学戦都市アスタリスク 『道化/切り札』と呼ばれた男 (北斗七星)
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道化と華焔
この男、道化につき


初めまして、北斗七星です。拙い文ですが読んでいただき、楽しんでもらえれば幸いです。

あ、主人公の名前の読み方は高良(たから)凜堂(りんどう)です。


「あん?」

 

 ふわり、と舞い落ちてきたそれを彼、高良凜堂は無意識の内にキャッチしていた。

 

「……ハンカチ?」

 

 不思議そうに首を傾げながら凜堂は手の中のそれを広げる。可愛らしくはあるが、どこか不恰好な花柄の刺繍がそれを手作りの一点物であると示していた。注意深く観察して見ると、所々に繕い直した跡がある。ハンカチの持ち主がどれだけこれを大切にしているかが窺えた。

 

「洗濯物が風に飛ばされたか?」

 

 凜堂は周囲を見回す。前後にはどこまでも続く遊歩道。左右には等間隔で木々が並んでいた。それらしい建物は見当たらない。と言うか、絶賛迷子なうの凜堂にここ、星導館学園のバカみたいに広い敷地内からハンカチの持ち主を探し出せる訳が無い。少しして、凜堂はハンカチを丁寧に畳んでポケットに入れた。

 

「後で学園関係者に渡せばいいか」

 

 再び凜堂は歩き始めた。木々の間から注ぐ日光を浴びながら指定された場所で待っていれば良かった、と後悔の念が僅かに湧いてくる。遊歩道に沿って歩いてきたので、今ここで回れ右して戻ればそれでことは終わりだろう。しかし、

 

「何かここまで来て戻るとかダサい」

 

 という訳の分からないプライドに背中を押され、凜堂は遊歩道を進んでいく。まぁ、完全に迷ってもどうせ学園関係者が迎えに来てくれるし、という情けないことを考えているのは内緒だ。

 

「しっかし、これが人工島か」

 

 流石、学園都市・アスタリスク、と凜堂が口笛を吹いたその時、何処からか慌てた風な声が聞こえるのに気づいた。木々の向こうから聞こえる、澄んだ水のように透き通った強い意志を内包した声。

 

「……どこだ、どこに行った!? こんな時に……!」

 

 

 

 凜堂はすぐにその声の主がハンカチを落とした人物だと察した。急いで声のした方に向かう凜堂。少し進むと、彼の目の前にクラシックな造りの建物が現れる。声はその建物の四階、開け放たれた窓から聞こえた。

 

「とにかく、遠くに飛ばされないうちに拾いに行かねば……」

 

 はためくカーテンの向こうから落ちてくる声を聞き、凜堂はビンゴ、と指を鳴らす。早速、届けようと凜堂は膝を曲げて跳躍の体勢に入った。四階までかなりの高さがあるが、星脈世代(ジェネステラ)の彼にとって、その程度のことは問題にならない。今すぐにも跳び上がろうとするが、ふとあることが凜堂を止める。

 

「あれ、どっからどう聞いても女の声だよな……」

 

 そう。窓から聞こえる声は女性のそれだった。それも、凜堂と同い年くらいの。恐らく、星導館学園の女子生徒なのだろう。幾ら落し物を届けるというお題目があるとは言え、花も恥らう乙女の部屋に窓からお早うございますはまずい。それじゃただの変態だ。流石に転校して早々、変態の二つ名を頂戴したくは無い。そこで凜堂はまず、大声で呼びかけることにした。

 

「おい! 四階の開いた窓のとこの奴!」

 

 序に親指と人差し指を口の中に突っ込み、鋭く指笛を鳴らす。少しすると、窓から部屋の主であろう女子が顔を覗かせた。

 

「さっき、向こうでハンカチを拾った! 白くて、花柄の刺繍がしたやつだ!」

 

 もしかしてお前のか? という凜堂の問いに少女は顔を輝かせながら頷く。

 

「拾ってくれたのか!? ちょっと待っててくれ、すぐにそっちに降りて」

 

「あぁ~、いいぜ別に。こっちから行くから」

 

 あらよっ! と、返事を待たずに凜堂はバネ仕掛けよろしく跳び上がり、近くにあった木の幹を蹴って容易に窓枠へと飛び移った。所謂、三角跳びという奴だ。凜堂は危なげなく体を安定させ、びっくりした様子の部屋の主に挨拶する。淡い碧眼、白雪のような肌に整った鼻筋。そして見る者全ての視線を受けるだろう、腰まである薔薇色の髪が特徴的な美少女だった。

 

「ほい、これ」

 

 ポケットからハンカチを取り出し、少女に手渡す。少女は大きく目を見開き、安堵の息を吐きながらハンカチを抱き締めた。

 

「ありがとう……これはとても、とても大切なものなんだ」

 

「気にするなぃ。偶々だ」

 

 それでもだ、と少女は深々と頭を下げる。凜堂は半ば困ったように、半ば照れたように頬を掻く。彼にしてみれば、落し物を持ち主に届けるという当たり前のことをしただけだ。そこまで感謝されることではない。

 

(本当に大切だったんだな)

 

 気恥ずかしくなり、凜堂は早々に窓から飛び降りようとする。そんな彼の背に届く少女の声。

 

「では……くたばれ」

 

「はい?」

 

 背中に投げかけられた信じ難い言葉に凜堂は頓狂な声を上げながら振り返った。彼の視界に映ったのは少女の満面の笑み。しかし、目は据わっていた。

 

 次の瞬間、部屋の空気が一変した。少女の星辰力が爆発的に膨れ上がり、呼応するように大気が鳴動する。万能素(マナ)による元素の変換だ。

 

「咲き誇れ、六弁の爆焔花(アマリリス)!!」

 

「マジかよ」

 

 少女の前に出現した巨大な火球に凜堂はそれだけを搾り出す。

 

 轟音が周囲一体を揺るがす。凜堂の顔面を直撃した火球は大輪の花が花弁を開くように爆裂し、彼の体を吹き飛ばした。顔から黒煙を漂わせながら凜堂は地面へと真っ逆さまに落ちていく。どちゃっ、と生々しい音。

 

「……やりすぎたか?」

 

 窓から身を乗り出し、地面で大の字にぶっ倒れている凜堂を見ながら少女はぽつりと呟く。火の粉が降り注ぐ中、凜堂に動く気配は無く、顔がどうなっているかは黒煙のせいで確認できない。

 

「いや、朝っぱらから堂々と女子寮に侵入してくる不届きな変質者だ。これくらいは必要だろう」

 

 それに、さっきの凜堂が地面から木へ、そして窓へと飛び移ってくる光景を見て、少女は彼が星脈世代(ジェネステラ)であると察していた。この程度で死なないだろう、と少女が部屋へと戻ろうとしたその時、

 

「……こいつがカルチャーショックってやつか」

 

「っ!!」

 

 もう一度、少女は窓から身を乗り出し、己の目を疑った。

 

「落し物を届けた相手の顔面に攻撃を叩き込む……それがアスタリスクのやり方か? いや、星導館だけか?」

 

 そうだと願いたい、と胸中で囁きながら凜堂は跳ね起きた。その動きに怪我らしいものは感じられず、少女の攻撃をもろに喰らった顔も僅かに黒く煤けているだけだった。

 

「あれが魔女(ストレガ)の力か」

 

 あてて、と後頭部を軽く抑えながら凜堂は目の前に舞い降りた少女に視線を向ける。優雅な着地には四階分の高さから落ちた衝撃は感じられない。彼女が万能素に適合し、驚異的な身体能力を持った星脈世代(ジェネステラ)、それもその中でも一際異彩を放つ魔女(ストレガ)であることは間違いなかった。

 

(アスタリスクにやって来て早々魔女(ストレガ)と遭遇して、オマケに顔面に攻撃を打ち込まれるとは……)

 

 彼と似たような経験をした者はアスタリスクにある六つの学園のどこを探してもいないだろう。運が良いのか悪いのか分からず、くすくす笑う凜堂を少女は感心と怒りがない交ぜになった目で見ていた。

 

「いくら手加減していたとは言え、私の六弁の爆焔花(アマリリス)を受けて平然としていられるとは中々やるじゃないか」

 

「そりゃ外見だけだってぇの。心の中はマジで泣き出す五秒前、MN5だ」

 

 全くそうには見えない。少女の唇がひくひくと痙攣する。

 

「……いいだろう。もう少し本気でやるとしよう」

 

 少女の星辰力(プラーナ)が高まる。凜堂は慌てて両手を前に出してそれを制した。

 

「待て待て。とりあえず、俺が悪かった。確かに窓からこんにちわなんて幾らなんでも非常識かなって思ったけど、すぐに持ち主に届けてあげたほうがいいだろうなっていう俺なりの気遣いがあってだな」

 

「気遣いがあれば窓から侵入していいのか?」

 

 早口に捲くし立てる凜堂を少女はばっさりと切り捨てた。よくありません、と凜堂は少女の正論にぐうの音も出ない。

 

「安心しろ。大人しくしていれば、ウェルダンで勘弁してやる」

 

「いや、そこはせめてレアで手を打ってくれ……って、そういう問題じゃないな。ハンカチ届けたんだし、大目に見てくれよ」

 

「それとこれとは話が別だ」

 

 取り付く島も無いとはこのことだろう。

 

「そもそも、ここは女子寮だぞ。女子寮に侵入してくるような変質者は罰せられてしかるべきだろう?」

 

「あ、ここ女子寮だったの」

 

 そんなこと、今朝方星導館学園に来たばかりの凜堂が知っている訳が無い。寝耳に水、といった様子の凜堂に少女は眉を顰める。

 

「だったのって、知らなかったのか?」

 

「そりゃ、今日からここに通う予定の新参者ですから」

 

 どこかおどけた風に凜堂は下ろしたての制服を広げて見せる。その様は学生と言うよりも、道化(ピエロ)のようだ。怪しさマックスである。少女は暫く凜堂を訝しげな目で見ていたが、ゆっくりと息を吐き出した。

 

「分かった。それは信じてやろう」

 

「そりゃ重畳」

 

「しかし、それとこれも話は別だな」

 

「はは、そう言うだろうと思ったZE(泣)!!」

 

 目尻にちょっぴり涙を浮かべる凜堂の視線の先、少女の周囲に火球が出現する。さっきよりも小型のものが九個。

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔火(プリムローズ)!!」

 

「ジャガタラ水仙の次は桜草か!」

 

 桜草を模した九個の火球が凜堂に殺到する。それぞれ別の軌道を描きながら迫る火球を凜堂は大きく後ろに飛び退いたり、左右に転がることでかわした。地面に着弾すると、火球は炸裂音と共に弾け、コンクリートの遊歩道を大きく抉った。桜草(プリムローズ)という名前の割には凶悪な威力だ。残りの火球が四方から凜堂を攻め立てる。

 

「もちっと可愛げのある技使えってぇの!!」

 

 悪態をつきながら凜堂は火球を避けようとはせずに制服の肩辺りを掴んだ。すると、微かに制服が黒い燐光を帯びる。

 

「うらぁ!!」

 

 凜堂は制服を掴んだまま腕を大きく振り抜いた。マタドールの扱うマントよろしく翻った制服に火球が襲い掛かる。爆発が凜堂を呑み込み、煙がその姿を覆い隠した。もくもくと立ち上る黒煙。その中心を少女は油断せずに見据えていた。やがて煙が晴れると、

 

「げほっ、ごほっ!! 上手くいけば受け流せると思ったんだけどな……」

 

 激しく咳き込む、無傷の凜堂の姿があった。しかも驚くことに、火球の直撃を防いだ制服は無傷だった。燃えた部分は見当たらず、煤一つついてない。

 

「ほぉ、どうやったんだ? 今のは割りと力を入れたんだが」

 

「人様に自慢するようなもんじゃないさ」

 

 少女の問いを流し、凜堂は制服を羽織る。そんな凜堂の姿を見て、少女は一つ頷く。

 

「成るほど、並々ならぬ変質者というわけだ」

 

「変質者って認識を改めてくれると凄く嬉しいんだがなぁ」

 

 相互理解って大変ね、と凜堂は肩を竦めて見せた。冗談だ、と少女は髪をかき上げる。

 

「お前が善意でハンカチを届けてくれたのは事実。着替えを覗かれたわけでもないし、私がここまで怒る必要もない」

 

 だが、と一旦言葉を切り、少女は凜堂を睨んだ。

 

「いくら来たばかりとは言え、ここがどこなのか確認しなかったのはお前の落ち度だ」

 

 言葉も無い。

 

「加えて窓から入ってくるという非常識極まりない行為。いくら善意からの行動でも許されるものではないと思うが」

 

 ご尤もで、と凜堂は頷く。これに関しては凜堂に反論の余地は無い。

 

「お前にはお前の言い分があり、私には私の怒りがある」

 

 このままではどうやっても話は平行線。ならばどうするのか? 簡単なことだ。この都市、アスタリスク流に解決するだけだ。

 

「私はユリス。星導館学園序列第五位、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだ。お前、名は?」

 

「……凜堂。高良凜堂だ」

 

 この時、名乗るその一瞬だけ、凜堂の纏っていたチャラチャラとした空気が一変する。その名の通り、『凜』と『堂々』と。

 

「良い名だ」

 

「そりゃどうも」

 

 少女、ユリスの賛辞に凜堂は軽く応える。その時には既に彼の雰囲気は軽薄なものへと戻っていた。ユリスはそのまま制服の胸部分に飾られた星導館学園の校章に右手をかざす。その校章は『赤蓮』。それは不撓の象徴。

 

「不撓の証たる赤蓮の下に、我ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは汝高良凜堂への決闘を申請する!」

 

 あ、そゆこと、と凜堂は赤く輝き始めた校章を見て頷く。その赤い発光は決闘の申請に対しての受諾か拒否の判断を求めていた。早い話、ユリスの言い分はこうだ。

 

 どっちが強いか。それで白黒つけよう。

 

「お前が勝てばその言い分を通して大人しく引き下がろう。だが、私が勝ったら」

 

「俺の生殺与奪の権利はおたくの物って訳だ」

 

 理解が速くて助かる、とユリスはにやりと笑った。対して凜堂は深々とため息を吐く。決闘というシステム。それはここ、アスタリスクにある学園に通う全ての生徒に適用されるものだ。何故なら彼等は戦うために集められたようなものだからだ。

 

「凄いな。いくら『星武祭(フェスタ)』があるからって、生徒同士の喧嘩を公然と認めてるなんて」

 

 ぶつぶつと呟く凜堂。その様子を見ながらユリスはとんとん、とつま先で地面を蹴る。

 

「早く承認しろ。いい加減、野次馬も集まってきたことだし」

 

 ユリスの言葉に凜堂は周囲を見回す。何時の間にやら、二人を中心に生徒の人だかりが出来ていた。女子寮の敷地内だからか、野次馬の大部分は女子生徒だが、男子生徒の姿もちらほらと見受けられる。

 

「お耳が早いことで」

 

 頬を痙攣させなが凜堂は野次馬を眺める。

 

「ねぇねぇ、何事?」

 

「『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』が決闘だって!」

 

「マジで!? 『冒頭の十二人(ページ・ワン)』じゃん!!」

 

「それで、相手は誰だ?」

 

「今見てる。けど、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』には乗ってないな~」

 

 好き勝手に騒ぐ外野の声に凜堂はお手上げといった風に両手を頭上へと持っていった。

 

「ってか、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ってお宅凄く強かったのな」

 

 感心したような、関わりたくなさそうな視線で凜堂はユリスを見る。アスタリスクの各学園には序列制度というものがある。学園によって細かな部分が違うが、ざっくりと言ってしまえば学園が有する実力者を明確にしたランキングリストだ。それが『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』。枠は七十二名。その中でも上位十二名は『冒頭の十二人(ページ・ワン)』と呼ばれる。そのことに関してはアスタリスクに来る前にある程度聞かされていた。

 

(んなこと教える前に主な建物の場所とか教えてくれよ!!)

 

 高良凜堂、心の底からの突込みだった。逃げ道は無さそうだ。仮に逃げ出したとしても、凜堂には変質者に加えて負け犬のレッテルが貼られることになる。そんなことになればこれからの学園生活、お先真っ暗だ。

 

「はいはい、分かりましたよ……やりゃいいんでしょやりゃ」

 

 半ばヤケクソ気味に呟きながら凜堂は承諾の意を示す。湧き上がる野次馬共。ユリスも満足げに頷く。

 

「お前、『魔術師(ダンテ)』では無いな。武器は?」

 

 ユリスの問いかけにある、と言葉短く答え、凜堂は制服の内側から自身の得物を取り出す。その場にいるほとんどの者がそれを煌式武装(ルークス)だと思った。しかし、よくよく見れば違った。彼の取り出したそれはただの鉄の棒だった。長さは三十センチ程度。左右の手にそれぞれ三本、計六本だ。

 

 野次馬がしんと静まり返る中、凜堂は六本の鉄の棒を空目掛けて放り投げ、落ちてきた一本を掴んで目にも留まらぬ速さで動かした。するとあら不思議。六本の鉄棒は一本の棍へと早変わりした。

 

「……お前、私をバカにしているのか?」

 

 ユリスが怒りを押し殺しながら凜堂に問う。彼女が怒るのも無理ないことだ。彼女の目の前に立つこの男は星導館学園の序列五位、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』にただの鉄の棒で挑もうとしているのだ。

 

 ある者はバカだ、と嗤った。ある者は無茶だと諭した。ある者は怒りを覚えた。その渦中で彼は、凜堂は感覚を確かめるために棍を振り回していた手を止め、ユリスを真っ直ぐに見据えながら口角を持ち上げる。

 

「バカにしてるかどうかは」

 

 凜堂の頭上へと持ち上げられた棍。日の光を浴びて輝くそれが黒い燐光を放っていることに気づく者はその場にはいなかった。とん、と凜堂は軽く棍を地面に突き立てた。

 

「戦ってから決めな」

 

それだけだ。それだけの動作で巨人が足踏みしたかのような衝撃が走り、地面がぐらりと揺れた。ユリス、野次馬の視線が棍、それから凜堂へと移る。不敵な笑みを浮かべるその男は棍を肩に預け、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』と対峙する。

 

「遊んでやるよ、お嬢様」

 

 これが『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』と、後に『切り札(ジョーカー)』と呼ばれる男の出会いだった。




読んでいただきありがとうございます。

X-メンのガンビットが格好良くて、綺凛ちゃんが可愛くて書こうと思った。後悔だけはしない。

あ、非ログインユーザー様も感想が書けるので、もし良かったら書いてください。        感想もらえると凄く嬉しいです。序に言うと、作者はガラスハートなので、あんまりきついこととか書かないでもらえると助かります。

では、次話で。





 追記、初めて読まれる方は48話の『向き合うべき傷』の後書きをお読みください。


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魔女VS道化

行と行の間に一つ空白を入れてたのですが、今回はなくしてみました。空白があるのとないの、どっちが読みやすいでしょう?


 『星武祭(フェスタ)』とは世界最大規模のファン人口を誇る総合バトルエンターテイメントである。北関東多重クレーターの湖上に浮かぶ人工水上都市、六花。またの名をアスタリスクを舞台に年に一度開催されるお祭り騒ぎだ。六つの学園の生徒が己が力で覇を競い合う過激な催し物だ。

 

 過激と言っても実際に命を奪い合うわけではない。そのルールは星武憲章(ステラ・カルタ)と呼ばれる取り決めによって定められている。ざっくばらんに言ってしまえば、『相手の校章を破壊したほうが勝ち』というものだ。意図的な残虐攻撃は禁じられているが、相手の戦闘力を削ぐという名目がある以上、校章以外への攻撃も認められているし武器の使用も同様だ。当然、怪我人が出ることもあるし、怪我ではすまないこともある。

 

 だと言うのに、アスタリスクにやって来る若者は後を絶たない。それはここでなければ叶えられないものがあるからだ。

 

 そして、学生が戦う機会は『星武祭(フェスタ)』だけではない。アスタリスクではルールに則った私闘が許可されていた。それが決闘と呼ばれるものだ。その勝敗は『星武祭(フェスタ)』と同じで、校章の破壊によって決まる。

 

 特に同じ学園の生徒同士の決闘では勝敗によって序列の変動が行なわれるので、単なる私闘以上の意味があった。

 

 彼女、ユリス自身も数々の決闘で相手を下し、序列五位という立場に上り詰めたのだ。当然、実力は折り紙つきで星導館学園では勿論、アスタリスクの中でも上位に位置するものだ。

 

 だが、そのユリスでも、目の前の男、高良凜堂の実力を推し量る事は出来なかった。と言うか、何を考えているのか分からない、と表現したほうが的確だろう。

 

「咲き誇れ、鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!」

 

 オーケストラの指揮者のようにユリスが煌式武装(ルークス)である細剣を振るう。彼女の動きに合わせてテッポウユリの形をした青白い炎が出現した。それは槍の名に相応しいものだった。炎の槍は主の命に従い、凜堂を貫かんと飛び掛る。

 

「今度はテッポウユリかよ!」

 

 凜堂は棍を水車のように回し、迫り来る炎の槍を悉く打ち払った。その動きに野次馬の一部から感嘆の声が上がる。

 

「へぇ、あの新顔中々じゃないか」

 

「お姫様の炎を真っ向から迎え撃つなんて大した度胸だ」

 

「悪くは無いな」

 

「大方、お姫様が手加減しているんだろ」

 

 嫌でも聞こえてくる外野の声にユリスはその柳眉を曇らせた。彼女自身、手加減などしていない。全力全開で戦っている訳ではないが、彼女は真剣に本気で戦っていた。ギャラリーからはユリスが優勢で、凜堂を防戦一方に押し込んでいるように見えるのだろうが、実際は違う。彼は防戦一方なのではない。ただ、愚直なまでに防御に徹し続けているだけだ。

 

 どういう考えでそうしているのかは分からないが、凜堂は決して自分からユリスに攻撃を仕掛けようとはしなかった。ただ只管に襲い来る炎を払い、防御に専念している。

 

「しかしあいつ。あんな棒一本でよくお姫様の炎と渡り合えてるな」

 

 生徒たちの視線が凜堂の手の中にある棍へと集中する。見れば見るほど、何の変哲も無いただの金属の棒だ。それで何故、ユリスの炎が防げるのかギャラリーには分からなかったが、ユリスには大体の見当をつけていた。 

 

(こいつ、星辰力(プラーナ)をあの棍にチャージさせているのか)

 

 そうすることで棍の攻撃力や耐久力を上げているのだ。ユリスの炎で棍が熔解しないのも、棍にチャージされた星辰力(プラーナ)が棍自体を守っているからだろう。さっきの九輪の舞焔火(プリムローズ)を制服で防ぐというビックリ芸当のカラクリも、制服に星辰力(プラーナ)を集中させて防いだというのなら説明がつく。

 

(何で、そんな面倒なことを?)

 

 それが疑問だった。煌式武装(ルークス)を使わず、普通に扱えば星脈世代(ジェネステラ)に手も足も出せないようなものを態々武器として扱っているのか? 彼女の胸中で凜堂に対する興味が微かにわいた。

 

 改めて眼前の少年を観察する。顔立ちはそれなりに整っている。クラスの中で五、六番目くらい、と言えばしっくりくるだろうか。体の線は少し細いが、脆弱さは感じられない。寧ろ、その動きは躍動感と力強さに満ちていた。黒い瞳の奥には光がある。少し長めの髪はぼさぼさだが、不衛生な印象は無い。端的に表現するなら、悪戯好きの悪ガキ、といったところだろう。

 

「んで、まだ続けるのかいお嬢様? 多分、このまま続けてもお宅の攻撃は俺にゃ当たらんぞ」

 

 棍を肩に担ぐ凜堂。さっきからユリスの猛攻をかわし続けているというのに息を切らせるどころか、汗一つかいていない。それはユリスも同じことだが、ここまで余裕を見せ付けられて黙っていられるほど彼女は大人しい性格ではなかった。

 

「そういうお前はどうなんだ? さっきから避けてばかりで。少しは反撃したらどうだ」

 

「んなこと言われたってねぇ。こっちにゃお宅を攻撃する理由がございませんし」

 

 ユリスを怒らせてしまったのは凜堂の過失なので、決闘を受けることまでは了承した。しかし、凜堂自身にはユリスを攻撃する理由がない。だから凜堂は自分から彼女に仕掛けることは無かった。

 

「わざと負けるのもありかと思ったけど、んなことしたらウェルダンにされるのは目に見えてるし」

 

 引き分けではユリスは納得しないだろう。そこで凜堂が出した結論がユリスの攻撃を回避し続けるというものだった。そうして彼女の星辰力(プラーナ)が尽きるのを待つのだ。

 

「ふぅん。まぁ、それも一つの手だな」

 

 あら意外、と凜堂は目を丸くしてユリスを見る。てっきり、真面目にやれと怒るものだと思っていたのだが。

 

「何を驚いているんだ。相手を消耗させて反撃の機を待つ。それだって戦い方の一つだろう」

 

 凜堂自身、反撃に出る気など毛頭ないのだが、それもユリスには関係ないことだ。これ以上、いたずらに攻撃を続けてもこちらが疲れるだけ。ここでユリスは勝負に出る。

 

「成る程。お前の考えは分かった。ならば、これはどうだ?」

 

 言いながらユリスは細剣の切っ先を地面へと向ける。それを見て凜堂は怪訝な表情を浮かべたがそれも一瞬のこと、ハッとしながら自身の足下へと視線を落とした。

 

「遅い! 綻べ、栄裂の炎爪華(グロリオーサ)!!」

 

 刹那、凜堂の立っている場所に魔法陣が浮かび上がり、彼の周囲に炎の柱が立ち上がった。その数五本。爪の如き炎柱は逃げ道をなくすように凜堂を囲む。その光景は巨大なドラゴンの手の中に収まってしまったかのような錯覚を凜堂に覚えさせた。

 

「設置型の技か。何時の間にこんなもん仕掛けてたんだ?」

 

 多分、凜堂が避けに徹していた間に仕込んでいたのだろう。幾ら回避に専念していたとはいえ、悟られる事なく足下に魔法陣を据えたユリスに凜堂は驚嘆の念を覚えた。星導館学園序列第五位の名は伊達ではないということだ。

 

「どうだ。逃げ道は無いぞ」

 

 勝利を確信した笑みを浮かべ、ユリスは細剣を振るう。炎の爪は主の指示を受け、凜堂を押し潰さんと迫る。前後左右、どっちを向いても炎の柱だ。確かにこの状況で逃げることは不可能だろう。はぁ、と一つため息を吐き、凜堂は行動に移った。

 

 ぶん、と棍を握る凜堂の右手に星辰力(プラーナ)が集中する。星辰力(プラーナ)は棍へと収束していき、光沢を放つそれをどす黒く染め上げた。星一つ無い夜空のような、常闇の黒に。

 

「『一閃(いっせん)轟気(とどろき)”』!!!」

 

 咆哮と共に棍を地面へと突き立てる。瞬間、凜堂を中心に暴風の如き衝撃波がドーム状に発生し、五本の炎爪を全て掻き消した。更に莫大な質量を持った物が力任せに叩きつけられたかのような揺れが発生し、その振動は地面を通して容赦なくユリスや野次馬達へと襲い掛かる。ユリスは咄嗟に細剣を地面に突き刺す事で転倒せずに済んだ。観客のほとんどが倒れており、立っているのはユリスを含めて数人しかいなかった。

 

流星闘技(メテオアーツ)!?」

 

 ユリスの口から驚きの声が漏れるが、すぐにその考えを打ち消す。そもそも、流星闘技(メテオアーツ)とは煌式武装(ルークス)に使用されている鉱石、マナダイトに星辰力(プラーナ)を供給し、一時的に煌式武装(ルークス)の出力を強制的に高める技だ。つまり、マナダイトがないと、流星闘技(メテオアーツ)そのものが成り立たないのだ。故に、マナダイトの無い棍を使っている凜堂に流星闘技(メテオアーツ)の使用は不可能だった。

 

(ただの棍でこの威力。もし、こいつが煌式武装(ルークス)を使ったら一体、どれだけの威力が……) 

 

 背筋に冷や汗が伝い落ちるのを感じながらユリスは衝撃で舞い上がった砂塵を見据える。その中にいるであろう凜堂の姿は見えない。不意に砂塵の中から黒い影が飛び出した。凜堂だ。姿勢を低くし、ユリス目掛けて流星の如く駆ける。さっきまで軽薄な態度だった者と同一人物とは思えないほどの動きだ。ユリスが反応した時、既に凜堂は己の間合いの中にユリスを捉えていた。

 

「なっ……!!」

 

 反射的に防御の構えを取るユリス。しかし、凜堂の眼中にユリスの姿は無かった。彼の視線は彼女の背後を見ている。凜堂はユリスの目の前で僅かに膝を曲げると、高々と跳躍した。その道のアスリートから見ても、惚れ惚れするような動きだ。跳び上がった凜堂は空中で体を思い切り捻り、棍を投げ槍のように放つ。持ち手から離れた棍は一本の槍と化し、ユリスを狙っていた光り輝く矢を打ち砕いて地面へと突き立った。

 

「……」

 

 地面に下りた凜堂はすぐに地面から棍を抜き取り、矢が飛んできた方向を険しい表情で睨んでいた。獲物を探す鷹のように目を光らせるが、既に逃げた後らしく犯人らしい人物は見つからなかった。

 

(逃げ足の速いこって……こんだけの衆目があるのに狙撃してきたってことはそれだけばれない自信があるってことか。このお嬢様も厄介なのに目ぇ付けられてるな)

 

 内心で嘆息しながら凜堂が警戒を解くのと、ユリスが事態を把握するのがほぼ同時。

 

「どういうつもりだ?」

 

「あん?」

 

「どういうつもりだと聞いている!」

 

 突然の不意打ち、それを阻止した凜堂。そしてその凜堂に詰め寄るユリス。困惑してざわめき始めるギャラリーを無視し、ユリスは凜堂を問い詰める。

 

「何でわざわざ、私を助けた?」

 

「何でって言われてもねぇ」

 

 困ったように頭を掻きながら凜堂は答えを探す。正直言って、理由など無い。ただ、ユリスに迫る矢を見つけた。そしたら体が勝手に動いていた。それだけのことだ。強いて理由を挙げるとすれば。

 

「……違うと思ったからだ」

 

 何? と問い返すユリスに凜堂はもう一度同じ言葉を返す。そう、彼はそれは違うと考えたから動いたのだ。

 

「これは俺とお前の決闘だ」

 

 これは高良凜堂とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトの戦いだ。凜堂の攻撃でユリスが倒されるのはいい。それはユリスが弱いのが原因だからだ。だが、第三者の不意打ちで彼女が倒れたとなれば話は違う。

 

「名前も面も知らない奴の不意打ちでお前が倒れるって、何か違うだろ」

 

 上手く言葉には出来ないが早い話、凜堂はこの決闘で自分以外の人間がユリスを倒す事に納得しなかったということだ。それが彼女を助けた理由。

 

(って、真面目に戦ってなかった俺が言えたことじゃねぇな)

 

 内心で自嘲していると、ユリスと視線がかち合った。不思議そうに自分を見上げる碧の瞳。出し抜けに凜堂は口元に軽薄な笑みを浮かべる。

 

「それとも何だ? 矢の直撃を受けたかったのか? マゾかお前?」

 

 な、と気色ばむユリスを凜堂はにやにやしながら見下ろす。ユリスが反論しようと口を開いたその時、

 

「はいはい。そこまでにしてくださいね」

 

 広く静かな湖畔を想起させる落ち着いた深みのある声と一緒に手を叩く乾いた音が響いた。




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目的

少し中途半端になってしまいましたが、ご容赦ください。


「確かに我が星導館学園は学生同士の決闘の自由を認めています。しかし、この度の決闘は無効とさせていただきます」

 

 声と共に野次馬達の中から現れたのは流れるような金髪の少女だった。落ち着いた雰囲気の、どこか大人っぽさを感じさせるユリスとは別のタイプの美少女だ。年齢は凜堂やユリスと同じくらいだろうが、大人びた佇まいのせいか年上のような印象を受ける。

 

「……クローディア。一体、何の権利があって邪魔をする?」

 

「勿論、星導館学園生徒会長としてですよ。ユリス」

 

 不機嫌その物のユリスとは対照的にたおやかな笑みを浮かべながらクローディアと呼ばれた少女は自身の校章に手をかざした。

 

「赤蓮の総代たる権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと高良凜堂の決闘を破棄します」

 

 彼女の言葉が終わると、ユリスと凜堂の胸で輝いていた校章が光を失う。どうやら、決闘は正式に破棄されたようだ。クローディアは優美な笑顔をそのままに凜堂へと向き直る。

 

「これで大丈夫ですよ。高良凜堂くん」

 

「そいつぁ重畳」

 

 凜堂は棍を空に向かって投げる。棍はくるくると回転しながら天へと昇っていき、やがて六本の棒へと戻った。数秒後、凜堂は落下してきた棒を器用に全てキャッチし、制服の内側へと戻す。

 

「サンキュー。マジで助かった。あ~、生徒会長さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。以後、お見知りおきを」

 

 差し出される手。これはご丁寧にどうも、と頭を下げながら凜堂は彼女の手を取る。改めて近くでクローディアを見る。道行く男達のほとんどが揃って振り返るレベルの美人だ。何より目を引くのは豊満なバストだ。その凶悪なまでに豊かな胸の膨らみは野朗は勿論、同性の視線をも集めるだろう。

 

 凜堂とクローディアが和やかに握手を交わす一方、決闘を邪魔されたユリスは表情に浮かんだ不満を隠そうともせずにクローディアを睨みつけていた。

 

「いくら生徒会長とはいえ、正当な理由なくして決闘への介入は出来ないはずだぞ。まして、中止させるなんて」

 

「理由ですか? それは彼が転校生だからです。既にデータが登録されているので校章が認証してしまったようですが、彼にはまだ最後の転入手続きが残っています」

 

 つまり、厳密には凜堂はまだ星導館学園の生徒ではないということだ。

 

「決闘は互いが学生同士である場合のみに認められます。ですので、今回の決闘は成立しません」

 

 よろしいですか? と相変わらず微笑み続けているクローディアにユリスは悔しそうに唇を噛む。続いて、クローディアは野次馬の生徒たちへと体を向けた。

 

「そういう訳ですので、皆さんも解散してください。このままでは授業に遅刻してしまいますよ?」

 

 その言葉に集まっていた生徒たちもそれぞれの教室へと戻っていった。勝負がついてない、何とも中途半端な結果に納得してない者もいるのだろうが、生徒会長に文句を言うほどのことではないようだ。と、ここで凜堂はさっきの狙撃を思い出す。ちょいちょい、とクローディアの肩を突いた。

 

「何でしょう?」

 

「いや、さっきの狙撃。あれ、放っといていいのか? あん中に犯人がいるかもしれないのに」

 

「捨て置け。どうせもう逃げているだろう」

 

 クローディアに代わって答えたのはユリスだった。自身が狙われた割にはその反応は軽いものだ。

 

冒頭の十二人(ページ・ワン)が狙われるのはそう珍しい事じゃない」

 

「いや、珍しい事じゃないからって放っておいていいもんじゃなかろうよ」

 

「凜堂くんの言うとおりですが、残念ながら今回のようなケースは少なくありません。しかし、決闘中に第三者が不意打ちをするなどいとわしいことです。風紀委員に調査を命じましょう。見つけ次第、犯人は厳重に処罰いたします」

 

 そうするよりも、ユリスに差し出してウェルダンにさせてしまえばいいんじゃないか? と考える凜堂の思考も割りと、いや、かなり過激だ。

 

(つぅか、この会長さんも見えてたのね、狙撃(あれ)

 

 凜堂の一閃“轟気”を隠れ蓑にして放たれたあの攻撃を捉えていたということになる。野次馬もかなりの数がいたが、そのほとんどが凜堂の技で地面に引っくり返っていた。狙撃に気付いていた者はほとんどいないだろう。

 

(星導館学園生徒会長……ただ者じゃないってことか)

 

「と、ところでその……さっきはありがとう」

 

 と、クローディアをしげしげと見ていた凜堂にユリスはぎこちないながらも、頭を下げる。突然、礼を言われて頭上に疑問符を浮べる凜堂だが、すぐにさっきの不意打ちからかばった件のことだと察した。

 

「気にすんな。俺が勝手に、俺のやりたいようにやっただけだ」

 

 それでもだ、とユリスは深々と頭を下げ、凜堂に感謝の念を伝える。一方の凜堂は困惑半分、照れくささ半分といった顔をしながら頭を掻いていた。どうも、ストレートに礼を言われることが苦手らしい。

 

「今回のことは貸しにしてくれていい」

 

「貸しぃ?」

 

「あぁ。分かりやすいだろう?」

 

 そうね、と凜堂は頷く。貸し借りの関係といわれると多少ドライなものを感じるが、別段、凜堂に彼女の提案を断る理由は無かった。

 

「相変わらずですね、ユリス」

 

 と、これはクローディアの言だった。腰に片手をあて、少し呆れたような目でユリスを見ている。

 

「もう少し素直になったほうが生き易いと思いますよ」

 

「余計なお世話だ」

 

 憮然とした様子でユリスは言い返した。

 

「私は十分素直だ。それに人生に何の支障もない」

 

「あら。それでしたらタッグパートナーのほうもさぞかし順調なのでしょうね」

 

「そ、それは……」

 

 途端、ユリスは視線を落としながら口をモゴモゴさせる。素直かどうかは兎角、分かりやすい性格なのは確かだ。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)』の締め切りまであと二週間。出場するならそろそろパートナーの目処をつけておかないとまずいですよ?」

 

「そ、そんなことお前に言われなくても分かっている!」

 

 ユリスは二人に背を向けると、肩で風を切りながら寮へと戻っていった。そんなユリスの後ろ姿にクローディアは子供の我が侭に付き合う母親のような視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クローディアに連れられ、凜堂は星導館学園の校舎を歩いていた。クローディアについていきながら廊下を進んでいると、通りがかった教室から年配の教師の声が聞こえてきた。その授業内容は歴史のようだ。『落星雨(インペルディア)』と呼ばれる隕石群の襲来という大災害。それに伴って生じた既存国家の衰退と統合企業財体の台頭、そして隕石がもたらした万能素(マナ)によって生まれた新人類、『星脈世代(ジェネステラ)』について語られていた。

 

「こんな朝っぱらから授業か。ご苦労なことで」

 

「ふふ。授業といっても、今こちらで行なわれているのは補習ですが」

 

 補習。学生であるならば誰もが敬遠するだろう言葉。凜堂も例外ではなく、補習という言葉に盛大に顔を顰めていた。

 

「一応、我が学園は文武両道をモットーとしていますので。転校早々、補習を受けなきゃならない、なんてことがないように気をつけてくださいね」

 

 勉強嫌いなんだけどなぁ、とぼやく凜堂の足が止まる。それは教室の中から聞こえる補習が原因だった。

 

「既存の人類を遥かに凌ぐ身体能力、星辰力(プラーナ)という力を持つことから星脈世代(ジェネステラ)を危険視する者も多く、そういった人たちは十年ほど前に星脈世代が起こした事件、『双星事件』を引き合いに出して星脈世代の危険性を訴えていますが……」

 

「……」

 

 どこか、遠くを見るような目で凜堂は吸い込んだ息を吐き出す。どうかしました? と訊ねてくるクローディアに首を振って見せ、何でもないことを示す。そうですか、とクローディアは余り納得してないようだが、それ以上踏み込んでくる事は無かった。

 

「あ、言い忘れてましたけど。私と凜堂くんは同い年ですから、生徒会長さんなんて他人行儀な呼び方じゃなくても結構ですよ」

 

「同い年? ってことは生徒か……じゃなくて、エンフィールドも一年なのか?」

 

 驚きの表情を作りながら凜堂はクローディアを注視する。大人びた雰囲気に成熟した肉体。とてもじゃないが同い年とは思えなかった。

 

「へぇ。高校一年なのに生徒会長なのか。凄いな」

 

「うふふ。私、中等部の時から生徒会長を任されておりましたので」

 

 今年で三期目になるそうだ。ここでは学園全体を統括する組織としての生徒会があるだけだという。そのため、メンバーも中等部、大学部の生徒などが入り混じってたりする。

 

「ですから、どうぞ名前で呼んでください」

 

「いや、遠慮しとく」

 

「そう言わずに」

 

「はっはっは。新参が学園の総代たる生徒会長様の名を呼ぶなどおこがましいことですよ」

 

 廊下の真ん中で意味不明な戦いが続く。

 

「クローディア、です」

 

「エンフィールド」

 

「ク・ロ・オ・デ・ィア」

 

「エ・ン・フィ・イ・ル・ド」

 

 こんな感じで不毛な争いが続いていた。先に話を切り上げたのは凜堂の方だった。

 

「俺、気に入った奴の名前しか呼ばない主義なんだ。ってか、自分のこと呼び捨てにさせる前にまず俺のことをくん付けで呼ぶの止めてくれよ」

 

 背中が痒くなるぜ、と凜堂は肩を竦める。少しだけ不満そうだったが、クローディアは首肯して了解した。

 

「分かりました、凜堂」

 

「序にその敬語も止めてくれると嬉しいんだが」

 

「こればかりは習慣ですので、そう簡単には変えられません。凜堂の主義と同じですよ」

 

 こう返す辺り、この金髪の美少女も中々に強かだ。習慣ねぇ、と苦笑いする凜堂にクローディアも素敵な笑みを浮かべて頷いてみせる。

 

「はい。私はとても腹黒いので、せめて外面や人当たりは良くしておかないといけなかったので」

 

 女神のような笑顔を作りながら言うことではない。その表情と言葉の意味が余りに乖離しすぎていたため、流石の凜堂も頬を引き攣らせた。

 

「……自己申告するくらい腹黒いのか?」

 

「それはもう。私のお腹は暗黒物質を焦げ付くまで煮込んで、それをブラックホールに放り込んで黒蜜や黒酢、しょう油を滅茶苦茶にかけたくらいに真っ黒ですから」

 

 何ともコズミックホラーな味わいがしそうだ。

 

「何でしたらご覧になります?」

 

「いや、遠慮しておく」

 

 上着の裾を捲り上げようとするクローディアの手を凜堂はやんわりと止めた。

 

「流石に転校早々、生徒会長の腹黒さを確かめるために彼女の腹を掻っ捌いた、なんて猟奇的な事件は起こしたくない」

 

「あら、過激ですね。もっとこう、可愛らしい反応を期待していたのですが」

 

「俺みたいな野朗が可愛らしい反応をしたって気持ち悪いだけだろ」

 

「私はそうは思いませんけど」

 

 苦笑する凜堂の言葉をクローディアはあっさりと否定する。面食らった様子の凜堂を相変わらずの笑顔で見るクローディア。どうやら、口の上手さに関してはクローディアの方が上らしい。やがて、匙を投げるように笑いながら凜堂は両手を挙げる。

 

「オーライ、俺の負けだ。そんじゃま、俺が可愛らしい反応をするよう頑張ってくれ」

 

「えぇ、頑張らせてもらいます」

 

 そんなあほなやり取りをしている内に二人は生徒会室に着いた。生徒会室は高等部校舎の最上階にあった。クローディアが校章による認証システムをパスして扉を開ける。その目の前に広がる光景を見て、凜堂は唖然と口を開いた。

 

「……これ、どっからどう見ても生徒会室じゃねぇだろ」

 

 同感です、と小さく笑いながらクローディア生徒会室の中へと入っていく。床にはダークブラウンの絨毯、その上には革張りの応接セット。壁には星導館学園全体が描かれた絵画がかけられていて、壁の外全てを一望できそうなほど巨大な窓の前には樫で出来た執務机がデン、と巨体を自己主張させていた。慣れた様子で執務机に腰を下ろし、クローディアは指を組む。その姿は生徒会長というより、どこぞの大手企業の女社長に見えた。

 

「それでは改めまして。星導館学園へようこそ、凜堂。我々はあなたを歓迎します」

 

 そしてくるりと椅子を回転させ、窓の外へと視線を向ける。

 

「そしようこそ、『アスタリスク』へ」

 

 凜堂もクローディアに倣って窓の外を見やる。そこには整然とした町並みがあった。巨大なクレーター湖に浮かぶ人工都市は正六角形の市街地エリア、それぞれの角から飛び出した六つの学園からなる。つまり、『∗』の形になっていた。この都市の名が『六花』なのはこの形が由縁となっている。

 

 ちなみに何故、六花ではなくアスタリスクのほうが名前として定着しているかというと、全世界から学生が集まるから和名が馴染まなかったからだ……と言われているがそれが真実なのかどうかは定かではない。

 

「我が星導館学園の特待転入生としてのあなたに期待することはただ一つ、勝つことです」

 

 窓の外を向いたまま、クローディアは言葉を続けた。

 

「ガラードワースに打ち勝ち、アルルカントを下し、界龍(ジェロン)を退け、レヴォルフを破り、クイーンヴェールを倒すこと。即ち星武祭(フェスタ)に制すること。そうすれば我が学園はあなたの望みを適えましょう。それが現実可能なものならば、どんなものでも」

 

 だが、凜堂は大きく欠伸を一つ漏らしながら一言呟く。

 

「別にそういうの興味ないんだけどなぁ」

 

 高良凜堂、本心からの言葉だった。ここ、アスタリスクに来た生徒の目的は大体二つに分けられる。己の望みを適えるためか、持て余した力を思う存分発揮するため。このどちらかだ。そして凜堂はそのどちらでもなかった。

 

「えぇ。あなたがそういうことにまるで興味が無いことは分かっています。再三の特待生の招請を断っていることも」

 

 そこでクローディアは言葉を区切りながら椅子を戻し、凜堂へと向き直った。

 

「ですが近年、星武際における我々星導館学園の成績は芳しいとは言えません。前のシーズンでは総合五位。六位のクイーンヴェールはその戦略上、総合順位を度外視しているので、これは実質最下位に等しいのです」

 

 その状況を打破するため、星導館学園は一人でも優秀な人材が必要という訳だ。

 

 『星武祭(フェスタ)』とはあくまで総称で、実際は三つに分けられる。すなわち一年目の夏のタッグ戦の『鳳凰星武祭(フェニックス)』、二年目の秋に行なわれるチーム戦の『獅鷲星武祭(グリプス)』。そして三年目の冬に行なわれる個人戦の『王竜星武祭(リンドブルズ)』だ。

 

 大会ごとに成績上位者とその所属学園にポイントが与えられ、『王竜星武祭』終了時点の総合成績でそれぞれの学園の順位が確定する。つまり三年で一区切り、一シーズンとなる。ちなみに学生が『星武祭』に出場できるのは三回まで。どんなに優秀な学生がいても、三回しか出れないということだ。

 

 優秀な学生は多ければ多いほど良い。故にどの学園も例外なく有能なスカウトを用いて世界中から人材を集めているのだ。

 

 特待生は学費の免除やら様々な恩恵が与えられる。それは学園によって差はあるが、是が非でもウチに来て欲しいと白羽の矢を立てられた者であることに変りは無い。そして、凜堂もその白羽の矢を立てられた者の一人なのだ。

 

「ってか、一つ聞きたいんだが、何で俺って特待生としてここに呼ばれたんだ? はっきり言って、そんな大層な扱いを受けるような人間じゃないぞ」

 

 凜堂の言葉は真実で、大会や競技などで優秀な成績を残した訳ではない。ましてや、『魔法使い(ダンテ)』や『魔女(ストレガ)』の類でもない。一つの望みを胸に抱くただの人間に過ぎない。

 

「はい。あなたは完全に無名でしたから、スカウト陣からは猛反対されました。説得するのには骨が折れましたね」

 

「って、お前が俺を推薦したんかぃ!?」

 

「えぇ。生徒会長の権利を使って無理矢理」

 

 あの時ほど、生徒会長をやっていて良かったと思ったことはありません、とにこやかに微笑むクローディアに凜堂は軽く戦慄し、同時に感心していた。権力の乱用も、当事者がここまで悪びれていないといっそ清々しい。

 

「おっかないねぇ」

 

「これで断られていたら私の面目は丸潰れでした。心変わりしてくれて感謝しています」

 

「別に心変わりなんてしてねぇよ」

 

「では、何故この学園に?」

 

 目を細くしたクローディアから投げかけられた問いに凜堂は押し黙る。何をしに来たのか? 少し間を置いてから唯一言、凜堂は簡潔に答えた。

 

「探し物を見つけるためさ」




読んでいただきありがとうございます。文章は読みやすいでしょうか?

さて、少し先の話ですが、一つだけオリジナルの純星煌式武装(オーがルクス)を出そうと思ってます。そんだけです。

では、次もお付き合いいただければ幸いです。


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学園生活

「探し物、ですか?」

 

 そ、と凜堂はクローディアに頷いて見せた。注意深く観察してみるが、凜堂が嘘をついてる様子は無い。それ以前にこの場で嘘を言って彼にプラスになることはない。彼の言った、探し物を探すというのは紛れも無い真実なのだろう。

 

「その探し物というのは? もし良かったら、お手伝いしますが」

 

「結構だ」

 

 クローディアの申し出を凜堂は一刀両断する。少なくとも、彼の探しているものは彼以外の人間には見つけられない代物だからだ。

 

「欲しいものは自分の手で手に入れるさ」

 

「そうですか。では、気が変わりましたら仰ってください。何時でも手伝いますので……あ、そうそう。大切な事を伝え忘れてました」

 

「何だよ?」

 

「我が学園の特待生には各種費用の免除以外にもいくつか特権があります。その中の一つには学園が所有している純星煌式武装(オーガルクス)の使用に関する優先権があります」

 

 純星煌式武装(オーガルクス)という言葉に特待生の特権にまるで興味を示していなかった凜堂が始めて表情を動かした。

 

「純星煌式武装ってあれか? ウルム=マナダイトとかいう特殊なマナダイトを使ってるっていう」

 

 えぇ、とクローディアは頷く。落星雨(インペルディア)によって地球に落ちてきた隕石は万能素(マナ)と呼ばれる未知の元素とマナダイトと呼ばれる特殊な鉱石をもたらした。マナダイトは万能素が結晶化したものだとされていて、近年では質はまちまちだが人工的に作り出す方法も開発されている。

 

 万能素やマナダイトを用いた研究は落星工学と呼ばれていて、数多の科学技術の分野を開拓した。中でも最もその恩恵を受けているのがマナダイトをコアにした万能素変換式エネルギー武装、煌式武装(ルークス)である。

 

 既存の武器などと違って威力の調整が可能。その上、発動体は掌に収まる程度のサイズという運用面での絶対的な利点があり、現在では個人が所有するほとんどの武器が煌式武装となっている。

 

 そして、マナダイトの中でも極めて純度の高いものはウルム=マナダイトと呼ばれ、それをコアにして作られたものは純星煌式武装(オーガルクス)と名づけられている。通常の煌式武装とは比較にならない力を有しており、特殊な力を発現させると言われている。その一方で、扱いが非常に難しいことでも有名だ。

 

 ほとんどの純星煌式武装は統合企業財体に管理管轄されているが、その一部は運用データ収集という名目で各学園に提供されている。

 

「純星煌式武装を嫌う方もそれなりにいるので、使うよう無理に強いることはありません。それに純星煌式武装の中には副作用が必要となる場合もあります」

 

 アスタリスクではその副作用のことを“代償”と呼んでいるそうだ。その他にも純星煌式武装には適合率なるものも存在するようで、星導館学園ではその適合率が八十パーセント以下だと、希望があっても使用の許可は出せないそうだ。

 

「それで、いかがされますか?」

 

「そうだな。そんじゃま、使うかどうかはともかく、見るだけ見させてもらいましょうかね」

 

 凜堂の返答にクローディアは予想外といった感じで小首を傾げる。

 

「あら、意外ですね。てっきり興味ない、の一言で片付けられると思ってたのですが」

 

「なぁに、ちょっとした好奇心さ」

 

 微かに苦笑しながら首を竦める凜堂をクローディアは推し量るような目で見ていた。彼の言う、ちょっとした好奇心とやらで純星煌式武装なんて重要なものに関わるような人間に見えないからだ。そんなクローディアの視線を受け流すように凜堂はケラケラと笑う。

 

「ま、その適合率ってのがどうなるか分からないんだし、期待しないで待っておくさ」

 

「そうですか。では、詳細は追って連絡します。一応、学園から通常の煌式武装をお貸しする事は出来ますが、いかがしましょう?」

 

 必要ない、と凜堂は首を振る。既に凜堂は自分の武器を持っている。純星煌式武装という大きな力を持ったものならともかく、ただの煌式武装なんて彼には無用の長物だった。

 

「あぁ、そう言えば」

 

「何でしょう?」

 

「さっき言ってた最後の転入続きって何をすればいいんだ?」

 

 転入に関する書類やら何やらの面倒なことはアスタリスクに来る前に全て片付けたはずだが。あぁ、そのことですか、と何かを言いかけ、クローディアは不意に口を噤んだ。

 

「?3?」

 

「こんなこと……いや、でも今を逃したら……」

 

 疑問符を頭上に浮べる凜堂を余所にクローディアは何かを呟きながら周囲を見回している。そして何かを決心した表情を浮かべ、凜堂を真っ直ぐに見つめた。

 

「では、最後の転入手続きを行ないますので、目を閉じていただけますか?」

 

「は、目を? 分かった」

 

 何で転入手続きで目を瞑るんだ? と疑問に思わないわけではないが、凜堂は言われたとおりに瞼を下ろした。クローディアが席を離れたであろう椅子が軋む音。目の前にクローディアの気配が近づいてくる。

 

(……はっ!? まさか、不良や極道なんかが気合いを入れるために思いっきり殴ったりするなんてのがあるけど、それに近しい何かをするつもりなのか!?)

 

 どういう思考を経ればそんな結論に辿り着くのか一切不明だが、凜堂は己を襲う(と予測した)痛みに耐えるため、思いっきり歯を食い縛った。そして彼を襲ったのは、

 

「えい」

 

 鋭い痛みではなく、柔らかな衝撃だった。というか、柔らかくて心地よい。凜堂がゆっくりと目を開くと、彼に両腕を回しながら胸に顔を埋めているクローディアの姿がそこにはあった。押し付けられた柔らかくて心地よい物体は彼女の胸だろう。はい? と固まる凜堂を意に介さず、クローディアは頬ずりを続ける。からかわれているのかそうでないのか判別がつかず、凜堂は動けずにいた。

 

「やっと……やっと会えた……」

 

 しかし、彼女の唇の間から漏れるその声はからかいで出せる類のものではなかった。知らず知らずの内に凜堂はクローディアの頭へと手を伸ばし、優しく撫でていた。一瞬、クローディアは動きを止めるが、すぐに嬉しそうに頬ずりを続けた。

 

「……ふふ、何て。早速、可愛い反応を一つゲットです」

 

 驚きました? と、悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべながらクローディアは凜堂から離れる。その声に微かな名残惜しさが感じられたような気がしたが、錯覚だと凜堂はその感覚を無視した。

 

「そりゃ誰だって驚くっての。何だ? 星導館学園だと、転入生に生徒会長が抱きつくなんて恒例事業があんのか?」

 

「あ、誤解しないで下さいね。誰にでもこんな真似をしているわけじゃありませんよ。こう見えて、貞操観念はしっかりしてますから」

 

 そうかい、と凜堂は力の抜けた笑顔を浮かべる。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からないので、考えるのが面倒になったのだ。

 

「それで? 今のがマジで転入手続きだったのか?」

 

「そのことですか。それは嘘です」

 

 マジ? と言葉を失う凜堂にクローディアはマジかマジでマジだShow Timeです、と相も変わらず素敵に微笑んでいる。

 

「ユリスを止めるのはあぁ言っておくのが一番効果的でしたから」

 

 悪びれた様子も無いクローディアに凜堂はポカンとしていたが、やがてだらしなく開いていた唇を閉じ、愉快そうに口角を持ち上げた。

 

「お前、凄く面白いな。ロディア」

 

「ロディア……ですか?」

 

 あぁ、と凜堂は頷く。

 

「俺は気に入った奴は名前で呼ぶけど、特に気に入った奴のことはあだ名で呼ぶことにしてるんだ。嫌なら普通に呼ぶが」

 

 少し考え込んでから、クローディアは首を横に振る。

 

「いえ、ロディアで構いません」

 

「そうかい。じゃ、これからよろしくな、ロディア」

 

「こちらこそ」

 

 互いに笑みを浮かべ、二人はがっしりと握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、そういうわけでこいつが特待転入生の高良だ。適当に仲良くしろ」

 

 おざなり、ここに極まり、だ。もっとこう、言い方があるのではないかと思う凜堂だったが、隣に立つ一年三組担任の教師、谷津崎匡子に色々と求めるのは無駄だろう、と教室に入った時点で察していた。先ず第一にこの人物、真っ当な教師には見えない。スラリとした長身は素敵だが、如何せんその鋭すぎる目つきが全てをマイナスにさせている。口調も態度も教師のそれではなく、はっきり言ってしまえば不良にしか見えない。

 

 そして何よりも目を引くのはその手に握られた釘バットだ。どう考えても教職員の持っていて良い代物ではない。しかも、相当に使い込んでるらしく、所々に赤黒い染みや硬くなった肉片のようなものがついていた。

 

「ほら、さっさとしろ」

 

 釘バットに視線が釘付けになっている凜堂に匡子は挨拶しろと促す。

 

「うっす。ドーモ、皆サン。コンニチハ。高良凜堂DEATH」

 

 誰一人として笑う者はいなかった。盛大に滑り、顔を引き攣らせる凜堂を見る生徒たちの視線は様々だった。興味津々なもの、警戒しているもの、無関心なものなど多々色々だが、友好的なものが少ないのは確かだ。その中の一人だけ、何とも複雑そうな表情で凜堂を見ていたが、それに関しては凜堂にも心当たりがあった。

 

「席は……丁度良かった。火遊び相手の隣が空いてるぞ」

 

「だ、誰が火遊び相手ですか!?」

 

 匡子の言葉にその少女、ユリスが顔を真っ赤にして食って掛かる。

 

「お前だお前、リースフェルト。朝っぱらから派手にやらかしやがって。売られたってんならともかく、こんな時期に冒頭の十二人(ページ・ワン)が気軽に喧嘩ふっかけてんじゃねぇぞ。終いにゃお前、レヴォルフに叩き移すぞ」

 

「ぐっ……」

 

 歯噛みしているユリスの隣の席に腰を下ろす凜堂。ちらり、と隣を見てみるが、ユリスは頑なに視線を合わそうとしなかった。

 

「まさか、同じクラスとはな」

 

「全く、悪い冗談だ」

 

 同感、と授業の準備をする凜堂にユリスは視線だけを向ける。

 

「お前には借りが出来た。要請があれば一度だけ力を貸すが、それ以外でお前と馴れ合う気は無い」

 

「そいつぁ好都合だ。俺もお前みたいなボンバーガールと仲良くなんてなりたくないからな」

 

「だ、誰がボンバーガールだ!?」

 

 you、と酷薄な笑みを浮かべながら凜堂は怒りで頬を紅潮させるユリスの顔を指差す。その笑顔と妙に発音の良いyouがユリスの神経を逆撫でした。

 

「うるせぇぞボンバーガール」

 

 ユリスが凜堂に怒声を浴びせる前に匡子が待ったをかける。担任にまで爆弾少女(ボンバーガール)呼ばわりされ、ユリスの顔は茹蛸のように真っ赤に染め上がった。やがて不貞腐れたのか、机に突っ伏してしまった。

 

「ははっ、大した奴だな、お前」

 

 後ろの席からかけられた声に振り返ると、そこには精悍な顔に人好きしそうな笑みを浮かべた男子が手を差し出していた。

 

「お姫様にそこまで言い返すなんて凄いぜ」

 

 凜堂がその手を握ると、男子は嬉しそうにぶんぶんと上下させる。

 

「俺は夜吹英士郎。一応、お前のルームメイトってことになるな」

 

「高良凜堂だ。ルームメイトってこたぁ、寮のか?」

 

 あぁ、と英士郎は頷いてみせる。

 

「そっか。なら、これからよろしくな、ジョー。俺のことは凜堂でいい」

 

「こちらこそよろしく……って、ジョー?」

 

「あぁ。知らないか? 明日のジョーって漫画」

 

 いや、確かに俺は夜吹(やぶき)だけど、と口篭る英士郎。凜堂にしてみれば、これからルームメイトとなる英士郎と出来るだけ仲良くなろうとあだ名で呼んだだけだ。それに、英士郎から感じられる快活さから、凜堂はすぐに仲良くなれると踏んでいた。

 

「ま、いっか。しっかし、転入初日から冒頭の十二人(ページ・ワン)とやり合った奴と相部屋になるなんて面白いな」

 

「やり合ったっつうか何つうか。面白いかどうかは……お前の主観に任せる」

 

 その後、ホームルームが終わると予想通りと言うべきか、凜堂の周囲にはちょっとした人だかりが出来ていた。訊ねられる内容は勿論、今朝のユリスとの決闘のことだった。

 

「どうしてお姫様と決闘することになったんだ? その辺の情報って全然入ってきてないんだよな」

 

「いや、それよりも生徒会長が決闘を止めに来る前にお姫様と何か言い争ってたけど、何でだ?」

 

「そんなことよりもお姫様の攻略法だ! どうやってかわしてたんだよ?」

 

「確かにあれだけの時間、それもあんな棒切れ一つで凌いでいたなんて普通じゃないぞ」

 

 と、興味津々なのもいれば。

 

「そんなの『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』が手加減してたに決まってるだろ」

 

「全くだ。身のこなしにしろ、反応速度にしろ、全て凡庸だ。あの様じゃ『在命祭祇書(ネームド・カルツ)』入りも難しいだろうな」

 

「うちのスカウトも見る目なしね。何であんなのが特待生なのかしら?」

 

 あからさまに冷淡なものもあった。とまぁ、毎回授業が終わるとそんな感じでクラスメイトや他のクラスの生徒にまで質問攻めに会い、軽薄な笑みを浮かべながら質問を受け流していた凜堂も放課後になる頃にはかなり疲れていた。

 

「元気だな、ここの生徒は」

 

「お疲れさん。人気者は辛いな」

 

 深々とため息をつく凜堂の肩に英士郎の手が置かれる。人気者ね、と凜堂は薄く笑って見せた。

 

「人気者なのは俺じゃなくてボンバーが……リースフェルトのほうだろ?」

 

 危うくボンバーガールと言いそうになり、慌てて凜堂は言い直した。ユリスがその場にいたら凜堂に詰め寄っていただろうが、幸いなことにユリスの姿は既に教室の中には無かった。

 

「連中が聞きたいのは俺の話じゃない。『リースフェルトと戦った何某』の話だ。別に俺じゃなくても、リースフェルトと戦ったってんなら、そいつに話を聞きに行ったろ」

 

 だろ? と肩を竦める凜堂に英士郎はご明察、と軽く手を叩く。

 

「あいつ等だって内心、リースフェルト本人に話を聞きたいはずだぜ。ま、それが出来るかどうか甚だ疑問だけどな」

 

 くく、と凜堂は軽く喉を鳴らすようにして笑う。この学園でユリスに気軽に話しかけられる人物なんて、それこそクローディアくらいのものだろう。

 

「と言うかよぉ、ジョー。一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「その呼び方で固定なのか俺……まぁいいさ。それで何が聞きたいんだよ」

 

「何でここにいる連中はお前も含めてリースフェルトのことをお姫様って呼ぶんだ? あだ名か何かか?」

 

「あだ名ってぇか何てぇか……正真正銘お姫様なんだよ」

 

 はぁ? と首を傾げる凜堂に英士郎は懇切丁寧に説明してくれた。落星雨以降、欧州ではあちこちで王政が復活した。その背景には統合企業財体などの思惑があったのだろうが、それはどうでもいいことだ。大事なのは、ユリスがその王政を復活させた国の内の一つのお姫様だということだ。

 

「リーゼルタニアって国の第一王女って訳だ。全名は確かユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レナーテ・フォン・リースフェルト。ヨーロッパの王室名鑑にも載ってるぜ」

 

 へ~、と頷きながら凜堂はぼそりと一言。

 

「長いな、名前」

 

「驚くとこそこかよ!! 変わってるな、お前」

 

 別に、と凜堂は軽く両手を挙げてみせる。実際、彼はユリスにそれほど興味はなかった。というか、余り関わりになりたくないというのが本音だ。恩人であろうが、失礼があれば爆撃する危険人物。それが凜堂のユリスへの今の評価だった。

 

「俺が悪かったのは事実なんだが、いきなり顔面ボンバーは過激すぎるっての」

 

「そのことなんだけどよ。何でお姫様と決闘する羽目になったんだ? 俺にだけでいいから教えてくれよ」

 

 目をキラキラと輝かせながら英士郎は凜堂に訊ねる。苦笑いを浮べながら凜堂は両手でバッテンを作った。

 

「申し訳ございませんが取材はマネージャを通してください、ってね。ってか何でそんなこと知りたがるんだよ?」

 

 英士郎がただの好奇心で聞いてくるような人物に見えず、逆に凜堂は質問を返していた。

 

「そりゃ、俺が新聞部だからだな。ほれ、キリキリ吐いて俺に明日の一面記事のネタを提供しな!」

 

 と、英士郎が凜堂から情報を搾り出そうとしたその時、彼の携帯端末が鳴り出す。一言凜堂に断ってから英士郎が空間ウィンドウを開くと、そこではボブカットの女性が怒声を上げていた。どうやらその女性は新聞部の部長らしく、英士郎は呼び出しを喰らったようだ。

 

「ま、そういうわけだから俺は行くぜ。早くしないと何言われるか分からないからな」

 

「自業自得だろ。手前の仕事ほっぽって、決闘なんか見てた罰だろ」

 

 凜堂の言葉に英士郎は面白そうに目を細める。

 

「へぇ、俺があの場にいたの知ってたのか?」

 

「そりゃな。俺の一閃(いっせん)轟気(とどろき)”の余波で倒れなかったのってリースフェルトとお前くらいだからな」

 

 なので、凜堂も英士郎があの決闘の場にいたことを知っていた。

 

 じゃ、と片手を上げて教室から出て行こうとする英士郎の後ろ姿を凜堂が見送ろうとしていると、英士郎は振り返って凜堂を見た。

 

「なぁ、凜堂。今朝の決闘、本当に勝てなかったのか?」

 

「さぁ?」

 

 何とも気の無い返事だ。

 

「リースフェルトの星辰力が尽きるのが早ければ勝てただろうし、俺が避けれなくなるのが早ければ負けてただろうし。そんだけの話だ」

 

 そう話す凜堂の表情は本当に勝敗などどうでもいい、と語っていた。

 

「ふ~ん、勝ち負けには興味なしか」

 

 凜堂の返答に頷きながら、今度こそ英士郎は教室から出て行った。教室に一人残された凜堂は大きく息を吐き出しながら天井を仰ぐ。

 

「少なくとも退屈だけはしなさそうだな、この学園は」



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その瞳の先には

「んげ」

 

 凜堂がその場面に出くわしたのは全くの偶然だった。寮への近道を探そうとして、学園の中庭を抜けていった結果である。

 

 星導館学園の中庭は結構な広さがあり、普通に公園といっても納得してしまいそうなほどのものだった。樹木もきちんと手入れがしてある。これで遊具などがあれば、完全に公園と言っていいだろう。

 

 ふと、凜堂は若い男の怒鳴り声を聞いた。何事かと思い、声のした方に向かうと、そこには小さな四阿があった。その四阿で凜堂は四人の人物と遭遇する。その内の三人は男子生徒で見覚えが無かったが、残りの一人は忘れたくても忘れらない人物だった。ボンバーガールこと、ユリスだ。ちなみに凜堂のんげ、という発言はユリスを見つけたために出てきたものだ。

 

「お前、何故ここに?」

 

 ユリスの問いに凜堂は偶然、と素っ気無く答えながらユリスに詰め寄っている三人の男子を観察する。中央に立っているリーダー格と思しき男子は大柄な体躯に相当な威圧感を併せ持っていた。その両隣にいる少し太めの男子と痩せ型の男子はいかにも取り巻き、といった雰囲気を出している。

 

「あぁ~、俺はただの通りすがりだ。何やらお取り込み中のようだし、さっさと失礼させてもらうぜ」

 

 関わり合いになるのは面倒と判断し、凜堂はさっさとその場から立ち去ろうと踵を返した。しかし、そこで予想外の事態が起こる。

 

「あぁっ! レスター! こいつだよ! 例の転入生って!!」

 

「なんだと……?」

 

 どうやら凜堂のことを聞いていたらしく、太めの男子は凜堂の背中を指差す。背後から聞こえてくる足音に凜堂は足を止め、内心でため息をつきながら振り返った。目の前にはレスターと呼ばれたがっしりした男子が立っていた。改めて近くで見ると、相当にでかいことが分かる。二メートルはありそうだ。凜堂は黙って顔を上げた。

 

「……」

 

 無言でこちらを見下ろしてくるレスターと視線がかち合う。視線に物理的な威力があったとすれば、要塞すらぶち抜きそうなほどの目力だ。しかし、凜堂はそれを気にする様子も無く、ユリスへと目線を動かす。

 

「おい、リースフェルト。誰この人?」

 

「……レスター・マクフェイル。うちの序列九位だ」

 

 すなわち、ユリスと同じ冒頭の十二人(ページ・ワン)の内の一人というわけだ。ふぅん、と鼻を鳴らすだけで、凜堂はそれ以上何も言わずにレスターへと視線を戻した。怒りに満ちた目を無言で見返す。

 

「こんな……こんな小僧と戦っておいて、俺とは戦えないだと……」

 

 僅かな沈黙の後、レスターは握り拳を震わせながらユリスへと振り返った。既に凜堂のことは眼中に無い様子。

 

「ふざけるな!! 俺は絶対にお前を叩き潰すぞ! どんな手を使ってもな!!」

 

 ユリスに迫ろうとするレスターの背に凜堂は一言だけ囁いた。

 

「だっせぇ」

 

 ピタリとレスターの動きが止まり、ゆっくりと回れ右をして凜堂へと向き直った。その形相たるや、地獄の鬼でも泣きながら逃げ出しかねない迫力を放っている。

 

「今、何て言った?」

 

 こめかみの青筋をひくつかせながらレスターは凜堂の胸倉を掴んだ。身長差もあって、軽く持ち上げられる形になっているが、凜堂は臆する様子もなく口を開く。

 

「だっせぇって言ったんだよ、この単細胞の塊。手前にどんな事情があるのか知ったこっちゃねぇが、今の自分を客観的に見てみろよ。二人の取り巻き連れて女子に詰め寄ってる。同じ男として心の底から恥ずかしいね」

 

 オブラートに包む気など微塵もない辛辣な物言いだった。凜堂の歯に衣着せない言葉に更に激昂するかと思いきや、レスターはハッとした表情を作る。

 

「レスターさん、落ち着いてください! さすがにここじゃ……」

 

 痩せた方の男子が必死でレスターの腕に齧りついていた。

 

「ちっ!」

 

 小さく舌打ちし、レスターは突き飛ばすように凜堂を放した。燃えるような目で凜堂を、それからユリスを睨んだ。

 

「俺は諦めねぇぞ。絶対に手前に俺の実力を認めさせてやる……!」

 

 吐き捨てるように囁きながらレスターは四阿から出て行った。小太りの男子が慌てて追いかけ、痩せ型は二人に一礼してからその後に続く。

 

「やれやれだな……おい、大丈夫か?」

 

 レスター達が完全に見えなくなってからユリスは小さく嘆息し、それから凜堂へと歩み寄った。問題ない、と返しながら凜堂はレスターに掴まれて乱れた服装を正す。

 

「大丈夫そうだな。すまなかったな、変なことに巻き込んでしまって」

 

「別にお前が巻き込んだわけじゃないだろ。偶々、俺がここを通りすがって、お前等と遭遇した。そんであいつに絡まれたってだけの話だ……随分とお前にご執心みたいだな、あのデカ物」

 

 レスターとユリスの話を全て聞いていたわけではないが、それでもさっきの態度だけでもレスターがユリスに対して並々ならぬものを抱いていることは容易に理解できた。

 

「簡単な話だ。私は過去の戦闘でレスターを三度退けている。これ以上はいくらやっても無駄だと判断したから、レスターの決闘を断っている」

 

 それだけのことだ、ユリスは軽く両手を挙げる。大方、女性であるユリスに負けた自分を許せないのだろう。女々しい限りだ。

 

「お前が強いのかあいつが弱いのか……いや、前者か」

 

 仮にも冒頭の十二人(ページ・ワン)に名を連ねているのだから、別に弱いということはないだろう。それに、ユリスの能力とレスターの戦い方が絶望的に相性が悪い、という可能性も大いにある。

 

「そもそも、序列なんて言うほどあてにはならん。『在命祭祇書(ネームド・カルツ)』に名前がなくとも強い奴なんて山ほどいる」

 

 相性も重要なファクターになるしな、と続けながらユリスは凜堂を真正面から見据える。当の本人はとぼけた表情を浮べるだけだった。

 

「そう言えば、私もお前に一つ聞きたいことがある」

 

「どうぞ、何なりとお聞きください。お姫様(プリンセス)

 

 凜堂はわざとらしく、仰々しい仕草でユリスにお辞儀して見せた。馬鹿にされたと思ったのか、少しだけ表情を強張らせるが、ユリスは問うべきことを口にした。

 

「今朝の決闘でお前が使った技……一閃何たらだったか? あれは何だ? 流星闘技(メテオアーツ)ではないようだが」

 

一閃(いっせん)轟気(とどろき)”のことか? 何と言われてもな……技?」

 

 質問に疑問系で返すな、とユリスは呆れた表情を浮べながら凜堂にデコピンを放った。んなこと言われてもねぇ、と凜堂は困った様子で額を擦る。

 

「俺もそこまで深く考えて使ってるわけじゃないしな……ま、流星闘技(メテオアーツ)に近いもんって認識で間違ってないぜ」

 

「そうか……しかし分からんな。何故、わざわざ煌式武装(ルークス)ではなく、あんな武器を使っているんだ? ただの金属の棒であれほどの芸当が出来るのだから、煌式武装を使えばもっと強力な技が出来そうなものだが」

 

 慣れだよ、と凜堂は腕を組む。

 

「物心ついた頃から俺の周りには煌式武装が無かった。だから煌式武装を使わないで修行をしていた。そしたら何時の間にか煌式武装よりもただの棒の方が手に馴染んでた……それだけのことさ」

 

 すらすらと語る凜堂。嘘をついている様子は無い。煌式武装が無いという状況がピンと来ないのか、ユリスは凜堂の話に頷きながらも首を傾げていた。

 

「俺も聞きたいんだが、お前は何でアスタリスク(こんなとこ)で闘ってるんだよ? お姫様なんだろ?」

 

「知っているのか? まぁいい。確かに私はリーゼルタニアの第一王女だ。しかし、そんなことは関係ない。私は私の欲しいもののためにアスタリスク(ここ)で戦っているんだ。そこに身分や肩書きなんてものが入り込む余地などない」

 

 凛然とした、強い意志を秘めた声だった。

 

「ふぅん。お前の欲しいものって何だよ?」

 

 何気なく訊ねてみる。踏み入ったことなので、凜堂は返事は期待していなかった。だが予想外なことにユリスはあっさりと答えてくれた。

 

「金だ」

 

「……へぇ」

 

「私には金が必要なのだ。そして金を手に入れるのならここで戦うのが一番手っ取り早い」

 

 金ねぇ、と囁きながら凜堂は疑問を禁じえずにいた。

 

(一国のお姫様が金?)

 

 常識的に考えて、お姫様というものは裕福なはずだ。そのお姫様が何故……? と考えたところで凜堂は首を振る。ユリスにはユリスなりの金が要る事情がある。それを詮索するなど、野暮を通り越して下卑の極みだ。

 

「余り時間の余裕も無いからな。区切りもいいし、今シーズンの星武祭を全て制覇するのが私の目標だ」

 

「それって……」

 

 グランドスラム。それがどれだけ難しいことなのか。星武祭に興味のない凜堂だって知っていた。

 

「手始めに鳳凰星武祭(フェニックス)だ。最低でもここで優勝しなければならん」

 

 星武祭の賞金は出場者が獲得したポイントに応じて決定するが、一度でも優勝すれば一生を遊んで過ごせるほどの賞金が出ると言われている。ふと、凜堂の頭の中で今朝方、クローディアがユリスに向かって言っていたことを思い出す。

 

鳳凰星武祭(フェニックス)の締め切りまであと二週間。出場するならそろそろパートナーの目処をつけておかないとまずいですよ?』

 

「なるへそ。だからパートナーを探してるのか」

 

 鳳凰星武祭はタッグ戦。当たり前のことだが、ユリス一人で出場することは出来ない。

 

「う……ま、まぁそうなるな」

 

 途端、強い意志を映していた顔が曇る。どうやら、パートナー探しはかなり難儀しているようだ。尤も、ユリスの性格上、パートナーを見つけるのはかなりの難易度だろう。

 

「べ、別にまだ私のパートナーが見つかっていないのは私に友人がいないからではないぞ? いやまぁ、確かにこの学園には友人と呼べる者は一人としていないが……とにかく、単純に私の求めるレベルにまで達している者がいないだけだ」

 

 それはさぞかしハードルが高そうだ。

 

「で、お姫様はどんな相方をご所望で?」

 

「そうだな……まず私と同じくらいの戦闘能力、というのは流石に高望み過ぎるから、せめて冒頭の十二人クラスの実力を持っていて、頭の回転が速くて、強い意志と清廉潔白で高潔な精神を秘めた騎士のような人物だな」

 

 それを聞いて凜堂は確信する。この自分の目の前に立っている薔薇色の少女は、自分とは最も縁遠い場所に立っていると。少なくとも、凜堂自身はそう考えていた。ま、頑張って、という凜堂の欠片も心の籠ってない声援にユリスは大きく頷く。

 

「そろそろエントリーの締め切りも近い。贅沢も言ってられんな」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、ユリスは鞄を持って立ち上がった。

 

「さて、私はそろそろ寮に戻るが……そう言えば、お前はどうしてこんなところにいるんだ?」

 

「さっきも言ったろ。偶々、通りすがっただけだ。俺も帰るとするさ」

 

 くるりとユリスに背を向け、凜堂は四阿を出ようとするが、不意に足を止めた。不思議そうにユリスがその背中に視線を送っていると、ボソリと囁かれた言葉が聞こえてきた。

 

「……道が分からん」

 

 一瞬、ユリスはポカンとした表情を作り、

 

「ぷっ、はははは!」

 

 次の瞬間、小さく吹き出し、腹を抱えて笑っていた。

 

「笑わないでくれませんかねぇ、お姫様」

 

 頭を掻きながら振り返る凜堂。多少、視線をきつくしてユリスを睨んでみるも、彼女に笑い止む気配は無い。暫くして、すまんすまん、と謝りながらユリスは呼吸を整えながら目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

「いやしかし、お前は本物の馬鹿なのか? 今朝、あんな目に会ったんだから、案内図を確認するなり、誰かに道を聞いておくなりしておけば良かっただろうに」

 

 クラスメイト達からの質問攻めでそれどころではなかったのだが、今更そんなことを言っても詮無いことだ。そもそも、この学園が広すぎるのだ。それに、世間一般では浸透していないルールがここでは一般常識になっているし。そこまで考えたところで、何かを思いついたのか凜堂は景気良く指を鳴らす。

 

「おい、リースフェルト。早速、今朝の貸しを返して欲しいんだが」

 

「ん? 何だ?」

 

「俺に学園を案内してくれ。序に街のほうもやってくれるとありがたいんだが」

 

 何? と凜堂の申し出にユリスは表情を曇らせた。そして、本気かと凜堂に問う。

 

「本気も本気だ。アスタリスク全部、とは流石に言わないけど、せめて星導館学園周辺の土地勘は鍛えたい」

 

 そうしないと、おちおち外を出歩くことも出来ない。

 

「そんなことでいいのか? 今朝、不本意ではあるが私はお前に救われた。それは決して小さくない借りだ。それを案内なんてものに使ってもいいのか? 普通、もっと別な事に使うだろう。例えば、冒頭の十二人としての私の力を借りるとか」

 

「つまり、戦力としてお前さんの力を借りるってことか?」

 

「そうだ」

 

「……見くびるなよ、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト」

 

「っ!!」

 

 凜堂の雰囲気ががらりと変わる。その迫力たるや、数々の猛者達と戦ってきたユリスを反射的に一歩退かせるほどのものだった。

 

「お前が俺をどんな風に評価してるかは知らねぇが、あんまり俺を舐めるな。勝負事なら、お前の力を借りないで、自分で白黒はっきりさせるさ。お前の力を借りるなんて情けないこと、死んだってしねぇよ」

 

 抜き身の刃の如き眼光がユリスを射抜く。それはユリスに恐怖を覚えさせ、彼女の足を動かなくさせた。

 

(気圧されている? 私が!?)

 

 今朝、決闘した時とはまるで別人のオーラを放つ凜堂を前にして、彼女は圧倒されていた。彼の纏っていた軽薄な雰囲気は鳴りを潜め、降り注ぐ雨のように重圧をユリスへと叩きつける。

 

「ま、そんな面倒なことにならないのが一番だけどな」

 

 唐突にユリスを押さえ込んでいたプレッシャーが掻き消える。見れば、凜堂から放たれていた威圧感が綺麗さっぱりなくなっていた。本当に同一人物なのかと疑いたくなるレベルの変貌ぶりだ。少しの間、呆然としてからユリスは大きくため息を吐いた。

 

「お前という男が全く分からない……」

 

「別にいいんじゃねぇか? 誰かに理解して欲しいなんて欠片も考えちゃいねぇし。で、案内してくれるのかしてくれないのか? してくれないならそれで構わないぜ。別の奴に頼むだけだし」

 

「い、いや待て。誰もしないなどとは言っていない。借りは借りだ、キチンと返すさ。学園の案内は明日の放課後、街の案内は……どこか休日の予定を空けておこう」

 

「そうか。ありがとよ。んじゃ、早速一つ教えて欲しいんだが……男子寮へはどこからが近道なんだ?」

 

(……本当に読めない男だ)

 

 雲のように飄々としているかと思えば、騎士のように誇り高い一面を見せる。なのに、どこか抜けた部分がある。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか全く分からない男。ただ一つ言えるのは、ユリスが凜堂に抱いた興味が大きくなったということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凜堂が男子寮についた頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。ユリスから近道を聞いていなければ、彼の帰宅時間は冗談抜きで深夜になっていただろう。

 

「確か、二一一号室だったな」

 

 今度はきちんと案内図を確認する。クラシックな造りの女子寮と違い、ごく普通のマンションタイプの男子寮の廊下を歩いて部屋へと向かう。ユリスとの決闘の話が広まっているためか共有階にいる中等部や大学部の生徒が好奇に満ちた目で見てくるが、凜堂はその悉くを無視する。やがて、凜堂は部屋の前に辿り着いた。『高良凜堂』と書かれた真新しいネームプレートを確認し、扉を開ける。

 

「よぉ、遅かったじゃん」

 

「色々あってな」

 

 部屋の中に入ると、ベットの上に寝転がった英士郎が凜堂を出迎えた。その部屋は凜堂の予想よりも広く、十畳程度はあった。そして備え付けのベットと机。ベットの上には凜堂のバックがポツンと置かれていた。

 

「荷物はそれだけか? 結構、少ないんだな」

 

「そういうお前こそ」

 

 新聞部の資料と思しき書類などが置かれた英士郎の机を指差す。書類の数こそ多いが、それだけだ。

 

「無趣味なもんでね。やることと言ったら、部活動くらいしかないのさ」

 

「そんなもんか……あぁ、その新聞部に聞きたいことがあるんだが」

 

 何だよ? と首を捻る英士郎に凜堂はレスターのことを訊ねた。

 

「レスター? レスター・マクフェイルのことか?」

 

「あぁ、多分そいつのことだ」

 

「なら『轟遠の烈斧(コルネフォロス)』のレスターだな。間違いない」

 

 英士郎は上半身を起こすと取り出した携帯端末を操作し、凜堂にも見えるように大きめの空間ウィンドウを呼び出した。そこに映っていたのは、紛れも無くさっき中庭で出会った男子生徒だった。

 

「レスター・マクフェイル。星導館学園一年で序列九位の冒頭の十二人(ページ・ワン)。見ての通り、典型的なパワーファイターだ。近距離戦だと滅法強い。その一方で、魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)のような能力者相手には苦戦することが多い。使用する煌式武装は斧型のヴァルディッシュ=レオだ」

 

 英士郎の口からスラスラと出てくる情報に凜堂は感心したように声を上げる。

 

「この辺は普通にネットで拾える情報だな。そっから先を知りたいってなると、それはまた別の話になってくるけどな」

 

「あ? そりゃどういう……」

 

 首を傾げるが、すぐに合点がいったのか凜堂はポンと手を打つ。それから親指と人差し指で丸を作った。

 

(これ)が必要ってわけだ」

 

「本当に察しがいいな、お前。そ、俺みたいに星武祭を諦めた連中は、こうやって小遣いを稼いでるのさ」

 

「諦めた、か」

 

 そう言った連中は星武祭以外のやりがいなり、稼ぎ方を見つけて学生生活を送っているそうだ。例えば、英士郎の所属している新聞部などの広報系の部活は情報や映像などを生徒や外部の報道各社に売ったり、他には煌式武装のカスタマイズ請け負ったりなど様々だ。

 

「他にも、有力学生の取り巻きになるって選択をする奴もいるな。特に冒頭の十二人クラスになると、おこぼれの旨味が多い」

 

「取り巻き? そういやあのマクフェイルの奴にもいたな」

 

 こいつらだな、と英士郎は凜堂の言葉に二人の学生の情報を空間ウィンドウに表示した。片方は小太りで、もう一人は痩せ型だ。紛れも無く、レスターの取り巻き二人だ。成る程、確かに言われてみればその卑屈な目つきからは覇気が感じられない。この二人も諦めた学生なのだろう。

 

「痩せてるのがサイラス・ノーマン。一応、魔術師(ダンテ)なんだが目だった戦績はないな。能力は物体操作。で、もう一人がランディ・フック。一度だけ在名祭祇書(ネームド・カルツ)に入ったことがあるが、今はリスト外。使っている武器は弓型煌式武装だ」

 

「大したもんだな」

 

 冒頭の十二人のような有力者ならとかく、その取り巻きの生徒などよく把握しているものだ。感心した目で凜堂は英士郎を見ていた。

 

「そうだ。もう一つ聞きたいことがあるんだが、マクフェイルとリースフェルトって過去に戦ったことがあるのか?」

 

「確かにレスターの奴はお姫様に何回か負けてるな。にしても、随分とお姫様にご執心だな、お前。もしかして一目惚れでもしたか?」

 

「幸か不幸か、俺にあのお転婆プリンセスをエスコートするだけの器量はねぇよ」

 

「ま、あのお姫様をエスコート出来る奴なんてアスタリスクの中でも数えるくらいしかいないだろうな。いいぜ。本当は有料だけど、転入祝いってことでロハで教えてやるよ」

 

 くくく、と小さく笑いながら英士郎は指を動かし、別の空間ウィンドウを開いた。そこに映っていたのは舞うように炎を操る薔薇の少女と、巨大な戦斧を振り回す巨漢の男子だった。二人は空間ウィンドウの中で戦いを繰り広げている。どちらが勝っているかは、論ずるまでもなかった。

 

「こいつは去年の公式序列戦だ。当時、レスターは序列五位。お姫様は序列十七位だ」

 

 つまり、ユリスはこの試合でレスターを打ち破り、晴れて冒頭の十二人(ページ・ワン)入りしたということだ。一方で、レスターにとっては屈辱の日となった。

 

「リースフェルトに負けたのが納得出来てないってとこか」

 

「あぁ。実際、レスターはこの後に二回、お姫様に公式序列戦で挑んで、見事に負けてるな」

 

 英士郎のいう公式序列戦とは一ヶ月に一度行なわれる学園選抜試験のことだ。決闘は双方の合意の下で成り立つので、戦う気が無ければ拒否し続けることが出来る。一度、上位にランクインした生徒がその地位を守るため、逃げ続けることを阻止するのにこうして一ヶ月に一度は戦わなければいけない仕組みになっているのだ。原則、公式序列戦では序列が下位の者から指名された場合、拒否することは許されていない。

 

「もっとも、同じ相手、同じ序列に挑戦出来るのは二回までだ」

 

「ってことは、もうマクフェイルはリースフェルトを指名することは出来ないのか」

 

 レスターがユリスと戦うには決闘以外に方法がないということだ。尤も、ユリスの態度から考えるに、それはかなり険しい道のりとなるだろう。

 

「レスターはプライドが高い上に気性も荒いからな。どうしてもやり返さなきゃ気が済まないんだろ。無理だと思うけどな」

 

 お前はどう思う? と英士郎は携帯端末をポケットに戻しながら凜堂に訊ねる。

 

「どうだろうな。少なくとも、今のあいつじゃ無理だな。立ってるステージが違い過ぎる」

 

 ユリスの瞳はレスターを映していない。彼女の見ているのは勝利などの分かりやすいものではなく、その遥か先にある遠いものだ。一方でレスターはユリスを、そして勝利しか見ていない。そこから抜け出さない限り、レスターがユリスに勝つことは未来永劫不可能だろう。

 

「ありがとよ、ジョー。お陰で色々と分かった。お礼に何か奢るぞ」

 

「お、マジか。んじゃ、遠慮なく奢ってもらおうかね」

 

 出会って一日と経ってない二人だが、友人としての相性はかなり良いようだ。



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再会

「凛……堂……」

 

 少年の目の前で、一人の男が倒れていた。その片腕はありえない方向に捻じ曲がり、腹を穿つように空いた傷口からは止め処なく血が流れている。

 

「父……さん」

 

 今にも泣き出しそうな顔の少年に心配するな、と笑いかけようとするが、出てきたのは笑顔ではなく、大量の血反吐だった。立ち上がって抱き締めてやろうとするも、血を流しすぎた体は全く言うことを聞かない。出来ることと言えば、這うことくらいのものだ。

 

「凜堂」

 

 もう一度、少年の名を呼び、男は這って息子に近づき、その頭を乱暴に撫でた。口元を血で濡らしながらも、力強く少年に笑いかける。

 

「間違えるなよ。その力の使い方を……」

 

 男の目から光が消え、力を失った手が地面へと落ちていく。

 

「父さん!!」

 

 慌てて少年がその手を掴むも、その手が動く事は二度と無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 無言で目を開くと、見慣れない天井が視界一杯に広がっていた。数秒をかけて、その天井が星導館学園の男子寮のものだということを思い出しながら凜堂はベットから起き上がる。時計を確認してみると、午前四時丁度だった。

 

「随分と、懐かしい夢をみたもんだ」

 

 ゴキゴキ、と全身の関節を鳴らしながら凜堂は寝る前に用意しておいた訓練用のシャツとジーンズに着替え始める。十歳になるかならないかの頃に始めた早朝訓練は凜堂にとって習慣となっており、そのためか、休日であろうとも凜堂はきっかり午前四時に目を覚ますようになっていた。

 

(良いか悪いかで言えば確実にいいことなんだろうけど、もちっとゆっくり眠りたいもんだな)

 

 内心で苦笑していると、不意に夢の中の光景が脳裏を駆け巡る。

 

「親父。俺は間違えてないかな、力の使い方を……」

 

 一瞬、センチメンタルな気分になるも、凜堂は強く頭を振ってそれを払いのけた。力を正しく使えているか使えてないか。それは過去に死んだ人物が決めることではなく、今を生きる凜堂自身が見定める事だ。

 

「しゃっ、行くか」

 

 枕元に置いてある六本の鉄棒を腰のホルダーへと収める。例え、煌式武装の方が優れた武器であると分かっていても、凜堂は今まで自分が愛用してきたこの武器を手放すつもりは毛の先ほども無かった。

 

「行ってくるぜ、ジョー」

 

「……気付いてたのかよ」

 

 部屋から出て行く凜堂の後ろ姿を片目だけ開いた状態で見送りながら英士郎は上半身を起こす。

 

「にしても、父さんか……」

 

 凜堂が寝言で呟いていた言葉。それが何を意味するのか英士郎には分からなかったが、少なくともからかっていい類のものではないということだけは理解出来た。

 

「特待生殿にも色々とあんだな」

 

 それが何なのか英士郎には分からないし、詮索するつもりも無かった。

 

「寝なおすか」

 

 再びベットの上に横になり、英士郎は目を閉じる。程なくして、小さな寝息が聞こえ始めた。この後、ホームルーム開始寸前まで寝ていた英士郎を凜堂が叩き起こすのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~あ、全然寝たり無ぇ……」

 

「あんな遅刻確実の二度寝しといてまだ眠いのかお前」

 

 大欠伸を噛み殺すこともせずに英士郎は教室へと入った。その後に呆れた表情の凜堂が続く。教室の中は大半の席は埋まっており、クラスメイト達は思い思いの場所で雑談に花を咲かせていた。これだけ見ると、普通の学校と何ら変わりの無い光景だった。

 

 

(ってか、あの担任相手に遅刻なんてやらかすアホがいたらそれはそれで見ものだけどな)

 

 この少し後、そのアホを超えるバカが目の前に現れることを凜堂は知らない。

 

「よぉ、リースフェルト」

 

「……あぁ、お早う」

 

 席に腰を下ろしながら隣に挨拶をすると、頬杖をしたままの体勢でユリスは言葉短く挨拶を返す。途端、クラスを支配していた喧騒がピタリと止む。

 

「お、おい、今の聞いたか……」

 

「お姫様が、挨拶した、だと……?」

 

「聞き間違い……じゃないよね?」

 

「あいつ、昨日といいどんな魔法を使いやがったんだ!?」

 

「いやいや。あのお姫様が偽者という可能性も無くはない」

 

 一転してクラスメイト達はざわめき始める。挨拶を返しただけというのにこの反応。これだけでも普段から彼女がどんな立場にいて、どんな風に見られているか分かろうというものだ。

 

「し、失礼だな貴様ら! 私だって挨拶されれば返事くらいする!!」

 

 顔を真っ赤にさせてユリスが宣言するが、喧騒が収まる気配は無い。

 

「日ごろの行いだな」

 

 眦を吊り上げてユリスは凜堂を睨むが、当の本人は小さく笑いながらその視線を受け流す。

 

「ま、いい機会だ。こんな反応をされたくないんだったら、そのつんけんした性格を少しは直すことだな」

 

「余計なお世話だ! そもそも、私はつんけんなどしていないぞ!」

 

「え? 何それギャグ?」

 

 噛み付いてくるユリスを凜堂はさらりとあしらっていた。転入して早々にユリスを手玉に取る凜堂を、クラスメイト達は畏敬の念を込めた目で見る。

 

 と、そこで凜堂はあることに気付く。見れば、昨日は空席だった左隣の席が埋まっていた。青みがかった美しい髪の女子が机に突っ伏して穏かな寝息を立てている。

 

(転入生? いや、それはないか)

 

 もし仮に転入生なのだとしたら昨日、凜堂と一緒に紹介されていた筈だ。そうされなかったということは元々このクラスにいた生徒で、昨日は偶々休んでいただけなのだろう。そろそろホームルームも始まる。ここはお隣として起こすべきなのか凜堂が悩んでいると、何の前触れも無くその女子が顔を上げた。ばっちりと視線が合う二人。

 

「……サーヤ?」

 

「……凜堂?」

 

 二人が互いの名を口にするのはほぼ同時だった。

 

「ちょっと待てちょっと待て。いや、え、何でお前がここにいるんだ?」

 

 彼にしては珍しく、酷く狼狽した様子で早口に捲くし立てる。間違いない。この目の前にいる無表情な少女は凜堂の幼馴染、沙々宮紗夜その人だった。驚きを禁じえず、絶句する凜堂の背後から子供のように目を輝かせた英士郎が身を乗り出してくる。

 

「何だ、凜堂。お前、沙々宮と知り合いなのか?」

 

「知り合いってか、何て言うか……古い友人、有体に言うと幼馴染だな」

 

 幼馴染ぃ? と英士郎は眉を持ち上げながら凜堂と紗夜を交互に見比べた。

 

「幼馴染だったら、何でここの生徒だって知らなかったんだよ?」

 

「幼馴染って言っても、こいつが海外に越して以来だからな……六年ぶりくらいか?」

 

 凜堂の問いに紗夜はこくりと頷く。その表情に変化の二文字は一切見られない。

 

「六年ぶりの再会にしちゃあ、反応薄すぎないか?」

 

「いや、んなこたぁ無い。これでもかなり驚いてるぞ。な、サーヤ?」

 

「……うん。ちょおびっくり」

 

 少なくとも、英士郎には紗夜の表情の変化が全く分からなかった。この微妙という表現すら当て嵌まりそうに無い紗夜の無表情から機微を悟る凜堂。それは幼馴染だからなせることなのだろうか?

 

「しっかし、本当に久しぶりだな。変わりないか?」

 

 こくりと頷く紗夜。その表情に一切の変化は無かった。

 

「にしても何にも変わってないな、お前。分かれた時とそっくりだ」

 

「……そんなことはない。ちゃんと、背も伸びた」

 

 え? と凜堂は言葉を失いながら偶然の再会を果たした幼馴染を観察する。くりくりとした双眸にあどけない顔立ち。身長はあの分かれた日から全くと言っていいほど変わっていない。高校生と小学生、どっちに見える? と聞けば、百人中百人が小学生と答えるだろう。それほど、紗夜の身長は低かった。加えて、表情がぴくりとも動かないので、人形のようにさえ見える。

 

「うん、びっくりするほど変わってないな」

 

「……凜堂が大きくなりすぎただけ」

 

 いやまぁ確かに結構背ぇ伸びたけどよ、と苦笑しながら凜堂は頬を膨らませる紗夜を撫でる。凜堂の背が伸びたことを差し引いても、やはり紗夜は小さい。

 

「でも大丈夫。私の予定では来年の今くらいには今の凜堂くらいになってる。凜堂もまだ大きくなるだろうから、丁度釣り合いが取れる」

 

 ふんす、と鼻を鳴らしながら紗夜は胸を張る。しかし悲しいかな。その言動には驚くほど説得力が無かった。

 

「どう頑張りゃ一年でそこまで伸びるんだよ。話は変わるけど、おじさん達は元気か?」

 

 紗夜の父親は落星工学の科学者(それも煌式武装一筋)で、紗夜が引っ越したのもその仕事が関係している。凜堂の問いに紗夜は少しげんなりした表情を浮かべた。やはり、これも凜堂じゃないと分からないレベルの変化だった。

 

「……元気すぎ。もう少し、テンションを下げて欲しい」

 

「相変わらずみたいだな。創一おじさんは」

 

 凜堂は子供の頃、紗夜の家で遊んでいた時のことを思い返す。閉め切られた研究室から間断なく聞こえていた爆裂音に機械音、そして本能的な恐怖を呼び覚ます高笑い。その様はマッドサイエンティストと呼ぶに相応しいものだった。研究者としてはかなり優秀らしいが、性格に難があるということで仕事先を転々としていたらしい。

 

(あの人の場合、性格に難があるというより、エキセントリック過ぎるんだよなぁ)

 

 もしくは時代の先を行っていると言うべきか。どちらにしろ、変人である事に変りは無かった。と、そこで凜堂は何故、紗夜がアスタリスク(ここ)にいるのか理解した。

 

「サーヤ。もしかしてお前、創一おじさんに煌式武装の宣伝をして来いって言われて来たのか?」

 

 頷きながら紗夜は制服のホルダーから煌式武装の発動体を取り出す。それはグリップ型の発動体で、紗夜が起動させると一瞬で大型の自動拳銃に姿を変えた。その動作は洗練されており、かなり手馴れていることが分かった。

 

「お父さんの作った銃、宣伝して来いって」

 

「確かにここで有名になりゃ、宣伝効果は絶大だからな。実際、ここの運営をやってる統合企業財体も半分くらいはそれが目的だろうしな」

 

 ふぅん、と英士郎の説明に頷きながら凜堂は紗夜を見る。やはり、一貫しての無表情だった。

 

「お前はそれでいいのか?」

 

「うん。私には私の目的があったし」

 

 けろりと頷く紗夜。そうか、と言ったきり、凜堂はそれ以上そのことに触れなかった。紗夜が覚悟を決めているのなら、過度な干渉は余計なお世話にしかならないだろう。

 

「ほう。で、その目的というのは?」

 

「それは秘密。でも、その目的の半分はもう……」

 

 言葉を止め、紗夜は凜堂をちらっと見た。それだけで英士郎は紗夜の目的の半分を察したらしい。にやりとその口元を邪悪に歪めた。

 

「だったら油断しない方がいいぜ、沙々宮。そいつ、転入早々にお姫様に粉かけてたからな」

 

「……それは実に興味深い。凜堂、詳しく聞かせて欲しい」

 

 紗夜の瞳が僅かに輝いたかと思うと、凜堂の喉元に銃口が突きつけられていた。一切の無駄を排除した、実に手馴れた動作だ。きっと、引き金を引く時も一瞬だろう。

 

「おいサーヤ。話をしようってんならまずはその物騒なもんを片付けろ。ってかジョー! 手前、テキトー吹き込んでじゃねぇぞ! こう見えて、こいつかなり過激なんだぞ!!」

 

「おら、さっさと席つけ。ホームルーム始めっぞ」

 

 その時、タイミングを計ったように匡子が眠そうな顔で教室に入ってきた。引きずるようにして持っている釘バットの釘がタイル状の床を擦り、非常に耳障りな音を奏でていた。

 

「おらそこ、教室の中で得物振り回すな、って沙々宮じゃねぇか」

 

「……お早うございます」

 

「お前、昨日何で休みやがった? 聞くだけ聞いてやるから言ってみな」

 

 教壇の上に仁王立ちする匡子に沙夜は淡々と答えた。

 

「……寝坊」

 

「はっはっは~、そうか、寝坊か……」

 

 刹那、匡子の手から放たれたチョークが紗夜の額を直撃する。

 

「……痛い」

 

「これで何回目だと思ってんだお前!! 次やったら、こっちだからな?」

 

 匡子は軽く釘バットを持ち上げて見せた。依然として無表情だが、目尻に涙を浮べながら紗夜はこくこくと頷く。流石に釘バットは怖いらしい。

 

「サーヤ。その寝坊癖、まだ治ってなかったのか?」

 

「……お布団には勝てない」

 

 本当、全然変わってねぇなぁ、と苦笑いしながら凜堂はチョークが命中して赤くなった紗夜の額を撫でる。紗夜は凜堂の手を拒むことなく、寧ろご満悦のようだ。そんな二人のやり取りを、ユリスは何とも複雑そうな顔で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。こんなもの……か?」

 

 放課後、ユリスは手洗いの鏡の前で髪型や服装を正していた。彼女のこの行動とこの後、凜堂に学園内を案内することは何の関係も無い。と、彼女は声を大にしてそう言うだろう。

 

(そうだ、これは礼儀の問題だ)

 

 そう自分に言い聞かせ、ユリスは化粧室から出て教室へと戻る。教室の中に生徒は残っておらず、紗夜と楽しげに話をしている凜堂がいるだけだった。

 

 今朝の二人のやり取りを間近で見ていたので、ユリスも二人が幼馴染だということは把握していた。それが数年ぶりに再会したのだから、話に花が咲くのも理解できる。なのに、ユリスは何故か落ち着かなかった。

 

「こほん。高良、準備はいいか?」

 

 わざとらしく咳払いしながら二人の間に割って入る。

 

「ん。あぁ、そうだな。よろしく頼むぜ、リースフェルト」

 

「や、約束は約束だからな。仕方なくだ、仕方なく」

 

 仏頂面を作りながらそっぽを向くも、ユリスの目はしっかりと凜堂を見ていた。最初に出会った時と変わらない、飄々とした顔だ。あの時、本当にユリスを助けた者と同一人物なのか疑いたくなるレベルだ。

 

(って、私は何を思い出しているんだ!?)

 

 頭をぶんぶんと振って、胸中に湧いたよく分からない感情を振り払う。

 

「……約束?」

 

「ちょっと色々あってな。今日はリースフェルトに学園内を案内してもらう事になってんだ」

 

「……色々? もしかして、朝、夜吹の言ってたことと関係が」

 

「い、色々は色々だ。沙々宮には関係ないことだ」

 

 ユリスが素っ気無く言うが、紗夜は全く納得してないようだ。その証拠に、不満げに眉を顰めている。

 

「では、行くぞ」

 

「オーライ。んじゃサーヤ、また明日」

 

 ユリスについて教室を出ようとする凜堂の袖を紗夜は掴んで引き止めた。

 

「サーヤ?」

 

「……だったら、私が凜堂を案内する」

 

「な、何だとっ!?」

 

 いきなりの発言にユリスは驚いた様子で振り返る。凜堂も意外そうに眉を持ち上げていた。

 

「案内くらい、私にも出来る。リースフェルトが『仕方なく』やる必要は全くない」

 

「申し出はありがたいが、生憎、私は一度交わした約束を反故にするつもりはない」

 

「……凜堂も嫌々案内されるよりも、私に案内してもらったほうがいいはず」

 

「だ、誰も嫌々案内するなど言っていない! そもそも、沙々宮は今年入学してきたばかりだろう! その点、私は中等部の時からここにいる。どちらが案内に相応しいかは論ずるまでもないだろう」

 

 睨み合うユリスと紗夜。二人の間で火花が散っているのを幻視したのは凜堂の気のせいではないはずだ。

 

「あの、お二人さん?」

 

「高良! お前はどっちに案内して欲しい!?」

 

「……私だよね?」

 

 突如、話の矛先を向けられ、え゛、と凜堂は凍りついた。そして、その一瞬の隙を突くように近づいてきた金色の影が一つ。

 

「そういうことでしたら、私が一番の適任ということになりますね」

 

「うぉっ!? 今度はお前かロディア」

 

 凜堂の肩からひょっこり頭を覗かせたのはクローディアだった。両腕を凜堂に回し、グラマーな胸を背中で押し潰すように抱きついている。

 

「「……」」

 

 一層、表情が険しくなる二人。

 

「ユリスは中等部三年からの転入ですが、私は一年生の時からいますもの」

 

「……誰?」

 

「クローディア。何故、お前がここにいる?」

 

「ロディア。当たってる、背中に当たってるんだが」

 

「こういう時は当ててるのよ、と言うんでしたっけ? それにしても皆さん、つれませんね。私も混ぜて欲しかったんですが」

 

「……嫌」

 

「却下だ」

 

 即答とは正しくこのことを言うのだろう。二人が言い切るのに一秒とかからなかった。

 

「それは残念。では、用件だけ済ましていきましょう」

 

 凜堂に引っ付いたまま、クローディアはゴソゴソと何かを取り出す。クローディアが動くたびに背中に押し付けられた胸が形を変え、凜堂に至福の時間を与えていた。

 

「あの、ロディアさん? 探し物なら俺から離れてやればいいんじゃ」

 

 凜堂が言い切る前にクローディアは取り出したものを凜堂の眼前に差し出す。書類の束だった。

 

「先日、お話した純星煌式武装(オーガルクス)の選定及び適合率検査を行ないます。この書類に目を通し、問題が無かったらサインをお願いします」

 

「あぁ、そのことか」

 

 随分、早いんだな、と独りごちりながら凜堂は書類を受け取った。びっしりと細かい文字で埋められたものが十枚以上。これを読むのは骨が折れそうだ。

 

「多いんだな」

 

「一応、統合企業財体のものですから。そこら辺はきっちりしませんと。まぁ、形式上のものなので、そこまで深く考えずにさらさらっと流してください」

 

「凜堂知ってるよ。そういう風にすると、大概後になって後悔するって」

 

 しっかりと読んでおこう、と誓う凜堂であった。

 

「そんなものをわざわざ生徒会長が持って来るなんて、我が校の生徒会はさぞ暇なのだろうな」

 

「えぇ。皆さん、とってもいい子ですから。私達も楽をさせてもらってます」

 

 ユリスの皮肉をクローディアは笑顔で流す。仮にこの二人が口論を始めたら、ユリスに軍配が上がることは永遠にないだろう。

 

「……あの時も普通に話してたけどよ。リースフェルトとロディアって友達なのか?」

 

「断じて違う!!」

 

「そうですよ」

 

 どっちやねん、と対極の返答に凜堂は呆れ返っていた。

 

「あらら、冷たいですわね」

 

「ウィーンのオペラ座舞踏会(オーパンバル)で顔を合わせた程度の顔馴染み、それだけだ」

 

 ウィーンのオペラ座舞踏会とは、欧州最大の舞踏会のことだ。さらっとこんな言葉が出てくる辺り、やはりこの二人はいいとこのお嬢様なのだと実感させられる。

 

「用が済んだのならさっさと帰れ」

 

「しっしっ」

 

「ふふっ、御機嫌よう。今日は譲りますが、明日は私が凜堂を独占させてもらいますので悪しからず。では凜堂、また明日」

 

「おう。明日な」

 

 ようやく凜堂から離れると、優雅に一礼してクローディアは教室から出て行った。クローディアが出て行った扉を、ユリスと紗夜は不愉快そうに見ていた。紗夜に至っては、腰のホルダーに手を伸ばしている。

 

「全くあの女狐。少し胸が大きいからって調子に乗りおって。あんなのただの脂肪の塊だ。将来、垂れるぞ」

 

「……同感」

 

 これが持たざる者の嫉妬という奴なのだろうか? と、思わないでもない凜堂だったが、その言葉がどんな結末をもたらすかは容易に想像できたので、何も言わなかった。

 

「んじゃ、そろそろ行こうぜ。案内は二人でやってくれよ」

 

「二人で?」

 

「……」

 

 凜堂の申し出に二人の少女は互いの顔を見合った後、仕方ないと言いたげに肩を竦めた。とりあえず、教室の中で炎と銃弾が乱舞する、なんて凄まじい事にはならずに済んだようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、凜堂はユリスと紗夜の二人に星導館学園を案内してもらう事になったのだが……。

 

「ここはクラブ棟だ。うちのクラブは一部を除いてそこまで活発に活動はしてないが、報道系のクラブに文句を言うのならここに足を運ぶことになるだろうな」

 

「……なるほど」

 

「ここは委員会センター。福利厚生に関する要望、申請はここを通す必要がある」

 

「……そうだったのか」

 

「食堂は……既に夜吹と一緒に行っているか。一応、学園内にはカフェテリアを含めて七箇所の食事処がある。その日の気分で食べる場所を変えるのも一興だろう」

 

「……初めて知った」

 

 

 

 

 

 

「……沙々宮。私はお前を案内していた訳ではないんだぞ?」

 

 中庭のベンチで一休みしながら、ユリスはいちいち自分の説明に頷いていた紗夜に向かって言った。対して、紗夜は胸を張ってみせる。

 

「……私、方向音痴だから」

 

「それで何故、自分が案内するなんて言えたんだ?」

 

「えへん」

 

「褒めてないぞ、サーヤ」

 

 紗夜の頭を小突きながら凜堂はユリスに頭を下げた。

 

「悪かったな、リースフェルト。こいつが超絶的な方向音痴だってこと、すっかり忘れてた」

 

「い、いや、別にお前が謝る必要はないだろ」

 

 いきなり謝罪され、ユリスは慌てて両手を振る。本来、謝るべきは紗夜なのだが、当の本人はけろりとした顔をしていた。

 

(しかし、サーヤ、か)

 

 ふと、ユリスは目の前でふざけ合っている二人を見た。

 

「方向音痴まで昔のままとか本当に変わらないな、サーヤ。もしかしてあれか? あの時、分かれたお前がそのままタイムスリップしてここに来てんじゃねぇか?」

 

「……そんなことはない。ちゃんと私も成長している」

 

「ほぅ、具体的にどの辺りが?」

 

「……どこだろう?」

 

「俺に聞くなよ……」

 

 幼馴染というだけあり、とても仲が良さそうだ。

 

(しかし、沙々宮と夜吹はともかく、何故クローディアまであだ名で呼ばれているんだ!?)

 

 百歩譲って英士郎はまだ分かる。凜堂と同じ部屋なのだから、仲良くなる機会はそれなりにあっただろう。しかし、クローディアは別だ。凜堂とクローディアの接点といえば、昨日の決闘を中断させた時と、最後の転入手続きを済ませた時だけだ。あだ名で呼び合うほど、親しくなる時間は無かったはず。

 

(私だけ苗字なのは……不公平ではないか)

 

 そう、不公平なだけだ。クローディアがあだ名で呼ばれているなら自分も、流石に最初からあだ名はきついだろうが、名前で呼ぶくらいは構わないはずだ。決して、嫉妬ではない。そう自分に言い聞かせながらユリスは口を開こうとするが、

 

「飲み物買ってくっけど、リースフェルト、お前は何がいい?」

 

「え、飲み物? そ、そうだな、では冷たい紅茶を頼む」

 

「あいよ」

 

「私は」

 

「りんごジュースだろ? 濃縮還元してないやつ」

 

 流石、凜堂。分かってる、と紗夜は自動販売機に向かって行く凜堂の後ろ姿に親指を立てた。凜堂は近くにある噴水を回り込むようにして高等部校舎へと走っていった。

 

「あ、高良! ここからなら中等部校舎にある自販機のほうが近いぞ……遅かったか」

 

 ユリスが思い出した時には既に凜堂の姿は無かった。小さくため息を吐きながらユリスがベンチに腰を下ろすと、不意に紗夜が口を開いた。

 

「……リースフェルト、もう一度聞きたい」

 

「何をだ?」

 

「何故、リースフェルトが凜堂を案内するに到ったかその経緯について」

 

「お前も意外としつこいな……まぁ、減るものでもないし答えてやる。私はあいつに借りが出来た。それでその借りを返すために学園を案内することになった。それだけのことだ」

 

「借り?」

 

 一瞬、口篭ってからユリスは答えた。

 

「決闘で助けられた」

 

「……決闘? 何で凜堂がリースフェルトと決闘を?」

 

 流石にそれはプライバシーに関わるので答えなかった。紗夜は暫くの間、凜堂が決闘? と首を傾げていたが、すぐに別の疑問を見つけた。

 

「……決闘の結果は?」

 

「途中で邪魔が入った故、不成立だ」

 

 再び紗夜は不思議そうに首を捻った。

 

「……それはおかしい」

 

「おかしい、とは?」

 

「凜堂と戦って、リースフェルトが負けるはずがない」

 

 予想もしなかった紗夜の言葉にユリスは目を白黒させた。冗談、という訳では無さそうだ。その証拠に紗夜の目は真剣そのものだった。

 

「いや、そんなことはないぞ。邪魔が入るまで、あいつは私と互角に戦っていた。それも、結果がどうなるか分からないほどにな」

 

 気付けば、ユリスは凜堂を弁護するような事を口走っていた。そのことに誰よりも驚いたのはユリス本人だった。

 

 自分と戦った相手が弱いと思われているのが許せない? 少なくとも、ユリスが無意識の内にそんなことを吐露した理由はそれだけではなかった。更にユリスは言葉を紡ごうとするが、それは紗夜の次の台詞で止められることになる。

 

「だって、凜堂は本気で戦ってないから」

 

「……何だと?」

 

 大きく目を見開き、言葉を失うユリスに構わず紗夜は先を続けた。

 

「リースフェルトは強い。少なくとも、私と同じくらいには。だったら、本気じゃない凜堂に勝てないほど弱く無いはず」

 

 まさか、と思いつつ、ユリスは心当たりがあることに気付く。決闘の最中、終始余裕を見せていた凜堂。そして、不意打ちからユリスを助ける時に見せた別人のような動き。

 

(私を相手にして本気を出さなかった? 何故、そんなことを……)

 

 ユリスの脳内で疑問がぐるぐると渦巻く。しかし、それについて深く考える時間は無さそうだ。不意にユリスは目を鋭くさせると、反射的にベンチから離れていた。それとほぼ同時に乾いた音を立てて、数本の光の矢がベンチに突き刺さる。昨日の決闘で凜堂が防いだものと同じものだ。

 

(どこから!?)

 

 ユリスが矢の飛んできた方へ視線を向ける。すると、噴水の中から黒ずくめの格好をした襲撃者が顔を覗かせていた。その手には矢を放ったであろうクロスボウ型の煌式武装が握られている。

 

「また不意打ちか。芸の無い」

 

 嘲笑しながらユリスは星辰力(プラーナ)を集中させ始めた。前回の同一犯と見て間違いないだろう。

 

「(ここで捕えさせてもらう!)咲き誇れ、鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!!」

 

 ユリスの声に呼応して現れた炎の槍は不届き者を刺し貫かんと襲撃者へ飛び掛った。だがそれは間に飛び込んできた黒い影に防がれることになる。

 

「新手……それも私の炎を防ぐだと!?」

 

 それは襲撃者と同じ黒ずくめの格好をしていた。噴水に潜んでいたずんぐりしている方と比べると、かなりがっしりとした体系をしており、巨大な斧の煌式武装を盾のように構えている。ユリスにはその姿に嫌というほど見覚えがあった。

 

(まさか……いや、ないな。あいつは直進しか出来ないが、こんな腐った真似をするような奴ではない)

 

 ユリスが目まぐるしく思考を巡らしていたその時、

 

「……どーん」

 

 周囲一帯を震わす重低音が響いたかと思うと、大男が天を舞っていた。十数メートルも打ち上げられ、そのままきりもみ落下して頭から地面に突っ込む。ピクリとも動かなくなった。

 

「……は?」

 

 爆風が荒々しく吹き荒ぶ中、ユリスは呆然としながら大男に銃撃を叩き込んだ紗夜へと視線を向ける。その手には紗夜よりも遥かに大きい銃が握られていた。

 

「……沙々宮。それは何だ?」

 

「三十八式煌型擲弾銃ヘルネクラウム」

 

 即ち。

 

「グレネードランチャーか!?」

 

 頷きながら紗夜は噴水へと銃口を定めた。

 

「……バースト」

 

 銃身が微かに輝き、マナダイトが光を増していく。急激に高まった星辰力が集中していく。

 

流星闘技(メテオアーツ)!?」

 

 噴水の中の襲撃者が慌てて逃げ出そうとするが、時既に遅し、だ。

 

「……どどーん」

 

 可愛らしくも覇気が全く無い掛け声と共に放たれた光弾は襲撃者を直撃。鼓膜を叩き破らんばかりの音を響かせながら襲撃者を噴水諸共に吹き飛ばす。

 

 ぽっかりと開いた穴から覗いた基底部分が狂ったように水を噴射し、シャワーのように撒き散らしていた。

 

「大した威力だ」

 

 噴出す水が雨のように降り注ぐ中、ユリスは素直に紗夜の流星闘技の威力を賞賛した。範囲はユリスの『六花の爆焔花(アマリリス)』の方が広いだろうが、破壊力だけなら紗夜が勝利するだろう。

 

「高良の言うとおり、過激だな、お前は」

 

「……むむ」

 

 ユリスの言葉に応じず、紗夜は僅かに眉根を曇らせた。不思議に思ったユリスがその視線を追うと、さっきまで地面の上に転がっていた大男の姿が無かった。紗夜の流星闘技で噴水ごとぶっ飛ばされた方も、軽やかな身のこなしで木々の間へと消えていく。

 

「随分と丈夫な連中だな」

 

「……びっくり」

 

「何じゃこりゃあ!?」

 

 不意に驚きの声が上がる。二人が声のした方を向くと、高等部校舎から走ってくる凜堂の姿が見えた。

 

「おい、一体全体何が起こった!? ばかでかい音がしたと思って来てみりゃ噴水が消し飛んでるし」

 

 凜堂の問いに顔を見合わせる二人。そして同時に頷く。

 

「色々あったんだ。な、沙々宮」

 

「……そう、色々あった」

 

「どんな色々だよ?」

 

 凜堂が問うも、二人は乾いたような笑みを浮かべながらいなすだけだった。

 

「よぅ分からんが、このままじゃまずいだろ。とりあえず……」

 

 唐突に凜堂が無言になる。そして制服の上着を脱いだかと思うと、ユリスにそれを差し出した。

 

「羽織れ」

 

 言葉短く言う。

 

「は? いや、いきなりそんなことを言われても」

 

「いいから着ろ。自分が今どんな格好をしてるか分かってるのか?」

 

 と、そこまで聞いたところでユリスは理解する。周囲一帯は紗夜がぶっ壊した噴水から放たれる水で水浸しになっている。当然、その水を二人は浴びてるわけで、生地の薄い夏服が透けて豪いことになっていた。

 

「み、見るな! 見たらただじゃ済まさんぞ!?」

 

「だからこれ羽織れって言ってんだろ!」

 

 ユリスは凜堂の手から引っ手繰るように制服を受け取ると、肩にマントのように被せた。これで幾分かマシになるだろう。

 

「……スケスケ。これはエロい」

 

「アホなこと言ってないでお前もこれ着ろサーヤ、ってお前下着どうした!?」

 

 脱いだシャツを手渡そうとしながら凜堂は慌てて紗夜から目を逸らす。ずぶ濡れなのはユリスと一緒だ。ただ、致命的に違う部分が一つ。

 

「……悲しいけど、私にはまだ必要ない」

 

「そういう問題じゃねぇだろ……リースフェルト、サーヤを頼む! 俺はタオルか何か持ってくっから」

 

「わ、分かった!」

 

 半ば無理矢理、紗夜にシャツを着させ、凜堂は駆け出していく。その後ろ姿を見送りながら、俄かにユリスの胸中である疑問が生まれた。

 

「なぁ、沙々宮」

 

「……何?」

 

「あいつ、高良は本気で戦わないと言っていたな。あいつは何時、本気で戦うんだ?」

 

「……何で、そんなことを?」

 

「べ、別に他意はない。気になっただけだ」

 

「ふぅん……凜堂が本気で戦う時。それは……」




さて、次はいよいよ、純星煌式武装ですな。やっと少しはオリジナル要素が出せそうだ。

では、次回。


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黒き魔剣、そして……

 翌日、凜堂は純星煌式武装(オーガルクス)の適合率検査を受けるため、生徒会室を訪れていた。扉を開けると、笑顔のクローディアが凜堂を出迎える。

 

「お早うございます、凜堂。昨日は大変だったようですね」

 

「まぁな。大騒ぎにゃなるし、ジョーからは質問攻めされるし……」

 

 大変だったぜ、と肩を竦める凜堂。昨日、ユリスが襲われたことは既に風紀委員に通報してある。当然、生徒会長であるクローディアも事態を把握しているだろう。ちなみにネットニュース等にも話題として上がっていたが、あくまで『ユリスが何者かに襲われた』ということしか取り上げられておらず、一緒にいた紗夜のことは微塵も書かれていなかった。

 

(やっぱ、冒頭の十二人(ページ・ワン)と序列外の生徒じゃ扱いに相当な差があるんだな)

 

 ま、そんなもんだろ、と納得しながら凜堂は犯人を捕まえられそうか訊ねた。対して、クローディアは少しだけ難しそうな表情を作る。

 

「ん~、どうでしょう。風紀委員の人達も本腰を入れて捜査していますが、何分ほとんど手がかりが残ってないらしくて」

 

「ま、リースフェルトとサーヤを襲った連中も即行でどっか逃げたらしいからな。姿格好も黒ずくめってくらいしか分からなかったみてぇだし……一つ疑問なんだがロディア」

 

「何でしょう?」

 

「何で風紀委員なんだ? これって完全な犯罪だろ? 警察に任せといたほうがいいんじゃねぇの」

 

 凜堂の尤もらしい言い分にクローディアは困ったように首を傾げた。

 

「そこが少し難しいところでして。アスタリスクにも一応、警察に該当する組織、星猟警備隊(シャーナガルム)があるのですが、彼らは少し有能すぎるんですよ」

 

「と、言いますと?」

 

「星猟警備隊の警察権はアスタリスク市街地のみで発揮されるべきものであり、学園内に及ぶものではない、というのが各学園の考えでして」

 

 よっぽどのことがない限り、学園側は星猟警備隊を受け入れないそうだ。一生徒が謎の襲撃者に襲われたことはそのよっぽどの中に含まれないのか? と凜堂はやや呆れた風だったが、それはクローディアと論ずるべきことではないと何も言わずに口を閉ざす。

 

「探られると腹が痛いのはどこも同じという訳ですね」

 

 あっけらかんと言っていい台詞ではない。腹黒さもそうだが、目の前にいるこの美少女は胆力の方も並ではないようだ。

 

「私個人としては、警備隊にお願いしても構わないのですが、こればかりは私の権限で無理矢理にどうこう出来ることではありませんし。もう少し、ユリスが協力的だと打てる手も増えてくるのですが……」

 

「あの頑なさは異常だな。雨垂れも匙投げるっての」

 

 風紀委員に連絡こそすれ、ユリスはそれ以上の協力を頑としてせずにいた。誰の助けも必要ない、というのが彼女の言い分だった。風紀委員が警護をつけることが出来ると言っていたが、自分よりも弱い護衛など不要、とユリスはその申し出を一蹴している。

 

「きっとあの子は自分の手の中にあるものを守ることで精一杯なのでしょう。新しいものが入ってくると、今あるものがこぼれ落ちてしまう……そんな風に思っているのかもしれませんね」

 

「自分の手の中のものを守る、か……」

 

 一瞬、凜堂の瞳に敬意とも羨望ともつかぬ色が浮かんだ。しかし、それはクローディアが見咎める前に消えていた。

 

「はい。私も彼女の考えは尊重するつもりですが、それとこれとは話は別です。そこで凜堂にお願いしたいことがあるのですが」

 

「俺に?」

 

 自身の顔を指差す凜堂に頷きながらクローディアが身を乗り出そうとした時、荒々しくドアがノックされる。

 

「……あらら、タイミングの悪い。すみません、凜堂。今日はあなた以外にも来客がいらしたんでした。この続きは後ほど」

 

 言いながらクローディアは机の端末を操作して、扉を開いて来訪者達を迎え入れた。その人物達が顔見知りで、凜堂は僅かに眉を持ち上げた。それは向こうも同じで、揃って驚いた顔をしている。

 

「純星煌式武装の利用申請は色々と面倒なので、一度に済ませようと思いまして。こちらは……あら? もう皆さん、お互いをご存知ですか?」

 

「ま、色々あってね」

 

 流石にユリスとの因縁に巻き込まれたとは言えず、凜堂は適当にお茶を濁す。

 

「お、お前、何でここに?」

 

「さぁ、何ででしょう?」

 

 太った方の取り巻き、ランディがポカンとした顔で凜堂を指差す。おどけた様子で煙に巻く凜堂をレスターは不愉快そうに一瞥し、すぐに視線を逸らした。嫌われてるねぇ、と凜堂は小さく笑った。

 

「今回は凜堂とマクフェイルくんの二人に適合率審査を受けてもらいます。勿論、了承しているとは思いますが、そちらの二人は付き添いなので保管庫には入れませんよ?」

 

「あ、はい。勿論、了解してます」

 

 痩せた方、サイラスが赤べこのように何度も頷く。必要以上に卑屈なその様は少し異様だった。

 

「さっさと始めようぜ。時間が勿体無ぇ」

 

「短期は損気、と言いますが、そうですね。時間は有意義に使うべきですね。では、参りましょうか」

 

 クローディアは席を立つと、凜堂たちを先導するように生徒会室を出た。掃除の行き届いた廊下を歩きながら凜堂は純星煌式武装の貸し出しの手順についてクローディアに訊ねる。

 

「手順自体は簡単ですよ。希望する純星煌式武装との適合率を測定し、八十パーセント以上であればそれが貸与されます」

 

「……そんだけ?」

 

「はい。そんだけです」

 

 ほえぇ~、と気の抜けた表情をしながら凜堂は頭の後ろで両手を組む。もっと、複雑なものを想像していただけに何だか拍子抜けだ。

 

「ってか、んな簡単に生徒に貸し出していいわけ? ウルム=マナダイトってとんでもねぇ価値があんじゃねぇの?」

 

「はっ、何も知らないんだな。純星煌式武装を借り受けるのはそんなに簡単なことじゃねぇんだよ」

 

 嘲るように言ったのは凜堂の後ろを歩いていたレスターだ。何分、初めてなもので、と凜堂は薄く笑う。

 

「そもそも、誰でも彼でも希望すれば通るってわけじゃねぇ。序列上位者、それも冒頭の十二人に名を連ねてるレベルの奴に星武祭で活躍した連中、もしくは特待生くらいでなきゃまず無理だ。申請の段階で却下される。よしんば申請が通ったとしても、適合率が八十パーセント以上を示さなきゃ意味がねぇ」

 

 それに、仮に八十パーセントを超える純星煌式武装と巡り合えたとしても、それを使いこなせるかどうかは別問題だ。誰でも簡単に起動できる通常の煌式武装(ルークス)に比べ、純星煌式武装(オーガルクス)はクセが強い。それを扱える者はそう多くは無いだろう。

 

「随分、詳しいんだな」

 

「ふふっ、流石にチャレンジも三回目となると説得力がありますね」

 

 クローディアの言葉に得意げだったレスターの顔が歪む。へぇ~、と頷きながら凜堂は視線をレスターからクローディアへと移した。

 

「適合率の検査ってそんな何度も出来るもんなのか?」

 

「許可さえ下りれば何度でも。学園としても、宝の持ち腐れは勿体無いですからね」

 

 とはいっても、その審査が厳しい事に変わりは無いようだ。そんなこんなしている内に一行は高等部校舎の地下ブロックにある装備局へと足を踏み入れていた。地下、と銘打っているが、アスタリスクは人口島なので、正しく表記するなら水中ブロックなのだが、そんなことを気にする者はアスタリスクにはいない。

 

「あ、あの、この前はすみませんでした」

 

 白衣姿の職員が忙しそうに行きかう通路を興味津々で凜堂が眺めていると、背後から声がかけられた。振り返ると、レスターの取り巻きのサイラスが気の弱そうな笑みを浮かべている。

 

「レスターさんも悪い人ではないんですけど、その、気性の荒いところがある人なので……」

 

「別に気にしてねぇよ。正直言えばどうでもいいし」

 

 凜堂自身、レスターと積極的に関わるつもりは無かったので、心の底からどうでもいいことだった。

 

「ランディさんもあの調子ですから、また不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが……本当に申し訳ないです」

 

 そう言って、サイラスは深々と頭を下げる。

 

「それはお前が謝る事じゃないだろ」

 

 凜堂がサイラスの頭を上げさせたその時、前を歩いていたレスターとランディからお呼びの声がかかった。どうも、サイラスの力関係は三人の中で一番下らしい。

 

「……」

 

 慌てて二人についていくサイラスの後ろ姿を凜堂は胡散臭そうに見ていた。

 

 それから装備局の最奥にあるエレベーターの前でサイラスとランディと別れ、凜堂とレスターはクローディアに従ってさらに潜っていった。かなりの時間をかけて下っていたエレベーターが辿り着いたのはかなり広めの空間だった。見かけはトレーニングルームのようだ。

 

 片方の壁は六角形の模様がずらりと並んでいて、反対側の壁はガラス張りになっていた。その中では職員と思しき男女達が忙しなく動いていた。取り巻きの二人もそこで待機している。

 

「先にやらせてもらうぜ。いいな?」

 

 クローディアは凜堂を見る。凜堂は何も言わず、仰々しく一礼しながら先を譲る意を示した。その動作がレスターの神経を逆なでするが、構ってる暇はないとレスターは六角形が並んだ壁のすぐ傍にある端末の元へと向かった。

 

「あれは?」

 

「純星煌式武装を収めている壁を操作するものです。まず最初に星導館学園が所持している純星煌式武装の一覧が表示されて、その中から希望するものを選ぶんです」

 

 そうすると、六角形の壁の中から純星煌式武装を収納したケースが出てくる、という訳だ。ちなみに星導館学園が所持している純星煌式武装の総数は二十三。その内の七つは既に貸し出し中で、使用者の四人は冒頭の十二人なのだそうだ。

 

「ふ~ん。やっぱ強いんだな、純星煌式武装って」

 

 勿論、その純星煌式武装を扱う使い手の技量も目を見張るものがあるのだろうが。

 

「よし、こいつだ」

 

 暫くの間、二人が眺めているとレスターは一覧の中から一つを選んでウィンドウを閉じた。それと同時に六角形の模様の一つが輝き始め、それは場所を組みかえるように滑らかに動きながらレスターの前へとやって来た。低い音を響かせ、模様がせり出してくる。凜堂の予想通り、六角形は収納ケースになっていたようだ。

 

「ふふ、無駄に凝ってますよね」

 

「生徒会長のお前が言ってやるなよ。設計者も純星煌式武装を収納するんだから、気合い入れて作ったんだろ」

 

 それを無駄と言ってしまうのは設計者が余りにも可哀想だ。二人が見守る中、レスターはケースの中からそれを取り出した。その取り出されたものを見て、クローディアは目を丸くする。

 

「マクフェイルくん。『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』を選びましたか。これはまた……」

 

「『黒炉の魔剣』?」

 

「えぇ。かつて他学園から『触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん』と恐れられた強力な純星煌式武装です」

 

 それはまた大層な謳い文句だ、と苦笑いしながら凜堂はレスターの手に握られた黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を観察する。見た目は通常の煌式武装と何ら変わりない。強いて違う点を挙げるとすれば、コアであるウルム=マナダイトの色が鮮やかな赤色だということくらいだ。

 

「じゃあ、行くぜぇ……!」

 

 レスターが発動体を起動させると、まず最初に柄部分が再構築された。通常の剣型の煌式武装と比べ、かなり大きい。更に間を置かずに柄部分が開き、光の刀身を露にさせる。黒炉の魔剣と名づけられているが、その刀身は透き通るような純白の色をしていた。

 

「へぇ、黒炉って名前の割には白いんだな……っ!?」

 

 もう少し近くで見ようと一歩踏み出した瞬間、凜堂の背筋に悪寒が走る。まるで、浮気なんて許さない、と殺意の籠った目でこっちを見る女性と対峙しているかのようだ……そんな経験が凜堂にある訳ではないが。

 

「どうかされました?」

 

「いや、何でも……」

 

 クローディアが不思議そうに問うてくるが、それを感じたのは一瞬だけだったので凜堂にはそれ以上何も言えなかった。

 

(何だったんだ、今の……)

 

 凜堂の思考を断ち切るようにスピーカーから声が響く。

 

『計測準備、完了しました。何時でも始めてください』

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 それを合図にレスターは裂帛の咆哮を上げながら黒炉の魔剣を握り締め、爆発的な星辰力(プラーナ)を解放する。しかし、黒炉の魔剣はうんともすんとも言わなかった。

 

『現在の適合率、三十二パーセント』

 

 スピーカーの声に凜堂はあれま、と声を上げ、レスターは焦りに顔色を変える。

 

「なぁぁぁめるなぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 レスターは吼えながら黒炉の魔剣を捻じ伏せるように更に強く握った。砕かんばかりに歯を食い縛ったその顔からは他者を力で従わせようとする強い意思が感じられた。

 

 もっとも、その意思だけで従わせられるほど、純星煌式武装は素直ではないが。黒炉の魔剣はレスターの力を歯牙にもかけず、眩い閃光を放って逆にその巨体を弾き飛ばした。

 

「ぐおっ!!」

 

 吹き飛び、壁に叩きつけられたレスターから視線を黒炉の魔剣へと戻す凜堂。どういう力が働いているのか一切分からないが、黒炉の魔剣は宙に留まってレスターを見下ろしている。

 

「拒絶されましたね」

 

「あれが話に聞いてた、純星煌式武装の意思ってやつか?」

 

 小さく頷くクローディア。

 

「意思と言っても、コミュニケーションの取れるものではありませんが」

 

『最終的な適合率は二十八パーセントです』

 

「まだまだぁ!!」

 

 低い適合率にもめげることなく、レスターは再び黒炉の魔剣を構える。

 

「あぁいう愚直に力を求める姿勢は嫌いではありませんが……強引なだけで口説き落とせる相手ではありませんね」

 

「だな。あんなアグレッシブじゃ、例え脈があっても振られるのがオチだ」

 

 二人の言葉を肯定するようにレスターは何度も黒炉の魔剣に拒絶される。その度に吹き飛ばされて壁にぶつかり、レスターはぼろぼろになっていた。

 

「くそがぁ! 何で、何で従わねぇ!!」

 

「んな態度で迫られちゃ、誰だって従わないだろ」

 

 凜堂の言葉通り、レスターは黒炉の魔剣に触れることさえ出来なくなった。近づくだけで吹き飛ばされるのだ。

 

『適合率、十七パーセントです』

 

「おいおい、そろそろ止めておいたほうがいいんじゃねぇの?」

 

 勿論、凜堂の言葉がレスターに届くわけも無い。低下するだけの適合率も意に介さず、レスターは黒炉の魔剣へと手を伸ばす。

 

「いいから、俺に従えぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

 怒声と共に手を伸ばす。が、一際大きく吹き飛ばされただけだった。何度も壁に叩きつけられたつけが来たのか、レスターは呻き声を上げながら膝をつく。

 

『適合率マイナス値へシフト! これ以上は危険ですのですぐに中止して下さい!!』

 

「あぁ、これはいけません。本格的に機嫌を損ねてしまったようです」

 

 珍しく慌てた様子でクローディアが一歩踏み出すが、それは凜堂の手によって阻まれた。凜堂はそのままクローディアを庇うように前に出て、制服の中から六本の鉄棒を取り出して一瞬で棍へと組み上げ、宙に浮きながら凄まじい熱を放つ黒炉の魔剣と対峙する。それなりに距離を取っているにも関わらず、直に火に当たっているような感覚さえしていた。

 

『対象は完全に暴走しています! 至急、避難を!!』

 

「避難って言われてもねぇ」

 

 困った風で凜堂は唯一の出口であるエレベーターをちらっと見た。エレベーターまでかなりの距離がある。凜堂とクローディアの二人だけならとかく、まだ動けずにいるレスターを抱えて逃げ切れるものではない。

 

『対象の熱量が急速に上昇!!』

 

 言われるでもなく、二人はその熱を感じていた。このままでは室内にいる全員を蒸し殺しかねない勢いで黒炉の魔剣は熱を放っている。

 

「あれは本来、刀身に熱を溜め込む剣です。制御できる使い手がいないので、少々外に漏れ出してしまっているようですね」

 

「これで少々?」

 

 嘘だろおい、と戦慄しながら凜堂は黒炉の魔剣に注意を向ける。かなりの広さがあるにも関わらず、室内はサウナ状態になっていた。

 

「流石、純星煌式武装。謳い文句は伊達じゃないってか?」

 

 その時、黒炉の魔剣の切っ先が凜堂に向けられた。

 

「どうやら彼女(?)は凜堂をご所望みたいですが」

 

「おいおい、俺みたいなのを選ぶなよ。尻軽って言われても責任はとれねぇぞ」

 

 苦笑いしながら凜堂は棍へ星辰力を集中させる。それを合図に黒炉の魔剣は凜堂へと襲いかかった。飛来する黒炉の魔剣を真っ直ぐ見据え、凜堂はタイミングを合わせて棍を振り上げる。狙い過たずに棍は魔剣の切っ先を捉え、高々と打ち上げた。

 

「あっち!」

 

 星辰力で守っているにも関わらず、棍を通して伝わってきた熱に凜堂は顔を顰める。棍も星辰力で守っていなかったら、一度打ち合っただけで瞬く間に熔解していただろう。

 

 天井付近に打ち上げられた魔剣は再び凜堂を襲った。頭上から迫る魔剣を凜堂は横に跳躍してかわす。魔剣は凄まじい速度で凜堂へ肉薄するが、凜堂は焦ることなく棍を操って灼熱の一撃を打ち払う。

 

 矢継ぎ早に斬撃を繰り出す黒炉の魔剣。対して凜堂は嵐のように棍棒を振り回してその悉くを防ぎ、魔剣を寄せ付けなかった。

 

「いい加減……しつけぇぞ!!」

 

 魔剣を叩き落そうと、凜堂は棍の端を両手で掴んで力の限りに振り下ろした。その一撃に打ち負けることなく、黒炉の魔剣は凜堂と鍔迫り合いを演じる。間近で放たれる尋常じゃない熱気に目を細めながら凜堂は更に棍へ星辰力を注ぎ込んだ。

 

「あんだけしつこくされて怒ったその自分がしつこくしてんじゃねぇよ!!」

 

 力を込め、凜堂は一瞬だけ魔剣を弾き飛ばした。その一瞬で凜堂は体を一回転させ、勢いを乗せた棍で魔剣を天井へと叩き上げた。そのまま魔剣から視線を外さず、突くように棍を構える。

 

一閃(いっせん)穿血(うがち)”!!」

 

 魔剣が急降下するのに合わせたその突きは莫大な星辰力と共に放たれ、魔剣を大きく弾き飛ばした。三度、天井へとぶち上げられた魔剣は一閃“穿血”で相当な衝撃を受けたのか、錐揉みしながら落下していく。その隙を逃さず、凜堂は高々と飛び上がって黒炉の魔剣の柄を掴んだ。

 

「っ! 私に触れる奴は火傷するってか!?」

 

 予想通り、黒炉の魔剣の柄は凄まじい熱を持っていた。柄を握った瞬間、肉の焼ける嫌な音と臭いがし始めたが、凜堂は黒炉の魔剣から手を離さずに床へと突き刺す。

 

「ダンスは終わりだぜ、お嬢ちゃん」

 

 途端、室内を満たしていた熱が綺麗に消える。さっきまでの暴走が嘘だったかのように、黒炉の魔剣も凜堂の手の中で大人しくしていた。

 

「いい子だ」

 

 にっこりと微笑みながら凜堂は黒炉の魔剣のウルム=マナダイトを撫でる。すると照明が反射しただけなのか、ウルム=マナダイトが微かに輝いたように見えた。

 

「っ!?」

 

 刹那、再び凜堂の背中に怖気が走った。誰のものか分からぬ視線が凜堂へと突き刺さる。いや、その視線は凜堂よりも、彼の手に握られた黒炉の魔剣へと向けられていた。その視線に含まれているのは怒りと妬みだった。自分のものに手を出すな、と言っているかのように悪意に満ちた目を魔剣へと注いでいる。

 

 眼前で繰り広げられた攻防に呆然とする一同。その中でクローディアだけが凜堂へ惜しみない拍手を送っていた。

 

「お見事です、凜堂。それで適合率は?」

 

 少し、呆然としてから職員達は慌てて計器類を確認し、報告する。

 

『き、九十四パーセントです』

 

 結構、と頷いてクローディアはレスターへと向き直った。

 

「そういうわけです。残念ですが、異論はありませんね」

 

 その言葉にレスターは悔しさに満ちた表情で拳を床に打ち込んだ。その顔は納得してないと明白に語っていたが、もう一度やらせろなんてみっともない真似はしなかった。

 

「では、凜堂。手の治療を……凜堂?」

 

 クローディアが声をかけても、凜堂は何の反応も示さず、ある一点を注視している。その視線を追うと、六角形の一つに辿り着いた。

 

「ロディア。あの中って何が入っているんだ?」

 

 そこから視線を逸らさず、凜堂は問うた。種類や数はともかく、どこに何が収められているかまでは把握していないらしく、クローディアは首を傾げた後にガラス張りの部分へと目を向けた。クローディアの視線を受け、職員が慌てて端末を操作し始める。その顔が強張ったのは数秒後のことだった。

 

「何が入っているんでしょう?」

 

『……『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』です』




すみません。オリジナルの純星煌式武装が詳しく出るのは次回になりそうです。

楽しみにしていた人(いるわきゃ無いけど)がいたらごめんなさい。


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無限の瞳

 その名を聞いた瞬間、クローディアも美しい顔を曇らせた。

 

「悪いことは言いません、凜堂。あれは止めておきましょう。無限の瞳(ウロボロス・アイ)はおいそれと使っていいものではありません」

 

 そんなに危険なのか? という凜堂の問いにクローディアは真剣な表情で頷く。

 

「『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』。余りの凶悪さから使い手が見つからず、アスタリスクの全ての学園を転々とした曰くつきの代物です。『その瞳に映るは禍津光なり』と恐れられ、近年は使おうとする者はおろか、適合率を測ろうとする人すら現れていません」

 

 一拍置いて、クローディアは続けた。

 

「無限の瞳自体に戦闘能力はありません。その代わり、その名が示すとおりの無限にも近い力を内包しており、それを使い手へ与えます」

 

 ざっくばらんに言ってしまえば、永久機関である。クローディアが説明している間にも六角形の中から放たれている視線は強さを増していき、容赦なく凜堂と黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)へと突き刺さる。

 

「それと同時にある代償をも使い手に与えます。異様なまでの渇望を」

 

 渇望。読んで字の如く、渇くほどに望むことだ。渇望ねぇ、と凜堂は今一ピンと来てないのか、微妙な表情で頬を掻く。

 

「それって言うほど問題なのか? 渇望なんて、人間なら誰しも抱えているもんだと思うが」

 

 程度の差こそあれ、人間は常に何かを求めている。人間とはそういう生き物だ。そしてアスタリスク(ここ)にいる連中の大概は己の望むもののために戦っている。そんな奴等が渇望程度で無限の力を忌避するとは凜堂には到底思えなかった。

 

「その渇望が、人格や精神を崩壊させるほどのものでも?」

 

 凜堂の考えはクローディアの言葉に真っ向から否定される。

 

「……そんなに酷いのか?」

 

「えぇ。今まで、無限の瞳(ウロボロス・アイ)を使おうとした生徒は全ての学園を合わせて二十人。その全員が八十パーセント以上の適合率を示しましたが、半分は無限の瞳から与えられた力を制御できず、渇望に耐えることもままならず、早々に所有権を放棄しました」

 

「残りの半分は?」

 

「どうにか制御に成功し、ある程度の力を引き出す事は出来たのですが……渇望には耐えることが出来ず、精神的に衰弱し、所有権の放棄を余儀なくされました」

 

 中には精神崩壊を起こしたり、発狂死寸前にまで追い込まれた者もいるとか。食欲や性欲など、渇望の内容に差こそあれ、どれもが持ち手の精神を破壊してしまうほどのものであることは確かなようだ。差し詰め、すぐに壊れてしまう玩具はいらない、ということだろう。

 

「そいつぁおっかねぇなぁ」

 

 しみじみと呟きながら凜堂はその目を無限の瞳が収められた箇所から逸らさずにいた。相変わらず背筋には悪寒が走っており、注がれる視線を全身が拒もうとしている。だが、それ以上に凜堂の中で何かが叫んでいた。そこに自分の求めるものがあると。

 

「なぁ、ロディア。無限の瞳、見させてもらってもいいか?」

 

 凜堂、と窘められるが、見るだけだから、と頼み込む。最初は渋っていたが、見るだけならとクローディアは端末を操作した。さっき、レスターが黒炉の魔剣を選んだときのように六角形の模様が凜堂とクローディアの前に下りてくる。

 

「これが無限の瞳(ウロボロス・アイ)です」

 

 クローディアが取り出したのは立方体の透明なケースだった。その中には漆黒に輝く一つのウルム=マナダイトが収められている。

 

 これがねぇ~、と凜堂はマジマジとそれ、無限の瞳を観察する。純星煌式武装(オーガルクス)というより、ウルム=マナダイトその物だ。大きさはビー玉くらいで、見た感じは黒いダイヤモンドといった具合だろうか。とてもじゃないが、クローディアの言うような凶悪な代物には見えない。

 

「ってかこれ、どうやって使うんだよ? コアのウルム=マナダイトが剥きだしで、発動体も無いし」

 

「それはですね」

 

 その時、凜堂と無限の瞳の視線が合う。瞬間、無限の瞳は莫大なオーラを放出してケースを破壊し、クローディアを吹き飛ばした。

 

「きゃあ!!」

 

「ロディア!! くっ!!」

 

 一瞬、凜堂は意識を壁に叩きつけられたクローディアへと向ける。その一瞬を逃さず、無限の瞳は凜堂に突っ込んだ。凜堂が反応した時には既に無限の瞳は凜堂の眼前に迫っていた。

 

(避けられねぇ……!)

 

 直撃を確信し、凜堂は無駄と思いつつも身を強張らせて衝撃に備える。しかし、無限の瞳は凜堂を攻撃する事はせず、彼の右目へと飛び込んだ。

 

「っ!!??」

 

 それを認識した途端、凜堂は頭を殴られるような衝撃に襲われ、その場に膝を突いた。倒れる寸前に黒炉の魔剣を床に突き立て、どうにか体勢を保つ。

 

「り、凜堂……!」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

『大丈夫ですか!?』

 

 クローディアとレスター、それにスピーカー越しに職員が声をかけるが、凜堂はその声に反応しなかった。片膝をついた状態で動かずに固まっている。

 

「凜堂?」

 

 もう一度、クローディアが呼びかけると、凜堂はゆっくりとクローディアに視線を向けた。その表情は苦悶に満ちていて、大量の脂汗をかいている。

 

「……ロディア。マクフェイル連れてこっから出ろ」

 

 辛うじて、それだけを搾り出す。

 

「何を言って」

 

「早くしろぉぉぉぉ!!!!!」

 

 凜堂の怒声にクローディアは身を竦ませる。その声はどちらかというと、絶叫に近かった。その声には普段の飄々とした色が欠片も見られず、どれだけ凜堂が切羽詰っているかが窺える。クローディアは頷き、レスターの元へと走った。

 

「マクフェイルくん、行きますよ」

 

「行きますよって、あいつはどうすんだよ!?」

 

「事態はよく飲み込めませんが、今の凜堂にとって私達が邪魔なのは確かなようです」

 

 さぁ、とクローディアは半ば無理矢理レスターを連れてエレベーターへと向かった。二人がエレベーターに乗り込み、扉が閉まったのを視界の端で確認し、凜堂は大きく息を吐き出す。

 

「よく分からねぇが、お前は俺を試してるんだな? ……いいぜ、付き合ってやるよ、無限の瞳(ウロボロス・アイ)!!!!」

 

 凜堂が叫んだ瞬間、彼の体から漆黒の星辰力(プラーナ)が柱のように立ち上がる。漆黒の星辰力は瞬く間に凜堂を飲み込み、室内を灯り一つない闇へと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、るせぇなぁ」

 

 それが凜堂の一番最初の感想だった。事実、凜堂の頭の中ではとんでもない音量の爆音が響いていた。例えるなら、数百組のデスメタルバンドが一斉に演奏を始めたような、そんな感覚。頭が砕けてしまいそうだ。軽く呻きながら凜堂は立ち上がる。多少、足下はふらついているが、支え無しに二本の足で体を支えていた。

 

「ここは?」

 

 明滅するように見えたり見えなくなったりする目を見開き、凜堂は周囲を見回す。虚無、とでも言うべきなのだろうか。砂嵐を映すテレビの中に放り込まれたような、そんな感想をその空間は凜堂に抱かせた。

 

「……? 黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)がない!?」

 ふと、凜堂は右手に握っていたはずの魔剣が無い事に気付く。それに制服の内に戻しておいた鉄棒も全て消えていた。

 

「どこに行った……ぐっ!!」

 

 頭の中の騒音が更に大きくなり、凜堂は堪らずに膝を突いた。脳を掻き毟るかのような音。それはやがて確かな言葉となって凜堂の胸を刺し貫く。

 

『凜堂、何のためにその力を使うのか。それを自分に問い続けろ。そして、絶対に使い方を間違えるな』

 

『大丈夫よ、凜堂。貴方なら絶対に見つけられるわ。だって、私と凛夜さんの子だもの』

 

『ちび凜堂! 今のあんたは小さい上に弱いから私が守ったげる。でも、もし将来、私よりも大きくなって、強くなったらその時は私を守ってね』

 

「親父、お袋、姉貴……くそが、人の心に土足で踏み込みやがって」

 

 それは彼が失ってしまったもの。決して、もう二度と取り戻せぬもの。次々に暴かれていく凜堂の過去。力の限りに拳を握り締め、凜堂は己の心の中に押し入ってきたそれに呼びかける。

 

「おうこら。人の中にずかずか入り込んできやがって……これ以上、見るってんなら見物料取るぞ」

 

 目の前を睨む。そこに現れたのは黒いダイヤモンドのようなウルム=マナダイト、無限の瞳(ウロボロス・アイ)だった。

 

ー……が、……まえ……とめ……か?ー

 

 どこからか、声が聞こえる。直接、頭の中で響いているかのようだ。それが無限の瞳から発せられているものだと気付くのに数瞬を要した。

 

ー……れが、お前の……とめる……からか?ー

 

「言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 

ーあれが、お前の求める力か?ー

 

 あれ? と口にしかけ、凜堂は苦笑いする。凜堂の心は既に無限の瞳に見透かされた。なればこそ、凜堂が何を求めているのか、無限の瞳は凜堂自身よりも理解していた。

 

「あぁ、そうさ。あれが俺の求める力、いや、全てだ」

 

ー力が欲しいか?ー

 

「欲しいな」

 

ーなら、与えようー

 

 宙に浮かぶ無限の瞳から黒い光が溢れ出す。それは力の塊だった。持つ者に全てを薙ぎ払い、力尽くで望みを掴み取らせる膨大な力。力を求める者であれば、それが己の身を滅ぼすものだと分かっていても手を伸ばさずにはいられない代物だ。そんなものを目の前にして、凜堂は、

 

「……しみったれたこと抜かしてんじゃねぇぞ」

 

 手元に現れた黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を一閃させて黒い光を斬り裂いた。片膝をついた体勢のままバネ仕掛けのように飛び出し、無限の瞳を空いた左手で掴み取る。

 

「仮にも“無限”なんて大層な言葉をその名に冠してるんだ。与えるなんてけち臭いこと言ってないで、全部寄越しやがれ」

 

 手の中で光り続け、逃げ出そうとする無限の瞳を力の限り抑えながら凜堂は傲岸不遜に言い放った。無限の瞳が凜堂に与えようとした絶大な力。それは無限の瞳が持つ力の一端に過ぎず、そのことを見抜いた凜堂はそれ以上のものを要求したのだ。もしこの場に第三者がいたら、凜堂の底の見えない力への渇望に戦慄していただろう。今の凜堂からはそれだけの狂気が放たれていた。次に凜堂は右手に握った魔剣へと視線を落とす。

 

「よく、俺の求めに応じてくれた。お前は無限の瞳(こいつ)と違って聞き分けがいいな」

 

 凜堂の言葉に黒炉の魔剣のコアが肯定するかのように小さく明滅する。魔剣の反応に満足そうに頷き、凜堂は握り締めた左手へと視線を戻した。

 

無限の瞳(ウロボロス・アイ)!! お前の全てを寄越せ!!!!!」

 

 何とも情熱的な告白だ。その告白を受け、無限の瞳は凜堂の手の中で一際大きく輝く。それは凜堂の要求に屈した屈辱からくるものではなく、己の正当な持ち主と出会えたことを喜ぶ歓喜の光だった。

 

 

 

 

 

「状況は!?」

 

 中に飛び込むなり、クローディアは叫ぶように訊ねる。少し遅れてレスターも中に入ってきた。対して職員達は困惑半分、焦燥半分といった表情でガラスへと目を向ける。そこから見えてたはずの空間も今や漆黒の星辰力によって黒く塗り潰されていた。

 

「おい、何が起こってんだこいつは!?」

 

「我々にも何が起こっているのかさっぱり分かりません。彼と無限の瞳が接触したかと思えば、いきなり彼からとんでもない量の星辰力が溢れて気付けばこんな状態に……」

 

 職員の一人がしどろもどろになりながらも状況を説明していたその時、ガラスの向こう側を支配していた星辰力が綺麗に掻き消えた。

 

「凜堂!!」

 

 クローディアがガラスに張り付くように室内を見下ろす。彼女の視界に映ったのは、部屋の中央に立つ凜堂の姿だった。右手には発動状態の黒炉の魔剣が握られており、右目からは炎のように黒い星辰力が揺らめいている。

 

『……流石に……ちょっと、疲れた、な……』

 

 肩を大きく上下させ、顔に大粒の汗をかきながら凜堂はクローディア達を安心させるように笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぜ、ロディア」

 

 気さくな声と一緒に生徒会室の扉を潜る凜堂。あの後、早々に医務室へと連れて行かれた凜堂は学校医に全身を隈なく診察された。クローディアは凜堂に付き添いたかったようだが、レスターが適合率検査に失敗したことの事務処理をしなければいけなかったらしく、先に生徒会室に戻ってきていた。ちなみにレスターと愉快な取り巻きの二人の姿は無かった。

 

「お帰りなさい、凜堂。それで、どうでした?」

 

「どうもこうも、健康そのもの。変な風になったところなんてどこにも無いさ」

 

 ここ以外な、と凜堂は瞼越しに右目を小突く。結果的に言うと、無限の瞳(ウロボロス・アイ)は凜堂の右目と同化していた。何をどうやってそうなったのか全く不明だが、凜堂の頭の中に潜り込んで右目と融合したのだ。

 

「取り出すには右目ごと抉り出すしかないんだと」

 

「そんなことは絶対にさせませんのでご安心を」

 

「いや、そう言ってくれるのはありがたいんだが……」

 

 確かにクローディアは星導館学園の生徒会長なので、それなりの権力を持っている。言葉の通り、凜堂のことを守ってくれるだろう。だが、もしもクローディアの権力が役に立たないような相手が出てきたら。例えば、アスタリスクを運営している統合企業財体とか。凜堂が何を考えているのか察したのか、クローディアは微笑みながらそれはないでしょう、と首を振る。

 

「確かに純星煌式武装(オーガルクス)は統合企業財体が所有しています。ですが、そんな野蛮なことをして貴方から不興を買うような真似はしないでしょう。寧ろ、抱き込もうとするはずです」

 

「何でそう思うんだ?」

 

 クローディアは答えず、代わりに大きな空間ウィンドウを凜堂の目の前に表示させた。それは凜堂と無限の瞳の適合率を示すグラフだった。これがどうしたんだ、と言おうとしながらグラフを目で追っていた凜堂は最終的な適合率を見て言葉を失う。

 

「……これ、桁一つ間違えてないか?」

 

「いえ、正常な数値です。私も信じられずに十回ほど確認しましたが、間違いありません」

 

 両手を組み直しながらクローディアは真っ直ぐ凜堂を見つめる。

 

「適合率五百九十三パーセント。無限の瞳とこれだけ高い適合率を持ち、尚且つ代償の渇望が欠片も見られない貴重な人材を傷つける訳がありません」

 

 右目を抉られる心配よりも、これから来るであろうスカウトの嵐を心配した方がいい、とクローディアは微笑む。凜堂は額に手をやって呻いていたが、悩んでいても仕方ないと気を取り直した。

 

「ま、そのことは追々悩むとして……一応、これで俺はこいつとあいつを使っていいんだよな?」

 

 凜堂の言うこいつとは無限の瞳、あいつとは黒炉の魔剣を表していた。凜堂の問いにクローディアははっきりと頷く。無限の瞳は勿論、黒炉の魔剣に関しても凜堂は九十四パーセントと高い適合率を示した。これで文句を言う者など誰一人としていないだろう。もっとも、黒炉の魔剣は登録手続きのため、今は手元にないが。

 

「それでロディア。これだけじゃないだろ?」

 

「と、言いますと?」

 

 惚けるない、と凜堂は薄い笑みを口元に浮かべた。

 

「適合率検査の前に言ってたじゃねぇか。俺に頼みたいことがあるって」

 

 そのことですか、とクローディアは居住まいを正した。

 

「そのことなのですが凜堂。それはここで話せることではないので、追って連絡します」

 

「ここじゃ駄目なのか?」

 

 頷くクローディア。

 

「壁に耳あり障子に目あり、と言います。二人きりのように見えて安全ではないのですよ、ここは」

 

 生徒会長に安全じゃないと言い切らせる生徒会室。それでいいのか、と苦笑いしながら凜堂は了解の意を示した。



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お願いとは

 クローディアから連絡が来たのはその日の夜のことだった。聞かれて質問攻めにあうのは面倒だったので、凜堂は英士郎に一言断ってから寮を出た。高等部以上の学生に門限が無いのが幸いした。

 

『もしもし。夜分遅くに申し訳ありません。あれからまた会議が一件入ってしまいまして』

 

 空間ウィンドウが開いていない。音声のみの通信のようだ。

 

「俺は構わないがよ、そっちは大丈夫なのか? 女子が出歩く時間じゃないだろ」

 

『えぇ、ですから凜堂。お手数ですが、私の部屋まで来てください』

 

 何ですと、と凜堂はゆっくりと確認する。

 

「私の部屋って……女子寮だよな」

 

『えぇ。部屋は東南の最上階です。窓は開けておきますので』

 

「いや、そういうことじゃなくて……」

 

 前回、凜堂は女子寮が男子禁制だと知らずに敷地内に入ってしまっている。それでウェルダンにされかけたのだ。もし、万が一見つかったら、今度こそ炭化されるまで燃やされることは確実だろう。

 

『大丈夫ですよ。私はユリスみたいに決闘を申し込んだりはしませんので』

 

「お前はよくても他の女子がな……そもそも、生徒会長が率先して校則を破るってどうなんだ?」

 

 正直言って、生徒会長を辞任させられてもおかしくないレベルだ。

 

『では、お待ちしておりますね』

 

 しかし、当の本人は悪びれるどころか、気にしてすらいない。自分が生徒会長であることを自覚しているのか疑いたくなるほどにその声は涼やかだった。

 

「もしもし、ロディアさん?」

 

 ぶつっ、という音がしたかと思うと、クローディアの声は聞こえなくなっていた。その上かけ直しても拒否されてしまう。どうしても面と面を向けて直接話さねばならないことらしい。

 

「しゃあねぇ、行くか」

 

 流石にこのまま回れ右して男子寮に帰るわけにもいかず、凜堂は意を決して女子寮へと向かった。

 

「リースフェルト……ってか、ロディア以外の女子に見つかっても俺の学園生活は終わるな」

 

 下手を打てば人生も……。背筋に冷たいものが走るのを感じながら凜堂は慎重に歩みを進める。気分はダンボールを被って敵をやり過ごす伝説の傭兵だ。

 

「しっかし、こんな変質者その物の行動をしなきゃならない日が来るとはな……」

 

 アスタリスクに来る前はそんなこと考えたことも無かった。来るとこ間違えたか? と自問自答している内に凜堂は女子寮に辿り着く。アスタリスクに来た初日に見たとおりのクラシックな外観だが、今の凜堂には女子寮が物々しい要塞にしか見えていなかった。

 

「あそこか」

 

 凜堂は女子寮の壁を見上げ、一番上の階の窓が開いている部屋を確認する。少しだけ躊躇したが、凜堂は覚悟を決めて最上階へと登っていった……壁から。

 

「これ、見つかったら何の言い訳も出来ないよな」

 

 慎重かつ迅速に壁を這い上がり、凜堂は目的の部屋に辿り着いた。

 

「ロディア、俺だ」

 

 いきなり部屋には入らず、まず凜堂は中にいるはずのクローディアに呼びかけた。しかし、返事は返ってこない。不審に思いながらもう一度声をかけるが、結果は同じだった。

 

「入るぜ」

 

 一言断り、凜堂は部屋の中に足を踏み入れた。そして即刻帰りたくなった。

 

「場違いすぎやしませんかね、俺……」

 

 クローディアの部屋は凜堂と英士郎の部屋とは比べようもないくらい広かった。調度品の一つをとっても品が良く、寮というよりも高級ホテルの一室にしか見えない。物珍しそうに室内を見回す凜堂。どこを見ても部屋の主であるクローディアの姿は無かった。

 

「留守って訳は……いや、ありえるか」

 

 どんだけぶっ飛んでいても、クローディアは生徒会長だ。もしかしたら何か急用が出来たのかもしれない。

 

(どうする? ここで待ってりゃいいのか?)

 

 この部屋で帰りを待つとなると精神負荷が凄そうだが、と凜堂が考えていたその時、前触れなく奥の扉が開いた。

 

「あら、早かったですね。すみません、シャワーを浴びていたものでしたから」

 

 そこから現れたのは湯気とバスタオルを纏っただけのクローディアだった。ぎりぎり見えそうで見えない豊満な胸と太腿が異様なほどの色気を醸し出していた。

 

「ちょっと着替えてきますので、少々お待ちを」

 

 平然とした表情で凜堂の目の前を通り過ぎ、隣にある寝室のドアノブを握ったところでクローディアが振り返る。

 

「覗きたければどうぞご自由に。ただし、責任は取ってもらいますけど」

 

 冗談なのか本気なのか分からない声音だ。クローディアの言葉に対し、凜堂が返せるものは赤面させた顔に浮かぶ乾いた笑いだけだった。凜堂の反応に悪戯っぽい笑みを浮かべながらクローディアは寝室へと入る。残された凜堂は小さくため息を吐く。自分がからかうのはともかく、他人からからかわれるのは苦手らしい。

 

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

 

「はい」

 

 お呼びの声に敬語で答えながら凜堂は寝室に入った。予想通りと言うべきか、そこにはバスローブ姿のクローディアがベットに腰かけていた。どう考えても、これから男と話をする格好ではない。

 

「……いつも部屋だとそんな感じなのか?」

 

「えぇ。大体こんな感じですね」

 

 正直言って、目のやり場に困る。言って直してくれるとも思えなかったので、凜堂は何気ない風を装ってソファーに腰を下ろした。そして、クローディアを真っ直ぐ見据え、

 

「眼福です」

 

 と、一言。どうやら頭の中のネジが百単位で吹っ飛んでしまっているらしい。数秒後、自分で何を言っているんだと凜堂は頭を抱える。

 

「あらあら、こんな貧相な体で恐縮です」

 

 貴方で貧相ならこの世の大部分の女性がまな板ということになりますが、と思わずにはいられない凜堂だった。

 

「こんな体で悦んでいただけるなら、いくらでも……」

 

 不意にクローディアの表情が扇情的なものになり、潤んだ瞳を凜堂に向ける。ベットから軽く体を浮かせ、バスローブを脱ぐように手を動かしていた。

 

「……はっ!! そそそそ、そう言えば、さっきから気になってたんだが随分と豪華な部屋なんだな! これも生徒会長の特権か?」

 

 彫像よろしく固まっていた凜堂だったが、ハッとするとあたふたしながら露骨に話題を逸らす。このまま雰囲気に流されていたら、取り返しのつかないことをしでかしてしまうという脳内の警鐘に従った結果だ。

 

「つれないですね。いえ、これは生徒会長ではなく、序列上位者の特権です。冒頭の十二人(ページ・ワン)になればこのような個室もいただけますし、資金面でも色々と優遇されるんですよ」

 

「へぇ、ロディアも冒頭の十二人なのか」

 

「あら、悲しいことを言ってくれますね。凜堂はもう少し私に興味を持ってもいいのではありませんか?」

 

「そうだな。これからお前のことを知っていくよう努力するさ」

 

 凜堂の答えにクローディアは満足げに頷く。

 

「今はそれで良しとしておきましょう。とにかく、生徒会長というのは実際は面倒なだけです。その上、実入りは少ないでし」

 

「それでも生徒会長の仕事をキチンとやってる辺り、相当な物好きだな」

 

「えぇ。面倒ごとが大好きですから、私」

 

 どこか含みのある微笑を浮べながら脚を組みかえるクローディア。その動作が凜堂の視線を誘うが、凜堂はそれをきょくりょく無視して話を進める。

 

「お前のお願いっていうのも、その面倒な事に関係してるのか?」

 

「話が早くて助かります」

 

 これを、とクローディアは携帯端末を操作し、宙に何枚もの空間ウィンドウを表示させた。それぞれ学年も違っており、特に統一性は見られない。

 

「彼らは今年の『鳳凰星武祭(フェニックス)』にエントリーしていた学生です。『冒頭の十二人』はいませんが、全員が『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』の上位に名を連ねています。鳳凰星武祭での活躍を期待されていた人たちと言っても過言ではないでしょう」

 

 期待されていた。この言い回しの意味するところを凜堂はすぐに理解した。

 

「こいつら全員、何かしらの怪我を負って鳳凰星武祭への出場を辞退せざるを得なくなったのか」

 

 凜堂に頷いて見せながらクローディアはウィンドウを消去する。

 

「原因は様々です。事故であったり、決闘中の怪我であったり……それ自体はこの都市では珍しくないので、そのために対処が遅れてしまったのですが、調べてみるとどうにも怪しいところがありまして」

 

「何者かの介入があった、ってとこか? リースフェルトみたいに」

 

「はい。先日のような直接襲撃されたという報告はありませんが、ユリスと凜堂の決闘の際にも狙撃という形で姿を見せませんでした。同じ様に彼らの場合も裏で同一犯が暗躍していた可能性があります」

 

 ふぅん、と口元に手をやりながら凜堂は思考に耽った。

 

「証拠はあるのか?」

 

「いいえ。今のところはただの推測です」

 

 それに、襲われた生徒のほとんどが非協力的なのだそうだ。中には犯人を見つけ出し、自分の手で落とし前をつけたいという者もいるらしい。それを聞いて、凜堂は強い呆れを表情に浮べる。

 

「おいおい、いくら自分の力に自信があるからってそりゃねぇだろ。理由は何であれ、襲われたんだから然るべきところに任しておきゃいいものを」

 

「皆さん、なまじ戦える力を持っていますから。事情を全て話せば少しは協力的になってくれるかもしれませんが、そういうわけにもいきませんし」

 

 勿論、全部の生徒がそんな聞かん坊という訳ではないが。もし仮に犯人がそういった性格の生徒ばかりを狙っているのだとしたら、かなり計画的だ。

 

「ちなみにここだけの話なのですが、風紀委員はマクフェイルくんを有力な容疑者候補として念入りに調べています」

 

 彼と取り巻きのランディには昨日の襲撃時間のありばいが無いそうだ。それを聞いて、凜堂は小さく一言。

 

「あんまり有能じゃないんだな、風紀委員って」

 

 あらら、手厳しいですね、とクローディアも苦笑いする。

 

「マクフェイルの性格から考えて、んなせこい勝ち方でユリスに勝ってもあいつ自身が納得しないだろ。あいつが求めてるのはユリスとの真っ向勝負での勝利だ」

 

 俺だったら警戒はするけど、そこまで重点的に調べたりはしないな、と凜堂は締め括る。

 

「にしても、容疑者候補になってるのってその二人だけか? もう一人いただろ。あのひょろいの。あいつは容疑者にはあがってないのか?」

 

「サイラス・ノーマンくんには完璧なアリバイがあるそうです。その時間帯は寮の部屋で勉強していたとルームメイトや友人が証言しています」

 

「そうかい……見事に手がかり無し、だな。こうも後手にならざるを得ない状況を作り出すとは犯人もそれなりにやり手だな」

 

「ですが、今回は私達に有利なことがあります」

 

 次に誰が狙われるのか分かっているということだ。

 

「リースフェルト、か」

 

「えぇ。犯人が無差別に生徒を襲っているのなら、わざわざ姿を見せたりはしないはずです。そもそも、冒頭の十二人をターゲットにすること自体しないはず」

 

「つまり、犯人はそれが難しいって分かっていながら有力な学生を狙ったってことになるな」

 

 自然と二人は身を乗り出し、互いの顔を寄せて小さな声になった。

 

「そこから推測するに、犯人は他の学園の意向で動いていると考えて間違いないでしょう」

 

 わぉ、と凜堂は器用に片眉を持ち上げる。

 

「ってこたぁ、他の学園の奴が侵入してやってるってことか?」

 

「それはリスクが高すぎます。犯行場所のほとんどが学園内であることも考えて、犯人はうちの生徒でしょう」

 

「そこまでやるかぁ、普通……」

 

 アスタリスクに存在する六つの学園、即ち星導館学園、聖ガラードワース学園、レヴォルフ黒学院、界龍第七学園、アルルカント・アカデミー、クイーンヴェール女学園は互いに覇を競い合い、そのどれもが友好的とは言い難い関係にある。

 

 だとしても、今回の事件はアウトロー過ぎるのではないだろうか?

 

「無論、あってはならないことです。星武憲章(ステラ・カルタ)でも禁じられていることは言うまでもありません。ですが、過去に幾つもの事例があるのも事実。どの学園も必要に迫られば、それくらいのことはやってのけます」

 

「……お前も?」

 

 凜堂の問いにクローディアは無言で応える。数秒の気まずい沈黙の後、凜堂は話の腰を折ったことを詫びながら先を促した。

 

「どの学園もやってのける、と言いましたが、ガラードワースとクイーンヴェールの二つは除外してもいいでしょうね」

 

 どちらもイメージがある。仮に二つの学園のどちらかが犯人だとして、事件が露呈した時に被るダメージが大きすぎる。今回の事件で得られるメリットとそのデメリットの釣り合いが取れていない。次にクローディアはレヴォルフ黒学院の名を挙げる。

 

「この手のことが得意なのはレヴォルフですが、あそこが力を入れているのは『王竜星武祭(リンドブルス)』です。時期的に動くとは思えません」

 

 となると、残されたのは界龍とアルルカントの二つだ。と、そこまで話したとろでクローディアは肩を竦める。

 

「まぁ、ぶっちゃけるとどこの学園がやっているかなんてのはどうでもいいんです」

 

 軽くずっこける凜堂。

 

「こ、ここまで話しておいてどうでもいいのか?」

 

「はい。問題なのは他の学園が絡んでる以上、こちらも迂闊な行動を取れない、という点なのです」

 

 けろりとした表情で言いながらクローディアはじっと凜堂を見つめる。

 

「実のところ、星導館学園には統合企業財体直轄の特務機関が存在します。上の許可がない限り私でも自由に動かすことが出来ませんが、風紀委員よりも遥かに強い権限を持っています。ですが、彼らを動かせばそう遠くない内に相手も気付くでしょう。統合企業財体はお互いの動向を厳しく監視していますから」

 

 一旦、言葉を区切ってから続ける。

 

「そうなれば、犯人を影で操っている学園も即座に手を引くでしょう。それは間違いありません。でも、それでは意味が無いんです。何の証拠も得られないのであれば、それは我々の敗北ということになります」

 

 そして統合企業財体は無意味な敗北を許さない。

 

「確実に犯人を捕らえられる証拠や保障がない限り、その特務機関殿は動かせないってことか」

 

「逆に言えば、それまでは向こうも襲撃を続行させる可能性が高い、ということです。そこで凜堂にお願いがあるのですが」

 

 と、ここに来て漸く本題に入った。凜堂は反射的に居住まいを正し、クローディアと向き合った。

 

「暫くの間でいいので、ユリスの側にいてあげてくれませんか?」

 

「リースフェルトの側にぃ?」

 

 お願いの内容が意外なものだったので、思わず凜堂は素っ頓狂な声を出す。

 

「ユリスは近い内にまた襲撃されるでしょう。多分、次のはあの子だけの力だけでは対処できないはずです」

 

 その時はユリスの力になって欲しいのだそうだ。

 

「俺があいつの力にか? 俺じゃなくても別にいいんじゃねぇの?」

 

「いえ、凜堂じゃないと駄目なんです。既に知っていると思いますが、あの子は他人と距離を置くきらいがあります。その点、あなたには気を許しているようですし」

 

 そりゃないな、と凜堂は断言する。自分で言うのもなんだが、こんな胡散臭い奴に気を許すお人よしもそうそういないだろうとも。対してクローディアは小さく笑った。

 

「貴方は本当に鈍いですね」

 

「失礼な。こう見えても昔はドン・ファンなんて呼ばれてて……すみません、見栄張りました。本当は女の子とお付き合いしたことなんて一度もありません」

 

 自分で言ってて悲しくなってきたのか、凜堂は声を徐々に小さくしながら両手で顔を覆う。が、それも一瞬のことで、すぐに何時もの凜堂に戻った。

 

「俺じゃ役者不足も甚だしいと思うがな」

 

「出来る範囲で構いません。身の危険を感じたら逃げてくださっても結構です。それに側に誰かがいるだけで抑止力にもなるでしょう」

 

「……オーライ、やりましょ。どこまでやれるか分からんけど、出来るだけ期待に応えてみますよと」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 安堵の息と共にクローディアは表情を綻ばせる。

 

「しっかし、分からんな。どうしてそんなにリースフェルトに肩入れしてるんだ?」

 

「あら、生徒会長が自分の学園の生徒を守るのは当然じゃありませんか?」

 

「それだけじゃ無さそうだから気になってるんだが」

 

 凜堂の言葉にクローディアは視線を逸らしながら囁くように答えた。

 

「私も他の学生と同様に己の願いを叶えるためにここに来ました。そのための必要なことをしているだけです」

 

「願い、か」

 

 どこかしみじみとした様子で凜堂は小さく呟く。彼にも願いはある。もっとも、その願いの内の一つは未来永劫成就されることはないが。

 

「そうそう。引き受けていただいたからには報酬が必要ですね」

 

「報酬? いや、そんなもん要らんが」

 

 遠慮する凜堂だが、クローディアは徐に立ち上がると凜堂に歩み寄った。その動きは緩慢だが、どこか得物を見つけた蛇を連想させるほどに滑らかだった。

 

「あの、ロディアさん?」

 

「うふふ……」

 

 声をかけるも、返ってくるのは妖艶な微笑だけだった。これはまずい、と警鐘を鳴らす本能に従って立ち上がろうとする凜堂を押しとどめるようにクローディアはしなだれかかる。

 

「あの、もしもしぃ?」

 

「私を求めても、構わないんですよ?」

 

「何てぇ!?」

 

 耳元で蠱惑的に囁きながらクローディアは凜堂の体に両腕を回し、ソファーに押し倒した。細い外見とは裏腹にその体は一寸の隙も無いくらいに鍛えられていた。例えるなら、最低限の装飾のみを施された日本刀のようだ。意外と筋肉質な、男らしい感触を存分に楽しみながらクローディアは潤んだ瞳で凜堂の顔を覗きこむ。

 

「辛いんじゃないんですか? おくびにも出してませんが、本当は無限の瞳(ウロボロス・アイ)の渇望に内側からを焼かれてるんじゃありませんか?」 

 

 いいんですよ、私にぶつけてくれても。艶然と微笑みながらクローディアは凜堂の唇を指でなぞる。その一方、凜堂は、

 

(本当に美人だな、ロディアって)

 

 と、冷静にそんなことを考えていた。実際、クローディアの柔らかな肢体を感じる全身は燃えるように熱く、心臓は早鐘のように鼓動を刻んでいるが、思考だけは妙に冷えていた。緊張やら何やらが一周振り切れて逆に冷静になった、といったところだろうか。

 

(って、冷静になってる場合じゃないな)

 

 思考はともかく、体の方は非常に正直なので、このままだと色々と大変なことになる。そうならないようにするため、凜堂は行動に移った。

 

「ちょいと失礼」

 

「え? きゃっ!」

 

 ひょいとクローディアを抱き上げ、今度は逆にベットへと押し倒した。凜堂の予想外の反撃にクローディアは可愛らしく小さな悲鳴を上げる。

 

「り、凜堂……」

 

「……」

 

 無言でクローディアの顔に見入る。一気に形勢逆転され、クローディアは顔を棗のように真っ赤にさせて凜堂の視線を受け止めていた。長い長い沈黙(実際は数秒程度)の後、凜堂は納得したように頷く。

 

「やっぱ綺麗だな、ロディア」

 

 それだけ言って、凜堂はクローディアの上からどいた。予想と違う展開にきょとんとするクローディアに悪戯っぽく笑いかける。

 

「悪いがロディア。そういう報酬はノーサンキューだ」

 

「……それは私に魅力がないということでしょうか?」

 

 いんや逆々、と凜堂は手を振る。

 

「お前はすんごい魅力的だ。だからこそ、報酬なんて形でそういうことをするのは嫌だ」

 

 そういう関係になるなら真っ当な恋愛の末になりたい、と凜堂は言い切った。

 

「ま、そういう訳だからロディア。もし、そういうことをするなら、まずは恋人から始めよう。うん、話はそれからだ……じゃあな!!」

 

 言うや、凜堂は一足で寝室から飛び出し、窓へと向かった。

 

「まずは恋人から……そうですね。それが大切です。既成事実なんてその後に幾らでも作れますし」

 

 なんて恐ろしい台詞が去り際に聞こえたが、凜堂は空耳だと自分に言い聞かせ、クローディアの部屋から外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、色々あぶなかった……やれやれ、だな」

 

 どうにか誰にも見つからずに女子寮を抜け出した凜堂は近くの鉄柵に背を預けながら小さくため息を吐いた。

 

「ま、ロディアの行動はともかく、リースフェルトのことだな……あいつの側にいたら犯人ごと丸焼きにされるんじゃねぇの俺?」

 

「おい!!」

 

「なんとぉ!!」

 

 突如、頭上から声をかけられて凜堂は心臓が口から飛び出しそうなくらいに跳び上がった。恐る恐る見上げてみると、窓枠から身を乗り出すユリスと視線が合う。

 

「そんなところで何をしている?」

 

「あぁ~、ちょいと野暮用でね」

 

 さっきまで生徒会長の部屋にいました、なんて口が裂けても言えない。言ったら最後、男子生徒の丸焼きが出来上がるだろう。

 

「何だって? 聞こえないぞ」

 

 言うや否や、ユリスは窓枠を蹴って飛び降り、仰天する凜堂の目の前に着地した。部屋着ということもあり、非常にラフな格好をしている。

 

「……俺、時々お前が本当にお姫様なのか疑問に思う時があるんだが」

 

「また貴様は口を開けば失礼なことを……まぁいい。あ、言っておくが、私が窓から飛び降りたのはこの前お前を追いかけた時が初めてだからな?」

 

 それが中々便利らしく、時々この方法で外に出ているそうだ。何てことをしてしまったんだ、と頭を抱える凜堂の視線がユリスの手に握られた便箋へと向けられた。凜堂の視線に気付くと、ユリスは慌ててそれをポケットに押し込んだ。

 

「手紙か?」

 

「う、うむ。まぁ、そんなところだ」

 

 そうか、と言っただけで、凜堂はそれ以上何も言わなかった。どこか触れて欲しく無さそうな、それでいて嬉しそうなユリスの態度から自分が踏み込むべき領域ではないと察したからだ。

 

「で、こんな時間にこんな場所で何をしているんだ?」

 

「……天体観測、かね」

 

 天体観測? と訝しげにユリスは凜堂と一緒に夜空を見上げる。確かに夜空には無数の星が煌いていた。

 

「そ。上を見ながら歩いてたら何時の間にかここに迷い込んでたわけだ」

 

 よくもまぁこんな嘘がスラスラ出るもんだ、と半ば自分に呆れながら凜堂は肩を竦める。ユリスも少し疑わしそうな目で凜堂を見ていたが、まぁいいと頷いた。

 

「ところで高良。明後日の日曜に予定は無いか?」

 

「明後日? 別に何も無いけど」

 

「ならば、約束通り市街地を案内しよう」

 

「マジか。んじゃ頼むぜ」

 

「それでだ。その……お前は私に案内を頼んだんだよな」

 

「え? そうだが」

 

 他に頼んだ奴なんていないぞ、と凜堂。分かってる、と頷きながらユリスはもじもじしている。

 

「だからその、今度は邪魔が入って欲しくないというか……私にも自分のペースがあってだな」

 

 そこまで聞いて、凜堂はピンときた。

 

「もしかしてサーヤのことか? なら、心配ないと思うぜ」

 

「何故だ?」

 

「あいつ、寝坊で休んだの全く反省してないって言われて谷津崎先生から補習って名目で仕事手伝わされることになったんだと」

 

 そのことで紗夜は凜堂に泣きついたが、こればっかりは自業自得だと凜堂は心を鬼にして紗夜を突き放した。これで少しでも紗夜の寝坊癖が治ればいいのだが……無駄な望みだろう。

 

「そうか。沙々宮も気の毒に……そういうことならいい、うん。では、これで失礼しよう。詳細は追って連絡する」

 

 ではな! と挨拶をしてユリスは女子寮へと戻っていった。帰りは普通に入り口からだった。

 

「日曜か。一応、学園の外だが襲ってくる可能性は……否定できないか」

 

 警戒しておこう、と凜堂は踵を返して男子寮へと帰っていった。




どうも皆さんこんばんわ、北斗七星です。

パシフィック・リム見ました? 自分は見ました。うん、最高だった。

もし、見ようか見ないか迷ってる人がいたら見ることをお勧めします。浪漫という言葉が好きなら、絶対に見るべきです。では、次回で。


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案内

 抜けるような空の蒼さが眩しい日曜日。凜堂はユリスの案内で市街地を案内してもらっていた。

 

「アスタリスクの市街地は主に外縁居住区と中央区に分けられる」

 

 ユリスの説明に頷きながら興味津々で周囲を見回す凜堂の視界にモノレールの姿が映る。外縁居住区にはモノレールの環状線が走っており、港湾ブロックや居住区、そして六つの学園を繋いでいた。

 

「外縁居住区だとあのモノレールで移動するのか?」

 

「あぁ、そうだ。一方で中央区の主な移動手段は地下鉄だな」

 

 学生同士の戦闘が交通機関に影響しないよう配慮した結果だそうだ。さらに中央区は商業エリアと行政エリアに分かれており、その中にステージが点在する形になっている。二人はその中央区にある星武祭総合メインステージにやって来ていた。

 

「これがアスタリスク最大規模のメインステージだ。星武祭の決勝戦などはここで行われる」

 

「ほぇ~、でっけぇな」

 

 無駄にな、とユリスはくすくす笑う。収容人数は十万人程。星武祭開催期間中はここがギャラリーに埋め尽くされるというのだから恐ろしい。星武祭がエンターテイメントとして世界に受け入れられているかが窺える。

 

「観光名所としても有名だな」

 

 辺りを見てみると、ユリスの言葉を裏付けるように観光客達が記念写真を撮っている姿があった。

 

「ローマのコロッセオをモチーフにしているらしいが、ここまでくると別物だな」

 

 他にも大規模ステージが三つ、中規模のものが七つあり、小さなものだと数え切れないほどあるらしい。

 

「へぇ、んじゃ学生とかの決闘だとその小さいステージを使うのか?」

 

「市街地での決闘は原則、そうなってはいるが……余り守られてはいないな」

 

 つまり、礼儀正しくステージで決闘する生徒よりも、街中でドンパチおっ始める連中の方が遥かに多いのだ。

 

「ここに住んでる人たちが巻き込まれたりすることはないのか?」

 

「ここの住人は覚悟の上だ。観光客もそうだが、そういう誓約書にサインしない限りアスタリスクに入ることは出来ん。それに店や家が壊れた時にはある程度補償されるしな」

 

「んな危険冒してまでここに来たがるんだからどいつもこいつも救いようがねぇな」

 

「同感だ。まぁ、企業にすればアスタリスクに出店することがステータスや宣伝になるんだから仕方ない。それに中央区そのものが舞台にもなるからな」

 

「住みたくねー、んなとこ」

 

「全くだな」

 

 顔を見合わせ、小さく苦笑する二人。

 

「それでどうする? もう少し一帯を歩いてみるか?」

 

「んにゃ、ここはもういいな」

 

「では、次は行政区にある治療院に行くか。あそこには治癒能力を持った魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)がいるから、星武祭で重傷を負った時などに世話になるぞ」

 

「出来れば世話にはなりたくねぇな」

 

 もっとも、治療院で治療を受けられるのは命に関わったり、後遺症が残ったりするような重大な傷を負った者だけだが。骨折程度であれば、普通の治療に回されるのだそうだ。

 

「実際、治療院で治療を受けなきゃならないほどの怪我をする奴っているのか?」

 

「数は多くは無い。が、いるのは確かだな」

 

 流石アスタリスク、と凜堂は軽く慄く。

 

「そうだな、あとは……再開発エリアも見ておいたほうがいいだろう。あの辺りは一部スラム化しているからな。知らずに迷い込めば酷い目にあうぞ」

 

 スラムには様々な事情で学園に身を置けなくなった生徒や、外から逃げ込んできた星脈世代(ジェネステラ)の犯罪者などが巣食っているそうだ。有体に言ってしまえば、アスタリスクの掃溜めだ。

 

「そういやサーヤの奴。買い物に行った時にそんな感じのとこに迷い込んだことがあるって言ってたな。今にもぶっ壊れそうなビルとか、潰れた店ばっかが並んでるとこだって」

 

「……間違いなく再開発エリアだな。何故、買い物に行ってそんなとこに迷い込むんだ? 普通、買い物をするなら商業エリアだろうに」

 

「あいつの方向音痴は筋金入りだからなぁ……いや、俺もあいつのことをとやかく言えないか」

 

 アスタリスクに来た初日に女子寮の敷地内に入ってしまったことを思い出し、凜堂は小さく嘆息する。一応、凜堂の名誉のために言っておくが、彼は方向音痴なのではない。ただ、変なところに迷い込んでしまうだけなのだ。

 

「人はそれを方向音痴というのだがな」

 

「何か言ったか、リースフェルト?」

 

 何でも、とユリスは携帯端末を取り出し、空間ウィンドウで地図を開く。

 

「さて、次はどこを案内したものか」

 

「リースフェルト」

 

「ん? 何だ」

 

「腹減ったし昼飯にしねぇか?」

 

 凜堂の提案にユリスは携帯端末で時間を確認する。時刻は十二時ちょっと前。十分に昼飯時と言える時間帯だ。

 

「あ、あぁ、うん。確かにそんな時刻だな……」

 

 ここまで快活に凜堂を案内していたユリスの表情が曇った。言動も彼女にしては珍しくどこかはっきりとしていない。

 

「どした? もしかしてまだ腹減ってないとか?」

 

「いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、何というか店がな」

 

「店? んなもん、商業エリアならいくらでもあるんじゃないのか? それとも、滅茶苦茶高い店ばっかなのか?」

 

 観光地ということもあり、アスタリスクにある店の大体は価格をかなり高めに設定している。だが、仮にも学園都市なのだから、学生が気軽に利用できる親切価格の店もあるはずだ。

 

「そういうことではなくてだな、その……すまん!!」

 

 ユリスはいきなり頭を下げ、凜堂の目を白黒させる。

 

「その、私はあまり、と言うか、ほとんど商業エリアに行ったことが無いんだ。だから、こういった時、どの店に案内すれば良いのか分からなくて」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ、情けない話だがな……だ、だがな、一応ネットで調べてきたのだぞ!」

 

 言いながらユリスは携帯端末を操作していくつかのウィンドウを表示させた。俗に口コミと呼ばれるサイトのページだ。

 

「何だ、調べてるならそこでいいんじゃないか……」

 

 凜堂の声が尻すぼみに小さくなっていき、最終的にはあれま、と目を皿のように丸くする。というのも、ユリスがチェックした店というのがアスタリスクの中でもトップレベルの高級店だったからだ。観光地価格なんて生易しいものではなく、一般的に学生が昼ご飯に使う予算と桁が二つほど違う。そもそも、予約無しで入れるとは思えない。

 

「……リースフェルト。ここに案内してもらっても、俺が頼めるのは水くらいだぞ」

 

 何ともいえない表情の凜堂にユリスは慌てた様子で弁解した。

 

「こ、これが一般的な価格でないことくらい私だって分かっているぞ! で、でも、知っている名前で検索して出てきたのがこれくらいしか無かったんだ! いくら評判が良くても、行ったことも見たことも無いところに連れて行くのは不安だったし……」

 

 言われてみて、凜堂は改めて空間ウィンドウと睨めっこする。確かにどの店も一度はテレビなどで紹介されたことのある有名な高級店の支店だった。

 

「ま、分かんねぇなら仕方ねぇか。じゃ、適当に見つけてそこで食べようや」

 

「そ、それでいいのか?」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「勿論、構わないが……怒ってないのか?」

 

 不安そうに訊ねるユリスに凜堂ははぁ? と首を傾げる。

 

「何で俺が怒らなきゃいけないんだよ?」

 

「だって、これは私の不手際だろう? だから……」

 

 もごもごと口を動かすユリスを凜堂はまじまじと見つめた。そして真面目だねぇ、としみじみとした様子で腕組みをする。

 

「真面目っつぅか頑固っていうか……真っ直ぐすぎるな、お前は。肩が凝らねぇのか、その生き方?」

 

「……これが私の普通なんだ」

 

 むくれた表情をしながらユリスはそっぽを向いた。それに構わず凜堂は言葉を続ける。

 

「何でもかんでも背負いこんで、疲れないのか? いつか、ばっきり折れるぜ、お前」

 

「私はそうした重さを感じながら生きていたいんだ。それが私だからな。仮にお前の言うとおりになったとしたら、私がその程度の人間だったということだ……言わせてもらうが、お前の方がよっぽど心配だぞ、私は」

 

 いきなり話の矛先を向けられ、凜堂はきょとんとした。

 

「飄々としてて掴み所がない。風船、いや、まるで雲だな。風に吹かれてどこまでも気ままに飛んでいく雲だ」

 

「そうなぁ。今まで自分のやりたいことばっかやってて、風任せに生きてきたからなぁ」

 

 けらけら笑う凜堂にユリスは深々とため息を吐く。

 

「もう少し地に足をつけたらどうだ? そうすれば、そのだらしない顔も引き締まるというものだ」

 

「そうしなきゃいけない時がくればそうするさ。ここで喋っててもしょうがないし、商業エリアに行こうぜ」

 

 ユリスはまだ何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。そのまま二人は商業エリアの中でもっとも賑わっているメインストリートへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「休日ってだけあって、一杯いるな」

 

 綺麗に整備された石畳風の道は学生達であふれ返っていた。皆、凜堂やユリスと同様に私服だが、それでも学生だと分かったのは彼らが校章を身につけていたからだ。

 

「学生は休日でも校章をつけることを義務付けられているからな」

 

 道の両脇には様々な店が並んでいる。その中にはいくつか飲食店があり、値段の方も先ほどユリスが提示した店に比べれば遥かに良心的だ。

 

「ここらに飯屋が集まってるのか……適当に決めるか? あ、リースフェルト?」

 

 振り返ってみるが、隣を歩いていたはずのユリスの姿が無い。凜堂がユリスの名を呼びながら周囲を見回すと、少し戻ったところに薔薇色の髪を靡かせる生徒が一人。

 

「どした? 何か気になる物でもあるのか?」

 

 歩み寄りながら声をかけると、ユリスは目をキラキラさせながら凜堂を見た。

 

「高良、昼食はここでいいか?」

 

「ここ?」

 

 首を傾げながらユリスが見ていた看板に視線を向ける。所謂、ハンバーガーチェーン店という奴だ。世界的に有名という点においてはユリスがチェックしていたものと変わらないが、値段に関しては雲泥の差があった。もう一度、凜堂はここ? と訊ねる。返ってきたのは首肯だった。

 

「お前がいいんなら俺はそれでいいんだが」

 

「なら、ここで食べよう!」

 

(まぁ、お姫様だしこういう店に一度も入ったことないのかもな)

 

 と、凜堂は思っていたのだが、それにしてはユリスの注文や支払いは堂に入ったものだった。凜堂自身もセットメニューを頼み、二人はテラスにあるテーブルに座った。

 

「……お前って本当にお姫様なのか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 どういう意味って、と凜堂は苦笑する。慣れた手つきでハンバーガーの包装紙を剥がし、何の躊躇いも無くかぶりつく。それは凜堂のイメージするお姫様というものから余りにもかけ離れた光景だった。

 

「お姫様がそんなうまそうにハンバーガーを食べるとは思えんのだが」

 

「それは偏見だ。実際、お前の目の前に実例がいるんだ。納得しろ」

 

 納得したら、それはそれで全世界のお姫様から非難を浴びそうだ。凜堂は何も言わず、ハンバーガーを食べ始める。子供のから何も変わらない、グローバルな味だ。

 

「友人達に教えてもらったのだ」

 

 ハンバーガーを半分ほど食べ終えてから、ユリスはどこか郷愁を漂わせながら呟いた。友達? と首を傾げる凜堂。

 

「友達いたのかお前?」

 

「……果てしなく失礼な男だなお前は。確かにここにはいないが、自分の国にいる」

 

 憮然とするユリスに凜堂は頷く。そしてピンと来た。

 

「あぁ、あの手紙か」

 

「むごぉっ!!」

 

 喉を詰まらせ、見る間にユリスは顔を青くさせる。すぐに一緒に注文していたコーラを口に含み、どうにか危機を脱した。

 

「あ、危なかった……そ、それより何でお前が」

 

「その友達以外、お前に手紙を出す奴がいるのか?」

 

 凜堂の問いにユリスは言葉に詰まりながら顔を真っ赤にする。信号機のようにはっきりしてて、実に分かりやすい。それ以上突っ込んだ事は言わず、凜堂はハンバーガーを食べ終えた。

 

「ま、何だっていいさ。ところで、耳寄りな情報がある、って言ったら聞くか?」

 

「耳寄りな情報? 何だそれは?」

 

「お前が襲われたことに関しての話だ」

 

 凜堂の言葉にユリスは表情を引き締める。凜堂も居住まいを正してユリスと向かい合い、先日クローディアから聞かされたことをほぼそのまま伝えた。ただ、クローディアからの頼み事に関しては言わなかった。教えればユリスがどんな反応をするか、想像に難くなかったからだ。

 

「なるほど、他学園の手引きか。よくある話だな」

 

 それほど驚くわけでもなく、ユリスはコーラを飲みながら頷いた。

 

「多分、私が最後のターゲットなのだろうな。だから姿を晒してまで仕留めに来た」

 

「まぁ、そういうこった。暫くは一人での外出や決闘は止めておいたほうがいいぜ」

 

 襲撃者にとっちゃ絶好のタイミングだからな、と言いながら凜堂は目の前の少女がどう答えるか想像できていた。

 

「断る。何故、私がそんな卑怯者のために自分の行動を曲げねばならん」

 

「DE・SU・YO・NE」

 

 予想通り過ぎる返答に凜堂は薄く笑う。

 

「好きにすればいいさ。お前の人生はお前のもんだ。思ったとおりに生きて、自由にくたばればいい」

 

「言われるまでもないな。私の道は私が決める。意思も行動もな」

 

「……ほぉ、相変わらず勇ましいじゃねぇか」

 

 ここでユリスの後ろから巨大な人影が現れた。

 

「立ち聞きとはいい趣味だな、レスター」

 

 振り返りもせず、ユリスはばっさりと切って捨てる。あれま、と凜堂も少し驚いた表情でレスターを見上げていた。休日にこんな場所で鉢合わせとは余程縁があるらしい。もしくはレスターがユリスをストーキングしているか。

 

「好きで聞いてたわけじゃねぇよ、偶々だ」

 

 偶々ねぇ、と口の中で呟きながら凜堂はレスターの後ろを見る。やはりと言うべきか、そこには取り巻き二人の姿があった。

 

「話は聞かせてもらったぜ。謎の襲撃者とやらに襲われたらしいな。流石に恨みを買いすぎてるんじゃねぇか」

 

「私は人に恨まれるようなことはしてないぞ」

 

 これにはレスターも呆れた表情を浮かべ、凜堂は小さく苦笑しながら肩を竦める。

 

「そういう態度が周りの人間を敵にするって分からねぇのか?」

 

「分からんし分かるつもりもない。私は自分の正しいと思ったことをやっているだけだ。それで敵が出来るのなら、相手になるまでだ」

 

「大層な自信じゃねぇか……だったら、今ここで戦ってもらおうじゃねぇか」

 

 結局それが目的か、とユリスは大きなため息を吐く。

 

「何度言えばお前は私の言葉を理解できるんだ? 貴様の相手をする気はない、と言っている」

 

「いいから俺と戦えって言ってんだよ!!」

 

 怒鳴りながらレスターは手をテーブルに叩きつける。非常に大きな音がしたため、利用客は勿論、道行く人たちも何事かと見ていた。

 

「レスターさん! 幾らなんでもこんなところで、それも同意なしの決闘はまずいですよ!!」

 

「サイラスの言うとおりだよレスター! 下手に騒ぎを起こしたら警備隊が……!」

 

 サイラスとランディが必死で宥めているが、レスターに聞く様子は欠片も無い。

 

「おいおい、こっちは食事中だぜ? 決闘をやるにしたって時と場所を考えろよ」

 

「手前には話してねぇ、黙ってろ……」

 

 凜堂と頑なに目を合わそうとせず、レスターは唸るように言った。そうかい、と凜堂はレスターから視線を外してポテトを摘み始める。

 

「ならご自由に。それでお前の評判がどん底に落ちようが俺には知ったこっちゃねぇからな」

 

「……何だと?」

 

「今ここでリースフェルトに喧嘩を売ったら、リースフェルトに不意打ちを喰らわせようとした連中と同類に見られるって言ってんだよ。んなことも分かんねぇのか単細胞の塊」

 

 一瞬、レスターの動きが止まる。そして凜堂の方へ振り返ると、握り締めた拳を凜堂の頬に叩き込んでいた。派手な音と共に凜堂は椅子ごと倒れ、後ろにあるテーブルへと背中から突っ込んた。

 

「高良!? レスター、貴様!」

 

 ユリスが眦を吊り上げて立ち上がるが、既にレスターはユリスを見ていなかった。

 

「小僧……言うに事欠いて、俺様が鼠みたいにこそこそ隠れ回ってる連中と一緒だと? ふざけるな!!」

 

 ボキボキと拳を鳴らしながらレスターは凜堂へと歩み寄っていく。一方、凜堂は軽く呻き声を上げながら立ち上がったところだった。

 

「いいぜ。舐めた口を叩くなら、まず手前から叩き潰してやる!!」

 

 怒声と共に拳を繰り出す。対して凜堂は身動ぎ一つしない。岩のように固められた拳が直撃する寸前、凜堂は右手を上げてレスターの一撃を受け止めた。

 

「何っ!?」

 

「戦士としての誇りがあるなら……」

 

 目を見開いて驚愕するレスターに構わず凜堂は言葉を続ける。

 

「まずは戦士らしく振る舞ったらどうだ、マクフェイル?」

 

 メキメキ、とレスターの拳から剣呑な音が響き始める。レスターは凜堂を振り解こうとするが、押しても引いてもびくともしない。凜堂はレスターの目を真っ直ぐ見据え、万力の如き握力でレスターの拳を捉えていた。

 

「どう頑張っても今のお前は戦士には見えないぜ、マクフェイル。自分の思い通りにならないからって、怒鳴り散らして物に当たる。まるで餓鬼だ」

 

 一瞬だけ視線をユリスへと移し、レスターを解放する。

 

「一回、自分の行動を振り返ってみるんだな。そして考えろ。今の自分がリースフェルトに挑むに足りうる戦士なのかどうか、な」

 

「手前……」

 

 凄まじい形相で凜堂を睨みつけるレスターを背後から取り巻き二人が必死で押し留めていた。

 

「落ち着いてレスター! レスターの強さは皆が分かってるから! レスターはいつだって、どんな相手でも正面から正々堂々と叩き潰してたじゃないか! こんな奴の言うことなんか気にする必要ないって!」

 

「そ、そうですよ! 決闘の隙や話している最中を狙って攻撃するなんて卑怯な真似、レスターさんがするはずないってみんな分かってますから!!」

 

 ランディとサイラスの必死の説得でもレスターは未だに怒りが収まらない様子だったが、やがて踵を返して大股に去っていった。ランディは慌ててレスターを追いかけ、サイラスは凜堂とユリスに一礼してから二人の後に続く。

 

「ったく」

 

「大丈夫か?」

 

 ぶつかった衝撃で倒れたテーブルと椅子を元に戻している凜堂にユリスが声をかける。問題ない、と凜堂は血の混じった唾を吐き出しながら答えた。

 

「そうか……しかし、戦士としての誇りがあるなら戦士らしく振る舞え、か。中々言うじゃないか、お前も」

 

「そんな大層な事じゃないさ。大きな力を持つ者として当然のことだろ」

 

 何でもないことのように凜堂は言う。くくく、とユリスは小さく笑った。

 

「底の知れない奴だ、そして食えない」

 

「お褒めに預かり光栄です、プリンセス」

 

 そう言って、凜堂は道化のように大袈裟にお辞儀して見せた。




お久しぶりの北斗七星でっす。

投稿、遅れて申し訳ないです。楽しみにしていた方(奇跡的にいたらだけど)すみません。理由はありません。強いて言うならモチベーションの低下? ま、んなこたぁどうでもいいです。

こんな感じですが、これからもお付き合いしていただけると嬉しいです。


そう言えば、最近艦隊これくしょんなるゲームを始めました。最近のマイブームは艦これのBGMを消して、代わりにパシフィック・リムのメインテーマを流す事です。一度、試してみてください。凄く勇ましくなるからw


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理由

 結局、ユリスの案内が終わったのは日も落ちかけた時間だった。

 

「今日はありがとうよ、リースフェルト。色々と勉強になった」

 

「そ、そうか。それなら良かった……いや、あくまで私は借りを返しただけだ。礼を言う必要は無いぞ」

 

 凜堂の礼にユリスは指先で髪の毛を弄りながら答える。さいですか、と凜堂は苦笑しながらユリスと共に地下鉄の駅へと向かっていた。

 

「あん?」

 

「どうした、高良?」

 

 不意に凜堂が怪訝そうに目を細める。不審に思ったユリスがその視線を追うと、十数人の学生が揉めていた。怒号と罵声が飛び交い、かなり剣呑な雰囲気だ。周囲には遠巻きに騒ぎを見ている野次馬の姿もあった。関わり合いになりたくないというのが本音のようで、大半は足早に去っていく。

 

「あれはレヴォルフの連中だな。相変わらず馬鹿なことをやっているようだ。よく飽きないな」

 

「レヴォルフって言うと戦闘狂の集まりって噂のレヴォルフ黒学院か?」

 

 全部が全部そういう訳ではないがな、とユリスは軽く両手を上げる。確かに、騒動を起こしている生徒達の胸元にはレヴォルフ黒学院の校章である『双剣』が輝いていた。

 

 六学園の中でも飛びぬけて好戦的で、勝利を絶対とする校風のためか校則は皆無だ。基本的にアウトローな連中が多く、スラムにたむろしている者は大半がレヴォルフ出身だというデータさえある。

 

「何て言うか、族の抗争みたいだな……あ、手が出た」

 

 二人の眼前で双方のグループが煌式武装(ルークス)を構えた。あれよあれよという内に双方は乱闘を始めた。それぞれの学生が周囲に散らばり、あちこちでやりあっている。

 

「……まずいな、はめられた」

 

「は? 何て?」

 

 ユリスの台詞の意味が分からず、凜堂が訊ねようとしたその時、短剣型の煌式武装を構えた学生が凜堂目掛けて真っ直ぐに突っ込んできた。

 

「うおっ!?」

 

 意表を突かれた突進に驚きながらも凜堂は半身になってそれをかわす。

 

「気をつけろ、危ねぇだろうが!」

 

 怒鳴るも、既にその学生は乱闘の中へと姿を消していた。まさか、と思いつつ凜堂は周囲を見回す。気付けば凜堂とユリスは乱闘を続けるレヴォルフの学生達に囲まれていた。

 

「レヴォルフの馬鹿共が街中で誰かを襲う時に使う常套手段だ。こうやって乱闘にターゲットを巻き込んで痛めつけるらしい。あくまでも、ターゲットは『巻き込まれた』だけだ」

 

「そりゃまた、ずいぶんと狡い手だな!」

 

「私も、経験するのは初めてだ!」

 

 言葉を交わしながら二人は襲い掛かってくる学生達をあしらう。言われてみれば、確かに周りの学生に勝とうとする意志はまるで見えず、何ともお粗末な殺陣を演じていた。そんなふざけた乱闘を繰り広げているにも関わらず、時折鋭い視線を二人に向けて襲い掛かるタイミングを窺っている。

 

「しっかし、随分と面倒な方法で襲ってくるんだな」

 

「こいつらは正式に決闘の手続きをしているはずだ。万が一、警備隊に捕まってもある程度の言い訳はつく」

 

 無罪放免ということは流石にないが、通常よりも軽い罰で済むことが多いようだ。

 

「ってこたぁ、お前を狙ってたのはレヴォルフ(こいつら)だったってことか?」

 

「さぁ、それはどうだろうな。こいつらは金さえ積まれれば何だってやる。裏でどんな奴が糸を引いているか分かったものではないな……おっと!」

 

 煌式武装の矢を避け、ユリスは唇を三日月のように歪める。

 

「何より、こいつらは三下だ。もし、レヴォルフが関わっているならもう少しましな連中を用意するだろう」

 

 そうなぁ、と返しながら凜堂は周囲の学生を観察する。ユリスの言うとおり、二人を襲っている学生達はお世辞にも腕が立つとは言えなかった。その証拠に攻撃されている二人は掠り傷はおろか、埃一つついていない。

 

「んで、どうすんだ?」

 

「決まっている。この状況は明らかに正当防衛だ。叩きのめして色々と聞き出す」

 

「ま、そうなるわな」

 

 軽く応えながら凜堂は視線を巡らせる。この乱闘自体、ユリスに隙を作るためのものだろう。なら、どこかで襲撃者がチャンスを待っているはずだ。そんな凜堂の考えを察したのか、ユリスは笑みを更に物騒なものにさせる。

 

「心配するな。この程度の連中、警戒しながらでも焼き上げられる」

 

「少しでいいから手心を加えてやれよっと!」

 

 周囲に炎を踊らせるユリスに忠告しながら凜堂は真正面から突っ込んできた学生を迎え撃つ。上段に構えられた剣型煌式武装が振り下ろされる前に学生の手首を掴んだ。そのまま手首を握り潰すように握力を強めるが、学生が煌式武装を取り落とす前に他の学生が一斉に襲い掛かってきた。その数、五人。凜堂を囲むような形だ。

 

「おぉ、少しは頭を使ったか」

 

 感心したように呟きながら凜堂は素早く周囲を見回す。前後左右、どの方向に逃げてもかわすことは無理そうだ。

 

「まぁ、無駄だけど」

 

 言うや否や、凜堂は学生の手首を握ったまま、投げ縄のように回し始めた。予想を遥かに超えた凜堂の反撃に飛び掛ってきた学生達は空中で止まることも方向を変えることも出来ず、纏めて回転に巻き込まれる。計六人の学生から成る人間団子の出来上がりだ。

 

「そぅらぁ!!」

 

 大きく勢いをつけ、凜堂は人間団子を高々と放り上げる。落下してくるタイミングに合わせて跳躍し、

 

「ぶっ飛べやぁ!!」

 

 掛け声と共に放ったドロップキックで人間団子を吹き飛ばした。

 

「その細い体のどこにそんな力があるんだ?」

 

「鍛えてますから」

 

 そう言って、凜堂は獰猛に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして数分。その間に凜堂とユリスはレヴォルフ学生のほとんどを片付けていた。半分は白煙を上げながら、もう半分は打撃痕を体のどこかに作って地面の上に転がっている。

 

 中には運良く逃げ出せた者もいる。その際、「あ、あいつ『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』じゃねぇか!」だの「んなの聞いてねぇぞ!」とか「もう一人の男も滅茶苦茶強いじゃねぇか!」などと悲鳴じみた声を上げていた。

 

「自分達が狙った相手くらい、確認しておかなくてどうする……高良、そっちはどうだ?」

 

「ん~、こいつで最後だ」

 

 ユリスの問いに答えながら凜堂は学生にかけていたバックブリーカーの力を強くする。学生の断末魔の叫びと共に彼の背骨が悲惨な狂想曲を奏でた。学生が動かなくなったのを確認し、凜堂は力を失った学生を投げ捨てる。

 

「ほとんど片付いたか」

 

「とりあえず、こいつらから色々と聞き出すぞ。意識を失ってない奴を探そう」

 

「オーライ」

 

 二人は転がっているレヴォルフの学生を調べ始めた。泡を吹いている者、助けてママとうわ言を繰り返す者、痙攣し続ける者など、どれだけ二人が容赦なく学生達をとっちめたかが窺える。

 

「おい、リースフェルト。こいつ起きてるぞ」

 

 少しすると、凜堂はユリスの前にモヒカン頭の学生を引きずっていった。片方のグループのリーダー格の学生だ。凜堂に起きていると言われて尚、寝たふりをしている辺り結構な大物だ。

 

「おい、いつまで狸寝入り決め込んでるつもりだ。起きろ」

 

「……」

 

 反応は無い。二人は無言で顔を見合わせると、ユリスは周囲に炎を踊らせ、凜堂は拳を鳴らした。二人がやったのはそれだけだが、脅しとしての効果は十分だったようで、モヒカン頭は情けない悲鳴を上げながら飛び起きた。

 

「手間をかけさせるな。簡潔に答えろ。さもないとその珍妙な頭を焼け野原にするぞ」

 

「まったく、しゃばい髪型しやがって。どうせならアフロみたいなブラザーソウル溢れるのにしろ」

 

 違うだろ、と呆れた表情で凜堂に突っ込みを入れるユリス。

 

「話がそれたな。誰の指示でこんな真似をした?」

 

「お、オレは何も知らない! あんたらを少し痛めつけてくれって頼まれただけだ!」

 

「どんな奴に頼まれた?」

 

「全身黒尽くめで、かなりタッパのある奴だった。でも、顔とかはほとんど見てないんだ!」

 

「声は? 流石に顔は分からなくても、話は聞いたんだからどんな声だったかくらい分かるだろ」

 

 凜堂の問いにモヒカン頭はぶんぶんと首を振る。

 

「こ、声は分からねぇんだ。そいつ、一言も喋らなかったから」

 

「「喋らなかった?」」

 

 凜堂とユリスの声が重なる。何度も頷きながらモヒカン頭は話を続けた。

 

「指示は金と一緒に袋に入れられてた紙に書いてあったんだ」

 

「紙だと? 指示の他に何が書いてあった?」

 

「これは前金で、見届けたら残りを払うって」

 

「見届けたら……」

 

 ユリスが無言で考え込んでいると、突然モヒカン頭は目を見開きながらある方向を指差す。

 

「あいつだ! あいつがオレ達に頼んできたんだ!!」

 

 凜堂とユリスがほぼ同時に振り返ると、路地へと逃げ込んでいく人影を発見した。一瞬だけしか見えなかったがモヒカン頭の言ったとおりの体格だ。それに、紗夜と一緒にいた時に襲ってきた大男とも姿が重なる。襲撃者と見て間違いないだろう。

 

「待て!」

 

 叫ぶや、ユリスは男を追って走り出した。慌てて凜堂が引き止めようとするも、既にユリスは凜堂の手の届かない所まで走っていた。

 

「リースフェルト! 深追いは悪手だぞ!」

 

 凜堂の叫びにユリスは一瞬だけ視線を向けるが、走るのは止めなかった。相当に頭に血が上っているようだ。正常の判断力を失ったユリスは大男を追いかけ、そのまま路地へと飛び込む。それこそ襲撃者が待ち望んでいたものだった。

 

「なっ!?」

 

 ユリスを出迎えたのは待ち伏せしていた大男の戦斧の一撃だった。咄嗟に横に飛び退いて避けるユリスだったが、戦斧が地面に振り下ろされた時の衝撃で吹き飛ばされる。更にそこへもう一人の黒尽くめがユリスへと迫っていた。手にはアサルトライフル型の煌式武装が握られている。

 

「もう一人いたか……!」

 

 己の迂闊さに歯噛みしながらユリスは放たれる光弾の嵐を地面を転がって回避する。星脈世代(ジェネステラ)の目から見ても、驚嘆を禁じえない反射神経だ。

 

「くそがぁ!」

 

 悪態を吐きながら走る凜堂の眼前の地面に剣型煌式武装が一つ、転がっていた。レヴォルフ学生の内の誰かが使っていたものだろう。

 

「リースフェルト、これ使え!!」

 

 凜堂は煌式武装に走り寄ると、ユリス目掛けてそれを蹴り飛ばした。凜堂の声にユリスは跳ね起き、飛んできた煌式武装を器用にキャッチしてすぐさま起動させる。

 

 個人用に微調整された煌式武装でないのが幸いした。すぐに煌式武装は光の刃を形成し、ユリスに操られて放たれる光弾を防いでいた。

 

(これで互角だな!)

 

 丸腰ならともかく、煌式武装を手にしたユリスがそうそう遅れを取るはずがない。凜堂はアサルトライフル型煌式武装を持った大男をユリスに任せ、自身は戦斧を構えた方へと向かった。その刹那、

 

「んだと!?」

 

 凜堂の視界に近くの建物の屋上に立った人影が映った。襲撃者二人と同じ、黒尽くめの格好。その手にはクロスボウ型の煌式武装。しかも、狙われているのはユリスではない。

 

「マジかよ!」

 

 凜堂に向けて放たれた光の矢が空気を切り裂く。完全に凜堂の不意を襲った矢は凄まじい速さで凜堂に迫った。一瞬の内に避けられないと判断した凜堂は上着とTシャツに星辰力(プラーナ)を注ぎ込んだ。服が黒い燐光を放つのと同時に矢が凜堂の脇腹に突き刺さる。

 

「っつぅ!!」

 

 矢の直撃を受け、吹き飛ぶ凜堂。咄嗟に星辰力で防いだのが幸いし、矢は凜堂の体を傷つけるには到らなかった。が、上着は見事に引き裂かれていた。

 

「Tシャツが無事だったことを喜ぶべきなのか……」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 苦い表情で立ち上がる凜堂にユリスが駆け寄ってくる。問題ない、と答えながら凜堂は周囲を見回す。既に襲撃者の姿はどこにもなかった。建物の屋上から凜堂を狙撃した襲撃者も煙のように消えている。後、どうでもいいがレヴォルフの学生達も蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

 

「……そろそろ警備隊がやってくる頃合いだな。私達も退散するとしよう」

 

「オーライ。色々と説明すんのも面倒だし、とんずらしましょ」

 

「それに、折角手がかりを掴んだのに横から掻っ攫われては癪だからな」

 

 ユリスの瞳には静かな怒りの炎が燃え上がっている。それは虚仮にされたこと、そして何より、凜堂が狙われたことに対しての怒りだった。

 

「ここまでされたのだ。私の手で決着をつける」

 

「狙われた本人が勇ましいことで」

 

 ふん、と鼻を鳴らしてユリスはそっぽを向く。無茶をするな、と言っても聞かないだろうし、凜堂は何も言わなかった。

 

(どちらにしろ、ロディアに報告しとかないとな)

 

「それよりも高良。この後、時間はあるか?」

 

「この後? 別に何の予定も入ってないし、大丈夫っちゃ大丈夫だけど」

 

「そうか。なら、私の部屋に来い」

 

「……はぁ?」

 

 その声は今までの生涯で一番間が抜けていた、と後に凜堂は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訳の分からぬまま、ユリスに連れられ凜堂は女子寮に辿り着く。まぁ、正面から入ることは勿論出来ないので。

 

「……完全に不審者だな、俺」

 

 窓を経由してユリスの部屋に訪れることになった。これで三回目の侵入だ。もし、このことがばれたらと思うと背筋が寒くなる。女子は勿論、男子にばれても碌なことにならないだろう。

 

「来たか。悪いが、少し待っててくれ」

 

 先に(当然だが)部屋に戻っていたユリスは部屋の隅で何やら探し物をしていた。待っていてくれ、と言われてもやることがなく、凜堂は窓枠に腰かけながら部屋の中を眺める。

 

(ガーデニングが趣味なのか?)

 

 そう思わずにはいられないほどの鉢植えやプランターが並んでいた。ちょっとした植物園だ。配置はキチンと考えられているようで、邪魔にならないように置かれている。中には綺麗に花を咲かせているものもあった。

 

「前は即行で顔面爆撃されたからなぁ……」

 

 あれから色々あったなぁ、と凜堂がしみじみしていると、探し物を終えたらしいユリスが歩み寄ってきた。

 

「よし、あったぞ……どうした?」

 

「いや、俺の人生、色々あるなぁって」

 

「定年を迎えた老人かお前は」

 

 ユリスの突っ込みに凜堂はうるせぃ、と歯を剥く。

 

「んで、何の用だよ?」

 

 帰る時間が遅くなると、どんな勘繰りをされるか分からない。早々に用事を済ませたく、凜堂は早速切り出した。

 

「そうだな。さっさとすませるとしよう。上着を脱げ」

 

「はい?」

 

 目を丸くする凜堂にユリスは手を突き出す。

 

「上着を寄越せ、と言っているんだ。繕ってやる」

 

 上着? と言ったところで凜堂は手を打つ。先の襲撃で、凜堂の上着は見事に引き裂かれていたはずだ。

 

「いや、そりゃありがたいが……裁縫できるの、お前?」

 

「得意、とは言い難いが、出来なくはない。それは私の責任だしな。これ以上、お前に借りは作りたくない」

 

「まぁ、そういうことなら」

 

 言われたとおりに上着を脱ぎ、ユリスへと手渡す。ユリスは椅子に座ると、裁縫セットの中から糸と針を取り出して危なっかしい手つきではあるが上着を縫い始めた。

 

「それも友達から教わったのか?」

 

「……そうだが、何故分かった?」

 

 勘だ、と答えながら手持ち無沙汰になった凜堂は改めて部屋の中を観察する。

 

 クローディアの部屋と違ってワンルームだが、大きさだけで言えばこっちの方が広い。掃除もキチンとしているようで、清潔感もある。

 

 ベッドの脇には勉強机があり、その上には一輪挿しのバラと、今時では珍しい写真立てが飾られていた。微かに興味が湧き、凜堂は近寄ってその写真を覗き込んだ。そこにはシスターと思しき女性と様々な年代の子供が教会を背景に写っていた。身なりからして、裕福な生活を送ってはいなさそうだ。

 

 その中で、一人だけ明らかに浮いている少女が一人。服装こそ周りと同様に質素だが、それでも育ちの違いが見て取れた。だが、その薔薇色の髪をした少女は周りの子供と同じ、心の底からの笑みを浮かべていた。

 

(……これが、リースフェルトの友達か)

 

「しかし、派手にやられたな。これだけの攻撃を受けて破れたのが上着だけとは……お、おい、何をしてるんだ!?」

 

 凜堂がマジマジと写真を見ていると、ユリスが慌てて駆け寄ってきて机の上の写真立てを胸に抱くように隠した。

 

「悪い。目に入ってな。そいつらか、お前の友達って?」

 

「……あぁ、そうだ。この写真に写っているのは私の友人達で間違いない」

 

 嘆息しながらユリスは机に写真立てを戻し、椅子に腰を下ろして作業を再開する。

 

「私はこう見えて、子供の頃はお転婆でな」

 

「大体想像つく」

 

 ギロリ、なんて擬音がつきそうな目つきでユリスは凜堂を睨むが、作業する手を止めずに話を続けた。

 

「ふん……とにかく、幼い頃の私はよく勝手に宮殿を抜け出したりしていたのだ。まぁ、王族としての生活が窮屈だったのだろうな。元々、うちの血筋は王族といっても傍系。王政復活に際し、血族がほとんど残っていなかったから担ぎ上げられたに過ぎん」

 

 凜堂は口を挟まず、無言でユリスの話に耳を傾けていた。

 

「ある日、少しばかり遠出をした私は道に迷ってしまった。うろうろしている内に貧民街の方に迷い込んでしまったのだ。当時のリーゼルタニアの治安はそれ程悪くなかったが、そんな場所を裕福な身なりの子供、それも一人でうろついていればどうなるかは目に見えている」

 

 何だか、映画によくあるシチュエーションだ。

 

「その頃からお前は力に目覚めてたのか?」

 

「まぁ、一応な。と言っても、精々ライター程度の炎を起こすのが精一杯だったが。それにあの時の私は今の私と違って実戦はおろか、喧嘩さえ碌にしたことがない。仮に当時から強力な力を使えても、何も出来なかっただろうな。柄の悪い連中に捕まり、路地裏に連れ込まれた私はただ泣く事しか出来なかった」

 

 そんな時に助けてくれたのが彼女達、という訳だ。

 

「その時の私の気持ちが分かるか? 彼女達は正しくヒーローだった」

 

 強い憧憬の色を瞳に映しながらユリスは語る。

 

「さぁね。俺にはそんな経験ないし」

 

 肩を竦めてそう答えながらも、凜堂の脳裏にはある光景が浮かび上がる。

 

 幼い自分を護るように目の前に立つ大きな背中。彼にとってそれは憧憬の対象ではなく、己の全てを懸けてでもなりたい人生の目標だった。

 

「助けられた私は宮殿に戻って色々と調べてもらい、彼女達が貧民街にある孤児院の子供達だと知った。その日以降、私は宮殿を抜け出して彼女達について回るようになった。当然、最初は鬱陶しがられていたが、しつこく通っている内に何時の間にか仲良くなっていたな」

 

「そいつらはお前がお姫様だって知ってたのか?」

 

「いや、当時は身分を隠して遊びに行っていたからな。もっとも、シスターは気付いていたようだが」

 

「家族とかは?」

 

「それはもう、耳にタコが出来るくらいうるさく言われたが、その頃には父も母も亡くなっていたからな。私は別段気にしなかったな」

 

「親御さんが?」

 

「うん? あぁ、知らなかったか。今のリーゼルタニアの国王は私の兄上だ。その先代が私の両親で……と、聞かされているが、私自身、両親のことは余りよく覚えていない」

 

 そうか、と頷きながら凜堂はユリスとの妙な共通点があったことに驚く。幼少期に両親を失っているという点。決定的に違うのは、凜堂は両親の死に様を胸に焼き付けているところだろうか。

 

「驚く事に、その孤児院は母の創設した基金で作られたものだったということだ。それが分かった時は流石に奇妙な運命を感じたな」

 

 そこまで語ったところでユリスの手が止まる。

 

「とは言っても、その基金はもうない。孤児の数も年々増えていき、資金繰りは徐々に厳しくなっていってる。だから、私はアスタリスクに来たんだ。今度は私が皆を助けるために、守るために……悲しいが、彼らに一番必要なのは金だからな」

 

「へぇ」

 

「あぁ、言っておくが私は誰かに頼まれてやってる訳じゃないぞ。私は私の意志で、自分のためにやりたいことをやっているだけだ」

 

 そんなこと、言われなくたって分かる。目の前にいる少女、ユリスはそういう人間だ。

 

「色々大変ね、お姫様も」

 

「私の選んだ道だ。後悔はないし、これからしていくつもりもない……アスタリスク(ここ)はどこまでも下劣で下らない街だ。学生同士を戦わせ、世界中がそれに魅入られ熱狂していく。ありとあらゆる欲望が渦巻き、飲み込んで大きくなっていく醜悪な街……だが、だからこそこの街はあらゆる望みに最も近い場所だ。ここで私は己の望むものを手に入れる。それが私の戦う理由だ」

 

 ふと、ユリスは凜堂を見た。

 

「……」

 

 凜堂は何も言わず、ただただじっとユリスを見ていた。普段の軽薄な態度からは想像もつかないほど静かで、穏かな瞳。そこには抑えがたいほどのユリスへの尊敬と憧憬、そして羨望の光があった。

 

「ほ、ほら、終わったぞ。これを持ってさっさと帰れ」

 

 あぁ、と頷きながら凜堂は繕われた上着を受け取る。少々、いや、かなり不恰好だが、引き裂かれたままなんてパンクな状態よりも遥かにマシだ。

 

「これで貸し借りはなしだからな」

 

「へいへい」

 

 礼を言いつつ、窓へと向かう凜堂はテーブルの上に置かれたハンカチに気付いた。ユリスと出会う切っ掛けになったものだ。初めて見た時は不恰好なハンカチだと思ったが、ユリスの話を聞いた今ではそれが彼女に取ってどれだけ大事なものかが分かった。

 

「あぁ、これか。これは昔、誕生日に友人達がくれたんだ。皆で刺繍を入れてくれて……特に一番下手なのが私の親友のものだ」

 

 最後に「私の宝物だ」と付け加える。そうか、と微笑み、凜堂は部屋から出るために窓枠へと手をかけた。

 

「リースフェルト」

 

 振り向かず、何時でも飛び出せる体勢で凜堂は言った。

 

「失うなよ。大切な人を、守るべきものを……失ってからじゃ何もかもが遅いからな」

 

「? 高良、それはどういう」

 

「じゃあな」

 

 ユリスの言葉を最後まで待たず、凜堂はまた明日、と手を振って窓枠を蹴った。

 

(戦う理由、か)



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探し求めていたもの

「どうした、凜堂。さっきから上の空みたいだけど」

 

「あん? いや、別に何も無いが」

 

 隣を歩く英士郎に凜堂は肩を竦めて見せる。

 

「そうか……なら、別にいいけどさ。昨日から少し様子が変だぜ?」

 

「少し、俺の人生って何だろうって哲学的なことを考えててな。んなことよりジョー、早いとこ教室に行かないと遅刻だぜ、俺ら」

 

「慌てることはねぇさ。この時間なら滑り込みでセーフだ」

 

 英士郎の言うとおり、ホームルームが始まる寸前に二人は教室に辿り着いた。

 

「大体、お前は何で二度寝なんかするんだよ。おかげでギリギリになっちまうし」

 

「いや。遅刻しかけた理由の半分はお前が俺を起こすのにエルボードロップしてきたってのもあるんだからな?」

 

 凄い綺麗に決まったぞ、と英士郎は顔を顰めながら鳩尾の辺りを撫でる。

 

「もうされたくないなら二度寝は止めろ。次はギロチンドロップだからな」

 

「プロレス技をかけないっていう選択肢は無ぇのか!?」

 

 無い、とはっきり答えながら凜堂は席につく。隣の席のユリスに挨拶するが、何やら手紙を読んでいる最中で返事は無かった。

 

「おい、リースフェルト?」

 

「あ、あぁ、お早う高良」

 

 凜堂に気付くと、ユリスは少し慌てた様子で手紙を机の中に入れた。

 

「あん?」

 

「おら、席につけガキ共ー。出席とんぞー!」

 

 ユリスの挙動不審な態度に首を傾げる凜堂だが、匡子が釘バット片手に教室に入ってきたため、それ以上の会話は出来なかった

 

 授業中も時々、ユリスの方を見てみるが、凜堂の視線に気付く気配は無い。授業にも集中できてないみたいで、終始上の空といった様子だった。

 

「どしたリースフェルト? 変なもんでも食ったか?」

 

 放課後、声をかけたが、ユリスは凜堂を見もせずに手早く荷物を纏めて席を立った。

 

「……すまないが、今日は用事がある」

 

「あ? そうなのか」

 

 凜堂の声に何も答えず、ユリスは足早に教室を出て行く。凜堂はユリスが通ったドアを不思議そうに見ていた。

 

「あらら。昔のお姫様に戻ったみたいだな」

 

「昔?」

 

 あぁ、と英士郎は頷く。

 

「あのお姫さん、お前が来る前はいっつもあんな感じだったんだよ。頑なに「私に関わるな」ってオーラ振りまいてさ。お前のお陰で少しは親しみやすくなってきたのにもったいねぇな」

 

「ふ~ん」

 

 かなり気になったが凜堂はユリスの後を追わず、クローディアに昨日のことを報告するために生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいす~」

 

「あら、凜堂。ごきげんよう」

 

 生徒会室に入ると、柔和な笑みを浮かべたクローディアが凜堂を迎えた。

 

「今日はどのようなご用件で?」

 

「あ~。昨日、ちょっとな。レヴォルフの馬鹿を使って連中がちょっかいかけてきてな。その事についての報告」

 

「えぇ、話だけは聞いています。ユリスとのデート中に大変でしたわね」

 

 デートじゃねぇよ、と凜堂は苦い表情を浮べながら頭を掻く。

 

「ま、確かに色々と大変だったな。見返りもあったけど」

 

「と、仰いますと?」

 

「犯人の目星がついた」

 

 寸の間、クローディアは凜堂の言葉に目を見開くが、すぐに視線を鋭くさせた。

 

「それは本当ですか?」

 

「多分、間違いないと思うぜ」

 

 凜堂は昨日の出来事と、犯人に関する根拠について話した。凜堂の話にクローディアは顎に手を当てて考え込む。

 

「なるほど……分かりました。こちらでも調べてみます。これでうまく解決できればいいのですが……」

 

 凜堂の憶測とはいえ、事件に進展があったというのにクローディアの表情は浮かないものだった。言葉尻もどこか濁っている。

 

「何か気になるのか?」

 

「このことはユリスに話しましたか?」

 

「いんや、話してない。でも、気付いてはいると思うぜ」

 

 ユリスは聡明だ。凜堂が教えずとも、昨日のやり取りで既に犯人に気付いているだろう。

 

「ユリスは今どこに?」

 

「知らん。用事があるとかでさっさと帰った……おいおい」

 

 ここに来て、凜堂はクローディアの懸念を悟った。ユリスの性格上、犯人の目星がついたら他人に任せる訳が無い。自身の手でけりをつけようとするはずだ。

 

「……これは、少々まずいかもしれませんね」

 

「いやいや、いくらリースフェルトでも直接問い詰めるようなことはしないだろ。証拠は無いんだぜ?」

 

「いえ、犯人はもう三回もユリスの襲撃に失敗しています。ユリスが自分から出てくれば、それこそカモがネギを背負ってきたとばかり……」

 

「……確かに、本格的にまずくなってきたな」

 

 思い当たる節があるようで、凜堂も表情を険しくさせていた。

 

「あいつ、今朝、手紙を見てたんだ。かなり真剣な様子で読んでたし、もしかしたら犯人から届いたもんだったのかも」

 

 クローディアの顔色が変わる。

 

「ともかく、今はユリスを探しましょう」

 

「探すったってどこを?」

 

 人工の島だが、アスタリスクの広さはかなりのものだ。その中から特定の人物を見つけ出すのは文字通り至難の業だ。クローディアは真剣な表情で空間ウィンドウを開き、アスタリスクの地図を表示させる。

 

「まず、寮に戻っているか確認します。もし、犯人がユリスを呼び出したのだとしたら、出来るだけ人目のないところを選ぶでしょう」

 

 それならある程度は場所を絞れる。空間ウィンドウを操作するクローディアに何か手伝えることはないか聞こうとしたその時、凜堂の携帯端末が軽快な音を奏で始めた。

 

「誰だよこんな時に……」

 

 小さく悪態をつきながら凜堂は端末を取り出した。もしかしたらユリスからかかってきたのかも、と考えたクローディアは手を止めて凜堂の手元に注目する。開かれた空間ウィンドウに表示されたのは僅かに眉を顰めた紗夜の顔だった。

 

『……凜堂、助けて』

 

「サーヤ? どした、そんな困り顔で?」

 

(困り顔?)

 

 空間ウィンドウに映し出された紗夜の顔を見ながらクローディアは小首を傾げる。少なくとも、彼女の目に映った紗夜の顔は困ってるように見えなかった。

 

『道に迷った』

 

 シンプルかつ切実な答えだった。

 

「本当にブレないなお前は……悪ぃ、今はお前を回収しに行ってる暇は無い。リースフェルトのほうで手一杯」

 

『……リースフェルトなら、ついさっき見かけたような』

 

 紗夜の言葉に二人は顔を見合わせる。

 

「本当か?」

 

『……うん、あの薔薇色の髪は間違いなくリースフェルト。どこかに急いでるみたいだった』

 

「サーヤ。リースフェルトを見たのはどの辺りだ? ってか、お前どこにいるんだ!?」

 

 凜堂の問いに紗夜は可愛らしく頬を膨らませる。

 

『それが分かってたら迷ったりしない』

 

 ぐぅの音も出ない正論だった。言葉に詰まった凜堂に代わり、クローディアが空間ウィンドウを覗き込む。

 

「失礼、凜堂。沙々宮さん周囲の景色を映してもらえますか?」

 

 不思議そうに首を傾げるが、紗夜はクローディアに言われたとおり、周辺の景色を映した。

 

「再開発エリアの外れ辺りですね。これならかなり場所を限定できそうです」

 

 流石は生徒会長。一目見てどこだか分かったようだ。

 

「サンキュ、サーヤ。助かった」

 

『……なら、私も助けて欲しい』

 

「そういやそうだった。お前、絶賛迷子だもんな……」

 

 困ったように凜堂は頭を掻く。出来れば、急いでユリスの元に行きたい。しかし、紗夜をこのまま放っておくのは彼女が余りにも可哀想だ。

 

「沙々宮さんのことならご心配なく。誰か迎えを手配しておきます。凜堂はユリスを助けてあげてください」

 

「頼んだ、ロディア」

 

 お任せください、と微笑みながらクローディアは次々に該当する場所を地図上にピックアップしていく。目を見張るような速さだ。

 

「にしてもリースフェルトの奴、何か一言くらい教えてくれてもいいのによ」

 

 ユリスの性格上、他人に任せないのは分かる。しかし、凜堂も何回かこの件に巻き込まれている。彼もユリスと同様、この事件の当事者だ。だからこそ、凜堂にもユリスと共に犯人を締め上げる権利があった。しかし、彼女はそうしなかった。

 

「やっぱ、俺みたいな軽薄な奴は信用できんのかね」

 

「逆だと思いますよ」

 

 地図から目を離さず、クローディアは凜堂の呟きに苦笑する。

 

「逆?」

 

「はい。以前にも言いましたよね? あの子、ユリスは自分の手の中のものを守るのに精一杯なのだと。きっと、凜堂もユリスの手の中に入ってしまったのでしょう」

 

「守る……あいつが……俺を?」

 

 出会って間もない、ああ言えばこう言う男を、平然と憎まれ口を叩く高良凜堂をユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは守ろうとしているのか? 他人が彼女の行動を見た時、どう思うのだろう?

 

 他者を守ろうだなんて傲慢だと嘲笑うだろうか。友人でもない者を守るなんてお人よしだと呆れるのか。少なくとも、凜堂はどちらでもなかった。彼の胸中にあるのはユリスへの敬意と憧憬だけだった。

 

 ユリスの気高さを敬い、憧れる。それと同時にある想いが彼の中で産声を上げた。太陽のように燦然と輝くユリスを汚そうとする者への怒りと、ありとあらゆる魔の手から彼女を守りたいという願い。

 

 その願いを自覚した瞬間、凜堂は夜の帳を裂くような光が頭の中に差し込んだのを感じた。

 

「……はは、こんなすぐ見つかるなんてな」

 

 探していたものを見つけた喜びを噛み締める凜堂。そんな主に呼応するかのように右目に宿った無限の瞳(ウロボロス・アイ)が微かに疼いた。

 

「できました!」

 

 声と同時にクローディアから地図が携帯端末に送られてくる。所々にマーカーが浮かんでいた。

 

「っしゃあっ!!」

 

「お待ちください。その前に」

 

 気合いを入れ、矢のように生徒会室から飛び出そうとする凜堂の背にクローディアが制止の声をかける。居ても立っても居られない様子で振り返った凜堂が見たのは女神のように微笑むクローディアだった。女神といっても、戦争や闘争といった類の女神だが……。

 

「あれの用意が出来ています。どうぞ、持って行ってください」




投稿、遅れた上に短くて申し訳ありません。モンハン4に嵌ってました。マジ楽しいあれ。ちなみに使用武器は操虫棍です。そろそろオンラインを始めようかな、なんて考えてます。

アスタリスク第四巻買いました。綺凛ちゃん可愛いよ綺凛ちゃん。膝の上に座らせてひたすら撫で撫でしたい……。どうでもいいけど、ユリスの兄貴のキャラ、どっかで見たなぁ、と思ってたんですがすぐに分かりました。ハイスクールD×Dのサーゼクスだ。


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危機

 あれを受け取った凜堂が矢の様に生徒会室から飛び出したその頃、ユリスは再開発エリアにある廃ビルの内の一つを訪れていた。

 

 解体工事中のそこはまだ夕暮れ時であるにも関わらず、逢魔が時の薄闇に支配されていた。一部の壁や床は所々朽ち果てており、陰気な雰囲気のそこを広く感じさせる。また、随所に廃材が置いてあり、死角になりうる箇所も多かった。

 

「……」

 

 無言でユリスは奥へと進んでいった。躊躇う素振りは微塵も無い。傾いた日が作り出す不気味な影模様も相まって、その表情は非常に険しく見えた。

 

 一番奥の区画へ足を踏み入れたその時、吹き抜けになった上階部分から大量の廃材が落ちてきた。星脈世代(ジェネステラ)であっても、少女一人を押し潰すには十二分な量だ。

 

「……咲き誇れ、隔絶の赤傘花(レッドクラウン)

 

 慌てるどころか、視線すら上げずにユリスは頭上に五角形の花弁を傘のように顕現させ、落下してきた廃材を跳ね除けた。弾かれた廃材はけたたましい音を上げながら地面へと散らばる。その際に発生した土埃が舞う中、ユリスは目元を険しくしてある一点を睨む。

 

「……こんな手紙まで寄越して私を呼び出したんだ。小細工は止めて、腹を括って出て来い。サイラス・ノーマン」

 

 屋上まで貫いた吹き抜けからは薄っすらと月光が降り注いでいる。立ち込める土埃に月の光が当たり、少しだけ神秘的に見えた。そんな中、その雰囲気にそぐわない少年が一人歩み出てくる。

 

「これは失礼。ちょっとした余興にでもと思ったのですが」

 

 口を動かしながら少年、サイラスは仰々しく頭を下げた。その仕草、妙に芝居がかっている。

 

「それにしても、僕が犯人だとよく分かりましたね」

 

 サイラスの言葉にユリスは嘲笑うように鼻を鳴らした。

 

「自分でも気付いてないのか? 愚かな奴だ。昨日、貴様自身が語ったではないか。自分が犯人だとな」

 

「昨日? そんな記憶はありませんが」

 

 一瞬、不愉快そうに表情を歪めるもサイラスは余裕を見せながら首を捻る。ユリスは感情の無い声で淡々と語った。

 

「商業エリアでレスターが私達に絡んできた時だ。高良がレスターを挑発しただろう? レスターはまんまと挑発にのって高良を殴り飛ばした。その時、お前はレスターを止めるためにこう言った」

 

『そ、そうですよ! 決闘の隙や話している最中を狙って攻撃するなんて卑怯な真似、レスターさんがするはずないってみんな分かってますから!!』

 

 一つ聞くぞ、とユリスは指を立てる。

 

「貴様は何故、襲撃者が決闘の隙を突いて襲ってきたことを知っていた?」

 

 凜堂とユリスの決闘。それ自体はともかく、その決闘の最中にユリスが狙撃されそうになったことは報道されていない。

 

「でも、二回目の襲撃はニュースになってたじゃありませんか。僕も見ましたよ」

 

 サイラスの言うとおり、二回目の襲撃はテレビで放送された。恐らく、アスタリスクのほとんどの学生がそのことを知っているだろう。

 

「あぁ、そうだな。確かにニュースになっていた。だが、そのニュースで報道されたのは私が襲撃者を撃退したということだけだ。沙々宮の名前はおろか、彼女が現場に居た事さえ伝えられなかった。だというのに、貴様は話している最中、と言った……何故、私と沙々宮が話していたことを知っている」

 

「……」

 

 サイラスは口を噤む。が、その事柄が示す事実は二つだけしかない。

 

「私と沙々宮が話していたことを知っているということは、あの時の現場を直接見たか、知らされたかのどちらかだ。いずれにしろ、犯人かその仲間しかありえん」

 

 違うか? と問うユリスをサイラスは底の見えない目で見つめる。

 

「成る程、そういうことですか。僕としたことが迂闊でした。とすると、あの時、彼がレスターさんを挑発したのもわざとですか」

 

「だろうな。あれは道化を装っているが、実際は相当に優秀だからな」

 

 と、何故か自慢げにユリスは胸を張る。

 

「となると、彼に狙いを変えたのは正解だったようですね。あなたを狙う上で彼はとても邪魔でしたから」

 

「……貴様!」

 

 事実、サイラスが凜堂に狙いを変えたのは成功だった。凜堂が狙われたという事実がユリスを誘い出すことを成功させたからだ。

 

「そう怖い顔をしないでください。あなたがわざわざここに来たのもそうさせないためでしょう?」

 

 余裕を見せるサイラス。その神経を逆撫でするような口振りにユリスは歯を噛み鳴らす。

 

 今朝、ユリスの机に入れられていた手紙には「これからはお前の周囲の人間を狙う。それが嫌ならこの場所に来い」という旨が書かれていた。

 

「ならば、さっさと済ませようではないか」

 

「そう焦らないで下さい。短期は損気ですよ? 僕としては話し合いで片付くのならそれに越した事はないと思っています」

 

 だからユリスをここに呼んだのだ。

 

「今更、何をほざいている。話し合いで済むと思っているのか?」

 

「ですから、話し合いで片付くならそれに越した事はないと言ってるじゃありませんか。僕としても真っ向からあなたと戦いたくは無いので」

 

 星辰力(プラーナ)を高めながら吐き捨てるユリスに対し、サイラスは余裕を崩さない。油断無くサイラスを睨みながらユリスは頭の中で考えを巡らせる。

 

 ここに来る前に簡単に調べたが、サイラスは序列外公式序列戦に参加したこともない。よって、記録が全く無いのでその実力は完全に未知数だ。それに加えて、襲撃者は最低でも三人はいた。その内の一人がサイラスでも、他に二人の仲間が居るという事になる。

 

「……よかろう。話だけは聞いてやる」

 

 ここは相手の出方を見るべきと判断し、ユリスは星辰力を収めた。

 

「それはよかった。実を言いますと、僕もあなたと同じ目的、お金を稼ぐためにここに来たのですよ。ですから、あなたとは気が合うと思いました」

 

 サイラスの言葉にユリスは殺意すら覚えたが、どうにか胸の中に押さえ込んで黙って話を聞き続ける。

 

「こちらの条件はあなたの『鳳凰星武祭(フェニックス)』の出場の辞退です。加えて、今回の一件で僕が無関係だということを証言していただけると嬉しいのですが」

 

「こちら側のメリットは?」

 

「あなたと高良凜堂くんの身の安全でどうでしょう?」

 

「寝言は寝て言え」

 

 ばっさりと斬り捨てた。

 

「そんなもの、今この場で貴様を丸焼きにすればいいだけのことだ。仮に私が黙っていたとしても、生徒会は貴様に辿り着いているはずだぞ」

 

 何せ、あのクローディアが生徒会長なのだからな、とユリスは口の中で囁く。基本、クローディアのことを苦手としているユリスだが、彼女がどれ程優秀なのかは知っていた。

 

「そっちはどうとでもなりますよ。僕がやったという証拠はありませんからね」

 

「大層な自信だ」

 

「事実ですから」

 

 涼しい声でサイラスが答えたその時、

 

「……こいつはどういうことだ、サイラスっ!!」

 

 低い声音に怒りを含ませながら割り込んできた大柄な人物にユリスは見覚えがあった。

 

「レスター?」

 

 大股にやってきたのはレスター・マクフェイルだった。反射的にユリスは身構えるが、レスターの怒りはユリスにではなくサイラスへと向かっている。

 

「やぁ、お待ちしていましたよレスターさん」

 

「ユリスが決闘を受けたと聞いたから駆けつけてみれば……今の話は本当か? 手前がユリスを襲っていた犯人だったのか?」

 

 さきのやり取りを聞いていたようだ。商業エリアの時と言い今と言い、妙にタイミングの良い(悪い?)男だった。レスターの怒気を孕んだ視線を受けて尚、サイラスは余裕を崩さない。

 

「えぇ、そうですが。それが何か?」

 

「何でそんな真似をしやがった!?」

 

「何でと言われましても。依頼されたからとしか僕には答えようがありませんね」

 

「依頼だと?」

 

 怒りに驚き、そして混乱と目まぐるしく表情を変えるレスター。一つため息を吐き、ユリスは百面相を浮べるレスターに説明してやる。

 

「こいつはな、どこぞの学園と内通して『鳳凰星武祭(フェニックス)』にエントリーしていた有力候補を襲っていたのだ。知っている……訳はないか」

 

「……」

 

 言葉も無いレスターを見て、ユリスはま、当然かと小さく呟いた。知っていれば、レスターはいの一番にサイラスを殴り飛ばしにいくだろう。そういう男だ。そんなレスターを嘲るようにサイラスは肩を竦める。

 

「僕は貴方方と違って、馬鹿正直に真正面からぶつかり合うような愚かな真似はごめんなんですよ。もっと安全、かつスマートな方法があるならそちらを選択するのが普通でしょう?」

 

「それが同じ学園の仲間を売ることであってもか?」

 

「仲間? ご冗談を」

 

 愉快そうにサイラスは笑った。

 

「ここにいる者は皆敵同士ではありませんか。チーム戦やタッグ戦で一時的に手を組むことがあるとはいえ、基本的には誰かを蹴落として這い上がろうとする。貴方方序列上位の方はそれをよく知っているでしょう? 血と汗を流してそれなりの地位を掴んでも、今度はその立場を付け狙われる。僕はそのような煩わしい生活、ごめんなんですよ。同じくらい稼げる方法があるなら、目立たずひっそりとやれるほうが余程賢い。そうは思いませんか?」

 

「……まぁ、貴様の言うことも一つの真理だな。確かに我々は同じ学園に所属しているとはいえ、仲良しこよしのグループではないし、名前が知れ渡れば鬱陶しいのが湧いてくるのも事実だ」

 

「おい、ユリス……!」

 

 心当たりありまくりで顔を顰めるレスター。レスターを無視し、ユリスは続ける。

 

「だが……決してそれだけではない」

 

「おや、これは意外。てっきり、貴方は僕に近い人間だと思っていましたが」

 

「ほざけ。貴様のような下種と一緒にするな」

 

 心底不愉快そうにユリスはサイラスを睨む。

 

「ぶちのめす前に聞いておくぜ、サイラス。何でこの場に俺様を呼び出した? まさか、俺様がお前に味方するとでも思ったのか? お前はそこまでの馬鹿じゃねぇはずだ。何が目的だ?」

 

「貴方は保険ですよ、レスターさん。もし、ユリスさんとの交渉が決裂したら誰か代わりに犯人役をやってもらう人が必要ですからね」

 

「……手前、頭でも打って馬鹿になったのか? 俺様がはいそうですか、なんて引き受ける訳ねぇだろ」

 

「心配後無用ですよ。二人揃って何も喋られなければ、後は適当に筋書きを書けばいいだけの話です。そうですね……決闘で二人仲良く共倒れ、というのが最も無難でしょうか」

 

 その台詞でレスターは完全に切れたようだ。

 

「面白ぇ……手前のちんけな能力で俺様を黙らせられるっていうなら、是非ともやってもらおうじゃねぇか」

 

 そう言いながらレスターは煌式武装を取り出す。現れるのはレスターの巨体に負けず劣らずのサイズの戦斧、『ヴァルディッシュ=レオ』だ。

 

「レスター、迂闊に仕掛けるなよ。何をしてくるか分からんぞ。奴も『魔術師(ダンテ)』なのだろう?」

 

 気の許せる仲ではないが、無視するわけにもいかずユリスは忠告する。

 

「あいつの能力は物体操作だ。そこらの鉄骨を振り回すので精一杯だろうよ。それよりもユリス、手ぇ出すんじゃねぇぞ!」

 

 言うや、レスターは地を蹴ってサイラスに肉薄する。瞬きする間にサイラスとの距離を詰めると、巨大な光の三日月斧を振り下ろした。

 

「くたばりやがれっ!!」

 

 だが、光の刃がサイラスに届く寸前、

 

「何っ!?」

 

 前触れなしに吹き抜けから降ってきた黒尽くめの大男が二人の間に割って入り、ヴァルディッシュ=レオの一撃を受け止めていた。それも素手で。

 

「何だこいつは!?」

 

 更に驚くべきはレスターが渾身の力を込めているにも関わらず、大男がびくともしないことだ。力なら星導館学園随一と自負しているレスターにとって衝撃的だったし、その威力を知っているユリスも目を見張らざるを得なかった。驚きの表情を浮べながらレスターは一度、大きく距離を取る。

 

「へっ、そいつがご自慢のお仲間か!」

 

「仲間? いえいえ、違いますよ」

 

 サイラスが指を鳴らす。すると、大男に続いて黒尽くめの二人が姿を現した。

 

「こいつらは僕の可愛い人形ですよ」

 

 男達が衣服を脱ぎ捨てる。その下にあったのは人形と呼ぶに相応しい造詣のものだった。顔は双眸部分だけに窪みがあり、それ以外は口も鼻も無い。目を埋めてしまえば、完全にのっぺらぼうだ。関節は球体で繋がれていて、強いて言えばマネキンに近い。

 

「人形……成る程、そういうことか。それが貴様の本当の能力と言う訳か」

 

 何故、襲撃者の気配をギリギリまで感じ取れなかったのか。その答えは目の前にある。その襲撃者が無機物(にんぎょう)だからだ。最初から殺気も敵意も発してないのだから、感じ取りようがない。

 

「サイラス、手前、隠してやがったのか!? 自分じゃナイフを操るのが関の山だとほざいてやがったくせに……!」

 

「まさかそれを信じていたのですか? 冷静に考えてみてくださいよ、レスターさん。わざわざ、手の内を見せる馬鹿がどこにいるんですか?」

 

 出来の悪い生徒に諭すようにサイラスは言う。

 

「レスターさんの言うとおり、僕の能力は印を刻んだ物体に万能素(マナ)で干渉して操作すること。それが無機物である以上、どんなに複雑な構造をしていても自在に操ることが可能です。まぁ、このことを知っている人間はこの学園にいませんがね」

 

 サイラスの自分が犯人だとばれない自信の根拠。ユリスにもそれが理解出来た。

 

「ターゲットを人形どもに襲わせていたか。貴様の能力のことを知らなければ、誰も貴様に辿り着く事は出来ないな」

 

 凜堂の話を思い出す。サイラスには完璧なアリバイがあり、襲撃することは不可能だと。しかし、この能力があるのなら話は別だ。どれ程の距離まで能力が有効かは分からないが、状況さえ掴んでいれば現場にいる必要はない。人形にカメラを仕込んでいればどうとでもなる。

 

「くだらねぇ!! そんなもん、この場で手前をぶちのめして風紀委員なり警備隊なりに突き出せばそれで終わりだ!!」

 

「それは貴方達がここを無事に出られればの話でしょう?」

 

「いいぜ、次は本気でいかせてもらう……!」

 

 レスターが星辰力を高めると、ヴァルディッシュ=レオの刃が二倍ほどに膨れ上がった。ユリスにも見覚えがある。レスターの流星闘技(メテオアーツ)だ。

 

「ぶっ飛べ! 『ブラストネメア』!!」

 

 裂帛の咆哮と共に放たれた一撃は人形三体を纏めて吹き飛ばした。豪快な破砕音を上げて柱に激突し、人形と柱の破片が散らばり、砂埃が舞い上がる。人形三対を受け止めた柱には幾つもの亀裂が走っている。

 

 『ブラストネメア』を受け、人形の内二体は完全に壊れたようだ。手足が千切れ、あり得ない方向に捻じ曲がっている。もしこれが人間なら相当悲惨な光景になっていただろう。

 

 そんな中、大男型の人形は何事もなかったかのように柱から体を引き剥がし、レスターと相対した。ボディに罅こそ走っているが、それ以外のダメージは無さそうだ。

 

「ほう、丈夫な奴もいるみてぇだな」

 

 レスターは戦斧を肩に担ぎながらにやりと笑う。

 

「そいつは対レスターさん用に用意した重量型ですからね。そんなにやわじゃありませんよ。体格も武器も貴方に合わせてあります」

 

「いざって時、俺様に罪を着せるためか。ってことは、そっちの人形にはクロスボウを持たせてランディに仕立てるつもりだな」

 

「そんなとこですね」

 

「そいつはご苦労なこった。でも、残念だったな。そいつは無駄になるぜ!!」

 

 もう一撃、レスターは重量型に叩き込もうとするが、

 

「っ!?」

 

 新たに柱の影から現れた二体の人形がクロスボウ型の煌式武装を構え、レスターに光弾の雨を浴びせた。

 

「ぐあああああっっ!!」

 

「レスター!」

 

 見ているわけにもいかず、ユリスは飛び出したが、それを阻むように新たな人形が二体飛び出てくる。

 

「貴方はそこで大人しくしててください。そうそう、そいつらも特別仕様でしてね。貴方用に耐熱仕様にしているんですよ」

 

 ユリスを包囲するように更に三体の人形が現れる。その手には剣型の煌式武装が握られている。ユリスも細剣『アスペラ・スピーナ』を起動させた。

 

「ぐぅ……汚ぇ不意打ちくらいしか出来ねぇみたいだな」

 

 一方、不意打ちを受けたレスターは苦しげな表情でサイラスを睨んでいた。咄嗟に星辰力を防御に回したらしく、無傷とまではいかないものの致命傷は免れたようだ。未だに闘志は萎えておらず、メラメラと燃え上がっている。

 

「こんな木偶の坊共が何体かかってこようが、俺様の敵じゃ」

 

「やれやれ……レスターさん。貴方は何も理解していない」

 

 次の瞬間、レスターの目の前に人形が一体降ってきた。吹き抜けから飛び降りた人形に続き、一体、また一体と増えていく。レスターは忌々しそうな表情でその光景を見ていたが、その表情は驚愕、そして恐怖へと変わっていった。それはユリスも同様だった。

 

「こいつら、何体いるんだ……」

 

 現れた人形の数は十や二十ではない。

 

「何体かかってきても? なら、お望み通りにしてあげましょう。僕が操れる最大数、百二十八体でね」

 

「ひゃく、にじゅう……」

 

 絶望の表情を浮べるレスターを見下ろしながらサイラスは満足そうに頷く。

 

「その表情、そういった貴方の顔が見たかった。では、御機嫌よう」

 

 サイラスが腕を一振りすると、人形達がレスターに殺到する。

 

「止めろ!!」

 

 ユリスは強引に囲みを突破しようとするが、数の差がそれを許さない。一対一ならともかく、連携されるとどうしても防御に回らざるを得ない。

 

 酷薄な笑みを浮かべるサイラスの背後からレスターのくぐもった悲鳴が聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。

 

「ご安心を。もうしばらく息をしてもらわないと困りますからね。レスターさんを倒したのは貴方という事にしないといけませんからね。適当に火種を」

 

「咲き誇れ、呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)!!」

 

 サイラスの言葉を最後まで聞かず、ユリスは細剣を振るって魔方陣を描く。そこから熱風が吹き荒れたかと思うと、その魔方陣を食い破るように焔の竜が現れた。

 

「それは初めて見ましたね」

 

 サイラスが感心したように呟くがそれを意に介さずユリスは細剣を振り、焔竜に指示を出す。焔竜は咆哮で大気を震わせながら進行方向にいる人形を纏めて噛み砕いた。

 

「おぉっ!?」

 

 耐熱仕様にした人形も焔竜の圧倒的な攻撃力の前には無力だった。

 

「これは大したものですね。序列五位は伊達じゃない、ということですか……!」

 

 サイラスは慌てずに距離を取り、再び指を鳴らした。

 

「しかし、多勢に無勢であることに変わりはない!」

 

 竜の顎をかわした人形五体がユリスに迫る。

 

「くっ!」

 

 ユリスは細剣で人形の攻撃を防ぐが、竜のコントロールに集中力のほとんどを割いているため、その動きは鈍かった。

 

「舐めるな!!」

 

 一体を蹴り飛ばし、背後から迫ってきた人形の腹部に細剣を突き立てる。だが、その人形はユリスの攻撃を無視してしがみついてきた。

 

「何っ! 捨て身か!?」

 

「人間ではありませんからね。普段と同じ様に戦っているとそうやって足下を掬われますよ!」

 

 サイラスが腕を振る。彼の前に並んだ人形達が銃を構える。

 

「くっ!」

 

 焔の竜を盾にすべく呼び戻すが、光弾がユリスに届く方が早かった。光弾がユリスの太腿を撃ち抜く。痛みにユリスが膝を突くと、間髪入れずに二体の人形が両腕を抱えて壁へと抑えつけた。

 

「貴方の能力は強力ですが、貴方自身の視界までも塞いでしまうのが難点ですね」

 

「流石に、よく観察しているではないか」

 

 痛みに顔を引き攣らせながらユリスは笑みを浮かべてサイラスを見る。

 

「だが、私にも一つ分かったぞ」

 

「なんです?」

 

「貴様の背後にいるのがアルルカントだということだ」

 

 サイラスの顔から笑みが消えた。

 

「この人形共、特別仕様だそうだな。だが、私やレスターの攻撃に耐えられる装甲をどこから調達した? まして、この数だ。技術的に考えて、アルルカンと以外の学園には不可能だろう」

 

「ご明察。ですが、そこまで知られてはいよいよ見逃すわけにはいかなくなりました」

 

「もともと見逃すつもりなどないくせによくほざく」

 

 サイラスは無言でユリスに歩み寄ると、太腿の傷を思い切り蹴り付けた。

 

「ぐぅぅぅっっ!!」

 

「貴方もレスターさんと同じ様にもう少し嬲ろうかと思ってましたが、気が変わりました。さっさと終わらせましょう」

 

 悲鳴を漏らさないように歯を食い縛るユリスに背を向け、離れながら片手を上げる。一体の巨大な人形がユリスに戦斧を向ける。

 

「……っ」

 

 振り下ろされる戦斧。反射的に目を瞑るユリス。その時だ。

 

「色々と大変そうだな。リースフェルト」

 

 涼やかな声がユリスの耳に届いた。目を開けば、ここにはいないはずの少年の顔が視界に映る。

 

「高良!?」

 

 飄々とした笑みを浮かべながら凜堂はよっ、と軽く手を上げた。




どうも、僕からのお年玉です。





はい、すみません調子こきました。腹掻っ捌いて死にます。







まぁ、冗談はさてとして、待っていたという稀有な方がいたら申し訳ございません。ちょっと、色々とありまして投稿遅れました。読んでもらえれば嬉しいです。次は近い内に投稿できるよう努力します。では。









あぁ、それと明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしまっす。


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開幕と終幕

「にしても、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ってのは大変だな、おい」

 

 重量型の戦斧を棍で受け止めた体勢のまま、凜堂は周囲を見回す。視線の届く範囲内は全て人形(てき)で埋め尽くされているというのに、その表情には恐怖が微塵も無かった。

 

「こんな非常識で危ない連中に付き纏われるんだからな」

 

 くくく、と愉快そうに喉を鳴らした次の瞬間、凜堂は棍を跳ね上げさせ、戦斧を高々と打ち上げた。凜堂の反撃は止まらず、重量型の関節部分に迅雷の如き連撃を浴びせる。

 

「なっ!?」

 

 サイラスが操作する隙すら与えず、凜堂は重量型をばらばらに打ち砕いた。更に流れるような動きでユリスを抑え付けている二体を破壊し、倒れそうになる彼女を左腕で抱きとめる。

 

「お、お前、何でここに!?」

 

 抱き寄せられ、ユリスの顔が紅潮する。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちに困惑しながらユリスは訊ねた。

 

「サーヤとロディアのお陰さ」

 

「沙々宮とクローディアの……?」

 

 いや、そんなことは問題ではない。問題なのは、

 

「まさか、私を助けに来たなんて言わないだろうな?」

 

 ユリスの問いに凜堂はん~、と首を傾げてから答えた。

 

「半分はそれかね」

 

 半分はな、と凜堂は続ける。

 

「もう半分は俺自身の我が侭のためだ」

 

「お前の、我が侭?」

 

 あぁ、と凜堂は穏かに微笑んだ。

 

「リースフェルト。俺はな、アスタリスク(ここ)に探し物をしに来たんだ。あの時からずっと捜し求めていたものを……そして見つけたんだ、お前を」

 

「わ、私を!?」

 

 ユリスの鼓動が一気に跳ね上がる。不意に凜堂と視線がかち合った。余りの気恥ずかしさに目を逸らそうとするが、出来ない。その瞳に吸い込まれるような感覚がユリスを包み込む。

 

「アスタリスクに来てお前と出会った。そして色々な事を話して、お前の在り方を美しいと思った。お前の気高さに憧れた。お前の生き様に尊敬の念を覚えた」

 

 そして、と凜堂は一旦言葉を切り、サイラスに視線を移動させた。飄々とした彼からは想像もできないほどに苛烈な意思を宿した瞳。そこには怒りの焔が静かに燃え上がっている。反射的にサイラスは一歩退いた。

 

「お前を汚そうとする連中を許せないと思った」

 

 滔々と凜堂が語る一方、ユリスはこれ以上ないくらいに顔を赤くして凜堂を凝視していた。肩をわなわなと震わせ、口からはあわあわと文章にならない言葉が漏れている。今まで恋愛事とは無縁に生きてきた彼女だ。いきなりこんな告白紛いのことをされて平静でいろという方が無理な話である。

 

「あの時は出来なかったけど、今はすることが出来る」

 

 一瞬、悲しげな表情を浮かべ、凜堂はユリスに視線を戻して静かに告げた。

 

「守りたいんだ、お前を」

 

「高、良……」

 

 自身を見つめる双眸から目を離せず、ユリスは見入った。恥ずかしさの余り、穴があったら入りたいくらいだが、凜堂に見られること自体は嫌ではなかった。寧ろ、もっと見詰め合っていたい。そんなことすら考えていた。

 

「僕を無視して話をしないでいただきたいですね。しかし、思わぬ飛込みゲストですね。高良凜堂くん」

 

 その声に意識が現実へと戻る。見れば、サイラスが相変わらずの芝居がかった仕草で肩を竦めていた。瞬く間に三体の人形が倒されたにも拘らず、その態度は余裕に満ちていた。

 

「いくら脆い関節部分を狙ったとはいえ、重量型を一瞬で破壊した動きは賞賛に値します。その後の澱みない連撃も中々のものでした」

 

 しかし、それだけです、とサイラスは神経を逆撫でする笑みを浮かべる。凜堂一人が増えたところで、状況は変わらないと思っているようだ。

 

「貴方の戦いぶりは何回か拝見させてもらいました。それなりにやるようですが、それだけです。正直言って、この学園にはその程度のレベルの者は幾らでもいます。今は奇襲がうまく効いたようですが、百体を超える僕の軍団を相手に何が出来るのですか?」

 

 サイラスの問いに凜堂はん~、と考えてから答える。

 

「ここにあるガラクタ全部をバラバラにぶった斬って、気持ち悪い笑みを浮かべてるお前の面をぶん殴るくらいは出来るかなぁ」

 

 煽るとかを通り越し、宣戦布告と言っても差し支えない挑発だった。余りの挑発的な物言いに顔を真っ赤にさせるサイラスを凜堂はケラケラと小馬鹿にするように笑う。

 

「っ……言ってくれますね。しかし、大言壮語は見苦しいですよ。己の力量を弁えず、出来もしないことを出来ると言い切るのは滑稽を通り越して哀れですよ」

 

 怒声を飲みこみ仰々しく首を振るサイラスにそうかい、と軽口を叩きながら凜堂は器用に片手で棍を六本の鉄棒に戻し、制服の内側へと仕舞った。そして代わりにある物を取り出す。剣型の煌式武装(ルークス)だった。ただ一点、違うのがコアの色だ。鮮やかな赤。ユリスが発する焔の如き色。

 

「『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』……」

 

 ユリスの呟きに頷きながら凜堂は魔剣を起動させる。魔剣は主の求めに応じ、その刀身を露にする。純白に輝く炎熱の刃を。

 

「だったら、やって見せろよ、サイラス・ノーマン」

 

 巨大な白い切っ先をサイラスへと突きつけるように向け、凜堂は言い放つ。

 

「かかって来な、不意打ちしか出来ない臆病者。大物を演じる大根役者。叩き斬ってやるよ」

 

「やれるものならやってみるがいい!!」

 

 怒りに顔を紅潮させながらサイラスが指を鳴らすと、人形達が一斉に得物を凜堂とユリスへと向けた。

 

「高々一人で僕の軍団を如何にかできるものか!!」

 

 四方八方から光弾が迫り、近接武器を持った人形達も打ちかかってくる。凜堂は防ぐでもかわすでもなく、静かに目を閉じた。そして囁く。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり」

 

 刹那、莫大な漆黒の星辰力が解放され、巨大な光の柱となって襲い掛かってきた人形達と光弾を弾き飛ばした。

 

「は?」

 

 サイラスが間抜けな声を出すのと宙に浮かんでいる人形達がバラバラになるのはほぼ同じタイミングだった。切口は刃物で切ったようであると同時に高温で切り裂かれたように赤熱している。

 

 呆然と口を半開きにしたまま、サイラスはさっきまで凜堂が立っていたはずの場所を見ていた。その空間には誰もおらず、ただ四散した人形の成れの果てが転がっているだけだ。

 

「へぇ、これが黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の力か。大したもんだ」

 

「なっ!?」

 

 背後から聞こえてきた声にぎょっとしながら振り返るサイラス。そこには右手に魔剣を持ち、左腕にユリスを抱きかかえた凜堂が立っていた。

 

 何のことはない。ただ、ユリスを抱えたままの状態で、サイラスに知覚出来ない速さで移動したのだ。しかも、人形を切り裂きながら。サイラスには勿論、凜堂に抱きついているユリスにも凜堂がどう動いたのかは認識できなかった。ただ、突風と共に景色が変わった、くらいにしか見えなかった。

 

「な、な、な……」

 

「悪いが、お前のお粗末な人形劇もこれで幕だ」

 

 青ざめ、後ずさるサイラスに向け、凜堂は口角を持ち上げてみせる。

 

「こっから先は俺のステージだ。観劇して、感激しな」

 

 彼の右目には漆黒の星辰力が炎のように揺らめいていた。

 

「その星辰力、無限の瞳(ウロボロス・アイ)か!?」

 

「イェ~ス。右目だけグラサンかけてるみたいで妙な気分だな」

 

 ユリスの問いに軽口を叩きながら凜堂は魔剣を握り直す。サイラスと同じ様に唖然とするユリスだが、我に返ると慌てて凜堂の肩を掴んだ。

 

「それよりも私を下ろせ! 足手纏いになるつもりはない。それに片手で扱えるような代物ではないだろ、それは!」

 

「だったら俺じゃなくてあいつに言えよ。今お前を一人にしたら確実に狙ってくるぜ、あいつ」

 

 言いながら凜堂はサイラスを顎でしゃくる。今までのサイラスの手口から考えて、一人になったユリス(それも手負い)を放ってはおかないだろう。しかし、と渋るユリスに凜堂は悪戯っぽく笑って見せた。

 

「ま、今は素直にお姫様気分を味わってろよ。普段からお姫様っぽくないんだから、こんな時くらい大人しくしてろ」

 

「なっ!?」

 

「それにお前一人抱えてたってこんな奴相手なら負けねぇよ」

 

 凜堂は白い大剣を振るう。さっきまで真っ白だった刀身には何時の間にやら黒い紋様が巻き付くように浮かび上がっており、さながらそれは地獄から溢れ出す黒い炎のようだった。

 

(これが『黒炉の魔剣』の名の由来なのか……)

 

「正直なこと言うとこいつら使うの初めてだし、しかも同時に発動させたから負担とか馬鹿になんねぇだろうけどさ。ま、やれるさ」

 

 ユリスを抱く左腕に微かに力を込めながら凜堂はサイラスを見据える。

 

「ふ、ふん。少しはやるようですね。ならば、こちらも本気を出すとしましょう……!」

 

 どうにか平静を装うとしているが、明らかに動揺を隠しきれてない。そんな無理しなくても、と呆れる凜堂の視線の先、今まで凜堂やユリスを囲むようにしか動いていなかった人形達が整然と隊列を組み始めた。

 

 前衛に槍や戦斧の長柄武器、後衛には銃やクロスボウを持った人形が並び、その間から剣や斧を持ったものが埋めている。肝心のサイラスは指揮官のように最後列に鎮座していた。

 

「これぞ我が『無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)』の精髄! 一個中隊にも等しい戦闘能力! やれるものならやってみせろ!」

 

 その声を合図に前衛の人形が二人へと襲い掛かる。対して凜堂は無造作に一歩踏み出し、向かってくる穂先の群れを魔剣で切り払った。更に返す刀で人形達の胴体を真っ二つにする。

 

 直後に光弾の嵐が凜堂へ殺到した。凜堂は神速の動きで魔剣を引き戻し、その腹で光弾を防ぐ。息つく暇も無く、今度は剣を握った人形が何体も突っ込んでくる。

 

「おっと!」

 

 迫る白刃をギリギリでかわし、凜堂は僅かに膝を曲げて跳躍する。正面から突進してきた人形の顔面に蹴りを入れるように足の裏をめり込ませ、そこを足場にして後ろへととんぼ返りして距離を取ろうとする。当然、光弾が放たれるが、凜堂は大きく体を捻りながら魔剣を振るって悉くを切り裂いた。結局、光弾が二人を傷つけることはなかった。凜堂は地面にぶつかる直前に体勢を直し、危なげなく着地する。そこでようやくユリスは息をつけた。

 

 文字通り、ユリスが敵の攻撃を避けられるかは凜堂にかかっている。何しろ彼女は今、足に怪我を負っているのだから。万が一にも凜堂が相手の一撃を受け、その拍子でユリスを離してしまうかも知れない。そうなったら、満足に動けないユリスは格好の的だ。

 

 そうならないようにするため、ユリスは凜堂の首に回した両腕に力を入れる。そうすると当然、凜堂と密着する事になるので、ユリスは顔を赤らめずにはいられなかった。しかし、嫌な感じは微塵もしない。

 

「ふ、ふふふ、よくかわしますね。しかし、そのような体たらくで僕に敵うとでも?」

 

 凜堂に距離を取らせた事に余裕を取り戻したのか、多少引き攣ってはいるがサイラスが挑発の笑みを浮かべる。一方、凜堂もにやりと笑った。

 

「そうさな。今ので大体見えてきた」

 

「……見えた?」

 

「お前の能力の底さ。お前、その能力で動かせる人形って六種類が限度だろ」

 

 はぁ、とサイラスが怪訝そうに眉を顰める。ユリスも凜堂の台詞に首を傾げる。

 

「何を言い出すかと思えば……貴方の目は節穴ですか? 現にこうして僕は貴方の目の前で百体の人形を動かして」

 

「あぁ、動いているな。しかし、それだけです」

 

 先のサイラスの発言への意趣返しのつもりか、口調を真似しながら凜堂は唇を三日月のように歪めた。

 

「戦力と呼べるくらいに動けてるのは六種類だけ。後は馬鹿の一つ覚えみたいにワンパターンな行動を繰り返しているだけだ……それが出来てるのも十六体くらいか? 残りのなんて突っ立って引き金引いたり、腕振ってるだけじゃねぇか」

 

「……!」

 

「ハッタリには使えるかもな。いや、ハッタリくらいにしか使えないな、こんなお粗末な能力。どうしてお前が不意討ちや搦め手に徹してたのか合点がいったよ。こんなちんけな能力、奇襲でも無い限り即行でネタが割れて返り討ちになるのがオチだ」

 

 顔を青ざめさせ、小刻みに震えるサイラスを凜堂は愉しげに眺める。敵対者であるとはいえ、かなり容赦ない。

 

「何も言い返せないところを見ると、俺の考察はほとんど当たってるってことだな。あぁ、それとこれってチェスのイメージなのか?」

 

「六種類、十六体……あぁ、そういうことか」

 

 凜堂の腕の中でユリスが納得したように頷いた。魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)は能力を発動させる際、自分なりのイメージを構築する。ユリスにとってそれが花であるように、サイラスにとってはチェスだったのだろう。

 

 何よりもユリスが驚いたのは、あの僅かな戦闘のみでサイラスの能力を見抜いた凜堂の観察眼だった。

 

(こいつ、さっきの攻防だけでそれを見抜いたのか?)

 

 もしそうなのだとすれば、この少年の実力はサイラス如きにどうこう出来るようなものではない。文字通り、大人と子供の喧嘩だ。それよりももっと酷いかもしれない。少しだけ、ユリスはサイラスに同情した。

 

「その妙に大袈裟な仕草、ゲームプレイヤーでも気取ってたのか? だとしたら止めとけ。お前、ゲームプレイヤーとしてはどう考えても三流だし、それ以前に似合ってないぞ。レスターの取り巻きを演じてた時の態度の方が遥かにしっくり来る」

 

「くそったれがああああああっ!!!!!」

 

 凜堂の言葉が余程許せなかったのかサイラスは今までの余裕をかなぐり捨て、顔を真っ赤にさせながら吠える。

 

「お前如きに僕が負けるはずないんだぁぁぁぁ!!!!」

 

 再び前衛の人形が襲い掛かってくる。凜堂は軽く肩を竦めた。

 

「こんな程度の挑発でプッツンしてちゃ、三流以下だな」

 

 強く地を踏み締め、ロケットのように飛び出す。人形達の間を駆け抜け様、魔剣を奔らせた。人形は次々に両断されていき、操り糸を切られたように動かなくなる。

 

「無駄無駄。それぞれが大して強くないんだ。タネが割れれば、文字通りの木偶だ」

 

 口を動かしながら凜堂は右側から突っ込んできた人形を頭から真っ二つにした。そこから魔剣を逆手に持ち替え、背後に立っていた人形の胸を貫く。胸部を刺された人形は武器を振り上げた体勢のまま熔け落ちた。

 

「『一閃(いっせん)周音(あまね)”!!』

 

 魔剣を逆手に握ったまま凜堂は右足を軸に体を一回転させ、周囲の人形を薙ぎ払うように切り裂く。更にそこから魔剣を順手に握り直し、逆回転して人形達にもう一度刀身を叩き込んだ。

 

 リィン、と刃音が鳴ると、凜堂の周りに立っていた人形群が頭、胴体、下半身の三つに分かたれる。これで先ほど凜堂に突進した人形のほとんどが切られた。

 

「さって、これ以上長引かせても意味ないし、終わらせるぞ」

 

 言うや否や、凜堂は人形達の中へと踊りこんだ。サイラスはどうにかして凜堂を攻撃しようとするが、その動きは到底捕捉できるようなものではない。迅雷のような動きと共に放たれる剣撃は一切の容赦なく人形を襲い、その数を減らしていく。

 

 どうにか凜堂の剣を防ごうとするが、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』の前では防御など何の意味も持たなかった。黒炉の魔剣の威力が強すぎるため、並の煌式武装では剣を合わせた瞬間に光の刃ごと切り裂いてしまうのだ。

 

 柱や瓦礫などの障害物の間から狙撃しようとする人形もいたが颶風と化した凜堂に狙いを定めることが出来ず、近寄る事を許して遮蔽物ごと焼き切られていた。

 

(何て威力だ……)

 

 その光景を間近で見ていたユリスは戦慄せずにはいられなかった。

 

 防御不能の斬撃を放つ『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』に。

 

 その魔剣を維持するための膨大な星辰力(プラーナ)を持つ『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』に。

 

 そして何よりもこの二つの純星煌式武装(オーガルクス)を制御し扱う高良凜堂という男に。

 

(高良、お前は一体どんな道を歩いてこんな力を……)

 

 時間にして数分足らず。凜堂の周囲に立っている人形は一体もいなかった。ただ、地面の上には百体以上の人形の残骸が転がっている。対レスター用の重量型も、ユリスのために耐熱処理を施された特別製も有象無象の区別なく斬り伏せられていた。

 

「そんな、バカな……こんなこと、ある訳がない。これは何かの間違いだ……」

 

 目の前の悪夢のような光景にサイラスは顔面を蒼白にしながらぶつぶつと呟いていた。虚脱状態のサイラスに凜堂が一歩歩み寄ると、サイラスは甲高い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。

 

「ちょいちょい。現実逃避するのは構わねぇけどよ、落とし前はキッチリつけてもらうぜ」

 

 言葉と共に凜堂から放たれる威圧感が高まっていく。それに伴い魔眼は星辰力を立ち上らせ、魔剣は熱気を揺らめかせた。

 

「サイラス・ノーマン。お前は手前の欲望のために大勢の夢を踏み躙った……当然、手前自身が蹂躙される覚悟は出来てるよなぁ?」

 

「……ま、まだだ! まだ終わってない! 僕には切り札がある!」

 

 切り札ぁ? と眉を顰める凜堂が見ている中、サイラスは座り込んだ姿勢のまま腕を大きく振る。すると、派手な音と共にサイラスの背後にあった瓦礫の山が内側から弾け飛んだ。その中から現れたのはさっきまで相手をしていたものの五倍はありそうな巨大な人形だった。

 

「へぇ、でけぇな」

 

 その大きさに凜堂は軽く目を見開く。吹き抜けではなく、屋根があったら確実に突き破っていただろう。腕や脚の太さは廃ビルの柱とほぼ同等だ。最早それは人型とは呼べる代物ではなく、あえて形容するならゴリラが一番近かった。

 

「ってか、切り札って言えるほど大したもんか、それ? ただでかくなっただけじゃねぇか……何と言うか、能力と同じくらい底の浅い男だな、お前」

 

「クイーン、その男を潰せぇぇぇぇぇ!!!」

 

 サイラスの命に従い、クイーンは見た目に似合わない俊敏な動きで凜堂に襲い掛かる。武器は持ってない。この巨体に見合うだけの煌式武装はまず無いだろうし、そもそもこれだけの質量を持った人形なら武器など必要ないだろう。

 

 軽くため息を吐き、凜堂は魔剣を高々と放り投げた。驚くユリスを傍目に腰へと手を伸ばす。巨大な拳が迫るが、凜堂は身動ぎ一つしない。

 

 ドォン! と轟音が響く。クイーン渾身の打撃が大地を震わせ、大量の砂塵を噴き上げさせた。その砂煙の中で何かが動く気配は無い。

 

「は、ははは……潰れやがった! ざまぁみろ、お前なんかに僕が負ける訳が無いんだ! ははははは!!!」

 

 狂ったようにサイラスは哄笑する。時間が経つにつれ、砂煙は徐々に晴れていき、周囲の状況がはっきりしていった。それに比例するようにサイラスの声が尻すぼみに小さくなっていく。

 

「『六星(りくせい)防義(ふせぎ)”』」

 

 そこには無傷の姿の凜堂が悠然と立っていた。クイーンの拳は凜堂に直撃する寸前に何かに阻まれていく。それは*の形に組まれた六本の鉄棒だった。それぞれから星辰力を盾のように形成している。

 

「『六星(りくせい)弾鬼(はじき)”』」

 

 次の瞬間、盾が爆裂するように星辰力を解き放った。拳を弾き飛ばされたクイーンは体勢を大きく崩し、地響きを立てながら仰向けに転がった。

 

「今度こそ、終わりだ」

 

 頭上へと手を掲げ、落下してきた魔剣をキャッチする。同時に凜堂の右目が妖しく輝き、漆黒の星辰力を迸らせた。その勢いは留まる事を知らず、周囲一帯を黒一色に染め上げていく。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を上段に構えたまま、凜堂は体から溢れ出す星辰力を右手に集中させた。

 

一津(ひとつ)奥義(おうぎ)」 

 

 莫大な星辰力を与えられた魔剣は唸りを上げて姿を変えていく。あれよあれよと言う間に刀身は伸びてゆき、それに伴って黒い紋様が踊り狂う。数秒後、そこには巨大になった黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の姿があった。刃の長さは優に十メートルを超えている。

 

「『一閃(いっせん)屠理(ほふり)”』」

 

 無造作に魔剣を振り下ろす。それだけで十分だった。クイーンが抵抗するように両腕を持ち上げるが、その両腕ごと光り輝く刀身はクイーンの全身を呑み込んだ。僅かな手応えが凜堂の右手に伝わる。

 

「あぁ~、やりすぎたか?」

 

 元に戻っていく魔剣を脇にぶら下げながら凜堂はばつが悪そうに呟く。『一閃“屠理”』は跡形も無くクイーンを消し去った……序にクイーンの背後にあった廃ビルの階層もぶった切って。まぁ、廃ビルだし問題ないだろ、と凜堂は己を納得させる。

 

「……」

 

 もう、言葉すら出てこないらしい。サイラスはアホのように口を開けている。それでも凜堂が近づいてくるのを認識すると、情けない悲鳴を上げながらその場を逃げ出した。もっとも、ほとんど腰が抜けているような状態なので、逃げるスピードは遅い。更に言うなら、半泣きの表情で人形の瓦礫の間を逃げ回るその姿はとても無様だった。

 

「ゴキブリかよ……あっ」

 

 最初は呆れ返っていた凜堂だったが、何かに気付いたように口を開く。すぐに走り出したが、僅かにサイラスのほうが早かった。サイラスが人形の残骸に縋りつくと、それは意思を持ってるかのように浮き上がった。そのまま速度を上げて吹き抜けを飛んでいく。

 

「俺も大概詰めが甘いな……リースフェルト、ちょっくら追いかけてくる」

 

「それは構わないが……間に合うのか?」

 

「どうだろうなぁ」

 

 難しそうに凜堂は小さくなっていくサイラスを視線で追う。既にサイラスは最上階付近を飛んでいた。このままでは逃がすのは時間の問題だ。

 

「なら、私の出番だな」

 

 はい? と聞き返す凜堂にユリスは不敵に笑って見せた。

 

「言っただろう。足手纏いになる気はないと」

 

 星辰力を集中させながらユリスは言葉を紡ぐ。

 

「咲き誇れ、極楽鳥の燈翼(ストレリーティア)!」

 

 万能素(マナ)が集束し、凜堂の背中にいくつもの焔の翼が広がった。

 

「あら、ファンタジーみたい」

 

「操作は私がやる! お前は今度こそあの卑怯者に止めを刺してやれ!」

 

「……オーライ、お姫様」

 

 ユリスのお姫様らしからぬ台詞に苦笑しながら凜堂は身を任せる。ユリスは翼を大きく羽ばたかせ、爆発的な加速で吹き抜けの外へと飛び出した。

 

「あそこだ!」

 

 夕焼けに染まる空の中、凜堂は点のようになったサイラスを見つけ出し指差す。ユリスは頷くとそっちの方向へと矢のように飛んで行く。他人を抱えて飛ぶなんて行動は初めてだが、不思議と不安も恐れも無い。寧ろ、体の底から力が湧き上がってくる。

 

 残骸如きで焔の翼から逃げ切れるわけもなく、ユリスはあっという間にサイラスを追い越した。反転し、驚く不届きものと対面する。

 

「フィナーレだ、サイラス・ノーマン」

 

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 絶叫を無視し、擦れ違い様に魔剣を叩き込む。残骸を斬られ、飛行手段を失ったサイラスは悲鳴を上げながら廃ビルの谷間へと落下していった。普通の人間ならまず助からないだろうが、サイラスも『星脈世代(ジェネステラ)』だ。大怪我はするだろうが、死にはしないだろう。

 

「あれじゃ遠くにゃ逃げられんだろ。近くにロディア達が待機してるから、後はそっちに任せようや」

 

「そうだな……流石に疲れたぞ」

 

 大きく息を吐き出すユリス。だろうな、と凜堂はけらけらと笑う。その飄々とした笑い声にむっとするも、助けられた側だということを思い出し、口から出そうになった言葉を飲み込む。

 

 色々とあったが、とにかく一段落だ。

 

「お、いい景色じゃねぇか」

 

 凜堂の言葉にユリスは視線を動かす。そこに見えたのは夕陽に赤く染め上げられた学園都市アスタリスク。海も街も校舎もただただ赤かった。

 

「確かに、いい景色だな」

 

「これが見れたんだ。今回の騒動に巻き込まれた甲斐があったってもんだろ」

 

「それはないな」

 

「ないか」

 

「あぁ、ない」

 

 天空の中で二人は顔を見合わせ、おかしそうに笑い合った。互いに屈託の無いいい笑顔だ。

 

「ん?」

 

 不意に凜堂の顔が歪む。

 

「どうした、高良?」

 

「リースフェルト。俺のこと放したほうがいいぞ」

 

 は? とユリスが首を傾げていると、凜堂の右目から溢れていた星辰力が収まっていく。星辰力が完全に消えると、眼窩から爆ぜるように血が噴き出した。

 

「ほ、本当にどうしたんだ!?」

 

「多分、純星煌式武装(こいつら)の反動だな……」

 

 血涙を流す右目を閉じる凜堂の体から力が抜けていく。顔から生気が失われていき、開いた左目もどんどん虚ろになっていった。

 

「悪ぃ、もう限界だわ……」

 

 その言葉を最後に凜堂は完全に意識を失う。

 

「おい、しっかりしろ、おい!!」

 

 慌ててユリスは凜堂にしがみ付く。いくら焔の翼を操作しているのがユリスだとはいえ、今までは凜堂がユリスを抱き抱えていたのだ。このまま飛び続けるのはどう考えても危険だ。

 

「えぇい、頼りになるのかならないのか分からん男だなこいつは!」

 

 悪態を吐きながらユリスは安全に着地できる場所を探すべく、焔の翼をはばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり瞼を持ち上げると、上下逆さになったユリスの顔が視界に飛び込んできた。心配そうな表情をしていたが、凜堂の意識が戻ったことに気付くと、ぱぁっと顔を輝かせた。妙に頭の後ろが柔らかい。そして花のようないい匂いがする。どうやら膝枕されているようだ。

 

(道理でさっきから後頭部が幸せなわけだ)

 

 起きるべきかこのままでいるべきか悩んだ結果、このまま寝転がることにした。

 

「やっと気付いたか。かなりの時間、意識を失っていたからな。一時はどうなることかと思ったぞ」

 

「そうか……」

 

 視線を巡らせる。ユリスの言うとおり、長い時間寝ていたようだ。夕暮れだった空が今や満天の星空となっている。

 

「無理はするな。ここはあの廃ビルの屋上だ」

 

 あぁ、俺が切った、と凜堂は頷いた。

 

「既にクローディアには連絡した。じきに迎えが来るだろう」

 

「そうか。気絶したのか、俺……あそこまで反動がきついとは思わなかったな」

 

「無理もなかろう。純星煌式武装(オーガルクス)を同時に二つも発動させるなんて無茶をしたんだ。寧ろ、この程度で済んで良かったと思わなければ」

 

「もうちっと上手く扱えると思ったんだがなぁ」

 

 凜堂は瞼越しに右目を撫でる。魔眼、そして魔剣。この二つを使いこなしていけるかはこれからの凜堂次第だろう。

 

「本当に、こんな無茶をして……」

 

 ユリスの手が凜堂の頬を撫でる。その胸中には一つの疑問があった。助けられた時からずっと考えていたことだ。

 

「何で、ここまでしてくれるんだ?」

 

 それが分からなかった。別に高良凜堂とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは友人という訳ではない。初対面の時のことを考えると、その逆の関係になっていてもおかしくはなかった。なのに、凜堂はユリスを助けるために駆けつけ、こんな無茶をしてくれた。それだけのことをされる理由がユリスには無かった。

 

「何でって言われてもね~……」

 

 ユリスの疑問に凜堂は軽くはにかみながら答えた。

 

「守りたいって思っちまったんだ。仕方ないだろ」

 

 気負うでもなく、さらっと言ってのけた。

 

「どうして……」

 

 無意識の内にユリスは更なる疑問を凜堂にぶつけていた。

 

「どうして、そんな生き方をしているんだ?」

 

 かつて、凜堂はユリスにこう言った。

 

『真面目っつぅか頑固っていうか……真っ直ぐすぎるな、お前は。肩が凝らねぇのか、その生き方?』

 

『何でもかんでも背負いこんで、疲れないのか? いつか、ばっきり折れるぜ、お前』

 

 ユリスにしてみれば、凜堂の生き方の方が余程疲れると思えた。危ういとさえ。守りたいと思ったから守る。言葉にすればそれだけだが、実際にやろうとするにはそれがどれほど難しいことなのか。ユリスはそれを知っていた。

 

「どうしてって。んなこと聞いてどうすんだよ?」

 

 凜堂の返しにユリスは一瞬詰まったが、素直に答えた。

 

「……知りたいんだ、お前のこと」

 

 顔を真っ赤にさせるユリスをまじまじと見ていた凜堂だったが、観念したように嘆息する。

 

「言っとくが、大して面白くないぞ」

 

 そう前置いて、凜堂は語り始めた。




書きました。読んでいただければ幸いでっす。次もなるだけ早く書くよう頑張ります。
感想も近い内に返信するつもりでっす。では、次でお会いしましょう。


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過去、そして決着

「俺はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育てられたガキだった」

 

 普通? とユリスは内心で首を傾げるが、口を挟まずに先を促した。

 

「親父は刑事でお袋は専業主婦。十くらい年の離れた姉貴と俺。絵に描いたような一般的な家族だったよ」

 

 ただ一点、一般的ではないこと。凜堂が『星脈世代(ジェネステラ)』だということだ。

 

「まぁ、親父もお袋も星脈世代なんて関係無しに愛情注いで育ててくれたし、姉貴も俺のこと可愛がってくれたよ」

 

 基本的に星脈世代の人権は弱い。それはどこの国でも共通だ。既存の人類を遥かに超える身体能力に加え、星辰力(プラーナ)という未知数の力を使うので仕方ないといえば仕方ないが。星脈世代を差別的に見ている人々もいて、極端な人は化け物と蔑んでさえいる。

 

「運の良いことに俺の周りにはそんな人はいなかったけどな」

 

 家族を含め、ご近所の人たちも星脈世代の凜堂を普通の人間のように接していた。

 

「幸せな家庭の中、俺はのほほんと育っていった。んで、五歳くらいの時だったか? 『双星事件』が起こったのは」

 

 知ってるよな? という凜堂の問いにユリスは頷く。

 

『双星事件』。それは今から十年ほど前に発生した強盗事件の通称だ。二人組みの星脈世代の男が犯人であることからこの名が付けられた。当時のニュースで大々的に放送された上に現在の歴史の教科書に載っていることもあり、双星事件を知らぬ者はいないだろう。

 

「確か、その場に居合わせた警察関係者が命を賭して犯人共を無力化したのだよな」

 

 驚く事にその警察関係者は星脈世代ではなくただの一般人なのだ。

 

「ただの人間が星脈世代を、それも二人も捕らえるなんて俄かには信じ難いが」

 

「いや、紛うことなき事実だよ」

 

 はっきりと断言する凜堂。何故言い切れる? と視線で訊ねるユリスにあっけらかんと答える。

 

「その場にいたしな、俺……ってか、その事件で殉職した警察関係者、俺の親父だからな」

 

「な……」

 

「名前は高良凛夜」

 

 目を見開き言葉を失うユリスに続けるぞ、と声をかけてから凜堂は話を進めた。

 

「あん時は家族全員で買い物に行っててな。お袋が金が無いのに気付いて、親父が銀行に金を下ろしに行ったんだ。それにちょこちょこついて行ったんだよ、俺」

 

 その銀行こそ、『双星事件』の起こった場所である。

 

「親父にくっついてたらいきなり銀行の中に二人組みの男が飛び込んできた。数秒とかからずに警備員の人は伸されちまった……そいつ等が使ってるのが煌式武装(ルークス)だってのはすぐ分かったよ」

 

 全力を出した星脈世代の前には既存の人類なんて赤子も同然だ。警備員が物の数秒で昏倒させられた光景を見て、抵抗しようとする者はいなかった……一人を除いて。

 

「止せばいいのに親父ってばそいつ等に向かっていったんだ。市民を守ることに本気で命を懸けてた人だ。例え、誰が相手であっても犯罪を起こす奴は許せなかったんだな……その結果が殉職だよ」

 

 バカな人だ、と凜堂は嘆息する。しかし、その声音に嘲りの色は無く、ただただ深い尊敬の念があった。

 

「殴られた、斬られた、撃たれた。それでも親父は絶対に怯まなかった、そして退かなかった。ただ、市民を守るって自分の信念に従って、己の職務を全うした」

 

 あの時の光景は今でも鮮明に思い出せる。星脈世代の圧倒的な力に翻弄され、血塗れになりながらも戦い続けた父の後ろ姿。そして、ただただ泣いて震えることしか出来なかった自分自身。

 

「孤軍奮闘の末、親父はそいつ等を逮捕した。その時にはもう生きてるのが不思議なくらいにボロボロだったけどな」

 

 片腕を失い、全身を斬られ、腹に風穴を開けられ、普通ならもう死んでいるような状態で高良凛夜は己の息子を撫でた。

 

「頭に置かれた血塗れの手の感触……今でも覚えてるよ」

 

 自身の頭に手を置き、思い出すように目を閉じながら凜堂は先を続ける。

 

「親父が死んで家族がかなりがたがたになっちまったんだけど、どうにかお袋が立ち直ってくれてな。女手一つで俺と姉貴を育ててくれた。親父が死んで一番辛かったのはあの人だったのに……」

 

 肉体的にも精神的にも相当に追い詰められていたはずなのに、彼の母、高良凛は子の模範であるように生きていた。そしてその無理が祟ることになる。

 

「親父が死んでから一年後、今度はお袋の番だった。出先で立ち眩みを起こしたらしくてな。それも運の悪いことに階段の上で」

 

 凛はそのまま階段から足を踏み外し、転げ落ちて後頭部を強打。帰らぬ人となった。

 

「過労だとよ。俺と姉貴の前ではいつもにこにこしてて、ぶっ倒れちまうくらい弱ってるなんて微塵も見えなかった。可能な限り手伝いはしてたんだけど、やっぱ疲れてたんだな。何で気付けなかったんだろ……はぁ」

 

「……お前の母上も気付かせまいと必死だったのだろう。お前と姉上が頼れるのは母上だけだったのだから、お前達を不安にさせたくなかったのだと思う」

 

「それで死んでちゃ世話ねぇよ……もっと頼って欲しかった」

 

 大きく息を吐きながら凜堂は片手で双眸を覆った。少しして、凜堂は再び口を開いた。

 

「まぁ、そんなことがあって両親を失った俺と姉貴は糸が切れた人形みたいに腑抜けてたんだが、二人だけしかいないんだから、姉弟助け合って生きていこうって持ち直したのさ。お袋が死んで一ヶ月くらいして、姉貴が高校辞めて働き始めた」

 

 当時の彼らは別段金に困っていた訳ではない。寧ろ、両親の生命保険やら色々な金があったので、未成年二人にとっては多すぎるくらいに持っていた。それを狙って二人に近づこうとする下種もいたが、そういった手合いは当時の凛夜の友人、そして紗夜の父である創一がシャットアウトしてくれていた。

 

「姉貴曰く、その金を頼りながら生きていったら自立できなくなる。だから、自分達が大人になって、使えるようになるまで手にしちゃいけないって」

 

 今になって考えてみるとそんなこと無いのではないかと凜堂は思った。しかし、彼の姉、凛音(りおん)にしてみれば、自分は凜堂に残されたただ一人の家族なのだから、凜堂の模範となるべく必死だったのだ。

 

「親父とお袋の交友関係もそれなりに広くてな。色んな人が就職先を世話してくれようとしたんだけど、それよりも早く姉貴は自力で就職したんだ……よくよく考えてみりゃ、おかしな話だ。高校中退、それも何のコネも無い未成年を雇うなんて」

 

 凜堂は小さくため息を吐く。その様子を見たユリスの胸中には嫌な予感が暗雲のように立ち込めていた。

 

「姉貴が就職した会社にどうしようもない屑がいてな。女性社員にしょっちゅう手ぇ出しちゃ問題を起こしてるような奴だ。そいつのせいで会社を辞めたり、家庭崩壊を起こした人もいたらしい。ま、そいつは社長の血縁らしくて、問題起こしても社長達に尻拭かせて手前はのうのうとしてたみたいだ」

 

「……紛うことなき屑だな」

 

 嫌悪感も露にユリスは吐き捨てる。そして、ハッとした表情になりながら凜堂の顔を覗きこんだ。

 

「まさか、お前の姉上も……」

 

「あぁ、目ぇ付けられた。てか、姉貴がその会社に入れたのもそいつが姉貴のこと気に入ったからみたいだ。姉貴、身内びいきかもしれないけど相当な美人だったから。そいつ、早速姉貴に近づいたんだけど、けんもほろろに断られたんだと」

 

 当時の凛音に異性と交際なんてしてる暇など無かったのだから、当たり前の反応である。

 

「んで、そいつにはそれがよっぽど頭に来たらしくてな。学生の頃につるんでた連中と一緒に家に押しかけてきやがった」

 

「……」

 

 言葉を失い、青ざめるユリス。後は想像の通りだ、と凜堂は力なく笑った。

 

「俺も姉貴を助けようと頑張ったんだ。一人はぶちのめしたんだけど、その後頭を何かで思いっきり殴られて気を失った。星脈世代じゃなきゃ確実に死んでたってよ」

 

 その後、凜堂が意識を取り戻したのは搬送先の病院の中だった。その時には全てのことが終わっていた。

 

「そいつと仲間達は警察に捕まったよ。集団での婦女暴行に加えて殺人未遂。流石に社長も庇いきれなくなったんだろ」

 

「……お前の、姉上は」

 

「事件が起きてから少しして自殺したよ。自分で腹に何度も包丁ぶっ刺してな……妊娠してたんだと。流石に心底驚いたよ。家に帰ったら床は血の海で、その真ん中には腸ぶち撒けた姉貴の死体が転がってたんだからな」

 

 その死体の胸には一枚の手紙があり、血でただ一言、ごめんとだけ書かれていた。

 

 この時、高良凜堂という人間は完全に壊れる一歩手前のような状態だった。

 

「そっから先の俺は……正直、思い出すのも恥ずかしいくらいに荒れてな。見るもの聞くもの、感じるもの全てが憎かった」

 

 理不尽に家族を奪われ、少年の頃の凜堂は世界に存在する全てを憎悪した。

 

「とにかく暴れて暴れて暴れまくって。目に付くもの全部に八つ当たりしてた。人と物の区別もつけずにな。俺のことを預かってくれようとしてくれる人達もいたんだけど、どこも一週間ともたなかった」

 

 いくら少年とはいえ全力、それも怒りでほとんど箍が外れた状態で荒れる星脈世代を受け入れられる一般家庭なんて無かった。

 

「施設に入れられる寸前にサーヤの親父さん達が俺を引き取ってくれたんだ。いくら頭を下げても足りねぇや」

 

 数秒、言葉を止めて口を休める。

 

「……サーヤんとこで暮らすようになってから一ヶ月くらい経っても、俺はまだ立ち直ってなかった。親父が、お袋が、姉貴が自分の隣にいないことが納得できなくて。悲しくて苦しくて……でもさ、ふとした拍子に気付いたんだよな。いや、目を背けてたことに直面したって言うべきか」

 

 自分が、己の弱さを棚に上げて駄々をこね、自分以外のもの全てに八つ当たりしているクソガキだということに。

 

「俺が弱かった。だから家族を、大切な人達を守れなかった……俺が弱かったのが全ての原因だったんだ」

 

「……そんな、お前には何の責任もないだろう。当時のお前は幼かったんだ。何も出来なくても仕方ないではないか」

 

「あぁ、あの時の俺はガキで、その上弱かった。でもよ、そんなの理由にはならないんだよ、リースフェルト。大切な人達を守れなかったことを納得する理由になんて」

 

 少年だった凜堂は小さかった。力を持っていたが、それで何かを守る術を知らなかった。だが、それを理由に家族を守れなかったことを正当化することを凜堂はしなかった。

 

「家族が死んだのが自分のせいだと思うようになって、それまでとは打って変わって馬鹿みたいに落ち込んだ。サーヤなんかは俺が自殺でもするんじゃないかって心配してて、四六時中後ついてきてたな」

 

 一時期、凜堂は鬱病になる寸前にまで情緒不安定になっていたのだが、彼は自力で立ち直った。

 

「自分のことが死ぬほど嫌いになったんだ。大切な人を守れなかった弱い自分が。だから、強くなろうって決めた。大切なものを守れるように。守るためなら、どんな力でも飲み干して自分のものにしてやるって」

 

 幼少期から募らせていた無限にも近い力への渇望。それが高良凜堂と無限の瞳(ウロボロス・アイ)を出会わせたのかもしれない。

 

「そして誓ったんだ。守りたいと思える人と出会えたら、自分の全てを懸けてその人を守り抜こうって」

 

 その人と出会えるかもしれないと思い、凜堂はアスタリスク(ここ)に来たのだ。まさか、こんなすぐに見つかるとは思ってなかったぜ、と苦笑いしながら凜堂はユリスを見上げる。ユリスは申し訳無さそうに俯いていた。

 

「……すまない。軽々しく聞いていい話ではなかった」

 

「気にするなよ。俺が好きで話しただけのことだ。なぁ、リースフェルト。自分語りしたからって訳じゃないが、俺からも一つ聞いてもいいか?」

 

「何だ? 私に答えられるものなら答えるが」

 

「お前、『鳳凰星武祭(フェニックス)』のパートナーは決まったのか?」

 

 凜堂の問いにユリスはさっと目を逸らした。余りに分かりやすい反応に凜堂は小さく笑った。

 

「俺じゃ駄目か、パートナー?」

 

 凜堂の申し出にユリスは目を丸くさせる。

 

「お前が求める人物像とは対極の人間だってことは重々承知してるがよ。それでも、迷惑じゃなければさ」

 

 守りたいんだ、お前を。真摯な瞳で凜堂はユリスを見つめる。

 

「お前の生き様、お前の気高さ、お前の願い。それを貫く手伝いをさせて欲しいんだ。駄目、か?」

 

 凜堂が問う一方、ユリスは顔を真っ赤にさせて答えられずにいた。どう答えればいいのか分からないのだ。

 

 今の今まで、ずっと一人で戦ってきた。誰にも頼らずに生きてきた、とまでは言わないが、それでも彼女は己の力の及ぶ範囲であれば誰の手も借りず、自分自身で成し遂げてきた。そんな人間が自分に差し伸べられた手をどうすればいいかなんて分かる訳が無かった。

 

「リースフェルト」

 

 ただ、その手がどんな想いで差し出されたかは理解出来た。そこにあるのはユリスの力になりたいと願う、光り輝く星のように純粋な意思だった。

 

「ほ、本気なのか? 本当に私を、守って……くれるのか?」

 

 守ることはあっても、守られることは無かった。今だかつて無い経験を前にユリスは震える声を搾り出した。

 

「あぁ、本気さ」

 

 答えながら凜堂はゆっくりと起き上がる。筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋むのも構わずにユリスに向き直る。今にも涙を零しそうな碧眼を真っ直ぐに見つめた。

 

「お前が天上で輝き続ける星であるなら、俺は絶対にその光を消させはしない。その光を覆おうとするものがあれば、どんな暗雲でも斬り裂いてお前を守ってみせる」

 

 その目は揺るぎ無かった。穏かだが、力強い視線に射抜かれながらユリスは紗夜から聞いたことを思い返す。

 

『凜堂が本気で戦う時。それは自分の全てを懸けてでも守りたい人が隣にいる時』

 

 この男は本気だ。本気でユリスを守り抜こうとしている。

 

「本当に、読めない奴だ、お前は」

 

 泣き笑いのような表情を浮べながらユリスは凜堂の胸に顔を埋めた。その薔薇色の髪を撫でながら凜堂は星空を見上げ、祝福するように光る星々へと空いている片手を伸ばす。

 

(今度は絶対に守り抜いてみせる)

 

 そう、心に誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お早うさん、ロディア」

 

「あら、凜堂。お早うございます」

 

 翌日、凜堂は生徒会室へと足を運んでいた。相変わらず学生には不相応なほど豪奢な部屋の中央で、学園の長は来訪者を快く出迎える。

 

「聞いたぜ、ユーリから。あのもやし野朗を捕まえてくれたんだってな。最後の最後で面倒なところ押し付けて悪かった」

 

「いえいえ、凜堂が謝ることはありません。ノーマンくんを捕まえられたのも、貴方が彼をあそこまで追い詰めてくれたからですし。こちらこそお礼を言わなければなりません」

 

 ありがとう、と頭を下げるクローディア。

 

「それにしてもユーリですか。随分とユリスと仲良くなられたんですね」

 

「仲良くなったっていうか、鳳凰星武祭(フェニックス)のパートナーになったんだよ。それにあいつ自身、ファーストネームで構わないって言ってたしな。ってか、んなこと話に来たんじゃねぇっての」

 

 余りからかわれたくないのか、凜堂は早々にその話を打ち切る。

 

「分かりそうか? サイラスの背後にいる連中のこと」

 

 凜堂の問いにクローディアは顎に指を当てた。

 

「どうでしょう。ノーマンくんを懲罰室に放り込んだのは昨日の今日ですし。でも、時間の問題だと思いますよ。彼から情報を引き抜いている方々はその道のプロですから」

 

「そっか……そういうのはお前等に任せて、俺は首を突っ込まない方がいいか」

 

 サイラスを確保するのに一役買ってる時点で、首どころか体全体を突っ込んでると言えるが。クローディアは何も突っ込まず、にっこりと微笑んだ。

 

「はい。そういうことは私達に任せて、凜堂はこの先のことを考えてください」

 

 そうな~、と応えながら凜堂はクローディアを見る。ユリスから聞いた話では、サイラスはクローディアの手によって捕まえられたらしい。それも無傷で。幾ら手負いだったとはいえ、容易にサイラスを捕らえたクローディアに凜堂は微かに戦慄する。

 

(それに、手負いの獣ほど恐ろしいって言うしな。流石は冒頭の十二人(ページ・ワン)、そして生徒会長ってとこか)

 

 彼女の使用しているのは『パン=ドラ』。純星煌式武装(オーガルクス)の中でも特に異端とされる能力を持った一対の魔剣。その能力は未来視である。

 

「んじゃ、俺は失礼するぜ。これからユーリと一緒に『鳳凰星武祭(フェニックス)』のエントリー申請しなきゃいけないんで」

 

「えぇ。では凜堂、また今度」

 

 ひらひらと手を振ってクローディアに別れを告げ、凜堂は生徒会室の扉を潜った。

 

「……これからどうなんのかねぇ」

 

 ぼそりと口にしてから、凜堂は苦笑いを浮べながら首を振る。この先に何があろうと関係ない。ただ、自分は現れる敵を全て薙ぎ払うだけだ。小さく頷き、凜堂は廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、こんだけやれりゃ上等かね。データは十分に取れたし、ついでにやってもらった鳳凰星武祭の有力候補への闇討ちも頑張ってくれたし」

 

 薄暗い研究室の中で報告を受けた少女は手を止め、大きく伸びをする。彼女の周囲には無数の空間ウィンドウが展開されており、目まぐるしく変化するグラフと数値を表示していた。

 

「ま~、それは私の人形ちゃん達が優秀だっただけかなぁ。なんちゃって、んっふっふ~」

 

 上機嫌に笑いながら少女は休めていた手を動かし始める。

 

「なんにしても、中途半端に有能なやつは動かしやすくて助かるよね~」

 

 口元に笑みを浮かべる少女の視線の先。そこには二体の人形が目覚めの時を待っていた。




ども、北斗七星です。ようやっと原作一巻分が終わりました。時間かかりすぎだろ……。

まぁ、何はともあれ、これからもちょくちょく頑張って書いていくので、お付き合いしていただければ幸いです。

次は原作二巻……ついに、ついに綺凛ちゃんが出せるぞ!!



後、念のために言っておきますが、私はロリコンではありませんのであしからず。では。


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自分の物語
炎天下の出会い


「……今日もあっついな」

 

 ギンギラギンに輝く、だが全くさりげなくない太陽を見上げながら凜堂は小さく呟く。七月にもなると日が長くなり、空にでんと居座った太陽が地上に向けて容赦なく日光を放っていた。

 

「授業中もくっそ熱いのに、放課後までこんな調子だとはたまったもんじゃねぇな」

 

 額にうっすらと滲んだ汗を拭いながら凜堂は中庭を足早に歩いていた。

 

「しっかし、あんのボケ先生。教室の掃除なんか押し付けやがって……このままじゃ間に合いそうに無いな」

 

 時間に関して特に厳しいユリスの怒った顔が浮かび、凜堂は小さく身震いする。愚痴りながら凜堂は目的地であるトレーニングルームへと急いだ。というのも、放課後にユリスとの特訓の約束をしていたからだ。

 

 凜堂とユリスがペアを組み、『鳳凰星武祭(フェニックス)』に出場申請をしてから早三週間。二人は放課後のほとんどを訓練に充てていた。なにせ、凜堂にはタッグ戦の経験がほとんどない。それはユリスも同じことだが、凜堂はそれに加えて星武祭(フェスタ)のルールも分かっていなかった。なので、覚えることは山ほどある。

 

 『鳳凰星武祭(フェニックス)』が開催されるまで後一ヶ月と少し。時間的余裕は余り無かった。

 

「ま、どうとでもなるか」

 

 なのに、この男はどこまでも気楽だった。凜堂のマイペースさにはパートナーであるユリスも呆れ返っているが、彼が決めるべき時にはきっちり決める人間だということは知っているので何も言わなかった。

 

「そういや今日、会議があるって言ってたな、ロディア」

 

 ふと、凜堂は昼食の時にクローディアから聞いたことを思い出す。何でも月に一回、アスタリスクの中央区にあるホテル・エルナトと呼ばれる超高層ビルで六つの学園の生徒会長が一堂に会し、会議を行なうのだそうだ。

 

(六人の生徒会長。ロディアみたいなのが六人もいるのか……)

 

 想像してみる。

 

(絶対その場に居たくないな)

 

 権謀術数の渦巻くそこに好き好んで入ろうとする馬鹿はいないだろう、と凜堂は一人静かに頷く。

 

 今正に、そこでとんでもないことが決めれれようとしていることを凜堂は知らなかった。

 

「今何時だ……うし、これならギリギリだけど間に合いそう」

 

 中庭を抜け、中等部校舎と大学部校舎を結んでいる渡り廊下を突っ切ろうとした時、凜堂は人の気配を察知する。丁度、死角にある柱の陰からだ。

 

 唐突に一人の女の子がそこから飛び出してきた。それも急いでいるのか、かなりの速度で。

 

「っ!?」

 

 慌てて止まろうとするが、とても間に合いそうに無い。一瞬遅れて女子も凜堂に気付き、驚きの視線を向けてくる。

 

「くそっ」

 

 小さく悪態を吐きながら凜堂は無理矢理に方向を変えた。無茶な動きに体が悲鳴を上げるが、正面衝突するよりかはマシだ。

 

 衝突を回避し、ほっとする凜堂の目の前に何故かかわしたはずの少女の顔があった。

 

「「は(え)?」」

 

 間抜けな声が重なる。避けきれず、互いの額をぶつけ合わせる二人。派手に転がってしまった。

 

「あだだ……お、おい。大丈夫か?」

 

 頭がぐわんぐわんしながらも、凜堂は急いで立ち上がって女の子座りしている少女へと駆け寄った。

 

「怪我は無いか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 心配そうに問う凜堂を見上げ、少女は恥ずかしそうに微笑みながら頷く。本当にすまん、と謝りながら凜堂は少女を観察した。見た限り、怪我は無さそうだ。少女が無傷なのを確認し、凜堂は安堵のため息を吐く。

 

「よかった……立てるか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 礼を言いながら少女は差し出された凜堂の手をおずおずと掴み、立ち上がった。かなり小柄な少女だ。体格は紗夜といい勝負かもしれない。ただ、スタイルという一点に関しては少女の圧勝だが。着ている制服からして中等部の生徒なのだろうが、それにしては凶悪すぎるくらいに豊満な双山の持ち主だった。

 

 くりくりとした可愛らしい瞳にツンとした鼻、顔立ちの整ったかなりの美少女だった。紗夜は人形のような雰囲気を醸し出しているが、少女のそれは小動物のようだった。何というか、思わず撫で繰り回したくなるようなオーラを全身から放っている。

 

 長い銀髪を二つに結び、背中に流している。ユリスも紗夜もそうだが、星脈世代(ジェネステラ)には奇抜な髪の持ち主がいる。彼女もその内の一人だろう。細い腰には真剣が納められているだろう鞘が差されていた。

 

「悪かった。急いでたとはいえ、こっちの完全な不注意だ」

 

「そ、そんな、謝らないで下さい。私のほうこそごめんなさいです。音を立てずに歩く癖が抜けなくて……伯父様にいつも注意されているのですが」

 

 スカートについた埃を払い、少女はぺこりと頭を下げた。言われて、凜堂は少女をまじまじと見る。

 

 凜堂は急いでいたし、その上周囲への注意が散漫だった。だが、あれほど近づいたのに気配を感じ取れなかったというのは今回が初めてだった。

 

 それだけではない。二人が仲良く激突したのは同じ方向に、同じタイミングで互いをかわそうとしたからだ。少女の身のこなしに凜堂は顔に出さずに感心した。

 

「あ、あのぉ、何か?」

 

 小首を傾げながら少女は凜堂に問う。何でもない、と答えようとしたところで凜堂はあることに気付く。少女の綺麗な銀髪に小さな枯れ葉が絡みついていた。

 

「そこ、葉っぱついてるぜ」

 

「ふぇ? ど、どこですか?」

 

 凜堂の指摘に少女は顔を赤くさせながら髪に手をやるが、てんで見当違いな箇所を触っていた。そのおろおろとした様がとても可愛らしく、凜堂は妙に和やかな気持ちになってしまう。

 

「ちょい落ち着け。取ってやるから」

 

 ぽふぽふと安心させるように少女を撫で、凜堂は髪を傷つけないように葉っぱを取った。これで大丈夫、と頭を一撫でして少女に笑いかける。

 

「あ、ありがとうです……」

 

 赤かった顔を更に赤くさせ、少女は俯いきながらもお礼を言った。もじもじしながら時折凜堂を見上げるが、視線が合うとすぐに逸らしてしまう。

 

(……どうしろと?)

 

 少女の扱いに困り、凜堂が悩んでいると中等部校舎の方から怒鳴り声が飛んできた。

 

「綺凛! そんなところで何をやっている!」

 

「は、はい! ごめんなさいです伯父様! すぐに参ります!」

 

 少女はビクッと体を強張らせ、あたふたしながら凜堂にお辞儀する。

 

「そ、それでは……」

 

「お、おう」

 

 走っていく少女を視線で追うと、中等部校舎の入り口に立っている壮年の男の姿があった。何かしら運動をしていたのか、かなり体格がいい。だが、星脈世代(ジェネステラ)ではない。その男からは星辰力(プラーナ)がまるで感じられないからだ。

 

 少女は伯父様と呼んでいたので、親族だということは分かる。だが、生徒の親族であっても学園の敷地に入ることは用意では無いので、学園の関係者だという可能性が高い。

 

(にしても、家族に対して随分と横柄な態度だな)

 

 先ほど聞こえた、まるで動物でも呼ぶような声。無意識の内に凜堂は表情を険しくしていた。

 

 不意にポケットに入れていた携帯端末が軽快な音を奏で始める。ん? と凜堂は疑問符を浮かべ、すぐにはっとして時間を確認した。約束の時間はとうに過ぎている。

 

「あっちゃ~……」

 

 頭を掻きながら携帯端末を取り出す。無視するという手もあるが、そんなことをしたら後が怖い。恐る恐る空間ウィンドウを開くと、そこには予想通り、怒りを露にしたユリスの顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲き誇れ、赤円の灼斬花(リビングストンディジー)!」

 

 トレーニングルームに澄んだ声が響き渡る。同時に声の主であるユリスの周囲に紅蓮の炎が舞い踊った。空中で渦を描くそれは瞬く間に形を変えていった。焔の刃を回転させて燃え上がる戦輪(チャクラム)。その数、十数個。赤い焔の花を周囲に従え、佇むユリスに凜堂は感心の口笛を吹く。

 

「ひゅー。凄ぇな、ユーリ。流石に壮観だぜ」

 

「その余裕、何時まで保っていられるだろうな? 行け!」

 

 主の命に従い、紅蓮の戦輪は火の粉を撒き散らしながら凜堂へと殺到していった。避ける素振りも見せず、凜堂は右目から黒い星辰力を揺らめかせて迫る戦輪を見据える。右手に握られた黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の刀身の上では黒い紋様が待ちきれない様子で踊り狂っていた。

 

「しっ!」

 

 小さく鋭い息と共に放たれた斬撃は戦輪の一つを捉え、真っ二つに切り裂く。二つに分かたれた戦輪は地面に落ちる寸前に雲散霧消していった。当然、これだけで終わりではない。間髪入れずに左右から四つの戦輪が時間差をつけて飛び掛ってくる。

 

一閃(いっせん)周音(あまね)”!!」

 

 凜堂は瞬時に魔剣を逆手に構え、全身で回転しながら第一波の戦輪を断ち切った。すぐさま順手に持ち替え、続けて飛んできた第二波を逆回転斬りで両断する。

 

 技を放ち終えるのと同時に頭上から戦輪が降ってきた。更に背後にも燃える花の姿があった。

 

「大した空間把握能力だ!」

 

 三次元機動する物体を十数個も同時に、それも完璧に統制するユリスに驚嘆しながら凜堂は頭上と背後の戦輪を迎え撃つ。

 

 怒り狂った蜂のように迫る戦輪のほとんどを斬砕するが、一つを逃した。反射的に身を捩ってかわしたが、戦輪は制服の脇を掠っていく。服の焦げる嫌な臭いが鼻をついた。

 

黒炉の魔剣(こいつ)じゃ小さいの相手にはでかすぎるか!)

 

 小さな戦輪を対処するには黒炉の魔剣では大きすぎる。そう判断した凜堂は瞬時に魔剣を待機状態へと戻し、ホルダーへと収めた。かわりに制服の中から六本の鉄棒を取り出した。鉄棒を棍に組み上げながら周りに視線を走らせる。戦輪は幾つか残っており、凜堂を中心に旋回していた。その上、ユリスの側にもまだ放たれていない戦輪が残っている。凜堂は静かに息を吐いて棍を構え、炎が触れても熔けないように星辰力(プラーナ)を集中させた。

 

「さぁ、これをどう対処する!」

 

 ユリスが細剣を振るう。衛星のように凜堂の周りを回っていた戦輪が襲い掛かってきた。凜堂は目にも止まらぬ速さで棍を操り始める。超高速で動かされる棍は突風を巻き起こし、近づいてくる戦輪の中心を悉く貫いていった。

 

 ふぅ、と静かに息を吐く凜堂の手に握られた棍には百舌の速贄のように戦輪が突き刺さっている。凄まじい熱が棍と凜堂を襲うが、集束された星辰力が熱を防いでいた。

 

「返すぜ」

 

 目を見開くユリスに向け、棍を振り下ろす。棍から解放された戦輪がユリス目掛けて飛んでいく。すぐに驚きから醒めたユリスは慌てずに己の周囲の戦輪で肉薄してくる戦輪を相殺した。戦輪同士がぶつかり合い、火花を散らせながら消えていく。

 

「全く、とぼけた面でとんでもないことをしてくるな、お前は」

 

 呆れ半分、感心半分といった様子でユリスは腰に手を当てた。へらへらと締りの無い顔で笑いながら凜堂は棍を両肩の上に置く。

 

「いやいや。こちとらかの有名な『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』と組むんだ。これくらいの芸当が出来なきゃ話しにならねぇよ」

 

「それは頼もしい限りだな」

 

 凜堂の軽口にユリスは嬉しそうに口角を持ち上げた。以前のユリスであれば突っかかっていたかもしれない。そうしない辺り、ユリスは凜堂がどういう人間かを理解してきている。二人は順調にタッグとしても、友人としても絆を育んでいた。

 

「そんじゃま、そろそろ決めさせてもらうぜ」

 

「やってみろ」

 

 周囲に炎を躍らせるユリスに不敵な笑みを見せ、凜堂は一気に駆け出した。瞬く間に加速し、一陣の風となって打ちかかろうとする。だが、ユリスは凜堂が近づいてきても逃げようとしない。それどころか、防ぐ素振りさえ見せていなかった。

 

(こりゃ何かあるな)

 

 不用意に近づくのは危険と判断し、凜堂は急ブレーキをかけて止まる。それが仇となった。

 

「かかったな!」

 

 ユリスの声が聞こえるのと同時に凜堂の足下に、というよりも、トレーニングルームの床の半分近くを埋め尽くすほどの巨大な魔方陣が展開されていた。

 

「そいつは私の設置型能力の中でも最大の火力だ。存分に味わってくれ」

 

「いやいや、これどう考えてもお前も巻き込まれ……」

 

 言葉を失う凜堂の目の前では、ユリスが地面から現れた五本の火柱に囲まれていた。名は確か栄裂の炎爪華(グロリオーサ)。見る間に五本の炎爪はユリスの姿を覆い隠す。ただ、そのまま握り潰すのではなく、ユリスを守るように隙間無く閉じていた。

 

「あ、そういう使い方も出来るんすかそれ……」

 

 莫大な星辰力が注ぎ込まれ、魔方陣が異様に赤く輝く。これがどれだけの威力を持っているのか、その光景を見るだけで容易に想像することが可能だ。

 

「綻べ、大輪の爆耀華(ラフレシア)!!」

 

 耳を劈く爆裂音を放ちながら巨大な紅蓮の花弁が広がる。爆風が嵐のように吹き荒れ、衝撃がトレーニングルーム全体を揺らした。

 

 カランカラン、と乾いた音がトレーニングルームに虚しく響いた。ユリスが炎爪の間から外を窺うと、黒煙が漂う中、床の上に六本の鉄棒が転がっていた。勝利を確信したユリスはぐっ、と拳を握り締め、炎爪を解除する。

 

「ふふん。悪いな、凜堂。今回は勝たせてもら……」

 

 今度はユリスが絶句する番だった。黒煙が晴れていくが、トレーニングルームのどこにも凜堂の姿は無い。ただ鉄棒が六本、転がっているだけだ。

 

「いやぁ、大したもんだ。最大の火力っていうだけはある」

 

「っ!?」

 

 周囲を見回していたユリスは聞こえてきた声にギョッとする。その声が上のほうから聞こえたからだ。見上げると、天井に立つ(・・・・・)凜堂と視線がかち合った。ヒラヒラと手を振る一方、反対の手には起動された黒炉の魔剣が握られている。

 

「お前、何だそれは? マジックか? それ以前に私の大輪の爆耀華(ラフレシア)をどうやって……」

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”」

 

 凜堂の答えにユリスはハッとする。凜堂の六星(りくせい)防義(ふせぎ)”はサイラスの切り札であるクイーンの一撃を容易く防いでいた。全力を出せば、大抵の攻撃を通さないのかもしれない。

 

 しかも、凜堂は防ぐだけでなく、爆風と衝撃を利用して天井へと飛んだのだ。それもどうやっているのか、天井に立つという離れ業までやってのけて。

 

「くっ、隔絶の赤(レッドクラ)

 

「遅い!」

 

 ユリスは頭上に防御の傘を顕現させる前に凜堂は天井を蹴った。落雷のように降ってきた凜堂は宙で体勢を直し、ダンと力強い着地音を上げる。そして呆然としているユリスの胸元へと黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を突きつけた。

 

 静寂の中、ビー、と甲高いアラームだけが鳴り響いた。




綺凛ちゃあぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!


















失礼、取り乱しました。そういや、凜堂の技名にルビ振っといたほうがいいのかしら?


にしても、アスタリスクの二次創作増えないな。何でだろ……?


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タッグって大変

「……」

 

「黙ってたのは謝るってユーリ。機嫌直してくれよ」

 

 ひんやりとした床に体育座りし、頬を餅のように膨らませながらユリスは凜堂を非難するように見ていた。うっすらと涙が浮かんだジト目で睨まれ、凜堂は特訓が終わってからユリスにずっと謝りっぱなしだった。

 

ここはユリス専用のトレーニングルームだ。故に二人以外に人はいない。広さはかなりのもので、体育館くらいはありそうだ。無論、誰にでもこのような設備が与えられる訳ではない。偏にユリスが『冒頭の十二人(ページ・ワン)』だからだ。

 

「……聞いてないもん。私、天井に立てるなんて聞いてないもん……」

 

「(かわいい)いや、本当。マジで悪かったと思ってるってば」

 

 若干、言語が幼児退行しているユリスに萌えつつ、凜堂は頭を下げ続ける。

 

「しかし、天井に立つなんてどうやってやっているんだ? もしやお前、シノビの末裔なのか」

 

 数分後、機嫌を直したユリスは両手で印のようなものを作り、期待の眼差しで凜堂を見ていた。外国人によくある、日本文化への誤解だ。んなわきゃあるかい、と凜堂が答えると、ユリスは露骨にがっかりした表情になった。

 

「普通に星辰力(プラーナ)を使っただけだ。防御にも使えるんだから、それ以外にも何か出来るんじゃないかって、色々やってる内に出来るようになったんだ」

 

 色々やってる内に出来るようになった、という時点で凜堂も大概だ。

 

「お前には何度驚かされればいいのだろうな……この際だから聞いておくぞ、凜堂。お前、他にも何か隠し玉を持っているんじゃないのか?」

 

「い~やぁ、そんなお前のお眼鏡に適うようなもんはないぞ? 後、やれることって言ったら……」

 

「言ったら?」

 

「水の上を走れるってくらいだな」

 

 十分過ぎる。呆れればいいのか、感心すればいいのか分からず、ユリスは何とも複雑そうな面持ちで凜堂を見ていた。

 

「ちなみに聞きたいのだが、それは私にも出来るか?」

 

 ユリスの問いに数秒考え、凜堂は首を振る。

 

「一朝一夕には無理だな。俺も出来るようになるまで何年もかかったしな」

 

 今から学んでも、星武祭(フェスタ)で使えるようにはならないだろう。それにもし仮に使えるようになったとしても、天井や水上を走れることが戦闘の役に立つとは限らない。残念だ、とため息を吐きながら話題を変えた。

 

「しかし、こうまで勝てないと自信がなくなりそうだ。序列五位が聞いて呆れる」

 

「いんやぁ、そうでも無いぜ。最後のラフレシア、だっけか? あれには本気で焦ったしな」

 

「全くそうには見えなかったがな」

 

 お世辞はいい、と憮然とするユリスに凜堂は困った様子で頭を掻く。別にお世辞を言った訳ではない。事実、凜堂は大輪の爆耀華(ラフレシア)に発動直前まで気付くことが出来なかった。寸前で防げたからいいものの、防御が間に合ってなければ今頃凜堂は無様に床の上に転がっていただろう。

 

「そもそも、お前は慣れるのが速過ぎんだよ。何だよ、完全に無限の瞳(ウロボロス・アイ)を発動させた状態の俺についてこれるようになるって?」

 

 その証拠にユリスは迅雷のように動く凜堂を捕捉出来るようになっていた。特訓を始めた頃は凜堂に翻弄されていたが、今では完全に凜堂の動きに対応している。現に凜堂はユリスの設置型の技に何度も引っかかっていた。

 

「……引っかかった上でその罠を食い破り、一瞬の内に間合いに飛び込んでくるお前ほどではない」

 

 もっとも、その罠で凜堂を仕留められたことは一度としてないが。しかし、凜堂がユリスの技から逃げられるのも使っている武器が黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)であることが大きい。特訓の間、凜堂が長年愛用している棍でも、逃れられそうに無い場面が何度もあった。

 

「いや、俺よりも黒炉の魔剣(こいつ)が凄いんだよな。本当、ふざけた威力だぜ」

 

「まぁ、確かにな。だが、問題が無いわけではないぞ」

 

 そこだよなぁ、と凜堂はユリスと一緒にため息を吐く。凜堂が抱える最大の問題。それは制限時間だ。

 

「やはり、全力を出せるのは五分が限度か」

 

「だな。それ以上力を出し続けようとすると、前みたいに動けなくなる。最悪、意識を失ってそのまま失格だ……やっぱ、五分は短いよな?」

 

「正直に言えば、かなり厳しいだろうな」

 

 ユリスは難しそうに表情を歪める。

 

 凜堂は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)、二つの純星煌式武装(オーガルクス)を同時に使う。その戦闘力たるや絶大だが、反面、反動も馬鹿にはならない。五分というのは、反動が出ないぎりぎりのタイムリミットだ。無理にその状態を維持しようとすれば戦闘が困難なほど衰弱し、そのまま意識を失う可能性もある。

 

「確認したいのだが、その状態からもう一度全力を出すのは無理か?」

 

「無理ってこたぁねぇだろうが、やらないほうがいいのは確かだな。やったとしても一分も保たない」

 

 普通に使う分には大丈夫なんだがな、と凜堂は嘆息した。両方同時にではなく、どちらか片方を使うのは問題ないのだ。ただ、そうすると別の問題が出てくる。

 

 黒炉の魔剣だけを使うと、発動状態をキープするのに精一杯になるのだ。消費する星辰力が余りにも多く、無限の瞳なしではまともに扱うことすら出来ない。費やす星辰力をギリギリまで抑えれば使えないこともないのだが、そうすると今度は威力ががた落ちする。精々、普通の煌式武装(ルークス)に毛が生えた程度だ。

 

 次に無限の瞳の場合だが、こちらは黒炉の魔剣と併用しなければ問題ない。全力を出しても、一時間以上その状態を保つことが出来たのだが、今度は武器のほうが耐えられなくなっていた。

 

 試しに普段使っている棍に黒炉の魔剣に与えるだけの星辰力をチャージしてみたら、一瞬の内にぐにゃぐにゃにひん曲がり使い物にならなくなってしまった。なので、今凜堂が使っているのは予備の物だ。

 

 通常の煌式武装でもやってみたが、こちらに至ってはコアであるマナダイトが狂ったように明滅し、発動体ごと粉々に砕け散ってしまった。その煌式武装が壊れていたのではないか、というユリスのアドバイスに従い、もう一つ装備局から借りてやってみたが、結果は同じだった。

 

「魔剣を使えば消耗が激しく、魔眼を使えば耐えられる武器が無い……悩ましいな」

 

「まぁ、棍の方は扱い慣れてる分、どうにか無限の瞳と一緒に使えるようになったけど、やっぱり完全に力を引き出すには黒炉の魔剣と無限の瞳の組み合わせしか無理みたいだ」

 

 がっくりと肩を落とす二人だったが、すぐに気持ちを切り替えた。

 

「うじうじと無いものねだりをしても仕方ない。お前が全力を出せるのは五分と前提して作戦を考えるとしよう」

 

「それが一番現実的だわな。俺もバーストモードを出来るだけ長く保てるように訓練しておく」

 

「バーストモード?」

 

「俺が全力を出してる状態。今、名づけた」

 

 そ、そうか、と戸惑うも、ユリスは咳払いして話を戻す。

 

「とにかく、五分もあればある程度は戦えるだろう。私と同レベルであればさほど問題にはなるまい……悔しいが、それは今までの特訓で実証済みだからな。しかし、それ以上の相手となれば話は別だ」

 

「へぇ、お前よりも強い奴がそうそういるとは思えないんだが」

 

 率直な感想にユリスは嬉しいような困ったような、何ともいえない表情で凜堂を見た。

 

「凜堂。お前が私のことを高く評価してくれているのは素直に嬉しいが、私より強い学生などアスタリスクにはいくらでも……とまでは言わないが、かなりの数いることは確かだ」

 

「そうなのけ?」

 

「あぁ。少なくとも、両手両足の指では数え切れないだろうな」

 

 そんなにかぁ? と首を傾げながら凜堂はユリスを頭から爪先まで観察した。その屈強な意思もさることながら、ユリスには実力も備わっている。先日はサイラスに後れを取りこそしたが、あれは罠に嵌められたのだから仕方ない部分も多々あった。真正面からぶつかり合えば、十回中十回ともユリスが勝利するだろう。

 

 もっとも、そういう状況を作ることも実力の内といえば話は変わってくるが。

 

「有名どころを挙げるならガラードワースの生徒会長は剣士の最高峰と言われているな。私も試合を見たことがあるのだが、少なく見積もっても全り、バーストモードのお前と同格以上なのは間違いない」

 

 全力ではなく、バーストモードと態々言い直してくれる辺り、ユリスも中々のお人好しだ。

 

界龍(ジェロン)の生徒会長も相当な化け物だと聞くが、彼女はまだ星武祭に参加できる年齢ではない。そうそう戦うこともないだろう」

 

「へぇ~。ロディアもそうだけど、やっぱ生徒会長ってのは強ぇんだな」

 

 と、ここで凜堂は記憶の片隅からあるものを引っ張り出す。星武祭に欠片も興味が無かった凜堂でも記憶出来てしまうほど報道された、史上二人目の『王竜星武祭(リンドブルス)』を連覇した少女のことだ。

 

「俺も一人知ってるぞ。去年、嫌でも目に入ってくるほど報道されてたしな。王竜星武祭の三連覇も確実だとか言われてたレヴォルフの……」

 

「……『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』、オーフェリア」

 

 ボソリと、搾り出すようにユリスは囁く。

 

「そうそう、確かそんな名前……ユーリ?」

 

 凜堂はパチンと指を鳴らすが、ユリスの様子がおかしいことに気付いた。怒りとも悲しみともつかない、色々な感情がごちゃ混ぜになったような表情で唇を噛み締めている。

 

「ユーリ?」

 

 顔を近づけ、目の前で手をヒラヒラしてみせる。そこまでされれば流石に気付いたらしく、ユリスは想像以上に近い凜堂に驚き一歩たじろいだ。

 

「あ、あぁ。すまん、少し考え事をしててな」

 

 誤魔化すように笑い、ユリスは人差し指を立てて見せる。

 

「他にもアスタリスクには学生以外の実力者が多いぞ。例えば、警備隊の隊長はアスタリスク史上最強と言われるほどの魔女(ストレガ)だ」

 

「ほぉ、そいつぁ凄い」

 

「それに、我々のクラス担任の谷津崎女史も私よりも遥かに強いだろう」

 

「あんの先生が?」

 

 教室の清掃を押し付けられたことを思い出し、凜堂は眉根に皺を寄せる。凜堂の分かり易い反応にユリスは苦笑いしながら肩を叩いた。

 

「まぁ、そんな顔をするな。あぁ見えてあの人はレヴォルフで唯一『獅子星武祭(グリプス)』を制したことがあるチームのリーダーだ」

 

「そんな人が何で星導館で教師なんぞやってんだ?」

 

「さぁ? そこまでは知らないな」

 

 目つきと口が悪い担任の姿を思い出す。言われてみれば確かに、普段の動きに隙が無いように思える。それに、彼女は騒いだりふざけたりしている生徒に容赦なく鉄拳制裁をしている。そんなことは星脈世代(ジェネステラ)で、かつ相応の実力がなければ出来ない。

 

「もしかしてあの人の持ってる釘バットって、レヴォルフの学生だった頃から愛用してたんじゃねぇか?」

 

「その可能性、大いにありだな。さて、だが今例に挙げた者達よりもお前が有利な点がある。何か分かるか、凜堂?」

 

「はい、ユーリ先生」

 

「言ってみろ」

 

 シュピッ、と手を上げた凜堂を指名するユリス。まるで生徒と教師のようなやり取りだ。

 

「それは俺の実力が広まってない事です。サイラスの一件も公にされてないですし、俺の情報を知っている人はほとんどいません」

 

「正解だ。花丸をやろう」

 

 アスタリスクで名が知れ渡れば、それだけ情報が広まる。そうなれば当然、対策を立てられる。そうなれば、負ける可能性も増えてくる。アスタリスクでは序列を維持するため勝ち続けることが重要になってくるので、対処されればそれだけ勝ち続けるのが容易ではなくなっていく。中には対策なんて歯牙にもかけない規格外な者もいるが。

 

「今のところ、お前の情報で唯一公開されているのは純星煌式武装の貸与情報だけだからな。その点に関しては警戒されるだろうが、そればっかりは仕方がない。くれぐれも、不用意に決闘をして手の内を晒すようなことはしてくれるなよ」

 

「アイアイサー」

 

 凜堂の暢気な返事に本当に分かっているのか、と言いたげにユリスは表情を曇らせたが、それ以上は何も言わなかった。代わりにホルダーから細剣型煌式武装を取り出し、手の中でくるりと回す。

 

「よし、では訓練再会だ。出来れば、上位陣以外を相手にお前のバーストモードを使うのは避けたいからな。通常の状態で勝てるようにするにはもう少し連携を詰めねば。私も相棒を相手ごと丸焼きにしたくはない」

 

「そんなの、俺だってご免だっての」

 

 肩を竦めながら凜堂も鉄棒を取り出し、棍へと組み上げた。

 

「本当なら模擬戦形式で練習相手を置ければいいのだが、そればっかりはどうにもならんからな」

 

「そうか? そんなの、クラスの誰かに頼めば……」

 

 己の失言に気付き、凜堂は尻すぼみに声を小さくするが、ユリスの耳に届いていたようだ。むすっとした顔で凜堂を睨む。

 

「ほう。凜堂、貴様。それは私にお前以外に友人がいないと知った上での発言か?」

 

「あ、いや、決してそういう訳では」

 

「それに、さっき言った事をもう忘れたのか? いくらクラスメイトとはいえ、訓練に参加させるということは、イコールこちらの手の内を晒すことになるのだぞ。大体、お前には危機感というものが」

 

「わふー」

 

 始まったユリスのお説教を凜堂は神妙な様子で受けていた。と、そこで鈴を鳴らすような音が室内に響いた。少し遅れて空間ウィンドウが開く。

 

『来訪者です。取り次ぎますか?』

 

 予想外の訪問者に二人は無言で顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ。これはまた珍妙な組み合わせだな」

 

 トレーニングルームの入り口に現れた二人組みを見てユリスは面白そうに眉を持ち上げる。一人は二メートル近い身長の屈強な青年。もう一人は華奢で小柄な少女だった。何もかもが対照的な二人だが、共通している点が一つ。どっちもむすっとした表情をしているところだ。

 

「サーヤに……マクフェイル? 何しに来たんだ?」

 

 凜堂の疑問に答える代わりに少女、沙々宮紗夜はずいと一歩踏み出し、ユリスに人差し指を突きつけた。そして一言。

 

「ずるい」

 

「はぁ?」

 

 唐突過ぎる紗夜の言葉にユリスはポカンとするしかなかった。言葉の無いユリスに構わず、紗夜は淡々とした調子で言葉を続ける。

 

「ここ最近、リースフェルトは凜堂を独占しすぎている。これは明らかに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反。即刻、改善を求める」

 

「高良。お前、ワシントン条約か何かで保護されてるのか?」

 

「な訳あるか、絶滅危惧種じゃあるまいし」

 

 呆れるレスター・マクフェイルに凜堂は嘆息しながら肩を竦めて見せる。ユリスも額に手をやり、やれやれと首を振っていた。そんなユリスの反応に構わず、紗夜は更に一歩踏み出してユリスとの距離を詰める。

 

「とぼけても無駄。既にネタは上がっている」

 

「ネタ? 一体何のことだ?」

 

「ここ暫く、リースフェルトは放課後、凜堂をトレーニングルームに引きずり込んでは人には言えないような行為に耽っていることは調べがついている」

 

 な、と顔を真っ赤にさせるユリス。一方で凜堂はあぁ~、と妙に納得したような顔をしていた。

 

「確かに、手の内を晒しちゃいけないって意味じゃ人には言えんわな」

 

「凜堂、お前は黙っていろ! 私達は鳳凰星武祭に向けて特訓しているだけだ! それに私は引きずり込んでなどいない、凜堂(こいつ)も合意の上だ! そもそも、誰から聞いたそんな与太話!?」

 

「それは言えない……情報通のE・Y氏の協力、とだけ言っておく」

 

「おのれ夜吹!」

 

 何やってんだよジョーの奴、とこれには凜堂も呆れ顔を作る。

 

「大体、リースフェルトは最近凜堂に引っ付きすぎ。これに関しては生徒会長も文句を言っていた」

 

「……一つ確認させろ沙々宮。お前にここを教えたのは」

 

「生徒会長」

 

「クローディアぁぁぁ!!!」

 

 ユリスは憎悪を込めた声で星導館学園生徒会長の名を叫ぶ。鷹揚とした笑顔で紗夜に情報を渡すクローディアの顔が容易に想像できた。

 

「この前だって昼食で偶然席が一緒になった体を装っていたけど、不自然極まりない」

 

「何が不自然か! あれは本当に偶然に」

 

「五回も続けば偶然じゃない。その言い訳は無理がある」

 

「誰が言い訳など……!」

 

 額をぶつけ合わせるように口論を開始するユリスと紗夜。どうでもいいが、こんな状況でもやはり紗夜の表情は変わらなかった。

 

「……あいつの面は能面か何かで出来てんのか?」

 

「いや、それはない。あいつ、あれで笑うと結構可愛いんだぜ。まぁ、向こうは勝手にやらしておくとして」

 

 凜堂は二人の言い争いを無視してレスターと向き合った。

 

「退院したんだな。おめでとさん、マクフェイル」

 

「……はっ。別にあんな程度の傷、どうってことねぇよ」

 

 居心地悪そうに眉を寄せながらレスターはぶっきらぼうに答える。サイラスの一件で怪我を負い、治療院に入院したとは聞いていた。こうも退院が早いのは予想外だが。怪我その物が大した事なかったのか、それともレスターの回復力が凄いのか。凜堂にはどっちなのか判断は出来なかった。

 

「で、今日はどういう用件だ? ってか、何でサーヤと一緒に行動してたんだ?」

 

「こっちだって好きで一緒に来たわけじゃねぇよ。そのちんちくりんが道に迷ってたみたいで、行く場所が同じだったからついでだ」

 

「誰がちんちくりんか」

 

 耳聡く二人の会話を聞きつけた紗夜がそちらに顔を向ける。

 

「でも、連れて来てくれたことは感謝している。ありがとう」

 

 軽く頭を下げるが、すぐに紗夜はユリスとの言い争いへと戻った。本当にマイペースな少女だ。

 

「しっかし、どう頑張れば校舎からここまでの道を迷えるんだ、あのちんちくりん?」

 

 レスターの疑問も尤もだ。そもそもこのトレーニングルームは公式序列戦が行なわれる総合アリーナにあり、校舎からはほぼ一本道だ。ほとんど迷う要素は無い。

 

「まぁ、そこはサーヤだからとしか言い様がねぇな。で、お前は何の用で来たんだよ?」

 

 途端、不本意そうだったレスターの顔が更に曇った。

 

「まぁ、その、何だ。サイラスの一件だが、その事で一応世話になったからな。結果的にとはいえ、助けられたのも事実だし、礼というか、けじめっつぅか……」

 

 非常に言い難そうに、顔を逸らしながらレスターは小さく頭を下げる。

 

「と、とにかく世話になった! そんだけだ!」

 

「それを言いにわざわざ? 律儀だねぇ、お前もって待て待て待て!」

 

 言うだけ言って帰ろうとするレスターを慌てて引き止める。

 

 かなり、いや、相当不器用ではあるが、レスターなりにお礼を言いに来てくれたようだ。ならば、この際なので和解しようと凜堂は考えた。この先、一々些細なことで角を突き合わせるのも面倒だ。そこで凜堂は一つの案を思い浮かぶ。

 

「閃いた。おい、マクフェイル。ちょうどタッグ戦の相手が欲しかったんだ。お前さえ良ければ手伝ってくれねぇか? サーヤも一緒に」

 

「訓練相手だぁ?」

 

「ん?」

 

 レスター、紗夜、そしてユリスの視線が凜堂に集まる。

 

「お、おい凜堂! お前、何を勝手に」

 

「訓練相手が欲しいのは本当だろ。こいつらになら色々説明しても問題ないだろ」

 

 レスターは事件の関係者なので、ある程度まで凜堂のことを聞いている。紗夜は純星煌式武装(オーガルクス)を使った時はともかく、凜堂の本来の実力を知っていた。それに二人が不用意に第三者に凜堂の情報を話すとも思えなかった。

 

「し、しかしだな」

 

「どうだ。やってくれると嬉しいんだが」

 

 渋るユリスを無視し、凜堂は再度二人に尋ねた。

 

「別に構わない。断る理由もないし」

 

 即答する紗夜。すると、必然的に全員の目がレスターへと向けられた。 

 

 面食らった様子だったが、やがて頬を掻きながらぼそっと答えた。

 

「し、仕方ねぇな」

 

 

 

 

「成る程。リースフェルトとそんなことが……」

 

 準備体操をしている最中、凜堂はユリスとタッグを組むまでの経緯を話した。

 

「触れるもの全てを傷つけるギザギザハートの持ち主だった凜堂が心の底から護りたいと思える人と出会えたのはいいこと。私も嬉しい」

 

「自分のことのように喜んでくれるのははいいんだけどよ、サーヤ。俺の幼少期の黒歴史をほじくるのは止めてくんねぇ?」

 

 見境無く暴れていた子供の頃を思い出し、凜堂は小さく項垂れる。肩を落とす凜堂の頭の上に紗夜の小さな手が乗せられた。

 

「大丈夫。凜堂はあの時の凜堂とは違う。悲しいことも、苦しいことも誰のせいにしないで、自分自身で責任を背負ってる。それは凄く大切なこと」

 

「そう生きていきたいと思うけどな。ま、ありがとよ、サーヤ」

 

「それに凜堂の格好良さは少しも損なわれて無い。バッチグー」

 

 腕に抱きついてくる紗夜の感触がひどく懐かしい。だが、ノスタルジーを感じる割には思い出の中の紗夜と今現在の紗夜。どちらもびっくりするほど変わりなかった。

 

「こほん! そろそろ始めたいのだが」

 

 ユリスは微妙に機嫌が悪そうだった。

 

「とりあえず、そちらも急造のタッグなのだから贅沢は言わん。幸いどちらも前衛と後衛がはっきり分かれていることだし、まずはサポートの練習から始めたいと思う。前衛が戦闘を始めたところで、後衛は互いを牽制しつつ、前衛のサポートをする。いいな?」

 

「問題ない」

 

 ユリスと紗夜が火花を散らす。前衛そっちのけで、今すぐにでもガチンコを始めそうな雰囲気だ。

 

「お前等、気合は入りすぎだろ……」

 

 二人の迫力に若干引き気味の凜堂にヴァルディッシュ=レオを起動させたレスターが声をかけてくる。

 

「小娘共を心配するのはいいがよ、お前自身は大丈夫なのか?」

 

「あん?」

 

「聞いた話じゃ、お前、一日にそう何度も黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)を同時に使えないらしいじゃねぇか」

 

「あぁ。確かに今日はもうユーリとの特訓で使ったし、何時間か休憩しないと発動は無理だな」

 

「悪いが、手加減するつもりはねぇぞ?」

 

 にやっと底意地の悪そうな笑みを浮かべるレスター。やはり、思うところは少なからずあるようだ。若干、顔を引き攣らせつつ、凜堂は棍を構える。

 

「ま、お手柔らかに頼むぜ」

 

 

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。同時にレスターが猛然と凜堂に向かって突っ込んでいった。以前にレスターの過去の試合を見たことがあるが、実際に対峙してみるとその圧力は相当なものだった。

 

「行くぜぇ!!」

 

 薙ぎ払うような一撃が凜堂を襲う。凜堂は正面に構えた棍でそれを受け止め、大きく後ろに吹き飛ばされた。

 

 見かけに違わない凄まじい膂力だ。両腕が痛いほどに痺れる。体勢を整えようとする凜堂に時間を与えず、レスターは二撃目を放ってきた。凜堂は大きく後ろに跳び、レスターの攻撃を回避する。ヴァルディッシュ=レオの刃は床を捉え、大きく抉った。

 

「まだまだぁ!!」

 

 勢いをそのままに突進してきたレスターの三撃目が凜堂を襲う。だが、凜堂も負けてはいなかった。

 

一閃(いっせん)纏威(まとい)”!!」

 

 棍へと星辰力(プラーナ)がチャージされ、鈍色を黒一色に染め上げた。凜堂は床を舐めるように棍を振るい、上段から降ってきた戦斧の刃を弾き飛ばす。

 

「うぉ!?」

 

 予想以上の威力の反撃にレスターは大きく体勢を崩す。そこへ炎の槍が飛び掛ってきた。ユリスの技、鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)だ。

 

「ちぃ!」

 

「そこぉ!!」

 

 ヴァルディッシュ=レオで炎の槍を受け止めるレスターへと肉薄する。走る勢いをそのまま棍に乗せ、渾身の力を込めて戦斧へと叩き込む。打撃の瞬間、棍に溜められていた星辰力が解放され、レスターの巨体を弾き飛ばした。

 

「ちぃ、見かけからは想像出来ねぇパワーだな! ユリスの炎も鬱陶しいぜ……! おい、ちんちくりん! お前もちゃんと仕事し……」

 

 床を削りながら滑っていったレスターが怒鳴るが、背後に立っている紗夜へ視線を飛ばしたまま動かなくなる。

 

 レスターだけではない。ユリスもあんぐりと口を開けている。ただ、凜堂は苦笑いを浮べていた。その顔は若干、引き攣っているが。

 

「相変わらずぶっ飛んでるなぁ、創一おじさんは」

 

「仕事なら今からやる」

 

 紗夜が構えた銃、と呼ぶにはそれは余りにも大きすぎた。大きく太く重く、そして口径がでかかった。それは正にキャノン砲だった。

 

 砲身は優に二メートルを超えている。周囲には複数の空間ウィンドウが展開されていた。中には臨界点突破、と危なっかしいアラートを鳴らしているものもある。だが、そんなことはお構い無しにコアからは煌々と輝きが放たれていた。紛れも無く、流星闘技(メテオアーツ)の前兆だ。

 

「三十九式煌型光線砲(レーザーカノン)ウォルフドーラ、掃射」

 

 戦いとは程遠い、マイペースな声で紗夜が呟いた瞬間、低い唸りと共に砲口から光が濁流となって溢れ出た。

 

「ちょ、待て!!」

 

 戸惑いつつも、レスターとユリスは床へと伏せて砲撃をかわした。凜堂は真っ直ぐに向かってくる光線に対し、目の前に*型の盾を展開させる。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”!」

 

 光の柱と星の盾がぶつかり合い、派手な音と共に大量の火花を散らす。盾はどうにか砲撃を抑えているが、明らかに圧されていた。その証拠に凜堂の体がじりじりと後退している。

 

 最終的に競り勝ったのは紗夜の砲撃だった。凜堂は大きく弾き飛ばされ、背後にあった壁に直撃、体を壁の中にめり込ませた。

 

「そ、想像以上の威力だったぜ……やっぱ、普通にかわしとけば良かった」

 

 アスタリスクの建物、主に総合アリーナなどの戦闘が想定されている場所の壁はかなり頑丈に強化処理されているのだが、そんなのものともしない破壊力だ。

 

「何しやがる! 俺ごと吹き飛ばすつもりか!?」

 

 我に返ったレスターは額に青筋を浮かせながら紗夜へと詰め寄る。対して、紗夜は顔色一つ変えずに言い放った。

 

「かわせないほうが悪い。それに、凜堂はちゃんと防いでる」

 

「いや、最終的には吹っ飛ばされて壁にめり込んでるぞあいつ……」

 

 余りにも悪びれない紗夜の態度にレスターも言葉が小さくなっていく。

 

「沙々宮、お前……というか凜堂! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫。こんなくらいでどうにかなるほど、凜堂はそんなに脆くない」

 

 紗夜の言葉を肯定するように凜堂は壁から体を引き剥がす。あだだ、と呻きながら体を捻り、無事な事を確認した。振り返ってみると、壁には見事な人の形をした穴が出来上がっていた。

 

「あらあら。これは派手に壊してくれましたね」

 

 そこへ穴の向こうから妙に聞き覚えのある、ゆったりとした声が聞こえた。




アスタリスクの五巻出たぜひゃっふぅぅぅぅぅ!!!!! 鳳凰星武祭も終わったみたいだし、一段落したって感じですね。これを機に二次創作が増えると嬉しいんだけど……。


前にもした質問ですが、行と行の間に空白を入れたほうがいいですかね? それともこのままでいいかな?


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黒幕登場

 壁の穴から顔を覗かせたのは予想通り、星導館学園の生徒会長であるクローディアだった。

 

「この施設は貴方方冒頭の十二人(ページ・ワン)に貸し出しているだけで、あくまで学園の設備である事をお忘れなく」

 

「……そんなことは承知している。これは事故だ。故意にやったわけではない」

 

「なら、結構」

 

 いいんだ、と凜堂は壁に出来た穴を一撫でする。この程度の損傷ならすぐにでも修理できるのだろう。

 

 ふと、凜堂は壁の外にクローディア以外の人間の気配を感じた。

 

「いや~、流石にぶったまげたね、カミラ。いきなり壁に人型の穴が出来ちゃうんだもん。うちも相当変わってるけど、やっぱり余所は余所でかなりぶっ飛んでるわね~」

 

「頼むからはしゃぐな、エルネスタ。これ以上、面倒をかけないでくれ」

 

 聞き覚えの無い、二人の女性の声。一同が顔を見合わせていると、クローディアとその連れが室内に入ってくる。やはりと言うべきか、その顔に見覚えは無かった。とは言っても、凜堂が星導館学園に来てからまだ一ヶ月も経ってないし、彼自身、人の顔を覚えるのはそこまで得意ではない。なので、見慣れない人物くらいいくらでもいる。

 

 だが、その二人組の纏っている制服にも見覚えが無かった。

 

「これはどういうことだ、クローディア?」

 

 訊ねるユリスの声は酷く冷めていた。見れば、レスターも警戒心を露にして身構えている。二人の敵意をさらっと受け流し、クローディアはポンと手を打った。

 

「あぁ、ご紹介がまだでしたね。こちらはアルルカント・アカデミーのカミラ・パレートさんとエルネスタ・キューネさんです」

 

「アルルカントだぁ?」

 

 眉を顰めながらも凜堂はユリスとレスターの態度に納得する。

 

 アルルカントはサイラスの一件の裏で糸を引いていたとされる学園だ。直接的な被害を受けた二人にとって、正しく仇敵と言えた。

 

「今度、我が学園とアルルカントが協同で新型の煌式武装(ルークス)を開発することになりまして。こちらのパレートさんはその計画の代表責任者なのですよ。今日は正式な契約を結ぶため、わざわざ当学園まで足を運んでいただいました」

 

 クローディアの紹介にどうも、と褐色の肌をした女性が申し訳程度に頭を下げる。クローディアに負けない抜群のプロポーションの持ち主だった。心なし、紗夜の目が険しい。切れ長の目と固く結ばれた口元。どことなく、冷たい印象を受ける。

 

「共同開発だと……ふん、そういうことか」

 

「あぁ~、それで話はついたって訳ね」

 

 ユリスは不愉快そうに、凜堂は割りとどうでも良さそうに一人納得していた。たまらず、レスターが口を開く。

 

「おいこら、お前等。そういうことってのは、つまりどういうことだ?」

 

「相変わらず察しが悪いな、お前は。こいつらはサイラスの一件の見返りみたいなものだ」

 

「見返り?」

 

「手前等がやったことは表に出さないでおいてやるから、代わりにそっちの技術寄越せやごるぁ、ってとこだろ」

 

 ユリスの説明を凜堂が締め括った。絶句するレスター。

 

「さて、何のことでしょう」

 

 その一方でクローディアは優雅に微笑んでいる。否定も肯定もしないが、状況を見るだけで答えは十分だった。

 

「まぁいい。あの一件の処分はお前に一任されてるから、私達がとやかく言う事ではない。その手の腹芸はお前の十八番だろうしな。しかし、分からん。何でそのアルルカントの関係者がここにいる?」

 

「それはですね」

 

「はいはーい。それはあたしが見たいからって言ったからだよ~ん」

 

 横からクローディアの言葉を遮り、ひょこひょこと手を挙げたのはもう一人のアルルカントの女子だった。エルネスタと呼ばれていた少女だ。カミラと比べ、随分と表情豊かだった。カミラと違い、制服の上から制服を羽織っている。カミラとの共通点として、こちらも胸の辺りの主張が激しかった。

 

 年齢は凜堂達と同じくらいだ。少なくとも、仕草を見て年上だとは思えなかった。

 

「いやー、私が無理言って頼んだんだよねー。私の人形ちゃん達を全部叩き斬ってくれた剣士君を一目見たくってさ」

 

「「「は?」」」

 

 エルネスタはにこにこと笑っているが、周囲の者達はとてもじゃないが笑うことなど出来なかった。

 

 ユリスとレスターはあんぐりと口を開け、声こそ出してないがカミラも「やってくれたな」と言いたげに額に手をやっている。クローディアですら驚いた様子で片手を口元に当てていた。

 

 まぁ、目の前で「自分が黒幕です」と言われ、驚くなという方が無理な話だ。

 

 ただ、凜堂はやっぱそうか、とだけ頷くだけだった。アルルカント関係者が事件の当事者である自分達の前に来ていた時点で、ある程度は予測していたらしい。別段、驚いた様子は無かった。

 

「そんで君が噂の剣士君だね? 成る程成る程~」

 

 そんな空気を一切無視し、エルネスタは凜堂の目の前に立った。じろじろと遠慮など皆無に凜堂を眺める。

 

「ん~、中々いいね~。それに察しもいいみたいだし、気に入ったよ」

 

 感心したように頷き、同じ様に彼女を観察していた凜堂にちょいちょいと手招きした。片手を口元に当て、凜堂に何かを伝えたそうだ。

 

 首を傾げながら凜堂が身を屈めると、エルネスタは目を猫のように細めながら耳打ちする。

 

「でも、次はそう上手くいかないぞ?」

 

(次、ね……)

 

 何があるのやら、と内心でため息を吐く凜堂の頬に何やら柔らかい感触。エルネスタの唇が凜堂の頬に触れていた。

 

「おろ?」

 

「なっ……!」

 

「……っ!」

 

「あらあら……」

 

 目を見開く凜堂。星導館の女性三人が目の色を変える。

 

「な、何をしている貴様!?」

 

「……泥棒猫、滅ぶべし。慈悲は無い」

 

 ユリスは細剣を抜きながら周囲に炎を踊らせ、紗夜はまだ展開していた煌式武装の砲口をエルネスタへと向けた。にゃはは、と笑いながらエルネスタは素早くカミラの後ろへと隠れる。

 

「怖いなー。そんな目くじら立てることもないじゃん。ちょっとした挨拶みたいなもんでしょ。こうなったのも何かの縁だし、過去は水に流して仲良くしようよー。あたしとしては剣士君だけじゃなくて、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』ともお近づきになりたいんだけど」

 

「生憎、私はサイラスの件を抜きにしても貴様等(アルルカント)が嫌いでな。ご免被る」

 

 確かにユリスの声に含まれている怒りはどこか根強さを感じさせた。仲良く云々はともかく、ユリスがこれ程までに嫌悪感を示すのも珍しい。何かしらの因縁があるのだろうか。

 

 と、考えに耽っている凜堂へとユリスは矛先を向ける。

 

「それにお前もお前だ、凜堂!」

 

「え、俺!?」

 

 予想外の怒声に凜堂は素っ頓狂な声を上げる。

 

「当たり前だ! そもそも、あの程度の動きをかわすことなどお前には造作も無いだろう! それが出来なかったということは、お前に油断があったからだ! 戦闘時以外にも気を張っておけといつも言っているだろう! それとも何か!? 頬にキスでもして欲しかったのか!?」

 

 前半はともかく、後半は完全な八つ当たりだ。凄い剣幕のユリスを凜堂はどうどうと動物のように宥める。

 

「落ち着けよ、ユーリ。まぁ、あれだ。別段、警戒する必要も無いだろ」

 

「何を言っている、こいつはあの事件の黒幕だぞ!?」

 

 だからこそだ、と凜堂は薄く笑ってみせる。

 

「あんながらくたをサイラスみたいな雑魚に与えて仕事させる、見る目なしの奴だぜ? 警戒する価値もねぇよ」

 

 今度こそ本当に空気が凍った。少なくとも、本人を前にして言っていい言葉では無い。へぇ、とエルネスタは面白そうに眉を持ち上げる。凜堂は剃刀のような笑みを崩さない。

 

「ほっほう。中々言ってくるね、剣士君」

 

「言うも何も、紛う事無き事実だぜ? フィクサー殿?」

 

 視線をぶつけ合わせる両者。どちらも笑みを浮かべているが、纏う空気はどんどん剣呑な物になっている。

 

「いい加減にしろ、エルネスタ」

 

 その雰囲気をぶち壊したのは黒幕の相方だった。カミラは握り締めた拳を容赦なくエルネスタの頭部へと振り下ろす。ゴッ、とかなり痛そうな音。んん~! と言葉にならない悲鳴を上げてエルネスタはその場に蹲った。

 

「……何すんのさカミラ! ここは普通あたしをフォローするところでしょ!?」

 

「フォローも何も、先に彼等を挑発するような真似をしたのは君だろう」

 

 涙目で抗議するエルネスタにカミラは疲れた様子で腰に手を当てる。どうやら、エルネスタに比べてカミラは真っ当な性格の持ち主らしい。その証拠に苦笑を浮かべながら凜堂へと頭を下げた。

 

「とまぁ、このエルネスタはご覧の通りの性格でね。代わりに私が謝ろう……それと、親切心で一つ警告しておこう」

 

 警告? と眉を顰める凜堂を真っ直ぐ見据える。そこにはさっきまで無かった、友人を侮辱された事への怒りが静かに燃え上がっていた。

 

「エルネスタを舐めない事だ。さもなくば、痛い目を見ることになるぞ」

 

「……そいつぁご丁寧に。わざわざどうも」

 

 仰々しく頭を下げる凜堂。ふと、カミラの視線が凜堂から紗夜、正確には彼女の持っている煌式武装へと移った。

 

「ほぅ、これは面白い。かなり個性的な煌式武装だね。コアにマナダイトを二つ……いや、三つか。強引に連結させて出力を無理矢理上げているようだが、何とも懐かしい設計思想だ」

 

 カミラの言葉に紗夜が珍しく驚いた表情を作る。

 

「……正解。何故、分かった?」

 

「分からない訳が無い。私の専門分野だからね。しかし言わせてもらえば、実用的な武装とは言い難い」

 

 紗夜の顔がピクリと動く。

 

「複数のコアを多重連結させるロボス遷移方式は十年以上も前に否定された不完全な技術だ。出力が安定しない上に使用者の負担が大きい。更に小型化することも困難。高出力を維持するため、過励万応現象を引き起こさなければならず、一回の攻撃ごとにインターバルが必要になる。これらの欠点が改善されてる訳でもない」

 

 滔々とカミラが語る内容は専門的過ぎて凜堂にはちんぷんかんぷんだった。かろうじて、紗夜の使っている武器がとんでもなくピーキーな性能のものだということは理解出来た。

 

(まぁ、そいつもそうか)

 

 凜堂は先ほどの紗夜の砲撃を思い出しながら頷く。あの威力の砲撃はそうほいほいと撃てるものではない。カミラも指摘している通り、使用者への負担が大きすぎる。

 

「……それは事実」

 

 紗夜は悔しそうに唇を噛み締めるも、真っ直ぐにカミラを睨み返した。

 

「それでも、お父さんの銃を侮辱することは許さない。撤回を要求する」

 

 お父さん? とカミラはまじまじと紗夜を見た。

 

「あぁ。君はもしかして沙々宮教授のご息女なのか?」

 

 その声には懐古と嘲りの響きがあった。

 

「だとしたら」

 

「尚のこと、撤回するわけにはいかないな」

 

 紗夜の視線がより一層険しいものになるが、カミラも一歩も引く気は無さそうだ。

 

「沙々宮教授はその異端さ故にアルルカントを、そして我等が『獅子派(フェロヴィアス)』を放逐された方だ。武器武装は力。そして力とは個人ではなく大衆にこそ与えられなければならない。それこそが『獅子派』の基本思想であり、私はその代表として彼の異端さを認めるわけにはいかない」

 

「……」

 

 さっきの凜堂とエルネスタよりも剣呑な空気が二人の間に流れていた。一触即発の空気が辺りに満ちるが、

 

「こほん」

 

 わざとらしくクローディアが咳払いをする。流石は生徒会長と言うべきか、タイミングはばっちりだった。

 

「お客人。そろそろ本題の方へ取り掛かりませんか?」

 

「……それもそうだ。失礼した」

 

 大きく息を吐きながらカミラは紗夜から視線を外し、くるりと背を向けた。

 

「待て。断固として撤回してもらう」

 

 紗夜の声に振り返ることなく、カミラはトレーニングルームから去っていった。

 

「ああなったら頑固だからねー、カミラ。ちょっとやそっとじゃ自分の意見を覆したりはしないよ」

 

 今まで面白そうに成り行きを見守っていたエルネスタがくすくす笑いながら紗夜を見る。

 

「どうしても認めさせるって言うなら、力尽くしかないだろうねー。ここのルールでさ」

 

「……つまり、決闘をしろと?」

 

「いやいや、カミラが受けるわけないでしょ」

 

 手を振るエルネスタ。

 

「でもさ、あたし達、今回の『鳳凰星武祭(フェニックス)』にエントリーしてるんだよね」

 

「『鳳凰星武祭』に?」

 

「そっちが決勝まで上がってくれば、嫌でもどこかで当たるでしょ」

 

 相変わらず楽しそうだが、冗談で言っているわけでもなさそうだ。

 

「エルネスタ、行くぞ」

 

「今行くー! そいじゃ皆さん、じゃーねー」

 

 入り口のほうから飛んできたカミラの声に応え、エルネスタはトレーニングルームを出て行く。

 

「何ともまぁ、ふざけた連中だ」

 

 暫く経って、ユリスはそれだけ呟いた。もう、怒る気力も無いようだ。

 

「しっかし、『鳳凰星武祭』に出るとか言ってたが本気か? あいつら、どう見ても研究クラスだと? 正気とは思えねぇな」

 

「研究クラス? 何ぞそれ?」

 

「……お前、純星煌式武装(オーガルクス)の時といい、本当に何も知らないんだな。アルルカントじゃ煌式武装なんかの研究開発を行なう学生と、実際に『星武祭(フェスタ)』で戦う学生に分かれてんだよ。普通、前者は実戦には出てこねぇ」

 

 凜堂の問いにレスターは呆れた表情を浮べるが、それでもちゃんと答えてくれた。確かにさっきの二人は星脈世代(ジェネステラ)だったが、立ち振る舞いからして戦うための修練をしているようには見えなかった。今まで研究一本で来たのだろう。

 

「そんな連中が何でまた?」

 

「……凜堂」

 

 凜堂が首を傾げていると、紗夜が服の裾を引っ張ってきた。

 

「あ、どしたサーヤ?」

 

「決めた。私も『鳳凰星武祭』に出る」

 

「『鳳凰星武祭』に? いや、そりゃ別にお前の勝手だけどよ。でも、サーヤ。お前、誰と出るんだ? 『鳳凰星武祭』はタッグ戦だぞ?」

 

「無論、凜堂と」

 

「なっ!?」

 

 さも当然と言わんばかりの紗夜の言葉に、少し離れた所に立っていたユリスが凄い勢いで振り返る。

 

「ふ、ふざけるな! こいつは私のパートナーだぞ!?」

 

 足早に凜堂に歩み寄り、右腕を掴んで引き寄せる。紗夜も負けじと凜堂の左腕に抱きついて引っ張り返した。

 

「……独り占めは禁止」

 

「あの、お二人さん。大岡裁きじゃないんだから、別に俺を引っ張り合わなくてもいででで!! 痛い痛い痛い! 洒落になってねぇ! マクフェイル、助けてくれ!」

 

「ふざけんな。何で俺様が」

 

 凜堂の救助を求める声をレスターは無情にも斬り捨てる。

 

「お前はさっきみたいにレスターと組んでればいいだろう!」

 

「やだ」

 

 即答とはこのことだ。

 

「俺だってご免だ! こんな味方ごと相手を吹き飛ばそうとする奴と組めるか! そもそも、俺だってもうタッグパートナーは決まってんだ!」

 

「……うん、そこは大事。私の攻撃をうまく避けれるのは凜堂しかいない」

 

「いや、そこはお前自身で改善しろサーヤ」

 

 凜堂、光速の突っ込み。

 

「大体、『鳳凰星武祭』へのエントリーは締め切られているぞ? どうやって出場するつもりだ?」

 

「むむ……それは由々しき事態」

 

 エントリーが既に終わってる時点で出場することは出来ない。流石に紗夜も凜堂の腕を放して考えこんだ。その隙にユリスは凜堂を自分の背後に回し、ガルルと威嚇し始める。

 

「まぁ、予備登録なら今からでも出来るがな。毎年、何組かは怪我とか色んな事情で出場できなくなるもんだし」

 

「よし。じゃあそれ」

 

 レスターの言葉に頷く紗夜。しかし、大きな問題が一つ。

 

「……で、パートナーは?」

 

「凜堂」

 

「却下だぁ!」

 

 再び二人の口論が始まった。

 

「……やれやれだぜ」

 

 二人の言い争いをBGMに凜堂は天井を見上げ、深々と息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……余り冷や冷やさせないでくれ、エルネスタ」

 

「ほぇー、何のこと?」

 

 無事に契約を終わらせ、星導館の校舎を出たカミラは前を歩いているエルネスタに非難の声を飛ばす。その割にはエルネスタはきょとんとした顔で振り返るが、その無邪気さに騙されるほど短い付き合いではない。

 

「先日の一件。それについて君が関与している事をわざわざ彼らにばらす必要はなかっただろう。あれでは無用な警戒心を抱かせることになる。こちらには何のメリットも無いぞ」

 

 カミラはトレーニングルームでのエルネスタの発言について言及しているのだ。

 

「いいんじゃん、別に。あれについては今回の契約で話はついてるんだし、今更星導館だって蒸し返したりはしないっしょ」

 

「星導館はな。しかし、それはあくまでアルルカントと星導館の間でのことだ。彼らにとってそのことは関係ないだろう」

 

 カミラの懸念ももっともだが、それでもエルネスタは大丈夫っしょー、と気楽そうに断言する。

 

「『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』も言ってたけど、この件は星導館の生徒会長さんが一任してるんでしょ? だったら、今更ぐちゃぐちゃ文句つけないだろうし、仮にそうなったとしても生徒会長さんがどうにかすると思うよん」

 

 確かに今回の契約は星導館にとってとても有利なものだ。学園の長であるクローディアがこれを逃すはずがない。事件の当事者から文句が出ても、口八丁でうまく丸め込むだろう。

 

「ま、何にせよ『獅子派(フェロヴィアス)』の協力には感謝してるよん。これは紛れも無い本心。新型煌式武装の技術提供なんて旨味がなきゃこんなに順調にいかなかっただろうしねー」

 

「実用化には難のある技術だったし、構わないさ。『彫刻派(ピグマリオン)』に貸しが出来たと思えば安上がりさ」

 

 カミラもまた本心を吐露する。

 

 あの技術は革新的だ。だが『獅子派』の、カミラの思想に沿ったものとは到底言えなかった。

 

 それこそ、紗夜の父、沙々宮創一の作った武器と同じカテゴリーに属するものだ。

 

「でもさ、そんなこと言うならカミラだって青髪の子を挑発してたじゃんか。珍しいね、ああいうカミラは」

 

「……あれは挑発ではなく率直な心情だ。そんなことより、準備のほうは進んでいるのだろうな」

 

「もちのろんさ。日和見してた『黒婦人派(ソネット)』と『思想派(ノトセラ)』もとりあえずは取り込めたし、これで『超人派(テノーリオ)』は動けない」

 

 何でもないことのようにエルネスタは言ってのける。議会は完全に抑えたということだ。

 

「……本当に抜け目が無い」

 

 カミラは目の前の少女と自身の歴然とした才能の差に小さく呟く。カミラ自身、己の才能を疑ったことは無い。それでも、この少女と並ぶと『差』というものをありありと思い知らされる。

 

六花園(りっかえん)会議のほうも生徒会長殿がうまいことやってくれたみたいだし、これで環境整備は整ったね。あとはうちの子たちの最終調整なんだけど」

 

 今まで顔を曇らせる事の無かったエルネスタの表情に初めて陰が差した。

 

「何か問題が?」

 

「うんとねー。駆動系についてはサイラス君の頑張りで万全なデータが取れてるんだけどねー。出力の方がまだ安定しないんだよね。目処はついてるけど、そこら辺でちょっと時間がかかるかも」

 

「彼も大人しくアルルカントに来てくれれば話は早かったんだがな」

 

「しゃあないっしょ。好き好んでアルルカントに来る魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)はいないよ。誰だってモルモットにはなりたくないって」

 

 あっけらかんと言い切れるエルネスタにカミラは苦笑を漏らす。

 

「だから騙して利用する、か?」

 

「そうよー。私は自分の夢を叶えるためならなんだってしちゃうよー」

 

 何時ものようにおちゃらけたような口調だが、その瞳の奥には危険すら感じさせる真剣さがあった。

 

「今回、彼らに会ったのもそのためか?」

 

 カミラの問いに頷くエルネスタ。

 

「うん。今回の『鳳凰星武祭』で最大の敵になるのはあの剣士君だと思う。だから、一度でいいから生で見たかったんだー」

 

「名前は高良凜堂と言ったな。確かにデータ上の数値はかなりのものだったが……」

 

 トレーニングルームで顔を合わせた少年のことを思い返す。エルネスタの黒幕発言にさして驚いた様子も無かったので、二人がアルルカントの関係者であると知った時点で察しはついていたのだろう。頭の回転の速さは相当なものだ。

 

 それに、エルネスタい対して言った台詞もある。警戒するに値しないと。彼女が何をしてきても、それを打ち破る自信があるのだろう。

 

 『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』という純星煌式武装(オーガルクス)の使い手でもある。飄々とした第一印象もあり、カミラは高良凜堂という人間を測りきれていなかった。

 

「もうちょいデータが欲しいなぁ……うん、欲しい」

 

 カミラに言うでもなく、エルネスタは一人コクコクと頷く。

 

「……まさか、また何か仕掛けるつもりじゃないだろうな?」

 

「んー、どうしよっかねー。調整中の人形ちゃんを出せるわけないし、他学園(よそ)へ手回しする時間も無い。星導館の中で上手いことやれればいいんだけど、サイラス君がいない今は無理かなー。そもそも、データ計測に必要な端末だって用意しなきゃだし……」

 

 ぶつぶつと呟き、考えを巡らせるエルネスタ。数秒して、何か妙案を思い出したのか顔を上げた。

 

「いや、その手があったか」

 

「何か思いついたようだな」

 

 カミラの声にエルネスタは満足そうに微笑む。

 

「ここのところ、『超人派』の連中が何かとうっさいじゃん? ほら、サイラス君の一件で私がアルルカントに損害を与えたって」

 

「自分達の失態を棚に上げてよくほざく」

 

 四年前の『超人派』がやらかした大失態に比べれば、エルネスタの失態などあってないようなものだ。

 

 そも、サイラスの一件は物体操作能力者が能力を発動させた際のデータを収集することが最大の目的であり、それについては完全に成功している。

 

 序に付け加えるなら、失敗の保証はカミラたち『獅子派』が請け負っている。『超人派』にとやかく言われる筋合いは一切無い。

 

「いやー、でもさ。そろそろ連中にも挽回のチャンスをあげてもいいと思うよ? そうすれば公平でしょ」

 

「……つまり、何をするんだ?」

 

「あたしが失敗した原因を『超人派』が排除するのに成功したら、それってイコール連中はうちより優れた研究結果を出したことになるじゃない?」

 

 カミラもエルネスタの言わんとしていることが見えてきた。

 

「そう言って、連中を焚きつけるわけか」

 

「一石二鳥になれば万々歳じゃん?」

 

 悪巧みする子供のようにエルネスタは目をキラキラと輝かせる。そんな友人の姿を見て、エルネスタはやれやれと肩を竦めた。

 

 今まで何度、この友人に振り回されてきたことか。

 

 そして、今まで何度、この友人に頼ってきたことか。

 

 友人としての気苦労は絶えない。だが、それくらいは甘んじて受けなければ、罰が当たるというものだ。




好きなイェーガーはジプシー・デンジャー。北斗七星です。

とりあえず、全部の話に改行入れました。確かにこっちのほうが読みやすい気がしないでもないような……。

にしても、今回のエルネスタとカミラの会話。書いておいてなんだけど、半分以上理解出来てない。『黒婦人派(ソネット)』とか『思想派(ノトセラ)』って何だ? それに『超人派(テノーリオ)』ってのも分からん。これから先が楽しみだ。


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譲れぬもの

「おい、ジョー。ちっとばかし聞きたいことがあるんだが」

 

「そいつは友人としてか? それとも新聞部として?」

 

「新聞部としてだ」

 

 翌日の昼休み、一年三組の教室。凜堂は昨日のことを簡潔に話した。話を聞いていた英士郎はアルルカントがウチにねー、と器用にリンゴの皮を剥いていた手を止める。どうも、このところ金欠らしい。なので、昼食はリンゴだけで済ませるようだ。

 

 そのリンゴも寮の隣室の住人から貰ったものだ。何でも、実家が農業プラントを経営しているそうだ。

 

「よその学生となると、ちっとばかし値が張るぜ?」

 

 それでもいいか? という英士郎の確認に凜堂は財布の中身を思い出す。懐が温かいわけではないが、素寒貧でもない。

 

「今日の昼飯でどうだ?」

 

「オッケィ。契約成立だ」

 

 久しぶりにまともな昼が食えるぜ、と英士郎は嬉しそうに切ったリンゴを頬張りながら携帯端末を取り出す。

 

「そんじゃま、食堂に行く道すがら話してやるよ。カミラ・パレートとエルネスタ・キューネだったな」

 

 凜堂は促されるまま、英士郎と共に教室を出る。

 

 サイラスのことを話すわけにもいかないので、かなりの部分をぼかして話したが、英士郎にはそれだけで十分だったようだ。英士郎が表示した空間ウィンドウには昨日の二人組が映っていた。

 

「まずはこっちの褐色の姉ちゃんからだ。名前はカミラ・パレート。アルルカントの研究院に所属してる。アルルカントの最大派閥、『獅子派(フェロヴィアス)』の代表だ。煌式武装(ルークス)の開発が専門だ」

 

 何でも、彼女のチームが開発した煌式武装を使用したタッグが前回の鳳凰星武祭(フェニックス)で優勝しているのだそうだ。鳳凰星武祭のみならず、他の星武祭(フェスタ)でもカミラの武器武装を用いた学生が相当なポイントを稼いでいる。

 

「確か、昨シーズンのアルルカントって総合二位なんだよな?」

 

「あぁ。まさしく、立役者ってとこだな」

 

 確かにはきはきした言動といい、鋭い目つきといいデキる女という表現がピッタリの人物だった。

 

「で、もう一人はエルネスタ・キューネだ。こっちはアルルカントきっての天才って名高いな。『彫刻派(ピグマリオン)』の代表なんだが……こっちに関しては情報がほとんど無い。かなりぶっ飛んだ性格の人物って専らの噂だ」

 

「あぁ、そりゃ間違いないわ」

 

 昨日、会った時も異常にテンションが高かった。常時、あの調子ならぶっ飛んでると表現されても何の不思議も無いだろう。

 

「ただ、弱小勢力だった『彫刻派』をほとんど独力で一大勢力まで上り詰めさせたんだ。やり手なのには間違いないな」

 

「そういや褐色の方が『獅子派』とか言ってたけど、それって何なんだ? それに『彫刻派』ってのも?」

 

「どこの学園も多かれ少なかれあることだが、アルルカントは特に内部の勢力争いが激しいんだ。『獅子派』や『彫刻派』ってのは勢力争いをしてる派閥の名前さ。派閥は研究内容によって分かれてて、そいつらが研究資金やら実戦クラスの有力な学生やらを取り合ってる」

 

「へ~。まるで獲物の肉を奪い合う狼だな」

 

「違ぇねぇや」

 

 凜堂のばっさりとした評価に小さく笑いながら英志郎は更にもう一枚の空間ウィンドウを開く。そこには様々な色のついた円グラフが表示されていた。よくよく見ると、『獅子派』や『彫刻派』などの文字が見て取れる。

 

「つっても、一番でかい勢力を誇ってるのはさっきも言った『獅子派』だ。見て分かると思うが、ここが勢力図の五割を占めてる」

 

「流石にでっかいな」

 

「その反面、まとまりに欠けるとこがある。でかい組織の宿命だな。しかも、アルルカントじゃ生徒会よりも研究院の議会の方が力が強い。議決には三分の二の賛成票が必要だから、これを確保するために他の派閥と手を組まなきゃならない。前は生体改造技術なんかを研究してた『超人派(テノーリオ)』ってとこと組んでたんだが、何年か前にここが洒落にならない失敗をやらかしたみたいで、勢力が大きく減退したらしい」

 

「んで、最近はその『彫刻派』とつるみ始めたのか?」

 

 正解、と英士郎はにっと笑う。

 

「その『彫刻派』は何を研究してんだ? 『獅子派』と組むぐらいだから、やっぱ煌式武装関係か?」

 

「いんや。武器関係の研究はあんまり聞かないな。サイバネ技術や擬形体の研究開発だったはずだ」

 

 ということは、やはりサイラスの裏にいたのはエルネスタということで間違いないだろう。ユリスとレスターに対抗するための処理が施された人形もあったことを考えるに、こちらの事情もそれなりに知っていた筈だ。黒幕という表現もあながち間違いではない。

 

「一つ気になってんだが、何でアルルカントは学生が研究開発に関与してんだ? 統合企業財体に任せて、学生は星武祭に集中した方が効率よくね?」

 

「そりゃ適正の関係さ。万能素(マナ)星辰力(プラーナ)を扱う分野の研究に関しちゃ、星脈世代(ジェネステラ)のほうが圧倒的に向いてるらしい。実際、落星工学で名を馳せてる有名所の大半は星脈世代だしな」

 

 どうせ星脈世代を集めるなら、彼らも一緒に育成してしまおうというのがアルルカントのコンセプトなのだそうだ。

 

「随分、無茶苦茶やってんだな」

 

「創立当初のアルルカントはクイーンヴェールと並ぶ弱小だったんだぜ? でも、学生が研究成果を出し始めると、見る間に強豪にのし上がっちまった。それに、あそこまで好き勝手研究をさせてくれるところは他に無いからな。研究者志望の奴にとっちゃ一種の楽園だな、あそこは」

 

「成る程ねぇ……あん?」

 

 英士郎と話しながら凜堂は普段、食堂に行くのに使っているのとは別の場所を通っている事に気付く。方向からして、高等部校舎から中等部校舎に繋がる渡り廊下へ向かっているようだ。

 

「ジョー。こっちは食堂じゃねぇぞ?」

 

「なーに。折角、奢ってもらうんだ。だったら、目一杯美味いもんを食ったほうがいいだろ」

 

 前を歩いていく英士郎はにやりと笑う。不意に凜堂は懐に寒風が吹き込んできたような悪寒に襲われた。

 

「今日は『ル・モーリス』で豪華なランチを楽しむとしようぜ」

 

「……マジか」

 

 『ル・モーリス』とは、星導館学園では最高級の店だ。校舎群からは少し離れた森の入り口辺りに店を構えている。普段、凜堂達が使っている高等部校舎の地下にある『北斗食堂』に比べ、三倍近く値段が高い。

 

「よその学園の情報はな、入手も裏付けも面倒でな。このくらいで買えるなら安いもんだぜ?」

 

「……そうかい、こんちきしょう」

 

 静かに毒づきながら凜堂は財布を取り出し、中身を確認する。英士郎がどれくらいの量を頼むかにもよるが、少なくとも財布を逆さにしても何も出てこなくなるのは間違い無さそうだ。

 

「暫く昼は水だけだな」

 

 ため息と共に財布をしまう凜堂の肩に腕を回し、英士郎はにやにやしながら凜堂の腹を小突く。

 

「お姫様に頼んでみたらどうだよ? 昼飯作ってきてくれって」

 

「んなみっともない真似死んでも出来るか。ってかユーリのことだし、飯作ってくれるどころか百パー金欠になったこと説教してくるぜ」

 

 ユリスは戦闘面だけでなく、生活面も妥協しない。己のパートナーが金欠になったと知れば、烈火のように怒るだろう。空腹と説教のダブルパンチなんて絶対に味わいたくない。だったら、空腹を我慢している方がまだマシだ。しかし、英士郎はんなこたねぇだろ、と確信を持って頷く。

 

「俺の見立てじゃ喜んで作ってくれると思うけどね、お姫様」

 

「そう見えるなら、眼科に行くことを勧めるぜ」

 

「にぶいね~、お前さんも……お」

 

 苦笑いしていた英士郎の足が止まった。必然、肩を組まれていた凜堂も引っ張られるように立ち止まる事になる。ぐぇ、と蛙が潰れたような声が凜堂の口から漏れた。

 

「げほ、ごほ……いきなり止まんなよ」

 

「悪い悪い。ちょいと面白そうなネタを見つけてな」

 

 興味津々に目を輝かせながら英志郎はある方向を指差す。そちらへ目を向けると、渡り廊下の柱に隠れるように立つ二つの人影があった。そして、凜堂にはそのどちらにも見覚えがあった。

 

「あいつ……」

 

 先日の放課後に激突した銀髪の少女と、彼女に伯父様と呼ばれていた壮年の男だ。

 

 それなりに距離があるにも拘らず、あまり穏かな雰囲気でないことは容易に理解出来た。諍いと呼ぶほどのものではないが、ピリピリとした嫌な緊張感が伝わってくる。

 

「こいつはついてるぜ。こんなところで刀藤綺凛のネタが拾えるなんてな。こいつも日ごろの行いがいいからだな、きっと」

 

 英士郎の手には既に手帳が握られていた。かなり年季の入ったものだ。英士郎はメモ帳に視線を落とすことなく、何やらそこへ書き付けている。

 

「あいつのこと知ってるのか、ジョー?」

 

 英士郎の日ごろの行いはともかく、先日のこともあって少女が気になった凜堂は率直に英士郎に聞いた。すると英士郎は手を止め、ビックリした顔で凜堂を見返した。

 

「……凜堂。それ、本気で言ってるのか?」

 

「俺は何時だって本気だぜ?」

 

「そうとも思えないんだが……本当に知らないのか? お前、刀藤綺凛っていったら」

 

 パァン、と乾いた音が英士郎の言葉を遮る。

 

「……あ゛ぁ?」

 

 男が少女の頬に平手を打ったのだ。

 

「それはお前が考えることではないと言った筈だぞ、綺凛」

 

「で、ですが伯父様」

 

「口答えを許したつもりもない」

 

 もう一度、男が腕を振り上げる。綺凛の体が強張るのが遠目でも分かった。

 

 男の腕が振り下ろされる。しかし、男の手が綺凛を襲うことは無かった。代わりにパシ、と何かを掴む音が綺凛の耳に届く。

 

「え……?」

 

「……」

 

 驚いたように綺凛が目を開くと、そこには無言で男の腕を掴む凜堂の姿があった。

 

「……何だ、貴様は」

 

 男は僅かに眉を顰め、人間ではない何かを見る目で凜堂を見下ろす。その目には冷ややかな嫌悪と明確な敵意が同居していた。

 

「何があったかは知らねぇが、大の男、それも大人が無抵抗な女の子に手を上げてんじゃねぇよ」

 

 同じくらい冷え冷えとした目で男を見返しながら凜堂は言った。男はその言葉を嘲笑う。

 

「ふんっ、笑わせるな。己の欲のために戦いを繰り広げるお前等が、今更どの口でそんな綺麗事をほざく?」

 

 綺麗事ぉ? と今度は凜堂が嘲笑を浮べる。

 

「何言ってんだあんた。俺の言ってることは綺麗事じゃなくて常識だぜ?」

 

 威圧的だった男の顔がこれ以上無いくらいに不愉快そうに歪む。

 

「貴様、目上の人間に対して失礼な物言いだな。貴様の親は貴様に碌な教育をしてなかったと見える」

 

 両親のことを言われ、一瞬凜堂は気色ばむが、すぐに表情を冷然としたものに戻した。

 

「ご明察。俺は親から教育なんて呼ばれるようなものは受けてないさ。そんな時間も無かったしな」

 

 でもな、と声のトーンを一つ落として続ける。

 

「目の前で怯えて縮こまってる女の子を見捨てるような屑にも育てられてねぇんだよ」

 

 僅かに男の腕を掴んだ凜堂の手に力が籠る。男は忌々しそうに凜堂を振り払い、大きく鼻を鳴らした。

 

「今のはただの躾だ。こちらの事情も知らない部外者がしゃしゃり出てくるな」

 

「あぁ、そっちの事情は知らないさ。知ろうとも思わない」

 

 でも、この子のことは知ってる、と凜堂は肩越しに綺凛を振り返る。寸の間、驚きに見開かれた目を見つめ、男に視線を戻した。

 

「自分にぶつかってきた、見ず知らずの男にキチンと謝ることが出来る子だ」

 

 相手の方が悪いのにな、と凜堂は続ける。

 

「その上、キチンとお礼も言える素敵な女の子だ。そんな子がぶっ叩かれるようなことをするとは思えないんだがな」

 

 腕を組みながら凜堂は男を観察した。歳は四十代前半。昨日の印象に違わない、がっしりとした体格の持ち主だ。レスターほどではないが、分厚い胸板と太い腕をダークブラウンのスーツに包んでいる。

 

 身のこなしを見ても、何かしらの武道をやっていることは確かだ。だが、星脈世代(ジェネステラ)でないの間違いない。星辰力(プラーナ)が全く感じられなかった。

 

「私は刀藤鋼一郎。そこの刀藤綺凛の伯父だ。身内の問題に首を突っ込んでくるな小僧。そもそも、貴様等星脈世代がこの程度でどうにかなる訳ではないだろう?」

 

「だから暴力を振るっていいなんて理屈は通らねぇよ。星脈世代だって痛みは感じるんだ」

 

 凜堂の言葉に綺凛ははっと顔を上げる。何か言いたげに口を開くが、結局は何も言わずに口を閉じた。

 

 鋼一郎は不快そうに顔を顰め、凜堂を睨みつける。凜堂も一歩も引かず、その視線を真っ向から受け止めていた。

 

「学生の分際で生意気な。貴様、名前は?」

 

「高良凜堂」

 

 凜堂の名を聞くと鋼一郎は携帯端末を取り出し、手馴れた手つきで操作し始めた。そして空間ウィンドウを展開させる。

 

「高良……『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない雑魚か」

 

 短時間で凜堂の素性を調べたようだ。短時間で学生の情報を調べられるのだから、学園関係者であることは間違い無さそうだ。

 

 鋼一郎の顔は嘲りと落胆を浮べていたが、不意に真剣なものにする。

 

「ほぉ、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』に『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』か。ならば、無価値という訳でもないか」

 

 鋼一郎の顔が不敵な笑みを作った。

 

「いいだろう、小僧。貴様が物申したいというなら、言ってみろ」

 

「あん?」

 

 鋼一郎の態度の変化に凜堂は露骨に怪訝な表情を浮べる。

 

「聞いてやると言っているのだ。言ってみるがいい」

 

 これ以上ないくらいに尊大な態度だ。もっとも、態度に関しては凜堂も人のことは言えないが。

 

 胡散臭く思いながら凜堂はすぐに言い切った。

 

「もう二度とこの子に暴力を振るうな」

 

「あぁ、構わん」

 

 横柄に頷きながら悪意の塊のような顔で笑う。

 

「ただし、貴様が決闘に勝ったらの話だがな」

 

「決闘だぁ?」

 

「伯父様! 待ってください!」

 

 上げられた綺凛の声を無視し、鋼一郎は言葉を続ける。

 

「そうだ。これが貴様等の、この都市のルールだろう」

 

「確かにそうだぜ。でも、そのルールの中にあんたは入ってないだろ。学生じゃあるまいし、まして星脈世代でもない」

 

「当たり前だ!」

 

 凜堂の言葉を遮り、鋼一郎は大きな怒声を飛ばす。その余りの剣幕に凜堂も言葉を続けることが出来なかった。

 

「貴様等のような化け物と一緒にするな……!」

 

 怒りに肩を震わせながら凜堂を睨み、綺凛の背後へと回り込む。

 

「お前の相手はこれ(・・)だ」

 

「……あぁ?」

 

 綺凛の華奢な肩に置かれた手を見て、凜堂はドスの利いた声を出した。いや、凜堂は綺凛を見ておらず、鋼一郎へ激しい視線を叩きつけていた。

 

「どうやればそんな話になんだよ?」

 

「安心しろ。貴様が負けたところで、こちらは何も要求しない」

 

「そういう問題じゃねぇだろ……」

 

 怒りを抑えた震え声で凜堂は吐き捨てる。これは勝ち負け以前の問題だ。

 

「伯父様! 私は……」

 

「黙れ。お前は私の言うとおりに動けばいい」

 

 綺凛の抗議の声にも鋼一郎は耳を傾けようとはしない。自分の言うとおりにして当然、といった態度だ。

 

「で、ですけど!」

 

 なおも拒もうとする綺凛に鋼一郎は氷のような視線を向ける。とてもじゃないが、身内に対して向けるものではない。

 

「綺凛。私に逆らうつもりか?」

 

 一切の反論を許さない、圧力に満ちた暗い声に綺凛の体、そして心が萎縮する。

 

「いえ、そんな、ことは……」

 

「ならいい。『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』と『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』を降したとあればそれなりに箔が付く。期待しているぞ」

 

 言うだけ言って、鋼一郎は二人に背を向けて距離を取った。残されたのは唇を噛み締める綺凛と怒りを押し殺すように歯を食い縛っている凜堂だけだった。

 

 早速、騒ぎを聞きつけたのか、足を止めた数人の学生が遠巻きにこちらを見ていた。野次馬共が、と凜堂は苛々した声を吐き出す。その最前列に英士郎の姿を見つけ、凜堂は更に強く歯噛みした。

 

「おい、ジョー!」

 

 返ってきたのは満面の笑みとサムズアップだけだった。助けは期待するだけ無駄だろう。

 

「いくら新聞部だからって節操無さ過ぎだろ」

 

 大きく嘆息しながら凜堂は綺凛へと視線を移した。

 

「あー、おい、刀藤。俺は」

 

「……ごめんなさいです」

 

 凜堂の言葉を遮り、綺凛は俯きながら囁いた。

 

「私……刀藤綺凛は、高良凜堂先輩に決闘を申請します」

 

 その声に応じ、両者の校章が赤く発光し始める。

 

「おいちょっと待て。何でそうなんだ!?」

 

「私だって先輩と闘いたくなんてありません。でも、仕方ないんです」

 

 仕方ない? と首を傾げる凜堂が見たのは悲痛に顔を歪める綺凛だった。

 

「私には叶えたい望みがあります。そのためには伯父様の言うとおりにするしか……」

 

「だったら、そうやって納得してるなら、何でそんな苦しそうな面してんだよ……!」

 

 搾り出すように凜堂は囁く。その声は感情を押し殺した綺凛のものとは正反対に、様々な感情が剥き出しになっていた。

 

「お願いします、先輩。ここで先輩が引いてくれればそれで収まります。だから、お願いします」

 

 綺凛の懇願に凜堂は少し考え込み、真っ直ぐに綺凛を見据える。

 

「そうしたら、お前はどうなんだ?」

 

 凜堂の視線から逃れるように綺凛は顔を背けた。

 

「私は……私のことは別にいいんです。どうにもならないことですから」

 

「なら、引けないな」

 

 覚悟を決め、凜堂は拳を握り締める。

 

 傍から見れば、何とも本末転倒な展開だ。助けようとした少女とこれから刃を交える事になるのだから。

 

 だが、どれだけ辻褄の合わないことだとしても、凜堂は引きたくなかった。

 

 さっきの光景を、あんな仕打ちを肉親からされ、それを「どうにもならない」と言わなきゃならない少女を見てみぬ振りするなど、出来なかった。

 

「そうですか……高良先輩は優しいのですね」

 

「違うな。俺はただ、我が侭なだけだ」

 

 凜堂の返しに儚い笑みを浮かべ、綺凛は腰の鞘へと手を伸ばす。

 

「では、仕方ありません。私も負ける訳にはいかないのです」

 

 刹那、凜堂の全身が警鐘を鳴らした。まるで、全ての神経を鑢で削られたような寒気。反射的に凜堂は臨戦態勢を取っていた。

 

 綺凛に変りは無い。相変わらず、泣き出しそうな、困ったような表情だ。その表情のまま、綺凛は鞘から刀を抜く。

 

 見た目どおり、煌式武装ではないようだ。作りは現代風だが、間違いなく真剣の日本刀だ。

 

 万能素の反応も無いので、『魔女(ストレガ)』ではない。星辰力もかなり練り込まれているが、凜堂を身構えさせたのはそれじゃない。

 

 剣気、とでも表現すればいいのか、凄まじい圧力が綺凛から放たれている。そのどれもが冷たく、そして鋭い。

 

「だからって、譲っていいわけねぇな」

 

 凜堂は胸の校章に手をかざす。

 

「決闘を受諾する」

 

 同時に目を閉じる。星辰力が高まるのと同時に右目が熱くなっていく。

 

 対峙しただけで理解出来た。この少女を相手取るには、全力でなければ話にならないと。

 

 右目の熱に伴い、体も燃えていくような感覚に襲われる。耐え切れなくなる寸前に凜堂は目を見開いた。体の内側で暴れ回っていた力を解放する。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり!!」

 

 全開にされた星辰力が漆黒の柱を作り出す。おぉ、と周囲からどよめきが起こった。光の柱が薄れていくと、その中から星辰力を漲らせた凜堂が現れる。右目から溢れる星辰力が炎のように揺らめいた。

 

 その光景を目の当たりにし、綺凛は驚きに目を見開く。だが、構えられた剣先は少しも揺らがなかった。

 

「綺凛。そいつの純星煌式武装(オーガルクス)と剣を打ち合わせるな。刃ごと斬られるぞ」

 

 凜堂がホルダーから黒炉の魔剣を取り出すと、鋼一郎が綺凛へと声を飛ばした。黒炉の魔剣の能力も知っているようだ。知っているところで対処できる代物ではないが。

 

「行くぜ」

 

 凜堂は魔剣を右腕一本で脇にぶら下げながら綺凛と相対する。

 

(さて、どう来る……)

 

「参ります」

 

 凜堂は綺凛の一挙一動を逃さないように目を光らせていた。その凜堂の目の前で綺凛の姿が消える。

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、凜堂の胸元に白刃が閃いた。一瞬で距離を詰めたのだ。どうにかかわし、後ろに下がって距離を取ろうとするが、間髪入れずに追撃が迫る。

 

 尋常じゃない剣速だ。

 

 それにただ速いだけじゃない。凜堂が黒炉の魔剣で受け止めようとすると、その寸前で軌道を変えて更なる斬撃を放ってくる。上手さも目を見張るものがあった。

 

 綺凛は刀の動きを変化させ、黒炉の魔剣の刃をかわしながら凜堂の手元を切り下ろす。刀が届く寸前、凜堂は手の中で柄を滑らせて綺凛の一撃を避け、同時に受け止めた。

 

 空いた左手を伸ばして綺凛を掴もうとするが、素早く間合いを取った綺凛を捕らえることはかなわず、左手は空を切った。

 

 右手一本で魔剣を構えたまま、凜堂は綺凛に向き直る。それを受け、綺凛も構え直した。

 

「高良先輩、お強いんですね。驚きました」

 

「こっちは驚いたなんてもんじゃねぇぞ……」

 

 純粋な賞賛の声に凜堂は引き攣った笑みしか返せなかった。

 

 向き合った瞬間から相当な強者だということは分かった。少なくとも、速度は凜堂と同じかそれ以上。

 

「とんでもねぇことになっちまったな……」




本当は綺凛との戦闘まで書き上げるつもりでしたが、長くなりそうなので切りました。中途半端でごめんね。


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魔剣VS刃雷

 星導館学園でユリスがよく利用する場所がある。中庭の片隅にある四阿だ。ユリスにとってはこの学園の中で一番落ち着ける場所だ。

 

 昼休みや放課後などの、手持ち無沙汰な時間がある時は自然とここに足を運んでしまう。

 

 早めの昼食(一人で)を済ませ、ユリスは携帯端末でアスタリスクの時事ニュースに目を通しながら中庭のゲートに向かっていた。

 

「ほう、『聖杯』の使い手が現れたか。まぁ、『鳳凰星武祭(フェニックス)』に出てくることはないだろうが、厄介な事に変りは無いな。それにレヴォルフの鎌使いも無視出来んな……ん、速報?」

 

 空間ウィンドウに緊急速報の文字が表示される。

 

「何々……ほぅ、刀藤綺凛が決闘か。それはビックニュースだな」

 

 相手は、と更なる情報を待っていると、おぉっという歓声がすぐ近くから聞こえてきた。そちらを見てみると、渡り廊下の先にかなりの人数が集まっている。緊急速報に大きな人だかり。状況から見て、そこで刀藤綺凛が決闘をしているのだろう。

 

「……気のせいか?」

 

 いや、そんなことは問題ではない。問題はその歓声の中に非常に聞き覚えのある名前があることだ。嫌な予感が雲のように湧き上がるのを感じつつ、ユリスは急いで人垣を掻き分けて最前列に出た。そして己の目を疑う。

 

「な、な、な……!」

 

 驚きの余り、言葉にならない。

 

 そこでは予想通り、刀藤綺凛が決闘をしていた。そしてその相手はあろうことか、ユリスのタッグパートナーである高良凜堂その人だった。

 

(何をしているんだあの馬鹿はー!! 『星武祭(フェスタ)』まで迂闊に決闘するなとあれほど……っ!)

 

 思わず頭を抱え込んでその場にへたり込みそうになるが、ふとギャラリーの中に見覚えのある人物を見つけた。

 

 観戦にはもってこいのポジションで、嬉々としてハンディカメラを回している少年。ユリスは遠慮のない足取りでその少年に近寄り、胸倉を掴む勢いで問い詰めだした。

 

「これはどういうことだ、夜吹!」

 

「うぉっ!? ……って、何だ、お姫様かよ」

 

 英士郎は一瞬ユリスに視線をやるも、すぐにカメラを構え直して決闘の撮影を再開する。

 

「悪いけど後にしてくれないか。今はちょっと手が離せ」

 

「いいから事情を説明しろ!!」

 

 こちらは有無を言わさぬ迫力で英士郎を無理矢理振り返させる。ユリスの星辰力(プラーナ)が高まっている事もあり、英士郎は出かかった文句を呑み込んだ。

 

「お前には沙々宮にあることないことを吹き込まれた恨みがある。本気で燃え散らすぞ?」

 

「……分かった分かった、分かりました。仰せの通りに」

 

 こればかりは悪いと自覚があるのか、英士郎は諦めたように息を吐き出す。どう説明したものかと、頬の傷跡を掻いた。

 

「事情つっても、大した話じゃないんだけどな。発端はそこの渡り廊下で……おぉ!?」

 

 いきなり英士郎が身を乗り出したので、無意識に釣られてユリスもそちらを見る。

 

 そこでは綺凛の振るった刃を凜堂が左手で受け流したところだった。上段から振り下ろされた斬撃を受けた左手の甲からは少量の血が流れ出している。凜堂が左手に星辰力を集中させるよりも、綺凛の一撃の方が速かったという事だ。

 

 しかし、戦いに支障をきたすほどのものではない。事実、凜堂は左手の傷を気にせずに綺凛へと打ちかかっていっている。

 

「……ふぅ」

 

「いや、すっげぇな凜堂の奴。お姫様の時もそうだけど、完全に実力を隠してやがったな。こんな名勝負、『星武祭』の本戦でも滅多に見られないぜ」

 

 安堵の息を漏らすユリスの隣で英士郎は感嘆の声を漏らした。

 

「……とはいっても、状況は芳しくないな」

 

「そりゃそーだ。いくら『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』と『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』があるからって、相手は『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』だぜ?」

 

 心臓ごと抉り抜こうとするような突きが凜堂の胸に迫る。

 

一閃(いっせん)周音(あまね)”!!」

 

 凜堂は体を回転させながら綺凛の刺突をかわし、同時に逆手に構えた黒炉の魔剣の切っ先で円を描く。綺凛は身を低く屈め、頭上を通り過ぎる魔剣の刃をかわす。

 

 突きの勢いのまま凜堂の脇を抜け、すかさず反転して刀を掬い上げるように振り上げる。その一太刀は第二撃を放とうとした凜堂が握っている魔剣の柄を捉えた。

 

「っ!?」

 

 技を中断され、凜堂は大きく目を見開く。その一瞬を逃さずに綺凛は凜堂の校章に刀を打ち込もうとするが、あわやというところで凜堂は曲芸師も顔負けのバク宙でかわした。

 

 着地した凜堂の額を汗が伝い落ちていく。浮かべられた険しい表情を見るまでも無く、凜堂は明らかに劣勢だ。

 

 そしてその光景をユリスは信じられない様子で見ていた。

 

 凜堂は明らかにバーストモードになっているし、その時の凜堂の強さは身をもって知っている。ユリスはここしばらく、毎日特訓を重ねてやっと彼の動きや太刀筋を追えるようになったのだ。そうであっても、間合いに入るのを許せば、その時点で決着がつく。

 

 綺凛のほうにも余裕があるようには見えない。だが、凜堂を相手取って優勢に戦っていることは確かだ。それはユリスにとって青天の霹靂だった。

 

「その上、一度も剣を打ち合わせずにだと……!」

 

 戦慄せずにはいられなかった。綺凛は凜堂の攻撃全てを剣で受けることなくかわしているのだ。

 

 黒炉の魔剣はありとあらゆるものを断ち切る防御不可能の魔剣だ。綺凛の使っているのは煌式武装(ルークス)ですらないただの日本刀。刃を合わせれば、その瞬間に武器を失うことになる。なので、綺凛の対応は正しい。だが、正しくても実際にそれをやれるかどうかは別問題だ。そして綺凛はそれをやってのけている。

 

 輪をかけて異常なのは綺凛が攻撃の際にも同じ事をやっていることだ。

 

 凜堂も綺凛の一撃を黒炉の魔剣で受けようとするが、その寸前でほとんど速度が変わらずに軌道が変化しては防ぎようが無い。

 

「ま、凜堂のほうも黒炉の魔剣(あれ)を持て余してるみたいだし、それを差し引けばどうなるか分かんねぇけどな」

 

「持て余してる? 凜堂が黒炉の魔剣を?」

 

 意外そうに問い返すユリスに英志郎は頷いて見せた。

 

「いや、あいつって黒炉の魔剣を使い始めてまだ間もないだろ? お姫様との決闘に使ってたのもあのお手製の棍だったし、長柄のもんはともかく、あんだけでっかい剣は今まで使ったことがないんじゃねーかな」

 

 単純に考えても取り回しが難しい。振りは大きくなるし、小回りも利かないだろう。

 

「成る程……」

 

 今までそんなことを気にしたことも無かった。確かに黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は巨大だが、そんなことをデメリットに感じさせないほどの威力を有しているし、何より凜堂の剣撃が速すぎる。並みの者では対処することすら難しいだろう。

 

 けれど、もしそのデメリットにつけこめるほどの実力者が相手になったら……。

 

 と、そこまで考えてユリスはあることに気付く。

 

(こいつ、あの攻防が見えているのか?)

 

 序列五位のユリスであっても、最近やっとバーストモード時の凜堂の動きに対応できるようになったのだ。この場に集まっている野次馬の中にどれだけ状況についていけてる者がいるか分かったものではない。

 

 確かに実際に相対するよりも、こうやって傍から見ているほうが遥かに動きを追いやすい。だが、それを差し引いても英士郎の目の良さは異常だ。

 

「……おい、夜吹。決闘が始まってからどれくらい経った?」

 

「うん? 大体、四、五分ってとこだけど……それがどうした?」

 

 英士郎に答えることが出来ず、ユリスは顔を青ざめさせる。

 

 つまり、凜堂の全力を出せる時間はもうほとんど残ってないということだ。何時、反動が出てもおかしくない。

 

 凜堂の実力が分かってしまったことは痛手だが、その上でタイムリミットまであることがばれるのは考えうる限り、最悪の事態だ。

 

 いっそのこと、ユリスが乱入して決闘その物をうむやむにするという手もあるが、そうすれば今度はユリスが唯では済まない。

 

「お、凜堂の奴も腹括ったみたいだな」

 

(凜堂……!)

 

 ユリスは祈るように決闘を見守っているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

(速すぎだろこの子!!)

 

 それが綺凛と戦った凜堂の感想だった。斬撃、身のこなし。回避に踏み込みなど、全てが凜堂の速さの上をいっている。

 

 剣を交えて(実際には交えてないが)数分しか経ってないが、凜堂は確信していた。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の扱いに慣れていない今の自分では確実に負けると。

 

 勝ち目はただ一つ。今すぐに黒炉の魔剣から棍へと持ち換えることだ。そうすれば、互角以上に渡り合えると凜堂は自負していた。しかし、状況がそれを許さなかった。

 

(野次馬が多すぎんだよ、くそがぁ!!)

 

 周囲の目がありすぎる。唯でさえ、黒炉の魔剣を使って戦う場面を見せているのだ。その上、棍で戦い始めれば、凜堂は己の手札をほとんど周囲に見せたことになる。

 

 この戦いは星導館中に、そしてアスタリスクに瞬く間に広がっていくだろう。そうなった場合、鳳凰星武祭でどれだけ不利になるか分かったものではなかった。

 

 そして何より、眼前の少女が武器を変えるなんて絶好のタイミングを逃すとは思えない。

 

 バーストモードを維持している時間も残ってない。このままでは反動で戦えなくなるのは火を見るよりも明らかだった。

 

(やるしかねぇか)

 

 覚悟を決め、凜堂は攻勢に出た。白刃を文字通りの紙一重で回避し、魔剣を横一文字に振り抜く。この決闘の中で最速といっていい一撃だ。

 

 だが、それよりも綺凛の方が一歩速い。

 

 綺凛は軽やかな身のこなしで魔剣をかわし、凜堂が返す刀で切るよりも速く袈裟懸けに斬り下ろす。凜堂も負けず劣らずの動きで身を翻すが完全にかわすことは出来ず、制服の一部をすっぱりと切り裂かれた。

 

 それでも怯むことなく、凜堂は更に深く踏み込んで魔剣を振り下ろす。が、これもかわされた。カウンターの一撃が上段から振り下ろされる。凜堂は魔剣で防ごうとはせず、星辰力を集中させた左手で受け止めようとした。

 

 しかし、これすらも黒炉の魔剣の時と同じ様に軌道が変化した。空気を裂く切り上げ。狙いは……胸の校章だ。

 

「っ!!」

 

 今まで失念していたが、これはルール無しの戦いではない。アスタリスクのルールに則った決闘だ。なので、校章を破壊されればその時点で負けだ。

 

 すんでのとこで凜堂はそのことを思い出したが、かわすにはもう遅すぎる。凜堂の胸元を白刃が閃いた。

 

 

 

 

 おぉ! と何度目か分からないどよめきが起こった。もっとも、今回ばかりは目の前の光景に驚くなというほうが無理な話だ。

 

 綺凛が凜堂の胸元を切ったように見えた瞬間、凜堂はバネ仕掛けのように跳び上がり、天井に着地した。そのまま天井で立ち上がり、綺凛を見下ろす。その胸元には無傷の校章があった。代わりに左手首から血がぽたぽたと垂れ落ちている。

 

 綺凛の一撃をかわすことは無理だったので、凜堂は左手で校章を守ったのだ。校章を切り裂かれるのは防げたが、その代わりに手首をぱっくりと切られてしまった。

 

「凜堂!!」

 

 観衆の中から悲鳴が上がる。その声に聞き覚えのある凜堂はぎょっとしながら声の方を見た。手を組んだユリスの姿を野次馬の中に認めることが出来た。凜堂が血を流してるのに焦っているのか、普段からは想像もつかないくらいにおろおろとしている。

 

(ユーリ!? ぐっ!!)

 

 何の前触れも無く、脱力感が凜堂を襲う。バーストモードの反動が出てきたのだ。凜堂は虚脱感を気合で捻じ伏せ、どうにか表に出さないようにする。それだけで精一杯だ。とてもじゃないが、これ以上の戦いは無理だった。

 

(……)

 

 無言で凜堂は目を閉じる。このまま決闘を続ければどうなるか。それを考え、決闘を続けようとするほど彼は愚かではなかった。血が出そうなくらいに唇を噛み締め、凜堂は小さく囁いた。

 

「……の負けでいい」

 

 校章ではなく、凜堂自身を斬ってしまった事に、ユリスと同じくらいにオロオロしていた綺凛はえ? と声を上げる。野次馬も戸惑った様子だが、構わずに凜堂は黒炉の魔剣を待機状態に戻しながら続けた。

 

「この決闘、俺の負けでいい」

 

 言うと、凜堂は胸の校章をむしり取り、手の中で真っ二つにへし折った。

 

決闘決着(エンドオブデュエル)! 勝者(ウィナー)、刀藤綺凛!』

 

 響き渡る機械音声が決闘の終了を告げる。それに伴い、凜堂の右目でたゆたう星辰力が収まっていった。

 

「……ふん、終わったか。行くぞ」

 

 天井から降りてきた凜堂を訝しげに一瞥し、鋼一郎は綺凛に声を飛ばしてから校舎へと戻っていく。凜堂への興味は完全に失せたようだ。

 

「え? で、でも……」

 

 腰の鞘に刀を収めるも、綺凛はその場から動けなかった。目は血を流す凜堂の左手を見ている。

 

「俺のことは大丈夫だからから行け」

 

 これ以上ないくらい優しい声音で凜堂は綺凛を安心させる。それでも数秒、綺凛は動かなかったが、ペコリと丁寧に一礼してから鋼一郎の後を追って行った。

 

「……」

 

 その後ろ姿にかける言葉を凜堂は持っていなかった。例え持っていたとしても、彼は敗者だ。それを口にする権利など無い。それがアスタリスクのルールだ。

 

「……くそったれがぁ……」

 

 己の余りの不甲斐なさに凜堂は囁かずにはいられなかった。血が流れ出すのも構わず拳を握り締め、肩を震わせていると背後から肩を叩かれる。振り返ってみると、そこには怒ったような、心配してるような表情のユリスが立っていた。

 

「……言うこと、聞くこと。色々ありすぎるが、さっさとここから離れるぞ。もう、立ってるのも限界だろ。いや、その前に見せてみろ」

 

 ユリスは凜堂の左手を掴み、未だに血を流す傷口を検分した。物の見事に切られていた。傷口が浅いのが不幸中の幸いだ。ユリスはハンカチを取り出すと、血で汚れるのも構わずに凜堂の傷口に当てた。

 

「お、おい。んなことしたら汚れちまう」

 

「馬鹿者。こういう時に使わずにいつ使うのだ」

 

 手早く傷口を縛り上げ、強引に手を引いていく。

 

「いいか。落ち着いたら全部話してもらうぞ。一体全体どんな理由があって、星導館(うち)の序列一位と決闘する事になったのかをな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前を行く鋼一郎の後ろをとぼとぼとした足取りの綺凛がついてく。学園関係者用の通用口に至る専用の通路を二人は歩いていた。二人の他に人影は無く、ただ二人の靴音だけが響いてる。

 

「思ったより手間取ったな」

 

 鋼一郎は足を止め、振り返ることも無く言った。綺凛はビクッと身を竦ませ、口をもごもごさせるが結局は何も言えなかった。

 

「ご、ごめんなさいです。伯父様……」

 

 彼女に謝る必要性があるかどうかはさてとして、綺凛は謝る事しかできなかった。

 

「それなりの手練だったことは確かだが、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない輩に手間取るな。例え純星煌式武装(オーガルクス)の使い手だったとしてもな」

 

 評判に傷が付く、と厳しい声で続ける。

 

「次の公式序列戦では七位が指名してくるだろう。こいつも純星煌式武装の使い手だが、今日のように手間取るな。三分以内に終わらせろ」

 

 振り返った鋼一郎の手には携帯端末が握られていた。展開された空間ウィンドウには序列七位の学生のデータが表示されている。

 

「後でこのデータに目を通しておけ。今年中に粗方の『冒頭の十二人(ページ・ワン)』は降すぞ。それが第一ステップだ。そうすれば星導館で不動の地位を手に入れることができる。厄介なのはエンフィールドの小娘だけだ」

 

 俯いたまま綺凛ははい、とだけ答えた。

 

「それと……先日の中間試験の結果を見た……はっきり言って、あまり芳しいとは言えんな」

 

 鋼一郎は新しく空間ウィンドウを開き、先月に行なわれた綺凛のテスト結果を表示した。どれも平均点をクリアするだけでなく、上位といって差し支えない成績だが、鋼一郎の顔には不満しか浮かんでいなかった。

 

「学業も手を抜くなと言っておいたはずだが?」

 

「……ごめんなさいです」

 

 鋼一郎は舌打ちし、物でも扱うように綺凛の髪を掴んで無理矢理上を向かせた。

 

「私が求めるのは強さだけではない。星導館の歴史に残る、誰も並び立つ事のない、偉大な序列一位だ。それを忘れるな……!」

 

 綺凛の小さな顎を掴み、冷酷な声音で続ける。

 

「お前は剣しか取り柄の無い無能の愚図だが、私ならお前を演出してやれる。忘れるなよ、綺凛。私だけが、私のプランだけがそれを可能にするのだ」

 

「……はい……分かってます、伯父様……」

 

 鋼一郎とは目を合わせず、綺凛は弱々しく頷いた。

 

「分かっているなら二度と私に逆らうな。私がいなければお前など何も出来ない能無しの小娘なのだからな。何の口答えもせず、黙って私のプラン通りに動いていればいい」

 

 乱暴に綺凛を突き飛ばし、床に座り込む少女を冷めた目で見下ろしながらスーツの襟元を正す。まるで、汚物でも見ているような目だ。とても、肉親に向けるようなものではない。

 

「今のところ、プランは順調に進んでいる。この調子を維持できるように努力しろ。なにしろ、このプランが達成されるその時こそ、お前の望みが叶うのだからな」

 

 野望に満ちた笑みを浮かべたまま、鋼一郎は通用口へと去っていった。綺凛のことは置いていったままだ。

 

「……はい、分かってます……」

 

 薄暗い通路の中、座り込んだまま綺凛はそう繰り返す事しかできなかった。




う~ん、この清々しいまでの外道。どうしたもんか……。

そういや完全な余談ですが、感想見てた時に非ログインユーザーのブロックとか出てビックリしました。
名前んとこのIDをクリックしただけでもしちゃうのね。一応、今はもう大丈夫だとは思いますが、ご迷惑をかけたら申し訳ありません。


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序列一位

とりあえず、それなりにヒロインさせてみた。


「んで、あいつが序列一位ってのはマジなのか?」

 

「こんなことで嘘をついてどうする。というよりもだな、お前も自分の学園のトップを知らないとはどういう了見だ。この馬鹿者」

 

 ユリスは床の上に倒れる凜堂の額に濡れたタオルを置いた。

 

 周囲にタイムリミットがあることをばらさないため、無理にバーストモードを維持していたつけがここ、ユリス専用のトレーニングルームに来た瞬間に出てきた。

 

 他にも場所があったのではないかという気もするが、確実に誰にも見られない所といえばここくらいしかなかった。壁に開いた人型の穴は既に修復が始まっているのか、シートのようなものが被せられている。

 

「いやぁ、だってねぇ。『冒頭の十二人(ページ・ワン)』っていうと、お前の印象が余りにも強すぎて、他の奴のことなんか気にかける余裕なかったというか……」

 

「ほう、それはどういう意味だ?」

 

 口答えは許さん、とばかりにユリスの視線が険しくなっていった。あははは、と引き攣った笑みを浮かべながら凜堂は視線を逸らす。

 

「やっぱ……怒ってます?」

 

 ユリスの瞳がギラリと輝く。

 

「やっぱりということは、何か私を怒らせるような心当たりがあるのだな?」

 

 ユリスの問いに凜堂は指折り数え始めた。もう片方の手まで使いだしたのをみて、ユリスはもういいとため息を吐く。

 

「冗談はさてとして……やっぱ、勝手に決闘したことかなー」

 

 不用意に決闘をするなと言われた昨日の今日でこれだ。もし仮に凜堂がユリスの立場なら怒りを通り越して呆れ返っている。ユリスも凜堂が大まかな説明をしている間、一言も口を開かなかった。もっとも、これは別のことが原因のようだが……。

 

「その件に関してはもういい」

 

「と、言いますと?」

 

「その男、刀藤鋼一郎と言ったか? 言語道断の振る舞いだ。たとえ伯父とはいえ、いや、家族だからこそ、肉親を道具のように扱うなど、許される訳が無い」

 

 静かで落ち着いた声音だが、内に純粋で激しい怒りを秘めながらユリスは断言する。

 

「むしろ、お前がそれを見逃していたら、逆に幻滅していたぞ。仮に私がお前と同じ立場なら、私も同じことをやっていたはずだからな……何をニヤニヤしている?」

 

 いや、と首を振りながら、それでも凜堂は嬉しそうに口元を綻ばせながらユリスを見上げた。

 

「気高い人だと思ってな。それに、俺の選んだ道が間違って無かったって改めて確認できた」

 

 お前と出会えて良かった、と凜堂は心の底から嬉しそうに微笑む。ユリスの顔が見る間に赤く染まっていった。どストレートにこんなことを言われて気恥ずかしいのか、ぷいとそっぽを向く。

 

「ふ、ふん。何を言うかと思えば。そんなの、人として当然のことだ。それに、私だってお前と出会えて……」

 

 顔を赤くさせたままごにょごにょと口を動かすが、前半はともかく後半は声が余りにも小さくはっきりとしないため、凜堂にはユリスが何を言っているか全く分からなかった。

 

「おーい、ユーリ?」

 

「と、とにかく! 私が怒ってるのはそこではない!」

 

 照れ隠しか、ユリスはタオルの上から凜堂の額をぺチリと叩く。あう、と額を撫でながら凜堂は首を傾げた。

 

「じゃあ、何を怒ってんだよ?」

 

「……お前が負けたからだ」

 

「はい?」

 

「分かってる! これが私の身勝手な我侭にすぎないことは!」

 

 だが、それでも、とユリスは思わずにいられなかった。例え相手が無敗の序列一位であっても、高良凜堂という男だったらもしかしたらと。

 

「……ユーリ」

 

 ここまで己が買われていたとは欠片も思っていなかったのか、暫し凜堂は呆然とユリスを見つめた。やがて、申し訳無さそうに彼女から目を逸らす。

 

「……期待に応えられなくて、悪い」

 

「お前でも勝てないほどか、刀藤綺凛は?」

 

「あぁ、強かった。少なくとも、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』の威力に頼り切ってるようじゃ話にならないだろうな。使ってたのが棍ならまだ勝ち目があっただろうけど、それでも勝てるかどうか……」

 

 あの小動物のようなおどおどした態度からは想像もつかない剣の絶技。その腕前は、威力に任せて黒炉の魔剣を振り回しているだけの凜堂では遠く及ばない。

 

 それだけじゃない。速さや体さばき。どれをとっても、バーストモードの凜堂と同等かそれ以上だ。

 

(一体、どれだけの鍛錬を重ねてきたんだろう)

 

 そうか、とユリスは小さく苦笑しながら凜堂の額に手を置く。

 

「いや、この場合は彼女を褒めるべきなのだろうな。なにせ、あれでまだ十三歳、中等部の一年だ。今年の四月に入学し、初日に決闘で序列十一位を降した、その上、最初の公式序列戦で旧序列一位を打ち負かし、新たな序列一位となった。末恐ろしいにも程がある」

 

 それがどれだけ尋常なことでないかは、アスタリスクに来て日が経ってない凜堂でも理解できる。だが、しかし彼は別の事に驚いていた。

 

(あの体型で十三歳!?)

 

 剣技の腕や身のこなしもそうだが、何より驚くべきはあの豊満なプロポーションだ。身長はともかく、バストの大きさはユリスを完全に上回っている。クローディアともいい勝負が出来るだろう。どれだけ発育が良いのか。

 

「……何か今、非っ常に不愉快な気分になったのだが?」

 

「ひほふぇいふぁふぉ(訳:気のせいだろ)」

 

 ユリスは目元を険しくしながら凜堂の頬を引っ張る。凜堂は笑って誤魔化すしかなかった。

 

「あつつ……それより、もう少し刀藤のこと教えてくれないか?」

 

「……随分と彼女のことが気になるようだな」

 

 頬を擦る凜堂をユリスはジト目で睨んだ。ユリスが不機嫌になっているのにキョトンとしながら、凜堂はまぁな~、とお茶を濁す。

 

 刀藤綺凛という少女に興味があるのは事実だ。だが、それ以上に凜堂は彼女の伯父、刀藤鋼一郎に嫌悪感を抱いていた。

 

 姪である綺凛を物のように扱っていたから? それもあるだろう。

 

 星脈世代(ジェネステラ)を化け物と蔑んでいたから? 理由の一つには上げられる。

 

 だが、これらのことだけでは説明できないほど大きな忌諱を凜堂は鋼一郎に対して募らせていた。言葉では説明できない、生理的なものだ。

 

(何で俺はあの野朗が死ぬほど気に入らないんだろ……)

 

 考え込んでいる凜堂の眼前にユリスがん、と携帯端末を突き出す。そこには学生の名前が十二人分表示された空間ウィンドウが展開されていた。その中にはユリスとレスターにクローディア、そして綺凛の名前があった。

 

「これって」

 

「見ての通り、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』の一枚目、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』の一覧だ。以前にも言ったが、私よりも強い者はそれなりにいる。この星導館学園に限定すると、今の私では絶対に勝てないと思った者は三人。一人は凜堂、お前とクローディア。そして刀藤綺凛だ」

 

「ロディアも?」

 

 意外そうに眉を持ち上げる。ユリスがクローディアを認めるような発言をするのは非常に珍しい。

 

「不本意だが、事実だ。あいつは強い。伊達で序列二位の看板を背負ってるわけではない」

 

「へぇ~、凄いなロディアの奴。冒頭の十二人(ページ・ワン)だとは聞いてたけど」

 

 知らなかったのか? とユリスは再び呆れた表情になるも、一位を知らないのに二位を知ってるわけ無いか、と肩を竦める。

 

「クローディア・エンフィールド。二つ名は『千見の盟主(パルカ・モルタ)』。未来視の能力を持つ純星煌式武装(オーガルクス)『パン=ドラ』の使い手だ」

 

「未来視? 予知能力のことか?」

 

「さぁな。私も詳しいことは分からない。あれはクローディア以外にまともに扱えるものがいないらしくてな」

 

 お前の無限の瞳(ウロボロス・アイ)と一緒だな、とユリスは凜堂の右目をそっと撫でた。

 

「噂では数十秒程度の未来を見ることが出来るのではないかと言われている」

 

 それが事実かどうかは定かではなく、あくまで彼女の戦いを見た者の推測だ。

 

「数十秒くらいね……そいつは強いな」

 

 たとえ数十秒でも、相手の行動全てを知ることが出来るのなら、それは無敵と言って差し支えない。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)とベクトルの違いはあるが、パン=ドラも強力な武器である事に変りは無い。やはり、純星煌式武装(オーガルクス)はどれも相当にぶっ飛んだ能力を秘めているようだ。

 

「この推測が正しいかどうかは分からないが、クローディアが強いのは確かだ。故に今となってはクローディアに決闘を挑む学生はいない。お前も迂闊に決闘なぞ仕掛けるなよ」

 

「そういう状況にはならんと思うが……確認したいんだが、ユーリって序列五位だよな?」

 

 そうだが? とユリスは凜堂の問いに首を傾げながら頷く。

 

「刀藤が一位でロディアが二位。んで、お前が五位。その間にいる三位と四位は勝てない相手に含まれないのか?」

 

 凜堂の疑問ももっともだ。あぁ、とユリスは首肯しながら話を続けた。

 

「前にも言ったと思うが、序列など言うほどあてにはならん。序列の差がイコール実力差になる訳ではない。三位と四位、特に四位の『魔術師(ダンテ)』はかなりの手練であることに間違いないが、幸いな事に私の能力と相性が良い。十回やれば、五回は勝てるだろう。だが、序列が下の、例えば七位の純星煌式武装(オーガルクス)の使い手と戦った場合、かなり分が悪い。三回勝てればいいほうだろう」

 

 そこまで言って、ユリスは空間ウィンドウを閉じて携帯端末をしまった。

 

「だが、別格の存在がいるのも確かだ。私が十回中一回も勝てない相手。お前やクローディア、刀藤綺凛はそのくくりに入ってると思っていい」

 

「ふ~ん」

 

「刀藤綺凛は入学以来、無敗を保っている。それだけならクローディアも同じだが、お前やクローディアと決定的に違う点は、彼女が純星煌式武装の使い手でも、『魔女(ストレガ)』でもないことだ」

 

 綺凛が凜堂との決闘の際に使っていたのは何の変哲も無い、ただの日本刀だった。使い慣れた姿から察するに、普段からあの刀を愛用しているのだろう。

 

「さっき、序列などあてにならないと言ったが、それでも序列一位だけは特別でな。学園の顔となるべき存在だけあって、とてつもなく競争が激しい。公式序列戦で指名されないことはまず無いし、相当な実力者でない限り一位に居座ることは不可能だ。その一位の座を、まだ三ヶ月とはいえ日本刀一本で死守するということは尋常ではない。実際、今の他学園の序列一位は『魔女』か純星煌式武装の使い手のどちらかだからな」

 

 今の話を聞いただけでも、刀藤綺凛がどれだけ並外れているかを理解することが出来る。

 

「とまぁ、これが私の刀藤綺凛の印象だ。これ以上のことが知りたいのなら、夜吹にでも聞いたほうが早いだろう。私はゴシップ屋ではないしな」

 

「そんだけ聞けりゃ十分さ」

 

 本当は綺凛の伯父、鋼一郎のことについて聞きたかったのだが、それはユリスに聞くことではない。

 

「よし。では『鳳凰星武祭(フェニックス)』の話に移るぞ」

 

「……本当にすまん」

 

 謝罪する凜堂にユリスはやや投げ遣りに笑って見せた。

 

「もう、そのことはいいと言っただろう。もっとも、お前の実力がばれてしまった以上、もう今までの作戦は使えないがな」

 

 序列一位である綺凛と真っ向正面からやり合ったのだ。それだけでも凜堂の実力がどれ程のものか推し量るには十分だ。

 

 さっきの決闘の時にもギャラリーは大勢いたし、動画も出回ってると見て間違いないだろう。

 

 つまり、凜堂は手の内をかなりの部分晒してしまったのだ。相手にとって、凜堂の実力が未知数という前提で立てた作戦はもう使えない。

 

「そうしょげた顔をするな。棍を使っている場面は見せなかったのだし、何よりタイムリミットのことがばれなかったのは不幸中の幸いだ。それに、いずれは分かることだったんだ。それが早くなったというだけだ」

 

 ポンポン、と凜堂の頭を撫でるユリス。

 

「まぁ、お前が刀藤綺凛に勝てれば少しは楽になれたのかもしれんが……言っても詮無いことか」

 

「どういうこっちゃ?」

 

「その場合、お前が序列一位になるわけだからな。『鳳凰星武祭』で比較的楽な場所に配置される可能性が高くなるということだ」

 

「楽な場所……トーナメントの配置のことか」

 

 凜堂は納得したように手を打つ。

 

 イベントとして最大限盛り上げるため、『星武祭(フェスタ)』では運営委員会の思惑がトーナメントの組み合わせに大きく関わっている。具体的な例を挙げると、一回戦から有力な選手が当たらないよう分散させるといった操作だ。

 

「私は序列五位だし、それなりに箔が付いている。だが、お前は現状リスト外。刀藤綺凛との一戦で実力が広まったとしても、肩書きが無ければそれほど有望視はされまい。元『冒頭の十二人』というなら話は変わってくるのだろうがな」

 

「そうか……」

 

「今から序列上位を狙っても、今月の公式序列戦は既に終わっている。この時期にほいほいと決闘を受ける者もいないだろうしな」

 

 不正防止などのため、トーナメント表はギリギリまで作られない。そのため、直前までの序列変動にも対応しているらしいが、相手がいなければ話にならない。

 

「まぁ、その辺りのことは気にするな。チャンスがあれば、程度に考えておけ」

 

 今度は優しく微笑し、ユリスは凜堂の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、凜堂は委員会センターの窓口に向かっていた。綺凛との決闘の際に壊した校章を新調するためだ。

 

 この学園では校章が身分証明書の代わりに使われている。セキュリティのチェックや、授業の出欠席もこの校章が必ず必要になる。なので、ないと非常に不便なのだ。朝一で委員会センターに申請し、放課後には受け取れるという事でやって来たのだが。

 

「あぁ。それでしたら会長が直接お渡しするそうです」

 

 とても事務的な口調で窓口の女性は何枚かの書類を取り出す。

 

「こちらにサインをお願いします」

 

 あ、はい、と凜堂は素直にサインする。

 

「で、ロディア、でなくて会長のところに行けばいいんですか?」

 

「えぇ、生徒会付属のレスティングルームでお待ちしているそうです」

 

「レスティングルーム? それってどこ」

 

 訊ねようとしたが、それよりも早く窓口がぴしゃりと閉じられた。おい、と突っ込むも開くはずも無い。ため息を一つ吐き、高等部校舎へと向かう。前にクローディア本人から聞いたのだが、生徒会関係の部屋は全て高等部棟の最上階にあるのだそうだ。

 

「ま、行きゃ分かんべ」

 

 校舎内を歩きながら窓の外を見る。雲一つ無い、絵に描いたような晴天だ。屋内は冷房が効いているのでそれなりに快適だが、一歩外に出れば正に炎熱地獄だ。それこそ、鉄板の上のたい焼き気分になれる。

 

「鉄板の上で焼かれてお尻があっちっち~♪」

 

 調子っぱずれに歌を歌っているうちに目的地のレスティングルームとやらが見つかった。いつもの生徒会室の二つ隣。いわゆる角部屋だ。外から見るだけでも、かなり広いことが分かる。

 

 インターホンがあるので、躊躇うことなく押す。すぐにクローディアの声が聞こえてきた。

 

『ようこそ、凜堂。そのまま、お入りください』

 

 なら遠慮なく、と凜堂は中に入った。そして目をまん丸にする。

 

 彼の目の前には南国の光景が広がっていた。

 

 部屋の中央には大きなプール。そこかしこには椰子や蘇鉄などといった、普段ならお目にかからない植物がいくつも植えられていた。壁一面がガラス張りで、燦々と日光が降り注いでいる。

 

 プールサイドに白いデッキチェアが一脚。その上に寝そべったクローディアが複数の空間ウィンドウを広げて作業をしていた。

 

「なぁにこれ?」

 

「ふふ、驚きましたか?」

 

 唖然としている凜堂にくすくす笑いながらクローディアは全ての空間ウィンドウを消し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……わぉ」

 

 クローディアの姿に凜堂はそれしか言えなかった。プールサイドに相応しい水着だが、そのデザインが問題だった。いわゆる、ビキニタイプと呼ばれる代物だ。非常によく似合っている。しかし、それを纏う人物のプロポーションが余りにも良すぎて目のやり場に困った。はっきり言って、肌色の面積が大きすぎる。

 

「アハハハ……ヨク似合ッテルヨ」

 

 何故か片言の似非外国人のような話し方しか凜堂には出来なかった。

 

「ここは数代前の生徒会長が無理を言って作らせた部屋なんですよ。中々、大胆な無駄遣いですが、元に戻すお金も時間も勿体無いですし、ありがたく使わせてもらっています」

 

「何考えてこんなの作らせたのか皆目検討がつかねぇ」

 

 頑なに目を逸らす凜堂。そんな凜堂をクローディアは艶然と微笑みながら見ていた。

 

「でもよ、ロディア。すぐそこに湖があんだから、そこで泳げばいんじゃねぇの? わざわざ、屋内にプールを作らんでも」

 

「あら、知らないのですか凜堂。ここの湖は遊泳禁止ですよ」

 

「そなの?」

 

「この辺り一帯は万能素(マナ)の濃度がかなり高いですから、変異体が何種か確認されているんです」

 

 それが原因だろう。

 

 変異体とは、『落星雨(インベルディア)』以降万能素の影響によって変異したとされる動植物の総称だ。人間ですら、『星脈世代(ジェネステラ)』という新種族が現れたのだから、他の生物に影響が出るのも当然だ。

 

 とはいえ、今のところ人間に害を及ぼすような、もしくは星脈世代のように原種とかけ離れた能力を持った変異体は見つかっていない。

 

「正式に捕獲されたことがないのであくまで噂ですが、水中に巨大な影を見たという報告があります。それに地下区画で怪物を見たとも。怖いですね」

 

 凜堂の前までやって来ると、クローディアはがおーと両腕を広げる。少しも怖がってるようには見えないし、少しも怖くない。寧ろ、大きな胸が揺れて眼福だ。

 

「ネス湖のネッシー改めアスタリスクのアッシーか……テレビ特番が組めそうだな」

 

「タイトルは『学園都市の謎。アスタリスクの最奥に蠢く謎の影』といったところでしょうか」

 

 取り留めの無いやり取りをしている最中、クローディアは肝心な事を思い出す。

 

「あぁ、そうそう。凜堂はこれを取りに来たのですよね?」

 

 そう言ってクローディアは新品の校章を凜堂に手渡した。礼を言って受け取るも、あれと凜堂は首を傾げる。

 

「あの、ロディアさん。これってどこから出したん?」

 

「ふふ、禁則事項です」

 

「禁則事項っすか……」

 

 何やら、校章から微かな温かさを感じる。それこそ、さっきまで一肌に包まれていたような……。頭を振り、凜堂はそれ以上は考えないようにした。

 

「それにしても驚きました。まさか、凜堂が刀藤さんと決闘をするなんて」

 

「色々あってね」

 

 嘆息しながら肩を竦める。どうせ、大体の事情は既に知っているだろう。

 

「刀藤鋼一郎氏、ですか?」

 

 クローディアの口から出た名前に凜堂はピクリと眉を動かした。

 

「ロディア。あの野朗のこと知ってるのか?」

 

「勿論です。中々、厄介な御仁ですから」

 

 それにしてもあの野朗とは、とクローディアはプールに向かって行く。話を聞くため、凜堂もクローディアの後についていく。

 

 クローディアはプールの縁に座ると、脚だけをプールに入れた。

 

「気持ちいいです。どうですか、凜堂もご一緒に」

 

「いや、ご一緒も何も、俺制服だからね」

 

「脱いでしまえばモーマンタイです」

 

「水着無いから問題大有りだな」

 

「私は気にしません。寧ろ、ウェルカムです」

 

 ウェルカムってあーた、と凜堂は呆れるも、クローディアが気持ち良さそうなのは確かだ。なら、と凜堂は上履きと靴下だけ脱ぎ、裸足になってズボンの裾を捲り上げた。その状態のままプールに入る、と見せかけて水の上に立った。

 

「あら、びっくり」

 

 目を丸くするクローディアの前に立つ。どうやっているのか、足元は踝までプールに浸かっていた。が、それ以上は沈まない。

 

「凄いですね、凜堂。まるで江戸時代の忍の者みたいです」

 

「その反応、ユーリにもされたよ。んなことよりロディア」

 

 凜堂に急かされ、はいはいとクローディアは小さく笑いながら続けた。

 

「刀藤さんの伯父様ですね」

 

 と、そこまで言ってクローディアの表情が少し引き締まった。いつもニコニコとしている彼女がこんな表情をしたのは、サイラスの一件を調査して以来だ。

 

「刀藤綺凛の伯父様、刀藤鋼一郎氏は我が星導館学園の運営母体である統合企業財体『銀河』の社員です。肩書きは総合エンターテイメント事業本部第七教導調査室室長」

 

「長いな肩書き、無駄に」

 

「えぇ、本当に。極東エリアのスカウト関連部門を統括しています。教導調査室は我が学園のスカウトを実質的に管理している部署で、『星武祭(フェスタ)』の成績にも密接に関わっているためそれ相応に強い権力を持っています」

 

「へー、偉いんだな」

 

「んー。そう言っていいかどうか微妙なラインですね。幹部候補、といったところでしょうか」

 

 人差し指を顎に当て、クローディアは凜堂の呟きに答える。

 

「もっとも、刀藤氏本人は幹部の椅子を手に入れる気満々のようですが。そのために実の姪を目一杯利用しているようです。彼女の決闘相手の選出、スケジュール管理など、殆どのことを刀藤氏が決めているようですね」

 

「利用って家族だろ? そんな無理矢理戦わせるみたいな真似……」

 

「それはどうなのでしょう。刀藤さん自身、自分なりの目的をお持ちのようですし」

 

 確かに凜堂との決闘の時も彼女は言っていた。自分には叶えたい望みがあると。

 

(……それでも)

 

 だとしても、あの時に彼女が浮べていた悲痛な表情が許されていいはずが無い。黙り込む凜堂の気を紛らわすようにクローディアは話を続けた。

 

「注目すべきは刀藤氏のやり方です。確かに自分が目をかけた学生が活躍すれば、出世への足がかりになります。しかし、普通ここまで一人の学生に肩入れすることはありません」

 

 その学生が失敗した時、自分に返ってくるダメージが大きいからだ。ましてやそれが身内とあれば、批判は倍増するだろう。なのに、鋼一郎はあえてそれをやっている。

 

「そんだけ自信があんだろうな、刀藤の腕に」

 

「ご明察です。流石、凜堂」

 

「こてんぱんにぶちのめされたからな。彼女の実力は痛いほど体験してるよ」

 

「そんなことは無いと思いますが。かなりいい勝負をしていたように見えましたけど」

 

 クローディアの探るような視線に凜堂はピラピラと手を振って応える。

 

「まぁ、何にせよ、刀藤氏が幹部の椅子に座れる可能性は限りなく低いと思います。刀藤さんの成功失敗を問わず、ね」

 

「何でよ? 刀藤が活躍すれば、そんだけ出世の足がかりになんだろ?」

 

 そう言ったのはクローディア本人だ。

 

「刀藤氏は余りにも我が強いですから」

 

「あぁ~、確かにそんな感じだった」

 

 傍から見てるだけでもそれは理解出来た。

 

「強すぎる我欲の持ち主は統合企業財体である程度までしか出世できません」

 

 これは銀河だけでなく、界龍やフラウエンロープといった他の統合企業財体にも共通する事なのだそうだ。

 

「統合企業財体の幹部というのは、何段階もの精神調整プログラムを受けて、徹底的に我欲を排除した方しかなれないのですよ。故に統合企業財体において幹部以上の方々が関与するような不正はほとんど存在しません」

 

 絶大な権力を得る代わりに、彼らは統合企業財体という巨大な力に奉仕するだけの存在となった、ということだろう。それは最早、洗脳の類のものだ。

 

「そいつは何とまぁおっかない話だ……ってか、詳しいな、ロディア」

 

 統合企業財体の内部情報、それも幹部クラスの情報となれば、極秘事項のはずだ。

 

「えぇ。私の母がそうですから」

 

「お袋さんが?」

 

 これには流石に凜堂も驚いた。いいところのお嬢様であることは予想していたが、まさか統合企業財体の幹部の親族だったとは。この世界ではある意味、王族であるユリスよりも上流階級の存在だ。

 

「ふふ、幹部の方達が集まっている光景は中々面白いですよ。皆同じ人に見えてしまって、誰が誰だか分からないくらいです」

 

 それこそ、実の娘が自分の母が分からないほどに。コロコロと鈴を鳴らすように笑うクローディアに凜堂は笑いを返すことが出来なかった。

 

「……笑えねぇって、それ」

 

 辛うじて、それだけ呟いた。

 

「そうそう、ところで刀藤さんはあの刀藤流宗家のお嬢さんらしいですね。凜堂はご存知でした?」

 

 ある程度はねー、と凜堂は腕を組む。

 

「戦った時点で分かったよ。俺も強くなりたくて、色々やってたからな」

 

 刀藤流とは今現在、かなりの栄耀を誇っている剣術流派の一つだ。

 

 精神性を重要視した指導を徹底し、星脈世代(ジェネステラ)の幼少期精神修練プログラムにも推奨されている。そのため門下生には星脈世代が多く、海外にも支部道場を持っているとか。

 

 その宗家の娘とあれば、あの実力にも納得がいく。

 

 過去に凜堂も一度だけ、刀藤流に師事してみようかとしたことがあったが、いい加減な自分では修行についていけなくなるだろう、と結局は我流の強さを求めていった。

 

「ところで凜堂、あれは何でしょう?」

 

 これまた唐突にクローディアが話題を変える。あん? と凜堂はクローディアが指差す、窓の外を見た。クローディアには見えてるのかどうか定かではないが、凜堂には何も見えなかった。

 

「何にも無いぞ?」

 

「あら、おかしいですね。あそこです、あそこ」

 

 だからどこよ? と凜堂はプールの中央へと足を進める。凜堂の歩みにあわせ、水面に波紋が広がっていった。改めて窓の外を探すが、これといって目を引くものは無い。

 

「本当に何も無いぞ……って、あれ、ロディア?」

 

 振り返ってみると、座っていたはずのクローディアの姿が無い。周りを見回してみるが、どこにもいなかった。

 

「おーい、ロディア。どこ行った~? 出て来ーい、生徒会長」

 

 返事は無い。おっかしいなー、と凜堂が首を傾げたその時、何かが彼の足首を掴んだ。

 

「え゛?」

 

 声を上げる間もなく、凜堂はプールの中へと引きずり込まれる。自分一人が浮かんでるだけの星辰力(プラーナ)しか使っていなかったため、水の中に沈むのは一瞬だった。がぼがぼ! と激しくもがきながら水面に頭を出す。目にも鼻にも水が入り、痛いことこの上ない。

 

「げほっ、ごほっ! ……ロディアぁ!!」

 

 咳き込みながら怒鳴る。すぐ隣の水面が盛り上り、クローディアが姿を現した。凜堂が何かを言う前に、口封じと言わんばかりに抱きついてくる。その豊満な感触に一瞬怯むも、眦を吊り上げて凜堂はクローディアを問い詰めた。

 

「どういうつもりだよロディア! 悪戯にしたって質が悪いぞ!」

 

「うふふ、真面目な話を長く続けたので、少しからかいたくなっちゃいました」

 

 鷹揚に微笑んでいたクローディアが不意に悲しげな表情を作った。

 

「ごめんなさい。でも、凜堂が余りにも思い詰めたような表情をしていたので……凜堂のそんな顔は見たくありません」

 

 笑ってる方が素敵ですよ、と物悲しい笑顔でクローディアは凜堂を見つめる。対して、凜堂は言葉も無くクローディアを見つめ返していた。

 

(周りの人間に心配かけるほど、俺は考え込んでたのか……)

 

 もしかしたら、ユリスも感じてたのかもしれない。凜堂が動けなくなっていた時、何度か撫でていたのも彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「ロディア、ありがとう」

 

 手段はともかく、クローディアが自分を元気付けようとしてくれたのは事実だ。なので、凜堂は素直にクローディアに感謝した。どういたしまして、と微笑みながらクローディアは凜堂の瞳を覗き込む。

 

「それで凜堂。これからどうするつもりですか?」

 

 どこか、からかうような響きを持った声だ。

 

「どうしようかね~」

 

 答えを期待している訳ではないと分かっていたので、凜堂は適当にお茶を濁しながらクローディアの温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしたって、もう少しやり方を考えてくれないかねぇ、ロディアの奴……ぶぇっくしょい!!」

 

 派手にくしゃみをしながら凜堂は寮へ戻る道を歩いていた。結局、クローディアが凜堂を解放したのは三十分くらい経ってからだった。その間、ずっとクローディアの体が密着していたわけで、凜堂は色々(男性の生理的)な意味で大変だった。

 

 それに制服も濡れてしまった。ギリギリと絞ってはみたが、それだけで乾く訳も無い。せめてもの救いは、靴下と上履きが無事だったことだ。

 

「んなの慰めになるかぁ!! ふぃっくしょーん!!」

 

 一人突っ込みしつつもう一度、豪快なくしゃみをぶちかます。

 

「にしても、刀藤綺凛か」

 

 理由は分からないが、鋼一郎のことを差し引いても気になる少女だった。

 

 ぼんやりと考えている内に寮についていた。そのまま部屋に向かおうとするも、何やら様子がおかしいことに気付く。何やらざわめいてるというか、妙な緊張感があるというか。

 

「何かあったんか?」

 

 誰かに聞いてみようとするが、凜堂を見た学生達が一斉にざわめきだした為、それは出来なかった。

 

「おい、来たぞ」

 

「高良だ……」

 

「あいつが件の……」

 

「一体なんでまた……」

 

 何かを言っているのは確かだが、声が小さくて聞き取れない。好奇心や嫉妬、憐憫などの感情が見え隠れしているが、どうしていいか分からず凜堂は頭を掻いた。

 

「何のこっちゃ?」

 

 周囲を見回すと、学生達の中に英士郎の姿を見つけた。英士郎も凜堂に気付いたようで、こちらに歩み寄ってくる。もう、楽しくて仕様が無いという顔をしていた。

 

「よう、凜堂。遅かったな、お客さんが待ちわびてるぜ」

 

 客ぅ~、と眉を顰めながら凜堂は思い当たる節が無いか考える。自分を訊ねに来る人物といったら、誰がいるだろうか、と。これだけ皆が騒いでいるのだから、かなり有名な人物とみて間違いないだろう。真っ先に思い浮かぶのは生徒会長と序列五位の彼女だが、クローディアでは無いのは確かだし、ユリスだとも思えない。

 

 となると、一体誰か。数秒、考え込み、あぁと指を鳴らす。一人いた。有名人で、かつ凜堂と接点のある人物。

 

「どこにいんだ?」

 

「応接室に通してる。さっさと行ってきな」

 

 あぁ、と英士郎に答え、凜堂は応接室へと向かった。様々な視線を向けられるが、全てを無視する。

 

「失礼するぜ」

 

 応接室の前にやってきた凜堂は扉をノックした。すると、中から返事が返ってくる。

 

「あ……ど、どうぞ」

 

 女の子の声だ。凜堂は確信し、応接室に入る。そこには予想通り、星導館学園序列一位、刀藤綺凛がちょこんと座っていた。




念のために聞きたいのですが、ブロックされてる方とかいませんよね?


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素顔

「せ、先日は大変失礼しました!」

 

 凜堂が応接室に入るなり、綺凛はあたふたしながらソファから立ち上がって頭を下げた。

 

「いやいや。お前が謝るようなこたぁ何も無いだろ」

 

 凜堂は片手を振り、綺凛の頭を上げさせる。

 

 男子寮応接室の広さは八畳程度だ。革張りの応接セットがある以外、目立ったものはない。窓は無いが、代わりに表示ウィンドウが擬似的に環境を再現してそれっぽく見せている。

 

「それより、俺のほうこそ悪かったな。首突っ込まれて、むしろ迷惑だったろ」

 

「そ、そんなことありません……」

 

 首をプルプルと振った。やはり、彼女の動きはどこか小動物を連想させる。決闘の時に対峙していた人物なのかと、半信半疑になってしまうほどのうろたえっぷりだ。

 

「あ、あの……怒ってないんですか?」

 

「何で俺がお前さんに怒らなきゃいけねぇんだよ」

 

 苦笑しながら肩を竦めて見せる。凜堂の穏かな雰囲気に綺凛の表情が和らぐ。

 

「もっとも、お前の伯父のおっさんには腸が煮えくり返ってるけどな」

 

 一転して、獰猛な野獣のように唇を歪める凜堂に綺凛はあぅ、と涙目になりながらももう一度謝罪した。

 

「そ、その事に関しては本当に申し訳……」

 

「だから、何でお前が謝んだよ?」

 

 再び俯いた綺凛を前に凜堂は軽くため息を吐く。内心、どうすれば良いか分からない。こっちが俯きたいくらいだ。

 

 礼儀正しくいい子なのは確かだが、それに比例するように気が小さいようだ。

 

(これで序列一位なんだよな? 本当に凄ぇギャップだ)

 

 とりあえず、と凜堂は今にも泣き出しそうな綺凛の顔を両手で包み、自分と視線が合うように持ち上げた。

 

「ふぇ?」

 

 凜堂の突然の行動に綺凛が目を丸くしていると、凜堂は真っ直ぐに瞳を覗き込む。

 

「一つ、人と話す時はキチンと相手の目を見て話すこと。そうすりゃ、自然と相手もお前の話を聞いてくれる。二つ、伝えたいことがあるならちゃんと口に出すこと。そうしなきゃ伝わるものも伝わらないぜ」

 

 そしてその三、と凜堂は綺凛の頬を摘み、みょーんと伸ばした。勿論、痛くならないように絶妙な力加減を加えながらだ。

 

「女の一番の化粧は笑顔。はい、復唱!」

 

「お、おんにゃにょいちばんにょけひょうはえがお」

 

 よろしい、と綺凛を放す。あぅぅ~、と戸惑いながら綺凛は少し赤くなった頬を擦った。

 

「泣いてる時よりも、笑ってる方が可愛いってのは全ての女性に共通してる。だから泣くより笑え。というより、笑ってくださいお願いします。目の前で泣きそうになられると罪悪感半端ないんで。OK?」

 

「は、はい」

 

「いい返事だ」

 

 凜堂は微笑みながら律儀に頷いた綺凛の頭に手を乗せ、優しい手つきで撫で始める。

 

「はふぅ……」

 

 気持ち良さそうに綺凛は目を細めた。心なし、頬がほんのり赤い。凜堂は綺凛の目から涙が無くなったのを見て、最後にポンポンとやってから手を引く。あ、と綺凛は少しだけ名残惜しそうに凜堂の手を見ていた。

 

「で、何のようだ? わざわざ、俺に謝るためだけに来た訳じゃないだろ?」

 

「いえ、そうですけど?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 互いにキョトンとしながら首を傾げる。当然と言わんばかりに答えた綺凛を見るに、謝罪以外に何の目的も無いようだ。

 

「真面目だねぇ。清廉とも言えるな」

 

「い、いえ、そんな……後、謝りに来ただけじゃなくて……あの、ありがとうございました!」

 

 そう言って、綺凛は深々と凜堂に頭を下げた。これで三度目だ。赤べこかお前は、と凜堂も流石に呆れる。それ以前に凜堂には綺凛に礼を言われるような心当たりは無かった。

 

「ってか、文句を言われるならともかく、礼を言われるようなことした覚えないぞ、俺」

 

「そんなことありません! た、高良先輩は見ず知らずの私を伯父様から庇ってくれた上に私のことを気遣ってくれました……! あんなことになってしまいましたけど、本当に嬉しかったです!」

 

 それに、素敵な女の子とも言ってくれた。そのことを思い出し、綺凛は顔を真っ赤にさせる。綺凛からの礼を受け、凜堂は深々と嘆息した。

 

「何もしてやれてねぇよ、俺は。結局、何の力にもなれなったしな」

 

「そんなことは……!」

 

 言葉を続けようとする綺凛に凜堂は人差し指を唇に当てて見せる。そのジェスチャーの意味を理解した綺凛は疑問符を浮べながらも、素直に頷いて息を潜めさせた。

 

 凜堂は極力、足音を立てないように扉へと近づき、扉を破壊しない程度に手加減しながら思い切り蹴り飛ばした。凄まじい音が響き、綺凛はびっくりしたように身を竦ませる。

 

「うおわぁっ!?」

 

 扉の外から悲鳴が上がった。それだけではなく、ごろごろと複数の人間が転げ回るような音も聞こえてくる。凜堂は無言で扉を開き、扉に張り付いて話を聞こうとしていた連中を見下ろす。その中でもっともダメージが大きかったであろう友人に向かって絶対零度の視線を落とした。

 

「人の話を盗み聞きとは、いくら新聞部でもアウトロー過ぎるんじゃねぇか。ジョー?」

 

「は、ははは。まぁな」

 

 顔が引き攣ってるのは、少なからず後ろめたい気持ちがあるからだろうか。

 

 凜堂にとっては予想通りのことだったが、綺凛は違うようだ。目を見開き、応接室の前に転がっている者達を見ている。

 

「刀藤。話の続きは外でしよう。寮まで送っていく」

 

「は、はい!」

 

 凜堂の提案に綺凛は大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時間だってのに、外はまだ暑いな」

 

 夏真っ盛りって感じね~、と凜堂は伸びをしながら鮮烈な赤に染まった空を見上げる。夕暮れの夏空は、眩暈を起こしそうなほど赤かった。

 

 遊歩道にある街灯も光を放ち、その役目を全うしようとしていたが、赤い夕陽に飲み込まれて役割の半分も遂行できていなかった。

 

「……」

 

 凜堂は並び歩いている綺凛を横目で見る。緊張しているのか、凜堂がそれとなしに話題を振っても全く乗ってこなかった。それだけじゃなく、綺凛の顔はほんのりと朱色に染まっている。もっとも、これは緊張のせいでも夕陽のせいでも無さそうだ。

 

「おい、刀藤。大丈夫か?」

 

「え? あ、はい、大丈夫れしゅ……!」

 

 盛大に噛み、綺凛は夕陽の中でもはっきり分かるくらい顔を真っ赤にさせる。苦笑しながら凜堂は視線を前に戻す。

 

「別に緊張するこたぁ無いぜ。今、お前の隣にいるのはただの負け犬だ。気にする事なんざ、何一つないさ」

 

「そ、そんなことありません! 高良先輩は負け犬なんかじゃ……!」

 

 予想以上に激しい返事に凜堂は勿論、本人である綺凛もビックリしたように目を見開いた。暫しの沈黙の後、綺凛は照れたような、恥ずかしそうな顔で笑みを作る。早速、凜堂の言った女の一番の化粧は笑顔、を実践しているようだ。

 

「ごめんなさいです。いきなり大声出して……私、家族以外の男の人とこんな風に歩くの、初めてで……」

 

「そうなのか?」

 

「はい。お父さ、父が厳しかったものですから」

 

 厳格な家庭の中で育てられたのだろう。さすがは刀藤流宗家の娘。

 

「へぇ。刀藤流ってのは、稽古だけじゃなくて、私生活も厳しいんだな」

 

「うちの流派をご存知なんですか?」

 

「まぁな~。昔、強くなりたくて色々とやってる内に刀藤流の噂を聞いたことがあったし、『鶴を折るが如し』って謳い文句は有名だからなぁ」

 

 凜堂が何気なく口にした一言に綺凛は嬉しそうに顔を輝かせた。

 

「あの、間違ってたら申し訳ないんですけど、高良先輩って我流ですよね?」

 

「そうだけど、良く分かったな?」

 

 誰の教えも受けてない、という意味では我流だ。だが、正直に言えば、黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)が防御不能なのをいいことにただ振り回しているだけだ。我流という表現すらおこがましい。

 

(棍とかの方なら、我流って呼べるだけの鍛錬を積んだって自負があんだけどな……)

 

 あはは、と引き攣った笑みを浮かべながら凜堂はあらぬ方を見る。凜堂とは正反対に綺凛はやっぱり、と目をキラキラさせ始めた。

 

「はい! すぐには分かりませんでしたけど、戦ってる内に分かりました! 高良先輩の闘い方は今まで試合をしたどの流派の人達にも共通していません。それに高良先輩は動く時に摺り足をしてませんでしたし。最初は私の知らない流派を使ってるのかと思ったのですけど、それにしても高良先輩の闘い方は自由すぎます。どんな流派であっても何かしらの特徴があるのですが、高良先輩の剣には特徴が全くありませんでした」

 

 そりゃそうだ。剣に関する修行なんて今まで一度としてやったことがないのだから、特徴なんて出る訳がない。

 

 確かに凜堂も誰と比べても遜色ないと言えるほどに鍛錬を積んでいる。黒炉の魔剣をそれなりに扱えるのも、弛まぬ修練があってこそだ。

 

 だが、しつこいようだが、剣に関する修行は今の今まで一度もやったことがない。流石に今はやっているが、それも黒炉の魔剣(セルーベレスタ)を扱うようになってからだ。

 

 綺凛のキラキラとした、尊敬の眼差しが凜堂の心をざくざくと抉っていく。

 

「剣筋がまるで読めなくて、雲と戦っているみたいでした! 我流と称して戦う人は何人も見てきましたが、高良先輩ほどの方は一人もいなかったです。自分の力だけであそこまでの領域に行けるなんて、一人の剣士として憧れます!」

 

(止めて! そんなキラキラした目で俺を見ないで! 俺はそんな尊敬されるような人間じゃないの!!)

 

 綺凛の敬意の籠った眼差しを前に、凜堂はその場で悶えそうになる衝動を必死に抑えていた。気分はさながら、エクソシストに浄化される悪魔だ。

 

「イヤイヤ、ソンナコト無イデスヨー」

 

 凜堂の囁きは届いてないのか、綺凛は身を乗り出すようにして言葉を続ける。

 

「それにあの純星煌式武装(オーガルクス)も凄かったです! 向き合ってるだけで高良先輩の星辰力(プラーナ)が注ぎ込まれるのを感じました。あれだけ大量の星辰力を維持できて、尚且つ暴走させないなんて」

 

 そこまで喋ったところで、綺凛ははっと口を噤んだ。顔を棗のように赤くさせ、ちょこちょこと後ずさって凜堂から離れる。

 

「ご、ごめんなさい。私、つい……」

 

 何もそこまで恐縮せんでも、と凜堂は両手を上げた。その仕草からは小動物的なものを感じさせる。何というか、抱き締めながら撫で繰り回したい。そんな衝動に駆られてしまうほどだ。

 

「剣術、好きなんだな」

 

「は、はい」

 

 目を逸らしたまま、それでもその質問だけにははっきりと答えた。ふと寂しそうに前を見ながら先を続ける。

 

「私は剣以外、何も出来ませんから」

 

「んなこと」

 

 言いかけた凜堂に首を振ってみせる。

 

「いいんです。本当のことですから。私は頭も良くないですし、ドジで間抜けで臆病で、家事だって満足に出来ません……でも、そんな駄目な私でも剣を握っている時だけは誰かの役に立てるんです。だから、楽しいし大好きです」

 

「そうか……」

 

 明確な意思と答えだった。凜堂が口出しする余地はどこにもない。だが、彼女の口にしていることが事実だとしても、やっている事との微妙な食い違いがあることを否めなかった。

 

「それに私には叶えたい、叶えなくちゃいけない願いがあります」

 

「それって何なんだ?」

 

「……父を助ける事です」

 

 凜堂の疑問に答えるというよりも、自分自身に言い聞かせるような声音だった。

 

「そのためにあのやろ……おっさんの言う事を聞いてる訳か?」

 

 流石にあの野朗呼ばわりははまずいと思ったのか、微妙に言い回しを考えながら凜堂は核心部分を突く。部外者である凜堂が踏み込んではいけない領域なのかもしれないが、だとしても聴かずにいられなかった。

 

 綺凛は少し面食らった顔をしたが、それでも頷いてくれた。

 

「……伯父様はとても有能な方です。剣以外無能な私と違って……私が望みを叶えるために、適切で最短な道を示してくださいました。序列一位という分不相応な肩書きも、私一人では手に入れることなど出来なかったはずです……伯父様には感謝しています」

 

「出世に利用されてもか?」

 

 そのことは綺凛本人が一番知っているだろう。驚くでもなく、諦観しきった顔で微笑んだ。

 

「私は自分の願いを叶えるための道を示してもらう。伯父様はその過程で相応の利益を得る。だから、これは対等な取引なんです」

 

「……あんなのは取引なんて言えねぇよ」

 

 一方が暴力を振るい、もう一方が震えながら耐える。そんなもの、対等とは言わない。それ以前に、肉親が取引をする事自体ナンセンスだ。血の繋がりと愛情があれば、相手に利益など求めないはず。もっとも、鋼一郎のほうに愛情があるとはとても思えないが。

 

「伯父様は私達『星脈世代(ジェネステラ)』を嫌ってますから」

 

 だから仕方ないのだと。自分が我慢さえしていればそれでいいと、綺凛の瞳は語っていた。

 

「んな訳……」

 

 あるか、と続けようとして、凜堂は口を閉じた。これ以上、敗者に口出しする権利などない。勝者の行いにケチをつけるなど、敗者の領分を完全に越えている。

 

 故に凜堂は口から出掛かってくる言葉を全て飲み下した。少なくとも、今はまだ言葉を伝えるべき時ではない。

 

「あの、ところで私もお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「何よ? 俺に答えられることなら答えるが」

 

 これ以上、この話題を続けても互いに気まずくなるだけなので、凜堂は綺凛の振りに乗っかった。

 

「高良先輩はどんなトレーニングをしているのですか?」

 

「トレーニング?」

 

 何の脈絡も無い質問に目をパチクリさせるが、隠すような事でもないので素直に答えていく。

 

「そうさな。朝は走りこみと素振り。後は黒炉の魔剣に早く慣れるためのイメージトレーニングくらいか。放課後はユーリと一緒にタッグの特訓をしてるしな」

 

「そうですか……」

 

 何時の間にやら取り出したのか、メモを片手に綺凛は真剣な表情で凜堂から聞いたことを紙面に書き落としていた。

 

「走りこみはどのくらいやっているのですか? ルートはどこを通っているのでしょう? 後々……」

 

 後から後から質問が飛び出してくる。どうやら、話題を変えるためじゃなく、本当に興味があったようだ。

 

 事細かな質問になるだけ詳細に答えていく。やがて、綺凛は満足そうに息を吐きながらメモ帳をしまった。

 

「ありがとうございます。参考になりました」

 

「そりゃ重畳。にしても、随分熱心なんだな」

 

「はい。強い方の訓練方法は勉強になりますから」

 

 お世辞など欠片も無い、純粋な笑顔だった。

 

「今は自分でメニューを決めないといけないのですが、それだと不安で……それに一人だと組太刀も出来ませんし」

 

「なら、俺達の特訓に参加してみるか? 勿論、お前が良ければだけどな」

 

 凜堂の提案が余程意外だったのか、綺凛は驚きに目を見開く。

 

「い、いいんですか?」

 

 綺凛の確認に凜堂は大丈夫じゃね? といい加減に答えた。そうなった場合、ユリスにも確認を取らなければいけないが、事情を説明すれば分かってくれるだろう……説教は確実だろうが。

 

 綺凛は一瞬、とても嬉しそうに顔を綻ばせたが、すぐにしゅんとなってしまった。

 

「ごめんなさいです、高良先輩。お誘いは嬉しいのですが、リスト入りしている方、特に『冒頭の十二人(ページ・ワン)』の皆さんには近づかないよう伯父様からきつく言われてるのです」

 

 そりゃ何で、と聞こうとして凜堂は止めた。大体の想像がつくからだ。

 

「不用意に手の内を晒さぬように、とのことで……」

 

 予想通り。

 

「なら、俺の早朝練習に付き合ってみるか?」

 

「高良先輩の、ですか?」

 

「俺は『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない雑魚だからな」

 

 肩を竦めて見せる。これならあの爺も文句をつける余地がない。

 

「そ、それは高良先輩と、ふふふ、二人きりで、ということですか?」

 

「あぁ、だから安心していいぜ」

 

 ユリスは何か言うだろうが、説得すれば大丈夫なはずだ。彼女はそんな狭量な人間ではない。凜堂の言葉に綺凛は何とも複雑そうに俯く。

 

「どした?」

 

「い、いえ、何でもないです……では、お言葉に甘えて」

 

 綺凛は何でもないと首を振りながらはにかむ。

 

「んじゃ、細かい時間と場所は追って連絡するから、連絡先交換してもいいか」

 

「は、はい! どうぞ!」

 

 妙に気合が入った様子で綺凛は凜堂に携帯端末を渡す。綺凛の様子に驚きながらも凜堂は自身の携帯端末を取り出し、テキパキと操作して互いの連絡先を送る。

 

「これでよし、と。ほい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 今までで一番嬉しそうな笑顔で綺凛は携帯端末を受け取る。そんなに早朝訓練に参加できるのが嬉しいのか? と的外れなことを考える凜堂。

 

 その後、訓練の内容について話していると、何時の間にか女子寮の前についていた。

 

「あの、今日は色々とありがとうございました」

 

「俺のほうこそ。じゃあ明日、よろしくな」

 

「はい、また明日……!」

 

 凜堂がくるりと踵を返そうとすると、

 

「あ、あの!」

 

 背後から飛んできた綺凛の声に振り返る。顔を真っ赤にさせながら綺凛はもじもじしていたが、意を決したらしく凜堂に真っ直ぐ視線を飛ばした。

 

「その、訓練以外のこととかでも、連絡して構いませんか?」

 

 綺凛の問いに凜堂は少しきょとんとしていたが、やがて小さく吹きだした。

 

「はは、別に構いやしねぇよ。俺なんかで良けりゃ、何時でも話し相手になるさ」

 

 凜堂の返答に綺凛は顔を輝かせ、腰が直角になるくらい深く頭を下げた。そして顔を上げ、手をブンブンと振って寮の中へ小走りに戻っていく。こういうところは年相応だな、と凜堂は綺凛の後ろ姿を見送りながら思った。

 

「さって、俺も戻っかなぁ……ん?」

 

 男子寮に帰ろうとした矢先、凜堂は微かな気配に足を止めた。その程度なら、別段気にする必要は無い。ただ、気配の主が自分を見ているなら話は別だ。敵意のようなものは感じないが、それでも凜堂のほうへ視線を送っている。

 

「……」

 

 気配の主を探すべく、凜堂は周囲に視線を走らせる。だが、遊歩道に凜堂以外の人影はない。隠れる場所もそうは無い。あるとすれば、街路樹の陰か、それとも。

 

(上……!)

 

 凜堂が頭上を見上げるのと同時に街路樹の枝が揺れ、そこから小さな影が飛び降りてきた。ギリギリで避けれそうだったが、凜堂は落ちてきた人物の顔を見て思わず足を止めてしまう。

 

「サーヤ!? ってどわぁっ!!」

 

 幼馴染の奇襲のような抱擁を受け止めきれず、凜堂は派手にぶっ倒れた。紗夜は凜堂に馬乗りする形で座っている。

 

「あでで、何しやがるサーヤ……」

 

 仰向けの体勢のまま非難するも、そんなのは関係ないと言わんばかりに紗夜は凜堂の瞳を覗き込んだ。

 

「……今の誰?」

 

 相変わらず、抑揚というものを一切感じさせない平坦な口調だったが、目の奥にはキラリと光る何かがあった。

 

「いや、その前にまずどいてくれないか?」

 

「……いいから答える。さっきのは誰?」

 

「いいからどきなさい」

 

 凜堂は紗夜の首根っこを掴み、そのまま紗夜ごと立ち上がった。星脈世代だからこそ、出来る芸当だ。凜堂は服についた土くれを払い、頬を膨らませている紗夜に向き直った。

 

「ってか、こっちも聞きたいんだがサーヤ。お前、こんな時間に木の上で何してたんだ?」

 

「……凜堂を探していた。高い方から探した方が効率的」

 

「だからって、こんな暗い時間に探せるわけないだろ……」

 

 考えることが妙に子供じみている紗夜に呆れつつ、凜堂は訊ねた。

 

「で、何で俺を探してたんだ?」

 

「タッグパートナーの件。答えを聞かせて欲しい」

 

 本気で今から出場するのかよ、と驚くも、凜堂はきっぱりと返事した。

 

「悪いが、俺はユーリを護るって約束した。今更、それを反故にする気は無い」

 

 そして、それが凜堂の選んだ道だ。

 

「……そうか。分かった」

 

 凜堂の答えを聞き、紗夜はあっさりと引き下がった。基本、頑固な紗夜だが、こちらの意思を無視してまで何かを強要することは無い。こんなやり取りをよくしてたものだ、と凜堂は妙に懐かしい気分に浸る。

 

「……それで、さっきのは誰?」

 

 郷愁を覚える凜堂を現実に引き戻す紗夜の問い。その瞳に若干以上の警戒心があるのは見間違いだろうか。

 

「あいつは中等部の刀藤綺凛。学内ニュースで聞かなかったか?」

 

「……あぁ。昨日、凜堂と決闘したっていう序列一位」

 

「そ」

 

 と、紗夜は眉を顰めて何やら不機嫌そうにさっきまで綺凛のいた場所を見た。

 

「ということは、あれで中等部の一年……」

 

 自分の体を見つめながら、ペタペタと触っていく。特に(どこかは伏せておく)体のある部分を重点的にタッチしながら囁いた。

 

「……世界には悪意が満ちている」

 

「何のこっちゃ」

 

 とは言うが、紗夜が何を言わんとしているかは分かる。なので、凜堂は何も言わなかった。わざわざ、地雷原の上に飛び出してタップダンスをするほど彼は馬鹿じゃない。

 

「まぁ、あいつはあいつで色々と抱えてるみたいだぜ。お前みたいにな」

 

「……どゆこと?」

 

「あいつ、自分の父親のためにアスタリスクに来たみたいだ。細かい事情は聞いてないけど、そこら辺はサーヤと似てると思うぜ」

 

「……」

 

 紗夜は否定も肯定もせず、いつもの調子で呟いた。

 

「父親……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝の高等部校舎前。

 

 凜堂が待ち合わせの場所に指定したそこには綺凛の姿があった。待ち合わせの時間にはまだ、五分ほど時間がある。五分前行動とは、どこまでも律儀な子だ。

 

「お早うございます、高良先輩」

 

「おっす、刀藤」

 

 両者ともに制服ではなく、凜堂は訓練用のシャツとジーンズを、綺凛は可愛らしいトレーニングウェアを纏っていた。腰にはウェストポーチと日本刀を差している。凜堂もそれぞれのホルスターに鉄棒×六と黒炉の魔剣を収めていた。

 

「んじゃ、早速走りますか……と、その前に準備体操だな」

 

「はいっ!」

 

 まずは体を温めるため、しっかりと準備体操。

 

「いっちにぃーさんしぃーごーろくしちはち!」

 

「いっちにぃーさんしぃーごーろくしちはち!」

 

 二人仲良く声を出しながら体を動かす。非常に微笑ましい光景だ。

 

「いっちに、いっちに!」

 

 ただ一点、弾む綺凛の胸を除いて。綺凛の動きに合わせてバウンドするのだから、もう手に負えない。加えて綺凛がそのことを一切気にしてないため、改善されるとは思えない。いや別に悪いことではないのだが。

 

(これ、注意したら絶対にセクハラだよな?)

 

 未だかつて、そう、ユリスとの訓練の際にも発生しなかった事態に凜堂は頭を抱える。同時刻、ユリスがベットの中で可愛らしくくしゃみをしたのはどうでもいいことだ。考えた末、凜堂が出した結論は、

 

(無視しよう)

 

 別にクローディアのようにからかい半分で押し付けてくる訳ではない。だったら、注意を割かなければいいだけの話だ。よし、と凜堂が視線を上げると、準備体操を終えたのか綺凛が凜堂の顔を覗きこんでいる。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「……いや、何でもない」

 

 制服よりも体のラインが強調されるトレーニングウェアを前にして、凜堂はそれだけしか言えなかった。

 

「そういや、刀藤はどんなコースを走ってるんだ? 俺は昨日も言ったとおり、その日の気分で変えてるんだが」

 

「私はアスタリスクの外に出て、アスタリスクの外周をぐるっと回ってます」

 

「外に出るのか?」

 

 気紛れでコースを変えるが、それでも凜堂はアスタリスクから出て外を走ったことはない。それはそれで新鮮そうだ。

 

「んじゃ、俺もそれについて行こうかね」

 

「分かりました。じゃあ、私が先導します」

 

 綺凛は年相応の可愛らしい笑顔で笑う。

 

 昨日から見てても分かる事だが、綺凛は決して陰鬱な少女ではない。寧ろ、その真逆の感情豊かな子だ。ネガティブな顔をしている方が多いのは確かだが、時折見せる笑顔はとても可愛らしかった。

 

 だからこそ、心苦しく思う。彼女が寂しげな表情を見せるのが。綺凛に限った話ではないが、女性には笑顔でいて欲しいと、凜堂は心の奥底で思った。

 

「高良先輩?」

 

「何でもないってばさ。んじゃ、お願いするわ」

 

 凜堂もそれなりにアスタリスクに慣れてきたが、それはあくまで星導館学園敷地内に関してだ。都市部はユリスに案内してもらっただけで土地勘があるとは言い難いし、それ以外で言った事も無い。

 

「分かりましたっ」

 

 可愛らしく気合を入れる。その瞳は真剣そのものだ。

 

「あ、その前に……高良先輩、ウェイトって使ってますか?」

 

「ウェイト?」

 

「こういうのです」

 

 綺凛はポーチの中からゼッケンのような物を取り出し、凜堂に差し出す。片手で受け取ってみるが、予想に反してかなりの重量があった。恐らく、星脈世代でもなければ持ち上げることも出来ないだろう。

 

「学園の敷地内なら私達が全力で走っても問題ないですけど、外はそういうわけにはいきませんから」

 

「あぁ、確かにそうだな。今まで行ったことがないから、考えたことも無かった」

 

 星脈世代は軽く走っても自動車と同程度の速度を出せてしまう。全力で走れば、自動車すら追い越すだろう。そんな速度で星脈世代でもない一般人とぶつかればどうなるか、想像に難くない。

 

 星脈世代が常人を傷つけた場合、余程の事情が無ければ厳罰に処される。例え、過失であったとしてもだ。

 

 幼少期、凜堂は星脈世代の力を遺憾なく発揮させて暴れ回っていた時期がある。いくら幼く、周囲の理解があったとはいえ当時の凜堂が何のお咎めも無しだったのは本当に奇跡のようなことだ。

 

「これをつけていれば、全力で走ってもそこまでスピードは出ませんし、トレーニングにもなります」

 

「は~、成る程」

 

 基本的に訓練の時に使う道具は鉄棒くらいなので、凜堂にとってこういった工夫は新鮮だった。

 

「高良先輩の分もありますので、どうぞ使ってください」

 

「そうなのか? そいじゃ遠慮なく」

 

 付けてみると、想像以上に重かった。確かにこれは鍛え甲斐がありそうだ。

 

「じゃあ、私が先を走りますから、付いてきて下さい」

 

 心なし、嬉しそうにしながら綺凛は凜堂を先導して走り始めた。




この調子で書いていければ、後、五話以内には原作二巻を終わらせられるかな。


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動く影

短くてごめんね。


「……最近、刀藤綺凛と仲が良いようだな?」

 

 そう言って、ユリスは凜堂を振り返らせた。昼休み、凜堂が北斗食堂の食券機を前に昼食を何にしようかと考えている最中だった。肩越しに振り返ってみると、いかにも不機嫌そうなユリスが腕を組みながら凜堂を見上げている。

 

「よぉ、ユーリ。お前もこれから飯か?」

 

 英士郎は金欠、紗夜は寝坊のお説教など、様々な理由で凜堂は久しぶりに一人で昼食を食べに来ていた。つい最近まではユリスとも一緒だったが、紗夜に言われた事を気にしているのかここ数日彼女は一人で昼食を済ませることが多かった。

 

「じゃあ、一緒に食うか? 一人で食っても味気ないし」

 

「む、そうか? ま、まぁ、お前がそう言ってくれるのなら、やぶさかではないが……」

 

 と、さっきまでの仏頂面はどこへやら、ユリスは嬉しそうな表情で頷く。凜堂の誘いに舞い上がってるためか、声をかけた目的を忘れているようだ。

 

「さって、何食ったもんか……」

 

 悩む凜堂の脳裏に綺凛の可愛らしい笑顔が浮かぶ。

 

(刀藤……銀髪……銀しゃり……)

 

 意味不明な連想ゲームを経て、凜堂は空間ウィンドウの中から寿司のセットを選んだ。画面の中では長方形型の皿に寿司が五、六貫ほど並んでいる。今時、食券方式なのは珍しい。選ぶ際は空間ウィンドウを使うのに。古いと新しいが両方備わりちぐはぐに見える。

 

「で、お前さんは何にすんのさ」

 

「そうだな……パスタのA定食か、デザートのつくC定食にすればいいか迷うところだな」

 

 凜堂の脇からメニューを吟味するユリスだったが、何を目的に凜堂に声をかけたか思い出したようだ。眦を吊り上げ、凜堂を睨む。

 

「えぇい、何を食べるか決めてる場合か! 私が聞きたいのは刀藤綺凛と……!」

 

 大きく腕を振り、ユリスは自分の不満の程を表現する。すると、ピッ、と空間ウィンドウが購入を承認する音が聞こえた。

 

「「あ」」

 

 二人の声が重なる。ガコン、と食券の受け取り口に現れたのは「スペシャルスパイシーカレー」の文字。北斗食堂の名物だ……勿論、ネタ的な意味で。

 

「おい、ユーリ……お前それ、食えるのか? 凄ぇ辛いらしいけど」

 

 前に英士郎から聞いたことがある。これを頼み、一口食べてその日の午後の授業全てを受けられなくなった生徒がいると。その生徒が特別辛さに弱いという可能性も否めないが、それでもとんでもなく味が刺激的なのは確かだ。

 

「……い、いいのだ! 私は最初からこれが食べたかったのだ!」

 

 どこまでも意地っ張りな彼女だった。

 

「私がテーブルをとっておくから、お前はさっさと受け取って来い!」

 

 へいへい、と凜堂はそれ以上何も言わず、食堂の受け取りカウンターへと向かった。そこで寿司セットとカレーを受け取る。この時点で中々の破壊力だ。見た目は普通のカレーと大差ないが、漂う匂いが半端じゃない。

 

 顔を近づけている訳でもないのに、目と鼻などの粘膜が痛い。正直、購入者に食べさせる気があるのか疑いたくなるレベルだ。心なし、一緒に持っている寿司が変色しているように見えた。

 

「凜堂、こっちだ」

 

 壁際のテーブルに座っていたユリスが凜堂を手招きする。

 

「お待ち。しっかし……本当に大丈夫か、ユーリ?」

 

 何が、とは言ってないが、凜堂の言わんとしていることは分かる。目の前に置かれたトレイを見て、ユリスは額に冷や汗が浮かぶのを感じた。

 

「な、何のこれしき……そ、それよりもお前と刀藤綺凛の話だ!」

 

「話って言われても、何もないぞ。普通に一緒に朝練してるだけだしな」

 

 別にやましい事など何一つしてないので、素直に話した。凜堂の話を聞き、ユリスはホッとした様子で表情を緩める。

 

「あぁ、別に俺の手の内がばれるのを心配してるんだったら大丈夫だぞ。さっきも言ったけど、本当にただ朝練してるだけだし、内容も素振りや走り込みみたいな基礎訓練ばっかだからな。バーストモードを使うわけでもないし、刀藤とは前に決闘して色々とばれてんだから、今更だろ」

 

 それに仮に綺凛が凜堂の手の内を知って、それを悪用するなんて天地が引っくり返ってもあり得ないだろう。

 

「いや、私が言いたいのはそういうことでは……」

 

 どうやら心配しているのはそこではないらしく、ユリスは口をもごもごさせる。やがて、首を振って心配するだけ無駄か、と嘆息した。

 

「まぁいい。お前に限って、そんなことがある訳も無いし、お前がその調子なら大丈夫だろう」

 

 そんなこと? と凜堂は首を傾げる。ユリスの意図は読めないが、とりあえずは納得してくれたようだ。

 

「ところでユーリ。それ、食わないのか?」

 

 凜堂は水を一口含みながらカレーを顎でしゃくった。う、と凜堂の指摘にユリスは言葉を詰まらせる。一目見て分かる事だが、ユリスのスペシャルスパイシーカレーは全く減っていなかった。当人がスプーンを動かすだけで食べていないのだから当然のことだ。

 

「食えないなら、それ残して別なの買ってくれば」

 

「馬鹿者! そんな勿体無い事出来るか! それに作ってくれた人に失礼だろう!」

 

 こんな悪戯心の塊のようなものを作る者のことを考える辺り、やはりユリスは高潔な人物だ。勿体無いとは、国の友人達からの影響なのだろう。

 

 覚悟を決めたのか、ユリスは手を震わせながらもスプーンを動かしてカレーを口に運んだ。

 

「っ!!??」

 

 その瞬間、ユリスの体がビクリと痙攣した。顔は真っ赤になり、次には真っ青になったりと忙しかった。

 

(わぁ~、信号機みたい)

 

 と、考えずにはいられなかった。

 

「おい、ユーリ。無理せんほうがいいぞ」

 

「だ、大丈夫だ……これしきで、私の心は屈さない……!」

 

 彼女は何と戦っているのだろうか。しかし、悲しいかな。目尻に涙を一杯に浮べながら言っても、驚くほどに説得力がなかった。

 

 やせ我慢していたようだが、すぐに限界が来たらしい。凄い勢いでコップの水を飲み始めた。しかし、一杯飲み干してもまだ辛そうにしている。見かねて、凜堂は自分のコップを差し出した。

 

「すまん……!」

 

 引っ手繰るようにそれを受け取ると、ユリスはまた水を喉に流し込み始める。と、そこでユリスはさっき、凜堂がコップに口をつけていたことを思い出した。これは俗にいう、関接キスと呼ばれるものではなかろうか。

 

「ぶー!!」

 

「あっぶね!?」

 

 放水機よろしくユリスは水を噴き出した。当然、彼女の前に座っていた凜堂に直撃しそうになるが、凜堂はその反射神経を遺憾なく発揮してどうにか事なきを得る。激しく咳き込むユリスの後ろに回り、凜堂は小さな背中を優しい手つきで擦った。

 

「おい、本当に大丈夫かユーリ? さっきから色々変だぞ?」

 

「だってお前……うぅ~!!」

 

 凜堂の様子に変化はない。別に関接キスなんて気にもしてないようだ。そもそも、関接キスという自覚があるかどうかも怪しい。ユリスは相棒が妙に鈍かったり、とても食べられそうにないものを買ってしまったり、自分が自意識過剰な女になったような気分になり、とにかく踏んだり蹴ったりだった。人目がなければ、その場で地団太を踏んでいただろう。

 

「ジョーから聞いちゃいたが、本当に辛いんだなそれ……俺のと交換するか?」

 

「な、何だと!?」

 

 凜堂の提案にユリスは目を見開いて驚く。

 

「流石に寿司に辛いって要素はないだろ。まぁ、ワサビ使ってるけどよ。だから、そっちよかマシだと思うぜ」

 

「し、しかしだな……これは私の食べかけたものだぞ?」

 

「いや、別に気にしないけど……って、ユーリの方が気にすんのか」

 

 配慮が足りなかった、と席に戻りながら凜堂は額を叩く。その台詞を言うには、幾らばかりかタイミングが遅すぎるが、言っても詮無いことだ。

 

「い、いや、そういう訳ではなくて、それはそれで……違う違う!」

 

 何かを言いかけ、ユリスは自身の頭を軽く叩く。余りの辛さに色々と頭のネジがぶっ飛んでしまったらしく、とんでもないことを口走りそうだった。

 

「申し出はありがたいが、やはりこれは注文した私が食べる責任がある。お前に押し付けるわけにはいかん」

 

「相変わらず頑固ね、君」

 

 ユリスの意地っ張り振りに凜堂は頬杖を突きながら苦笑いする。

 

「でもよ、こういう些細なことでお互いをちゃんと支え合えないってのはタッグパートナーとしてどうなんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 こういう説得の仕方は卑怯かもしれないが、目の前で一口食べる度に悶絶する様を見せられるのは精神衛生的によろしくない。

 

「……」

 

 ユリスは少しの間、凜堂とスペシャルスパイシーカレーを見比べていたが、やがて恐る恐るトレーを差し出してきた。

 

「じ、じゃあ、お前のと、こ、交換してくれる、か?」

 

 まだ痛いのか、目を潤ませながらユリスは上目遣いに凜堂を見る。普段の凛とした彼女とは違った可愛さがあった。

 

「……凜堂」

 

「……うん、可愛い」

 

 な、と固まるユリス。凜堂はトレーを受け取り、代わりにユリスの方へ自分の皿を差し出す。

 

「なななななな、おおおお前は何を言って……」

 

「素直に思ったこと口にしただけだが? んなことより、はよ食っちまえ。休み時間終わるぞ」

 

 あ、あぁ、と頷くも、ユリスは寿司には手をつけないで凜堂の方をちらちらと見ていた。

 

「何だよ?」

 

 流石に見られたまま食べるのは嫌なのか、凜堂はスプーンを持つ手を止めてユリスを真っ直ぐ見た。いや、その、と彼女にしては珍しくあたふたしていたが、おずおずといった風で訊ねた。

 

「さ、さっき、私のことを、か、可愛いって……」

 

 そのことか、と何でも無いことのように凜堂は食べるのを再開する。

 

「出会った時からずっと思ってたよ」

 

 今度こそ、ユリスは顔を茹蛸のようにさせ、何も言えなくなってしまった。凜堂の顔を碌に見ることも出来ず、ユリスは誤魔化すように寿司を口に放り込む。ワサビ、という初体験のものに彼女が悶絶するのはそれから数秒後の事だった。

 

「……」

 

 一方の凜堂は顔色一つ変えずにスペシャルスパイシーカレーを食べていた。が、午後の授業中、時々辛そうに口元を押さえているのを見たのは紗夜だけだった。

 

 

 

 

 かつかつ、と固い靴音を響かせながら褐色の女性が廊下を急いでいた。

 

 アルルカント・アカデミー、研究院棟地下ブロック。最もセキュリティーレベルが高い場所だ。ここはごく一部の、明確な実績を持ったものしか入れない、一種の魔境だ。

 

 無機質な壁と機能的な廊下は学校の校舎というより、研究所を連想させる。花や絵画といった装飾品は全くと言っていいほど無い。あらゆる無駄をそぎ落とした、機能のみを追及した世界だ。

 

 女性は生体認証と校章のチェックを抜け、部屋の主から与えられたパスワードを打ち込んで扉を開く。

 

「『超人派(テノーリオ)』の連中が動いたぞ」

 

 部屋に入るなり、カミラは勢い込んで言った。しかし、部屋の主からは何の返事も無い。反応するものといえば、明滅する大小様々な空間ウィンドウだけだ。

 

 部屋には光源がほとんどない。あるとすれば、研究機材と空間ウィンドウのぼんやりとした明かりだけだ。ほとんど何も見えない。それでも、床には菓子の空き袋やぬいぐるみ、よく分からない玩具の成れの果てなど、様々なものが散乱しているのが分かる。

 

「……エルネスタ?」

 

 呼びかけるも、やはり返事は無かった。

 

 カミラが床の上のものを踏まぬよう慎重に奥に進むと、最も巨大な空間ウィンドウの前にある椅子の上に目的の人物を見つけた。漫画チックな目玉を描いたアイマスクをつけ、毛布に包まって穏かな寝息を立てているが。

 

「……起きろ、エルネスタ。お前が待ちに待った状況が始まるぞ」

 

「……にゃほ?」

 

 よく分からない寝言を無視し、カミラは毛布を剥ぎ取った。あれー、とエルネスタは椅子の上から転げ落ち、どしんと大きな音を立てた。

 

「あたた……ちょっとカミラ。起こすなら起こすで、もう少し優しく」

 

「やかましい。この肝心な時に眠りこけている君が悪い」

 

 口調こそ厳しいが、優しい手つきでカミラはエルネスタの口端に垂れていた涎を拭き取る。あんがとー、とまだ眠そうにしながらエルネスタはアイマスクを外した。

 

「そいで『超人派』の連中が動き出したの?」

 

「……聞いていたのか?」

 

 驚くカミラにエルネスタはにししと笑ってみせる。

 

「私の神経は寝ている時でも研ぎ澄まされているのさ!」

 

 それはそれで気の休まるときがなさそうだ。エルネスタの冗談か真実か分からない発言を無視し、カミラはエルネスタを椅子に座らせる。

 

「すでに状況は開始している。ぼやぼやしていると見逃す事になるぞ」

 

「はいはい、分かってますよ隊長殿ー」

 

 大欠伸をかますエルネスタ。しかし、呼び出された光学キーボードを打つその手に澱みは無かった。

 

 エルネスタはキーボードを操作し、空間ウィンドウを一つ残し、それ以外を全て消した。その残った一つを自分達の前に移動させ、エルネスタはあり、と首を傾げる。

 

「剣士君以外にも誰かいんの? 『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』って訳じゃなさそうだけど」

 

「私も最初聞いたときは驚いたよ。星導館の序列一位だ」

 

 ここまでは流石に予測していなかったらしく、エルネスタは目を丸くする。

 

「ほっほー、あの『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』か。それを知った上で仕掛けるとは奴さん達も強気ですなー」

 

「それだけ自信があるのだろう」

 

 カミラは床の上に転がっていた椅子を立たせ、それをエルネスタの隣に置いて自身も腰を下ろした。

 

「そんな凄い自信作なのか。そりゃ少しは期待できそうだね。もしかしたら、剣士君達もあっさりとやられちゃったりして」

 

 全くそうは思って無さそうな口振りだった。

 

「で、どのあたりまで釣れたの? もしかして、『大博士(マグナム・オーパス)』まで引っ張り出せた」

 

「あいつが出てくるわけないだろ。この件にかかわっているのは『超人派』の副会長までだ」

 

 カミラが答えると、エルネスタは興味なさ気に頷いた。

 

「流石にそこまでは出てこないかー。ま、これで予定してたよりもずっと長く『超人派』を抑えることが出来るそうだし、そこまで高望みはしちゃ駄目だね」

 

「そうだな。あまり追い詰めすぎるのもまずい」

 

 それこそ、あいつが出てくれば本当に彼らがやられてしまうかもしれない。そうなれば、全てが水泡に帰す。

 

「しかし、お前は本当に賭けが好きだな」

 

「はぇ、何が?」

 

 疑問符を浮べるエルネスタにカミラは苦笑しながら答えた。

 

「危ない橋を渡りすぎる、という意味だ」

 

 にぃ、とエルネスタは唇を三日月のように歪めた。

 

「そっちのほうが楽しいじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝のアスタリスクはほんの僅かな時間だが、霧を発生させて白い世界を作り出す。

 

 湖水と大気の温度差から霧が発生しやすいとか何とか。日が昇れば、誰にも見咎められることなく消えていく。儚いが、そこに美しさを見出す詩人のような人間もいるだろう。

 

「白に満ちた世界、ってのも中々に壮観だが、ここまで来るとかなり鬱陶しいな」

 

 この男、高良凜堂も割りとロマンチストな部分があるが、それでも辟易としてしまうほど今日の霧は濃かった。歩み寄ってくる綺凛の姿が至近距離じゃないと視認できないほどだ。

 

「お早うございます、高良先輩」

 

「お早うさん。しっかし、今日は霧が妙に濃いな」

 

 丁寧に頭を下げた綺凛も凜堂の言葉を肯定しながら周囲を見回す。やはり、どこを見ても白一色だ。

 

 いつものように星導館学園高等部校舎前。これほどの濃霧は早朝訓練を始めて以来、一度も体験したことがない。それは綺凛も同じらしく、物珍しそうにしていた。

 

「でも、聞くところによると冬なんかはもっと凄い日があるみたいですよ」

 

「マジかよ」

 

 見たいような見たくないような、何とも複雑な気分にさせられる。

 

「何にせよ、これじゃ確実にはぐれるな。走りにくいかもしれねぇけど、かなりピッタリくっ付いて走らないと駄目だな。もしくは、手を繋いで走るか」

 

「で、では……!」

 

 凜堂の冗談を本気で受け止めたのか、綺凛は妙に気合の入った表情で凜堂の手を握ってきた。温かく柔らかい、女の子らしい手だ。

 

「……いや、刀藤、じょ」

 

「高良先輩の手、暖かいです」

 

「そう、か……そんじゃま、行くか」

 

「はい!」

 

 その眩しすぎる笑顔に冗談だと言い出せず、凜堂はそのままいつも走り始める位置へと向かう。その横に並びながら綺凛は嬉しそうな足取りで付いていった。

 

 案の定、凄く走りにくかった。でも、綺凛の笑顔を曇らせるのは気が引けたので凜堂は何も言わなかった。

 

 

 

 

「この映像を『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』に送ったらどうなるかな~?」

 

「止めんか」

 

 凄く楽しそうなエルネスタの頭にカミラは容赦なく拳を落とした。




ガブリアス、スターミー、グレイシア……残りの三匹どうしよ?


あ、ちなみに作者は御三家で絶対に炎を最初に選びます。二週目とかはその限りじゃないけどね!


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ピンチピンチピンチ

 基本的に二人の走るコースはアスタリスクの外周をぐるりと回る環状道路だ。

 

 時間帯が早いこともあり、人影はほとんどない。同じ様に早朝訓練をしている物好きな学生の姿もあるが、その数は少ない。町全体は非常に静かで、町その物が眠りこけているようだった。

 

 町のほうを見れば朝靄が幻想的な絵を描いていた。日本ではない、異国のような光景だ。

 

 一方、湖面の方へと視線を移せば、そこは数メートル先も見えないほどの様相を呈していた。最早、霧がかかってるというより、白い壁がそこに聳え立っているような現実離れした風景が広がっている。それを前に凜堂は異世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。

 

「……」

 

 そんな凜堂の下らない幻想を、強く繋がれた手が打ち砕く。隣を走る綺凛は確かにそこにいて、その手から伝わってくる温かさは現実のものだった。

 

 とまぁ、凜堂の妙な感慨はさておき、二人は人っ子一人いない、湖を臨める歩道を走っていた。

 

「……」

 

 不意に何かを感じ取り、凜堂は走ったまま歩道を振り返る。濃霧の中、何かが二人をつけてきていた。最初は気のせいかと思ったが、間違いない。一定の間隔を開け、二人のペースに合わせて走っている。

 

「高良先輩……」

 

 既に綺凛も気配を察知しているのか、声を落として凜堂を見た。頷きながら凜堂はもう一度、走ってきた道を顧みる。白い霧の中、何も見えないが、それでも何かがいるのは確かだ。

 

「気配は……四、五個か」

 

 二人は顔を見合わせると、タイミングを合わせて速度を緩めた。それに合わせ、背後の気配もペースを落としたのが分かった。

 

「誰だか知んないけど、暇な連中だな」

 

 呆れたように囁く凜堂の隣で綺凛が首を傾げる。

 

「この気配、人なんでしょうか? この感じは寧ろ……」

 

 どちらにしろ、濃霧に紛れて追跡してくるような連中だ。碌なものではないだろう。走って振り切れるかどうか考えてみたが、凜堂の思考は目の前に突如現れたそれに中断せざるを得なくなった。通行禁止のマークが二人の行く手を遮っている。

 

「何だこりゃ? こんなもん、ここに無かったはずだぞ……」

 

 正体不明の追跡者に、昨日は無かった通行止めの標識。何者かの意図が働いていることは確かだ。必然、凜堂の脳裏にはあの黒幕の少女の顔が浮かぶが、犯人は彼女だと断定するほどの判断材料は無かった。

 

「一応、抜けられる道はあるみたいですけど……」

 

 綺凛が封鎖された道の脇にある迂回路を指差す。それはフェンスに囲まれた公園へと続いていた。入り口がこれ見よがしに開いているが、どこからどう見ても獲物を待つ大蛇の口にしか見えなかった。

 

「百パー罠だな」

 

 ですよね、と凜堂の断言に綺凛は苦笑で返す。

 

「つか、俺とお前どっちが狙われてんだ? 刀藤、心当たりは……一杯あるか」

 

 仮にも星導館学園の序列一位だ。狙われるには十分過ぎる理由だろう。

 

「あはは……高良先輩にもあるんですか?」

 

 まーねー、と答えながら、三度凜堂は後ろを振り返った。謎の気配は一定の距離を保ったまま、動こうとしない。

 

「二手に分かれてもいいな。そうすりゃ、どっちが狙いかは分かる……でもまぁ、もし狙いが俺ら二人だとすれば」

 

 そうだった場合、いたずらに戦力を散らばせることになる。そうなれば、相手の思う壺だ。

 

「一緒にいたほうが安全だな」

 

「はいっ」

 

 綺凛の顔はどこか嬉しそうだった。

 

「そんじゃま、どっちから進むか……」

 

 後ろの気配が動き始めた。少しずつではあるが、確実に二人との距離を詰めてきている。

 

 距離が十メートル程度になったところで、凜堂はさっき綺凛の言っていた台詞の意味を理解した。確かに、今近づいてきている気配は人間のそれではない。

 

(人間じゃないのは確実だな……だとしたら、何で星辰力(プラーナ)が感じられんだ?)

 

 凜堂の疑問を余所に、霧の中から気配の主が現れる。それは二人が今まで見たことの無い生き物だった。それどころか、地球上に存在しているどの種類にも該当しないだろう。

 

 体躯はトラやライオンのようなネコ科肉食獣を連想させる大きさだが、全身を覆っているのは滑らかな体毛ではなく、爬虫類の鱗のようなものだった。凶悪その物の顔は爬虫類に近く、口内にはずらりと鋭牙が並んでいる。

 

(翼の無いドラゴン、ってとこか……)

 

 こんな存在をドラゴンと形容していいものか分からないが、あえて描写するとしたら凜堂にはそれ以外思いつかなかった。

 

 全部で五匹。その全てが凜堂と綺凛に明確な敵意を抱いている。

 

「この子達、何ていう生き物なんでしょう?」

 

「さぁな。こんな珍妙な生き物、見たこともねぇ」

 

「でも、よくよく見てみると、ちょっと可愛いですよね」

 

「……変わった趣味してるな、お前」

 

 凜堂の生暖かい視線に綺凛があぅ、と落ち込んでいると、竜もどきがタイミングよく飛び掛ってくる。どうやら、相手の隙を窺う程度の知能は有しているようだ。

 

「うらぁ!」

 

 凜堂は容赦なく開かれた顎を蹴り飛ばした。ガツン、と上下の牙がぶつかり合って粉々に砕け散る。

 

 足にかかる重量感を意に介さず、凜堂は足を振り上げた。竜もどきは空中へと打ち上げられ、べしゃりと音を立てて地面に叩きつけられた。だが、何事も無かったかのように跳ね起き、歯を剥き出しにして凜堂を威嚇している。よくよく見てみると、砕けたはずの牙が再生していた。

 

「……本当に珍妙な連中だ」

 

「高良先輩、大丈夫ですか?」

 

 綺凛のほうを見てみると、鞘に刀を収めたまま竜もどき三匹をあしらっていた。流石は序列一位。この程度の相手、どうという事はないのだろう。

 

「問題ない。見てくれこそおっかないが、強さ自体は大した事ない」

 

(可愛いと思うんだけどなぁ……)

 

 綺凛の内心で囁いた声は凜堂に届くわけも無い。凜堂は拳に星辰力を纏わせ、再び襲い掛かってきた竜もどきの顔面に叩き込んだ。ただ殴り飛ばすだけのつもりで放たれた凜堂の拳は竜もどきの頭部にめり込み、そのまま爆発四散させる。

 

「いっ!?」

 

 想像以上の結果に驚く凜堂を尻目に、頭部を失った竜もどきが地面に倒れ伏す。だが、それも数秒間だけのことだった。砕けたはずの頭部がスライム状に変化し、見てくれからは想像もつかない俊敏な動きで竜もどきの首へと戻ったのだ。ぐずぐずと蠢いていたかと思えば、頭部を再構築する。さっきまで倒れていた竜もどきは何事も無かったかのように立ち上がった。

 

「本当にどういう生物だこいつは!?」

 

 驚愕する凜堂の背後に回った、別個体の竜もどきが大きく口を開く。牙が禍々しく光ったと思えば、周囲の万能素(マナ)がそこへ集束していくのが分かった。竜もどきの口内に焔が生まれ、渦を描きながら球状に纏まっていく。

 

「マジかよ……!」

 

 それは紛れも無く、『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』と同じ万能素に干渉する能力だ。

 

 吐き出された火球を凜堂は蹴りで弾く。星辰力を纏わせていたため、脚は無傷だった。ユリスの炎に比べれば、吹けば消えそうなほど弱っちい。だが、万能素とリンクして火球が放たれたのは確かだ。

 

(こいつがロディアの言ってた、変異体って奴か?)

 

 凜堂は首を振り、己の中に生じた疑問を打ち消す。もし仮にこの生物がクローディアの言っていた変異体なのだとすれば、もっと世間を賑わせているはずだ。それに何の動物がベースになったのか分からないほど、外観が変化しすぎている。

 

 既存の生物とは全く違う姿形(フォルム)。それにスライム状に変化する体を駆使した再生能力に、極めつけの万能素への干渉能力。こんなビックリドッキリメカのような生物が、今の今まで発見されなかったというのは幾らなんでも無理がある。それに、昨日今日の進化でこれほどの能力が得られるとは思えない。となれば、可能性は一つ。人工的に作られたのだ。そして、そんなことが出来るのはアスタリスクの中でもただ一つ。

 

(……また、アルルカントの連中か)

 

 確信と苛立ちを込め、凜堂は息を吐き出す。正直、いい加減にして欲しい。凜堂は募る苛立ちを抑え、ホルダーの中から鉄棒を取り出し、棍へと組み上げた。

 

「悪いが、連中(アルルカント)が関わってるってんなら、容赦はしないぞ。俺も余りいい感情は抱いてないからな」

 

 咆哮を上げ、二匹の竜もどきが左右から飛び掛ってくる。凜堂はゆらりと棍を構え、

 

一閃(いっせん)穿血(うがち)”!!」

 

 竜もどきの前足が届くよりも早く、神速の突きを二発放って二頭の心臓部分を刺し貫いた。悲鳴を上げる間もない、電光石火の早業だ。

 

 だが、次の瞬間には二頭の体がスライム状に溶け、水っぽい音を立てて地面の上へ落ちる。そして素早い動きで凜堂から距離を取ると、数秒と経たずに元の姿へと戻った。

 

「不死身か、お前……」

 

 呆れを吐き出す息に乗せ、凜堂は棍を担ぐ。想像していたとはいえ、ここまでケロリとされるとうんざりしてしまう。

 

(ユーリの炎なら塵一つ残さないで燃やし尽くせるんだがな……黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)ならいけるか?)

 

 少なくとも、通常時の凜堂が使う黒炉の魔剣では無理だろう。魔剣の威力を最大限に発揮させるためには、無限の瞳(ウロボロス・アイ)との併用が不可欠だ。しかし、そうなると制限時間が生じる。この先に何が待っているか分からない以上、不必要なバーストモードの使用は避けたかった。

 

「かといって、このままって訳にもいかねぇし……」

 

「刺突斬撃、刀剣類を用いた攻撃はほとんど効果がないみたいですね」

 

 何時の間にか、凜堂と背中合わせになるように綺凛が背後に回っていた。手には抜き身の刀が握られている。

 

「実態はあのスライムだな。あれが本来の姿なんだろ。今のあれは、擬態の類と見て間違いないな」

 

「なるほど……」

 

「相手にしないで逃げるのが手っ取り早そうだが、この霧の中を走り回るのもまずいだろ」

 

 逸れてしまえば、状況は最悪のものとなる。それに、この生き物が五匹だけだという保証も無い。

 

「少し、試したいことがあるのですが……いいですか?」

 

「試したい事?」

 

 無言で頷き、綺凛は一匹の竜もどきの方へと歩いていく。無造作と言っていい足取りだ。凜堂が訝しげに見守っていると、竜もどきが綺凛へと踊りかかった。

 

「ごめんね」

 

 綺凛は一言謝り、竜もどきの一撃を紙一重でかわし、その体を叩き切った。竜もどきの口から生き物とは思えない叫びが漏れる。先ほどと同じ様にその体はスライム状に変わった。

 

 だが、綺凛の斬撃はこれで終わらなかった。空中のスライム状の物体をもう一度斬ったのだ。さらにもう一度、返す刀でもう一度。凄まじい速さでそれを切り裂いていく。

 

 その光景を傍から見て、凜堂は改めて綺凛の斬撃の速さを痛感した。

 

 何十にも割断されたスライム片は地面の上で互いにくっつき大きくなっていくが、それに反比例するように空中に残された部分はどんどん小さくなっていく。その中に、凜堂は球状の物体が蠢いている事に気付いた。

 

 その球は綺凛の一撃から逃れるように動いていたが、既にスライムは拳大の大きさになっている。逃げることは不可能だ。

 

「終わりです」

 

 刀を一閃。綺凛はスライムの中の球を切り裂いた。真っ二つとなった球が地面に落ち、同時に地面の上のスライムが動きを止める。その球状の物体がスライム部分を制御していたようだ。

 

 目の前で仲間が一体倒されたのを見て、残された竜もどきは綺凛から距離を取る。

 

「思ったとおり、核となる部分があったみたいです。これで退いてくれると、嬉しいんですけど……」

 

 納刀しながら、綺凛は何でもないことのように言ってみせた。だが、その横顔はどこか悲しげだった。

 

「しっかし、核があるなんてよく分かったな」

 

「あの子達の星辰力の流れがちょっと変でしたから。私、昔からそういうのに敏感で」

 

 己の星辰力の流れを理解することは星脈世代にとって、出来て当然の事だが他人のとなると話は違ってくる。量や練度を量るならともかく、動きまで感じることが出来るのは尋常な事ではない。最早、特殊能力の域だ。

 

「……本っ当、大した奴だよお前」

 

 綺凛に感嘆の意を示しながら凜堂は地面に転がった球状の残骸を摘み上げる。感触からして、無機物で構成されている事は確実だ。

 

「ってことは、やっぱアルルカントか……」

 

「アルルカント?」

 

 手の中で残骸を握り潰す凜堂に、綺凛は不思議そうに訊ねる。

 

「色々あってな。後で話す……刀藤!」

 

 凜堂は綺凛の肩を掴むと、自身の背後へと彼女を押し込んだ。さっきまで綺凛が立っていたところに火球が殺到し、道路を抉り飛ばす。四匹全ての竜もどきが綺凛へと狙いを定めたのだ。一対一では勝てないと理解しているのか、四匹が同時に火球を発射してくる。しかも火球を放つことだけに集中しているらしく、かなりの速さで連射していた。

 

「冗談じゃねぇぞ!」

 

 小さく毒づきながら凜堂は嵐のように迫る火球を棍で弾き、受け流していく。この量の火球を対処するのは綺凜でも難しいだろう。まして、彼女が使っているのはただの日本刀だ。炎を斬るくらいの芸当、綺凛には出来るのだろうが、日本刀が無傷でいられるとは思えない。凜堂は棍に星辰力をチャージし、火球の悉くを打ち払っていった。

 

 それでも、じりじりと後退させられる。気がつけば、公園の入り口付近まで追い込まれていた。

 

(どうにか刀藤だけでも……)

 

 綺凛を逃がすための糸口を探すが、次々に放たれる火球がそれを許さない。しかも発射のタイミングに緩急がつき始め、対処が次第に難しくなっていった。

 

「戦いの中で成長してるってか? 何だその少年バトル漫画みてぇな展開……! おい、刀藤! 俺がどうにか隙作るから、その間に逃げろ!」

 

「え? で、でもそれじゃ高良先輩が……!」

 

「俺のこたぁ心配するな! こんなちんちくりんな生き物に負けるほど柔じゃねぇよ!」

 

 その時だ。竜もどきの火球が二人の足下に着弾したのは。外した、という訳ではないだろう。ビシリ、と着弾点を中心に亀裂が広がっていった。

 

「えっ?」

 

「これが狙いか……!」

 

 次の瞬間、二人が立っていた石畳が崩れ、二人の足下に巨大な穴が開いた。人二人が楽に落ちれるほどの大きさだ。あの程度の威力の攻撃でアスタリスクの地盤をこれ程壊せるわけもない。事前に仕組まれていたようだ。

 

「どわぁぁぁぁ……」

 

「きゃぁぁぁぁ……」

 

 悲鳴だけを残し、二人は穴の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「これで第一幕終わり? つまんないの」

 

 空間ウィンドウの中で凜堂と綺凛が巨大な穴に飲み込まれる。それを前にエルネスタは心底つまらなさそうに欠伸を漏らした。

 

「あんなに大きなの開けちゃってどうすんのさ? 警備隊が嗅ぎ付けるのも時間の問題だねぇ」

 

「あそこは元々、工事予定地だったらしい。しばらくは大丈夫だろう」

 

 エルネスタのぼやきに片手間で答えながらカミラは携帯端末を操作する。計測端末から送られてきたデータをチェックしているのだ。

 

「あれがフリガネラ式粘性攻体かぁ。『超人派(テノーリオ)』の取って置きって聞いて期待してたけど、全然大した事ないじゃん」

 

「厳しいな。私としては中々に興味がそそられたがな」

 

「万能素の流動制御と擬似変換技術は結構面白かったよ? でも、それ以外は特に目ぼしいとこ無いね。そもそも、姿が可愛くなーい」

 

 唇を尖らせながらエルネスタは手近にあったぬいぐるみを抱き締めた。何の動物なのか分からないが、女性から見て可愛いといえる形をしている。

 

「それは単に君の趣味だろう。それに考えてもみろ。仮に君の望み通りの形のものが出てきたとして、それが火を吐いたりあんな声を出したりするんだぞ?」

 

「……無いわー」

 

 エルネスタの表情がげっそりとしたものになる。想像してみて、可愛らしいとはとても言えなかった。

 

「何にせよ、星辰力を用いた原形質変化は予め記憶してあるものにしか出来ないようだ。核一つにつき、一種類というのも痛いな」

 

「たったの一種類? 本気で大したことないじゃん。『大博士(マグナム・オーパス)』抜きの『超人派』なんてこんなもんかぁ」

 

 ますますエルネスタの興味が失われていく。

 

「それ以前に弱すぎないあいつら? 何の役にも立たないよあれ。精々、見た目のインパクトで相手を驚かせるくらいじゃん」

 

「いたし方あるまい。別に『超人派』も生物兵器を作っているわけじゃないんだ。あれらはただの副産物だしな」

 

「そりゃそうだけどね。でも、これなら今の段階のうちの人形ちゃんの方が断然強いよ?」

 

 あれと比べれば何だってそうなると思うが、とカミラは心中で吐露する。そもそも、比べること自体がナンセンスだ。あれと比べ物になる創造物など、それこそ純星煌式武装(オーガルクス)くらいだろう。

 

「フォローをするなら、相手が悪すぎる。星導館の序列一位に、それに君が注目している男だぞ? どうこう出来るものの方が少ないだろう」

 

「確かにあのクラスを相手取るのは厳しいよね。今のアルルカントにも真っ当にやり合える人もそういないだろうし」

 

「去年の『鳳凰星武祭(フェニックス)』優勝タッグもそうだが、実践クラスの有力学生は軒並み卒業してしまったからな」

 

「だからこそ、私達の舞台を始められるんだけどね」

 

 そこで空間ウィンドウの画面が切り替わった。

 

「お、いよいよ第二幕の始まりですか」

 

「一応、次が連中の本命らしいぞ」

 

「なら、期待しておきましょうか」

 

 

 

 

 

 ガラガラと瓦礫が落ちていく中、まず最初に凜堂は棍を握っていることを確認する。次にすぐ横を落ちていく瓦礫に乗り、周囲を見回した。大小様々な道路の破片の中に綺凛の姿を見つける。

 

「刀藤!」

 

 叫ぶ凜堂の右目に漆黒の星辰力が灯った。口上があったほうがバーストモードを発動させるイメージがし易いのだが、今はそんなことをやっている暇は無い。凜堂は落下する瓦礫を足場にし、綺凛に向かって跳躍していく。星脈世代でも出来るかどうかの動きだが、バーストモード時の凜堂はそれをやってのけた。

 

「高良先輩!?」

 

「ちょっち失礼!」

 

 擦れ違い様に引き寄せ、綺凛の華奢な体をしっかりと抱き寄せる。落ちながら、凜堂は棍の先を上へと向けた。

 

 すると、棍が上へと急速に伸びていった。注意して見ると、棍が伸びたのではなく、鉄棒同士を星辰力が繋いでるというのが分かる。

 

 ゴッ、と先端が何かに刺さる感触が伝わり、同時に二人は振り子のような動きで地面(?)の上すれすれを通過した。

 

 どぼん、と後ろから音が聞こえた。肩越しに見てみると、瓦礫が水柱を上げて水中に落ちていくところだった。

 

「地面じゃなくて、水なのか」

 

 綺凛を放さないようにしっかりと抱き締めながら凜堂は動きの勢いが止まるのを待つ。最初はブラーンと擬音がつきそうなほど見事に揺れていたが、それも徐々に収まっていった。

 

 よし、と頷き、凜堂は棍を持った手を捻る。カコッ、と軽い音と共に棍が元に戻り、二人は水面目掛けて落ちていった。

 

「っ!」

 

 綺凛が息を呑むのが分かる。だが、綺凛の心配を余所に、凜堂は地面の上に着地でもするように水面に着水した。派手な水飛沫があがるが、体が水中に沈むことは無い。水面に大きな波紋が広がっていった。

 

「……た、高良先輩! みみ、水の上に立ってます!」

 

「あぁ、星脈世代なら割と誰にもで出来るぞ。ニ、三年かかるけどな」

 

 二人分の体重+ウェイトの重さはかなりのもので、水面に立っているためにはかなりの星辰力を消費した。無限の瞳に内蔵されている力はその程度で枯渇するほど少なくは無いが、消耗を少なくするに越したことは無い。

 

「おい、刀藤。悪いけど、ウェイト外してもらっていいか? 序に俺のも」

 

 現在、凜堂の手は綺凛と棍で塞がっている。なので、ウェイトを外すには綺凛の助けが必要だった。が、凜堂の声は綺凛に届いていなかった。凜堂が水面に立っていることに余程興奮してるらしい。

 

「お~い、刀藤」

 

「これ、どうやってやってるんですか!? 私、こんなの生まれて初めて見ました!」

 

 とてもじゃないが、落ち着いてウェイトを外せる精神状態ではない。小さくため息を吐き、凜堂は綺凛の耳元へそっと息を吹きかけた。

 

「ひゃん……たた、高良先輩、なな何を?」

 

 色っぽい吐息を漏らすも、落ち着くことは出来たようだ。顔を真っ赤にさせながら綺凛は凜堂を見返す。

 

「とりあえず、ウェイト外してくれ。結構、重い」

 

「は、はい! 分かりました」

 

 慌てながら綺凛はまず自分のウェイトを外し、水面へと投げ捨てた。不法投棄になるだろうが、緊急事態なので気にしないことにする。

 

「じ、じゃあ、失礼します……」

 

 次に綺凛は凜堂のウェイトに手をかけるが、自分がどういう状況になっているのか理解し始めたらしい。顔がどんどん赤くなっていき、極度に精神が昂ぶって指先は思うように動かないようだ。

 

「……ふぇ」

 

「落ち着け。普通にやれば外せるから」

 

 涙目になる綺凛に凜堂は優しく話しかける。その後、綺凛は数分を要して凜堂のウェイトを外した。

 

「サンキュー。にしても、どこだここ? 刀藤、お前分かるか?」

 

 綺凛からの返事は無い。不審に思いながら首を動かすと、真っ赤になった綺凛と視線がかち合った。

 

「あうぅ! あのあの、その、ちょっと……」

 

「? どしたお前?」

 

 綺凛の態度に凜堂は首を傾げるが、改めて自分の状況を確認して納得した。

 

 現在、二人は凄い密着状態にある。凜堂は綺凛の腰に腕を回し、綺凛は凜堂に両腕を使ってしがみついている。傍から見ると、ほとんど抱き合っているような有様だ。その上、凜堂のよく鍛えられた胸板に綺凛の豊かな双丘がこれでもかというくらいに押し付けられている。

 

「あ、わ、悪い……」

 

 ユリスを抱き抱えながら戦った時には無い経験だ。綺凛ほどでないにしろ、凜堂は顔を赤くさせる。

 

「嫌なら、すぐ放すけど」

 

「い、嫌なんかじゃありません! それに私、泳げないですし……」

 

 語気を強めるも、最後の部分はほとんど囁くように綺凛は言った。綺凛の告白に凜堂は目を丸くさせる。

 

「泳げねぇのか?」

 

「はい……ごめんなさいです」

 

 謝るこたぁねぇだろ、と凜堂は小さく笑いながら綺凛の額と自身の額をくっ付けた。

 

「人間なんだ。出来ない事の一つや二つあったって、それは恥ずかしい事じゃない。お前の場合、それが偶々水泳だったってだけの話だろ」

 

 だから気にすんな、と凜堂は朗らかに笑う。綺凛は恥ずかしそうに、だが、それ以上に嬉しそうにコクリと頷いた。

 

「よし……しっかし、どこだここ?」

 

 凜堂は改めて周囲を見回す。とんでもなく巨大な空間だ。天井から水面までは二十メートルはある。左手には壁があるが、反対側はどこまでも広がる水面と巨大な柱しか無かった。照明はほとんど無く、中途半端な数存在する光源が空間の暗さに拍車をかけている。

 

 斜め上辺りを見てみると、二人が落ちてきたであろう穴が顔を覗かせている。

 

「あ、アスタリスクは地下空間も色々な形で利用されているので、そこにも穴が開いてたんだと思います。自然に出来ることは無いと思うので……」

 

「ご丁寧に全部ぶち開けたのか。本当に暇だな」

 

 その行動力に凜堂は呆れと感心を通り越し、畏敬の念すら抱いた。

 

「多分、ここはバラストエリアだと思います」

 

「バラストエリア? 何じゃそら」

 

 聞き覚えの無い単語に凜堂は疑問符を浮べる。

 

「えっと、アスタリスクはいわゆるメガフロートですから、バランスを取るための重りとして水を使ってるんだと思います……多分」

 

「そうか。だとすれば、点検のための出入り口があるはずだよな?」

 

 流石にこのまま水の上に立ち続けるのは辛い。それに、もしバーストモードが解けたらその時点で二人は仲良く水の底に沈む事になる。

 

「手足をかけれる場所を探そう。このまま水の上を歩き続ける訳にもいかな……」

 

 不意に凜堂の視線が厳しいものになる。綺凛が声をかけるも、答えず凜堂は無言で水面を、その先を睨んでいた。水底で何かが動いたように見えたのだ。だが、周囲にほとんど光源が無いため、何かがいると断定できるほどはっきりと見たわけではない。

 

「……水の中に何かいる」

 

「えぇっ!?」

 

 それでも、凜堂には妙な確信があった。ここには何かがいると、彼の勘がそう囁いている。不安そうに縋りついてくる綺凛を安心させるように抱き返しながら凜堂は水底に目を凝らした。やはり、何が潜んでいるかは分からない。

 

 出し抜けに凜堂の全身が泡立つ。綺凛も何かを感じたのか、体を竦ませた。

 

「刀藤、しっかり掴まってろ!」

 

「はい!!」

 

 警鐘を鳴らした直感に従い、凜堂は力の限り跳んでその場から大きく距離を取る。その瞬間、凜堂が立っていた水面が盛り上り、巨大な顎が現れた。ギラリと牙が輝き、ガツンと音を立てて閉じられる。これに噛まれたら、いくら星脈世代でも無事では済まなかっただろう。

 

 牙の持ち主は獲物を逃した事に不満げに息を吐き出しながらその姿を露にする。

 

「……」

 

 腕の中で綺凛が息を呑むのが分かった。かくいう凜堂も、目の前の光景に驚愕を禁じえない。

 

「ビックリ生き物ショーもここまで来ると笑えねぇな」

 

 二人の視線の先、巨大な竜が鎌首をもたげていた。




今週からバイトがまた始まるので、一日一回の更新は無理になりました。


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変わるもの

「……アスタリスクの秘密。学園都市の深奥に広がるジュラシックパーク、ってか」

 

 口元を引き攣らせながらも凜堂はどうにか軽口を叩くが、それ以上のことは何も言えなかった。目の前にいきなり古代の首長竜に似た生命体が現れたら誰だって絶句するだろう。

 

 上にいる竜もどきとは比べるのも馬鹿らしくなるほどのサイズ差だ。水中から覗かせた首と頭だけで十メートルはある。水の中に隠れている体部分も含めれば、二十メートルは優に超えるだろう。

 

 上で襲ってきた竜もどきと同じ様に竜は二人に向けて敵意を放っていた。

 

「そりゃま、こんだけ大掛かりな事やっといて、そのまま帰してくれるわけねぇよなぁ」

 

「高良先輩……あの竜、上の子達と同じです」

 

 綺凛が囁く。ということは、例え攻撃したとしても上の竜もどきと同様に体をスライム状に変化させ、瞬く間に傷口を修復するはずだ。弱点である核もあるのだろうが、この巨体から核を探し出すのは至難の業だろう。

 

「何ともまぁ、骨が折れそうだな」

 

 凜堂が棍を構えると、竜は低い唸りと共に突進してきた。水面を切り裂き突っ込んでくる様はかなり迫力がある。まるで、怪獣映画の一場面のようだ。

 

「さすがにそう易々と食われてやらねぇよ!」

 

 直前まで竜を引きつけ、凜堂は牙が体に触れる寸前に横に跳んだ。すぐ横を竜の巨体が通り過ぎていき、水面が激しく揺れる。想像以上に大きな波が足下を襲い、凜堂は少し体勢を崩した。

 

 そこを狙ったように竜が首だけをこちらに向け、大きく口を開いた。竜もどきの時と同じ様に口内で万能素(マナ)が集まっていくのが分かる。

 

「そりゃま、同じ芸当が出来て当然か」

 

 凜堂の呟きを肯定するように竜は火球を吐き出す。その巨体に見合った、竜もどきのとは比較にならないほど巨大な火球だ。ミサイルよろしく飛んできた火球を跳んで避ける。凄まじい熱波が二人を襲うが、火傷を負うほどのものではない。二人の横を掠めていった火球は空間を照らしながら飛翔していった。

 

「おっかね。火じゃなくて、もうちょい動物らしいもん出せよ。胃液とか」

 

「そ、それはそれでどうなんでしょう……あれ?」

 

 綺凛が首を傾げた。凜堂も異変に気付いたのか、眉を顰める。何故か、光源のない空間で周囲が明るくなったのだ。オマケに何やら超高温のものが急速に近づいてきている。

 

 まさかと思いつつ振り返ると、方向転換したのであろう火球が二人目掛けて飛んできた。『魔女(ストレガ)』よろしく火球の軌道を操作したようだ。

 

「こんなことまで出来んのか!!」

 

 避けても意味がないと悟った凜堂は咄嗟に棍を盾に組み替えた。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”!」

 

 星辰力(プラーナ)の光を放つ星型の盾と火球がぶつかり合い、凄まじい衝撃が発生し派手に水を巻き上げる。雨のように降り注いでくる水に凜堂は悪態を吐いた。

 

「くそ、魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)じゃあるまいし、小賢しいことしてくれるぜ……!」

 

「高良先輩!」

 

 綺凛の切迫した声にハッとすると、竜がかなりのスピードでこっちに迫ってくるのが見えた。さっきと比べると、手加減していたのではないかと思ってしまうほどの速さだ。

 

「ちぃ!!」

 

 牙が二人の体に突き刺さるギリギリで凜堂は盾を前に突き出した。牙と盾がぶつかり合い、耳障りな不協和音を奏でる。超重量の突撃を受け、さしもの凜堂も踏ん張りが利かずに水面を押されていった。歯を食い縛りながら満身の力を込めるが、竜を押し返すことは出来ずに柱へと叩き付けられる。

 

「っつぅ!」

 

 厚みのある柱にクレーターが出来るほどの衝撃。背中からぶち当たった凜堂の息が寸の間止まった。足裏から放出する星辰力の調節も乱れてしまい、膝辺りまで沈んでしまう。ひっ、と綺凛が息を呑むのが分かった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 綺凛を安心させるため、不敵な笑みを浮かべて頷こうとするが、呼吸が上手く出来ず激しく咳き込んでしまう。逆に不安を駆り立てることになってしまい、綺凛は今にも泣きそうな顔になってしまった。

 

「だ、大丈夫だから安心しろ。この状況は流石にまずいけどな」

 

 竜は追撃をかけようとはせず、距離を離して二人の様子を窺っている。竜もどきと同じくらいの知能はあるようだ。少なくとも、竜もどきよりも馬鹿ということはないだろう。

 

「た、高良先輩、私が足手纏いになるなら、いますぐ離してください!」

 

 と、綺凛がいきなりとんでもない事を言った。はぁ!? と凜堂は眼球が零れるくらい目を見開きながら綺凛を見る。

 

「刀藤、お前何言って……」

 

 語気を強めるも、綺凛の頬を伝い落ちていく大粒の涙に凜堂は言葉を失った。

 

「私のせいで高良先輩がお怪我をされたら……私……!」

 

「刀藤……?」

 

「やっぱり、私は駄目な子なんです……いくら剣術をやっても、こうやって誰かのお荷物にしかならない……あの時だってそうでした……もう嫌です、私なんかのせいで誰かが犠牲になるのは……」

 

 肩を震わせ、激しくしゃくりあげながら綺凛は掠れ声を搾り出す。

 

「私なんて、私なんて……生まれて来なければ良かったんです……!」

 

 腕の中で咽び泣き始めた綺凛に凜堂は大きくため息を吐く。刀藤、と呼びかけてから徐に抱き寄せ、

 

「ふんっ!!」

 

 かなり強めの頭突きを叩き込んだ。みぎゃん! と可愛らしくもどこか可笑しい声が綺凛の口から漏れる。相当痛かったのか、凜堂に回していた両腕を外して頭を押さえていた。綺凛を離さないようにしっかりと腕に力を込めながら、凜堂は棍を竜に向ける。

 

「耳元でぴーぴー泣き喚くな。俺が前に言った事、忘れたのか?」

 

 忘れたわけではない。女の一番の化粧は笑顔、と凜堂が言ってくれた言葉を綺凛はしっかりと覚えている。しかし、この状況で笑えというのは些か無理な話だ。ふっ、と険しくしていた表情を緩め、凜堂は子供をあやす様に語り始めた。

 

「刀藤。俺もお前と同じだったよ。何にも出来ない、弱い自分が大嫌いで仕方なかった」

 

 脈絡無く始まった凜堂の話に綺凛は目を丸くする。己のことを嫌っている凜堂を、何より弱い凜堂を想像できなかったからだ。

 

「俺もさ、自分のせいで大切な人達を殺しちまったんだ。親父が戦っているのを震えながら見ることしか出来なくて、お袋の疲労にも気付けずに見殺しにしちまって、姉貴が目の前で襲われてるのに何もしてあげられなかった……本当に、どうしようもないくらい弱くって、何も出来ない。その上、自分のことを棚に上げて周りに当り散らすクソガキだった」

 

 当時のことを思い出し、凜堂はどこか悲しげに笑う。その横顔を見ながら、綺凛は黙って凜堂の言葉に耳を傾けていた。

 

「そんな自分を大嫌いになって、憎んで絶望した……そして決めたんだ、変わろうって」

 

 高良凜堂は弱かった。故に何も出来なかった自分を嫌い、強くなろうと決めた。

 

 高良凜堂は無力だった。故に動けなかった自分を憎悪し、絶大な力を欲した。

 

 高良凜堂は護れなかった。故に護れなかった自分に絶望し、次は護り抜くと誓った。

 

「だから、俺は今ここに居る。自分の成すべきことをするために、俺自身の物語を紡ぐために」

 

 大嫌いで、憎くて、絶望しきった凜堂が過去(そこ)にいる。だからこそ、今の凜堂がここに立っているのだ。

 

 当時の自分の無力さを何度も悔やんだ。周囲に八つ当たりしていた時のことを黒歴史と嘆いた事もある。だがそれでも凜堂はその時の自分を、そして自分自身の人生を否定することだけはしていない。

 

「なぁ、刀藤。俺はな、こんな自分の人生も悪くないって思ってるんだよ」

 

 悲しいことや辛いこと、苦しいことも許せないこともたくさんあった。そんなものは無い方がいいに決まっている。でも、それが無かったら今の凜堂は存在しない。今の凜堂がいなければユリスとの、心の底から護りたいと願った人との出会いすら無くなってしまうのだ。

 

「刀藤、お前の人生も色々あったんだろうさ。辛かったことも、痛かったこともたくさん。でも、それって否定していいのか? そんな簡単に捨てられるほどお前の歩んできた道は、お前の物語は安っぽいものなのか?」

 

「……違い、ます」

 

 小さく、だがはっきりと綺凛は断言する。凜堂の言うとおり、たくさんの嫌なことがあった。だが、それと同じくらい嬉しいことも。宝物のように胸に秘めたその大切な思い出を、捨てていいはずが無い。

 

「なら、もう二度と自分が生まれなければ良かったなんて言うなよ。それはお前の人生に関わった全ての人を侮辱する言葉だからな。約束できるな?」

 

 はい、と涙を拭いながら頷いた綺凛に微笑みかける。頬に残った涙の跡が痛々しいが、その顔には吹っ切ったような、爽やかな笑みが浮かんでいた。

 

「よし……そいじゃま、この状況をどうにかしますかね」

 

 凜堂は棍を鉄棒に戻してホルダーに収め、黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を取り出した。主の求めに応じ、魔剣は純白の刀身に黒い紋様を躍らせる。

 

「とりあえず、一番必要なのは足場だよな」

 

 口を動かしながら、背後の柱に黒炉の魔剣を振るう。融けかけたバターかチーズのように柱にあっさりと穴が開き、人二人が立てるだけの場所を作った。

 

「今更ですけど、こんなことしていいんでしょうか?」

 

「緊急事態だ。大目に見てもらおう」

 

 そこへ綺凛を下ろしていると、今まで様子見に徹していた竜が火球を撃ち込んできた。凜堂は振り返ることなく魔剣を一閃させ、火球を難なく叩き切った。雲散霧消する火球に鼻を鳴らす。この程度の炎、ユリスのものと比べれることすら馬鹿らしい。

 

「うぜぇ」

 

 さっきしまった鉄棒を取り出し、棍を作り出す。凜堂が手首をスナップさせると、棍の真ん中辺りがパキンと折れた。まるでブーメランのような形状だ。

 

 凜堂は無造作な動作でブーメランを投げた。空気を切り裂きながら飛翔していくブーメランは狙い過たず、竜の首を切り裂いた。大きな水音と一緒に竜の首が水面に落ちる。だが、予想通りと言うべきか竜の首は瞬く間に溶け、生理的嫌悪感を覚える動きで元通りの首へと戻った。

 

「やっぱな」

 

 戻ってきたブーメランをキャッチしながら凜堂は呟く。想像はついていたので、大して驚きはしなかった。

 

「やっぱ、核ごとぶった切るしか方法はないみたいだな……刀藤、あいつの核の場所って分かるか?」

 

「はい。でも、体の中で常に動いてるみたいで詳しい場所までは……」

 

 面倒な奴、と凜堂は肩を竦める。

 

「このままじゃジリ貧だしな……やるっきゃねぇか。刀藤、それ借りて良いか?」

 

 凜堂は綺凛の腰に差してある日本刀を指差す。

 

「これですか? どうぞ」

 

 一瞬の躊躇いすら見せず、綺凛は腰から鞘ごと引き抜いて凜堂へ差し出す。余りの迷いの無さに凜堂は面食らってしまった。

 

「……聞いといて難だけど、いいのか? 大切なものなんじゃ」

 

「大丈夫です。高良先輩なら大切に使ってくれるはずですから」

 

 綺凛の信用が微妙に重い。そっか、と小さく笑いながら凜堂は竜の方へ向き直る。さっきのブーメランの一撃で警戒心がより一層強くなったようだ。牙の間から剣呑な唸り声を上げているが、襲って来ようとしない。

 

「んじゃ、刀藤。俺が合図したら、それ投げてくれ」

 

 はい、と綺凛の返事を背に受け、凜堂は数歩前に出る。竜が警戒の声を上げるも、それ以上のことはしてこない。まだ、凜堂との距離が遠いと判断したようだ。だが、既にそこは凜堂の間合いの中だった。

 

六星(りくせい)防義(ふせぎ)”」

 

 凜堂は棍を盾に変え、大量の星辰力を流し込んだ。星辰力の量が増えるにつれ、盾が漆黒に輝いていく。光る盾を構え、凜堂は円盤投げよろしく盾を投げ飛ばした。狙いは竜本体ではなく、その下だ。盾が水中に飛び込み、竜の真下辺りに行ったのを確認して凜堂は盾の星辰力を解放させる。

 

六星(りくせい)弾鬼(はじき)”!!」

 

 刹那、凄まじい爆発が竜の真下で発生した。火球と盾がぶつかり合った時とは比ではない大きさの水柱が立ち上がり、竜の巨体を上へと吹き飛ばす。その全容は凜堂の予想通り、かなりの大きさだった。

 

「刀藤!」

 

「はい!」

 

 綺凛は凜堂の声に従い、日本刀、千羽切を投げた。くるくると弧を描いて飛んできた千羽切を空いた手でキャッチし、凜堂は竜目掛けて跳躍した。同時に大量の星辰力を黒炉の魔剣へと注ぎ込み、千羽切に同じ量の星辰力をチャージさせる。

 

一津(ひとつ)奥義(おうぎ)一閃(いっせん)屠理(ほふり)”!!」

 

 宙を飛ぶ凜堂の手の中で魔剣が姿を変えていく。刀身は長大なものになり、その上を紋様が狂ったように舞っていた。そして千羽切も鍔元から星辰力を発生させ、巨大な光の刃を形成する。その光の刃の上では黒炉の魔剣の紋様と同じ様なものが踊っていた。

 

 竜は逃げ出そうと鰭のような手足をばたつかせるが、空中で動けるわけも無い。

 

「行くぜ首長野朗!」

 

 凜堂は竜と同じ高さまで飛んでいくと、全身で両腕の剣を振るって竜の体を矢継ぎ早に切り裂いていく。地上で綺凛が竜もどきを相手にやってのけたのと同じ技だ。

 

「す、凄い……!」

 

 その光景に綺凛は驚嘆を禁じえなかった。振るわれる二つの光剣は暗闇の中に無数の軌跡を描いていく。それは現実離れした、まるで星のない夜空を幾つもの流星が乱舞しているかのようなとても幻想的な絵だった。スライム状に変化した竜の体が見る見るうちに小さくなっていき、いよいよ体内にある核を露出させた。竜もどきに比べ、かなり大振りなものだ。

 

「フィナーレだ」

 

 振り抜かれた魔剣が容赦なく核を断ち切る。再生のため蠢いていたスライムはビクリと震えると、力なく水の中へと沈んでいった。

 

「よっと」

 

 軽い音を立てて凜堂は水面に降り立った。既に黒炉の魔剣は待機状態になっており、千羽切も元の姿へと戻っている。

 

「これでよし、と。刀藤、出口探してこっから出るぞっ!?」

 

 がくりと凜堂の膝から力が抜け、一気に腰まで沈んだ。全身から力が抜け、右目から星辰力の輝きが消えていく。

 

「反動がこのタイミングで出るって、嘘だろ……!」

 

 愕然としながらも、凜堂は足を動かして綺凛がいるところに向かう。しかし、体は鉛のように重く、思うように動かなかった。オマケに意識も遠のいてきている。

 

(こりゃ本格的にまずいな……)

 

「高良先輩!!」

 

 朦朧とする意識の中、凜堂は綺凛の叫びを聞いた。体が水中へと没していく中、凜堂が聞いたのは何かが水に飛び込む音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぱい……ら先輩……高良先輩!」

 

「ん……」

 

 体を揺り動かされ、凜堂は不承不承といった様子で覚醒した。正直、目を開く事さえ億劫なくらい体が疲れ切っている。目を開くと、泣き笑いしている綺凛と目が合った。何故か、凜堂の視界に映る綺凛は逆さまだったが。

 

「高良先輩! 良かった……!」

 

 凜堂の意識が戻ったので緊張の糸が切れたのか、綺凛はぽろぽろと涙を零した。悲鳴を上げる肉体を叱咤し、どうにか凜堂は片腕だけ持ち上げて綺凛の頬の涙を拭う。

 

「……悪い、心配かけたな……ってか、あの後、俺どうなったんだ?」

 

 完全に水中に沈んだところで、凜堂は意識を失った。そこから先は覚えてないが、自力でここまで来たという可能性は皆無だ。だとすれば、答えは一つ。

 

「お前が助けてくれたのか、刀藤? でもお前、泳げ無い筈じゃ……」

 

「無我夢中で体を動かしてたら、何時の間にか高良先輩をここに引き揚げてました。火事場の馬鹿力かもしれませんね」

 

 序に千羽切も黒炉の魔剣も無事に回収できたようだ。照れくさそうに綺凛は笑う。そうか、と凜堂は目を閉じた。後頭部が妙に幸せだ。この感触には覚えがある。あれは確か、サイラスを倒した際にバーストモードの反動で意識を失った時のことだ。ユリスに膝枕をしてもらった時も、確かこんな感じだった。

 

(膝枕!?)

 

 ぎょっとしながら目を開け、出来る限りの範囲で周囲を確認する。凜堂の想像通り、綺凛の膝枕で寝ているような状態だった。ここまではユリスの時と同じだ。しかし、決定的に違う点が一つ。綺凛が下着姿だということだ。よくよく見てみると、凜堂もシャツを脱がされていてズボンだけの姿になっている。

 

(ってことは待てよ……おいおいおいおい!)

 

 現状、凜堂は綺凛のむき出しになった太腿に直に頭を置いていることになる。見上げてみると、さっきは気付けなかった豊かな双山がこれでもかと自己主張していた。

 

「すすすすすまん! 今すぐどくかるぁっ!!??」

 

 慌てて動こうとして、凜堂の体が絶叫する。全身を貫いた激痛に凜堂は力なく身を横たえた……綺凛の生太腿を枕にして。

 

「だ、大丈夫ですか!? 急に動いたら駄目ですよ!」

 

「で、でもな」

 

「大丈夫です。わ、私は全然……その、嫌じゃありませんから」

 

 頬を桜色に染め、口元に手を当てながら綺凛は視線を逸らす。そ、そうか、と凜堂も顔を真っ赤にさせながら綺凛の好意に甘えた。

 

「「……」」

 

 何ともいえない沈黙が二人の間に流れる。ある意味、拷問以上に拷問だ。

 

 確かにこのバラストエリアは空気が冷たい上に湿っているので、濡れたままの服装は確実に体温を奪っていく。なので、服を脱がせるという綺凛の判断は実に的確だった。凜堂もそれは重々承知している。だがしかし、

 

(何で膝枕してんだ!? ユーリの時もそうだったけど、流行ってんのか膝枕!?)

 

 そう思わずにいられなかった。凜堂が黙り込む一方、綺凛も静寂に耐えかねているようで、必死に話題を探していた。

 

「そ、そう言えば落ちた時から気になっていたんですけど、高良先輩の右目から黒い星辰力が溢れてたのって、無限の瞳(ウロボロス・アイ)を使っていたからなのですか?」

 

「え? あ、あぁ。そうだ。無限の瞳から力を最大限に引き出そうとすると、自然とあぁなるんだ。普通なら一時間近くはもたせられるんだけど、黒炉の魔剣と一緒に使うとリミットが一気に五分くらいになっちまうんだよ。その反動が割りときつくてな」

 

 お陰でしんどいのなんの、と凜堂は苦笑いする。

 

「そう、なんですか……高良先輩はどうしてそんなになるまで闘っているのですか?」

 

 唐突な質問だった。以前の凜堂ならすぐには答えられなかっただろうが、今の彼は既に答えを見つけている。

 

「護りたい奴がいるんだ」

 

 それが凜堂の戦う理由であり、アスタリスクでなすべきことだ。

 

「……リースフェルト先輩、ですか?」

 

「あぁ」

 

 凜堂が言葉短く頷くと、綺凛は傍目から見ても分かるほどしょぼんと表情を曇らせた。

 

「や、やっぱり、高良先輩は……リースフェルト先輩のことが……すす、好きなのですか?」

 

「ユーリのこと? あぁ、好きだぜ」

 

 何の迷いも無い答えだった。ぎゅっ、と綺凛が握り拳を作ったことに気付かず、凜堂は言葉を続ける。

 

「確かな意志があって、それに伴った実力も持ってる。高潔な人だ。心の底から尊敬してる」

 

 あれ、と綺凛は首を傾げる。何だか、凜堂の言っている好きと自分が考えている好き。そこに差を感じたからだ。

 

「高良先輩、リースフェルト先輩のことが好きなのって、その……人間的にという意味なんでしょうか?」

 

「へ、そうじゃねぇの?」

 

 この男も大概ど天然だ。きょとんとするも、綺凛は少しだけ嬉しそうな顔をしながら頭を下げる。

 

「いえ、何でもありません。変なことを聞いてごめんなさいです……それなら、まだ私にも……」

 

 何かボソボソと言っているが、声が余りにも小さいので凜堂の耳には届かなかった。変なの、と訝しげに眉根を寄せるが、凜堂はその事に関して何も言わない。代わりに自分も聞きたいことを訊ねる。

 

「刀藤、俺も一つ聞きたいことがある。お前は何で、アスタリスクで戦ってるんだ?」

 

 凜堂の問いに綺凛は意外そうな顔をするも、ゆっくりと話し始めてくれた。

 

「私の戦う理由は、以前にも少しだけお話しましたとおり、父を助けるためです」

 

「あぁ、親父さんもやっぱ星脈世代(ジェネステラ)だったのか?」

 

 こくんと頷いて綺凛は答える。星脈世代が必ずしも星脈世代の子供を生むわけではない。が、常人の夫婦が星脈世代を生むより確率が高いことは確かだ。

 

「でも、父は今、罪人として収監されています。私は一刻も早く父を釈放したいだけなのです」

 

 罪人? と穏かじゃない言葉に凜堂は顔を顰めた。『星武祭(フェスタ)』で優勝することが出来れば、統合企業財体はどんな望みでも叶えてくれる。それこそ、法を踏み躙るような、例えば受刑者を即座に自由の身にするとか。実際、そういう例も少なくは無いようだ。

 

「父は何も悪いことはしてないんです! ただ、私を助けようとしてくれただけで……!」

 

 興奮のためか、綺凛の声音が強くなる。少し落ち着け、と宥める凜堂。

 

「何があったんだ?」

 

「……今から五年前、私と父のいた店に強盗が入ったんです。そして人質にされそうになった私を助けるため父は……父は……」

 

 そこから先は言わずとも分かった。綺凛を助けるため、彼女の父は強盗犯を殺めてしまったのだろう。その結果、罪人として収監される事になった。

 

「相手は星脈世代じゃない、一般人だったんだな」

 

 頷く綺凛。

 

 どの国にも共通している事だが、星脈世代の人権的位置は低い。人権が制限されているといっても過言ではない。特に星脈世代が常人を傷つけた場合、それが顕著に現れる。傍から見て正当防衛であっても、過剰防衛と断じられることが多々あった。

 

 その上、犯罪者が相手とはいえ死んでしまった場合、厳罰を下されるのがほとんどだ。

 

「強盗犯は私が星脈世代だと気が付いてなかったようでした。もし、その事に気付いてたら人質に私を選ばなかったでしょうし……でも、私は刃物を突きつけられて、体が震えて、何も出来ませんでした」

 

 その気持ちは痛いほどに分かる。凜堂も父親が戦っていた時、体を竦ませながら見ていることしか出来なかった。

 

「親父さんが助けてくれたってことか」

 

「はい……私もその頃からそれなりの修行をしていました。今になって思うと、当時の私でも十分に取り押さえることが出来たはずです……でも、私は意気地なしの弱虫で……」

 

 当時を思い出しているのか、綺凛は小さく鼻をすすった。

 

「このままでは父は後数十年、出て来れません」

 

 そこで綺凛に声をかけたのが刀藤鋼一郎だ。父親を助ける方法が一つだけあると。

 

「だからアスタリスクに」

 

「はい。父と伯父様は折り合いが悪くて……伯父様は酷く星脈世代を嫌っていますから。多分、長兄である自分じゃなく、弟の父が刀藤流を継いだことを怨んでるからだと思います。それでも伯父様は私に力を貸してくださいました。それが私利私欲に基づいたものだとしても、私にはそれしか方法が無かったんです」

 

 凜堂は何も言わず、今にも泣きそうな綺凛を見上げる。

 

「実際、伯父様は本当に優秀なんです。父の一件を統合企業財体の力で抑えてくれましたし、父が釈放されたときのための肩書きや地位も別のものを用意してくれてるそうです」

 

「そりゃ凄い」

 

 統合企業財体の力はそれ程のものだったのか、と凜堂は目を丸くさせた。国家や法を超えるほどの力というのも、あながち誇張表現ではないようだ。

 

 確かに刀藤流宗家の当主が殺人で逮捕されたというニュースは見たことが無い。刀藤流の規模の大きさを考えれば、『双星事件』並みの出来事として大々的に報道されていたはずだ。

 

「私のことでもそうでした。今年の春に入学したばかりの私をセンセーショナルに宣伝し、効率の良い決闘をするための決闘相手を選び、勝つための情報を得て、戦略を指示してくれます」

 

 長年、アスタリスクの学生を見てきた経験があってこそなせることだ。

 

「私はただ、伯父様の指示したとおりに戦えばいいのです……」

 

 そう言っている割には、どこか言葉が空虚だった。綺凛の独白にも近い話を黙って聞いていた凜堂は無言で体を起こし始める。全身を苛む痛みに渋面を作った。慌てて綺凛が止めようとするも、彼女の制止を無視して上半身だけを起こして綺凛と向き合う。

 

「刀藤。お前の人生だ。それに横から口出しする気は無い……でも、二つだけ言わせて貰うぜ」

 

 一つ、と人差し指を立てる。

 

「自分の道は自分で決めろ。たとえその先にお前の求めるものがあったとしても、今お前が歩んでいるのはお前の道じゃない。そんな道を歩いていっても、求めるものは手に入らない。そんな安易な道で何かを手に入れられるほど、俺達は強い存在じゃないんだ」

 

 欲しいものを手にするためにはそれ相応の意志の力が必要だ。そしてその意志の力は自分自身の選んだ道でしか発揮されない。

 

「お前自身が選んだ道じゃなきゃ、絶対に歩けなくなる時が来る。その時、お前は後悔するはずだ。そして周囲に怒りをぶつけるかもしれない」

 

 かつての凜堂がそうだった。ただ、安寧とその時を生きていた。そして家族が奪われ、後悔すると同時に怒りを周囲にばら撒いた。

 

「それってさ、凄くみっともないことだと思わないか? その時は楽になれるだろうけど、何時か真実に気付いて絶望するんだ……自分にな」

 

 綺凛がそんな結末を迎えることなど、凜堂には到底容認できなかった。彼女の無垢な笑顔と彼女の振るう刃には何時でも曇り無くあって欲しい、と願う。

 

「でも、自分自身で道を選べば、少なくとも周りを責める事は無い。全て自分自身の責任なんだからな」

 

 悔いることはあっても、周囲へ怒りを撒き散らすなどみっともない真似はしなくて済む。綺凛は黙って凜堂の話を聞いていたが、すぐに悲しげに首を振った。

 

「私には……出来っこありません。自分で道を選んで、その道を歩んでいくなんて……私みたいな者に出来るわけ」

 

 その二、と凜堂は強引に綺凛の言葉を遮る。

 

「そうやって自分を卑下するな。お前の人生(ものがたり)の主人公はお前なんだぜ? 人生(ものがたり)を彩れるのは主人公(お前)だけなんだ。その主人公が自分を卑下しながら歩んでいく物語なんて陰鬱すぎるだろ」

 

 お前なら大丈夫、と凜堂は満面の笑みを浮かべて力強く言い切った。

 

「泳げないって言ってたお前が溺れそうになってた俺を助けてくれたんだぜ。お前はお前自身が思ってるほど駄目な奴なんかじゃない。俺が保証する」

 

 笑いながら凜堂は綺凛の頭を乱暴に撫でる。

 

「胸を張って生きていけ。出来ないことがあれば出来るように変わればいい。それでも駄目だと思った時は俺が力になる」

 

「変わればいい、私自身が……」

 

 目から鱗が落ちたといった風に綺凛は囁いていた。そして恐る恐る、上目遣いで凜堂を見る。

 

「た、高良先輩。私も……変わることが出来るでしょうか?」

 

 何の迷いも無く凜堂は断言した。

 

「勿論!」

 

 綺凛の顔が心の底から嬉しそうに輝く。年相応の、純粋な笑顔だった。時折、彼女が見せていた笑顔とは比べ物にならないほどの可愛らしい笑顔だ。

 

 ふと、そこで凜堂はあることに気付く。もしかして、綺凛はこういうプラスな考えが出来ることを久しく言われたことが無いのではないだろうか、と。例えば、褒められたりとか。

 

 父親が収監されてから、ずっとあの鋼一郎の指示を受けて動いてきたのだ。あの男が星脈世代である綺凛を褒めるとはとても思えない。そこまで考えた時、無意識の内に凜堂の手が動いていた。綺凛の頭に置き、今度は優しい手つきで撫で始める。

 

「高良先輩?」

 

「今までよく頑張ってきたな、偉いぞ……綺凛」

 

 綺凛の体が硬直した。凜堂の言葉は驚くほど温かく、彼女の胸の奥へと染みこんでいった。

 

「……うぇ」

 

 悲しくないはずなのに、嬉しいはずなのに涙が溢れてきた。止めようにも、後から後から涙が零れ落ちてくる。自然と泣き声が口から漏れていた。

 

「うぇえええん……」

 

 気付いた時には綺凛は大声で泣きながら凜堂の胸に顔を押し付けていた。

 

(無理も無いよな……)

 

 胸に熱い涙が落ちるのを感じながら凜堂は綺凛を抱き寄せた。

 

 彼女まだ十三歳。親にだってまだまだ甘えていたい年だ。そんな年頃の彼女が涙すら見せず、今の今まで伯父の暴言と暴力から孤独に耐えていたのだ。それがどれ程の苦痛なのか、凜堂には想像する事すら出来なかった。

 

(今まで我慢してた分、好きなだけ泣け、刀藤)

 

 やれることは、こうして彼女に胸を貸すことだけだ。凜堂は何も言わず、綺凛が泣き止むまで彼女を抱き締めながら撫で続けていた。




主人公が妬ましい(血涙)……!


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今一度、決闘を

 自分と決闘をして欲しい、と綺凛が凜堂に頼み込んだのは二人が保護された翌日の事だった。

 

「不躾なお願いだということは重々承知してます。それでも、お願いします」

 

「いや、不躾とは欠片も思ってねぇけどよ……」

 

 懇切丁寧に頭を下げた綺凛に凜堂は困ったように頭を掻く。何か昨日の件で話があるのかと思って来てみれば、決闘の申し込みとは流石に予想外だった。

 

「俺は構わねぇけどよ……お前の方は大丈夫なのか?」

 

 あの鋼一郎が綺凛が勝手に決闘をする事を許すとはとても思えない。凜堂の言わんとしていることに気付いたのか、綺凛は苦笑を浮かべる。だが、そこには穏かだが、明確な意志が含まれていた。

 

「はい、大丈夫です……伯父様にはお前のような小娘一人如きに何が出来る、と言われましたが」

 

「あのおっさんの言いそうなこったな」

 

 姪の新たな門出を祝うくらいの器量を見せられないのか、と思う凜堂だが、すぐに無理だなとため息を吐く。血の繋がりのある肉親の弱みに付け込み、己の出世のための道具にする人間だ。そんな我欲の塊のような男にそれだけの度量がある訳もない。

 

「……高良先輩には関わるな、と言ってました。不愉快なガキだったとも」

 

 その時のことを思い出したのか、綺凛の顔が険しくなる。彼女らしからぬ、怒りに満ちた表情だった。それも相当に怒っているらしく、怒気と共に剣気が放たれていた。

 

「ちょいちょい。そんなんじゃ可愛い顔が台無しだぞ。スマイルスマイル」

 

 綺凛の剣気に微塵も臆することなく、凜堂は両手で自身の口角を持ち上げ綺凛に笑えという。ハッとしながら剣気を収め、あたふたと頭を下げる綺凛の頭を凜堂は優しく撫でた。

 

「俺のために怒ってくれたんだな、ありがとう」

 

「い、いえ、そんな。私はただ、高良先輩のことを何も知らないのに酷い事を言う伯父様が許せなくて……」

 

 赤面する綺凛を一頻り撫で、凜堂は話を戻した。

 

「決闘を受けることは全然構わないんだけど……何で俺なんだ?」

 

 既に二人の間で決着はついている。凜堂の敗北という形で。まだ黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)に慣れていなかった、周囲にタイムリミットのことをばらすわけにはいかなかった、と言い訳などいくらでも出来るが、凜堂が綺凛に負けたのは紛れも無い事実だ。

 

「他にももっと、お前と戦うのに相応しい奴がいると思うんだが」

 

「いえ、高良先輩じゃないと駄目なんです」

 

 きっぱり、はっきりと綺凛は言い切る。彼女自身を決意させたのは凜堂の言葉なのだ。他の誰でもない、凜堂が綺凛に言ってくれたのだ。

 

「高良先輩はこんな私でも変われる事を教えてくれました。私の物語(人生)の主人公は私しかいないと言ってくれました。こうやって、私が自分自身の意志で戦おうと決められたのも、高良先輩のお陰なんです」

 

 自分自身で選んだ道を自分自身の力で歩んでいく。今まで立ったことの無い、始まりの場所に綺凛は立っていた。そこから先は経験の無い、何も見えない未知が待っている。一歩を踏み出すにはとても大きな勇気が必要だ。

 

「私はここから始めようって決めました。伯父様、刀藤鋼一郎の道具としてではなく、刀藤綺凛としての物語を始めようって」

 

 だが、それでも凜堂と一緒になら踏み出せると綺凛は確信していた。この先に待っている道がどんなに険しくても、凜堂が背中を押してくれれば自分は歩いていけると。

 

「始めるために俺と決闘するのか?」

 

「ふふ。やっぱり可笑しいですよね」

 

 どこかからかいを含んだ凜堂の問いに綺凛は小さく笑った。何かもっと、決闘以外の始め方もあるのだろう。でも、と綺凛は腰に差した千羽切へと視線を落とした。

 

「今の私には剣術(これ)しかありませんから……これでしか自分を語れないんです」

 

 だからお願いします、と綺凛は凜堂を見つめる。何の迷いも無い、澄んだ意志に満ちた瞳だ。まるで、彼女の振るう刃その物を表したような純粋な目だった。

 

「高良凜堂先輩。私と決闘してください」

 

 今一度、深々と頭を垂れる綺凛を前に凜堂は腕組みする。何も言わず、ただ綺凛を見ていた。数秒の沈黙の後、観念したように凜堂は肩を竦める。

 

「分かった。受けるぜ、その決闘。だから、頭上げてくれ」

 

「本当ですか!?」

 

 顔を上げた綺凛に凜堂は苦笑を見せた。

 

「こんだけ頼まれて断ったら男が廃るからな。俺みたいな男でよければ幾らでも相手になるさ」

 

 刀藤、と凜堂は不敵な笑みを浮かべながら拳を突き出した。

 

「お前の物語の序章に相応しい、良い決闘にしよう」

 

「はい!!」

 

 こうやって、二人の決闘は決まった。

 

 

 

 

「……それが何だってこんなことになっちまったんだ?」

 

「あ、あはは……私にも分からないです」

 

 その翌週の星導館学園の総合アリーナ。ステージの中央に立つ二人の人影、凜堂と綺凛へと、ステージの観客席に座った生徒達の視線が注がれていた。数多の視線に晒され、二人は酷く居心地悪そうにしている。

 

(ロディアめ……何がお二人の決闘に相応しい舞台をご用意します、だ)

 

 憎々しげに凜堂はアリーナの特等席へと視線を向ける。そこにはクローディアやユリスを始めとした、凜堂と親しい面子が並んでいた……何故かいるレスターには言及しないでおこう。

 

 どこで情報を拾ったか定かではないが、凜堂と綺凛の決闘を知ったクローディアは言葉に偽り無く決闘の場を用意してくれた。オマケに無数の生徒の観客というオマケ付きで。

 

 凜堂の視線に気付いたクローディアが小さく手を振る。軽く歯を剥き出して威嚇するも、生徒会長相手では大して効果が無かった。凜堂は視線を綺凛へと戻し、ガチガチに緊張している綺凛をリラックスさせるように朗らかな声で話しかけた。

 

「何か、凄い大事になっちまったけど、周りの目は気にしないで俺達は俺達のやるべきことをやろう。悪いけど、緊張して碌に動けなくても俺は本気で行くぜ? ……いやまぁ、前も本気だったけどな」

 

「……はい、望むところです」

 

 綺凛は微笑し、千羽切の柄を握った。凜堂も鉄棒を取り出し、一瞬で棍へと組み上げる。

 

「あれ? 純星煌式武装(オーガルクス)は使わないのですか?」

 

「あぁ、少なくとも黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)はな。俺は少しばっかり、あいつの威力に頼りすぎてた。それに今の俺があいつを使っても、お前には勝てないだろうしな」

 

 贅沢を言うなら無限の瞳(ウロボロス・アイ)も使わないで勝ちたいところだが、そこまで甘い相手ではない。二つの純星煌式武装を使わない、素の状態の凜堂もかなり強いが、それでも序列一位には及ばないだろう。

 

「まぁ、安心しろや。黒炉の魔剣がなくても、それなりに強いから俺……言っても説得力無いか」

 

「いぇ、楽しみです」

 

 綺凛が千羽切を抜き放つ。光を受け、その身を輝かせる研ぎ澄まされた刃。

 

 凜堂が棍を構える。漆黒を纏い、常闇の煌きを放つ禍々しき業物。

 

「「いざ」」

 

 

 

 

 一方、アリーナ特等席に座っていたユリスは仏頂面で隣のクローディアを睨んでいた。

 

「何もこんな大事にしなくてもよかったんじゃないか? おまけにステージまで用意して……」

 

「注目の一戦なのですし当然でしょう。序列一位の刀藤さんと、その刀藤さんと互角の戦いを演じた凜堂。前の決闘も『星武祭(フェスタ)』で見れるかどうかという名勝負でしたし、誰もが二人の再戦を見たいと思うはずですよ」

 

 クローディアはユリスの怒りをどこ吹く風と受け流す。そう言われ、ユリスも言葉に詰まってしまう。もし仮に、ユリスが凜堂と何の関係もない第三者だとして、こんな試合があるといわれれば一目みたいと思ったはずだ。

 

「それに刀藤さんはともかく、凜堂の技は派手ですから。下手な場所でされるより、こういった設備の整った場所でしてもらったほうが周囲も安全です」

 

 そこは同意する、とユリスは頷く。一閃(いっせん)屠理(ほふり)”が良い例だ。あんな巨大化した刃を街中でぶん回したりしたら、それこそ大変な事になるだろう。

 

 その点、この総合アリーナではそんな心配をしなくて済む。周囲への被害を抑えるため、煌式武装(ルークス)の攻撃を防ぐための防御障壁が張り巡らされている。もっとも、この規模の防御障壁を展開させるには膨大なエネルギーが必要なため、星導館学園にはこのステージを含めて三つしかないが。

 

「しかしだな……」 

 

 尚もユリスは難色を示していた。手には凜堂から預けられた黒炉の魔剣の発動体を握り締めている。その際に凜堂が言った「今度は勝つ」という言葉を信じていない訳ではない。だが、それでも相手は『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』だ。

 

「……大丈夫、心配するな。リースフェルト」

 

 背後に座っている紗夜がユリスに声をかける。

 

「そう言うがな、沙々宮。相手はあの序列一位なんだぞ? 心配するなというのは無理だ」

 

「大丈夫、問題ない。というか、この程度のことで心配するのは凜堂にも失礼。パートナーなら、信じてどんと構えてるべき」

 

 紗夜にしては珍しく口数が多い。それだけ凜堂のことを信頼している証拠だ。ユリスも凜堂を信じているが、それでも接していた時間が違う。そのことに妙に向かっ腹が立ち、ユリスは子供のように頬を膨らませた。

 

「だが、前回の戦いを見ても分かるとおり、刀藤綺凛の剣は相当なものだぞ。お前も見てない訳ではないだろう?」

 

「うん、見た」

 

 以前の凜堂と綺凛の決闘は既にネットなどでかなり広まっている。誰のせいでそうなった、とは明言しないが。

 

「刀藤は強い。それは確か」

 

「だったら!」

 

「でもそれは凜堂も同じ」

 

 彼女は知っている。幾つもの絶望に直面しながらも、その悉くを踏み躙って歩き続けた男の後ろ姿を。

 

「お前がグダグダ言ってもしゃあねぇだろ、ユリス。決闘を受けたのはあいつなんだ。勝とうが負けようが、そりゃ全部あいつの責任だ」

 

 これはクローディアの隣にいるレスターの言葉だった。

 

「それに俺にはあいつがそう簡単に負けるような奴だとは思えねぇ。例え相手が序列一位でもな」

 

「何だマクフェイル。お前、結構凜堂のこと買ってんだな」

 

 そんなんじゃねぇよ、と鼻を鳴らすレスターに英士郎は小さく笑う。前回同様、最も決闘が見やすいであろう最前列でカメラを構えていた。

 

「ただ、あいつが化け物じみて強いってことぐらいは知ってるぜ」

 

「まーね……お、そろそろ始まるみたいだな」

 

 英士郎の言葉に全員の視線がステージ中央へと集まる。そこでは今正に、凜堂の体から漆黒の柱が立ち上っているところだった。

 

 

 

 

「参ります!」

 

 初撃を放ったのは綺凛だった。その二つ名の通り疾風の如き動きで間合いを詰め、雷のように閃く刃を繰り出す。

 

 凜堂はその場から動かず、綺凛の斬撃を真っ向正面から受け止めた。ギィン! と硬質な音がステージに響く。

 

ー堅いー

 

 それが綺凛の抱いた感想だった。凜堂の構えている棍からは禍々しい黒色の光が放たれている。その光が星辰力(プラーナ)であることは打ち合う前から分かっていたし、武器その物の威力を底上げしている事もすぐに理解出来た。だが、これ程までに武器の硬度を高めるとは予想していなかった。

 

 基本的に綺凛は弱気な少女だが、こと剣術に関しては並ならぬ自信を持っている。ただの鉄棒如きなら、一太刀で両断することも可能だ。しかし、綺凛の一撃を受けた棍には傷一つ付いていない。それどころか、逆に綺凛の腕を痺れさせた。

 

(まるで、巨大な岩を切ったような手応え……!)

 

 恐らく、攻撃に回った時もこの棍は恐ろしいほどの威力を発揮するだろう。それこそ、厳しい修練を積んだ綺凛でも軽々と吹き飛ばすはずだ。

 

 一度でも相手に攻撃を許せば完全に後手に回る。なら、どうするか。答えは簡単。

 

(斬る……!)

 

 相手の反撃を許さないほどの連撃で圧倒するだけだ。綺凛は腕の痺れを意に介さず、次の一撃を放つ。凜堂は落ち着いてそれを受けるが、次の瞬間には防御を掻い潜るような突きが迫っていた。逃れるために凜堂が後ろへと下がると、綺凛が大きく踏み込んで次なる斬撃を打ち込んでくる。

 

 息をつくことすら許さぬ連続攻撃に凜堂は完全に呑み込まれていた。凜堂の速さが彼女に大きく劣っているわけではない。ただ、反撃しようにも、綺凛には隙がほとんど見られない。技と技の繋ぎが恐ろしいほどに滑らかなのだ。

 

 このままでは凜堂は刃の嵐に呑まれ、反撃すら出来ずに圧殺されるだろう。それは誰の目から見ても明らかだった。だが、凜堂の顔に焦りは無い。綺凛の神速の斬撃にギリギリと神経を削られながらも、反撃のチャンスを待っていた。

 

(まだ……まだ……今!!)

 

 綺凛が斬り上げから斬り下げへと繋げようとしたその時、凜堂は密かに両足裏にチャージさせていた星辰力を解放させた。

 

無手(むて)揺獅(ゆらし)”!!」

 

 後ろに下がると同時に足裏をステージへと叩きつける。すると、大きな揺れが総合アリーナ全体を襲った。地の底から突き上げてきたような衝撃に観客達はもとより、綺凛も僅かに体勢を崩す。連撃が綻んだその一瞬を逃さず、凜堂はもう片方の足をステージに打ち込んだ。

 

無手(むて)浮瀬(うかせ)”!!」

 

 再び総合アリーナが揺れる。急いで構えを取ろうとしていた綺凛の足元が光ったかと思えば、地面に直接殴られたような感触を味わいながら綺凛はステージから浮き上がっていた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に千羽切で胸の校章を守ると、狙い澄ました強打が綺凛を吹き飛ばしていた。吹き飛びながら綺凛は空中で姿勢を整え、ステージに着地する。

 

「大したもんだぜ刀藤。攻撃を崩された挙句に宙に打ち上げられたってのに、咄嗟に俺の一撃を防ぐなんて」

 

 感嘆の意を示しながら凜堂は振り抜いた棍を肩に担ぐ。一方、綺凛も心底驚嘆した様子で凜堂を見ていた。

 

「私も驚きました。まさか、高良先輩にこんな無手の技(隠し玉)があったなんて。それに“連鶴(れんづる)”から逃れられたのも初めてです」

 

「こいつが噂に名高い連鶴か……俺如きには勿体無い技だな」

 

 連鶴。それは“鶴を折るが如し”と謳われた刀藤流の奥義の名だ。

 

 その名が意味するところは、鶴を折るような正確な手順で相手を追い詰めていく連続攻撃。正しく、刀藤流を体現したような技だ。

 

 凜堂もそういう技があるということくらいは知っている。刀藤流の門下生の試合を見たことはあるし、何度か手合わせしたこともあった。だが、その誰もが奥義の領域へと達してはいなかった。こうして、刀藤流の使い手で凜堂に連鶴を披露したのは綺凛が初めてだった。

 

「“巣籠(すごもり)”、“花橘(はなたちばな)”、“比翼(ひよく)”、“青海波(せいがいは)”。刀藤流には四十九の繋ぎ手の型があります」

 

 それらを組み合わせ、完全なる連続攻撃と成す技が連鶴だ。

 

「連鶴に果無し……次は仕留めて見せます」

 

 千羽切を構え直した綺凛から研ぎ澄まされた剣気が放たれる。怖ぇ怖ぇ、と苦笑しながら凜堂も棍を構えた。

 

 剣術という一点に関しては綺凛が圧勝しているだろう。だが、技術なら凜堂も負けていない。現に彼は己の技で連鶴から脱して見せた。

 

「なら、俺は俺の全てを以ってお前に応じよう」

 

 凜堂の体から立ち上る星辰力と共に威圧感が高まる。ステージでは二人の気が嵐のようにぶつかり合っていた。観衆が固唾を呑んで見守っている中、先に仕掛けたのは綺凛だった。さっきと全く同じだ。一拍で凜堂の間合いへ入り込み、反撃を許さぬ迅雷のような一太刀を浴びせる。

 

 凜堂も棍で綺凛の刃を受けるが、その時既に綺凛は連鶴に入っていた。上段から横一文字に、袈裟斬りから刺突へと刀の軌道が目まぐるしく変化していく。

 

(にしても、この連撃を続けるなんて凄ぇ体力だな!)

 

 凜堂は感嘆せずにはいられなかった。一方的に相手へ攻撃を叩き込める半面、連鶴は体力の消耗が激しい。相手と同様に仕掛ける側も休む時間が無いからだ。なのに、綺凛からは疲労のようなものは一切感じられない。きっと、後半刻以上は連鶴を続けられるだろう。

 

 一体、どれ程の修練を経てそこまでの領域に上り詰めたのだろう。きっと、地獄という表現でも足りぬほどのものだったはずだ。どれだけの想いをその刃に込めてきたのだろう。

 

(まぁ、そこら辺は俺も負けてはないと思う。ってか、思いたい……あん?)

 

 綺凛の連鶴を受け続けながら、凜堂はある違和感に気付いた。綺凛の斬撃の威力がどんどん上がっているのだ。上昇の幅はそれ程でもないが、前のものより確実に重い一撃を叩き込んでくる。凜堂が目を凝らすと、綺凛の千羽切から星辰力の輝きが放たれているのが見て取れた。

 

(おいおい、嘘だろ……)

 

 それは紛れも無く凜堂の技、一閃(いっせん)纏威(まとい)”だった。武器に星辰力をチャージさせ、威力を底上げする技。この試合が始まった時から発動させていた。

 

(ってことは何か? 刀藤の奴、俺と打ち合いながら俺がどうやって武器強化してるのか学習したのか!?)

 

 もし仮にそれが事実だとすれば、驚愕を禁じえない。通常の武器に星辰力を伝播させたところで、大した効果を得ることは出来ない。実際、凜堂も黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を使った時の方がより強力な技を放つことが出来る。それでも彼がただの棍を使って、煌式武装(ルークス)と渡り合えるのも人並外れた修行をしてきたからだ。

 

 だというのに、綺凛はその技を僅かに打ち合っただけで再現してみせたのだ。彼女の使っている武器が刀だから出来たのだろうか?

 

(冗談じゃねぇぞ……!)

 

 それだけじゃない。綺凛は凜堂の使っている棍の継目に刃を正確に叩き込んでいた。目で追うことすら難しい超高速で互いの武器を交えている中、そんな芸当の出来る者が一体どれだけいるだろうか。

 

 元々、凜堂の棍は六本の鉄棒を繋げて作られている。鉄棒同士を捻じ込んでいるわけではなく、星辰力で繋いでいるだけだ。使い手の手から離れれば、瞬く間にただの鉄棒へと戻ってしまう(星辰力をチャージしている場合、その限りではないが)。

 

 継目を結んでいる星辰力を斬られてもそれは同じだ。このまま綺凛の攻撃を受け続ければ、いずれ棍はバラバラにされるだろう。このまま座して武器を破壊されるのを待っているわけにはいかない。さっきのような、ステージを揺らして連鶴から逃れるという手もあるが、同じ手が綺凛に通用するとは思えない。

 

 試合が始まって初めて、凜堂の顔に焦燥が浮かんだ。そして凜堂の懸念は現実のものとなる。

 

「これで終わりです!」

 

 鋭い打ち込みが六発、棍の継目を切り裂いた。瞬間、バラバラになった六本の鉄棒が宙へと投げ出される。

 

(ここです!!)

 

 綺凛は凜堂の懐へと飛び込み、校章に狙いを定める。凜堂は器用に両手で全ての鉄棒をキャッチしたが、棍に組み上げるよりも綺凛が凜堂の校章を斬る方が早い。

 

 校章を断つため、千羽切を振り上げようとしたその時、綺凛の全身に鳥肌が立つ。反射的に飛び退いた刹那、さっきまで綺凛がいた空間を六つの光る軌跡が切り裂いた。

 

「……いや、マジで大したもんだよ刀藤。今のは本気でやばかった」

 

 紛れも無い、本心からの賞賛を綺凛に伝えながら凜堂は顔を伝う冷や汗を拭う。でも、残念だったな、と悪戯っ子のように口角を持ち上げた。

 

「悪いが、棍をバラバラにしたぐらいじゃ俺には勝てねぇよ」

 

 不敵に笑ってみせる凜堂の両手には指と指の間に鉄棒が挟まっており、それぞれが光の刃を形成していた。その数、片手に三つずつの合計六。荒い息をつく綺凛に光刃を突きつけながら凜堂は宣言する。

 

「こっから先は俺のステージだ!!」




お前はどこの奥州筆頭だ? なんて突っ込みが聞こえてきそうだ……。


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物語の始まり

原作を読んでない人への不親切仕様はデフォルトです。


六爪(ろくそう)飛刺(とばし)”!!」

 

 凜堂は六爪を頭上に持ち上げ、一気に振り下ろした。六つの光刃が放たれ、綺凛へと真っ直ぐに飛んでいく。

 

 凜堂の棍が一瞬で全く別の武器に変わったことに驚き、綺凛は唖然としていたがすぐに正気を取り戻した。星辰力(プラーナ)を纏わせた千羽切を構え、飛んできた光刃全てを切り捨てる。

 

「っ!!」

 

 その手応えが予想以上に重く、綺凛は瞠目せずにはいられなかった。光刃の一つ一つに桁外れの星辰力が込められている。直撃を許していれば、それだけで戦闘不能に追い込まれていたはずだ。

 

「せぁ!!」

 

 斬り落とした光刃の残滓が消えるよりも早く、凜堂が間合いを詰めて来る。手には光刃を新たに生成させた鉄棒、六爪が握られていた。即座に綺凛は返す刀で振り抜かれた六爪を受け止める。凄まじい衝撃が綺凛を襲い、思わず膝を折りそうになるが力の限り踏ん張り、

 

「はっ!」

 

 光刃を切り裂いた。武器を失い、無防備になった凜堂に一撃を入れようとするが、断ち切ったはずの六爪に防がれる。綺凛が次の攻撃に移ろうとした瞬間に凜堂は光刃を作り出していたのだ。

 

 凜堂は六爪を自在に操り、次々に連撃を叩き込む。綺凛も持ち前の剣技で応じ、刃を合わせる度に光刃を断っていくが、その度に光刃が再生し、綺凛へと襲い掛かっていった。

 

 試合の最初の時とは真逆の状態になっていた。凜堂が連続で斬撃を放ち、綺凛はそれに圧倒されるまいと必死で対応する。

 

(これだけの星辰力を使い捨てに出来るなんて……)

 

 斬られた光刃は星辰力に戻り、凜堂へと還元される訳ではない。斬られたら斬られたで、そのまま消費されて終わりだ。高密度に練られた星辰力を次々に使っていけば、並みの星脈世代(ジェネステラ)であればあっという間に星辰力が枯渇してしまう。その筈だが、凜堂の星辰力が衰えていく様子は無い。彼の右目に宿った純星煌式武装(オーガルクス)が、宿主をそんな状態にさせるわけ無かった。

 

(このままじゃ圧し負ける……!)

 

 腕の疲労も相当なものになってきている。いずれ限界が来る事を悟った綺凛は六爪を千羽切で受け流し、大きく後ろへと下がって距離を取った。

 

六爪(ろくそう)飛円(ひえん)”!!」

 

 凜堂は綺凛を追おうとはせず、代わりに六爪を左右に広げるように投げた。持ち手から離れた六爪は円を描くように飛び、左右から挟みこむように綺凛へと迫る。

 

(受けたら確実に腕が動かなくなる……ここは回避して、一気に距離を詰める!)

 

 千羽切を鞘へと戻しながら綺凛は地面すれすれまで身を低くし、有らん限りの力でステージを蹴った。残像を残すほどの動きを捉えることは出来ず、標的を見失った六爪は空中でぶつかり合って激しい金属音を奏でる。

 

 後は丸腰になった凜堂の校章を斬るだけ。飛び出した勢いを殺さず、綺凛は凜堂へ迫っていった。同様に凜堂も前へと飛び出す。予想外の行動に面食らうも、今更他の選択肢を取ることは出来ないので綺凛は走り続けた。

 

 この時、振り返っていれば気づくことが出来たはずだ。かわしたはずの六爪が新たな武器に変わっていることに。

 

(これで決めます!)

 

 無手の凜堂と千羽切を持った綺凛。先に相手を間合いに捉えたのは綺凛の方だった。柄を握り締め、千羽切を鞘の中で走らせる。その速度たるや、達人でも見切ることは難しいだろう。だが、立て続けに六爪を受け止めた疲労が剣速を鈍らせた。

 

 校章が切り裂かれる寸前、凜堂は星辰力を集中させた肘で綺凛の抜刀を受け止めた。練り上げられた星辰力は堅牢その物で、一撃で斬ることは不可能だった。

 

「推し通ります!!」

 

 ここが勝利の分水嶺と信じ、綺凛は持てる力を全て振り絞る。使い手に応えるように千羽切の刃が集中している星辰力に刃を食い込ませていった。後数秒、鍔迫り合いが続いていれば勝っていたのは綺凛だっただろう。綺凛が勝利を確信したその時、凜堂の唇がにぃっと歪んだ。六爪を披露した時と同じ、悪戯っ子のような笑み。

 

「後方不注意だ。刀藤」

 

「え……?」 

 

 ゴッ、と綺凛の後頭部に何かが直撃した。予想だにしなかった一撃に綺凛の意識が遠くなる。薄れていく意識の中、綺凛は更に一撃二撃と何かが自分の後ろに当たるのを感じた。傾いていく視界に戦輪(チャクラム)のように回転する三組の鉄棒が映る。さっき、避けたはずの六爪だ。それが今になって、三つの戦輪となって綺凛を背後から襲ったのだ。

 

三車(みぐるま)戻利(もどり)”」

 

(まさか、最初からこれを狙って……)

 

 いくら綺凛でも、認識していない攻撃を防ぐのは難しい。それが既に避けたもので、死角から飛んでくるのだから尚更だ。

 

 床が立ち上がってくるような錯覚を覚えながら綺凛は倒れていく。負けたのだ、と理解出来た。凜堂の用いた奇策の前に自分は敗れたのだと。

 

(ち……が、う……!)

 

 今まで感じたことの無いような衝動が体を突き動かす。ステージに倒れ伏す寸前、綺凛は一歩を踏み出し、ギリギリのところで踏ん張った。

 

(私はまだ……負けていない! 負けたくない……!)

 

 これまでの決闘には無かった、勝利への執念。それを原動力にして綺凛は最後の一振りを放つ。技術もへったくれもない、ただ想いを乗せただけの一撃。

 

「悪いな。俺も負けてやる気はないんだ」

 

 腕ごと千羽切を跳ね上げ、拳を握り締める。

 

「フィナーレだ」

 

 意識を失いかけて尚、負けたくないという一念で戦おうとした相手への礼儀として、最高の一打を打ち込む。

 

零乃(ぜろの)奥義(おうぎ)無手(むて)貫気(つらぬき)”』」

 

 ただ、真っ直ぐに突き出すだけの愚直な拳撃。凜堂の放った拳が綺凛の校章を打ち抜いた。綺凛の矮躯が宙を舞い、どさりとステージの上に落ちる。その胸の上で校章が粉々に砕けた。

 

「『決闘決着(エンドオブデュエル)! 勝者(ウィナー)、高良凜堂!』

 

 機械音が決闘の終了を告げる。水を打ったような静寂の数秒後、アリーナは拍手と歓声に包まれた。生徒達の惜しみない、万雷のような喝采を受けながら凜堂は転がっていた千羽切を拾い、仰向けに倒れている綺凛へと歩み寄った。

 

「よぉ、大丈夫か、刀藤?」

 

「……はい、どうにか」

 

 まだ意識がはっきりしてないのか、ぼんやりとした様子で返事をしながら綺凛は苦笑いする。

 

「……高良先輩はずるいです。無手の技以外にも、あんな奥の手を隠してたなんて」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ。ただ、今までお披露目する機会が無かっただけだ」

 

 それは隠していたのと大差ないような気がするが。少しだけ苦しそうに咳き込むも、綺凛はどこか清々しさを感じさせる笑顔を作りながら目を閉じる。

 

「分かりきってる事ですけど、言わせて下さい。私の完敗です」

 

 ですが、と綺凛は瞼を持ち上げた。そこには小さいながらも、闘志の炎が燃え上がっていた。

 

「次は負けません」

 

「何度でも挑みに来いよ。俺は逃げも隠れもしねぇ。立てるか?」

 

 はい、と頷きながら綺凛は差し出された手を掴み、凜堂に引っ張って立たせてもらった。あの勝敗を決した拳を受けた時の、肺の中の空気が全て叩き出されたような痛みが若干残っている。だが、もう歩ける程度には回復している。

 

「見ろよ、刀藤」

 

 綺凛の小さな肩に手を置きながら凜堂は観客席を示す。それに倣って綺凛も視線を動かすと、アリーナ中に轟くほどの歓声を上げる生徒達が見えた。誰もが立ち上がり、決闘の勝者敗者の両方に惜しみない賞賛を送っていた。

 

「これだけの人がお前の始まりを祝福してくれてる。中々良い物語になりそうだな」

 

 別に彼らは祝福している訳ではない。ただ、自分達を楽しませてくれた二人に賛辞を送っているだけだ。観客の全員がどういう経緯で二人が決闘をやったのかを知らないはず。知っているのは凜堂から話を聞いていたユリス達くらいだろう。そんなことは百も承知している。それでも、悪い気は全くしなかった。

 

「はい!」

 

 一歩前に進み出て、綺凛は観客席へと頭を下げた。歓声が更に大きなものになる。大歓声を一身に浴びる少女を見ながら、凜堂は静かに願った。

 

 己の道を歩み始めたこの少女に幸多からんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何がお前のお眼鏡に適うようなもんはないぞ、だ。しっかりと切り札を隠していたな、凜堂。それを披露した上に勝利をもぎ取って来たのだから驚きだ」

 

 アリーナ控え室。

 

 ユリスは嬉しそうに何度も頷きながら凜堂を撫でていた。自分のパートナーが、自分の認めた男が序列一位を破ったことが誇らしくて仕方ない、といった様子だ。

 

「ま、勝って来たんだから黙ってたことは許してくれよ」

 

 気楽そうに笑いながら凜堂はドリンクを喉に流し込む。バーストモードを発動させた後の特有の疲労感はあるが、動けないほどではない。体中の節々が少し痛むも、その痛みすら心地よかった。

 

 決闘の後、飴に群がる蟻よろしく取材しようとしてくる報道クラブの学生から逃げ切り、この控え室でようやく一息ついたところだ。諦めの悪いことに連中は控え室前で待機しているようだが、流石に控え室の中まで踏み込んでくるようなアホはいなかった。

 

「それにしても、お前も晴れて序列一位か。全く、とんでもない奴だよ、お前は」

 

「序列一位、か。実感湧かねぇな~……ま、ユーリの期待に応えられただけでも良しとすっか」

 

 期待? とユリスは顎に指を当てる。

 

「何のことだ?」

 

「前に言ってくれたじゃん。俺なら序列一位にも勝てるかもしれないって。その時の期待に応えられなかったこと、これでも気にしてたんだぜぃ」

 

 それに凜堂が『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に入ることが出来れば、『鳳凰星武祭(フェニックス)』のトーナメントで比較的楽な場所に配置されるとも。

 

 ユリスの目が驚きに見開かれる。

 

「凜堂、お前……私の期待に応えるために刀藤綺凛と戦ったのか?」

 

「いや、そのためだけって訳じゃねぇよ? 刀藤の力になってやりたいってのもあったし……でもま、一番の理由はそれだよ」

 

 どうだろう、と凜堂は表情を引き締めてユリスを見つめた。

 

「ユーリ、俺はお前の期待に応えられてるか?」

 

「……全く、お前という奴は」

 

 呆れたように首を振り、凜堂の頬に手を添える。愛おしそうに凜堂を撫でながら、穏かな笑みを浮かべた。

 

「私の想像以上だよ。お前と組めて、お前と出会えて本当に良かったと思う」

 

「……そっか」

 

 ユリスの最大級の賛辞に照れ臭そうに凜堂は頭を掻く。ユリスも頬を朱色に染めながら手を引っ込めようとしなかった。何だかとても良い雰囲気だ。

 

「……こほん」

 

 そこにわざとらしい咳払いをしながら割り込んでくる少女が一人。紗夜だ。

 

「流石は私の凜堂。とっても格好良かった」

 

「そ、そうか? ありがとよ、サーヤ……にしても、こうも褒めちぎられると悪い気はしねぇなぁ」

 

 抱きついてきた紗夜を愛でながら凜堂は頬を緩ませる。

 

 現在、控え室にいるのはこの三人だけだ。クローディアは試合を見届けると、そのまま席を外してどこかへ行ってしまったそうだ。レスターは「馴れ合うつもりはねぇ」とだけ言い残し、さっさと帰ったらしい。控え室に入る直前まで英士郎もいたのだが、号外を出さなければと息巻いてどこかへ飛んでいった。その際、凜堂への独占インタビューを取り付けるのを忘れなかった。

 

「そ、それにしても凜堂。お前は一体いくつの攻撃のバリエーションを持っているんだ?」

 

 これはユリス。

 

「……凜堂は“六爪(ろくそう)”、“五矢(ごや)”、“四風(よつかぜ)”、“三車(みぐるま)”、“二打(ふたつうち)”、“一閃(いっせん)”、“無手(むて)”の合計七つの型を持ってる。どれも我流だけど強力」

 

 これは紗夜。

 

「えぇい、邪魔をするな沙々宮! 私は今、凜堂に聞いているのだ!」

 

「……私だって今、凜堂と喜びを分かち合っているところ。リースフェルトこそ邪魔しないで欲しい」

 

「……何やってんのお前等?」

 

 角突き合わせるユリスと紗夜に凜堂は呆れるしかなかった。

 

「はい、どーどーどー。子供じゃねぇんだから止めろっての……ん?」

 

 がるる、と互いを威嚇しあう二人を引き離しながら凜堂は訝しげに控え室ドアを見た。二人も何かに気付いたらしく、扉へと視線を向けている。何やら、静かだった外がざわめいてる様子だった。

 

「凜堂、私です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 ノックと一緒に聞こえたのは耳に心地よい、落ち着いた声だった。

 

「ロディア? どうぞどうぞ」

 

「お邪魔いたしますね」

 

 ドアを開けて入ってきたのは予想通り、クローディアだった。ただ、その傍らに予想外の人物が立っている。

 

「刀藤?」

 

「あ、あの、お邪魔しますです……」

 

 状況がよく掴めてない顔をしているが、とりあえず綺凛は頭を下げた。どこまでも律儀な子だ。

 

「ここに来る途中、報道陣の皆様に捕まっていたようでしたので、こちらにお連れしました」

 

 彼らも中々にしつこいですからね、と小さくため息。きっと颯爽と、一陣の風のように綺凛を連れて行ったのだろう。唖然とする生徒達の顔が目に浮かぶようだ。

 

「そ、その節はありがとうございます!」

 

「いえいえ。刀藤さんも何かこちらに用があったでしょう?」

 

「は、はい……あ、会長からお先にどうぞ」

 

 そうですか、と綺凛の申し出に遠慮する様子も無くクローディアは一歩前に出て、凜堂、綺凛の順に視線を動かした。

 

「まずは凜堂、刀藤さん。素晴らしい試合でした。星導館の長として、貴方達のことを誇りに思います」

 

「そこまでストレートに言われると照れるな」

 

「そ、そんな……」

 

 凜堂はむず痒そうに身を捩じらせ、綺凛は恐縮した様子で体を縮こませる。次にクローディアは凜堂の方に向き直った。

 

「そして凜堂。貴方はこれから序列一位、星導館学園の顔になります。努々、そのことをお忘れないように精進を怠らないで下さい」

 

「へいへい、と」

 

 気楽そうに肩を竦める。自覚があるかどうか疑わしい限りだ。もっともこの場にいる全員、序列一位という肩書きに縛られる凜堂を想像することが出来なかったが。その程度で緊張するほど、この男の神経は繊細じゃない。

 

「私からは以上です。刀藤さん、次は貴方ですよ」

 

「あ、はい……」

 

 クローディアに促され、綺凛は凜堂の前へと進み出た。

 

「ん、どした刀藤?」

 

 凜堂は勿論、ユリスと紗夜も興味津々で綺凛を見ている。いきなり視線が自分の方へと向き、綺凛は一層身を竦ませた。それでも、凜堂の目を真っ直ぐ見て自分の言葉を伝える。

 

「あの、高良先輩。以前にも話して下さった、高良先輩達の特訓のことなのですが」

 

「あぁ、あれがどうかしたか?」

 

「私も参加してよろしいでしょうか?」

 

 何? と声を上げたのはユリスだった。

 

「ま、前に誘われたのですが、その時は事情があって話を受けられなくて……でも、今は、大丈夫なので」

 

「どういうことだ、凜堂。私は何も聞いてないぞ?」

 

 柳眉を逆立てるユリスに凜堂は悪びれる様子も無くしゃあしゃあと答える。

 

「そりゃそうだ。だって言ってねぇし」

 

「お前という奴は……」

 

 怒りに肩を震わせるユリスを見ても、凜堂は微塵も焦らなかった。

 

「でも実際、刀藤ほどの奴が特訓に参加してくれれば、それだけで相当鍛えられると思うぜ」

 

「た、確かにそうだが……」

 

「……構わない。私達は歓迎する」

 

 凜堂とユリスの間での話なのに、何故か紗夜が答えた。待てぃ、とユリスが紗夜の小さな肩を掴む。

 

「何故、貴様が答える? それ以前に貴様もあれから毎回ちゃっかり付いてきてるが、私は許可した覚えなど一つも無いぞ!!」

 

「リースフェルトは一々細かい。そんなだと、将来禿げる」

 

「だ、誰が禿げるものかぁ!!」

 

「あぁ~、もう止めんか!!」

 

 再び噛み付き合う二人の首根っこを掴み、猫のようにぶら下げながら凜堂は苦笑いした。

 

「刀藤。俺から誘っておいて難だが、こんな面子だ。それでもいいか?」

 

「は、はい! 全然大丈夫です」

 

「そうかい。そんじゃ、一つよろしく」

 

 頼む、と続けながら手を差し出そうとしたその時、また扉の外が騒がしくなり始めた。一拍置いて、ドアを殴りつけるようなノックが始まる。

 

「綺凛! ここにいるのだろう、さっさと出て来い! 綺凛! ……えぇい、開けんか!!」

 

 誰か、など考えるまでもない。クローディアは頬に手を当てながら、困ったように凜堂を見た。

 

「どうしましょう?」

 

「いやいや。聞くべき相手が違うだろ」

 

 全員の目が綺凛へと向けられる。両手をぎゅっと握り締めながらも、綺凛は気丈に頷いて見せた。

 

「だそうだ、ロディア」

 

「分かりました」

 

 クローディアが扉のロックを解除する。瞬間、扉をぶち壊しかねない勢いで中に飛び込んできたのは刀藤鋼一郎だった。息も荒く、顔を真っ赤にさせているその様はロデオに出てくる暴れ牛を連想させる。

 

「お前はどれだけ愚かなのだ、綺凛!! 勝手に決闘した上にあんな無様な負けを……! それも『冒頭の十二人(ページ・ワン)』ですらない雑魚に負けおって! 計画がぶち壊しだ!!」

 

「おいおい、開口一番、失礼極まりないな」

 

 凜堂の声も激昂した鋼一郎には届かなかった。

 

「だが、これで分かっただろう! お前は一人じゃ何も出来ない能無しだと!! お前には私の力が必要なのだ! さっさと来い! ……全て一からやり直しだ!!」

 

 綺凛の腕を掴もうと手を伸ばすが、綺凛はするりとかわした。

 

「……ごめんなさいです、伯父様」

 

 それだけ呟く。その瞳にどれだけの想いと覚悟が込められているのか、鋼一郎は感じ取ることは出来なかった。

 

「口答えするな!! お前は何も考えず、ただ私の言う事だけを聞いていれば良い!!」

 

 再び腕を伸ばすも、今度は間に割って入ってきた凜堂に弾かれた。邪魔する凜堂を突き飛ばそうとするも、その冷え切った視線に体が凍りつく。

 

「ガキじゃあるまいし、いい加減分かれよ。もう、こいつにあんたの力は必要ない」

 

「こ、小僧が舐めた口を……」

 

 どうにか口を動かすも、言葉尻が小さくなってしまう。凜堂は口調こそ平坦だが、そこには有無を言わせぬ圧力と、綺凛を護り抜くという屈強な意志があった。

 

 凜堂の威圧感に圧倒され、鋼一郎は一歩一歩と後ずさりしていった。

 

「ここから先はこいつだけの物語だ……少なくとも、こいつの物語にあんたが出しゃばる資格は無い」

 

「高良先輩……」

 

「成る程。話には聞いていたが、予想していたものの上を行く下種だな」

 

「……耳障りで目障り」

 

 凜堂の後ろに立っているユリスと紗夜が侮蔑の視線を鋼一郎へと向けている。いつ、攻撃してもおかしくないほど剣呑な雰囲気だ。

 

「な、なんだ貴様等? 私はただの一般人だぞ? 私に星脈世代(ジェネステラ)である貴様等が手を出せばどうなるか……」 

 

 そこまで言って、鋼一郎は逆転の一手を思いついたようだ。醜悪に口元を歪ませ、綺凛へと視線を戻す。

 

「い、いいのか、綺凛!? お前の父の、誠二郎の罪を隠蔽してやったのは私だぞ! もし、私の言うことを聞かないというなら、その全てを世界に公表してやる! そうすれば、お前も、刀藤流もどうなるか……」

 

「どんだけ下らない人間なんだ手前。そんなんだから刀藤流を継げなかったんだよ」

 

 凜堂の冷え冷えとした声が鋼一郎の言葉を遮る。一瞬、表情を失った後、鋼一郎は顔を憤怒に染め上げながら凜堂に詰め寄った。

 

「き、貴様……今、何と言った?」

 

「刀藤流を継げなくて当たり前って言ったんだよ。俺も詳しいことは知らないけどよ、刀藤流を継ぐってことは、刀藤流の顔になるってことぐらいは分かるぜ」

 

 そういうことだ。実力もそうだが、人格も当主に求められる要素の一つになるのだ。

 

「当主ってのは、その背中で門下生全員を導いていくような、そういう存在なんだろ。あんたはどうなんだ? 自分の欲しいもの(刀藤流)が手に入らなかったのを全部周りのせいにして、人の弱みに付け込んで思い通りにいかなきゃ暴言と暴力を振るう。そんな奴に人を教え導くことなんて出来てたまるか」

 

 絶対零度の声音で凜堂は鋼一郎に止めを刺す。

 

「ただの人間だ星脈世代(ジェネステラ)だ下らねぇことほざいてる暇があるなら、手前を顧みて少しでも刀藤流に相応しい人間になれよ」

 

 その言葉に鋼一郎の中で何かが切れた。

 

「お前等みたいな星脈世代(ばけもの)に何が分かる!!」

 

 絶叫と共に鋼一郎は凜堂に拳を振り下ろした。凜堂が反撃も防御もしないのをいいことに、何発も何発も殴っていく。

 

「貴様ぁ!!」

 

 ユリスが怒声を上げながら鋼一郎を取り押さえようとするが、紗夜がそれを制した。

 

「何故止める、沙々宮!?」

 

「……凜堂を信じて」

 

「止めて下さい伯父様!!」

 

 綺凛も鋼一郎を止めるために前へ出ようとするが、凜堂本人がそれを許さなかった。クローディアは視線を物騒なものにして鋼一郎を見ているが、何も言わずに推移を見守る。

 

「私はなぁ、私はなぁ! 刀藤流を継ぐために幼少の頃から鍛錬してきたんだ! 本当なら私が継ぐはずだったものを、弟が、星脈世代(ジェネステラ)が奪っていった!!」

 

 今まで心の奥底で燻らせていたもの全てを爆発させ、鋼一郎は凜堂に拳を打ち込んでいく。凜堂は何もせず、ただされるがままになっていた。

 

「化け物の分際で私のものを横から掠め取っていった……化け物の分際で、化け物の分際でぇぇぇ!!!」

 

 血が飛び散る。それは凜堂から出たものなのか、それとも鋼一郎の手から出たもののどちらなのか。

 

「刀藤流を化け物に奪われた私の苦しみが星脈世代(貴様等)に分かってたまるかぁぁぁ!!!」

 

「分かりたくねぇよ」

 

 初めて、凜堂は鋼一郎の拳を受け止める。鋼一郎の手を砕かない程度に握り締めながら見返す。その目には怒りと、ほんの僅かな共感があった。

 

「手前のこと全部棚に上げて、周りのもの全部に責任押し付けて怒りをぶつけてる奴の気持ちなんて……分かりたくもねぇ!!!!!」

 

 突き飛ばすように鋼一郎を放す。尻餅をついた鋼一郎を見下ろしながら、胸糞悪そうに吐き捨てた。

 

「前から不思議だった。何で、あんたのことがこんなに気に入らないのか……ようやく分かった。似てるんだ、俺とあんた」

 

 凜堂の言葉に鋼一郎は勿論、その場に居合わせた全員が驚いていた……紗夜一人を除いて。寸の間、唖然としていたが、鋼一郎は顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

 

「ふざけるな! 私と化け物(貴様)を一緒にするな!!」

 

 唾を飛ばす勢いの怒声を無視し、心底嫌そうに凜堂は呟いた。

 

「本当、むかつくほど似てるよ……昔の俺と」

 

 その台詞にユリスがハッとする。確かに凜堂と鋼一郎には奪われたという共通点があった。

 

 高良凜堂は“家族”を奪われ、“世界”を憎悪した。

 

 刀藤鋼一郎は“当主の座”を奪われ、“星脈世代”を憎悪した。

 

 憎む対象こそ違えど、両者は奪われたことに激怒し、周囲に憎しみをばら撒いた。その一点において、二人は類似している。でも、

 

「それは違うぞ、凜堂。お前とその男は別だ」

 

 ユリスがそれを否定する。

 

 確かに凜堂は世界を憎み、周りにその責任を押し付けた。だが、それは違うと自分自身で気付いた。憎しみと怒りを滾らせる己を振り切り、変わろうと決めたのだ。

 

 一方、鋼一郎は変わっていない。未だに星脈世代を憎み、化け物と蔑んだまま己の望むものを手に入れようとしている。

 

 変わった者と変わらなかった者。始まりは似ているが、二人の間には決定的な違いがあった。

 

「……ありがとう、ユーリ」

 

 ちらっと振り返り、ユリスに礼を言ってから凜堂は再び鋼一郎を見る。

 

「星脈世代は化け物だって? まぁ、確かにそうかもな。星脈世代の能力は化け物と呼んで差し支えないレベルだ」

 

 でもだからって勝てない訳じゃない、と凜堂は目を閉じる。思い出すのは、かつて死にながらも己の務めを全うした男の背中。

 

「俺の親父がそうだった。星脈世代を相手にして、それでも護るべきものを護り抜いた」

 

 鋼一郎の表情に憤怒から、戸惑いへと変化した。

 

「貴様……まさか、高良凛夜の……」

 

「何だ、俺の親父のこと知ってる……って、統合企業財体に勤めてんだ、それくらいすぐ調べられるか」

 

 確かに調べた。高良、という苗字に聞き覚えがあり、もしやと思って『双星事件』の資料を調べてみた。そうしたら、血縁関係者の名前に凜堂の名前があった。最初は驚きもしたが、すぐに同姓同名の他人だろう、と高を括った。

 

 だが、本人だった。目の前にいる少年は、あの『双星事件』で死んだ高良凛夜の息子なのだ。

 

「……」

 

 高良凛夜が死んだ後、凜堂がどのような人生を送ってきたかは資料を読んだのである程度知っている。続けざまに母、そして姉を失っていき、天涯孤独の身となった少年。

 

 一体、どれだけの苦痛を味わってきたのだろう。一体、どれだけの悲しみに直面してきたのだろう。一体、どれだけの絶望とぶつかってきたのだろう。鋼一郎には想像も出来なかった。

 

「……ガキの俺だって乗り越えて変われたんだ。あんただって出来るはずだ」

 

 沈黙が流れる。暫しの間、鋼一郎はただ凜堂を見ていた。やがて、スーツのポケットからハンカチを取り出すと汗まみれになった顔を拭った。その下から現れたのは、どこか吹っ切れたような顔だった。

 

「見苦しいものを見せた」

 

 ユリス、紗夜、クローディアの順番に頭を下げていく。次に鋼一郎は凜堂に向き直った。

 

「殴ってすまなかった。本社の方に抗議してくれて構わない」

 

「んなことしねぇよ」

 

 口端から流れる血を拭いながら凜堂は鼻を鳴らす。

 

「それに俺は星脈世代だからな。この程度でどうにかなる訳じゃない」

 

「……本当にすまなかった」

 

 凜堂の痛烈な皮肉に鋼一郎は深々と頭を下げた。余りの変わりようにその場にいる全員が顔を見合わせる。

 

「綺凛」

 

「は、はい!」

 

 名を呼ばれ、綺凛が凜堂の背中から顔を出した。綺凛を見る鋼一郎の目は今までの物を見るようなものではなかった。

 

「もう、私はお前のやることに口出しはしない。お前の好きなようにやれ」

 

 それだけ言って鋼一郎は凜堂達に背を向け、部屋から出て行く。

 

「お、伯父様!」

 

 少し逡巡するも、綺凛はその背に向かって呼びかけた。鋼一郎は振り返らず、足だけを止める。

 

「私、伯父様には凄く感謝しています! それは本当です! だから、その、今までありがとうございました!!」

 

 綺凛は頭を下げた。誰に対してもやってきたように、真摯に丁寧に、心を込めて。そうか、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁き、鋼一郎は今度こそ部屋を出て行った。

 

「……俺も道を間違ってたら、あんな風になってたのかな」 

 

 誰に言うでもなく、凜堂は独り言を口にする。ぽんぽんと肩を叩かれたので振り返ってみると、そこにはユリスの笑顔があった。

 

「格好良かったぞ」

 

 ただ一言、そう言う。馬鹿正直な褒め言葉に凜堂は顔が熱くなるのを感じ、無言で顔を逸らした。

 

「「「「……」」」」

 

 凜堂の意外な反応に女性陣は目を丸くし、互いに顔を見合わせて小さく笑う。

 

 凜堂がつーんとそっぽ向いたままでいると、誰かが制服の裾を引っ張った。見ると、凜堂よりも顔を赤くさせた綺凛と目が合う。

 

「ど、どした、刀藤?」

 

「あの、その……高良先輩に二つほどお願いがあるのですが……いいですか?」

 

 お願い? と首を傾げるも、凜堂は内容を聞かずに頷いた。別に断る理由は無い。

 

「た、高良先輩のことを、お名前でお呼びしてもいいでしょうか?」

 

「名前で? 別に構わねぇよ。で、もう一つのお願いってのは?」

 

 耳先は勿論、項まで真っ赤にしながら綺凛は消えそうなほどの声で囁いた。

 

「わ、私のこと……名前で呼んでもらっても、いいでしょうか?」

 

 数秒の沈黙の後、凜堂は勿論と笑いながら綺凛を撫でる。

 

「これからよろしくな、リン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってエルネスタの研究室。大小様々な空間ウィンドウがある中、一際大きなものを前にエルネスタとカミラが並んで映像を見ている。その中ではアルルカントの実践クラスの生徒二人が何かと戦っていた。

 

 この二人、『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』に名を載せる実力者だ。前回の『鳳凰星武祭』でも優秀な成績を残している。加えて、彼らが使っている煌式武装(ルークス)は『獅子派(フェロヴィアス)』が作った最新型だ。当然、性能は折り紙つきである。

 

 であるにも拘らず、彼らは戦っているそれらに一撃も入れられていなかった。やがて、二人が絶叫を響かせるという結果でその戦いは幕を閉じた。

 

「と、お見せしたわけだけど……どう、カミラ。細かい調整は必要だけど、あの子達もそれなりのもんでしょ」

 

 空間ウィンドウを消しながらエルネスタはカミラを見る。

 

「……正直な感想を言っていいか?」

 

「どぞどぞ」

 

「私は今日ほど、お前を恐ろしいと思ったことは無い」

 

「そりゃどうも。私にとっちゃ褒め言葉も同然よ」

 

 戦慄しているカミラとは対照的にエルネスタは自慢げに笑って見せた。

 

「だが……それ以上に私は彼が恐ろしい」

 

「うん、それ私も同感」

 

 表情を真剣なものにさせながらエルネスタは空間ウィンドウの一つを呼び出す。そこにはバラストエリアであの竜をバラバラに切り刻んだ凜堂の姿が映っていた。エルネスタはその画像を更に拡大し、凜堂の振るっている光剣の一つ、千羽切を巨大化させる。

 

「これマジで凄かったよね。最初見た時、何も言えなかったもん」

 

「私もだ……いくらオリジナルに比べて劣化してるとはいえ、純星煌式武装(オーガルクス)を複製するなんて」

 

 画像に表示されたグラフと数値が物語る。巨大な光の刃と化した千羽切は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)より一回り小さいものの、同じくらいの性能を示していた。

 

「いやー、『超人派(テノーリオ)』如きで彼を測ろうと思った私のミスだねこれ。どんだけのポテンシャルを秘めてるんだろ……」

 

「だが、当初の目的は達成したといえるだろう。失敗した『超人派』は大人しくなり、お前は動くことなくデータを揃えた。一石二鳥だな」

 

「う~ん、これ見て揃えたって言えるほど私も神経太くないけど……ま、賭けには勝てたしそれでよしとしよう」

 

 不敵に笑いながらエルネスタは椅子の上に立ち上がった。

 

「いよいよ本番の幕開けでございます。最後までお付き合いくださいませ」

 

 仰々しく一礼する友にカミラは惜しみない拍手を送った。




はい、前書きに関しましてはすみません。でも、原作読んでないと確実に首傾げるよなこれ……。

毎回、次話投稿する度思うけど、何で俺の文章はこうも稚拙なんだ。もっと読みやすくて分かりやすい文章が書きたい……。

さって、作者のどうでもいい愚痴はさてとして、これで原作二巻の内容は終わりです。まさかの鋼一郎さん改心っていうとんでも展開。

書いてる最中、「あれ、凜堂と鋼一郎さんって過去似てね?」と思ってたらこんな内容になってた。うん、反省はしてる。

この後は閑話を二、三個書いてから三巻の内容に入ります。さって、どれだけ日数がかかるか不安になってきた……。

じゃ、次の話でお会いしましょう……凜堂の二つ名どうしよ? 一応、考えちゃいるけど。

後、原作三巻の凜堂はどチートになる予定です。


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二つ名どうすんの?

後書きにてちょっと発表あり


「そういや凜堂。お前の二つ名ってどんなのになるんだろうな?」

 

 あん? と凜堂は小さく眉を持ち上げ、動かしていた手を止めて正面にいる英士郎を見る。両者の手には清掃用具が握られていた。放課後、帰ろうとしているところを谷津崎匡子教諭に捕まり、教室の掃除を押し付けられたのだ。

 

「何だよジョー。いきなり藪から棒に?」

 

「だから、お前さんの二つ名だよ。お姫様だって『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』って二つ名がついてるだろ?」

 

 そのことか、と凜堂は箒の柄に両手を置く。

 

 アスタリスクで有名になった学生には二つ名が付けられる。例を挙げるなら、さっき英士郎も言っていたユリスの『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』、元星導館学園序列一位の綺凛の『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』などだ。

 

「お前さんも刀藤綺凛を倒したことで晴れて序列一位になったんだ。当然、何かしらの二つ名がつけられるはずだぜ」

 

「へぇ……ってか、二つ名って誰が付けるんだ?」

 

 ユリスや綺凛が自分から二つ名を語るとは思えない。

 

「具体的に誰がって聞かれると分かんねぇな」

 

「どういうこった?」

 

「誰が言い出したのか特定するのは難しいってことよ」

 

 英士郎は肩を竦めて見せた。

 

「有名になってくると、そんだけ決闘の映像とかが人目に付きやすくなる。ネットとかで流れるからな。その映像を見て、誰かが勝手に命名するんだ」

 

 ははん、と凜堂は大体の経緯が分かった。その誰かが勝手に命名した二つ名が有名になった学生のイメージにあっていれば、周りもその二つ名で呼ぶようになる。本人の望む望まないに関わらず、二つ名はどんどんアスタリスク中に広がっていくのだ。

 

「ネットは情報が広まるのが早いからなぁ。当人が否定し始める頃にはもう広まった二つ名が定着してるって寸法よ」

 

「迷惑な話だな、おい」

 

 実際、ユリスは二つ名が付けられた当時、かなり辟易としていたようだ。彼女の性格からして、そんな見世物のような扱いは受け入れ難いものだっただろう。しかし、現在ユリスは『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』という二つ名を受け入れている。

 

(ユーリを諦めさせるたぁ……恐ろしいところだぜ、アスタリスク)

 

「まぁ、変な二つ名を付けられるのが嫌だから自分から名乗りだす奴もいるしな。お前さんも変なのを付けられる前に何か考えといたらどうだ?」

 

 凜堂と綺凛の決闘から数日が経過している。その映像はネット上でアスタリスク中に広まっている事だろう。誰かが凜堂の二つ名を言い出すのも時間の問題だ。

 

「現に二つ名付けられてるぜ、お前さん」

 

 マジかよ、と目を見開く凜堂に英士郎は空間ウィンドウを開いた携帯端末を投げて寄越す。器用にキャッチして見てみると、アスタリスクの動画サイトが表示されていた。空間ウィンドウの中では凜堂と綺凛が凄まじい攻防を繰り広げている。再生数はかなりのもので、もう少しで一千万を超えようとしていた。ちなみに言わずとも分かると思うが、撮影したのは凜堂の目の前に立っている男だ。

 

「コメント欄のとこだ」

 

 空間ウィンドウを動かしてコメント欄に目を走らせる。素直に二人を賞賛するもの、戦力を分析するもの、大したことは無いと煽るもの様々だ。その中で凜堂はそれらしいものを見つける。

 

「『千変万化』、『燃える瞳(ブレイジング・アイ)』、『白き剣(ホワイトソード)』ねぇ……」

 

 それ以外にも色々とあった。どっちにしても視聴者が勝手に書き込んでるだけで、凜堂の二つ名に選ばれる様子は無い。

 

「この中のどれかがお前さんの二つ名になるかもしれないぜ?」

 

「ま、そこまで変じゃなきゃ何だっていいさ……俺も今思いついた」

 

 お、と目を輝かせる英士郎に携帯端末を投げ返しながら凜堂は両手の中でくるりと箒を回した。

 

「『放課後清掃員(スイーパー)』」

 

 担任に掃除を押し付けられた現状を凜堂は痛烈に皮肉って見せる。対して、英士郎は心底愉快そうにげらげらと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う~ん」

 

「……どうしたんだ凜堂。何か悩み事か?」

 

 その週の休日、凜堂はユリスと一緒に出かけていた。一緒に出かけるといっても、断じてデートではない。これはユリスの言だが、服選びに余念が無かったり、楽しみすぎて夜寝れなかった彼女を見て誰もがこう言うだろう。説得力絶無と。

 

 それに実際デートではない。訓練の一環として、商業エリアのカフェで昼食をとりながらコンビネーションについて話し合っていたのだ。はずなのだが、今日の凜堂はどこか上の空だった。ユリスの話にも生返事しかしないし、頼んだメニューも口にしていない。

 

「何か言いたいことがあるなら、言ってみるといい。私が聞いてやる」

 

 パートナーだからな、と少しだけ嬉しそうな顔をするユリス。悩み事っていうか何ていうか、と凜堂は頭を掻く。正直、今考えていることはユリスに話すようなものではない。内容が下らなさ過ぎるからだ。だが、こんな些細なことを相談できないようじゃタッグとして駄目だろうと思うのも事実。意を決し、凜堂はユリスを真っ直ぐ見つめた。

 

「じゃあ、聞いてくれるか、ユーリ? 実はな……」

 

「うむ」

 

「俺の二つ名に関してなんだが」

 

「……は?」

 

 ポカンと口を開くユリスに凜堂は先日の英士郎との会話のことを掻い摘んで話した。

 

「……相棒の話を上の空で聞き流して何を考えていると思えばそんな下らんことだったとは……」

 

 小さく呻きながらユリスは眉間に寄った皺を揉む。すまんすまん、と凜堂も少しばつが悪そうに笑っていた。

 

「ユーリも二つ名持ってるよな? どんな感じに付けられたんだ?」

 

「どんな感じと言われてもな……確か、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に名を連ねた頃だ。ネットで『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』なんていう二つ名が広まっていたのだ。私の決闘や公式序列戦などの映像と一緒にな」

 

 ユリスが否定するも、時既に遅し。ユリスの名は『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』という二つ名と一緒にアスタリスク中に拡散していったのだ。

 

「凜堂。経験者として言っておくが、二つ名のことなんて考えるだけ無駄だぞ。己のあずかり知らぬところで何時の間にか付けられて、ウィルス並に広まっていく……そういうものだ」

 

 どこか、哀愁を漂わせながらユリスは遠い目をする。経験者というだけあり、その姿は真実味に溢れていた。

 

「考えるだけ無駄って言うがなユーリ。変なの付けられてそれが定着したらたまったもんじゃねぇぞ」

 

 凜堂にとってはそれなりの大事で、ユリスにとっても他人事ではない。

 

「いっその事、ジョーが言ってたみたいに自分から名乗ってみるか」

 

 凜堂は額を掻きながら呟く。下手な二つ名を付けられる前に自分から名乗っておけば、不特定の誰かが言い出したものよりそちらが定着するだろう。

 

「自分からとは言うが、何かあるのか?」

 

「一応、候補はある」

 

 興味を引かれたのか、ほぉとユリスが眉を動かす。メモとボールペンを取り出し、凜堂はサラサラと何かを書いていった。

 

「こんなんどうよ?」

 

 そう言いながら差し出されたメモにはこう書かれていた。

 

「『勇気(ゆうき)凛々(りんりん)』……」

 

「あぁ。知らねぇか? 勇気凛々るりの色ってな」

 

「それは少年探偵団の歌だろうに……」

 

 序に言うなら、浅田次郎大先生のエッセイ集のシリーズ名でもある。何ともいえない顔でユリスはメモと得意げな表情の凜堂を見比べた。

 

「いや、少年探偵団なんてどうでもいい……本気なのか、お前?」

 

「おうよ。何かこう、ギャップがあるだろ?」

 

「ありすぎだ、馬鹿者」

 

 それは最早、ギャップ萌えの域を超えている。

 

「えぇい、駄目だ駄目だ、そんなのは。『勇気凛々』なんて呼ばれるお前と一緒にいなくてはいけない私の気持ちを考えろ」

 

 え~、と凜堂は不満そうに顔を歪めるが、素直にメモ帳を引っ込めた。いい二つ名だと思うんだけどな~、と未練たらたらの様子は普段の凜堂からは想像できないほど子供ぽかった。この時点でギャップ萌えとしては十分である。

 

「……む」

 

「あ」

 

 不意に聞き慣れた二つの声が聞こえた。二人が声のした方に目を向けると、紗夜と綺凛の二人と視線が合った。

 

「よぉ、サーヤ。それにリンも。こんなとこで何してんだ?」

 

「……今朝方、『鳳凰星武祭(フェニックス)』の出場枠に空きが出来たという連絡が来た。だから、正式なエントリーを済ませてきたところ」

 

 あぁ、と凜堂とユリスは顔を見合わせ頷き合う。紗夜と綺凛がタッグを組んだことは既に知っていた。最初に聞いた時は驚きもしたが、よくよく考えてみると二人には『父のために頑張る』という共通点がある。タッグを組む理由としては十分なものだ。

 

 紗夜は自然な足取りで凜堂に歩み寄ると、その膝の上にちょこんと腰を下ろした。当然、ユリスの柳眉が逆立つ。

 

「おい、沙々宮。何故、さも当然のように私達と一緒のテーブルに座った? それ以前に何で凜堂の膝の上に腰を下ろしているのだ!?」

 

「……リースフェルトは細かいところを気にしすぎ。それに私はお昼ご飯を食べる時、いつも凜堂の膝の上に座ってた」

 

 ね? と凜堂を見る。そうなぁ、と頷きながら凜堂は紗夜を撫でていた。

 

「確かにガキの頃はいっつもこうやって飯食ってたなぁ。サーヤってば、自分で手ぇ動かさないから食わせるのが面倒だったのなんのって」

 

「「食べさせる……」」

 

 ユリスと綺凛の頭の中の光景が重なる。幼い紗夜(現在と変わりなし)と、膝の上に乗った彼女にご飯を食べさせている幼い凜堂。

 

((羨ましい……))

 

 恋する乙女は考えることまで一緒だった。

 

「それはまだ幼かった時の話だろう! 男女七歳にして席を同じうせず、とはこの国の言葉だろうに!」

 

「……私、十歳の時に海外に行ってたから」

 

 あぁ言えばこう言うを絵に描いたようなやり取りだ。角を突き合せる二人に苦笑しながら綺凛は凜堂に視線を向ける。

 

「あの、凜堂先輩。私達もお昼まだなんです。もし宜しければ、私達もご一緒させてもらってもいいでしょうか?」

 

「別に構わないぜ。なぁ、ユーリ?」

 

 紗夜のように何も言わずに同席するのはともかく、普通に頼まれたのであれば断る理由はない。ユリスは多少不満そうだったが、了解の意を示す。

 

「じゃあ、リン。使ってない椅子二つ持ってきてくれ。ほれ、サーヤ。お前はいい加減どく」

 

「……ぶー」

 

 紗夜は可愛らしく唸るも、紗夜さんと綺凛に諭されて不承不承凜堂の膝から降りた。綺凛は他のテーブルから自分と紗夜の分の椅子を運んでくる。二人は椅子に腰を下ろし、やって来たウェイターに昼食を注文した。

 

「……それで二人はここで何をしてた?」

 

「何って言われてもな。まぁ、『鳳凰星武祭』のフォーメーションやら何やら色々と話してたんだが」

 

「何を言ってるお前は。ほとんど上の空で、碌に話せなかったではないか。そして何を考えているかと思えば二つ名などと……」

 

 悩ましそうにユリスは額に手をやる。二つ名? と紗夜も疑問符を浮べているが、綺凛は共感するように何度も頷いた。

 

「そうですよね。凜堂先輩も序列一位になりましたし、皆さんそろそろ騒ぎ出す頃だと思います」

 

「ジョー……夜吹にも同じこと言われたよ。リン、お前の時ってどんな感じだった?」

 

 凜堂の問いに綺凛は困ったように身を縮こませる。凜堂の満足する答えを返せそうになかったからだ。

 

「わ、私の場合、伯父様が決めてくださったので」

 

「まぁ、あの男なら当然そうするだろうな」

 

 若干の嫌悪感を込めてユリスは囁く。いくら凜堂の言葉で改心したとはいえ、無抵抗の凜堂を好き勝手に殴った事実が消える訳ではない。それは紗夜も同じらしく、微かに眉を顰めていた。

 

「そっか。俺の周りには決めてくれるような人はいないし、やっぱ自分で考えたほうがいいのかねぇ……ユーリに駄目だし喰らったけど」

 

「当たり前だ。あんな物、二つ名として認められるか」

 

 二人のやり取りを紗夜と綺凛は興味深そうに眺める。

 

「……凜堂が自分で考えたの?」

 

「どんなのでしょうか。気になりますね、紗夜さん」

 

 こくりと首肯しながら紗夜は凜堂を見つめた。それは綺凛も同様だった。別に見られて困るものでもないし、凜堂はメモ帳を二人に手渡す。どれどれ、と紙面を覗き込んだ綺凛の顔が引き攣った。

 

「ゆ、勇気凛々ですか……」

 

「良いだろ? ユーリってば、これは駄目って言うんだぜ」

 

 凜堂の言葉に答えず、綺凛はぎこちない笑みのままユリスへと目線を移す。そこに込められた同情の念にユリスは不覚にも涙しそうだった。

 

「……これも良い。でも、もっと凜堂に相応しい二つ名がある」

 

 え、と三人が驚く中、紗夜はさらさらとメモ帳に文字を書き込む。そこには小さく可愛らしい文字でこう書いてあった。

 

『幼馴染LOVE』

 

「却下だぁ!!」

 

 欲望ただ漏れ過ぎる二つ名にユリスが絶叫する。響く怒声に通行人たちが何事かと振り返るも、ユリスの怒りのオーラを目の当たりにしてすぐに目を逸らした。

 

「紗夜さん……」

 

「……サーヤ、流石にこれは無いわ」

 

 綺凛と凜堂もこれには首を振る。多少、声のボリュームを抑えながらユリスは不満げに頬を膨らませる紗夜に諭しにかかった。

 

「あのな、沙々宮。これは二つ名とは言わない。これはお前がそうだといいと思った願望だ」

 

「……リースフェルトは文句ばかり。そんなに言うなら、自分も何か案を出すべき」

 

「何?」

 

「そーだーそーだー。駄目だしするなら何か案を出せー」

 

「凜堂、お前まで……」

 

 紗夜に便乗する凜堂。何か言い返そうとして、ユリスは口を噤む。確かに、駄目だしするだけでは、ただの嫌な奴だ。口元に手を当て、思考を巡らせる。どんな二つ名が凜堂に相応しいか。

 

 脳裏に浮かぶのは黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を片手に全てを薙ぎ払う凜堂の勇姿。その後ろには英雄が護るお姫様(自分)の姿があった。

 

「……ハッ! 何を考えているんだ私は……『守護騎士(ガーディアン・ナイト)』などどうだ? 悪くは無いと思うが」

 

 若干、頬を赤らめているユリスに首を傾げながら三人は考え込む。最初に口を開いたのは綺凛だった。

 

「どうなんでしょう? 悪くは無いと思うのですが、『騎士(ナイト)』と言われると大抵の人はガラードワースの方を連想すると思います」

 

 実際、ガラードワースの冒頭の十二人(ページ・ワン)は『銀翼騎士団(ライフローデス)』と呼ばれている。そしてその騎士団を纏め上げるガラードワース序列一位の二つ名は『聖騎士(ペンドラゴン)』。そんな彼らを差し置いて『騎士』と名乗るのは、ガラードワースに全力で喧嘩を売っているのと同義だ。

 

「……それに凜堂のことをよく知らない人が守護者(ガーディアン)なんて聞いてもピンと来ないと思う」

 

 それもそうだ、と紗夜の言葉にユリスは渋面を作る。高良凜堂という人間の心底を知っているならとかく、そうじゃない人には間違っても彼が守護者(ガーディアン)に見えないだろう。

 

「しかし、普段のこいつを表すとなると碌なものになる気がしないな……」

 

「まぁ、確かにな」

 

 ケラケラと笑う凜堂に納得してどうするとユリスが突っ込む。

 

「……『雲男(ミスター・クラウド)』。もしくは『自由人(フリーマン)』?」

 

「あ、あはは……」

 

 ピッタリすぎる、とは口が裂けても言えない綺凛だった。その後、四人で話し合ってみたが、しっくりと来る二つ名は出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけでロディア。お前の意見を聞きたい」

 

「あらあら、随分と面白そうなことを話してたのですね。私も誘ってくれれば良かったのに……それはともかく、あなたの二つ名はもう決まってますよ」

 

「マジで!?」

 

「はい。私が決めました」

 

「しかも名付け親お前かよ!?」




ども、散々待たせた挙句にこんな山無し落ち無しの話でごめんね。

別に調子が悪かったなんて裏事情はありません。ただ、ネタが思いつかなかっただけです。

言い訳は置いといて、とりあえず決めたこと。原作三巻まで書き終わったら、一旦書くの止めます。原作追いつくまで書いて、何か取り返しの付かない設定とか出てきたら洒落にならんので。一応、アスタリスクの最新巻が出たらまた書く予定です。

んで、その書くの止めてる間に何か別の作品でも書こうかしらと思ってまして。案は二つ。

一つ目はこの作品の主人公である凜堂くんを何か別の作品にぶち込んでみる。例えばハイスクールD×Dとか問題児が異世界に放り込まれるあれとか。まぁ、後者の場合、原作読まなきゃいけなくなるけど。

二つ目は仮面ライダー鎧武のロックシードもどきを持った凜堂じゃない別の主人公で何か書いてみたりとか。一応、この後の話でこの主人公の設定は書いておきます。早ければ今日中に上げられるかな? (もう書きました)

まぁ、何かこの作品で書いてみてってのがあったらご意見お願いします。アンケートになるから、活動報告のとこにそれっぽいの作っときます。








ちなみに皆さん、ハイスクールD×Dの『D×D』の部分なんて読んでます? 自分はディーオブディーです。


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もう一人の主人公設定

何だろ、この中二を煩った主人公は。問題はこんな主人公を考える作者自身か……。

えぇ~、この主人公、花語四季くんですが、作者自身よく分かっていません。だって、鎧武見てて唐突に思いついた子だし。

まぁ、興味があったら読んでみてください。そして、彼をこの作品に出して欲しいという意見があったら、活動報告の『何かそれっぽいの』までお願いします。


『ロックシーズン』

・四季を模した錠前。花語四季が使用する。ロックオンの掛け声と共に陣羽織とそれぞれの武器が現れる。春夏秋冬の四種類と、もう一つ別の錠前がある。

 

 

『スプリングロックシーズン』

・四季が主に使用するロックシーズン。春を表し、風を司る。桜吹雪が描かれた陣羽織と日本刀、『桜花丸』が現れる。

 掛け声は『スプリングアームズ! 桜吹雪ファンタジー!』。

 

『サマーロックシーズン』

・夏を表し、水を司る。高速の近接戦闘を主にする。荒波が描かれた陣羽織と鋼鉄のガントレット、『怒涛』が現れる。

 掛け声は『サマーアームズ! 豪・快! フッホッハ!』。

 

『オータムロックシーズン』

・秋を表し、炎を司る。分身を作ったりトラップを作ったりと、テクニカルな戦闘を得意とする。紅葉が描かれた陣羽織と鉄扇、『紅乙女』が現れる。

 掛け声は『オータムアームズ! ミスタービューティフル!』。

 

『ウィンターロックシーズン』

・冬を表し、氷を司る。防御面において比類なき力を発揮する。また、天候を操作するなどパワーはロックシーズンの中でも随一。その反面、消耗が激しい。銀雪を描いた陣羽織と方天戟、『氷柱斬』が現れる。

 掛け声は『ウィンターアームズ! スノウ・オブ・シルバー!』。

 

『???ロックシーズン』

・四季の持っているロックシーズンの中で最強の力を持つ。春夏秋冬と関係ないのにロックシーズンという名になっているが、そこは突っ込まないでくれると嬉しい。

 掛け声は内緒。

 

 

 

花語(はながたり)四季(しき)

 

 五つのロックシーズンを使って戦う青年。年齢はこれから書く作品によって左右されるが、基本的にティーンエイジャー。外見は良くも悪くも普通。

 

 性格を一言で表すなら超堅物。自分が定めた信念に従い行動する。頭は固いが他者に自分の考えを押し付けようとはしない。

 

 基本、誰に対しても誠実に接するが、ちゃらんぽらんな人間に対しては嫌悪感を示す。逆に信念を持った人物には敬意を表する。

 

 力とは自分自身の『生き様』や『信念』を語る道具であり、力その物は重要ではなく、その力を持った人間にこそ価値があると考えている。また、戦いは己の語りたいことを語るための行為、場所という哲学を持っている。

 

 なので、ただ何の目的も無く愚直に力を求める者や、純粋に戦いだけを愉しむ者を心底嫌っている。滅多に自分から戦おうとしない。

 

 力は持っているものの、その力で語る生き様や信念を持っていないことを悩んでいる。




これからは原作三巻の内容を書いていきます。


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その力は誰のために
蠢くは悪辣の王


「あの、『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』の高良凜堂先輩ですよね?」

 

「あぁん?」

 

 場所は北斗食堂。いざ、昼食を食べ始めようとした時に声をかけられ、凜堂は両手を合わせた姿勢のまま振り返る。栗色の髪の女子生徒が満面の笑みを浮かべていた。制服からして中等部だろうか。

 

「一応、そうなるわな」

 

「サインしてもらってもいいですか?」

 

 ずい、と差し出される色紙とペン。あいよ~、と気の抜けた返事をしながら凜堂は受け取った色紙に名前を書いていく。普通に高良凜堂と書き、色紙を女子生徒に返した。

 

「こんなんでいいのか?」

 

「はい、ありがとうございます! 『鳳凰星武祭(フェニックス)』、頑張ってくださいね。応援してます!」

 

 そりゃどうも、と凜堂は手を振って去っていく笑顔の女子生徒を見送る。

 

 今度こそ昼食を食べようとするも、自身に冷たい視線が向けられていることに気付き手を止めた。向かいに座っているユリス、紗夜と視線がぶつかる。両者とも、これ以上ないほどのジト目だ。

 

「何だよ、二人とも……言っとくが、やらんぞ」

 

 そういうことじゃない、と二人はテーブルの上にある天丼をガードする凜堂に突っ込む。

 

「別に。ただ、人気者は大変だと思ってな」

 

「……凜堂は愛想が良すぎる。嫌ならちゃんと断るべき」

 

「高々、色紙に名前書くだけだろ。大変な訳ねぇさ。それに嫌って訳じゃ無いしな」

 

 不機嫌そうな表情を作る二人の圧力をさらりと受け流し、凜堂は箸を動かして天丼を食べる。幸せそうにご飯を頬張る凜堂を見て、仏頂面をしていた二人も毒気を抜かれた様子でため息を吐いた。

 

 凜堂と綺凛との決闘から早一週間が過ぎていた。『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』を降した、リスト外の無名学生。今や凜堂は星導館学園内で知らぬ者がいないほどの有名人となっていた。

 

 序列一位になった結果、さっきの様なことが結構な頻度で起こっていた。最初こそ凜堂は戸惑っていたが、十回以上サインしている内に慣れていた。

 

 これ以外にもファンレターやプレゼント、メディアからの取材や企業のオファー。果ては匿名からの嫌がらせや脅迫など、もう何でもござれ状態だ。

 

 無論、学園側もこういったケースを想定して、こういったことのフォローをする部署を用意している。凜堂もそこに全てを丸投げにしているが、あぁやって直接接触してくる相手には自分で対処するしかない。

 

「そう目くじら立てんなよ、お二人さん。『在名祭祇書(ネームド・カルツ)』入りもしてない無名の奴が序列一位に勝ったんだ。誰だって気になるし、お近づきになりたいはずさ」

 

 凜堂の隣でニヤっと笑ったのは彼のルームメイトの英士郎だった。ちなみに英士郎が頼んだのはかけそばだ。

 

「過去のケースを調べてみても、リスト外から一気に序列一位になった生徒はいないからな」

 

「あぁ、ロディアもそんなこと言ってたっけか」

 

 凜堂はついこの間、クローディアと交わした話を思い出す。かなり小難しい内容だったので大半は聞き流していたが、要点だけはちゃんと覚えていた。

 

「確か、公式序列戦に参加する連中って三つに分けられるんだよな?」

 

「そ。序列最上位の『冒頭の十二人(ページ・ワン)』、『在名祭祇書』に名前が載ってる序列入り。そして在名祭祇書に名前が無いリスト外。この三つだ」

 

 基本的に公式序列戦では下位の者からの指名を拒否することは出来ない。だが、公式序列戦で指名できるのは自分より一つ上の階層の者だけ。つまり、リスト外からいきなり『冒頭の十二人』と戦うのは不可能ということだ。

 

 故に、リスト外の者が『冒頭の十二人』と戦うには通常の決闘以外に方法は無い。この決闘も、断られるのがほとんどだ。序列上位になればなるほど、得られる特典は大きくなっていく。いたずらに決闘し、敗北すればその特典は全て失われてしまう。

 

 リスト外の者との決闘で得られるものなどほとんどない。失うものと得るものを天秤にかけ、自分の損が少ないように行動するのは当たり前の事だ。それ以前に今回のケースが前例が無いほどに珍しいのだ。

 

「私の時は運良く最初の決闘で『冒頭の十二人』になれましたけど、それでも十一位です。凜堂先輩の場合、いきなり一位ですから、凄くセンセーショナルだと思います」

 

 これは紗夜の隣でうどんを食べている綺凛の言葉だ。凜堂に敗北し、序列一位の特典を全て失ったわけだが、特に未練は無いようだ。

 

「それに凜堂はキャラがかなり強烈だからな」

 

 英士郎が携帯端末を操作し、空間ウィンドウを展開する。ウィンドウの中では六爪を構えた凜堂が綺凛と対峙していた。あの決闘の映像だ。

 

『こっから先は俺のステージだ!!』

 

「この台詞からの逆転劇はかなり格好良かったしな。そりゃファンも増えるだろ」

 

「そうですね。実際、中等部の男子も真似してましたし。フィナーレだ、って決め台詞も」

 

「マジで!?」

 

 こくりと綺凛は凜堂に頷いてみせる。それも、一人や二人ではない。結構な人数、凜堂の台詞を真似て決闘をしているそうだ。

 

「嘘だろ……何か滅茶苦茶恥ずかしい」

 

「有名税、というやつだ。諦めろ」

 

 頭を抱える凜堂をユリスは冷たく突き放した。いけないとは思うのだが、満更でもない様子でファン(特に女子)の相手をする凜堂を見ていると、どうしても口調が刺々しくなってしまう。

 

「ってか、お姫様だって凜堂ほどじゃないにしろ、『冒頭の十二人』になった時はかなり騒がれてたじゃねぇか」

 

 それはそうだが、とユリスは不満げに頬を膨らませた。

 

「だとしても、私の時はこれ程長い騒動にはならなかったぞ」

 

 そりゃそうだ、と英士郎は苦笑する。凜堂と違い、当時のユリスは近づいてくる者達全てを完全にシャットダウンしていた。あれだけ頑なに拒まれれば、誰だって諦めるだろう。

 

「それに私は凜堂と違ってサービス精神を持ち合わせていない。応援には素直に感謝するが、利害のために利用されるなど真っ平だ」

 

 言いながらユリスは携帯端末を取り出し、凜堂にある物を見せる。ん? と首を傾げていた凜堂はそれを見て、あれまと目を見開いた。

 

 空間ウィンドウに表示されたネットオークションのサイトで凜堂のサインが出品されていた。せめてもの救いは書いたサインの割りに出品数が少ないこと、そして値段がかなりのものになっていることだ。

 

「やっぱ、こうなったか。ま、気にすんなよ。学生の小遣い稼ぎの一環だ」

 

 ちょっとだけ寂しそうな凜堂を元気付けるように英士郎はその肩を叩く。

 

「そんなのは気にしなくて大丈夫。凜堂のファンはちゃんといるから」

 

「マジで? 誰?」

 

「私」

 

 ふんす、と息を吐きながら紗夜は胸を張った。臆面も無く言ってのける辺り、彼女の胆力はクローディアに匹敵するかもしれない。紗夜の隣にいる綺凛もコクコクと頷く。

 

「さ、紗夜さんの言うとおりです! 私のクラスにも凜堂先輩のファンの子はいますし……私とか」

 

「幼馴染と後輩の優しさが胸に染みるでぇ……」

 

 二人の思いやりに涙腺が緩む凜堂だった。

 

「と言いつつ、『鳳凰星武祭』で私達と当たったら全力で倒しに来るのだろう?」

 

 どこか挑発的な口調のユリスに紗夜は当然、と頷き返す。綺凛も一転して刀のような鋭い視線をユリスと凜堂に向けた。

 

「はい。戦う以上、手は抜きません」

 

 ユリスに目的があるように、紗夜と綺凛にも叶えるべき願いがある。互いの望みをかけて戦うのだから、手を抜くなどあってはないらないことだ。

 

(真っ直ぐだねぇ、俺の周りにいる女の子は)

 

 若干、腹黒い人物は一名いるが。己の願いのために戦う彼女達の姿は酷く眩しく見えた。

 

(願い、ね……)

 

 無論、凜堂にも願いはある。ユリスを護り、彼女の力になること。それが凜堂がアスタリスクで見つけた成すべき事だ。その想いに偽りは無い。ただ、微かな疑問が凜堂の胸の中で燻っていた。

 

(それだけでいいのか……)

 

 ユリスは金を必要としているが、それは故国にある孤児院を、友人達を救うという『目的』があるからだ。金は手段でしかない。

 

 一方、凜堂には『目的』がない。ユリスの力になること事態が『目的』と言えなくも無いが、彼女に力を貸しているのもただ自分がそうしたいからだ。はっきり言ってしまえば自己満足にすぎない。

 

(ユーリを護って、ユーリの力になって……どうするんだ、俺は? 何をするんだ?)

 

 思考に没頭しそうになる寸前、凜堂は頭の中の考えを振り払った。今の凜堂がすべきはユリスの力になることだ。それ以外のことなど、後で幾らでも考えれば良い。考え事を止め、凜堂はユリス達の話に加わる。

 

「ま、当たりたくないってのが本音だよな」

 

 ここ数日、凜堂とユリスは紗夜と綺凛のペアとタッグ戦をしていた。勝率は五分五分だ。お互いに急造のタッグだが、そうとは思えないほどの動きをしている。もし、彼らが大会でぶつかり合ったら、長く語り継がれる名勝負となるだろう。

 

 ちなみに凜堂は剣(黒炉の魔剣(セル=ベレスタ))の修行のため綺凛と一対一で戦っているのだが、こちらは十回に一回勝てる程度だ。

 

 綺凛の太刀を捌く事しか出来なかった最初の頃に比べれば相当マシになっているのだが、それでも凜堂はかなり悔しがっていた。その様を女性陣は苦笑いしながら見ていた。

 

 それ以前にこの短期間で綺凛と剣の戦いで勝てるようになった凜堂の成長速度も異常だが。

 

「うふふ。皆様、意気軒昂のようで何よりです」

 

 耳に心地よい声と一緒に凜堂達の下に現れる生徒会長(クローディア)。おっす、と凜堂が手を上げると、クローディアもおっすと応える。

 

「おひさ。最近、会ってなかったけど、やっぱ忙しいのか?」

 

「えぇ。やはり、この時期になるとやる事が多くなって大変です」

 

 実のところ、クローディアと顔を合わせるのは久しぶりだ。星武祭(フェスタ)の時期になると色々と仕事が多くなるらしい。

 

「まぁ、だからこそ恩恵もあるのですが」

 

 クローディアは失礼、と一声かけてからテーブルの上に空間ウィンドウを広げた。通常のものに比べ、かなり大きい。

 

「先ほど、『鳳凰星武祭』のトーナメントの組み合わせが発表されたので、皆様にお知らせしておこうかと」

 

 クローディアの言葉にテーブルについていた全員の目が空間ウィンドウに向けられる。

 

「……多いな、おい」

 

 参加者一人一人の名前に視線を走らせていた凜堂は目尻の辺りを揉み始めた。その数は五百十二人、そして組み合わせは二百五十六組。名前の上には迷路のように線が続いている。

 

「え~と、私達は……ありました! Lブロックです!」

 

「我々はCブロックか。ということは、本戦までお前達と当たることはないみたいだな」

 

 『鳳凰星武祭』は約二週間に渡って行なわれる。前半の一週間は俗に予選と呼ばれ、ベスト三十二までが選出される。今、凜堂が見ているトーナメント表がその予選の組み合わせだ。

 

 その後、予選を勝ち抜けた三十二組は新しいトーナメント表に振り分けられ、予選以上の激闘を繰り広げる事になる。この後半の戦いは本戦と言われており、各学園にポイントが入るのはこの本戦からだ。

 

「ってか、こんなことしてていいのかロディア? 忙しいんじゃねぇのか?」

 

 参加者である以上、トーナメント表なんて嫌でも目にする事になる。わざわざクローディアが、多忙を極める生徒会長が足を運ぶほどのものではないのではないか。凜堂の言いたいことを言外に察したクローディアはたおやかに微笑んだ。

 

「いえ、そんなことはありません。皆さんは優勝候補の一角なのですから、入念に準備していただかないと」

 

「優勝候補ねぇ」

 

 んな大袈裟な、と続けようとする凜堂を英士郎が小突く。

 

「アホかお前。片や『疾風刃雷』と、その『疾風刃雷』を降した『切り札(ジョーカー)』のタッグだぞ? 優勝候補以外の何だっていうんだよ?」

 

「夜吹さんの言うとおりですね。凜堂も刀藤さんも謙遜が過ぎるきらいがありますので、もう少し自信を持ってくださいな。何せ、貴方達は星導館学園(我々)の顔なのですから」

 

「んなこと言われたってなぁ、リン?」

 

「そ、そうですね……」

 

 互いに顔を見合わせる二人。両者共に強さを誇示する性質ではないので、どうしても謙虚になってしまう。もっとも凜堂の場合、謙遜しているのではなく自然体でいるだけだが。

 

「今回の『鳳凰星武祭』はずば抜けた選手がいないからな。正直言って、お前等のどっちがか優勝してもおかしかないぜ? 見た感じ、前々から予想されてた面子みたいだしな。目ん玉が飛び出るような大物もいねーし」

 

 どの学園も『星武祭』に出場する選手を事前に公表したりしない。相手に対策を立てる時間を多く与えないためだ。

 

 だが、どこからか情報が漏れることはあるようで、大体は巷が予想したとおりの面子が出てくるようだ。

 

「幸い、『獅鷲星武祭(グリプス)』や『王竜星武祭(リンドブルス)』のような絶対的な選手はいるわけではないですしね」

 

「絶対的ってぇと、あれか? ガラードワースの何たら騎士団……「銀翼騎士団」そうそう、それそれ。後、レヴォルフの『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』のことか」

 

 名前が出てこない凜堂にユリスが助け舟を出す。

 

「彼らは評判以上の圧倒的な力を以ってそれぞれの『星武祭』を制しました。今回は逆に想像もつかない大乱戦になりそうですね。各学園の『冒頭の十二人』もそれなりに出ていますが、いずれも各『星武祭』で優勝などの成績を残しているわけではありません」

 

 他にも前回の『鳳凰星武祭』優勝組は卒業して参加してないらしく、その上、準優勝した界龍のペアは『獅鷲星武祭』に鞍替えしているそうだ。

 

「流っ石、生徒会長と新聞部。ポンポン情報が出てくるな」

 

 感心した様子で凜堂はすらすらと話すクローディアと英士郎を見ていた。

 

「いずれにしても、今回の『鳳凰星武祭』は戦略上、非常に重要な位置づけにあります。その成否は皆さんに懸かっています」

 

 プレッシャーをかけるような物言いだが、クローディアの言葉も強ち間違ってはいない。

 

 アスタリスクにある六つの学園にはそれぞれ得意とする『星武祭』がある。聖ガラードワース学園はチーム戦の『獅鷲星武祭』を、レヴォルフ黒学院は個人戦の『王竜星武祭』を。そして星導館学園はタッグの『鳳凰星武祭』に強い。過去のデータもこのことを裏づけしている。

 

 つまり、星導館学園としてはこの『鳳凰星武祭』で可能な限りのポイントを稼いでおきたいのだ。そうでなければ、総合順位で上位に入るなど無理な話になってしまう。

 

 余談であるが、界龍第七学院は得意なものが無い代わりにどの『星武祭』でも安定した結果を残していた。アルルカント・アカデミーは波があり、シーズンによって得意な『星武祭』が変わるという特異性を持っている。クインヴェール女学院には得意な『星武祭』は無い。

 

「……質問」

 

 不意に紗夜が手を挙げる。今の今まで黙ってオレンジジュースを飲んでいたいにも拘らず、その目には強い光が灯っていた。その光を言葉で表現するなら敵対心がピッタリだろう。

 

「アルルカントのお二人ですか?」

 

 紗夜の疑問に先んじ、クローディアが問う。紗夜は何も言わずに眉を動かすが、クローディアはそれを肯定と受け取った。

 

「そういや、騒がしい方が言ってたな。『鳳凰星武祭』にエントリーしてるって」

 

 先日のアルルカントの二人組の訪問を思い出し、凜堂は小さく呟いた。紗夜は訪問の際に起こったカミラとの諍いの決着を付けたいのだろう。傍から見ればかなり感情の起伏に乏しい紗夜だが、その内側には誰と比べても見劣りしない負けん気が燃えている。

 

「あいつらは……Hブロックだな。少なくとも、私達が予選であたることはないようだな」

 

 トーナメント表に目を走らせていたユリスが目敏くアルルカント二人組の名を見つける。

 

「実際のとこ、どうなんだロディア? あの二人、どう見ても研究一本って感じだったけど」

 

 短い時間あって話しただけだが、凜堂にはあの二人が戦うための鍛錬をしているようには見えなかった。

 

「あの方達に関しては運営委員会のほうから発表がありますので、そちらをお待ちください」

 

「ってことは、また何か特例なんすか?」

 

 捉えどころの無いクローディアの答えに英士郎は鋭く目を光らせる。

 

「またってどういうこっちゃ?」

 

「『星武祭』ってのはしょっちゅうレギュレーションが変わったり、特例が出来たりなくなったりってのがあるんだよ」

 

 良識ある者はこういう、試行錯誤と。そして辛辣な者はこういう、無節操と。

 

「ま、常識的に考えて研究クラスの学生が『星武祭』に出るなんてありえねぇんだから、きっと何か」

 

「運営委員会の最優先事項は『星武祭』を盛り上げる事です。そのためなら新しいものを際限なく取り入れますし、不利益なものは即座に切り捨てる。それだけです」

 

 英士郎の言葉を遮ってクローディアは話を切り上げる。何にせよ、クローディアからこれ以上のことを聞き出すのは無理だろう。

 

「むぅ……」

 

「で、では、それ以外の有力な選手の情報なんかは……」

 

「落ち着いてください、刀藤さん。今から皆さんにデータを送りますから」

 

 不満げな紗夜に代わって綺凛が訊ねると、クローディアは携帯端末を操作し始めた。その数秒後、凜堂達の携帯端末にデータが届く。

 

「そちらのデータをどうするかは皆様にお任せします。対策の一助にしてください」

 

「へぇ~。こりゃまた随分と詳細だな」

 

 よく調べたもんだ、と数十人以上の学生のデータを見ながら凜堂は感嘆を示す。身長や体重は勿論のこと、戦い方や使用武器、純星煌式武装(オーガルクス)や能力者であればその能力。有名な者になると、決闘の映像データがついてることもあった。

 

「どうでもいいけど、ここまで詳細に調べていいのか? プライバシーの侵害とかに抵触したりしないだろうな?」

 

「その点はご心配なく、どの学園もやってることですから」

 

 赤信号、皆で渡れば怖くない、というどこかの有名人の言葉を思い出す凜堂の隣、英士郎が楽しげに笑う。

 

「こういうデータの確実性や充実度でその学園の諜報機関の能力が分かるって言われてるんだよなー」

 

「そういえば、伯父様がレヴォルフやクイーンヴェールがこういったことを得意としてるって話してました」

 

 ということは、他の学園の選手も凜堂達のデータを受け取っているということだ。まぁ、そんなことは分かりきっている事なので、誰も慌てたりはしなかった。

 

「……やはり、出てきたか」

 

 不意にデータを見ていたユリスが厄介なと小さく唸る。

 

「どした、ユーリ?」

 

「純星煌式武装、『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の使い手だ。アルルカントの連中もそうだが、奴等を除けばこの中で最も危険なのはこいつだろう」

 

 ユリスが凜堂に分かるように操作し、データを拡大させる。妙に目つきが鋭い、不敵な笑みを浮かべる女子が映っていた。名前は、

 

「イレーネ・ウルサイス、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レヴォルフ黒学院と言えばどんなイメージがある? この問いに多くの者はこう答えるだろう。

 

 無秩序、無法地帯、アウトローの溜まり場、等々。様々あるが、極論すると個人主義者の巣窟と言われる。

 

 確かに『要塞』と表現して差し支えない校舎や、力こそが全てを地で行く九割以上の生徒の姿はそういわれても仕方ないものだ。だが、決して決まりが無いわけではない。ただ一つ、一つだけだがレヴォルフには決まりごとがある。

 

『強者への絶対服従』。

 

 それこそがレヴォルフにおけるたった一つの法であり、何者も破る事の許されない掟なのだ。

 と、大層な事を書いてはみたが、基本は凶暴で粗野な、野獣のような連中しかいないという認識で間違っていない。そうでない生徒もいることにはいるが。

 

「ぼさぼさすんな、ころな。さっさと来い」

 

「は、はいぃ!」

 

 彼女、樫丸ころなも数少ない、真っ当な生徒である。もっとも、彼女の先を歩いている小太りの青年は真っ当なんて言葉とは対極に位置する存在だ。

 

 名をディルク・エーベルヴァイン。力こそが絶対の法律であるレヴォルフにおいて非『星脈世代(ジェネステラ)』、即ち一般人でありながら生徒会長の座に上り詰めたただ一人の青年だ。

 

 基本的にレヴォルフの生徒は好かれる事がない(好きになれというのが無理な話だが)。その校風上、悪役(ヒール)として扱われるからだ。そんなレヴォルフの中でも、最大級に嫌悪されているのが彼である。

 

 人を駒のように動かし、己は決して動かず手を汚さずに陰謀を巡らせる……はっきり言おう。彼の評判は最悪だ。序列に入っていないにも関わらず、『悪辣の王(タイラント)』などと呼ばれるのだからその悪名は推して知るべしである。

 

 そんな碌でもないという表現でも足りない人間だが、ディルクの後ろを歩くころなは噂ほど彼が悪い人間だとは思っていなかった。

 

 というのも、ころなはディルクに助けてもらったことがあるからだ。助けたといっても直接的なものではなく、手違いでレヴォルフに入ってしまったころなを秘書として取り立てたのだ。

 

 生徒会長、それも『悪辣の王』と呼ばれる男の秘書にわざわざ手を出そうとする馬鹿はいない。何の取り柄も無い、無力な搾取される側の生徒だったころなは、ディルクの庇護があるからレヴォルフでもやっていけるのだ。

 

(やってることとか考えてることとかは確かに褒められたものじゃないけど、あそこまで言われるほどの悪人でも無いと思うんだけどなぁ……)

 

 実際のところはどうなのだろか。ころな本人は勿論のこと、神ですらも知らないだろう。

 

 さて、話は変わるが、ディルクはあるところに向かっていた。セキュリティレベルの高い、一般の生徒は立ち入りが禁止されている区画だ。アルルカントのような重大な機密があるからという理由ではない。単純に危険だからだ。

 

「あ、あの会長。今から行くのってもしかして……」

 

「懲罰教室に決まってんだろうが」

 

「や、やっぱり!?」

 

 懲罰教室。読んで字の如く、仕置きのために生徒をぶち込んでおくための教室(牢獄)だ。どの学園にも懲罰教室はあるが、レヴォルフにおける懲罰教室の意味合いは他校に比べて大きく異なる。

 

 『強者への絶対服従』以外の法が無いレヴォルフでも見過ごす事のできない行為をした生徒が閉じ込められているのだ。つまり、レヴォルフでもトップクラスに危険で凶悪な生徒がたくさんいるということだ。

 

 怯えるころなを意に介さずにディルクは懲罰教室のあるエリアを進んでいき、奥へと向かっていく。ナンバープレートだけがある、ドアの無い部屋からは聞くに堪えない怒声や罵声、壁を殴ったり何かを破壊する音が聞こえる。二人が歩いているのが狭い通路ということもあり、その音は非常に大きく聞こえた。

 

「ひえぇぇ……」

 

 情けない声を上げ、涙目になりながらころなはディルクと逸れないように必死で付いていった。ここでディルクから離れたら最後、二度とお天道様を拝めなくなるだろう。

 

 身を縮めるころなとは対照的にディルクはずんずんと歩いていく。常人とはとても思えない、尊大な足取りだ。やがてディルクは一つの部屋の前で足を止める。

 

 ナンバープレートに手をかざすと、光学ディスプレイがディルクの手元に現れる。ディルクがディスプレイを操作すると、音も無く通路に面した壁が消える。といっても消えたわけではなく、ただ透過機構が働いただけだ。

 

「起きやがれ、阿婆擦れ」

 

 ぶっきらぼうにディルクが言い放つと、畳三畳ほどの部屋で何かが動く。明かりが無いので確かなことはいえないが、奥の壁にもたれるようにして誰かが座っているようだ。

 

「……あんたか。一体、何の用だよ?」

 

 乱暴な口調とは裏腹に声音は高い。明らかに女子のものだ。ころなが目を凝らして見ると、その存在が確認できた。壁から伸びた鎖に繋がれているも、そんなことを全く感じさせない不遜な態度でディルクと対峙している。

 

 豪快に胡坐をかき、制服を着崩した姿は阿婆擦れ呼ばわりされても仕様が無いものだ。特に異様なのは首に巻かれた長いマフラーだ。今の季節は夏。どこぞの仮面なライダー達じゃあるまいし、マフラーをつける必要はないはずだ。

 

 ころながまじまじと女子を観察していると、狼のような鋭い眼光を放つ目と視線がかち合った。威嚇するように歯を剥きだしにする女子に対し、ころなはディルクの背後で小さくなる。

 

「ちょっとばかしお前に頼み事がある」

 

 頼み事だぁ? と女子は鼻で笑い飛ばす。

 

「命令の間違いだろ? あんたが本気で言ったら、あたしに拒否権なんざ無いんだからな」

 

「聞いてくれるんなら、今すぐにでもここから出してやるよ」

 

「その前に何か食わせてくれや。腹が減って腹が減って仕方がねぇんだ。何なら、お前の後ろにいる嬢ちゃんでもいいぜ?」

 

 ひぃ! ところなは更に体を小さくさせた。多分、本気でやる。確信も似た直感がころなの中にあった。

 

「やるのかやらねぇのかどっちだ?」

 

「へいへい、やらせていただきますよ……んで、あたしに何をさせたいんだよ?」

 

「大したこっちゃねぇ。星導館のガキを一人、ぶっ潰してくれりゃいい。再起不能になるくらいにな。いい具合に『鳳凰星武祭』があるからそれに出ろ。そいつも出る。ころな、出場登録は済ませてるな?」

 

「え? あ、はい! ……あれ、本人に話してなかったんですか?」

 

 話を振られ、赤べこよろしく首を振りながらころなは疑問を口にする。確かにディルクに言われて『鳳凰星武祭』への代理申請をした。だが、まさか本人に何も言ってないとは驚きだ。ころなの問いに答えず、ディルクはギロリところなを睨む。ぴぃ、と悲鳴を上げてころなは黙った。

 

「『鳳凰星武祭』に出ろ、だぁ?」

 

「決闘でもいいが、この時期じゃまず断られる」

 

 だが、『星武祭』ではそうはいかない。当たった以上、互いに戦わなければならない。

 

「お前なら余裕で本戦まで進めるだろう。そいつは向こうも同じだ。そうすりゃ否が応でもどこかでぶち当たるだろうから、潰せ。勝つ必要は無い。最悪、そいつの右目を抉れ(・・・・・)

 

 聞く者を戦慄させる、ぞっとするほどの冷気を孕んだ声だった。ころなは背中に氷柱を突っ込まれたような感覚を覚える。

 

「……あぁ。出来るなら、優勝してくれたって構わないぜ」

 

「簡単に言いやがるなおい……」

 

 ばりばりと頭を掻きながらも、女子はどこか楽しげだった。

 

「いくつか聞きたいことがある」

 

「聞くだけ聞いてやるよ」

 

「まず一つ。何で『猫』を使わない? そのガキを潰す、というか右目を抉るならあいつらでも出来んだろ」

 

「『鳳凰星武祭』という舞台じゃお前の方が適任だ。それに『猫』は金目も銀目も手が空いてねぇ」

 

 餌代もかかるしな、とディルクは吐き捨てるように呟く。

 

「それだけか?」

 

「……そのガキは星導館の序列一位になった男だ。万が一、『猫』共が返り討ちにあって足が付いたらこっちがやばくなる。だから、出来るだけ真っ当な手段でやるのが望ましいってこった」

 

 序列一位、の部分に女子はけらけらと笑った。

 

「序列一位? おいおい、そんなのの相手をさせようってのか?」

 

「出来もしねぇ仕事はやらせねぇよ」

 

 数秒の沈黙の後、女子は次の疑問を口にする。

 

「二つ。何だってそのガキを狙う?」

 

 その問いにディルクは舌打ちする。彼がイラついた時の癖だ。

 

「そんなこと聞いてどうする気だ……まぁいい。『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』は知ってるか?」

 

「あぁ。無限の力を持ってるとかって眉唾もんの純星煌式武装だろ……まさかそいつ、『無限の瞳』の使い手か?」

 

「あぁ。力を引き出すだけで、まだまだ使いこなせちゃいねぇみたいだがな。放っておけば厄介な障害になるのは確実だ。だから今の内に潰しておきてぇのさ」

 

「純星煌式武装ね……あんたがそこまで警戒するんだから、よっぽど強い奴みてぇだな」

 

「……あれを見せられちゃ、誰だってそう思うさ」

 

 加えてその目的の人物は『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』まで所持している。この二つの純星煌式武装の組み合わせがどのような力を生み出すのか。完全に予測不可能だ。

 

「ふん、まぁいいさ。そんじゃ最後の質問、っていうより確認だ」

 

 女子の目が更に鋭利なものになる。

 

「……契約は破ってねぇだろうな?」

 

「当たり前だ。俺は絶対に契約を守る」

 

 視線の余波で気絶寸前のころなを尻目にディルクは平然と答えた。無言のまま睨み合う二人。先に視線を逸らしたのは女子の方だった。

 

「はん。たかがカジノで暴れたくらいでこんなとこにぶち込まれていい加減うんざりしてたとこだ。その仕事、ありがたく頂戴するよ、ディルク・エーベルヴァイン」

 

「さっさとそう言え、イレーネ・ウルサイス」

 

 鼻を鳴らしながらディルクはキーボードを操作し、女子、イレーネの鎖を外す。イレーネは立ち上がると、動きを確かめるように体のあちこちを動かした。その動作にあわせ、彼女の関節がパキポキと音を鳴らす。

 

「さてと……」

 

 腰に両手を当てながらイレーネは二人へと向き直った。その体は非常にしなやかで均整が取れており、大型のネコ科肉食獣を連想させる。

 

「そんじゃまずは、腹ごしらえをさせてもらおうか」

 

 三日月形に歪められた口元からは大きな犬歯が二本、顔を覗かせていた。




 ども、北斗七星です。

 遅くなって大変申し訳ありません。無双OROCHI2 Ultimateをやってました。今更? という突っ込みはなしでお願いします。

 にしても面白いわねこれ。キャラ多すぎてどれ使おうか迷ってしまいますわ……個人的に気に入ってるのはステケンさん。攻撃範囲も広いしモーションもスタイリッシュで格好いいのでかなり使ってます。時点で周泰とかかなぁ。

 どうでもいいけど、相変わらず呂布の性能がおかしいですわ。何なの、あの人間型機動殲滅兵器。適当に武器ぶん回してるだけで画面の中から敵が消えていくぞ。

 ま、こんな下らない雑談はさてとして。これからはそれなりのペースで書けると思います。どうも、一旦書かないと本当に書けなくなるけど、ある程度書けばそのまま突っ走れるらしいです、俺。
我ながら面倒くせぇ……。

 とは言っても、バイトが決まったのでそんな毎日更新とかは無理なんでそこんとこはご了承ください。

 んで、何か別の作品を書こうってのを二話くらい前の後書きで書きましたが、とりあえず三巻を終わらせてから考えます。

 では皆様、また次の話でお会いしましょい。


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『星武祭』、開催

 アスタリスク中央区総合メインステージは『シリウスドーム』と呼ばれている。それは通称なので、正式名称かどうかまでは分からない。

 

星武祭(フェスタ)』はこのシリウスドームを含む大中十一のステージ上で行なわれる。今はそのシリウスドームで第二十五回の『星武祭』の開催式が執行されていた。

 

「そういや、アスタリスクに来たばっかの時にユーリに案内してもらったな」

 

「まぁ、中まで案内した訳ではないがな」

 

 シリウスドームのステージはかなり広い。『鳳凰星武祭(フェニックス)』の参加者全員が並んでいても、まだ余裕があるほどだ。と言っても、試合の時まで全面使うわけではない。

 

 学園ごとに出場する選手が並んでいるが、欠席している学生もいるようだ。レヴォルフは特にそれが顕著だ。整然と並ぶガラードワースとは偉い差だ。騎士団の名は伊達ではないらしい。

 

「しっかし、多すぎだろ人」

 

「出場者達のことか? それとも」

 

 そこまで大きい声で言ったわけではないが、隣にいるユリスには凜堂の囁きが聞こえていたようだ。苦笑しながらドーム中に視線を巡らせる。視界に入ってくるのは出場する生徒の群れ、そして観客席を埋める人、人、人……。

 

「どっちもだな」

 

 ユリスの視線を追いながら凜堂は肩を竦めた。このシリウスドームの収容可能人数は十万人と言われている。正確な数かどうか定かではないが、その謳い文句を掲げるシリウスドームが今や満員御礼状態だ。立ち見する余地も無い。

 

「重さで崩れたりしねぇだろうな、観客席。ってか、あんだけ遠くて俺たちのこと見れんのかよ?」

 

 何階層にも分けられた観客席。その最上階層は見上げるほどに高く、どんなに頑張っても個人を特定することは無理だ。ステージの上でこうなのだから、観客も同じだろう。

 

「無理だろうな。まぁ、試合時は観客席の上層部分に巨大な空間スクリーンが展開されるから、見えない者はそっちで見るだろう。私達が心配する事ではない」

 

「わざわざ、ここに来る必要なくね?」

 

「私もそう思うのだが……ここに来る事自体が重要なのだそうだ」

 

 よぅ分からんな、と零す凜堂にユリスは相槌を打つ。二人が視線を正面に戻すと、出場者の前にある演壇の上で人が入れ替わっていた。さっきまではアスタリスクの市長が話していたのだが、今は壮年の男性が立っている。男性は放射線状に並ぶ学生達を一瞥してから口を開いた。

 

「諸君、お早う。今年も君達のような勇敢な若者の前に立てることを嬉しく思う。そして今年からアスタリスクに来た者達には初めましてと言っておかなければならない。『星武祭』運営委員会委員長のマディアス・メサだ」

 

 張り上げてるわけではないが、よく通る落ち着いた声の持ち主だ。

 

「あのおっさん、ってか兄ちゃんが運営委員長? 若くねぇか?」

 

 人好きのする笑みを浮かべる男性を見ながら凜堂は率直に感想を吐露する。歳は三十半ばといったところだろうか。『星武祭』の運営委員ということは、実質『星武祭』を取り仕切っている最高責任者ということだ。それも委員長なのだから、その権力たるや絶大だろう。

 

「委員長ってこたぁ統合企業財体の幹部なんだよな? 刀藤のおっさんよか若いのに大したもんだな……」

 

 精悍な姿と快活な口調は人を惹きつける魅力がある。それでいてどこか落ち着いた雰囲気を纏っており、その雰囲気に違わない実力者だということは遠目でも分かった。それに『星脈世代(ジェネステラ)』であることも。

 

「……マディアス・メサは星導館(うち)のOBだぞ。それくらい、知っておけ……って、この手のことをお前に言っても無駄だな」

 

 綺凛の時もこの男はそうだった。ユリスは小さく息を吐く。

 

「私も歳までは覚えてないが、若いのは確かだ。まだ四十にはなっていないだろう。学生時代には『鳳凰星武祭』を制したこともある猛者だ」

 

「道理で立ち振る舞いに隙が無い」

 

 それに加え、彼の放つ星辰力(プラーナ)は静かではあるがそれでも尚、よく練られていることが分かるほど強大だった。

 

「選手としてだけでなく、運営委員としてもやり手だ。就任してまだ数年しか経ってないが、改革派の筆頭として様々なことをやっているそうだ」

 

 そのどれもが高評価されているそうだ。

 

「星導館のOBってこたぁ、銀河の幹部か?」

 

「名目上はな」

 

「あん、何だそりゃ?」

 

 よく分からない答えに凜堂は眉を顰める。私に言うな、と言わんばかりにユリスは凜堂から視線を外した。

 

「さっき、彼は『鳳凰星武祭』を制したと言ったな? その際、彼は卒業後の運営委員会入りを望んだそうだ」

 

「んなこと出来んのか。本当に何でも叶えるんだな」

 

 優勝した者の望みはどんなものであっても叶えるというのが『星武祭』の根幹条件だ。しかし、そのシステム部分に当事者がしゃしゃり出てくるのは運営側にとっては面白い事ではないだろう。

 

「まぁ、入っただけで何かを出来る世界でもない。学生時代からも色々と根回しをしていたようだぞ。私も何度か会ったことがあるが、中々に喰えない男だ、あれは……お前程ではないがな」

 

「褒め言葉として受け取っておくぜ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるユリスに凜堂は片手を上げて応える。演壇に視線を戻して話を聞いていると、一瞬だけマディアスと目線が合ったような気がした。

 

(あん?)

 

 凜堂が瞬きすると、マディアスは生徒達に向けて話を続けていた。気のせいか、と凜堂は一瞬だけ感じた視線を振り払う。

 

「さて、長々と話をさせてもらったが、これ以上続けてもこの場を白けさせるだけだろうから、最後に一つだけ重要なレギュレーションの変更を諸君に伝えようと思う。と言っても学園側に通達は既にしてあるし、その辺りから情報の一部が漏れているだろうけどね」

 

 レギュレーションの変更という言葉に対する生徒達の反応は様々だった。警戒を露にする者や興味津々な者。そしてまたかとうんざりした様子の者などがいる。

 

「元来、煌式武装(ルークス)にはこれといった制限が設けられていなかった。だが、それだと不都合なことになる要素が現れた。技術の進化は目覚しく、正に日進月歩と言っていいだろう。具体的なことをいうと、自律起動する機械を武器としてどのように扱うのか」

 

 ちら、と凜堂は紗夜を振り返る。さっきまでうつらうつらしていたにも拘らず、マディアスの言葉に真っ先に反応していた。今では演壇の方へ真剣な眼差しを向けている。

 

「我々は諸君等に出来うる限り自由な場を提供してきた。それが我等運営の基本理念だからね。だが、この問題を放置すると、一個人が複数の自律機動兵器を武器という扱いで持ち込めることになってしまう。これは流石によろしくない……それが『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』の能力であるならば話は別だがね」

 

 立場上、説明する事には慣れているようで、適度な間を挟みながらマディアスは丁寧に話を続ける。

 

「だからといって、武器の数に制限をつけるのは論外だ。なら、自律機動兵器の使用を禁止すれば話は早いが、先ほども言ったとおり、我々は安易な制限を設けるつもりはない。それは停滞を招き、その先には衰退が待っている。そこで、これはあくまで次回以降の論議の参考にするための措置であるという事を理解して欲しい。今回に限っては『代理出場』という形を取ることにした」

 

 その言葉に会場中が騒がしくなる。出場生徒だけではなく、観客までもがこの発表に驚きを隠せずにいた。

 

「聡明な諸君にはこれが一部の学園を贔屓するための措置ではなく、近い将来の平等性を確保するためのものだということを理解していただけると私は思っている。我々が常に、諸君に最善の道を用意するために全力を尽くしている事を信じて欲しい」

 

 喧騒が収まってからマディアスは言葉を続ける。生徒達に話し終えると、今度は観客席側へと向き直った。

 

「そして『星武祭』を愛し、応援してくださる諸氏にはこれが『星武祭』を新たなステージに押し上げるものであることを期待していただきたい。『星武祭』は常に世界最高のアミューズメントであり、無二の感動と興奮を生み出すステージであり、魂を震わせる至高のエンターテイメントなのだから!」

 

 マディアスが声高らかに宣言すると、観客席から万雷のような歓声が湧き起こった。とにかく、観客は盛り上りさえすれば何だっていいようだ。

 

 湧き上がる観客とは対照的に出場者の方は冷めた反応を示していた。マディアスのいう措置が何であれ、面倒を増やす事に変わりは無いからだ。

 

 挨拶を終えたマディアスが手を振りながら演壇を降りていく。それから先は特筆するような話も無く、退屈な開催式は終わりを告げた。既に時刻は正午近くになっている。

 

『それではこれで第二十五回『星武祭』と第二十四回『鳳凰星武祭』の開会式を終わります。本日、『鳳凰星武祭』に出場されるAブロックからIブロックまでの選手は規定の時間までに該当ステージに移動してください』

 

「俺らはこのメインステージが会場だから移動しなくていいんだよな?」

 

「あぁ」

 

 会場のアナウンスを聞きながら生徒達がぞろぞろとステージから引き上げていく。その中に混ざりながら凜堂とユリスはこの後どうするかを話していた。

 

 一回戦は四日間に渡って行なわれるが、凜堂達の試合は初日である今日行なわれる。

 

「特に移動する必要も無い上、試合までかなり時間もあることだし、軽く昼食を済ませてもいいだろう」

 

「んじゃ、そうしますか。何食うかねぇ。どうせだからサーヤとリンも来るか? ……ありゃ」

 

 凜堂は周囲を見渡す。さっきまで一緒に歩いていたはずの紗夜と綺凛の姿が無い。ユリスもその事に気付いたらしく、凜堂と一緒に周囲に視線を走らせていた。

 

「二人とも、どこに行ったのだ? まさか、沙々宮が道に迷ったのか?」

 

「いやいやいやいや、流石にそりゃないだろ。リンも一緒にいるし、それにステージから移動しただけだぜ。その間に迷うなんていくらサーヤでも……サーヤでも……出来そうだな」

 

 それはないと言い切れないのだから紗夜の方向音痴は恐ろしい。一応、彼女の名誉のため書いておくが、断じて迷子になったわけではない。少なくとも今は。

 

「まぁ、あの二人も子供では無いのだ。その内、合流できるだろう」

 

「だといいんだけど。いや、でもサーヤだしなぁ……」

 

 頭を抱え込む凜堂。その様は幼馴染というより、子供を心配する親のそれだった。しゃきっとしろ、とユリスに軽くデコピンされ、ようやく凜堂は普段の落ち着きを取り戻す。

 

「ん? あいつは」

 

 ドームの正面ゲートへ向かう生徒達の中に凜堂は見知った顔を見つけた。というより、その見知った人物は人ごみの中にいてもどこにいるのかがすぐに分かる。

 

「よぉ、マクフェイル。お前も今日試合なのか?」

 

「……だったら何だってんだ?」

 

 朗らかに声をかけた凜堂とは正反対にレスター・マクフェイルは渋面を作りながら足を止めた。

 

「俺とユーリも今日試合でよ。試合の前に飯でも食おうって話になったんだが、もしよかったらお前等もどうだ?」

 

 凜堂はレスターの隣できょとんとしているずんぐりとした生徒、ランディ・フックにも声をかけた。以前、レスターが言っていたタッグパートナーとは彼のことだろう。

 

「あのなぁ、高良。何度も言ってるが、俺はお前と馴れ合うつもりはねぇ!」

 

 イラつきを隠そうともせずにレスターは言い放つが、凜堂相手にはそれも暖簾に腕押しだ。飄々と笑いながらレスターを宥めようとする。

 

「そうかっかしなさんな。いいじゃないの、馴れ合ったって。同じ学園の仲間なんだしよぉ」

 

「ふざけんな! 百歩譲って同じ学園の仲間とつるむにしたって、お前とだけは死んでもご免だ! それに俺たちの試合があるのはここじゃねぇし、飯なら移動した先で食う! ランディ、行くぞ!」

 

「ま、待ってよレスター!」

 

 大股に歩き去ろうとするレスターをランディは慌てて追いかける。以前にも見た気がする光景だ。というか、レスターと会う度に凜堂はこの場面を見ているような気がする。

 

「一つだけ言っておく。俺が今回の『鳳凰星武祭』で戦いたいのはお前等だ。他の学園の連中なんかに負けたら承知しねぇぞ!!」

 

 それだけ言い残し、今度こそレスターはランディを伴って去っていった。その後ろ姿を見送りながらユリスは嘆息する。

 

「あれも難儀な男だ……」

 

 その声音に同情というか、若干の共感みたいなものがあった気がしたが、凜堂はそれに触れることはしなかった。

 

「……凜堂捕獲」

 

「うぉ!?」

 

 正確には出来なかっただ。背後からいきなり抱きつかれ、凜堂は驚きの声を上げながら振り返る。彼の腰に抱きつくように両腕を回しているのは先ほどから姿を消していた紗夜だった。

 

「お前かサーヤ。何してんだよ?」

 

「……隙だらけだったから、つい」

 

 ついじゃねぇよ、と凜堂は紗夜を引き剥がす。

 

「どこ行ってたんだよ? 迷子になったんじゃねぇかって心配してたんだぜ?」

 

「……失礼な。流石に私でも施設内で迷うことは無い」

 

「ほほう」

 

「……綺凛がいるから大丈夫」

 

「後輩に頼り切って恥ずかしくないのかお前は……」

 

 それ以前に誰かの案内が無ければ施設の中ですら迷うのか。紗夜の額に軽いチョップを落とし、凜堂は紗夜の後ろに立っている綺凛に視線を向けた。

 

「リン、こいつの面倒見るの疲れるだろ。大変だったら何時でも相談してくれ」

 

「あ、ははは……」

 

 綺凛は乾いた笑いを浮べるだけで、否定も肯定もしなかった。苦労してるんだな、とユリスは綺凛への同情を禁じえない。

 

「それにしても、何だそれは? 見た感じ、かなり大きいが」

 

 ユリスは綺凛が抱えている大きな荷物を示す。答えたのは紗夜だった。

 

「ふっふっふ、聞いて驚け。お弁当だ」

 

「「弁当?」」

 

 訝しげな顔をする凜堂とユリスに対し、紗夜は胸を張ってみせる。

 

「あ、あの、実はですね。この前、紗夜さんと相談して、二人で作ったんです……その、応援の意味を込めて。よ、良かったら食べてください!」

 

 綺凛は顔を真っ赤にさせながら抱えていた重箱を凜堂に差し出した。受け取ってみると、かなりの重さがあることが分かった。どんだけ作ったんだ、と凜堂は微かに首を傾げる。だが、わざわざ二人が自分達のために作ってきてくれたことに変わりは無いので素直に礼を言った。

 

「ありがとな。サーヤ、リン」

 

 上目遣いに見てくる綺凛と自信満々に胸を張っている紗夜がとても対照的だった。

 

「その、私はほとんど料理の経験が無くて……だから、紗夜さんに教えてもらいながら作ったんです……作ったと言っても本当に簡単なものですが……!」

 

「ほう、沙々宮は人に料理を教えられるほどの腕なのか?」

 

「えへん」

 

 胸を張る、の域を超えて最早踏ん反り返っている紗夜を見ながら凜堂は少しだけ首を傾げた。

 

(あれ? サーヤってそんなに料理上手だったっけか?)

 

 まぁいいか、と気を取り直して凜堂は重箱の蓋を開ける。そこには一杯におにぎりが詰め込まれていた。三角形の物もあれば楕円形の物もある。かなりの量あるが、どれも形が酷く歪だ。

 

「ご、ごめんなさい。私、本当に不器用で……」

 

 綺凛の言葉が終わる前に凜堂はおにぎりの一つを手に取り(この時、ボロボロに崩れそうになったが)、口の中に放り込んだ。具は鮭だった。綺凛が見守る中、凜堂は二十回ほど咀嚼を繰り返しておにぎりを飲み込む。

 

「……うん、美味い。ありがとな、リン」

 

「あぅ……」

 

 凜堂に笑顔で礼を言われ、綺凛は顔を真っ赤にさせる。俯いているが、それでもとても嬉しそうな表情を浮かべているのが分かる。

 

「むむむ。凜堂、私のも」

 

「へいへい、と」

 

 紗夜にせっつかれ、凜堂は重箱の二段目を開けた。そこにもみっちりとおにぎりが詰め込まれている。一段目の綺凛が作ったものに比べ、形も綺麗でとても美味しそうだ。ただ、

 

「……随分と大きいな」

 

 ユリスの率直な感想に凜堂と綺凜も何ともいえない顔で頷く。紗夜のおにぎりは普通のサイズの三倍くらいの大きさがあった。砲弾といわれても一瞬納得してしまいそうなおにぎりだ。

 

「大は小を兼ねる。それが私のモットー」

 

「うむ。お前のモットーをどうこう言うつもりは無いがな、沙々宮……この重箱の中身は全てこれなのか?」

 

「そうだけど?」

 

「……これで料理を教えたと言えるお前に感心しただけだ」

 

「えっへん」

 

「褒めてないぞ」

 

 頭が痛そうにユリスは額に手をやる。そんなユリスの姿などどこ吹く風と紗夜は気にしていなかった。

 

「こんだけボリュームがあれば全員で食べられるだろうし、丁度良いだろ」

 

「元よりそのつもり」

 

「だと、ユーリ」

 

 話を振られ、ユリスは煮え切らない表情を作るも頷く。

 

「そ、そうか。なら、相伴に預かるとしよう」

 

「決まり。静かに食えるとこは……俺らの控え室だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさん。いやぁ、美味かった」

 

 最後のおにぎりを食べ終えた凜堂は両手を合わせ、頭を下げる。

 

「お粗末さまでした。あ、お茶です」

 

 どうぞ、と綺凛が差し出したお茶を凜堂は礼を言いながら受け取った。前もって用意していたようだ。準備がいい上に気が利く。

 

「……うん。リンは将来いい嫁さんになるな」

 

「ふぇ!?」

 

「ぶー!!」

 

 凜堂が何気なく呟いた言葉に綺凛はお茶の入っているボトルを落としかけ、ユリスは飲もうとしていたお茶を盛大に噴き出した。

 

「どした、ユーリ? 大丈夫か?」

 

「げほ! ごほ! 大丈夫なものか、気管に入りかけたぞ……というよりも、お前は何を突拍子もないことを言ってるのだ!」

 

「いや、思ったこと素直に口にしただけだが」

 

 この言葉に綺凛は更に顔を真っ赤にさせる。

 

「そそそそ、そんな、私が(凜堂先輩の)お嫁さんだなんて……」

 

「……綺凛、口元がにやけてる。後、お茶注いでるそれ、コップじゃなくてスプレー缶」

 

「え? きゃあああ! ごごご、ごめんなさいです~!」

 

 紗夜の指摘に綺凛は正気を取り戻すも、既に床には水溜りが出来ていた。慌てて綺凛は布巾で床を拭き始める。手伝おうと三人がほぼ同時に立ち上がろうとするが、水溜り自体そんなに大きいものではないのですぐに片付きそうだ。

 

「凜堂。私はいいお嫁さんになれる?」

 

「……少なくとも、飯食ったすぐ後に人の膝を枕にするような女の子じゃ厳しいと思うぜ」

 

 おにぎりを食べ終えてすぐ、紗夜は凜堂に膝枕してもらいながらソファの上に寝転がっていた。綺凛は羨ましそうに紗夜を見ていたが特に何も言わず、ユリスに至っては諦めたようにため息を吐くだけだった。

 

「ご飯を食べたすぐ後に横になると牛になってしまうぞ、沙々宮。っと、そろそろか」

 

 凜堂の嫁発言から回復したユリスは控え室に備え付けられているテレビをつけた。すると、壁面近くに空間スクリーンが展開される。

 

『……はいはーい。てなわけで、こちら第二十四回『鳳凰星武祭』第一試合会場であるシリウスドームでーす。実況はABCアナウンサーである私、梁瀬ミーコ、解説は界龍第七学院OGであり、現エグゼクティブ・アラファドルの部隊長であるファム・ティ・チャムさんでお送りしまーす』

 

『よろしくっす』

 

『さてさて、選手の皆様は何を今更と思いますでしょうが、ここで基本ルールの再確認をしておきましょう! 試合の決着はペア両名の校章が破壊された時点、もしくは意識消失、ギブアップなどで敗北判定がされた場合に交渉を通して勝敗が宣言されます』

 

『そこら辺がリーダーがやられたら負けの『獅鷲星武祭(グリプス)』との違いっすねー』

 

「へー、この姉ちゃん二人が実況と解説すんのか」

 

 空間スクリーンにはふわふわした巻き毛の女性と黒い短髪の女性が映っていた。ちなみに巻き毛の女性が実況の方である。

 

「もうすぐ第一試合だな。私達は第二試合だから、まだ時間はあるな」

 

「他の試合も別の会場で同時に行なわれるんだよな? 放送ってどうなるんだ?」

 

 凜堂の疑問にユリスは興味なさそうに答える。

 

「各ステージごとの放送枠があるから、好きなところを選んで見るのが普通だ。熱心なファンになると、複数のチャンネルで同時に視聴したりするそうだぞ」

 

 目ぇ疲れないのかそれ、と凜堂は妙にずれた感想を零した。今日一日に行なわれる試合の数は三十三。試合開始時間を少しずらしているとはいえ、同時にチェックするためにはかなりの労力を使うだろう。

 

「……後で全試合をまとめたのが放送されるのに」

 

「そういう人たちはライブで見るのが醍醐味みたいですよ」

 

 紗夜に答えたのは綺凛だった。既に床の掃除は終わったらしい。

 

「でも、このメインステージに試合が割り振られた選手って色んなところから有力視されてるんですよね?」

 

「そうなのか?」

 

「過去のデータを見る限りそうだな。序列一位のいるペアならばまぁ当然だろう」

 

 それに、とユリスの視線が空間スクリーンに移る。凜堂達がユリスに倣うと、スクリーンの中にはシリウスドームで試合を行なうタッグの名前が表示されていた。その第三試合にエントリーされている名前は綺凛を除く三人にとって、因縁深いものがあった。

 

「あいつらも試合か」

 

 エルネスタ・キューネとカミラ・パレート。あのアルルカントのペアだ。

 

「……」

 

 無言で起き上がり、紗夜は強い光を湛えた目でスクリーンを睨む。険しい表情を浮べる紗夜の頭に大きな手が乗せられる。

 

「今から気負ってもいいことねぇぞ、サーヤ。まずは目の前の試合を片付けねぇとな」

 

 紗夜の髪をくしゃくしゃにしながら凜堂は立ち上がった。

 

「凜堂の言うとおりだ、沙々宮。あいつらに何か思うところはあるだろうが、それは向き合ってからぶつければいい」

 

 凜堂に同意しながらユリスも腰を上げ、体を伸ばし始める。

 

「確か凜堂先輩達の試合の相手はガラードワースの騎士団候補の方でしたよね?」

 

「あぁ。確か序列三十位と四十一位だったか」

 

 ガラードワースの『冒頭の十二人(ページ・ワン)』は『銀翼騎士団(ライフローデス)』と呼ばれており、それ以下の序列者はその候補生とされている。

 

「ま、アスタリスクにある学園で唯一“名門”って言われてるガラードワースの序列入りだ。強いのは確かだろ」

 

 実際、データや戦績が彼らの実力を裏付けている。だが、

 

「どうだ、『切り札(ジョーカー)』殿。やれそうか」

 

「精々、星導館とお前の名前に泥を塗らない程度に頑張るさね」

 

 特に気負うでもなく、凜堂はユリスの軽口に応えた。余裕綽々という表現がピッタリな二人の雰囲気に綺凛は不思議そうに訊ねる。

 

「何か必勝の策でもあるんですか?」

 

 綺凛の問いには答えず、二人はただ笑って見せた。




アスタリスクの新刊が来月に出る……間に合うか?


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『切り札』

 入場ゲートを潜った二人を出迎えたのは乱舞するライトだった。

 

『それでは! 本日の第二試合、Cブロックの一回戦一組の試合を始めまーす!』

 

 実況アナウンスを掻き消すかのような大歓声がシリウスドームを震わせる。視覚を光に、聴覚を喝采に埋め尽され、凜堂とユリスは圧倒されながらもステージに歩を進めていく。

 

『まず姿を現したのは星導館学園の序列一位、高良凜堂選手と序列五位のユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト選手のペアです! なんとなんと! この高良選手は『鳳凰星武祭(フェニックス)』が開催する数週間前に序列一位になったばかりです! それも旧序列一位を直接決闘で降して一位になったため、私達のほうにも全くデータがないというダークホース! ちなみに二つ名の『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』は星導館生徒会長、エンフィールド女史が命名したみたいですね。他にも候補があったみたいですけど』

 

『なんでしたっけ? 確か……『勇気凛々(ゆうきりんりん)』だったっけ? いやぁ、誰だか知りませんがけったいな二つ名をつけようとするっすねー』

 

『そうですねー、これはないですねー。高良選手にしてみれば、そんなのが二つ名にならなかったのはエンフィールド女史のお陰ですから、彼女には感謝してもしきれないでしょうねぇ~……ん、高良選手が両膝突いて項垂れてるけど何かあったんでしょうか?』

 

『何か蹴躓いたんじゃないっすかねー』

 

 彼女達は知らない。その『勇気凛々』というのが、序列一位本人が考えた二つ名だということを。実況と解説の二人が暢気に話している中、ユリスは精神に致命的なダメージを負っている相棒をどうにか立ち直らせようとしていた。

 

「おい、早く立て凜堂! もう、試合は目前なんだぞ!」

 

「だって……だってユーリ……! あの二人、けったいな二つ名って……これはないわーって……!」

 

 今にも血涙を流しそうなくらいに悔しがっている凜堂を無理矢理立たせる。正直言って、それがまともな神経の持ち主の反応だ、と言ってやりたかった。だが、これ以上相棒を追い詰めるわけにもいかなかったので、ユリスは周りにばれないように軽く泣きそうになっている凜堂の背を優しく擦る。

 

「しゃきっとしろ。これから試合であの二人を見返してやればいいだろう」

 

「うん、うん」

 

 どうにか立ち直る凜堂。変なところで打たれ弱い男だ。その間も実況と解説の話は進んでいた。

 

『今回『鳳凰星武祭』に出場している選手の中で唯一の序列一位っすね。今現在、ネットなんかに上がってる動画を見る限り、かなり強いのは間違いないっす。序列一位は伊達じゃないっすねー』

 

『ですねー。資料の中にあったので私も見ましたけど、どれも不鮮明でしたね。まぁ、決闘の映像だし仕方ないと言っちゃえばそれまでですけど。あ、そうそう! 高良選手といえば、星導館学園が有する純星煌式武装(オーガルクス)、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』と『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』の使い手らしいですが、チャムさんは何かご存知ですか?』

 

『所謂、『四色の魔剣』の一振りっす。『触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん』って謳い文句は有名っすけど、ここ十数年、使い手が現れなかった凄く気難しい純星煌式武装って話っす。四色の魔剣で有名といえばガラードワースの聖剣こと『白濾の魔剣(レイ=グレムス)』っすかね。同じ様な防御不可能の武器みたいっす』

 

『成る程。つまり、非常に強力な武器であると?』

 

『そっすねー。ただ、使い手に求められる星辰力(プラーナ)の量が半端じゃないみたいで、黒炉の魔剣自体に使い手として認められてもまともに使える人は少なかったみたいっすよ。その点、高良選手は無限の瞳と併用する事で上手いことやってるみたいっすけど』

 

『無限の瞳の名前は私も聞いたことあります。何でも、無限に等しい力を内包しているけど、使用者の精神を壊してしまう非常に危険な純星煌式武装だとかなんとか』

 

『危険な純星煌式武装って認識で間違ってないっすよ。実際、無限の瞳の使用者だった人達は精神的にボロボロになっていって、無限の瞳を手放す事を余儀なくされてるっす。『その瞳に映るは禍津光なり』と恐れられるだけはあるっすね。マジぱねぇっす』

 

『そんな危険なものを使って高良選手は大丈夫なのでしょうか?』

 

『それは心配しなくても大丈夫っぽいっすよ。高良選手、無限の瞳と六百パーセント近い適合率を持ってるみたいっす』

 

『ろ、六百!? それは凄いですね……』

 

『心配するだけ無駄じゃないっすかね? 無限の瞳を使い始めてそれなりに日数が経ってるみたいっすけど、日常生活に何の支障もないらしいし』

 

『成る程ー。続いてはタッグパートナーであるリースフェルト選手ですね。『華焔の魔女(グリューエン・ローゼ)』こと序列五位。優勝候補の一角と言っても過言ではないでしょう!』

 

『リースフェルト選手は能力が多彩っすねー。現役世代の『魔女(ストレガ)』の中ではトップクラスに入ると思われるっす。伸び代は十二分にあるし、卒業後はウチに来て欲しいっすね』

 

『いやー、流石にそれは難しいんじゃないでしょうか? リースフェルト選手、本物のお姫様ですし』

 

『残念っす。とりあえずは高良選手に注目っすねー』

 

『星導館が誇る『切り札(ジョーカー)』は我々にどのような試合を見せてくれるのでしょうか、楽しみにしていましょう! では、続いてガラードワースのタッグの紹介です……』

 

 ガラードワースのタッグの紹介が始まるが、ユリスに脇腹を小突かれ凜堂は意識を相方へと移した。

 

「楽しみだそうだぞ、『切り札』殿?」

 

「んなこと言われたってねぇ。ま、さっきも言ったとおり、星導館とお前の名前に泥を塗らない程度に頑張るさ」

 

 何時も通りの軽薄な態度で応えると、ユリスは感心したような呆れたような複雑な笑みを浮かべる。

 

「緊張など欠片も見えないな。鈍いのか大物なのか……今更だな」

 

「お前の想像に任せるさ。そういうお前こそ、堂々とした態度じゃねぇか」

 

「一応、私は王女だからな。衆目の目に晒されるのには慣れている。そろそろ用意をしておけ」

 

 真剣な表情に戻ったユリスの言葉に頷きながら凜堂は視線を前に向ける。反対側の入場ゲートから現れた二人組、即ちガラードワースのペアが煌式武装(ルークス)を起動させていた。背の高い青年と小柄な青年の二人組。凹凸コンビという表現がピッタリだろう。手にしているのはどちらも剣型の煌式武装だ。

 

「確か、ガラードワースじゃ剣技が正道って言われてんだっけか?」

 

「皆が皆、剣を使うわけではないようだが、それでも剣を使う者が多いのは確かだな」

 

 のんびりとした顔で凜堂は暢気なことを言っていた。どう見ても、これから試合をするものが浮べる表情ではない。そんな凜堂を咎めるでもなく、ユリスも余裕たっぷりで腕組みをしている。

 

『そろそろ試合時間が迫ってまいりました! 果たしてこの試合を征するのは星導館かガラードワースか! それでは本日の第二試合のスタートです!』

 

 実況の声に合わせ、ステージ上に上がった選手達の校章が発光し始めた。『星武祭(フェスタ)』時は完全自動で処理が行なわれるので、普段の決闘の時のような宣言や同意は必要とされていない。

 

「『鳳凰星武祭』Cブロック一回戦一組、試合開始(バトルスタート)!」

 

 校章の機械音声が試合開始を告げる。同時にガラードワースのペアが剣を構えて真っ直ぐ向かってきた。データを見てみると、両者共に近接戦を得意とする攻撃手(アタッカー)で後衛はいない。非常に攻撃的な戦闘をするペアだ。接近戦をしかけ、一気に勝負を決めるつもりなのだろう。

 

「仮に凜堂が片方を迎え撃ったとしても、もう片方が私に迫って後衛としての働きをさせない。単純だが効果的だ」

 

 しかし、そんなものは予測範囲内だ。ユリスは腕を組んだまま動こうとしない。それどころか、煌式武装を出してさえいなかった。

 

「それでは凜堂、任せたぞ」

 

「あらほらさっさー」

 

 気の抜けた返事をしながら凜堂は向かってくるガラードワースのペアへ向けて歩き始めた。両手をポケットに突っ込み、口笛を吹きながら歩み寄っていく様はどう考えても戦闘中のものではない。見知った友人に近づいていくような動作だ。

 

『おっと、これはどういうつもりでしょう高良選手! 相手を舐めてるとしか思えない態度です!』

 

『何が狙いなんすかねー。相手の動揺を誘うつもりなのかな?』

 

 解説と実況も驚いているようだ。観客も戸惑い気味にざわめいている。

 

 凜堂の想像の斜め上をいく行動にガラードワースのペアは面食らい、その動きが一瞬だけ止まる。しかし、すぐに意識を戦闘に戻した。もう、凜堂は目の前にいる。両手をポケットに入れたままの自然体だ。

 

 ガラードワースの片割れが剣を振り上げる。狙いは無防備な校章。上段からの一撃は鋭く、そして速い。だが、この男はそれ以上に(はや)かった。

 

 剣が校章を斬ったように見えたその瞬間、凜堂の姿が消える。

 

試合終了(エンドオブバトル)! 勝者、高良凜堂&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!」

 

 校章が発する機械音声だけが事実を伝える。余りにも一瞬だったため観客は元より実況と解説、そして当事者であるガラードワースのペアもポカンとしていた。

 

 ステージの上には校章を斬られた体勢のままで固まっているガラードワースのペア。そして彼らの間を刹那の内に駆け抜けた凜堂の姿がある。何故か凜堂の手には煌式武装が握られていた。対して、凜堂に切りかかったガラードワースの選手の手はもぬけの殻となっている。

 

『えっと、これは何が起こったのでしょう……チャムさん、何か分かりましたか?』

 

『……ごめん、ナナやん。何にも見えなかった。スロー映像は……撮ってある? それ見てみるっす』

 

『え~、観客の皆様も何が起こったのか全く分からないと思いますので、ドーム上層の空間スクリーンをご覧ください。試合の映像をスーパースローで流します!』

 

 実況の言葉が終わらない内にドーム上層部分に巨大な空間スクリーンが映し出される。観客達の目が一斉に空間スクリーンに集まった。

 

 空間スクリーンの中では無防備に立っている凜堂にガラードワースの選手が剣を振り上げていた。

 

『こっからっすね。エンバット選手が高良選手に切りかかっているところっす』

 

『ここだけ見ると、切られているのは高良選手の校章なんですけどねぇ……あっ、高良選手が動きました!』

 

 校章を斬られる直前に凜堂が動く。エンバットの手から煌式武装を奪い取ると同時に彼の校章を切り裂いたのだ。更に凜堂はそこから流れるような動きでガラードワースの片割れの校章をも切り捨てる。

 

『チャムさん、これってつまり……』

 

『高良選手は煌式武装を奪うのとほぼ同時にガラードワースの両名の校章を叩き切ったってことっすね。動きが速すぎて私達には見えなかったみたいですけど』

 

 映像と解説を理解し、観客はようやく凜堂が神業と言ってもいい芸当をやってのけたのだと理解した。シリウスドームを揺さ振るほどの歓声が上がったのはそれから数秒後の事だった。

 

『……これは凄い! 実況なんてしてる間なんてありませんでした! 何という強さ、そして疾さ! これが序列一位、これが星導館が誇る『切り札(ジョーカー)』!!』

 

『いやぁ、凄いっすねぇ。まさか、純星煌式武装を一切使わないでこんだけの離れ業を見せてくれるなんて』

 

 鼓膜を破らんばかりの歓声が注がれる中、凜堂は奪い取った煌式武装をガラードワースの選手に返す。唖然としている二人に手を振り、凜堂はユリスの下へと戻った。またか、という失笑と誇らしげな笑みが半々、といった感じの顔をしている。

 

「これを聞くのは何度目になるか分からないが……お前、いくつ隠し玉を持っているんだ? 何だ、あの瞬間移動じみた動きは?」

 

「そういや言ってなかったな、あれのこと。俺、十秒間だけ滅茶苦茶速くなれんだよ。二打(ふたつうち)瞬神(しゅんしん)”っていうんだけど」

 

「……もう、一々驚くのも疲れたな……まぁいい。とにかく良くやった」

 

 相好を崩しながらユリスは拳を突き出す。凜堂も拳を出して応えた。そのまま二人はステージを後にした。試合時間は十秒を切っているだろう。正しく秒殺だ。

 

「この後、勝利者インタビューが待っているだろうが、何を聞かれても適当にはぐらかしておけ。情報が出回らないに越したことはない」

 

 会見スペースへ向かう道中、ユリスが釘を刺してくる。わぁーってますよ、と凜堂は組んだ両手を後頭部に当てた。

 

「しっかし、武器を構えもしないなんて大胆なこって。俺が抜かれたらどうするつもりだったんだよ?」

 

「お前に限ってあり得んだろ」

 

「そ、そうか。まぁ、信用してくれるのは素直に嬉しいけどよ」

 

 さらりとした言葉に凜堂は照れた様子で頭を掻く。ふふん、と悪戯っぽく微笑んでいたユリスの表情が引き締まった。

 

「いずれにしろ、これでお前のバーストモードも連携パターンを見せずに済んだ。この調子で勝ち進んでいければいいのだが」

 

 二人にとって一番ばれたくないこと。それは凜堂の制限時間だ。凜堂が二つの純星煌式武装を使用した状態で全力を出せるのは五分程度。そのことを知っているのはユリスを含めて極少数しかいない。凜堂の決闘を見た者の中には薄々気付いている者もいるかもしれないが、ばれないに越したことは無い。

 

 そこで二人が出した結論は非常に単純明快だった。純星煌式武装を使わない。こうすれば、誰に対しても制限時間があることはばれないだろう。

 

 無論、バーストモードにならなければ勝てない相手もいるだろうが、そういう相手は予選では当たらないだろうというのがユリスの見解だった。ならば、ギリギリまで出し惜しみしていく、というのが二人が相談した結果だ。

 

「幸い、素の状態でもお前はそれなりに強いからな。最近の特訓でそれを嫌というほど思い知らされたからな」

 

「ま、色々修行してましたから」

 

 次にばらしたくないのは連携攻撃のパターンだ。二人がペアを組んでから二ヶ月ほど経っている。それなり以上の練習を重ねて連携攻撃の幅を広げたが、それでも長年ペアを組んでる者達が相手では見劣りするだろう。

 

「予選の範囲で我々が苦戦を強いられるような相手はいない。本戦まで、可能な限り勿体付けていくぞ」

 

「オーライ、と。ま、どうにかするさ」

 

「頼りにしてるぞ、相棒」 

 

 ユリスは全幅の信頼を込めて凜堂の背中を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ~、疲れた」

 

「全くだな……」

 

 控え室に戻るや、凜堂とユリスはげっそりとした顔でソファに腰を下ろした。待っていてくれた紗夜と綺凜が不思議そうにしながら二人の顔を覗きこむ。

 

「お、お帰りなさいです! お二人とも、初戦突破おめでとうございます!」

 

「……瞬殺だったのに、何でそんなに疲れてる?」

 

「試合は問題じゃねぇんだ。ただ、その後の会見がな」

 

 訊ねてくる二人に凜堂は投げ遣りに答える。

 

「外のマスコミ連中はしつこくていかん。あんなんだからマスゴミ等と揶揄されてしまうのだ。これなら報道系クラブの方が遥かにマシだな」

 

 うんざりを顔に貼り付けながらユリスは綺凛から渡されたドリンクを受け取る。

 

 ユリスの言うとおり、二人へのインタビューは酷いものだった。黒炉の魔剣や無限の瞳のことは勿論のこと、ユリスとの関係や『鳳凰星武祭』に出場するに至った経緯。果ては好きな食べ物や好みの異性のタイプなど、試合とは全く関係のないことを小一時間聞かれ続けた。疲れないほうがおかしい。

 

「へぇ、お姫様の口からそんな言葉が聞けるなんて、嬉しい限りだね」

 

 と、ここにはいないはずの者の声に凜堂とユリスは振り返った。かしゃりと写真を撮る音。壁際に英士郎が立っていた。

 

「ジョーか。来てたのか?」

 

「……勘違いの無いように言っておくが、比較的ましだと言ってるだけで、お前達に好意的になったわけではないぞ?」

 

「はいはい。相変わらずお姫様はきついぜ」

 

 むすっとした表情で念を押すユリスに英士郎は大仰に肩を竦めて見せる。

 

 基本的に控え室は使用する選手が許可した人間じゃないと入れないようになっている。それ以外の人間は控え室内にいる人にロックを解除してもらわない限り中に入れない。今回、許可を与えられている人間は紗夜と綺凛しかいないので、二人が英士郎を招きいれたのだろう。

 

「んで、何しに来たんだお前? 応援に来たって訳でもねぇだろ?」

 

 今は八月。『鳳凰星武祭』に出場しない大半の生徒は夏休みに入っている。普段、アスタリスクは外出許可が下りにくいが、長期休暇ともなると話は変わってくる。この時期に帰省する学生も多いが、英士郎のように学園に残る者も少なくは無い。半々といったところだろう。

 

「あのくらいの相手に応援なんて必要ないだろ。俺の今日のお目当ては第三試合さ」

 

 件のアルルカントペアの試合だ。

 

「開会式であんだけ派手に発表されちゃあ、ジャーナリストとして黙ってるわけにはいかないからな。どう考えてもアルルカントのお二人さんのことだしな」

 

 それで早速、控え室の方に取材しに行ったのだが、即行で追い返されたらしい。何の情報も得られませんでした、ということだ。アルルカントの二人に対して思うところのある紗夜はがっくりと肩を落とした。

 

「まぁ、焦らずとももうすぐ第三試合の時間だ。連中の用意したものがどれ程のものなのか、嫌でも分かるだろう」

 

「時間っつったら、マクフェイル達もそろそろ試合だな。カペラドームだったか?」

 

「はい。そのはずです」

 

 綺凛がチャンネルを操作すると、空間スクリーンに得物を構えたレスターが映し出される。

 

「もう始まっているようだな」

 

「……優勢みたい」

 

 レスターは『轟遠の烈斧(コルネフォロス)』の二つ名に恥じない動きで相手のアルルカントのペアを圧倒していた。後方からのランディの援護も絶妙で、レスターの間合いから逃れようとする相手を上手く追い込んでいる。

 

「応援しに行ったら確実に追い返されてただろうな」

 

「違いない」

 

 凜堂とユリスが愉快そうに喉を鳴らす隣で英士郎もレスターの試合に見入っていた。

 

「やっぱ、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』だけあってマクフェイルもやるな。フックのほうも序列入りした経験があるだけはあるな」

 

 その時、壁を突き破るような轟音が控え室を震わせる。

 

「うおっ!? 何だ一体?」

 

 突然の事に凜堂達はきょとんとするも、すぐにその正体に辿り着いた。歓声だ。それも、先ほどの凜堂達の試合の時に上がったものと同じくらいか、もしくはそれ以上の。

 

「って、もう始まったか!?」

 

 狼狽えながらも英士郎は別の空間スクリーンを広げた。これ程の歓声が上がる試合の心当たりは一つしかない。

 

 予想通り、立ち上がった空間スクリーンの中には二体の機械人形が立っていた。




今回は会話文が多いなぁ……作者は仮面ライダー555のアクセルフォームが大好きです。

でも、一番格好良いのはやっぱエターナルだよなぁ。


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『吸血暴姫』

この作品は原作既読推奨です。


鳳凰星武祭(フェニックス)』二日目、中央区商業エリア。凜堂とユリスはアスタリスクに三つある大型ドームの一つ、通称プロキオンドームへと向かっていた。そこで試合を行なう紗夜と綺凛を応援するためだ。

 

「にしても、凄ぇ人の数だな」

 

 通りを埋め尽くさんばかりの人の群れに辟易とした様子で凜堂は呟いた。真っ直ぐに進むことはおろか、その場で立ち往生するなんてこともままある。

 

 レストランやカフェなどの店は満席状態。空間ウィンドウを開いて、試合中継を見ながら歩いている者すらいる。

 

「『星武祭(フェスタ)』開催中はここいら一帯、人口密度が数十倍に跳ね上がる。歩き難いのも致し方ないことと言えばそれまでだが……」

 

 と言いつつも、どこかげんなりとした顔をしているユリス。歩いていたら突然話しかけられ、握手やサインを求められたり応援されたりと、とにかく色々な事で時間を食われていた。

 

「やっぱ、昨日の試合見たからかねぇ。星導館以外の奴にも声かけられたぞ。話題はアルルカントに全部掻っ攫われたと思ってたんだが」

 

 ふと、二人の足が止まる。思い出すのは昨日、シリウスドームで行なわれた第三試合。アルルカントとレヴォルフの試合だ。

 

「強かったな、あいつら」

 

「あぁ。薄ら寒いものを覚えるくらいにな」

 

 結果だけ言おう。試合はアルルカント側の圧勝だった。相手が弱かったわけでもない。どちらかといえば強いの部類に入るだろう。

 

 レヴォルフ黒学院の序列十二位、即ち『冒頭の十二人(ページワン)』の一人、モーリッツという男子学生と、舎弟のゲルトのペアだった。

 

 このモーリッツという学生は魔術師(ダンテ)であり、『螺旋の魔術師(セプテントリオ)』という二つ名で呼ばれている。その能力は単純明快で、発生させた風をドリル状にさせて相手を抉り抜くというものだ。能力名は『暴風の螺旋(ボレアスピラ)』という。

 

 応用力に乏しい能力ではあるが、反面破壊力はずば抜けている。レヴォルフの中でも最上位に入っていることは間違いない。その桁違いの攻撃力が災いし、残虐行為として過去に反則を取られてしまったことすらあるほどだ。

 

 一方、アルルカントのペアは両者共に擬形体(パペット)だった。一方は優に二メートルを超える背丈と甲冑を纏ったようなフォルムが特徴的な自律型擬形体試作AR-D、通称アルディ。

 

 もう一方は完璧すぎる作られた美しさを持つ自律型擬形体試作RM-C、通称リムシィだ。こちらは厳しいアルディとは対照的に人間の女性のような姿をしている。

 

 この二体、非常によく喋った。そりゃもう、中に本物の人間が入ってるのではないかと疑ってしまうくらい流暢に。

 

 アルディは創造主である偉大(らしい)なマスターの威容を示すため、一分間無抵抗に攻撃を受けることをとんでもなく尊大な口調で相手に約束した。かと思えば、リムシィが無駄なエネルギーを使うなと冷淡かつどぎつい、それでいて機械的な口調で言いながらアルディのどたまに光弾を撃つという過激な突っ込みを見せる。それに対し、アルディは文句は言えどもやり返しはしなかった。どうも、この二体の間には明確な上下関係があるようだ。

 

 で、両者の試合だが先述した通り、擬形体二体の圧勝だった。レヴォルフの二人は相手に傷一つつけることすら出来なかった。

 

 まずアルディ。モーリッツの『暴風の螺旋』を光の壁のようなもので防ぎ、これを完封した。しかもその光の壁はアルディの周囲三百六十度全てに展開できるようだ。実際、アルディは背後からの攻撃を身動き一つせず、光の壁で防いでいる。そしてリムシィの方は銃撃で銃撃を防ぐという離れ業をやってのけた。

 

 今や『鳳凰星武祭』はその圧倒的なまでの強さと能力を遺憾なく発揮し、勝利を掴み取ったアルルカントの擬形体を中心に回っていると言っても過言ではなかった。

 

「リムシィの銃撃能力も恐ろしいが、何よりも厄介なのはアルディのあの光の壁だな。沙々宮の言うとおり、あれが防護障壁を応用したものとなると、『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』でも突破するのは難しいかもしれんな」

 

 防護障壁とは万が一の時のために観客を守るための装置の事だ。並大抵の攻撃ではびくともしない分、発動させるには大規模な装置と大量のエネルギーが必要になる。これを人間大まで小型化かさせ、尚且つ同等の性能を発揮させるアルルカントの、正確にはエルネスタの技術力には舌を巻くばかりだ。

 

「凜堂、お前はあの光の壁をどう突破する?」

 

 話を振られ、凜堂はそうな~、と天を仰ぐ。ギラギラと輝く太陽が目に痛い。

 

「多分、俺の技じゃあの光の壁をぶち破るのは無理だろうな。どうにかなりそうな技は一、二個あるけど、溜めが大きすぎて当てるのは無理だ。やっぱ、『黒炉の魔剣』が通用するかどうかがネックだな。つかよ、皆あの光の壁のことばかり言ってるけどさ、俺としてはそれ以上に気になることがあるんだよね」

 

 何? とユリスの眉が顰められた。

 

「何だそれは?」

 

「あの二体の力関係だよ。何だってあのデカ物は頭に煌式武装(ルークス)の弾ぶち込まれたってのに文句を言うだけなんだ? あの口調から考えて、あいつは相当プライドが高いと見た。一発、ぶちかましたとしても不思議はねぇ」

 

 だが、アルディは反論するだけであって、決して反撃はしなかった。言われてみて、ユリスは考え込む。試合前のやり取りから見るに、両者の関係は対等なとは呼び難いものだ。明らかに女性型のリムシィの方が上の立場にいる。

 

「つまり、アルディはリムシィに逆らえないよう設定されているということか。しかし、何故そんなことを?」

 

「そこまでは分からんさ。可能性だけなら幾らでも考えられる」

 

 例えば、二体を作ったエルネスタとカミラが女尊男卑の考えを持っているとか。もしくは、そうしておかないと危険だからか。

 

「ま、情報は追々入ってくるだろ。対策はその時考えりゃいい。今はサーヤとリンが無事に勝つことを祈ろうや」

 

「そうだな。いや、しかしあの二人がそう簡単に負けるとはとても思えんが」

 

 更に言うなら、紗夜には新たな武器が送り届けられている。送り主は彼女の父、沙々宮創一だ。一体、どのような武器をが届けられたのだろう。紗夜の使っている武器のコンセプトから考えて、大艦巨砲主義なものであることは間違いない。

 

「見るのが楽しみなような、怖いような不思議な気持ちだ」

 

「奇遇だな、ユーリ。俺もだ……しっかし、一向に進まねぇなおい。何かあったのか?」

 

 遅々として進まない歩みに凜堂は苛立たしげに前を見る。見えるのは人、人、人の壁だけだった。これだけでも癇に障るというのに、容赦なく照り付ける日光が苛々に拍車をかけている。

 

「落ち着け、凜堂。顔が怖い事になっているぞ。しかし、この遅さは異常だな……うん?」

 

「どしたユーリ……あん?」

 

 二人は同時にそれに気付いた。少し進んだ辺りで人の動きが滞っている部分がある。何やら揉め事が起こっているようだ。何時から始まったか定かではないが、人々の進行の妨げになっていることに間違いは無い。

 

「何だ、揉め事か?」

 

 こちらに逃げてくる人もいるくらいなので、穏かな状況ではないのは確かだ。二人は頷き合うと、人ごみを掻き分けて渦中へと進んでいく。

 

 人垣を超えて最前列に顔を出してみると、一人の少女を複数の男が取り囲むという非常によろしくない光景に遭遇した。どちらもレヴォルフの制服を着ている。

 

「……この間の連中といいあれか? レヴォルフの連中は一定期間毎に騒ぎを起こさないと死んじまうのか?」

 

 ユリスとペアを組む前、凜堂はレヴォルフの連中に襲われた時のことを思い出し、苦々しい表情で身構える。

 

「よく見ろ。今回は純粋に揉め事のようだぞ」

 

 ユリスに胸を拳で小突かれ、凜堂は構えを解いた。確かに彼女の言うとおり、通りには既に少女がぶちのめしたであろう男共が数人横たわっている。

 

「へぇ。煌式武装持った連中相手を素手であそこまで圧倒するたぁ中々のもんだな」

 

 少女が男達を血に沈めていく中、彼女の首に巻かれたマフラーが激しくなびく。仮○ライダー? と凜堂は場違いな感想を抱いた。

 

「あの女、『吸血暴姫(ラミレクシア)』だな」

 

「え、そんなライダーいたっけか? 吸血鬼関係だったらキ○がいるが。そもそも、女のライダーってそんなにいなかったような」

 

 何を言っているんだお前は、と呆れた様子でため息を吐くユリス。それは公衆の面前で堂々と暴れる少女に対してのものなのか、それともバカなことを言っている隣の相方へのものなのか。

 

「冗談だ、ユーリ。レヴォルフの序列三位だろ。お前さんが最も危険って言ってた」

 

 名は確か、イレーネ・ウルサイス。

 

「しかし、どんな事情があるかは知らないが、奴は何を考えているんだ? この時期にこんなことをするなんて正気とは思えんぞ」

 

 基本として『星武祭(フェスタ)』開催期間中、市街地での決闘は全面的に禁じられている。無論、それはアスタリスク外から来る、非星脈世代(ジェネステラ)の人達のことを配慮してのことだ。

 

 一応、防護障壁のある場所での決闘は認められているが、防護障壁のあるような場所は『星武祭』の試合に使用されているため、市街地で決闘を行うのはほぼ不可能な状況になっている。

 

 決闘が許されないのだから乱闘など問題外だ。しかもその騒動の真っ只中にいるのが『星武祭』参加者ともなればそれ相応のペナルティが科せられる。最悪、参加資格を剥奪される可能性もあった。

 

「しつけぇんだよ手前等。お礼参りなんていつの時代の人間だよ?」

 

 荒っぽい口調で吐き捨てながらイレーネは九人目の男を片付ける。十人近く立っていた男達も、今や一人だけになっていた。

 

「う、うるせぇ! このままお前を放っておいたら、うちの面子が丸潰れなんだよ!」

 

 若干、声が震えてる。それでも引かないのは意地があるからか。

 

「高々、カジノを一つ二つ潰したくらいでうるせぇなぁ。そもそもの原因はそっちがイカサマしやがったからだろうが。それにあんまり勝手がすぎるとあの小デブに怒られちまうぜ?」

 

「あんなクソ生徒会長なんざ知らねぇよ! 俺たちには俺たちの」

 

「あーもう、そろそろ黙れ」

 

 イレーネの上段蹴りが男の頭部に炸裂する。それ以上、言葉を続けることは出来ずに男は地面へと倒れた。動かなくなった男を冷めた目で見下ろしながらイレーネは大きく息を吐いた。さっきの上段蹴りを見るに格闘技を学んでいる、という訳でも無さそうだ。凜堂と同じ様に我流の動きだろう。

 

「見世物じゃねぇぞ、じろじろ見てんじゃねぇよ!」

 

(こんな往来のど真ん中で見世物になるようなことして無茶言うなおい)

 

 凜堂は心の中で囁く。その時、偶然か必然か、野次馬を睥睨していたイレーネとバッチリ目が合った。

 

「あん?」

 

「あれま」

 

 二人の声が重なる。イレーネはそのまま凜堂の顔をまじまじと見つめた。

 

「へぇ、まさかとは思ったが、『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』じゃねぇか。こりゃ手間が省けた」

 

 にやっ、と笑ったイレーネの口元から鋭い牙が覗いた。こちらを知っていることに凜堂とユリスは少なからず驚いた。互いに顔を見合わせる。どういう経緯でイレーネが凜堂のことを知ったかは分からないが、こんな公衆の面前で暴れるような人物と関わって碌な目に会うとは思えない。凜堂は誤魔化す事にした。

 

「イエイエ、人違イデスヨー。赤ノ他人ノ空似デスヨー」

 

「凜堂……誤魔化すにしたって、もっとマシな方法があっただろうに……」

 

 片言で似非外国人のように話す凜堂の横でユリスは深々と嘆息する。凜堂の言葉を無視し、イレーネは観察するように凜堂を見た。やがて、嘲るように鼻を鳴らす。

 

「……分からねぇな。こんなののどこが怖いんだ、あいつ?」

 

「私のタッグパートナーに何の用だ、『吸血暴姫(ラミレクシア)』?」

 

 きつい口調でユリスが二人の間に割って入る。

 

「『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』か。お前に用はねぇ。引っ込んでな」

 

「ほざけ。こんな人ごみのど真ん中で、それも『星武祭』開催中に乱闘を起こすような危険人物を大切な相棒に近づかせる訳にはいかんからな」

 

「ありゃ向こうから吹っかけてきたんだぜ? あたしゃ悪くねぇよ」

 

 少しだけ言い訳じみた口調だ。はん、と今度はユリスが鼻を鳴らす番だった。

 

「時と場所を考えろ。どんな理由にせよ、こんな一般人を巻き込むかもしれないようなところで応戦など有り得ん」

 

 どうにも不穏な空気だ。両者、互いに一歩も引かない。

 

「あ~……ちょいと落ち着きませんかね、お二人さん?」

 

 凜堂が二人の間に入るよりも早く、イレーネは行動に移る。

 

「そうかよ。なら、あんただったらどう対処するか教えてもらおうじゃねぇか!」

 

 言うや、イレーネはホルダーから煌式武装を取り出した。

 

「っ!? 下がれ、凜堂!」

 

「マジか。正気の沙汰じゃねぇぞおい」

 

 瞬時に二人はイレーネから距離を取る。二人の視線の先、イレーネの手に身長を超えるほどの巨大な鎌が現れた。紫に光る刀身は言い知れない禍々しさを感じさせる。

 

「へぇ、思ったよりいい動きするじゃねぇか。人ってなぁ見た目で判断しちゃいけねぇな」

 

「こいつが『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』か」

 

 レヴォルフが所有する、重力を操る純星煌式武装(オーガルクス)。凜堂の有する『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』同様に誰に対しても高い適合率を示す、珍しい純星煌式武装。使用者の精神を崩壊させるような無限の瞳とはまた違うベクトルで危険なもののようだ。それに使いこなせた者は過去の『星武祭』を振り返ってみてもいない。

 

「どうする、ユーリ?」

 

「決まっている。逃げるぞ」

 

「だよな~……でも、あれ相手に逃げられると思うか?」

 

 苦笑いを浮べながら凜堂はイレーネを指差す。瞳に殺意を伴った凶暴な光を湛え、覇潰の血鎌を構えている。

 

「……厳しいだろうな。だが、ここでやり合う訳にもいかんだろう」

 

 背筋に氷柱を突っ込まれたような寒気に眉根を寄せながらユリスは逃走のチャンスを窺った。凜堂もいつでも動けるように身構えている。息の詰まる緊張感が漂う中、野次馬も事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた。

 

 その時。

 

「こらぁーーーっ!」

 

 何とも場違いな声が凍り付いていた空気を破壊する。

 

「お姉ちゃんの馬鹿! また勝手に喧嘩なんかして……大人しくしててって言ったよね、私!?」

 

 その場の全員が呆気に取られる中、その声の主はイレーネに凄まじい剣幕で詰め寄る。三つ編みに垂らされた髪はイレーネと同じ色だ。顔立ちも非常に良く似ている。制服も彼女と同じレヴォルフだ。

 

「プ、プリシラ!? こ、これは違うんだ!」

 

「何がどう違うのよ! こんな大勢の人に迷惑かけて何してるの? 説明して!」

 

「いや、その、それはだな……」

 

 少女の詰問にたじたじになっているイレーネを二人はぽかんとした顔で見ていた。状況の変化が急すぎてついていけない。イレーネに問い質していた少女も二人の視線に気付いたようだ。慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさい! うちのお姉ちゃんがとんだご迷惑を……!」

 

「いや、別に、迷惑など。なぁ、凜堂?」

 

「あ、あぁ。実害被った訳でもないし……」

 

 完全に毒気を抜かれ、ユリスと凜堂は何ともいえない返事を返した。言動から察するにイレーネの妹なのだろうが、それにしてはイレーネの腰が低すぎる。

 

「ほら、お姉ちゃんもちゃんと謝って!」

 

「な、何であたs「お・ね・え・ちゃ・ん?」分かった! 分かったからそんな怖い顔しないでくれよプリシラ!」

 

 少女の勢いに尻込みし、イレーネは渋々といった顔で凜堂達に頭を下げる。その悔しそうな表情から察するに、全く悪いと思って無さそうだが。

 

「わ、悪かった……もう、用も無いから行けよ」

 

「お姉ちゃん! もう、何でちゃんと謝る事も出来ないの!」

 

 少女はイレーネの頭を掴んで無理矢理下げさせる。自身も平身低頭して謝り続けていた。

 

「本当にごめんなさい。よく、言い聞かせておきますから」

 

 いや、そんなペットとかじゃないんだから、と突っ込む間もなく、少女はイレーネを引き摺って人ごみの中へと消えていった。

 

「「「……」」」

 

 怒涛の展開に凜堂達は勿論、ギャラリーも何も言えないようだ。

 

「……なぁ、今のってイレーネ・ウルサイスのパートナーか?」

 

「う、うむ。恐らくな。イレーネを姉と呼んでいたのだから間違いあるまい」

 

 完全に仕切りなおした訳ではないが、ユリスは携帯端末を取り出してデータを確認する。イレーネのデータを開くと、予想通り先ほどの少女の顔があった。

 

 プリシラ・ウルサイス。イレーネ・ウルサイスの実妹にしてタッグパートナー。使用武器が書かれているイレーネと違い、プリシラのデータは殆ど無い。

 

「にしたって、何が目的だったのかね。あの人? 怨まれるようなことした覚えはないんだけどな」

 

 本気で思い当たる節はなく、凜堂は困惑顔で頭を掻く。それも仕方の無い事で、凜堂はアスタリスクに来てからまだ日が浅い。同じ学園の星導館の学生相手ならともかく、他校の、それも『冒頭の十二人(ページ・ワン)』に名を連ねる人物の恨みを買うようなことをした覚えはなかった。

 

「まぁ、狙いはお前だというのは間違い無いな。私が文句をつけたにも関わらず、あいつの狙いはお前から変わらなかった。どうしてかまでは分からんが、あいつにはお前を狙う理由があるということだ」

 

「マジで心当たりねぇんだが……俺が序列一位だからか?」

 

「可能性としては大いに有り得るだろう。だが、相手はレヴォルフだ。良からぬことを企んでても、何ら不思議は無い」

 

 そう言い切れてしまうのがこの都市の恐ろしいところだ。

 

「お前を狙う理由が少しでも分かれば御の字だったのだが、お前を危険に晒しただけだったな。すまない、凜堂」

 

「気にすんな。本当なら俺がやらなきゃいけないことをお前さんがやったってだけだ。寧ろ、俺から礼を言わなきゃな」

 

 殊勝に頭を下げるユリスに凜堂は手を振ってみせる。この事でどうこう言う気は彼に無かった。ふと我に返り、凜堂は時間を確認する。試合開始時間まで少ししかない。

 

「つか、そろそろ急がないとサーヤ達の試合に間に合わないぜ」

 

「そうだな。とりあえず、会場に急ぐとしよう」

 

 二人がプロキオンドームに向かおうとしたその時、再び通りの先の方がざわめきだした。

 

「今度は何だ……これはまずいな、警備隊か!」

 

「警備隊ってこたぁ星猟警備隊(シャーナガルム)か」

 

 人ごみを掻き分けて向かってくる二人組の姿が見えた。その制服はアスタリスクにある六学園、何れの物でもなかった。

 

「暢気な事を言っている場合ではない、逃げるぞ!」

 

「何故に? 別に俺ら何もしてないぞ?」

 

 ユリスに手を引っ張られ、凜堂は不思議そうに訊ねる。

 

「こんなことを言うのも難だが、警備隊の連中はとにかく融通が効かん。この状況を説明して、その上で納得させるのにどれだけの時間がかかるか分かったものではないぞ」

 

 な~る、と凜堂は得心した顔で周囲を見回す。道上にぶっ倒れた男達に『鳳凰星武祭』出場ペア。そして彼らを中心に取り巻いている一般人のギャラリー。

 

「確かに面倒だな。しっかし、何でまたあいつらプロキオンドームの方から来るかね……!」

 

 忌々しそうに舌打ちしながら凜堂は考え込む。警備隊の二人から逃げる=目的地から遠ざかる事になる。それは紗夜と綺凛の試合に応援に行けないことを意味した。

 

「……ちょい待ち。何でこんな訳の分からん騒動のせいで俺達は応援にいけなくなるんだ? 何か腹立ってきたな……」

 

「何をぶつぶつ言っている! とにかく逃げ、きゃっ!」

 

 再びユリスは凜堂の手を引っ張るが、びくともしない。それどころか、逆に引っ張られた。相棒の予想外の行動にユリスは可愛らしい悲鳴を上げながら倒れかけるが、凜堂に抱き止められて事なきを得る。

 

「お、おい凜堂! お前、何をして」

 

「ユーリ、舌噛むなよ!」

 

 え? とユリスに問い返す間も与えず、凜堂はユリスをお姫様抱っこしたまま駆け出す。それも警備隊の二人組に向かって。

 

「おい! そこの君達、止まりなさい! 止まれぇ!」

 

「止まれと言われて止まる馬鹿がいるかってぇの!!」

 

 居丈高な声に軽口を返しながら凜堂は大きく足を踏み切った。そして高々と跳躍する。おぉ! と周囲から驚きの声が上がる中、凜堂はある場所に着地した。それは警備隊の一人の頭の上だった。

 

「失礼!」

 

「ぐぇ!」

 

 警備隊の片割れの頭を次の足場にし、凜堂は再び跳び上がる。弧を描くように宙を舞い、軽やかに着地した。二回目のジャンプで相当距離が稼げたようで、警備隊は遥か後方にいる。

 

「うし、このまま逃げるぞユーリ!」

 

「あぁ、もうお前という奴は……早く行け!」

 

 真っ赤になったユリスにあらほらさっさー、と答えながら凜堂はプロキオンドームに向けて駆け出した。後ろから俺の頭を踏み台にしたぁ!? という声が聞こえるが、無視した。

 

 後日、この時の出来事。正確に言うと凜堂がユリスを抱き抱えて逃げ出す場面が一時アスタリスクを騒がせる事になるのだが、それはまた機会があった時に話すとしよう。




ども、北斗七星なのです。アスタリスクの二次創作は増えない。そして感想は来ない。心が粉々になりそうな日常を送っています。

うん、まぁ、んなこと言うなら読んだ人が感想を書きたくなるような面白い話を書けってことになりますよね。

二次創作増えないかなぁ。アスタリスクももう五巻も出てるんだから、それなりに知名度上がってもいいと思うんだけど……前にもこんなん書いた記憶があるぞ。

感想が来ると更新の速度が心持早くなると思います。では、次の話で。


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刃と銃

アスタリスクの二次創作が増えないと愚痴っていましたが、画期的な解決法を思いつきました。


俺がまた別の作品でアスタリスクの二次創作を書けばいいんじゃん!!


「……二人とも、遅い」

 

 プロキオンドーム控え室。むっつりとした表情で紗夜は呟く。凜堂とユリスが応援に来てくれるというので二人の到着を待っているのだが、試合開始寸前まで控え室のドアが開く事はなかった。もう、これ以上待っていたら試合に間に合わないだろう。

 

「何かあったんでしょうか?」

 

 不機嫌そうな紗夜とは対照的に綺凛は不安そうな表情を浮べているが、そこに落胆の色があることは否めなかった。

 

「……まぁいい。話は後でみっちりと聞かせてもらう。行こう、綺凛」

 

「はい。本当にどうしたんだろう……」

 

 二人がソファから立ち上がると、紗夜の携帯端末に連絡が入った。相手は凜堂だ。紗夜は空間ウィンドウを開き、その後ろから綺凛が覗き込む。

 

『サーヤか? 悪ぃ、ちっとばかし遅くなるから控え室の方には行けそうに無い! 試合には間に合うはずだ! リンにも伝えといてくれ!』

 

『すまない! 厄介ごとに巻き込まれてしまってな』

 

 空間ウィンドウの中に凜堂とユリスの顔がアップで表示される。凜堂は走っている最中のようで、かなり息が荒かった。

 

「……もう試合始まる。間に合うの?」

 

『絶対に間に合わせる! じゃ、切るぞ!』

 

 それだけ言って、凜堂は一方的に通話を切る。もしもし? と言ってみるも返事は無かった。

 

「凜堂先輩とユリス先輩、来てくれるんですね」

 

 さっきまでの浮かない表情から一転、綺凛は顔を輝かせる。その一方、紗夜は何やら考え事をしていた。

 

「どうかしたんですか、紗夜さん?」

 

「……いや。ただ、さっきの凜堂とリースフェルトの距離が妙に近かったような気が……」

 

 言われてみれば確かに。綺凛も紗夜と一緒になって考え込む。空間ウィンドウに映っていたのは数秒程度だったし、詳しい説明が無かったので二人がどのような状況にあるかは分からない。ただ、二人の距離が妙に近かったのは事実だ。それこそ、キス出来そうなくらいに。

 

「……この件に関しては後で凜堂に聞かなきゃいけない、絶対に」

 

「そう、ですね」

 

 この時、この場に第三者がいたら二人の背後に仁王が立っているように見えただろう。真実を問うためにも、さっさと試合を終わらせねばならない。

 

「行こう、綺凛」

 

「はい!」

 

 

 

 

 と、威勢よく返事をしたはいいものの、基本的に小動物のように小心な綺凛。入場ゲートを潜るや、二人を出迎えた光の乱舞と大歓声。そして妙にテンションの高い実況の声に完全に萎縮してしまう。そんな相方を安心させるように紗夜は小さな背中を軽く叩いた。

 

「……大丈夫、別に取って食われる訳じゃないんだし」

 

「さ、紗夜さんは緊張してないんですか? 大勢の人に見られてるのに」

 

「……問題ない。ただ、目の前の相手を倒して勝つ。それだけ」

 

 マイペース、それでいてストイックな口調で紗夜は断言する。気負いも何もあったものじゃない姿に綺凛は羨ましさを覚えた。

 

『そしてぇー! ここで登場しますは星導館学園旧序列一位刀藤綺凛選手とそのパートナー、沙々宮紗夜選手だぁ!』

 

 相変わらずテンションフォルティッシモな実況のお姉さん。

 

『刀藤選手といえば若干十三歳にも関わらず、入学から一ヶ月で序列一位の座に上り詰めた超新星! 先日の決闘でその座を高良選手に明け渡したことになりますが、実力は折り紙つき! たった一本の刀で『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』、そして純星煌式武装(オーガルクス)と渡り合う剣技に期待しましょう! いやぁ、こうやって実際に見てみると、貫禄が違いますねぇ。オーラを放っていると言いますか、小さいながらも余裕のある落ち着いた雰囲気が』

 

『ナナやん、それ多分相方の沙々宮選手のほうやで。刀藤選手はあの小リスみたいにオドオドしとるほうや』

 

『え、マジすか? じゃあ、あれで高等部? ……あー、こほん。これは大変失礼しました』

 

『だから資料はちゃんと見ときって言うたやん』

 

 実況と解説の個性的なやり取りに会場が爆笑の渦に包まれる。一方、紗夜はすこぶる不愉快そうに眉根を寄せていた。フォローすべきか否か綺凛は迷ったが、自分が言っても火に油を注ぐことになるだけだろう、と愛想笑いを浮べる事しか出来なかった。

 

「……この鬱憤はあいつ等で晴らす」

 

 ステージの反対側に立つ、禿頭の男子と長髪の青年を睨みながら紗夜は物騒な事を呟く。相手にしてみれば、いい迷惑だろう。

 

 相手側の学生が胸に着けている校章は『黄龍』。即ち、界龍第七学院の生徒だということを示していた。

 

 界龍はアスタリスクの中でも特殊な学園であり、その特徴は大きく二つに分けられる。一つは星仙術と呼ばれる独自の万能素(マナ)感応能力普遍化技術。もう一つは徹底された武術の奨励だ。

 

 ガラードワースで剣技が正道とされているのと同じ様に、徒手空拳の武術が界龍の代名詞とされている。界龍内部では様々な流派がありその中には武器を扱うものもある。だが、界龍といえば何かと言う質問があれば、無手の高度な戦闘技術がまず上げられるだろう。

 

 実際、星辰力(プラーナ)を直接的に攻撃力へと転化する技術は相当なもので、磨き上げられた武術と併用することで無類の強さを発揮する。

 

 現に二人が相対している界龍のペアも、片方は青龍刀型の煌式武装(ルークス)を構えているが、もう片方は何の武器も持っていなかった。

 

「どちらもリスト外ですが、かなりの実力者みたいです」

 

 六学園の中で最大の規模を誇る界龍は在名祭祀書(ネームド・カルツ)に名が無くとも強い学生が大勢いる。油断は出来ない。

 

「……まぁ、どうとでもなる。気楽に行こう」

 

 のんびりとした様子で紗夜は煌式武装を取り出し、慣れた手つきでそれを展開させる。

 

 それが紗夜の手元に現れると、観客席から大きなざわめきが聞こえてきた。紗夜が構えた銃、と呼ぶにはそれは余りにも大きすぎた。大きく太く重く、そして口径がでかかった。それは正にキャノン砲だった。

 

 事実、無骨で重厚なフォルムをしたその銃は紗夜の身長と同じくらいの大きさをしている。お人形のような容姿を持った紗夜がそれを構えている様はかなりの衝撃度を持っていた。

 

「えっと、それは確か……」

 

「三十四式波動重砲アークヴァンデルス改」

 

 紗夜の使用する銃器の数は十数種類あり、綺凛もそれを一通り見せてもらっている。タッグを組む以上当然の事だが、綺凛は紗夜が銃器を取り出すたびに度肝を抜かれていた。

 

「……それで、どっちにする?」

 

「え? あぁ、そうですね。私はどちらでも」

 

「なら、私はあの髪が無い方をやる」

 

 あれは髪が無いんじゃなくて剃ってるだけなんじゃ、と思わずフォローを入れてしまいそうになる綺凛だった。気を取り直し、綺凛は長髪の青年へと視線を向ける。肩から力を抜き、千羽切を握る手に力を込めたその時。

 

「サーヤ! リン! 頑張れよ~!!」

 

「こんな所で負けたら承知せんぞ!!」

 

 大歓声を押しのけるほどの声援が二人に届く。声の方を見ると、星導館の観戦用ブースに二人の人影が見えた。凜堂とユリスだ。

 

 凜堂はぶんぶんと音がするほど両腕を振り、二人に応援の声を送っていた。ここまで全力疾走してきたらしく、息も荒く額には汗が浮かんでいる。

 

 彼の傍らには腕を組んだユリスが立っていた。口調こそ厳しいが、そこには二人を激励しようとする思いやり、二人が負けるはずはないという信頼が込められている。彼女も凜堂同様に顔を赤くしているが、特に汗をかいたりしているわけではない。凜堂とはまた別の理由があるようだ。

 

「凜堂先輩! ユリス先輩!」

 

「……遅い」

 

 二人に気付くと、綺凛は喜色満面の笑みで手を振った。一方、紗夜は文句を言ってはいるが、その顔はどこか嬉しそうだった。

 

『お~っと、ここで高良選手とリースフェルト選手の声援が刀藤選手と沙々宮選手に送られました! 両選手、テンション爆上げ状態です!』

 

『渾名で呼んだのを見るに、高良選手は刀藤選手と仲がいいみたいっすね。生徒会長のエンフィールド女史に二つ名付けてもらったり、セメント対応で有名だったリースフェルト選手とタッグを組むとかどういう交友関係してるんすかね?』

 

 実況と解説の声を聞き流し、二人は改めて相手と相対する。凜堂とユリスがこの試合を見ている。それだけでも負ける気は全くしなかった。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)Lブロック一回戦二組、試合開始(バトルスタート)!』」

 

 試合開始の宣言と同時に綺凛は飛び出し、長髪の青年との間合いを一気に詰めた。『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』の名に相応しい敏捷な動きだ。

 

 綺凛の突撃を予期していたようで、長髪の青年は拳を突き出して綺凛を迎え撃つ。界龍の代名詞と言うだけあり、鋭い一撃だ。しかし、遅すぎる。綺凛は左手に握った、鞘に入れたままの千羽切でその拳を真横に弾いた。

 

 想像通り、重い一打だった。星辰力を込めた打撃は恐ろしい威力を秘めている。無手のため、攻防に移る動きにも隙が無い。

 

 だが、それだけだ。雲のように変化するあの動きに比べれば。暴風雨の如き連撃を叩き込んでくるあの苛烈さに比べれば。高良凜堂に比べれば程遠い。

 

 長髪の青年は両腕をクロスさせ、胸元を防ぐ体勢に入ろうとする。それよりも先に綺凛は千羽切を閃かせた。長髪の青年が防御を完成させるよりも早く、拳を払いのけた勢いのまま全身を回転させて抜き放った刀を真横に薙ぐ。

 

 校章を斬った感触が得物を通して伝わってきた。一瞬、遅れて青年の敗北が告げられる。

 

「くっ……」

 

「ありがとうございました」

 

 膝を折る青年に礼儀正しく一礼し、綺凛は千羽切を鞘へと戻した。実況の興奮した声が耳に飛び込んでくる。

 

『速ぁい! 流石は『疾風刃雷』! その二つ名は伊達ではなかった! 一瞬の攻防を制し、勝利したのは刀藤選手だぁ!! というか実況させてください!』

 

『ナナやん、文句言うとる暇あったらこっち見てみぃ! 沙々宮選手の方も凄いことになっとるで!』

 

 解説の声に綺凛は紗夜へと視線を向けた。紗夜が負けるとは微塵も思っていなかったし、目の前には想像通りの光景が広がっている……今だにその光景に慣れることは出来ないが。

 

『おぉっと、本当だ! こっちはこっちで凄いことになってます! 私、武装が銃だったので沙々宮選手を後衛担当だと思っていたのですが、思いっきり白兵戦でぶつかり合っています!』

 

 実況の言うとおり、紗夜は巨大な銃を片手に禿頭の青年と近接戦闘を演じていた。禿頭の青年が振るう青龍刀をアークヴァンデルス改で捌き、隙を突いて鈍器のようにアークヴァンデルス改を叩きつける。小柄な紗夜が巨大な銃器を振り回すその光景は驚愕を通り越し、シュールとしか表現の仕様が無かった。

 

 その動きに特色は無く、凜堂同様に我流の動きだということが分かる。だが、技術の高さと練度は並みの者の比ではない。

 

「ちぃっ!」

 

 青龍刀とアークヴァンデルス改が激しく火花を散らす。禿頭の青年は矢継ぎ早に攻めているが、紗夜は青年の連撃をいつもの無表情で受け流していた。一見、禿頭の青年が一方的に攻撃を仕掛けているように見えるが、実際は紗夜が青年を精神的に追い込んでいた。

 

 いくら斬撃を放っても、紗夜とアークヴァンデルス改の防御は揺るがない。それどころか、アークヴァンデルス改のマナダイトから光が放たれ始めていた。それは最初、微々たる物だったが、今は誰が見ても分かるほどに輝いている。

 

 その現象の意味するところを分かっているようで、禿頭の青年の顔に焦りが浮かぶ。猛烈な勢いで紗夜を攻め立てるが、紗夜の防御を突き崩すことは出来なかった。

 

 マナダイトの光が最高潮に達したその瞬間、紗夜が攻勢に移る。青年の手から青龍刀を弾き飛ばし、アークヴァンデルス改の銃口を青年の腹部へと向けた。鈍器としてではなく、本来の機能を使うために。

 

「……どーん」

 

「っ!」

 

 ドーム全体を揺らすほどの衝撃が走り、観客達の歓声を掻き消すような銃声が響いた。かと思えば、ステージの端まで吹き飛ばされた青年が防護障壁に叩きつけられる。身動ぎ一つせず、ずるずると地面に滑り落ちた。腹部から煙が漂っている。

 

「だ、大丈夫かな?」

 

 綺凛はピクリとも動かない青年を見ながら心配そうに呟いた。紗夜が扱う武器はどれもが常識を超えた威力を有している。普通に喰らっても一溜まりも無いのに、それをゼロ距離から撃ち込まれたら……。

 

試合終了(エンドオブバトル)! 勝者、沙々宮紗夜&刀藤綺凛!!」

 

 勝利宣言がされる中、紗夜は身震いしている綺凛へと右手を突き出し、親指を上げて見せた。そして観戦用ブースに向き直り、ちょっと自慢げな顔でVサインを作る。

 

「……勝利」

 

 彼女にVサインを送られた相手はというと、

 

『いたぞ、あそこだ! 捕まえろぉ!!』

 

『おいおい、またかよ。いい加減しつけぇぞ、星猟警備隊(シャーナガルム)……って何人増えてんだおい!!』

 

『えぇい、他にやる事があるだろうに! 逃げるぞ、凜堂!』

 

『だぁー、何でこうなんだよ! サーヤ、リン、後でな!!』

 

 諸々の都合により何も見てなかった。Vサインを作ったまま固まる紗夜。

 

「……くすん」

 

 今度は綺凛が紗夜の背中を叩いてあげる番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控え室にはシャワーも完備されている。数人が同時に使っても大丈夫なように、シャワールームはかなり広い作りになっていた。チーム戦の『獅鷲星武祭(グリプス)』の時に使われた場合の事を想定しての構造だ。

 

 無事に試合を終え、紗夜と綺凛はそこで汗を流している最中だった。

 

「ただ単に銃が硬いというわけじゃないんですか?」

 

「……そう。ロボス遷移方式で得られるエネルギーは高出力だけど、安定性に欠ける。そのままにしてると砲身自体がもたない。だから出力の一部をエネルギーフィールドに転用して」

 

「出力を押さえ込んでいるんですね」

 

 二人は話しながらそれぞれ頭や体を洗っていた。

 

「だからあんな風に煌式武装とやり合っても銃が壊れなかったんですね」

 

 それにしたって、銃器でクローズコンバットをするなんて普通、誰も思いつかないだろう。

 

「……凜堂は普通じゃなかったから、ただ撃ってるだけじゃ修行相手になれなかった」

 

 綺凛の思ってることを察したのか、紗夜は少しだけ懐かしそうに言った。子供の頃、凜堂の修行に付き合っていたら、自然と身についていた技術らしい。

 

「紗夜さんも凜堂先輩みたいに我流なんですよね?」

 

「どこかで武術を学んでる暇なんて無かった。そうしている間に凜堂は遥か先に行っちゃうから」

 

 置いていかれないようにするため、必死で付いて行った。対等な存在として凜堂を支えたかったから。その一念だけでこれ程の技術を会得した紗夜に綺凛は尊敬の念を覚える。同時にこれだけ想える相手と早くに出会えた紗夜を羨ましいと思った。

 

「……それにしても凜堂達、遅い」

 

「そうですね……誰かに追いかけられてたみたいですけど」

 

 まだ凜堂達は控え室に来ていない。誰だか知らないが、二人を追いかけている連中は相当しつこいようだ。まぁ、だからこうやって汗を流すことが出来たのだから結果オーライだ。この後の予定は無いのだし、のんびりしながら待てばいい。

 

「そろそろあがる」

 

 ぶるぶると全身を震わせて紗夜は全身の水を払う。ずぶ濡れになった犬のような動きだ。

 

「紗夜さん、ちゃんと拭かないと風邪引いちゃいますよ」

 

「……」

 

 綺凛がバスタオルを渡そうとするが、バスタオルを無視して紗夜は綺凛のある一点を見ていた。じっと、まじまじと、穴が開くほど綺凛の胸部を。

 

「な、何ですか? 目が怖いですよ、紗夜さん」

 

 反射的に綺凛は胸元を両腕でガードする。紗夜の目が光ったと思えば、両腕のガードを掻い潜るようにして綺凛の胸へと手を伸ばしていた。

 

「きゃあ!」

 

 悲鳴を上げるも、綺凛はしっかりと紗夜の手を防ぐ。

 

「むむむ」

 

「な、何をするんですか……!?」

 

 紗夜の突拍子も無い行動に目を白黒させながら綺凛は後ずさっていく。逃がすものかと、紗夜もじりじりと近づいていった。その様は網へと魚を追い込む猟師のようだ。紗夜の巧みな誘導に綺凛は逃げ場を失う。気が付けば、壁際へと追い詰められていた。

 

「……その胸で凜堂を惑わしたのか」

 

「何の話ですか!?」

 

 瞳に嫉妬の炎を燃やしながら紗夜は高速で手を繰り出す。必死で迫ってくる紗夜の手を捌く綺凛。遠目から見てみれば高度な組み手に見えなくも無いが、その実態は凄まじくアホらしかった。

 

 近接でのやり取りは綺凛に軍配が上がる。結局、紗夜は綺凛の胸部に触れなかった。

 

「……慈悲があるのなら少しで良いから私に分けて欲しい」

 

「そんなこと言われても……」

 

 そもそも、バストを分ける方法などあるのだろうか。いや、ないだろう。例え、『星武祭(フェスタ)』で優勝したとしても、その望みが叶うことは無い筈だ。

 

 綺凛が困ったように体にバスタオルを巻くと、唐突に空間ウィンドウが開いた。控え室のインターホンからの映像だ。映像は一方通行なので、相手には音声のみが届いている。

 

『悪ぃ、遅くなった! サーヤ、リン、いるか?』

 

『警備隊め、あそこまでしつこいとは……いくら『星武祭』開催期間中だからとはいえ、気を張りすぎだろう。目撃者が私達は無関係だと証言してくれなければどうなっていたか』

 

 肩を大きく上下させた凜堂とユリスの姿が空間ウィンドウに映し出された。紆余曲折あったようだが、とりあえず控え室に来れるくらいには事態が落ち着いたようだ。

 

 既に二人に入出許可は出されているが、シャワールームを使っているためそれも無効化されている。

 

「すみません、お二人とも、申し訳ないのですが、少しだけ待って」

 

「……やっと来た」

 

 流石にバスタオル一枚の姿で出迎えるわけにはいかないと綺凛は二人に呼びかけるが、それを無視して紗夜が呼び出した空間コンソールを操作して扉のロックを解除した。

 

「え?」

 

 開くドア。入ってくる二人の来訪者。

 

「遅くなって悪かったな。でも、試合には間に合ったし勘弁して……」

 

「うむ。まずは初戦突破おめでとうと言って……」

 

 控え室入り口で仲良く固まる凜堂とユリス。それはシャワールームから出ようとしていた綺凛も同じだった。ただ一人、紗夜だけ平然とした顔で二人へと歩み寄り、胸を張って伝えたかった事を言葉にする。

 

「……勝った」

 

 

 その後、ユリスが紗夜に小一時間ほど説教するも、試合直前の通話で凜堂と距離が近かったのは何故だという反撃にたじたじになったのは余談だ。




ども、北斗七星です。前書きに関しては気にしないで下さい。深夜のテンションで頭がおかしくなってました。

ふと、この小説のお気に入り数を見てみたのですが、何か60近く増えててびっくりしてます。え、何これギャグ? と本気で思ってしまいました。

何はともあれ、色んな人に読んでもらえるのは嬉しい事です。では、次の話で。


次はユリスとレスターだ。頑張ろ。


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いいお嫁さんになれる?

何じゃこのサブタイトルは……しつこいようですが、この作品は原作既読推奨です。


鳳凰星武祭(フェニックス)』五日目、シリウスドーム。ステージ上ではユリスがストレッチをして体を解していた。

 

「さて、今回は私の番だな」

 

「いってらっさ~い」

 

 不敵な笑みを浮かべるユリスに凜堂はヒラヒラと手を振ってみせる。気負いなど感じさせない、何時も通り飄々とした笑みを浮かべていた。

 

 彼もまた、信じているのだ。自分の相棒がそう簡単に負けるはずが無いと。

 

『さてさて、『鳳凰星武祭(フェニックス)』も本日から二回戦に突入です! ここ、シリウスドームで行われる第一試合、まずご紹介しましょう。圧倒的な実力で初戦を突破した星導館の高良凜堂選手、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトペア!』

 

『一回戦は高良選手の独壇場だったっすねー。二回戦は何を見せてくれるんでしょう。楽しみっす』

 

 何日も聞き続け、否が応でも慣れてしまった実況と解説の声を聞きながらユリスは相対する対戦相手に視線を向ける。クインヴェール女学園の序列三十七位と五十四位のタッグ。片方がポニーテール、もう片方がツインテールの女子だ。クインヴェールの学生というだけあり、二人とも整った容姿をしている。

 

 アスタリスクで一番強い学園ってどこよ? という質問をすれば、様々な答えが返ってくるだろう。どの学園にも各々の長所があり、反対に短所もあるからだ。

 

 じゃあ、一番弱い学園は? と質問すれば、大抵の人はある学園の事を口にするだろう。クインヴェール女学園の名を。

 

 実際、クインヴェールが星武祭(フェスタ)で総合優勝を果たしたことは一度しかない。しかし、だからと言ってファンがいないわけではなく、ファンの数だけならクイーンヴェールは創立以来上位を保っていた。

 

 クイーンヴェールは個性的な六学園の中でも異色で入学条件に戦闘能力と学力、それに加えて『容姿』を要求しており、星武祭で勝ち進む事よりも星武祭で学生の魅力を発揮させることに主眼を置いている。強さと同様に美も求められるのだ。

 

 六学園の中で、ただ一つの女学校。入学条件が厳しい事もあり、規模はアスタリスクの中で最小だ。

 

 だからといって、所属している生徒が弱いという訳ではない。確かに学園としてみれば最弱かもしれないが、それは生徒も最弱ということにはならない。現にクイーンヴェールの序列一位は前回の『王竜星武祭(リンドブルス)』で準優勝した結果を残している。

 

 まぁ今現在、ユリスが対峙している二人も強いかと言われれば、それはまた別の問題になってくるが。

 

「みんなー、応援よっろしくー!」

 

「頑張りまーす!」

 

 クイーンヴェールの二人が手を振ると、鼓膜が痛くなるほどの歓声が会場に木霊する。明らかにクイーンヴェールの二人を応援するものだ。

 

「まるでアイドルだな……」

 

 感心と呆れが半々になった表情を浮べながらユリスは細剣、アスペラ・スピーナを起動させる。対してポニー娘は槍型の、ツイン娘は双剣型の煌式武装(ルークス)を発動させていた。アイドルのような仕草に似合わず、扱いは堂に入っている。星辰力(プラーナ)の練度もかなり高いことが窺えた。『鳳凰星武祭』に出場するだけのことはある。だが、

 

(……大した敵ではないな)

 

 今まで『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』を相手に修行してきたユリスにとっては大した相手じゃなかった。

 

「では、行ってくる」

 

「ユーリ、頑張ってな~」

 

 のんびりとした凜堂の声を背に受け、ユリスは堂々と歩み出る。同時に校章が試合開始を告げた。

 

「いっくよー!」

 

 最初にツイン娘が仕掛けてくる。ユリスはその場から一歩も動かず、細剣で攻撃を受け流して見せた。

 

「凜堂と綺凛に比べれば欠伸が出るほど遅いな」

 

「それーっ!」

 

 時間差でポニー娘も戦いに加わるが、ユリスは二人の攻めを余裕の表情で捌いていく。ここ最近の特訓でユリスが一番成長したのは接近戦での戦い方だった。というか、凜堂と綺凛レベルの戦士が特訓の相手なのだから嫌でも伸びた。流石に二人と互角に渡り合うというのはまだ無理だが、それでも普通の相手なら寄せ付けないレベルまでなっている。

 

華焔の魔女(グリューエンローゼ)』としての技が目立つ彼女だが、細剣の技術も元々高かった。だから、短い間にここまでの域に登ってこれた。

 

「えい!」

 

「このぉ!」

 

「遅い」

 

 ポニー娘とツイン娘が息の合った同時攻撃をしてきたが、それすらもさらりとかわす。そして鋭い突きを二発、相手二人の校章に向けて放った。

 

「わわっ!」

 

「きゃあ!」

 

 咄嗟に二人は煌式武装を盾にして攻撃を防ぐが、想像していたよりも遥かに良い動きをするユリスにたじろいでいた。二人が怯んだタイミングを逃さず、ユリスは後ろに跳んで距離を取る。

 

「次はこちらからいかせてもらうぞ」

 

 宣言と同時にユリスの周囲で万能素(マナ)が蠢きだす。

 

「……トロキアの炎よ。城壁を超え、九つの災禍を焼き払え」

 

 舞い踊る炎が形を成していき、ユリスを囲むようにして桜草を模した火球が九個現れた。

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔花(プリムローズ)!」

 

 ユリスの指示に従い、九の火球がクイーンヴェールの二人へと襲う。

 

「あわわわ……!」

 

「こ、来ないでぇー!」

 

 情けない声を上げながらも、クイーンヴェールの二人は煌式武装で迫る火球を打ち払っていった。火球が次々と襲い掛かるが、どうにかこうにか数を減らしていく。

 

「ふふーん、このくらいあたし達だって出来るんだから!」

 

「甘く見ないでよね!」

 

 九輪の舞焔花を全て切り落とし、ドヤ顔をする二人。と、ここで黙って試合を見守っていた凜堂が初めて口を開く。

 

「あ~、お二方。得意げになるのはいいが、とりあえず上を見ることを勧める」

 

 え? と二人は馬鹿正直に凜堂の言葉に従い、視線を上へと持ち上げた。少女達の頭上では焔の果実が解放の時を待っていた。

 

「弾けろ、墜落の散焔花(バルサミナ)!」

 

 焔の果実が弾け、その中から飛び出した無数の小さな火球がステージへと降り注いでいく。火球は着弾と同時に小さな爆発を起こした。一つ一つはそれほど大きくなく、威力も小さい。だが、その数は人二人を軽く呑み込んでしまうものだった。

 

「「嘘ーっ!」」

 

 慌てて対処しようとするも、時既に遅し。二人は瞬く間に焔の雨の中に姿を消した。

 

試合終了(エンドオブバトル)! 勝者、高良凜堂&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!」

 

 途切れることなく続く炸裂音に紛れ、機械音声が勝敗を告げる。それから少しして焔の雨も止んだ。ステージを覆い尽くしていた黒煙が晴れると、そこには気を失った少女二人が倒れていた。

 

『決着ー! 一回戦に続きまたまた一方的な試合展開でした! しかも今度はリースフェルト選手の独壇場です! このペア、タッグ戦である『鳳凰星武祭』で今だに二人揃って戦っていません! まだまだ底が見えません』

 

『実際、タッグとしての手の内を隠すのは有効な作戦っすよ。やってるペアもそれなりにいるっす。それにしてもリースフェルト選手は巧いっすね。能力が多彩だからどんな場面でも臨機応変に対応できるのが強みっすねー。あの九輪の舞焔花って技もあの設置型の能力に誘導するために……』

 

 流石は解説、試合をよく見ていたようだ。ユリスがどのようにして試合を運んだか詳細に説明している。

 

「こんなところだな……どうだ、私の戦い振りは?」

 

「流石は『華焔の魔女』ってとこだな。お疲れさん」

 

 戻ってきたユリスを笑顔で出迎え、凜堂は労いと賞賛を込めて彼女の肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もしつこかったねー、あの人ら。ま、仕事だから仕方ないって言っちまえばそれまでだけどよ」

 

「だとしても、限度というものがあるだろうに。その辺りを見切れないからパパラッチ等と呼ばれてしまうのだろうな。ぐだぐだと下らない質問ばかりして」

 

 相も変わらず長かった勝利者インタビューを早々に終わらせ、二人は控え室へと戻ってきた。記者団の質問攻めに疲れたのか、ユリスは深いため息を吐きながらソファに座り込む。ほい、と凜堂が入れてくれたお茶を礼を言いながら受け取った。

 

「そういや、一つ気になったんだがよ、ユーリ」

 

「ん、何だ?」

 

「九輪の舞焔花を発動させる時に言ってた呪文みたいな奴。あんなの、唱えてたっけか?」

 

 少なくとも、凜堂の記憶の中のユリスは技名のみを口にしていた。あの事か、とユリスはお茶を啜りながら答える。

 

「私なりのサービスだ。あぁ言っておくと、ギャラリーも喜ぶからな」

 

「……へぇ」

 

 予想外の返答に凜堂は眉根を寄せた。ユリスがそんなファンサービスをするような人物とは思っていなかったからだ。普段のユリスを知っているだけに、とにかく意外だった。そんな凜堂の心中を察してか、ユリスは苦笑を浮かべる。

 

「そんなに驚くことはないだろう。私だって自分の立場くらい自覚している。あれだけの舞台なら、それくらいのことはやるさ。余裕がある時に限るがな」

 

魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』と一口に言っても、その能力は千差万別。そして能力を発動させる過程もそれぞれ違う。固定の順序を踏まなければ能力を使えない者もいるし、ユリスのようにプロセスを省略出来る者もいる。

 

「呪文はともかく、声に出したした方がイメージをし易い」

 

「そんなもんかねぇ」

 

「そもそも、お前が言えた義理か。やれ一閃“轟気”だ、一津奥義だ。挙句の果てにこっから先は俺のステージだ、フィナーレだという決め台詞……お前の方が技名を口にしているではないか」

 

 言われてみれば確かにそうだ。凜堂はユリスの指摘にあ~、と自身が戦っている時の言動を思い返す。余り気にしたことは無いようだ。

 

「癖みたいなもんだしなぁ、あれ。それにサーヤもそうした方が格好いいって言ってたからよ」

 

 沙々宮が、とユリスは湯呑みを近くにあったテーブルに置く。

 

「ちなみに技の名を考えたのは」

 

「俺で~す。実際、考えるの楽しいしな」

 

 満面の笑みで凜堂はダブルピースしてみせる。お、おう、とユリスは頷いた。まぁ、技に九輪の舞焔花(プリムローズ)鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)などの名を付けている時点でユリスも人のことは言えなかった。

 

「ところで、これからどうする?」

 

「どしたもんか。サーヤとリンの応援に行きたいけど、今からじゃ間に合わねぇよなぁ」

 

「あの二人のことだ。会場に着く頃には終わっているだろう」

 

 紗夜と綺凛も自分達の試合があるので、ここにはいなかった。一回戦は四日とそれなりの時間をかけて行なわれたが、二回戦は二日。三回戦に至っては一日で終わってしまう。会場が同じか余程試合時間が違わない限り、応援に行くのは無理だろう。

 

「そ、それに私達はまだ昼食も済ませてないだろう?」

 

 そういやそーね、と凜堂は軽く腹部を擦った。試合が丁度、昼飯時に行なわれたため、二人はまだ昼飯を食べていない。

 

「んじゃ、どっか食いに行くか? 特に予定も無いし」

 

「お、おほん」

 

 凜堂がドアに向かおうとすると、ユリスの口からわざとらしい咳払いが出る。余りに不自然なユリスの行動に凜堂は目を丸くして振り返った。本人も自覚はあるようで、顔が真っ赤だ。

 

「……どした、ユーリ?」

 

「あー、その、何だ。今朝は妙に早く起きてしまってな。二度寝をするのもどうかと思ったから、暇潰しにこんなのを用意してみた。あくまで暇潰しとしてだぞ」

 

 普段と違い歯切れの悪いユリス。妙に言い訳めいたことを言いながらユリスはロッカーから大き目のバスケットを取り出す。

 

「……何だこりゃ。まさか、弁当か?」

 

「そ、そんなところだ」

 

 極力、凜堂の顔を見ないようにしながらユリスはバスケットを差し出した。対して、凜堂も戸惑った様子でユリスとバスケットを交互に見る。何分、ユリスが弁当を持ってくるのは初めてなので、どう対応していいか分からなかった。基本的に休日の特訓の時も二人は学食で腹を満たしていた。

 

「ど、どうした? もしかして、腹が減ってないのか?」

 

 不安そうに訊ねてくるユリスに凜堂は慌てて両手を振ってみせる。

 

「いやいや、そういう訳じゃなくて! ただ、ユーリが料理出来るなんて初耳だから、ちょっと驚いただけだ」

 

 もしかしたら、先日、弁当を用意してくれた紗夜と綺凛に対抗してのものかもしれない。何せ、ユリスの負けず嫌いは筋金入りだ。そう思ったが、聞いても返ってくるのは否定だけだと分かっていたので凜堂は何も言わずにバスケットを受け取る。

 

「とにかく、断る理由はないわな。ありがたく、いただくぜ」

 

「か、簡単なものだぞ。そんなに期待するな」

 

 再び目を逸らすユリス。しかし、横目でちらちらと凜堂を見て、バスケットを開けるのを今か今かと待ち侘びている。バスケットを開くと、そこには手ごろなサイズのサンドイッチが並んでいた。

 

「へぇ、サンドイッチ」

 

 様々な種類があるのを見るに、かなりの労力を使って作られたもののようだ。簡単なものねぇ、と苦笑しながら凜堂は早速一つ手に取って口に運ぶ。

 

「ど、どうだ?」

 

 咀嚼する凜堂にユリスは恐る恐る訊ねる。口の中のものを飲み込み、凜堂は不安を顔に浮べるユリスに笑って見せた。

 

「美味いぜ」

 

 お世辞でも社交辞令でもない、素直な感想だ。凜堂の返答にユリスは顔を輝かせるも、すぐに後ろを向いてしまった。

 

「にしても料理出来たんだな、ユーリ。いが……」

 

「おい、凜堂。今お前、意外と言いかけなかったか?」

 

「気ノセイダヨー」

 

「貴様、そこに直れ!」

 

 悪かった悪かった! とこめかみに拳をグリグリしようとしてくるユリスをかわしながら凜堂は謝罪する。

 

「ところで、ユーリ。お前さんは食わんのか?」

 

 バスケットに収まっているサンドイッチはかなり多い。どう考えても、二人で食べる事を前提として作られた量だ。

 

「勿論食べるが……」

 

 サンドイッチに手を伸ばしながらユリスは凜堂をちらと見る。

 

「何だよ?」

 

「いや、その……なれるか、私は?」

 

「あ、何だって?」

 

 ユリスの声が非常に小さく、凜堂は反射的に問い返した。それを意地悪と思ったのか、ユリスは若干涙目になりながら再び問う。

 

「だ、だから、私はいいお嫁さんになれるかどうか聞いているんだ!」

 

 嫁ぇ? と凜堂は何を言ってるんだと眉を顰めるが、以前、紗夜と綺凛が作った弁当を食べ終えた際に綺凛にそんなことを言ったのを思い出す。嫁ねぇ、とぼやきながら凜堂はユリスを見た。顔を真っ赤にしながらも、こちらに真っ直ぐと視線を向けている。適当にはぐらかせる雰囲気ではない。

 

「ユーリは、そうだな……苦労する嫁になると思う。相手がな」

 

「え……」

 

 言葉を失うユリスに凜堂は肩を竦めて見せる。

 

「だってさ、ユーリって自分にも厳しいけど、他人にも厳しいじゃん。そういうストイックなとこ、付いていける人は少ないと思うぜ? それに負けず嫌いなとこもあるし、譲れない所は絶対に引かないだろ。旦那さん、苦労するんじゃないか?」

 

「そ、そうか……」

 

 凜堂の手厳しい評価にユリスは俯いた。凜堂の言ってること自体、かなり的を射ているので言い返すことも出来ない。思わず、目尻から涙が零れそうになる。

 

「でも……ユーリと結婚出来る男はこの世で一番幸せな男だと思う」

 

 え、とユリスはもう一度凜堂を見た。言ってる本人も気恥ずかしいのか、そっぽを向きながら頬を掻いている。

 

「ユーリって厳しい上に頑固だけど、それ以上に人を思いやれる優しさを持ってるし、自分のためじゃなくて誰かのために頑張る事も出来る。それってさ、凄く素敵な事だと思わないか? 俺は、そう思う」

 

 照れ臭そうに笑いながら凜堂はユリスへと視線を戻した。

 

「そんな素敵な人に愛してもらって、生涯を共に歩んでいってもらえる……きっと、誰よりも幸せな男だよ、そいつは」

 

「そ、そうだろうか?」

 

「そう思うよ、俺は……って、何で泣いてんだユーリ!?」

 

 凜堂の言葉にユリスはハッしながら頬を伝う涙を拭った。悲しかったと思えば、凄く嬉しくなって。それでいて恥ずかしかったりと感情の処理が追いつかない。

 

「こ、これは……目にごみが入っただけだ! だから、気にするな!」

 

 慌てて目元を拭うユリス。不審に思いながらも、凜堂はそれ以上は追求しなかった。一方、ユリスはユリスで口元がにやけそうになるのを必死で堪えていた。さっきの凜堂の言葉がよっぽど嬉しかったようで、自然と口角が上がっていく。

 

「そ、そうだ! 昼食の序に他の連中の試合を見ておこう! 勝ち残ったペアの何れかが私達の相手になるのだからな」

 

「お、おう。今日は色々な試合があるみたいだしな」

 

 どうにか表情を戻したユリスは嬉しさを誤魔化すようにテレビをつける。凜堂も彼女に倣って空間スクリーンを見た。そこに映った人物を見て、二人の表情が一転して引き締まる。

 

「こいつは……」

 

「そう言えば、こいつらの試合も今日だったな」

 

 空間スクリーンの中に佇む、星導館の制服に身を包んだ巨漢、レスター。対するは、巨大な鎌を携えたレヴォルフの女子生徒、イレーネだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を書こう。試合はイレーネとプリシラのウルサイス姉妹が勝利した。レスターは時間稼ぎをして『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の欠点である燃費の悪さを突こうとするが、その程度の作戦で勝てるほど『吸血暴姫(ラミレクシア)』は優しくなかった。

 

 まず、牽制をかけようとしていたランディが試合開始早々に覇潰の血鎌の重力に押し潰され、意識を失った。続けてイレーネはレスターを仕留めようとするが、レスターのブラストネメアを喰らって吹っ飛ぶ事になる。

 

 しかし、後ろに跳んで衝撃を流したイレーネは大したダメージも無く起き上がった。そしてプリシラの血を吸うことで覇潰の血鎌の能力を強化した。

 

 イレーネ曰く、覇潰の血鎌は能力の代償として血液を要求する純星煌式武装(オーガルクス)なのだそうだ。燃費が余りにも悪すぎるため、使用者が外部から血液を供給できるように体を変質させる。イレーネは覇潰の血鎌との適合率が高く、その体の変質がより顕著だった。これが彼女の二つ名、『吸血暴姫(ラミレクシア)』の所以である。

 

 話を戻そう。強化された覇潰の血鎌の力でレスターは得物であるヴァルディッシュ=レオを破壊された。予備の煌式武装を使うよりも早く重力に押し付けられ、それ以上の抵抗が出来ずにギブアップを余儀なくされた。

 

 こうして、試合は幕を閉じた。




 墜落の散焔花(バルサミナ)。鳳仙花ですね。え~、鳳仙花で弾けるのって花じゃなくて実じゃね? と思いの方、スルーの方向でお願いします。

 にしてもレスターのこの扱い、自分で書いといて難だけど、どうにか出来んもんかね? いや、書く努力はしたんですよ? でも、原作の大幅コピペになりそうだったんで……今更すぎるか? 一応、所々言葉を変えたりする小細工をしてますが。

 レスターが名誉挽回出来る日が来るといいなぁ。では、次の話で。 


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余計な事に首を突っ込むと碌なことにならない

銀魂みたいなサブタイトルになっちゃったなぁ……。


鳳凰星武祭(フェニックス)』七日目。シリウスドーム、三回戦目。凜堂とユリスは界龍のペアを相手に勝利を収め、見事に予選を突破した。黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)も使っていない。そして二人の連携パターンを見せることも無かった。まずは一段落といったところだ。

 

「とりあえず、予選突破お疲れさんってとこだな」

 

「何を他人事のように言ってるんだお前は……それに、予選など前座に過ぎん。本番はこれからだ」

 

 予選では有力選手同士がぶつからないよう、各ブロックに振り分けられている。実際、注目を集めているような選手が本戦へ辿り着くことは珍しくない。

 

 だが、次の四回戦、即ち本戦からは有力選手がぶつかり合い、激しく戦うことになる。それは予選とは比べ物にならない苛烈なものとなるだろう。

 

「今回は番狂わせも無かったようだし、いずれの学園も予想通りの連中が本戦に上がってくるだろう。問題は組み合わせだな」

 

「発表は確か明日だよな? 流石にサーヤ達といきなりぶち当たるのは勘弁だぜ」

 

 ステージから会見場に移動しながら二人は本戦のことを話していた。四回戦からはトーナメント表が改めて組み直される。これは予選のものとは違い、完全な抽選となっていた。明日は組み合わせの発表がある以外、何も無い。出場選手にとっては完全な休養日となる。

 

「沙々宮達もそうだが、アルルカントの人形とも当たりたくはないな。少しでも向こうの情報が欲しい」

 

 紗夜と綺凛、アルディとリムシィ。いずれも、予選を突破し本戦に駒を進めている。

 

「他にも界龍の双子、ガラードワースの正騎士コンビも出来ればやり合いたくは無いな。それに……『吸血暴姫(ラミレクシア)』ともな」

 

 ユリスの声が真剣なものになる。イレーネの狙いは『鳳凰星武祭』で勝利する事ではなく、凜堂本人だ。何の目的があって凜堂を狙っているかは分からないが、碌なものでないことは確かだ。出来れば、他のペアと当たって早々に負けて欲しいというのが正直な感想だった。

 

「やりたくない奴ばっかだな。でも、本戦に出る以上、誰かと戦うことになるんだ。やるっきゃないだろ」

 

 ユリスの懸念など露知らない様子で凜堂は言い切る。この楽天家め、とユリスは小さく毒づいた。だが、凜堂の言うとおりだ。二人も願いを叶えるために戦っている。勝って前に進む以外の道など初めから無い。

 

「しかし、吸血暴姫があそこまでの使い手だとは予想外だったぞ。正直、一対一では勝てる気がせんな……お前はどうだ?」

 

「能力を考えない接近戦なら勝てるな。問題はあの重力だよなぁ……マクフェイルとの試合を見る限り、対象座標に対して能力を発揮するタイプみたいだし、常に動き続けていればどうにか出来るか?」

 

 先日の試合を見て分かった事だが、イレーネの体術は相当な物だ。天賦の才と言っても過言ではないが、凜堂の技はその上を行く。純粋な打ち合いであれば、イレーネを降す自信があった。やはり、ネックとなるのは『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の能力だ。これをどう突破するかが勝利の鍵となるだろう。

 

「黒炉の魔剣がどこまで通じるかも問題だよな。ただの煌式武装(ルークス)なら問答無用で切れると思うけど、相手もこっちと同じ純星煌式武装(オーガルクス)だ」

 

 どこまでやれるか、と凜堂は魔剣を収めたホルダーを一撫でする。この防御不可の一振りが後れを取るとは欠片も思ってはいないが、考えておくに越したことは無かった。

 

「覇潰の血鎌の能力は使用者にも影響を及ぼすようだ。近接戦となれば、向こうもそう易々と能力は使えないだろうが」

 

 つまり、重力を発生させる場所を考えないと自分も潰されてしまう可能性があるということだ。流石に覇潰の血鎌本体はその影響を受けないようだが。

 

「やはり脅威となるのは妹だな。まさか再生能力者(リジェネレイティヴ)だとは予想外だぞ」

 

「同感。『魔女(ストレガ)』と『魔術師(ダンテ)』はそれなりに見てきたけど、あれは初めて見たな」

 

 再生能力者とはその名の通り、自身の傷を回復することが出来る者のことだ。他人の傷を治せるという訳ではないが、かなり珍しい部類の能力だ。

 

「あれはかなりのものだぞ。傷の修復はおろか、姉に提供した血まで再生できるとなれば最高クラスだ。おそらく、四肢を失ったとしても問題なく再生できるだろう。あんな隠し玉があったとはな」

 

 基本的に能力者は国家登録が義務付けられていて、その情報は全世界に公開、共有されている。無論、ユリスも国家登録をしている身だ。だが、世界には政府が機能してない国もあり、そういった国では登録に漏れがある場合がある。プリシラもその類だろう。

 

「覇潰の血鎌の欠点をこういった形で補うとはな。姉は適合率が高く、妹は燃費の悪さをフォロー出来る能力者。まるで、覇潰の血鎌を操るためにいるようなペアだな」

 

 この二人が相手である場合、相手の消耗を待つという作戦は使えない。

 

「まぁいい。何にしても明日の組み合わせが発表されないと何も始まらん……あぁ、明日といえば凜堂。お前はどうするんだ?」

 

「暇だし、抽選会を見に行く」

 

 本当に暇だな、というユリスの言葉に凜堂は肩を竦める。

 

「ロディアに誘われてな。会うの自体久しぶりだし、付き合おうかなと思って」

 

「……クローディアにか」

 

 微かにユリスは表情を曇らせるが、私がとやかく言う事ではない、と顔を元に戻した。ユーリもどうよ? という凜堂の誘いを苦笑しながら断る。

 

「私の方は国許が少しうるさくてな。明日は諸々の連絡やら手続きを片付けるつもりだ」

 

「お姫様も大変だぁね」

 

 組んだ両手を後頭部に当て、隣を歩くユリスを横目で見た。しかし、そこにいるはずの相棒の姿が無い。あり? と後ろを振り返ると、足を止めて考え事をするユリスがいた。

 

「どした、ユーリ?」

 

 ユリスは無言で凜堂に歩み寄ると、念を押すように人差し指を突きつけた。

 

「わざわざ、言うことでも無いと思うが……くれぐれも面倒ごとに巻き込まれてくれるなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、凜堂は組み合わせ抽選会を見るためにシリウスドームへとやって来ていた。星武祭(フェスタ)開催式同様、抽選会はシリウスドーム(ここ)で行われるようだ。

 

「お久しぶりです、凜堂。ようこそいらっしゃいました」

 

「おひさ~、ロディア」

 

 ステージに近いが、一般の観客席から隔てられたブース席。各学園の生徒用ブース席でもないそこにクローディアはいた。

 

「こんなとこあったのか、初めて知ったぜ。他の生徒とかはここで見ないのか?」

 

 凜堂は物珍しそうにブース内を見回す。広さはそれ程ではないが、席が少ないのでかなりゆったりとした作りになっている。更にこのブースにはクローディアと凜堂の二人しかいないので、広さも一入に感じられた。

 

「ここは星導館の生徒会専用ブースですから。生徒会メンバーと私が許可した人しか入ることは出来ません」

 

 凜堂の問いに答えながらクローディアは席を勧める。凜堂が席に腰を下ろすと、クローディアはその隣に座って頭を下げた。

 

「まずは本戦出場おめでとうございます」

 

「そいつぁ、ご丁寧にどうも」

 

 凜堂も馬鹿丁寧にお辞儀を返す。クスクス、と笑いながらクローディアは頭を上げた。

 

「本戦でも活躍を期待していますよ? ユリス共々、頑張ってください」

 

「ま、力の及ぶ範囲内で頑張るさね……一筋縄で行けそうにゃないけどな」

 

「それはそうでしょう。本戦に残った方々は皆、確かな実力を持っていますから……それでも、凜堂達と互角以上に戦えるタッグはそれほどいないと思いますよ? あくまで私見ですが」

 

 だからこそ、この抽選が重要になってくる。責任重大です、とクローディアは微笑んだ。どこまで本気なのか、口調からも表情からも推し量る事は出来なかった。

 

「そういやロディア。お前さん、ここにいていいのか? 抽選のくじってお前が引くんだろ?」

 

 確か、そういうことになっていたはずだ。こんな所でくっちゃべっている余裕などあるのだろうか。

 

「私達の出番は最後です。今はほら、お偉方が話してらっしゃいますから」

 

 クローディアがステージを指し示す。そこでは運営委員と思しき人物が何やら熱弁を振るっていた。今大会の見解だとか、前大会と比較してどうなったかを説明している。ぶっちゃけ、真面目に聞いていると眠気を誘われる類の話だ。

 

「しっかし、今日も観客席は満席だなおい」

 

 凜堂は視線をステージから観客席へと移す。試合の時と変わらない、満員御礼状態に見えた。無論、運営委員の話を聞きに来た訳ではない。彼らの目的も抽選会にある。

 

「さっきも言いましたが……こうして凜堂と二人きりになれたのは本当に久しぶりですね」

 

「あ~、確かに。前に会ったのも『鳳凰星武祭』の予選トーナメントの組み合わせを教えに来てくれた時だもんな」

 

 その日以降、凜堂はクローディアと顔を合わせていなかった。それだけ、生徒会長の仕事が忙しかったという事だろう。

 

「いやぁ、お疲れ様です、生徒、会、ちょう……」

 

 凜堂の労いの言葉が尻すぼみに小さくなっていく。クローディアとの距離が妙に近くなっているからだ。

 

「私、凜堂に会えない寂しさを我慢しながら仕事をしていたんですよ?」

 

「さ、さいでっか」

 

 さりげない風を装って凜堂はクローディアから距離を取ろうとするが、それよりも早くクローディアが動いた。素早く凜堂の手を取り、白魚のような指を絡ませる。美しい外見とは裏腹に、その動きは獲物に襲い掛かる大蛇の様だった。

 

「私が働き詰めになっている間、ユリス達に凜堂を独占されていましたし……私、本当に寂しかったんです」

 

「そ、そっか。大変だったんだな」

 

 逃がすつもりは無いと示すようににクローディアは豊満な肢体を凜堂に押し付ける。離れようにも、柔らかに、それでいて強靭に巻きついてくる彼女の指が許さない。振り解くなんて無体な事も出来ないので、凜堂はされるがままになっている。もう、互いの吐息を感じられるほど二人は密着していた。クローディアの体から放たれる、何とも言えない甘い匂いが凜堂の思考を鈍らせていく。

 

「……な、なぁ、ロディア。そんなこと言って、俺にどうして欲しいんだよ?」

 

 少しの静寂の後、凜堂はしゃっきりしない頭を小さく振ってから訊ねた。その言葉を待っていた、と言わんばかりにクローディアの目が妖しく光る。

 

「難しいことを言うつもりはありません。ただ、幾ら自分で選んだ仕事とはいえ、頑張ったからには相応のご褒美が欲しくて。凜堂からそれをいただければと」

 

 何だ、そんなことか、と凜堂は拍子抜けしたように息を漏らす。それくらい、お安い御用、と続けようとした所で凜堂は回らない頭ではたと考え込んだ。クローディアはご褒美という名目で、自分に何をさせるつもりなのかと。

 

 何せ、頼み事の報酬に自分の体を出すような彼女だ。正直言って、何を要求されるか分かったものではない。軽はずみな発言は絶対に出来なかった。

 

 クローディアの頑張りに報いたいと考える一方で、直感が危ないと警鐘を鳴らしている。どうすれば……と凜堂が人知れず葛藤しているその時、携帯端末の着信音が鳴り響いた。

 

「す、すまんロディア!」

 

 降って湧いたチャンスに凜堂はクローディアから距離を取り、空間ウィンドウを呼び出す。映し出されたのは困り顔を通り越し、泣きそうになっている綺凛の顔だった。

 

『り、凜堂先輩~』

 

「ど、どしたリン? そんな泣きそうな顔して?」

 

 何かしらのトラブルがあったのは確かだ。おろおろとしている綺凛をなだめ、凜堂は先を促す。幾分か落ち着きを取り戻した綺凛は事の次第を話し始めた。

 

『えっと、実は今日、紗夜さんと一緒に商業エリアに来てたのですけど……何時の間にか紗夜さんがどこかに消えちゃったんです……!』

 

「……続けろ」

 

 ここまで聞いた時点で大体のことは把握できたが、一応話を最後まで聞くことに。

 

『それで私、紗夜さんの携帯端末に連絡してみたんです。そしたら「迷子になった」って。わ、私、どうしたらいいんでしょう!?』

 

「落ち着け、俺も探すの手伝うから。とにかく、そっちで合流するぞ。今いるのってどの辺りだ?」

 

「あ、ありがとうございます! えっと、ここは……」

 

 綺凛と落ち合う場所を決め、通信を切る。待ち合わせ場所はシリウスドームからそう離れた場所ではないので、急げばすぐに着けるだろう。綺凛が余計に動き回る可能性は無いだろうから、合流は問題なく出来るはずだ。

 

「問題はサーヤのほうだよなぁ」

 

 小学生時代の遠足で紗夜はジュースを買いに行くと言ったきり、一週間戻って来なかったことがある。捜索がされる中、紗夜は一週間後、大量の海産物と共にひょっこり帰ってきた。何をしていたか聞いてみると、海原に迷い出て困っていたところを心優しい猟師に助けられたらしい。

 

「流石にアスタリスクからは出てないよな? 出てないよね? 出てないでくれよ……!」

 

 凜堂の声音が徐々に懇願調になっていく。

 

「って訳ですまん、ロディア。またこんど……」

 

「……」

 

 クローディアに謝ろうと振り返り、凜堂は蛇に睨まれた蛙よろしく硬直した。クローディアが膨れっ面を作り、こちらを睨んでいたからだ。

 

「あ~……ロディアさん?」

 

 凜堂が戸惑うのも無理は無い。何せ、こんな顔をするクローディアは初めて見たのだ。どう対応すればいいのか分からなかった。クローディアといえば、いつも冷静で笑顔でたおやかで……。

 

「……久しぶりに貴方とゆっくり話せると思ってたのに」

 

 責める口調も年相応だった。

 

「本当に楽しみにしていたんですよ?」

 

「……面目、ない」

 

 下手な言い訳をせず、凜堂はただ深々と頭を下げる。正直言って、楽しみにしていたのはクローディアの都合であって、凜堂には何ら関係のないことだ。こんな風に詰られる言われは無い。だが、そんなことは一切考えずに凜堂は真摯に頭を下げ続けた。

 

「埋め合わせは必ずする」

 

 頭を上げずにそう言う。対して、クローディアは何も答えなかった。重苦しい沈黙が流れる。静寂を終わらせたのはクローディアのため息交じりの囁きだった。

 

「……これじゃ私が悪役ですね。顔を上げてください、凜堂」

 

 頭を上げると、少し困った様子のクローディアと目が合う。

 

「ちょっとからかうだけのつもりでしたのに、そんな真剣に謝られては反応に困ってしまいます」

 

「いや、でも実際悪いの俺だしな」

 

「そう思っているのなら、私が満足できるご褒美を下さいな。それと、埋め合わせも楽しみにしています」

 

「ご褒美と埋め合わせって別勘定だったのね」

 

 凜堂の言葉に小さく笑いながらクローディアは人差し指を顎に当てる。

 

「私、結構欲張りなんですよ。沙々宮さんを探すのでしょう? 早く行ってあげてください」

 

 クローディアはドアを指差す。おう、と頷き凜堂はブースを出ようとするが、ふと足を止めてクローディアを振り返った。

 

「こんなこと言うのも失礼かもしれないけど、ロディアってあんな風に年相応の顔も出来るんだな。何ていうか、ちょっとビックリしたぜ。それと、可愛かった」

 

 それだけ言い残し、今度こそ凜堂はドアを潜っていった。閉まったドアを見ながらクローディアは自身の顔に触れる。

 

「可愛かった、ですか……」

 

 頭の中で凜堂の言葉を反芻する。そうしていると、自然に口元が綻んでいった。

 

「ふふ♪」

 

 その笑顔は凜堂のいう、年相応の少女の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りかねぇ?」

 

「多分、そうだと思います」

 

 凜堂と綺凛はぐるりと周囲を見回す。位置的にはアスタリスク西部の商業エリアの外れあたり。紗夜に連絡を取り、得た情報でここまで来た。

 

「こっから先は手前で探すしかないか」

 

「です、ね」

 

 紗夜にはくれぐれもその場から動かないよう言い含めておいた。だが、事態がこれ以上悪化しないという保障は無いので、急いで紗夜を見つけなければならない。

 

「手分けして探すぞ。俺はこっち、リンはあっち。何かあったら連絡してくれ」

 

「分かりました」

 

「頼んだぞ、リン」

 

 はい、と答えて通りの向こうに小走りしていく綺凛を見送り、凜堂も紗夜の探索を始める。再開発エリアが近い上にレヴォルフ黒学院がすぐ傍にあるためか、柄の悪い連中が多い。『星武祭(フェスタ)』開催期間中にも関わらず、観光客の姿がほとんど無いのはそれが原因だろう。

 

「頼むから問題起こすんじゃねぇぞ、サーヤ」

 

 こんな所を女の子が一人歩いていればどうなるか、それは想像に難くない。綺凛の方はまず問題ないだろう。彼女をどうこう出来る実力者がごろごろ転がっている訳ないし、元序列一位として名実共に知れ渡っている。安易に喧嘩を売る馬鹿もいないだろうし、彼女自身、そうそう揉め事起こしたりはしないはずだ。となると、問題となるのは紗夜だった。

 

 仮にどこかの馬鹿が紗夜にちょっかいをかけたら、当分の間、ベットの上で生活する事になるだろう。基本的に彼女は手加減という言葉を知らない。

 

「多分、どっかの大通りにいると思うんだが……とにかく、虱潰しに探すしかないか」

 

 手近なところにある路地へと入る。湿った臭いが立ち込め、薄暗い。いて気持ちのいい場所でないためか、人気も殆ど無い。少し進んでもそれは変わらなかったので、凜堂は別の路地を探そうと回れ右する。

 

「……あん?」

 

 そのまま路地を出ようとしたところで、路地の先で誰かが揉み合っているような声が聞こえた。

 

「おいおい、サーヤじゃねぇだろうな?」

 

 喧騒の主たちに気付かれぬよう、足音を忍ばせて近づいていく。距離が縮まると、徐々に声が鮮明に聞こえてきた。

 

「やめ……ださい! 放し……!」

 

 この時点で凜堂は確信する。この声の主は紗夜ではないと。もし、この先にいるのが紗夜だとすれば、抗議の声など上げずに相手をぶっ飛ばしているはずだ。だとすれば、関係のない揉め事に首を突っ込むのはよろしくない。頭では分かっているのだが、自然と体が動いていた。

 

 気配を消し、建物の陰を覗く。一人の女の子を、複数の男が囲むという剣呑な光景があった。

 

(おいおい、面倒ごとは勘弁だぞ)

 

 その上、その面子に見覚えがあったので、凜堂は心の中で小さくぼやいた。女の子はプリシラ・ウルサイス。男共のほうは先日、イレーネにこっ酷くぶちのめされた連中だ。一瞬で状況を把握し、凜堂は小さく嘆息する。

 

「あんまり騒ぐんじゃねぇよ。面倒ごとは嫌いなんだ」

 

「悪いのはお前の姉ちゃんなんだから、恨むなら俺達じゃなく姉ちゃんにしな」

 

「放して……ください!」

 

 プリシラを囲む男の数は全部で五。この前の乱闘を見た感じ、凜堂なら例え五対一でも十分に渡り合える相手だ。だが、力技での解決は得策ではなかった。面倒ごとに首を突っ込んだ上に乱闘を起こしたとあっては、例え相手がこんな連中でもお咎めなしという訳にはいかないだろう。これが原因で『鳳凰星武祭』を失格になったらユリスに申し訳が立たない。

 

 そう理解しているはずなのに、足は自然と前へと踏み出していた。

 

(えぇい! すまん、ユーリ!)

 

 心の中でユリスに謝り、凜堂は偶然足下に転がっていた空き缶を蹴り飛ばした。飛んでいった空き缶が建物の壁にぶち当たり、けたたましい音が響く。男達は不意に起こった騒音にぎょっとしながら周囲に視線を走らせ、すぐ凜堂に気付いた。

 

「あぁ、なんだ手前は!?」

 

 一人が短剣型の煌式武装を起動させる。予想以上にいい反応に凜堂は軽く感心するが、表情には欠片も出さずに軽薄な笑みを作った。

 

「へいへい、お兄さん達よぉ。お宅らがどんだけ女性に縁が無いか知らねぇが、ナンパするならもっとスマートにやれや。女の子ってなぁ手折るもんじゃなくて愛でるもんだぜ?」

 

「「「「「あぁん!?」」」」」」

 

 とりあえず、舐め切った態度だということは伝わったようだ。一瞬で男達の目に殺意が浮かぶ。

 

「いきなり割り込んできた上に随分と舐めた口聞いてくれるじゃねぇか、兄ちゃんよぉ。あぁ!?」

 

「何だ? そうやって凄みゃ相手がビビると思ってんのか? お前等みたいなチンピラと一緒にしないでくれ」

 

 へらへらと笑う凜堂の言動に一気に堪忍袋が切れたらしく、男達は次々に煌式武装を取り出していった。その内の一人が突然凜堂の顔を指差す。

 

「あぁ! こ、こいつ、『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』だ!」

 

「『双魔の切り札』ってことは、こいつが星導館の序列一位かよ!?」

 

「こんなへらへらした奴が?」

 

「あ~ら、俺ってば有名人。サインでもくれてやろうか?」

 

 男達の間に戸惑いが生まれるも、それは一瞬だけだった。凜堂が序列一位と分かって怯むどころか、何か善からぬことを思いついたらしく口元に下卑た笑みを浮かべている。

 

「へっ、サインなんかいるかよ。そんな事より、いいのか『切り札(ジョーカー)』さんよ。こんなとこで乱闘なんか起こして。『鳳凰星武祭』を失格になっちまうかもしれないぜ?」

 

 男の口から出てきた台詞が余りにも予想通りだったので、凜堂は腹を抱えて哄笑した。

 

「はっはぁ! それで脅してるつもりかよ? そんなもん、ちゃんと考えてるに決まってるだろ。もうちっとお頭を使えって。そんなんだから五対一でもあいつに負けちまうんだよ……だろ、『吸血暴姫(ラミレクシア)』!!」

 

 突如、凜堂の口から飛び出した名前に男達は目を飛び出さんばかりに開き、意識を周囲へと向ける。その一瞬を待っていた。その場から飛び出すや、凜堂は男達の間をすり抜けてプリシラの腕を掴み、路地の奥へと走っていく。

 

「こ、この野朗!?」

 

 イレーネの姿などどこにもない。凜堂の言葉がブラフだと分かり、男達は顔を真っ赤にさせながら視線を路地奥へと向けた。既に二人は男達の手が届かない所まで逃げている。

 

「バイビー」

 

 ヒラヒラと手を振る凜堂。ここまで虚仮にされて黙っていられるわけも無く、男達は怒声を上げて二人を追い始めた。

 

「ちょいと失礼、お嬢さん!」

 

「え? きゃっ!」

 

 凜堂はひょいとプリシラを抱き上げると、路地を右に曲がった。それを見て、男達は内心でほくそ笑む。

 

「馬鹿が、そっちは少し行くと袋小路だ。おい、リーダーに連絡して何人か回してもらえ! 相手は星導館の序列一位だ、確実に潰すぞ!」

 

 このまま袋小路に追い詰め、数の暴力に物言わせて凜堂をぶちのめすつもりのようだ。数分も走ると、袋小路が見えてきた。だが、そこにいるはずの凜堂とプリシラの姿が無い。

 

「おい、どこに消えやがった! 他に道はねぇはずだぞ!?」

 

「探せ! まだ近くにいるはずだ!」

 

 路地でやかましく話し合う男達を建物の屋上から見下ろす人影が一つ。

 

「一生やってろ、バーカ」

 

 冷ややかな笑みを浮かべながら来た道を戻っていく男達を見送る。男達が完全に見えなくなったところで振り返り、屋上にある給水タンクの陰に隠れたプリシラに声をかけた。

 

「おい、もう大丈夫だぜ」

 

 恐る恐るプリシラは給水タンクの陰から顔を出す。

 

「あの人達は?」

 

「俺らを探してどっか行った。多分、屋上に駆け上がったなんて考えもしてないぜ。それはそうと大丈夫か?」

 

 凜堂の問いに安堵の息を吐いていたプリシラは慌てて頭を下げた。

 

「あ、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました!」

 

「気にすんな、ただの成り行きだ。姉ちゃんに連絡した方がいいんじゃねぇか? 心配してるだろ」

 

「あ、はい」

 

 プリシラはもう一度頭を下げると、携帯端末を取り出して操作し始めた。その間、凜堂はもう一度、下の路地を覗き込みに行く。男達は勿論、人っ子一人いなかった。

 

(静かだねぇ……)

 

 ここまで何も無いと、逆に警戒してしまう。凜堂は無意識の内に軽く身構えていた。

 

「あの、高良さん?」

 

「ん? あぁ。姉ちゃんと連絡は取れたか?」

 

「はいっ、すぐに迎えに来てくれるそうです」

 

 安心した表情を浮べてプリシラは頷く。そうかい、と凜堂もプリシラを安心させるように柔和な笑みを作った。ここまでのことをされたのだから、警備隊に連絡するのが自然だが、そうせずにあえて姉に連絡したということはそれなりの理由があるのだろう。少し気になったが、凜堂は何も言わなかった。

 

「んで、あの馬鹿共は何だ? 姉ちゃん絡み?」

 

 こくりとプリシラは頷いて見せた。

 

「はい。あの人達は歓楽街(ロートリヒト)にあるカジノの方々だと、思います」

 

「歓楽街?」

 

 再開発エリアの一部にある、非合法な店が集まっている場所があるらしい。歓楽街というのはそこの通称だ。

 

「へぇ……そんな連中をあんな怒らせるなんて、お宅の姉ちゃん、一体何やらかしたのさ?」

 

「そ、それは……少し前に姉がカジノで大暴れしたらしくて。それも、経営が困難に成る程被害が壊滅的だったみたいで」

 

 ほとんど消え入りそうな声でプリシラは原因を話した。そりゃ恨まれるわな、と凜堂も呆れ顔だ。大方、イレーネに報復しても返り討ちに会うだけなので、狙いをプリシラに変えたのだろう。

 

「で、でも誤解しないで下さい! 姉はちょっとがさつで乱暴で、短気な上に言葉よりも先に手が出ちゃいますけど、本当はすっごく優しい人なんです!」

 

 両腕をぶんぶん振ってプリシラは熱弁する。その必死な姿は彼女の言葉が真実である事を信じさせるには十分なものだった。しかし、悲しいかな。

 

「すまん……全く説得力が無い」

 

「ですよね……」

 

 そのことは重々承知しているようで、プリシラはず~ん、と重苦しい空気を纏いながら項垂れる。その姿に凜堂は一抹の罪悪感を覚えた。

 

「あぁ~、そういや自己紹介がまだだったな。もう知ってるかもしれないけど、俺は高良凜堂。よろしくな」

 

「あ、はい。私はプリシラ・ウルサイスです。先日は姉が失礼しました」

 

 空気を変えるため、凜堂は自己紹介しながら手を差し出す。プリシラも凜堂の手を取り、丁寧に自分の名を伝えた。もっとも、互いに『鳳凰星武祭』の有力ペアの選手なので、知らない訳が無かった。

 

「本当はあれくらい、自分でどうにか出来るようにならなきゃ駄目なんでしょうけど……私は姉のように強くないので」

 

 だろうな、と凜堂は心の中で呟く。プリシラは星脈世代(ジェネステラ)であることは確かだが、戦闘訓練をしているようには見えなかった。そもそも、イレーネのように躊躇無く他者を傷つけるような人間にも見えない。

 

「だったら、何で『鳳凰星武祭』に出たんだよ? いくら覇潰の血鎌の欠点を補うためでも、もっと他に方法あったんじゃないか?」

 

「それは……」

 

 一瞬、二の足を踏むもプリシラは意を決して話そうとする。その時、

 

「……そこで何してやがる」

 

「……こいつぁまたおっかねぇ」

 

 背後から叩きつけられる猛烈な殺気に苦笑しながら凜堂は振り返った。そこには覇潰の血鎌を手にしたイレーネが宙に浮かぶようにして立っていた。




六月中に三巻の内容終わらせたかったけど……難しいかなぁ。


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似たもの同士?

今回はサブタイトルをすんなり決められた……毎回、こうだと良いんだけどなぁ。


「お姉ちゃん!」

 

「……プリシラに手を出したんじゃねぇだろうな?」

 

「……出してない、って言ったって信用してくれないでしょ、あんた」

 

 飄々とした調子を崩さず、凜堂は敵意の籠ったイレーネの視線を受け流す。今のイレーネが凜堂の言葉を信じるとは思えない。それ程、イレーネの姿は鬼気迫っていた。

 

「ち、違うってば! 高良さんは私を助けてくれたの!」

 

「少し黙ってろ、プリシラ」

 

 イレーネは凜堂をねめつけたままプリシラの言葉を遮る。妹の言葉すら届かないとなると、説得は無理そうだ。

 

「そもそも、何でこいつがお前を助けるんだよ? そっからしておかしいだろ。こいつにゃお前を助ける理由も義理もねぇ。寧ろ、放っておいた方が好都合なはずだ。敵なんだからな」

 

「自分と妹以外は全部敵、ってか? 随分と疲れる生き方してるな」

 

「黙れ」

 

 イレーネが無造作に覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)を振るう。紫色のウルム=マナダイトが輝き始めた。紫の光は屋上にある給水タンクを包み込むと、一際強く光った。そう見えた瞬間、耳障りな音を立てて給水タンクが押し潰され、見るも無残なスクラップへと成り果てる。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 プリシラが呼ばわるも、イレーネは聴く耳を持たない。屋上へ降り立ち、脅すように覇潰の血鎌を凜堂へと突きつけた。一筋の光も届かない、暗黒のような瞳が凜堂を見据える。

 

「あぁなりたくなかったら正直に答えな。何が目的でプリシラに近づいた?」

 

 目的など無い。が、そう言ってもイレーネは信じないだろう。目的ねぇ、と凜堂は顎を擦りながら考え込む。どうせ、凜堂が何を言ったところでイレーネは矛を収めないはずだ。この場から一目散で逃げ出す、という手もあるが、凜堂は既に覇潰の血鎌の能力射程圏内に捉えられている。逃げ切るのは至難の業だ。

 

 少しの間、考えていた凜堂は仰々しい動作でプリシラを指差す。

 

「いやなぁに、お宅の妹さんがあんまり魅力的なもんだから食事でもどうですかと誘おうと思ってね。うるせぇ連中がいるせいでおちおちお話も出来ないから、静かに話せそうなここまで来た次第よ」

 

「えぇっ!?」

 

「……はぁ?」

 

 凜堂の口から出た突拍子も無い言葉にプリシラは顔を真っ赤にさせ、イレーネはポカンと口を開いた。

 

「……手前、舐めてんのか?」

 

 すぐにイレーネは表情を険しいものに戻し、凜堂を激しく睨む。対して凜堂は不真面目な言葉とは裏腹に真剣な顔をしていた。

 

「いんや、どちらかというと馬鹿にしてる……妹の言葉を聞くことも、信じることもしないお前の単細胞振りをな」

 

「な……」

 

 んだと、と続けようとしてイレーネはハッとする。凜堂の言うとおりだ。イレーネはプリシラを心配する余り、頭から凜堂を敵だと決めつけ覇潰の血鎌を振るおうとした。プリシラが必死で止めようとしているのに、だ。小さく息を吐きながら凜堂はプリシラを指し示す。

 

「俺は信じなくてもいいさ……でも、彼女のことくらい信じてやれよ。お前の妹なんだろ?」

 

 イレーネの目に光が戻った。恐る恐るプリシラの方を見ると、怒ったような悲しそうな、複雑な顔を作っていた。

 

「分かった、信じる! 信じるよ、プリシラ! だから、そんな顔しないでくれ……」

 

「もう、高良さんに酷い事しない?」

 

「しないしない」

 

 嘘じゃない事を示すようにイレーネは覇潰の血鎌を待機状態へと戻した。プリシラはにっこり笑い、満足そうに頷く。プリシラの機嫌が良くなったことでほっとしたのか、イレーネは胸を撫で下ろしたが、すぐに凜堂へと視線を向けた。

 

「プリシラもあぁ言ってた事だし、とりあえず信じてやるよ。ただ、お前には聞きたいことが二つほどある」

 

「お姉ちゃん!」

 

「聞くだけだ、聞くだけ! 手は出さねぇって! それならいいだろ?」

 

 プリシラは半信半疑の目で姉を見る。妹にそんな目を向けられ、イレーネは若干涙目になっていた。いくら自業自得とはいえ、少しイレーネが可哀想になった凜堂は肩を竦める。

 

「別に構いやしねぇよ。で、聞きたいことってなぁ何だ?」

 

「まず一つ目。あいつらはお前がやったのか?」

 

「はぁ、何のこっちゃ? 連中はおちょくりこそしたけど、それ以外は何もしてねぇぞ」

 

 暫しの間、イレーネは凜堂を観察するように見詰めていたが、彼の言葉に嘘は無いと分かったらしく先を続けた。

 

「なら二つ目。プリシラから聞いた話じゃお前、偶然この近くを通りかかったんだよな? 星導館の序列一位が何だってこんなとこに来たんだよ?」

 

「あぁ、それは……やべ」

 

 ここに来た本来の目的を思い出し、凜堂は慌てて携帯端末を取り出す。紗夜へと連絡を入れると、数回コールが鳴ってから空間ウィンドウが開き、紗夜の顔が映し出された。

 

「サーヤ、今どこら辺にいる? 下手に動いたりしてないだろうな?」

 

『大丈夫。問題は今さっき解決した』

 

 紗夜の言葉を肯定するように綺凛が空間ウィンドウ内にフレームインする。凜堂と目が合うと、ほっとしたように笑った。

 

『凜堂先輩。今ちょうど、紗夜さんと合流しました』

 

「そっか。お疲れさん、リン。そのままサーヤから目を離さないでおいてくれ」

 

 これ以上、迷われたら困るからな、という凜堂の言葉に綺凛は苦笑を浮かべながら頷く。一方、紗夜は不服そうに頬を膨らませていた。だが、迷子になっていたのは事実なので何も言い返すことは出来なかった。

 

『凜堂は今どこにいる? もしかして、迷子になった?』

 

「お前と一緒にするない。流石にこの短時間で迷うほど方向音痴じゃねぇよ。ちょっと色々あってな……じゃあ、リン。さっき、別れたところで合流しよう。あぁ、それじゃ」

 

 連絡を終え、凜堂は携帯端末をしまいながら振り返る。プリシラは得意げに胸を反らし、逆にイレーネは罰が悪そうに頭を掻いていた。

 

「そういうわけだ。お分かり?」

 

「だってさ、お姉ちゃん」

 

「ちっ、借りが出来たな」

 

 気にすんなよ、と凜堂は本心から言った。実際、恩を売るためにプリシラを助けた訳ではない。それは分かっているのだろうが、それでもイレーネは首を横に振る。

 

「そうはいかねぇよ。さっさと清算しとかねぇと、やり辛くってしょうがねぇ」

 

「どういうこと、お姉ちゃん?」

 

 イレーネは答えず、携帯端末を取り出して空間ウィンドウを開いた。そこにはトーナメント表が映し出されている。『鳳凰星武祭(フェニックス)』本戦の組み合わせだ。

 

「もう、本戦の組み合わせが発表されたのか……って、そういうことか」

 

 自分の名前を探していた凜堂は対戦相手の名を見て、得心した様子で頷く。

 

『鳳凰星武祭』四回戦。凜堂とユリスの対戦相手欄にウルサイス姉妹の名があった。

 

 

 

 

 

 

 

「たたた、大変です、会長!」

 

「……どうした、ころな?」

 

 顔を真っ青にさせた樫丸ころなが生徒会長室に飛び込んできても、ディルクは一瞥すらくれずに手元の電子書類に目を通していた。レヴォルフの生徒会長室に窓や装飾品といった類の物はない。必要最低限に用意された調度品はどれも重厚で、客人を迎えるというより、客人にプレッシャーを与えるような代物ばかりだった。

 

「ううう、ウルサイスさんが会長に話があるとか」

 

 ころなの話の途中で生徒会長室の扉が派手にぶち破られた。

 

「ひゃあ!?」

 

「邪魔するぜ」

 

 ころなが振り返ると、そこには覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)を片手に物騒な笑みを浮かべたイレーネが立っていた。その後ろには生徒会長室を守る為にいたであろう数人の警備員が仲良く床に転がっている。イレーネにぶちのめされたのだろう。

 

「あわわわ……」

 

 半泣きになりながらころなは四つんばいでディルクの元まで移動し、その小さな体躯の陰に隠れた。

 

「イレーネ。俺と会いたきゃアポを取れ。こっちも忙しいんだ」

 

 流石に書類を処理する手を止めたものの、ディルクはまるで動じた様子も無くイレーネを見ている。

 

「そうかよ。なら、さっさと済ませるとするか」

 

 言うや、イレーネは覇潰の血鎌を振り下ろして執務机を真っ二つにした。ころなは再び悲鳴を上げて飛び上がるが、ディルクは眉一つ動かさない。イレーネから刺すような殺意と怒りを叩き付けられているにも関わらずだ。

 

「何の真似だ?」

 

「あんたが言えた台詞か? あんたは約束だけは守る男だと思ってたんだがな」

 

「その通り。俺は約束だけは守る。そうじゃなきゃ、俺は当の昔に墓の下だ」

 

「ほざくな!」

 

 イレーネは怒気を隠そうともせずに覇潰の血鎌を振り上げてディルクに切り掛かろうとするが、次の瞬間には後ろへと跳んでディルクから距離を取っていた。猫のように身を低くさせ、警戒した眼差しで部屋中に視線を飛ばしている。

 

「ちっ、ここにも『猫』が潜んでやがるか!」

 

「俺は星脈世代(お前等)と違ってか弱い一般人だぞ? 用心くらいしてて当たり前だろ」

 

 レヴォルフの言うところの『猫』というのは、生徒会直轄で隠密活動を行なう組織、『黒猫機関(グルマルキン)』に属する生徒の呼び名だ。と言っても、ころなはその黒猫機関の人間を今まで一度も見たことが無い。学内で活動する『銀目』と、学外で暗躍する『金目』の二つに分かれていると聞いたぐらいだ。

 

(でも、どこに……?)

 

 尻餅をついた体勢でころなは部屋内を見回すが、ころな以外の人はディルクとイレーネの二人しかいない。そもそも、この部屋には人が隠れられそうな所は無い。それでも、イレーネはその『猫』の気配をしっかりと感じているらしく、警戒を解かなかった。

 

「で、何を以ってそんな言いがかりをつけに来たのか聞かせてもらおうか」

 

「……今日、プリシラが襲われた。あんたが知らないわけねぇよな?」

 

「何だ、その事か」

 

 大して重要な事じゃなかったので覚えてなかった、と言っているような口振りだった。

 

「まさか、俺が差し向けたとでも思ってんじゃねぇだろうな? そもそも、襲ってきたのは歓楽街(ロートリヒト)の連中だろ? 元はお前が蒔いた種だろうが」

 

「んなこたぁ百も承知してるさ……だが、あんたとの契約条件の中にはプリシラの保護も含まれてたはずだ。忘れたとは言わせねぇぞ」

 

「言われなくとも、覚えてるさ。お前等姉妹には手を出すなと通達してあるし、馬鹿共にもお灸を据えて置くように言っておいた」

 

 ただ、レヴォルフにはディルクのことを良く思ってない者達もいる。今回の件も、そういった類の者達が起こした事だ。

 

「そんな連中をどうして野放しにしておく? さっさと片付けちまえよ」

 

 幾分か落ち着きを取り戻したようで、イレーネは荒々しくソファへと腰を下ろす。その目は変わらずにディルクを睨んでいる。

 

「あぁいった連中にもそれなりに使い道はあるんでな」

 

「使い道、ね。まぁいいさ。だがな、ディルク。あたしが傍にいない時、プリシラには『猫』が付いているはずだよな? そいつらは一体何をしてたんだ!?」

 

「『猫』はつけてるさ。今回は出遅れたみたいだがな」

 

「出遅れた、だぁ?」

 

 再びイレーネの目に危険な光が灯るが、ディルクは相変わらずの不機嫌そうな態度で言葉を続けた。

 

「どうせ再生能力者(リジェネレイティブ)だ。ちょっとやそっとの傷くらい、問題ないだろ」

 

「……」

 

 イレーネは無言のまま、幽鬼のように立ち上がった。その手の中で覇潰の血鎌がカタカタと音を立てる。それはまるで笑っているかのようだった。

 

「死ネ」

 

 さっきまで込められていた怒りも殺意も無くなった、無機質無感情な声。しかし、放たれた一撃は疾風のように速く、そして鋭かった。

 

 覇潰の血鎌の切っ先がディルクの喉元に迫る。だが、刃が突き刺さる直前、見えない壁のようなものにぶつかって軌道を逸らされた。狙いを外した刃先はディルクの頬を掠める。小さな赤い筋がディルクの頬に走った。

 

 イレーネはゆらりと後ろに下がり、どこか虚ろな目でディルクを見ながら覇潰の血鎌を構え直す。イレーネの姿を見て、ころなは『死神』という言葉を連想していた。

 

「はん。ここまで侵蝕が進んだか……おい、イレーネ」

 

 不愉快そうに、つまり何時も通りの表情でディルクは無愛想にイレーネの名を呼んだ。ゆらゆらと動いてたイレーネの動きが止まる。

 

「俺がいなくなって困るのは誰だ?」

 

「……っ」

 

 イレーネの目に光が戻った。それに伴い、カタカタと音を立てていた覇潰の血鎌も文字通り鳴りを潜める。

 

「大体、今回の一件だって現場にゃ間に合ってたんだよ。星導館のガキが余計な事しくさりやがったから、『猫』が出て行けなかっただけだ。連中が姿を見られちゃいけねぇことくらい、お前も知ってるだろ?」

 

「……でも、あいつには借りが出来た」

 

「さっきも言っただろ。俺は忙しい。さっさと用件を言え」

 

 ディルクは面倒くさそうに鼻を鳴らし、椅子の背凭れに寄りかかった。

 

「このままじゃやり辛くてな。こっちで筋を通すから、あんたは黙っててくれ」

 

「……好きにしろ」

 

 しっしっ、とディルクは野良猫でも追い払うような仕草でイレーネに出て行けと促す。邪魔したな、とだけ言い残してイレーネは生徒会長室から出て行った。

 

「こ、怖かった……」

 

 イレーネがいなくなったことで部屋の中の空気が弛緩し、ころなはホッとした様子で息を吐き出す。しかし、そうしていられたのも一瞬だけだった。

 

「おい、ころな。今、何時だ?」

 

「え? あ、はい! えっと、午後六時を回ったところです!」

 

 ディルクの気遣い皆無の声にころなは慌てて立ち上がり、すぐに時計を確認した。

 

「頃合いか。よし、占え」

 

「えっ、今ですか?」

 

 ころなは驚いた様子でディルクを見返す。それよりも、イレーネがしっちゃかめっちゃかにしてくれた生徒会長室を掃除する方が先なのではないかと思うが、ディルクの言葉に逆らう度胸などころなには無かった。

 

「やれ」

 

「はい! 今すぐに!」

 

 ころなは制服のポケットから取り出したタロットカードをボロボロになった絨毯の上に並べ、おずおずとディルクを見上げる。

 

「……それで、何を占えばいいんでしょう?」

 

 対して、ディルクの返答は何時も通りだった。

 

「好きにやれ」

 

「はぁ……」

 

 困ったように頷きながらころなは手順通りにタロットを並べ替えていく。占いはころなの数多い趣味の一つだ。と言っても、しっかりと勉強しているわけではなく、独学のオリジナルだ。まぁ、占いとは名ばかりでほとんど当たらないが。不思議なことに、ディルクは当たらない事を承知でころなに占うよう命じる。

 

 その事に関してころなに文句は無いのだが、ディルクが何を占って欲しいのか言わないのが悩みの種だった。本来、占いは求められてやるものであって、自発的にやるようなものではない。

 

「あ、じゃあ、ウルサイスさん達が『鳳凰星武祭』でどこまで出来るか占ってみましょうか?」

 

 名案、ところなは手を鳴らす。普段は今日の夕飯は何だとか、自分でもしょうもないと思うことを占っているのだが、今回はちょうどいいネタがあった。

 

「それじゃ占いますね」

 

 ころなは目を閉じ、手探りでカードを並べ替え始める。すると、彼女の周囲に青白い魔法陣が現れ、膨大な量の万能素(マナ)が流れ込み始めた。だが、当の本人に気付く様子は無い。目を瞑ったまま、カードを選んでいく。

 

「これでよし」

 

 ころなが五枚のカードをめくり終えると、魔法陣が影も形も残さず消えていった。

 

「えっと、正位置の愚者に逆位置の太陽、それから……」

 

 瞼を上げ、選んだカードを読み終えると、ころなは顔を輝かせてディルクを見上げた。

 

「やりましたよ、会長! ウルサイスさん達はなんと優勝するって出ました」

 

「だろうな」

 

 当然のように呟くと、ディルクはころなにあがるよう命じる。ころなは手早くタロットカードを片付け、零機正しく一礼して生徒会室を出て行った。

 

「それにしても、会長って本当に占い好きなんだなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に一人残ったディルクは腕組みをしながら思考に没頭していた。ころなの占いであぁいう結果が出た以上、それは避けることの出来ないことだ。何かしらの手を打っておく必要がある。

 

「……準備だけはしておくか」

 

 ディルクは誰に聞かせるでもなく呟くと、壊れた執務机の中から黒い携帯端末を取り出した。それはディルク個人のものではなく、レヴォルフ黒学院生徒会長のみが使うことの出来る専用の端末だ。

 

「金目の七番に繋げ」

 

 端末を操作していたディルクは音声通信を繋げ、言葉短く言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いが凜堂。もう一回、最初から分かるように話してくれ」

 

「いや、だからさ、ちょっと成り行きで昨日ウルサイスの妹の方を助けてさ。その恩返しにって飯に誘われたんだが」

 

「それで、了承したと?」

 

「あぁ」

 

「お、お前という男は……」

 

 ユリスは力なくトレーニングルームの床に座り込み、頭を抱えてしまった。何も言えないのか、う~んと悩ましげな声を上げている。押し黙ってしまった相棒に罪悪感を覚えなくも無いが、凜堂は何の言い訳もしなかった。

 

 暫くの間、ユリスはしゃがみ込んだままだったが、ゆっくりと立ち上がると引き攣った笑みを浮かべた。

 

「いや、もう分かった。こいつと一緒にやっていく以上、こうしたことに慣れねばいかんな。あの時から分かりきっていただろう、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、無理矢理己を納得させる。

 

「一つ聞かせてくれ凜堂。お前、飯に誘われた時点で次の対戦相手がウルサイス姉妹だと知っていたのだろう?」

 

 ユリスの問いに凜堂は頷く。飯に誘われる前にイレーネが教えてくれた。

 

「その上で招待を受けたと。そういうことだな?」

 

「イエス、マム」

 

「……罠だったらどうしようとか考えないのか?」

 

「罠なら食い破るだけさ」

 

 あっけらかんと答えた凜堂にユリスは再び頭を抱える。有言実行できる実力があるだけに強く言い聞かせる事も出来なかった。

 

「それに、んな下らないことするような人間には見えなかったぞ?」

 

「甘い!」

 

 ビシィ! と音が出そうな勢いでユリスは凜堂の鼻先に指を突きつける。

 

「悪事を仕組む者が皆、悪人風でたまるか。まして、ここはアスタリスクだぞ。サイラスの一件を忘れたか?」

 

「いや、忘れた訳じゃねぇけどさ」

 

 凜堂は困り顔で頬を掻いた。確かにこの町には己のために他人を陥れる者、欺く者が何千といる。何時、どんな場所に姦計が仕込まれているか分かったものではない。

 

「凜堂。前々から言おうと思っていたがお前は少しばかり、いや、かなり人が好すぎる。それは美徳だが、悪事を働く者にしてみれば格好の的だぞ?」

 

 もう少し人を疑う事を知れ、とユリスは凜堂に軽くデコピンする。

 

「でもさ、それって俺じゃなくねぇか?」

 

 凜堂の返しにユリスは言葉を詰まらせる。確かに、そんなのは凜堂ではない。雲のように飄々としてて掴み所が無い。それでいて嵐のような激しさを持っている。罠があれば、その罠を仕掛けた愚か者ごと叩き潰す。高良凜堂とはそんな男だ。言動こそ軽薄だが、その内には誰にも負けないほどの熱い想いを持っている。だから、ユリスは一緒に戦おうと思ったのだ。

 

「ユーリってさ、俺だから一緒に戦うことを許してくれたんだろ? そんな他人にビクビクして、相手の裏にあるものを警戒するような人間と一緒に戦いたいのか?」

 

「そ、そういう訳では……」

 

 ユリスは言葉を詰まらせる。これ幸いにと凜堂は畳み掛けた。

 

「それとも何か? 俺にそういう人間になれってか?」

 

「ち、違うぞ! 断じて違う! お前はお前のままでいろ!」

 

 卑怯な言い方かもしれないが、効果は抜群だ。ユリスは複雑そうな表情を作るが、諦めたのか大きく息を吐き出す。

 

「はぁ。分かった、お前の好きにしろ……ただし、条件が一つだけある」

 

「と、仰いますと?」

 

「私もその席に同席させろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、夕暮れ時。凜堂とユリスはプリシラに教えられた住所に来ていた。居住区にある、小奇麗なマンションの一室だ。高級マンションというほどのものではないが、それなりに上等なものだろう。

 

「食事に招かれたのだよな、お前は? それで何故、マンションなんだ?」

 

「さぁ?」

 

 凜堂は首を傾げる。疑問に思っているのは凜堂も同様だった。まさか本当に罠か、と警戒心MAXのユリスを引き摺りながら指定された部屋へと向かう。

 

「ノックしてもしも~し?」

 

 扉をノックする。すると、拍子抜けするほどあっさり扉が開き、エプロン姿のプリシラが二人を笑顔で迎えた。

 

「いらっしゃいませ! あ、リースフェルトさん。先日は碌な挨拶も出来ずにすみませんでした」

 

「あぁ、いや、こちらこそ何というか……」

 

「遠慮せずにあがってください。すぐに料理を用意します」

 

 プリシラに促されるまま部屋に上がる二人。通されたリビングには綺麗なテーブルセットが一つと、私服姿のイレーネが椅子の一つに座っていた。

 

「……よぉ」

 

 申し訳程度の挨拶だけすると、イレーネはすぐにそっぽを向いてしまった。元々、プリシラが凜堂を招くと言った時、かなり難色を示していたのでこの態度にも頷ける。プリシラとは対極の態度だが、毒気を抜かれていたユリスには丁度良かったようだ。

 

 何時も通りの態度に戻り、イレーネの真向かいの椅子に腰を下ろした。

 

「招いておいてその態度か? 随分なご挨拶だな、『吸血暴姫(ラミレクシア)』?」

 

「……あんたを招いた覚えは無いんだがな、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』」

 

「お前も知っての通り、こいつは底抜けのお人好しでな。何かあったら私も困る。だから、付き添いだ」

 

「随分と心配性だな。お前はこいつのかーちゃんかよ?」

 

「だ、誰が母親か!?」

 

 母親ねぇ、と凜堂は今はもういない、自身の母に想いを馳せた。数秒後、ないないと手を振る。少なくとも、凜堂の母はこれ程慎重な性格をしていなかった。どちからというと、

 

「ウルサイス姉。それは違うぞ。ユーリはお袋なんかじゃない」

 

「凜堂、お前も言ってやれ」

 

「どっちかっていうと姉貴だ」

 

「お前はどっちの味方だ!?」

 

 二人のやり取りを、イレーネは面白そうに眺めていた。三人が席に座って待っていると、プリシラが料理を運んでくる。

 

「お待たせしました!」

 

 テーブルの上に置かれた料理はどれも美味そうな匂いを立ち上らせている。ここで、凜堂とユリスはマンションに呼ばれた訳を察した。

 

 早速、イレーネが料理へと手を伸ばそうとするが、プリシラの手によって止められる。

 

「えぇ~、ここでお預けかよ。いいじゃねぇか、少しくらい」

 

「駄目に決まってるでしょ! そもそも、今日は高良さんにお礼をってことなのにお姉ちゃんが先に食べたら意味……あぁっ!」

 

「いただきまーす」

 

 馬耳東風とはこのことを言うのだろうか。イレーネはプリシラの制止を綺麗に無視してひょいひょいと料理を口に放り込んでいった。

 

「なるほど。『吸血暴姫』は彼女なりに気を使っている様だぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「毒見のつもりなのだろうさ」

 

 毒見ねぇ、と凜堂は美味そうに料理を食べていくイレーネを見る。もりもり食べていくその姿は見てて清々しいほどだ。

 

(毒見ってのもあるんだろうけど、それ以上に妹の料理が食いたいだけなんじゃねぇか?)

 

 そう思わずにはいられない。

 

「ほら、あんた達も食えよ。プリシラの料理は最高だぜ?」

 

 イレーネの言葉に促され、二人はいただきますと手を合わせてから料理を食べていく。その言葉に嘘は無く、料理はどれも非常に美味かった。

 

「そういや聞きたかったんだが、ここってどういう場所なんだ?」

 

 食べ始めてから数分後、凜堂は気になったことを訊ねた。素っ気無く答えたのはイレーネだった。

 

「あたしが普段使ってる部屋だよ。それがどうした?」

 

「普段使ってる?」

 

 基本的にアスタリスクの六学園は例外なく全寮制だ。学生が市街地で暮らすことは原則として許可されていない。

 

「レヴォルフの『冒頭の十二人(ページ・ワン)』にはそういう特典があるんだよ。表立って言われてねぇがな」

 

「それで、私もよくお掃除とかお料理しに来たりするんですけど……お姉ちゃん、幾ら言っても自分の部屋に戻ってくれないんですよ」

 

 姉に振り回されることも多いようで、プリシラは苦笑を浮かべていた。だが、今回ばかりはイレーネがここで暮らしていて良かった。流石に他校の生徒をレヴォルフに招く訳にはいかない。

 

「流石はレヴォルフと言うべきか、恐ろしいほどの自由さだな」

 

「何だってこんなとこに部屋借りてんだよ?」

 

 凜堂の疑問にイレーネは罰が悪そうに顔を背けるが、それでもぼそりと答えた。

 

「ここからだと、歓楽街が近い。だから、色々と便利なんだよ」

 

「夜遊び用、ということか?」

 

 ユリスの皮肉にイレーネは盛大に顔を顰める。

 

「遊んでるわけじゃねぇよ。金が必要だから稼いでるってだけの話だ」

 

「金、だと?」

 

 その言葉にユリスは手を止め、イレーネを真っ直ぐに見詰めた。

 

「そういえば、凜堂から聞いたぞ。どこぞの裏カジノで一騒動起こしたそうじゃないか」

 

「……だから何だ?」

 

 金を稼ぐにしたって、もっとマシな方法があるはずだ。何故、わざわざそんな危険な真似をするのか。ユリスの指摘にイレーネは自嘲気味に笑った。

 

「だったら、その方法ってやつを教えて欲しいもんだ」

 

「教えるも何も、お前達が『鳳凰星武祭』に出ているのはそのためではないのか?」

 

「……そうか。そう言えば、あんたも金を稼ぐためにここに来てるんだよな、『華焔の魔女』」

 

「なっ!? どうしてそのことを?」

 

 反射的にユリスは凜堂を見る。いやいや、と片手を振って凜堂は教えてないことを示した。

 

レヴォルフ(おたく)の諜報機関は随分と優秀なんだな?」

 

 凜堂の言葉に答えず、イレーネは小さく喉を鳴らす。

 

「あんたとあたしじゃ立場が違うんだよ、『華焔の魔女』。たとえ、あたしが『鳳凰星武祭』で優勝しようが、望みを叶えられることはねぇ。そういう契約なんだよ」

 

「契約?」

 

 イレーネはちらっと隣に座るプリシラに視線を飛ばした。すると、プリシラはオーブンを見てくると言ってキッチンへと向かった。それを見届けてからイレーネは話を続ける。

 

「簡単に言うと、あたしはレヴォルフ黒学院生徒会長、ディルク・エーベルヴァインの手駒として扱われている。昔、ディルクの野朗に莫大な金を借りてあたしは望みを叶えてもらっている。そして、あいつの命令に従うことで、少しずつ清算している」

 

「『悪辣の王(タイラント)』か」

 

 ユリスは不愉快そうに眉を顰める。その悪名の高さは凜堂も聞き及んでいた。悪い噂は数多あるが、反対に良い噂は全くない。というか、皆無だ。

 

「その契約で私は『星武祭《フェスタ》』への参加を制限されてるし、仮に出場して優勝したとしても、賞金を返済に充てることは出来ない。そういうことになってるからな」

 

 出来るだけ長く、イレーネを手駒として手元に置いておきたいのだろう。いけ好かねぇ野朗だ、とイレーネは吐き捨てた。

 

「つっても、あたし自身、あの野朗の下で長々と働くのはご免だ。だから、少しでも早く金を返すためにひぃこら言ってるのさ」

 

「そんな凄ぇ額なのか、その借金ってのは?」

 

「普通に働いてるだけじゃ、何十年かかっても無理さ」

 

 そいつは相当だ。

 

「なるほど。今回、お前が『鳳凰星武祭』に出たのはエーベルヴァインの指示だな? 何か、優勝以外の目的があると」

 

 ユリスの言葉にイレーネは口元に物騒な笑みを貼り付けながら凜堂を指差す。

 

「その通り。今回、あたしがあいつから受けた命令はお前を潰す事だ、高良凜堂」

 

「何だとっ!?」

 

 咄嗟にユリスは立ち上がろうとするが、それは凜堂本人の手によって止められた。

 

「座っとけ、ユーリ。今のこいつに敵意はねぇよ」

 

 少なくとも、今はまだ。ユリスは凜堂をイレーネを交互に見比べ、渋々浮かせかけた腰を下ろした。

 

「あたしにはあたしの仁義があんだよ。お前にゃプリシラを助けてもらった恩がある。そいつを放っといたままじゃやり辛くてしゃあねぇ」

 

「……エーベルヴァインは何故凜堂を?」

 

 ユリスの問いにイレーネは肩を竦める。実際、彼女自身もそこまで詳しいことは聞いていない。

 

「ディルクが言うには、高良の使ってる純星煌式武装(オーガルクス)が厄介だから、今の内に潰しておきたいらしい」

 

「『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』か? それとも……」

 

 その右目のやつだよ、とイレーネは凜堂の右目辺りを指差した。

 

「最悪、お前の右目を抉れっていうのがディルクの指示だ。あいつがそんだけ警戒してるんなら、それ相応の理由があるはずだ」

 

 話を聞きながら凜堂は右目を撫でる。使用者に無限の力を与える代わりに渇望を増幅させ、精神を崩壊寸前に追い込む曰く付きの純星煌式武装。その上、『悪辣の王』に警戒されるなど、一体どれだけのやんちゃをしてきたのだろう。

 

「あいつが何を考えてるかは分からねぇが、あいつの口振りから一つ推察できることがある。どうやら、以前にもその純星煌式武装の使い手を見たことがあるらしい」

 

「……そいつはまた妙だな」

 

 クローディア曰く、近年、無限の瞳を使っていた者はいないはずだ。なのにどこでそれを見たのか。

 

「その辺りにお前が狙われている理由があると思うんだが、どんぴしゃだったみたいだな」

 

「多分、な」

 

 この右目に宿った魔眼がどれだけの力を有しているのか、気にならないと言えば嘘になる。きっと、容易く扱えるようなものではないはずだ。その力を使い続けた先に何が待っているのか。

 

(考えても無駄、か)

 

 この先に何があろうと、やる事に変わりは無い。ただ、道を貫くだけだ。

 

「よし、これで義理は果たしたぜ」

 

 イレーネがさっぱりとした顔を浮かべたのと同時に、プリシラが大きな鉄鍋を持って現れた。その後、食事は何事もなく、和やかに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろお暇させてもらうか」

 

「だな」

 

 食後に出されたコーヒーを飲み干し、凜堂とユリスは頷きあい、立ち上がった。

 

「え、もう帰られるんですか? もう少し、ゆっくりしていっても」

 

「やめとけ、プリシラ。下手に馴れ合っても、明日にはやり合うんだ。もう、十分に義理は果たしたはずだ」

 

 でも、と引き止めようとするプリシラをイレーネが制する。

 

「悪いが、あたしがディルクの命令で動いてる事に変わりは無い。これで気兼ねなくあんた等を叩きのめす事が出来る。それが嫌ならさっさとギブアップすることだな」

 

「……ま、適当に頑張るさね」

 

 ピラピラと手を振り、凜堂はユリスと一緒に部屋を出て行く。二人を見送ろうと、プリシラが後を追ってきた。イレーネも見送りまで止めさせる気は無いようだ。

 

「ごっそさん。美味かったぜ」

 

「とんでもないです。その、お姉ちゃんが色々とすみませんでした」

 

 恐縮しているプリシラにユリスは優しく首を振って見せた。

 

「いいや。あいつの言い分も尤もだし、それはこちらも同じことだ。悪く思うなとは言わんが、明日は我々も全力で相手をするぞ」

 

「それは、分かってます」

 

 分かってると口で言っても、納得はしてないようだ。プリシラは傷心した様子で項垂れている。

 

「戦うのは嫌いか?」

 

 凜堂の問いにプリシラは無言で頷いた。レヴォルフに所属している学生にしては珍しい部類に入るだろう。だが、プリシラに戦っている姿が似合わないのは事実だ。彼女は戦うより、エプロン姿で姉の世話を焼いている姿の方が相応しい。

 

「……姉は私のために闘っているんです。だから、私だけ逃げちゃいけないんです」

 

「生き血を吸われても、か」

 

 ユリスの言葉にプリシラは首を振った。

 

「あれくらい、何でもありません。私は今までずっと、お姉ちゃんに守ってもらってましたから、少しでも役に立てて嬉しいくらいです……ただ」

 

「「ただ?」」

 

 一瞬、言葉を詰まらせるが、プリシラはおずおずと言葉を続けた。

 

「覇潰の血鎌を使っている時の姉は、少し怖いです。最初は慣れない武器に苛立ってるのかと思ってたんですけど、あれを使っている姉は凄く凶暴っていうか、人が変わったみたいになって。最近、どんどんそれが酷くなって」

 

 ほとんど、独白に近い呟きを漏らしていたプリシラははっとして二人に頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい! 私ってば、変なことをお二人に……」

 

 慌ててプリシラは謝るが、二人は気にしていないと言った。話している内にマンションのエントランスまで下りてきた凜堂はそこで別れる事にした。

 

「んじゃ、また明日」

 

 頭を下げるプリシラに別れを告げ、二人は帰路に付いた。

 

「……ユーリ。さっきの話、どう思う?」

 

「さぁな。私は普段の『吸血暴姫』を知らん。だから、凶暴になっていると言われたって違いは分からんぞ。あいつは普段から凶暴そうな人間に見えるしな……まさかとは思うが、情でも湧いたか?」

 

 からかい半分、確認半分でユリスは問いかける。情じゃねぇさ、と凜堂は自身の手を見下ろした。

 

「どっちかって言うと、シンパシーかな」

 

「シンパシーだと?」

 

「あいつと俺は似てる。凄くな」

 

 凜堂の言葉に唖然とするが、すぐに首を振って否定するユリス。

 

「いや、お前と『吸血暴姫』は似ても似つかんだろう。お前はあんなに凶暴ではないだろ」

 

「あいつの行動は全て妹を守るってとこに帰結してる。俺もユーリを護る為に闘ってる。見てくれややってる事は違くても、根っこは同じさ」

 

 強いて違いを挙げるとすれば、凜堂には選択肢があったということ。イレーネには選択肢が無かったということだけだ。言われてみれば、確かに似ているのかもしれない。ユリスは得心した顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「凜堂、お前の言う通りなのかもしれんな……だが、我々に出来ることは何も無いぞ」

 

 ですよね~、と凜堂は星空を見上げる。幾千万の星が輝く、無限に広がる夜の帳。自分が酷く無力で、ちっぽけな存在に思えた。

 

「我々には我々の戦いがある。今はただ、進むだけだ」




 アスタリスクの新刊が出るまで一週間を切りましたな……終わらせられるか? とりあえず頑張ろう。

 さってさて、原作では黒炉の魔剣が原因で主人公が狙われましたが、この作品では無限の瞳が原因です。どんな力かと言いますと……ぶっちゃけチートです、どチートですはい。後、二、三話で詳細を明かせると思いますので、まぁテキトーに待っててください。


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覚悟完了

当方に迎撃の用意ありとは続きません。


「おっす、ロディア。今、時間あるか?」

 

『あら、凜堂。貴方から連絡してくるなんて珍しいですね。どうしました?』

 

 その日の夜、凜堂は自室からクローディアに連絡を入れた。コール音が数回鳴ると、空間ウィンドウが開く。ちなみに英士郎は夏季休暇ということもあり、何日も戻ってきていない。なので、気を使う必要は無かった。

 

「悪いな。ちっと、相談したいことがあって」

 

『私を頼っていただけるとは嬉しいですね。一体、どのようなご用件でしょう?』

 

純星煌式武装(オーガルクス)について聞きたいことがある」

 

 凜堂の言葉にクローディアの表情が僅かばかり引き締まる。

 

『……純星煌式武装、ですか。そうなると、直接会って話したほうがいいでしょう。では早速、と言いたいところですが、生憎と予定が詰まっていまして。少し遅い時間になってしまいますが、それでも構いませんか』

 

「幾らでも待つさ」

 

 頼み事をしているのは凜堂なので、クローディアの都合に合わせるのは当然の事だ。

 

『では、今夜の十二時に私の部屋に来ていただけますか』

 

「お、おう。分かった」

 

 また、女子寮に忍び込むのか、と凜堂は小さく嘆息する。これで通算何度目だろうか。

 

「ところで話は変わるが大丈夫なのかよ、ロディア?」

 

『と、仰いますと?』

 

「疲れてるように見えるが」

 

 空間ウィンドウに映っているクローディアは普段通りの穏かな笑みを浮かべているが、どこか活力が無いように見える。声もどこか弱々しく感じられた。

 

 凜堂の気遣いが予想外だったのか、クローディアは寸の間、目を見開いた。

 

『あらあら……よく分かりましたね』

 

「勘だがな」

 

『鋭いのか鈍いのか、どっちなのでしょうね凜堂は』

 

 どちらなのか定かではないが、些細な違いを見抜くほど凜堂はクローディアを見ているということだ。その事がクローディアには嬉しかった。

 

『少し仕事が立て込んでいるだけですよ。この時期は本当に多くて……ご心配、ありがとうございます』

 

 では、後ほどと頭を下げるクローディアに手を振り、凜堂は空間ウィンドウを消した。携帯端末を傍らに置きながら壁にある時計を確認する。針は午後九時を指し示していた。

 

「深夜まで仕事か。よぅやるわ」

 

 俺なら確実に放棄してるな、と独り言を口にしながら凜堂は大きく伸びをする。明日には試合があるので少しでも早く体を休めた方がいいのだろうが、試合の前にどうしてもクローディアに聞きたいことがあった。

 

「さてさて、どんな答えが返ってくるやら」

 

 窓を開き、夜空を仰ぎ見る。無数の星々を抱いた空の中央には赤く光る大きな月が座していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の女子寮。字面だけ見れば、何ともいえない背徳的な魅力に満ちている。が、実物は凄まじいほどの圧力を放っていた。要塞と表現して何ら差し支えない女子寮を見上げながら凜堂は思う。

 

「頼むから見つかりませんように……」

 

 こうやって、神様に祈るのも何度目か。女子寮の壁をするすると登っていき、一分と経たずに凜堂はクローディアの部屋の窓に辿り着く。悲しいことに、壁を這い上がっていくその姿はどこかこなれていた。

 

「何度やっても慣れねぇな、これ……いや、慣れたら慣れたで人として終わりだな」

 

 額を伝う嫌な汗を拭い、凜堂は窓をノックする。返事は無い。もう一度やってみるが結果は同じだった。このままヤモリのように壁に張り付いているわけにもいかないので、凜堂はクローディアの部屋に入った。幸いな事に鍵はかけられていない。

 

「邪魔するぜ、ロディア……おろ?」

 

 真っ暗な部屋の中で光源が浮かんでいる。目を凝らすと、数枚の空間ウィンドウが展開されたままの状態になっているのが分かった。更に、クローディアが壁際の机に突っ伏すように寝ていることも。

 

「……ロディアさん?」

 

 空間ウィンドウから放たれる光に照らされ、幻想的な美しさを醸し出しているクローディアに一瞬見惚れるも、凜堂は何か様子がおかしい事に気付く。クローディアの寝顔が苦悶を浮べており、形の良い唇からは苦しそうな喘ぎが漏れていた。

 

「ロディア?」

 

 再び声をかけるも、起きる様子は無い。どちらにしてもこのまま放置しておくわけにはいかない。意を決し、凜堂が手を伸ばそうとしたその時、

 

「うぉっ!?」

 

 二条の剣閃が闇を引き裂きながら凜堂を襲う。反射的に後ろへと下がりながら凜堂は驚愕の表情を作り、純星煌式武装を展開させたクローディアを見た。

 

「……」

 

 無言のまま立ち上がるクローディア。脱力したように垂れた両手には双剣、『パン=ドラ』が握られている。目を伏せているため表情は分からず、その心意を図ることが出来なかった。

 

「洒落になってねぇっての……!」

 

 凜堂が苦々しく呟くのと同時にクローディアが動く。風に揺れる柳の葉のようにゆらゆらと動いていたかと思えば、凜堂を間合いの中へと捉えていた。またも二つの斬撃が凜堂へと迫る。凜堂はクローディアの頭上を跳び越えるようにジャンプして双剣を回避しようとした。が、

 

「うそんっ!?」

 

 凜堂の動きが分かっていたかのように双剣の軌道が変化する。咄嗟に体を捻って一撃をかわすが、もう一撃は避け切れない。パン=ドラの切っ先が凜堂の頬を浅く切った。体勢を崩しながらも凜堂は床を蹴り、天井へと跳ぶ。両足の裏に星辰力(プラーナ)を集中させ、天井にしがみ付いた。

 

「……」

 

 パン=ドラを両脇に垂らし、クローディアは天井の凜堂を見上げる。その瞳は虚ろで、焦点が合ってないように見えた。

 

(意識がはっきりしてない? いや、それ以前に俺の動きを予期していた?)

 

 頬に流れる赤い筋を拭い、凜堂は警戒しながらクローディアを、その両手に握られたパン=ドラを睨む。ユリスの言っていた、未来視の能力を持つ純星煌式武装。実際に体験してみて分かったが、これ程厄介な能力は無いだろう。

 

(ロディアの意識が無い状態でこれか。これが本気の状態だったら……)

 

 さっきの攻防で凜堂の首が飛んでいただろう。脳内に湧き上がったイメージに背筋が震える。微かに湧いた死の想像を振り払い、凜堂は考え込んだ。このままでは落ち着いて話すことも出来ない。とにかく、クローディアを目を覚まさせるのが先決だ。どうしたものか、と凜堂は一瞬、思考に耽る。その間もクローディアは凜堂から視線を外さず、いつでも動けるようにしていた。

 

(これしかないか? いや、でも近所迷惑……武器の無い状態じゃこれが精一杯か)

 

 心の中で寝ている女子たちに詫び、凜堂は天井から離れる。それと同時にクローディアがゆらりと肉薄してきた。

 

無手(むて)揺獅(ゆらし)”!)

 

 着地と同時に凜堂は床へと足裏を叩き付けた。ぐらり、と女子寮全体が揺れる。

 

寝ている女子のことを考えて威力は最小限に止めたが、それでもかなり揺れた。普通の相手なら突然の揺れで体勢を崩すだろう。だが、相手は未来視の純星煌式武装。これすらも見通していたようで、クローディアは揺れが発生する直前に宙に跳んでいた。

 

(よし!)

 

 技をかわされたにも関わらず、凜堂は焦るでもなく次の行動へと移る。この時点でパン=ドラも凜堂の目的に気付いたようだ。慌ててクローディアの体を動かそうとするが、彼女がいるのは空中。翼でも生えて無い限り、動くことは無理だろう。

 

 これが凜堂の狙いだった。いくら未来が分かっても、思い通りに動くことが出来ないのなら対応するのは難しい。そんな状況に誘い込むため、凜堂は揺獅(ゆらし)でクローディアを宙へと飛ばさせたのだ。

 

 苦し紛れの剣撃を星辰力を纏わせた両手で弾き、凜堂はクローディアの体を抱きとめた。

「っ!」

 

 凜堂の腕の中でクローディアの体がびくんと震える。

 

「凜、堂……?」

 

 クローディアの目に光が戻っていく。自身の手に握られた双剣と、凜堂の頬に走る一筋の切傷。自分が何をしたのか一瞬で把握したらしく、クローディアは愕然と目を見開いた。両手から待機状態へと戻ったパン=ドラが滑り落ちる。

 

「ご、ごめんなさい、凜堂! 私は……!」

 

「大丈夫、大丈夫。何にも無いから」

 

 激しく動揺し、感情を露にするクローディアを安心させるように凜堂は彼女の背中を擦った。僅かな沈黙の後、凜堂はゆっくりとクローディアを放した。意識は完全に目覚めたようだ。申し訳なさそうな、怯えたような目で凜堂をちらちらと見ている。

 

「ユーリから聞いちゃいたが、本当に強いんだな。意識の無い状態であそこまでやれるとは恐れ入ったぜ」

 

 努めて明るい口調を保ちながら凜堂はパン=ドラを拾い上げ、クローディアに差し出した。言外に気にしていないと伝えられ、クローディアは戸惑った様子で凜堂を見る。

 

「お、怒ってないんですか?」

 

「いや、怒るってぇより、驚いてる。それに冷静に考えてみると俺、これくらいの事されても仕方ないことしてるしなぁ……」

 

 例えば、無断で女子寮に複数回侵入したこととか。襲われたにも拘らず、何事も無かったように振舞う凜堂にクローディアは唖然としていたが、やがて小さく噴出した。

 

「そう、ですね。私だからこの程度で済んでいますが、もしこれがユリスだったら」

 

「言わないでくれ。考えただけで髪の毛がアフロになりそうだ」

 

 大袈裟に震えてみせる凜堂にクローディアはクスクスと笑うが、すぐに表情を真剣なものにして深々と頭を下げた。

 

「本当に、申し訳ありませんでした。言い訳のしようもありません」

 

「……なら、言い訳しなくていいからお前に何があったのか教えてくれよ」

 

 クローディアの剣は鋭く疾かった。それこそ、綺凛と比べてみても何ら遜色ないだろう。冗談こそ言ってみたが、凜堂にはクローディアに剣を向けられる心当たりが全く無かった。

 

「……分かりました。良い機会ですし、お詫びも兼ねてお話しましょう。凜堂の用件とも無関係ではないでしょうし」

 

「どういうこっちゃ?」

 

 凜堂の問いに答えず、クローディアはさっきまで自分が据わっていた席に腰を下ろす。凜堂もソファを勧められ、首を傾げながらソファに身を沈ませる。

 

「お話の前に凜堂、一つ私のお願いを聞いてくださいますか?」

 

「お願い……ってぇと?」

 

「かなり先の話になりますが、来年の『獅鷲星武祭(グリプス)』に私のチームの一員として参加して欲しいのです」

 

「『獅鷲星武祭』、にか?」

 

 予想外の話に凜堂は目を白黒させる。『獅鷲星武祭』。シーズン二年目の秋に行なわれるチーム戦の『星武祭(フェスタ)』だと聞いているが、それ以外の知識は凜堂に無かった。とは言っても、既に凜堂の成す事は決まっているのですぐに返答する。

 

「別に構わねぇよ。ユーリが一緒ならな」

 

 凜堂はユリスを手伝うと決めている。そして、ユリスはグランドスラムを目指すと言っていた。個人戦の『王竜星武祭(リンドブルス)』では無理だろうが、ユリスが拒否しない限り『獅鷲星武祭』でも一緒に戦うつもりだ。

 

「予想通りの答えですが……そこまではっきり言われると妬けますね。その点は問題ありません。ユリスもチームに勧誘する予定ですから。彼女も断りはしないはずです」

 

 グランドスラムを目指す以上、ユリスはより強い仲間がいるチームを望むだろう。ユリス自身、クローディアの強さを知っているようなので、クローディアの誘いを拒否することはないだろう。

 

「んで、これ(俺が襲われたこと)それ(獅鷲星武祭のこと)、どう関係してるんだ?」

 

「同じチームで戦う仲間にならば、秘密を明かしても問題は無いということです」

 

 クローディアは徐にパン=ドラを再起動させる。反射的に凜堂はソファから体を浮かせ、いつでも動けるようにしていた。

 

「ふふ、ご心配なく。もう、さっきのようなことはしませんから……お聞きしたいのですが凜堂。死んだ事はありますか?」

 

 突拍子も無いクローディアの質問に凜堂ははぁ? と間の抜けた顔を作る。

 

「……いや、流石に死んだ事は無いな」

 

 仮に死んだことがあるとしたら、この場にいる凜堂は誰だという話になってくる。

 

「私は既に千二百回以上死んでいます」

 

「……ってことは何か? 今、ここにいるお前は亡霊か何かか? それともゾンビ?」

 

 凜堂の反応を楽しそうに見ながらクローディアはパン=ドラを持ち上げた。

 

「この子が使い手に求める代償はかなり変わっていまして、この子は使い手に『己の死を味あわせる』んです。私は眠るその都度、『いつか来る自分が死ぬ瞬間』を体験しているのですよ」

 

「……」

 

 想像の遥か斜め上を行く話に凜堂は絶句する。

 

「この子は中々いやらしくて、一度として同じ死を見せてくれないんです。一体、どれだけの死に方を人は出来るのだろう、と感心すらしてしまいます。病死に事故死、餓死に凍死、自殺に他殺、圧死に焼死、窒息死」

 

「ロディア」

 

 気付けば凜堂は立ち上がり、淡々と自身の死因を口にしていくクローディアの肩を握り締めていた。どこか虚ろな表情をしていたクローディアは凜堂に揺さ振られ、意識を覚醒させられる。

 

「私としたことがまた……流石に根を詰め過ぎたようですね。とにかく、この子は『いつか私が迎え入れる可能性がある死』を見せてきます」

 

 クローディアは穏かな口調で話した。その話の内容とクローディアの声音が余りにも乖離していて、凜堂は背筋に薄ら寒いものを覚える。

 

「先ほどもちょうど殺される寸前でしたので、つい夢現に襲い掛かってしまったようです。目が覚めると、夢で見たことは泡のように消えています。残っているのは断片的な記憶と死の感覚、倦怠感といったところですね。未来視という尋常ならざる力を持っていながら、この子を使いこなせる者が出てこなかった理由がそれです。私以前にこの子を使おうとした方々は三日ともたなかったそうです」

 

「……よく、耐えられるな、お前」

 

 余りに凄惨な話の内容に言葉を失い、凜堂は辛うじて一言を搾り出した。

 

「たまに今日のようなことも起こりますが、意外に慣れてしまうものですよ」

 

「いや、そういう問題じゃねぇだろ」

 

 己の死の瞬間。そんなもの、慣れることの出来るものではないはずだ。いや、慣れてはいけないものだ。さっき見たクローディアの苦悶の表情を思い返し、凜堂は強く思った。

 

「嬉しいですね。私を心配してくださるのですか?」

 

「そりゃそうだろ」

 

 からかいを含んだ口調のクローディアにいたって真面目に返す。凜堂の生真面目な顔にクローディアは少し驚くが、薄く微笑んだ。

 

「……以前にも言いましたが、私には叶えなければならない望みがあります。そのためにはこの子が必要なんです」

 

「そこまでしなきゃいけない望みって何だ?」

 

「それは……内緒です」

 

 クローディアは人差し指を唇に当て、可愛らしく片目を瞑って見せる。

 

 叶えたい望みのために戦い、戦いに勝つために力を求める。ここはそういう都市(まち)だ。

 

「話を戻しましょう。このように純星煌式武装はその能力が強力であればあるほど、使い手に求められる代償も厳しくなっていきます。例えば凜堂の黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は並みの星脈世代(ジェネステラ)なら起動させることすら困難な星辰力を要求してきます。それ以前に適合率が高く出ること自体が稀です。手にするためのハードルの高さが代償といってもいいでしょう」

 

「……こいつはどうなんだろうな?」

 

 凜堂はそっと右目を撫でる。右目の中に眠る漆黒の純星煌式武装。クローディアも困ったように首を傾げた。

 

無限の瞳(ウロボロス・アイ)に関しては前にも言いましたが、使用者の精神を破綻させるほどの強い渇望を代償として与えてます。そのはずなのですが……」

 

 何故か凜堂にはその渇望が無かった。六百パーセント近い破格の適合率を持ち、使用後の精神も非常に安定している。気に入られてるのではないですか、とクローディアが茶化すが、それだけで納得していいものなのか。

 

「とにかく、純星煌式武装にはそれぞれ異なった代償があります。察するに、凜堂の用件もこのことが関係しているのではありませんか?」

 

 察しのいいことで、と凜堂は苦笑する。それならそれで話が早い、と凜堂は本題を切り出した。

 

「『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』。あれをどう思う?」

 

「あの純星煌式武装に関しては、渡したデータ以上のことは分かりませんよ?」

 

「データなんてもんはどうでもいい。お前さんの意見が聞きたいんだよ。純星煌式武装の使い手としての考えを」

 

 焦らさんでくれ、と凜堂は仏頂面を作るが、当のクローディアは面白そうに肩を小さく震わせていた。

 

「それはすみません。既に知っていると思いますが、純星煌式武装には意思があります。それが何を意味するか分かりますか?」

 

「純星煌式武装の意思、か……」

 

 顎に手を当て、凜堂は考え込む。さっき、クローディアは無限の瞳が凜堂のことを気に入っていると言った。ただの道具が人のことを気に入るなんてことはあり得ない。黒炉の魔剣にしてもそうだ。黒炉の魔剣はレスターを拒絶し、凜堂を使い手に選んだ。これもただの道具にはあり得ぬことだ。つまり、

 

「こいつらには個性がある。人間と同じ様に」

 

「その通りです。個性があるということは、線引きによってある程度分けることが出来ます」

 

 即ち、性格の良い純星煌式武装と性格の悪い純星煌式武装。人間と同じだ。ユリスのようの誇り高い人もいれば、ディルクのように他者を駒として見ているような人もいる。

 

「他にも色々な言い方が出来ます。例えば、人間に友好的かどうか」

 

「友好的、ね……黒炉の魔剣と無限の瞳はどっちだろうな?」

 

「どうでしょう、黒炉の魔剣は比較的友好な子だと思いますよ。多少、捻くれてますが。無限の瞳は……正直、分かりません。無限の力を与える代わりに渇望を増大させる。もしかしたら、使い手を試しているのかもしれませんね」

 

 無限に等しい力が欲しいなら、それを扱うに相応しい価値を示してみろということだろうか。どちらにしろ、かなり上から目線だ。

 

「ちなみにパン=ドラは?」

 

「言うまでも無く最悪です。私といい勝負だと思いますよ」

 

 こう言える辺り、実にクローディアらしかった。

 

「なら、覇潰の血鎌は?」

 

「あの子は……」

 

 クローディアは微かに言い淀む。

 

「あまり余所の子を悪く言うのは良くありませんが、少し危険だと思います」

 

「少し、で済むかねぇ?」

 

 とは言うが、概ね凜堂も同意見だ。覇潰の血鎌は危険だ。その能力がではない。その個性が。

 

「直接見たことは無いのであくまで印象ですが、あの子は随分と我が強いように見えます。あの手の純星煌式武装は総じて使用者に干渉しますから」

 

「干渉、か?」

 

「乗っ取るというのは流石に言い過ぎですが、純星煌式武装の中には使い手の意識や性格を自分好みに変質させるものがあります。使っている期間が長ければ長いほど、それは顕著になっていく。まして、あの子は使い手の肉体をも変えてしまうほどの影響力を持っていますしね」

 

「……つまり、そういうことか」

 

 ゆっくりと息を吐き出しながら凜堂は天井を仰ぐ。その体勢のまま思考を巡らせていたが、クローディアへと視線を戻し頭を下げた。

 

「サンキューな、ロディア。話せて良かった」

 

「どういたしまして。もう、お帰りですか?」

 

「明日は試合だからな。流石にそろそろ寝ておかないとな」

 

 あら、とクローディアは艶かしく微笑むと、ゆっくりと手を伸ばして凜堂の顎をくすぐる。

 

「何なら、泊まっていってくださっても構いませんよ」

 

「それは遠慮しておく」

 

 素早くクローディアの魔手から逃れ、凜堂は窓辺へと走った。そのまま窓枠を蹴って外に出ようとするが、あることを思い出してクローディアを振り返る。

 

「あぁ、そういや無限の瞳のことなんだが、レヴォルフの生徒会長殿が何か知ってるらしい」

 

「ディルク・エーベルヴァインが?」

 

 凜堂の口から出た予想外の名前にクローディアは目を見開いた。

 

「もしかしたら、無限の瞳の使い手を見たことがあるかもしれないんだと」

 

「……俄かには信じられませんが、こちらでも少し調べてみます」

 

 頼む、と言って凜堂は窓枠に手をかけ、もう一度クローディアへと向き直った。

 

「まだ何か?」

 

「いや、その、何かって言うほどじゃないんだが……俺に出来ることって何かあるか?」

 

 凜堂の質問の意図が読めないのか、クローディアは首を傾げる。だからその、と凜堂はどこか照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「ロディアのために何かしてあげれることってあるか? 俺なんかに出来ることなんて高が知れてるだろうけど」

 

 凜堂なりにクローディアを気遣っているようだ。凜堂の言葉にクローディアは嬉しそうに笑った。

 

「本当に優しいですね、貴方は」

 

「優しいんじゃない。多分、俺は誰に対してもいい顔をしたいだけなんだ」

 

 ウルサイス姉妹に関してもそうだ。関わる必要なんて無いのに、自分から首を突っ込んで余計なお世話をしようとしている。自嘲気味に笑う凜堂。クローディアは優しい微笑を浮かべ、凜堂に歩み寄った。

 

「いい顔がしたいだけの人に、誰かのために力を尽くす事は出来ませんよ。凜堂、もっと自信を持ってください。貴方は自分で考えているよりも素晴らしい人です」

 

「そう、かな?」

 

 照れたように笑う凜堂の頬にクローディアは愛おしそうに手を添える。この笑顔を自分だけのものに出来ないだろうか、とどす黒い思いが胸の中に湧き上がったが、慌ててそれを消し去った。今はただ、凜堂の好意に甘えることにする。

 

「ではそうですね……凜堂、そのままじっとしてて下さい」

 

「じっとって、ただ立ってればいいのか?」

 

 はい、と頷き、クローディアは凜堂の背中に両腕を回した。そのまま凜堂を抱き締め、胸に顔を押し付ける。

 

「ろ、ロディア?」

 

 いきなり抱きついてきたクローディアに凜堂は戸惑い気味に声をかけるが、クローディアは何も言わなかった。最初の方こそ困惑していたが、一分もする内にクローディアの柔らかな感触になれたらしい。ぎこちない手つきではあるが、凜堂はクローディアを撫で始める。

 

 五分ほど経ってからクローディアは凜堂から離れた。少しだけ名残惜しそうな顔をしながらクローディアは凜堂に礼を言う。

 

「ありがとうございます、凜堂。これで当分は頑張れそうです」

 

「そ、そうか。こんなことでお前が頑張れるなら、お安い御用だ」

 

 じゃ、と軽く手を上げ、凜堂は窓枠に手をかけた。明日の試合、頑張ってくださいというクローディアの応援に笑みを返し、今度こそ凜堂は夜の闇へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ベットの上に寝転がった体勢のまま、凜堂は壁の時計を見る。現時刻、午前四時。もう起きる時間になっていた。

 

「結局、一睡も出来なかったか」

 

 ため息を吐きながらベットから起き上がる。

 

 ウルサイス姉妹との試合に備えて、凜堂はクローディアの部屋から戻ってすぐに横になった。だが、妙に目が冴えてしまい寝ることが出来なかった。寝返りを打っている内に起きる時刻になっていたのだ。

 

「考えすぎかねぇ」

 

 ベットの上で考えていたことを振り返る。ウルサイス姉妹がレヴォルフの学生として戦っている理由だ。考えるといっても、凜堂は粗方の見当をつけていた。

 

 性格的に考えてイレーネのほうはともかく、プリシラが自ら望んでアスタリスクに来るとは思えない。何か、アスタリスクに来ざるを得ない理由があったのだろう。

 

(ウルサイス姉はレヴォルフの生徒会長に金を借りたって言ってた。何のために?)

 

 考えるまでも無い。確実にプリシラ絡みのことだ。彼女は能力者の中でも珍しい、高レベルの再生能力者(リジェネレイティブ)だ。彼女の能力を欲しがるものは数多いる。例えば、アルルカント・アカデミーのような研究機関とか。

 

 どのような訳があってかは知らないが、プリシラはアルルカントに特待献身生として売られたのだろう。風の噂で聞いたことがあるが、生徒とは名ばかりで、早い話が何をされても文句を言えない被験体(モルモット)だ。

 

 イレーネはそれを良しとせず、プリシラを連れて逃げ出した。その道中でディルクに拾われたのかもしれない。ディルクはイレーネに手駒としての価値を見出し、莫大な金を払ってプリシラを買い戻した。そして借金という鎖でイレーネを縛り上げた。

 

「世の中金、か。世知辛いったらねぇや」

 

 ユリスも自分が昔お世話になった孤児院のために金を欲している。理由は様々あれど、金が必要とされているのはどこも変わらないようだ。

 

 もう一度、深々と息を吐き出した。凜堂自身、イレーネがどのような気持ちでいるのかは痛いほど分かる。護るもののためなら、願いのためなら悪魔にでも魂を売っていい。悲壮さすら感じさせる覚悟と想いでイレーネは覇潰の血鎌()を手にしたのだ。だが、

 

「その力は駄目だ。イレーネ・ウルサイス」

 

 それは危険過ぎる力だ。一歩間違えれば、その力は己自身を傷つけ蝕む猛毒と化す。そして、最愛の存在(プリシラ)にすら牙を剥くだろう。力を使い続けた先に待っているのは目を覆いたくなるような悲劇だけだ。

 

 それはイレーネ自身も分かっているはずだ。分かっていても、その力を手放すことが出来ない。彼女の状況がそれを許さない。

 

「あいつ等のために俺に出来ること……」

 

 己の口から漏れた呟きに気付き、凜堂は失笑する。出来ることなど何も無い。あるのは自己満足だけ。そして自己満足を押し通す力だけだ。

 

 ユリスにしてもそうだ。凜堂はユリスを護りたいという手前勝手な願いを叶えるために彼女の傍にいる。

 

 そんな自分勝手な凜堂のことを彼女は認めてくれた。凜堂と会えて良かったと言ってくれた。笑顔になってくれた。

 

 この自己満足で誰かを救えるなら。この偽善で誰かを笑顔に出来るのなら。

 

「やるしかねぇか」

 

 悲劇では終わらせない。ひたむきな強い意志をその目に宿し、凜堂は立ち上がった。




 ども、こんばんわです。え~、発売までに終わりませんでしたね。色々ごちゃごちゃ考えている内にこの日が来てしまいました。

 アスタリスク最新刊。皆さんは買いましたか? 俺は買いました。そして読みました。

 ……どうしようorz

 このまま進めていったら確実に話が破綻する。え、今更遅い? HAHAHA、そんなこと分かっとりますがな。やっぱり、遥さんがいないのがネックよねぇ……三巻くらいまではともかく、そっから先は姉ちゃんが主人公の戦う理由の半分を占めてるし。
 
 一応、どうにか出来そうな感じはしてます。オリジナルの理由満載になりそうですが。

 にしても、毎度思うが俺の文章は何でこうもお粗末なんだろう……。

 最後に愚痴ったところでおさらばです。感想くれると嬉しいです。では。


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自分勝手に

 う~ん……短い。


「そろそろ時間だな」

 

「っし、いきますか」

 

 掌に拳を打ち込みながら凜堂はソファから立ち上がる。妙にやる気に満ちた凜堂の動作にユリスは不思議そうな顔をしていた。

 

「……何かあったのか、凜堂?」

 

「ん? いや、別にこれといって何もねぇけど?」

 

「そう、か。何、随分と吹っ切れた顔をしていると思ってな」

 

 昨日の別れ際に浮べていた思い悩んでいるような表情に比べ、随分とさっぱりとしたものになっている。開き直っただけさ、と凜堂は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「俺はただ、自分がやりたいと思ったことをやってきただけだ。それは今後も変わらない。精々、自分勝手を貫くだけさ……あぁ、ユーリに迷惑かけるつもりは無いから安心してくれ」

 

 ふむ、と頷きながらもユリスはどこか不満げな表情を作っている。何か言いたげに口を開くが、壁にかけてある時計を見て小さく息を吐いた。そのまま二人で控え室を出る。

 

「凜堂」

 

「あん?」

 

 いきなり名を呼ばれ、凜堂は足を止めずに規則的な靴音を響かせて前を歩くユリスを見た。

 

「私は勝つためにここにいる。叶えなければならない願いがあるからだ。相手が誰であろうと、この願いを譲る気は無い」

 

「分かっとりますがな」

 

「だが、勝てるのであればその過程を問うつもりは無い」

 

 きょとんとした表情を浮べる凜堂。

 

「さっき、お前は自分勝手を貫くだけと言ったな。お前はそれでいいんだと私は思う」

 

 足を止め、凜堂を振り返ったユリスの顔には穏かな笑みが湛えられていた。

 

「お前がどんな考えで行動しているか分からないが、お前の自分勝手は結果的に誰かを救っている」

 

 私もお前に救われた、とユリスは自身の胸に手を置く。

 

「綺凛にしてもそうだ。お前の自分勝手のお陰で彼女は自分自身の意志と力で歩いていく事を決めた。他の誰でもないお前の働きでな……きっと、ウルサイス姉妹(あいつら)もお前の自分勝手に助けられることになるだろう。少なくとも、私はそう信じている」

 

 だから思い悩むことは無い。恥じる必要も無い。誰憚ることなく、自分が正しいと思ったことを成せばいい。飄々と、そして凜然と己の道を行く姿こそ高良凜堂には相応しい。

 

「それにお前、私に迷惑をかけるつもりはないとも言ったな? 似合わぬ遠慮などするな」

 

 少しだけ怒った顔を作りながらユリスは凜堂の胸を小突く。

 

「我々はパートナーだ。互いが互いを助け、協力し合って困難に立ち向かう。それが普通だろう? まさかとは思うが、お前は一方的に私を助けて何もさせない気か?」

 

「いや、別にそういうわけじゃ」

 

「だったら、私にも手伝わせろ。私はお前の相棒なのだからな」

 

 かつて、凜堂はユリスにこう言った。『お前の生き様、お前の気高さ、お前の願い。それを貫く手伝いをさせて欲しい』と。だから彼女もこう言った。

 

「お前の想い、お前の信念、お前の自分勝手。それを貫く手伝いをさせてくれ」

 

「……その台詞、最初に言ったの俺だけど、改めて聞いてみるとかなり気障だな」

 

 いつか、自分が彼女に言った言葉。それが今、自分に向けられている。気恥ずかしくなり、凜堂は照れ笑いしながら頭を掻いた。

 

「ありがとう、ユーリ。お前は最高の相棒だよ」

 

 本当に嬉しそうに凜堂はユリスを抱き締める。想像の斜め上を行く反応にユリスは顔を真っ赤にさせるが、満更でも無い様子で凜堂の抱擁を受け入れた。

 

「ふ、ふん。別に礼を言われるようなことではない。それで、お前はどうするつもりなんだ? 自分勝手にやるというくらいだ、何か考えがあるんだろ?」

 

「あぁ、試したいことがある」

 

 ユリスを離し、凜堂は考えていたことを話す。それを聞いてユリスは驚いたように眉を持ち上げるが、最後は納得したように頷いた。

 

「なるほどな。確かに前例が無い訳ではない。もしそれが成功すれば確実に勝てるだろう。しかし、相手は『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』だぞ?」

 

「相手が何かなんて関係ない。やるだけだ」

 

 決然たる口調で凜堂は答えた。その瞳には峻烈な覚悟の焔が燈っている。そんな凜堂の横顔にユリスは知らぬ内に頬を赤く染めていた。そうだ、彼女はこの顔にやられたのだ。

 

「……分かった。そこまで言うのならやってみせろ。私も全力でサポートする」

 

「頼んだぜ、相棒」

 

 二人を笑みを交わし、ステージへと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁさぁ! 各会場で白熱の試合が行なわれている四回戦! ここ、シリウスドームでトリを飾りますは星導館学園の高良・リースフェルトペア、そしてレヴォルフ黒学院のウルサイス姉妹です! 果たして、ベスト十六に進むのはどちらのタッグでしょうか!』

 

『お待ちかねの試合っすねー。どちらのペアも予選では相手を完封する形で勝ち上がってきまし、どっちが勝つかが一つの分水嶺になると思うっす』

 

『チャムさん。この一戦、どのように考えてますか? イレーネ選手の使う覇潰の血鎌は燃費が悪いですから、やはり長期戦になると不利になるのでしょうか?』

 

『一概には言えないっすねぇ。イレーネ選手にはプリシラ選手っていう、言い方は悪いっすけど、補給路があるっす。それに……』

 

「相変わらず勝手な事を言ってくれる」

 

「長期戦が出来ないのは寧ろこっちだよなぁ」

 

 眉を顰めるユリスにだけ聞こえる声量で凜堂は呟く。

 

 今回の試合、凜堂は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)を使わざるを得なくなるだろう。この二つを封印したまま勝てるほど、今回の相手は甘くない。そしてこの二つの純星煌式武装(オーガルクス)を使うということは、凜堂にタイムリミットが架せられることを意味する。凜堂の言うとおり、長期戦は出来ない。

 

 この四回戦を終えた後にも試合は残っている。ここから先、決勝戦までは間に一日だけ調整日が入るが、それ以外に休息日はない。

 

 長時間使用し続ければ、それだけ反動が大きくなる。翌日以降の試合のことあるので、なるべく無理はしたくない。だが、

 

「凜堂、無茶はするなよ……と言っても無駄か」

 

「無茶無しで勝てる相手じゃねぇしな」

 

 同感だ、と頷きながらユリスは細剣型の煌式武装(ルークス)を起動させる。

 

「行くぞ。一気に勝負を決めよう」

 

 あぁ、と頷きながら凜堂は目を閉じ、右目に宿った魔眼に呼びかけた。魔眼は主の命に呼応し、無限の力を解放する。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり」

 

 解き放たれた漆黒の星辰力(プラーナ)が光の柱となって立ち上がる。暴風が渦巻く中、魔眼の主は右目に黒き炎を宿していた。

 

『こ、これは凄い! 高良選手からとんでもない量の星辰力が柱のように立ち上がりました! ど派手なパフォーマンスに観客の皆様も興奮を抑えきれないようです!』

 

『あれが無限の瞳の星辰力っすか。名前に『無限』を冠するだけあってぶっ飛んでるっすね。よくこんだけの量の星辰力をコントロール出来るっすね、高良選手』

 

 一気に湧き上がる観客達。歓声で耳がおかしくなりそうだ。

 

「はっ、やる気満々じゃねぇか、高良」

 

「そういうお前さんこそ。唯でさえ怖い顔が更におっかなくなってるぜ」

 

 覇潰の血鎌を肩に乗せたイレーネが獰猛な笑みを凜堂に向ける。対して凜堂は黒炉の魔剣を起動させながらイレーネを、正確にはその手に握られた純星煌式武装を睨んでいた。発せられる紫の燐光が何時にも増して禍々しい。

 

(あいつ、試合前に妹の血を……)

 

 覇潰の血鎌からプリシラへと視線を移す。今回も彼女は後ろに控えていた。

 

「こっちも全開でいくぜぇ……!」

 

 覇潰の血鎌の輝きが増し、万能素(マナ)が不気味に蠢く。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)』四回戦第十一試合、試合開始(バトルスタート)!」

 

「咲き誇れ、赤円の灼斬花(リビングストンディジー)!」

 

 試合開始と同時にユリスは能力を解放させ、周囲に焔の戦輪を作り出す。視界の端で凜堂が飛び出したのを確認してからイレーネに向けて戦輪を放った。

 

「鬱陶しいっての!!」

 

 襲い来る十数の戦輪をイレーネは無造作に覇潰の血鎌を振るって掻き消す。その一瞬で凜堂はイレーネの間合いへと入り込んだ。触れるか触れないかくらいの距離を飛んでいく戦輪をまるで意に介さず、黒炉の魔剣を振り下ろす。

 

「うおっと!」

 

 イレーネは覇潰の血鎌でその一撃を受け止める。刃同士がぶつかり合い、激しく火花を散らした。

 

(やっぱりか。同じ純星煌式武装、そう簡単にはいかねぇか)

 

 覇潰の血鎌が黒炉の魔剣を防いだのを見て、凜堂は心の中で悪態を吐く。よくよく見れば、魔剣が相手の刃を少しずつ切っているのが分かるが、その程度では有利と言えない。

 

 黒炉の魔剣が防がれる事は予想していた事なので、凜堂はさして驚く様子も無く次の行動へと移った。制服の中から鉄棒六本を取り出し、器用に片手で棍へと組み上げる。

 

「させるかよ!」

 

 イレーネが阻止しようとするも、凜堂のほうが僅かばかり早い。棍に星辰力をチャージし、ステージへと突き立てる。

 

一閃(いっせん)轟気(とどろき)”!」

 

 凜堂を基点に衝撃波がドーム状に広がる。イレーネは咄嗟に覇潰の血鎌を構えて衝撃波の直撃を避けるが、後ろに大きく吹き飛ばされた。そこにタイミングを計ったように焔の戦輪が体勢を崩したイレーネに殺到する。

 

「マジかよ!?」

 

 宙に浮かんだままの状態でイレーネは無理矢理体を捻って戦輪をかわした。だが、自分以外には気が回らなかったようでトレードマークのマフラーを戦輪に焼き切られる。

 

十重壊(ディエス・ファネガ)!」

 

 覇潰の血鎌を振るい、イレーネは自身の周囲に黒い重力球を発生させ、戦輪にぶつけて相殺させた。

 

『これはのっけから素晴らしい攻防です! 高良選手とリースフェルト選手のコンビネーションも凄かったですが、それを耐え切ったウルサイス選手もお見事です!』

 

『あんだけ飛び回る炎の中に飛び込めるのは凄いっすね。リースフェルト選手のコントロールは相当な物ですけど、それを知ってても出来る芸当じゃないっすね。高良選手は相当リースフェルト選手のことを信頼してるみたいっす』

 

 実況と解説の声がステージに響くが、当事者達の耳には届いてないようだ。凜堂は右手に魔剣、左手に棍を構えたままイレーネを見据える。ユリスは後衛に控えたまま、次の技のために星辰力を練っていた。

 

「一、二ヶ月のタッグにしちゃあそれなりに出来るじゃねぇか」

 

「おいおい、この程度で褒めるのかよ。『切り札』と『華焔』のコンビはまだまだ底を見せてないぜ?」

 

 凜堂の軽口にイレーネは苦々しげに顔を歪める。口調こそおちゃらけているが、言ってることは紛れも無い真実だろう。

 

「そっちこそ、たった一人でよくそこまで出来るものだ」

 

 ユリスの言葉に息を整えていたイレーネは凶暴な笑みを浮かべた。覗いた口元からは鋭い歯が見える。

 

「一人じゃねぇさ。こいつはあたしとプリシラ、二人の力だ!」

 

 覇潰の血鎌がカタカタと揺れ、紫の輝きが地面を這うように動いた。まるで、嘲笑っているかのように。

 

「よけろ、凜堂!」

 

「言われなくても!」

 

 ユリスの声よりも先に凜堂は横へと跳んだ。さっきまで凜堂が立っていた空間が歪んでいるように見える。その辺り一帯の重力を強くしたのだろう。

 

「はっはぁ、そう簡単にゃ喰らってくれねぇか」

 

「何回か見たしな。避けるくらい、猿でも出来らぁ」

 

 ケラケラと笑いながらも、凜堂はいつ覇潰の血鎌の能力が発動してもいいように身構えていた。覇潰の血鎌の重力操作は発動させる前に範囲を指定する必要がある。なので、能力を発動させるのに一瞬だけだがタイムラグが生じる。並の者なら対応するのはまず無理だが、バーストモード時の凜堂には可能だった。

 

「見た程度で覇潰の血鎌(こいつ)を攻略したと思うんじゃねぇぞ!」

 

 イレーネの言葉に頷くように覇潰の血鎌が震える。

 

「なっ!」

 

 さっきよりも速いスピードで紫の光が地面を伝っていく。しかも、範囲がかなり広い。あっという間も無く凜堂は覇潰の血鎌の能力射程内に捉えられた。

 

「(こりゃ、完全に逃げるのは無理か!)……あら?」

 

 降りかかってくるだろう重圧に備えて凜堂は歯を食い縛ったが、彼を待っていたのは妙な浮遊感だった。見れば、両足がステージから離れて宙に浮いている。高さは二メートルほどだ。

 

「重力を強くするだけが能じゃないぜ。弱める事も出来るんだよ。それに強くするのと違ってこっちはそこまで疲労が酷く無ぇからな。こうやって広範囲を指定できる」

 

「そんなことも出来るのか」

 

 感心した様子で凜堂は浮き上がった自身を見下ろす。手足を動かしてみるが、力を加えられるものが何も無いのでどうする事も出来ない。体がくるくると回転するだけだ。

 

「感心してる場合か……待っていろ!」

 

「させる訳ねぇだろ!」

 

 凜堂を助けに向かおうとしたユリスに重圧が襲い掛かる。動きを完全に読まれていたようだ。

 

「ぐぅ……!」

 

 紫の光に押し潰されて倒れこんだユリスは苦しげに顔を歪める。どうにか立とうとしているが、膝を立てることすら難しい。

 

「あたしは『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』ほどコントロールはよく無いけど、止まってる的なら外さないぜぇ。単重壊(ウーノ・ファレガ)!」

 

 イレーネは目の前に重力球を発生させ、凜堂に狙いを定めた。いざ、放とうとしたその時、前触れ無しにイレーネがその場に膝を突く。顔色が良くなく、息も荒かった。

 

「ちっ、あれだけ補充したのにもう尽きたのかよ。流石に同時に三つの能力を維持するのは難しいか……!」

 

 消耗こそ激しいが、能力は今だに持続している。

 

「まぁいい。まずはお前からだ、高良!」

 

 今度こそ重力球を撃とうとするが、的である凜堂を見てイレーネはあんぐりと口を開いた。それはステージにいるユリスとプリシラ、実況と解説、そして観客も同様だった。

 

「やっべ、結構楽しいぞこれ!」

 

 覇潰の血鎌の能力に捕捉された高良凜堂。どうにか逃れようと四苦八苦しているかと思えば、擬似的な無重力状態を全力で楽しんでいた。両手両足をばたつかせ、くるくると回りながら子供のような笑顔を浮かべている。

 

「ははっ、世界がぐるぐる回ってらぁ! あはははは、あははははぎぼぢわるい……」

 

 調子に乗った罰が即行で当たったらしい。顔を青くさせながら口元を押さえている。唖然としながらイレーネは顔色を悪くさせた凜堂を見ていたが、怒りに顔を染めながら吼えた。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ、高良! 真面目にやりやがれ!!」

 

 その瞬間、凜堂の目が光る。棍をイレーネに向けたかと思えば、その先端が軽い射出音を上げて伸びていった。目を見開くイレーネの足下に棍の先端が突き刺さる。凜堂が手首を回すと、鉄棒を繋いだ星辰力が急速に縮んでいった。棍が元に戻る動きを利用し、凜堂は低重力地帯から抜け出す。

 

「ふざけてなんてねぇさ!」

 

 元に戻る勢いをそのままに凜堂は黒炉の魔剣で重力球を叩き切った。更に元に戻った棍を支えにして体を浮かせ、イレーネに蹴りを叩き込む。

 

「がぁ!!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 無意識の内に後ろへ跳ぶことで衝撃を流したようだが、それでもかなり効いたようだ。プリシラの元まで吹き飛んでいく。碌に受け身も取れてないところを見るに、かなり疲労しているようだ。

 

 素早く棍を引き抜き、凜堂はこのチャンスを逃すまいと二人に向かって早駆ける。

 

「凜堂、そのまま突っ込め! 咲き誇れ、銀槍の白炎花(ロンギフローラム)!!」

 

 立ち上がったユリスも炎の槍を顕現させ、凜堂を援護する。

 

重獄葦(オレアガ・ぺサード)

 

 だが、二人の攻撃は地面から現れた格子状の紫の壁に阻まれた。足を止めて凜堂は魔剣を壁に打ち付けるが、硬い感触が伝わってくる。かなりの力を込めて作られた壁のようで、そう容易に突破は出来ないようだ。それに突破したところで、イレーネが血を補充するのを止めるのは無理だろう。

 

「もう少し、蹴る方向を考えるべきだったか」

 

 己の迂闊さに歯噛みしながら凜堂は地面を蹴り、一跳びでユリスの隣まで戻った。二人の視線の先でイレーネはプリシラの首に牙を突き立てていた。その光景に凜堂は顔を顰める。それは横に並ぶユリスも同じだった。

 

「ユーリ、大丈夫か?」

 

「問題は無い。お前が早々に動いてくれたお陰で、覇潰の血鎌の能力もすぐに解除されたしな……時に凜堂。一つ聞きたいのだが……あの低重力を楽しんでいたような態度は相手を油断させるための演技か? それとも本気で楽しんでたのか?」

 

 暫しの沈黙の後、凜堂は囁くように答えた。

 

「……すまん。半分以上楽しんでた」

 

「……後で一発殴らせろ」

 

 はい、と殊勝に頷く凜堂にユリスは思わず噴出す。殴る気など更々無いが、これくらいの意趣返しはしておくべきだろう。さて、とユリスは表情を引き締めた。

 

「凜堂、準備は済ませた。私は何時でもいけるぞ」

 

「オーライ。いっちょ、やったりますか」

 

 魔剣と棍を握り直し、凜堂は前に進み出た。試合開始から、凜堂がバーストモードになってから三分近くが経過している。出来れば、そろそろ片をつけたかった。

 

「……待たせたな。それじゃ、第二幕と洒落こむか」

 

 重力の壁が溶けるように消え、イレーネが現れる。口元を拭うイレーネの背後では荒い呼吸を繰り返すプリシラが座り込んでいた。それを見て凜堂は苦笑する。だが、その目は笑っていなかった。

 

「本当、おっかねぇ代物だなそいつは。力を引き出すには自分、もしくは誰かを傷つけなきゃならない」

 

「何だよ、藪から棒に? 怖気づいたってんなら、さっさとギブアップしな」

 

 こっちも戦意喪失した相手を叩きのめす趣味は無いしな、と嘯くイレーネ。すぅっ、と凜堂の顔から表情が消える。

 

「本気で護れると思ってるのか、その力で?」

 

「……何が言いてぇ」

 

「そんな力でお前のやりたい事が出来るのかって聞いてんだよ」

 

「……黙れ」

 

「その力で彼女を護れるのか? 妹を怯えさせるような力で?」

 

「……黙れよ」

 

「最愛の妹を傷つけなきゃいけないような力で護れるのか!?」

 

「黙れってんだよ!!」

 

 振り下ろされた覇潰の血鎌を黒炉の魔剣で受け止める。鍔迫り合いをしながらイレーネは激しい怒りを込めた視線を凜堂に叩きつけていた。

 

「部外者が知ったような口叩いてんじゃねぇぞ! お前に何が分かる!? あたしにはな、これしか無かったんだよ、プリシラを護る力がこれしか!!」

 

 満身の力で覇潰の血鎌を振り抜き、凜堂を突き飛ばす。矢継ぎ早に繰り出される覇潰の血鎌の斬撃を凜堂は無言で捌いていった。

 

「プリシラを怯えさせる? プリシラを傷つける? んなこと、あたし自身が一番知ってんだよ! でも、あたしにはこいつしかいないんだ!!」

 

 イレーネは叩きつけるように覇潰の血鎌を振り下ろす。黒炉の魔剣と覇潰の血鎌の刃が接触し、雨のように火花を散らさせた。

 

「だったら、こいつに縋るしかねぇじゃねぇかよ……!」

 

 搾り出すようにイレーネの口から出た言葉。彼女自身、自覚があるかどうか分からないが、今のイレーネは泣き出しそうな、子供のような顔をしていた。

 

「……そうか」

 

 短く答えると、凜堂は魔剣を振り切ってイレーネを弾き飛ばした。

 

「なら、お前は何もしなくていい。こっちで勝手に終わらせる」

 

 お前にとっちゃ余計なお世話だろうけどな、と凜堂は二つの得物を構える。澄んだ視線がイレーネを射抜いた。

 

「……あ」

 

 その姿、その視線にイレーネは思わず手を伸ばしていた。その様は驚くほど弱々しく、そして儚い。まるで、助けてといってるかのようで……。

 

 イレーネはすぐに手を引っ込めたが、凜堂はそれを見逃さなかった。真っ直ぐな光を宿した双眸が彼女を見据える。そこに迷いは無かった。




 後二話で三巻を終わらせられると思う……多分。一応、無限の瞳の力が引き出されるのは次話です。さって、頑張って書くかな~。では、次で。


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その名の意味

 遅くなってしまい申し訳ありません。


「くたばれ!!」

 

 イレーネが覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力を発動させる。紫の輝きが地面を走り、凜堂へと迫った。右手に黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)、左手に棍を下げたまま、凜堂は紫の光をじっと見下ろす。そして紫の輝きが自身に届く寸前、ステージに足の裏がめり込むほどの力で高々と跳躍した。

 

「それで避けたつもりかよ!?」

 

 紫の輝きを跳び越えた凜堂を目で追うイレーネ。すぐにステージに堕としてやろうと凜堂に狙いを定めるが、

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔火(プリムローズ)!」

 

 絶妙な間で入ったユリスのサポートがそれを許さない。

 

「鬱陶しい! 百葬重列(シェン・グエスティア)!!」

 

 イレーネがオーロラのような紫の波動を放ち、舞い飛ぶ九の桜草を全て消し潰す。自身の技を掻き消された光景を前にしても、ユリスは悔しがる様子も無く何時でも動けるように準備していた。元より、今のはただの時間稼ぎでしかない。本命はあくまで、

 

一閃(いっせん)纏威(まとい)”!!」

 

 この男だ。凜堂は空中で体を捻り、真っ黒に染まった棍をイレーネへと叩き付けた。頭上からの一撃を覇潰の血鎌で防ぐ。巨岩が落ちてきたような衝撃にイレーネは歯を食い縛り耐えた。彼女の足元に衝撃で幾つもの罅が走る。

 

「もぉいっぱぁつ!!」

 

 凜堂の攻撃はそれだけで終わらない。着地すると間髪入れずに棍を掬うように振ってイレーネを打ち上げた。

 

「ちぃ!」

 

 身動きの取れない空中で凜堂の攻撃を回避するのは無理だと判断し、イレーネは覇潰の血鎌を盾代わりにして前へと突き出す。イレーネの行動に凜堂の顔が待ってましたとばかりに輝いた。棍を頭上へと放り投げ、魔剣の柄を両手で握り締める。

 

一閃(いっせん)重音(かさね)”!!」

 

 次の瞬間、凄まじい速さと量の斬撃がイレーネを、覇潰の血鎌を襲った。綺凛の連鶴(れんづる)に比肩するのではないかと思えるほどの連続攻撃。威力ではなく、速さと手数を重視した一撃一撃が吸い込まれるように覇潰の血鎌のコア部分へと叩きつけられる。

 

「なっ!?」

 

 紫の輝きが魔剣の刃を防ぐが、その防御も完璧ではない。一発ごとに伝わってくる確かな手応えに奮起し、凜堂は魔剣を振るう腕を更に加速させる。覇潰の血鎌が悲鳴のような甲高い音を発していた。

 

「ラストぉ!!」

 

 最後の一撃を叩き込もうと黒炉の魔剣を大上段に振り上げたその時、見えない力が凜堂を弾き飛ばす。余りにも突然のことだったので碌に防御出来なかったが、それでも凜堂はすぐに体勢を整えて視線をイレーネへと向ける。怒りに満ちた表情を浮べるイレーネと視線が合った。

 

「はっ、まさかあたしじゃなくて覇潰の血鎌本体を狙ってくるとは思わなかったぜ……!」

 

 落ちてきた棍をキャッチする凜堂にイレーネは鼻で笑って見せた。凜堂の狙い。それは覇潰の血鎌の破壊にある。純星煌式武装(オーガルクス)を壊すという事は神話に出てくる伝説の武具を破壊するのとほぼ同義。それだけ、純星煌式武装というのはイカれた存在だ。だが、破壊する側が同じ純星煌式武装というのなら不可能な話ではない。

 

 成功すれば確実に勝てるだろう。だが、狙いがばれてしまった以上、一人で覇潰の血鎌を打ち壊すのは無理だ。そう、一人では。

 

「ユーリ、そろそろやろう」

 

「あぁ、分かった」

 

 だが、今の彼には全幅の信頼を置ける最高の相棒(パートナー)がいる。彼女、ユリスと協力すれば、今一度のチャンスが作れるはずだ。凜堂の言葉にユリスは頷き、星辰力(プラーナ)を練り始める。それを見て、イレーネは覇潰の血鎌を構えた。

 

「何するつもりか知らねぇが、手前を潰せばそれで終わりだ。次で決めてやるよ……!」

 

 イレーネの言葉に頷くように覇潰の血鎌が紫の輝きを強める。

 

万重壊(ディエス・ミル・ファネガ)!」

 

 イレーネが覇潰の血鎌を一閃させる。すると、拳大の重力球が虚空に現れた。大きさは今までの重力球に比べて小さい。だが、その数は今までの重力球を遥かに凌駕している。

 

「こいつぁまた、とんでもねぇ……」

 

 十、二十、三十と、際限なく増えていく重力球に凜堂は驚きを露にする。最初は重力球の数を数えていたが、百を超えた辺りで無駄だと止めた。

 

「あたしはコントロールするのが下手くそだけどなぁ、こんだけありゃ二、三発は当たるだろ。まずは手前だ、高良。まずはお前を潰す……!」

 

「流石にこれだけの数を全部防ぐのはきついか……」

 

 黒炉の魔剣は大振りであるが故に小回りが利かない。幾ら凜堂の神速の斬撃を以ってしても、無数の重力球を斬るのは限度がある。なら、棍はどうかといえば、こちらなら全ての重力球を凌ぐことが出来るはずだ。だが、相手は純星煌式武装。対してこちらはただの鉄の棒。重力球に触れた瞬間、ただの鉄塊となること間違い無しだ。

 

「……ユーリ! 悪いけど、あれを使うぞ!」

 

 考えた結果、凜堂は切り札の一つを切ることにする。出来れば最後の最後まで取っておきたかったが、出し惜しみをして負けては洒落にならない。ユリスもその事を理解しているので、分かった! と言葉短く答える。相棒の許可を得て、凜堂は棍を握る左手に力を込めた。漆黒の星辰力が棍へと注ぎ込まれていく。

 

「何をしたってもう遅ぇ! 潰れて消えろ!!」

 

 凜堂が何かをする前にイレーネは指示を出し、無数の重力球を凜堂目掛けて放った。ユリスの方にもいくらかいったが、それは全体の一割程度だ。それくらいの数、ユリスならば余裕で防げるだろう。そう判断し、凜堂は自身に殺到してくる重力球に集中した。

 

「……」

 

 深く深く息を吸い込み、意識を集中させる。脳裏を過ぎるのは綺凛と一緒にバラストエリアに落とされた時のこと。あの時、凜堂は綺凛から借りた千羽切を使って黒炉の魔剣に酷似した巨大な光の刃を作り出した。

 

 これはあの時の再現。凜堂は棍へと際限無く星辰力を注ぎ込み、光の刃を形成しようとする。ただし、今回はあの首長竜もどきを斬った巨大な物ではない。限界まで刀身を圧縮し、威力を極限まで高めていく。

 

 そして限界を超える寸前で星辰力を解放する。現れるのは光り輝く白き刃、舞い踊る黒の紋様。

 

禍津(まがつ)御霊(みたま)”」

 

 襲い来る重力球の大群。無数の重力球に凜堂が飲み込まれ、その姿が見えなくなる。刹那、二条(・・)の剣閃が重力球を両断した。放たれる剣撃は止まる事を知らず、迫る重力球の群れを悉く切り裂いていく。

 

「「「……」」」

 

 イレーネが、実況席の二人が、ギャラリーがその光景に言葉を失う。数え切れぬ重力球を撃退する凜堂の絶技にではない。彼の左手に握られた、絶対にあり得ぬはずの物を見てだ。

 

『……チャムさん。これ、どういうことなんでしょう? 何で、黒炉の魔剣が二本もあるんですか(・・・・・・・・・・・・・・・)?』

 

『いやいやいや……純星煌式武装を複製するなんて、幾らなんでもぶっ飛びすぎっすよ……』

 

 誰もが絶句する中、凜堂は押し寄せる全ての重力球を二本の魔剣で斬り捨てる。もう重力球が残ってない事を確認し、凜堂は軽く息を吐きながら新たに作り出した魔剣、禍津御霊の具合を確かめた。見れば見るほど黒炉の魔剣と似ている。ただ一つだけ違うのはコアの赤いウルム=マナダイトが無いところだけだ。

 

「ま、複製って言えるほど性能(グレード)は高くないがな。オリジナルに比べると数段劣る」

 

 でも、と一度言葉を切り、凜堂は禍津御霊をイレーネへと突きつける。

 

「純星煌式武装とやり合うには十分な威力さ」

 

「この、化け物が……!」

 

 忌々しさと恐れを孕んだイレーネの台詞に凜堂は薄く笑った。

 

「化け物? 違う、俺は『切り札』だ」

 

 言うや、凜堂は一気にイレーネへ肉薄する。凜堂の急襲にイレーネも即座に反応するが、突如として全身から力が抜け落ちるのを感じた。

 

(あれだけ補充したのにもうガス欠かよ!?)

 

 咄嗟に下がろうとするが、既に凜堂はイレーネの間合いに入ってきている。逃げの姿勢に入れば、一瞬の内に校章を斬られるだろう。やむを得ず、イレーネは覇潰の血鎌を構えて凜堂を迎え撃った。

 

 二振りの魔剣が覇潰の血鎌を襲う。覇潰の血鎌が悲鳴にも似た音を奏で、大量の火花を飛び散らせた。妙に力無い迎撃をしてくるイレーネを見て凜堂は彼女がかなりの消耗状態であることを見抜く。

 

「いくら能力が強くったって、高燃費ってのも考えもんだな!」

 

「手前が言えた台詞か!!」

 

 ご尤も! と軽口を叩きながら、このチャンスを逃してはならないと凜堂は攻めの手を加速させる。段々と苛烈になっていく凜堂の攻撃にイレーネは防御するのに精一杯だ。徐々に凜堂の攻撃に反応できなくなり、やがて剣圧に耐えられずに後ろに吹き飛ばされた。

 

「ユーリ、頼む!」

 

「任された!」

 

 凜堂の叫びに応じ、ユリスは予め準備していた火球を手元にを生み出す。六弁の爆焔花(アマリリス)九輪の舞焔火(プリムローズ)といった攻撃のための技じゃない。

 

「咲き誇れ、炎蔓の飾王花(アレクサンドリート)!」

 

 その火球を、ユリスは凜堂に向けて放った。背後を振り返ることはせず、凜堂は禍津御霊を後ろへと突き出す。飛んできた火球が禍津御霊の切っ先に刺さった。すると、火球が花のように開き、中から炎の蔓が飛び出して禍津御霊の刀身に螺旋状に絡みつく。

 

禍津(まがつ)奥義(おうぎ)……!」

 

 炎の蔓が禍津御霊を覆ったのを見て、凜堂は星辰力を禍津御霊へと注ぎ込んだ。刀身は変化せず、代わりに炎の蔓が輝きを増していく。炎の蔓の光が最高潮に達すると、凜堂は禍津御霊を思い切り振り抜いた。

 

禍津(まがつ)迦具土神(かぐつち)”!!」

 

 放たれるは巨大な炎の波。魔剣の刀身から解放された炎は濁流となり、イレーネへと襲い掛かる。

 

「嘘、だろ……」

 

 視界全てを埋め尽くした赤い津波にイレーネは絶望の表情を浮かべた。逃げ道はどこにも無いし、防ぐのも今の消耗し切ったイレーネには無理だ。なす術も無く、イレーネは炎の波に呑まれ、見えなくなった。イレーネを捕らえた炎の波は球状に変化して彼女を閉じ込める。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 顔を青ざめさせ、プリシラはイレーネに歩み寄ろうとするが、炎の波が彼女の接近を許さなかった。

 

 炎がイレーネを拘束したのを見て、凜堂は走り出した。元々、イレーネを倒すつもりで出した技ではない。あくまで、彼女の動きを封じるためのものだ。その割には威力や範囲が大きすぎる気がするが、こうでもしなければイレーネを止めるのは無理だ。

 

 炎の檻に駆け寄り、凜堂はその表面に禍津御霊を一閃させる。表面が切り裂かれ、開いた隙間からイレーネが顔を覗かせた。意識を保つのに精一杯のようで、虚ろな目で凜堂を見返しているが、覇潰の血鎌を放そうとはしなかった。

 

「終わりだ、覇潰の血鎌……!」

 

 カタカタと音を鳴らす覇潰の血鎌に狙いを定め、凜堂は黒炉の魔剣を振り翳す。バーストモードのリミットが迫っているのか、全身が酷く痛む。だが、ここで終わるわけにはいかない。引き攣る体を叱咤し、凜堂は魔剣を覇潰の血鎌のコアに振り下ろす。

 

 その時、覇潰の血鎌が一際強い光を放った。目が眩み、思わず目を閉じる凜堂。視覚が断たれた状態の中、魔剣を通して何か硬い感触が伝わってくる。コアを斬った感触ではない。

 

(こいつは……!)

 

 答えに辿り着く前に凜堂は何かに吹き飛ばされ、木の葉のように宙を舞った。痛む体は思うように動かず、ステージに背中を強かにぶつけた。

 

「っつぅ~……」

 

「大丈夫か、凜堂!?」

 

 息が止まり、悶絶する凜堂にユリスが走り寄る。数回、深呼吸を繰り返してから大丈夫と頷き、凜堂は体を起こしてイレーネに視線を向けた。

 

「マジか……」

 

「ば、バカな!」

 

 凜堂に倣ってイレーネを見たユリスはそれを見て顔を驚愕に歪める。

 

 さっきまで炎の檻があった場所に覇潰の血鎌を携えたイレーネが立っていた。彼女の周囲には凜堂と炎の檻を吹き飛ばしたのだろう巨大な重力球が展開されている。

 

「まさか、あれだけ消耗した状態で覇潰の血鎌の能力を引き出したのか? いや、でもそんなことをしたら……」

 

 ユリスの言葉に凜堂は頷いた。覇潰の血鎌の消費量は尋常じゃない。大技一つを使っただけでほとんどガス欠状態になってしまう。そこから凜堂の、黒炉の魔剣の渾身の一撃を防ぐほどの重力球を発生させるにはプリシラから血の補給をしない限り無理だ。補給なしでそんな真似をすれば、確実に命を落とす事になる。

 

(でも、現にあいつは生きてる。今まで全力を出していなかったのか? それとも……)

 

「お姉ちゃん、無事だったんだ!」

 

 嬉しそうに顔を輝かせるプリシラ。最愛の妹の言葉にイレーネは応えようとしない。俯いたままだ。

 

「まさか……!」

 

 凜堂の背筋に薄ら寒いものが走る。根拠は無いが、確信できた。あれはイレーネではない……!

 

「プリシラ! 今のそいつに近づくな! そいつは今……っ!!??」

 

 プリシラに警告を飛ばそうとしたその時、凄まじい重圧がステージ全体を覆いつくした。

 

「がぁ!!」

 

「な、何だと!?」

 

 地面が罅割れるほどの重力にステージの所々が悲鳴を上げている。覇潰の血鎌の重力操作であることは確かだが、威力と範囲が尋常じゃない。ステージの九割以上が紫の光に呑まれている。凜堂とユリスも意識を飛ばさないようにするので精一杯だった。

 

「どうなってるんだ、これは!?」

 

「イレーネぇ!!」

 

 どうにか首を動かし、二人はイレーネを見る。そして信じられないものを目の当たりにした。二人同様に重力で動けないプリシラにイレーネが引き摺るように足を動かして近づいている。予想だにしなかった光景にユリスは愕然とするが、すぐに柳眉を吊り上げて怒鳴った。

 

「ウルサイス! 貴様、妹を巻き込むとはどういうつもりだ!?」

 

「無駄だ、ユーリ。今のイレーネはイレーネじゃない。あいつは覇潰の血鎌だ……!」

 

「な……純純星煌式武装が奴の意識を乗っ取ったとでもいうのか?」

 

 多分、と答えようとすると、上からの圧力がより一層強くなる。歯を食い縛る二人の眼前で、イレーネは物のようにプリシラを抱き抱えてその首に牙を突き立てていた。覇潰の血鎌はこれ以上無い程に禍々しい光を放ち、全てを嘲笑うかのようにカタカタとその身を揺らしている。

 

「とにかく、どうにかしねぇと。このままじゃプリシラが殺されちまう!」

 

 他ならぬ姉の手で。そんな惨劇だけは絶対に避けねばならない。凜堂は歯茎から血が滲むほど歯を食い縛り、無理矢理立ち上がった。体の所々からブツブツ、という何かが引き千切れるような音が聞こえる。それに伴って全身に激痛が走るが、そんなものに構ってる時間は無かった。

 

 しかし、どれだけ力を込めて体を動かしても脚はのろのろとしか進まない。亀にでも負けることが出来そうな鈍い歩み。イレーネまで十メートル程度しか離れていないのに、その数十倍の距離があるように感じられた。

 

 でも、歩くのを止めてはならない。可能性はまだ残っている。

 

 『星武祭(フェスタ)』では意識を失ったら負けというルールがあり、選手の意識の有無は校章が判断している。今だに敗北宣言がされていないのはイレーネの意識が微かに残っているからだ。そこに希望を見出し、凜堂は歩き続けた。

 

「よぉ、クソ馬鹿野朗」

 

 そしてイレーネの前へと辿り着いた。凜堂が呼ばわってもイレーネは何の反応も見せない。その手の中にある鎌が嗤うだけだ。

 

「聞こえてんなら返事くらいしやがれ」

 

 やはり、何も返ってはこない。一つため息を吐き、凜堂は焦点の定まっていない、幽鬼のようなイレーネの目を見詰めた。

 

「何も言いたくねぇってんならこれだけ聞かせろ。お前、妹を『護る』ためにその力を手にしたのか? それとも、妹を『使う』ためか?」

 

「……あ……」

 

 凜堂の言葉に一瞬だけイレーネの目に光が戻る。覇潰の血鎌が鬱陶しそうに光を放って凜堂をどかそうとするが、黒炉の魔剣を叩きつけられて強制的に黙らされた。

 

「お前には聞いてねぇ、黙ってろ。お前に聞いてるんだ、イレーネ・ウルサイス、お前だけに聞いてるんだ!」

 

 他ならぬ彼女に。プリシラ・ウルサイスの姉であり家族のイレーネ・ウルサイスに聞いてるのだ。

 

「お前はその力で何をする? 壊すのか、護るのか!?」

 

「あ、あたし、は……」

 

 イレーネと目が合う。それだけで答えは分かった。静かに頷き、凜堂はこの戦いを終わらせるために黒炉の魔剣を振りかぶる。覇潰の血鎌のコアを叩き切ろうとするが、それよりも覇潰の血鎌の方が速かった。

 

「あああああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

 イレーネの絶叫がステージ中に響く。同時に不可視の力が凜堂を弾き飛ばした。三度、宙を舞う凜堂。咄嗟に防いだのでダメージは少ない。イレーネから数メートル離れた所に着地し、凜堂はもう一度イレーネに呼びかけようと息を吸った。

 

 次の瞬間、今までのものとは比べ物にならない程の重圧が凜堂を襲った。山その物が圧し掛かってきたような重さに耐えられず、凜堂は片膝を突く。どうにか視線だけを持ち上げてみると、自分に向かって紫の輝きが集まってくるのが見えた。

 

(全力で俺を押し潰すつもりか!?)

 

 どうやら、凜堂に黙らされたことが相当気に入らなかったらしい。覇潰の血鎌は今、凜堂を潰す事に全力を注いでいた。

 

「く、そ、がぁ……!!」

 

 指一本動かせない圧力の中、凜堂は搾り出すように吐き捨てる。そんな凜堂を嘲笑うように覇潰の血鎌が揺れた。やがて凜堂の体は紫の輝きに覆われ、彼は何も見えなくなった。

 

 

 

 

「凜堂……!」

 

 顔を青ざめさせながらユリスは跳ね起きる。ステージ全体を呑み込んでいた紫の光は一点、凜堂に集中しているので、能力の範囲外にいるユリスは普通に立つことが出来た。

 

 問題は凜堂だ。今までの一部始終をユリスは見ていたので、凜堂がどうなったのか知っている。ステージの上にある、光で作られた紫の繭。中がどうなっているのか見えないほど色が濃い。その中に凜堂はいる。ステージ全体を覆っている時点で立つことが困難なほどの圧力だったのだ。それが一点に集中したとなると、いくら凜堂とて長くはもたないだろう。

 

「待っていろ、すぐ助ける!」

 

 ユリスはアスペラ・スピーナを構え、視線を力なく項垂れているイレーネに、彼女の右手から離れない覇潰の血鎌へと注いだ。今や、イレーネは覇潰の血鎌の使い手ではない。ただの燃料を補給するためのパーツに過ぎない。そして役目を果たせなくなれば使い捨てられるだろう。

 

「道具風情が人間を舐めるな!!!」

 

 耳障りな嗤いをする覇潰の血鎌に嫌悪を露にしながらユリスは目の前に魔方陣を描き、持てる全ての星辰力を注ぎ込んだ。煌々と赤く輝く魔方陣にユリスは細剣を突きつけた。

 

「咲き誇れ、呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)!!!」

 

 主の命により現れた焔の竜が咆哮を轟かせる。それは覇潰の血鎌の嗤い声を掻き消し、ステージ全体を震わせた。焔の竜が再び吼え、覇潰の血鎌に向けて飛びだっていく。

 

 いくら純星煌式武装といえど、これだけの威力を持ったものの直撃を受ければ唯では済まない。覇潰の血鎌は重力球を作り出し、焔の竜にぶつけた。焔の竜と重力球が派手な音を上げてぶつかり合う。

 

「負けるな……!」

 

 焔の竜が押し返されるのを感じながらユリスは光の繭を見た。覇潰の血鎌が重力球にいくらかの力を割いたためか、微かに色が薄くなっている。ユリスはその中に凜堂の姿を捉えた。片膝を立て、蹲っている。

 

「何している。立て、立つんだ凜堂。お前が止めるんだ。あの悪魔の、覇潰の血鎌の嗤いを!」

 

 小さく、だが確かに凜堂の肩が揺れた。

 

「凜堂ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ユリスが名を叫ぶ。それに応えるように凜堂は黒炉の魔剣を振り上げた。

 

 

 

 

 何も見えない、何も聞こえない、動く事すら出来ない。気が狂いそうになるほどの痛みと重さを与えてくる圧力の中、どうにか凜堂は意識を手放さずにいた。

 

(……考えてみりゃ、滑稽な話だ)

 

 何もすることが出来ない中、凜堂は小さく唇を歪める。考えるのはウルサイス姉妹のこと。

 

 何とも皮肉な話だ。妹を護るために手にした力のはずなのに、今はその力に振り回されて妹の命を危険に晒し、あまつさえ自分自身すら死にかけているのだ。まるで、三文役者が演じる陳腐な悲劇を見ているようだ。

 

 そんな下らぬ悲劇を二人の少女に演じさせ、その様を嗤い愉しむ非道の輩を許していいはずが無い。ふつふつと湧き上がる怒りに凜堂は拳を震わせる。同時に、自分の中で二つの意思を感じ取った。

 

 黒炉の魔剣と無限の瞳。二つの純星煌式武装が、凜堂とはまた別の怒りを露にしていた。それは覇潰の血鎌に対する憤怒。己が主に膝を突かせた不届きものに向けて放たれる殺意だった。

 

 魔剣と魔眼。一人の人間を主としながら決して交じり合う事のなかった二つの魔が凜堂を通して繋がり合う。

 

「行くぞ、お前等!」

 

 凜堂に呼応するように二つの純星煌式武装が熱くなりだす。そして黒炉の魔剣が変化を始めた。コアのウルム=マナダイトが光り輝き、白い刀身の上の黒い紋様が踊るのを止めて何かを描こうとしている。徐々に形を変えていき、黒い紋様が一体の動物を映し出した。それは龍。大きく顎を開き、敵対者を喰らわんとする一体の龍だった。

 

『凜堂ぉぉぉぉぉ!!!!!』

 

 ユリスの叫びが耳朶を打つ。同時に上から覆い被さってきた重力が弱まった。狙い澄ましたかのようなタイミングに凜堂は口元を綻ばせる。

 

(本当、お前は最高の相棒だよユーリ!!)

 

 相棒の声に応えないわけにはいかない。凜堂は力を振り絞って立ち上がった。紫に染まった世界の中で一人立つ凜堂。満身の力で黒炉の魔剣を振るう。咆哮のような刃音と一緒に紋様の龍が顎を閉じた。

 

 その時、光の繭が食い千切られたように掻き消えた。

 

 覇潰の血鎌の嗤いが凍りつく。天に突き上げるように掲げた黒炉の魔剣をゆっくりと下ろし、静まり返ったステージの上で凜堂は宣言した。

 

「悪いが、俺がステージ(ここ)に立っている以上、悲劇なんて起こさせない」

 

 何故なら、

 

「こっから先は俺のステージだ!!」

 

 『高ら』かに、『凜』と『堂』々と。その名の意味を全身で表しながら凜堂は覇潰の血鎌を見据えた。




 高らかに凜と堂々と。だから高良凜堂。どうでもいい主人公の名前の由来でした。

 どうでもいいけど、この作品投稿してから一年経ったんだな。光陰矢のごとしとはよく言ったもんで。


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『無限』

 


 星辰力(プラーナ)の炎を揺らめかせる右目が異様に熱かった。まるで本当に火をつけられたかのような熱を帯びている。その熱は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)と右腕を通して流れ込んでくる“何か”が多くなるのに比例して高くなっていった。

 

 何故、凜堂は覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力を切り裂くことが出来たのか。何故、黒炉の魔剣の紋様が龍のような形になっているのか。観客達は勿論のこと、当事者である凜堂も何が起こっているのかよく分かっていなかった。説明を求められても、何も言えないだろう。

 

 ただ一つ分かること。それは今、自分の中に敵を斬るための、意志を貫くための力があるということ。それだけ分かっていれば十分だ。

 

「勝負だ……!」

 

 右手に黒炉の魔剣、左手に禍津御霊(まがつみたま)を携え、凜堂は地面を蹴る。凜堂が走り出すのに一瞬遅れ、覇潰の血鎌は自分を中心に紫の輝きをドーム状に広げて凜堂を迎え撃った。

 

 迫る紫の輝き。凜堂は目を逸らすことなく、ただ前だけを見て駆ける。後数歩で覇潰の血鎌の能力に捕まるというところで、右目の黒い炎に微かに紫が混じった。すると凜堂の目の前に黒い光の壁が現れ、紫の輝きを押し返し始める。色こそ違えど、それは覇潰の血鎌の能力発動の際に現れる重力の輝きと同じものだった。

 

(こいつは!? ……考えてる暇は無ぇ!)

 

 足を止めずに凜堂は黒炉の魔剣を振り下ろし、自身が出現させた黒い光ごと紫の輝きを両断する。そこから一瞬で間合いを詰め、禍津御霊で覇潰の血鎌をイレーネの手から弾き上げた。

 

 くるくると回転しながら上昇していく覇潰の血鎌を睨み上げ、凜堂は無限の瞳(ウロボロス・アイ)が喰らった覇潰の血鎌の能力を解放させる。

 

禍津(まがつ)甕星(みかぼし)”!!」

 

 空中で回っていた覇潰の血鎌の動きがピタリと止まった。その周囲には黒い光が球状に発生し、覇潰の血鎌を宙に固定している。覇潰の血鎌が紫の輝きを放って抵抗するが、漆黒の光球は覇潰の血鎌を逃さなかった。覇潰の血鎌を睨んだ体勢のまま凜堂は足の裏に星辰力を溜める。

 

「ユーリ、頼む!」

 

「任された!」

 

 それだけの言葉で凜堂が何をするつもりか察し、ユリスは意識を集中させた。阿吽の呼吸と言うべきか、組んで一、二ヶ月の急造タッグとは思えないほど二人の息はピッタリと合っていた。

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔火(プリムローズ)!!」

 

 九つの火球を現出させると、ユリスはそれらを光球の周囲に張り巡らせるように並べる。ユリスが火球を展開し終えたのを視認し、凜堂は星辰力を解放させてロケットのように跳躍した。高速で飛翔する凜堂。

 

「はぁ!!」

 

 覇潰の血鎌と擦れ違った瞬間に黒炉の魔剣と禍津御霊の刀身を叩きつける。覇潰の血鎌の動きを封じている禍津甕星も一緒に斬ることになるが、覇潰の血鎌が落下し始めるよりも凜堂のほうが速い。覇潰の血鎌の上辺りに漂っていた火球を蹴りつけ、爆発させて無理矢理方向転換すると同時に加速する。そして再び二振りの魔剣を振り抜き、覇潰の血鎌を切りつけた。移動先にはまた別の火球がある。

 

 火球の爆発を利用し、凜堂は足場の無い空中で方向転換しながら擦れ違い様に覇潰の血鎌を斬っていく。その都度、覇潰の血鎌は悲鳴のような音を上げた。

 

 爆裂音が轟くこと八回。合計十八発の斬撃を受け、覇潰の血鎌は所々から火花や煙を噴き出している。一方の凜堂も全身の至る所にダメージを負っていた。だがそんなことはお構い無しで凜堂は高々と飛び上がり、最後の火球に足をかける。

 

禍津(まがつ)奥義(おうぎ)

 

 魔剣二振りに許容範囲ギリギリまで星辰力を注ぎ込んだ。二つの刀身は目が痛くなるほど白熱し、その上では黒い紋様が狂ったように舞い踊っている。

 

禍津(まがつ)武甕槌(たけみかづち)”!!」

 

 最後の火球が炸裂し、凜堂の背中を押す。凜堂は覇潰の血鎌目掛け急降下していった。その姿はさながら夜空を駆ける流れ星だ。この試合で凜堂が放った中でも最高の斬撃が二発、覇潰の血鎌を襲う。一瞬、覇潰の血鎌が真っ二つになったように見えた。一拍置いて、耳を覆いたくなるような断末魔が響き渡る。

 

 凜堂がステージに着地すると同時に覇潰の血鎌の悲鳴が途切れ、その外装が粉々に砕け散った。無数の破片と一緒に紫に光るウルム=マナダイトが落ちてくる。凜堂は禍津御霊をステージに突き立て、空いた左手で覇潰の血鎌のウルム=マナダイトを乱暴にキャッチした。そして反抗するように輝くウルム=マナダイトを見下ろしながら冷ややかに一言。

 

「寝てろ」

 

 ビクリ、と凜堂の手の中で震えたかと思うと、それっきりウルム=マナダイトは光らなくなる。一つ満足そうに頷きながら大きく息を吐くと、機械音声が試合の結果を告げた。

 

「イレーネ・ウルサイス、プリシラ・ウルサイス、意識消失(アンコンシャスネス)

 

「勝者、高良凜堂&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!」

 

 天地を震わせる大歓声がステージに轟く。試合の結果に凜堂は満足げに頷き、ウルム=マナダイトを投げ捨てた。もし、この場にその道の研究者がいたら、凜堂の行動に発狂しかねないくらいに怒り狂っただろう。しかし、調子に乗った馬鹿にはこれくらいが丁度いい、と凜堂は転がっていくウルム=マナダイトに見向きもしなかった。

 

「かなりギリギリだったが、勝てたな」

 

 右目の炎を消し、二つの得物を待機状態にする凜堂にユリスが歩み寄る。あぁ、と頷きながら凜堂は拳を突き出した。差し出された拳に拳を合わせ、ユリスは凜堂に応じる。さてと、と凜堂は大の字に倒れているイレーネと、彼女から少し離れた所に倒れているプリシラへと視線を向けた。

 

「さっさと眠り姫を起こすとしますか」

 

 凜堂はすたすたと試合のダメージを全く感じさせない足取りでイレーネに近づき、彼女の胸倉を掴んでガクガクと揺さ振った。

 

「おい、起きろこの馬鹿。こんな所で寝ると風邪引くぞ」

 

 当たり前と言うべきか、イレーネが起きる気配は無い。小さくため息を吐くと、凜堂は思いっきりイレーネの頬を張った。見事な炸裂音が響き、イレーネの頬に綺麗な紅葉のような手形が残る。

 

「うっ……あ、あれ。あたし何で……」

 

 凜堂のビンタが余程効いたのか、イレーネはゆっくりと目を開けてジンジンする頬を擦った。やっと起きたか、と目の焦点が定まってないイレーネを放して今度はプリシラへと歩いていく。何がなんだか分からない様子のイレーネの傍らにユリスが屈み込んだ。

 

「大丈夫か、『吸血暴姫(ラミレクシア)』?」

 

「『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』……あたしは、一体何を……確か、高良とあんたの合体技を喰らって……そっからどうなったんだ?」

 

「お前はついさっきまで覇潰の血鎌に意識を乗っ取られていたんだ。覇潰の血鎌に支配されて妹と一緒にかなり危険な状態だったが、凜堂が壊した。もう、お前達をどうこうは出来んだろう」

 

 ユリスが顎で示す先には光を失った紫色のウルム=マナダイトが転がっている。そっか、と今だ覚醒しきってないイレーネだったが、何かに思い至ると縋るようにユリスの胸元を掴んだ。

 

「そうだ。プリシラは? プリシラはどうしたんだ!?」

 

「落ち着け。彼女なら今」

 

「ここにいるぜ」

 

 突如、会話に割り込んできた声に振り返ると、プリシラを抱き抱えた凜堂が立っていた。

 

「プリシラ!!」

 

 イレーネは慌てて立ち上がろうとするが、覇潰の血鎌に酷使された体は思うように力が入らずふらついてしまう。見かねたユリスがイレーネに手を貸した。ユリスに支えられながらイレーネはプリシラの顔を覗き込む。青白くなった顔は血の気が薄く、うっすらと汗が浮かんでいた。だが、確かに生きている。

 

「プリシラ、プリシラ……!」

 

「落ち着け。血を吸われすぎて意識が無くなったみたいだけど、命に別状はないだろうさ」

 

 凜堂がプリシラをイレーネに渡すが、まだ体に力が入らないらしくイレーネは二、三歩ふらふらすると、その場に尻餅をついた。ユリスが大丈夫かと声をかけようとするが、凜堂が片手で制す。凜堂の手振りに戸惑うも、ユリスはウルサイス姉妹を見て納得した様子で頷いた。

 

「お姉、ちゃん……」

 

「ごめんな、ごめんな、プリシラ……」

 

 寝言で姉を呼ぶプリシラと、泣き出しそうな顔に安堵の表情を浮べながら妹を撫でるイレーネ。この二人の間に他人が入り込む余地は無い。プリシラを抱き締めていたイレーネが視線を上げる。

 

「高良、ありがとう。本当に、ありがとう」

 

 普段の粗野な彼女からは想像もつかない感謝の言葉だった。気にするな、と片手を振り、凜堂は涙を溜めたイレーネの瞳を真っ直ぐ見詰める。

 

「もう、絶対に放すなよ」

 

 凜堂の言葉にイレーネは小さく、だが確固たる意志を持って頷いた。

 

 

 

 

 レヴォルフ黒学院生徒会長室。新調した執務机の上に脚を乗せ、ディルクは空間スクリーンに映る今日の試合を見ていた。ライブ映像ではなく、録画されたものだ。空間スクリーンの中では凜堂が黒い光の壁で覇潰の血鎌の能力を防いでる。

 

「ちぃ……」

 

 そこから映像が移り変わり、空中に高々と打ち上げられた覇潰の血鎌が漆黒の光球に閉じ込められるシーンになった。ディルクは何時もと変わらない嫌悪感を滲ませた表情で舌打ちする。

 

「無限の瞳の力に目覚めたか? いや、まだそこまでには至っていないか」

 

 ディルクが端末を操作すると、空間スクリーンの映像が変わる。凜堂が光の繭から抜け出した時のものだ。ディルクは不機嫌そうな顔をそのままに凜堂の右手に握られた黒炉の魔剣、正確にはその刀身に現れた紋様の龍を注視していた。

 

「まさか、こんな形で無限の瞳の片鱗が現れるとはな……」

 

 無限に等しい力を内包し、使用者に与える。それがアスタリスクに知れ渡っている無限の瞳の能力だ。しかし、それだけが無限の瞳の能力ではない。大っぴらにはなっていないが、無限の瞳には別の能力がある。それは己以外のものの力を喰らい、己のものとすること。そこに純星煌式武装(オーガルクス)魔女(ストレガ)魔術師(ダンテ)などといった区分は無い。

 

 無限の力を持ちながら、無限に喰らい続け、無限に進化していく。それが『無限の瞳』という純星煌式武装だ。

 

 その上、凜堂は黒炉の魔剣という最強の矛を持っている。

 

 どれ程、堅固な能力を持った者がいても、黒炉の魔剣がその防御を切り崩し、無限の瞳がその力を喰らう。そして力は凜堂のものとなる。これ程、凶悪な組み合わせをディルクは他に想像できなかった。

 

「呑まれるのも時間の問題だろうよ」

 

 だが、ディルクは凜堂のことを必要以上に警戒していなかった。それは彼が以前に無限の瞳の使用者を見たことが基因している。前使用者は凜堂同様に無限の瞳の力を引き出したが、一週間としない内に無限の瞳の力に呑まれて悲劇的な末路を辿った。どのくらいの間、正常でいるかは分からないが、凜堂も似たような最期を迎えるだろうとディルクは想像していた。

 

「『猫』に支度をさせるほどじゃなかったか? ……いや、このガキは予想の斜め上を行きやがる。この先も何をしでかすか分からねぇ」

 

 覇潰の血鎌を破壊されたことがいい例だ。もっとも、この件に関してはコアのウルム=マナダイトを回収できたので大した問題ではない。寧ろ、少しは大人しくなるはずだ。

 

 必要以上に警戒することは無いが、用心を怠ってはならない。ディルクの凜堂に対する評価はそんなところだった。

 

 ディルクが映像を早送りする。そこには片膝をつき、苦しそうに肩を上下させている凜堂の姿があった。彼の傍らにいるユリスが肩を貸しているが、それでも歩けないほど消耗しているようだ。

 

『おっと、これはどうしたことでしょう! 悠然とステージを去ろうとしていた高良選手が突然その場に蹲ってしまいました! チャムさん、やはりこれは相当なダメージを負っているということなのでしょうか?』

 

『普通に考えたらそうっすね。あんな爆発で無理矢理方向転換、加速して斬るなんて技を使ったんだから、いくら星辰力で体を守っててもダメージは確実に蓄積されるっす。でも、この万能素(マナ)の感じ。それだけじゃない気が……』

 

 半ばユリスに引き摺られるように歩いていた凜堂の顔が苦悶に歪み、食い縛った歯の隙間から呻き声が漏れる。更に右目から血涙が零れ始めた。尋常な様子ではない。

 

『え、あれって……』

 

『……多分、無限の瞳を使用した反動だと思うっす。あれだけの星辰力を暴走させずに扱うんだから、消耗も激しいはず』

 

 解説の声が終わるのを待たず、ディルクは空間ウィンドウを消した。禍津武甕槌という自爆に等しい技を使ったことを踏まえても、体を動かせなくなるほどのダメージを受けるとは考えにくい。恐らく、この試合後の映像を見て誰もがある結論に達したはずだ。

 

 高良凜堂は一定時間しか無限の瞳の力を引き出せない。これが周知されれば、凜堂達がこの先勝ち進む事は極めて困難になるだろう。

 

「まぁいい。ここで止まるっていうならその程度の奴だったってだけの話だ」

 

 誰に言うでもなく一人呟き、『悪辣の王(タイラント)』はこの先の仕掛けについて考えを巡らせ始めた。

 

「気懸かりがあるとすれば界龍(ジェロン)のクソガキだな。どこまでちょっかいを出してくるか想像がつかねぇ……それにアルルカントの小娘にも渡りをつけておかねぇとな……」

 

 

 

 

「結構無茶したな……全身がビキビキいってら」

 

「だ、大丈夫ですか、凜堂先輩!?」

 

 控え室のソファーに寝転がった凜堂を心配そうに覗き込む綺凜。その隣には紗夜の姿もあった。彼女も綺凜と同じ様に気遣わしげな表情をしている。

 

「……大丈夫そうには見えない」

 

「まぁ、流石にライオン○ングよろしく心配ないさ、って元気良くは言えねぇな」

 

 苦笑を浮かべながら凜堂は肩を竦めようとして止めた。全身が引き攣ったように痛む上、笑ってしまうほど力が入らない。満身創痍と言って差し支えない相棒の姿にため息を吐きながらユリスは凜堂の額に乗せたタオルを交換する。

 

「あれだけ無茶をやったんだ。寧ろ、これくらいで済んで良かったと考えるべきだろう」

 

「それもそうな。バーストモードのリミットを一、二分オーバーした挙句に禍津武甕槌まで使ったんだ。下手すりゃ、この先戦えなくなってたかも……」

 

 禍津武甕槌。相手を回避も防御もままならない空中に打ち上げ、火球の爆発を利用して高速の斬撃を叩き込む文字通りの必殺技だ。一撃必殺の威力を持つ黒炉の魔剣を間髪入れずに叩き込むのだから威力は折り紙つきだ。その反面、凜堂に返ってくるダメージも馬鹿にならない。

 

「しかし、とうとうばれてしまったな」

 

 勝利者インタビューをキャンセルしたものの、聡い者なら凜堂に何かしらの制限があることに気付いただろう。

 

「ま、しゃあねぇだろ。この先、強敵と戦う以上、ばれるの避けられなかったさ。ばれるのが予定よりも早くなっただけだ。問題は……」

 

「次の試合ですね」

 

 紗夜と綺凜同様、凜堂を心配して控え室にやって来たクローディアの言葉に凜堂とユリスは暗澹たる表情を浮かべた。無茶をしたつけは高く、安静にしていても体の調子が戻るのは二日目以降になるだろう。そして次の五回戦は明日(あす)だ。

 

「凜堂、明日までにどれだけ回復できそうだ?」

 

「体を動かす分には問題ないと思うが、純星煌式武装を使うのは無理だ」

 

 仮に使えたとしても、それはほんの数秒だけだ。これから先の試合、たった数秒で片をつけられる相手はもういないはずだ。

 

「きっつい試合になりそうだな……ま、どうにかなるか」

 

「どうにかなるって、お前なぁ」

 

 この期に及んで楽観的な物言いをする凜堂にユリスが三白眼を向ける。相方の非難の視線を受けながら凜堂は若干ぎこちないが飄々とした笑みを作った。

 

「俺とお前だ。誰が相手だろうが負けるはず無いだろ」

 

「……そうやってお前は殺し文句を言って私を黙らせる」

 

 照れた様子でそっぽを向くユリス。顔は正面から見ないでも分かるくらい真っ赤になっている。

 

「よし。私は凜堂が少しでも早く回復できるよう手伝う」

 

「わ、私もお手伝いします! お握りたくさん作ります!」

 

「お前達は自分の試合の心配をしてなければ駄目だろ!」

 

 凜堂との間に割って入ってくる紗夜と綺凜にユリスが食って掛かる。じゃれるのもいいけど程ほどにな~、と遊び回るペットの飼い主のような気分になっていた凜堂の隣に何時の間にかクローディアが立っていた。

 

「とにかく、明日を乗り越えることが重要です。次の準々決勝までには一日調整日が入ります。休息も出来るでしょう」

 

「まぁ、ただ休むだけって訳にもいかねぇよなぁ」

 

 凜堂は右目をそっと撫でる。試合のあれは一時的なものではないようで、無限の瞳が喰らった覇潰の血鎌の能力は凜堂の意思で使うことが出来る。

 

「無限の瞳にこのような能力があったとは知りませんでした」

 

「俺もだよ。色々と未知過ぎるだろ、こいつ」

 

 目を閉じ、凜堂は小さく息を吐いた。無限の瞳。『その瞳に映るは禍津光なり』と恐れられた曰くつきの純星煌式武装。

 

ーもっとこいつのことを知らなきゃいけないー

 

 微かに右目が熱くなったのを感じながら凜堂はゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウフフフ……』

 

 暴龍(ウロボロス)の目覚めは近い。




 ども、北斗七星です。先日、母と一緒にるろうに剣心を見に行きました。相変わらず佐藤健は嵌ってますわ。そして藤原竜也の志々雄の雰囲気が凄かった。狂気的な役を演じさせると凄いねあの人。ただ、実写版でお師匠を見ることになるとは思わなんだ。あの超人っぷりを実写で再現出来るのか?
 
 それはそうと、見た後の母の感想に爆笑すると同時に納得してしまいました。

「あの逆刃刀真打と影打のくだり、コブラのサイコガンじゃね?」

 言 わ れ て み りゃ 確 か に そ う だ。

 気になる人はコブラの神の瞳編を読んでみてね。

 前置きが長くなりましたが原作三巻の内容がようやっと終わりました。無限の瞳の能力、それは相手の能力を自分のものにすること。どこの安っぽいチートだよ……。書いちゃったもんは仕様が無いし頑張って続き書くべ。

 しかし、どうしたものか。このまま大幅な修正加筆を覚悟で続けるか。それとも何か別のをやるか……とりあえず、続き書きながら考えますわ。

 もしよろしければ次もお付き合いよろしくお願いします。では。


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消えぬ悲しみに始まりを
『無限』を識る者


 ども、遅くなって申し訳もないです。今回凄く短いですが、次話もすぐに投稿しますのでご安心を。


 界龍(ジェロン)第七学院(だいなながくいん)。アスタリスク南東に位置するその学園はこの六花において最大の規模を誇る。伝統的な中華風の建造物が多く、それぞれが無数の回廊で繋がれている。それらに囲まれるようにして庭園や広場があり、その様相は見る者に学園ではなく宮殿を連想させた。

 

 さて、この界龍第七学院だが、敷地内の一角に黄辰殿と呼ばれる場所がある。見た目は界龍にある他の建造物となんら変わりないのだが、界龍の中で最も重要な場所として界龍生徒たちには認識されている。その理由は黄辰殿の主にあった。

 

 黄辰殿の主。その者に与えられた二つ名は『万有天羅(ばんゆうてんら)』。界龍の序列一位であり、界龍を統べる主。三年前、六歳にしてその座に着いた少女の名は(ファン)星露(シンルー)といった。

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ、楽しみじゃのう」

 

 界龍の回廊を歩く人影が二つある。一つは長い黒髪を蝶のように結んだ童女。もう一つは童女の傍らを歩く、女子と見間違われそうな容姿をした男子だ。この童女こそ、『万有天羅』范星露である。彼女の傍にいるのは(ジャオ)虎峰(フーフェン)、序列五位の星露の直弟子である。よく女と間違われるそうだ。

 

「随分と楽しそうですね、師父」

 

 楽しげに肩を震わせる星露に虎峰はため息を吐きたい気分だった。暗澹たる面持ちの虎峰を星露はちらっとだけ横目で見る。

 

「何じゃ虎峰。随分としけた面をしてるのう」

 

「七割ほど師父のせいなのですが……」

 

 ここ最近、正確には『鳳凰星武祭(フェニックス)』が始まった辺りから星露はひどく上機嫌だった。その訳を聞けるほど度胸のある生徒は少なく、また聞けるほど根性のある生徒がいても界龍の長は明確な答えを返さなかった。

 

 ただ、ルンルン気分故に起こす星露の行動に界龍の生徒は色々と被害を受けており、生真面目且つ直弟子である虎峰はそれが顕著だった。もっとも、残りの三割は星露が原因ではないのだが。

 

「本当におぬしはあの双子を毛嫌いしておるのう」

 

「別に毛嫌いしているわけでは……」

 

 そこまで言いかけ、虎峰は口を閉じる。嫌っているというか、馬が合わないのは紛れも無い事実だ。それは他の界龍の生徒にしても同じだろう。星露のいう双子とは(リー)沈雲(シェンユン)(リー)沈華《シェンファ》のことだ。それぞれ序列九位と十位に名を連ねる『冒頭の十二人(ページ・ワン)』である。ことコンビネーションにかけてこの双子に勝る者は界龍にいない。

 

 はっきり言ってこの二人、根っからの性悪だ。自分の才覚に対して相当な自負があり、それを裏付けるだけの力を持っている。ただ、その自負は傲岸不遜と言っても過言ではないレベルであり、尚且つ相手をいたぶるような戦い方をするため、多くの者から嫌われていた。

 

「まぁ、おぬし等の関係などどうでもいいんじゃが……そうじゃの。虎峰、準々決勝でおぬしに代わって奴が鬱憤を晴らしてくれるかもしれんぞ」

 

「奴とは(ソン)たちのことですか?」

 

「いんや、星導館の序列一位のことよ」

 

 くつくつと喉を鳴らす星露を驚いたように見ていたが、虎峰は戸惑いの表情を浮かべた。

 

「師父は宋たちがあの星導館のペアに負けるとお思いなのですか?」

 

「逆に聞くが、おぬしは宋たちが勝つと思っておるのか?」

 

 はい、と星露の質問に虎峰ははっきりと頷く。

 

「双子の肩を持つ訳ではありませんが、星導館の序列一位高良凜堂は今日の試合で純星煌式武装(オーガルクス)の使用に制限時間があることと、反動で動けなくなるという弱点を曝け出しました。これは余りに致命的です」

 

 その上、再度純星煌式武装を使うにはそれなりのインターバルが必要という噂もある。この噂の出所はレヴォオルフなので余り信憑性はないが、仮に本当だとしたら明日の試合までに回復しない可能性が出てくる。そうなった場合、ペアの片割れが序列五位の『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』だということを含めても宋たちが負けることは無いはずだ。

 

「……あやつらも同じことを言っておったが、おぬしまでそんなことを言うのか」

 

 その筈なのだが、星露は足を止めるとつまらなさそうな顔をしながら振り返り、軽くジャンプして虎峰の額をぺちりと叩いた。威力、音共に大したものではなかったが、前触れ無く叩かれてかなり驚いたらしく、虎峰は目を白黒させながら星露を見る。

 

「もちっと視野を広くして考えたほうが良いぞ。あれはあの小僧の弱点にはならぬ。仮に弱点だとしてもそこまで決定的なものではないわ」

 

「お、お言葉ですが師父。『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』と『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』が使えぬ以上、高良凜堂は」

 

 そこじゃよ、と星露は虎峰の言葉を遮る。

 

「おぬしも双子も、というよりも、アスタリスクにいるほぼ全員に言えることじゃが、おぬし等はあの小僧ではなく、小僧の持つ純星煌式武装に目を向けすぎておる……虎峰。おぬし、あの小僧が何時から純星煌式武装を使い始めたか知っておるか?」

 

「え? は、はい、勿論です」

 

 その辺りの情報は凜堂が序列一位になった時点で諜報機関が調べたので知っている。凜堂が純星煌式武装を持つようになったのは六月、即ち彼が星導館学園に転入してから間もなくだ。

 

「ですが、師父。それがどうしたと……」

 

 言いかけて、虎峰はあることに気付く。凜堂が転入したのが六月、そして『鳳凰星武祭』が開催されている今は八月。つまり凜堂は純星煌式武装を手にして二ヶ月ほどしか経ってないにも拘わらず、『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』を降し、『吸血暴姫(ラミレクシア)』を打ち破ったのだ。

 

「確かに高良凜堂はその二つ名の由来でもある『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』を使えぬかも知れぬ。だが、だからといって確実に後れを取らないと言えるほどに弱いかはまた別の話よ」

 

 二つの純星煌式武装を同時に制御するという離れ業をやってのけ、その上使い始めて間もないのに最強クラスの敵に勝つ。それ程の難行を成し遂げている者が弱いといえるのか? 答えは否だ。

 

「あの『無限』に見初められたのじゃ。この程度で躓くような男ではあるまいよ」

 

 そうですか、と頷いたところで虎峰は星露の言葉に首を傾げる。まるで『無限の瞳』のことを知っているかのような口ぶりだ。

 

「師父。『無限の瞳』について何かご存知なのですか?」

 

 虎峰の問いに答えず、星露はまた歩き始めた。慌てて追いかける虎峰には見えなかったが、彼女の口元に浮べられた笑みは本当に、本当に楽しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして別の場所。ある人もまた今日の凜堂の試合映像を見ていた。均整の取れた肉体を警備隊の制服に包んだ、凛然とした風貌の美女。ヘルガ・リンドヴァル。星猟警備隊(シャーナガルム)の隊長にして『王竜星武祭(リンドブルス)』二連覇を成し遂げた、アスタリスク史上最強の魔女(ストレガ)と言われている女傑だ。

 

 そのヘルガが試合映像を見ながら美しい顔を険しくさせていた。試合の様子を映した空間スクリーンは先ほどから同じ場面をリピートしていた。凜堂が龍のような紋様を浮かべた黒炉の魔剣で覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の光を切り裂き、覇潰の血鎌と同様の能力を発動させている場面だ。

 

「『無限の瞳』に魅入られた者がまた現れたか。いや、寧ろ入れ込んでいるのは彼ではなく奴か」

 

 小さく息を吐きながらヘルガは試合映像を消し、別のものを空間スクリーンに映す。そこには凜堂の詳細なデータや経歴などが書かれていた。このデータは凜堂が無限の瞳を手にしたと聞いた時から集めていたものだ。かなり読み込んでいるので凜堂の生い立ちや素性など、ヘルガはかなりのことを知っていた。

 

「こんな過去を生きてきたとすれば、誰も喪わなくていいように絶大な力を欲するのも頷けるな……最初から奴の与える渇望をクリアしていたことも納得がいく。奴が気に入る訳だ」

 

 この先、凜堂はどんどん無限の瞳の力を引き出していくだろう。そして無限の瞳もまた、凜堂に力を際限無く与えていくはずだ。その先に待つ結果がどのようなものなのか、ヘルガは知っている。故に彼女は厳しい表情をしていた。

 

「今だかつて、奴の力に呑まれなかった者はいない……会って話をする必要があるな」

 

 もし仮にヘルガの考える未来が現実のものとなった時、彼女は凜堂を殺さねばならない。険相な顔つきのまま、ヘルガは空間スクリーンを閉じた。



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危機! じゃないかも

ー力が欲しい?ー

 

 その言葉は問いかけというより、誘惑に近かった。聞く者の心を蕩かせ、思考を麻痺させる魔性の声。心に直接聞こえてくるかのような声に凜堂は時間をかけ、静かに頷いた。

 

(力なら欲しいな)

 

 だが、と一拍置いて凜堂はもう一度口を開く。

 

(その力は要らねぇ)

 

 護りたいものを護るために絶大な力が欲しい。己自身の根底にある渇望を無理矢理抑えつけながら凜堂は答えた。渇望を押しのけ、本能が凜堂に訴えていた。今、自分に差し出されようとしている力は一人の人間が扱えるようなものではないと。

 

 この力は猛毒だ。いたずらに手を出せば、凜堂の心身を侵して行くだろう。『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』に乗っ取られてしまったイレーネのようになってしまうのは火を見るよりも明らかだ。いや、それよりももっと酷いことになる。

 

 自分が自分でなくなる、そして大切な人を傷つけてしまう。そうなってしまうと、妙な確信が凜堂にはあった。原因の分からない恐怖を感じながら凜堂は誘いを振り払った。

 

(俺が欲しいのは護るための力……傷つけるための力なんて必要ない)

 

ークスクスクス……ー

 

 蠱惑的な笑い声が聞こえてくる。それも徐々に小さくなっていった。

 

ーまた来るよ……ー

 

 笑い声が完全に途切れる寸前、凜堂ははっきりとその声を聞いた。

 

 

 

 

「……夢、だよなぁ」

 

 見慣れつつある寮の部屋の天井を見上げながら凜堂は呟く。ベットから上半身を起こし、自分の状態を確認する。バーストモードを無理に維持したツケは高くついたようで、試合から一晩経った今でも体の節々が痛い。動けないほどではないので普通に戦う分には問題ない。しかし、『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』や『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』を使っての戦闘は無理だろう。仮に使えたとしても、それはほんの一瞬だけだ。

 

「ったく、後先考えずに無茶するもんじゃねぇわな……う~ん」

 

 組んだ両手を逆さにしながら大きく伸びをする。ぴきぴき、と体中が痛むが、ストレッチを終わる頃には和らいでいた。

 

「さって、今日も頑張っていきますかい」

 

 ベットから下りようとしていた凜堂の動きが止まる。ゆっくりと片手を持ち上げ、純星煌式武装(オーガルクス)が入り込んだ右目を撫でた。

 

「お前なのか?」

 

 凜堂の問いに明確な答えは返ってこない。ただ、仄かに右目が熱くなっただけだ。少しの間、凜堂は右目を覆っていたが、考えても仕方ないと気持ちを切り替えて着替えを始めた。

 

 

 

 

「よくもまぁ、たったの一日でこうも広まったものだ」

 

 鳳凰星武祭(フェニックス)十一日目。シリウスドーム控え室に入った凜堂を向かえたのは仏頂面を浮かべたユリスだった。その周囲には複数の空間ウィンドウが浮かんでいる。どれも、昨日の凜堂達の試合に関するものだった。

 

「お早うさん、ユーリ」

 

「お早う、凜堂。自分の弱点が世界中に広められた気分はどうだ?」

 

 開口一番きっついわねぇ~、と苦笑いを浮べながら凜堂はユリスの向い側にソファーに腰を下ろす。いい気分ではないのは確かだ。

 

「現状はご覧の通りだ。報道のほうはまだ漠然とした憶測だけだが、各学園はそれぞれの諜報機関を使ってより正確な情報を掴んでいるだろう」

 

「本当、お疲れ様です。どこまでバレとるかねぇ」

 

 口を動かしながら凜堂は空間ウィンドウを数枚引き寄せる。どれも鳳凰星武祭について書かれているが、そのほとんどに凜堂のことがでかでかと書かれていた。

 

「『星導館の切り札に重大な弱点!?』、『優勝候補の能力は制限時間つき?』ね……ほっとけ」

 

 報道の方では辛うじて断定されてないが、各学園の諜報機関はきっちりと仕事をしているはずだ。

 

「どの学園もクローディアと同じくらいのことは知っていると考えた方がいいだろう」

 

『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』を同時に使用できる時間は限られている。このことを知っているのはユリス、紗夜、綺凜、レスターだけだ。昨日の試合後、見舞いに来てくれたクローディアに反動のことを話したのだが、前からある程度知っていたようだ。

 

『申し訳ありません。ですが、これも私の仕事ですので』

 

 そう言ってクローディアは頭を下げていた。もっとも、このことに関して凜堂にとやかく言うつもりは無かった。強いて言うならどうやって知ったのかを教えて欲しかったが、クローディアはそれ以上何も口にしなかったので分からない。ある程度のことは推察できるが。

 

「確か……『影星(かげぼし)』だっけか、星導館の諜報機関って? そこが情報集めてたんかね」

 

 以前のサイラスの一件にも噛んでいたようだし、そこが動いていると見て間違いない。どの学園の諜報機関が優れているのか凜堂には分からないが、他と比べて著しく劣っているところは無いと思っていいはずだ。だとすればユリスの言うとおり、クローディアと同じくらいのことを知っていると考えるのが妥当だろう。

 

「正確にではないが、制限時間に関してはばれてると考えたほうがいい。ウルサイスの試合を基準にすれば、それくらいは考察できる」

 

 ですよねー、と凜堂は諦めのため息を吐く。試合後、あれだけの観衆の前でぶっ倒れたのだ。ばれてないと思うほうがおかしい。

 

「おまけに制限時間を超えると体を動かすのもままならなくなることがばれている始末……」

 

「まぁ、お前の助けがなきゃ歩けない上に、『無限の瞳』がある右目から血涙流してたからな。この状態で元気に体を動かせるとは思わんだろ」

 

 記事の一つに関係者談というものがあり、そこには凜堂の反動についてが載っていた。具体的な時間は示されてないが、『無限の瞳』を使うとダメージが蓄積して動けなくなる。その上、もう一度、発動させるためにはそれなりのインターバルが必要だということも、あくまで伝聞で知ったという風に書かれていた。

 

「その噂の出所はレヴォルフのようだぞ」

 

「そうなのか?」

 

「クローディアの言葉だ。間違いはあるまい」

 

 イレーネも言っていたが、レヴォルフの生徒会長は以前にも『無限の瞳』の使用者を見ているようだ。ならば、反動のことを知っていてもおかしくはない。

 

「『悪辣の王(タイラント)』め。わざわざ広まるように噂をリークするとは……二つ名は伊達ではない、か」

 

「そりゃあ、そんなことばっかやってるからおっかねぇ名前で呼ばれてんだろ」

 

 皮肉っぽく口元を歪めるユリスに凜堂は米人のように両手を上げて見せた。アスタリスク中に広まっている噂、イレーネ自身の口から語られた人物像からレヴォルフの生徒会長が善性の人間でないことは容易に想像できた。

 

「アドヴァンテージがあるとすれば、反動が発生するのは『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』を併用した時だけであって、別に『無限の瞳』を単体で使う分には問題ないというのがばれてないことだな。で、実際のところどうなのだ? どこまでやれる?」

 

 空間ウィンドウを消し、ユリスは凜堂に訊ねた。

 

「普通に戦う分にゃ問題ないかね」

 

 今朝方、起きた時に感じていた体中の痛みもほとんど沈静化している。試合前までには問題ないくらいには回復できるはずだ。

 

「ただ、こいつらを使うってなると無理だな」

 

「片方だけというのも厳しいか?」

 

「出来ないこたぁねぇけど、死ぬほど頑張って十何秒ってくらいだな」

 

 昨日の試合で無理をしすぎた。やっぱ、後先考えなさすぎたと肩を落とす凜堂を今更後悔するな、とユリスは小突いた。

 

「そういえば、『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の能力をコピーしたあの力。あれは何なんだ? お前、どうやってあんな芸当を?」

 

 凜堂の制限時間や反動などが大きく取り上げられていたが、凜堂が覇潰の血鎌の能力を使ったこと。これも大きな話題を呼んでいた。もう一度、ユリスは再度空間ウィンドウを開いて別の報道サイトを映す。こちらは凜堂の制限時間と反動ではなく、凜堂が覇潰の血鎌の能力を使ったことが見出しとして出されていた。

 

「実はお前は能力を奪う事の出来る魔術師(ダンテ)だとか、『無限の瞳』か『黒炉の魔剣』のどちらかが関わっているだとか、他にも掲示板などに様々な意見が書き込まれているが、結局のところどうなんだ?」

 

 不特定多数の人間が多種多様な推察をしているが、どれが真実なのかは定かではない。それも当然のことで、本人自身がよく分かってないのだ。肩を竦めて見せる。

 

「俺の方が聞きてぇよ。気付いたら出来た、とかそんなレベルだ。分かってんのはこいつ等が手を貸してくれたってことだけだ」

 

『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』が力を貸してくれた。何とも凜堂らしい表現だった。そうか、と顎に手を当てながらユリスは考え込む。

 

「念のために聞いておくが、『覇潰の血鎌』の力は試合で使えそうか?」

 

「百パー無理」

 

 はっきりと凜堂は断言する。

 

「万全の状態でどうにか使えるって感じだぜ。反動のダメージが残ってる状態じゃ絶対に無理だ」

 

「やはり、そうか。使えれば戦術に大きく幅が出来たのだが、贅沢を言っていられる状況ではないな。現状で打てる最善の策を立てるとしよう」

 

「それが健全だぁね」

 

 ユリスが空間ウィンドウに別のものを映し出す。凜堂も彼女の隣に移動して空間ウィンドウを覗き込んだ。今度は報道関係のものではなく、二人の対戦相手の情報が表示されている。浮かび上がったのは精悍な顔をした二人の青年。校章は黄龍。即ち界龍(ジェロン)第七学院の生徒だ。

 

「私達の次の相手はこの界龍の二人だ。それぞれの序列は二十位と二十三位。三回戦でも界龍の者とは戦っているが、今回は別格と考えていいだろう。何せ、かの『万有天羅(ばんゆうてんら)』の直弟子だからな」

 

「界龍の生徒会長だよな。まだ九歳かそこらっていう」

 

 俄かには信じ難い事だが、界龍で一番強いのはその少女なのだそうだ。彼女について参考になるような試合映像はほとんど存在しない。理由は二つ。そもそもの映像が少ない上に、仮にあったとしても全てが一瞬で終わってしまっているため彼女がどれ程のものなのか測れないのだ。

 

「『万有天羅』について詳しいことは分からん。界龍は生徒数が多いこともあって情報が漏れ易いのだが、『万有天羅』に関しての情報は不気味なほどない。精々、界龍において伝説的な偉業を成した者が冠した二つ名だということくらいだ」

 

「つまり、分かってるのは『ぅゎ ょぅι゛ょ っょぃ』ってことだけか」

 

「……何を言ってるんだお前は?」

 

「ごめんなさい、何でもありません」

 

 ユリスにゴミを見るような目で見られ、すぐに心折れる凜堂だった。

 

「次、何かアホなことを言ったら引っ叩くぞ……とにかく、次の相手は油断ならぬ相手ということだ。と言っても、お前が本来の調子であればそこまで恐れる敵でもないのだがな。少なくとも、イレーネ・ウルサイス程でないしな」

 

「でしょうね」

 

 というか、イレーネクラスの使い手がゴロゴロいたら怖い。

 

「だからといって、今の我々が勝てるかと言われればそれはまた別の話だ」

 

「そいつはそうだ……ん?」

 

 ユリスの言葉に頷きかけたところで凜堂はあることに思い当たる。凜堂は顎に手を当て考え込むが、隣で空間ウィンドウを真剣に見るユリスはその事に気付かなかった。

 

「一対一なら私も遅れを取るつもりは無いが、二人同時に相手取るとなると話は別だ。この二人は接近戦に特化しているからな。お前達との特訓で私も多少近接戦闘の腕が上がっているはずだが、所詮は付け焼刃。この二人に比べれば遥かに劣っているだろう。格下ならともかく、これだけの手練に接近されると厳しいな……って、おい、聞いてるのか?」

 

 話を聞かずに思考に没頭している凜堂にユリスは表情を険しくさせた。そんな事お構いなしで考え事を続けること数秒、凜堂は何ともいえない表情をしながら顔を上げる。

 

「……そういやそうだった。何だって俺、こんなこと忘れてたんだ? 自分のことだいでででっ!!??」

 

「ひ、と、の、は、な、し、を、き、け!!」

 

 一言一句区切りながらユリスは凜堂の耳を引っ張った。これ以上やったら耳千切れるんじゃ、というところでユリスは凜堂を解放する。目を白黒させながら耳を擦る凜堂の目の前にユリスは仁王立ちした。がっしりと腕を組み、鬼も泣き出しそうな顔をしている。

 

「凜堂。貴様、人が真剣に話してる時に考え事とはいい度胸だな。それとも、私の話よりも大事なことでも考えていたのか?」

 

「ユーリの話よりも大事って言うつもりはねぇけど、多分、同じくらいに重要なことだと思うわ」

 

 何だと、とユリスは眉を持ち上げた。

 

「ユーリ。俺ってさ、アスタリスク(ここ)に来てから『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』を使い始めたんだよ」

 

「……それはそうだろう。それがどうした?」

 

「うん、だからさ。俺、アスタリスクに来てからほとんど純星煌式武装(オーガルクス)だけ使って戦ってきたんだよ。少なくとも、出回ってる映像の大部分は俺が純星煌式武装を使って戦ってるやつだ。こいつで戦ってるのなんて、リンとの一戦くらいなもんだ」

 

 凜堂は愛用している棍を組み上げ、ユリスに見せた。だからそれがどうした、と言いかけた所でユリスは凜堂の言わんとしていることに気付いたようで、得心したように頷く。

 

「確かにそうだな。それに綺凜との一戦もお前は『無限の瞳』を使っていた。魔眼と魔剣、どちらも使わない素の状態で戦ったのなんて、アスタリスクに来た初日の私との決闘くらいだ」

 

 星導館の序列一位、『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』としての凜堂は名実ともにアスタリスク中に知れ渡っている。だが、双魔を抜いた彼、即ちただの『高良凜堂』の実力を知る者はアスタリスクにほとんどいないのだ。

 

「二つ名に双魔とあるだけに、誰もがお前の持つ『無限の瞳』と『黒炉の魔剣』に目を向ける。確かに二つの純星煌式武装というのは目を引くが、あくまでただの武器に過ぎない。真価はこの二つを扱うお前自身にある。こんな単純なことを失念していたとは……というか、お前も何でこんな大切な事を忘れていたんだ?」

 

「いやぁ、アスタリスクに来てからお前と出会ったり、リンと決闘したり、鳳凰星武祭に出場したりとイベント目白押しだったからさ(※ただの作者の描写不足です)」

 

 あはは、と頭を掻く凜堂にため息を吐くも、厳しいものになるであろう今日の試合に希望を見出せたユリスの表情は明るかった。

 

「よし。では、作戦を立てるぞ。凜堂、今のお前に出来ることを全て教えてくれ」

 

「あいよ~。勝ちに行きましょうや」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁーて、皆様お待ちかねの注目カード、五回戦最終試合! 昨日の四回戦でレヴォルフ黒学院の序列三位の『吸血暴姫(ラミレクシア)』、イレーネ・ウルサイス選手との激戦を征した星導館学園の序列一位高良凜堂選手と同じく序列五位ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト選手の入場です!』

 

 ステージに上がった二人を、今となっては聞き慣れた実況の声と観客の大歓声が出迎える。観客たちのテンションは半端ではなく、歓声は今までにないほど大きかった。決勝が近いからという理由もあるのだろうが、彼らは別のことが気になっているのだろう。

 

 高良凜堂に関する情報が真実なのか否か。観客の興味はこれに尽きた。

 

『そしてもう一方のゲートから入場しますは界龍第七学院の(ソン)選手と(ルオ)選手! この二人はチャムさんの後輩にあたるわけですが、今回の試合をどう見てます?』

 

『そうっすねー。ぶっちゃけ、今アスタリスク中に報道されてることが事実なのだとしたら、宋選手たちのペアが有利だと思うっす』

 

『その辺りは観客の皆様も気になっているところでしょうね。それにウルサイス選手との試合で高良選手が見せたあの力。あれは何だったんでしょうか?』

 

『そこも気になるとこっすね~。何分、情報が少なすぎて憶測の域を出ないんすよ』

 

 実況と解説のやり取りを聞き流しながら凜堂は体に問題ないかを確認し、小さく頷く。反動のダメージで試合中、動けなくなるという事はなさそうだ。

 

「高良くん」

 

 不意に声がかかる。見れば、対戦相手の一人が歩み寄ってきた。界龍ペアの宋とかいうほうだ。凜堂とユリスに比べて年上で、服の上からでも容易に分かるほど引き締まった体をしている。

 

「何か用か?」

 

 若干の警戒を込めた視線を向けるが、さして気にする様子も無く辮髪の青年は手を差し出す。

 

「噂は聞いている。その諸々の真実がどうあれ、私も羅も全力で君達の相手をするつもりだ。本音を言うなら、全力の君と一対一で拳を交えたかったのだが……これはタッグ戦の『鳳凰星武祭』だ。悪く思わないでくれ」

 

「お、おう。こちらこそよろしく」

 

 予想外の言葉にきょとんとしながら凜堂は自身も手を出し、宋の手を握る。がっしりと握られた手は熱く、宋の誠実さと強さを伝えてくるようだった。

 

 凜堂の手を離し、宋は踵を返して相方の羅の下に戻っていく。羅も宋と同じくらいの年齢に見えた。体つきや背丈は宋に似ているが、短く刈り込まれた黒髪と手に握られた棍が印象的で、その顔つきは宋同様に実直そのものだ。棍は(流石に六本の鉄棒を繋げてる訳ではないが)凜堂の使っているもの同様に金属で出来ている。煌式武装(ルークス)ではないようだ。

 

「成る程。まさに武人といった佇まいだな」

 

「そうね~。わざわざあんなこと言ってくるなんて律儀なこって」

 

 二人は感心したように囁きながら相手ペアを見た。

 

「ガラードワースや界龍の手合いはあぁいったタイプが多いようだ。何にせよ、あの二人はお前が純星煌式武装を使えないかどうか試してくるだろう。そしてすぐに見抜く」

 

「ですよねー」

 

 握った手から伝わってきた力強さは本物だった。それに星辰力(プラーナ)の練り込みも並ではない。才能ではなく、長い年月をかけて培った努力の末に会得したものだろう。場数も凜堂達以上に踏んでいるようだし、彼らの目を欺くのは余程の策士でなければ無理だ。

 

「もっとも、お前自身を見極めてはいないようだが」

 

 で、あるが、高良凜堂という人間は初対面で見極めるには飄々としすぎている。

 

「お前が本気で戦っている時の映像も見ているはずだが、スクリーン越しで分かるほどお前という人間は浅くない。それにアスタリスクにいる殆どの者はお前に対して二つの純星煌式武装を使うという先入観がある上に普段の言動が序列一位とは思えんほど軽すぎる。余程、深く関わってない限り、お前自身の力を見抜ける者はいないだろう。ちゃらんぽらんな生き方も時として武器になるのだな」

 

「なぁ、ユーリ。それ褒めてんの、貶してんの? どっち?」

 

 うんうん、と頷くユリスに問いかけるも返事はなかった。もうちょっと生活態度改めようかなぁ、と落ち込み気味の凜堂を尻目に試合開始の時は刻一刻と迫ってくる。

 

「しゃきっとしろ。本当に変な所で打たれ弱い奴だな、お前は……今更確認するのもどうかと思うが、本当にこの作戦でいいのか? 相手の実力を考えると、お前にかかる負担は相当なものになるぞ」

 

「ま、やるしかないっしょ。それに別の策を使うにしたってもう遅いだろ」

 

 鉄棒を棍に組み上げ、凜堂は意識を切り替える。余裕を持って勝てるほど甘い敵ではない。ユリスもそれ以上は何も言わず、アスペラ・スピーナを起動させた。

 

『いよいよ試合開始の時間です! この五回戦を突破して、準々決勝へと駒を進めるのは星導館か、それとも界龍か!?』

 

 テンションMAXの実況の声に少し遅れ、それぞれの校章が試合開始を告げる。

 

「『『鳳凰星武祭』五回戦第八試合、試合開始(バトルスタート)!』」




 改めましてこんばんわです。遅くなってし訳ないです。今後の展開をどうしようか考えたり、無双7エンパイアーズが面白かったり、オメガルビーでタツベイとかの厳選をやってて書く時間がありませんでした。

 今回の話をお読みになって、何言ってんだこいつと思われた読者様。要するにこういうことです。

 凄く強い武器を使って勝ってる奴がその武器を使えなくなった。だったら楽勝じゃんひゃっほーい。と思ってたけど、実はそいつも強かった……って感じです。俺の駄文で伝えられてるだろうか……。


 次はなるだけ早く書けるように頑張ります。書き直す必要が出てきたらそん時に対処すりゃいいや。では、また次で。























さって、次はヒトカゲの厳選やらなきゃ……それ以前に手に入れなきゃ。


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紙一重の勝利

遅くなって申し訳ないです。


 予想通りと言うべきか、(ソン)(ルオ)は試合開始と同時に二手に別れて凜堂を狙ってきた。

 

「咲き誇れ、九輪の舞焔花(プリムローズ)!」

 

 そうはさせるかとユリスは焔の桜草で凜堂を援護するが、迫る炎を宋は素手で払いのける。拳に星辰力(プラーナ)を込めているからこそ出来る芸当だ。

 

(苦もなくユーリの焔を掻き消すか。やるねぇ)

 

「参る!」

 

 感心する凜堂に宋が肉薄する。一息に間合いを詰め、宋は拳を繰り出した。棍で受け止める凜堂。ずん、と重い衝撃が棍を通して伝わってくる。気を抜けばガードごと吹き飛ばされそうな威力だ。

 

「はっ!」

 

 そこから宋はくるりと体を回転させ、裏拳で棍を弾いた。勢いをそのままに、ガードを崩された凜堂の頭部目掛けて回し蹴りを叩き込もうとする。咄嗟に凜堂は頭を伏せて紙一重でかわした。頭上すれすれを宋の蹴りが通り過ぎ、髪が逆立つ。

 

「『一閃(いっせん)穿血(うがち)”』!」

 

 後ろに跳んで距離を取ると見せかけ、凜堂は星辰力を纏わせた棍で突きを放った。宋は体を沈めて突きを避け、滑るような動きで凜堂の懐へと入り込む。体ごとぶつけるように凜堂の腹へ体当たりした。

 

「ぐっ……」

 

 咄嗟に後ろへと下がって威力を殺した上に星辰力で防ぐが、それでも内臓に響くような痛みが凜堂を襲う。もろに攻撃を喰らってしまったが、間合いを離すことは出来た。

 

「『一閃(いっせん)轟気(とどろき)”』!」

 

 追撃をかけようとする宋を衝撃波のドームで吹き飛ばす。衝撃波の直撃を受けるが、宋は両腕で顔と校章を守りながら危なげなく着地する。目立ったダメージは無いようだ。宋から目を離さず、凜堂はステージから棍を引き抜いた。

 

「成る程。どうやら、噂は本当のようだ」

 

「ご想像にお任せするさ」

 

 両腕を解き、宋は構えを取った。腰を落として左足を大きく前に出すといったものだ。どんな拳法の流派かは知らないが、中国武術であることは間違い無さそうだ。凜堂は腹部に走る鈍痛に顔を顰めながら棍を宋へと向ける。想像以上の強さだ。十全の状態ならともかく、今の凜堂に近接戦は分が悪い。

 

(これ)じゃ厳しいか……)

 

 かと言って、棍を他の形態に変えるのはかなり厳しい。武器を変形させる刹那の隙を宋は見逃さないはずだ。

 

(普通に変えたらその瞬間を狙われる。このまま戦闘を続けてもジリ貧……ユーリの援護が少しでも入ってくれりゃあ楽なんだが……無理か)

 

 ちらっと視線をユリスに向ける。ユリスは周囲に焔を躍らせて羅と渡り合っているが、険しい表情を浮べている。劣勢という訳ではないが、凜堂に手を貸すほどの余裕はないだろう。

 

「余所見とは余裕だな、切り札(ジョーカー)!」

 

 自身から注意が逸れた一瞬を逃さず、宋は凜堂へと打ちかかった。すぐに意識を宋へと戻し、凜堂は迎撃に神経を集中させる。矢継ぎ早に繰り出される拳打と足技を凜堂は後ろへと下がりながらどうにか捌いていった。一撃一撃が重く、反撃に移る隙がない。

 

『これは驚きの展開! あの高良選手が一方的に攻められています! 確かに宋選手の攻撃が素晴らしいという事もありますが、それを抜きにしても予想外の試合模様です! あの噂は本当だったのでしょうか!?』

 

『あのパフォーマンスもないっすからねー。星辰力の量も練り込みもウルサイス選手との試合に比べると月とすっぽん……これは間違いないんじゃないっすかねー』

 

(月とすっぽんって、もっとマシな例えがあっただろ!)

 

 心の中で毒づいていると、実況と解説に混じってユリスの声が凜堂に届いた。

 

「凜堂、すまん! 抜けられた!」

 

「マジか!?」

 

 目の前から宋がどいたかと思うと、すぐそこまで迫っていた羅が回転を加えた棍の一撃を放ってくる。内心で冷や汗をかきながらも凜堂は薙ぐように棍を振るって羅の攻撃を弾いた。そのまま勢いを殺さずに体を捻り、背中越しに棍をステージに突き刺して反対側から回り込もうとしていた宋を牽制する。

 

「あらよっと!」

 

 ステージに刺さった棍を支えにして凜堂は体を持ち上げ、宋と羅を蹴りつけて距離を離す事に成功した。

 

一閃(いっせん)(ひょう)”!」

 

 曲芸師のような身のこなしでステージに着地し、凜堂は棍に星辰力をチャージ。端に踵落しをして棍を跳ね上げさせ、同時に星辰力を解放する。衝撃で舞い上がったステージの破片が星辰力に押し出され、散弾のように宋達を襲った。

 

 顔と校章を両腕で庇おうとする宋の前に羅が飛び出し、棍を風車のように回してパートナーを守る。二人に出来た隙を逃さず、凜堂は跳び上がって落下中の棍を掴んで星辰力を注ぎ込んだ。

 

「おぅらぁ!!」

 

 黒光りする棍が振り下ろされる。羅は両手で棍を掲げて上からの強打を防いだが、威力に耐え切れずに片膝を突いた。凜堂は棍を振り上げて更なる一撃を羅に与えようとするが、頭上を跳び越えて背後に着地した宋によって阻まれる。

 

「しぃっ!!」

 

「あぶね!」

 

 上に持ち上げた棍を即座に背後に回し、宋の掌打を防いだ。その一撃はガードを超えて凜堂にダメージを与えるが、彼を怯ませるには至らなかった。だが今度は立ち上がった羅が前から突きを繰り出してくる。

 

「うぉっとぉ!」

 

 後ろ手に握った棍を支えに凜堂はサマーソルトよろしく体を持ち上げ、羅の一撃を蹴り上げた。更に棍の先端を足場に跳躍し、宋と羅から距離を取ろうとする。着地後の隙を突こうと、二人は凜堂に向けて走り出した。

 

三車(みぐるま)離烈(はなれ)”!!」

 

 凜堂の声を合図に持ち主の手から離れていた棍が瞬時に三つの戦輪(チャクラム)に変わり、凜堂に迫ろうとする二人の背中へと襲い掛かる。突然の奇襲だったが、宋と羅は危なげなく戦輪を捌いて見せた。だが、一瞬だけ二人の動きは止まった。その一瞬の内に凜堂は両手をつく体勢でステージに着地する。

 

三車(みぐるま)旋天(せんてん)”!!」

 

 逆立ちを崩さず、凜堂はカポエラのような動きで回り始めた。その周囲を戦輪三つが凜堂の動きに追従するように回転しだす。戦輪の威力と速さは相当なもので、凜堂を中心に小型の竜巻が出来ていた。無策で突っ込めば手痛いしっぺ返しを貰うだろう。僅かに宋と羅は凜堂への追撃を躊躇った。

 

六弁の爆焔花(アマリリス)!!」

 

 その刻を逃さず、針の穴を通すようなタイミングでユリスが火球を放つ。火球は二人の丁度間に飛び込み、焔の花弁を開かせた。爆風でステージが抉れ、舞い上がった黒煙と砂塵が宋と羅を飲み込んだ。

 

「凜堂、大丈夫か?」

 

「お陰さまで」

 

 飛び跳ねるように立ち上がり、凜堂は走り寄ってくるユリスに礼を言う。手元に戻ってきた戦輪を棍に組み替えつつ、視線を黒煙から外さない。ユリスも凜堂同様に微塵も油断せずに細剣を構えた。

 

『これは予想外の展開! 高良選手、黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)無限の瞳(ウロボロス・アイ)が使えない状態であるにも拘わらず、宋選手と羅選手の攻めを見事に凌いで見せました!』

 

『リースフェルト選手の援護で一旦仕切りなおしって感じっすねー。高良選手のさっきの攻防は見事だったっすけど、二人を同時に相手にした分、消耗もかなりのもののはずっす。試合が長引くと厳しいでしょうねー……そろそろ黒煙が晴れてきたっす』

 

 解説の言葉通り徐々に黒煙が薄れていき、宋と羅が姿を現す。どちらも微かな火傷を負っているが、決定的なダメージは受けていないようだ。

 

「これで決まるとは欠片も思ってはいなかったが、私の六弁の爆焔花をもろに喰らってほとんど無傷だと?」

 

「星辰力で防いだんだろ。何にせよ、至近距離の爆発であれだけしか手傷を与えられなかったんだ。やっぱ、大技が必要だな」

 

 二人は頷きあい、それぞれの得物を構えた。それを見て、宋と羅も構えを取る。迂闊には動けそうにない、緊迫した空気に観客も固唾を呑んで試合を見守っていた。

 

「咲き誇れ、大紅の心焔盾(アンスリウム)!」

 

 沈黙を破ったユリスの行動に虚を突かれ、宋と羅は目を見開いた。それもそうだろう。遠距離の攻撃方法を持ち合わせていない二人に対し、ユリスは焔の盾を作り出したのだから。更に次の凜堂の行動に二人は開いた口が塞がらなくなる。

 

「んじゃ、頼んだぞ!」

 

 何と、凜堂は焔の盾越しにユリスを後方へと蹴り飛ばしたのだ。凜堂の蹴りが当たると同時に後ろへと跳んでいたユリスは大きく吹き飛ばされ、ステージから落ちるギリギリの所に着地する。

 

『こ、これは一体どうしたことでしょう! 高良選手、相棒のリースフェルト選手を蹴って吹っ飛ばしてしまいました! 星導館ペア、ここに来てまさかの仲間割れかぁ!?』

 

『んな訳ないやろ、落ち着きナナやん。多分、リースフェルト選手が大技を決めるための準備を始めたんじゃないっすかねー。それを宋選手達に邪魔させないために高良選手はリースフェルト選手を遠くに蹴り飛ばしたんだと思うっす……距離を取らせるにしたって、もうちょっと別な方法があると思うっすけど……』

 

「……と、言っているが、どうなのだ?」

 

「我々も今のやり方は正直ないと思うぞ」

 

 うるせぃ、と凜堂は呆れ返った様子の宋と羅に歯を剥いて見せた。凜堂とユリスは一番手っ取り早いやり方を選んだだけの事だ。それを他人に、それも対戦相手にとやかく言われる筋合いは無い。

 

「まぁ、何だっていい。お前達が何をやってこようが、それが完了する前にお前達を倒せばいいだけのことだ」

 

「やらせないさ。そのために俺がここにいる」

 

 宋と羅、凜堂の闘気がぶつかり合い、微妙に弛緩していた空気が再び引き締まった。数秒の沈黙の後、二人が打って出る。対して凜堂はその場から動かず、トーントーン、と一定のリズムを刻みながらその場で小さく跳んでいた。

 

 凜堂とユリスがどのような策を立てているかは分からないが、そんなこと宋達には関係のないことだ。さっきも言ったとおり、策が成される前に倒してしまえばいいだけのこと。幸いな事に、状況は二対一と宋達にとって有利だ。可能な限り早く凜堂を倒し、その後にユリスを降せばそれで試合は終わる。

 

 その考えは間違ってはいない……ある決定的な一点を除いて。

 

 既に二人は目前に迫ってきている。それでも尚、凜堂は反撃しようともせずに小さな跳躍を続けていた。宋が拳を握り締め、羅が棍を振り上げる。両者が攻撃を放とうとしたその時、不意に凜堂のジャンプが止まった。

 

二打(ふたつうち)瞬神(しゅんしん)”」

 

 刹那、凜堂の姿が消える。驚き、瞬きをした二人の視界に飛び込んできたのはそれぞれ二人の前に立つ凜堂の姿だった。

 

「「っ!?」」

 

 瞬時に防御の構えを取った二人が同時(どうじ)に後ろへと弾き飛ばされた。大きく距離を離されるが、二人は危なげなく体勢を立て直しながら着地する。防御を解く二人の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

 

「分身? まさか星仙術(せいせんじゅつ)か!?」

 

「いや、高良凜堂が星仙術を使うという情報は無かった。今まで隠していたという可能性も無くはないが、今のは星仙術ではない」

 

 長年培ってきた経験から分かる。二人に打ち込まれた一撃はどちらも本物だった。その証拠に宋と羅は防御を余儀なくされ、放たれた打撃によって距離を取らされた。星仙術によって作られた幻影の分身にそんな芸当は出来ない。

 

「高速で動いたとでもいうのか。それも残像を生み出し、二人の相手に同時に攻撃を叩き込むほどの速さで……」

 

 驚嘆を禁じえず、宋は心底感心した顔で凜堂を見る。当の本人はというと、さっきから立っている場所で変わらずに小さな跳躍を繰り返していた。両手にはそれぞれ、鉄棒三本で成るトンファーが握られている。

 

「おい、あんた……宋で合ってるよな? あんた、さっき俺に言ったよな。噂は本当のようだってな」

 

 その通りさ、と凜堂は何でもないことのように言葉を続ける。

 

「俺には昨日の試合のダメージが残ってる。そのお陰で黒炉の魔剣と無限の瞳を十全に使えない」

 

 突然の告白。これには宋と羅でだけでなく、実況と解説、観客達まで言葉を失った。何故、自分の弱点を態々相手に伝えたのか。凜堂の意図が分からずにシリウスドームにざわめきが広がる。

 

「でも、それだけだぜ?」

 

 そのざわめきも凜堂の不思議とよく通る声で静かになった。

 

「確かに今の俺には純星煌式武装(オーガルクス)は使えないさ。だからって、お宅らが俺達に勝てるほど強くなったって訳じゃねぇだろ。違うか?」

 

 不敵に、不遜に笑いながら凜堂は跳躍を止める。その体からは尋常ではないほどに練り込まれた星辰力が溢れ、周囲の空気をざわざわと揺らめかせていた。

 

「高良凜堂を舐めんなよ」

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

「ぐうっ!」

 

 視界に捉えるのが困難なほどの速さで凜堂は羅をトンファーの一撃で突き飛ばし、その一瞬後には宋の眼前でトンファーを構えていた。

 

「恐ろしい速さだな……!」

 

 凜堂の迅雷のような動きに戦慄しながらも、宋は矢継ぎ早に繰り出される一発一発を捌いていく。だが、弾幕を想起させるほどの打突の嵐に呑まれ、本命の一撃を避けきれずに吹っ飛ばされた。

 

「大した男だ」

 

「全くだ。どれだけの鍛錬を経てその速さを手に入れたのか。それを考えると尊敬の念を覚えずにはいられないな」

 

 宋と羅から惜しみない賞賛が送られるが、それに応える余裕は凜堂になかった。顔を大粒の汗が伝い落ち、両肩は呼吸の度に大きく上下している。

 

(くそ、消耗が激しすぎる。本来の性能を出さないでこれか)

 

 本来、二打“瞬神”は世界の時が止まっているかのように動く超高速体術だ。この技を発動させた凛堂を肉眼で捉えることの出来る者はアスタリスクといえど何人もいないだろう。だが、絶大な効果を発揮する反面、凛堂の負担も馬鹿にはならない。本調子の状態で、一日一回か二回発動するので精一杯だ。そんな技を効果を下げてるとはいえ昨日のダメージが残った状態でやっているため、凛堂の体は限界を超えつつあった。後、何回発動出来る? と自問しながら凜堂は小さなジャンプを繰り返す。

 

『彼は私達を何度驚かせてくれるのでしょう! 高良選手、たった一人で宋選手と羅選手を圧倒しています!!』

 

『一試合目のガラードワース両名の校章を斬った時に使った技っすね。瞬間移動と思えるあの動きに対応するのはここまで勝ち進んできた宋選手達にも難しいと思うっす』

 

 でも、と解説は一回言葉を切る。

 

『あれほどの動きを連続でやって疲れない訳ないっす。高良選手の様子を見てもそれは疑いようがないっすから、これ以上試合を長引かせると状況が逆転する可能性もあるっす。鍵はリースフェルト選手がどれだけ早く準備を終わらせられるかっすね』

 

(焦らせてくるねぇ)

 

 九割方合っている解説の見解に小さな苦笑いを作りながら凜堂は後方のユリスを確認した。技の準備も最終段階に入ったようだが、まだ数十秒の時を要するだろう。

 

 ここまで頑張って負けてたまるかと、呼吸も整え終わらぬ内に凜堂は向かって来る二人の攻撃を受け止める。が、その動きには先ほどまでの精彩はなかった。

 

「羅、ここで決めるぞ!」

 

「応っ!」

 

二打(ふたつうち)蓮華(れんげ)”!!」

 

 恐ろしいほどに息の合った宋と羅の怒涛の攻めに対し、凜堂はトンファーと蹴りを織り交ぜた連撃を放つ。双方がそれぞれ血肉を削って練り上げてきた技がぶつかり合い、ステージ上に人間が発せられるとは到底思えない打撃音が連続して響き渡った。

 

『ここに来て今試合一番の技の応酬! 私、三選手の動きが速過ぎて正直何がなんだか全く分かりません!』

 

『いや、だからって仕事放棄したらあかんでしょ、ナナやん。でもまぁ、実況と解説を入れる一瞬も無いほどの打ち合いなのは確かっす。良くスタミナも保つっすね』

 

 実況と解説、観客たちの声はステージ上の選手には一切届いていないようで、戦いを更に苛烈なものにさせていく。その矢先、凜堂の体に限界が訪れた。突如、全身を襲った激痛に寸の間、動きが止まる。その一瞬を対戦相手は逃さなかった。

 

「もらった!」

 

「くそっ……!」

 

 宋が必殺の一撃を放つ体勢に入ったのを見て、凜堂は即座に両腕でガードを固めようとする。

 

「させん!!」

 

 凜堂の防御が完成する前に羅は棍を凜堂の腕の間に強引に捻じ込み、弾き上げてガードを崩した。後は拳を打つだけの状態の宋を前に凜堂は無防備な姿を晒す。

 

「終わりだ!!」

 

 星辰力を込めた拳が凜堂の腹部に突き刺さった。メキ、ゴキと自分の体が嫌な音を立てるのを感じながら凜堂は後ろへと舞い飛んでいった。どしゃっ、と生々しい音を立ててステージの上に落ちる。倒れたまま、凜堂は腹の中から込み上げてきた血を吐き出した。幸いなことに校章を破壊されるのは免れたが、一人で起きるのは無理なほどのダメージだ。

 

「げはっ、ごほっ……まさか、ここまでの威力とはね。侮ってた」

 

 でも、と口端から血を垂れさせながら凜堂はにやっと笑ってみせる。

 

「ありがとよ。移動の手間が省けた」

 

「そして、我々の勝利だ」

 

 立てない凜堂を助け起こしながらユリスは自分達の勝利を宣言する。彼女が踵でステージを打つと、二重の魔方陣が二人の足元に現れた。

 

「咲き誇れ、栄裂の炎爪華(グロリオーサ)二輪咲(デュオフロース)!!」

 

 ユリスの声に応えるように巨大な五つの炎爪が柱のように立ち上がり、二人を包み込むように閉じられた。間髪入れずに更に巨大な炎爪が五本、炎の守りを覆っていく。傍目から見ると、それは極大の炎の繭に見えた。

 

「あの中に隠れてどうするつもりだ? 時間稼ぎか?」

 

「今更、時間を稼ぐ意味などないだろう。大技のための布石と見て間違いないはずだ」

 

 その大技がどんなものなのか想像はつかないが、と二人は油断なく炎の繭を見据える。攻撃しようにも、炎の繭が邪魔で手が出せない。宋達がどう攻めるか思案している内に炎の繭に変化が現れた。繭を内側から食い破るように一筋の線が走る。線は一本二本とその数を増やしていった。

 

「あれは戦輪?」

 

 宋はすぐにその線を作り出している物の正体を見破る。凜堂の操る三つの戦輪が炎を吸収しながら繭を削り取っているのだ。炎を纏っていくにつれて戦輪は赤熱し、加速しながら二人の周囲を旋転していく。炎を全て吸い切った時には戦輪は闇夜に飛ぶ蛍のように明るくなっており、空中に炎の軌跡を残す程だった。

 

「決めるぞ、凜堂!」

 

「一丁、派手にいきますか!」

 

 炎の繭の中から現れた凜堂はユリスに支えられながら掲げていた手を振り下ろす。凜堂の動きに従い、高速で回転していた戦輪が急降下してステージに突き立った。

 

「「咲き誇れ、銀焔の繚乱花(シルバーソード)!!」」

 

 二人の声を合図に魔方陣が展開される。それの大きさはさっきユリスが出現させた栄裂の炎爪華・二輪咲の比ではなく、ステージ全体を飲み込むほどだった。戦輪が纏った炎を魔方陣へと注ぎ込む。すると、魔方陣は目を射抜くような銀色の輝きを放ち始めた。

 

 一拍置いて、魔方陣から巨大な銀色の炎剣が芽吹いた。炎剣は一本に止まらず、次から次へと姿を現しステージを隙間なく埋め尽くしていく。数分の時を使っただけのことはあり、炎剣は一本一本が極度に圧縮された星辰力によって作られていた。ちょっとやそっと叩いたくらいではびくともしないだろうし、防げるような代物ではない。かわそうにもステージ全てが炎剣の発生圏内のため、かわしようがなかった。

 

 防ぐことも避けることも出来ず、宋と羅は繚乱する炎剣に呑まれた。 

 

『こ、これは凄まじい光景です! ステージ全体を銀色の剣が覆いつくしています!!』

 

『リースフェルト選手が技の仕込みをして、高良選手が技の規模と威力を増大させたって感じっすね。多分、高良選手、ほんの一瞬だけ無限の瞳を解放させてるっす』

 

 観客達がざわめく中、銀の炎剣が霞むように消えていく。数十秒の時間をかけ、全ての炎剣が消えた。ステージ上には肩で息をする星導館ペアと、倒れ伏し動かない界龍ペアの姿が見える。界龍ペアの傍らには粉々になった二つ分の校章があった。

 

試合終了(エンドオブバトル)! 勝者、高良凜堂&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!」

 

 響き渡る機会音声が試合終了を報じる。大きく息を吐き出し、凜堂とユリスは仲良くステージに大の字になった。観客達から万雷の如き喝采が送られる中、二人は動けるようになるまでステージの天井を見上げていた。




六ヶ月も放置して申し訳ないです。まぁ、色々とありまして……。

次はどうなるかなぁ……可能な限り早く投稿できるように頑張るつもりでいます。


そういや、アニメ化するらしいねアスタリスク。さって、どこまでやるのかしらねぇ。


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来訪者

 もう、言い訳は書きません。とりあえず、読んでやって下さい。後、感想を返さないでいてごめんなさい。


「体力の限界by千○の富士」

 

「何を言ってるんだお前は……」

 

 凜堂のボケた発言に弱々しい声で突っ込むユリス。試合終了後、二人は勝利者インタビューをキャンセルして控え室へと向かっていた。勝利者インタビューを断ると、報道関係者への心象が悪くなる上、観客からの人気が落ちてしまうこともあるようだが、今の二人にそのことを気にする余裕は無かった。それだけ今回の試合は厳しいものだった。

 

「本当、辛勝ってこういうことを言うんだろうな……あづづ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 しかめっ面で腹を押さえる凜堂をユリスが慌てて支える。大丈V、と軽口で答えようとするも、きつく食い縛った歯の間から唸り声が漏れるだけだった。

 

「あんだけ無茶やった挙句に良いのをもろにぶち込まれたからな。正直、このままここで寝たい」

 

「その気持ちは痛いほど分かるが、そんなことをしたら風邪を引くぞ。寝るんならベットで寝ろ。幸い、明日は調整日で一日中休めるからな」

 

 そうでした、と凜堂はどうにか己を奮い立たせ、半ばユリスに支えられながら歩いていく。

 

「次の試合までに体は回復しそうか?」

 

「人間、美味いもの食ってぐっすり眠れば割と回復するもんさ。大丈夫だろ。まぁ、俺が全力を出せるくらいになったとしても次の試合が面倒なことに変わりは無いんだけどね~」

 

 凜堂のぼやきにユリスは渋面を作って応えた。凜堂の言うとおりだ。何せ、次の相手は……。

 

「あん?」

 

 ふと、凜堂の足が止まる。一瞬、ユリスも怪訝な表情を浮べるが、凜堂の視線を追って驚きの表情を浮かべた。二人が視線を送る先、ついさっきまで死闘を繰り広げた相手が控え室の前に立っていたからだ。

 

「ほぅ、私と凜堂の合わせ技を受けてこうも早く回復するとは、大したものだ。敵ながら天晴れと言っておこう」

 

「今は敵じゃ無いだろ、ユーリ。よぉ、お二人さん、さっき振り。何か用か?」

 

「何、見事に俺達を打ち破った君達に祝福の言葉をと思ってな」

 

「俺達の完敗だった」

 

 そう言って、包帯の巻かれた手を差し出す宋と羅。まさかの展開に二人は思わず顔を見合わせる。

 

「そ、うかい。そいつは態々どうも」

 

「う、む。ありがとう……と言えばいいのか?」

 

 ぎこちないながらも二人はそれぞれに差し出された手を取る。今といい試合前といい、本当に武人然としたコンビだった。

 

「あぁ~、立ち話もなんだし茶でも飲むか?」

 

 親指で控え室のドアを示す凜堂に宋は首を振って見せる。

 

「それは遠慮しておこう。君達の休息の邪魔をするのも忍びない……それに祝福だけしに来た訳ではないからな」

 

「と、言いますと?」

 

 忠告だ、と宋。

 

「あの手の賭け。次の相手には通用しないと思ったほうがいい」

 

「ほぉ、それはどういう意味だ?」

 

 宋の言葉にユリスは声音に険なものを含ませるが、宋は動じることなく言葉を続けた。

 

「言葉通りの意味だ、そう警戒しないでくれ『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』。君達を牽制するつもりはない」

 

「その言葉、素直に信じられると思うか? まして、次の私達の相手はお前達と同門だぞ」

 

「言いたいことは分かるが落ち着け、ユーリ。この二人が揺さ振りをかけてくるような奴じゃないって試合で分かってるだろ」

 

 ユリスの肩に手を置いて凜堂は彼女を諭した。若干、不満そうに凜堂を見るも、ユリスは素直に険悪な雰囲気を引っ込める。彼女が警戒するのも無理は無い。何せ、二人の次の相手、即ち六回戦の相手は五回戦同様に界龍(ジェロン)のペア、それも冒頭の十二人(ページ・ワン)だ。

 

「同じ学園だからと言って必ずしも仲間意識を持っている訳じゃないさ。それとも、星導館は完全な一枚岩なのか?」

 

 それは、と言葉を詰まらせるユリスの隣で凜堂がケタケタと笑う。

 

「ま、そういう内部不和があるのはどこも一緒だばらぁ!!」

 

 余計な事を言おうとする凜堂をユリスの肘鉄が黙らせた。悶絶する凜堂に唖然とする二人にユリスは話の先を促す。

 

「まぁ、そんなに難しいことじゃない。俺達はあいつ等、つまり君達の次の対戦相手の黎沈雲(リーシェンユン)黎沈華(リーシェンファ)が……その、嫌いでね」

 

 言い淀んだ割にははっきりと断言した。

 

「だからといってあの二人の弱点を君達に教えるつもりはないんだが、というか、その手のことを君達は受け付けないと思うが」

 

「あの双子より、君達のほうが好感が持てる。だから応援したくなった、それだけのことさ」

 

 宋と羅は苦笑いしながら軽く片手を振る。苦笑で照れを誤魔化しているようだが、紛れも無い本心からの言葉のようだ。

 

「分かった、応援は素直に受けよう。それで、改めて聞くが、策が通じないというのはどういうことだ?」

 

「あの双子はそういった、策を弄することに悪魔的な才覚を持っている。欺き、騙し、不意を打つことに関して右に出る者はいないだろう」

 

「そしてあいつ等は君達のような戦法は絶対に取らない」

 

「戦法? ……あぁ、博打はしないってことか?」

 

 ば、博打? と宋は凜堂が何気なく呟いた言葉に眉を顰めるが、気を取り直して話を続けた。

 

「君達は相手と自分を対等に考えた上で戦術を立てる。そこには当然リスクが伴い、君達はそれを受け入れてる」

 

 要は戦闘における駆け引きの一つだ。それに敗れたからこそ、界龍の二人は素直に負けを認めているのだ。だが、次に戦う界龍の二人(あいて)は違う。

 

「連中は相手と同じ土俵の上に立とうとせず、常に相手を見下し絶対的有利を構築して自らを絶対に危険に晒さない。そして好き勝手に相手を踏み躙る。そこに相手への敬意は欠片も無い、駆け引きの余地すらも。それが連中のやり方だ」

 

 そして宋と羅はそれが気に入らない。君達も双子の試合を見ただろう、という問いにユリスは露骨に顔を顰め、凜堂は冷めた顔で肩を竦めた。黎兄妹といえば『鳳凰星武祭』の優勝候補であるため、当然データや映像に目は通していた。

 

 試合、というかあれは試合と呼べるようなものではない。ただのワンサイドゲームだ。一方的に相手を甚振るかのような試合内容は基本的に善人である凜堂とユリスに強い不快感を覚えさせた。

 

「まぁ、お前達の言いたいことは分かった。ただまぁ、買い被られても困るがな。私達とて、楽に勝てるならそういうやり方を選ぶさ」

 

「世の中、勝てば官軍なんて言葉もあるからねぇ」

 

 二人の言葉に界龍のコンビは薄く笑う。その笑みはどこか、二人がそんな手段を使うはずが無いという確信に満ちていた。

 

「それならそれで構わんさ。こちらの見る目がなかったと言うだけの話だ」

 

「策を使うなとまでは言わないが、気をつけることだ」

 

 それだけ言って、二人は踵を返して去っていく。その後ろ姿を見送りながらユリスは顎に手をあてがう。

 

「どう思う」

 

「態々、こんなとこに来て揺さ振りかけてくるほど暇な連中じゃないでしょ」

 

「ま、そうだな」

 

 校章で控え室の扉を開け、中に入る。そのままソファに直行し、二人仲良くソファに身を預けて大きく息を吐いた。宋と羅の言葉は気になるが、今はとにかく体を休めたかった。

 

「双子対策に連中の忠告を考慮に入れるが、それは明日話そう。観客がいなくなったタイミングを見計らってとっとと帰るぞ」

 

 ユリスの言葉に凜堂は何の異議も唱えなかった。今は何よりも休むことが大事だ。何せ、次の準々決勝から決勝まで一日たりとも休みの日はないのだから。

 

「あぁ、それと凜堂」

 

 何よ? と問う凜堂にユリスは悪戯っぽく笑ってみせる。

 

「次は準々決勝。つまり、後三回勝てば私達は晴れて優勝した事になる」

 

「ま、そうさな……今回みたいなしんどいのはもう勘弁して欲しいんだが、そういう訳にもいかねぇよな」

 

「それはそうだろう。で、お前はどうしたいんだ?」

 

「どうしたいって、何がよ?」

 

 やはり考えてなかったか、とユリスは苦笑を作った。

 

「優勝した時の望みだ」

 

「あぁ、そういやそんなのあったな」

 

 この男、完全にそのことを忘れていた。ん~、と首を傾げながら黙り込むこと数秒、凜堂は真顔できっぱりと言い放つ。

 

「全っ然思いつかん」

 

 だと思った、と苦笑いしていたユリスの表情が真剣なものになる。

 

「お前が私のことを護るために戦ってくれるのはありがたいし、その、凄く嬉しい。だが、そろそろお前自身の願いと向き合うべきだと私は思う」

 

「そげんこっちゃ言われてもねぇ……」

 

 と、頭を掻いていた凜堂の脳裏に前触れ無くある光景が浮かぶ。三人の家族に囲まれ、屈託の無い笑みを浮かべている幼き自分。もう、未来永劫取り戻す事の出来ないものがそこにはあった。

 

「今、この場ですぐに見つけろとは言わない。決勝戦までまだ時間はある。ゆっくりとは無理だろうが、少し考えてみたらどうだ? 私も……まぁ、アドバイスくらいは出切ると思う。お前の相棒だからな」

 

 最後の台詞を言ってて少し恥ずかしくなったのか、ユリスは若干赤くなった頬を掻く。気恥ずかしさから顔を背けていたが、何時もみたいに凜堂が軽口で応えないので訝しげに視線を凜堂へと戻した。

 

「……」

 

 組んだ両手を顎に当てて黙りこくる凜堂。何時ものおちゃらけた雰囲気は引っ込み、その顔には自嘲と諦観、そして諦めきれずにいる苦悩が浮かんでいた。

 

「凜堂、大丈夫か?」

 

 相棒の異様な雰囲気にユリスは思わず顔を覗きこみながら声をかける。ハッとしながら凜堂は普段どおりの飄々とした笑みで応えた。

 

「あ、悪い。中々、思いつかなくてさ。いざ、考えてみるとパッと思いつかないもんだな」

 

 なはは、と笑う凜堂。しかし、それはユリスの知る凜堂のものとはどこかずれているように感じた。

 

「凜堂、お前」

 

 大丈夫か、と訊ねようとしたその瞬間を狙い撃つかのようにノックの音が飛び込んできた。余りの間の悪さにユリスが面食らっていると、開いた空間ウィンドウが来客の姿を映し出す。

 

『……やっほー』

 

『ど、どうもです』

 

 そこには紗夜と綺凛の姿があった。

 

 この二人も別のステージて勝利を収めており、凜堂とユリス同様に準々決勝へと駒を進めていた。

 

「あら、お二人さん。わざわざ来てくれたの?」

 

『は、はい。折角だからお二人にお祝いを言いたくて……』

 

 何ともいじらしい限りだ。彼女達も試合後だというのにありがたいことだ。

 

「とりあえず、入ってきたらどうだ? 今、開けるから待っていろ」

 

 扉のロックを解除しようとユリスがコンソールを操作しようとすると、綺凛が慌てた様子でそれを止めた。

 

『あの、実は私と紗夜さんだけじゃないんです。もう一人お客さんがいるんですが、案内してもよろしいでしょうか?』

 

『リースフェルトにお客さん』

 

「私にか?」

 

 きょとんとするユリスに紗夜は空間ウィンドウの中で悪戯っぽく笑ってみせる。紗夜と綺凛が左右に一歩ずつ退くと、お客さんの姿が空間ウィンドウ内に現れた。そのお客さんを見て凜堂が一言。

 

「何故にメイドさん?」

 

 そう。そのお客さんの着ている服がメイド服なのだ。見たところ、小学校高学年くらいの純朴で愛らしい容姿をした少女だった。凜堂はその少女に見覚えが無かったが、ユリスは違うようだ。唖然と口を開きながら一言を搾り出す。

 

「フ、フローラ?」

 

 

 

 

「へぇ~、遠いリーゼルタニアから一人で。凄いな」

 

「えへへ、それ程でも……フローラと申します。皆様、よろしくお願いします!」

 

 凜堂の賞賛に嬉しそうにしていたその少女、フローラは腰が直角になるほど深々と頭を下げる。驚く事に彼女はユリスが救わんとしている孤児院からやって来たそうだ。

 

「受付で難儀していたようなので話を伺ってみたら、リースフェルト先輩のお知り合いだと仰るので」

 

「……皆、見てた」

 

 綺凛と紗夜の簡潔な経緯の説明に凜堂は納得顔で頷く。メイドの格好をした小さな女の子が相手となれば受付の人も対応に困るだろうし、道行く人々の視線もホイホイと集めるだろう。

 

「あい、その節はありがとうございました! 沙々宮様、刀藤様!」

 

 本人に自覚は無いのか、見る者を和ませる無垢な笑顔でフローラは頷く。何時までも廊下に立たせておく訳にもいかないと、とりあえず控え室の中に入ってもらったのだが、メイド服の女の子がいる光景は凄いシュールだった。

 

「全く、来るなら来るで連絡の一つも入れればいいだろうに」

 

 困ったような口調だが、フローラを撫でるユリスの手つきは優しく、浮べている表情はとても穏かなものだった。

 

(……あんなリースフェルト、初めて見た)

 

(そんだけユーリにとって大切な子なんだろ)

 

 凜堂と紗夜が小声で話していると、フローラは連絡を入れなかった訳を話す。

 

「でも、陛下が『鳳凰星武祭』のチケットをくれる代わりに姫様には絶対内緒にしておくようにって」

 

「相変わらずの様だな、兄上は……その服も兄上の入れ知恵だろう?」

 

「あい! この格好なら姫様もすぐ分かるって」

 

「分かるかどうかはともかく、見つけ易いのは確かだな」

 

「ですね……」

 

 凜堂の合いの手に綺凛が小さな苦笑いで同意していた。普段のユリスからは想像もつかないが、どうやら彼女の兄はかなりお茶目な性格をしているらしい。いい意味でも悪い意味でも凜堂と気が合いそうだ。ユリスはと言うと、こめかみを押さえながら諦めのため息を吐いていた。

 

「でも、今はこの服がフローラの普段着みたいなものですから、着慣れてて楽ですよ?」

 

 普段着ぃ? と驚きの声を上げる凜堂。

 

「おい、ユーリ。メイド服が普段着ってどんな孤児院なんだよ?」

 

「戯け、そんな孤児院がある訳無いだろ。フローラは王宮付きの侍女として働いているんだ。まぁ、まだ見習いもいいところだがな」

 

 通りで妙にフローラがメイド服を着慣れている訳だ、と凜堂は納得する。

 

「あ、姫様。陛下からの言伝で、『年末までには戻ってくるように』とのことです」

 

「……どこぞからせっつかれたか。まぁいい。兄上に言われずとも、一度は戻らなくてはと思っていたところだ」

 

 それに、とユリスはフローラの肩に手を置いた。

 

「久しぶりに皆の顔も見たいしな」

 

「あい! 皆、姫様を心待ちにしてます!」

 

 輝くような笑顔でフローラは頷く。その言葉は紛れも無い真実なのだろう。

 

「だけど、驚きました。リースフェルト先輩が孤児院のために戦っていたなんて……」

 

「……自分のために戦ってるわけじゃないのは何となく分かってたけど、そんな理由があったんだ」

 

「い、いや、別に私はそんな大層な事をしている訳では……」

 

 素直に尊敬の眼差しを向けてくる綺凛と紗夜(こっちは普段通りの無表情だが)に赤くなった顔を見られぬようユリスは顔を背けた。話の流れ上、ユリスの事情を話さなければならなかったのだが、彼女はそれがどうにも照れ臭いようだ。

 

「そういや気になったんだが、フローラの嬢ちゃん」

 

「あい、何でしょう?」

 

 凜堂の問いに首を傾げるフローラ。

 

故郷(くに)でのユーリってどんな感じなん?」

 

 どうしても気になったので、思い切って聞いてみた。

 

「何だ、藪から棒に?」

 

 いやさ、と凜堂は前置いてから話す。

 

「お前さん、故郷でのことって余り話さないじゃん?」

 

「……そうだったか?」

 

 そうよ、と凜堂は返した。実際、ユリスが凜堂に故郷の事について話してくれたのは、サイラスの一件で服を繕ってもらうために彼女の部屋を訪れたあの時だけだ。

 

「まぁ、聞いて欲しくないってんなら無理には聞かんさ。ただ、相方のことをもっと知りたいってだけさね」

 

「わ、私のことをもっと知りたいのか、お前?」

 

「そりゃまぁ、大切な相棒ですし」

 

「そ、そうか……」

 

 そうか、ともう一度呟きながらユリスは思わず綻びそうになる口元を片手で隠す。何の気なしの言葉なのだろうが、それでも大切と言われて悪い気はしなかった。

 

「……(じ~)」

 

「な、何だ沙々宮」

 

「……別に」

 

 ジト目で視線を送ってくる紗夜を思わず睨むが、プイと顔を背けられるだけだった。ちなみに綺凛はというと、

 

(私のことも大切に思ってくれるかなぁ)

 

 と、何とも乙女なことを考えていた。

 

「ん~、どんな感じと言われましても、特に変わったことはありませんよ?」

 

 ユリスに話を止めようとする気配はなかったので、フローラは可愛らしく小首を傾げながら口を開く。

 

「フローラ達と一緒にいる時は優しくて暖かくて、そしてお城にいる時は凛々しくて格好いい、何時もの姫様です!」

 

 そいつぁ良かった、と凜堂は微笑を零す。フローラの言葉が本当なのであれば、ユリスは彼女らしくアスタリスク(ここ)で生きていけてるということだ。

 

「そうだ。折角だから写真でもご覧になりますか?」

 

「写真ってぇと、故郷の?」

 

 あい! と元気良く答え、フローラはポシェットから携帯端末を取り出す。

 

「別に見て楽しめるようなものでもないぞ?」

 

「……それを決めるのは私達」

 

「わ、私も気になります」

 

 気乗りしない様子のユリスとは対照的に紗夜は興味津々の様子。綺凛も遠慮がちではあるが、写真が気になるようだ。

 

「これが降誕祭(ヴァイナハテン)の時ので、これが皆で大掃除した時の、それからこっちはハンナの誕生日の時ので……」

 

 フローラは楽しげに空間ウィンドウを次々と開いていく。大きな行事の集合写真から、日常の何気ない一コマと何でもござれだ。映っている場所も人もその時々の写真で異なるが、皆が皆、心から楽しそうに笑っている。ユリスが、子供達が、シスターが笑顔を浮かべていた。

 

「出来る限り、思い出を形にしておきたいというシスターがいてな。何でもない日常の写真があるのも子供達が彼女の影響を受けたからだ」

 

「ふ~ん、いいことなんじゃない?」

 

 苦笑しているユリスの説明を聞きながら凜堂は一枚の集合写真を見る。孤児院の前で撮ったのだろうか、建物の前にユリスと子供達、そしてシスターが並んでいた。その写真も御多分に洩れず、皆が笑顔を浮かべていた。ユリス達の絆が見て取れる一枚だ。まるで、家族皆で撮っているかのような。

 

 不意に凜堂の胸の中で何かが痛んだ。凜堂自身、分からない何かが彼の胸中を引っ掻いている。

 

「……楽しそうだな。ユーリも、子供達も」

 

「確かにそうだが、それ以上に大変だぞ。こいつ等の相手をするのは。正直、『鳳凰星武祭』の戦いの方が楽なんじゃないかと思えてしまうほどだ」

 

 口ではそんなことを言っているが、ユリスが浮べている表情はとても優しかった。何時もの凜堂であれば、彼女のその顔を見て胸が暖かくなるような気分になるのだが、今の凜堂にはユリスの笑顔を見ていることが苦痛だった。

 

「……フローラ、この写真は?」

 

 凜堂が思わずユリスから目を逸らすのと同じタイミングで紗夜がフローラを手招きする。何でしょう? と問うてくるフローラに紗夜は一枚の空間ウィンドウを指し示した。

 

「あぁ、それは姫様がフローラの髪を洗ってくれた時のものです」

 

 そこには浴室に入るユリスとフローラの写真があった……両者共にバスタオル一枚の姿で。

 

「わあぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながらユリスはフローラの手から携帯端末を引ったくり、一瞬で全ての空間ウィンドウを消す。ユリスの余りの剣幕に皆が押し黙る中、大きく肩を上下させていたユリスはギロリ、なんて擬音が聞こえそうな勢いで凜堂を睨んだ。

 

「みみみ、見たか!? 見たのか!? 見たんだな!?」

 

「いや、見てないってばさ。そんな本人の許可も無いのに」

 

「許可があっても見るなぁ!!」

 

 至極ご尤も。しかし、凜堂がその写真を見てないのは紛れも無い事実だ。

 

「フローラ、あれ程あの写真は消せと言っておいただろう……」

 

「うー、でも、折角の姫様との思い出が……」

 

 こう言われてはユリスも言い返せない。

 

「こんな可愛い子の大切な思い出を消させようとするなんて、鬼、悪魔、ユリス!」

 

「……天をも畏れぬ鬼畜っぷり」

 

 余計な茶々を入れた凜堂と紗夜にユリスの鉄拳が振るわれるが、完全な自業自得なので言及しないでおく。

 

「……それにしても、こんな小さな子を一人でよこすのは感心しない」

 

 頭頂部にたんこぶをこさえた紗夜がフローラの頭を撫でる。身長的には紗夜もフローラと大差ないという突っ込みを飲み込み、凜堂は頷いて同意の意を示す。このくらいの年の子、それも女の子が遠出をするのであれば、保護者がいてしかるべきだ。

 

 それにここはアスタリスク。『星武祭(フェスタ)』開催中は街中での決闘が禁じられているが、観光客に怪我人が出る場合もある異常な場所なのだから。

 

「えっと、それには事情が……」

 

「兄上は昔の私同様、自由にできる資金を余り持ち合わせていない。だが、統合企業団体に従順なのでそれなりに融通は利く。『星武祭』のチケットまでなら伝手でどうにか出来たのだろうが、移動費用や滞在費までとなると無理だ」

 

 恥ずかしそうにしているフローラに代わってユリスが投げ遣りな口調で説明する。察するに孤児院の皆でどうにか一人分の費用を捻出したのだろう。そしてアスタリスクに来た一人がフローラだったということだ。

 

「だけど、フローラは一人で大丈夫です! これでも姫様と同じ星脈世代(ジェネステラ)ですし、いずれはフローラもアスタリスクに来るつもりでしたから! そして姫様と同じ様に孤児院の皆を助けるんです!」

 

 落ち込んでいた雰囲気を振り払うようにフローラは両手をグッと握り締め、力強く言い切った。何とも勇ましい限りだ。彼女が星脈世代だというのは控え室に入った時点で分かっていた。アスタリスクに来る一人に選ばれたのもその辺りが一因だろう。

 

「勇ましいねぇ、ユーリの妹分は」

 

 感心した様子の凜堂とは対照的にユリスは難しい顔をしていた。

 

「お前はまだそんなことを言っているのか……何度も言っているが、お前がそんなことをする必要は無い」

 

「フローラだって皆のお役に立ちたいんです!」

 

「お前はまだ小さい。そんな時から将来を狭めるようなことはしなくても」

 

「界龍の生徒会長さんはフローラよりも年下だって聞いてます! だったらフローラにも……!」

 

 可愛らしい見た目とは裏腹にフローラはとても頑固な性格をしているようだ。

 

(誰に似たんだか)

 

 心の中で囁く凜堂。

 

「そこで序列一位を引き合いに出すとはお前も大きく出たな……」

 

 呆れ顔でユリスはため息を一つ。そこで助け舟を出したのは彼女の相棒である切り札だった。

 

「ま、お前さんがんなことする必要、というか時間は無いと思うぜ、フローラの嬢ちゃん」

 

 予想外からの援護射撃にユリスは驚き顔で凜堂を振り返った。紗夜や綺凛、フローラが視線を送る中、凜堂は親指でユリスを指す。

 

「フローラの嬢ちゃんがアスタリスクのどっかの学園に入る頃にはここにいるユリスさんが全ての目的を達成しているからさ」

 

 だろう? と挑発とも取れる凜堂の問いかけに驚いていたユリスは当然だ、と凛々しい顔で薔薇色の髪を後ろに払った。

 

「フローラ、最後に会った時にも言ったな。私は必ずお前達を助ける。そして、あの国を変えると。そのために全ての『星武祭』を制するとな。それとも何だ、お前は私に任せておくのが不安か?」

 

「そ、そんなことないです!」

 

「ならばよし」

 

 ぽんぽんとユリスはフローラの頭を優しく叩く。こういう少し意地の悪い物言いをするようになった辺り、凜堂が彼女に変化を与えたことが窺えた。

 

「流石はリースフェルト。目標も志もその態度と同じくらい大きい」

 

「沙々宮、喧嘩を売っているなら買うぞ?」

 

 ユリスの睨みもどこ吹く風といった様子で紗夜は頷いていた。

 

「でも、そうはいかない。少なくとも、この『鳳凰星武祭』は私達が勝たせてもらう」

 

 ね、と紗夜に突然視線を向けられ綺凛は慌てていたが、やがて小さく、だがはっきりと頷いて見せた。

 

「はい、私達だって負けません。譲れないものがありますから」

 

 まるで漫画か小説の中に出てくる登場人物のようなやり取り。これにフローラは目をキラキラと輝かせた。

 

「刀藤様と沙々宮様は姫様たちのライバルなのですね!」

 

「「「ライバル?」」」

 

 三人の声が重なる。暫しの沈黙の後、互いに示し合わせたかのようなタイミングで凜堂を見た。はえ? と凜堂は首を傾げる。彼には三人に見られる心当たりが無かった……少なくとも彼自身には。

 

「きゃー、の○太さんのエッチ、とか言えばいいか?」

 

「どこにそんな台詞を言う要素がある、それ以前に誰がの○太だ」

 

 呆れた、というか冷めたユリスの突っ込みに軽く傷つく凜堂だった。

 

 閑話休題(そんなことはさておき)

 

「ま、俺等がぶつかるとしたら決勝だ。まずはお互い、そこまで駒を進めないとな」

 

 互いのペアが違うブロックにいるため、もし戦うことになるとすればそれは必然的に決勝戦だ。そしてその決勝戦に行くまで互いに試合を残している。そしてその決勝戦に到るまでの試合には避けることが出来ない相手がいる。

 

「アルルカントのとこのお人形さん共に勝つ算段ついてんのか?」

 

 アルディとリムシィ。毎試合、相手に一分間の攻撃の自由を与え、その上で今だに傷一つ負わずに勝ち進んでいる擬形体(パペット)ペアは『鳳凰星武祭』優勝の最有力候補となっていた。紗夜と綺凛が順当に勝ち進んでいけば、彼等と戦うことになるだろう。

 

「それは本番までのお楽しみ。こっちとしては凜堂達のほうが心配」

 

「次の試合、界龍の冒頭の十二人がお相手でしたよね」

 

 相手が相手なだけにその心配も当然のものだった。

 

「まぁ、勝ってみせるさ。明後日には凜堂もバーストモードを使えるようになっているだろうし、どうとでもなる」

 

 とは言ってみるが、ユリスの表情は浮かない。宋と羅の忠告がどうにも引っかかっていた。微妙な沈黙が控え室の中に落ちる。その沈黙を破ったのはメイド服の少女だった。

 

「あ、もうこんな時間! それでは皆様、フローラはこれで失礼します。次の試合も頑張ってください、全力で応援します!」

 

 立ち上がり、ペコリと頭を下げる。そのまま控え室を出て行こうするフローラにユリスが呼び止める。

 

「待て、フローラ。ホテルまで送っていく」

 

「フローラは一人で大丈夫です。それに姫様はお疲れでしょうし」

 

 いらぬ気遣いをするな、とユリスはフローラの額を小突く。

 

「凜堂、明日のことだが」

 

「作戦会議なら午後でも十分できっしょ。久々の再会なんだし、色々と話すこともあんだろ」

 

 行ってこい、と手でジェスチャーする。

 

「なら、そうさせてもらうとしよう。どちらにしろ、お前も私も体を休めたほうがいい。午後からのほうが私としても助かる」

 

 そうして、翌日の打ち合わせの大まかな予定を決め、その日は解散となった。

 

「にしても、本当に仲がいいな。あの二人」

 

「そうですね」

 

「……(こくり)」

 

 手を繋いで廊下を歩いていくユリスとフローラを見送る三人。

 

「ふふ、こうやって見ると、リースフェルト先輩がフローラちゃんのお姉さんみたいです」

 

「……そうだな」

 

 自然と綺凛の口から零れた言葉に凜堂は僅かに声のトーンを下げる。小さくなっていく二人の後ろ姿を見詰める凜堂の双眸に抑えきれぬ羨望の色があることに気付いたのは紗夜だけだった。




 ども、こんばんわ。アスタリスクのアニメが待ち遠しい北斗七星です。普段、余りアニメとか見ないんですが、今回は見ないとなぁ。

 どうでもいいけど、アニメのディルクの声って杉田さんなのね。何かちょっとイメージと違ったな……。だったら、誰が良かったんだよと聞かれたら返答に困りますが。

 きり良く『鳳凰星武祭』の終わりまでやってくれると嬉しいんだけど。この小説も早いとこ『鳳凰星武祭』を終わらせにゃいかんな。では、次話で。


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羨望

 アスタリスク、ついにアニメ化しましたなぁ。早く綺凛ちゃんに会わせろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!


「ただいまよ~っと……って、まだ帰ってきてねぇのか、ジョーの奴」

 

 明かりの灯った電灯が無人の部屋を照らす。書類やらメモやら、何が何やら分からない状態になっている英士郎の机は変わった様子が無いし、ベットも同様だった。

 

 夏休みに入ってからこんな感じだったので、今更ルームメイトがいないことに驚きはしなかった。ただまぁ、何をしているのかは気になったので、一度訊ねてみたが取材だよ、と煙に巻かれただけだった。

 

「歓楽街にでも繰り出してんのか……そういうタイプには見えんかったが」

 

 いないならいないでそれに越した事はない。凜堂は携帯端末を取り出して自身の椅子へと腰かける。これから話そうとしている相手との会話を極力聞かれたくなかったので、英士郎が留守なのは正直ありがたかった。

 

「いい加減、試合の度にぶっ倒れてユーリに肩貸してもらうなんて格好悪いからな」

 

 凜堂の右目に飛び込んできた魔眼。それについて彼は余りにも無知であり、それは周囲の人間も同様だ。凜堂には『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』のことを知る必要があった。『鳳凰星武祭(フェニックス)』に勝つためにも、そしてこれからのためにも。

 

「さってさて~、出てくれるっかなぁ~っと」

 

 携帯端末を取り出してつい最近、登録した番号へかける。数回の呼び出し音が鳴り、空間ウィンドウが開いて通話相手を映し出した。

 

『あ、高良さん!』

 

「よぉ、ウルサイス妹。悪いな、突然」

 

 その呼び方、止めて下さいよ~、とプリシラ・ウルサイスはウィンドウの中で苦笑する。エプロン姿から察するに、晩御飯を作っている最中のようだ。場所は先日凜堂とユリスが招かれたあの部屋だろう。

 

「忙しそうだし、後でかけなおしたほうがいいか?」

 

『大丈夫です、もうほとんど作り終ってますから。それに私も高良さんにお礼を言わなきゃと思ってましたし。でも、まだ試合も残ってるしお邪魔になってしまうかと思って……その節は本当にありがとうございました!』

 

「いや、気にしなくていいぞ。俺が勝手にやったことだしな」

 

 それでもです、と頭を下げるプリシラに今度は凜堂の方が困ったような笑みを浮かべる。試合でぶちのめした相手からお礼を言われるというのは何とも不思議な気分だった。

 

『高良さんのお陰でお姉ちゃんは元に戻ってくれました。どれだけ感謝してもし足りません。そうだ、また高良さんをディナーにお誘いしてもいいですか? 勿論、リースフェルトさんも』

 

『プリシラ、いいから代われって!』

 

『え、ちょっと、お姉ちゃ』

 

 空間ウィンドウからプリシラの姿が消え、入れ替わりにイレーネがウィンドウに現れた。

 

『よぉ、高良。今日の試合、見させてもらったぜ。純星煌式武装(オーガルクス)無しでもあれだけ戦えてたのにはびっくりだけどよ、結構際どかったじゃねぇか』

 

「どこぞのシスコン馬鹿の所為でな」

 

『はっは、いい気味だ……って、誰が馬鹿だ誰が!』

 

 シスコンの部分は否定しないのね、と思わず噴出す凜堂。それが更に癇に障ったらしく、ウィンドウ内のイレーネが食って掛かってきた。鋭い目つきで凄んでくる様はかなりの迫力だが、どこか険が取れたように見える。元に戻ったというプリシラの言葉にも頷けた。

 

『んで、何のようだ? ……何て言う必要はねぇか』

 

「察しが良くて助かる。レヴォルフ(お宅)んとこの生徒会長殿に話が聞きたくてね」

 

 レヴォルフ黒学院の生徒会長。即ち、『悪辣の王(タイラント)』ディルク・エーベルヴァイン。凜堂の台詞にイレーネは微妙な表情を作る。

 

『察しがいいのはあたしって訳じゃないんだが、ディルクの野郎の受け売りさ』

 

 近い内に凜堂が自分に接触を図ろうとするだろうから、その時は知らせろとのことだそうだ。

 

「へぇ、お見通しって訳ですかぃ」

 

 流っ石、『悪辣の王』。と凜堂は僅かに眉を持ち上げて見せた。

 

「そんなら話が早い。俺の右目のお転婆について聞きたいことがあるから会って話したいって伝言しといてくれや」

 

『あぁ、それも仕事の内だからな。構わねぇよ』

 

「そいつはどうも」

 

 ここでイレーネは目つきを真剣なものにし、真っ直ぐに凜堂へと向ける。

 

『ただ、油断はするなよ。あいつが飼ってるのはあたしらだけじゃない。あの『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』も手札に加えてるって噂だ』

 

「現アスタリスク最強の魔女(ストレガ)をか。本当、何者よ」

 

 それだけじゃない、とイレーネは目つきをより一層鋭くさせた。

 

『それにあいつには黒猫機関もいるしな』

 

「黒猫機関?」

 

 疑問符を浮かべる凜堂の脳裏に可愛らしい黒猫の格好をしたレヴォルフ生徒がタンゴを踊る情景が浮かび上がってくる。もう一度、黒猫機関と呟く凜堂をイレーネは毒気が抜かれた顔で見ていた。

 

『何考えてるか分っかんねぇけど、それは違うからな』

 

「だろうねぇ」

 

 というか、それで合ってると言われた方が青天の霹靂だ。調子狂うなぁ、とイレーネは空間ウィンドウの中で頭を掻いた。

 

『レヴォルフの諜報工作機関だよ。どんな汚れ仕事でも命令とあらば躊躇なくやってのける冗談抜きでやばい連中だ……もっとも、ディルクの野郎は信用してねぇみてぇだけどな』

 

 要するに星導館の『影星』のようなものだ。

 

「あいあい、気をつけるとしますよ」

 

『本当か? ……本当なんだろうな。お前はそういう奴だもんな』

 

 飄々と何時もの調子で答える凜堂に疑惑の目を向けるイレーネだが、最後には諦めとも信頼ともつかないため息を吐いていた。どれだけおちゃらけた風な態度をしていても、凜堂がやると言ったらやる男だということは先日の試合で痛いほどに思い知らされている。

 

『まぁいい。それはそうと高良。お前、何でプリシラの携帯番号を知ったんだ?』

 

「は? 別にこの前飯食わせてもらった時だけど?」

 

『……そうかよ』

 

 どこか憮然とした顔のイレーネ。怒っているようにも見える。何か怒らせるようなことしたっけ、と凜堂が内心で首を傾げていると空間ウィンドウの向こうでイレーネが何やら携帯端末を操作していた。

 

「おろ?」

 

 数秒後、凜堂の携帯端末にイレーネの携帯番号が送られてきた。

 

『次からあたしに用事がある時はプリシラを通さないで直接かけてこい。プリシラの手を煩わせるな。ってか高良。お前、プリシラに手ぇ出したら承知しないぞ』

 

『ちょっとお姉ちゃん! 高良さんに何てこと言ってるの!?』

 

『黙ってろ、プリシラ。男ってのはな皆、狼なんだ。気をつけなきゃいけないんだ』

 

「どこのアリスだお前は」

 

 嘆息する凜堂をほったらかしにして画面の中で揉み合うウルサイス姉妹。

 

『そんなことよりもっと言わなきゃいけない事があるでしょ!!』

 

『そうは言うがな、プリシラ。ここは姉としてお前を守るために釘を刺しとかないとって分かった! 分かったからそのフライパンを下ろしてくれ!! お前も年頃なんだからもう少し慎みを』

 

『お姉ちゃんだけには言われたくない!!』

 

『ミギャーッ!!』

 

 スカァン!! と気持ち良さすら感じられそうな音に凜堂は思わず顔を顰める。数秒後、画面にプリシラの姿が映る。

 

『高良さん、お姉ちゃんが変なこと言ってごめんなさい』

 

「いや、まぁ気にしないでくれや。家族のことを大切に思うのは当然だし」

 

 若干、引き攣った笑みで凜堂はそれとなくイレーネをフォローする。ありがとうございます、と苦笑気味のプリシラに頭を下げられるも、彼女の右手に握られているフライパンの存在に気圧されて生返事しか出来なかった。

 

『さっきも言いましたけど、是非またいらして下さい。リースフェルトさんも一緒に』

 

「あ、あぁ。伝えとくわ」

 

『よろしくお願いします。じゃあ、次の試合、頑張って下さい。ほら、お姉ちゃん。ご飯冷めちゃうから起きて』

 

 そこまで映したところで空間ウィンドウが黒く染まる。

 

「はは、性格が似てなくても、やっぱ姉妹なんだな」

 

 苦笑いしながら凜堂は携帯端末を机の上に置き、ベットに横になった。

 

「ま、話は通したんだし、後はなるようになるか」

 

 小さく息を吐きながら天井を見上げる。特にすることもないのでぼんやりしていると、不意にイレーネとプリシラの姿が脳裏を過ぎった。

 

「お姉ちゃん、ね……姉貴」

 

 ズキリと微かに胸が痛んだその時、

 

「たっだいまーっと! いや~、やっぱ我が家はいいねぇ!」

 

 派手な音を立てながら扉が開き、ルームメイトの英士郎が入ってきた。凜堂は起き上がって机の上に色々と荷物を置いている英士郎に向き直る。

 

「よぉ、ジョー。久しぶりだな」

 

「よっす、凜堂。仕事が立て込んでてな。どうにか一区切りつけてきたんだけど、まだ山のように残ってるんだよなぁ」

 

 深々と嘆息する英士郎。後ろ姿がどこか煤けて見えた。

 

「新聞部も大変だな」

 

「まぁ、『星武祭(フェスタ)』の時期は稼ぎ時だからな。ネタはそこかしこに転がってるから取材には困らないし……っと、試合見たぜ。準々決勝進出おめでとさん」

 

 ほれ、お祝い、と英士郎は荷物の中からコーラの缶を取り出して凜堂に投げ渡した。

 

「まった安上がりなお祝いだな、おい。いや、祝ってもらえるだけ感謝しないとな」

 

 サンキュ、と礼を言いながら凜堂はコーラをサイドテーブルに乗せる。缶の膨らみ具合から察するに、ベットの上で開けたらどのような悲劇が起こるか想像に易かった。

 

「次の相手もまた界龍(ジェロン)だっけか? しかもあの双子とか災難だな、お前もお姫様も。あいつらの性格の悪さは折り紙つきだからな」

 

「知ってんのか、あの二人のこと?」

 

 データでって意味ならな、と答える英士郎。

 

「戦闘能力だけって意味ならお前さんが倒した『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を持ったイレーネ・ウルサイスのほうが強いだろうさ。実際、詩の蜜酒(オドレリール)六万神殿(ヘキサ・パンテオン)でも双子の個人としての評価はそこまで高くない」

 

「ちょい待て。何だその、オートミールやらヘキサグラムってのは?」

 

「詩の蜜酒と六万神殿な。え、知らないのかお前?」

 

 意外そうな顔をする英士郎に凜堂は真顔で頷く。

 

「逆に聞くが、ジョー。俺がその手のものを知ってる時が一回でもあったか?」

 

「自慢げに言うことじゃないだろそれ……アスタリスク、というより、星武祭に関するファンサイトだよ」

 

 英士郎は携帯端末でそのサイトを開き、凜堂に見せてくれた。

 

「アスタリスクにおける序列ってのは各学園が定めたものだから、当然その学園内だけのもんだろ? うちの序列一位、要するにお前なわけだが、それとガラードワースの序列一位、『聖騎士(ペンドラゴン)』はどっちが強いのかってのは実際に戦わないことには分からない」

 

「そりゃそうだ」

 

「そうだと分かっていても、世の中には何でも比較したがる奴がいるもんなのさ。で、ネットで自分なりのランキングを作って発表したがる輩が多いってことよ」

 

「アスタリスク全生徒を対象にした非公式序列ってことか?」

 

 そゆこと、と英士郎はピッと人差し指を立てる。その最大手なのが先ほど英士郎の言った詩の蜜酒と六万神殿というわけだ。

 

「詩の蜜酒は個人が管理してる、アスタリスク黎明期からずっと更新を続けてる古参だ。ランキングはかなり正確って言われてて、賭けのオッズなんかはここを参考にしてることが多い。六万神殿は割りと最近出来たサイトなんだが、誰でも参加できる独自の評価システムを使ってる。ランキングって言うより、人気投票って言い方のほうが正しいかもな」

 

 色々あんのね、と感心する凜堂。

 

「ま、所詮は非公式だし、こんなの当てにならないって言う奴もいる。お姫様はその口のはずだ。あと、会長さんも何かのインタビューで言ってたけど、余り好きじゃないみたいだ」

 

「ユーリはまぁ分かるけど、ロディアもなのか」

 

 そもそも、ユリスは学園の序列はあてにならないと凜堂の目の前で言っていた。ましてそれが非公式のものだとしたらどんな反応をするのかは火を見るよりも明らかだ。しかし、クローディアはどうなのか凜堂には見当がつかなかった。

 

「そこら辺を弁えて見る分には問題ないさ。ちなみにどっちのサイトも一位は『孤毒の魔女』だ」

 

「そりゃ凄い」

 

 流石『王竜星武祭(リンドブルス)』二連覇を成し遂げた魔女と言うべきか。

 

「六万神殿のほうは過去の出場選手とかも交えたランキングもあるから面白いぜ。そっちだと一位は星猟警備隊(シャーナガルム)の隊長さんだ」

 

「初めて『王竜星武祭』で二連覇した人か。このランキングって基本的に『王竜星武祭』を基準にしてるのか」

 

「星武祭の中で一番盛り上がるのはそれだからな。参考までに今の凜堂の順位は詩の蜜酒だと九位、六万神殿のほうは十五位ってとこだ」

 

「あら、意外と高評価」

 

「イレーネ・ウルサイスとの試合後だとがくっと順位が下がってたんだが、今回の試合でお前さんは純星煌式武装(オーがルクス)無しでも十二分に強いって証明したからな」

 

 現金なものだ。顔に出ていたのか、英士郎は笑いながら凜堂の肩を叩いた。

 

「今年初出場のルーキーにしちゃ頑張ってるほうだよ、お前さんは」

 

「そいつぁどうも」

 

 なんの気なしに視線を泳がせると、クローディアや綺凛の名前もサイト内にあった。まぁ、現星導館学園の序列二位と元序列一位なので当然と言えば当然だ。

 

「本当、色々いるなぁ……お、サーヤもランキングに載ってらぁ」

 

「あんだけでっかい銃を使いながら接近戦をこなしたのが評価されたんだと思うぜ。話を戻すが、あの双子はそれほど個々の戦闘能力は高く評価されてないってこった。勿論、界龍の『冒頭の十二人(ページ・ワン)』だから弱いって訳じゃない。他の学園と比べればってことだ」

 

 閉じられる空間ウィンドウ。

 

「でも、単純な強さで勝敗が決まるもんでもないだろ? 俺の見立てだが、仮にイレーネ・ウルサイスと双子がぶつかり合ったらどっちが勝つかは分からないくらいには試合巧者だと思うぜ」

 

「確かに奴さんたちゃ相手の弱点を突くのが上手かったな」

 

 それが試合データを見た凜堂の印象だった。徹底的に相手の弱点を狙う。双子の基本戦術だ。それだけ見ると別段珍しいことでもないのだが、双子が特別視されるのはそのための手段が呆れるほどに豊富なところだ。

 

「連中、星仙術の利点を上手いこと使うからなぁ。相手にしてみりゃやり難いことこの上ないだろうな。どうやったらあんな風に性格が捻じ曲がるんだか」

 

「あいつらの人間性の問題だろ。にしても星仙術か」

 

 凜堂もそこまで詳しいことを知っている訳ではないが、ある程度は知識として身に着けていた。まず第一に特徴として挙げられるのは汎用性。攻撃防御支援、節操がないくらいに何でも出来る。ちなみに星仙術の使い手は道士(タオシー)と呼ばれるそうだ。

 

「『魔女(ストレガ)』や『魔術師(ダンテ)』の能力を体系かして汎用性を持たせたのが星仙術だ。『魔女』や『魔術師』の能力は何かに特化した形で発現するもんだが、それを技術にして誰にでも使えるようにしたものって定義が一番近いわな」

 

「誰にでも、か。ぶっ飛んだことやんなぁ」

 

 そうでもないぜ、と英士郎はにやりと笑う。

 

「『魔女』や『魔術師』は星脈世代(ジェネステラ)の中で数パーセントしかいないって言われてるだろ? 実際は万能素(マナ)とリンクできる素養があるけど、力が弱かったり上手くイメージ出来なかったりって色んな理由で能力を発現出来ない奴がいるみたいだ」

 

 むしろ、星脈世代で素養を持ってない方が珍しいそうだ。

 

「理論的には万能素とリンクすることが出来れば事象の改変は出来るのさ。その素養部分だけを引き伸ばして、動作や呪文、呪布なんかの道具と組み合わせた定型式を技術として教えて様々な能力を使用可能にしたのが星仙術ってこった」

 

 星仙術の技術は基本的に界龍が独占している。使い手はともかく教える側、教導師と呼ばれる存在が数えるほどしかいない上に教導師が界龍から他学園に引き抜かれたことが一度もないからだ。余程、徹底してるんだろうなというのは英士郎の言だ。

 

「星仙術の能力は分かってるだけでも数百はある。道士がそれぞれ独自に開発したものも合わせると冗談抜きで星の数ほどあるかもしれねぇや。星仙術には『魔女』や『魔術師』みたいな際立った能力はないけど、その分安定性がある。気は抜かないほうがいいぜ」

 

「気を抜くつもりは毛頭ないが、その警告は心にしっかりと留めておくぜ、ジョー」

 

 悪辣の王との一件、明後日の準々決勝。そして胸の中にある小さな、だが確かな痛み。向き合わなければならないものの多さに凜堂は無言で天井を仰いだ。

 

 

 

 

「どどーん」

 

 窓の無い壁に囲まれた射撃訓練室。気の抜けた声と共に放たれた光弾は狙い過たずに十数メートル先のターゲットに直撃した。破砕音と閃光の中に砕け散るターゲット。

 

「「おぉー」」

 

「……えへん」

 

 その光景に拍手を送る、若干歳の離れた姉弟。そして無表情でドヤ顔を決めるという中々器用な芸当を決める少女。五歳ほどの少女が自分の半身ほどの大きさもある銃型煌式武装を携えている姿はかなりインパクトが強かった。

 

「へぇ~、凄いじゃん紗夜ちゃん。撃ち始めてから一回も外してないし。百発百中ね」

 

「……練習してるから」

 

 女性、高良凛音(りおん)からの賞賛に紗夜は照れた様子で頬を赤らめる。一方、弟の凜堂のほうは紗夜の持っている煌式武装に興味津々といった様子で視線を注いでいた。

 

「サーヤ。それ、僕が撃ってみてもいい?」

 

「ん、別にいいよ」

 

 紗夜から煌式武装を受け取り、顔を輝かせる凜堂。そんな凜堂に凛音は少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、凜堂。あんた、ちゃんと撃てるの~? 外したら格好悪いわよ」

 

「馬鹿にするなぃ! 絶対当ててやる!」

 

「凜堂、ファイト」

 

 紗夜の応援を背に受け、凜堂は所定の位置に立つ。数秒後、紗夜の時と同じ場所にターゲットが現れた。一つ深呼吸し、凜堂は煌式武装を構えて銃口をターゲットに向ける。

 

「いっけぇぇっっ!!??」

 

 トリガーを引いた瞬間、放たれた光弾とは真逆の方向に凜堂が吹っ飛ぶ。凛音と紗夜の間を抜け、訓練室の壁に頭を強かにぶつける。思わず顔を顰めたくなるような音が響いた。

 

「ちょ、ちょっと凜堂。あんた大丈夫? すんごい音鳴ったけど」

 

「……ちょー痛そう」

 

 心配する二人に返事をする事も出来ず。凜堂は余りの傷みに頭を押さえながら蹲っていた。両手の間からは漫画に出てきそうなほどの見事なたんこぶが覗いている。

 

「うっわ、マジ痛そ……何か冷やすもの持って来ないと」

 

「……痛いの痛いの、飛んでけー」

 

 マジで泣き出す五秒前状態の凜堂を紗夜に任せ、凛音が部屋から出ようとするとどたどたと階段を下りる足音が聞こえてきた。

 

「一体、何の音だ? まさか創一、お前の銃が暴発したんじゃ」

 

「それこそまさかだ。威力は……まぁ確かに子供が扱う代物ではないが、それでも安全には十分以上に配慮しているぞ」

 

「父さん、それに創一おじさん。丁度良かった。凜堂が頭ぶつけちゃって……」

 

 

 

 

「……まった、昔の夢を見たもんだ」

 

 むくりと起き上がる。カーテンの隙間から差し込む朝陽を一瞥し、凜堂は右手を頭へと持ち上げた。勿論、そこにたんこぶなど無かった。

 

「くそが……今更、あの時の夢を見てどうすんだよ……」

 

 小さく毒づき、右手で顔を覆う。

 

「あいつ等を見て、昔を思い出したか?」

 

 ユリスとフローラ、そしてイレーネとプリシラ。紛れも無い家族の姿を見て。

 

「……こんな程度で揺らいでどうすんだよ。こんなんでユーリを護れるわけないだろうが。しゃんとしろ、俺」

 

 そう自分に言い聞かせても何も消える事は無かった。彼女たちに対する嫉妬にも近い羨望も、己の望みに対する諦めも。そして諦めていながら望みを捨て去る事の出来ない自分自身の愚かさも。

 

「……くそがぁ」

 

 もう一度、小さく毒づく。握り締められた右手は解かれる事なく、泣きじゃくる子供のように震えていた。




 ども。この前、母と一緒にガンバを見に行きました。ノロイがミュウツーにしか見えなかったよ……。まぁ、凄く面白かったからいいんだけど。あれだけのクオリティでやるんなら、一本に纏めないで前後編とかで分けてくれりゃ良かったのに。


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謁見

 日間ランキングに上がったのが嬉しくて書いていたら何時の間にか書きあがっていました。


 我ながら何と浅ましい……。


「フローラの嬢ちゃんが?」

 

 凜堂の確認に空間ウィンドウ内のユリスは一つ頷いた。顔を洗い、寝起き最悪の状態からどうにか脱した凜堂を待っていたのはユリスからの着信だった。

 

「そら、別に構わないけどよ。フローラの嬢ちゃんは何だって俺なんかを昼食に誘うんだ?」

 

 まだ眠っている英士郎を起こさないよう声を小さくしてユリスに訊ねる。

 

『うむ。どうしてもお前に聞きたいことがあるそうだ』

 

 小さく調節された音量で携帯端末から発せられるユリスの声。聞きたいことって何よ? という凜堂の問いにユリスは首を振る。ユリス自身、詳しいことは聞かされていないようだ。

 

「俺に聞きたいことねぇ……分かった。で、俺はどこに行けばいいんだ?」

 

『すまんな。では、商業エリアまで出てきてくれるか? ただ、メインストリートの方は混雑が酷いからな。どこか、落ち着いた場所のほうがいいのだろうが……生憎と私はそのあたりに疎くてな』

 

 知ってるから安心しろ、という凜堂の返答にユリスは不満そうに頬を膨れさせる。これでも学ぼうとはしているんだぞ、と何やら方向性を間違えた努力をするユリスに苦笑しながら凜堂は携帯端末を操作してどこか良さげな場所はないかと探した。

 

「俺もそこまで詳しくはないしな……基本、出歩くこともないし、今はステージと学園を往復してるだけだし」

 

 アスタリスクに訪れてから今まで、凜堂は市街に遊びに出たことはほとんど無かった。いくら『鳳凰星武祭(フェニックス)』のための特訓に時間を費やしていたとはいえ、青春の一ページに娯楽のごの字も無いのはどうなんだと凜堂は少し考え込む。

 

「ふぁ~ぁ、よく寝たっと……どした、凜堂?」

 

 凜堂が顎に手を当て考えていると、英士郎が寝ぼけ眼を擦りながらベットから起き上がってきた。

 

「丁度いいタイミングで起きたな、お前。実はカクカクシカジカって訳で」

 

「成程、ダイハツムーブってことか。そういうことならいい店教えてやるよ。お姫様とのデートに変な場所選ぶわけにゃいかねぇしな」

 

『ななな、何がデートか! 貴様、変な誤解をするな!』

 

 顔を真っ赤にさせて否定するユリスに適当な返事をしながら英士郎は枕元に置いておいた携帯端末を手に取る。数秒もしない内に英士郎はそのいい店とやらの情報をウィンドウにして開いた。

 

「へぇ、外縁居住区の境目か」

 

「おぉよ。地下鉄からも距離があるから観光客も余りいない。それに味も雰囲気も悪くない中々の穴場だ。普段は場所柄の関係でクインヴェールの学生が使ってるんだが、今は夏季休暇中だからそれ程人はいないはずだぜ」

 

 所謂、女の子受けの良さそうな雰囲気のカフェだ。どうするよ、と凜堂の問いにユリスは数秒ほど唸っていたが、やがて小さく両手を上げて了解の意を示した。

 

『悪くはなさそうだ。夜吹の紹介というのが気に入らんが、他に候補も無いようだしそこでいいだろう』

 

「んじゃ、そういうことで。時間は……」

 

 その後、今から二時間後にそこで落ち合うということで話は纏まり、ユリスとの通話は終わった。

 

「しっかし、ジョー。よくあんな店のこと知ってたな」

 

「なぁに、情報ならどんな物でも手広く扱うってのがうちの部のモットーってだけの話よ」

 

 感心する凜堂に英士郎は自慢げに笑って見せる。その笑みが何やら含みのあるものに変わったのはそれから数秒後のことだった。

 

「貸し、一つだぜ?」

 

「……はっはぁ。しっかりしてるねぇ、お前さんは」

 

 

 

 

「おろ、あれは」

 

 十分後、身支度を整えた凜堂が寮から出ると、正門に向かう道の途中で二人の顔見知りと遭遇した。クローディアと綺凛だ。綺凛の方はロードワークの最中だったらしく、トレーニングウェア姿だった。

 

「こんにちは、凜堂先輩。これからお出かけですか?」

 

 まぁねぃ、と眩しい笑顔を見せる綺凛に凜堂は片手を上げて応える。やや遅れて綺凛の隣にやってきたクローディアにも挨拶をしつつ、凜堂は並ぶ二人の顔を見比べた。

 

「何か、あんまり見ない組み合わせだな」

 

「あら、そうですか?」

 

 凜堂の感想にクローディアは片手を頬に当てて首を傾げる。彼女同様に疑問の顔を作る綺凛。凜堂の知る限り、この二人だけが話しているというのは記憶になかった。

 

「散歩をしていたらそこでバッタリと刀藤さんと出会ったものですから。少しご相談を」

 

「相談?」

 

「はいです。純星煌式武装についてちょっと」

 

 綺凛の口から出た予想外の単語に凜堂はへぇ、と片眉を持ち上げてみせる。

 

「以前の刀藤さんは刀藤鋼一郎氏の意向で純星煌式武装から距離を置いていたようなのですが、凜堂も知ってのとおり今の彼女は自由の身。ですので、もしお望みであれば試してみるのもよいかと思いまして」

 

「へぇ、リンが純星煌式武装をねぇ……これ以上強くなってどうすんのよ、お前さん」

 

 あぅ、と綺凛は顔を赤らめた。その隣ではクローディアが貴方がそれを言いますか、と呆れのため息を吐いていた。実際、綺凛が純星煌式武装を手にしたらどうなるのか、凜堂は想像もしたくなかった。何せ、綺凛は凜堂に負けるまで、刀一本だけで序列一位の座を守り続けていたのだ。彼女の剣技と疾さに純星煌式武装までもが加わったらどうなるか。

 

「やっべ。もしかして俺、序列一位の座を取り戻されるかも」

 

「な、何を言ってるんですか凜堂先輩!?」

 

「可能性は大いにあるでしょうね」

 

「会長まで……」

 

 顔を真っ赤にさせる綺凛に二人が抱いた感想は一つ。

 

((可愛い))

 

 その一言に尽きた。

 

「もっとも、刀藤さん本人は乗り気ではないようですが」

 

「はい。会長の提案はとてもありがたいのですけど、私、日本刀以外は本当に使えないんです」

 

 それ自体は別に悪いことではないのだが、綺凛は酷く申し訳なさそうにしていた。

 

「以前から使ってるこの千羽切にも愛着はありますし、何より連鶴は日本刀以外の武器では出来ませんので……」

 

「確かに。刀藤流は日本刀を使うのが前提の流派だからな」

 

 どれだけ強力な純星煌式武装が使えるようになったとしても、使い手が十全の実力を発揮できねばそれは無用の長物でしかない。まして、綺凛程の実力者が使い慣れた武器を態々手放してまで得られるメリットなど0に等しい。

 

「俺自身、こいつのでかさには難儀してるからな」

 

「ふふ、そう言ってますが凜堂。それは貴方が黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を扱いきれてないからですよ」

 

 へ? と黒炉の魔剣の発動体を取り出した凜堂は驚きの顔をクローディアに向ける。

 

「元来、その子に定まった大きさはありません。その子が使い手を認めていれば、自然とその使い手に合った大きさに形を変えます」

 

「ってこたぁ、俺はこいつにまだまだ認められてないってことか。生意気なやっちゃ。こいつめ、こいつめってあっちぃ!!」

 

 ビスビス、と凜堂が赤色のコアを指で小突いていると、抗議するかのように黒炉の魔剣が熱を持った。思わず発動体を落としそうになるが、ジャグリングのようにキャッチして事なきを得る。

 

「どうやら、認めてもらえるのはもう少し先のようですね」

 

「ただ使えてるってだけじゃダメってことかぃ」

 

 嘆息しながら発動体を腰のホルダーに戻す。

 

「話は戻るけど、ロディア。リンに使えるような純星煌式武装ってないのか?」

 

「はい。日本刀型の純星煌式武装は今の星導館にはありません」

 

 残念なことですが、とクローディアは首を振り、視線を凜堂の腰にある黒炉の魔剣へと向けた。

 

「一番日本刀に近い形状をしているのはその子なのですが」

 

 確かに黒炉の魔剣は片刃だ。形状も太刀に近い。大きさの一点を除けば日本刀型の純星煌式武装と言えるだろう。その問題点も黒炉の魔剣自体に主と認められさえすれば解決出来る。

 

「そ、そんな。それは凜堂先輩のですし、私なんかが扱えるとはとても……」

 

 しかし残念なことに今の黒炉の魔剣の所有者は凜堂だ。流石に使う? と気軽に差し出すわけにもいかない。

 

「日本刀型の純星煌式武装って黒炉の魔剣以外にあんのか?」

 

「そもそも、純星煌式武装の能力や形状はコアに使用されたウルム=マナダイトの個性が密接に関わっています。こういう能力、こういう形の純星煌式武装を作りたいからといって、そのように作れるわけではないんです」

 

 それはまた何とも面倒くさそうだ。素直に感想を零す凜堂にクローディアは苦笑で応えた。

 

「その分、強力な力を持っているのですから贅沢は言ってられません……ただ、近々新しいウルム=マナダイトが銀河の研究所から開発部に払い下げになるというようなことを小耳に挟みました。もしかしたら」

 

「そいつが日本刀型に出来るかもしれねぇのか?」

 

 まだ可能性の段階ですが、とクローディアは明言はしなかった。

 

「実際のところどうなるのか、純星煌式武装として形になるのは何時なのか分かりませんが、もしその時が来たら是非試してください」

 

「は、はい!」

 

 微笑みかけるクローディアに綺凛は気合いの入ったお辞儀をする。

 

「しっかし、随分と熱心なのな、ロディア。それ、生徒会長が直々にやるようなことでもないだろうよ」

 

「そうでもありませんよ。星導館の学生皆様のために尽力し、『星武祭(フェスタ)』でより良い成績を残してもらうことが私の仕事ですから」

 

「大変なのね、生徒会長って」

 

 自身も『冒頭の十二人(ページ・ワン)』だというのに他の生徒を強くするために骨身を削る。余程の根性と意志がなければ出来ることでない。

 

「……そういや、お前ら二人って戦ったことってあんのか?」

 

 不意に湧きあがった疑問をぶつける。凜堂の言葉に二人は顔を見合わせた。片や星導館の序列二位。片や元が付くとはいえ序列一位。過去に一度くらい剣を交えたとしても何ら不思議はない。

 

「い、いえ、無いですよそんな!」

 

 だが、大慌てで両手を振る綺凛がそれを否定する。想像以上の反応に凜堂は目を白黒させた。

 

「鋼一郎氏は私を警戒していましたから。仕方ありません」

 

「それ以前に会長はここ一年、試合も決闘もされていないですよね」

 

 言われてみれば確かに、と綺凛と凜堂が呆れるほどさらりとクローディアは言ってのける。

 

「試合も決闘も随分とご無沙汰してます。腕が鈍ってないといいのですが」

 

(その心配は必要ないんじゃないか)

 

 コロコロと笑うクローディアに凜堂は心の中で囁く。イレーネとの試合前にクローディアの部屋にお邪魔した時のあの動き。意識の無い状態であれだけ動けるのだから、覚醒している時であれば更に洗練されたものになるだろう。

 

 ふと、凜堂はユリスが以前に綺凛と似たようなことを言っていたことを思い出した。しかし、そうなると益々以て尋常なことではない。

 

 決闘はともかく、星導館(ここ)であれば公式序列戦の時、自分よりも下位の者からの挑戦を拒否することは出来ない。そういうルールだからだ。クローディアの序列は二位。つまり、序列入りさえしてれば生徒は誰でも彼女を指名することが可能なのだ。だというのにクローディアは一年もの間、誰からも指名されることは無かった。それが意味するのは。

 

「ユーリから聞いちゃいたけど、お前さんそんなに強いのか、ロディア?」

 

「はい。会長はとてもお強いです」

 

 クローディアが否定するよりも先に綺凛が答える。その顔は真剣その物だった。

 

「凜堂先輩は会長の試合映像をご覧になったことがありますか?」

 

「いや、無いな」

 

「でしたら、一度でも見れば皆が会長に挑まない理由が分かると思います。会長はそれだけお強いんです」

 

「どちらかというと私が強いのではなく、この子の能力が凄いのですが」

 

 腰に下げた二つの起動体を撫でるクローディア。それはパン=ドラ。過酷な代償を条件に所有者に未来視という破格の能力をもたらす純星煌式武装だ。確かに未来を視ることの出来る者に態々戦おうとする者はいないだろう。だとしても挑む者が皆無というのは異常だ。

 

「私も会長と戦った時のことを想定したことはあります。でも……」

 

「勝てるヴィジョンが見えなかったか?」

 

 頷く綺凛。あら、ご謙遜を、とクローディアが苦笑するも、綺凛は真剣な顔を崩さなかった。

 

「本当です。それに『詩の蜜酒(オドレリール)』でも会長の方が私よりも上位ですし……」

 

「あれは当事者以外の方々が勝手に騒いでいるだけです。当てにはなりません」

 

 英士郎の言う通り、クローディアは非公式ランキングに対して肯定的ではないようだ。それでも譲らない綺凛にクローディアは小さくため息を吐く。

 

「つってもよ、リン。お前さん、その想定でロディアに負けた訳じゃないんだろ?」

 

「それは……」

 

 口ごもる綺凛の横でクローディアもでしょうね、と頷く。実際、綺凛の動きは未来を視れるだけで対応できるようなものではない。速さと剣術だけで言えば綺凛はクローディアを越えている。戦えばどうなるかなど、本当にやらなければ誰も分からないだろう。

 

「……あぁ、もうこんな時間ですか。すみません、少しお喋りに夢中になりすぎたようです」

 

 クローディアは携帯端末で時間を確認すると、凜堂と綺凛に優雅に一礼した。

 

「では、私はこの辺で。お二人とも、明日の試合はパートナー共々頑張ってください。応援していますので」

 

「あいよ。ま、期待しててくれて良いぜ」

 

 それは頼もしい、と微笑みを残して去っていくクローディアに凜堂は手を振る。小さくなっていくクローディアの後ろ姿を見送りながら綺凛はゆっくりと口を開いた。

 

「確かに想定での戦いで私は会長に負けませんでした」

 

 一人の剣士としての矜持にかけてそう断言出来た。

 

「でも、それは試合データなどから推定した会長のイメージでしかありません。会長は前回の『獅鷲星武祭(グリプス)』で敗れていますが、それはあくまでチームでです。会長ご本人にはまだまだ余力があったと私は思います。多分、誰も会長が本気で戦っているのを見たことがある人は……」

 

「本気のロディアね……やり合いたくねぇなぁ」

 

 高良凜堂、心からの言葉だ。

 

「そういえば凜堂先輩。これからお出かけだったんじゃないですか?」

 

「あぁ、そういやそうだった」

 

 綺凛の指摘に凜堂は慌てて時間を確認する。余り悠長にしていられる余裕はなさそうだ。

 

「悪い、リン。もう行かないと。明日の試合、お互い頑張ろうな」

 

「はい、お気をつけて」

 

 一礼する綺凛に手を振り、凜堂は急いで正門へと走って行った。

 

 

 

「ご馳走様でした。凄く美味しかったです!」

 

「あぁこら、フローラ。口の周りにケチャップが付いているぞ。全く……」

 

 オムライスを綺麗に平らげたフローラの口元を隣に座っているユリスが拭う。本当の姉妹のような二人の姿に凜堂は思わず顔を綻ばせた。微かな痛みが胸元で訴えているが、そんなものは気にならなくなるほどに胸が温かくなる気持ちだ。

 

 英士郎の紹介してくれた店は彼の言う通り、中々の穴場だった。黒塗りの落ち着いた外観とは裏腹にどこか人を惹きつける雰囲気を醸し出している。明るく、小さくクラシックの音楽が流れる店内も良い感じだ。二十席ほどあるカウンター席とテーブル席には凜堂、ユリス、フローラ以外にも客がいるが、余り気にすることなく昼食を楽しむことが出来た。

 

「確かに味も雰囲気も悪くない。認めたくはないが、夜吹の情報は正確だな」

 

「もうちょい素直にお礼の気持ちを表現できんのかね、お前さんは」

 

 食後に出されたコーヒーを手に取りながら凜堂は言う。対してユリスもコーヒーを一口飲んだ。

 

「それは無理だな。私が何回あいつのお蔭で面倒なことに巻き込まれたか。この程度で相殺など出来るものか」

 

 何やったんだあいつ、と凜堂は内心で肩を竦める。基本的に『貸し借り』で対人関係を構築しているユリスにここまで言われるとそこが気になって仕様がなかった。それは今は関係ないと思考を切り替え、凜堂はカフェオレを飲んでいるフローラを見た。

 

「んで、俺に聞きたいことって何じゃい、フローラの嬢ちゃん?」

 

「あいです! ちょっと待って下さい……」

 

 フローラが可愛らしいポシェットの中から手帳を取り出す。彼女の趣味なのか、こちらもまた愛らしいものだった。そのデザインはメイド服姿のフローラによく映えた。

 

「これです! では、高良様……」

 

 質問内容の書かれたページを探していたフローラの手がピタリと止まる。彼女の視線は手帳から隣の席へと移っていた。

 

「「ん?」」

 

 凜堂とユリスもフローラに倣って視線をそちらに向けると、ウェイターがクインヴェールの生徒と思われる女子数人が座っているテーブルに巨大なパフェを置いていた。フローラの目はそのパフェに釘付けになっている。

 

「随分とカラフルだな。何種類の果物使ってんだ?」

 

 凜堂は何ともずれたことを気にしていた。

 

「フローラ、食べたいのか?」

 

「……あい、です」

 

 女の子だねぇ、と率直な凜堂の感想にフローラは恥ずかしそうに顔を赤くした。

 

「凜堂、茶々を入れるな。構わんぞ。好きにしろ」

 

「! あいりがとうございまーす!」

 

 一転してフローラは喜色満面の笑みを浮かべる。ユリスがウェイターを呼び止め、注文してから数分後。隣のテーブルに置かれたものと同じパフェが三人の前に運ばれる。漂う濃厚な甘い匂いだけで凜堂は胸焼けがする気持ちだったが、フローラくらいの年の女の子にしてみれば宝石箱のように見えるのだろう。面白いくらいに目を輝かせていた。

 

「フローラの嬢ちゃん、好きなんだな。甘いの」

 

「仕方あるまい。孤児院にいてはこの手の甘味を味わえる機会は余りないからな。我儘を言ってシスター達を困らせる訳にもいかんし、それにフローラくらいの年になると年下の子達の面倒を見るのが普通になってくる」

 

「だからユーリが甘えさせるって訳かい。優しい姉ちゃんだこと」

 

 からかうような凜堂の言葉に反応したのはユリスではなくフローラだった。口の周りにクリームを付けたまま勢いよく頷く。

 

「あい! だからフローラも孤児院の皆も姫様のことが大好きです!」

 

「ふ、フローラ! そんなことを大声で言わずとも……」

 

 凜堂のにやけた笑みやウェイターや他の客達が送ってくる生暖かい視線に居た堪れなくなったのか、ユリスは耳まで赤くなりながら俯いてしまう。

 

「仲良きことは美しき、ってな。結構結構」

 

 飄々と笑う凜堂だったが、不意に昔を思い出した。思い返せば彼自身、姉の凛音にはかなり甘えていた。

 

「……くそ」

 

 感傷的な想いを振り払うように頭を軽く叩く。目の前のフローラにアーンされているユリスという格好の弄り対象も目に入らなかった。

 

「高良様。もしよければ高良様もどうぞ!」

 

「んぁ? あ、あぁ。ありがとよ、フローラの嬢ちゃん。でも、悪い。今、そういう甘いの食べる気分じゃ無いんだ。俺のことは気にしないでユーリと一緒に食べちゃってくれ。で、そろそろ本題に入って欲しいんだが」

 

「……本題?」

 

「フローラ。お前、ここに来た目的はそのパフェを食べることではないだろう」

 

 スプーンを口に銜えたまま首を傾げるフローラを呆れ顔のユリスが小突く。数秒の時間をかけて本来の自分の使命を思い出したフローラはポンと手を打った。

 

「そうでした! フローラ、すっかり忘れてました。えっと……」

 

 スプーンを口から出すことも忘れ、フローラは手帳のページを捲り始める。王宮で働いてるとは言っても、少し行儀の悪い部分を見せる辺りやはり小さな女の子だ。

 

「慌てるな、フローラ。別に手帳も凜堂も逃げたりはせん」

 

「あい……あった、これです!」

 

 目的のページを見つけたようで、フローラはスプーンを口から出した。

 

「では高良様、質問です」

 

「はいはい」

 

「えっと、『姫様との関係はどこまで進んでいるのですか? キスくらいは済ませましたか?』」

 

「ぼっふぉ!!」

 

 コーヒーを飲もうとしていたユリスが凄い勢いで噴き出す。わぁ、コーヒー噴水と凜堂は目を丸くしていた。

 

「げっほ、えっほ……ななななな、何だその質問はぁ!?」

 

「ユーリ、落ち着け。他の客に迷惑だ」

 

 けたたましい音を立てて立ち上がったユリスを凜堂が諌める。周囲から視線を集めていることに気づき、ユリスはすぐに腰を下ろしてフローラに詰め寄った。

 

「その質問、お前が考えた訳ではあるまい、フローラ?」

 

「あい。陛下が『僕の将来の義弟について調べて欲しい』と仰ってましたので」

 

 己、兄上、と怒りを滾らせるユリス。

 

「ユーリ。兄貴に対してヘイト溜めるのは構わないけどよ。一体全体、お前さん。俺のことをどう兄貴に伝えたんだよ?」

 

 凜堂の疑問ももっともだ。僕の将来の義弟なんてフレーズ、普通の友人として紹介されていたらまず思いつかないだろう。フローラから手帳を取り上げようとしていたユリスだったが、凜堂の問いに顔を茹蛸のようにして黙り込んでしまった。まぁいいや、と凜堂は腕を組み、天井を見上げて考え込む。

 

「俺とユーリの関係ねぇ……」

 

「あい! 是非ともお聞かせください!」

 

 フローラが意気込みながら、そしてユリスがドキドキしながら返答を待つ中、凜堂はゆっくりと口を開く。

 

「……姉貴、かな」

 

「お前は何時までそれを引っ張れば気が済むんだ!?」

 

 何時ぞや、ウルサイス姉妹との夕食時のようなやり取りにユリスは思わず凜堂にテーブル越しのアイアンクローを決める。あだだだだ!! と本気で痛がる凜堂を尻目にフローラは大真面目な顔で報告用と表紙に書かれたメモ帳を手に取った。

 

「えっと。『夫婦漫才をするくらいには良好な関係』と」

 

「お前も変なことを書くな!」

 

 メモにペンを走らせていたフローラにユリスは軽く拳骨を落とす。

 

「全く! お前も兄上もおふざけが過ぎるぞ、全く……」

 

 憮然とした顔でユリスがコーヒーの最後を飲み干そうとすると、

 

「あ、あの~」

 

「あぁ、すんません。騒がしくしちゃって、って誰?」

 

 遠慮がちな声にてっきりウェイターが注意しに来たのかと思いきや、そこに立っていたのはレヴォルフの制服を纏った女子だった。

 

「えっと、高良凜堂さんですよね?」

 

「そうだけど、あんたは……って、もしかして使いの人か?」

 

 はいです、と凜堂の言葉に頷く女子。何事かとユリスとフローラが様子を見る中、女子はぎこちない動きで凜堂に頭を下げる。

 

「私は生徒会長秘書の樫丸ころなです。その、会長がお待ちです」

 

 

 

「会長がお待ち、だと……?」

 

 ユリスの目に警戒の光が灯る。レヴォルフ黒学院の生徒会長。即ち『悪辣の王(タイラント)』。

 

「『悪辣の王』が私のパートナーに何の話があるというんだ……!」

 

「ひいぃっ!!」

 

 ユリスのドスの利いた声と剣呑な視線にころなは軽く泣きながら後ずさった。

 

「止めろ、ユーリ。こいつは『悪辣の王』本人じゃねぇ。っつか、俺の客を泣かすな」

 

「俺の客? どういうことだ」

 

 凜堂は昨日、イレーネに頼んだことを掻い摘んで話す。

 

「まさか、頼んだ翌日に会えるとは欠片も思っちゃいなかったが」

 

「そうか……しかし、大丈夫なのか? いくら『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』について知るためとは言え、『悪辣の王』と接触するなど。そいつはイレーネ・ウルサイスにお前を潰すよう命じた張本人だぞ?」

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずって奴さね。心配しなさんな」

 

「確かにそうだが、しかし……」

 

 このまま凜堂を一人で送り出していいものか悩むユリス。数秒後、いい訳がないという結論が出た。

 

「よかろう。ならば、私も同行させてもらうぞ」

 

「え? で、でも、会長は高良様を」

 

「……問題があるとは言わせんぞ?」

 

「ぴいぃっ!?」

 

 直視すれば鬼もショック死しそうなほどおっかない顔をするユリスにころなは腰を抜かしてしまう。だから泣かすな、と凜堂は嘆息しながら軽くユリスを叩く。ユリスが凜堂に抗議しようとしたその時。

 

『構わねぇよ。一緒に連れてこい、ころな』

 

 突如、ころなの前に空間ウィンドウが現れる。通話相手は空間ウィンドウが暗転しているため、見ることは出来なかったが誰なのかは察しがついた。

 

『ついでだ。『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』の面も見ておこうじゃねぇか』

 

 何ともまぁ刺々しい、聞く者を思わず身構えさせるような低い声。この威圧的な声の主がディルクなのだろう。

 

「は、はひぃ! 分かりました、会長」

 

 どうにか立ち上がり、ころなは空間ウィンドウに一礼する。そしてネズミよりもびくびくした様子で凜堂とユリスの方へと向き直る。

 

「では、ご案内しますのでこちらに……」

 

「あぁ~、安心しろ樫丸……だっけ? 別にこのおっかないのはお前さんを取って食ったりはしねぇよ」

 

「おい、凜堂。私はお前の安全を考えてだな」

 

 つかよぉ、と凜堂は組んだ両手を後頭部に当てながらユリスを横目で見る。

 

「『悪辣の王』に対していい感情が湧かないのは分かるがよ、フローラの嬢ちゃんがいる前でんな顔すんなよ」

 

「っ! ……確かにそうだな」

 

 胸に手を当てながら深呼吸を繰り返し、ユリスは湧き上がっていた警戒心と怒りを落ち着かせた。

 

「フローラ。私と凜堂はちょっと人に会ってくる。そういう訳だから、一人でホテルまで帰れるな?」

 

「あい、勿論です!」

 

 いい子だ、とさっきとは打って変わり優しい笑みを浮かべ、ユリスはフローラの頭を撫でる。彼女に続き、凜堂もフローラの髪をくしゃくしゃにした。

 

「悪いな、フローラの嬢ちゃん。ちょっと、ユーリのこと借りるぜ」

 

「あい、姫様をよろしくお願いします。高良様」

 

 フローラと別れ、二人は先導するころなの後についていった。しばらく歩きいて商業エリアを抜け、外縁居住区の大通りに出る。そこにそれはあった。

 

「でっかいリムジンだこと。どこぞのVIPかっての」

 

 黒塗りのリムジンに凜堂はそう零した。比較的に窓は大きいが、外から中を窺い知ることは出来ないようだ。

 

「こちらです」

 

 ころなが扉を開けると、とても車内とは思えないような空間が二人を出迎える。一般的な車のシートはなく、代わりに革張りのソファーに重厚な机という、まるで応接間のようだ。

 

 その奥に一人のくすんだ赤髪の青年が座っていた。小太りの矮躯に不相応な禍々しい、苛立ちを孕んだオーラを全身から放っている。青年はぎろりとした目で凜堂をねめつけた。

 

「手前が『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』、高良凜堂か」

 

「そういうお宅は『悪辣の王(タイラント)』、ディルク・エーベルヴァイン」

 

「入れ」

 

 じゃ、遠慮なくと凜堂は車内に足を踏み入れる。続けてユリス、そしてころなが車へと入った。ユリスが警戒した様子で車内の様子を探るが、ディルクところな以外に人の気配は感じられなかった。テーブルを挟む形でソファーに腰を下ろした凜堂を見て、ディルクは忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「はっ、雲みたいな野郎だな。星導館も随分と頼りない奴を序列一位にしたもんだ」

 

「……その頼りない序列一位を潰すよう陰で指示を出していたのはどこの誰だろうな?」

 

 動き出した車に警戒心を剥き出しにしながらユリスはディルクを睨む。強者でも思わず怯んでしまいそうなほど鋭い視線を受け、ディルクは苛立しげな態度を崩さなかった。

 

「さて、何のことだ?」

 

「っ、恍けるな貴様!! 先日、イレーネ・ウルサイスがその口で確かに言っていたぞ! 貴様もがぁ」

 

「はぁい、ちょっと落ち着いてちょうだいね、ユーリさん」

 

 立ち上がりかけたユリスの口を塞ぐように片手で彼女の動きを制する。抗議の視線を向けてくるユリスを見ず、凜堂は抜き放たれた刃のように鋭利な顔をディルクに向けたまま口を動かす。

 

「悪いが、今回話があるのは俺だ。もし、邪魔をするってんならここで下りてくれ」

 

 そこまで言われてしまうと黙るしかない。渋々といった様子でユリスは腕を組んで、ざわつかせていた星辰力(プラーナ)を治める。ディルクの横で戦々恐々としていたころなが安堵の息を吐く。

 

「随分と従順だな。躾は行き届いて」

 

「『悪辣の王』さんよぉ。お互い、暇って訳じゃないだろ。それに面を突き合わせて仲良く世間話をするような間柄でもない」

 

 ディルクが全てを言い切る前に凜堂は身を乗り出した。

 

「回りくどいことは抜きにしてさっさと話そうや。俺はお宅に聞きたいことを。そしてお宅が俺に聞きたいことを」

 

「……いいだろう。手前の言う通り、俺も暇を持て余せる立場じゃねぇ」 

 

 と言いつつ、ディルクはふんぞり返った姿勢を崩さなかった。

 

「それで、俺に何が聞きたい?」

 

「こいつのことだ」

 

 自身の右目を親指で指し示す凜堂。

 

「こいつについてお宅が知ってることを教えてくれ」

 

 『無限の瞳』か、と前置いてディルクは口を開いた。

 

「俺も詳しいことを知ってる訳じゃねぇ。ただ、そいつの適合者が戦っているところを一回だけ見たことがあるだけだ」

 

「どこで?」

 

「『蝕武祭(エクリプス)』」

 

「何、だと……!」

 

 聞き覚えのない単語に疑問符を浮かべる凜堂に代わってユリスが驚きの顔を作る。そこに含まれた嫌悪感から察するに相当碌でもないもののようだ。

 

「ユーリ、何ぞそれ?」

 

「……私自身、伝聞でしか知らないのだが、『星武祭』では満足できない阿呆共がより過激なバトルを望んで作られたルール無用、非合法のバトルゲームだ」

 

 やはり碌でもなかった。

 

「ギブアップは当然なし。試合の勝敗は選手が意識を失う、もしくは命を落とすことで決していたようだ。アンダーグラウンドで開催されていた故、規模は『星武祭』に比べて小さかったが、それでも熱狂的なファンが多々いたようだ。実際、かなり盛況していたらしい。しかし、あれは今」

 

「『華焔の魔女』の言う通りだ。『蝕武祭』はとっくの昔に潰された。警備隊長殿が目の敵にしてたからな」

 

 ディルクが『無限の瞳』の適合者を見たのは出場選手の一人として、ということだろう。

 

「お宅も『蝕武祭』に?」

 

「客として、だがな」

 

「ふ~ん。で、その適合者はどうなったんだ?」

 

「殺されたって話だ」

 

 ユリスが大きく息を呑む音が聞こえる。凜堂自身、驚きで寸の間息が止まっていた。思わず、右目を片手で覆う。

 

「そ、それは確かなのか!?」

 

「さぁな。あくまでそう聞いたってだけの話だ……まぁ、殺されるよりも悲惨な結末を迎えたって可能性も否定出来ねぇがな」

 

「さいでっか」

 

 どうにか心の動揺を落ち着けながら凜堂はディルクを見据える。嘘をついているという体では無かった。

 

「次は俺の質問に答えてもらうぜ。手前、マディアス・メサとはどういう関係だ?」

 

 マディアス・メサ? と凜堂は目を丸くする。なぜここで運営委員会会長の名前が出てくるのか理解出来なかった。数瞬考え、凜堂はゆっくりと喋り出す。

 

「……悪いが、お宅の望むような答えを出すことは出来ないぜ。俺とあのおっさんには何の接点も無いからな」

 

「……そうか。ならいい」

 

 ディルクが指を鳴らす。緩やかに車が止まり、ドアが開いた。

 

「話は終わりだ。とっとと失せろ」

 

「この度は貴重なお時間を割いていただきどうもっと。行くぞ、ユーリ」

 

「待て、凜堂。こいつには聞きたいことが」

 

 止めとけ、とディルクを睨むユリスの肩に手を置く。

 

「お前さんが何を聞きたいのか察しがついてるけど、それに答える義理は『悪辣の王』殿には無い。精々、その為の手段があるくらいで納得しとけ」

 

 なぜ、あの店に自分達がいることを知っていたのか? 予約をした訳でも、まして誰かに話した訳でもない。なのにどうやって自分達の居場所を特定したのか。ユリスはその疑問をディルクにぶつけようとしたが、凜堂の言う通りだと結局何も言わずに車から下りた。続けて凜堂も車から出る。

 

 車が止まっていたのは星導館学園近くの埠頭だった。ここから歩いていけば学園までそう時間はかからない。

 

 レヴォルフの二人を乗せた車が走り去っていく。ちらっとだけ小さくなっていく車を一瞥し、凜堂は腰に手を当てて伸びをしながら夕焼けに染まった空を仰いだ。長いストレッチを終え、大きく大きく息を吐く。

 

「凜堂、大丈夫か?」

 

「……心配しなさんなっての。俺の心配なんかより、お前はフローラの嬢ちゃんの心配をしとけよ」

 

 何だと? ユリスは眉根を寄せる。

 

「もし、あの秘書から『悪辣の王』にフローラの嬢ちゃんのことが伝わったらどんなことに利用されるか分かったもんじゃないぞ」

 

 凜堂の言葉にユリスの顔から血の気が引いていった。慌てて携帯端末を取り出し、フローラへと連絡する。

 

「フローラ、今どこにいる!?」

 

 数秒後、開いた空間ウィンドウにユリスは噛り付いた。ユリスの尋常じゃない様子にフローラは目を白黒させる。

 

『姫様、どうしたんですか? フローラはさっき丁度ホテルに着いたところです』

 

「そうか。良かった……フローラ。すぐにそちらに行く。私が着くまで扉を開けてはならんぞ」

 

『? 分かりました』

 

 可愛らしく小首を傾げたフローラを映していた空間ウィンドウが消える。すぐに走り出そうとするユリスだったが、後ろ髪を引かれるように凜堂を振り返った。今すぐにでも妹分の元に駆け付けたいが、心中穏やかであるはずがない相棒を置いていく訳にもいかない。二つの気持ちに板挟みになるユリスの背を凜堂が押す。

 

「さっきも言ったけど、俺の心配は必要ない。早くフローラの嬢ちゃんのとこに行ってやれよ」

 

「……すまん、凜堂!」

 

 飛矢のように駆け出していくユリス。星脈世代(ジェネステラ)の全力疾走だけあり、数秒と経たずにユリスの姿が見えなくなった。ユリスが走って行った方を見ながら凜堂は息を吐く。そしてゆっくりと振り返った。

 

「で、俺に何か用か。名前も顔も知らない誰かさん?」

 

「……すまない。こんなストーカー紛いのことをして。ただ、どうしても君と二人だけで話がしたくてね」

 

 誰もいなかったはずのそこに一人の女性が立っていた。均整の取れた肉体に警備隊の制服を纏った、凛とした顔立ちの美人。

 

「ヘルガ・リンドヴァルだ。少し時間を貰えるだろうか、高良凜堂君」

 

 『時律の魔女(クロノテミス)』。かつて『王竜星武祭(リンドブルス)』を二連覇し、アスタリスク史上最強を謳われる『魔女(ストレガ)』が凜堂の前に立っていた。




 書きあがってみればまさかの一万字超え。もうね、どんだけ現金なんだよって話ですよ。流石に平日は無理だけど、この調子で書けたらいいなと思いました。




 Brand-new WorldのCDがはよ欲しいです。


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向き合うべき傷

 綺凛ちゃん、綺凛ちゃん、綺凛ちゃああああああんんんんんん!!!!!!!!!

 うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 失礼、興奮しました。それでは読んでやってください。


「『悪辣の王(タイラント)』と会ったのか?」

 

「ん? まぁ、ちょっとした世間話をですね」

 

 ヘルガの問いに凜堂は何気ない風を装って答える。ほぉ、とヘルガの眼光が鋭くなるが、凜堂はポーカーフェイスを貫き通した。

 

「あのディルク・エーベルヴァインと世間話を、か」

 

「はいでさぁ。今、星脈世代(ジェネステラ)を取り巻いている環境をどう思っているかをウィットに富んだアメリカンジョークを交えて話してたんです」

 

「とても世間話の題材にするような内容ではないな」

 

 苦笑を浮かべていたヘルガの表情がすぅっと引き締まった。

 

「『無限の瞳(ウロボロス・アイ)』について聞いていたのではないか?」

 

「やっぱ、分かります?」

 

 図星を突かれたにも拘らず、凜堂は動揺するでもなく頭を掻いた。元より、こんな無理のある言い訳が通用するとは思っていなかったようだ。まぁ、そんな詳しいことは聞いてないんですけど、と凜堂は肩を竦める。

 

「『無限の瞳』の適合者が『蝕武祭(エクリプス)』とかいう碌でもないものに出てたってことくらいしか知れませんでしたが……後、その適合者が殺されたかも知れないって」

 

 殺された云々に関してはディルク自身、明言していなかったので真実かどうなのか分からないが。そんな凜堂の考えを見透かしたのか、ヘルガはゆっくりと首を振った。

 

「……いや、『悪辣の王』の言っていることは紛れもない事実だ」

 

「何でそう言い切れんです?」

 

「その適合者を殺したのは私だからだ」

 

 言い淀むことも、目を逸らすこともなくヘルガは凜堂を真っ直ぐと見据えながら言った。寸の間、ヘルガの言っていることが理解出来ずに凜堂の思考が完全に停止する。

 

「え、何の、冗談……」

 

「こんな性質の悪い冗談で人を驚かせる趣味はない。殺す気など毛頭なかったのだがね……いや、言い訳だな。それ以外の選択肢がなかったとはいえ、私が彼を手にかけた事実が変わる訳じゃない」

 

「選択肢が、なかった?」

 

 今だ呆然としている凜堂から視線を外し、深い後悔を顔に滲ませながらヘルガは太陽が沈んでいく水平線を見る。

 

「あの時、あぁしていなければこのアスタリスクは地球上から跡形もなく消し飛んでいた……それだけの力を有しているんだ、君の右目に宿ったそいつは」

 

 反射的に右目を瞑る。暗転した視界の中、右目の奥で何かが鼓動を放つかのように熱を持っていた。ゆっくりと瞼を持ち上げ、凜堂は声が震えないよう努めながら問うた。

 

「何が、あったんですか?」

 

 一度、大きく息を吐いてからヘルガは口を開いた。

 

「我々が『蝕武祭』に乗り込んだその日、丁度、『無限の瞳』の適合者が試合で出ていた。そこで彼は暴走した」

 

「暴走?」

 

 あぁ、と頷きながら当時のことを思い出したのか、ヘルガは口元を苦々しそうに歪める。

 

「『無限の瞳』の力を引き出しすぎたんだ。あれは最早……人ではない。あれは人のサイズにまで凝縮された災害、天変地異その物と言っても過言ではないと私は思っている」

 

 無意識の行動か、ヘルガはゆっくりと自身のわき腹を擦っていた。

 

「人としての全てを失い、ただ圧倒的な力を振るい続ける暴力機関。自らの存在が消えるまで、有象無象の全てを破壊しつくす。そういうものに変わっていた。止める方法も、元に戻す方法も分からない上に時間もなかった……と、すまない。話を戻そう」

 

 口から零れていたぼやきを引っ込める。

 

「つまり、貴方は暴走した適合者を止めるために殺したってことですか?」

 

「それが警備隊長としての私の職務だ」

 

 ヘルガの言葉に凜堂はただ呆然とするしかなかった。『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』という新星が現れた今でも尚、最強の『魔女(ストレガ)』と言われ続けている彼女に殺す以外の方法を取ることが出来なかったと言わせるほどの力を適合者に与えた『無限の瞳』。

 

「何なんですか、こいつは?」

 

 己の内から湧き上がった恐怖にそんな質問が凜堂の口から漏れていた。あくまで私見だが、と前置いてヘルガは答える。

 

無限の瞳(そいつ)は子供なんだ。遊びたくて遊びたくて仕方が無い、善悪のつかない悪たれ。力を振りまくという遊びがしたくてうずうずしているんだ」

 

 だが、遊ぶ間もなく無限の瞳は純星煌式武装(オーガルクス)という小さな牢獄の中に閉じ込められた。力を振るう(遊ぶ)ことが出来ず、欲求は際限なく膨れ上がっていることだろう。

 

「子供、ですか……差し詰め、適合者は玩具ってことか」

 

「その認識で間違っていないだろう。適合者(君たち)という玩具を手にする際、無限の瞳は自分の(遊び)に玩具が耐えられるかどうかを試そうとする」

 

 渇望、と凜堂は囁いた。適合者の精神を崩壊させるほどの欲望。それに耐えることが出来れば、第一段階はクリアしたことになる。

 

「自分の干渉の第一波に壊れなかった適合者に無限の瞳は力を与え、戦わせる(遊ばせる)。それがそいつにとっての遊びだからな……暫く経つと、無限の瞳はただの遊びでは満足出来ないようになる。すると、また別の遊びを適合者にさせようとする。君にも覚えがあるだろう」

 

 イレーネとの試合で黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を介して発現した、覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)の能力を喰らったあの現象だ。ぐっぱっと右手を開いたり握ったりする凜堂をヘルガは横目で見る。

 

本来(・・)であればその段階にまで進んだ者は周囲とのコミュニケーションが困難になるほどの干渉を無限の瞳から受けるのだがね」

 

「……干渉って言っていいのか分かんないですけど、それらしいものならありました。力が欲しいかって」

 

 独り言のような凜堂の返事にヘルガは驚いたように目を見開く。

 

「まさか、もう? いくら何でも早すぎる。まだ、二段階目に進んで二日しか経っていないんだぞ? 彼が壊れても構わないというのか? それとも、壊れないと信じて……」

 

「詳しいんですね。無限の瞳に適合して、使えた奴は俺以外にいないって聞いてたんですけど」

 

 ぶつぶつと呟いていたヘルガの口がぴたっと止まった。

 

「蝕武祭に出てたって言ってましたけど、それ以外にもいたんですね。無限の瞳の適合者」

 

「お察しの通りだ。君と彼以外にも適合者はいた。表の記録には残っていないがね」

 

 正確には残せない、だが。 決して数は多くないが、それでも無限の瞳を使えた者は何人かいたのだ。何れも、星武祭のような正規の大会に出れない何かしらの事情を抱えた者だったが、とヘルガは言う。

 

「こんなことを言っては失礼なんだろうが、君は運がいい。少なくとも君は自分の意思で無限の瞳を使うことを決められた。彼らには選択の有無すらなかったからね」

 

「その、どうなったんですか。俺以外の適合者の人って?」

 

「私も殺してしまった彼以外について詳しいことは知らないんだ」

 

 勿論、持てるもの全てを使って情報を掻き集めたのだが、どれも信憑性がないものばかりだった。植物人間、もしくは仮死状態でどこかの治療院にいるとか、闇社会から抜け出せずに永遠と戦い続けているとか、社会復帰して立派に生きているとか、確固たるものは何一つ無かった。

 

「話題が逸れてしまった、話を戻そう。あの他者の力を喰らって己のものにする能力、私は第二段階と呼んでいるが、そこから更に先があるんだ。その先へと進んだ結果、彼は暴走を起こした。試合の直前、彼は言っていたそうだ」

 

“誰かが、俺の隣にいた。力が欲しいかって俺に聞いてきた”

 

 凜堂の全身が粟立つ。その問いかけは前日、凜堂へと投げかえられたものと同じだった。これが何を意味しているのか、考えるまでも無い。激しくなっていく動悸を鎮めようとするが、一向に治まる気配は無かった。小さく荒い息を吐きながら凜堂は搾り出すように訊ねる。

 

「俺も、暴走するかもしれないってことですか?」

 

「……可能性は大いにあるだろう。無限の瞳は君を大いに気に入っているようだからな。自分の力を使わせようと、君が抵抗できないようなタイミングでアプローチをしてくるだろう。気をしっかりと持つことだ。明日の試合は特にね」

 

 はい、と答えようとするが、声を出せなかった。ただ、小さく頷く凜堂をヘルガはじっと見つめる。

 

「わか、りました。気をつけます。話ってこれで終わりですか?」

 

「いや、寧ろここからが本題だ……単刀直入に言おう。無限の瞳を手放して欲しい」

 

 今度こそ、完全に固まった凜堂にヘルガは厳しい表情を向けていた。

 

「今の話で分かってくれたと思うが、無限の瞳(それ)は本来、人の手に触れていいようなものではない。暴走の可能性があり、使用者だけでなく周囲の人間に危害を及ぼすかもしれない物を野放しにはしておく訳にはいかないんだ」

 

 もっと早くこうするべきだった、とヘルガは蝕武祭の時から後悔を抱えてきたが、今この場では関係ないと口にしなかった。

 

「君のような少年が背負う、いや、君に背負わせるべきものではない。その力で護るものを傷つけてしまっては本末転倒だろう」

 

 ふっ、とヘルガは表情を和らげた。

 

「先日の界龍(ジュロン)との試合、見させてもらったよ。見事なものだった。君は純星煌式武装(オーガルクス)を使わなくとも十分に強い。伸び代もまだまだある。そう遠くない未来、君は誰もが忘れないほどの者に成長しているはずだ」

 

 無限の瞳を手放させるため、煽てている訳ではない。ヘルガの瞳には純粋な賞賛が浮かんでいた。あの『最強』がここまで言うのだ。それは紛れも無い事実なのだろう。

 

 まともな者ならばこんな話を聞かされて尚、無限の瞳を持ち続けようと思ったりはしない。事実、凜堂も一瞬だけ本気で無限の瞳を手放すことを考えた。

 

「……冗談じゃない」

 

 だが、その思いは心の奥底から溢れ出してきた何かにあっという間に塗り潰されていた。

 

「十分に強い? 俺が? だったら、何で俺はあの日、親父を助けられなかった? 何で、お袋を、姉貴を……!」

 

 自虐じみた顔をしていた凜堂の口元が歪んでいく。歪みは凜堂の顔全体に広がっていき、やがて笑顔となった。そこに含まれた狂気にヘルガは思わず眉を顰める。貼り付けられたような笑顔をそのままに凜堂はヘルガを見やった。

 

「リンドヴァルさん、貴方の言葉を疑う訳じゃない。あの『最強』が言うんだ。俺は十分に強いんだろうさ」

 

 でもよぉ、と歪んだ笑みを深める。

 

「その十分な強さとやらで敵わない奴が世の中には山ほどいるんだよ。そんな連中が明日にでも襲ってこないなんて保障がどこにあるのさ?」

 

 伸び代? 成長? と凜堂は鼻で笑った。

 

「そんなもの要るかよ。俺は『今』強くありたいんだ」

 

 この世界は意思無き悪意に満ちている。その悪意の矛先がいつ何時自分の大切な人に向けられるかもしれない。

 

「強くなければ護れない、力が無ければ助けられない。無限の瞳(こいつ)は俺の求めていた力だ。どんなに危険だって手放してたまるか」

 

 凜堂の目が濁っていく。ほの暗い光が瞳の奥で怪しげに輝いていた。

 

「そうさ。例え、悪魔に魂を売ったとしても……」

 

 どろりとした不快な風がヘルガの頬を撫でる。見れば、凜堂の周囲にどす黒い星辰力(プラーナ)がゆっくりと渦巻き、世界その物を侵すかのように漂っていた。視界に入れるだけで怖気が走るような、そんな不快感を見る者に覚えさせる星辰力を前にヘルガは静かにため息を吐く。

 

「高良君、ここは君が力を振るう場所ではないぞ」

 

 おもむろに肩に手を置き、凜堂の目をじっと覗き込む。微かに手に力を込めると、凜堂の目に普段の輝きが戻ってきた。霧のように発生していた星辰力もいつの間にか霧散している。

 

「……あ、れ。俺は」

 

「揺らいでいるな」

 

 ヘルガはただ一言、そう告げた。

 

「『悪辣の王』から何か吹き込まれた、という訳でもないな。もっと、別の根深い何かだ。それが君の心に隙を作っている」

 

 心当たりがあり、凜堂は無言で視線を落とした。

 

「気をつけることだ。無限の瞳はその隙に容赦なく付け込んでくるぞ。心を強く持ち、自分を見失わないように」

 

 凜堂の肩から手を放し、ヘルガは背を向ける。

 

「君の意思はよく分かった。どの道、君の右目から無限の瞳を取り出す術が無い以上、手放すことは不可能だ」

 

 とある伝手で知り合いの研究者に無限の瞳の活動を抑える眼帯を作ってもらい、凜堂に渡すつもりだった。だが、渡されたところで凜堂はその眼帯を使わないだろう。

 

「高良君、これだけは覚えていてくれ。もし、君が無限の瞳の力に呑まれて暴走したならば、私は星猟警備隊(シャーナガルム)の隊長として君を殺さねばならない……そんなことはさせないでくれ」

 

 あんなのは一回だけで十分だ、とヘルガは凜堂にも聞こえない声量で呟いた。前途ある若者の未来を奪うなど。

 

「では、これで失礼させてもらう。明日の試合、頑張ってくれ」

 

 それだけ言うと、ヘルガは歩きだした。何も言えず、ただ彼女の背中を見送る凜堂。

 

「高良君」

 

 不意にヘルガの足が止まった。

 

「君が何のために無限の瞳を使うのか。それを忘れないことだ」

 

 それだけ言って、今度こそヘルガは去っていった。何のために、と凜堂は手を握り締める。

 

 何のために無限の瞳を使うのか。

 

「力が欲しいからだ」

 

 なぜ、力が欲しいのか。

 

「……そんなの決まってるわな」

 

 そんなこと、最初から分かりきっている。

 

 

 

 

「ここまでの映像を見て分かるように黎兄妹の最大の武器は星仙術の多彩さだ。特に幻惑系のものについてはアスタリスク一と言っても過言ではないだろう。兄の(リー)沈雲(シェンユン)は『幻映(げんえい)創起(そうき)』の二つ名が示すとおり、有るはずの無いものをさもそこに有るかのように見せる術を得意としている。妹の黎沈華(シェンファ)、『幻映(げんえい)霧散(むさん)』は有るものを無いように見せる術を使う。まるで凹と凸のように上手く噛み合った連中だな」

 

「だな~」

 

 ユリスの感想に凜堂は心ここにあらずといった様子で答える。場所は星導館学園のユリスが使用するプライベートトレーニングルーム。あの後、凜堂はフローラの安全を確認して戻ってきたユリスと明日の試合に向けて話し合っていた。

 

 ユリスは黎兄妹の試合内容を映した空間ウィンドウの前で自身の所見を語っていた。

 

「やはり、双子というだけあってコンビネーションは抜群だな。他の追随を許さないと言ってもいい。言葉どころか、大したサインも無しに完璧な連携を見せている。テレパシーか何かでも使っているのかもしれん」

 

 ユリスにしては非常に珍しく冗談を口にした。普段の凜堂であればまさか、と笑いながら軽口の一つでも返していたのだろうが、今日の凜堂にそんな余裕は無かった。押し黙っている凜堂をユリスは気遣わしげに見る。

 

「凜堂、聞いているか?」

 

「一応、聞いてるぜ……三割くらい」

 

「ほとんど聞いてないではないか」

 

 ユリスは目を半目にして自身が怒っているとアピールする。返ってきたのは申し訳なさそうに項垂れる、覇気を失った凜堂の謝罪だった。

 

「……ごめん」

 

「謝るくらいなら最初からキチンと聞いておけ……私、のせいか?」

 

 え、と顔を上げる凜堂をユリスは後ろめたそうに見つめ返した。

 

「ずっと、朝連絡をした時から気になっていた。今日のお前はどこか様子がおかしかったからな……いや、正確には昨日、フローラが私たちに会いに来てからだ。なぁ、凜堂。お前、私とフローラに自分と姉上を重ねているのではないか?」

 

 そんなこと、と否定しようとするが、完全にユリスの言ったとおりなので言葉が出てこない。これ以上ないほどに図星を突かれ、凜堂はうろたえるしかなかった。凜堂の反応にユリスはやはりか、と顎に手を当てる。数秒ほど迷った様子を見せるも、決然とした顔で凜堂に向き直った。

 

「……凜堂。私はこれから、お前を酷く不快にさせることを承知の上で話すぞ」

 

 お前は、とユリスは一度口篭るが、意を決したように凜堂に言い放った。

 

「お前は……過去に囚われすぎているのではないか?」

 

「っ! そんなこと……」

 

 ない、と断言できない自分がいた。気色ばみ、思わず語気を荒げそうになるが、すぐに凜堂は萎んだ風船のように肩を落とした。

 

「お前がアスタリスク(ここ)に来たのは護りたいものを見つけ、今度こそ護り抜くためだろう?」

 

 ユリスの問いに頷く。高良凜堂はそんな手前勝手な望みを叶えるため、アスタリスクに訪れた。そしてユリスという少女に出会った。

 

「前にも言ったが、お前が私を護るために戦ってくれるのは凄く嬉しい。嬉しいんだが、一つ気がかりがある。凜堂、お前は私を護り抜いた後、どうするつもりなんだ?」

 

「ユーリを護り抜いた後……」

 

 答えられなかった。それは当然だろう。何せ、考えたことなど一度もなかったのだから。

 

 これが物語か何かであれば、それでいいのだろう。凜堂はユリスを最後まで護り抜きましたとさ。めでたしめでたし、ハッピーエンドで終わりだ。しかし、現実は違う。現実は彼らが死ぬまで続いていく。

 

「凜堂、宋達との試合の後、私が優勝した時の望みを聞いたらお前は思いつかないと言ったな? あの時は私もお前がそういう奴だからと深くは考えなかった」

 

 だが未来について問われ、答えることの出来ない今の凜堂を見てユリスは確信した。凜堂は『今』だけしか見ていない。自分の先についてを考えず、ただユリスを護ることだけを考えている。それも彼が過去に体験したことを二度と繰り返さないためだ。

 

「お前は幼少の頃、家族を失った。過去の経験からお前は今度こそ大切なものを護ると誓った……だが、その誓いは同時にお前自身の未来を封じる鎖になった」

 

 反論しようにも声が出なかった。口を開いては押し黙り、何かを話そうとしては言葉を失うを繰り返し、やがて凜堂は自嘲気味に笑った。

 

「うん、そうだな……ユーリの言うとおり、なんだと思う」

 

 変わったつもりだったんだけどなぁ、と凜堂は右手で顔を覆う。結局、自分はあの頃から何一つとして成長していなかった。変わってなんかいない。ただのちっぽけで無力なガキだ。

 

「なっさけねぇなぁ、俺」

 

「ご、誤解するな。何も、それが悪いことだと言ってる訳ではないぞ!?」

 

 誰だって過去を思い返し、悔やむことはあるだろう。凜堂はただ、それが他人よりも大きかったというだけの話だ。

 

「完全に過去を振り切れる者などいない。お前に限らずな」

 

 そんな事が出来るものがいたとすれば、もうそれは人ではないだろう。 

 

「でも、凜堂。私達は生きているんだ。今を、そしてこれから先の未来を」

 

 過去は振り返るものであって、引き摺るものではない。まして、引き摺って生きていくには凜堂の過去は余りに重すぎる。

 

「いい機会、とは口が裂けても言えんが、『鳳凰星武祭(フェニックス)』の優勝を機会にこれから先、自分がどう生きていくかを考えてみてはどうだ? いきなり言われてもすぐには思いつかないだろうが、夢やなりたいものはないのか。私は応援するぞ」

 

 夢ねぇと数秒考え、凜堂はポツリと呟いた。

 

「……夢なら、あるかな」

 

 なぁ、ユーリ、と凜堂は今にも泣き出しそうな顔をユリスに向ける。

 

「死んだ人を生き返らせるって、幾らなんでも無理だよな!」

 

「……っ! 凜堂、お前……」

 

 無理に明るい声音で話す凜堂にユリスは何と言っていいか分からず、ただ呆然とすることしか出来なかった。空元気で出していた笑い声が小さくなっていき、凜堂は深々と息を吐きながら胸に手を当てる。

 

「分かってんだ、分かってんだよ。俺がどんだけ益体もないこと考えてるかって……でもさ、消えないんだよ。痛みも、後悔も……!」

 

 頭では理解している。心も納得している。それでも尚、彼を苛む傷はなくならない。血を吐くように吐露する凜堂にかける言葉が見つからず、ユリスはただ立っていることだけしか出来なかった。

 

「会いたいんだよ、会って話したいんだよ、親父とお袋、姉貴と……!」

 

 くそっ! と大きく悪態を吐き、凜堂はユリスに背を向けた。

 

「り、凜堂」

 

「悪い、ユーリ。とてもじゃないけど、話し合えるような気分じゃない。今日は帰らせてもらう」

 

 明日までにはどうにか気持ちを切り替える、とだけ言い、凜堂はユリスの返答を待たずに足早にトレーニングルームを出て行こうとする。思わず、ユリスは凜堂の背に手を伸ばしたが、結局何も言えなかった。

 

「本当にごめん」

 

 振り返らず、凜堂はトレーニングルームを後にした。一人残されたユリスは立ち尽くしながら両手で顔を覆った。

 

「私は、私は何て愚かなんだ……!」

 

 ユリスは凜堂に返しても返しきれない借りがある。凜堂にはいつも助けられてばかりだ。だから、自分も凜堂の助けになれればと考えた。凜堂が過去に囚われているという結論を出した時、凜堂が未来に目を向ける切っ掛けになればと思いこんな話をしたが完全に裏目に出た。ユリスの行いはただ、凜堂の古傷を白日の下に曝け出して抉っただけだ。

 

「謝らなければ……どの面下げて?」

 

 動き出した足が止まる。それに謝りに行ったところで逆効果にしかならないのは目に見えている。

 

「今の凜堂を元気付けられる者……」

 

 一人、思い浮かんだ。ユリスは一瞬だけ躊躇するも、携帯端末を取り出して震える指で操作する。最近覚えた番号を入力し、相手が出るのを待つ。数秒後、見知った顔が空間ウィンドウに映った。




 どうも、こんばんわ。アニメ化効果を肌で体験してる北斗七星です。にしても凄いわね。お気に入りが500、UAが60000越えですって。こんな拙作を多くの方に読んでいただけてありがたい話です。三屋咲ゆう先生は偉大ですなぁ、ありがたやありがたや。




 さって、こっからは少し真面目な話。最近、同じ内容の指摘をいただきましたのでそれについて少々。この作品、主人公を置き換えただけジャンという指摘がいくつかありましたが、そりゃそうでしょうね。そういう風に書いてますから。

 自分に改める気はないので、そういう作品が嫌なら読まないでください。嫌いなものを態々読んでご自分の時間を無駄にすることもないでしょう。

 今後、そういった指摘があった場合、かなり適当に返事をしますので。では。


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君が信じる俺を信じる

 ども、遅くなって申し訳ないです。ブラッドボーンで古い狩人の悪夢に入ったり、MHXでブシドーしてたりしました。次はなるべく早く上げられればいいなと思いました。


 部屋に戻った凜堂は何をするでもなく、ベットに寝転がったまま天井を眺めていた。部屋の中に英士郎の姿はなく、凜堂はただ一人、暗くなり始めた部屋の中で一人唇を噛み締めていた。

 

「……くそ」

 

 小さく悪態を吐く。同時に目尻から溢れた涙がもみあげ部分の髪を濡らした。

 

「結局、俺はあの日から一歩も前に進めてないのか……」

 

 次こそは大切な人を護り抜くと決めた。単純にそうしたいと思っていたし、そうすれば弱い自分を変えられると思っていたから。だが、現実は違った。誰かを護りたいという願い自体、凜堂が家族を失ったあの日から変わっていないという動かぬ証拠なのだ。

 

 強くはなれているのだろ、間違いなく。でも、変われてはいなかった。

 

「何がお前を護りたい、だ」

 

 サイラスを退けたあの日、ユリスに大それたことを言っていた自分を張り倒したい気分だった。彼女を護るなんておこがましいにも程がある。自分こそがユリスに護られているというのに。ユリスと共に戦い、彼女の夢を手伝うことで自分はユリスを護っているのだと思い込んだ。そうやって自分が幼く弱かった時とは違うと己自身に言い聞かせていた。

 

「俺は、何も変わっちゃいない。手前の弱さを棚に上げて、世界に喚いているクソガキだ……」

 

 弱い、弱い、弱すぎる。自分自身の心の脆弱さに凜堂は穴があったら入りたい気持ちだった。

 

 こんな情けない男がどうして気高く生きるユリスの隣に立てようか。

 

「俺は……ユーリに相応しくない」

 

「……それは凜堂が決めることじゃない。リースフェルトが決めること」

 

 突如、独白に割り込んできた声に驚き、凜堂は跳ね起きた。きょろきょろと室内を見回すが、当然人影などない。ならば外かと、凜堂は窓へと目を向ける。窓の外に気配があった。声の主はそこにいるのは間違いない。

 

 しかし、どこか聞き覚えのある声だ。そう、幼き時から何度となく聞いたあの子の声。

 

「やっ」

 

「サーヤ、やっぱりお前か!?」

 

 窓枠からひょこりと顔を出したのは昔と変わらぬ姿の幼馴染だった。紗夜は躊躇など一切することなく、身軽な動きで部屋の中に入って来た。

 

「壁を伝って男子の部屋に来るというのも中々スリルがあって面白かった」

 

「いや、そんなスポーツみたいな感想抱かれても反応に困るというか……」

 

 物珍しそうに部屋の中を見ている紗夜に凜堂は困ったように頭を掻いた。というのも、男子寮も女子寮と同じで原則的に異性が入ってはいけないのだ。この前の綺凛のように正規の手続きを踏んで、応接室といった場所で話すというならばともかく、こんな誰かの部屋に外部から侵入するなど言語道断と言わざるを得ない。

 

「あの、サーヤ。お前が知ってるかどうか分かんないけど、女子寮と違くて男子寮は侵入を手引きしたと考えられる男子が罰を受けるんだ。だから、この状況だと罰せられるの俺になるんだけど」

 

「知ってる。バレなければ全て問題ない」

 

 力強く親指を立てる紗夜に凜堂は諦めるしかなかった。とりあえず、と紗夜はハンカチを取り出すと、凜堂へと差し出した。

 

「これ。目が赤くなってる」

 

「え? あ、あぁ、サンキュー」

 

 紗夜の指摘に凜堂は慌ててハンカチを受け取り、乱暴に目元を拭い始めた。最初こそ威勢よく手を動かしていたが、勢いはどんどん失われていき、やがては完全に止まってしまった。

 

「サーヤ、俺……」

 

 ゆっくりとハンカチを下ろす。ハンカチの影から現れた目尻に涙を浮かべる凜堂を前に紗夜は表情を変えず、凜堂のベットに腰を下ろした。

 

「座って話そう」

 

 無言で頷き、凜堂は紗夜の隣に座る。俺、と再び口を開くが、そこから先が出てこない。凜堂が何も言えないでいると、紗夜が僅かに腕を伸ばして凜堂の頭を撫で始めた。突如、頭に感じた感触に凜堂は体をビクリと震わせたが、紗夜の優しい手つきに凜堂の視界が滲んでいく。

 

「俺、俺……」

 

 たどたどしく、今にも泣き出しそうな子供のように頼りない声で凜堂は話し出した。

 

「俺は、あの日から何一つとして変わってない。強くなれば、大切な人を護れるようになれば、誰も助けられなかった弱い自分から変われると思った。でも、違った。大切な人を護りたいって願いが、何も成長できてないって証だ……俺がこんな風に弱っちいからユーリにも迷惑かけちまった」

 

「それは違う」

 

 力強く紗夜は言い切る。

 

「リースフェルトは凜堂のことを迷惑に思ってなんかいない。そうだったら、私に凜堂のことを励まして欲しいなんて連絡して来ないはず」

 

 だから、紗夜は規則を破るかもしれないという危険をガン無視して男子寮に潜入し、凜堂の元まで来たのだ。

 

「ユーリが?」

 

「うん。私はリースフェルトを誤解してたみたい。頭の硬い奴だと思ってたけど、思いやりのあるいい奴だった。凜堂のこと、凄く心配してた。自分が傷つけてしまったって」

 

「そんな……ユーリは何も悪くない。悪いのは俺なのに」

 

「何で凜堂が悪いの?」

 

 紗夜の問いの意味が分からず、凜堂は数秒の間固まっていた。

 

「何でって、それは俺が弱いから」

 

「何で弱いのが悪いの?」

 

 どうにか答えようとすると、紗夜が被せるように次の問いを投げかけてきた。何でって、と口籠る凜堂。

 

「ユーリに迷惑かけちまうから」

 

「さっきも言ったけど、リースフェルトはそんなこと思ってない。凜堂がそう思ってるだけ。そもそも、凜堂は大切なことを忘れている」

 

「大切なこと?」

 

 コクリと頷く紗夜。

 

「凜堂が弱くても、昔と何も変わってなかったとしてもリースフェルトや綺凛の助けになったことは変えようがない」

 

 紗夜の言葉は落雷のように凜堂を打った。彼女の言っていることは紛れもない事実だ。もし、凜堂がいなければユリスはサイラスの姦計に陥れられ、グランドスラムを達成するという夢の第一歩から躓くことになっていただろう。綺凛にしても同じだ。凜堂が彼女の背中を押していなければ、今でも彼女は刀藤鋼一郎の手駒のままだった筈だ。

 

「誰かの助けになる。それは悪いこと?」

 

「そんなことは、ないと思う」

 

「だったら大丈夫。それが出来る凜堂は何も悪くない」

 

 (無い)胸を張って、紗夜は断言する。何だか無理やり丸め込まれているような気がしなくもなく、でもとまだ何かを言おうとする凜堂を紗夜は真っ直ぐに見つめた。澄んだ双眸に射抜かれ、凜堂は言葉を失う。

 

「それに今の凜堂はらしくない。何時もなら、こんなにうじうじ悩んだりしないで変わろうと努力するはず」

 

 そうやって凜堂は生きてきた。家族を失った時も弱い自分を嫌い、強くなろうと決め、そして実際に強くなった。まだ、年端もいかぬ子供の頃に出来たのだ。今の凜堂に出来ないなんて道理はない。

 

「変われていないなら、今から変わればいい。凜堂だったら絶対に出来る」

 

「な、んで……何でそう言い切ってくれるんだ、サーヤ?」

 

 根拠など欠片もない、無責任さすら感じられる紗夜の断言に凜堂は戸惑いながら訊ねる。

 

「それは単純。たった一つの単純な答え。私が凜堂を信じてるから」

 

 ただそれだけだ。それ以外の理由などないし、必要も無かった。

 

「……そっか」

 

 たっぷりと時間をかけて凜堂は紗夜の言葉を噛み締めた。空虚に思えた自分の体に優しく暖かい何かが染み込んでいくような気分だ。もう一度、凜堂はそうかと頷く。頬を小さな雫が伝い落ちていった。

 

「俺みたいな情けない奴のことを信じてくれる人がいるのか」

 

「うん、信じてる。きっと、リースフェルトも綺凛も……後、生徒会長も。だから凜堂」

 

 紗夜は伸ばした両腕を凜堂の首に回し、胸元へと抱き寄せた。

 

「泣かないで、笑って。私が信じる凜堂は何時だって笑ってた」

 

 飄々と笑いながら、自分の信念を胸に決然と歩んでいく。それが紗夜が信じる高良凜堂の姿だ。分かった、と凜堂は紗夜の胸の中でゆっくりと頷く。

 

「俺のことを信じてくれるお前や、皆のために笑ってみるよ」

 

「それでこそ私の凜堂」

 

 満足そうに笑い、紗夜はゆっくりとした動きで凜堂を撫でる。凜堂も紗夜から離れようとはせず、穏やかで心地よい時間を享受した。明日の試合、頑張れなんてことは言わない。何故なら、彼女は凜堂達が勝つと信じて疑っていないからだ。

 

 それも当然だろう。何せ、彼女の信じる幼馴染は世界で一番強くて、世界で一番格好いいヒーローなのだから。

 

 

 

「……よし」

 

 シリウスドーム控え室前。凜堂は気合いを入れて控え室の中へと足を踏み入れた。中では既にユリスが待っていた。座って待っているような気分ではなかったらしく、控え室の中を歩き回っていたユリスは凜堂の姿を認めるとすぐに駆け寄って来た。

 

「凜堂! その、大丈夫なのか?」

 

 ユリスの問いに若干の弱々しさを含ませながらも、普段通りの雲みたいな笑顔で応じる。

 

「おうさ。ま、元気一杯夢一杯とは言えないけど、あの性悪双子の性根を叩き直すくらいは出来るだろうよ」

 

 軽軽と笑っていたが、凜堂は表情を引き締めて深々と頭を下げた。

 

「ユーリ、すまん。俺が変に感傷的になってたせいで貴重な時間を無駄にしちまった」

 

「あ、謝るな! 悪いのは私だ。お前の気持ちを考えず、あんなことを言ってしまった。思慮が浅いとしか言い様がない。凜堂、本当にすまない」

 

 凜堂以上に深々と、申し訳なさそうにユリスは頭を下げた。そんなこと、と言おうとして凜堂は口を噤む。今までの付き合いから考えて、ここで凜堂が何か言ってもユリスは自分が悪いと言い続けるだろう。

 

「そっか。だったら、ユーリ。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」

 

「何だ?」

 

「俺のこと、信じてくれ」

 

 昨日、紗夜のお蔭である程度立ち直った凜堂だったが、それでも自分のことを信じるのは無理そうだった。でも、紗夜やユリス。自分にとって、大切な人が信じてくれる『高良凜堂』ならば信じられそうだった。

 

「そ、そんなk……」

 

 そんなこと、と言いかけてユリスは慌てて口を閉じる。ユリスにしてみれば相棒である凜堂を信じることなど当たり前のことなのだが、今の凜堂にとっては信じられることこそが最も重要なことなのだ。表情を真剣なものにし、ユリスははっきりと頷いた。

 

「分かった、凜堂。私はお前を信じる。だから、お前は私を信じろ。私が信じるお前を信じろ」

 

「……あぁ、それなら、大丈夫そうだ」

 

 その後、試合が始まるまでの数時間、二人は黎兄妹の対策を話し合った。過去の映像と宋達の忠告から黎兄妹の人となりを予測し、それを元に作戦を考える。試合開始数分前と、時間的にギリギリだったがどうにか作戦を詰めることが出来た。

 

「そろそろか。では、行くぞ」

 

「っしゃ。頑張りましょうねっと」

 

 立ち上がり、二人揃って控え室を出る。

 

「凜堂」

 

 ステージの入場ゲートへと歩を進めていく中、足を止めたユリスが凜堂を呼び止めた。何じゃい? と振り返った凜堂に何かを言おうとしてユリスは口を開くが、結局は何も言わなかった。

 

「すまん、何でも無い」

 

「? そうかい」

 

 再び歩き始める二人。真っ直ぐ前を見ながら歩を進める凜堂は気付かなかった。横にいるユリスの顔がほんのりと赤く染まっていることに。

 

(言える訳ないだろうが……!)

 

 心の中でユリスは小さく毒づく。素面で、それも面と向かい合って言える訳がない。護ってくれると言ってくれたあの日からお前を信じなかったことなんて一度もない、と。

 

 

 

 

「相変わらずテンション爆上げって感じだな」

 

 ステージへと入場する自分たちを出迎えた実況のお姉さんのパワフルな声、観客たちの雷鳴の如き喝采。そして乱舞するステージライトに凜堂はステージ中央に足を進めながら目を細める。

 

「『鳳凰星武祭(フェニックス)』も大詰めだ。見ている方も気合いが入っているのだろう」

 

 試合に出る当事者たちよりも、見る側の方が気力十分だというのもおかしな話だ。素っ気なく答えるユリスにそうね、と返しながら凜堂は実況の声に意識を傾ける。彼女の言うところによれば、既に他の準々決勝の試合は終了しており、凜堂達の試合が準決勝に進出する最後の一組を決めるものになるそうだ。

 

「サーヤとリンも無事に勝ったことだし、ここで俺らが躓くわけにもいかんわなっと」

 

 組んだ両手を伸ばして体を解す。現在、ベスト4に駒を進めているのは星導館の紗夜と綺凛。聖ガラードワースの正騎士コンビ。そしてアルルカントのアルディ、リムシィの機械人形組だ。この試合で勝った方がガラードワースのペアと戦うことになる。

 

「さってさて。じゃあ、気合い入れて頑張りますか~」

 

「そう思うのなら、もっと腹から声を出せ」

 

 間延びした調子の凜堂にユリスは軽く嘆息する。どこか呆れた表情を作るユリスだったが、内心では平常運転の凜堂にホッとしていた。試合になったらな、と肩を竦めた凜堂が前方を見やる。ユリスがその視線を追うと、反対側の入場ゲートから入って来た黎兄妹こと黎沈雲と黎沈華が歩み寄ってきていた。

 

「初めまして。『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』に『双魔の切り札(ディアボロス・ジョーカー)』」

 

「私たちは」

 

(リー)沈雲(シュンユン)(リー)沈華(シェンファ)だろう。知っている」

 

 それは重畳、と薄い笑みを浮かべる二人にユリスは警戒を解かなかった。見れば見れるほど、似通っている彼らの容姿に驚かずにはいられない。界龍(ジェロン)の制服はゆったりとしているため、体のラインが出ない。なので、外観から性別を見極めるのは困難だった。唯一と言っていい相違点は沈華が頭につけているシニョンだけだ。

 

「双子というより鏡だな」

 

「まぁ、そう見えるのも無理はないかな」

 

「時々、私たちはおふざけで入れ替わることがあるが、気付けるのは師だけ」

 

 ユリスの率直な感想に黎兄妹はそう返した。まぁいい、とユリスは鋭い視線を二人に浴びせる。

 

「それで何の用だ?」

 

「いえ、先日のことで少々お詫びをしなければと」

 

「私たちの同輩が無様な姿を晒してしまったので」

 

「「同じ師につく者として謝罪をと」」

 

 交互に喋ったり同時に口を開いたり。目を閉じていたらどっちが喋っているのか全く分からないだろう。

 

「同輩というと宋と羅のことか。別段、連中が無様だとは私は思わんがな」

 

 いやいや、と沈雲は大げさに首を振る。

 

「『万有(ばんゆう)天羅(てんら)』の直弟子があの程度だと思われては心外だからね」

 

「だからあの二人じゃ見せられない世界を見せてあげるわ」

 

「「星仙術の深奥をね」」

 

 言葉に込めた宋と羅への不遜すぎる態度。そして自分と相棒に向けられる舐め切った目。分かり切っていたことだが、ユリスは改めて確信する。自分はこの双子が大嫌いだと。

 

「そうか。なら、とりあえずは楽しみにしておこう。なぁ、凜堂」

 

「……あ、ごめん。欠片も聞いてなかった。今朝の星座占いが思い出せなくてさ」

 

 で、何の話やい? と小首を傾げる凜堂に双子の表情が一瞬だけだが引き攣った。何も言わずに踵を返して戻っていくが、多少なりとも怒りを覚えているのは明白だ。

 

「星座占いを思い出していたって、もう少しマシな理由は無かったのか?」

 

「あんな連中、あれくらいの態度で十分だろうよ。話戻すけど、ユーリはどうだった、星座占い?」

 

 先の会話が双子の仕掛けの一つだとは分かり切っていた。だからこそ、凜堂は真面目に取り合わなかった。ユリスもそのことを分かっていたので、それ以上は何も言わない。

 

「まぁいい。我々は勝ちを取りに行くだけだ。ちなみに星座占いだが、一位だったぞ」

 

「お、幸先いいんじゃない?」

 

「占いなど欠片も信じていないくせによくそんなことが言えたものだな」

 

 運命なんてものは自分の手で自分の都合の良い様にするもの。高良凜堂とはそういう人間だ。まぁね、と薄く笑って見せながら凜堂は右目へと意識を集中する。一瞬、ヘルガの警告が頭を過ぎるが、無視しして無限の瞳(ウロボロス・アイ)へと呼びかけた。

 

「禍つ瞳は天仰ぎ、禍つ刃は雲を斬る。星を護るは双魔なり!」

 

 解放の瞬間、凜堂の意識にざらついた何かが触れてきた。驚きながらも凜堂は頭を振ってその何かを意識から弾き飛ばした。体内に湧き上がった星辰力が溢れ出し、マグマのように吹き上がる。ステージ天井にまで届きそうな黒い光柱がそそり立った。

 

『おっと、出ました! 高良選手の毎度お馴染みパフォーマンスです! ……実際のところどうなんでしょう、チャムさん。あれってパフォーマンスなんですかね?』

 

『詳しいことは本人たちが何も言ってくれないので分からないっすけど、無限の瞳の力を開放すると自然にあぁなっちゃうんだと思うっす。無限なんて大層な(あざな)を持ってるんだから、流石に水鉄砲みたいじゃ格好付かないっす』

 

『言われてみればそうですね。さ~てさて、そうこうしている内に試合開始の時刻となりました! 果たして勝利の女神の微笑みを手にするのはどちらなのか!』

 

『『鳳凰星武祭(フェニックス)』準々決勝戦第四試合、試合開始!』

 

 戦いが始まった。



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吼え立てよ、我が憤怒

 どうも、大変長らくお待たせしました。ま、気が向いたら読んでやって下さい。


 しかし、長期間書かないのは本当に駄目だな。自分が何を書いてたのか、何を書きたかったのかが完全に遥か彼方に吹っ飛んじゃう。


一閃(いっせん)穿血(うがち)”!!」

 

 試合開始の合図が鳴った瞬間に凜堂はステージを蹴り、星辰力(プラーナ)を注ぎ込んだ棍を繰り出した。敵を穿たんと棍は唸りを上げて沈雲(シュンユン)に襲い掛かる。

 

「おっと、流石に速いね『切り札(ジョーカー)』! でも、分かっていれば避けれないものじゃない」

 

 ここまで勝ち進んできた相手がこの程度で終わる訳もなく、沈雲は後ろに下がってあっさりと凜堂の一撃をかわした。

 

「だろうな」

 

 避けられることは承知のことだったようで、凜堂は特に悔しがるでもなく突きを放った体勢のまま棍を持つ右手を軽く捻る。

 

一閃(いっせん)伸火(のび)”!」

 

 棍のそれぞれの繋ぎ目部分がバネ仕掛けのように飛び出した。星辰力で結ばれた六の鉄棒は大蛇の如き動きで沈雲に迫る。こんなマジックじみた追撃が来るのは予想外だったようだ。顔に驚きを浮かべながら身を捩った沈雲の制服の一部が削られる。

 

「『九輪の舞焔花(プリムローズ)』!」

 

 凜堂の間合いから逃れようとする沈雲を追い詰めるように九つの炎華が舞い踊った。

 

「急急如律令、勅!」

 

 ユリスが沈雲を爆散させるよりも早く、彼の両手が高速で複雑な印を結ぶ。途端、ステージの至る所から煙が噴き出してきた。量、濃さ共に煙幕と表現して差し支えない代物だ。あっという間も無く煙はステージ全体を飲み込む。

 

「随分と手の速いことで」

 

『お褒めに預かり恐悦至極』

 

 ユリスの元まで戻った凜堂の耳に小馬鹿にしたような声が届く。当たらないと分かっていたが、ユリスは九輪の舞焔花を炸裂させた。爆裂音が轟くが、それだけ。既に双子は安全圏まで引いているようだ。

 

「ユーリ。これ、偽物だわ」

 

「だろうな。こんな目に沁みない、息苦しくもならない煙などあってたまるか」

 

 星仙術は術者の腕前次第で様々なことが出来ると聞いてはいたが、こんなセルフ煙幕まで作ることが可能とは驚きだ。凜堂は目を凝らして濃霧の中にある双子の姿を探すが、隣にいるユリスさえも見え難いこの状況で双子を捉えらる訳がなかった。

 

「この間に奴さん達は色々と仕込みをするって訳だ」

 

「序にお前の制限時間も浪費させることが出来る。奴らにしてみれば一石二鳥ということか。本当にいい性格をしている」

 

 吐き捨てるユリスにだな、と応じるも、何か可笑しい所があるのか凜堂は口元を左手で押さえながらクスクスと笑った。訝しげに見てくるユリスに謝りながらも凜堂は小さな笑いを止めない。

 

「本当にどうした?」

 

「ごめんごめん。いやさ、考えてみたら可笑しくって。試合前、あんだけ偉そうに星仙術の深奥を見せてやるとか言ってたあいつらが煙に隠れてせっせと術の準備をしているのかと思うとさ。可愛らしいというか可笑しいというか……」

 

「……言われてみれば確かに」

 

 笑いを堪えようとしている凜堂の横でユリスは納得顔で頷く。何となくだが、ユリスの中で黎兄妹の行動が故郷にいる孤児院の悪戯好きの子供たちと重なった。悪ガキ共がばれていることにも気付かないで悪戯の下準備を進めていく様は中々に愛嬌のあるものだ。

 

「確かにそうやって見てみると、何だか和むな」

 

「だろ?」

 

 二人仲良くほっこりとする星導館学園ペア。

 

「って、いかんいかん。和んでいる時では無いぞ、凜堂」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 慌てて正気を取り戻したユリスに倣って凜堂も表情を引き締めた。双子の行動がどれだけ可愛らしいものに見えても、今現在彼らが準備しているものは大人でも顔を顰めたくなるようなえげつないものだ。このまま指を銜えて煙が晴れるのを待っている場合では無い。

 

「意図的に外部の視覚を遮断する行為が星武憲章に違反している以上、沈雲はそこまで長く煙幕を続けはしないだろうが」

 

「だとしても、奴さんの掌で踊らされるってのも癪だぁね。やるぞ、ユーリ」

 

「やるぞと言ってもどうやってだ?」

 

 何も見えない上に相手が何をしているのか分からない以上、迂闊に手を出すことは出来ない。悔しげに唇を噛むユリスの肩に手を置き、凜堂はにやっと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。

 

「逆に考えるんだ、ユーリ。見えないんなら見えるようにすればいい」

 

「見えるように? 何か沈雲の幻影を破る手立てがあるのか?」

 

「あぁ。この煙幕はあの性悪兄貴が生み出してるんだろ? だったら、その生み出している本人に煙が晴れたと思わせればいいのさ」

 

「思わせる? ……なるほど、そういうことか」

 

 そゆこと、と凜堂は棍の真ん中を両手で持ち、星辰力をチャージさせる。ユリスも凜堂同様に手元に火球を作り出した。普段と使う目的が違うため、慎重に星辰力を調節する。

 

「「いっせーの、せっ!」」

 

 二人はそれぞれの掛け声に合わせて足元に技を炸裂させた。骨の髄まで震えるような衝撃と爆音、爆風がステージ上に広がっていく。同時にさっきまでステージを呑み込んでいた煙幕が文字通り掻き消えた。

 

「よぉ、さっき振り」

 

 霧の中から現れた、驚愕を顔に張り付けている双子に凜堂はぴらぴらと手を振る。仕込みの最中だったようで、両者の手には何枚もの呪符があった。

 

「早速、続きと洒落込もうや!」

 

 また目晦ましをされては厄介と凜堂は双子が動くよりも先に打ちかかっていった。苛立ちを露わにしながら双子は左右に散って凜堂の一撃から逃れる。凜堂の視線は右へと避けた沈雲を追っていた。

 

「ちぃ!」

 

「させねぇよ!!」

 

 沈雲が何かをする前に凜堂は間合いを詰めながら棍を一文字に振るう。咄嗟に沈雲が放した呪符が空間を断つような一閃に引き裂かれる。沈雲は更に後ろへと跳んで凜堂の攻撃範囲内から脱した。

 

「種は分かってんだ。なら、種を潰せば仕掛けは発動出来ないよな」

 

 無惨にもばらばらになった呪符を踏み躙りながら凜堂は視線をちらっと後ろに向ける。炎を舞い踊らせるユリスが沈華を牽制しているのが一瞬だけ見えた。

 

「ふっ、やるじゃないか『切り札』。こんな品も捻りも無いやり方で僕の術を破るなんてね。呆気に取られて思わず術を解いてしまったよ」

 

「解いてしまった、だぁ? おいおい、言葉は正しく使えよ『幻影創起(げんえいそうき)』」

 

 愉快気に笑いながら凜堂は余裕を見せつけようとする沈雲に言葉を突きつける。

 

「お前が術を解いたんじゃなくて、俺とユーリに術を解かされたんだろ?」

 

 凜堂の言葉に沈雲の顔が心底忌々しそうに歪む。それは図星を突かれたことを如実に表していた。

 

『ステージの上では目まぐるしく状況が変化しています! 濃い煙幕で何も見えなくなったかと思えば今度はとんでもない爆風と爆音が煙幕を吹き飛ばしました! チャムさん、これって何が起こってるんでしょう?』

 

『まず、吹き飛ばしたって表現は正確じゃないっす。さっきの煙は沈雲選手が星仙術で作り出した幻影、物理的に吹き飛ばすのは不可能っす。煙を晴らすには発動した本人である沈雲選手が自分の意思で消すか、もしくは沈雲選手の意識を断ち切るの二択に絞られるっす』

 

『成る程。現在、沈雲選手が高良選手と対峙しているのを見るに沈雲選手は自分の意思で術を解いたということでしょうか?』

 

『自分で解いた、というのとはちょっち違うっすね。さっきの爆発、高良選手とリースフェルト選手がやったんでしょうけど、あの爆発で発生した風と音が沈雲選手に煙が吹き散らされたと錯覚させたんだと思うっす。その沈雲選手のイメージがダイレクトに術に反映されて』

 

『煙は消えてしまったと』

 

『そういうことっす』

 

『戦うんなら正々堂々真っ向からやれやという星導館ペア! ステージ上では高良選手と沈雲選手、リースフェルト選手と沈華選手がそれぞれ一対一に分かれて戦いを繰り広げています。ここからどのような展開になっていくのか目が離せません!』

 

 図らずも男と女それぞれで分かれた形になるが、今のところ星導館の二人が試合を有利に進めている。仕込みを完成させる前に戦闘に引き出された上、完全に分断されてしまった今の状況では黎兄妹は自分達の持ち味を活かせずにいた。

 

 これが凜堂とユリスの作戦だった。内容は至ってシンプル、『何かされる前に、二人が揃う前にさっさとぶちのめす』だ。黎兄妹の最大の強みである星仙術は本人達が手元で使うならともかく、ステージ上に隠して罠のように使うにはどうしても仕込みが必要になる。先の煙幕は凜堂の制限時間を削るだけでなくその仕込みをするための時間を稼ぐ役割もあったのだが、凜堂達に早々に晴らされてしまった。仕込みを半分も完成出来なかった上に一対一に持ち込まれたこの状況。双子は何時もと勝手の違う試合に苦戦を余儀なくされていた。

 

「二人同時に戦わせなければ勝てると思ったのかい? 舐めるなよ……!」

 

 思い通りに試合が進まないことに激しく苛立ちながら沈雲は印を結んで分身を生み出す。その数三つ。分身は『幻映創起』の最も得意とする幻術であり、外観で本体と分身を見分けることは不可能に近い。その上、どこぞのちゃちな人形使いと違って全ての分身に異なる動きをさせられるために対応するのは困難を極めた。

 

「舐める? お前らと一緒にするなよ!」

 

 だが、凜堂はそれがどうしたと言わんばかりに体が霞んで見えるほどの速さで四人の沈雲に肉薄し、纏めて薙ぎ払った。分身か本体かなんて知ったこっちゃないと言わんばかりの横薙ぎを沈雲は片腕で防ぐ。実体を持たない分身が一振りで上半身と下半身に分かたれる中、沈雲は防御ごと弾き飛ばされた。

 

「ぐぅ……!」

 

 防いだ腕がじんじんと痛む。憎々し気に視線を相手に向けた沈雲が見たのは微塵の慢心の無い双眸だった。

 

準々決勝(ここ)まで勝ち進んできた相手だぞ? 舐めたりなんて出来る訳がねぇだろ」

 

 そんなことをすれば負けるのは火を見るよりも明らか。だからこそ、凜堂とユリスは相手に勝ち目のある作戦を練り、全力で遂行しているのだ。

 

「本気でやってんだ。お前らみたいに相手を貶めて愉しむような性悪共に負けてたまるかよ」

 

 棍の先端を沈雲へと向ける。

 

「この試合に安全圏なんてねぇ。俺とユーリお前ら双子、同じ土俵の上での真剣勝負だ。俺達に勝ちたいんなら骨身削ってかかってこい!!」

 

 

 

 一方、女性陣の戦いは、

 

「あっつい!!」

 

「一対一に持ち込めば幾分か楽に戦えるとは思っていたが、ここまでとはな」

 

 顔擦れ擦れを掠めていく紅蓮の火球に慄く沈華をユリスはどこか呆れた様子で見据えていた。双子のコンビネーションが脅威になるなら二人で一緒に戦わせなければいいじゃないという愚直としか表現のしようがない作戦が笑ってしまうほど嵌ったことにユリスは戸惑いすら覚える。

 

 沈華が弱いという訳では決してない。ただイレーネ、宋や羅といった単純に強い者達と戦い、そして勝ってきたユリスにしてみると兄と協力出来ない状況にいる沈華が大した脅威に見えなかった。

 

「兄妹二人で相手を嬲る戦いに慣れ過ぎたな。差し出がましいことを言うが、もう少し一人で戦う時のことを想定した訓練をするべきだと思うぞ。『幻映霧散(げんえいむさん)』」

 

「好き勝手言ってくれるわね、『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』!」

 

 怒りに顔を赤く染めた沈華の姿が消えるように見えなくなる。彼女お得意の『陰行』だ。姿は勿論のこと、気配や物音、果ては星辰力の流れまで隠してしまうというのだから驚きだ。沈華の『陰行』で隠されたものを見極めるには恐ろしいほどの集中力と見つけ出すための目がいるだろう。

 

「大したものだ。どこにいるのか分かったものではない」

 

 ただ、とユリスは視線を周辺に走らせる。ステージの所々に空間が不自然に捻じ曲がっていたり、靄がかかっている箇所がある。凜堂とユリスに散々引っ掻き回されたために自分はともかく、トラップとして設置した呪符までは完全に隠せなかったようだ。

 

「貴様は後回しだ。まずは目障りな紙切れから焼き払ってやる。咲き誇れ、『赤円の灼斬花(リビングストンディジー)』!!」

 

 ユリスの周りに幾つもの焔の戦輪が現れる。腕を一振りして指示を出すと戦輪はユリスを中心に高速で回り始めた。草でも刈り取るようにステージの上を飛び、徐々に範囲を広げながら隠された呪符を探し出していく。

 

 不意にユリスの背後で爆発が起こる。見えなくなっていた呪符の一枚を戦輪が焼き裂いたようだ。まさか一枚だけではないだろうとユリスは尚も戦輪を回転させ続ける。彼女の予想通り、ステージの至る所で爆発が巻き起こっていった。

 

(さて、どこから仕掛けてくる?)

 

 姿を隠した沈華を探してユリスは視線を右に左に走らせる。仮にも『冒頭の十二人(ページ・ワン)』。いくら宙に赤い軌跡を残すほどの速さで飛んでいるとはいえ、戦輪の間をすり抜けることくらい訳ないだろう。それにユリスは戦輪をかなり遠い場所まで飛ばしていた。もし、この瞬間に沈華が襲い掛かってきたら戦輪で迎撃するのは無理だ。

 

「考えても分からんか」

 

 ふと、凜堂ならばどうやって対応するのかという疑問がユリスの胸中に湧き上がる。一閃(いっせん)轟気(とどろき)”や“周音(あまね)”といった技で全方位に攻撃するのか、それとも……。

 

「……」

 

 徐に、無言でユリスは右斜め後ろに右手を突き出した。

 

「な、何で!? 今の私は見えないはずなのに!」

 

「勘だ」

 

 声だけの沈華にユリスは言葉短く答えた。

 

「『六弁の爆焔花(アマリリス)』」

 

「ば、爆!」

 

 ユリスの火球と沈華の呪符が同時に炸裂する。予め後ろに跳んでいたユリスは空中で爆風を受けるも、トリプルアクセルよろしくくるくると回転しながら優雅に危なげなく着地した。

 

「割と当たるものだな」

 

 凜堂の普段の様子を参考にした適当に勘でやってみる作戦が上手くいき、ユリスは驚くと同時にどこか満足そうだった。こんな重要な場面で何でそんな戦い方を思いつき、尚且つ実行したのかユリス自身分かっていなかったが、沈華を見事に迎撃出来たのでよしとしておいた。

 

「さて、仕切り直しといくか」

 

 小型の火球九発を傍らに控えさせ、ユリスは陰行を破られて姿を現した沈華と相対した。ユリスの六弁の爆焔花は呪符で相殺出来たので物理的なダメージはほとんど無いようだが、自分の陰行があっさりと破られたことで精神的にかなり追い詰められているようだ。ショックと怯えを隠し切れない様子で首を小刻みに振っている。

 

「そんな、私の陰行がこんな簡単に……」

 

「気持ちは分かるけど落ち込むのはは後回しだよ、沈華」

 

 背後からの声に振り返れば背中合わせになる形で双子の兄が立っていた。死に物狂いで凜堂を振り切って来たらしい。大きく荒い呼吸に合わせて上下する両肩がそれがどれほど困難なことかを物語っていた。

 

「悪い、ユーリ。仕留めきれなかった」

 

「謝るな、それは私も同じだ。何かされる前に早々に決着をつけるぞ」

 

 双子を挟むようにして二人は立っていた。ここまで試合を優勢に進めていたにも関わらず、二人の目に油断と慢心は微塵も見られない。

 

「その眼、苛々するなぁ」

 

 まるでお前達とは違うんだと言われているようで沈雲は歯噛みする。思い通りにならない試合展開と神経を逆撫でしてくる凜堂の目。沈雲の怒りは限界に達しようとしていた。

 

「沈華、あれを使うよ」

 

 怒気が臨界点を突破する一歩手前の精神状態で沈雲は切り札を使うことを決めた。双子の妹が驚きながら兄を振り返るも、かなり追い詰められている現状を打破するにはそれくらいのことをしなければと腹を括る。

 

「何するつもりか知んねぇが」

 

「その前に終わらせさせてもらうぞ!」

 

 双子が印を結ぶのに一瞬遅れながらも凜堂とユリスは相手との距離を一気に詰めた。凜堂は沈雲の頭部に向けて棍を振り下ろし、ユリスは沈華の胸元で輝く校章を狙って細剣を突き出す。

 

「「急急如律令、勅!」」

 

 二人の得物が黎兄妹を完璧に捉えたかのように見えた刹那、双子の体が大量の呪符となって宙を舞っていた。

 

「何だと!?」

 

「こいつは……!」

 

 ステージ上に何百枚という呪符が広がっていく光景に星導館ペアは驚きを露わにする。凜堂とユリスが打ち掛かる極短い時間の内に双子は協同して呪符で分身を作り上げたのだ。

 

「本当、コンビネーションと星仙術の練度は半端じゃないな」

 

『確かに君の言う通りだよ、『切り札』』

 

 聞こえてくる沈雲の声に二人は瞬時に背中合わせになって周囲を見回す。陰行で隠れているらしく、姿は見えず声だけが何処からともなく漂ってきた。

 

『準々決勝まで駒を進めてきた敵を相手に油断など愚の骨頂。ましてや序列一位、全力を以って当たらなければ勝てないというのはさっきまでの戦いで骨身に沁みたよ』

 

 だから、と沈雲の声がワントーン低くなる。

 

『『こちらも奥の手を使うとしよう』』

 

 双子の奥の手という言葉に二人は得物を握る手に僅かに力を込めた。

 

「奥の手だと? 一体……」

 

「まぁ、奴さん方の性格から考えて碌なもんじゃ無いのは確かっちぃ!」

 

 突如、眼前に現れた呪符に凜堂は舌打ちをしながら棍を叩き付ける。ステージに押さえつけられた呪符が何某かの効果を発する前に凜堂は棍に星辰力を通して呪符を粉々にさせた。

 

「本当に面倒だな、この陰行というやつは!」

 

 何もなかったところから迸った稲妻をユリスはギリギリのところで避ける。制服に小さな焦げ跡がつくが、ダメージは零だ。しかし、次から次へと撃ち出されてくる稲妻にユリスは後退させられ、相棒と離れ離れになることを余儀なくされる。

 

「ユーリ! って、いい加減、うざってぇ!!」

 

 自分を囲むように現れる五つの光る球体。バチバチと音を立てながら紫電を放っていることから察するに攻撃系のものだろう。炸裂する前に球体を破壊しようと凜堂の棍が唸りを上げる。閃く打突が全ての球体をほぼ同時に貫いたが間に合わなかったらしく、球体は放っていた紫電をより一層強いものにしながら弾け飛んだ。

 

「ぐぅ!!」

 

 校章を破壊されないようにと凜堂は胸の前で両腕をクロスさせ、星辰力で全身を覆う。全方位から襲い来る爆風に歯を強く噛み合せて耐えようとするが、予想したよりも爆発の威力が弱い。拍子抜けするほど軽いダメージに凜堂は軽く戸惑いながら視線を四方に走らせる。爆発で起こった黒煙でほとんど何も見えない。

 

「攻撃じゃなくて目晦ましか!」

 

 凜堂の答えを肯定するように前後左右の黒煙から四人の沈雲が現れる。沈雲の分身は本当に見事なもので、どれが本物なのか凜堂は咄嗟に判断出来なかった。四人の内のどれか一人に混ざっているのか、それとも本体は沈華の陰行でまだ隠れているのか。一閃“轟気”で一緒くたに吹き飛ばすことも考えたが、チャージの時間が足りない。頭をフル回転させた凜堂が出した答えは上に跳んで逃れることだった。

 

「掛かったな、『切り札』!!」

 

 頭上から聞こえる勝ち誇った声。見上げてみると、ステージ天井のライトが放つ光の中に人影があった。沈雲だ。

 

(バーストモードの俺よりも高く跳んだ!? どうやって……さっきの爆発か!!)

 

 沈雲は爆風を利用してステージ高く跳び上がったのだ。上に逃れようとした凜堂はまんまと沈雲に嵌められたことになる。大きく腕を引いた沈雲がもう目の前まで迫っていた。

 

「はぁっ!!」

 

 防ぐ間もなく落下の勢いを加えた掌底が凜堂の額を直撃する。飛びかける意識を歯を強く打ち鳴らして無理矢理覚醒させ、凜堂は苦し紛れに沈雲の脇腹に蹴りを打ち込んだ。

 

「凜堂!」

 

「沈雲!」

 

 ステージに落下してくる二人をそれぞれの相棒が助けようと駆け出す。ユリスはギリギリのところで凜堂をキャッチし、沈華は呪符で風を起こして沈雲を受け止めた。

 

「大丈夫か!?」

 

「あぁ、どうにかな……」

 

 体を揺さぶってくるユリスに応えながら凜堂は頭を強く振って意識をはっきりさせる。少しぼんやりとするが、すぐにでも回復するレベルだ。しっかりとした動きで立ち上がった凜堂だったが、自分の顔に何かが貼りついてることに気づく。黎兄妹の使っている呪符がキョンシーよろしく顔の前で揺れている。さっきの掌底の際に貼られたようだ。

 

「ユーリ、離れ」

 

「遅い! (どう)!」

 

 ユリスを突き飛ばし、同時に呪符を剥がそうとする凜堂よりも早く沈雲が印を結ぶ。無駄と理解しながら凜堂はきつく歯を食い縛った。いくら凜堂でも零距離で爆発を喰らえば一溜りもない。

 

「そんな!!」

 

 悲痛な表情を浮かべながらユリスは尻餅をついた体勢で凜堂に手を伸ばす。持ち主の命を受けた呪符が光だし、哀れ凜堂は爆風の中に消えていく……ことはなかった。凜堂を襲ったのは爆発でも稲妻でもない。未だかつて体験したことのない強烈な眠気だった。

 

「な、んだ、こりゃ……」

 

 膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れそうになるも両腕をステージに突いてどうにか踏み止まる。そうしている間にも眠気は強さを増していく。右目を覆っていた黒炎が見る間に勢いを失っていき、それに比例して凜堂の全身から溢れていた星辰力も弱くなっていった。

 

「どうした、大丈夫か凜堂!? 凜堂!?」

 

 ユリスの呼びかけに反応せず、凜堂はどんどん目を虚ろにさせていく。意識を落とすギリギリ一歩手前でどうにか踏み止まっている状態だ。どうやっているかは分からないが、原因が凜堂の顔に貼られた呪符であることは確かだ。

 

「これか……!」

 

 呪符を掴み、無理矢理引き剥がそうとするもびくともしなかった。

 

「無駄だよ。それは僕たちの師、対『万有天羅(ばんゆうてんら)』用に独自に作った呪符だからね。そう簡単には剥がせないさ」

 

 ユリスが声のした方に視線を向ける。愉悦の笑みを浮かべた黎兄妹が並んで立っていた。勝利を確信した笑みを浮かべて二人を見下ろしている。

 

「名を夢導符(むどうふ)。文字通り、相手を夢へと導く呪符さ」

 

 聞いてもいないのに沈雲は得意げに語りだす。曰く、貼られた者を強制的に眠らせ、その者が心の奥底に秘めている願望を夢として見させるもののようだ。願望が強ければ強いほど効力は高まり、相手を夢の中に閉じ込め植物人間状態にすることも可能なようだ。

 

「あぁ、試合が終わったらちゃんと解除してあげるから安心してくれていいよ」

 

「……聞いてもいないのにペラペラと喋るものだ。奥の手だというのにそんなにも簡単に種を明かしていいのか?」

 

「構わないでしょ。だって、貴方たち詰んでるし」

 

 ケラケラと笑う沈華をユリスは胸中で大暴れする焦りを押し殺しながら睨み付けた。彼女の言う通りだ。意識こそ完全には失っていないがほとんど動けるような状態ではない凜堂。対して黎兄妹はそれなりのダメージを負っているとはいえまだ動ける。夢導符を貼られたのがユリスであれば凜堂が彼女を抱えて双子を相手取ることが出来たのだろうが、その逆は無理だ。

 

 実質、二対一の状況。相手がダウン寸前というならともかく、今の状態での勝利は絶望的と言わざるを得なかった。

 

「正直言って、夢導符で意識を完全に落とせないのは予想外だったよ。流石は序列一位といったところかな。でも、そこまでだ。彼は起きない。彼の願望は何かは知らないけど、余程強いようだ。万が一にも立ち上がる可能性はないさ」

 

「万が一にも、か。十分だな」

 

 ユリスの小さな呟きに双子は訝しげに眉を顰める。四つん這いの状態の凜堂の肩に腕を回し、逆の腕で細剣を構えた。相棒はダウン寸前、敵は健在。誰もがもう駄目だと思うだろう。だが、彼女は諦めていない。不撓不屈の闘志を目に宿し、気高く敵を見据える。

 

「例え可能性が那由他の彼方でも私はこの男を信じる!」

 

 そう約束したから。ユリスの力強い断言に双子は深い笑みを作った。

 

「はは、こんな状況でもそんな台詞が吐けるのか。いいね、沈華」

 

「えぇ、そうね。沈雲」

 

「「その心を踏み躙ってあげるよ」」

 

 双子の両手に現れる無数の呪符。ユリスが凜堂を守るように彼の肩に回していた腕に力を込めたその時、

 

「っ!」

 

 何かが彼女の体を駆け抜けた。強い衝撃が電気信号のように体の中を奔っていく。何が起こったのか理解が追いつかず、戸惑いながらユリスは瞬きをした。瞼が瞳を覆った一瞬、何かが見えた。

 

「これは、一体」

 

 突然のことに頭が働かない。もう一度瞬きをすると、再び瞼の裏に何かの光景が映った。

 

「……」

 

 ゆっくりと視線を前に向ける。黎兄妹にも同じことが起こっているようで、足を止めて目をぱちくりさせていた。彼等にもユリスと同じ現象が起こっているらしい。双子の攻撃という訳ではないようだ。彼らも何が起こっているのか分からない様子。

 

 三度瞬きをする。刹那に映ったのは自慢の相棒の姿だった。

 

「凜堂?」

 

 意を決し、ユリスはゆっくりと瞼を下ろす。すると、はっきりと見えた。どこか分からない部屋の中で呆然と佇む凜堂。そして彼を手招きする、食卓を囲む見覚えのない三人を。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと瞼を持ち上げた凜堂が見たのは見慣れぬ天井だった。いや、見慣れないがどこか懐かしさを感じる。頭の中に靄がかかっているようだ。ぼんやりとしながら凜堂は二、三度瞬きを繰り返す。

 

「ここは……本当にどこだよ!?」

 

 瞬きをしている内に意識がはっきりし、同時に記憶が洪水のように頭の中に流れ込んでくる。跳ね起きた凜堂は酷く慌てながら部屋の中を見回した。どっからどう見てもシリウスドームのステージではない。絵だったら学生の部屋なんてタイトルがつきそうな一室の中に凜堂はいた。

 

「俺、何でこんな所に。確か、双子の片割れに何かされて……ユーリは?」

 

 余りの状況の変化に頭が混乱する。考えても考えても答えは出ず、凜堂は頭を抱えた。

 

「何だ、何が起こって」

 

『凜堂、いい加減起きなよ~』

 

 不意にノックの音が部屋に響いた。ギョッとしながら凜堂が扉を見やると、ドアノブが回されて誰かが入ってくる。顔立ちの整った二十代の美女だ。凜堂はただただ目を見開きながら美女を凝視する。彼女には見覚えがあった。いや、見覚えがあるなんてものではない。忘れたことなど一度も無かった人物がそこにいた。

 

「あ、姉貴……」

 

「何、起きてたの? 返事くらいしてよね。それにしても珍しいわね、あんたが寝坊なんて。慣れない学園生活に疲れた? 早くしないと朝ご飯冷めちゃうよ」

 

 死んだはずの凜堂の姉、凛音(りおん)は悪戯っぽい微笑を浮かべ、くるりと踵を返してドアを閉めた。とんとん、と軽い足音が廊下から聞こえてくる。

 

「何で、何で姉貴が……それにここって」

 

 思い出した。ここはかつて凜堂が住んでいた家だ。幼き自分が家族皆と暮らしていた家。

 

 幼少の頃に住んでいた家だと自覚すると途端にどこに何の部屋があるのかが頭の中に鮮明に浮かび上がった。同時にどんな風に生活していたのかも。

 

「姉貴が俺のこと起こしに来て、それで一階に降りて顔洗って、それで……」

 

 記憶にある通りに部屋を出て、階段を下りていく。一歩一歩足を進める度に鼓動が早まり、体が熱を帯びていく。一階に降りた凜堂はそのままリビングへと向かった。

 

「……」

 

 曇りガラスが嵌め込まれた扉を前に立った。そうだ。自分はこの居間の中で彼らと一緒に……。

 

 意識しなくても聞こえるほどに強くなる鼓動。息が荒くなる。ドアノブを掴んだ手が小刻みに震える。それでもどうにか扉を開き、居間へと入った。

 

「お早う、凜堂」

 

「やっと起きたか、寝坊助め」

 

「まぁまぁ、夏休みなんだしこれ位は大目に見ようよ、父さん」

 

 絶対に有り得ぬ光景に凜堂はただただ立ち尽くした。そうだ、こんなものは絶対に有り得ないのだ。

 

「親父、お袋、姉貴……」

 

 自分を置いて逝ってしまった父、母、姉が仲良く食卓を囲んで自分を待っているなんて。

 

「なん、で、親父たちがここにいるんだ」

 

「何でって、ここは俺達の家だからに決まっているだろう。ほら、座れ。いくら夏休みが長いって言っても時間は限られてるんだ。お前が星導館に戻る前に聞きたいことや話したいことが山ほどあるんだ」

 

 父、凛夜の言葉に凜堂は雷に打たれたような衝撃を受けた。そして理解した。目の前の光景は何なのか。そして自分は今どうなっているのか。つまりはそういうことだ。

 

「あんたがアスタリスク(向こう)に行ってる間、こっちは大変だったんだから。母さんが凜堂はどうしてるか、凜堂はどうしてるかうるさいのなんのって」

 

「もう、それは言わないでって言ったでしょ」

 

 ニヤニヤと笑う凛音に母、凛は子供のように頬を膨らませた。

 

「……大丈夫だよ、お袋。俺、向こうでもちゃんとしてるから」

 

「そう。なら良かった。ちゃんと楽しくやれてるか、それだけが心配だったのよ」

 

 俯く凜堂に凛はにこやかな笑みを向ける。視線を上げずに凜堂は頷いた。

 

「楽しいよ。それに充実してる。友達もいるし、それに大切な人も」

 

 大切な人。そのワードに三人の動きが止まる。そして三者三様の反応をするのだった。

 

「え、ちょっと待って凜堂。何、大切な人ってもしかしなくても恋人、恋人よね? え、私って弟よりも遅れてるの? スロウリィなの?」

 

「あら~、大変。お赤飯炊かなくちゃ」

 

「そうか。もう、お前もそんな年になったんだな……子供の成長は早いな」

 

 聞こえてくる三人の声。そのどれもが間違いなく記憶の中にある家族のそれだった。あれほど望み、焦がれたものが目の前にある。だというのに凜堂は何も感じなかった。ただひたすら虚しく、苦しい、悲しい。

 

「これは是が非でも話を聞かんとな」

 

「うん、俺も親父たちに話したいこと、聞いて欲しいことがたくさんあるんだ……でも、ごめん。無理なんだ」

 

 震える声を絞り出し、凜堂はどこからともなく現れた煌式武装(ルークス)の発動体を握り締める。起動した煌式武装が顕すのは純白の刃、漆黒の文様。

 

「だって、ここは夢の中だろ?」

 

 凜堂は分かっていた。ここは現実などではなく、自分にとって心地よい、望むがままの世界を見せる夢の中だということを。死んでしまった家族と話したい。そんな凜堂の望みが反映されたのがこの世界だ。現実じゃない、夢幻の世界。どれだけこの世界で望みを叶えようとも、それは叶えたことにはならない。妄想の中で繰り広げられる愚かで虚しい、救いようのない一人遊びだ。

 

「俺が話したいのは現実の親父たちだ。でも、それは無理だ。だって皆、死んでるんだから……もう、いないんだよ……!」

 

 溢れ出そうになる嗚咽を堪えながら凜堂は魔剣をゆっくりと振り上げる。視線を上げ、涙で滲む視界にもう会えないはずの人達を映す。皆が悲しげな、でも誇らしそうな表情をしていた。

 

「ごめん、もう行かなきゃ。俺を待ってくれる人がいる」

 

「あぁ、行って来い」

 

 流れる涙をそのままに魔剣を大上段に構えた凜堂に凛夜は頷いた。

 

「『黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)』ぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 魔剣は斬り裂く。少年の未練、そして夢を。かくして目前に迫った己が望みに背を向け、少年は現実へと戻った。

 

 

 

 

『これはどういうこと何でしょうか、チャムさん。さっきから一分ほど時間が経っておりますが両学園の選手、ピクリとも動きません』

 

『う~ん、高良選手に関しては分かるんすよ。沈雲選手が精神に作用する呪符を使って意識を断とうとしてるんだと思うっす。でも、他の三選手までが動かくなった理由が……』

 

 さっきからピクリとも動かない、ステージ上の選手達に実況と解説、そして観客たちは戸惑いを露わにしていた。実況の言う通り、一分間ずっとこの調子だ。凜堂が動かなくなり、星導館学園大ピンチという場面で試合が停滞している。このまま黎兄妹が蹂躙するのか、それともユリスが奇跡の大逆転を見せるのか。そんな美味しい展開からのこのお預けである。観客の中からちらほらとブーイングが出始めていた。

 

『しかし、これは困りましたね。このままでは試合にならないって、チャムさん! 今、リースフェルト選手が動きませんでしたか!?』

 

『え、マジで!?』

 

 実況の声に観客の目が一斉にユリスへと注がれる。注意深く見なければ分からないだろうが、確かに実況の言う通りだった。

 

「あれは、凜堂の」

 

 瞼を持ち上げ、ユリスは凜堂を見やった。夢導符が凜堂に見せた夢、その全てを見た訳ではない。だが、プライベートトレーニングルームで凜堂の血を吐くような独白を聞いていた彼女は全てを理解した。夢の中で凜堂が何を見て、何を聞いたのか。何を思い、何を感じたのか。そして確信した。彼がどんな選択をするのかを。

 

「凜堂……」

 

 ユリスの確信を裏付けるように凜堂はゆっくりと目を開いて立ち上がった。傍らに立つユリスを見ようとはせず、無言で夢導符を顔から剥がす。実況が何かを叫び、追従するように観客が歓声を上げている。

 

「いや、驚いたよ。まさか、こんな短時間で僕達の夢導符を破るなんて」

 

「本当に規格外ね、貴方」

 

 ユリス同様に凜堂の夢の中から戻って来た双子は心の底から感心したように凜堂を見ていた。二人の目には紛れもない賞賛の色が湛えられていた。

 

「あれは何だ、貴様らの仕業か?」

 

「さぁ? 少なくとも僕達は何もしてないさ。考えるに『切り札』の莫大な星辰力が空気を伝達して彼が見ていた者を僕達に見せたのかもね」

 

 それにしても、と沈雲は笑みを浮かべる。相手を蔑み、甚振り嬲るあの笑みだ。

 

「随分と可愛らしい夢を持ってるんだね、『切り札』。あれだけ夢導符が強く発動したからどれだけの大望かと思えば、まさか家族と会って話がしたいなんて。ホームシックかい?」

 

「何だと?」

 

 反応を示さない凜堂に代わってユリスが剣呑な声を上げる。クスクスと嘲笑する沈雲に続いて沈華も口を開いた。

 

「家族に会いたいなら、会いに行けばいいじゃない。簡単よ。この試合を放棄して回れ右してお家に帰ればいいんだもの。お父様やお母様、お姉様に存分に甘え」

 

「黙れぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 沈華に最後まで言わせることなく、ユリスは爆発した怒りを絶叫に変えて巨大な火球と共に双子へと叩き付けた。ステージ天井にまで達しそうな巨大な火柱が熱風と大量の火の粉を吐き出しながら立ち上がる。

 

「おいおい、何を怒ってるんだい、『華焔の魔女』? 沈華、君は分かるかい?」

 

「いいえ。分からないわ。だって、私たちは本当のことを言っただけだもの」

 

「黙れと言ったのが聞こえなかったのか!?」

 

 呪符でユリスの攻撃を防いだ双子は変わらず笑みを浮かべる。彼らの笑いは唯でさえレッドゾーンに突入していたユリスの怒りを更なる危険領域へと踏み込ませようとしていた。

 

「何も知らない貴様らがこいつの夢を笑っていいと思っているのか!?」

 

「知らなくて当然さ。僕達は『切り札』について何も知らないんだし。それに悪いのは笑われるような夢を見る彼だろう……あぁ、もしかして彼は家族に迎えに来てもらわないと家に帰れないのかい?」

 

「それは大変! 今すぐここに誰かを呼んであげなくちゃ!」

 

 肩を小刻みに震わせ、凜堂をひたすらあざ笑う二人。

 

「貴様ら……!」

 

 視界が真っ赤に染まったのではないかと錯覚するような怒りにユリスは血が滲むほど拳を握り締める。頭の中を占めるのはあの双子を如何にして黙らせるかだけだった。

 

「もういい。こんな屑共はさっさと黙らせるに限る。行くぞ、凜堂……凜堂?」

 

 さっきから一言も喋らない相棒を振り返る。そしてユリスは氷漬けにされたかのような寒気を覚えた。

 

「……」

 

 何も言わず、凜堂は双子を見ていた。普段の彼とは程遠い底の見えぬ深淵のように暗く淀んだ双眸。ゆらゆらと、自分の意思ではない何かに動かされるように双子へと歩んでいく。その姿に、感じた寒気にユリスは覚えがあった。これはイレーネが『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』に体を乗っ取られた時に感じたものと同じ、いや、それ以上に悍ましく危険なものだ。

 

「おい、凜堂! しっかりし、きゃっ!」

 

 凜堂に突き飛ばされるも、ユリスはどうにか倒れずに踏み止まった。もう一度、凜堂の名を叫ぶように呼ぶ。しかし、凜堂が振り返ることは無く、双子へと視線を向けていた。

 

 

 

 

(俺の夢を嗤ったのは誰だ?)

 

ーあいつらだよ。目の前にいるあいつら!ー

 

(許さない)

 

ー許さないんならどうする?ー

 

(消してやる。この世から、跡形もなく、痕跡すらなく)

 

ーその為に力が必要だよね?ー

 

(そうだな)

 

ー欲しい?ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(     ヨ     コ     セ!!!!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」 

 

 その日、世界は龍の咆哮を聞いた。




 タイトルから分かるとおりFGOにガッツリと嵌った大馬鹿野朗です。そろそろ自分の懐と上手く付き合えるようにならんといかんな……巌窟王は無理だったけど邪ンヌは来てくれました。やったね!




 こんなくっそ下らない自分語りは置いといて、読んでくれた方たちのほとんどが抱くであろう疑問にお答えします。

 Q.黎兄妹はこんな弱いの? 

 A.この二人の強さってコンビネーションやら仕込やらが前提だし、そこを崩されたらかなり脆いと私は思うのです。


 感想は近い内に返します。期待しないで待っててください。


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