「俺達もそっちの狙いに気付いたのはドイツ(あんたら)が組織でこっちに来ると(わか)ってからだが、一夏は最初から黒幕があんたらの動きに気づいている事を前提で動いているフシがある。単刀直入に聞くが、あんたらが用意したISに対人装備は?」

 

 言われて、エーリヒはラウラに目配せすると、彼女は首を横に振る。

 

「最初からIS部隊の制圧を視野に入れていたので通常装備です。対人に関しては白兵戦部隊で対応する気でいました」

「ISはISでしか制することはできないが(ゆえ)に、対人に関しては過剰戦力――我々がそう認識している常識を利用された訳か」

「我々も、彼からこの話を聞かされるまで気付きもしませんでした。大急ぎでISに対人制圧装備を搭載するのが限界で、パイロットの手配までには至らなかったのです。それ故の共同戦線の提案です」

 

 過剰戦力を前にして、戦火を拡大するための部隊展開だと思っていたが、それがトラウマを与えるための死兵であるなど、考えつきもしなかった。

 

「そこで連中の作戦を逆手にとって、このおっさんと連携して色々準備してた。どこよりも早く俺達が無力化できれば、連中の思惑ぶっ潰せるだけでなく、後々騒ごうとする面倒な連中も黙らせられる準備までしてある」

「……君は、本当に日本の中学生か?」

 

 大胆かつ用意周到な反撃手段を用意していた弾に、さすがのエーリヒもちょっと引いた。

 敵の行動を予測し、あまつさえこれだけの手段と戦力を用意してみせるこの少年が、まるで怪物の様に見えてくる。それを見かねたラウラ達がエーリヒに助言する。

 

「大尉、こいつの行動力は考察するだけ無駄です。DSO(あっち)では魔王の二つ名で呼ばれてるぐらいのヤツですから」

「いや、しかしだな……」

「コイツを含め、ファストクラスってのは頭のネジがダース単位でブッ飛んでる連中です。状況とヒントさえあれば、全体像とそれからの動きをほぼ正確に読み切って、大胆な行動で最適解を叩き出すぐらいは平気でやってのけます。マジェスタ(クロエ)をこっちに回さないのも、何か考えがあっての事でしょう?」

 

 クラリッサの指摘に、弾はニヤリとシニカルな笑みを返す。

 

「あいつには()()の方を任せた。ここは俺達がいれば充分だろ?」

 

 ラウラとクラリッサはお互い顔を見合わせるとため息をつき、弾と更識に詰め寄った。

 

「それで、ISのステータスは?」

「既に数馬(エクエス)経由で調整を頼んである。ラウラのはあっちでクラリッサがあれだ」

「こちらが用意した戦闘要員も参加せたいのですが」

「低致死性装備を用意している。人数分はあると思うので、そちらで確認して欲しい」

「……ここまで来たら四の五の言ってはいられんか」

 

 なし崩しで共同戦線が展開されようとしているのを渋々(しぶしぶ)受け入れ、話に混ざろうとエーリヒが詰め寄ろうとしたが、何かに気づいて上空へ銃を構え、弾もそれに釣られて上を見た。途端、見慣れないISが何かと一緒に弾達がいる所へ降りてきた。

 

「弾、無事だったか」

「教官!」

「千冬さん!?」

「織斑女史か!」

 

 いるはずのない千冬にラウラ達は驚き、弾が問い詰めた。

 

「千冬さん、なぜここに? 一夏はどうなった!?」

「一夏の方は何とかなったのでな。私は束から話を受けてこっちの襲撃部隊とコレを片付けに来た」

 

 「この辺にいたのは大体片付けたぞ」とドヤ顔で言いつつ、一緒に落ちてきた何かに目を向ける。ラウラ達にはISの残骸(ガラクタ)に見えたが、弾はすぐに気づいた。

 

「DSOの、レギオン?」

「束の話では敵の敵が送り込んできた無人機らしい。私のみならず、連中にもちょっかいをかけていた」

「ここにきて別勢力など――」

「……チッ。だから一夏は先に動くしかなかったのか」

 

 周りが困惑する中、何気なく言った弾の一言を聞き逃すことができず、全員の視線が弾に集中する。

 

「弾……?」

「一夏はすぐ動ける状態か?」

「あいつは戦闘の際、かなりのダメージを負ったので束に任せてきたが――」

「すぐ確認を。先んじてマジェスタ(クロエ)に向かわせたが、あいつが動き出したら完全に詰みだ」

 

 状況はかなり逼迫(ひっぱく)しているのか、千冬への敬語も忘れ、完全にヴェクターの口調になっているのを見て、さすがにラウラ達も問い(ただ)したい気持ちを抑え、静観に徹する。

 

無人機(レギオン)はどれだけ見た?」

「私が確認できただけで16機だったが――」

「ドイツのオッサン、更識のでもいい。空か海で量産機のIS、最低でも30機以上搭載できる輸送機か戦闘機、どこかで開発されてないか?」

「……ロシアが極秘開発していた超大型空母。それであれば、カタログスペックで最大45機だ。が、国家安全保障局(NSA)に嗅ぎつけられ、その計画は半年前に凍結されている」

「その開発にはアメリカをはじめ、複数の企業が出資しているらしい。それと不確定情報ではあるが、同時期に開発された広域殲滅兵器と超長距離射程の2種が実験的に搭載されている、という話を耳にしたことがある」

「ッたく、ここでGDとシャムロックが(つな)がるのか。推測だが、そりゃ空母どころか戦時国際法に抵触するレベルのヤベェ代物だ。凍結も表向きで、ロールアウトしてこの騒動に試験投入されてるぞ」

 

 エーリヒが自国(ドイツ)で得た情報に更識が補足を入れる。それを聞いたラウラ達はまるで話が見えないが、弾はまるでそれが稼働しているかのように話を進めていく。

 

「作戦変更だ。ローラ(ラウラ)、ドイツから持ってきたISは何機だ?」

「3機用意しているが――」

「来ているメンバーは全員が搭乗可能か? それと調整なしでもISの運用ができるのか?」

「それは問題ないが――」

「メンバーからパイロットを選出して、非戦闘員に防衛体制を展開しろ。特に鈴達には絶対近づけるな。ローラ(ラウラ)クラリス(クラリッサ)は、予定通りこっちのISを使って更識の部隊と連携して歩兵の制圧を急げ。更識のオッサンはドイツの部隊と一緒に――」

 

 矢継ぎ早に指示を出してくる弾にしびれを切らし、ついに千冬がツッコミを入れた。

 

「一体何がどうなっている!? 少しくらい説明しろ!」

「俺達がいるにも関わらず、大人(アンタ)達は後手に回ってばかりだから、一夏はとっくの昔にあんたらに見切りをつけてた。そして俺達は見当違いの所を見ていたから一夏より数手遅れていた。

 あいつは自分がブッ壊れんのを覚悟の上で、この騒動を一人で片付けようとしてんだよ!」

 

 

 

***

 

 

 

 弾や一夏が敵の真意に気づいた理由を話すには、時を一夏がIS4機を倒し、逆に撃墜されて千冬に救出された頃まで戻さなくてはならない。 

 

 

 会議室のような広いブリッジの中、一夏が落とされるのを見て(きし) 結華(ゆうか)が手を叩いて喜ぶ。

 

「今の織斑千冬(ブリュンヒルデ)表情(カオ)見た? 傑作だったわ!」

 

 それに賛同し、周囲にいる妙齢の女性達の(あざけ)りと笑い声が(こだま)する。

 

「たしかに。あれはないわ~」

「私たちを追い詰めたあのガキに、ロクな価値なんてないのにねぇ」

「ま、世界最強なんておだてられてても、所詮は時代に取り残されたロートルってことでしょ。ウチらはいつだって時代を先取りしてんのよ!」

 

 泣きそうな顔をして一夏を抱える千冬を見て喜ぶさまは、無責任な子供のようなノリで痛々しいが、誰もそれを(とが)めたりしない。

 彼女達はISに関連した政治や経済、果ては関連工学で名を()せ、一時期話題にもなった者達。しかしその功績は(くだん)の横領や成績の横取りで得たものだ。そして彼女らはその責任を問われる前に逃亡し、表向き――それすら裏だが――極秘開発された空海両用の大型艦を持ち出した。

 全長1642メートル、全幅940メーというそれは、ISを核として、各ブロックに搭載された18基のプラズマジェネレーターによって生み出される大出力を頼りに、ISの機動技術と陸海空の軍事技術を融合させる事で常軌を逸した機動力と火力を生み出す、世界初のIS型機動要塞(アームズフォート)

 余りある出力により、常軌を逸した超長距離射程の主砲を使って一夏を襲撃し、ジュネーヴ諸条約(※2)によって禁止されているはずの広域殲滅兵器をはじめとした大量の装備などが搭載されているうえ、広大な格納庫の中には工房(ファクトリー)と呼ばれる生産設備も搭載され、そこでは弾薬の他、例の無人機がライン生産で量産されている。

 これだけの規模でありながらISであり、本体はこの中央にある。外装部分は特化換装装備(オートクチュール)の派生とも呼べる代物で、中央にIS本体を据え、他部位をブロック化し、それを複数の管理AIがサポートすることでワンオペで運用が可能という規格外でもあったが、それはジュネーヴ諸条約ならず、軍事目的でISを利用している時点でアラスカ条約にも抵触している。

 くだんの件で美味い汁を啜っていた者達が、一夏の研究を利用していた技術者達を抱え込み、幾つかの組織を巻き込んで制作した、数世代先を行く兵器であり、彼女達にとっては最後の切り札。

 この機体の建設が嗅ぎつけられたのを機に、岸が組織ごと(かくま)いつつ、仲間内と共に表沙汰にできない財産の隠し場所として利用してきたが、追い込まれた以上はこの要塞を使って戦火を拡げ、あとはそのドサクサに紛れて身を隠すつもりだった。

 

「にしても無人機(こいつら)、カタログスペックは第3世代とか(うた)ってたけど、あの織斑千冬(ロートル)には全然歯が立たないじゃない」

「所詮はゲーム脳のおバカが作ったもんだし、場をひっかき回すって目的は達成できてるからいいじゃん」

工房(ファクトリー)もあるんだし、量産は可能なんだから足りなくなったらまた作ればいいわ。例のコアはまだあるし、いざとなればこれ自体で反撃すればいいし」

 

 お気楽に会話する彼女らを、ISのパイロットがピシャリと(たしな)める。

 

「ダメよ。例のコアは残り10、あのコアでも量産はできるけど、使えばアシがつくわ。隠れるのが難しくなるけど、やる?」

「あら、なら次の段階に移行しましょうか」

「ま、気づいた所でアタシらの居場所は割れないけどねぇ~」

「あのテロリスト(バカども)に情報リークして騒ぎが大きくなったけど、イマイチ不安ね。例のコア全部使ってもう少しかき回すべきじゃない? あのコアは闇市場に流せばもうひと財産築けるだろうし」

 

 皆それぞれに今後の展開を意見しているが、彼女らには捕まらない根拠と自信があった。

 仮に捕縛に来る者がいても、余裕で迎撃できる火力と、万に一つの可能性でこの要塞が落ちる事があっても、この機動要塞の中にいる限り、彼女らの存在は表沙汰にできない。

 最悪、捕まったとしても今の地位と名誉は失うだろうが、その時は司法取引で新たな戸籍を用意し、別の人生歩めばいい。

 

「とにかく、こっちも危ない橋を渡ってあんたを牢獄から引っ張り出したんだし、その分の仕事はしてちょうだいね――スコール・ミューゼル」

 

 ポップアップウィンドウに映る岸に腹を立てるでもなく、中央ブロックでISに搭乗するスコールは妖艶に微笑む。

 

「ええ、私にも目的があるもの。報酬に見合うだけの仕事をしてみせるわ」




序盤の伏線回収、少しずつ始まりました。

感想欄で指摘されていたIS部隊の幼稚さですが、こういう伏線を張っていました。『騒動に紛れて関係者を誘拐、もしくは殺害』という線より『殺人という重責を負わせる』方が闇深いし、ヒロインズも一夏と絡むのが難しくなる、又は孤立する図式の方が悪役の観点からすればヘイトコントロールがしやすいのでこういう伏線に。ここにはもう一つ伏線を張ってますが、まずバレる事はないでしょう。気付いた方はネタバレせず、一人ニヤニヤしてて下さいw

新型を手に入れた一夏、ラウラ達と合流した千冬、瀕死のオータムと、何故か投獄されているはずのスコールの登場。その脇で暗躍していた女性権利者もいましたが、この展開は予想できたかな?
まぁ、こんだけ無人機ポンポン出てるのに本拠地出てこない時点で気づかれたかもしれませんが(汗


次話はガッツリ戦闘パートの予定ですが、どこまで盛り上げられるか以前に、また1年ぐらいかからないように時間作るのが問題。
ジジィになるんだし、アーリーリタイアできないもんかと悩み中。愚痴になりますが、中高年がいつまでも上にいたって会社は衰退するだけだろうに……



【今回の設定】

※1 AFSOC
正式名称はAir Force Special Operations Command、アメリカ空軍特殊作戦部隊。対テロ作戦をメインに、情報戦も担う組織。湾岸戦争以降、いくつもの戦線に投入された実績があり、2013年に第23空軍は活動停止してますが、この世界線では活動は継続中。
アラスカ条約の穴を突き、テロ対策を建前として親元である統合軍の指揮下で海軍特殊開発部隊(DEVGRU)と共同で新型ISの開発を行うと共に、学園を卒業したパイロットの教導(育成と運用)を行っている、という設定。今後も必要な組織だったので作りましたが、ホーム置いてあるだけで使いやすい。
こういう細かい背景は必ず作れと言ってくれた知人に感謝w

※2 ジュネーヴ諸条約
別名『戦争のルールブック』。戦争時における国家間のやりとり(戦争に参加できる最低年齢とか)から民間人への配慮(マスコミの取材条件含む)、果ては使っちゃダメな兵器ウンヌンを条文化したもの。これを基準に戦時国際法やら他条約がツリー化される形で条文化されてます。
00-07でちょっと触れてたけど、この条約は結構広義解釈されやすく、調べた自分でもちょっと把握しきれてません。
もしかすると勘違いしてる部分あるかも(汗


※ ビルトフルーク・プッペ
DSOにおいてある人物からイチカに託されたDS――のレプリカ。
本来は第4世代相当のはずだが、DSをIS規格に落とし込んだ過程で、今あるパーツのみでそれっぽく似せた機体なため、武装やら何やらが色々足りず、武装や機動力関連は第4世代相当だが機体は第2世代相当という、とてつもなくアンバランスな構成をしている。
何か秘密がある……らしい?
今後、一夏の専用機というわけではなく、次に繋げるフラグ機としてのゲスト参戦的な扱いの為、今後出番があるかは不明。ポジション的にはOOのアストレアみたいな存在ですが、システムとしてはコアガンダムのプラネットシステムみたいなので武装していると考えて貰えればOK。
次の話でこの機体はブッ壊します。


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00-23 Farcical(修正版)

farcical:茶番、滑稽な、馬鹿げたなど、非現実的な話や状況を指す場合や、理解が追いつかなくなった時にも使われる。
ホームドラマのコメディなどでのツッコミからサスペンスや推理もので行き詰まった状況まで幅広く対応できる単語なのに、「What!?」だけでだいたい状況が理解させられるので、最近使われなくなったらしい。


投稿してたと勘違いして、ルビコンでコーラルに焼かれまくってた作者です。修正しまくってたら誰得1万5千字オーバー……

リアルも忙しいのでまだ2週目が終わったばっか。ログだのパーツだのも集めきってないどころかSランククリアもしてないよ(´・ω・`)


 その頃、最初に一夏に接触したIS襲撃部隊の二人は装甲車部隊に回収され、事情を聞かれていた。

 

「気がついたか。何があったか話せ」

「……ファーストアタックに失敗した。あのガキ、ただの中学生じゃなかったわ」

「あれからどうなっている?」

織斑一夏(ターゲット)はISを使って海上で戦闘、4機を撃墜した後消息不明だ」

 

 チッ、と舌打ち。自分達のISを強奪してそこまでできる少年に、嫉妬とも恨みともつかない感情を持て余す。

 

「二次対象だった例の少女達は?」

「ドイツと合流し、日本政府の関係者に保護を受けた。未確認ではあるが、これには篠ノ之博士も一枚噛んでいるとの情報もある」

 

 これには彼女達も驚いた。こちらは可能な限り戦力を秘匿するように動いていたのに、博士には筒抜けだったのか。

 

「ということは織斑千冬(ブリュンヒルデ)も?」

未確認勢力(イレギュラー)のお陰で織斑一夏(ターゲット)と分断できている。が、メインの作戦は失敗したと判断された」

「ならこのまま撤退?」

「いいや、可能な限り騒ぎを拡大させる」

 

 言って、手元にあるクーラーボックスに偽装した弾薬箱から缶ジュースを数本、後ろにあったダンボールから小型のリュックサックと予備の携帯を取り出す。

 

「これは?」

「撤収用のバルーンとC4だ。お前達は織斑家に向かい、これをセットした後に例のポイントで回収してもらえ」

 

 それは事前に計画されていた事だった。もしも作戦が失敗し、撤退を余儀なくされた自体に陥った場合、先んじて一夏が使用しているPCにあるデータを回収し、ついでに家を吹き飛ばして惨事を拡大させる、という最終計画だ。

 

 彼女達は黙ってそれらを受け取り、歩道の陰に隠れるようにして降車。人の流れに合わせて避難する一般人を装って織斑家へと向かっていった。

 

 

 

***

 

 

 

(プッペ)、とはよく言ったもんだ」

 

 ビルト・フルーク・プッペ――直訳すれば『野生の証明・(さなぎ)』だが、蛹の部分は“未熟”とか“至らない”と訳す事もできる。この中途半端なキモさがある言葉遊びも懐かしく感じるが、名は(たい)を示すかの如く、機体は現在進行形で変化し続けている。

 この機体はあの場所にあったパーツの寄せ集めの再現機だと思っていたが、そのパーツそのものを組み換え、全く違うモノへと昇華し続けている。その成長速度は目を(みは)るもので、それはさながら(さなぎ)から羽化する様に、先の戦闘と拡張領域(バススロット)にある素材を使い、基礎フレームどころか関節の1パーツ単位で組み替えられ、全く別の“ナニカ”に変貌(へんぼう)しつつある。

 その変貌を(うなが)すものに、一夏は心当たりがあった。

 

(DSOのローカルメモリー、か?)

 

 総合進学案内(00-06)の時、会場でAR機器の使用を推奨され入手したオーグマー。一夏はこれを入手してすぐに魔改造し、ナーヴギアのサブとして使うつもりでDSOのローカルメモリーをコピーしていた。

 家から出てくる際、オーグマーに入れていたナビアプリの渋滞情報を利用して人の流れから敵位置を予測し、その後も一般の中学生を演出する小道具として首にかけたままだった。この中にはこれまでイチカとしてプレイしてきたDSOの経験のみならず、それまで作ってきたDSの機体構成図(アセンブリ)や使用してきた武装のデータ、更にはこれまで作り上げてきたレポートも入れてある。

 ISを身につける時は邪魔だからと拡張領域(バススロット)に収納していたが、このコアはその中にあったデータを学習しつつラボにあった装甲や兵装を取り込み、DSとの齟齬(そご)を極力なくしたISを生み出したようだが、先ほどの戦闘で一夏自身の技量の高さに機体が追いつかないと判断して再調整を(おこな)っているのだろう。

 一夏が知る限りでは最適化(パーソナライズ)からの一時移行(ファーストシフト)に酷似しているが、ここまで大掛かりな形態移行(フォームシフト)はもはや別物だ。

 間違いなく“あいつ”の仕業だろう。

 

(ったく、どこが()()だ。やりすぎて最早ギャグだぞ、コレ)

 

 ご都合主義、ここに極まれり。

 窮地(きゅうち)(おちい)った主人公が、ひょんな事から新型機を手に入れてパワーアップする。創作では王道の展開だが、逆にベタ過ぎて笑えてくる。

 今もめまぐるしくステータスが更新され続けているので一夏にもスペックは把握しきれてはいないが、機体の素材にこそ不安はあるものの、現時点でDSの第3世代相当のスペックには到達している。

 そうなると、次に気になるのは敵の残存兵力だ。

 

「残っているのは――例の黒幕気取りぐらい、か?」

 

 あの黒幕気取りが用意した表向きの主要戦力は、一夏が単独行動をした事で戦力が分散された結果、ほぼ潰せたと思う。ダメ元である程度の(ネタ)は置いて来たが、あっちには(ヴェクター)数馬(エクエス)がいるし、千冬と合流して無人機の存在も伝われば、黒幕が考えている『本当の伏線』にも気付いてくれるだろう。

 千冬が動いている以上、テロリストのIS部隊はもういないだろうし、最悪気付かれなくても例の少女(マジェスタ)と合流できれば場を収めるぐらいはできる――はず。

 

 残る仕事はこの騒動を引き起こした黒幕気取りを探し出し、全ての無人機とその拠点を潰せれば幕引き。問題はその黒幕気取り(バカども)がいる場所だが、一夏は大凡(おおよそ)の予想がついている。

 日本政府をはじめとした各国の情報網に捕捉(ほそく)されず、かつ束にも見つからずに大量の無人機が随時投入可能な潜伏場所。

 普通に考えれば日本国内は除外。国外や上空であれば衛星の監視もあるので、他国や束の情報網に引っかからないはずがない。

 残された選択肢は海中。それも一夏達が戦闘をしていた接続水域外周辺(※1)の外、より見つかりにくい排他的経済水域。そして拠点はおそらく武装した潜水艦、もしくは潜水可能な空母。それも長射程・高火力という機動要塞級(アームズフォートクラス)の大型兵器を搭載しているタイプ。

 連中の()()()()()が一夏の予想通りなら、無人機と高火力兵装の他にも広域殲滅兵装――最悪核兵器ぐらいの装備は搭載されていてもおかしくない。

 

「――いた!」

 

 地上から東に50キロ、水深80メートルに無人島サイズの巨大建造物が移動しているのをハイパーセンサーで(とら)えたそれは、一言でいえば巨大なステルス艦だった。

 左右に巨大な剣にも似たユニットが前に突き出し、その中央にはステルス機のような機体が上下に2つ、4つの縦長のユニットで(つな)がれていて、後方には楕円形のユニットが縦長のユニットと上下2つの本体に融合するように繋がっている。

 一夏はこの機体に見覚えがあった。

 

「ベースはDS型機動要塞(アームズフォート)、か?」

 

 とあるストーリーミッションの最終防衛ラインに君臨する、暴虐(ぼうぎゃく)と理不尽をひとまとめにしたような、第6世代相当に位置する()()

 異常なまでの硬さとシューティングゲームばりの弾幕でなみいるプレイヤーを寄せ付けないだけでなく、理不尽な防御力は高火力プレイヤーが数人で囲ってもなかなかダメージが通らず、手持ちの武装を使い切る勢いでなんとか機動要塞を倒しても、中から冗談の様な防衛力を持つ広域近接戦特化のDSが出てくるという鬼畜仕様。

 DSO(本来)であれば、そのミッションの難易度も相俟(あいま)って高ランクプレイヤー50人以上のレイドを組まなければ落ちないシロモノで、イチカもソロで何度か挑んだことはあるが、撃墜(クリア)できたのも奇跡のような一回だけ。

 それ以前の公式記録では、最少人数のRTAで挑んだ最大手クラン『ディビジョン』が達成した8人。それもヴェクター率いる全員がエキスパート以上で挑み、最後にヴェクターがギリギリ生き残って勝ちを拾ったという超難度。幾つか違う部分も見受けられるが、あの無人機を運用しているなら、それを支えられる戦況を覆す兵装(オーバードウェポン)――DSOでは『無限工房(ファクトリー)』という名称だったモノも搭載されているはず。

 再構築が完了するまで残り700秒。現時点でも、あの無人機であれば10機程度が一気に出てきても対処だけなら可能。あの機体もDSOと同じ機能があるなら、撃墜は難しくともなりふり構わなければ無力化するぐらいはなんとかなる、かも知れない。

 

 ドイツも弾も、敵勢力のテロリストを黒幕の主要戦力として考えていたから、雲隠れしようとしている黒幕気取りを見落とした。逆に束達は一夏とイチカのバイトにまつわる損得から敵を割り出したが、肝心な所に気づかずに千冬にISを()()()()()()()

 こんなのを一人で相手取るのは、いかな一夏とて無謀と思えたが、アレに対する優位性を示さなければ、黒幕の思い通り泥沼の経済戦争に発展してしまう

 

 最悪の結果を回避すべく、イチカは武器を構えた。

 

 

 

***

 

 

 

『新型のIS? ――あの子が来たみたいよ』

「あのガキ、ここまで邪魔しに来たの!?」

 

 スコールの報告と共に、ウインドウに表示されたIS(イチカ)(きし) 結華(ゆうか)は憎らしげに(にら)みつけた。

 

織斑千冬(ロートル)に拾われた後、博士と合流して新しい機体(オモチャ)を貰ったのかしら」

「一人でテロリストのIS4機も潰せたからワンチャン、とか思ったんじゃない?」

「引っ掻き回すんだったら、テロリストにもう何機かISを都合しとくべきだったかしらねぇ」

「最も警戒していた織斑千冬(ブリュンヒルデ)を引き離せたのはいいけど、あのガキとその周りががここまで出来ると思わなかったのが痛いわね」

 

 テロリストが使用していた、未登録の新規コアが搭載されたIS。それは彼女らが用意したものだった。

 表沙汰にできない潤沢な資金とISコアを(もち)い、テロリストに兵器を提供したのは場を混乱させるのもあるが、最大の理由は秘密裏に状況を把握するためだ。

 ただでさえ貴重なISコア、それも足がつかない新規コアと大量の兵器や資金を提供してくれる彼女らは、テロリストにとっての上客(スポンサー)となることで、彼女らはある程度作戦に口出しができた。

 テロリストが用意したパイロットは、あえて口を出さない事で必然的に三流以下を選出し、意図的に一夏を含めた一般人にISが渡ってコラテラルダメージが発生しやすい状況を作り上げた。

 その後の展開に各国が介入できる下地を作ろうとしたが、一夏達が予想以上に動けたのが裏目に出た。

 

『篠ノ之博士が絡んでいる以上、こちらの手の内はある程度読まれていると見ていいわね』

「博士にも困ったものね。情勢が有利な方についてくれないと、時勢はより混乱するものなのに」

 

 一度は潰した相手(いちか)が再び現れたが、戦力差は(いま)だこちらが有利だと考えていた。こちらには量産機など歯牙(しが)にもかけないスペックを(ほこ)る大量の無人機と、要塞ともいえる超大型機動兵器がある。たった1隻で大国とやりあえるだけの戦力を保有してるだけに、見解としては間違ってはいない。

 束から新型機を(たく)されたようだが、これだけの戦力差があれば潰しきれる。百歩譲って膠着(こうちゃく)状態になったしても、無人機の相手をしている間に本体は逃げおおせるだろう。

 

「あのガキに現実ってモンを教えてやるのも大人の努めってヤツなんだし、出せるだけの無人機出して潰しちゃいましょうよ」

「そうね――スコール!」

『もう出してるわ』

 

 スコールは一夏が現れた時点で、既に現状出せる10機の無人機を全て出撃させていた。

 牽制(けんせい)用として、空から2機を向かわせ、残り8機は海中から進攻して一夏の真下から2機一組(ツーマンセル)で波状襲撃できるように展開。同時に周辺には3メートルサイズの黒い卵のようなものを20個ほど射出している。

 牽制として出した2機は標的を追い詰めるべく、マイクロミサイルとパルスマシンガンによる弾幕を展開。予想通り弾幕を回避している所へ、拡散ビームがミサイルを巻き込みブラザーキル。爆風と爆煙を使って更に一夏を追い込んでいく。

 通常であれば悪手だが、この爆煙にはハイパーセンサーを狂わせるチャフの効果があり、海中に伏せている無人機の存在を隠す。そして相手が少ないと油断した所へ複数機で囲って無力化するという、シンプル故にリカバリーが難しい強襲戦法。

 千冬でさえ、初めて無人機と遭遇した時は寸前まで奇襲を察知できなかった。それも今度はスコールが直接コントロールする10機の無人機。ISに不慣れな一夏に対して明らかなオーバーキルだが、過去に遭遇した相手(クロエ)を素人と(あなど)り、手も足も出なかった無様を再び晒す気はない。

 

 先の戦闘を見た限り、あの少年は素人なんて生易しいモノではない。部門優勝者(ヴァルキリー)どころか世界最強(ブリュンヒルデ)並み、ともすれば織斑千冬に匹敵する異能の存在だ。

 現に回避中にも関わらず、空中にいた2機のハイパーセンサーを正確に撃ち抜いただけでなく、真下から奇襲してきた1機を蹴り飛ばし、それに追随してきたもう1機を銃剣(レーザーブレード)で両断。ファーストアタックを潰しただけでなく、一瞬でこちらの戦力を半減させた。

 

「え?」

「は?」

「う、そぉ……」

 

 女性権利者(モブ)達が驚愕の声をあげるのを尻目に、スコールは損傷した機体を撃墜されたように偽装して海中へと誘導。入れ替わるようにして海中から2機浮上し、ミサイルを撃ちつつ強襲。一夏は弾幕の隙間をかいくぐり、すれ違いざまに先んじて武装を展開していた1機をブレードで縦から真っ二つにして撃墜しつつ、海上スレスレで一零停止。一拍の間をおいて瞬時加速(イグニッション・ブースト)、大量の水飛沫(みずしぶき)を煙幕にして距離を取った。

 ミサイルの群れは水飛沫によって計器を狂わされあちこちに飛び交い、先程蹴り飛ばされた1機に命中して爆発、そのタイミングで浮上した4機にも命中。爆発と爆風によって損傷しただけでなく、大きく吹き飛ばされて隊列を乱された所に一夏が一閃。更に1機が胴から泣き別れする。

 

(姉も姉だけど、弟も凄まじいわね)

 

 ファーストアタックから15秒、たったそれだけで10機中6機もの無人機が無力化された事に内心舌を巻くが、スコールはダメージが残る4機に武装展開させ、弾幕を張りつつやられた無人機に指示を飛ばし、海中にある黒い卵に近づける。

 壊れた無人機は外殻(シェル)と管制ユニットをパージ。卵が割れるように変形してそれらを取り込むと、新たな無人機となって復帰。先程と同様、2機が海中からミサイルを撃ち、4機が浮上と同時に武装を展開。横と下からの弾幕と爆風で追い詰めようとするが、一夏はあまりにも意外な方法でその窮地(きゅうち)を脱してみせた。

 

『なによそれ!?』

 

 自ら弾幕の中に突っ込んでいき、進路上にあるミサイルを正確に撃ち抜きつつ、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を織り交ぜた変則多段瞬時加速(マルチイグニッション)による多角的高速移動(※2)。しかも爆風の中を突き抜けたにも関わらず、機体はせいぜいが装甲に多少の傷がついている程度。

 そのダメージも()()み済みなのか、お構いなしに近くに来た1機を袈裟懸(けさが)けに斬り捨て、もう1機は銃身に装着された銃剣で貫き、その機体を盾に発砲。相手が見えていないのにも関わらず、正確に頭部を貫通して更に2機のハイパーセンサーを撃ち抜いた。

 

(まさか――あんな超高速機動を制御した上に、爆発の影響を受け(にく)い場所を選んで移動したというの!?)

 

 あれだけの爆発の中、それだけのダメージで済ませる機体制御だけでなく、強固な無人機のシールドバリアを無視するような火力と精密射撃で撃ち込む照準(エイム)もそうだが、最も脅威なのはあの爆風の中を躊躇(ちゅうちょ)なく突っ切るその胆力。

 スコール自身、同じ事をやるなら事前に相当な集中と覚悟が必要になる。かの織斑千冬(ブリュンヒルデ)でもできるかどうかの事を、ISに触れて1日も経過していないこの少年はやってみせた。

 現時点において、既に技量も胆力もスコールを凌駕(りょうが)し、過剰戦力と思えた10機もの無人機も足止めにすらならない。

 

 間違いなく、彼は今後自分達の脅威となる。

 

 そう判断したスコールの決断は早かった。

 いざという時に準備していた、虎の子の新規コアを搭載した無人機が12機、更に工房(ファクトリー)で量産された(スペア)が56機。それら全てを展開した上、今までやられてユニットを外した機体も破損箇所をパージし、それぞれ無事な部分を再結合させて海中に待機するように指示しつつ、自身が()るIS型機動要塞(アームズフォート)も浮上させる。

 こんな所で新規コアだけでなく、機動要塞も使おうとするスコールに岸が焦る。

 

「スコール! なに勝手な事を――」

『今のでわかったでしょ、アイツは織斑千冬(ブリュンヒルデ)より危険な存在よ。ここで潰すしかないわ!』

 

 スコールらしからぬ冷静さを欠いた言動に、岸がヒステリックに反論する。

 

「あんなガキ相手に何を言って――」

『素人は黙ってなさい!』

「くッ……」

 

 彼女の機嫌を損ねる危険を察して岸達は押し黙るが、そこには抑えきれない不満がありありと浮かぶ。

 そんな彼女達を無視し、スコールは既に展開している機体に弾幕を張って抑えるように指示しつつ、新たに展開した無人機は一夏を囲う様に環状に配置して浮上、こちらも即座に武装を展開し弾幕を張って一夏を遠ざけている間に、真下に位置する本体を浮上させつつ全武装を展開する。

 中型のミサイルハッチが12基×12門の計144門、マイクロミサイルハッチが24基×18門の計432門、大口径のレールガンが32門、無人機にも搭載されているパルスマシンガンが24門、更には5連装機関砲(CIWS)が8基、そして主砲の大口径ビーム砲が2門。

 移動要塞(アームズフォート)の名に()じない、あらゆる軍縮条約(※3)を完全に無視した兵装と、22機にも及ぶ無人機がたった1機のISに集中。

 スコール自身、どこかに(あなど)りがあったのだろう。一夏を前に、たった10機の無人機では相手にもならない。牽制などせず、最初から全力で潰しに行くべきだったと後悔する。

 

 映画でもなかなか見られない、ド派手な戦闘が始まった。

 

 

 

***

 

 

 

「チッ、思った以上に保有戦力があるな」

 

 四方八方から受ける集中砲火を(さば)きつつ、ノイズだらけのハイパーセンサーから得る情報に一夏は冷や汗をかいた。

 移動要塞(アームズフォート)はDSOのモノより武装が少ないのでなんとかなりそうだが、保有する残りの無人機は10機前後、DSO(ゲーム)の仕様通りなら“(エッグ)”と呼ばれる予備機(スペアボディ)は40前後と予想していたが、展開された無人機は倍以上、海中にある予備機の反応も倍近く。

 少しばかり派手な動きをして移動要塞(デカブツ)を誘い出すつもりだったが、死にかけた身には少々酷だったのか、たったあれだけの動きでも体の奥に(にぶ)いだるさがある。回避に(てっ)している今もそれが足を引っ張り、思うように動けない。

 それだけでなく、再構築の影響か拡張領域(バススロット)に格納されている量産機の武装を取り出せない。

 再構築完了まで残り520秒。万全でも怪しい戦力差だが、現状の装備では一人で相手をするのは無茶を超えて無謀。無人機を相手にしながら機動要塞を潰すというのは絶望的だった。

 

 ――()()()()()()

 

「ま、やりようは幾らでもあるさ」

 

 あえて気楽に(つぶや)き、自身を鼓舞する。これからやるのはDSOでも滅多に見ない、ISの常識すらブチ壊す前代未聞の大立ち回りだ。

 

 多少の被弾は覚悟(ダメコン)しつつ、機動要塞に向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)。最小のダメージで目的地に到達すると、再度真横に瞬時加速。その後ろから無人機のミサイルとパルスが機動要塞に集中。大量の弾幕全てが機動要塞のシールドバリアに当たり、展開されたバリアが歪む。そこへライフルを撃ち込むと、狙ったタイミングで飛び出そうとしていた中型ミサイルに命中。

 爆発は連鎖し、右サイドに設置された中小のミサイルハッチとレールガン4基が吹き飛び、装填されていた弾薬にも引火。周辺の装甲を巻き込んで大爆発を起こし、右翼に展開している3基のCIWSが基部から吹き飛ばされ、機動要塞は左に傾いただけでなく、右主砲のフレームも歪む。護衛として周りに配置していた4機の無人機も爆発に巻き込まれ無力化された。

 

「次ッ!」

 

 延焼を恐れてか、要塞はミサイルハッチと周辺ユニットをパージ。歪んだ右主砲が残っているのをノイズだらけのハイパーセンサーで認識し、その場で反転して両手にライフルを装備。

 空中に展開していた無人機2機と、浮上してきた1機のハイパーセンサーを正確に撃ち抜いて無力化し、横合いからの主砲(ビーム)をギリギリで回避。だがその射線上にいた3機の無人機は主砲を回避できずに被弾し、うち2機は半身を消失。中央にいた1機に至っては、ISコアまで吹き飛んで撃墜される。

 ビリビリと衝撃を受ける中、一夏はダメージを無視してPICをカット。主砲の衝撃を利用してあえて吹き飛ばされ、大きく距離を取りつつ高周波ブレードを取り出すと、目の前には主砲の一撃で分断された無人機が1機。

 ブレードを前に突き出し、(きっさき)が触れるかどうかという所でPICを再起動。無人機を貫くと先程見せた多角的高速移動を使ってそのベクトルを真上に変更。ブースターとスラスターを同時展開し、最大出力の瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上空へとカッ飛んだ。

 機体を利用されると思ったのか、ブレードに刺さった無人機はユニットをパージ。光学兵器のジェネレーターを暴走させて自爆させようとすると、それを察した一夏は瞬時加速中にも関わらず機体を反転。遠心力を利用してブレードに突き刺さった無人機の残骸をブン投げる!

 飛んでいった先は機動要塞の真上。自爆のエネルギーは無人機が内蔵する兵装と周りが発射したミサイルも巻き込んで連鎖的な爆発を起こし、周囲を紅蓮に染めあげた。

 爆発で吹き飛ばされた機体の破片はシールドバリアを突き抜け、要塞本体と周辺兵装にも相当なダメージを与え、機動要塞は右後方に展開していたミサイルユニットと4基のジェネレーターが爆発して周辺ブロックごと崩壊。その余波で歪んでいた右主砲は砲身を折られて使用不能、右翼に展開していた8基のパルスマシンガンは基部フレームが歪んで射角を制限され、10基のレールガンはユニットごと破壊されるかフレームが歪むなどして使用不能となり、ミサイルユニットに至っては展開している半数が使用不能になった。

 機動要塞の周辺にいた2機もPIC発生機器とスラスターを破壊され行動不能にされ、爆発に近かった4機は爆風をモロに喰らって撃墜。

 その隙に一夏は太陽を背にして機動要塞の真上500メートルに位置。主砲の斜角から外れると共にCIWSやレールガンの射角限界ギリギリをキープしながら動き続け、爆風から逃れた1機のハイパーセンサーをライフルで撃ち抜きつつ、バリアで弾かれるとわかっていながら、その向こうにいる機動要塞(デカブツ)にプレッシャーをかけていく。

 

 やられた全ての無人機がユニットをパージして新しいボディを回収しに行き、目の前に展開されている無人機は7機。全戦力を投入してから2分足らずで無人機は3分の1になり、機動要塞もかなりのダメージを負っている。

 今の攻防でミサイルは利用されると思ったか、警戒してパルスとCIWSをメインにした弾幕を張って近付けまいとし、一夏も要塞の真上という位置を維持しつつも大きく距離をとる。それを好機と見たのか戦線に復帰した無人機を広く展開し、パルスとビーム砲による追撃で牽制して一夏を近づけさせないようにプレッシャーをかけ、左側の主砲が使えるように移動するが、一夏は距離を維持するに留め、今の結果に困惑していた。

 

「――思ったより柔らかい?」

 

 疲労のため肩で大きく息をしているが、機動要塞がDSOの仕様より装甲が薄くてダメージが通る事に驚く。

 冷静に考えてみれば、DSOばりの理不尽仕様を実現するなら、国家総予算並みの資金を投入しても再現不可能な事に気づいて内心苦笑する。知らず知らずの内に結構テンパっていたらしい。

 

 機動要塞は結構な被害を受けて死角を隠すべく、無人機に弾幕を張らせて移動しているが、一夏は意図的に太陽を背にして上空から死角に回り込むように見せかけつつ、無人機の展開をコントロールして武装と射角を制限。残りの無人機が復帰するまでの一時的なものではあるが、今のやりとりでミサイルを使うのは警戒するだろう。

 

「上手くハマってくれた、か?」

 

 一夏が最も警戒していた武装はミサイルだ。

 あのチャフ機能もウザかったが、本来の目的である爆風と衝撃波のよる面制圧も地味にシールドバリアを削る為、使わせない状況を生み出して仕切り直すタイミングを(はか)る。

 

 再構築完了まで残り400秒。初期投入された分の予備機(エッグ)と機動要塞の武装も一部破壊したが、稼働できる無人機の残りは21機、予備機は50以上あるが、今の戦闘でこっちの手の内は割れている。

 こちらが中近距離の兵装しかないのをいい事に、相手は遠距離からのビーム砲で撃ち落とそうと戦線に復帰した無人機を広く展開して数の暴力で圧をかけてくるが、太陽を背にしていれば無人機とて視認しての射撃制度は落ちるし、向こうがまいたチャフのお陰で無人機のハイパーセンサーも狂っているのか、かなりの数があさっての方へ撃っている。

 それに、いくら連射が可能で威力があっても連射性能(DPS)は低いし、いくら弾速の早い光学兵器とはいえ、上位のDSOプレイヤーなら500メートルも開けば対処は容易。ましてや相手は最前線(ファストクラス)にいる理性と狂気の狭間(はざま)を紙一重で行き来する存在。自身のデメリットすら相手の視野を(せば)める手段に使う、イカレた道化師(トリックスター)だ。

 

 一夏は体力を温存するため、あえて距離が開いたままスラスターを使わずPICのみで小刻みに動きながら、要塞からの攻撃を回避する。CIWSの射角にも入ったが、意図して射角ギリギリにいるため散発的にしか届かない。

 この状況を逆手に取り、休憩を含めてちょいちょい動きを止めて体力を回復させながらも、あえて向こうの攻撃をダメコンに見せかけたギリギリの位置でかわし、わずかな体捌きも入れて8秒以上停滞し――中指を立てて、嘲笑(わら)ってやった。

 

 

 

***

 

 

 

「あんッの、クッソガキャぁぁ!」

「目上のモンに敬意払えやこの○○○○!」

「この(作者検閲)が!」

「(怒られる前に自主規制したくなる暴言)」

「(もはや言葉にすらなってない叫び)」

 

 大量の無人機だけでなく、自分達の財産ともいえる機動要塞もボロボロにされた上でのこの煽り。(こら)え性のない女性権利者(バカども)は口々に一夏を(ののし)っているが、スコールは周りが暴走しているお陰で逆に冷静になった。

 

(その気になればこちらを追い詰められるのに、なぜ追い詰めない?)

 

 一連の動きを見る限り、こちらを潰そうと思えばすぐに実行できそうなのに、このタイミングでの(あお)りがスコールには不自然に映る。あんな機動力特化の中距離型、無視できないダメーを与え、死角も作った上に武装も制限してきたのに、このタイミングで攻め込んで来ないのはおかしい。

 

(わざと煽って無人機と分断? いえ、まさかより警戒させて休憩する時間を作りたい?)

 

 どちらの狙いかも分からず、退いても深追いはせず無人機による波状攻撃で一夏を追いかけるが、先程とはうってかわって瞬時加速を多用せず、緩急織り交ぜた曲線的な動きでビームやパルスを回避している。その動きは円状制御飛翔(サークル・ロンド)とも違い、まるで風の中を舞い散る木の葉のような動きでこちらを翻弄(ほんろう)する。

 弾幕の中をノーダメで回避され続ける状況にしびれを切らしたのか、女性権利者達がスコールに意見する。

 

「何してんのよスコール、さっさとあのクソガキ潰せやァ!」

「相手はISに乗って数時間って素人よ。たった1機になに振り回されてんの!」

「アンタの方がISの操縦歴長いんでしょ。早く潰しなさいよ!」

 

 口々にスコールを非難するが、その言葉の中にひらめく物がある。

 

(操縦歴の長さ……経験――!?)

 

『ふふッ――ぁはははっ!』

「スコール……?」

 

 急に笑い出したスコールに岸達は困惑するが、何がツボに入ったのか、構わずスコールは笑う。

 

『あの子、あの戦法が成功したから味をしめたのかしら?』

「……? どういう事よ?」

『さっきのIS戦でテロリスト達を煽って冷静さを奪ったの、覚えてる?』

 

 説明しながらも、スコールは無人機に警戒して使わなかったミサイルの発射を指示。それも数機はロックオンせず放射状に撃ち、ビームやパルスで撃ち落としつつ自爆。爆炎に隠れてロックオンした本命のミサイルを撃つと、先程まで余裕で回避されていたのが嘘の様に慌てて回避し、逃げ切れないものは撃ち落とされるが、それでも爆風と爆煙は徐々にダメージを重ねていく。

 

「これは……」

『あの子も相当ジリ貧みたいね。最初の猛攻で(だま)されたけど、死にかけた体と慣れない新型。いくら高機動でも、中距離型じゃ攻める選択肢は限られてくるもの』

「それで私達怒らせ深追いしてきたのを各個撃破しようと狙っていたけど、あなたは見抜いたと。そういうワケね」

 

 策に気づかされると、それまで激高していたのが嘘の様に冷静になった。

 天丼戦術は危険、というのは岸でも知っている。どれだけ練りこまれた戦術であろうと、一度見た戦術は早急に対策されるからだ。いくらゲームで通用する戦術であろうと、IS戦に一日(いちじつ)(ちょう)があるスコールを相手に、その戦い方を仕掛けるのは下策といえた。

 

『意外すぎる戦術に驚かされたけど、実情を知ってしまえばこんなモノね』

「小細工を弄するだけのガキに踊らされたのは(しゃく)(さわ)るけど、ここからは反撃の時間ね。ゲームと現実の違いを教えてやりなさいな」

 

 スコールが不敵に笑った。

 

 

***

 

 

 

 一夏が動き出す少し前、弾の指示でラウラたちは行動を開始し、エーリヒが引率するラウラ、クラリッサとドイツ部隊15人は更識と同行。ドイツが用意したIS3機は、更識が用意した対人装備の一部を借り、少女達が乗るマイクロバスに一緒に搭乗して警護。それぞれが散開して作戦を開始した。

 千冬も動き出そうとしたが、弾から「一夏を追い詰めたくないなら絶対に動くな」と厳命され、白桜(IS)を待機状態にして弾と共に彼女達の待つマイクロバスに合流したが、皆それぞれに顔が渋い。

 弾は言わずもがな、数馬、詩乃は頭を抱え、鈴に至っては驚愕とも呆れともつかない表情を浮かべて千冬を(にら)んだ。

 蘭と箒は千冬が現れた時点で希望を見出(みいだ)したと言わんばかりに輝いているが、どうにも落ち着かずにドイツ部隊の方に視線を向けるが、気まずそうにそっと視線を()らす。

 

「なんなのだ、一体――」

「千冬さん、それ本気で言ってる?」

「今は千冬さん自身が爆弾だって気づいてないの?」

「千冬さんは確かに現状最強に位置するけど、今は諸刃の剣なのよ」

 

 上から数馬、鈴、詩乃とそれぞれ千冬の存在のデカさを物語るが、どうにもネガティブな意見が多い。IS学園に関する問題は解決させてきている、というのに気づいていないのだろうか?

 

「IS学園の方なら既に辞表を出してきた。問題はないはずだぞ?」

「千冬さん()()、だったら問題なかったんですけどね」

 

 苦笑する数馬に蘭と箒が困惑する。功績欲しさにIS学園が辞表をもみ消す可能性はあるが、この暴動の鎮圧に千冬というビッグネームは効果的なのではないのか。

 

「お兄、これってどういう――」

「詳しい話は後だ。とにかく、千冬さんは絶対に自分から動かないでくれ」

「お願いですから教官は大人しくしててください。あなたの行動次第では、最悪イチカは世界の敵になりかねない」

 

 世界の敵。そう言われて一夏が一人で何もかも背負い込もうとしているという束の言葉を思い出し、話を聞こうとした所へ束からのオープン・チャネルが入り、ウィンドゥを展開する。

 

『ちーちゃん、まずい事になった。いっくんがトンデモないのを相手にしてる!』

「何があった?」

 

 これ! とリアルタイムの映像が展開され、そこには巨大な空母と(おぼ)しき戦艦と、大量の無人機を前にたった一人で大立ち回りをしている一夏の姿。既に結構やりあっているのか、一夏の方も多少のダメージはあるが、巨大空母の方も結構なダメージを受けているらしく、黒煙を上げながらも無人機と共に一夏を追い立てている。

 

「一夏!」

「ぃちか、さん?」

「なんて無茶を、って――」

「まさか……」

「これって……」

 

 事情を知らない箒や蘭は驚愕するが、鈴は一夏が駆る機体に見覚えがあり、弾と数馬もその機体と相対する巨大兵器にも見覚えがあった。

 

「一夏が乗ってるのって、もしかしてビルト・フルーク?」

「DSOで一夏が乗っていたという機体か? なぜ現実(ここ)に?」

「それに無人機(レギオン)はともかくとして、あのデカブツ、もしかしてローゼンクロイツァーの第2形態、か?」

「DS型機動要塞(アームズフォート)の? なんで『みんなのトラウマ』が現実(ここ)にあるのよ!?」

『ンな事話してる場合じゃない! ちーちゃん、すぐにでもいっくんの援護を――』

「悪いが千冬さんも博士も、一夏の為を思うならあいつの所に行くのはやめてもらおうか」

 

 束の要請を弾がピシャリと(たしな)めるが、束はともかく千冬は話が見えないのか困惑している。本当に気づいていないのだろうか?

 

「博士、マジェスタ(クロエ)と連絡はつくか? さっき俺の方で頼んだ依頼をキャンセルしたい」

『一体何を依頼したんだい?』

「それはおいおい。今はアメリカとロシアの部隊が問題だ。一夏がヘイトを稼いでくれたお陰で被害は最小限に抑えられちゃいるが、未だ敵戦力は健在だ。どっちかが貧乏籤(びんぼうクジ)ひいてこっちを引っかき回す可能性がある」

 

 ざわ、と周りが騒ぎ出す。今の今まで動きがない海外勢力が一体何をするというのか。

 

『アメリカの部隊なら、例の無人機にやられてほぼ壊滅状態。いっくんの助力でこっち側についてくれたけど』

「ならロシアはこっちか。ドイツの部隊(こっち)だけで対応できるか?」

 

 ドイツのIS部隊は暫し熟考し、現実的な答えを出した。

 

「……第3世代が2機以上いたら厳しいですね」

「最初からIS戦を想定していたとはいえ、あくまで第2世代の量産機が前提です。数の有利も潰されたら――」

「そこに千冬さんが加勢したら?」

「なに?」

『なに考えてるのさ!?』

 

 意外な質問に千冬だけでなく、束もたまらずツッコミを入れた。たった今千冬が表舞台に立たせられないと言ったばかりなのに、ここで千冬を使う提案はなんなのか。

 

「勘違いすんな。一夏の所に千冬さんがいることが問題であって、こっちにいるのはむしろ一夏の力にもなりえる」

 

 その際には博士が表舞台に出なきゃいけないんだけどな、と続けると、詩乃と鈴は「ああ!」と察したが、箒と蘭は話が見えず困惑し、千冬は嫌な予感がする。

 

「だが、一夏の方はどうする?」

「……あいつがあの機体(ビルト・フルーク)を使っている以上、負けはねぇ。いざとなれば引き時ぐらいは(わきま)えてるさ」

『で、ちーちゃんがドイツと行動する理由は?』

「博士がいるお陰で、千冬さんとドイツが一緒にいる意味を持たせられる。場合によっちゃ、IS学園に辞表を出したって話も使()()()

 

 そう説明され、束は数秒熟考。確かにこのタイミングであればドイツと千冬が一緒に行動していても問題ない。むしろ一夏にとってはプラスに働く。

 

『……ちーちゃん、ドイツと一緒に行動して』

「束!?」

『こうしてる間も、いっくんがいつ落ちるか(わか)らない。賭けではあるけれど、ここは魔王(ヴェクター)の案に乗ってみようよ。それともちーちゃんに代案はある?』

 

 ぐ、と千冬が(うな)る。大人としてのプライドはあるが、自身の行動次第で一夏の立場が悪くなると言われた手前、それに対する反論が即座に思いつかない。

 

「とにかく時間がねぇ。千冬さん達は今の立場を理解してないみたいだから情報共有の為に説明はしたが、これ以上いちいち聞かなきゃ動けないなら――」

「残念。どうやら時間切れみたいだ」

 

 数馬がバスの窓を指すと、ビルの合間をぬって姿を見せるISの姿。その機体には千冬のみならず、ドイツにも心当たりがあった。

 

「あれは――ロシアの第3世代!?」

モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)か!」

「馬鹿な。IS学園(こっち)でも第3世代の話は企画書(ペーパープラン)が上がったばかりだぞ!?」

 

 第3世代が現れたと知って詩乃や箒達が顔を青くするが、言うよりも早くドイツ組はバスを飛び出してISを展開。自身を囮にロシアのヘイトを買おうと隊列(フォーメーション)を組んだ。

 

『プロトタイプというより試験機(インスペクション)ってトコかな。計画が前倒しになったのって――』

「一夏の仕事が相当よかったんだろうな。能力も半世代ぐらい底上げされてると思った方がいい」

「冷静に分析してる場合か!」

 

 言いつつ、千冬も遅れてバスを飛び出しISを展開。

 右手にブレード、左手にライフルという得意のスタイルで、いつでもドイツ部隊と連携を取れる位置をとって、ロシア軍と(おぼ)しき部隊と対峙。

 

『ちーちゃん、連中を市街地から追い出すことを優先して』

『まずはこっちから攻撃せず、所属を聞き出してくれ』

「何も答えなかった場合は?」

『テロリスト扱いで撃墜してくれて構わない。そういう前準備は揃えてある』

 

 用意周到な弾に内心舌を巻きつつ、千冬は了解の一言で済ませた。




諸々の問題だったり突っ込みたい部分はあると思いますが、とりあえず修正版投稿。
プロローグは1話ぶん追加。何も考えずに戦闘パート作ってたら文字数増えてもうた。。。
次回、いろんな意味でブッ壊れ回確定。ようやくはっちゃけられると思ったのに(´・ω・`)

現時点でも敵味方問わず、意図的に行動が繋がっていない部分を残してあるので、読者が考えつかなかったor見落としていた部分が出てくる、かも?
先の展開が読めた、という方は自分で話を書いてみた方がいいです。まず間違いなく、自分よりいいもの書けると思うんで。


【今回の設定】

※1 接続水域
いわゆる24海里。領土権を主張できる範囲で海警(かいけい)(海上警備)を堂々と行える部分。これを超えた排他的経済水域(200海里)まで行くと、この世界では領海であると主張できる反面、ISの可動試験を行える領海という政治的にも軍事的にも様々な問題を抱えており、現実よりも密漁船やイケナイ事をする連中がウロチョロしている海域でもある。そこまで警備に回せないため、各国は頭を悩ませている。
最初に一夏が戦っていた場所は海上50km地点で、接続水域と排他的経済水域の境界。ここで戦闘をしたのも理由があり、答え合わせ回で出せる、かも?

※2 特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を織り交ぜた変則多段瞬時加速(マルチイグニッション)による多角的高速移動
イメージしやすいのはゲッター2のマッハスペシャル、もしくはトールギスFの擬似トランザム。DS上位プレイヤーは必須技能で、ISなら千冬も(集中すれば)使用可能。
DSOなら鈴と蘭以外は戦闘に織り込めるレベルで使用可能で、鈴は集中すればギリ使えるけど曲芸レベル。一夏や弾クラスになると相手はヤムチャ視点で捉えきれない。

※3 あらゆる軍縮条約
ワシントン海軍軍縮条約、ロンドン海軍軍縮条約、ベルサイユ条約などが有名。
ざっくりした説明をすると「戦争すんのメンドいし、こっちも侵略する気ないから軍事予算削ってその分世界平和に回そうぜ。この条約無視して軍備増強したり侵略したら加盟国からフクロにされても文句ねぇよな?(圧」といった感じの条文もあり、この世界も(表向きは)守ってますが、アラスカ条約と相反する部分もあって、ISがこの条文に加入するかどうかを各国でもめてる状態。
なので機動要塞は条例的にはグレーだけど、使ったら速攻アウトな核兵器ばりの存在。
まがりなりにもこれをボコってるいっくんェ……

話はもう佳境だというのに、相変わらずの遅筆進行。
気が向いたら暇潰しに読んでくだせぇ。


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00-24 蛇蝎達の狂宴

お待たせしましたブッ壊れ回――と思ったら文字数が先にぶっ壊れてしまい、前半の伏線部分のみの投稿となります。
戦闘パートに熱が入ったら3万字超えそうになってたw

今まであっちこっち描かれてきた点と点がようやく線で繋がり始め、物語に更なる燃料が投入されてきました。


 ラウラ達は更識から装備を受け取り、予定通り広場に展開しているテロリストを相手に戦闘を開始していた。が、その練度は更識をして目を(みは)るものだった。

 

『6時方向、H-1からH-8までのエリア、抵抗戦力なし』

『同じく9時方向、A-1からG-1までのエリア、抵抗戦力なし』

『3時方向、A-8からG-8までのエリア、敵影ありません』

『12時方向、A-1からA-8までのエリア、敵影な――正面、A-5から車両2台!』

『ラウラ、前に出る。クラリッサは他チームのバックアップを』

『了解。D-4に歩兵6名』

『Dチーム了解。カバーを』

 

 歩兵12人を三人一組(スリーマンセル)で編成し、A~Dチームで呼称。四方を見守る形でお互いをカバーし、ラウラ、クラリッサが予定通りISに搭乗。単一で部隊として機能させ、銃火器を所持した部隊に対応しつつ、各班は対人武装を持っている部隊に対応。

 フィールドである広場をチェス盤に見立て、8×8の64ブロックに分割し、北を上にして縦のマスをアルファベット、横のマスを数字呼称しながら各々(おのおの)のクリアリングも用いて時計周りで二重にポイントを注視。中央でIS2機が北西と南東で分担し、それぞれが担当ブロックを適宜(てきぎ)チェックして都度(つど)カバーする徹底ぶり。

 その効果は劇的で、発見の報告から5秒以内でその方角を担当する隊員がダブルチェック。一般人であれば更識のエージェントに連絡して避難誘導、敵であれば10秒以内で最低一人は無力化され、20秒以内で1パーティーが壊滅し、追加で現れた部隊も迅速に無力化するか拘束されている。

 これだけ派手に暴れていれば、テロリスト達は誘蛾灯に群がる虫の様に集まってくる。現に新たにやってきた車両2台は発見から10秒()たずにラウラ機がその頭上を取り、敵と判明すれば一人3秒以内に確実にヘッドショット。弾頭は低致死性のスタン弾とはいえ、ISが装備する強化弾。一発で抵抗する意思どころか意識まで刈り取り、白目をむいて倒れたテロリストを更識の部隊が迅速に拘束していく。

 当の更識は既にお飾りの指揮官となっているだけでなく、エーリヒもオペレーターとして全体を見つつ更識と共に行動していたが、このオペレーターもほぼ機能していないほど練度が高い。

 

「いやはや、素晴らしい練度ですな」

「まだ戦闘中です。何が起きるか(わか)りませんぞ」

 

 エーリヒの指摘に更識が閉口する。ドイツ部隊のスムーズな制圧戦のお陰で、無自覚の内に腑抜(ふぬ)けていたようだ。

 実際、ドイツの部隊が前衛、更識の部隊が後衛を担当する形となってからの被害は皆無で、こちらの部隊は自然と無力化したテロリストの確保と前線への弾薬補給が(おも)となり、余剰隊員は民間人の避難誘導に回せるだけの余裕もある。こちらの鎮圧は時間の問題だろう。

 日本の自衛隊も対テロ戦に関しては防衛と迎撃を主とする訓練をしているし、その一点においては他の追随を許さないと自負している。が、彼女らは更に一歩先、殲滅戦や掃討戦、緊急時の突破戦や退却戦なども視野に入れているフシがあり、それはお国柄なのか、それともあの惨劇を教訓に訓練を見直したのか――

 

(いや、これこそがあのゲーム(DSO)で得た経験、ということか)

 

 五反田 弾のみならず、DSOというゲームは現実以上に濃厚なシナリオを経験するのか、こちらが予想する更に上の“最悪”を常に考慮し、状況を利用して最低でも次善となるように動いている。その読みは個人差こそあるものの、個人でもチームでも最低限のコミュニケーションで護衛対象の安全を確保し、こうして戦力の合流も可能としていた。

 自らの手の内を晒してドイツとの共同戦線を張り、その経緯(けいい)でパイロットの手配もしなかったのも少年たちの提案だ。

 理由も『敵はこの事態を想定して、既にパイロットにも手が回っているはず』というもので、IS特務部門を(にな)(きし) 結華(ゆうか)議員も今回の騒動に何らかの形で関わっている可能性が浮上し、こちらの動きを知られるのを警戒して手配を回さなかったのが吉と出た。

 

(顔合わせで、ただのゲーマーの(つな)がりと(あなど)ったのは間違いだったか)

 

 横目でチラリとエーリヒを見遣(みや)り、彼もこの結果は予想外なのではないかと考える。

 軍人気質のエーリヒは少年達に助力を得る事を恥じるのだろうが、対暗部である更識からすれば、使えるものを使わず本末転倒になる方が恥だ。

仮想課の男から紹介されて彼らと関係を持ったが、その考察は数手先まで的確。言われるがままに必要な物資と場所を用意すれば、後手に回っていた不利な状況を見事にひっくり返し、ドイツのみならず、織斑女史と篠ノ之博士にも顔繋(かおつな)ぎができた事さえ予想外だ。

 織斑女史の話では、一夏(おとうと)の方も初戦闘で複数のISを撃退したらしいが、その代償に重傷を負って博士の所で治療を受けているという。それでもテロリストのISは全機撃墜できたようだし、事態は好転とまではいかないまでも、日本は政治的なピンチを首の皮一枚で(つな)げられる希望も見えてきた。

 

「あとは何事もなく収束へと向かってくれれば」

「ちょっ、今そんな事を言うと――」

 

 更識の(つぶや)きに思わずエーリヒがツッコむが、一歩遅かった。

 

『護衛部隊より連絡。所属不明のISが3機出現、護衛部隊が教官と共に対応にあたりました!』

『海上でイチカが例の無人機共とその母艦と(おぼ)しき巨大兵器相手に一人で大立ち回りしています。無人機は20機以上展開、母艦の火力も諸条約を無視した大規模なものです。あれが本土(こっち)に来たら対処できません!』

 

 案の定、次々とヤバ過ぎる報告が相次ぎ、状況は一気に悪くなる。

 

「――こうなるんだ」

「……なるほど。これが世間一般に言われる“お約束”とか“フラグ”というヤツですか」

 

 どことなくバツの悪い顔で更識が顔を(そむ)ける。

 五反田 弾の言っていた超大型空母らしき存在も現れ、更識は己の軽はずみな言動を後悔し、エーリヒはジト目で流しつつ、ラウラに指示を出す。

 

「イチカ君の所に増援は回せないのか?」

『イチカの機体とアイツの練度もですが、相手の物量も相当なもので……こちらが用意した機体では力不足(ちからぶそく)です』

「織斑女史を向かわせるのは?」

「それこそ最終手段だ。彼女はこちらに顔を出してしまっている。敵の狙いがそこなら、最悪一夏君は世界の敵になりかねない」

 

 チッ、とエーリヒが舌打ち。今の彼女は良くも悪くも爆弾だ。

 織斑千冬(ブリュンヒルデ)というビッグネームは味方につけば最強だが、その配置には相当な配慮が必要となる。

 無人機を潰すためとはいえ、その姿を自分達の前に姿を見せてしまっている。合流したという事実はテロリストのみならず、この辺をうろついているマスコミ関係者にも把握されているか、もしくは意図的にタレコミをされている可能性が高い。ましてや彼女は新型のISという希望(ばくだん)をもってこの場に現れた。この理不尽(ちから)をもって場を収めることは可能だろうが、被害を出さずに終わらせる、という事態は今となっては不可能に近い。

 泥沼の展開になりつつある現状が黒幕の狙いなのであれば――大々的な人的被害を出してしまえば一般人のヘイトは彼女のみならず、彼女に機体(IS)を渡した篠ノ之博士、ひいては一人で飛び出した一夏も“悲劇の主人公”という都合のいい被害者に仕立てやすくなる。

 そうなれば、必然的に織斑姉弟のみならず、篠ノ之博士も政治的・世論的な首輪をはめられ、籠の鳥になるしかない。それ以前に、そんな巨大兵器がこっちに来たら、秒と経たずに都心部は焦土――いや、日本そのものが更地になる危険だってある。

 

「博士が用意したあの少女は?」

(ヴェクター)の依頼で既に別行動中です。間に合うかどうか以前に、我々は連絡手段を持ち合わせていません』

 

 状況はどんどん悪くなる一方だ。ここでもし彼が殺されるか奪われたりすれば、それは彼を見捨てたという事実に書き換えられ、日本もドイツも窮地(きゅうち)に立たされる。

 

「なにか手はないのか?」

『それなんですが、イチカの奴、一人で無人機と巨大兵器(デカブツ)相手に一歩も引かいないどころか、その――アレを一人で潰す気のようで、自身を(おとり)にして足止めに成功しています』

「「……は?」」

 

 予想の斜め上の答えに二人がハモった。

 ISを起動させて数時間の少年が、前代未聞の機動要塞を前にそこまでできているとは思えず、自身が持ち得る常識すら疑いたくなる。というか、この状況のほとんどは日本の中学生が案を出してくれたお陰で成り立っている事に、今更ながらエーリヒが気づいた。

 

「……日本の中学生とは、皆ここまで出来るものなのですか?」

「あれを日本の基準にしないで下さい。というかドイツ(アンタ)日本(ひと)の事は言えんでしょうが!」

 

 更識がラウラ達を指差しながら、遠い目をしているエーリヒにツッコんだ。

 

 

 

***

 

 

 

 日本で起きたテロ騒動を聞きつけ、ロシア航空宇宙軍(BKC)からの命令で、IS運用部隊は太平洋上での新型機の機動試験を切り上げ日本へと来たが、展開されているIS部隊を見て困惑した。

 

『なぜドイツのISがここに?』

織斑千冬(ブリュンヒルデ)がいる以上、我々と同じくテロの鎮圧の為に展開しているのでは?』

『IS部隊より本部(CP)へ。予想外の展開(イレギュラー)が発生している。指示を』

《こちらCP、命令に変更はない。お前達の判断でテロリストと思われる対象を選別し確保、ないしは処分せよ》

『……了解。ブリュンヒルデと共に行動しているドイツのIS部隊と接触し、情報を共有する』

 

 (らち)があかないと判断した隊長は、独断でドイツとの接触を図ると宣言して通信を切り、展開していた武装を全て収納(クローズ)。本気で未確認の対象(IS)に接触しようとする隊長に、追従していた隊員が困惑する。

 

『隊長、本当にあちらと接触するのですか? 罠の可能性も――』

上層部(うえ)は私たちに伝えていない情報があるようだな』

『と、言いますと?』

『先程の命令、誤解を招くような内容だった。この特務部隊も、いざとなれば切り捨てる腹積もりやも知れん』

 

 もう一人の部下がそんなはずはない、と言いかけて口を(つぐ)む。この部隊は極秘に開発された試験機のテストを任せられる特務部隊(スペシャルズ)だが、それは絶対的な権力というワケではない。

 必要となれば切り捨てる為の秘匿だ。そして今がその時かも知れないということに気付き、隊長の頭の回転の速さに驚愕(きょうがく)する。

 

『命令を守りつつ、我々の有用性を示す為、私はドイツの部隊と合流することがベストだと判断する。意見のあるものは?』

 

 直後、二人は『ありません』と返事し、隊長はオープンチャネルを開いた。

 

『こちらはロシア空挺軍、IS部門特務隊隊長のエレーナ・ベネディクトゥフ中尉。日本近海でISを使用したテロが発生したとの連絡を受け、アラスカ条約に(のっと)り――』

御託(ごたく)はいい、要点だけ聞く。貴様らは我々の敵か?』

『それを決める為にそちらとコンタクトをとりました。手短に現状を――』

『それは私から説明しよう』

 

 いきなり通信に誰かが割って入り、全員がハイパーセンサーで周囲を索敵。突如ウィンドウが開いて応急処置をされたボロボロのISが現れ、ロシアの部隊と千冬達が警戒する。

 

『貴様は?』

『私はアメリカ第23空軍のデボラ・スールマン中尉。束博士からの要請を受けてそちらとコンタクトをとった。情報についてはこれを見て欲しい』

 

 コア・ネットワークを通じて現在の状況をまとめたものが圧縮情報として共有され、ロシアもドイツも、千冬も未知の部分を補完される形で実情を知った。

 

『これは――』

『詳しい話は後回しだ。今はテロリストを相手取っている彼女らを護衛に回し、非戦闘員をこの区域から離脱させてほしい。

 このテロは、最初から失敗を視野に入れて展開されている!』

 

 こうして、ロシアのIS部隊、そしてアメリカのIS(暫定)は織斑千冬と邂逅(かいこう)する。

 この判断が後に日本とロシアに意外な関係を築き、一夏の進退すら決定づける事になる。

 

 

 

***

 

 

 

 これだけ状況が進んでいても、日本政府の会議室はてんやわんやの大騒ぎをしているだけだった。

 

「なぜ日本の打鉄(IS)がテロリストと相対している? 許可を出したのはどこだ!?」

「ウチではないな。IS特務部門ではないのか?」

「岸議員がいないのに独断で動いたとでも? 責任の所在はどこになる?」

「これだけの騒ぎになっているのに、自衛隊と警察は?」

「こちらに権限はないと言っただろう、功績が横取りされてもいいのか?」

「功績云々の話をしている場合ではないだろう。既に織斑千冬(ブリュンヒルデ)が現場で動いているのに、こちらは出遅れているんだぞ?」

「住民への避難勧告はどこかやったのか?」

「私も権限がないから知らん。指揮権があるのは誰だ? さっさと指示を出せ!」

 

 誰一人指示を出さないまま無駄に時間だけが過ぎ、既に言い訳云々(うんぬん)の話ではなくなっているので、今は誰を責任者にするかの問題にシフトしている。

 自身の進退にしか興味のないヘタレと、平和ボケの日和見主義者しかいないから当然ともいえたが、それを傍観(ぼうかん)している菊岡達は呆れるしかない。

 

「いざという時にここまで役立たずが揃うのは、ある種喜劇に通ずるものがあるね」

「思ってても自重してください。連中(アレ)に聞かれたらいろいろ面倒ですよ」

 

 菊岡は見切りのつけどころを探し、安岐ナツキは嫌悪の領域まできているのか、閣僚(かくりょう)達に敬意を払う気すらない。

 例の少年(織斑一夏)がISを鹵獲(ろかく)したという情報が入ってから既に6時間。時刻は既に夕方にさしかかる時間だというのに、閣僚達(コイツら)は保身と責任の(なす)り付けあいだけで騒ぎ続け、首相に至っては3時間ほど前に顔を出し「具体的な指示は作戦本部に任せる」とだけ言って、逃げるように退室。菊岡らを呼び出した前部署(古巣)の連中も、その機に乗じて首相を追いかける形で会議室を抜け出していた。

 騒動が終わった頃、彼らはしれっと「この騒動には気付いたが本部には合流させられなかった」などの理由をつけて責任逃れをする腹積もりなのだろう。

 

(勉強しかできなかった馬鹿が。権力を持つとこうなるか)

 

 彼らの親の世代は有事の際、遺憾(いかん)なくその実力を発揮したというのに、次世代は親の威光を笠に利権と保身に走るだけ。それどころかこちらの存在に目もくれず、責任の所在を誰にするかで揉める始末だ。

 事態はもうすぐ佳境に入るというのに、具体的な提案一つ出せないコイツらは、この事態の収束と共に閣僚としてのキャリアも終わるだろう。

 

(仕掛けるとしたら、このタイミングかな)

 

 スッと壁際から菊岡が離れ、わざと空気を読まない風を(よそお)って騒ぐ渦中へと足を向けた所で、出鼻をくじくように(ふところ)からメールの着信音が鳴った。

 その着信音が意外と大きかったのか、あれだけ揉めていた閣僚達の視線が全てこちらへと向いた。

 

「あー、すみません。マナーモードにするのを忘れてまして」

「なんだね、君は。なぜここにいる」

「僕は総務省の総合通信基盤局、電気通信事業部高度通信網の――」

「仮想課の人間が、何故ここに?」

「今起こっているのはゲームの中ではないのだ。君らの出番ではないだろう」

 

 飄々(ひょうひょう)とした態度と、その所属部署を聞いてイラついた閣僚達が、口々に批難(ひなん)の声を上げたが、菊岡は意図して空気を読まないキャラを作り、彼らの神経を逆撫(さかな)でするように頭をかいて事情を説明する。

 

「いやー、僕もここに呼ばれただけでして、何をしろという指示もなく――」

 

 あまりにも暢気(のんき)な態度にイラついたが、閣僚達は辛うじて「窓際族」という言葉を飲み込んだ。公式の場でそんな暴言を吐いたとなれば、揚げ足を取られてキャリアに傷がつくという程度の分別はあったらしい。

 互いの顔を見てアイコンタクト。誰が彼を呼び出したのかを確認するが、呼び出した当事者はドサクサに紛れてこの場から退出している。当然、なぜ仮想課がこの場に呼ばれたのか誰も知らないし、その意味すら考察することもせず、毅然(きぜん)とした態度で菊岡達に言い放つ。

 

「すまないが、君たちは手違いで呼ばれたようだ」

「この場は我々の仕事だ。君達は君達の仕事をするといい」

 

 今の今まで具体的な指針ひとつ出せない閣僚達(コイツら)は、愚かではなくマヌケだった。

 この()に及んでまだ自分達の利権を優先し、菊岡にとって最良の答えを出してくれたのだから。

 

「……そうですか。では、僕達はこれで」

 

 クイッとメガネを直し、サッサと出ていく菊岡の後ろを、室内に向かって形式的な礼だけをした安岐がついていく。そんな二人を見送ることもなく、閣僚達は自らの保身の為に責任の所在がどこにあるかでもめ続ける。

 目に見える身の破滅――それに目を向けないようにして騒ぎ立てる姿は、本当に喜劇にしか見えなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 誰もいない静かな廊下を二人は無言のまま歩き、エレベーターの中に入った所で安岐が声をかけた。

 

「よろしかったのですか?」

「何がだい?」

「こちらに更識がついているとはいえ、この状況をどうにかしているのは――」

 

 言いかけた所に無言で携帯が差し出され、安岐はそれを受け取って内容を見る。そこには先ほど届いたであろうメールが表示されていたが、その内容を読み進めていけばいくほど、その内容に驚愕するしかない。

 

「ッ!? 既にテロリストのIS部隊が、ぜん、めつ?」

DSO(あっち)でもイチカ君達とはあまり絡みはなかったけど、彼らは予想以上にデキるみたいだね。

 既に篠ノ之博士や織斑千冬(ブリュンヒルデ)にも助力を(あお)いでいるようだし、更識もドイツの部隊と共同戦線を張って、テロの鎮圧に動いてくれているようだ」

「でも今は一夏君が一人でローゼンクロイツァー(みんなのトラウマ)()りあっている、というのは」

「彼の乗っているのが本当にあの機体(ビルト・フルーク)なら、まず負けることはないだろうね。それに、()の推測通り、あの機体が初期設定のままだとしたら、()()()()()姿()も現すんじゃないかな?」

 

 あっけらかんと答える菊岡に、安岐は驚きとも呆れともつかない顔を向ける。そんなご都合展開、起きたとしても成否に関わらず、後はロクでもない話になるだろう。

 第一、()()はプレイヤー間でも物議を(かも)した、存在そのものが理不尽を超越した機体(ナニカ)だ。どう転んでも平穏無事という言葉から遠ざかる未来しか予想できない。

 

「もしそんな事になれば、こちらにも何らかの話が――」

言質(げんち)は取れた。彼らの言う通り、僕達は僕達だけにできる仕事をしよう」

 

 そう言って、安岐に向かって胸ポケットに()していたペンを取り出す。ペン型の盗聴器で会議の内容をちゃっかり録音していたらしい。

 

「いつの間に……」

「ああ、ちなみにこれは盗聴器じゃなくて小型カメラだよ。ちょっとしたツテから貰ってね」

 

 予想以上にえげつない代物を用意していた事に驚く安岐をよそに、菊岡は淡々と話を続ける。

 

「今回、僕らはどう(つくろ)っても脇役(モブ)以上の役割はないだろうね」

「むしろ騒動を利用しようと目論(もくろ)んでいる悪役では?」

「安岐くんも言うねぇ」

 

 毒舌にもカラカラと笑ってみせるが、この上司は昼行灯(ひるあんどん)(よそお)うキレ者だ。

 のらりくらりと動きつつ、幾つかの情報とヒントだけで背後関係を最速で割り出し、最適解に近い答えを行動に移す。現に仮想課は事態の中心から外れながらも、政府関係者の中ではどこよりも核心に近い位置にいる。

 

「僕らの強みはネット界隈(かいわい)に顔が()くという事。まずはそこから始めよう」

「ということは、DSOですか?」

「いいや。僕が黒幕なら、イチカ君の“あの噂”の真相を海外メディアに向かって発信できる状況を作り上げる」

 

 言われて安岐は考える。

 海外メディアに通じる仕事となると、とっかかりがあるのは大手の配信者(ストリーマー)や動画投稿者、ないしは素直にマスコミ関係者に取り入れる立ち位置――ブン屋のバイトなどだろうか?

 

「考えられるのは、ネット関連に強いメディアを通じて世界に情報を拡散する算段をつけるか、もしくはその関係者がマスコミ関係者に接触して思考誘導をかける、といった所かな。

 最も有力な所は……MMOトゥデイかな。そこを足がかりに各国メディアと情報を共有、今回の騒動と関連付けて織斑一夏とその関係者に目を向けさせ、世間の目を真実から遠ざける」

「先回りして情報規制をかけますか?」

「むしろ助長させる。敵もそれが狙いだろうけど、立ち回り方次第ではこの状況を生み出した人物とも縁を作れそうだ」

 

 この騒動の仕掛け人に心当たりがありそうな菊岡に絶句する。敵もそれが狙いだというなら、一歩間違えれば利敵行為か売国者扱いだ。ともすればこちらにも被害が及びかねない。

 

「……算段はあるのですか?」

「モチロン。と言いたい所だけど、ここばかりはイチカ君の頑張り次第かな。今後の為にも、アレはイチカ君に任せるしかなくなったし」

「となると、こちらは後始末担当ですか。(しばら)く残業続きになりそうですね」

「それも数日で収まる目処はついてるから大丈夫。安岐君は先に戻っていてくれ。僕は行く所ができたから」

 

 話が終わったタイミングでエレベーターの扉が開き、一人でサッサと進んでいく菊岡を慌てて安岐は追いかける。

 

「どちらへ?」

「レクト本社。茅場氏にちょっと紹介して欲しい人ができてね、おそらく向こうも僕を待っていると思うんだ」

 

 

 

***

 

 

 

 外の騒動を余処(よそ)に、レクト本社では茅場と須郷の二人がリモートで海外企業と会議をしていた。

 

『そちらは随分と騒がしいようですが、何かありましたか?』

「どうやら、郊外(こうがい)で騒動が起きているようで」

「こちらまで飛び火する可能性は低いでしょうし、今はビジネスの話を進めましょうか」

 

 柔和に応対する茅場と余裕のある須郷を見て、相手は問題なしと判断して会議を続ける判断をしたようだ。

 

「事前にアポを取っていたとはいえ、緊急で会議をしたいというのは、やはりDSOに関するお話で?」

 

 今となっては社会現象にもなり始めているDSOは、全世界の協賛企業をスポンサーとし、ゲーム上で使える資金を割引ポイントとして変換できるだけでなく、協賛企業が用意する商品をDSO上でデータという形で陳列する事でO2Oを展開できるメリットがあり、更にはVR上でテスト作成したものを展示し、使用感をユーザーの感想という形でダイレクトに反映させる事で質を容易に向上させる事ができる。

 更には特定のユーザーをマスコットキャラクターなどに起用する事で人的コストを下げる事にも成功した事で、各企業とのコラボ商品を世に出す機会が増えたため、おそらくはそちらだろうとアタリをつけてみるが、答えは意外なものだった。

 

『小耳に挟んだのですが、オーグマーの販売メーカーのカムラと何やら新しい事業を計画しているとか』

 

 水面下で動いている企画を知っている事に内心驚くが、二人はポーカーフェイスを貫いて話を続ける。

 

「耳が早いですね。目的はその事業への参入、ですか?」

『そちらは()()()、というべきでしょうか』

「ついで、とはどういう事でしょう? IS事業を生業(なりわい)とする御社(おんしゃ)とは畑違いな気もしますが」

 

 あちらの計画は『日常の中の非日常を』テーマに、一般人向けの健康維持を目的としたものだ。IS技術が関与できる部分など、茅場には思いつかない。

 

『お互い時間は有限ですし、(ふところ)の探り合いはナシにしましょう。こちらは事業への技術提携を提案し、そのカムラの取締役の一人である重村(しげむら) 徹大(てつひろ)教授と、レクト(そちら)と繋がりのある仮想課の職員を紹介していただけないかと』

「参入を希望するなら必要なことですし、特に問題はありませんが、この事業に参入する意図が見えません。あなたの本当の目的はなんでしょう?」

『DSOを通じて、あなた方が世界に対してやろうとしているコト、同時に今そちらで起きている事件の一因にも関わっているのではありませんか?』

 

 突然振られた話に須郷が動揺する。茅場も警戒してはいるが、場に()まれまいと大胆にも開き直って質問し返す。

 

「……こちらの事情はどこまで把握を?」

『相棒がちょっとばかし世界を驚かせるので、一緒に世界に吠え面かかせにいかないか、というご提案です。

 僕の読みが正しければ、これでお互いの利害は一致するのでしょう?』

 

 大胆な提案に茅場の(まなじり)がピクリと反応する。この男は細い見た目とは裏腹に、神経は相当豪胆(ごうたん)なようだ。

 こちらの目的を知りつつも、その地獄に踏み込もうというのだから。

 

「では、お互いの為にも今後のプランを話し合いましょうか――ランクス・デュノア」

 

 不敵な笑みを浮かべる茅場に対し、ゾッとする笑みを浮かべるランクスを見て、須郷は何か得体の知れない不安を抱く。

 これから起きる事は、自分が思っている以上の事件(モノ)になる予感がした。




キレ者達による頭脳戦という伏線回収と、今後の匂わせだけで1万字オーバーとか頭のおかしい内容になってて自分でも引きました。どんだけ用意してんだよw
お陰でプロローグは更に1話追加。終わる終わる詐欺になってる分、アハ体験ができた、と思いたい所。「ここでアレが繋がるのか!」と驚く展開であればいいのですが。。。
菊岡をはじめとした政府関連、ゲームを運営する茅場達、更に無関係のように見えたマスコミ関連は別方向から話に絡んでいくように見えて、その裏で繋がっているドロドロの人間模様。こういう蛇蝎サイドを書いていくのもなかなか面白いけど、文字数増えるのがネック。
これらを繋げるためにキーとなるキャラが必要だったのですが、政府関係は更識やドイツのようなガッツリ話にくい込む位置より、菊岡や茅場のような『現実の戦闘』から遠い存在の方がいろいろ話を組みやすいのでこいつらをチョイス。
ついでに過去に感想欄であった、オーディナルスケールのフラグも目処(めど)がついたのでここで投入。ユナやエイジがどういう風に関わっていくのか気になるでしょうが、SAOがデスゲームではなくなっているので、斜め上の立ち位置を目指したい所。

次回こそいっくんの戦闘パート。ある程度はできているので、あまりお待たせする事はないはず。


はず――だよね?


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