成功法とは限らないからこそ楽しい (コウT)
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ホットカラーの美少女の嘘。
四月一日。
今年もついにこの日がやってきた。一年で唯一嘘をついてもいい日、エイプリルフール。
が、今日は土曜日なので学校はお休み。わざわざ嘘をつくために外に出るのもめんどいし、それにそろそろ……。
「お兄ちゃんいるー?」
「何だー?」
「あのさ……話があるんだけど」
そら来た。立ち上がって部屋の扉を開けると小町が立っていたので中に入れると床に座ってこっちを見上げるように見てくる。
今年のお題は何なのか。
「あのねお兄ちゃん。私……バイト始めることにしたんだ」
「そうか。まあ頑張れよ。店長にセクハラされたり、時間外労働求められたらすぐに言うんだぞ。お兄ちゃんが監督署に電話してやるからな」
「それくらい自分でやるよ……。さてお兄ちゃん」
「何だ?」
「この話……どっちでしょう?」
そう、これは俺達兄妹で毎年行っている嘘か本当かを極めるゲームで、もし見破れば今日一日相手に対して一つだけ命令できる権利を持つ(金銭にダメージがない程度に)。
去年は見事俺が小町の嘘を見破り、夕食を豚骨ラーメンに変えてもらった。今年はラノベの新刊を買ってもらう予定でいる。
さて小町がバイト……ね。まあ学校が始まってないし、そもそもうちは小町に甘いからバイトする必要がないので答えは簡単に導き出された。
「嘘だな」
「嘘……でいいんだね?」
「ああ。さあ答えを言え」
ようやく最新刊を買える。今月のお小遣いが入るまでは少し厳しかったからな。
が、その期待は一瞬で消えた。
「残念、本当でした」
「はあ!? まだ四月一日だぞ。バイトできるわけが」
「もう一度思い返してごらん」
思い返せって……バイトを始めることにしたんだ。バイトを始めること……ああっ!
「その顔は気付いたようだね。そうだよ、バイトを始めることにしたとは言ったけどバイトを始めたとは言ってないからあくまでまだバイトをしようと思っている段階なんだ」
「汚ねえぞ! こんなの引っかけだろ!」
「嘘はついてないんだよ?」
くそおおおお。笑顔で俺を見つめてくる妹は完全に勝ち誇っている様子だった。ああやられた。そんな引っかけがあるなんてな。
「さてお兄ちゃん。今日は小町の言うことを聞いてもらいます」
「ああわかったよ。早く言え。ただしあんまり高くないものにしてくれよ」
「何か買ってもらおうとは思ってないよー。とりあえずお兄ちゃんこの中から三枚引いて」
そう言って6枚の紙きれを取り出した。なんだこりゃ?
不審に思いながらも言われるがままに三枚引いてみる。すると紙の裏側に名前が書いてある。
「いろはさん、陽乃さん、沙希さん.……って何これ?」
「はい! 決まりました。とりあえず今からその三人にメールでいいので聞いてほしいことがあるのです!」
「いや全員メアド知らないんだけど……」
「じゃあラインのIDとかは?」
「……一色だけなら」
「沙希さんと陽乃さんのは私が何とか手に入れるからとりあえずお兄ちゃん」
こほんと咳をして、小町は高らかに宣言した。
「今から三人をデートに誘ってみてください!」
「えーと……嫌だ」
「お兄ちゃんルール覚えてるよね?」
はあ……仕方ない。何でこんなゲームを思いついてしまったのだろう。
携帯を取り出してラインを開くとちょうどこないだIDを交換した一色を名前検索して表示させる。
「で、どんなふうに送ればいいんだ?」
「普通に今度デートに行こうよでいいんじゃないの?」
そんなんすぐに見破られるに決まってるだろ。まあしばらくはこれで笑われるに決まってるな。仕方ない、諦めて送ろう。
『いきなりごめん。来週の日曜とか暇か?』
「あ、ちゃんとデートって単語入れてね」
『いきなりごめん。来週の日曜とか暇か? 暇ならデート行かないか?』
うわあ……さすがにこれは俺でもドン引きの誘い文句だわ。こんなんで引っかかる奴いないだろ。
「見してー……うん! はい送信―」
「ああああああ! お前何してんだ!?」
「だってお兄ちゃんのことだから文面とか直してたらいつまで経っても送れないでしょ?」
いやそうだけどさ……。
するとまだ一分も経っていないのに携帯が鳴った。
『……ヘ? 先輩寝ぼけてるんですか? それともエイプリルフールの嘘とかですか? いやさすがにそういうのを利用して誘ってくるのはNGなので今度学校で会った時に自分の口で言って下さい。ごめんなさい』
「だってよ」
「ほら返信しないと」
「もういいだろ……」
言われながらも素直に返信文を書いちゃう俺も妹に甘いなー。
『いや普通にお前と遊ぼうと思ったんだけど』
今度は真っ先に既読がついて返事が返ってくる。
『ええええええええ!? なら行きましょう、先輩。先輩がそんなに私と遊びたいなら仕方ないですねーいろはちゃんが先輩の為にデートに付き合ってあ・げ・ま・す。時間や場所とかは今度会う時に教えてくださいねー』
「やったね! お兄ちゃん」
「俺の休みが……」
何でこんな簡単に騙されるんだよ。いや待て。これは俺が騙されているという可能性もありえなくはないだろうか?
とりあえず返事を送ろうとするともう一通来てた。
『ち・な・み・に。私も先輩とまたデートしたいと思ってたので嬉しいです! あ、この事は奉仕部の二人には内緒ですからね?』
何か嘘って言いにくいし、俺を騙してるとも思えなくもない文面だし。どっちにせよ来週の日曜は予定を空けないと。
「あ、お兄ちゃん。今、大志君から沙希さんのアドレス教えてもらったからさっそく送ってみてよ!」
「とりあえずあとで大志のアドレスは消させてもらうぞ」
小町の携帯を借りて、送られてきたアドレスを自分の携帯に打ち込むとさっそく文面を考える。川崎だろ……あいつならこういうのすぐに気付いて、『くだらないからこういうのやめてくんない?』とか言ってきそうだし、さっさと終わらせよう。
『うす、比企谷だ。兄の方だけど。あのさ来週の日曜暇か? もし暇ならデートに行きたいんだけどどうだ?』
「送信と」
「今回は恥ずかしがらないんだね」
「まあ川崎だからすぐに気付くだろ」
それからしばらくして携帯が鳴った。意外と携帯見るのに時間かかったようだな。さてさて、どんな非難をしてくれることやら。
『え? 私と? えーと……あんたが行きたいなら私は構わないけど。てかもしよかったらだけど昼ごはん食べに来ない? その後デートに行くのは』
何で誘ったのに誘い返してるんだよ。騙されてんなよ。
「沙希さんやるなー。まさかご飯に誘うとはね」
「いやこれどうすんだよ」
「とりあえず行きますって言えば? さすがに断ったら可哀想だし、アドレス教えてくれた大志君にも申し訳ないし」
大志のことはともかくさすがにこれ断るのはな……。
『わかった。じゃあ来週の日曜のお昼な』
「なんか俺がこんな文送るの間違ってる……」
「何言ってるの?」
まさか川崎が騙されるなんて想像してなかったし……。しかも何か文面から嬉しそうな感じが伝わってくるんだけど……。
再び携帯が鳴る。
『ありがと。楽しみにしてるからね。ちなみに好きなものとかある? できればその……好きなもの食べさせてあげたいし。これからも』
えーと……なんか突っ込みたいけどあとで突っ込もう。
これでようやく二人まで終わった。これが嘘だとバレた日にはあいつら俺を殺しに来るんじゃないのか。少なくともそれに雪ノ下と由比ヶ浜も加わって、地獄絵図になるのは言うまでもない。
「うーん雪乃さんから連絡来ないな。お兄ちゃん本当に陽乃さんのアドレスもラインも知らないの?」
「知らねえよ」
「そっか……あ! 電話番号は?」
「……知ってるけど」
「よし! じゃあ最後は思い切って電話でいってみよー!」
おー!と元気よく握った拳をあげる小町。いや一番無理だろ。
「なあやっぱりこの人じゃなくて他の人にできないか?」
「だーめー! それともお兄ちゃんは小町との約束を破るの?」
女の子の上目使いはよくないと思うんですよね、はい。そんなわけで電話帳から雪ノ下陽乃を見つけ、着信ボタンを押す。
すぐにがちゃって音と共に繋がった。
『もしもし? 雪ノ下さん?』
『ひゃっはろー! 比企谷君から電話なんて珍しいね。お姉さんの声が聴きたくなったか! このこの!』
『はあ……まあそういうことで。雪ノ下さん、来週の日曜お暇ですか?』
『来週の日曜? 多分予定ないけど何でー? もしかしてデートのお誘い?』
『あ、はい。そうなんですけど』
返事は返ってこず、無言が続いた。あれ? これひょっとしてまずいんじゃね?
が、そう考えていると再び電話口から声が聞こえる。
『もしかしてエイプリルフールの嘘かな? お姉さんを騙そうとするなんてよくないなー』
やはりバレてるか。でもここは諦めずに。
『いや普通に雪ノ下さんと遊びに行きたかったんですけど……駄目ですか?』
『……ううん。なーんだ! ごめんね、疑って! ははは、そっかーお姉さんとデート行きたいのか! なら行こう! うん! なんなら明日の日曜でもいいんだけど』
『あ、ありがとうございます。でも明日は用事あって……』
もちろん用事はない。苦し紛れの本物の嘘だ。
『そうなの? じゃあ今日は?』
あ、あれ? なんか様子がおかしいような…...。
『今日……ですか?』
『うん! だって比企谷君の声聞いたら会いたくなっちゃって! 駄目かな?』
えええええええ! 今日一番で騙されてる人かもしれないぞ、この人!
『は、はあ……お気持ちはありがたいんですけどすいません』
『そ、そっか……じゃあ日曜までお預けだね』
『は、はい』
『でも楽しみに待ってるからね! ちゃんと私をエスコートしてよ? 八幡』
『わかりました……自信ないですけど』
『弱音は吐かない! じゃあね。当日は……期待していくから』
電話は切れて、耳元から下ろしてため息を吐く。
「何か凄いことになったね……」
「ああ……どうすんだ、これ」
「まあなるようになるでしょ。てかお兄ちゃんいいの?」
「何がだ?」
「いやだって全部日曜日にしてたけど」
あ……もうだめだ、これ。
「小町……来週の日曜が過ぎる時には俺はもういないかもしれない」
「あー……まあ頑張ってね」
はははと笑う小町。いや君のせいだからね?
「まあでも小町の大好きなお兄ちゃんだから大丈夫だよ」
「もうエイプリルフールの嘘は勘弁してくれ」
「……本当なんだけどなー」
「……へ?」
「てなわけでもう一回お兄ちゃんには言うことを聞いてもらいまーす!」
はい? いやてか待て。
「もう一回やっただろ!」
「誰も一回しか駄目なんて言ってないよ?」
油断してる時にやってくるとは……。
「ああっ! もういい! 何でも言いやがれ!」
「そう。じゃあね……」
そう言って小町はにこっと笑って、願いを口にする。
「明日はお兄ちゃんとデートしたいな!」
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その三人の旅行はここがスタートである。
ゴールデンウィークまで一週間を迎えようとしていたある日の事。それは突然のことだった。
「先輩! 旅行に行きましょう!」
「断る」
「それを断ります。てかまず話を聞いてください!」
放課後。奉仕部へ向かう途中の廊下で一色に捕まっていた。
「先輩はゴールデンウィーク暇ですよね? なので奉仕部の皆さんと私で旅行しましょう!」
「何でいきなり旅行なんだ?」
「そりゃあまあ思い出作りの一環です。と、言うのは建前で実は平塚先生から今年の一年生が行く校外学習の下見に行ってきてほしいとのことなんです。しかも先生からホテルのチケットまでもらいました」
じゃーんと効果音を口ずさみながら、四枚の紙きれを見せ付けてくる。
「これはもう行くしかないですよ、先輩」
「断る。ゴールデンウィークはすでに予定が入ってるんだ」
「へ?」
そう。ひと月前から未だに見終わっていない冬アニメの消化をしなきゃいけない。録画を見なきゃいけないフレンズなのだ。と、いうことでゴールデンウィークは一歩も家から出ない予定。
しかし目の前の後輩は見抜いているようで、
「小町ちゃんにお話したところ、テレビに録画されているアニメは全部消去したそうです」
絶句した。力が抜けて、鞄が肩から落ちていく。
ろ、録画を消した……色々ありすぎて、ほとんど見てなかったアニメ達を……ひと月も前から楽しみにしていたのに……ちなみに現実のアニメの時系列と原作最新刊が発行された時の時系列は違うだろ! と、突っ込み入れたい人もいるかもしれないがそういうメタ的な事はひとまず置いといて、だ。
「どこ行くんですか、先輩」
「今から家に帰る。いくら我が妹とはいえど、奴はとんでもないことをした」
「もう諦めましょうよ。往生際が悪いですよ」
そう言われると何も言えない。ま、まあDVD発売されたらレンタルするかもしれないし、ここは一つ大人になろうじゃないか。
「と、いうわけで私と旅行に行きましょう? 先輩」
「……はいはい」
「適当ですねぇ……とりあえず部室に行きましょうか」
そのまま俺の横に並ぶと二人で部室へと向かって行く。雪ノ下は先に来てるだろうし、由比ヶ浜も三年でクラス別れてから一緒に行く事はないから多分もう来てるだろう。
「うす」
「こんにちはー!」
扉を開けると二人の顔が見える。紅茶を飲んで、一息しているようだった。
「こんにちは、二人共」
「やっはろー。ヒッキー遅かったね」
「後ろの奴に捕まってな」
「先輩がさっさと旅行に行くって決めてくれれば済む話ですよ」
軽々しく言うけど旅行ってそんな簡単に決めれるもんだっけ? そう考えながらも席に座る。当然旅行というワードに二人は反応した。
「旅行とはどういうことかしら?」
「えーとヒッキーといろはちゃんが二人で行くの?」
「一色。説明」
「はーい」
一色も依頼席側の方の椅子に座るとこほんと咳払いをする。
「平塚先生から校外学習の下見に行ってほしいということでホテルのチケットもらったんですよね」
「へえー先生太っ腹じゃん!」
「本当なら友人誘って行く予定だったらしいですけど友人に彼氏が出来たことと先生がゴールデンウィークに新人研修の仕事が入って、行けなくなってしまったようで」
ああ……また一人孤独の存在になっていくのか。近いうちに愚痴を聞いてやらないと。
しかし先生というのはゴールデンウィークも仕事なのか。祝日も仕事なんてブラックな職業だよなぁ。まあそのブラックな体制はどうやら部活動にも影響している。現に校外学習の下見を休みの間に行けとか何というブラックな部活……いやこれ俺らの仕事じゃないんだけどな。
「で、チケットは四枚あるので奉仕部の皆さんと御一緒にどうかなって」
「でも先生は生徒会で行くからとそのチケットをくれたのでは?」
「いえいえ。奉仕部の皆さんと行くって言ったら了承してくれましたし。てか生徒会で行くよりも皆さんと一緒の方が楽しいですし」
生徒会長がそれ言っちゃう? 聞いたら反乱起きるぞ。何なら俺も加勢しちゃうぞ。まあこいつを生徒会長にしたのは少なからず俺も関わっているので手伝いに関しては甘いというか……いえ正直に言いますと単純にこの子を放っておけないので手伝ったりしています、はい。
何つーか最近一色が学内での小町的ポジションに近くなったというか……厄介な妹が二人になったというか……。
まあそんな風に見ているわけなのでお兄ちゃんは心配なのです。
「てなわけで雪ノ下先輩達も一緒に行きましょう」
そんなこんなでこうして旅行に行く事も嫌々ながらも結局押し切られてしまう。まあアニメ消された以上やることないしな。
しかしここで予想とは違う答えが返ってくる。
「せっかくのお誘いありがたいのだけど私、ゴールデンウィークは実家の用事があって……」
「ごめん……私も用事が」
申し訳なさそうに断る二人に一色は唖然としている。え? 君達これない……ってことは中止!?
「先輩、何で嬉しそうなんですか?」
「い、いやそんなことないぞ」
どうやら顔に出ていたらしい。一方の一色は完全に予定が崩れたことにショックを受けてるようだった。
「えー! お二人が来れなかったら私、先輩と二人きりですよ?」
「……ごめんなさい。なので今回の旅行は中止ね。あそこにいる犯罪者予備軍と旅行なんて行ったら、一色さんが無事で帰れないかもしれないし」
「そ、そうだよ! ヒッキーのことだから色々ヤバイよ!」
後半の批判に関しては具体性がないせいか余計傷つく。前半に関してはもう何も言わない。
「まあ中止だな。また今度で」
「いやこのチケット、ゴールデンウィークまでが期限なのでそれ過ぎたら使えないんですよ?」
「だったら日帰りで行けばいいだろ。無理に泊まる必要なんかない」
「……わかりました」
どうやら納得したようだが落ち込む様子は隠しきれず、立ち上がるととぼとぼと歩き出して、教室から出て行った。悲壮感が溢れすぎて、声もかけれない。
「いろはちゃん。落ち込んでたね」
「まあ仕方ないだろ。お前らが行けないんじゃ。俺と二人で行っても仕方ないしな」
むしろ高校生二人でホテルはさすがに先生に知られたら、色んな意味で殺されそうだ。
そうなる前に事前回避が出来てよかった。
「……まあ私としてはちょっと安心したけど、いろはちゃんの心境を考えるとねぇ」
「それに関しては私も同意見だけど比企谷君だから……」
二人は俺の方を見ながら、ため息を吐く。何だよ。何かまずいこと言ったか?
「いろはちゃん大丈夫かな」
「帰る前に様子を生徒会室へ寄ってみましょうか」
「そうだね……ヒッキーもだよ」
「ん」
鞄から本を取り出して、栞を挟んでいるページをめくる。
まあ可哀想だけど諦めてもらうしかないからな。つか先生。生徒にホテルのチケット渡すのはまずいと思うんだけど……その辺考えてないだろうなと思いながら、読書モードへスイッチを切り替える。
× × ×
しかし心配したのもつかの間。
「こんにちはー。じゃあ先輩借りていきますね、では」
「は?」
と、いきなり戻ってきた一色に無理矢理連れ出された。
雪ノ下も由比ヶ浜もぽかーんとしながら、俺が教室から出て行く様子を見送っていた。
「おい。いきなりなんだ?」
「ちょっとあの場では話しづらい事なんで。さて先輩」
「ん?」
「まだ私と旅行に行ってくれる気ありますか?」
まだ諦めてないのか、こいつ。大人しくしてたかと思えば。
「どうですか? 先輩」
「ま、まあそれなりに」
「なるほど……わかりました。じゃあ先輩行きましょう、旅行」
「は? いや行くってお前と俺しか」
「大丈夫です。実はですね、お二人ほど誘ってみたら、ご了承の返事を頂きましたので」
「……誰を呼んだんだ?」
こいつが誘うとしたら葉山くらいしか思い浮かばないのだがきっと違う。恐らく予想とは全く異なる人物を誘っていると俺の直感が言っている。
「当日の秘密ですかね? まあその前にわかると思いますけど」
「は?」
「じゃあ私は仕事あるので。当日もよろしくです、先輩」
そう言って、一色は生徒会室の方へと向かって行った。俺も教室へ戻ろうと振り返って、歩き出す。
うーん二人……小町かな。でも俺と葉山と一色と小町なんて組み合わせはどうも奇妙過ぎる。
「……ねえ」
「ん?」
後ろから声が聞こえたので、立ち止まり振り返ると見覚えのあるポニーテールがいた。いつもみたいな強気な態度ではなく、何故か顔を赤らめて緊張している川……いや大丈夫。川西沙希……ん? 確かサキサキ……あ、川崎だ。こないだ電話したのについ忘れるとか八幡、うっかり。
うわぁ……きめぇ。
「あの……ありがと」
「は?」
「旅行に誘ってくれて……ありがと」
「えーとごめん。旅行って……一色が?」
「あ、連絡をしてくれたのはね。でも私を誘おうって言ってくれたのあんたって聞いたから、その……」
そっぽを向きながらも何とか視線を合わせようとちらちらこちらを見てくる。まあ川崎か……物凄い意外な人物だったが話しやすい相手なので変に気を使う必要はないからいいほうか。
「まあ、なんだ。よろしく」
「う、うん。よろしくね」
そう言うと嬉しそうにようやく俺の顔を見てくる。こいつそんなに旅行行きたかったの?
それから川崎と別れ、教室へと戻ると雪ノ下に質問されたが旅行諦めてないことと俺と川崎が行く事をバラしてしまうと何かと面倒な事になりそうなので黙っておいた。できる男は先読みするものだからな。
こうして今日一日平穏に終わったのだった。
と、思っていたんだが。
「比企谷君、おかえりー!」
「お兄ちゃん、おかえりー!」
目を擦って、もう一度見る。……いやいるよな、やっぱり。
「すいません。家を間違いました」
「何言ってんの? ここが君の家じゃない」
「そうだよ。てかせっかく雪ノ下さんが来てくれたんだからちゃんと挨拶しなよ」
そう言われて、恐る恐る目の前の雪ノ下陽乃の方を向く。
「改めてこんばんは。ちょっと小町ちゃんに呼ばれてさ。さっきお話が終わったところ」
「小町が呼んだ?」
「うん。てかありがとね! 私を旅行に誘ってくれて」
は? い、今何とおっしゃいました?
「旅行に……誰と行くんですか?」
「比企谷君と一色ちゃんとあと……川崎さん? てか君が誘ってくれたんじゃん」
じっと視線を小町の方へと変えると、いたずらっぽく笑っている。そうか、全ての元凶はお前か……。
「じゃあもういい時間だから帰るね。小町ちゃんもわざわざ呼んでくれて、ありがと」
「いえいえ。兄が部活動で会えないので代わりに言うように頼まれただけですから」
思いっきり否定したかったが今更「何も言ってませんよ、俺」と、言ったところで引き下がる二人ではない。
「じゃあねー。比企谷君。旅行楽しみにしてるよ」
そう言って、雪ノ下さんが出て行き、玄関の扉がしまったのを確認して軽く一息吐いて――
「さて説明頂こうか」
「あいあいさー」
お前には話してもらわなきゃいけないことがたくさんあるぞ。
「エイプリルフールでさ、あの三人に電話やメールしたの覚えてる?」
「一応……それがどうしたんだ?」
ちなみに日曜にトリプルブッキングということで午前一色、夕方まで川崎、夜は雪ノ下さんと一日中付き合わされたあげく、個人的には色々と思い出したくないことが……あった。
「一色さんから『奉仕部の二人が来れなくなっちゃった』ってメールが来たから、小町があの二人を推薦してみたんですよ。そしたら、『何か面白そうですね。思い切って今回はその面子で行きましょう!』って来たから私が誘ってみた」
「おい……つか何で俺が誘ったことになってるんだ?」
「うーんそっちのほうがみんな嬉しいかなって。最初の好感度をあげる作戦だよ」
いや好感度よりも安心な休日のほうが欲しいんだけど。
「まあ決まっちゃったからゴールデンウィークはよろしくね、お兄ちゃん」
「そう言われてもなぁ……」
そんなわけで比企谷八幡、一色いろは、川崎沙希、雪ノ下陽乃という珍しすぎるある意味カオスなパーティーが発足された。
ゴールデンウィークまであと一週間弱。少なくとも楽しい旅行というより胃に穴があきそうな旅行になりそうで早くも不安だった。
「ところで小町。録画を消したことに関してはどう弁解するつもりだ?」
「いやーそれはー」
「なあ小町」
「お、お兄ちゃん。そんな怖い顔して近づいてくるのはやめて? ね? ね?」
その後小町の叫び声が家に響いたのだった。
何をしたかは少なくともここでは書けないのでご想像にお任せする。
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一色いろはは考えてる。
よろしくですー
「あ。もうすぐ着くよー」
「ふわぁ……もう着いたんですか?」
「お前は寝ていただけだからわからないだろうな」
「あんたもちょっと寝てたでしょ……」
ゴールデンウィーク初日。少々渋滞に巻き込まれたが無事に目的地へと辿りつくことができそうで、皆のテンションは少しずつ上がっており、眠っていた一色や運転に集中していた雪ノ下さんも口を開いて、会話している。
「チェックインしてから何しますかー?」
「うーんまずは部屋割りをして、そのあと時間も時間だからご飯。みんなが二十歳超えてたら、お酒を買って、部屋で飲もうかなって思ったけどできないし……どうしよっか」
「私はご飯食べたら、休みたいかな」
「えー! つまらないですよー。私も早くお酒飲めるようになりたいなー」
酒癖悪そうだよな、一色。飲むことになっても、なるべく遠い席にいよう。てか今日はもうご飯食べて、風呂入ったら、寝よう。そもそも何で旅行に来たら、夜更かしをしなきゃいけないみたいな流れになるんだよ。
そんな考えをしてるうちにホテルの駐車場に到着して、それぞれ車から降りていく。
「陽乃先輩、運転お疲れ様でした!」
「あ、ありがとうございました」
「いえいえー。一度車で旅行に行ってみたかったんだよねー。免許取っても、運転する機会なかったしさ」
「……お疲れ様です」
さてそんなわけで何でいつもの奉仕部メンバーではなく、こんな珍しいメンバーで旅行に来ているのか。
それは先日一色からお誘いを受け、諸々の事情があり、このメンバーになった。高校の人達との旅行は修学旅行くらいしかないし、おまけに男は俺一人だけ。いやハーレム展開は期待してないぞ……本当に。
しかし一色はともかく川崎が来ることは本当に意外だったし、雪ノ下さんも面白そうだから来たんだろうが……と言うよりこの人には来たことに関して少々聞きたいことがある。
「せんぱーい! 荷物よろしくです」
と、微笑みながら一色から荷物を手渡される。
「はあ……少しくらい自分で持てよ」
「女の子は荷物が多いから大変なんですよ」
こういう時に女の子を使う女子ってずるいよな。まあこいつの場合そういう事が得意だろうから、自然に出ちゃうんだろうけど……。
「さてと……じゃあチェックインしてくるからちょっとその辺のソファにでも座っててー」
「あ。私、家に電話するので少し離れますねー」
と、二人がそれぞれ離れていき、残された俺達はソファに座りながら待つことにした。
「ねえ」
「ん?」
「その……旅行ありがとね」
「もう何回も聞いたし、誘ったのは一色だから俺に礼を言う必要はないだろ」
「う、うん。でもあんたと旅行行くって想像できなかったからさ……ちょっと楽しみで」
と、顔を赤らめながら笑っている。な、なんだろう。よく友達と旅行に行くと普段とは違う魅力を感じるというがこれもその一つなのだろうか。
っていうか……今日のこいつは何かその……違うんだよな。旅行気分で浮かれてしまってるのだろうか。
「その、なんだ。ゴールデンウィーク中も予備校の講習とかあるって聞いてたけど大丈夫なのか?」
「うん。平気だよ。お母さんにも話して、休みにしてもらったし。それに……比企谷と旅行行くのに予備校は後回しだし」
「ん? 何か言ったか?」
「いや! 何でもない!」
最後の方は聞こえなかったが何故か顔を逸らされてしまった。何か言ったか?
「お待たせ―! チェックイン終わったよ」
「お待たせしましたー」
そう思ってる内に同時に二人共帰ってきたのでそのまま部屋へと向かう……が、
「えーと……何で一部屋?」
「え? だって一部屋分しか用意されてなかったよ?」
嘘つけ! この旅行は元々平塚先生が旅行行こうとしてたから……ん? 平塚先生が友人と旅行行こうとしてて、取ったチケットだよな。てことは元々女性四人一部屋の予定だったのだから……間違ってはいない。尚、旅行メンバーに男性がいたかもしれないという考えは残念なことに出てこなかった。
「むしろ私達と同じ部屋なんだからお礼の一つくらい言われてもいいと思います」
「そうそう。こんな選り取り見取りな女の子達と一緒の部屋なんだから。本当は嬉しいくせに」
「いやいやいや……」
何とかならないものかと受付に戻って、聞いてみたが別途料金かかるということで仕方なく一緒の部屋になった。幸い部屋はコネクティングルームで隣の部屋と隣接しているので何とか俺一人、女子三人という形になる予定だったのだが。
「どうしてベットが二つずつに分けられてるんだ……」
「まあそういう内装ですからねー。もう諦めましょうよ」
「いやこれはさすがに……つかお前達は嫌じゃないのかよ?」
「全然。むしろ先輩と一緒なんて楽しみですよ?」
「私も……嫌じゃないし」
「私は全然おっけーだよ。あ、襲う時はみんなが寝てから、ね?」
そんな勇気をお持ちの人がいるなら是非ともお近づきになりたい。この人を襲うとかどういう神経してるのだろうか。
「けど比企谷君と一緒の部屋は一人だけなんだよねー。どうしようか?」
もはや完全に無視された。最悪フロント近くにあるソファーで寝るとしよう。
「先輩を誘ったのは私ですからここは仕方なく私が一緒の部屋になってあげますかね」
「ま、まあここは同級生の私の方が変に気を使わずに済むだろうから、私が一緒の部屋になってあげるよ」
「ここは一番年上の人が一緒になるべきだよね。てなわけで私が一緒になってあげるかなー」
それぞれの主張が言い終えると三人は何故か互いを睨み合い、空気が少しずつ重くなっていく。てかいなくなるからそこまで考えなくても……。
「先輩! 私ですよね?」
「い、いや。別に俺は誰でも」
「私だよね? 前に家に来た時、平気で寝てたから多分気を使わないだろうし」
「ま、まあそういうこともあったな」
「いやーこはお姉さんと一緒だよね? お姉さんと一緒の部屋だと特別にご奉仕してあげてもいいんだよ?」
「えーとそれはですね……」
最後のはどう考えてもまずいだろうがとりあえず今回の旅行で少しでも気を使わない相手が一緒の方がいいだろう。
そうなれば一人しかいない。
「川崎。悪いが一緒の部屋でもいいか?」
「う、うんっ! ……ありがと」
何で礼を言われるのかよくわからないし、しかも名前を言った途端に笑顔になったし。川崎はさっそく自分の荷物と俺の荷物を隣接している隣の部屋へと持っていっている。
「ふーん……まあ今日は譲ってあげるとしますか」
「ん?」
「何でもないよー。それじゃあ少し休んだら、夕飯にしましょう」
そういうわけで一色いろは&雪ノ下陽乃ペア、比企谷八幡&川崎沙希ペアで部屋は分かれたが基本扉は開けっ放し(閉めようとすると一色に怒られる)なので二人も平然とこっちの部屋に入ってきて、俺のベットでごろごろしたり、勝手に鞄の中身を漁ろうとして来る。そんな面白いもん入ってねーよ。下着の柄がつまらないとか言うな。
早くも旅行は色々と波乱の予感を迎えていた……。
× × ×
『だからー好感度をゲットして、雪乃さんや結衣さん以外の選択肢を作ることが重要だと思うんだよ、お兄ちゃん』
『何で好感度をゲットしなきゃいけないのと選択肢について三十文字以内で答えろ』
現在トイレ前。急に電話がかかってきたかと思えば、今回の影の首謀者からで、当然ろくな会話じゃないだろうなと思いながら、電話に出ると案の定だった。
『お兄ちゃんと同じ部屋になるために早くもそんな争いが発展するなんて……』
『そのおかげで今日の夜は最悪フロントのソファーだけどな』
『まあまあそういわずに。今もみんなと楽しくご飯食べてるんでしょ?』
『まあな』
『楽しそうで何より。とりあえず一日何があったかは小町に毎日報告してねー! 日報は大事だよ、お兄ちゃん』
日報って言うなよ。せっかくのゴールデンウィークなのに胃が痛くなるだろ。書いたことないけど。その後たわいもない会話をして、電話は終わった。席に戻るとすでに三人は食事を終えているようで軽く食休みをしているようだった。
「電話長かったですねー。妹さんからですか?」
「ああ。どうでもいい話だったが。てかあとは俺だけか?」
「はい。私達はもう食べ終わったので先輩だけですよ」
「そうか。んーまあ俺もそんなに食欲ないし、腹減ったらコンビニ行けばいいかな」
むしろコンビニとかでなるべく部屋にいる時間を減らしたい。いくら川崎が相手でもさすがに同じ部屋というのは少々気まずいとこがある。
「それでさー。明日からの予定を三人で話してたけど一応校外学習の下見だからとりあえず有名なところをいくつか回ろうと思うんだけどいい?」
「いいですよ。その辺はおまかせします」
そう言うとそれじゃあと雪ノ下さんは言葉を続けて、
「ここからが本題だけど比企谷君。みんなで話し合ったんだけどただみんなで回るってのはつまらないから、午前中は四人で行動。午後からは二人ずつで行動って形にしたいんだけどいいかな?」
「はあ……でも四人じゃだめなんですか?」
「うーんそこはね。話し合った結果こうなったということで。で、一応一日ずつペアは変えていこうと思って、明日は川崎ちゃん。明後日は一色ちゃんと。そして最終日は私と組むことになりましたー!」
と、一人で盛り上がるが他二名はなんだか不満そうな様子だった。
「何で私が真ん中なんですか……最終日がよかったのに」
「そもそも何で部屋まで変わんなきゃ駄目なの……ずっと私でよかったのに」
何か呪文を唱えるようにぶつぶつ言ってるが聞こえないのでスルーしとこう。
「まあそういうことになったからよろしくね」
「はあ……まあその辺は言ったところで無駄だと思うのでいいです」
「理解が早くて助かるよ」
諦めが早いといった方が的確かもしれないがもうこの旅行に参加すると決まった時点で彼女達に振り回されるのは覚悟していた。まあ小町が言ってた好感度をゲットするためには二人で行動したときのほうが大事だろうと思うし。何で手に入れなきゃいけないのかはわからないままだが。とりあえずまずは今晩だ。さくっと乗り切ってしまおう。
「お風呂あがったよ」
「あ、ああ」
「どうしたの? そんなあわてて」
「いやなんでもない……」
部屋に戻った俺達は腹が膨れたこともあり、眠気もかなりきていたのであとはお風呂入って寝るだけだった。
お風呂を沸かした後、先に川崎が入ってるのでベットに横になりながら、お風呂が開くのを待っていたら浴室から寝巻きというよりラフな格好になった川崎が出てきた。湯上りなのでポニーテールではなく、髪をおろしているので物凄く新鮮なのだが……いやこういうことを素で思ってしまった自分が結構恥ずかしいけど綺麗というか大人っぽいというか……いつもとは違う一面なせいか変に緊張してしまってる。
「さ、先に寝てていいからな」
「何で? まだ九時だよ」
「いや良い子は九時に寝なきゃ駄目と教わらなかったか?」
「知らないし。それに私、良い子じゃないし」
いたずらな笑みを向けてくる彼女は何だかいつもの川崎っぽくない。逃げるように浴室へと向かう。すでに初日なのに色々とやばい気がするのだが……。こういう時って何故か早風呂になってしまうのですぐにあがってしまった。寝てるかなーと思いつつ、ベットのほうを覗くと川崎はまだ起きていた。
「早かったね」
「あ、ああ。ちょっとぼーっとしちゃったから」
「ふーん。てか髪濡れてるけどちゃんと乾かしたの?」
「いや……いつも自然乾燥だし」
「だからボサボサになるんだよ。こっち来て」
と、自分の横をぽんぽんと叩く。
「別に良いって」
「いいから……来な」
「はい」
睨んでくる川崎に反抗することなく、そのまま彼女の横に座る。……いや駄目だろ、これは。シャンプーの香りと風呂上りで少し火照って、赤くなった川崎の顔が近くなる。ああまずい、まずい!
「後ろ向いて」
言われるがままに後ろを向くとドライヤーの起動音が聞こえ、川崎が俺の髪を撫でるように乾かしていく。顔が見えない分さっきよりかはましな気がする。
「ちゃんと髪型ケアすれば少しはましになるから毎日やりなよ」
「別にいいって……そんな気にしてないし」
「あんたはいいかもしれないけど……私が嫌だし」
「何でお前が嫌なんだよ」
「うるさい」
てかケアしたところでくせっ毛だから直らないんだよね。まあ中学のときにストレートパーマをかけようかと考えたがどうせすぐにボサボサになるんだからいいかなって。
それにしても……すげえ気持ちいい。優しく撫でられる感じが眠気をよりいっそう誘うし、何より風呂上りなせいか楽な気分だ。
「気持ちいい?」
「ん」
「よかった。けーちゃんみたいに嫌がらなくて」
「けーちゃんはまだケアとかいいだろ」
「子供のうちからやらないと駄目。将来苦労するだろうしさ」
女の子は大変なんだな。そう思いながら気持ちよく川崎に髪を乾かされ、十分後にようやく髪を乾かし終えて、それぞれ自分のベットへともぐる。
「それじゃあ電気消すぞ。明日の朝七時に目覚ましセットしたから」
「うん、ありがと……」
リモコンで部屋の明かりを消して、早速夢の世界へ入ろうとする。結局フロントで寝ることにはならなかったがまあこんだけ眠気が溜まっていれば気にすることなく夢の世界へと旅立てる。
しかし沈黙はすぐに破られる。
「……寝た?」
「まだ。つか寝ろよ」
「……あんたは寝ないの?」
これから寝るところだったといいたいがこうも会話が進むと眠気がどんどん消えていく。
「ねえ……そっちにいってもいい?」
「は?」
思わず起き上がると同時にベット横のテーブルランプの明かりがつく。もちろんそれをつけたのは俺じゃなくて目の前でまくらをぎゅっと抱きしめている川崎だ。
「何考えてんだよ。二人に見られたらどうすんだよ」
「平気……鍵閉めたから」
余計に怪しまれると思うんだけど。すでに明日の朝が怖くなってきた。
「駄目……かな?」
瞳を潤わせながら、こちらに問い詰めてくる彼女の姿に思わず顔を逸らす。いくら好感度がほしいといえど、いきなりベット展開はまずいだろ! 最近のラブコメでもこんな展開はいきなりすぎるぞ!
「いや、さすがに男と女が同じベットっていうのは」
「私は……嫌じゃないよ?」
「そうかもしれないけど」
「比企谷は……私と寝るの嫌?」
もちろん嫌じゃない。だけどさすがにこれはまずい気がする。
と、考えていると急に川崎がオレのベットへともぐりこんできて、俺とほぼ密着した状態となっている。
「あんたが優柔不断なのがいけないんだからね!」
「いや……つかなんでこっちにきたんだよ」
「うるさいっ! いいから寝るよ!」
いや寝れねえよ。お前がきたせいでさっきから心臓がバクバク言ってるし。川崎の顔を見れないので壁側を向いている。そうだ、この壁を材木座だと思えば寝れるかも知れんぞ。材木座、材木座……いや戸塚にしとこう。そうしとけば幸せな気分で寝れる。
「ねえ」
戸塚、戸塚……。
「……こっち向いてよ」
とつ……無理。さすがに限界だった。いやもう少し粘れよ、俺。
「……そんなに嫌なら戻るけど?」
「……別に。単純に寝たいだけだ」
「じゃあこっち向いてよ」
仕方なく、顔の向きを変えると目の前には笑みを浮かべた川崎の顔があり、お互い見つめあった状態になる。
「えへへ……やっとあんたの顔見れた」
「一日一緒にいたんだから見てただろ」
「そうじゃなくてさ。ちゃんとあんたの顔を見るのは」
そういうことを言うのはよくないと思います、つか川崎ってこんなことを言うやつだっけ? 何かキャラ変わってない? 大丈夫? ねえ?
「あのさ……また今度私の家にこない? ご飯食べに」
「ああ、いいぞ。小町も喜ぶと思うし」
「いやその……あんただけで」
「俺だけ?」
「うん……今度家族で旅行に行くらしいんだけど予備校あるから私いけなくてさ……だから来てくれないかな?」
「……まあ構わないけど」
テーブルランプの明かりのせいで顔が赤くなっているのは川崎の目にも映っていることだろう。それほどまでに今の川崎の言葉は誘惑させたものだった。
「ありがと……ねぇ……手、繋いでもいい?」
どーせもう何を言っても無駄だろう。そう思えば不思議と気が楽になった……と思う。
「勝手にしろ」
「ありがと……なんかいつもと違って素直だね」
「うるさい」
それから二人が寝るまでには時間がかからなかったが思っていた以上にぐっすり寝れたのでよしとしよう。
× × ×
「ねぇ……きてよ」
「ん?」
「比企谷……起きてよ」
時刻は午前七時。見慣れた自分の家の部屋ではなく、ホテルの一室。そして俺の視界にはこちらの顔を覗くように見る川崎の姿。
「へ?は?」
「寝ぼけてんの? 顔、洗ってきなよ」
すでに着替えも済んでいる川崎は澄んだ顔でそう言った。
……ようやく俺は昨日の夜の出来事を思い出したがもう終わったことは仕方ない。
そんな時ふとチャイムの音がビーと鳴り響く。
「ごめん。出てもらっていい? 多分二人だと思うから」
「ああ。わかった」
ベットから出て、扉のほうへと向かうと川崎があっ!と声をあげる。
「何だ?」
「その……昨日のことは内緒だから……ね」
おお……顔を赤らめつつも、笑みを浮かべて人差し指を口に当てている。これが噂に聞く二人だけの秘密というやつ……いやまあこれは秘密にしないとまずいだろ。トップシークレット案件だろ。特に平塚先生の耳にまで届いた場合はとんでもないことになりそうだ。
そう思いながら扉を開けると、
「おはようございます、先輩。さてどうして中の扉の鍵が閉まっていたのか説明してもらえますか?」
「おはよう、二人共。お姉さんも聞きたいなぁ……どういうことかな?」
同じ笑みで悪魔のような笑みを浮かべた二人に俺も引きつった笑みを浮かべていたと思う。
「それじゃあまたあとでねー!」
「うん……また連絡するので」
「せんぱーい! 絶対に負けちゃ駄目ですからね!」
「はあ? 何のことだ?」
午前中は海周辺を回り、先程昼食を終えたばかりでここからは昨日話した通り二つのペアで行動することになる。今日の相手は川崎だ。
「じゃあ……行こっか」
「ああ。で、どこいくんだ?」
「あーそれなんだけど行きたい場所があるんだけいい?」
「まあ任せる」
「わかった」
何か知らんが昨日の夜からは機嫌がいい川崎に連れられて、そのまま電車に乗る。距離的にはそんなに遠くもないが近くもないらしく電車で一駅、そこから歩いて数分の場所らしい。
「あんたは……行きたい所ないの?」
「うーん特には。軽く観光地をネットでググったけどそんなに興味ありそうなところはなかった」
「結構あんたが好きそうなところあると思うんだけどな」
俺が好きな場所なんて自宅以外ない。むしろ自宅以外の場所は好きではないと言ってもいいぐらいだが別にインドア派ってわけでもないんだよなあ。いつもここに矛盾が生じるけどまあそれは臨機応変ってことで。
それにしてもまだ五月というのに気温はかなり高く俺も川崎も夏服である。半そで短パンの俺のラフな格好に白のトップスに紺色のスキニーパンツって言うんだっけ? まあ動きやすい格好でいる。また半袖なのでいつもよりも肌の露出があり、目のやり場の少々困るし、おまけに……。
「なあ川崎」
「何?」
「何で手を繋いでるんだ?」
「駄目?」
「いや駄目ではないけど……」
女の子と手を繋ぐなんて慣れていないので本当に困る。手汗とか溜まってないか本当に不安になるし。
「あ、降りるよ」
「ああ」
今更ながら思うけどこれってデートじゃね? なんて考えは最初のうちに出てはいたのだが相手が川崎だし、気にする必要はないはずだった。
でも昨日の一件で彼女を気にかけることになったのでそう意識せずにはいられなかった。
「着いたよ」
「……えーと川?」
「うん、川」
後ろには海、目の前には山。そして目の前には川。都会の川とは違い、透き通った水が美しく見える。ぼくなつにあるよな、こういうところ。
「有名なところよりもこういう風に自然を味わえるところで遊びたいなって」
「まあ……河原で遊ぶほうが健康的だしな」
去年の話だが河原で遊ぶ女の子達を見ていたのでふいにそう思ってしまう。そういや留美ともクリスマス以来あってないけど元気なのかね? 今度遊びに……通報されかねない世の中だし、やめとくか。うん。
「さて。それじゃあ遊ぼうか」
「へ?」
気の抜けた声を出してると靴を脱いだ川崎は川に入っていった。川はぜんぜん深くないようなので特に濡れる心配もなさそうだ。
「比企谷もおいでよ」
そう呼ばれたので川の方を向く。まあせっかくだしな……靴と靴下を脱いで、川に足をつけていく。
おぉ……思わず声が出そうになるくらい気持ちいい。足から冷たさが徐々に……と、気持ちよくなったところでいきなり顔に水しぶきが飛んできた。
「ははっ。どう? そっちのほうが気持ちいいでしょ?」
「おい……服濡れたんだが」
「気にしない、気にしない。えいっ!」
と、続けて水をかけてくる。どうやらお前は俺を怒らせたようだな。
もはや川崎が女の子であるということを忘れて、思いっきり水をばしゃと水をかける。そこからお互い無言のままかけあいっこが続き、もはや服が濡れることなんて考えていなかった。でも俺達はいつの間に笑みを浮かべていたのは確かだった。
「あー楽しかった。てかこんなに服を濡らさないでよ」
「お前が最初にやってきたんだろ」
「私はそこまで思いっきりやってないし。まあ楽しかったからいいか」
一通り遊び終えた俺達は川岸に座り込んで川に足をつけながら、一休みしている。まあはしゃいだからな、ずいぶん。
「やっぱ私はこういうふうに体を動かすほうが好きだな」
「へえー」
「珍しい?」
「ちょっとは」
体を動かすことは好きなのかもしれないがあんまりこういう子供っぽい遊びが好きなのは知らなかった。むしろあんなに笑顔な川崎を見たのは初めてかもしれない。
「なんか……変わったね」
「変わった?」
「うん。ゴールデンウィークにあんたに誘われてから、前よりもあんたといるの……楽しいっていうかさ」
「……恥ずかしいなら言うなよ」
顔が赤くなるのは暑さのせいだ。決して聞いてる俺が恥ずかしいからではないぞ。
「ねえ……前から聞きたいことあったんだけど聞いてもいい?」
川のせせらぎの音がさっきよりも耳に響く。これに蝉の鳴き声が聞こえれば夏らしさが出るけどまだ五月。今でこんなに暑いのなら、夏はどれだけ暑くなるんだろうか。
「雪ノ下と由比ヶ浜のことどう思ってるの?」
「どう思ってる……か。まあ大切な奴らとは思ってる」
「……そっか。やっぱり特別なんだ」
「勘違いすんなよ。恋愛的な意味とかじゃないからな」
「知ってるよ。あんたがあの二人のことを大事にしてるなんて」
空を見上げながら川崎は言う。今まで同じクラスメイトの一人としか見てなかった彼女だからこそそういうふうに見えてきたのだから言えてしまうのだろう。だから俺もそれを否定することはしないし、素直に認める。
「もしさ……あの二人があんたの事を好きだったらどうする?」
「それは光栄だな。俺なんかを好きになってくれるなんて」
「……じゃあ付き合おうといわれたら付き合うの?」
「さあな。その時の俺次第じゃねえの? 正直なところそういうふうに考えれば、変に期待しちまうからしないようにしてる」
期待は裏切られる。そんなことを耳にしたのはいつだったか覚えていないけどきっとそれは間違いじゃない。期待通りにいくなんて甘えた人生なんだ。期待通りに行かないからこそ人生だと思うし、もし上手くいかなければきっと後が辛い。それが怖いから俺は期待をしない。
すると隣の川崎が体の向きを変えて、俺のほうを見つめてくる。ちょうど目が合ってしまうが川崎は動揺する様子はなくしっかりと俺のほうを見てくる。
「あのさ……もし私が……あんたのことを好きっていったらどうする?」
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