櫻井家の末っ子 (BK201)
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1話 次代のカイン

未知ではない。これもまた既知――――メルクリウスは自覚のない意志でそう断じた。彼の永劫回帰は少しずつ、既知の世界に触覚がずれを生じさせ未知を探求するものが、その能力の一端(・・)として存在する。

 

だが、マルグリット・ブルイユ――――彼女の為に未知を探求し続けている彼は他ならぬ彼女の存在によって彼の未知を生じさせることを結果的に困難にさせていた。

 

「貴女に恋をした」この出会いが必然であり、常に既知として存在している。この出会いそのものが無くなることをメルクリウスが恐れ、ここまでの過程を決して変えようとしないからだ。

故に変化は微小。藤井蓮が渦中に巻き込まれるまでの道筋は変わらない――――筈だった。

一人の異端が生まれる。しかし、それもまた既知なのだろう。未知であるはずがない。しかし、その未来は、確固たる確信をもってここまでは変わらないという既知の流れは、予想に対してほんのわずかなずれが生じた。

 

1990年3月1日――――櫻井家に末っ子となる一人の男児が現れた。

 

 

 

 

 

 

―――2000年―――

 

僕は物心ついた時から兄が嫌いだった。

自分の兄、櫻井戒は弟の僕が言うのもなんだが出来た人間だった。およそ欠点らしい欠点が殆ど無く、才能にあふれ、顔立ちも優れていた。その上、性格まで良い。唯一、自己評価が異様に低いという点があるが、これも謙虚という言葉に変えれば十分に長所と言えただろう。

だけど、そんな兄が僕は好きじゃない。自分のことよりも妹や弟の自分を優先して全ての悪意を受け入れようとするその考え方に自分は守られなくてはならない存在なのだと主張されているようで。ましてやそんな兄が自分や姉より優れていると周りから評されていることも腹立たしかった。

 

「この地下でリザさんが保存してるってあの神父は言ってたけど……」

 

既に死んでしまった兄だが、齢10の僕は年齢相応に兄への憧れと劣等感、反抗心が存在していた。年月を掛ければ忘却がこれらの感情を失わせるだろう。しかし、今この時に兄に対して自身が上であると証明する手段があるとすれば、手を出さないはずはない。おそらく神父はそんなことを考え、僕は案の定それに乗せられて、目の前の扉を開き、目的の屍と黒い剣を見つけたのだ。

 

「兄さん。元気にしてた?って(カイン)になってて元気も何もないか」

 

胡散臭い神父(ヴァレリア)に持ち掛けられた提案は、当時の僕にとってとても魅力的であり、未来の僕には後悔を生むであろうものであった。

 

黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンギヌス)の継承と黒円卓に名を連ねる権利

 

元々この聖遺物は櫻井の家系が引き継ぐべき聖遺物だ。だからある意味当然の提案とも言える。だが、ヴァレリアは提案するだけで、強要はしなかった。

 

(本当はその気もない癖に……)

 

だが、あの神父は口先ではそうやってどちらともとれる選択肢を提供するが実際は誘導していたのだろう。その言葉の白々しさは薄皮一枚捲ればまるで逆のことを言っている。元々トバルカインを自分に引き継がせる気だと。カインと化してなおクリストフに対する憎しみを隠さない兄より、僕が引き継いだ方が御しやい。単純にそう思われていたのだ。

 

「でも、そんなことは別にどうでもいいんだよ」

 

他人の目的がどうであれ関係ない。僕が望んだものを与えてくれるというのなら喜んで貰う。

末っ子であることが、そして同胞であることが彼より劣っているという事の証明にはならない。だから、自分が兄よりも、他者よりも優れていることを証明するために――――

 

「その聖遺物、僕に頂戴。兄さん」

 

この日、僕は自分から運命を踏み外した。

 

 

 

 

 

 

聖槍十三騎士団黒円卓――――この組織は双首領のある約定を果たす為に創られた組織であり、そこに所属する彼らは人間離れした化け物である。その黒円卓の第二位になった彼は経験を積むために世界を渡り歩いていた。

彼が聖遺物を有してから4年。聖遺物を扱う者としては非常に短い期間ではあるものの、カインの特性を鑑みれば所有している期間は短い方が好ましい。

そんな彼は今、この黒円卓の約束事を果たすために他の団員に比べて遅れつつも諏訪原市内に辿り着き、現在諏訪原市に駐留している団員の中で指揮権を握っている聖餐杯(ヴァレリア)に教会で出迎えられていた。

 

「久しぶりですね」

 

「うん、そうだね。ここの教会で黒円卓に名前を連ねて出た時が最後じゃないかな?」

 

黒円卓の正装であるナチス時代のドイツ軍服にルーンを刻んだ腕章をつけた黒髪の少年が教会の入り口を開いて、ヴァレリアから投げかけられた挨拶に答えていた。

 

「それはそれは、時の流れというものは早いものです。しかし……最も年若い貴方が一番最後に来るとは。貴女の姉であるレオンハルトは一番最初に来たのですよ。それとも何か遅れた理由でもあるのですか?」

 

「いや、ないよ。これでも少しは急いだんだよ」

 

困ったなどと言いながら、にこやかな顔で、ヴァレリアは子供を諭すように声をかける。しかし、少年は少しも悪びれた様子を見せることもなく、そんな事を言って遅れたことを悪いとすら思ってない様子で肩をすくめた。

 

「貴方の場合、その少しというのは謙虚でも嘘でもない事実ですからね。日本人は謙虚さが美徳だと言われているのではないのですか」

 

「日本人らしさより、自分らしさのほうが大切でしょ。人は人、僕は僕さ」

 

「……まあ、私は構いません。では、わかっていると思いますが、改めて説明しましょう。我々の目的を果たす為にこの諏訪原市でスワスチカを開く為の儀式を行います。今現在、開いているスワスチカの数は1つ。残るスワスチカは7つで、順当に事が運べば、我々7人全員が黄金錬成の恩恵を受けることが出来ます」

 

「ただ、目的を果たすためには敵が必要でしょ?その相手は?」

 

ヴァレリアの説明を聞いて、確認事項を確かめるように彼も問う。

 

「既にこの都市にはいるようですが、残念ながらその標的であるツァラトゥストラが誰か、という事に関しては我々にもまだわかりません」

 

しかし、意外にも返って来た返答は予想とは違い、まだ分からないというものだった。遅れてきた分、すでに情報収集は済んでいるのではないかという期待もあったのか彼は拍子抜けした様子を見せる。

 

「でも、居るには居るんだ。検討はついてるの?」

 

「ええ、ベイとマレウスはここ数日、毎晩追いかけ回していますよ。我々はそれ以外の場所・時間で網を張っている状況です。少なくとも、ベイは外部から来た人間だと予想していますが、私は逆にこの都市に住んでいる人間だと思っています」

 

「まあ、そのあたりの機微は僕には分からないから、60年以上その手の界隈に触れてる大先輩方に任せるよ。僕は僕の役割を果たすだけさ」

 

どういう根拠からヴィルヘルムが敵は外部の人間であると予想し、ヴァレリアは逆に在住している人間であると予想しているのか。言葉通り、彼にはそれを決めるための判断材料を持たないので分からないという。

 

「ええ、そう言うと思っていました。基本的には他の人達同様、ある程度好きなように動いて構いません。ですが、出来れば現時点でスワスチカを開くのは止めていただきたい」

 

「先に開いて相手に勘付かれるのを避けるため?」

 

答えは否で、ヴァレリアにとって目的は別にあるが、それを知らせるほど彼との関係は近しくもない。なのでその勘違いに乗る事にする。

 

「まあ、そういう事です。わかっていただけたなら――――」

 

「わかった。じゃあ、僕なりに探してみることにするね」

 

役者も手札もまだ揃ってはいない。しかし、着実に舞台は整いつつあった。

 

 

 

 

 

 

街にたどり着き、聖餐杯と話をしたその翌日の夜。

夜道を出歩く一人の青年を見かけた。虚ろに近い表情で、まるで夢遊病者の様に歩いている。

 

「ねえ、こんな夜更けに何してるんだい?」

 

そう言葉を投げかけられて、青年ははっとした様子を見せ、自分の現状を見て驚いた様子でこちらに向く。

 

「え?いや、何で……」

 

「ふーん」

 

これはさっそく当たりかもしれない――――意識が無かった人間が、声を掛けられたことで覚醒する。聖遺物に使われている人間(活動位階)のような様子を見て、何となく彼はそう思えた。

 

「初めまして、もしかしたら貴方が僕らの待ち人ですか?」

 

相手の反応は芳しくない。まあやむ得ない。彼が仮に当たりだとしても、まだ活動位階。自覚のない現状では混乱するのも仕方ない。それでも、この時期に、この時間帯で、こんな症状を起こしているのなら彼は十中八九関係者だ。

そして、おそらく黒円卓を代表し最初に会話をするのだから、ここは仰々しく、少しばかり気障ったらしくと慣れない敬語を使って話しかける。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第二位、櫻井誠と言います。貴方との関係を端的に言えば――――」

 

どう表現しようか?そう一瞬思うも、単純明快な答えは台本を読むかのようにすぐに出てきた。

 

「敵というやつです。ツァラトゥストラ」

 

――――かくして物語は始まりを迎えることとなる――――

 




櫻井誠
形成時ステータス
 ATK3 DFE2 MAG2 AGI3 EQP1

比較例
櫻井螢(形成)
 ATK2 DFE2 MAG2 AGI2 EQP2
原作トバルカイン
 ATK4 DFE2 MAG1 AGI4 EQP4

スワスチカ(1/8)


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2話 邂逅

櫻井誠
身長:139cm
体重:37kg
今より幼い時にカインを受け継いだためか、体が成長しなくなってしまった。
性格:少々自分勝手でわがまま。ただし、自分より偉い相手の意見は聞く。聞いた意見を反映するかどうかはまた別。

黒円卓の聖槍
(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)
初代トバルカインである櫻井武蔵が鋳造に携わった聖遺物。
櫻井の一族にしか使えない。
使い手によって形状が変化する。
初代:剣型、二代目:砲型、三代目(戒):大剣型、四代目?(誠):槍型
誠は特別思い入れのある武器や、特定の武器に対する才能がないことから名称通り槍になった。


藤井蓮にとって、それは突然すぎる事態であり、自分を混乱させるには十分すぎる出来事でもあった。

 

――――自分が人を殺しているのかもしれない

 

連続殺人事件の話を聞いて、正確には幼馴染である遊佐司狼と屋上で喧嘩して入院したあの時から見るようになった夢が、先輩は予知夢なんて簡単に言ってたけど、それはどうしようもなく非日常的で、非現実的な出来事だった。

日常にひび割れた出来事が生まれ出ることで、何気なくそう思えてしまえる出来事が重なっていく。

気分の悪くなる夢。黄昏の浜辺で血を欲しがる少女が佇み、ギロチンが振り下ろされる。

そして生まれる夢から覚めた時の倦怠感。それら総てがまるで自分の意図せぬところで動かされている出来事の様に思えてしまう。

 

「ねえ、こんな夜更けに何してるんだい?」

 

だから、夢から覚醒させたその声は、俺にとって非常に不愉快な出来事だと思えた。

 

「え?いや、何で……」

 

始めに浮かんだのは困惑だった。目の前にいる相手が誰かということなど関係ない。今自分がここにいるということに困惑せざる得なかった。

声をかけられた場所は公園、時間は真夜中、服装は寝間着ではなく何故か普段よく着る私服。ここ最近は調子が悪いからと早めに寝たはずなのに、こんな時間に無意識の内に外に出歩いていた。

まるで自分の意識がないうちに、夜の散歩にでも出ていたかのような恰好だ。

 

「初めまして、もしかしたら貴方が僕らの待ち人ですか?」

 

いつの間に、外に出ていたのか。いつの間に、着替えていたのか。分からない感覚が俺を襲う。まるで夢遊病患者の様ではないか。そんな事もお構いなしに、俺に声をかけてきた人間は言葉を続けるが、それが耳に入らない。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第二位、櫻井誠。貴方との関係を端的に言えば――――」

 

聖槍十三騎士団というのが何なのかも知らない。それよりも自分の現状を把握する事の方が有産されるべき事態だった。だが――――

 

()というやつです。ツァラトゥストラ」

 

敵――――その言葉をハッキリと聞き取った瞬間、咄嗟に構えを取った。言葉の中身が理由ではない。いや、勿論敵などといわれて一切警戒しないわけではない。しかし、それ以上に話しかけてきた相手が一瞬で顔が触れそうなほど近い距離に現れたことが原因だった。

 

「ッ!?」

 

「そういう顔をするって事はまだ自覚無し、ってことかな?」

 

ふざけている。言葉を投げかけられた時は、対面およそ8メートルほどの距離が開いていたはずだ。いくら意識が自分の今起こっていた出来事の把握に努め、相手の方に向いていなかったとは言え、近づかれるのに気づかなかったなどというのは……いや、そもそも一瞬で目の前に現れたという事態が現実離れしすぎている。その出来事に相手が喋っている言葉など耳に入らず、無意識で外に出ていたことも含めて益々混乱する。

 

「でも、構えを取るって事はそれなりに場慣れしてるってことか――――じゃあ、試してみようか」

 

まるで飼い犬にかまってあげる程度の気楽さで、彼は手を伸ばしてくる。だが、速さがまるで桁違いだった。

 

「嘘、だろ!」

 

ついこないだ喧嘩した司狼よりも、年がら年中竹刀を振り回してる香純よりもずっと速い一撃。躱すのは不可能と咄嗟に判断して腕を盾にして、衝撃に備える。瞬間――――視界に映る周りの風景がぶれ、意識が吹き飛びそうになった。

 

「ん?」

 

吹き飛ばされた俺を見て、違和感を感じたかのように櫻井誠と名乗った相手は首をかしげる。「力加減間違えたかな……」などとほざきながら少しバツが悪そうな顔になって、そいつは聞いてきた。

 

「ねえ、聖遺物出さないの?それとも持ってないの?」

 

「聖遺物……?」

 

「まさか本当に知らない?いや、隠してるだけとか、自覚がないとかそういうのもあり得るけど……命の危機にも反応しないって事は、これは外したかな」

 

「何を、訳の分からないことをごちゃごちゃ言ってやがる……?」

 

腹が立つ――――思えば司狼もそうだ。喧嘩したあの日、勝手に自分の理屈を言うだけ言って、こっちには何の話も無し。ふざけんなよ、どいつもこいつも俺の知らない所で勝手に話を進めやがって。

 

(変だな――――常人の枠に収まってる割には違和感を拭えない相手だし、活動が勝手に動いてるにしてもここまで命の危機に晒されて置いて何の反応も示さない。いや、聖遺物は僕が殺さないって判断しているのか?わかんないなら――――)

 

「――――確認の為に一人ぐらい、殺したって問題ないか」

 

瞬間、今までとは違って、肌から殺気を感じた。よくドラマなんかだと殺気を隠せない人間は二流だとかなんだとか話を聞くが、これは次元が違う。隠すまでもない、隠す必要も意味もない。下手すれば殺意だけで人が殺せる。

蛇に睨まれた蛙が竦んで動けないように、その殺意そのものが切先となって人に動こうという意思を奪わせる。

 

「う、ウオォォォオォォォォ――――!!」

 

喝を入れて必死に動けと意識を覚醒させるために全力で吼えた。狙うは急所――――一撃で仕留めるつもりで、そうでありながら一撃で仕留めることが出来ない事実を理解した上で二撃目も放つ。首と胸部。一発目が躱されたとしても確実にダメージを与えつつも当てれる場所を、そう思って放った攻撃だった。

 

「良い反応だけど――――やっぱり外れっていう事か」

 

だが、現実は非情だった。狙いは間違っていなかった。放てる攻撃手段は今打てる最善手だった筈だ。間違いがあったとすれば、そもそも前提として、こちらの攻撃の最高のラインが相手が敵として相対すべき最低のラインにすら届いていないことに気付くべきだった。

叫び、体が動いた時点で、転んででも這ってでも後ろに下がり、逃げるべきだったのだ。

 

「君が本来取るべき選択肢は逃走一択だよ」

 

視界が暗転する。吹き飛ばされた、と気付いた時には首を掴まれ空中に浮かされていた。意味が分からない――――吹き飛ばされたのに掴まれている。それも自分よりも背の低い少年のような奴に。それはつまり一瞬で自分が認識できない攻撃をされ、それが原因で吹き飛ばされ、その上で地面にぶつかる前に離れていく途中で捕らえられたということだ。そして体格的に自分の方が大きいにも関わらず、悠々と片手で持ち上げられる。

 

「ヴッ、ガァ……!?」

 

徐々に手には力がこもり、首が絞めつけられる。このままでは、死ぬ――――そう思うも抵抗虚しく意識がかすれ始めていく。

 

「あれ?何―――いる――姉さ――とり――――殺し――――」

 

そこで意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

結局、彼は運よく殺されることがなかった。ツァラトゥストラでないかと疑った相手は灰色だったが、彼が意識を失った直後に姉さんがやってきて、ベイとマレウスがツァラトゥストラを見つけたと知らせに来たことで彼は白ということにされた。そのまま殺すのに別に躊躇いはなかったが姉さんがそれを止め、追うべき相手を突き止めたことで結果的に彼は死なずに済んだのだ。

 

だが、その数日後に彼は黒であったことが判明した。ベイとマレウスが炙り出した敵は影武者であり、本当の聖遺物所持者に餌を与える親鳥だったのだ。

 

「もー、最悪。あんだけ振り回されて結局見つかったのは外れだなんて」

 

「それで、先輩はその話を態々僕の前でしに来たのは何でですか?」

 

その話をしに来たのは、僕に黒円卓としての技術的な手ほどきをしてくれたマレウス先輩だった(マレウスや先生呼びは嫌がられる為マレウス先輩と呼んでいる)。教会で寝泊まりしている僕の部屋に来た彼女は今日転校したばかりの学校の制服を着ながらベッドに腰かけ足をフラフラさせる。

 

「いいじゃない、愚痴ぐらい聞いてくれたって。貴方が目星をつけた獲物が当たりだったわけじゃない。お姉さんの傷心を癒そうって気はないのー?」

 

「そういう話はベイ中尉の所かヴァレリア神父にしてください」

 

「やーよ、こういった愚痴を言っても気にしないで済むのは後輩(げぼく)の貴方が一番なんだもん」

 

確かに先輩には手ほどきを受けた恩もあり、下手に逆らえないのだが釈然としないと思ってため息をつきつつ、そういえばと、ここに来た本題だろうと思う話を聞くことにする。

 

「ところで、今日見てきたんですよね。どうでした?」

 

何をと問われれば当然ツァラトゥストラのことである。彼女が制服を着ているのは姉さんと一緒に彼が通う学校に潜入したからだ。彼に僕らが何しにここに来たのかと彼自身の役目を説明するために彼女たちは学校に行ってきた。姉さんと彼は僕が見逃した後で影武者から力を受け取る際に会う機会があったらしいが、マレウス先輩とは初対面の筈である。

 

「彼のこと……そうねぇ、まだまだ青いけど顔はお姉さん好みだったわよ――――あ、誠君に魅力がないってわけじゃないわよ。単純に好みの問題!」

 

ルサルカ先輩は妖艶な笑みを見せながらそんなことを言う。本題とは全く違うのだが、その位敵にするまでもなく弱い余裕の相手だということがありありと分かった。

 

「ま、あの程度だっていうのなら心配するようなことは何もないわね。むしろ弱すぎてこれからやっていけるのかお姉さん心配しちゃう~」

 

「その為に、姉さんとシュピーネが手助けしに行ったんですよね」

 

何もできない赤ん坊ではスワスチカを開くための相手として相応しくないという理由から、現在集まっている黒円卓の会議で首領代行が決定したツァラトゥストラに対する支援。今夜それが学校で行われているとのことだが、どの程度のものになるのか。

直接対面した僕は期待と不安の両方を持ちながらルサルカ先輩の愚痴を聞きつつ夜を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

それから数日間、結果は上々――――櫻井誠は自ら積極的に行動することはなく、黒円卓第十位ロート・シュピーネが討たれたと同時に、第二のスワスチカが開かれたという報を聞き、ようやく動き始めた。

別にサボっていたというわけではない。これまで積極的に動かなかった理由はヴァレリアの指示に従っていたことと、トバルカインの聖遺物所持者であるからだ。カインの聖遺物自体、他の聖遺物と比べ独特であり、早期の段階で活発に動けば腐敗が進みカイン化してしまう。彼は歴代のカインと比べ、侵蝕が遅いがそれでも全く腐敗しない。故に彼はこれまで自分から動こうとはしなかった。

 

「よぉ、テメエも来るのか?」

 

今宵動こうと彼は展望タワーの方に向かおうとしたのだが、声を掛けられ止められる。

 

「邪魔する気はないよ、見学するだけ。それならいいでしょ、ベイ中尉。それに姉さんも」

 

声を掛けてきたのはヴィルヘルム・エーレンブルグ。現在諏訪原市内にいる団員の中でも最高峰の実力を持った団員。もう一人は誠の姉である櫻井螢。そして彼等の目的は櫻井誠と同じ藤井蓮――――ツァラトゥストラとの戦いであった。

櫻井誠としては自分が先に見つけた獲物だが、さして興味もなくヴィルヘルムに逆らってまで自分が相手をしたいというものではない(そもそも戦闘狂でもないので戦う必要性があると思ってもいない)。

 

「ま、いいぜ。邪魔しねえっていうのならな」

 

「……私からも特に言う事はないわ」

 

彼の姉、螢が彼に対して意見を言わない事は多い。それは弟が兄と同じカインの聖遺物を継承した罪悪感から来るものなのか、それともどう接すれば良いのか分からないからか。おそらくその両方であるのだろうが、櫻井誠はそれを気にした様子も見せず、ただ二人についていくだけである。

 

そうして、三人が展望タワーに足を運び、待ち構えているかのようにそこに佇んでいた青年を見つける。

 

「よぉ、シュピーネをやったって言うのはテメエか」

 

最初に声をかけたのはヴィルヘルム。初戦闘時に遭遇した誠や、学校へ潜入していた螢と違い、ヴィルヘルムと藤井蓮は初対面である。故に、念のためといった様子ではあるものの最初に投げかけた言葉は確認だった。

 

「……!?お前たちは!」

 

一方で蓮の方は確認するまでもなく敵と認識し、構えを取った。もとより敵としてであった二人に旧ドイツ軍の軍服を着ている彼らを見間違えるはずもない。

 

「シュピーネをやって浮かれてるんじゃねえかと不安に思ってたんだが、良い眼をしてるじゃねえか……」

 

獲物が期待外れでなかったことを喜ぶようにヴィルヘルムは顔を綻ばせる。

 

「自己紹介位はしてやるよ。聖槍十三騎士団黒円卓第四位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイ。劣等の猿にも戦の作法は理解できるだろうが、テメエも名乗りなガキ」

 

「お前たちみたいな奴等相手に名乗る気なんてねえよ。それに、どうせ知ってるんだろ」

 

吐き捨てるように拒絶を示す蓮。それに対してヴィルヘルムは舌打ちする。

 

「チッ、わかっちゃいねえなぁ。これから死ににいくやつの顔と名前を覚えておいてやろうっていうこっちの行為を足蹴にしやがって」

 

「そんなもの知るかよ。こっちは時代遅れの戦争体験者でも何でもないんだからな……」

 

ヴィルヘルムは蓮に向かって攻撃を仕掛けようと構え、蓮も対抗するために構えるが、それを止めたのは螢だった。

 

「待ちなさい、ベイ。今日は話し合いに来たのよ。聖餐杯猊下が貴方に会いたがってるの。抵抗しなければこちらからは手を出さないと約束するわ」

 

圧倒的に不利な状況に蓮はここで戦うべきかどうか悩む。その話が本当だという保証は一切ないが3対1の状況だ。戦っても間違いなく無事では済まない。だが――――

 

「あんた等の誘いに乗る気はない。どうしても連れて行きたいなら力ずくでやってみろ!!」

 

この程度の不利な状況、戦っていくうちにいつかはやってくるはずだ。早いか遅いかの違いしかない。そう考え蓮ははっきりと断った。

 

「ハッ!そうこなくっちゃな!面白くねぇ!!」

 

始めに手を出したのは案の定ヴィルヘルムだった。突き出した右手を蓮はギリギリのところで避けマリィに呼びかけ聖遺物――――即ちギロチンを出し反撃に移ろうとした。しかし――――

 

「それじゃあ、お客様一名ご案内!」

 

反撃に移ろうとした蓮の正面から振り下ろされたのは長大な槍。誠が放った一撃が地面を叩きつけるように放たれたのだ。蓮は咄嗟に子の一撃も躱したが――――

 

「あまりいい気にならないことね藤井君」

 

当然、次に来るのは螢の剣戟。ギリギリで受け止めて防ぐが次はまたヴィルヘルムの攻撃が続き、攻撃が途切れることがない。

 

「3対1かよ……」

 

螢の攻撃は単調でムラが無く、型通り故に強力な攻撃。一方、ベイの攻撃は一撃一撃が重く故に隙もムラも多いがそれを補って余りある戦闘経験。その中で誠は最も鈍重で一見狙いやすそうに見えるのだが、それも誘いだと見て取れる位置にいる。手を出せば痛い目にあうことは間違いない。

故に対策も立てれず防御、回避、防御、防御、回避と後手に回り続け不利になる一方。そんな状況でついにベイの一撃が蓮に当たりそうになる。回避も防御も間に合わない。くらえば致命的なのは確実。そうでなくともそこで動きが鈍ればますます不利になる。

 

その瞬間――――

 

一発の銃声。その銃弾はベイの頭を狙うように放たれた。ベイはそれを受け止め、それによって遅れた攻撃を蓮は間一髪で回避する。

 

「てめぇ……」

 

立ち上がったヴィルヘルムからは、戦いを楽しんでいた時の薄笑いは消えていた。口調こそ静かなものの、激怒しているのは誰の目から見ても明白だった。

 

「クソガキがぁ……てめえよっぽど死にたいらしいな」

 

睨み付けるヴィルヘルムを無視するように銃弾を放った男は蓮に向かって話しかける。

 

「よお、蓮――――手伝ってやろうか?」

 

その戦場に第三者が現れた。

 




ロート・シュピーネ(故):形成(笑)。特に誠との関わりは深くない。
ルサルカ・シュヴェーゲリン:カインという特殊体質からルサルカは実験動物として色々芸を仕込ませたつもり。誠にとっては色々と手ほどきしてもらった黒円卓の先輩。
ヴィルヘルム・エーレンブルグ:強い先輩。互いに興味は薄い。

スワスチカ(2/8)


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3話 小さな違い

「よお、蓮――――手伝ってやろうか?」

 

「司狼ッ!?」

 

タワー下で構えていた蓮達の前に現れたのは蓮の親友、遊佐司狼であった。蓮と学校の屋上で喧嘩別れし病院を抜け出して以来、行方不明となっていた司狼だったが彼はこの街のアンダーグランドの中心地ボトムレスピットで彼ら黒円卓の面々のことを知り、興味を抱いて手を出したのだ。

 

「前に手も足も出なかったくせにまた来やがったのかこのクソガキが……二度目はねえぞ」

 

「馬鹿司狼、こいつらはお前みたいな奴(一般人)が関わって無事で済む奴じゃないんだぞ!」

 

しかし、司狼が行ったことは非常に愚かなことだ。蓮の言う通り、一般人に過ぎない彼が聖遺物保持者と戦うのは愚の骨頂ともいえる。拳による殴打はもちろん、彼らにはナイフも銃も爆薬も通じない。それは蓮が戦うよりも前に手を出したことのある司狼自身もよく分かっていた。

当の本人はそのことを分かっているのだが、一切気にした様子もなく他の人の言葉を無視して進める。

 

「あのチンピラは俺に任せろよ。あいつの言う通り前にもちょっかいかけてんだ。言ってみれば先約してたのは俺の方なんだよ」

 

「ゴチャゴチャ勝手ぬかしてんじゃねえぞ!!」

 

好き勝手騒ぐ鬱陶しい虫ケラを殺すべく放たれたヴィルヘルムの攻撃。彼の初動の動きはこの場にいる誰よりも速い。先ほどまでその身をもって彼の攻撃に苦しめられた蓮は司狼では防ぐことなど出来ないと思い庇おうとした。

 

「舐めすぎだろ、お前」

 

だが、結果は真逆。これを予期できた人はいるのか。少なくとも司狼本人以外は何が起きたのかさえ理解できなかった。

ヴィルヘルムの攻撃はあっさりと躱され、逆に至近距離に近づいてきたヴィルヘルムに向かってデザートイーグルが放たれた。当然、無傷だがサングラスが砕かれヴィルヘルムは既に限界だった苛立ちが一周回って静かな怒りへと変化する。

 

「レオン、カイン。気が変わった――――そっちのガキはお前らがやれ」

 

「そう言う事だ、蓮。気にするな、こっちも気にしないから」

 

司狼の思惑通りに状況が進み、蓮は心配するが、すぐに信頼が勝った。

 

「フォローなんて期待するなよ」

 

「そっちこそ、こいつを斃すまでにやられんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

ベイ中尉は突如現れた遊佐司狼とかいうのをよくわからない敵を相手にしてしまい、姉さんは姉さんでこっちが動く前にツァラトゥストラとぶつかり始めた。こうなると文字通り黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンヌギス)で横槍でも入れないかぎり手持ち無沙汰だが、暇を見て適当に参加すればいいだろう。

 

「その前にお手並み、拝見ってところかな?」

 

団員の中で若輩の僕や姉さんの実力は下から数えた方が早い。今後も戦いが続く必要がある以上、あまり強すぎても弱すぎても困るがここで負ける程ならツァラトゥストラの実力は問題外。橋の下の水面でお互いに刃をぶつけ合う様子を見るに形勢は五分。切り札である創造を持っている分、姉さんの方が優位ともとれるが、その戦い聖遺物を手に入れたばかりとはとても思えない。堂に入った戦い方、隙を見せたら躊躇わず懐に入りこむ様子を見るとそれなりに様になっている。負けるとは思わないがこのままでは随分と時間がかかりそうだ。

 

「ねー、二対一だから卑怯だなんて言い訳はしないよね――――」

 

時間短縮のために軽い参加表明をする。すると会話をする程度には余裕があるのか返答が返ってきた。

 

「……一対一だと勝てないって言ってるようなもんだぞ」

 

そうやって投げかけた言葉に反応するツァラトゥストラの様子を見るに、言葉では強気だが、やせ我慢である事は明らかだ。挑発にすらならない程度の言葉と言える。

 

「誠、貴方の出る幕じゃないわ。下がりなさい」

 

しかし、その陳腐な挑発に姉、櫻井螢はのっかる。

 

「ハァ……姉さん」

 

「彼、藤井君は一人で私を斃せるって勘違いしてるのよ。私としては今の言葉も、誠の行動も少し癪に障るわ」

 

「……そう聞こえたんだとしたら悪かったな。てっきり、あんたの方が弱いと思ったんでな」

 

挑発に引っかかった相手を逃す気はないのだろう。一対一を誘導しようと彼は必死に挑発を続ける。何となく、そのやり取りが馬鹿らしく感じてやる気が失せた。

 

「いいよ、じゃあ姉さん一人でやればいいさ。でも、油断しない方がいいよ。少なくとも形成だけじゃ手に余るって考えておいた方がいいんじゃない?」

 

ともすれば嘲りや愚弄に捉えられそうな言葉を吐くが、意外にも姉さんはその言葉を聞いても反論するようなことはせず、むしろ冷静にその言葉を受け止めていた。

 

「ええ、そうね。ねぇ、藤井君。貴方、確かにすごいわよ。ほんの数日で聖遺物に呑まれるどころか私たちと同じ所まで来たんだもの。正直、嫉妬するわ。私や誠が数年がかりでたどり着いた領域に少しの時間と労力で到達したことに。

だからかしら?団員を一人斃せたから私も斃せるって思ってるんでしょ。そんな貴方の友人も私たちを相手に生き延びただけあって天狗になってる。所詮その程度の相手だってね――――だとしたら甘いわよ」

 

そういった瞬間、姉さんの纏っていた気配が一変する。炎を操っていた状態から、炎そのものに染まったかのように昇華した。黒髪は爍々とした赤髪へ、散り散りと剣の周りを舞っていた火の粉は全身を包み込む焔へと変化していく。

 

「教室でしたレッスンの続きよ、聖遺物をただ振るっているだけの状態が活動、それを自分のものにして使いこなすのが私たちが今使っている形成。ここまではきちんと説明して貴方も使いこなしてるわ――――でもね、あの時も言ったと思うけど、形成位階の上、自己の能力として完全に発現させるもう一段階上の状態を創造っていうの」

 

瞬間、姉さんが立っていた場所で発生したのは爆発。圧倒的な熱量が橋の下の川で戦っていた彼らの周囲にある水を一瞬で蒸発させ、傍聴した水が水蒸気爆発を起こしたのだ。

 

「……んでもって、それが創造ってわけかよ」

 

姉さんは敢えて詠唱を省いて能力の安定性をなくした状態のまま創造に移った。それは創造同士の戦いであれば相手の創造に塗り潰されることになる下策中の下策だが、未だ形成で創造に至っておらず、何も知らないツァラトゥストラ相手なら十分すぎる。せめてものハンデのつもりなのだろう。不安定なまま創造に移り攻撃を開始した。

 

「本気で来た方がいいわよ、藤井君。でないと貴方、死ぬから」

 

「マジ……かよ!?」

 

悪態を付く余裕などない。言葉通り、一瞬で大幅に差が開き、どちらが上かはっきり示された。先ほどまで五分の戦いを行えたのは姉さんが相手の土俵の上で拘っていたから。炎にとっては不利な橋の下という水場で敢えて戦い、相手の間合いで剣戟を放つ。お互いに接近戦で武器をぶつけ合う戦いは大層清々しいものだっただろう。

しかし、創造になってしまえば、その土俵自体が成り立たない。水などいくらあろうとものともせず、剣戟は陽炎へと変わり、炎そのものが質量をもって迫りくる。形ないものが迫りくる状況では切り裂くということすらまともに出来ない。

 

「これが形成と創造の差よ――――壁のように隔たる実力差がなければ位階の差は絶対……ここで私に勝つには貴方が創造をここで会得する以外ないわね」

 

真正面から戦って勝つということであれば、その言葉は正しい。ただ、彼の目的は最終的にはともかく、現時点では勝つことが目的ではない。あの仲間と共に生還することが出来れば勝ちみたいなものである。シンプルに逃げ切ればいいのだ。

 

「ウァッ!?」

 

炎の弾丸そのものとなった姉さんの一撃をかろうじて刃の部分ではなく広い腹の部分で受け止める。しかし、足の踏ん張りが利かず打ち上げられ、橋の上に戦場を移した。後を追いかけるが姉さんと彼との間に距離が生まれた。

 

「距離が開いたな……」

 

ツァラトゥストラはそういった瞬間、クラウチングスタートの姿勢を構える。

 

「そう……一点突破というわけね?」

 

姉さんはその姿勢から突撃による一点突破だと予測している。確かに創造位階を相手に形成で対抗するには何かリスクを背負わなくてはならない。そのリスクの取捨選択に彼は防御を捨てたということだろう。格上とは言え姉さんの能力は癖も何もない正道。人器融合型の攻撃力と捨て身の覚悟があれば或はといったところだろう。だが、本命は――――

 

「姉さん!距離を詰めないと逃げられる!」

 

「――――!?」

 

「そういう、ことだ!!」

 

スタートダッシュから一気にトップスピードまでギアを上げて行ったのは捨て身の一撃……ではなく逃走。相手を吹き飛ばすのではなく追い抜いて一直線に逃げるツァラトゥストラと反転して追いかけ始めた姉さんでは初速が違う。僕自身も観戦していたことで距離が空いており、このままでは確実に逃げられてしまう。

そう思った矢先、ツァラトゥストラの逃走方向にいた人物を見て、彼の逃走が失敗に終わったことを悟った。

 

「いけませんねぇ、レオンハルト、トバルカイン。あなた方二人がかりで彼を逃がしてしまいそうになってしまうなんて」

 

「なにっ!?」

 

ツァラトゥストラを止めたのは現世にいる代理の指揮官と呼べる存在であるヴァレリア・トリファ、聖餐杯猊下であった。

 

「……神父、さん?」

 

「ええ、藤井さん。こんばんは」

 

顔見知りだったのだろう。ツァラトゥストラの表情は信じがたいものを見たかのように驚愕していた。

 

「レオンハルト、トバルカイン――――ご苦労様です。あなた方は先に帰っていただいて構いませんよ。特にレオンハルト。貴女は今の戦いで無意味に消耗したことでしょう。そのような不完全な創造は貴女自身にとってもツァラトゥストラにとっても悪影響を及ぼすだけです」

 

「しかし――――!」

 

「私は下がれと言ったのですよ、レオンハルト」

 

有無言わせぬ口調で下がれという様子に僕も姉さんも抵抗を口にすることはできず、黙って後ろに下がるしかない。

 

「それでいいのです。いい子ですよ、レオンハルト、トバルカイン」

 

「では、一足先に帰らせていただきます……姉さんも」

 

「ええ……」

 

そして、僕ら――――特に姉さんは不完全燃焼といった状況で先に教会に帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

私達があの橋から帰還した後、詳しい経緯は知らされなかったが、聖餐杯猊下の手によって藤井君は教会に捕らえられ、ベイはあの遊佐司狼と名乗った相手を取り逃がしたと報告を受けた。

当然、ここでツァラトゥストラである藤井君を殺すわけにはいかないので、拘束こそしているものの直ぐに開放する手はずになっており、その役目は彼の友人である氷室玲愛が行うらしい。

 

「ねえ、レオン。貴女、彼を相手にして危うく逃がすところだったんだって~?」

 

「マレウス……いったい何の用?」

 

要件は単純なものだった。日本人であり、同郷・同時代でない私や誠をマレウスは黒円卓の戦友として認めていない。いや、誠は直接手ほどきを受けていることから認めていないわけではないだろう。疑っているというよりは保険のようなものが欲しいのだと察する。

 

「それで、どうかしら?私の魔術なら貴女とカインを裏切らないように施すことが出来るわよ」

 

「……私たちを疑っているってこと?」

 

「いいえ、でも保険は必要でしょ?貴女が捕まった時に私たちの情報を吐かないとは限らないし」

 

断るほどのことでもない。元々裏切る気など一切ないのだ。気に入らないのは確かだが私は彼女の提案を受け入れることにした。

 

「良いわよ。そんな無意味な疑いをかけられて仲間割れを起こしてもしょうがないもの」

 

「ふーん、そう。じゃあついでなんだけど次の戦場には私といかない?毎回ベイと一緒っていうのも飽きちゃってね」

 

そして、彼女の手によって魔術の刻印が施され、次の戦場にはマレウスと共に行くことを決定した。

 




遊佐司狼:天才型の不良。生身の体でありながら黒円卓を相手に翻弄するほどの実力を持つ。武器はデザートイーグル。しかし、一般人相手ならともかく黒円卓には誠含めてまっとうな手段で傷をつけることは出来ない。蓮の親友。誠との関わりは一切ない。

原作との相違点:螢が不完全ながらも創造を見せる。ラインハルト登場時に立ち会ったのは蓮と螢だけ。

スワスチカ(2/8)


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4話 誰のために剣を取る

教会に捕まっていた俺は先輩が敵の一味であることを知らされ、神父に黒円卓とやらの目的を聞かされ、奴らの首領であるラインハルトという人物と話した。その後、マリィと共に無事に解放された俺は自分の部屋に戻り、翌日の朝、司狼の録音メッセージによって司狼が拠点にしているというボトムレスピットに向かった。

 

「それで、お前もこの戦いに参加するっていうのか?」

 

「ああ、お前が止めろって言っても止める気はないぜ」

 

自分から足を突っ込んできたバカ司狼は前回の戦いで攻撃が一切効かなかったというのにまだ戦う気の様だ。それに既に巻き込まれた以上、黒円卓の奴らも見逃す気はないだろう。

 

「とりあえず、まずはお互いに情報を交換し合おうぜ。俺たちはあいつ等の情報について知っていることを教える。お前はその聖遺物について俺たちに教える」

 

「って言っても教えるのはあたしの仕事なんですけどー」

 

本城恵梨衣と名乗った司狼の協力者がそう文句を言いつつパソコンを使いながら情報を教えてもらう。

 

「――――というわけで、国連を通じて彼らには莫大な懸賞金がかかっているわ。その黒円卓にいるのは聖槍十三騎士団っていう名前の通り全部で13人。でも、その内双首領と呼ばれる二人と幹部三人の五人はベルリン陥落以降行方不明みたいね」

 

「その五人の中で首領にはあったよ……」

 

「うっそ、マジで。写真でも撮ってもらえばよかった」

 

「そんな余裕ねーよ」

 

そんな軽口を叩きつつ、恵梨衣は続きを話す。

 

「現在確認できている相手は首領代行のヴァレリア・トリファ。吸血鬼と呼ばれてるヴィルヘルム・エーレンブルグ、魔女のルサルカ・シュヴェーゲリン、一番裏の世界で関わりが多かったロート・シュピーネ。他の四人は詳細が分からないけど少なくとも二人は知ってるんでしょ?」

 

恵梨衣が確認するように俺に尋ねると、司狼が横から話に割って入ってきた。

 

「いや、四人とも知ってるだろ。前にお前が戦った二人、それに教会の関係者っていうことはシスターと……」

 

「ああ、櫻井姉弟……それに先輩もあいつ等の仲間だ」

 

「てことは、これで分からないとかいう幹部の奴らも含めて13人全員把握済みってことか」

 

そうして情報を交換していると上が騒がしくなり始めた。血なまぐさい匂いと絶叫。銃声や鈍器をぶつけたような鈍い金属音など様々な音が聞こえてくる。すぐさま恵梨衣はパソコンの映像を上のホールに設置されている監視カメラに切り替え映像を出すと、俺たちが予想していた通りの状況がすぐさま映る。

 

「どうやら敵が来たみたいよ。一人は前に戦った櫻井螢って娘と魔女ね」

 

「じゃあ、あいつ等ブッ斃すとしますか」

 

そう言って司狼は愛銃のデザートイーグルを取り出し、戦闘準備を整える。今の所、奴らを叩くには司狼達と情報を交換しても足りないものが多い。そこでふと一つ案を思いついた。

 

「待ってくれ司狼、提案がある。櫻井の奴を捕まえることは出来ないか?」

 

「ああ?惚れたか?あいつ見た目はお前の好みだもんな」

 

「誰があんな奴!」

 

冗談でもそんなこと言うあたりが、司狼らしい。だが、俺が真剣に提案したことを察した司狼はすぐに真剣な顔つきになって賛同した。

 

「ハッ、まあいいぜ。捕まえたほうが(からかうのに)面白そうだ。手伝ってやるよ」

 

……今の言い方から再び察した。司狼は真剣に俺をからうために賛同したんだ。やっぱ、こいつ司狼(バカ)だ……。

 

 

 

 

 

 

ツァラトゥストラが解放され、聖餐杯猊下の号令により夜明けと共にいよいよ開戦の許可が下りた。

最初に動いたのは螢とルサルカの二人。リザは蓮を相手に出来る屍がいないことから手が出せず、ヴィルヘルムは興が乗らなかった。誠は腐敗が進むのを嫌がり、ヴァレリアは目的が別にあることから此処には手を出さなかった。

 

結果だけ先に言えば黒円卓側の勝利である。ボトムレスピットにたむろしていた集団は主にルサルカの手によって虐殺され、その生贄によってスワスチカを開くことに成功した。これで三つ目。更には、ルサルカの攻撃に恵梨衣は巻き込まれてしまい、食人影に喰われた。

しかし、蓮たちはこの敗北の状況に絶望はしていない。何故なら目的であった櫻井螢を捕らえることに成功したからである。

手も足も出ず逃げようとして捕らえられた前回の戦いと比べれば上々と言える。より細かいことを言えば、螢は逃げようと思えば逃げることはできた。事実、ルサルカは蓮の追撃を受けたがうまく逃げおおせた。

蓮の安っぽい挑発、司狼の煽り、恵里衣がルサルカの攻撃を無視しての妨害を行った。恵梨衣やこのボトムレスピットに集まっていた司狼の部下であるおよそ全うとは言えない人たちの犠牲を無駄にしないという覚悟によって蓮の攻撃が上手く決まり、螢は創造を使う直前のタイミングで罠にはまり気絶させられた。

殺さなかったのは躊躇いでも同情でも何でもなく情報収集を目的としていた為である。敵の中で実力は下から数えたほうが早く、交渉事に向いていなさそうなタイプで、一見冷静に見える割には感情的。これほど条件が整っている相手ならこの場で斃してしまうより、少しでもこっちに優位になるような情報を手に入れたい。そうして捕まえたは良いものの、交渉は彼らが思っていたほどうまく進まず滞っていた。

 

「ちっとはなんか教えてくれねーかね?こっちも暇じゃねえし」

 

「だから言ってるでしょ。マレウスが施した刻印が私にある限り、そっちの有利になるような情報は喋れないの。喋ったらその場で、内臓が食いちぎられるようになってるのよ。最も、これがなくても喋らなかったでしょうけど」

 

「だってよ、蓮。どうするよ」

 

尋問しても、そもそも応えることが出来ないのであれば仕方がない。司狼は早々に交渉を諦めることにした。時間は有限である。既に時刻は一夜明けて昼過ぎ。次の戦いが今夜行われるのであればもう半日もないのだ。だが、蓮は無性に腹が立った。橋の上での戦いでも逃げられそうになったが負けたわけではないと言い張り、ボトムレスピットでの戦いでは蓮の実力ではなく司狼と恵里衣の機転とルサルカの手抜きが負けた原因だと発し、この尋問では自分の意思で喋らないのではなくルサルカの魔術が原因で喋れないのだと、何かと理由を付けて責任から逃れようとする螢の様子に苛立ちをぶつけたのだ。

 

「この腰抜け!」

 

「何も知らない癖に何よ!?」

 

「知るか!勝手に巻き込んだのはお前らの方だろ!」

 

「「――――――!!」」

 

こうなればただの醜い罵り合いだ。どちらも互いのことが気に入らなかった。本音をひた隠しにしてきた螢と平穏な日々を壊された蓮。互いの行き着く先は衝突、ひたすら罵倒し、口に出さなくても良い本音を話し、漏れ出た本音を馬鹿にして相手を煽り、もっと奥深い本音まで引き出す。

結局、半日かけて蓮と螢は罵倒しあった。もちろん、情報など一切得ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

一晩経ったことで敵が再び動き出すことを予測していた蓮たちはそれぞれ別行動でスワスチカが開かれるエリアを捜索していた。蓮は螢を伴って夜道を散策する。螢を連れている理由は、放置すれば確実に逃げられる上にこちらの行動が読まれる、かといって司狼と恵梨衣では抑えられないと蓮が判断したからだ。尤も、伴って移動できている時点で、蓮と螢の距離は喧嘩によって縮まったと言える。

蓮はそういう面も含めて、彼女を味方とまではいわなくても敵であることを止めさせることは出来るのではないかと考えていた。

 

(こいつの願いを……俺は認められない。算数も出来ないバカな奴の考えだ)

 

螢の願いは兄と姉に等しい人物の蘇生――――そのためなら他人の命など惜しくもなく、いくらでも捧げて見せると、大切な人の価値は何物にも代えられない、他人の命の百や千では足りないくらい価値のあるものなのだとそういった。だが、それは違うのだ。

それは自分からその大切な人たちの価値を貶めていることに馬鹿な螢は気付いていない。何物にも代えられないものだからこそ、何かを代償にすることで得ることなど出来ないのだ。

だから、自分が止めさせてやる。そんな意気込みを蓮は胸に秘めている一方、螢も揺れていた。逃げようと思えば逃げられる。隙をついて斃すことも出来なくはない。だが、手が出ることはなかった。

 

(なんで藤井君は……)

 

捕まった時こそ本気でなかったなどと言ったが、螢は少なくとも気持ちでは本気で戦い、本音でぶつかり合った。だからこそわかる、自分と彼は似た者同士だと。なのに彼は何かを犠牲にして大切なものを取り戻したいとは思わず、自分は何もかも犠牲にしてでも大切なものを取り戻したいと思っている。初めは彼が何も失っていないからだと考えていた。

しかし、違うのだ。彼は確かに失っていない。だが、失わないために戦っている。失ってもきっと彼は戦う。前を向いて進み続ける。

自分と彼は何が違うのか――――明確にわからないからこそ、螢は手を出すことが出来なかった。せめて、その理由が分かるまでは死んでほしくない(・・・・・・・・)……無意識にそんなことすら思うようになっていた。

二人がそんな考え事をしながら歩いていると、ふと人を見かけた。

 

「?……制服?」

 

それは自分たちの通う月乃澤学園の制服をきた生徒だった。今は真夜中の12時をとっくに過ぎた時間。こんな時間に制服を着た生徒が歩くのは不自然だ。今はここ最近起こっている大量殺人事件のせいで部活動も活動休止中。制服のまま12時を過ぎるまでこの辺り遊んだり塾に通ったりしたにしては周りにそれらしき店も建物もない。

いや、一人ならまだ珍しい程度で済んだ。だが、二人、三人と歩いていくうちにすれ違う生徒の数が増えていく。あまりにも不自然で、蓮は嫌な予感がした。すぐさま学校の方向に足を向ける。学校が見えるころには学校中の生徒が集まっている様子が目に見えた。そして、人が一か所に向かって収束している様子とその人達の服装を見て血の気の引くような思いで蓮は敵の今日の狙いを理解した。

 

「くそ、学校が狙いか!?」

 

夜だというのに制服を着た生徒たちがフラフラと学校に向かって集まっている。明らかに正気を失っている様子から見て、蓮は黒円卓の誰かが行ったのだと察し、螢はルサルカによる魔術だと理解した。

最も狙われてほしくなかった蓮にとって平穏の象徴の一つ。急いで蓮は学校に向かって走った。生徒たちが校庭に集まっており、ぼんやりとしている。そこで蓮はハッと気づく。もし学校の生徒が全員集められているのなら香純もここに来ているのではないかと。

部屋に一人でいさせるわけにはいかないと病院に入院している香純だが、これが黒円卓の連中によって仕組まれたものだとすれば今は一般人でしかない香純は容易く巻き込まれかねない。彼にとってこれ以上香純が巻き込まれるのを良しとすることは出来ない。

 

「よぉ、誰を探してるんだ?」

 

そう思ってあたりを見渡していると、声がかけられた。声が投げかけられた方向、屋上に目を向けるとそこにいたのは二人の男女。ヴィルヘルムとルサルカがこちらを見下ろしていた。

 

「レオン。意外と元気そうにしてるじゃねえか。そいつに捕まってとっくにくたばったもんだと思ってたぜ」

 

「ほんと、意外よね?」

 

屋上から飛び降りてきた二人は蓮の傍にいた螢を見てそんなことを言う。蓮の圧倒的に不利な状況を見て螢は共に行動するのはここまでだと思い本来の所属である黒円卓側に戻ることにした。

 

「残念ね……藤井君。貴方と行動を一緒にできるのもここまでよ。これで三対一――――どうする?今度は貴方がまた捕虜になる?」

 

翻ってというよりも元の鞘に戻るといった方が適切だろう。螢は緋々色金(シャルラッハロート)を抜き、蓮に向かって構えようとした時――――

 

「何言ってんだレオン?テメエもここで死ぬんだよ」

 

「避けろ櫻井!」

 

後ろからヴィルヘルムに突き抜かれそうになった螢を蓮は覆いかぶさるように庇った。そのおかげで螢は一切傷を負うことはなかったが、蓮は左肩を抉られた。

 

「なッ……!?どうして!」

 

彼女は二つの意味で驚愕して叫んだ。

一つはヴィルヘルムの攻撃――――こちらはまだ理解できる。敵と一日過ごして無傷なのだ。裏切りを疑うのは当然だろう。ましてやヴィルヘルムは螢のことを女だ、黄色い猿だ、ガキだと毛嫌いしているのだ。機会があれば殺すのは当たり前であり、それを警戒しなかった螢自身の落ち度である。

 

「ああ?どうして、だァ?そりゃこっちのセリフだ。捕まっておきながら生きてるなんざどういう了見だっつてんだよ。しかもノコノコ連れて来られるとはな。猿は猿同士で仲良くやってたのか?」

 

案の定、ヴィルヘルムは螢が考えていた理由を言い放ち、殺さない方が可笑しいとばかりに言葉を吐き捨てる。

だが違う。彼女は蓮が身を挺して庇った理由の方が理解できなかった。怪我をした左肩を右手で抑え、なおも無意識に螢を庇うような立ち位置で覆いかぶさっている。

 

「元々、テメエ等姉弟なんざ最初(はな)から味方だとは思っちゃいねェ、四半世紀も生きていない極東の猿を戦友だと認めるわけねえだろ」

 

ヴィルヘルムがまだ何か言っているが、彼女の頭にその言葉が入ってこない。認識しているのは蓮が痛みを堪えている様子と左肩の傷だけであり、全身に震えが走る。

 

「なんだよ、ビビってんのかよ?」

 

螢の震えに気付いた蓮は彼女をどこか慰めるように、或は励ますかのようにそんな言葉を投げかけた。その言葉を聞いた瞬間、彼女の胸の内に小さな何かが芽生えた。

 

「ハッ、ビビってるだぁ?オイオイ、レオン。誰も認めちゃいねえが仮にも黒円卓に属したテメエがあの程度の攻撃にビビるたァどういうことだよ」

 

「ベイ、そこまで言うことはないでしょ。かわいそうにねえ、仲間だと思ってた相手に裏切られたんですもの。当然よねー」

 

ヴィルヘルムが震えている様子を見て呆れ果て、ルサルカが小馬鹿にしたように心にもないことを言う。そんな言葉を聞くたびに胸の内にある何かがどんどん大きくなっていく。

 

「櫻井、下がってろ……お前はあいつ等に裏切られた。だったら、もう戦う理由はない」

 

その言葉でついに胸の内にあったものが破裂した。この感情は――――

 

「バカにしてんじゃないわよ……」

 

自分でも驚くほど、小さな抑揚のない声だった。超人的な能力を持っている周りの三人は当然、その言葉を聞き逃しはしなかった。そして次の瞬間、

 

バカにしてんじゃないわよ!!揃いも揃って全員私のことをバカにして――――藤井君!私はあなたに庇われるほど落ちぶれちゃいないわ!ベイ、マレウス!あなた達の目は節穴なのね?私がビビってる?いい、これは怒りよ!!」

 

そう、胸の内にあったのは怒り。自分の情けなさ、蓮の土足に入りこむ意味のない気遣い、ヴィルヘルムの見下した様子、ルサルカの嘲笑――――どれもこれも彼女の苛立ちを加速させていたのだ。

もうどうなったって構わない。そんな思いすら沸き上がり、立ち上がった彼女はヴィルヘルムに切っ先を向けた。

 

「……いい目つきじゃねえか。今のテメエなら殺しがいがありそうだ」

 

二対二――――正確には一対一対二の状況。螢が構えたのをきっかけにヴィルヘルムも構え、蓮は警戒に移り、ルサルカは嗤う。

 

「ねえ、ベイ。折角だから貴方はツァラトゥストラを相手してよ。代わりにレオンハルトの相手を私がしてあげる」

 

「あぁ?……まあ良いぜ。だが、ここは俺の戦場だ。巻き込まれても知らねえぞマレウス」

 

ルサルカの提案に一瞬ヴィルヘルムは訝しむがルサルカの表情を見て、趣味の悪いことでも思いついたのだろうと思ったヴィルヘルムは譲ることにした。

 

「私を誰だと思ってるのよ、ベイ」

 

「ハッ、言うじゃねえか」

 

「櫻井、俺らはいったん休戦だ。あいつ等をぶっ斃すぞ」

 

「私に指図しないで、藤井君。貴方だって私の敵よ」

 

全員のずれた思惑が、しかし相手を倒すという覚悟と共に先端が開かれた。

 




螢が蓮たちに捕まっても逃げない理由は表面的にはいつでも逃げられると思ってるから
本音は逃げたら負けだと思ってるプライドが邪魔をしてる。

スワスチカ(3/8)


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5話 創造

蓮とヴィルヘルムの闘いは正しく戦場だった。共に人器融合型であり、得意とする間合いも似通った二人は戦いにおいて有利不利がほぼ存在しない。何故なら、自分にとって有利な状況は相手にとっても悪くない状況であり、ともすると一転して有利な状況が逆転するからだ。

 

「オラオラオラァ!!」

 

ヴィルヘルムが放つ杭に蓮は四苦八苦しつつも対処し、懐に入りこむ。しかし、蓮が懐に入りこんだ瞬間、ヴィルヘルムの全身から突き出た血塗れた枯れ木の枝が蓮を拒み、反撃を受ける。

 

「クソッ!」

 

悪態を吐きながら蓮は空中を闊歩するかのように舞い上がり、ギロチンを正に処刑台のごとく真上からヴィルヘルムに向かって振り下ろした。

 

「ハッ、良い腕してるじゃねえか!だが……こいつはどうだァ!!」

 

だが、あからさまな攻撃に当たるヴィルヘルムではない。当然バックステップで躱した彼はそのまま落ちてくる蓮に向けて全力の杭を射出する。

 

(ミスった……躱せない!?)

 

正面間近に迫った杭を前に蓮は隙だらけの状態だ。蓮と螢の闘いの時と違い、経験の差が今の状況を作ったのだ。喧嘩慣れしていても死線を潜り抜けるような読み合いは殆どしたことのない蓮は完全に誘導されていた。

これが螢なら愚直に進んだことだろう、これが司狼なら逆に読み合いに勝っていたかもしれない、誠なら敢えて受けて状況を仕切り直しただろう。だが、蓮はなまじ例に挙げた三人よりも実力が高く、なおかつ実力にそぐわぬ経験が動きを鈍らせた。結果――――

 

「ふざ、けるなぁ!!」

 

一瞬、時間が間延びする。迫りくる杭の凶器はほんのわずかな時間、刹那とも言い換えることのできるわずかな合間だけ動きが遅くなった。そして迫りくる一本一本の杭の軌道が手に取るように蓮にはわかり、それに合わせて杭を薙ぎ払った。

相当の威力を持っており、無数に迫っていた杭を前に不安定な体勢でとったその行動は本来であれば無茶無謀の選択肢だった。

だが、才能が開花し、誰も追いつけぬ速度で成長し続けていた蓮だからこそ、薙ぎ払うことに成功し、杭を打ち破った。

 

「ククッ、クハハッ!!面白れェ、面白れぇじゃねえか!!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

だが、急激な成長は蓮に大きな負荷をかけていた。蓮の目は疲労をあらわにしながらも、大きな希望を得た様子を隠せずに爛々と輝く。

 

(今の一撃なら……確実にあいつを斃せる)

 

元々ギロチンの攻撃は相当な威力を誇っていたが、今の攻撃は桁違いだった。もう一度あの攻撃をすることが出来れば……思わずそう考え込む。

 

「なるほどな。今のがテメエの創造の片鱗ってやつか」

 

「創造だと……?」

 

「自覚はまだねえか。そりゃそうだ、テメエがいくらクラフトの代替とはいえ、使ったこともねえ力が何なのか分かるはずもねえ。そうよ、そいつが創造。俺たちの世界だ」

 

ヴィルヘルムが蓮に何が起こっているのかを説明し始める。

 

「ガキのテメエにも分かるように説明してやる。ちゃちな聖遺物(おもちゃ)に振り回されてる状態が活動、単純に聖遺物を武器として扱うのが形成、そこまではレオンの奴に手ほどきを受けただろうが――――聖遺物で自分の領域、いわば世界を創り出すのが創造だ。俺たちが渇望した異界を内側、外側に生み出し自分ないしは相手にそれを押し付ける。楽しませてくれた礼だ。俺の創造を見せてやるよ」

 

そういった瞬間、今まで張り詰めていた空気が、更に張り詰めるように縮まりひび割れる。

 

「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか

Wo war ich schon einmal und war so selig

 

あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない

Wie du warst! Wie du bist! Das weiß niemand, das ahnt keiner!

 

幼い私は まだあなたを知らなかった

Ich war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.

 

いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう

Wer bin denn ich? Wie komm' denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

 

もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい

Wär' ich kein Mann, die Sinne möchten mir vergeh'n.

 

何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうから

Das ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

 

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

Sophie, Welken Sie

 

死骸を晒せ

Show a Corpse

 

何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい

Es ist was kommen und ist was g'schehn, Ich möcht Sie fragen

 

本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか

Darf's denn sein? Ich möcht' sie fragen: warum zittert was in mir?

 

恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう

Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich

 

私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから

Sophie, und weiß von nichts als nur: dich hab' ich lieb

 

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

Sophie, Welken Sie

 

 

創造

Briah―

 

 

死森の薔薇騎士

Der Rosenkavalier Schwarzwald 」

 

 

 

 

 

 

月は血の様に紅く染まり、周囲は干からびるように枯れていく。学校中にいた生徒がその痛みによって正気に戻り、与えられた狂気に阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。

被害は人だけではない。校庭に生えていた植物は次々と枯れ果て、無機物である校舎ですら塵になり始める。

 

「ベイったら派手にやってるわね、素人同然だった相手に創造まで使っちゃうんだ」

 

同じ学校内でも離れた場所で戦っていたルサルカと螢はヴィルヘルムの創造の範囲に含まれてしまい、ルサルカは蓮に対して感心すると同時にヴィルヘルムの敵味方構わず巻き込む創造にため息をつく。

 

「折角きれいにした肌がかさついちゃうから嫌なのよねー、レオンもそう思わない」

 

戦っている相手を前に、まるで友人のように気さくに話しかけるルサルカ。だが、それも当然だった。

 

「あ、ごっめーん。今の貴女は喋ることすら出来ないわよねー」

 

ルサルカの目の前で、苦痛に耐えながら螢は膝をつき四つん這いの状態で倒れそうになっていたからだ。

 

「グッ……か、ハァ……ッ!?」

 

痛みに堪える螢は返答する余裕などなく、恨めしそうな目でルサルカを睨み付けた。

 

「フフ……何事も保険は大事よねー。でも今回の場合は自業自得よ、貴女に仕掛けておいた刻印は元々裏切らないだろうっていう私なりの信頼の証だったんですもの」

 

螢が立つことすらままならない状態で苦しんでいたのはルサルカの言葉通り螢の腹部に刻まれた魔術の刻印が原因だった。

螢の裏切り、或は敵の捕虜になって情報を漏らすことを抑止するための刻印をルサルカは昨夜螢に話を持ち掛けて仕込んだ。螢も昨夜の時点までならその内容に抵抗を示すはずもなく、事実刻印がこれまで反応しなかったのは彼女が裏切り行為を行っていない事の証明だった。

しかし、ヴィルヘルムとルサルカに敵認定された今、刻印が反応して彼女の体を内側から蝕んでいたのだ。

 

「ひ、きょうもの……あなたは、正面から戦うことも出来ないの」

 

「あら、心外ね。私は元々貴女やベイみたいに戦闘タイプの聖遺物を持ってるわけじゃないし、これでも優しく扱ってあげてるのよ。私の血の伯(エリザベート)爵夫人(・バートリー)は聖遺物一つ一つが拷問器具になってるわ。貴女にそれを使ってないだけ随分優しいと思わない?」

 

誰が、と吐き捨てるように螢は叫ぼうとしたが痛みでそれどころではなかった。

 

「それにね、この魔術は何も手を出さない方が美しいの。分かるかしら、外から見ても何も変わらないのに内側からどんどん喰い散らかされて変わっていくことに。痛みをこらえていた表情が、だんだん痛覚すら失われていくことに恐怖を感じ始めて、喰われていく音が頭の中に直接響くように聞こえ始めて発狂して、最後には感情を司る頭の一部が喰われて恐怖すら感じなくなるの。その時の表情がきれいで、なにより外から見たら何の変化もないの。他の拷問器具じゃこうはいかないわ。私の魔術の中でも最高傑作と言っていいものよ」

 

狂っている。いや、そんなことは初めからわかっているのだ。黒円卓に名を連ねている者が、ましてや戦争や拷問を楽しんでいるようなルサルカやヴィルヘルムのような化生の者がまともであるはずがない。

 

「…………」

 

螢は痛みに堪えながら何かをつぶやき、必死に一撃を放った。

 

「あはは、そんな攻撃に当たるわけないじゃない!」

 

だが、軽く横ステップでひらりと躱す。かろうじて体を起こそうとしていた螢は攻撃を放ったことで力尽きたように前かがみで倒れこんだ。

 

御佩せる十拳剣を抜きて

das er mit sich führte und die Länge von zehn nebeneinander gelegten 」

 

「あら、なに~?もしかして命乞い。そろそろ耐えられなくなってきたのかしら?」

 

根を上げるのが随分と早かったと思いつつも、所詮は二十も生きていない若輩では仕方ないかとルサルカが近づいたとき――――

 

「――――その子迦具土の頚を斬りたまひき

Fäusten besaß, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

 

創造

Briah―

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之

Man sollte nach den Gesetzen der Götter leben.」

 

「熱エ゛ヅッ!?」

 

突如振り上げられた緋色の太刀がルサルカの顔を斜めに切り裂く。痛みに、そして女の命である顔を傷つけられたルサルカは悲鳴とも言えぬ叫びをあげ後ろに下がった。

 

「油断したわね、マレウス――――痛かったのは事実だけど、貴女も知っての通り私の創造はこの身を炎へと昇華させることよ。貴女の刻印が一体何なのかはさっぱりだけど炎になって刻印ごと体内に生成された魔術を燃やしてしまえば関係ないわ」

 

そう言いながら先ほどまで痛みにのたうちまわっていたのが嘘のように平然とした様子で立ち上がった螢。服についた土を払い、炎に身を変じさせた彼女は不意を突いてルサルカの顔に切りかかり、吹き飛ばしたのだ。

 

「レ、レオ゛ンハル゛トォ……!!」

 

顔に火傷を負い、額から鼻先、唇まで斜めに切れている彼女は上手く言葉を発せなかったが恨めしい様子で螢を睨み付けた。

 

「でも、良かった。貴女がここまで最低な人で……」

 

「な゛、何ですって」

 

治癒の魔術の類でも使ったのか――――方法はともかく、声が少しましになる。切りかかられ吹き飛ばされた割には顔に傷がついた以外軽傷だったルサルカは螢の発言に突っかかった。

 

「だって私、貴女のこと躊躇いなく殺せそうだもの」

 

バッサリと、単純明快だと言わんばかりに螢ははっきりとそう言った。

 




螢が不完全な創造を見せたおかげか若干覚醒した蓮。反撃は始まるのか?

本城恵梨衣:遊佐司狼に影響を受けた人物。情報面で蓮や司狼を支える説明役だが前線に立ったためルサルカに捕食された。

スワスチカ(3/8)


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6話 不意打ち

(四つ目のスワスチカが開かれた――――方角からして病院。戦場になっている学校とは異なるから開いたのはヴィルヘルムとルサルカ以外の誰か……)

 

蓮達が死闘を繰り広げている深夜、誰に言うでもなく教会で待機していた誠は四つ目のスワスチカが開かれたことを察知してそれが誰なのかを確かめるために礼拝堂まで誰かが返ってくることを待ちながら気配を探っていた。

しばらくすると扉が開かれ、教会の礼拝堂内で本を流し読みしながら気配を探って時間を潰していた誠は椅子に座ったまま首を後ろに倒して声を投げかけた。

 

「ねえ、その娘は何なの?」

 

その彼の瞳に映ったのはヴァレリアが気絶した女性を抱えている様子――――予想外の状況に彼はスワスチカを開いたことよりも先に関係ない言葉を投げかけていた。

 

「彼らの弱点とも呼べる人物ですよ。先手を打っておいて損はないでしょう。ですが、リザとテレジアには内緒ですよ。このような手段を講じたとあっては私が彼女たちに嫌われてしまう」

 

綾瀬香純と呼ばれる人物を誘拐してきたのはヴァレリア、その人物が何なのかを聞いたのは誠だった。彼女を誘拐してきたヴァレリアの本当の目的は疑似的な黄金錬成を成立させるための欠片(ピース)としてだが、誠にそんなことを言うはずもなく嘘を吐く。

 

「ふーん」

 

誠自身、何も疑問に思わず彼の言葉をそのまま鵜呑みにする。

予想外だったから尋ねただけで、あくまで連れて来られた彼女自身には興味がなかった彼はスワスチカを開いたのはヴァレリアかと尋ね、彼が肯定したので、興味を失った彼は本の続きを読み始めた。

しかし、興味がなかったのはあくまで彼であって、他の人はそうであるとは限らない。

 

「その必要はないわ。貴方の話はここまで聞こえてきたから。それにもう手遅れね。今の貴方のことは私もリザも嫌っているわ」

 

誠が礼拝堂の中でも祭壇が目の前にある前列の椅子に座っていたことで横の住居とつながっている通路で立っていた彼女に気付かなかったヴァレリアの発言を聞いていたリザ・ブレンナーは彼の前に姿を現す。

 

「おや、盗み聞きとは酷いではないですか」

 

にこやかに笑みを浮かべつつも、盗み聞きをしていたリザに対して文句を言う。そんな文句を無視してリザは声を振り絞って、なおかつ叫ぶように荒げた。

 

「貴方は、貴方は何をするつもりなの……!」

 

「無論、黒円卓(われわれ)の繁栄と成功ですよ」

 

リザの問いかけにヴァレリアは堂々と応える。だが、リザはすぐさまその言葉が嘘であることを見抜く。

 

「……嘘ね」

 

彼の能力の高さを評価しているからこそ、彼女は彼がこのような意味の薄い行動を起こすはずがないと判断し、本当の目的は彼女自身にあると、或は彼女に関わる何かにあると読んだ。

おそらくは一時的とはいえ聖遺物を扱う器として活動していたことに起因しているのではないか。リザはそう推測する。

 

「もし本当だと証明したいのなら彼女をこちらに引き渡しなさい」

 

故に交渉、いや彼女は要求を出した。ヴァレリアの目的ぐ言葉通りなら黒円卓の誰が彼女を保護しても問題ない。しかし、狙いがリザが推測したように別にあるとするなら彼が綾瀬香純を手にしなくては意味がないはずである。これは賭けだった。彼女の聖遺物である蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)は屍を操る質を量で補う能力である。それは同じ聖遺物を扱う者の中でその戦闘能力は最低クラスだ。

そんな彼女が交渉を行うなど、交渉のテーブルにおいて対案を用意していない提案に等しい。

 

「交渉にもなっていませんよ。あれも無理、これも無理という意見などまかり通るはずもありません。渡さないと言えばどうするつもりなのですか。貴女には私を傷つけることは出来ない。しかし、貴女は私が抱えている彼女を傷つけることも出来ない。何故なら、貴女にはそれほどの行動力もなく、行動した先には後悔しかないのですから」

 

ヴァレリアからしてみればリザは見通しが甘い。交渉するならまずは外堀を埋めなくてはならない。ましてや相手の思惑を理解してなければ交渉自体成り立たない。

ヴァレリアは余裕の表情を隠すこともなく一歩ずつリザに向かって近づく。それに対してリザは気圧されるかのように後ずさりしそうになるのを堪えていた。

 

「そういう何もかもわかった気になっているところが嫌いだと言っているの……」

 

「でしょうね――――ですがリザ、私は貴女のことをよく知っている。行動を起こさない、現状を維持しようとする。度が過ぎる程に保守的な貴女は常に変化することを恐れ、変化することで起こる後悔を避けようとする。前へと進むことも後ろへと下がることも出来ない。それが貴女です」

 

一歩、また一歩と進み続け、近づいてくるにもかかわらずそれでもなおリザは動かない。

 

「真実を知ろうとしない貴女に彼女は救えない」

 

「真…実……?」

 

礼拝堂の中央までヴァレリアがたどり着き、あと数歩で香純を置く祭壇にもリザのもとにも着く。ヴァレリアからしてみればここで殺すのは得策ではない。だが、いっそここで彼女は真実を知らないまま死んだ方が幸せかもしれない。

一夜で3か所もスワスチカが開くのはゾーネンキントである氷室玲愛(テレジア)に大きく負担をかけるので望ましくないが、退かぬなら止む得ない。だが、ヴァレリアの策が成せば今夜にでもゾーネンキントを綾瀬香純(だいたい)に移し替えることが出来る。ならば今殺すのが得策ではないか。そんな歪んだ優しさゆえに彼女を殺そうかと迷い、肌が触れそうなほどまで手を伸ばした、その時――――

 

「あのさ、いい加減喧しいんだけど……」

 

本を読んでだんまりを決め込んでいた誠が声をかけた。どうでもよさげに体を伸ばしながら、ヴァレリアの方へと顔を向け言葉を続ける。

 

「裏の意図があって目的がどうとか言われても僕からしてみればどうでもいいんだよね。そんなことより内輪もめとかされた方が面倒じゃん」

 

「ええ、ですから私は争う気などありませんよ。リザには平和的に引き下がってもらいますとも」

 

「んー僕なんかよりずっと賢い猊下はそういう問題じゃないことは分かってて言ってるでしょ?」

 

心底面倒くさいといった様子で、確認をとるかのように誠はあくまでも中立的に意見を述べる。

 

「そもそも、人質をとってもスワスチカを開くには何の支障もない。ツァラトゥストラのやる事は変わらないし、人質取らないとあっさり負けるほど今の彼の実力が高いわけでもない。逆にリザさんも猊下から彼女を奪っても百害あって一利なしでしょ?

猊下が本当に彼女を必要とすれば呆気なく奪われるだろうし、ツァラトゥストラに関しても無駄な挑発行為で不必要に煽ることになるだけ。かといってそのまま元の場所に返したらまったくもって意味がない骨折り損だ」

 

彼の推論が入り混じっているせいもあり、すべてが正しいというわけではないが、少なくとも表向きの理由として的外れというわけでもない意見が投げられる。

 

「ということでさ、折衷案として彼女の身柄はリザさんには悪いんだけど僕が預かるというのはどうだろう」

 

ヴァレリアとリザ、両者の思惑を無視した誠の提案――――だが、互いの妥協案としては絶妙なラインだった。

ヴァレリアからしてみればリザにそのまま渡すよりも口八丁が利く誠の方が扱いやすく、リザとしても成功するかもわからない交渉を続けるよりは良い。何より両者にとって香純の保護に動きを拘束されないという点で理想的と言えた。

ヴァレリアは余裕の表情で、リザも険しい表情は崩さないが先ほどよりも幾分か冷静になった目で彼の意見を咀嚼する。

 

「何が目的ですか?」

 

「んー、みんな好き勝手やってるけどカインの僕はどうしても受け身にならざる得ない。なら何らかの形でおびき寄せるエサが必要だと思ってね。それに――――」

 

一拍間をおいて、こちらが本当の理由だといった様子で彼は言葉を発する。

 

「ほら、大切な人のために戦うって必死になってる様子がさ、自分は頑張ってるんだぞーって感じで……僕は大っ嫌いなんだよ」

 

歪んだ笑みでそうヴァレリアに伝える彼の様子を見て、リザはおろかヴァレリアですら一瞬たじろいだ。果たして、彼に任せていいものか……二人は一瞬考える。だが、一方でリザにはこれ以上の選択肢はあるように思えなかったし、ヴァレリアもリザに妥協してもらえるギリギリのラインだと判断した。

 

「良いでしょう……貴方がこの教会から出ないと約束していただけるのでしたらお渡ししましょう」

 

「交渉成立♪」

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

枯れ始めた学校の中でも、ひときわ炎と爆発から崩れていくのが早かった校庭で、ルサルカと螢は対峙していた。

対峙していた直後、両者は力関係に反して螢が優位に立っていた。

螢や誠を除いた古株の黒円卓の弱点――――否、弱点というほどのものではないが、彼らは半世紀以上の生を享受していながら欠けているものがあったからだ。

 

一つは警戒心。四半世紀以上を闘争に費やしてきた彼らは勝者故の傲りがあった。ヴィルヘルムの戦の作法、ルサルカのサディスト趣味、ヴァレリアの余裕の態度など。

これらは彼らなりの武器であると同時に勝者の余裕から生まれた慢心である。相対する相手が彼らのようにプライドを持った相手なら問題はない。心理戦という同じ土俵から戦いが始まる。だが、逆に余裕がなく生き急ぐような歩みを続けてきた螢は運よくその土俵に上がることなく、その隙を突くことが出来た。

ルサルカの顔に放った螢の一撃がその証拠である。

 

勿論、本来であれば、そんなことは関係なく、相手の土俵に持っていかれ、心理戦によって襤褸切れのようにされた後で甚振られただろう。だが、もう一つの欠けているものが隙を生んだのだ。

 

それが聖遺物所持者との対戦経験の少なさである。団員同士で争うことが滅多にない彼らは団員以外では稀な聖遺物所持者との対戦経験が少なかった。その証拠に、ヴィルヘルムとルサルカはこの諏訪原市に来た直後、綾瀬香純に何度か逃げられているのだ。手を抜いていたとはいえ、隠れ蓑に過ぎず、実力も劣っている活動位階程度の相手ごときに。ヴィルヘルムはまだ戦いを生業としているがルサルカは逆に戦いよりも別のことに力を入れることが多い。

戦闘経験自体は数え切れないほどある。だが、逆にそれが実力を測る物差しとして形作られてしまい、螢という聖遺物所持者の実力を測り違えたのだ。

この二つの理由が螢の一撃を躱せずに喰らった理由でもある。

 

「どうしたの?あんな大口叩いておいて、もうおしまい?言っておくけど私の顔を傷つけた罪は重いわよ、絶対に赦さないんだから」

 

しかし、啖呵を切った時の勢いはまるで水を浴びた炎のように、あっという間に螢の優位は失われ、ルサルカに押し込まれていた。それは経験の差、貯めてきた魂の総量、そして武器の使い方。ルサルカは螢に隙を突かれたわけだが、逆に言えば真っ当な戦いへと転じれば螢など赤子同然であり圧倒的な実力差が露呈する。

傷ついた顔を片手で押さえるように隠しながら、怒りをあらわに、されど攻撃は冷静に、ルサルカは螢の周囲に連続して武器を放つ。

車輪、鉄球、針、鋸、縄、鎖、他にも数え切れないほどの拷問器具が武器として使われ、螢の動きを一歩ずつ束縛していく。

無論、螢も炎を使い反撃するのだが、ルサルカの攻撃は手数が多すぎる。これだけの攻撃を躱すにしろ防ぐにしろ、火力も速さも攻撃手段も螢には足りないものが多すぎた。

 

「ハアアアッ――――!!」

 

しかし、聖遺物とはいえ所詮は拷問器具。全うな武器である剣や炎弾を放つことで小さな攻撃は迎撃し、大きな攻撃は直接はじいていた。螢自身に傷らしい傷はついていない。

 

「甘いのよ!」

 

だが、それだけであれば螢が苦戦することはないはずだ。本命はルサルカの放つ魔術によるルサルカの影の攻撃――――この影は黒円卓の中でも珍しい聖遺物に依存していない攻撃であり、同時に螢にとってこれに捕まることは敗北を意味していた。

 

「はッ!」

 

飛び上がり、咄嗟に学校の壁に向かって跳び、出っ張りのある部分で着地する。影を壁伝いに追いかけることは可能だろうが、距離を空けている状況から捕まえることは出来ないとルサルカは判断して、影を伸ばすことを止めた。

螢が苦戦している影は、その奇襲性や攻撃力もさることながら、本命はルサルカの創造と合わさった強力無比な能力にある。

 

拷問(チェイテ・)城の(ハンガリア)食人影(・ナハツェーラー)

 

ルサルカの足元が基点であるという点を除けば動きも形も自由自在なこの影は触れたら最後、動きを止められてしまうのだ。動きを止めることになる対象が逆ではあるが、表現としては影踏みや影縫いといったものに非常に近い。

螢は詳しくその能力を知っていたわけではないが、ボトムレスピットでの戦闘時に影を使っていたことや、魔術が解かれ正気を取り戻した生徒が周囲を逃げ惑う中、影を踏んで動けなくなり、それをルサルカがまるで影の餌にするかのよう喰らわせた様子を見て、拷問器具による攻撃が影の布石だと気づき、影を避けていた。

 

その後は膠着状態。出来る限り、影のある場所に近づかないように距離を置き、近づいて来た際には出来るだけ電灯の上や学校の周囲にある柵の上といった高所に移動しながら影をやり過ごし、ルサルカ本人に近づける隙を伺っていた。

 

(なんて厄介な能力……本命であろう液体のように自由に動く影は当然のことだけど、攻撃手段が信じられないくらい多い。拷問器具の数と魔術の多様性のせいで、こっちの攻撃を全部防御に回さざる得ない!)

 

「しつこいわね!いい加減にしてよ!」

 

螢が心の中で悪態を吐く一方、決め手に欠けるルサルカも苛立っていた。

 

(あんなちんけな小娘一人捕まえることが出来ないなんて!そろそろ仕留めないと、いつまでもベイの創造内(ここ)にいたら気付いた時には干上がっちゃうわ!)

 

ヴィルヘルムの死森の(ローゼンカヴァリエ・)薔薇騎士(シュヴァルツヴァルト)によって彼らは区別なく徐々に消耗している。

ここは言わばヴィルヘルムの戦場。ヴィルヘルムにとっては雑多な糧に過ぎない学校の生徒達と極上の餌が3人もいるような状況だが、一方でルサルカを含め餌扱いされている3人からしてみたら、このままここに留まるわけにはいかない。

 

(そもそもベイの創造なら私達の状況も見えてるでしょうに、援護ぐらいしなさいってのよ!?)

 

「ぐッ!」

 

ルサルカが内心悪態を吐いてたその時、螢の動きが痛みに堪えるかのように鈍る。

 

「もらったわ!!」

 

当然、その絶好の機会を逃すルサルカではない。すぐさま拷問器具によって足場を奪い、地上に下ろされた螢を影によって捕らえた。

 

「しまった!?」

 

蓮との戦いで傷つき、一時とはいえルサルカの呪いに蝕まれ、ベイの吸性によって力を奪われた螢は研ぎ澄ましていた集中力を一瞬ではあったものの欠いてしまい、ルサルカの影に捕らえられた。

 

「随分と手こずらせてくれちゃって~」

 

捕らえたことでようやく余裕が出てきたのか傷ついた顔から手を放して螢に近づく。

楽には殺さない、顔を傷つけた借りはきっちり返す気である。聖遺物保持者相手の拷問や実験の機会はそうそうない、近づいてまずは完全に無力化するところから始めよう。

皮算用ではあるものの、今度は油断せずに螢を警戒しながら(・・・・・・・・)止めを刺そうと手を振り上げたその時――――

 

「ようやく見せたな、決定的な隙をよ」

 

ルサルカは後ろから三発の銃弾によって穿たれた。

 

「ガッ!?」

 

後頭部に直接三発、銃弾ごとき黒円卓の面々からしてみればダメージを受けるようなものではないはずだが、ヴィルヘルムの創造や螢との戦闘のせいなのか、何故か(・・・)その攻撃に衝撃を受け、ルサルカは脳震盪を起こしたかのようにグラついた。

 

「な、なんでお前がァア!?」

 

銃を撃ったのは遊佐司狼。当人以外は誰もがその突然の登場に驚愕していた。煙草をくわえ、愛銃のデザートイーグルを肩に置きながらあざ嗤うかのようにルサルカの発言に回答する。

 

「なんでって、そりゃ俺はここの生徒だぜ?制服着て学校にいることの何が変なんだよ?」

 

そう言った通り彼は制服を着ていた。ルサルカが魔術によって集めた学校の生徒に彼は一人紛れ込み、機を狙っていたのだ。誰もが最も油断する敵を仕留めるという最大の機を――――

 

「蓮の奴は鈍いからな。あいつは自分が起点になってることを理解してねえ。だから別行動なんて言う発想が出てくる。んでもってお前らも相当鈍いぜ。馬鹿正直なあいつの考えをそのまま鵜呑みにしてやがる。隠れてるなんて発想は愚か、自分らとは関係ない誰かがやってくることも考えちゃいねえ」

 

はじめから蓮についてくるつもりだった司狼は学校まで隠れてやってきた。それも制服を着て、ルサルカに操られている生徒達に紛れ込み近づいたのだ。

蓮とヴィルヘルムの闘いは蓮のことを信頼して、ねらい目になるであろう螢とルサルカの戦闘にギリギリ巻き込まれない範囲で、ここぞという機を狙って、そして動いたのだ。

 

「この程度の攻撃で、いい気になってんじゃないわよッー!!」

 

とはいえ、所詮は一般人の攻撃。ルサルカにはそんなものはいくら策を練ったところで意味はない。ダメージなどないに等しい。ただ、侮られたことと、油断していたとはいえ良いように攻撃されたという事実から来た怒りを司狼に向けてルサルカは全力(・・)で攻撃を仕掛けようとした。

だが司狼は動かない。それどころか笑みを崩さぬままこういった。

 

「だから鈍いって言ってんだよ。俺の後ろに誰がいるかもう忘れたのか?」

 

瞬間、ルサルカは燃え盛る剣によって貫かれた。

当然、突き刺したのはルサルカが止めを刺そうとしていた櫻井螢である。

 

「そうよ……マレウス。舐めてんじゃないわよ」

 

「あ、がぁ……」

 

聖遺物保持者の急所への渾身の一撃。躱せれなかった、防げなかった時点で、彼女の敗北は確定した。

 

「い、いやよ……こんなところで死にたくなんてない、死にたくないわ!?」

 

黒円卓の面々の中でも数百年という一際長い時を生きてきた彼女は生に対する執着がほかの誰よりも強い。

こんなところで死んでたまるかともがく。生き延びることにのみ力を注ぎ、相手から逃げ出すことも、斃すことも考えられず必死にただひたすら生き延びるために魔術で治癒を施そうとした。故に――――

 

「それ、貰っていくぜ」

 

そうなる隙を司狼が見逃すはずもなく、ルサルカの生命線――――聖遺物の血の伯(エリザベート)爵夫人(・バートリー)を奪い取った。

 

「あ、あ゛あ゛ァァァァ―――――!?」

 

普通なら奪い取れないそれを奪えた理由はいくつか存在している。死にそうなほど弱っていたこと、司狼自身が特別だということ、螢の攻撃でルサルカと聖遺物のつながりが切れそうになっていたこと。だが、一番の理由は――――

 

「どーよ気分は、エリー《・・・》?」

 

『最悪、アンタもうちょっと上手に起こしなさいよ』

 

本城恵梨衣がボトムレスピットでルサルカに喰われていたことにあった。司狼と恵梨衣は何か特別なものによってつながりが存在しており、彼女が喰われたことでルサルカの体内外の両側から聖遺物を引っ張り出したのだ。

 

「か、返して……」

 

ルサルカの命を根本から支えていた聖遺物が奪われたことで、急速にその生命活動が収縮していく。

魔術で補えるはずもなく、もとより魔術を使う集中力を維持することすら出来なくなった彼女はその言葉を最後に消え去った。

 

 




ヴァレリア・トリファ:首領代行。いわゆる現場監督。他の団員には隠している黄金錬成の真実を知る数少ない人物。彼の本当の目的は今回拉致した香純を使って黄金錬成を都合よく使うことにある。誠を含めた平団員は全員その事実を一切知らない。
誠はヴァレリアの話を話半分に聞いている。勿論、ヴァレリアはそのことを分かっているので、それに合わせて話している。
リザ・ブレンナー:黒円卓の中で最弱。誠がいることでトバルカインが死骸にならなかったので一番割を食った人物。一応ストックの死骸を教会内に保存しているが使う機会が聖遺物所持者からしてみれば能力は総じて低く、使う機会があるかどうかは不明。

遊佐司狼→聖遺物獲得
スワスチカ(4/8)


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7話 夜の終わり

時間はルサルカが斃されるより前、ヴィルヘルムが創造を発動した時まで遡り、二人の闘いへと戻る――――

 

学校は紅い月に照らされ枯れた枝木という現実味のない世界へと変貌していた。その中心人物である蓮とヴィルヘルムの闘いは先ほどよりさらに苛烈なものになっている。その激甚さは聖遺物所持者であっても気圧される程のものだ。

 

「オォー!!」

 

叫び声とともに怒涛の連撃を放つ蓮だが、先ほどまであった理性的な戦い方から一転、防御を捨てた攻撃が放たれていた。

焦りが彼を突き動かす。学校全体に覆われたヴィルヘルムの聖遺物。それによって力の源とも言える命そのものが少しずつ奪われ、それらすべてがヴィルヘルムの糧となっていた。

学校には大量の生徒が今もいる。聖遺物所持者の蓮でさえ目に見えて分かるほど力が奪われているのに、一般人でしかない生徒はどうなる。逆にそれらの力を得ているヴィルヘルムはどうなる。それを察した蓮はすぐにでもヴィルヘルムを斃さなければならないと判断して、全力で攻撃していた。

 

「そうだ、それでいいんだよ!!テメエみてえな経験も実力も足りねえ奴が、俺に勝とうと本気で思ってんなら、そうやって全部かなぐり捨てて吠えりゃいいんだ!!」

 

ヴィルヘルムが言うように蓮の攻撃は勢いによって生まれた強かさが確かにあった。創造を発動する前の冷静さとは打って変わって、ダメージを受けてでも前に突き進む蓮の様子はまるでアクセルを全力で踏み続けている自動車のようだ。形成同士で戦っていた時以上に、当たれば重傷は免れない。

蓮はヴィルヘルムの杭による攻撃を弾き、時には掠め、それでも詰めて切りかかる。しかし、ヴィルヘルムは練達の士であり、その手の直情的な相手への対処など造作もない。攻撃はすべて躱され、蓮にばかり傷が増えていく。

 

「まだ、だ!」

 

それでも蓮は諦めなどしない。縦に振るった刃は半身に躱され、突けば体中から出ている杭に反らされる。

学校という広い舞台も茨と杭に覆われたこの世界では完全にヴィルヘルムの陣地であり、蓮は足場すら心もとない。踏みしめた地面が崩れそうになる。グラついた足場に蓮はバランスを崩した。それを好機と捉えたヴィルヘルムは武器である杭と共に腕を突き出した。

 

「これで終わりだ!」

 

「そっちが、だ!!」

 

そして天秤は傾いた。蓮が崩した体勢から逆に自分から倒れこむよう体を傾け、左手一本で体を支え、ヴィルヘルムの首に向けてギロチンを放った。

蓮はこれまでひたすら攻撃を続け、がむしゃらに動いているようにふるまった。全力ではあったが、頭の一部で冷静さを欠かさず必死に誘導していたのだ。まさに最大の好機。この機会を逃すまいと蓮は吠える。

 

「ウオォォォ――――!!」

 

蓮の武器、罪姫(マルグリット・)・正義の柱(ボワ・ジュスティス)――――その能力は強靭な硬さと切断力の高さ、何より首に刃を当てさえすれば不死に近いヴィルヘルムのような存在であっても斃せることにある。

だが、それはその刃が当たればの話だ。

 

「う、嘘だろ!?」

 

――――その当たれば必殺の一撃をヴィルヘルムは杭を突き出した左腕で受け止めた。いや、正確には左腕ではない。地面から、そして全身から突き出した杭が、蓮の持つギロチンの動きを遮ったのだ。

ヴィルヘルムの創造内であれば生きているものを除き、どこからでも枝木のように飛び出す杭はまるで全身を覆うハリネズミのような冗談みたいな造形だが、それらは一本一本が強力な武器であり、同時に強力な盾でもあった。

 

「惜しかったな」

 

結果はヴィルヘルムの出したいくつもの杭を砕いただけ。

いくらギロチンが強力であってもそれは能力を十全に発揮してこそ。首まで届かず、勢いが殺がれた刃は左腕から生えた杭の盾に止められる程度に過ぎなかった。

 

「オラよッ!」

 

武器を拘束された蓮はヴィルヘルムの繰り出した膝蹴りをまともにくらい膝をつく。

人器融合型同士であるがゆえに安定などは程遠い戦いであったが、結果だけ見れば終始ヴィルヘルム優位に進んでいた。蓮が発揮した一瞬の爆発力はヴィルヘルムに危機感を抱かせることはあっても、致命傷を負わせるには至らなかった。

 

「ち、くしょう……」

 

精神的にはまだ折れていない。いや、むしろ斃さなくてはならないという気概は強くなっている。しかし、体の方がついていかない。出血が増え、ヴィルヘルムの創造により消耗し、ついに限界を迎えた蓮は前のめりに倒れてしまう。

必死に起き上がろうと踏ん張りを利かせるが、その前に頭を踏みつけられ、地面に顔を叩きつけられた。

 

「なかなか満足したぜ、クラフトの代替にしちゃあ悪くなかった。だが、俺を相手にするには場数が足りてねえ。テメエのあの創造が十全に使えてれば結果は変わってたかもしれねえな」

 

蓮の頭をグリグリと踏みつけながらヴィルヘルムは嗤う。

 

「安心しな、すぐにテメエの仲間も全員殺してやるよ。先ずはあの生意気なガキからだ」

 

そう言って、止めを刺そうと手を大きく振り上げたその時――――衝撃が学校全体に響き、空気を割った。

 

「――――なんでテメエがここに来てやがる?」

 

「……」

 

黙して語らず、蓮が無理矢理顔を動かして見たのは全身黒いナチスドイツ時代の軍服姿の男である。

恰好からして黒円卓の誰かなのだろうと理解した蓮は万事休すかと諦めかけた。現れたのがマレウスと戦っていた螢や(蓮は気付いていないが)司狼なら助かったかもしれない。

だが、そう思っていた蓮とは違い、ヴィルヘルムは現れた相手に対して警戒していた。

 

「ベイ、お前は何も間違っていない。確かにここは貴様の戦場だ」

 

「間違ってない、だァ?違ぇだろ、そういうこと言ってんじゃねえ。テメエは何しにここに来たか。そいつを聞いてんだよ、マキナ!!」

 

マキナと呼ばれた男は黒円卓の中でも現在グラズヘイムにいるはずの三騎士の一人であり、本来ここにいないはずの人物である。

彼らは本来5つ目のスワスチカが開かれるまでグラズヘイムでラインハルトと共に待機しているはずなのだ。

 

「命令だ。ハイドリヒから命じられた――――未だ波立たぬ水面に波紋を、飛沫を、立たせるためにここのスワスチカを三隊長によって開くことを」

 

「オイオイ、ふざけるなよ。だとしたら遅いっつってんだよ。ここでもう決着はついた。テメエが邪魔しなけりゃここで仕舞いなんだよ」

 

「わからぬか、貴様らでは力不足だと言っている」

 

その発言にヴィルヘルムは納得できなかった。既にマキナが現れずともヴィルヘルムが止めを刺せばそれで終わりの状況である。ラインハルトも5つ目を開けと言っただけで決着の邪魔をしろと言ったわけではない。しかし――――

 

「確かに、今手を出したのは俺の私情に過ぎん。貴様の決闘に、俺が介入することは本来許されざることだろう。だが、貴様の決闘程度で、これ以上、俺の聖戦の邪魔をするな」

 

本筋となる黒円卓の目的を無視してでも自身の目的をマキナと呼ばれる男は優先したのだ。そして振るわれた拳。ヴィルヘルムは咄嗟に躱そうとするが、いきなりマキナが手を出してきたことに驚愕したことと蓮を足で拘束していたことでほんの一瞬動きが遅れた。そして、それは致命的な隙だった。

 

「マキナァ!!テメエ!?」

 

振るわれた拳はヴィルヘルムに直撃する。その直後、ヴィルヘルムは物語の多くにある吸血鬼の最後のように苦痛と驚愕が入り混じった表情で灰へと変貌した。そして既定通りスワスチカが開かれた。

それとほぼ同時にマレウスが司狼に聖遺物を奪われていたのだが、この場の二人にとってその程度の些事はどうでもいい。

蓮は仲間を殺したことに、そしてそれ以上に驚愕したのは――――

 

「い、一撃だと……」

 

マキナと呼ばれた男の拳は蓮があれだけ苦戦したヴィルヘルムをたった一撃で殺したのだ。半ば無敵に近い再生能力、頭を落とすか心臓でも潰さない限り、いやそれを差し引いても数多くの戦闘経験から持ってい居た熟練した技量によって斃せないのではないかと思っていた敵をマキナと呼ばれた彼はただの一振りで幕を下ろした。

ヴィルヘルムが死んだことによって、吸血鬼の赤い月夜は消え去り、学校の風景が元に戻る。そんな中、ヴィルヘルムを殺した張本人がこちらに視線を向けて口を開く。

 

「兄弟よ――――俺を失望させるなよ」

 

それだけ言ってまるで初めからいなかったかのように彼は消え去る。脅威は去ったが、今の俺の心中にあったのは僅かな安堵と敵に対する恐怖だった。

俺は……あいつに勝てないかもしれない。

あのラインハルトにすら見せた負けん気は、今この瞬間、奴と相対したことによって大きく揺らぎ、その揺らぎに呑まれるかのように意識を失った。

 

 

 

 

 

 

夜が明け、今にも雨が降りそうな曇天の空模様が浮かぶ昼――――

マキナの降臨を感知したヴァレリアは、現時点で練っている策を活かす為にマキナと戦える駒を手に入れようと蓮達の拠点へと向かっていった。一方でヴァレリアの動向にあまり興味もない誠は教会で綾瀬香純を捕らえたまま考えていた。

今一度どの勢力につくべきか――――彼の姉、螢は蓮の下へ、首領代行のヴァレリアは独自路線に、そして黒円卓は既に3人が死に2人以上が裏切っているものの、それを補って余りある戦力の幹部が諏訪原市に現れた。

誠からしてみればヴァレリアと手を結ぶのは利用されるだけなので論外、裏切ってまで蓮達につくには信用も信頼もない、というより何も知らないに等しい相手の仲間になろうというのは馬鹿のすることである。

結局、最も無難で保守的な選択は黒円卓にそのまま残るという判断。

 

「でも、そうなるとやっぱ存在価値を証明しておかないと僕自身が危ういかな?」

 

ヴィルヘルムのような性格の持ち主がいた場合、誠は間違いなく排除される側の人間である。

ゲルマン人どころか白人ですらない日本人であり、最も年若く経験が浅い、裏切り者の身内が出ており、極めつけに消耗の激しいトバルカインという存在。良くて使いつぶされることになり悪ければ問答無用で処分される。そうならないためには多少の無理を通してでも価値を示すしかない。

だからこそ、彼は綾瀬香純という人物を預かった。蓮達をおびき寄せるエサとして、そして裏切り者と推測されるヴァレリアに楔を打ち込むために。

 

「だからここに最初に来るのが姉さんだとは思わなかったよ」

 

誰かがここに来るとしたら香純がいなくなったことに気付いた蓮や司狼だと彼は思っていた。

 

「藤井君は昨夜の疲れからまだ寝てるわ。だから藤井君達は貴方が綾瀬さんを捕らえたことをまだ知らない」

 

「逆に姉さんは何で知ってんの?」

 

行動を共にしてる蓮や司狼が知らず、螢だけが知ってるという状況を疑問に思うが、すぐに本人から回答が返ってきた。

 

「……クリストフから聞いたわ」

 

「裏切ってなお、殺してこない相手の言葉は信じちゃうんだ。相変わらず姉さんは甘いよね」

 

どこであったか、どんなことを話したかは誠に知るすべはないが、綾瀬香純が教会にいて誠が預かっているということを聞いたのは間違いない。

 

「確証はあったわ。藤井君には知らせずに病院の状況を調べてきた遊佐君から綾瀬さんがいなくなったことを聞いていたの。病院のスワスチカが開いた時点で薄々死んだか連れ去られただろうとは思っていたけどね。

でも綾瀬さんを連れていくのにメリットがある人物は限られてくる。まして黒円卓の中でそんなことをするとしたら、マレウスやシュピーネは既に死んでるから貴方かクリストフ」

 

「それでクリストフは姉さんの前に現れたから僕が彼女を預かってるって判断したわけね。すごいよ姉さん、今日からエーミール・ティッシュバインになれるね」

 

パチパチと誉めているのか小馬鹿にしているのか微妙な拍手を螢の推測に送り、一区切りしてから改めて本題を訪ねる。

 

「――――それで、どうしたいの?マレウス先輩もベイ先輩もいないし、裏切ったことは無しにする?それとも逆に黒円卓の僕を殺す?それじゃ兄さんを蘇生させることが出来ないよね」

 

「それは……」

 

考えてきたわけではない。だた、単純にその事実を聞いて駆けてきたのだ。そして、それはヴァレリアの思惑通りに動かされたということ。

 

「まあ、僕は正直姉さんがここに来てくれて良かったと思ってるよ」

 

「え?」

 

意外な弟の言葉、螢も誠も互いに姉弟としての情は薄い。何故なら、二人は互いに5,6歳頃と物心ついてから数年程度しか一緒におらず、戒という長男とベアトリスという姉のような存在によってかろうじて絆がつながれていた程度の関係に近いからだ。

 

「うん、本当に良かったと思ってる。姉さんとどうやって会おうか悩んでたんだ。何せこっちは教会から動けないし、姉さんも一人じゃ動かないんじゃないかと思ってたし」

 

螢も誠も聖遺物を引き継ぐために様々な訓練を受け、引き継いだ後も世界各国を巡っていた彼らは互いに違う場所で過ごすことが多かった。合流することがあっても互いの関係は姉弟というよりも仕事仲間。お互いに好き嫌いすら知らない関係。

螢はこの関係を改善したいと思う一方で長男である戒やベアトリスが蘇生すれば殆ど記憶はないが元の関係に戻るはずだと思い、誠は本来そうあるべき(・・・・・・・・)だと思っていた。

故にこの言葉の意図することは――――

 

「だって身内の汚名を返上するには身内が片を付けるしかないでしょ?」

 

そう言って不意に放たれた槍の石突の部分で螢は腹を殴られ気絶した。

 

 




マキナ:ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンという名前があるのだが、その名前で呼ばれることは一度も無い。知らない人に一言で説明するならワンパンマン。諸行無常。いきてるのなら(一撃で)神様だって殺して見せる。どれでも通じる、大体そんな感じ。


螢は無意識にある弟への罪悪感からどうしても誠の動作に対する反応が一瞬遅れた。
だから本当ならこの程度の攻撃を躱すことは出来たし、最悪攻撃を受けても気絶は免れた、はず。

スワスチカ(5/8)


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8話 ズレ

黄昏の浜辺で俺は一人佇んでいた。

何度も夢の中で訪れた世界。すぐにここが自身の持つ聖遺物――――マリィの世界であると気づいた。

処刑博物展で処刑台を見て以来、制御できるまでずっと見続けていたが、形成が扱えるようになってからここ数日は見ていなかった夢の中の世界だ。

俺は眠りに落ちる前のことを思い出す。ヴィルヘルムとの戦いに敗北しかけ、そこを敵であるはずのマキナと呼ばれた黒い男に助けられたのだ。いや助けというには語弊があるかもしれない。奴は明らかに俺に固執していたが、俺を見ていたわけではなかった。目的のためにヴィルヘルムが邪魔になった、だから殺した。

 

「……ッ!?」

 

その時の出来事を思い出し恐怖がぶり変える。その後のことは覚えていない。おそらくそのまま気絶したのだろう。

 

『兄弟よ――――俺を失望させるなよ』

 

奴の言葉が脳裏に思い浮かぶ。奴のあの一言から出た圧力が俺に重くのしかかった。

負けるかもしれないと思ったことは何度もある。屋上で司狼と喧嘩した時、誠という黒円卓のメンバーと初めて会った時、先のヴィルヘルムの戦いでもそうだ。だが、闘争心だけは前のめりなほどあった。

司狼との喧嘩は意地のぶつかり合いで互いに気絶するまで殴り合った。誠との戦いのとき、最善であったはずの逃げるという判断をしなかった。ヴィルヘルムの戦いでは死闘の末にあと少しで創造を会得するまで粘り続けた。

どの戦いでもこいつには負けるものか、絶対に勝ってやる。そんな気概があったのだ。

しかし、勝てないかもしれないと思わされたのはこれが初めてだった。

 

「奴は……」

 

ヴィルヘルムすら一撃で斃したその力、5つ目のスワスチカが開いた瞬間に押し寄せた存在感――――いや、おそらくそんな表面的なところではないのだ。本質的に奴と俺との間に何らかのつながりがあり、俺はそれを恐れているのだ。

 

「なん、だよ……情けないな、俺」

 

恐怖に体が震え、蹲りそうになる。丁度良かったかもしれない……どうせここは夢の中なのだ。この恐怖に負けそうになって何が悪い――――むしろ今まで感じなかったことがおかしかったんだ。毎回命のやり取りをして、この街の、それどころか世界の命運をかけた戦いに挑まなければならない。そんな恐怖、常人ならとっくに精神的にも肉体的にも破綻してる。ヴィルヘルムとの戦いだってその寸前だったんだ。

俺が心の中でそうやって言い訳していると、砂を踏みしめる足音が聞こえてきた。情けない姿を見られるのが嫌で、すぐに振り返る。

 

「……レン」

 

「マリィ」

 

近づいてきていたのはマリィだった。当然だ。ここはマリィの世界なのだから、彼女がここに来ても何ら不思議ではない。

しかし、これまでの彼女と異なり、不思議と以前彼女から感じた無機質さ、無邪気さが薄れ、ひどく近しい感覚を感じた。初めて会った時の彼女は歌っていた通り正にギロチンそのものと言っても過言ではなくお世辞にも人間らしさなど欠片もなかった。初めて実体化した時も人間というよりは出来のいい人形と言った方が似合うほど浮世離れした様子だった。

だが、今は人間らしさというものがあった。その理由はとても単純で、彼女に人間らしい表情があったからだった。

 

「レン、こわいの……?」

 

そう、まるで心配するかのような、そして自身も恐怖に震えるような表情で彼女は俺を見ていた。

 

「……ああ」

 

正直に答える。別の誰かならともかく、一心同体とも言えるマリィなら話しても問題ないと思ったし、今は話すべきだと感じたからだった。

 

「なんで、こわいの?」

 

「なんでって……」

 

オレは一体何に恐怖しているのか。命を賭して戦うことか、この身に世界の命運がかかっている責任か、それとも敵や自身にある強大なその力そのものか、それとも奴と出会った時からなぜか感じていた自身の知らない真実(・・)を知ることなのか?

 

「……わからない」

 

絞り出すように出た言葉は答えとも言えない答えだった。だが、それを聞いたマリィはなぜかその答えに満足した様子だった。

 

「だったら、わたしと一緒だね」

 

「一緒?」

 

「わたしもこわいの……あの人に砕かれた日から、ずっと」

 

マリィの言うあの人とはラインハルトのことだろう。そうだ、確かに俺は無事だったし、マリィも見た目は無事だが、あの橋の上で攻撃して、敵の身に傷一つつけることも出来ず、逆に外側だけとはいえ一度は奴に聖遺物を砕かれたのだ。

完全に失念していた。敵の言葉を馬鹿正直に信用しすぎだ。俺は馬鹿か、そのことでマリィに影響が全くないなんて都合の良いこと起こるはずがないのだ。どこかに傷があるのか、そう思って心配したらマリィが口を開く。

 

「でもね、ふしぎなの。レンと一緒にいるとね、こわいのが小さくなるの。それでね、こわいのとはちがう感じがするの」

 

だが、マリィの言葉は俺の心配していた内容とは違っていた。

 

「レンといるとね……その、ここがドキドキってするの。でも痛くない、これってうれしい、っていうのかな?」

 

しどろもどろに恐る恐るといった様子で、自分の中に生まれている感情が何なのかさえ分からず、彼女確かめるようにそう尋ねる。

 

「わたしもレンもこわがってる。でも、わたしはレンが一緒にいるならこわくない。レンはちがう?」

 

自分がそうなら相手も同じ思いを抱いているに違いない、そんな純粋さから出てきた彼女の言葉。

そうか、ようやく合点がいった。マリィはあの戦いを通じて、感情というものを得たのだ。だが、それは幼いのだ。生まれたばかりの感情を整理できず、だから自分と同じように恐怖の感情に支配されていた俺を見つけて安堵しているのだ。やっと理解した。

 

「ああ、そうだな。俺もマリィがいるなら大丈夫だ」

 

そう、俺は大丈夫だ。マリィよりも少しだけ人生経験が豊富な俺は恐怖に対してやせ我慢が出来る。だけどマリィは違う。生まれたばかりの感情に戸惑い、しかもそれが恐怖であったがゆえに混乱している。

だから俺が守らなくちゃいけない。皮肉にもラインハルトに傷つけられたことによって何も知ることなく、何も教えられることのなかったマリィは今まさに人間として成長したのだ。俺がその妨げになったら俺は自分が許せなくなる。

 

「マリィ、安心してくれ。俺が絶対にあいつらを斃して見せる」

 

弱気になどなるな。マリィに格好悪い所は見せられない。そう思って俺はマリィに約束する。

 

「今度、香純と一緒にタワーや遊園地に行こう。そしたら、マリィも絶対楽しいはずさ」

 

「……うん、約束ね。レン」

 

――――頭の片隅で何かがずれるような軋む音がした――――

 

 

 

 

 

 

5つ目のスワスチカが開いて以来、一般人の居なくなったボトムレスピットで司狼は酒とたばこを補充しながら新しいおもちゃを手に入れた子供のように聖遺物を玩んで使い勝手を確かめていた。

戦場となったホールこそ廃墟のように滅茶苦茶になっていたが、住みかとしていた部屋や食料を置いてあった場所は無事。銃撃や爆発音で警察が閉鎖するかと思いきや、ここ最近の連続事件やここを根城にしているのがアウトローな人間であったこと、何よりスワスチカが開いたせいで一般人には立ち寄りがたい瘴気のようなものが漂っていたため誰も近づくことすらなかった。

 

「おもしれえな、この武器(おもちゃ)。まさに俺にぴったりって感じだぜ」

 

冗談めいた口調で一人そんなことを口にする。新しく司狼が手に入れたルサルカの聖遺物は、司狼にとって相性抜群の武器だった。手数は多く、応用も、潰しも利く。更には武器にある程度能力を移し込むことが出来、司狼の愛銃デザートイーグルの弾丸にも聖遺物の能力を付与させることが出来た。

勿論できないことも多い。手に入れたばかりの聖遺物ということもあり、当然創造は使えず、武器として使うには全体的に火力が足りない。しかし、司狼は満足していた。昨日まで同じ土俵の上に立つことさえできなかったのだから当然だろう。足りない欠点は工夫で補う。それが司狼の戦い方であり、問題はなかった。

少なくとも元々この聖遺物を持っていたルサルカやヴィルヘルムとなら互角に渡り合える自信があった。

 

「だが、次の奴らはもっとやべえ」

 

司狼と螢がルサルカに止めを刺したのとほぼ同じタイミングでヴィルヘルムを打ち倒した敵は遠目から一目見ただけでも圧倒的な実力差を感じ取ることが出来た。

行方不明の幹部――――それが後二人もいるというのだから、厄介な話である。だからこそ、ここでカードを切りにくる相手が司狼の目の前にいた。

 

「だからこそ、私と手を組むのは合理的だと判断していただけるかと思うのですが」

 

戦いに疲れ果て寝ている蓮、そそのかし教会に弟を説得しに行った螢、鬼の居ぬ間にとでも言うべきか、司狼の前に現れたのは神父――――黒円卓の首領代行であるヴァレリア・トリファだった。

 

「手を組むねぇ、おたくら散々こっちに不利益被るようなことやって置いて今更仲間になりましょうなんて調子の良い内容に俺らが頷くとでも思ってるのか?」

 

「ええ、私とてこれまでのことを水に流しましょうなどと言う虫のいい話をしに来て信用していただけるなどとは思っていませんよ。ただ、あなた方と私の目的には一致するものが多い。少なくともテレジアを犠牲にしたくないという点は賛同していただけるはずです」

 

確かにヴァレリアの言うように氷室玲愛を助け出したいという点では一致していた。史郎は煙草をくわえながらソファに座り、話の続きを促す。元々、話を聞く気はあった。と言うより戦っても無駄に消耗するだけであると司狼の直感が理解していたから手を出す気がなかった。

 

「仲間になれ、仲間にしてくれ、などということは言いません。元々敵同士なのですから。ですが、互いに同じ目的を持つ以上、目的を達成するまでの間、協力できると私は思っていますよ。私を利用するぐらいのつもりで構いません。どうか助力願えませんかね」

 

「ヘッ、寝言は寝て言えよ。協力するだとか、利用しろなんて取り繕っちゃいるが、結局のところはお前の狙いは俺らを使って相手を消耗させること、あわよくば共倒れを狙ってるってだけの話だろ」

 

司狼の言うように都合よく見せた条件の裏は嘘と誤魔化しとわずかな真実でブレンドされた詐欺師の常套句である。ヴァレリアは本当の目的も手を組むことによって得られる利益も話していない。

提案を喜々として受け入れるのは三流、素気無く断るのは二流、利用するためにあえて受けたら一流――――そう思わせるのがヴァレリアの狙いだということに司狼は気付いていた。

 

あの女(さくらいけい)がアンタの話を聞いて弟の所に行ったのは、お前の言葉に嘘がないと分かっていたからだろうが――――お前、嘘は言っちゃいないが、本当のことも言ってねえだろ?」

 

香純を預かっているのは誠であることを聞いた螢は人質を取ることを止めるために向かっていった。だが、攫ったのはヴァレリアであるということに薄々司狼は気付いていた。僅かな時間だが、誠はそこまで大胆な行動を起こす相手に思えず、むしろヴァレリアが行動した方が色々と都合が良いことが多そうに見えたからだ。だが、ヴァレリアは言い当てられたことに対して微塵も動揺しない。

 

「さて、どうでしょう。ですが、たとえそうだとしても、あなた方が不利益を被るような真似はしませんとも」

 

にこやかに努めて冷静に交渉を続けるヴァレリア。しかし、彼のその様子は司狼にとってむしろ交渉に値する相手ではないと決断する判断材料になる。彼の直感と洞察力を前にヴァレリアの対応は悪手だった。

 

「そういう信用のない所が問題なんだよ。蓮の奴ならこういうぜ、『先輩は俺が助けるから邪魔するな』って。悪いが帰りな、結果が分かり切った内容を伝える程、俺はお人よしじゃないぜ」

 

(意外と蓮なら騙されるかもしれないがな……あいにくぶら下がったニンジンに噛り付くほど俺は親切じゃないぜ)

 

「わかりました。このまま交渉を続けても受け入れられそうにないことですし、ここは一度引き下がることにしましょう。

ですが、三人の幹部、マキナ卿、ザミエル卿、シュライバー卿はあなた方が想像している以上に危険な存在です。このままでは絶対に勝ち目はありません――――それほどまでにあなた方と彼らの実力差は開いています。

……特に藤井さんと相対したであろうマキナ卿は最もハイドリヒ卿に近いと言っても過言ではありません。彼を相手取る手段がない限り、貴方達にも私達にも勝ち目はありませんよ」

 

ヴァレリアはそう言って立ち去った。寝ている蓮と司狼以外誰もいなくなったボトムレスピットで司狼は考える。

 

「最後まで食えねえ奴だな。誘導しようって魂胆が透けて見えるぜ」

 

おそらくヴァレリアの瑕疵はマキナの能力、司狼はそう推測する一方で敢えてヴァレリアがそれを誘導するように言ったことも気がかりだった。

 

(それこそ、こっちが気づかないように誘導することも出来たはずだ。だが、あいつは敢えてこっちに気付かせるような発言をした。それとなく……誘導していることを悟らせつつも、わざとらしくない程度に)

 

となると、狙いは残り二人の幹部。このどちらかを崩すことにあるのではないか。もちろん、マキナという相手が蓮と司狼の手で斃されるのが最も理想的なのだろうが。

 

「まあ会ってもない相手のことを考えても仕方ねえか」

 

「……ここは?」

 

司狼が考えを止めたのと同じタイミングで蓮が目を覚ます。これまでの連戦、そして実質敗北したに等しいヴィルヘルムとの戦闘で疲労が限界を迎えた蓮だったが聖遺物保持者となったことで体力の回復も早くなっており、普通なら数日から数か月はは寝たきりになりそうな体も一日眠ることで完全に回復していた。

それでも半日近く時間がたっており既に夕方と次のスワスチカが開くまで差し迫っていた。

 

「オウ、蓮。目ぇ覚ましたな」

 

「誰かいたのか?」

 

「いいや、誰も来なかったぜ(・・・・・・)

 

いけしゃあしゃあと嘘を吐く司狼。しかし、それに気づくことなく蓮の興味はすぐに別の所に移る。

 

「司狼、お前!聖遺物を!?」

 

「ああ、割と簡単に手に入ったぜ。これで文句のいいようもないだろ」

 

目を覚ました蓮の体調に問題がなさそうだと判断した司狼はすぐに立ち上がって、行動を開始する。

 

「蓮、とっとと行くぜ。敵は幹部まで出っ張ってきたんだ。まさか一人でやるなんてこと、今さら言わねえだろ」

 

「おい、ちょっとは説明しろよな司狼!」

 

夜になれば敵はすぐにでも現れる。目を覚ましたのが夕方である以上、束の間の平穏すら享受する暇はなく、次なる彼らの戦いはもうすぐ差し迫っていた。

 




マリィ:物語のキーパーソン。しかし、この二次小説ではそんなに活躍する予定はないのであしからず。もちろん誠との関わりは一切ない。

スワスチカ(5/8)


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9話 各々の役割

夜、彼らは各々思うままに行動する。蓮と司狼は強敵を前に共に行動を起こすことを決めた。蓮は香純が連れ去れたことを知らない。ただ、嫌な予感だけはしていた。

そんな彼の様子を知ってか司狼は敢えて病院と逆方向の遊園地を目指す。当然、遊園地には人っ子一人いない。逆に言えば、被害が広がることがない。蓮たちは初めて自分たちから誘いをかけていた。幹部が実力者なら確実にこちらの挑発に乗ってくると思って。

 

「司狼、敢えて聞かなかったけど、櫻井の奴はどうしたんだ」

 

司狼がルサルカの聖遺物を手に入れたということは蓮が知る限り直前まで戦っていた櫻井螢がどうしていたのか知っているはずではないかと思った蓮は尋ねる。

 

「なんだ、気になるのか?お前の好みだもんな、あいつ」

 

今まで訪ねなかったのは司狼にこうやって揶揄われると理解していたからだ。しかし、蓮たちに戦力的な余裕はない。完全な味方、とは言い難くとも一度は黒円卓と敵対した彼女であれば説得できる可能性が高いと思っていた蓮は時間に余裕ができた今、聞いておくべきだと思った。

 

「わかってると思うが司狼、そんなんじゃないぞ。こっちには余裕がないのはわかってるだろ。知ってるなら教えてくれ」

 

「弟に会いに教会に行ったきりだぜ。ま、死んじゃいねえだろ。よっぽど仲の悪い姉弟じゃなけりゃ。

もし仮に殺し合うほど仲が悪くても、あいつらなりのルールがある。一日で開けるスワスチカは一つ、多くて二つ。それに昼間は活動しねえ。昨日の学校がいい例だ。学校を襲撃するなら昼間の方が自然に生徒が集まるんだからな。何らかの制約があるんだろうぜ。

身内だろうと殺すならスワスチカを開くために殺すだろうさ」

 

だが、それは逆に言えば今夜、いやもうすでに夜になっているのだから今殺されてもおかしくないということだった。

 

「司狼!お前なんでそれを黙ってた!!だったら教会に行くべきだっ「それを櫻井のやつが分かってないと思ってんかよお前」――――ッ!?」

 

「いいか、蓮。この際だから言っておくが元々あいつは俺たちの敵だ。共闘したのは状況に流されてのものだ。わかってんだろ、何の策も考えもなく俺たちが教会や病院に近づいたら先輩も香純も巻き込まれかねないんだぜ」

 

いや、正確には巻き込まれ済みだ。蓮はまだ香純が教会に連れ去られたことを知らない。スワスチカの開いた病院ではなく、自宅のマンションで寝ていると思っている。そのことに気付かないように目を覚ましてからずっと司狼が焦らせたり会話を途切れさせずに誘導していたからだ。

今はまだ知らない方が蓮にとっては良いと司狼は直感で分かっていた。

 

「状況を考えろよ。お前が寝てる間だって事態は進んでるんだ。後先考えずに突っ込んだら負けるぜ。これはそういう戦いだ」

 

蓮は頭にきて思わず司狼の襟首をつかむ。司狼は逆にへらへらと挑発するように笑った。

 

「なんだよ、本当に惚れたのか?」

 

「次に冗談言ったら殴るぞ。次のスワスチカは6つ目だ。そんな状況であいつらの前に一人で誰かを行動させること自体が俺たちの首を絞めるんだ。その位わからないわけじゃないだろ!」

 

「首絞めてんのはお前だろ。じゃあお前は先輩と香純を連れて、櫻井を仲間にして3人で敵全員同時に相手しましょうって言うのか?そっちの方が無謀なんだよ。あいつらがいつ単独で行動するなんて誰が言ったよ?1人でもビビる相手なのに3人同時なんて無理だろ?」

 

だから分散させた。3人を相手に守りながら戦うという最悪の状況は避けた。司狼の言うことも正しい――――蓮もそれは分かっていた。だが、それ以上に蓮は櫻井のことが心配だった。

 

「やっぱ、惚れんじゃねえか」

 

とりあえず蓮は割と本気で司狼を殴った。

 

 

 

 

 

 

蓮と司狼がそんなやり取りをしていたころ、話題の張本人は教会にいた。

 

「誠、なんで……」

 

「なんでって、わからないわけないでしょ?姉さんは裏切り者なんだよ。だからこうやって拘束するのも当たり前じゃない?」

 

誠は昼間に気絶さえて捕まえた姉である螢を拘束して地下室に閉じ込めていた。丁度、蓮が橋でラインハルトに気絶させられて連れて来られた時と同じ部屋に。

 

「ああ、そういえば姉さんが気にしてた綾瀬さんならゾーネンキントである彼女の隣の部屋にいるよ。ま、危害を加える気はないから安心して。それがクリストフとリザさんとの約束だし」

 

螢を見ているが見ていない。誰に話しかけるでもなく、独り言のようにつぶやく誠。その様子を見て、螢はますます疑問が深まった。

 

「そうそう、ツァラトゥストラは遊園地に向かったみたいだね。まあ、幹部の誰かが出張るだろうから僕の仕事はないかな?」

 

「……」

 

疑問を抱いたのは螢を拘束したことではない。櫻井螢は彼の行動の一貫性の無さに疑問を抱いていた。

弟の考えが理解できない。昔は、それこそ戒兄さんが生きていたころの誠は明るく朗らかな、自分とさして変わらない子供だった。だが、いつからか、誠は変わった。いや、この数年で変わらない方がおかしい。だが、変化の方向性が普通とは明らかに違う。螢とて変わったが本質は変わっていない。だが、誠は根幹から変わっていた。それも流動的に変化しているように見える。

初めはひどく積極的だった――――最初にツァラトゥストラを見つけ殺そうとしたのは誠である。

次に会った時には従順な様子であった――――それこそベイの指示に従い、螢の手助けをするくらいには。

それからしばらくは消極的になった――――皆がスワスチカに躍起になっている所でただ一人何も行動しなかった。

昼は懐疑的だった――――それこそ姉である螢を捕らえる程に。

 

そして今は――――協力的だった。

拘束しているが見た目だけ、そもそも聖遺物所持者を捕らえることのできる真っ当な拘束手段はない。綾瀬香純の居場所を教え、黒円卓の数少ない泣き所である氷室玲愛の場所まで教えている。そして、昼間にあれだけ見せていた姉に対する警戒心が全くなかった。

 

「どうしたの姉さん?」

 

どれが誠の本当の姿なのだ?いや、もしかしたら何か一貫性があるのかもしれない。螢が見逃しているだけなのかもしれない。

だが、螢にはわからなかった。今は弟がひどく遠い存在であるかのように感じられた。

 

 

 

 

 

 

襲撃は突然だった。蓮と司狼の二人が認識する前に何かが通り過ぎ、次の瞬間には吹き飛ばされた。

 

「グッ……!?」

 

「なッ!?」

 

圧倒的な速度差――――だが二人は瞬時に理解した、敵が来たと。

 

「オラぁ!!」

 

まず動いたのは司狼。ばらまくように放たれた銃弾。同時に聖遺物の一つである鎖を銃弾とは違う軌道であたりに飛ばす。

 

「――――!」

 

逆に蓮は敵の動きを見逃さないために静止して集中する――――

 

「アハハハ――――遅すぎるよ!!」

 

しかし、司狼の攻撃は何も手ごたえがなかった。銃弾は彼方へと飛ぶだけであり、鎖は敵に当たるどころか、逆に何かに弾かれ、鎖は砕かれていた。

 

「ぐっ!?」

 

司狼は聖遺物の一部が砕かれた反動でダメージが蓄積される。だが致命傷ではない。どうやらルサルカから奪った聖遺物は火力が低い代わりに聖遺物一つ一つが破壊された時の反動も小さいらしい。それを身をもって確かめつつも敵の動きを予測して銃を撃ち続ける。

 

「そこ、だァ!!」

 

一方、蓮は司狼の攻撃で動きが制限された敵の軌道を捉え、ギロチンを振るった。自分たちより速い相手であるが、動きは単調。故に近づくのではなく、敵の動きを予想して待ち構えて攻撃する。

 

(ドンピシャ!こいつは避けられるはずない!!)

 

一瞬の交差――――攻撃は通ったかに見えたが、迫ってきた敵はむしろ速度を上げて近づき、間合いの内側に入って身を低く伏せることで躱し、蓮を蹴り飛ばした。

 

「っ!ち、くしょう!」

 

だが、蓮を蹴った衝撃は軽い。蹴りをくらったが近づいたなら好都合とばかりに蓮は自分を蹴った足をつかもうと手を伸ばす。

 

「すごいすごい!でも、届いてないんだよォ!!」

 

音すら置き去りにするような速さの戦いで聞こえたのはその言葉――――気付いた時には蓮は背中を撃たれていた。

 

「がぁッ!」

 

今度こそ、体勢を崩す。大したダメージはないが、蓮と司狼の二人が攻撃を止めたことでようやく敵も立ち止まった。

現れたのは白――――白髪の少年。両手に握った拳銃幼い見た目の誠よりは身長が高いが随分小柄で童顔。右目に眼帯、両手にはそれぞれ異なる種類の拳銃。そして猟奇的な敵を嘲笑う笑み。

 

「泣き叫べ劣等――――今夜ここに、神はいない」

 

ウォルフガング・シュライバー――――黒円卓の幹部の一人が蓮と司狼の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

結局、疑問が解消されることなく、誠は螢の前から立ち去り、螢は綾瀬香純を連れて脱出することにした。

 

「ね、ねえ櫻井さんだよね……ここ教会だよね、えっと私なんでここに」

 

何て察しが悪いとは言えない。彼女は巻き込まれた一般人であり、蓮の聖遺物を一時的に使っていたとはいえ、本来は何も関係がない筈なのだ。

 

「話は後よ、とにかくここから離れたほうがいいわ……そうね、家に戻るかいっそ街をしばらく出たほうがいいと思うわ」

 

「え、いや、ちょっとそんなこと言われても!?そもそも教会なら神父さんやシスターさんは?それに氷室先輩だって」

 

そんな話をしている暇はないと思うが、香純からしてみればあまり親しくもない螢に突然そんなこと言われても納得がいかないのだろう。だが、時間をあまりかけるわけには、そう思った時――――

 

「駄目よ、彼女を連れていくことを許すわけにはいかないわ」

 

黒円卓のメンバーの一人が現れた。リザ・ブレンナー――――直接的な戦闘力に限れば黒円卓で誰よりも低いが、彼女の能力である蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)を前に香純を連れて教会を脱出するのは螢には難しい。

 

「えっと、シスターさん。なんで、そんな恰好を、それって……コスプレですか?そ、そういえば櫻井さんも同じ格好して、ます、ね」

 

薄々何かがおかしく、まずい状況であることを察し始めた香純だが、既に香純が思っているよりも事態はまずい状況へと進んでいた。

 

「レオン、彼女をこっちに渡してちょうだい。私は彼女に危害を加えるつもりは一切ないわ。少しの間、彼を止めるために彼女にはここにいてもらう必要があるの」

 

螢がどうにかして切り抜けるしかないと身構えた時――――

 

「リザさん、やっぱ貴女は交渉事には向いてないと思うよ」

 

「うん、私もそう思う」

 

第三者が、いやこの状況で関わってくる相手など決まっていた。

 

「誠……」

 

「玲愛!」

 

二人が呼んだ相手は違うが、そこに立っていたのは名前を呼ばれたその二人。だが、黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンギヌス)を携え玲愛の背中からいつでも貫けるように構えていた。その構図は当人たちを除き、誰とっても予想外のものだった。

 

「いま僕の持ってる槍をゾーネンキントである彼女に突きたててる。この意味は分かる?貴女達には僕の指示に従っていただくか、彼女を見捨てるという選択があるっていうこと」

 

「わーこわい。たすけてリザ」

 

台本に書かれたセリフを言うかのような、一切感情のこもっていない棒読みで誠と玲愛は話しかけてきた。

ここにいた面々は全員目を疑う。

香純は事態がドンドンわけのわからない方向に進んでいることに、螢は弟の奇行と共にいる玲愛の存在に、リザは玲愛の起こした行動そのものに。

 

「玲愛、貴女……」

 

「うん、全部私が彼に頼んだの。綾瀬さんのことも、彼のお姉さんのことも、わたしなりに藤井君を助けるために」

 

玲愛が自身で起こした行動。誠の違和感のある行動の一端(・・)は彼女に協力していたことにあった。

 

「僕は頼まれたから手伝うことにしただけ。何せ姉さんが裏切っちゃったから立場を考える必要があったし」

 

誠ははっきり言って黒円卓や黄金錬成などどうでもよかった。何せそれを使って叶える願いなどない。姉である螢が裏切ったのだから余計に。だから有利に動けると思った玲愛についたのだ。

 

「リザ、お願い。私に協力して」

 

「……貴女にそう頼まれたんじゃ仕方ないわね」

 

そしてリザも玲愛の願いを前に香純を拘束する気など失せ、玲愛に協力することを決めた。一触即発だった状況は好転し、彼女たちは蓮達が拠点にしているボトムレスピットまで移動することに決める。

一方、話を置いてきぼりにされた香純は何が何だかわからなかったが、とりあえず蓮の下に行くことを知ってついていくことにした。

 

教会のチャペルから正面の扉へ向かい全員で移動する。

ふと、違和感が彼らを襲った――――静かすぎやしないか?夜の教会など普段から静かなものだが、風に揺れる木々の騒めきや寒い冬とはいえ虫や獣の声も聞こえない。

それに最初に気付いたのは螢だった。乾いた空気、かさついた肌、そして何より発火直前の独特の気配――――

 

「全員、下がりなさい!」

 

そして巻き起こった轟音と膨大な熱量によって発生した爆炎。炎を操る螢はだからこそ最初に気付き、咄嗟にその爆炎に向かい攻撃を行い、自分たちの周りへの被害を軽減させようとした。だが、桁違いの熱量に螢の咄嗟の攻撃は拮抗することなく一瞬の遅滞を発生させただけで終わり、彼女は吹き飛ばされてしまう。

 

「チッ!」

 

ただ、その一瞬の遅滞は無意味ということは無く、生じた小さな空白に誠は槍の柄の中心部を両手で握り竜巻のように回転させ、攻撃に割り込ませた。

攻撃そのものを防ぐことは無理でも、それの本質が炎であるならを逸らすことは出来ると誠は判断して、回転によって空気と炎の通り道を誘導した。

それでも、誠の防御ではむせかえるような熱気を完全に防げず火傷を負う。だが、螢と誠の身を呈した防御によって肉体的には一般人でしかない玲愛や香純を守りきった。

 

炎が立ち消え、視界が晴れる。そこに聞こえてきたのは乾いた拍手と女の声だった。

 

「まずはよくやったと誉めてやろう。ゾーネンキントである彼女が死んでは元も子もないのでな」

 

褒め称える声――――それは明らかに小馬鹿にしたもの。この程度の攻撃を防げないわけがないだろうという皮肉だった。

 

「あなたは……」

 

そして目の前に現れた相手を見て、誠が呻くように呟く。

 

「さて、自己紹介といこう。聖槍十三騎士団黒円卓第九位エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァだ――――名を名乗れ、東洋人。貴様の一族の恥さらしとして名を刻んでおいてやる」

 

先ほどの炎よりも鮮烈な色をした紅髪を束ね、左の顔に火傷の跡を持つ女性は、煙草を咥えながらそういった。

 




櫻井誠に黄金錬成によって叶える目的はない。
強いてあげるなら実力を示すことこそが目的である為、黒円卓にこだわる必要はなく、恩義のある手ほどきしてくれたルサルカが死に、姉が裏切ったので特に黒円卓にいる理由もなくなった。


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10話 進化

シュライバーは速い――――ただ端的に言えばこれだけの相手である。しかし、その速さが異常だった。

誰よりも速く、誰も追いつくことが出来ず、誰も捉えることが出来ない。絶対的な速度は一方的な攻撃を可能とし、逆に相手からの攻撃はすべて躱すことが出来た。

 

「く、また!?」

 

勿論、戦っている蓮や司狼とて、それは理解しており、何もしなかったわけではない。

最初は誘導――――いくら速くても来ることが分かれば攻撃を当てれると思ったがそれは甘く、すべて躱され逆に正面から反撃を食らうだけだった。

次は範囲攻撃や攪乱攻撃――――遊園地というアトラクションや設置されている様々なもののおかげで障害物が多い。この地形は蓮たちにとって有利なはずであり、最初の誘導を応用した待ち伏せ、障害物による移動ルートの制限、果ては遊具を吹き飛ばして表面積を稼いだ攻撃や地面をえぐり取って放った石の散弾と多種多様な攻撃を仕掛けた。にもかかわらずただの一度も攻撃は当たらない。

最後に心理戦――――誘いをかけて相手へ揺さぶりをしようとした。司狼の十八番だが、シュライバーの異常な精神性を前にそれらは一切通用せず、正確かつ無慈悲に着々と攻撃を仕掛けられ、ここまで策は消耗するだけに終わった。そもそもシュライバーを相手に心理戦を仕掛けれるのはそれこそ黒円卓の中でも特異なメルクリウスや相手の心を読めるヴァレリアぐらいである。

 

「アハハ、遅いね、君たち二人とも欠伸するほど遅いんだよ」

 

そして、げに恐ろしきはこれがシュライバーの活動位階でしかない事だった。活動であるがゆえに火力こそ低いが、速度で負けている。限定的な力しか発揮できない不安定な活動位階で蓮たちは圧倒されていた。つまり、シュライバーは形成と創造、あと二つ切り札を握っている。

かろうじて救われている点は、一般人にとっては強力な武器となる銃も、シュライバーの能力で強化されているとはいえ、聖遺物を持つ蓮や司狼にとっては大したダメージにはならない。

むしろ直接シュライバーに殴られたり蹴られたときの方がダメージが大きかった。

 

「君らは僕に触れることすら出来ないんだよ」

 

司狼は変わらず周囲にまき散らすように攻撃する。観覧車、ジェットコースター、休憩スペース、メリーゴーランド遊園地一帯が戦場になったせいもあり園内はがれきと障害物の山となっているが、そんな障害物苦になるはずもなく、シュライバーがこちらに接近してくる。

シュライバーの速さに追いつけない司狼は正面から反撃しても全く当たらず、逆に至近距離で攻撃されそうになったところで蓮が邪魔するように割って入って攻撃した。勿論蓮の攻撃は容易く躱され外れるが、司狼に近づいていたシュライバーも一度距離を取ってメリーゴーランドの天辺に着地した。

 

「司狼、何か思いついたか?」

 

攻撃から庇った蓮が司狼に尋ねる。

蓮はシュライバーの速さに慣れたのか最初よりも攻撃に対応し始めていた。しかし、シュライバーの速さはまだまだ本気ではない。蓮が慣れるのに比例してシュライバーも少しずつ速さを増している。この程度では戦う相手にすらならないとわざと少しずつ成長させて遊んでいるのだ。

蓮本人はあまり自覚はないが考えるより先に行動する蓮はシュライバーと叩くことが出来ても攻略法を見出すことが出来なかった。ヴィルヘルムに敗北しそうになったのもそこにある。

 

「ああ、あいつの斃し方を思いついたわけじゃねえが、気になる点はあるぜ」

 

だが、続きを話そうとした時、シュライバーが再び襲い掛かってきた。司狼は後ろに下がりながら銃を乱射し、蓮は正面からぶつかりに行く。

 

「りゃぁぁ!!」

 

蓮が正面から斜めに振るったギロチンの一撃。しかし大振りの攻撃が当たるはずもなくシュライバーは軽くその攻撃を躱す。躱した先には司狼の銃弾が迫っていたが、その銃弾も彼にとっては止まっているようなもの。銃弾を逆に自分の銃弾で撃ち貫いた。

 

「グァッ!?」

 

続けてシュライバーは蓮を吹き飛ばし、後ろに下がった司狼を狙う。

司狼には敵の動きが速すぎて見えない。司狼は銃弾を放つ。闇雲に放った銃弾はとても狙いが定まっているとは言えない。シュライバーが迫る方向に向かって見当づけただけの弾。

その程度の姑息な抵抗手段しかない――――シュライバーはそう思って近づいたが、戦場で磨き上げてきた彼の直感が警鐘を鳴らし、横に避けながら銃を放つ。

 

「チッ!」

 

司狼はかろうじて左腕で銃弾の直撃を避けるために防ぐ。無茶な防御だが聖遺物を手に入れた今の司狼なら銃弾をかろうじて防げる。

戦闘が続く中、司狼は考える――――なぜ奴は銃を使うのか。自身の攻撃より威力はなく、自分より遅い飛び道具など意味はない。ましてやあの足の速さを持ちながら両手を銃でふさぐというのが司狼には腑に落ちなかった。両手で武器を持っていたら手を使って器用な動きが出来ないからだ。司狼がシュライバーなら単純に速度で威力が上がるハンマーでも持つ。

 

「こっちの攻撃を全部躱すことと、奴が銃を使うことに何か共通点があるはずだ……」

 

長考する暇はないが、戦いながらであっても考えを休めてはならない。

 

「何かいい考えは思いついたかい?」

 

一方でシュライバーは小馬鹿にしたように司狼に向かってそんなことを言うが、彼を相手に警戒していた。この短時間の戦闘で彼が危険視したのはツァラトゥストラであるはずの蓮ではなく、司狼。

蓮の成長速度はこの短時間で今の速さに慣れ対応し始めている。確かに想像以上だが速さに絶対の自信があるシュライバーには問題ない。活動位階の速さにも追いつけない時点で脅威ではない。

司狼は全くこちらの速さにはついていけていないが、それでもなお戦闘が成立している。それがシュライバーを警戒させていた。無論、蓮の助けや司狼の攻撃方法、シュライバーが手を抜いていることも要因としてあるが、それだけではない何かを司狼に感じ取っていた。

 

「……まあいいか。殺せば何であっても関係ない」

 

そう、何者であっても何を持っていようと殺してしまえば関係ない。蓮の相手も飽きてきた。シュライバーは自分の最大の武器を使って殺すことにした。

 

「形成

 Yetzirah――――」

 

「これは……」

 

轟音が鳴り響く。蓮も司狼も音の質は聞いたことがある。だが、その音の大きさは段違いだ。

 

「オイオイ、こんなもんもありなのかよ」

 

撒き上がる白煙、地獄の扉が開かれたように現れたシュライバーの形成。

 

 暴嵐纏う破壊獣

Lyngvi Vanargand 

 

現れたのは巨大なバイク。第二次世界大戦時に使われたドイツの軍用バイク、ZundappKS750。マニアでも何でもない蓮や司狼には何のバイクかまでは分からないが、少なくと普段司狼が乗り回しているバイクなどとは桁が違った。

 

「バイク……だと?」

 

「ヤァァァ――――!!」

 

高圧なエンジン音と共に突っ込んできたシュライバーとバイク。蓮は躱そうとしたが轢き飛ばされた。

 

「グ、ガァッ!?」

 

躱すことは愚か、防ぐ間もなく吹き飛ばされる。それを見た(正確には視認できていないが)司狼はハッ何かを察すると同時にシュライバーの攻撃によって吹き飛ばされ、後ろにあった建物にぶつかった。

 

「し、司狼……!」

 

「死ねェェェ――――!!!」

 

背後は建物、正面から迫りくるシュライバーの攻撃を躱すことは難しい。だからこそ――――

 

「ぶっ飛ばすぜぇぇ!!」

 

司狼が何かを放った。だが、それは当然シュライバーに当たらない。司狼の抵抗も空しくシュライバーのバイクは彼を轢いた。

 

「ゴハッ……!?」

 

建物に吹き飛ばされぶつかる司狼。形成になったシュライバーの攻撃は桁違いの威力を誇っており蓮も司狼もたった一発のバイクとの衝突で重傷を負っていた。

 

「く、っそ司狼!」

 

それでも蓮は何とか立ち上がり司狼に向かって叫ぶ。シュライバーは既に次の攻撃の構えを取っていた。とても間に合わない。司狼は今受けた攻撃によってシュライバーの動きに対して何の反応も出来ていない。かろうじて体を動かそうとしているだけだ。

このままでは司狼が死ぬ。それを許すわけにはいかない。これ以上、日常を壊されてたまるものか。そう思うのだが、今の蓮ではシュライバーに届かない。なら――――

 

「――――マリィ!!」

 

蓮はマリィの名を叫ぶ。蓮一人で立ち向かえる今の限界は形成まで。不完全な創造ではシュライバーを斃せない。

だから力を貸してほしい、二人ならここを超えれる。共に恐怖を乗り越えよう、道は自分が創って見せる。その叫びに呼応するようにギロチンが輝き、蓮の瞳にカドゥケウスが宿る。

 

「日は古より変わらず星と競い

Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettgesang.

 

定められた道を雷鳴のごとく疾走する

Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang. 」

 

そして――――時間が間延びするように時の流れが遅くなる。だが、まだ足りない。単純に速すぎるシュライバーの動きに追いつけない。

 

「そして速く 何より速く

Und schnell und begreiflich schnell

 

永劫の円環を駆け抜けよう

In ewig schnellem Sphaerenlauf. 」

 

だからもっと、もっと、もっと――――元々緩慢だった司狼の動きは止まったかのように、シュライバーの動きは徐々に遅くなっていく。この速さなら追いつける。

 

「光となって破壊しろ

Da flammt ein blitzendes Verheeren

 

その一撃で燃やし尽くせ

Dem Pfade vor des Donnerschlags; 」

 

ようやくシュライバーが蓮の接近に気付いた。蓮の視点では徐々に周囲の時間が遅くなるように見えているが、シュライバーから見れば蓮の動きが急に速くなったように見える。そして、自分よりも速く動くかもしれない敵を前にシュライバーは無意識に触れられたくない意識が芽生え、距離を取る。

 

「そは誰も知らず  届かぬ  至高の創造

Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke

 

我が渇望こそが原初の荘厳

Sind herrlich wie am ersten Tag. 」

 

時間よ止まれ、永遠となれ――――恐怖に打ち勝つ為に願い続ける蓮の力はシュライバーの速さをほんの僅かに上回った。

 

 創造

Briah――

 

美麗刹那・序曲

Eine Faust Ouvertüre

 

一目散に首を狙う。ギロチンの特性である斬首は首に当たれば確実だ。絶対的に優位だった速度で対等になった時点で強力な能力を持つ蓮の方が一手上回った。

 

(殺れる、こいつは、ここで――――斃す!)

 

一閃――――放たれた蓮の一撃は確実に止めを刺す、はずだった。

 

「はず、した……?」

 

手ごたえが無い。蓮は馬鹿な、と驚愕する。確実に捉えていた攻撃だった。シュライバーの速さを上回ったはずだった。しかし攻撃は外れた。

 

「後悔させてやるよ」

 

攻撃を躱したシュライバーが蓮に投げかけた言葉はこれまでのように余裕を持った様子で発せられたもので放った。それは蓮の攻撃が初めて追い詰めた証である。だが、それは同時に彼に切り札を出させる最大の悪手でもあった。

 

「――――僕の速さは絶対なんだ!」

 

その言葉と同時に蓮の世界は暗転した。

 




ウォルフガング・シュライバー:黒円卓の中でいわゆる最凶のポジション。時間を遅くできる蓮の能力と相性が良い。誠との関わりはないが、身長差があまりないので会えば仲良くできる、かもしれない。

スワスチカ(5/8)


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11話 崩れる一角

シュライバー戦を書くのに苦戦したので投稿が遅れました。今後もペース的には遅れるとは思います。


シュライバーは蓮が急激な成長を遂げたことを戦場を生きてきた経験からすぐさま理解していた。

しかし、現状の成長――――蓮の創造なら自分を倒すことは出来ないということも直感的に察していた。

だからこそ、教えてやらねばならない。圧倒的な力というものを、勝てない強力な壁を見せつけてやらなければならない。

 

「さらばヴァルハラ 光輝に満ちた世界

Fahr' hin, Waihalls lenchtende Welt

 

聳え立つその城も 微塵となって砕けるがいい

Zarfall' in Staub deine stolze Burg」

 

シュライバーにとって速さとは揺らぐことのない自身の絶対的な象徴である。蓮の速さはまだまだ自分の速さに遠く及ばないが、たとえ僅かであっても自身の領域に踏み込んできたことに断罪を、そして敬意を現した。

 

「さらば 栄華を誇る神々の栄光

Leb' wohl, prangende Gotterpracht

 

神々の一族も 歓びのうちに滅ぶがいい

End' in Wonne, du ewig Geschlecht」

 

せめてこの創造を身をもって知れたことを幸運に思うがいい――――シュライバーはそう思いながら詠唱を続ける。

蓮が創造を使ったことでシュライバーも本気を見せることにした。本来なら蓮の今の創造では形成であっても軽くあしらえるのだ。

藤井蓮はシュライバーが直々に全力をもって殺すにふさわしい。

 

「創造

  Briah――

 

死世界・凶獣変生

Niflheimr Fenriswolf」

 

そうして発動された創造。これで蓮もシュライバーもお互いに創造位階に立っての戦闘――――だが、その差は圧倒的。

結果は火を見るよりも明らかだった。元々形成であっても蓮の創造を打ち破れる実力と自信があったシュライバーにとって、創造は正に過剰殺傷(オーバーキル)――――根本的に相性が悪かったことも蓮にとって不幸だったといえる。

 

蓮の創造は自身の時間を引き延ばすこと。周囲が遅くなる中、自分だけは普段通り動けるというものであり、ギロチンの攻撃力が合わさることでかなり強力な能力になる。その時のコンディションによって引き延ばせる時間に変化があるものの、普通の団員なら(それこそ以前負けたヴィルヘルムであっても)圧倒できる能力だった。

 

しかし、シュライバーの創造は相手よりも必ず速くなるという単純なもの。元々団員の中でも最も速いシュライバーからしてみれば一見不必要に見える能力だがそうではない。形成の場合、その速さには限界がある。どれだけ足が速かろうと彼は光の速さに到達することは出来ない。つまり一瞬でも何かしらの手段を講じればシュライバーの速度に対処できるのだ。

だが、彼の創造はその壁すらも条件がそろえば超えられる。正に絶対最速であり絶対回避の力だ。

 

「ウッ、ガッ……畜生!?」

 

勝ち目がない――――蓮も薄々それを察していた。明らかに相性が悪いのだ。いくら時間を引き延ばしてもシュライバーの動きを捕らえることすら出来ない。馬鹿正直に攻撃したのでは勝てない。

横薙ぎに振り払っても上に躱される。突き刺すように放っても気付けば後ろに回り込まれる。ギロチン以外の体術も一切通じない。

迫りくるバイクに向かって放とうとした攻撃は構えた瞬間、逆に反撃を受けてしまい吹き飛ばされる。やはり勝ち目はないのかと、蓮はそう感じる。

 

「それ、でも……諦めて、たまるかッ!」

 

初めて成功した創造によって疲弊した精神、勝てない相手と対峙し続ける恐怖、そして肉体的なダメージ――――既に心身ともに蓮は限界を超えていた。

 

「止めだァ!」

 

正面から叩き潰そうとシュライバーがバイクの前輪を浮かせ、全力で叩き潰そうとする。その瞬間だった――――

 

「司狼!」

 

「ああ、ここしか――――ねえだろォ!!」

 

止めを刺す時こそ、最大の隙となる。セオリーに忠実な、この決定的な瞬間を彼らは狙っていた。奇策が通用しない相手だからこそ、王道となる隙を狙うしかない。

蓮と司狼だから出来た無言の連携――――速さなど関係ない。蓮はシュライバーを最大限引き寄せるために動きを最小限にとどめ、司狼は銃弾の攻撃だけではなく、そこら中に散らばっていた鎖を引っ張って張り寄せ、巻き上げる。そして出来上がったのは蓮ごと巻き込んだ鎖の牢獄。どれだけ速かろうが隙間がなければ躱すことなどできない。

 

「終わりだ!!」

 

鎖の牢獄の中で蓮はギロチンを、司狼は銃弾を当てようとする。ここならばシュライバーは回避できない、躱そうとすれば鎖にぶつかる筈だ。なのに、シュライバーにとって絶望的な状況で、彼は笑った。

 

「――――!?」

 

(そうだ、奴はここで攻撃してくる!)

 

シュライバーは司狼のことを忘れていなかったのだ。しつこい連携と中々死なない粘り強さを持つ彼らを殺すためにあえて隙を見せた。ギリギリまで誘い込んで躱すために創造を発動した。

 

(奴はここで殺す!!)

 

シュライバーは敵の中で最も危険なのが遊佐司狼だと戦ってからずっと認識していた。

現世にいる黒円卓の生き残りの面々で誰が裏切ろうともまともに三人の幹部と戦える相手はいない。

聖餐杯は致命的なまでにマキナに弱く、リザ・ブレンナーの戦闘力は皆無、後から入った螢や誠のことをシュライバーは知らないが四半世紀も生きていない相手に負ける程甘くない。

そしてツァラトゥストラの藤井蓮――――先も評価したように彼の成長速度こそ驚愕に値するが、それだけでは絶対に勝てない。相性最悪のシュライバー、絶対的な経験とぶれない強さで正面から押しつぶせるザミエル、ある理由(・・・・)で対等に渡り合えるようになるマキナ。全員が蓮を相手にするのに脅威にならない。

 

だからこそ、シュライバーは遊佐司狼という人物に注目した。一般人でありながら何度も聖遺物保持者と渡り合い、聖遺物を奪いとった。常識外れの人間。しかし、そこは問題ではない。

シュライバーの獣のような驚異的な嗅覚は感じ取っていた。奴が異端であることを――――強いのではない、まとも(・・・)じゃないのだ。

 

「ハハハハ――――!!」

 

笑う、哂う、嗤う――――シュライバーを止めることなどできない。相手より速く動けるシュライバーは僅かな隙間から鎖を躱した。向かった先は死に体の蓮ではなく司狼。鎖の速さも銃弾の速さも、蓮の動きも追いつかない。最早、勝利は目前。勢いづいたバイクで司狼をこのまま轢き殺そうと走り出した。

 

「司狼!?逃げろ!」

 

蓮は間に合わないことをわかっていても叫ぶ。司狼は動かない、いや既に攻撃の構えを取っている彼は回避のために動こうとしても間に合わない。

絶体絶命の状況。死の旋風が近づいてくる中――――司狼は笑い返した。

 

「いや、これで今度こそ俺達の勝ちだ」

 

そう、シュライバーは司狼の危険性を認識していた。しかし、彼の認識は把握にとどまっていた。もっと考えるべきだった――――考えて把握するだけでなく理解すべきだったのだ。

司狼がまともでないことに気付いたにもかかわらず、力押しで勝てると思った。

 

「所詮お前は獣だったってことだ」

 

だから罠に引っかかる。瞬間、シュライバーの足元が爆発した。

 

「ガアァァァッ――――!?」

 

今まで一度も傷ついたことのなかったシュライバーが傷ついた。司狼の攻撃に当たったわけでも、蓮が追いついたわけでもない。では、なぜ傷ついたのか。

 

「相手よりも速く、誰よりも速く動ける。そいつはすげえが……だからこそ、当たり前のことだが自分より速く動くことはできねえだろ?」

 

相手より速く行動できるシュライバーだが、当然既に行動した過去にまでさかのぼれるわけではない。シュライバーが形成の状態だった時に、司狼が攻撃を受ける直前に放った攻撃――――それは既に仕込んだ罠だったのだ。

相手より速くなり、相手より速く行動できても自分の行動の結果によって起こした事柄に対しては速く動けない。それがシュライバーの創造の限界だからだ。

通常なら罠など意味をなさないのだが、司狼が仕掛けた罠は地雷(のようなもの)。そして司狼自身の身を顧みないタイミングで仕掛けたことによって、シュライバーの予期しないタイミングで発動した。その虚を突いた攻撃によってシュライバーは倒れた。

 

「いや、だ……僕は、僕は死なない!誰も、誰も僕に触れるな!?」

 

バイクから転げ落ちたシュライバーは傷だらけの自分の身を見て、つぶやき、叫ぶ。彼は触れられたくなかった。誰にも触れられたくなかったから誰よりも速くなった。だから司狼の罠、誰にも触れられていない結果によって生まれた自傷行為を避けることが出来なかった。

 

「哀れだな、お前はここで死ぬんだよ」

 

シュライバーの過去に何があったかは司狼には分からないが、とにかくここを逃せば殺せない――――それをすぐに理解した司狼は銃を構え、哀れな獣に銃を撃ち止めを刺した。

 

 

 

 

 

 

蓮と司狼がシュライバーと戦っていた時――――教会の方でも戦場になっていた。いや、戦場と言うにはいささか語弊がある状況だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「……ッ」

 

櫻井姉弟とザミエルの戦い。それはあまりにも一方的なものだった。

 

「ハァッ!!」

 

必死に剣を振るう螢。それを最小限の動きで躱し、ステップを踏むかのように動いて螢を蹴り飛ばす。

 

「ここだ!」

 

蹴って浮き上がったザミエルの着地時に狙いを定めた誠が槍を突き放つ。だが、それも届くことすらなく、腕を振るって放った火の粉によって吹き飛ばされる。

 

「どうした、二人がかりでその程度か?」

 

ザミエルはまだ五つという制限されたスワスチカの中で、更に十分の一の力も使っていない。その程度の力しか出せないにもかかわらず、彼女は櫻井姉弟を軽くあしらっていた。

 

「期待外れもいい所だな」

 

勿論、二人もまだ創造を使っておらず本気ではない。ここで本気を出せば氷室玲愛、ゾーネンキント達を巻き込むことになるからだ。だが、それを差し引いても圧倒的な差があった。

ザミエルは煙草をゆっくりと吸い込み、煙を吐く。言葉通り彼女にとって二人は期待はずれだった。一応は第二次大戦時に自身が黒円卓への推薦者として選んだ血族の末裔。更に言えば片方は認めていないとはいえ、ベアトリスの後釜だった。

 

「まさかこれで終わりということはあるまい?」

 

「そうか……なら、見せてやろうじゃないか!」

 

挑発するザミエルとその挑発に反応する誠。どの道、このままではゾーネンキントを逃すことも出来ない。簡単にあしらい油断している今だからこそ隙を見いだせる。そう考えて誠は創造を発動させた。

 

(理性を飛ばす――――力を解放する!)

 

「待って、誠!」

 

螢はそれを止めようとする。誠の創造は――――いや、トバルカインの創造は一度でも発動すれば、その体の腐敗が大きく進むからだ。

 

「ほう、ならば少しは楽しませろ?」

 

ザミエルの周囲からドイツのライフルであるMP40とパンツァーファウストが十数丁ずつ並べられた。

 

「なッ!?」

 

想像だにしなかった光景に玲愛達を庇うように立っていたリザは驚愕する。

 

「何を驚くブレンナー、私が貴様のように約定の時まで何もせず惰性に身を委ねていたとでも思っていたか?」

 

これはザミエルが第二次大戦時にグラズヘイムへと移動してから60年の月日、戦いの研鑽を重ねることで得た力の一端――――自身が今まで共に戦ってきた兵団の火器を召喚・運用できるようになったザミエルは、その銃や砲弾に聖遺物の力を込めて放つことが出来た。

 

「破滅 粗暴 虚無

Sors immanis et inanis,

 

揺れ動き 定まることなし

rota tu volubilis, 」

 

そんな会話を無視して誠は創造の詠唱を唱える。銃弾といくつもの砲火が斉射された。その一発一発が並の聖遺物所持者を一撃で瀕死に追い込んでもおかしくない威力を持つ。

だが誠は躱さない――――躱せば後ろにいる他の人たち全員に被害が及ぶから。

 

「恩恵なきままに消え行くのみ

status malus, vana salus

 

影に潜み帳に覆われ 重く圧し掛かり来る

semper dissolubilis; obumbrata et velata 」

 

誠の周辺から歪みが生まれる。辺りに瘴気が漂い、世界の理が創られる。それは彼の創造が覇道であることを示している。

 

「汝の邪なる戯れに、今や顕わなる後ろ姿を晒すのみ

mihi quoque niteris; nunc per ludum dorsum nudum fero tui sceleris. 」

 

銃弾が間近に迫る。だが、その銃弾は誠にたどり着く前に錆び朽ちた。

 

「創造

  Briah――

 

三相女神・禍福無門

velut Luna statu variabilis Fortuna 」

 

 




シュライバーの絶対回避って実際どの程度まで回避できるのか怪しい。ザミエルの創造やヴィルヘルムの創造は当たるのだから絶対回避と言っても限度はある。その上で司狼の不死身補正がかかったので勝利した。


スワスチカ(6/8)


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12話 その身を賭す

「創造

  Briah――

 

三相女神・禍福無門

velut Luna statu variabilis Fortuna 」

 

そう唱えた瞬間、誠は目が充血して紅く染まり、体中から血管が浮き上がる。

彼の小さな体格で重畳した肉体の活性化によって、限界を引き出した体がそのような現象を引き起こしたのだろう。だが、注目すべきはそこではない。

 

「どういうことだ?」

 

ザミエルが放った銃弾は一発一発が並の威力ではない。わかりやすく説明すると、司狼が威力を込めて放ったデザートイーグルやシュライバーの両手拳銃の威力と比較し、ザミエルのMP40シュマイザーの威力は倍に近い威力を誇り、なおかつ連射が利く。パンツァーファウストに至ってはその数倍だ。まさに桁違いの火力を持っていることが分かる。

にもかかわらず、その銃弾は誠に届く前に弾丸が錆び、いとも容易く朽ち果てたのだ。

 

「これが僕の創造――――禍福無門」

 

誠の能力はこの場にいる全員が目の当たりにした通り、トバルカインの宿命ともいえる腐敗系の能力。

初代武蔵が自らの周囲、広範囲に対して、腐食の効果を持つ呪いを伝播させる異能

二代目鈴があらゆるものを腐食させる呪いの矢を、遠方へと投射する異能

三代目戒が自己の腐敗毒への変生、すなわち己を毒の塊へと変える異能

形は違えど、誰もが腐敗に関する能力を持つ。では誠の創造の異能は一体なんなのか。

 

「……」

 

ザミエルは何も言わず、再度同じようにMP40銃を並べ、一斉に発射した。ただし、今度は広範囲に全員を狙っていた。

 

「やらせるか!」

 

だが、その銃弾は誠の周囲に限らず、そのすべてが相手に届く前に朽ち果てた。それどころか槍の切っ先をザミエルに向け横に薙ぎ払うように振るうとザミエルの周囲で構えられていたMP40すら銃身の先端部から徐々に崩れ始める。それを見て、ザミエルはすぐさま銃を元の場所に収め腐敗の対象から外させた。

 

「すごい……」

 

リザ達は先ほどまでの軽くあしらわれていた状況から一転して優位に立った誠を見てそう感じる。これならばザミエルから全員逃げるぐらいは出来るのではないかと。

だが、当人たちの表情は一向に変化していなかった。ここまでザミエルの武装を完封して見せたにもかかわらず、ザミエルの表情は最初に煙草を咥えた時から変わらない。無表情に近い様子で冷静に正確に誠の能力を見定めている。一方で誠も険しい表情のまま焦りを隠せずにいた。

 

(想像以上に腐敗の進行速度が早い……)

 

実は誠は初めて真っ当に創造を使用して戦闘を行っていた。無論、黒円卓の一戦闘要員として、これまで創造を全く使用しなかったわけではない。だが、それは様々な魔術に秀でたルサルカの監督下で万全の準備を整え、出来るだけ腐敗をしないように配慮したものだった。

だが現状、そんな悠長なことを考えて創造を使うわけにはいかない。戦闘力皆無の3人、同じ炎系統の能力という相性最悪の螢――――まともに戦えるのは誠一人しかない。

 

「早く逃げ……!?」

 

この状況を一度仕切りなおす必要があり、まずは非戦闘員を逃がすことが先決。ともかく誠は自分が盾になっている間に逃げることを促そうとした時、正面から火球が迫り、誠は咄嗟にそれを躱した。

 

「……躱したな?」

 

今のザミエルの一言で誠は更に表情が険しくなる。

 

「今のゆさぶりにも反応した……なるほどな、貴様の能力に当たりがついた」

 

そう言って、ザミエルは攻撃手段を実弾から火球、パンツァーファウストや手榴弾といった爆発物へと切り替える。直ぐに誠は爆発物が爆破する前に腐敗させ、炎は地面を砕きぶつけることで物理的に鎮火させようとする。

 

「貴様の能力――――やはり典型的なトバルカインの腐敗の異能か。だが、一方で腐敗出来るものが大きく制限されているな」

 

煙草の煙を燻らせながら誠の能力に対する推測を語り始める。誠は少しでも時間が稼げると思い黙ってその話を聞いていた。

 

「大方、実体のある物質――――それも腐敗できるのは非生物に限られているのではないか?その代わり、腐敗の範囲・威力・速度は自由が利く……なるほど、実に情けない能力だ」

 

誠の創造はザミエルの見立てで殆ど正解である。

腐敗毒の能力を広範囲に使うことができ、対象を自由に選べ、その腐敗速度を変えることも出来る。その代わり――――彼が腐敗できるものには致命的な縛りが存在していた。

それは彼が認識している物質(・・)を腐敗させるというものである。

 

「情けない、だと」

 

「違うというのか?中途半端に恐れと覚悟を持った者らしい能力だろう?トバルカイン(そいつ)の能力は恐れが勝れば相手に押し付ける能力となり、覚悟が勝れば自分の身を喰う能力となるはずだ」

 

自分が呼び寄せ創らせた武器だからこそ、その性質を知っているザミエルは誠の惰弱さを指摘した。そして攻撃を再開する。打って変わって呆気なく追い詰められる誠。爆発物に関しては腐敗による攻撃の阻止が間に合っているものの、火球を誠の能力によって防げていないのは明白だった。

 

「だが、貴様の能力は明確に他者にも自分にも甘い(・・)

 

他者にも自分にも腐敗の能力は及ばず、物質という関係のない対象のみを腐敗させる。それは惰性によって生まれた能力だとザミエルは断じた。

 

「自由が利くといったが、その腐敗という最大の持ち味を生かしきれん時点で、貴様の能力は万能ではなく、器用貧乏の類だ」

 

ごく短時間のやり取りで誠の能力とその性質を見抜いたザミエルからしてみればあまりにも稚拙な能力と言わざる得ない。確かに能力の使い勝手は悪くない。

物質を腐敗させる。

その能力は単純な遠距離武装を持った相手なら確実に優位に立てる。ヴィルヘルムのような物質にも影響がある吸精に対しても毒となるだろう。そういったものがない相手でも地形の腐敗や相手の攻撃阻害などの絡め手を使えば協力な能力である。

だが、それ以上に創造を使った戦闘経験の不足が原因だろう……誠の戦闘技術や能力を活かす技量が足りていないのは明白だった。

 

「早々に底が見えたな。所詮はその程度だということだ」

 

ザミエルは相手の能力の粗を探すために様々な攻撃を試したのだ。範囲攻撃、実弾、魔道の攻撃、結果は明白。強力だが、癖の強い能力を生かし切れていない誠の能力の弱点はあっけなく露呈した。

 

「誠ッ!」

 

弱点が露呈した以上、いくら相性が悪いとは言え姉として手を出さないわけにはいかない。そんな気概で螢は弟の誠を助けるために剣を構える。

 

「いいから、逃げて!姉さん達がいると邪魔なんだ!!」

 

一転して不利な状況に螢は叫んで介入しようとしたが、逆に誠は吠えるように否定した。螢はその荒げるような言葉を前に理解した。誠は譲る気はなく、命を賭してでも戦いに臨むのではないかと。姉としては止めねばならない。しかし、止めてしまえば全員が死ぬ。誠が賭けた覚悟を不意にする。

 

「逃げるわよ……」

 

正に苦渋の決断だった――――だが、判断を下さないことが誠を余計に苦しめることになる。

 

「え、でも……?」

 

「今、私達がここにいる方が足手まといなのよ。みんなわかってるでしょ」

 

「……わかった」

 

結局、最初にこの場を離れることに賛同したのは誠に味方になることを頼んだ張本人である氷室玲愛だった。

元々、玲愛が誠に頼んでいたのは自分が逃げることの手助け――――だからこの状況は正しい。誠が囮になってひきつけている間に玲愛達が逃げる。最悪、誠自身が討たれることも理解しているはずだ。そう理解しなくてはならない。

彼らは螢を殿にしつつゆっくりと戦場を引き下がった。

 

「……なんで見逃した?」

 

その様子にザミエルは手を出さなかった。出せなかったなどと甘い認識はしていない。実体が判明した誠の能力を前にザミエルが臆する必要などない。手を出そうと思えばいつでも出せた。

 

「なんだ、せっかく見逃してやったというのに文句を言うか?

まあいい、理由は二つだ。一つ目は我々にとっても重要な彼女を巻き込むのは忍びなくてな。まあ巻き込まずに貴様らを仕留める程度は造作もないが、自分から避けるというのではあれば今は追う必要もあるまい」

 

確かに、先ほどまで戦闘に巻き込んではいたが、元々そんな現状自体イレギュラーである。万が一を考えれば氷室玲愛はこの場にいない方が良い。

 

「二つ目は、優先順位の問題だ。彼女を確保することよりもここのスワスチカを開くことの方が先だ。喜べ、この私手ずから貴様をスワスチカの贄にしてやろうということだ」

 

そして二つ目の理由はもっと単純な話だった。つまりここで誠は殺される。

 

「そうやすやすと思い通りにはさせない」

 

その言葉と同時にお互いに戦闘を再開させた。守るべき対象がいなくなったことで、防戦一方だった誠は攻勢に移る。当然、ザミエルも気を使う必要がなくなったおかげで攻撃が激しくなった。

誠にとって腐敗する様子を想像できない爆発や炎による攻撃は創造によって腐敗させることは出来ない。躱すか、発生源を叩くしかなかった。

 

「間合いの取り方が下手だな、それでは永遠に近づくことは出来んぞ」

 

接近戦に持ち込みたい誠とそれを見越して遠距戦で抑え込むザミエル。攻撃手段が足りず、機動力もない誠は迂闊にザミエルに近づけなかった。

地面を槍で抉り砕いた石を弾のようにしてザミエルに向かい弾き飛ばす。だが、それらは届く前に火器や魔術の余波によって生まれる熱量によってかき消された。

当然、そんな攻撃が通用しないことを理解していた誠は石の弾を対処していた僅かな時間をザミエルとの距離を詰めるために利用する。

 

「馬鹿め、もう少し派手にやらんと隙は出来んぞ」

 

だが、距離は詰めようとした瞬間に誠の目の前に火球が迫る。誠は躱すために逆に大きく後ろに下がることになった。

 

「どうした?この程度では勝つことは出来んぞ?」

 

近づかなければ誠に勝ち目はない。だが、近づく隙は一切ない。そんな状況だが、誠は思ったよりも手ごたえを感じていた。

 

「攻撃は防げる!」

 

そう、ザミエルの方にも決定打はない。誠はザミエルの能力がドイツ軍の武装の召喚か何かではないかと予想していた。だからこそ、誠の能力は天敵になり得るはず。

注意すべきは限られた攻撃手段である魔術の類と思わしき火球。誠はこの火球がルサルカの魔術の類と同系統の聖遺物に依存していない能力だと推測していた。

 

「その考え方自体が根本的に甘いのだ」

 

だが、誠の見積もりはあまりにも楽観的過ぎたザミエルの強みは聖遺物によるものだけではない。むしろその戦い方、知略に秀でていた。詰将棋のように徐々に追い詰められる誠。

ザミエルの圧倒的な知略と技量によって誠の防御は崩れ始める。火球を躱して防ぎ、爆発物は爆発する前に腐敗させる。だが少しずつ、少しずつ対処が遅れ、一つの爆発物を防ぐのが間に合わず爆発し、火球の一つを躱すのが間に合わず体を掠める。

 

「こんな、手も足も出ないなんて!?」

 

いつの間にか王手(チェック)を掛けられている状況。一度も追い詰めることなどなく、消耗し、少しずつ追いつめられていたのは誠のほうだけである。

 

「だが……」

 

一方で、戦略的に誠は既に自分の役割を果たしたことを認識していた。ゾーネンキントの氷室玲愛を逃がし、戦える姉と交渉に向いているリザ・ブレンナーを同行させた。これでよほどのことがなければ捕まることもない。それにあの面々であればツァラトゥストラが手助けするはずである。

 

「足が鈍ってきたぞ、もう終わりか?」

 

役目を果たした達成感からか……気持ちが緩み僅かな、しかし戦いの間においては大きな隙が生まれた。

 

「これで死ぬがいい」

 

火球が正面から、否――――複数方向から連鎖的に攻撃が放たれていた。腐敗させることは出来ない。もちろん、躱すことも出来ない。そうなるようにすべて仕組まれていたのだから。

 

「う、ウアァァぁ――――!!」

 

こうなってしまえばすべての攻撃を耐えるしか助かる道はない。自分から火球に向かって突っ込む。攻撃を避けれないのであれば少しでもダメージを抑えるために前に進んだ方が良いと誠は判断した。

 

「……グッ……ッ!」

 

膨大な熱量。防御に徹した誠は何とか火球を突き抜け、突破した。だが、全身が焼けつき、誠は少なくないダメージを負っていた。

 

「今の攻撃を耐えたことは……まあ、よくやったと言ってやろう。とはいえ、やはりつまらん最後だ」

 

戦闘とすらいえない無様な結果――――

 

「私は傷一つ負っていない。それどころか形成すら使わずこのざまだ。やはり貴様のような極東の猿が黒円卓に名を連ねるなど烏滸がましいな」

 

ザミエルからすれば誠は所詮自分たちが不在の間を保つためにヴァレリアが選んだ適当な団員であり、つなぎ程度の役割しか持たない。死んでも、むしろ死んでスワスチカの贄となるのが相応しい相手だった。

 

「安心しろ、貴様の姉もすぐに私が殺しておいてやる」

 

もちろん、姉弟であり、裏切り者でもある螢も許しはしない。当たり前の話だろう。だが、誠からしてみれば自分のことなどもはや見ておらず、姉の螢に関心を移していたザミエルの様子を見て誠は自分の関心などその程度であるということがありありと見せつけられ滑稽だった。

 

「ふざ、けるなよ……」

 

これでは何のために黒円卓に入ったのかわからない、聖遺物所持者になったというのか。

 

「ハッ、その虚栄だけは買ってやるが……そもそも貴様、本当に確固たる芯があるのか?」

 

その言葉を聞いて、誠は凍り付いたかのように固まった。

 

「なにを……」

 

「なるほど自覚がないのだな、なら死ぬ前に自分を知るぐらいの慈悲は与えてやろう。お前は何を成すために(・・・・・・・)生きている(・・・・・)?」

 

それを言われた瞬間、無自覚に隠してきたヴェールが剥がされた。

 

 




エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ
赤騎士の称号を持つ三騎士の一角。戦闘を含めた多方面の安定性ではおそらく双首領を除き最も高い。今戦ってる誠にとって実質ラスボスのようなもの。
形成 ATK5 DFE5 MAG3 AGI3 EQP5

誠(創造 三相女神・禍福無門)
創造 ATK4 DFE2 MAG2 AGI3 EQP2
物質を腐敗させる能力。歴代カインよりもその能力は腐敗のみに特化していない一方、腐敗できる対象に制限を受けている。実力的には低くはないが、腐敗してしまうので創造は滅多に使えず、櫻井家という括りの中では特別能力が高いわけではない。とはいえ、ザミエルが指摘したように何かしら誠には秘密があるようだが……?


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13話 絶好の機会

投稿が遅れて申し訳ないです。と言っても期待して待ってくれてるユーザーがどのくらいいるのかっていう小説ですが……


これまでのあらすじ

敵であるマキナに窮地を救われた蓮、
ルサルカの聖遺物を奪い取った司狼、
その二人は何とか遊園地でシュライバーを倒した。
同時刻、教会から脱走しようとした玲愛と香純はリザ、螢、誠の三人の協力を得るが、
エレオノーレに見つかってしまう。
その身を賭して誠がエレオノーレにぶつかり全員を逃がした。
そこで使った創造、しかしエレオノーレには全くと言っていいほど通じず、
逆に誠は肉体的にも精神的にも追い詰められていた。


遡り、誠が創造――――三相女神・禍福無門を習得し初めて発動させたのは過去ルサルカに指導してもらっていた時のことだった。

螢が世界中を巡って黒円卓の面々に教えを受けていた際、誠も同じように彼らに教えてもらっていたが、トバルカインということから彼に指導できる相手は黒円卓の中でも限られていた。だから最年長のルサルカが彼を指導していたのは必然だったといえる。

 

「その創造、使わないことをお勧めするわ」

 

誠はその時のことをよく覚えていない。一度でも使えば腐敗が加速度的に進むトバルカインの創造をルサルカの探求心と誠が自分の戦い方を把握するためにルサルカの魔術によって限定的な創造を行ったのだが、その時ルサルカに言われた最初の言葉がこれだった。

 

「あなたの創造は物質を腐敗させる能力(・・・・・・・・・・)。直接的に相手を腐敗させる能力はないけど十分に強力な能力よ」

 

ルサルカに伝えられた創造の説明――――誠は自分でその能力を完全に理解したわけではなかった。だが確認できたのは創造を使い終えた後の周囲の状況。鍛錬の為に使っていた建物は崩れ、ルサルカの用意していた道具の類は完全に腐敗し、誠の為に施してあった魔術さえも腐食していた。

 

「見境のないその能力――――確かに武器としては強力よ、でも決定打にはならない。カインである以上、創造を使えば短期決戦にならざる得ないからその能力とは噛み合わないわ」

 

誠にとってルサルカの言うことは道理だった。だからその日から彼は自分の創造のことを深く理解することなく、彼は自身の渇望を理解していなかった。

だが、それは聖遺物所持者にとって最もしてはならない事だった。何故なら創造とは自己の投影――――誰もが理解できなくても、自分だけがその能力を理解できるようにしなければならない。他者の認識と同じ理解にしてしまうということは表面的な能力だけしか使えないということなのだ。

故に、ルサルカが意図したことなのかどうかは分からないが、ルサルカの言葉と誠自身の認識のせいで彼は誰よりも弱い創造を持つことになった。

 

 

 

 

 

 

何を成すために生きているのか?

その問いに誠は答えを返すことが出来なかった。

 

「……」

 

「沈黙、それが貴様の回答だ」

 

人は誰もが何かを成すために生きている――――螢であれば兄ともう一度会うために、蓮であれば変わらない日常を失わないために、あのラインハルトでさえ未知を得るために生きている。

生きる意味というのは基本的に誰もが持っている――――ただ惰性で生きているという人物ですら、死にたくないから生きている。

 

「今そんなこと、何の関係が……」

 

「あるだろう?その考えこそ、貴様の本質なのだ」

 

だが、誠は生きていることに無頓着だった。成すべきことなどないから黒円卓に入り、生きることに執着心がなかったから恐れることもなくトバルカインになった。

 

「私自身は精神論を好みはしないが、一方でそれが強さの一端になることは分かっている」

 

鍛錬と才覚によって己の身を磨いてきたエレオノーレからしてみれば精神論というのは自身には関係性の薄い論理だが、それでもマキナやヴィルヘルム、何より自分の元部下であったベアトリスがそうであり、やはり何かを成すべき為に生きている者は強いということを理解していた。

 

「芯が存在していない貴様は生きていること自体に価値がない。人間らしさなどなく、ただ状況に流されるだけの風見鶏にすぎん」

 

だが、誠にはそれがない。戦っているからこそエレオノーレにはわかった。彼はあまりにも無頓着だ。生きていることに執着せず、死ぬことも恐れていない。だが、真っ当に、真剣に戦っている――――それはあまりにも矛盾していた。

 

「故に、貴様は弱い(・・)

 

「なッ!?」

 

弾を腐敗させ逃れ続けた銃撃を躱しながら接近の機会を伺っていた誠だが、MP40の銃火からパンツァーファウストへと突如切り替えら攻めたてられる。

 

「グゥゥゥッ――――」

 

物質を腐敗させる彼の創造は実弾は腐敗させることで防げても、彼にとって物質という概念の中では遠い認識の爆発の腐敗は間に合わない。おかげで爆発による火傷を負い、それでもなお、爆風に紛れて近づこうと彼は跳びかかった。

 

「貴様の稚拙な考えが読めぬとでも思っていたか?」

 

しかし、爆風を抜けた先に待ち構えていたのはエレオノーレが前もって準備していたルーンの刻まれた炎の砲弾。腐敗は間に合わない。当然、自分から突撃して来たこの状況では回避もしきれない。結果、誠は正面からエレオノーレの攻撃を受けた。

 

「ウアァァァ―――――!?」

 

「どうした?似ても似つかぬが、貴様のその槍は恐れ多くもハイドリヒ卿の聖槍を模したものであろう。つまらん醜態を曝すのであれば、今すぐにでもこの炎の中で消えてしまうがいい」

 

(このままでは、魂ごと燃え尽きてしまうッ……!?)

 

だが、打開する手立てはない。

彼の創造はあまりにも限定的だった。直接相手を打倒する力でもなく、かと言って自身の能力が極端に向上するものでもない。ただ、物質(・・)を腐敗させるだけ。生命や精神を腐敗させることが出来ず、攻撃力に乏しい彼の創造は思った以上に弱かった。

そう認識しているのが、他ならぬ彼自身である以上、彼の聖遺物はこれ以上成果を出すこともせず、現状ではジリ貧のままに敗北が近づくのみだった。

しかし、死を直前に感じてか、彼の思考はこれまでにないほどに加速していた。打開策はないのか、どうすれば生き延びられる、死にたくない、熱さから逃れるにはどうすればいい――――思考しては泡のように弾けていく考え。その中でふと消えない思考が一つ出てきた。

 

(そもそも何で僕は裏切り者の姉さんやゾーネンキントを救った?)

 

誠にとって救う必要があったか、そう問われてしまえばそんな理由はない。ただ、彼にはエレオノーレの指摘した通り、何もなかった。

改めて説明するまでもないが、誠は黒円卓で成すべきことなどない。トバルカインになった理由もない、兄である戒を救う気持ちも、螢を手助けする意思もない。

 

「そう、確かにアンタの言う通りだ……僕に、僕自身の為に成すべきことなどない」

 

エレオノーレの放った銃弾(・・)が右肩から上腕、肘にかけてまで誠の体を撃ち貫いた。槍を握る手の力が緩みそうになるが、堪えて跳び下がる。

 

「自覚したか?それが貴様の弱さなのだ。何も覚悟を持たぬ輩が使えもしない武器を持ったところで自滅するだけだ」

 

エレオノーレからしてみれば誠の創造は自滅でしかない。過去にルサルカが説明したように誠の創造はトバルカインの性質と噛み合っていない。

 

自らの肉体の腐敗が常時発生し、創造を使えば桁違いに腐敗の速度が上がるトバルカイン。

形成は初代の剣ほど鋭くなく、二代目の銃より射程は短く、三代目の大剣より威力の低い槍。そして、創造は直接的な攻撃力を持たない。

誠の能力は短期決戦のトバルカインとしては明らかに間違っている。今は――――

 

「これで最後だ。せめて散りざまは私を失望させるな」

 

止めに相応しい大きさの火球――――これまでの攻撃の中で最も威力が高いのは明白だった。

 

(そう、僕は僕に興味がない……だけど!)

 

かすれるような小声でそんな言葉を誠はつぶやいた。そして――――

 

「……なんだと?」

 

「まさか死に際に自分の能力の本質が分かるなんてね」

 

不快だったのは確かだろう。エレオノーレの苛烈とも言える傲慢な表情が鳴りを静めていた。

烈火は染まり、腐敗し、崩れ落ちた。彼の絶対と相手の絶対。法則が対等になった証拠だった。

 

「喜びなよ、戦闘狂。こっから先は対等だ」

 

真に自身の渇望を自覚した己は強敵だぞ。そんな風にその目が語りかけていた。

 

 

 

 

 

 

蓮と司狼はバイクで街中を疾走していた。シュライバーとの戦いで力を使いきっていた二人だが、その疲れた体に鞭を打って教会に向かっていた。

 

「司狼、もっととばせ!」

 

「アホ、これ以上スピード出せるか!」

 

連日起こる大量虐殺、爆発音――――真夜中ということもあって人通りは殆どないが、道は直線に伸びているわけではない。司狼は目一杯バイクの速度を出していたが、蓮からすればもどかしいほど遅い。

シュライバーと戦っていた時には必死だったから気付かなかったが、教会の方向で爆発が何度も起こっていた。

 

「あそこで戦いが起こってるんだ!多分櫻井があいつらの誰かと戦ってんだ、もっと急がないと!」

 

「んなこと言われなくたってわかってるんだよ!あんなクラスの化け物、一人で相手できるはずがねえ!」

 

蓮と司狼は、螢が戦っていると思っている。実際はどちらも敵であるはずの誠とエレオノーレがつぶし合っている状況なのだが、それを知るすべがない彼らは急いで現地に向かい、非戦闘要員である玲愛や香純を遠ざけ、螢を援護しなければならないと考えていた。

満身創痍だが、戦わないわけにはいかない。巻き起こる爆発音は明らかに桁違いの威力。間違いなくあの場にいるのはシュライバーと同じ三人の幹部の一人、螢では勝てない。

 

「蓮、司狼!」

 

教会へ向かいバイクを走らせていたが、それは思わぬ声掛けで止められた。

 

「な、香純!?」

 

教会から少しでも遠くへと離れていた香純、玲愛、その二人を守るように移動していたリザと螢。

逆に遊園地から最短ルートで教会に向かっていた蓮と司狼。

お互いに町の反対側にあったからこそ、香純たちが市街へと向かわなければ出会うのは必然だった。

 

「先輩、それに櫻井やシスターも……」

 

「オイオイ、どういうことだよ?」

 

二人は疑問に思う。教会で戦っているのは誰なのか。まさか幹部の人間が彼女たちが逃げるのを見逃したのか。ゾーネンキントというキーパーソンでありアキレス腱でもある彼女を。

 

「うん、藤井君たちが想像してる通り、逃げ出してきた」

 

玲愛が蓮達に説明する。

 

「じゃあ、あそこで戦っているのは……」

 

そういった瞬間、螢が苦虫を噛み潰したかのような表情をして、その様子から察したリザが説明を続けた。

 

「レオンハルトの弟……トバルカインよ」

 

「あいつも味方ってことか?」

 

昨日までは敵であったが、螢が蓮たちの味方になったからことからか、誠も味方になったのかと尋ねた。だが、その当事者の一人である螢にはわからなかった。

 

「……わからないわ、私はいつもわからないままよ。他人のことも、家族のことも、自分のことさえわからないまま」

 

誠の行動原理が分からない。姉でありながら、弟が何を思って裏切り、味方になったのか螢には全く分からなかった。もとより、数年前に同じように黒円卓に所属し、別々に行動していた螢にわからないのは道理だった。

 

「じゃあ、どうするよ。助けに行くのか?」

 

「それは、彼の意思を無為にする行為よ……でも、彼では彼女には、勝てない……」

 

リザは出来る限り、第三者の立場として説明する。螢にとっては肉親、蓮達からすれば敵、玲愛とは協力関係だが黒円卓のことを彼女は殆ど知らない、状況を正確に説明できるのはリザだけである。

 

「ああ、間違いなく勝てない……」

 

蓮はその言葉に同意する。蓮は現在誠が戦っている相手のことは知らないが、誠と戦い、エレオノーレと同じ幹部であるシュライバーと戦った。その時の実力から仮に誠の創造が特段優れたものであったとしても、技術、魂の総量、能力――――下地となる部分の根本的な実力差から勝てるとは思えなかった。

 

「俺が言うことじゃねえんだろうが……時間を稼いでくれてるっていうなら、選ぶべきだ。

手を貸すか、立て直すか――――」

 

「……立て直すべきよ」

 

迷いはしたが、螢は言い切った。

 

「藤井くんも遊佐君も私からみても分かるほど消耗してる。誠が命を削って作った時間を無駄にするわけにはいかないわ」

 

既に今夜の戦況は終焉が近づいている。シュライバー戦の勝利、教会からの脱出、そして誠とエレオノーレの戦い。

 

「ええ、彼は素晴らしい働きをしています。彼女を相手に今なお時間を稼いでいるのですから。あなた方にとっても、私にとっても本当によくやってますよ、彼は」

 

「!?」

 

だからこそ、この場の第三者の介入は誰も想定していなかった。闇夜に紛れ、突如現れた腕に一般人でしかない香純は捕まった。

 

「し、神父、さん……!」

 

「ヴァレリアッ!?」

 

首を摑まれ、ヴァレリアの方へと引き寄せられた香純。一般人レベルの身体能力しか持たない玲愛とリザはもちろん、消耗していた蓮や司狼も、引き下がる決意を固め動きを止めていた螢も誰も反応できなかった。もとより、そのタイミングを狙っていたのだ。

 

「テメエ!!」

 

銃を構える司狼、だがヴァレリアは余裕を崩さない。香純をつかんだ今の状態では撃てない。

 

「おや、撃ちますか、人質に当たりますよ?まあ、仮に撃ったとしても、その程度の攻撃では私を殺すことは出来ませんが」

 

事態は予想しない方向に進み始めている。同時に、それは誰にとっても絶好の機会(チャンス)が訪れているということだった。

今宵の戦いに終わりはまだ見えない。

 

 

 




氷室玲愛:日独クォーター。ゾーネンキントという黒円卓の行う儀式の最重要人物。彼女を握っている陣営が実質勝利に最も近い。誠とは知人以上友人未満の関係。

綾瀬香純:ヴァレリアが最も欲している人物。ゾーネンキントの代替。あくまで代替なので本来の目的としては使えないがヴァレリアの目的には彼女が必要になる。誠からすれば興味の埒外。


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14話 決着

あけましておめでとうございます。
本当は年内に完結したかったのですが、忙しくて更新がままならない状況が続いております。今後も遅筆の亀更新が続くかと思いますが、よろしくお願いします。


火球が二発、三発と放たれ、教会が瓦解していく。だが、それをこれまで躱すしかなかった誠はこれまでと一転して火球を朽ち、かき消していた。

 

「見切った!」

 

「その程度、甘いと言っている!」

 

火球を防ぎ切り、見事に距離を詰めた誠は槍で突く。しかし、エレオノーレの卓越した技量は接近戦でも発揮していた。彼女の接近戦の技量はその聖遺物の能力に反して黒円卓の中でもトップクラスの技量を持っている――――能力関係なく技量だけで測った場合、螢や誠は愚か、ヴィルヘルムやマキナを上回るほどだ。

単調な動きで突き刺そうとしていた誠の攻撃など容易く躱し、逆に隙だらけの誠の横っ腹に向けてエレオノーレは掌から火球を放った。

 

「――――!?」

 

「防げる……」

 

誠は確かな手応えを、逆にエレオノーレは一転して不確かさを感じ取った。

エレオノーレが放った火球はいずれも止めを刺すときに放ったものに比べれば小さかった。ソフトボールより少し大きい程度の火球だ。しかし、これが通じないとは思えない。威力は銃弾やパンツァーファウストと同等かそれ以上。だが、その攻撃は届かなかった。

 

(何故だ……?)

 

攻撃を防がれたエレオノーレだが、その事態に対して、彼女はあまり動揺していなかった。だが、わずかな間隙は生まれた。その小さな揺らぎを抑えようと冷静に意識を切り替える。

 

(奴が突然強くなった……いや、違うな。力が増して防御で防いでいるのではなく、攻撃そのものを無効化している。つまり能力の質が変わったということだ。だが、奴にその手の能力はなかったはず。とすれば――――)

 

「――――何かカラクリがあるはずだ」

 

誠が先ほどまで防げなかった炎を防げたのには理由がある。エレオノーレは冷静に分析した結果そのようにあたりをつける。その詳細をつかむため、そして、それを確信へと変えるため最初と同じように――――誠の創造を攻撃によって使わせて能力を見定める。いや、見定めようとした。

 

「一気に行かせてもらう!」

 

彼女が冷静さを完全に取り戻す前に誠が先に行動に移した。先手を取られたエレオノーレは動きが鈍る。とはいえ、両者ともに防げるが攻撃が届かないという膠着状態になっていた。

 

(防げるけど、こっちの攻撃も届かない…後一手を指すには、もう一歩踏み込まないといけない)

 

エレオノーレに間隙が生まれた一方で、誠にも余裕があるわけではない。自身の能力を一歩昇華させたはいいが、目の前の強敵を相手にいつまでも通用するはずはなく、能力のリスクも消えたわけではないからだ。

 

(今のままならまだ保つ、けど八方塞がりな状況を抜け出せない)

 

火球による攻撃は防いでいる。だが、攻め手にも欠けている。これを維持するだけなら自身の肉体が腐り落ちるまで保たせることはできるが、その体自体いつまで持つかはわからない。

ゆえに誠はこの状況を良しとしなかった。これ以上時間を稼いでも意味がない――――そして、意味がないことを続けることは、能力の本質を気付かれる要因になってしまう。

 

「貫け!」

 

これまでの攻めよりもさらに苛烈な特攻とも言える攻撃を仕掛けた。真正面からの一撃、返す手段などいくらでもある愚直な攻撃だった。だからこそ、この攻撃は最善手だった。

 

「ッ……!沈め!!」

 

正面から突っ込む誠に当然反撃を仕掛けるエレオノーレ。止めを刺そうとした時と同等の威力を持つ巨大な火球を一気に放った。普段の彼女であれば、一度破られた火球による攻撃という安易な選択肢を取ることはなかった。だが、高々十数年程度しか生きていない若輩に対する侮り、そして自身への慢心、ラインハルトへの忠誠心の高さから生まれた誇り、何より一欠片とはいえ自身の最高の攻撃手段を打ち破られた彼女は自覚していた以上に冷静さを欠いていた。

 

一度破られたとしてもそれは幸運によってもたらされたまぐれに過ぎない。

自分の攻撃はこんな程度ではない、もう一度同じ攻撃を放てば勝てる。そんな感情によって真っ向から攻撃をしかけてきた誠を相手に小手先で返すなど彼女の性格が許さなかった。

 

「喰らえッ!!」

 

結果としてそれは悪手――――火球は崩れ落ち、正面から突きによって炎を抜け出た誠は槍をすぐさま振り上げエレオノーレを逆袈裟に切りつけた。

幾重もの戦闘経験を積み上げてきた彼女は攻撃を突破された瞬間、経験則からくる勘によって咄嗟に後ろに下がり、致命傷は何とか避けた。だが、浅いながらも彼女は左足から右肩にかけて切り傷を負った。

 

「私に、傷を……!」

 

その攻撃に驚愕し、またしても打ち破られたことで彼女のプライドは傷つき、さらに隙を見せた。

 

「まだ!」

 

「何度も喰らいはせん!」

 

それを見て好機だと判断した誠は追撃の槍を振り下ろそうとし、エレオノーレは咄嗟にMP40による銃弾を放つ。彼女はここで自分がミスを犯したと判断した。

 

(銃では奴の腐敗は防げれん!)

 

先の火球は突破に一瞬の間があった。だから先ほどの攻撃で致命傷を何とか避けれたのだ。だが、さっきまでの戦闘で銃弾は一瞬の間もなく、それこそ自由に腐敗させることができた。だから逃れるための足止めになるはずもなく、逆に自分の行動を一手遅らせることになる。彼女らしからぬ致命的なまでのミス。しかし――――

 

「グッ!?」

 

結果は想像とは異なり、誠は銃弾をその身に受け、結果としてエレオノーレは無事に距離を取ることができた。

 

「どういうことだ?」

 

まず、湧いたのは怒りだった。敵の能力に対する不愉快な気持ちと、自身の愚かさが招いた傷と格下相手に致命傷を受けていたであろう事実に対する怒り。そしてほぼ同時に沸き上がったのは疑念。それらの感情が混じり出てきた言葉だった。

 

(しく、じった……!?)

 

同時に誠はこの攻防で自身が犯した致命的なミスを悔いる。

 

(あの場面は、追撃ではなく次につなげるためのアドバンテージを確保すべきだった。欲が出た……)

 

両者ともに自らへの叱責を内心に秘めていた。精神的に先に持ち直したのはやはりというべきか、経験に長けていたエレオノーレだった。

 

「ともかく、やはり貴様のその能力には何かカラクリがあるということが分かった」

 

「……ッ!」

 

「ゆえにだ、これより先は一切油断はせん。徹底的に叩き潰すとしよう」

 

そういって現れたのは大量の術式――――多種多様な銃、パンツァーファウスト、そして火球。複数の攻撃を同時にエレオノーレが放てる全力で構え、隙間などなく、近づかせる機会など一切与えないとばかりに構えた。

 

「全軍、前方の敵に向け斉射せよ。制圧射撃だ!!」

 

この戦いで初めて声を大にして放たれた号令。今まさに彼女は誠を敵として認めた。その呼び声に呼応するように攻撃が放たれる。

 

「そうか……まだこれなら持つな」

 

一方で誠の口からからこぼれたのは安堵の呟き、その攻撃に合わせて距離を詰める。攻撃を受け止めるのは最小限に、そして最短距離でエレオノーレに詰め寄ろうとする。銃弾が爆発がそして豪炎が彼の体を掠めるがすべて躱し、防ぎ、腐らせ近づいていた。

エレオノーレは動かない。否、敢えて動こうとしなかった――――距離を詰めらせる前に仕留める。それが無理なら誠の能力の正体を見極める。そう判断してその場から離れず攻撃を続けた。

 

「今度こそ、斬る!止めを刺す!」

 

「来い!」

 

もはやお互いに油断も甘さもない。相手を斃すという明確な殺意と敵意。鉄と炎の雨霰に曝される誠と着実に距離を詰められるエレオノーレ。結果、この攻防を制したのは能力に対するアドバンテージがあった誠だった。

距離を詰めきり槍を振り払う。エレオノーレの技量なら避けることはできただろうが、彼女はあえてそれをしなかった。槍の攻撃をぎりぎり致命傷にならない程度に受けて、誠を蹴り飛ばした。

お互いに消耗していた。

致命傷は避けているとはいえ、攻撃が通じないことで接近を許し傷を負ったエレオノーレ。

攻撃を腐敗によって防いでいるが大きな消耗と数多くの小さな傷を負っている誠。

 

(――――まて、傷を負っているだと?)

 

百戦錬磨のエレオノーレはここで違和感に気付いた。誠は小さな傷を負っているのだ。炎尾を腐敗して無効化した、銃弾や爆発も腐敗によって防いでいるはず。だが、傷は明らかに能力発動前と比べて増えている。

そして思い返し、彼女は行きついた。誠の能力の本質へと。

 

「クク、ハハハハ!」

 

突然笑いだすエレオノーレに誠は理解されたことを察し苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「詐欺師の類に向いているのではないか。貴様、選んで腐敗していたのだな?」

 

(バレた……)

 

早いか遅いかの違いでしかないが、この一度の交錯で能力を見破られたことに誠は何度目かもわからない驚愕があった。

誠の創造――――それは物質を腐敗させる能力、ではない。物質も腐敗させれる能力だった。誠が自覚したのは偶然だった。エレオノーレに指摘され、ルサルカの言葉を思い返し、自身と他者に対して客観的な視線をもったときにそれを理解した。

黒円卓に属したのも、特定個人に味方したのも、自分の実力を前に相手を圧倒したのも、すべて客観的に正確に相手を秤にかけ、判断したもの。そして、それこそが、誠の能力の本質を指し示すものなのだと。

 

「ああ、騙されたよ。私は貴様の腐敗は一元的なものに過ぎないと考えていた。だが、違った。

銃か、炎か。炎か、爆発か――――貴様は好きなモノを腐敗することができる。その代わり、その対象となるものを選んでいる間は他のモノの腐敗ができないのだ」

 

対象を限りなく狭める代わりに腐敗を自由に操ることができる。それが誠の本当の創造。

 

「納得したよ。貴様が自覚する前であれば物質を腐敗させるだけのの能力であるというものであっても不思議ではない。何故なら自己の認識が物質にしか及ばないものだと勘違いしている限りはそれが創造として顕現するのは道理だ」

 

そう、ルサルカに言われた物質を腐敗する創造――――つい先ほどまで誠自身がそれが本当の創造だと誤解していた。しかし、追い込まれたことで自分の創造を自覚し、発動させたのが今の誠の創造。

 

簡潔に言えば『腐敗の取捨選択』

 

「そうだよ、僕のトバルカインとしての能力は腐敗させる対象を自由に選べる能力。貴女の攻撃も選んで腐敗できた。だからこそ、貴女の攻撃は僕には届かない」

 

一見強力な誠の創造だがそれは大きなリスクを天秤にかけた能力である。

 

「なるほど……だが、これではっきりした。貴様の能力の弱点もな」

 

そういった瞬間、彼女の周囲の気配が――――いな、これまで脆弱だった存在感が露わになった。

 

「形成――――

Yetzirah

 

極大火砲・狩猟の魔王――――

Der Freischutz Samiel」

 

ここに現界したのは巨大な、圧倒的なほど巨大な列車砲そのものだった。

ひとたび戦場に出れば不敗、その強大な火力をもって、そう正に彼女は誠を己の武器を抜いて斃すに相応しい相手として認めた。

 

「好きな死に方を選ぶといい。炎に焼かれるか、砲弾に撃たれるか」

 

誠は話さなかったが、彼の創造には致命的なデメリットがいくつもあった。1つは対象を絞らなければ能力が弱体化すること。誠は強力な腐敗を2つ以上同時にできない。

数多くあるデメリットの一つであるそれを見破ったエレオノーレが立てた対策は単純明快。圧倒的な火力をもって正面から押し潰し、腐敗に対しては炎と質量と爆発の複数による防げぬ同時攻撃を仕掛けるというもの。

そして、それを満たす能力こそ彼女の形成だった。

 

「ああ、死に方は選ばせてもらうよ、アンタを死んでも斃してみせるっていうのはどう」

 

「面白い、そこまで言うならやって見せろ!!」

 

これほどの戦士を相手に創造を振るわぬことを惜しむ賞賛の念すら彼女にはあった。それだけエレオノーレと誠には実力の隔たりがあることも理由の一つではあるが、それと同時に彼女は警戒していた。全方位からの攻撃は、トバルカインという存在に対して悪手だと。

腐敗の能力が万が一創造にすら影響した場合、彼女の創造ではあまりにしリスクが高すぎる。故にここは形成が最善。誠は身構え、エレオノーレは八社の合図を出す。

 

教会に似つかわしくない、鉄の列車砲から轟音とともに砲撃が放たれた――――

 

 

 

 

 

 

決着は一瞬で着いた――――

 

砲弾がぶつかった爆心地の跡には誠が地に伏し倒れていた。おそらく、腐敗させたのは砲弾ではなく炎だったのだろう。そうでなければ今頃炎によって彼の体は燃え尽きて体の原型すら残っていなかったいたはずだ。

そして、それは即ち誠が敗北したことを意味していた――――筈だった。

 

「ば、かな……!?」

 

エレオノーレは自分の胸部に突き刺さり、自身の体を貫いている槍を前にそんな言葉しか発せなかった。能力は見抜いた、その対応方法に間違いはなかった、にもかかわらず結果は予想外のものとなった。

 

「そうか、そういう、ことか……」

 

エレオノーレは気付いた。誠は地面に倒れ伏している。そして槍は自分の体を貫いている。つまり、やったことは単純。誠は槍を投げたのだ。

 

おそらく投げた槍が砲弾と接触するまで彼は能力を物質の腐敗を選択していた。それによって腐敗した砲弾を槍が貫いた。

だが、それでも砲弾そのものの勢いは失われない。中央部だけが貫かれ、炎の弾丸と化した砲弾を誠自身はその身で受け止め、その瞬間に炎まとっている砲弾の攻撃に耐えるため、腐敗の対象を炎へと切り替えたのだ。

その結果、砲弾そのものは中央に穴ができたことで脆くなり威力を失い、炎は腐敗によって防がれた。逆に勝利を確信したエレオノーレは槍によって貫かれた。

 

「み、ごとだ……まさか、貴様のような、青二才に、してやられるとはな……」

 

驚愕しつつも認めざるなかった。誠は己の逆境を前に三つも壁を打ち破ったのだ。

一つは自らの創造を昇華させたこと、一つはその胆力と覚悟をもって一瞬の躊躇いも許されたない策を打って成功させたこと、そして何より圧倒的に格上であるエレオノーレを相手に正面から能力の競り合いで勝利をもぎ取ったことだった。

トバルカインの槍など、本来であればエレオノーレの列車砲を前に容易く砕かれたはずである。それを打ち破って貫いたのは能力の相性もあったのだろうが、トバルカインではなく、櫻井誠という一個人の力によるものだった。

 

「讃えはしよう――――だが、最後に勝つのはハイドリヒ卿だ!」

 

その身の最後の力を振り絞り、声を張り上げて叫ぶように言う。彼女の傷は致命傷であり、それに上乗せするかのように傷口から腐敗が侵食していた。

 

御身に(ジークハイル・)勝利を(ヴィクトーリア)!!」

 

そういって彼女は散った――――

 

 




創造 三相女神・禍福無門(真)

物質を腐敗させる能力ではなく、対象を選んで腐敗させる能力。ルサルカが自分に有利になるようにわざと誠の能力を誤認するように誘導したことで誠が誤解してしまった。しかし、エレオノーレの言葉で自身の本質を自覚したことで、能力を完全に把握した。
ただし、デメリットがいくつもあり、腐敗する対象は一度に一つしか選べない(一つの範囲は対象によって異なる)、腐敗速度が尋常じゃないくらい早くなる等のリスクを背負う。

スワスチカ(7/8)


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15話 敗北

誠がエレオノーレと戦っていた時、この諏訪原市内で最も勝利に近づいていたのはヴァレリア・トリファだった。

 

「香純を放せ!」

 

声を荒げるが、香純という人質を取られ手が出せない蓮達。不幸中の幸いといえるのは、ヴァレリアが影から香純を人質にとった際、彼女の首をつかんでいたことで香純が気絶していたことだった。

 

「それを聞いたとして私に何の得がありますかね?」

 

蓮の言葉を聞いても全く余裕の態度を崩さないヴァレリア。彼は人質兼自身の勝利につながる最後のピースを手に入れた。圧倒的に優位な立場に立っている。

 

(懸念する要素があるとすれば、シュライバーを斃した方法。絡め手ではなく彼の速度を正面から打ち破ったのだとしたら警戒するに越したことはない……)

 

油断せず人質は確実に捕らえたまま、安全にこの場を離れる方法をヴァレリアは考える。

 

「私としても彼女を傷つけるのは忍びないですが、すでに状況は大きく変わっています。手を出せば――――わかりますね?」

 

敢えて明言しないことで、手を出しにくくする。相手を言いくるめるときの常套手段。だが、動けない蓮に代わって彼女が動いた。

 

「一つ、勘違いしてるわ聖餐杯」

 

そういって彼の言葉に横やりを入れたのは螢だった。最早ヴァレリアに対して敬称をつけることもせず、剣呑な雰囲気を醸し出して剣を抜く。

 

「おや、貴方達は手を結んでいるのではなかったのですかね?」

 

ヴァレリアからすれば少々意外な行動だった。情に弱い彼女が蓮達と共に行動している時点で彼女は蓮側だと思っていたからだ。必要なところで冷徹になれないリザや螢は相手にならないはずだと。

 

「いいえ、藤井君たちとはあくまで停戦を結んだだけ。協力や同盟とは違うわ。そして、私にとって最優先の目的は変わっていない。だから、藤井くん達には悪いけど貴方が抱えている人質に意味はないのよ」

 

それは半分ハッタリであり、半分真実だった。蓮達との関係から香純をすぐに見捨てれるほど、彼女は非情ではない。ヴァレリアの読み通り、情に流されやすい彼女の性格上、短い期間とはいえ、彼らとのつながりは強くなっていた。

しかし、どうしてもという事態になれば彼女は躊躇わない。彼女にとって一番の目的は兄である戒と姉のような存在であるベアトリスの蘇生によって取り戻せる日常であり、それはいくら蓮達に否定されても彼女にとって譲れない一線であった。

 

「櫻井、お前ッ!」

 

蓮が裏切られたといった様子で叫ぶ。司狼や玲愛は無言で真意を測るように見つめる。それは余計なことを口出ししてヴァレリアに警戒されるのを恐れたというのもあった。

 

「フフ……なるほど、目的の為なら犠牲は厭わない。確かにそうですね、貴女の目的が変わっていないのであれば彼女の人質としての価値は無い。ですが、だからこそ貴女は、いえ貴女とリザ、そしてテレジア……貴女達は私に手を出すことは出来ない」

 

「どういうこと?」

 

ヴァレリアにそんなことを言われて、指摘された三人は疑問を感じ、螢はヴァレリアに尋ねる。

 

「ああ、ええ……そうでしたね。貴女方は知らないのでしたね。ハイドリヒ卿が完成させる黄金錬成の真実を――――」

 

「だから、どういうことだって言ってるのよ!」

 

聞いてはならない。だが、聞かねば後悔する。されど聞けばもっと後悔する。そんな警鐘が鳴らされるが黙っていることが出来ず、焦らすヴァレリアに叫ぶ。それがヴァレリアの思惑通りだと気付いていても尋ねずにはいられない。

 

「簡単な話ですよ。真実は時として、とても残酷なものです。ハイドリヒ卿の黄金錬成によって叶えられる願いは、全てグラズヘイムに堕ち叶えられるのですよ」

 

残酷な事実をヴァレリアは突きつけた。現世組の中で黄金練成が行われれば一切合財ラインハルトのグラズヘイムに堕ちるという形で不死練成と死者蘇生が叶えられる。

それは螢やリザの望みが決して叶わないということだった。

 

「う、嘘よ……だとしたら、貴方の望みだって!」

 

リザがその事実を聞いて驚愕する。彼女の願いも螢と同様に他者を生き返らせること。ヴァレリアの言ったことが事実だとすれば、螢もリザも望み通り願いをかなえることが出来ない。しかし、それはヴァレリアも同じはずではないかと思って叫ぶ。

 

「ええ、その通りです。このままハイドリヒ卿がこの地に降り立ち、グラズヘイムを顕現させれば私の望みも叶わない。だからこそ、この子が必要なのですよ」

 

「どういう、こと?」

 

「簡単な話です。この綾瀬香純こそゾーネンキントの血筋を受け継いだ人物。テレジア、貴女の遠い親戚なんですよ」

 

その言葉にこの場にいた全員が驚愕する。

 

「そうか、ようやく合点がいったぜ。テメエの目的は儀式を不完全に発動させて、自分にとって都合の良い部分だけを掠め取ろうっていうことだな」

 

司狼が香純を人質に取ったことを理解して口を挟む。

 

「ええ、その通りです。改めて尋ねますが、このまま私に手を出すことは貴方達全員メリットがありません。逆に私に手を貸していただければ、双首領の悲願の成就を防ぎ、我々の目的を達成することが出来るのですよ」

 

ヴァレリアの言う通りだった。これで螢とリザは手を出す手段を失った。それどころか、事実を突きつけられた以上、願いをかなえる方法はヴァレリアに従うしかない。嘘という可能性もあるが、それを嘘だと言うには突きつけられた言葉が重すぎた。

 

「私は、綾瀬さんを、ううん、誰かを犠牲にしてまで自分が助かりたいとは思わないよ」

 

故にヴァレリアのその提案を最初に否定したのは玲愛だった。ゾーネンキントであった彼女は黄金錬成の事実を薄々察していたのかもしれない。事実を知った衝撃よりも後輩である香純をヴァレリアの暴走に巻き込むわけにはいかないと感じていたのだ。

 

「ふふ、ふははっ。誰も犠牲したくないと?テレジア、よくごらんなさい。この街の犠牲者を――――既に80万人の人口を誇っていたこの街で、一体何人がスワスチカの贄になりましたか?彼らは全員いうなれば貴女が生み出した犠牲でもあるのですよ?」

 

突きつけられたくない事実を攻め立てられ、玲愛は怯む。

 

「初めから抵抗していれば、こんなことにはならなかった。貴女は立ち上がるのが遅すぎたのですよ。チャンスは幾度となくあったはずです。初潮を迎えた時、自らの運命を知った時、私がこの諏訪原市に訪れた時、藤井君が力に目覚めた時、スワスチカの開放が始まる前までに何度も機会はあった」

 

言葉の毒が蝕む。

 

「頼めば味方になる者もいたでしょう。リザも、カインも、レオンも。彼らは少々堅物ですが説得は出来たはずだ。そして藤井君に頼めばすぐにでも……最悪、自殺すればこんなことにはならなかった」

 

全て結果論に過ぎないが彼女に選択肢はあった。だが行動に移した結果、街の人は死に、味方に巻き込んだ人間はより大きな被害にあっている。

 

「そう、貴女は何もしなくていい、何もできないのですよ。貴女が何もせずにいてくれれば私が代わりに彼女を祭壇へと捧げることが出来る。そうすればハイドリヒ卿の黄金錬成は不完全な形で終わり、世界は救われます」

 

確かにそうかもしれない。そう玲愛達は思ってしまう。

 

「とても簡単な話でしょう。これまでと同じように、ただ黙っていればいいのです」

 

黙っていれば、でも香純が犠牲になるのは良いのか?しかし――――

 

「安心しなさい。黄金錬成は一度しか行えないわけではありません。時期が来ればまた儀式は行える。その時に、香純さんも、貴女が犠牲にした者たちもいずれ私が救ってあげますよ」

 

ならば、ならいいのではないか……そう全員が――――

 

「先輩、間違っている!こいつは逃げてるんだよ!」

 

「藤井、くん……」

 

道理が合わない。まだ限りある大切な人のために全てを犠牲にするという螢の方が理屈として通じる(蓮は当然それを認めないが)。

 

「大体だ、そりゃ無理だろ?犠牲にするのが百、救うのが一じゃ、いつまでたっても救う相手が増えるだけだ」

 

血で血をぬぐう、永遠に消えない贖罪。螢達の様に一を救うために百を犠牲にするのではない。

すべてを救うために犠牲を増やし続ける。一を救うために百を犠牲にして、その犠牲にした百を救うために一万を犠牲にする。そんなものは子供でもわかる破綻した数式に過ぎない。

 

「俺は絶対認めない。死んだ人間は救われない。ラインハルトは俺たちがぶっ倒して、日常を取り戻す。それだけだ」

 

「交渉は決裂ということで?」

 

「元々交渉ですらなかっただろ」

 

誰もが勘違いしていた。聖餐杯の武器はその絶対的な防御力でもなければ、策士としての知略でもない。相手の思惑を読み挫く言葉にあった。防御や知略はその副産物。

ヴァレリアに勝つためには一部の隙もない完璧な人間であるか、どんな言葉も通用しない獣畜生であるか、ヴァレリアの本質を見抜いている策士、即ち双首領や三幹部のみである(そんな彼らですら三幹部は状況によっては敗北しかねない)。

だからこそ、それを打ち破れるのは道理を無視した強い思いなのだ。それを蓮と司狼は持っていた。

 

「では明日の夜、最後のスワスチカが開く場所、諏訪原タワーでお待ちしております。そこで決着をつけましょう」

 

「逃がすと――――!?」

 

次の瞬間、教会でこれまでにまして巨大な爆発音が鳴り響いた。まるでタイミングを読み測っていたかの様にヴァレリアは動き出す。香純を抱え盾にしたまま空いている手刀が玲愛(・・)に向かって突き出された。

蓮も司狼もその想定外の攻撃に驚愕して膠着する。殺気を向けられ、戦ったことはあれど、爆発に気を取られ、他人を守る戦いの経験がなかった彼らはすぐに動けなかった。

 

「――――!?」

 

ゾーネンキントであっても肉体的には一般人と変わらない。彼女を溺愛していた彼が、ゾーネンキントである彼女を傷つけようと、否、殺そうとするなど玲愛本人ですら予想だにしていなかった。

一番近くにいた螢は事実を知ったショックからまだ完全に立ち直れておらず、咄嗟に動けない。

故に――――

 

「ガハッ……!」

 

――――貫かれたのは咄嗟に玲愛の盾になったリザ・ブレンナーだった。

 

「残念ね、ヴァレリ……ア……」

 

(リザ……貴女は、最後まで母親としての役目を貫こうとしたわけですね……スワスチカを開かない、この死が私の与えられる最後の救いかもしれません)

 

「貴女に救いを、リザ」

 

自分が刺し貫いた相手に名前を呼ばれ、彼は無表情だがそんなことを口にしてこの場から逃げ出した。全員動きが止まり、十分すぎる隙が出来たからだ。唯一司狼だけは銃を向けた。狙いはヴァレリアではなく香純。

 

(奴の目的がその黄金錬成を掠め取ることなら、香純は確実にヴァレリアにゾーネンキントとして使われて犠牲になる。なら、撃つしか――――)

 

「やめろ、司狼!」

 

割り切ろうとした司狼と割り切れなかった蓮。二人は――――敵であるヴァレリアを除く全員が選択肢を誤った。螢は黄金錬成の事実を知ったことから立ち直れず、リザはその身をもってもヴァレリアを止めることができず、玲愛は必要だった一言を言えず、司狼は銃を構えてしまい、それを見た蓮がヴァレリアを止めるのではなく司狼を制止の言葉を投げた。

 

螢が立ち直っていれば、リザが犠牲になることなく玲愛を守れた。

リザが彼の本当の名を呼んでいればヴァレリアは揺れていた。

玲愛が彼に必要な一言を発していれば彼は攻撃しなかっただろう。

司狼が砲弾に気を取られなければ香純を救える機会を得たはずである。

そして蓮が周囲を無視してヴァレリアに向かえばその速さで皆を救えていた。

 

何が原因だったのか――――連戦の消耗か、ヴァレリアの言葉の毒か、精神的な疲労からか。なんにせよ、エレオノーレと誠の決着の瞬間、その爆発に気を取られた彼らはヴァレリアにまんまとやられ逃げられた。

 

 

 

「――――クソッ!」

 

「どこへ行く気だよ?」

 

「決まってんだろ!あいつを追いかけるんだ!」

 

「やめとけ……」

 

動けなかったことを恥、激昂した蓮はすぐにでもヴァレリアを追いかけようとするが、司狼がそれを止めた。

 

「なんでだ、司狼!!あいつが――――「待って!……藤井君、お願い、待って……」」

 

リザの返り血を浴びつつも無傷だった玲愛は泣きながら蓮を呼び止めた。

 

「今、追いかけても追いつける保証なんざどこにもねえ……仮に追いついても消耗してる俺達じゃ……悔しいが、またやられる」

 

胸部を貫かれ、玲愛を守ったリザはほぼ即死だった。元々彼女の直接の戦闘能力は、黒円卓の中で最も低い。だが、そんな彼女は蓮達が動けなかった中で一人だけ動いて、玲愛を庇い、そして死んだ。

誰もが少なからず動揺していた。まともな状況ではなかった。誰も動けず、その場で立ち止まる。

泣き崩れる玲愛、何もできなかったことと知ってしまった事実に呆然とする螢、やるせない表情で煙草を咥える司狼、怒りと後悔で苦渋に満ちた様子の蓮。

何度も敗北は味わってきた。だが、彼らはまだ子供で、完全な敗北をここで初めて味わった。

 

そんな彼らの様子を嘲笑うかのように夜が明け始めていた。

――――次の夜がクリスマスの、そしてスワスチカを巡るこの戦いの最後の夜になる。

 

 






現在の生存者

蓮 司狼 螢 玲愛 (橋付近)
ヴァレリア 香純 (タワーに向かって移動中)
誠 (教会)
マキナ ラインハルト (グラズヘイム城内)
メルクリウス (不明)

スワスチカ(7/8)
第一 博物館
第二 公園(シュピーネ)
第三 ボトムレスピット
第四 病院
第五 学校(ヴィルヘルム、ルサルカ)
第六 遊園地(シュライバー)
第七 教会(エレオノーレ)


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