バーテックスは敵である (日々はじめ)
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第一章 鷲尾須美は勇者である
第1話 バーテックス


エガオノキミへを聴いてから読んでくださると嬉しいです。


 我が目覚めたときそこは【火の海】であった。比喩ではあるが比喩ではない。燃え盛る炎を目にし頭の中に浮かぶ一つの意識を思い浮かべる。

 

 ーーーコワセ。コワセ。コワセ。ニクキシンジュヲコワセ。

 

 宙を泳ぐ化け物の中、明らかに異常な姿をしたソレはただポツンと立ち機械的な声でこう言った。

 

 『コワス』と。

 

 腰に携えた白刀を掲げ、刃に写る自身の姿を確認する。

 白。

 ソレを表す言葉。空に浮かぶ化け物たちと同じ色。しかし、姿は何かを模倣したと思える。

 不意に、気配が体の全身を駆け巡る。震えが止まらない。

 ナンダコレハ?

 頭の中を疑問と応答で支配する。しかし、答えは掴めない。

 だが、本能が告げている。

 闘いだ、と。

 

 『ーーー』

 

 本能の赴くがままに二足で駆ける。目の前の壁を通るとそこには【樹海】があった。

 コワセ。

 再度、命令が下される。何も思うことはなく目的地へと走る。

 すると、いつの間にか自身の体は右へと傾いていた。

 疑問に思う前に一つの矢が通り抜けていく。

 直感で交わした矢の元手を見据えると、我と同じ姿をしたモノ達がいた。

 

 人は、ソレを勇者といい。

 勇者は、ワレラをバーテックスという。

 

 ■■■

 

 あれから、どれぐらいの月日が経ったのだろうか。あのときの勇者たちに負わされた傷は未だに癒えない。左腕も失い、片方の視力は奪われた。

 ほかのバーテクッスたちは回復するのだが何故か我だけ回復しない。

 

 あいつらとの戦いは今でも思い出せる。一人は、遠距離。一人は、援護。一人は接近戦。多様であるが息がとても合っていた。剣を交わせば矢に撃ち抜かれ、矢を交わせば切り裂かれ、攻撃すると、弾かれる。

 あのときに抱いた感情が楽しいというのに気が付いたのはあいつらが3人とも命を失ってからだ。

 気が付けば死んでいた。おそらくほかのバーテクッスにやられたのだろう。

 だが、解せぬ。

 我と同等以上にやりあったあいつらが死ぬという事実が受け入れられない。

 その時から我は外れていた。

 

 あいつらが教えてくれた世界を我はいつの間にか好きになっていた。

 たった数日間言葉を交えた時からその世界に興味を抱いてしまった時点で我はバーテクッスという枠から外れてしまったのだ。

 その頃から頭の中に反芻していた言葉は徐々に消えていった。

 

 『アぁ、まタカ』

 

 ほかのバーテックスがまた動き出す様をみて呟く。

 3体動きだすのを見て、少しだけこの先の戦いに興味が湧いた。

 

 『イッテみるカ』

 

 右手で2本の刀を手に取る。一本は白く美しい刀。もう一本はアイツラの一人が使っていた黒い刀。

 腰に指しゆっくりと歩く。見馴れた神樹の結界のなか激しい音がぶつかっているところを見る。

 3人の勇者だ。年は幼く、まだ未熟。しかし、伸び代の見えない才能の塊だった。

 

 似ているな。

 戦い方を見てそう思った。遠距離、接近戦、援護。かつての勇者と同じだった。

 戦い方もとても似ている。いかに支え合いながら、いかに効率的に。

 

 だが、甘い。

 

 二人の勇者がバーテックスの尾に弾かれ身を血で汚す。

 残ったもう一人の勇者はその二人を連れて安全なところまで避難した。

 

 『さァ、どうすル』

 

 と、言ってもこの場合の選択肢は一つしかない。

 両手に剣をもった勇者が決意に秘めた表情で敵を睨み付ける。

 

 「随分前に進んでくれたけどなぁ……こっから先はーーー通さないッ!!」

 

 突撃。最善で最悪の選択肢を選らば是るを得なかった勇者をみて教えてもらった笑みが溢れる。

 

 『ククッ……。あァ、いい。そノ目、そノ姿勢。ーーーほんとによく似ているではないか』

 

 流暢に喋るその姿をみるものは必ず額に汗を流すだろう。

 それこそが合図。血を血で洗う合図。

 

 原初のバーテックスの戦いの意思表明なのだから。

 

 ■■■

 

 「銀……」

 「ミノさん……」 

 

 意識が戻った二人の勇者は、一人で3体のバーテックスに挑んだ三ノ輪銀の元へと向かっていた。

 その姿は満身創痍。子供のパンチでもやられてしまいそうなものだった。

 けれど、進む。

 進んだ先にあの人がいるから。

 霞む視界のその先にシルエットが浮かび上がると自然と二人に笑みが溢れた。

 二人して顔を会わせると歩く速さをあげる。

 

 『遅かったな』

 

 

 耳に届いたその声の圧力で呼吸が苦しくなる。

 なぜだ、何故いる。

 二人の勇者、鷲尾須美、乃木園子は困惑する。

 そして、絶望する。

 

 明らかに異常な人型のバーテックスの刀で深々と突き刺さられている三ノ輪銀の姿があったのだから。

 

 「うわぁぁぁぁああ!!!」

 『ほぅ……』

 

 園子が残りある体力を使い武器を向け、仕掛けてくる。

 その目尻にたまる涙を見てやはりか……と一人で納得する。

 易々と黒い刀でいなし腹に蹴りを喰らわせる。

 

 「ぐっ…ぁ……」

 「大丈夫!?」

 

 バーテックスは黒い刀をしまい銀に突き刺していた白い刀を抜き、血を振り払う。

 駆け寄った勇者と苦しげにこちらを睨み付ける勇者。

 その姿をみて笑いが込み上げてきた。

 

 「ッ!!何を笑っている!!ーーーよくも銀を……!」

 『いや、何。気に触ったら謝ろう。しかし、血は争えないのだなと思うと面白くてな。鷲尾、乃木、貴様らは三ノ輪に守ってもらった。その結果がこれだ』

 「なんで私たちの名前を……」

 『ーーー少し、喋りすぎたか。いいか、一つだけ良いことを教えてやる真実というのは時に残酷だ。それだけは覚えておけ』

 「ま、待て!」

 

 鷲尾のものは力量の差を理解し、手を出しては来なかった、か。まぁ、あれだけこちらに戦意がないとわかればそれも必然か。そして、乃木のものは些か冷静さを欠いてはいるが伸び代は最も高いな。

 しかし、これからどうするか。あの二人の勇者からはかなり距離を取れた。

 まぁ、アイツラの教えに従うならば

 『成せば大抵なんとかなる』って言ったところか。

 

 ■■■

 

 「ぅ……ひっぐ……」

 「銀……な、んで……」

 

 今しがた去っていった銀を殺したバーテックスは何故か自ら撤退した。その異様さ、姿、言葉を操る事実に気がつくには余りにも友人の死のショックが大きかった。

 

 樹海が解ける感覚に教われて二人は遠く、あのバーテックスが去っていった方向を眺めて下唇を噛む。

 

 何処かでこう言われた気がした。

 

 強さは常に犠牲の上に成り立っている、と。

 

 いつもの場所に戻されると大赦の人間が三ノ輪銀の死体をみて、ただ平然とーーー祀っていった。

 その時二人は気付いた。気付いてしまった。

 私たちは勇者だから待遇がよくなっている訳ではない。

 

 ただ、祀られているだけだと。

 

 「銀……」

 「ミノさん……」

 

 命の灯火が消えた友人を見て、また涙が頬を伝う。

 彼女が守ろうとした家族、友人、そして須美と園子。彼女がどういった思いで散っていったかわからないけど彼女は守ったのだ。大切なものを。

 

 「ーーー神樹様のお役目で死んだんだ。とても名誉なことじゃないか」

 

 違う。

 

 「彼女も最後に親孝行ができてきっと嬉しいだろう」

 

 違う!皆知った口を利いて、何も知らないで、全てを押し付けて!!銀は……。

 

 「わっしー……?」

 「そのっち……ごめんなさい。少し考え事してて……」

 「ううん、無理もないよ……私だって……ぅぐ……」

 

 園子が袖で頬を拭う。

 それに釣られそうになるがなんとか留まる。

 

 「……銀なら、立ち止まらない。そうだよね、そのっち」

 「うん、ミノさんはすっごくつよいから……!」

 

 だったら、やることはひとつ。お役目を果たして銀が守りたかったものを守る。

 それが新たに課せられたお役目だから。

 その前に一つ報告しなければいけないことがある。あの時は別のことで気を取られていたけどあの新種のバーテックスだ。

 最も信用できる大赦の人間である先生へのもとへ向かう。

 

 「どうしましたか?告別式を終わりましたよ?」

 「実は、報告したいことがあって……。新種のバーテックスのことです」

 

 新種のバーテックス、といった瞬間顔の表情が代わり直ぐ様大赦の人間としての顔となる。

 

 「詳しく教えてください」

 「はい。そのバーテックスの身長は175cmほどの人型でした。目の部分となるところの片側に傷があり片腕もありませんでした。全身白色で所々赤い線が入っていてまるで鎧を来た人間でした」

 「それでね、すっごく強いの……。私なんて直ぐに返り討ちにされちゃった」

 「ーーー武器は?見ましたか?」

 

 先生の口調が歯切れの悪いものとなる。

 

 「武器ですか?確か、白い刀と黒い刀を片手で器用に扱っていました」

 「!?」

 

 そう言うと先生の表情が驚きに染まる。そして血の気が引くように真っ青になっていく。

 

 「知って、いるんですね……」

 「えぇ……。ここで話すわけにもいきません。こちらへ」

 

 そう促されてついていくと人気が全くないところまで来た。

 

 「そのバーテックスは原初のバーテックスです」

 「原初のバーテックス?」

 

 園子が聞き返すが当たり前だ。そんなことは須美は一切聞かされていないのだ。

 

 「えぇ。勇者システムが確立したときの初代勇者たちがやっとの思いで傷を負わせ撃退に成功したバーテックスです。それ以来姿を表さなかったため倒れたかと考えられていました」

 

 先生の口から放たれた初代勇者という単語で須美と園子は震える。

 初代勇者は最優の勇者といわれるぐらいに強かった。その勇者達をもってしても撃退にやっとの思いで成功するぐらいの相手だったのだから。

 

 「ーーーこれは極秘事項なのですが初代勇者は3人。性はそれぞれ鷲尾、乃木、三ノ輪です」

 

 追い討ちを駆けるような事実に口が震える。

 では何か、あのバーテックスは私たちに対して何かしらの感情を抱いて接触を図ってきたというのか。

 

 口から漏れでたらしいのか先生が言った。

 

 「わかりません……。あのバーテックスには誰かから知識を与えられている説もあるのでただの興味本意ということもあります。ただ、今後も戦いになる可能性も頭に入れておいてください」

 

 ■■■

 

 「わっしー……強くならなきゃね……」

 

 車のなかで園子が呟く。

 須美は小さく頷く。その拍子に手元に雫が滴った。

 

 2人は勇者だ。

 いいや、3人は勇者だ。

 まだ小学生だけど、立派な人間だ。

 では、問おう。

 

 君は友を無くしたらどうするだろうか。

 

 

 車のなかで大きな泣くじゃくる声が響き渡るが、外の雨の音で消えていった。

 

 

 



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第2話 みのわぎん

 我の朝は早い。

 自分で作った家の時計の針が7時になるとジリジリと我の瞼を抉じ開けてくる。

 そうやって目を覚ますとまずは朝の運動である電力発電である。

 自転車に股がりひたすら漕ぐ。

 ふぅと3時間ばかり漕ぐと汗を拭く動作をする。(無論汗など掻かないため気分だけを味わうのだが)

 そして、家を出ると一面の畑。

 そこには様々な果実が実を成している。二毛作採用というのをここに書いておこう。

 鍬を持ちまたもやひたすら耕す。

 土が生き生きしたらそれが植え時だと本に書いておった。

 種を植え、実っている果実を収穫する。

 うむ、なかなかのいい仕上がりではないか。

 

 『ナかナカだナ』

 

 口に含んだ食べ物を咀嚼しながら呟く。朝なのであまり重いものは食べたくないので野菜がほとんどだがとても瑞々しく、口の中で爽やかに広がる食間は心地よい。

 

 『どウシタ?たベナいのか?』

 

 テーブルの向かえに座る女の子に聞くが反応は帰ってこない。

 ふむ、不満にでも思っているのか?

 

 「~~~っ!もう我慢の限界だ!!答えてもらうぞ、助けた理由と此処が何処か、諸々全て!!!」

 

 どうやら食事には不満がないのだが現状に不満があったらしい。こういうときは謝罪をすると教えてもらった。

 

 『あァ、そレハスまなナイなーーー三ノ輪銀』

 「がぁー!!ほんっとに意味わからん!!!!」

 

 そう自分の髪をかき毟な、痛むぞ。

 乙女の髪は命だとあいつらも言っていた。

 まぁ、そろそろ頃合いだな。

 

 ■■■

 

 「お前たちにはわからないだろうなぁッ!!」

 

 視界が真っ赤になりながらも叫ぶ。

 私は、勇者だ。

 このバーテックスを倒す、勇者。

 こいつらが進んでしまっては私の大事な家族、友人、全てが無くなる。

 そんなのは嫌だ、だから剣を振るう。

 

 「グッ……ぁ……はぁ……」

 

 息絶え絶えの中、1体のバーテックスを撃退し、残りは2体。

 遠距離から弓矢のようなものを放つ奴と蠍のような敵だけだ。

 

 「……帰るんだ……守るんだ……!」

 

 私は、帰る。

 私は、守る。

 だから、叫ぶ。こいつらを倒すために。

 

 「うおぉぉぉおおぉ!!」

 

 敵に向かって駆ける。

 相手もただの木偶の坊ではない、弓矢を放ってくるが大剣でガードしながら進む。

 なんとか目前まで迫る、そして渾身の一撃を放つ刹那、視界が霞む。

 耐性を崩すがすぐに持ち直し、攻撃を繰り出そうとして気付く。

 

 「しまっ……!」

 

 蠍の尾が迫っていた。

 衝撃を覚悟し目を強く瞑るーーーが、一向にその衝撃が来る気配がないとわかると誰かに抱えられているのに気付いた。

 そこで浮かび上がったのが最愛の友のことで、若干の嬉しさが身を包んだ。

 須美か、園子か。或いは二人ともか、どれかの可能性を考えながら目を開ける。

 そして移るは白。所々赤い線が入っているが明らかに人が鎧を被ったようなものだった。

 見覚えが、襲う。

 

 「バーテックスッ!!」

 

 明らかに以上だが、わかる。こいつはあっち側だと。そして、その敵に抱えられているのがわかった銀は振りほどこうと必死になる中、独特な声音が囁かれる。

 

 『落ち着け、敵ではない……と言っても信じてはもらえないだろうが我は貴様を助けてやる。何、意味はあるさ。だが、今言うには場違い感が否めない。詰まるところ、共闘と行こうではないか、三ノ輪』

 「ッ!!なんで私の名前を!!……銀さんのこの不幸体質もここまで来ると自慢できるレベルだな……」

 『あぁ、この戦いが終わったら全て聞き、すべて答えてやる、ーーー!』

 「あぁ、そうしてくれ、ーーー!!」

 

 着地をし、二人は武器を構える。

 銀は心の中で未だに最大の警戒心を隣に立ち白い刀を抜いてるバーテックスに払う。

 この距離なら、殺れる。その力があるがこいつから感じる恐怖に挑もうとする勇気が灰となって消えていく。

 こいつは敵だ。だが、安心してしまう。敵だとわかっているのに安心して気が緩んでしまうのだ。

 それが恐怖となって伝染する。

 敵に対しての緩みは、生きることの緩み。それがわかってしまうから額から流れ出る汗が気に食わない。

 

 『来るぞ』

 「!!」

 

 バーテックスがそう言うと敵が動き出す。遠くから弓矢が雨のように降り注ぐ。

 

 『我が、道を切り開く。三ノ輪はただ突っ込め。何も恐れず、ただ必死にな』

 「おいおい、流石のアタシも死にに行くような真似なんか出来るわけないだろ……。まさかとは思うが、あの弓矢全て斬るとかじゃないよな?」

 

 三ノ輪は呆れたように言う。

 

 『鋭いじゃないか。では、行くぞ!』

 「嘘だろ!根性とかでどうにかなるレベルじゃないぞ!!って、速っ!!」

 

 速っ!!あぁ、もう意味わかんないな!!終わったら絶対、大赦に文句を言ってやる!!

 

 『ハァ!』

 

 バーテックスが横に一振りする。

 そして、空気の揺らぎが三ノ輪を襲った。

 

 なっ!一振りで弓矢のほとんどを落とした!?しかも、今肌に空気が通りすぎるような感覚……。

 

 『ぼさっとするな!』

 「……!あぁ!!」

 

 今は他に意識を向けるな、三ノ輪銀!アタシは今最善を尽くすために、剣を振るえ!!

 

 相手のバーテックスに肉薄し、跳躍。

 

 「うおおおおお!!」

 

 縦に思いっきり切り裂き、弓矢を放つバーテックスを戦闘不能にさせる。しかし、それで終わらない。次の標的を視界に入れる。

 

 「よくも、須美と園子をやってくれたなァ!!お前が与えた苦しみ、特と味わえ!!!」

 

 コイツが須美と園子をやったという事実は血を多く流し、今にでも倒れそうな三ノ輪に小さくも十分な力を与える。

 地中から、蠍の尾がアタシを襲う。けれど、それを避けない。

 大丈夫だ、と何故かわからないが思ってしまう。

 そして、それは間違っていなかった。

 

 『っ!!』

 

 目にやっとのぐらいで納める早さできたバーテックスがそれを斬り捨てた。

 

 『行け!』

 「おらぁああああああ!!」

 

 今一番の大声。

 それを皮切りに終着点に辿り着いた。

 撤退した3体のバーテックスに悪態をつき、剣を向ける。

 

 「助けてくれたことに感謝はする。感謝はするけど、敵対しないとは言ってないよな。……教えてくれ、お前は一体なんなんだ」

 『それは後でだな。それよりもそろそろか……』

 「はぁ!一体、何を言って……ぁ……れ……?視界が……」

 『勝ったとはいえお前は血を流しすぎた、幸い命に別状はないと思うが……と、もう聞いておらんか』

 

 アタシは、そこからは何も覚えていない。

 次に目にした光景は知らない天井と変な鼻唄まじりにお粥を作っているバーテックスの姿だった。

 

 須美、園子。アタシの頭がオーバーヒート寸前だ、助けてくれ。

 

 ■■■

 

 『意味ハ、たダノ興味本意だ。興味本意でお前を助ケた』

 

 我がそう言うと三ノ輪は顔をしかめた。ふむ、何か可笑しいことがあったろうか?

 アイツラも興味というものに敏感だったぞ。

 

 「……わかった。興味本意ということで一応は納得しとく。けどさ、なんでこの家に連れてきたんだ?それと、この古い本たちはどうやって……」

 『あア、コレか。コれハ初代勇者タチから貰った』

 

 我がそう言うと次は驚いた表情になる。正に百面相。とても面白い。

 

 「意味がわからん……。初代勇者が敵と内通してたなんて……。いや、でも……。あれ、じゃあなんでアタシの名前を?」

 『初代勇者ハ3人。それゾれ、鷲尾、乃木、三ノ輪だッタナ。見て直グにワカッたぞ』

 「なるほど、そういうことか」

 

 そして、我はここがどういったところか教えた。

 ここは、云わば神樹の結界の一部。無理やり、引き剥がし自らのものとしたのだ。

 どうやったかというと、どうやったんだろうか。あのときはがむしゃらにやってたからな。

 そして、初代勇者の邂逅はよく覚えている。

 我に知能があるとわかるとなんと友好的に接してきたのだ。乃木だったな。そのあとは鷲尾と三ノ輪ともなんとか和解。けれど、我は敵だということでそういうことでしっかりと決心してから戦った。

 あのとき、乃木が「じゃあ~、お茶会を今度やりましょう~」という意味不明理解不能発言がなければ今の我はいないだろう。

 そして、本とかを色々貰い切り取った神樹を用いてこの家を作り、畑を耕したというわけだ。

 

 「じゃあ、お前に敵意はないのか?」

 『ナイな』

 

 小さく答えると三ノ輪はすぅーと息を吐く。

 どうやらここで殺されてしまうかもと思ってたらしい。

 

 「わかった、ありがとう助けてくれて。それで、こっからどうやってアタシの世界に戻るんだ?」

 『ーーー戻るノか?』

 「あぁ、須美と園子が心配だ。それに家族もいるんだ」

 『三ノ輪、単刀直入に聞く。我の元で研鑽を詰んでみないか?』

 

 我がそう言うと三ノ輪は口を大きく開けて呆然とした。

 それはしょうがないことである。いきなり弟子にならないかという申し出が敵からきたのだ。

 

 「順応性が高い銀さんでもそれは、言葉に詰まるな……。弟子になれって?そうしてアタシに何のメリットがあるんだ」

 『少なくとも今よりは断然強くなれる。そして、お前が守りたいものをまた守れる。どうだ、それがメリットだ』

 「中々に魅力的なメリットだな……。ちなみにアタシがもし仮にアンタの元で修行すると今の何倍強くなる?」

 『少なく見積もっても5,6倍は強くなれる』

 

 三ノ輪にはムラが多い。だからそれを改善し自らの剣技を産み出せば爆発的に強くなるだろう。

 

 「ははっ……。まったく世話の焼ける友人をもった須美と園子は可哀想だなぁ……。ごめん、駄目なお姉ちゃんで」

 『決まったか?』

 「あぁ、わかったよ。ちょっと釈然としないけどお前はアタシよりも断然強い。そして、須美と園子、家族を友人を、皆を守れるんだったらやってやろうじゃないか。ということだ、宜しく頼むぞーーー師匠」

 『あぁ、手解きは任せてもらおう』

 

 こいつがどこまで強くなるか楽しみだな。

 そして、あの二人も。

 バーテックス変異種といっても我が作ったバーテックスを三ノ輪に擬態させ殺人の実演。それで二人は我に憎しみを抱き強くなる。

 まさに最高の展開だな。三ノ輪……これだと混ざるから初代を名字で、今の勇者を名前で呼ぶか。

 あいつから貰ったこの大人気忍者漫画でも憎しみは人を強くすると書いてあるからな。

 許せ、二人の勇者よ。

 ちなみに、スマホという文明の力も擬態させ破壊しておきました。抜りはない。

 

 「ちなみに、最初は何の訓練をするんだ?」

 『無論、自転車漕ぎダな』

 

 電気は大事だ。

 

 

 

 



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第3話 わしおすみとのぎそのこ

 「そのっち、おはよう」

 「あっ、わっしー!おはよう~!」

 

 おっとりしていて、少しドジで、変わっていて、そんなことを自分で思ってる私はあの時何もできなかった。

 もっと力があって、もっと強ければミノさんは死なずに済んだかもしれない。

 この新しい勇者システム【満開】があればあの時……って悔いてたらミノさんに怒られちゃうかな。

 

 「ねぇ、わっしー」

 「ん、どうしたの。そのっち」

 「ううん、呼んだだけ~」

 

 エヘヘと笑う私に変なのと言って笑うわっしーがとても美しく、それと同時に儚いと感じてしまった。

 

 「そういえば~、今日からまた訓練するって~」

 「ええ、そうね。お役目はまだ終わっていない……。銀が守りたかった世界を私たちが守らなきゃね」

 

 あの大橋の戦いから数日、身と心に大きくつけられた傷は癒える様子はなかった。

 辛い、逃げたいと叫びたいけどそれは赦されない。

 私たちは勇者なのだから。

 だから、私はこの時思いもしなかった。●●●を信じた●●●がまさか●●●だったなんて……。

 

 「ねぇ、そのっち。そのっちはあのバーテックスのことで何か不思議に思ったことはない?先生は、勇者システムが確立した時の初代勇者の時に交戦したって言ってるけど……。それはおかしいわよね」

 「あぁ~……。確かにバーテックスはそれよりも前に出現したって習った記憶が……」

 「そうなのよ。昨日家で調べてみたら300年以上前、それこそそのっちのご先祖様《乃木若葉》さん達がバーテックスとの戦いを機に勇者システムが実用化、そして完成したときの勇者の名前が先生が言ってた通りなら鷲尾、乃木、三ノ輪のはず……。でも、あのバーテックスは原初と呼ばれている」

 「確かにわっしーの言う通りだよ~。原初は始まりって意味だから……。そもそも何故人型なんだぜ?」

 「……もしかしたら大赦は何か私たちに隠しているかもしれない。つい先日の勇者システムのアップデートもタイミングが良すぎているわ……。そのっち聞いて、【満開】はほんとのほんとに切り札として使用するのよ、いい絶対よ?」

 「わかったよ、わっし~。……zzz」

 「寝ないの!!」

 「ハッ!?」

 

 危ない危ない。わっしーに怒れちゃうところだったよ~……。

 けど、わっしーはほんと強いね。ミノさんが居なくなって本当に苦しいはずなのにそうやって考えて行動して……。

 まぁ、通学途中で寝れば誰だって怒るか。

 

 ■■■

 

 「うおぉぉぉぉぉ!!!!」

 『もっと脇を閉めろ!!』

 

 力強く吠えるのはいいが大振りはやめろとあれほど言ったのだが……。

 黒い刀でいなし、投擲する。それに気付いた三ノ輪は一瞬だけ我を視界から逃す。

 だが、それで充分だ。

 

 「ッ!!」

 『勝負あり、だな』

 

 白い刀を後ろから首に当てる。

 三ノ輪は負けたとわかると戦闘体制を崩し、それに習い我も刀を納める。

 すると、三ノ輪が仰向けになり悔しそうに叫ぶ。

 

 「くっそぉー!!これで34連敗目だ!!」

 『36連敗目だぞ、銀。何度も言ったろう、バーテックスとて知能がある。故に、戦闘は騙し騙されの応酬だと』

 「わかってるけど、銀さん的にそういう細かいのは蛇足なんスよ。へへっ、難しい言葉知ってるだろ」

 『ふむ……。いいか、剣を降るときは脇を閉めコンパクトに振れ。そうすればいざって言うときに対応できる。あとは視線を誘導……これはまぁ及第点か。戦闘中によく取り入れたな、なかなかに上手かったぞ』

 「おぉ……!師匠が人を褒めた!!なんだなんだ、バーテックスの雨でも降るのか!?」

 

 コイツはほんとお気楽な性格だ……。だが、やはり成長率は急激だな。予定では数週間かけるようなものをわずか数日で習得してきたのだからな。

 これは、次のステップに進んだ方いいか。

 

 『銀、よく聞け。次は複数対1の状況を想定しての訓練だ。あの時のようなのな』

 

 あの時という言葉で若干銀の顔色が悪くなる。

 やはり、あの時ばかりは流石に死を覚悟したらしい。

 

 「なぁ、師匠。ほんとに須美と園子は大丈夫なんだよな?私がーーー」

 『何、気にするな。強くなるように発破は掛けておいた。何も心配することはない』

 

 言葉を最後まで待たずに答える。

 銀には悪いがあいつらのなかでお前はすでに死んでいるんだ……。

 

 「わかった。じゃあ、どうやって複数用意するんだ?ここにいるのは師匠だけだろ?」 

 『あぁ、見ていろ』

 

 そういって指をパチンと鳴らす。

 すると何処からともなく白いバーテックスが数体姿を表し、次第に我と同じ姿になる。

 その光景をみて案の定銀は大きく驚いてる。

 余談だが、こうやって銀を驚かせることは楽しいと気付いたためいろんないたずらをしている。

 

 「なっ……なっ……。師匠、それは……」

 『我の能力みたいなものだな。バーテックスを作る、故に、大赦からは原初と呼ばれておったぞ』

 「いや、もう驚かないぞ。アタシは成長するんだ、これぐらいで……うん……」

 『珍しく言葉に覇気がないではないか

、銀』

 「そりゃ、そうだよ。こんなの見せられたら須美だったら失神するね、確実に」

 

 若干苦笑いながらも強がる銀の表情は些か疲れがたまっているように見える。

 稽古をはじめて数時間は経過したし、丁度良いか。

 パチンともう一度指を鳴らし、バーテックスを消す。

 

 『一度、休憩にシヨう。腹ハ減っていルか?』

 「おぉ!背中とお腹がくっつくぐらいに!!」

 

 なんだその表現はと突っ込みを入れ、我にとって第2の戦場へと赴く。

 厨房だ。

 料理とはいい文化だ。昔、鷲尾と一緒に料理したのが懐かしく思える。最初は、真っ黒な物体で三ノ輪をノックアウトさせたな。

 冷蔵庫から卵を数個とご飯を山盛り、調味料や具材を用意する。

 そうしていると横から銀が覗き込んできた。

 

 「何を作るんだ?師匠ってバーテックスの割りに料理がうまいからなぁ……」

 『一言余計ダゾ、銀。マぁ、そうダな。炒飯デも作るカ』

 

 手を洗うように促し、フライパンを見つめる。

 最適の温度、最適の量の油をしきいい感じに火が通るのを待ったあと卵を入れかき混ぜる。

 いい感じにほぐれたら具材を卵と混ぜ、しっかりと火に通す。

 そのあとにご飯を入れ、調味料を入れて完成だ。

 そんなことしてると銀が帰ってきたな。

 

 「おぉ……。いつ見ても美味しそうだな。なぁ、師匠聞きたいことがあるんだけどアタシがこっちに来てからどれくらいの時間がたってるんだ?昼夜がないから感覚が狂っちゃって……」

 『前にモ話シタと思うが、コッちでは時間感覚がズレテいる。ココの生活は大体2週間グらイだがアッチだと数日だナ』

 「そっか、もうそんなに時間がたってるのか……。ここに来てからアタシがほんとに強くなれているのか不安だよ」

 『何、心配するナ。確実に強くなっテル。最初とは比べ物にナラないほどニナ』

 

 本当に強くなった。 

 たった2週間で我の予想を大きく上回るほどにな。

 銀の戦闘技術は正に天賦と呼べるだろう。あとは、如何に自分の剣筋を作れるか……。

 

 「でも、不思議だよなぁ……。今まで戦ってきたバーテックスが師匠になるなんて」

 『其れホドまデに未来とはワカラナイというコトだ』

 

 炒飯を思いっきり口に流し込んだ銀は後味を楽しんでいるのか蕩けた顔になる。

 そこでやはり再実感する。銀の強さを。 

 この世界の真実を知ってもなお揺るがない信念。

 敵に師事されてでも守ろうとする決意。

 それらが銀の強さを作っているのか、と。

 だから、我は興味を抱く。ここから何を成し、何のために生きて、何をもって死ぬのか。

 我は、黒い刀にソッと触れてあの時の三ノ輪の言葉を思い出す。

 

 『僕は、ーーーなんだ』

 

 鷲尾、乃木、三ノ輪。お前らの意思は途絶えることなく今も尚生き続けているぞ。

 

 ■■■

 

 空に打ち上げられた花火を見て、私は物足りなさを感じた。

 いや、その原因はわかっている。右手の温もりと左手の寂しさ。

 花火を見て目を輝かせているそのっちを見てこの光景を3人で見れたらよかったなと思ってしまう。

 射的でとった景品は私とそのっち、銀の分だ。

 あとで銀が眠るところに渡してこよう。

 その事を伝えようとそのっちの名前を呼んで私は気付いた。

 

 「そのっち……」

 「うん、ごめんね……。泣き虫で……。ーーーでも、やっぱり3人で来たかったなぁ……」

 

 頬をつたる涙が私の心を動揺させた。自然と手を握る力が強くなるよう。

 行き交う人混みのなかつい銀を探してしまう。

 いないはずの、人を。

 居て欲しかった、人を。

 

 「そのっちが夏祭りに誘ってくれたことは嬉しかった。けど、銀のためにも立ち止まっては要られない……。辛いけど頑張ろう、ね?」

 

 まるで子供に言い聞かせるように言う。けど、それは違う。これは自分に言い聞かせているのだ。そうでもしなきゃ、耐えられない。

 

 「うん……。わっしーの言う通りだよ~、私はリーダーなんだからしっかりしなきゃ!」

 「えぇ、その調子よ。我らのリーダー」

 

 我らと言う部分を強調して言う。

 私は決めたよ、銀。だから、止まらないし止まっては要られない。

 私はこの国が大好きだ。家族が好きだ。皆が大好きだ。

 銀が好きだ。

 そのっちが好きだ。

 偽りではない、本当の気持ち。

 花火の色鮮やかなような未来を掴むため、進むよ。

 

 「じゃあ、そのっち!早速、修行よ!!打倒、原初のバーテックス!!!」

 「今からじゃ遅いよ~。それに~、その目標は私のだから!」

 

 二人は顔を見合わせて大きく笑った。

 どんな困難が訪れても、それを根性で、魂で乗りきって見せると。

 

 それから、数日後のことだった。

 鳴り響く警報。

 変わる景色。

 

 それが、私の最後のお役目だった。

 



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第4話 ゆうしゃ

原初のバーテックスは人の形をしているだけで決して髪とか生殖器とかはありません。
鎧を着た人間みたいと須美は言っていますがその鎧は化け物のような形をしています。
ので、男とか女とかそういう次元のレベルじゃないです。クトゥルフ神話にでてきそうな感じです。
さぁ、ダイスロール行ってみよう!!


 警報と時が止まったのは同時だった。さっきまで活気溢れていたクラスだがそれはもう見る影もなく不気味にただ立っていた。

 それは、お役目の合図。

 私は席から立ち上がりそのっちに声を掛けた。

 

 「そのっち!!」

 「うん……!!行こう、わっしー!!」

 

 大赦から渡されたスマートフォンを片手に勇者へと変身する。

 もう何度も見た神樹の結界を眺めて、敵を見据える。

 そのっちと顔を見合わせてお互いに頷き武器を重ねた。

 

 「そのっち、絶対に生きて帰ろう」

 「当たり前だよ~。帰って私たちの武勇伝をミノさんに聞かせなきゃ!!」

 「えぇ、そうね」

 

 いつも通りの調子のそのっちに自然と笑みが溢れた。

 もうあのときは違う。切り札もある、皆を守れる力がある。

 だから、踏み出して一つの矢を放った。

 

 人は私たちを勇者といい。

 勇者は敵をバーテックスという。

 

 ■■■

 

 地響きが家を伝った。その衝撃でベッドで安らかに寝ていた三ノ輪銀は地面へと叩きつけられる。

 

 「なんだなんだ、地震か!?そうだったら避難だ、師匠水は持ったか?」

 『寝惚けているのか?ここは世界と隔絶された世界、そんな天災は有り得ない。ここまでいったらあとはわかるだろう、銀』

 「……敵が攻めてきたってことか。よし、じゃあこのニュー銀さんの出番って訳か」

 

 そう言って勇者に変身した銀は両手剣を力強く握りしめた。

 それをみて我は諫めようとしたが変な感じに教われた。

 長い間この神樹の結界で過ごしてきたせいかなのかわからないが何かを得ようとしていると。

 嫌な予感がするというのはこういうことだろうか。

 

 『銀、すぐに向かうぞ。我はバーテックスだから須美と園子の前には出ることができない。お前はまずそうだな……。二人になるべく見つからないように、そしてもし仮にこの世界の真実を知った勇者がいれば』

 「わかってる。師匠のもとへ、だろ?というか、なんで須美と園子の前に姿表しちゃいけないんだ?そろそろこの銀さんでも人肌が恋しいってもんよ」

 『あぁ、よくわかっているじゃないか。あと、その理由は話すと少し長くなる。そこはわかってくれ』

 「師匠が頭を下げるなんて……。まぁ、わかったなるべく見つからないように……ってこのローブ着ろって?なかなかに用意周到だな……」

 

 まさか死んだと思われている人間が目の前に現れたら流石に動揺するだろうしな……。

 だが、なんだ拭えない違和感は……。

 

 『銀、場所は』

 「ここから南東に約53.23km。アタシの足で大体20分ぐらいかな」

 『上出来だ、行くぞ』

 

 これも我が教えた技術だ。手を地面に当て僅かな振動を便りに場所を特定する技だが、やはりそこは勇者、この卓越した技術をすぐに習得した。

 神樹を走っていくなか銀が声を掛けてきた。

 

 「師匠、須美と園子がさやられそうだったら助けてやってくれよ」

 『ーーー興味が湧いたらな』

 「師匠らしい答えだ。けど、アタシは助けるからな。そのために強くなったんだ」

 『ハァ……。顔を見られなかったらいいぞ』

 「それが意味わからないんだよなぁ……。まぁ、師匠のコトだしなんか考えがあるだろうけどなぁーんか納得がいかないと言うか」

 『無駄話もここまでにするか、行くぞ』

 

 話すことをやめてスピードをあげる。風を切る音が心地好い。

 そして、向かう先に一際大きな力の存在を感じた。

 それと同時に神樹に異変が起きたことをなんとなくだが察した。

 まるで、何かを供物として捧げられているような……。そんな思考を他所に大きな花が満を持して開く。

 銀はそれが須美と園子のものだと感じたらしい。また、その嫌な感じに気付きもした。

 

 「師匠!」

 『アァ!!これは明らかにーーー可笑しい!!!』

 

 あれは、明らかに勇者システムの一つ。

 だが、我はあれを見たことがない。つまりはあれは大赦からの切り札。

 そして、あの強大な力のリスクは計り知れない。

 二人の勇者と対峙する獅子座のバーテックスが応戦するがいとも容易く弾かれていた。

 

 「クッ!!待ってろよ、須美、園子!!」

 『しょうがないな……。先にお前が先行しろ』

 「どうするんだ?」

 『我が剣でお前を弾く。待て、そこまで不安そうな顔になるな。アイツらにはここで死んでもらっては困る』

  

 その言葉に頷いた銀はその場でジャンプする。それを剣の平面で弾き飛ばす。

 初めてやったが、上手くいったな。まずは頼むぞ、銀。

 

 ■■■

 

 「「満開!!!」」

 

 二人は切り札である【満開】を発動した。この力は大赦から与えられたものだ。

 だが、そんな中須美はやってしまったと後悔していた。

 この力は多分何か大きなリスクがある。けれど、この力を使わなければこいつに勝てないのも事実。

 相手のバーテックスが火球を放ってくるが、須美は砲台とも言える銃でそれと対抗する。

 

 「お前たちの攻撃はもう届かない!!」

 「わっしー、ナイスアシストだよ~……ハァァァ!!!!」

 

 私が、攻撃を打ち返すとそのっちが相手に向かい無数の剣劇を繰り広げる。

 しかし、相手のバーテックスに目立った傷は見当たらない。そこで今までとの敵の格の違さを思いしり恐怖する。

 このままでは……。という負の念は動きに支障を来す。

 体の奥底が震え上がるがそれを押さえようとする。

 左手で震える右手をおさえ、敵を睨み付ける。

 

 「放てッ!!!!」

 

 通常では考えられない威力で放たれたそれはバーテックスにようやく目立った外傷を与えた。

 そして、そのっちも相手に剣を突き刺し弱らせていく。このままいけば勝てるのは明白だったが、突如として満開の変身が二人して解けた。

 宙に浮かんでた二人は重力に逆らえないまま地面に衝突した。

 

 「ッ……!時間切れ、嘘でしょ!!ーーーあ、れ?」

 

 可笑しい。感覚が、いつもの感覚を感じない。

 そう思って違和感の原因に力をいれてもびくともしない。

 

 「足が、動かない?」

 

 その衝撃的な事実に気がつくとそれをサポートすると言わんばかりに勇者の服装にも変化が現れた。

 自由に扱える紐が頭から延びる。まさか、これを使って歩けと?

 受け止められない事実に身を震わせていると遠くからそのっちが駆けつけてきた。

 

 「わっしー、大丈夫!?」

 「うん、何故か分からないけど足が動かなくなっちゃったけど……」

 「実は、私も右目が見えなくなってきて……。一体これはどういうことなんだろう~……」

 「今はまだわからない……。もしかしたら【満開】の影響かもしれない。けれど、あれは【満開】を使ってようやく渡り合える、ということは答えは一つよね」

 「うん。私たちが皆を守らなきゃミノさんに怒られちゃうからね」

 

 覚悟を秘めたため息を口にだし、覚束無いながらも紐を駆使して駆けて、二人で叫ぶ。

 あのバーテックスは間違いなく今までの敵の中で2番目に強い。

 無論、一番はあの原初のバーテックスだが何故かあのときは敵対心というのが見当たらなかった。

 けれど、今はそんなことを気にするときではない。

 私たちは文字通りの命懸けの戦いをしているのだから。

 

 「「満開!!!!」」

 

 再度、姿が変わる。

 圧倒的な力の存在が場を支配し、勝利の結末を引き寄せようとする。

 一つ一つが強力な光線を相手へ放つとその衝撃で髪が後ろへ棚引いた。

 

 「はぁぁあ!」

 「ここから、出ていけぇぇぇぇ!!!!」

 

 私の叫び声に呼応するかのようにそのっちも際一杯の声をあげる。

 そして、この攻撃が決定打となったのか相手のバーテックスが撤退を始める。

 徐々に後ろに下がっていく光景をみて、ようやく終わったんだという気持ちに襲われて【満開】の変身が解ける。

 

 そこで、鷲尾須美としての私は死んだ。

 

 ■■■

 

 「ふぅ~。守ったよミノさん、見てくれてたかな。………………ッ!!」

 

 去っていったバーテックスを見ながら私は見えなくなった右目を押さえると2回目の【満開】が解けた。

 そこで、また体の違和感を感じる。

 先程まで動いていた右腕がまったくもって動かない。力をいれても何も感じない。

 そこで私は悟ってしまった。

 【満開】とは、勇者の一部を供物として力を得るというものだと。

 それがわかればあとは早かった。もう一人、【満開】を使った勇者がいるではないか。

 その彼女にもとに駆けつけた私は不思議に思った。

 【満開】が解けているのは納得できる。だけど、なぜ勇者の変身まで解けているの?

 

 「ねぇ、わっしー!!ねぇってば!!!!」

 

 震える彼女は私をみてただ一言言い放った。

 その言葉は私を動揺させるのに十分な言葉。

 

 「誰ですか、貴方は……?というか、ここは一体何処なんですか!?私たちの町はどうなったんですか!!」

 

 ーーーあぁ、酷い話だよ。本当に……。

 後ろから多くのバーテックスが来るのを感じた。振り向くとそこには今まで倒してきたバーテックスが姿を表していた。

 その数12体。先程撃退したはずのバーテックスすらいるではないか。

 記憶を供物として捧げられたわっしーは訳がわからず混乱している。

 大丈夫だよ、わっしー。

 

 「私の名前は乃木園子。貴方の名前は鷲尾須美。神樹館小学校に通う女の子だよ」

 

 一度、勇者の返信を解きありのままの私を見せて髪を結んでいた紐をわっしーの手首に巻き付けてあげる。

 これは、私が生きた証。

 私とわっしーとミノさんがここにいた証。

 

 「だから、あとは頼んだよ。ミノさん」

 

 気を失ったわっしーを抱いて、横に寝かせる。

 そして、茶色いローブを被って突然現れたものに言う。

 フードを外したその奥には見たかった顔があった。

 

 「あらら、ばれちゃったか。流石は乃木家の園子さまだな。ーーー須美は?」

 「う~ん。多分目の前の光景がショックで気を失ったんじゃないかな~?」

 

 すると、私とミノさんの横にあのバーテックスが到着する。

 私は、知っていた。三ノ輪銀が生きていると。いや、確信していた訳じゃない。その可能性があるかもと思っていただけ。

 そう思ったのは今ミノさんの隣にたつ原初のバーテックスと初めて戦ったとき。

 あの原初のバーテックスの肩にミノさんの特徴的な髪の毛が付着していた。

 その時はなんとも思っていなかった。

 けれど、やっぱりその髪の毛のことを頭から振り払うことが出来なかった。

 だから、これは私の夢物語だけどこう考えた。

 原初のバーテックスがミノさんを助けて、どうやったかわからないけど偽物を用意したって。

 無論、確信など全くないから0.1%ぐらいでしか信じなかったけど先程、勇者の変身を解除したときに勇者反応がわっしーのほかにもう一人いることに気付き確信したのだ。

 

 『その勇者の力は自信を供物として力を得るものか……。神樹め、面白くないことを。と、流石は乃木のものだ。気付いたか』

 「ーーーこの際貴方が何者でも私にとって関係ない。ミノさんを助けてくれたんでしょ?」

 「おいおいおい、なんだこの険悪なムードは。今からあのバーテックス達と戦うってのに」

 「ミノさんは一回黙ってて」

 「……はい」

 『そう怒るな。確かにあの時……。こう昔話に花を咲かせる時間などないか。どうする?』

 

 そう言って指を指す方向にはあのバーテックス達。この原初のバーテックスが何を考えているのかはわからないがそれよりも先にあれをどうにかしないとね。

 

 「私が、あれを食い止める。だから、わっしーのことをお願いします」

 

 敵に頭を下げるとは何事ですか!とわっしーがいたらそう言うだろうなぁ~。

 けど、今は形振り構ってはいられない。

 

 『いいだろう。ただ銀、お前は園子と一緒に戦ってこい』

 「いくら師匠の頼みでもそれは聞けないなぁ。師匠の命令じゃなくて私の意思で、園子と一緒に戦わせてもらうよ」

 『ふっ……お前らしい』

 「ちょっと聞きたいことがたくさんあるけどミノさんと一緒に戦えるんだね!!」

 

 特に、師匠ってどういうことだろう。あぁ、もう~!ミノさんってばほんとに自由人なんだから!!

 でも、やっぱり生きてくれて嬉しい。まぁ、私たちをいっぱーい悲しませたんだからその分お説教しなきゃね!

 

 「じゃあ、行くよ!」

 「あぁ!!」

 

 私とミノさんは神樹を駆ける。

 でも、数も数だし犠牲なしとはいかないよね……。

 

 「満開!!!」

 「園子、それは……!」

 

 先程の会話から銀はその力は何か代償を支払わなければいけないと感づいていた。だから、園子の姿をみて驚愕する。

 

 「大丈夫だよ、ミノさん!私パワーは全快だから、バーテックスなんてズカーンだよっ!!」

 「……くっそ!あとで説教だからな!!」

 

 ーーーあぁ、ほんとに優しいなミノさんは。

 

 「はぁぁぁああああ!!!!」

 「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 私は、乃木園子。勇者である。

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 「ここが、新しい家……?」

 

 目の前の和式の家をみて呟く。

 この車椅子の生活にも慣れたものだ。私は2年間の記憶がない。両親によると2年前大きな事故にあったかららしい。

 動かない両足に両手を乗せ風を感じているとふと扉の開く音が聞こえた。

 桜色の髪に、活発そうな雰囲気。

 幼げが残る顔で彼女は言った。

 

 「貴方が隣に引っ越してきた人?私の名前は結城友奈!!よろしくね!!!」

 「東郷……三森、です」

 

 桜の花びらが風にのってひらりと舞い、彼女の髪につく。

 それを手で取ってあげると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 「わぁ、ありがとう、東郷さん!!」

 「ううん、大丈夫よ。これから宜しくね、友奈ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勇者を信じた私たちがまさか生け贄だったなんて……。
神樹館小学校 乃木園子より


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第二章 結城友奈は勇者である
第1話 乙女のはにかみ


 讃州中学に通う私こと結城友奈はサンサンと照り付ける太陽の下を東郷さんと一緒に登校中です!

 東郷さんは昔大きな事故で両足が動かなくなっちゃったけどらしいんだけどそれを感じさせないほどの明るさをもったとてもいい人です。

 

 「友奈ちゃん、どうしたの?」

 「ううん、ただお隣さんが東郷さんみたいないい人でよかったなぁ~って」

 「もう、何言っているの……」

 

 そうやって顔を何故か赤らめる東郷さんもとても可愛いです。

 私たちは、讃州中学で勇者部という部活に所属しています。部長の犬吠埼風先輩にその妹さんの犬吠埼樹ちゃん、そして私と東郷さんの4人で所謂ボランティア活動みたいなのをやっています。

 幼稚園で劇をしたり、ゴミ広いをしたりさまざまな活動をしているんです。

 特に、東郷さんは多芸でマジックができたり料理がうまかったりパソコンも扱えます。

 前に、シルクハットから鳩が出てくるマジックを見せてもらってなんでやろうと思ったの?と聞いたところ困惑していた辺りから風先輩は2年前に何かあったのよと言ってくれて少し罪悪感に襲われたのは内緒の話です。

 

 「ねぇねぇ、東郷さん。今日の勇者部の活動って何やるかわかる?」

 「ううん、風先輩からは何も聞いてないの。ごめんね、友奈ちゃん」

 「あ、謝らないで東郷さん!」

 

 あははと力なく笑う私は端から見ればどう映るのかな?

 そして、他愛のない話をしていると学校につきました。

 すると、目の前に見覚えのある二人がいました。

 いつも、部を支えてくれる風先輩と樹ちゃんです。

 

 「風先輩、樹ちゃん!おはようございます!!」

 「おわっ!ってなんだ友奈か。びっくりさせないでよ。女子力が疑われるような声出しちゃったじゃん。と、東郷おはよう」

 「お、おはようございましゅ……!」

 「おはようございます。風先輩、樹ちゃん。あと、そこまで緊張しなくてもいいのよ?」

 

 樹ちゃんが下を噛んでしまい恥ずかしさのあまり赤面していると何処と無くフォローする東郷さん。

 まるで、娘とお母さんのようです。

 た、確かに東郷さんは中学生にしては一部がその……発育してるけど……。

 

 「じゃあ、皆。放課後部室でね」

 

 風先輩の声に私たちは揃えて返事をしました。

 教室でのホームルームが終るとクラスが賑やかになります。

 私が東郷さんと話をしていると突然ソレは起こった。

 

 「ーーー?あれ、みんなどうしたの?」

 「えぇ……。何か怖いわ、友奈ちゃん」

 「大丈夫だよ、東郷さん!!」

 

 さっきまで騒がしいクラスはまるで時が止まったように……。ううん、これ本当に時が止まってる。

 その事実に気が付くと次に警報が鳴り響いた。

 警報の原因は私の携帯……?東郷さんの携帯からも警報が鳴っている。

 その画面には、樹海化警報とだけ記されていた。

 すると、当たり一面光に飲み込まれていく。

 

 「友奈ちゃん!」

 「東郷さん!」

 

 私が東郷さんを守るように覆い被さり何もないとわかると顔を上げた。

 そこは、神秘だった。

 美しい木の根が地面を見たし、美しい光景が目の前に広がっていた。

 

 「友奈、東郷、無事!?」

 「風先輩!?それに、樹ちゃんも!!」

 

 私と東郷さんが目の前の光景に圧倒されているとそこに風先輩と樹ちゃんが駆けつけてきました。

 すると、風先輩が驚くことを口にします。

 

 「ーーー実はね、皆に隠していたことがあるの。この勇者部っていうのは仮初め、本当は本物の勇者として神樹様のお役目を果たす、そういうものなの」

 

 突如として豹変した雰囲気に私たちはたじろぐ。

 そして、その言葉を飲み込む。

 お役目として勇者を果たす。何故かその言葉は妙に軽快とストンと胸の奥に落ちた。

 そして、風先輩は恐らくはこれを知っている。

 

 「なんで知っているのかっていう顔をしているわね……。えぇ、私は大赦から送り込まれた存在なの。そして、貴方たちの監視も命じられている。どう、納得した?」

 「お姉ちゃん……」

 

 大赦というこの世界を調停する機関から派遣されていたのに驚くと同時に樹ちゃんの反応からそのことは今初めて聞かされたらしい。

 けれど、勇者と言っても何と戦い、どう戦うかはわからない。

 東郷さんは未だにこの現実を受け入れられていないのか小声で「夢じゃない……」と呟いていた。

 震える東郷さんの手を握り風先輩に問いかけます。

 

 「風先輩、私たちは何をすればいいんですか?」

 「流石は一番の勇者気質ね。この部活に所属した際にインストール一つのアプリを開いて頂戴。それを使えば勇者に返信できるわ、こういう風にね!!」

 

 そういってアプリのボタンをタッチすると風先輩は黄色を貴重とした服装と外見には到底似合わない大剣を握り締めていた。

 

 「そして、私たちは本当の敵バーテックスから神樹様を守らなければいけない。もし、バーテックスが神樹様に辿り着いてしまったらこの世界は崩壊する。わかった?」

 「ちょ、ちょっと待ってください!!まったくもって風先輩の言っていることがわかりません!バーテックスとか勇者とか……」

 「東郷さん、落ち着いて。けど、私は決めたよ。未だ良く意味がわからないけどここで戦わなかったお父さん、お母さん、そしていろんな人に被害が及ぶことだけはわかった。だったら、勇者部として、勇者として、ーーーー戦う!」

 

 東郷さんの言う通りだ。

 風先輩の言っていることは全然わからない。

 けど、バーテックスっていう奴からこの世界を守らなければいけない。

 だったら、私は戦うよ。

 そして、風先輩のようにアプリのボタンをタッチする。すると、体全身を光が包み桜色を主体とした衣装に変化する。

 

 「流石は友奈ね……。東郷、巻き込んでごめんなさい。樹も。二人は何処か危なくないところに避難しておいて。私と友奈が今から来るであろうバーテックスと戦う」

 「……お姉ちゃん。私も戦う。ここで引いたら多分これからお姉ちゃんの妹だって胸を張って言えないと思う……。だからーーー!!」

 

 私の次に樹ちゃんも変身した。

 樹ちゃんは緑を主体した色彩だ。

 そして、残る東郷さんも変身を試みてもなぜか行かない。

 どうやら、風先輩が言うには強い意思と安定した精神状態がなければ変身出来ないらしい。

 その事実に消沈したのか明らかに顔色が悪くなった東郷さんは一人で車イスで移動しはじめました。

 

 「東郷さん……」

 「ごめんなさい、友奈ちゃん、樹ちゃん、風先輩。私が、私だけがこんな……」

 「気にすることじゃないわ。戦うか戦わないか。それも命を賭してまでのものだからね」

 「……皆を頼みます」

 

 その言葉に頷き私たちは普通ではあり得ないほどの速度で神樹様の中を駆け抜けた。

 東郷さんはもう見えなくもなっていた。

 

 「最初だから何も気負いすることはないわ。私が攻撃するから二人はサポートよろしく!」

 「はい!」

 「うん!」

 

 そして、待つこと数分。

 バーテックスがやって来た。

 いつからいたのかわからない。けれど、気付いたら壁の目の前にいた。

 白を基調とし、所々赤い線が入った不気味な鎧を来ているような人間のようなもの。

 風先輩から聞くにバーテックスは大型だというのを聞いていたがあれはいったいなんなのだろうか?

 それを聞こうと風先輩の顔を見ると顔は真っ青に染まっていた。

 

 「風、先輩……?」

 「ははっ……。ウソでしょ……?まさか初戦で当たるなんてね……。運が悪すぎるにも程があるでしょ……。作戦変更よ。友奈、樹。貴方たちも私と一緒に攻撃。私がなんとかリードするから」

 「お姉ちゃん、どうしたの!?」

 「アイツはーーー。今は説明する暇なんかないわね。この戦いが終わったら教えてあげる。だから……。死なないでよ、二人とも!!」

 

 

 その言葉の後に彼女は言葉を小さく溢した。

 

 「愛しているわよ、樹」

 

 その言葉は、相手のバーテックスの地面を蹴る音で消えていった。

 

 ■■■

 

 わからない。わからない。わからない。

 風先輩の言っていることがわからない。

 バーテックスとか勇者とか。戦わなければ世界が滅びるとか。そして、私は今ある感情を抱いている。

 怖い……。本能がこの光景を恐れている。

 そして、私は2年前の記憶を失ってからの始めて見た光景を思い浮かべる。

 同じだ。あの時と。

 けど、あの時はもう一人女の子がいた。もしかしたらあの子も勇者と言う存在ではなかろうか?

 あの、ふわっとした雰囲気になぜか落ち着く感じの。

 確か、貴方の名前は……。

 

 「貴方の名前は……。乃木、園子……?」

 

 東郷三森は頬を流れる涙に気付かないまま彼女の名前を紡いだ。

 

 「乃木、園子……。園子……その……っち……グッ!」

 

 何故かわからないが最後の呼び名は妙にしっかりと来る。

 しかし、その名を呼ぶと酷い頭痛に襲われた。

 頭が割れるような激痛に叫ぶことすら許されず彼女の意識は闇へと落ちていった。

 

 そして、落ちり行く意識の中彼女はもう一人の名前を無意識に呼んだ。酷く悲しそうに。ただ、ポツリと。

 

 「……銀……」と。

 

 




あのバーテックスは一体なんなんだ……?(すっとぼけ)
一度アニメを見返すためにアマゾンでポチった私を誰か誉めるべき、誉めて。


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第2話 私の愛はあなたの愛より深い

 我は間違っていたのだろうか。

 目の前の攻撃を捌きながら守っている少女の横顔を見てそう思った。

 勇者に興味を示し、勇者に肩入れし、それが今の目の前の光景を生んでいるのではないだろうか。

 園子が犠牲を払いながら戦い、銀が二丁の斧を振るう。

 すると、我の体の中に何かが流れ込んでくる。

 わかってはいる。これは供物だ。

 勇者が供物を捧げ強くなる【満開】というシステムはどういうわけか我に影響を与えるものであるらしい。

 この強くなっていく高揚感。勇者が【満開】をするとバーテックスの我が強くなるなんて皮肉と言っても過言ではない。

 そして、我の存在が何なのか考えさせられる。

 もしや、知らぬ間に神樹の一部として認識されているのではないだろうか。

 

 『だが、それもまた興味深い』

 

 最初の間違いという思考はとうに廃棄され身体中を満たすのは興味のみ。

 其は我がバーテックスなのか、はたまたまた別の存在としての考えなのか。

 その答えは未だに掴めない。

 

 結局はあの戦いは園子と銀の勝利で幕を閉じた。

 しかし、意気揚々と勝利を宣言できるほどの快勝とまではいかないのも事実。

 銀は目立った外相がない、それもそのはず。銀は我が鍛えた、多勢に対する動き方も全て。しかし、園子の方は酷いものだった。

 計14回、それが園子が【満開】した数。銀がいなければ計20回にまで及んでいただろう。

 だが、それだけの犠牲を払った園子は正に最強と言われる存在になった。最早、人としてではなく神として認識されてもおかしくないほどに。

 【満開】の影響で供物を捧げるという【散華】により園子は、右目、右手、右足、心臓などといった体の部位を持っていかれた。

 特に心臓。

 心臓が止まっても且園子は生きていた。つまり、彼女はこれから老いることもなく、死ぬこともなく、そういう存在になってしまったのだ。

 それを知った銀は酷く落ち込んだ。そして、このような悲劇はもう繰り返さないと誓った。

 彼女の強い意思を秘めた瞳は我からの離れを意味していた。

 あの戦いが終わったあと彼女はポツリと、意識を失っている園子を抱いて我に言った。

 

 「師匠……。短い間だったけどありがとう。須美も守ってくれて。アタシは一度戻るよ。家族にこれ以上心配かけさせたくないし」

 『……そうか。わかった、銀の考えを尊重しよう。だが、どうする?今戦える勇者はお前だけ。次もまたバーテックスが来るだろう』

 「その点は大丈夫だ。師匠が教えてくれたバーテックスの出現周期から次は大体2年後。そうなったら新しい勇者もいるさ」

 『寂しく、なるな……』

 

 目の前の変わり行く光景を見ながらつい口にする。

 そして、気付く。

 我にとって銀との生活は悪くないものだと。興味とかそういうのを無しにして好きだった時間だと。

 見つけた、答え。

 その答えに銀はたまに見せる意地悪そうな顔で我に近づいた。

 

 「へへっ……。アタシもさ。けど、次に会うときは敵同士だ。そして、もし一つだけ願いを聞いてくれるんだったらーーーー」

 

 

 彼女の願いは2年後の今。

 目の前の新しい勇者の出現により叶えられる。

 

 ■■■

 

 「ハアァァァァァ!!!!」

 

 私の渾身の右ストレートは目の前の敵が間一髪、いや紙一重で避ける。そして、その勢いを利用して回し蹴りが私を襲った。

 反射的に両手を重ねてその攻撃をまともに受けるとその重さに驚愕する。

 そして、耐えきれずに私の体は宙に舞う。

 すると、何処からか伸びてきた糸が私を包んで優しく地面に降ろしてくれた。

 

 「大丈夫ですか!?友奈先輩!!」

 「樹ちゃん、ありがとう!!!あのバーテックスすごく強いよ……。私の体術がまったく効かないもん」

 

 私は幼い頃から両親に体術を鍛え上げられていたから接近戦では自信を持っていた。

 私ならできると。しかし、あの人型のバーテックスはそれを諸ともしない。

 敵が此方に視線を向けると気を伺っていた風先輩が視覚外から攻め混む。

 だが、それもまた無意味だった。

 片腕しかないのにも関わらず大きな剣を細い白い刀で受けとめ威力を流される。

 流された拍子にあのバーテックスが私にしたのと同じように蹴りを食らわせる。

 

 「グハッ!」

 「風先輩!!」

 「お姉ちゃん!!!」

 

 こちらに物凄いスピードで迫ってくるが私にしてくれたように樹ちゃんが糸で風先輩を迎え入れる。

 優しく下ろされた風先輩は口から流れ出る血を袖で吹き敵を睨み付けた。

 

 「さぁ、こんな絶体絶命のピンチ。勇者ならどう切り抜けると思う?」

 「それは……」

 

 風先輩の問いに樹ちゃんが戸惑う。

 確かにこれは絶体絶命だ。強さは相手が格上。

 しかし、それが諦めていい理由には絶対にならない。

 大事な人たちがいるんだ。

 大事な人たちを守りたいんだ。

 

 「ーーー戦うしかないです。どんなピンチだろうと根性と魂で乗りきれば……そして、成せば大抵なんとかなる、ですよね?風先輩」

 「えぇ、そうよ。私たちがここで諦めちゃったら世界が終わっちゃうんだから。踏ん張りどころよ」

 「友奈先輩、お姉ちゃん…」

 

 すぅーと息を吐き出し頬を強く叩いて気合いを入れ直す。

 何故か律儀に待っているバーテックスはただ上から見下ろすだけ。

 なら、その慢心をつくしかーーーないっ!!

 私が地面を強く蹴りつけ跳躍し、瞬く間に相手の目前まで迫る。

 左手で殴りかかるが相手はそれをまたもや紙一重でかわす。

 しかし、それでいい。

 体を回転させ右腕で裏拳を放つ。それはバーテックスの顔に直撃しーーー顔を吹き飛ばした。

 転がる頭、反応がない体。

 

 「え……?」

 

 思わず惚けた声が口からでる。

 まさかあれほどの力を持つものがたかが裏拳程度でやられるはずがないからだ。よくて牽制程度だと考えていた攻撃が相手の命を刈り取った事実に驚きを隠せない。

 それは風先輩と樹ちゃんも同じらしく、姉妹らしく似たように大きく目を見開いて驚いていた。

 バーテックスは次第に体が薄くなり、その姿を虚構へと葬り去られていく。

 そして、【樹海】に神聖な光がどんどん満ち溢れていく。それは、帰りの合図。

 移り行く景色の先に友奈は奇妙なものを見た。

 それをしっかりと確認する前に友奈たちはいつの間にか学校の屋上にいた。

 そこには、風先輩と樹ちゃん、東郷さんと私がいたけど誰も声を発しない。

 

 「なんか変な空気になっちゃったわね……」

 「そう、ですね……。あっ、それよりも東郷さん大丈夫だった!?」

 「それが、あの後何故か気を失っていて……。けど、大丈夫よ。友奈ちゃん。それよりも風先輩、説明してくれますか?詳しく正確に」

 

 東郷さんの威圧されるような雰囲気に樹ちゃんが涙目になる中、風先輩はジッと足元を見つめていた。

 そして、小さく一言。

 

 「私たち上履きだ……!!というか、早く戻らなきゃ授業が始まる!!!!ということで解散!はい、戻った戻った!!」

 「ちょ、風先輩!!」

 

 風先輩は慌てて走って屋上からいなくなりました。

 そこで、私たちは一斉に口を開く。

 

 「逃げたね……」

 「逃げたわね……」

 「お姉ちゃん、逃げるのは流石に……」

 

 ■■■

 

 ここは、神聖なる場所。そこに二人の少女がいた。

 一人は包帯で右下半身を巻かれた女の子。

 もう一人は静かに瞑想をしている女の子。

 前者の女の子はベッドで横たわり回りには鳥居などの祀るものが置かれており、もう一人の方も例外ではなかった。

 そして、入り口の方からコンコンと控え目なノックの音がする。

 瞑想をしている女の子はそれには反応せず、ベッドで横たわる少女がその扉の向こうに声をかけた。

 

 「…どうぞ~」

 

 少しのんびりしてマイペースな口調。静かに開けられた扉から大赦の者だと証明する仮面をつけた人間が3人入室してくる。

 二人は控えて、一人が代表して動く。

 その動きに含まれるのは恐怖と緊張。

 下手をしたら一瞬にして命を刈られる。その力がこの二人、特に瞑想している女の子にはある。

 だから、可笑しな行動など取ることはできない。

 

 「御忙しいところ申し訳ございません。実は、現勇者たちがバーテックスと交戦し見事勝利したと、犬吠埼のほうから連絡が入りました」

 「御託はいいからさっさと本題に入ってくれるかな~?」

 「…失礼しました。その時に原初のバーテックスが動き出していると報告が上がっております」

 

 原初のバーテックスという単語に瞑想している女の子の眉がつり上がる。

 

 「つきましては、現勇者たちに指導をお願いしたいと思っております」

 

 そう言うと、静かに瞑想をしている女の子は立ち上がり両目を開ける。

 身長は160に届かないぐらい、短い髪にスレンダーな体つき、彼女は凛とした声音で言った。

 

 「そこに、須美は……東郷三森はいるのか?」

 「はい。ですが、今回は変身が出来ないほど精神が乱れていたそうです」

 「そうか……。その依頼はどうせアタシ宛なんだろ?勇者を剥奪したお前らが頼み事なんてな、すっごいロックじゃないか」

 

 その言葉に大赦の3人は汗をかく。その言葉に隠された感情は憤怒。

 彼女の怒りが私たちの恐怖を支配する。

 

 「…申し訳ございません。お二人の力は大変危険なのです。そして、どうかこの依頼を受けてもらえないでしょうか?」

 

 一拍を置いて紡ぐ。

 最強の勇者の名を。

 

 

 

 「乃木園子様、三ノ輪銀様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鷲尾須美は勇者であるの4話見ました。
泣きました。劇場でも泣いたのに……。


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第3話 あなたに会いたくてたまらない

 「で、どうするのさミノさん?私の体はこんなだから一歩も歩けないし」

 「そうだなぁ。須美に会いたいという気持ちはある。そして、神樹様の中に長時間いただけで祀られて少々イネス不足だからな。受けてみてもいいかな、園子には悪いけど」

 「ううん、私のことなんて全然気にしないでいいよ~。それよりもミノさんが楽しんでくれたら私も嬉しいし」

 

 大赦の人間が去った部屋で園子と銀は会話に華を咲かせていた。

 年相応の会話のなかに二人は年に不似合いな表情を浮かべる。

 園子は困惑げに。

 銀は嬉しそうに。

 

 「でも、ゲンさんがちゃんと約束守ってくれるなんてね…。驚きだよ~」

 「まぁ、師匠はそういうのには律儀だしな。というか、ゲンさんってなんだよ……」

 「原初のバーテックスだからゲンさん!!」

 「相変わらず園子の感性は理解できん…」

 「ふっふっふ~、考えるな、感じろってことだよ~」

 「そういうもんなのか?」

 

 園子とのやり取りに笑いを掛ける銀はとても嬉しそうな表情だった。園子もまた同じく笑顔を浮かべていた。

 彼女らが祀られ始めて約2年、この何もない祀られた部屋でただ過ごす毎日に二人はどこかしらの不満を抱いていた。

 出たい、会いたい、抱き締めたい。

 様々な感情が胸のなかで渦巻くが大赦という存在がそれを打ち消した。

 そして、園子はともかく銀が死亡した扱いにされていたのは驚きだった。その事を知った銀は早く家族の元へと行きたかった。

 アタシのせいで悲しませてしまった。園子から聞くに特に弟の鉄男が心配だった。

 けれど、家に帰ることも赦されず、勇者になるにも憚れて、彼女らの拠り所は途方に繰れていた。

 

 「2年前の約束、『勇者が来たらフルボッコにしてくれ』なんだけど、大赦の人たちの文脈から推測されるに普通にやられたな……」

 「それを機に強くなってもらおうと言うミノさんの思惑は失敗しちゃったね~。まぁ、ゆーゆは今までの勇者のなかでもっとも神樹様と相性がよかったからね」

 「よし、落ち着けアタシ。ここであだ名に突っ込んだら敗けだ」

 

 そして、銀は昔3人での出来事を思い返した。

 遠い昔、3人で楽しかった日々を過ごしたあの日のことを。

 また、園子の表情から察するに銀と同じなのだろう。

 大抵、話が一段落するとこうやって昔を思い返すのが二人の習慣となっていた。

 

 『あれ?なんか机のなかに手紙が……』

 『も、もしかしてあれじゃないか、須美!ラから始まる』

 『らかんぞう!?』

 『違う!ラブレターだ!!』

 『あぁ、そう………………ラ、ラブラブラブラブ!』

 

 『こういう服装は……』

 『ありありありありあり!!!!』

 『わぁ~、そうやって鼻血出す人初めてみた~』

 

 『おい、何処か痛いところあるのか!?』

 『はい、これ使って~』

 『ありがとう…そのっち…』

 『おい、私は!?』

 『ぎ…銀』

 

 尊い記憶。忘れない記憶。忘れたくない記憶。

 それは、彼女…須美も同じなはずだ。けど、満開に影響で彼女はソレを奪われた。

 やるせない、悔しい、悲しい、という負の気持ちがあるのは確かだ。

 けど、それに身を任せ大赦を滅ぼしたらもっと酷い目に合う。

 だから、今は抑えるしかない。この気持ちを。

 

 「なぁ、園子。アタシは勇者って何かを守る、何かを討ち果たすそういうものだって考えていた。けど、それは違ったんだ。勇者とは何かを見つけるものだって。そう気付かされた。勇者になって、守りたいと思って、師匠と出会った。そこで、見つけたんだーーー園子?」

 

 先程から反応がないことに気付き、銀は園子のベッドへと近寄る。

 銀は園子の頭を優しく撫でる。

 

 「ったく。アタシが良い話をしている最中寝るなんてな。まぁ、園子らしいけど」

 

 彼女の寝顔は美しかった。

 

 ■■■

 

 讃州中学校、勇者部部室にて一人の女生徒が3人の女生徒に詰め寄られる事案が発生……ではなく、問い詰められていた。

 

 「風先輩、もう逃げられませんよ。あのときは逃がしましたが……もう逃がしません」

 「おぉ、東郷さんの目が野生の熊が獲物を狙う目だ!!」

 「ちょ!私、獲物なの!?樹、助けて~!!!」

 「ごめんね、お姉ちゃん……」

 

 最愛の妹に裏切られた姉は見るからに落ち込む。

 そこは、『任せてお姉ちゃん!』ぐらいには言ってほしかったのだろうか。

 が、しかし、現実は甘くないのである。

 

 「はぁ~……まぁ、こうなるとは思っていたわ。じゃあ、まずは神樹様から認められた人はお役目に就くというのは理解できる?そのお役目が勇者、外敵であるバーテックスという化け物を倒すことよ」

 「でも、風先輩は言ってましたよね?バーテックスは大きいって。私たちが戦ったのは」

 

 友奈の発言は直ぐに遮られた。

 

 「あれはね、原初のバーテックス。先代たち勇者が戦ってきた特例と言えば良いのかしらね、そういう敵よ」

 「特例?どういうこと??」

 「そのバーテックスは何故かバーテックスを作れるのよ。まぁ、それには戦闘力が皆無、というか耐久力が皆無だから。友奈と樹は覚えがあるでしょ?」

 

 そして、説明されていくうちにもしあれが本物の原初のバーテックスだったとしたら勝ち目がない、つまり死を意味していたことがわかる。

 戦闘に出ていない東郷でさえ顔を真っ青にするぐらいだ。

 すると、風の携帯に1着のメールが受信された。

 

 「ごめん、ちょっとメール……」

 

 風はメールの文字を一文字を見逃さないように読む。

 そこに羅列している文字はこの最悪な状況を切り抜けることができる最良の一手。

 つい顔に笑みが溢れてしまう。しかし、それを悟られてしまってはおしまいだ。特に、東郷は本当に怒っている。

 だが、これがあればーーーっ!

 

 「よぉーし!勇者部注目!!なんと大赦の方からメールが来てたった今勇者を育成する合宿が開かれることになったわ!!!」

 「えっ!?本当ですか!やったね、東郷さん!!」

 「えぇ、そうね!!」

 「ははは……友奈先輩はしゃぎすぎですよ~」

 

 掛かった。

 風は心のなかでそう思った。今彼女らの頭のなかにあるのは合宿のことのみ、ならそれを利用し徐々に話題を変えれば風はこの窮地を切り抜けられる。

 

 「って、いう顔をしていますよ。風先輩」

 「なっ、なんのことよ東郷…」

 

 ギクッという効果音が似合いそうな反応をする風は東郷に心を読まれたことに動揺する。

 そして、ゆっくりと東郷はカラカラと車イスの車輪を押して近づく、風も負けじとじりじりと後退していくが背中の冷たい感触を感じ、絶望する。

 

 「さァ、お話、しましょう?」

 「い、イヤァアアアアアア!!」

 

 その残虐足る光景に友奈と樹は顔を反らす。

 

 「風先輩……くっ……!」

 「お姉ちゃん…私は絶対に忘れないよ!」

 「ちょっと!助けてよ!!……東郷、落ち着いてね?ね?」

 

 風の嘆願に東郷は静かに笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 「すみません……騙していてごめんなさい……。もう隠し事はしません……」

 

 目にハイライトが無くなった風を見て友奈は口を抑える。

 樹は優しく抱き締める。

 東郷は勝ち誇った顔を浮かべる。

 

 「東郷さん、怖かった…」

 「お姉ちゃん、いい子いい子」

 

 これではまるで樹が姉のように見えるが誰一人としてそれは口をしない。

 もし、してしまったら風の心に追加ダメージを与えることになってしまう。

 後日談として、風は隠し事を絶対にしなくなったとかなんとか。

 

 ■■■

 

 道路を滑走と走る大赦用意したバスに女子中学生が4人座っていた。

 大きいバスに4人というのは些かアレな気がするが他に乗客員がいないということで気兼ねなく話ができるのは利点ではある。

 

 「友奈ちゃん、ぼたもち食べる?」

 「ありがとう!東郷さんのぼたもちほんと大好きだから嬉しいな~」

 「そ、そんなっ!大好きだなんて……」

 「あっちゃ~…友奈ってば天然ジゴロなんだから言葉には気を付けなさいよね?」

 「お姉ちゃん、友奈先輩に言っても多分無駄だよ…」

 「?どういうこと??」

 「ほらね…」

 

 これが世界を守る勇者であると言われても誰も信じないだろう。端から見れば普通の女の子。

 しかし、普通の女の子にしては酷く重たい役目を背負っている。

 東郷はこの合宿でせめて変身ぐらいは出来るようにしたいとは考えていた。これではまるで自分だけ取り残されてしまうようなデジャブを感じーーー。

 

 なぜ、デジャブを感じたのか。

 東郷はその事に一日中首を傾けていたのは誰も知る由がない。

 

 「さて、もう少しで着くわね。場所は海沿いだからってあんまりはしゃぐんじゃないわよ?特に友奈!」

 「はっ!風先輩に誓いはしゃぎません!!」

 「宜しい」

 「ところで、風先輩。合宿と言っても監督とかそういう指導する人はいるんですか?」

 「えぇ、大赦の方から一人派遣されるはずよ。まぁ、名前とかは聞いてないけど」

 「う、上手くお話しできるかなぁ……」

 

 樹はまず初対面の人とのコミュニケーション能力をどうにかしないといけないか、と風は思いつつ窓を眺める。

 友奈は東郷と仲良く喋っていて緊張の「き」の文字すら感じられない。

 さて、この合宿でどうなるか。

 それだけが風にとっての心配事だった。

 

 それから数十分後。

 車の甲高いブレーキの音でうたた寝してしいた友奈が目を覚ます。

 椅子から立ち上がった風が荷物をもち、寝ている樹を起こして紡いだ。

 

 「さぁー!着いたわよ!!!」

 

 バスから出た4人は目の前の光景に圧倒される。

 同じような呆けた声をだし、海色の輝かしさの目を細める。

 すると、バスのとなりに一台のリムジンが停車する。

 不振に思った4人がそちらへ顔を向けると大赦の人が運転席からでて後ろ座席の扉を開ける。

 カツン、と警戒な音をたてて一人の女の子が下車してきた。

 年は勇者部のみんなと変わらず、しかし纏う雰囲気は修羅。圧倒的な力を持っているのが見てわかり風は納得する。

 

 「あの人が私たちにコーチしてくれる人ね」

 「なんか、かっこいい…」

 「うん。なんか歴戦の勇者って感じがする!!ねっ、東郷さん!!!…………東郷さん?」

 

 友奈は東郷の横顔を見ると異変に気づいた。

 また東郷も同じらしく震える手で頬を撫でる。

 少し、しょっぱく冷たい感じ。

 

 「ーーーーあ、れ?」

 

 何故か知らない、意味がわからない涙が蔦っていることに気づいた。東郷は今しがた降りてきた女の子を見る。

 その表情には様々な感情が渦巻いているのが何故かわかった。

 喜び、哀しみ、悔しさ、そういった感情の後何かを決心したような顔付きになり此方へ歩を進める。

 そして、伸びる右手で優しく頭を撫でられた。

 

 懐かしいと、思ってしまった。

 そして、その女の子は自己紹介をする。

 

 「話とかはもろもろ聞いてる。風先輩に友奈、樹、そしてーーー三森。アタシがうーん……所謂指導者って言えば良いのかな…。

 まぁ、三ノ輪銀だ、宜しく!仲良くロックにやっていこうぜ!!」

 

 

 

 

 

 




あれ、この作品の主人公って誰だっけ??


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第4話 私はあなたを想うでしょう

 大橋の大決戦から一年後、一体のバーテックスが座禅を組んでいた。

 2本の刀を傍らに起き、黙々と意識を神樹のほうへと傾ける。

 内なる声。我がバーテックスの枠組みから外れたときから聞こえてきた声。

 今まで無視をしてきたが【満開】のこともある。少しばかり話に付き合ってもらうぞ。

 すると、意識だけが何処かに飛ばされる感覚がした。

 目を開けると真っ白な空間に一人の少女が立っていた。

 彼女を表すのなら桜。

 そんな彼女が通学路で友達に話しかけるように奇策に声をかけてきた。

 

 「ーーー」

 『あァ。気が変わっテナ。ソレヨリモ貴様は誰ダ』

 「ーーー」

 『……。ナルほドな。貴様はもう神樹の一部と言う訳カ』

 「ーーー」

 

 彼女の話を纏めるとこうだ。

 神樹に長く滞在すればするほどその存在が昇華されていく、つまり近づくということらしい。

 そして、近づいた者には恩恵も与えられる。

 彼女の恩恵は精霊らしい。よくわからないが勇者にとってとても大事なものだと言う。

 そして、我が司るは散華。

 ここから予測されるに長ければ長いほど重要なものが付与されると言っても過言ではない。つまり、銀も例外ではないということだ。

 だがしかし、散華か……。そうかそういか、ーーーまったくやってくれる。

 一通りの用事を済ませその場を後にしようとしたら彼女に引き留められた。なんでも久しぶりに会話をしたいのだという。

 教えてくれた礼にと聞いていたがほとんどが他人の自慢話。

 だが、その時間は居心地が良かった。

 時間だ。と言い立ち上がる。

 

 『有意義ナ会話だッタ。感謝すルぞ。ーーー高嶋友奈』

 「ううん、こっちも久しぶりに話せたから。ありがとう」

 

 彼女は静かに微笑み、次第にその姿を薄らと揺らめかした。

 

 

 

 

 

 『アレが、初代勇者の一人。高嶋友奈カ』

 

 意識が戻り珍しくもない自宅の雰囲気に飲まれながらそう呟いた。

 彼女はまだ旧暦の時代に勇者として活躍していたらしいがバーテックスとの激戦の末神樹に取り込まれたらしい。

 乃木若葉と高嶋友奈を筆頭とした勇者たちか……。会ってみたかったものだ。

 

 原初のバーテックスは静かに畑を耕し始めた。

 

 ■■■

 

 「ハァァァァァ!!!!」

 「もっと脇を閉めろ!!!!」

 

 アタシこと三ノ輪銀は絶賛指導中であります。

 今やっているのは組み手。結城友奈という元気一杯な女の子とやっている最中だ。

 だが、まぁ。須美との再会は嬉しかったんだけどまさか記憶に無いにも関わらず泣いてくれたことにはちょっとびっくりして、そしてとても嬉しかったな。

 あの後、勇者部の皆が騒ぎ始めて大変だったけど……。

 

 「ならっ!!」

 「うお!!」

 

 いきなり友奈が回し蹴りを繰り出すもんだからびっくりして仰け反ってしまった……。けどッ!!

 

 「うわっ!!!」

 「ふぅ~…。アタシの勝ちだな。まだ甘いところあるからそこは後で教えておくよ」

 「はい!!!」

 

 友奈が自信の体を支えていた軸足に足をかけて転ばす。

 元気よく挨拶して向上心もあり、常に前に向く。確かに勇者気質だな……。

 

 「けど、銀ちゃんって本当に強いね!」

 「まぁな。師匠がかなりスパルタだったからな」

 「へぇ、師匠がいるんだ」

 「あっ、はい。まぁ、今は何処で何してるかわからないんスけど…」

 「なんか流離いって感じがして素敵……!」

 

 樹がそう言うもんだから何故か園子と似た感じがし苦笑が漏れた。

 風先輩と樹は駆け寄ってくるが須美はただ呆然と海を眺めているだけだった。

 

 「なんか、東郷のやつさっきからあぁなんだよね…友奈、なんとかできない?」

 「う~ん……なんか今の東郷さんはソッとしといたほうがいいと思います」

 

 友奈は気難しい顔をする。

 それは当たり前のことだった。

 涙を流した東郷は震える口で訴えた。

 

 『わか、ら、ないの……!なんでこんなに苦しくて辛くて……そしてこんなにも嬉しいのか……!!貴方は、一体…誰、なんですか……?』

 『言ったろ?アタシの名前は三ノ輪銀って』

 『ぎ、ん……!銀……!銀……!!』

 『おぉ、甘えん坊だな。三森は』

 

 彼女は涙ながらの顔を銀の腹部へと擦り付けた。

 溢れてくる涙を止めようとしないでただ淡々と名前を呼び続けていた。

 ここではアタシは真実を言えない。言ったら大赦から勇者のほうへと少なからず不信感を抱かせる結果となるからだ。

 実際、昔に勇者に手を出した勇者が居なかったことにされている。

 

 「まさか、あの東郷がねぇ……」

 「まぁ、三森にも何かあるんじゃないスかね?それよりも、次は風先輩の番ですよ」

 

 そう言って木刀を渡す。

 ちなみにだが今は生身で練習している。生身での練習は勇者に変身したときに多大な効果を与えるのは昔、師匠から教えてもらったのだ。

 

 その日、東郷以外の勇者には傷が沢山ついててお風呂が困難だったというのは言うまでもない。

 

 ■■■

 

 夜、ザザーッという波の心地好い音を聞きながら銀はこれからどうするか考えていた。

 すると、背後からカラカラと聞きなれない音がし振り替えるとかつての親友がいた。

 

 「なんだ、三森か。どうした?」

 「あら、お話しに来たと言えば不服かしら??」

 

 いじわるそうに東郷三森/鷲尾須美は笑った。

 あの後、なんとか持ち直し彼女はいつも通りに近い感じまでに戻っていた。

 

 「貴方は……銀はなんでそこまで強いの?」

 「……アタシなんて強くないさ。大事な友達二人も守れずただのうのうと生きていくだけ。本当に強いのは友奈みたいな勇者だよ」

 「そう……ごめんなさい。銀のことも考えず。それで、その……お友だち二人はーーー」

 「あー、何か勘違いしてると思うけどその二人は生きてるよ。そして、三森がアタシを強いって言ってくれるんだったらそれは守りたいものがあったから」

 

 彼女はその言葉に首を傾ける。

 すると、雲に隠れた月が顔を出し、月光が二人を照らした。

 

 「アタシが守りたかった家族、友達、この町の人……そして園子と須美っていう大事な大事な、宝物を守りたかったから。だから、アタシは少しでも強くーーー三森?」

 

 銀が東郷を見ると彼女はただ顔を俯かせて震えていた。

 

 「なん、で、かしらね…。銀といると涙がでてくるわ……銀アレルギーかしら……?」

 「人をタマネギみたく言うな……」

 

 そして、銀が意を決したように口を開いた。

 

 「なぁ、すーーー」

 

 だが、その言葉は最後まで続くことがなかった。

 何故なら、後ろから大きな声が響いたからだ。

 そちらに目を向けると風呂上がりだと思われる浴衣姿の少女が3人。

 

 「あぁー!銀ちゃんがまた東郷さんを泣かした!!風先輩、迎撃許可を!!」

 「そうね……、こう何回も仲間を泣かされていちゃ勇者部の面子が丸潰れね!!行きなさい、友奈!!!そして、派手に散りなさい!!!」

 「お姉ちゃん、そこは止める場所だよ……」

 

 そう言って友奈が銀へと抱きついてくる。

 これは、夜は寝れないなと。

 銀は幸せな時間を噛み締めながら、そう思った。

 

 「どりゃー!かかってこーい!!」

 「もう、友奈ちゃん。銀が迷惑してるでしょ」

 「もう、そんな連れないこと言わないでよ。ママ」

 「そうだぞ、お前。銀だって楽しんでるじゃないか」

 「もう……貴方が銀を甘やかすから……」

 

 「樹、これは何かしら」

 「……さぁ」

 

 だが、どこから伝わったのかこの夫婦漫才的なやり取りが園子の方に知られていて帰ったら羨ましがられたのはまた別の話。

 

 ■■■

 

 「はい、はい。わかりました」

 

 マンションのとある一室。そこにツインテールの少女が携帯の相手と会話をしていた。

 話が終わり、通話を切る。

 

 「讃州中学に入学するには次週ね……。今の勇者根性はこの私が叩き直してあげるわ!!

 

 

 この完成型勇者、三好夏凜様がね!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 あなたは素晴らしい友達

原作と所々台詞が違う理由は原作の世界線に置いてはいなかった原初のバーテックスが介入することにより考え方が全員少しずつ変わるというズレのためです。


 浮遊感を感じ、目を開けると彼女は何もない空間、その3歩先に立っていた。

 自分よりも背が小さく、顔の幼さが残り愛らしい雰囲気を醸し出している。

 誰?と言う必要はない。

 彼女は私。私は彼女。

 そうだとわからなくても、そうだと理解する。

 

 「こんにちわ。未来の私」

 

 彼女の言葉が私を少し動揺させた。彼女は私。そうは理解している。

 けれど、何か抜けたような、たりない気持ちが私を焦燥とさせた。

 

 「貴方は、過去の私…?」

 「えぇ、そうですよ。東郷三森さん。私の名前は……いえ、すみません。何でもありません」

 

 彼女は過去の私だと言った。そして、私の名前を言った。

 けれど、彼女は自己紹介をしようとした行為に首を傾ける他ない。

 私が貴方なら貴方は東郷三森。そうではないの?

 そう言おうとしても何故か口には出ない。なので状況を整理することにした。

 

 「それで、ここは……?」

 「ここは、言わば神樹様の一部。私が神樹様に働きかけて呼び寄せてもらいました。伝えたいことがどうしてもあるのです」

 「伝えたいこと……。それは勇者に関係することかしら?」

 「一概にはそうでしょう。単刀直入に言います。真実は時に残酷だと。彼、いえ、彼女……?どっちでもいいですか。そう言いました。貴方はそれを重々に承知するべきだと。それをお伝えしにきました」

 

 彼女の声音は次第に萎んでいく。

 そして、私は一歩彼女に近づいた。

 

 「貴方は、その真実とやらを知っているの?」

 「えぇ」

 

 短く答えられたその言葉に様々な感情が乗せられていた。

 寂しさ、悲しみ、哀愁。

 それがわかり、もう一歩近づいた。

 そして、足が動くことに気付くがそれは胸の奥にしまう。

 

 「けれど、それは言えない。そうなるように神樹様が働きかけているのね……

。有り難う、覚えておくわ」

 「そうしてくれると嬉しいです」

 

 次第に顔を俯かせる彼女に、私は言い難い気持ちに襲われ再度、一歩進む。

 目の前にくると余計にその体が小さく感じる。

 

 「ーーー辛かったでしょう、苦しかったでしょう」

 

 何故そのような言葉が出たのか私にはわからない。

 けど、()()()()()()()()()()()

 

 ふわりと、彼女の震える体を包み込む。

 全てはわからないが、彼女は神樹様に働きかける存在だと言うのはわかった。

 そして、とても悲しい存在だと言うこともわかった。

 

 そして、これは私の記憶だ。目の前のは無い2年間の記憶だ。

 

 「ーーー」

 

 彼女は何も発しない。

 発してしまったら、それが自分を弱いと断言するようなものだと考えているからだ。

 

 「貴方は、私の記憶。それが何故神樹様と関係をもつか今はわからない。けれど、これだけはわかったわ。

 置いてほしくない、一人にしないで。

 貴方の思いが伝わってくる」

 「そう、ですか……」

 「一ついいかしら?」

 

 先ほどから一つ気になっていたことがあった。

 彼女は真実は時に残酷だと教えてもらったと言った。

 なら、それを教えた人物とは誰なのか。

 

 「貴方に、真実を教えた人って一体……」

 「ーーー。わかりました。教えます。但し、これは誰にも教えてはなりません。誰かに教えたとしても神樹様が抑止力を行使してその記憶を消すでしょう。

 そして、その者の名はーーー」

 

 

 

 

 

 ガバッと勢いよく畳の上に敷かれた布団から身をあげる。

 窓から風が流れ込み髪をひらりとはためかせた。

 一室に、4人。

 風先輩と樹ちゃん、それと友奈ちゃんと私がその部屋で寝ている。

 銀は別室で寝ている。

 私が勢いよく起きたことで隣に寝ている友奈ちゃんが目を覚ました。

 

 「んぅ~……。東郷さん、どうしたの……?」

 

 目を擦りながら聞いてくる。

 普段ならいつも通りに返事をして終わりになるが今回ばかりはそうではなかった。

 そうせざるを得ない状況だったからだ。

 何故、その名が出てきたのか。

 口許から小さく漏れでた言葉は、か細く雲に隠れる月のように消えていった。

 

 「原初の……バーテックス……?」

 

 

 

 あの後、友奈ちゃんに謝罪した後私は再度眠りについた。

 そして、不思議なことにあっさりと眠りに落ちる。

 

 朝、陽射しの強さを感じ目を覚ました。

 ほかの3人はまだ気持ちよく寝息を立てている。時計を見るとまだ短針が5を指している時間帯だった。

 

 「流石に早く起きすぎたかしら……。二度寝……はしたくないしどうしましょう」

 

 と、考えていると扉が勢いよく開かれた。

 昨日出会った先代の勇者、三ノ輪銀が高らかに叫ぶ。

 

 「おっきろ~!さぁ、修行だ、鍛練だ、根性だぁ!!って、す、三森は起きてるか、ロックだな」

 「銀は朝から元気ね」

 

 苦笑いを漏らし、銀の爽やかな笑顔を目に入れる。

 先代と聞いて今も勇者をやっているかと聞いたら事情で今はやっていないらしい。

 すると、ほかの3人がモゾモゾと動き出した。

 

 「こんな朝早くから鍛練って……銀の師匠がかなりスパルタなのがわかるわ。会ったらぶん殴りたくなることぐらいに」

 「お姉ちゃん、そんなことを言わないでよ。会えるかもわからないし……ふわぁ……」

 

 小さく欠伸を漏らした樹ちゃんが風先輩を宥める。

 どうやら風先輩は昨日人一倍しごかれた疲れがいまだに抜けきってないらしい。

 

 「勇者やってたら絶対に会えますよ。あと、会ったら私の分まで殴っておいてください、部長」

 

 悪ノリをする銀が風先輩と樹ちゃんの布団を剥がす。

 私は未だにモゾモゾ動いている友奈ちゃんの体を擦った。

 

 「ほら、友奈ちゃん。起きて、鍛練ですって」

 「ふわぁ……ん~……?あれぇ、東郷さん?なんで?」

 「もう、寝惚けないで友奈ちゃん。昨日から合宿だったでしょ?」

 「……あっ、そうだった!」

 

 こういう天然紛いなところも可愛いわね。

 

 

 朝の鍛練のあと私だけ銀に旅館から少し離れた所に連れてこられた。

 ちなみに、友奈ちゃん、樹ちゃん、風先輩たちは今ごろ海辺で倒れていることでしょう。銀ってば容赦ないんだから……。

 

 「いいか、三森。勇者に変身するには強い意思と安定した精神が必要だ。けど、前者は切っ掛けが無ければ見つけられない」

 「だから、まずは精神の修行?」

 

 私の答に銀は笑ってうなずいた。

 そして、連れてこられた場所は滝があり回りが緑に囲まれた秘境と呼んでも差し支えないがないところだった。

 

 「ここで兎に角瞑想してもらう。滝の音、茂みの音、それら全てが耳に入らないぐらい集中できるようになったらこれを鳴らして、すぐに迎えに来るから」

 

 そういって渡されたのがよく運動会とかで使う競技用のピストルだった。

 

 「あら、私が嘘ついて鳴らすかもしれないじゃない」

 「いや、三森はそんなことしないよ」

 

 真顔で答えられたことに少しばかり嬉しく思う。

 それと同時に一つ聞きたいことができた。

 

 「ねぇ、銀。少しいいかしら?」

 「ん、何?」

 「先代の勇者だった貴方は、原初のバーテックスと戦ったことはあるの?」

 

 私の言葉に銀は目を見開き驚きの表情を浮かべる。

 そして、少しばつが悪そうに言った。

 

 「あぁ、あるよ」

 

 そして、その答えは銀の強さをもってしてもかのバーテックスを討ち果たすことが出来ないことを意味していた。

 

 「そして、戦績は99戦0勝99敗。ぼろ負けだよ」

 

 肩を竦めて笑う彼女に今度は私が目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 

 「そう驚くなよ。これでも結構悔しいんだよ?」

 「それは、誰だって驚くでしょう。というか、99回も襲われるなんてもしかして銀って不幸体質とかじゃないのかしら?」

 「おっ、いい推理だ。生まれてこのかたいつも何かに巻き込まれてるよ」

 

 

 そして、その日は1日瞑想で終わり、明日の最終日に持ち越されることになった。

 

 ■■■

 

 最終日の終わり間近。銀が言った境地にようやくと言った感じにたどり着くことができた。

 滝の音、茂みの音、全てが耳に入らずまるでこの世界に私だけ取り残されてしまうような、そんな感覚だった。

 競技用のピストルを持ち、鳴らそうとした途端、ふいに肩を叩かれた。

 突然のことで驚き小さく声をだし振り替えるとそこにはしてやったりといった表情の銀が立っていた。

 

 「もう、びっくりさせないでよ」

 「ははは、ごめん。けど、そろそろ頃合いだなと思って」

 「ねぇ、銀」

 

 銀は私の言葉に首を傾ける。

 私は、瞑想しているなか戦う理由を探していた。

 そして、いろんな考えが頭を過った。

 バーテックスを滅ぼすため?

 違う、そんな野蛮ではない。

 お役目だから。

 ううん、しょうがなくやるような言葉じゃ納得できない。

 だからか、私は悟った。

 頭を掠めた皆の笑顔。楽しそうに笑ったり、悔しそうに笑ったり。

 私はいつの間にかそれを大好きになっていたんだ。

 この答えが偽善だと言われようともそれは私が見つけた答えだ。

 

 「あのね、銀。私、皆の居場所を守れるように戦いたい。本心からそう思うの」

 「いいじゃないか、それで」

 

 意を決した言葉に銀は即座に肯定した。 

 理由など人それぞれ、どれだけ大きい理由でもどれだけ小さい理由でも、本質は変わらない。

 

 「誰かのため、それが勇者なんだから。大丈夫、もう三森は前へ進めるよ」

 「そう……そうよね。ありがとう銀」

 

 すると、突如携帯から警報音が鳴り響いた。

 画面を見ると【樹海化警報】の文字、そしてバーテックスの襲来を意味している。

 

 「まぁ、そろそろだなとは思っていたな。じゃあ、行ってこい三森。その戦いが終わったらいつもの場所に戻されると思う。だから、荷物とかはあとで大赦の方から送り返すよ」

 「えぇ、わかったわ。任せて、銀。もう迷わない」

 

 私は力強く返事をした。

 銀はそれに満足するかのように微笑み片手をあげる。

 銀は勇者ではないため、このあと帰るらしい。

 だから、これは別れの挨拶。

 そして、再会の約束。

 

 銀は学校で友達に別れを告げるように言った。

 私は、いつも通り学校で話すようにそれに答えた。

 

 「じゃあ、またね」

 「えぇ、また」

 

 

 

 

 

 

 

 樹海化が起こり景色が変わる。

 スマートフォンを取りだし、皆は1体なのに何故か3体いた精霊を見つめる。

 すぅーはー……と深呼吸をする。

 大丈夫、私はやれる。

 力強く押されたボタンは花弁を散らし私の姿を変わらせた。

 同時に、3体の大きな敵が目の前の壁からやって来る。

 

 銃を構え、屈む。

 スコープの先にいる敵は悠々とこちらへ進める。そして、3人の勇者がそこへ駆けていくのが目にはいった。

 もう恐れない、絶対に守るんだ帰るんだ。

 そう思いながら……

 

 東郷三森/鷲尾須美は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次話、タグにもあるように「乃木若葉は勇者である」のキャラが本格的に登場します。
原作小説を読むため少々遅れるかもしれません。


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第6話 人間嫌い

 「ぐっ……はぁ……っぁ……!」

 

 口元から流れる血を袖で拭う。

 目の前の3体のバーテックスは止まる気配はない。いや、寧ろ止まったほうが不自然である。

 回りを見渡す。

 そこは死屍累々、蠍の尾にやられた風先輩と射手座に右足を射ぬかれ蠍の尾に弾かれた樹ちゃん、それとは別に全身血だらけで伏している友奈ちゃん。

 本来、勇者はバーテックスからの攻撃を精霊が防ぐはずなのだが何故か精霊たちが動かない。

 守ることを放棄している。いや、何かに力を使っている。そう感じた。

 

 「動けるのは私だけ……。ここは怖くても頑張りどころね……」

 

 そう、いままともに動けるのは私だけ。

 なら、私が守らなきゃいけない。皆を、日常を絶対に壊させたりしない。

 3人を抱え安全なところへ運ぶ。こういう時触腕が思った以上に役立つ。

 

 「東、郷さん……」

 「友奈ちゃん達はここで休んでいて。私はあの3体を倒してくるから」

 「そ、んな!無茶だよ、東郷さん!グ…ッ!」

 

 苦しそうに血を吐く大事な大事な友達を見て余計に私の意思は固くなった。

 こういう状況になったのは暗に私の攻撃のせいだ……。私の援護射撃が思った以上に相手に先手を与え続け味方に油断を与えてしまった。

 慢心に溺れた私たちは蠍の尾に風先輩が弾かれた時、バラバラと崩れていった。

 その結果がこれだ。

 だから、私はいまから一人で敵に立ち向かう。

 例え、どんな犠牲を払っても。

 無論、死ぬ気はない。だから、私は短く言葉を発した。

 

 「じゃあね、友奈ちゃん」

 「東郷……さん……」

 

 意識を失った友奈ちゃんの頭を一撫でする。

 そして、もう振り返らない。

 振り替えったら決意が揺らめくから。

 だから、私は銃を構える。

 強大な威力をもつ光線がバーテックス3体を襲った。

 

 「さぁ、私を殺してみなさい!」

 

 東郷三森は走りながら確かにそう叫んだ。

 

 ■■■

 

 そして、時は勇者がバーテックスと交戦する少し前に遡る。

 原初のバーテックスは呻くように言葉を発していた。

 今、頭のなかはバーテックスの本能である神樹の破壊という命令で埋め尽くされている。

 原初のバーテックスは1年前の高嶋友奈と接触したあとから時々このようなことに晒されていた。

 (クッ…!この渦巻く本能…まずいな…)

 静かに抵抗する原初のバーテックスは片手で握る刀を強く握る。

 最初の頃は特に気にすることでもないのだが徐々にその洗脳する力が増してきていた。

 原初のバーテックスとて元はバーテックスだ。枠組みから外れたとしてもそれは変わらない。

 だから、抗うため自身に集中していたからこそソレは起こった。

 精神世界。かつて高嶋友奈と出会った場所にいつの間にか来ていた。

 目の前には5人の勇者らしき人物。

 一人は心当たりがある。高嶋友奈だ。

 苦しいなか精一杯自我を保ち問い掛ける。

 

 『誰ダ…ッ。高嶋と、あトの奴ラハ……!』

 

 「私の名前は乃木若葉。貴様を止めに来た」

 「……郡千景」

 「ふふん!土居球子だ!!」

 「伊予島杏です。話は友奈さんから聞いております」

 

 残りの4人が友奈達から聞いていた勇者か……。

 なるほど、神樹に限りなく近い存在となった友奈だからこそ出来たことか。自身の記憶を媒体とし働きかける。

 いわば模倣品。しかし、彼女の仲間に対する思いはあのときのひしひしと伝わってきた。それと神樹における【勇者の記録】の利用。過去の戦闘データを神樹から抜き取って利用したな……。だから、模倣品だとしても彼女らはオリジナルと言っても過言ではない。

 だが、我を止めに来た?殺しにではなく?

 

 「貴方の力は今の勇者達に必要なんです。原初のバーテックスさん、貴方のその本能を私たちが今から押さえます」

 「高嶋さん……本当に殺さなくて良いの?」

 「ぐんちゃん、手伝ってくれる?」

 「……高嶋さんがそう言うなら」

 

 そう言うと5人が戦闘体制にはいる。

 やめてくれと口に出したかったがもう遅い。

 勇者を殺す。その命令しかもう原初のバーテックスの頭の中に残っていないのだがら。

 

 ゆらりと、体を動かし黒い刀を地面に突き刺し白い刀を向ける。

 

 これは約数百年ぶりとなる【原初のバーテックス】としての戦いの始まりだ。

 

 「来るぞ!」

 

 乃木若葉は目の前まで接近して刀を降り下ろしたのを防ぐ。

 その衝撃波で全員の表情がさらに引き締まる。

 若葉が握る刀を徐々に倒し原初のバーテックスの刀をいなした。

 若葉が一旦跳躍して距離をとると杏が弓を放つ。

 

 「今です、タマっち先輩!」

 「おう!いいぞ、あんず!!」

 

 神【神屋楯比売】を宿した旋刃盤でその矢に気を取られて球子に気付いてない原初のバーテックスの背後から切りつけるーーーことは叶わず球子は反射的に旋刃盤を咄嗟に盾にする。

 すると、強い衝撃が球子を襲った。

 

 「ぐっーーー!」

 「タマっち先輩!?」

 

 原初のバーテックスはいつの間にか球子と同じ形状の、色は違うが旋刃盤を手にしそれで球子に攻撃をしていた。

 若葉はソレを見て冷静に分析する。そして、とある結論に至り杏と顔を見合わした。

 どうやら杏も同じことを考えていたらしい。

 

 「まさかあの刀、いろんな武器に変わるのか」

 「多分、おそらくそうでしょう。原初のバーテックスはバーテックスを創る。それは元を辿れば起源を作っているわけです。だから武器を変えることも可能なんでしょう。しかしーーー」

 

 杏が最後の言葉を濁した。

 それに対し若葉は首を傾げるが今は追求する暇などない。

 

 「千景、友奈!」

 「うん!」

 

 千景はただ頷き、友奈は力強く返事をした。

 相手が武器を変えるという事実に驚きはしたが、つまり変える暇など与えず攻撃しまくれば良い。

 

 千景が正面からけしかける。

 手に握るは大鎌【大葉刈】

 命を刈り取る鎌は原初のバーテックスには届かない。

 

 「クッ!」

 

 同じ威力、同じ武器で威力を相殺されたことに千景の顔つきは歪む。

 間髪入れず友奈が懐まで潜り込み手甲「天ノ逆手」で攻撃する。

 原初のバーテックスはそれにも慌てることなく上へ飛び、かわす。

 

 「喰らえーーーっ!」

 

 そして、その飛んだ場所に乃木若葉が居た。

 神器「生太刀」を持ち、初代勇者最強と謳われる攻撃力が原初のバーテックスに降りかかる。

 

 だが、またもや届かない。

 刀を空中にも関わらず身を捻って遣り過ごす。

 そして、その捻りの回転を利用し、若葉の脇腹へ回し蹴りが炸裂した。

 

 「ぐはっ!!」

 「若葉ちゃん!?」

 「乃木さん!!ーーーくっ!土居さん。お願いするわ!」

 「ああ!タマに任せタマえ!!」

 

 千景の声で球子が動き出す。

 杏の援護射撃を大きく利用し立ち回る。

 翻弄されているのか原初のバーテックスは動かない。

 その間を利用して友奈と千景が若葉のもとへと駆け寄った。

 

 「若葉ちゃん、大丈夫?」

 「ああ、なんとかな。しかし、想像以上だぞ。あの強さ、生半可な攻撃やスピードだと全くもって通用しない」

 「ーーー私が、やるわ」

 

 若葉の俯き声に千景は呟いた。

 精霊を憑依する、と。

 

 「なっ!?千景、その意味をわかって言っているのか!?」

 「ええ、ここで中途半端に終わったらそれこそ高嶋さんに申し訳ないもの」

 

 精霊を憑依させる。

 それは、初代勇者たちの切り札。

 圧倒的力を一時的に手に入れることができるがその反面、精神的リスクを伴う危険な技だ。

 だから、それをやると言った千景に二人は驚きを隠せない。

 

 「ぐんちゃん!私、言ったよね。ここじゃ精霊を憑依させたら……」

 「ええ、この神樹の奥深い所で精霊を憑依させたらそのリスクが顕著に現れる……。もしかしたら敵になるかもしれない」

 

 千景は声のトーンを落としてそう言った。

 この神樹の最深部と言われる所で精霊を憑依させたら精神面に大きな負のダメージが与えられる。

 

 「けれど、私はもう弱いままの自分じゃ嫌なの」

 「千景……」

 

 若葉は、その時初代勇者として戦っていたときに散っていった千景の姿を思い出した。

 二人はその首を縦に降る。

 

 「よし、サポートは任せろ」

 

 若葉がそう言って立ち上がると杏に作戦内容と指示を任せるよう伝えた。

 

 「タマっち先輩!一度、引いて!!」

 

 杏の声に球子が反応し、一度原初のバーテックスから距離を取る。

 原初のバーテックスもまた突き刺した刀の方へと戻っていく。

 そして、お互いに雰囲気が変わる。

 

 「相手も本気を出してくるって訳か…」

 「ごめんね、皆……。眠っていたのを起こしちゃって巻き込んで」

 「高嶋さんがそれを気にする必要はないわ。私は高嶋さんに会えてとても嬉しいもの」

 

 千景がそう言ったのには理由がある。

 彼女らは西暦の時代。故に、本来はいない、死んだ人間たちだ。

 そして、全員がそれを理解している。

 だから、最初は皆が涙をした。特に球子と杏はすごいものだった。

 

 そして、千景の生前の行為もまた覚えられている。

 だからこそ、もう迷わない、間違いたくないからと千景は願い精霊の名を口にする。

 

 「【七人御先】」

 

 7人の大鎌を持った勇者が一体のバーテックスに挑む。

 

 そして、どんな時代だろうと切り札をだし、精一杯もがいて戦うのは勇者だ。

 だから、その結末はーーーとても残酷だった。

 

 原初のバーテックスは白い刀を腰にしまい黒い刀を引き抜く。

 すると、原初のバーテックスに変化が現れた。

 

 黒い霧が全身を包む。

 霧が晴れるとそこはーーー高嶋友奈と同じ姿をした原初のバーテックスがいた。

 大鎌が首元に届く刹那、ピタリと止められたソレを原初のバーテックスは笑顔で返す。

 

 「高嶋、さーーー」

 「ぐんちゃん!!」

 

 ズプリと、原初のバーテックスは何の迷いもなく郡千景の腹に深々と刀を突き刺した。

 

 

 

 

 ■■■

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 切れる息に霞む視界。

 けれど、足は止めるなと自分に言い聞かせる。

 でも、もう限界だった。

 

 「ごめんね……皆」

 

 3体のバーテックスが東郷三森を襲った。

 そこには、身体中から血を流している女の子の姿があった。

 

 3体のバーテックスはそれをただの石ころのように見やり、止めを指すことなく進む。

 

 そして、今まさに神樹に辿り着くという時に一丁の斧が目の前に投げ突き立てられた。

 

 「ーーーアタシは今本当に怒っているぞ」

 

 大赦から投入された、勇者。

 三ノ輪銀が怒りの眼差しを向けていた。

 

 

 

 



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第7話 賢明でやさしい愛情によって支えられた価値

 郡千景は勇者であった。

 西暦の時代、神様に見初められ大鎌を持ちほかの勇者と戦った。

 それは、紛れもない事実である。

 そして、その事実は大赦によって、その時の最大権力をもつ巫女によって消されてしまった。

 理由は簡単。

 精霊の憑依を繰返し、精神的に追い詰められた彼女は仲間と民草に刃を向けたから。

 その経緯はすごく残酷でーーーとても悲しいものだった。

 

 土居球子は勇者であった。

 旋刃盤を用いて、時には投げたり、時には守ったり。とても頼りになる勇者であった。

 そして、彼女はとても伊予島杏を愛している。

 よく小さい頃からやんちゃをして親を困らせていた、その時親の口から必ず出る言葉。

 『もっと女の子らしくありなさい』

 女の子らしくとは何だろうかと彼女は考えた。

 そして、バーテックスの襲来のときに出会った勇者、伊予島杏が震えて戦えず顔を真っ青にしていた様子を見て彼女はこう思った。

 ーーーあぁ、これが女の子らしさなんだ。なら、タマが守ってやらないとな!大丈夫だ、タマに任せタマえ!!

 

 伊予島杏は勇者であった。

 幼い頃から体が弱く、よく本を読み耽っていた。

 そして、出席日数が足りなく同じ学年をやり直すことになった。

 そんな折りに、絶望が空から降ってきた。

 バーテックス。【頂点】と冠する異形の化け物により人間は蹂躙された。

 震えず戦えない彼女の前に球子は王子のように颯爽と現れた。

 とても輝いて見えた。彼女に道を示してくれた。

 だから、伊予島杏は土居球子を愛している。

 

 高嶋友奈は勇者であった。

 誰とでも仲良くなり、誰とでも友達になる。そんな彼女は自分自身をーーー臆病者だと言った。

 言い争ってる姿なんて見たくない。喧嘩しているところを見たくない。だから、私が頑張るんだと二人の友人の前でそう言った。

 最後は酒呑童子を身に纏い3体のバーテックスを撃破した後神樹に取り込まれた。

 彼女はずっと皆を思っていた。

 

 乃木若葉は勇者であった。

 親友兼巫女の上里ひなたと共にバーテックスの襲撃を乗り越え、また勇者のリーダーとして皆を率いた。

 とても、強かった。ーーー故に、弱者を理解できなかった。

 幼い頃から居合いを習っており戦闘能力はずば抜けて高い。

 バーテックスを食ったという伝説まである。

 そんな乃木若葉を勇者は頼り、着いていった。

 彼女はずっと口にしていた言葉がある。

 何事にも報いを、それが乃木の教えだと。

 

 上里ひなたは巫女であった。

 神樹の天啓を受け、勇者に付き添い、行く先を一緒に眺めた。

 そして、乃木若葉を目で追い、隙有らば写真を撮ってコレクションするほど彼女のことを思っていた。

 一番辛い役柄の彼女は毎晩、枕を涙で濡らしていた。

 

 5人の勇者と1人の巫女は、よく笑い、よく遊び、よく喧嘩をした。

 仲が悪くなり、友情に亀裂が入った時もあったが最終的にいつも一緒にいた。

 

 彼女らは、かけがえのない友達と一緒に居続けたのだ。

 

 勇者御記 未検閲 

 

 ■■■

 

 郡千景が腹部を刀で刺されて友奈は叫んだ。

 

 「ぐんちゃああああああああんっ!」

 「……大丈夫よ、高嶋さん……。あれは……幻影だから」

 

 ふと、友奈の後ろから千景が現れた。

 友奈たちがそれを目に納めると刀に刺された千景は次第に薄くなり消えていった。

 

 「なるほど、七人御先は確か7人同時に殺さなければ死なない。そういう奴だったな。ところで、千景。なぜいきなり攻撃をやめたんだ?」

 「そうだ、タマはタマげたぞ!」

 「……何かあったんですか?」

 「貴方たち……あれが見えてなかったの……?……あの姿が……。黒い霧が晴れたと思ったらそこには高嶋さんと同じ姿をしていたバーテックスがいたじゃない……!」

 

 千景がそう言ってもほかの4人は首を傾けるだけだった。

 しかし、杏だけはすぐに合点がいった顔つきになる。

 

 「黒い霧というのがわかりませんがましかしたら一定の範囲内に入ると原初のバーテックスの何か特別な能力、それが発動するかもしれません」

 「アンちゃん、それってどういうこと?」

 「さっきの武器の模倣もタマっち先輩と千景さん、二人が一定の範囲内に入ったからだと思います。じゃなければ、最初から模倣して遠距離から攻撃もできたはずです」

 「なるほど、杏の言う通りだな」

 

 すると、球子が意味深の笑いを浮かべた。

 友奈が怪訝そうな顔になり、球子が得意気に答えた。

 

 「なら、相手の注意を引き付け、攻撃すればいいんだな!だったら、これだな!!」

 

 そういって懐から出したものはーーー。

 『打ち立て!超高級うどん玉!』と掛かれたうどんだった。

 その様子に過去の出来事がフラッシュバックして4人は顔をしかめる。

 

 「球子、今はふざけている場合じゃないぞ」

 「タマっち先輩、時と場合ってのも考える必要があるよ……」

 「タマちゃん、ヒナちゃんがいたら吊るされる案件だよ、それ」

 「………………」

 「まぁ、聞け!確かに昔、うどんでバーテックスの注意を引こうとして失敗した!!けど、アイツはどう考えても人間よりのバーテックスだ!!」

 「……そうか!なら、うどんで注意を引ける可能性も十分あるってことだな!!!」

 

 若葉は納得いったような顔になり、ほかの勇者も笑顔で頷いた。

 ーーーこれならいける。

 そう思うと原初のバーテックスがこちらに向かって走り出した。

 

 「タマっち先輩!」

 「おう!いっけええええええええ!!」

 

 さながらプロ野球選手のように振りかぶり放たれたうどんは一直線に原初のバーテックスへ向かっていった。

 すると、原初のバーテックスの動きが止まる。

 その光景に5人の勇者は攻撃体制にはいった。

 しかし、原初のバーテックスは一瞬動きを止めただけでそのうどんをーーー刀で切り裂いた。

 

 「「「「「!?」」」」」

 

 その時、勇者たち全員に戦慄が走る。

 

 「なっ!?あの讃岐最高級うどんを切り裂いた、だと!?」

 「ああ……!わかってはいた、わかってはいたさ!!バーテックスに人間性の欠片もない、化け物だと!!わかっていながら……うどん一つすら救えない自分が情けない……」

  

 わなわなと震える勇者4人を見て千景はただポツリと呟いた。 

 その発言は自分自身、また勇者全員に当てはまる言葉。

 

 「……バカみたい」

 

 そして、若葉が一歩前へ出た。

 決意の秘めた眼差し。ーーーそれは覚悟だ。

 小さく息を吐き出し走り出した、原初のバーテックスと刀を交え合わしながら声を上げた。

 もう形振りは構っていられない。『外』のことも気になる。ここで私たちがいることで精霊の主導権は此方側が握っているのだ。

 『外』は今、精霊が使えない。

 なら、やるしかない。

 

 「降りよーーー大天狗!!」

 

 若葉の姿が天狗を模したものになる。

 

 「遊びは終わりだ‥。ここがお前の終端と知れ」

 

 若葉の剣が原初のバーテックスの右目を貫いた。ーーーと皆は思った。

 しかし、黒い霧が原初のバーテックスを包み、晴れるとそこには。

 

 「ひな、た……?」

 

 親友の上里ひなたがいた。

 これが千景の言っていたものだと分かると腹部に衝撃が入った。

 

 「ぐはっ!」

 「なんだなんだ!?若葉まで!」

 

 若葉は苦しそうに腹を抑え敵を睨み付ける。

 

 「これは、長くなりそうだな」

 

 戦いはまだ始まったばかり。

 

 

 ■■■

 

 「うう……ぅ……」

 

 地面に付している友奈はうっすらと映る視界が赤く染まっていることに気がついた。それと同時に意識を失う直前のことを思い出す。

 

 「そう、だっ。東郷さんは……?」

 

 力を振り絞り友奈は立ち上がる。

 同じように寝ている風と樹は今は安定した寝息を立てていた。

 傷は塞がっている。これも勇者の力なのだろうと解釈した友奈は神樹を見渡せるところまで登った。

 そして、目に写ったのは3体のバーテックスが東郷を攻撃したところだった。

 それを見て友奈は拳を握りしめた。

 

 「よくも……よくも東郷さんをっ!!ーーーー牛鬼!!!!」

 

 友奈は自身の精霊の名を呼ぶ。

 しかし、実体化してこない。

 けれど、友奈は牛鬼を、精霊を求める。

 

 そして、自然とその言葉が口から出てきた。

 

 「来いーーー牛鬼!」

 

 友奈の勇者服に変化が現れた。

 イメージさせるは【鬼】

 獰猛な鬼を身に纏った友奈は怒りのまま駆け出した。

 

 「はああああああああああ!!!!」

 

 鬼の一撃がバーテックスの一体を襲った。

 絶大な威力の拳は一撃で蟹を模したですバーテックスを無に返した。

 着地をすると、そこにもう1人勇者がいるのに気がついた。

 

 「銀ちゃんなんでいるの!?」

 「うおっ!?誰かと思ったら友奈か!あぁー、説明は後でだな。今は目の前の敵を倒すことに専念だ!」

 「うん、わかった!!」

 

 友奈は銀と共に並び立った。

 矢が二人を襲う。

 けれど、銀は慌てることなく斧を楯にし友奈を守った。

 

 「今だ、友奈!」

 「うん!ーーーーうおおおおおおおおお!!!!」

 

 矢を放つバーテックスに向かって友奈は叫んだ。

 

 「勇者あああ、パーーーーーンチっ!!」

 

 一際大きい掛け声が矢を放つバーテックスを粉砕した。

 残りは蠍座のバーテックスのみ。

 友奈が立ち向かおうと一歩踏み出したときだった。ーーー口から大量の血が吐き出された。

 

 「がぼっ!……ぐっ……ぁ……」

 

 踞り苦しそうにする友奈に銀が駆け寄った。

 

 「おい、友奈大丈夫か!?って……なんだよ……これ……」

 「どう、したの……。銀ちゃん?」

 

 強張る銀を見て友奈はその視線の先を見た。

 友奈の右手側。先程バーテックスを殴った手は手甲が砕け、右手が内出血で黒ずんでいる。明らかに骨も折れていた。友奈の腕の中は血と肉塊のみ。

 激痛が友奈を襲った。

 

 「ぐっ‥あああああああああああっ!!!!い、たい。痛い、痛い、痛い!!!!!」

 「落ち着け、友奈!なんだよ、一体どうなってるんだ!?」

 

 銀が叫ぶが敵も待っていない。

 蠍の尾が二人を襲う。

 しかし、銀は斧でそれを受け流した。

 

 (なんで、なんで、なんで、私がこんな痛い目に会わなきゃいけないの‥!なんで私なの!!)

 友奈は痛がるなか心の中でそう思った。

 そう思えたからこそ友奈は立ち上がることができた。

 

 「私が、勇者だから!理由なんてそれで十分!!」

 「友奈!?」

 「ごめん、銀ちゃん!サポート宜しく!!」

 

 力を振り絞り、友奈は跳躍した。

 蠍の尾が友奈を襲うがそれは避けない。大丈夫だから、当たらないから。

 

 「はあああああああああっ!」

 

 銀がそれを切り裂いた。

 友奈はありったけの声で叫ぶ。

 

 「私は!勇者、結城友奈だああああああああああああ!!」

 

 不思議な光と共に最後のバーテックスは友奈に倒された。

 それが終わりを告げるように友奈は勇者服に戻り、気を失いながら東郷の横に並ぶように倒れた。

 

 (ーーー守ったよ、東郷さん、皆)

 友奈は一人で強大な敵に立ち向かった東郷を誇りに思いながら目を閉じた。 




これ最終回でいいんでない???


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第8話 失われた希望

 5人の勇者は息絶え絶えの中、武器を強く握りしめていた。

 特に、精霊を憑依している若葉と千景は次第に胸の奥底から涌き出る憎悪と戦いながら戦闘しているためほかの勇者と違い、大幅に疲弊していた。

 攻撃をするたびにその攻撃する人の大切な人に化ける原初のバーテックスに対し、5人は困惑の表情を浮かべる。

 

 「あまり考えたくありませんがもしかしたら……」

 

 杏が息を整えながら自身の考えを口にした。

 

 「なんだ?何かわかったのか?」

 「はい。原初のバーテックスは姿を変える。これは紛れもない事実です。しかし、それは対象となる人物によって変わります」

 「あぁ、そうだな。いきなり杏に変わったときはびっくりしたぞ!」

 「私もタマっち先輩になったときはびっくりしたよ。そこで、考えました。もし、大切な人を、偽物だとしても自分の手で殺してしまった場合、皆さんはどうなりますか?」

 「ーーー自分を悔やみ、自分を憎み、そうなるだろうな」

 

 若葉の答えに納得がいったように杏は頷いた。

 

 「そうです。精神的に追い詰められてしまいます。そして、ここからが本題です。精神に及ぼし、勇者に関係するもの……。それは千景さんが一番御存じのはずです」

 「……!アンちゃん、それって!?」

 

 友奈は驚きの声をあげる。

 千景は目を見開いてただ立っている原初のバーテックスを見る。

 

 「恐らくですが……。原初のバーテックスはバーテックスはではなく」

 「精、霊……?」

 

 千景は絞り出すように呟いた。

 

 「無論、確証はありません。けれど、友奈さんが言っていた造反神の存在や、今までの勇者の歴史を省みてその可能性は十分にあります」

 「タマが馬鹿だから理解できないのか?それとも難しい話なのか、よくわからん…」

 「大丈夫だよ、タマちゃん。私もだから」

 「お前らは本当に……。だが、杏の言う通りだ。バーテックスならこうやって話す余裕すら与えない。しかし、アイツは自身がバーテックスと理解しているはずだが……」

 「何か理由があるかもしれません。それは、理性が戻ってきてから聞いた方いいですね」

 「なら……。さっさとやってしまいましょう……。皆には悪いけど、そろそろ限界……」

 「あぁ、千景の言う通りだな。思った以上にキツい」

 

 若葉が困ったように言う。

 その手は微かに震えていた。

 そして、その言葉を合図かと言うように原初のバーテックスが動き出した。

 5人もまたそれぞれの陣形をとる。

 先頭は若葉と千景と友奈、杏と球子はサポートに撤する。

 

 「喰らえっーーー!!」

 

 若葉の剣が届く刹那、又もや姿が変わる。ーーーそれは、クラスで初めてできた友達だった。

 ひなたが然り気無くフォローしてくれたお陰で怖がられた若葉にとって初めて出来た友達。

 その姿を見て若葉は下唇を噛んで、叫んだ。

 

 「乃木を舐めるなあああああああああっ!!」

 

 一線。その友達を若葉は切り裂いた。だが、与えられたのはわずか数cmの切り傷だけ。

 しかし、若葉は攻撃をした。その事実だけは揺るがない。

 それに呼応するかのように7人の鎌を持った死神が襲う。

 原初のバーテックスは最早精神攻撃が聞かないと判断してか、刀で威力を殺しつつ、反撃をしようとし拳を握った。

 拳が届く直前千景の体が横にずれた。

 

 「高嶋さん!」

 「うん、任せてぐんちゃん!はあああああああああ!!」

 

 友奈の拳と原初のバーテックスの拳が重なった。

 派手な音ともに片方が吹っ飛ばされる。原初のバーテックスは吹っ飛ばされた自身の拳を見つめた。

 そして、それに追随する形で遠方から球子と杏が四方から攻撃する。

 原初のバーテックスは跳躍して回避する。しかし、それを読んでいたのか若葉が待ち構えていた。前とは違う太刀筋に原初のバーテックスは刮目し。

 

 「これで、終いだっ!!」

 

 若葉の雄叫びと共に今度こそはしっかりと切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ここは……。そうか、負けたか』

 

 それから数十分後、意識が戻った原初のバーテックスはゆっくりと起き上がる。

 

 「けどまぁ、強かった!タマはもう御免だな!!」

 「タマっち先輩の言う通りだよ~」

 「けど……。皆よく頑張ったわ……」

 「おぉ、ぐんちゃんが皆を誉めた!今日は御赤飯だね!!ねっ、若葉ちゃん!!!」

 「はぁ~……。私たちはこのあと、って今は言っている場合じゃないな。単刀直入に聞く、お前は一体何者だ?」

 

 若葉の真剣見溢れる雰囲気に場の空気が一気に重くなった。

 

 『……。そうだな、逆に聞くがお前らはどう思う?』

 「ん~、わからん!」

 「右に同じ!!」

 「精霊……?」

 

 上から順に球子と友奈と杏が喋る。

 そして、最後の答えに納得のいったように首を縦に降る。

 

 『杏と言ったか……。それが正しい、いや半分正解だ』

 

 その答えに杏は怪訝そうな顔つきになる。

 

 『我はバーテックス。それは変わらん。神に作られ、人間を蹂躙すべく動いていた。そして、それは我が生まれたときから』

 「生まれた……?」

 『我は元々は星屑、お前たちが勇敢にも立ち向かい滅ぼしてきたそれだった』

 

 原初のバーテックスのその発言で勇者たち全員に驚愕の表情を浮かべた。

 

 「なっ!どういうことだ!!……いや、星屑は進化する、それを考慮したら納得がいくのか……だが……」

 『我は生まれたとき、そうだな、大体3歳児ぐらいの知能を持っていた、別段珍しくもないのだがな。だが、そこで出会ったのだ』

 「出会ったってことは……。人間……?」

 

 千景の発言を原初のバーテックスは何かに耽るように反芻させた。

 

 『あぁ、その人間は二人だが、まぁそのうちの一人の言葉を真似るならばーーーイグザクトリー、我は人間と出会った、と言ったところか』

 

 言い慣れていない英語を使い話す原初のバーテックスに対し球子は少し吹き出したが、若葉だけ他とは違った行動をとっていた。

 震える声で静かに聞き出す。

 

 「もしかして、そのしゃべり方……」

 『では、話すとしようか。我が出会った二人の人間ーーー白鳥歌野と藤森水都についての話を』

 

 ■■■

 

 とある一室の病院。

 ピコンピコンと病院のよくある機械の音がとても不穏に感じれた。

 未だに眠っている友奈の回りに勇者部一同に加え三ノ輪銀がその様子を眺めていた。

 

 「つまり、私たちが今生きているのはここで寝ている友奈とアンタのお陰ってこと?」

 「まぁ、ほとんどは友奈がやってくれたんすけど、そうですね」

 「けど、銀。貴方は勇者ではないと……」

 「それには深い事情があるんだ。あるタイミングだけアタシは勇者になれる。けど、理由は今は教えられない、ごめん」

 

 頭を下げる銀。

 樹はベッドで横たわる先輩を見て悲しそうに呟いた。

 

 「友奈さん……」

 「けど、友奈がなんでこうなったか。なんで精霊が動かなかったか。それだけは教えてもらうわよ」

 「わかりました。大赦の方からもアタシの口から説明するように言われていますので場所を変えましょう」

 

 銀が東郷の車イスを動かしながら病室を出る。それに続いてほかの二人も病室をあとにした。

 歩いて少ししたところで皆が腰を下ろした。

 

 「今回精霊が働かなかったのは神樹様で異常が発生したから、と大赦は言っている」

 「異常?」

 「はい、何か神授様の中で暴れまわりそれを押さえるためそこに力を使っていたためと考えているらしいです。そして、友奈について」

 

 最愛の友の名が出てきたことで東郷が強く目をつぶる。

 自身に対する叱責、それだけが今の東郷の心を楽にする方法だった。

 

 「友奈は精霊を憑依させ、あんな風になりました」

 「なによそれっ……!聞いてないわよ!!」

 「これは西暦の時代の勇者たちの切り札、アタシたちのいう満開みたいなものです」

 

 満開。溜めた力を一気に放出する勇者の切り札。

 その言葉に風は黙る。

 

 「だけど、友奈は無理矢理精霊を憑依させました。そしてその強大な力の反動で体が耐えれなくなり」

 「あんな風になった……」

 

 樹の言葉に銀はただ頷いた。

 

 「ただ、なんで大赦がそれを教えなかったと言うのはアタシにも知らされていません」

 「大赦も黙りって訳ね……。けど、いいわ。まず皆が無事だったわけだし、友奈が目覚めるまで気長に待ちましょう」

 

 風はそういって、ほかの勇者は友奈が眠る病室の方向を眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結城友奈!只今戻りましたっ!!!」

 「友奈!」

 「友奈ちゃん!!!」

 「友奈さん!!」

 

 それから数週間後、友奈は右手にギプスを巻いて左手で高らかに宣言して勇者部の部室へと入ってきた。

 

 「もう退院してもよかったの?」

 「はいっ!なんか思った以上に治るのが早くてお医者さんも吃驚していました!!」

 「友奈さんらしいです……」

 「よかったわね、友奈ちゃん。あっ、ぼた餅食べる?」

 

 東郷はいつも通りの笑顔でそう言ってぼた餅を差し出してきた。

 友奈はそれを満面の笑みで眺めた。

 そして、それとは裏腹な冷たい声で言った。

 

 「いらない、見たくもない」

 

 その時部内の空気が一気に悪くなる。

 東郷は理解が追い付かない顔、風と樹は驚きの声をあげた。

 

 「友、奈ちゃん……?」

 「ーーーーなーんてっ!!冗談だよ、東郷さん、私がそう言うはずないよ~」

 「それにしては冗談が過ぎるよ、友奈」

 

 風が厳しめに注意する。

 友奈はしょんぼりした顔を浮かべた。

 

 「すみません……。暇なときに読んでいた漫画でこうやって冷たい言葉を放ったあと優しくすればもっと仲良くできるって描いてあって……」

 「違うから!それ絶対友奈の解釈が間違ってるから!!」

 「友奈さんってばすぐ影響されるんだから……」

 

 風の鋭い突っ込みのあと友奈は東郷の目の前まできて片手を縦に突きだした。

 

 「ごめんね、東郷さん!!」

 「ううん、大丈夫よ。ただ、そんなことしなくても、その……私たちはもっと仲良くなれるから」

 

 最後の方は頬に赤みを浮かべながらだったが友奈は笑顔で「うん!」と頷いた。

 すると、ガラガラと扉が開かれた。

 友奈が振り向くと煮干しを咬みながら不貞腐れているツインテールの女の子がいた。

 始めてみる顔に友奈は戸惑う。

 

 「えっと……」

 「アンタが結城友奈?私は、三好夏凜。大赦から派遣された完成型勇者よ!!」

 

 ふんっ!と無い胸を強調して威張る夏凜に友奈は笑顔で手を差し伸べた。

 

 「よろしくね!えっと……煮干し夏凜ちゃん!!」

 「アンタそれわざとよね!!ーーーまぁ、いいわ。宜しく」

 

 しっかりと握られた手を見て友奈は誰にも聞かれないような小声で呟いた。

 

 「勇者ならあのとき助けに来てくれてもよかったのに……」と。

 

 

 

 

 

 

 




わーい!!
最後の方は待ちに待った日常をかけたぞー!!

次話は原初のバーテックスの過去話ですね!うたのんのみーちゃんがでますよ、やったぜ。

あぁ^~、初代勇者組たまんねぇぜ。
初代勇者組は神、はっきりわかんだね。

そんなことより友奈がどうなるか考察して、どうぞ(迫真)

あと、評価や感想をください!!なんでもしますんで!!(何でもするとは言っていない)

追記
次話はとてもとてもとーっても重要な回なので自分が納得のいく出来になるまで試行錯誤していくつもりです。
できるだけ早く投稿できるようにしますので気長にお待ちください。
※現在、7837文字(完成率約35%)
長くなりそうです。


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第9話 感情のあたたかさ

 西暦の時代、長野県の諏訪という地域に一人の勇者と一人の巫女がいた。

 名を、白鳥歌野と藤森水都。

バーテックス襲撃から一年後の今、絶望の渦に巻き込まれていた諏訪の人々を導いてきた二人のお陰でその影は見るまでもなく、笑顔が戻っていた。

 そして、これはそんな暑い日の時だった。

 日差しが強く差し込む中、歌野は麦わら帽子と軍手をはめ、一生懸命鍬を振っていた。畑には年寄りが目立ち、そんな中鍬を振っている歌野は浮いて見えた。

そんな歌野を差し込む日差しと同じくらい強い眼差しを送っている人物がいた。

 藤森水都だった。

 ふぅーと歌野は息を吐き、首にかけていたタオルで汗を拭き言った。

 「今日はこれぐらいで終わりにしましょうか!皆さん、お疲れ様でした!!」

 「なんもだよ。歌野ちゃんのお陰でこうやって生きていられるんだ、少しぐらい私たちも頑張ってみようと思っただけだよ」

 「んだ。そげんなこといっとらんで早く水都ちゃんのところへいっておやり」

 「あはは、そうしますね!」

 老婆たちはそう言って片付けを始め、皆家へと歩を進めた。

 歌野は鍬を持ちながら、水都の所へと向かう。

 「みーちゃん。こんな暑い日は私のことを見に来なくてもいいんじゃないかしら?」

 「ううん、私がしたいからそうしてるの。それに、うたのんが鍬を振っている姿はかっこよくて好きだから。はい、麦茶」

 「センキュー!みーちゃんって絶対将来いいお嫁さんになるわ!」

 「お、お嫁さん!?うたのんは…その…こういうお節介焼きの人が好き…かな?」

 「オフコース!みーちゃんがお嫁さんならそのお相手さんはすごい幸せ者だと思うもの!!」

 「…そっか」

 水都は頬を赤らめながら麦茶のお代わりを注いでいく。

 すると、歌野が何かに気付いたのかある方向を凝視する。

 「うたのん、どうしたの?」

 「ねえ、みーちゃん。あの白いのってうさぎじゃないかしら?」

 「ん~…。木の陰に隠れてよく見えないけどあれぐらいの大きさだったら多分うさぎなんじゃないかな?」

 「ちょっと見てくるわ」

 そう言って、歌野は腰を上げて木の陰に隠れている白い何かのところまで近づいた。

 ひょこっと木の陰から覗き込むように見ると、歌野は思考が停止した。

 水都は動かない歌野を見て不審に思い、立ち上がり尻についてた汚れを掃って小走りで近づいた。

 「ねえ、うたのん。どうしたの?」

 「ッ!みーちゃんこっち来ちゃダメ!!」

 大声で制止させられたことにびっくりして水都は肩を跳ね上がらせた。

 そして、その理由はすぐに明らかになった。歌野の後ろ、そこに居たのだ。

 人間を蹂躙し、友達を、家族を殺し、『日常』を奪った化け物。

 バーテックスがいたのだ。

 咄嗟に水都は叫んだ。

「うたのんっ!」

その声に反応した歌野はすぐさま行動に出る―――ことは叶わず、バーテックスの歪な牙の餌食となった。

水都は顔を背けた。大事な大事な友達を目の前で失う光景はもう見たくないと、心から思っているから。

そして、その閉ざされた瞳はその大事な友達の歌野の一言によって開けられる。

「…痛くない」

「っ!うたのん!大丈夫!?」

「ノープロブレム!全然痛くないわ。このうさぎより一回り小さいこれって本当にバーテックスかしら?」

「確かに小さいけどバーテックス、だね。けど、ここは結界の中のはず…。もしかして小さすぎて認知されなかったとかかな。待ってて、うたのん。すぐに勇者服を持ってくるから」

「まって、みーちゃん。これを見てどう思う?」

「とても、懐いているようにみえる…かな」

水都は率直な感想を述べた。

うさぎより一回り小さいバーテックスは歌野の頬を齧り、その後は頭をこすりつけてきたのだ。例えるならば、子犬のようだと二人は感じた。

そして、本来勇者というのはスマートフォンで変身するのが仕様なのだが歌野だけは別でわざわざ着替えなければいけないということが難点として挙げられる。

すぐに変身できないため歌野はバーテックスを見て、焦りで動きが止まってしまったのだ。

そのバーテックスは水都の足元まで近づき頭をこすりつけた。

「えっと…これはどうすればいいのかな?」

「難しいところね…。敵意は感じられない、それどころか懐いてくるから観察日記でも付ければバーテックスについて何かわかるかもしれないわね」

「う~ん。四国の乃木さんに助言求めればいいんじゃないかな?」

水都の提案に歌野は首を横に振る。

四国の勇者である乃木若葉とは通信で何度も声を聴いており、そのたびに蕎麦とうどん、どちらが優れているのか討論になるぐらいには仲が良い(?)のだがその案はお気に召さないらしい。

 「確かに、乃木さんに相談するのは真っ先に思い付いたわ。けど、今はダメなの」

 「どういうこと?」

 「乃木さんはね、初めてできた友達をその日のうちにバーテックスに殺されたと言っていたわ。その時、彼女は憎いとかそういうことばっかり言っていたの」

 「そう、なんだ…。乃木さんってそういう面もあるんだね」

 「だから、多分このことを伝えてもすぐに殺せと、絶対にそう言うわ。冷静に事を判断できないと思うの。私は乃木さんに相談するのは反対」

 「うたのんがそう言うなら…。なら、どうするの」

 「みーちゃん。私、飼ってみて少しでもバーテックスを知ろうと思うの。協力してくれる?」

 「うたのん、それは危険すぎじゃないかな?小さくてもバーテックスはバーテックス。ここでやっておいたほうが…」

 「ノンノン。みーちゃん、これはチャンスなの!それに、一体ぐらいなら私がすぐ対処できるようにするから」

 

 歌野の表情に押されて水都は渋々頷いた。

 そして、二人はあることを一つ約束した。

 このことは必ず諏訪の人々に黙っているということ。

 勇者という存在が敵を飼うというのは言語道断、混乱の種をまくことになってしまう。わざわざ混乱の種を芽吹かせる必要など何処にもない。バーテックスは食事をいらないというのは四国にある大社から教えてもらっている。なら、あとは飼う場所だが二人は首をひねる。

 

 「やっぱり対処するにはうたのんの家で飼うしかないけど大丈夫?」

 「それが問題よね。何かあった拍子にバレたくはないから…みーちゃん、悪いんだけど一緒に住んでくれる?」

 「…………ふぇ!?」

 

 歌野の提案に水都は顔を盛大に赤らめた。

 

 「みーちゃんは私が守る。絶対に、どんなことがあっても一緒にいるから。だからお願い!」

 「そ、そんなことをいきなり言われても…」

 

 水都は足に顔を擦り付けていたバーテックスを抱え、それで顔を隠す。

 そのバーテックスはというと状況が理解できるはずもなくただ逃れようとも必死になるが所詮は子犬程度の力しかないので抜け出せるはずもなくただ成すがままになっていた。

 

 「けど、わかった。うたのんが守ってくれるなら安心だもんね。今日中に荷物を纏めていくよ」

 「ありがとうみーちゃん!愛してるわ!!」

 「私もだよ、うたのん」

 「ワンダフル!これが相思相愛ってやつね!…って何かしら。みーちゃん何か聞こえない?」

 「え?……本当だ。何か聞こえる」

 

 二人は耳を澄ますと確かに聞こえた。まるで機械音みたいな、独特な音が。

 バーテックスが口を開いた。

 

 『………………ァ』

 

 確かに喋った。

 歌野と水都は顔を見合わして叫んだ。

 

 「「喋ったあああああああああっ!?」」

 

 二人の叫び声が山中に響き渡り、山彦として返ってきた。

 それが何故か可笑しく思い、そのあと大きな笑い声が聞こえてきたという。

 バーテックは意味はわからずただ首を捻るだけだった。

 ひとしきり笑ったあと貯まった涙を拭き取ると、二人は帰る準備を始めた。

 歌野の後ろをバーテックはついていき、たまに水都の後ろにもついていった。

 その姿はまるで子犬ーーーではなく。

 

 「なんか子供見てる気分ね」

 「うたのんもそう思う?けど、まさか敵の中にこういうのがいるなんて驚きだね」

 「人生が何があるかわからないってことね!じゃあ、みーちゃん、あとで私の家でね!!」

 「うん、わかった」

 

 歌野は大きめな鞄にバーテックをしまい、暴れないように言うと理解したのか大人しくなった。

 水都もまた準備を終え、別々の方向へ歩き出す。

 歌野は歩いて半刻ほどのところにある一軒家に辿り着いた。そこは歌野の家。勇者だからと言って諏訪の人々が使われていない家を貸し与えてくれたのだ。水都もそうなのだが、何分人口が少ないため家が少し離れている。

 

 「ほらっ、今日からここが貴女の家よ!」

 

 バックから出てきたバーテックは家具など全てに興味を示すかのようにいろんなものを物色し始めた。

 歌野はこれからくる水都のためいろいろ準備しようとし、空室に布団を敷こうとした矢先バーテックが押し入れから出そうとした布団をかじり出した。

 

 「もしかして手伝おうとしてくれているのかしら?」

 

 歌野の言葉を理解したのか首を縦に降る。すると、今日何度目かわからない驚愕が歌野を襲った。

 (このバーテック…。私が何をするのか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこそこの知能があることがわかったのは今後に大きな影響を与えるかもしれないわね)

 

 「じゃあ、この布団を床に敷いてくれる?」

 

 バーテックは歌野の言われた通り布団を敷き始める。器用に口だけで敷く姿はとても可愛いげがあり自然と歌野に笑みがこぼれた。

 敷き終わるとバーテックが歌野のところまで向かってきて頭を突きだしてきた。

 

 「撫でろってことかしら?よくやったわ、お疲れ様」

 

 そう言って頭を撫でてやると嬉しそうに鳴く。

 その声はやはり独特なもので慣れるまで時間がかかるかなと苦笑した。

 すると、ピンポーンという音が家内に響き渡った。

 ガチャっとドアを開けるとそこには水都が大きな荷物をもってそこにいた。室内に促し、歌野は水都の荷物を代わりに持つ。

 

 「うたのん、お待たせ」

 「いらっしゃい、みーちゃん!これから宜しく頼むわね!!」

 「此方こそだよ、うたのん。それで何か進展とかあった?」

 「そうね、一つ挙げるならそこそこの知能を持っていることがわかったわね。これなら駆け引きとかそういうのが大事になるかも…」

 「う、うたのんが駆け引きっ!?すごい頭良さそうなことを言うんだね」

 「あら、それはどう意味かしら?」

 「あっ」

 「そんな酷いことをいう口はこれか!これね!!?」

 「うたゃにょん、ひょめん!」(うたのん、ごめん!)

 

 頬を弄られながら水都はこんな『日常』がずっと続けば良いなと思ってしまった。

 バーテックは来ず、歌野が畑を耕し、水都がそれを眺めて、麦茶を差し出して、歌野が感謝して、「おはよう」や「じゃあね」と言い合える日常を。

 すると、歌野のお腹が盛大になった。水都の口から笑いが漏れる。

 

 「あはは、うたのん朝から動きっぱなしだったからね。私が料理しようか?」

 「レイリー!?なら、お願いするわ。みーちゃんのご飯は本当に美味しいから好きよ、毎日みーちゃんの作る味噌汁を飲みたいぐらい」

 「う、うたのん!そういう恥ずかしいことを平然と言わないで!!」

 「ホワイ?私は本心を言ったまでよ。本当に恥ずかしいことは今しかない時間で、今しか言えないことを言わないこと。それは、一年前のバーテックの襲撃で身を染みて感じたもの」

 

 遠い目になる歌野をただ水都は見つめることしか出来なかった。

 すると、歌野の顔にバーテックが噛みつく。

 

 「ちょ、くすぐったい!一体どうしたの!?」

 「ふふっ。多分、『そんな辛気臭い顔をするではない、笑え』って言いたいんだよ」

 「何かしらそのしゃべり方、とてもクールね……」

 「じゃあ、うたのんはそのバーテックを観察しておいてね、私は料理してくるから」

 

 水都は早足で台所へ向かった。

 歌野は未だに顔に噛みついているバーテックを引き剥がし全体を眺める。

 手触りはなかなか、ぷにっとした感じがある。

 そして、ふと歌野はあることを思い付いた。

 それを言い出したのは食事中の事、水都が作ったカレーを口にして肥えた舌を満足させていたときだった。

 

 「名前?」

 「イエス!名前、ネーム!!この子の名前を考えましょう」

 『…………?』

 

 当のバーテックは訳がわからず水都のカレーを口にする。本来、バーテックというのは食事が必要ではないらしいが、食べれない訳ではないらしい。

 

 「う~ん……名前かぁ……。白いからシロでいいんじゃないかな」

 『…!』

 

 バーテックは首を横に勢いよく降る。

 どうやら何が起こっているか理解したが、その名前は気に入らないらしい。

 

 「私ね、この子にちゃんとした意味を持つ名前を付けてあげたいの。この子は今後私が、私たち勇者がバーテックに対する認識が変わる存在になると確信しているわ」

 「なにか良い案でもあるの?」

 「この子は私たちが踏み出した最初の一歩。だったらそれに纏わる名前が良いわねーーービックバンとかいいわ!」

 「うたのん……」

 

 水都は歌野のネーミングセンスに苦笑する。無論、バーテックは再度首を横に降って水都の横へと移動した。

 

 「もしかして私がさっき考えた名前にするの?」

 

 そう問うと、今度は打って変わって首を縦に取れるんではないかと思わせるほど激しく降る。

 その仕草に歌野は納得のいかない表情を浮かべるが、次第に納得のいった顔つきになる。

 

 「白は始まりのカラー!いいかもしれないわね!!」

 「じゃあ、貴女の名前は『シロ』、よろしくね」

 

 そして、そのバーテックは『シロ』という名を貰った。

 夜、シロは歌野の部屋にいてベッドの横で横たわっていた。まるで寝ているようだと感じさせられるが……、いや実際寝ているのだ。

 水都はすでに隣室で眠っており、部屋内を暗くして歌野は机の電気を付けて椅子に腰掛けた。

 一冊のノートを開き、ペンを握って書き出す。

 

 2016年 8月12日

 

 始めまして、いえこの日記を見つけたということは勇者の乃木若葉さんかも知れないわね。

 すみません、どんな書き出しにすれば良いかわからなくて。

 けれど、この記録が将来誰かの役に立つと信じ残します。

 8月12日、私は結界内でバーテックと遭遇。

 大きさはうさぎより一回り小さい感じ、今後大きくなるのでしょうか?

 最初は噛みついてきたりしてきましたが全くもって痛くありませんでした。その後は懐く仕草を見せ始めこうやって観察日記を付けることに決めました。

 敵対心というのは未だ感じません。けれど、用心することには越したことがないので今日から眠りが浅くなりそうです。

 私たちが見つけたバーテック。名前を『シロ』と名付けましたがシロは布団を引くのを手伝ったり食器の片付けも手伝うほどとてもアクティブでまるで家事を手伝う子供のように感じます。

 多分、実際に子供並みの知能を持っているのでしょう。

 初日ですのでこれで終わります。

 

 8/12 23:47 白鳥歌野

 

 

 歌野はパタンと書いていたノートを閉じて大きく伸びをして寝ているシロの方へ振り替えり微笑んだ。

 その微笑みはまさしく『愛情』が少しだけ見てとれた。

 (この子が裏切らない限り私も裏切らない……。頑張りなさい、勇者白鳥歌野!ここからが人類の反撃よ!!)

 歌野はそう強く自分に言い聞かせた。

 そして、シロを起こさないよう気を配り布団に入る。真夏の中、布団に入ると暑苦しいが何故かそれを心地好いと感じてしまう。

 次第に歌野の意識は闇へと引き込まれた。

 

 「んぅ~……」

 

 数時間後、鳥の囀ずりで歌野は目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む日光を眩しそうにし、目を細める。

 すると、昨日の出来事を一気に思い出した。それに伴い時計に目をやる。

 時刻は7時32分、いつも6時に起きている歌野にとって大遅刻だった。

 (しまったわ……。昨日の日記に眠りが浅くなると書いてしまったけど逆に深くなるなんて……)

 ベッドから足を下ろす。すると、昨日そこにいたはずのものが居ないことに気付いた。

 歌野は焦った。

 シロという存在はバーテック、友好的に見えるが本質は変わらない。故に、人を襲う理由は十二分にある。

 そして、脳裏に浮かぶ水都の顔。

 歌野は駆け出した、階段を転げ落ちそうな勢いで下りリビングの扉を開けて叫ぶ。

 

 「みーちゃん!?」

 「ふぇ!?ど、どうしたのうたのん!!?」

 

 水都は可愛らしいエプロンを付けて食事の準備をしていた。その傍らには皿をもったシロがいた。器用に食べ物を運んでいるではないか。

 歌野はその光景を見て額に手をあてた。

 

 「……おはよう」

 「おはよう、うたのん。どうしたの、なにか嫌な夢でも見たの?」

 「いえ、ただちょっと目の前の光景がすごくてね」

 「そうだ、聞いてうたのん!シロってば料理に興味を示したの!!」

 「? どういうことかしら」

 「私が料理してたらシロが寄ってきて、なんと口で包丁をもって野菜を切り始めたの。なんか本当にバーテックなのか疑いたくなるね」

 

 水都の表情は困惑といったところだろうか。歌野はその言葉を聞いて昨日のことを思い出す。

 (昨日、家を物色したり、片付けなどする……。そして、今日は()()()()()()()()()()()。つまり、シロは()()()()()()()()()()()()()()()())

 歌野の考えは合っていると答えるものは誰もいない。

 シロの考えていることは人間たちに対してのことばかりだった。神に作られたバーテックは本来人類を蹂躙するのだが、シロはというとその神々がバーテックを作る上で偶然出来た謂わば不良品みたいな存在なのだ。

 だから、人類を蹂躙という意識をインプットはされているがそれはとても薄いものであり今は歌野と水都についてのことしか考えていないというのが現状だ。

 無論、そんなことを二人は知る由はない。

 

 「まぁ、いいわ。ブレックファーストの時間だもの、心身ともにリラックスよ!!」

 「召し上がれ」

 

 席について歌野は食事を始める。今日の朝食は洋食。パンを中心とし、全体の緑の多さからとても健康的と言えるだろう。

 料理を口にして唸る。

 

 「んぅ~!おいしいわ、このスクランブルエッグ!!」

 「あっ、それはシロが作ったやつ」

 「わお!それは凄いわね。あとで撫でてあげましょう。じゃあ、このパンは……。うん、いい焼き加減!外はサクッと、中はフワッとしててとても食べやすいわ!!」

 「それもシロが焼いたやつだよ」

 「……ねえ、みーちゃん」

 「ん?どうしたの、うたのん」

 「もしかしてこのビューティフルでエレガントに盛り付けられた野菜たちって」

 「それもシロが盛り付けたやつだね。ほんとにすごかったんだよ、口で器用に道具を扱って盛り付けるんだもん。しかもすごく手際がいいから私はサポートに徹したかな」

 

 水都の衝撃発言に歌野は勢いよくシロの方へと振り替える。当のシロはご飯を勢いよく食べていて、こちらの視線に気づくと顔をあげた。何やら表情がとても誇っているように見える。

 

 「どや顔……してるんだと思う」

 「私もそう思うわ。けど、シロに料理で負けた気がしてこのふつふつと沸き上がるやるせない気持ちをどうすればいいの!?」

 「畑にぶつければいいんじゃないかな?」

 「はっ!ナイスアイデア、みーちゃん!ならば急がないとね!!」

 「ゆっくり食べなきゃ駄目だよ、うたのん」

 

 水都が注意したとき、水都は何かに聞き入るように目を閉じた。

 そして、開かれた目には強い意志が乗っていた。

 

 「……来たのね」

 「うん、バーテックの進行がもうすぐはじまるみたい。けど、バーテックについての信託が降りるんだったらシロはやっぱり恐れる必要がないほどなのかな……?」

 「今はそれを考えている必要はないわ!いい、シロ。家で大人しくしてるのよ?」

 

 歌野はシロに優しく問いかけた。

 シロもまたそれに頷く。部屋で待機するよう命じて、歌野と水都は駆け出した。

 それから間も無く、二人は諏訪大社上社本社(すわたいしゃかみしゃほんみや)に辿り着いた。

 そこの神楽殿には勇者専用の武器と装束が保管されている。

 歌野が着替え終わると同時にバーテックスの襲撃を意味するサイレンが鳴り響いた。

 

 「みーちゃん!場所は!?」

 「ここから東南方向!狙いは多分、上社本社!!」

 「なるほど、いきなり大物狙いって訳ね!ふふん、なら私の力を見せつける時ということで!ショーの始まり!!」

 

 歌野はそう言って神楽殿から駆け出した。

 水都はそれを見てため息をつく。

 勇者の走る速度だと普通の人間である水都は到底追い付けない。

 だから、水都は歌野を追いかける。

 最後になるかもしれない勇姿を見届けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかこのまま行けば2万文字いきかねないので前編と後編に分けようと思います。

ということで、過去話ですが実は原初のバーテックことシロは歌野と水都に出会っていました。
これを省みると、鷲尾須美は勇者であるで書かれていた畑仕事、料理もかなり感慨深いものがあります。
料理の才覚は星屑時代から発揮されていますね。

次話も早めに投稿できるようにがんばるぞい!

追記(12/3)
辛い。
予めこうしようと考えていたけどいざ文字にするとかなり辛い。
なんだろう。
これが愛か。


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第10話 貴方を愛しています

回想の話なんであまりながくできないので試行錯誤してたら遅くなってしまいました……すみません……。

ゆゆゆゆ辛いんですけどどうすればいいですかね?


 「あなたでラストーーーッ!」

 

 歌野は鞭を振るって最後のバーテックスを撃破する。

 少し息を上がらせながら着地すると水都が駆け寄ってきた。

 

 「お疲れ様、うたのん」

 「ありがとう、みーちゃん。けど、私が戦っている時ぐらいは何処かで隠れててもいいんじゃないかしら?」

 「けど……」

 

 言い淀む水都に対し歌野は満面の笑みを浮かべた。

 

 「まぁ、みーちゃん一人ぐらい守るからね!さぁーて、畑仕事の時間だわ!」

 「こんなときでも畑仕事ってうたのんは本当に畑が好きなんだね」

 「ええ!だって、畑を耕してるときは決まってそれが『日常』だもの!それを大切にしなきゃ駄目じゃない!!」

 

 水都は歌野の在り方に対して感服する。

 どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、決して後ろを振り返らない。前しか向かないその精神の強さがとても羨ましいと水都は感じた。

幼い頃から内気な性格だった水都にとって歌野は憧れだった。

 

 「そうだね。私もそう思うよ」

 「なら、みーちゃんも畑に魅了されるべきよ!」

 「遠慮しておくかな。私、虫苦手だし」

 「そっか。残念」

 

 本当に悔しがる表情を浮かべる歌野。

 

 「私、準備してから向かうね」

 「オーケー!なら、シロのことお願いね」

 「任せて、うたのん」

 

 二人にはもう疑いというものがなかった。

 それは、考えた末にではなく直感としてシロは安全だと、そう感じたのだ。

 歌野は畑へ、水都は一度家へ向かい歩き出した。

 

 何処かで、鈴の音が鳴った気がした。

 これは夏の思い出と言わんばかりに。

 

 それから、一年以上の時が経ったとき転機が訪れる。

 いつも通りの違和感を伴って歌野は目を覚ました。そこを見ると大型犬ぐらいの大きさがあるバーテックスがいた。そのバーテックスは歌野の髪をガシガシと噛んでいる。

 

 「おはよう、シロ」

 

 重い瞼を擦りながら歌野は身を起こした。シロと会ってからかれこれ一年。ウサギ並みの大きさしかなかったシロはいつの間にか大型犬並みにまで成長していた。

 そして、一番の変化と言えばーーー。

 

 『オキロ、ミト、ヨブ』

 

 片言で機械音を発しながら喋りだしたことだろうか。

 

 「アンダースタン!なら、早くいかなきゃね!……ふぁ」

 

 軽くあくびを漏らすとシロが首を傾ける。

 

 『アンダースタン?イミ、ナニ』

 「理解したってことよ。本当にシロは勤勉ね」

 『リカイ、ウタノ、カンシャ』

 「じゃあ、行きましょうか。早く行かないとみーちゃんが怒るわ」

 

 シロが家に来たときと同じように早足で階段を降りる。

 リビングの扉を開けるといつもの光景が広がっていた。

 

 「おはよう、うたのん。シロも起こしてきてくれてありがとうね」

 「おはよう、みーちゃん。あら、今日もおいしそうね」

 「私とシロの力作だからね」

 

 水都は威張るように言う。

 歌野は苦笑いを漏らし、席についた。

 

 「みーちゃん変わったよね」

 「私が?」

 「うん。シロが来てからなんか前向きになったっていうか……」

 「そうかも。なら、シロに感謝しないとね」

 

 そう言ってシロを撫でる手つきはもう慣れたものだった。

 

 「みーちゃん。あとでノート買いにいきましょう」

 

 シロが来てから始めた観察日記。その冊数も二桁を越えており、当初とは全く違ったバーテックスの認識を持つようになった。

 水都はそれに頷く。

 

 『フタリ、デカケル?』

 「うん、シロはお留守番かな……。ごめんね、外に出してあげることが出来なくて」

 『イイ、フタリ、イル、ソレ、ウレシイ』

 その言葉に二人は目を輝かした。

 

 「ふわぁぁぁ……!ねぇ、今の聞いた、うたのん!」

 「ええ、シロは本当にイイ子ね」

 

 水都は目を輝かせる。歌野も同じような反応を示した。

 見た目はバーテックスだがもう一年以上同じ家に住んでいるのだ。故に愛着もわくのも必然。つまるところ、この二人はーーー。

 

 「もうシロは本当に可愛いね。なんでバーテックスなんだろう?」

 「ふっふっふ。この私は毎日シロに起こされる特権を持っているわ!!」

 「それはだらしないだけなんじゃないかな?まぁ、私はシロと毎日ご飯作ったり掃除してるしうたのんにも負けてないよ」

 「あら、みーちゃんも言うようになったじゃない。生憎、こっちには切り札としてシロの観察日記があるのよ!ラブはこちらのほうが上ね」

 「あはは、うたのん。それ面白い冗談だね。私はうたのんよりも長い間シロと一緒にいるっていうのに」

 「「シロはどっちのほうが好き(かな)!?」」

 

 親(?)バカになってしまったのだ。二人がこのようになったのは約半年前。シロが少しずつだが喋れるようになった時期だった。

 最初の頃はお互いがシロの良いところを言い合うと言うものだったがそれがヒートアップしこのような形になってしまったのだ。

 

 『ケンカ、ダメ』

 「「はい……」」

 

 バーテックスに怒られる勇者と巫女は後世見てもあり得ないだろう。

 すると、数秒後サイレンが鳴り響いた。

 二人は勢いよく立ち上がる。

 先程のことがなかったように二人は振る舞う。

 

 「スクランブル!勇者白鳥歌野行ってきます!」

 「気を付けてうたのん!今回はいつもより数が多いみたい!!」

 「オーケー!シロ、いつも通りお留守番お願いね!!」

 『フタリ、キヲツケテ』

 

 二人はサッとシロの頭を撫でて玄関から飛び出した。

 シロは窓際までより空を見上げる。

 その空はーーーとても白かった。

 

 「はあああああああっ!!」

 

 勇者白鳥歌野は流れ込んでくるバーテックスたちに鞭を喰らわせていく。

 滴る汗が地面を濡らすと苦悶の表情を浮かべる。

 (今回は数が多いせいで手こずるわね……)

 その思考は一瞬の隙を生んだ。

 数体のバーテックスが歌野に襲い掛かる。鞭で迎撃するが一体だけ歌野の側を通り抜けていった。

 

 「しまっーーー!」

 

 しまったと言う前に気付いた。気づいてしまった。

 まだ齢5才ぐらいの女の子が木の陰に隠れていることに。

 そして、遠くから叫び声。おそらく母親のだろう。

 (まずいわ!ここであいつを追ったら一気にバーテックスが流れ込んでくる!…しかも、この距離じゃ!!)

 歌野の思考をよそにそのバーテックスは女の子の前で大きく口を開き、幼い体を噛み千切るーーーことはなくガチンと空を切った。

 そこには女の子の服の裾を噛んで、浮いているバーテックスがいた。

 異常なのはその大きさ。明らかに小さい。

 それに気付くと歌野は攻撃を開始する。

 鞭が縦横無尽に駆け巡り数が一気に減っていく。

 そして、一瞬の隙に流れ込んだバーテックスを始末する。

 

 「シロ!ナイスタイミングね!!その子をお願い!!」

 『マカセロ』

 

 小さいバーテックスーーーシロは女の子を母親の方へと届けにいく。

 母親は最初恐怖の表情を浮かべたが次第に敵意がないことに気づき娘を抱き締めた。

 

 「負けてられないわね!!なんていってもこのショーの主役は私なんだから!!!」

 

 歌野は一層と気合いをいれて、腕を振るう。

 守るべきものがあるのだから。

 

 

 それから数時間後。

 死亡者、重軽傷者なしというとてもよい結果で歌野はバーテックスの襲撃を退けた。

 だが、それで終わりではなかった。

 歌野は本社で祈りを捧げ結界を強固にしていた水都、そしてシロと共に壇上に立たされていた。

 それを目にする観衆の眼差しは恐怖や憎悪。あまり良いものとは言えない。

 諏訪においてもっとも権力のある老人が口を開く。

 

 「それでソイツはどういうことだ?」

 「この子は……バーテックスです。一年前、畑付近で見つけ、攻撃力の低さを省みて観察していました」

 「つまり、勇者である白鳥歌野はバーテックスを飼っていたと?巫女の藤守水都と共に」

 「そう、なります……」

 

 何も否定することなく歌野は事実を口にする。

 すると、壇下にいる民衆から暴言が飛び交った。

 理由は簡単。日常を、希望を奪った敵を飼うことが許されないからだ。

 歌野と水都は何も言い返すことはできない。 けれど、それではなにも変わらない。歌野は意を決して自信の思いを伝える。

 

 「けど、この子は!シロはバーテックスだけれども人を愛しています!!シロは危害を加えないと公言しています!!!なら、シロに歩みより、バーテックスを知る方が先決ではないでしょうか!!?」

 「煩い!所詮は化物の戯れ言だ!!早く始末しろ!!それが勇者の役目だろう!!!」

 

 その声に賛同するようにほかのところからも声が上がる。

 『恥さらし』『出ていけ』『勇者だからって』などなど、酷いものばかりだった。

 そう言うのは家族をバーテックスに殺された人たち、憎しみをただぶつけている。

 すると、小さな足音が壇上に届いた。皆も同じらしくそこへ声を向けると歌野と水都を糾弾していた老人が目を見開く。

 バーテックスに近付く女の子に向かって叫ぶ。

 

 「おい、戻ってきなさい!!そいつはバーテックスだぞ!!!」

 

 老人の叫び声はそこに届くが女の子は気にしせず歩く。

 そして、一言。満面の笑顔で言った。

 

 「ありがとう、シロ!!」

 『キニスルナ』

 

 あのときシロが助けた女の子がお礼を言った。

 そして、始めて聞くシロの声に皆が驚く。そして、続いてゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 女の子の母親だった。母親もまたシロの前に立ち腰を曲げる。

 

 「娘を助けていただき、ありがとうございます。ーーーお爺ちゃん、確かにこの子はバーテックスです。私の最愛の人を、娘の父親を殺したバーテックスかもしれません……。けれど、娘を助けてくれたんです!!バーテックスではなくシロというバーテックスを信じてみませんか!?」

 

 彼女もまたシロという存在がどのようなものか、どういった影響を与えるか本能的に感じ取ったのかもしれない。

 そして、彼女は知っている。ここが、諏訪という地域がそう長くないことも。

 持って1年、勇者ではない彼女ですらそう思ってる。勇者である歌野にとっては余計にそうだ。

 だからこそ確変を、変化を求め何か打開する手を模索できる強さがあった。

 愛する人を殺されても、愛する娘を守りたいがため、憎き相手を信じることにまで至るのだ。

 そして、娘と孫のその様子に老人はほかの皆と話し合いをすることになった。

 結論が出るまで数日かかるらしい、なのでそれまで二人はシロと共に謹慎処分を受けることになった。

 二人は、どんよりとした空気ーーーではなく帰った瞬間嬉しげな表情でシロを抱き締めた。

 

 「シロ、貴方は正しいことをした。とても誇りに思うわ」

 「うたのんの言う通りだよ。シロが人を愛してるって改めて知れて私は嬉しいよ」

 『ケド』

 

 いい淀むシロに歌野は笑って言った。

 

 「大丈夫よ。誰も貴方を責めやしないわ」

 

 結局数日後にでた結論は、歌野が常に側にいることで決定した。

 余談だが家を出た理由は何か嫌な予感がしたからだそうだ。

 そして、バーテックスを受け入れる若い人とバーテックスを受け入れない老いた人とで意見が別れたらしいがシロが子供を助けたと言う実績と言葉を伝達できると言う点を踏まえることによって歌野が常に側にいるということに帰結したらしい。

 それから日が立っていく内にシロという存在は皆に受け入れられるようになってきた。

 疑惑に固まりはカビのように張り付きはするが、少しずつだが変化が訪れていた。

 それから、約一年後、悲劇は起こる。

 

 歌野は自室でペンを握ってノートに走らしていた。

 

 

 2018年 8月11日

 

 今日、やっと長老がシロと会談してくれました。バーテックスについての知識を増やすことが出来たのは行幸といえるでしょう。

 日に日にシロについて書くことがなくなってきました。難しいものです。

 あ、あとシロが子供たちと最近仲良くなって外で遊んでいます。いつもみーちゃんと眺めていますが微笑ましい限りです。

 まるで親子みたいだなと自分でも感じてしまいつい口に出してしまいました。そのときのみーちゃんったらすごく可愛くて!!

 ……失礼しました。勇者、白鳥歌野の観察日記はこれで終わります。

 ーーーあっ、乃木さんにも言っとかないと。

 

 8/11 23:22 白鳥歌野

 

 パタンとノートを閉じ、歌野は伸びをするとベッドの方から声がかかってきた。

 

 「終わったの、うたのん?」

 「えぇ。けど、最近は書くことがナッシングで大変だわ。たまにはみーちゃんも書いてみたらいいんじゃないかしら?」

 「あはは。多分、家事関係のことしか書けないな」

 「ーーーねぇ、みーちゃん。何か隠してるでしょ」

 「……うたのんは鋭いね」

 

 歌野と水都はいつからか一緒に寝るようになっていた。側にはシロが寝ており、寝息(?)をたてている。

 ベッドに潜り込んで歌野は水都の手を握った。

 

 「信託がね、降りたの」

 「うん」

 「今までのお陰で四国はバーテックスから身を守る術を手に入れた。お役目はおしまいだって」

 

 つまり、勇者は終わりを迎えた。

 勇者、白鳥歌野は生け贄だったのだ。諏訪は単なる囮で四国が本命だということを知らされたのだ。

 

 「それでね、明日バーテックスの進行が始まるの。それも今までの比じゃないぐらい」

 「うん」

 「うたのんは怖くないの……!皆を精一杯守ってきて!頑張って傷付いて!!それを、切り捨てられるんだよ!?死んじゃうんだよ!!?」

 

 歌野は先程までの笑みの表情を崩し、恐怖の表情を浮かべた。 

 水都は今までにない歌野を見て驚く。

 

 「怖いよ……。すっごく怖い。本当は今すぐに逃げ出したい。死にたくないって叫んで背を向けて逃げ出したい」

 「ならっ!!」

 「けど、私が、私たちが今まで繋いできたバトンは無駄じゃなかった」

 

 歌野は、凛とした表情で答える。

 

 「みーちゃんに会えて、シロに会えて、乃木さん、諏訪の皆にも出会えた。例え、死んじゃってもその幸福は忘れない。私の思いが、希望が、願いが、ーーー勇気のバトンがあるの。切り捨てられても、バトンは繋がっていく。けど、安心して。そう簡単に死なないから。寧ろ、エネミーを撃退しちゃうんだから!!」

 「ほんとにうたのんには叶わないな……。ねぇ、うたのん。聞いてほしいの」

 「うん」

 「私ね、夢ができたの。うたのんに憧れた私が誇れる夢。何も取り柄がなかった私が持てた夢」

 「うん」

 「私、配達屋さんになるよ。それでうたのんが作った野菜を皆に届けるの」

 「うんうん!!」

 「最初はケンカばっかりなんだけどね、後からは阿吽の呼吸で働くの!そして、私が野菜を世界中に届けるんだ」

 「世界!?ワールドなの!!?」

 「それで、皆がうたのんの作った野菜を食べて笑顔になるんだ。裕福な人も、貧乏な人も、苦しい人も、全員」

 「うん」

 「だからね、うたのん……。『生きて』。私"たち"が待ってるから」

 「……ありがとう、みーちゃん」

 

 歌野は優しく水都の頭を撫でる。

 それから、二人は最後になるかもしれない夜を過ごした。

 そして、絶望が始まる。

 

 「朝からサイレンを鳴らすクレイジーな方々を懲らしめてきます!」

 「うん、頑張ってねうたのん」

 『ワレモイク』

 「あはは、シロのその古風なしゃべり方ほんとにユーモラスね!!けど、とっても頼もしいわ」

 

 歌野は水都を抱き締めた。

 水都は胸元に顔を沈める。

 

 「いってきます」

 「いってらっしゃい」

 

 ただそれだけで二人は十分だった。

 歌野が駆け出した後ろ姿を追おうとしたシロを水都は呼び止める。

 

 「信じてる。だから、お願い」

 

 その意味をシロは深く理解した。

 だからこそ、シロは答える。

 『マカセロ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流石に……はぁ……はぁ……きっついわね……。シロ!攪乱!!」

 

 歌野は滴る汗と家を気にも止めずシロに攪乱するように指示する。

 シロは持ち前のスピードでバーテックスたちの注意を引き、歌野が間髪入れずに鞭を振るった。

 

 「はああああああああっ!!!」

 

 肉が抉られる。血が吹き出す。今にも倒れそうだった。そして、そんなときに水都の顔が思い浮かぶ。

 だったらと、一歩を踏み出す。

 

 「ならっ!倒れるわけには行かない!!!待ってくれてる人がいるから!!!」

 

 バーテックスの猛攻を一人で、いや、シロと共に立ち向かう歌野は雄叫びをあげる。帰るんだーーーっ!守るんだーーーっ!と心の雄叫びを。

 

 だが、現実は非常であった。

 

 

 「ぐああっ!!」

 

 一体のバーテックスが歌野の横腹を噛み千切った。視覚から一気に接近され、やられた。

 全身に駆け巡る激痛に体の機能が一瞬だけ止まる。ーーー敵にとってそれは十分だった。

 バーテックスが歌野に群がる。時々血飛沫がバーテックスらを汚す。

 

 シロは、生まれて始めて叫んだ。

 

 『歌野!!!』

 

 わずかな隙間から入り込みシロは歌野を奪還した。バーテックスらはもう歌野に対し何も仕掛けずにただ前進し始めた。

 仕留めたと確信しているからだ。

 シロは改めて歌野の体を眺める。

 噛み千切られた横腹とお腹に開く大きな穴。そこから血液が止めどなく溢れて切れ内蔵もぐちゃぐちゃになっていた。

 口許から血を流す歌野の左目は抉り取られ左腕も遠くに放置されていた。

 歌野の浅い呼吸に対し、まだ生きていると知ったシロに追随するかのように悲劇が舞い降りる。

 

 「嫌、嫌あああああああああっ!!」

 

 遠くから聞こえる慣れ親しんだ声。シロは駆け出した。最大速力で、慣れ親しんだ声の主、水都のところへと。

 群がるバーテックスらの隙間の先に赤色の巫女服を着た、いや、血で赤色に染め上げられている水都の姿があった。

 歌野と同じように奪還された水都に対しバーテックスらは反応を示さない。

 水都を抱え、歌野の所へと行く。

 二人とも同じような姿だった。

 

 『歌野……水都……』

 「……ぃ……ぁ……。み……ゃん……」

 「……ぅ……ん……」

 

 二人は掠れる声で小さな力を振り絞り、手を握った。まるでお互いの存在を確めるかのように。

 

 「し……ろ…」

 『歌野…』

 「たん…ょ…ぉ…」

 『水都…』

 

 歌野と水都はシロを呼んだ。

 最後の言葉を伝えたかったから、二人は消え行く灯火を精一杯に引き寄せた。

 二人が言った内容はこうだ。

 

 「誕生日おめでとう、シロ。貴方の誕生日を私たちは見つけた日にしたわ」

 「それでね、実はプレゼントがあるの。私たちが昨日の夜にね、いろいろと畑とかに細工をしてきたんだ。そして、私たちが貴方を見つけた木の根もとにプレゼントがあるの。それを使ってほしいな」

 

 

 二人は涙をツーッと流して言った。

 

 ーーー愛してる

 

 と。

 

 

 

 

 

 それっきり二人は動かなくなった。シロは何も言わず出会った場所に向かう。そこには一つのラッピングされた袋があった。

 シロは器用に開けて中身を確認する。

 

 『コレハ…種?………………。』

 

 中身は種だった。そして、これは二人の願い。この種を使ってほしい。私たちがいるって思えるから。そういうことなのだろう。

 シロは再び二人の所へと向かう。穏やかな笑みに白くなった体。

 二人の顔をそっと頭でこすりつける。ーーーそして、二人を喰らい始める。

 わからない、けれど、こうすべきだとシロは思った。だが、これがどういう感情なのかよくわからない。

 そして、理解する。

 これが悲しいことなんだと。

 

 二人の体を喰らいし尽くしたシロに変化が訪れた。これは進化だ。

 巫女と勇者を食らったシロのみに許された進化。

 薄れゆく意識のなかシロは強く願う。

 これほどまでに苦しいことなら、この記憶がなくなりますようにと。

 そして、目を閉じる。不幸にもその願いが叶うこととは知らずに。不幸にも造反神に目をつけられ人類を蹂躙するという意識をインプットされているということにも。

 

 それから、幾ばかりかの時が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が目覚めたときそこは【火の海】だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当は水都が絶叫するシーンを細かくやりたかったんですけどそれすると私が辛みで死ぬのでやめました。
 
次回からは日常パートです!友奈?あっ、元気っすよきっと(震え声)

アニメでも辛い目に遭って私のこの作品でも辛い目に遭って可愛そうなんで誰か友奈救済小説書いてください。


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第11話 危険な快楽

楠芽吹は勇者であるの登場人物が出ますが少しだけなので!亜弥ちゃん好き!(直球)


 「へぇー、夏凜ちゃんって一人でバーテックスを倒したんだ!!」

 「ふふん、まぁね!まぁ、その時は友奈は入院してたらしいじゃない。私の雄姿を見せられなくて残念ね」

 

 部室で夏凜ちゃんの話を聞くに私が入院しているときに大赦から派遣された勇者だということ。訓練もしっかりと行われておりバーテックスには遅れを取らないということを知った。

 (じゃあ、あの時助けに来てよ)

 心の中で友奈は悪態を付くと直ぐに自分の愚かさに気付く。

 (ううん、夏凜ちゃんの勇者システムはその時はまだ不完全で調整のため戦えなかったって聞いたんだ、しっかりしろ!私!!)

 誰にも気づかれないように深呼吸をする。

 最近、私は変だ。

 元気一杯が取り柄の私なのに何故か皆に嫉妬?ううん、何か嫌な感じを抱いてしまう。

 そして、それが口に出てしまうのでなおたちが悪い。

 

 「あはは、けど次はしっかりと目に焼き付けるから!お願いね、夏凜ちゃん!!」

 「まっ、任せなさいよ!!」

 「おやおやおや~?もしかして照れてるのかしら、夏凜ちゃ~ん」

 「うっさいわよ風!!」

 「お姉ちゃん!!すみません、夏凜さん、うちの姉が……」

 「……まぁ、いいわ。じゃあ、私は帰るから」

 「あら、もう帰るの?」

 「まぁね。私は完成型勇者なのよ。貴女たちと違って暇じゃないの」 

 

 そう言って夏凜ちゃんは部室から出ていきました。私もまた夏凜ちゃんと同じく家に帰りたいけれどこれから迷子の猫ちゃんを探しにいかなくては行けません。

 

 「まぁ、夏凜のことはおいおいってことね。じゃあ、早速だけど勇者部出動よ!!」

 「「「おー!!!」」」

 

 ーーーあぁ、早く終わらないかなぁ……。

 

 場所は変わって目撃証言があった公園に来ています。

 即席の歌を口に出しながら茂みを探しますが一行に見つかる気配はありません。

 

 「ねこちゃ~ん、出ておいで~」

 「ちょっと樹。猫語で呼んでみてよ」

 「えっ!?……にゃ、にゃーんにゃーん」

 「くっ!写真を撮りたいけれどこの動かない足のせいで!!」

 

 東郷さんが何か喚いていますが私は気にしません。気にする必要なんてないから。

 すると、茂みの奥に目的の猫がいました。

 手を差し伸べます。

 

 「ほら、早くこっちにおいで。……ほら早く、早く!!」

 

 一行に来る気配がなかったので大声で怒鳴ってしまった。そこでハッとなる。

 

 「どうしたのよ、友奈」

 「いや、猫ちゃんがいて早く誰か手伝ってくれないかな~、なんて。あはは」

 「呼ぶにしても別の方法があるでしょうよ。そんな大声じゃ逆に逃げちゃうわよ……。って、わっ!」

 

 私が頭をかいて謝ると風先輩の胸にその猫が飛び込んでいきました。

 どうやら怯えています。

 けど、それよりも依頼は達成しました。別に依頼が達成出きるならどんな方法を使ってでも……。それが勇者なんだから。そうだ、勇者なんだもん、人一倍頑張ってるだもん、……じゃあ、なんで皆は、親は、クラスメートは、先生は笑って過ごしてるの?勇者じゃないから?そうだ、それだ。勇者じゃないだもん、けど私は勇者、皆より上にいる。命令が出来る。支配できる。なんで笑って過ごしていられるの。私は痛い思いをしてるのに。なんでなんでなんで……。意味がわからない、なんでなんでなんで……。

 

 

 「友奈ちゃん、大丈夫?」

 「……うん。ごめんね、東郷さん。少し考え事してた」

 「本当に大丈夫?この頃友奈変よ?」

 「……大丈夫です。すみません!!私、家に帰りますね!!」

 「あっ、ちょっと!友奈っ!」

 

 風先輩が私を呼び止めるけど足を動かす。多分、今の私は笑ってるんだと思う。醜悪に、勇者というステータスを思う存分利用しようと考えてる。

 小さく笑いが込み上げてきた。わからない、わからない、わからない。

 おかしい、私は誰?私はこんなことしない。私は私は私は……。

 気が付くと家にいた。玄関を開けて家にはいると両親の声が耳に届く。

 

 「おかえり、友奈。ご飯は」

 「ただいま、あと、ご飯はいらないかな」

 

 そう言って駆け足で階段を上って自室へと入る。

 

 「……最近、友奈変じゃないかしら?」

 「大変なお役目があるんだ、私たちには想像もできない苦労があるんだろう。だから、見守ってあげよう」

 「そう、ね。けど、心配だわ」

 

 

 

 

 

 「はっ……!はっ……!なんで私、あんな事考えて!!」

 

 友奈は苦しそうに胸を押さえる。変な汗が吹き出し、体温が上昇していく感じがした。

 心が辛い。体が痛い。涙が出てくる。

 

 ーーーなんで貴女だけが痛い目を見るの?

 勇者だから。私は、讃州中学勇者部、結城友奈だから!!

 

 ーーー勇者だから痛い目を見なきゃいけないの?それを受け入れなくちゃいけないの?

 そう。勇者部は勇んで人のためになることをする。そういうものだから!!

 

 ーーー憎いと思わないの?無垢な少女だからって勇者に勝手に選ばれて死にに行ったりして。

 勇者だから。それは仕方のないことなんだ。

 

 ーーー辛いでしょう?逃げたいでしょう?

 ゆ、勇者部五箇条一つ!成せば大抵何とかなる!

 

 ーーー心が辛いでしょ?体が痛いでしょ?

 ……あ。

 

 ーーー痛い、苦しい。

 逃げたい……。

 

 「あは、あはははは……」

 

 私は乾いた笑いを溢す。 

 今、私に語りかけてきたのは私だ。心の奥底に眠る本心の私。

 表面上は取り繕っているけれど痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌いだ。そして、それを知らずに日常をのうのうと過ごす皆がーーー大嫌いだ。

 友奈は唇を噛み締めた。

 すると、チャイムがなった。玄関の方へ行くと白いお面をつけた女性が居て、無機質な声で言った。

 

 「結城友奈様。貴女に信託が降りました」

 

 その日を境に結城友奈は勇者部の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈は今壁の外にいる。数日前に大赦のほうからこの世界の真実というのを知らされた。

 本当の世界はもうとっくの前に滅んでいたのだ。

 そして、私に下ったお役目。それは、外の調査のサポートだという。

 【防人】という勇者の素質がありながらも勇者になれなかった人たちとともに赤色に染まる世界を目に納める。

 化け物が闊歩し、それが襲いかかってくる。防人は勇者に比べ戦闘能力が格段に落ちるため馴れるまで私がサポートにつくらしい。

 そして、その時出会った巫女の国土亜弥ちゃんにこう言われた。

 

 「道を見失わないでください、勇者様。貴女の思い、貴女の勇者としての素質の根元は貴女自身なのです」

 

 最初は何を言われているのか理解できなかったが徐々にその言葉の意図に気付く。

 大赦は友奈の変化を知っている、それに加え原因も知っているということなのだ。

 だから、巫女の存在を私にぶつけた。確かに、このような可愛らしい女の子に諌められては格好もつかないし考えさせられる。

 だが、何を言われようが今の友奈の考えは頑固足るものとして形成されていた。

 そして、これは調査が終わって帰っているときである。

 完全体のバーテックスが一体出現した。防人のリーダーは直ぐに撤退指示を出した。私は殿を努めて、避難に助力する。

 撤退が完全に完了すると4人の勇者が姿を表した。

 数日ぶりだが皆の顔の表情は変わっていた。多分、夏凜ちゃんとうまく言ったのだろう。

 友奈は勇者部の方へと合流する。

 

 「風先輩、お久しぶりです」

 「ゆ、友奈!?アンタどこに行ってたのよ!!皆心配したのよっ!」

 「そうですよ、友奈さん。特に、東郷先輩が大変で……」

 「あはは、ごめんね。ちょっと大赦のほうからお願い事をされていて」

 「怪我とか大丈夫?」

 「うん。大丈夫だよ、東郷さん。左手だけでも戦えるから!」

 「そう。じゃあ、友奈私の活躍を見ていなさい!!」

 

 そう言って夏凜は両手に剣を携えて駆け出した。その剣を振るう度にバーテックスに傷がついていく。

 圧倒的技量だった。

 そして、皆でサポートし合いながらそのバーテックスの御霊を封印することに成功した。 

 回りが光に包まれる。

 

 「じゃあ、友奈。あとで話を聞かせてもらうわよ」

 

 風の言葉に友奈は苦笑いを浮かべながら頷いた。そして、呆れる。

 この世界の真実を知るものだけがこの戦いの無意味さを実感するから。バーテックスは封印しても意味をなさない。何度も何体でも産み出されるからだ。

 だから、その真実を知らない勇者部の面々を見て失笑と呆れが出てくる。

 

 そして、友奈を残して勇者部は姿を消した。本来、勇者はバーテックスが出現したときに自動的に決壊の中へワープする仕組みなのだが友奈は自ら結界の外へ出ているため歩いて帰るのを余儀なくされた。

 そこで友奈は一つあることを思い出した。

 最初の戦闘時、原初のバーテックス擬きの戦いの後に見えた小さな家らしきもの。そこへ向かうため友奈は記憶を便りにそこへ向かった。

 歩いて数十分。神樹の結界の中に畑と家があるのを見つけ友奈は呆気に取られる。

 

 「ここは……畑?それに家もある。誰かが住んでる……?」

 

 尽きない疑問に友奈は意識を傾けるばかりに油断していた。後ろから声をかけられてビクッと肩を跳ね上がらせる。

 

 『友奈……?イヤ、人違イか』

 

 その声は機械のようなものだった。友奈は額に汗を浮かべる。頭のなかは混乱していた。

 後ろにいても正体がわかった。

 ゆっくりと振り替える。

 そして、目を見開いて驚いた。

 そこにはーーー麦わら帽子をかぶり、篭に大量の野菜をいれて首にタオルを巻いている原初のバーテックがいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に大きく歪んだ大橋が目に入った。と、同時にいつもの場所ではないことに東郷三森は気付く。

 いつもの学校の屋上ではない。風と樹、夏凜もまた辺りをキョロキョロと見回していた。

 すると、マイペースな声が耳に届く。

 

 「わっしー、やっと来てくれた。先輩たちも」

 

 声が聞こえた方へと4人は向かう。誰一人として声を発しない。この異常事態に皆が混乱しているのだ。

 そして、そこへ向かうとベッドがあった。ベッドには一人の女の子が包帯をぐるぐる巻きにして横たわっている。

 そして、風と樹、東郷はそのベッドに腰かけている女の子に驚きの声をあげた。

 

 「銀!?」

 

 銀はなにも言わずこちらを見るばかりだった。まるで、今からこの女の子が喋るから静かにしてほしいと言わんばかりのものだった。

 

 「もう、ミノさんだけわっしーに名前呼んで貰うのはずるいなぁ。あっ、今は東郷さんか」

 「えっと……東郷の知り合い?」

 「いいえ、違います」

 

 東郷がそう言い切るとその女の子は悲しそうな表情を浮かべた。そして、その表情に見覚えがあった。かつて、銀と最初に出会ったときの彼女の表情と一緒だと。

 

 「お姉ちゃん…」

 「大丈夫よ、樹。すみません、貴女は?」

 「私の名前は乃木園子。まぁ、いわば貴女たちの先輩かな」

 

 乃木園子という名前を聞いて一番ビックリしたのは勇者部につい最近慣れてきた三好夏凜だった。

 

 「乃木園子……っ!あの伝説の??!」

 「知っているの、夏凜?」

 「えぇ、大赦で鍛練していたときに噂で聞いたことがあるわ。今までの勇者のなかで最強と名高いってね。けど、まさかこんなことって……」

 「あはは~。今、私の体は神樹様と似たようなものなんだ~。だから、ここに皆を呼んだの。お願いがあってね」

 「そのお願いっていうのは?」

 「原初のバーテックを撃ち取ってほしいの」

 

 その言葉に全員が驚愕した。原初のバーテック、風と樹と友奈は紛い物と戦ったがその力はとても恐ろしいものだった。

 オリジナルとなるとどれぐらいの強さになるか想像もしたくない。

 

 「原初のバーテックってあのっ!?勇者システムが最初にできたときの最優の勇者ですら敵わなかったていう!」

 「うん、その原初のバーテック。前、精霊が働かなかったときがあったでしょ?その原因が原初のバーテックにあるみたいなんだ~。だから、今後のことも考えて今のうちに手を打っておきたいってのが大赦の意向なんだ」

 「けど、今の私たちじゃ……。って、友奈ちゃんは!?」

 「今ごろ気付いたの東郷!?」

 「その子にも関係のある話。まず、原初のバーテックは本当に強いよ。私が戦ってどっこいどっこいって感じかな。う~ん、ちょっと私が不利かな。まぁ、こんな体だしね。そこで原初のバーテックをよく知っている人に弱点とか攻撃手段とかを教えてもらってそれを活用して戦ってほしいの」

 「友奈ちゃんにも関係のある話……?そして、原初のバーテックをよく知る人って銀の事かしら」

 「あぁ、その通りだ。と、言っても私は大赦のほうからあまり動けないからここで出きる限り伝える。だから、手を出すなよ」

 

 銀は東郷たちの後ろを睨み付ける。振り向くと大赦の神官たちがひれ伏した。

 だが、その敬意は全くもって銀に向かれていないにはすぐにわかり、園子のみが崇められていることに誰もが気付いた。

 

 「私は勇者だった。けど、それは昔の話。今は、最強の勇者の乃木園子のそばにいてただ日々を過ごすか弱い女の子さ」

 「……生身で人間3人をフルボッコにした女の子の台詞かしら」

 

 風は合宿の時に友奈、樹、自分とで戦って返り討ちになったことを思い出す。

 銀は少し顔を赤らめた。

 

 「おぉ~、恥ずかしがるミノさん!打点高いよぉ~!!」

 「意味がわからないぞ!……ごほん、まぁ、私が園子と一緒にいる理由。それは監視なんだ」

 「監視……?勇者なら戦わせた方がいいんじゃないの?」

 「三森の言う通りだ。けど、それは出来ない。大赦は私を恐れている。何を仕出かすかわからないんだとさ」

 「その恐れる理由って……」

 

 樹が控えめに問う。

 銀は困り下に言い放った。

 

 「原初のバーテックはアタシの師匠。んで、アタシが弟子。それが理由かな、多分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「ええええええええーーーー!!!」」」」

 

 

 勇者部の驚きの声が響いた。

 そして、心のなかでこう思う。

 どう考えても理由はそれじゃん!と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇー!銀ちゃんが弟子ぃー?!」

 『そこマデ驚クか。トイウカ、何故馴染む』

 「わかりません!なんか、ここにいると落ち着くっていうかなんというか……」

 『確か、精霊を憑依サセたんダな?』

 「はい!……私の名前を知っていたり、精霊を憑依させたりよく知っているんですね」

 

 友奈は原初のバーテックの住みかでコーヒーを飲んでいた。

 最初は戦闘体制に入ったのだがその風貌のせいかそれが削がれてしまった。また、原初のバーテックも畑のあるところで問題を起こしたくないらしくこうやって家に招きいれたのだ。

 また、友奈が落ち着くと言った理由はここでは穢れが振り払われているということに帰結する。

 嫌な感じを抱かない、故に、冷静な判断を下せることが出きる。だからか、ここに来て数分後、自身の愚かさに愕然とし、震えが止まらなず意識を失いかけた。そこに救いの手を差しのべてくれたのがこの原初のバーテックというわけだ。

 自身のことを放す原初のバーテックを見て、友奈は敵意と言うものをまったくもって抱かなかった。

 すると、原初のバーテックが突如一つの話をしてあげると言った。

 昔々の勇者の話。友奈は笑顔でそれを聞きたいと言った。

 だが、そのとき誰もが思いもしなかった。原初のバーテックは最早中立ではなく、バーテック側に位置していると。その話によって結城友奈が変わってしまうと。

 

 『デは、話そウか。コレハ一人の勇者の悲シい物語。その勇者の名はーーー郡千景と言った』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 再び幸せが訪れる

明けてしまいました、おめでとうございます。


 話を聞き終わった友奈は戦慄した。

 内容もそうなのだがその郡千景と言う人物がどうしようもなく今の自分の姿と重なったからだ。

 憎悪という悪魔が身を蝕み、終いには人類への牙となっていく様を頭のなかで想像すると妙にしっくりと来てしまった。

 

 「そんなことって……。その、千景さんは救われなかったんですか?」

 『最後は救わレたさ。乃木若葉といウ勇者のお陰デナ。ダが、人間の愚かさをお前は知ってシマッタな』

 「けど、それは昔の話で……!今は、そうではないと思います!!確かに昔は勇者が蔑まれて、苦しい目に会ったかもしれません……。けど、そのバトンを受け継いだ私が人間を恨むと言うことをしてはいけないと思うんです」

 

 友奈の発言に原初のバーテックスは小さな笑いをこぼす。

 それに多少の苛立ちを感じてか少し言葉のトーンが下がる。

 

 「……私おかしいこと言いましたか?」

 『気に触っタラ謝ロう。ダが、ナンだ。その発言が何処マで持つか見物だと思っテナ』

 

 その発言を友奈は強く噛み締める。今は落ち着いているがこの場を離れたら私ではない私が表れるのは何となくだが察していた。

 先程の話を聞いた今理性を保てるかどうかわからない、そして、どう動くかも。

 下手したら人類への反逆の狼煙を上げてしまうかもしれない。

 そう考えると無性に体の震えが顕著に浮かび上がってくる。

 原初のバーテックから聞いた精霊の憑依と、ーーー満開の代償。

 二つの要素が友奈を余計に苦しめた。

 

 「私は……」

 

 悲痛な声が静かな部屋に響き渡る。

 原初のバーテックスはその声を聞き入れると更に一つの話をし始めた。

 友奈たちの前の勇者の話。

 3人の小学生の話だった。

 そこで聞き覚えのある名前が浮かび上がる。三ノ輪銀である。

 3体のバーテックスから世界を守った英雄。そして、残りの二人の名前、鷲尾須美と乃木園子の話。

 だが、ここで友奈は強い違和感を覚えた。原初のバーテックスから鷲尾須美のことを聞くたびに何故かある一人の女の子が頭に思い浮かんだ。

 そして、最後に原初のバーテックスは付け加える。

 

 『して、乃木園子は奉ラレ、銀は監視サれ、鷲尾須美は……東郷三森は記憶と足の機能を失った』

 

 その発言に友奈は目を見開いて驚いた。そして、点と点が繋がって一つの線になっていった。合宿の時に感じたのはそういうことだったのか、銀に泣きついたのはそういうことだったのか、と。

 だが、そこで渦巻く感情は怒りだった。大赦が隠匿した満開の代償。自身を供物とすることで強大な力を得ることができる切り札。

 それを何故通達しなかったのか、話を聞くに3人とも無垢な少女だ、そして、真に強い子ということも直ぐにわかる。満開の代償を知っていてもそれしか方法がないのだからきっと受け入れていただろう、そして、友との時間をさらに大切にしていくだろう。

 にも関わらず大赦は話さなかった。騙したのだ、切り札という名目で生け贄として神樹に捧げるということを。

 

 友奈は思った。

 本当にこのままバーテックスを倒し続け生け贄として捧げられ、最終的に奉られるのが最善なのかと。本当はこの生き地獄を終わらせた方がいいのではないかと。

 勇者は死ぬことはない。精霊が致命傷を防いでくれるから。聞こえはいいかもしれないがこれはお役目に縛り付ける重要なことなのだ。

 外の世界が絶望しかないことを友奈は知っている。

 ふと、国土亜弥の言葉が脳裏に過った。

 『道を見失わないでください、勇者様。貴女の思い、貴女の勇者としての素質の根元は貴女自身なのです』

 私の、道……。

 それは、

 

 「嫌なんだーーー」

 『……』

 「誰かが傷付いたり、辛い思いをするのは」

 『……』

 「このまま終わりのない戦いを続けるんだったら、私が終わらせる」

 『……どうやって』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私が頑張る!穢れがなんだ!代償がなんだ!!風先輩、樹ちゃん、東郷さん、夏凜ちゃん、皆が辛い顔するんだったら私が背負う!!!」

 『その先は地獄だぞ』

 「地獄は、ーーーもう見た!!!」

 

 友奈は外の光景を思い浮かべる、友達に酷いこと言ったことを思い出す。

 それは友奈にとって地獄そのものだった。だからこそ友奈は足掻いていこうと決意した。

 

 「私は、勇者なんだ!」

 

 そして、その発言は次に原初のバーテックスに変化をもたらした。

 『僕は、勇者なんだ』

 昔出会った勇者の一人、三ノ輪の発言と重なる、彼女もまた原初のバーテックスにとって大切な仲間だった。敵だとしてもあのときの勇者の姿は見惚れるものだった。乃木、鷲尾、三ノ輪、彼女らの顔はもう思い出せない。

 けれど、あのときの高揚する気持ちは直ぐにでも思い出せる。

 原初のバーテックスは、否、シロは黒い刀にソッと触れる。

 友奈は抗うと決めた、なら、自分はどうするべきか。

 最早時間はあまり残っていない。薄れ行く理性のなか出した答えは

 

 『なら、友奈。これを渡す』

 

 シロは席から立ち上がり引き出しから一つのヘアピンを手渡した。

 モチーフとなる花の名前は【桜】。

 

 「これは……?」

 『初代勇者、高嶋友奈の所有物だ。これがあれば少しは穢れに対して対抗できるはずだ。だが、少しだけだ。どうなるかはお前次第だ』

 

 見つけた経緯に友奈は口を挟まない。

 割れ物を扱うかのようにそれを手に取り、身につける。

 妙に慣れ親しむヘアピンは何故か安心感を覚えた。

 

 「ありがとうございます。……一つ聞いてもいいですか?」

 『なんだ』

 「……どうして私を、銀ちゃんを助けてくれたんですか?」

 『……銀は興味本意、友奈は頼まれた。ただそれだけだ』

 「頼まれた?」

 

 原初のバーテックスは精神体のみの世界を思い出す。

 彼女ら、初代勇者たちは一時凌ぎとしてバーテックスの本能を押さえつけてくれた。

 そして、消え行き間際

 

 「シロ……外の勇者たちを宜しく頼む」

 

 乃木若葉を筆頭に勇者を託された。バトンを受け取った勇者を任されたのだ。

 その意味を深く噛み締める。

 次第に消えていく初代勇者たちの姿。彼女らは所詮贋作だ、だが、その思いは決して間違いではないことは明らかだった。

 神樹に【魂】を返還し、その姿は消えていなくなった。

 元はといえば、高嶋友奈の記憶と神樹に刻まれた記録から取り出した情報をもとにその姿を顕現させていたのだ。故に、顕現し続けることは神樹にとってあまりよいことはなかった。

 

 『もう、我は永くない。直にバーテックスの本能が体を支配し、貴様らを死地へと追いやる日が来る。そして、結城友奈。お前はもう勇者というものを見つけた。ーーーそれだけでお前は答えを得たのだ、もう迷うな』

 「はいっ!」

 

 友奈は帰り支度を済ませる。

 原初のバーテックスは途中まで帰路を共にし、ある所で歩を止めた。

 

 『ここから先は初代勇者たちの加護がない、穢れが体を蝕む、……準備はいいか』

 

 その言葉に友奈は力強く頷き、一歩踏み出した。

 

 ーーー郡千景の話を聞いてどう思った?

 

 悲しいと思った、苦しかったんだろうなと思った。

 

 ーーーそれがお前が守ろうとしている人間たちの所業だ。そのような塵屑を守る必要はあるのか?

 

 ある!ーーー私はバトンを受け継いだんだ!!

 

 ーーーそのバトンをなぜ受けとる?

 

 次に渡すため!それが私、結城友奈の答えだ!!!

 

 穢れが友奈に問いかける。ゾワゾワとした気持ちの悪い感じ、身がそれに流されてしまいそうだったが前よりは幾分楽だった。これもまた高嶋友奈の繋いだバトンのお陰。

 

 「はぁ……はぁ……」

 『……耐えるか。なら行け。3ヶ月後、残りのバーテックス達が一斉に進軍し始める。そして、そのときはもうーーー』

 

 我は、お前たちの明確な敵となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「というわけだ。大体アタシが知ってる攻撃パターンはこれぐらいかな」

 

 銀は一息つく。

 原初のバーテックスまでの今までの戦いを話、若干喉が掠れていた。

 

 「本っ当に化け物ね、原初のバーテックス。バーテックスを作ったり精神攻撃、いろんな武器を扱ったり」

 「そうね……。けど、私たちが【満開】すればどうにかなるでしょうよ」

 

 夏凜の発言に園子と銀は眉を潜めた。

 二人は代償について話したい。けれど、それは許されなかった。誰が許さないか。

 神樹だった。

 神樹が【満開】についての情報を教えたと知ると神の力を用いてそのことを記憶から消去するのだ、代償について知ってしまったら使わないという可能性が浮上してくる。すると、神樹の命が持たないと知っているのだろう。

 知る方法は2つ。

 一つは満開を実際に行い、身をもって体験すること。

 もう一つは、人間ならざるものから聞くことであった。

 

 「そうだね~。満開すればわぁーって強くなるから原初のバーテックスにも対抗できると思うんだ。けどね、これだけは覚えておいて。満開は切り札、だから本当に最後の手段として使わなきゃいけないってことを」

 「わかったわ。ところで、その、乃木さんは友奈ちゃんについても関係があるって言ってましたよね」

 「……。彼女、精霊を憑依したでしょ?何故、それを教えなかったというとね、とても危険なものだったから」

 「……!じゃあ、友奈さんは!!?」

 「そう、彼女は今とても危険な状態。精霊を憑依すると精神に穢れっていうのが溜まってね、とても嫌な感じになるんだ。身に覚えはない?」

 

 その言葉に夏凜以外の4人は退院したあとの違和感の正体に気が付いた。

 東郷は気がつくことができなかった己を恥じた。

 

 「……もう日が暮れてきたし御開きかな。久しぶりに話が出来てうれしかったよ」

 

 園子が本当に嬉しそうな表情を浮かべる。確かに気が付けば周りはほんのりと暗さを帯びていた。

 

 「そうね、けど、攻撃方法とか聞けてよかったわ」

 「ところで友奈は?」

 「あぁ、友奈は訳あって自分から結界を越えたから自分の足で帰らなきゃ行けないんだ。明日、詳しく話を聞けばいいよ」

 「銀さんってなんでも知ってますね」

 

 樹が苦笑いをこぼす。

 園子が大赦のほうに車を手配して皆を家に返した。ーーー東郷三森をおいて。

 

 「……話があります」

 「うんうん、わかってたよ。東郷さん、そろそろかなって。……出てきたら?」

 

 園子が身動きせず、宙へ言葉を放った。すると、物陰から勇者服の友奈が出てきた。

 東郷は驚きの声をあげる。

 

 「友奈ちゃん!?」

 「ごめんね、東郷さん。心配かけて。……貴方が乃木園子さんですね」

 「その口ぶりと前とは違う雰囲気……。そうか会ったんだな」

 「うん、銀ちゃんの御師匠さんに会ってきたよ」

 

 その言葉の意味を東郷は直ぐ様理解した。東郷も聞きたいことがあった、個人的にいろいろ調べたりしていた。夢の中で教えてくれた外の世界という真実。

 

 「では、単刀直入に聞きます」

 

 東郷は意を決して口を開く。

 

 「私は……昔勇者のお役目についていたのでしょう」

 

 東郷はあの夢を見たあと独自のルートを駆使し失われた2年間の記録を探し当てた。

 けれど、それは虫食いのように欠落しておりあまりにも不自然なものだった。

 つまり、何か人に言えないようなことーーー真っ先に勇者という単語が頭に浮かんだ。

 

 そこからは早かった。

 勇者について調べていくうちに一人の名前だけが浮かび上がってきた。

 『三ノ輪銀様、お役目により落命』

 その文字を見た瞬間、頭が殴られたような感覚に陥った。

 そして、何故か一つの可能性も浮上してきた。

 落命の時期と記憶がない時期が少なからず一致していた。

 

 「銀は大赦によって死んだことになっている。それはバーテックスを師匠に持つことで何をしでかすかわからない、という考えのもと。そして、私はそのあとの戦いで足の機能と記憶を失った」

 「……わっしーはやっぱりすごいなぁ。うん、そうだよ。貴方は鷲尾須美として、一緒に勇者をやっていた」

 

 鷲尾須美、その名前がストンと軽快に胸の奥に響き渡る。

 

 「って、友奈。まさか知ってたか?」

 「うん、まぁ、さっきまでは知らなかったんだけどね、原初のバーテックスが教えてくれたんだ」

 

 あははと笑いながら銀の指摘に頭をかきながら答える。

 

 「……そして、この世界の真実」

 

 その言葉に3人の眉がピクリと動いた。

 それだけで東郷が知りたかった答えは十分だった。

 そこから少しだけ情報を共有すると東郷は家のほうに車を手配した。

 間もなく車は到着した。

 友奈は変身を解き、車イスの取っ手を掴む。

 

 「またね、須美、友奈」

 「うん、また」

 「えぇ」

 「わっしー、また来てもいいんだぜ~」

 「ふふっ、気が向いたら行くわそのっち」

 

 東郷三森は、いや、そのときは鷲尾須美として意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

 園子が驚きのあまり言葉を失っていると二人を乗せた車は出発した。

 

 「おぉ、園子のそういう表情は始めて見たな」

 「……わっしーには本当に敵わないなぁ」

 「昔みたいに……いつかは話せるかな」

 「話せるよ……きっと……。けどね」

 

 銀はただなにも言わずに園子の目尻に溜まっている涙を拭う。

 

 「今だけは……走って、抱き締めて、有り難うって言いたかった……!わっしーとミノさんと手を繋ぎたかった、一緒に歩きたかった……!!」

 

 苦しそうな声音は次第に嗚咽へと変わっていきポタポタと涙を溢し始めた。

 銀は園子の頭を撫でる。

 

 

 

 風に吹かれて髪を棚引かせるその二人の姿はとても儚げで、ーーーとても幻想的だった。

 

 




まず、これで第2章は終わりにさせていただきます。
次は第3章「結城友奈の日常である」、原初のバーテックスを初めとしたバーテックスたちの進行までの3ヶ月間の物語です。

そして、最終章は「バーテックスは敵である」として、その戦いをもってこの作品を終わろうと思います。

皆様それまで応援宜しくお願いします。


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