Fate/Apocrypha 英雄王と鈴の花 (戒 昇)
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第一話 英雄王とユグドミレニア

アニメのアポクリファがあまりにも衝撃的で、思わず書いてしまった作品です。

今回はプロローグも兼ねている為、短いですが宜しくお願いします!


 ルーマニアは首都、ブカレストの街は時刻も相まってか大勢の地元民や観光客で溢れかえっている、そんな中をゆったりとした足取りで進む一人の男がいた。

 顔には生々しい傷痕がいくつも残りサングラスから覗く剃刀のような眼と筋骨隆々の肉体を覆う黒のジャケットが威圧感を漂わす男―「獅子劫界離(ししごう・かいり)」である。

 

 「夜までまだ時間があるな…」

 

 空を見上げれば、そこには雲一つない快晴が広がっていた。しかしこれから行う儀式にほ(いささ)か早すぎる為、軽く市内の観光をしそれから召喚に適した所まで向かいながら、数時間前の事を思い出す。

 

 

 

 

 事の発端は数時間前のイギリス、魔術師達の最高学府「時計塔」内にて召喚科の学部長「ロッコ・ベルフェバン」に呼び出された事に始まる。

 先程少しぶつかった時計塔の学生に涙目になりながら逃げられたことを愚痴ると笑いながら「その容姿のせいだろう」と言われ、厳つい見た目であることを自覚している為か舌打ちぐらいしか出来なかった。

 他愛ない会話の後に笑っていたロッコの表情がいつになく真剣になった…どうやら自分が呼ばれたのが理由がよほど重大であるらしい。

 

 聞くと数日前、ルーマニアの大家「ユグドミレニア家」が魔術協会に対して反乱する宣告を出した、これに協会側は50名からなる討伐隊を編成し、対処にあたらせたが…

 

 「一人を除いて全滅…とはね」

 

 「しかも、それだけではない」

 

 戦闘に特化した魔術師だけで組まれた討伐隊を壊滅させたのはユグドミレニアの魔術師…ではない、戦闘が記録された資料を見て獅子劫は顔をしかめる。

 地面から無数に突き出した"杭''によって貫かれた魔術師達、その中で悠々と佇む人影…しかし「それ」は人に非ず、獅子劫の頭に一人の歴史的人物が思い浮かぶ。

 

 「そこがルーマニアで串刺しするって事を、踏まえればあの英雄を出さない訳ないか…」

 

 「然様、つまりこれから頼む事も分かるだろう?」

 

 「まさか『サーヴァント』と戦えってか?」と問うと、ロッコは彼の間違っている認識を正す。

 依頼は「ルーマニアにて行われる大規模な聖杯戦争に参加して、ユグドミレニアの元から大聖杯を奪還する」ことであった。

 

 

 ―「聖杯戦争」、それは遥か極東の地「日本」にて約百年前から行われていた大儀式の名称である。

 七人の魔術師が使い魔の最上位である「サーヴァント」を召喚して最後の一人になるまで殺し合う、そして勝者にはいかなる願いを叶える願望機「聖杯」が与えられる。

 

 しかし、聖杯はその姿を見せることなくその地から消す事になる…それが六十年に行われた三回目の聖杯戦争の時、参加した一人のマスターの手によって聖杯の核となる「大聖杯」が奪われてしまい、行方が掴めないまま戦争は終結してしまった。

 それが今、ルーマニアはトゥリファスという地にてあることが分かった。討伐隊の生き残りは僅かだか一矢報い、大聖杯の予備システムを起動させ既に召喚されているサーヴァントとは別に新たなサーヴァントを喚ぶことに成功した。

 

 これを受けて協会は選りすぐりの魔術師をルーマニアの地に送り、ユグドミレニアとの聖杯戦争を行う事を決定した、獅子劫は最後の一人になり直ぐにルーマニアまで行ってサーヴァントを召喚して欲しいとの事だった。

 

 「依頼は受けるが、他のマスター達はどんな奴なんだ?」

 

 「心配せずとも、全員腕が立つ者達じゃよ」

 

 差し出された六枚の紙には一人一人詳細なステータスが乗っており、それぞれが強力な魔術師であることを示していた。

 その中に知っている顔は何人かいた、敵か味方はその都度変わっていたが確かにこのメンバーなら心配はなさそうだ。

 最後の一枚に記された人物は監督役も兼ねていて、名前からして日本人だと分かる。彼も既にサーヴァントを召喚し、トゥリファスに入っているらしい。

 暫し考えた結果、自身も叶えたい願いがある為に参加することを伝えた。

 

 触媒は何をくれるのかと期待すると、用意してあったのか一つの物品を出した。それは輝きは薄くなっているが錆が全くないが故、元は黄金色であった事を示すのに充分であった。

 

「それは古代シュメール、ウルクにあったと言われている蔵の鍵だ」

 

「蔵? そんなんで英雄が呼べるのかよ」

 

「ただの蔵ではない…無数の黄金や様々な武器が収められていた『王の蔵』よ」

 

「ちょっと待て、まさかこれは…!」

 

 ウルク、それに様々な武器を収めた蔵…考えられるのはたった一人いる。だがそいつが呼び出せるのか…それを考えただけでも思わず口角が上がってしまう。

 見ればロッコも不気味に笑みを浮かべていた、そして獅子劫もどうするかは既に決まっていたこともあり直ぐにそれを受け取った。だかそれだけではなく前金として近くにあった瓶に入っているもの―「ヒュドラの幼体」を貰っておくことにした。

 

 

 

 

 ブカレストの郊外に位置する場所…無数の墓石が並び立ち夜中の静寂が相まって独特の雰囲気を出している「霊園」である。自身の魔術と相性からかここにいると何処か心地がいい感覚に思ってしまう。

 タバコを吸い、心身共に落ち着かせてから地面に描いた魔法陣の前に立つ。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公

 

 手向ける色はーー『赤』

 

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 召喚の途中ながら彼は己の過去を思い出していた。かつて自分が救えなかった『娘』の事、自分がフリーランスになった切欠を生まれたあの日、袂を別った父の事、様々な戦場を駆けていた日々…この戦争において自分が死ぬかもしれないが、それでも引き下がれない。

 その強い思いが陣の輝きを一層増し、視界を覆うほどになった。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 

 

 光の柱が建つ。黄金が溢れ出し、闇に包まれた霊園に『それ』は現れた。

 

 金髪の髪が召喚の余波で今だ漂う風で靡き、上半身は裸に見えるが肩や腕に黄金色と赤で彩られた鎧を身に纏い、腰からは赤色を基調とした腰巻を着け、両脚にも黄金の鎧で覆われている。

 

 背中に収まっている二振りの黄金の剣が見え、それが主武装であると自然に物語っていた。そしてスローモーションのようにゆっくりと両目が開かれた。

 その眼は真紅の如く赤く染まり獅子劫をその視界へと捉える、と同時に口を開く。

 

 

「問おう、貴様が不遜にも(オレ)を従えようとするマスターとやらであるか?」

 

 

放たれた声はどこまでも澄み渡り、どこまでも傲慢である言い方であった。しかし不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

「ああ、これから宜しく頼むな」

 

「分を弁えろよ魔術師、我とお前は対等の関係ではないのだからな」

 

 「サーヴァント」の目が細まり、より一層の鋭い視線が獅子劫を貫く。有無を言わせない威圧感はそれまで感じていた不思議な感覚に答えを出させるのに充分であった。

 

(嫌な気分にならない、じゃなく…それすらできないのか)

 

 圧倒的カリスマとも言えるのか、威圧な雰囲気を出されたものも獅子劫はむしろ…面白いと考え、あえて堪えてない感じを出して口を開く。

 

「悪かった、なら王様って呼ばさせてもらうかな?」

 

「ふ…」

 

 割と失礼な事かなと思いながらも、「サーヴァント」は不敵な笑みを浮かべた後、静寂の霊園に高笑いの声が響いた。

 

「ハッ! ハハハ! 面白いぞ、(オレ)に怯まずむしろ不遜ともとれる態度をとるとはなっ!」

 

 高笑いをする「サーヴァント」に対して獅子劫は呆けた顔をしているが、お構いなしと言わんばかりと言葉を続ける。

 

「気に入ったぞ、どうやら今宵の戦いは(オレ)を楽しませてくれそうだなッ!」

 

「お、おう…とりあえず良いって事か?」

 

「安心するがいい魔術師よ、本気でやっても相手にとっては辛かろう…

 最初の内は軽くあしらっておくとしよう」

 

 とんでもない自信家だな…と思いつつも、軽く見たパラメーターはどれも高く陣営を組む必要性を感じてしまう程であるが、契約の関係上それはまだ考えておくだけにしておく。

 改めて右手を出す。

 

「獅子劫界離だ、これから頼むな」

 

「『サーヴァント・セイバー』だ、精々(オレ)を愉しませてくれよ」

 

 

 

ここに人類最古の王が、七騎と七騎の「聖杯大戦」に参加し正史からの道を外れる事になるとは誰しも想像できなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

ブカレストから車で数十分の所にその町はあった。

 歴史あるトランシルヴァニア地方の中でも、のどかな田舎町として知られているのが、ここ「トゥリファス」である。

 しかし、そんな町の中央にそびえるのがルーマニアの魔術師一家であり魔術協会から離反の宣言を出した「ユグドミレニア家」の居城「ミレニア城塞」、この町の最古の建造物と言われているものだ。

 

 そこの地下に広がる空間に五つの陣が敷かれていて、その前には五人の男女の姿があった。

 これより行われる儀式はただの儀式にあらず、人ならざる英霊達を喚びトゥリファスの地を舞台にした「大戦」に勝利する為の最初の一歩となる。

 

 「―それでは、始めよう」

 

 ユグドミレニアの長にして六十年前に遠く日本の地より「大聖杯」を強奪した者、「ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」は始まりを告げる一声を放つ。

 

 「我が千界樹(ユグドミレニア)が誇る魔術師達よ―」

 

 陣の前に立つ肥満体の男性「ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア」はこれから起こることへの不安と英雄を使役できる高揚感にかられていた、しかし後には引けない…かつてドイツの名家「アインツベルン」と肩を並べていた「ムジーク家」も今や血筋は風前の灯火になっており、名家としての誇りと再び栄華を取り戻す為にも…

 

 『素に銀と鉄、礎の石と契約の大公』

 

 車椅子に座る可憐な少女「フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」はこの聖杯大戦には消極的であった…が、ダーニックの言葉通りなら回復不能となった自分の両脚も治すことができるかもしれない。それが如何に私的なものであるかは、彼女自身良く分かっていた。それでも…

 

 『手向ける色はーー黒』

 

 陣営では最年少ながらも、ゴーレム製造者として名を馳せている「ロシェ・フレイン・ユグドミレニア」はただ楽しみであった…自分が英霊を召喚すること、これからの戦いも。彼にとってこの大戦は自らが楽しめれば良いであり、それ以外は気にすら留めていなかった…

 

 『降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で王国に至る三叉路は循環せよ』

 

 黒魔術を得意とする「セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア」の気持ちは最高まで昂っていた。そのせいで昨夜は魔術と関係ない生贄を普段通りに殺してしまったが、どうでもいい事として今では忘れてしまっているだろう。それほどまで今回の聖杯大戦は彼女にとって愉しみであるから…

 

 『閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する』

 

 眼鏡をかけた少年「カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」は自身が平凡で取り柄がないことは自覚しているつもりだった…しかし、聖杯は令呪を与えマスターとして選ばれた。

 何故自分なのかはとても計り知れないが、今は役目を果たす。それが苛酷な戦いに身を投じる事なろうとも…

 

 『―告げる。

 汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ』

 

 陣の輝きが増す。風は対流を起し閉鎖空間に魔力が満ちていく。

 

 『誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者

 我は常世総ての悪を敷く者』

 

 次にカウレスがある一行を加える。

 

 『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者』

 

 輝きはさらに増し、最高潮まで高まる。

 

 『汝三大の言霊を纏う七天

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――』

 

 輝きが空間を覆う…それは目を開けていられないほどになり、五人の姿が一瞬だけ見えなくなる。

 

 煙が晴れると陣に五体の「サーヴァント」の姿があった。

 

 青いマントを翻し、頭部は仮面で覆われて全身に服を纏いし者。

 『キャスター』

 

 背中まで届く長い髪に清冽な雰囲気を持ち合わせる青年。

 『アーチャー』

 

 特徴があるピンク色の長髪に中性的な顔立ちに鎧とマントを身に付ける格好した青年。

 『ライダー』

 

 銀髪に露出が目立つ服、だが相手を見据える瞳は強さと高潔さが伺える。

 『バーサーカー』

 

 燦然と輝く鎧に身を包み、大剣を背にする長身の青年。

 『セイバー』

 

 五体のサーヴァント達が同時に口を開く。

 

 『召喚の招きに従い参上した。

 我ら「黒」のサーヴァント』

 

 『我らの運命は千界樹(ユグドミレニア)と共にあり、我らの剣は貴方がたの剣である』

 

 

 これで全てのサーヴァントが出揃った…積年の思いが遂に成就する。

 この時、ダーニックが僅かにだか口角を上げているのに誰一人として気付いていなかった。



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第二話 花園花鈴

二話目です。ダブル主人公の片割れが登場し、主要人物が出揃います。

それではどうぞ


 『相良豹馬』にとってこれから行われる「聖杯大戦」は重要な出来事であった。

 

 二流の魔術師家系に生まれてしまった所為で周りから比較され続け、幼い彼に浴びせられたのは数々の汚い言葉であった。さらに彼自身も魔術の才能が微妙であったことがより心を痛めることとなった、そのおかげで純真だった性格が大きく捻じ曲がってしまい結果、弱きに強く強きに弱い自分より才能があるものに嫉妬を抱くと言ったクズのお手本のような人間が出来てしまった。

 

 「だが、そんな俺でも神様は見放していなかった」

 

 魔術師の一大組織である「魔術協会」にも入ろうとせず、唯一まともであった容姿を生かして「東京」にてコンビにアルバイトとして日々働いていた時だった。

 彼を訪ねたのはルーマニアの大家「ユグドミレニア」の長である「ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」であり、彼が自らの一族へと招いてくれたのだ。最初は半信半疑だったが、本拠地である「トゥリファス」に来た瞬間、相良は確信しここから一流の魔術師へと上れると…

 

 しかし、待っていたのは一日の大半を立っていられない程の雑用であり魔術の鍛錬は空いた僅かな時間しか費やせない、彼にとっては屈辱もいい所だった。そんな惨めな状況で文句の一つでも言いたかったが僅かと言えども鍛錬に時間を与えてくれた恩義を感じていた為、それは心の奥底にしまっておくことにした。

 

 それほどの時間でも結果は変わりはせず、彼の魔術師としての才能は結局平凡のままであった…自分より後で来た車椅子の少女の魔術を見た時にそれを嫌というほど知らされてしまったのだ。

 

 

 そんな失意の中で耳にした如何なる願いを叶える願望機とそれを巡る闘争「聖杯戦争」の事、そして近々「ダーニック」がそれらに関わる重要な決断をすると…以上の事を酒で酔った勢いで話していた肥満体の魔術師「ゴルド」から聞いたことだった。

 

 当初は参加したかったが、自分の実力では無理かと思われていた……右手の甲に「令呪」が現れるまで。

 

 

 

 そのことを「ダーニック」に報告すると、いつもは澄ました顔をしていたのがほんの一瞬驚愕したように見えた。珍しい光景を見て内心ほくそ笑んでいたが直後、彼にこう言われた。

 

 「貴様の実力はまだ足りてない、故にアサシンのサーヴァントを召喚せよ」

 

 明らかな命令口調だったので何か一言言おうとしたが、鬼の様な形相で睨まれてしまった…まるで「反論は許さん」と言わんばかりでその場は渋々了承の旨を伝えた。そして召喚する場所もここトゥリファスではなく、彼の生まれ故郷である「東京」にて行うようにと強く言われて、その夜に五年ぶりの帰郷をはたすことになった。

 

 戻ると共にそれに合わせて自分が働いているホストクラブにて手頃な生贄の女を見繕い、予め用意しておいた聖遺物をこれも用意していた魔方陣の前に置く。

 

 「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師×××××」

 

 召喚の為の呪文を詠唱し始まる。アサシンのサーヴァントを呼べるちょうどいい触媒を手に入れる事ができたし生贄も運よく間抜けそうだったから手早く入手できたことだし、自分が最高に運が良いと確信できる、そしてこれまでのクソッたれな人生を清算できると思うと自然と笑ってしまう。

 

 「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者

  我は常世総ての悪を敷く者」

 

 予定通り召喚を終えた後は、ルーマニアに戻って手始めにダーニックの奴をバラバラにして殺してやる…あの澄ました顔を苦痛で歪ましてからゆっくりじっくりと解体してやる。それ以外の奴はどれも大したことがないから男は殺して女は殺さず、支配した後の楽しみとしてとっておいてやるか。

 

 「汝三大の言霊を纏う七天。

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーー!」

 

 暴風が発生し、辺りを包み込む。

 

 

 

 しかし、相良は知る由もなかった…祭壇に置いてある触媒がただの玩具であることに、それを渡した魔術師が偽物ばかりを扱うとんでもない人物であることに、そして今しがた目を覚ました生贄となる女性の存在を。

 

 それらが重なる時、『奇跡』は体現する。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 花園(はなぞの)花鈴(かりん)は暗闇の中で自らの過去を見ていた。

 

 

 彼女が生を受けた「花園家」は五代続く名門の魔術師家系であった、父であり魔術の師でもある「義信(よしのぶ)」は日本人でありながら魔術師の最高学府「時計塔」を優秀な成績で卒業した数少ない人物であり、その将来を渇望される人であった。

 そんな優秀な人物の血を継ぐとして花鈴は周囲の期待を集めていた。

 

 当の本人も幼い頃より聞かされ続けた父の武勇伝に心躍らせ、いつかは父と同じ高みへと昇りたいと思いながら魔術の鍛錬ができる歳になるのを楽しみに待っていた。

 

 

 しかし蓋を開けてみると彼女に待っていたのは「地獄」そのものであった。

 

 魔術回路の質も量も特に異常はなかった、欠点らしいものはないはずだった…それでも彼女は「平凡」という一言の評価で十分で目立った特徴もなく、こなせる魔術もどれをとっても突出しておらず絵にかいたような「凡庸魔術師」であった。

 

 そんな彼女とは裏腹に才能に溢れた魔術師が誕生した…名は「花園麻里(はなぞの・まり)」、花鈴の双子の妹である。平凡な姉とは違い英才教育で花開いた才は僅か十歳ながら基本的な魔術は全てマスターしており、とても小学生とは思えないと後に関係者は語っていた。

 さらに追い打ちをかけるように麻里の魔術属性が、持つことさえ稀有な属性「五元素使い(アベレージ・ワン)」であることが判明し、次第に期待の眼差しは花鈴から麻里へと向けられるようになる。

 

 同時に失望や侮蔑を含む言葉もこの頃より浴びせらることになった。

 

 

『お前達姉妹は顔が同じなのに、何で能力に差が出るんだい?』

 

『なんだ、完璧じゃない方かよ』 

 

『まるで妹に才能を吸収されたみたいだなッ!』

 

 

 失望の眼は同じ家に住む家族からも向けられるようになり、かつて明るかった性格も根暗になり自分の部屋から出る事も少なっていた。

 

 しかし魔術の鍛錬は時間を見つけては行っていて、まだ上達することに諦めはついていなかった。それでも周囲は「平凡な奴が無駄な努力をしている」と鼻で笑い、誰もが彼女を馬鹿にする中でただ一人寄り添ってくれた人がいた。

 

 それこそ自分をここまで追い詰めた元凶とも言える妹の麻里であった。彼女は花鈴とは真逆でいつも笑顔でいて他人の悪口すら言わない程、人間としても出来上がっていて花鈴自身は相当嫌っていた、そんな酷い姉でも時折魔術の指導をしてあげるなどこれまでと変わらずに接し続けていた。

 

 これは麻里にとっては優しさであるかもしれないが、花鈴は内心惨めさと情けない気持ちで一杯一杯であった、只の陰口などは培ってきた忍耐があるからまだいい方である…けど、妹の優しさは自分より出来のいい妹に嫉妬する醜い心が浮き彫りになってしまうから、関わりたくないと思っていてもそれを言える勇気は持ち合わせていない為、ほとんどはなし崩しに受け入れてしまうのだ。

 

 

 しかし、溜まっていけばいつかは決壊してしまうのが人の心というものである。

 

 

その日は姉妹が揃って16歳になった記念日であり、家では誕生日パーティーの準備が行われていた。花鈴と麻里が帰ってきたのはちょうど準備が終わる頃で、両親はすぐさまパーティーを始めようとした。

 しかし、ふと麻里が零した言葉が花鈴の決壊を促す一言になってしまう。

 

「あれ、お姉ちゃんのケーキがないよ?」

 

 テーブルに載せられた数々の料理の中でも、一際目立つ位置に置いてあるデコレーションケーキには「Mari Birthday!」としか描かれておらず、もう一人の誕生日である姉の名前が確認できなかったのだ。不思議がる麻里を尻目に姉と両親は言葉を詰まらせて何も言えなくなっていた。

 

「パパもママも今日がお姉ちゃんの誕生日なのを忘れちゃったの?」

 

 --…て

 

「今から走って買ってくるから、ちょっと待ってて!」

 

 --…めて

 

 両親がコートを羽織ろうとする麻里を止めている中、花鈴は鬱積した負の感情に飲まれようとしていた。

 

「もう~ 分かったよ、じゃあこのケーキを切り分けるから!」

 

 --やめて…!

 

 麻里が慣れた手つきでケーキを八等分にしている中でも、感情は止めどなく溜まっていくのが分かる。

 

「はい! パパとママの分!」

 

 綺麗に切り分けられたケーキが両親へと手渡る…次に来るのは自分の番だと思うと、冷や汗が出て呼吸が苦しくなっていく。

 

「はい! お姉ちゃんのだよ!」

 

 白い皿に乗せられているイチゴのショートケーキ、そこには丁寧に銀のフォークが添えられていて差し出した麻里は満面の笑みを浮かべていた。

 受け取ろうにも手は全く動かず、視線も下へと向いてしまう。

 

「どうしたの? もしかして気分が良くないの?」

 

 

 妹にしてみれば心配して声をかけてくれただろう…だが、それが溜まりに溜まったモノの後押しをしてしまい、決壊を引き起こしてしまった。

 

 

「やめてッ!! これもあんたが全部悪いのよ!!」

 

 差し出されていた皿を左手で思いっきり弾いてしまう、落下した衝撃で皿は砕けてしまい乗っていたケーキは無残に崩れてしまう。しかしそんな中でも一度壊れると次から次へと言葉を巻くしたててしまう。

 

「大体私より遅く生まれてきた癖して、私が受けるハズだった事を全部奪っていった奴なのにッ!!!」

 

「何で私に優しくしてんのよ! 他の連中みたいに蔑めばいいじゃない!! 無能て言えばいいじゃない!!? それなのに…ッ」

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん…て、そんなだから勝手に僻んでいる私が惨めになるじゃない!! 私だって今まで真面目にやっていたのよ!!」

 

「それなのに全く評価されない気持ちが分かる訳ッ!? 分からないよね?! 才能の何もかも全部持っているあんたなんかに!!」

 

「あんたなんか…あんたなんか…」

 

 これより先の言葉を言えば、全てが終わってしまう…必死に堪えようとした、しかしもう自分の意思では止めることはできなかった。

 

 

 

「死んでしまえッ!!!

 

 

 言ってしまった、もう言ってしまった…花鈴は逃げるようにその場から立ち去っていき、それを誰も追おうとせず静寂だけが支配していた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 その日の出来事で家から必要な物を持って夜逃げ同然の如く出て行った。故郷を離れ自身の夢である上京を果たすことになった。ここから先の人生は語ることは何もなかった…あると言えば後日になるが、妹の麻里が亡くなったと風の噂で聞いたことだった。何でも遠縁の親戚が跡継ぎが必要らしく妹がそれに選ばれたらしく、その家に行ってから亡くなったと聞いていた。

 何故、何があって亡くなったのかは分からずじまいであったが彼女にとっては別にどうでも良く、精々自分が言ったことが現実になったぐらいしか思わなかった。

 

 高校も当然ながら中退して、東京では日雇い労働で日銭を稼ぐのが日課となった。しかしここで魔術師であることが功を奏する…強化魔術を少し習っていたことで肉体労働が楽になり、周りが男達であっても同じかそれ以上稼げていた。

 それでも生活は厳しく、贅沢ができる訳は当然なくその日をやり過ごすことが精一杯だった。

 

 三年が経つ頃にはそろそろ贅沢がしたいと思うようになり、高収入の求人を探しているとある広告が目に入った。

 未経験でもいいと書かれていて時給も千円を越している為、即応募した。

 

 そこはいわゆる「キャバクラ」と呼ばれている所で、当初は職場の独特の空気についていけなかったがただ男性と話して気に入られるだけで稼げると知ると彼女は化けることとなった。

 

 元々顔立ちは良くスタイルも整っており、笑った顔は客の間では癒されると話題になった結果、一日で何十万という大金を稼ぐまでになった。

 

 

 

 

 今日は念願だった稼いだ金でホストクラブで豪遊しようと、都内でも最も高級な店へと足を運んだのだ…しかし、目の前の光景はどうだ? 妙な廃屋に連れ込まれていて床には何かの魔方陣があり、その前で手をかざしている男は確か…ホストクラブで自分についた男だった。名前は「ヒカル」て言っていたような気がする。

 

 その男が何やら呪文みたいなことを言い、それに応える様に陣の輝きが増していくのが感じられる。四年も魔術から離れていてもこの空間に満ちている魔力は異常だと言える。

 それと同時に自分の身はとてもあぶないと事も何となくだが分かってしまう。これは魔術師ではなく本能とも言えるものだった。

 

(何かを召喚しようとする…そんな場所に居合わせる私はさしずめ生贄という所かしらね)

 

 すでに意識は完全に覚醒し、脚も動かせる…が彼女はそこから移動しようとしなかった。否、動こうとすら考えていなかったのだ。

 

(ここから逃げても追いつかれるし、それに魔術師じゃ警察は役に立たないからね…店に助けも求めても直ぐに信じることないしそれに私が余計な事をすれば、犠牲者を増やすだけ。なら…)

 

 動かなければ自分が犠牲になるだけで済む、ならばそれだけで良い…そう彼女はもう諦めがついていのだ。

 

(あの世に行ったら麻里に謝ろう…あの子には酷い事をしたり言っちゃったりしたから、こんなダメな私を許してくれるかな…?)

 

 

 眩しいほどの笑顔を見せる妹が脳裏に浮かび「あの日」の出来事を思い出していると、頬に一筋の涙が伝うのが分かった…生を諦めていた時に不思議と流したそれに困惑していると、頭の中で声が響いた。

 

 

 

ーー君は生きたいか?

 

(……あなたは、誰?)

 

ーーそれとも、もう死にたい?

 

(私は生きていても…しょうがないし)

 

ーーでも本当は生きたいよね?

 

(それは…そう、だけど…けど私、は)

 

ーーやり残した事や、叶えたい願いはあるかい?

 

(……それはあるけど、けど…!)

 

ーー生きたい事に、罪はないよ

 

(…!)

 

ーー誰も咎めることもできない、だから君の本心を聞かせてくれ

 

(私、私は…!)

 

 

 心は考える、これまでは碌なことがなかった人生(今まで)…それでもまだ諦めはついていなかった、無能でも望みはある、いや…何もできないからこそ自分が役に立てることがあるのでなないか!

 それを確かめるまで、まだ。

 

 

(死にたくないっ! まだ生きていたい…!)

 

 

 

ーー聞き届けた、なら僕は君の願いを成就させよう…さぁ、手を取って

 

 

 

 

 花鈴は目の前に広がる虚空に手を伸ばす…その時辺りに激しい光が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 魔方陣の中央に現れたのは一人の男性だった。灰色の髪をなびかせ真紅の眼が特徴の好印象を持たせる青年である。しかしその手には武器等は確認できず、茶色のローブが全身を覆っているだけのシンプル過ぎるものであった。

 呼び出そうとしたサーヴァントと全く違うことに驚きを隠せない相良を無視して、ゆったりとした足取りで花鈴の元へ歩く。

 

「『サーヴァント・アサシン』、君の願いを叶える為呼びかけに応えたよ。我がマスター」

 

 上体を起こして壁に寄り添っていた彼女の左手を優しく取ると、「令呪」が宿っている甲に軽く口付けをした。突然の行動に赤面していると後ろから怒号が聞こえてきた。

 

「おいっ! お前のマスターは俺だろう!! 何をやっているんだ!?」

 

 怒りで顔を真っ赤にしている相良の手には、サバイバルナイフが握られていた。

 

「無関係の魔術師殿、どうかここはお引取りください…でなければ死ぬのはあなたですよ?」

 

「何だとぉ~~!」

 

「あなたはまだ若い…ここで倒れる訳にはいかないでしょう」

 

 この言葉で相良の何かが切れた…奇声をあげナイフを花鈴に向かって投擲する。その軌道は怒りに任せたものとは思えない程、正確で彼女の胸部に向かっていった。

 しかし、その前にアサシンが立ちはだかり彼女の盾となる。

 

 

 ナイフはアサシンの心臓に飛ぶ…花鈴は「あぶないっ」と叫ぶ、相良は苦虫を噛み潰した表情になる。

 

 

 

 そして…

 

 

 ナイフは()()()()()へと突き刺さっていた。何が起こったか分からず口から血を吐き出した相良は仰向きに倒れる。

 

「終わりました。行きましょうマスター」

 

「え? あ…うん」

 

  目の前で起こったことに頭の理解が追いつかず、アサシンと名乗った男に支えながら立ち上がり彼女は起き上がり、そのままゆっくりとした足取りで廃屋を後にしアサシンも同時に出て行った。

 後に残ったのは、ひっそりと息を引き取った相良だけであった。




人物紹介

・花園 花鈴(はなぞの・かりん)
歳:二十歳、魔術師
魔術系統:?
魔術属性:?

本編のもう一人の主人公。東京は銀座にあるキャバクラに勤務している女性。成り行きにて「黒」のアサシンのマスターとなる。

・アサシン
真名:?
属性:中立・中庸
パラメーター:筋力C、耐久E、敏捷C、幸運E、魔力B、宝具A


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第三話 始まる運命

すまない…投稿が一週間も遅れて…すまない(ジークフリート風)

という訳で三話です、どうぞ!


 外に出て最初に花鈴が気付いたのは自分のバッグが無くなっていたことだった。バックの本体はともかく中に入っている十万ちょっとの現金と作ったばかりのクレジットカードが入っていて、それが全く見当たらないのだ。

 

「……最悪」

 

 ただ一言そう呟くしかなかった、唯一の救いはズボンのポケットに入れていた携帯電話が無事だっただけで、彼女の落胆は目に見えていた。それに気付いたのは少し遅れて廃屋から出てきた「サーヴァント・アサシン」であった。

 

「肩を落としているが、どうかしたのかマスター?」

 

「あ…え、えっと…」

 

 大事な物が入ったバッグを落とした旨を伝えると、右手を顎に添えて考え事をし始めた。ほんの数秒考えた後こう切り出した。

 

「なら私に任せてくれ、すぐに持ってこよう」

 

「え…? でも今から探しても見つかるか…」

 

「いや、探したりはしないよ?」

 

 一瞬だけ思考がフリーズしてしまった…持ってくると言ったばかりなのに探さないと言われてしまった、しかもすごく不思議そうな顔をしている姿に彼女は少し苛立ちを覚えてしまう。

 

「…じゃあ、どうするの?」

 

「こうするのさ」

 

 右手を花鈴の目の前に差し出す。するとその手が僅かに光ったように見え…微かな声で呟く。

 

「『  』」

 

 視界が防がれるほどの光が出て、思わず目を瞑ってしまったがそれも一瞬だった。次に見る光景は彼女の常識を覆すほどのものであった。

 時間にしても数秒しかないはず…だが、差し出された右手には確かに()()()()()()が握られていたのだ。最初は目の錯覚と思ったが、どこから見ても自分の初任給で買った黒皮でできたバッグであった。

 

「す、凄い…」

 

「ほら、中身も見てみなよ」

 

 渡されたバッグを開け、中を確認する。財布…ある、中身も手をつけられておらず真新しい新札が顔を覗かせていて、それ以外も家を出た時のままであった。

 

「ねぇ、もしかして今のが『宝具』なの?」

 

「その通り、諸事情で詳しくは明かせないけどね」

 

 そこまで聞いた花鈴は改めて目の前にいる男性が『サーヴァント』であることを実感する。だがしかし…実際はあまりの見掛け倒しだなと思ってしまう。

 灰色の髪は風に揺られる度にその長さを表している、整った顔立ちは身に着けているローブではなく高級スーツであったら間違いなくイケメンと言える…いや、テレビや雑誌に出ている有名人にも引けをとらないほどであった。

 

 しかし、そんな彼がみすぼらしく見えるのは前述したローブだろう、長年着ていたのか所々皺が目立ち色あせも確認できるほどのものである。

 

「その服はどうにかならないの?」

 

「これか? 着替えがあればいいが、生憎手持ちがないからどうしようもないな」

 

 困った表情をするアサシンに花鈴は何か閃いたのか、手を叩く仕草をする。

 

「ならバックのお礼をさせて、お金なら私が出すから問題ないし!」

 

「いや、施しを受けるのは…」

 

「命もバックも両方守ってくれたから、お礼も無いなんて私が納得できないよ」 

 

 断るつもりだったアサシンはあまりの押しの強さにたじろいでしまい、仕方がなく申し入れを受けてしまった。彼女は嬉しそうにして、「絶体に似合う服を選ぶから!」と意気込みを語ってくれた…その姿に苦笑いをするしかなかったのは言うまでもないだろう。

 

 その後、今の時間が深夜の一時過ぎに気付いて服選びは明日にして、途中で拾ったタクシーで花鈴の家まで帰ることにした。

 

 

 

 

 翌日、六畳一間の部屋で雑魚寝していた花鈴が目覚めると、ガスコンロの方から良い香りが漂ってきた。そちらに目をやるとローブを纏ったアサシンが器用にフライパンを振っていたのだ。

 

「おはよう御座います、少し台所を借りていますね」  

 

「お、おはよう…」 

 

 一人暮らしを始めてから誰も入れたことがない部屋に男がいる状況は慣れていなかった為か、少し戸惑ってしまう。それと同時に昨夜の出来事が夢でないことが実感できた。

 自分がくるまっていた毛布を畳んで、ボロボロの襖を開けて中に放り込む。

 

「出来ましたよ」 

 

 そう言ってアサシンが持ってきたのは近所のスーパーで安売りしていたので買ってきたキャベツともやし、そして好物であるソーセージの炒めたものだった。ペッパーガーリック味特有の香りが食欲をそそったのか、お腹がグゥと鳴った。

 

「…美味しそう」

 

 トースターに入れていた食パンが焼き上がり、山岡製パンでやっていたキャンペーンにて貰った白い皿に乗せて持ってきてくれた。

 

「ありがとう」  

 

「どういたしまして、さぁ食べましょう」

 

 フォークが無いため箸を使って炒めものを一口分を掴み口へと運ぶ、しゃっきりてしたキャベツの歯ごたえとソーセージのパリっとした食感が楽しく、塩味が薄くも濃くもなく良い加減であった。トーストもきつね色に焼けており、普段食べているより一層美味しく感じられた。

 ふとトーストを持っている右手を見ると、その甲には赤い痣のようなものがあるのが分かる。

 

 “これが『令呪』か…”

 

 花鈴は四年も遠ざかっていたが魔術師のはしくれである為、その痣から魔力を感じ取れていた。

 

「東京でも『聖杯戦争』が起こるなんてね…」

 

 そんな言葉が漏れる…かつて噂程度に聞いたことがあるだけで、今では行われていないと言われている「聖杯戦争」に自分が参加して、これから熾烈な戦いが待っていると思うと身震いがしてしまう。

 

「そのこと何だが…」

 

 アサシンが何やら歯切れの悪くある事実を切り出す。

 

「実はただの『聖杯戦争』ではないんだ」

 

「……え?」

 

「本当の舞台は、ルーマニアのトゥリファスと呼ばれる場所らしく、それに1サーヴァントが七対七も参戦するチーム戦…らしいのだ」

 

 トーストを持つ手が止まる。サーヴァントが14騎?…聞いていたものより倍もある数に今度は言いようのない不安にかられ、脚が震えていた。

 それを察してくれたのか、アサシンが優しく声をかける。

 

「大丈夫、マスターの身は私が守る…これは絶体に嘘にはさせないよ」

 

 しかし、それでも意図していない大規模な聖杯戦争に参加してしまった。それは純粋な魔術師ではない花鈴にとっては荷が重すぎたか、弱々しく言葉が出てしまう。

 

「で、でもチーム戦だから一騎ぐらい参加しなくても…」

 

「不審に思われて、捜索する為の人物が来るだろう…もし彼の死亡が分かったら、君の命が狙われるかもしれない」

 

 血の気が引くとは正しくこの事だろう。ルーマニアに行っても戦争に巻き込まれる、行かなければアサシンの言う通り相良が所属している所から狙われてしまう…魔術師の性質を知っている花鈴はそれがどんな結末を生むかは容易に想像できた。

 

「…どうしよう、戦うなんて…出来ないよ」 

 

「…」 

 

 無理もない話だ、四年も魔術から離れていた事やそもそも名家の家柄に生まれながらも能力が平凡である彼女に戦闘する為の魔術は習うことはなかった。精々使えるのはようやく形だけものにした「強化魔術」と花園家だけが持つとある魔術だけである。

 

「一つだけ手があります。ただそれまではマスターに頑張っていただくしかありませんが…」 

 

 俯いてしまった花鈴にアサシンがある提案をする…彼自身もこれがマスターを守る最良にして唯一の手段であり、これが断られたら他に手立てが無くなるので、ある意味では賭けのようなものであった。

 

「…何?」

 

「『監督役』の元まで行くのです。そこで保護をしてもらえば一先ず安心ですから」

 

 「監督役」とは「聖杯戦争」を円滑に遂行する役割を担う存在する人のことである。具体的には敗退したマスターの保護、戦闘によって起こった事件の隠蔽などを行う、なお中立の立場を守るため選ばれるのは「聖堂教会」から派遣されることがある。

 それに辞退の旨を伝え「令呪」を返上すれば、晴れて戦争とは無関係となった上で終結まで教会から保護を受けられるので、身の安全が保障される為一石二鳥となるのだ。

 

 僅かに考えた後、花鈴は顔を上げた。

 

「分かった、だけど…その『監督役』て人までの所までだから…」

 

「マスター…!」 

 

 花鈴は参加したくはなかった…しかし、迷っていてはいつかは誰かを巻き込む事態になってしまう。ならば一層のこと進んだ方がマシであった。それは諦めにも似たようなものであるが、彼女は決断をした…運命は確かに近付きつつあった。

 

「…あ!」 

 

「…? どうしましたか?」 

 

「服を買う約束が…」 

 

「…向こうでも買えるから、問題ないよ」 

 

 まだ緊張感がないようであるが、アサシンは優しく笑みを浮かべ、まだこれでいいと思った。

 

 

 

 

 ブカレスト市内にある紳士用高級スーツを専門に扱う店にて一つの人影があった。しかしその風貌は決して綺羅やかな店内とは相反しており、来店から店員の視線が背中に刺さっていた。

 そんな中、次々にスーツを手に取っては戻している作業をしていた獅子劫は霊体化しているセイバーに念話で話しかけていた。

 

 “これはどうなんだ…?”

 

 “ふむ、まぁまぁである…しかし(オレ)の肌を覆うには至らないがな”

 

 “ダメって事か…”

 

 若干肩を落としながら手にしたスーツを元の場所へと戻し、また次のを手にする。

 それは薄い生地で色は濃紺、ボタンにはライオンをモチーフにしたデザインで、全体はかなりシンプルな部類に入るものであり、またダメだと思いながらセイバーに見せる。

 

 “ほう…良いものであるな”

 

 予想外にも気に入ったらしく、思わずセイバーが立っている右側に目をやってしまう…霊体化している為、誰もいないが不幸にも視線の先に店員がいたらしく軽い悲鳴をあげて隠れてしまった。

 その後、これを会計する時も少し涙目になっていた店員を見て悪いことをしたなと思いつつ、店を後にした。

 

 

 所は変わり、スーツに着替えたセイバーと獅子劫は市内の喫茶店にて茶を嗜んでいた。その道中にあった昼営業のバーに入ろうとしたが、それは止められたのだった。

 

「そう言えば、マスターの願いとは何だ?」

 

「急にどうしたんだ」

 

 セイバーが飲んでいたブルーマウンテンのコーヒーを置いて、尋ねてくる。

 

「何、暇潰しの問答みたいなものだ」

 

「ま、そう言うことなら…俺の願いは『一族の繁栄』だ」

 

「ほう…それはお前自身の為か? それとも別の誰かの為か?」

 

 『別の誰か』…そう唐突に言ったセイバーの言葉にサングラスの奥の瞳が開かれる。

 

「まさか…俺の過去を知っているの…か?」

 

「知らぬよ、初めて会った者の過去など知るよしもない」

 

 では何故知っている風な事を聞いたのか…それを言いたかったが別段知られても良い事で、せっかくの関係に亀裂が生じるのは得策ではないと自分に言い聞かせた。

 

 

「ただ、その願いが凡庸であるかを確かめただけの話よ」

 

「どういう事だ?」

 

「例えば、『金持ちになりたい』と願うのは『自分の欲を満たしたい』からと、『恵まれない誰かに施しを与えたい』と願うのでは、まるで意味が違うだろう?」

 

 確かに、一方は自己満足の為に願いもう一方は正義の味方のような願いであると感じていたが、獅子劫は何かもやがかかるような気分がした。

 

「しかし、相反しているように見えてその実は表裏一体なのだよ」

 

「その二つの意味がか?」

 

「然り、どちらも『自己満足の為』になりえる凡庸で陳腐な願いよ。

 『誰かに施しを与えたい』などと言うのは『その行いを実施している自分に酔っている』ことになる、真に救済を行うのならば、己の身を呈して初めて成立することだからな」

 

「自己陶酔、てことか…確かにそりゃあな」

 

 自分では行わず、第三者の手助けを借りることは果たして「救済」となりえるのか、先ほど感じていたもやが晴れた気分になった。獅子劫はこれまで一人で様々な戦場を渡り歩いている過去を持つ、そんな彼が誰かに頼ることはしなかったから、あの願いに気分を良くしなかったのは必然だったであろう。

 

「そう言った理由で聞いたことだ、答えはあるのか?」

 

「悪いが、それはナイーブな事でな…今はまだ話せんが、凡庸ではないことは保障するぜ!」

 

「では後の楽しみにしておくが…その言葉を忘れるなよ」

 

 妖しい笑みを浮かべるセイバーに怯まず、歯を見せて笑う獅子劫の元に一羽の鳥が近付き、何か紙を置いていった。

 

「何だ、それは?」

 

「呼び出しだ、先に来ていた魔術師―いや、『監督役』にな」

 

 

 手紙に記されていた場所に向かうと、そこに白壁の教会が見えた。そこに近付くと木製の入口から神父が着るカソックを纏う少年にも見える男性が出てきた。

 

「―ようこそ」

 

 にこやかに話しかける青年に、僅かな警戒心を抱きながら応答する。当のセイバーは霊体化して獅子劫の後ろにいる。

 

「呼んだのはアンタで間違いないな?」

 

「はい、こちらへどうぞ」

 

 促されるままに中へと入る。礼拝堂の中を進み左奥の扉を開けると、さらに真っ直ぐの通路があり右側にいくつかの扉が確認できた。監督役が常駐している割りにやけに汚いことに、引っ掛かったが今は何とも言えず、そのまま青年の後に続いた。

 

 通路の先には簡素なテーブルと椅子だけが用意された質素な部屋だった。椅子に腰掛けると軋む音がしたが、気のせいだと思うことにする。

 獅子劫の正面に青年が座る。

 

「初めてまして『シロウ・コトミネ』です。今回の聖杯戦争の監督役を務めて戴きます」

 

「『獅子劫界離』、自己紹介は省いても大丈夫だよな?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

 終始笑顔を崩さない白髪で褐色の肌が特徴の青年「シロウ・コトミネ」に対し、獅子劫は言いようのない不気味さを感じており、警戒を気付かれないように強めた。

 

「おや、後ろにいるのは獅子劫さんのサーヴァントですか?」

 

 言われて振り返ると、先ほどのスーツを着込んだセイバーが入り口近くに佇んでいた。いつの間に霊体化を解除したのかと呆れつつ、再びシロウの方を見ると、何やら険しい顔をしていた。

 

「どうした?」

 

「あ…い、いえ何でもありません」

 

 話しかけた途端、直ぐに笑顔に戻る。何故だが同じ陣営のはずなのに今後、自分の背中を任せると思うと嫌な感じしかしなかった。

 

「では、私のサーヴァントもお見せしましょう」 

 

 そう告げると彼の背後から光が出て、徐々に人の形に成っていく。数秒もしない内にその全体像が現れる。

 それは艶やかな黒の長髪に髪と同じ色をしたドレスを着た女性であった。だが現れるまで全くと言っていいほど気配を感じることが出来なかった為、自ずとクラスは分かった。

 

「『アサシン』か、通りで気配を感じなかった訳だ」

 

「我は『赤のアサシン』、よろしく頼むぞ獅子劫とやら、セイバー殿もな」 

 

 赤のアサシンが話が終わるのを見て、シロウが本題を話始める。

 

「早速ですが現状報告です。

 ユグドミレニア一族は既に六騎のサーヴァントを保有しています」

 

「確認できたのは、『セイバー』、『アーチャー』、『ランサー』、『キャスター』、『ライダー』、『バーサーカー』、『アサシン』は合流は出来ていませんが、監督役の権限にて現界していることは確認済みです」

 

 「ふむ」と考えた後、口を開く。

 

「その中で、真名が分かったものは?」 

 

「残念ながら、一人も…」 

 

 すると机の下から六枚の紙を出してきて、獅子劫の目の前に置いた。

 

「しかし、ステータス程度なら確認は出来ています」 

 

 それに目を通していると、やはり三優と呼ばれるクラスのサーヴァントはどれも高かった…中でも「ランサー」のクラスはとりわけ高く、かつ真名も予測はつけられた。

 

「獅子劫さんは相手のサーヴァントの真名は予測はありますか?」 

 

「一人ぐらいなら…てか、アンタにも予想は出来ているんだろ?」 

 

 先行した魔術師の惨劇を鑑みて、さらにここがルーマニアであることから、国の英雄を呼び出さない手はない訳がない…かつてワラキアと名乗っていた時代にオスマントルコから国を護った英雄、しかしトルコ兵を残虐な方法で殺害し伝説の怪物の元となった悪名高き-「串刺し公」を。

 

「まぁ奴ら(黒のサーヴァント)の真名はともかく、こっちのサーヴァントはどうなんだ?」 

 

「問題はありませんよ、獅子劫さんのセイバーもとても優秀ですから」 

 

 「それに」とシロウが付け加える。

 

「こちらの『ランサー』と『ライダー』は黒の『ランサー』に匹敵する力を持つと言えます。

 ともあれ、獅子劫さんのセイバー召喚で全騎が揃いました。他のマスターの方達もすぐに紹介しますよ」

 

 一旦、息を整えて問う。

 

「では、セイバーの『真名』を教えて戴きますか?」 

 

「あ-…どうしても明かさなきゃ駄目か?」 

 

 渋る獅子劫に対しても、あくまで笑顔を絶やさないシロウはこう続けた。

 

「我々は共に戦う仲間であり、命を預ける事もあるので真名を明かしてもらえば有り難いのですが…」 

 

「そりゃそうだが…真名はなぁ」

 

 ふとセイバーを見るが、どこ吹く風の如く何も言葉を発しない…真紅の両目でただ獅子劫を見据えるばかりであった。

 

 “自由にしろってか…いや、これは試されているのか”

 

 獅子劫は悩む…確かに奴の言う通り互いに命を預けあう中で、隠し事は不信感を煽りかねない…だからと教えるのも、先ほどから見せる不可解な部分を考えて見ると、果たして信用しても大丈夫かと思ってしまう。

 

 逡巡させた後、彼はこれまで培ってきた直感に頼った。

 

 「良し分かった」と言い、椅子から腰を上げる。その行動にシロウが疑問を口にする。

 

「どちらへ…?」

 

「俺達は自由行動させてもらう、幸いセイバーだからな。単独で行動しても問題はないさ」 

 

「我々と共闘するつもりはないと?」 

 

「目的は同じなんだ、それで十分だろ」 

 

「同じ肩を並べたいと思っていましたが…残念です」  

 

 扉を開けると通路を進む、そして礼拝堂を通って外へと出るとすぐさま駆け出す。すると今まで黙っていたセイバーが念話で話しかけてきた。

 

 “ふっ、中々良いマスターに巡り会ったな”

 

 “…? どういう意味だ?”

 

 “あのような奸物の言葉に耳を傾けず、自分の意思に従った所が良いと言ったのだ”

 

 “おまっ! 奴が怪しいて気付いていたのか?!”

 

 “当然だろう、一目で気付かないとはお前もまだまだだな”

 

 気付いていたならば、少し教えても良いくらいだが…それを言っても仕方がないと諦め、市内に出るまで獅子劫は走り続けた。

 



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第四話 黒のサーヴァント

少し遅れましたが、4話です。

5話は明日か明後日辺りに投稿する予定です。

それでは、どうぞ!


 時は同じ頃、ミレニア城塞内

 

 召喚された五騎のサーヴァント達は静かに佇んでいて、それを五人のマスターが見ていた時だった。その中の一人…ピンク色の長髪が特徴の少年が声を発した。

 

「妙なルールの聖杯戦争に呼ばれたもんだな~ ま、みんな強そうだからいいけどねッ!」

 

 クルリとマントを翻し、軽快なステップを踏みながら言葉を続ける。

 

「あ! 自己紹介とかやっておいた方がいいよね? じゃやるよ~」

 

 頬を右手の人差し指で指しながら、少年は自らの本当の名を告げる。

 

「『サーヴァント・ライダー』、真名は『アストルフォ』だよ!」

 

 「アストルフォ」と名乗ったサーヴァントは近くにいた青年を指差した。

 

「じゃ、君は?」

 

 青年は己のマスターである「フィオレ」に言葉ではなく、視線で真名を開示することへの同意を求めた。彼女は無言で頷いた。

 

「我がクラスは『アーチャー』、真名は『ケイローン』です」

 

「『ケイローン』…?」

 

 真名を聞き、彼は少しばかり不思議そうな顔をした。どうやら伝説で聞き及んだものと違うのでそうなったのであろうが、すぐさま笑顔に戻った。

 

 「ま、いっか! しばらくの間宜しくね!」

 

 そう言うと「アーチャー」は穏やかな表情で頷く。それを見届けて次の人物に声をかける。

 

「じゃあ次! 寒そうな服を着ている君は?」

 

 銀色の短髪と露出が多い服を着た女性サーヴァントは目を細めて睨むが、笑みを崩さない「ライダー」に無駄だと判断し、ため息をつき問いに答える。

 

「…クラスは『バーサーカー』、真の名は『ペンテシレイア』」

 

「『バーサーカー』? でも喋れているよね?」

 

「我が狂気は些か特別でな、常に狂っているわけではない」

 

 通常では各クラスに沿った伝承などに合わせて英霊を当て嵌められる、無論「バーサーカー」のクラスもそうであるが、唯一の例外もあるのだ。

 それが「理性を失わせて、ステータスを強化する」ことだ、このクラスは「狂」を付加させるだけで、「正気を失い狂った」伝承を持たずとも該当となり本来は弱い英霊などを強化させて他のクラスと渡り合えるようにしたものだった。

 しかし、あまりにも狂化が強すぎると意思疎通ができなくなり、「令呪」の効果も薄くなって複数画も使用せざる得なくなる。されに膨大な魔力量が必要となってしまうので通常の聖杯戦争では魔力切れを起こして自滅するのが普通であった。

 

 だが、今回の聖杯大戦で黒の陣営に呼ばれた「バーサーカー」ことトロイア戦争にて活躍した戦闘部族「アマゾネス」の女王「ペンテシレイア」はそれらとは一線を画していた。彼女はキチンと会話ができ、意思の疎通も全く問題なく通常のサーヴァントと何ら変わりないのだ。

 これには当初は期待を寄せていなかった「ダーニック」も驚かせ、また召喚した本人である「カウレス」も同様だった。

 

「そうなんだ~ ま、これから宜しくね~」

 

「フン…馴れ合いはするつもりはないぞ」

 

 苦笑いを浮かべる「ライダー」に「バーサーカー」はそっぽを向いてしまう。

 

 次に口を開いたのは一番後ろに控えていた者だった。

 

 「『キャスター』…『アヴィケブロン』」

 

 静かに発せられた声はどこか弱く、男性特有の低い音程が特徴的だった。そんな「キャスター」はマスターである「ロシェ」に向かう。

 

 「マスター、僕は魔術を行使する者ではない…だが代わりに作業をする為の『工房』を用意してほしい」

 

 「分かっています」

 

 「ロシェ」は頭を下げ、「キャスター」の真意を汲んで言葉を発する。

 

 「『ゴーレム』を製造するのでしょう?」

 

 それに「キャスター」は反応を示さなかったが、構わず言葉を続ける。

 

 「及ばずながら、僕もゴーレム製造を専門とする魔術師です」

 

 「…ほぅ」

 

 これまでとは違い、関心を示すような声をあげる。「ロシェ」は嬉しそうに笑みを浮かべているが、対象に「キャスター」は顔をマスクで覆っているからか表情は分からなかった。

 

 「ライダー」は最後となるサーヴァントに目をやる。その人物はただ立っているだけで、他のサーヴァントとはまるで違う威圧を放っていて、それは能天気な性格の彼でもわかる程だった。

 

 「えっと…君はどう見ても『セイバー』だよね? 真名は?」

 

 質問をした「ライダー」を一瞥するとゆっくりと口を開き、答えようとした…が、そこに横槍を入れる人物がいた。

 

 「待て」

 

 「セイバー」を召喚した「ゴルド」であった。彼は右手で発言を制止すると前へと出た。

 

 「私はこの『セイバー』の真名をダーニック以外の人物に開示するつもりは毛頭ない」

 

 この宣言はそれまで穏やかだった空気に罅が入るもので、「ダーニック」を含めたマスター達は怪訝な表情をし、その中の一人…「ライダー」のマスターである「セレニケ」は不快感を露にした。

 

 「真名の開示は召喚前に約束をしていたはず、それを今さら反故にするなんて…不信感が現れるだけよ」

 

 彼女の言っていることは最もであり、通常のバトルロワイアル式ではなくチーム戦である今回の聖杯戦争は、マスターやサーヴァント同士の連携は必要であるがため、「ダーニック」は召喚前に互いの真名を明かす取り決めをしていたのだ。「ゴルド」の発言はそれを真っ向から無視するものであり、実際に疑心の目で見る者もいる。

 

 「その時は召喚の為の触媒が手に入ってなく、真名など分からない状態だから仕方がないだろう」

 

 実際の所、これは真実であり触媒である「黒ずんだ菩提樹の葉」は取り決めから翌日に入手したのだ。しかし、ここで「アーチャー」のマスターである「フィオレ」が口を開く。

 

 「ゴルドおじ様、そうまでして秘匿するのが大事なのですか?」

 

 「…『セイバー』にとって真名の露見は致命的であり、なるべく漏れる口を少なくしたい」

 

 「ゴルド」が言い終わった所で、「ダーニック」は自らのサーヴァントであり、「公王」と呼ぶ人物に処遇を尋ねる。

 

 「よかろう、特例として許す」

 

 「はっ…それでは失礼する。来い、『セイバー』」

 

 最優と謳われる「セイバー」というクラスとマスターの発言を鑑みて特例として処置し許した。そのまま彼らはこの場を後にした。

 後に残された者達は煮え切らない思いを持つ者や露骨に不満を言う者と各自それぞれだった。

 

 

 

 「セイバー」を連れ自室まで戻ってきた「ゴルド」は改めて自分が召喚したサーヴァントの名を聞いた。

 

 「お前の真名は『ジークフリート』で間違っていないな?」

 

 それに言葉ではなく、頷きで返答する「セイバー」こと「英霊ジークフリート」である。

 

 「ニーベルンゲンの歌」と呼ばれる英雄叙情詩の主人公であり、邪竜ファフニールを退治しその血を浴びて不死性を手にした…しかし、偶然にも背中に貼りついた菩提樹の葉のせいで、その部分が不死にはならず、彼の最期はそこを矢で射られたものであった。

 

 「ゴルド」は考える…「セイバー」は誰もが知る破格の英雄である。つまり彼の弱点も当然ながら知れ渡っているに違いない。

 

 (せめて敵のアサシンを討つまでは、隠し通さなければならない…!)

 

 今回の聖杯戦争にて彼は己の有用性を示さなければならない…それが、没落した我が一族の為に…例え味方から不信感を買われてでも果たさなければいけない、それがかつての栄光を取り戻す手段なのだから。

 

 思考に耽っていた所に自室の扉がノックされる音がした。その音に心底驚きながらも、入室を許可した。

 入ってきたのは城塞内に溢れんばかりいて、且つ自らが製造の指揮をとり造り上げた「ホムンクルス」の男性であった。彼らは警備だけではなくトゥリファスなどに放っている監視用の使い魔からの報告を行っている。

 部屋を訪ねたのはそれが理由であり、その報告を聞いた「ゴルド」は急ぎ車の用意をさせた。

 

 向かうのはトゥリファスの郊外、近接する街に繋がる一本の道路であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ルーマニアの地にて行われようとする最大規模の聖杯戦争…「聖杯大戦」、通常の倍のサーヴァントを呼び出すこの戦いに呼び出されないサーヴァントが参戦することになった。それこそ「裁定者」こと「サーヴァント・ルーラー」である。

 

 このクラスは普通の聖杯戦争では呼び出されることはない、しかし二つある条件の内どちらかを満たされば聖杯から直接呼ばれることがある。

 一つにその聖杯戦争が極めて特殊な形式で行われ、結果が未知数な為に召喚され、聖杯そのものが人の手に及ばないと判断される場合。

 もう一つは戦争の影響によって世界に何らかの歪みが発生する時、神秘の秘匿を絶体とする魔術師達が集う聖杯戦争においては、稀なケースであるがもし、参加者の中に世界を滅ぼすことを目的する者が現れるならば、聖杯戦争の枠組みを守護する者として召喚される場合がある。

 

 それほどの特殊なクラス「ルーラー」が今回の聖杯大戦に召喚された。だが、それはいかなる意味を以て召喚されたのかは、まだ知る由もなかった。

 

 

 ルーマニアはブカレスト国際空港に降り立つ一人の女性。金色の長髪にノースリーブのシャツ、紫色のネクタイそしてショートパンツ、ハイソックスを履いており、手には大きな旅行用のカバンを持っていた。見た感じではただの旅行客にしか思えないが、彼女こそ人知を越えた存在であるサーヴァントの「ルーラー」、真名はフランスの聖女「ジャンヌダルク」である。

 

 (…いくつかの視線を感じますね、『黒』の陣営かもしくは『赤』…)

 

 何処かは分からないが先程から視線を浴びる感覚が彼女にはあった。だがいくら考えた所でも「ルーラー」を監視することはなんら違反ではない為、気にすることもなくトゥリファスに向かう手段を模索し始めた。

 

 

 

 「ルーラー」到着から約一時間が経った空港内に二人の人影が現れる。びっしりと決めた上下が深紺色のスーツに茶色のネクタイを締めた男性に、ワインレッドの長袖シャツに灰色のスカート、素足は寒いからと黒のタイツを履いた女性だった。

 正体は日本から遥々16時間もかけてやってきた「黒のアサシン」とそのマスターである「花園花鈴」である。

 

 「はぁ~疲れた、まさかこんなに時間がかかるなんて思わなかったよ」

 

 「確かに、私も肩が凝ってしまったよ」

 

 「あなたは霊体化してたでしょ、肩が凝るとかあるの?」

 

 「そうだった…つい、生前の口癖でね」

 

 「ふーん」

 

 興味がないのか適当に返事を返す花鈴だったが、それを口にした「アサシン」の表情が一瞬曇ったことに気付くことはなく、空港の出口に向かって行った。

 

 外へ出て一番に思うことは、トゥリファスまでどんな手段で行くかであった。日本のように電車があるハズもなく、仮にあったとしても現在の時刻は深夜の1時をまわっているため動いてはいないだろう。

 となれば、残っているのは車か徒歩、もしくは手元にはないが自転車になる。

 

 「車は…レンタルしている場所は時間も時間だし開いていないだろうな…」

 

 「ならば、徒歩か?」

 

 「冗談言わないでよ、場所はかなり離れているのよ? 無理に決まっているわ」

 

 「ならば…」とアサシンは空港近くの道路に止まっている車に近寄り、運転手に話しかけた。あまりにも突発的なことだったので、置いていかれた花鈴は慌てて念話で呼ぶ。

 

 “ちょ、ちょっと! 何するつもりなの?!”

 

 “まぁ見ていてくれ、すぐに終わるから”

 

 念話を切ると「アサシン」は車の窓ガラスを数回叩く、すると窓が開いて顔を覗かせたのは若い白人男性であった。

 

 「こんな夜中に失礼、ちょっといいかな?」

 

 「…何? ヒッチハイクなら他をあたりなよ」

 

 明らかに男性は警戒しており、取りつくことでさえ困難な気がした。しかし「アサシン」は構わずに続ける。

 

 「そうしたいのですが、幾分時間が余り残っていないのですよ…」

 

 ここまで言うと、言葉を詰まらせ目尻には涙が貯まって今にも泣きそうな表情を浮かべる。男性は突然のことで茫然となってしまう。

 

 「…実はトゥリファスに住む父が急病で倒れたと連絡を受けて…日本から戻ってきた所、なのです」

 

 「え…」

 

 「大好きな父の死に目に会えないのは辛いのです、だから私達には時間がありません。お願いです、トゥリファスまで乗せてください!」

 

 勢いそのままに頭を下げて懇願する、さすがの男性も驚き言葉が出てこなかった。

 無論のことだが、「アサシン」の言っているのは全て虚言であり、即興で考えたで、家族の元に帰る息子とその連れ添いという設定である。

 

 「わ、分かった。それなら早く乗りな!」

 

 男性からの承諾が得られ、「アサシン」は得意気な顔を花鈴に向けていた。そんな彼の姿を見てため息をつきながらも、車に乗り込むべく歩を進めた。

 

 

 

 

 トゥリファスまで繋がる一本道に佇む二つの人影、一人は「ルーラー」であり、彼女を見下ろす細身の男性…否、「『赤』のサーヴァント・ランサー」である。

 

 「『サーヴァント・ルーラー』とお見受けする」

 

 「あなたは…『赤』のランサーですね」

 

 道路にかかる鉄製の標識に立ち、背後には満月の輝きで照らされる姿は神々しく、美しさも感じられる。だが放たれるのは冷徹な殺意のみであった。

 

 「何故、あなたが此処へ?」

 

 「既に理解していることを問うのは、愚問と言えるな」

 

 すると、右手に黄金の柄を持つ一本の「槍」を出現させた。

 

 「俺が此処にいることこそ、明確な宣戦布告と思うがいい」

 

 「ジャンヌ」は自身が想定していた以上に動きが早いことに僅かながら焦りを感じつつ、最大の疑問を「ランサー」にぶつける。

 

 「この場で私を害することに、意味があるのですか?」

 

 「知らぬよ、我がマスターの命で始末しろと言われただけだ。俺が動くのには充分なことよ」

 

 手にもつ「槍」に魔力が集束しているのが分かる。それは止まることをしらず、やがて太陽にも似た眩いばかりの光を放った。

 

 「悪いが、お前の特権を考慮するに手加減は無用…ならば、この一撃にオレの全身全霊を込めよう」

 

 

 

 この時、「赤のランサー」も「ジャンヌ」もまだ気付いていなかった。正史とはかけ離れたことにより、今まさに新たな運命は追いついた。




次回、初戦開始―


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第五話 初戦

戦闘描写にこんなに時間がかかるとは…予想もしていなかったぜ。

一週間以上掛かりましたが、それではどうぞ!


ジャンヌの耳に突如として聞こえた風切り音を発した小さな影は、対峙していたランサーの胸部に目掛けて放たれたものだと分かる。

 

「…ッ!」

 

 その存在に気付いたのか、手に持つ槍で払うと、弾かれる音と共に何かが重力に従って落ちていく。正体はナイフであった…だがその材質はどう見ても「石」であり、見てくれでは英霊の体は勿論の事、人間の肉すら切れるとは思えない代物だった。

 そんな異物にジャンヌが目を一瞬だけ目を奪われていると、ランサーの背後から現れる影が見えた。

 

「はっ!」

 

 それに気付いたランサーが槍による薙ぎ払いを行おうとするが、直後に放たれた正拳突きによって体のバランスが崩れ、その場から落下する。

 

 しかし、空中で一回転をすると何事もなく着地する。同時に襲撃者も地面に降り立ち、数mの距離で対峙する。

 

「お前は…『黒』のアサシンか。気配遮断のスキルを持っているなら、気付きにくいのは納得だな」

 

「君は得物から察するに『ランサー』か…」

 

 

 何処からともなく現れた黒のアサシンに対して唖然としているジャンヌは後ろから声が聞こえた為、振り返るとそこにいたのは両膝に手をついた女性であった。

 

「…よ、良かった~ 間に合っ、た?」

 

「…?」

 

 相当の距離を走ってきたのか、息を切らしており呼吸が整うまで少し時間がかかったが何とか立て直し、こちらを見ると狐に包まれたかのような表情をした後、恐る恐る質問をしてきた。

 

「え? サーヴァントて出てる…あ、あのこれって本当…ですか?」

 

「ええ、私は『サーヴァント・ルーラー』ですが、あなたは『黒』のアサシンのマスターですね?」 

 

「は、はい! 『花園花鈴』と言います」

 

 ステータス情報を見た花鈴は驚愕した…資料にすら載っていなかったエクストラクラスの存在と彼女が持つ様々な特権に対しか…それが原因でか彼女の全身に緊張が走って、変な喋り方になる。

 

「ふふ、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」 

 

 しかし、当のジャンヌ本人はそれを気にすることもなく慈愛の笑みを今だに立ちすくしている花鈴に向ける。

 

(何か良い人そうで助かったけど、ただの人助けのつもりがこんなことになるなんて…)  

 

 とりあえず一安心をする花鈴だったが、途中まで送ってもらっていた車を引き返してでも行った行為が、まさか「聖杯大戦」の初戦を飾ろうとは思いもよらず、肩を落としてしまった。

 

 

 さて、ここで何故花鈴がランサーとルーラーの戦闘に介入が出来たことへの解答をしよう。それこそ「花園家」のみが使えてきた魔術にあった。

 

 その名は「反響魔術」と呼ばれるもので、魔術協会においてはマイナーの中のマイナーで使えるのはおろか、知識として知っている者すら少ないと言われている魔術の一つである。

 中身は魔術師が自らの魔力を超音波に似たものへと変化させた後、それを周囲に放ちぶつかって返ってきたものを受信し、その方向と返ってきた遅れから物の位置を知ることができる。この魔術は物や生物だけではならず、肉眼では見えない魔術の類まで知覚することが可能とする。

 これは自然界にも似たようなものがあり、「反響定位」としてコウモリやクジラなどが使っていることで知られている。

 

 これを使えば索敵は勿論のこと敵からの魔術攻撃を察知し、完全に回避して攻勢に転じられるメリットがある。

 しかし、デメリットは反響させる物質を自身の魔力から補う必要があり、他の魔術と併用する場合は魔力の消費量が尋常ではないこと、あくまで索敵や防御の為の魔術なので攻撃の魔術を用意しなければならないことだ。

 この二つのデメリットのおかげで魔力がかなり必要な上に他と併用しなければ機能もしずらい代物になってしまい、結果として魔力量が乏しい魔術師の卵達からは「無駄に魔力を使う魔術」と言われ、歴史が深い一流の魔術師からは「魔力食い虫」などと揶揄され、日の目をみることはない魔術であった。

 

 そんな魔術でも魔術師という人達を嫌悪し、何より戦いを好まない花鈴にとっては有り難いもので、家を出た後も欠かさずに練習していた。その甲斐あって今ではスムーズに発動できるまで、この魔術をものすることができたのだ。

 

 

 花鈴はこの魔術を移動の時にも放っており、ブカレスト市内に既に多くの魔術師がいた事を感知していた為、車を止められない様に警戒をしていたが、結果として何も起きず杞憂に終わったと思っていた。

 しかし、トゥリファスまで続く一本道に人払いの結界が仕掛けられていて、その内部に多量の魔力を浴びた男とそれに対峙する女性の姿を見つけた際には、彼女自身も驚くほどの声を張って車を止めたのだ。

 苦しい言い訳まがいの説得をして車をブカレストに引き返した後、アサシンのみを戦場に送り出して自分は女性を保護しようと七年ぶりの数百mの距離を全力で駆け出した。

 

 結果から見れば、彼女の行動はルーラーにとっては自身が持つ全サーヴァントへの絶体命令権たる28画の「令呪」を行使する決断や「宝具」を使わせなかった事から助かったとみていいだろう。彼女とて上記の二つを使わずして、ランサーの攻撃を凌ぐのは容易ではない。

 

「どうしよう…」

 

 思いもよらない戦闘に戸惑う花鈴は、その事実には気付かないでいた。

 

 

 

 一方、ランサーは襲撃者たる黒のアサシンを見やる。

 白銀の髪に茶色のローブ、手にしているのは先ほど払ったのと同じ石のナイフで、それ以外の武装は見当たらず、とても正面から戦うなど到底思えなかった。

 

 「不思議なものだな、アサシンの得物はそれでいいのか?」

 

 「構わないさ、そしてこれはもう必要ない」

 

 アサシンは手にしていたナイフを投げ捨てると右足を後ろにずらし、左手を前に出す姿勢をとる。

 

 「これが私の殺りやすい形だからな」

 

 放つ殺気はランサーの肌を貫くほどの鋭利なもので、ただのハッタリではないと伺える。

 

 「なるほど、策もなしに向かってくる訳ではない…という事か」

 

 手にした槍を構えるとゆっくり息を吐き、鋭い両目をさらに細める。

 

 「ならば手加減の必要もない。その首を獲らせてもらおう」

 

 「それは、こちらの台詞というものだ」

 

 一瞬の静寂が場を包む…その刹那、二人が同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 花鈴は目の前で繰り広げられる戦いに驚愕するしかなかった。

 それは一対一である事すら忘れてしまいそうな程の凄まじさ。

 渦巻く魔力は彼等の異常さを示し、武人の決闘とはほど遠い速さの攻防。

 

 その結果、路面は抉られ元の形すら判別ができず、振るった槍が空を斬ると鉄製の標識までが、豆腐のように簡単に斬られて崩れ落ちる。

 

 時折、抉れた土の塊か鉄屑なのか分からない物体が戦闘を見守るルーラーと花鈴の元までくるが、それは予めルーラーが張っていた防壁で防がれていた。

 だが、彼女達がいる場所以外は見るのも無残な状況であり、これが二人のヒトガタによって生じた破壊だとは思えるだろうか。

 

 この驚愕と恐怖が花鈴にとって紛れもない現実と教え、同時に自身が巻き込まれた「聖杯戦争」の実態を物語っている。

 

 “これが、サーヴァント同士の戦い…”

 

 息が詰まりそうな程の濃密な殺気と魔力が満ちる空間で、ただ注視し立ち尽くすことしか彼女には出来なかった。

 

 

 アサシンはランサーの超速を越える槍撃を両手で弾きながら隙を伺っていた。上段から振り落とされた一撃を左腕で受け止めた後、右腕で彼の胸への一撃を放とうとするが、直後にランサーの体から吹き出す炎に阻まれてしまう。

 その間に槍を引き戻して再び、槍撃が放たれる。

 

 通常槍のような竿状武器は連撃の合間に隙が生まれるのだが、ランサーはそこにスキルである「魔力放出(炎)」による炎熱を纏うことで接近するのを許さず、常に攻撃の間合いを保つ事により自らの優位性を譲らなかった。

 そんなランサーの技量にアサシンは舌を巻き、同時に畏敬の念を抱く。

 

(強い…だが、ただ強い訳ではないな) 

 

 卓越した槍捌きから推測してもランサーが希代の英雄であることは、真名を知らずともアサシンは分かる事だった。

 さらに際立つのはアサシンに対する態度である。

 

 現在、アサシンはランサーへの有効打を与えるどころか、彼の猛攻を御しきるだけがやっとの状況である。この場合において、ただの凡人ならばアサシンを見下し相手にするのも面倒と思い、驕りが出てしまうだろう。

 だが、ランサーはどうだろうか…数十合に渡る打ち合いにおいて、彼が手を抜いたことはなく全ての一撃は身に受ければ、即死する苛烈なものである。

 

 それを感じないのは、彼が驕らずにただ目の前にいる敵を討つだけに殉じ、その為だけに槍を振るう。アサシンには彼ほど正しき英雄像に当てはまる人物はいないだろうと考えている。

 

 (何処の英雄かは分からないが…今は彼との巡り合わせを我が神に祈りたいものだ)

 

 槍による薙ぎ払いを後ろに跳ぶ事で避けると、不安気に見守る自分のマスターが見えた。彼女に悪いことと思いながら、真の英雄との戦いに己の気持ちの昂りを感じつつあった。

 

 

 

 そんなアサシンとは反対にランサーは鉄の表情の奥に、ある疑問があった。

 それは戦いの序盤、小競合いの際に起こった最初で最大の勝機である。槍の連撃を防ぎきり攻勢へと転じようとするアサシンに対し、槍の持ち手で彼の踏み込む左脚を内側へと向かって払い、バランスを崩した隙に頭部を貫く強烈な刺突攻撃を放った。

 前のめりに倒れこむアサシンには避ける術を持つことはないと確信したランサーは、これで雌雄を決すると思っていた。

 しかし――

 

 左目辺りに刺突が届く前、アサシンは驚くことに左手で槍を掴み右足で地面を蹴り、掴んだ個所を起点にランサーを飛び越えて見せた。これには流石に驚愕を隠しきれず着地するまで見送ってしまうほどであった。

 

 あれほどの動きがアサシンクラスが出来る芸当か…?仮にできたとしても我が槍の攻撃を数度見ただけで、見切れるものなのか?、彼の疑問は最もである。

 頭にもやがかかる中、再び槍と体術の打ち合いが始まる。

 

 しかし、先ほどの疑問が残っている影響か槍捌きの精度が悪くなっていて、近づけさせてはいないが攻め込まれる展開が続くなど、彼にとっては辛い状況であった。

 

 (ならば…)

 

 考えいる事があった…それは今の疑問への答えが得られるかもしれないが、甘い攻撃になり相手に攻められる原因を作りかねないかもしれない。

 

 ―だが、確かめなければならない。後の憂いを取り除く為にも。

 

 ランサーは一端アサシンとの距離をとり、まず魔力放出による炎を自身を囲うように展開、それは徐々にではなく一気に解き放つようにした。当然ながら凄まじい炎の波はアサシンまで届き、彼の周りにあった草は燃えて焦げる臭いがその場に充満する。

 アサシンがそれに怯むと、ランサーが素早く移動し彼の左側に回り込む。と同時にあえて長く持った槍を降り下ろす。

 

 それはアサシンにとっては不意打ちに近いものがあり、凡人には捌ききれるものではなかった。

 だが、ランサーにはこの攻撃が当たる算段で放ったものではなく、むしろ避けられるのを前提としたものだ。

 

 斯くして、ランサーの予想通りに攻撃はアサシンの手刀で上方に弾かれた後、二三歩ほど後ろに飛び退いた。

 

 瞬間、ランサーの疑問は確信へと変わる。

 

 (やはり…何故だかは分からぬが、奴はこの槍の間合いを、いや槍兵との戦い方に熟知している)

 

 この戦いが始まってからアサシンが自分の大槍の間合いを計っていると考えていたランサーは、あの頭部への一撃で仕留められると踏んでいた。

 しかし、それは彼が槍の間合いを知っていなければの話であり、ランサーの考えは前提から間違っていたことになる。

 

 もし槍兵との戦いに慣れているのならば、もしランサーが持つ物と同じぐらいの槍と対峙したならば…仮説の域を出ていないが、そう捉えるならば不可解な事柄にも説明がつく。

 

 「…お前は何者だ? 少なくともオレが知る限りではいないがな」

 

 「あなたが知らなくても仕方がないさ…私の事を知り得るのは不可能だから、な!」

 

 言い終わるのと同時に、踏み込んだ左足で地面を蹴り、間合いを完全に詰める。

 そして、右の拳を力の限り―振り抜きランサーの腹部へと直撃する。

 

 「…ぐっ」

 

 ランサーの体を覆う防御宝具【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】は絶対的な守りを誇るもので、それは神々の攻撃ですら防ぐとも言われ、彼の強さを支えるものであった。だが、アサシンの拳は一瞬とはいえその防御を貫き、僅かなダメージを与えたのだ。

 ランサーは追撃を逃れようと後ろへ跳び、アサシンが逃すまいと更に強く踏み込んだ時だった。

 

―剣を携えたサーヴァントの一閃が戦場を貫いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 同時刻。

 

 ここは獅子劫とコトミネ神父が顔を合わせた教会、その地下のとある一室。暗闇に包まれ揺らめくのは蝋燭の灯火しかない空間に一人の人物がいた。

 身に纏うのは血のような色合いをした足元までの長さがある幾重にもなるローブ、背中の生地には宝石を散りばめている。しかし、それに似合わない両目はギョロリと剥き出て灰色の髪は乱れている異相である事が分かる。その人物は手元にある水晶玉を覗いていた。

 

 映し出されていたのは、「赤」のランサーと「黒」のアサシンの戦いであった。

 しかし、彼の表情は浮かなくまた、辟易としているのが分かる。

 

 彼の正体は「赤」のキャスター、聖杯の招きに応じ現界を果たしたサーヴァントである。しかし現界と同時に地下に潜り、そこに自らのクラススキル「陣地作成B」にて工房を作り、そこに篭ってしまった。

 聖杯にかける願望はあるにはあるのだが、現界を果たして直ぐに叶わぬものと分かり、やる気を完全に無くしてしまったのだ。

 マスターはおろかコトミネ神父ですら顔を見せず、戦いにも積極性はなく応じるつもりもないので、「赤」のサーヴァント達は早々に見切りをつけられてしまった。

 

 その為か昼まで篭り、夜には霊体化し出ていき街に繰り出して散歩のような事をしていて暇をもて余していた。しかし今夜は聖杯大戦の初戦が始まると盗み聞きをして、それを見ていたのだ。

 

 場面が少しズレて後方に控えている二つの人影を写し出した。彼としては既に飽きていた為か、半分しか開かれていない目で面倒くさく見る。

 

 「…ッ!」

 

 あまりの衝撃が彼を襲う…口はパクパクと金魚のように動き、枯れ木の如く細い腕は震えていて両目は大粒の涙で溢れていた。

 

 「お、おお…! 神はまだ私を見捨てていなかったぁ…我が願いがここで遂げられるとは!」

 

 水晶玉を握り潰しそうな腕力で掴み、中に映されている少女を凝視して、その姿を瞼に焼き付けんばかりに見る。

 

 「見間違いではない…あの可憐さ! あの純朴さ! 我が愛しの存在であると!!」

 

 それまでの姿とは一変してやる気に満ち溢れ、その目は燦々と輝いて見える。これまでは真面目にはやろうと思わなかった聖杯大戦に初めて関わるつもりだ…しかし、その心に逡巡する思いは。

 

 「…私に芽生えた新たな願いを叶えるには、赤も邪魔だなぁ」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、冷静に且つ冷酷な思考の元に戦況を動かす一手を考え始める。

 

 彼にとっての聖杯大戦は今、自らのあくなき第二の願いを成就する為の「試練」となった。「(味方)」も「()」も関係ない全ては己の願いの礎になるのだ。

 

 「さて、そうとなれば早速動きますか…もう少し待っていてくださいね」

 

 揺らめく映像に向かって微笑むと霊体化をして、この場から消える。後に残ったのは薄明かりの部屋に少女(花園花鈴)が大きく映し出されていた水晶玉であった。




【悲報】キャスターが暴走する準備を始めた模様。


と言うことで「赤」側の変更はセイバーとキャスターでした。これからの展開に期待しながら待っててください(投稿スピードはあまり…)

感想・評価お待ちしています。


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第六話 初戦、その後

大分遅れてしまいましたが、ようやく続きです。

本年も遅筆な作者とこの作品にお付き合いください!


 花鈴にとっては一瞬の出来事であった…反響魔術による周囲への警戒をしている中で、一台の車が結界内に侵入してきたのを感じたのと同時に、「何か」が音を越えた速さで飛び出してきたのだ。

 

 最初は敵かと思って、身構えてしまったがランサーと呼ばれる男に攻撃を加えた事から味方である事が分かり、一安心するのも同じ車から降りてきた肥満体の男性が自分の隣にいるルーラーに話しかけてきた。

 

「ご無事でしたか?! ルーラー…よ?」

 

 その男性は花鈴を見ると怪訝な表情を浮かべるも、直ぐにルーラーの方に向き直って彼女が健在である事に驚ろきつつ、息を整えて口を開いた。

 

「申し訳ない…急いで向かっていたが、途中でエンジントラブルに見舞われて遅くなりました。しかし! この私『ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア』が来たからには心配はしなくとも良いでしょう!」

 

「なるほど、『黒』のセイバーとそのマスターですね?」

 

「如何にも! しかし隣にいるのは一体何者ですか?」

 

 ジロリと睨むゴルドに思わず怯んでしまい、花鈴はジャンヌの後ろへ隠れてしまう。

 

「彼女は『黒』のアサシンのマスターですよ」

 

「何…? アサシンの?」

 

 ゴルドは自分達の召喚に先立って日本にてアサシンが呼び出されている事は知っていたが、そいつは男であって少なくとも、こちらをチラチラと見ている女ではないとは確かであった。この場にて問いただす事は出来なくはないが、下手に事を荒げるのはルーラーの目もある為今後を考えた時、今は味方として振るわなければならない。

 

 

「ま…まぁいい、今は『赤』のランサーを片付けることが最優先だ」

 

 

 今は想定外のイレギュラーに構ってはいられる状態ではなかった…自分が召喚した最強のサーヴァントでまずは敵のランサーを討ち取り、初戦を華やかなに飾るためにもいけないからだ。

 

 

 

 

 一方、戦場ではセイバーが放った一撃が地面を削り飛ばして大量の砂埃が舞っていた…しかしその中でもセイバーとランサーの剣戟、時折アサシンの不意打ちのような攻撃を放つ音が響いていた。

 未だに払えぬ埃から最初に出てきたのは、ランサーであった。

 

 続いてセイバーとアサシンが出てきたものの、両者はダメージで明確な違いが生まれていた。

 

 

 ランサーの体は全くと傷はついておらず、纏う鎧にも目立つものはなく疲労も感じていないのか清廉な雰囲気は戦闘前と変わらないままであった。

 それと正反対にセイバーとアサシンには無数の傷があり、アサシンに至っては蓄積した疲労によるものか片膝をついていた。セイバーは剣を構えながらランサーの次の一手を見計らっていた。

 

 もうじき夜明けを迎えるのか、漆黒だった空が明るくなっていた…それを見ていたランサーが二人の方に向き直った。

 

「ここまでのようだな…悪いが、お前達との決着はまたの機会に持つとしよう」

 

 鋭利な眼をさらに細めてセイバーの隣にいるアサシンを見やる。

 

 「しかし、お前の強さは不可解で不気味だ…次は今日のように戦えるとは思うな」

 

 ランサーの背に太陽が昇り始めた…と同時に彼の体が薄くなっていき、数秒もしない内にかき消えてしまった。

 初めてサーヴァント同士の戦いに驚愕しかできず放心していたゴルドが、ようやく終わった緊張感に安堵したのち、ルーラーに話しかける。

 

 「ルーラーよ、また奴が襲ってくるのに備えて我々と共に来て戴けませんか?」 

 

 「いえ、それには及びません。それよりも…」

 

 彼女が目で見やる先にいたのは、傷ついたアサシンに治癒魔術をかけている花鈴であった。

 

 「彼女も黒の陣営ですので、共に行くのは彼女ではないのですか?」

 

 「し、しかし! 戦いを検分するのであれば、我らが城塞が良いのではないか?!」

 

 「それでは公平性を保てないのと、自分の身は自分で守れますので心配は無用です」

 

 これ以上ルーラーと話すのは無駄だと判断したゴルドは舌打ちをしながらもセイバーを霊体化させた後、状況を飲み込めていない花鈴の方を睨む。

 

 「おい小娘! さっさと行かないと置いていくぞ!」

 

 突然話しかけられた為、肩をビクッと震わせてしまう。早足気味で開けられていた車の後部扉から中に入り、同じ所からゴルドが乗り込んだ。

 扉が閉められ、車が発進した…それを見送ったルーラーはその場で振り返る。

 

 「これが…初戦」

 

 広がるのは荒廃した土地…ここが元々は道路であることを感じることができないのは仕方ないだろう、アスファルトは砕け下の地面が剥き出しになっていて、制限速度やトゥリファスまでの距離を示した標識達は切断されたり変形して地面に落ちていた。改めて言うが、これらの現状は一対一の人間サイズの者によって行われた戦闘だと、そして…まだ大戦の始まりに過ぎない事に。

 

 ルーラーは何故自分が呼ばれたのを考える…未知なる七対七の聖杯戦争を監視する為だろうか、と。

 

 「今は考えても始まりませんね」

 

 ルーラーの状態を解き、今は自らの媒体となってくれている「レティシア」に戻る。トゥリファスに向かおうとしたが、戦闘前に安全な所に置いておいた荷物の事を思い出した。取りにいった彼女が見たのは…

 

 「あ…」

 

 そこにあったのは戦闘の衝撃により、鞄の中身の八割近くが外へ飛び出していた無残な姿であった。

 

 

 本来のサーヴァントなら着替え等は必要とはしないが、ルーラーとして喚ばれた「ジャンヌ・ダルク」はフランスに住まうレティシアという少女の体を借り、現界を果たしている。それ故か普通の人間と同じくお腹は減り、風呂にも入る必要がある。

 故に長期滞在を覚悟して、大量に用意をしていた荷物を抱えてきたわけだが…ここまでの惨事になるのであれば、先に送っておくべきだと後悔もしながら片付けを始める。

 

 「はぁ…」

 

 思わずため息をついてしまう…終わるのは、まだ後のことになりそうであった。

 後に汚れた服をクリーニングに出した所、請求額がとんでもない額で悶絶死しかけた話は別の機会にて…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ミレニア城塞、とある一室に置かれている椅子に座っている花鈴は不安に押し潰されそうになっていた。

 初戦を何とか凌ぎきり、いざ監督役の元に行こうと思っていた所、何故か黒塗りの高級車に乗せられた挙げ句、連れ込まれたのは、結界が何重にも張られていて武装した兵士達が警備している、如何にも戦争をしますよと言わんばかりの城みたいな場所であるからだ。

 

 一緒の車に乗っていた横幅が大きい人(名前を聞くのを忘れた)に「この部屋で待っていろ!」と言われて、待つこと数十分が経とうとしていた。

 

「大丈夫か? マスター」

 

「う、うん…大丈夫だよ」

 

 霊体化を解いていたアサシンが花鈴の傍まで近寄る。その姿を見て一応の笑顔を見せるも、彼女の手は僅かに震えているのが見えた。

 

「大丈夫だ、この私が付いているから」

 

 そう言って自分の手をとるアサシンの行動に、少し遅れて意味を理解すると徐々に頬が紅くなっていく。

 

「ふぁ! な、何?!」

 

 慌てて掴まれていた手を引っ込めてしまい、アサシンを見る。しかし当の本人は不思議そうな表情をするばかりである。

 

「? どうかしたのか、マスター?」

  

「何でもないッ!」

 

 そっぽを向く花鈴に未だに状況が把握できていないアサシンは、もしかして怪我をしていており、そこに触れてしまい痛がっているのではと思い、彼女の正面に移動する。

 

「す、すまなかった! 私が不注意なばかりに…!」 

 

「え? い、いいわよ…気にしていないから、ちょっと驚いただけだよ」

 

「でも悪化する前に治療しないと! さぁ手を見せてくれ、マスター!」

 

「悪化とか治療て何?! どこも怪我はしていないからね?!」

 

「無理はしなくても良い、私の宝具で一瞬で治るから!」

 

「いや、とりあえず落ち着こうよ?!」

 

 何としてでも手を見ようするアサシンを諭そうとするも、余計に場が悪くなるばかりで、しまいには頭を下げて懇願するようになってしまって、収拾がつかなくなりそうであった。

 

 それを収めたのは開け放たれた扉に立っていたダーニックの一言である。

 

 「…もういいか?」

 

 「「あ…」」

 

 仲良く二人で扉の方を見て固まってしまう…先ほどまで、いないはずの所に立っている長髪の男性は非常に微妙な視線を送り、その後ろに控えていた車イスに座る少女に至っては苦笑いを浮かべていたから、自分達のコントじみたやり取りを見られていたと、思うと揃って赤面するしかなかった。

 

 かき消えそうな声で「どうぞ…」と言い中へと促す。入ってきたのは長髪の男性、車イスに座る少女、そしていつからいたのか全身が黒で統一された服を着る長身の男性が、花鈴とアサシンを値踏みするような眼差しを向ける。

 

 「ダーニックよ、こやつらが我等のアサシンとそのマスターとなるのか?」

 

 その声は男性特有の低い声でありながら、それでいて威圧感を持ち合せていて自然と頭を下げてしまいそうな錯覚に陥る。一方のアサシンは彼の正体が人間ではない事に気付きながらも見えぬ威圧に圧倒されていた。

 

 「その通りでございます、公王よ」  

 

 ダーニックと呼ばれた男性は恭しく頭を垂れ、そう答える。

 

 「うむ…」

 

 小さく頷く「公王」と呼ばれた人物は数秒の間、思案する。

 「黒」のランサーこと「ヴラド三世」は、現在の状況を吉と捉えるか凶と捉えるかを判断をあぐねていた。

 吉なのは、合流が遅れると知らされていたアサシンが早く到着した事だ。これにより戦力の全容が分かり、「赤」側との戦いに作戦が立てやすくなる。

 しかし、一方で考えていた事は「赤」のサーヴァントを殲滅した後の事だ。今回の聖杯大戦は通常七騎で行われるはずだったものが、イレギュラーが発生し倍の数に増えたものである。それに伴い戦う形式が、通常とは違って陣営別に別れて戦い、その後にバトルロワイアルに戻るのである。

 

 ヴラド三世は自らの陣営と戦う事になった場合、最大の障害はセイバーだと算段していた。しかし、当初は英国を震撼させた殺人鬼をアサシンとして喚ぶはずだったものが、いざ対面してみると見たこともない英霊で、しかもセイバーを率いたゴルドの話しによると、アサシンクラスながら敵のランサーと互角に渡り合ったと報告があった。

 

 それは彼を驚愕させた事実としては充分であり、またアサシンとしての運用を見直し、その考えを言葉として発する。

 

「敵方のランサーと渡り合った実力から、お前には前線に出てもらうぞ」

 

 暗殺者を前線に出す…一見すれば致命的なミスと思われる判断だが、現状を鑑みた結果で仕方なくとも言える。

 これからの戦いにはまだ見ぬセイバーとアーチャーが控えている…相手を過大評価する訳ではないが、こちらのセイバーを一時的とはいえ防戦に追い込んだランサーを見れば、警戒はせざる得ないだろう。それに敵がアサシンを討ち取ることになれば、自らの手を負わすことも無くなるというものである。

 

「引き受けよう、ただし一つだけ約束してほしい事がある」 

 

「…? 何だ?」 

 

「我がマスターの身の安全を確実にして貰いたい、彼女は魔術師であっても戦う術を持っていないからだ」 

 

 それは意外な提案であった…前線に立つことは死ぬ可能性が高まるものである。だからこそ自分にサーヴァントを付けて欲しいと言われると思っていたが、アサシンから出てきたのは自らのマスターの安全を約束して欲しいとの事だった。

 それにランサーは答えは出さず、代わりに自らの配下であるダーニックに答えさせた。

 

「分かった、何体かホムンクルスを付けよう」

 

「感謝する、老齢の魔術師よ」

 

 アサシンが発した言葉にその場にいる全員が反応を示す。

 彼のマスターである花鈴は、どこから見ても二十代か三十代にしか見えないダーニックに「老齢」とは言い難く 、てっきり別の言葉と間違えたのだろうと思っていた。そんな彼女と裏腹に、驚きを隠せないでいたのは他ならぬダーニックと付き添いで訪れていたフィオレである。

 

 ユグドミレニアの主たるダーニックが見た目の若々しさと裏腹に、その実年齢が九十を超えているのは魔術師であるなら聞くことはあるだろう。しかし、サーヴァントはその事を知る術はないはず…それでも目の前のアサシンに知られていた。

 

 

 得体の知れないアサシンのステータスを見るべくダーニックはマスターの特権であるステータス開示をする事により、彼の言葉がスキル「虚の見切り」によるものだと判ったが、同時に一部を除いてアサシンのステータスが隠されているのに気付いた。

 

 「アサシンよ、何故味方を前にしてステータスの隠蔽をしているのだ?」

 

 「もしかしたら、真名が知られると致命的な事があるのですか?」

 

 ダーニックからは疑いの眼差しを向けられ、フィオレからは気を遣う言葉をかけられる。

 その二つの視線を受けながらも、アサシンは表情を崩さず静かに答える。

 

 「隠すつもりではない…だが、どうしても外せないスキルの所為でね。そこは理解して貰いたい」

 

 ダーニックはあまり納得する顔をしていないが、アサシンの言葉を一応信じる事にして部屋から退出する。フィオレは残りのマスター達を紹介する前に、まずは汚れた服を着替えておくように言い、用意されていた一族の制服を花鈴に渡した。

 

 その光景を静かに見ていたアサシンが、誰にも聞こえない声で呟く。

 

 「…私は唯の罪人だからな、名などは意味はないさ」

 

 どこか寂しげであり、諦めすら感じられる台詞は空へと消えていった。




アサシンの真名のヒントはちらほら出ていますが、流石に分かった方はいませんよね…?

次回は遂にあの陣営が初戦闘ですのでお楽しみに!



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第七話 目覚めの時は、まだ

ようやく、投稿できました。

それではどうぞ


 花鈴は自身の為に用意されていた、白を基調とするユグドミレニアの制服に身を包むと車椅子を茶髪の青年に押されたフィオレが部屋に入ってきた。

 

「初めまして、アサシンにそのマスターよ」

 

 柔らかな声と共に丁寧なお辞儀をされると、思わずつられて頭を下げてしまう。

 

「あなたは…?」

 

「私は『黒』のアーチャー、以後お見知りおきを」

 

 アーチャーことケイローンは、かの大英雄ヘラクレスを育て数多の人物を指導してきた大賢人として名を馳せた英雄である。弓の名手でもあり体術にも長け、さらに聡明な知識を生かして「黒」の陣営の頭脳としてランサーから信頼を得ている彼は、最初からこの部屋の前で霊体化し様子を窺っていた。

 理由として想定外の参加者である「花園花鈴」の人間性を見極める為であった。もし、彼女がマスターであるフィオレや陣営に害を及ぼす存在であるならば、ランサーへ進言する予定であったが…

 

 “見た限りではその心配はありませんね…”

 

 ただ、数多の英雄を育てきた彼だからこそ、ある一抹の不安を覚えた。

 

 “しかし、彼女に争い事は向いてはいない…今の状態で赤の陣営と戦うとなれば、死ぬ事になるかもしれませんね”

 

 

 あまりよくない出来事が頭を過ぎる。考えても何も産むまいと一旦やめ、今は赤との戦いに備え、よりよい仲間が増えた事に感謝をした。

 

 

 

 

 「あ、あの…ここは?」

 

 城塞内を案内するにあたって、最初にどうしても見て貰いたい場所があるとフィオレに言われ、来た所は培養液に空気が循環している音しか響かない異質な空間であった。花鈴はか細い声で傍にいるフィオレに訊ねる。すると、これまでは見せなかった表情をし、彼女は答えた。

 

 「彼等は…私達のサーヴァントに送る為の魔力を肩代わりをしてもらう存在です」

 

 「…え? それって…」

 

 コクりと頷き、花鈴が言わんとする事を肯定する。

 つまり、目の前にある水槽の中、緑色の液体に浸かる彼等の存在はその程度のものであり、それ以外には価値はないのである。例えるなら使い捨ての「電池」とも言えよう、サーヴァントに送る魔力が無くなれば、廃棄され新たに鋳造される…ただそれだけの存在。

 

 ―これは、非人道的な行為ではないか?

 

 この言葉は花鈴が言いそうになった言葉である。そしてフィオレは間違いのない事であるのは重々承知しており、彼女の車椅子を押すアーチャーも苦虫を噛み潰した表情をしていた。

 それでも―

 

 「私達はこの戦いに勝たなくては、ならないのです」

 

 これは「覚悟」を示す為の行いであった。何故ならフィオレを始めとするユグドミレニア一族に、後など存在し得ないからだ。

 

 「もし負ければ、ユグドミレニアは解体されて私達は協会に反逆した罪で死ぬまで追われ続ける身となるでしょう」

 

 「いや、いくら何でも…それは」

 「無い、と言い切れますか?」

 

 フィオレの澄んだ瞳が花鈴を見据える…それは、彼女の言葉が誇張や冗談の類を示していない事に他ならない。

 協会にとっては、自分達が血眼になってまで探していた「大聖杯」を隠し持っていたばかりか、それを使って楯突いたようなものであり、屈辱以外の何ものでもなかった。

 

 自らの面子を潰され、黙っているほど彼等も愚かではない…事実、七人の魔術師がルーマニアに入った事は確認済みで、恐らくはサーヴァントも召喚しているだろう。

 

 「だからこそ、この戦いは負けられない…例え、人道に反してもそれは変わりません」

 

 花鈴は、自分より年下であろうフィオレの覚悟を聞き、ただ何の一言も言えない自分に歯痒い思いを抱きながらも、彼女の芯の強さに羨望のような思いを感じていた。

 

 (私も、彼女みたいな強さがあれば…)

 

 しかし、現実は流されるままで参加した殺し合いに、今だ自身の覚悟が伴わず目の前の状況に付いていくのが限界だった。

 それに、こんな非情な光景を見ても冷静でいる自分が「まだ」魔術師である事を嫌がおうでも理解していまい、自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 ―そんな時だった。どこからか視線を感じ、そちらに目を移す。

 

 すると、一体の少年型ホムンクルスが花鈴の方を見つめていた…しかし、その視線には力がなく、ただ虚ろな眼差しを向けているだけであった。

 

 「…!」

 

 思わず目を伏せてしまう。気のせいかともう一度見ると、同じ眼差しを向けていた。何も訴えず、何も伝えようとしない…しかし、それに花鈴は何故かある感情が胸にあるのを感じていた。

 

 「? どうかされましたか?」

 「あ…な、何でもないよ…」

 

 先程から一言も発しない花鈴を不思議に思い、フィオレが話しかけるとぎこちない笑顔で答えた。

 しかし、彼女の心は何でもない訳がない…あのホムンクルスに対し自らが「救ってあげたい」…と思ってしまったからだ。

 

 (…そんな事、無理に決まっているよ)

 

 これまでの自分がしてきた行いを分かっているからこそ、彼女はそう結論付けてしまう。

 

 そこからフィオレの案内は続いていたが、花鈴はあのホムンクルスの眼差しを忘れることができず、殆ど上の空だったが「黒」のライダーに会おうとした時、それまで見せた事のない微妙な顔をしたフィオレが気になったので、どうしたかと聞くと…

 

 「いや…その、今は彼女達には会わない方が良いかと…」

 

 とのことであった為、ライダーとそのマスターであるセレニケには会わずに最後の一人であり、フィオレの実弟である人物に会いにいく。

 

 「カウレス、ちょっといいですか?」

 『姉ちゃん? 良いよ』

 

 彼の部屋の前に着き、フィオレがノックをすると、若い男性の声がして扉が開かれる。

 中に入ると、物はあまり散らかっておらず整頓されており、隅にはパソコンが置いてあった。

 

 「花鈴さん、彼は私の弟でバーサーカーのマスターである『カウレス』ですわ」

 「『カウレス・フォルウェッジ・ユグドミレニア』だ、宜しく」

 「『花園 花鈴』です、宜しくお願いします」

 

 茶色い髪に眼鏡をかけている少年…カウレスの差し出した手を握る。

 確かに髪色や目がフィオレに似ており、弟だと分かる。

 

 「…? ところでバーサーカーはいないのですか?」

 「あ~、自己紹介をさせようと思ったんだけど…」

 

 姉の質問に少し困った表情を見せるカウレスだったが、答えにくそうに口を開く。

 

 「『最初にも言ったが、馴れ合いをするつもりはない』て言われて、そのまま…」

 「まぁ…それなら、仕方ないでしょう」

 

 その時、アーチャーが何かをマスターに伝えようとするのを花鈴は見たが、何故か止めてしまう。

 不思議に思っていると、カウレスがこちらに顔を向けていた。

 

 「そう言えば、貴女は何の願いがあって参加するんだ?」

 「え…ね、願い?」

 

 言葉に詰まるのも当然であった…確固たる願いなんて持ち合せておらず、ただ流されるままにいるだけなのだから…だが、何も言わないのは失礼にあたると思い、ここは無難に答える。

 

 「ま、まだ…決まってないかな、特に何もしたい訳じゃないし…」

 

 嘘は言っていないのだが、流石に今の答え方は如何なものかと後悔している花鈴を余所に、カウレスは安堵の表情を浮かべていた。

 

 「俺も同じなんだ…まだ、聖杯にかける願いがないのは…ちょっと安心したな」

 「え? そうなんだ…てっきりあるものだと思ったよ」

 

 その言葉を聞いて、カウレスは頬を掻きながら答える。

 

 「いや…俺も最初は姉ちゃんのバックアップの為だと思ってたけど、『令呪』が出てね」

 

 聞けば、殆ど自分と同じような立場で仕方なく参戦したものだと花鈴は思っていた…しかし、次の言葉でそれは勘違いだと思い知らされた。

 

 「だけど、マスターとして参加するからには上を目指すよ、願いはまだ決まってないけどね…」

 

 そう言って笑うカウレスを見て、花鈴は自分と同じような立場なのに戦う意思があるなんて、やっぱり私は違うのか…と思ってしまい、再び気が滅入ってしまう。

 

 

 

 城塞内の案内が終わり、花鈴はフィオレと共に当面の作戦の相談などをするために彼女の部屋へと戻っていった。

 カウレスは彼女らを見送った後、日課であるパソコンをしようと椅子に座った時、部屋の窓側にバーサーカーの姿があることに気付いた。

 

 「バーサーカーか、いつのまにいたんだ?」

 「随分前からだ…アーチャーには気付かれていたが、喋らないでいてもらったよ」

 

 いるなら姿くらい見せてもいいのではないか…と思ったが、言っても仕方ないので取り敢えず彼女の方に向き直る。

 

 「ところで、先程までいたあの女マスターの事だが…」

 「ああ、花園さんの事かい?」

 

 一呼吸置いた後、とんでもない台詞を言った。

 

 「…あれは近い内に死ぬかもな」

 「は…?」

 

 これにはカウレス自身も予測しておらず、まさに不意を突かれた気分になった。

 

 「無論、根拠ぐらいはあるさ…あやつには戦う理由が乏しいのだ」

 「戦う…理由?」

 「そうだ…それがないのはつまる所、最後の踏ん張りが効かず耐えきれなくなる」

 

 これはバーサーカー…ペンテシレイアの持論であるが、戦いに対する「理由」の有無は最も重要視される事柄であると考えている。

 何故なら、「理由」は常に死の危険がある戦場において自らを奮い立たせることができる最後の材料であると。

 

 「言い換えれば、あるだけでも十分だということだ」

 「それが、彼女には無いのか…?」

 「ああ、あれでは戦場に飲まれて死ぬ事になるな」

 

 考え込むカウレスを尻目にバーサーカーは霊体化をしようとしていた。

 

 「まぁ、戦いの最中に見つける事ができれば話は変わるがな」

 「それは…」

 「だが確証はない…ならば、諦めはつけておくべきだ…後で辛くならない為にもな」

 

 そこまで言って完全に消えるバーサーカーにカウレスは何も言えず、立ち尽くしてしまう。が…

 

 「それでも…俺は」

 

 拳を握り、呟く一言は静寂の中の部屋に消えていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 夜のトゥリファス市内は物音が一つもしない空間に包まれている…そこへ二人の人物が壁を登り、建物の屋上へと姿を現す。

 

 一人は黄金の鎧を纏うサーヴァント「セイバー」こと「ギルガメッシュ」であり、もう一人は彼に襟を掴まれ、引っ張られる形でやってきたセイバーのマスター「獅子劫界離」である。

 

 「お、お前な…危うく首が締まる所だったぞ」 

 「マスターが階段などを登る手間を省いてやったのだぞ」

 

 見事なドヤ顔を見せるセイバーに獅子劫はタメ息をつくしかなかった。

 

 「全く…だが、確かに見晴らしはいいな」

 

 彼等のいる場所からは市内を隅々まで見渡せ、細く入り組む路地までも網羅でき、建物の屋上である為奇襲をかけにくい事から思いの外、理に敵った策に最優のサーヴァントとはよく言ったものだと感心をする。

 

 だが、屋上の床に獅子劫が手を着くと探知用の結界が作動したのが、分かる。それに呼応するかのようにゴーレムや武装したホムンクルス達が周りの屋上に出現した。

 

 「手荒い歓迎だな…」

 「ま、これくらいやって貰わねば我が退屈であるがな」

 

 獅子劫はショットガンを取りだし、ホムンクルス達の方を向く。

 

 「俺の魔術はゴーレム相手には威力不足だな…セイバー! 任せるぞ」

 「応とも!」

 

 

 向かってくる複数のゴーレムの突撃を跳躍にて避けるセイバー、それを追撃すべく巨大な蜂型のゴーレムは凄まじいスピードで刺突をするも…

 

 「遅い」

 

 攻撃が届く前に頭部を握り潰され、そのまま地面へと叩きつけられる。直後、その傍にいた三体のゴーレムが身体中に穴をいつの間にか空けられて、崩れ落ちた。

 

 「どうした? 呆けている暇などないぞ」

 

 地面に降り立つセイバーの周りを取り巻くように円形上の波紋が出現していた。それが揺らめいたかと思うと、ゴーレムでは目に追えないスピードで何かが射出され、また数体が崩れ落ちる。

 

 「貴様らにエンキは抜かん! 代わりに我が宝物を身に浴びせよう」

 

 これがセイバー・ギルガメッシュの宝具『奉る王律の鍵(バヴ=イル)』であった。様々な宝物の原点となった物を納めたバビロニアの宝物庫から取り出す事ができる宝具だ。

 恐るべきはその数であろう、この蔵は所有者の財の量に準ずるため、数多の智慧を持つギルガメッシュは無限に武具を初めとするあらゆる宝物を使用する事が可能となる。

 

 ただの土くれとなったゴーレムを踏み砕き、邪悪な笑みを浮かべるセイバーが呟く。

 

 「さぁ、蹂躙の時間だ」

 

 

 

 

 

 一方の獅子劫はハルバードや西洋剣を持つホムンクルス達と戦闘を行っていた。屋上の隅まで移動した時、振り向き様に手持ちのショットガンが火を噴く。

 放たれた弾丸は彼等の頭上を通り過ぎる…攻撃の意図が分からず、足を止めた二体のホムンクルスに先程の弾丸が戻って心臓を貫いた。

 

 これが魔術師「獅子劫界離」の魔術、人間の死体を加工し自らの武器として扱う「死霊魔術」である。

 先の指の形をした「指弾」もその内の一つである…これは進行方向にある標的の体温を察知し、自動で軌道修正を行い命中してからも心臓に向かい、内部で呪いを破裂させる事で確実に殺害する「魔弾」となる。

 

 これを惜しむことなく放ち続け、ある程度数が減った頃を見計らい、屋上から三角跳びの容量で下に降りる。

 路地を飛び出し、広い道へと出る。そこには大群を組むホムンクルス達がいた。

 すると、懐から黒い物体を取りだし、彼等に向かって投げ付ける。

 これは魔術師の心臓を加工したもので、中には爪や歯が大量に詰まっており、かつ強力な呪いが仕込まれている。

 

 それが破裂する…爪や歯が脆弱なホムンクルスの皮膚を貫き、呪いが広範囲に渡り、彼等を浸食した。一部は即死するも、まだ死ねきれていない者に獅子劫が近付く。

 

 「じゃあな…!」

 

 指弾を詰めず、通常の弾丸にて無抵抗となったホムンクルスの頭部を撃ち、絶命させる。

 

 

 粗方片付き、一服していた所にゴーレムを倒したセイバーがやってきた。ホムンクルス達の死体を一瞥し、声をかける。

 

 「存外やるではないか、死霊魔術師よ」

 「ま、ほとほと修羅場は潜り抜けているからな」

 

 初戦となる 彼等は互いに中々の技量を持っていると確認できた結果となった。

 

 しかし、それを見ていた者達には衝撃を与えることになっていたとは、知るよしもなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ーーどれほど時、自分がここにいるかも分からない。

 

 ーー自分が何者かは分からない。

 

 --ただ、自分は生きている…それだけは分かる。

 

 それ(生きている)を自覚したのは、暗く冷たい緑色に包まれた世界であった。

 

 

 自覚してから、積み重なっていく…情報、知識、そして時間。

 

 --俺は生まれてから然程時間は経っていない。

 

 --俺は魔術師によって造られた生命である。

 

 --俺達はただ『消費』されるだけの存在だ。ただそれだけ…

 

 

 ホムンクルスの目覚めはまだ起きない…しかし、確実に運命(Fate)の時は近づいていた。




~没会話シーン~

バーサーカーとカウレス君編

カ「いたなら姿を見せなよ、紹介したのに」

バ「そ、それは…」

カ「もしかして、照れているのか?」

バ「~~ッ!」

カ「あだだだッ!無言のアイアンクローはヤメて!凄い痛いから!!」

花鈴(夫婦漫才か何かかな?)

没理由
「うちのペンテシレイアがこんな可愛い訳がないッ!」
あまりやり過ぎるとキャラ崩壊を起こしかねないので、あえて地の分になってもらったのが真相です。

次回も(不定期更新だけど)お楽しみ!


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第八話

獅子劫とセイバーが戦闘を開始する数時間前、ここは今回の監督役であるシロウ・コトミネがいる教会の礼拝堂にて、二人の人物が対峙していた。

 

 片方は黒衣のカソックを纏うシロウで、もう一方は真紅のローブを身に付けたキャスターである。

 

 「初めまして、でしたね…『赤』のキャスター」

 「ええ、初めまして我が同盟者よ」

 

 互いににこやかに会話を交わす両人だったが、その胸中は決してにこやかとは言えない感情が渦巻いていた。

 シロウとしてはこれまで沈黙を守り続けていたキャスターが、なぜ今になって接触してきた理由が分からず、警戒をしながらこの対話に臨んだ。もしもの時に備え、霊体化したアサシンをキャスターの近くに、逃げられるのを防ぐ為に入口にはランサーを配置させておいた。

 

 “…ここまですれば良いでしょう、ともあれ彼の真意次第ですが…”

 

 しかし、召喚を予定されていたサーヴァントとは全く違っていた為、シロウ自身キャスターの真名を知らずにいて、マスターの特権たるパラメーターの開示も、全て伏せられている状態になっていた。

 

 

 一方のキャスターと言えば、特に思う所など塵一つなく、さっさと用件を伝えてこの場を去りたい気持ちで一杯であった。

 最も、ここで彼等の助力を借りなければいけないのはキャスターとて理解しており、単に力を利用したいなど言えるはずもなく、慎重な言葉選びが必要となってくる。

 

 「ところで我が同盟者よ、一つはっきりさせておきたい事があるのですが…」

 「? 何でしょうか?」

 「私のマスターはどちらにいるのか、知っていますか?」

 

 シロウの背に冷たい汗が伝うのが分かる…彼自身、まさかこの事を聞かれるのは想定内だが、居場所まで知ろうとするのは計算に入っていなかった。

 実の所、セイバーを除くサーヴァントのマスターはアサシンによって作られた毒によって精神を支配しており、この教会の地下に閉じ込めている。

 

 問題はこの事実をキャスターに話すべきか否か、という事である。

 話した結果、彼がどのような行動をとるか読むことができず、もしもの策を採ることになるかもしれない、或いはそうならないかもしれない。

 

 「……」

 

 答えに窮するとはこの事であり、問われてから既に数十秒も経っていた。するとキャスターがタメ息をつき、口を開く。

 

 「そこまで考える事ですかね…私としては、マスターが生きてさえいればいいんですよ」

 「…何」

 「サーヴァントとして活動できるだけの最低限の魔力を供給さえしてくれれば、充分なのですよ」

 

 驚きの発言であった。マスターの事など気にかけているないと言っているのと同じようなものである。

 

 「なら、生きているとだけ答えておきましょう」

 「おお! で、あればこれから私の活動に影響はない、と言うことですね!」

 「…まぁ、そうなりますね」

 

 大袈裟に頷くキャスターに対し、シロウは肩透かしの様な気分と余計な戦闘を省けた安堵の両方を味わい、複雑な気持ちになっていた。

 

 「こちらからも、一ついいですか?」

 「はい? 何でしょうか?」

 

 シロウにとってはっきりさせておきたく、この対話の以前より気になっていた事をぶつける。

 

 「何故、この戦いに参戦すると思い至ったのか…それを聞かせて貰ってもいいですか?」

 「単純な事…戦うべき理由が見つかった。ただ、それだけですよ」

 「…具体的には?」

 「それ以上の事は、今は秘密にしておきましょう」

 

 口に指を当てた仕草をするキャスターに、今度はシロウがタメ息をつく番となった。

 

 「分かりました、余計な詮索はしません…しかし、役目は果たしてもらいますよ」

 「勿論、ええ勿論ですとも! 何なりと私をお使いください」

 

 深々と頭を下げ、臣下の礼をとるキャスターを見てシロウは一先ず安心する。

 

 “これで計画に支障はでないでしょう…まぁ、キャスターに出来る事は限られていますしね…適当に使って、用済みとあらば囮にでもしましょうか”

 

 

 “さて、上手く協力を得られました…ま、精々私の手駒として利用させて貰いますよ”

 

 キャスターとシロウ・コトミネ…二人は互いに利用し合う関係ながらも、改めて手を取り合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は戻り、ここはミレニア城塞の一室。この場にて行われていたのは「赤」のセイバーとの戦いの一部始終を観察している事だった。

 集まったのは「黒」の陣営に属するサーヴァントとマスター達である。

 

 総勢十四名は目の前にて繰り広げられたセイバーの戦闘に全員が目を奪われていた。

 ある者は絶句をし、またある者は畏怖のあまり画面から目を逸らしていた。

 

 「…有り得ん」

 

 圧倒的な蹂躙劇が終わり、最初に口を開いたのは「黒」のランサーのマスターであるダーニックである。

 セイバーの戦い方もあるが、それ以上に彼の高すぎるパラメーターに思わず言葉が漏れてしまったのだ。

 

 筋力と敏捷を除いて全てがAランク、宝具に至っては規格外を示すEXランクであった。

 自身が召喚したランサーはこのルーマニアの地にて知名度補正を受け、パラメーターが上昇しているのだが、それでもセイバーに劣っている…突きつけられる事実が、余りにも非情であった。

 

 「まだ悲観するには、早いと思いますよ」

 

 静寂の場に放たれたその言葉は、フィオレのサーヴァントであり陣営のブレーンとして信頼をおくアーチャーであった。

 

 「それは…どういう事だ?」

 「確かに、あの戦闘力は脅威的ではあるものの…見る限りにおいて他のサーヴァントとは協力をしていないと言えます」

 

 今一度、戦闘を思い浮かべる…アーチャーの指摘通り、セイバー以外のサーヴァントの姿はなく、又キャスターによる魔術支援を受けてないことは分かる。だが…

 

 「それは、奴の凄まじい戦闘力を示す証拠にしかならないだろう」

 

 珍しい事に後ろ向きな思考になっているダーニックに、彼のサーヴァントであるランサーが咳払いを一つする。

 

 「ダーニックよ、一族の長となる者があまり悲観するものでないぞ」

 「しかし、我が王よ…」

 「それにアーチャーが言いたいのは、また違う事だ」

 

 ランサーが視線を送り、アーチャーが頷く。

 

 「ええ、今だに合流ができていない…ならば、叩くのは今しかありません」

 「なるほど、こちらから仕掛けて単独でいる間に倒す…という事だね」

 

 アーチャーの発言にキャスターが、その意図を読み、さらに続けざまに言葉を紡ぐ。

 

 「その通りです、幸いな事にあのセイバーは此方のセイバーで倒せる算段があります」

 

 「黒」のセイバーこと英雄ジークフリートには「悪竜の血鎧」の恩恵を受けて、Bランク以下の攻撃を無効化でき、さらにAランクの攻撃を微小まで抑える事が可能となる。

 以上を踏まえて「赤」のセイバーが放つ宝具の嵐を耐える事ができるのはジークフリートのみとアーチャーは判断したのだ。

 

 「接近さえすれば宝具を打つ事は出来ません、そして剣戟に持ち込み…今度は此方が遠距離からの支援を行えば、勝機はあります」

 「道は見えたな…しかし、問題は」

 

 ランサーの指摘する事にアーチャーは当然分かっていた。それは…

 

 「此方側のサーヴァントがセイバーを除き、最低でも二~三騎は必要になる事でしょう」

 

 ジークフリート単騎では無限とも言える物量を前にしては押しきられる可能性がある。それを防ぐのには陽動を担う者と遠距離支援を行う者がいる必要がある。つまり、セイバー一騎の為に三騎の戦力が求められてしまう。

 故に、これだけの人数が必要となる以上、拠点である城塞の守りが手薄になりかねない問題がある。

 

 「しかし、あのセイバーを仕留めない事には我々の勝利は有り得ない!」

 

 ジークフリートのマスターであるゴルドが吼える。

 

 「それでも、他の赤陣営のサーヴァントが攻めてくるのを考えれば、城塞の守りを少なくするのは…」

 

 アーチャーのマスター、フィオレがそれに反論する。

 二つの意見がある中、ダーニックの判断が問われる。

 

 「……」

 

 慎重かつ適切な判断が彼には求められていた。

 一族を統べる者として、後戻りが出来ない戦いを仕掛けた者として…ダーニックの脳裏にはある事を思い出していた。

 

 六十年以上経っていても忘れた事はない…約束された栄華は奪われ、根源への到達は叶わないものと思い知らされた。

 それが自分だけならまだしも…後に続く一族全ての未来が奪われた。その怒り、憎しみが彼を「冬木の聖杯戦争」に参加し、ナチスを利用してまで「大聖杯」を強奪させた。

 

 そして、自らが管理するこのルーマニアで協会全てを敵に回し、「聖杯大戦」を開戦させた。

 戻りはしない、立ち止まりはしない、ならば答えは決まっている。

 

 

 「『赤』のセイバーを倒す」

 

 

 決断した。憂いを取り除き勝利に近付く為には(赤のセイバー)を倒すしかない。そしてチャンスは今しか有り得ず悠長にしている暇などなかった。

 

 

 

 

 アサシンのマスターである花鈴は一連のやり取りを、少し離れた場所で見ていた。

 

 「はぁ…」

 

 タメ息が漏れる…他のマスター達とは違い、巻き込まれた形で参戦した彼女には到底付いていける話などではなく、今でさえ先程のセイバーの戦闘を見て、腰を抜かしてしまったのである。

 

 "やっぱり…私には無理だよ"

 

 本音が出てしまう…そもそも、自分が弱い事は分かりきっていたはずなのに、何故逃げなかったのかと思ってしまう。

 

 薄々だが気付いていた。これまでの自分は逃げ続けてばかりであった。

 必要とされなかった家から、

 自分の家族から、

 魔術そのものから…逃げて関わらないようにしてきて、全てを忘れようとした自分がいた。

 

 初めは何とも思わなかった。そう思うまで自己嫌悪をし続けてきたからだ。

 しかし、妹の亡くなった事を親戚から聞いた日、久し振りに涙が溢れた。

 

 悲しかったからか?

 安堵からか?

 

 そのどれでもない…ただ、逃げた事への後悔だった。

 

 "あの時、逃げなかったら…こんな事にはならなかったはず…なのに"

 

 逃げてしまった…期待されていたのに応えられなかった自分に憤りを覚え、無意識に見下していた妹には才能を盗られたと勘違いをし、挙げ句、彼女に情けをかけられていると、被害妄想をして傷付けてしまった果て、家から逃げる選択肢を選んでしまった。

 

 自分が全ての元凶であるはず…分かっていた、けど認めたくない気持ちもあった。

 そんな自分が醜く、情けなく、どうしようもない程愚かだった。

 

 それらの混沌とした思いが涙となって流れ出たのだ。

 

 逃げてばかりの「これまで」は、死を覚悟したあの日で終わりにしようと決意をした。だからアサシンとの契約を受け入れた。

 

 自分が変わる事を信じて、それを願って。

 

 しかし、蓋を開けてみれば変わる事はおろか、以前とは何ら変化をしていないのを思い知らされた現実が待っていただけだった。

 

 隣に立つアサシンを見る。引き締まっている表情から緊張をしているのが分かり、自分に普段から接している優しい雰囲気とはまるで違っていた。

 

 "そっか…アサシンは私以上に大変な事をするんだね"

 

 先のダーニックとの会話の中で、最前線に立つ機会が増えると聞いていた。その意味はいくら自分といえど理解していた。

 あのランサーやセイバーと同じ様な化物が五騎も控えている陣営を相手取って戦う…想像しただけで気絶しそうになる。

 

 そんな、ひ弱な自分をアサシンは何を思っているのだろうか。

 

 "もしかしたら、嫌々ながらいるのかな?"

 

 有りもしない後ろ向きな考えが頭をよぎる。

 

 「…ごめん」

 

 そう一言が漏れた。何に対して謝罪をしたのか花鈴自身も、分かっていなかった。

 

 「ん? 何がだい?」

 「あ!…い、いや…その」

 

 聞こえていたのかアサシンが不思議そうな顔をして、こちらを見ており慌てて取り繕うとしたが、上手く誤魔化せず口ごもってしまう。

 

 「全然弱いままの、自分が少し情けなくて…」

 

 適当に言い直そうとしたが、ほぼ本音に近い事を言ってしまった。やってしまったと思うも、既に手遅れで驚いた表情をするアサシンを見て縮こまってしまう。

 

 「まぁ、確かにマスターは強いとは言えないかもね…」

 「うっ…」

 

 苦笑いしながら答えるアサシンに、図星をつかれた花鈴はさらに気分が落ち込む。

 

 「でもね、私は無理に強くならなくても良いと思うよ」

 「…?」

 「変わるだけが全てじゃない…それで君らしさを失ってしまうのは、とても残念な事だから」

 

 どこか寂しげな表情をするアサシンに、花鈴は横目で見るものの再び顔を伏せてしまう。

 

 「…それでも変わらないままは嫌なんだ」

 「分かってる、だけど急ぐことはないんじゃないか?」

 

 花鈴が顔を上げる…そこには、出会った時と同じく和かな表情をするアサシンがいた。

 

 「急に人は変わらないし、変える事はできない…なら、ちょっとずつでも変えられる所から、変えていけばいいんじゃないかな?」

 「…!」

 

 それはごく当たり前であったが、これまで花鈴が気付けていない事だった。

 

 「そっか…そうだよね」

 

 完全に自分の悪い癖が治ったとは言い難いが、気持ちは多少晴れ晴れとなった。それは誰かに自分の思いを打ち明けたからか、優しく暖かい言葉で気付かせてくれた事からか…まだ、分からない。けど…

 

 「…ありがとう」

 「どういたしまして」

 

 感謝をしなくては…未熟なマスターの側にいてくれて、自分の事を優しく気遣ってくれるアサシンに。




少し短いですが、ここまでです。


赤の陣営にはロクな奴しかいないのが、分かる導入部分でしたね。

では感想お待ちしております。


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