機械の天才 (暇人A)
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独白

ぼくがかんがえたさいきょうのがくせい。

……最近、よう実が流行ってるそうなので気分転換に書いてみた。


 ―――勝利は、苦労する人々を好む。

 

 何事に挑む前もまずは努力と入念な準備。それを懸命に行い、万全で挑むからこそ多くの人は成功するのだ。計画性の無い計画に成功はなく、努力無きものに成功は無い。勉強もスポーツも、天才といわれるものでさえ、努力も準備も怠らない。だからこそ成功するのだ。勝利、成功にはそれ相応の苦労があるからこそ勝利に繋がる。

 

 その報われた時の達成感は他のありとあらゆる喜びに優り、その報われなかった時の無念と次への強い意思はありとあらゆる逆境を振り切る糧となり、良きであれ悪きであれ成果に対して努力と準備を重ねてきたのならば無感でいることは出来ないだろう。

 

 そう、成功に感慨や自信を覚えるのは苦労を積み重ねた過程があるからこそ。失敗に悔しさや後悔、反省を覚えるのも苦労を重ねた過程があるからこそ。天才とて、所詮は人より少ない事象から多くを学べるというだけで何でもかんでも最初から知っているないしはできるわけではない。だからこそ皆、成功に喜びを覚えられ、失敗に悔しさを抱けるのだ。

 

 

 ―――だが、俺に言わせてみればそれは全く理解できない。

 

 まず失敗とは何だ? 勉強する時、皆参考書やドリルや過去問などを使っているのを目にしたことがあるが、何故そんなものが必要なのだろう? 分かりやすく解説してくれる教科書と言う何より学校の勉強を学ぶに適した教材が既に手元に配られているというのに。応用問題? 所詮は応用、ならば教科書から察することは容易い。

 

 悔しさとは一体なんだ? 野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、柔道……やり方は非常に簡単だ。テレビを見れば良い。そこにはその道のプロフェッショナルが態々鍛え上げた技の数々を大衆の前に曝け出している。実に良い教科書だ。教師から学ぶよりもプロから学んだほうだ錬度は上がる。後は手本通りに動けば万事上手く行くだろう。態々、上手くなるために自主錬をする必要が何処にある。

 

 経験など知識で補える。ずっと、ずっと、ずっとそうだった。見るだけで覚えられる。その理論が悉く理解できる。だから努力などしたこともないし、準備も不要だった。机上の勉学は教科書を読むだけで、身体を動かすスポーツは見るだけで全てが理解できる。

 

 ゆえに俺の勉強とスポーツと言うのは学んだことを学んだ通りに実行するだけの作業に過ぎない。成功に対する達成感など覚えたことが無い。失敗に関する後悔以前に失敗した経験が無い。

 

 比類なき歓喜の感情が達成感と言うが理解できない。なぜならそれは覚えたことがないから。絶大な悲嘆の感情が後悔と言うが俺は体験したことがない。知らない、知らないのだ。俺はそれらの感情など覚えたことは無い。加えて努力、準備などそもそもしたことが無い。過程が達成感や後悔に繋がるならば成る程、俺は確かにそれらを知らないのだろう。何故なら努力、準備といった過程は初めから俺には存在していなかった。

 

 小学校低学年の頃は神童だった。学校のテスト、学校の体育、そして学友の遊び……ありとあらゆるジャンル全てが一度やっているのを見たことがないしは読んだことさえあれば俺は容易く習得して見せた。

 

 小学校高学年の頃は異端だった。難しくなるテストは答えを知っているが如き常の満点。授業の体育は体格差も運動神経も技術一つで容易く捻じ伏せ、遊びも競争にすらなったことが無い。

 

 中学生の頃は恐怖の対象だったらしい。不正を疑われるほどの成績に、数で囲んでるにも関わらず一度として勝利できないスポーツ、友人はいなくなり代わりに虐めが増えたが、陰湿なものは頓挫して、暴力的なものはそれを超える暴力の前に屈した。

 

 俺にとって人生とはただのルーチンワーク。説明書を読んでそれの通りに動くだけの機械的なもの。達成も後悔も競争意識も持ったことが無い。ただただ機械的に与えられた試練を完璧にこなして終わるだけ。実につまらない機械的な人生。だから俺はいつも自分の喜怒哀楽を探していた。違法薬物に手を染めたり、どこぞのロクデナシを人に言えぬ非常で潰してみたり、孤児院に赴いて気まぐれな慈善行動をしてみたりと違法モノから人に褒められそうな聖人君子の役まで全て体験してみた。だが、想像できうる選択肢全てを試してみても未だこの身は全てをただただ機械的に受け取るのみ。恋愛とやらも試したが終ぞ相手に好意の類を抱けなかった。

 

 だから、その入学もその自分探しの一貫であり、諦めの極地で選んだ気まぐれに過ぎなかった。

 

 高度育成高等学校。曰く職業後は好きな道に勧める上、進学率・就職率は脅威の100%。煽り文句自体には一切魅力が感じなかったが変り種の学校だったがために入学してみよう。そんな発想だった。

 

 

 

 俺は自分の感情を、喜怒哀楽を探すため常につまらなかった学校を言う檻の中を再び選択する。この選択で自分の人が言う喜びや悲しみを知るために―――未だに世界は灰色だ。




氏名:明智瑞樹

クラス:一年A組

学籍番号:S01T004715

部活動:無所属

誕生日:12月24日

評価

学力A
知性A
判断力C
身体能力A
協調性E

《面接官からのコメント》
小、中学校共に学問、スポーツ問わず全国屈指の成績を修めて来た生徒。協調性は過去の学生生活から皆無に近く、通常ならばDクラスに配属する予定であったが学校外での多数のボランティアや慈善活動、社会労働に体験と言う形で経験してきたという別資料からのデータ統合して現時点で一社会人としての完成度は群を抜いていると判断。加えて所属していた名門進学校の教師陣全員からの異例とも言える推薦もあり特例に近い形でAクラスに配属とする。


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入学

そういえば、アニメと原作でどれ位の差違があるのかしらぬ……。
原作標準のタグをつけと置くべきか否か……。


 春。桜が街道を満たす中、俺は一人欠伸混じりに歩いていた。姿格好は新品の学生服。言わずもがな進学先の高度育成高等学校の制服である。だが周囲に自分と同じ格好の生徒の姿はなく、また人通りも少ない。その理由は単純に徒歩で行くよりバスで行くほうが早いからである。では何故バスを使わなかったかといえばこれまた単純、

 

「少し遠いな。娑婆の最後の空気を味わおうなんて柄にもないことするんじゃないっていうことか」

 

 つまりはただの気まぐれである。進学先である名門校として有名な高度育成高等学校は就職率及び進学率が100%とという恐ろしい数字をたたき出し続ける名門校であるがその実態は広く知られていない。というのも一度入学した生徒は三年間の学生生活を終えるまで外部との関わりが一切禁じられるという。勿論、家族や親しいものとの接触も禁止されている。となれば一度入学すれば退学と言う烙印を押されるまで三年間は外に出られないのだ。なので偶には文明の利器に頼らず徒歩で行こうと考えたのだが。

 

「暑い。疲れた。春先とはいえ日本の亜熱帯化を舐めていたか……」

 

 汗こそ流していないが早朝の斜めから差し込む直射日光と踏みしめるアスファルトの熱が否応にも明智瑞樹の体温を上げていく。しかも春先とあって制服は長袖、たまに通り過ぎる風は生暖かく、涼しさなど感じられない。おのれ、地球温暖化め。

 

「くそ、次のバス停でバスに乗るか? ……いやもうバス停二つ分で着くし、乗った場合ここまでの苦労が完全に無意味に化すわけだが……ハア、歩きで行くか」

 

 眼先に見えてきたバスの停留場を泣く泣く見逃して徒歩を敢行する。楽したいという誘惑は未だ燻り続けており、ポケットに入れた手は電子マネーの磁気カードに現在進行形で触れているが、ここでバスに乗れば駅からここまで約三キロの苦労は本当になんだったのか分からなくなる。……あ、バスが通り過ぎていった。

 

「…………今度からは公共の移動手段を頼ろう」

 

 もう二度と、歩こうなんて思うものか。

 

 

 

 

 

 一時間の苦労の末、ようやく学校に着いた俺は配属されたクラス、一年A組に居た。名前の頭があ行から始まるせいか知らないが席は廊下側の最前席。人通りが多い上、隠れて授業をサボることも難しい嫌な席である。とはいえ、決められている以上、席替えでもない限り変えようはなく、しょうがないので腰を下ろす。

 

「ふう」

 

 何故、初日からこんなに疲れているのだろうか……どう考えても自分の自業自得ですね分かります。と後悔を引きずり続けていたが、何時までも済んだことを後悔し続けるのも実に女々しいのでとりあえずクラスの様子を見る。

 

 人は意外なことに疎らだ。徒歩で来ることを決めた時、到着時間に三十分ほどの余裕を持たせておいたお蔭か。ならばここは人が少ないうちに適当に会えば言葉を交す程度の友人は作っておくべきだろう。人が多いとこういうのはどうしても尻込みするものだし。となると、ここは無難に男子に話しかけるのが良いか。いきなり異性だと流石に緊張するし、余計な誤解や手間を負うハメにならずに済む。

 

「すまない、ちょっといいか」

 

「ん?」

 

 出来るだけ友好的な笑みを浮かべつつ、同時に自然な形で右手をすっと差し出す。こういうのは躊躇うとかえって上手く行かなくなる。初対面の相手と接するときは積極的にだが自然な形で話しかけるのがベストだ。ついでに言うと人は慣れ親しんだものに対して反射的に動作を返す、つまり握手とそれから、

 

「俺は明智瑞樹。同じクラスだろ? だとすれば、少なくとも一年間は一緒だからな。まだ人も疎らでホームルーム、入学式まで時間が有り余っているからな。友好を深めようと思って……迷惑だったか?」

 

 先に自己紹介を入れる。こうすれば返礼として高い確率で握手と名前が返ってくる。この手段で駄目な人間は大方人好き合いが苦手か嫌いか、警戒心が強いかの三つに分類される。会話一つでも相手の情報と言うのは多く得られるものだ。

 

「いや、俺も手持ち沙汰だったからな。俺は森重卓郎だ。よろしくな、えっと……明智」

 

「ああ、よろしく」

 

 思惑通り、森重は名前とそれから握手に応じてくれた。

 

「それにしても綺麗な学校だと思わないか? 最近って程新しくない校舎なのにこうも設備が充実している。敷地も尋常じゃない」

 

「俺も同じだ。色々学校は見てきたけどこんなに広い敷地を持った高校なんて見学じゃあ見たこと無い。それに施設設備も充実してるし、寮も外見だけしか見てないがホテルみたいだったぜ。進学率も就職率も凄いし……良いところだよな」

 

 全くその通りである。入学式前でまだ詳しく見て回ったわけではないが、外見だけでも一つ一つが尋常じゃない。広い運動場はそこらへんのスタジアム並に大きく校舎も十年以上経過しているだろうに美しいまま。加えてこれから暮らすことになる寮も外見だけなら高級ホテルもかくやいった風情だ。外部との接触を禁止している分、生徒が不自由をしないように設備を徹底していると聞いていたが正しくその通り。

 

「それに学校内にショッピングモールがあるらしい。それも映画、カラオケはもちろんのことブティックも。小さな街って言っても遜色はないだろうな」

 

「その話は俺も聞いたわ。入学式が終わったら行ってみようと思ってたんだ」

 

「へえ。俺はカフェに行く予定だからな……次の日あたりにでもショッピングモールの話を聞かせてくれよ。俺もカフェの様子話すからさ」

 

「おう、いいぜ」

 

 話して間もない時に行動を共にしても気まずい空気になり以降の関係構築に支障が出る。ここは合えば話す程度の距離を作るだけで良い。親しくなるにせよ学生生活が始まってからでも遅くないだろう。俺はお互いのプライベートに触れないように一定の距離を保ちながらそのまま雑談を続ける。

 

 内容は主に学校のこと。それから入学の動機。これからの学生生活。当たり障りない内容を喋り続ける。何かをしていると人間、時間の流れを早く感じ、いつの間にやら生徒たちは全て揃いきり、ホームルームまで五分を切った。

 

「じゃあ、そろそろ席に戻るよ。これからよろしくな」

 

「おう!」

 

 そういって会話を切り席に戻る。会話が弾んでいる連中は未だに喋り続けている。よくもまあ初日からやるもんだ。初めくらい教師が来る前に行動し、良い印象を作っておかなければ後に響くだろうに。目の端で騒ぐ連中を見ながら俺は自分の席に戻り、

 

「あら? ―――ふふ、おはようございます」

 

「―――。ああ……おはよう」

 

 不意を突かれ、一瞬反応が遅れる。目を向けると小さく手を振る少女が居た。容姿はそんじょそこらのアイドルが裸足で逃げ出しそうな無類の美少女。銀色の髪に小柄な体躯。色白で何処か妖精染みた印象を受ける少女だ。あまりにも日本人の容姿と剥離しているため、もしかしたら外国人かもと思うが、話す日本語は流暢なため間違いなく日本人なのだろう。街を歩けば十人中十人が振り返りそうな美人である。

 

 だが、それ以上に印象的なのは目と態度。容姿は儚く、態度は間違いなく友好的なそれそのもの。しかしそれを全て潰すようにその口元に浮かぶ笑みは微笑から程遠い冷笑のように見える。目の奥もまるでこちらを観察する科学者のように無機質だ。―――冷酷。直感的にそんな単語を思い浮かべて、ふと―――今度は本当に、心から楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「学問や運動以外にも直感も天才の域なんですね、貴方は。まあ世間を賑わせた詐欺師さんの裏を搔けるほどの狡猾さを持ち合わせているのですから多少の嘘を見抜く程度の心眼は持ち合わせても不思議ではありませんが」

 

「―――――」

 

 それは、中学一年の頃のこと。慈善事業に関わって、人から無類の感謝を得て尚、喜び一つ自覚できないがため、悪行に興味を持ち、一番初めに関わった反社会的行動。―――詐欺師。人を騙して金を得る、絶対に許されない悪行。当時、正しい行為とやらに意味が見出せなかったがため悪い行為とやらを試そうと、俺はある詐欺師の元についた。彼はニュースでも話題になる老人をターゲットにオレオレ詐欺は勿論のこと、多くのパターンで金を騙し取った。そして俺もまたその詐欺の共犯となり、だが最終的には、

 

「いや、全く身に覚えの無い話だ。だいたい詐欺なんて犯罪だろ。そんなことをすれば俺はここにいないだろうに」

 

「そうですね。でも犯罪というものは判明しないと罪にならないでしょう?」

 

「………」

 

「バレなければ犯罪で無い。正にその通り。例え法を犯してもそれが世間に判明しなければ、あるいは証拠が出なければ警察はどう頑張っても犯罪者を捕まえることは出来ない。知れなければ糾し様がありませんしね。それに偏見もあります。常識的に考えて当時中学生の子供がまさか数億円の被害が出た犯罪に主犯格として関与しているなんて、非現実的すぎます」

 

「オマエ―――なんだ?」

 

 呆れのため息を洩らしながら俺は目前の少女に問いかける。別に過去犯した全く褒められない数々の暴挙を知られること事態は構わない。どだい調べたところで証拠は出ないし、犯人は捕まっている。解決事件を解決する方法なんてこの世に存在していないのだ。何故なら事件は解決されているのだから。かの詐欺事件は三十代後半無職の男の逮捕により既に幕を閉じている。ゆえに調べたところで、知られたところで意味は無い。

 

 そしてそれは他のものも同じだ。そもそも、たかだが警察程度に身柄を押さえられるのならば俺は人生こんなに退屈していないだろう。自分の人生がつまらないならせめて自分と同等のライバルでも得ようと様々なことに手を染めたが結局、凄腕の探偵にも諦めの悪い刑事にも出会わなかったし、超一流のスポーツ選手も賢人学者も俺には並び立てなかった。

 

 ゆえに呆れる。今更、俺に関する情報を知ったところで意味など無い。それとも俺に関する情報を得て彼女は得意げなのだろうか? だとしたら、ほとほと呆れる。俺の個人情報などその気になれば誰でも辿り着けるだろうに。問題は俺が関わったすべての案件を証明できないだけだ。それとも証明できるのだろうか? だとすれば俺は―――。

 

「残念ながらそれは私でも無理というものです。済んだことで警察は動きません。それは万が一再捜査し、その案件が事実だった場合、過去の捜査不足だったということになり汚名を被りますから。解決された事件を再調査しろなんて言ったところで意味はないでしょう。第一、今探したところで証拠などあるわけが無い。だから―――これはただの世間話。お互いが知っている情報を話題に上げて共有した。それだけのことです」

 

「そうか、世間話にしては随分と物騒なものだったが?」

 

「どういう反応をするのか興味がありましたので。天然モノの本物(・・・・・・・)。そうそう目にすることはありませんからね。偽物には心当たりがありますが―――ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は坂柳、坂柳有栖といいます。これからよろしくお願いしますね。明智瑞樹さん」

 

 有栖と名乗った少女は興味深そうに嬉しそうに俺の目を見る。俺はその態度で確信した。少なくともつまらない人間(・・・・・・・)では無さそうだ。

 

「ハァ……少しは過ごし甲斐のある学校に入学できたということか」

 

「ええ。そこには同感します。取り敢えずは一つだけ楽しみが増えました」

 

 俺はため息を坂柳は笑みを浮かべる。適当な、全く期待していなかった学生生活だが少なくとも少しはやりがいのあるものになりそうだ。少なくとも目前の少女は俺を知っている。俺と同等かは知らないが少なくともつまらない人間(・・・・・・・)の類ではないのだろう。であれば……。

 

「ん……」

 

 ふと、教室を見渡す。坂柳を例外として―――そこには一昔前のテレビを思わせる灰色の世界と言葉を喋る無貌の生物達がいる。……どうやら彼女との邂逅のショックで戻りかけたようだ。このままでは学生生活に支障がでかけない。俺は一つ、深呼吸をして同時に学生『明智瑞樹』を思い浮かべる。

 

 ―――これで元通り。学生を演じることが出来る。



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予兆

気まぐれと気分転換によって手をつけた本作だが知らぬ間に評価されていて驚きを隠せない。ともあれ、

経済流通様、空気読めない人様、ayin様、yuma2017様。

評価とコメント有り難うございました。




ところでこれは本筋と全く関係ないんですが真嶋先生、茶柱先生や星之宮先生と同年代なのに老けすぎじゃないっスかね……(アニメ画像を見て)


 ―――学べ、さもなくば去れ。

 

 教師とは何も教え導くだけの存在ではない。彼らは今も尚、学ぶ者である。ならば教導者でありながらも教師と言う存在もまた学び続ける学徒の一人である。そもそも学問に果てはなく数学とて正解はひとつではない。否、未だ一つに達していない。―――学問を修めた。大学を卒業し、あるいは博士号を頂いた者はよく学問を修めたといわれる。

 

 だが、これは学問を究めたことに非ず。「修める」とは足りない部分を補い、身に付けたという意味合いであり、断じて学問を究めたことを意味するところではない。そもそも博士をして研究者である。一定技量の学問を修めて尚、さらに突き詰め極めることを望む酔狂な学士である。ならば未だその極みは遠く博士という立場は彼らにとってスタートラインにようやく到達したという意味合いでしかない。

 

 学問に果ては無い。人が一生に学べる知識、解決できる問題なぞ砂漠の砂一つにすら満たないものだ。そうして彼らはその一粒を積み上げて時は既に数億年。現代に蔓延る知識は地球全土を見ても僅かであり、地球の上には宇宙がある。ゆえにその知識、真の意味で砂漠の砂の一粒にしか達していないのだろう。

 

 そしてそれは誰もが同じだ。博士も社会労働者も政治家もそして教師も、世間で言われる学問を修めてようやく半人前。さらに人生と言う残り五、六十年を歩みきってようやく一人前である。残る道行は余命の間に何処までそれを極められるかの求道だけ。ならば完成など程遠く、究極は人の一生には収まらない。

 

 そう、学問を学ぶ学び屋を出てようやく人生と言う長い航路が始まるのだ。ならば何故、教師に縋り、自分の未熟を教師に押し付ける愚か者共がいるのだろか。教師とて人を教え、導く「学問」を究め続ける求道者である。そして求道者であるゆえに完璧には程遠く究極はその姿さえ収められない。ゆえに学べ学徒よ。ここは学び屋であり、半人前へ至る修練場。手助けなどないと思え、自分の未熟を疾く恥よ。

 

 どれだけ道を決められるか。それを決めるのは自分次第。求道の学び屋、学校(ここ)は元来、そういったものであっただろうが。

 

 

 

 

 

 

 

「まずはこの言葉を贈ろう。入学おめでとう新一年生諸君。俺は真嶋、普段は英語科の担当をしている。このAクラスの担任だ。基本的にこの学校ではクラス替えは行われない、ゆえに恐らくこれから三年間ともに過ごすこととなるだろう。よろしく頼む」

 

 幾ら教師であろうともう少し愛想があってもいいだろうに、Aクラス担当の真嶋という教員は全くの無感といっていいほどに様式美の域を超えない自己紹介で口を切った。英語の担当と言う割にはプロレスラーのようながっしりした体型だ。

 

「さて、今から一時間後に体育館にて入学式が行なわれるがまずはこの学校の特殊なルールを説明させてもらおう。既に入学案内と共に配られているものだが確認をするので改めて配らせてもらう。一人一枚、取ったら後ろに回してくれ」

 

 そういって真嶋先生はそれぞれの席の人数分に分けた紙束を先頭の生徒に渡す。無論俺も廊下側一番前の席なので直接手渡して渡された。一枚とって、後ろに回した後、改めてプリントに目を落すとそこにはこの学校のルールが明細に記載されている。

 

 内容は既に通達されていた通り、この学校に入学するに際して生徒全員は寮生活を義務付けられ、外部との接触は肉親、親族含め一切を禁止という内容だ。まあ、俺には一切関係のない内容なのでこの項目に限って明細に目をつける必要はあるまい。我が肉体の遺伝子元の御歴々は今頃、息子の約束された将来に夢うつつで腑抜けているだろうから気にする必要は無いのだ。つまらない話だが、柵が無いのはやりやすくて良い。

 

 というより今になって疑問だが、何故あの夫婦から生まれた俺はここまで馬鹿げた才能を持っているのだろう? 鳶が鷹を産んだどころか、鳶が世界を創造したという位突拍子の無い不可思議な話である。この例を上げれば優生学を正面から論破できるかもしれない。―――おっと、思考がズレたどころか脱線事故を起こしかけたが、先生の話は聞かなくてはならない。俺は基本的に一度聞けば大体覚えるが、聞かなければ覚えようがないし。

 

「続いて学生証カードを配る。これは入学説明でもあった通り、学校敷地内の全ての施設に使えるものだ。無論、これが無いと施設は利用できないので紛失の際には必ず申し出ることだ。それからこのカードは学校内に限って金銭の機能も含んでいる。分かりやすく言うならばクレジットカードだろう。学校側より支給されるポイントを使って売店の利用から敷地内のショッピングモールの利用まで……学校内にある全て購入可能だ」

 

 曰く、Sシステム。これも入学説明の際に説明されたものだ。学校側から支給されるポイントが三年間に及ぶ学生生活での生徒達の現金となる。恐らく学校内で起こる金銭トラブルを予防するために設置されたものなのだろうが……流石、国立。お金の掛かる話だ。学校全土にこのシステムを導入するだけでもかなりの金が掛かるだろうに。

 

「それから肝心のポイントだが、これは毎月の始め、一日に学校のネットワークを通じて配布されることになっている。今回の入学に際して君達全員、平等に既に十万ポイントが配布されているはずだ。ポイントは一ポイントにつき一円の価値がある」

 

 初めてクラスがざわついた。当然だろう、一ポイント=一円、つまり現金十万円を突如としてポンと渡されたのだ。健全な学生生活を送ってきた学生諸君からしたら破格の値であり動揺するのは無理も無い。俺はお小遣い(笑)が月ごとで変動するものの平均して百十何万ほど貰っていたので気にしないが。ああ、時たま指名手配の凶悪犯をしょっ引いていたから場合によってはその倍か。普通の人間からしたら凶悪指名手配犯は恐るべき存在なのだろうが俺からすればただの金づるである。お金に困ったときは凶悪指名手配犯を捕まえろ。うむ、一億円当てるより簡単だ。

 

「この学校は実力で生徒を測る。入学を果たした君達には、それだけの価値があると言う事だ。これはそれに対する評価と思ってくれて構わない。ああ、それからこのポイントは入学時には回収するので卒業後まで貯めて使うということはできない。学生生活に必要な分を好きに使うのが賢い使い方だろう。但し、これはいうまでも無い事だが学校側はポイントのカツアゲ等は厳しく糾す、その点は留意しておくように」

 

 近年、学校でのいじめ問題は後を絶たない。ここは国立のそれも名門と言っても過言ではない学校だ。その手の問題には群を抜いて五月蝿そうだ。

 

「以上で話を終わる質問があるものは手を上げたまえ」

 

 本件は終わりなのだろう真嶋先生は説明を終え、クラス全体を見渡す。―――バカみたいに広い校舎、外部とは一切の連絡を禁止し、施設等は学生証カード一つで使用可能、入学時間もない一年生に十万円を配る、か。

 

(凄い怪しい。疑問を持たない奴居るのかこれ?)

 

 まず入学説明を聞いたときも感じたがまともじゃないのは間違いないだろう。第一、街一つ分の敷地を誇る高校ってなんだ。大学じゃないんだからそんなもの有り得ないだろう。否、大学ですらここまでの規模のものはないはずだ。それに外部との連絡を封じるのにも意味合いを感じる。こういう場合は機密情報という四文字が関わっている場合が多い。

 

 思い出してみれば入試段階で生徒が得られたこの学校の情報と言うのは恐ろしく少ない。名門校、それも各方面に英才を送り出している学校にも関わらずそれは可笑しい。外から得られる情報など寮への入室の義務付け、外部との接触禁止、名門校ぐらいだ。

 

 それに施設の利用に学生証カードが必要と言う話はともかく、入学時の生徒全員に十万円相当のお金をポンと渡す? 裏がありますよ、と態々教えてくれるようなものだろう。それを示すように真嶋先生は変わった言い回しをした。―――この学校は実力で生徒を測る。ポイント(これ)実力(それ)に対する評価だと。つまり、

 

(入学時点での生徒には全員十万ポイント。つまりこれは学校に入学できた実力に対する評価であるということか)

 

 となれば、このポイントは恐らく―――。思考の海に潜っていく俺を現実に引き戻したのは「はい」というAクラスに良く響くハッキリとした声であった。

 

 不意に顔を上げ、見渡すと一人の生徒が手をキッチリと上げていた。特徴的な生徒である。まず、人が第一印象を受ける顔の造形は特に醜男というわけではなく、寧ろ大人のような精錬な強い意思が窺える顔つきだ。だがそれ以上に目を引くのは失礼だが頭。そこにはあるはずの髪の毛が無かった。詳しく知っているわけではないが先天性無毛症という奴だろうか。確か遺伝子上の問題で生後一、二年で髪が次々と抜け落ち、生え揃わないというものだったか。遺伝子上の問題であるため現代医療では治療不能であるとどっかの本で本読んだような……。

 

「お前は……」

 

「葛城です。質問、よろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わない」

 

 葛城と名乗った男子生徒は真嶋先生に促され、規律しながら質問をする。態々、立つ辺りかなり真面目な生徒に思える。例えるなら学校の係り決めの際に真っ先に手を下げるようなそんな生真面目さ。

 

「先ほどの先生の話では自分達の入学時点の評価に対する報酬がこの十万ポイントであると言いました。では、このポイントは自分達の評価に何らかの直結した効果があると言うことでしょうか? 例えばポイントの使用が成績に対して作用するような」

 

(中々にいい質問だな)

 

 十万円という言葉で皆動揺しただろうに。真嶋先生の話を冷静に聞いていなければこういった質問は出ないだろう。確かに彼の言い回しは評価に対する報酬というようは言い回しで毎月配布ポイントが十万円であるといっていない。まるで評価=報酬という言い回しであった。であるなら、ポイントの使用が成績に影響することがあるかもしれない。否、少なくともポイントと成績評価が何らかのかかわりを持っていることに既に疑いは無い。

 

「少なくとも君達が個人で(・・・)使用できるポイントに付いてはその使用に関する成績への影響は何ら関わりは無い。例え、保有するポイントがゼロになっても成績が悪くなるということはないので安心するように」

 

 真嶋先生の言葉にクラス内に一時満ちた緊張が弛緩する。ポイントの使用で成績が悪くなるなどそんな事実がなかったことに対する安堵だろうが、甘いと言わざる終えない。 

 

(個人で、か。それにポイントが自分達の評価と関わっているかに関する質問は不言及。やっぱり裏があるのは間違いないな)

 

 話が若干ズレた事実に気づいたものは何人居るのだろうか。葛城という男子生徒が主題においていたのは評価とポイントの関わり合い。ポイント使用による成績評価に対する悪影響など例としてあげたに過ぎない。にも拘らず、評価とポイントの関係は言及せずポイントの使用は成績に影響しないとしか応えていない。しかもあくまで個人のと枕詞をつけて、

 

 俺は横目で鋭くクラスメイト達を見渡す。殆どの生徒は安堵の息を吐いたり肩を落としたりしていたが、あの葛城と名乗った生徒は何か考え込むような動作を、坂柳は意味深な笑みを、他の何人かの生徒も各々安堵とは別の反応を示している。

 

 少ない数の生徒が普通の生徒が疑問すら覚えない先生の言葉の真意を読み取り思考に耽っている―――全体的に優秀なのは間違いない。そしてそれは一つの解を俺に与える。

 

(優秀だな。言葉から真意を読み取るなんて学校の勉強じゃ習わないだろうに。つまるところ地頭、素の知性の部分が優れてんだろうな。あの葛城といい、俺のことを知ってた坂柳といい、平凡な学生には程遠いのは確かか。……もしかしたらクラスにも何らかの意味があるのか?)

 

 そう、一見してただのランダムに見えるクラス分け。それがもしかしたら意味がある者だとすれば? 例えば優秀なものはA、劣っているものはDという成績表の評価染みたクラス配置ならば、この不自然な優秀性にも説明が出来る。だが、だとすれば今安堵している連中は何だという疑問が出てくるが。

 

(現時点では測れないな)

 

 情報が圧倒的に不足している。現時点でこの学校の全容を知るのはまず不可能だろう。Sポイント含む様々な要素がこの学校をただの学校とは思わせない謎めいた要素を交えているのは確かだ。それに数多の英才を、しかも分野を問わず生み出している学校だ。その教育方法に秘密があっても全然可笑しくない。まずは知ること。どうせ初日のイベントなんて入学式とオリエンテーションぐらいだし、直ぐに放課後になるだろう。その時に探るべきだろう、この学校を。

 

「少なくとも退屈はさせない学校だってわかったことは収穫か」

 

 ―――それにつまらない(・・・・・)奴ばかりでないことも、か。



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警戒

―――予感はあった。

よう実は基本的に可愛いキャラが多く、性格的にも良い感じの粒揃いの中でも「あれ? コイツが一番ヒロインっぽくね?」という謎の確信があり、四巻時点の話で最早これ決定だろという予感はしてた。

……7.5巻。ネタバレしないように言うと依存形から恋愛に発展する形も案外ありじゃね?(暖かい視線)


という作者のどうでも良い感想はともかく、

ぐりーんまん様

いつの間にか評価ありがとうございます。
超不定期更新(作者の気まぐれ)のこの作品ですが楽しんでいただければ幸いです



 ―――狭き道によって高みに。

 

 人が天才と呼ばれる条件に多彩さは含まれない。歴史に名高い万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチのような規格違いの多才さ、もとい、多彩さがあれば例外なのだろうが世間が天才と称するのは単純にその言葉と輝きに盲目な夢を見られるから。

 

 ゆえに天才が多彩である必要は無い。さらに言うならば欠点が在る程度が丁度良いのだ。人が天才という幻想を見るためにはあくまで天才も同じ舞台()である必要がある。近いが、決して届かない、そんな頂点。人が見たいのはまさにそれだ。だから一点、天才であるという点さえあれば如何なる欠点を持ち合わせてもそれは天才なのだ。

 

 天才と言うものは要は人々が手の届かない稀有な「色」のことだ。人間と言うものは誰もが大小様々な「色」を持ち合わせるが、当然、色である以上目立つ色とそうではない色がある。よく「世界に一つだけ」「君だけの個性」などと聞くがそんなものは幻想だ。確かに種類を絞れば違う色だろうが、黒と呂色と墨色の違いを果たして余人が見極めることができるだろうか? 答えは否だ。

 

 同じような色の違いを見分ける目を持つものなどそれこそ天才と同じく稀有な存在だ。余人にしてみれば黒は黒で白は白、付属する細かい違いになど目も向けない。だからこそ人は天才を所望する。社会を直視すると嫌にでも気付いてしまう、皆が皆、同じ色であるという事実に目を瞑るため。

 

 大多数の凡人、劣等者、或いは要領の良い人間、そういった魅力に欠ける色は皆全て社会においては黒と白というな二つの色で固定されてしまう。劣っているものは黒、優るものは白。だが、此処で言う優るものはイコール、天才というわけではない。

 

 要領は良い、人並み以上の成果は出せる、しかしそれだけで突出した色彩がない。そういった人種。黒よりマシだが所詮白。個性が見えない大多数。平凡上のほう。人並み以上の才が有っても魅力が欠ければ意味が無い。都合の良い妄想を押し付けられない才能など、人は見向きもしない。

 

 天才。それは社会において輝かしく同類の少ない稀有な色のことだ。それはスポーツであろうと学問であろうと芸能であろうとはたまた政治や戦争であろうと変わらない。他にはない、或いは少数の目立つ色。それが天才。人々の求める多彩さならざる珍しい色彩。ゆえに天才が多才である必要は、多彩である必要は無い。

 

 他と比べて珍しい色彩、一分野で突出した誰にも並ばれない或いは誰よりも優れた点さえあれば社会は天才と持てはやす。

 

 

 ―――オレ(・・)が手を付けたジャンルは手垢まみれだ。今を生きるものなら誰もが触れたことはあり、その存在を知っているもの。当たり前のように利用され、活用され、さして注視されること無く流されていく無意味なもの。

 

―――それでもオレ(・・)が天才と呼ばれるのは単純にそれを利用することに誰よりも長けているから。マスコミが好きそうなはや仕立てる意味での「時代の寵児」ではない。真の意味でオレ(・・)はそれを利用するために生まれ、それを活用することに特化し、また、それがあれば他の追随を許さぬ存在に成れた。たったそれだけ。

 

 暴力も権力も財力も嘘も本当もそれの前ではあらゆる意味で無意味。最強を定義するならばオレ(・・)はそれにこそその二文字を送ろう。そしてそれが破られぬ限り、オレ(・・)の視界はたった二色のつまらない景色。

 

 即ち凡人も劣等者も優れた者も皆、等しく白と黒ののっぺらぼうにしか見えない。人と呼ぶには余りにも不出来なこの視界こそ、オレ(・・)の病理でオレ(・・)の才能だ。

 

 

 

 

 

 

「一緒にお茶でも如何ですか? 実は一目見たときから気になってしまっていて」

 

 ニコリと笑うその表情は何処か恥ずかしそうながら好意を浮かべており……見るものが見れば気がある人物に勇気を振り絞って声をかけて見た可憐な女子生徒にしか見えないだろう。その、正面からしか見えない口元に浮かぶ悪魔的な三日月型の口元さえなければ。しかも良く見れば微笑む瞳のその奥に捕食者の輝くが垣間見える。

 

 少女の名を、坂柳有栖と言う。そして彼女がHRが終わるなり真っ先に声をかけた件の気になる人と名は明智瑞樹。即ち、この俺である。真島先生が以上というなり間を明けずして話しかけられたせいで俺は完全に後手に回った。

 

 真島先生の言動とクラスメイトらに対する印象等に思考を傾けていたせいで、多少の警戒を持っていた彼女に先手を打たせてしまったのは紛れも無く失態だ。面白いこと、少なくともつまらなくなければバチ来い精神の俺だが、面倒くさい人種と関わるのはゴメン被りたい。第三者から見るぶんには良いが当事者となるのはご遠慮というわけだ。

 

「と、言っても俺はまだ貴女の名前を知らないんだが(・・・・・・・)

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は坂柳有栖といいます。どうですか? 友好を深めるためにもお茶でも。実は校内にそういった施設があるそうですが、一人で行くには心細くて……」

 

 先制攻撃。それもご丁寧に思春期の若人集うこの場において女性が異性に対して気になるなどという単語を持ち出せば嫌にでも目立つ。実際、俺と目の前の少女に突き刺さっている視線は多い。俺は素早くこの場において最も無難な返しをするが、即座に追撃をかまされる。ご丁寧に不安げな表情までつくってだ。

 

「そうか。でも俺はこの後、少し用事があるんだ。なんで代わりに別の奴を誘ってくれ、誘うのが怖いなら俺が代わりに言うからさ。気になるっていうのは嬉しい話だけれど、今はちょっとな。これから三年間クラスも変わらないみたいだし、また機会があったら誘ってくれ」

 

 これまた無難な返答。但し人に注目されていること、それからいきなり気になる発言をされたことも考慮して、それに対する返答も付ける。ここでいきなり素っ気無く振れば少なくとも序盤は本性見せないだろう可憐な(第三者目線)彼女を素気無く振った冷たい男扱いされかねない。

 

「そうですか……とても残念です」

 

「ああ、悪いな、じゃ―――」

 

 我ながら不意討ちに上手く対応できたと安堵とともに疑念が俺の中で鎌首を擡げる。少ない接触で未だ性格の掴めない彼女だが、HR前の言動から察するに自分に対して自信のある勝気な少女と言う印象だ。そんな彼女が何を考え自分を誘い出そうとしているのかは知らないが、ともかく誘い出すには随分と諦めが早く浅い手だ。

 

 俺はこんなものかと教室を後にしようと一歩足を踏み出して―――。

 

「あれ? でもお前さっきカフェに行くって言ってなかったか?」

 

と、話を聞いていたのか、横合いからそんな一言が飛んでくる。

 

(あ……)

 

 ……おっと、有り触れた意味の無い世間話が己の首を絞めるとは。この変数は天才である俺の目を以ってしてもry

 

「あら? そうなんですか? ……とても残念です。まさか私と一緒にお茶をするのが嫌だったなんて……」

 

 しくしくという擬音が聞こえてきそうな分かりやすいぐらいに悲しそうな顔をする坂柳。髪の毛で隠れる顔には嗜虐的な笑みが。そして俺には心なしか痛い視線が主に男子から刺さる。「あんな美少女の誘いを断るなんて」「なんだアイツ」「つーか目的地同じなのに断ったのかよ」「ないわー」……好き勝手言うな。

 

「あー、嫌ってわけじゃなく……その、なんだ。いきなり初対面の女子とカフェって言うのはレベルが高いって言うか、恥ずかしいって言うか」

 

 屈辱的だが、俺はポリポリと頬を掻いて、「女子を意識してしてしまった余り逃げ出したヘタレ男子高校生」を演じる。現状、彼女に分があるこの雰囲気で気取った言い回しも遠回しな言動もアウトだ。出来るだけ素直に、断ったらしい理由を言うしかない。屈辱的だが。

 

「そうなんですか! 実は私も話しかける時緊張していたんです。自分から異性に話しかけるのは、その……」

 

 花が咲いたような笑みで、毒々しい本心を隠して坂柳はのたまう。この女、案外こういった外面を取り繕う演技が上手い。それに空気を、雰囲気を作り上げるのも。傍から見れば何処か初々しい、何と言うか、春の訪れを感じる俺たちのやり取りに注目する生徒は二つに分かれる、殺意に満ちた波動(主に男子)と甘い雰囲気にきゃーといった波動(主に女子)。

 

「ではもう一度だけ、繰り返し言うのは恥ずかしいですが……友好を深めるため、一緒にお茶でもどうですか? 瑞樹(・・)くん」

 

「―――ええ、喜んで」

 

 綺麗な笑みを浮かべる坂柳と困ったような笑みを浮かべる俺……さて、この(アマ)どうしてくれようか。

 

~~~~~~~~~~~

 

「意外だな。お前があんな演技が出来るとは思わなかった」

 

「演技? さて、私は本心を述べただけですよ。本物(・・)である貴方が一目見た時から気になっていたと。私の本心はそれだけであり、誰がどう解釈しようと私の関与するところではありません」

 

 俺の皮肉に坂柳はいけしゃあしゃあと返す。カフェ……パレット。女子の比率が極めて高く、訪れる男子の大半が彼女同伴のこのカップルが多いカフェで、しかし甘い雰囲気とは縁の無いピリピリとした雰囲気を漂わせる俺たち。

 

「意図した結果なら関与しているだろう。余計な誤解をさせる言動をワザと取っていたしな。勘違いされても俺は知らんぞ」

 

「その場合、呼び出す理由を一々考えなくて良いので楽ですね。是非ともそうなることを期待しています」

 

「………ち、ドSが」

 

「なにか?」

 

「何でもありませんよ。女王様」

 

「そこはお嬢様の方がよろしいかと」

 

 共に微笑を浮かべながら悪意害意丸出しの応酬。それでも周囲が見咎めないのは口調に荒さが感じられず、淡々とした論調であること。それから俺も坂柳もこの場の雰囲気を崩さないように所作諸々に気を配っているからか。

 

「それにしても……キームンにチョコレートケーキですか。注文に迷いが無かったところを見るに甘党なのですか? 貴方に紅茶と添え物の相性を判断できる知識があるとは思いませんでした」

 

「そういうそっちはアールグレイか。香りを楽しむ品性があるとは俺も思わなかったよ」

 

 共に相手が注文したメニューに対して物を言う。そこにはお茶を楽しむ品性があるとは思わなかったと皮肉が混じる。どうでもいいが、アールグレイは物によっては香りが強すぎる場合があるので好き嫌いする人が多いが……彼女の飲むそれからは鼻につく様な強烈な匂いはしない。注いだ人間はかなり良い腕をしている。

 

「で?」

 

「で? とは?」

 

「一体何のようで俺を呼び出した。まさか本当に友好を深めようなんていっていたわけではないだろう。俺の事情を知るに、俺を利用するか脅すかでもする気か?」

 

「ふふ、まさか。脅してどうなる人物なら私は興味など持ちません。最初に言ったはずですよ。私は本物たる貴方が気になった。だから話してみようと思い立った。それだけです。まあ、今後私に協力してくださるというならば喜んで頼みますが」

 

「断る。面倒ごとはゴメンだ」

 

「あら、つれない。てっきりつまらない現状を打破するためなら何にでも食いつくと思っていたのですが」

 

「だからといって悪魔の契約に乗るほど飢えていないし、アンタみたいな人種に乗せられるとろくなことにはならないと知っている」

 

「なるほど。喜怒哀楽は感じられなくとも危機管理能力は働くようですね。それとも皆邑ご老公に一度目に物を見せられた経験を反映しているだけですか?」

 

「……よくご存知で」

 

 碌に他者を認識できない俺の視界に注目せざるを得ない人種がいるということを、つまらない人間以外の人間を認識させた老人の名前が出て、俺はため息混じりに肩を竦める。

 

「まあそちらの話はまた機会があれば聞きたいものです。確かに、貴方に話しかけた目的は別にあります」

 

「へえ」

 

 俺はチョコレートケーキを口にしながら坂柳に目を向けることなく相槌を打つ。……口の中で解け、甘みの中に仄かな苦味を感じさせる。恐らく生地を苦めにすることでチョコクリームの甘みを強く前面に出るように工夫しているのだろう。つくづく、一高校生には過ぎる設備だ。この学校は。

 

「この学校には私の目当ての相手が居まして、彼との戦いに水を刺されないよう、予め貴方を言いくるめて置こうと思ったのです。貴方がこの学校に入ってくることは予想外でしたので。私と彼との戦いに割って入られると困りますし」

 

「興味の無いいざこざに自分から頭を突っ込まないよ。身に掛かる火の粉は払うがね。お前が偽物さんとやらとどうこうしようと俺の知ったことじゃあない」

 

「あら? 私の相手はわかったので?」

 

「まさか。単に俺を本物呼ばわりするからそうじゃないかと思っただけだ。とはいえ、いるのか? そんな奴。努力すればどうとでもなる……そんなものはまやかしだろうに―――ああ、だからお前はそいつを眼の敵にしているのか」

 

「ええ、私の信条に真っ向から反していますし、ならば私が彼の対極として敵対するのは当然でしょう」

 

「随分と傲慢な信条をお持ちで」

 

「自分と同じ、ではなく?」

 

「ハッ」

 

 坂柳は口元に嗜虐的な嫌らしい笑みを浮かべて言うが俺はそれに対して鼻で笑って否定する。

 

「俺の事情を知っているなら、俺がその偽物さんに興味を持つとでも? どういった経緯でどういった方法で偽物さんが完成したかは知らないが、才能で俺が潰されるならこんな苦労は背負い込んじゃいない。それとも……並ぶか? この俺に」

 

「ふふっ、貴方の先の言葉、そのまま貴方に返しますよ。……そうですね、並ぶかと言われれば分かりかねます。貴方に対して才能の差ほど陳腐な言葉はありませんから」

 

「だろうな。それが結論だ。答えがない数式に興味はないよ」

 

「そうですか、ではもしもの時、貴方がどういった顔をするのか……是非、間近で見てみたいものです。それでは本日はこの辺りで。今日は中々に楽しかったですよ」

 

「お気に召したならば幸いだ」

 

 席を立つ坂柳。目的とやらはどうやら得物を横取りするなという警告だったらしい。得物とやらがどれだかは知らないが後で調べれば出てくるだろう。

 

「ああ、それから彼の相手はともかく、今後の学生活動には協力してくださると嬉しいです。一人でやっていける場所でも無し、私とは違った本物の天才のやり方にも興味がありますしね」

 

「右腕になるつもりはないよ」

 

「そうですか。では、また何れ」

 

 ふっ、と笑い坂柳は去っていく。

 

「つまらない人間ではない。が、関わると面倒か。やれやれ、天才と言う奴はどいつもこいつも……」

 

 冷めた紅茶の渋みと共に気だるさを飲み干しながら俺はため息をついた。退屈はしなさそうなこの学園だが、面倒な手合いに注目されたのは予定外だ。それと偽物、か。

 

「……堀北鈴音。クラスD。誕生日二月十五日。学力A、知力A-、判断力B-、身体能力B+、協調性E。小学生頃より好成績を修めていて、中学生には三年間無遅刻無欠席。絵に書いたような優等生だが協調性に欠け、クラスメイトとの衝突多数。協調性は社会で生きていくには必須ゆえにそれを矯正するためDクラス所属とする。

 

 ……同クラス、平田洋介。部活動サッカー部所属の誕生日九月一日。学力B、知性B、判断力B+、身体能力B、協調性A。中学生時代はクラスの中心人物。同級生、教師からも絶大な信頼を集め、表面上の問題を起こしたことも無いが、当時ニュースでも話題になった虐めによる自殺事件に関与した事実からAクラス配属を見送られDクラスに。

 

 ……同クラス、高円寺六助。誕生日四月三日。学力A、知性C、判断力C、身体能力A、協調性E-。この学校においても数年に一度の逸材。高いポテンシャルは図りきれず、知性と判断力に関しては評価保留。しかし稀とも言える非常に身勝手な振る舞いからDクラスに。

 

 ……Cクラス、龍園翔。誕生日十月二十日。学力D、知性B、判断力A、身体能力B、協調性E-。中学校時代数多くの問題に関与したと思われるが明確な証拠がないため疑う程度。学力に関しては実力を発揮していないと思われ、特異なカリスマを持つ変わり者。

 

 ……Bクラス、一之瀬帆波誕生日七月二十日。学力B+、知性A、判断力B、身体能力C、協調性A-。同学年では坂柳、葛城らAクラスと変わらぬポテンシャルを持っているが中学生時代の長期欠席など不安視される点もあるためBクラスへの配属。

 

 ……上級生やクラスメイトを除けば候補はこんなところか。さて、噂の偽物さんは彼らの内の誰かか……もう一度洗い出してみるか?」

 

 

 

 ―――目を落す先はスマートフォン。そこにはありえざる情報がびっしりと綴られている。それこそが彼の持つ越権行為であり、彼の特性であり、そして彼がこの学校に入学できた理由である。

 

「まあいいさ。紅茶も飲み終わったし、俺も帰るか」

 

 そうして、何事もなかったかのように彼はパレットを後にする。




久し振りにこの作品に触れたので違和感が……。






……それはそうと坂柳さん可愛い。
こう、腹黒いキャラってそそるものが……そのためドラゴンボーイ君もきよぽんも生徒会長(堀北)も大好きだぜ……あれ? 私の好みってひねくれてる?


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